ネリマの畑の真ん中で 2007
2007.12.02
2007.12.01
2007.11.26
2007.10.21
2007.10.11
2007.10.07
2007.10.01
2007.09.29
知らない人はまったく知らなくて、知ってる人にとっては「なんでこんなに有名なのに知らないんだ、常識だろ」となるのが、池袋の「いけふくろう」である。
取材1、原稿。
夜になってアマゾンから届いたのは、これ、「和幸」。
2007.09.17
2007.09.14
2007.09.09
2007.08.27
2007.08.24
宮崎アニメで一番好きなのが「風の谷のナウシカ」で、今でも一人で再現できるほど、何回も観たぞ。
2007.06.24
二大危険施設が隣り合わせの場所なのだな)、温泉に入った人が休むコーナーがある。ここをのぞいたら、なんと舞台では劇の真っ最中だったのだ。
2007.015.13
2007.05.06
2007.05.04
石神井公園駅前の居酒屋・はなの舞で、相も変わらず「野球チームをつくろう」「オレ、監督ね」「オレ、補欠ね」「オレ、遅刻ね」と中身の薄い盛り上がりをしていたパパ連中は、突然、同席していた中に有力な戦力のいることに気づいたのである。そう、天才サッカー少年のヒロくんである。
富士額をしたアメリカ生まれのネズミをボスとする集団が、日本にやってきてマジックショーをするというので(浦安のとは幽体離脱しているらしい)、国際フォーラムまでいそいそと出かける。
2007.04.15
2007.04.14
取材3。
原稿。
原稿。
朝からちゃんと働いて早々に仕事を仕上げ、午後から一家で一路渋谷はNHKに向かった。そうなのである、本日、我が家の娘が「お母さんといっしょ」に出演するのである。息子に続いて、きょうだいでNHKデビューなのである。ふふふ、芸能一家か、おれんちは。
子供番組というのは子供のでき次第だから、とにかく事前にいかに雰囲気を作るかが重要だ。そのときの様子からモニターで見ることができる。
娘3歳と7ヵ月。生まれて今まで、実は一度も髪を切ってなかった。2007.02.15
どうしようかなあーとずっと迷っていたけれど、とうとうダウンロード購入してしまったよ、一太郎。
ATOKのユーザー登録していたから、安く買えるらしいというのがわかって、決断したのである。あんまり意味ないんだけどなあ、と思いつつ。
長い時間かかってダウンロードして、どれどれ、エディタモードを使ってみなければ、と試してみたのだが、ううーん、ちっとよ使った限りではフリーのエディタのほうがずっと使い良さそう。やっぱり無意味だったかなあ。ちょっとは文章が上手になるかと思ったんだけどなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」
2007.02.24
いやあ、一気に寒くなりましたなあ。真冬並みですぜ、旦那。
てなことはともかくとして、いまいちよくわかっていないのが、パスモである、PASMO。/FONT>
JRのスイカ、私鉄・地下鉄のパスネットが一緒になったICカードらしくて、これ一枚があれば私鉄もJRもすーいすーい、乗り換えの精算も不要というわけだ。おお、便利じゃん。そらにカードと提携すれば足りなくなったら自動引き落としされるらしい。おお、ちょー便利じゃん。
そんなに便利なら、それ欲しいなあ。
と、ここまできて「では、どこでこれが買えるのだ?」となった瞬間、立ち止まってしまうのである。そうなのである。欲しいけれど、どこで買ったらいいかわからんのである。
まあ、それでもスイカをそのまま私鉄でも使えるというわけだからスイカを使えば問題はないのだが、それを自動引き落としするにはどうしたらいいのか、となったとたんにオレはまた立ち止まってしまうのである。
しかもオレは西武線の人間。望んだわけではないが西武鉄道からもはや逃げられない運命なのである。ならばここは身も心もカードも西武に捧げようという覚悟なのに、はて、西武のパスモにセゾンから引き落とすにはどうしたらいいのか、さっぱり見当がつかないのだ。
うーむむむ、誰が詳しく教えてくれえ。できればオレの代わりに申し込んでくれえ。NT>
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「ゴルゴ13」「美味しんぼ」「こどもとおでかけ」「YOMIURI PC」
「暁のひかり」藤沢周平・文春文庫。運命に逆らえず落ちていく市井の人々の話。けっこうせつない話が多かったなあ。こういう人情話はなかなかによろしい。
2007.02.23
取材1、原稿。
朝8時過ぎに満員の快速に乗って池袋駅へ。
うじゃうじゃと人が流れている池袋駅に到着したら、なにやら大きな声がする。なんだなんだ、朝っぱらから。
改札をヌケたらその声はますます大きくなり「国民新党でえーす。おはようございます、国民新党でえーす」と聞こえてきた。まったく選挙が近くなるとにぎやかなことよのう。
そのままずんずんと声のする方に近づいたら、というか、改札の真ん前に集団がいるからどうしても近づいていくのだが、その声の中心にいる人物がなんと亀井静香であることが判明。
うひゃひゃひゃー、あの大物がだよ、朝の8時にだよ、こんな場末の池袋駅の改札に立ってだよ、チラシを手にしてニコニコしながら「国民新党でえーす」って一人ひとりに配ってやんの。
なのに朝の忙しい時間帯だから、せっかくのチラシも受け取る人がほとんどいない。声だけが大きく響き、ニコニコの大きな顔がますます大きく見えてくる。
いやあ、少数野党の悲哀だよなあ。自民党に残っていたらこんなこともなかったのになあ。やっぱり大企業に入ったら、起業だなんだと甘いこと言って飛び出さないで、長いものに巻かれて地味に生きるのが一番ということだよなあ。うーん、教訓、教訓。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「FRIDAY」元モー娘。で喫煙写真の加護ちゃん、単独インタビューに応じる。喫煙写真をスクープしたのが当のフライデーだっていうのに、どんなバーターがあったのか。想像ではありますが、おそらく男性がらみのネタを撮られてしまい、それと引き替えにインタビューに応じたのではないか。どうでもいい想像だわな。それよりも亀井静香の胸の内を想像する方が面白い。
「闇の梯子」藤沢周平・文春文庫。町人ものは好きだけれど、武士ものはすんなり入っていけないなあ、オレの場合。
2007.02.22
取材5、原稿。
午前中に2人取材して午後に原稿を書き上げて夜に3人取材するという効率がいいんだか単にいいように使われているだけだかわからん状態の一日を過ごす。
そんな中でも収穫はこれ、雑誌「酒とつまみ」である。
日垣隆のメルマガで紹介されていて、あわてて定期購読を申し込み(中身も見ないうちにだけれど)、ついでに手に入る限りのバックナンバーを買おうと編集部にメールしたら1号分しかなくてがっかりだったけれど、ともかく速攻で手に入れた第8号と9号を読んだわけだよ。で、これが大当たり。いやあ、面白かったあ。
「酒とつまみ」という題名の通り、酒にまつわるどうでもいい話ばかりの雑誌である。たとえばここには名店の紹介や酒のうんちくなど、一切ない。いかに酒を飲んでバカな日々を送っているかという記事ばかりなのだ。
例えば第8号の巻頭特集である。テーマは「立ち飲み」だ。
どんな立ち飲みが理想なのかを追求すべく、ここでは編集部員がシェーの格好で何分間飲み続けられるか、コサックダンスで何分間飲み続けられるか、ヒンズースクワットではどうか、ということを実際にテストし、結果を載せているのである。つまりまったく何の役にも立たない特集であり、アホである。コサックダンスしながらだと酒がこぼれてしまって7秒しか飲めなかった、と教えられてもねえ。
インタビューコーナーのゲストは井筒和幸。大阪時代に酔っぱらった話がどえらく面白く、泥酔して何人かで力を合わせて道路標識をぐにゃーっと曲げた騒動では大笑い。なんでもそのときは誰かが標識の上に乗っているのが決まりだそうで、ぐにゃーっと曲がって下降する瞬間がたまらないのだそうだ。ここを読んだときは電車の中で腹をよじって笑ってしまった。
9号では松尾貴史がゲスト。酔っぱらって内田裕哉にからまれた話が爆笑もの。テストでは、イカを干して作ったイカグラスで何時間酒が飲めるかということを実験している。
なんでこの雑誌、今まで見逃していたのかなあ。悔しい〜っ。置いてある書店が限られているからしょうがないのだけど、例えば静岡では扱っている書店はないからキベさんが読むには直接申し込むしかないわけである。読みたくなったでしょ、キベさん。
いや、キベさんだけではない。酒の好きな人は必読である。
「御時間のほうは?」「お飲み物のほうは?」と聞いてくるほーほー兄ちゃんのそろった居酒屋で、「ヤッコは木綿か?絹か?」とたずねたら、兄ちゃんに「ヤッコは豆腐です」と答えられてしまったという松崎菊也の激怒エッセイなど、いやあ、絶品の味わいですぜ、旦那。
一応季刊らしい。だが1年に4冊出ることはないらしい。つまり遅れに遅れるのだ。
この無法ぶり、好きで勝手にやらしてもらってる感は、創刊当時の「本の雑誌」にそっくりだ。かつて「本の雑誌」をむさぼり読んだように、これからは「酒とつまみ」をむさぼり読むのである。当然だが、飲みながら。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
「プロの音プロの技」永野光浩・スタイルノート。いやあ、これもまた久々の目うろこ本だあ。秋葉原の行きつけの楽器屋で見つけて買ったのだけれど、DTMのTIPSが山ほど。ページをめくるたび「おお、そうだったのか」という発見があって、めぼしいところのページを折っていったらぶくぶくになってしまった。近く再び読み直して、今度はちゃんとノートをとる予定である。そうである、おれはちゃんと音楽活動用のノートというものをつけているのである。マメだよなあ。
2007.02.21
取材2。
なんの予告もなく、大阪のヤマグチから「今東京にいるんだけど」という携帯メールが来た。だから何なんだと思ったが、あまりに見え見えなので仕方なく「では飲みに行こうか」と誘いをかけたら、もったいぶってる文面の割には速攻で返信。なんとも食いつきのよすぎる男なのだった、ヤマグチは。
えーじくんも誘って、場所は飯田橋のおなじみ・鳥よし。本日は豪勢に厚揚げ一気に二人前を注文だ。
本日の一等賞は、ヤマグチの「今だから話せるバブルの痛い話」に決まり。いやあ、人の不幸は蜜の味。笑えるぞ、この話は。知りたい方は直接本人までどうぞ。
えーじくんから、紳士服の割引券をもらう。オレがいつもスーツを買う、あの「2着目は1000円」というバカ商法で有名なコナカの割引券である。おお、と喜んでいただいたものの、券面をよく見れば「有効期限12月31日」とある。
てめ。このやろ。オレにハジをかかそうとたくらみやがったな。
えーじくんの首を締めてやったら、涙目のえーじくん、「ボ、ボクも知らなかったんです」と青息吐息。なんだ、こいつがだまされてたってわけか。えーじくん、だまされてはいかんよ。
というわけで、まもなく有効期限内の割引券が郵送によって届くはずである。きっとそうである。待っているのである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「女子と鉄道」酒井順子・光文社。女子だが、鉄道好きの筆者による旅もの。「が」を多用する文章で読みづらかったが、「鉄道の本質は母性である」との喝破はお見事。内容の割には高かったが。
2007.02.20
原稿。
駐車違反の取り締まりが一気に厳しくなって、クルマを使って移動している営業マンとか、飲料などの配達をしているトラックはかなり困っていると思う。
ところが、本日聞いた話なのだが、そうした一部では駐禁対策としてあえて助手席用の人材を雇い始めたそうだ。それも軽度の障害を持つ人材が多いらしい。
聞いたケースでは、バリバリと働いていたのに鬱病にかかって退職。仕事も家族も失った今も病気は回復していないという50代の男性を、助手席に座らせているそうだ。もちろんきちんと相応の時給を払っている。
聞けばこの男性は名のある大手メーカーで相当に地位にいて1500万円ぐらいの年収を得ていたらしい。それが鬱病ですべてを失い、今は一人暮らし。社会復帰は望めないそうだ。
そういう人に社会との接点を与え、しかもきちんとした時給を払っているんだから、駐禁対策要員というのも社会的に意義あることだわな。いいことだと思うぞ。
夜、三軒寺の魚せいへ行く。最近はここのしめ鯖が絶品。
本当にイキのいいのを締めているから、口に含んだとたん、とろけるような柔らかさなのだ。新鮮だから過剰に酸味をきかせる必要もない。本当に旨いんだよなあ。
そのしめ鯖をつまみに、久保田千寿を二杯。先週、今週と客の入りが悪いらしく、オヤジはカウンターに座ってビールをあおりながら愚痴をこぼす。
しょうがないって。2月だし。だいたい商売なんてそんなもんだべ。晴れる日もありゃ降る日もあるわな。
