ネリマの畑の真ん中で 2009

2009.12.31
大晦日の買い物に出かけた昼過ぎ、コドモから電話があって、アンドロイドの裏蓋が入ったから取りに来いということだった。
なくしたのが25日の夜。光が丘のコドモで大暴れしたのが26日。
以来、娘には「お父さんのゴムでんわ〜」と笑われ、飲み会では「ネタかよ〜」と指さされ、駅でメールするとき肩をすぼめて手で覆い隠し、日陰の身で過ごしてきたオレであった。
コドモは1週間から2週間と言ってたが、人に会うたびにコドモのおかげでこういう無様な姿をさらしていますと説明するぞという脅しがきいたか、1週間もしないうちの入荷であった。
やれやれ、一安心。これで半ケツ状態で正月を迎えずに済む。
新しい裏蓋は、黒。おかげで表は白、ひっくり返したら黒という、まさにオレの腹黒さを表すのにぴったりの携帯となったのだった。
というわけで、今年もおしまい。今年の日記の文字数、34万3千字。
去年が24万字だったから今年は頑張った。誰か何かくれ。何も出ないか。来年は44万字が目標だな。
皆さん、たいへんお世話になりました。暴言の数々、どうぞご寛恕を。
新年もよろしくお願いします。
ただひたすら家内安全商売繁盛。来年も通して旨い酒が飲めたら、幸せです。

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2009.12.30
今年も残すところあとなんぼという時期になり、恒例の十大ニュースである。
えーと、世間的には政権交代が一番のニュースとのことであるが、我が家の場合はなんだろう。
息子が2年生になって娘が年長組になったことか。これはニュースでもなんでもなくて、順番的に当たり前のことか。
そうだ、夏にたんさいぼうライブ開催っていうのはどうだ。いや、こんなものニュースにする価値もないか。同じ意味でA-1出場、二次予選であえなく敗退というのも没だな。
模擬テストで息子が全国701位だったとか、娘の組が運動会のリレーで優勝したとかも違うなあ。えらい不況であっと驚く売上低迷というのも、これはむしろなかったことにしたいぐらいだからパス。
つまり今年は我が家にとっては大きなニュースも大きな不幸もなく、平穏な一年だったということか。
うむ、それはそれでよろしいのではないか。
オレは星のきれいな12月の夜空を見上げて一人うなずくのであった。

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2009.12.28
2009.12.29
昨日に続き、本日もレコーディングである。ただし場所は変わって丹後湯。つまりオレんち。
昨日は仕事だったが、本日は遊び。プライベートアルバムの録音なのであった。
これまで19曲用意できて、本日はそのうちの6曲を歌入れ。だてポンといさわしの2人による収録であった。
ということは、おお、伝説のバンド・たんさいぼうの再結成ではないか。「夏頃に呑気にライブなんてやってる場合じゃなかったですねー」とは、いさわしの今年を総括してのコメントであった。
これにて現在の曲の収録はほぼ終了。あと2、3曲追加しようかどうしようかと考えているところである。
もっともボーカルに関しては大物が残っていて、少年シンダバットことブンノくんが未収録。たいへんに多忙で、なかなか予定が立たないのであった。
もちろんどうしてもブンノくんのあの絶品ボーカルは必要だから、2曲、収録できるまでこちらは根気よく待つのだ。頼むぞ、ブンノ。
夜は恒例・漂流の会である。
今年は場所を東横線・祐天寺に移して行われた。東横線は、西武池袋線とははっきり客層が違うなあ。びっくらこいた。
でも、祐天寺、びっくりするほど何もない。こんなに店の少ない街だったとは驚きである。
はっきり言ってつまらん街だ。
とりあえず1軒目、やきとんで有名な店に入る。
あれですな、焼きトンで有名ということは、出てくるものがほとんどゲテモノですな。オレは食わない。ふんわりあがった厚揚げを食うのであった。
この店、日本酒が決定的に駄目だったなあ。あとは狭くて、うるさくて、とても長くいられないのであった。
2軒目を探して徘徊。まったく店が見あたらない。よくぞこんんな街に人が住んでいられるものだ。大きなお世話か。
ばったり見つけたのが、牡蠣の店。店の人間はオイスターバーとこじゃれているつもりらしいが、何のことはない、牡蠣しかない居酒屋である。
入ってびっくり、お通しが一斗缶で蒸された牡蠣である。わさわさと出てくる。
次が焼き牡蠣。こちらはキロ単位での注文だ。、1個2個ではめんどくさい、まとめて食えというわけだな。
とりあえず1キロみ、山のような牡蠣を目の前の炭で焼いては食う。絶品であった。
これに白ワインを合わせてむさぼり食う。ああ、うまかった。
祐天寺、いい仕事しますなあ。
祐天寺駅でイズハラと合流。祐天寺には見切りをつけて、中目黒に移動することにする。徒歩だ。12月の寒空の下、てくてくと。
中目黒ではえーじくんと合流し、オレが知っていた店に入る。わはははは、ほとんど上野あたりの大衆居酒屋と変わらないノリだ。
中国人やらフィリピン人やらの多国籍軍が店員となって、レンジで温めたおでんやレンジで温めた酒やらを持ってくる。店中うるさくて、うおんうおんとうなっている。すげえ店だなあ。
と、えーじくんに聞いたら、千住大橋あたりではこれぐらいの店ともなると接待で正座して使うレベルなのだそうだ。うーむ、あの地あたりの大衆居酒屋とは果たしてどんなものなのだろう。恐ろしいけれど、見てみたい気もする。
たちどころにこの店にギブアップ。中目黒の改札でえりずーと合流し、本人の強い希望で静岡おでんの店をめざすも本日貸し切りとかでしょうがなく路地裏にあったこじゃれた小料理屋に入ることにした。
4軒目。落ち着いた大人の店でアホな会話を楽しみ、本日の締めとする。最後、えりず差し入れの焼酎をめぐってじゃんけん大会。いつもは早く帰るだてポンも、今日は珍しく10時半の最後まで一緒だった。
中目黒駅、渋谷駅、新宿駅でそれぞれに「よいお年を」といいながら別れ、オレはイズハラと池袋まで一緒に帰る。
来年もこうやって暮れにみんなと呑めるといいねえ。
池袋で握手してイズハラと別れ、急行でもガラガラの電車に乗って帰る。
今日録音したテイクのミックス、早くやりたいなあ。

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2009.12.28
レコーディング。
年末とは思えない陽気である。日だまりではぽかぽかと。
そんな気持ちいい空気の中、オレは湘南新宿ラインに揺られてはるばる平塚まで出張だ。
本日は還暦を迎えてなお元気、オレも10年後はかくありたいものだと思わせてくれるシンガーソングライター、ワンちゃんのレコーディングである。新しいCDにオレも一曲提供しているので、その録音に立ち会うのであった。
そのスタジオが平塚。フリイスタジオという、なかなかに気持ちのいいスタジオなのだった。
平塚駅前では、土曜日の競輪に向かうジャパー姿のオヤジどもが、肩をすぼめてたむろしている。そこからタクシーで5分。競輪場とは似てもにつかない雰囲気のこじゃれたスタジオなのだった。
SSLがどどーんと鎮座するコンソールで、オレは偉そうにディレクター様である。
実はもっと偉いのは、オレの背中に隠れているエンジニアのイイジマ氏である。
オレが提供した曲は「誕生日」という涙無しには聴けない名曲であって、しかもオレは前面にギターを弾いているのであるが、そのギター録りもイイジマ氏。本日、初めてその音を聴いたが、おお、なんと素晴らしいのだ、オレのギターは。
たちまちにしてミュージシャン様である。
その「誕生日」に、ワンちゃん、穏やかなボーカルを載せてくれた。しみじみと染み入るホーカルである。それをイイジマ氏が絶妙の職人技できっちりと仕上げてくれたのである。
エフェクトの使い方などを背後に忍び寄ってじっくり確認。ほほー、なるほどー、そうするのかと、今回もいろいろと勉強させてもらったのであった。
そのイイジマ氏と絶妙のやりとりを見せたのが、毎度おなじみのりょーたである。
りょーたとイイジマ氏、息がぴったりで、りょーたの過度の突っ込みや一人ぼけなどを、イイジマ氏は軽くいなしていく。もしかしたらこの二人がスタジオにこもって一曲をじっくり仕上げていったら、けっこういいものができるのではないか。
と言うオレも、イイジマ氏には全幅の信頼を寄せているので、もしエンジニアを指名させてもらえるという機会があるなぜひイイジマ氏にお願いするのだ。
本日は、ここに八王子のかづとくんも参加。かづとくんのホーカル、前回あたりからだいぶよくなってきた。その持ち味を大切に、もっと自分を出していけばいいと思う。
課題は、なんでもかんでもイエスと飲み込んでしまうことだな。これからは、ノーと言えるかづとをめざしてほしいと思う。
途中、近所に住むギタリストのワダくんが、サーフボードの形をした地元名物のどら焼きを差し入れに、遊びに来た。収録の中の1曲でワダ君がギターを弾いているのだが、その音色がかてつの吉田拓郎のバックバンドにそっくりで、個人的に大受けなのであった。
30歳ぐらいからオレは、仕事とは別に、常に5歳以上年上・5歳以下年下の人間と付き合うように心がけてきた。音楽仕事は、仕事ではあるけれど意識的には仕事ではないと思っているので、こういう人間的な広がりは嬉しいなあ。
幸いにしてりょーた以下、若手の皆さんに慕われているのか、遊んでもらっているのか、とにかく楽しく過ごせているので感謝である。ただ、兄貴分を気取るつもりはまったくないし、むしろ同じ現役として絶対に負けないからなっ、という気持ちでいるのだった。
平塚駅前の居酒屋でワンちゃんにおごってもらって飲みながら、それにしても、と思う。それにしても、ワンちゃんとりょーたのように親子で同じ業界にいて、しかも対等の立場で一緒に仕事ができるとは、なんて幸せなことなのだろうとうらやましくなる。
ワンちゃんもまだまだりょーたには負けないという思いでいっぱいのようだ。
10時を過ぎて、東海道線、で品川、品川から山手線で池袋、池袋から西武線で石神井公園と、気が遠くなるような道のりで帰ってくる。
さすがに仕事納め、電車はゆるゆるなのであった。

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2009.12.27
欲しかったウォークマンXを買った。ジャマダ電機、略してマダ電、もっと略してダ電、つまり駄電。
今までケンウッドのiPodを使っていて、これはこれで非常に音質がよく、さらにバッテリーが気持ち悪いぐらいに保ちがよく、たいへんに納得して使っていたのだが、いかんせん容量が2G。さらに言えば、圧縮の中でも抜群に音質のいいATRACが使えないという難点があった。
しばらくどうしようかなあと思っていたのだが、光が丘のコドモショップで闘い疲れた結果、安らぎを買い物に求めようとつい駄電に立ち寄って買ったという次第。
もっとも期待をうらぎらないのがさすがに駄電で、欲しかったXシリーズの32Gは売り切れ。仕方なく16Gを買ったのだった。
駄電、安くないぞ、決して。例えば32Gは3万8000円もした。ネットだと3万2000円000円、ビックばカメラでも3万4000円。
オレの買った16Gは2万9000円だった。
ウォークマンX、さすがに素晴らしい音質である。iPodを使っている人、ごめんなさい。月とすっぽん。
もっともソフトがやたらに使いづらくて、ソフトを含めたインターフェースはさすがAppleが圧倒的に素晴らしい。ウォークマンのこのソフトは、もっと何とかならないものか。困ったものである。
もう一つ、困ったのがイヤホンであった。付属のイヤホンを、たぶん駄目だろうなあと思って使ってみたら、案の定、ひどかった。耳への負担も重すぎる。
だいたいこの手のデジタルプレーヤーに付属しているイヤホンは、決定的に駄目である。最初からあきらめて、イヤホンを別に買った方が絶対にいい。
プレーヤーで最上位機種を買うよりも、1ランクしたの機種を買って、浮いた予算でイヤホンを別に買う方がどれだけいい音を楽しめるか。3000円ぐらいのイヤホンで十分その違いはわかるはずだ。
オレが買ったのはオーディオテクニカの機種。9800円。ウォークマン付属のイヤホンはとっとと見捨てて、このオーディオテクニカのイヤホンで神崎ゆう子の童謡集を聞きながら12月の光が丘公園をわびしく散歩したら、実に心地よく癒されたのである。
いいなあ、神崎ゆう子。じゃなかった、いいなあ、新しいイヤホン。
とりあえずウォークマンにはポール・サイモンの全部のアルバムなどをどんどんぶち込んだ。基本はATRACへの圧縮。ついでにEぐざILEとかいう男版・モー娘と、木村カえラの曲もダウンロードして入れた。
音楽はパッケージで聴こうという主義のオレはダウンロードして聴くことに抵抗するのであるが、あえてダウンロードしたのはここまで来たらもはやダウンロード文化には抗えないであろうからちゃんと体感しておこうという狙いと、今まで興味の持てなかったJ-POPのイマドキのヒット曲にもきちんと耳を傾けておこうと思った次第。
それもあって、音質のいいATRACでダウンロードして聴けるよう、ウォークマンに買い換えたのである。
ちなみにウォークマンXは、通称・全部入りウォークマン。
動画や写真の再生はもちろんのこと、ネットにもつなげる。音楽を聴いていると画面にYOU TUBEに飛ぶボタンが現れ、クリックすればすぐに関連する映像が見られるのだ。うーむ、なんともシームレスな。
世の中はこうしてずんずんと進化していくのだ。
というわけで、仕事の道具ではあるものの、年の瀬に来てちょっとした買い物。
やれやれ、来年小学校に上がる娘に学習机を買ってやらなくてはならないし、年明けには車検もあるし、源泉税も納めなくてはならないしと、出費予定が続くのというのに、こんなものを買ってしまって、困ったものである。
そんな下を向きがちの反省心が沸いてきたのだが、ところがどっこい、心のもう一方には"子供手当があるではないか"というささやきが。
そうだった、来年からは子供手当がもらえるのだ。なーんだ、机やら諸々は、この子供手当で買えばいいんだ。
やれ、よかった。
おかげでオレの反省心はどこへやら。子供手当子供手当と歌いながら、ウォークマンを聴くのであった。
まるで子供手当でウォークマンを買ったみたいだが、決してそんなことはないぞと主張するオレである。

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2009.12.26
初めて携帯電話を手にしたのが18年前。
当時はなんと20万円もの保証金(当然無利子)を預けなければ、入手できなかった。しかも購入ではなくて、貸与である。なんとも高飛車な商売をしていたものだ、コドモは。
以来、他にキャリアに浮気することもなく、周囲がすっかりiPhoneに浮かれている中にあっても泣きながらアンドロイドを選んでドコモへの忠誠を誓ったオレであった。
すごくいいところと、すごくダメなところがあるぞ、アンドロイド。
そして、昨夜待ち受けていた大事件とは、六本木のパーティから帰ってみたら、なんとアンドロイドのリアカバー、要するにフタね、フタがなくなっていたということである。
ふんぎゃ。
電池やらカードやらがむき出しのまま。人間で言えば半ケツのまま歩いているようなものだな。
練馬駅でヨメにメールしたから、その時落としたか。そもそもそんな程度で簡単に落ちてしまうような電話なのか、アンドロイドは。メーカーは台湾。
しょうがねえなあとため息をつきつつ、寝る。
そして今朝だ。予想される騒ぎにうんざりしつつ、オレは光が丘のコドモショップに向かったのである。いくらなんでも買って1ヵ月もたたないのに、半ケツのままにしておくわけにはいかねえべよ。
待つこと10分、コドモショップの故障対応のカウンターに半ケツのアンドロイドを差し出し、なくなっちゃったのでフタをくださいと低姿勢に頼んだのである。そうである、外面のいいオレは常に低姿勢。モットーは高い技術に低い腰。時にホトケのタンゴと呼ばれるほど、いい人なのであった。
カウンターの向こうに座ったコドモの兄ちゃんから返ってきたのは「では、お取り寄せになりますので」という予想通りの言葉だった。
あまりに予想通りでうんざりしつつ、いつになったら届きますかとたずねたところ、これまた予想通りに「1週間ほどですが、お正月もあさみますし…」という返事が来たのである。
あのねえ、と戦闘モードに入る。
アンドロイドをひっくり返して、むき出しのバッテリーとSIMカードを示しながら、あのねえ、その1週間、この状態で携帯を使えというわけ? 確かに正月をはさむわけだが、正月だからオレは写真も撮るわけで、こうやって他人様にバッテリーやSIMカードをむき出しのまま写真を撮るわけ? それってどう考えてもおかしいと思わないわけ?
オレの突然のわけわけ攻撃に、兄ちゃん、「ちょちょっとお待ちを、上に聞いてきますので」と席を立った。しばらくして戻ってきた兄ちゃん、なんと太い輪ゴムを手にしている。輪ゴムだよ、輪ゴム。
「えー、確かにそのままではバッテリーも落ちやすいですし、しばらくはこうやってこの輪ゴムを巻いてバッテリーを押さえていただければと…」と兄ちゃん。
輪ゴムを差し出されて半分キレつつ、半分噴き出しつつ、あのさあ、輪ゴムってさあ、この輪ゴムを巻き付けた携帯を取り出して電話するわけ? 輪ゴムを巻き付けたまま人に向けて写真を撮るわけ? 人は当然「どうしたの、その携帯」って指さして笑うからオレは当然コドモのせいでこんなことになっちゃったよってコドモとアンドロイドの悪口言うけど、それでもいいわけ?
再びわけわけ攻撃のオレである。兄ちゃんはうーんうーんとうなるのであった。
こう書くとほとんどモンスターコンシューマであるが、しかし、どう考えても輪ゴムでも巻いとけというコドモのほうがおかしいのである。
オレはクレームをつけにきたんじゃないが、こういう対応はクレームの原因になるぞ、と指摘しつつ、輪ゴムを巻いた携帯をおかしいと思わないのかと迫る。とにかくなんとかしろ。
周囲がiPhoneばかりの中、あえてアンドロイドを選び、しかも1ヵ月もたっていないのにフタが取れてなくなり、あげくに輪ゴムでも巻いとけと言われたオレの気持ちがわかるだろ。
兄ちゃん、わかりますわかります、と言う。聞けば自分もアンドロイドユーザーらしい。ありゃま、可哀想に。自社物件だからさすがにiPhoneを使うわけにはいかないんだろうなあ。
あそこに置いてあるデモ機のフタを外してよこせと言ったら「あのフタは外れないようになっております」と言う。じゃあ、他の店に行くからどこなら在庫があるか調べてくれと言う。「かしこまりました」と兄ちゃん、目の前で10軒ほど近隣のドコモショップに電話をかけてくれたが、どこにもなかった。
そのやりとりをずっと耳にしていたら、要するにこういう最新機種であってもフタなどというものは店にはなくて、カタログにはしっかり載っているもののすべて取り寄せが当たり前で、コドモはこういう小物は置くつもりはないというのがはっきりしてきた。
兄ちゃん「どうしたらいいでしょう」と弱り果てる。んだなあ、弱ったなあ。
ちょっと意地悪な気持ちで、だったらこんなスマートフォンは使えないからiPhoneに乗り換える。解約だ、いくらかかるんだ、と聞く。解約するつもりもないのに聞く。
違約金2万8000円。ふんぎゃ。かかかか、解約、やめます。
兄ちゃん再び「どうしたらいいでしょう」と弱り果てる。んだなあ、弱ったなあ。
うーむ、これは禁じ手だから、兄ちゃん、断れよと思いつつ、ひねくれもののオレは「だったら故障対応ということにして端末を丸ごと取り替えてくれ」と持ちかける。
さすがにこれをやってはいかんと判断したのだろう、兄ちゃん「そそ、それだけは」と平身低頭。それは窓口としては正しい対応なのだった。
ここまで来て万策尽き果てて、やれやれ、しょうがない、いいよ、取り寄せで、ということにする。そりゃあ、フタを落としたのはオレであって責任はオレにあるのだ。問題は最新機種の正規に売っている部品を店頭に置いていなくて、メーカーから取り寄せるのに1週間もかかって平気だというコドモの体質と、それまで輪ゴムでも巻いとけという店頭での対応にあるのだ。
面白いことにメーカーに問い合わせたら、担当兄ちゃん「輪ゴムを巻いてバッテリーを落としてしまったらコドモの責任になるからそんなこと客に言っちゃだめだ」と怒られてしまったらしい。頭をかきつつ「それもお客様責任でお願いします」と言うのであった。
取り寄せてもらうのはいいけれど、なる早でね。
それから、本体はホワイトだけど、今度のフタはブラックにしてね。
「くくく、黒ですか。白黒携帯ですか」と兄ちゃん、目を白黒させる。
そう、表が白で裏が黒。オレの腹黒い人格そのまま、りょーたの言うヒール・タンゴにふさわしい携帯にするのだ。
正月明け、黒いカバーを手に入れるのが楽しみだなあ。
こうして1時間、光が丘コドモでの闘いは、オレの完敗に終わったのであった。
家に帰ったオレは、面白いから食器棚から引っ張り出した輪ゴムでアンドロイドをぐるぐる巻きにしたのであった。半ケツのまま輪ゴム巻。その情けない姿のアンドロイドを指さして、子供らはきゃはははと笑うのであった。

