ネリマの畑の真ん中で 2007

2007.12.31
原稿。
ということで、年の瀬も押し詰まってから原稿仕事をしつつ、暮れゆく今年を見送るワタクシでありました。
ではここで、恒例の、ぱんぱかぱーん、我が家の十大ニュースの発表でえーす。
輝く第一位は、娘の幼稚園入園であります。続く第二位は娘のNHK出演であります。続く第三位は、息子の運動会での選手宣誓であります。
かように今年も子供たちが元気で過ごすことができまして、まずはよかったよかった。
来年の十大ニュースの第一位は、息子の小学校入学であることを今から宣言し、四位以下は略なのでありました。
そういうわけで、今年もいろいろとお世話になりました。皆様によい1年が訪れますよう。
妄言多謝。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.12.30
前日の録音のミックス作業で一日をつぶす。
ミックス作業のこともいろいろと勉強して、何かと時間がかかるようになった。でも、まだまだひどいなあ。自分の未熟を恥じるばかりである。
夜、幼稚園の仲良し家族で忘年会。高野台の知念である。
知念は大賑わいで、正月も休みなしの営業だそうだ。こっそり行こうかな。
いつもながら楽しい幼稚園仲間。子供が叫びまわり、父ちゃんたちが酔っぱらう、なかなかににぎわう忘年会となった。
まっちゃんこと、さやちゃんパパと席が離れてしまって、あまり話せなかったのがちと心残り。
それはともかく、皆さんよいお年を。来年はみんな小学校だね。別々の道に行っても、ずっと仲良くね。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.12.29
年の瀬も押し詰まり、本日のオレはレコーディング屋である。
何かというと、現在制作中の新作アルバム「花と星(仮)」の歌入れがあったのである。
オレのスタジオ・ねりま丹後湯にやってきたのは、親分、えーじくん、だてポン、いさわしの歌手4名。歌いに来たんだか、子供の遊び相手をさせられに来たんだか、わからなかったと思うが、ともかく4名がボーカルを疲労、違う、披露してくれたのだった。
新作アルバムは全21曲。歌入れはまだ半分を残し、アレンジも2曲が未完成。
最終的には2月頃には完成すると思うぞ。期待して待たれよ。予約受付中。
さて、レコーディングを終えて、歌手4名と共にオレが向かったのか、地の果て・赤羽である。赤い羽根と書いて、アカバネと読む。
何事かと言えば、そうである、年末恒例・漂流の会なのであった。
ねりま丹後湯でレコーディングしたんだから、わざわざ赤羽まで行かなくても、という根強い意見もあったのだが、もし待ち合わせ場所に誰か来ていたらまずいだろうということになり、わざわざ西武池袋線、湘南ライナーと乗り継いで向かったのだった。
ちなみにかつのオレもそうだったが、知らない人にとっては西武池袋線と新宿線の区別はまったくつかないらしく、いさわしは「新宿から出た電車が高田馬場を通って池袋に向かい、石神井公園に行くんだと思ってましたよ〜」とのことだそうである。
さて、赤羽ではまず例年どうしても入れない川魚屋に向かう。まだ5時前だ。いくらなんでも大丈夫だろう。
ところがびっくり、すでに店の前は行列。隣の居酒屋は満員で酔っぱらいだらけ。どうなってるんだ、赤羽根の住民は。
またしても今年も川魚屋には入れず、こりゃあ何があっても入れないという因縁でもあるに違いないとあきらめたのである。
行列といえば、話は新宿のドーナツ屋に展開するのであるが、いついっても90分待ち、2時間待ちということで知られるドーナツ屋が新宿にありますなあ。南口に。
ところが今朝、ここのドーナツをだてポンが手みやげに持参してくれたのだった。
どどどど、どうやって買ったんだ。まさか箱だけもらって中身はミスドとか。
ところが、落ち着いてだてポンに話を聞けば「セットを選べば、あーら不思議、50分の行列でも10分にショートカット」という裏技があるのだそうだ。ほほう、それは使える。今度人に教えてやろう。
その手を使って、だてポン、次回も手みやげはよしなに、ひとつ。子供が喜ぶもんで。
話は戻って川魚屋だが、そこをあきらめた我々は新規開拓ということで、場末の焼鳥屋に飛び込んだ。
ここが、おお、5時前なのに酔っぱらいでいっぱいで、それもそのはず、とても旨い焼鳥屋なのだった。特にシロが絶品。こんなに柔らかい、文字通りとろけるようなシロは初めてである。
ああ、旨かった旨かった。
とりあえず軽く下ごしらえをした我々は、次に昨年もいった餃子居酒屋に向かったのである。
カウンターだけ10席の狭い店に我々5人がなだれ込み、おらおら、今年も来てやったぜ、2回目だけど、1年ぶりだけど、もう態度は常連だぜ、とふんぞり返ったら、上海からやってきたというママが、あらまあ、あんたたち、おぼえてるよ〜、とし歓迎してくれたのだ。
この店、本当にうめえんだよ。
餃子は当然、トマトの卵炒め、麻婆豆腐など、絶品。目の前で中国の家庭料理を次々つくって食わせてくれるのだ。
びっくりしたのがポテトサラダである。
ポテトサラダ200円を2つ頼んだところ、当然冷蔵庫から取り出すと思ったら、取り出したのはジャガイモで、えっ、まさか、と思ったらそのまさかが本当で、ジャガイモを茹でるところから始めて、タマネギやキュウリを刻み、茹でたイモをつぶして、目の前でポテトサラダを一から作って食わせてくれたのだ。
これで一つ200円。なんてこったよ、おいおいおい。オレは感動したぞ。
このポテトサラダにマヨネーズとソースをかけて、いやいや、これが絶品。えーと、なんの変哲もない、単なる作りたてのサラダなのだが、おお、ポテトサラダとはこういう味だったのか、と思わせてくれたのである。
つまり新鮮であるから保存のために酢も入ってなくて、実に爽やかな味わいなのである。ううーむ、たいしたもんだ、上海ママ。
ピーナツも生を目の前で炒めてくれて、それが冷めたところで口に含むと、うまー。
酒は紹興酒に、白酒だ。アルコール56度。一口なめては水を飲み、ああ、お気楽極楽。
そんなところへ合流したのが、久しぶりのイズハラに、おお、珍しい、重鎮・ミヤウチ氏である。
ちなみに順さんからも電話が入ったのだが「おれ、今自転車に乗ってるんだよう」というからどこかと思ったら、国分寺の自宅の近くなのだった。危ないから電話なんかしなちゃだろだよう、順さん。
さて、場所を3軒目のどうでもいい居酒屋に移し、ここでえーじくんとだてポンは抜ける。よいお年を〜。
居酒屋では、昔からカントリーが大好きで、よく歌っていたというミヤウチさん「デニーズへ入って、初めてジャンバラヤというものを食ったとき、なななな、なんだこれ、これがジャンバラヤだったのかよっ、と激怒した」と話してくれて、大笑い。
あの素朴な味わいのジャンバラヤという歌の正体が、このような軟弱な食い物のことだったと知ったときの衝撃について、一同、深く納得したのである。
ということで、ほどほどに深く酔っぱらって10時半、ぼちぼち帰るべーと、おひらきだ。ミヤウチさんには「おお、そうか、タンゴには子供がいるのか、ならばこれをやる、(かばんをごそごそ)、ほれ、ポケモンカレンダーだ」と思わぬプレゼントをいただいたのだった。どうもありがとうございました。
こうして今年も無事に漂流することができて、1年も締めくくられた。やれやれ、よかったなあ。
と言いつつ、そうだ、まだ原稿が残っているんだった、と頭を抱える夜更けの西武池袋線なのだった。

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2007.12.28
原稿。
年末、仕事納めだというのに、ここへ来て新しい仕事が入っちゃって、ということはあれですな、正月休みにやっとけということで、それは自営業としてはありがたい話なのであった。
と思いつつも、自宅仕事の世の常で、夜やればいい、明日やればいい、あさってやればいい、とついつい先延ばし。隣のオガワさんにも「夏休みの宿題だろ、それじゃ」って笑われる始末である。
そんなところへ、ウッチーから「タンゴさん、もしかして原稿忘れてるでしょ」というメール。
げげっ、なんのこっちゃ。
あわててひっくり返してみれば、がーん、なんということだ、完全にこの原稿を忘れておった。情けない。小学生以下だな、これじゃ。
伏してお願いし、なんとか年明けまで待ってもらうようにしたが、待てよ、このタイミングでそれは、ウッチー、チミも忘れていたということではないのかね。
などと偉そうなことは言えない、トホホな立場のオレなのだった。

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2007.12.27
原稿。
とある忘年会があって、オレもお呼ばれされていそいそと出かけていったわけだが、恒例のプレゼント交換会でオレが用意したのが、あろうことか自作CD。
運良く、いや悪くか、そのプレゼントに当たってしまった若いねえさん、さぞやありがた迷惑だっただろう。迷惑ついでに名刺も手渡ししてやったから、感想を書いてメールしなくちゃいけないのかしら、と思ったに違いない。
なんてかわいそーなことを、とヨメもオレを非難する年の瀬なのだった。

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2007.12.26
原稿。
年内に書く原稿は、これで終わりかなあ。どうかなあ。
夜、魚せいにいったら、客が誰もいない。客どころか、店のオヤジもいない。
しばらくしたら、げほんげほんという咳と共に奥からオヤジが現れた。風邪を引いたらしい。
オヤジ、「うー、寒気がする、ついでに客が誰も来ない、今日はあんたが最初だ」という。
だったら閉めて休んでろよなあ。そう言いつつ、酒を飲むオレであった。

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2007.12.25
打ち合わせ2、原稿。
朝、新聞を取りに出たら、隣のオガワさんに会う。
挨拶を交わしつつ、オガワさんの「クリスマスだっていうのに、この陽気じゃ、ホワイトクリスマスは無理だねー」という言葉に相づちを打つ。
そういえば、クリスマスには表にこたつを出し、服をいっぱい着込んで、イルミネーションを眺めながらビールを飲もうと約束していたのだった。
オガワさんは覚えているのだろうか。オレはもちろん覚えているが、忘れたふりをしている。
たぶんオガワさんもそうだ。
そしてお互いに相手が忘れて振りをしていることを知りつつ、知らん顔をするのである。それが大人の近所づきあいというものだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」
「酔客万来」酒とつまみ編集部・酒とつまみ社(仮)。爆発的に面白い雑誌、"酒とつまみ"の名物企画である巻頭インタビューをまとめた一冊。これほど"待望の"という表現がぴったりの本も珍しいだろう。登場人物は、中島らも、井崎脩五カ、蝶野正洋、みうらじゅん、高田渡。話している内容は、ひたすら酔っぱらったらどうなるか、というアホ話。これが抱腹絶倒なのよ。みうらじゅんがばらす、泉麻人の泥酔ぶりなんて、そりゃもうおかしくておかくして。しかし、発行が「酒とつまみ社(仮)」って(笑)。要は大手出版社がどこも相手にしてくれなかったから、自分たちで出しました、というわけで、なんとも痛快。アマゾンでは品切れ。Yahoo!ブックスで買えます。


2007.12.24
メリークリスマスでございますよ。
6歳と4歳であるがゆえ、子供らはサンタクロースを本気で信じている。可愛いものである。
その息子はスキー合宿で不在。オレは娘の手を引いて、車で10分、和光市の樹林公園に出かけ、トランクから自転車を下ろして、娘を遊ばせたのだった。日向は気持ちよいが、風はやっぱり冷たい。
娘の自転車の後を追って歩き、枯れた芝生の上ではサッカーボールを蹴って遊んだら、しっとりと汗をかいてしまった。
前夜は娘と一緒に魚せいに行き、だらしなく酔いつぶれてしまい、風呂に入って娘の布団に潜り込んだら、あっけなく寝てしまった。9時前だというのに。
そのせいかどうか、3時に目が覚めてしまい、目覚めたその瞬間に「おほしさま」という曲のアレンジを思いつき、そのまま布団からはい出して、パジャマ姿で譜面を書いて打ち込みして、デモを録音したのだった。ふふふ、いい感じ。
新作アルバムもだいぶできてきたぞ。お楽しみに。タイトルは「花と星」に決定だ。メルヘンだなあ。
明るくなる頃、娘と妻が起きだしてきて、オレが未明からそんなことをしていたのを知って、あきれかえる。
その娘、妻と一緒に、駅前のそば屋で昼飯。街はクリスマス一色で、食後にケーキを求めて立ち寄ったコージーコーナーでは、整理券を配るほどの混雑ぶりであった。
あまりの賑わいに目を白黒させて、って、もともと目は白黒であるのだが、続いて駅前のケンタッキーフライドキチンに行ってキチンを買おうとしたら、店員が制止するように店の前に立ち「本日はご予約のお客さまのみになっております」とのことで、目をさらに白黒。
おいおいおいおい、おめーんとこはファストフードじゃなかったのかよ。
店員「チキン以外はご利用いただけます」と追いすがったが、いらね、と一言言い残して立ち去る。
まあ、どうせケンタッキーフライドキチンなど、年に一度も立ち寄らない。せいぜいがクリスマスだけだ。だからこの店には二度と立ち寄らない。ファストフードが客を選んでどうするだよ。
夕方、スキー合宿から帰ってきた息子を出迎えに行く。相当に楽しかったようだ。
大浴場では、友達の悪ガキどもと一緒に入ってさんざんお湯のかけっこをしたらしく「おゆをいっぱいかけられちゃったんだよ」と、さぞ困ったような顔をしつつも、口ぶりはとても楽しそうなのだった。

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2007.12.23
息子の通うサッカー教室主催で、本日は泊まりがけのスキー合宿である。長野県の軽井沢の先まで行くらしい。
スキー合宿ったって、スキーはちょっとぴり、後は雪合戦したりと、遊びが中心なのだ。それでも親から離れての一泊旅行。本人はそれなりに心配していたが、これも自立へ向けた大きな一歩なのだ。
もちろん息子はスキー初体験である。
オレはスキーなんぞ25年以上触っていない。ヨメも10年以上滑っていない。
どうするんだよ、子供がスキーに連れて行けって言ったら。「あら、わたしは子供を見ている余裕はないわよ」。げっ、オレだってロッジでビール飲んで転がってるつもりだけど。
そんな押し付け合いをしているうちに、きっと子供は子供で勝手に滑るようになっていくのだろう。

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2007.12.22
本日は、しまじろうのクリスマスコンサートである。大宮のソニックシティなのである。
朝の会に行ったのだが、さすがガキ業界のカリスマ、しまじろうは超満員なのだ。父ちゃん母ちゃんは、みんなベネッセのマーケティングにすっかりやられちまっている。
毎度のことなのだが、重い着ぐるみを着て、歌って踊るのはたいしたものだ。
素晴らしいのは、歌のお姉さんである。
あやお姉さん、本名・岡野綾が去年に続いて今年のクリスマスコンサートのメインなのだが、その歌いながらのダンスは絶品。さすが「まちかどド・レ・ミ」でセンターを張っていたキャリアの持ち主だけはある。
なんとも柔らかい身のこなしで、それでいて伸びのある高音でしっかりしたボーカルを聴かせてくれるのだ。あやお姉さん、さいこー。ゴーゴー、レッツゴー、あやおねえさ〜ん。
しかも一日三回公演。初回が9時50分からだから、リハーサルがたぶん8時くらいからだろうなあ。
なんともハードであるのだが、けろっとこなすあたり、さすがは若さだ。
来年も見に来ようっと。

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2007.12.21
打ち合わせ2、原稿。
久しぶりにカナウチおじさんと打ち合わせ。
おや、御大が自ら臨席とは、ずいぶん気合いが入ってますね〜。「新人のハリーの教育の一環の仕事なんだよ」
あれれ、"の"が多すぎますよ〜。そんなことより、今度おごってくださいね。「おお、魚せい行こうか」
新人のハリーくん、チミも一緒に来たまへ。「いや、お前にはまだ早い」
あら〜、残念。もうちょっと大人になった行きましょうね。
というわけで、今度カナウチおじさんに魚せいをおごってもらうことになったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「週刊文春」「ビッグコミックオリジナル」「美味しんぼ」
「食品と暮らしの安全」無化調ラーメン屋情報、生醤油情報など、ここ数号の低迷ぶりがウソのような充実ぶり。紙面で"定期購読が26部も減りました"と嘆いているが、最近の中身を見れば、これで一冊1000円は高すぎると誰でも思うべさ。いつも今号のような中身なら定期購読の減り具合ももうちょっと少ないと思う。ところで東海大地震がここ2、3年で起きそうだと。ここ数ヵ月で東京で震度5くらいの地震が起きたら、もう確実だと。うむむむ。それから中国で人対人の鳥インフルエンザ感染が確認されたので、もしこれが日本に入ってきたら、ともかくその瞬間に2週間分の食料を買い出しに行け、というアドバイスは有意義であった。


2007.12.20
年賀状は贈り物なのだと、郵便局は言う。いや、それは送り物の間違いだべ、とオレ様は突っ込む。
そのようなことをぶつぶつ言いつつ、オレは年賀状を用意した。
25日までに出せ、つまりクリスマスも遊ばずに年賀状を書け、とジャパンポストは言うから、それに従って書いたのだ。つまりは、これで元旦にオレ様の年賀状が届かなければ、それはジャパンポストの責任になるのだ。
現状、郵便事業の最前線は相当に疲弊しているらしい。このさき、どうなってしまうのだろうか。

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2007.12.19
原稿。
中田英寿の恥ずかしさったら、ありゃあ、ないな。痛すぎる。
自分探しの旅で見つけた自分があれだったとは、日本中がずっこけたのではないか。カネは十分稼いだのだから、後は人知れず、おとなしくしているべきだと思う。
それはともかく、こんな憎まれ口をたたいている天罰なのであろう、近所のディスカウントストアで買い物していたら、眼鏡のレンズがぽろっと転がり落ちてしまった。あららら。
あわてふためいて拾うオレと息子。
「ねじがないねえ」と困惑する息子に、大丈夫、こんなこともあろうかと(あろうかと?)、別の眼鏡が用意してあるのだ、と胸を張るオレ。家に帰って、いくつかの眼鏡を引っ張り出した。
まず、昔使っていた眼鏡。これが一番しっくりくるのだが、なにせ古くてレンズが傷だらけ。目の前に常にゴミが見えている感じで、落ち着かない。
ならばということでもう一つ、昔つくった眼鏡を取り出す。縁なしだ。
縁がないので、なかなか知的に見えるぞ、オレ。ところがこれは昔つくったから度数がしっくりこなくて、やっぱりしょぼしょぼする。
そこで最後に取り出しのが、この夏につくった遠近両用眼鏡である。つくったはいいものの、これオレ様が老眼とは、という事実を認めたくなくて放っておいたのであった。
どれどれとこいつをかけてみたら、ああ、きつっ。くらくらする。しかも遠近両用の、その境目が薄ぼんやりして気持ち悪い。
結局どうしたかというと、この3つの眼鏡を順番にかけて、やっぱりダメだ、これもダメだ、と繰り返しているのである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「酒とつまみ」10号。今のオレが最も楽しみにしている雑誌である。定期購読を申し込んである。季刊。ところが今号が出たのは、前号が出てから10ヵ月を過ぎてから。わははは。これで定期購読を受けてるんだから、たいしたものである。今号も抱腹絶倒。巻頭インタビューは玉袋筋太郎だあ。


2007.12.18 
打ち合わせ1、原稿。
あんなものが流行するほど日本人は馬鹿じゃないという思いでオレがハズレを予測したのが、かの「セカンドライフ」。どうやらオレ様の予測が見事に当たったようで、どの街もすっからかん。一発当てることを目論んでなだれ込んできた企業は、知らんぷりを決め込んでいるかのようである。
もちろんオレ様は鼻高々。えっへん。って、単に英語が読めなくて、先に進めなかっただけですけど。
そんな教訓に学んだか学ばなかったか、対抗馬として誕生したのが国産3Dの「meet-me」というサービス。現在試験期間中で、来春本格スタートだ。もちろん試験期間中であっても、誰でも参加できる。
なんだそれ、neet-meじゃねえのか、などと揶揄されながら誕生したこのサービス、早くもなじり倒されている。「セカンドライフに何も学んでいない」「早くも終わっている」「金だけ集めてとんずら」などと、徹底的に笑いものだ。
本格的に始まる前からこの評判の悪さは、なかなかに特筆モノである。
てな話題を振りつつ、最近のオレのお気に入りは、缶コーヒーのジョージアのコマーシャルである。おお、テレビを見ないオレ様がコマーシャルの話題をするなんて、いったいどうしたわけだ。
あまりにテレビを見ないものだから、小島なんたらとかいう半裸の馬鹿芸人の馬鹿ギャグを今まで知らなかったではないか。ついでに子供にも「テレビを見ると馬鹿になるから見てはいけない」と独裁者のごとく言い聞かせているため、子供はかわいそうに、やっぱりギャグを知らない。わはは。
そういや109の店員の真似や総武線の女子高生の真似で人気が出た小太りの女芸人がいるけど、やつが女の子からも支持されているのは、そのルックスに加え、実は頭の回転が速そうと思わせる演出にあるのではないか。確かにトーク番組などでは当意即妙の受け答えをしていて、頭がよさげに見えるのは間違いない。だが、ちょっと待て、あの一見アドリブに見えるやりとりも、実はきちんと台本が用意されているのであることを、みんな、知らないのか。構成作家の仕事とは、そういうことなのだ。
オレも一時期、テレビ番組の企画書をつくれと言われたことがあって、テレビを見ないオレがテレビ番組の企画かよ〜と笑いながらやっつけ仕事ででっち上げたのが、長嶋茂雄と薬師丸ひろ子がペアになってアメリカ大陸を横断するというスペシャル番組。なんだ、それ。こんなアホな噴飯企画でも、おおいいねいいね、おもしろいね、と通ってしまうのがテレビの世界。そりゃ面白いだろう、実現できたら。というわけで、あの企画書、どうなったのでしょう。バブルの真っ盛り、フジテレビでのお話でありました。
それはともかく、あれね、ジョージアのコマーシャルね。萩本欽一と館ひろしが麻雀していて、なぜかウルトラセブンが「ポンです」とか言って萩本欽一が「お前しゃべれるの」と突っ込むやつ。これでいいのだ日本は、というコンセプトのようでいて、この全体に漂うこれでいいのだ感がオレは好きである。
ウルトラセブンもいい味出しているし。
もっとも裏を返せば、コカコーラボトラーズが「缶コーヒーはこれでいいのだ、日本の男はもっと缶コーヒーを飲んでいいのだ」と言っているようにも聞こえる。缶コーヒーがいかに健康に悪いかは今さら言うまでもないが、それでも「これでいいのだ」と開き直ってるわけだ。
とすると、おお、これは中年男性に「不健康だろうがなんだろうが、それでいいのだ、とっとと缶コーヒー飲んで成人病になっちまえ」と言ってるようにもとれなくもない。とれないか。
缶コーヒー一本に入っている糖分は角砂糖五個分。空腹時に飲むと、しびれるほど旨く感じるのは、この糖分によって血糖値がどっかーんと上がり、インシュリンがたっぷりと放出されるからだ。ならば無糖を飲めばいいではないかとなるが、ところがどっこい、無糖の缶コーヒーは防腐剤が鬼のように入っているのであった。
まあ、そんな蘊蓄はどうでもよろしい。人様が旨いと言ってるものをとなりでけなすのは、とても品のよろしくないことであるのだ。
要はジョージアの缶コーヒーのコマーシャルが面白いという話で、ジョージアといえば飯島直子だったが、はて、最近見かけないなあ。と思ったら、テレビを見ないのだから見かけなくても当然だよな。

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2007.12.17
取材1、原稿。
新潟まで日帰りの取材。まあ、片道2時間だから近いものだ。しかも駅前5分。
せっかく新潟まで行ったのだから実家にでも、という頭がなかったわけでもないが、明日の予定もあることだし、立ち寄らずにまっすぐ帰る。
新潟は、やっぱり暖冬なのだろう、豪雪地帯もまだ雪が少なかった。あの暖冬は、柏崎に原発ができて以来であるのは確かだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「ゴールデンスランバー」伊坂幸太郎・新潮社。首相暗殺の濡れ衣を着せられた男がどう逃げ切るかというエンターテイメント。複雑なプロットを、さすが伊坂幸太郎、苦もなく読ませる。一級のエンターテイメントであるのは間違いない。犯人と疑われた息子を持つ父親が、日本全国を敵に回して啖呵を切る場面は、いやあ、久々に胸がすかっとした、文句なしの名場面!


2007.12.16
原稿。
ふと思い立って、朝、家族と一緒に富士山を見に行くことにする。
環八から用賀に出て、東名高速。途中、大井松田のあたりからは真正面に雪をかぶった富士山。絶景だ。
車中で息子が「ふじさんのえをかくんだ」と言ってペンを走らせる。
御殿場インターで降りて、富士五合目への道を走る。途中で、山中湖方面へ折れて、度迫力の富士山を眺めながら富士五湖道路。
その後、中央高速から八王子経由で圏央道、関越道とまわり、川越で降りて、オールド・スパゲティ・ファクトリーでスパゲティを食べ、再び関越道で帰ってくる。
東京・神奈川・静岡・山梨・埼玉と、ぐるっと一回りの小さな旅なのだった。
帰ってきたら、強風で、案の定、目の前の畑は土埃。出がけに干していった洗濯物を取り込んで、とほほほと泣きながらもう一度洗濯機を回したのだった。

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2007.12.15
原稿。
夜、魚せいへ行く。刺身だ。ああ、旨いなあ。
刺身は日本酒だ。久保田である。
こうして日本酒を飲んでへらへらしている時が最高である。
帰って娘と風呂に入り、寝かしつけている間に自分も一緒に眠ってしまって、はあ、お気楽極楽。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」
「笑う警官」佐々木譲・ハルキ文庫。警察小節は横山秀夫だが、この人もなかなかのものである。ストーリーそのものよりも、警察内部の徹底したリアリズムが面白い。ここのところ出かけるのも車が中心だったので、なかなか本が読めなかった。


2007.12.14
原稿。
で、その「筆ぐるめ」だが、詳細を書いてメールしたというのにタコソフト会社は何の返事もよこさなかった。まったくタコである。
月曜あたりまで待って何もレスポンスがなければ、ベクターに連絡して「もうそういうソフトは売るな」と言ってやるのだ。
で、どうしたかというと、ネットで対策を調べて、要はパッチを当ててなおしたのである。まったく困ったみんである。けっ。
それはともかくとして、今日ぐらいの冷え込みになると、家の前の畑は霜で真っ白。歩道橋に登れば、遠く、雪をかぶった富士山が見えるのであった。
冬の朝は、寒いけれど気持ちがいいなあ。
夜、久しぶりに古謝美佐子の「童神」を聴く。これを聴くと必ず泣くので、めったに聴かないのであるが、久しぶりに聴いて、やっぱり泣いた。これは…すごい歌だ。

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2007.12.13
取材1、原稿。
年賀状をつくらねばと思って、子供の写真を撮り、ベクターからはがき作成ソフトをダウンロード購入した。
たかが年賀状の作成である。ワープロでも十分できそうな作業である。
それだというのに、このソフトは、とんでもないゴミな仕様であった。途中からはほとんど機能しなくなり、意味不明のアラートが出て強制終了。
あきれかえって削除し、再度インストールしたものの、やはり同じ症状である。なんだこれ。
年賀状特別バージョンとかで、1500円のソフトであった。ゴミとして捨てればいいのだが、気分が悪いので、開発元に「なんとかしろ、タコ」というクレームメールを送りつけてやったのである。
「筆ぐるめ」という、名前からして安直なタコソフトである。さて、どういう対応がくるのか。
面倒くさいから、別のソフトを買ってしまおうかとも思っているけど、まだ年賀状には時間があるから、ちょっと待ってみるか。そもそも年賀状っていつまでに出すんだ? それすら知らないわたくし。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「ゴルゴ13」


2007.12.12
取材3。
朝7時、携帯にメール着信音。イヤーな予感が走る。
案の定、西武線が事故でストップというメールだった。とほほ。家を出る直前でまだ救いがあったか。
急遽、車で出かけることにして、慌てて家を出た。
というような話を昼飯食いながらしていたら、話題はいつしか夢の話に移っていった。
オレは、前にも書いたけど、新宿西口のバラック街の飲み屋をさまよっている夢をよく見る。夢の中で、ああ、またここに来たなあ、と認識しながら、いつも同じ夢を見るのだ。
カメラマンのヨシダ氏はというと「緑色のカエルと、赤いカエル、どっちを右に置いて、どっちを左に置くか、悩んでいる夢をよく見ますねえ」とのことであった。なんともシュールな。というか、アホな夢だ。
では、マグナム・コマコマはというと「何かに追いかけられている夢をよく見ます。時間と共にだんだん俯瞰していって、実はレコード盤の上を、針に追いかけられながら走っているということがわかるんです」と、これまた意味不明のおかしな夢を見るらしかった。
ちなみにマグナム・コマコマ、先日は「菅野美穂に告白されたけど、断っちゃう夢を見ましたよ、ドリーム」とわけのわからないことを言っていた。せっかくなんだから、断るなよ〜。
などという馬鹿話をしていたせいではないけれど、東京駅の八重洲近辺の駐車場に停めていたら、一日分5400円もふんだくられてしまって、たんごちゃん、大泣きの巻。西武線のばかやろう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」


2007.12.11
原稿。
ここ最近ずっとプリンタの調子が悪く、写真がどうもきれいに再現されないでいた。
仕事に支障があるわけではなかったが、ぼちぼち買い換えか、どうせなら年賀状のタイミングか、とずっと考えていたのである。
そして、そろそろ年賀状も用意しなくてはという時期を迎え、キヤノンのプリンタを買い換えたのであった。
新しいのもキヤノンのプリンタ。ストックしてあるインクが無駄にならないようにという、せこいような、貧乏たらしいような、いいや、けっして恥ずかしいわけではない、そういう理由からキヤノンである。購入先はアマゾン。他のネットショップよりも安かった。
そのプリンタが今日届いたわけであるが、なんと段ボールから取り出して付属品もろくに開けない状態のまま、電源スイッチを入れたら、いきなり「プリンタ異常です」のエラー表示。
繰り返すが買って届いて10分後、最初に電源スイッチを押しただけである。いきなりおいらはノックダウンさ。
何度か抜き差ししたけど、事態は解消されず、やれやれと思いながらキヤノンのサポートに電話。どうせつながらないんだろうなあとあきらめ半分だったものの、アフターサポートの重要性が盛んに言われるようになったせいか、あっさりと最初のコールでつながる。
事態を説明したら、「あ、それは初期不良です、代わりの製品を送ります、明日着きます」と、あっさりしたものであった。まあ、面倒だから初期不良ってことにして全部交換してしまえというわけだろう。
それはいいのだが、やっぱり製造派遣労働者の怨念がこもっていたのが、トラブルの原因だったか。
キヤノンとしても、とっとと新品に取り替えてしまったほうが簡単なんだろうな。

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2007.12.10
取材5。
早朝5時に起きて6時に家を出て、すでにおなじみ、山梨へ向かう。甲府到着8時。
南アルプスがきれいなんだよう。空気が澄んでいて、里にも薄いもやがかかり、遠くの山々も青白くなって、朝日の当たっている斜面が輝いていて、高速から眺める景色は本当にきれいなんだよう。
いいですなあ、日本の晩秋。というか、初冬。
市内に入れば、朝日の中、マフラーを巻いた高校生たちが自転車で登校している。
が、しかし、オレは遊びに来たのではない。仕事なのだ。稼ぎに来たのだ。
金を使いに来たのなら楽しいだろうが、稼ぎに来たのだから楽しんでもいられないのであった。
というわけで、仕事を終えたのが夜7時。それからえっちらおっちら、夜の中央道を走って帰ってきたのである。
そういやあれだね、圏央道と中央道がつながって、けっこう思った以上の数の車が八王子インターで圏央道に流れている。そのせいもあるのだろう、高井戸の渋滞がなくなった。
この数日の山梨帰りで、高井戸インターが渋滞していたのに遭遇していないんだもの。これがホンモノなら、圏央道効果は相当なものである。
夜、食事していなかったので、スマイリーに行く。スマイリーも月曜日はさすがに空いているのだった。これも圏央道効果なのか。んなわけないか。

「週刊現代」マクドナルドの従業員の証言集というのにびっくらこいた。


2007.12.09
原稿。
地元の西友に行ったら、カード会員は2割引というランドセルのセールをやっていた。
おお、そうか、ランドセルか。考えてみれば来年小学校に入るのだから、息子にはランドセルが必要ではないか。
ちょうどタイミングよく、カードも持っている。ならば買うしかないではないか。
ところがゆうやパパが言っていたように、ランドセルの足は案外速く、人気のカラーは既にないらしい。ウソだろうと思ったけど、本当のことであった。
黒が欲しかったので、それを手にレジへ持っていったら、「これは見本ですのでお売りできません」という返事。たちまち激怒したオレは、そんなこと書いてなかったよねえ、売り物じゃないならそう書いておかなくちゃねえ、だいたい売れないモノを売り場に並べるんじゃないよ、きみたち、と迫ってやる。ほとんど因縁つけにきたみたいだな。
以前、新宿の無印良品で同じことがあったときも、同じ手で激怒したことがある。
まあ、別に嫌みの一つでも言えば気が済んだだけだったのだが、なんだか急に店員がびびっちゃって、きききき、聞いてまいります、と店内を走り回っていた。ちと気の毒だった。
妻に聞いたら「お父さん、怖かったよ」とのこと。うーむ、やはり難癖つけて脅かしたみたいになってしまったか。反省しなければ。
結局、だだだだ、大丈夫です、こちらをお持ち帰りください、ということになって見事最後に残った黒のランドセルを入手したのだった。
息子も大喜び。自分で大きな買い物袋を持って歩いて、嬉しそうだった。
家に帰って、たぶんそうだろうとは思いつつ、一応は念のためと思ってネットを調べたところ、案の定、ネットのほうが安くて在庫もたっぷりなのであった。わはは。
すまね、西友。

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2007.12.08
というわけで、なぜ本日が早起きだったかというと、幼稚園のおゆうぎ会で、オレが席取りをしなくてはならなかったからである。
寝不足と疲れのたまった体をえいっと起こして朝7時。そそくさ食事して幼稚園に並んだのが8時前だというのにもう20人ほどが並んでいたのだった。
この順番は途中で妻に譲り渡し、オレは職員室に向かって挨拶。理事長、園長と共にいわゆる貴賓席というものに座ったのだった。会長様でありますから、俺様は。
息子と娘はよく頑張っておゆうぎをした。
頑張らなかったのはこのオレである。自分の子供以外のプログラムは適当に見てたなどと言われてはかなわんからと、真剣に見るふりをしようとしたものの、昨日の深酒と疲労が一気に襲来。ステージを見ながら、何度もうとうとしかけたのだった。
終わったら、しおんちゃんパパこと西山に「非常に眠そうだったねえ」と、しっかり見破られていたことが発覚。うう、まったくつらいぜ。
ちなみに今年のおゆうぎ会は「葉っぱのフレディ」が最高。幼稚園でこの演技は素晴らしく、担当したO先生には敬服だ。終了後、わざわざ「感動しました」と伝えにいったほどだった。

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2007.12.07
取材3。
朝7時に車で家を出て、本日も例によって山梨は甲府である。
盆地の甲府は、冬は厳寒となるが、本日はほんのりとポカポカ。いわゆる小春日和である。
その中で対談1つ、座談会2つという取材をこなす。さすがに終了後の夕方5時にはぐったりだった。
そのぐったり状態のまま、車に乗って中央高速を戻る。目の老化で、夜の高速はだいぶつらくなったなあ。仕事のあとだと、なおさらである。
80キロのスピードでのんびりと走る。渋滞ゼロ。きっちり2時間かかった。
家に帰って、着替えてすぐに沖縄料理の知念に向かう。
8時の約束で、幼稚園の仲良しパパ友達の飲み会なのだ。
なぜだかさやちゃんパパこと松本よりメールがあり、ゆうくんパパこと佐伯と飲むことになったから、一緒にどうか、という誘いが来たのである。ヨメ抜きで急な招集がかかるとは、これは何か深刻な相談事に違いない。ちょっとうきうきしながら出かける。
思いは、りさちゃんパパこと櫻井、まなちゃんパパこと斎藤も同じだったようで、顔を合わせるなりいったいどういうことでしょうな、と案じる。そこに合流した松本と佐伯。格段深刻な話もなく、ただ単に飲みたかっただけらしい。
それにしても5人の父ちゃん友達、これがけっこう楽しいのだ。
幼稚園関係でこういう仲間ができるとは、思ってなかったぞい。
結局知念には12時までいて、その後、駅前のバーに移って2時。帰って風呂に入って寝たのが3時だった。
うーむ、早朝から運転して、ハードな取材をこなして再び運転して帰り、ぐったり疲れていたというのに、酒だなるとこのはしゃぎぶり。しかも、翌日は土曜日にも関わらず早起きしなくてはならないというのに。
だが、そんな後悔はちっとも頭に浮かばず、ご機嫌で寝たのだった。

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2007.12.06
取材2、原稿。
立川ってのは、ちょっと前までは東京の外れの田舎だったのだが、ここ数年の発展ぶりは素晴らしく、あっと驚くばかり。
ところが買い物客などはどこか垢抜けてなく、何かに似ているなあと思ったら、コマコマの指摘通り、名古屋に似ているのだった。
なるほど、名古屋も大いなる田舎だよなあ。

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2007.12.05
取材2、打ち合わせ1、原稿。
本日は幼稚園で餅つき大会である。
オレはあんこ係。つまり早起きしてあんこ屋さんに走り、あんこを受け取って届ける係なのだ。なんだ、お使いか。その通り。
園庭では、何十年と使い続けているふかし器を使い、火を燃やして、米をふかしている。その向こうに杵と臼。
立場上というわけで、まず最初にオレが杵を手にして餅をつく。うーむ、何十年ぶりだろう、こんなの。
子供たちも、何人かに分かれて餅をついた。「ぺったん、ぺったん」と大声での大合唱。
冬の風物詩だなあ。しみじみ。
夜、飯田橋へ行く。コマコマ電話中なので、ウッチーを呼び出す。
ウッチーは「なんですか、タンゴさん、お稲荷さんでも持ってきてくれたんですか」と意味不明の叫びを発する。なななな、なんでオレが客先を訪問するのに稲荷寿司を持ってこなくてはならんのだ。
それともこの会社ではそういうしきたりなのか、出入りの人間は稲荷寿司を持参せよ、との。
今度コマコマに問いただしてみよう。

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2007.12.04
取材2。
7時過ぎに家を出て、車で甲府に向かう。
甲府駅南口で人と待ち合わせ。すると、緑の悪魔がうろうろしているのに出くわす。言うまでもなく、駐禁の取り締まり業者だ。
車を停めて知らん顔していたら、窓を叩かれ「移動してください」と言われる。へーいと言って、素知らぬ顔でローリーをぐるぐる回って時間をつぶす。
1ヵ月ほど前に入間駅の前にいたら、やっぱり緑の悪魔がうろうろしていて、そのときはこっちにガンを飛ばしてきた。
市場化に伴って民間業者が参入した当初は、社会的な注目もあってか、やつらもやたらと低姿勢であったが、市民権を得たと勘違いでもしたのか、最近は横暴である。
なによりも顔つきが以前と全然違っていて、なんとまあ卑しいというか、品性がないというか、人を見たら泥棒と思っているというか、とにかく薄汚い顔をするようになった。その変わり様は、びっくりするほどである。
職業に貴賎はないかどうかは知らないが、免許更新の近所で写真撮影の呼び込みをやっている連中と、この民間の駐禁取り締まり緑の悪魔だけは、心底、卑しい仕事だから、オレは軽蔑している。しっしっ。臭いからあっち行け。

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2007.12.03
原稿。
ぼちぼち年末。自営業であるオレの場合、1月1日から12月31日までが会計年度だ。
集計作業にとりかかっている顧問会計士から「一昨年より去年、去年より今年と順調に売上が減ってますよ〜、どうするんですか〜、減ってますよ〜」というメールが来る。
ううう、年明け早々に大台を迎える("大台にもいろいろあるのよ"というフレーズが来年は大流行の予定。覚えておかれたし)予定の父ちゃんは、激しく落ち込みつつ、ビールなどすするのであった。

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2007.12.02
昨日がサッカーで忙しかったのに対し、本日は録音で忙しいのであった。
学研が春に出版する「遊びと環境0・1・2歳」という雑誌に付録でつく音楽CDの全4曲の作詞・作曲・編曲と、わらべ歌3曲の編曲をオレが担当し、本日はその歌録りなのであった。
場所は目黒の学研Gスタジオ。歌手は、もちろん(もちろん?)母ちゃんである。
途中、企画もので、息子と娘、それから母ちゃんの妹も声も収録。なかなかに楽しい仕上がりなのだった。
いつもながらエンジニアは職人・イイジマ氏。
ともかくこのエンジニアの耳をうならせる音づくりをすることが毎回のオレのテーマであって、そのためにはクライアントである学研の意向や聞き手である子供らの趣味など知ったこっちゃないのである。
イイジマ氏の仕事ぶりは、見ていて、ふわ〜そこまでやるかあ、というぐらい丁寧である。いや、それがスタンダードであってオレが知らないだけかもしれないが、とにかく勉強になるのであった。
今回もイイジマ氏をうならせることはできなかったと思うが、まあ、オリジナル4曲は、詞も曲もアレンジも歌も、十分に納得できる仕上がりなのではないか。そこはかとなく自信があるのだった。
来春の発売であります。みなさん、ぜひお買い求めくださいまし。
ここに一曲アップしようかと思ったけど、サーバの容量がどれぐらい残ってるかわかんなかったから、あきらめた。
帰ったら、隣のオガワさんちの若奥さんに会う。試合になると真っ赤な服でスタンドから吠えまくる、熱狂的なレッズファンなのだ。
その若奥さんに向かって、残念でしたねえ、と声をかけると「しばらく立ち直れません」と激しく落ち込んでいる。わざわざ横浜まで応援に行ったそうだ。来年こそは、となぐさめをかけてやる。
夜は地元の魚せいで、お疲れ様の食事。湯豆腐を食ったのだった。
白子とカニとタラの入った湯豆腐はしみじみと旨く、軽く雑炊などつくったら、ああ、冬はやっぱり鍋だなあと、満足極上。
そのまま頭まで温まった状態で風呂に入って、息子の布団に潜り込んだら、9時前だというのにあっけなく眠り込んでしまったのであった。はあ、極楽極楽。

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2007.12.01
12月を迎えたとたん、オレは忙しいのである。先生ではなくても、走るのが師走なのである。
本日はというと、まずサッカーだ。オレではない、息子だ。
幼稚園のサッカーチームが、近隣の他の幼稚園のチームと総当たりの1日リーグ戦である。
我が家は総出で光が丘のサッカー場に出撃。同じく試合に出場する家族も、応援の家族も、みんなグラウンドに集合だ。
こなした試合は三試合。結果はというと、0-7、0-6、0-7の三連敗。わはははは。
ボロ負けもいいところである。
応援に駆けつけたりさちゃんパパは「もっと気合いを入れなきゃだめだ」と叱咤激励。まあ、弱いにもほどがあるのだった。
相手がボールを持つととなかくみんなで走ってゴールを固めるという戦術のようで、これじゃ勝てないよ、確かに。
見ていたら、正面のボールをスルーするキーパーに、ボールを蹴ったらじっと立ちつくして行方を見るミッドフィルダー、敵のドリブルをぼけっと見ているディフェンス、得点が入るたびに喧嘩しているのかじゃれているのか、とのかく団子になってなにやらとっくみあっているメンバーたちを見ていると、わはは、大笑いのサッカーであった。
息子はというと、ディフェンスを言い渡されていたようで(足が遅いからなあ)、かなりしつこいマークを披露していた。偶然とはいえ、きちんとパスコースを消すポジション取りで相手にぶつかっていたので、ほほう、さすがオレ様の子と、父ちゃんは鼻高々。
もっとも、鼻どころか態度まで高々なのが相手チームの親連中で、あるチームなぞ、母ちゃんたちが「ぎゃあ〜っ」とグランド中に響き渡る絶叫を放てば、父ちゃんは「パスしろ、4番につけ、まっすぐだ」とほとんど岡ちゃん気分で幼稚園児相手に技術指導して悦に入っているし、まあ、サッカー馬鹿の親ばかは見ていられませんな。
そんなあきれた試合を見ながら弁当を食い、そういや今日はJリーグの大一番だったと気がつけば、なんと浦和が負けて鹿嶋が勝っていた。ひぇー、そんなことってあるんだあ。
けっこう本気でびっくりしたのだった。
昨年、鹿嶋の広報関係の人に話を聞いたら、今の鹿嶋の状況はかなり寒いのだそうである。なにしろスタンドに人が入らず、地元の熱もすっかり冷めてしまったのだそうだ。
かつてJリーグのお手本と言われ、チケットはプラチナ、サッカー関係者の垂涎の的とされたチームが、今や閑古鳥のスタンドでへろへろの試合なのだそうである。
なんでそんなことになってしまったんですか、とその広報に問うと「要はチームが人気にあぐらをかいて、さぼっちゃったんですよ」とのことであった。鹿嶋といえばサポーター軍団のインファイトが有名であるが、そのリーダーだった男は市会議員に立候補して当選。今や政治の世界でご機嫌で、残されたインファイトの面々は面白くないらしく、まあ、そんなわれで全体がばらばらなのであった。
それと対照的にリーグのお荷物とされ、J2まで経験した浦和が今や世界から注目されるビッグクラブに成長。栄枯盛衰の2チームの争いで、結局鹿嶋が大逆転なのだった。
さて、サッカーでいい汗かいた(オレはかいてないか)後は、新宿の2丁目の真ん中にある店で行われているクリスマスパーティーに出席である。要は、学生時代の仲間の忘年会なのだが。
えーと、団塊ちょい下のビートルズファンのおっさんがやっている店で、楽器が置いてあるから、演奏できるというしろもの。ここでちょろちょろとギターを弾いて、歌ってきたのだった。
欠席であったアンドーくんから、オレに届いたのが写真のキティ額縁。なんでも自分で作ったのだと。ほえー、不思議な趣味の持ち主ですね、アンドー君。
ともかく娘がたいへん喜んでおります、ほれこの通り。
忘年会のあとは二次会でカラオケ。ビラを配っているにいちゃんをかまえたら「21歳す」とのことで、ほとんどの連中がそいつのお父さん、お母さんと変わらないのだった。
「このために金沢からわざわざ出てきた」といいながら郷ひろみと田原俊彦の物まねを披露してくれたハヤセさんと一緒に大江戸線で帰る。ハヤセさん、先日は赤坂のキャバクラで水割り一杯で12万もとられたというのに、そのときのキャパ嬢・まひるちゃんからメールが来たと喜んでいて、後で行くのだという。
そりゃ営業メールだって。カモにされてるんだって。
やっぱそうかなと言いながら、にこにこと楽しそうなハヤセさんであった。

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2007.11.30
原稿。
はっと気がつけば、12月も終わり。もう冬である。
冬と言えば、アレですな、あかぎれです。
体質のせいかどうか、オレは子供の頃から冬になると、しもやけやあかぎれに悩まされてきました。かあちゃんやばあちゃんが、かわいそうにと、手をさすってくれたのを覚えております。
そんなにひどくはないものの、この年になっても手はまだあかぎれです。うう、痛い。
ヨメはもっとひどくて、時には手から血がだらだらと流れていることがあるほどです。
なんだか、オレがきつい生活を強いて、泣く泣く水仕事をさせられているような、そんな印象を世間に与えているのではないかと、心配なのであります。

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2007.11.29
原稿。
寒いのである。
オレの仕事部屋は2階にあり、日が差せばそれなりに気持ちいいのだが、今日のような晩秋の曇天は、かなりじんじんとくるのである。しかも夜ともなればなおさらだ。
というわけではないが、話題は子供の机である。
来春、めでたく小学校に進学予定の息子には、ぼちぼちその準備が必要となってきて、今や物置というかガラクタというかゴミ捨て場というか、捨てられないOLの部屋というか、そんな状態の息子の部屋をなんとかしなくてはならくなった。
つい先日も息子に面と向かって「ぼくのへやは、おとうさんのギターおきばになってるじゃないか」と抗議されたばかりである。
ぼちぼち片付けをして、そして、机を買ってやらねばなるまい。
その机だが、オレはごてごてしていないシンプルな木の机でいいと思っている。これは妻も同調だ。
西友で見たら、しかし、シンプルでも価格はピンキリ。うーむ、明らかにじじばばの財布狙いの、ぼったくり机も散見される。これは心してかかれねば。
机で思い出したが、知的生産に関わる仕事をしている人にとって机というのは、工場に相当する重要なファシリティだと思うのだが、おおかたの会社員の机があんなにも貧弱なのはどういうことなのだろう。
仕事のアウトプットの質と量は、机によってある程度決まってくるものである。
大きい机があると、面白いことに、相当量の仕事を相当程度の効率でこなせるものだ。
だから会社員の机はもっと大きくてしかるべきである。時に片袖の引き出ししかついていないような、なんじゃこりゃ、という机で仕事をしている人を見かけるが、会社に文句を言わなくてはダメだぞ。
ちなみにオレは、木でできた4人がけのダイニングテーブルを仕事机に転用している。だから仕事の質と量が、と自信を持って言いきれないところが、我ながら情けないが。

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2007.11.28
取材4、原稿。
コピーライターという職業の認知度は、おそらく板前とか園長とかいう職業のそれよりはぐっと低いのだろうと思うぞ。
魚せいで、常連のオオムラが、オレの顔を見て連れ合いに「この人、ルポライターのタンゴさん」と紹介していた。なんだ、ルポライターって。
面倒くさいから訂正もせず、へえ、どうも、と挨拶しておいた。
オレは別にそんな高尚なものでもなく、志の高いものでもなく、単なる外注雑文引き受け業、直しも喜んで、という存在なのである。
コピーライターってな、そんなものだろうなあ。
それはともかくとして、本日、衝撃の告白。実はオレは京都が好きではなく、というか、何の関心もなく、行きたいとも住みたいとも思わないのだ。
観光で食ってて、カネを落とす客には薄ら笑いを浮かべつつ、一歩後ろを向くとベロを出して京都人以外は人間ではおまへんにゃ、と言っているその排他性がどうにもたまらぬのだ。伊右衛門もまずいし。
ということを言ったら、コマガタに「うーむ、ちょっと考え直させてください…」と絶縁宣言されてしまった。うーむ、無理して京都を好きになるっていうのも、ちょっと…。そもそもあそこは関西だし。

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2007.11.27
原稿。
カネの使い道としてはおそらく最も愚かしいものの一つがあれですな、クリスマスイルミネーション。
街中で家々がそれぞれにキラキラ、チカチカさせているのを見ると、ニッポンは平和だというか、間抜けというか、アホか、というか。
もちろん我が家も今日からスタートです。何がってイルミネーションです。
今年で三年目。去年も、家の前を通る人が自転車を停めて指さして笑っておりました。それも我が家だけでなく、両隣、計4軒。わはは、笑いものだ。
今年は隣のヤマモトさんが先陣を切って始めたので、我が家も遅れてはならじと、夫婦総出で、総出ったって要は二人だけだが、飾り付けであります。
平日の昼間、ヒマを持てあました夫婦がクリスマスの飾り付けをしている様子を見て、配達にやってきた佐川急便のおっさん、判子をもらいながらあきれたような薄笑いを浮かべていたのでありました。

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2007.11.26
原稿。
そういや、ちょっと前に、まっちゃんことりさちゃんパパから、こんな写真が携帯に送られてきた。「沖縄でまれに見られる、神の手という現象だそうです」とのことである。
ぎょぎょ、確かに不気味。なんじゃこりゃ。
天の神が人間どもに救いの手を差しのばしているのか。沖縄ではこんな雲が見られるというのか。やっぱりかの国は神々の国であったか。
あまりの仰天写真に、娘なんぞ「こわいよーこわいよー」と泣き出す始末。まっちゃん、どうしてくれるんだ。
ところがよくよく調べてみれば「7人の人に送れば幸せになれるんだぴょん」という、いわゆるチェーンメールであることがわかった。
とすると、写真の真贋も怪しいものである。
他にもこんな写真をもらった方はいらっしゃいませんか〜。7人に送ったら、幸せになれましたか〜。

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2007.11.25
原稿。
天は二物を与えずというが、この人を見ていると、そんなのウソじゃんか、と思ってしまう。山崎まさよしである。
しゃれた歌を作詞作曲して、アレンジも上手だし、ボーカルもうまくて、ギターは絶妙(実際この人のギターは素晴らしいと思う)。さらに役者もやって、女の子にモテモテくんだよ、おい、武道館だってギター一本で満員だぜ、ベイベ、みたいな。
そんな山崎まさよしが先月末にリリースして大絶賛なのが、2枚のカバーアルバム「COVER ALL Yo!」と「COVER ALL Ho!」だ。
早速聴いたら、いやいや、まいりました、これが絶品。
前者が洋楽カバーだから「Yo!」で、後者が邦楽カバーだから「Ho!」なわけね。ジャケットも面白くて、前者がビストロのマスター、後者が料亭の板長というビジュアルなのだ。
中身は、曲的には注目は邦楽カバーだが、出来としては洋楽カバーのほうがぶったまげだろう。スティービー・ワンダーの「Superstition」は、禁断のアコギでぶっ飛ばす。エルトン・ジョンの「Your Song」はギターの弾き語りだ。
モンキーズ「Daydream Believer」は、なんとウクレレバージョンで、とてもご機嫌。
何よりもぶっとんだのはビートルズ「ALL MY LOVING」だ。こここ、これをブルース・ギターとパーカッションで、驚愕の演奏とアレンジ。最初に聴いたときはイスから転げ落ちたほどの衝撃だった。
気を取り直してイスに座り直し、「サウンド&レコーディング」を読んだら、いくつかは自宅録音だというのだから、やれやれまったくこの人はもう、なのである。
続けて今度は邦楽カバーを聴く。
選曲が渋いのよ〜。プリプリの「M」から始まり、懐かしの70年代「ケンとメリー、愛と風のように」、松田聖子「Sweet Memories」、九段下を通るたび歌ってしまう「大きな玉ねぎの下で」等々、あー、聴きたいっという選曲なのだ。
アレンジは、洋楽カバーほど凝ってはいないが、ピアノとストリングスの「大きな玉ねぎの下で」は絶品。「Sweet Memories」は一人で四部合唱の山下達郎状態、しかもこれも自宅録音だというので、たんごちゃん、再びイスから転げ落ちたのだった。
というわけで、山崎まさよしのカバーアルバム2枚、聴いて損はないです。つーより、聴け!!

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2007.11.24
原稿。
「週刊文春」で毎週楽しみにしているのが、カーナベというコラムである。
渡辺なんとかという自動車評論家の1ページだ。
オレは自動車に詳しくもなく、興味もないので、排気量がどうしたこうしたとかいう記事はちっとも面白くないのだが、このカーナベ、素人さんが相手の週刊誌ということをちゃんとわきまえてか、そのあたりはさらりと逃げて、毎回わかりやすいネタで自動車の今ってものを教えてくれる。
何よりもびっくりするのは、その文章のうまさなのだ。
どこまで編集の手が入っているのかわからないが、このテイストからするとほとんど入っていないに違いなく、だとすれば読売新聞の一面下コラム(新聞で一番文章がうまいとされているコラムだ)に匹敵する文章のうまさだと思う。
およそ自動車関連業界の裾野っていうのは、とんでもなく広いのは間違いない。勤労者10人に1人が自動車関連の仕事に就いている、と聞いたこともあるし。
とすると、その中で評論家として店を開いて、食っていくには、相当の競争があるだろう。
自動車に詳しいのは当たり前。その上でさらにプラスアルファが二つも三つもなければならないだろう。おそらくこの渡辺なんとかという自動車評論家は、この抜群の文章力でもって、自分の"売り"を確立させたのだ。
よく考えれば、これはどんな商売にも言えることであって、プロレスラーなら強くて当たり前、教師なら教え上手で当たり前、コンビニなら24時間開いてて当たり前、政治家なら態度がでかくて当たり前、芸者なら美人で当たり前、というわけだ。そこに何らかのプラスアルファ、つまりそれが付加価値ってやつであるのだが、そういうものがなければ商売は成り立たないという、こういうときに便利なのが差別化っていう言葉なのであった。
これをじっと我が手を見ながら考えるならば、カメラマンは写真がうまくて当たり前、ライターなら文章がうまくて当たり前、そこにプラスアルファの芸がなければお座敷はかからないというわけだ。
なるほど、しかり。
これは何を意味するかといえば、プロセスのクオリティという話である。なんだか急に行き先の見えない展開になったが、とにかくそうなのである。
などということを考えながら、土曜日、原稿仕事に突貫工事なのだった。
本日は、妻が子供を連れて家を出て行った、あ、いや、実家に里帰りした。おかげで、あ、いや、他にすることがないので、一心不乱に原稿に集中できた。
9時から始めて9時まで12時間。晩飯も食わずに原稿と闘ったおかげで、この連休で片付けなければならない原稿が、すべて仕上がったのだ。集中力というのは偉大だなあ。
そんなふうに原稿と闘っていた午後3時、突然携帯がぴろろろと鳴って、何かなあと思って出たら、隣のオガワさんだった。
どうしたかと思ったら、オガワさん「三時のコーヒーが入ったから飲みにおいでよう」とのお誘いだった。
ああ、こりゃすみませんねえ、と手ぶらで出かけるわたくし。図々しく隣の家に上がり込んで、コーヒーをいただきながら、浦和対鹿嶋の優勝をかけた大一番を見て「サッカーってのは見始めるといくら時間があってもきりがないですなあ、わっはっはっ」などと盛り上がったのだった。
オガワさんちのお嫁さん、実はレッズの熱狂的なサポーターで、本日も真っ赤な格好で埼玉スタジアムに駆けつけたらしい。きっとがっくりと落ち込んで帰ってくるのだろうなあ。
サッカー選手ならサッカーがうまくて当たり前。そこに観客を楽しませるプラスアルファがあるから、浦和レッズはあんなにも客をひきつけるのだろうなあ、と強引に話をまとめにかかるオレ。
これでちっとはカーナベ程度の文章には近づいただろうか。

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2007.11.23
原稿。
風邪である。誰がって、オレである。
情けない。実に情けない。
原因は明白だ。ここ何日か、朝から晩まで甲府で取材があり、かの盆地のあまりの寒さに体が負けたのだ。敗北じゃ、オレの。
甲府、寒いっ。
南アルプスが正面に見え、富士山も望めるという実に美しい地ではあるのだが、なにしろ寒いのだ。この地でオレは、コートも着ないで取材に臨み、あえなく敗北したというわけである。トホホである。
お大事に。はい、どうも。
けほけほ。
子供にうつってはいけないから、オレは川の字に入れてもらえず、一人リビングで毛布にくるまって寝るのであった。

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2007.11.22
原稿。
息子が、来年入る予定の小学校で、面談のようなものが行われた。オレは行かず、妻がついていった。
ところが妻も図書室で待機させられ、約2時間、息子だけでいろいろと面接やらを受けたそうだ。へー。
息子に、では2時間もの間、いったい何をしてたんだと聞いたら「うーんと、えーと」と要領を得ない。「こうちょうせんせいとおはなしした」というのだけは、わかったが。
まあ、いいや。こうして男の子は親を離れて自分の道を切り開いていくのだ。って、ほどでもないか。

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2007.11.21
取材6、原稿。
エタノール関連の話題がなんとなく不愉快なのは、食材を燃料に使うという不謹慎さにある。世界の飢えた人に食べさせるより、自分の車のほうが大切だと。
同じような不愉快さを感じるのがあれですな、ミシュランの話題。
日本版が出て、三つ星がどうしたとかいうネタである。
だいたい食というのは、地場で育った食材を、地場に適した調理方法で食べるものであろう。それを地場とは関係ない第三者が、うまいのまずいのというのは、不自然きわまりないと思うのだ。
だいたい、フランス人にもずくが食えるのか。納豆が食えるのか。きーっ。
それ以上にみっともないのが、そんなミシュランをありがたがっているグルメやマスコミや飲食関係者だ。
ワイドショーの「でも、高くて食べられない〜」というステロタイプの論調には、ただアホかと思うのみ。
京都の飲食組合の「調査に来たら全体で断ろうという話が出た」というコメントが、よっぽど健全である。
ということはとうでもよくて、さて、サッカーである。五輪である。そりちゃんである。
前半20分でサウジに1点を奪われ、絶望的な悲鳴がとどろく中、後半30分過ぎにようやく追いついて1-1。そのまま卒倒しそうな緊張感で耐え抜き、ロスタイムが驚愕の5分で、誰もが血管ぶちキレそうな闘いをしのいだところでホイッスル。
という展開なら最高だなあと思っていたら、無難に0-0に終わってしまった。
いっちばん悔しいのはカタールだな。
なにしろサウジのあの1点がなければ、決まっていたのはおそらくカタールだったからだ。どう見ても日本がサウジに大量点で勝てるわけはないし。
つまりサウジが勝ってしまったばかりに、日本が棚からぼた餅、ブタに真珠、猫に小判のオリンピックきっぷなのだった。
この3強を見れば日本が一番弱いのは、川淵の目にも明らかである。あ、いや、別にカワブチはどうでもいいのだが。
そんな中で日本がオリンピックに行けることになり、ひょっとしたらこの試合が今後10年間の日本サッカーを救うことになるのではないか、という思いにさせられたのである。
見てみ、この世代の弱さを。こいつらが核となる数年後を思うと、絶望的である。
だからこそ若い今のうちち鍛えなければならないのだ。国際舞台の修羅場を踏ませるにも、もうあと何試合か真剣勝負が必要だろう。
その意味でオリンピックに行けたのは、格好の鍛錬の場といえる。やれやれ、まずはよかった、一安心。
前半のあのゴール前の青山のケツが、この先10年の日本を救ったのだと、そういう試合だったのだと思うのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」「SPA!」「週刊文春」


2007.11.20
取材4、原稿。
石神井公園のホームで、OLふうが携帯を取りだしてしゃべり始めた。
仕事の知り合いだが、さして親しいわけでもなくて、でも、ちょっと気になるから、用件がなくてもつないでおこうという感じの電話である。たぶん相手は男、独身。
で、なぜか、ああ、言うぞ、言うぞ、絶対に言うぞ、とオレは思ってしまい、まさにその通りにこのOLふうは言ったのだった。「ああ、そうなんですね〜」と。
出たよ、「そうなんですね」。
いつの頃からか、相づちの「ああ、そうなんですか」というべきところを「そうなんですね」と言う人が増えてきている。それを耳にするたび、オレは、どうしようもない違和感と心地悪さを感じるのだった。
ダメだよ〜、こんな言葉遣い。コンビニ、ファミレスのでたらめトークマニュアルの影響だという説があるが、どうなんだろ。
これを見ている人で「そうなんですね〜」と言ってしまう人は、ただちに止めていただきたいものである。きっぱり。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経エレクトロニクス」
「沈まぬ太陽」(1)〜(5)山崎豊子・新潮文庫。やれやれ、やっと読み終えたわい。長かったなあ。無駄に。日航墜落事故をテーマにした(3)が最も面白かった。全体としてよく取材して迫真のリアリティで書いてあったけれど、組合のために家族を犠牲にする主人公に共感が持てないし、尻切れトンボだし、冗長だしで、ただ疲れただけでありました。


2007.11.19
取材1、原稿。
子供の声を「騒音」として文句つける人がいる。そりゃまあ確かに子供の声はうるさいが。
特徴的なのは、文句を付ける人に年寄りが割と多いということだ。じじい、ばばあはガキが憎いらしい。
以前住んでいた江東区の大規模マンションでは、中庭で遊ぶ子供の声がうるさいと、パトカーを呼んだ信じられないばばあがいた。夜ならともかく、日中である。
最近でも、花火遊びをしていたらパトカーを呼ばれたことはここに書いた。
別に子供の声を我慢しろというのではなくて、確かになんだこの親はと思いたくなるケースもあるわけだが、ただ、すぐにキレる人が増えたのは確かな傾向のようである。
以前、鴻上尚史が新幹線で隣の席に座っていたおやじサラリーマンが突然キレる場面に遭遇したときのことを書いていた。
そのおやじは、車内販売に向かって「弁当一つくれ」と言ったら「お一つでございますね」と返事されたのに突然キレて「だから一つと言ってるだろがあ」と怒鳴ったのだそうである。
しかも、その後は声を落として礼儀正しくカネを払い、平然と弁当を食ったのだそう。つまりそのおやじは、普段からキレ慣れているというわけだ。
「暴走老人」という言葉もあるように、最近のキレる人間には、人生経験豊富なじじい、ばばあが多いらしい。背景にあるのは、デジタルデバイドという指摘もある。
もっともキレるのは老人だけでなく、ほれ、今話題のモンスターペアレントもその一つだわな。
その言動を読むにつれ、オレなんかとても信じられない気持ちになる。学校の先生方には同情しきりだ。
神戸の高校で校門圧死事件が起きたのは1990年。
あの事件の意外な真相は日垣隆「学校へ行くとはどういうことなのだろうか」という本に詳しい。実に意外な真相なのだ、これが。
それはともかく、あの事件をきっかけに管理教育というものがやり玉に挙げられ、教師たちは手足を失った状態でもがくしかなくなってしまったのではないか。そして、そのような状況で"ゆとり教育"の名の学校教育を受けた人間が、今、子育て期に入ってモンスター化しているのではないか。
と、これはオレの勝手な妄想。
ともかくあんなモンスターペアレントにはなりたくないものだと、つくづく思うのであった。
こうしてキレる人がまわりにどんどん増えてきて、そりゃあ、世の中、住みにくくなる。
こういう流れで書くといかにも偽善ぽいが、オレは駅のトイレなどでお掃除おばちゃんを見ると、2回に1回は「ご苦労様です」と小声で声をかけるようにしている。なぜ2回に1回かというと、他人がいたら、偽善ぽく思われるようで恥ずかしいからだ。
声をかけると、お掃除おばちゃんたち、だいたいがびっくりした目でこっちを見る。関係者がチェックに来たとでも思うのかも。
中学2年の時の担任のヤマモト先生が「自分ちのトイレでもイヤなのに、他人の使ったトイレを掃除するのは、とても立派なお仕事です」と授業で口にしたのが、なぜか30年以上たった今も記憶に残っていて、お掃除おばちゃんの姿をみるたびに、思い起こされるのだった。
とりあえず挨拶や感謝や遠慮や、さらにはリスペクトを少しずつでも持つようにすれば、世の中はちょっとずつよくなっていくのではないだろうか。
って、はっ、これではオレはまるでジョン・レノンぶってるみたいじゃないか。ひ〜、恥ずかし〜。歌で世界に平和なんて来ないってば。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.11.18
原稿。
はっと気がつけば、11月も半ばを過ぎて、おお、もうすぐ冬ではないですか。
スーパーに行くと、ぼちぼちクリスマスセールのポスターも目につくようになってきた。そんな季節だ。
となると、例年のアレです、イルミネーションです。
家の周りを電飾ピカピカにし、道行く人が自転車を止めて指さして笑うという風物詩です。
さて、今年はアレをいつから始めるか。まだ早いとは思うが、12月に入ってからではちょっと遅い気もするし。いや、12月に入ってぐらいがちょうどいいのか。
しばし、タイミングを計らねば。
ところで今年は、隣のオガワさんが「クリスマス近くなったら、庭先でこたつを抱えて、ビールを飲もう」と提案している。凍えるような夜であっても、いっぱい着込んで、七輪に当たれば、なんとかなるだろうというのがオガワさんの目論見だ。
もちろん気安く、やりましょうと応じたオレである。妻は呆れている。
えーと、りさちゃんパパにさやちゃんパパにしおんちゃんパパにまなちゃんパパにみりゅうくんパパにゆうちゃんパパ、ご一緒しませんかあ。

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2007.11.17
原稿。
どうやらオレは、つくっている人の顔の見える食い物屋が好きということに気がついた。
飲み屋は特にそうである。
つくっている人の顔が見える、逆に言えば、つくっている側からは食べる人間の顔が見える、できれば会話も可能な、そんな店であるならば、人間の心理としてそうそうへんてこなものはつくれないと思うのだ。ましてやごまかしなど。
なるほど、チェーン店が嫌いで、鳥よしとかが好きなのは、そうだったのかと、自分で改めて感心。よしよし。
と、納得しつつ、娘を連れて魚せいへ。マグロが異常に好きな娘は、本日も魚せいで、赤身をばくばくと食ったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.11.16
取材5。
朝5時に起きて、車に乗って6時に家を出る。甲府に到着したのは8時前。さすがに気温は低く、山は紅葉が見事だった。
夕暮れの訪れは早く、4時を過ぎたらもう相当に暗い。
目が弱くなってきてから、夜間の高速を走るのが、けっこう辛くなってきたなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.11.15
取材2、原稿。
多摩地方の某所で取材中、お昼にデにーズに入った。このあたりは他にめぼしい店がなく、選択肢は限られるのである。ここで取材するときは、いつもこの店だ。
今日は、なぜか店の前に観光バスが停まっている。
なんだなんだ、なんなんだ。片側一車線のバス通りに、ハザードをつけたまま堂々と停車している観光バスに、なにやら不穏なものを感じたのだった。
その予感は的中し、店に入ると、入り口のあたりに台湾人の山。順番待ちリストを見たら、げげっ、なんと「22人」という記入があった。
おいおい、観光バスを表に待たせて、22人の台湾人がデにーズでランチかよ〜。
店長、思い切りパニック。店員、顔が青ざめる。店内は台湾人が大声で好き勝手なことを叫ぶ。
観光バスなら、普通、ドライブインやサービスエリアで昼飯だろう。
デにーズに立ち寄るなら、せめて予約はしておくべきだろう。それも、12時ちょうどに団体でいきなり入ることはなかろう。
そんなことは一切気にせず、22人の台湾人、大声でてんでに飯をオーダー。店内では店長の「サーモンフライが足りない、サーモンフライが」との声が響く。
その中で食事した我々3人。あまりの喧噪に会話すら成り立たない状態で、そそくさと退散したのだった。
表に出れば、依然として片側一車線のバス通りに堂々と観光バスが停車している。
世の中はオレたちを中心に回っているアルネー、という中華思想の真髄を見た思いだった。

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2007.11.14
取材4、原稿。
自動車競争など何の興味もないオレであるが、本日はその業界では世界的なカリスマとされる運転手にインタビューだった。
日本よりも海外でのほうが有名な人らしい。だがオレの中ではちっとも有名ではない。
どの世界でも一流と言われる人はたいへんな人格者であることを、オレは経験的に知っている。おごったり、偉ぶったりする人は、一流のはるか手前だったりする。
本日インタビューした運転手は、実に謙虚で腰が低く、穏和な人だった。まさしく人格者。日本人とは、かくあるべしと思わざるを得ないような人物である。
インタビューしつつ、その一言一言にうーんとうなり、こういう人物の話を聞けることがあるから、この仕事はやめられないんだよなあと、思ったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ニッポンの恥!」宝島


2007.11.13
取材1、原稿。
あの広い東京ドーム一面に女子学生がいっぱいになるという現場で取材だった。
女子学生をつかまえてインタビューしていたその場に現れたウッチー、「タンゴさんじゃないですか、何やってんですか」とオレを見て叫ぶ。
仕事だよと答えたら「うっそだあ〜」と思い切り返されてしまった。
うーむ、仕事だと言ったら、ウソだと断言されて、これ以上オレに何ができるのかと、膝をついたのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」


2007.11.12
原稿。
午後、原稿を書いていたら突然電話が鳴って、タヌキが「サザエ食うか、サザエ」と叫んだのだった。
なんのこっちゃと思うもまなく、ピンポーンと玄関でチャイムが鳴って、タヌキがサザエと蛤と野菜ジュースとお菓子を持っての登場なのだった。
聞けば業界関連のイベントがあり、いろんな食い物をもらったので、お裾分けなのだと。こりゃありがたい。さっそく今夜のおかずにさせていただきます〜。
ついでなので、現在制作中のCDに歌を入れてもらう。何曲か頼んであったので、そのテストも兼ねてだ。
正式なレコーディングはまた後日ということで、とりあえずの喉試し。まずは「秋の気配」だ。
おお〜、いいですなあ。しっとりと、しみじみと。矢沢永吉風に歌ってくれと頼んだら、まさしく気分はえーちゃんなのだった。
続いて名曲「雪の越後路」。なんとこの曲は、タヌキ、運転しながら500回以上は歌ったそうで、その結果たどりついた境地が、新沼謙治に美空ひばりのテイストをからめる、というものだ。
よくわからないが、なんだか凄そうである。
そして、実際にそのボーカルは凄かった。テストでこれだから、本番はもっと凄いことになりそうで、うーむ、さすがタヌキ。しみじみと感じ入ったのである。
本番ではこれに作曲者のダテぽんが、加わる。まっこと、シングル発売したいほどの出来が期待されるのだった。
あと一曲「知らない街」も頼んであったのだが、あれれ、これはどうにもボーカルがはまらない。なんだか暗いんだよね。
タヌキに、暗いよ〜、と言ったら「オレも歌ってて辛い」との答え。どうやらこの歌はタヌキ向きではないらしい。
よってこれについては歌手交替。かあちゃんが代打のボーカリストになるのだった。
こうして突然のレコーディングが終了。タヌキにはお礼に「ブルートレイン」の超絶アレンジを聴かせた。オレの自信作である。
聴いたタヌキ、一瞬唖然としたのち、腹を抱えて大笑い。オレの木目身は大成功ということで、皆さん、仕上がりをお楽しみに〜。

「週刊現代」


2007.11.11
幼稚園も年長となった息子は、最近では用事雑誌では飽き足りなくなって、小学生の科学雑誌を読むようになった。
オレも子供の頃よく読んだよ、学研の「科学」。
「科学」と「学習」のどっちを取るかというのは子供なりに大問題で、男の子はだいたい「科学」だった。
ちなみに金持ちの子供は両方取って、貧乏な子供はどっちも取らなかった。昭和30年代末期から40年代アタマの話である。
その「科学」と「学習」がまだ健在なのであるから、めでたい話である。
息子は当然「科学」に興味を示す。まず「1年の科学」をせがんで買ってもらい、自分一人で読んで作るんだぞというオレの命令に「うん、わかった」と、息子は本当に独力で本誌を読み、付録を作ったのだった。ゴムモーターのボートである。
へー、たいしたもんだ。
「はやくらいげつごうがほしい」と待ちきれない息子は、翌週、今度は「2年の科学」に手を出した。これも「うん、わかった」と独力で読み、付録を組み立てたのだった。
へー、たいしたもんだ。
「2ねんのかがくも、はやくらいげつごうがほしい」と言う息子は、ならば「3年の科学」に挑戦するのかと思いきや、さすがにちょっと尻込みしたのか、あるいは親の顔色をうかがったのか、今度は「1年の学習」に手を出したのだった。漢字と数字の勉強をするのだそうである。
あと5ヵ月で息子も小学生である。早いものだなあ。
などと呑気なことを言ってもいられず、父ちゃんは頑張らねば。
なにしろ1月でオレも50の大台。ゴルフかよ。不惑をとうに過ぎて依然と迷いっぱなしであるが、息子が小学校に入るのだから、ファイトいっぱーつなのであった。
さ、仕事しよ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「サウンドデザイナー」息子が"1年の学習"を買ったのと同時にオレがレジに差し出したのが、いつものこの雑誌。いつものっても、まあ、精読しているわけではない。基本的に内容のレベルが低いのだ。んが、しかし。レベルが低いとバカにしつつ、よく読めば、おお、なんとオレよりちょっと上ぐらいのレベルであることがわかる。なんだ、低いのはオレだった。そんなわけで、バカにしつつも毎月読めば毎月なんらかの知識が身につくという、ありがたいお話である。なむなむ。今月はPSP Vintage Wormerというプラグインの解説がありがたや〜。既に持っているソフトであるが、なるほど、こういう使い方をするのかと目ウロコなのであった。ありがたや〜。


2007.11.10
20代後半のオレは激しく時間を持てあまし、土日は映画を見まくっていた。朝から一歩も出ないで「ドラクエII」と奮闘していたのもこの頃である。
映画といったって、ロードショーではない。名画座である。3本で1000円くらいの。
当時、三軒茶屋に住んでいたので、地元に3軒ほどあった名画座にはよく行ったものだった。
ある時「鎌田行進曲」を見たくて(当時はビデオも普及してなかったから、見たい映画はレンタル屋へ、ではなかった)、三茶の名画座に行った。「男はつらいよ」「天城越え」との3本だてだった。
最初に「男はつらいよ」を見て、オレのほうがつらくなってしまった。
二番目が「天城越え」。田中裕子の主演だ。>
何の予備知識もなく見たオレは、しかし、この「天城越え」のあまりのパワーにぶっ飛び、感動しまくったのだった。こここここ、こんな凄い映画が日本にあったのかあああ。
続く3本目がお目当てだった「鎌田行進曲」。階段落ち以外見るべきところはなくがっかりだったのだ。
以来、オレは「天城越え」のすごさにとりつかれる。監督の三村晴彦の講演も聞きに行った。
10年以上もたってから「天城越え」がテレビの深夜に放送された。もちろん既にビデオを持っていたけれど、テレビでも見ることにしたのだが、なんと重要な登場人物の一人の土工について、土工という言葉が差別用語だとしてすべてカットされていたのだった。
例えば「あれは流れ者の土工ずら」が「あれは流れ者……ずら」という具体に。ちなみに伊豆地方を舞台にした映画なので「ずら」という方言が入るのである。決して土工という名前のカツラがあるわけではない。
この手の言葉狩りでは、巨人の星が有名だなあ。
今年になって「天城越え」のDVDが再発された。早速アマゾンで注文。まさか土工がカットされているとは思えない。あの名作を再び見るのがすげえ楽しみである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「宮崎駿全集」叶精二・フィルムアート社。4年がかりの労作だそうである。宮崎駿の全作品について、その制作プロセスや公開後の反響などを、あきれるほど緻密に再構成した一冊である。ざっと読むといろいろと新しい発見があってなかなかに面白い。ネットでも宮崎駿の代表作は「ナウシカ」「ラピュタ」「トトロ」に尽きるということになっている。オレもそう思う。トトロ以降はすべて駄作と言っていいよなあ。オレ的にはトトロさえもダメだと思うが。
「Gスピリッツ」辰巳出版。なんだよ、巨人軍のファン雑誌かよ。ちなみに野球チームで名前に"軍"がつくのは巨人だけ。ああ、恥ずかしい、みっともない。ところが実はこれはプロレス雑誌なのだった。巻頭が2万字の前田日明インタビューということで、これで1000円ならお買い得。迷わず購入し、魚せいのカウンターでむさぼるように読んだのだ。刺身もむさぼったけど。いやあ、前田の話は面白いなあ。けっこう意外な話がぼろぼろと。仲良しのアンドレがなぜか突然ぷっつんしたことが、今もってよくわからないらしい。星野がリングサイドで"やっちゃえ、前田"と叫んだことにされているが、実は"オレに聞くなよ"と答えたらしい。ああ、面白いなあ。北沢はガチンコではヴォルク・ハンよりも強かったとか、ニールキックで太ももをあてていたのは相手に気を遣って自分でやったことだとか、事前に藤波に話が通ってなかったのでハイキックがもろにあごに入り、あわてた前田は無理矢理さんかく締めにもっていって藤波の失神が客にばれないようにしたとか、ああ、面白かった。


2007.11.09
原稿。
今年はどうやらインフルエンザの流行が例年より早いらしく、隣町の大泉では先々週に早くも学級閉鎖が出たそうだ。
順調にってのもヘンだが、以後、インフルエンザにかかる人は着実に増えていて、今年は当たり年の予感。なんにせよ、早めの予防接種が大切である。
インフルエンザの予防接種は、効果が現れるまで3週間から1ヵ月かかる。今から大あわてで打てば、年内には効き目が現れるだろう。
もっともインフルエンザの予防接種が、果たして人間にとっていいのかどうかという議論は依然としてあって、いろんな細菌と闘いながら耐性を身につけていくのが生き物としての本来的なあり方なのに、ワクチンに頼ることでそうした力を身につけるチャンスを失ってしまっているという指摘は根強い。
確かにそうかもしれんなあ。
ちなみに学級閉鎖の第一号になると、区から保健所がやってきていろいろ調査されるらしい。それが面倒で、どんなに病人が増えても閉鎖しないで頑張るという校長もいるそうだ。
これは幼稚園の園長に聞いた話である。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「続・人間コク宝」吉田豪・コアマガジン。本人よりも本人に詳しいと言われるインタビュアー、吉田豪。そのインタビュー手法は、確かに真似できないものである。これは彼のインタビュー集。出てくる人間も、濃い人生を送っている人ばかりだ。ちなみにインタビューの極意とは何か。徹底的に調べ尽くして、白紙で聞く、ということである。これはオレのたどり着いた結論。


2007.11.08
原稿。
「初音ミク」がますます凄いことになっていて、YouTubeあたりで検索すると出るわ出るわ。
「ドリフの大爆笑」のオープニングを歌わせたり「舟歌」を歌わせたりと、オタクたちが大はしゃぎで遊びまくっている。
「初音ミク」は、ボーカルロボット。アイドルの声で自由に歌ってくれる音楽ソフトで、そのロリロリの声で「ドリフの大爆笑」を歌ってるから、こっちが大爆笑だってーの。
本来はDTM用に開発されたソフトで、ヤマハの最新技術を駆使した優れものなのだが、パッケージにアニメギャルを使ったことが奏功して、オタク心をわしづかみ。むちゃくちゃ面白いおもちゃを手に入れたオタクたちが、あの手この手で遊びまくっているのだった。
盆と正月がいっぺんに来たようなこの騒ぎに腰を抜かしたのが開発元で、大あわてで続編「鏡音リン」を12月に発売すると発表した。
なんて読むんだ? これ。かがみね・りん、でいいのか?
早速ニコニコ動画にはそのデモンストレーションがアップされていて、待ちきれないオタクたちが殺到し、すげえすげえと激賞の嵐だ。
いったいこの騒ぎはどうなってしまうのだろう。オタクの萌えパワーがDTM業界を揺るがそうとしているのだ。
次は必ず「初音ミク」が演奏するカラオケ作りソフトが登場するに違いない。日本の音楽シーンも激しく変革するのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2007.11.07
取材、打ち合わせ2、原稿。
都営大江戸線に「勝ちどき」という小さな駅がある。
降りて徒歩3分のところにはトリトンスクエアという大きなタワーが建っていて、中の多くは住友商事をはじめとする住友系の企業で占められている。ま、住友商事のためにつくられたような駅だ。
この駅が、朝夕のラッシュ時は凄まじいことになる。小さい駅に住友商事の社員があふれ、9時前後など、冗談でなくホームから改札へ行くだけで5分も渋滞するような状況なのだ。
これは実話なのであるけれど、就職活動の会社訪問の際にその様子を見たある学生は「オレはとてもこんな人の波にもまれるような駅に通勤できない」と思い、住友商事の受験をやめたのだという。当の本人に直接聞いた話である。
企業にとって立地ってのは、けっこう大事だよなあ。って、練馬の片田舎のオレが何を言う。

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2007.11.06
取材4、原稿。
秋雨だなあ、しとしとと。
こんな日は何も書くことがないのであった。おしまい。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」妻は実はかなりの芸能通である。オレが知らなさすぎるだけかもしれないが、テレビを見て、誰これ、この人どうしてこんなことしてるの、今の何がおかしいの、とアホ丸出しの質問をしても、゛ぜんぶちゃんと教えてくれるのである。リサちゃんママに言わせると、それは家の外でも同じらしく、芸能情報ならさきとママに、ということになっているらしい。なんでだろうなあと思ったら、本人に言わせると「スポーツ新聞を毎日読んでるし、旦那が週刊誌買って持ち帰るし」ということらしい。んーむ。たとえばこのSPA!のような?