映画「のど自慢」の名台詞をパクってオヤジを他人事のように適当になだめつつ、オレはビッグコミックオリジナルとSPA!に目を通し、しめ鯖を食う。
いい気分で帰ってきて、テレビを見ている母ちゃんに「ただいま」と告げて風呂に入る。
風呂上がり、パソコンでメールをチェックしたら、まったく見知らぬ人からメールが入っている。なんだべと思って見たら、大阪の男性の方からで「日記見ています。CDください」というものだった。
げげっ。マジかよ。
このような日記を読んでくださっているまったく未知の方がいらっしゃるとは、驚愕。しかもCDを聴いてくださるとは、なんとも慈愛にあふれた方だろう。
オレはちょっと感動し、これからはもう少し正しく生きなければ、もっとまっとうな日記にしなければと悔い改めたのだった。もちろんCDは速攻で発送。
いやもう、聴いていただくだけでありがたいお話です。マジで。大喜びでお送りさせていただきます。
テレビを見ていた母ちゃんも、それを聞いてびっくり仰天なのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「ビッグコミックスピリッツ」今週はお買い得。"弁護士"に"岳"に、おお、高橋留美子の読み切りだ。読み応え十分である。あの野球マンガは早く終わらせて欲しいが。
「SPA!」相変わらず神足のコラムが秀逸。この2ページを読むためだけにこの雑誌を買っているようなものである。
「気まぐれコンセプト クロニクル」ホイチョイプロダクションズ、小学館。全部で970ページ以上の厚さ。当然、机の上に簡単に立つ。重量はなんと1kg。お、重いっ。買ってから読了まで6日かかったコミックは初めてだ。2200円の元は取れる。もっとも驚くべきは、23年分の連載の集大成なのにそれだけの年数を感じさせないワンパターンぶり。いやはや、ここまでパターンに徹すれば、それは確かに寅さん以上だ。読了に6日かかったのも、ワンパターンすぎて一気に読むには辛い、という面があったからだ。あと重くて電車の中では厳しい、というのも理由だけれど。
2007.02.19
取材2。
「好き」を仕事にできる人は、おそらく少数派である。そして、「好き」を仕事にするのは幸せなことかどうかは、人によって判断の分かれるところである。
ただ、間違いなく「好き」を仕事にしていてハッピーな人たちというのがいる。鉄道写真家だ。
鉄道好きには写真好きが多く、珍しい列車の通る駅にはカメラ小僧が鈴なりであるのは周知の通り。その趣味が高じてついには鉄道写真で生計を立てるようになった人たちが、鉄道写真家なのだ。
彼らは鉄道に関しては恐ろしく詳しい。例えば晴れた日に富士山を背景にして700系新幹線を撮影するにはどことどこが最適であるが、某所と某所は最近警備が厳しいので立ち入れない、といった情報がたちどころに出てくる。
驚くことに鉄道写真家たちは、仕事でさんざん鉄道の写真を撮っているのに、休みができると貴重なその時間を使って再びまた鉄道の写真を撮りに遠出するのだ。恐るべし、鉄道写真家。
オレもそんな鉄道写真家の知り合いがいる。本日久しぶりに一緒に仕事したヤマザキ教授である。
教授は愛車の三菱デリカを運転して取材場所に現れたが、クルマの中になぜかタオルが干してある。どうしたのかと聞いたら「今まで三重でロケで、車中に泊まって風呂は銭湯で済ましていたからタオルが干してある」とのことだった。
そうである、鉄道写真家とは野宿を好み、始発電車のシルエットを収めることに命をかけているのである。恐ろしい執念である。
このヤマザキ教授には実は爆笑もののエピソードが山ほどあるのだが、本人の承諾を得ていないのでここには書けない。
クルマ好きのタクシー運転手ってあんまりいないような気がするけれど、鉄道好きの鉄道写真家はけっこういるのだった。ときどき、ちょっぴりうらやましくなるけれど。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」東京マラソンは石原都知事の三選狙い。って、今さらそんな与太記事とばされてもなあ。
2007.02.18
ジャマダ電機という家電量販店がある。オレの近所にも、実は2店ほどある。
以前住んでいた江東区の家に近くにもあった。
その江東区の店で買い物したとき、なんつーことのない買い物だったのにやたらと時間がかかってげんなりしたことがある。なにしろ夕方のレジラッシュの時間帯だというのに開いてるレジは一ヵ所のみ。長い行列を尻目に、他のレジでは知らん顔してカネ勘定しているのだった。
以来、この店はバカだと思い、使わないようにしていた。
本日は近くの中華料理屋で食事するのに駐車場がわりに使うことにし、警備員がじろじろと見るので、仕方なくビデオテープでも買おうかということになって、久しぶりにジャマダ電機を利用した次第である。
まあ、ジャマダ電機に限ったことではないが、ここでも例のポイントカード攻勢だ。ポイントカードにはほとほとうんざりである。
こちらも例によって、いりませんと速攻で返事。相手は不思議な顔をしていた。
まったくネコもヘチマもポイントカードで、それ以外にやることはないのかね。
で、その中華料理であるが、ネットでの評判通り安くて本格的に旨くてよろしかったのだが、真っ昼間から地元の酔っぱらいがビールだ焼酎だと盛り上がっていて居酒屋状態だったのにはびっくり。旨いけどなあ、うーん、惜しいなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.02.17
こないだ行ったばかりだというのに、今日もまた行きましたよ、こども動物自然公園。こないだは大変混んでいたけれど、今日はガラガラ。なんでえ? この格差は不思議だ。
ブタや山羊が放し飼いになっていて、うさぎとモルモットにさわれるコーナーがある。子供らは大喜びだけど、このコーナーは当然のように糞だらけ。あちこちに落ちている糞を踏まないように、子供に「気をつけて」「危ない」と注意する親の叫びが響くのだった。
夜は、息子と二人で魚せい。
久しぶりだったのでけっこう飲んで酔っぱらってしまった。いかんなあ。
帰ったら宅急便の不在通知が入っていて、ジャストシステムのATOKの最新版が届いたらしい。
予定ではもっと早く届くことになっていたのだが、実はジャストシステム、出荷直前になって一部の製品にけっこうな不具合のあることが発覚し、あらゆる製品の出荷をストップしてしまったのである。
不具合があったのは一部の製品だったこと、しかしすべての製品がすでにヤマト運輸の倉庫で梱包が終わって出荷寸前であること、どの製品に不具合があるのか事実上確かめようがないこと、そのためやむを得ずすべての製品の出荷を停止したことと、事態を正確かつ詳細にメールしてきて、その姿勢には好感が持てた。
しかし担当者は真っ青だったろうなあ。深くご同情申し上げます〜。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.02.16
原稿。
生活習慣病という言い方はあんまりよいとは思わないけれど、それは今は置いておくとして、生活習慣病になるには長年の悪い生活習慣によって、どっかの時点で臨界点を超えてしまったことで発病するわけだ。
つまりこれって今の地球環境の問題と同じということか。
別にゴアの本を読んだからというばかりでなくて、この冬の気候を思うと、あるいは得体の知らない新しい病気の出現を思うと、ぼちぼち人類も臨界点を超えつつあるのではと思ってしまうのだ。
恐ろしいことに、シベリアでは温暖化で凍土が解けたため湖の面積が拡大し、地中のメタンガスが大量に放出されているという。うーむ。
メタンガスっていうのは二酸化炭素などよりよっぽど温室効果が高いらしく、これが吹き出すことでさらに温暖化が進み、それがなおメタンガスの噴出を加速させるという最悪の循環がささやかれている。つまり地球自体が自爆へと歩み始めているというわけだ。NT>
こうなってくると二酸化炭素の抑制などというレベルではなく、人間の手ではもう止めようがないらしい。ってマジよ〜。
ところで最近ビブリオ・バルニフィカスという感染症が静かに流行しつつあるそうだ。これは感染すると体がどんどんと腐っていき、5割から7割の確率で死亡するという。たいへんに恐ろしい感染症なのだ。
既に西日本で多く感染例があり、徐々に東日本にも拡大中。今のところ最も多いのは愛知県で既に10人が死んでいる。うーむ。
感染は、夏季に近海産のサカナ、貝類、カニ、エビを生で食うことによるケースが最も多い。万一食べたとしても健康な人ならば下痢程度で済むが(ホッ)、免疫が低下している人はたちまち発症して、症状が急速に進むという。うーむ、夏場の寿司と刺身はヤバイというわけだ。
この感染症が北上しているのも、温暖化によるものであるそうだ。うむむむ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「FRIDAY」そのまんま知事に喧嘩をふかけている。ちょっと注目。場合によっては面白くなるかもしれない。「SPA!」ファミレスや居酒屋チェーンやらの裏側をリポート。不二家の事件にひっかけて「食」の安全の腐敗ぶりがあかされている。いや、そのすさまじいこと。生野菜を漂白剤で洗ったりしてるんだよ〜。今週号は必読。まだ売ってるかなあ。
「不都合な真実」アル・ゴア。集英社。書店で山積み、テレビでもプッシュと、ヘビーローテーションのプロモーションだ。どうせ企画ものと思って手に取ってみたら、とんでもない、なかなかに重く、鋭い内容だった。地球環境の立ちゆかない現状に、愕然としてしまう。それにつけてもブッシュというのは史上最悪の大統領だ。なんであんなのをアメリカはトップに選んでしまったんだろうなあ。2800円。安くはないけれど十分それに見合う本である。グラフィックも必見。
2007.02.15
打ち合わせ2、原稿。
「百匹目の猿」という有名な話がある。生物学者ライアル・ワトソンが唱えたものだ。
宮崎県の幸島に棲息する猿の一頭がイモを洗って食べるようになり、それを真似て同じようにイモを洗って食べる猿がどんどん増えていき、ある一定値を超えると突然場所を隔てた大分県高崎山の猿の群れでも同じような行動が見られた、という現象だ。
これが拡大解釈され、人間にも同じようなことが起きるはずだということで、じじ殺しで有名な某シンクタンクが経営者への説教に使うようになった。つまり思いは必ず叶う、という訓話ですな。
あげくに、たとえ一人が念じたことであってもやがてそれは周囲に伝わり、次第に世界は変わっていくはずだ、というスケールの大きな話に昇華していき、世界平和はそこから始まるのだ、という話になってしまったのである。
もちろんこの「百匹目の猿」という現象はまったくの嘘、でっち上げである。
オレの記憶では犯罪学者のコリン・ウィルソンが公開質問状で問い詰めたらライアル・ワトソンが「嘘でした」と認めたということになっている(ネットで調べたら、ウィルソンの名前は出てこなかったけれど)。
さすがに今時、この「百匹目の猿」を口にする経営者はいなくなったが、まあ、ナントカ革命という本がはやった当時はけっこう耳についたものだった。
つまりあれですな、みんなが願えば世界は平和になるなんていうのは、嘘っぱちというわけですな。きれいな話は眉に唾つけて、ということですな。
それでいけば、どうにもオレはジョン・レノン「イマジン」という歌が胡散臭く思えて仕方ない。
願っていれば世界平和はやってくる、オレ一人じゃないんだぞ〜って、そんなふうに歌われたって、んなわけねえじゃん、と思ってしまうのだ。そういう嘘くさいメッセージを陳腐なメロディーに乗せて歌って、ああ、ご苦労さん、てなもんだ。
比べたら申し訳ないが「子守唄で子供は寝ないね。子供はただ眠いから寝るんだよ」と言ったポール・サイモンのほうが、歌というものの本質をきちんととらえていると思う。
たぶん今の日本という国のありようを、これでよいと思っている人はほとんどいないだろう。
少子化問題、年金問題、教育問題、耐震偽装問題、少年犯罪問題、どんなもんだい。ありとあらゆる問題が、回転寿司のように次から次へと押し寄せてくる。それがこの国の現状だ。
こんな国を作ってしまった主役の団塊の世代は今になって昭和30年代を懐かしんでいて、爆笑問題の太田なんとかが喝破した「それって自己否定じゃん」という言葉にオレは、膝ポン!なのだった。
ともかくそうした問題が次から次へと押し寄せてきて、格差しちゃってる日本という国が、どうにもしょうもない国になってしまっている。
不思議なのはさあ、誰もが、本当に誰もが「この国は困ったことになったなあ」と思っているにもかかわらず、ちっともよくなろうという兆しがないことだよねー。
政治家も、学生も、おばちゃんも、サラリーマンも、みんながみんな「この国をなんとかしなきゃ」って思っているのになんともならないってのは、これはやっぱり願いは願うだけじゃ実現しないんだよーんと、猿があかんべしているからだと思うのだ。
動かそうとしないと、時代は動かないのだよ。
