ライナーノート
DTM開始一周年を記念しての風組4。春風に乗せて、お楽しみください。今回は思いついてレーベル面にはシリアルナンバー入り。シャッフルして発送しましたので、誰が何番か、神のみぞ知る、ってところです。で、実はこれが宝くじのラッキーナンバーになってて、リリース日3月1日にちなんで「31番」の方には、ジャケット撮影でつかったピアノの形をしたクリップをプレゼント。原価100円。当選された方は、速やかにメールください。せこいと言えば、あまりにせこい企画だなあ。
前回のアルバムのあと、いさわしから「風組は1曲目がいつも短い」との指摘を受け、「しまった、ばれたか」と反省(ばれたもなにも、誰だって気づくって)。今回は一番長い曲を頭に持ってきました。
だてポンと祐子さんにリクエストいただきました。丹後が4年の時のミュージカルのエンディングテーマです。作曲は伊達君。作詞は、1番は確実に丹後なのですが、3番はどう思い出しても丹後ではない。そのあたりの事情が、今となってはまったく不明なので、とりあえず丹後作詞としておきました。
名曲です。こういう名曲が埋もれていたのです。詞と曲のバランスが素晴らしく、感動的。「あなたといるしあわせ」というフレーズなど、自作でありながら丹後はとっても感動しました。なんだか当時も今も、童研の仲間たちに対する思いが、とても素直に現れていると思っています。
アレンジですが、曲が始まったとたん、今までとは違うことがわかっていただけると思います。とりあえず現時点でのオルケスタ・デ・ラ・タンゴ業界のベストパフォーマンスでありましょう。このアルバムから新しいソフト「Cubase」を使いだしたことで表現力が飛躍的に上がり、また、サウンドボードを導入したことで録音時の音質が格段に向上しました。その一つの成果が出たと思います。
途中何度か、手直し。特に、3番までいくとしつこいのではと思い、あえて2番で終わらせるか、3番までいくかは相当に悩みました。結局転調を入れて3番まで行くことにしましたが、その3番の表情づけにはさらに悩み、ついにサビで順番に楽器が抜けていくというアイデアにたどりついたのです。最後のメロディーで、ホルンのラインがストリングスに受け渡されるところなど、自分でも気に入っています。ミュージカルで一人ずつ退場していくシーンを描いていただければ幸いです。ドラムを含め、全体のサウンドレベルのバランスについては、試行錯誤の繰り返しでした。基本的なアレンジは12月半ばに完成したのですが、録音についてはその後1カ月近く、トライ&エラーでした。冗談でなく数百回聞き直して調整をしたものです。
いずれ風組ベストアルバムをつくるつもりだけれど、その際には歴代のボーカリストさんに歌入れしてもらえたら。そして、この曲で作詞をやりなおして(くわもくんの出番だ)「ウイー・アー・ザ・ワールド」をやってみたいなあなどと夢想してます。
1998.12.6〜1999.01.31
丹後が1年の時のぺんぺん草に発表されました。ちなみに同じ号には安藤君の「失われた希望を求めて」と、丹後の童研デビュー作「笑顔は明日に」が載っています。
これはもう岐部ワールドと言ってもいい作品で、岐部さんにしかつくれない歌でしょう。岐部さんのことを知ってる人は少ないかもしれませんが、いつもニコニコと笑ってる、子供が大好きな方でした。今では本当にいいお父さんで、今年2月に遊びにいった時は本当に居心地のいい家庭を築いていらっしゃいました。そんな人柄がにじみ出た作品でしょう。「おいらはミルクマン」というフレーズは大好きです。(もっとも、岐部さんにデモ盤を聴いてもらったら「俺はこんな歌つくった覚えがねえぞ」とのことで、思い切りずっこけました。ご本人はすっかりお忘れのようです)
そんな温かさを表現したくて、こういうアレンジにしました。ジョン・デンバーです。テンポはちょっと遅めにしてみましたが、割と微妙で、心地いい速度だと思います。ミドルテンポというのは案外難しく、このテンポを生演奏でやるのは至難の技でしょう。デジタルならではです。昔、鎌田君がゴダイゴのガンダーラを指して、テンポが素晴らしいと評価した時、そういうものかと感心した覚えがあります。ミドルテンポのカントリーって、とても気持ちがよくて、大好きです。
1998.12.13〜1999.01.19
丹後が1年の時のミュージカル「モラッタ王国のお話」のオープニングテーマです。マジョンナ役は、山口喜久子さん。この歌が終わって、幕開けの最初のセリフが、作曲者自身による「マジョンナさん、マジョカナさん、宮殿からの使いのものです」という言葉でした。
アレンジの基本は、当時のまま。やはり丹後が手がけて、小椋桂の「思い込み」という歌のイントロを使いました。録音当時、丹後はベースを弾いたと記憶しています。我々の代にとっては初めてのミュージカル、しかもオープニングテーマということで、ことさら思い入れの深い歌です。このイントロを耳にするだけで、舞台で機織りしている喜久子さんの姿がありありと思い出されるのでした。