2007.11.05
取材1、原稿。
久しぶりに秋葉原へ行ったのだけれど、いろいろと楽しいお店があるなあ。ソフマップの前を通りかかってあの音楽を聴いたら、昔、Macintoshを買うためにワクワクしながら店内をうろついたのを思い出した。
今やパソコンでワクワクするなんて、ありえねー。
スペックとコストだけの商品になったから、店も商売やりづらいだろうな。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.11.04
原稿。
楳図かずおが「アメリカのものはなんだか気持ち悪いから、ハンバーガーもコーラも口にしない」と発言していて、なるほどな、と納得。
おそらく9.11以降、最もアメリカ人が傷ついたのは"実はオレたちって世界中からこんなに嫌われていたのか"ということではなかったか。9.11で世界中の悲劇が降り注いできたかのように嘆いてみせて、その背中でそれ以上の悲劇を中東で起こしているのだから、嫌われても当然なのだが。
今話題のエタノールだって、世界の半分が飢えているのだからトウモロコシ畑の作物を差し回せばよいものを、貧民の食い物よりガソリンが大事、と考えていることの証しだ。
WASP以外はどうなってもいいと本気で思っていることが、十分にわかる。
といいつつ、その傘の下で口を開けて平和ボケの日々を送り、「ちげーよ」などと平気で人前で口にするバカ娘を大量生産している日本の現実を思えば、アメリカに放った唾はそのまま放物線を描いてこっちの顔にかかってくるような居心地の悪さを感じるのであった。
そのようなことを思いつつ、昼にはアメリカのものではないものを食おうと、石神井のインド料理「サイノ」へ行く。
いや、ここはマジでうま〜なのよ、ナンとカレー。寿司屋だった店を居抜きで借りてるものだから、畳の席で座ってインド料理を食うという不思議なクロスカルチャー体験ができるという点でも貴重なのである。
ところが本日、店へ行ったら「今日でお店はおしまい。改装して店主が交代します」と張り紙してある。え゛ーっ、マジかよ〜。うそうそ、ほんと〜?
ちょー残念だなあ。惜しみつつ、最後のサイノのカレーを食う。子供たちもここのナンは大好きだったのに。
小学校低学年くらいの子のいるインド人の夫婦が経営していて、奥さんは、どんなにややこしい注文をしても一切メモを取らずにすべて完璧に暗記して復唱してみせるという、さすが19×19のインド算数の世界で学んできただけあると、いつもこちらは舌を巻いて驚いてしまうのだった。
会計の際にどうしたんですかとたずねたら、インドなまりの強い日本語で答えられて意味はほとんど図りかねたのであるが、「今までありがとうございマシタ」という一言だけははっきりと聞き取れた。
奥さん、娘の頭をなでてくれて(初めてだな)、「アリガトウね〜」と言ってくれた。
あー、ここは気に入ってたのになあ。残念だなあ。それなりに客は入っていたから、なにか事情があって店をやめるんだろうなあ。インドに帰って子供に算数を習わせるのかなあ。日本の算数じゃダメだと思って。
関係ないけど、息子に、晩ご飯に何が食べたいと聞くと、ヤツは「ししゃもと野菜炒め」と答えた。
おいおい、ししゃもに野菜炒めだぞ。今時、年寄りでも言わないぞ。
さすがオレの息子、正しい道をまっしぐらである。でも、本当はハンバーグやオムライスが食いたいのに、親の顔を伺って我慢させているのかも。えーっ、それってひどい親じゃん、オレ。

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2007.11.03
原稿。
ひいこら言いながら仕事して(編曲の仕事なのだ)、でも、いい天気だからもったいないと思い、子供らを連れて大泉の交通公園に行った。
通称、自転車公園。
その名の通り、自転車専用の公園である。園内には無料自転車が大量に用意されているので、子供は自分に合うサイズの自転車を見つけて、存分に練習できるのだ。
土日には係員が常駐して指導・監視するので、安心である。
もちろん大人は乗ってはいけない。なので、疾駆する我が子の後を走って追いかけることになり、お母さんたちがダイエット顔で走り回る姿があちこちで見られる。
そういう公園なので、1、2時間ほど子供を遊ばせ、適当に疲れさせるにはちょうどいいのだが、あれれ、行ってみたら本日はなんとフリーマーケットで、自転車はお休みだという。
子供たちは落胆しきりであった。ついでにオレも。
洗濯物とシーツを干していたら、隣の広い畑で農家がなにやら撒き始めた。
農薬でも噴霧されたらかなわんと思い、洗濯物を干していても大丈夫かと聞く。農家のじーさん、大丈夫たべさあ、と素っ気なく答える。
しばらくのち、今度はそのじーさんがオレに向かって「畑に石を投げ入れるなよなあ」と文句をたれる。
子供がいつもいたずらして石を投げているのだ。すんません、子供に言い聞かせます、と謝る。
子供に、こら、もう石を投げるな、もったいないじゃないか、と注意する。
地元の農家にしてみれば、自分の売却した土地に家が建ってよそ者が住み始めて、なにやら面白くないという気分はどこかにあるのだろうなあ。鬱陶しいことである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.11.02
原稿。
地元で子供たちを集めて活動しているダンスサークルがある。我が家の息子と娘も興味を示して、体験教室に参加だ。
どうやら乗り気らしい。
実は既にヨメが参加していて、ヒップホップというダンスを踊ってるようである。
そういう活動を積極的に行うことは、たいへんよろしいことである。地域の仲間もできるし、自己表現もできるし、お腹も空くし。
もちろんオレは参加しようと思わない。なぜなら協調性がまったくないからである。
団体行動の苦手な、というか、不可能なワタクシは、一人で鼻歌などかましているほうがお似合いなのだわさ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サイバラ茸7」西原恵理子・講談社


2007.11.01
原稿。
本日も宣伝であります。
学研の雑誌「ピコロ」の12月号、付録のCD にはワタクシの作曲・編曲による「おでん」の歌が収録されております。ぱちぱちぱち。
前にも書いたけどこんな歌であります。
おお、なんと素晴らしい曲でありましょう。まるで目の前で湯気をたてたおでん種が行進しているようです。
さあ、皆さん、今すぐ書店に走って買いましょう。そして、出版社に「素晴らしい本です。特に付録のおでんが最高です」と感想を送りましょう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.10.31
取材3、原稿。
朝、日刊スポーツを開いたら、でかでかと「惨め」と見出ししてある。うーむ、日ハムのことだ。
確かに情けない負け方ではあるが、惨めとは。うーむ。
あまりにも悔しいので、今朝から中日ファンに転向したことを家庭内で宣言したのであった。
本日はハロウィンである。
いったいいつの間にこんな無意味な日が定着したのだろう。カボチャは食うモノであって、飾るモノではない。
などと言いつつ、しっかりハロウィン限定のカボチャのグラタンを西武デパートで買って帰って、子供らに食わせたのはこのオレです、はい。
話は突然飛んで毎度毎度のブラウザである。えー、またそのネタかよ〜。
今までSleipnir(スレイプニールと読む。オタクは"プニちゃん"と呼んで可愛がっている)を使っていたのだが、ぼちぼち飽きてきたので、OPERAに乗り換え中だ。
OPERAは楽しいブラウザだぞう。なにしろ着せ替えが楽しい。いろんなデザインに変更できるのである。
そのデイ座員のセットもいろいろあって、中にはTangoという名前のデザインもあるのであった。ぐふふ。つくったのはオレじゃないよ。
ただOPERAの問題は日本で開発されてないということで、日本語は使われてるが、微妙なところで言葉の壁のようなものを感じるのであった。
ちなみにメーラーはShuriken。一太郎と同じ、ジャストシステムのメーラーですな。
フリーソフトとたいして変わらず、カネを払うのもどうかと思う程度のメーラーである。こちらもぼちぼち飽きてきたので、別のにしようかなと思案中。

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2007.10.30
原稿。
そういやちょっと前の日経ビジネスで読んだんだけれど、「ジュースト」という動画配信サービスが面白いらしい。
今ある同類のサービスと決定的に違うのは、すべての権利関係処理が済んでいることだけでなく、配信技術がP2Pであるということのようだ。
つまり中央集権型でなくて分散型。既存ネットワークに負荷をかけたり、サーバが重くなったり、ということがないわけだ。
無料電話のスカイプと同じ理屈だな。それも道理で、作ったのはスカイプを作った人と同じだということだ。
現在はアメリカでのみの展開だが、早ければ年内にも日本語版が登場で、日本での展開もスタートする見込み。これはちょっと注目しておいたほうがいいと思うが、どうだろう。
と、同じような言われ方をされてちっとも盛り上がってないのが、セカンドライフだ。
あちこち、解説本なども見かけるが、さて、周囲でセカンドライフにはまっている人がいるかというと、さっぱり見かけないのだが。かくいうオレも、最初だけちょこっといじってそのままである。
確かにあんなものははやらないほうが国家の未来のためだから、このまま静かに消え去って欲しいものである。

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2007.10.29
取材1、原稿。
本日は四日市まで日帰りである。
四日市ってのは、つまり三重県である。地味〜。
名古屋から快速電車で30分。駅前には何もなく、いい感じで寂れておりました、四日市。
東京駅を10時半に出発して、四日市なんていう田舎までいって一仕事して、それで5時半に東京駅に戻ってこられるんだから、すごいよねえ。マグナム・コマコマ(改名)が「のぞみはすごいですねえ」と感心するのもうなずけるところである。
ところでハンミョウというものをご存知でありましょうか、皆さん。
カメラマンのヨシダ氏とともに首をかしげたのでありますが、そういう虫がこの世には存在するそうです。今ネットを見たら、確かにおりました。
虫に美しいも何もないとは思うのですが、美しい虫だそうです。んーむ。
そんなハンミョウのことが話題に出たのが、四日市でありました。なんのこっちゃ。

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「常識はウソだらけ」日垣隆・WAC。ところで皆さんは、リサイクルされたペットボトルの97%が実は焼却されてしまっているという事実をご存知でありましょうか。あるいは、分別収集されたゴミが焼却炉では全部まとめて一緒くたにされて燃やされているということを。一方で、定期健康診断を受けた人が長生きしているというデータがまったくないということを、知っていましたか。薬でコレステロールを下げると寿命が縮まり、脳ドックで見つかった動脈瘤を手術したために後遺症が残ってしまうケースが非常に多いことを、聞いたことがありますか。交通事故の死者数が減っているのは、事故から24時間以上後に死んだ場合はカウントしないというルール変更のためであるということも、一応は知っておきたいものであります。


2007.10.28
練馬区と埼玉県の境目に樹林公園といういい公園がある。和光市のものだ。
緑がたっぷりあり、ランニングコースやサイクリングコースも整っていて、とても気持ちのよい公園なのである。本日は、じっつにいい秋晴れとなったので、自転車をクルマに積んで出かけ、子供らを思いきり走らせたのだ。
駐車場が完備されているのも、ポイント高いのである。
しかし、いい公園ではあるものの、本日はやたらとうるさかった。なぜかというと、隣接する自衛隊の朝霞駐屯地での騒ぎあでる。
陸上自衛隊のこの基地で、ともかく朝から飛行機が編隊を組んで飛び、ヘリコプターがうなり、地上ではパトカーに装甲車に制服警官に機動隊がわらわら。公園の中でも機動隊がうろうろとパトロールする始末である。
ああ、うっせい。
何事かと思ったら、総理大臣が自衛隊を見学に来たみたいなのね〜。平穏な家族の日曜日を邪魔しないでくれえ。

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2007.10.27
原稿。
いやあ、凄かったですなあ。何がって、ダルビッシュですがな。
折ったバットが3本。さすがであります。
あれほど三振が期待できる投手ってのは、野茂以来ではないでしょうか。
熱狂的な日ハムファンのワタクシとしては、ダルビッシュと一緒になって吠えておりました。
しかし、ヒット2本で負けるとは、中日も大笑いですなあ。
セギノール、かつてのデストラーデみたいな存在感で、第一打席にはいるともうホームランの予感がしてしまいます。かつて熱狂的な西武ファンだったワタクシとしては、興奮しっぱなしであります。
それにしても日ハム対中日。北海道対名古屋。
学生時代、鎌田君と一緒に後楽園球場のオープン戦を見に行ったときのカードが、日ハム対中日だったのを思い出しました。
ガラガラの不人気カードでした。それが今や札幌のドームで超満員。
ああ、昭和は遠くになりにけり。って、まるで団塊みたいだな、オレ。いかんいかん。

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2007.10.26
取材1、原稿。
本日は群馬は伊勢崎市へ日帰り。当然クルマである。
我が家からだと、時間だけ比べれば、ここから品川へ電車で行くのとクルマで高崎へ行くのでは、ほとんど差がないのであった。
それはともかく、この仕事は、経済学者の伊藤元重氏と一緒にやっているものだ。
伊藤氏は東大の大学院の教授で、政府税調の座長の候補になったりと、けっこうな地位のある人である。
一緒に仕事をしていて、いつも思うのは、伊藤先生、実に謙虚で向学心たっぷりだということだ。
このシリーズでは毎回地方の中小企業を訪ねて社長に話を聞くというものである。伊藤先生はどんなせこい企業であっても徹底的に話を聞き、わからないことがあるとすぐに「素人なので教えてください」と質問する。
これほど名前のある先生が、なんのてらいもなく、教えてくださいと素直に頭を下げるのである。オレなんぞはいつもその姿を見て、心底、すごいなあと尊敬してしまうのだ。
有名企業や有名メディアが先生、先生と頭を下げてくるというのに、この謙虚さはたいしたものだと思い、チカラもないくせに時々偉そうな態度を取る我が身を振り返って恥じ入りたくなるのだった。

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2007.10.25
原稿。
「初音ミク」がすごいことになっている。
大方の予想を裏切り、いや、発売元の予想さえ裏切り、誰もが驚く大ヒットで品切れなのだそうだ。ううーむ、初音ミク。
初音ミクとは何か。
検索すれば一発でわかるが、要はバーチャルなボーカルである。
DTMで作曲やアレンジをして遊んでいると、やっぱりあれです、最後はボーカルを入れたくなるんですな。ところが、オタクが家にこもって作ったような歌を歌ってくれるような人なんて、そうそう身近にはいません。頼んでも「キモッ」で逃げられて終わりです。
ああ、かわいそうなDTMオタク。
そんなオタクたちの福音となったのが、3、4年前に発売されたVOCALOIDというソフトでした。ボーカルとアンドロイドをくっつけた安易なネーミングだな、こりゃ。
これが出たときは、オレもびっくらこいただよ。
もう10年ほど前、オレが師匠と勝手に仰ぐある人と「バーチャルなボーカルで出たら凄いよねえ」「でも、その入力には相当のパラメータが必要だろうなあ」「さすがにボーカルだけは無理なんじゃない?」と話したことがある。
それがあっさりとVOCALOIDとして実現したんだから、びっくらこいたわけよ。
では、買ったかというと買いません。
デモを聞いたら、うーむ、なんじゃこれ、というしろものだった。アイドル風の女の子、男のポップス、外人風といろいろなバージョンのバーチャルボーカリストがそろっていたのだが、ちーっともボーカルらしく聞こえない。
音程こそ正しいが、音程通りに機械が音を出しているって感じ。まあ、ウーアー系のバックコーラスなら、なんとかごまかせるかも、という程度だった。
そのVOCALOIDの後継つまりer.2として今年発売されたのが、初音ミクだったのである。
ウェブを見てもらえばわかるが、今度はターゲットを完璧にオタクに絞っている。なにしろ普通の大人ならレジへ持って行くのがためらわれるような、ロリアニメなパッケージなのだ。
うーむ、そう来たのか。まあ、よい。問題は音だ。
どれどれとデモを聴く。
うう、うーむ。かなりレベルは上がっているものの、まだこれじゃあ使えないなあ。もっとも使い道によってはこのレベルでも十分で、例えば本番前の仮歌用のトラックなら、使えなくもない。
カネを払ってボーカリストを呼ぶなら、こいつである程度の雰囲気はわかるだろうなあ。
ちなみにYou Tubeを見ると、初音ミクでつくった作品が山ほどある。面白いのは「風の谷のナウシカ」だ。安田成美が歌ったヤツだが、これを初音ミクが歌っていて、コメントは「安田成美よりうまい!」と絶賛だ。
ま、つまりあれです、カネ取って聴かせるような音楽には使えないが、安田成美よりは上手い、という微妙なレベルのボーカルですな。
それでも一部ではけっこう盛り上がっていて、中には、初音ミクでボーカルだけ作ってしまって、カラオケが作れないけどどうしよう、と途方に暮れる人もいるらしい。わははは、こりゃ面白いなあ。
ちなみにワタクシも、DTMを始めたときは、人に聴かせようとしても「キモッ」と逃げられておりました。
そこで一計を案じ、学生時代のサークルで友人たちがつくった歌をアレンジすることにしたのです。これなら少なくとも当の本人は聴いてくれるだろうと。
これが予想以上の効果で「おお、オレの昔の曲をわざわざ演奏してくれるなんて」と感謝さえされたのでありました。うひひひ。
こういうのを"戦略"というのであります。

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2007.10.24
取材1、原稿。
本日は横浜まで日帰りである。
日帰りって、そんな田舎扱いしなくても>オレ。
帰りに横浜土産でも買おうかと考える。何もない横浜だけど、唯一の土産ときたら、あれだな、シュウマイだな、崎ヨウ軒の。
だが待てよ、と思いとどまるオレ。
「白い恋人」「赤福」と、めでたい色が続いたが、地方の名産土産は、ここのところ偽造だらけだ。となると、次は崎ヨウ軒あたりが怪しいのではないか。
そう冷静な判断をしたオレは、買うのをやめてとっとと帰ったのだった。賢明だと思うが、我ながら。

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2007.10.23
取材1、原稿。
本日は山梨まで日帰りである。もちろんクルマである。運転手である。
山梨なんていうのは近いもので、高速に乗ったら都内から1時間弱だ。
ところがこの高速に乗るまでが大変なのであって、なにしろ我が家の近くには中央高速の出口はあっても入口がなく、まったくえらい不便なのだった。
それはともかく、コマコマとかっちゃんとカメラマンつるちゃんを乗せて、オレの車は快調に走る。
音楽は、モーニング娘。と高木ブーがハワイアンをやったというコラボレーションCDだ。軽快である。
澄んだ爽やかな空気の山道を走るクルマのその中で響き渡るハワイアン。なんとも仕事ムードの吹っ飛ぶ、間抜けな空間なのだった。

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2007.10.22
原稿。
本日は3ヵ月に一度の目の定期検査である。
地元の目医者に行くたびに、ああ、もう夏だ、もう秋だ、もう冬だ、もう春だと季節を感じるのである。
本日の検査でもまったく異常なし。エクセレントなのであった。
それはいいのだが、眼圧を計測するときに目に風を当てるのだけは、慣れないなあ。どうしても目をつぶってしまって、毎回看護婦さんにため息をつかれてしまう。
あわわ、いかんいかん、ご迷惑になってはいかん、と思って自分にプレッシャーかけてしまうから、ますます緊張して目をつぶってしまうのであった。

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2007.10.21
原稿。
久々に宣伝、コマーシャル、販売促進活動であります。ふふふ。
学研から先日発売された新刊「シアターあそび大好き」という本に、シアターで使う曲を収録したCDが付録でついているのでありますが、そのCDのあらかたをワタクシが編曲、打ち込みしておるのです。ふふふ。
とっても素晴らしい仕上がりですので、ぜひ皆さん、買いましょう。
買って、「とっても素晴らしい、特にアレンジ」という感想を、どしどし学研に送りましょう。
えーと、一冊、ぎょっ、3675円もする。
えーと、やっぱ買える人だけでいいです。
印税式じゃないので、本がどれだけ売れても儲かるわけじゃないので。と、いきなり商売の馬脚を現したワタクシでありました。

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2007.10.20
原稿。
練馬区というのは今年独立60周年なのだそうである。
んあ〜、昔は独立してなかったのかよ〜。
聞けば、なんと板橋区の植民地だったらしく、23区で一番遅くに独立勝利を勝ち取ったらしい。ふん、板橋区なんかやっつけちまえ。逆植民地にしちゃうぞ。成増なんて、田舎になります〜。
それはともかく、その独立60周年を記念したイベントがあって、それが「ねりま祭」というなんのヒネリもない企画なのだが、その前夜祭みたいなものが文化センターで行われたのだった。
このステージ上、オレんちの地元あたりで活動しているダンスサークルの発表会が行われ、幼稚園の子供らも一緒になってダンス。驚いたことに幼稚園の先生たちも、せっかくの土曜日だというのに、わざわざ集まって顔を出してくれたのだ。
ありゃまあ〜、すんませんねえ〜。いいのになあ。
まったく先生稼業というのは大変なものである。幼稚園とは関係のないイベントだから、無理しなくていいのになあ。
頭の下がる思いなのだった。
夕方、札幌のカンテレ奏者からメールが届く。
カンテレとは、以前も書いたようにフィンランドの民族楽器で、なんとか手に入れられないかと調べていたがどうも日本国内では入手は不可能らしいとわかり、困り果てて国内にいる50人ほどの奏者の一人にいきなりメールして「カンテレが欲しいのだけれどどうしたらいいか教えてください」と連絡したのだった。
はやり行動というのは起こしてみるものである。
その見も知らぬカンテレ奏者からメールが来て、ちょうどタイミングよくフィンランドにカンテレを発注するところだったので(受注生産らしい)、よければご一緒にいかがですか、という内容だった。
おお、なんとラッキー、渡りに船、馬ににんじん、ブタに真珠、タンゴにカンテレ、関西テレビはカンテレ。
もちろん速攻で「お願いしますお願いします」と返事したのである。金額は思ったほど高くなくて、納品してからでいいですよというなんとも良心的なお返事だった。
いやあ、ネット時代は便利なものだなあ。
届くのは12月終わり頃。クリスマスプレゼントである。
これで来年からオレはカンテレ奏者として美しい音色を奏でるのだ。庭先で、隣のオガワさんと一緒に、ビールを飲みながら。ぐふふふ。
秋の高く澄んだ空にカンテレの透明な音が吸い込まれていくのが、今から楽しみである。って、届く頃には秋は終わっているではないか。
夜、幼稚園の仲良し一家が集まって飲み会である。
父ちゃんどうしも仲がいいというのは珍しい。がははと盛り上がりながら、ビールを飲み、二次会は沖縄料理の「知念」で泡盛だあ。

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2007.10.19
原稿。
この忙しいのにお前はいったい何をやってるんだ、と人様に言われても仕方ない。
なぜかというと、本日は幼稚園の芋掘りで、わたくしは朝から子供らとともに畑で泥まみれになってイモを掘っていたのでありました。
芋掘りというからさぞや遠くへ行くのかと思いきや、なんと我が家から徒歩2分の畑。ああ、なんという田舎なのだ、ここは。
それにしても芋掘り、バカにしていたが、けっこうきつくて、体がボロボロ。筋肉痛であります。うう。

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2007.10.18
取材1、原稿。
本日は名古屋まで日帰り。
帰りに乗った新幹線が、期せずして新型車両、N700系であった。
おー、初乗りだよ〜。
新車ゆえに車内の匂いがきついという評判通り、中に入った途端、化学系の臭気が鼻につんとくる。座席は、評判のあまりよろしくないブルー系。もっともオレは好きだけど。
天井が低くなったというのに、車内はゆったりした印象。足元にはコンセントがあって、パソコンしたり、携帯に充電したりといったことができる。
テーブルが薄くなり、座席もスリムになった感じで、あちこちに軽量化への工夫が見て取れる。薄皮をはいでいくような取り組みで、軽量化したんだろうなあ。
新幹線として初めて全席禁煙。そのため話題の喫煙ルームものぞいてきた。
思ったよりゆったりして、煙の匂い対策も万全。テーブルにあえて傾斜がついているのは、ここで飲食されないための工夫だろう。
これからどんどんブラッシュアップされていくはずで、その成長ぶりが楽しみである。
服部良一のトリビュートアルバムが昨日発売されたので、アマゾンに発注。本日届いた。
ざっと聴く。
服部良一の名曲の数々を、いんろなアーティストがとりあげたものである。すべて新録。
例えば「銀座カンカン娘」をゴスペラーズがアカペラで歌い「買い物ブギ」を関ジャニが歌う。「一杯のコーヒーから」をさだましさが歌い「青い山脈」を東京スカパラが大胆アレンジで演奏する。井上陽水は「胸の振り子」を艶っぽく歌う。ね、聴いてみたいでしょう?
極めつけは、小田和正の「蘇州夜曲」である。イントロが流れてきて、小田和正が丁寧にこの永遠の名曲を歌い出す瞬間は、鳥肌が立つほどだった。

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2007.10.17
取材2、打ち合わせ1。
本日は豊橋まで日帰り。
豊橋ってのは、名古屋と浜松の間の、こぢんまりとした小都市。新幹線停車駅にも関わらず、駅前では大量のタクシーが暇を潰していて、これが地方都市の現実と見せつけられた。
そんなことを思う間もなく、改札を抜け出た途端、オレの目の前を公称190cm実際は178cmの男が通り過ぎていった。額はブッチャーのようにぎざぎざである。
誰かといえば、プロレスラー、金村キンタローなのだった。
キンタローと言えば、デスマッチの帝王。入場と退場時にはダンスを踊るお茶目さんでありならが、試合はハードコアの一言で、蛍光灯をぶんぶん振りかざしながら血だるまになって闘うというようなスタイルを得意とするのだった。
へー、そのキンタローが、豊橋で試合でもあったのだろうか。
品川では高山に遭遇するし、最近はプロレスづいているのかも。
深夜、オリンピックチームがカタールで惜しい負け。いつものことながら点を取れるときに取っておかないから、アウェーでロスタイムのPKなんていう交通事故にぶち当たってしまうのだった。
これで首位陥落。1位しか通過できない最終予選というのは、まっことしびれるなあ。
もっともカタールでの負けは織り込み済みであったから、ここからは一つも取りこぼしできず、しかに大量点差で勝つかにかかっている。まさに撃ち合いだ。
サウジ相手にきっちり3-0ぐらいで勝たなければいかんだろうなあ。あ、その前にカワブチが吠えだして、ソリちゃんと一戦交えるかも。

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2007.10.16
取材2、原稿。
昼休みのスタバで、コマガタが言う。「最近タンゴ日記に登場してないなあ」。
カメラマンのツルちゃんは言う。「わたしは何度か出ましたけど」。
というわけで、一応出しておきましたよ、コマコマさま。
そういや、コマコマ、昨日の日記を見て「タンゴさん、いつから北海道通になったんですか」と突っ込んできた。
たわけものめっ。野球は日ハム、サッカーはコンサドーレ、ラーメンは味噌、マリモはモッコリに決まってるだろがあ。

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2007.10.15
取材2。
日帰りでタコタコ大阪出張である。
出張と来たら、お楽しみは駅弁である。
昔の駅弁は激まずで、こんなもの、カネ出して食うなら、空腹のほうがなんぼかマシと思っていた。いや、マジで。
しかし、ここ数年、味は劇的に改善され、けっこううまい駅弁が続出である。添加物まみれではあるが。
いつもはJR東海パッセンジャーズの駅弁なのだが、本日は気分を変えて東日本にしてみようと思い、日ホン食堂の売店で買った。北海道通のオレとしては見過ごすこことのできない「北海メッセ」という駅弁があったからである。
1700円。駅弁で1700円だぞ。
なのに日本食堂の売店の娘は、注文してもろくな返事もせず、目も合わせなかった、タコ娘であった。タコならタコらしくたこつぼに入ってなさい。
さて、問題の1700円弁当であるが、だははは、これがまるっきりの見かけ倒し。ちっとも旨くないのでありました。
カニにイクラにウニがのっかっていても、ちっとも味がしないではないか。いやあ、おおはずれ。これからニ本食堂の駅弁は買わないようにしようと決めたのであった。
隣の席のカメラマン、ヨシダ氏の鳥飯弁当がやけに旨そうに見えたわい。

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「メディア・バイアス」松永和紀・光文社文庫。うーむ、問題の書である。主に食品の添加物などの問題について、科学的に検証している。基本的にまじめだとは思うのだが、どうにもおかしな記述がやたらと多い。例えばブドウ糖液だが、これて天然由来でちっとも危険ではない、と指摘し、騒ぐ方がおかしいと断罪する。いや、ちょっと待て。ブドウ糖自体が悪いとは誰も言ってなくて、要は食事前にそれを摂りすぎることが問題なのだが。あるいは、ファーストフードはちっとも悪くない、なぜなら年寄りだって食べているからだ、年寄りが食べているなら安心だ、という暴走的な意見も述べている。そりゃ、無理があるって。同じように、和食が見直されているが昔の日本人は短命だったから、和食が体にいいわけがないと、暴走する。そもそも冒頭に「あるある」のねつ造問題を紹介してやっつけておいて、その後にこうした意見を述べているのだから、他の問題もすべてねつ造だと印象づけたいのではないか、と思えてしまう。きちんと書いてある部分もあるのだから、こうしたところどころの変節ぶりが、なんとも不思議である。


2007.10.14
原稿。
かつては夜型だったが、ここ数年は確実に朝型になってきた。
もちろん深夜まで原稿に追われることがないわけではないが、しかし、だいたいはさっさと片付けてしまおうとしている。
今日など、朝の4時に起きて、パジャマのまま原稿を書き始めたら、なんと9時前に本日の予定の原稿がすべてきれいに仕上がってしまった。
なんと、素晴らしい。
おかげで丸一日、子供たちとごろごろ、怠惰に過ごすことができたのだった。

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2007.10.13
原稿。
一日中パソコンに向かって原稿を書き続ける。ああ、しんどっ。
夜、子供らを連れて、魚せいに行く。
幼稚園児にこんな贅沢をさせているのかと思われるようなものばかり食ったので、詳しくは書かない。なにしろ、お通しが既にカキ。ああ、んまかった。
店の客が、どういうわけか、息子と娘に100円ずつ恵んでくれた。ありがたくいただき、それを支払いの一部に充てた。
うーむ、つくづく変な店である。

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「走れメロス」太宰治・新潮文庫。先日たまたまつけたラジオでこの作品のことが話題になっていたので、学生時代以来、久々に読む。なるほど、走れメロスって、こんなにも完璧な日本語の小説だったのかと感激。


2007.10.12
取材2、原稿。
朝、池袋駅へ行ったらJRの人たちが自動改札の脇で「今日はタダ乗りOKでーす、無料で首都圏乗り放題!」とニコニコしている。
わーい、太っ腹!
乗客もみんなスキップして、開きっぱなしの自動改札に飛び込んでいく。毎日こうであって欲しいものだ。
なにしろ、石神井公園から品川まで往復すると900円もかかるんだよね。お昼ご飯が食べられちゃうんだよね。
でも、喜んだのは束の間、午後には自動改札機も元に戻ってしまって、片道分、しっかり取られちゃったんだよなあ。残念。
トラブルの原因を作った日本シンゴウは、賠償するのかなあ。んなことになったら、一瞬にして倒産だろうなあ。

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2007.10.11
取材1、原稿。
昼、取材から帰ったら、隣の庭先でオガワさんが例によってギターの練習をしていた。
「おー、タンゴさん、仕事かい? どこ行ってきたの」とオガワさん。いやあ、こんな秋晴れの天気に、うらやましいなあ。
よく見れば、新しい楽譜を手に練習している。「お父さんのためのフォークソング集」というようなタイトルだ。
なつかしや、人は誰もただ一人〜の「風」のページを開いて練習していたようだ。
「ああ、これはね、こないだの日曜に銀座の山野楽器に行って買ってきたんだよ」とオガワさん。なんとも前向きな、と本当に感心する。
「この弾き方がわかんないんだよ、ちょっと教えてよ」というので、ネクタイしめたままコードストロークを教えてあげる。うーん、この熱心さは見習わないとなあ。60も半ばを過ぎて、これだものなあ。
5000円のギターで、秋の空の下、悠々の時間だ。
そんなオガワさんに負けないよう、オレも新しいことに挑戦したいのだが。
何かというと、カンテレである。
大阪あたりでカンテレというと関西テレビと間違われそうだが、大阪は日本ではないから放っておいてよろしい。カンテレとは、フィンランドの民族楽器なのである。
小樽で出会ったハンマーダルシマ奏者の関係で、その仲間たちのこともいろいろと知り、その中で発見してのがカンテレ奏者。日本にはごくわずか、50人ほどの1人だ。
初めて知ったカンテレという楽器だが、その音を聴いてびっくり。なんとも澄んでいて、透明で、北の空にぴったりの音なのだ。ハープシコードより透明で、ダルシマより乾いていて。
その音色を聴いて、オレはすぐにCDを購入。写真の「GARDEN」というやつだ。原稿を書きながら流しっぱなしである。
そして、同時にオレは、自分もカンテレの演奏を始めようと決心。なにしろオレは、弦楽器の天才だ。ギターはもちろんのこと、マンドリンも、バイオリンも弾いちゃうぞ。カンテレも弦楽器の一種。オレにも絶対に弾けるに違いない。
そう決心したのはいいんだが、早速ネットで調べたものの、どうやら日本では入手不可能らしいのである。なんということだ。
困り果てたオレは、別のカンテレ奏者にメールを出して、どうしたらカンテレが買えますかと質問したのだが、この人が「親戚の結婚式でしばらく留守にします」とブログに書いてて、どうやら返事は先になりそうなのだ。
一方、タイミングのよいことに「GARDEN」のCDの奏者が、来月、池袋でカンテレのライブを行うのである。北海道からわざわざ上京して。
これを逃さぬ手はないということで、もちろんオレはそのライブを聴きに行き、直接演奏者に、カンテレを買うにはどうしたらいいんですか、と聞くつもりである。ついでに弾き方も、図々しくも、聞くつもりである。
果たして首尾はいかに。
なにしろ日本で50人しかいないのである。オレが首尾よくカンテレを手に入れて弾き始めれば、日本で51番目に上手な演奏家になれるのだ。わはは。
と、そんな話題の次に持ち出すのは、なぜか「刑事コロンボ」である。
よくありますよね、「日本の鉄道」とか「日本の街道」とか、ビジュアル百科ってやつ。
あれって、「日本の鉄道」って分厚い写真集を出しても高くて売れないからっていうので、週刊誌形式にして分冊で売り出したところ、意外にも大当たり。1万円を超えた本は手が出ないけど、数百円なら毎週買えるっていう心理を突いて、けっこうヒットしたのだった。
当然のことながら柳の下を狙って、いろんな週刊百科が登場。そんな一つとして「刑事コロンボ」が登場したのだ。
なるほどー、コロンボねーと、オレは膝をポン。ドラマを週刊百科とは、さすがに思いつかなかったわい。
毎週一話ずつ、これから発行されるのである。もちろんDVDつき。
で、創刊号をつい買ってしまったのはこのワタクシでありました。
「刑事コロンボ」高校時代によく見たなあ。今思い返してもシナリオが抜群に素晴らしかったなあ。もう一度見てもいいなあ。
そう思ってたら、数ヵ月前に、「刑事コロンボ、DVDで全巻せいぞろい」という新聞広告が出ていて、ほほうと思ったものの、金額がなんと2万数千円。
コロンボなんかにそんなカネは出せないね、へへん、とそれっきりになっていたのだ。
そんなところに創刊記念740円でDVD付きという週刊百科が現れたのだから、つい飛びついてしまったわけさ。なんのことはない、マーケティングにころりと手をひねられてしまったオレ様であるわけよ。
で、「刑事コロンボ」の次はサンダーバードあたりが来そうだなあ。

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「真犯人」森下香枝・朝日新聞社。グリコ・森永事件の真犯人をあかしたことで注目の一冊。なるほど、確かにこいつが犯人に違いないという男の姿が描かれている。それはいいんだけど、文章がまるで新聞記事。どうにも入り込めなくて、ちょっと辛かった。


2007.10.10
取材1、打ち合わせ1、原稿。
ずっと長らく置き薬を置いているのだが、いつもは3ヵ月に一回くらいの割合でやって来る薬屋が、半年以上も顔を見せない。
どうしたのかなあ〜と思っていたら、タイミングよく電話があった。
「タンゴさ〜ん、ごぶさたしてま〜す、いろいろ大変なんですよ〜」とサカイ氏が言う。
あれ、どうしたの。
「えっ、知らないんですか? ウチ、倒産したんですよ」
思い切りずっこけるオレ。今年の夏頃倒産し、なんとか更正法が適用されて、今は再建目指して頑張ってるところらしい。営業担当のサカイ氏も、以前と変わらずに仕事をしているそうだ。
うーん、これから大変だろうけど、頑張れよ〜。薬、買うからね〜。

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「これを食べてはいけない」郡司和夫・三笠書房。すべての人にとって必読の書である。食品問題について、あっと驚く話のオンパレードだ。フライドポテトに発ガン性があるとは知っていたけど、フライドチキンのそれはさらに危険だったとは知らなかった。中国産のアサリでも国内の海につければ国産になるのは知っていたけど、中国のそば粉を使っても長野県で練れば信州ソバに化けるとは知らなかった。店で売っているポテトサラダがこんなに怖いとは知らなかった。コンビニのサンドイッチがこんなに体に悪いとは知らなかった。ものを食う人、すべての必読書である。


2007.10.09
原稿。
権力は腐敗するという格好の見本が、サッカーのカワブチと、相撲の北の膿である。
カワブチは、Jリーグの天皇になって以来激しく増長。例の"オシムって言っちゃったね"事件でもわかるように、自己の責任は限りなく否定し、気に入らないものはどんどん遠ざけてきた。
協会ではアルバイトの人事にまで口を出し、気に入らない記者の取材は決して受けないという。
Jリーグ発足までの献身ぶりを思えば、あそこまで変節する人間というのは、他にはいない。
北の膿については、昔は好きだったんだよなあ。現役時代。
むちゃくちゃ強くて、その強さ故に嫌われても、堂々と恥じることなく前を向いて闘う姿に、ヒールの真髄を観たものだった。
それが協会のボスになってからは、なんとまあ情けない。男らしく黙って責任を取ることすらできなくなってしまったようだ。
飲むと暴れるという情けない噂を聞いたのはだいぶ昔だが、真の姿はそんなところにあったか。

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2007.10.08
原稿。
行きつけの床屋のオヤジが亡くなった。61歳、ガンだった。
早すぎるよなあ。
娘が二人いて、家族四人で小さな床屋でいつも仲良く仕事をしていた。娘一人は結婚していたものの、孫の顔を見ることはかなわなかった。
とっても仲良しの家族であることが伝わってきて、いつもほのぼのとした気持ちにさせられていた。
最近オヤジの姿が見えず、体調がよろしくないことはなんとなく聞いてはいたのだが。
同じ商店街で、小僧の頃からお互いに頑張って商売を続けてきた魚せいの大将は「商売に流されないように頑張ろうや、って若い頃から励まし合いながらやってきたんだよ。早すぎるわなあ」と、店で泣いていた。

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2007.10.07
朝9時に家を出て、帰ってきたのが夜9時。
その12時間中、運転していたのが11時間で、そのうちの8時間は渋滞の中だったという、まったくとほほであった。
まあ、連休の真ん中だからなあ。観光地が渋滞するのは当たり前だよなあ。
だが、いくらなんでも、あれはひどいだろう、箱根町。
御殿場から箱根までの30キロが、なんと4時間である。特に箱根町に入ってからは5キロが1時間半である。
ひどすぎるぞ、箱根町。あの渋滞をほったらかしにいておくつもりなのか。
たぶんそうなのだろう。道を広げようとか、迂回ルートをつくろうとか、そんな様子はまったくうかがえなかった。
放っておいても、箱根というブランドだけで人が勝手に来てくれるから、後ろ向いて舌を出しているのだろう、箱根町。
しかし、あの渋滞を経験すればもう二度と行くもんかと思うのは確かである。
一緒に行ったのは、オレの両親である。金婚式の祝いに、オレとオトートが金を出し合って、箱根の旅館にご招待なのだった。現地までのガイドと運転手をオレが引き受けたという次第である。
なんと親孝行なオレたち兄弟様。
箱根の前に「富士山を見たい」という母の願いに応えて、五合目まで登った。御殿場側から車ですーいすいである。
途中、雲を抜けて、おお、五合目は快晴。眼下にはどこまでも果てしなく雲が広がる。
まったく素晴らしい光景であった。
見上げれば富士山頂。写真がその様子である。
五合目まで来れば、あれ、山頂なんてすぐそこじやん、今からちょっと登ってこようかな、という気になる近さだ。
それにしても五合目の、眼下に雲海、見上げれば富士山頂というこの景色は、一度経験するとやみつきになるなあ。
11時間運転してわずか300キロというドライブを終え、家にたどり着いたオレは、魚せいに行く。
そこに合流したのが、さやちゃんパパことまっちゃんである。マツモトという名前の人は、必ずまっちゃんと呼ばれるのだった。
まっちゃんと酒を飲んで刺身を食い、わけのわからぬ話をする。魚せいのおやじは、今日が孫娘の幼稚園の運動会で、早朝から出かけていたそうで、ぐったりだ。
11時ごろにまっちゃんとひきあげる。
帰り際、バス通りの「アカい糸」というスナックについての話題で盛り上がる。まっちゃんの家は「赤いイト」の前にあり、このスナックでは非常識なことに夜中でもドアを開けっ放しにしているので、客のカラオケが近所中に響いてたいへん迷惑なのだそうだ。
地元で30年のこのバカスナック、もちろん魚せいのオヤジも何度か行っていて、地元の商店どうしの顔なじみであるにも関わらず、きっちり「ぼる」のだという。
魚せいのオヤジは、バカスナックのママが娘だった頃から知っていて「昔はあのママも若かった」という、考えてみれば至極当たり前のことを言い、「今でもあいつはオレからぼりやがる」と憤慨している。ならば行かなければよさそうなものを。
その魚せいのオヤジに、で、その店に女の子はいるのかと聞けば、「ばばあばっかり」とばっさり。
だが、まっちゃんは、ある夜、カラオケのうるさいそのバカスナックに「可愛い子がいるのを見た」と衝撃の証言をするのだよ、これが。
うそだろ、まっちゃん。だが、まっちゃんは「本当に見た」とゆずらない。
ならばこれは確かめに行かなくてはならないな、当然。まっちゃんも「そうだそうだ」と言う。
そして、どうせ行くならいつものメンバー7人で行こうということが決定した。日程の詰めはこれからである。
幼稚園の父ちゃん7人が連れ立ってバカスナックに突入し、思い切りぼられてしまうレポートについては、後日、待たれよ。

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2007.10.06
秋晴れの爽やかな練馬の空。本日は幼稚園の運動会である。
息子は選手宣誓の栄誉だ。娘は初めての運動会にも臆することなく、はしゃいでいる。
パラバルーンに組体操。息子は、1学期から練習を重ねてきた成果を披露する。
よくぞここまでまとめ上げた(正確には、仕込んだ)と、先生方の努力には本当に頭が下がる。
リレーでは息子のクラスがビリだ。
必死な顔で走る友達の顔に、ああ、みんなよくここまで大きくなったなあと胸を熱くする。
最後の鈴割りでは、息子が娘の手を取って一緒に玉を投げ入れ、割れた瞬間は二人で手を取り合って飛び上がったそうだ。
そうか、幼稚園の運動会ってこんなに素晴らしかったんだ。改めて思う。

で、当然その運動会には父ちゃんの参加する種目というのがあり、今年はというと玉入れをしてから綱引きをするという複合種目である。近代二種だな、これは。
ぞろぞろとたるそうに集まってきた父ちゃん群の中に、既にはしゃぎまくって明らかに浮いている一団がいる。そう、オレたちである。具体的にはりさちゃんパパにさやちゃんパパにゆうやパパにしおんちゃんパパにまなちゃんパパにみりゅうパパにオレである。つまりいつもの仲良し父ちゃん7人組である。
幼稚園で母ちゃんどうしが仲良くなるのは当たり前だが、オレたちは父ちゃんどうしまで仲がいいという極めて珍しい集団である。先生たちもびっくらこいてた。
今日は休みなんだけど子供のために頑張って起きてやってきたオレはなんていい父ちゃんなんだ、でも本当は会社にいったら違う顔を持つ切れ者なんだぜ、うふふ、という澄ました顔の父ちゃんたちがかっこつけて整列しているその中で、りさちゃんパパにさやちゃんパパにゆうやパパにしおんちゃんパパにまなちゃんパパにみりゅうパパにオレの7人は、そうだ、これからは面倒だから「ぴっかりセブン」と呼ぼう、既に吠えまくり笑いまくりだ。がははは。
おーし、本気で勝ちに行くぞう、と叫ぶオレ。「ったりめーだろう」と返すゆうやパパは「絶対トップ獲ってやる」と燃えている。
「会長は快調ですか」と聞いてきたさやちゃんパパにオレは胸のリボンを見せて、さがれさがれ、この印籠が目に入らぬか、とふんぞり返る。周囲のものは「おおーっ」とひれ伏すのであった。
後で妻に聞いたら、こんな様子のオレたち7人、明らかに浮いていたというから、してやったりである。わははは。
おっと、結果はというと、もちろん圧倒的な勝利なのだった。わははは。

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2007.10.05
取材1、原稿。
シロガネーゼというアホな言い方があるが、類似例はけっこう多くて、例えばこんな具合だ。
兵庫県芦屋市の「アシヤレーヌ」。
千葉県幕張の「マクハリーヌ」。
東京都足立区の「アダチーゼ」。
東京都世田谷区駒沢公園近辺の「コマザワンヌ」。
東京都江東区豊洲の「キャナリスト」。
千葉県浦安市新浦安の「マリナーゼ」。
東京都港区麻布十番の「ジュヴァーナ」。
東京都練馬区の「ネリマダム」。
妻に、やーい、ネリマダム、と言ったら殴られた。なんでだろうなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「美味しい食事の罠」幕内秀夫・宝島社新書。割といい本なので、おすすめ。特に長生きしたいと思っている30代女性には必読である。


2007.10.04
取材3、原稿。
ああ、なんと不幸な一日だったんだ、今日は。
朝、カメラマンのヨシダ氏の指摘で、オレのスーツのズボンが裂けているのを発見。右足の内股部分が、サクーッっと裂けているのだ。
うぎゃあ、なんだ、これっ。
移動中の電車で何かに引っかけたか、あるいは。
それはともかく、太ももを露出したままで丸の内近辺を歩くわけにもいかない。
ヨシダ氏のアドバイスで、ガムテープを貼って応急処理。その後、コンビニでホチキスを買って糸代わりにしたのだが、うまくいかず、結局ソーイングセットを借りて何とかごまかした。
ああ、まったくなんという災難だ。
そんな災難を嘆きながら、夕方、東京駅で丸ノ内線に乗る。
ところが乗り込んだ途端に「四谷三丁目で車両故障です。電車は全部ストップです」のアナウンス。うぎゃあ、なんとついてないんだ。
しばらく乗って運転再開を待ったが回復が大幅に遅れそうなので、結局丸ノ内線はやめて山手線に変更することにした。
このまま出るわけにはいかないので、改札の係員のところでSuicaのメモリーをいじってもらわなくてはならない。当然のことながら係員の前は長蛇の列だ。
うんざりしつつも、行列に並んで、ようやくオレの番がきた途端。
なんと信じられないことに、横からおばちゃんがオレの前にさっと割り込んできたのである。なんとまあ、あり得ない光景だ。
おばちゃん「前から並んでたんだけどねえ」と叫びながらオレの前に割り込む。くそばばあである。
もちろんオレは、ちゃんと並べよ、と言ってやったのだが、くそばばあは「並んでたのよ、前から並んでたのよ」とぼけたことをぬかす。まったくこういうヤツらが日本をどんどん悪くしているのだ、恥を知れ。
駅員も当然ばばあを無視。オレのSuicaをさっさと処理してくれた。
ばばあに一瞥をくれてオレは速やかに立ち去ったが、その後どうなったのだろう。あの強引さ、厚顔ぶりだと、さらに強引に押し込んできたのではないかと推測される。
まったく呆れた一日だったわい。

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2007.10.03
取材3。
日本橋のベローチェで一人コーヒーを飲みながら「犯人に告ぐ」下巻を読んでいた。
そのオレの目の前で、若いサラリーマンとOLふうが困った様子で何か話している。ん?と思ったらそのサラリーマンがオレに向かって「申し訳ありませんが、席を一つずれていただけませんでしょうか」と言ってきた。
なるほど、何人かでまとめて座りたいのに、オレが中途半端な位置に座っていたから、うまく場所取りができずに困っていたのね。
ああ、いいですよ〜、と心地よく席を譲る。二人とも礼儀正しく腰を折ってお礼を言う。
隣では5人が集まってなにやらミーティング。遅い時間まで、熱心なことだ。
終了後、OLが再びオレの顔を見て「ありがとうございました」と言う。実に礼儀正しくて気持ちよかった。
これに比べて、団塊の連中の態度の悪さったら、という話はまた後日。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「月刊現代」"団塊の人たちって集まると必ず学生運動の話をする"とテレビ局で言われたと山本コーターロー。オレたちはこんなに凄かったんだぞという話に終始するのは、団塊の一番みっともないところである。
「SPA!」今週はつまらん。
「犯人に告ぐ」(上)(下)雫井脩介・双葉社。けっこう評判を呼んだミステリーの文庫化。確かに冒頭、警察が誘拐犯人を取り逃す展開はかなりスリリングである。警察内部の争いもよく描けているし。この調子で上下とも一気読み、どんどんのめり込ませてくれる。だが、それも5分の4までなのだ。最後の5分の1、一気に話は尻切れトンボになってしまう。なぜこのような悲惨な犯罪が起きたのか、犯人の心はどうなのか、そして、どうしてこんなイージーなやり方で簡単に逮捕できちゃうのか。それまでが快調だっただけに、実に惜しい展開なのだった。


2007.10.02
取材2、原稿。
しかし、アレですな、これだけ急激に気温が下がると、さすがに体調がおかしくなっちまいますな。わたくしも、ちっと風邪気味であります。
子供の通う幼稚園でも風邪がはやっているとか、いないとか。いないのか。
日中、池尻大橋駅前のドトールに入ったら、あちらこちらの座席でスーツのおっちゃんがパソコンを広げていた。
ずいぶん小さいパソコンもあるんだなあ。
みんなメールのチェックをして、日報を書いたり、プレゼン資料をまとめたりしているのだろうか。ぼちぼちオレも持った方がいいのだろうか、と思いつつ、原稿のスケルトンをまとめるならノートに手書きの方がいいと考え直して、結局買わずに今日に至っている。
ふと見てちょっとびっくりしたのが、ドトール店内のコンセントを勝手に使って、携帯の充電をしているおじさんがいたことだ。
厳格に言えば窃盗だべさ、それ。
まあ、しかしコーヒー飲んでる間に充電できればなんと合理的だろうということで、気持ちはよくわかる。だからといって、よい子は真似しちゃいけないんだぞ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊朝日」編集後記で、安倍ちゃんの腹痛辞任を報じた先週号がほぼ完売だったと自慢。多くの読者から"買えなかった"というお叱りをいただいた、と鼻高々である。そして、こういうことがないようにちゃんと定期購読しましょう、と小学校の先生になったつもりで教えてくださっている。この雑誌は読者のことを北の国の哀れな民と変わらないと見下している。そういや確かに先週号を東京駅の売店で買おうと思ったら売り切れていてびっくりしたけど、隣の売店に行ったら山積みだった。


2007.10.01
その世界では、日本国内よりも海外でのほうがよく知られている人というものがいる。芸術分野に多いかもしれない。
浜ダ隆というギタリストもその一人だろう。
ラグタイムギターの世界では、国際的にも非常に高い名声を誇るギタリストで、そのテクニックは超絶の一言。とても真似などできないのだ。
このギタリストは、大学を卒業後、埼玉県あたりでサラリーマンをしていたのだが、ラグタイムギターへの思いを捨てきれず、仕事を辞めて地元・小樽に帰郷して、以来、ひたすら自分のギターの世界を追究してきた。
全国のライブハウスでも時々演奏し、一部では熱狂的な支持を得ている。しかし普段はというと、小樽運河の遊歩道に座ってギターを弾き、ストリートミュージシャンで生計を立てているのだ。
生計を立てていると書いたが、まさにその通りで、演奏中にギターケースに投げ込まれる小銭類もちゃんと売上として計上し、年に一度はしっかりと確定申告。
生業がストリートミュージシャンとして、税務署にもちゃんと認められている人なのだ。
ひょっとしたらその本人に会えるかもと淡く期待していたのだが、それはかなわず、代わりにきこえてきたのが、あら、珍しい、ハンマーダルシマーの澄んだ音色。冷たい北の空によく似合う透明なその音色は、道行く人の誰もが振り返るほど、ステキなものであった。
オレも足を止めてしばし聴き惚れる。
演奏のジャンルとしては、アイルランドから北欧にかけての、いわゆるケルトミュージックが中心のようだ。
ケルトミュージックといえば、養成じゃない、陽性でもなくて、妖精の音楽。
アイルランドも、オレにとってはいつかは行ってみたい、それでいてたぶん一生行くことはないだろうとわかっている、エバーグリーンな場所なのだ。
ハンマーダルシマーで演奏されるケルトミュージック。ピュアといえばあまりにピュアなその世界にたちまちひかれ、オレはそのストリートミュージシャンの前に並べられてあったCDを2枚、購入。4500円であった。
サインちょうだいと言ったら、ペンを持ち合わせていなくて、断念。頑張ってね、と応援してその場を離れた。
この2枚のCDが、これがとんでもなく気持ちよくて、いやあ、ケルトが大好きなキベさんも大喜びするんじゃないかしら。
ミュージシャンのプロフィールを見たら、東京出身で、やっぱりミュージシャンとして生きるために小樽にわたったらしい。なぜかみんな小樽へ行くのだった。
それにしても、と最近よく思うのだけれど、決してメジャーな世界で生きることを目的とはせず、好きな音楽を自由に追いかけて、それでいてちゃんと食べていくことも両立させている音楽家が増えているように感じる。
ネットがそれにいくらか寄与しているのは間違いないだろう。
ちなみにこのダルシマー弾きは、小松ザキ 健という。バンドももっていて、そちらにはフィドル弾きやブズーキ弾きもいるのだった。ブログを見つけたから、CDの感想でも書いてみようか。
ちなみに北海道で注目のミュージシャンとしては、PETAというシンガーソングライターがいる。自主制作のCDを聞くと、北海道の自然などを唄った素朴な歌が心地よい。
松山某のような臭さもなくて、まさにパウダースノーのような歌声だ。今は亡き坂庭省吾とのジョイントもやっていて、二人の男の木訥さが伝わってくる名演だった。
このシンガーも、いつか世に出てくるような気がしている。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2007.09.30
北海道といえばミートホープに「白い恋人」である。
ミートホープのコロッケって、よく考えれば食材を廃棄しないで大切に使っている素晴らしい商品と言えなくもない。「白い恋人」も、賞味期限をごまかしていたと言えば聞こえは悪いが、食べられる間はもったいないから捨てないで食べましょう、ということでなかなか感心ではないか。
そんな「白い恋人」の不在に便乗したか、「私の恋人」という商品がある。
これが見た目もクリソツ。「白い恋人」が不在の間にその座を奪ってしまおうと企画された商品のように見えるのだ。
発見した妻によれば、パッケージには「安心」「安全」と大書してあったという。やるときゃ徹底的にやれ、ヘタな遠慮はかえって自分の首を絞める、という喧嘩の鉄則に忠実な姿勢である。
ところがネットで調べたら、もう20年以上も前からある商品らしい。
古くからあるものの常にパクリ商品との白い視線を浴びてきたマイナー商品が、敵失をきっかけに万に一つのチャンスとばかりに攻勢に転じたのか。
しかし、どうにも攻めきれない民主党のような歯切れの悪さが感じられるのも事実である。
どうせならブレークしてくれれば面白いのだがなあ。

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2007.09.29
北の大地・北海道では、「まりもっこり」という不思議なものがはやっている。
阿寒湖のまりもを擬人化したもので、なぜ「もっこり」かというと、その股間がもっこりしているからである。
2006年トリノオリンピックの前に、フィギュアの姉ちゃんが携帯のストラップにつけていたことからブレークしたらしい。
こんなものをぶらさげていたのか、あの高校生姉ちゃんは。まあ、高校生だからできたことかも。
それはともかく、北海道、どこへいっても「まりもっこり」だらけである。
町中の土産物屋には山盛りだ。それどころか空港の中のショップでも堂々と股間を大きくしたまりもっこりが並べられているのを見ると、ひょっとしたらこれは北海道のオフィシャルなキャラクターなのではないかと思えてくる。
あげくには、例えばこの写真のように、高速道路のパーキングでは堂々と記念撮影用の看板が飾られている。
以前、群馬県は赤城高原のパーキングで「ぐんまん」なる恥さらしキャラを報告したが、これはそれ以上の恥さらしの、いや、ここまで開き直られればいっそいさぎよいというか、ついに日本もここまで来たのかというか、いやいや、やっぱりここはロシアの文化圏、しょせん内地とは感性や文化が違うということかと納得させられるのであった。
ネットで調べたら、「まりもっこり」の発案者は、単なるシモネタのだじゃれだけでボロ儲けできたことに味を占め、「まりもっこり」に続く第二弾のキャラを開発中だそうである。
その名も「じゃがいもっこり」。
……。
北海道の人たちは、そろそろ本気でストップかけたほうがいいと思うのだが、道内のどこにもそんな気配がみじんも感じられないことに、オレは北の空を仰ぐのみなのだった。

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2007.09.28
取材1、原稿。
げげっ、9月も末だというのに30度を超えるのかよ〜。ああ、暑かった。

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「漁師志願」山下篤・新潮社。漁師を募集する新聞広告を見た都会の若者が、瀬戸内の小島で苦労する話。書店員が薦める、当店で売上10番目ぐらいの本、という書評で目にし、ある書店員が"これを読んだらお魚が美味しくなった"と書いていたので期待して読んだ。結果、魚がまずくなるぐらい、退屈な小説であった。


2007.09.27
秋と言えば、芸術である。ウソである。本当は運動会である。
本日は幼稚園の運動会の予行演習であった。いわゆるリハーサル、テレビでいうところのランスルーというやつだな。
それはいいのだが、今週はこの手の予定がいっぱいで、なんと一切仕事ができていないのである。うむむむ。
オレがネットで公開している予定を見ると、このさき、当分予定が一杯で、かなりの売れっ子ふうに見えるのであるが、実はそのうちのいくつかは幼稚園の予定なのである。
なかには芋掘りの予定などもこっそり忍ばせていて、こんなのが仕事関係にばれた日にはえらい目にあうであろう。なので、内緒である。
しかし電車の移動がないと、途端に本が読めなくなる。困ったものだ。家でも読めばいいのだが、家にいたら読書なんかよりもっと大切なことが一杯あるではないか。

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2007.09.26
原稿。
今でも時々思い出すのが、アドニアン・アドリスの佇まいである。
1980年代に活躍したアメリカ東海岸のレスラーだった。アドリア海のように美しい男という意味で付けられたリングネームだったと思う。
マジで喧嘩させたら5本の指に入ると言われたほどの実力の持ち主であるが、喧嘩のチカラとプロレスのチカラは無関係。アドニスは、徹底して自分のキャラというものを作り上げていった。
革ジャンを身にまとったニューヨークのワルという雰囲気で登場し、リングに上がると両手を広げて一回転。いやあ、惚れ惚れするほど華やかで格好いい立ち振る舞いだった。
試合も派手で、創意工夫満点。きちんと客をつかんで、それでいて相手に合わせて試合を組み立てられるレスラーだった。
大好きだったなあ、このレスラー。
88年に残念ながら交通事故で死亡。その前から過食症に苦しみ、あるいは、おかまレスラーへとキャラを変えたりしていた。
あれほどの実力を持ちながら生活のために腰をくねらせてオカマを演じてみせたところに、この男の哀しみと凄みを感じてしまうのだよ、オラはよ。
このアドニスとタッグを組んだボブ・オートン・ジュニアは日本でヤクザをたたきのめして警察沙汰になったためしばらく来日禁止。代わりに組んだディック・マードックも破天荒なトンパチ野郎で、アドニスの陰とマードックの陽がなんとも絶妙のコンビネーションを見せていた。
プロレスファンって、こういう話が大好きなんだよ。
ちなみに今オレが一番好きなのは、ドラゲーの横須賀亨である。地味だけど、すごく緻密かつスケールの大きいレスリングを組み立てられる男だよ。

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2007.09.25
すっきりと秋の空。夜は中秋の名月で、いやあ、爽やかだ。
関係ないけど、実家にいたころは、冬になって雪が積もると、中学校まで4キロほどを歩いて通ったものだった。
ある午後、遮るものの何もない田んぼの一本道を、吹雪にあおられながら歩いていたら、ダンプが止まって「乗っていけ」と言ってくれた。凍えそうにとぼとぼ歩いている中学生を見かねたのだろうなあ。
何の疑問も抱かず、ありがたく乗せてもらって、家の近くでおろされたが、今ならあり得ない話である。時代は変わった。
そんなことを思いつつ、夕刻、ふと外に出たら、隣のオガワさんが玄関先で宴会を開いている。月見か。
来客が一人と、反対隣のヤマモトさんも一緒だ。にぎやかですなあ。
当然のようにオレも引きずり込まれ、宴は大賑わい。
ヤマモトさんが「酒なら業者に一杯もらってますから」と、いい日本酒をどんどん持ってくる。このヤマモトさんは、前にも書いたように、レッドツェッペリンと友達で、ジミー・ペイジとのツーショット携帯写真を持っている人だ。
ツェッペリンは酒をくれなかったのかと思ったけど、あいつらは業者じゃないしな。
オガワさんの友達がべろんべろん酔っぱらってしまって、大騒ぎ。平日だってゆうのに。
練馬の広い空にぽかりと名月が浮かんでいて、秋はいいなあと、しみじみ思ったのだった。

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2007.09.24
さて、その洗濯乾燥機問題であるが、連休の最終日というゆるい日であるにも関わらず、朝一番、9時より前に我が家のインターホンは鳴り、ジャマダ電機の配送係がえっちらおっちらやってきたのだった。
「ではまず古い洗濯機を片付けましょう、ジャ〜マダ」といって上がり込んできたジャマダ電機の(下請けと思われる)配送員は、我が家の洗面所に足を踏み入れてこの木なんの木気になる木製作所の洗濯乾燥機を見た途端「わ、新しいじゃないですか、ジャ〜マダ」とびっくりしたのだった。
さらに「わ、この木なんの木気になる木製作所のビート魚ッシュじゃないですか、ジャ〜マダ」とのけぞったのである。
それがさあ、かくかくしかじかで動かなくなっちゃってねえ、と説明したところ、配送員「うーん、ビート魚ッシュはあんまり故障しないはずなんですけどねえ、外れでしたかねえ」と、本当は"買い換えないで修理すれば大丈夫なんじゃないの"と言いたいけれどそれを口に出したらジャマダ電機に怒られちゃうし、という思いが見え見えの表情で、ジャ〜マダとつけるのも忘れて、教えてくれたのだった。
この木なんの木気になる木製作所は二度と我が家の敷居をまたがせないと決めたオレは、でくの坊洗濯乾燥機を蹴り出してやった。代わりにやってきたのが、軍需電気の洗濯乾燥機である。
実は値段は、この木なんの木の約半額。うーむ、安さに一抹の不安を抱えつつも、一家で温かく迎えてやる。
「いやあ、ここだけの話、ドラム式はけっこう故障が多いんですよ、縦型にして正解ですよ、お客さん、ジャ〜マダ」と配送員はこっそり耳打ちだ。
と、こうして洗濯機の選手交代は、オシムばりに時間はかかったもののようやく実現し、早速、軍事洗濯機のスイッチをオン。別に買い換えて嬉しいからほめるわけじゃなくて、乾燥したら本当にシーツがふわふわに仕上がったのにはびっくり。
今までビート魚ッシュのやってたことって、一体何だったんだろうと、ちょっと驚いたのだった。

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2007.09.23
知らない人はまったく知らなくて、知ってる人にとっては「なんでこんなに有名なのに知らないんだ、常識だろ」となるのが、池袋の「いけふくろう」である。
本当にあるのですな、こういうブツが。
渋谷のハチ公のように、フクロウの格好をした置物状のものが、池袋駅の中にどかんと置いてあるのだ。待ち合わせの目印として。
カナウチさん、知ってました?
もちろんオレはそんなものはまったく知らなくて、かつてくわもと待ち合わせしたとき「じゃあ、いけふくろうの前で。どうすか、どうすか」と言われて、なんじゃ、それ、悪ふざけもたいがいにしろと言ったものだった。
池袋だから、いけふくろう。わはは。これが池袋テイストっつーやつですな。
ところが池袋周辺では大まじめらしく、本日大々的に開催されていたのが「ふくろう祭」だったのだ。何かというと、普通の秋祭りである。ふくろうがずらりと展示されるのかと思ったら、そんなことはまったくなくて、ずらりと屋台が並ぶ普通の祭だった。
三連休で子供を持てあましている我が家では、いそいそとお出かけ。焼きそば食っておでんを食ったのだった。
ステージの出し物が和太鼓ばかりですぐに飽きてしまったけれど、屋台は立教あたりの学生がやっているようなものばかりで、思った以上に楽しかったぞ。金魚すくいもやったし。
その金魚をぶら下げて、もらった風船をふわふわさせながら東武百貨店で洋服を買ったのは、我が家です。
しかも短パンにサンダル。娘はフランクフルトのケチャップで汚れたTシャツ。ほとんど営業妨害のような格好で店内を徘徊したのでした。
しかし、池袋だから「いけふくろう」。
このセンスに頭を抱えているのは、来年あたりに電車が直通してしまう東横線沿線の住民かもしれない。もっとも、みなとみらいも大差はないか、このセンス。
みなとみらいでMM21。そういや昔、「もててもてて困る」おばさんのことをMMKと呼んでいた時代もあったな、週刊朝日。MK5で、マジで恋する5秒前。ああ、青春の赤っ恥、広末涼子。なんのこっちゃ。
話題はすっかり変わって、そうそう、これを書こうと思っていたのだ、高中正義。
高中正義って天才ギター少年と呼ばれてデビューした人だけど、実はギターの腕そのものよりも、作曲家、編曲家としての才能のほうが凄いと、オレは思っているのだがね。脂がのりきった大トロだったのは、やっぱり80年代前半だったなあ。
このアルバムは、まだそんなに売れてないころに出した教則用の一枚である。楽譜が別売りで、これを聴きながら練習すれば、君も明日から高中だ、というヤツね。ギター小僧はみんなオールバックで大喜び、出版社もレコード会社も高中も一粒で二度美味しいという、幸せな企画であった。
この中に収められているのが「ブルー・キュラソー」という曲。これがオレは大好きだった。
ライトな感覚のサンバちっくフュージョンで、なぜだかベスト盤には入っていなくて、この教則用アルバムでしか聴けないのである。
しかもこのアルバム、CD化されたと思ったらすぐに廃盤となり、長らく入手困難だったのだ。それがどういうわけかアマゾンを見たら普通に販売されていて、やれ、嬉しやと購入した次第。1700円。
久しぶりに聴いたけど、シンプルなアレンジでも、ちゃんと聴かせるすべを持っているのね、このギタリスト。
学生時代、アンドーくんが突如「ブルー・キュラソー」をダビングしたカセットテープを持って部室に現れ、「この曲をバンドでやりたいんだけど」とオレを誘ったことを思い出した。
実はアンドー君、ひそかにこの曲を練習していたらしく、機は熟したとばかりに華々しいデビューを狙ったいたわけだ、オレを従えて。しかもオールバックで。
その思いを受け止め、オレはサイドギターというジョージ・ハリスン的な地味ポジションでアンドー君のバックに回ったのであった。オールバックではなかったが。
そんなことを思い出しながら聴いたわけだが、アンドー君、よければ貸しましょうか。今でもオールバックですか。

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2007.09.22
こうなればやはり書いておかねばならぬだろう、洗濯機問題。メーカーは、おなじみ、この木なんの木気になる木製作所である。
買ってまだ2年の洗濯乾燥機。
あ、縦型である。いろいろ調べて聞いたところ、ドラム式より縦型のほうがよろしいようである。それでも店頭ではドラム式が幅をきかせていて、縦型が目立たないのは、ただ単にドラム式の方が儲かるかららしい。
それはともかく、この木なんの木気になる木製作所の洗濯乾燥機、1年もたたないうちに異音、異臭を発するようになり、当然修理を呼んで対応させたのだが、状態はひどくなるばかり。次第に、乾燥の途中→脱水の途中→すすぎの途中の順で途中停止するようになったのだ。
その時点でいったんスイッチを切って入れ直せばなんとかなっていたのだが、それも次第にきかなくなり、今では洗濯のみしかできず、鈴木以降がまったく動かなくなってしまったのだ。今、鈴木と書いてしまったけれど、これは当然すすぎの誤植である。
全自動洗濯機じゃなくて、これじゃ全手動洗濯機。だははは〜。
もちろん何度かコールセンターに電話して修理を依頼はしたが、以前「日経ビジネス」でサービスレベルが最低と実名で叩かれてから対応そのものは非常によくなったものの、修理にやってきては2時間ほどいじり、結局は「特に悪いところはありません、衣類を偏らないようにしていただければ、ほれ、この通り」でおしまいなのだ。
そんなわけで全手動洗濯状態になってついにぶちキレたオレは、この木なんの木気になる木製作所には決別。以後、一切、この製作所の製品に手を出してはならぬと家族に厳命したのだった。
その命令を受けた妻は、買い換えのためにジャマダ電機に自転車で直行。残暑の中、ようやく到着したら、ジャマダ電機、ふざけたことに10時半開店で、店の前でしばらく待たされたのだという。
さすが最強天然集団、ジャマダ電機である。
どんな用にせよ、オレはジャマダ電機へ買い物に行って呆れなかったことはない。なので、ここは妻に任せねばならない。
オレだったら10時半開店という時点でジャマ〜ダ、ま〜だ、まっだ〜と唄いながら開店していないことを大声で皮肉ってやるのだが、さすが気配りのO型である妻は、穏やかに開店を待って洗濯機売り場に直行したのだった。
ここで妻が見つけたのが、おお、日本を代表する軍需企業の子会社電機の縦型洗濯乾燥機である。
ジャマダ電機の天然従業員も認めるように、シーツなどの大物を洗うにはドラム式は力不足。縦型に限るのである。
その中でも軍需企業電機の洗濯乾燥機は、さすが戦車を作っている会社の子会社だけあって実にパワフル、乾燥時間も短いのだ。
半期の決算を迎えて1円でも多く稼ぎたいはずなのに、さすが天然のジャマダ電機の店員、安い方の商品を薦めるのであった。
いや、実際、カタログやネットでいろいろ比較検討しても、軍需電機の洗濯乾燥機のスペックはなかなかなのよね〜。なのに家電業界七不思議とばかりにほとんど見かけることはなくて、それはきっともともと家電ではマイナーであることに加えて、儲けが少ないから店が売りたがらないからだと思う。
電話で相談してきた妻には、隣にいたコマガタに気づかれぬよう、軍需電機のそいつを速攻で買うように指示。妻は、合点だと注文したのだった。
当初ジャマダの店員は納品に時間がかかるようなことを言ってたらしいが、全手動洗濯機と化したこの木なんの木気になる木製作所の洗濯機のおかげで、脱水以降の作業をやむを得ず手作業で行っていた妻は、これ以上続けたら腱鞘炎になってしまうという危機感から、もっと早く届けてくれないかと交渉。これが功を奏して、納品短縮を果たしたのであった。
この軍需電機の洗濯機が届くのはこの連休中である。
どうやら天気は下り坂。しずくが垂れるような状態で干しても何とか乾いていたのは、温暖化による厳しい残暑のおかげだったからで、これから爽やかな秋に戻ったらば、乾くものも乾かなくなるのだ。
早く来てくれえ、軍需電機の洗濯乾燥機〜。
と、絶賛気味に書いているオレだが、しばらくすると、またキレるような予感がしないでもないのが、不徳の致すところ。未熟者の未熟者たる所以であろう。
待たれよ、続報。