ところで最近、息子の幼稚園では「チョー」という言葉がはやっているらしくて、息子は「チョーねむいー」とか「チョーさむいー」とか、口にするようになった。察するにこれは、かつてチョーチョーとうるさかったコギャル世代がお母さん世代になって、その口癖が子供にうつったということだろう。
もちろん「チョー」などという接頭語はよろしくない。バカに思われてしまう。妻も「やめなさい」と注意している。
そこでオレは「チョーと言うな、代わりにゲロと言え」と教えてやった。素直な息子は「ゲロおいしいね」「ゲロたのしいね」と言っている。
もちろんオレが妻に激しく怒られたのは言うまでもない。残念ながらゲロは中止。今は代わりに「タコ」と言わせようかと考えているところである。
閑話休題。
そんなふうにタコどうしようもない国家である日本であるけれど、しかししかし、考えてみれば半世紀以上外国から攻められたことはなく、内戦もなく、宗教紛争もなければ民族紛争もなく、身分制度もなくて、格差社会と言いながら飢えはなく、新聞を開けば毎日山のように求人広告が掲載され、踏切に立ち入った自殺志願者を救って我が身を犠牲にした警察官の美談が多くの人の心を動かすというこの国は、世界の中ではかなりどうしようもなくない国なのかもしれないな。
そんな思いも、けれど、目を一転して地球規模での変動に向けてみれば、暗澹たるものに変わってしまうのだった。
つまりこの暖冬は、どうも考えてもヤバイってば。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
2007.02.14
原稿。
時間が空いたので、大泉まで映画を見に行った。広末涼子の「バブルへGO!!! タイムマシンはドラム式」である。
オレが7年間のサラリーマン生活に見切りをつけてフリーランスに転身したのが昭和63年、つまり1988年の6月21日。今振り返れば、世の中はバブルの絶頂期に向かってまっしぐらという時期だったわけだ。
もちろん当時はそんな意識はなかったし、バブルだから独立したという思いもなかった。ただひたすら忙しく、来る仕事を右から左へとこなしていっただけだった。
この映画ではあの当時の狂ったような世相が描かれている。
なにしろ12時を過ぎてタクシーをつかまえることなど、至難の業。喫茶店で時間を潰しながら、順番に誰かが道路に立って手を挙げ続け、見事にタクシーをつかまえたやつがヒーローというアホみたいなこともあった。
なにしろ空車のランプをつけたタクシーが平気で客を無視して通り過ぎる。実際オレも酔った勢いで危険を顧みず、道路のセンタライン近くに歩み寄っては走ってくるタクシーの鼻の先に手を突き出して停めてみせる、ということを何度かやったものだった。
そのへんの飲み屋に行けば、若いあんちゃんが平気で1本2万円のヘネシーを開けていた。狂っていたよなあ。
仕事は、さっきも書いたように次から次へとやってきて、例えば日経新聞用の半年間のシリーズの広告企画をたてると、たちまちにして枠が埋まってしまうほど。日本橋の某百貨店が半年間、毎週30段を押さえたいと言ってきたときはのけぞったものだが、それに対して日経広告局が「オタクに買い占められるとよそに売るものがなくなるから」と断ったのにはもっと驚いたものだった。
当時、事務所を置いていた曙橋のワンルームマンションの同じフロアには、デザイナーらしき人物がやはり事務所を置いていた。ある時など、徹夜続きがたたったのか、玄関ドアに「もう限界です」と張り紙をして逃げていた。
そういうオレも、月曜の朝に出勤してきて日曜の夜に家に帰る、という生活を続けていたものだった。その間、食事とか洗濯とか、どうしていたんだろうなあ。今となってはさっぱり覚えていない。コンビニも今ほどなかったし。
なかったと言えば、やっぱりこれだろう、携帯電話。当時、あんなに忙しいのに携帯もなしでよく仕事や人間関係が回っていたものだ。振り返れば不思議である。
さて、映画「バブル〜」には、オレが事務所を置いていた90年当時の曙橋の駅も出てきた。まだフジテレビがあった時代の、本当に懐かしい駅だ。
ともかくそうしたあほらしいというか狂っていたというか、お笑いのバブル時代を描いた映画ということになるのだろうけれど、これがまっことつまらなかったぞ(怒)。バブルの描写は中途半端だし、ギャグは滑りまくるし、ストーリーはベタだし、三流のプログラムピクチャーか二時間ドラマか。
飯島直子が売れない時代の本人役で出てくる。それを広末が「コーヒーのCMで行けるから、頑張って」と励ます。あるいは飯島愛がディスコで踊っていて、広末が「本を書けば売れるよ」とアドバイスする。さらには同じディスコでラモスが踊っていて、広末が「ドーハのコーナーキックに気をつけて」と言う。
そんな具合に本人が17年前の本人を演じているのだけど、わははは、そりゃあ無理があるって、飯島愛。ボディコンで照れながら踊るから、変なタコ踊りだったし。
無理があると言えば、一番無理があったのが薬師丸ひろ子だ。今のどっから見てもおばちゃんのたたずまいのまま、メイクと衣装だけ無理矢理若作りしているから、ああ、痛かった。ほんとうに痛かった。
結論。痛い映画でした。2時間は長すぎる。
冒頭、バブル時代の六本木が出てきて、ああ、こんなふうだったなあと回顧する以外に見所ナシ。広末がちょっと可愛かったけど。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.02.13
打ち合わせ1。
昨年11月、免停の行政指導でわざわざ早起きして武蔵小金井駅まで行き、駅からタクシーに乗って出かけたのが府中の免許センターだ。
一日をつぶして退屈な講習を受けて、オレは我が身を深く呪ったわけであるが、さて、途中にあった1時間ほどの実技講習が笑止千万というか、かつてとまったく様変わりしていなくて呆れ果てたのだった。
特に教習所の練習コースに設けられた例の嘘っこ踏切をわたるとき、一時停止してわざわざ窓を開けさせられたのにはずっこけた。
今もこんなことをやっているとは、驚きである。学生時代に免許を取って28年間、実際に踏切で窓を開けて電車がやってこないか耳で確認しているクルマなど、ついぞ一度も見かけたことがない。それを今もって教えているのだから、いやはやなんとも。
ちなみに踏切での一時停止をやめれば、年間2000億円の経済ロスの解消になり、省エネ効果も原油で年間50万キロリットル、約45万世帯分の温室効果ガス排出削減になるらしい。
というこの一文は今ネットで見つけてきてコピペっただけの、あるある方式だから信用ならんが、まあ、数字はともかくとしてそれ相応の理由があるとは思うのだが。
もっともそんな効果を言うなら、そもそもクルマに乗るんじゃねえよ、という指摘も真っ当であるけれど、それは話がややこしくなるので今はパス。
一時停止はともかく、窓を開けるのはへんだよーということを言いたいわけよ。オレは。
話は変わって夕方、お得意先主催の懇親会に参加する。オレにしては珍しく、立食パーティー形式だ。
京橋の会場に到着。カメラマンのタカハシ氏と合流。タカハシ氏、何をどう思ったのか、今日は和食だと刷り込まれていて、会場のバイキング料理を目にしたとたんに「なんだよ、刺身がないじゃん!」と逆上する。とにかく食い物についてはすぐに逆上する、困ったおじさんである。
立食パーティーというのはけっこう疲れるものであって、あっちへ行って名刺を交換し、こっちへ戻って知った顔の輪に加わり、その合間にビールをついだりつがれたりして、しかも主催はお得意先とあって代理店以下下々の人間には粗相は許されないというプレッシャーがかかってきて、なかなかにしんどいのである。元来が不器用で無愛想で引きこもりで、できることなら知っている人とだけ一緒にいたいと思っているオレにとってはけっこうな鍛錬の場なのであった。
2時間後、終了。お得意先に見送られるという肩の凝りそうな緊張を味わいつつ、ようやく解放されたオレたち下々の人間は、「刺身がなかった、刺身が」と叫び続けるタカハシ氏の思いを聞き入れて、東京駅八重洲地下街で軽く二次会を行った。
メンツは、カメラマンのタカハシ氏が60歳で編集のハラ氏が54歳、代理店マキウラ氏が50歳でオレが49歳。
おお、4人そろってこの中でオレが一番年下ではないか。しかも唯一の40代。うひゃひゃひゃ。こういう席は久しぶりなので、いやあ、年下は気楽でいいなあと先輩どもをあおり立てた。
「刺身が刺身が」と言うタカハシ氏のために刺身を注文してやり、オレは日本酒。どうにも地下街の飲み屋っていうのは落ち着かないなあ。
軽く飲んで、オレは有楽町駅まで歩いて西武線直通の有楽町線に乗って帰ったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「暮らしの手帖」「文藝春秋」
「BUBUKA時代」どうせろくでもないやっつけ記事の寄せ集めかと思ったが、案に相違してまともなつくりだった(誤植の多いのには閉口)。山城新吾が借金と糖尿でぼろぼろ、廃人寸前というのにはびっくり。ピンクレディーの稼いだカネのほとんどは裏社会に流れたそうだ。実はミッキーマウスの著作権は既に切れてしまっているらしい。逸見政孝が亡くなったのは48歳で、うーむ、オレはもうその年齢を超えてしまったのか。
2007.02.12
こうも休みが続くと、財布ももちませんなあ。
本日も朝からネットで検索する。目的地は東松山のこども動物自然公園に決定。クルマで40分くらいだな。
今まで知らなかったけれど、行ってみてびっくり。けっこう立派な動物公園だった。像やライオンといった派手な動物はいないのだが、キリンや牛やポニーなどのまったり系、癒し系の動物があちらこちらに点在。目玉はコアラである。
とにかく安いのがありがたい。大人は500円。子供はタダ。
つまり一家4人、1000円で一日過ごせるのである。
コアラを観に行く。おお、木にコアラがつかまっている。しかもよく見れば、赤ん坊を抱いているではないか。こ、こ、これは、可愛い! オレの純白の心にしみいるような光景であった。
この公園、とにかく広い。そこをとことこ歩くので、たいへんによろしい運動になる。それはいいんだけれど、問題はメシである。
レストランらしきものが一ヵ所のみ。しかも今時これが! と驚くほどしょぼい店で、だけど他に選択肢がないものだから11時から2時過ぎまで券売機の行列が途切れない。T>
ならばと隣の売店で焼きそばを買おうとすると、こちらはそれ以上の行列。15分も並んでようやく冷たい焼きそばのパックを手にしたときは、ここは北の独裁国家かと思ったのだった。
つまりあれだな、ここにはお弁当とビニールシートを持ってくればよいのだな。そう思って周囲を見渡せば、なんだ、そんな家族連ればかりじゃん。これからは弁当持参で来るようにしよう。
さて、園内であるがけっこうツボを押さえた遊びができるので、子供にはぴったりだ。
一日では回りきれない広さなので、本日は目当てを絞って行動。メインイベントは、牛の乳搾り体験である。
いいでしょ、牛の乳搾り。これが入園料だけで体験できるのである。そりゃあ子供は大喜びだって。
実はオレの母親の実家では、かつて酪農も行っていた。だから公園で牛舎に足を踏み入れたとき、ああ、懐かしい臭いだなあ、と思ったのだった。
さて乳搾りである。飼育係が手を添えて、「はい、パーにして、次はグーにして、またパーにして」と子供に教えてくれる。その通りに絵を動かすと乳が元気に飛び出す。息子も娘も大喜びだ。なかなかに楽しいイベントではないか。
牛は慣れたもので、乳を搾られるに任せて、のんびりと餌など食っている。その餌のバケツをのぞき込みながら、肉骨粉でも食わせてるんじゃねえのと言ったら、妻にぶっ飛ばされた。
乳搾りの後は、うさぎやモルモットの抱っこコーナーである。小動物との触れあいは、子供なら誰もが大好きだ。と、そこに突然トカゲも仲間入り。こ、これも小動物ですかい。もちろん男の子どもはは虫類が大好きだものだから、たちまち人だかり。我が家の息子も初トカゲにびびって抱っこなのだった。
そんなわけで安い割にはなかなか楽しめる動物公園、なかなかによろしかった。探せばまだまだ知らないスポットはいっぱいあるもんだなあ。
4時近くに出発したものだから、関越は当然渋滞が始まっている。料金所の先が混雑しているときは、どういうわけかETCゲートのほうが詰まってしまうという光景が多い。なんなんだろうなあ。
家に帰ってコートについた枯れ芝生などを払っていたら、りさちゃんファミリーがやってきた。CDのお礼に、と缶ビールの差し入れである。おお、あのCDでも缶ビールの価値はあったのか。こんなことならもう2、3枚あげるんだった。
そのりさちゃんファミリーと一緒に、今夜は駅前の「はなの舞」で食事。「連日ですけど、平気ですか」とりさパパが気遣うが、オレ、全然平気っすよ、と笑い飛ばす。うーむ、オレはろくでなしかも。
飲んで食って帰る途中、さすがに疲れたか、娘は妻の自転車の前カゴでぐっすり眠ってしまったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.02.11