1998.12.14〜1999.01.31
だてポンにリクエストをいただきました。丹後が卒業してからの作品です。
なんともかわいらしい歌です。いかにも春の香りが漂っています。こういう歌は大好きですね。「創作童謡」には、作曲者の一妻君が「初めて載った」と喜びの声を書いています。素朴でかわいい、すてきなメロディー。「クロッカス咲いたら」のサビなんて、一度聴いただけで歌えちゃうから、とてもよくてきていると思います。
アレンジは、この素朴さを大切にして、素直にしました。当初、ギターは入れるつもりではなかったけれど、やはり曲想からどうしても欲しくなってきて、追加しています。「ママ〜」の部分は曲想が変わるので、アコーディオンにしてみました。また、バックのフレーズは高橋君に送ってもらったテープを参考にしました。当初はもっとスローテンポだったけれど、だてポンのチェックでテンポを上げました。だてポンいわく「アグネス・チャンのイメージ」だそうです。なるほど。言い得て妙。
「お嫁さんにしてあげる」と言ってくれた「球根」は、「求婚」にひっかけたのかな。だとしたら桑原君、ただものではないね。
1998.12.28〜1999.02.09
3年の時に古い創作同様の発掘作業をした際に見つけた歌。作者のお名前に心当たりはまったくなく、相当に古い歌だと思われます。当時一連の発掘作業をした中では、丹後が一番好きな歌でした。
「春がさ 来たからさ」と「沈丁花の下のネ」の二つのフレーズのメロディーがとても自然でかわいらしく、やさしげなので大好きです。歌詞はなんだか少し意味不明のところがあるけれど。「赤まんま」なんて、今どきの子供にはまったくわからないでしょうね。童謡というよりわらべ歌の感じです。
アレンジは少々地味にしました。もっと素朴でもよかったぐらいです。昼寝の時に聴いていただけたらうれしいな。
1998.12.14〜1999.02.07
宮原節のメロディーです。かわいらしい歌詞にかわいらしいメロディーが乗った、いかにも童研ならではの曲でしょう。
おやすみ中のキューピッドが起きてしまうような、楽しいアレンジにしてみました。丹後っぽいアレンジですね。自分の中の原点の一つにラグタイムとかディキシーがあるので、こうしたアレンジは大好きです。
1988.12.28〜1999.01.15
だてぽんよりリクエストいただきました。
知らない曲だったけれど、そのコンセプトの素晴らしさにびっくり。いかにも鎌田君ならではの世界です。まったく童研にはとんでもない曲がたくさん埋もれているものだ。
で、こういう曲ほどアレンジは難しい。サードアルバム「ゆうやけぐも」風にしようかと思ったけれど、まったく同じじゃつまらないので、また別の味付けをしてみました。誕生日に広島の祐子さんがヒーリングミュージックCDを送ってくれたのですが、その一曲目のパンフルートがとても気持ち良かったので、ここで利用させてもらいました。その他、ストリングスは極力抑え目に、かつ、厚くして、細かな動きをさせています。コーラスは「あー」とか「うー」とか、いろいろためして、結局「うー」だけに。でもこのアレンジが完成してからは、かなり気持ちよくて、繰り返し聴きました。
パンフルート、ブレス音が気になるかしら。管楽器もギターと並んで難しいところです。
1999.01.23〜1999.02.02
高橋君、だてぽんよりリクエストいただきました。ぺんぺん草未発表の高橋君のオリジナル作品。だてぽんから、こういう名曲がある、とは聞いていましたが、いや、異色の作品です。「別れても好きな人」をしのぐ名曲ですね。「渋谷」を「しぶたに」と読ませるセンスがこの作品の成功につながっています。
聞いた話ですが、これは明らかに不倫の歌であり、「そんな歌はよろしくない」とくわも君が意見して別の歌詞を用意。しかし高橋君は頑として受け付けず、結局オリジナルのままとなったそうです。
高橋君は丹後のもとへ自分で歌ったカセットテープを送ってくれました。高橋君、歌、すげえうまい。びっくりした。そのままCDに収録したいぐらいです。
受け取ってすぐにアレンジ。12月の忘年会で高橋君とだてぽんにわたし、チェックしてもらいました。その際、だてポンからはテンポ変更のアドバイス。高橋君からは、こまかなチェックをいただきました。その後、こちょこちょいじったけれど、結局1カ月後に一から全部譜面を書き直しました。書き直したはいいんだけれど、どうにもしっくりこなくて、しばらく置いておき、最終的に初稿と二稿をドッキングさせることにして、完成させました。難しかったのはテンポとサビのハモり。完璧ではないかもしれないけれど、ようやっとまとめあげました。もともとマイナー系の編曲が苦手ということもあり、苦労した点ではこのアルバム中、一、二を争うでしょう。