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2007.09.21
取材1、原稿。
昨日、名古屋の東急ハンズでジャケ買いしたCDがよかったぞ。これだ、「屋久島」。
原稿仕事をしているときのオレは、ウィンダムヒル系のヒーリング音楽を好んでかける。最近はそれに加えて、自然音だけを流すのがお気に入りだ。
波の音とか、高原の音とか、清流の音とか。秋まっただ中の今は、虫の音とピアノがかぶったCDを流しているが、日中は30度を超える残暑で、ちょっと気分が出ない。
東急ハンズで見かけたこのCD「屋久島」は、安かった(1900円)ので中身も確かめずに購入。でも、家に帰って頭だけ聴いて、大当たりであった。
屋久島の夜明けの音とか、雨の音とか、鳥のさえずりとか、夕暮れとか、そういった自然の音そのままが収録されているのであった。とーっても気持ちがいいぞ。
おかげで原稿を書きながらも、気がつくといつの間にかぐっすりおねむだ。
夜になってアマゾンから届いたのは、これ、「和幸」。
ボランチの"かずゆき"でもなく、トンカツの"わこう"でもなく、"かずこう"というバンドだ。メンバーは加藤和彦と坂崎幸之助(アルフィー)の二人で、名前をくっつけて「和幸」。わはは。
これは1960年代のアメリカに「和幸」というバンドがデビューして、70年代にかけて大活躍、そのベストアルバムがリリースされたという設定のCDだ。内容は当時のフォーク・ロック。
とは言え、もちろんオリジナル作品がほとんどで、例えば1曲目は、どこからどう聴いてもサイモンとガーファンクルなのだが、曲は完全なオリジナルなのである。
あるいは2曲目は「これを聴いてポール・サイモンがインスパイアされ、ミセス・ロビンソンを書いた」という設定の歌。ううう、こりゃたまりませんぜ。聴いてみたら、確かにミセス・ロビンソンの本歌に聴けなくもない。
フォーク・クルセダーズの復活アルバム「戦争と平和」で、加藤和彦がギター一本で「白い色は恋人の色」を唄っていた。
還暦のおっさんが、少女の初恋の歌のどう唄うのかと思ったら、これがとんでもない絶品ボーカルで、オレはたちまちノックダウン。加藤和彦と思っていたら、実は二番は坂崎幸之助だということを知って、さらにノックダウン。
そんな二人のアルバムだ、面白くないわけがないのであった。

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2007.09.20
取材2、原稿。
今日も朝から名古屋。毎日名古屋だみゃ〜。

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「ビッグコミックオリジナル」「週刊文春」「美味しんぼ」
「タブーの読み方」格闘技探偵団・日本文芸社
「ドラゴンゲート・オフィシャル・コラム・ブック」扶桑社


2007.09.19
原稿。
秋といえば運動会である。
今年は幼稚園で息子と娘が一緒に運動会に出場だ。毎日、その練習で幼稚園は大騒ぎである。
まっこと幼稚園の先生というのは重労働で、職業人としてオレは心から彼女らを尊敬するぞ。オレにはとてもできない。

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2007.09.18
取材3、原稿。
わははは、本日の移動は凄かったぞ。
まず朝7時43分の「のぞみ」に乗って、東京から名古屋だ。
まあ、これはいつものことである。最近では名古屋へ行けと言われる方が、横浜へ行けと言われるより、なんぼか気楽である。
名古屋からどうしたかというと、14時00分の在来特急「しなの」に乗って、木曽福島だ。
木曽福島? どこだ、それ。
そう思ったコマコマは「岐阜県ですよ、岐阜県」と言い張ったのだが、木曽なのだから長野県に決まっているだろうて。それとも岐阜にはパンダでもいるというのか。
しかし、日本のほぼ中央、木曽福島というのは、あのあたりいつかは行ってみたいと思っていたものの、想像以上に素晴らしいところでありました。
木曽は山の中です〜という歌が昔あったけれど、まさしく山の中。深い深い山々と、急な清流にはさまれた狭い土地に、小さな家々が寄せ合うように並んでいる様を電車の窓から見て、ああ、つくづく日本という国は美しいのだなあと思った。
やっぱりオレは山が好きらしい。
「日本のよいところはと聞かれて、かつては豊かな自然に美しい四季と答えていたのに、いつの間にか工業製品に経済力と答えるようになってしまった」と嘆いたのは、確かトトロを作ったころの宮崎はやオだったと思う。
「日本人は決して勤勉ではない。そう見えるのは、前の世代の遺産」というようなことを言ったのは、オシム。偏屈なサッカー監督の言葉を必要以上にありがたがるのはどうかと思ってるが、これは慧眼。
山間の狭い土地に棚田を作って丹念に稲を育てているに違いない風景を見て、オレはこういう日本は本当に美しいとしみじみしたのである。
しみじみの後は仕事して、えーと、18時23分の在来特急「しなの」で、今度は長野だ。東海地方からどんどん北上して山の中に入り込んでいったのである。
「しなの」では、松本でJR東海からJR東日本へと車掌も運転士も交替だ。
長野着。晩飯を、と思ったが店がどこもあいていない。
20時20分の長野新幹線「あさま」に乗って、21時50分に大宮着。埼京線に乗り換えて池袋で西武線急行。23時にやっと地元の駅まで帰ってきたのだった。
静岡方面を回って名古屋へ行ったのに、帰りはなぜか大宮経由だ。
ぐるっと時計回りで中部圏を制覇したオレは、空腹のあまり、スマイリー城に寄って焼き鳥と肉じゃがを食ったのだった。

「サウンド&レコーディング」「週刊ダイヤモンド」「AERA」「週刊朝日」安倍晋三のことが大嫌いな朝日新聞は、ヤツが首相になってから叩きに叩きまくっていたが、腹痛辞任してしまってからは、そりゃもう大はしゃぎで、この朝日系週刊誌2誌も表紙から暴走だ。水に落ちた犬を叩くときの朝日は、本当にイキイキしていて、さすがにこっちは辟易してくる。
「ラストドリーム」志水辰夫・新潮文庫。うわあ、名手・シミタツ、ご乱心か。頭を抱えたくなるような駄作で、途中で投げ出さなかったのは、長距離移動の列車の中で他に読むものがなかっただけである。
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2007.09.17
天気予報では、うぎゃっ、36度だという。
こういうときは困る。公園で遊ばせたら熱中症になってしまうし、「じてんしゃにのりたいんだよ」と言うからって自転車に乗せたらやっぱり熱中症になってしまうし、スーパーで買い物っていっても半日つぶれるわけでもないし、さりとて映画館でもこの時期は子供向けにたいしたものはやってないし。
結局、三連休の最終日、どうしたかというと、梨狩りに行ってきたのだった。
去年は群馬の山中まで行って、たいへんに遠い思いをしたので、今年は近場でということで、桶川の梨園である。
桶川、うひゃーっと驚くほど田舎でありました。田んぼが広がって農家が点在している。ここが本当に首都圏かよ〜。
もっとも練馬も人のことは言えませんな。わはは。
行った梨園は、なかなかにステキな場所。父親が死んで梨園を相続したのを機に、サラリーマンを辞めて果樹農家に転じたという夫婦がやっている梨園であった。
梨とブドウを試食させてくれ、もいだヤツは買って帰るのだが、熟しているのは適さないからとその分ちゃんと値引きしてくれたのだ。なんとも良心的な。
ここで息子と娘は梨をもいで大騒ぎ。隣のオガワさんの分まで頑張ってもいだのであった。
やっぱり秋はいいなあ。

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2007.09.16
原稿。
えーと、今週は3連休。来週も3連休。
一つ置いて、10月の第二週も3連休。
やたらと3連休が多いなと思ったら、10月1日が「都民の日」ということで幼稚園が休みになり、我が家的にはここも3連休。
なんと4週連続3連休。つまり1ヵ月まるまる3連休。
月のおよそ半分近くが休みになるということで、こりゃあ売上も半減だわなあ。ヒマを持てあました子供を遊ばせなければならないし、3連休はオヤジの敵である。
かつて日本には半ドンという美しい習慣があったが、アメリカの圧力で完全週休二日制が定着したころから、日本はダメな国になっていった。アメリカにはまったく困ったものである。

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2007.09.15
原稿。
夏に戻ったかのような暑さである。
大地震が起きるのって、こういう日なんだよなあ。ということで、TSUTAYAディスカスから届いたDVD「日本沈没」を見る。
このレンタルシステムは、なんでも適当に登録しておけば、上から順番に勝手に送りつけてくるというものなので、酔っぱらって登録したのが忘れたころにやってきて「あれえ、なんでこんなの借りたんだろ」と腰砕けになるのである。
「日本沈没」もそうであった。酷評は耳にしていたので見る気はなかったけど、酔った弾みで登録してしまっていたらしい。
せっかくなので妻と見る。
原作は、昨年読み返したけど、以前読んだときより面白く読めた。
大地を失い、流浪の民となった日本人。国土を失っても我々は日本人なのか。魂さえ失わなければ、日本人であり続けられるのではないか。逆に言えば、魂を失ってしまえば、日本人は日本人でなくなってしまうだろう。
結局、国家とは何かを鋭く問いかけてくる作品なのだ。
ところがどっこい、この映画は、そんな深いものは何もなくて、単なるサンダーバードになってしまっていた。大地震で沈没し始めた日本。そのピンチを、SMAPの兄ちゃんが身を挺して救うのであった。
ああ、だったら最初から救えよ〜。
関係ないけど、本日は結婚式記念日であった。7回目か? 面倒だからお祝いは魚せいで刺身だった。

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2007.09.14
取材3。
ここのところ忙しくって、せっかく買ったボーカル編集ソフトも手つかず。インストールすらできていない。
アレンジして録音したい曲はいっぱいあるし、歌詞の皆さんは手ぐすねひいて待っているというのに、へっぽひこアレンジャーの作業がまるで進まないのであった。

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「環境問題はなぜウソがまかり通るのか2」武田邦彦・祥泉社。前著が思わぬ売れ方をしたので調子に乗って出したであろうことが見え見えの、すかすか本。前著は確かに面白かったのだがなあ、続編のこれは、いったい何を言いたいのか、さっぱりわからないんだよ。
「平成関東大震災」福井晴敏・講談社。首都圏を襲った大震災をテーマにしたパニック小説。東京駅で新幹線を降りてから読み始めて、石神井公園の駅に着く前に読み終えてしまったよ。つまりこれまたすっかすか。地震が起きて大変だったという、本当にただそれだけの小説なのだ。福井晴敏、こんなもの書いていいのか。金儲けがしたかったのか。そのキャリアの中から消し去りたいに違いない小説である。


2007.09.13
取材3。
歌はいいけれどアレンジが最低なのが「渡瀬橋」という楽曲である。歌手は森高千里だった。
この中に「この町を離れて私は生きていけない」というようなフレーズがあって、それは栃木県に代表される北関東独特の感性だとばかり思っていたら、実は中京圏も同じだと知ったのであった。
そう、名古屋である。
名古屋に生まれ育った人は名古屋から離れて暮らすことなど考えられないそうだ。特に女性は名古屋以外の家に嫁ぐことなど、あってはならないことらしい。
へー、そうなんだ。ちょいとびっくり。

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「凶獣」永島勝司・オークラ出版。アントニオ猪木の側近だった著者があかした、亜プロレス界の裏表。って、中身はすっかすかで買うんじゃなかった、こんな本。


2007.09.12
取材4、原稿。
場所は、競艇の町・平和島。
駅前の小汚い定食屋で昼飯を食っていたら、店内のテレビにニュース速報が流れ「安倍首相が辞意」とのテロップ。
店内のおっちゃんたち、一様に「おおー」とどよめく。そして「なんで今辞めるのかわかんねえな」「相変わらずダメなヤツだなあ」と口々にあざ笑う。
外は土砂降り。
まあ、平和な国の平和な昼下がりだ。
ちなみに本日途中で投げ捨ててしまった本が「いとしのヒナゴン」重松清。やっつけ仕事につきあわされる読者のことを、ちっとは考えろ。

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2007.09.11
取材1、打ち合わせ1、原稿。
念願だったボーカル編集ソフトを導入。うふふふ。
ピッチ編集もできるし、ビブラートとかも編集できるし、つまりは音痴もしっかり直せちゃうソフトなのだ。
さあ、歌手の皆さん、どんどん歌ってくださいね。どんどん補正して修正しちゃいますから。
しかし、カラオケの制作が進まず、歌の録音までなかなかいけないのであった。とほほのほー。


「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊朝日」「SPA!」売り物の二大コラム、勝谷と神足の原稿が、秀逸。この3ページを読むためだけに買ってもいいと思う。特に社会保険庁を鋭く切った勝谷のコラムには、深く納得。おすすめ。
「力説」長州力×金沢克彦・エンターブレイン。長州力の単独インタビューだけで一冊つくってしまった根性は認めるが、いわゆる裏ネタはほとんどなく、うーん、というところ。


2007.09.10
取材3、原稿。
お忙しいアナタに贈る、本日は3分間入浴法というお話である。
28歳まで風呂なしアパートに暮らしていたオレは、約10年間の銭湯生活を送った。
その初期、つまり学生時代、時々下宿に泊まりにやってきて一緒に銭湯に行ったのが、タヌキの親分ことナカヤマさんである。
ある日、ナカヤマさんは銭湯の中でオレにこう言った。「いいか、タンゴ、風呂なんて3分間で十分だ」
さ、さ、3分ですかっ。驚愕するタンゴ青年に、ナカヤマさんは続けてこう言い放ったのである。
「毛のあるとこだけ洗えばいいんだよっ」。
おおっ、そうかっ。まさにこれぞ極意。オレは深く感動したのだった。
その言葉通り、確かにナカヤマさん、3分で上がっていた。
時は過ぎて30年。
忙しいときに、今日は3分間入浴するから、と言うと妻は「ちゃんと洗ってくださいね」と困った顔をする。
オレは頭を洗いながら、最近のナカヤマさんの入浴時間には磨きがかかり、きっと1.5分ぐらいだろうなあと思いやるのだった。

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2007.09.09
妻が娘を連れて学生時代の友人の家に遊びに行ったので、オレと息子は、はて、どうしようと相談。結果、富士山を見に行くことにしたのだ。
なんのあても計画もなく、とりあえず新幹線に乗ろうと考え、キベさんに電話。「三島がよかろ」とのアドバイスに従って、出かけたのである。
出がけに家の前でギターを弾いていたオガワさんに「どこ行くんだい」と聞かれて、富士山見てくるよ〜と答えたのだった。
ところが三島、曇りであった。とほほのほー。
富士山はちらりとも見えず、仕方がないので駅前の「日本海庄や」のランチを食って帰ってきた息子とオレであった。
帰ってきたらオガワさんがビールを飲みながらゴザの上で寝転がって「どうだ、富士山見えたか」と聞いてきた。息子は「みえなかったよー」と答える。
その息子をオガワさんに預けて、オレは近所の市場まで走り、サンマを買ってきたのであった。
一匹70円。うーん、だいぶ安くなったなあ。
庭先に炭をおこし、5匹のサンマを焼く。すげえ煙にすげえ匂い。
いやあ、東京でこれをやったら普通怒られますなあと言うと、オガワさんも「まったくだ、わはは」と笑う。こうして焼き上がったサンマを食い、ビールを飲んだのだった。
秋の空はいいなあ。練馬は空が高くて、とても気持ちいいのだった。
さ、また一週間頑張ろう。

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2007.09.08
原稿。
TSUTAYAのディスカスで、中森明菜のカバーアルバム「歌姫」ってのを聴いた。
玉石混淆なれど、「乙女のワルツ」は絶品。これは中森明菜、最高のボーカルである。
やっぱこの姉ちゃん、力を抜いた歌が似合ってるな。

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2007.09.07
取材3。
朝起きたら、浜松では台風一過。ところがホテルのテレビを付けたら、新幹線が止まっているというではないか。ほえー。
ともかく駅へ行って状況を探ろう。
ちなみにオレが浜松でいつも泊まるこのホテルは、部屋まで朝食を持ってきてくれる。
本日も7時に部屋のドアがノックされたと思ったら、おばちゃんが立っていて「おはようございます、朝食でございます」と、湯気の立つ味噌汁付きのシャケ定食を持ってきてくれたのだった。
浜松駅へ行ったら、やっぱり新幹線が動いていない。うーむ、どうすべ。
このまま復旧を待つか、在来線に切り換えるか。
雨で水位が上がったことが原因だから、復旧には時間がかかるのではないか。そう判断したオレは、できるビジネスマンのごとく判断力を働かせて、在来線で名古屋に向かうことにしたのだった。
なぜ名古屋か。
それはJRの取材をするためである。しかし、新幹線が遅れたために、その取材の約束に遅刻してしまったら、さて、オレは先方に怒られるのだろうか、謝られるのだろうか。
そんなことを考えながら、通学電車の女子高生の集団に囲まれて、名古屋に向かったのだった。
ちなみに在来線に切り換えて大正解。約束には余裕で間に合った。遅刻したら怒られるのか、謝られるのか、という疑問は、JRに直接ぶつけてみたところ、「半分キレながら来られたら、謝ります」という大人の答えであった。
名古屋からの帰りにはもう新幹線は正常運転。先物買いのつもりで手にしたミステリ「田舎の刑事の趣味とお仕事」滝田務雄・東京創元社が、天藤真の世界を期待したのに大はずれで、途中まで読んだ熱海あたりで放り出したのだった。

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「紙の破壊王」紙プロブックス。3回忌を迎えた橋本真也の、追悼本。橋本にゆかりの深かった人たちの証言集だ。けっしてしめっぽくなく、それどころか電車の中で顔が歪んでしまうほどの爆笑本。まったく橋本ってヤツは、とことん愛すべき存在だったのだ。セミを何十匹も捕まえてきて小島聡の部屋に放ち、夜、疲れて帰ってきた小島が電気のスイッチを入れた途端に「ミミミミミー」とセミがわめいて、小島が「ぎゃーっ」と叫んで腰を抜かしたなどというエピソードが満載。それにしても一連の橋本関連本のどこにも、ライガーの言葉が出てこないのには、ライガーの思いの深さが感じられて、ただ辛く思うのみだった。


2007.09.06
取材2。
大型の台風が日本を直撃だ。ひゅるるーん。
街は大荒れ、強風に豪雨である。新幹線は止まり、学校は授業切り上げと、大変な騒ぎだ。
そんな中、アホなことに浜松漂流を決行したのが、キベさんとお猿のカトーとオレである。
土砂降りの浜松、ずぶ濡れになって傘を差しながら酔っぱらいがゆく。
入ろうと思っていた「くそばばあの店」という名前の店は看板は出ていたものの、閉店。キベさんが「こんばんは、くそじじいです、と言ってやろう思ってたのに〜」と悔しがったが、どうやら台風だからってんでしめたのだろう。
この調子で、街には人はなく、店はシャッターを下ろしているのであった。
そんな中見つけた一軒目は、えびしんじょうがおいしい、こじゃれた小料理屋。店のばばあ「閉めて帰るつもりだったのに」と恨めしげに我々を見るが、けっ、誰が帰ってやるものか。
と言いつつ、30分もしたら飽きてしまって、店を変えることになった。
ここで、恒例のじゃんけん勝負。実は浜松ではオレはじゃんけんに異常な強さを発揮する。昨年は4連勝で、まったく金を使わずに4軒の店で飲めたのだった。かわりに4連敗したのがキベさん。かかかかっ。
振り返れば、今年の三島での下見飲み会でも、オレは勝っている。負けたのはカトー。このときもキベさんがいた。
どうやら浜松で強いのではなく、キベさんがいるとオレは負けないようである。
この1軒目の小料理屋でも、わははは、一発でキベさんの負け〜。1万600円。
ごっそさんです、わははは。オレの笑い声を聞きながら、屈辱に顔を真っ赤にして婆にカネを払ったキベさんであった。
そのキベさんが「おでん食いたい」というので、大通りにあるおでん屋に飛び込む。客、なし。
このおでん屋が大失敗。出てきたおでんは、なんじゃこりゃ、てめ、いつから煮込んでるんだ、という代物で、オレの大好物の厚揚げなど、中身がすっかすか。オレが大臣なら間違いなく辞任覚悟で、まるでアルツハイマーとBSEを掛け合わせた牛の脳味噌のよう、と発言したくなる代物であった。
けっ、こんな店で飲んでられっかよ。
とっとと退散することにしてじゃんけん勝負だ。当然、またしても勝ったオレ。わはははは、ほんとに強いなあ。
負けたのはカトーだ。3000円。しかしキベさん「さっきの店の一人分じゃねえか」と顔を真っ赤にしてた。
ろくでもない店を出て、そうだ、去年いった駅前の地下の店が旨かったぞ、そうだ、そこにしようと話し合い(もちろん土砂降りの暴風の中でである)、駅前に移動。店の名前は忘れたが、無事に発見して、ここに腰を落ち着けることにしたのである。
この店、旨いんだよねえ。刺身は朝市場から仕入れているし、厚揚げなんて、その場で揚げて出すんだぞ。日本酒は、ちゃんと酸素を抜いて冷蔵庫に入れてあるから、酸化しないのであった。
夫婦でやってる店で、こういう酒も料理も大切にする店は気持ちいいなあ。
気持ちいいのはお猿のカトーも一緒だったようで、こやつ、べろんべろんに酔っぱらう。毎度のことだが仕事のストレスがたまりまくりのようだ。
うるさいからどんどん飲ませて、一人でぶつぶつ言うのに任せておく。
さて、支払いということになって、最後のじゃんけん勝負。最初はぐー、じゃんけんぽん。
わはははー、また勝ったあ! これで浜松では去年から7連勝だ。ブラジル以上の強さである。
負けたのは、カトーである。わははは。1万500円。まあ、悪いから最後ぐらいはちょっとは出そうということで、オレは3000円をカンパしたのだった。
つまり今年は3000円で3軒の店をハシゴできたのだった。ああ、気分がいい。
一人気分がよいオレは、調子よくスキップなどをしながら、台風の浜松を歩いてホテルに向かったのだった。

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2007.09.05
取材2、原稿。
いやあ、なんだかすごい天気でありましたなあ。どひゃーっとびっくりするような雨が降ったかと思えば、5分後には太陽が顔を出して暑くなっている。
こういうのを異常気象というのでしょうなあ。

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「楽園」(上・下)宮部みゆき・文藝春秋。宮部みゆき、久しぶりの現代物長編。さまざまな物語がこじれつつ、それでいてわかりやすく進んでいく。さすが希代のストーリーテラーである。それにしても長いなあ。こんなに長くする必要があったのか、という不満は残ったものの、しかし、エンディングには泣けました。マジで。母と男の子の、悲しすぎる楽園を思い、その魂を思うと、泣けたのでありました。


2007.09.04
原稿。
夕方、駅前の眼鏡屋にいたら突然の豪雨。夕立だな。
まったく迷惑な降り方であった。
ではなぜそんな雨にもかかわらずに駅前の眼鏡屋にいたかというと、眼鏡が壊れたからである。
それは先週の金曜、そう、コマコマ発覚の夜であった。酔っぱらって混んだ電車に乗るなんてまっぴらさ〜というわけで、トロトロと西武線の各停に乗っていたオレが、眼鏡を拭こうとした瞬間、何の理由もなく、レンズがぽろりんと落ちてしまったのだった。
いきなり横山やすし状態になったオレは、あわててレンズを拾い上げ、情けない顔でポケットにしまったのだった。
以来、仕方なく予備の眼鏡をかけていたのだが、ここのところどうも老眼ではないかという予感もしていて、この際だからつくりかえることにしたのである。
眼鏡屋の兄ちゃんに、オレは言ったね。遠くも近くもはっきり見える眼鏡をよこせ、と。
「はい、ございます」と兄ちゃん、そのまんま遠近両用眼鏡というのを差し出したのだった。うむむむ、これが噂の、遠近両用の、ついにオレもこの一線を、ええい、ままよ、ルビコン河は渡ってこそ河だ。
まあ、確かに遠くも近くもそれなりにくっきり見えることは見えるが、なんだかその境目というか、気持ち悪いぞ。慣れるまで大変だなあ。
しかし、眼鏡ってのはなんでこんなに高いんだ。オレの腰は砕けてしまった。
砕けてしまったついでに夜、魚せいへ行く。
店に足を踏み入れたら、誰もいなくて、ただ大きないびきだけが聞こえる。
おろろろと思ったら、オヤジが座敷で寝ているのだった。とほほほ、なんつー店だ。
オヤジを起こしたら「だはははは、客がいなくてヒマだから寝てしまった、がははは、おっともう2時間」ということだった。勝手に飲んでいくから、そのまま寝てていいよと言ったら、オヤジは本当にそのまま寝てしまったのであった。
それはともかく、魚せいに行く前にコンビニに寄ったらビッグコミックオリジナルが売ってて、おお、出たか、買わなきゃって喜んでレジへ持って行ったのに、魚せいで1ページ目をあけた瞬間、これは先週号だったと気づいたときのオレのショックぶりを想像してみてくれ。

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2007.09.03
取材2、原稿。
朝の「こだま」で静岡に行く。
静岡っていうのは、いつ来ても穏やかな土地柄だなあ。午前中で取材を終わらせ、とっとと帰る。
ところでカメラマンのヨシダ氏がアシスタントのツルちゃんと、富士登山に行くらしい。4日の朝から登って8合目の山小屋に一泊。5日の朝から頂上を目指すのだそうだ。
オレは富士山に登る気などまったくないのでさっぱり知らないのだが、頂上に行くのはそれなりに大変じゃないの?
なのにヨシダ氏、6日は朝から浜松でロケがある。うーむ、たいしたタフネスぶりだ。大丈夫か。
まあ、武運を祈る。よれよれのへろへろで、しかしお父ちゃんは頑張るのだろうなあ。

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2007.09.02
秋らしい天気の日曜日、子供らを連れて和光市の樹林公園に行き、自転車に乗せてやった。
オレは歩きだ。いい運動になったぞ。
昼過ぎに家に帰ってきたら、隣のオガワさんが入り口のところで寝ている。
地面にゴザを敷き、しっかり日傘を止めて、その下で大の字だ。テーブルにはビール「秋味」の空き缶が二つ。
いつものことだから別に驚かず、子どもたちも「しーっ」とか言いながらそばを通って家に入ったが、宅急便の兄ちゃんが見たら行き倒れかと思って仰天するだろうなあ。
その傍らでオレは、バーベキューセットを並べ、炭で火をおこしたのである。何をするかというと、庭先でチャルメラをつくって家族の昼飯にしようと考えたのである。
火をおこし、ラーメンを造っていると、さすがにオガワさんも目を覚まし、「おおー、旨そうだなあ」とよだれ顔。
一緒に食いますかと誘ったら「今ここでソバを食ったばかりなんだよねー」と残念そう。なんだ、ビール飲んで、ソバ食って、それから大の字だったか。
ラーメンが出来上がり、子供らと妻がバーベキュー用のテーブルに座って、丼をすする。チャルメラ、旨いなあ。
実はこれ、新潟の実家の弟が時々やるもので、ふるまわれたことのある子供らが大喜びだったから、真似をしたのだった。
オガワさんはオレに「秋味」を一本分けてくれたので、ありがたくいただく。チャルメラ食って腹がふくれ、「秋味」でいい気持ちになって、当然次は昼寝だ。
さすがにオレは庭先で大の字になるほど、人間ができていないので、家に入ってちょっと寝る。まったく秋の休日の昼下がりってのは、気分がいいなあ。
ぼちぼちサンマでも焼こうか。

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2007.09.01
原稿。
新宿の三井ビルに未来科学技術館というところがあって、子ども向けの工作イベントや十ヶんものの展示を行っている。
ありがたいのは、無料ということだ。
2時間近く遊んで駐車場代のみ。もっと近ければ頻繁に行くのだがなあ。
本日は望遠鏡づくりという工作教室があって、息子と娘は大喜びで遊んだのだった。
昼過ぎに帰ってきたら、家の前まで音楽が聞こえる。
ほほうと思ってのぞいたら、案の定、隣の庭でオガワさんがギターを弾いていた。
例のハードオフで買ってきた5000円のギターである。
季候がいいからねえとオガワさんに声をかけたら「そうなんだよねえ」との返事。秋の空の下、短パン姿で、庭先でギターを弾いている65歳のおじさんというのは、とっても格好いいではないか。
息子の手にビールを持たせ、これをあげてきなと言ったら、息子からビールを受け取ったオガワさん「おー、ありがとう」と大喜びなのだった。
妻が用事で不在だったので、夜は息子と娘を連れて魚せいに行く。
新潟産のだだ茶豆をダブル盛りにしてもらってむしゃむしゃ食っていたら、魚せいのおやじが「久しぶりにカニでもどうだ」と言う。ならばそれをくれ。
子供らにカニを食わせ、オレは戻りがつおの刺身だ。ニンニクで。
と、息子と娘が、カニを食いつつ、オレのカツオもむしゃむしゃ食う。しかも「まぐろ、おいしいねー」と言いながらむしゃむしゃ食う。
結局オレの食う分がなくなって、仕方なくカツオを追加したら、それも「まぐろ、おいしいねー」と食われてしまった。とほほほ。
オレの晩飯は、もずくだけだった。

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2007.08.31
取材2。
品川駅の港南口改札でぼけっと立っていたら、向こうからのっしのっしと巨人が歩いてくる。
あれえ、どこかで見たことのあるヤツだなあ。
思い出した、プロレスラーの高山善廣だ。Uインターでデビューし、脳腫瘍を克服して、フリーとして活躍している、あんまり強くないのになぜか人気のあるレスラーだ。
そういやオレは武道館の3階席から、前座時代のこいつの試合を見たことがある。体がでかいだけで、弱く、試合運びも下手くそな、ウドの大木そのものといった若手だった。
こんなになるまでフリーで活躍できるようなレスラーになるとは、思わなかったなあ。
深い感慨にふけながら(嘘)、携帯でぱちり。出来があまりによろしくなかったので、写真はパスだ。
それにしても、今日の高山に、かつての安田大サーカスや布袋夫妻など、品川駅港南口は有名人をよく見かける。有名人好きのコマガタなら、大喜びだ。
もっともコマガタが好きなのは有名人に限らない。美人も大好きらしい。
仕事中もネットをパコパコいじりつつ、他社のホームページで美人を見つけては「かあいーなあ」とつぶやいているそうだ。大丈夫だろうか。いや、大丈夫であるわけがないか。
それ以上にコマガタが好きなのが、白と黒の組み合わせらしい。
特に白と黒が組み合わさったパンダが大好きだそうだ。白と黒ならシマウマでもよかろうと思うのだが、そうではなくて、パンダでなければダメなんだそうである。
パンダっていうのは、あれかね、熊なのかね、猫なのかね。
まあ、どっちでもいいが、あんな中国の奥地で生きてる畜生が好きというその神経がオレにはわからない。
それ以上にわからないのがコマガタの行動で、パンダ好きが高じたコマガタは、中国で生まれた畜生パンダのガキに名前を付ける、というキャンペーンに応募したそうだ。
コマガタがつけたその名前というのが、コマコマ。
ひー。 駒々とでも書かせるのだろうか。
それにしてもコマコマ。わはははは。名付けるに事欠いてコマコマとは、パンダ好きにも困ったものだ。いや、ちっとも困らないけど。
この事実が明らかになって以来(情報源はウッチチだ)、コマガタはみんなに「おーい、コマコマ〜」と呼ばれているのである。これからはオザキもハトリもミヤケも、みんな「コマコマ」と呼ぶように。
もし畜生パンダにコマコマという名前が決まってしまったら、もう片方はガタガタにするしかなかっただろうなあ。それはそれで見てみたかった気もする。
しかしこの調子では、やがて結婚して子供が生まれたら、どんな名前を付けるのか、今から楽しみである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.08.30
打ち合わせ1、原稿。
岡田武史は言う。豊かな日本社会で育った選手と、戦争で親が殺されたクロアチアの選手とでは、そもそもの闘争心がまるで違う、と。
なるほど。そりゃそうだ。
もちろんそれは喜ばしいことである。半世紀以上、外国から攻められたこともなければ内戦もない、この平和で穏やかな国で育ったことを僥倖と受け止めねば。
確かにゴール前40mで小器用にパスを回している姿を見ると、しょせんは仲良しの蹴鞠あそび、結構なことだと思うよなあ。別にサッカーごときで世界に君臨しなくてもよいし、スタジアムが殺気立たなくてもよい。
穏やかで仲良しでいいのではないか。せっかく素晴らしいセンタリングを上げたのにゴールに結びつかなかった時、自ら「すみません、カズさん、僕のパスが悪かったんです」と謝りに行くモリシのような選手が、やっぱりオレは好きだなあ。
FIFAランク41位。まあ、そんなものか。
いずれ世界のトップテンを目指すという志は確かに胸躍らせるものがあるけれど、まあ、そんなにまなじりを決しなくても、適当なところで勝った負けたとやってればそれでいいではないかと、オレなどは最近思うようになった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「週刊文春」「ナンバー」


2007.08.29
原稿。
2時になったからそろそろ出かけるべ。そう思って机の時計を見たら、4時を指している。
ぎょっ。
よく見たらずれているだけだったが、でも、これは電波時計。自動的に補正してくれるので、絶対に狂わないのではなかったか。
おっかしーなーと思いつつ、時間を合わせ直して、出かけたのだった。
本日はレコーディング。5時間で10曲を録るというハードスケジュールだ。
オレがアレンジしたオケを持って目黒のスタジオへ。いつものことながら、エンジニアのイイジマ氏にたくさん助けられ、なんとか時間内に終了だ。
自分なりにうまくできたと思うアレンジでも、スタジオで聴くたび、いつも頭を抱えてしまう。あああ、オレはダメだあ、こんなアレンジしかできないアホだああ。
それでも今回は2、3曲は自信がある。もっと精進しなければ。努力あるのみだ、闘うのだ、燃える闘魂なのだ。
軽く打ち上げをして深夜に帰宅。
夜中にトイレの時計を見たら、あららら、これも止まっている。なぜだ。
しかも、こちらも電波時計。どういうわけだろう。
2階の仕事部屋の電波時計と1階のトイレの電波時計がほぼ同時に狂うとは、うーむ、何か異常な地磁気でも出ているのだろうか。
とすると、大地震?
ちょっと気になる出来事なのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「いつか陽のあたる場所で」乃波アサ・新潮社。下町を舞台にした新シリーズ。刑務所から出所したばかりの女二人の友情を描く。ミステリではない。相変わらず人物造形と心理描写はうまいなあ。さすがである。


2007.08.28
取材2、原稿。
三洋電機の扇風機が火を噴いて火災を起こしているそうだが、扇風機が凶器になるとは想像もしてなかったなあ。
オレの実家でも該当する扇風機が現役で活躍していて、弟が使用禁止令を家族に出していた。
30年以上も使われるなんて、この扇風機をつくった当時は、誰も予想していなかったと思うぞ。設計者も製造者も。
つまりこれも「老朽化」なのであるな。
これからの社会には、この手の問題が続出するに違いない。老朽化は、今までデレも経験してこなかった、つまりノウハウがまったく蓄積されていない問題であって、要するにお手上げ状態の爆弾なのである。
コンクリートの建物がこれだけ建ち並んで、それが一斉に老朽化したときにどうなるかっていうのは、誰にも予想が付かない。あの関東大震災が起きてまだわずか80数年というのだから、あれからの街のありようの激変ぶりを思えば、まあ、恐ろしい話である。
ハードばかりでなく、これからはソフトの老朽化という問題もさまざまに直面してくるのだろうなあ。
もっとも我が家の洗濯機は、まだ3年もたっていないのに激しく暴れながら洗濯をしている。まったく鬱陶しい限りで、やっぱりこれは買い換えるかと、時々思うのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「美味しんぼ」


2007.08.27
夏休みも本日で終了。これから年末に向け、父ちゃんはノンストップで働くのであった。

「新潟日報」


2007.08.26
休暇。新潟の実家で怪獣どもと大暴れ。

「新潟日報」
「みんなCM音楽を歌っていた」田家秀樹・徳間書店。ふと手にとって買った一冊だが、一読して仰天。これは大変な力作ではないか。CM音楽にスポットを当てて、もう一つの日本の戦後ポピュラー音楽史を解いていく。ドバシくんやクワモは当然チェック済みであろう。チェックしてなければおかしい。


2007.08.25
休暇。新潟の実家で怪獣どもと大暴れ。
昨日今日と夏祭り。緑の田園を渡る風を胸一杯に吸い込みながら、汗だくとなって山車を引いたのだった。

「新潟日報」


2007.08.24
休暇。新潟の実家で怪獣どもと大暴れ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「週刊文春」「新潮45」


2007.08.23
休暇。新潟の実家で怪獣どもと大暴れ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「新潟日報」


2007.08.22
休暇。新潟の実家で怪獣どもと大暴れ。
のはずが、娘の風邪で延期。とほほのほ。しかし、表向き、オレは不在ということになっている。世間にばれてはいけない。
なのでおとなしく家で過ごすのだった。
実家への手土産を買おうと近所の和菓子屋を回ったが、ことごとく休業。お盆が終わると一斉に休むのね、和菓子屋って。
夕刻、息子を連れて魚せい。刺身を食う。帰って息子を風呂に入れてから、サッカーだ。
まずはAチームのカメルーン戦。日韓ワールドカップの際、あの中津江村役場の担当者の手記が抜群に面白かった。掲載してある「ナンバー」がどこかにしまってあると思って、試合を観ながらごそごそ探したが見つからなかった。
そうしてるうちに簡単に勝ってしまう。うーむ、勝ってはいけない。
強豪国を金の力で呼んで勝っても、ちっとも強化にはつながらない。むしろ負けてくれえ。
ところでセルジオ越後をA代表の中継の解説に呼ばないのは、サッカー協会に配慮してのことか?
続いてオリンピック代表のガチンコ試合。4チームから1チームだけがオリンピックに出られて、それをホーム・アウェイでやるんだから、たまりません。
最大のライバルは当然サウジだが、カギを握るにはアウェイのカタール戦ではないか。カタール、こないだはあまりの弱さにびっくりしたが、潜在能力は高いとみる。
サウジをしのいでカタールに足をすくわれるような展開であってはならないのだがなあ。どうなるか。
ま、こういう最終予選は、どこで負けるかを決めておくことがポイントである。負けるのは当然アウェーでのサウジ戦。そしてカタールにきっちり二つ勝っておけば、サウジとのガチンコ勝負でなんとか行けるのではないか。
と思いつつ、日本のあまりの弱さにびっくりする。とほほ。
誰かが言ってたが、日本チームは「みんなで まわせば こわくない」が合い言葉なのだ。
しかしこれ以外の戦い方は思いつかず、みっともなくも、欲求不満でも、これしかないのだ。もちろんベトナムにとっては善戦以上の内容。これならひょっとしてホームでは、というスケベ心を持たせてしまっただろう。
でも、ベトナムチームはなかなかいいなあ。好感が持てる。技術もなく力もないオレたちは、一生懸命やるしかないんじゃああああ。そんな叫びが伝わってくるサッカーで、気持ちいいぞ。韓国の犬サッカーはもう観たくない。
しかし、こうしてベトナムチームを見ながら、ブラジルやフランスの連中が日本を見るときはこんな気持ちだったのか、と気づかされるのだった。

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2007.08.21
取材1、原稿。
宮崎アニメで一番好きなのが「風の谷のナウシカ」で、今でも一人で再現できるほど、何回も観たぞ。
ビデオが一般的でなかった当時、「ぴあ」を片手に、上映予定の名画座をハシゴしたものだった。うう、暗く寂しい青春じゃのう。
その次に好きなのが「天空の城 ラピュタ」だ。
文句なしに楽しめるマンガ映画。エンターテイメントとはこのことだ。特に4つものストーリーが複雑に絡みあいつつ進行し、それが一気に1つにまとまって関係者一同大集合となる前半のクライマックス、パズーが海賊とともにシータを救出に行く場面は、今観てもアドレナリン出まくりだあ。
そのラピュタの陰の主役とも言えるのが、ロボット兵である。
この発狂的な炎天下、オレはスーツにネクタイという発狂的な姿で、わざわざそのロボット兵に会いに行ったのであった。ぐふふふ。
あ、いや、もちろん仕事であります。
三鷹にあるジブリの美術館に、宮崎駿の息子さんにインタビューしに行ったんです。話題は「ゲド戦記」じゃなくて一安心。
この美術館の屋上にあるのが、等身大(なんのこっちゃ?)のロボット兵。撮影はもちろんここで決まり。真ん中でカメラマンにポーズをつけられているのが、宮崎駿の息子さんです。
とってもいい人でありました。でも、オレはそっちのけで、ロボット兵をなでたり見上げたりして、かっちょえーなあ〜と喜んでいました。
帰り際、広報の人に、実は息子にととろーって名前を付けようとして親戚中に止められたんですよ、と白状したら「その名前はやめられたほうが…」とアドバイスされたのだった。

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2007.08.20
取材3、原稿。
峠を越したと思った猛暑がぶり返し、本日もとんでもない暑さで、それでもやせ我慢でスーツにネクタイであるから、帰ってきて上着を脱いだらワイシャツが汗でぐっしょぐしょなのだった。
そういや先日ナカザワ氏が「どうやら季節って後ろにずれていませんか」と言ってたが、しかりである。
梅雨といえば昔は6月だったのに、今や7月末までじとじと降る。
夏のピークは7月末だったのに、今や盆明けの今頃に最も暑くなる。
1ヵ月ぐらいなんやかんやと後ろにずれているようだ。もしかしたらカレンダーの方が1ヵ月ぐらい早くなってしまったのかも。ってこれは意味不明。
そんな季節のずれを感じる8月20日であるが、この日は娘の生まれた日である。本日で4歳。
こういう時、便利なのがこの日記で、どれどれとその日のことを振り返ってみると、息子と一緒に風呂に入って一日のことを語り合った、とある。ふーん、いったい何を話し合ったんだろうねえ。
もっとも当の娘は夏風邪でダウン。せっかくの誕生日を祝ってもらうどころか、医者通いなのだった。
この発狂モノの炎天下、妻は自転車の前と後ろに子どもを乗せて、えっちらおっちら、隣町の大学病院まで娘を連れて行ってくれたのだった。オレ以上に汗ぐっしょりだったろうなあ。

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「ビッグコミックオリジナル」「AERA」「木漏れ日に泳ぐ魚」恩田陸・中央公論新社。本当に限られた数の登場人物が限られた空間で過ごした一夜の物語。えーと、ちょっと東野圭吾みたいだった。


2007.08.19
今や子どもたちの間で最強のコンテンツである「おしりかじり虫」であるが、DVDは品薄で、店頭では常に入荷待ちという案配である。
アマゾンでも同様で、以前から頼んであったのが、ようやく届いたのだった。
もちろん子どもは大喜び。朝から晩まで「おしりかじり虫〜」の大合唱で、おもちゃはいくら片付けろと叱っても効き目がないのに、このDVDだけは何も言わなくても大切に収納する有様だ。
あげくに着うたダウンロードを命じられたオレの携帯は、目覚ましの時間に「おしりかじり虫〜」と歌っている始末である。

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2007.08.18
原稿。
その飯田橋「鳥よし」で飲んだハトリが「オガワさんに会いたい〜」と叫んでいたように、隣人オガワさん、実はひそかに人気急上昇、赤丸なのである。
そして本日は、そのオガワさんと仕掛けて、毎年の夏のお約束、ご近所バーベキュー大会なのだった。
この乾ききった東京砂漠、いまどき近所の家が集まって庭先でバーベキュー大会をやるなんて、新聞に投書したくなるほど、心温まる話題ではないか。もちろん温まっていいのは心であって、ここのところの酷暑であったら頭まであっちっちとなってしまって今日は中止だったと思うから、やや涼しい一日にとなったことに心からお慶び申し上げますのだ。
今回も昼から買い出しに出かけて、準備万端。
えーと、ご近所バーベキュー大会といっても事前の打ち合わせも調整も何もなくて、ただ日程だけを決めて、あとは適当に持ってきたい人が持ってきたいものを持ってくればいいし、持ってこなくてもいいという話。要は勝手に適当にやる、というわけですな。
するとどうなるかというと、モノが異常に集まって異常に重なるという事態になるわけです。
案の定で、バーベキューと聞けば誰でも「肉とビール」を連想ゲームするから、肉とビールが山ほど集まったのである。そこに加えて野菜がパラパラと酒がパラパラ。あとはオガワさんの奥さんが手作りのお稲荷さんを大量に用意してくれたので、焼きそばは当然出番なし。
ここに集まったのが、我が家にオガワさん一家に、ヤマモトさん一家にヨコカワさん一家、さらに幼稚園友達のりさちゃん一家にまなちゃん一家にさやちゃん一家だ。わずかな庭先でこうして集まって大変な騒ぎ。大人がビールを飲めば子どもたちは花火をして走り回り、奥さんたちは井戸端会議なのだった。
今回、大活躍だったのがヤマモトさんである。
ヤマモトさんはうちの隣の家で、息子と同い年の子どもがいる。お父さんは某楽器店の偉い人だ。時々ギターを買い付けにアメリカに行ったりしている。
オレのドラえもんギターもヤマモトさんの会社の製品で、ヤマモトさん「言ってくれれば…」と相当の割引をしてくれる、つまりは相当のボロ儲け商品だったことを教えてくれた。
このようにオレがドラえもんギターを持ち出して自慢していたら、オガワさんがハードオフで見つけて5000円で買ってきたガットギターを持ち出してきて自慢する。と、本職が負けてなるかと一旦自宅に引っ込んだヤマモトさんが手にして出てきたのがマーチンのD-41。げほっ。
こんな名器を、こんなご近所バーベキュー大会の場で披露しなくても。しかし、ヤマモトさん、いっこうにかまわず名器を弾き始める。と、ううう、うまいっ! 肉よりうまいっ!
ブルース大好きらしく、オープンGチューニングにして、ボトルネック奏法のブルース独奏だ。うまいなあ、たいしたもんだ。
これには酔っぱらった父ちゃんたちも大喜び。みんなで日本酒・雪中梅をかっくらいながら喝采なのだった。
演奏が終わったヤマモトさん、突如携帯を取りだして写真を見せてくれる。ヤマモトさんがどっかの適当なおじさんと写ってる写真だ。
「このおじさん、知ってます?」。
いやあ、知るわけないでしょ、こんな普通のおじさん。
「ふふふ、この人、ジミー・ペイジ」。
んが。
「というか、ここにいるおじさんたち、レッド・ツェッペリン」。
んが。
なんとヤマモトさん、レッド・ツェッペリンとお友達だったのだ。「普通のおじさんたちですよ」とのことであるが、確かに携帯に撮られて笑ってる姿は近所のお父さんたちと変わりはないが、中身は普通であるわけがないではないか。
ああ、たまげた。
ま、こうして今年も楽しく賑やかにバーベキュー大会は成功し、来年もまた盛り上がりましょうと約束して、途中でオレはすっかり寝込んでしまって、後はどうなったのか、さっぱり覚えていないのだった。

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2007.08.17
取材2、打ち合わせ1。
朝、石神井公園駅前のファミリーマートで飲み物と「週刊現代」を買う。
レジ袋はいらない、そのままでいいと言うと、店員、当たり前のように「週刊現代」にテープを貼った。なんでオレのものに勝手にテープを貼るのだ。ファミリーマートの馬鹿野郎はいつもこうである。
いったいどういう権利があってオレが買ったものにテープを貼る?
いつものど元までそんな言葉が出かかるのであるが、大人なオレは、たかがコンビニで本気になるまでも、も思い直して、じろっと睨んで終わりである。
湘南新宿ライナーに乗って横浜へ行く。
駅ビルの中の丸善に立ち寄り、「サウンドデザイナー」を買う。微妙に役立ちそうな記事があるようなないような。
ただ、VintageWarmerというプラグインがとてもよさそうなので、即座に購入。夜、ダウンロードしてデモ版を使ったら、こりゃ最高〜と叫んでしまった。
それはともかく、手にした「サウンドデザイナー」をレジへ持って行って、カバンに入れるからそのままでいいよ、と言ったら、店員、「ではシールをお貼りしてよろしいですか」と聞く。ここでもだ。まだ聞くだけマシであるが。
もちろん即座に、ダメです、貼らないでください、ときっぱり言う。
まったくどいつもこいつも、なんで人が金を出して買ったものに勝手にシールを貼ろうとするのか。ちっとは考え直せ。
午後、立川駅のキヨスクで「週刊ポスト」を買う。さすがに売店ではシールなど貼りはしない。しかしレジを導入してから、キヨスクは対応に時間がかかるようになったなあ。
夕方、今度は日本橋の丸善で「だめんずウォーカー」12巻を買う。こういう立地のこういう店でこういう本だけを手にするのはちょっと恥ずかしいのだけれど、まあ、誰もんなことは気にしていないべ。レジで、カバンに入れるのでそのままでいいです、と言ったら、ここではシールなど一切聞かれなかった。やれやれ。
丸善では異常に喉が渇き、冷たいコーヒーを飲みたいと思ったのだが、ここはぐっと我慢の子、速攻で飯田橋に移動し、6時半だというのに「鳥よし」に入る。
約束は7時なのだが、とにかくビールで乾きを鎮めたかったのだ。
「鳥よし」で着席するやいなやビールビールビールと訴える。すぐさまビールが出てくる。
続いて枝豆、カツオのたたき、厚揚げの豪華三点セットを頼む。即座に出てくる。
「鳥よし」というのは、実は同じ名前の店が石神井公園にもあって、ここでは先日えらい目にあったのだ。とにかくこの店、頼んだものが出てくるのが異様に遅い。店のサービスや料理の中身などはしっかりしているのだが、とにかく出てくるのが遅い。
いろいろ頼んで一番早く出てくるのが、サラダのドレッシング。それからサラダが出るまで10分以上、客はドレッシングだけをながめていなくてはならないのだ。
その日は、名物の爆弾コロッケというやつと、ジャーマンポテトが、ついに帰るときまで出てこなかった。頼んでから1時間もたってからやっと出てきたのがコロッケとは、いったいどういう店だよ。
既に席を立ち上がりかけていたオレは即座に、いらないよ、そんなの、と言い放つ。板前、泣きそうな顔で「お持ち帰りもできますが」と言うが、だからいらない、と繰り返す。レジの女が「では、キャンセルということで…」というから、そうしてくれ、と言う。
すると店長らしき人物が出てきて、「お待たせして申し訳ありません」と平身低頭。特に文句を言う気もなく、ああ、はいはい、と言って終わりにする。
いくら料理が自慢だからって、客に食ってもらえなけりゃ無意味だろうて。コロッケ頼んで1時間。こねて揚げても、そんなにはかからんと思うのだがなあ。前々から思っていたけど、この店、飲食業として何か致命的に間違っていないか?
もちろん飯田橋の「鳥よし」はそんなことはなく、どんなに混んでいようと頼んで速攻で出てくる。文句たれのオヤジが酔っぱらって難癖つけるような環境で商売しているから、鍛えられているのだろう。ニーズにはきちんと応えなければならないのだ。
ところがちっとも速攻でないのが、本日のメンツ。4人がけのテーブルを一人で独占し、6時半から「だめんずウォーカー」を読みながらビールを飲んでいたオレは、7時半近くまで一人で放置プレイだったのだ。
ようやくやってきたのが、ハトリである。ひさぶりだぜ。
続いてパパになったばかりのオザキ。最後に今や代理として確固たる地位を築いているコマガタである。
オザキは、この日記について「最近短くてつまんない」と文句言う。反対にハトリは「長い日記は面倒くさい」と文句を言う。どちらも人の日記をのぞき見て文句を言うとは、ろくでもない連中だ。
ともかくこのメンツで「鳥よし」、看板まで粘る。焼酎一本。話題はいつもの通り下品この上ない。いや、この下ない、と言うのが正確か。
帰りの電車はいつものように大混雑。車内で細かい字を読むのが辛くなってきたから、ひたすら天井を眺めて過ごすのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」「週刊ポスト」「サウンドデザイナー」「だめんずウォーカー12」


2007.08.16
原稿。
ななななななな、なんと昨日で日本中が溶けてしまったと思ったのに、今日はさらにその上を行く暑さ。朝の7時前から30度だっていうんだから、こりゃたまらん。
この暑さにやられてしまったか、パソコンのキーボードの調子が狂ってしまって、後戻りする矢印キーを押すと、一つだけのつもりがそのままつつーっととんでもなく後方に行き過ぎてしまう。
あ、ちょっとここ書き直そうかなと思ってつい矢印キーを押したらもう大変。あわわわわと口から泡を飛ばしながらカーソルを探すことになってしまうのだ。すなわちとっても手間がかかってストレスいっぱい。
キーボード、買い換えねば。

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2007.08.15
ななななな、なんと熊谷で39度。東京のチベット・練馬も似たような環境だから、39度ぐらいだったに違いない。39度でサンキュー!
前橋だと、なななななななななな、なんと40度だったそうで、こりゃあれですな、そろそろ風呂に入っているほうが涼しいという状況になってきましたな。前橋の皆さん、暑いときは風呂ですよ。
こんな状況の中、実家から弟一家が遊びにやってきた。目的地はディズニーシーである。
この暑さで大丈夫かと懸念したけれど、元気に遊びまくったらしい。イッちゃんがずいぶんと丈夫になって、よかったなあ。昔じゃ考えられないものなあ。
夜、「刺身が食いたい」というヒロちゃん小学校6年生を連れて、魚せいへ。
大将に「中トロと赤身、どっちが食いたい?」と聞かれたヒロトは「当然、赤身」と答えて「おお、通じゃねえか」とプロを破顔させた。
肉も好きだけど刺身も大好きというヒロト、にこにこしながら「こんなに旨い刺身は初めてだあ」とむしゃ食い。まったくいい顔でものを食うヤツだなあ。
「僕はお父さんが大好きだから、早く恩返しをしたいんだよ」と真顔で相談するその姿が、とてもステキだった。

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2007.08.14
西武園ゆうえんちのプールの帰り、「なにかかいたい」という息子と娘を連れてキティショップに寄った。そこで息子が買ったのは、キティちゃんの占いの本だった。
何が彼の心に刺さったのか、さっぱりわからないが。
家に帰って息子は、一生懸命星占いのページを見ていた。そこには、星座どうしの相性が書いてある。
どれどれとよく見れば、牡牛座の息子は、オレと相性が悪く、それどころか母親、娘とも相性がよくないのであった。書いてあるのは「どりょくして、なかよくしましょう」。
しばらくそれをながめていた息子は、ヤツなりにがっくり肩を落としていたようだった。
サンリオ、罪作りなり。
それはともかく、先日は東京サマーランド、今日は西武園と大型プールへ行ってきたわけだが、ともかく人出にはびっくり。若い姉ちゃんに囲まれてうっしっしっなどと喜んでいる場合ではない混み具合だった。
のけぞったのが、場内のどこでも、人がシートを敷いて寝転がっていることである。
トイレの裏だろうが通路だろうが出入り口だろうが、お構いなし。そこに堂々と荷物を置きっぱなしにして放置している家族もいれば、ひっくり返って大口開けて居眠りしている姉ちゃんもいるし、他人がぞろぞろと通る足元にしゃがんでおにぎりを食っている家族もいる。
はっきり言ってスラムである。
ここは中国か、ベトナムか。日本人は、いつからこんな境遇でも平気になってしまったのか。いや、もともとか。
何が悲しくて家族4人で1万円を超えるカネを払いながら、通路にしゃがみ込んでおにぎりを食わねばならぬのか。このような仕打ちに黙って耐えているのは、ヘンだぞ。
大型プール、行ってはならぬ。
なお、だいたいのプールは入れ墨お断りなのだが、サマーランドは誰でもウェルカムなので泳いでいると突如目の前に本格的な入れ墨の背中が現れたりして、ちょっとびっくりする。
また、西武園ゆうえんちではホモのカップルが堂々と甲羅干ししながら、互いの髪をなでたりしていた。
どちらも、行かれる方は心の準備を。

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2007.08.13
原稿。
ふと思い立ち、20時から行われる予定の西武園ゆうえんち花火大会を観に行った。花火など、何年ぶりだろう。
夕方家を出て車を飛ばす。お盆のさなかの道路は、思った以上にガラガラだ。
30分前に西武園に着き、駐車料金1300円を払って車を停め、車中で開始を待つ。入園料を払って園内に払わなくても、十分ここからでも見えるのだろう。周囲は同じ目的の家族連れでいっぱいだ。
緑の丘陵を渡る風が心地よい。
20時ちょうど、大きな音とともに大輪の花が咲いた。いっせいに歓声が沸き起こる。
次から次へ、天空を照らし、轟音で地上を揺らし、大小の光のスペクタクル。
待ちくたびれて車中で寝ていた娘が目を覚まして「すきなピンクがあったあ」と喜べば、息子は「どーん、ばりばりばり〜」と真似をして大声で叫ぶ。その子どもらしい喜び方が嬉しくなり、こちらも思わず歓声をあげる。
娘を抱きながら夜空に色とりどりに咲く花を見上げながら、なぜかオレは六文銭の「流星花火」という歌を思い出していた。

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2007.08.12
一日で終わる予定だったレコーディングが、収録は終わったものの、ミックスダウンが終了せず、スタジオの延長も不可ということで結局本日も行われることになったのだった。
そのため朝から再びスタジオに入る。
今回のレコーディングは冬に発行される学研の教育雑誌につく付録CDのためである。曲数は全部で13曲、そのうちの11曲がオレのアレンジなのだった。
アレンジについては最近いろいろと思うことがあるのだけれど、それはそれとして、いつも感じるのがレコーディングはまさにエンジニア次第だということである。
最近はイイジマさんというエンジニアを、ほとんどご指名でお願いするようになった。
収録がうまくいくかどうか、作品がしっかり仕上がるかどうか、エンジニアの占める比重はすごく大きいというのが、イイジマ氏と作業して思うことである。
1曲につき、多いものだと10以上もの歌テイクを録って、そのどれを使うかを互いに相談し、前半はテイク9を、後半はテイク4を、という具合に決めていく。オレがその指示を出すとイイジマ氏はそれを受けつつ、こっちのテイクもいいのでは、と返してくれる。
よく音楽を知っているよなあ、と感心するばかりだ。完璧に信頼しているから、ほとんどお任せでいいとさえ思っている。
本当はアレンジャーがスタジオを制圧しなくてはならないのだが、オレは形ばかりの王様で、本当のキングはイイジマ氏なのである。それでよいのだ。
スタジオにおけるエンジニアというのは、すべての工程でキーとなっているのに、立場としては完全に受注者である。あらゆる注文が…例えば音痴を直すことは今は簡単にできるので歌い直すよりエンジニアが作業した方が簡単かつ正確に音痴を修正できるし、タイミングのズレをなおしたり、音質を変えたり、といった注文がすべてエンジニアにやってくる。
いいことか悪いことか、判断がつかないが、"後はエンジニアが何とかしてくれる"というのが当たり前になってしまっているのだ。
エンジニアは、それを苦もなく受け止め、黙々とこなし、望み通りの音に仕上げてくれるのである。まさに職人仕事だ。
オレが創ったへたれな音であろうと、ミューズのおつくりになった芸術であろうと、とにかくニーズに応えて技術を駆使し、きちんと望む音に仕上げてみせる様子には、ただうなるばかり。お見事なのだった。
オレもこういう仕事ぶりを見習わなければと、いつも深く反省させられ、頭を垂れ、しかし、地下のスタジオから地上に出てくるとそんなことはすっかり忘れてビールを飲んでしまうのだった。

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「文藝春秋」「UWF伝説」設立当時の裏話が興味津々。まったくプロレス界は魑魅魍魎。
「看守眼」横山秀夫・実業之日本社。相変わらず人間の醜さ、弱さ、情けなさを描くことにかけては天下一品。まさに名手である。だが、いつもの警察小説に比べて切れ味がやや鈍っているのはなぜだろう。役所や新聞社など、いつもとは違う舞台装置のせいなのか。首をひねりつつ読んだが、理由はよくわからなかった。


2007.08.11
朝、6時に起床。睡眠不足と二日酔いである。
朝から気温はぐんぐん上昇、本日は恐ろしいほどの気温になりそうだ。
そんな中、隣のオガワさんは久しぶりに仕事が入ったとかで、朝から出かけていったのである。仕事は屋根職人だ。
この炎天下、屋根に登って瓦を貼り付けていくのが本日の業務内容である。
屋根の上は体感温度50度を軽く超えている。こういう状態になると、オガワさんによれば、食欲がなくなって昼はおにぎりがせいぜい一個、夜になっても缶ビールの一つも飲めないのだそうだ。
なんとも過酷な。
それに対してオレは、本日は空調がパーフェクトで、年中一定の室温に保たれている地下のスタジオにこもってレコーディング仕事なのだった。収録開始は9時。そのため寝不足の二日酔いだろうが、朝早くでなければならなかったのだ。
なにしろ本日使うカラオケはオレが持っている。遅れたら、歌手の人々も何もできなくなってしまうのだ。
そんなわけでのそのそ家をはい出したオレの後を、やはり寝不足二日酔いのおっさん二人、親分とアンドーがついてくる。
家でゆっくりしてりゃいいものを、旦那が出かけた後も居残るのは世間的に問題があると思ったのか、オレと一緒に出てきたのだ。まあ、好きにしなさい。
実は親分は大宮に住んでいるから、関越インター目の前の我が家からは、車なら30分もかからない。
もっと近いのは、早宮に住んでいるアンドーで、自転車ならば15分もあれば家に着いてしまうのだった。
それなりに二人とも炎天下の早朝、てくてくと畑の中を15分も歩いて石神井公園の駅まで行ったのだった。まったくご苦労なことであった。

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2007.08.10
原稿。
前から気になっていたけど、わざわざ買うほどでもないと思っていた中森明菜の新盤「艶華」を、大泉のWAVEでついふらふらと購入してしまった。
タイトルの通り、「越冬ツバメ」「みちづれ」など演歌の名曲を集めたカバー集である。なるほど〜、中森明菜と演歌とは、こりゃうまい組み合わせだわなあ。
実際、"あなた殺してもいいですかあ〜"(天城越え)などとあの声でささやかれると、ぐえっ、怖いよ〜と泣き出したくなるほど、びびる。歌がどうのというより、あのキャラのせいだな。
"娘ざかりを無駄にするなと〜"(越冬つばめ)って、あわわわ、説得力、ありすぎですなあ。
車の中で一度通して聴いて、あまりのキャラの立ち方に、ぐったり。外は37度の猛暑だというのに、車中は真冬の津軽なのだった。
それにしても、中森明菜、ボーカルの線が細いなあ。繊細とも言うのかもしれないが。「悲しい酒」の力の抜き具合はさすがであるが、抜いたばかりの声では、つらかろう。
歌姫・中森明菜。しかし演歌ではやはり演歌勢に負けているのであった。
このままではカバー歌手一直線であろう。
うーむと考え込んでしまったのが、アレンジである。
中森明菜と演歌ということで、力が入ってしまったのだろう、やたらと大げさな…言うならば大河ドラマのオープニングのようなアレンジが大半なのである。うーむ。
確かにカバーのアレンジは難しい。オリジナルを意識しつつ、どの線までオリジナルと離れるか、あるいは近づくか、"これならオリジナルのほうがいい"と言わせずに"さすが"と言わせるにはどうしたらいいか、非常に難しいのである。
しかも演歌ならば、例えば「舟歌」ときたら、八代亜紀のあの顔のどアップとともに、タ〜リラリラ〜という例のイントロが問答無用でくっついてくるのだ。
この約束を守りつつ、打ち破って新しいカラーを出して行くには、がちがちのプロレスのワークの中に、いかにして"オレはガチンコにも強いんだ"ということを観客にわからせるかにも似た難しさがあるのは間違いない。
そのあたりの意識が強く出過ぎたのだろう、全体的に力の入りすぎたアレンジになってしまって、歌手よりも自己主張してしまっているアレンジもあったりする。これは、アレンジとしては困ったものなのだよなあ。
例えばSMAPというグループがあるけれど、詳しくは知らないが、あの音楽チームは相当の職人集団だと思われる。音を聴くと、かなり深く手を入れた、それでいて実験的なチャレンジもちゃんと行っているアレンジとなっている。
それでいてアレンジャーもプレーヤーも、決して目立っていない。主役はあくまでSMAPなのだということをきちんとわからせる、まさに職人仕事なのだ。
アレンジというのはすべからくこうでありたいなあと、中森明菜に迫られて背中に鳥肌を立てながら思いつつ、オレは夜の新宿に向かったのである。
この展開だと夜の新宿は裏通りに決まっているのだが、そんなことはなくて西口のいんちき和食屋が舞台なのだった。ここで学生時代の仲間の飲み会が行われ、嫌われ松子ならぬ嫌われタンゴは、相も変わらず言わなくてもいい嫌み発言を繰り出して勝手に酔っぱらったのであった。
続いて二軒目は新宿二丁目ど真ん中。こんなところにビートルズマニアの集まるライブハウスがあるというので行ってみたところ、マスターがなんと俺たちの親分と同窓同級生であることが発覚。嬉しくなったオレは、店のギターを手にステージに上がり、カレッジソング、ま、校歌みたいなものですな、それをめちゃくちゃなコードで弾いて盛り上がったのだった。ほんとかよ。
お盆前夜の金曜日。世間は既に明日からの夏休みモード。
従って夜の道路は大渋滞。親分、アンドー、サトコとともにタクシーに乗り込んだら甲州街道、環八とちっとも進まず、そのうちに親分は高いびきなのだった。
そのあげく、親分とアンドーは我が家に泊まることになって、翌朝、二人とも激しく後悔することになるのだった。

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2007.08.09
取材1、原稿。
昼の電車に乗って車内を見わたしたら、スーツ姿はけっこういるものの、ネクタイを締めている数となると、オレも含めて1車両に1人か2人。
大手町や日本橋あたりを歩いても、ノーネクタイが大多数。霞ヶ関になるとほとんどがノーネクタイだ。
うーむむ。
クールビズはけっこうなことである…あるかもしれない。
しかーし、スーツでただ単にネクタイを外しただけという格好は、格好としてどうよ。いったい。
あれはどう見ても、単なる朝帰りです。
クールビズをするなら、きちんとカジュアルなシャツを着て、きちんとサマージャケットをはおってくれい。スーツのままネクタイ外すだけというのは、やめてくれい。
日本のドレスコードはだんだんと厳しくなってきているのは確かであって、それはいいことであるのだが、この朝帰りクールビズの放置だけはどうにも許せないのである。
けっこう賛成してくれる人、いると思うんだけれどなあ。

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2007.08.08
さすがに酷暑である。
子どもの頃は真夏でも真っ黒になって走りまわっていたものだったが、最近では熱中症や紫外線の影響などから、外で遊ぶのは体に悪いとされている。
昔も悪かったのに、無知なだけだったのか。それとも昔は平気で、だんだんに太陽光線が凶悪になってきたということか。
本日は書くことがないので以上である。

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2007.08.07
打ち合わせ1、原稿。
なんと、オザキからメールが来て、「いつもくだらない日記ばかり書いてるんぢゃねえよっ」という罵倒のあと、「実は子どもが生まれたざんす〜」というお知らせであった。
おお、めでたいっ。
そかそか、よかったなあ、オザキ。早くも親ばかぶりを発揮しているようで、なかなかにほほえましいぞ。
親ばかブログでも開設してくれい。ヨシダさんのように。
この8月は周囲では出産ラッシュだ。ユウヤももうじきお兄さん。子どもが生まれるのは、本当に嬉しいなあ。
話はがらっと変わって、筆記具である。
商売柄、筆記具には悩まされているのだ。なかなかジャストフィットが見つからない。
最近は、日垣隆が「これは箱買いだ」と推薦していた三菱鉛筆のジェットストリーム126円を使っている。推薦に従って箱買いしたわけである。
もっとも使った感想は、やや小さくてすぐに指が疲れることもあって、箱買いするほどのものではない、という結論だ。書き味はまあまあだが。
そんなところへもってきて、本日、アスクルで"ついで買い"(送料をタダにするために不要不急のものを買うことです)したやつが、おお、期待していなかったのにけっこうよくて、ちょっとびっくりなのだった。
オートというメーカーのニードルポイントロングライター165円である。
書き味がなめらかであるのに加え、ともかく手に持った感触が抜群。ドクターグリップ以上だ。
書いていて気持ちのいいボールペンは久しぶりである。ラッキー。今度は箱買いしようっと。

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2007.08.06
原稿。
どうでもいいと言えばどうでもいいのだが、朝青龍という相撲取りの騒動の本質は、大相撲の八百長隠しにあるのではないか。おそらく結局はモンゴルに帰して、そのまま口封じの取引をして引退させることになる。今はその条件の折り合いが付かず、もめているのだろうと。
かように、わたくしなんぞは思うわけですが。
それはともかく、アメリカでなにかと話題のiPHONE、つまりアップルの携帯電話は、日経エレクトロニクスあたりを読むと、すごくいいところとすごくひどいところが同居しているらしい。
ひどいところでは、例えばストラップをつける穴がなかったり、リダイヤルするのがやたらと複雑だったりするらしい。
いいところは、やはり画面のモーション。インターフェースが人の心をくすぐるようにできているそうだ。
キャリアはおそらくドコモで決まりだろうな。
オレがアップル的なものに決別したのは、OS×が出たときだった。その中田英寿的佇まい(オレがクールと思うんだからクールに決まってるだろ)が何となくイヤで、離れてしまったのだった。
iPodも嫌いで、一度も手にしたことがない。今も欲しいと思わない。
iPodには技術的な革新は何もなくて、既存のテクノロジーを集めただけだったが、iPHONEも同様らしい。そんなものをありがたがってはいかんと思うのだがなあ。
まあ、これもどうでもいい話である。
ブラウザについて。
ちょっと面白いのが「ブラ」というブラウザである。軽くてサクサクで、案外使い勝手がいい。バカにしたものではないぞ。
問題は、「ブラ」という名前の通り、アイコンがブラジャーなのである。うーむ、こういうアイコンがデスクトップに常駐しているのは、えーと、なんとなくなじまないというか。
でも使い勝手はけっこうよろしい(少なくともIEよりずっと使い勝手がいい)ので、常駐させたくはなるのだった。うーむうーむ。
話はまったく飛ぶのだけれど、本日、車の6ヵ月点検をしたのだが、半年後には車検だと教えられ、ちょっと愕然。もう2度目の車検だ。
うーむ、車検するぐらいなら買い換えるか。でも、週に一回、買い物するのに乗っているだけだからなあ、今ので十分すぎるしなあ。
単に最新バージョンでなければ気が済まないという、見栄っ張りのわがままなだけである。
アンドーくんは、一昨日、やはり六ヵ月点検を受けていた。練馬のトヨタである。ヒマだったので、その様子を見に行ってあげたら、車はなんとルシーダであった。
げっ、骨董品!!
こいつは走る博物館だ、シーラカンスだ、いい加減買い換えろ。そう命令したのだが、アンドーくん、「10年で2万キロしか乗っていない車を買い換える理由が思いつかない」と涼しい顔。そう言われれば、確かにそうだ。
結局、あーだこーだど車談義をして、二人が一致したのが、車は軽で十分だ、という結論。そうだ、アンドーにオレの車を売りつけるか。だまくらかして。

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2007.08.05
嘘か誠か、びっくり仰天の噂ではあるが、あり得なくもないわなあと思わせるのが、小泉純一郎が自民党を出て石原慎太郎と新党を結成し、小泉チルドレンを全部引き取るというプラン。
ここに四国の橋本や桝添、ひょっとしたら民主の前川あたりも合流して、一気に巨大政党が誕生というシナリオだ。党首は石原慎太郎で、これなら文句なしに総選挙も圧勝だから、見事、石原総理の誕生である。
うーむ、あり得なくない…。

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2007.08.04
原稿。
「ソニータイマー」という言葉は、ソニー製品が保証期間が過ぎたあたりの絶妙なタイミングで請われたことを皮肉る都市伝説的ワードである。
それにつられたわけではないだろうが、我が家のシャープ製の冷蔵庫が突然壊れたのであった。
結婚するときに買ったから7年と半年。突如、冷凍庫がきかなくなってしまったのだ。
おかげで肉と魚が全滅である。隣のオガワさんが「だったらウチに言ってくれればいいものを」と天を仰いだので、そうすねえ、腐らせるくらいなら食べてもらったほうがよかったすねえ、と言ったらイヤな顔をされた。
それはともかく、シャープなのに「ソニー時間」で壊れてしまった冷蔵庫。7年半ではちょっと早いのではないかという気もしたが、しかし冷蔵庫が壊れては何かと困るので、買い換えることにしたわけである。
まったくえらい出費だ。せんだって、ちょっと無理してやった仕事のギャラが、これでパーだ。
大泉の西友で買ったのは、松下製の冷蔵庫である。
店で一番幅をきかせていたのはこの木なんの木気になる木のメーカーであった。しかし、この木なんの木気になる木メーカーには、洗濯機でさんざんな目にあわせられたので、家電類は一切手を出さないことに決めている。よって、この木なんの木気になる木メーカーはきっぱりと無視し、松下にしたのであった。
その冷蔵庫が本日届いたのである。
「ソニータイマー」で壊れたシャープ冷蔵庫は、子供らが生まれたときから我が家にあって、シールがべたべたに貼られている。大げさでなく、地肌が見えないほど、ポケモンのシールで埋め尽くされていたのだった。
そのポケモンシール冷蔵庫を引き取ってもらって、新しい松下冷蔵庫を入れる事になったわけだ。
配送にやってきたのは、作業着姿の二人の兄ちゃん。
危惧したとおり、新しい冷蔵庫が入り口のドアより大きく、入らないことが判明したのだである。ちょっとだけ想定内だった。
「入りませんよう」と困った顔をする兄ちゃんに、入らないと困るよねえ、と涼しい顔のオレ。
「ドアが外れませんかねえ」と聞く兄ちゃんに、外れたらいいけど外れないんだよ、とオレ。そしてオレはおもむろに窓を指差し、ぐるっと庭を回って窓から入れるという手段があるよねえと教えてあげたのだった。
うむむむむ、とうなる兄ちゃんたち。
しかし、それ以外に手段はないと悟り、ついに決死の窓から搬入作戦を決行することに決めたのだった。
この一連の緊迫したやりとりを、「危ないからじっとしてなっ」という妻の声を聞きながら、子どもたちは固唾をのんで見ていた。
まずは、古いポケモン冷蔵庫の搬出である。
今までお世話になった冷蔵庫にちゃんと別れの挨拶をしなさいと言ったら、息子は両手を合わせてなむなむと頭を下げたのだった。それに見送られつつ、ポケモン冷蔵庫、ドアからの搬出に挑む。
と、おお、横に倒されて両サイドの空きがわずか3ミリ。緊張感漂うギリギリの状態でなんとか冷蔵庫は出て行ったのであった。見ていたオレは思わず、すげえと驚き、子どもたちふうーっと息をついたのであった。
続いて本番、松下冷蔵庫の窓からの搬入である。
物干し竿やら縁台やらを押しのけて庭をえちらおっちら運ばれてきた松下冷蔵庫。窓から片方が入るや、二人の兄ちゃんがうんこらせっと声を合わせて真剣勝負、本気モードでの持ち上げである。
うおーっと気合い一発、なんとか本体を台所に滑り込ませた松下冷蔵庫は、こうしてともかく予定通りの場所に収まったのだった。
初めて知ったけど最近の冷蔵庫ってタイヤがついてて、楽ちんで移動できるのね。ちょっとびっくり〜。
なんとか所定の位置に入れられて、まだどことなくなじめずに、恥ずかしそうな風情の松下冷蔵庫であった。
汗だくの兄ちゃんたち、ようやくここで眉を下げてにっこり「入ってよかったですね〜」と満面の笑みなのだった。
こんなにも苦労して搬入した様子を見ていたせいだろう、子どもたちに、もうこの冷蔵庫にはシールを貼るなよなあ、と言ったら「はらないっ、ぜったいにはらないっ」と力強く誓ったのだった。
大人の働く姿を見せると、子どもは子どもなりに感じるところがあるのだろう。いい情操教育ができた。
ついでに酔っぱらったオレが、シールを貼らないならオレが絵を描いてやる〜とマジックを持ったら、息子と娘に羽交い締めにされて止められてしまったのには、ちょっとがっかり。ちっ、残念。

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2007.08.03
取材1、原稿。
「どうも今年の夏はスカッと晴れませんなあ」とナカザワ氏。
確かに。いつまでも梅雨の尻尾を踏んづけているかのような、どんよりとした日が続いている。
スパッとナイフで切ったかのような、朝からギラギラと容赦なく太陽が照りつけて、アスファルトがギラギラと牙をむく、そんな夏らしい夏が欲しいものだ。
そういう日が続けば続いたで、また文句を問うのであるが。
夜、近所の三原台公園の盆踊り大会に行く。
幼稚園父母会の会長などという立場ゆえ、メンが割れていて、どこに行っても誰かに見られ、挨拶され、頭を下げるという日々である。盆踊り会場など、その最たるものだ。
あっちでぺこぺこ、こっちでぺこぺこ。途中でフランクフルトなど買って立ち食いだ。
ふと見れば、寄付した人の名前が張り出されている。
どれどれと見たら、わはは、お気の毒に、魚せいの名前が張り出されている。同じ町内とはいえ、盆踊りの太鼓の音も聞こえないくらい遠いのに、付き合いとは大変なものだのう。
金5千円。
客商売ならケチらずに、もっとどおーんと出せ。一万円出せば一番上に名前を張り出してもらえるのに。
面白いから携帯で写真撮って、魚せいまで持って行って見せてやった。
おやじ、がはははは、と笑って「去年までは一万出してたんだけどよ、えーつら、態度が悪いから今年は5千円にしてやったぜ」とふんぞり返る。
こうして湿気の多い夏は過ぎていくのだった。

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2007.08.02
原稿。
ロンドン橋落ちた〜落ちた〜落ちた〜、と歌っていたら、アメリカで橋が落ちたのでびっくらこいた。うわあ、本当に落ちることがあるもんだなあ。
こりゃ、日本の高速の橋も怖いよなあ。
いや、実のところシャレじゃなくて、けっこういろんなところがやばいようなのである。
これからの日本のキーワードは「老朽化」。人間が老朽化するだけでなく、道路も、橋も、鉄道も、電柱も、水道管も、駅も、とにかくインフラと呼ばれる構造物が軒並み老朽化という現実に直面し始めるわけだ。
そして、老朽化するとどうなるかということについては、実は誰もわかっていないのが現実である。
鉄道が日本で走り始めて130年。昔のレールが今も現役で使われており、そのレールの寿命が果たしてどれだけのものなのか、誰も経験したことがないから、わからないのだ。うーむうーむ。
社会のあらゆる場面で、老朽化のもたらす問題には気をつけた方がいいのではないだろうか。
阿久悠が亡くなった。
へー、突然だなあ。昔から病気だったそうだが、そんなことはちっとも知らなかった。
また一つ、昭和が消えていった。
阿久悠というと、やっぱり都倉俊一である。パクリ屋である。
それはともかく、阿久悠に対するオレのイメージは、あまりはっきりしてなくて、なんだか遠い霧の向こうの作家という印象である。大家過ぎるからだろうか。
これが松本隆なら、すごくリアルにそのすごさがわかるのだけれど、阿久悠はオレにはピンと来ないなあ。うーん。
ちょっと阿久悠に対する態度は、保留。しばらく考えてみる。まとまったら書こう。

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2007.08.01
打ち合わせ1、原稿。
ことの成り行き上、やむなくチームマイナス6%のバナーなどを表面にぶら下げているものの、オレはエコなんてことはまったく考えていないインチキ野郎である。
暑ければ何台もクーラーをつけちゃうし、テレビを付けたまま寝ちゃうこともあるし、近所の銭湯にもクルマで行くし、ついでに中国野菜は絶対に口にしないと言いつつファミレスには平気で入る。
こんな似非エコロジストのオレにとって、とっても都合のよいデータが見つかった。
地球温暖化ガスのほとんどは水蒸気であり、CO2の占める割合はわずか1/8でしかないというのだ。
つまり温室効果を上げている一番の原因は雲なのである。雲だよ、雲。雲なら、しょうがないんじゃないの?