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2009.12.25
原稿。
おそらく年内最後であろう原稿仕事を片付けて、オレが向かった先は六本木のミッドタウン。音楽関係のパーティーなのだった。
ミッドタウンは、まっこと気違いじみたクリスマスイルミネーションで、光に群がるウンカのごとく兄ちゃん姉ちゃんが集まってきていた。何も考えずに光に吸い寄せられ、口を開けたままぼけっと見やるその姿は、日本の未来は暗黒であることを教えてくれる。
パーティには、若手のシンガーソングライターが集結。大阪からはげんきくん、三重からはこーいちくんと、地方組も夜行バスで物好きに吸い寄せられてきたのであった。
そして、りょーた以下、オレのこの日記を見ているらしく、りょーたは「うるさいって書かれた」と言うし、げんきくんには「指摘されたから新しい機材買いました」と上目遣いで言われる。うーむ、まずい。あまり本当のことを、あ、いやいや、誤解されるようなことを書いてはいけないなあ。
あ、そういやげんきくん、Cubase、オレの使っているのはスタジオで5万円。最初はこの下のエッセンシャルで試してみるのがよかろうと。これなら25000円。
絵本作家のフジモトさんに会う。A-1で審査員としてオレを審査して以来だ。
その節はどうも、よく落としてくれましたねえ、と挨拶したらフジモトさん「オレ、D-1に出て4位。上は小学生ばっかだったよ、かかかかか」と笑っていた。
パーティーの途中、アコーディオンというユニットが演奏。アコギに女性ボーカルのユニット。
チェリッシュではない、ハミングキッチンのようなユニットだ。ボーカルはたいへんによかったです。ギターはコードワークに冴えが見られるものの、単音引きが弱点と見たがどうだろう。
終わって少し話す。
えらいことに早速その場で3曲入りのデモCDをプレゼントしてくれた。こういうセルフプロモーションは非常に重要である。100枚配って1人でも今後につながっていけば、十分素晴らしいではないか。
若手シンガーライター諸君も真似するように。こういうパーティを利用して積極的に営業活動しなくてはいかんよ。
と、また偉そうに上からものを言うオレであった。
ビンゴタイムでは大ハズレ。ところがその後のじゃんけん大会では大勝利。というか、オレは何も考えずにただずーっとグーを出し続けていただけなのに、進行役のトダカおじんさんが勝手に負けてくれて、オレが勝手に勝ち進んだというわけである。本当にグーしかださなかったのだ。
優勝して2万円相当のカメ焼酎をもらう。ごっちゃんです。
こうして六本木の夜は更けていき、12時が過ぎてあわててオレはシンデレラのように走って電車に駆け込み、家に帰ったのであった。そして、家に帰ったオレを大事件が待ち構えていて、それが翌日の大騒動につながったわけであるが、詳細についてはまた今度。

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2009.12.24
原稿。
クリスマスイブも、バブル時代の狂乱を知っている人間にとってはずいぶんと地味になったものに映る。ほどほどのにぎやかさはあってもいいのだがなあ。
夕方、息子と一緒にケーキを取りに行く。
練馬のパン屋でいつももらうサービスシールを貯め込んだ息子が、とうとう初志貫徹、ケーキをもらえるだけシールを集めたのである。
そのシールを先日わたしてケーキを申し込んだのであった。
店の近くに車を停めて、自分のケーキだから一人で取ってきな、と信号を渡らせる。レジで引換券を渡してちゃんともらってきたのであった。
もうたいていのことは一人でできるわけだから、どんどんやらせねば。

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「加藤和彦ラスト・メッセージ」松木直也・文藝春秋。加藤和彦に対してずっと行われてきたインタビューをまとめたもの。例の事件で途中で断絶しているため、2000年以降、和幸とかカエラとかニューフォークルとか、一番聞きたい話がすっぽり抜け落ちているのがすごく残念。最後に遺書の実物が掲載されていて、その突き抜けたような文面がなんとも切ない。それにしても最近までもずっと毎年300曲ほどつくりつづけてきたとあって、げげっ、マジかよと仰天する。人間はそんなに曲がつくれるものなのか。オレもこれから毎年300曲つくりつづけるか。いやあ、加藤和彦の場合、明らかにつくりすぎたのだろうなあ。だから結局、自分の音楽などなくてもいいという境地に達してしまったのかもしれないなあ。


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2009.12.23
シンガーソングライター、シャケちゃんの、本日はめでたい結婚式である。
夏にCDのアレンジを手伝った縁で、オレもお呼ばれだ。
渋谷、道玄坂。クリスマス前の、穏やかな陽気の休日である。
同じテーブルには、タカスギさんやつばさやかづとやりょーたや、要するに音楽関係の小うるさい連中が集められた。りょーた、うるさい。
式は滞りなく進み、最後、新婦のお父さんが娘をシャケちゃんにくれてやる切なさからか、挨拶しながら号泣である。
周囲の連中はそれを見て「タンゴさんも娘がヨメにいくとき泣くんだろう」と言ったが、なんのなんの、うちの娘は「およめになんかいかないもーん、ずっとお父さんとくらすんだもーん」と力強く断言している野から、ちっとも平気なのだった。
高杉さんちで飲み直そうとたくらんでいるりょーたやかづとを置いて、こっそり逃げ帰る。途中、久しぶりに道玄坂のヤマハ。新しいインターフェースが欲しいなあ、げげっ、13万かよ〜、それよりもウォークマンXが欲しいなあ、3万6000円かよ〜、こないだ新しいマイクを買ったばかりだし、年が明けたら車検だし、あーあ、欲しいものもなかなか買えないなあと嘆きつつ、2階の書籍コーナーで加藤和彦の評伝と阿久悠の物語を買う。
朝4時に起きていたので、眠い。ひたすら眠い。
晩ご飯食べながら焼酎を飲み、子供と風呂に入って、パソコンも落とさずにとっとと寝てしまったのだった。

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2009.12.22
先日、子供たちが受けたのに続き、本日は大人がイン型インフルエンザの予防接種である。
既に冬休みに突入している娘を連れて行きつけのクリニックへ。予防接種は申込み順の早い者勝ち。勝ちってことはないか。このクリニックでも予約受け付け開始からあっという間に一杯になってしまっていた。
左手を差し出してぶすりと注射。あー、いてー。
午後、今度は予約していた歯医者へ。半年に一度、検診で通っているのである。
歯垢を除去するため、ここでは麻酔の注射をぶすり。しかも口の中に5ヵ所ほど。
いやあ、口内注射って痛いし、恐いし、辛いなあ。
麻酔が効いてからがりがりと歯垢を取ってもらい、いてーいてーと言いながら帰る。
どうも本日は冬至らしい。カボチャか。
子供らは近所の友だちの家に集まってクリスマスパーティー。晩飯ために一人で魚せいに行ったら、珍しくもあふれるような客で、そうか今日は忘年会のピークか。
民主党のぼけぶりにずっこけつつ、こうして今年も日本は暮れてゆくのである。
来年から子供手当をもらうわけだが、とにかくがっぽりともらってやる。
天然資源にまったく恵まれず、しかも国土のほとんどが山で、周囲は海。こんな条件なら孤立した最貧国になってもおかしくないというのに、この国は欧米の列強に喧嘩を売り、敗戦後は世界も驚く経済復興を成し遂げた。
それを、資源に頼らず知恵だけでやってのけたのだから、しかも、世界で一番長生きの国でもあるのだから、他の国から見たら日本というのはとことん気味が悪いだろうなあ。
春先の新型インフルエンザ騒ぎで空港のマスク姿が世界の笑いものになったが、なーに、笑わば笑え、あれは日本人の特技である徹底した清潔志向の表れなのだ。こんなにきれいで清潔な国は他にはなかろう。
そういう国に住んでいるのだから、オレは教育と医療は日本の生命線だと思っているので、そのあたりの予算は仕分けてはならんぞと思うのであった。

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2009.12.21
原稿。
白い大きな紙を広げて20×20の枡目を引き、息子、真剣に何かをつくっている。
完成したものを見たら枡目には「土」「金」「火」などと書いた小片が並べられていた。
いったいそれは何だと聞くと「新しいしょうぎだよ」と答える。
以前から中将棋というものに興味を持ち、クリスマスプレゼントにねだったものの、売っていない(というかサンタさんに断られた)のであきらめて、しょうがないから自分でルールを考えて似たような大型の将棋を考案したらしい。名付けて「宇宙将棋」というそうだ。
王様は「ちきゅう」。
完成したばかりの「宇宙将棋」を並べて、息子は妹を相手に自ら考案したルールのもとにゲームをやっていた。自分でつくったゲームだから、そりゃあ、面白いだろうなあ。
夕方、連絡が入り、1人は急な入稿、1人は急な風邪(予定されていた風邪というものはないか)との報せ。実は浅草でプチ忘年会を企画していたのが、残念、そんなわけで中止となる(ミヤケさん、気にしないでね)。
仕事や健康のほうが酒よりずっと大事だから忘年会が流れたのはちっともかまわないのだが、それに向けて体調及び精神面を盛り上げていたので、一人で忘年会をすることに決めた。それに驚くべきことに本日は原稿と格闘していたので一歩も外に出ていなかったし。
向かった先は、地元のたけし。ちょっと久しぶりである。
たけし、混んでる。「タンゴさん、久しぶりですね−」と軽く嫌みを言われて、だって、ウチから遠いからなかなか来るのも大変なんだよなあとぶつぶつ。
たけし、なんと今日で4周年なんだという。へー、そりゃあめでたい。3年もてば10年は大丈夫だよと根拠のないお祝いを言ったら、感謝された。
4周年記念につくったというオリジナルぐい飲みをプレゼントされる。
ブリのけっこうな刺身をサカナに、本日も日本酒三昧。聞いたことのない銘柄の日本酒が次から次へと出てくる。
100mlの小さいぐい飲みがあるので、少しずついろんな酒を楽しめるのがここの店の嬉しいところだ。「女泣かせ」という素晴らしい名前の酒はことのほか旨かった。あと、イギリス人の杜氏がつくったという酒も素晴らしかった。
ほんとによくいろんな酒を見つけてくるので、感心感心。
悔しいことにというか、嬉しいことにというか、ここ2、3年で日本酒事情は劇的に変わり、久保田や八海山というブランド酒のポジションは落ちて代わりに小さくて個性的な銘柄の酒が台頭してきた。インディーズの時代である。
意欲的な杜氏がたくさん出てきたことと、ブランド酒がその名声にあぐらをかいて努力を怠ったことが原因だろう。どの業界も同じだ。
最近は火を入れない生酒に美味しいのが増えてきて、それを見た久保田、八海山も生酒を出したそうだ。たけしの大将「これで小さい蔵がつぶされちゃうんですよねー」と悔しそうに言う。
まあ、難しいことはおいといて、インディーズ日本酒をいろいろと味わう。すっきりしたの、クセのあるの、甘いの、辛いの、いろいろだ。
リョータは顔を合わせるたび「たけし、連れてってよー、タンゴさん」と言うけれど、確かにここの店でリョータに飲ませたら楽しいだろうなあ。にこにこしながら日本酒を並べて飲み比べる姿が目に浮かぶ。
ほどよく飲んだところで、一人忘年会、締め。
「年内は31日までやってますからね−」との声に送られ、ケンウッドのiPodで新作CDの音を聴きながらぼそぼそと歩いて帰る。
寒い。ひたすら寒い。ヒートテック、欲しいなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「Gスピリッツ」哀しみのプロレス者、剛竜馬について新間寿が語っていた。近年のことに触れられていないのが残念。アドリアン・アドニスにも似た哀切を、オレは剛竜馬の物語に感じてしまうのだよ。


2009.12.20
えらく寒い。新潟方面は大雪らしい。
こんなに寒いと、いくら冬休み最初の日曜だからと言っても、出かけるのも億劫になる。かといって家の中でごろごろされるのも鬱陶しい。
こういう時は、ここに限る。竹橋の科学技術館。
一日屋内で過ごせる。すいている。安い。
たまに行く分にはとても使えるところですな。問題は併設のレストランがやたらとまずいことだが。
竹橋まで高速で30分。本日も科学技術館、ガラガラである。
平日は学校の課外授業などで混んでいて、日曜は空いているというおかしな場所なのだ。この空き具合を見ていると、仕分けされてもおかしくないという気になってくる。
客は少ないし、その分、係員の目が行き届いているので子供は放ったらかしにしてよろしい。こちらはイスに腰掛けて一日中ウトウトして過ごすのであった。
余力があったらクリスマスイルミネーションでも見て帰ろう(タクシーの運転手に教えてもらった今年の穴場は、東京タワーらしい)と思ったのだが、日が暮れてから帰るのはやだなあということでとっとと帰る。
どこまでいっても寒い一日だった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.12.19
レコーディング。
雪国の出張から戻ってきたワタクシが朝から重いギターを抱えて向かったのが、麻布十番にある某スタジオである。
このスタジオは雑居ビルの4階にあるのになんとエレベーターがついていなので、ギターを抱える身には実にハードなのであった。
こんな切ない思いをして何をしに行ったかというと、本日はレコーディングなのであった。いつもの学研のCDである。
しかも本日は忙しいぞ。1曲はオレがアレンジした曲のレコーディングディレクション、もう一曲はオレが作曲した曲のギター演奏。こちらはディレクションされる側。あと2曲は、単なる付き合いだ。
アレンジャーとしてのディレクションは、まあ、だいぶ手慣れてきたものである。手堅くできた。
ボーカルは作者のかづとくん。セオリーにとらわれない、奔放なメロディーラインがかづとくんの持ち味であるから、この良さは消さない方がいい。人の意見に左右されて、自分らしいメロディーづくりを忘れることがないよう。
エンジニアのイイジマ氏、相変わらずの職人仕事ぶり。この人の作業を後ろで見ているととても勉強になるのだ。
どんなことを質問してもちゃんと答えてくれる誠実さが素晴らしいし、現場仕事は空気感が大事だということをよくわかっていて、実にうまくコミュニケーションを取って現場を作ってくれる。さすがである。
アレンジャーであるオレがスタジオを制圧しなければならないのだが、まだまだ未熟である。学ぶべきことは山のようにあるのだ。
本日、何よりも疲れたのがギターの録音である。
生音でやりたいというプロデューサーサイドの意向で、打ち込み一徹のオレがなんとギターを録音することになったのだ。
曲は、ワンちゃん作詞、オレ作曲の「誕生日」。いい歌なんだよ〜、これ。ワンちゃんはよくライブの締めに歌っているのだけれど、聴きながら涙を浮かべる人も少なくないのだ。
そしてライブ後に「ぜひCD欲しいんですけど」と言われて、今までCD化してなくていつも「ごめんなさい、ないんです」と答えていたのだ。
長い間、こりゃいかん、CDにして売らなくては、と言われていて、ようやく本日の録音にこきぎつけたというわけである。
もっとも肝心のワンちゃんは風邪で身動きが取れなくなってしまったので、本日はオレのギターだけの録音となったのだ。実はスタジオでギターを録られるのは初体験のオレなのであった。
「誕生日」はライブでは何度も弾いてるし、特に難しくもないのだけれど、しかし、スタジオでは基本的に間違えてはならないというのが大きな壁なのである。ミスタッチ厳禁!
これがなんともプレッシャーで、厳しいのであった。
結局3時間近くもかかって録音を終えた。2つのテイクをつなげてなんとかギターは仕上がりそうである。
あー、なんとも下手くそなギターで、オレはまだまだ未熟ものだと反省しきり。プロデューサーのりょーたに「タンゴさんって案外ときっちりしたギター弾くんすねー」と言われたのが、折れそうな心の支えとなったのだった。
ギターはこうして録れても、ボーカルのワンちゃんが寝込んでいるのだから、回復を待って28日にボーカル録りの予定。エンジニアのイイジマ氏の近くのスタジオだ。なんと平塚。
オレのギターは終わったのだからもう行かなくていいだろ、と言ったらりょーたに「タンゴさん、自分の曲の仕上がりを最後まで見なくていいんですか」と迫られ、あえなく白旗。年末の、世間は仕事納めかという日にわざわざ平塚くんだりまで行くことになってしまったのだった。まあ、久しぶりにワンちゃんと酒でも飲むか。
本日はこの他に笛吹きのことちゃんもボーカリストとして参加。ことちゃん、抜群にボーカルがよくなってる。声の乗り方とか、ピッチはもちろんのこと、表情も素晴らしい。
最初に聴いたときから、いつかは世に出て行く人だなと思っていたけれど、最近の活躍はめざましく、今後に期待大である。
夕方にレコーディング終了。場所を六本木に移して打ち上げ。というか「僕の誕生日だから祝って欲しいんすよね」というりょーたのリクエストに応じて、寿司屋での誕生パーティになってしまったのだった。
おいおい、六本木の寿司屋だとよ。ひょえー。
光が丘の回転寿司がご馳走で、一年に一度の歌舞伎町寿司処すがわらが精一杯のオレにとって、六本木の寿司などとても恐ろしいのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.12.18
取材1。
取材を終え、カメラマンと編集を残し、オレだけ雪の新潟を引き上げることにする。
もっとも学生たちは慣れたもので、雪でも平気なのだった。
アリゾナからやってきたという留学生が、初めて雪を見てびっくり。アメリカに帰ったら温暖化なんかウソだって言い回ることだろう。