余計なことですが、歌詞の流れからみて二番のあとには道玄坂のホテルに入ったことは間違いないので、三番の前には間奏が必要だというのが、だてぽんと一致した意見でした。んなわけで、三番の頭も少し音をつやっぽくしてみました。一度カラオケで歌ってみたい曲だなあ。
1998.12.06〜1999.02.08
くわもくんにリクエストいただきました。丹後が大学二年の時の作品です。当時、ラグタイムギターに凝っていたので、典型的なコード進行の曲をつくりました。ちょうど約束していたデートでドタキャンをくらい、何もすることがなくなった下宿で、一人、ぼそぼそとつくった歌です。
アレンジでは、シンプルにフォークギターと縦笛だけにしてみました。このギター、運指上、実際に人間が弾くのは不可能な譜面になっています。本物のギターほど表情は出ませんでしたが。丹後がギターを抱えてぼそぼそと歌っている姿を思い浮かべていただければ幸いです。
1998.12.11〜1999.01.10
かなり懐かしい歌です。覚えてますか。丹後が入学前のものです。部会では定番の歌でした。
これは曲想を割と長くあたためてからアレンジにかかりました。それでも途中一度挫折し、再度、頭からやりなおしたものです。ギターがあまりそれらしくないけれど、感じは出てるのではないでしょうか。フルート、頑張ってると思いません?
これは自分でもアレンジしていてとても楽しく、我ながら大好きな編曲です。元気が出るよね。
1998.12.26〜1999.01.11
とんでもなく非常にカルトな曲です。果たして覚えている人は、いるでしょうか。丹後が2年の時のミュージカルの挿入曲です。確か夏の夜のシーンでバックに流れて、この曲の後にベイ・シティ・ローラーズ「サタデーナイト」に乗せてみんなで踊ったと記憶しています。副題の「Sunset Rag」とは、作曲時につけた名前。それをミュージカルの曲募集の時に使いました。夏の夕暮れのイメージで作曲した曲で、自分としてはけっこう気に入ってるメロディーです。
当時はピアノを英里子さん、ベースを伊豆原君、ドラムを田部井さん、ギターを丹後で担当しました。その時の雰囲気を尊重しながら、再アレンジしています。
1988.12.19〜1999.01.10
丹後が入学前の曲で、児童館などでもよく歌ったものです。けっこうファンが多かったみたい。
児童館での定番曲となると、だいたい基本的なアレンジはもう完成されています。だから風組も、それを尊重するか、あるいは思い切って壊すかという選択を迫られます。この曲の場合は、前者です。イントロはまったく童研バンドのまま。ベースのラインが印象的だと思いますが、これはベーシスト伊豆原君が当時得意にしていたラインです。確かポール・マッカートニーのフレーズだったのでは。エレキギターは残念ながらまだ表現がうまくありません。だから少々押さえ目にしました。
こういうアレンジとなると、やっぱりボーカルが欲しくなりますね。
1998.12.23〜1999.01.31
だてぽんよりリクエストいただきました。初めて見る譜面でした。
なんと爽やかな歌なんでしょう。「夏のびんづめ」というフレーズは大好きです。夏のキラキラ感が非常によく表現されている詞と曲だと思います。このお二人、他にもたくさいい歌を残されているようですね。後輩が頑張っていたのを知ると、とてもうれしく思います。
そのキラキラ感を大切にしたアレンジを心がけました。デモ盤をくわもくんに聴いてもらったら「夏のキラキラ感が出ている」と言ってくれたので、とてもうれしかったなあ。気を使ったのは、タンバリンでした。ノーマルだと音が出すぎて耳障りになるし。このあたりは難しいところです。なお、このイントロ、当初はコスモスに使うイメージでした。結局「夏のびんづめ」に使ったので、コスモスは別のアレンジに。コスモスに苦しんだのは、このあたりにも理由があったのでした。
1999.01.14〜1999.01.31
「はらこ」こと、原山さんの作品。彼女は地味ながら落ち着いたセンスのいい作品をいくつか残しています。
夏の夕暮れの雰囲気を大切にしたアレンジにしてみました。リコーダーの音のバランスに苦労しました。なにしろ大きすぎると、耳に突き刺さっちゃって不愉快だし。結局押さえ気味にしましたが、全体としてギターが大きすぎたかもしれません。そのギター、まだまだ表情づけが不十分かなあ。このあたりは、課題です。
1999.01.11〜1999.02.01
高橋君からリクエストをいただきました。初めて聴いた曲でした。