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2007.07.31
原稿。
意外なことではあるが、どうやら息子はモテモテ君らしい。
「サキトくんは、ほかのこのように、ふざけたりしないから、すき♡」と言われたりするそうだ。ほほう。
女はみんな、ちょい悪が好きなのかと思っていたら、どうやらそんなことはないようだ。そういや「男の子は少し悪い方がいいの」と歌ったのは80年代の小泉今日子だったっけ。バブル前夜だな。昭和は遠くになりにけり。
そのモテモテ君が楽しみにしていたのが、サッカー合宿であった。
しかし、突然に娘がおたふくになり、これは100%の確率で息子も潜伏期だろうから、今日明日にも発症するだろうと思われたので、合宿を休ませたのである。
とは言え、せっかくの夏休み、妹がおたふくで外出禁止だからといって、暴れ盛りの息子にも家でじっとしていろというのはあまりに酷である。
そこで、娘はオレが見ているから、息子を近くの児童館のプールに連れてってくれないか、と妻に頼んだのだった。
あいよっ、合点だ。
そう答えた妻は、自転車の荷台に息子を乗せて、炎天下、元気に三原台児童館のプールに向かったのである。
で、しばらくプールで遊んで帰ってきた息子であるが、見れば案外つまらなそうな顔をしている。あれれ、どうしたんだ、とオレは妻に問うた。
息子はまだ泳げない。まだ水遊びしかできない。
そこでボードを借りてきて、バタ足の練習などで遊んでいたそうなのだ。
すると、そこに近づいてきたのが小学校6年生ぐらいの女の子2人組。彼女たちが息子を見つけ、すごく迷惑な親切で、息子に水泳指導を始めたのである。
顔を水につけろ、こわくないこわくない、もっと水につけろ、息を止めろ〜。
教えたがりのお年頃ではあるが、息子にしてみれば迷惑千万。放っておいてくれってなもんだ。
おかげで楽しいプールの時間が苦しい鍛錬の時間になってしまったのである。
モテモテ君であるのも、時には辛いものだ、というのが本日の息子の教訓なのであった。
深夜、コマガタから抗議のメールが来る。最近の日記は短くて手抜きで、オザキも怒っている、とのことだ。
勝手に人の日記をのぞき見て、内容に文句をつけ、あげくに怒るというのも、北の国を思わせるような振る舞いでどうかと思うが、いやいや、オザキもコマガタも、ここの数少ない愛読者のごく一部に過ぎなくもない存在。表面的にでも、ちびっとは大切にしている振りをしなければ。無理してでも。
というわけで、今日はちょっと長めに書いてみたのだが、どうだろう。どうって言われても、か。

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2007.07.30
取材5、原稿。
今朝起きたらいきなり娘のほっぺがふくらんでいる。もしやと思ったら、ビンゴ、おたふくであった。
幼稚園で大流行しているので、覚悟はしていたのだが、うむむむ、ここで来たか。合宿が終わってからというのが、我が娘ながらえらいところである。
そういやオザキのところもそろそろ生まれるのではなかったか?
それはともかく、こうなると心配なのは、ずっと一緒に遊んでくれていたいさわしの娘さんたちである。早速メールし、謝りつつ、気をつけてくれるよう伝えておいた。
おたふくとは言え、娘は元気なもので、食欲もバリバリ。ただ人に会えず安静にしているのが、こうなると、けっこうしんどいなあ。
夜中にとんでもない落雷。
早々と寝ていたのに、あまりの轟音に置きされてしまった。ああ、びっくり。

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「闇の穴」藤沢周平・新潮文庫。あえてうまいと言うまでもなくうまい。


2007.07.29
やる気のなさそうなコテージだったので、果たしてどうかと不安だったが、案に相違してなかなかのよいところ。個室完備、厨房はレストラン仕様。とても快適で、来年もここにすることに決めたのだった。
夕方には地元の人しか行かないという銭湯を見つけて突撃。これが自噴の温泉そのまま、まったく手を入れていないというお湯で、異常なまでに気持ちよかったのである。
その後にはバーベキューという大忙しだったので、サッカーなんて見ている場合ではなかったのだ。3位決定戦なんて、ああ、みっともない。負けちまえ。
そう思ったら本当に負けたので、腹を抱えて笑ったのだった。ひーっ。


2007.07.28
毎年恒例、夏合宿。
今年は伊東の宇佐美海岸だ。初めてのところである。
息子と娘は初めての海水浴。大はしゃぎであったのだが、当然のようにオレはへろへろ疲労困憊。背中は日焼けでひりひりだ。
もっとも、へろへろひりひりは夏休み父ちゃんの宿命。仕方なかんべと薄笑いを浮かべつつ、海岸の岩に足をぶつけていてててと叫ぶのであった。


2007.07.27
原稿。
サントリーのなんとかっていうビールがモンドセレクションの最高金賞受賞っていうから、こりゃあすごいビールなんだなあと、ころっと手をひねられているオレがいるわけだ。
ところが「食品と暮らしの安全」によれば、このモンドセレクションという賞、ベルギーの単なる民間団体がやっているセレクションで、カネさえ払えば誰でも出品できるらしい。
そしてカネさえ払えば、誰でも金賞をもらえるらしい。
だから唯一絶対的な旨さではなくて、金払えばもらえる賞ぐらいのおいしさらしい。オレもオレだが、サントリーもサントリーだ。

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2007.07.26
取材1、原稿。
調布の駅前に立ち、さて電話しなければと携帯を取り出したら、目の前で選挙カーが大音量で演説をかましておがる。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
誰がおめーになんか入れるか、このやろー。
毒づきながらビルの陰を探し、こそこそと電話をかけたのだった。

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2007.07.25
取材1、原稿。
まったく迷惑なことに、セブンイレブンが「ポケモンラリー」というのを開催中だ。
よくあるベタな企画で、店舗を回っていくつかスタンプを集めると景品がもらえるという仕組みである。
ベタである分、汎用的で、子どもならではのコレクション本能も刺激されるため、どの子も真剣だ。たまらないのは親たちで、台風の中、あるいは猛暑の中、自転車の荷台に子どもを乗せて、あっちのセブン、こっちのイレブンと、えっちらおっちら走り回っているのである。
見かねたオレは、本日、車に乗せて3ヵ所のセブンイレブンを回ってやったのだった。
店が見つからず苦労したものの、なんとか所定のスタンプを集めることに成功。息子は大喜びで、狙っていた景品のポスターをもらいに行ったのだった。
ところがまったくもって迷惑なことに、そのポスターが品切れなのである。
やっともらえると思ったのに入手できなかった息子は、ボロ泣きだ。
んに、メーワクな企画である。
と思ったら、夜には代表がボロ泣きである。
だーから言ったべよ、PK戦で勝ったからって強いわけじゃないんだってば。
いっくらパスが上手でも、サッカーは勝てないに決まってる。やっぱりここはどすんと一発、決められるヤツが必要だ。
と、つい先日書いたのは逆のことを言うオレ様であるが、敗因ははっきりしていて、日本は上手なのに弱いということがよーくわかりましたな。
これは難しい。上手なのに弱いのだから、手の施しようがありません。やれやれ。
三位決定戦が韓国と? わはははー、最高にかっこ悪いですなあ。マジでやることはないからねー。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.07.24
取材1。
山口県の宇部というところへ取材に行ったのだが、羽田から飛行機で1時間半もかからないのに、家から羽田に行くのに2時間近くかかるというのは、どういうわけだ。朝だから電車の乗り継ぎがよろしくないという事情はあるものの、おらあ、納得できねえだよ。
しかし、宇部あたり、地味ーなところでしたなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」「SPA!」
「リオ」今野敏・新潮文庫。警察小説の白眉は乃南アサに横山秀夫。だからこういうレベルの小説になると、辛いなあ。
「はしり雨」藤沢周平・新潮文庫。出張の移動中にじっくり読むには、藤沢周平に限りますな。哀しい女を描かせたら日本一。そういや最近は古典ブームだそうで、オレも夏目漱石にヘミングウェイを机の上に積んでいる。ちらちらとページをめくっているのだが、なかなかよいぞ。


2007.07.23
取材2、原稿。
いやあ、今日は会う人会う人、蒸し暑いねえという話題だった。
そんな中を、朝早くからオレは、横浜の「センター南」というところまで出かけたのだった。
10数年前に一度このあたりに来たことがあって、当時は山の中にぽつんとマンションが建っているという様相。「高校生の娘には、夜、歩かせられないですよう」という声を聞いたのだった。
それが今日行ってみたらびっくりですよ、あーた、でかいマンションがぼこぼこと建って、ショッピングセンターもぼこぼこ。まったく街っていうのは、どんどん変わっていくものなのだなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」


2007.07.22
原稿。
昼に地元のインド料理屋に行く。昔、寿司屋だったところを居抜きでインド人が借りているという店で、面白いぞ、畳の上に座って食べるインド料理なのだ。
味は普通に旨い。
子供らが好きで、よく「ナンを食べたい!」というから、連れて行く。
娘など「ナンやさん、おいしーね」と、カレー屋ではなくナン屋扱いなのだった。
ちなみに接客は、インド人の奥さん。
数人であれやこれやとややこしい注文をしても一切メモを取らず、完全に暗記で復唱もパーフェクト。いつも舌を巻く。
同じことを、インドに行ってやってみろと言われたところでオレには到底無理だものなあ。
やっぱりインド人てのは普通に頭がいいのだろうか。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.07.21
原稿。
MRという職業がある。メディカルレプレゼンタティブ。要は製薬会社の営業マンですな。
この人たちの仕事ぶりは、けっこうすさまじい。
病院の医者に自分とこの薬を使ってもらうようすすめるわけだが、医者はひどく忙しいので、なかなか会えない。もちろん会えないからと言って帰ったのでは営業にならないから、MRは医者に会えるまで待たねばならない。
朝8時に病院に行って、病室には入れないから廊下で待って、3時間経ってようやく30秒の立ち話ができるかどうかだ。
しかも新人は最初から相手にされないから、顔を覚えてもらうのに1年、会社の名前でなくて自分の名前を呼んでもらうのに3年、というのが当たり前である。
そのようなアホな、いやいや、過酷な環境の中でもMRはめげることなく、ひたすら医者のもとに通って挨拶して、頭を下げて、接待に誘って、また明日も3時間待って頭を下げて、挨拶して、ということを繰り返すのである。その様は、医者から「あ、また壁の染みがいる」「ハエが寄ってきた」と嘲笑されるほどである。
こうした様を言い表す日本語が、ある。「愚直」という言葉だ。
おらあ、オーストラリア戦を見ていて、ようやくオシムのやろうとするサッカーがわかったよ。それは愚直なサッカーなのだよ。
見てみ。
とにかくひたすらパスをつないで、走って、サイドに振って、後ろに戻して、また走って、パスして。最後が決められなくても、くさることなく、また走ってパスしてサイドに振ってゴールを外す、と。
こんなことを飽きることなく繰り返すその姿は、愚直そのものである。
そしてオシムは言うのだ。これ以外に日本人の勝てるサッカーがあるのか、と。
確かに日本人にはこれしかないのである。個人の能力が低いから、ジーコのように"お前がんばれ、タコ、がんばれ"と個人頼みでは通用しないことを知っているから、オシムはこんな愚直サッカーにしか道を見出せなかったのである。それ以外にないのだわな、確かに。
だから、わははは、ストレスのたまることたまること。
あーもー、どうしてそこで後ろにパスだ、横にパスなのだ。なんでシュートしないでパスなのだ。そこまでシュートを外すわけはなんなんだ。
見ているものにそんなストレスをぶちまけながらの愚直サッカー。しょうがなかんべ、営業能力が低いんだから、挨拶1年、名前3年。無視されてもひたすら通って頭を下げ続けるしかないのだ。
なるほど、そうだったのか、とオレはポンと膝を打って、ようやくオシムサッカーを理解したのだった。ポン。
いやあ、それにしてもオーストラリアとはアジアではない試合ができるねえ。いいねえ。アジアの大会で、これからこいつらとぶつかることができるんだから、いやあ、嬉しいねえ。
韓国の犬サッカーには辟易していたし、アラブのカウンターサッカーもつまらん。これからはオーストラリアのような連中がいいなあ。で、案外、イランあたりにころっと負けたりして。わはは。
それはともかく120分やって1対1。十分に堪能しました。久しぶりに最高の試合でした。
延長が終了した途端、PK戦を待たずにオレはテレビを消して、自転車に乗って外に出た。スマイリーで焼き鳥を食うためである。
ゲームだけで十分。PKなんてつまらんものを見るほどヒマではない。晩飯抜きで見ていたら、オレは腹が減っているのだ。
あとで聞いたらオシムもオレと同じに腹が減っていたようで、PKを見ないで控え室に帰っちゃったらしいね。ベトナムの焼き鳥でも食いに行ったのかな。
夜の街を自転車に乗ってスマイリーめざして走っていたら、途中、どこかの家から「おっしゃー」とも「ぎょえーっ」ともつかない歓声が聞こえてきた。
自転車でそれを聞いたオレは、ああ、どうやらPK戦に勝ったようだな、と結果を知ったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」


2007.07.20
原稿。
明らかに人格形成上の影響を受けたと思える本がいくつかある。一つが「シートン動物記」で、もう一つが「君たちはどう生きるか」だ。
後者については、戦前戦後で表現に変更があるらしい。今もたまに読みたくなる。もちろん入手可能だ。
どうしてもわからないのが「あの旗を守れ」という本である。作者不明。ネットで探しても見あたらない。小学生の頃、けっこう何度も読み返して興奮した覚えがある。
なんとか読めないものだろうか。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.07.19
打ち合わせ1、原稿。
最近の娘どものサンダルは、なんであんなにうるさいんだ?
駅のエスカレーターに乗っていると、脇をカンカンカンカンと高い音を響かせながら降りていく。そのまま駅の構内をカンカンカンカンと高い音をさせながら歩いていく。
自分がいかに公害なのかを自覚していないその姿は、猿そのものである。
ああ、うるさい。
こういう娘が電車の中で携帯して化粧して「ちげーよ、ばーか」などと口にするのだろう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「週刊文春」ほんと、中国製品は口にしたくないと、つくづく思うのであった。ファミレスは大丈夫なのかなあ。
「新潮45」編集長が交代してエログロ路線まっしぐらになってから読まなくなった。マツコ・デラックスの連載が始まったので久しぶりに手にした次第である。そのマツコの連載、どうせ数回で打ち切りと本人も言ってるように、恐ろしくつまらなく、やる気ゼロなのであった。嗚呼。

「夜明けの街で」東野圭吾・角川書店。
オビに"新境地にして最高傑作"とある。んなことはない、最低駄作である。横浜を舞台にした不倫の物語で題名がこれだから、まさかと思ったら、そのまさかで、まんまサザンの「LOVE AFFAIR」のパクリ。大黒ふ頭で虹を見て、ボウリングするのである。本当にそうなのだから、オレはのけぞった。まあ、それはお笑いで済まそう。済ませられないのは、中身である。本体である。えーと、40のおっさんが派遣社員と不倫しちゃう話なのだが、不倫が本気になって相手に結婚を迫られて、いよいよ逃げられなくなったら、都合のいいことに相手の派遣の姉ちゃんが"実は今まで演技だったのよ、別の好きでもなんでもないわよ、うふふ"とあっさり見逃してくれる。奥さんも、旦那が出張だ飲み会だと嘘をついて朝帰りしても、それどころか昼過ぎに帰ってくるまで携帯もつながらないというのに平気なのだ、この奥さん。そして最後になって、実は旦那の浮気は知ってたけど知らないふりをしていてあげたというオチなのである。こういう物語を許していいのだろうか。一応ミステリーだからこれに15年前の殺人事件がからむのだけれど、実は殺人ではなくて自殺だったって、あーた、んなあほな。その自殺方法も、自分で心臓を一突きにしてそのままテーブルで大の字になって事切れただと。んなあほな。東野圭吾、もう終わってます。銀座で飲みすぎです。欲しい人にあげるまでもなく、ゴミ箱直行の本であった。

「毎日母さん 4」西原理恵子・毎日新聞社。
こちらは文句なしに最高傑作である。子育てのリアルさに大笑いなのであるが、今回はこれに旦那の死が加わる。アルコール依存症にガンを併発。最後の半年、ようやくアルコールも抜けて、親子四人、やっと穏やかで幸せな日々を送るのだった。そして旦那は、西原と子どもたちに感謝の言葉を述べつつ、行くのである。病室で、死んでしまった旦那の手を握りながら泣き続ける西原に向けて、子どもたちが最初にしたことは、何だったか。そのシーンの絵を見て、おらあ、涙が止まらなかったよう。場所はおなじみ飯田橋、鳥よし。そのカウンターで日本酒と厚揚げを運びつつ、オレはボロボロと涙をこぼしたのである。それを聞いた妻は"うひゃひゃ、飲み屋で泣くなんてえ"とオレを笑ったのだが、その直後に読んで、やっぱりボロボロと涙を流したのだった。子を持つすべての親におすすめの一冊。


2007.07.18
原稿。
最近目立って増えてきたのが、ミーティングやインタビューの場で、パソコンにメモを取る人の姿である。
数年前まではほとんど見なく、仮にいたとしても周囲の"何やってんだ"という視線を感じてノートブックを閉じたものだった。
オレは基本的に"何やってんだ、タコ"という視線をぶつけるほうである。目線を手元に移しているから、こちらが話しているにもかかわらず顔を上げず、それでいてうんうんとうなずいてはいる。このボケ、である。
だいいち手元を見なくてはメモも取れない程度なら、パソコンより手書きのほうが絶対に速いだろうに。

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2007.07.17
取材1、打ち合わせ1、原稿。
久しぶりに、四谷・荒木町に行く。カメラマン・タカハシ氏、編集・ミヤケ氏の三人での飲み会だ。
荒木町ってのは昔の色町で、都心の真ん中にあって、今も昭和の面影が色濃く残る飲み屋街である。曙橋に事務所のあった10数年前、よく足を運んだものだ。
とても久しぶりだったけれど、あの頃と変わらない佇まいで、いやいや、いいねえ、こういう街は。
「春」という小料理屋に入る。
夫婦二人で真面目に商売している小さな店で、大将は新潟の上越の人だそうだ。酒も新潟のものがいっぱい。村上の「紫雲」という酒が気になったので飲んでみたら、いやいや、これが旨かった。甘口。実にあっさりとした飲み口である。
こういう真面目な店に腰を落ち着け、7時から飲み始めて、9時過ぎには切り上げた。二軒目、三軒目という元気はないなあ。
というより、そういうノリはもういいよね、落ち着いて飲んで、早めに帰って明日も仕事しようね、ということで意見は統一されていたから、いやあ、楽でした。大人の飲み会は、こうありたいものである。
雨の中、傘を差して店を出る際、上越出身の大将に「このたびは大変だったね」と労い、新宿通をとぼとぼと四谷まで歩いて、地下鉄に乗って帰ったのだった。
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2007.07.16
昨日の台風による大雨の中、突然玄関のインターホンが鳴った。朝である。
こんな天気のこんな時間に、いったい誰だ?
いぶかしく思いつつ、テレビモニターを見ても、人影はない。あれえ〜と思いながらドアを開けて入り口を見たけど、やっぱり誰もいないのだった。
ちっ、いたずらかよ、まったくこんな天気のこんな時間に。
ぶつぶつ言いつつ、しばらくしたら、またピンポーンと鳴る。やっぱりモニターに人影はない。
んなろー、今度こそつかまえたる。
ダッシュでドアを開けて飛び出したオレは、しかし、やっぱり周囲に人影がまったくないことに気づき、しばし呆然としたのだった。
うむむむ、超常現象か?
今度は正体を確かめようと、雨の中、オレはインターホンを見張ることにしたのである。
すると、間違いなくオレが見張っていて、何も触れていないのに、家の中で妻が「また鳴ったよー」と答えたのだった。
間違いない。これは故障である。
確信したオレは、この家を建てた業者に電話して、この超常現象をなんとかしろと命じたのだった。
その業者が、今日やってきた。
こういうトラブルの時のお約束で、見に来てもらった時に限って、超常現象は再現しないのである。かつてのパソコン販売店だと「再現性のないトラブルは保証いたしかねます」というふざけたことを言って平気な顔をしていたものだったが、さすがに21世紀の今日では、住宅屋もそんなことは言ってられない。
オレの説明を聞いて「うーむ、ちょっとメーカーに調べさせましょう」と約束したのだった。うむ、そうしてくれたまえ。
今日は天気もよく、さわやかである。こんな時に来てくれた業者をそのまま帰すわけにはいかない。
そこでオレは隣のオガワさんの家の呼び鈴を鳴らし、今業者が来てますけどオガワさんもこの際だから何か修理させたらどうですか、と余計なお節介を焼いたのだった。
昼寝の途中で起きてきたオガワさん、オレの話を聞いて「そういえば」と業者に顔を向け、「昨日、インターホンが何もしないのに鳴ったぞ、なんとかしろ」と言い出したのである。
あれれ、オガワさんちもそんなことがあったんですか。いやあ、オレはてっきりオガワさんがいたずらしていたと疑ってましたが。
オガワさん、オレの胸ぐらをつかんで、オレはそんなせこい嫌がらせはやらねえ、とアピールだ。
と、その騒ぎを聞きつけたか、右隣の家のドアが開いて、ヤマモトさんの奥さんが顔を出す。あ、ヤマモトさん、今、業者が来てます、お宅も何か修理させたらどうですか。
オレにすすめられて、ヤマモトさんの奥さん「あら、そういえば昨日不思議なことがあったんですよ。インターホンが鳴ったけど誰の姿も」。
ええええっ、皆まで言うな。ということは、三軒一斉に超常現象だったのか。業者よ、これをどう考える。
業者は、うーむ、とうなり、「それはどう考えてもおかしいですね、メーカーに調べさせましょう」と言うのだった。
それを聞きながらヤマモトさんの奥さんは「そんなことより、タンゴさん、回覧板ですよー」とオレに回覧板を手渡してくれたのである。こうして両隣を巻き込んでの真昼の井戸場会議は、無事に終わったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.07.15
みんなでわいわい飲むのも楽しいけれど、一人で飲むのも好きなんだよ。
週刊誌とか一冊持って、カウンターで日本酒をずずっと。
本日はサウンド&レコーディングを手にして、魚せいで一人酒だ。ここは一人で勝手に飲んで勝手に帰らせてくれるのが、よろしい。あんまりかまって欲しくないのだ、オレは。
台風の後だから空いているだろうと思ったのに、げっ、なんと満員でやんの。マジかよ。
なんで混んでるんだよと文句を言いつつ、カウンターに座って、オレは刺身を食ったのさ。この店は面倒くさくなると、オレの前に一升瓶を置いて勝手に飲んで、自己申告で払えという態度に出る。
本日もそうなのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」サウンド&レコーディング」"ソングライターの作曲法"というインタビュー集が興味津々。作曲の技法はそれぞれであるものの、やっぱりみんな、エバーグリーンな名曲に帰って行くのかと納得。オレももっとエバーグリーンを聞かなければなあ。


2007.07.14
打ち合わせ1、原稿。
長らく、いいモニターを買わなければなあ、と思っていたのだった。
モニターといってもディスプレイではなく、いわゆるスピーカーである。音楽制作用の。
スタジオモニターという、音楽を楽しむためではなくて、音楽をチェックするためのスピーカーだ。
もちろんピンキリである。本当のスタジオにあるのは一本が数十万もするし、今月号の「サウンド&レコーディング」の"スタジオモニター特集徹底試聴"という特集を見ても、とても手が出ないものばかりである。
結局選んだのは、ヤマハの1万7000円のやつ。低音に難はありそうだが、総合的なコストパフォーマンスからの判断だ。
買ったのは、大好きなサウンドハウスというショップ。ここのサイトは見ていて楽しいぞう。
で、それはとかく、届いたモニター2本、置き場所に悩んで、とりあえずは机の上。うう、邪魔でしょうがない。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「hon-nin」麻生久美子のインタビューが読みたくて購入。極貧の少女時代、ザリガニを釣って食べていたという話は絶倒。


2007.07.13
取材2、原稿。
カタールに引き分けたからって、べつにじたばたすることはないのだ。ほーら、ちゃんとこれでグループリーグ突破が決定的になったのだから。
リーグ戦の初戦に引き分けたから(負けてさえいないのだ!)って、この世の終わりのような悲壮感を漂わせるのは、日本という国のチームだから仕方ないのかなあ。マスコミにあおられすぎなのか。
そのメンタリティは、今日のUAE戦にも引きずられていて、前半で3-0となったから、どーんと構えていればいいものを、たまたま速攻で1点を失ったからって、いきなりこの世の終わりが近づいているかのようなパニックぶりにおそわれるのはどういうことなんだろう。
1点を返されたって3-1で、まだ圧倒的に勝っている。勝っているんだから、さらにいえば引き分けだってグループリーグ突破の可能性はあるんだから、落ち着いてそのままのペースで淡々と進めばいいわけよ。それなのにあたふたしちゃって、あー、みっともない。
こういうのは日本人のメンタリティなのだろうか。
日本人ということで思い出した。参院選に自民党から出馬している女のアナウンサーがいるけど、こいつのポスターのコピーが「日本人でよかった」というもので、オレはあまりのことに道ばたでよろめいてしまったよ。
在日などのマイノリティを思いきり切り捨てている、まさに弱者切り捨て、格差万歳の本音が露骨であるべきか、アメリカ人やドイツ人やアラブ人やロシア人や中国人やアフリカ人ではよくないと言っているのに変わりはなく、ほとんど国辱もののコピーではないのか。
ちょっと驚いたのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」


2007.07.12
原稿。
いやいや、ここのところ忙しくて、たんごちゃん、大騒ぎ。
気がつけば7月ももうすぐ半ばで、あららら、こんなことではあっという間に夏が終わっちゃうよう。
髪を切りに行きたいし、目医者の定期点検も行かなくてはならないし、ああ、忙しい。ついでに飲み屋も行かなくては。あ、選挙も。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「SPA!」昔より今の学校の先生のほうが格段に質が上、という神足の指摘は限りなく正しい。


2007.07.11
原稿。
おお、今日は7月11日、セブンイレブンではないか。セブンイレブンでは何かイベントをやるのか。やらないか。
そんなことはともかく、夜11時ごろにたまたまNHKをつけたら藤原ヨシアキが陶芸をやっていて、なにやっとんじゃ、おっさん、と思ったのだった。ぼけっとそれを見ていたら、引き続き出てきたのが、おお、なつかしの「あみん」。そう、「待つわ」である。
ポプコンのフィナーレではプロの審査員に鼻で笑われたが、会場のアンケートで圧倒的な支持を集めて、プロが苦々しい思いでグランプリを認めたといういわくさきの作品が「待つわ」であった。
あみん解散後、岡本孝子は「裏ユーミン」と呼ばれるようになり、いつしか寂しいOLたちの圧倒的な支持を得るようになっていく。
もちろんオレが寂しいOlというわけではない。
たまたまこやつの「夢をあきらめないで」という曲が好きだったのだ。
ちょうど30歳。7年間勤めた会社を辞めて、曙橋のマンションに個人事務所をつくって独立した頃だった。
オレはカセットテープに録音した「夢をあきらめないで」を毎朝、毎晩聴いては、独立したばかりの不安な思いを紛らわせていたのだった。
この曲を聴くと、あの当時、狭いワンルームマンションの事務所で夜中に一人、天井を見上げていたときのことを思い出すのである。
そんな感傷を知ってか知らずか、知らないに決まってるのだが、岡村孝子、一気におばちゃんになって、しかも歌が下手。ちょっと愕然としかけたオレであった。
そこは気をとりなおし、ビジュアルには目をつむって、大人の態度で、懐かしく聴いたのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.07.10
取材1、原稿。
そういや、先日、家族でピザ屋に行ってお昼ご飯を食べたとき、タバスコを振りかけたその手で目をこすったら、痛くて痛くてえらいことになった。これがほんとの、えらい目にあった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「文藝春秋」"電波男・島田紳助"という記事が出色。「週刊ポスト」大前研一が"JR東日本が品川駅に東海道新幹線の駅をつくったとは、なんて凄いことなんだ"と絶賛していて、飲んでいたビールを思い切り吹き出してしまった。


2007.07.09
原稿。
で、そのアジアカップの初戦のカタール戦であるが、まず驚いたのはカタールのあまりの弱さだった。組織はできていないし、腰は引けているし、ありゃりゃ、こりゃ楽勝だわなあ。
もっとも日本も日本で、点が取れるときに取っておかないから、最後になってあんな目に遭うのだった。
カタールの唯一の武器はあの28番しかないのは明らかだから、ヤツにゴール前でフリーキックを蹴らせるような真似だけはしちゃいかんてば。もっともあれば阿部のミスではなくて、その前に交替で入ったジェフのなんとかっていうMFの信じられないような凡ミスから始まった流れだから、阿部はジェフを出てよかったとしみじみ思ったことだろう。
基本的には中村の言うように、試合は支配していたし、そんなに悪い内容ではなヵったのだから、グループリーグ突破は約束されたようなものである。
初戦を追いつかれて引き分けただけで、この世の終わりのように嘆くあたりのメディアのマインドは相変わらずでちっとも成長なしだなあ。
こういう大会では滑ったり転んだりしながら、何とか勝ち点を積み上げていくしかないということは、もうみんな知っているのに。
もっとも個人的に言えば、小野が入っていないというそれだけの理由で、オレはオシムを認めたくないのだがなあ。その意味では、このチームへの評価を見定める、格好の大会ではあるのだが。

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2007.07.08
原稿。
池袋の駅では、西武遊園地と豊島園の割引券をばらまき中である。オレも歩きながら何枚かもらった。
子どもが幼稚園だから、そろそろプールにも連れて行かねばならぬか。
豊島園とか、水着の姉ちゃんが山盛りだもんなあ。いやいや、子どものためだ。
だがここで大きな問題が。なんとオレは泳げないのである。
泳げないが、そんなものは青春一時期を過ぎればもはやたいした問題ではなく、うっちゃっておいたのだが、まさかこの年になって新しく海水パンツを買うことになるとは思わなかっただよ。
カメラマンのタケダ氏も実はカナヅチだという。一念発起して「今年は水泳教室に通うんですよ〜」と張り切っていた。
「ご一緒にどうですか〜」と誘われたけど、ぷるぷるぷる、勘弁してくださいと逃げたのだった。

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2007.07.07
原稿。
結婚記念日である。誰のって、オレのである。
考えてみれば7回目の結婚記念日である。7月7日で7回目。おお、なんともめでたい。
二人でぱちぱちと拍手して、よく続いたよね〜、まったくだね〜、とうなずきあって終わりなのだった。

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2007.07.06
打ち合わせ1、原稿。
ラーメン屋にいって塩ラーメンを頼み、途中で味噌に変えてくれと言い、さらにやっぱり豚骨にしてくれと言うヤツがいたら、いい加減にしろと店から放り出されると思うのだが、それほどの非常識をやってるという自覚もなしに仕事をしている人間が多くて、ぐったりと疲れるのであった。
ともかくタンゴは怒っていると伝えるように。
せめてラーメン3杯分のお代を払うくらいの良識、いや、常識は持ち合わせてくれていることを願うのみである。胸に手を当てて考えるように。
などというストレスフルの状態のまま、本日は幼稚園での盆踊り会に参加する。毎年の事ながら、賑やかなものだ。
先生たちも気合いを入れて髪をセットし、化粧も決めて、本心から楽しんでいる。やる側が楽しまなきゃ、こういうイベントは白けるからなあ。と言うオレはビデオ係となって子供らと先生を録りまくったのだった。
園庭では小学生のガキどもが遊具に登って遊んでいる。そりゃあ、登るなっていうほうが無理だべ。遊具がありゃ、子どもは遊ぶ。
しかし、建前は遊具で遊ぶのは禁止であり、張り紙もしている。こんなことで事故でも起きたら、園としてはたまらんからな。
それでも子どもは遊具があれば遊んでしまう。だから注意しなくてはならない。
性分なので黙ってみていることができず、滑り台に登っている子どもを見つけたら遠くからわざわざ行って、降りろ、こら、降りろ、と怒鳴りつけてやった。いつものことだが疲れるのだった。
まったく近くで大人が見ているのだから、注意すりゃいいのに、見て見ぬふりかい。
もっとも園内だからできることであって、今時、外で他人の子どもを注意するなんて、やたらとできない。石神井警察でも、他人の子どもには直接注意しないで、警察に通報して欲しい、と言ってくる時代だからなあ。
盆踊り大会が終わって、子どもたちは全員おみやげに花火をもらって帰った。
花火があれば、子どもは火をつけて騒ぐって。
近所の子供らが、友達のマンションに集まって、中庭で花火を手に大はしゃぎだ。
ところがそれを"うるさい"と警察に通報したヤツがいるらしく、光が丘警察から警官がやってきて、調書を取って署名捺印させられたという。来る方も来る方だが、まあ、通報があれば動かざるを得ないのが警察だから、それは仕方ないか。しかし、調書を取ることはなかろうて、光が丘警察三原台交番。
言うまでもなく、一番許し難いのは、まだ9時前なのに子どもが庭で騒いでいると通報するバカである。こういうバカには切れてもいいとオレなどは思うが、どうだろう。
世の中には犬嫌いがいるように、子ども嫌いもいるのである。
それを理解しつつ、子育てを行わなくてはならぬのだが、子どもがうるさいからというだけで通報するヤツがいたなら明らかにこちらから反撃してもいいのだ。オレはそう思うね。人格が崩壊するような攻撃をしかけちゃうぞ。
さすがだったのはユウヤパパで、その話を耳にするや即座に立ち上がり「ちょっと話を付けてくる」と一人警察に乗り込み、ふざけるのもたいがいにしろとガツンと落としてきてくれたのだった。
幼稚園の父ちゃんをなめるんじゃねえど。怒らせたらコワイんだど。

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2007.07.05
取材2、打ち合わせ1、原稿。
早朝5時半に起きて原稿を書く。7時過ぎに終了し、それから朝飯だ。
昼は、東京駅八重洲口にある飲み屋街でのランチ。日本橋改札の近くにあり、出張客が新幹線の待ち時間にビールを飲んで「いやいやいや」などと言うためにある店だ。
この飲み屋街一帯が、昼になるとランチをやるので、けっこう重宝している。
当然ピンキリ。本日はピークの時間帯に遭遇してしまったので、イヤな予感を抱きつつ、空いていたラーメン屋へ入る。
食べたのはサバの塩焼き定食。明らかに中国産の山菜を小鉢に提供してきた以外は、まともだった。
ところが支払いで一万円を出したら、驚いたことに、レジ係のばばあ、露骨に「はあ〜」とため息をつきやがったのである。
さらにこのばばあ、釣りを渡すのに、ありがとうも何も言わないのである。
こんな店はガラガラになって潰れてしまえと呪いの言葉を吐いてきた。二度と行かない。

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2007.07.04
取材1、打ち合わせ1、録音1。
午後から神保町の某通信会社のトップの対談を取材。事前に予定していた方向で話が進んだのはよかったけれど、勢いがついて暴走してしまい、わははははと大笑い。面白かったなあ。でも、これがどうすれば原稿になるんだ?としばし途方に暮れる。
夜は目黒のスタジオでレコーディング。取材の時は業者であるが、レコーディングではディレクター様なのである。気分がいいのである。
本日は11月に出る「おでん屋さん」という歌の収録。作曲、アレンジがオレなのだ。
ボーカルは、篠笛のことちゃん。
歌は本職ではないが、あのキャラの立ってる声質ならばきっとイケるだろうと睨んで依頼したところ、狙いはばっちりと当たり、いやあ〜、いいボーカルが録れました。
おでん缶が大好きなアキバのオタクたちにも絶対に支持されるに違いないという素晴らしさ。ああ、楽しかった。
こんな感じの「おでん屋さん」であります。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「歌謡曲という快楽」宝泉社。かつてあった"よい子の歌謡曲"というサブカル雑誌のメモリアル。今読み返してみたら、案外つまらなかったなあ


2007.07.03
取材3、原稿。
最近忙しそうですね〜とよく言われるけど、忙しいのは仕事ではなくて、幼稚園関連のワークなのであります。プロレスの世界ではワークと言えば、負け役のことを指すのであるが。
朝から幼稚園で役員会を務めて、午後は仕事でハードな取材に臨むというのは、けっこう精神的な切り替えが大変であります。しかしそんなことは言ってられないのであった。
それにしても幼稚園の先生方というのは、けっこうな重労働だ。20代前半の遊びたい盛りなのに、朝早くから(7時)出勤して、一日中子どもたちの相手をしているのだから、カネでももらわなきゃ割に合わないよなあ。ってカネもらってるけど。
話は突如変わって、月末に予定されている夏合宿に、アンドー君が参加を検討中である。しかも前向きである。その上、積極的に、である。
なんとかしてアンドーくんの決心を後押ししたいと考えている名幹事のオレは、メール攻撃という手を思いつき、ナカヤマ親分とヤマグチに依頼して、アンドーくんにメールを連発するように仕掛けたのだ。
これでもアンドーくんが決心しないというのなら、次はこの日記にアドレスをさらして、さらに多くの人の攻撃を呼び込む考えである。
そんな目に遭いたくなかったら、アンドーくん、直ちに夏合宿の参加を決心しなさいね。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊朝日」特集が"今からでも間に合う小技のきいたお中元"というのだから、この週刊誌、とてもカネを払って詠むような代物ではない。


2007.07.02
原稿。
朝、日経新聞朝刊一面下のコラム、"春秋"に目を通す。
梅雨のさなかだというのに「自転車に乗ってペダルをこぐのが心地よい季節になった」と書かれてあって、思わずお茶を吹き出す。
吹き出したお茶を拭き取ってから、しとしと降る雨の中、息子と娘の手を引いて幼稚園まで歩き出した。
夜、池袋のバー「TANGO」で、親戚の人々と酒。
所沢のおじさんに大宮のおばさん、いとこのナオコちゃん、ナオトくん、シゲちゃんにオレの計7人で酒である。牛久のおじさん、横浜のタカちゃん、幕張のコーちゃんももお待ちしていたのだが、残念。次回はぜひ。
しかし、おじさん、おばさん、いとこたちと外で飲むのって、なんだか面白いねえ〜。本当に親戚どうし仲がいいよなあ。
所沢のおじさんに「どうして両親を海外旅行に連れて行ってあげないのだ」と説教されるも、今までさんざん誘ったですよ、でも外国嫌いニッポン大好きって耳を貸さないし、その分、国内はいろんなところに連れて行きましたよ、ものすごく高い温泉旅館にも泊めてあげましたよ、それをそれを、親不孝のように言うなんて、と逆ギレする。
その所沢のおじさん、昔、飼っていた犬が近所の人にかみつきまくったので、保健所で処分したことを話す。それを聞いた息子のシゲちゃん「今までずっと友達にあげたものだとばかり思い込んでいた。ショックだ。どうせなら隠し通して欲しかった」とへこむ。
おじさん、それを見て「世の中は厳しいものだよ」と落ち着き払って諭す。
9時半におひらき。大宮組と西武線組に別れる。
急行電車のドアが開いた途端、素早く乗り込み、座席を確保したおじさん。すげえスキルですねえって、びっくりしたら「もう何十年もこの電車に乗ってるからね」とニヤッと笑って見せたのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」


2007.07.01
夏至を過ぎると、昼と夜の勢いが逆となる。つまり陰に向かうようになる。
それはやっぱり寂しいものなのだ。
ナカヤマ親分と、中国産の食べ物がいかにひどいかという話をして、漬物なんて、もう絶対に口にできないと思う。でも、漬物は好きだなあ。
検索したら、近くに国産・無添加の漬物を作って販売している店があることを知り、息子を自転車に乗せて、夕暮れの街を、えっちらおっちら、出かけていった。
様々な漬物を試食。おお、練馬大根の漬物がある。
昔ながらの製法で、その味は相当に昔臭い。
ところが試食した息子は「おいしいねえ」とにっこり。それを見たおばちゃんは「んまあ、味がわかるのねえ」と感心、感激なのだった。
ともかく食べてみてから評価しようと、何種類かの漬物を買って帰る。
久しぶりに近所の銭湯「富士見湯」に行こうと、息子と娘を車に乗せて行ったら、なんと臨時休業の張り紙。がっくし。
夏の銭湯は気持ちいいから、入りたかったのだけれど、残念。また来週だ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.06.30
7月末には恒例の夏合宿が予定されている。本日はその下見である。
目的地は伊東市のすぐそばの宇佐美海岸というところだ。
下見であるにもかかわらず、オレが先方に連絡しなきゃと気づいたのが本日の朝で、おかげでわざわざ行ったというのに合宿所は無人。何の意味もない下見になってしまったのだ。
それでも一応は買い出しのスーパー、待ち合わせ場所のトンカツ屋を決め、さらに今回のメインの仕掛けとして地元の魚屋2店と話をつけ、地元の新鮮な魚を存分に味わい尽くす予定となったのである。
下見の後は、三島に移動して、岐部さん、親分に加え、わざわざ酒だけのために浜松から急遽やってきた加藤と駅前で酒を飲む。今回、親分は体調の関係もあって酒なしの車での参加。だもんで、帰りは親分の車で送ってもらったのだった。はあ、楽ちん。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「雪明かり」藤沢周平・講談社文庫。まったくどれを手にしてもはずれのない作家であって、感心するばかりである。


2007.06.29
原稿。
我が家の隣にあった区民農園が廃止になって、そこに11階建てのどでかいマンションが建つことになった。
本日夜はその住民説明会である。
説明に立ったのは、施主であるデベロッパー2社と、設計を担当した設計事務所1社。住民は全部で15名(しょぼっ!)だ。
オレもこの場を幸いとばかりにいろいろ質問攻めにしてやったのだが、しかし、説明する側は本当にご苦労だねえ。計画をよく見れば、住民に最大限配慮したかなり誠実なプランとなっているのだが、そんなことに聞く耳は持たないという住民もいて、同情してしまった。
特に、じーさんたちが困ったものだ。
自動で地下に収納するタイプの駐車場だというのに「家をのぞかれて困る」「家に排気ガスがかかって困る」「車が暴走して家に突っ込んできたら困る」というクレームの嵐。施主側が何度「これは地下です」と説明しても理解できないのだ。とほほほ。
つくづく施主側に同情したという、終わってみれば不思議な説明会なのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」


2007.06.28
原稿。
まったく中国という国がからむとろくなことにならない。
昨夜のTBS『ニュース23』で、割り箸と中国というネタをやっていて、イヤな予感を抱きつつ見ていたら、なんと日本で使っている割り箸のほとんどが中国産で、しかも漂白剤がどばどば使用されていると。
水割りをなめながら寝転がり、早く8チャンのクリステルが始まらないかなあなんて薄ら笑いを浮かべていたオレは、これを見てマジかよ〜と叫びながら起き上がったのだった。
真実を追究すべく、オレは研究活動に入った。ネットで検索したのである。
なんと、これは既に広く知られていた事実のようで、うーむ、確かに中国産の割り箸は、原料となる木材が黒いため、白くするために漂白してるそうだ。
使われている漂白剤は、亜硫酸塩類というものらしい。
これは輸入ワインの防腐剤としても使われている薬品だそうで、飲み過ぎて悪酔いするのはこいつが犯人。簡単に言えば、自動車の排気ガスと同じ成分らしい。
割り箸に使われている程度の亜硫酸塩類ならば、すぐに健康被害が出ることはないそうだが、しかししかし、一人の人間が一年に平均200本の割り箸を消費しているそうで、それを何年、何十年も続けていたら絶対に悪いことが起きるに決まっている。
発ガン物質が含まれているという指摘もあれば、あるジャーナリストが割り箸を金魚鉢に放り投げたら金魚が死んだ、という話もある(都市伝説か?)。
コンビニの弁当に付いてきた割り箸を、そのままコップに浮かべておくと、数分で漂白剤がしみ出てくるのがわかるそうでもある。うーむうーむ。
いやまあ、空気の悪い東京に住んでいて、塩素の入った水道水を飲んでいながら、今さらそういうのを気にするのもどうかとは思うものの、大人はどうであれ、やっぱり幼稚園児二人を抱える身としては、平静ではいられないのである。
まったく中国がからむと、ろくな事にならないなあ。
ともかくこれで、心穏やかに飲み屋でつまみを口にすることもできなくなった。これからは、マイ箸を持ち歩くことに決めたのである。
うー、ロハスな人間みたいで、激しく恥ずかしいが、仕方ない。中国人が薬漬けにしたものを口に入れることなど、とても許されないのだ。
そういや話はまったく関係ないけど、保健所にいる保健婦っていうのは、あれはどういう存在なのだろう。
いやね、子どもが小さい頃、何度か検診を受けて、そのたびに保健婦という人がアドバイスなのか、注意なのかをしてくるのだけれど、それがとても鬱陶しいというか、失礼というか。
我が長男など、1歳半の頃には「言葉が遅いので発達障害の心配がある」と言われ、まだほ乳瓶を使っていると言ったら「とんでもない! 虫歯になるからすぐにやめなさい」と目を三角にして怒られた。
保健婦ではないけど、やはり検診では息子は江東区のバカ歯医者に「あーあー、歯並びがひどい」とため息をつかれ、このままでは矯正だと脅されたのだった。
そんな目にあってオレたち夫婦はどうしたかというと、一切、無視してやったのである。
発達障害の恐れがあるから専門施設で相談を、と言われてもバカ言ってんじゃねーよ、おととい来いと追い返し、歯医者にはおめーの頭を矯正してやろうとどつき返してやったのだった。
検診にやってくる連中がなんぼのもんか知らないが、子どものことは親が一番わかってる。親としての本能が、「この子は大丈夫」と語りかけているのがわかったから、何の心配もしなかった。結局、そういう本能は案外に正しいのだと思う。
先日、カメラマンのヨシダさんが、息子さんが熱を出したときに"もしや"と思って病院に連れて行ったら実は急を要する症状だったそうで、これは父親としてのファインプレーだったわけだが、こういう"もしや"の思いこそ、本能のもたらすものなのだろうなあ。
一歳児検診などの会場にやってくる保健婦のおばちゃんというのは、はなから"今時の若いお母さんは、ろくなもんじゃないよ"という光線をギラギラに発しているのは間違いないから、適当にあしらっておけばよろしいのだ。
その代わり、信頼できる小児科医を一人、ホームドクターとして見つけておけばよろしいと思う。
発達障害の恐れがあって、虫歯が間違いナシで、歯並びがひどいと言われた息子は、今、園庭を元気に走り回っては、家で本を読み、教えもしないのに字をちゃんと書けるようになった。もちろん虫歯などまったくなく、歯医者に行けばほめられている。
娘も同様で、小さい頃に、言葉が遅くて発達障害の、と言われていたのが、今はたくさんの友達とにぎやかにやっている。
しっかり見ておけば、子どもはしっかり育ってくれる。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.06.27
原稿。
最近のコンビニの店員の質の低下は目を覆わんばかりで、特に中年フリーターの仕事っぷりは困ったモノである。
駅前のミニストップでは、ここ二日、オレは連続して「ありがとうございました」と言ってもらっていない。レジの際も「140円」とだけで、「ですます」を使われていない。
買い物をして気分が悪くなるのはイヤだから、このミニストップにはなるべく立ち寄らないようにはしているのだが、まったくやれやれだ。
早く潰れてしまいなさい。
さて、朝起きて郵便受けから新聞4紙を引っこ抜いて何をするかというと、最初に日刊スポーツを開くのである。
一面をざっと見てサッカーのページをざっと見て、プロレスのページをざっと見て、芸能欄をじっくり見て、社会面をしっかり読むのだ。
なんでスポーツ新聞を取っているかというとサブカルチャーの流れのようなものをつかむためで、実際のところ“来日中のビリーが、さんまの番組で体操をおちょくられ、一瞬ムッとしたものの最後には抱擁して別れた”という記事は、一般紙には絶対に掲載されないのだ。
日刊スポーツのあとは、日経、朝日、読売の順に3紙の一面コラム、日経なら「春秋」、朝日なら「天声人語」、読売なら「編集手帳」をざっと読み比べる。
本日は珍しいことに全部が社会保険庁のボーナス返上について書いていた。たまたま昼にラーメン屋で産経新聞も読んだところ、産経でも同じネタを扱っていた。
読み比べて、いつものことながら一番つまらないのは朝日の「天声人語」である。主語は使わずに「と思った」「と考えた」がやたらと出てくる。二日に一回は出てくる。つまりは一日かけてこのコラムを書いている筆者が、「こんなことを思った」と書いているのね。
以前、さんざんバカにされて社内でも笑いものになっていたこのコラム、筆者が代わって少しはマシになったけれど、近所を出歩いて「思った」とかいうあたりのやり方は、基本的に同じようだ。
文章的に一番うまいのは、読売である。日経は切り口が時々面白い。日経、読売の順に読んで、最後に朝日にたどりつくと、その落差にけっこう寝ぼけ眼も覚めるのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「産経新聞」「サンケイスポーツ」
「週刊プロレス」「食品と暮らしの安全」7月号「ナンバー」猪木に1976年の例の試合についてインタビュー。今やプロレスはリアルファイトではないということが堂々と前提として語られる時代になった。
「プロレス外伝・リアルヒストリー」宝島社。今になって出るわ出るわ、あの試合の真相はこうだった式の裏話。そりゃあ、おもしれえです、うひひひ。国際はぐれ軍団時代のラッシャー木村が、鹿児島の居酒屋で浜口や寺西につぶやいた「仕事だ」の一言の凄みは、いやあ、涙なしには読めなかったなあ。プロレスは、やっぱりキャラだよなあ。
「愛は死ぬ」永沢光雄・リトルモア。おそらく遺作になるのだろうな、これは。ガンを患って、手術して、という同じパターンの話ばかりがつまった連作集。文章がうまいわけでもなく、物語が転がるわけでもないのに、不思議に人を惹きつける話を書く人だ。亡くなったのが、つくづく惜しい。


2007.06.26
取材1、原稿。
「時効警察」を見たいが買うのはばかばかしいと悩んでいたオレに、妻は素晴らしいアドバイスをくれた。レンタルしてはどうか、というのである。
おお、それはビッグアイデア(ほとんどバカ夫婦だな)。
オレはすぐさまディスカスに登録して申し込んだのだった。
ディスカスは以前にも登録して利用していたのだが、子どもが幼稚園前の暴れん坊の時期で、とても落ち着いてビデオなんぞ眺めている余裕はなかったので、半年ほどで脱会していた。
子どもが二人とも幼稚園に行くようになった今なら大丈夫だろうということで、再登録である。それにしても便利な世の中になったねえ。
名刺の印刷も、封筒の注文も、なんでもかんでもネットだべさ。
ここでネットがもたらすこれからの変革について滔々と述べようかと思ったけれど、読まされる方はたまったもんではないと思ったので、やめた。
本日は、浜松町から五反田へと移動。途中、浜松町の大型書店「談」に立ち寄る。いい本屋ではあるのだが、いかんせん、レジが少ない。常時10人以上が行列しているので、買いたい本があってもあきらめてしまうことがある。
五反田では、某クライアント様の送別会に参加。オレなんぞ末席で十分であるのだが、なかなかに楽しめた。
コマガタが三日三晩の突貫作業で作ったという映像作品を見せられる。おお、コマガタ、これは素晴らしいぞ。尋常ならざる仕上がりだ。
いつもの君らしからぬ、あ、いやいや、いつもの君に違わぬファンタスティックかつビューティフルな映像作品である。
わははは、見たまえ、上映順の選択をミスったRの営業と制作が青ざめているではないか。さもありなん、続けて披露されたRの映像作品は、うひゃひゃひゃ、なんともびんぼくさい仕上がりだ。
まあ、これはいつもの奴らの仕事ぶりが反映されただけに過ぎぬわ。
この名刺があればどこでも出入りできるのだぞとばかりに社名の威光をひけらかし、獲得予算イコールおのれの実力と勘違いし、足元を見ては思いきり手を抜くという、普段やらかしている悪徳仕事の化けの皮がはがれたのだ。
アウェーの闘いとはいえ、手抜き仕事で思い切り居心地の悪い思いをした、その体験から何かを少しでも学びとらんか、たわけどもめ。
そうである、オレはRが嫌いなのである。その仕事のやり方と相手をなめきったような佇まいが、嫌いなのである。
そんな連中に大恥をかかせたという点でも、コマガタ、本日のMVPは君である。拍手。まあ、飲め飲め。明日のプレゼンの勝利も約束されたようなものだ。
などと、また口汚く人様をののしってしまった。日記とはいえ、よろしくないのである。反省するのである。反省しても猿だから忘れるのである。
話は突如飛躍するのだけれど、印刷業界の再編がぼちぼち加速しそうだ。
材料を大量に仕入れて巨大な製造装置で多品種を大量に生産する印刷業というビジネスは、いろいろと大変なのだろうなあ。オレが駆け出しだった20数年前から、価格的にもほとんど上がっていないし。
見事に情報産業へと業態転換を成功させた大ニッポン印刷はともかく、中堅以下はどう生き抜いていくか、相当に苦労していると思う。ネット化、フリー化の波は、まっこと恐るべしだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「鴨川ホルモー」万城目学・産業編集センター。なんとも奇妙なタイトルの小説で、中身も奇天烈というかなんというか。京都を舞台にしたファンタジーなのだが、しかし、基本的なありようはオーソドックスな青春小説である。体調わずか20センチほどの不気味な鬼どもを1000匹も自在に操って、大学のサークル同士が闘いを繰り広げるという話だ。その舞台装置が整うまでの前半はけっこう退屈だったが、青春物語してきた後半は一気に読めた。


2007.06.25
原稿。
基本的にテレビというものが嫌いである。ほとんど見ない。
朝6時半からのNHKニュースと、夜10時からのテレ朝→日テレ→フジというニュースリレーは見るが、天気予報とニュースは本来的にはネットで十分。惰性でつけている部分が大きい。
そんなオレであるから、ドラマなどもってのほか。バラエティも歌番組も、まず見ない。
だが、「時効警察」というドラマが面白いというのを聞き、というか読み(SPA!である)、早速アマゾンでDVDを注文したのだった。
どれどれと、届いたDVDを見たら、あれれ、これが案外面白い。刑事コロンボのパスティーシュになっているのだが、どうでもいい小ネタの脱力加減がなんとも言えず、絶倒なのだった。
うひゃひゃひゃと笑いながら妻に「これおもしれーぞ」と教えてあげたら、「とっくに知ってる」とのことであった。しかもテレビでちゃんと見ていた回もあるらしい。ううーむ。
確かにたかがテレビドラマ、わざわざDVDで2話三千円なんぼかの金を出して買うようなものではないわな。
しかし、それでもやっぱり続きが見たい。でも、金払って買うのはばかばかしい。
どうしたらいいんだと、一人悩む梅雨空の下なのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.06.24
ちょっと前に中国のインチキディズニーランドが話題を集めた。面白いから目くじら立てずに、そのままやらせておけばよかったのになあ。
それにしても、ばれなきゃ何をやってもいいんだ、という開き直りに加え、ばれた途端「なんのことだ?」と一切合切をなかったことにしてしまう中国人の精神構造は、たいしたもんだよなあ。あれじゃ真面目な日本は勝てないって。
と思ったら、ありました、日本にも。
埼玉県加須市の「むしさの村」という遊園地であります。
車で1時間ほど。初めて行った遊園地である。
基本的に、非常にゆるい雰囲気の遊園地で、遊具などは小学校も半ばを過ぎたら見向きもしないようなゆるさ。従って遊んでいるのは幼稚園児とその親ばかりという、まことに都合のいい遊園地であった。
水上ボートという遊具では、係のおばちゃんが「ここは涼しいのよー」とオレにも乗るようにすすめてくる。メリーゴーランドでは、係のおっさんがオレの子どもに「暑くないのか」と聞いて「ひゃあ、子どもってのは元気だねえ」と驚いている。なんなんだ、この遊園地は。
おどろいたのは、ドリームファンタジアというアトラクションである。
ディズニーランドの「イッツアスモールワールド」の完全なパクリで「ちゃららんらんらん〜」というおなじみの音楽に乗せて、船ではなくてトロッコで館内を一周すると、いろんな人形が動いているのが見えるというものだ。
この人形が凄い。白雪姫にピノキオにアリババに、むちゃくちゃな登場人物で、そのちゃちなこと。ビニールテープの波がわき起こり、ボール紙のチューリップはクレヨンで笑顔だ。
あまりのことにオレたちは「ここに北京があった」と固まってしまったのだった。
もっと凄かったのは、レストランの隣の休憩所である。
この遊園地には温泉施設が併設されていて(ジェットコースーターと温泉という、二大危険施設が隣り合わせの場所なのだな)、温泉に入った人が休むコーナーがある。ここをのぞいたら、なんと舞台では劇の真っ最中だったのだ。
どういう劇かというと、えーと、難しい。登場人物が、ピノキオにニワトリにウサギに犬だ。
物語は、学校へ行く途中のピノキオを犬が拉致して連れてきて、そこにニワトリとウサギが現れて、一緒に遊び出すというところから始まる。何をして遊んだかというと、鬼ごっこだ。何か落ちがあるかと思ったら普通に鬼ごっこをして終わりである。
かと思うと、いきなり「タコ焼きナンボでマンボ!を踊ろう」とウサギが言い出して、突然全員でマンボを踊り狂う。観客は完全に置き去りだが、子供らはおもしろがって舞台に殺到なのだ。
こうしたさんざん遊んだ後、なぜかキティちゃんのエプロンをしたウサギが「さあ、帰りましょう」と言って物語は唐突に終わる。「ピノキオはちゃんと学校に行きました」という説明があったから、一応は教育的配慮をしているのだろうが、しかし、なぜこの劇にピノキオが登場するのか、最後までとうとうわからなかった。
あまりのことに初めは口を開けて呆然としてオレたちだが、途中から畳の座席に突っ伏して笑いまくり、妻など「ツボに、ツボに」と半ばけいれんしながらの鑑賞であった。
いやあ、凄いものを見てしまった。「むさしの村」、お勧めであります。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.06.23
どうやら今年は空梅雨ではないのか。水不足がとほほだな。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.06.22
取材2、原稿。
傘を持ち歩くのが好きという人はめったにいないと思う。オレも好きではない。
だから、天気予報で午後から雨の確率が80%と出ていても、残りの20%に身を委ねて手ぶらで家を出るのだった。男なら勝負なのだった。そして当然のように勝負に敗れるのだった。
そんな旦那の姿を見て、妻は「だから折りたたみ傘を持てばいいのに、この人ったら」とため息をつくのだった。へんっ、あんな女々しいものを持てるかってんだ。
で、どうなったかというと、当然玄関はビニール傘の山で、相当に鬱陶しいことになっているのである。
ということを考えつつ、新幹線で名古屋に向かったら、途中から激しい雨。あららら。今回もオレの負けだった。
仕方がない。潔く自分の立場を悟ったオレは、名古屋駅前の東急ハンズ(けっこう面白い)に寄り、ついに折りたたみ傘を買ったのだった。だってここからビニール傘を東京まで持ち帰るってのもナンだし。
買ってびっくりだけど、最近の折りたたみ傘ってすごいねー。ワンタッチでぱちんと開くのは当たり前で、なんとワンタッチでしゅるしゅるーって折りたたみまでできるのだった。ほとんど全自動折りたたみ傘。ちょっと感動ものであった。
そんな思いをしてまで買った折りたたみ傘だというのに、東京に帰ってくる頃にはすっかり雨も上がって星が出ていた。
むなしい。
仕方がないのでオレは、家に帰ってから部屋の中で自動折りたたみ傘を実演してみせて、「どうだ、かあちゃん、すごいだろ」と自慢したのだった。
今日は夏至。一番日の長い一日が、結局は雨だった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「週刊文春」「文藝春秋」"不都合な真実、主犯は米国だ"の記事は必読。環境問題のいい加減さがよくわかる。
「ヒューマン2.0」渡辺千賀・朝日新書。シリコンバレーでの生き方を解説した本。いや、別にオレがシリコンバーで生きたいと思ったわけではない。それにしてもIT先頭集団って、人間的に鼻につくヤツが多いなあ。それでもどんな本にも一つぐらいはいいことが書いてあるもので、"仕事のネットワークは、広く、浅くが基本"というのには体験的に深く納得。
「オシムジャパンよ!」フィリップ・トルシエ、アスキー新書。トルシエって誰だと思ったら、なんだか見たことのあるフランス人ではないか。そのフランス人がオシムについて語るっていう本だけど、ちっと語っていないではないか。自分の自慢話と自分の知っている知識を披露しているだけではないか。カネ渡して適当にしゃべってもらったのを100倍ぐらいに薄めただけではないか。ということは十分に予想できたはずなのに、新幹線で小田原からから掛川ぐらいの間で読んでしまったよ、きーっ。なお、小野伸二を呼ばないうちは、オレはオシムジャパンを断固として支持しない。オシムはわかったか。
「チルドレン」伊坂幸太郎、講談社文庫。相変わらずうまいなあ。さすがの才能を持つ作家である。もっともこのニューゼネレーションの作家たちの特徴なのか、ちょっとした飛躍や、ぶつ切りの文体には、なかなかなじめないのだが。ともかく登場人物の造形は見事である。


2007.06.21
原稿。
朝から激しく暑い。朝刊を取りに玄関に出たら、隣のオガワさんが早くもげんなり。
今日は仕事に行かないんですかと聞いたら「こんな日に働いたら死んじゃうよう」と答えた。オガワさんは屋根職人である。その気持ちはよーくわかる。
オレも同じように休みたいが、そうもいかず、働くことにする。
とは言え、とりあえずの朝の仕事は、息子と娘を幼稚園に送り届けることである。うーむ、なんとも呑気な。しかも夫婦で。
あげくに午後のお迎えも、夫婦で行く。あろうことか、オレは短パンである。
まったく気軽な父さんだと思われているんだろうなあ。帰ってから原稿と激しく格闘しているとは、誰も思ってくれないのだろうなあ。
もちろんそれでよいのである。
しかし今日は暑かった。子どもたちも汗だくである。その上、水道水を蛇口から直接がぶがぶ飲んでいる。きっと多少のことでは倒れない、野生人が出来上がるのだろう。
もちろんそれでよいのである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.06.20
取材3、原稿。
赤い靴ー、はーいてたー、のクツではない。くーつである。KOOTSとも書く。
いったい何かというと、茶店である。
しかも文字通り、緑茶を飲ませる店だ。
簡単に言えば、スタバとかタリーズとかのカフェが、コーヒーはやめて今日は緑茶にしましょ、と言って衣替えしたような店である。つまり最先端。おしゃれ。
そんなおしゃれな茶店で、緑茶を飲んでしまったオレは、かなりおしゃれだと思うのだがどうだろう。
しかし、なんでKOOTSなんていうへんてこな名前なんだろうなあ。
なお、改めて言うまでもないが、オレはカフェが嫌いである。喫茶店が好きである。
スタバがあっても、わざわざ「ルノアール」を探して入るような男である。そして「ルノアール」で、いやいやいや、などと言いながらイスに深く腰掛けるのが好きである。
結論。ルノアールが緑茶を出してくれたら最高なのではないか。って、時々出してくれるから、それでいいのか。
ちなみにKOOTS、これから都内のおしゃれスポットに順次誕生予定。今から「知ってるよ」と胸を張れば、あらま、おしゃれねー、と高得点間違いなし。
と、書いていること自体がちっともおしゃれじゃないな。さらに言えば、こんなことはもう常識で、オレが知らなかっただけなのか?

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」
「ウィキノミクス」ドン・タプスコット、アンソニー・D・ウィリアムズ、日経BP。ここのところ本について書いてなかったのは、この一冊と格闘していたからだった。ああ、他の本が読めずに苦痛だった。なにしろ今週の土曜日にこの本の読書会があって、参加する予定だから、どうしても読破しておく必要があったのである。さて、どんなことが書かれているのか。えーっと、北半球のごく一部の地域で起きている事象を取り上げて、世界が変わる、と大騒ぎしている本である。などと読書会で言ったらぶっ飛ばされそうだから言わない。たまたま検索してこれを読んでる人からメールが来ても無視する。まじめに紹介するなら、ネット2.0の時代におけるビジネスの地殻変動を示した本である。でも、ここに書かれてあることぐらい、とっくに誰もが体感していたことではなかったのか? 違うか? それにどんなにウィキな環境となっても、リアルはやっぱりリアルで残るわけだし。読みたい人がいたら、読書会が終わったら差し上げます。やれやれ、もう一冊、読んでおかなくてはならない本があって、次はそっちだ。


2007.06.19
取材4、原稿。
むしむしと暑い季節である。と書いて、今日は書くネタがないことに気がつく。
うーむ。
そうだ、勝どき駅のことを書こう。
勝どき駅というのは地下鉄大江戸線の駅で、晴海や築地市場の近くにある。規模としてはけっこう小さい。
ところが近くに住友商事本社とグループ会社がまとめて入っている晴海トリトンがあるものだから、朝の通勤時間帯には悲惨なことになる。
オレもなんどか経験したのだが、9時半始業なのでピークの9時過ぎには、なんとホームから地上に出るまでに5分以上もかかるのだ。小さな駅なのに。
ホームのエスカレータに行列ができ、改札に行列ができ、狭い階段に行列ができる。狭い駅の中、おいあいへしあいの、沈黙の行列なのだ。
なんでこんな小さな駅にしてしまったんだろう。いや、それより、なんでこんなところに引っ越してきたのだろう、住友商事は。毎度、疑問に思うのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.06.18
取材6、原稿。
ウチから車で15分ほどの緑豊かな公園の近く、埼玉県とのギリギリの県境に、突如、ホームレスの一時収容施設が建設されることになった。
周囲は学校が4つほど並んでいる。ホームレスとはいえ犯罪者ではないのだから自由にうろうろするわけで、治安はどうなのか。近所の公園に段ボールの家が並ぶのも容易に想像できるのではないか。
そもそもこの敷地は、区長が選挙前には「スポーツ施設にします」と公約していた場所だった。それが当選後、突如としてホームレス施設に変わってしまったのである。
間抜けなことに選挙前の公約を区のサイトから削除し忘れていて、公約違反である証拠がばっちり残っているという大笑い。
加えて、突如開催された近隣への説明会が町内会名簿に名前を載せていた家庭だけにしか告知されていなかったり、隣接する新座市も寝耳に水で激怒し、さらに説明会では地元選出の区議会議員が対派の口封じを画策していたことがばらされたり、噴飯ものの話がわんさかと出てきている。
利権とか、そういう臭いもぷんぷんするぞ。
この問題、これからますます騒ぎが大きくなりそうな予感がする。ちょっとチェック中。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.06.17
うほほ〜。
我が家の周囲は畑だらけであるが、昨年まで区民農園だった一角が今年になって廃止になったので、何か動きがあるだろうとにらんでいたら、案の定、マンション建設が決まったのだった。
11階建てのそこそこのマンションである。
我が家とは直接敷地が接しているわけではなく、日照もまったく関係ないが、そのマンションの立体駐車場がもろに我が家の西側にぶつかることは判明した。
直接影響を被るのは隣のオガワさんであるが、「まあ、確認申請がおりたものを、今さらどうのこうの言ってもしょうがないよ〜」とあきらめ顔なのだった。
オレも別にコトを荒立てるつもりはまったくないし、息子など「しょうがっこうへいくおともだちがふえるから、たのしみだよね〜」と言ってるくらいだから、まあいいんだけど、でも、車の出入りが危険なのと騒音が気になるので、そこだけはけっこうきつく申し入れるつもりである。
どうやら留守中に挨拶に来たようだが、不在だったので、説明書だけが投げ込まれていた。今度詳しく聞いてみよう。

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2007.06.16
原稿。
昼、家族で神崎ユう子のコンサートに出かけた。池袋の芸術劇場である。
神崎ゆウ子とは、「お母さんといっしょ」の第十六代お姉さんで、童謡歌手。この春に出した二枚の童謡アルバム『きゅん』『ふわり』が一部マニア(オレのことだけど)から絶賛された人である。
いや、実際いいのよ、このアルバム。最近では車の中じゃずっとこれをかけているしなあ。
透き通ったボーカルは最高である。ついでにアレンジがもう絶品。さすがの船山モトキ、徹底した職人仕事ぶりを見せてくれるのだった。
ということで期待して出かけたライブだったけど、ステージはバックバンドもなく、完全に一人カラオケボックス状態。あららららと思い切りずっこけたのだった。
何もフルバンドとは言わないけれど、せめてベースとキーボードとパーカッションぐらいは欲しかったなあ。ついでに船山センセが弾いてくれたらよかったなあ。
一人カラオケじゃ、CDをステージでかけているのと変わらないじゃないか。
大昔、来日したカーペンターズが、スタジオでの多重録音の音をライブでもきっちり再現したことで周囲は一瞬驚き、その後、でもそれってコンサートでレコードを聴いているようなものじゃなかろうか、という疑問が噴出したのだった。
まあ、そういう問題はあったけれど、基本的に神崎ゆうコ、とーっても美人で、前から2列目という素晴らしいポジションで、オレは美人歌手を眺めてうっとりするお父さんになったのだった。でへへへ。

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2007.06.15
取材1、原稿。
地下鉄「大手町」駅直結の大手町ビルヂングは、オレが駆け出しだった25、6年前に既に古いビルだった。
当時の得意先がこのビルの2階に入っていたので、小僧だったオレはよく使い走りでこのビルに足を運んだものだった。
本日はこのビルにて取材。当時も古かったが今も古く、もっともその古さには大差はなくて、いったん古くなったものはずっと古いままであるという、つまり大人になったらずっと大人ということなのだろうと思ったのだった。
取材を終えて地下鉄に向かってビル内を歩いていたら、本当に偶然にショームラ氏に会う。まさに「ばったり」という感じだ。
おー、久しぶりですねー、いやいやいや。せっかくですから、ちょいとそのへんで。いいですねえ、仕事も終わったし、ビールでも。
ということで近くにあったバーに入り、カウンターに座って、ビールを頼む。
ショームラ氏と落ち着いて話すのは久しぶりで、お互いの近況からあの人はどうしてるといった話題(イサワ氏のことを気にしてたよ〜)、そして会社のこと、仕事のことなどをいろいろと話したのだった。
お互いにビジネスの環境をめぐる激変ぶりには驚くばかりで、さて、どうしよう、どう生きるべきか、と知恵を出し合う、本当に有意義な酒席であった。
そんな有意義な話をしていたところ、突然バーに激しく酔っぱらったOL一号と、その彼女を後ろから羽交い締めにしたOL二号がよろよろとなだれ込んできたのでびっくり。
どうやらOL一号は激しく酔っぱらっているようで、羽交い締めにした二号が入り口で店員に「ノンアルコールはありますか」と聞いていた。「ございます」の返事を聞いて二号は一号をずるすせると引きずって店内に運び、ソファ席に座らせようとする。ところがなぜか二号は激しく抵抗し、あわてた一号は「席をとっておいてください」とバッグを店員にわたし、二号を店の外に連れ出したのだった。
気分が悪くなってトイレにでも駆け込んだか。
それにしても近くの店で飲み会があったのだろうが、こんなに泥酔しているというのに、誰も男はついてやらなかったのか。二号だけに預けるとは、ずいぶんと薄情な会社だなあ。
静かになった展開で、ショームラ氏と再び話す。
と、店の外でなにやらわめき声が聞こえ、がっしゃーんという音。どうやら看板を蹴飛ばしたらしい。
案の定、さっきのOL、二号が一号を羽交い締めにして、戻ってきたらしい。
しかし二号の泥酔ぶりはひどく、彼氏にふられでもしたのか、叫びながら暴れていて、それを二号が羽交い締めでなだめている。念のため申し添えるが、大手町駅直結の大手町ビルの地下商店街の通路である。
金曜の夜、残業帰りのサラリーマンがぞろぞろと通る中での暴れっぷりだ。20代半ばの清楚で真面目な感じの普通のOLである。それが酔っぱらってぎゃーすかわめいているのだから、なんともシュールな、世も末な。
とうとう泥酔二号は店の入り口で激しくひっくり返り、店内に向けて足を広げてばたつかせる。びっくりして入り口を振り返った全員の目の前には、これ以上はないという大胆さでパンツが披露されていたのだった。
そういや先週の「SPA!」は「奇跡のパンチラ」というあまりにも知能指数の低い特集をやっていたが、目の前の二号は奇跡でもパンチラでもなんでもなく、見せられてもちっとも嬉しくない泥酔パンツなのだった。
結局、泥酔二号は「すみませんすみません」と謝る一号に引きずられてどこかに消えていった。いったいどうしたのだろう。引きずって無理矢理タクシーに乗せて、途中で吐いて運転手に怒られて、一号のマンションでぐちゃぐちゃになって寝て、翌朝、激しく責められ、激しく後悔するのだろうなあ。
それにしてもなんで男が誰もついてやっていないのか、冷たい会社である。
ともかくそんな泥酔の嵐が過ぎ去った後、我々二人はまた静かに知的な会話を楽しんだのだった。

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2007.06.14
原稿。
昨日の日経新聞のスポーツ欄を見て、ああ、そうだったっけ、と思い出して自分の去年の日記を読み返してしまった。
何のこっちゃ。いや、去年の今頃、日本代表はドイツで8分間に3点取られるという大笑いの試合をやって、日本中を白けさせたのだったよ。
ついでに一週間後には、柳澤が「急にボールが来たので」という伝説のセリフを放ったクロアチア戦だったなあ。あれは今もQBK問題として語り継がれている。
それ以上に醜悪だったのが、ブラジル戦後にグラウンドに倒れ込んだ中田の姿だったけど、まあともかくあのオーストラリア戦の8分間は、どっちらけましたなあ。
あれでジーコがいかに無能であったかが満天下にさらされ、まだトルシエのほうがマシだったということがはっきりしたのだった。
そしてもしかしたら我々は、オシムよりジーコのほうがマシだったという事態に直面しつつあるのかも、という恐れもなくはないわけで、はあ〜、まったく小野のいない代表なんてつまらないよなあ。
と、ネタのない日は、こんなつまらん話でごまかすのであった。
と思ったら、思い出した、ネタはあった。
今朝、日刊スポーツの芸能欄を広げたら、知っている人の顔がでかでかと出ていてびっくり。楽天の社長である。
シマダさんという人だけれど、この人とは昔、かなーりベタで一緒に仕事をしたのだった。えっと、営業担当で、オレがシマダさんの取ってきた仕事の原稿を書く、という関係だ。
この人が楽天の社長になったときは驚いたけど、芸能人と結婚するという記事にはびっくりで、確か子どもがいたはずだけどな〜と思って読んだら既に離婚していたというから、あららら、何やってんだ〜、とずっこけた。

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2007.06.13
取材1、原稿。
つい先日、アップルの悪口を書いておきながら、サファリがWindows用にリリースされたという新聞記事を読んですぐさまダウンロードして使おうとしたのは、このワタクシであります。
「舌の根も乾かぬうちに男」とか「コウモリ男」とか「節操なし男」などと呼ばれています。はい。
ところがこのサファリ、ダウンロードしてインストールしたはいいけれど、大笑いなことに、まったく立ち上がらないのであった。わはは。
さらに、途端にWindowsの動き自体が不安定になり、パソコンがろくに使えなくなってしまったのである。
舌打ちしたオレは、ただちにサファリを削除してやった。
やっぱりあれだな、アップルの悪口を書いたのが見つかってしまって、それでサファリに意地悪されたんだな、きっと。やっぱりアップル製品は使わないようにしよう。

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2007.06.12
原稿。
税金が来た。
毎年恒例、住民税の通知である。昨年よりは少なくなったものの、うぎゃっと叫んで倒れ込み、母ちゃん、もううちは終わりだ、破産だ、夜逃げだ、偽装離婚だと嘆きたくなるほどの金額であった。
だからといって、本当に逃げるわけにはいかないので、払うことにした。
一年分、一括払いである。しかも現金である。
オレはこの類の金は、ちゃんと現金で払うようにしている。払っているという実感を忘れないようにするためだ。
年金も同様である。いずれ近々社会保険事務所に乗り込んで、水に落ちた犬を叩いてこようかと思っているが、わざわざ現金で払っている分、叩きがいもあろうかというものだ。
税金を払う窓口は郵便局である。
そのため銀行で金をおろし、郵便局に持って行かなくてはならない。
なぜ、銀行の窓口でも払えるのにわざわざ郵便局まで行くかというと、イライラするから銀行にはあまり長時間滞在したくないのだ。ついでに言えば、一厘たりとも手数料を払いたくないからである。
それはともかく、暑い中をわざわざ銀行まで歩いていって金をおろそうとして、あれえ〜、今は50万円を超えるお金はATMじゃおろせないのねえ〜と卒倒した。
あえて「たかが」というが、たかが50万円を超えるカネが必要になったら、今は用紙に必要事項を書いて印鑑を押し、番号札を取って順番を待って、窓口に並ばなくてはならないのである。
なぜこんなことになったかというと、悪意ある第三者が他人の通帳から金を引き出すという詐欺事件が原因だ。
だが根本にあるのは、この事件の時、金を引き出そうとした犯人に対しては身分確認を怠ったくせに、抗議に訪れた本当の持ち主に対しては身分確認を求めたことで世間から非難され、その経験から次は責任をかぶらずに済むようにATMから一日で引き出せる額を著しく制限することにしたという、銀行側の責任逃れにある。
結果、利用者が迷惑を被っているわけだが、税金を湯水のごとにじゃぶじゃぶ使っておいて平気な顔をしている銀行が利用者の迷惑なんぞ顧みるわけがないのである。
ああ、また始まった、オレの銀行の悪口が。
ま、そういうわけで、オレは銀行の窓口に並ぶことにしたのだった。
どこの銀行かというと、漢字にアルファベットをくっつけて平気な顔をしているメガバンクである。恥ずかしくないのかなあ、あんな名前で。
もちろん恥ずかしくなんかないのである。
なぜなら、ただひたすらトップ集団から振り落とされるのがイヤで無見識に統合を繰り返したあげくの結果が現れた名前だから、それが恥ずかしいことだと気づいてすらいないのだ。もし気づいているなら、大きな駅前に行けば同じ看板が筋向かいに立っているような無様さをとっくに恥ずかしく思っているはずなのだ。
まあ、いいや。関係ない。
ああ、めんどくせえと露骨にイヤな顔をしながら紙に名前やら金額やらを書き、用意周到にもしっかりと持参した判子を押し、平日にTシャツ姿でヒマそうにしているオヤジめという視線を向けている派遣の女が「印鑑をお持ちですか」と声をかけてきたのをうるさそうに追い払い、オレは窓口に紙っぺらを差し出したのだった。
そして驚いたのだが、えと、ここが今日一番言いたいことなんだけど、普通預金の窓口がたったの一つしかないのである。後は定期預金とかの窓口なのだ。
つまり50万円を超えたら窓口へ並べと言ってるくせに、その窓口はたったの一つで、ここで預金の引き出しや各種の支払い手続きや通帳の更新や住所の変更や、とにかくなんでもかんでもこなすので、混雑するのは当たり前だというのに、当たり前のように一つしか用意されていないのである。この漢字とアルファベットの名前のついたメガバンクでは。
あまりのことにオレはけっこうマジで呆れたのだが、もちろん奴らがそんなことを恥ずかしく思うぐらいなら名前や立地のことを当然真っ先に恥ずかしく思っているはずだろうから、オレの呆れた視線など、あっさりと跳ね返されたのだった。
しかしさあ、この窓口の女、いかにも面倒くさそうに金を引き出す仕事をするんだよね。さぞ面倒くさいだろうねえ、「たかが」50万円を超えたぐらいのカネの仕事は。
巨額の税金に比べたら、ゴミだもんねえ。
いつものことながら銀行に来てぐったり疲れたオレは、やれやれと言いながら炎天下を歩き、郵便局までいって税金を払ったのだった。
こんな思いをして払った税金だ、ちゃんと使えよ、練馬区の連中め。