「新潟日報」「週刊新潮」「新潮45」「サウンド&レコーディング」「震える岩」宮部みゆき・講談社文庫。作者得意の時代ものの、初期の作品。ちょっと若書きのところが気になった。


2009.12.17
取材3。
朝6時前に家を出て、大宮から新幹線。連日、早朝から働き者のオレである。
行き先は新潟の田舎の大学。
ところが新幹線の終点、新潟駅に着いたらとんでもない大雪で、電車がめちゃくちゃなことになっている。在来線2時間遅れ、運休。
あきらめてタクシー乗り場に向かったら長蛇の列で車は一台もなし。いつになったら乗れるか想像もできない。
仕方なく駅に引き返してホームにて延々と在来線を待つ。
去年の同じ時期に新潟に来たときは車で、いやあ、温暖化でよかったなあと思ったのに、一転、大雪である。どうなったんだ、温暖化。
ようやくやってきた在来線に乗って目的の駅へ。車内は学生たちでいっぱいで、なんだかほほえましかったなあ。

「日経新聞」「新潟日報」「週刊文春」


2009.12.16
取材2。
朝から桑名市で一仕事、午後から名古屋で二仕事。
インタビューばかりがどんどんたまって、原稿を書く時間が取れず、やれやれ、来週は原稿の嵐だなあ。
でもって、それが終わると一年も終わりだなあ。

「日経新聞」「週刊ポスト」


2009.12.15
取材2。
夜、8時に三重県は桑名市に到着。駅前、真っ暗。
ホテルに荷物を置いて、食事のために街に出る。街、真っ暗。
銀座通りという飲み屋横町を発見。一回りして適当に一軒に入る。
ここが大ハズレ。無愛想な夫婦者がやっている居酒屋で、別にぼったくりでもなんでもないんだが、とにかく無愛想で、客商売がイヤならやめたらいいのに、と思うぐらいぶあいそ。
つまみの刺身は乾いてる。桑名だから名物の焼きハマグリを頼んだら、暴走あたりのほうがなんぼか旨い。
夜遅くに最果ての街にたどりついたというのに、とことんぐったりくるような仕打ちにあったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「ミュージックマガジン」「g2」


2009.12.14
そういや先日のことだが、ヨメが洗濯物を取り込もうと窓を開けたら、隣で畑仕事をしていたおじさんがたまたま目の前にいて目があってしまい、おりょりょっと思ったら、おじさん「キャベツ、やっからよー」と、もぎたてのキャベツを手渡してくれたのだった。
風が吹けば埃がまいあがるのであわてて布団を取り込み、畑で農薬をまき始めたらあわてて洗濯物を取り込み、向こうは向こうで、あとから来た住人に目の前でそんなことをされるものだから面白くないに決まっていて、要するにお互いにそこはかとない緊張状態が長く続いていたのだった。
それが突然のキャベツであって、こりゃびっくり。
もともと向こうは別に緊張状態でもなんでもなかったのかもしれないが。
オレもあわてて部屋から駆け下りていって、畑に向かって大声でお礼を叫んだ次第。
もぎたてのキャベツはさすがに美味しくて、野菜嫌いの娘も味噌をつけて「おいしいよ、おとうさんもたべてみなよ」と、おやつ代わりにむしゃむしゃ食っていた。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.12.13
カンテレ友の会からクリスマスプレゼントが届いた。
カンテレとはフィンランドの民俗楽器で、北欧の空のような透明な音を出す弦楽器。直輸入してオレも持っていて、そういう友の会というものにも入っているのである。
年会費3500円。ほぼ名前だけの会員だが、1年に一度、こうしてCDが届くので、まあ、チャラかと思っている。
カンテレのCDというとソロ演奏が多くて、それも悪くはないのだがどれも同じにきこえてくる。その点、この新しいCDはストリングスとのアンサンブルがあったりして、なかなかに心地よい。
冬のBGMにぴったりだよ、カンテレ。
なんというCDかというと「ように歌われていた讃美歌」というタイトルの…は? なんですとお〜?
どう見てもタイトルは「ように歌われていた讃美歌」とある。どういうこっちゃ。
美人カンテレ奏者のひろこさんのブログを見てみたら、本当は「ラウマ地方に伝わる、民謡のように歌われていた讃美歌」という題名であって、それがコピペの失敗で「ように歌われていた讃美歌」となってしまったというのが本当らしい。
ままま、まじかよ〜。いくらコピペの失敗とはいえ、そのまま誰も何も言わず、発行した本人もおかしいとも思わず、そのままジャケットが印刷されてしまったらしい。
まったく世にも珍しいCDで、こりゃあ、いいクリスマスプレゼントになった。
美人奏者のあらさん、「謎が解けてすっきり」とブログに書いているが、すっきりで済ませるあたりが、適当感いっぱいでいいですね。
昼、新宿の楽器屋までギターの弦を買いに行った。
来週の日曜、スタジオでギターを録音しなくてはならないので、そのために弦を張り替えようと思ったのである。
いつもなら信頼できる楽器屋(大阪)から通販で買っているのだが、つい忘れてしまったのだ。弦は生もの。回転が悪くて、いつから置いてあるのかわからないような弦を売られてはたまらないので、客が多くてちゃんと品質管理もできている店から買わなければならないのだ。
池袋にそんな楽器屋はない。新宿には1軒だけ。神田あたりではけっこうある。
新宿のその楽器屋で、いつも弦を買おうとしたら、あれれ、隣に見たことのないいブランドの弦が並んでいる。NEWTONEという弦だ。
店員に、こんな弦はじめて見たけど、と聴いたら「あまり見かけない弦です、けっこう倍音がきれいですよ」とのことであった。
オレはいつもこっちの弦を使っていて、ギターはラリビーなんだけど、果たしてどうか。そう相談したら「あ、けっこういいと思いますよ、高音がきれいに出るでしょう」という返事だったので、ならばと試してみることにした。
家に帰って張り替えてみる。
イギリスの職人が手作りで作った弦だそうだ。サイトに書いてあったように、確かにテンションが低く、弾きやすい。
音は、びっくりするほどではないが、かなりきれいだ。
ただ、好き嫌いは分かれるかもしれないね。そんなタイプの音。
しばらくはこれでちょっと音を出してみよう。
昼、息子が囲碁教室に行っている間にヨメがソロバンを買ってきた。
ソロバン? なな、なにするんだ、今どき。
なんでも息子が興味を持っているので、買ってやるのだという。へー、囲碁、新聞に続き、今度はソロバンですか。いろんなものに興味を持つ息子だ。
早速ヨメがソロバンの使い方を息子に教える。
息子は「へー、おもしろい、おもしろいよー」といいながら、1から10までを足し算して「本当に55になった」と喜んでいる。いろんなものが好きになる息子だなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「DTMマガジン」


2009.12.12
原稿。
朝からどっかと腰を据えて原稿仕事。でも、夕方にはちゃんと終わったのであった。えらいぞ、ボク。
来週は忙しく、しかも日曜にはレコーディングでギターを弾いて、23日には結婚式に呼ばれていてと、どたばただ。忘れていたが、21日には忘年会も入っている。
丹後も走る師走なのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.12.11
取材3。
朝8時に羽村に行く。
どこですか〜、羽村。奥多摩である。青梅線である。田舎である。要するに遠いのである。
朝8時に羽村に行くより9時に名古屋に行く方が楽なのだ。
朝から12月の雨。底冷えだ。
改札を出てぼーっとしていると、女子高生たちがわらわらと電車から降りては、驚いたことに次から次へとタクシーに乗り込んでいく。
朝から羽村に仰天だ。
考えてみればバスで200円払うなら、タクシーに4人乗って割り勘にするのと変わりないという計算になるが、しかし、高校生が通学でタクシーに乗るというのはやはり言語道断のような気がするがどうだろう。
バスに乗れ。いーや、歩け。
オレがガキの頃は雨どころか、吹雪でも自転車で突貫小僧だったぞ。
まったく今どきの軟弱ものめが。羽村、いけませんな。ゆるいですな。
夕方4時を過ぎるともう夜である。暗くなってインタビュー仕事が終わると、もうこれ以上働く気がなくなって、帰る前に飲んでしまう。
軟弱ものはオレだったか。
家に帰ったら、子供らが「みてみて」と左腕を差し出してきた。絆創膏の跡。
新型インフルエンザの予防接種を受けてきたらしい。ようやく順番が回ってきたか。
大人はいつになるのやら。
かかりつけのドクターに、オレ、血糖値が高いから基礎疾患ということで早く注射してもらえるよねーと言ったら「ふふん、無理でしょ」と軽くあしらわれたのだった。ちっ。
寒いので早く寝る。原稿は土日にまとめて決着だ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
「ハッピー・リタイアメント」浅田次郎・幻冬舎。役人の天下りをテーマとした小説。とくれば、浅田次郎得意の爆笑ピカレスク小説か、はたまたほろりと泣かせる人情話かと思ったのだが、どっちつかずでちょっと期待はずれだったなあ。こつこつ真面目に働いてきたオヤジの、定年目前の逆転ホームラン。もちろん文章はたいそううまい。


2009.12.10
取材1。
秩父のずっと奥の、箱根ヶ崎というところまでインタビュー仕事に行く。
電車を乗り継いで、えっちらおっちら。まあ、なんとかなるべと思ったオレが甘かった。
昼飯を食おうと思っても駅前にはしょぼいラーメン屋が一つあるだけ。仕方なく入ったら盛況新聞がラックに置いてあるような店で、脱力。
まずいラーメンを食って、さて、目的地へと力なく立ち上がったが、地図の目印となるようなものはまったくなく、途方に暮れる。コンビニもない。駅前交番はあったが、警官が不在。使えない。
すぐにあきらめてタクシーで行くことにしたのだが、こちらはほどなくやってきてくれて助かった。タクシーも来なかったらどうしようと怖じ気づいていたところだったので、ホッと一安心なのであった。
12月の秩父の奥の地は、乾いた風が吹くさみしい町で、これはこれで風情があった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」


2009.12.09
取材3。
寒くて眠いのに、早朝から遠方で取材仕事。8時に調布、午後は立川だ。
8時に調布ということは6時半には家を出るから、9時半に名古屋というのと変わりないではないか。調布が遠いのか名古屋が近いのか。どっちも違うか。
新型携帯のスマートフォンであるアンドロイド携帯については、だいぶ調子がよくなってきて、おお、これならとても便利ではないかというレベルまできた。
もうiPhoneのことなどちらとも頭をかすめない。これからはアンドロイドなのである。
ところがこのアンドロイド、電話の操作がよくない、というか全体にインターフェースがしょぼくて、やたらは違うボタンを押してしまうのであった。
本日も8時前から違う人に電話してしまったらしく、折り返し「なんでしょう」とかかってきた。へ? てなもんであるが、かけられた方は迷惑だったろうな。
夜にも同じことが起きてしまって、これはオレも不在で折り返しに出られず、それをいいことに気がつかないフリをしてしまた。
そういや、かづとくんからも電話が入っていたようであったが、既に酔っぱらっていて気がつかず、そのまま。折り返しのタイミングを逃してしまったので、かづとくん、何かあったら電話ください。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」


2009.12.08
オレが音楽仕事でメインで使っているのがCUBASEというソフトである。キューベースと読む。変な名前だ。
このCUBASE、半年ほど前にメジャーアップデートされ、ver5が出た。こしゃくな。
以前からオレはver3を使っていて、4が出ても面倒だからずっと3を使っていて、でも、さすがに仕事で使うんだから4も使わなきゃと思って3と4を並行して使うという、よくわけのわからない状態なのだった。
そんなとこに5が出てきて、ありゃりゃ、これじゃオレは2世代も前のソフトを使うことになっちゃうなあと頭をぽりぽり書いていたのだった。
そして、まあ、そのうちになどと言って無視していたのである。
それで3から4へと徐々に軸足を移しつつあったのだが、どうもver4、動きがいろいろとおかしい。はっきり言ってバグだらけではないか?
ネットでもそんな噂がちらりほらり。そのため4.5へのアップデータが即座に発表されたらしい。
この4.5をダウンロードしてきてアップデータしようかとしたのだが、待てよ、そんなことならこの際5にアップデータしちゃおうかと思ったのが酒の席。調べたら1万6000円ほどでアップデータが買えるとわかって、ポチッと押してすぐに寝てしまったのだった。
そして数日前、その5へのアップデータが送られてきた。
今までの経験上、音楽関係のソフトはインストールにえらく苦労する。先日のWAVEというプラグインも、2日がかりのインストールだ。
よってCUBASEの5も、当然まともにいくはずがないから、今仕事でアレンジ中であることを理由に、アップデートは後回しにしていたのだった。
そして昨日、ようやく一段落したので、今日になっていよいよバージョンアップ大作戦を敢行したのである。じゃじゃーん。
ところが、懐かしのマーフィーの法則ではないが、十分に覚悟して臨むとなにごともなく事態は進むのである。あっさりとインストールができて、問題なくver5が動き始めたのだった。
そして、ぱっと操作して、なんじゃこりゃ、4と5、どこが違うんじゃ、と広島弁で呆れた次第である。なに、いつものことなのである。このバージョンアップは。
いったいどこがバージョンアップなんだよという、立ち上げるときの起動画面だけが違うのがこのソフトなのだ、。3から4にアップデートしたときがそうだった。
今、4から5にアップデートして、やっぱりちっとも変わっていなかった。
ということは、つまり3と5でも変わっていないというわけ、とほほほほ、またオレはだまされたのか。
まあ、いつものことである。哀しいことに慣れっこになってしまったオレであった。
そういや先日新宿のビックばカメラでhpの売場をのぞいたら、なんとメモリーが12ギガ搭載というパソコンが売られていて仰天した。今オレは4ギガ積んでどんなもんだいとふんぞりかえっているわけだが、たちまちひれ伏してしまった12ギガなのであった。
たまげたなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.12.07
編曲。
バンドの中でのギターというのは、野球で言えばピッチャーだな。
唯我独尊、自分が一番うまいと思っているし、自分がいるからバンドがもっていると疑わない。
ときたら、そんなわがままなギターを足腰強くしっかりサポートしているベースは、当然キャッチャーだ。
暴走しがちなギターを、しょうがねえなあと思いつつちゃんと受け止めるわけで、ピッチャーがB型ならキャッチャーはO型だ。
ならばキーボードはというと、幅広い守備範囲で音をさばく内野手か。
見せ場をわきまえつつ、全体を読んで締めるところは締めて抜くところは抜くのだ。
では、ドラムはというと、これが難しくて一人位相が違うというか、サディステック・ミカ・バンドの高中正義というか、全体の流れに関係なく最後はオレが全部持って行ってやるぜというピンチヒッターみたいなものではないか。
もちろん全部をぶち壊しにするのも得意であるのだが。
だからどうしたというわけではなく、何の意味もない戯れ言なのであった。
関係ないけど、息子が「"両"という漢字を使って例文を作りなさい」という宿題に「両津勘吉の名前の由来は」と書き込んでいた。それを見たヨメは頭を抱えるのであった。
何点がつくか、楽しみである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.12.06
日曜にもかかわらず早朝4時から原稿を書き始め、朝食前には書き終える。麻仕事はやっぱり効率がいいなあ。
誰かが言ってたけど、ある時、つい夜8時前に寝てしまい、はっと気づいて起きたら午前4時。前夜やる予定だった仕事に、慌てて取りかかったところ、すぐに片付いてしまい、大きなショックを受けたそうだ。
某評論家も、朝3時から仕事を始めたら9時には終わってしまって、その日一日、好きなことに使えたと書いていた。
朝仕事が効率いいのは、事実のようだが、それってどうしてだろうなあ。誰か教えてくれえ。
そんなことはともかく、間もなくクリスマスである。プレゼントである。
子供たちには、サンタさんにメールしなければならないから何が欲しいか早く決めろ、と言ってある。ヘンなものを頼んだら、サンタさんにダメだと言われるかもしれないぞ、と伏線も張りつつ。
ところが娘が「サンタさんて…ほんとうにいるのかなあ」と言い出した。ぎょっ。まだそのセリフは早いのでは?
どうしてそう思うのかと問うたら「ドラえもんで、のびたがいってた」とのことである。うーむ、ドラえもんかよ。
じゃあ、いるのか、いないのか、どっちだと思う? とたずねたら「うーん、いない…とおもう」と答えた。
うーむ、そうなのか。なんとも夢のないことよのう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」定年退職した団塊世代が最近は"団塊モンスター"として各地で大暴れしているそうだ。企業にクレームをつけ、理路整然と問題点を指摘し、社長に会わせろと要求する。地域活動にデビューして、近隣を部下のように扱って上から目線でものをいう。そういうすべてについて自分は正しいと思い、自分は自分を客観視できていると信じている。団塊とひとくくりにされると怒る。やれやれ、まったくいくつになっても困った連中だ。生まれてからずっと、団塊世代が踏みつぶして草も生えないほどになってしまった荒野を歩かされてきた我々の世代は、ため息をつくのみである。やっとリタイヤしくださったと思ったら、まーだ問題を起こしてやがるのか。決定的に他者への配慮に欠ける人々だ。