建国記念日。休みである。さて、どこへ行くか。
特に予定もないときは、ネットで検索である。子供と休日にはどこへ出かけるか、といったサイトはいくつかあって、一巡するとだいたいめぼしいところが見つかる。
本日は西東京市の多摩六都科学館というところに決定だ。
クルマで約40分。田無駅近くの球体の建物に到着。今までまったく知らなかったけれど、このあたりの自治体が金を出し合って運営している施設らしい。有料。
要はプラネタリウムに、その他のサイエンスちっくな展示物がくっついたもののようだ。
早速プラネタリウムを見る。キッズプログラムの時間だ。
おかげで子供にもわかりやすい解説がついていて、おまけに簡単なアニメまであった。満天の星。人工物とはいえ、けっこう気持ちのいいものであった。
このプラネタリウムでは時間によって映画の上映もある。野生動物を追いかけるノンフィクション映画を見たのだが、クルマに乗って動物を追いかけるシーンではあまりの迫力に車酔いのようになってしまった。
帰ってきて、りさちゃんパパに風組CDを頼まれていたので、妻に届けてもらう。
その後、連日の魚せいである。本日は一家四人で晩飯だ。息子はまた図に乗って「のれそれくださーい」と大将に頼む。出てきたのれそれの器、今度は娘が抱えて離さない。三杯酢に浸したのれそれの小鉢を両手で持ち、ずるずるすとすすってはにんまりと笑う3歳児なのであった。
息子と妻は先に自転車で帰り、その娘の手を引いてろくでなしのオヤジのオレは、ネリマの畑の中を歩いて帰る。
と、畑の向こうの道から怪しいクルマが現れ、オレに向かってプップーと威嚇する。なろ、娘はわたさんぞ。
威嚇し返してやったら、窓を開けて顔を出したのは、りさちゃんパパであった。「こんばんわー、どうしたんですかー」と言うので、魚せいでべろべろっすよーわははと答えたら「楽しそうですねー」と去っていったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.02.10
息子の幼稚園で作品展。つまりは文化祭みたいなものである。
息子たちが授業中に書いたり作ったりした作品を親に見てもらおうという催しだ。教室には共同制作のでかい遊園地も飾ってある。
共同制作とは、つまり子供らだけで作ったということだ。聞けば先生は口出しせず、子供に好きなようにやらせるらしい。
それでなんとか形になるということは、年中にもなればそれなりにチームワークのできる社会性が生まれるってことなのか。ふーん、面白いなあ。
関係ないけど、あちらこちらでお父さんが先生と話す姿が。奥さん公認の元、若い娘さんと話せる機会などそうそうないものなあ(笑)。オレも人ごとではないが。あわわわ。NT>
夜、本日も魚せい。今日は息子と二人だ。
息子、席につくなり「いつものくださーい」と注文する。客席「おお」とどよめく。オヤジ「あいよっ」とカニを出してくる。客席「ぼうず、いつもこんなの食ってるのか」。息子「(無視して)むしゃむしゃ」。
昨日初めて食った「のれそれ」を食おうと思って注文したら、息子が「おいしいおいしい」と一人で全部食いやがった。ちっ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.02.09
原稿。
夜、三軒寺の魚せいに行く。本日の刺身のメニューに「のれそれ」とある。
のれそれ? なにそれ。
お約束を一発かましてから聞くと「知らんのか。なら食ってみろ」とオヤジが言う。どれどれと、食ってみる。
白魚のような、透き通った小魚が小鉢に入っていて、ポン酢で食う。白魚と違うのは、体が平べったいところだ。うん、初めて見るぞ。
食べてみたら、ほほう、これがなかなか。白魚より歯ごたえがあって、それでいてつるりんと喉を通っていく。「もみじを入れてもいいが、ポン酢だけのほうが味が引き立つ」とオヤジ。確かにポン酢が絶妙の味わいだ。
で、一体これはどんなサカナなのだ。オヤジに言わせれば、築地の市場の関係者でも正体ははっきりしないらしい。水揚げされたのは静岡だそうである。焼津か?
この平べったい形からして穴子ではないかと思うのだが。
帰ってきてネットで調べたら、やはり穴子の稚魚らしい。水揚げされたのは静岡だが、高知あたりでも獲れるらしい。
時期的には早春に限られるとのことで、このあたりも暖冬の影響が出ているのかなあ。
それにしても、のれそれ。静岡のキベさん、知ってましたか。コマガタくん、食ったことあるか?
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンドデザイナー」「日経ビジネス」「気まぐれコンセプト」「SPA!」目指せ、ICとかいうアオリが出ている。なんのこっちゃ。独立請負契約者だって。単なるフリーランスのことじゃん。幻想だって、そんなの。サラリーマンとしての仕事をフリーランスとしてやれるなんて、そんなわけないじゃん。SPA!なんぞのアオリにだまされるんじゃないよ、若者諸君。
2007.02.08
学研の保育者向け雑誌「遊びと環境0・1・2歳」という雑誌の春号が届いた。今号の付録のCDは、俺様が作曲・編曲・レコーディングディレクターを務めた作品である。
そのうちの一曲がこれ。特集のテーマソングみたいなものだな。
歌っているのはもちろんプロの歌手である。その歌手様に向かって注文つけながら自分の曲を歌わせたのだから、俺様も何様状態なのだ。
まあ、そんな偉そうなことはどうでもよい。
CDと言えば、オレはよほどいろんな音楽を聴いているのでは、と思われているらしいが、そんなことはまったくなくて、はやり歌など、まるで知らない。聴きたいものしか聴かないのだ。
昔、ジャック天野というディキシーランドジャズのバンジョー弾きに、普段何を聴いているんですかとたずねたら「ディキシーしか聴きませんね」という答えが返ってきたことがある。その潔さがえらく格好よく思えたものだった。
CDなどたいした数は持っていないが、ざっと見てみれば、明らかにいくつかに分類できる。
普段、仕事をしながら聴くのはヒーリング系、ギター系の静かな音楽だ。気合いを入れて聴くのはポール・サイモン系だ。あとは、とりあえずとっておくか系(吉田拓郎とかスティービー・ワンダーとか)か、資料として置いておくか系(三波春男とか童謡とかクラシックとか)だ。
それ以外のものは、不要である。もう二度と聴くことはないだろうというものも多い。例えばデフテクとかいうふざけた二人組だ(妙に前向きな歌ばかり歌うと思ったら案の定、ガッカイであった)。
収納には限りがあるし、こういういらないCDはとっとと処分してしまいたいのだが、中古に出すほどボリュームはないし、かといって不燃ゴミで捨てるのもナンだし、困ったものである。
先日は地元の児童館でバザーがあるというので、ヨメに太田裕美の童謡CD(手抜き)2枚組その他を持って行ってもらった。
こんなふうにして少しずつ処分するのが無難なのかもしれんな。
日記が短いとオザキが暇をつぶせなくてブルーになってしまうので、もっと書こう。
毎週木曜日は幼稚園のサッカー教室である。もちろんオレではない。息子のだ。
幼稚園と言えば普通は若いお姉さんたちしかいないので、この幼稚園でも近所のスポーツ教室と提携して、先生がやってきてサッカーを教えてくれるというシステムになっている。スポーツ教室もこんなことをして儲かるのかな。よくわからんが。
オレの子供であるので、息子が不器用なのは運命だ。ボールをおいかけてとろとろと走ってはすぐにあきらめる。この適当ぶり、執着心のなさは、オレに似たのだろう。
それはともかく、春先の今、園庭を子供たちが走り回ると当然のことながら大量の土埃が舞い上がる。それはもうひどくて、辺り一面、薄ぼんやりとするほどなのだ。
子供はそんなことはかまわずに走り回るから、体中埃だけなのである。たまらないのは大人だ。
オレなんぞ、あまりに土埃に参って、途中で退散したほどである(つまりオレは平日の午後にのうのうと幼稚園のサッカー教室を眺めていたというわけだな)。
家に帰ったオレは、すぐさま風呂にお湯を入れて子供たちの帰ってくるのを待ちかまえた。暗くなってからようやく帰ってきた子供たちは、案の定、全身土埃。玄関からそのまま風呂に直行なのである。入れるのは当然オレの役目であって、つまり平日の陽のあるうちから子供と風呂に入って鼻歌なんぞを歌っていたことが、これでばれてしまったのだ。
昨日オレはオザキのことを温泉につかって過ごしていると書いたが、なんのことはない、オレ自身がそうではないか。頭のてっぺんまでぬるい毎日を送っているのは、このオレなのだった。わはは。
ところで本日発売された今週号の「週刊文春」で、新潟の岩室温泉・高島屋が紹介されている。この温泉には二度ほど行ったことがあって、最初が父親の定年退職記念旅行、次がオレのばあちゃんの13回忌だった。
温泉もよかったが、食い物がけっこう旨かったという記憶が残っている。親族ご一同様、よろしければコンビニで立ち読みでも。57ページです。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
「逃亡日記」吾妻ひでお・日本文芸社。失踪日記ほどは面白くなかったなあ。巻頭で「この本は、買わないで書き下ろしマンガだけ立ち読みすればいい」と本人が言ってるが、ギャグかと思ったら本当にその通りだったので驚いた(笑)。
2007.02.07
東京のチベットと呼ばれている練馬はあたり一面が畑である。いつだったかラジオの中継車がオレの近所に来て、女性アナウンサーが「のどかな田園地帯が広がっています」というふざけた描写を行ったような土地である。
田園地帯はいくらなんでも大げさだと思うのだが、都心からやって来るとそういうふうに映るのだけは確かなようである。
その練馬には、数多くの特産がある。よく知られた練馬大根もその一つだろう。もっとも最近では大根よりもキャベツのほうがはるかに多いそうだ。
特産の一つで、果たしてこれはどうかと思うのが、練馬野菜カレーである。地元で収穫された野菜だけで作られたレトルトのカレーなのだ。
これが23区のやることかと思うが、けっこうな人気というのでびっくり。しかも冬だけの限定販売だ。
販売場所も限られているというので、オレはわざわざ買いに行ったよ。必死のダイエットのウォーキングついでに。
一箱350円。たっけえ〜。レトルトだぞ。
家族4人分で1400円だ。びっくらこいた。
味は、うーんと、普通。でっかい野菜がごろごろと無造作に入っている以外は、普通。ま、ネタということで、こんなものかなと。
それにしてもこのパッケージは、なかなかですなあ。いい味出している。
夕刻、東京駅前のオアゾに向かう。マキウラ氏と打ち合わせがあるのだ。なぜ待ち合わせをオアゾにしたかというと、その前後に丸善で遊ぼうという魂胆。欲しい本があったのだ。
狙っていたのはホイチョンプロダクションの「気まぐれコンセプト」。過去20年分からの傑作選というのだ。新聞広告で見つけて買おうと思った次第である。
ところが丸善なのに置いていない。あれえ、どうしたことか。さては増刷ができていないのに新聞広告だけが出てしまったか。ちなみにこの後に立ち寄った東京駅構内のブックガーデンにも置いていなかった。
まあ、ないものは仕方ない。吾妻ひでお、酒井順子と、それからゴアの「不都合な真実」の三冊を買った。他にも何冊か欲しかったのだが、机の上に本が山になっているので、自制する。
マキウラ氏との打ち合わせをすませ、飯田橋へ向かう。寒い。
移動の車中で吾妻ひでおを読みつつ、丸善の袋に手を入れたら「5l」(ファイブエルと読む)というフリーペーパーが入っていた。なんだこりゃ、初めて見るぞ。
ぱらぱらとページを繰ったら、ふむ、なかなかにしっかりしたつくりのフリーペーパー。それもそのはず、編集人が吉本興業にいた木村政雄だ。
その人脈なのだろう、これまで登場したインタビュー相手が、小池百合子、菅直人、みのもんた、矢沢永吉、志村けん等々、相当の団塊ビッグネームぞろい。今号は角川春樹だ。
連載陣も横尾忠則、赤瀬川源平。うーむ、すごい顔ぶれだ。これでフリー、つまり無料っていうんだから、困った話である。もしかしたらメディア界は既にルビコン河を渡ってしまったのではなかろうか。
「R25」を含め、こういうものをフリーで出すのは、メディアを殺しかねない。飯田橋で会ったフルサワ氏が「僕は"雑誌ぐらいは金を出して読め"という主義なのでフリーペーパーは手にしないんですよ」と言っていたが、見識である。
ところでこの「5l」というフリーペーパー、よくよく見たらショルダーに「50歳からの」とある。
なななな、なんということだ。するってーと、これは、書店の眼鏡をかけたレジ係の娘がオレをちらっと見て「おっさん、50過ぎてるな」と思って袋に忍ばせたということではないか。
これが学生なら英会話のパンフレットを、軽めの若いサラリーマンなら資格のパンフレットを、体格のよろしい娘ならフィットネスクラブのパンフレットを忍ばせるのであろう。なのにオレが「50歳からの」とはどういうことだ。怒。