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週刊ポスト 2007.06.11
原稿。
「ビリーズ・ブートキャンプ」という妙ちくりんなしろものをご存知でありましょうか。ありますか。
ケーブルテレビのコマーシャルで大人気。話題沸騰のむちゃくちゃプログラムである。
いかに大沸騰かというと、そんなコマーシャル知らねと口にしたオレが、途端に「無知〜」「時代遅れ〜」「だっせえ〜」「信じらんねえ〜」「関西人なみ〜」「犬なみ〜」と一斉攻撃を受けたほど、世間では大流行なのである。
えーと、これが一体何かというと、ダイエットプログラムなのですな。
ビリーさんという人の踊っているDVDを見ながら一緒に踊ると、わずか7日間でしっかりやせますという商品で、その何が違うかというと、7日間でちゃんとやせると5000円が戻ってくるというところにあるのである。
このおかしげなプログラム、オレにDVDを分けてくれたまっちゃんの体験によれば「あれだけ激しい運動だから、確実にやせるんですわ」とのことだ。
確かに映像を見れば、長州小力とかいうタレントの妙な踊りを10倍ぐらい激しくしたダンスである。こりゃ、相当のエネルギーを消費するだろうなあ。
一つの運動が終わるたびにビリーくんが「グッジョブ」と言うけれど、これが「けっこう気持ちいい」(まっちゃん)らしい。
体育大学出身のインストラクターに言わせれば「けっこうでたらめなプログラム」らしいが、それはそれとして運動すればエネルギーを消費してダイエットできるのは、ものの道理。ついでに言えば、採取するエネルギーを抑えればもっとダイエットになるのも道理。
もっとも、人間の体のほとんどは水分でできているのだから、水分を絞ればやせるというのはものの道理に思えて、実は血管の詰まるリスクが高まるので、それは無理。これがマイクロダイエットなるものからくりなので、けっこう簡単にリバウンドしちゃうし、あれはやめたほうがよろしい。
というわけでビリーくんのキャンプのなんたら。旬の話題にぜひどうぞ。
まっちゃん、ありがとうございました。またビール飲みに行こうね。

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2007.06.10
原稿。
昼にとんでもない土砂降り。ああ、びっくりした。
こういう突然の天候にはもう慣れっこになってしまったが、これも地球温暖化の一つであるのは間違いない。困ったものである。
ところでこの夏に大騒ぎが予想されるセカンドライフだが、やっぱりあれはいろんな意味で危険だなあと感じるのだった。
ちょっとしたRPGでさえも途方もない悪影響を与えるのだから、セカンドライフほど大がかりなものになれば、いったいどれだけの負の影響を受けるのか、想像もつかない。
というオレは遅れた守旧派なのだろうか。
ちなみにセカンドライフでは誰でも大もうけできそうなことが宣伝されているが、実際にここで設けられる人は0.1%程度だろうと言われている。
しかも先行者利益を享受するためには、現在のところ相当レベルの英語力が不可欠である。
よってオレにはまったく縁遠い世界なのだった。

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2007.06.09
「アブラハムに〜は 7人の子〜 1人はのっぽであとはちび〜」という、放送禁止間違いナシの歌を知っているだろうか。
隣のゆうちゃんパパと「いやあ、とうとうこれを3年間やり通しましたなあ」「そうですなあ、感慨深いですなあ」と言葉を交わしながら、園庭でこいつを踊ったのである。
そう、本日は幼稚園の父親参観日だったのである。
今年は大変だった。なにしろ年長に息子、年少に娘がいて、かけもちだったからである。
最初はマラソンだ。幼稚園の周囲の道を、およそ400mほど息子と一緒に走ったのである。まったくこのクソ暑いのに、いい年をした大人が子どもの手を引いてマラソンである。
冗談じゃない、バカも休み休み言え、ビール飲みたいビール出せ、などと息を荒くして帰ってきたら、今度は休む間もなく娘の競技だ。
毎年のことだが、年少の父親には、お前は幼稚園児の父親なのだ世間的な風体や会社でのポジションは一切関係ないのだ、ということを知らしめるために、思い切り恥ずかしいことをさせることになっている。
今年はというと、まず頭にボールの形をした帽子をかぶり、二人一組で走っていってバットの素振りを三回行い(?)、子どもたちの前で手を振って「ちょっと、ちょっとちょっと」と叫び(何かのギャグか?)、子どもの名前を呼んで肩車して走って帰ってくるというものである。
ほとんど拷問である。
父ちゃんたちはちんたらやってたが、オレは隣のパパに声をかけて、勝負に行きますから、と宣言。全力でバットの素振りをして、全力で「ちょっとちよっとちょっと」と叫び、全力で肩車して帰ってきたのだった。
その息が静まる間もなく、今度は息子の大玉転がしである。
いまどきそんなゲームをやるのか。やるのである。
ここでもオレは「勝負に行きますから」と宣言し、息子と二人で本気で大玉を転がしたのだった。あまりにも本気すぎたため、大玉は一気に加速。息子はついてこれず、オレだけが必死の形相で大玉を押していたのだった。
その後、冒頭のアブラハムがどうしたこうしたという放送禁止歌を踊り、息を荒くして教室での見学となったのだった。
やれやれ、疲れたわい。

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2007.06.08
取材1、原稿。
久しぶりに渋谷のヤマハに立ち寄る。学生時代はよく遊びに行ったもんだ。
それにしても最近は大人向けの楽器教室が多いねえ。あちらこちらでギターやらピアノやら。
楽器をたしなむのは悪いことではないので、ご同慶の至りである。
鬱陶しいのは、ここでもやはり団塊だなあ。自らを「おやじバンド」と名乗るそのセンスから、許し難い。
そして、おやじだからという開き直りの選曲と演奏、そのくせカネは山ほど持っているから楽器にスタジオは好き放題だ。ああ、鬱陶しい。
そういや団塊の憧れが、ホームシアターらしい。誰があんなもん買うのかと思っていたら、団塊が買っていたのだった。

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「サウンドデザイナー」7月号。ボーカルのエフェクトについての解説。うーむ、プリアンプというものが必要なのか。もしかしたら、プリアンプ内蔵のインターフェースに買い抱えるのか。ぼちぼち新作アルバムの制作にも本腰入れるか。現在、3曲のオケができています。けっこういいぞ"地下鉄"と"表参道"と"秋の気配"。
「食品と暮らしの安全」7月号。今年の冬にはうどんが大きく値上がりするらしい。うどーんと値上がりだ。
「日経ビジネス」アフターサービスについての読者調査。例えば車ではレクサスが最高でルノーが最低のサービスランキングである。特筆されているのはアップルの酷さだ。なんだって? iPodっていう製品を買って電話サポートに電話すると、一回3800円も取られるんだって? ひゃー、おまえら、思い切りバカにされてるじゃねえかよー。もっとも、アップルなんていう会社にサービスを期待するのは間違っている。パソコンの時代から"Macは好きだけどアップルは大嫌い"とみんな言ってたからな。iPodなんてものを買ってはいけません。ウォークマン買え、ウォークマン。日本人なら日本の製品を買え。
「グッジョブ」(1)〜(7)かたおかみさお・講談社。レディスコミックなんてものを読んでしまったわけだが、存外、面白かった。建設会社に勤める普通のOLの視点での日常を描いたマンガである。仕事や恋愛や人間関係や、構成の巧みさもあって、なかなか面白い作品であった。
「ブラックジャック」手塚治虫。魚せいやスマイリーに飲みに行くときはコンビニによって読む本を買っていく。本日はつぎはぎだらけの顔をした悪徳医者の話である。手塚治虫は、やっぱりしみじみと絵がうまかったのだなあと、今さらながらに感心。そういやこの人、担当編集者にはものすごく意地悪だったらしいねえ。一方で朝日新聞とNHKには妙に愛想がよくて、どんなに安い仕事でもニコニコして引き受けたらしい。権威や名声や保守といったものに弱い人だったのだろうなあ。ブラックジャックもよく読めば偽善ぽい話だ。


2007.06.07
打ち合わせ3、原稿。
ツイッターっていうのがはやっているそうだけれど、いまいち、よくわからん。
ともかくオレもやってみようと、feecleというサービスに登録してみた。ミニブログというのらしい。
http://tango.feecle.jpです。皆さん、一度試しに来てください。何がどうなるか、さっぱりわかりませんが。
*
ギター業界にとんでもない新人が登場である。
アメリカのエリック・モングレインというギタリストだ。
とにかく演奏スタイルが凄い。ギターを横に寝せて膝の上に置き、両手で弦やボディを叩きまくって音楽を奏でる。
それがまた美しいメロディーに激しいリズムが組み合わさったりする、素晴らしい音楽なのだ。
とにかくその演奏スタイルの特異さには驚愕。こいつはマジですげえ、とのけぞること必至である。
このギタリスト、実はまだアルバムも出していない。ではなぜ話題になったかというと、YouTubeに自分の演奏を投稿したところ、あまりのインパクトのすごさに噂が噂を呼んで300万アクセスに達したとかいうのだ。
うーむ、ネット時代ならではのデビューだが、確かにこのインパクトはすごいぞ。YouTubeでERIK MONGRAINと検索すれば今も見ることができます。
なによりも今週の土曜の深夜、0時10分からNHK総合テレビでこの人の演奏風景が20分ほどオンエアされます。
ビデオにとっておいて損はないと思うぞ。思うのはオレだけか。
*
流れぶった切って思い切りアナログな話題だが、夕べ、ご飯を食べていたら息子が急に妙な顔をした。
もしやと思って口を開けさせたところ、おお、案の定、前歯が抜けてすかすかになっている。数日前から乳歯がぐらぐらし始めていたのだ。
妻は慌てて口の中のものを全部出させて、中を捜索。すると、おお、出てきました、小さな乳歯が。いやあ、飲み込んでしまわなくてよかったねえ。
「こんどはおとなのはがはえてくるんだ」と息子は嬉しそうで、娘は前歯の抜け間抜けなお兄ちゃんの顔を見て大笑いである。
オレが子どもの頃、乳児が抜けたら、上の歯は縁の下に放り投げ、下の歯は屋根に向かって放り投げたものだった。新しく生える歯がまっすぐに出てきますように、というまじないだった。
今時はどうするのだろうと思ったら、ちゃんと専用の容れ物にいれて取っておくらしい。へえー、そなのか。確かにネットで調べたら、ちゃんと専用の容れ物が売られていた。
ま、記念ということで、決して安くはなかったけれど、注文したのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「週刊文春」社会保険庁のダメぶりを徹底レポート。史上最悪の役所だな、社会保険庁は。
「婦人公論」買うのにちょっと勇気が必要だったけど、井上貴子が新人時代に先輩レスラーからどんないじめを受けたかが書かれてあったので購入。そうなのである、今月号は「女のいじめ」が特集で、うひゃあ〜、女の世界って凄いんだぞう。
「アスキー」そのツイッターというやつのことが知りたくて買ったのだが、表紙にでかでかと"ツイッターのすべて"と大書しておきながら、実際の記事はわずか2ページ。うわあ、思い切り詐欺じゃねえか、これ。
「脳内汚染からの脱出」岡田尊司・文春新書。いわゆるゲーム脳を取り上げている。実際、ゲーム機やネットの恐ろしさが、ここまでとは思わなかった。ほんのちょっとでもゲームを体験させると、いかに脳に悪影響を受けるのか、寒気がするほどである。人類は絶対にコンピュータゲームをたたきつぶすべきだ。ゲーム中は、覚醒剤を使用しているのと同僚のドーパミンが脳内で放出されているという。毎晩ゲームをやるということは、毎晩覚醒剤を取り込んでいるとの同じ影響を受けることになる。なぜこのようなものが野放しにされているのか、心底不思議である。


2007.06.06
原稿。
もしかしたらオレが遅れているのかもしれないが、何かブラウザの世界で新しいことが起きていないかなと思って見つけたLunascapeというブラウザが、とても面白いのだった。
かつてはネスケ、今はIEを使ってて、時々ファイアフォックスやオペラなどを試したものの、あまり代わり映えのしないつくりにすぐに飽きていたものだが、このLunascapeっていうのは、おお、こりゃあ面白いのだった。
軽くてサクサクしているのはもちろんのこと、どんどん面白いようにカスタマイズできるのがたまりません。スキンがたくさん用意されていて、そっくり着替えられるのも楽しいのだった。
しばらくはこのブラウザを標準にしよう。
もっともオレは一人で発見して喜んでいるが、もしかしたら世間的にはもう常識なのかもしれない。オレの情報感度はかなり低いかも。
なにしろ最近はパソコン雑誌もとんと読まなくなったしなあ。
Mac時代は月に3、4冊も読んでいたものだったのに。
もっとも当時は雑誌で情報を手に入れて研究しなければ使えないような代物だったのも事実である。工業製品じゃないな。
最近はパソコン雑誌なんて不要になったのも、ようやくそれはそれで正常だと言えるのかも。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「SPA!」さすがである。勝谷誠彦が例の大臣の自殺への疑惑について、決定的とも思える証拠を挙げている。口封じ以外の何ものでもなかったのだろう。


2007.06.05
取材1、原稿。
割とペットボトル飲料を手放さないタイプのオレは、やっぱり落ち着くところに落ち着いたという感じで、伊藤園の「おーいお茶」が一番好きである。
出かけるときは駅の売店で500ミリリットルを一本買う。家にこもって原稿のときは、コンビニで2リットルを買って机にどかんと置く。
緑茶はいろいろあるけど、やっぱり伊藤園だなあ。
もっともお茶の味って、成分の99%を占める「水」による。水の旨みが決定的に味を左右するのだ。
従って一番旨いお茶というのは、その土地で採れた茶葉を、その土地のわき水で煎れたものである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」


2007.06.04
原稿。
えっと、数珠をください。「は?」。
いや、だから数珠です。「ジュース?」
いや、数珠です数珠。この階にあるって聞いたんですけど。「ジュースなら地下の食品売り場ですけど…」。
いや、えと、だから、ほら、なむなむっていう…。「あー、お数珠ですかあ」。
大泉の西武で、そんなお間抜けなやりとりをしてやっとオレは数珠を手に入れたのだった。
先週のことであった。
それまでオレは数珠というものを持っていなかった。なくても今までなんとかなったからである。
だが、実家での法事を間近に控え、大人としては数珠の一つも持っておくのがよかろうと考え、買いに出かけたのである。
そして、ようやく数珠売り場にたどり着いたというわけだ。
ところが数珠というものがいったいいくらするものなのか、オレには相場などまったく見当がつかなかった。
売り場のおばちゃんが「こちらでいかがでしょう」と差し出した数珠は4千円。うーむ、これが果たして高いのか安いのか、さっぱりわからん。
たぶん一生使うことを考えれば安いのだろうし、一体何回使うことになるのかと回数当たりの単価を考えれば安いとは言えないし。
そもそも数珠なんてものの原価はあってなきがごときなのだから、高い安いと言ってもしょうがないようにも思える。
結局オレはおばちゃんのすすめる4千なんぼかの数珠と、「こちらもあると便利ざますわよ」とすすめられて、いらないんだけどなあ、と思いつつだまされ覚悟で2千なんぼかの数珠入れの袋を買ったのだった。
そして家に帰って大事にタンスの中にしまい、妻にもここに入れたからなと言い、当然のように法事のその日にはすっかり忘れて手ぶらで行ってしまったのである。
バカか、オレは。

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2007.06.03
なんだか世の中のいろんな税金が上がっているという話を聞くが、本当なのか。本当だとしたら、ひどい話ではないか。
しかもどうやら年金もおかしなことになっているそうで、まったくこの国はわけわからん。
などとずいぶん投げやりな日記だが、新潟まで往復運転すると、けっこう疲れるのだよ。

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2007.06.02
新潟の実家で、死んだばあちゃんの17回忌の法要が営まれる。
ばあちゃんが死んだのは、雲仙普賢岳の火砕流災害が世間を驚かせていた春だった。以来17年。
その子どもが全員元気で生家に集まり、17回忌をやったんだから、まあ、たいしたものだと思う。親孝行としては最高の部類に入るだろう。
できうるならばこのままいつまでも全員が元気で集まれたらと思うのだった。
それにしても親戚一同、本当に仲がよくて、我ながら結構びっくりである。

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2007.06.01
レコーディング1、原稿。
本日は午後から新曲の録音だったのだ。発売は9月である。お楽しみに。
しかし、それにしても忙しい。ありがたいことである。
アキヤマくんに聞いたら、彼のところも激しく忙しいそうだ。日本経済、絶好調なのか。ほんとにそうなのか。

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「子どもの体が危ない」幕内秀夫・PHPペーパーブックス。この著者は信用できる人であるが、言ってる内容は基本的にどの本も同じである。ご飯を食べろ、和食を食え、油と砂糖は口にするな。いずれもすべてもっともなことである。便秘に悩んだら野菜をたくさんとるのではなくて、パン類を一切やめて普通にお米を食べればよろしいのだ。


2007.05.31
取材5、原稿。
今日で春が終わりである。明日から夏である。
そんなことはともかく、取材を終えてぐったり疲れて石神井公園の駅に降りると、ぽつぽつと雨が降り出した。
ありゃりゃ、と思って畑の中を歩き出したら、向こうから自転車が猛スピードで走りながらなにやら叫んでる。なにごとかと思ったら、隣のオガワさんだった。
オガワさん、奥さんでも駅まで迎えに行くのか、傘を持って自転車に乗り「ひゃー、タンゴさん、雨だよう、雨だあ」と叫んでいた。まったく突然の夕立は、人を駆り立てる。
ところで『ウィキノミクス』(日経BP社)という本が本日発売されたらしいが、日垣隆によれば"これから20年先を見通す名著"らしい。へえー。
どれ、読んでみるかと思ってアマゾンに発注しようと思ったが、なにしろ500ページ以上の大著、果たしてオレに読破できるかどうか自信もなくて、ちょっと躊躇中である。ちゅうちょちゅうって、言いにくくない?

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「サラリーマン金太郎」
「海鳴り」(上)(下)藤沢周平・文春文庫。嫁さんは口をきいてくれない、息子はぐれる、仕事はうまく行かない、ああ、オレの人生は一体何だったんだ、とため息をついた中年男が、ふとした弾みでW不倫の深みにはまってしまって、周囲の迷惑も顧みずに暴走機関車と化していくという話。ちなみに江戸時代の話である。まったく人間のやることに進歩はないという教えであるぞ。
「プロレス金曜八時の黄金伝説」山本小鉄・講談社α文庫。昔のプロレスラーは強かった、俺たちはこんなに練習した、それなのに今の若いプロレスラーはなっちょらん、なぜなら昔のプロレスラーは強かったからだ、その上によく練習したものだ、なのに今の若い連中はなっちょらん、なぜなら昔の俺たちは、と年寄りの昔自慢が延々と続く本。紙のムダである。


2007.05.30
取材3、打ち合わせ1、原稿。
ここのところ、日中は野良仕事で、原稿は早朝及び深夜というパターンが続いて疲れてしまい、やれやれ、ふうとため息をついて飯田橋・鳥よしに行ったら、「厚揚げ売り切れでーす」と言われてがっくりきたお父さんなのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」「SPA!」


2007.05.29
取材1、原稿。
本日は富山まで日帰り取材である。そこで体験した、富山のタクシー事情についての貴重な報告を行う。
空港でタクシーに乗った我々取材班は、運転手に行き先を告げた。目的地は地元の大きな会社である。当然知っているものと思った。
運転手、会社に電話して場所を確認。「ああ、わかった」と返事をしてすたこらさっさと走り出したわけだ。
ところが次第に様子がおかしくなり、我々がホームページから印刷して持っていた地図と照らし合わせても明らかに違っていることが判明したのである。
つまり地元の会社へ案内するのに、この運転手はまるで道を知らずに走っていたのだな。
まあ、それはよい。誰だって間違いはあるし、行き先すべてを知っているわけではない。
しかーし、ならば地図を見ろ、地図を。
と思って車内を見たら、このタクシーはなんと道路地図帳を用意していないのだ。
今どき、タクシーならナビは常識である。
地元道しか走らないからナビはいらないというなら、地図は必須である。それをこのタクシーは。
あまりのことに呆れて、帰りのタクシーでそれを愚痴ったら、なんとそのタクシーも道路地図帳を用意していなかった。
ずるっ。
富山のタクシーは道路地図帳というものを知らないのだろうか。たいへん不思議である。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「龍を見た男」藤沢周平・新潮文庫。藤沢周平のうまさは、巧みな物語構成はもちろんのこと、何と言ってもその文章にあるのだと思う。平易にしてムダがなく、それでいて情景と心理をありありと浮かび上がらせる技は、まさに職人芸だ。


2007.05.28
原稿。
コマガタは仕事できる男であるが、弱点もある。その最大のものが、青山に弱いということだ。
青山といっても営業の名前ではない。青山一丁目とかの、地名のことである。
なんせあれですよ、今日も待ち合わせ場所を聞いたら、電話で「えーっと、今、おしゃれなオープンカフェにいます。ドラマとかによく出てくる、おしゃれな道にある店です」だもの。
で、246からどっち方向?とか、神宮球場に向かってどっち?とは聞いても「えっと、おしゃれな道で」としどろもどろ。どうもコマガタには、青山はすべておしゃれな道という一言で済むらしいです。
チミの弱点は青山だねと言ったら「えへへ、だって知らないんだもん」と照れ笑いしていたのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.05.27
原稿。
地球環境を保護し、大切な自然を子孫に受け継いでいこうという考えそのものにはまったく異論はないのである。しかし、何でもかんでも温暖化のせいにして、海面上昇の危機をあおり立てる状況には、ちょっと首をかしげるのだ。
アルキメデスの原理によれば、氷が溶けても海面水位は上昇しない。
それが真実としても、実際に海面はいくらか上昇しているという事実があるのだから、どれが本当なのかは、はっきりしていないのだと思う。
という状況なのに、酔っぱらった眼でテレビをひねったら、朝目新聞が海面上昇の危機を訴えるコマーシャルをやっていてびっくり仰天。
酔ったこちらの見間違いかと、今ならそうも思えるのだが、まあ、さすがに朝目新聞のやることは、ぐったり疲れるぞ。
関係ないけど、最近「グッジョブ」というレディースコミック全7巻をネットで買って読んでいるのだが、これがえらく面白いぞ。
大手建設会社の一般職の営業事務という視点で、会社のあれやこれやを描いている。
物語の構成が巧みで、キャラの造形がうまいのだろうなあ。なかなかのおすすめ。
酔っぱらいながらこれを読んで、かあちゃんに「オレもOLになりたいなあ」とつぶやいたら、「なれば」と返されてしまった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.05.26
原稿。
先日、公園でタープを張ってバーベキューしたら、片付けの時に支柱の鉄パイプが外れなくなっちゃって、面倒だからつながったまま外に立てかけておいたのだが、それを気にしてくれたりさちゃんパパが午後にやってきて「抜いてあげますよ」と、片付けてくれたのだった(約250字の一文)。
オレがどんなに頑張っても抜けなかった鉄パイプなのに、りさちゃんパパが「あらよっ」と引っ張ったら簡単に抜けてしまった。仰天。オレが非力なのか、りさちゃんパパが怪力なのか。
いずれにせよ、とても助かったのだった。ありがとうございました。
隣で建設中のマンションを眺めて歓談。とにかく最近はむちゃくちゃ高い物件があちこちに建っているのだ。
この広さでこの値段か! ここのところの土地の異常な値上がりがはっきりしてきたのである。
そういや、さやちゃんパパの家の前のバス通りが拡張されることが本決まりになった途端、地元の古い商店街の連中がいきなり営業熱心になってしまったのには、街中大笑いなのだった。
移転に伴う営業補償狙いなのはあまりに見え見えで、それまでシャッターを閉めていた電器屋が突然店を再開するし、誰も入っていない中華料理屋が張り切って営業しちゃうし。
この商店街に並んで店を出しているスナックが「赤いイト」と「かナ」の2軒。
「かナ」は、立ち退き料目当てが露骨なもんだから、店の掃除もろくにしてないので、店内は汚くて荒れ放題らしい。
ドアには飲み放題3000円という張り紙がしてあるが、それにつられて入ったのが魚せいのおやじで、結局「9800円請求されて、だましやがったな、と暴れてきた」そうな。
一方の「赤いイト」は、さやちゃんママによれば、「夏なんかはドアを開け放してカラオケやってるもんだから酔っぱらいの下手くそな歌がこっちの家の中まで響いてくる」そうだ。うーむ。
このバス通り商店街の推移を見守りたい。←なぜ?

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.05.25
原稿。
会津若松で日本中が仰天するような事件があったかと思ったら、品川で隣人がとんでもない騒ぎを引き起こし、そして今度は横浜で女が2歳児を突然刺したと。
いやあ、どうなっとるんだ。
人目のあるところで、親がついていて、しかも若い女性で、それでもこんな目に遭ってしまうのか。困ったモノだ。
実際幼稚園ではいい人であるオレも、地元を一人でうろつくときは、やたらときょろきょろしないように気をつけなくてはならない。ヨメに聞いたら、彼女も「一人のときは子どもに声はかけられないよ」と言っている。
他人を見れば怪しいと疑うし、他人からは怪しいと疑われる時代というわけだ。
しかし、6歳児と3歳児を持つ親としては、ともかくひたすら全身を緊張させて子どもを危険から守らねばならないと考えるのみである。
もっとも、そういつまでも守りきれるものでもなく、やはり基本は自分で危険を察知し、対処する能力をつけさせなくてはならない。さて、どうするか。なかなかに悩ましいのであった。
ところでこの一連のヤバイ事件は、やっぱり例の製薬会社の例のクスリがからんでいるという噂である。
薬害なのではないか。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「美味しんぼ」


2007.05.24
原稿。
品川の港南口でお会いした新しいご担当者様。
新卒で入社したばかりで、聞けばなんと昭和60年生まれ。父上は、嗚呼、このわたくしと同い年だという。
ひゅるるる〜と乾いた風がビルの間を通り抜けるのであった。

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2007.05.23
取材2、原稿。
横浜の「みなとみらい」エリアに対抗するのが、千葉の幕張である。
「みなとみらい」側は、幕張を指して「夜間人口と昼間人口の著しい差を見れば、街作りに失敗したのは明らかだ」と笑っている。カルフールに逃げられたというトラウマに苛まれる幕張側は、それに対して何も言えず、歯がみしている。
だが、「みなとみらい」側もそう胸を張れるものでもなく、高層マンションとこじゃれた商業施設が建ち並ぶ中にコンベンションホールやオフィスが混在する有様はなんとも落ち着かず、夜間には大黒ふ頭から流れてきた珍走団の咆吼がこだまするという点も、すました顔の裏側で、それはどうなのよ、という感じである。。
第一、地盤沈下が心配ではないか。あんなに大きなマンションばかり建てて。
そして実は一番鼻高々なのが、この両者の中間に位置している新浦安エリアであったりする。
なにしろ天下のディズニーランドまでチャリで遊びに行けることに加え、建ち並ぶ住宅街・マンション街は京葉線の中でワケもなく突出して高価であるため、千葉県という事実には目をつぶらせるには十分な説得力を持ち、住んでいる人たちの自意識も家賃と共に高くなる一方で、同時に鼻も高くなるばかりだ。
そして、それを横目に見ながら一人いじけているのが、誰がどう見ても世紀末の居住地である台場から有明、東雲にかけてのエリアなのである。
もっともこの世紀末エリアの中でも、ただ一人、辰巳地区だけは既に何ものも超越した強烈な存在感を放っている。それはもはやブラックホールと呼んでもいいほどだ。
なにしろ巨大な辰巳団地群の居住者の平均年齢が60歳を超えているというから、おお、その団地前を通り過ぎるだけで我々は半世紀前の昭和20年代から30年代にタイムスリップしてしまうのである。
ちなみにこの辰巳団地、安く暮らしたいならこんなにお得な物件もなかろう。時々びっくりするような格安家賃の物件が出るのは、そこが老人の孤独死後の部屋だったりするためで、もちろん完全リフォーム済みだから、細かいことを気にしない人にはおすすめである。
もっともそれだけでなく、なぜだか生活保護を受けながら乗っている車はベンツというような層の方々も大勢いて、辰巳団地、まっことアナーキーである。
そんなご家庭のご子息が通う地元の小学校では、飼っているウサギが虐殺されるという事件があったりして、アナーキーを超えて、抗うつ剤を飲み過ぎた危ない隣人だらけの街という感じである。
というわけで、「みなとみらい」に行った感想を書こうと思ったのに、話はいつか辰巳団地の悪口に発展してしまったのだった。困ったものである。いや、別に困らないか。
ちなみにオレが一度酒を飲みに行ってみたいと思うのが、川崎から出ているJR鶴見線の昭和とか浜川崎といったあたり。高度経済成長期の陰の部分がいまだに漂っているらしい、まさに昭和な街並みらしく、そのあたりにあるガード下の居酒屋は、なぜか激しくオレの心をとらえて離さないのであった。
いったいどんな異空間が広がっているのだろう。
いつか必ず突入せねばと、オレは心を決めているのであった。いつかって、いつだよ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「見知らぬ妻へ」浅田次郎・光文社文庫。8つの短編集。中に「金の鎖」というラブストーリーがあるのだが、これがごく平凡な話だと思って読み進めるうち、途中から思わぬ方向へ展開していって、いやあ、なんとも感動的なラブストーリーなのだった。秋も深まった神宮外苑の銀杏並木。寒そうに青山通りを行く人々。そんな美しい光景がありありと浮かび上がってくる、すてきなお話でありました。


2007.05.22
原稿。
オレが小学校3、4年の頃だったと思うが、学校から帰ってくると、父がよく釣りに連れて行ってくれたものだった。
行き先は河が海に流れ込む河口あたり。ハゼがよく釣れた記憶がある。
ある夏の日もいつものように釣りを終え、父のスーパーカブの後ろに載せられて帰ったのだが、その途上、真っ暗な畑の真ん中で火の玉が揺れているのを見たのである。
びっくりしたオレは、全身固まって凝縮するだけで、なぜかその火の玉のことは誰にも報告しなかったのだった。
ゴールデンウィークに帰省して遠出し、そんな思い出を話したら、父はちょうど目の前にある河口を指さして「このあたりへ釣りに来ていた」と教えてくれた。
それは家からはずいぶん遠く離れた河であり、よくこんなところまで小学生をバイクに乗せて連れてきていたものだと感心してしまった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」福島の例の事件も、どうやら鬱病の薬がらみらしい。もし本当ならば、やっぱり相当にヤバイ状況なのではないか。


2007.05.21
原稿。
もうそろそろ書いてもいいと思うのだが、実はわたくし、幼稚園の父母会の会長ってものをやっております。おほほー。
組織とか団体行動とかが苦手で、協調性もまるでないため、フリーランスの道を選んだというのに、何の因果か応報か、児童数320人、親の数はその倍の640人という組織のカシラになってしまったわけでございます。
ああ、つらい、悲しい、情けない。
何が情けないって、あーた、挨拶です、挨拶。
とにかくやたらと挨拶させられる。しかも人前で。
人間っていうのはあれですな、業が深いと申しますか、何につけ後悔するようにできているものですなあ。
アタシの場合も、やたらと挨拶させられ、しかも十分に言うことを考えてしゃべっているというのに、終わったその瞬間から、ああ言えばよかった、どうしてこう言わなかったのだ、あれでは一家の恥さらし、聞いた人は腹の中で笑っているに違いない、家に帰って夫婦で軽蔑の対象にしているはずだ、園長も理事長もこんなヤツに頼んで失敗したと思っているだろう、ひょっとして息子や娘がいじめられるのではないか、ああ、もうクビにしてくれえ、いっそひと思いに〜というドツボはまるのであります。
おかげでいつもぐったり。とほほーと泣きながら帰るのでありました。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.05.20
石神井公園で開催される練馬こども祭では、三原台児童館の一員として我が家の子供らがステージでダンスを披露することになっていた(ああ、この書き出しを読んだだけでこのさきに進むのをやめた人が何人いるだろう)。
妻は子供らを自転車に乗せて先に向かい、オレはビデオカメラを持って後から駆けつけることになっていたのだ。
そして、時間がきて張り切って家を出たオレは、15分も歩いてから、なんとビデオカメラを忘れたことに気がついたのだった。認知症もかくや。
あわてたオレは、歩きじゃ間に合わないと判断し、駅前でタクシーをピックアップ。うまいことにちょうど一台だけ客待ちをしているタクシーに飛び乗ったのだった。
このタクシー、ちょうどうまいことにとてもいい運転手で、事情を話したら張り切ってくれて、家でビデオカメラを取ってくるまで待っててくれと言ったら「あいよっ」と頼みもしないのに車を方向転換してくれた。
「あとは踏切に引っかからないことを祈るだけですね」と言いながら飛ばしてくれた運転手、懸念していた踏切では、警報機が鳴り始めたタイミングで強行突破。ちょうどうまいことに開かずの踏切を突破できたのだった。
なんとか石神井公園の会場に到着したオレは、あわてるあまりタクシーの座席にビデオカメラを忘れるという愚を犯す。おお、なんということだ。
するとタクシーの運転手、ちょうどうまいことに大きな声で「忘れてますよーっ」と叫んでくれて、オレは事なきを得たのだった。
広い公園の中を場所もわからずうろついた後、ようやくステージに到着したら、ちょうどうまいことに子供らの出番の10秒前。ほんとだよ。
今か今かと待ちかまえていた妻に「これ持ってて」とバッグを渡され、とにかく直前でビデオ撮影に間に合ったのだった。
その後は、一緒にいたりちゃんパパやまなちゃんパパと、こども祭だからってビールを売っていないのは許し難いという話でまとまり、しっかり近くのスーパーからビールを調達して、いやあ、真昼のビールはききますなあなどと言いながら、酒盛りしたのだった。

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2007.05.19
明け方の雨で、予定されていた「こども祭」が明日に順延となってしまった。我が家の予定も大きく狂う。
昼は暖かかったのに、夕方になったら風が出てきて急に寒くなる。
これでは風邪を引いてしまうべな。

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2007.05.18
取材1、原稿。
久しぶりに歌舞伎町の寿司屋・すがわらに行く。
すがわら、客が減って大変らしい。先月など、廃業しようかと思ったそうだ。
ところが、そんなことをもらしたら「潰れたら困る」という客が久しぶりにいろいろやってきて、なんとか持ち直したらしい。そうかそうか。よかったなあ。
オレももっと行きたいのだが、遠くなってしまってさあ。

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2007.05.17
原稿。
原稿との闘いなのじゃあ〜。負け続けなのじゃあ〜。
それはともかく、セカンドライフってのは、どうよ。
時代的にはやっておいたほうがよろしいとは思うのだが、しかし、あんなものにハマった日には、仕事にならないのは目に見えている。臆して遠ざけておくべきではないか。
福島のおぞましい事件も、たぶんありゃあゲーム脳が関係していると思うし、今時の親としては子供にゲームを許すかどうかの葛藤は避けて通れないわけだから、ここは自らがセカンドライフなんぞにハマっていいはずがない。
といいつつ、仕事の合間にふらふらーっとながめたりしているわけだが。
というわけで、今週もついに品川製作所のことを書く余裕はなかったなあ。そのネタは、ではまた来週。

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2007.05.16
取材1、打ち合わせ1、原稿。
東京ビッグサイトまでイベントの取材に出かける。エレクトロニクス関係の展示会だ。
この手の展示会に来て楽しみの一つが、各ブースのお土産である。アンケートに答えると、各社様々に工夫した、というか広告代理店に売りつけられたノベルティがもらえるのである。
ざっと一回りすると、コンパニオンのお姉さんたちがノベルティを手にどうぞどうぞと迫ってくる。余計なお世話だが、これもけっこう辛い仕事だよなあ。
今回のノベルティのめっけものは、インてル社のブースで配っていた、佐久間ドロップである。
おなじみの佐久間ドロップのカンが、そっくりそのままインてルの広告になっているのだ。封を切ると、中から飴ではなくてチップが出てくるような雰囲気である。
一目見た瞬間、欲しいと思いましたね。
早速、ミニスカートの姉さんからアンケートもらって記入。引き替えにインてルドロップを手に入れたのだった。
会場を歩いて、ひかれたのが某団体のセミナー。ふと足を止めて聞いたら、どんどん引き込まれてしまった。
うーむ、どうやら今はライフログという考えが新しいらしく、ツイッターとかいうツールが面白いそうである。ななな、なんのことだ? さっぱりわからん。
ライフログは、その言葉通り、人生のすべてをデジタルで記録しようという考えで、ブログの次はこれが来そうだ。
ちょっとびっくりしたのが「ブログはやっぱり特殊なもので、書き続けられるのはやっぱり一部の人だけ」という指摘。ちょっと前までは、誰でも簡単にネットで発信できる仕組みがやっと登場した、と言われていたのに、あっという間に正反対の言われ方である。
まっこと、このスピードには、ついて行くのがやっとだ。いや、もうついて行っていないのかもしれない、オレの場合。これはけっこう恐怖感、強迫観念である。
ビッグサイトを出て、久しぶりに「ゆりかもめ」に乗る。豊洲行きだ。
運転手のいない先頭の座席に座り、有明の広い荒野を眼下に眺めながら、久しぶりのこの街の姿を思う。
新しいビルがどんどん建ち、豊洲の再開発は凄まじいけれど、「ゆりかもめ」からぼんやり眺めていたら、生まれて間もない息子を連れてよく遊びに来たこと、原因不明の湿疹の出た息子を豊洲のクリニックに連れてきたことなどが思い出されて、なんとなく涙がにじんできたのだった。
こんな荒野にも、実はたくさんの思い出を残してきたのだなあ。
遠くに東雲の団地群。工事中でくすんでいた豊洲の街の空気は、すっかりと垢抜けたものになっていた。
豊洲で乗り換えて(このように行動を余さず記録することが、要するにライフログなのだよ)、有楽町線で飯田橋に行き、ヨシハラと打ち合わせをする。と、そこに通りかかったのがキクチ。
早速オレは、どうだ珍しいだろうと、インてルの佐久間ドロップを見せびらかしたのだが、キクチは「へー、でも僕、佐久間ドロップって知らないんですよ」と爆弾発言。
うーむうーむ、佐久間ドロップって、そんなに珍しいのか?

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「方向音痴の研究」日垣隆・WAC。サイエンストークと題して行われている、理科系の諸問題をわかりやすく解くというシリーズ。カーナビの開発物語が面白かったが、あとはたいして興味のわかない内容だった。とか書くと、著者本人がこれをチェックしたりしているかも。いや、以前に一度そういうことがあったもので…。この著者ではないけれど。


2007.05.15
原稿。ひーっ、書いても書いても終わらない〜。
紹介しようとずっと思っていて、ずっと忘れていたサイトがある。これ
鉄道写真家の中井くんのサイトである。今「くん」と呼んだが、昔からの知り合いである。
ご本人の許可をもらってあるので、ここに堂々のお知らせだ。
「1日1鉄」と題したサイトで、つまりは鉄道オタクの趣味丸出しのサイトですな。
いや、趣味ったってこの人は立派なプロカメラマンで、鉄道写真の世界では名の知れた人。仕事ゆえ、鉄道以外の写真ももちろん撮るが、やっぱり鉄道写真は出来が違うんだよね。
このサイトには、惜しげもなく自分の撮った鉄道写真が散りばめられている。そのどれもが、おおーっとうなりたくなる、作品なのだ。実際オレなんか夜中に時々ぼけーっと眺めていることもある。
鉄道自体の写真が素晴らしいだけでなく、例えばローカル線に乗っていた女子高生の写真や、無人駅でたたずむ幼い子供たちの写真など、どれも素晴らしい空気感がいっぱいなのである。
見て損のないサイトである。
好きなことにとことん打ち込んで、それに誇りを持っていることが感じられるのって、やっぱりいいよね。鉄道オタクであることに誇りを持っているんだよなあ、中井くん。
なお、この人と一緒に事務所をやっている山崎という人も、実は負けず劣らず面白いのである。とにかく酒がらみのエピソードはふんだん。
酔っぱらって中央線を乗り過ごし、終点の高尾で起こされるなんて、しょっちゅう。そのときのために、「高尾駅近くに定宿を確保してある」と自慢するのだが、なんとそれが駅前のアパートの階段の下。
つまり酔ったまま、見知らぬアパートの階段の下に寝込んで、そのまま朝になったらまた電車で帰ってくるという、なんともワイルドな人なのであります。マジですげえと思ったね、この話を聞いたとき。
以前も書いたけど、本当に好きなことを仕事にするのは、やっぱり幸せなことなんだろうと、このサイトを見ているといつも思ってしまうのだった。

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2007.05.14
取材1、原稿。
忘れていたわけではなくて、思い出さなかっただけであるが、品川製作所のことを書かねばならぬのだった。
まあ、それは置いといて、最近は珍しいことに仕事が忙しくて、けっこう疲れたなあ。オレの場合、人の話を聞いて原稿を書くという仕事が多いから、集中して2時間もインタビューしていると、けっこうぐったりきてしまうのだった。
トシのせいか? そうなのか?
いやいやいや、激しく否定するのであった。
ところで陽気も良くなってきたことから、幼稚園では授業にどろんこ遊びという時間が始まった。なんのひねりもなく、文字通り、そのまんまの授業である。
シャツとパンツだけになったガキどもが、どろんこになってはしゃぎ回る時間で、当然のことながら着替え持参なのだった。
では、誰が着替えさせるのかというと、これが先生なのである。
おらあ、やだね、泥だらけになったガキを着替えさせるなんて。しかも、自分のガキならしょうがなくやるけど、人のガキならカネでももらわなきゃやってらんねえよ。
なーるほど、だから幼稚園の先生方はちゃんとお金をもらっているのねー、と納得。
ちなみに忙しいときの昼ご飯は、移動中の立ち食いソバが多い。最近はうまい立ち食いソバが少なくなってきたと思いませんか。
時々立ち寄る西武池袋線地下の立ち食いソバのまずさったら、そりゃもう絶望的で、ああ、何が悲しくてオレはこんなものをカネ払って食ってるのだという気になります。
さて、仕事しよ。

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「週刊現代」松坂が裏金もらっていたなんて言われても、あれって要は企業努力なんだから、別にいいんじゃないの? 営業マンの接待とどこが違うのだ。オレにはわからん。わからなくてもいいけど。
「週刊ポスト」メタボリックシンドロームは疑惑だ、という記事が読みたかった。いや、オレがメタボだからってわけではなくて、実際、あの基準はどうもおかしいという話がずいぶんと前からあったもので。健康になれるなら死んでもいいんだあ、という雰囲気の医療問題がけっこう多いと思う。
「AERA」ビーチバレーのお姉さんの記事が読みたくて買ったらば、あらま、66ページあたりにオレが書いた某電力会社の記事広告が掲載されているではないか。いや、決して自慢しているわけではなくて、でも、それにしてはなんだか具体的ではないか、オレの説明。
「深追い」横山秀夫・新潮文庫。警察ものの短編集ときたら、横山秀夫、絶対に外れはない。新刊では読んでなくて、文庫になったら読もうと思っていたのだった。人間のどうしようもない弱さ、汚さを書いたら当代一流。面白いよ〜。それだけに最後の作品のように、ちょっと救いのある話を書くと、途端にキレが悪くなるのが面白い。確か古いAERAの記事で読んだのだけれど、横山秀夫の小説って、事前に出版社へ送られてくる梗概、つまり「あらすじ」だけを見ると、えっと思うくらいつまらないらしい。それがいざ実際の作品になると、素晴らしい仕上がりになる。つまり、どんなありきたりの話でも、読ませるものに仕上げていく、ま、職人なんだろうなあ。


2007.015.13
原稿。
日曜日だというのに朝の4時に起きて仕事をしたのは、このわたくしです。偉い。
偉いったって、自分の仕事だから、別に偉くもなんともないのだ。
おかげで夜も早い時間から眠くて眠くて、参ったのだった。
それはともかく、コケストラというバンドのCDが2枚届いた。アマゾンに頼んでおいたやつである。
栗コーダーやロバの音楽座など、この一派の音楽はけっこう好きなのだが、コケストラはうっかり聞き逃していた。やばいやばい。
さっそく聴いてみたら、おお、とても心地よい。ウェスタンスウィングやアイリッシュという具合の説明文がついていて、確かにその通り。懐かしいケルティックの匂いに、ジャズのセンスが散りばめられた、土着でいて都会的なポップさも漂う、なかなかに気持ちのいい音楽である。
例えば今頃の季節、お昼ご飯の後にひなたぼっこしながらお茶を飲んでいるような気分になるのだ。
つくづく思うのだが、最近はこういったマイナーだけれど自分たちの好きな音楽を地道にやり続けいるバンドが増えて、そのCDが簡単に買えるようになって、彼らもなんの気張りもなく地道なライブで食っていけるようになって、いやあ、いい時代だと思う。
ちょっと思い出したのだが「スローハンド」という音楽雑誌が、都内で活躍中のある人気アマチュアバンドをとりあげたときの話。
このバンドは全員が40代で、ガテン系の仕事をしながら、バンドを続けている。好きな音楽をやり続けていて(個人的には疑問を感じる音だったけど)、キャリアも相当のものだ。
仕事を持って生活を支え、一方で好きな音楽を追い続けて活動しているその姿を、インタビュアーは「いいですねー」と持ち上げた。すると、相当に酔っぱらったバンドリーダーは「ちがうのっ! オレたちは音楽だけで生活したいのっ!」と叫んだのだ。
なるほどねー、その年になっても音楽でメシを食いたいと絶叫するのねーと、ちょっとオレは呆れたのだが、まあ、こういう肩肘の張り方をしなくても、一方で有名でなくてもちゃあーんと地道に食っているミュージシャンがいっぱいいて、いい時代だと思うよ、ほんと。
しかもそのCDがネットで簡単に買えてしまうんだからねえ。
ちなみに、このコケストラやおーたか・しずる、笛吹のコトちゃん、パーカッションの山口ともとも、そして我らがピアニストの大友たけしといった豪華メンバーが一堂に会する(いやあ、大友くん、どんどんビッグネームに近づいていくなあ)ライブが来週あって、場所が町田で、しかも平日で、ああ、行きたいけど、どうしよう状態なのだった。

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2007.05.12
原稿。
品川製作所の話をしようかと思ったところ、突然宅急便が大阪から届いた。どれどれと開けてみる。
おお、なんとも旨そうな逸品が。
添えられていたメッセージを見る。なんと、以前CDを差し上げた大阪の人だ。まったく面識がないのにこの日記を見てくれていて、CDが欲しいというのでお送りした、そのお礼ということらしい。
人様の作品を勝手に使っているCDなので、金品の類は一切受け取らないようにしているのだが、そのあたりもわかってくださって、「CDのお礼ではなくて、メールに対応してくれたことへのお礼として」と書いてあった。
うーん、嬉しいねえ。遠慮なくいただくことにする。
その宅急便に続いて、今度は佐川急便がでかい段ボールを抱えてやってきた。
何かと思ったら、そうである、先日ネットで買った折りたたみ自転車が届いたのだ。9000円。安いものよのう。
早速庭に出て、組み立ててみる。
隣では、オガワさんがゴザを敷き、ビールを飲みながらギターの練習中だ。このギターは近所のリサイクルショップから5000円で買ってきたものだそうで、60歳をとうに過ぎているのだが、一念発起でギターの独学を始めたのだ、オガワさんは。
あれやこれやと聞かれたのでアドバイスし、初心者向けの楽譜を何冊かあげたところ、以来、熱心に練習を続けているのだ。簡単な曲ではあるが、何曲か弾けるようになっている。
そのオガワさんのギターを聴き、そこ、違ってますよーなどとアドバイスを送りながら、オレは自転車を組み立てる。わずか5分で完成だ。ちょろしいものだな。
もちろんオレが乗るのではない。妻が乗るのである。
午後から子供を連れて早速公園へ。車のトランクに自転車が3台積めるのだから、たいしたものだな。
和光市の樹林公園で自転車をおろし、子供たちを走らせる。やつらも最近ではかなり上手に乗るようになったので、ついていくには歩きではややきつくなり、そこで監視用に折りたたみ自転車を買ったというわけだ。
妻に自転車を押しつけて、監視するように、と命じる。オレはのんびりと散歩だ。
と思ったら、娘がちょっと走ってはすぐにストップし、また走っては止まるを繰り返す。オレが歩くより遅いのだ。しかも、ずーっとしゃべってる。
娘の監視には自転車は不要で、監視どころからしゃべり相手が必要なのだった。

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2007.05.11
取材1、打ち合わせ3。
ここ数年、ぐいぐいと勢力を伸ばしているのが、スタじオ・ありスという写真屋だ。
業態で言えば、いわゆる街の写真屋である。つまり、七五三や入学式や卒業式や、そういった家族の記念日に記念写真を撮ってくれるスタジオだ。
なぜここがぐいぐいと来ているかというと、そのやり方が実に画期的なのである。
オレんちも何度か利用してみたのよね。
写真の腕は、はっきり言って素人に毛の生えたレベルである。気のきいたアマチュアなら、もっと上手に撮るだろう。背景などのセットはあらかじめ用意されたパターンから選ぶようになっていて、それに合わせてライティングも自動的に決められているのだ。
難しい調整はまったくナシ。カメラマンは、ただシャッターを押すだけなのである。 上手に撮りようもないが、ヘタに撮りようもない仕組みになっているのだ。
では、何が凄いのかというと、そのサービスなのである。
カメラマンは写真を撮ることに専念しないかわりに、ひたすら子供のご機嫌を取る。そのほかのスタッフも、徹頭徹尾、子供をいかにして機嫌良くするか、いかにして笑わせるかに腐心する。
驚くことにこのスタジオにいるのは、全員が女性なのだ。しかもその全員が、その日に撮影する子供の名前を頭に叩き込んでおり、オレの場合も、すべてのスタッフが初対面なのに子供に向かっていきなり名前を呼んで話しかけるのだ。
こりゃあ、びっくりだぜ。
開店前の様子をこっそりのぞいたら、なんと全員が立って店内で朝礼している。ここで全員がその日の客の名前を叩き込まれるのだろうなあ。
子供がご機嫌ならば、もちろん親もご機嫌ちゃんだ。
撮影が終わると、すぐにソファに座らされて、モニターで写真を選ぶ。デジタルだから早いのだ。
気むずかしいおっさんカメラマンにあれこれ注文つけられるわけでもなく、こうして一家楽しく写真を撮られるのである。それで敷地の隣に「牛角」なんかがあったら、そりゃあ、今夜は焼き肉だべさ。
選んだ写真は、後日、プリントされるわけだが、そのオプションが実に豊富。金額によってサービスが違ってきて、頼みもしないのに額縁入りの写真や写真スタンド、裏がマグネット仕様になっていて冷蔵庫に貼っておける写真、写真付きのキーホルダーなどをもらえる。季節によってはカレンダーがつくこともある。
いや、子供の写真付きのカレンダーをもらったところで困るだけなのだが、さりとて捨てるわけにもいかず、たちまちにして家中子供の写真だらけ。
さらには頼みもしないカットも使って勝手に写真スタンドなんぞがつくられて「これは有料になっちゃうんですが」と言われると、仕方ないから買ってしまうのが親なのだった。
まっこと商売上手なのがアリすである。
要するにこのアりスちゃん、写真の技術を売りにしているのではなく、接客を売りにしているのである。写真スタジオではなくて、サービス業なのだ。
このように業態は同じに見えても、その本質を変えることで主戦場を自分の有利なものに移転することを、マーケティング的に「等価転換」と呼ぶ。
かつてアメリカのセオドア・レビットという学者が「鉄道が航空業に負けたのは、自らを運送業ではなくて鉄道業と定義づけたからだ」と指摘したのが、それである。
ということで本日のタンゴ先生の講義はおしまいである。明日はウォーくマンやプレいステーションで有名な品川製作所がなぜだめなのかについて講義する予定である。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「紙の爆弾」プロレス雑誌の週刊ゴングが休刊した裏事情を小レポート。


2007.05.10
取材1、原稿。
家にいるとき、子供らを風呂に入れるのは、オレの役目である。
これんがけっこう大変なんだわさ。6歳と3歳。しゃべるわ、暴れるわ、喧嘩するわ。
ひいこらいいながら洗って暖めて、その後に今度は自分の頭を洗ったりするわけだ。
あがると当然ぐったり。だいたいがそのまま歯を磨かせて、布団に直行で、寝付かせる。
いつもならば子供が寝たところでむっくりと置きだし、再びパソコンに向かって原稿を書き始めのだが、このときの精神的な切り替えってのはねけっこう大変だぞ。
ところが本日は疲れていたのか、そのまま子供と一緒に寝てしまって、あららら〜大変。すーっかり熟睡したのでありました。
関係ないけど、ファミコンに始まる家庭用ゲーム機の悪影響って、かなりのものだとオレなんかは思っているのだがね。任天堂やソニーなどは、国賊であると。
すべてを否定するわけではないが、まっさらのスポンジのような脳がろくでもないゲームにとりこにされていると、そりゃあまともな大人に育つわけはないと思ってしまう。
と言いつつ、よく考えれば我が家にもDSとかいうゲーム機が。誰だ!こんなの買ったのは! はい、オレでした。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「文藝春秋」"人材派遣は悪魔のビジネス"というレポートが秀逸だった。


2007.05.09
取材2。
あれはバブルの末期、92年か93年ころの話だ。
若いサラリーマンが飲みに誘われると、「むじんくん」やら「お自動さん」から金を借りていくと聞いて、どえらくびっくりしたのだった。
3000円しか持ってなければ、3000円で飲める店へ行く。その金もなければ、誰かの部屋に集まって飲む。
それが当然だと思っていたから、誘われたら「むじんくん」から3万円を引き出して財布を暖かくしてから行くということが信じられなかったのである。タンゴちゃんとしては。
こういうことが抵抗なくできるのは、つまりは「むじんくん」のおかげですな。借金しているという実感がなく、金を引き出せる。
多重債務者の人って、融資可能残高のことをまるで自分の貯金か何かのように錯覚してしまうそうな。きっと機械から引き出すときは、自分の口座から引き下ろしているのと変わりない感覚なのだろうなあ。
言うまでもなく、この機械の登場したあたりから日本の格差は広がったわけだ。格差というよりは、正確には下層が拡大した、ということだけど。
その感覚をさらにエスカレートさせる危険性をはらんでいるのが、電子マネーであるという勝谷誠彦の指摘は極めて鋭いとオレは思うのだ。
機械から引き出したとはいえ、実際に紙幣や小銭を払う感覚が、使いすぎに気をつけよう、これを払ったら残りはこれだけになる、という潜在的な危機意識を呼び起こしてくれるであろうことに対し、電子マネーは、例えばSuicaなどは、金を払って電車に乗っている、という感覚を持たせてはくれない。
やがてSuicaで買い物もするというリテラシーが一般化すれば、カネがないのに平気で買っちゃう、という行為がとりわけ若年層に広がっていくだろうなあ。
突然だけど、えらく久しぶりにサザンオールスターズという寅さんバンドを聴きたくなって、レンタル屋に借りに行くのも面倒だし、かってアマゾンのほうが簡単でいいやと、酔っぱらってネットであれもこれもと注文してしまった。この感覚が、電子マネーの怖さなのだろうなあ。
それで届いたCDを聴いて、あー、やっぱりサザンの黄金時代は80年代だったんじゃないか、あとはその遺産で食っていただけじゃないか、これからは遺産オールスターズと呼ばなきゃな、わはは、などと悪たれをついた夜なのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「週刊新潮」
「暴かれた闇の支配者の正体」ベンジャミン・フルフォード。扶桑社。9.11テロはねつ造だったという例の話題から続いているわけだが、この筆者をどう受けとめたらいいのか、オレは未だに態度を決めかねている。この本でも、結局最後は例のフリーメーソン話にたどり着く暴走ぶりである一方、9.11を"アメリカが求めた新しい真珠湾"と鮮やかに見せてくれる。特に植草ミラーマンのえん罪疑惑については、びっくりするような裏側を明かしている。日垣隆あたりはどう評価するんだろうなあ。一笑に付すのかなあ。"噂の真相"程度には、つまり"ばかばかしいホラ話だけどね、中には幾分かの真実も混じってるかも"というぐらいには受け止めておこうと思う。ちなみにこの本によると、UFOに乗った宇宙人も、地底人も「2012年に人類が生き残れるかどうかの大変革がやって来る」と警告しているらしい。そいつぁーてえへんだ、って地底人ってなんなんだよ(笑)。いしい・ひさいちか。


2007.05.08
原稿。
いやあ、暑かったですなあ。それもそのはず、暦の上ではもう立夏。さもありなん。
今日は中にこもって原稿と格闘。外はいい天気でも、仕事は辛いのだ。
ヨメは幼稚園のクラスのお母さんのランチ会があって、不在。幼稚園ていうのは、あれでけっこういろんな行事があったりして、思った以上に束縛されるのである。
ちなみに本日わたくし、幼稚園のホールのステージ上からホール内を見渡しました。そしてびっくりしました。なにしろ女だらけなんですわ。
まあ、当たり前ではあるんだけど、その様子は壮観。しばし口をあんぐりでありました。
なぜそんなことになったかというと、本日は保育参観だったのであります。そりゃ平日の日中に保育参観たって、父ちゃんはなかなか来られないから、母ちゃんだらけになるって。
保育参観とは幼稚園で過ごしている我が子の日常を見るという趣向であります。
普段、見目麗しく愛らしく、能力的にはこれが世に言う天才ではないかと密かに思っていた我が子が、実は集団の中に入れば単なる凡庸な一人に過ぎないという現実を見せつけられて、アハハなどと父さん力なく笑うのが保育参観。
罪作りな企画です。って、それほどのものでもなかろうて。
それはともかくヨメがいないので、どこかで昼飯を食わねばならぬと外出。気分的には、やぶ重の上カツ丼がいいなあと思った。
旨いのだ、やぶ重の上カツ丼。柔らかいカツに、とろーりとした卵がかかっていて、それをわしわしと男らしく食い進めていくと、なーにがメタボリックだ、束になってかかってきやがれという気になれる。
そう思ってやぶ重に行ったら、ぎょっ、店の前はママチャリの山。
こ、これは幼稚園のお母さんたちが大挙してやってきて、ランチ会をやっているに違いない。
直前までホールいっぱいの女の集団に圧倒されていたオレは、ママチャリの山を目の前にして激しくうろたえ、逃げるように去っていって遠くのラーメン屋に飛び込んだのだった。
なにも逃げることはなかろうと、いや、確かにオレもそう思うのだがね。
夜、朝日新聞が契約の延長にやってくる。あいあい、いいよ、1年かね。新聞販売店に優しいオレは、兄ちゃんの言うままに契約してやったのだった。
もらったのは、洗剤をちょびっと。その上に、そんなにくれなくていいからね〜と一言添える、ああ、なんといい客なのだ、このオレは。
ところで、O型の人間は蚊に刺されやすいというのは本当なのか?

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」


2007.05.07
取材3、原稿。
ポッポ焼きというものがある。
オレの世代では「蒸気パン」と呼ばれている。
どいうものかというと、黒糖入りの蒸しパン。うーむ、よくわからんな、これでは。
大判焼きあるいは今川焼き(広島では太鼓焼き、九州では回転焼きと呼ばれているらしい)というものがありますね。あれの外側の粉っぽい部分に似た色をしている、それでいて味は大判焼きの1万倍ぐらいおいしい、台湾バナナみたいなサイズの食べ物です。
味としては、ベビーカステラに近いだろうけれど、あれの千倍ぐらいはおいしいです。
子供のころからお祭りと言えば蒸気パン屋が夜店の定番で、誰もが行列して買ったものだった。それはオレが生まれる遙か以前からそうらしく、オレの母親も子供のころから大好物だったそうで、今でも買ってあげると少女のような笑みで喜んで食べる。
以前は全国的なB級食べ物と思っていたが、決してそうではなくて、新潟のそれも下越地方に限定の食べ物だったらしい。ほえー、そうなんだ。
今でもこれを口にすると夏祭りのアセチレンの独特のにおいと、夜店に吊してある提灯の色を思い出す。
先日、ゴールデンウィークに帰省したら、子供祭というのをやっていて、そこでもこれが売られていた。もちろん行列して買う。30本1000円。
五月の空の下で食べても、蒸気パン、やっぱりうまかったなあ。

新聞休刊日。「日経ビジネス」「月刊現代」15%の人が富の80%を独占しているのが21世紀のアメリカ社会。日本もその道をまっしぐらだ。日本はアメリカの植民地かと思っていたが、実は下請け工場だったのだ。おいしいところはピンハネされて、それでもひたすらお追従の薄笑いばかり。


2007.05.06
ドライブナビというサイトでは、3ヵ月先まで高速道路の渋滞予想を掲載している。
それをじっくり眺めて、オレは、Uターンにはここしかないというタイミングを見つけ、この日の午前中に新潟から東京に帰ってきたのであった。
おかげで渋滞はゼロ。雨の速度規制はあったものの、ほぼ予定通りのドライブで、いやあ、まったことこのドライブナビというサイトは便利なのである。
さて、楽しかったゴールデンウィークも終わり、これから夏にかけて、再び怒濤のスケジュールなのだ。
やることは山ほどあるど。おらおらおら〜。
中でも忘れてはならないのは、夏合宿の下見だ。キベさん、ナカヤマさん、わかりましたか。わかりましたね。

「受け月」伊集院静・講談社文庫。野球をモチーフにした短編集。けれんを排した緊張感の高い文章で読ませるのであった。人生から落後していく人々を見つめる目の、なんとも優しいコトよ。
「アルキメデスは手を汚さない」小峰元・講談社文庫。
いわゆる青春推理の古典的名作で、長らく絶版だったのが、最近復刻された。オレが最初に読んだのは、高校時代。もうすっかり内容は忘れていて、読後の感動だけを覚えていたのだった。
文中、刑事たちが高校生に向けて「性道徳が乱れている」と嘆いている。今、その高校生たちが大人になって同じ言葉を下の世代に向けているわけで、それがなんかおかしかった。30年後の再読で発見した、なんともおかしみのある一言だった。

「新潟日報」「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.05.05
新潟の実家で、3人の甥っ子と我が家の2人の、計5人の怪獣が大暴れ。大人たちはへろへろなのであった。「新潟日報」


2007.05.04
新潟の実家で、3人の甥っ子と我が家の2人の、計5人の怪獣が大暴れ。大人たちはへろへろなのであった。「新潟日報」


2007.05.03
新潟の実家で、3人の甥っ子と我が家の2人の、計5人の怪獣が大暴れ。大人たちはへろへろなのであった。「新潟日報」


2007.05.02
関越道をぶっ飛ばして新潟の実家へ家族で向かう。越後平野は田植えの真っ盛りなのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「新潟日報」


2007.05.01
原稿。
先日息子を連れて無謀にも開店と同時に飛び込んだジャズバー「F」の掲示板に、オレ宛のメッセージが出ていた。
「今度はお子さんを置いてきてくださいね、帰りが心配でした」とある。もちろん翻訳すれば「幼稚園児を連れてジャズの店に来るんじゃないよ」という意味である。
せっかくなので、知らん顔してまた息子を連れて行こうかと思ったが、思い直し、それよりも今度はいきなり70近いオガワさんを連れてったら面白いかもと考えている。
最近は仕事以外でいろいろと忙しく、ついに幼稚園にお母さんたちから「お仕事、大丈夫ですか」と心配されるようになった。ご心配の通り、4月はおかげさまで売上が激減でございます。おほほほ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.04.30
石神井公園駅前の居酒屋・はなの舞で、相も変わらず「野球チームをつくろう」「オレ、監督ね」「オレ、補欠ね」「オレ、遅刻ね」と中身の薄い盛り上がりをしていたパパ連中は、突然、同席していた中に有力な戦力のいることに気づいたのである。そう、天才サッカー少年のヒロくんである。
小学校5年生にして、既に運動能力の面でオレを上回っているヒロくんは、きっと野球をやらせても天才に違いない。そう聞いて「オラ、お前も野球チームに入れ、オラオラ」と誘ったところ、びっくり仰天。なんと「野球はルールを知らないから、できません」というのだった。
ちなみにヒロくん、ちゃんと敬語の使える礼儀正しい戦力なのである。
子供らの間では今やサッカーがメジャースポーツで、野球なぞマイナーもいいところというのは聞いていたが、しかし、野球のルールを知らない男の子が普通にいるとは。
オレの少年時代(もちろん戦後である、テレビもあったし、えと、長島は現役だったけど)なんて、女の子でも野球は知っていたぞ。大人も含めて日本中に巨人ファンしかいなかったのは事実だが。
ここまで野球がマイナーだとすれば、これから子供にやらせるならば野球に限るな。そういう予感が働いたのか、先日グローブを買ってきて親子でキャッチボールをしているオレは子育ての天才ではないか。
それはともかくとして、4月最後の日にして連休前半の最後の日。風はさわやかに走り、半袖でがちょうどよく、湿度は20%とカラッとしていて、公園の緑が実に鮮やかな、たぶん一年で一番心地よく過ごせる日だったのでありましょう。
東京都と埼玉県の境目にある樹林公園という、その名の通り樹木がたくさん茂る公園へ「じてんしゃにのりたいんだよう」とねだる息子を連れて行って、木登りをさせたら、なんだかとても爽快になったのでありました。
これからは木登りがメジャースポーツになりそうな予感がする。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.04.29
富士額をしたアメリカ生まれのネズミをボスとする集団が、日本にやってきてマジックショーをするというので(浦安のとは幽体離脱しているらしい)、国際フォーラムまでいそいそと出かける。
しかし、商魂たくましいですなあ、浦安商社。ぺらっぺらのパンフレットがなんと2000円。追い打ちをかけるように「袋は別売りで300円ですが、どうすか」と来たもんだ。袋ったって普通のビニール袋で、富士額ネズミの絵が印刷されてある代物ですぜ、旦那。あこぎとは、アコースティックギターではなくて、こういう連中のためにある言葉ですな。
肝心のステージでありますが、えーと、富士額ネズミの一派はあくまで添え物のような扱いで、中心はアメリカ人のマジシャン。そこに中途ハンパに浦安物語を混ぜ合わせているものだから、基本的にどっちつかずの子供だましになっておりました。
ハッ、わたくし、今何気なく「子供だまし」という言葉を使ってしまいました。
子供だましって、富士額ネズミ一派が集まった浦安遊園地そのものが、考えてみれば女子供のものではありますまいか。実際、足を運んでみれば女だけの客、カップルの客、ファミリー客は山ほどいても、男だけの客というのはまず見あたりません。男がいたとしても、彼女の歓心を買うために思い切り下心見え見えの薄笑いを浮かべているあんちゃんか、嫁さんに厳命されて場所取りをしているつまらなそうな顔の父ちゃんしかいません。
そうです、富士額ネズミは本来的に女子供のものですから、こういう内容で良かったのでありました。ああ、基本的にわたくし、ずいぶんひどいことを言っています。
罪滅ぼしに、では、その中途半端マジックショーのあとに立ち寄ったポケモンセンターのことを報告しましょう。ポケモンセンターというから、何か司令基地のようなものかと思ったのですが、なんと実態は単なるグッズ屋に過ぎないのでした。
それなのに、それなのに、驚くべきことに入店制限、1時間待ち。何と言うことだ、ゴールデンウィークのさなかにポケモンごときで1時間の行列とは。
あまりのことに仰天した我々は、子供に「こんなところよりいつもの西友のほうがずっと面白いに決まってるぞ」とささやき、そそくさと電車に飛び乗って帰ったのでありました。
冒頭の写真は、その後、言葉通り大泉学園の西友に行ったら、本屋で偶然に絵本作家の読み聞かせと工作のイベントをやっていて、これ幸いとばかりに子供を参加させたときの写真です。楽しそうで、やっぱり遊びは地元に限るなあというのが本日の結論でありました。
夕方、突如思いついて、自転車に息子を乗せて大泉学園のジャズバーへ。「F」という名前のジャズバーで、時々、おお鷹しずるなどの大物が出演している店だ。
笛吹のコトちゃんが一度行って師匠のヤマグチともともの演奏を楽しんだというのをブログで読み、さらにサイトをチェックしたらマスターは新潟県人で日本酒がなかなかによろしいとあったので、これはぜひ、と思っていたのである。
思っていたのである、って自分で書いておいてナンだけど、だからって幼稚園児を連れてジャズバーに行くことはないと思うのだが。
しかも開店と同時。中では出演芸人がリハーサル中。そのリハーサルの前を堂々と横切ってカウンターに座る幼稚園児とオレ。さらに、ライブ前に帰りますから、と宣言する厚かましさ。わはは。
それでも心地よく「どうぞどうぞ」と座らせてくれたマスターであった。
おでんと日本酒をつまみに、リハーサル(ブラジルのアサド兄弟ふうの超絶ギターデュオだった)を1時間、たっぷり堪能。しかもライブチャージなし。こりゃお得だ。
息子は「ギターじょうずだねー、おでんおいしいねー」と言いながら、カウンターで大喜びなのだった。
7時を過ぎて客がちらほら。カップルも入ってきた。どれ、息子も眠そうだし、そろそろ帰るべと、立ち上がる。リハーサルを終えた芸人さん、息子に向かって「帰るのかー、またおいでー」と声をかけてくれる。
練馬の畑の上にぽったりと浮かんだ月を眺めながら、自転車に息子を乗せて、春風の中、ふらふらと帰ってきたのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.04.28
話題の「セカンドライフ」というものをやってみようと何度かトライしたが、どうにもよくわからなくてそのまま放置。オレはもしかしてバカなのか。
とにかく日本語メニューができないと、ちんぷんかんぷんで頭がぷんすかなのである。49歳にもなって、ぷんすかもないものだが。
それはともかくとして、本日よりゴールデンウィークの始まり。初日の今日は、いつものメンバーとさくら公園に集まってバーベキューなのだった。
いやあ、楽しいですなあ。
本日は、オレが先日ネットで買ったタープをお披露目である。って、お披露目と言えば体裁はよいが、実は自分一人では組み立てる気もないので、これは絶好のチャンスとばかりに本日持ってきたのであった。
さやちゃんパパ、りさちゃんパパとアウトドアの達人がいるから、組立は楽ちん。子供と妻も手伝って、それなのにオレは何もしなくて見ているだけで、ちゃんと組み上がったから立派なものだ。拍手である。いやあ、気分がいいですなあ。
ところが途中、ゆうや一家が合流したあたりから突如天候があやしくなり、大粒の雨に風。まさにスコールであった。一同、さっそくタープに避難してホッと一息、いやあタンゴちゃん、いいものを用意したなあと一人で悦に入ったのだった。
しかし、我が息子、大粒の雨がザーザーと降り、風が地を這うように舞い、真っ暗な空を稲津が切り裂き、遠くに雷鳴が鳴り響くという状況に、いくらなんでも「こわいよー、おうちにかえりたいよー」と涙を流すことはなかろうて。
他の子はみんなテントに入って「きゃっきゃっ、こわい、きゃっきゃっ」とはしゃいでいるのに、とほほほ、なんとも情けない息子なのだった。こんなことでは厳しい世の中を渡っていけないぞ。もっと鍛えなければ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.04.27
原稿。
ふと気がつけば、4月も間もなく終了ではないか。まっこと怒濤の4月であった。
娘が幼稚園に入学し、オレは慣れぬ仕事で右往左往。本来の業務では大きなトラブルや失敗はなかったものの、売上はたいしたことなく、ちと残念。
あんなに恋しかった春も、あともう1ヵ月を残すのみ。季節の移ろいとは早いものである。
間もなく立夏。暦の上では夏だ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「哀愁的東京」重松清・角川文庫。甘いなあ、ほんっとに甘い小説だ。読後、ポイ捨て。


2007.04.26
取材1、原稿。
コナガイ氏、タケダ氏という重鎮二人と共に飯田橋の鳥よしに乗り込んだところ、なんと満員と門前払いされる。重鎮二人に厚揚げを食わせてうならせてやろうと思ったのに、なんたる屈辱的な仕打ちか。激しく怒る。
その怒りにまかせて、仕方ない、通りの向かいの地下の店に入る。
初めての居酒屋だ。オーダーを取りに来た店員は日本人ではない。カツオの刺身を頼むとき、コナガイ氏、「初だからね、旧カツオじゃないからね」とボケをかますが、相手は韓国人、思い切り空振りである。

顔の上半分が、お笑い芸人のつるべえにそっくりなのに、下半分はまったく笑わないというなんとも落ち着かない顔をした北の国の交渉人がいますよね。無理を道理と思わせて通すのが一流の営業マンなのに、この交渉人は無理を無理に通すという点で超一流の営業マンですな。
この交渉人、どういうわけかわからないけど、アメリカへいってミュージカルを見て、ご機嫌でカメラに向かって「ハーイ」と笑ってみせた。アメリカ人っていうのは信じられないくらい単細胞ですから、それを見て「オウ、なんだ、案外いいヤツじゃないか! グッジョブ!」などと思うわけです。いや、マジで。
これで手もなくころっとひねられて、顔半分つるべえの思うがまま。してやったりでありますな。
引っ越ししたら向こう三軒両隣(結局全部で何軒だ?)に挨拶しなさいというのは、つまりそういうことなわけです。頭を下げてちょっと笑えば「なんだ、案外」となって、お互い安心し、多少の無理も見逃してもらえる。
マンションの騒音問題のほとんどは、相手の顔が見えないところから話が始まっているからちょっとしたことにも過敏になっているだけのことで、最初にきちんと笑って挨拶しておけばよかったわけで。
それも、もちろん先手必勝。先に頭を下げて笑ったほうが「なんだ、案外」と先に思わせることができると。

それはともかく、地下の飲み屋で座敷に目をやれば、おお、なんとノムラ氏にモリ氏に編集ウッチー、さらに顔の知らない数名が口から泡を飛ばして叫び合っている。そのテーブルからノムラ氏がこっちに移ってきて、さらに口から泡だ。
見てみ、年齢順に上からコナガイ氏、ノムラ氏、オレ、タケダ氏というメンツである。なんという重い連中なのだ。オレが駆け出しのころにもしこんなメンツの酒席に誘われたら、全身全霊、あらゆる言い訳を駆使しても逃げる。冗談じゃないよ。
だから、こんな席に誰も寄りつかないのは当たり前だわな。若いモンは逃げるって。
オレは最新機種の携帯を取り出し、娘のテレビ出演の様子を見せて自慢する。ところがコナガイ氏、体操のお姉さんが気に入ったか「おお、この姉さん、グラマーだな」と感心する。コナガイ氏、娘さんはOLであり、いつ孫ができてもおかしくない。なのに体操のお姉さんを素早くチェックするあたり、さすがである。
さて、重い4人が日本酒にビールにウーロン茶で何をしゃべったかというと、フリーランスはいかにして食っていくべきか、という生活相談会なのだった。
半分ピンハネされたと怒りを露わにするものがあれば、ヒトはどうすれば育つのだと教育評論家になるものもいる。もちろん本質はシンプルであって、ちゃんと仕事を受注してこなし、それにふさわしい対価を得ていけば、しっかりと食っていけるのである。
オレの場合、ラーメン屋の理論というのを大事にしている。
これは誰にも話していないなあ。
オレのラーメンは抜群に旨いから、黙って食え、黙ってカネ払え。そんな店は潰れます。オレのラーメンは、客の言う通りの味です。どんな味でも作りますけど、自分ではどれがいいかわかりません。そんな店も潰れますな。
えっと、よくいるのが味さえ良ければ客あしらいなんかしなくていいという店。似たようなのは、オレの業界にもいます。オレはデザインが上手だから客先に行って話なんかしたくねえです。オレは写真が上手だからぼろぼろの格好で客先に行ってもいいんです。
せんだってカメラマンのタカハシ氏と話したのだが、彼は帽子をかぶって打ち合わせにやってきた若いあんちゃんを怒鳴りつけたそうだ。そうであるべきだよなあ。
えと、かなり話が迷走して、ああ、こんなことを書いている時間があれば原稿を書かなければといきなり焦るオレ。

とにかく今やネット化とフリー化の二大潮流は恐ろしい勢いでビジネスを変えている。良いことではないが、もはや止まらない。
ブログによってとんでもない数の書き手が生まれてきた。プロとアマの敷居はどんどん低くなっていて、「文章が上手だけど、ネタがない」プロよりは、「文章は普通だけど、ネタを持っている」アマのほうがカネを取れる時代なのである。
あるいはパワーポイントを使って簡単なラフスケッチをつくり、そこにちょっとした文章を入れ、ネットで見つけてきた適当な写真を添えれば、もはや企画書の出来上がりである。実際これで仕事は受注できてしまう。新人がプレゼン前夜にちょっとパソコンいじればできてしまうのだ。
なぜそんなものが通るかというと、受け取る相手が既にそれを見慣れているというのもあるが、既に顧客と情報共有できて信頼されているからだ。
デザイナーとコピーライターの時間を調整して打ち合わせて、頭を下げてお願いし、それでも数日後にやっと出来上がる、という仕事のやり方が通用したのはもう昭和の話なのである。プロとアマの敷居は、それほど低くなっている。
このあたりを直感的にわかっていたのが、巨匠のタマダ氏であった。「アタマをひねって、一週間かけてカンプをつくるような時代じゃねえよ」とよく言ってたものなあ。その流れは加速こそすれ、戻ることはもうあり得ない。心したほうがいい。