2009.12.05
原稿。
地元の幼稚園に子供2人を通わせて5年目。とうとう本日が最後のおゆうぎ会であった。
最初に息子のおゆうぎ会を見たとき、年少のガキどもの情けなさにびっくり。歌というよりただ単に吠えているだけだったものなあ。
とても年長の子たちのように、ちゃんとセリフを言いながら劇ができるようになるとは、とても想像できなかった。
ところが子供は子供でしっかり育つもののようで、年長になったらば立派なものである。我が子の成長に親は胸を熱くするのであった。
息子がその年長になってピノキオの劇を披露したとき、娘は年少で合唱だった。その娘が今や年長となり、劇中、こびとさんの役を歌い踊るようになったのである。
親の姿を見つけてにこにこ嬉しそうに笑って演じるその姿に、オレはつい涙腺をゆるめたのであった。
終了後、園庭で先生と記念写真。
息子が年少の時の担任の先生が、今は退職されているのだけれど、応援に駆けつけてくれたのである。いい先生だったなあ。
オレのアンドロイド携帯、いわゆるグーグル携帯、通称アンドロくんでも写真ぐらいは撮れるのである。どんなもんだ。
そのアンドロくんをオレのポケットから勝手に引っ張り出し、息子はブロック崩しなどのゲームで遊んでいる。その様子を見た先生は「大きくなりましたねえ」と眼を細める。喜んでいる場合じゃねえだよ、先生。
携帯を持ちながらスーパーマリオのように走ってジャンプするとブロックを壊す音がするというアプリケーションを入れたら、息子は大喜びで走り回ってはジャンプするのであった。だんだんアホ化する我が息子。
最近では気がつくと両手をカニにしてがに股で踊っている。こち亀の両津のダンスらしい。とほほほ。
オレが子どもの頃、ドリフターズがやり玉に挙げられたのも今になってよーくわかるよ。我が子が真似をしているのを見ると、とことん情けなくなるもの。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.12.04
取材2。
おいおい、それは何の冗談だよ。
そう口に出そうとした瞬間、カウンターの向こうに座ったビックばカメラの店員の目は「だからタコだって言っただろ?」と確かにそう笑ったのだった。口臭がキツイ男だった。
iPhoneを激しく罵倒し、スティーブ・ジョブズを希代のゼニゲバと告発し、Appleを毛嫌いしてきたオレであるが、本日、とうとうその思いを現実の行動に移そうと、ふらふらと立ち寄った新宿のビックばカメラでついコドモのアンドロイド携帯を買ったのである。正確には機種変更だな。
柔らか銀行のiPhoneコーナーには、きれいな姉ちゃんたちが立って笑いながら説明している。楽しそうである。
一方のコドモのコーナーには、鬱陶しい兄ちゃんばかり。しょうがない、その中の一人に、実際アンドロイドってどうよと聞いたところ「うーん、使えないすねえ」と答えてきたのであった。口臭のきつい男であった。
売場の人間がそんなこと言ってはいけませんなあ。
そこで別の兄ちゃんにまたいろいろと質問する。なんとかiモードメールも使えることがわかったし、まあ、先物買いということでいいだろう。
兄ちゃんにiモードはこの先どうなるのだと聞いたら「コドモはもう見放したんじゃないでしょうか」とのことであった。
結果、その足でアンドロイドへと機種変更することに決定。即座に手続きに入る。と、この兄ちゃん「私はここまでですので」と引き下がって、先ほどの口臭のきつい兄ちゃんにバトンタッチ。しまった、そうか、この兄ちゃんはコドモからの派遣でこっちの口臭兄ちゃんがビックばカメラの店員だったか。道理でアンドロイドの勧め方に差があったわけだ。
そして、手続きをしつつ説明を受けているとき、この口臭兄ちゃんが付属品について含み笑いをしながら「バッテリーが二つついてまして」と口にしたとき、オレは冗談だろうと口に出しかけたのである。
バッテリーの持ちが悪いとは知っていたが、そこまで悪いとは。そして、開き直るかのように予備のバッテリーをつけとくからこれで我慢しなという態度に出るとは。コドモ、まさしく子供のような開き直りである。
値段はというと、聞いて驚け、84円! わはははは。
たまったポイントやらなんとかプランやら、いろいろ活用したらなんとアンドロイド携帯が84円で手に入ったのであるよ。レジへって100円玉を出して14円のおつり。
化粧のきっついキャバレジが「ポイントカードはお持ちですか」というので、ありませんと答えてやった。84円でもポイントがつくのか? すげえな。
それはともかくアンドロイドである。
これが、使って心底驚いたのだが、とにかく到底使えないシロモノなのだ。オレ、泡吹いて卒倒。
iモードメール使えない。代わりにグーグルメールで拾ってくる。勝手に落ちてくるようにするアプリもあるが15分ごとだと。
つまり携帯で「うふふ、いまどこ?」とメールが来ても「えへへ、いま電車。もう5分でそっちに着くよ」と返事しても本人の方が先に着いてしまうというわけである。
コドモ店員によれば「皆さん2ヵ月ぐらいかけて相手に通知してGメールに切り替えているようですよ」ということで、わ、めんどくせー。
バッテリーは、さすがに最初から予備がつくだけあってまったくもたない。呆れるほどである。
春に買って今まで一度もまともに充電したことがないのにちゃんと動いているケンウッドのiPodを見習ってもらいたいものである。
インターネットメールの機能もあるのだが、オレの使っているソネットは対応していないらしく、見られない。仕方ないからwebメールだ。なんだ、今まで変わらないではないか。
これについてはそもそもソネットがしょぼいという話かもしれない。そろそろGメールに統一するかなあと思わないでもない。
それはともかく、今までのオレの携帯メールはもう使えません。皆さん、ごめんなさい。すぐに告知しなくては…って、あー、めんどくせー。
ほかにもいろいろあるぞ、タコのアンドロイド。
SDカードに録ってあった、娘のテレビ出演ビデオが観られない。なんということだ。
ワンセグが観られない。
テレビ電話ができない。田舎のじいちゃん、ばあちゃんに孫とテレビ電話させていたのが、できなくなってしまった。なんということだ。
まったくあらゆる点で今までの携帯を下回る情けなさで、目を回して倒れかけたオレは、口から泡を吹いたまま即座にアンドロイドを返却しようかと思ったのだが、そこに立ちふさがったのが契約の甘い罠。
2年間は機種変更しないでくださいね〜、そうしたら安いですよ〜という悪魔のささやきに、赤子の手をひねるより簡単にだまされたオレは、2年間は機種変更できないという縛りにあってしまったのである。
なんということだ。
経営不振にあるにもかかわらず、カネのあるときにビルに大胆な造作をして入居したために原状回復に必要となる莫大なカネが用意できず、バカ高い家賃を払い続けるしかなくて「このままじゃ家賃倒産」という新しい倒産の種類が誕生するのではないかと周囲に期待半分で見守られている六本木あたりの企業のことを、オレも笑えないのであった。
そんなわけで今までの携帯より明らかに情けない状態になってしまって…あ、息子のセキュリティ用に導入したセコムの居場所探知機の操作もできなくなってしまって、とほほな状態のアンドロイド・タンゴちゃんなのであった。
息子と娘も、ダウンロードしたゲームでひとしきり遊んだらもう見向きもしない。ほとんど猫またぎ状態である。
しかし、こんなになってもiPhoneにすればよかったとは、口が裂けたら言うかもしれないけど、今は絶対に口にしないオレなのであった。だいいち孫な、いや、そんなカネはない。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.12.03
取材1、打ち合わせ1、編曲。
Googleが突然日本語のインプットメソッドを発表した。要するに日本語入力ね。
次に何をしでかすと思っていたが、まさかGoogle、そう来るとは。まったく予想もしていなかったので仰天した。
これでいよいよATOKも終わりだろうなあ。マイクロソフトではなくてGoogleにとどめを刺されるところが、時代の流れというものであろう。
それにしてもこのタイミング、毎年、正月あけたぐらいにATOKのバージョンアップが発表されるので、それにぶつけてきたのは明らかだ。
早速Google日本語、ダウンロードしようと試みたが、突然のことにとんでもない数が殺到しているのだろう、全然落ちてこない。うーむ、早く試したい。むちゃくちゃ笑える変換をしてくれるらしいので、早く遊びたい。
楽しみだなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「SPA!」依然として文春は真っ逆さまに墜落中。このつまらなさは、ほとんどギャグ。SPAも、今週はくだらなかった。連載陣、手抜きである。
「神隠し」藤沢周平・新潮文庫。まさに充実期の作品集。どれも深い味わいがある。「夜の雷雨」など、人の暗い絶望をテーマにした作品は、とことん空恐ろしく、人間の業の深さが見えてくる。


2009.12.02
原稿。
学研の「ピコロ」1月号、つまり今書店に並んでいる号には、オレの自信作が収録されている。「イカの足はゲソ」という曲だ。作詞・作曲・編曲・録音、オレ。
ボーカルは、青山てるることいさわ・ただし、そしてHIMIKOことヨメ。こっそり娘と息子も歌っている。
あまり自信作かつ問題作ゆえ、絶対直さないからと言いながら提出したら「いいえ、絶対に直してもらいます」という言葉が返ってきたいわくつきの楽曲。物議をかもしたということらしい。
もっと先日編集長に会ったら「1月号が楽しみですね〜、タンゴさん、イカゲソ、イカゲソ」と言ってたから、幸いにして評判はよいようだ。
本日、その見本誌が届いて、ページを開けたら振付が載っていてびっくり。いや、もともとそういう企画だったので振付がついて当たり前。びっくりするオレが間抜けなだけだ。
間抜けだが、それにしてもこの振付を見て大笑い。あの歌にこの振付って、こりゃあ絶対に子供が大喜びだなあ。
ぜひ皆さんもお聴きください。丹後湯、代表曲。
CDなので立ち読みできません。みんなで買いましょう。そしておほめのはがきを編集部に送りましょう。ゲソのイラスト付きだと、なおよろしい。

「新潟日報」「日刊スポーツ」


2009.12.01
取材6。
新潟出張。今年の新潟は暖冬だな。穏やかな青空が広がった。

「新潟日報」「Number」「AERA」「宝島」


2009.11.30
取材6。
新潟出張。今年の新潟は暖冬だな。穏やかな青空が広がった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.11.29
溝の口の駅にはファッションビルがあって「ノクティー」という名前なのだそうだ。
わははははは、溝の口だからノクティー。誰も止めなかったのか、川崎市民。
えーじもダテも、50面下げて「ノクティーに行こう」とか言ってるのだろうか。見てみたいものである。
そんなノクティーのある溝の口まで、本日ははるばる遠征だ。何かというと、溝の口にある音楽大学で学園祭があり、そこでの発表会の舞台音楽をオレが制作したので、上演を見に行ったのである。
うむ、こう書くと実に偉そうで気分がいいな。なんだか音楽監督みたいじゃないか。
しかも相手は短大、つまり女子大生。うふふ。女子大生のお姉さんたちがオレのつくった音楽で踊り、歌い、燃え、輝き、果てるのである。これはぜひ見に行かなければならないではないか。
しかし冷静になって考えてみれば、音楽大学でのイベントというわけだから、音楽の精鋭たちに向けて音楽を提供したという、実に天をも恐れぬ行為をしたのではないか、オレは。「ったくひでー音楽をつくりやがって、このド素人が」という非難を一身に浴びて袋だたきになる可能性もある。
うーむうーむ。
などとうなりつつ、家族4人でやってきました学園祭。いやあ、きれいな大学でお金持ちの坊ちゃん、嬢ちゃんが通ってるんだろうなあと思わせる校舎だ。
しかも学園祭自体、非常に上品で、洗練されている。早稲田とか法政とか明治とか中央とか、そのあたりの育ちのよくない、あ、いや、元気のよすぎる学生どもの学園祭とはまったく様相が違うのだ。
そしてさすがに音楽大学だけあちこちで路上の楽器パフォーマンスが繰り広げられているのだが、それがギターじゃかじゃかの空っぽフォーク、僕は僕が大好きさ、自分の道で青い鳥を見つけようぜ、さあ出発だ、みたいな歌では当然なくて、トランペット6本によるアンサンブルとか、チューバ2本+ユーフォニア2本による低音ラッパ部隊の足跡マーチメドレーなど、非常に珍しいパフォーマンスが見られたのだ。
しかも音楽大学だけあって、当たり前のことながら大変に上手である。しかも中身は今どきの学生のノリだから、セーラー服を着て毛ずねをむき出しにしてトランペットを吹いたり(これが上手いのなんの)とか、おかしな着ぐるみぞろいで、いやあ、見ているだけで楽しかったなあ。
それらを見ながら模擬店でヤキソバやククレープなどを食って、いよいよ、ステージを見に行く。ミュージカルだな、一言で言えば。
先生は学生たちに「アレンジャーの人がお子さんを連れて見に来るからしっかりやるように」とあおっていたらしい。本番は学生らしくとちりも多かったが、全体にとても楽しいステージであったと思うな。
これはシナリオと演出を練り込んで磨きをかければ、十分パッケージとして通用すると思うぞ。
それにしても1時間半、オレのアレンジが10曲。歌のタイミングとか盛り上げのタイミングとか、いろいろと見ていて勉強になった。なるほど、こういうところはもうちょっと間が必要だとか、大げさにきっかけが欲しいとか。
まあしかし、可愛い女子大生の皆さんが一生懸命歌って踊っている姿はとても楽しいなあ。えへへへ。
最後、も息子と娘に仕込んで花束を贈呈させた。盛りあがった。
女の子たちがわざわざオレの席までやってきて「ありがとうございました」とお礼を言ってくれた。えへへ、えへへ、と笑うだけのオレであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.11.28
子供に対して、基本的に本は無尽蔵に買い与えている。
読書の効用はもちろんのこと、書店の本の山から読みたい一冊、読んでもいいと思う一冊を見つけ出し、実際のそれに値する本だったかどうかは自分で読んでみる以外に確かめる手段がないという経験を普段から重ねておくことは、決断力や判断力というか、ある種のリテラシーを身につけさせるに違いないと思っているからだ。
娘は「ルルとララ」というクッキングシリーズを愛読し、息子は先日読んだ「十五少年漂流記」や「トム・ソーヤーの冒険」がことのほか面白かったらしい。男の子はやっぱり冒険小説が大好きだな。デズモンド・バグリイでも読ませるか〜。
囲碁のルールも、何をどう考えたのか、入門書を手にとって読破して独学で覚えてしまった。オレはまったくわからない。仰天である。
もちろん息子はマンガも大好きで「こち亀」「ドラえもん」はむさぼり読む。
だがそうそうコミックばかりというのも親の手前、体裁悪いと思っているのだろう、書店で好きなものを買えというと、コミックを使った参考書のようなものを苦肉の策として選んできたりするのだ。
中でも気に入っているのが小学館のドラえもんの学習シリーズである。「図形」「面積・体積」「グラフ」「文章題」など様々出ていて、それらを買ってきては寝転がって読み、マンガを読んでいるのか勉強しているのか、たぶん本人もよくわかっていない状態なのだった。
ところがこれが案外バカにしたものではないようで、今日など風呂に入りながら曇った鏡に分数の足し算や引き算の問題を書いて解いていた。
あれえ、分数ってもう習ってるのかよ。
そう聞いたら「ううん、ドラえもんの本で読んだ」と答える。ひょえー、やるじゃんドラえもん。
そんな息子も、今日の算数の時間は九九。当然、わかりきってて退屈なのである。
学校公開でその様子を見て、決して先生がどうだ公立小学校がどうだということではなくて、実際いい先生だしいい学校だと思うのだが、こりゃあ別での学びの場所も用意してやるべきかなあと思った次第である。
慌てて否定するが、中学受験はまったく考えてないし、工業高校を出て職人になってもいいと思っている。それが本人の意思であるならば。
ちなみに今の息子の希望は、杜氏になってお父さんにお酒を造ってあげることだそうである。おお、涙があふれ出そうなセリフではないか。
一方の娘の夢は、アイドルらしい。これも別の意味で涙が出そうだ。
そんなわけで、興味半分、どれどれと塾の評判などをネットで調べたら、わははは、これが面白い。
「教師として働いているが、自分の子供だけはウチの塾には入れたくない」「アルバイトしているが、こんなに儲け主義のところは他にない」と、どこも身内からの匿名悪口のオンパレード。まったく大手学習塾ってのは、しょうもないところがはりのようだなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「SPA!」今週号は面白かった。巻頭のコラム、仕分け作業を取り上げているが、なるほどそういう切り口での見方もあったかと感心。この1ページのためだけに買っても惜しくない。


2009.11.27
原稿。
今年一発目の忘年会。メンツは、オザキ、コマガタである。
先に到着していたオザキ「二階、どう? どっと混む?」とかわけのわからないことを口走り、あわてて「いやあ、ガセメールがトラウマになっちゃってるしなあ」と付け足す。早くも酔っぱらったか。
そこにコマガタ合流。この二人が顔を合わせると、途端に話は下品になる。それはオザキも認めていて、「今までタンゴさんと高尚な話をしていたのになあ」と言いながら、表情は格段と嬉しそうになって下ネタを振りまくる。
そこに偶然近くの会社の連中が合流してきて、途中からなんがわけがわからなくなり、えーと、誰かからお土産のチョコレートと「こち亀」の単行本をもらった記憶はあるのだが、はて、コマちゃんだったっけ。
この日記で息子が「こち亀」ファンであることが明らかになったためらしく、どこの家庭にでも眠っているであろう「こち亀」コミックス、これから大募集なのだ。
飯田橋駅で電車に乗ったら西武線直通がもやはなく、いつものことながら有楽町線の根性なしなのだが、仕方なく終点の和光市まで行った。
和光市からなら歩けば30分である。
でも寒いし、夜道を酔っぱらってふらふら歩いていたら埼玉のオヤジ狩りに狩ってくださいと言ってるようなものだから、タクシーにした。
タクシー乗り場、長蛇の列。うんざりなのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」「日経エレクトロニクス」オザキは盛んにiPoneを自慢するのだが、本人も認めている通り、あれは要するにオモチャなのである。オモチャにそんなに高いカネは払えない。クリスマスには子供にプレゼントしなくてはならないし、年が明けたら車検もあるし、売上は落ちているし。そんなiPhoneを持たなくても、もうじき各社からいろんなスマートフォンが出てくる。中でも富士通のドコモ携帯は初めてのセパレート形式。二つに分割して片方をキーボードとして使えるという優れものなのだ。これはいいなあ。