しかも「5l」の特集は「ネバーギブアップ」と大書してある。ななななな、なんということだ。オレは書店の眼鏡をかけたレジ係の娘に「あきらめないで!」と励まされたというわけか。そんなにオレは一見して人生をあきらめかけている50歳以上と見られたわけか。怒。
あまりの仕打ちにわなわなしていると、たまたまやってきたデザイナーのコナガイ氏が「タンゴちゃんいくつ? 49? じゃあ、しょうがないじゃん、ぐふふふふ」と笑ったのだった。
ちっ、まあよい。ともかく本日はなぜ飯田橋に来たかというと、コマガタ、オザキと飲むためである。場所はもちろん鳥よしである。飯田橋には鳥よし以外に選択肢はないのである。どっこいしょっ。
ふと脇を見たらキクチが肩を落として丸まっている。元気づけるために、チミも一緒にのみたまへ、と誘ったら「昨日、仕事でヘタ打っちまって、少々落ち込んでいるんぞな、もし。こういうときは、酒に逃げてはいけないぞな、もし」と、至極真っ当なことを言う。
さすればこちらも無理強いはすべきではなかろう。君、元気を出し給え、何、明日は明るい日と書くのさ、陽もまた昇ろう、と励ます。なぜ急にこんな文体になってしまったかというと、今、久しぶりに夏目漱石「坊ちゃん」を読んでいるからだった。改めて読むと、この小説、いろいろ不思議だ。書かれたのが今からわずか101年前というのに、どうしてこんなにも古くさいのか、と驚いてしまう。
まあ、そんなことはどうでもよい。コマガタとともに飯田橋は鳥よしに向かう。店の前でたたずんでいるのは、オザキだった。
知識オザキは「オレは釣りバカ日誌の浜ちゃんのような人生を送りたいんです」という名言を残して会社を辞めた男である。その浜ちゃんとなぜ飲むことになったかというと、オザキ、わざわざメールしてきて「風組の名盤『親も同然、子も同然』をください」と可愛いことを言ってきたからである。
ビールで乾杯すると、オザキ、早速オレによいしょして「いやあ、ルポポ、いいっすよールポポ」と褒めちぎる。それどころか「ルポポー、ルポポー」と歌い始める。おお、オザキ、お前は偉い。
ところが「ルポポは夢に見るくらい強烈です。でもルポポが強烈すぎて他のが全然印象に残ってないんです」とぬかす。なんだ、結局はけなしているのか。
そこへ「ルポポってなんすか」と割り込んできたのがビールで早くも顔を赤くしたコマガタ。待ってましたとばかりにオレはカバンから名盤『親も同然、子も同然』を取り出して渡し、聴け、と命令してやった。コマガタ、これからしばらくは夢でルポポにうなされるに違いない。
さて、浜ちゃんになりたくて転職したオザキ、毎日釣りをして過ごしているのかと思ったら、なんとほとんどそれに近い生活を送っているのでびっくりした。「年収はがくんと落ちたけど、余裕っすよ、余裕」と鼻から煙である。
まあ、詳しく書くと各方面に差し障りがあるから控えておくが、要はぬるーい環境でぬるーい仕事をしているので、毎日が温泉に浸っているようなものらしい。うーむ、よかったのう。
このオザキ、温泉生活の日課となっているのが朝一番での「たんごちゃん」のチェックなのだそうである。なんとも物好きな。
それで更新されていなかったり、更新されていても短かったりすると、とたんに一日がブルーになるらしい。
こういう物好きは多いらしく、コマガタも「更新されていなくて、なんだよーと思ってスケジュールを確認したら出張だったりすると、じゃあ仕方ないか、と納得する」と言ってた。ほとんどストーカーであるな(ちなみにコマガタは"代理"と呼ばれるとすごく嫌がるので、面白いから、皆さん、これからそう呼ぶように)。
物好きは鳥よしの店員にも当てはまり、もしかしたら今もこの日記をチェックしているのだろうか。本日は看板まで粘って、ずいぶん飲んで食ったなあ。閉店が11時というのは、早すぎるような気がしないでもないが、電車のあるうちに帰るにはちょうどいい時間でもある。
オザキ、夏に子供が生まれるとのことで(これは書いてもいいネタなのか?)、生まれてもちゃんとパパができるか不安がっていたが、なーに、いざその立場に立つと11時過ぎに閉まる店がありがたく思えるのである。
それはともかく閉店まで粘って3人で何をしゃべっていたかというと(本当ちゃんと覚えているのだが)、記憶はおぼろである。パクパクとかカチンコチンとかいうキーワードだけが頭に薄ぼんやりと残っているのだがなあ。
11時半近くの西武線直通の有楽町線をホームで待ち、乗り込む。やたらと混んでいて、けっこう気分が悪かった。石神井公園についてへろへろと歩いて帰る。ネリマの畑の上の、広々とした夜空が気持ちいい。
家に帰ったら、アマゾンからCDが届いていた。ポール・サイモンのソロ初期の名盤『ポール・サイモン』『ひとりごと』が紙ジャケット仕様で限定発売されたので、注文したのである。この2枚は、おそらくオレの人生で最もよく聴いた2枚であることは間違いない。
もっとも値段は高くて、旧盤の再発売にも関わらず1枚2500円もする。普段であれば、当然買わない。なにしろポール・サイモンのCDならばいろんなバージョンを山ほど持っているからだ。
なのに高くてもなぜ買ったかというと、ボーナストラックがついているからである。これが困るのだ。
例えば「アメリカの歌」の未完成デモとか「パラノイア・ブルース」のまったく別バージョンとか、聴かないわけにはいかないではないか。こうしてオレはワーナーのマーケティングに手もなくひねられてしまうのである。
早速聴いてみる。うむむむ、もう30年以上も昔の作品だというのにこの完成度の高さはどうだ。しかも、あーた、ボーナストラックがこれまた感涙ものですぜ。こうなりゃ、毒を食らわば皿まで。紙ジャケットシリーズとして再発されている中から、特に好きな残りの3枚もアマゾンに発注してしまった。
確定申告の時期が近づき、顧問の税理士からは「今年は売上が落ちていますよー、稼ぎが悪いですよー、でも税金はきっちり上がりますからねー、無駄遣いしないでくださいねー」と言われているのに、この有様である。かあちゃん、すまねえだ。
それはともかく、話の流れはまったく変わるが「ちょこっと 便利Tools」というフリーソフトがなかなかによろしい。IEに組み込んで使う、ユーティリティだ。
IEでの印刷がきれいにできるとか、そんな機能があるらしいが、オレが期待したのは「語尾変換」という機能だ。これを使うとホームページ内の文章の語尾が「なり〜」と変換されて表示されるという、まったく何の意味もないバカ機能である。
さっそく試してみたら、オレの昨日の日記の出だしが「バックアップに取り組むことにしたなり〜。」と変換されてしまった。ぎゃははは。おもしれー。
皆様もぜひお試しくださいなり〜。
って、原文が「なり〜」だと、いったいどういうふうに変換されるんだろうなあ。興味津々。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.02.06
原稿。
重い腰を上げて、ようやくオレはパソコンのバックアップに取り組むことにした。こんな大事なことを今までやってなかったのは、単にオレがアホだからである。
押し入れをごそごそとやったら、一時期使っていた外付けのハードディスクが出てきた。埃を払って見てみたら、おお、160Gもあるではないか。十分だべ。
なるべく金はかけたくないので、ソフトはフリーウェアで探すことにする。いくつか見つけてダウンロードしては試し、右から左へと捨て続けた結果、最後に残ったのがへんてこなソフト。ちゃんと動くのか、これが。
バックアップの作業中、カワセミが川に飛び込んでサカナを捕るアニメーションが見られるというソフトである。
なななな、なんとも意味不明な。まあ、よい。とりあえず使えるかどうか、しばらく試すのである。なんといってもタダだし。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.02.05
原稿。
いやほんと、練馬ってのは畑が多くって、風が吹くと赤茶けた土がさあーっと舞い上がるんだわさ。特に乾燥した風が吹くこの季節、地面の上を土埃が走る様子がくっきりと見える。
この先、春一番が吹き出す頃が一番すごくて、嵐のような南風に巻き上げられた土埃が、ざあーっとあたり一面に降り注ぐのだ。
オレんちもすごいけど近所もすごくて、やれやれ、まいったまいった。
後から引っ越してきてそんなことに文句をつけるのも筋違いではあるのだが、それにしても憂鬱である。ぽかぽかと南の日差しが降り注ぐ春の午後にも洗濯物も干せないのだ。FONT>
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」「ビッグコミックオリジナル」
2007.02.04
大学受験が終わって約1ヵ月、受験のプレッシャーからの反動で、けっこう羽を伸ばしたものだった。酒もその時覚えたと思う。
もっとも高校生の小遣いで買える酒などたかがしれていて、せいぜいがサントリーレッド。500円の酒だ。
それを部屋に隠してちびちびと飲んでいたのだが、ある時、父親に見つかってしまった。
ところが父は怒ることなく「酒だけは、いいやつを飲まなくてはいけないよ」と教えてくれたのだった。なにも金持ちぶってるわけではなく、悪い酒は体をこわす、ということを教えてくれたのである。
これは妙に今でもはっきり覚えていて、いまも安い酒はあんまり気がすすまない。どうせ飲むなら、しっかり旨くて気持ちのいい酒を、と思うのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.02.03
何を使って原稿を書いているかと、よく聞かれる。ワープロソフトと言えばほとんどの場合、WORDだと思うが、俺は使っていない。エディタである。
エディタというのは、とにかく文章を書くことに特化したソフトで、文字を大きくしたり、罫線を引いたりといったことは何もできないが、文字を早く大量に書いていくという作業には適しているのだ。このエディタを使って原稿を書き、WORDにコピペしてメールで送るというのがオレのやり方である。
仕事で原稿を書いている人間では、こういうケースが主流である。WORDを使って原稿を書いているという仕事仲間を、オレはほとんど知らない。
このエディタにも何種類かあって、ほとんどがフリーウェアかシェアウェア。オレはWHiNNYというフリーソフト、O'sEditorというシェアウェア、LightWayというシェアウェア、WZEditorというパッケージを使っていて、最近ではO'sEditorが主流である。それぞれに微妙なクセみたいなのがあり、それが微妙に使い勝手に反映されたり、気分を左右したりといったところだ。
まあ、言ってしまえば帯に短し、たすきに、ってやつであるな。
このようにエディタは文章書きには必需品であるが、ワープロソフトにとっては目の敵であるためか、エディタ仕様で使えるワープロソフトは、今までなかった。これは考えてみたらすごいことだな。
それがこの2月、「一太郎」の最新バージョンでようやく実現する。エディタモードというのが搭載されるのだ。
Webで見た限りでは、ごく普通のエディタモードのようである。ただ欄外にナレッジなんとかという機能がついているらしいのが気に掛かる。
WORDに比べれば遙かに出来のよい「一太郎」。編集などの世界では相当の愛用者がいる。それには相応の理由があって、校正支援機能など、とにかく「書く」ということに特化した強力な仕様となっているからだ。
そこにエディタモードの搭載だから、ぼちぼちオレも買ってもいいかな、という気になっている。
とはいえ、周囲はほとんどがWORD。よって一太郎で書いてもWORDにコピペするということになるのか。それもおかしくはないだろうか。
やっぱりやめるか。いや、15,000円低度だから商売道具として持っているべきではないだろうか。
などと心は千々に乱れる節分の夜なのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.02.02
原稿。
明日は節分。文字通り、季節を分けるから節分。つまり冬と春の分け目ということである。
季節の分け目であるからには当然他の季節にもあるわけで、本来は節分は1年に4回あった。それが室町時代のあたりから、立春の前日のみが重んじられるようになったらしい。
季節の変わり目には、病気をしやすい。そこで豆をまいて病魔を追い払おうという風習が生まれた。
息子の幼稚園では、本来の節分が土曜日なので、本日、豆まきである。
やり方はこうだ。子供たち全員、自分で作った鬼のお面をかぶる。つまり全員が鬼で、お互いに豆をぶつけ合う。豆を食べるのは、衛生上のこともあって、投げる前だ。
小さな鬼どもがきゃあきゃあ叫びながら豆を投げ合うという、なんとも間抜けな阿鼻叫喚。先生が鬼をやれば、せっかく作った鬼のお面が使えないし、誰かが鬼をやれば、いじめが想起されてしまう。そういうことでの変則豆まきなのだろうなあ。
一方、娘は近所の児童館に出かけていって、やはり豆まきだ。
なんでも昨年リアルな鬼の面を用意したら激しく泣き出した子供がいたとかで、今年は鬼は中止。代わりにばいきんまんのお面が鬼なのだそうである。いろいろあるものだ。