家に帰って、タケダ氏にもらったフレンチポップスのCDを聴く。ジャケットはタケダ氏の仕事。相変わらずいいセンスだ。
一曲目、懐かしや、ミシェル・ポルナレフ「愛の休日」だ。オレが中学生のころのヒット曲である。原題「ホリデーズ」。あの頃は何の曲でもタイトルに「愛の」とつけた邦題がはやったのだった。
イントロってマンドリンだったのか、この曲。ダメだなあ。
ところがポルナレフが「ほーりでーず、おー、ほりでー」と歌い出した途端、酔った頭の中で背筋がぞくぞくした。このヒト、こんなにすごいボーカルだったんだ。かなり本気でびっくりし、酔った頭で感動したのだった。
風呂に入り、着替えて、横になる。
既に半分寝ていた妻に、オレはあと30年ぐらい頑張ればいいかなあ、と聞く。現在49歳。あと30年で79歳。ちょうど男性の平均寿命だ。
かあちゃん、薄ぼんやりと目を開けて「30年じゃだめだよう」と言う。ならば40年ではどうか、89だぞ。「うーん」とかあちゃん、そのとき自分がいくつかを計算して「そっか、40年ならいいかなあ」と答える。
わかった、あと40年だな。目標、89歳。「でも、一人になったら寂しいよう」とかあちゃん。大丈夫だよ、サキトが一緒に暮らしてくれるよ、こいつ、優しいから。言いつつ、オレも眠りに就く。
地下の居酒屋で吠えた仲間たち。あと40年だ、共に食っていこうな。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」


2007.04.25
原稿。
最近、家ではウィスキーを飲んでいる。
昔はよく飲んだものだった。ウィスキー。学生時代はホワイトで、時々贅沢をして角。オールドなどは1年に一度か二度で、父親はリザーブが大好きだった。
社会人になってからしばらくはやっぱりホワイトで、それがいつかニッカになり、やがてアーリータイムズからフォアローゼズと出世していった。
次第にウィスキーは飲まなくなり、世間的にもウィスキー離れが言われるようになっているが、しかし、ふと気づいてよく見れば、昔からは想像もつかないようなプレミアムウィスキーが店に並び、しかもそこそこの値段で手に入る。
どれどれと、旨そうな銘柄のボトルを試しに買ってみれば、これが案外に旨く、格好つけてロックで飲んだりしているわけだ。
ところでウィスキーと言えば、思い出すのがサントリーの山崎蒸留所。数年前に仕事の取材で訪れたのだった。
ブランドウィスキー「山崎」がつくられている蒸留所で、ここを一通り見学した後、試飲させてもらった。このとき飲んだのが「山崎」と「響」。最初の一杯はもちろんストレートで、飲んだ瞬間、ウィスキーってこんなに旨かったのかあと感激したものだった。
結局、あまりの旨さに数杯をストレートで飲み、帰りの新幹線はいい気持ちで爆睡したのを覚えている。ウイスキーそのものもさることながら、深い山奥の蒸留所の澄んだ空気にも酔ったのだと思う。
時々、もう一度あの場所であの味を口にしたくなり、いつか自腹であの蒸留所に足を運んでみたいものだと思うのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「週刊文春」
「できるかなクアトロ」西原理恵子・扶桑社。好評のできるかなシリーズ。このシリーズ、好きなんだよね。今回はインドに行ってインド人をおちょくってる。笑ったセリフは「女は地図は読めないけど、まわりの空気は読める」というやつ。しかり、と手を打ったのだった。


2007.04.24
原稿。
本日は息子の誕生日である。6歳だ。
月並みだが、早いものである。40過ぎて初めての子供を授かり、おろおろするばかりだったのがつい昨日のようである。まったくありきたりのことしか書けないなあ。
先日は幼稚園でお誕生会があり、年長の息子はこれが最後だからと、俺が出席した。クラスで誕生会は5人。そのうち父親が出ていたのは2人である。
お誕生会では、お父さんへのインタビューというコーナーがあって、先生がお父さんに質問するのだった。聞かれたのは「生まれたとき、お父さんはどんな気持ちでしたか」というものだった。
当然受け狙いに走ったオレは「いやあ、夫婦はやめられるけど、親子はやめられないので、大変だなあと思いました」と答えてやった。
20代前半未婚の先生は困った顔をし、教室のガキどもは「なんだよー、わかんねーよー」の大合唱で、オレのボケは見事に空回りしたのだった。
夕方、息子と娘が協力してバースデーケーキを手作り。娘が大声で歌うバースデーソングに合わせ、甘ったるいそのケーキを全部食べたのだった。
先日、バーベキューに向かうクルマの中で、いさわしと「家族の黄金時代って案外短いよねえ」と話したのであるが、今がまさに我が家は家族の黄金時代。あと5年は続いて欲しいし、この輝く日々をしみじみと慈しみたいと思ったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「サイバラ茸6」西原理恵子・講談社。ご存知りえぞーの作品集。先日亡くなった元夫・鴨志田のネタが豊富で、ちょっとほろ苦い。先週号の「SPA!」でゲッツ板谷が書いていたのを読んで改めて驚いたが、鴨志田は相当にどうしようもない男だったらしい。板谷の病気のお母さんのことをなんの脈絡もなく突然「肺ガン持ちのばばあ」と罵倒した件には、あまりのことにのけぞってしまった。板谷が思わずでかい灰皿を振り上げたものの、サイバラの子供のことを思って踏みとどまったというところは、なんともいえないリアリティーだった。すべては酒か。酒なのか。ここまで人格が破壊されるものなのか、アル中とは。
「隠し剣 秋風抄」藤沢周平・文春文庫。藤沢周平で好きなのは町民を描いた人情ものであって、武士ものは避けていた。だが、いざ読んでみると、侍の話もけっこう面白い。まったくうまい作家だよなあ、この人は。感心するばかりである。


2007.04.23
打ち合わせ1、原稿。
日本BtoB広告賞を獲ったということで、いさわしにはほめられ、オザキからはわざわざ祝福のメールをもらった。ありがとやんす。
狙って獲ったわけではないし、これを獲るために仕事したわけではないけれど、こういう形で仕事が認められたことは素直に嬉しい限りである。地べたを這うようにして地道に仕事をしてきた身ゆえ、こうした賞とはまったく無縁。かろうじて30歳のときに日経新聞の広告局長賞といしうのをもらったのが唯一の受賞経験である。
今回はそれにちょっとはプラスできてよかったかなと。
まあ、なんにせよ、オレなんかよりも企画を立てて進行したコマガタが一番の貢献者であろう。授賞式ではコマガタがステージに上がっていいと思うぞ。
そしてそこでしゃれたスピーチでもぶっ飛ばしてもらえたら、最高だ。頼んだぞ、コマガタ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」


2007.04.22
歌手・いさわしと「キャッチボールしよう」ということになり、クルマにバーベキューセットを積んでいつものさくら公園に出かけた。
強風である。木々がゆさゆさと揺れ、砂埃がもうもうと舞う、強風である。
こんな日にバーベキューなんていう酔狂な連中はいないだろうと高をくくっていたが、あにはからんや、公園は満杯。駐車場も満車でびっくり仰天なのだった。
ちなみに何か驚いたときに息子が「くりびつ〜」と叫ぶのは、オレの影響である。
しばし駐車場空きを待って、乗り込みました、公園。中国の黄砂もかくやという砂嵐でありました。原因は隣接のグラウンド。ただでさえ強風なのにサッカーの試合なんぞしているものだから、その砂埃ったらハンパではなかった。
その中で、しかし我々もバーベキューを強行である。
最近はオレも炭興しが多少は慣れてきて、スムーズにできるようになった。ユニフレームのたき火用品を使い、同時に七輪にも火をおこして準備は万端。肉やら野菜やら焼きそばやらを次々と焼いては食ったのだった。
しかしいつものことながら、この状況でビールが飲めないのは非常に辛いなあ。
食べた後は、いさわしとキャッチボールである。
お互いけっこうマジに1時間近く。体はぼろぼろなのだった。
なにしろイメージではワンバウンドのボールも格好良くすくい上げているのだが、実際は体をかがめるスピードが全然ついていかない。また、本人はイチローのようなレーザービーム送球のイメージなのであるが、実際は山鳴りのへろへろで、しかもそれが現在の我が肩の限界なのであった。
50に手が届くかというおっさん二人が、息も荒く、ぜえぜえいいながらのリハビリ運動の様相を呈していたのである。
しかもそこに幼稚園児2名が加わったから、事態は複雑怪奇。あれなのね、幼稚園児ってグラブを差し出してそこにこちらからボールを収めてあげないと納得しないのね。ほとんど老人ホームに慰問にやってきた幼稚園児との心温まる交流という雰囲気になってしまったのだった。
久々に体を動かしたのは気持ちよかったが、全身グキグキで、明日以降が心配である。いさわし曰く「一週間は使い物になりませんねえ」とのことだった。
バーベキューなのにビールが飲めなかった反動で、帰ってすぐ魚せいに向かう。
珍しいことに息子は「いい」といい、娘が「いく」というので、娘と二人で飲み屋なのだった。このパターンは初めてではないか。よく「娘と一緒に飲み屋に行くのが夢なんですよー」というオヤジがいるが、オレなんざそれが日常茶飯事だね。ろくでなし父さんなのである。
飲み屋のカウンターに二人で座り、オレがビールをうぐうぐと飲み、娘がジュースをちゅるちゅると飲む。なんともほほえましいではないか。オレが刺身をもそもそと食い、娘がカニサラダをむしゃむしゃと食った。
世間の評判では、オレと娘はそっくりの顔なのだという。うむむむ。その顔が二つ、カウンターに並んでいる光景って、どうなんだろ。
家に帰って、息子と娘を風呂に入れ、寝付かせながらつい自分も一緒に寝てしまい、夜中に目覚める。その目覚めの瞬間、オレはギャグを思いつき、今まさに眠りにつこうとしている妻に「お休みなさいを命令するときに"お休めなさい"っていうのはどうだ。では、お休めなさい」と告げる。
平和な休日は、こうして平和に終わったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.04.21
取材1、原稿。
息子をちょっと叱ったら「むかつく」という言葉を返されてしまった。
幼稚園のガキとはいえ、面と向かってそう言われると腹が立つ。まったく今時の若いもんは言葉が過ぎる。
首根っこをつかんで頬を張り「二度とお父さんに向かってそういうことを言うな」と教えてやった。けろっとしていたから、ちっとも応えていない様子だった。がっくし。
夕方から夜にかけて、選挙カーの絶叫が響き渡る。地方選挙になると、やっぱりまだこういうことが行われているのかしらん。うるさくてかなわんぞ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.04.20
取材1、原稿。
おお、久しぶりにグッドニュースである。朗報である。よい知らせである。情けを報せると書いて、情報である。
オレ様が長年原稿を書いている某鉄道会社のホームページが、なんと2007年度の日本BtoB広告賞というものWeb部門で見事に金賞を受賞したのである。ここで、割れんばかりの拍手だ。
金賞ということは一等賞である。一番である。トップである。ナンバーワンである。比類なき、唯一の、表彰台の一番上なのである。ぱんぱかぱーん。
少々残念なことにオレ個人ではなくて、このサイトそのものが受賞対象なのである。さらに少々残念なのが、このサイトに関わったのはオレ一人ではないということなのである。つまり一等賞ではあるが、一等賞だと威張れる人が何人もいるということなのである。
まあ、そういう問題がないではないが、一番の問題は賞金が出ないということなので、コマガタのおごりで酒を飲まなくてはならないのである。場所は鳥よしがいいなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」
「元アイドル2」吉田豪・ワニマガジン。
希代のインタビュー名人・吉田豪による、かつてアイドルだった人々へのインタビュー集。林寛子の鼻っ柱の強さが印象的。「私のかわいさはハンパではなかった」と断言している。それはともかく、インタビュー集というのはインビューされる相手への興味があって読まれるものである。しかし、この本の場合、インタビュー相手は知らない芸人ばかり。それでも面白く最後まで読ませるのが吉田豪の素晴らしさで、さすがインタビュー名人なのだった。面白かったよ。
「健康問答」五木寛之・帯津良一。平凡社。
で、困るのがこの本である。帯津先生は割と知っていて、けっこうな名医だと思う。安保徹や医師ではないけれど幕内秀夫らと同じような匂いのする、信じていい人たちだと思う。では問題は何かというと、その名医も五木寛之と一緒になると、単なるじいさんたちの健康自慢になってしまうということだ。五木寛之、とばしています。この人、昼に寝て夜に起きて、髪は3ヵ月ほど平気で洗わず、歯も磨かず、それで今もとんでもなく健康で世界を飛び回っているわけだが、「オレなんかこんなふうに好きかってやって健康だぞ」と自慢しているのだ。うーむうーむ、困ったじいさんである。それはともかく、この本に出ているホメオパシーという医療法にはけっこう興味がわいた。ちょっと深く勉強してみようっと。


2007.04.19
取材1、原稿。
幕張メッセで行われているイベントの取材のために出かけようと駅へ向かったところ、なんだか様子がおかしい。駅員を囲んでちょっとした人だかりができている。
なんだろうと思ったら、事故で電車が止まっているということだった。
あらま、これじゃアポの時間に遅れちゃうなあ。でも、イベントそのものは逃げないから、あわてることもあるまい。それに事故なんだから、いずれ確実に電車は動き出すはずで、ならばじたばたとタクシーやバスで動くよりもじっと待っている方が得策、そうだこの時間に昼飯食っちゃえ、と考えたのだった。
その駅前では、某政党の某区議会候補が演説。足止めくらってイライラしている集団を前に大声挙げても反発買うだけだと判断したのか、小さな声で演説しているのがおかしかった。
その後、ちょっとだけの遅刻で幕張に到着し、取材を難なくこなす。
取材そのものの時間よりも移動時間のほうが長かったなあ。
で、やれやれと帰ってくる乗換駅の東京駅で、そのシーンをオレは目撃したのだ。
ご存知のように京葉線のホームは地下深くにあり、非常に長いエスカレーターを上がってこなくてはならない。そのエスカレータに乗っていたら、左前に立っていた姉ちゃん(たぶん21歳から24歳の間)が、手をもぞもぞしていたと思ったら、なんといきなりおにぎりを食べ始めたのである。
駅のエスカレータに乗りながら、当然のことながら立って、衆人の中で、堂々と。
オレはエスカレーターでおにぎりを食べる人を初めて見たよ。しかも妙齢の女性。あまりにことにびっくりしたのでこっそり写真撮ってしまおうかと思ったほどだった。
おにぎりを食べ終わった姉ちゃん、どうするとか思ったら、何事もなかったかのように丸の内方面の改札に向かってダッシュしていった。うーむ、忙しいのはわかるが、エスカレータでおにぎりというのは。
ところで季候がよくなって、都内には修学旅行の中学生がわんさか。当然ディズニーランドを目指して電車に乗る。乗り方をよく知らないから、けっこう流れを無視して人にぶつかる。オレも何度か当たられた。
あんまり腹は立たない。いい思い出を作れよなあ、と心の中で言ってる。
同じように流れを乱しているのが、新入社員の集団。ポケットに手を突っ込んでいっぱしのビジネスマンふうにかっこつけてたむろしていたりするから、けっこうほほえましかったりするのであるが。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春「SPA! 」
「家日和」奥田英朗・集英社。夫婦をテーマにした短編集。会社が倒産して仕方なく妻が働きに出て、自分が代わりに家事をこなしたら、案外これがうまくいって、夫婦それぞれに大満足という話が面白かった。奥田英朗、萩原浩、重松清といったあたりは、ほんによく作風が煮ている、いや、似ているなあ。


2007.04.18
打ち合わせ1、原稿。
本日は娘が出演した「お母さんといっしょ」の放送日である。我が家では朝からテレビの前でスタンバイだ。
オレは携帯でも録画するよう、セットだ。えっへん、最新機種。
娘、案の定、はじけておりました。番組が始まったらいきなりカメラにお尻を向けて仁王立ち。その後もいきなり走り出してイスにふんぞり返ったかと思えば、好き勝手に飛び跳ねている。大笑いだ。
出演者の中から一人選ばれて、お姉さんと一緒にダンスしている。
収録の時、その様子をスタジオの上の窓から息子の手を引いて眺めていたときは、何とも言えない不思議な幸せ気分に包まれていた。娘の頑張ってる様子を息子と一緒に見ている今のオレは、きっと父親としてすごく幸せな時間を過ごしているんだろうなあと思ったものだった。そういう時間を作ってくれた娘と家族に感謝である。
用があって番組の途中でオレだけ家を出たのだが、そこは最新機種、歩きながら引き続き携帯でテレビを見たのだった。相当に怪しい姿だったに違いない。ユウマくんママが「おはようございます、テレビ見ましたよー」と声をかけてくれながら通り過ぎていった。
3年前、練馬の外れのこの地に引っ越してきた時は、縁もゆかりも何もない場所で当然のことながら知り合いは誰もおらず、唯一、この家を売った駅前の不動産屋の営業だけが見知った顔だった。家族四人、心細い思いで畑の中を歩き、近所のうどん屋で最初の夜の食事を摂ったことを覚えている。
そんな中で、隣のオガワさんがものすごくいい人でなにかと助けてくれたのだった。
子供たちも、それまでの友達と離れて、誰も友達のいない土地での新しい暮らし。妻は「よしっ」と気合いを入れて、自転車の前と後ろに息子と娘を乗せ、今日はあっちの公園、明日はそっちの公園と歩き回り、見知らぬお母さんたちの輪に飛び込んでは、仲良しになってくれそうな友達の新規開拓に頑張ったのだった。
顔見知りになって、子供同士がうまく行きそうか注意しながら、相手の話の端々から人間関係や環境などを探り、何度かそれを重ねてようやく心が通い合いだしたら、タイミングに気をつけながら携帯の番号を教え、聞き出す。
それにはどんだけの気遣いとがんばりが必要だったか、口に出しては言わないけれど、けっこう感謝しているオレである。
おかげで仲良しの公園グループに混ぜてもらえるようになり、入園前に仲良しの友達ができたのだった。
それはそんなに遠い昔ではなくて、今では道を歩いていると「こんにちは」と挨拶を交わせる人がたくさん増えて、しみじみとああ良かったなあと思うのだった。
それには夜な夜な、オレが飲み屋で地元の酔っぱらいたちと交流を深めていることも少なからず貢献しているに違いない。それゆえに本日もまたオレは「魚せい」へと出かけて酒を飲むのである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」


2007.04.17
打ち合わせ1、原稿。
せんだって突如姿を消したオレの名刺入れ。中には今では希少価値すら併せ持っているPASMO(チャージ残5千円)も入っている。
さんざん探したのにいまだ見つからないのはどういうわけだ。満月〜空は満月〜、捜し物は何ですか〜。
あろうことか、今度は名刺入れに続いて小銭入れまで紛失だ。小銭入れというぐらいだから中に入っているのは小銭だけであるものの、だがしかし、汗と涙の貴重な労働の賜。あだやおろそかにはできないのだった。なのに、行方知れずである。
どうしたことか。うーむ。これは近々大きな失せものをするという兆しなのだろうか。それとも大きな失せものの身代わりなのだろうか。できれば後者であってほしいが。
ともかく名刺入れがないとすげえ不便で、今日などとうとう名刺を持って出かけるのを忘れてしまった。ついでにSuicaも忘れてしまって、電車に乗るのにいちいち並んで切符を買わなくてはいけない始末。
IC化によって切符の行列はなくなっただろうと思いきや、鉄道会社が新たな収益を上げるためにはせこく稼ぐしかないとばかりに券売機の台数を減らして物販スペースに転換しているものだから、やっぱり券売機の前には行列なのだった。
乗り換えのたびに切符を買って、そうだ、連絡切符を買えばいいんだと思いついたものの、今度は最新型の券売機の操作がわからずにおろおろして、これじゃおのぼりさんかボケじいさんじゃねえかと自分に突っ込んで、悲しい思いをした。
それにしてもその都度現金で切符を買っていると、交通費がいかに高いか、よくわかる。なにしろ石神井公園から品川まで往復すると900円なんだからねえ。ランチ代だよ、これは。
交通費がこんなに高いなんて普段SuicaだPASMOだと言ってるとわかんないから、はっ、そうか、やっぱりこれも鉄道会社の陰謀なのではないか。うむむむ
関係ないけど、実はCDの音質には致命的な欠陥があって、同じ音でもハードディスクで聴くほうが遙かにいいという衝撃の説が一部でもちきり。うーむ、本当だろうか。近々検証してみる。
ちなみに1万円のヘッドホンは10万円のオーディオに相当するというのが通説で、いい音を聴きたいならヘッドホンにはちゃんとお金をかけたほうがいいらしい。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.04.16
原稿。
作家の日垣隆は、だいたい一日平均して3冊の本を読んでいる。
げげ、マジかよ。はい、マジです。
3冊の本を読みつつ、取材に出かけ、原稿をバリバリと書き、テレビが大好きでよく見ているそうである。ちょっとびっくりだ。
よくもそんなに時間があるなあと思うが、どうやら睡眠障害らしくて、あんまり眠らなくてもへっちゃららしい。うーん、うらやましい…か?
それはともかく最近はこの日記、ちょっと短いな。もっと長く書かなければ、朝、オザキががっかりするではないか。
夕べ、8時ごろに子供と一緒に寝ちゃって、中途半端に夜中の12時に目が覚めた。寝付かれなくて、コンビニで買ってあった「サラリーマン金太郎」3冊を一気読みだ。
本宮ひろしのマンガって、冷静に見ればけっこう知能指数が低いんだけど、テンションはやたらと高いから、読んでるうちにのめり込んでしまうのだった。
夜中に焼酎片手に読んでて、途中、ああ、これは島耕作に対するアンチだったのね、と気づいたのだった。
不倫をすれば相手は偶然大株主の娘、銀座のママと仲良くなったら偶然社長の愛人、アメリカでホームレスを助けたら偶然実は大富豪の隠れた姿だった。そういうお調子もののマンガだったのね。まるでマンガみたい、ってマンガだからいいのだが。
こんな話で面白いか? オザキ。面白いわけないか。
皆さんは夜のニュースは何を見ますか?
わたくしの場合、10時から古舘伊チ郎のニュースを見てその正義面した庶民の味方もどきにむしずを走らせ、11時になったら筑シ哲也のかみまくりの老害ぶりにあきれて、11時半になったら途中の4チャネルニュースを見ていったいこれは何のニュースなんだと毎度毎度首をかしげ、かしげたクビならこの人だと12時に8チャンネルに切り替えてクリステルだ。
だいたい11時ごろには酔っぱらっちゃってるから、ニュースの中身なんざほとんど覚えてないのだが。それでも最近は4チャンネルがちょっと面白くなってきたのではないか、というのがナカザワ氏との共通意見。
って、こんな話もつまらんだろ? オザキ。
オレはこう見えてけっこう人見知りで、できることならば仲良しの人とだけ仕事ができたら嬉しいなって思ってるんだけど、当然そんなわけにはいかないから、いろんな人とうまく付き合っていかなくちゃならない。だいたいそんなときは、心の奥がけっこう緊張している。
人と仲良くなるのは、オレの場合、一緒に食事するのが一番いい。できるなら一緒に飲みに行くのがベストだ。
厚揚げのある居酒屋なら最高だね。
幼稚園の園長とも一度飲んでみたいんだけど、まあ、無理だろうなあ。一度誘ってみようかなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.04.15
風がやや強いが、春らしい天気で、隣のオガワさんといい陽気になったねえと立ち話。ならば庭でビールでも飲みますかということになって、物置からバーベキューセットを引っ張り出してきて、急遽、庭先でバーベキュー&焼きそばなのだった。
昼間っからお隣さんと肉を焼きながらビールを飲み、焼きそばをつつきながらビールを飲む。
いやあ、まったく呑気だねえ。
昼にビールを飲むと午後は当然使い物にならず、家でごろごろするだけだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サラリーマン金太郎」」


2007.04.14
原稿。
栗コーダーのCDとDVDが届いた。朝五時半に起きて午前中いっぱいで原稿を片付け(それでも積み残しが少々、残りは週明け)、昼にクルマでCDを聴く。
何と言っても「ハイウェイスター」だ。これが、いやはや、爆笑ものというか。ほのぼのとするハイウェイスターがこの世にあったのだよ、ああ、面白い。面白いのは「ガンダーラ」もそうで、なんとも不思議なアレンジでありました。
午後、近所の公園に子供を連れて行ったら、幼稚園の友達の姿もちらほら。たちまち意気投合で、遊び始める。
何を思った全員靴を脱いで裸足になり、泥だらけで走り回るのだった。まあ、子供のやることだからしょうがないか。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.04.13
原稿。
プライベートスタジオというのは、やっぱり憧れである。
今は二階の仕事部屋でボーカルなどは収録しているが、部屋全体が音が響くライブな感じなので、ボーカルに変なディレイがかかったような感じになってしまう。希望としては限りなくデッドな状態に持って行って録音したいのに、である。
方法がないわけではなかろう。よく聞くのが、開口部に毛布を掛け、床はフローリングをやめてカーペットに、という方法だ。でも、そんな鬱陶しいことを、オレはしたくない。カネももったいないし。
ログハウスの展示場になにげに立ち寄ったときは、小さくてもいいからこれがプライベートスタジオで持てたらなあ、と思ったものだった。
音というコトで今思い出したのだけれど、以前、イサワ氏と行った中野駅北口の「北国」(だったっけ?)という居酒屋は最高だった。イサワ氏もそのとき指摘していたが、音がまったく反響せず、話し声などがすーっと吸い込まれていくように消えるのだ。
たぶん床が土で、昔の土間のようになっているからだろう。とても穏やかで心ゆったりと酒を味わえるのだった。それに対して声や音楽がわんわん響き渡っているような店内は、やっぱり辛いなあ。
古い日本家屋を借りて、自然の中で開け放してボーカルを録るというのは、もしかしたらとても気持ちのいい音になるかも。昔、五輪真弓が八王子の民家でそれをやってたなあ。
などということを思いつつ、ここから窓の外を見れば、マンション工事中。無い物ねだりだなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル増刊号」


2007.04.12
取材2、打ち合わせ1、原稿。
万歩計というのは商標だから一般的には歩数計と言わなくてはならない。
オレが愛用しているのはオムロンの歩数計だ。むろんオムロン。ポケットに放り込んでおくタイプのもので、一度紛失した時は、あまりに気に入っているので同じタイプのものを再度購入したほどだ。
その歩数計を見たら、昨日は2万歩を超えていた。うむ、なかなかに快調である。しかも、ご飯をろくに食べなかった。
おかげで一日で1.05キロもの減量である。
要するにアレだな、ちゃんと運動して、食事も抑えればきちんとやせられるということだわな。当たり前だけれど。
という本日は1万4千歩くらい歩いたけど、逆に体重は増えていた。悲しい。
関係ないが、先日買った神崎ゆう子の童謡CD、凄まじくいいです。
例えば「あめあめ、ふれふれ、かあさんが〜」の「雨」など、絶品。ほとんどセクシーですらある。「ぴっちぴっち、じゃぶじゃぶ〜」というあの歌がセクシーなんだから、ううーむ、聴いてみたいでしょ? 同じ意味では「さざんかさざんか〜」の「たきび」も素晴らしい。
最近ではクルマの中ではずっとこのCDを聴いています。アレンジがこれまた凄いんですわ。6月にコンサートがあるみたいなんだけど、聴きに行きたいなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「紙の爆弾」森進一の"おふくろさん"事件の裏事情について、やけにしつこく、くどく、取り上げている。なんなんだ?
「スローハンド」四谷の書店で見かけて、あ、出た、と発音した形のままに口を開けながらレジへ持って行った。中身を見ずに問答無用で購入する雑誌の一つである。んがしかしっ。この3号はえらくつまらなかったぞ(怒)。2号はどえらく面白く、あわてて創刊号を探し求めたほどだったのに、この落差はなんなんだ。がっくりと肩を落とすオレ。そんな中でも、斎藤哲夫の"グッドタイムミュージック"を取り上げているのはよかった。あれは名曲である。酔った頭でダウンロードして聴こうかと思ったら、見あたらなくて、ついアマゾンでCDを買いそうになってしまった。寸止めだったが。あとは、栗コーダーのインタビューがよかった。栗コーダーっていうのはリコーダーだけのバンドで、これがとってもいいのよねー。一度お聴きください。おすすめです。これはライブのDVDと新作CDが出ていることを知り、問答無用でアマゾン発注。例えば"ハイウェイスター"をウクレレとリコーダーで演奏しちゃってる、そんな呑気なバンドなのですよ。


2007.04.11
取材3。
朝、家を出た途端、名刺入れを忘れたことに気づく。取材仕事なのに名刺がないというのは、パンツをはかずにズボンをはいてしまったような恥ずかしさだ。
慌てて家を戻って探す。
ところが、ない。どこにもない。確実に机の上にあったはずなのに、ない。ううーむ、どういうことだ。
タイムアップとなり、仕方なく名刺の買い置きが入った箱ごとカバンに入れて再び家を出る。あの名刺入れにはPASMOも入っていたのがなあ。PASMOの製造が追いつかなくて一時販売中というニュースがあまりにタイミングよく流れたから、ひょっとして闇で流れたか。なんだそれ。
朝から夕方にかけて、ハードな取材をこなす。途中空き時間に本を読もうと思って喫茶店へ。まったく最近はいわゆる喫茶店がなくなって、カフェばかりになってしまった。手軽なのはいいが、落ち着かないのだよ、カフェは。
夕方、雨。500円の傘を買う。
夜、池袋で大宮のナオコちゃんと飲む。池袋で飲むなんて、オレとしたことが、どういうわけだ。おろろろ。
よろめきつつ2軒目を探したら、目の前には「TANGO」という看板が。なんだこのやろ、オレの名刺がこんなところに。
なわけはなくて、「TANGO」という名前のバーらしい。これは寄らねばならぬ。寄ったら普通のバーだった。
ふーん、TANGOね。面白いのは名前だけだな。面白いついでに、今度ここでタンゴ一族の飲み会でもやるかな。牛久のおじさん、所沢のおじさん、一度池袋のTANGOでバーボンでも飲みませんか。おごりで。
帰り、池袋駅構内で人だかり。何事かと思ったらテレビの取材だ。カメラにはいるよううろうろしてやったが、聞けばなんだかかわいそうな事件の取材だったらしくて、ありゃ、ふざけて悪かったなあと反省。もしニュースでそんなアホなオレの姿を認めたら、どうか忘れてくだせえ、皆様。
家に帰って、酔い目で引き続き名刺入れを探す。
ない。
いったいどこに行ってしまったのだろう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.04.10
原稿。
いやあ、どっと白けましたなあ、都知事選。
誰に入れたらいいかわからず、さんざん逡巡したあげく、えいやって入れた候補は、絶対落ちると思った予想が見事に当たってちゃんと落ちました。
まあ、メンツを見たらねえ。
東京に住んでいない人に東京知事をやらせろと言われても、建築家にへんなパフォーマンスされても、こっちとしては突っ込む気持ちにすらなれなくて。皆さん、そんな気分だったのでしょうなあ。
もっと白けたのが、開票速報です。8時からのNHK、なんと開票率0%で早くも当確でした。開票率0%! 一つも開けていないのに、なぜか確定!
こんなことなら投票なんかやめて、出口調査だけで知事を決めて欲しいです。あほらし。そう一言口にしたワタクシは、とっとと寝たのでした。
ところでそんなワタクシに本日届いたメールは、アップルからの「Macを簡単に始めるポイントは」というものでした。ずるっ。思い切りずっこけてしまいました。
「心機一転、Macを始めたいあなたに」と言われたワタクシは、心機一転、一昨年にMacを捨てたワタクシ。なのに、Macってば捨てられた自分に原因があるとは思わないのかしらん。携帯音楽プレーヤーだけ、ワタクシの目の届かない範囲で売っててください。もう二度とこういうメールは送らないでね。嫌いだから。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.04.09
原稿。
大江戸線の始発駅と同じ名前の団地が近くにある。ぴっかりが丘だ。
この巨大団地に住む人たちのコミュニティがネットにある。ぴっかりが丘ウォーカーという。もちろん完全にオープンなサイトで誰でものぞけるし、書き込みも、そんなに厳しくエリア限定されているわけではない。オレも時々のぞいては、地元情報をチェックしている。
この掲示板の一つに、愚痴を言っていいというコーナーがある。何でもかまわなくて、日頃の不満を書き散らしてくれればよい、という「王様の耳はロバの耳」的なコーナーだ。
「電車でこんなイヤな思いをした」「上の階の住民が非常識だ」などと、いろんな愚痴や不平不満が書き込まれてあって、それを見ているだけでも都会の人間模様が浮き上がってきて非常に面白いのであるが、さて、今まで一番面白かった書き込みは何かというと、これがたったの一行、「娘の担任と合コンしてんじゃねえよ!」というものだった。
わははは、面白いでしょう。オレも思わず吹き出したものなあ。
察するに、奥さんに内緒で、娘の幼稚園の先生とこっそり合コンを企画したものの、それが奥さんにしっかりばれてしまったというわけだろう。その前後のいきさつを想像すると、けっこう面白いのだった。
まあ、この程度のお笑いならば面白いで済ませられるのだが、時々、深刻な書き込みもあって、先日は「どうも夫が浮気をしているようで、携帯をチェックしようかどうしようか、心は乱れてる」というような書き込みがあった。
それに対してついたレスが、「私はその体験者。でも携帯を見るのは絶対にやめたほうがいい。携帯を見てしまったら、もうアウト」というアドバイスだった。しえ〜、なんだかシビアだなあ。
今の時代って、そういう危ないものを誰も彼もが無防備に手にしている世の中なのか。そう考えるとすごいな。もちろんオレは携帯を見られようが、ぜんっぜん、困らない。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経エレクトロニクス」


2007.04.08
東京都知事選挙の日、我が娘は幼稚園に入園式を迎えた。
お兄ちゃんの送迎でいつも行っているから別に緊張もしていないようだったが、それよりも自分のわがままが通らないことに腹を立てて泣きわめいたのには参った。このあまりにもわかりやすいB型性格は、いったい誰に似たのだ。
夕方、投票のために息子の手を引いて近所の小学校へ行く。
ついこないだ幼稚園に入ったと思ったのに、もう年長組で、あと1年。来年の今頃はこの小学校に通い始めているのか。そう思うと、時の流れの不思議を思ってしまう。
本日、幼稚園で大暴れした娘も、生まれたときはわずか2,375gで「昔なら未熟児扱い」と言われた小ささだった。それがこの元気なのだから、子供ってのは凄い。
来年入学予定の小学校ということで息子も何か思うところがあるのか、投票後、まだ散り続けている桜を追いかけてしばらく校庭を走り回っていた。
その後、息子の手を引いて夕方の畑の中をしばし散歩する。今年1年間頑張ろうなあ、お父さんもいろいろ忙しいけど一緒に頑張るからなあ。

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2007.04.07
原稿。
カメラのヨシダ氏に、ところでコールマンっていうメーカーはどうなんですか、と質問する。
ちょっとしたアウトドア通のヨシダ氏、「うーん」とうなった後、「昔の巨人は強かったんだけどねえ、というのと同じような感じですねえ」と答えたのだった。えっ、ハラなんかが監督するようじゃ世も末だと? 「いやあ、ハラならまだましなんですがねえ」とヨシダ氏。なんだかよくわからないが、ハラ以下のメーカーらしい。
ならば、ユニフレームってメーカーはどうですかと聞くと、「ああ、なかなかいいですよ」との返事。ほほう、そうか、なかなかいいのか。ちょっと安心する。
なぜこんな質問をしたかというと、最近、ユニフレームというメーカーのたき火用品を買ったからである。もちろんたき火用といっても、しっかりバーベキューもできる。しかもたためばB4程度の大きさで、楽々収納なのだ。
この優れものを持って、本日もまたさくら公園でバーベキューである。
まったくこのオレがバーベキューだなんて、タコの一つ覚えか、自分でも呆れた話である。でも、案外楽しいのよ、これが。
炭おこしもだいぶうまくなって、本日の逸品はスルメ。スーパーで買ってきたスルメをカリッと焼いたら、これが香ばしくて、実にうま〜。子供たちもうまいうまいと、いつまでも口を動かしていたのだった。これでビールさえ飲めたら最高なのだがなあ。
ちなみに写真は、明日の入園式を前に、準備のために制服を着てみた娘である。いつの間にやら、すっかり女の子っぽくなっちゃってさあ〜。

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2007.04.06
取材1、原稿。
「この世にいるのは、家族と敵と使用人の三種類」と言ったのは、田中角栄の娘だったっけ。
いま、いわゆる勝ち組の人たちの最大の願いは、我が子も勝ち組にすることなんだそうである。
田中マキコではないけれど、確かにこの世には様々な人がいる。自分と価値観が正反対の人もいれば、話のかみ合わない人もいる。味方だけではない。時にはむき出しの敵意を突きつけてくる相手だっているのだ。
そんな中を生きていかねばならないのが、人生というものなのだ。
フランスとイギリスは、非常に仲が悪く、互いに相手のことをバカにし、罵倒している。しかし、国際社会に立ったときは、その一員としてうまく調和しようと努力する。
相手と仲良くやることと、相手を好きになることとは別なのである。日本人は、仲良くやるためには相手から好かれなきゃいけないと思いがちだ。もちろん好きな人だけを相手にして生きていくなんてことは無理だから、そうでない人と仲良くすることも学んでいかなくてはならないのである。
49歳という年齢になって若かりしころ、つまり20代のあたりを振り返るに、ああ、なんとオレは、と頭を抱えたくなる。あの頃の己を思い出せば、それは野放図や無頼などではなく、はっきりと無知にして無防備なだけだったと今にしてわかるのだった。
今思えば、危なっかしい生き方をしていたものだ。当時の自分はそんなことは露程も思わなかったが、周囲の大人たち、例えば親などはひどくハラハラしながら見ていたことだろう。今のオレなら、その気持ちがとてもよくわかる。
今の日本には様々なリスクがあるけれど、親がそれを完璧に排除することはできない。
好意と親切に保護されて生きていられる幸せな時間はそんなに長くはなく、人は誰でも敵意や危険と折り合いをつけながら生きていくことを学ばなくてはならない。つまり、"もまれる"というヤツだ。
それを身をもって学ぶことができるのは、今のところ学校が最適である。とすると、同質の人間ばかりが集まりがちな今の教育制度というものは、実はもろい人間を作り出す一因になっているのではないか。ふと、そんな妄想を抱いた、金曜の午後の山手線なのだった。

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「恋って苦しいんだよね」永沢光雄・リトルモア。先日も書いた、昨秋ガンで亡くなった著者の、没後刊行の作品である。オレがこの人の「AV女優」を絶賛したものだから、アキヤマくんはアマゾンで買ってくれたそうだ。オレが薦めた本を誰かが読んでくれるというのは、無性に嬉しいものである。で、この作品だが、没後ということもあって、とにかく残っている作品を片っ端から集めたという印象。同じ話が何度も繰り返されている。くどく、しつこく。しかも下品な話が多い。私小説。いかにこの作者が男としてダメだったか、人間としてダメだったかが、よくわかる。そしてそれを受け止めた奥さんの偉大さもよくわかる。まったく聖母みたいな奥さんだったんだなあ。オレはこの作家が好きだからしみじみと読めた。けど、クセがありすぎるから、人によって評価は分かれると思う。完全に。


2007.04.05
取材2、打ち合わせ1、原稿。
日本橋から日比谷への移動の際、ヨシダ氏の車に同乗させてもらう。
ヨシダ氏、ハンドルを握りながら「ところでタンゴさんのCDって、どこで手に入るんですか」と聞く。手に入るもなにも、オレが配って歩いてるんですけど、と答える。
ヨシダ氏「え、そうなんですか、だったらくださいよ」とリクエスト。オレは大喜びで、では明日お会いしたときにお渡ししましょう、と約束する。
ヨシダ氏の隣、助手席にはアシスタントのツルちゃんが座って、無言でこのやりとりを聞いている。ヨシダ氏の言葉の後、数秒の間をおいてオレはツルちゃんに、で、ツルちゃんもCDいりますか? と聞いた。流れで。
ツルちゃん、一瞬の間をおいて「あ、ええ、いいんですか」と答える。
ちょっと待て、その間はなんなんだ。そのままスルーして欲しい、余計なことを言わせないで欲しいと思っただろう。ツルちゃん、オレとヨシダ氏に鋭く突っ込まれたのだった。
ツルちゃん、この数十分後に再度爆弾発言があったのだが、それは本人と相手の名誉のためにここには書かない。聞いてきた人にだけこっそり教えます。

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2007.04.04
原稿。
間もなく娘の入園式。
そういえばと、ふと思い立って、2年前の息子の入園式をビデオで振り返った。日々の目にはわからないけれど、こうして確かめると息子も娘もはっきりと大きく育ったことがわかる。
それは友達も同様で、あの子もこの子も、この2年でこんなに成長していたんだ。しかも、入園式当日、お互いにまだ顔も知らない友達ばかり。いま改めて見れば、ちゃんと周囲には未来の仲良しのあの子もこの子も座ってる。面白いものだ。
きっと娘の入園式でも、周囲にはやがて仲良しになる友達がたくさんいるに違いない。
なぜそんなことを思ったかというと、昼、3年ぶりという妻の友人が訪ねてきたからだった。かつてのマンション時代の仲良しで、お子さんも我が家の息子と大との仲良しだった。
遠くへ行くので別れたのが、ちょうど3歳前後。人間としてちゃんと記憶が残るのかどうか、といったところだから、果たしてどうかと思ったけど、息子に聞いたら「ちゃんとおぼえてるよ」とのことだった。こんなに小さくても友情はしっかりと残るんだねえ。
夕刻、突然の春の嵐。新潟では冬に雷が鳴るが、よその土地から転勤してきた高校の先生は、それを初めて見て心底驚いていたなあ、というのをふいに思い出した。

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2007.04.03
原稿。
日経新聞のスポーツ欄で、サッカー監督の山本昌邦が「オシムを甘やかすな」というコラムを書いている。
よくぞ言った、という感じですな。
この中で山本は、トルシエのコーチをしていた時代に、サッカー協会幹部から「明日にもお前に監督をやってもらうことになる」と二、三度、耳打ちされたというエピソードを明かしている。つまり、代表監督のクビなんかいつでも切ってやるという目が注がれていたというわけだ。
ところがオシムはどうかといえば、協会もマスコミも、なぜか腰が引けたような接し方しかできていない。そのことを批判したわけだ。
確かにオシムについては、そんな不可思議な空気があるなあ。たぶんそれは高齢であり、かつ、哲学者ふうの風貌であるということにも大きく拠るのだろうが。
そして、そんな空気が、オシムの言葉を必要以上にありがたがるムードにつながっていないか。
だってさあ、スポーツ新聞を読むと、オシムの発言ってなぜかものすごく丁寧でやんの(笑)。「サッカーが簡単なスポーツだと思うのですか?」とか「中村がいったい何人いるというのですか」とか、ものすごく丁寧な敬語付きでの翻訳になっているのよ。本当にそんなに敬語を使ってるのかね、オシムは。
昔、プロ野球の清原が、自分のコメントがいつも「ワシは」という主語で掲載されていることに堪忍袋の緒が切れて、新聞記者をつかまえては「オレは"ワシ"なんて言わへんぞ!」と凄んでまわったらしい。
そんな程度なのだから、スポーツ紙のコメントなんてまともに受け取るものではない。なのに、妙に丁寧な言葉遣いでコメントが載っているから、ついついオシムのことを校長先生のように思っちゃって、ありがたがってしまうのかもしれないな。
関係ないけど、息子が急に「やきゅうがみたいんだよ」と言い出した。グラブを買って、キャッチボールを教えた影響だろう。
うーん、野球かあ、面倒だなあ、と思ったものの、よく考えたらオレが住んでいるのは西武沿線。なーんだ、オレにはレオがいるではないか。ということで近々、西武の試合でも見に行こうかと思っている。野球なんて久しぶりだなあ〜。
という文章を書いて、ほーら、ちゃんとテーマを出して、広げて、清原の例で話を展開して、「校長先生のように」と話を戻して結論づけている。どうよ、しっかり起承転結になっているね。
と威張りつつ、野球の話を何も考えずにつなげるから、最終的には間抜けな終わり方になってしまうのであった。わははは。

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2007.04.02
取材1、打ち合わせ1、原稿。
とつぜん玄関にバイクでも突っ込んだかのような轟音が響いた。すわ、襲撃かっ。
イスから飛び上がったオレは、そのまま階下まで駆け下りて、なにごとだあと叫んだのだった。幸いにして妻子は無事な様子。青ざめ、恐れおののいていようではあるが、大事には至っていないらしい。
ならば轟音の出所はどこか。音のする場所に身を挺して飛び込んでみたら、おお、なんということだ、洗面所で洗濯機が暴れているのだった。
これは実話である。
大きな洗濯乾燥機が激しくうちふるえ、その勢いで自身がかなり移動したらしい。周囲の踏み台やら何やらがはじき飛ばされてしまったかのような、無惨な有様なのだった。暴れる洗濯乾燥機である。こんなものが家の中で暴れるのだから、こっちとしてはたまらないのである。
もともとこの洗濯乾燥機は何かとやっかいであった。"この木なんの木気になる木〜"の歌で知られるのん気なメーカーの製品だ。買って約1年半になる。
強風時にはホコリがひどくて外に干せないこと、子供が成長期を迎えて一日に3度も4度も洗濯するようになったことなどから、奮発して洗濯乾燥機に買い換えたのだった。ちょうど西友のセールで安かったこともあり、選んだのはこの木なんの木メーカー。決して縁の薄いメーカーではなかったから、ここは割と昔からいろんな製品を買っていた。
ところが買って1年もしないうちに、突然の不調だ。
なんと乾燥中に強烈に焦げ臭いにおいを発したのである。げげっ。慌ててストップし、オレはメーカーの窓口に電話。ただちに修理を依頼したのだった。思えば当時は同じメーカーの乾燥機が発火事故などを引き起こしていたころ。我が家のは機種違いとはいえ、メーカー側もナーバスになっていたのだろう、同じ会社のパソコンのサポートセンターからは想像もつかないほどクイックかつユーザーフレンドリーな対応で修理に来てくれたのである。
修理にやってきた下請け電器屋の作業員は、昼飯時をはさんでおよそ6時間も悪戦苦闘。結局、何がどうだったということは言わず、「もう大丈夫です。焦げ臭くても発火するということは絶対にあり得ませんから」と言い残して帰って行ったのだった。
しばらくは、確かに安定していた。だが、それから半年後、再び焦げ臭いにおいが強烈に。
再度修理を呼びつけたのだが、今度は30分程度で「もう大丈夫です」と帰って行ったのだった。以後、基本的に不安定な状態で、例えば乾燥が終わらずに延々と回転し続けたり、激しい音を立てて急にストップしたりしている。その都度、ケリを入れたり、頭をなでてやったりしてごまかしていたのだった。新聞の社会面の下には、この木なんの木メーカーのお詫び広告が何度か掲載され、洗濯乾燥機の発火のトラブルが報告されている。しかし、その都度、我が家の機種は外れていたのだった。
それがここへきて、発火ではなくて、突然の場外乱闘、スタン・ハンセンのような暴れっぷりを見せてくれたのだ。
息子に、もしかしたら夜中に洗濯機が立ち上がって歩き出して、布団の中に入ってきちゃうかもしれないぞ〜と言ったら、ヤツは本気で恐がっていた。
どうやら暴れっぷりが激しかったあまり、自分自身もどこかにぶつけたか、フタが少し歪んでしまったようである。うぬぬぬ。
我が家の洗濯機、風前の灯火。あっけなく買い換えの定めを迎えるようだ。もちろんこの木なんの木メーカーには二度と近寄らない。

夕刻、ひょんなところで「ミツル&涼太」の二人に会う。
言わずとしれた、ただいま旬のミュージシャン。先日のオレの三茶のライブでも一緒になった二人だ。相変わらずパワフルで、いやあ、さすがさすが。
勢いに乗っているせいだろう、仕事が楽しいという前向きなパワーがどんどん伝わって来て、こっちまで元気になってしまう。涼太くんは、げげ、この日記を見ているとのこと。うーむ、またしても「ワタシも見てます」状況ある。ますます、しっかり書かねばと思ったのだった。
ところで「ひょんなところで」の「ひょん」って何だ? 早速ネットで調べる。って、こういうお手軽が脳を退化させるんだってば。
で、調べてみると「ひょん」とは、凶の読み方、や「いのすき」という植物のこと、と出ている。なんのこっちゃ。やっぱりお手軽検索では本物の知識はつかないな。
てなことはともかくとして、電車に乗ると、真新しいスーツに緊張気味の顔をした若者がちらほら。そうか、昨日が日曜だったから今日が各地で入社式だったのか。新社会人たちがいっせいに世にデビューした日というわけだ。
オレの社会人初日は、けっこう緊張していて、割と詳しく覚えている。その割には同時期にあった卒業式のことはまったく記憶から欠落しているのだ。なぜなんだろう。絶対に出席しているのは間違いないのだが、どんな式で、誰と一緒で、終わった後どうしたのか、まったく覚えていないのだ。
既に仕事は始めていたから、新社会人としての緊張感のほうが大きくて、意識の上では卒業式どころではなかったのかも。
あの頃どんな未来をオレは思い描いていたのかはもう忘れてしまったけれど、ともかく、この季節というのはやはり心がすがすがしくなるものだ。

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「月島慕情」浅田次郎・文藝春秋。物語の名手と言えば、重松清に横山秀夫、宮部みゆきあたりが代表格だが、やはり真打ちはこの人だろうなあ。まったく浅田次郎は名人である。大正時代の吉原の女郎を主人公にした表題作や、過去に捨ててきた大切なものに突然であってしまう「供物」という作品などは、あまりに痛ましい話だ。どちらもストーリー自体は十分に先の読める展開で目新しさはないものの、それでも泣かせるところが作者の腕のすごさだろう。これは代表作の「鉄道員」にも共通していて、話の途中で既に物語の仕掛けに気がつくというのに最後までグイグイと引っ張って行かれてしまうのだ。この作品集で好きだったのは、社会の役に立ちたいと願って死んでいった老婆の話「冬の星座」、やはり少しでも社会の役に立ちたいと願った男の「シューシャインボーイ」。特に後者は、父が子を思い、男の子が父を思う、その思いの重さと痛切さに胸が打たれる傑作。最後の手紙の「ありがたう」の文字は、いやあ、ぐんぐん迫ってきました。


2007.04.01
静岡で31度を超えたっていうので、そりゃもうびっくり。きっとエープリルフールの嘘つきニュースに違いないって、ずいぶんとずれた突っ込みを入れてしまったほどの暑さだった。いや、ほんと、暑かったねえ。
この陽気では桜のピークは今日に違いないと思い、朝から準備をして、大泉のさくら公園に出かけた。花見をしながらのバーベキューである。
この公園、都内には珍しく炊事場がついていて、好きなところで煮炊きOKという、穴場のような公園なのだ。しかも周囲には見事な桜並木。
いつもはガラガラなのだが、さすがに今日は花見客が一杯で、駐車場も満車。順番待ちでしか入れなかった。
汗をかきながら荷物を運び、池の近くの芝生にシートを敷いて、さっそくオレはバーベキューの準備である。娘は、お兄ちゃんがグラブを持っているのを見てから自分もキャッチボールをやりたいと言い始めたので、昔おじいちゃんが買ってくれたおもちゃのグラブを持たされた。そして子供二人と妻は、芝生の上でキャッチボールである。
七輪の火起こしがヘタでいつも悪戦苦闘のオレであるのだが、本日は着火剤をどばどば使ってみたらなぜか調子がよく、順調に火が起きた。網を載せ、サザエの壺焼きにシイタケ、北海道のシシャモ、牛肉を焼いては、むさぼり食うのであった。
オレがやってる様子を見て要領を覚えたのか、次第に息子と娘も焼き始める。妻はハラハラしながら注意していたが、なんのなんの、直接火に触れることのなくなった都会生活なのだから、こういう機会に火でものを焼く経験をさせるのは大切なことだ。
オレはビニールシートの上に横になり、息子と娘が焼いてくれる肉を食う。ああ、旨い。
娘はよほど面白かったのか、「バーベキューさいこう」と大喜び。夜、一緒に風呂に入ったときも「バーベキューさいこう。またつれてって」と話していた。
それにしてもかつてはアウトドアなんて面倒くせえようと口にしていたこのオレ様が、春の休日に子供を連れて公園でバーベキューして、旨い旨いと言ってるんだから、時代も変わったものである。いや、オレが変わったのである。こうなると張り切って形を整えようとするのがB型。今使っているアルミ製の七輪もいいけれど、もうちょっとちゃんとした道具を買って、娘を喜ばせてあげようと目論んだのだった。
その後、朝霞の自衛隊駐屯地の近くにある桜の名所に場所を移し、満開の桜を眺める。ごろんと横になって見上げれば空一面の桜の花。素直に美しい風景であった。
夕刻には風が出てきて、その桜の木々を揺らす。咲き誇っていた桜から一斉に花びらが舞い始め、並木沿いに淡いピンクのシャワーが降り注ぐ様子は、一年一度、日本人としてのDNAが激しく刺激される光景なのだった。文句なしに美しく、今年も桜を見ることができました、と天空に向かって自然に感謝してしまうのだ。 近くには高齢者の福祉施設があって、車椅子に乗った高齢の入居者が同じように空を見上げて桜の吹雪を浴びている。おーい、おばあちゃん、来年も頑張って桜を見ようなあ、と心の中で声をかけた。

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2007.03.31
原稿。
三寒四温とかいうレベルを超えて、天候不順、凄まじいですな。
今日なんか朝から寒くて寒くて、夕方になったら雨が混じって風が出てきて。夜半には、とんでもない強風で家全体がぎしぎし揺れるほどでありました。大丈夫か、我が家。
ところで今「夜半には」と書いて思い出したのでありますが、天気予報では「宵のうち」という言葉をやめるそうですな。時間的にいつを指すのか不明瞭なので、ということらしい。
確かに改めてそう言われれば不明瞭ではあるけれど、こういう風情のある言葉はちゃんと残して欲しいなあ。
そして季節は清明へと向かう。美しい季節。「万物ここに至り、皆潔斎にして清明なり」の候である。

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2007.03.30
取材1、打ち合わせ1、原稿。
携帯電話を買い換えた。シャープのアクオス携帯である。ただいま宣伝中の。
なぜシャープかというと、ずっとシャープを使っていて、入力や操作がほぼ直感的にできるからだ。一度、シャープでなくて他社に買い換えたとき、慣れるのにけっこう苦労したことがあった。
テレビに特に興味はなかったが、ワンセグとはどういうものか実感したくて、これを選んだ。最近では機種交換の10台のうち1台がワンセグ付きらしい。いずれ近いうちに今のカメラ同様、テレビは標準搭載されるだろう。
ワンセグっていうのは実は面白くて、今のところ誰も儲かっていないビジネスなのである。
ワンセグを見るためにオレたちは金を払う必要はない。NKHの受信料も取られない。ワンセグとは言っても内容は普通の地上波の番組とまったく同じで、CMも地上波と同じだから、放送局や広告代理店がワンセグによって新しく売上を立てているのでもない。
せいぜい携帯電話メーカーが、ワンセグ付きだと1万円ほど高く設定できる、というぐらいだ。
こういう誰も儲かっていない不思議なサービスってどうなんだろうなあと思っていて、実際に携帯を持ってみてそのあたりを実感したかった。いずれワンセグ専用の放送も始まるそうだし、そうなれば新しいマーケットもできるとは思うけれど。
ところで、買い換えた店は光が丘のドコモショップである。高いなあ、やっぱり。道ばたに店を出している電話屋と比べると、確実に5000円は高かったなあ。
そのドコモショップのカウンターで、姉さん、オレに向かって「シャープのはちょっと電波をキャッチする力が弱いですよ」とこっそり教えてくれた。おい、待て。そういうネガティブ情報は、もっと大きな声で、かつ、購入前に教えてくれないか。手続きが終わり、金も全部払ってからそういうことを教えるとは。
実際試してみたら、どれどれ、案の定、電波をキャッチする力が非常に弱いのである。
我が家では屋内ではまずキャッチしない。窓際に行き、アンテナをあっちこっちに向けてようやくキャッチできる程度である。飯田橋の某社で試してみたら、屋内でもなんとかキャッチできたので、場所にもよるのかもしれない。
一応、屋外では普通に見られたので大丈夫のようだ。電車の中は、恥ずかしいから試していない。
三菱だか富士通だかの機種はアンテナを2本載せていて、かなりしっかりと電波をキャッチするそうだから、テレビ重視派にはそっちだろうなあ。もっともシャープも、こんなんじゃ製品として中途半端だし、いろいろと文句もつけられているだろうから、次の機種からは改善されるだろう。改善しろ。
そういう映りの悪いテレビでも、子供に持たせれば立派なおもちゃである。
家のテレビをつけて、それと同じ番組を携帯でつけて、きゃははは、おんなじだーと喜んでいる。単純なものである。その様子をながめていたら、あれれ、不思議だ、テレビと携帯ではタイムラグのあることが判明。普通の地上波のテレビから3秒ほど遅れて携帯に画面が流れるのである。
へえー、不思議だなあ。なぜこんなことがおきるのだろう。よし、ネットだ。
ということで今調べてきたけど、こういうのが脳を軽くしちゃうんだろうなあ。疑問を感じたらまず書店に走って参考文献を探し、仮説を立てて、専門家に聞いて検証する。そういうプロセスをちゃんと経てしらべてこそ、知識は身につき、脳も鍛えられるのである。わかっちゃいるけど、やめられない、とくらあ。
で、タイムラグだが、確かに4秒ほどのタイムラグが生じるらしく、しかもメーカーによってその時間は異なるのだという。理由は、デジタル化された映像・音声の圧縮・解凍に時間がかかるからなのだ。なるほどね、種明かしされれば簡単なことだ。てか、とっくに常識なのか?
ということは、つまりワンセグでは時報というものは何の役に立たない、ということになる。仮にワンセグ専用放送が始まっても、機種によってズレ時間が違うなら、やはり役立たずというわけだ。
さらにさらに、これはタイマー予約が微妙にずれちゃうという事態も生むわけだ。携帯電話内部の時計に基づいてタイマー録画がスタートしても、実際の番組はまだ始まっていないと。ふーん、最新のデジタルってなんだか間抜けだなあ。わはは。
まあ、いいや。しばらくこれを使って遊んでみよう。これからオレに会う人は、みんなワンセグ携帯を見せつけられて、蘊蓄を聞かされることを覚悟しなければならぬ。

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「ナンバー」久しぶりに読んだ。戦術面でもいかにジーコが間抜けだったか、改めて検証されていて、ちょっとすっきりした。
「FRIDAY」加護ちゃん、引退。


2007.03.29
原稿。
6時に起床して朝刊を取りに門まで出たら、犬(タイソンという名だ)の散歩から帰ってきたオガワさんに会った。暖かいですねえ、いい陽気ですねえ、と挨拶を交わす。朝の光を浴びるのは、一日を自分のペースで過ごすために大切なことなのである。
7時から原稿を書き始める。
朝食後、再び原稿。昼に食事で外に出た以外はずっと机に向かって原稿を書き続けた。
すると驚くべきことに4時前にはすべての原稿が終了してしまい、お気楽にも石神井公園まで散歩に出かけてしまったのである。
なるほど、朝からちゃんと計画的に行動すれば、こんなにも早く仕事が片付くのね。ちょっとびっくりなのだった。
散歩の途中、あまりの暖かさに汗ばむ。3月なのにTシャツ1枚でも十分だ。この調子だと、これから先、どうなってしまうんだろうねえ。

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2007.03.28
取材1、原稿。
いやあ、暖かいなあ。ポカポカと汗ばむ陽気だ。桜も一気に開花。週末は花見日和か。
八王子の山の中へ行ったけれど、春霞の向こうに山々が見え、あちらこちらでは桜が四分咲きといったところか。なかなかに気持ちのいい空気だった。
しかし、例えば"いじめ"って100人が100人、絶対によくないと決めつけるのに、では、なぜなくならないのだろう。不思議だよなあ。もしかして人間社会の根本的なところに問題があるからなくならないのではないか。いつもそんなふうに思ってしまう。

植木等が亡くなった。80歳。
お父さんのことが大好きで、お父さんにほめられたくてずっと頑張ってきたらしい。いかりや長介も、その自伝を読むと、やはりお父さんのことが大好きで、お父さんにほめられたくて頑張ったことがよくわかる。
いくつになっても大好きだった父親のことを大切に思い、父親にほめられたくて一生懸命に頑張るというのは、男ならではの心理だろうなあ。こういう話は、とても心が温かくなってくる。

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「脳が冴える15の習慣」築山 節・NHK出版。昨日の「フリーズする脳」の続編である。内容的にはけっこう重複が多かった。毎日決まった時間に起きること、起きたら体を動かすこと、きちんと整理整頓すること、細々した雑事をきちんと片付けること。ほとんど小学生の生活指導だが、これらが実は脳にとっていかに大事なことか、わかりやすく解説してある。オレもできれば毎日音読しなければなあ。仕事の前に新聞のコラムを書き写すというトレーニングは一時やっていたが、いつの間にかやらなくなってしまったし。パソコンや携帯が便利になって、さぼることを覚えてしまった脳を鍛えるには、やはりある程度の努力が必要なようだ。頑張らねば。浜松方面のボケた方も、いっしょに頑張りませんか。


2007.03.27
打ち合わせ1、原稿。
筒イ康隆に『俺にカンする噂』という短編がある。
うろ覚えだが、確か平凡なサラリーマンがある日突然にニュースの第一報でその日常生活を報道されるはめに陥った、という話だったと思う。テレビをつけたら突然自分の顔が大写しになって、何時にメシ食って会社でこんな失敗をしたということが全国ネットで報道されちゃうんだから、怖いよねえ。
ところが最近はオレもこれに近い感覚を味わうようになった。言うまでもなく、この日記のせいである。
オレの場合、物好きにも自分で日常のあれこれをセキララに書き殴り、しかも子供の写真まで堂々と公開しているんだから(ちなみにブログに子供写真を掲載するのはDQN率が高いらしい。うひゃひゃ、オレもDQNか、これで)、他人にプライバシーを見られるも何もあったもんじゃないが、それでも思いも寄らぬ方面から「見てます」「見てる」「見てやってる」と突然不意打ちされると、ぎょっとしてしまうのは事実だ。
だもんで、なるべく差し障りのあることとか、固有名詞がらみは書かないように気を遣っている。
例えば仕事関係ならば守秘義務だけでなくマナーとして書かないのは当然だし、それ以外にも実は昨日の日記にオータ裕美のある作品について口汚くけなした文章があったのだが、思い直して削除している。それを好きな人が読んだから気を悪くするし、それどころか言われた本人がこれを目にする可能性もあるからだ。
いや、ほんと。実際どれとは言わないが、ここで感想を述べたある作品について、その制作者本人(もちろん面識はない)がチェックを入れていたことがわかったのである。これはけっこう気が重いぞ、いやほんと。
というわけで、なるべく穏便に、人格者らしく、ハッピーな内容の日記に終始したいと思うのであった。もちろんあくまで日記なのだから、何を書こうがオレの自由だし、日記に突っ込みを入れられても、というところはあるのだが。ま、それはそれとして。

日比谷の一角に鹿児島県の物産専門店を発見。ふらりと立ち寄って、薩摩揚げと黒豚ハンバーグを買って帰る。
子供たちと食べたら、これがじっっつに旨い! 息子も娘も、おいしいおいしいと黒豚ハンバーグをぺろり。薩摩揚げもむしゃむしゃとかじった。つられてオレもばくばく。ああ、体重が…。血糖値が…。尿酸値が…。
ところで今月号の雑誌「食と生活の安全」では、ペットボトルの水について特集していて、買ってもよいのはクリスタルガイザーと何とか(忘れた)だけだった。日本の名水は全滅。カネ出して水買って。それが汚染されているというんだから、とほほな状況である。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」
「フリーズする脳」築山 節・NHK出版。固有名詞が思い出せない。集中力が続かない。忘れ物をする。誰もが思い当たるこの状態が、脳がフリーズしている状態である。そしてこれがまさに「ボケ」への第一歩なのである。脳神経外科医である著者は、しかし、ボケは自分で治せるということをここで説明している。要は楽をせず、ちゃんと考える習慣を取り戻せば、ぼけた脳もきちんともとに戻るのだ。ある意味もそれはあっけないほど簡単なプロセスでもある。そして著者は、パソコン、携帯、カーナビの生活が確実に人間のボケ化を加速させていると警鐘を鳴らす。確かになあ、携帯を持つようになってから電話番号は覚えなくなったし、カーナビを使うようになってから道を覚える努力もしなくなったしなあ。恐ろしい話だ。ともかくボケは努力と環境次第で十分治せるということであるから、浜松方面のボケた方もご一読ください。


2007.03.26
原稿。
朝からちゃんと働いて早々に仕事を仕上げ、午後から一家で一路渋谷はNHKに向かった。そうなのである、本日、我が家の娘が「お母さんといっしょ」に出演するのである。息子に続いて、きょうだいでNHKデビューなのである。ふふふ、芸能一家か、おれんちは。
早めにNHKに到着したので、スタジオパークで子供を遊ばせる。
ちょうどタイミングよくワンワンのショーをやっていた。ワンワンというのは、知らない人はまったく知らないだろうが、子供たちの間ではカリスマ的な人気を誇るキャラなのである。名前の通り、犬だ。その犬の着ぐるみがけっこうな弾け方をするという番組で、このショーではワンワンといっしょに記念写真を撮ることができるのである。
ここで並んで、きょうだいそろって記念写真。これがその証拠写真である。
ショーのあと、本番が近づいた娘は妻と共にスタジオに向かった。息子とオレはそのままイベントスペースに居残って、今度は音楽会である。何かというと、昔の歌のお姉さんである、神崎ゆう子の無料ライブがあったのだ。
曲は童謡。声楽家の出身だけあって神崎ゆう子は透き通る、伸びのいい声でしっとりと聞かせる。いやあ、本当に美しい歌声でありました。
たちまち虜になってしまったお父さんは、新しいアルバムのプロモーションライブだということをすっかり忘れて、まんまと新しいCDを2枚も買わされてしまったのでありました。いや、なにしろアレンジがあの船山基紀だというのでね、オレが「ぼくたちの地球」のアレンジの際に参考にさせてもらったという船山基紀だというのでね、喜んで買ったわけですよ。
このアルバム、帰りのクルマの中で聴いたら、素晴らしいできばえであった。アレンジも歌唱も、絶品。
そのCD2枚を神崎ゆう子本人から買って、サインの際に、たんごって書いてくださいとお願いしたら「あら、タンゴ君っていうの?」とボケをかまされ、いや、父親であるワタクシがタンゴという名前なのでありますが、というやりとりをしてどっと疲れてNHKのロビーをうろうろしてたら「あ、タンゴさんじゃないですか」と呼ぶ美声に足が止まったのだった。
おろ、と思って顔を上げたら、なんとそこには坂入姉妹の姿があるではないか。
そうである、昨年、わらべ歌とベビーマッサージのCDを、ワタクシが作曲家・アレンジャーとして手がけた際、ボーカルを務めてくれたプロの童謡歌手の坂入姉妹である。由紀さおりも認めたという素晴らしい実力の持ち主のこの姉妹デュオを、オレはレコーディングディレクターという名のもとに偉そうにいろいろと注文つけたりしたのだった。
ああ、ありがたや、それなのにこのオレの名前を覚えてくれていて、しかも声をかけてくれるなんて。
聞けば、神崎ゆう子の仕事がらみでNHKにやってきたらしい。このへんの童謡関係の音楽関係者は、なるほど、みんなつながっているんだね。オレだけ、気のいいお父ちゃんとして子供らに付き合ってNHKにやってきたというわけだ。わはは。
どうもどうもその節は、ぜひまた今度、いえいえい、こちらこそ。
などという挨拶を交わして別れ、さあ、いよいよオレと息子は娘のNHKデビューの様子をモニターで見るために見学コースに向かったのだった。
子供番組というのは子供のでき次第だから、とにかく事前にいかに雰囲気を作るかが重要だ。そのときの様子からモニターで見ることができる。
おお、いるいる、我が娘が。息子と眺めていたら、この娘、とにかく元気で暴れまくる。直前まで全然やる気がなくて練習も何もしてないっていうのに(事実、昨夜風呂で大丈夫かと聞いたら、だいじょぶ、だいじょぶ、ふふん、と鼻歌で答えたのだった)、イザ本番になると突然弾けまくるB型なのだ。ついでにいったん調子に乗ると止まらなくなるのもB型である。
モニター越しに見ていると、娘、カメラの前は横切るわ、言うことを聞かないでイスにふんぞり返ってスタッフに連れ戻されるわ、全員とは反対方向に走り出すわで、まったく協調しようとしない。つまりそれだけ派手に目立って見える。
しかも服装が派手なのだ、これが。
この日のためにオレがわざわざ見繕ってきた服なのだが、黄色と黒の組み合わせで、一見して全盛期の川田俊明か、という派手さ。行動も態度も、まさに川田そのまんまの傍若無人ぶりなのだ。
そして目論見がずばりと当たり、娘は全員の中から一人選ばれてお姉さんとと二人だけで数分間のダンスを踊ったのである。わははは、どんなもんだい。
もっとも付き添っていた妻によれば「目立ちすぎて、スタッフにつまみ出されるか、選ばれて踊れるか、実にギリギリのきわどい勝負だった」らしい。うーむ、これから娘はそういう人生を歩むのであろうか。
ちなみに写真は、お姉さんといっしょに踊っている様子を映し出しているモニターを、本来は撮影禁止なのに、こっそりと隠し撮りしたものである。娘が娘なら、父も父。
ともかくこうして娘のテレビデビューは大成功に終わったのだった。正直な話、気分屋の娘のことだからどうなるかと心配していたが、親の気遣いなど杞憂に決まっているというわけか、思った以上に大胆かつ真っ直ぐに娘は見知らぬ面々の中で暴れてくれたのである。
ちなみにオンエアーは4月18日・水曜日の8時35分から。NHK教育テレビである。タンゴ家親戚一同は忘れずにテレビの前に座して拝むように。本当に見たかどうか、後でちゃんと聞くから、心して見るように。親戚一同はわかりましたか。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」
「男気万字固め」吉田豪・幻冬舎文庫。かつての名作本の単行本化。この作者はとにかくインタビューの名手で、本人以上に本人のことを知っていると言われるほど下調べが徹底している。そしてどんな有名人が相手でも金髪の短パン姿でインタビューに臨むのだが、「いやあ、大ファンです、会いたかったです、こんな素晴らしいエピソードまで知ってます」という態度だから、インタビューされた本人は嬉しくて嬉しくて何でもしゃべっちゃうのである。話が面白くならないわけがない。山城新吾のインタビューなんて、電車の中で読めないほどの抱腹絶倒ぶり。乙武からも「手も足も出ませんねえと言われたい」などという発言を引き出している。単行本は絶版になったらしい。が、この素晴らしすぎる文庫本が手にはいるようになったのだ。ありがたやありがたや。


2007.03.25
夜中にびっくりするような強風が吹き荒れる。雨戸がガタガタと音を立て、その音で目が覚めてしまうほどだ。
おかげで砂もひどく吹き荒れたらしく、朝に床を拭いたら、紙ぞうきんが真っ黒になったのであった。ため息をつきつつ、まあそういう田舎なのだから仕方なかろうと自分を納得させる。自然が相手ではどうしようもなかろ。
こういう強風、豪雨も温暖化の影響なのだろうか。ポストが赤いのも、道路が渋滞するのも、オレの原稿がヘタなのも、全部温暖化の影響に違いない。
それはともかくとして、夕刻、近所の市場に買い物に行く。歩くにはちょっと時間のかかるところなので、時々、クルマで行く市場だ。名前を「フレッツ」と言い、練馬近辺では非常に有名な市場である。もともとが卸市場だっただけに、とにかく安い。まとめ買いにはぴったりである。
本日びっくりしたのは、2リットルの緑茶ペットボトルが98円だったこと。プライベートブランドではあるが、なんなんだ、この値段は。
今、500ミリリットルのペットボトルがドラッグストアで100円を切るから、それに業を煮やした大手コンビニが自主開発の98円ペットボトルを店頭に並べだし、飲料メーカーに仕入れ値下げの凄まじい圧力をかけているところだというのに、「フレッツ」はあっさりと2リットルが98円なのである。うーむ、やるのう、おぬし。
昨日のキャッチボールが後を引いて、体全体がぐったり。本日、使い物にならず、だらだらとして過ごす。少しはやせたのだろうか。
などとごろごろしていたら、能登半島のあたりで大地震。ぎょぎょっ。
えーじくんの実家のあたりではないか? 大丈夫だったのか? 近くも遠くもない我が実家は大丈夫だったらしいので、ホッと一息だが。地震列島日本、温暖化も問題だが必ずやってくる大地震も恐ろしい話である。
ところで、一粒口にするだけで猛烈に仕事のやる気がわいてくる薬というのはないものかね。最近どうもだらけ気味で、なかなかによろしくないのである。我が身を反省しつつ、じゃあ明日から頑張ろうというOLのダイエットと変わらない言い訳をしながら、オレは再び横になるのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.03.24
ところでオシムジャパンというのは有名選手がほとんどいないものだから、人気がさっぱりなんだって? そうかそうか。
ならば、こちらは大人気のサッカーチームだ、息子の幼稚園チーム。
本日は初の対外試合で、土曜の朝8時半集合だというのに試合場の小学校グラウンドは大勢の保護者でたいへんな賑わいなのだ。土煙がもうもうと舞う中(ぺっぺっ)、精鋭たちが眼光鋭く名も知らぬにっくき相手チームに襲いかかるのである。
何しろ凄いぞ。ゴールキーパーがいないのだ、この試合には。
ともかく5歳児どもが一つのボールを追いかけて団子状態でわらわらと走り回るのである。常に混戦状態。そこから何の弾みか、ボールが転がり出て、そののゴールになるというスリリングな展開だ。これはものすごく興奮する。見ている保護者たちは興奮のあまり卒倒寸前だ。加えて、春休み中なのにわざわざ応援に駆けつけた年中組の先生たちも激しく興奮だ。
そしてオレは、この世にこのようなサッカーがあったとは知らず、最初から最後まで驚愕のし通しである。
そのようなサッカーであるが、幼稚園児は幼稚園児なりに頭が働くらしく、途中でこれは誰かがゴール前に立っていれば点を入れられないのではないかと気づくのである。人類の進化だ。
そう気づくのは一人ではないらしく、途端に3人4人がまとめてゴール前に立ちはだかるのである。
凄いのはここからだ。立ちはだかった臨時キーパーたちは、たちまちにして自分らの役目を忘れてしまっておしゃべりに興じてしまい、ちっともキーパーの仕事にならず、あっという間に4人のキーパーの脇を通ってゴールを奪われたのだった。
こんな調子で、3試合やって全敗。負けても悔しくないのか、にこにこ笑って走り回り続ける園児たちであった。
試合の途中、応援に現れたリサちゃんパパが「で、グローブ持ってきましたか」とオレに聞く。げっ、忘れた。グローブのことなんか、すっかり頭になかった。これはさやちゃんパパも同様。あわてて午後に改めてキャッチボールしましょうと約束して別れたオレは、早速息子を伴って朝霞のスポーツ用品店までクルマを走らせ、ナイキのグローブを買い、ついでに息子用のグローブも買ったのだった。
新品グローブを手に、ついでに七輪をトランクに、向かった先は練馬と埼玉の県境にある(本当に県境にあって、道の向こう側は異文化の地という国境地帯なのだ)さくら公園である。ここで何をするかというと、キャッチボールなのである。
ついでに昼飯もここで、ということになり、仲良しの家族が三々五々集まる。
お昼は面倒だからお弁当にしましょうというのがお母さんたちの話し合い。その裏側で父ちゃんたちは、ヨメどもはああ言ってるけど無視して七輪やりましょう、というメールを飛ばしあっていたのだった。
公園には豚汁の大鍋を広げて盛り上がっているグループもいたが、こちらはおとなしく弁当に七輪である。そしてキャッチボールだ。
いやあ、キャッチボールなんて何年ぶりだ。肩が思い切り痛い。10級も投げたら息が上がる。恐ろしくて全力投球などとてもできない。さんざんなものである。
それはそれとして、一方でオレは息子にグローブを持たせて、息子と生まれて初めてのキャッチボールだ。男の子を持つ父親ならば、親子のキャッチボールは一つの夢なのであるが、それをかなえてお父さんはしみじみ嬉しい花曇りの空の下なのであった。
それにしても他のお父さんたちは若い若い。キャッチボールにテニスに、はつらつと動き回る。それを見ながらオレはひーひー言ってるだけだった。
この仲良し家族が集まると、子供たちは誰彼となくつかまえて「なんとかちゃんのパパ、サッカーしようよ」と遊ぶ。大人ももちろん誰の子供でも遊び、笑い、叱る。地域の仲間全体で子供たちを育てようというコミュニティが自然にできていて、子供も親以外の大人と本気で遊んでもらえて、こういう時間はとても素晴らしいことだと思うのだった。
朝早くから運動に明け暮れて、久々にぐったり疲れて帰ってからは、息子と風呂に入って後、日本代表とペルー戦の試合を見ようとテレビをつける。と、本日の国歌斉唱は米米クラブの人だ。わははは、なんだこれ〜。
笑いながらそこだけ見て、後は全員で(娘は寝てしまった)今朝の息子のサッカーのビデオを見る。こっちのがなんぼか面白いぞう。
ぐったり疲れて早々に寝てしまい、夜中に目覚めてリビングに行ったら、妻が一人でフィギュアスケートを見ていた。そうなのである、妻は実はフィギュアスケートのマニアなのである。
オレもひっくりかえって寝ぼけ眼で見ていたら、くるくるマオちゃんがくるくると回っていた。夜中までご苦労なことである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.03.23
原稿。
日垣隆のメルマガを一読して感心。日航機の機長の話が紹介されているのだが、この機長、40代前半で老眼が始まったものの、以来、3秒間遠くを見て3秒間近くを見るという運動を毎日わずか5分間ずつ続けたおかげで、60歳の今も老眼はまったく進行していないそうなのである。
それを聞いた日垣は、自分も早速始めたところ、2週間でだいぶ目の焦点の合うスピードが速くなってきたというのだ。
老眼も目の筋力の衰えによるものだから、確かに日常的な努力によって改善は可能だわなあ。よーし、オレも早速、と決心した次第である。
40代ともなると、周囲は老眼のオンパレードだ。あの人もこの人も、みんな眼鏡をずり上げてマニュアルなどの細かい字を読んでいる。このオレも、昨年あたりから急に細かい字が辛くなってきて、今では混んでいる電車の中で文庫本を読むのはすっかりあきらめた。
一日5分で改善されるなら、少しは気をつけてみよう。
午後、わざわざ池袋のビックカメラまで行ってキーボードを買う。年中、よくあきないものだ。
買ったのは、ぶっこわれたのと同じくロジクール。なんだかんだいって、このメーカーのが割と使いやすいように思う。それでもオレの理想とするキーボードにはほど遠いのだ。では、オレの理想のキーボードとはどういうものか。速く正確に打てるキーボードである。って、それはキーボードではなくて人間の問題であるような気もするが。
池袋へ行く途中、石神井公園駅前の八重洲ブックセンターによって「るるぶ練馬区」を購入。本年度版が本日発売されたのだ。
「るるぶ」って言えば観光案内である。しかるに練馬区など、観光地でも何でもない。
ところが3年くらい前に試しに「るるぶ練馬」を作ってみたところ、これが予想以上の売れ行きとなったらしくて、本年、改訂版が出たという次第。
時期から察するに、学生や社会人などの上京組、引っ越し組が第一ターゲットである。これがけっこうよく売れるらしい。加えて第二ターゲットが、そこに住んでいるだけの地元住民。雑誌を見て「この店、知ってる〜」「この公園、、行ったことがある」と盛り上がる、まあ、田舎もののノリのために買うのである。
実際、それが楽しいのよねー。電車でパラパラとめくったら、おお、案の定、焼き鳥のスマイリーが紹介されていた。さすが有名店。にしては、写真が小さいか。今夜あたり、行ってみるかなあ。
さて、練馬といえば、春の砂嵐である。本日も我が家の周囲の畑では砂が舞い続けていた。洗濯物を干すなど、とんでもない。家の周囲を歩くだけで、頭が砂まみれという有様だ。とほほ。
この状態がいつまで続くのか。ゴールデンウィークあたりまで、外に洗濯物は干せないかもなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「るるぶ練馬区」「フライデー」


2007.03.22
原稿。
キーボード・オタクであるオレは、しょっちゅうキーボードを買い換えては喜び、文句を言ってはまた買い換え、その都度カメラマンのボロボおじさんに嘲笑されたりしている。
せんだってはマイクロソフトのキーボードが気に入らなくてロジクールのコードレスに買い換えた。これがマウスはひどかったが、キーボードそのものはなかなかによろしく、けっこう気に入っていたのだった。
ところが3ヵ月ほどしか使っていないのに突然壊れてしまったのである。
「め」のキーが、一度押すとずーっと押しっぱなしになってしまうというありがちな症状。まったくやっかいなのだった。
だいたいいまどきキーボードが壊れるなんて想定していないから、保証書はとっくに捨てている。こうなると単なる粗大ゴミの一つだ。
仕方がないので、オレは押し入れを開けて、中で山となっている(これでもけっこう処分したのだが)諸々のキーボードをかき分け、緊急避難的に使うやつを探し出してきた。デルの標準品である。
デルのキーボードって、本当、評判悪いんだよねえ。
なにしろ使っていて疲れてしまう。今時、980円で投げ売りされているジャンク品にも劣るようなキーボードなのだ。
しかし、しょうがない。我慢して使うしかないのである。
とは言え、いつまでもこの状態は耐えられないから、明日にでもビックカメラにでも行ってくるかなあ。近所のジャマダ電機はやたら評判悪いので行きたくない。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」

「プロレス狂の詩」KAMIPRO・エンターブレイン。
またまたプロレスものである。「紙プロ」つまり紙のプロレスとという、プロレスファンの間では相当に有名な雑誌があって、しょっちゅう団体から取材拒否を食らっている、しかもその理由が当の本人たちにも"多すぎで原因がなんだかわからない"という、アホなとんでも雑誌なのだ。
このとんでもなくおもしろい雑誌に掲載されたインタビューの中から秀逸なものをよせ集めて再編集されたのがこの本である。って、そんなことはどうでもよろしい。オレがこれを即座にアマゾンで購入したのは、そんなことが理由ではない。表紙のイラストを見た瞬間に「買い物カゴに入れる」をクリックしてしまったのである。
その表紙とは、後藤達俊のイラストなのであった。
後藤達俊とは、かつての新日本の中堅レスラーで、得意技はバックドロップ。相手をした馳浩が、打ち所が悪くて病院送りになり、その救急車の中で心肺停止に陥ったことがあるという事件を起こした張本人なのだ。
実力は折り紙付き。それ以上に人間的にむちゃくちゃなのも折り紙付き。安定した大企業のサラリーマン生活を捨ててプロレスの世界に飛び込み、中堅となってからは突如スキンヘッドに眉毛を剃り落として思い切り怖い顔になり、当時の坂口征二社長から"ヤクザはいらねえんだよ"と怒られ、その怖い顔のまま彼女の家に行ってお母さんに「娘さんをください」と頭を下げて思い切りびびらせたという男である。
そのとんぱちぶりは、凄まじいのだった。
酒乱。飲んで旅館を一軒壊してしまったり、洒落で包丁を振り回したらライガーの腕に当たって切れてしまったり、飲み屋で突然女の子をバックドロップにして救急車を呼んだり、とにかく抱腹絶倒のエピソードばかりなのだ。ああ、プロレスラーって本当に面白いなあ。
なにしろインタビューの最初に「面白いなら、ウソ書いていいよ」とさらりと言う男なのだ、後藤達俊。最高。


2007.03.21
原稿。
原稿はエディタで打って、その後気分でWordか一太郎に貼り付けてメールしている。最近は一太郎が多い。
アキヤマくんからは「一太郎は見やすいですね」という返信が来た。そうか、見やすいのか。
確かにWordを見て思うのは、なぜこんなひどいワープロが標準になってしまったんだろうという素朴な疑問である。そろそろマイクロソフトにずぶずぶにやられるのはストップしてもいいかと思うけれど。
昼、家族で石神井公園へ。桜の開花宣言の後だから少しは咲いているかと思ったら、まだ全然だった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.03.20
打ち合わせ3、原稿。
1976年、つまり昭和51年、オレは上京して一人暮らしを始めた。18歳であった。
今ならば考えられないが、四畳半一間の下宿にはテレビがなかった。田舎から持ってきたカセットデッキと、大学への入学祝いをかき集めて買ったポータブルのステレオがあっただけだった。つまり人生には音楽さえあれば十分だと本気で信じていた頃だった。
じっさい、テレビにはそんなに必要性を感じなかった。大好きだったプロレスも、受験勉強のために一時離れたきりになっていたし。ただ駅で「東京スポーツ」との存在を初めて知り、東京にはプロレスを毎日報道する新聞があるのだとびっくりしたのだった。
では、猪木・アリ戦の時はどうしていたかというと、大学の購買部で立ち見をしたことを覚えている。確かにテレビの前は黒山の人だかりだった。その中に混じってオレは遠くから猪木を見ていた。
あの頃猪木は確かに神だったのである。すべてのプロレスは真剣勝負であると信じられていたし、その頂点に君臨する猪木は世界で最強であると信じられていた。少なくとも世間知らずのプロレス好きの学生の間では。
もっとも斜に構えたがる年頃であるから、表面上はアリの勝ちに決まってるとクールに装っていた。だが、立ち見の学生のほとんどが、寝転がって闘うだけの猪木をあざ笑うような声を発しているのを聞き、次第にオレは本気で悔しくなっていったのだった。
確かにつまんねえ試合だった。当時は。だが今になって検証すれば、あれはあれで凄い試合だったことがわかる。
猪木・アリ戦を考えるとき、オレはいつも購買部のテレビの前に群がっていたあの午後のことを思い出す。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!A」「ビッグコミックオリジナル」

「1979年のアントニオ猪木」柳澤健・文藝春秋。というわけで、この本である。新聞広告で目にして、タイトルだけで即座にアマゾンで申し込んでしまったのだった。
面白い本には、"ページをめくるのももどかしい"のと"ページをめくるのがもったいない"の二種類があると思うが、この本は後者。読み進めるのが惜しくて、同じページを何度も何度も読み返すという感じだった。いや、とにかく予想を上回る面白さだったなあ。
1976年に猪木は特異な4つの試合をこなしている。ルスカ戦、アリ戦、パク戦、ペールワン戦。その試合を検証していくという内容の本である。
読み進むほど、びっくりだ。いろんな事実が明らかになってくる。例えばアリ戦は、当初は出来レースで猪木が勝つシナリオになっていたのに、猪木がアリをリアルファイトに陥れてしまったこと。ルスカ戦では入念なリハーサルが行われたこと。驚愕のスクープは、ペールワンの弟とひっそりリベンジを闘って、きっちり負けていたこと。ページをめくるたび、ただうなるのみである。
アリ戦の描写は身震いするほどスリリングなものだった。この試合ではいかに猪木が卑怯であったか、いかにアリが勇敢であったかが、語られる。これは今までの通説をひっくりかえすものだ。
ルスカについては、彼がいかにもの悲しく痛々しい一生を送ったかが描かれている。うーん、男はすべからくルスカなのだろう。
文句なしの永久保存版。一つ不思議なのは、その後の異種格闘技戦についても出来レースと触れているのに、なぜかウィリー・ウィリアム戦に関してだけは一言も触れていない。他の試合についての入念な取材を思えば、これは明らかに不自然だ。あくまで想像だけど、空手側からなんらかの圧力があったのでは?