2009.11.26
会社員からフリーに転じた20年前、驚いたことの一つが、時間があるということだった。
会社員時代は一日かかっていた仕事が半日で終わってしまう。
別にオレが優秀なのではなくて、たいていそうであるらしく、浮いた時間を好きな文章を書くことにあてて、今ではそっちが本業になってしまった元コピーライターの作家というのはけっこういる。萩原とか石田とか。
要は会社員であると、会議とか打ち合わせとか上司の説教とか電話の取次とか不意の来客とか同僚のうわさ話とか、本来のコアではない仕事が山ほどあるということだ。
あ、別に会社員の皆さんを揶揄しているのではなくて、そういうものであるというだけの話であって。
そういう浮いた時間を有効活用すればいいのだが、今になってもオレは無益に過ごすことしかできなく、まあ、無益ってわけではないだろうが、本日は浮いた時間に運動を兼ねて散歩に出かけ、途中で息子の学校のグラウンドに立ち寄ったのであった。
何時ごろ通るからと息子に言ってあったので、ちょうど昼休みだった息子はオレの姿を見つけると近寄ってきて手を差し出したのであった。ああ、金網越しの、父と子の邂逅。
一緒に、息子と遊んでいた友だちもわらわらと寄ってきて「わはは、サキトのパパだあ〜」と大騒ぎ。
あとで息子に恥ずかしくなかったかと聞いたら「はずかしくないよ」との返事であった。まだ大丈夫か。
もっとも問題は娘だよなあ。いずれ「外で話しかけないでよ。お父さん」と言われるの目に見えている。小学校高学年からかなあ。とほほ。父親は哀しいのである。
そんなことはともかくとして、話題はがらっと変わるが、日曜の朝7時からフジテレビでやってる「ボクらの時代」というトーク番組が面白い。
司会者なし、3人のゲストが適当にゃべるという番組で、高見沢俊彦×みうらじゅん×リリー・フランキー とか西川きよし×ピーター×天童よしみ とか太田光×風吹ジュン×向田和子 とか、絶妙の組み合わせだ。一見、へえーこの人とこの人がこんなに仲良しなんだという面白みがある。
内容もなかなかだ。日曜の7時という時間帯の鼎談番組である。どうせ誰も見ちゃいないという開き直りなのか、けっこう言いたい放題で面白い。時々下ネタも入れるが、それよりも好き勝手にしゃべる内容そのものが面白くて、ギャグも素のままの爆笑ものだったりするのだ。
オレもちゃんと見ているわけではないが、時々クルマの中で音声だけ聴きながら、にやりとしている。早起きした日曜にはぜひどうぞ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2009.11.25
先日、新しいアルバムのレコーディングにやってきてくれた親分が、我が家にiPodを忘れていった。
机の上に置いてある黒い筐体。ふーん、これがiPodか。
思わずガメそうになってしまったが、思い直して送ってあげたのだった。
その録音データをミックス処理。いやあ、難しいなあ、ボーカルは。
技術がついてきたのか、いやいや、未熟だからだろう、時間がかかってしょうがない。一日かけてぐったりである。 夕方、1時間半ほど、ウォーキング。この6年間愛用している3kgの鉄板入りのダイエットシューズだ。
このシューズで30分歩くと30分水泳したのと同じカロリーを消費するという優れものだ。90分歩いたから90分水泳したのと同じ計算になる。
たぶん体重も90kgぐらい減ったと思うぞ。
帰り道、最近オープンしたという豆腐屋をのぞく。
豆腐屋といっても豆腐を作っているわけではなくて、いろんな豆腐を集めて売っているというチェーン店だ。
店内、事業仕分けに出てきそうなおばちゃんで一杯。ごま豆腐とおからなどを買う。
さすがにこれだけ歩くと疲れてしまって、なかなかによろしい。本日のダイエット終了。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.11.24
頭を悩ませていたプラグイン問題は、メーカーのサポートからの丁寧なメールによって解消。これで先日録音したボーカルのミックス作業ができるのだ。
最近はこのプラグインの面白さに目覚めて、フリーで提供されているいろんなプラグインを拾ってきては試している。だいたいの場合、どれもダメで、やっぱりWAVVEのが最高だ。
夕方、息子の手を引いて、地元の神社の酉の市に行く。
小さい神社の小さい酉の市。去年の熊手を焼いてもらって、境内で拝む。
50円を4枚、息子と一緒に「家内安全商売繁盛」と50万回唱えた。
そしていつものように、いつもの店に立ち寄って熊手を買う。下から2番目、1000円のを2本だ。
ここでは毎年おまけに亀の置物をプレゼントしてくれる。今年も2個もらった。
続いてこれまたお約束の、唐辛子と大判焼きを購入。唐辛子の屋台では息子が「お兄ちゃん、これ食ってみるか」とスプーン山盛りの真っ赤な辛子を差し出されて、からかわれる。あんちゃんとは「よいお年を」と言い交わして屋台を出た。
家に帰って熊手と亀を飾る。ともかく今年もこうして家族4人、酉の市を迎えられてよかったわい。
最近は、こういう当たり前の平穏な日常こそが一番の宝物だと思うようになってきた。
夜、酔目でニュースを見る。
密室で既得権益を守ることに汲々としていた霞ヶ関の東大出身役人どもの醜態を白日の下にさらけ出したという点でも史上まれにみる画期的な事件であるが、この事業仕分け、オールナイトフジで大口開けて笑っていたあのバカ女子大生が国民の期待をご威光にヒロイン気取りで立ちふさがって役人とどもをばっさばっさと切り捨てていたのは気分がよかったものの、最近はちょっとやり過ぎ感というか、ぼちぼちそれぐらいにしとけばというか、大局観もないおばさん的もったいないわ感でケチつけてるだけじゃないの、という雰囲気が漂ってきて、そう言えば今の政権はおっさん代表のカメイとおばさん代表のミズホが両脇に控えている加齢臭の強さがちょっとたまらんなあという思いも相まって、仕分けのし過ぎには少々うんざりしてきたというのが世間的な空気ではないだろうか。ここまで一文355文字。読みづらい。
うんざりと言えば、あの整形して逃げて捕まって、JR東海史上最悪と言われる駅での混乱を招いた男が、ずっと絶食というのもうんざりだよなあ。ガキの悪あがきというか、まんま幼児性というか。
そのようなことをぶつぶついいながらテレビを観ていて暮れていく、秋の夜更けなのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.11.23
録音。
昨日は「いい夫婦の日」だそうだ。今日は何の日だ。「兄さんの日」か。ゲイバーみたいだな。いや、よく見たら「勤労感謝の日」ではないか。よーし、ならば勤労だ。
というわけで、本日はよく働いたオレなのだった。
まず朝からレコーディングである。歌手は親分にえーじくん。9時半集合。
来春リリース予定(うまくいけば1月には出せるのではないか)の丹後湯CDの録音である。アレンジは16曲できているのだが、歌入れがまったくできてなくて、まだえりず姉さんの1曲のみ。
本日は重鎮二人を迎えて、一気に6曲収録である。
はあ〜、新しい機材が欲しいなあ。もっといい機材が欲しいなあ。自分の腕のなさを機材のせいにしつつ、アレンジャー&エンジニアのタンゴは頑張って録音したのであった。
白眉は親分「ちっちゃなひっこし」。
これは作詞家・くわもの野郎の作品で、しみじみ泣ける、本当にいい歌なのである。これを親分、絶品のボーカル。特に2番は、神が降りてきたのであった。
キベさんなら泣くぞ、きっと。どうぞお楽しみに。
午前中に要領よく6曲の録音を終えて、我々3人が電車で向かったのは、豊島園。そう、あのぬるくてゆるい遊園地の豊島園である。ボロ。
なぜ我々おっさん3人が豊島園などに向かったかというと、本日ここでは練馬アニメフェスティバルというイベントが開催されており、ステージのちびっこアニソンコンテストに息子と娘が出場するので、その応援にかり出されたのである。
もともとレコーディング開始は12時の予定だったが、このコンテスのために急遽9時半に繰り上げられ、しかも応援にまで連れて行かれたというわけだ、親分とえーじくん。
豊島園、例によってコスプレの日らしい。園内にはラムちゃんがうようよしている。それを見た親分「いいなあ、オレもやってみたいなあ」とつぶやく。ラムちゃんのコスプレを脱いだら、中から親分が出てくるなんて、すごくファンタスティックではないか。
アニメフェスティバルのステージに行く。なんでも練馬というのは日本のアニメの発祥地らしい。へー、知らなかった。アニメの人たちも勤労である。意味不明。
ステージに近づいたら、なにやら音楽が聞こえる。しかも、どえらく上手な歌だ。アニメソングを歌っている。
どれどれと近づいてみたら、げげっ、堀江みつ子じゃないかっ! あのアニメ歌業界の大物。アニソンの美空ひばり。天才。
マジでびっくりした。会場は満席なので、後方で立って歌に聴き惚れる。
いやあ、うまいねえ。オレより年上ぐらいのおばちゃんなのに、昔とちっとも変わらない声。その上に素晴らしい表現力。天才と呼ばれるゆえんだ。
「ひみつのアッコちゃん」最高です。「走れ!ジョリイ」素晴らしい。「花の子ルンルン」しびれる。
そしてお約束の「キャンディキャンディ」。会場は大興奮、ではなくて拍手もまばらだ。
本人のブログを見たら「何年ぶりかの野外ステージで清々しい気分で歌えました」と書いてある。うう、拍手はまばらでも喜んでくれたか。よかったよかった。
この堀え美つ子のライブの時、ステージ前に並べられた長いすの左前方に、赤いセーターの中年男性が座っているのを発見。忍び寄ってみたら、なんと、練馬区在住50ン年、豊島園から歩いて15分の安藤くんが、堀江美都この歌に合わせて口ずさみつつ、ペンライトを振っているではないか。
安藤くん、堀江の熱狂的ファンだったんだなあ。そうかそうか。
まあ、ウチの子供がアニソンコンテストに出るから応援に来るようにとオレに命令されてやってきたわけだが、すごく嬉しそうにしていたので、きっと堀江のライブが何日も前から楽しみだったのだろう。
この安藤くんに合流し、親分、えーじくんと一緒にイスに座る。その様子を写真に撮った安藤くん、「ほとんど競馬場の客」とのことであった。
た、た、たしかに。
会場でCDを売っていたので一枚買う。堀江のCDかと思ったらそれはなかった。なんでだろ。
代わりに宇野誠一郎作品集というCDを買う。いろんなアニメソングを創っている人だ。
大好きな「ビッケは小さなバイキング」が聴きたかったのである。32曲入り。歌詞カードには制作時の思いなども書かれていて、聴き所、読みどころ、たっぷり。案外なお買い得であった。
さて、競馬場に座った我々の前で、ようやく本日のメインイベント、アニソンのど自慢が始まった。地元のケーブルテレビの仕込みの企画なのであろう、テレビカメラがまわり、司会はあの「ねりまっちゃお」の姉さんだ。
そうである、11月8日の日記にも書いたように、今練馬のケーブルテレビでは連日「ねーりねりねり、ねりまっちゃおー」という奇妙奇天烈な歌が流されている。それを歌い踊っているのが、この姉さんなのであった。
本職、ケーブルテレビ専属アナウンサー。今日はのど自慢の司会である。
本日の出場ちびっこは6組。我が家の子供らは、出場者が足りないのでということであわててかき集められての出場だ。いったい応募はどんだけ少なかったというのだ、このイベント。
娘は、2番目に登場。りさちゃんとペアだ。小さい女の子はトクだよなあ。姿を見せただけで、会場全体に「かわい〜」という空気が漂うのであった。
息子は5番目に登場。こちらも友だちとペア。司会のねりまっちゃお姉さんに「どういう関係?いつも遊んでるの?」と聞かれても、急遽チームを組まされたペアだけに「ううん」と答えるのみであった。
出場6組の中では一番の子がうまかったけれど、優勝は6番の大きな子。中学生と変わらないような子だ。
一人だけ大きくて、えーと、その子に上げるのはちょっと違うんじゃないかなあという会場の空気とはまったく関係なく、審査員は優勝をプレゼントしたのだった。まあいいや。
アイドルを目指している娘にオレは、トップ獲るんだぞ、と言っておいたのだが、優勝できなかったのが悔しいらしく「トップじゃなかったよー」と唇をかみしめる娘であった。家に帰っても「もうそのはなしはしないで−」と言う。本当に悔しかったようだなあ。
安藤くんは、競馬場のおっさんと娘と息子の写真をメールしてくれた。すぐ隣にいるのだから直接見せてくれればいいのに、わざわざメールするのである。
さては、チミ、家でも夫婦の会話はメールじゃないかね? 「なな、なんでそれを」と安藤くん。
のど自慢が終わったので、せっかくだから徒歩15分の安藤宅でお昼でもご馳走になろうかという話になった。そういや、昼ご飯、まだだし。
それを聞き、安藤くん、さらにうろたえる。なにか怪しい。
昼飯だけというのもナンだから、風呂も入るか。おーい、安藤くん、風呂もわかしてくれるよう、奥さんにメールしてくれえ。
いやいや、ついでに布団も敷いてもらったらどうだろう。おお、そりゃあ、いいや。親分とえーじくん、子供ののど自慢を見ながらビール飲んで既に酔っぱらってる、ろくでなしだし。
ますます安藤くん、うろたえて、逃げるように帰って行った。どうしてだろう。まあいいや。
さて、我々3人は次に新宿は花園神社の酉の市に向かった。今日はいろいろと忙しいのである。
花園神社ではいさわしと合流予定である。
大江戸線で移動。電車の中は気持ちよくって、ついうとうと。快適な居眠りですっきりし、勇んで花園神社に向かったのだった。
親分、「去年の店がいい」といって探すが、見あたらず、仕方なく手近な屋台に入る。酉の市の裏通り、人気がなくてひっそりした店だ。午後3時。
ビールだビール。おでんだおでん。焼き鳥もってきて焼き鳥。
乾杯のあと、飲んで食って、話題はおきまりの健康話と景気話とローン話。今年はここにえーじくんの家庭の問題が加わって、さらに盛りあがったのであった。
3時半にして既に酔っぱらう。いさわしからは7時に合流というメールだ。げげ、7時かよ〜。明らかにそれまでもたないなあ。
ともかく酉の市だからお参りしなくては、というわけで屋台を出て、参拝の行列に加わる。神社の前にはずらりと提灯が飾られているが、あれっていくらぐらいするんだろうねえ。伊勢丹なんか、真正面の一番高い場所にあって、さすが新宿の顔。高島屋を寄せ付けない存在感だ。
家族4人分、400円を賽銭箱に放り投げ「家内安全商売繁盛」と100万回唱える。
参拝を終えて気持ちに一区切り。こりゃあ、あと一軒飲んで終わりだなあ、いさわしには悪いけどなあ、という話にまとまった。
では、さっきとは違う店を開拓しようと、境内の表通りの店をのぞいてまわる。だが、さすが表通り、どこも強気の商売という雰囲気でいかにも敷居が高い。時々、いかにもヤクザだという男たちがどっしり構えている店もあって「ああいうのは逆にわかりやすくて助かるねえ」と親分は感心する。
一回りして、どうやら表通りの店は強気すぎて居心地が悪そうだ、やはり我々は裏通りの気の弱そうな店が向いてる、童謡研究会だし、ということで結局は裏通りに戻ったのであった。
この裏通り、どこの屋台も客はちらほら。しょぼいものである。
ところが中に一つだけ、圧倒的な満席という屋台があった。両隣、お向かいさんがガラガラなのに、なぜこの屋台だけ客があふれているのだ。その不可思議さにひかれ、我々もずるずるとこの屋台に入ったのである。
屋台で升酒をくんでいた兄ちゃんに聞いたところでは、なんでもこの屋台がテレビで紹介されたのだという。そのせいで混んでいるのか。ミーハーだな。
再びここで煮込みやらを食い、まだ5時前だというのに三人ともすっかりべろべろなのだった。ごめんよ、いさわし。7時までは遠すぎる。
ほどほどに切り上げた我々は、家族へのお土産に切山椒とベビーカステラを買い求めたのであった。
家に帰って子供らに、今日はのど自慢で頑張ったからお父さんからプレゼントだとベビーカステラを手渡す。切り山椒を見たヨメは「これってなんとかかんとかでしょ」と言う。
知らんがな、そんな名前。「小さい頃、なんとかかんとかって呼んでたよ、これ」。へー、そなの。じゃあ、なんとかかんとかかもなあ。
そのなんとかかんとかって、どういう名前なのか、忘れてしまって書けないのだった。ヨメにメールで聞いてみよう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.11.22
原稿。
「帰ってきちゃった発作的座談会」という本のあとがきで、椎名誠が書いていることに笑ってしまった。「おばさん語法の法則」というものである。
「おばさんは、一人が話をして、その話が終わらないうちに別の人が割り込む」「それが三人がかりで疲れるまで延々と続く」「おばさんは絶対疲れない」。
これがおばさん話法だ。
いや、特定の誰かをイメージして笑っているのではないと、慌てて言い訳するオレであるが、確かに新幹線なんかに乗り合わせたおばさんたちってこうだよねえ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「帰ってきちゃった発作的座談会」椎名誠・沢野ひとし・木村晋介・目黒考二・本の雑誌社。ほ昔は"本の雑誌"に連載されていたこのコーナーを、いつも腹を抱えるほど笑いながら読んだものだが、久しぶりに手にして、ちっとも面白くなかった。オレが変わったのか、書き手が変わったのか。たぶん前者だろう。