当然のことであるが、明日、息子の作った鬼のお面をかぶって家で豆をぶつけられるのは、オレの役目である。
豆まきが終われば、立春。暦の上では春であるが、関東以西の太平洋岸で雪が降るのは、実はこのあたりが最も多いのだという。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「私の夫はマサイ戦士」永松真紀・新潮社。アフリカのマサイ族に嫁入りした日本人女性の手記である。なるほど、激しく文化・風習の異なる民族の結婚ゆえ、相当に大変だったようだ。もっともあちこちに散見される自己正当化めいた表記がけっこう目障りというか。
2007.02.01
取材1、原稿。
多摩ニュータウンは、今や激しく高齢化が進み、街が荒廃しているらしい(「週刊文春」)。
だがそもそもの昔から、この街は不自然ではあった。かつてここへ足を踏み入れると、子供がやたらと多い割に、年寄りの姿が極めて少ないことに気づかされたものだった。
膨張する区部の人口を受け入れるために用意された人工の街だったため、30代の若い夫婦がどっと押し寄せ、その多くが2人の子供を育てたのである。だから一時期はやたらと子供ばかりが目立ち、小学校などは都内の平均の2倍の広さの校庭を持つほどだった。
ところが"自明の理"というのは後になって気づくものだ。親子4人の標準家庭が暮らせるように用意された団地に、子供が成人しても住み続ける、ましてやその子供が結婚して孫が生まれても住み続けるというのは、どう考えても不可能だったわけだ。
だから当然子供世代は、進学や就職によって家を出て、そして戻ってこない。過疎の農村と同じ現象が、皮肉にもその農村を出て東京でマイホームを得た世代に襲いかかってきたということになる。
これは構造的な問題だから、もやはどうにもならんだろうなあ。
興味深いのは、公団は高所得者、都営は低所得者という区分けが鮮明になって、二極化がはっきりしてきたという点だ。日垣隆が言うように「格差」は開いたのではなく、下層に属する数が二倍に増えたというのが正しい認識である。多摩ニュータウンのケースでも、低所得でなければ入居できないという条件の都営住宅の人口が一気に増えてきており、それに伴い二極化に伴う差別意識のようなものが漂い始めているという。
うーん、緑豊かで環境はいいところなんだけどなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
2007.01.31
原稿。
朝早くから車に乗って錦糸町近くの住吉へ。トヨタのお店で、車の定期点検である。
練馬に引っ越して2年以上たつというのに、こんな遠いところまでわざわざ自分で車を持ってきて金まで払うんだから、本当にオレはいい人である。
見てもらっている間、今度はオレの体の定期点検ということで潮見のかかりつけのドクターのもとへいく。住吉から潮見まではもちろん徒歩。およそ45分であった。
それにしてもいい陽気で、歩いているとポカポカいい気分である。
検査結果は異常なしであったものの、もっとやせた方がいいということで両者の意見は一致。そのため帰りに車を受け取りにいくのも、徒歩にした。
やはり45分かけて住吉まで歩く。
検査のために朝食抜きだったため、非常に腹が減り、11時が過ぎたところで昼食。昔行ったことのある住吉の小さなラーメン屋に寄り、野菜炒め定食に餃子だ。
やせようと決心したはずなのに、困ったものである。
店を出て、再び歩いて車屋へ。定期点検終了で、こちらも異常なし。
ところが営業に引き留められ、しきりに買い換えをすすめられる。あろうことか、頼みもしないのに下取りの見積もりを取られ、新車の見積書までできていたのだった。
いい人であるオレは、それでもニコニコしながら営業の説明を聞く。そりゃあ新車は欲しいけど、週末に近所の公園へ子供を連れて行くだけだから、今ので十分だべ。そんなに車に対して思い入れがあるわけじゃなし、むしろ早いところ軽に乗り換えたいぐらいだから、エスティマの新車と言われてもねえ。
まあ、考えさせてくれ、と言って店を出て、近所の和菓子屋に寄る。どら焼きが名物の店だ。生クリームとあんこがブレンドされた「生どら」っていうのが異常に旨いのである。ここで大量に購入。やせなければと決めたその直後に、この行動である。
家へ帰ったら、おお、後輩のドバシくんから荷物が届いていた。どれどれと開けたら、ドバシ先生の著書である。
へー、ドバシくん、本を書いたんだあ。「ジャケガイノススメ」という、いかにも音楽評論家らしい本である。紹介されているのはレコードが500点。本当によく音楽を知っているよなあ、ドバシくんは。後輩の活躍は嬉しい限りである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」「美味しんぼ」
「泣き虫」金子達仁・幻冬舎。高田延彦のプロレス暴露本。この一冊が出たときのプロレス界の乱れようはすごかった。でもオレは書き手があまり好きではなかったので、手を出さなかった。文庫になったのでようやく、である。一読、思ったほどでもない、どころか全然すごくなかった。プロレスは試合前に勝敗が決まっている。そんなことが衝撃をもって受け止められるほど、もうファンは単純ではないということである。勝敗を超えたところにプロレスってのは、あるわけよ。それにしてもこの取材対象者の少なさはどうだ? 「あとがき」では、当初は受ける予定の仕事ではなかったのに強引に頼み込まれたと言い訳しているし。
2007.01.30
原稿。
本日は一日中こもって原稿仕事である。
夕方、晩ご飯のオカズに煮魚でも買おうと思い、三軒寺の魚せいに行った。魚せいは開店したばかりで客は誰もいない。
ここでビールを飲みつつ、ヒラメの煮付けとワカサギの唐揚げを晩ご飯のおかずに買う。
「1月末だってのにこんな陽気は気持ち悪いねえ」と大将。まったくだ。
統一地方選をにらんで、区議会に立候補予定の現職議員が店を訪ねてきているそうで「政治家なんていう仕事も、やるもんじゃないねえ」と二人でうなずく。
5時過ぎの練馬の空は群青色に澄み渡っていて、天には一番星。西の空はきれいなあかね色で、まったくもう、絵に描いたような美しい空だった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.01.29
取材1、原稿。
なぜだか知らないが、東京のチベット・練馬のこの地にはワン公がやたらと多い。つまり犬である。畜生である。
夕刻ともなると、この畜生に引きずられて右往左往する人間がやたらと目につく。まるで畜生の家来のようだ。
うろうろするだけでも相当に目障りなのに、この畜生はやたらと糞をする。排泄物をしまくる。
おかげで家の周囲も、駅への道も、息子の幼稚園への道も、どこもかしこも排泄物だらけである。誇張でもなんでもなく、息子と娘には「道路のはじっこを歩いてはいけないぞ。ついでに交差点では信号を守るのだぞ」ときつく教えている。
畜生の家来なら家来らしくシモの世話をすりゃあいいのに、そんなこともできない家来がいるのだから、家来以下だな。練馬区は早々に取り締まるべきである。
なお、近所の大泉学園という街では、マンションに畜生を同居させているやつがやたらといて、その畜生が 朝に晩に、何時間もほえ続けるというケースが後を絶たない。いずれも保健所が出動しては騒ぎになっている。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」「週刊現代」
2007.01.28
牛久のおじさんに「よく毎日あんなに文章書いてられるなあ」と半分感心され、半分あきれられ、オレが返したのは「商売ですから」という言葉だった。
考えてみれば、仕事で文章を書いているのに、カネにもならない日記なんぞまでよく毎日書いていられるもんだ、というのが本質なのだから、「商売ですから」というのはまったく答えになっていなかったのだった。
オレが1998年というけっこうな昔にホームページを立ち上げたのは、その頃、ぼちぼちとホームページ用の原稿を書いてくれという仕事が入り始めたからだった。ホームページを持って運営するとはどういう感覚だろうと思い、それを試してみたかったのである。
で、コンテンツは何にするかと考え、文章を書くのが一番楽だから日記にするべ、と短絡的に決めたのだった。
ちなみに当時、原稿だけでなくhtmlもやってみないか、という話があったのだが、面倒だからと断っていた。あそこで手を広げてサイト制作もやるようになっていたら、今頃は上場して金持ちになってヒルズに住んでM&Aやって逮捕されていたかもしれない。
それはともかく「一週間でできるホームページ」という類の本を買ってきて適当にでっち上げたのがこのサイトだったのである。
ところが始めてみたら案に相違してけっこう面白くなってしまった。
なぜかというと、原稿を手直しされないからである。
仕事で匿名原稿ばかり書いているオレは、四六時中、誰かに原稿をチェックされている。インタビューさせてもらった取材対象者、その上司、仕事そのものを担当している発注者、場合によってはそこの経営者。
そればかりでなく、原稿をレイアウトするデザイナー、オレに仕事を直接発注したディレクター、その上司と、実に様々である。
そういう様々な人がオレの書いた原稿を読み、チェックして、修正を入れてくるのである。オレ自身は、こんなわずかばかりの人間を納得させられないような原稿では、何万、何十万という人間を納得させられるわけがないから、修正されるような原稿を書いたオレが悪い、と思っているから、修正そのものは別にどうってことはないのである。
だが、中にはどうにも困った人間もいて、はるか以前、某広告代理店の某営業マンがオレの原稿について「この文章には主語がない。主語がない日本語など、あり得ない」と難癖をつけてきたことがあっのだった。
もちろん主語のない日本語など当たり前である。「親譲りの無鉄砲で子供の頃から損ばかりしている」に主語などないのだ。
オレはこの言いがかりを聞いた瞬間、ああ、もうこの人と付き合ってはいけないな、と激しく思ったのだった。
あわてて付け加えるが、この営業マンは、この日記を読むようなつきあいをしている人ではないし、もう6年も会っていないので、ここを見ている人ではありません。誤解なきよう。
で、話はぐるっと戻って、なぜこんな日記を飽きもせずこまめに続けているのかというと、何を書いても誰にも文句を言われないからなのである。しょうもな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.01.27
取材1、原稿。
博多は、どこへ行っても明太子である。大げさに言えば。
しかし飛行機はやっぱり何度乗っても慣れないなあ。久しぶりに窓際に座ってみたが、即座にシェードを下ろして、外が見えないようにしてしまった。オレは何をやってるんだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「食品と暮らしの安全」
「彼らの地獄 我らの砂漠」朝倉喬司・中村うさぎ・メディアックス。秋田の鈴香事件などを取り上げ、あの事件は何だったかを読み解く一冊。想像(妄想?)の産物ではないかとは思うものの、それなりに面白かった。まったく世も末である。
「四十回のまばたき」重松清・幻冬舎文庫。若書きというだけでもなかろうが、つまらん小説だったなあ。シチュエーションが現実離れしているかと思えば、展開は退屈だし。それはともかく、今週はこれで6日間で7冊の本が読めた。拍手。出かける仕事が多いと本がたくさん読めて嬉しい。
2007.01.26
原稿。
誕生日である。誰のって、オレのである。
いくつになったかというと、ふん、まだ40代である。見損なってはいけないのだ。
それはともかくとして、誕生日であるにもかかわらず、夜にはオレは飛行機の人として九州は博多に行ったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」
「個人的な愛国心」日垣隆・角川oneテーマ。千葉県の建築課長の無知ぶり、厚顔ぶりをさらけ出したのが面白かった。まったく喧嘩の上手な男である。
2007.01.25
取材9、原稿。
練馬での乗り換えの際によくショートケーキを買って帰っていた駅構内の不二家の店は、ずーっと閉まったままだ。シャッターには張り紙が一枚。
水に落ちた犬は叩けというのが鉄則の国民性ゆえ、この騒動は予想されたことではあるものの、弱いものいじめの感が強すぎて、どうにもしっくり来ない。
ほどほどにしておいたらどうだという気になってくる。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「週刊新潮」
「へんな乗り物」ネコ・パブリッシング。電車、自動車、自転車などで、どう見てもおかしいという一発屋的な乗り物を集めて紹介した本。もっと面白いかと思ったら、これが案外つまらなくてがっくり。
2007.01.24
取材1、原稿。
池袋西武地下の総菜売り場、いわゆる「デパ地下」でよくオカズを買って帰る。