この歌は出だしの「明日は父さんが港を出る日」というフレーズが秀逸です。この1ラインだけで、この歌で描かれる世界のすべてが瞬時に浮かび上がってきます。書けそうでなかなか書けないフレーズだと思います。また、詞全体でも「寂しい」とか「早くかえって欲しい」とかの感情表現が一切述べられていません。それでいて「ごはんよそいながら」という日常行為の中に感情が精いっぱい込められている。見事な詞だと感心しました。
アレンジは、吉田拓郎の「都万の秋」という曲を意識しました。70年代フォークの感じです。ハーモニカ、もっとブルースっぽくできたらよかったけれど、そのあたりの表現力がまだ力不足です。
1999.01.13〜1999.01.30
だてぽんの調べで、詞はこの年の6月に、曲は秋の号に発表されたことがわかりました。静かで地味な曲だったという記憶があります。
詞の内容からここに入れたいと思い、ずっとアレンジをどうしようかと考えていました。頭にピアノの練習曲を入れようというアイデアはすぐ思いついたのだけれど、さて、とずっと悩んでいたのです。そしてある日、仕事で大宮から埼京線に乗り込んだ瞬間、このアイデアを思いつきました。埼京線とはまったく関係ないアレンジだけど。ところが実際にアレンジを始めてからは、これでいいのかと自問自答。オリジナルよりテンポがかなり遅いし。しかし一番が終わって間奏のところで、「別れの曲」で丹後が最も好きなメロディーを使ったところ、スムーズに曲調を変えられることを発見。そのまま一挙にやっちゃうことにしました。
ピアノ、とっても下手です。ショパンの譜面をそのままコンピュータに演奏させたのだけれど、だめですねえ。いかに人間の表現力がすごいかがわかります。まあ、この曲のコンセプトからして、あまりうまくないほうがいいので、よしとしましたが。
そんなわけで、遊んじゃいました。伊達君、およびフレデリック・ショパンさん。お二人の先生にはどうか見逃してくださいと頭を下げちゃいます。ちなみにChopinを「チョピン」と読んだのは、Bachを「バッチ」と読んだというあの方です。
1999.01.24〜1999.02.08
伊豆原君、3年の時の作品。前作「春」と同じ時期の発表でした。しかしこのタイトル、なんとかならんかったのか、いずちゃん。苦笑してしまった。
この曲も、セカンドアルバムに入れようと思って夏に挑戦し、挫折した作品です。結局、イントロだけ残し、再度やり直して入れることにしました。三番のドラムのパターン変えはちょっと冒険。そんなに違和感はないと思いますが。あとは、ハーモニカ。ブルースさせたいのだけれど、まだやり方がわからない。今後の課題です。これができればギターの表現力ももっと増すのだろうけどなあ。
なお、各曲に制作期間を付していますが、言うまでもなく、その間かかりっきりだったわけではありません。ずるずると長く手を入れ続けたものもあれば、とっかかりの後はほったらかしにしていた曲もあります。この曲と「越後路」の制作期間が異常に長いのは、セカンドアルバムの時からほったらかしにしていたためです。
1998.07.05〜1999.01.31
だてポン、祐子さんからリクエストをいただきました。名ドラマー・佐竹君唯一の作曲作品です。実はこの曲の募集の時、丹後も同じ歌詞で作曲したのですが、投票で落ちてしまいました。また、伊達君も敗れてしまいました。伊達君と丹後の二人を打ち負かした、強力な作品なのです。
今回のアレンジでは、だてポンより当時の譜面とピアノ譜を送っていただき、急きょ入れることにしました。ピアノは千葉ちゃんだったそうです。そのピアノ譜を忠実に再現し、他の味付けをしてみました。テンポが難しくて、何度が録音し直しています。曲のテンポって、その時の気分でだいぶ感じが違うから、なかなか微妙なのでした。
1999.02.05〜1999.02.09
丹後が2年の時の作品です。サビの部分がとっても難しいメロディーの歌でした。
どんなアレンジにしようか、ずっと悩んでいました。ごく普通のアレンジならばさくさくっとできちゃうタイプの歌だけど、それじゃつまらない。さて、どうするか。いろいろ考えて、実はあっと驚くロックバージョンというのをつくりました。かなり実験的な要素を入れてみた、不思議なロックバージョンが途中までできたのです。しかし、あまりに実験的で、どうにも納得がいかず、一度は収録をあきらめかけたものでした。
でも全体の流れからすると、これはどうしてもはずせない曲。そんな苦しみの中から、ボサノバにたどりついたのです。
今回、ギターを多用しているので、これもギターメインだとしつこくないかという懸念はあったのですが、全体のバランスから、まあ、なんとか許容範囲と思っています。
編曲過程で苦労したのは、メロディーどりでした。三連を多用し、わざとくどさを出し、かつやり過ぎないようにという配慮はしたつもりです。二番のストリングス、ちょっと気に入ってる。全体に風に揺れるコスモスの感じが出ていると思います。
幻のロックバージョン、聴いてみたい人、います?