2009.11.21
原稿。
11月の新潟の灰色の空の下、コイデ氏に「タンゴちゃんの日記、見てますよ」と言われる。おりょ、そうでしたか。
「iPhone使ってますけど、いいですよ〜、iPhone」と続ける。んが、ここにもiPhonistが。
なんでも池袋のさくらやで500円で買ったらしい。500円? 500円なら買ってもいいか…いや、それでもオレはジョブズにカネを払うのがイヤだ。
実家では甥っ子のヒロトにも「日記見てるよ」と言われる。
ヒロトの目下の最大の関心事は、正月に行われる一族の新年会に出席してお年玉を集金し、兄弟三人分のそいつをいかにして父親に巻き上げられずに持ち帰るかにある。
いろいろと知恵を絞っているらしいが、親もさるもので、「かっかっかっ、そんなもの、徹底的にひんむいてくれるわ」と今から腕まくりである。
それを聞いた我が家のヨメは「だったらお年玉を振り込みにしてもらったらどうかしら」と言ってたので、ヒロトよ、検討してみたまえ。
話はガラッと変わって、かつてグラフィックデザイナーは写真のトリミングを行う際、トレスコープという機械を使って、鉛筆で時間をかけてなぞったものだった。それがコピー機が一般的になってからは、写真はコピーして切り取って終わり。今ではそれがコンピュータに取って代わって、さくさくっとあっさりしたものである。
オレ自身は手を動かす効用というものを信じていて、面倒であってもトレスコープをのぞきながらしこしこと手を動かしてトリミングすることで、写真の見方、切り方、つまりこの写真はこういう意図で撮られたのだからどういうトリミングをしたら最も意図が正しく伝わるか、ということを考えるようになると思うのだ。
ピッチャーの投げ込み、バッターの素振りにも似ていて、投げ込みや素振りを省力化しようとしたって、いい結果は得られないのに決まっているのだ。
もちろん自戒を込めてのことで、浅田次郎が今も手書きにこだわるのは同じ理由にある。誰かが言ってたけど、ワープロ、パソコンでの文章が当たり前になったことで、文末が非常に乱れてきたのだそうだ。
流れで書いてきて、そのリズムに乗ったまま、考えもせず、である、です、なのだ、と勢いで文末を書いてしまっている。手書きならばそうはならず、文の最後をどう締めようか、書きながら必ず考えているはずである。
それと同じことが、ボーカル処理にも言えるのである。今日は話が飛ぶのだ。
レコーディングを終えたボーカルの素材は、ミックスの段階で、実は細かく処理されている。デジタルだから簡単にがっちゃんこしているわけではない。
ボリュームという作業があって、ボーカルの細部の音量を細かく調整しているのである。
ボーカルの一音一音、すべてにおいて子音を突いてレベルを上げるという作業も珍しくない。一音一音、である。子音のみを瞬間的にレベルアップすることで、音量を上げずにボーカルを聴きやすくし、結果としてオケになじむような音ができるのだ。
この作業はすっげえ手間がかかる。だって言葉の一つ一つ、子音をいじるんだもの。
それを終えてミックスしたらち、「やっぱりもう一回歌い直したいんですけど〜」とか言われると、すげえ腹が立つのだが、それは別の話として、要はそういう面倒な作業が必要なのだ。
ところがその面倒で手間のかかる作業を解決してくれる画期的なプラグインが誕生したという。WAVVESのVOCAL RIDEERというプラグインだ。スペルは、わざと間違えてます。
このプラグインを使うと、あらあら不思議、自動的にボリュームのラインを書き出してくれるというのだ。ネットでの評判を調べたところ、絶賛である。
ふむ、なるほど、これはいいかもなあ。
そう思いつつも、いや、トレスコープでの手書きで写真をじっくり見たように、ボリュームも一音一音手書きすることでボーカルをじっくり分析しているわけだ。地道でもその積み重ねが、ボーカル素材を判断する力に結びつくのではないか。
そう考えたオレであった。それはとても正しい考えなのだ。
とは言え、広告を見たら、デモ版があるという。まあ、難しいことはデモ版を見てからだな。うん、そうしよう。
その判断がすべての敗因であった。
メーカーのサイトに行き、基本的に全部英語であって何が書いてあるかさっぱりわからんのだが、きっとこれだろうと思ってダウンロードしたソフトがまったく別物で、しかも何も考えずにそれをインストールしてしまったものだから今使っている大切なプラグインが上書きされてしまって、リバーブやらステレオイメージャーやらコンプレッサーやらが使えなくなってしまい、ありゃありゃといくらいじってもどうやら認証されていない状態に戻ってしまったらしく、とほほほと泣き崩れた丹後湯たんごちゃんなのであった。
半日を泣きながらその復旧に費やし、結局どうしようもなくてメーカーのヘルプにメールを出して、4営業日中に回答しますと書いてあるのに今は連休まっただ中。いつになったら返事がもらえるのやら。
しかも返事をもらえたところでちゃんと復旧できるのやら、おぼつかず、最悪、もう一度カネを払ってオーソライズするか、いやいや、それすらもちゃんとできるかおぼつかず、なにしろ英語のサイトなので。
明後日には丹後湯で親分とえーじくんのボーカル録りがある。とほほほ。ミックスまでになんとかしないと。

「新潟日報」


2009.11.20
取材6。
引き続き新潟で仕事。
小学校の同級生が先々週亡くなったと知る。
地元で親と同居し、近くの工場で働いていたが、最近は本社のある大船で仕事をしていたそうだ。そして単身赴任のアパートで、おそらく心臓だろう、出勤してこないのを不審に思った社員が様子を見に行ったら、事切れていたという。
同じ集落の同い年の仲間は7人いて、そのうちの一人だ。当然、小学校時代はよく遊んだものだった。確か野球がうまかったなあ。
一度、家に行ったら夕方なのにもうパジャマ姿で、どうしてだろうと不思議に思ったことが記憶に残っている。昭和の田舎の話だ。
学生時代、渋谷の焼き鳥屋で飲んでいたら、偶然隣り合わせた席でこの友だちが飲んでいて、仰天。お互いに、どうしてこんなところで、と言い合い、握手して別れた。
あれが最後に会ったことになるのか。今から30年も昔の出来事なのだが。
同級生が亡くなるというのは、とても気分が塞ぐものである。

「新潟日報」「DTMマガジン」「借金取りの王子」垣根涼介・新潮文庫。リストラ引受会社の社員を主人公にしたシリーズ2作目。1作目がまあまあで、あまり食指も動かなかったのだが、他に適当なものもなかったので手に取った。近々テレビシリーズ化されるとのことだ、まさしくそういうのにぴったりの内容だ。


2009.11.19
取材6。
朝7時に家を出て、関越で新潟。途中、山々はうっすらと雪化粧だ。
取材を終えて実家泊。

「新潟日報」「サウンド&レコーディングマガジン」


2009.11.18
原稿。
原稿を書き終えて、さて、気分転換にちょっと歩いてくるかと腰を上げたら、息子も一緒に行くという。
先日、何かのイベントで万歩計が当たり、以来、一日どれだけ歩くかに挑戦しているのだ。
ただし学校に持って行くのは禁止らしくて(万歩計が禁止って?)、帰ってきてからカウントを始める。そんなわけで、オレの散歩に付き合うというのだ。
目標1万歩。でも、難しいだろうからノルマ5千歩。
そう決めて歩き出す。ところが、今日は晴天でも北風がぴゅーぴゅーと厳しくて、畑の中を歩くと凍えるような寒さだ。30分でギブアップ。
途中のマーケットで晩ご飯のおかずにコロッケを買って帰ってきたのだった。
それでも帰ってきて家の中でちょっと足踏みをしたら5千歩達成。息子は納得なのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.11.17
取材1、打ち合わせ1、原稿。
オザキの「コマガタを呑みに誘っても返信すらしてくれない」という怒りをそのままコマガタに伝えたところ、コマガタは「半年以上メールもきてない。何をタコなことをぬかしとるんじゃ、このボケぇ−」という反応であった。
メール出した、もらってない、返事がない、だからもらってない、という痴話喧嘩レベルの言い争いになったので、大人なオレが間に入っておとなしく収めたのであった。
そしてその手打ちとして、27日の金曜日に飲むことに決定した。一応忘年会という名目である。場所未定。「鳥よし」を提案したが却下されそうな雲行きである。
手打ちといっても完全オープンなので、誰が参加してもウェルかけの事業仕分け方式を採用だ。オレは必殺仕分け人。男蓮舫だ。わはははは。
でも、その忘年会の場では、オザキにiPhoneの自慢をされるんだろうなあ。たらたらと。うーむ、悔しいなあ。いっそ使えないアンドロイドを買って、劇団ひとりのように見せびらかしてやろうか。
書いててどんどんくだらなくなってきた。しょうもないなあ、この日記は。まあ、よし。しょせん日記だ。
ところで昨年アメリカでアコード試験という医療実験の結果が報告され、大騒ぎになったそうだ。不勉強で知らなかった。
これは血糖値を頑張って7(ヘモグロビンA1c)以下に抑えた層と、ほったらかしにした層を追跡調査したところ、血糖値を下げたグループのほうが22%も死亡率が高かったというのだ。けっこう衝撃でしょう、血糖値下げ中の皆さん。
日本ではヘモグロビンA1cは5.6以下が正常とされ(この値も明らかに製薬会社の圧力で年々下がってきているのだが)、7を超えるととんでもない数字と言われて、医者にいじめられながら患者は惨めな思いをして生きていくわけだが、このアメリカでの調査の結果は、7前後ならば薬なんかのまないで放っておいたほうが長生きできる、ということを示しているのである。
まったく天地がひっくり返るような結果ですな。
どうもこの糖尿病業界というのは、いろいろと知れば知るほどおかしなことになっていると気がつく。
大昔からある病気だというのに、なぜ発症するかというメカニズムさえわかっていないらしい。そんなこともわかんねーのかよ、おいおい。
それなのに糖尿病業界にはいろんな権威がたくさんいて、カロリーだ、インシュリンだ、と決めつけるのである。
発症のメカニズムさえわかっていないのだから、治療法も刻々と進化し、また、否定されるというのも当たり前の話なのだが、権威のじじいどもは耳を貸さず、相変わらず「オレは偉い、患者はバカ」という姿勢なのだ。そんなもの、ありがたがってはいけませんね。
まあ、要するに糖尿業界は儲かるのだ。
インシュリン注射の患者を1人抱えると毎月8000円ぐらいが入ってくるという。ヘモグロビンA1cの基準値をちょっと厳しくするだけで、どかーんと何十万人も糖尿病患者が増える。これは高血圧業界と同じ構造ですな。
当然、例のメタボリックシンドロームの健康診断も、こうやってマーケットを拡大するために製薬業界の仕掛けで始まったというのはもはや常識で、むにゃむにゃ。
という噂の真相はどうでもよくて、要はアコード試験の結果もちゃんと考えようよということである。もちろんこの試験の結果がすべてではなく、薬をたくさんのんだ副作用だって無視できないだろうから、研究は必要なのだが、そういうことも視野に入れて考えるべきだと思うよ、オレは。
3時間待たされたあげく、医者は血液検査の結果を見て「うーん、変わりませんねえ、じゃあ、お薬出しておきますね」というのが現実である。検査の数字を見るだけなら、たぶん今のオレでも間違いなく正しい診断を下せる。
こういうのはやっぱりおかしいと思うのだがなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.11.16
取材4。
久しぶりにオザキからメールが来た。
「最近忙しく、たんごちゃんずの日記が長いので最後まで読めません」とある。どうやらクレームのようだ。
「コマガタを呑みに誘っても返信すらしてくれないので、タンゴさんがセッティングしてください」だって。なんだ、ヒマじゃん。
オザキは書く。
「iPhoneはいいです。2台欲しいくらいです。電車の中で本の購入、スケジュール管理、たんごちゃんはーいのチェックなどをしています」。なんだ、読んでるじゃん。
そして「さあさあ、いらっしゃい、iPhoneの世界へ」とオレを誘う。
あれだな、なんでも世間ではiPhoneを使っている人のことをiPhonistと呼ぶらしいな。わははははははははは。
アイフォニスト(笑)。ああ、恥ずかしい。そんな恥ずかしい呼称のものに、オレがなるわけがなかろう。
iPhonistがいるなら、Appleファンはアップラーとでも名乗りたまへ。わはははは。
iPhonistの皆さんは盛んにiPhoneがいかに便利なのかを強調する。だが、何度聞いてもどうしてそれが便利なのか、オレにはわからない。せいぜいがグーグルカレンダーが使えるぐらいか。有益なのは。
ところがあるジャーナリストは言う。「(iPhoneの)あまりにもバカらしくて楽しいアプリを知らないで生きていくのはもったいない」。
おお、そうだ、そう言えばいいのだよ、iPhonistの諸君。役に立つ、便利だ、有用だなどと言わず、「バカバカしいけど、おもしれー」と言えば、ほほう、どれどれという気分にもなろう。
思い返せばかつてのMacintoshもそうであったではないか。やたらとクラッシュするし、アプリケーションは少ないし、何よりも少数派ゆえにファイルの受け渡し一つにもいらぬ苦労を強いられたし。
それでも多くの人がMacintoshを手放さなかったのは、「かわいい」「面白い」という、ただけそれだけの非合理な理由にあったのではなかったか。
だから別に役に立たなくてもいいし、便利でなくてもいい。ただ単に、面白いとさえすすめてくれれば、よろしいのである。
要するに、オモチャということで。iPhone。
もっともそれはそれで、オモチャに6万円も払えるか、このタコたわけ(造語)め、ということになるのだが(笑)。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」


2009.11.15
昨日までとは打って変わって、秋晴れのいい天気。20度近いか。小春日和というのか、こういうのは。
こんなにいい天気なのに、ヨメは朝から四谷だか大塚だかにある学習塾まで、先日の全国統一模擬試験の結果を受け取りにいった。もちろんヨメのではない。息子のである。
小学校2年生での全国の受験者数は18,556人。トップを取らなければ「禁・こち亀」だかんなと厳命したら「そそそそそ、それだけはゆるして」と言うので見逃してやったが、やはり甘かったか、息子は701位だった。
都内では4,000人中208位。こっちでもトップじゃなかった。当然か。
戻ってきた試験用紙を見たら、まったくの不注意によるミスがたくさんある。このボケが。このミスがなければもっと上に行けたのに。深い反省するように。
罰として「禁・こち亀」を命じたのだが「そそそそそ、それだけは」とすがるので、許してやったのであった。
こんな天気に家でこち亀を読んでいるのはもったいない。公園で自転車に乗ろうというので、大泉の自転車公園まで出かけた。子供ならタダで自転車を貸してくれる公園なのである。
その公園の近くの畑で、あれれ、「大根ぬきませんか、100円!」という看板が立っていた。なんと地元の農家が畑で大根を引っこ抜かせてくれるのである。
どこの田舎だ、ここは。
あまりのサービスにずっこけつつ、我々は大喜びで畑に乗り込んだのであった。
練馬と言えば、大根が有名である。もっとも今ではキャベツのほうが生産高は多いらしいが、イメージとしてはやっぱり大根だな。この大根、実は引っこ抜くのが大変な重労働で、よく地元のテレビでも紹介されている。
それを子供に体験させてやろうというわけだ。
100円払って子供が農家のおじさんとともに畑に乗り込み、せーのと大根を引っこ抜く。うんこらせと引き抜いた大根は、巨大であった。
これで100円はずいぶんお得だな。でも、こんな大根、どうするんだ。ヨメには、今夜は大根鍋だ、と命じる。どんな鍋が出てくるのか、楽しみである。
大根2本をクルマに置いて、さて、本来の目的の自転車である。
実は娘は補助輪なしの自転車には乗れず、練習中である。
本日も頑張るぞ。張り切って練習を始めたのであった。自転車にまたがり、両足でえっちらおっちら地面を蹴る。
蹴った瞬間、足をペダルに載せる。延々とそれを繰り返すうち、ペダルに載る時間が少しずつ延びてきて、1時間半後にはほとんど完全に乗れるようになった。
娘、自転車に成功である。祝。
ポカポカといい天気で、ただ座って音楽を聴きながら娘の練習を眺めているだけで汗が流れた。娘の後を追ってひたすら歩き続けたヨメは、もっと汗だくだった。
夕方、床屋に行こうとしたら、娘が「いっしょにいく、まえがみ、きる」と言う。うへえ、そんなこと言うようになったのか。女って難しいなあ。
娘の手を引いて、キャベツ畑の脇を歩いて行きつけの床屋へ。美容院へ行くほどのこともない。床屋のお姉さんに、娘の前髪、つくってください、と頼む。
ちょきちょきっと切ってくれて500円。娘は思ったとおりに前髪ができて、大満足なのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.11.14
原稿。
夜、酔目で新聞を読んでいたらテレビ欄に「ちあき・なおみ」の文字が。あわててヨメに命じて、NHKのBSを映させる。
オレは衛星放送の出し方がわからないのだ。とほほ。
ちあき・なおみ特集である。
X+Yがどうしたとか、四つのお願いがなんとかだとか、あのあたりの歌はどうでもよろしい。しかしこの当時の歌って、サビが必ず演歌なのね。Aメロはけっこう斬新なのになあ。面白いなあ。
喝采もよいけれど、やっぱり晩年、いや、まだ生きてるけど、後になってからの歌はすさまじくいいなあ。
「ねえあんた」とか「カモメ街」とか、オレとしては「冬隣」がなかったのが残念だったが。
とにかくピッチはパーフェクトである。どんな飛びのメロディーでもきっちりピッチがぶれることは絶対にない。それでいてあれだけの感情表現である。改めて聴いてびっくりしたのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「ニサッタ、ニサッタ」乃南アサ・講談社。倒産から派遣、ネットカフェという落ちていく男の物語で始まったので、格差をテーマにした小説かと思ったら途中から趣が変わってきた。人間の底意地の悪さを描かせたら一級品の乃南アサだが、少しいつもと味わいが違う。あれれ、ちょっとだれてきたかなあと思って、この話はどこへ行くのだろうと思いつつ山を迎えたら、なるほど、そういう話だったのかと納得。沖縄出身の女の子が重要な登場人物なのだけれど、最後のこの女の子の告白はすごかった。母恋物語だったのだ、これは。そして深い絶望の話だったのだ。


2009.11.13
取材2、原稿。
学級閉鎖で時間を持てあました息子が家でごろごろ。しょうがないので本屋に連れて行った。
買ったのはコミックが一冊と小説「十五少年漂流記」。この小説は男の子の定番だな。「トム・ソーヤー」と並んで。
ふんふんと読み出した息子、すぐに夢中になり「おもしろいよ、これ」と喜ぶ。こういうエバーグリーンな読み物は大切にしなければなあ。
夜、一人でこっそり魚せーまで行く。実はどうも最近、この店、居心地がよろしくないのだ。詳しくは書かないが。
とは言え、刺身だけは相変わらず素晴らしく、本日はイワシである。ああ、うめえ。
居心地がよろしくないから本当ならたけちゃんまで行きたいのだが、遠くてねえ。寒い季節は特にねえ。
帰ってきて風呂に入り、上がってからぼけっとドラゲーのプロレスを見る。眠かった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2009.11.12
取材4、原稿。
急に寒くなって、日中もほとんど気温が上がらない。
スーツで出かけたオレは、こりゃたまらん、風邪を引くと、途中でコートを買いに行くことにした。うまい具合に仕事をしていたのは人形町。5分も歩けば、馬喰町の問屋街である。
ダイエットには食後の散歩だよと、ウッチーさんとヨシダ氏をだまくらかして、寒風の中、馬喰町まで歩く。
ほとんどか小売お断りの問屋であるが、中にちらほらある一般歓迎の店に立ち寄り、定価29000円のハーフコートを特化5000円で手に入れた。やれやれ、よかったわい。
レジで、着て帰りますからと告げて値札を外してもらい、そのままはおって通りに出ると、ヨシダ氏、「朝から着てきたように自然すぎる」と絶賛、というかびっくり、というか呆れる。
夕方、乗り換えで新宿三丁目駅。
そういや今日は酉の市だったと思い出し、花園神社までちょっと足を伸ばす。まだ日のある時間だ。
お参りだけして帰ろうと思ったら、これがえらい行列でびっくり。
行列そのものはなんとか我慢できそうなのだが、耐え難いのがこういう行列につきものの警備員の存在だ。まっすぐ並べ、4人で並べ、列を乱すなとやたらうるさくて、それを聞いているだけで腹が立ってくる。
すぐに行列から外れて、そのまま帰ってきてしまったのであった。
ぼちぼち冬だなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.11.11
取材2。
茨城の古河というところまで行く。
遠い。
だが、娘の年少の時の先生がこのあたりから通っていたのを思い出した。
幼稚園の先生の出勤時間は朝7時。その時間に間に合うよう、茨城からクルマ・湘南新宿ライナー・西武池袋線・徒歩と、毎日2時間かけて通っていた。
よって家を出るのは5時。よって起きるのは4時。
すごかったんだなあと、改めて思った。
帰ってきたら、息子のクラスでインフルエンザが山盛り。おかげで明日、明後日と学級閉鎖だそうだ。
やれやれ、またかよ〜。
ぼちぼち教育現場も、指導スケジュールに混乱が生じているんだろうなあ。
幸い、息子は元気で、こち亀を読んでけらけら笑ってる。そのこち亀、繰り返して読んで何度目だ?