そんなに充実しているわけではないが、まあ、そこそこの総菜は買える。
人気があるのはやっぱり中華。家庭の火力ではできない味が求められているのだろうなあ。
もっとも俺が買って帰るのは、サラダとか、おしんことか、高野豆腐とかが多い。年寄りじみたメニューだな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「橋ものがたり」藤沢周平・文春文庫。橋をテーマに描く、江戸の町の人情物語集。出だしの3行でたちまちに物語世界へと引き込んでいく、絶妙の筆裁き。まさに職人芸だよなあ。
2007.01.23
取材2、原稿。
銀座へ行って、昼飯。取材がらみなので、相手のおごりである。うっしっし。
しかし根が庶民というか、下流というか、つい安いものを頼んでしまうのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」
「牛丼 焼き鳥 アガリクス」中村靖彦・文春文庫。日本の食の問題についての警告。牛はダメだ。アガリクスは、まだ灰色。案外悪くないかもしれない。
2007.01.22
取材2、打ち合わせ1、原稿。
ガソリンを1リットル売ってスタンドが儲かるのは、7円からせいぜい10円らしい。つーことはオレの車に50リットル入れて、窓ふいて、ゴミを片付けて、頭を下げて、儲けは500円か。
確かなネタ元によれば、平均的な規模のガソリンスタンドの粗利は、月に100万円だそうである。純利益ではなくて、粗利で、だ。
ここからバイトの人件費を払って、電気や水道などの光熱費を払って、消耗品を補充したりしていると、ほとんど利益は出ないらしい。そりゃそうだろうなあ、粗利100万円じゃあなあ。
だからやつらは必死になってオイルを売りつけたり、洗車させようとしたり、ウォッシャーが汚れてるワイパーが曲がってるライトが暗くなっていると難癖つけては、売上を伸ばそうとしているのだ。実際、ガソリン以外の売上があって、ようやく店の収入となるらしい。
まったく、楽な商売というものはないものだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」
「アラスカ 風のような物語」星野道夫・小学館文庫。
2007.01.21
原稿。
本格的に制作を始めて約半年。ようやく完成しました、新しいアルバムが。
タイトルは「親も同然、子も同然」。なんつータイトルじゃ。全部で24曲78分の大作であります。
演奏はすべてオレの打ち込み。ナマ楽器は一つも使っていません。もちろんアレンジもすべてオレだ。
ボーカルは、オレの周囲の名人たち。とくに親分、いさわしという当代一流のボーカリストの歌には、正直、ふるえがきますぜ、旦那。
バンド名は「オルケスタ・デ・ラ・タンゴ風組リターンズ」。
オルケスタ・デ・ラ・タンゴっていうのはインチキなポルトガル語(?)で、タンゴのオーケストラという意味。風組っていうのは、当初の構想では風組・林組・火組・山組という4つのバンドを個別に活動させ(これを宝塚方式という)、最後に「風林火山」というベストアルバムを発表するという構想からきている。
ところが実際には風組だけの活動で手一杯になってしまったという、なんともハンパなワンマンバンドなのだ。
そしてリターンズだが、久しぶり、6年ぶりというアルバム制作となったので、世間様の期待に応えてリターンズと名付けたのだった。
まあ、そんなことはどうでもよろしいです。
聴きたいかたには、何枚でも無料で差し上げちゃう。早速、タケダ製作所さまからはご注文いただきました。ありがとうございました。
その他、お仕事関係、友人関係、幼稚園関係、親戚関係、どんな関係でも一切問わず、もご希望の方に差し上げます。そうだ、明日にでも隣のオガワさんにもあげなくちゃ。
掲示板に書くか、メールか、直接言うか、なんでもいいです。お待ちしておりますです。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.01.20
新作アルバムの完成に向けて、本日は最終のレコーディングとジャケット関係の仕上げである。ふふふ。
今月中にリリース予定なので、欲しい人は欲しいというように。欲しくない人はいわなくてよろしい。
しっかし寒いですなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.01.19
取材7。
取材が、な、な、ななにん? そりゃあ疲れるわけだわなあ。
もっともこれまで一日で最多のインタビューは14人というのがある。某予備校の生徒への取材だった。
次から次へとやって来る生徒たちをさばいていった、そんな感じだった。
ところが予備校のガキなわけだから、大人の「仕事」というものをまったく理解してなくて、次々とドタキャンされたのには参った。「めんどくせえ」「友達にマックに誘われたから」「忘れた」とか、そんな理由でキャンセルするのである。
まったくアポイントというものを理解していないわけで、まいったまいった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「週刊新潮」「サウンドデザイナー」「美味しんぼ」
2007.01.18
原稿。
終日こもって、たまっていた原稿と格闘。ふう、肩が凝ったわい。
先月、ということは去年ということだが、木場に行ったので久しぶりに、タカラ家というラーメン屋に寄ることにした。ごく普通の店構えなのだが、ここのタンメンと餃子は絶品なのである。
久しぶりにあれが味わえるかと思って、えらく楽しみにしてたのだ。ところが開店前にふらっと店の中をのぞいたら、なんとでっかい黒犬がイスの上にふんぞり返ってやがる。
なんということだ、この店は犬を店内に入れるようになったのか。
けものを置いておく食い物屋は、たとえどんなに美味であろうと絶対に入らないことに決めている。ましてや犬など論外だ。
あれほど気に入っていた店だが、今はとっとと潰れてくれいと思うのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.01.17
取材2、原稿。
新聞の死亡記事欄に小さくマイケル・ブレッカーの名前。ニューヨークのサックス奏者だ。白血病。まだ60歳前の、早すぎる死である。
11回もグラミー賞を受賞するなど、ジャズの世界では超有名な人であるが、オレが知ったのはポール・サイモンのバックを務めているからだった。
「時の流れに」というたいへん有名なバラードでは素晴らしい間奏を吹いていて、それがあまりに好評でみんながリクエストするものだから、ついには一切のアドリブを交えずにレコード通りの演奏を再現するようなったという。
ライブのビデオでその演奏を見ると、演奏だけでなく、人間性も素晴らしいということが笑顔からも伝わってくるのだった。
やはりニューヨークのキーボード奏者、リチャード・ティーが40代で亡くなっており、ポール・サイモンのバック奏者は短命なのかなあ。そんなわけはないだろうけれど、ともかく惜しいミュージシャンを失ったものだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」納豆がそんなにダイエットに効果ありだなんて、本当かよ。
「家族八景」筒井康隆・新潮文庫。学生時代にリアルタイムで読んだものを、再読。筒井康隆とはどたばたSFの印象が強かったが、けっこう美しい日本語を書いていたんだと再認識。このシリーズは案外面白い。
2007.01.16
取材1、打ち合わせ1。
カシオが販売した電卓が、1月9日で累計10億台に達したそうである。エレクトロニクスがどえらく進化した現代にあっても、ローテクの電卓に対するニーズは依然として根強うということか。
電卓で思い出すのが、遠い昔、小学生の頃の風景である。
当時、町役場に勤務していた父が大きな手荷物を持って帰宅。うやうやしく風呂敷をほどいて見せてくれたのが、大きな電子計算機だった。
確か、今のスーパーのレジぐらいのサイズではなかったか。とにかく初めて見るその機械はなかなかに感動的で、しかも自動で計算ができるというので、とても驚いたものだった。
父は残業をするためにそいつを借りて帰ったのか、あるいは子供らに見せてやろうと思ったのか。
今度聞いてみようと、ふと思ったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「送り火」重松清・文春文庫。私鉄沿線をテーマにした短編集。いくつかは吉村達也ばりの出来の悪いホラーも含まれているので、それは蹴飛ばしてよし。親のためにお墓を買う話(「もういくつ寝ると」)や、公園デビューで放浪する母親の話(「漂流記」)などがよかった。
2007.01.15
取材1、原稿。
突然思い出したのであるが、12月31日、まさしく大晦日のその日、家の前の目白通りの歩道橋を渡っていたオレの真下を、霊柩車がくぐり抜けていったのだった。
年末のこんな日にと思って見下ろしたら、一瞬のことではあったけれど、運転席隣の助手席に遺影を抱えた若い姿が見えた。
もちろん細かなことはわからなかったものの、その遺影はさほど年取った人物のものではないことだけは、わかった。すると抱えていたのは、その息子なのか。
大晦日に身内の遺影を抱き、人気がなくてガラガラになった都内の道を霊柩車で走るとは、いったいどういう思いなんだろう。正月どころではないのはもちろんのこと、これから正月が近くなるたび今日のことを思い出すのだろうなあ。
そんなふうなことを思いながら、歩道橋を降りたものだった。
なぜこんなことをふとおもいだしたかというと、今日読んでいた重松清の小説に、霊柩車で遊園地の脇を通ったらみんなに嫌な顔でにらまれて悔し涙を流した、とあったからだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」「サウンド&レコーディング」
2007.01.14
その新潟からの遠征組を帯同して、本日は一路銀座のホテルへ、タンゴ家一族の新年会に参加するために向かったのであった。
1年に一度、一族が顔を合わせる儀式である。つーても、バイキング食ってしゃべるだけだが。
オレのヨメも臆することなく毎年きちんと参加して、おばさんたちは「偉いわよねえ」と感心しきりなのだった。我々でもこうなのだから、そりゃあマサコが新年早々の親戚の集まりをほったらかしては、家柄的にも冷たい視線を浴びるのは仕方なかろう。
席上、大宮のナオコちゃんと、ぼちぼち一族の温泉旅行を復活させようかという話になる。近場で、例えば箱根あたりの落ち着いたところでいいから、のんびりと行ってみるべか。
牛久のおじさんも所沢のおじさんも、ぼちぼちそのつもりでいるように。ナオコちゃんがいろいろと話を進めてくれるはずです。
あ、もちろんオレも適当に、あ、いやいや、しっかりフォローしますです。
新年会の後、「おもちゃやへいきたい」と暴れる息子と「秋葉原でゲームが買いたい」と主張するヒロトを伴い、秋葉原のオレの大嫌いなヨドバシカメラへ。
ついでにオレはポイントカードというものも大嫌いなので、本日も二度のレジで二度とも「ポイントカードはお持ちですか。お作りしましょうか」と聞かれたので、二度ともきっぱりと、いーです、いーです、いりません、と断ってやった。
帰りには駅前に行き、チラシを配っているメイドを、ヨメに見せてやる。ヨメ、本当にいるんだと感心。
娘を抱えたオレは、娘をダシにしてメイドに近づき、チラシをもらったのだった。娘はメイドのお姉さんたちが気に入ったようで、将来の道がすっかり刷り込まれたと思う。
しかしあれですなあ、メイドに案内されてメイド喫茶に連れて行かれる途中のオタクの薄ら顔といったら、この世のものとは思えませんなあ。
などと書いていると、親戚一同にすべてチェックされてしまうことが本日判明。牛久のおじさんなど、毎朝見ているという。そんなにヒマなのか、あ、いや、ありがたいこってす。
メイド見物も終わり、弟はヒロトを伴って新潟に向けて帰って行った。東京は乾燥したいい天気。けれど新幹線で三国山脈を越えれば、そこはどんよりとした雲の立ちこめる北国の空である。
春が待ち遠しい気持ちを、オレはもうだいぶ忘れてしまったのかもしれない。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.01.13
暖冬の新潟から、弟と甥っ子がやってきた。明日の一族新年会に出席するためである。
甥っ子のヒロトは大食漢にして寿司が大好き。回転寿司へ連れて行って、好きなものをいくらでも食ってもいいよと言ったら、気持ちいいほどのくいっぷりであった。
夜には、スマイリー城へ連れて行って焼き鳥を焼かせる。「自分で焼いて食う焼き鳥がこんなに旨いなんて」と大喜びで、さらに素晴らしいくいっぷりだった。
家にいるのと違って遅くまで起きていても怒られないものだから、なんと1時過ぎまで起きてマンガを読んでいた。元気だなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.01.12