2007.03.19
取材5、打ち合わせ1、原稿。
ゲイツ将軍の君臨する悪の帝国マイクロソフトからの脱却をもくろんでいる(その割にはMacintoshからWindowsに乗り換えたわけだが)オレ様は、ワープロを「Word」から「一太郎」に乗り換えたのに続き、メーラーも「Outlook」から「Shuriken」に乗り換えようかとお試し版を使っているのだった。
「Shuriken」って、まんま手裏剣なんだよね。受信中は、手裏剣が飛んでくるアニメーションがちらちらと流れるの(笑)。
そのアニメは、まあどうでもよくって、基本的にこのソフト、けっこう使い勝手がいいです。利便性が高いというより、使っていて気分がいい、という感じ。
以前のバージョンは、はっきり言ってとんでもなく恥ずかしいデザインで、デスクトップ上に開きっぱなしにしておくのも許せないという感じであった。そのあたりもだいぶ改善され、今は愛用している。
お試し期間はあと30日。これならちゃんとお金を払ってユーザーになってもいいかなあと思っているところである。
と言いつつ、「一太郎」の場合も、結局は相手がほとんど「Word」だから、一太郎で書いてWordにコピペってという不思議な使い方をしているが。アホか、オレ。
関係ないけれど、最近、この日記をいろんな人が見ていることが判明。本日も思いもよらぬところで「見てます」と言われて、愕然。ハガ氏である。
会議の席上、見てますよーとプロジェクタにトップページを映し出されたオレは、うぎゃあと叫んで机の下に潜り込んだのだった。
それはいいんだけれど、他にもいろんなところで見られているという情報があり、頭を抱える。オレの名前で検索してもここはヒットしないんだけどなあ。こうまでいろんな人に見られていると、正直、好き勝手に書けなくなってきたのかもしれんぞ。うーむうーむ。
なことはともかくとして、我が家の周囲が激変である。
まず、南側の空き地でマンションの工事が始まった。続いて西側の区民農園がなくなって整地され、なにやら地盤調査が行われた。同じく北側の区民農園も廃止されて、地盤調査されていた。
この調子でいくと、西側と北側にもマンションが建つのではないだろうか。
ラジオの中継車が「東京都は思えないのどかな田園地帯」というふざけた情景描写を行ったこの日本のチベットも、ついにマンションの中に埋もれてしまうのか。うーむうーむ。この畑の真ん中にある立地が好きだったのになあ。残念である。
あ、野球のグラブを買うんだった。すーっかり忘れていた。それから息子が春休みに突入したので、ドラえもんに映画に連れて行かなくちゃいけないんだった。ほかにもまだまだやるべきことがあったような気がする。春は忙しいなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.03.18
りさちゃんパパ改めサクちゃん、さやちゃんパパ改めまっちゃんと、3人で三軒寺のやぶ重で昼飯を食っていたときである。まっちゃんが突然「野球のチームを作らない?」と言い出したのであった。
もと野球部のサクちゃんに異論はなく、オレも思いつきで行動するたちなので、即座に賛成。メンバーをどうするか、野球場はどこにあるのかなど、たちまちにして話がまとまってしまったのだった。
で、まとまったのはいいんだけど、考えてみればオレはグローブもボールバットも、何も持っていない。これで野球をやろうとは、よくぞ言えたものだ。
まずはカタチからということで、近々グラブを購入する予定である。でもって息子とキャッチボールするのだ。おお、うつくしいではないか。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.03.17
原稿。
冷たい風の一日でありました。おしまい。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.03.16
取材1、原稿。
朝7時過ぎに生ゴミを出すために家の前に出る。寒い。ぶるぶる。
家の前では隣のオガワさんがクルマの中にいた。おはようございまーす。「おおう、さむいねっ」。寒いっすねえ〜。「さっき雪が降ってたよ」。ええっ、雪すか、マジすか。
史上最も遅い初雪だって。とりあえずは降ってよかった…のかな?

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」「美味しんぼ」
「新幹線ガール」徳渕真利子・メディアファクトリー。どんな本でも、一つぐらいはいいことが書いてあるものだ。その好例。接客の5Aとは何か。アタマニクルナ。アワテルナ。アセルナ。アキラメルナ。アテニスルナ。おお、これは接客だけでなくオレの仕事にも通じるではないか。いや、オレの仕事ってそもそも接客だったのかも。


2007.03.15
取材3。
「週刊文春」の書評で、永沢光雄の新刊が出たことを知る。同時に同じ記事で、彼が昨年11月1日に既に亡くなっていたことを今さらながらに知った。
永沢光雄。
決して有名なライターではないが、オレにとっては格別の存在だった。
非常に寡作な人であり、著作はわずか7作。その7作目が没後に発行された最新刊ということになる。
寡作であるのには理由があり、とにかく仕事が遅く、それでいて無類の酒好きだった。住んでいたのは新宿二丁目。毎晩新宿でぶっ倒れるように飲んでいたらしい。死因も飲み過ぎから肝臓をやられたことだった。
代表作は、アダルトビデオの女優たちへのインタビュー集『AV女優』だ。前にも書いたけれど、何の予備知識もなくこの分厚い本を手にしたオレは、数ページめくってこれはとんでもない傑作だと気づき、あわてて購入したのだった。
そしてたちまちにして読了。続編の『おんなのこ』も合わせ、その凄まじく濃密なインタビュー世界に圧倒されてしまったのである。あの立花隆が「一編一編が長編小説の重量感」と評したという、それほどの濃密さが全編に漂っているのだ。
以来、この『AV女優』という本はオレにとっての文章の目標となった。分厚いこの2冊はずっと大切に保存してあり、机の脇に置いては時折読み返していた。さらに文庫本も購入。読みたいものが特にないときの外出時には、カバンに忍ばせて電車の中で読んでいるのだった。
なぜこの人のインタビューものはこんなにも濃密なのだろう。
メールはおろか、ワープロさえも使えない永沢光雄は、原稿はすべて手書きである。インタビューも独特で、出版社の会議室で始まったインタビューは、2時間を過ぎるとそのまま場所を近所の居酒屋に移し、ウーロン杯などを飲みながらさらに数時間続く。もちろん進むほどに酔いはまわり、女優は本音をもらすようになり、筆者もインタビュアーという立場を忘れて対象にのめり込んでいく。
すごいのはここからで、永沢光雄、その4時間から5時間にも及ぶ酔っぱらいのインタビューテープを聞き返し、すべて大学ノートに手書きで起こしていくのだった。
これがどんなにすごいことかは、編集関係の仕事をしている人ならわかってくれると思う。
酔っぱらっていく女優と自分のインタビューを一字一句書き写すという苦行を通じて、ここでさらに永沢光雄はこのインタビューそのものを客観視し、距離を置くのだと思う。そして、そこまでの境地に達したところでようやく見つかった自分と女優との関係を通じて、まったく別の角度から切り込んでいき、文章にしていくのではないか。
これほどまでに追い込んで、そして客観視した自分を通じて対象を描いていくのだから、極めて濃密な文章になるのだろう。インタビュアーとしてオレは吉田豪もたいしたものだと思うが、この永沢光雄は本当にすごい男だと心底思う。オレがインタビューして誰かを描くという仕事をするときは、常に頭のどこかに永沢光雄の存在がある。
こんな手間のかかる割の合わない仕事ぶりだから、当然、量はこなせない。
細々と仕事を続け、『AV女優』が当たるまでは年収100万円にも満たないのが当たり前という生活だった。それでも新宿二丁目のアパートで暮らし、飲み続けることができたのは、奥さんが近所の焼鳥屋で働いていたからである。この奥さんがたいへんに素晴らしい人らしくて、甲斐性なしのろくでなし亭主を叱咤しつつ、深く愛しているのだった。
数年前、永沢光雄は咽頭ガンにかかり、声帯を失う。インタビューして原稿を書くという仕事をしている人が声を失ったのだ。その絶望ぶりはいくばくか。
その時のうろたえぶりを、永沢光雄は『声をなくして』という作品に綴る。この中で永沢は「妻の笑顔、とてもとてもほっとしたようで、私、とてもとても、妻がまた好きになった」という名文で大向こうをうならせたのである。これほどまでに高らかな愛の宣言は、そうあるものではないだろう。この一冊は、じつは奥さんへのとんでもないラブレターなのだと、読み終えてから気がつくのだった。
この頃から永沢光雄は既に余命いくばくもないことを自覚していたようだ。オレも訃報を覚悟していたのだが、どうも見落としていたらしい。4ヵ月以上もたってようやく知ったという、情けなさであった。
47歳だったという。若すぎるよなあ。
昔からずっと近鉄バッファローズのファンで、球団が消滅すると知ったときの衝撃や、最後の監督である梨田にいい年してファンレターを出したら返事が来たことなどを綴っている文章は、胸に迫るものがある。
今もオレの机の上には文庫本『AV女優』『おんなのこ』の2冊。本棚には同じ本のハードカバーが2冊。ページの色はだいぶ古びてきたけれど、その中身は今読んでも濃密すぎる。
ノンフィクションの書き手の多くを"沢木耕太郎病"と断じ、自分は決してそうはならないと宣言していた永沢光雄。オレはこれからもこの人の文章を極北の星として仰ぎ続けると思う。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「日経エレクトロニクス」


2007.03.14
取材3、原稿。
ひえ〜、あの田舎町がいつの間にこんなに大きな街に変身したんだあと立川駅北口前でビル群を見上げながら呆然と立ちすくんでいた朝8時45分、チラシ配りのお姉さんを追いかけて"ちょーだい"と叫んで手に入れたのが、あの「コミック・ガンボ」だった。
そう、完全無料のフリーコミック雑誌として噂の一冊である。
ほほうどれどれと手にして眺めてみたら、これがどこから見ても一冊270円の週刊コミック雑誌。なのに完全無料。有料コミック誌のレベルが低すぎるということもあるが、これほどのものがタダなんて、いやあ、メディアは自殺行為だよなあ。
雑誌はフリーで赤字だけど、ネットとの連動で儲けて、コミックスでどかーんと儲けて、というスキーム(笑)だ。考えたヤツは偉いし、実行したヤツはもっと偉いが、出版他社はたまったもんじゃないだろうな。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」「週刊プロレス」
「亡食の時代」産経新聞・扶桑社新書。産経新聞の連載をまとめたものであるが、書かれてあることは驚くことばかり。朝ご飯にガムを食べてきた、なんていう小学生が珍しくないんだって、今は。コンビニが儲けを出すためにどんどん惣菜や弁当を廃棄処分にしているという恐ろしいレポートがあり、その背景となっている驚くべき経理のからくりが明らかにされている。これだけでも必読。なにしろコンビニ批判は大手メディアにとってタブーに近いから、産経新聞が取り上げたのはたいしたものだと思う。
「偽装国家」勝谷雅彦・扶桑社新書。非常に示唆に富んだ一冊です。


2007.03.13
原稿。
最近ちょっと運動不足なのが気になって、体重が増えてしまったのが激しく気になって、朝、幼稚園に息子を送ってから1時間ほどウォーキングする。1時間歩くとだいたい1万歩だ。
ずっと伊藤園のそば茶をネットで箱買いして飲んでいる。ソバのルチンという成分が血管にとてもよろしいからだ。おかげで(デブの割には)血糖値も安定し、(デブの割には)血圧もそんなには上がらないようである。
なにしろ血管は命綱。加齢と共にぼろぼろになっていくのは仕方ないけれど、いかにケアするかが大事なのだ。
と、ありがちな民間療法の聞きかじりをひけらかすイヤなオレ。
そんなオレが昨夜酔っぱらい眼でネットで見つけたのが、あずき茶というのが体にえらくいいらしい、という話である。なに、あずき茶?
ポリフェなんとかが何倍で活性酸素がどうしたとかで、鉄分も豊富。ほほう、そりゃあいいよねえ。
ところが「吐きそうにまずい」という意見と「さっぱりしててとてもおいしい。おまけにお肌もつーるつる」という意見に大別される。これはどうしても一度試しに飲んでみて、それから箱買いしないといけないなあ。
ということで調べたら、コンビニのナチュラルローソンで買えることが判明。一番近くのその店が駅の南口にあることがわかったので、それをウォーキングの一つの目的にする。
で、立ち寄りましたよ、ナチュラルローソン。へえ、この店って店員が白衣で、いかにもオーガニックざんすね。こんなものにだまされてはいけません。とにかくオレはTシャツ・バンダナのラーメン屋が嫌いで、前掛け・ブラウスの創作和食屋を憎んでいるのだ。白衣のコンビニなんて、相手になりませんな。
それはともかくお目当てのあずき茶を見つけ、2本買う。1本はオレで、もう1本は妻だ。押しつけるのだ。
ウォーキングしながら早速あずき茶を飲んでみたら、そんなに驚くほどまずくはないし、旨くもない。おいしさ度合いではウーロン茶と互角ではないか。これなら飲んでもいいかと思い、ネットで箱買いすることに決める。
ちなみにオレが一番好きな飲み物は、緑茶である。
コーヒーより、ビールより、日本酒より、お茶が好きである。「おーいお茶」2リットルなら毎日飲みたいぐらいだ。
さて、そば茶を飲みながら石神井公園をウォーキングする。朝の9時台の公園は、案の定、することがない老人が徘徊、いや、散歩し、釣りをしている。その中に混じってオレもさくさくとウォーキングだ。ああ、気持ちいい。
ウォーキングってのは、あれだね、血流が自然な形で全身に巡ってくるね。次第に体があったまるだけでなく、頭の巡りもよくなってくる。アドレナリンも出まくりだあ。
公園の桜に目をやれば、ほほう、もうずいぶんとつぼみもふくらんでいる。春本番も、すぐそこだ。
20年以上も昔、井の頭公園でカマタたちと花見をしたのを思い出す。本格的な花見なんてしばらくやってないなあ。久しぶりに親分やイサワでも誘って公園でゴザを広げるかなあ。えーじくんも来るかなあ。
せっせと歩いて汗を流し、いいあんばいになったところで踏切を渡って帰る。
しかし石神井公園駅は、相変わらずとんでもなくボロである。
急行停車駅。位置的には、新玉川線なら二子玉川、東横線なら田園調布、小田急線なら成城学園前、京王線なら千歳烏山に並ぶのに、駅舎ときたら比べるのもおこがましい貧相さ。ここにも格差は厳然と存在するのだった。
なにしろ知人の家を訪ねてこの駅に降り立った人が、不安になって「本当にこの駅でいいの?」と電話したという実話があるほどだ。
もっともオレなんぞはむしろこのひなびた佇まいが好きだがね。私鉄沿線、どこの駅前も似たような光景が続く中、石神井公園のわびしさはなかなかに愛すべき雰囲気なのだ。何十年後に実現するかわからない高架化の話があるにはあるが、本音ではこのままのわびしい佇まいであって欲しいのだ。
ただ一つ困るのが、エスカレーターがないことである。
ベビーカーを抱えた若いお母さんなんか悲惨の一言。半泣きになってベビーカーを持ち上げる姿がよく見られる。まあ、高架化の話が中途半端なままだから改修するにできないのだろうが、しかーしっ、高校生の栄養費だかなんだかに1000万円以上の裏金を使っているんだから、その分、なんで石神井公園のエスカレーターに回さないのだ。地域住民は激しく怒っているのだ、西武鉄道に。って、たぶんオレだけだけど。
さて、1万歩歩いて気分も体もすっきりしたところで、買ってきたあずき茶を机の前でごくり。おもむろにオレは原稿に取りかかったのだった。おかげで素晴らしい玉稿が仕上がったのである。といけばいいのだが、相変わらず中身はよれよれの原稿なのだった。

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2007.03.12
取材1、原稿。
甥のユーイチローが見事に高校に合格した。ぱちぱちぱち。
おめでとう、よかったね。スマイリーおごってあげるから遊びにおいで。
そのユーイチローとは関係ないが、どうもよくわからなかった例のPASMO、依然としてすっきりしていない。どうやらスイカがそのまま使えるということらしいから、スイカで西武線だろうが地下鉄だろうが、すーいすいってなもんだ。
だけど、ほら、ボクって西武線に住んでるじゃないですか。だったら西武のPASMOを使いたいじゃないですか。それが素直な心理じゃないですか。
問題なのは自動的にチャージされるPASMOを使おうとすると、それに対応しているクレジットカードを利用しなくてはならないということで、俺の使っているセゾンカードだとそのまま使えなくて、わざわざ新しくプリンスカードというのに入らなければならないのだ。
ほーら、もうこの説明だけでイヤになったでしょ。
オレもイヤ。だから当分はスイカを使って必要に応じて自分でチャージして、自動チャージの方式は様子を見て、セゾンカードがお願いしますって頭を下げてきたら考えてやろうというところに落ち着いたのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」「文藝春秋」


2007.03.11
舞浜はイクスピアリっちゅーショッピングセンターの中にあるライブハウスに行く。瀧モト瞳と坂タ修のライブがあるのだ。
坂田オサムはどうでもよろしい。問題はタキ本瞳である。半年ほど前にも同じショッピングセンターのライブハウスで瀧本ヒトミの歌を聴いて以来、オレは実は欠かさずこやつのブログをチェックしている。はっ、まるでストーカーのようではないか。
ぶるぶる、決してそうではなくて、こやつの伸びのあるボーカルが結構気に入っているのである。
そんなわけで本日も舞浜くんだりまで寒い中を出かけ、瀧モト瞳のボーカルを堪能してきたのであった。うーん、なかなかよいぞ。惜しむらくは、ソロCDが出ていないことだ。アンソロジーばかり出ていて、うーん、ちと残念。これではCDで堪能するというわけにはいかない。
CDと言えば、最近気に入っているのが、三軒茶屋のライブで息子の面倒を見てくれた初対面の篠笛ミュージシャンの「こと」さんのCDである。タイトルは「だけ」。つまり篠笛だけのCDなのだ。
プライベートテイクではあるが、これがなかなかに気持ちよくて、最近は気合いの入った原稿を書くときは必ず流しっぱなしにしているほどである。1000円。いい買い物だった。
ついでにもう一枚、気に入っているのが「ロバの音楽座」という中世の古楽器を使ったバンドのアルバム「ぽかぽかぽ」。古楽器の不思議な音色に乗って穏やかな音楽が流れ出てくる、とても気持ちのいいCDなのだった。
デジタル時代になって急激にいろんな音楽が広がってきて、ヒットチャートとは無縁でもとても心地いい音楽が苦労せずに入手できるようになった。嬉しい限りである。
しかし、こんなふうにレアなCDばかり書いていると、なんだか自慢しているようで少し自分が恥ずかしくなるのだった。
おっと、イクスピアリである。ライブ後、歩いていたら広場で大道芸人がパフォーマンスしていた。ちょっと足を止めて見始めたら、そのあまりにハイレベルなパフォーマンスにびっくり仰天。ついに全部見てしまった。プロフェッショナルというのはすごいものだなあ。
名前をデビッド・ラムゼイという。
サノくんなら知っている名前じゃないかな? 調べてみたら、なんともけっこうなキャリアの持ち主の大道芸人だった。なぜこんな人が舞浜などという場末のショッピングセンターで営業しているのだろう。ふーん。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.03.10
奥秩父にある牧場でバター作り体験をさせてくれるというので、えっちらおっちら出かけていった。
途中、関越で事故。うんざりするような渋滞を抜けて、ようやく到着しました、奥秩父の山の中。いやあ、どえらい山奥でびっくり。
道に迷って村の万屋ふうの店に立ち寄り、奥に向かって「すみませーん、ちょっと教えて欲しいんですが」と声をかける。と、遠くから「んお〜」という声がする。物の怪か?
恐る恐る、土間のような店に足を踏み入れ、声のする方へ行ってみたら、なんと店の奥の茶の間で老婆が一人、タクアンかじりながら昼飯を食っていたのであった。この老婆「んお〜」といいながら、店に降りてくる気など、さらさらないらしい。
そこでこちらから恐る恐る近寄り、道案内を請うた。物の怪ばばあ、にやりと笑って「そこはじゃの…」と教えてくれたのだった。ああ、怖かった。
到着した牧場は広くて、高くて、眼下に秩父の山々が連なっているのが見えるようなところ。いやあ、この景色は素晴らしかった。この山並みを見るだけでも、物の怪を恐れずにやってきてよかった。感動のあまり、オレは思わず「我が大地の歌」など口ずさんでしまったよ。
さて、バター作りである。
やることは簡単。ジャムの空き瓶に生ミルクを入れて激しく振るだけ。脂肪分と乳成分を分離すればできるわけだから、原理的には確かにそうだわな。そして指導では実際に「入れてください、振ってください、はいできあがり」と言われるだけである。
ところがこれがくせ者。人間、5分や10分、ひたすら腕を振り続けることなんてできないであります。勢いよくシェイク始めたものの、たちまちにして腕はがくがく。あげくに娘がギブアップ、息子がギブアップ、最後には妻までギブアップして、結局オレが4人分の瓶を激しくシェイクして筋肉痛になったというわけだ。
大黒柱が汗水垂らして働いたおかげで、参加4家族中、一番最後に我が家も自家製バターにありつくことができたのだった。そのバターを口に入れると、オレの苦労がじんわりと口中に広がって、ということもなく、塩分も何も入っていない単なる脂肪のかたまりという味なのであった。
これで参加料は200円。安いといえば激安のイベントであるが、激しく疲れた腕をさすっていると、200円もらっても割に合わないなあなどと思う父ちゃんなのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.03.09
原稿。
朝、日刊スポーツを開いたら、格闘技のページに、バッドニュース・アレンが亡くなったという記事が出ていた。
バッドニュース・アレン、またの名をアレン・コージ。オリンピックの銅メダリストにして、新日本プロレスの常連だった名レスラーだった。ヒールの役所で、反則技でブーイングを浴び、最後は日本人に一発逆転で負けてみせるという、お約束のワークをこなす名人だった。
実は上手なやられ役ほど実力者というのがプロレスの世界であって、バッドニュース・アレンも本気で闘ったらかなり強いという話だった。日本人で一番強かったのが坂口征二で、その坂口と真剣勝負で互角だったと思う。
愛すべきいいレスラーがどんどん世を去って寂しいなあ。だいたい晩年はみな不遇という。アレンはどうだったのだろうか。合掌。

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2007.03.08
原稿。
納豆でダイエットできるなら、水戸にはデブは一人もいないってば。
などとタイミング大ずれのボケをかましつつ、我が家は朝7時35分に4チャンネルの前に集合なのだ。そうである、ズームインとかいう番組に我が息子の通う幼稚園が登場するのである。
待つこと数分、CM明けに、おお、出ました出ました。
担任の先生が踊っていて、赤いジャンパーの園長が踊っていて、園児がわらわらと踊っている。我が息子はいるのか。どうなのか。どうやら、あの赤い帽子が息子らしいと気づいて、あっという間に出番は終わったのだった。
いったい何なんだ、今のは。しばし呆然。ふと気づいて見れば、ぴっかり幼稚園の名前が、なんいうことだ、ぴっかり保育園というふうに思い切り間違えられている。これには父さん、大びっくり。
幼稚園がいつの間にか保育園になってしまっていたなんて、さすがテレビ屋、ねつ造はお手のもののようである。ということで、このためにわざわざしょうもない前振りをしておいたのであった。どっと疲れろ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2007.03.07
取材3、打ち合わせ。
娘3歳と7ヵ月。生まれて今まで、実は一度も髪を切ってなかった。
この春から幼稚園に行くことになり、しかも今月末にはNHK「お母さんといっしょ」に出演することが決まったので、さすがにぼちぼち髪を切ってあげようということになり、ついに美容院デビューを果たしたのである。
行ったのは、石神井公園駅前の美容院。出かけるついでがあったので、オレも付き添いだ。
初めての美容院で多少は抵抗するかと思いきや、娘は大喜びでシャンプーしてもらい、カットしてもらう。終わったらぴょんぴょん飛び跳ねていたそうだ。(そうだ、というのは途中でオレは出てしまったからだが)
仕上がりは、予想以上のできばえ。今まで全部ひっくるめてポニーテールにしていたのを、きちんと前髪をおろして作ってもらったので、一気に女の子らしくなったのである。
娘は相当のくせっ毛で、いわゆる天然パーマだ。年頃になったら「ストレートがいいーっ」と泣くのだろうなあ。うーん、パーマもなかなかよろしいのだぞ、娘よ。

「〜のほう」とか「って言うじゃないですか」など、気になる若者言葉は多い。確かに「って言うじゃないですか」を多発されると、けっこうイライラしてくる。
そんな中でも最大級のイライラ言葉は「違うくて」あるいは「ちがくて」というやつである。
ああ、書いているだけでイライラしてきた。
「違っていて」「違うので」という意味の「違うくて」「ちがくて」という言い方を多用するのは、20代の女性に多い。信じられないことに、いや、本当に信じられないことに、仕事の場面でこのバカ言葉を使って平気な顔をしているバカ女が案外多いのだ。
オレに向かって「違うくて」と口にしながら平然としている相手の顔を見て、きっとこいつはお得意先に対しても平気でこういう言葉遣いをしているのだろうなあと思い、うすら寒く感じてしまう。屋内で帽子をかぶって平然としている連中となんら変わることのない精神構造だ。
ともかくオレに対して「違うくて」と口に出したら、オレの心の中で激しく罵倒されることになるということだ。

日中、けっこうストレスたっぷりの取材をこなす。なんなんだろう、この負荷は。
夜、そんなストレスを振り払うかのような飲み会を、飯田橋の「鳥よし」で行う。わはは、また「鳥よし」かよ〜。信じらんなーい。
この春に東京を引き払って沖縄に移住するカメラマンのストちゃんの送別会だ。
なに、送別会ったってオフィシャルなものじゃなくて、今度いつ飲めるかわかんないから一度飲んでおこうかね、という程度の気楽な集まりである。
それにしてもストちゃん、よく思い切ったなあ。山形生まれの東北人が、遠く離れたウチナンチューになっちまうのである。借家の家賃が6万円。門にはちゃあんとシーサーがついているのだ。
ストちゃんがこれを見ていたら申し訳ないが、沖縄という地は、カネを落としてくれる観光客にはとてもウェルカムで優しいが、根を下ろしてカネを稼ごうとするよそ者には案外冷たいところがあるという。仕事関係については移住してからなんとかするということで、決して楽な道のりではなかろうけれど、どうか頑張って欲しいのだ。同じフリーランス仲間として切に願う。
いつか沖縄行ったら、シーサーのついてる家に遊びに行くからね。
飲み会に参加したメンバーは、「鳥よし」ではおなじみのコマガタにオザキ、それからイイムラにミヤケだ。このメンツときたら、話題はシモネタのオンパレード。店中に響き渡る大声で放送禁止用語を連発しやがるのだ、こいつらが。わははは。
ところでオザキもミヤケも、この日記の書評を見ては時々本を買っているとのこと。うむむむ、感謝である。申し訳ない。ありがたい。
オザキは先日オレが絶賛した雑誌「酒とつまみ」を持ってきて「早速買いましたよー、おもしれえですよー」と喜んでいた。そうかそうか。面白いよねえ。
ちなみにオザキはオレの日記が長いと嬉しいらしいが、ミヤケは長いのはスルーしてしまうそうである。人それぞれ、人生いろいろ。そうだ、今夜の話題は人生いろいろという感じで終始したなあ。
そんな馬鹿話をしているさなか、オレの頭の中に"最近のオレは、ちとプライドが高くなってきたのではないか"という思いが突然わき起こる。昔から「力もないのにプライドばかりが高い人間にはなりたくない」と思っていた。常に謙虚であれ、腰を折り、頭を低くしろ、と自分に言い聞かせてきたつもりである。
ところがふと思えばいつの間にか少しだけれどプライドが実力を上回り始めたのではなかろうか。取材でストレスを感じることが多いのは、そのせいかもしれない。
取材に臨んでムッとしたり、イライラしたり、皮肉を口にしたくなったら、自分を戒めなければならんなあ。プライドの裏返しは、"自分以外はみんなバカ"という思い上がり。"自分以外はみんな先生"ということを忘れないようにしよう。
とか書くと、なんだか相田みつをを信奉しているようだけど、けけっ、あんなものは便所の落書き意外のなにものでもないから端から論外だ。
ともかくストちゃんをサカナに6人で焼酎を3本。うーむ、よく飲んだなあ。

エールを込めてストちゃんと握手をして別れた後、イイムラと有楽町線に乗る。そんなに混んではいなかった。車中、それまでのバカ話とは一転して、けっこうシリアスな話を交わす。
時代の流れと受け流すのではなくて、鮭のようにその流れをさかのぼっていく力を蓄えなければならんのだ。
電車を降りたら、石神井公園の駅前には、寒いにもかかわらずいつものちょい悪ガキがたむろしている。夜中なのに帽子をかぶって、不思議だなあ。連中を横目に見ながらコンビニで妻に肉まんのお土産を購入。家に帰って布団の中の娘を見たら、髪はもうすっかりぐしゃぐしゃに戻っていた。まあ、当たり前か。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「紙の爆弾」4月号。ミラーマン植草某のえん罪騒動の背景についてが興味深い。破廉恥罪で三度も逮捕されているが、最初はえん罪、二度目、三度目はえん罪を確定させるための陥れという構図だ。目的は何か。政府レベルでの大疑獄事件を暴こうとした植草を社会的に抹殺するためである。実はこの説は以前から海外メディアで指摘されており、ひょっとしたらひょっとするのだ。この件、ひっそりと推移を見守ったほうがいいかもしれない。


2007.03.06
打ち合わせ1。
オレの甥っ子のユーイチローの、本日は中学校の卒業式である。まっこと人の子供成長は早いものである。
よちよち歩きの頃のユーイチローはフタが大好きで、いろんな箱のフタをパタパタさせてはきゃっきゃっと喜んでいたものだった。サッカーゲームを教えたらなぜかPKが気に入ったらしく、ボールを持つたび「ぴーけーぴーけー」とはしゃいでいたものだった。それがこの春から高校生だものなあ。そりゃしみじみとするって、あーた。
中学から高校にかけての春休みって、思い返せば友達とギターをかき鳴らして過ごしていたっけなあ。あの頃の自分とユーイチローが同じ年だなんて、どうにも信じられない。
なにはともあれ、ユーイチロー、卒業おめでとう。次は受験だ。見事に桜が咲いたら、スマイリー、おごってやるぞ。遊びにおいで。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」「ビッグコミックオリジナル」


2007.03.05
19年前にサラリーマンをやめてフリーとして独立することになったとき、会社の後輩たちが送別会を開いてくれた。そのときにもらった記念品が、電気スタンド。仕事ですぐに使えるものを、という配慮らしかった。
以来19年間、このスタンドの蛍光灯は、一度も取り替えていない。それでも変わらずに机の上を照らし続けているのだ。
うーむ、これってすごくないか? 19年間、交換不要の蛍光灯。松下製だ。
なぜこんなに長持ちするのだろうと、時々不思議な気分になる。
その気分が高じて、この蛍光灯が切れたときはオレの仕事も切れるときなのかと、かえって不安になったりする。
ともかく長持ちはよろしいことである。あとどれぐらい光り続けるのかなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.03.04
天気はいいけれど近場で済まそうと、久しぶりに豊島園に行った。
ホスピタリティ皆無のこの遊園地、最近にしては珍しく混んでいた。と、よく見たら「なんとか後援会ご一同様」の看板。選挙がらみのご招待か。まあ、勝手にやってくれというところだが、驚いたのは園内の一番大きなレストランがこの後援会によって貸し切りになっていたこと。
一般客の不便さなど知ったことではないというこのやり方が、豊島園のサービスマインドをよく表しているのだった。
しかし遊園地というのはカネがかかるなあ。親子4人、ディズニーランドなら2万円ではとうてい収まらないだろうし、豊島園でさえ1万円を超えてしまった。親は楽できるが、しかし休日の遊びとしては、あんまりよろしくないなあ。
途中、中山親分から電話。定年間近のおっさん先輩連中が集まって湯河原で麻雀大会を行っており、その土産においしい干物などを届けてくれるというのである。ありがたいお話である。
遊園地から家に帰ったらドアノブに干物の袋がかけられていて、うほほ、ありがたくいただいたのだった。
夜は、いつもの魚せい。旨い刺身を食う。
と、親分からメール。干物のお礼とともに、麻雀は勝ったのかというメールを送っておいたので、その返信なのだった。親分「なんの話?」とすっかり惚けたふり。ボロ負けしたのだろうなあ。うひゃひゃ。
妻が息子を自転車に乗せて帰って行ったので、オレは娘の手を引いてのんびり帰る。練馬の畑の中、春風を受けながら娘の手を引いていたら、娘がオレを見上げてにっこりと笑った。
夜中、眠れずに焼酎を飲みながらCDや新曲を聴く。新曲のアレンジは2曲が完成済みだ。
「雄大の夢」を聴きながら、改めてイサワ氏のボーカルのすごさに感動。まったくこれはすさまじく素晴らしいボーカルなのだった。絶品。

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2007.03.03
ミュージシャンのパートナーとして、ライブで機材や楽器のセッティングなどを行うスタッフのことをローディーと呼ぶ。本日の息子は、三軒茶屋のライブに臨む父ちゃん・オレのローディーである。
このローディーは、ミュージシャンのパートナーどころか、明らかに足を引っ張る。なにしろ駅まで行くだけで普段なら15分のところ30分もかかってしまうのだった。
三軒茶屋に到着後、リハーサル用のスタジオに向かう。狭い。この狭いスタジオにおいてもローディーは明らかに邪魔なのだった。息子を、ローディーだと強弁して連れてきたこのオヤジに同情したのか、初対面の女性が「ボク、一緒に遊ぼう」と外に連れ出し、お菓子まであげてくれた。ありがたや。
ところがこの女性、日米で活躍中の篠笛プレーヤーのコトさんであることが判明。我がローディーは、ミュージシャンを自分のパートナーにしてしまうのであった。
リハーサル後、夜にライブ開始。妻も娘の手を引いて駆けつけた。
今夜は三部構成で、第一部がみつる&涼太のパフォーマンス。例の篠笛プレーヤーのほか、ジャズミュージシャンとして国際的に活躍しているオートモ青年も参加。なんとも豪華な顔ぶれで、そして、その内容も見違えるような充実ぶり。1年前のステージに比べて格段の内容で、こりゃあみつる&涼太、化けたなと思わせた。これならカネの取れるステージと言えるだろう。
続く二部は絵本作家・フジモト氏の新作絵本の朗読会。息子はフジモト氏の大ファンであるので、最前列、かぶりつきで食い入るように絵本を見つめたのだった。
そして第三部がいよいよオレの出番。いつものワンちゃんのサポートメンバーとしてギターを持っての登場である。今回はジャズのオートモ青年、篠笛のコトさんも一緒。アマチュアのオレが国際的プロミュージシャンを従えて、偉そうなパフォーマンスなのだった。
エンディングは、オレがワンちゃんにメロディーを提供した新曲「誕生日」。これが、ふふふ、たいへんな名曲で評判よろしゅうございますのん。
本日も聴衆を感動の渦に巻き込んだのであった。オレのギターも絶好調。ライブで大事なのはハッタリだべさと、意味もなく派手なパフォーマンスを前面に押し出す演奏ぶりで、やたらとタッピングやハーモニクスを繰り出してやった。「どうやって弾いてるのか、背伸びして見ちゃいましたよ」と後で言われて、ハッタリギタリスト、にんまりである。
さて、ライブの後は打ち上げだ。狭い居酒屋にぎゅうぎゅうにひしめき合って乾杯。ローディーはたくさんのミュージシャンにいじられて、ご機嫌なのであった。
帰りのタクシーでは子供たちがすっかり寝てしまう。自宅に着いて、そのまま布団に直行だ。
オレはというと、たいして食事していないので、ママチャリ飛ばしてスマイリーに直行だ。
土曜の深夜、客波もあらかたひけた店内に入ると、「あれー、疲れてますね」と店長に言われる。そうか、疲れて見えるか。いかんな、もっとはつらつとしてなければ。
ビールを運んできたスマイリーのお姉さんも「疲れてますねー」と口をそろえる。続けて「CDくれないんですか」と言う。おろろ。さすがこの姉さん、オレの日記をチェックしているだけのことはある。なかなかに素晴らしい反応だ。
早速CD「親も子も」を持参することを約束し、焼き鳥を食ったのだった。本日はライブの会場でも知り合いのミュージシャンたちにCDを大量に配ってきた。いや、押しつけてきた。ちょっとでも聴いてくれたら嬉しいな。

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2007.03.02
最近は基本的にヒマなようである。困ったものである。
ヒマだからついフラフラとしてしまうが、こういう時にこそ片付けておきたいことがいろいろあるはずなのに、なかなか思い出せないでいる。これも困ったものだ。

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「新・ブラックジャックによろしく」印税の率でもめて、倍の金を払うからという誘いに乗って講談社から小学館に移籍して再スタートした作品。気分一新したか、前シリーズの最後は明らかにやる気不足だったのが、久しぶりに作品に活力が戻ってきた感じがする。


2007.03.01
取材1。
4時半に起きて5時33分の電車に乗る。春とはいえ、この時間だとまだ暗い。もっとも電車はもういっぱい。座れない。
羽田に到着し、当初8時の予定だった福岡行きの便を、30分早い7時半発に変更。航空会社はJALである。
直前の予約変更だったものの、乗り込んだらガラガラで、座席は5分の1も埋まっていないのではないか。早朝のビジネス出張便でこれって、大丈夫か、JAL。いや、もうとっくに大丈夫じゃなかったか。

福岡では何もしていないのに昼飯の時間もないという妙に疲れる仕事を終える。
そういやオレが社会人になった1980年当時、まだファクスなど普及してなかった。なので先輩の書いた原稿を印刷所に届けるのは、新人の役目だった。その印刷所の一つが神保町にあったナベ印刷というタイプ印刷屋。社長がナベさんと呼ばれていたので、きっと渡辺さんという人が社長だったのだろう。
このナベ印刷へ行って校正刷りなどの上がりを待っているとき、いつも目に入ってきたのが「「頭を使って知恵を出せ、知恵の出ないものは汗を出せ、知恵も汗も出ないものは静かに去れ」と書かれた額縁。某社の社是だったものをナベ社長が拝借して飾っていたのだろう。
狭い事務所のビニール製のソファに腰掛けて校正を待ちながら壁とにらめっこしていた社会人1年生の頭に、この標語はするすると染みこんでいったのだった。
福岡で仕事をしながら周囲を見たら、年齢に関係なく知恵を絞ろうと頑張っている人、汗を出そうと頑張っている人と、黙って去った方がいい人がはっきり分かれていた。ではオレはどうなのだ、と自問し、最近は知恵も汗もあまり努力していないなあと反省した。年齢やキャリアや蓄積にあぐらをかいて、少し怠っていたのかも。
その気になれば学ぶべき相手など周囲にいくらでもいるのだと、改めて気がついた。

福岡空港で一番速い飛行機に乗ろうとしたら、Jシートという席しか空いていないとJALの姉さんに言われた。
なんすか、Jシートって。「1000円プラスしていただくと、広くて楽ちんな席に座れちゃうんです、ふふ」と姉さん。他の席が埋まってしまったからって、足元を見ているのか、姉さん。そういう性根からなおさないとJALは。
と、カメラマンのタカハシさん「1000円か、いいじゃん、俺たち年寄りなんだから、1000円払って乗ろうよ」と言い出す。俺たちって、オレも年寄りに入るのかよー。そう思った直後に、うん、そうしようと鋭くうなずいている自分がいたのだった。
タカハシさん、タクシーの中では「年寄りにはギャラを倍にしてくれるっていう仕事ないかな」とふざけたことを言ってた。60歳。見た目も仕事ぶりも、十分若いよ。今度じっくり飲もうね。
ところで福岡へ一緒に行ったマキウラ氏、数日前から風邪でフラフラしているらしい。医者行きなさい、薬のみなさいと言ったら「オレ、医者、嫌いだし。薬は錠剤なら我慢するけど顆粒はのめないし」と、ほとんど子供のような言い訳をしていた。我が家の幼稚園児より始末が悪いわ、こりゃ。「アリナミンVでなおす」とわけわからんこと言ってるぞ。

羽田に到着して7時。
なにしろ昼飯抜きの仕事で、しかも早朝の出発だったから朝はバナナ2本しか食べていない。それで1日もたせたのだから、さすがに腹が減っている。
どうする。これから魚せいだと、ちょっと遅い。かといって石神井公園前の「はなの舞」はリニューアルしてから途端にホスピタリティが落ちてしまって、いつ行ってもぐったりしてしまう。
というわけで、最後の選択、飯田橋で途中下車して「鳥よし」だ。
あ、こら、コマガタ、今笑っただろ。キクチも笑うんじゃないよ。
どうしても「鳥よし」に行きたかったわけではない。ここしかなかったのである。もっともこの店、客はおやじ率が異常に高くて9割がネクタイしめたおやじども。当然会社や上司の悪口をサカナに盛り上がってるというわけだ。いいねえ、このエネルギー。ここでパワーを分けてもらって、疲れを癒すのだった。

飯田橋駅の地下鉄のホームでは、中程にあるイスの脇の鏡を使って、推定30歳のOLが堂々と化粧していた。びっくりした。こんな時間に人目もはばからずに化粧とは、男に会いに行くのだろうが、しかしホームの鏡で化粧とはねえ。
かと思ったら、そのイスではネクタイはずした推定26歳のサラリーマンが、菓子パンをむさぼり食っていた。買い食いするな、外で食うな、人前で食うな。昔はそういう教育を受けたものだがなあ。それよりなにより、もしそれが夕食だというのなら、体に本当によくないからやめなさいって。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」武田邦彦・洋泉社。ペットボトルのリサイクルがかえってゴミを増やしていること、地球温暖化はCO2増とイコールではないこと、南極の気温はむしろ下がっていること、北極の氷が溶けても海水面は上がらないことなど、ロジカルに説明していた。最近になってよく言われることだけれど、実は史上最悪の毒物とされたダイオキシンで死んだ人は一人もいない。かつて発ガン亜物質と騒がれたトリハロメタンでも、実際にガンになった人はいない。そうした類の騒動と同じだと、筆者は説明する。その一つひとつには説得力がある。ただし環境悪化は問題であるという態度も取っていて、ではいったい何がどうなっているのだ、という答えがよく見えなかった。うーん、うーん。と首をひねりつつ、石神井公園の駅で読み始めたのにモノレールで羽田空港に到着する頃には読み終えてしまっていた。えーと、飛行機の中で読むものがないではないか。
「東京から考える」東浩紀・北田暁大。NHKブックス。というわけで、カバンの中から取りだしたのが帰りに読もうと思って持ってきたこの一冊だった。東京の東西格差を中心に、この大都市のモザイクを解き明かしていく討論。渋谷がなぜつまらなくなったのか、足立区とはいったいどういう位置づけなのか、荒川区と文京区は隣り合っているのにまるで違うのはなぜか、など東京に住んでいる人以外にはまったく興味のない話に終始している。ただ、どういうわけか練馬区がまったく取り上げられてなくて、スルーされている。なぜだ、なぜなんだと憤ったが、きっと練馬区は埼玉県だと思われているからだろうと気がついて、なるほどねーと一人ポンと膝を叩いた空の上。羽田で読み始めたのに福岡に到着前に読み終わってしまって、手持ちぶさたに機内誌などをめくってみた。
「危ないお仕事!」北尾トロ・新潮文庫。というわけで帰りの飛行機で読むものがなくなったので、大あわてで福岡空港の書店で文庫本を2冊購入。読みたいミステリーもあったのだが、ぐったりと疲れる取材の帰りだったので、軽いものがよかろうと北尾トロの三面記事本と三谷幸喜のエッセイを選ぶ。こうして出張帰りはカバンが重くなるのだった。超能力セミナーの講師や警察マニア、新聞拡張員など、怪しい仕事についてのレポート。へー、ふーんと軽く読めるのだった。これは静岡上空あたりで読了。つづいてJALの通販カタログを読んで、1000円高いJシートならではの座り心地を味わう。モノレールに乗り換えて三谷幸喜を読み始めたけど、これは半分までいったところで「鳥よし」に着いてしまったので、途中でやめる。このまま続きを読まずに人にあげてもいいや。ともかく今は移動時間が一番の読書の時間。音楽など聴いている場合ではないのだ。「鳥よし」では厚揚げ食いながら週刊文春。今週はネタ不足だな。


2007.02.28
原稿。
今日で冬も終わり。けど、冬はなかったな、今年の場合。
毎年のことではあるが、この時期、強烈な風が吹いてネリマ一帯はとんでもない土埃で覆われる。たまらんよ、これは。
畑が多いものだから、風に乗って土が舞う舞う。目は痛いし洗濯物はじゃりじゃりするし、ついうっかりトイレの窓などが開けっ放しになっていたら、家中、砂だらけなのだ。
幸いなことに花粉症に関しては、オレは全然なんともない。ちーとも感じないのである。妻は一昨年ぐらいにいきなり花粉症になってしまって、今ではひいひい言ってるが。きっと今日のような風に乗って舞う土埃をいつも浴びているような、そんな感じがするのだろうな。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」
「氷壁」井上靖・新潮文庫。井上靖といえば「しろばんば」に「あすなろ物語」。 文学の人である。と思ってこれを読み始めたら、意外と俗っぽい話も書いていたのね。600ページ超える大作であるが、文庫の裏表紙のあらすじに書かれている以上の何ものでもないことにはびっくりした。これが発行されたのが昭和32年。なんと、オレの生まれる前の話だあ。古くさいのも当然といえば当然である。


2007.02.27
打ち合わせ1。
久しぶりに神保町。三省堂でマキウラ氏と待ち合わせだ。
神保町はいい街だよなあ。けっこう好き。本屋を何軒か回ったのち、喫茶店に入って買ったばかりの本をバラパラするのは、なんとも贅沢なひとときなのだ。
もちろん今回はそんな優雅な時間を過ごすためではなくて、仕事である。
待ち合わせたマキウラ氏と打ち合わせを終え、コーヒーを飲みながら歓談。「タンゴちゃんはさあ」とマキウラ氏。へ?と返すと「何年サラリーマンやった?」と聞いてくる。
7年やりましたよう、この業界では長いほうですよう、と答える。マキウラ氏「へー、そうなんだ」とやや意外そうな反応を見せる。
でも、フリーになるとき、5年もやったら十分だと思ったんですがねえ、と続けたらなお意外そうな表情を浮かべたのだった。
そうなのである、コトの成り行きから会社を辞めてフリーランスになることになったとき、ワープロと事務机のリースが最短5年だったことから、5年やったらサラリーマンに戻るべ、と思っていたのだった。
それがどうしてか、そのまま20年近く(!) もフリーランスを続けることになってしまったのである。まさかそんなに続くとは、予想もしていなかったなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」「週刊朝日」「酒とつまみ」6号。 三省堂で一冊だけ残っていたバックナンバーを偶然発見。驚喜して買ったのだった。


2007.02.26
打ち合わせ1、原稿。
ワープロのスタンダードはWordだけれど、ライターや編集関係には一太郎の愛用者が意外と多い。その理由は、強力な校正支援機能にある。
らしい。
今のところ、オレにはよくわからないのだが。ただ、こと文章を書くということに限って言えばWordより一太郎が使いやすいのは確かである。もっとも、案外と使いやすいのがシェアウェアのLightWayというソフトである。余計な機能を徹底的にそぎ落としたという感じのワープロで、慣れると案外使いやすい。
なのになぜそれを使っていないかというと、なんとなく飽きてしまうからなのだった。ああ、まったくしょうもないなオレってば。
それはともかくとして、いよいよ我が家の隣地でマンションの建設工事が始まった。
確か生産緑地なので20年ぐらいは農地のままのはずだと思ったが、いろいろと抜け道はあるようで、相続でもあったのだろう、地主が売り払ってしまったようだ。どうにも抗えない流れである。
地主と言えば、このあたりはヨコヤマとモトハシという地主の二大勢力によって支配されている。一昨年、ものは試しと町内会に出席してみたのだが、いろんなヨコヤマがいて面白かった。近所を歩いてちょっと大きな家があると思ったら、だいたいがヨコヤマかモトハシ。どれもこれも分家でつながっているのだろう。
聞いた話では、どこかで相続があって相続税が9億円だったとか。地主もご苦労なことだわな。
そういやここのところ真冬に戻ったかのような寒さである。この寒さの中、朝から作業している建築作業者の皆さんはご苦労である。二十四節気でいえば、今頃は雨水のあたり。春は一進一退、三寒四温で、だんだんとこうして春本番を迎えるのであった。
もっともこの暖冬はやっぱりおかしくて、いろんな異常現象が報告されている。東京ではとうとう雪が降らなかった。これから初雪を観測したら、それはそれで異常だろうし。スキー場は雪不足。野菜は育ちすぎて値崩れ。秋田では日照時間がおととしの約二倍。群馬県の榛名湖では十分な厚さの氷が張らず「ワカサギの穴釣り」が中止。地下鉄では2月なのに冷房。ヨーロッパでも異常で、アルプスは積雪が例年の三分の一。
とまあ、地球温暖化が深刻なわけだが、本日目にしたツチダ某という物理学者の説では「二酸化炭素が増えて地球温暖化が始まった」のではなくて「気温の上昇で二酸化炭素が増えた」というのが正確なところらしい。なるほど、示されたデータを見ると確かに海面温度が上昇した1年後に二酸化炭素が増えていて、両者はきれいな相関関係を示している。うーむ。
この学者によれば5000年から4000年ほど前の青森は、今の東京ぐらいの気温だったそうだ。ということは長い目で見れば温暖化が進んでいるのではなくて、むしろ寒冷化が進んで、それがちょっと元に戻り始めたということなのか。
大丈夫なのか、この学者の言ってることは。もし本当だとすると、ちょっと安心だなあ。
かと思うと、一部ではこの学者はトンデモ学者とされていて、二酸化炭素懐疑論は爆笑ものの珍説扱いされているようだ。うむむむ、どっちが正しいのだ。ネットであちこち見てみると、いわゆるプロ市民どうしの論争めいたものも見られる。
ただ、どうやら地球は過去から温暖化と寒冷化を繰り返してきているのは間違いないようである。
現在の温暖化を、そのサイクルの一環と見る、つまり自然現象と見るか、あるいは人為的なものととらえるかで陣営は分かれるようだ。うーむ、いろいろと困ったものだ。まあ、素人が考えてもわからんから、とりあえず明日のことは明日考えるとして、今日は酒飲んで寝てしまおう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「食品と暮らしの安全」3月号。定期購読切れの連絡。うーん、更新しようかなあ、どしようかなあ。1年1万円。安くないんだよねー。


2007.02.15
どうしようかなあーとずっと迷っていたけれど、とうとうダウンロード購入してしまったよ、一太郎。
ATOKのユーザー登録していたから、安く買えるらしいというのがわかって、決断したのである。あんまり意味ないんだけどなあ、と思いつつ。
長い時間かかってダウンロードして、どれどれ、エディタモードを使ってみなければ、と試してみたのだが、ううーん、ちっとよ使った限りではフリーのエディタのほうがずっと使い良さそう。やっぱり無意味だったかなあ。ちょっとは文章が上手になるかと思ったんだけどなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」


2007.02.24
いやあ、一気に寒くなりましたなあ。真冬並みですぜ、旦那。
てなことはともかくとして、いまいちよくわかっていないのが、パスモである、PASMO。/FONT>
JRのスイカ、私鉄・地下鉄のパスネットが一緒になったICカードらしくて、これ一枚があれば私鉄もJRもすーいすーい、乗り換えの精算も不要というわけだ。おお、便利じゃん。そらにカードと提携すれば足りなくなったら自動引き落としされるらしい。おお、ちょー便利じゃん。
そんなに便利なら、それ欲しいなあ。
と、ここまできて「では、どこでこれが買えるのだ?」となった瞬間、立ち止まってしまうのである。そうなのである。欲しいけれど、どこで買ったらいいかわからんのである。
まあ、それでもスイカをそのまま私鉄でも使えるというわけだからスイカを使えば問題はないのだが、それを自動引き落としするにはどうしたらいいのか、となったとたんにオレはまた立ち止まってしまうのである。
しかもオレは西武線の人間。望んだわけではないが西武鉄道からもはや逃げられない運命なのである。ならばここは身も心もカードも西武に捧げようという覚悟なのに、はて、西武のパスモにセゾンから引き落とすにはどうしたらいいのか、さっぱり見当がつかないのだ。
うーむむむ、誰が詳しく教えてくれえ。できればオレの代わりに申し込んでくれえ。NT>

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「ゴルゴ13」「美味しんぼ」「こどもとおでかけ」「YOMIURI PC」
「暁のひかり」藤沢周平・文春文庫。運命に逆らえず落ちていく市井の人々の話。けっこうせつない話が多かったなあ。こういう人情話はなかなかによろしい。


2007.02.23
取材1、原稿。
朝8時過ぎに満員の快速に乗って池袋駅へ。
うじゃうじゃと人が流れている池袋駅に到着したら、なにやら大きな声がする。なんだなんだ、朝っぱらから。
改札をヌケたらその声はますます大きくなり「国民新党でえーす。おはようございます、国民新党でえーす」と聞こえてきた。まったく選挙が近くなるとにぎやかなことよのう。
そのままずんずんと声のする方に近づいたら、というか、改札の真ん前に集団がいるからどうしても近づいていくのだが、その声の中心にいる人物がなんと亀井静香であることが判明。
うひゃひゃひゃー、あの大物がだよ、朝の8時にだよ、こんな場末の池袋駅の改札に立ってだよ、チラシを手にしてニコニコしながら「国民新党でえーす」って一人ひとりに配ってやんの。
なのに朝の忙しい時間帯だから、せっかくのチラシも受け取る人がほとんどいない。声だけが大きく響き、ニコニコの大きな顔がますます大きく見えてくる。
いやあ、少数野党の悲哀だよなあ。自民党に残っていたらこんなこともなかったのになあ。やっぱり大企業に入ったら、起業だなんだと甘いこと言って飛び出さないで、長いものに巻かれて地味に生きるのが一番ということだよなあ。うーん、教訓、教訓。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「FRIDAY」元モー娘。で喫煙写真の加護ちゃん、単独インタビューに応じる。喫煙写真をスクープしたのが当のフライデーだっていうのに、どんなバーターがあったのか。想像ではありますが、おそらく男性がらみのネタを撮られてしまい、それと引き替えにインタビューに応じたのではないか。どうでもいい想像だわな。それよりも亀井静香の胸の内を想像する方が面白い。
「闇の梯子」藤沢周平・文春文庫。町人ものは好きだけれど、武士ものはすんなり入っていけないなあ、オレの場合。


2007.02.22
取材5、原稿。
午前中に2人取材して午後に原稿を書き上げて夜に3人取材するという効率がいいんだか単にいいように使われているだけだかわからん状態の一日を過ごす。 そんな中でも収穫はこれ、雑誌「酒とつまみ」である。
日垣隆のメルマガで紹介されていて、あわてて定期購読を申し込み(中身も見ないうちにだけれど)、ついでに手に入る限りのバックナンバーを買おうと編集部にメールしたら1号分しかなくてがっかりだったけれど、ともかく速攻で手に入れた第8号と9号を読んだわけだよ。で、これが大当たり。いやあ、面白かったあ。
「酒とつまみ」という題名の通り、酒にまつわるどうでもいい話ばかりの雑誌である。たとえばここには名店の紹介や酒のうんちくなど、一切ない。いかに酒を飲んでバカな日々を送っているかという記事ばかりなのだ。
例えば第8号の巻頭特集である。テーマは「立ち飲み」だ。
どんな立ち飲みが理想なのかを追求すべく、ここでは編集部員がシェーの格好で何分間飲み続けられるか、コサックダンスで何分間飲み続けられるか、ヒンズースクワットではどうか、ということを実際にテストし、結果を載せているのである。つまりまったく何の役にも立たない特集であり、アホである。コサックダンスしながらだと酒がこぼれてしまって7秒しか飲めなかった、と教えられてもねえ。
インタビューコーナーのゲストは井筒和幸。大阪時代に酔っぱらった話がどえらく面白く、泥酔して何人かで力を合わせて道路標識をぐにゃーっと曲げた騒動では大笑い。なんでもそのときは誰かが標識の上に乗っているのが決まりだそうで、ぐにゃーっと曲がって下降する瞬間がたまらないのだそうだ。ここを読んだときは電車の中で腹をよじって笑ってしまった。
9号では松尾貴史がゲスト。酔っぱらって内田裕哉にからまれた話が爆笑もの。テストでは、イカを干して作ったイカグラスで何時間酒が飲めるかということを実験している。
なんでこの雑誌、今まで見逃していたのかなあ。悔しい〜っ。置いてある書店が限られているからしょうがないのだけど、例えば静岡では扱っている書店はないからキベさんが読むには直接申し込むしかないわけである。読みたくなったでしょ、キベさん。
いや、キベさんだけではない。酒の好きな人は必読である。
「御時間のほうは?」「お飲み物のほうは?」と聞いてくるほーほー兄ちゃんのそろった居酒屋で、「ヤッコは木綿か?絹か?」とたずねたら、兄ちゃんに「ヤッコは豆腐です」と答えられてしまったという松崎菊也の激怒エッセイなど、いやあ、絶品の味わいですぜ、旦那。
一応季刊らしい。だが1年に4冊出ることはないらしい。つまり遅れに遅れるのだ。
この無法ぶり、好きで勝手にやらしてもらってる感は、創刊当時の「本の雑誌」にそっくりだ。かつて「本の雑誌」をむさぼり読んだように、これからは「酒とつまみ」をむさぼり読むのである。当然だが、飲みながら。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
「プロの音プロの技」永野光浩・スタイルノート。いやあ、これもまた久々の目うろこ本だあ。秋葉原の行きつけの楽器屋で見つけて買ったのだけれど、DTMのTIPSが山ほど。ページをめくるたび「おお、そうだったのか」という発見があって、めぼしいところのページを折っていったらぶくぶくになってしまった。近く再び読み直して、今度はちゃんとノートをとる予定である。そうである、おれはちゃんと音楽活動用のノートというものをつけているのである。マメだよなあ。


2007.02.21
取材2。
なんの予告もなく、大阪のヤマグチから「今東京にいるんだけど」という携帯メールが来た。だから何なんだと思ったが、あまりに見え見えなので仕方なく「では飲みに行こうか」と誘いをかけたら、もったいぶってる文面の割には速攻で返信。なんとも食いつきのよすぎる男なのだった、ヤマグチは。
えーじくんも誘って、場所は飯田橋のおなじみ・鳥よし。本日は豪勢に厚揚げ一気に二人前を注文だ。
本日の一等賞は、ヤマグチの「今だから話せるバブルの痛い話」に決まり。いやあ、人の不幸は蜜の味。笑えるぞ、この話は。知りたい方は直接本人までどうぞ。
えーじくんから、紳士服の割引券をもらう。オレがいつもスーツを買う、あの「2着目は1000円」というバカ商法で有名なコナカの割引券である。おお、と喜んでいただいたものの、券面をよく見れば「有効期限12月31日」とある。
てめ。このやろ。オレにハジをかかそうとたくらみやがったな。
えーじくんの首を締めてやったら、涙目のえーじくん、「ボ、ボクも知らなかったんです」と青息吐息。なんだ、こいつがだまされてたってわけか。えーじくん、だまされてはいかんよ。
というわけで、まもなく有効期限内の割引券が郵送によって届くはずである。きっとそうである。待っているのである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「女子と鉄道」酒井順子・光文社。女子だが、鉄道好きの筆者による旅もの。「が」を多用する文章で読みづらかったが、「鉄道の本質は母性である」との喝破はお見事。内容の割には高かったが。


2007.02.20
原稿。
駐車違反の取り締まりが一気に厳しくなって、クルマを使って移動している営業マンとか、飲料などの配達をしているトラックはかなり困っていると思う。
ところが、本日聞いた話なのだが、そうした一部では駐禁対策としてあえて助手席用の人材を雇い始めたそうだ。それも軽度の障害を持つ人材が多いらしい。
聞いたケースでは、バリバリと働いていたのに鬱病にかかって退職。仕事も家族も失った今も病気は回復していないという50代の男性を、助手席に座らせているそうだ。もちろんきちんと相応の時給を払っている。
聞けばこの男性は名のある大手メーカーで相当に地位にいて1500万円ぐらいの年収を得ていたらしい。それが鬱病ですべてを失い、今は一人暮らし。社会復帰は望めないそうだ。
そういう人に社会との接点を与え、しかもきちんとした時給を払っているんだから、駐禁対策要員というのも社会的に意義あることだわな。いいことだと思うぞ。
夜、三軒寺の魚せいへ行く。最近はここのしめ鯖が絶品。
本当にイキのいいのを締めているから、口に含んだとたん、とろけるような柔らかさなのだ。新鮮だから過剰に酸味をきかせる必要もない。本当に旨いんだよなあ。
そのしめ鯖をつまみに、久保田千寿を二杯。先週、今週と客の入りが悪いらしく、オヤジはカウンターに座ってビールをあおりながら愚痴をこぼす。
しょうがないって。2月だし。だいたい商売なんてそんなもんだべ。晴れる日もありゃ降る日もあるわな。
映画「のど自慢」の名台詞をパクってオヤジを他人事のように適当になだめつつ、オレはビッグコミックオリジナルとSPA!に目を通し、しめ鯖を食う。
いい気分で帰ってきて、テレビを見ている母ちゃんに「ただいま」と告げて風呂に入る。
風呂上がり、パソコンでメールをチェックしたら、まったく見知らぬ人からメールが入っている。なんだべと思って見たら、大阪の男性の方からで「日記見ています。CDください」というものだった。
げげっ。マジかよ。
このような日記を読んでくださっているまったく未知の方がいらっしゃるとは、驚愕。しかもCDを聴いてくださるとは、なんとも慈愛にあふれた方だろう。
オレはちょっと感動し、これからはもう少し正しく生きなければ、もっとまっとうな日記にしなければと悔い改めたのだった。もちろんCDは速攻で発送。
いやもう、聴いていただくだけでありがたいお話です。マジで。大喜びでお送りさせていただきます。
テレビを見ていた母ちゃんも、それを聞いてびっくり仰天なのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「ビッグコミックスピリッツ」今週はお買い得。"弁護士"に"岳"に、おお、高橋留美子の読み切りだ。読み応え十分である。あの野球マンガは早く終わらせて欲しいが。
「SPA!」相変わらず神足のコラムが秀逸。この2ページを読むためだけにこの雑誌を買っているようなものである。
「気まぐれコンセプト クロニクル」ホイチョイプロダクションズ、小学館。全部で970ページ以上の厚さ。当然、机の上に簡単に立つ。重量はなんと1kg。お、重いっ。買ってから読了まで6日かかったコミックは初めてだ。2200円の元は取れる。もっとも驚くべきは、23年分の連載の集大成なのにそれだけの年数を感じさせないワンパターンぶり。いやはや、ここまでパターンに徹すれば、それは確かに寅さん以上だ。読了に6日かかったのも、ワンパターンすぎて一気に読むには辛い、という面があったからだ。あと重くて電車の中では厳しい、というのも理由だけれど。


2007.02.19
取材2。
「好き」を仕事にできる人は、おそらく少数派である。そして、「好き」を仕事にするのは幸せなことかどうかは、人によって判断の分かれるところである。
ただ、間違いなく「好き」を仕事にしていてハッピーな人たちというのがいる。鉄道写真家だ。
鉄道好きには写真好きが多く、珍しい列車の通る駅にはカメラ小僧が鈴なりであるのは周知の通り。その趣味が高じてついには鉄道写真で生計を立てるようになった人たちが、鉄道写真家なのだ。
彼らは鉄道に関しては恐ろしく詳しい。例えば晴れた日に富士山を背景にして700系新幹線を撮影するにはどことどこが最適であるが、某所と某所は最近警備が厳しいので立ち入れない、といった情報がたちどころに出てくる。
驚くことに鉄道写真家たちは、仕事でさんざん鉄道の写真を撮っているのに、休みができると貴重なその時間を使って再びまた鉄道の写真を撮りに遠出するのだ。恐るべし、鉄道写真家。
オレもそんな鉄道写真家の知り合いがいる。本日久しぶりに一緒に仕事したヤマザキ教授である。
教授は愛車の三菱デリカを運転して取材場所に現れたが、クルマの中になぜかタオルが干してある。どうしたのかと聞いたら「今まで三重でロケで、車中に泊まって風呂は銭湯で済ましていたからタオルが干してある」とのことだった。
そうである、鉄道写真家とは野宿を好み、始発電車のシルエットを収めることに命をかけているのである。恐ろしい執念である。
このヤマザキ教授には実は爆笑もののエピソードが山ほどあるのだが、本人の承諾を得ていないのでここには書けない。
クルマ好きのタクシー運転手ってあんまりいないような気がするけれど、鉄道好きの鉄道写真家はけっこういるのだった。ときどき、ちょっぴりうらやましくなるけれど。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」東京マラソンは石原都知事の三選狙い。って、今さらそんな与太記事とばされてもなあ。


2007.02.18
ジャマダ電機という家電量販店がある。オレの近所にも、実は2店ほどある。
以前住んでいた江東区の家に近くにもあった。
その江東区の店で買い物したとき、なんつーことのない買い物だったのにやたらと時間がかかってげんなりしたことがある。なにしろ夕方のレジラッシュの時間帯だというのに開いてるレジは一ヵ所のみ。長い行列を尻目に、他のレジでは知らん顔してカネ勘定しているのだった。
以来、この店はバカだと思い、使わないようにしていた。
本日は近くの中華料理屋で食事するのに駐車場がわりに使うことにし、警備員がじろじろと見るので、仕方なくビデオテープでも買おうかということになって、久しぶりにジャマダ電機を利用した次第である。
まあ、ジャマダ電機に限ったことではないが、ここでも例のポイントカード攻勢だ。ポイントカードにはほとほとうんざりである。
こちらも例によって、いりませんと速攻で返事。相手は不思議な顔をしていた。
まったくネコもヘチマもポイントカードで、それ以外にやることはないのかね。
で、その中華料理であるが、ネットでの評判通り安くて本格的に旨くてよろしかったのだが、真っ昼間から地元の酔っぱらいがビールだ焼酎だと盛り上がっていて居酒屋状態だったのにはびっくり。旨いけどなあ、うーん、惜しいなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.02.17
こないだ行ったばかりだというのに、今日もまた行きましたよ、こども動物自然公園。こないだは大変混んでいたけれど、今日はガラガラ。なんでえ? この格差は不思議だ。
ブタや山羊が放し飼いになっていて、うさぎとモルモットにさわれるコーナーがある。子供らは大喜びだけど、このコーナーは当然のように糞だらけ。あちこちに落ちている糞を踏まないように、子供に「気をつけて」「危ない」と注意する親の叫びが響くのだった。
夜は、息子と二人で魚せい。
久しぶりだったのでけっこう飲んで酔っぱらってしまった。いかんなあ。
帰ったら宅急便の不在通知が入っていて、ジャストシステムのATOKの最新版が届いたらしい。
予定ではもっと早く届くことになっていたのだが、実はジャストシステム、出荷直前になって一部の製品にけっこうな不具合のあることが発覚し、あらゆる製品の出荷をストップしてしまったのである。
不具合があったのは一部の製品だったこと、しかしすべての製品がすでにヤマト運輸の倉庫で梱包が終わって出荷寸前であること、どの製品に不具合があるのか事実上確かめようがないこと、そのためやむを得ずすべての製品の出荷を停止したことと、事態を正確かつ詳細にメールしてきて、その姿勢には好感が持てた。
しかし担当者は真っ青だったろうなあ。深くご同情申し上げます〜。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.02.16
原稿。
生活習慣病という言い方はあんまりよいとは思わないけれど、それは今は置いておくとして、生活習慣病になるには長年の悪い生活習慣によって、どっかの時点で臨界点を超えてしまったことで発病するわけだ。
つまりこれって今の地球環境の問題と同じということか。
別にゴアの本を読んだからというばかりでなくて、この冬の気候を思うと、あるいは得体の知らない新しい病気の出現を思うと、ぼちぼち人類も臨界点を超えつつあるのではと思ってしまうのだ。
恐ろしいことに、シベリアでは温暖化で凍土が解けたため湖の面積が拡大し、地中のメタンガスが大量に放出されているという。うーむ。
メタンガスっていうのは二酸化炭素などよりよっぽど温室効果が高いらしく、これが吹き出すことでさらに温暖化が進み、それがなおメタンガスの噴出を加速させるという最悪の循環がささやかれている。つまり地球自体が自爆へと歩み始めているというわけだ。NT>
こうなってくると二酸化炭素の抑制などというレベルではなく、人間の手ではもう止めようがないらしい。ってマジよ〜。
ところで最近ビブリオ・バルニフィカスという感染症が静かに流行しつつあるそうだ。これは感染すると体がどんどんと腐っていき、5割から7割の確率で死亡するという。たいへんに恐ろしい感染症なのだ。
既に西日本で多く感染例があり、徐々に東日本にも拡大中。今のところ最も多いのは愛知県で既に10人が死んでいる。うーむ。
感染は、夏季に近海産のサカナ、貝類、カニ、エビを生で食うことによるケースが最も多い。万一食べたとしても健康な人ならば下痢程度で済むが(ホッ)、免疫が低下している人はたちまち発症して、症状が急速に進むという。うーむ、夏場の寿司と刺身はヤバイというわけだ。
この感染症が北上しているのも、温暖化によるものであるそうだ。うむむむ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「FRIDAY」そのまんま知事に喧嘩をふかけている。ちょっと注目。場合によっては面白くなるかもしれない。「SPA!」ファミレスや居酒屋チェーンやらの裏側をリポート。不二家の事件にひっかけて「食」の安全の腐敗ぶりがあかされている。いや、そのすさまじいこと。生野菜を漂白剤で洗ったりしてるんだよ〜。今週号は必読。まだ売ってるかなあ。
「不都合な真実」アル・ゴア。集英社。書店で山積み、テレビでもプッシュと、ヘビーローテーションのプロモーションだ。どうせ企画ものと思って手に取ってみたら、とんでもない、なかなかに重く、鋭い内容だった。地球環境の立ちゆかない現状に、愕然としてしまう。それにつけてもブッシュというのは史上最悪の大統領だ。なんであんなのをアメリカはトップに選んでしまったんだろうなあ。2800円。安くはないけれど十分それに見合う本である。グラフィックも必見。