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.11.10
取材2、原稿。
iPhoneなんかタコだ、やっぱりアンドロイドだ。
そう決めたオレは、ともかくコドモへ行かねばと思い、石神井公園南口のコドモ屋に行ったのである。
あった、アンドロイド携帯が。デモ機が置いてある。
だが驚くべきことに電源が入ってなくて、デモ機の役割を果たしていない。何を考えているのだ、いや、何も考えていないのか。
しばらく眺め回していたが、ヒマそうな店員ばかりなのに誰も声をかけてこない。仕方ないから、アンドロイド携帯ってこれが最新ですか、とオレから声をかけたら「そうです」とだけ答えてあとは知らんぷり。
オレってそんなに不審者か?? どうも基本的にコドモ屋はやる気がないらしい。こんなんだから草刈り場になってしまって、みんな番号もってよそに行ってしまうんだよ。
コドモ、タコである。
しょうがないから石神井のコドモ屋はこっちから見捨てて、池袋のビックばカメラに立ち寄ったのだった。
こちらはさすがに商魂満々。声もでかいし、きょろきょろしてすぐに目を合わせてくる。
アンドロイド発見。近くにいた店員に説明させる。
えーと、携帯メールが使えないって聞いたんだけど、本当ですか。「ええ、使えません」。ありゃま。
そうなのである、アンドロイド、携帯メールが使えず、基本的にグーグルのメールなのである。グーグルメールはアカウント持っているけど、携帯メールが使えないと不便だろ。
「実は唯一方法がありまして、携帯アドレスに送られたメールがグーグルメールに転送されるというオプションがン百円でして、これならば携帯アドレスはそのままにメールが見られます」
あっそ、できるんじゃん。でも、それってグーグルメールだからこっちから取りに行くんでしょ。勝手に落ちてくるんじゃないでしょ。
「実はそうでごぜえます、旦那様」。
がくっ。要は使えないじゃん、それって。
「はい、だいたい皆様、今の携帯は使い続けて、2台目としてお買い求めになります、旦那様」
タコである。そんなにいくつもモノを持ち歩くのはイヤだ。だいたい財布ですら持ち歩くにはイヤで、カネを裸でポケットに突っ込んでいるオレである。携帯にアンドロイドなんて、面倒だ。
ちなみに、新規契約だと、いくら? 「本体1円でございます」
わはははは。柔らか銀行のiPhoneが6万ぐらいしたというのに1円かよ。早くも投げ出したか。いや、近々新しい機種が出るので在庫処分だろうな。
結論。アンドロイドは使えない。いや、使えるけどメールが使えない。かといってiPhoneは将来がない。オレはジョブズの財布になる気はない。
iモードが使えないから携帯メールが使えないのだろうが、どうしてそんなことになってしまったのだろう。たぶんこれで相当な客が手を出していないはずだ。コドモの大失敗であるな。
というわけで、結局まだ何も手を出していないオレであった。まあ、いいや別に。困ってないし。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」「SPA!」


2009.11.09
原稿。
iPhoneであるが、コマーシャルでがんがん流しているように、いろんな面白いアプリケーションをダウンロードしては遊べるようになってるらしい。
このアプリケーションも、安いものは100円ぐらいからあるらしく、みんな気軽に落としては楽しんでいるそうだ。ほほう、こいつは面白そうだ。
おかげで柔らか銀行も契約数うなぎのぼり。
ところが、知らなかったのはオレだけかもしれないが、このアプリケーションをダウンロードした時のカネは、70%が開発者、30%がアップルのものになるらしい。どひぇーっ、びっくりしたぞ、オレは。
何もしないで30%。自分が開発したわけでもないのに30%。場所を貸すだけで30%。
マイクロソフトでもここまではやらない。いや、それどころか広告代理店だって新聞広告売っても15%のマージンだし、ヤクザのショバ代だって売上の30%を寄こせとは言わないだろう。
なんつーあくどい商売じゃ。
聞くところでは、このおかげでアップルには毎日1億円の現金が流れ込んできているという。うはうは。
何もしないで毎日1億円。そりゃあ、こんなに儲かるんならさらにiTuneストアで何か売れるものはないかって考えるよなあ。
さすがジョブズである。金儲けがジョうブズ。いや、上手。
危うくこの掌で踊らされ、ヤクザの取り分30%を上乗せしたカネを払わされるところだった。ふう、やばいやばい。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.11.08
小学2年生、8歳ともなるともう大人の言うことは全部理解しているから、息子の前ではマイナスなことはめったに口にできないのであった。
足ダチ区では生活保護費が税収を上回っているとか、ア立区では給食が大事な栄養補給源という小学生が多くて夏休みになると急にやせてしまう子が目につくとか、子供手当を一番喜んでいるのは安達区のパチンコ屋だとか、そういうことも口にしてはならないのであった。
だから最近、魚せーの評判がよろしくないという噂があっても、息子の前でその話題をヨメに持ち出すのも遠慮するのであった。
その魚せーで刺身を食ってKENEOODのiPOdで音楽を聴きながらご機嫌ちゃんで帰ってきたオレが、風呂から上がってテレビをつけたら悪の帝国が日本シリーズで優勝したというニュースばかりで気分が悪くなったので、仕方なく回したのが地元のケーブルテレビであった。
地元っても、練馬と和光と新座という、3分の2が埼玉なわけだが。
つーことはここは埼玉か。実際ほとんど埼玉だけど。家から歩いて埼玉県に行けるし。
その地元のケーブルテレビの地元紹介番組は、徹底的に地元情報ばかりで、店もすぐ近所ばかり、イベント紹介も地元の祭りばかり。まことに正しいローカル路線なのだ。
そして、そのローカル路線がここに極まったか、突然番組のキャスターが歌を発表したのである。題して「ねりねりねりま」。
繰り返すが「ねりねりねりま」。
漢字にするとたぶん「練り練り練馬」。ねりが3回だから間違えないように。皆の衆。
かつて祭りで遊んでいたうちの娘もインタビューされたことがあるのだが、地元では誰もが知っているのによそではまったく知られていないこのキャスター、要するに姉ちゃんが、この珍妙なタイトルの曲で歌って踊るのである!
歌はこんな内容である。「ねーりねりねり 練馬っちゃお 練馬大根 美味しいキャベツ 練馬 ねりねり練り歩こう」。
オレは倒れた。
「練馬っちゃお」のところは「チャオ〜」という挨拶をするフリなのだ。最後には「練馬っちゃおーかなー てへっ」と笑うのだ。
オレは悶絶した。
このあまりの振る舞いに5分間、オレはただ呆然と画面を眺め、終わった瞬間、引っ越すぞ、オレはこんな区から今すぐ引っ越すぞ、準備しろおおお、とヨメに命じたのであった。
この悶絶舞踏の「ねりねりねりま」、ここで視られる。さ、皆さん、ご一緒に、ねりまっちゃお!

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「美味しんぼ」
「新宿遊牧民」椎名誠・講談社。椎名誠は久しぶりである。この人の岳物語は大好きだったなあ。パタゴニアも、実に美しい物語だった。アルゼンチンで風にひらひらと舞うタンポポを見ながら、地球の裏側に残してきた妻の容態を思いやるシーンが、とても印象的だった。そんな椎名誠の一つの柱である自分史語りのシリーズがこれだ。新宿を舞台に本の雑誌がどんどんメジャーになっていった時期の物語である。実はこれと同じ時期、オレも新宿で働いていて、何度か椎名誠を見たことがある。紀伊國屋書店だったり伊勢丹前で酔っぱらっていたり。だからあの頃を振り返るこの物語は、オレにとっても20代から30代にかけての激動の自分史とシンクロするのだった。知っている店や街のたたずまいがたくさん出てきて、それがリアルに頭に浮かぶ。そういうノスタルジーの世界だった。小説としては、まあ、どうっていうことないが。山もなければ、ただ淡々と話が進むだけである。ただしリーダビリティは抜群。さすがである。


2009.11.07
原稿。
忙しい時は土日にまとめて原稿。とは言え、独身時代と違って子供の相手もいろいろと必要だから、やりくりせねばならないのだ。
気がつけばクリスマス商戦もあちらこちらで始まりつつあり、ぼちぼちクリスマスプレゼントには何がいいか、という話も出てきた。息子は「ポケモンの新しいゲームが出そうだけど…」と口にしたが、友だちと将棋でもやってろと即座に却下なのであった。
オレは厳しい父ちゃんなのだ。いっそスパルタ教育オヤジになっちゃうか。いや、無理だな。
将棋や囲碁もいいけれど、プロレスを見せた方がどれだけ人生勉強になるか。よーし、これから息子にはプロレスを見せよう。多感な頃にプロレスを見ながら育つと、オレがもう一人できる。
ところがヨメには「それだけはやめてください。絶対にやめてください」と泣いて止められたので、こちらも泣く泣くあきらめる。
夜、日本シリーズ。なんだ、まだやってたのか。
オレの教育のおかげで息子も娘も今や日ハムファンだ。球団からはクリスマスにハムの詰め合わせでも送ってもらいたいものである。
子供らの応援もむなしく、形勢不利。ちょっと画面を見たらピーのメガ泳いでいる。ダメだ、こりゃ。すべては梨田が悪い。
テレビを消して風呂に入り、とっとと寝る。
夜中に起きたらヨメが「巨人が優秀したよ」と教えてくれ、なんのことでしょとトボけたオレは、お茶をコップに一杯。土日は寝るに限る。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.11.06
取材1,打ち合わせ2。
肉親ほどいったん折り合いが悪くなるととことん憎しみあうように、大恋愛の末に結婚した夫婦ほど破局時の憎しみも激烈なように、オレの場合もかつて熱烈な信者だっただけに今はとことんアップルに対して冷淡なのであった。
OSXを出した頃からだな、アップル的なもの、マック的なものに対して嫌悪するようになったのは。当然パソコンはウィンドウズに乗り換え。iPodなんか、鼻で笑って相手にせず。iPhoneに至ってはほとんど唾棄である。
そんなオレであったが、本日、iPhoneについて深く取材し、しまった、欲しくなってしまったではないか。
なるほど、知れば知るほど欲しくなる。こいつはすげえや。
もっとも電源が今どき考えられないほどヘタレであるという脇の甘さ、いや、ユーザをバカにしているあたりが相変わらずアップルらしいのだが、それよりも、確かに面白いがいったいこれは何の役に立つのだというところが依然として残る。
けれど、携帯電話が出たときも誰もが同じ疑問を持って「電話なんて持ってあるかなくても十分だろう」と決めつけていたのだが、一度持ったら手放せず、今では携帯のない時代が考えられないほどだ。
これと同じ立ち位置にあるのがiPhoneのような気がする。
通話品質はお話にならないレベルらしいので、今の携帯は残しつつ、新たに契約することになるのだろう。それってバカみたいではないか。
と思いつつ、帰りに駅を降りて居酒屋「たけちゃん」に向かう途中、つい柔らか銀行の店に立ち寄ってしまった。マスクした店員がするする寄ってきて、説明してきた。料金体系、なんだかおかしいなあ。だまされてるんじゃないかなあ。
一通り説明だけ聞いて、柔らか銀行を出てきて、たけちゃんに向かったのだった。
たけちゃん、金曜なのにガラガラ。「貸し切りですよ〜」とご案内されて、カウンター。相変わらずのうまい日本酒にうまいつまみであった。
しかし、世の中にはこんなにたくさんの日本酒があるんだなあ。ここ数年で劇的に状況が変わった。
魚せいのおやじは、いつも久保田ばかりを呑ませて自慢しているが、はっきり言って時代遅れの勉強不足だな。今どき、久保田なんていうのは、他に頼むものがないときに仕方なく呑む酒になってるんだけど。
まあ、魚せいはいいや。酒じゃなくて刺身を食いに行くんだから。
たけちゃんではデザートに柿をむいてくれた。山形の柿だった。うまいねえと言ったら「タンゴさん、持って行きます? 田舎からいっぱい送ってきて食べきれないんですよ」と柿を4個ばかり分けてくれた。ああ、嬉しいなあ。
気持ちのいい酔いがさらに加速して、ただいま制作中の新しいCDをKENWOODのiPodで聴きながら帰る。アップルの機械で音楽を聴く気にはなれないなあ、やっぱり。ひどい音は耳の毒だ。
家に帰って風呂に入り、焼酎のお湯割りを片手にYouTube。偉そうなこと言って、YouTube聴いて喜んでいる、そんな程度の耳なのだった。
太田裕美「木綿のハンカチーフ」、斉藤由貴「卒業」を繰り返して聴く。この2曲は、個人的には日本の歌謡曲+ポップスの金字塔だと思っている。どちらも松本・筒美のコンビだ。
特に斉藤由貴のボーカルが、改めて聴くとすさまじく素晴らしいことに気づく。天使のボーカル、いや、悪魔のボーカルだな、これは。背中がぞわっとする、そんなボーカルだった。
引き続きYouTubeで昔のサントリーのCMを観る。田中裕子の出てくる「恋は遠い昔の花火ではない」シリーズだ。
キャッチコピーは愚の骨頂であるが、田中裕子が、これまたすさまじく素晴らしい。相手役の男の子の「弁当だけじゃないから」「いや、オレ、ついてますよ」の言葉に返す表情が、こりゃあ、絶品。
下についているレビューに「女は年増に限る」みたいなものがあって、思わずうなずきそうになるが、いやいや、年増だからいいのではなくて、田中裕子だからいいのだ。もっと言えば、田中裕子の演技だからいいのだ。冷静にならなくては。
ほどよく眠くなったので、布団に入ることにする。最近はどうも夢見がよろしくなくて、どうもろくでもないぐったりした夢を見る。
こないだなんか宮崎アニメの最新作を劇場で見ているという夢だった。
もちろんアニメもばっちり新作で、その最後のセリフまでちゃんと夢の中で出てくるのである。それを起きてからもしっかり覚えていて、オレの深層心理はいつもこんなことを考えているのかと思い知らされ、ぐったりするのであった。
どうせなら田中裕子が「卒業」を歌う夢でも見ればいいのに。いや、見なくていいや(笑)。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「ビッグコミックオリジナル」