カナウチおじさんがオレを見つけて足を止め、話しかけてくる。
「オレもさ、夢の中でおんなじ場所に何度も行くんだよ」。
ほうほう、ここにも同じ人が。で、どこへ行くんですか。
「それが材木屋なんだよねえ、材木屋」
うひゃひゃ、そりゃまた色気のないところへ行くもんですなあ。知ってる場所ですか。
「いやあ、子供の頃、確かに近所に材木屋があったけど、そことはまった違う場所」
ふーむ、ならば前世はその材木屋のオヤジだったんじゃないですかねえ。
「なるほど、するとチミは新宿の飲み屋のマスターだったのかもねえ」
ふむふむ、確かに。お互いに前世の確認までできて、有意義な1年の始まりであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」「ナニワ金融道」
「岳」(1)(2)(3)石塚 真一・小学館。前からまとめ読みたいと思っていたコミック。けっこう泣ける話があるんだようなあ。妻にも読ませ、オレは山岳救助隊になる、と宣言したら"危険だから、お願い、やめて"と羽交い締めにされたのだった。
「イニュイック」星野道夫・新潮文庫。アラスカを追い続けた写真家、星野道夫の一冊。アリューシャン列島の島で戦後50年を過ぎてから再会した日本兵と米兵の話が泣かせる。広大で透明な美しさのアラスカの物語を、池袋駅地下の立ち食いソバをすすりながら読むというのも、なかなかに酔狂な体験であった。
2007.01.11
取材2、原稿。
夢の中で何度も同じ場所に行くというのは、よくあることなのでしょうか。
以前多かったのは、バラックのような飲み屋が並ぶ広場だ。場所はなぜか新宿西口だということがはっきりわかる。
もちろん現在の新宿とは似てもにつかない荒れ地で、戦後の闇市のようなバラックが軒を連ねる中、おでんなどの飲み屋がずらりと並んでいるのだ。そこをオレは"ああ、またここに来たのか"と、夢であることを認識しながら思うのだった。
最近多いのは、八丁堀の近くである。
ここも現在の八丁堀とはまるで違っていて、辺り一面が海で、その中にぽつんと船宿のある中州があるという案配だ。ここでも"最近はここに来ることが多いなあ"と思いながら、夢であることを自覚しているのである。
こういうのって、心理学的にはどういうんだろう。どっちも特に強い思い入れであるわけでもないし、不思議といえば不思議だ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「文藝春秋」
2007.01.10
取材1、原稿。
「SPA!」の神足のコラムは毎回秀逸である。しかし今週はちょっとびっくりさせられた。書かれてあることが本当なら、げげっ、マジかよ、である。
90年代以降、日本では考えられないような異常な事件が頻発している。神戸の学校の事件だったり、世田谷の一家の事件だったり、大阪の小学校の事件だったり、中国人妻の幼稚園児への事件だったり、最近でも栃木だったり、秋田だったり、直近では幡ヶ谷の歯医者だったりと、まあ、ちょっと思い出すだけでも異常すぎるほど異常だ。
神足のコラムによれば、これらのすべてではないが、かなりの事件の背後には共通するものがあるという。それが抗ウつU薬である。つまりうツ病の薬だ。
検索されると嫌なので仮名にしておくけれど、代表的なのはLという会社のBという薬。これを服用すると、ある程度の確率でとても凶暴な衝動がわき起こるのだそうである。
そして異常な犯罪を引き起こした犯人の多くがこの薬を服用していたという。マジかよ、ってなもんだ。
このBに限らず、同種の薬はネットでちょっと見てみると割と簡単に処方されているらしい。子供も含めて。
もし神足の言うことが本当であるなら、そしてネットでは既に"今さら何を"というぐらい知られた説であるらしいが、これは相当にヤバイのではないだろうか。うーむ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「SPA!」
2007.01.09
原稿。
世の人々はやはり年頭の誓いというものを立てるのだろうか。
オレも立てねば。
えーと、頑張って働いてローンを返す。って、これは誓いではなかろう。勤労は国民の義務である。
ならば、こういうのはどうか。
体重を減らして酒を減らして貯金を増やす。うーん、具体的数値が入っていないから誓いではないな。
あとは面倒だからまた今度。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.01.08
この日記も長いものでもう8年ぐらいになるのではないか。
実はオレはこの日記以外に、手書きでもちゃあなと日記をつけている。そっちはどっちかというと日誌で、日々の諸々の雑事の記録、例えば子供が隣のオガワさんからお年玉をもらったとか、風邪を引いて医者にいったとか、幼稚園のなんとかくんが遊びに来たとか、そういう事実が連ねてあるのだ。
ここには毎日の体重の記録と血圧の記録もあって、もちろん医者にいった記録もあって、ちゃあんと健康状態がわかるのだ。
それどころか去年はいつ妻の実家に遊びに行ったかとか、予防注射はいつ打ったかとか、いろんなことがわかって、とっても便利なのである。
日記を長年つけている人は珍しくないが、2種類の日記をつけているのは、そうそういないだろう。時々、人にびっくりされる。
たぶん感心されているんじゃなくて、呆れられているんだろうけど。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.01.07
強風だけれどいいお天気なので、子供を連れて西武園へ行った。例によってガラガラである。
ここでまずは、雪遊びだ。人工の雪山が作られていて、子供らが転げ回れるようになっているのである。
一角にはそりも用意してあるので、そり遊びも可能だ。1時間500円というバカ高ではあるが、雪の維持費などを考えたら仕方ないか。
ここで子供らはそりに乗ってひっくり返ってはきゃはははと笑い、雪の上で大の字になってはきゃはははと笑ったのだった。まったくいつの時代も雪の上では子供は元気である。
続いて、併設のスケートリンクに移動。息子が「すけーとやりたいすけーとやりたい」とうるさいので、滑るのだ。
夏はプール、冬はスケートで経営を何とか維持しているという西武園。リンクはさすがに芋洗い状態である。
その中を、息子5歳にしてスケート初挑戦。ついでに娘も3歳にして初挑戦。
それどころかオレは48歳11ヵ月にして生涯二度目のスケートで、一番のベテランである妻は30ン歳にして六度目のスケートである。
そんな状態の丹後家4人が芋洗いのスケートリンクに立ったのだから、滑るというより歩く、歩くというよりじっとしている、というのが正確な描写なのだった。
もっとも子供はさすがに飲み込みが早く、すっ転びながらも次第になんとか滑れるようになったのである。一方のオレは、慣れない体勢で早くも足がつり、夜には筋肉痛なのだった。
最近、息子が夢中なのが日曜夜のNHK「ダーウィンが来た」という番組である。BR>
野生動物を中心にNHK自慢のハイテク映像を駆使して、その生態に迫るという番組で、確かにへえーっと驚くような映像ばかり。息子に引きずられて、オレもついつい見てしまうのだった。
今日のは驚いたね。バシリスクっていうトカゲを取り上げていたのだが、こいつがなんと水の上を「走る」のである。
ミズスマシのようにすーいすーいと浮かぶのではなく、かえるのようにぴょんぴょんと跳ぶのではなく、まさに「走る」のだ。足で。
その様子は驚天動地、神はなぜこのような生き物を創ったのかと刮目である。
NHK自慢の超高性能カメラでそのメカニズムを解析。すると、おお、なんということだ、子供の頃には誰もが一度は考えた突拍子もない発想の「片方の足が沈む前に、もう片方の足を前に出す」という技を、このバシリスクというヤツは実行していたのである。(ちなみにこの様子は番組のホームページで見ることができる)
これにはぶったまげて、オレは思わず焼酎のグラスを立て続けにあおってしまったよ。これじゃあ、男の子が夢中になるわけだよなあ。
夜中、目がさめて眠れなくなって、テレビをつける。NHKだ。
星野道夫というカメラマンが生前アラスカを歩いた道のりをたどってみるという番組で、そのアラスカのうつくしい自然の光景にびっくり。目がさえてしまった。
このカメラマンのことは知らなかったけれど、とたんにこの人物とアラスカという土地に興味を覚える。早速アマゾンで著書の文庫本を何冊かと、アラスカをテーマにしたヒーリングのCDを注文した。
ギター音楽が似合うのは、やっぱり冬の光景なのである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.01.06
2007.01.05
原稿。
えーじくんが言う。
「テレビの前でうとうとしていると、娘に"そんなところで寝てないで布団に寝ればいいのに"って怒られるんすよ。これって、オレが昔、オヤジに怒ってたのと同じなんですよね〜」
そういや、いつだったかイズハラも言ってたな。「オレがオヤジに怒っていたのと同じことで、今、息子がオレのことを怒ってる」と。
かくいうオレ自身、ふっとした仕草や言いぐさが、"今のは父親と同じじゃなかったか"と思い至ることが増えてきた。
男はいずれ父親に似てくるもので、それは避けられないことなのかも。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.01.04
クルマで10分ほどの樹林公園へ行く。このあたりは大きくてきれいな公園が山のようにあって、なかなかよろしい。
樹林公園は隣接の和光市のものだが、ほとんど地元のようなものだ。本日はここで凧揚げである。
元旦に息を切らして走って凧揚げして子供たちにとって、凧とは走ってあげるものだと思い込んでいるようである。そうではいけないと思い、風を受けてあげるという古来ゆかしき作法を教えてあげようという魂胆だ。
樹林公園ではいい案配の風が吹いていた。しかも近隣の大人や子供が集まって、やたらと凧揚げをしていた。
その中に混じって息子は見よう見まねでするすると上手に凧を揚げる。手元の糸をたぐりながら風を操るそのスリリングさにたちまち夢中になって、息子、興奮の大声を上げながら風と戯れるのであった。
一方の娘はというと、風で糸がグイグイ引っ張られるのが怖いらしく、ちょっとしたらあきらめてしまった。
乾燥した1月の青空の下、ミッキーやらドラえもんやらボウケンジャーやら、色とりどりのキャラの凧がふわふわと漂う様は、見ていてなかなかに心あたたまる光景なのだった。
平穏で平和だよなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.01.03
実は現在新しいアルバムを制作中である。偉そうだけど、本当である。
全部で24曲。既にアレンジは完成し、あとはボーカルを入れてトラックダウンするのみだ。
本日はそのボーカル録音が、練馬・たんごちゃんスタジオに歌手の皆さんをお迎えして行われたのであった。
なかなかに快調なできで、タコプロデューサー(オレだけど)も大満足なのである。リリースも間近だ。しばし待たれよ。って、誰が待ってるのか、わかんないけど。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2007.01.02
お正月になったらたこあげをやらせてあげると約束していたものだから、風がなかろうと何だろうと、とにかくたこあげをしなくてはならなくなったのだ。
そよ風すらも吹かない快晴の空の下、オレはたこを掲げて走って、こうやってあげるのだと子供らに見せてやった。子供たちは「あー、なるほどー」と大げさに感心し、早速オレの真似をしてたこを掲げて全力疾走なのだった。
それがよほど面白かったのか、きゃあきゃあと歓声を上げながら飽くことなく何十分も走り続けた。通りすがりのおばさんたちは大喜びで「じょうずじょうず」と拍手喝采だ。
今時、たこを持って走ってる子供なんて見かけないからねえ。そりゃ、受けるよねえ。
子供は大喜びで「たこあげっておもしろい」とはしゃいでいたのだが、たこあげとはこういうものだと刷り込まれてしまっただろうなあ。
2007.01.01
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
いやあ、ひっくりかえりましたなあ。何がって紅白の裸ですなあ。
「わたし、ついに決まったの、そう、紅白のバックダンサーなの…うん、ありがとう…でも、見ないで欲しいの…ごめんね、だっておばあちゃんがきっとひっくりかえっちゃうし…ごめんねごめんね」などといい電話をふるさとにかけた娘もきっと一人ではないはずですな。
我が家はといえば、おせちづくりに励む妻と息子に傍らで、ビールに焼酎でいい気分になった父ちゃんが大口開けてぎゃはははと笑い転げておりました。
ともかく今年も頑張りましょう。いい一年になりますように。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」