2007.02.15
打ち合わせ2、原稿。
「百匹目の猿」という有名な話がある。生物学者ライアル・ワトソンが唱えたものだ。
宮崎県の幸島に棲息する猿の一頭がイモを洗って食べるようになり、それを真似て同じようにイモを洗って食べる猿がどんどん増えていき、ある一定値を超えると突然場所を隔てた大分県高崎山の猿の群れでも同じような行動が見られた、という現象だ。
これが拡大解釈され、人間にも同じようなことが起きるはずだということで、じじ殺しで有名な某シンクタンクが経営者への説教に使うようになった。つまり思いは必ず叶う、という訓話ですな。
あげくに、たとえ一人が念じたことであってもやがてそれは周囲に伝わり、次第に世界は変わっていくはずだ、というスケールの大きな話に昇華していき、世界平和はそこから始まるのだ、という話になってしまったのである。
もちろんこの「百匹目の猿」という現象はまったくの嘘、でっち上げである。
オレの記憶では犯罪学者のコリン・ウィルソンが公開質問状で問い詰めたらライアル・ワトソンが「嘘でした」と認めたということになっている(ネットで調べたら、ウィルソンの名前は出てこなかったけれど)。
さすがに今時、この「百匹目の猿」を口にする経営者はいなくなったが、まあ、ナントカ革命という本がはやった当時はけっこう耳についたものだった。
つまりあれですな、みんなが願えば世界は平和になるなんていうのは、嘘っぱちというわけですな。きれいな話は眉に唾つけて、ということですな。

それでいけば、どうにもオレはジョン・レノン「イマジン」という歌が胡散臭く思えて仕方ない。
願っていれば世界平和はやってくる、オレ一人じゃないんだぞ〜って、そんなふうに歌われたって、んなわけねえじゃん、と思ってしまうのだ。そういう嘘くさいメッセージを陳腐なメロディーに乗せて歌って、ああ、ご苦労さん、てなもんだ。
比べたら申し訳ないが「子守唄で子供は寝ないね。子供はただ眠いから寝るんだよ」と言ったポール・サイモンのほうが、歌というものの本質をきちんととらえていると思う。

たぶん今の日本という国のありようを、これでよいと思っている人はほとんどいないだろう。
少子化問題、年金問題、教育問題、耐震偽装問題、少年犯罪問題、どんなもんだい。ありとあらゆる問題が、回転寿司のように次から次へと押し寄せてくる。それがこの国の現状だ。
こんな国を作ってしまった主役の団塊の世代は今になって昭和30年代を懐かしんでいて、爆笑問題の太田なんとかが喝破した「それって自己否定じゃん」という言葉にオレは、膝ポン!なのだった。
ともかくそうした問題が次から次へと押し寄せてきて、格差しちゃってる日本という国が、どうにもしょうもない国になってしまっている。
不思議なのはさあ、誰もが、本当に誰もが「この国は困ったことになったなあ」と思っているにもかかわらず、ちっともよくなろうという兆しがないことだよねー。
政治家も、学生も、おばちゃんも、サラリーマンも、みんながみんな「この国をなんとかしなきゃ」って思っているのになんともならないってのは、これはやっぱり願いは願うだけじゃ実現しないんだよーんと、猿があかんべしているからだと思うのだ。
動かそうとしないと、時代は動かないのだよ。

ところで最近、息子の幼稚園では「チョー」という言葉がはやっているらしくて、息子は「チョーねむいー」とか「チョーさむいー」とか、口にするようになった。察するにこれは、かつてチョーチョーとうるさかったコギャル世代がお母さん世代になって、その口癖が子供にうつったということだろう。
もちろん「チョー」などという接頭語はよろしくない。バカに思われてしまう。妻も「やめなさい」と注意している。
そこでオレは「チョーと言うな、代わりにゲロと言え」と教えてやった。素直な息子は「ゲロおいしいね」「ゲロたのしいね」と言っている。
もちろんオレが妻に激しく怒られたのは言うまでもない。残念ながらゲロは中止。今は代わりに「タコ」と言わせようかと考えているところである。

閑話休題。
そんなふうにタコどうしようもない国家である日本であるけれど、しかししかし、考えてみれば半世紀以上外国から攻められたことはなく、内戦もなく、宗教紛争もなければ民族紛争もなく、身分制度もなくて、格差社会と言いながら飢えはなく、新聞を開けば毎日山のように求人広告が掲載され、踏切に立ち入った自殺志願者を救って我が身を犠牲にした警察官の美談が多くの人の心を動かすというこの国は、世界の中ではかなりどうしようもなくない国なのかもしれないな。
そんな思いも、けれど、目を一転して地球規模での変動に向けてみれば、暗澹たるものに変わってしまうのだった。
つまりこの暖冬は、どうも考えてもヤバイってば。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2007.02.14
原稿。
時間が空いたので、大泉まで映画を見に行った。広末涼子の「バブルへGO!!! タイムマシンはドラム式」である。
オレが7年間のサラリーマン生活に見切りをつけてフリーランスに転身したのが昭和63年、つまり1988年の6月21日。今振り返れば、世の中はバブルの絶頂期に向かってまっしぐらという時期だったわけだ。
もちろん当時はそんな意識はなかったし、バブルだから独立したという思いもなかった。ただひたすら忙しく、来る仕事を右から左へとこなしていっただけだった。
この映画ではあの当時の狂ったような世相が描かれている。
なにしろ12時を過ぎてタクシーをつかまえることなど、至難の業。喫茶店で時間を潰しながら、順番に誰かが道路に立って手を挙げ続け、見事にタクシーをつかまえたやつがヒーローというアホみたいなこともあった。
なにしろ空車のランプをつけたタクシーが平気で客を無視して通り過ぎる。実際オレも酔った勢いで危険を顧みず、道路のセンタライン近くに歩み寄っては走ってくるタクシーの鼻の先に手を突き出して停めてみせる、ということを何度かやったものだった。
そのへんの飲み屋に行けば、若いあんちゃんが平気で1本2万円のヘネシーを開けていた。狂っていたよなあ。
仕事は、さっきも書いたように次から次へとやってきて、例えば日経新聞用の半年間のシリーズの広告企画をたてると、たちまちにして枠が埋まってしまうほど。日本橋の某百貨店が半年間、毎週30段を押さえたいと言ってきたときはのけぞったものだが、それに対して日経広告局が「オタクに買い占められるとよそに売るものがなくなるから」と断ったのにはもっと驚いたものだった。
当時、事務所を置いていた曙橋のワンルームマンションの同じフロアには、デザイナーらしき人物がやはり事務所を置いていた。ある時など、徹夜続きがたたったのか、玄関ドアに「もう限界です」と張り紙をして逃げていた。
そういうオレも、月曜の朝に出勤してきて日曜の夜に家に帰る、という生活を続けていたものだった。その間、食事とか洗濯とか、どうしていたんだろうなあ。今となってはさっぱり覚えていない。コンビニも今ほどなかったし。
なかったと言えば、やっぱりこれだろう、携帯電話。当時、あんなに忙しいのに携帯もなしでよく仕事や人間関係が回っていたものだ。振り返れば不思議である。
さて、映画「バブル〜」には、オレが事務所を置いていた90年当時の曙橋の駅も出てきた。まだフジテレビがあった時代の、本当に懐かしい駅だ。
ともかくそうしたあほらしいというか狂っていたというか、お笑いのバブル時代を描いた映画ということになるのだろうけれど、これがまっことつまらなかったぞ(怒)。バブルの描写は中途半端だし、ギャグは滑りまくるし、ストーリーはベタだし、三流のプログラムピクチャーか二時間ドラマか。
飯島直子が売れない時代の本人役で出てくる。それを広末が「コーヒーのCMで行けるから、頑張って」と励ます。あるいは飯島愛がディスコで踊っていて、広末が「本を書けば売れるよ」とアドバイスする。さらには同じディスコでラモスが踊っていて、広末が「ドーハのコーナーキックに気をつけて」と言う。
そんな具合に本人が17年前の本人を演じているのだけど、わははは、そりゃあ無理があるって、飯島愛。ボディコンで照れながら踊るから、変なタコ踊りだったし。
無理があると言えば、一番無理があったのが薬師丸ひろ子だ。今のどっから見てもおばちゃんのたたずまいのまま、メイクと衣装だけ無理矢理若作りしているから、ああ、痛かった。ほんとうに痛かった。
結論。痛い映画でした。2時間は長すぎる。
冒頭、バブル時代の六本木が出てきて、ああ、こんなふうだったなあと回顧する以外に見所ナシ。広末がちょっと可愛かったけど。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2007.02.13
打ち合わせ1。
昨年11月、免停の行政指導でわざわざ早起きして武蔵小金井駅まで行き、駅からタクシーに乗って出かけたのが府中の免許センターだ。
一日をつぶして退屈な講習を受けて、オレは我が身を深く呪ったわけであるが、さて、途中にあった1時間ほどの実技講習が笑止千万というか、かつてとまったく様変わりしていなくて呆れ果てたのだった。
特に教習所の練習コースに設けられた例の嘘っこ踏切をわたるとき、一時停止してわざわざ窓を開けさせられたのにはずっこけた。
今もこんなことをやっているとは、驚きである。学生時代に免許を取って28年間、実際に踏切で窓を開けて電車がやってこないか耳で確認しているクルマなど、ついぞ一度も見かけたことがない。それを今もって教えているのだから、いやはやなんとも。
ちなみに踏切での一時停止をやめれば、年間2000億円の経済ロスの解消になり、省エネ効果も原油で年間50万キロリットル、約45万世帯分の温室効果ガス排出削減になるらしい。
というこの一文は今ネットで見つけてきてコピペっただけの、あるある方式だから信用ならんが、まあ、数字はともかくとしてそれ相応の理由があるとは思うのだが。
もっともそんな効果を言うなら、そもそもクルマに乗るんじゃねえよ、という指摘も真っ当であるけれど、それは話がややこしくなるので今はパス。
一時停止はともかく、窓を開けるのはへんだよーということを言いたいわけよ。オレは。
話は変わって夕方、お得意先主催の懇親会に参加する。オレにしては珍しく、立食パーティー形式だ。
京橋の会場に到着。カメラマンのタカハシ氏と合流。タカハシ氏、何をどう思ったのか、今日は和食だと刷り込まれていて、会場のバイキング料理を目にしたとたんに「なんだよ、刺身がないじゃん!」と逆上する。とにかく食い物についてはすぐに逆上する、困ったおじさんである。
立食パーティーというのはけっこう疲れるものであって、あっちへ行って名刺を交換し、こっちへ戻って知った顔の輪に加わり、その合間にビールをついだりつがれたりして、しかも主催はお得意先とあって代理店以下下々の人間には粗相は許されないというプレッシャーがかかってきて、なかなかにしんどいのである。元来が不器用で無愛想で引きこもりで、できることなら知っている人とだけ一緒にいたいと思っているオレにとってはけっこうな鍛錬の場なのであった。
2時間後、終了。お得意先に見送られるという肩の凝りそうな緊張を味わいつつ、ようやく解放されたオレたち下々の人間は、「刺身がなかった、刺身が」と叫び続けるタカハシ氏の思いを聞き入れて、東京駅八重洲地下街で軽く二次会を行った。
メンツは、カメラマンのタカハシ氏が60歳で編集のハラ氏が54歳、代理店マキウラ氏が50歳でオレが49歳。
おお、4人そろってこの中でオレが一番年下ではないか。しかも唯一の40代。うひゃひゃひゃ。こういう席は久しぶりなので、いやあ、年下は気楽でいいなあと先輩どもをあおり立てた。
「刺身が刺身が」と言うタカハシ氏のために刺身を注文してやり、オレは日本酒。どうにも地下街の飲み屋っていうのは落ち着かないなあ。
軽く飲んで、オレは有楽町駅まで歩いて西武線直通の有楽町線に乗って帰ったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「暮らしの手帖」「文藝春秋」
「BUBUKA時代」どうせろくでもないやっつけ記事の寄せ集めかと思ったが、案に相違してまともなつくりだった(誤植の多いのには閉口)。山城新吾が借金と糖尿でぼろぼろ、廃人寸前というのにはびっくり。ピンクレディーの稼いだカネのほとんどは裏社会に流れたそうだ。実はミッキーマウスの著作権は既に切れてしまっているらしい。逸見政孝が亡くなったのは48歳で、うーむ、オレはもうその年齢を超えてしまったのか。


2007.02.12
こうも休みが続くと、財布ももちませんなあ。
本日も朝からネットで検索する。目的地は東松山のこども動物自然公園に決定。クルマで40分くらいだな。
今まで知らなかったけれど、行ってみてびっくり。けっこう立派な動物公園だった。像やライオンといった派手な動物はいないのだが、キリンや牛やポニーなどのまったり系、癒し系の動物があちらこちらに点在。目玉はコアラである。
とにかく安いのがありがたい。大人は500円。子供はタダ。
つまり一家4人、1000円で一日過ごせるのである。
コアラを観に行く。おお、木にコアラがつかまっている。しかもよく見れば、赤ん坊を抱いているではないか。こ、こ、これは、可愛い! オレの純白の心にしみいるような光景であった。
この公園、とにかく広い。そこをとことこ歩くので、たいへんによろしい運動になる。それはいいんだけれど、問題はメシである。
レストランらしきものが一ヵ所のみ。しかも今時これが! と驚くほどしょぼい店で、だけど他に選択肢がないものだから11時から2時過ぎまで券売機の行列が途切れない。T>
ならばと隣の売店で焼きそばを買おうとすると、こちらはそれ以上の行列。15分も並んでようやく冷たい焼きそばのパックを手にしたときは、ここは北の独裁国家かと思ったのだった。
つまりあれだな、ここにはお弁当とビニールシートを持ってくればよいのだな。そう思って周囲を見渡せば、なんだ、そんな家族連ればかりじゃん。これからは弁当持参で来るようにしよう。
さて、園内であるがけっこうツボを押さえた遊びができるので、子供にはぴったりだ。
一日では回りきれない広さなので、本日は目当てを絞って行動。メインイベントは、牛の乳搾り体験である。
いいでしょ、牛の乳搾り。これが入園料だけで体験できるのである。そりゃあ子供は大喜びだって。
実はオレの母親の実家では、かつて酪農も行っていた。だから公園で牛舎に足を踏み入れたとき、ああ、懐かしい臭いだなあ、と思ったのだった。
さて乳搾りである。飼育係が手を添えて、「はい、パーにして、次はグーにして、またパーにして」と子供に教えてくれる。その通りに絵を動かすと乳が元気に飛び出す。息子も娘も大喜びだ。なかなかに楽しいイベントではないか。
牛は慣れたもので、乳を搾られるに任せて、のんびりと餌など食っている。その餌のバケツをのぞき込みながら、肉骨粉でも食わせてるんじゃねえのと言ったら、妻にぶっ飛ばされた。
乳搾りの後は、うさぎやモルモットの抱っこコーナーである。小動物との触れあいは、子供なら誰もが大好きだ。と、そこに突然トカゲも仲間入り。こ、これも小動物ですかい。もちろん男の子どもはは虫類が大好きだものだから、たちまち人だかり。我が家の息子も初トカゲにびびって抱っこなのだった。
そんなわけで安い割にはなかなか楽しめる動物公園、なかなかによろしかった。探せばまだまだ知らないスポットはいっぱいあるもんだなあ。
4時近くに出発したものだから、関越は当然渋滞が始まっている。料金所の先が混雑しているときは、どういうわけかETCゲートのほうが詰まってしまうという光景が多い。なんなんだろうなあ。
家に帰ってコートについた枯れ芝生などを払っていたら、りさちゃんファミリーがやってきた。CDのお礼に、と缶ビールの差し入れである。おお、あのCDでも缶ビールの価値はあったのか。こんなことならもう2、3枚あげるんだった。
そのりさちゃんファミリーと一緒に、今夜は駅前の「はなの舞」で食事。「連日ですけど、平気ですか」とりさパパが気遣うが、オレ、全然平気っすよ、と笑い飛ばす。うーむ、オレはろくでなしかも。
飲んで食って帰る途中、さすがに疲れたか、娘は妻の自転車の前カゴでぐっすり眠ってしまったのだった。

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2007.02.11
建国記念日。休みである。さて、どこへ行くか。
特に予定もないときは、ネットで検索である。子供と休日にはどこへ出かけるか、といったサイトはいくつかあって、一巡するとだいたいめぼしいところが見つかる。
本日は西東京市の多摩六都科学館というところに決定だ。
クルマで約40分。田無駅近くの球体の建物に到着。今までまったく知らなかったけれど、このあたりの自治体が金を出し合って運営している施設らしい。有料。
要はプラネタリウムに、その他のサイエンスちっくな展示物がくっついたもののようだ。
早速プラネタリウムを見る。キッズプログラムの時間だ。
おかげで子供にもわかりやすい解説がついていて、おまけに簡単なアニメまであった。満天の星。人工物とはいえ、けっこう気持ちのいいものであった。
このプラネタリウムでは時間によって映画の上映もある。野生動物を追いかけるノンフィクション映画を見たのだが、クルマに乗って動物を追いかけるシーンではあまりの迫力に車酔いのようになってしまった。
帰ってきて、りさちゃんパパに風組CDを頼まれていたので、妻に届けてもらう。
その後、連日の魚せいである。本日は一家四人で晩飯だ。息子はまた図に乗って「のれそれくださーい」と大将に頼む。出てきたのれそれの器、今度は娘が抱えて離さない。三杯酢に浸したのれそれの小鉢を両手で持ち、ずるずるすとすすってはにんまりと笑う3歳児なのであった。
息子と妻は先に自転車で帰り、その娘の手を引いてろくでなしのオヤジのオレは、ネリマの畑の中を歩いて帰る。
と、畑の向こうの道から怪しいクルマが現れ、オレに向かってプップーと威嚇する。なろ、娘はわたさんぞ。
威嚇し返してやったら、窓を開けて顔を出したのは、りさちゃんパパであった。「こんばんわー、どうしたんですかー」と言うので、魚せいでべろべろっすよーわははと答えたら「楽しそうですねー」と去っていったのだった。

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2007.02.10
息子の幼稚園で作品展。つまりは文化祭みたいなものである。
息子たちが授業中に書いたり作ったりした作品を親に見てもらおうという催しだ。教室には共同制作のでかい遊園地も飾ってある。
共同制作とは、つまり子供らだけで作ったということだ。聞けば先生は口出しせず、子供に好きなようにやらせるらしい。
それでなんとか形になるということは、年中にもなればそれなりにチームワークのできる社会性が生まれるってことなのか。ふーん、面白いなあ。
関係ないけど、あちらこちらでお父さんが先生と話す姿が。奥さん公認の元、若い娘さんと話せる機会などそうそうないものなあ(笑)。オレも人ごとではないが。あわわわ。NT>
夜、本日も魚せい。今日は息子と二人だ。
息子、席につくなり「いつものくださーい」と注文する。客席「おお」とどよめく。オヤジ「あいよっ」とカニを出してくる。客席「ぼうず、いつもこんなの食ってるのか」。息子「(無視して)むしゃむしゃ」。
昨日初めて食った「のれそれ」を食おうと思って注文したら、息子が「おいしいおいしい」と一人で全部食いやがった。ちっ。

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2007.02.09
原稿。
夜、三軒寺の魚せいに行く。本日の刺身のメニューに「のれそれ」とある。
のれそれ? なにそれ。
お約束を一発かましてから聞くと「知らんのか。なら食ってみろ」とオヤジが言う。どれどれと、食ってみる。
白魚のような、透き通った小魚が小鉢に入っていて、ポン酢で食う。白魚と違うのは、体が平べったいところだ。うん、初めて見るぞ。
食べてみたら、ほほう、これがなかなか。白魚より歯ごたえがあって、それでいてつるりんと喉を通っていく。「もみじを入れてもいいが、ポン酢だけのほうが味が引き立つ」とオヤジ。確かにポン酢が絶妙の味わいだ。
で、一体これはどんなサカナなのだ。オヤジに言わせれば、築地の市場の関係者でも正体ははっきりしないらしい。水揚げされたのは静岡だそうである。焼津か?
この平べったい形からして穴子ではないかと思うのだが。
帰ってきてネットで調べたら、やはり穴子の稚魚らしい。水揚げされたのは静岡だが、高知あたりでも獲れるらしい。
時期的には早春に限られるとのことで、このあたりも暖冬の影響が出ているのかなあ。
それにしても、のれそれ。静岡のキベさん、知ってましたか。コマガタくん、食ったことあるか?

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2007.02.08
学研の保育者向け雑誌「遊びと環境0・1・2歳」という雑誌の春号が届いた。今号の付録のCDは、俺様が作曲・編曲・レコーディングディレクターを務めた作品である。
そのうちの一曲がこれ。特集のテーマソングみたいなものだな
歌っているのはもちろんプロの歌手である。その歌手様に向かって注文つけながら自分の曲を歌わせたのだから、俺様も何様状態なのだ。
まあ、そんな偉そうなことはどうでもよい。
CDと言えば、オレはよほどいろんな音楽を聴いているのでは、と思われているらしいが、そんなことはまったくなくて、はやり歌など、まるで知らない。聴きたいものしか聴かないのだ。
昔、ジャック天野というディキシーランドジャズのバンジョー弾きに、普段何を聴いているんですかとたずねたら「ディキシーしか聴きませんね」という答えが返ってきたことがある。その潔さがえらく格好よく思えたものだった。
CDなどたいした数は持っていないが、ざっと見てみれば、明らかにいくつかに分類できる。
普段、仕事をしながら聴くのはヒーリング系、ギター系の静かな音楽だ。気合いを入れて聴くのはポール・サイモン系だ。あとは、とりあえずとっておくか系(吉田拓郎とかスティービー・ワンダーとか)か、資料として置いておくか系(三波春男とか童謡とかクラシックとか)だ。
それ以外のものは、不要である。もう二度と聴くことはないだろうというものも多い。例えばデフテクとかいうふざけた二人組だ(妙に前向きな歌ばかり歌うと思ったら案の定、ガッカイであった)。
収納には限りがあるし、こういういらないCDはとっとと処分してしまいたいのだが、中古に出すほどボリュームはないし、かといって不燃ゴミで捨てるのもナンだし、困ったものである。
先日は地元の児童館でバザーがあるというので、ヨメに太田裕美の童謡CD(手抜き)2枚組その他を持って行ってもらった。
こんなふうにして少しずつ処分するのが無難なのかもしれんな。
日記が短いとオザキが暇をつぶせなくてブルーになってしまうので、もっと書こう。
毎週木曜日は幼稚園のサッカー教室である。もちろんオレではない。息子のだ。
幼稚園と言えば普通は若いお姉さんたちしかいないので、この幼稚園でも近所のスポーツ教室と提携して、先生がやってきてサッカーを教えてくれるというシステムになっている。スポーツ教室もこんなことをして儲かるのかな。よくわからんが。
オレの子供であるので、息子が不器用なのは運命だ。ボールをおいかけてとろとろと走ってはすぐにあきらめる。この適当ぶり、執着心のなさは、オレに似たのだろう。
それはともかく、春先の今、園庭を子供たちが走り回ると当然のことながら大量の土埃が舞い上がる。それはもうひどくて、辺り一面、薄ぼんやりとするほどなのだ。
子供はそんなことはかまわずに走り回るから、体中埃だけなのである。たまらないのは大人だ。
オレなんぞ、あまりに土埃に参って、途中で退散したほどである(つまりオレは平日の午後にのうのうと幼稚園のサッカー教室を眺めていたというわけだな)。
家に帰ったオレは、すぐさま風呂にお湯を入れて子供たちの帰ってくるのを待ちかまえた。暗くなってからようやく帰ってきた子供たちは、案の定、全身土埃。玄関からそのまま風呂に直行なのである。入れるのは当然オレの役目であって、つまり平日の陽のあるうちから子供と風呂に入って鼻歌なんぞを歌っていたことが、これでばれてしまったのだ。
昨日オレはオザキのことを温泉につかって過ごしていると書いたが、なんのことはない、オレ自身がそうではないか。頭のてっぺんまでぬるい毎日を送っているのは、このオレなのだった。わはは。
ところで本日発売された今週号の「週刊文春」で、新潟の岩室温泉・高島屋が紹介されている。この温泉には二度ほど行ったことがあって、最初が父親の定年退職記念旅行、次がオレのばあちゃんの13回忌だった。
温泉もよかったが、食い物がけっこう旨かったという記憶が残っている。親族ご一同様、よろしければコンビニで立ち読みでも。57ページです。

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「逃亡日記」吾妻ひでお・日本文芸社。失踪日記ほどは面白くなかったなあ。巻頭で「この本は、買わないで書き下ろしマンガだけ立ち読みすればいい」と本人が言ってるが、ギャグかと思ったら本当にその通りだったので驚いた(笑)。


2007.02.07
東京のチベットと呼ばれている練馬はあたり一面が畑である。いつだったかラジオの中継車がオレの近所に来て、女性アナウンサーが「のどかな田園地帯が広がっています」というふざけた描写を行ったような土地である。
田園地帯はいくらなんでも大げさだと思うのだが、都心からやって来るとそういうふうに映るのだけは確かなようである。
その練馬には、数多くの特産がある。よく知られた練馬大根もその一つだろう。もっとも最近では大根よりもキャベツのほうがはるかに多いそうだ。
特産の一つで、果たしてこれはどうかと思うのが、練馬野菜カレーである。地元で収穫された野菜だけで作られたレトルトのカレーなのだ。
これが23区のやることかと思うが、けっこうな人気というのでびっくり。しかも冬だけの限定販売だ。
販売場所も限られているというので、オレはわざわざ買いに行ったよ。必死のダイエットのウォーキングついでに。
一箱350円。たっけえ〜。レトルトだぞ。
家族4人分で1400円だ。びっくらこいた。
味は、うーんと、普通。でっかい野菜がごろごろと無造作に入っている以外は、普通。ま、ネタということで、こんなものかなと。
それにしてもこのパッケージは、なかなかですなあ。いい味出している。
夕刻、東京駅前のオアゾに向かう。マキウラ氏と打ち合わせがあるのだ。なぜ待ち合わせをオアゾにしたかというと、その前後に丸善で遊ぼうという魂胆。欲しい本があったのだ。
狙っていたのはホイチョンプロダクションの「気まぐれコンセプト」。過去20年分からの傑作選というのだ。新聞広告で見つけて買おうと思った次第である。
ところが丸善なのに置いていない。あれえ、どうしたことか。さては増刷ができていないのに新聞広告だけが出てしまったか。ちなみにこの後に立ち寄った東京駅構内のブックガーデンにも置いていなかった。
まあ、ないものは仕方ない。吾妻ひでお、酒井順子と、それからゴアの「不都合な真実」の三冊を買った。他にも何冊か欲しかったのだが、机の上に本が山になっているので、自制する。
マキウラ氏との打ち合わせをすませ、飯田橋へ向かう。寒い。
移動の車中で吾妻ひでおを読みつつ、丸善の袋に手を入れたら「5l」(ファイブエルと読む)というフリーペーパーが入っていた。なんだこりゃ、初めて見るぞ。
ぱらぱらとページを繰ったら、ふむ、なかなかにしっかりしたつくりのフリーペーパー。それもそのはず、編集人が吉本興業にいた木村政雄だ。
その人脈なのだろう、これまで登場したインタビュー相手が、小池百合子、菅直人、みのもんた、矢沢永吉、志村けん等々、相当の団塊ビッグネームぞろい。今号は角川春樹だ。
連載陣も横尾忠則、赤瀬川源平。うーむ、すごい顔ぶれだ。これでフリー、つまり無料っていうんだから、困った話である。もしかしたらメディア界は既にルビコン河を渡ってしまったのではなかろうか。
「R25」を含め、こういうものをフリーで出すのは、メディアを殺しかねない。飯田橋で会ったフルサワ氏が「僕は"雑誌ぐらいは金を出して読め"という主義なのでフリーペーパーは手にしないんですよ」と言っていたが、見識である。
ところでこの「5l」というフリーペーパー、よくよく見たらショルダーに「50歳からの」とある。
なななな、なんということだ。するってーと、これは、書店の眼鏡をかけたレジ係の娘がオレをちらっと見て「おっさん、50過ぎてるな」と思って袋に忍ばせたということではないか。
これが学生なら英会話のパンフレットを、軽めの若いサラリーマンなら資格のパンフレットを、体格のよろしい娘ならフィットネスクラブのパンフレットを忍ばせるのであろう。なのにオレが「50歳からの」とはどういうことだ。怒。
しかも「5l」の特集は「ネバーギブアップ」と大書してある。ななななな、なんということだ。オレは書店の眼鏡をかけたレジ係の娘に「あきらめないで!」と励まされたというわけか。そんなにオレは一見して人生をあきらめかけている50歳以上と見られたわけか。怒。
あまりの仕打ちにわなわなしていると、たまたまやってきたデザイナーのコナガイ氏が「タンゴちゃんいくつ? 49? じゃあ、しょうがないじゃん、ぐふふふふ」と笑ったのだった。
ちっ、まあよい。ともかく本日はなぜ飯田橋に来たかというと、コマガタ、オザキと飲むためである。場所はもちろん鳥よしである。飯田橋には鳥よし以外に選択肢はないのである。どっこいしょっ。
ふと脇を見たらキクチが肩を落として丸まっている。元気づけるために、チミも一緒にのみたまへ、と誘ったら「昨日、仕事でヘタ打っちまって、少々落ち込んでいるんぞな、もし。こういうときは、酒に逃げてはいけないぞな、もし」と、至極真っ当なことを言う。
さすればこちらも無理強いはすべきではなかろう。君、元気を出し給え、何、明日は明るい日と書くのさ、陽もまた昇ろう、と励ます。なぜ急にこんな文体になってしまったかというと、今、久しぶりに夏目漱石「坊ちゃん」を読んでいるからだった。改めて読むと、この小説、いろいろ不思議だ。書かれたのが今からわずか101年前というのに、どうしてこんなにも古くさいのか、と驚いてしまう。
まあ、そんなことはどうでもよい。コマガタとともに飯田橋は鳥よしに向かう。店の前でたたずんでいるのは、オザキだった。
知識オザキは「オレは釣りバカ日誌の浜ちゃんのような人生を送りたいんです」という名言を残して会社を辞めた男である。その浜ちゃんとなぜ飲むことになったかというと、オザキ、わざわざメールしてきて「風組の名盤『親も同然、子も同然』をください」と可愛いことを言ってきたからである。
ビールで乾杯すると、オザキ、早速オレによいしょして「いやあ、ルポポ、いいっすよールポポ」と褒めちぎる。それどころか「ルポポー、ルポポー」と歌い始める。おお、オザキ、お前は偉い。
ところが「ルポポは夢に見るくらい強烈です。でもルポポが強烈すぎて他のが全然印象に残ってないんです」とぬかす。なんだ、結局はけなしているのか。
そこへ「ルポポってなんすか」と割り込んできたのがビールで早くも顔を赤くしたコマガタ。待ってましたとばかりにオレはカバンから名盤『親も同然、子も同然』を取り出して渡し、聴け、と命令してやった。コマガタ、これからしばらくは夢でルポポにうなされるに違いない。
さて、浜ちゃんになりたくて転職したオザキ、毎日釣りをして過ごしているのかと思ったら、なんとほとんどそれに近い生活を送っているのでびっくりした。「年収はがくんと落ちたけど、余裕っすよ、余裕」と鼻から煙である。
まあ、詳しく書くと各方面に差し障りがあるから控えておくが、要はぬるーい環境でぬるーい仕事をしているので、毎日が温泉に浸っているようなものらしい。うーむ、よかったのう。
このオザキ、温泉生活の日課となっているのが朝一番での「たんごちゃん」のチェックなのだそうである。なんとも物好きな。
それで更新されていなかったり、更新されていても短かったりすると、とたんに一日がブルーになるらしい。
こういう物好きは多いらしく、コマガタも「更新されていなくて、なんだよーと思ってスケジュールを確認したら出張だったりすると、じゃあ仕方ないか、と納得する」と言ってた。ほとんどストーカーであるな(ちなみにコマガタは"代理"と呼ばれるとすごく嫌がるので、面白いから、皆さん、これからそう呼ぶように)。
物好きは鳥よしの店員にも当てはまり、もしかしたら今もこの日記をチェックしているのだろうか。本日は看板まで粘って、ずいぶん飲んで食ったなあ。閉店が11時というのは、早すぎるような気がしないでもないが、電車のあるうちに帰るにはちょうどいい時間でもある。
オザキ、夏に子供が生まれるとのことで(これは書いてもいいネタなのか?)、生まれてもちゃんとパパができるか不安がっていたが、なーに、いざその立場に立つと11時過ぎに閉まる店がありがたく思えるのである。
それはともかく閉店まで粘って3人で何をしゃべっていたかというと(本当ちゃんと覚えているのだが)、記憶はおぼろである。パクパクとかカチンコチンとかいうキーワードだけが頭に薄ぼんやりと残っているのだがなあ。
11時半近くの西武線直通の有楽町線をホームで待ち、乗り込む。やたらと混んでいて、けっこう気分が悪かった。石神井公園についてへろへろと歩いて帰る。ネリマの畑の上の、広々とした夜空が気持ちいい。
家に帰ったら、アマゾンからCDが届いていた。ポール・サイモンのソロ初期の名盤『ポール・サイモン』『ひとりごと』が紙ジャケット仕様で限定発売されたので、注文したのである。この2枚は、おそらくオレの人生で最もよく聴いた2枚であることは間違いない。
もっとも値段は高くて、旧盤の再発売にも関わらず1枚2500円もする。普段であれば、当然買わない。なにしろポール・サイモンのCDならばいろんなバージョンを山ほど持っているからだ。
なのに高くてもなぜ買ったかというと、ボーナストラックがついているからである。これが困るのだ。
例えば「アメリカの歌」の未完成デモとか「パラノイア・ブルース」のまったく別バージョンとか、聴かないわけにはいかないではないか。こうしてオレはワーナーのマーケティングに手もなくひねられてしまうのである。
早速聴いてみる。うむむむ、もう30年以上も昔の作品だというのにこの完成度の高さはどうだ。しかも、あーた、ボーナストラックがこれまた感涙ものですぜ。こうなりゃ、毒を食らわば皿まで。紙ジャケットシリーズとして再発されている中から、特に好きな残りの3枚もアマゾンに発注してしまった。
確定申告の時期が近づき、顧問の税理士からは「今年は売上が落ちていますよー、稼ぎが悪いですよー、でも税金はきっちり上がりますからねー、無駄遣いしないでくださいねー」と言われているのに、この有様である。かあちゃん、すまねえだ。
それはともかく、話の流れはまったく変わるが「ちょこっと 便利Tools」というフリーソフトがなかなかによろしい。IEに組み込んで使う、ユーティリティだ。
IEでの印刷がきれいにできるとか、そんな機能があるらしいが、オレが期待したのは「語尾変換」という機能だ。これを使うとホームページ内の文章の語尾が「なり〜」と変換されて表示されるという、まったく何の意味もないバカ機能である。
さっそく試してみたら、オレの昨日の日記の出だしが「バックアップに取り組むことにしたなり〜。」と変換されてしまった。ぎゃははは。おもしれー。
皆様もぜひお試しくださいなり〜。
って、原文が「なり〜」だと、いったいどういうふうに変換されるんだろうなあ。興味津々。

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2007.02.06
原稿。
重い腰を上げて、ようやくオレはパソコンのバックアップに取り組むことにした。こんな大事なことを今までやってなかったのは、単にオレがアホだからである。
押し入れをごそごそとやったら、一時期使っていた外付けのハードディスクが出てきた。埃を払って見てみたら、おお、160Gもあるではないか。十分だべ。
なるべく金はかけたくないので、ソフトはフリーウェアで探すことにする。いくつか見つけてダウンロードしては試し、右から左へと捨て続けた結果、最後に残ったのがへんてこなソフト。ちゃんと動くのか、これが。
バックアップの作業中、カワセミが川に飛び込んでサカナを捕るアニメーションが見られるというソフトである。
なななな、なんとも意味不明な。まあ、よい。とりあえず使えるかどうか、しばらく試すのである。なんといってもタダだし。

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2007.02.05
原稿。
いやほんと、練馬ってのは畑が多くって、風が吹くと赤茶けた土がさあーっと舞い上がるんだわさ。特に乾燥した風が吹くこの季節、地面の上を土埃が走る様子がくっきりと見える。
この先、春一番が吹き出す頃が一番すごくて、嵐のような南風に巻き上げられた土埃が、ざあーっとあたり一面に降り注ぐのだ。
オレんちもすごいけど近所もすごくて、やれやれ、まいったまいった。 後から引っ越してきてそんなことに文句をつけるのも筋違いではあるのだが、それにしても憂鬱である。ぽかぽかと南の日差しが降り注ぐ春の午後にも洗濯物も干せないのだ。FONT>

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2007.02.04
大学受験が終わって約1ヵ月、受験のプレッシャーからの反動で、けっこう羽を伸ばしたものだった。酒もその時覚えたと思う。
もっとも高校生の小遣いで買える酒などたかがしれていて、せいぜいがサントリーレッド。500円の酒だ。
それを部屋に隠してちびちびと飲んでいたのだが、ある時、父親に見つかってしまった。
ところが父は怒ることなく「酒だけは、いいやつを飲まなくてはいけないよ」と教えてくれたのだった。なにも金持ちぶってるわけではなく、悪い酒は体をこわす、ということを教えてくれたのである。
これは妙に今でもはっきり覚えていて、いまも安い酒はあんまり気がすすまない。どうせ飲むなら、しっかり旨くて気持ちのいい酒を、と思うのだった。

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2007.02.03
何を使って原稿を書いているかと、よく聞かれる。ワープロソフトと言えばほとんどの場合、WORDだと思うが、俺は使っていない。エディタである。
エディタというのは、とにかく文章を書くことに特化したソフトで、文字を大きくしたり、罫線を引いたりといったことは何もできないが、文字を早く大量に書いていくという作業には適しているのだ。このエディタを使って原稿を書き、WORDにコピペしてメールで送るというのがオレのやり方である。
仕事で原稿を書いている人間では、こういうケースが主流である。WORDを使って原稿を書いているという仕事仲間を、オレはほとんど知らない。
このエディタにも何種類かあって、ほとんどがフリーウェアかシェアウェア。オレはWHiNNYというフリーソフト、O'sEditorというシェアウェア、LightWayというシェアウェア、WZEditorというパッケージを使っていて、最近ではO'sEditorが主流である。それぞれに微妙なクセみたいなのがあり、それが微妙に使い勝手に反映されたり、気分を左右したりといったところだ。
まあ、言ってしまえば帯に短し、たすきに、ってやつであるな。
このようにエディタは文章書きには必需品であるが、ワープロソフトにとっては目の敵であるためか、エディタ仕様で使えるワープロソフトは、今までなかった。これは考えてみたらすごいことだな。
それがこの2月、「一太郎」の最新バージョンでようやく実現する。エディタモードというのが搭載されるのだ。
Webで見た限りでは、ごく普通のエディタモードのようである。ただ欄外にナレッジなんとかという機能がついているらしいのが気に掛かる。
WORDに比べれば遙かに出来のよい「一太郎」。編集などの世界では相当の愛用者がいる。それには相応の理由があって、校正支援機能など、とにかく「書く」ということに特化した強力な仕様となっているからだ。
そこにエディタモードの搭載だから、ぼちぼちオレも買ってもいいかな、という気になっている。
とはいえ、周囲はほとんどがWORD。よって一太郎で書いてもWORDにコピペするということになるのか。それもおかしくはないだろうか。
やっぱりやめるか。いや、15,000円低度だから商売道具として持っているべきではないだろうか。
などと心は千々に乱れる節分の夜なのであった。

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2007.02.02
原稿。
明日は節分。文字通り、季節を分けるから節分。つまり冬と春の分け目ということである。
季節の分け目であるからには当然他の季節にもあるわけで、本来は節分は1年に4回あった。それが室町時代のあたりから、立春の前日のみが重んじられるようになったらしい。
季節の変わり目には、病気をしやすい。そこで豆をまいて病魔を追い払おうという風習が生まれた。
息子の幼稚園では、本来の節分が土曜日なので、本日、豆まきである。
やり方はこうだ。子供たち全員、自分で作った鬼のお面をかぶる。つまり全員が鬼で、お互いに豆をぶつけ合う。豆を食べるのは、衛生上のこともあって、投げる前だ。
小さな鬼どもがきゃあきゃあ叫びながら豆を投げ合うという、なんとも間抜けな阿鼻叫喚。先生が鬼をやれば、せっかく作った鬼のお面が使えないし、誰かが鬼をやれば、いじめが想起されてしまう。そういうことでの変則豆まきなのだろうなあ。
一方、娘は近所の児童館に出かけていって、やはり豆まきだ。
なんでも昨年リアルな鬼の面を用意したら激しく泣き出した子供がいたとかで、今年は鬼は中止。代わりにばいきんまんのお面が鬼なのだそうである。いろいろあるものだ。
当然のことであるが、明日、息子の作った鬼のお面をかぶって家で豆をぶつけられるのは、オレの役目である。
豆まきが終われば、立春。暦の上では春であるが、関東以西の太平洋岸で雪が降るのは、実はこのあたりが最も多いのだという。

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「私の夫はマサイ戦士」永松真紀・新潮社。アフリカのマサイ族に嫁入りした日本人女性の手記である。なるほど、激しく文化・風習の異なる民族の結婚ゆえ、相当に大変だったようだ。もっともあちこちに散見される自己正当化めいた表記がけっこう目障りというか。


2007.02.01
取材1、原稿。
多摩ニュータウンは、今や激しく高齢化が進み、街が荒廃しているらしい(「週刊文春」)。
だがそもそもの昔から、この街は不自然ではあった。かつてここへ足を踏み入れると、子供がやたらと多い割に、年寄りの姿が極めて少ないことに気づかされたものだった。
膨張する区部の人口を受け入れるために用意された人工の街だったため、30代の若い夫婦がどっと押し寄せ、その多くが2人の子供を育てたのである。だから一時期はやたらと子供ばかりが目立ち、小学校などは都内の平均の2倍の広さの校庭を持つほどだった。
ところが"自明の理"というのは後になって気づくものだ。親子4人の標準家庭が暮らせるように用意された団地に、子供が成人しても住み続ける、ましてやその子供が結婚して孫が生まれても住み続けるというのは、どう考えても不可能だったわけだ。
だから当然子供世代は、進学や就職によって家を出て、そして戻ってこない。過疎の農村と同じ現象が、皮肉にもその農村を出て東京でマイホームを得た世代に襲いかかってきたということになる。
これは構造的な問題だから、もやはどうにもならんだろうなあ。
興味深いのは、公団は高所得者、都営は低所得者という区分けが鮮明になって、二極化がはっきりしてきたという点だ。日垣隆が言うように「格差」は開いたのではなく、下層に属する数が二倍に増えたというのが正しい認識である。多摩ニュータウンのケースでも、低所得でなければ入居できないという条件の都営住宅の人口が一気に増えてきており、それに伴い二極化に伴う差別意識のようなものが漂い始めているという。
うーん、緑豊かで環境はいいところなんだけどなあ。

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2007.01.31
原稿。
朝早くから車に乗って錦糸町近くの住吉へ。トヨタのお店で、車の定期点検である。
練馬に引っ越して2年以上たつというのに、こんな遠いところまでわざわざ自分で車を持ってきて金まで払うんだから、本当にオレはいい人である。
見てもらっている間、今度はオレの体の定期点検ということで潮見のかかりつけのドクターのもとへいく。住吉から潮見まではもちろん徒歩。およそ45分であった。
それにしてもいい陽気で、歩いているとポカポカいい気分である。
検査結果は異常なしであったものの、もっとやせた方がいいということで両者の意見は一致。そのため帰りに車を受け取りにいくのも、徒歩にした。
やはり45分かけて住吉まで歩く。
検査のために朝食抜きだったため、非常に腹が減り、11時が過ぎたところで昼食。昔行ったことのある住吉の小さなラーメン屋に寄り、野菜炒め定食に餃子だ。
やせようと決心したはずなのに、困ったものである。
店を出て、再び歩いて車屋へ。定期点検終了で、こちらも異常なし。
ところが営業に引き留められ、しきりに買い換えをすすめられる。あろうことか、頼みもしないのに下取りの見積もりを取られ、新車の見積書までできていたのだった。
いい人であるオレは、それでもニコニコしながら営業の説明を聞く。そりゃあ新車は欲しいけど、週末に近所の公園へ子供を連れて行くだけだから、今ので十分だべ。そんなに車に対して思い入れがあるわけじゃなし、むしろ早いところ軽に乗り換えたいぐらいだから、エスティマの新車と言われてもねえ。
まあ、考えさせてくれ、と言って店を出て、近所の和菓子屋に寄る。どら焼きが名物の店だ。生クリームとあんこがブレンドされた「生どら」っていうのが異常に旨いのである。ここで大量に購入。やせなければと決めたその直後に、この行動である。
家へ帰ったら、おお、後輩のドバシくんから荷物が届いていた。どれどれと開けたら、ドバシ先生の著書である。
へー、ドバシくん、本を書いたんだあ。「ジャケガイノススメ」という、いかにも音楽評論家らしい本である。紹介されているのはレコードが500点。本当によく音楽を知っているよなあ、ドバシくんは。後輩の活躍は嬉しい限りである。

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「泣き虫」金子達仁・幻冬舎。高田延彦のプロレス暴露本。この一冊が出たときのプロレス界の乱れようはすごかった。でもオレは書き手があまり好きではなかったので、手を出さなかった。文庫になったのでようやく、である。一読、思ったほどでもない、どころか全然すごくなかった。プロレスは試合前に勝敗が決まっている。そんなことが衝撃をもって受け止められるほど、もうファンは単純ではないということである。勝敗を超えたところにプロレスってのは、あるわけよ。それにしてもこの取材対象者の少なさはどうだ? 「あとがき」では、当初は受ける予定の仕事ではなかったのに強引に頼み込まれたと言い訳しているし。


2007.01.30
原稿。
本日は一日中こもって原稿仕事である。
夕方、晩ご飯のオカズに煮魚でも買おうと思い、三軒寺の魚せいに行った。魚せいは開店したばかりで客は誰もいない。
ここでビールを飲みつつ、ヒラメの煮付けとワカサギの唐揚げを晩ご飯のおかずに買う。
「1月末だってのにこんな陽気は気持ち悪いねえ」と大将。まったくだ。
統一地方選をにらんで、区議会に立候補予定の現職議員が店を訪ねてきているそうで「政治家なんていう仕事も、やるもんじゃないねえ」と二人でうなずく。
5時過ぎの練馬の空は群青色に澄み渡っていて、天には一番星。西の空はきれいなあかね色で、まったくもう、絵に描いたような美しい空だった。

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2007.01.29
取材1、原稿。
なぜだか知らないが、東京のチベット・練馬のこの地にはワン公がやたらと多い。つまり犬である。畜生である。
夕刻ともなると、この畜生に引きずられて右往左往する人間がやたらと目につく。まるで畜生の家来のようだ。
うろうろするだけでも相当に目障りなのに、この畜生はやたらと糞をする。排泄物をしまくる。
おかげで家の周囲も、駅への道も、息子の幼稚園への道も、どこもかしこも排泄物だらけである。誇張でもなんでもなく、息子と娘には「道路のはじっこを歩いてはいけないぞ。ついでに交差点では信号を守るのだぞ」ときつく教えている。
畜生の家来なら家来らしくシモの世話をすりゃあいいのに、そんなこともできない家来がいるのだから、家来以下だな。練馬区は早々に取り締まるべきである。
なお、近所の大泉学園という街では、マンションに畜生を同居させているやつがやたらといて、その畜生が 朝に晩に、何時間もほえ続けるというケースが後を絶たない。いずれも保健所が出動しては騒ぎになっている。

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2007.01.28
牛久のおじさんに「よく毎日あんなに文章書いてられるなあ」と半分感心され、半分あきれられ、オレが返したのは「商売ですから」という言葉だった。
考えてみれば、仕事で文章を書いているのに、カネにもならない日記なんぞまでよく毎日書いていられるもんだ、というのが本質なのだから、「商売ですから」というのはまったく答えになっていなかったのだった。
オレが1998年というけっこうな昔にホームページを立ち上げたのは、その頃、ぼちぼちとホームページ用の原稿を書いてくれという仕事が入り始めたからだった。ホームページを持って運営するとはどういう感覚だろうと思い、それを試してみたかったのである。
で、コンテンツは何にするかと考え、文章を書くのが一番楽だから日記にするべ、と短絡的に決めたのだった。
ちなみに当時、原稿だけでなくhtmlもやってみないか、という話があったのだが、面倒だからと断っていた。あそこで手を広げてサイト制作もやるようになっていたら、今頃は上場して金持ちになってヒルズに住んでM&Aやって逮捕されていたかもしれない。
それはともかく「一週間でできるホームページ」という類の本を買ってきて適当にでっち上げたのがこのサイトだったのである。
ところが始めてみたら案に相違してけっこう面白くなってしまった。
なぜかというと、原稿を手直しされないからである。
仕事で匿名原稿ばかり書いているオレは、四六時中、誰かに原稿をチェックされている。インタビューさせてもらった取材対象者、その上司、仕事そのものを担当している発注者、場合によってはそこの経営者。
そればかりでなく、原稿をレイアウトするデザイナー、オレに仕事を直接発注したディレクター、その上司と、実に様々である。
そういう様々な人がオレの書いた原稿を読み、チェックして、修正を入れてくるのである。オレ自身は、こんなわずかばかりの人間を納得させられないような原稿では、何万、何十万という人間を納得させられるわけがないから、修正されるような原稿を書いたオレが悪い、と思っているから、修正そのものは別にどうってことはないのである。
だが、中にはどうにも困った人間もいて、はるか以前、某広告代理店の某営業マンがオレの原稿について「この文章には主語がない。主語がない日本語など、あり得ない」と難癖をつけてきたことがあっのだった。
もちろん主語のない日本語など当たり前である。「親譲りの無鉄砲で子供の頃から損ばかりしている」に主語などないのだ。
オレはこの言いがかりを聞いた瞬間、ああ、もうこの人と付き合ってはいけないな、と激しく思ったのだった。
あわてて付け加えるが、この営業マンは、この日記を読むようなつきあいをしている人ではないし、もう6年も会っていないので、ここを見ている人ではありません。誤解なきよう。
で、話はぐるっと戻って、なぜこんな日記を飽きもせずこまめに続けているのかというと、何を書いても誰にも文句を言われないからなのである。しょうもな。

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2007.01.27
取材1、原稿。
博多は、どこへ行っても明太子である。大げさに言えば。
しかし飛行機はやっぱり何度乗っても慣れないなあ。久しぶりに窓際に座ってみたが、即座にシェードを下ろして、外が見えないようにしてしまった。オレは何をやってるんだ。

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「彼らの地獄 我らの砂漠」朝倉喬司・中村うさぎ・メディアックス。秋田の鈴香事件などを取り上げ、あの事件は何だったかを読み解く一冊。想像(妄想?)の産物ではないかとは思うものの、それなりに面白かった。まったく世も末である。
「四十回のまばたき」重松清・幻冬舎文庫。若書きというだけでもなかろうが、つまらん小説だったなあ。シチュエーションが現実離れしているかと思えば、展開は退屈だし。それはともかく、今週はこれで6日間で7冊の本が読めた。拍手。出かける仕事が多いと本がたくさん読めて嬉しい。


2007.01.26
原稿。
誕生日である。誰のって、オレのである。
いくつになったかというと、ふん、まだ40代である。見損なってはいけないのだ。
それはともかくとして、誕生日であるにもかかわらず、夜にはオレは飛行機の人として九州は博多に行ったのだった。

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「個人的な愛国心」日垣隆・角川oneテーマ。千葉県の建築課長の無知ぶり、厚顔ぶりをさらけ出したのが面白かった。まったく喧嘩の上手な男である。


2007.01.25
取材9、原稿。
練馬での乗り換えの際によくショートケーキを買って帰っていた駅構内の不二家の店は、ずーっと閉まったままだ。シャッターには張り紙が一枚。
水に落ちた犬は叩けというのが鉄則の国民性ゆえ、この騒動は予想されたことではあるものの、弱いものいじめの感が強すぎて、どうにもしっくり来ない。
ほどほどにしておいたらどうだという気になってくる。

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「へんな乗り物」ネコ・パブリッシング。電車、自動車、自転車などで、どう見てもおかしいという一発屋的な乗り物を集めて紹介した本。もっと面白いかと思ったら、これが案外つまらなくてがっくり。


2007.01.24
取材1、原稿。
池袋西武地下の総菜売り場、いわゆる「デパ地下」でよくオカズを買って帰る。
そんなに充実しているわけではないが、まあ、そこそこの総菜は買える。
人気があるのはやっぱり中華。家庭の火力ではできない味が求められているのだろうなあ。
もっとも俺が買って帰るのは、サラダとか、おしんことか、高野豆腐とかが多い。年寄りじみたメニューだな。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「橋ものがたり」藤沢周平・文春文庫。橋をテーマに描く、江戸の町の人情物語集。出だしの3行でたちまちに物語世界へと引き込んでいく、絶妙の筆裁き。まさに職人芸だよなあ。


2007.01.23
取材2、原稿。
銀座へ行って、昼飯。取材がらみなので、相手のおごりである。うっしっし。
しかし根が庶民というか、下流というか、つい安いものを頼んでしまうのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」
「牛丼 焼き鳥 アガリクス」中村靖彦・文春文庫。日本の食の問題についての警告。牛はダメだ。アガリクスは、まだ灰色。案外悪くないかもしれない。


2007.01.22
取材2、打ち合わせ1、原稿。
ガソリンを1リットル売ってスタンドが儲かるのは、7円からせいぜい10円らしい。つーことはオレの車に50リットル入れて、窓ふいて、ゴミを片付けて、頭を下げて、儲けは500円か。
確かなネタ元によれば、平均的な規模のガソリンスタンドの粗利は、月に100万円だそうである。純利益ではなくて、粗利で、だ。
ここからバイトの人件費を払って、電気や水道などの光熱費を払って、消耗品を補充したりしていると、ほとんど利益は出ないらしい。そりゃそうだろうなあ、粗利100万円じゃあなあ。
だからやつらは必死になってオイルを売りつけたり、洗車させようとしたり、ウォッシャーが汚れてるワイパーが曲がってるライトが暗くなっていると難癖つけては、売上を伸ばそうとしているのだ。実際、ガソリン以外の売上があって、ようやく店の収入となるらしい。
まったく、楽な商売というものはないものだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」
「アラスカ 風のような物語」星野道夫・小学館文庫。


2007.01.21
原稿。
本格的に制作を始めて約半年。ようやく完成しました、新しいアルバムが。
タイトルは「親も同然、子も同然」。なんつータイトルじゃ。全部で24曲78分の大作であります。
演奏はすべてオレの打ち込み。ナマ楽器は一つも使っていません。もちろんアレンジもすべてオレだ。
ボーカルは、オレの周囲の名人たち。とくに親分、いさわしという当代一流のボーカリストの歌には、正直、ふるえがきますぜ、旦那。
バンド名は「オルケスタ・デ・ラ・タンゴ風組リターンズ」。
オルケスタ・デ・ラ・タンゴっていうのはインチキなポルトガル語(?)で、タンゴのオーケストラという意味。風組っていうのは、当初の構想では風組・林組・火組・山組という4つのバンドを個別に活動させ(これを宝塚方式という)、最後に「風林火山」というベストアルバムを発表するという構想からきている。
ところが実際には風組だけの活動で手一杯になってしまったという、なんともハンパなワンマンバンドなのだ。
そしてリターンズだが、久しぶり、6年ぶりというアルバム制作となったので、世間様の期待に応えてリターンズと名付けたのだった。
まあ、そんなことはどうでもよろしいです。
聴きたいかたには、何枚でも無料で差し上げちゃう。早速、タケダ製作所さまからはご注文いただきました。ありがとうございました。
その他、お仕事関係、友人関係、幼稚園関係、親戚関係、どんな関係でも一切問わず、もご希望の方に差し上げます。そうだ、明日にでも隣のオガワさんにもあげなくちゃ。
掲示板に書くか、メールか、直接言うか、なんでもいいです。お待ちしておりますです。

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2007.01.20
新作アルバムの完成に向けて、本日は最終のレコーディングとジャケット関係の仕上げである。ふふふ。
今月中にリリース予定なので、欲しい人は欲しいというように。欲しくない人はいわなくてよろしい。
しっかし寒いですなあ。

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2007.01.19
取材7。
取材が、な、な、ななにん? そりゃあ疲れるわけだわなあ。
もっともこれまで一日で最多のインタビューは14人というのがある。某予備校の生徒への取材だった。
次から次へとやって来る生徒たちをさばいていった、そんな感じだった。
ところが予備校のガキなわけだから、大人の「仕事」というものをまったく理解してなくて、次々とドタキャンされたのには参った。「めんどくせえ」「友達にマックに誘われたから」「忘れた」とか、そんな理由でキャンセルするのである。
まったくアポイントというものを理解していないわけで、まいったまいった。

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2007.01.18
原稿。
終日こもって、たまっていた原稿と格闘。ふう、肩が凝ったわい。
先月、ということは去年ということだが、木場に行ったので久しぶりに、タカラ家というラーメン屋に寄ることにした。ごく普通の店構えなのだが、ここのタンメンと餃子は絶品なのである。
久しぶりにあれが味わえるかと思って、えらく楽しみにしてたのだ。ところが開店前にふらっと店の中をのぞいたら、なんとでっかい黒犬がイスの上にふんぞり返ってやがる。
なんということだ、この店は犬を店内に入れるようになったのか。
けものを置いておく食い物屋は、たとえどんなに美味であろうと絶対に入らないことに決めている。ましてや犬など論外だ。
あれほど気に入っていた店だが、今はとっとと潰れてくれいと思うのだった。

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2007.01.17
取材2、原稿。
新聞の死亡記事欄に小さくマイケル・ブレッカーの名前。ニューヨークのサックス奏者だ。白血病。まだ60歳前の、早すぎる死である。
11回もグラミー賞を受賞するなど、ジャズの世界では超有名な人であるが、オレが知ったのはポール・サイモンのバックを務めているからだった。
「時の流れに」というたいへん有名なバラードでは素晴らしい間奏を吹いていて、それがあまりに好評でみんながリクエストするものだから、ついには一切のアドリブを交えずにレコード通りの演奏を再現するようなったという。
ライブのビデオでその演奏を見ると、演奏だけでなく、人間性も素晴らしいということが笑顔からも伝わってくるのだった。
やはりニューヨークのキーボード奏者、リチャード・ティーが40代で亡くなっており、ポール・サイモンのバック奏者は短命なのかなあ。そんなわけはないだろうけれど、ともかく惜しいミュージシャンを失ったものだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」納豆がそんなにダイエットに効果ありだなんて、本当かよ。
「家族八景」筒井康隆・新潮文庫。学生時代にリアルタイムで読んだものを、再読。筒井康隆とはどたばたSFの印象が強かったが、けっこう美しい日本語を書いていたんだと再認識。このシリーズは案外面白い。


2007.01.16
取材1、打ち合わせ1。
カシオが販売した電卓が、1月9日で累計10億台に達したそうである。エレクトロニクスがどえらく進化した現代にあっても、ローテクの電卓に対するニーズは依然として根強うということか。
電卓で思い出すのが、遠い昔、小学生の頃の風景である。
当時、町役場に勤務していた父が大きな手荷物を持って帰宅。うやうやしく風呂敷をほどいて見せてくれたのが、大きな電子計算機だった。
確か、今のスーパーのレジぐらいのサイズではなかったか。とにかく初めて見るその機械はなかなかに感動的で、しかも自動で計算ができるというので、とても驚いたものだった。
父は残業をするためにそいつを借りて帰ったのか、あるいは子供らに見せてやろうと思ったのか。
今度聞いてみようと、ふと思ったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「送り火」重松清・文春文庫。私鉄沿線をテーマにした短編集。いくつかは吉村達也ばりの出来の悪いホラーも含まれているので、それは蹴飛ばしてよし。親のためにお墓を買う話(「もういくつ寝ると」)や、公園デビューで放浪する母親の話(「漂流記」)などがよかった。


2007.01.15
取材1、原稿。
突然思い出したのであるが、12月31日、まさしく大晦日のその日、家の前の目白通りの歩道橋を渡っていたオレの真下を、霊柩車がくぐり抜けていったのだった。
年末のこんな日にと思って見下ろしたら、一瞬のことではあったけれど、運転席隣の助手席に遺影を抱えた若い姿が見えた。
もちろん細かなことはわからなかったものの、その遺影はさほど年取った人物のものではないことだけは、わかった。すると抱えていたのは、その息子なのか。
大晦日に身内の遺影を抱き、人気がなくてガラガラになった都内の道を霊柩車で走るとは、いったいどういう思いなんだろう。正月どころではないのはもちろんのこと、これから正月が近くなるたび今日のことを思い出すのだろうなあ。
そんなふうなことを思いながら、歩道橋を降りたものだった。
なぜこんなことをふとおもいだしたかというと、今日読んでいた重松清の小説に、霊柩車で遊園地の脇を通ったらみんなに嫌な顔でにらまれて悔し涙を流した、とあったからだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」「サウンド&レコーディング」


2007.01.14
その新潟からの遠征組を帯同して、本日は一路銀座のホテルへ、タンゴ家一族の新年会に参加するために向かったのであった。
1年に一度、一族が顔を合わせる儀式である。つーても、バイキング食ってしゃべるだけだが。
オレのヨメも臆することなく毎年きちんと参加して、おばさんたちは「偉いわよねえ」と感心しきりなのだった。我々でもこうなのだから、そりゃあマサコが新年早々の親戚の集まりをほったらかしては、家柄的にも冷たい視線を浴びるのは仕方なかろう。
席上、大宮のナオコちゃんと、ぼちぼち一族の温泉旅行を復活させようかという話になる。近場で、例えば箱根あたりの落ち着いたところでいいから、のんびりと行ってみるべか。
牛久のおじさんも所沢のおじさんも、ぼちぼちそのつもりでいるように。ナオコちゃんがいろいろと話を進めてくれるはずです。
あ、もちろんオレも適当に、あ、いやいや、しっかりフォローしますです。
新年会の後、「おもちゃやへいきたい」と暴れる息子と「秋葉原でゲームが買いたい」と主張するヒロトを伴い、秋葉原のオレの大嫌いなヨドバシカメラへ。
ついでにオレはポイントカードというものも大嫌いなので、本日も二度のレジで二度とも「ポイントカードはお持ちですか。お作りしましょうか」と聞かれたので、二度ともきっぱりと、いーです、いーです、いりません、と断ってやった。
帰りには駅前に行き、チラシを配っているメイドを、ヨメに見せてやる。ヨメ、本当にいるんだと感心。
娘を抱えたオレは、娘をダシにしてメイドに近づき、チラシをもらったのだった。娘はメイドのお姉さんたちが気に入ったようで、将来の道がすっかり刷り込まれたと思う。
しかしあれですなあ、メイドに案内されてメイド喫茶に連れて行かれる途中のオタクの薄ら顔といったら、この世のものとは思えませんなあ。
などと書いていると、親戚一同にすべてチェックされてしまうことが本日判明。牛久のおじさんなど、毎朝見ているという。そんなにヒマなのか、あ、いや、ありがたいこってす。
メイド見物も終わり、弟はヒロトを伴って新潟に向けて帰って行った。東京は乾燥したいい天気。けれど新幹線で三国山脈を越えれば、そこはどんよりとした雲の立ちこめる北国の空である。
春が待ち遠しい気持ちを、オレはもうだいぶ忘れてしまったのかもしれない。

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2007.01.13
暖冬の新潟から、弟と甥っ子がやってきた。明日の一族新年会に出席するためである。
甥っ子のヒロトは大食漢にして寿司が大好き。回転寿司へ連れて行って、好きなものをいくらでも食ってもいいよと言ったら、気持ちいいほどのくいっぷりであった。
夜には、スマイリー城へ連れて行って焼き鳥を焼かせる。「自分で焼いて食う焼き鳥がこんなに旨いなんて」と大喜びで、さらに素晴らしいくいっぷりだった。
家にいるのと違って遅くまで起きていても怒られないものだから、なんと1時過ぎまで起きてマンガを読んでいた。元気だなあ。

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2007.01.12
カナウチおじさんがオレを見つけて足を止め、話しかけてくる。
「オレもさ、夢の中でおんなじ場所に何度も行くんだよ」。
ほうほう、ここにも同じ人が。で、どこへ行くんですか。
「それが材木屋なんだよねえ、材木屋」
うひゃひゃ、そりゃまた色気のないところへ行くもんですなあ。知ってる場所ですか。
「いやあ、子供の頃、確かに近所に材木屋があったけど、そことはまった違う場所」
ふーむ、ならば前世はその材木屋のオヤジだったんじゃないですかねえ。
「なるほど、するとチミは新宿の飲み屋のマスターだったのかもねえ」
ふむふむ、確かに。お互いに前世の確認までできて、有意義な1年の始まりであった。

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「岳」(1)(2)(3)石塚 真一・小学館。前からまとめ読みたいと思っていたコミック。けっこう泣ける話があるんだようなあ。妻にも読ませ、オレは山岳救助隊になる、と宣言したら"危険だから、お願い、やめて"と羽交い締めにされたのだった。
「イニュイック」星野道夫・新潮文庫。アラスカを追い続けた写真家、星野道夫の一冊。アリューシャン列島の島で戦後50年を過ぎてから再会した日本兵と米兵の話が泣かせる。広大で透明な美しさのアラスカの物語を、池袋駅地下の立ち食いソバをすすりながら読むというのも、なかなかに酔狂な体験であった。


2007.01.11
取材2、原稿。
夢の中で何度も同じ場所に行くというのは、よくあることなのでしょうか。
以前多かったのは、バラックのような飲み屋が並ぶ広場だ。場所はなぜか新宿西口だということがはっきりわかる。
もちろん現在の新宿とは似てもにつかない荒れ地で、戦後の闇市のようなバラックが軒を連ねる中、おでんなどの飲み屋がずらりと並んでいるのだ。そこをオレは"ああ、またここに来たのか"と、夢であることを認識しながら思うのだった。
最近多いのは、八丁堀の近くである。
ここも現在の八丁堀とはまるで違っていて、辺り一面が海で、その中にぽつんと船宿のある中州があるという案配だ。ここでも"最近はここに来ることが多いなあ"と思いながら、夢であることを自覚しているのである。
こういうのって、心理学的にはどういうんだろう。どっちも特に強い思い入れであるわけでもないし、不思議といえば不思議だ。

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2007.01.10
取材1、原稿。
「SPA!」の神足のコラムは毎回秀逸である。しかし今週はちょっとびっくりさせられた。書かれてあることが本当なら、げげっ、マジかよ、である。
90年代以降、日本では考えられないような異常な事件が頻発している。神戸の学校の事件だったり、世田谷の一家の事件だったり、大阪の小学校の事件だったり、中国人妻の幼稚園児への事件だったり、最近でも栃木だったり、秋田だったり、直近では幡ヶ谷の歯医者だったりと、まあ、ちょっと思い出すだけでも異常すぎるほど異常だ。
神足のコラムによれば、これらのすべてではないが、かなりの事件の背後には共通するものがあるという。それが抗ウつU薬である。つまりうツ病の薬だ。
検索されると嫌なので仮名にしておくけれど、代表的なのはLという会社のBという薬。これを服用すると、ある程度の確率でとても凶暴な衝動がわき起こるのだそうである。
そして異常な犯罪を引き起こした犯人の多くがこの薬を服用していたという。マジかよ、ってなもんだ。
このBに限らず、同種の薬はネットでちょっと見てみると割と簡単に処方されているらしい。子供も含めて。
もし神足の言うことが本当であるなら、そしてネットでは既に"今さら何を"というぐらい知られた説であるらしいが、これは相当にヤバイのではないだろうか。うーむ。

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2007.01.09
原稿。
世の人々はやはり年頭の誓いというものを立てるのだろうか。
オレも立てねば。
えーと、頑張って働いてローンを返す。って、これは誓いではなかろう。勤労は国民の義務である。
ならば、こういうのはどうか。
体重を減らして酒を減らして貯金を増やす。うーん、具体的数値が入っていないから誓いではないな。
あとは面倒だからまた今度。

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2007.01.08
この日記も長いものでもう8年ぐらいになるのではないか。
実はオレはこの日記以外に、手書きでもちゃあなと日記をつけている。そっちはどっちかというと日誌で、日々の諸々の雑事の記録、例えば子供が隣のオガワさんからお年玉をもらったとか、風邪を引いて医者にいったとか、幼稚園のなんとかくんが遊びに来たとか、そういう事実が連ねてあるのだ。
ここには毎日の体重の記録と血圧の記録もあって、もちろん医者にいった記録もあって、ちゃあんと健康状態がわかるのだ。
それどころか去年はいつ妻の実家に遊びに行ったかとか、予防注射はいつ打ったかとか、いろんなことがわかって、とっても便利なのである。
日記を長年つけている人は珍しくないが、2種類の日記をつけているのは、そうそういないだろう。時々、人にびっくりされる。
たぶん感心されているんじゃなくて、呆れられているんだろうけど。

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2007.01.07
強風だけれどいいお天気なので、子供を連れて西武園へ行った。例によってガラガラである。
ここでまずは、雪遊びだ。人工の雪山が作られていて、子供らが転げ回れるようになっているのである。
一角にはそりも用意してあるので、そり遊びも可能だ。1時間500円というバカ高ではあるが、雪の維持費などを考えたら仕方ないか。
ここで子供らはそりに乗ってひっくり返ってはきゃはははと笑い、雪の上で大の字になってはきゃはははと笑ったのだった。まったくいつの時代も雪の上では子供は元気である。
続いて、併設のスケートリンクに移動。息子が「すけーとやりたいすけーとやりたい」とうるさいので、滑るのだ。
夏はプール、冬はスケートで経営を何とか維持しているという西武園。リンクはさすがに芋洗い状態である。
その中を、息子5歳にしてスケート初挑戦。ついでに娘も3歳にして初挑戦。
それどころかオレは48歳11ヵ月にして生涯二度目のスケートで、一番のベテランである妻は30ン歳にして六度目のスケートである。
そんな状態の丹後家4人が芋洗いのスケートリンクに立ったのだから、滑るというより歩く、歩くというよりじっとしている、というのが正確な描写なのだった。
もっとも子供はさすがに飲み込みが早く、すっ転びながらも次第になんとか滑れるようになったのである。一方のオレは、慣れない体勢で早くも足がつり、夜には筋肉痛なのだった。

最近、息子が夢中なのが日曜夜のNHK「ダーウィンが来た」という番組である。BR> 野生動物を中心にNHK自慢のハイテク映像を駆使して、その生態に迫るという番組で、確かにへえーっと驚くような映像ばかり。息子に引きずられて、オレもついつい見てしまうのだった。
今日のは驚いたね。バシリスクっていうトカゲを取り上げていたのだが、こいつがなんと水の上を「走る」のである。
ミズスマシのようにすーいすーいと浮かぶのではなく、かえるのようにぴょんぴょんと跳ぶのではなく、まさに「走る」のだ。足で。
その様子は驚天動地、神はなぜこのような生き物を創ったのかと刮目である。
NHK自慢の超高性能カメラでそのメカニズムを解析。すると、おお、なんということだ、子供の頃には誰もが一度は考えた突拍子もない発想の「片方の足が沈む前に、もう片方の足を前に出す」という技を、このバシリスクというヤツは実行していたのである。(ちなみにこの様子は番組のホームページで見ることができる)
これにはぶったまげて、オレは思わず焼酎のグラスを立て続けにあおってしまったよ。これじゃあ、男の子が夢中になるわけだよなあ。

夜中、目がさめて眠れなくなって、テレビをつける。NHKだ。
星野道夫というカメラマンが生前アラスカを歩いた道のりをたどってみるという番組で、そのアラスカのうつくしい自然の光景にびっくり。目がさえてしまった。
このカメラマンのことは知らなかったけれど、とたんにこの人物とアラスカという土地に興味を覚える。早速アマゾンで著書の文庫本を何冊かと、アラスカをテーマにしたヒーリングのCDを注文した。
ギター音楽が似合うのは、やっぱり冬の光景なのである。

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2007.01.06
原稿。

近所の西友に行って、昼ご飯を食べる。エスカレーターで登っていったら、途中のフロアで九州物産展をやっており、ちょっと立ち寄ってみた。

試食販売をしていたので、息子と一緒にちょっとつまんでみる。とたんに「なんだ、買わないのかよ」という、今時信じられないような言葉を店員から投げつけられた。

ちょっとびっくりしたオレは、食事の帰りにサービスカウンターに立ち寄って、ひどい接客だから注意したほうがいいよと注進に及んだのだった。
西友はその裏側を知らないわけじゃないし、現場で働く人々が本気で「いいお店にしよう」と頑張っているのを知っているから、応援したい。我が家が日常的に利用しているということもあるし、逆風の中でも必死で仕事に取り組んでいる姿勢に好感が持てるのだ。
だからこそその努力に水を差してサービスブランドを下げてしまいかねない外部の物産業者の物腰にまずいと感じた次第。
本日の日経新聞でイオンの社長が「もっともっとでかくなる」と宣言し、小売業界の格差はますます広がっていきそうな気配である。西友の行く末も視界不良だ。けれど頑張って欲しいんだよなあ。
ライブドアがなくなってもだーれも困らなかったけど、西友がなくなったらきっととてもたくさんの人が困ると思う。

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2007.01.05
原稿。
えーじくんが言う。
「テレビの前でうとうとしていると、娘に"そんなところで寝てないで布団に寝ればいいのに"って怒られるんすよ。これって、オレが昔、オヤジに怒ってたのと同じなんですよね〜」
そういや、いつだったかイズハラも言ってたな。「オレがオヤジに怒っていたのと同じことで、今、息子がオレのことを怒ってる」と。
かくいうオレ自身、ふっとした仕草や言いぐさが、"今のは父親と同じじゃなかったか"と思い至ることが増えてきた。
男はいずれ父親に似てくるもので、それは避けられないことなのかも。

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2007.01.04
クルマで10分ほどの樹林公園へ行く。このあたりは大きくてきれいな公園が山のようにあって、なかなかよろしい。
樹林公園は隣接の和光市のものだが、ほとんど地元のようなものだ。本日はここで凧揚げである。
元旦に息を切らして走って凧揚げして子供たちにとって、凧とは走ってあげるものだと思い込んでいるようである。そうではいけないと思い、風を受けてあげるという古来ゆかしき作法を教えてあげようという魂胆だ。
樹林公園ではいい案配の風が吹いていた。しかも近隣の大人や子供が集まって、やたらと凧揚げをしていた。
その中に混じって息子は見よう見まねでするすると上手に凧を揚げる。手元の糸をたぐりながら風を操るそのスリリングさにたちまち夢中になって、息子、興奮の大声を上げながら風と戯れるのであった。
一方の娘はというと、風で糸がグイグイ引っ張られるのが怖いらしく、ちょっとしたらあきらめてしまった。
乾燥した1月の青空の下、ミッキーやらドラえもんやらボウケンジャーやら、色とりどりのキャラの凧がふわふわと漂う様は、見ていてなかなかに心あたたまる光景なのだった。
平穏で平和だよなあ。

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2007.01.03
実は現在新しいアルバムを制作中である。偉そうだけど、本当である。
全部で24曲。既にアレンジは完成し、あとはボーカルを入れてトラックダウンするのみだ。
本日はそのボーカル録音が、練馬・たんごちゃんスタジオに歌手の皆さんをお迎えして行われたのであった。
なかなかに快調なできで、タコプロデューサー(オレだけど)も大満足なのである。リリースも間近だ。しばし待たれよ。って、誰が待ってるのか、わかんないけど。

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2007.01.02
お正月になったらたこあげをやらせてあげると約束していたものだから、風がなかろうと何だろうと、とにかくたこあげをしなくてはならなくなったのだ。
そよ風すらも吹かない快晴の空の下、オレはたこを掲げて走って、こうやってあげるのだと子供らに見せてやった。子供たちは「あー、なるほどー」と大げさに感心し、早速オレの真似をしてたこを掲げて全力疾走なのだった。
それがよほど面白かったのか、きゃあきゃあと歓声を上げながら飽くことなく何十分も走り続けた。通りすがりのおばさんたちは大喜びで「じょうずじょうず」と拍手喝采だ。
今時、たこを持って走ってる子供なんて見かけないからねえ。そりゃ、受けるよねえ。
子供は大喜びで「たこあげっておもしろい」とはしゃいでいたのだが、たこあげとはこういうものだと刷り込まれてしまっただろうなあ。


2007.01.01
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
いやあ、ひっくりかえりましたなあ。何がって紅白の裸ですなあ。
「わたし、ついに決まったの、そう、紅白のバックダンサーなの…うん、ありがとう…でも、見ないで欲しいの…ごめんね、だっておばあちゃんがきっとひっくりかえっちゃうし…ごめんねごめんね」などといい電話をふるさとにかけた娘もきっと一人ではないはずですな。
我が家はといえば、おせちづくりに励む妻と息子に傍らで、ビールに焼酎でいい気分になった父ちゃんが大口開けてぎゃはははと笑い転げておりました。
ともかく今年も頑張りましょう。いい一年になりますように。

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