1998.12.19〜1999.01.30
ああ、とうとうこんなことをしてしまった。静かな秋の夕暮れのはずが、台風15号がやってくる夜更けになってしまって、木の葉も木の実もひゅるるると飛んでいきそうだ。もっと正調のアレンジにしたほうが無難じゃないか。いやいや、これを思いついてしまったからには、自分で自分を止められない。怒られないか。怒られるだろうなあ。でも、中山さんなら、昔さんざん怒られたから、今さら怒られたっていいや。てな気分でのアレンジです。
風組では、メロディーやら曲想を大幅にいじるのは、自分の作品だけと決めていました。しかし、これは禁を破ってしまいました。だって当たり前に「シクラメンのかほり」のアレンジをしたら、つまんないもの。でも結果として本人はかなり気に入っています。ブラスの音のバランスには苦労しましたが。
「カサカサカサルル」というフレーズは秀逸。ポンちゃんの作詞能力にはいつも脱帽です。
この曲をリクエストしてくれただてポンは、果たしてどんな感想をおもちでしょう。
1999.01.19〜1999.02.07
伊達君がまとめられた「創作童謡全集」に載っていました。とってもきれいな曲です。
だてポンによれば、これは曲が先に発表されて、詞が後からになったとのこと。手元には割田さんの詞しかなかったのですが、だてポンが桑原君の詞を送ってくれました。割田さんの詞もシンプルで情感あふれる素晴らしいものだけど、桑原君の詞には一読びっくり。これはとてつもなく凄い詞です。「たばねた手紙を雪に埋め」というフレーズには身震いしました。この詞でこの曲を前川清か都はるみが歌ったら、とんでもない作品になるでしょう。
この曲、最初に取りかかったのが98年の夏でした。セカンドアルバムに入れようと思ったのです。しかし結局挫折。今回、改めて挑戦しました。イントロがいかにもっていう感じなので、ちょっと迷ったけれど、「ささやき」の後に聴くと割と自然に入っていけることがわかりました。二番は、サードアルバム「あお」編曲だてぽんの匂いを入れてみました。エンディング、ちょっと気に入ってます。雪の中をしんしんと歩いていく感じか出せたかな。ジングルベル、迷いましたが残しました。バランスを取るのがちょっと難しかった。これより低いとドラムにかぶっちゃって聴こえないし、大きいとうるさくなっちゃう。ようやく使えるようになった「Cubase」というソフトは、そのあたりいくらでも調整できるので、きりがないのでした。
1998.07.18〜1999.02.07
だてポンからリクエストいただきました。丹後が卒業してからの作品です。
最初に譜面のメロディーを追いかけた時、そのきれいなメロディーにびっくり。素晴らしい作品だと思いました。
丹後の場合、アレンジに際してはまずおおまかな曲想を決定してから作業にかかりますが、この作品ではあまりイメージを固めずアレンジを始めました。それでも途中「昴」にならないようにと、気をつけたつもりです。ホーン中心に仕上げましたが、途中のギターとオルガンがメロディーをとるところは、これでいいのかと少し悩みました。あと、ベース、少しいじりすぎかなと思ったけれど、歌わせているから、よしとしました。スネアロールのドラム、いい感じでしょ?
これも基本アレンジは12月中にできたのですが、その後、細かな強弱の表現など、何度も手を入れています。特に間奏のギターは難しかった。出過ぎても押さえすぎても不自然だし。何度も試行錯誤して、そのたびCDに焼き、いくつかのオーディオで聞き返すという作業を繰り返しています。
1998.12.14〜1999.02.09