2009.11.05
取材1、打ち合わせ1、原稿。
日本橋での打ち合わせが早く済み、時間が空いたので次の目的地である東陽町まで歩くことにした。
目安として1時間。11月にしては穏やかな気候だし、のんびりといい散歩ができるだろう。
とは言え、隅田川にかかる永代橋の上はさすがに川風が冷たいのではないか。そう身構えたのだが、思ったほどではなく、それどころかコートなしで歩くネクタイ姿のおじさんがたくさんいた。
時代小説を読んでいると大川、つまり隅田川のあたりはよく舞台になっていて、永代橋のたもとで男女の哀しい別れがあったりする。江戸時代のここらはどんなふうだったんだろうなあと想像しながら橋を渡った。
門前仲町で深川不動尊の前を、頭を下げて通り過ぎる。
ふと、富岡八幡宮に伝説の相撲取り・雷電の碑があったはずだと思い出し、見ていくことにする。境内には七五三の親子連れ。そういう時期だなあ。
富岡八幡宮の参道で大関の碑と横綱の碑を見つける。あれえ、どっちが雷電だっけ。なんだかどっちも違うようなもするし。
結局確信も持てないまま、えーと、どっちかが雷電の碑と決めつけ、後にした。
せっかくだから碑に触って、苦境にも負けない強い力を分けてもらおうと思ったのに、掃除のおっさんがオレの足元の枯れ葉を掃きながら、邪魔だ、はよ帰れというオーラを発していたので、とっとと去る。
東陽町到着。1時間20分。
イースト21でメシだ。ランチ880円。このホテルで結婚式を挙げたので、久しぶりに懐かしくなってロビーなどを歩いてみた。
東陽町で仕事を済ませ、電車に乗ってとろとろ帰ってくる。池袋の西武デパートの地下で、おかずを買った。
最近、子供たちがキムチにはまっており、発酵食品は免疫力を高めるのでインフルエンザ対策としてたいへんに好ましいのだが、ものによっては添加物が山盛りなのが怖いところだ。
西武の地下では韓国人が出店を構えて本場のキムチを売っていた。本場というだけでかえって買いたくなくなるのであるが(笑)、いやいや、それは冗談で、国産キムチと銘打って材料は確かに国産でもつくっているのは出稼ぎの中国人だったりする製品よりはマシかと思えるのだが、それはともかく、このキムチとカクテキのセットが素晴らしく美味しそうに見えたのだが、電車の中にあの臭いがこぼれ漂うことを思うと、とても買って帰る気にならなかった。
夜、テレビをつけたらまた日本シリーズをやってた。また、って(笑)。
裏番組がポケモン。野球を消してポケモンにまわしたら、息子が「いいよいいよ、ぼくも野球をみるよ」という。気を使っているのか、この8歳児は。「ぼくも野球がすきなんだよ」と言い張るので、一緒に4回の表だけを見て、あとはポケモンに回した。
子供が寝て、仕事も一段落ついた頃、ネットを見たら2-1で9回裏とあった。あわててテレビをつけ、ヨメに「すごいことになってるぞ」と告げる。そしてテレビをつけた直後の9回裏の初球、あっけなくボールは客席に飛び込み、その3球後に再びスタンドへ。どちらもバットが回った瞬間にホームランとわかるあたりで、まったく呆れたものだ。
だいたい最初のホームランのあと、ピーの目は泳いでいたではないか。これは交代させた監督の責任だ。
監督は誰かというと、元近鉄の梨田である。そうである、あのにっき近鉄のキャッチャー、こいつがいるだけで10年間は近鉄には勝てないと思わせられた梨田である。
そいつがなんの因果か、ハムの監督なのだ。
かつての憎しみを忘れぬオレは、中継やスポーツニュースで梨田が大写しになるたび、こら梨田、てめ、謝れ、あの頃はすいませんでしたと謝れ、話はそれからだ、と罵るのであった。
そんなオレであるから、サヨナラ負けの後の悪態ぶりはとてもここには書けないほどなのであった。

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2009.11.04
東京ドームでも見事に勝って、日本ハム、怒濤の躍進である。偉いのである。
ハムが得点すると、わはははは、どうだ、悪は滅びるのだと狂喜し、小笠原が打席に立つと、この裏切り者め、地獄に堕ちろと罵る。おかげで子供らもすっかり日ハムファンだ。
もっともその様子を見てヨメは「あんまり口汚く罵らないでよ」と渋い顔。確かにそうだ。
関西の阪神ファンみたいなガキに育ったら、オレもイヤだ。

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2009.11.03
さて、文化の日の今日、頭にメモリーを挿したままの息子が向かったのは、地元の進学塾であった。
何かというと、四谷とか大塚とかにある進学塾の全国一斉テストというのに参戦するからであった。テレビでさんざんコマーシャルやってた、大橋ポニョが「わたしもさんかします」と言ってたやつね。
無料というから、ならば挑戦を受けて立とうではないかと決めたわけである。受けて立つのは息子だが。
大橋ポニョ効果か、今年はなんと全国で10万人も受けたらしい。こりゃびっくり。
たとえ無料でも、そのうちの1割が四谷だか大塚だかの塾に入れば、十分元は取れるわな。商売上手。教育は算術だ。
10万人もいれば当然成績が10万番目のやつもいるし、1位のやつもいるのだ。よーし、参戦するからにはトップ獲れ。
そう命じたオレに応えて、息子は決意も新たに頭の高速化を図り、それが昨日のメモリー搭載に結びついたと、こういうわけなのであった。
今通っている教室の先生には「ぜひ中学受験を」とすすめられているらしいが、もともと中学受験なんぞさせるつもりは毛頭なく、それどころか高校だって大学だってどこでもいいと思ってるから、進学塾にもまったく通わせるつもりはないのである。そんな時間があったら、朝から小学生新聞を読んで日曜に囲碁教室で遊んでればいいのだ。
そんな案配なのに、ここは練馬の片田舎、息子はどうやらクラスで楽々トップで、このままでは、へへん、勉強なんてこんなものさとなめてしまいかねない。そこで、ここらでぎゃふんという目にあわせてやろうと、この無料テストに挑戦させたのだった。
テストは算数と国語の2科目だけで、合計300点。試験直後に答え合わせの時間があったそうで、息子に聞いたら「えーと、300点で200点」との自己採点だった。
ばかたれ、なんだ、その点数は。これでは全国トップは狙えないではないか。
A-1二次予選で落ちてしまった父は、こうして怒るのであった。
もっとも頭に挿したメモリーは1ギガと、やや力不足であったのも事実。次はもっと増強させねばならんな。
そう思いつつ、これから始まるであろう四谷だか大塚だかの学習塾の勧誘攻撃に備える父であった。
関係ないけど、昨日、池袋のサンシャインにいったら、平日なのに中学生が山のように遊び回っていた。インフルエンザの学級閉鎖なのだろうな。本番はこれからだ。気をつけましょう、皆さん。

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2009.11.02
先日、新聞でコジマの広告を見るびっくり。イーヤマブランドのパソコンで、ハードディスクが1テラ、メモリが8ギガ、23.6インチモニタがついて、もちろん窓7が載っていて、驚け皆の衆、これでなんと139800円。
3年前の同スペックの半額以下ではないか。
これははっきりいって、買いである。オレはすぐさま電話しようとしたほどだった。
だが買っても置き場所がない。今のパソコンを廃棄すればいいのだが、それも面倒だ。
結局思いとどまったのであるが、それにしても標準でメモリが8ギガとはねえ。ついこないだまで1ギガのメモリーと聞いてひっくり返っていたのに、まったくムーアの法則とはすごいものである(何もわからないで書いている)。
それに触発され、よーし、オレのパソコンも最大限までメモリーを搭載してやると決意。先日3ギガまで増強したのに続き、さらに1ギガ上乗せして4ギガにすることにしたのだ。
夕方アマゾンからメモリが届いたので、パソコンの裏側をひっぺがしてごそごそやってたら、息子が興味深そうにのぞきにきた。
「何してんの」と聞くから、パソコンをパワーアップさせるのだと説明する。
ほら、ここをこうやってメモリを取り外して、ここに新しいメモリをこうやってがっちゃんこと入れれば、たちまちお父さんのパソコンは賢くなるのだ。
ところがメモリを載せて起ち上げようとしたらパソコンが起ち上がらない。あららら。しょうがない、再び裏側をあけてセットし直しだ。案の定、ちゃんとはまっていなかった。
再度起動させると、よし、今度はちゃんと起ち上がった。これでメモリは4ギガ。コジマの半分とはいえ、最強パソコンの出来上がりなのだ。どうだ、と息子に自慢する。
そして、取り外したメモリを息子に手渡して、これをつけると頭の回転が速くなっていっぺんに賢くなるぞ、と吹き込んでやった。
「へえー」と顔を輝かせた息子は、早速頭にメモリを載せてヨメのもとへといき「ぼく、頭がよくなったよー」と自慢するのであった。

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2009.11.01
息子のインフルエンザが完治して登校の許しが出て、それに伴って娘の禁足も解け、オレもインフルエンザがただの風邪とわかってホッとして、明日から我が家は平常に戻るという11月最初の日曜、それまで鬱々として過ごしてきた気分を吹き飛ばそうと、秋晴れの下、朝から出かけたのであった。
最初に向かったのが地元の祭り。地区祭というやつだ。模擬店に農協も参加して、地元でとれた野菜を売っているのが練馬である。
すぐに見終わってしまい、では次にどこに行こうかとなって、これまた地元の豊島園に行くことにしたのだった。幼稚園のママたちが自転車で行くぐらいの地元なのである。
豊島園、相変わらずしょぼい。
客寄せに今日はアメ車の特別展示イベントをやっている。でっかいアメ車が勢揃いだ。それに関連した模擬店も並んでいる。
アメ車って、陽気な馬鹿力のアメリカ人そのものだ。無駄にでかくて無駄にけばけばしい、どこからどこまでもばかばかしい存在である。並んでいる模擬店にも、スマイルマークのグッズやペプシのグッズなどが山盛り。
そうである、一帯はあの古きよき60年代の匂いで一杯なのであった。それはそれでたいへんに楽しく、アメリカン・オールディーズは素晴らしいなあと一息ついた。
ここには環境問題も少子化問題も世界不況もなく、明日は今日よりいい日に決まっていて、給料は上がるから月賦で好きなものが買えちゃうし、パパは何でも知っているのだった。
こういう真っ赤や黄色や、そんなアメリカングラフィティの小道具に囲まれた部屋で仕事ができたら、楽しいだろうなあと一瞬思ってしまったオレ。
それはともかく豊島園であるが、いつの間にか130センチを越えてしまった息子は、もはや一人でなんでも乗れるのだった。こうなると親としてはたいへんに楽で、入園料だけ払ってあとは息子の後にくっついてぼけっと眺めているだけである。
これで娘も背が伸びて同じようになったらもっと楽なのだがな。
もっとも、そうなったらなったで、家族で一緒にコーヒーカップで回って歓声を上げるという幸せな時代も過ぎてしまったことになるのか。寂しいな。
いずれ、息子も友だちどうしで自転車に乗って豊島園に遊びに来るようになるのだろう。そしてお約束のようにカツアゲされて、うなだれて帰ってくるのだろう。
世の中には悪意をむき出しにして攻撃してくる存在もいるということを学ぶうえで、それも一つの経験だと思う。
昼過ぎから豊島園の風が強くなる。木の葉がびゅびゅー飛んでえらい騒ぎだ。
そういえば、今朝、布団を干したまま出てきたんじゃなかったか? 確かそうだった。こりゃまずい。布団がひらひら飛んでいってしまうシーンが頭を横切り、子供は嫁に任せて、ともかくオレだけ大急ぎで帰って、布団を取り込んだのだった。
幸い飛んでなかった。ホッ。

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2009.10.31
オレの使っているケンウッドのiPodは、圧縮せずにCD音質をそのまま聴けることに加え、さすがにオーディオメーカーだけあってデジタル/アナログのアンプ部がしっかりしているのだろう、なかなかの音で聴けるのである。
ビクターに統合されちゃうとはいえ、後輩のミカ氏がいるだけに、信頼できるのだ。それにしても駒澤大学駅のボロアパートに住んでいたあのミカ氏が、国際派ビジネスマンとして世界を舞台に活躍するとは、想像もしなかったなあ。
今でも色が黒いのかしら。
いや、ミカ氏はともかく、そのケンウッドのiPodはなかなかによろしいのだが、問題は容量が2ギガしかないということである。
2枚半ぐらいで一杯になってしまうのだ。当然常に満杯状態。新しい曲を入れようと思うと、何か削除してからでは入らないのであった。
それでもいいっちゃいいんだけど、よく見ればSDカードスロットルがついているではないか。これを使わない手はないぞ。
と、いかにも今気がついたように書いたけど、実は買う前からわかっていて、面倒だからそのままにしていただけなのだが。
というわけで、散歩がてら、ヨメのママチャリを借りて隣町のジャマダ電機、略してダ電にえっちらおっちら行く。片道30分。
相変わらずダ電はダメ電。とことんしょぼい、品揃えに接客に内装にセンスだ。
一回りしてSDカードのコーナーを見つける。一番安いのは、というと、おお、なんと870円というのを発見。お一人さま3枚の限定。ほとんど特売の洗剤かティッシュだ。SDカード。
それにしてもずいぶん安いなあ。もちろんノンブランド。製造国不明。
でも、安いに越したことはないので喜んで買う。レジで例によってポイントカードは持ってるかと聞かれたので、例によって持ってないと笑顔で答える。
夜、子供らとメシを食って帰ってきたら、日本ハムが正義の闘いを繰り広げていた。しかし、哀しいことに悪は栄えるのである。
腹が立ったので、とっとと寝たのだった。

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2009.10.30
仕事関係の皆様の優しい心配りにより、本日、病人たんごちゃんは西洋である。いや、静養である。
インフルエンザっていうのは、かかってすぐに判明するのではない。ある程度時間がたたないとわからないのだ。
そこで本日、かかりつけのクリニックにいって検査を依頼した。
相変わらずの混雑ぶりである。玄関には「ワクチン終了しました」の張り紙。そうなのである。いつもの季節性インフルエンザのワクチンが、既に底をついてしまっているのである。
幸い我が家は全員打ってしまったが、ちょっとしたパニックの様相らしい。困った日本。
インフルエンザが疑われるものは、一般の待合室とは隔離される。そこで別室で待っていたところ、医師が「インフルエンザだって?」とひょいと顔を出す。
いや、疑わしいということで、ちと、検査なぞ、一つ、よろしくと。
それに応じて医師がこよりを出して「けっこーつらいよ、苦しいよ」とおどす。そうなのである、インフルエンザかどうかの検査って、鼻の奥の奥までこよりのようなものを突っ込んでぐりぐりと粘膜を採取するというものである。
息子など涙を流して悶絶だ。
医師、オレの思いなどかまわずに「いくよ」とこよりを突っ込む。むむむむ、ぐえ。ところが途中で「ここまではどってことないよ、ここからだよー、つらいよー」となぜか嬉しそうに一気に奥の奥まで突っ込んできたのだ。
そして激しくぐりぐりっとえぐりとって、するっと抜き取ったのである。その瞬間オレは悶絶して、ぐぉーっと吠えたのであった。
結果は15分後。医師が試薬を手に「かかってないよ、安心だよ」と教えてくれた。やれやれ、一安心。
ともかくインフルエンザではないことが判明したので、これで来週からは普通に仕事ができる。やれ、嬉しや。
仕事関係の皆さん、お騒がせしました。皆様もどうぞご自愛くださいませ。

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2009.10.29
原稿。
病床の息子が、国語辞典を買って欲しいと求めてきた。
こう書くとなにやらタダならぬ気配が漂うが、インフルエンザが判明した息子は昨夜一晩こんこんと眠り込んだと思ったら、朝にはすっかり回復。6時前に目覚めて「お腹すいた。ハンバーグが食べたいんだよ」とオレを起こすのであった。
ハ、ハ、ハンバーグかよ、朝から。
食欲回復、熱も下がって、いきなり元気である。
だが今年の、というか新型インフルエンザは、快復後も数日は菌を保有するそうで、治ったからと言って学校に行けるわけではないのだった。残念。
ところがその学校も都合よく学級閉鎖。猛威をふるってますなあ、インフルエンザ。
でもまだピークではない。それでももはや感染から逃れることは不可能というレベルらしい。あとはかかったら、いかに早く回復するか、そのために日頃から免疫力をつけておこう、という話らしい。
かわいそうなのは娘で、兄弟にインフルエンザが出たら休まなくてはならない、という幼稚園のルールのおかげで、熱もないのに家の中でごろごろ。うーむ、かわいそうだが仕方ない。
ならばオレが遊んであげればいいのだが、ところがどっこい、オレも朝から頭がガンガンし、熱が出てきた。37.6度。
うーむ、大人にしては高熱だな。二日酔いか。
いや、やっぱり息子から菌をもらってしまったか。医者に行くか。
ところが木曜日は、近所の医者が全部休みだ。水曜日にはなぜかそば屋が全部休み。医者もそば屋も、お互いに相談して休みをずらすぐらいのことが、なぜできないのだろう。
しょうがない、とにかく安静にして過ごすしかない。
関係各位に、インフルエンザかも、と連絡。
「わかりました、代わりにやっときますから、ゆっくり治してください」と、仏様のようなお言葉を返してくれたのがミツイシ氏。
「移されたら迷惑だから来るな、って先方がいってます。だから取材はキャンセル」と冷たく言い放ったのがコダニくん。
「今は菌をもらって帰るわけにはいかないから、タンゴさんには会えませんねえ」と切って捨てたのがリョータ。
まったくインフルエンザは迷惑である。オレが迷惑なのではない。
それはそうと、国語辞典の話であった。
そろそろ漢字辞典が必要とのことで、じゃあ、せっかくインフルエンザで休んで時間を持てあましているのだから、一緒に買いに行くかと息子に言ったら、ヨメに「バカなことを言わないでください」と叱られてしまった。よく考えれば、確かにヨメが正しい。
そこでオレは仕方なくネットで注文。アマゾンで評判調べたら、圧倒的に「くもんがいい」ということであった。そうか、苦悶がいいのか。いや、公文か。
早速注文。
アマゾンのなんとか会員になっていると、届くのがやたらと早い。年3000円ほどの会費だが、一度このスピードを味わうともうやめられない。
交通費と時間をかけて大きな書店に行くことを思えば、アマゾンのほうがどれだけ楽でトクか。そりゃあリアルの書店が潰れるわけだよ。
どうにかしてもっと書店には頑張って欲しいのだがなあ。
この早い配達だが、基本は翌日に届くのに、どうにかするとその日に届いてしまう。今回もそうであった。朝、ポチッと押したら夕方にはピンポーン。佐川急便が持ってきたのだ。
はは、はやっ。
早速段ボールを開けた息子。ところが中から出てきたのは苦悶の、違う、公文の国語辞典だった。あれれれれ、漢字辞典じゃなかったのか。
どうやらポチッとする際、インフルエンザで頭が飛んでしまったのか、二日酔いか。こりゃ困った。
こういう基本的にアホな取り違えは、書店で手にとっていればありえない。やっぱりアマゾンはダメだ。書店はリアルに限る。
しょうがないからオレは再びアマゾンで、今後こそ間違いなく漢字辞典を頼んだのだった。まあ、国語辞典と漢字辞典のセットだからよしとするか。
よかったなあ、苦悶は。これで大もうけだ。ヤマグチくんも喜んでいることだろう。
そんなどうでもいいことを考えつつ、オレは葛根湯とユンケルを飲んで早々に布団に潜り込んだのだった。



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「素浪人横町」新潮文庫。時代物作家のオムニバス。山本周五カはやっぱりうまい。「雨あがる」がこんなに名作だったとはしらなんだ。


2009.10.28
取材1、原稿。
結局息子はビンゴで、インフルエンザであった。とほほ。
オレももらったんだろうなあ。いつ発症するのかなあ。
既にびびっているのがイケメン社長と一部で持ち上げられているコダニくんである。「そそそそ」とうろたえたコダニくんは「そんなことなら、取材は別の日に。うつされるかもしれないし」と早くも逃げの態勢である。
だまれ軟弱ものめ。
絶対にうつしてやるから、待ってなさいね。
恫喝しつつ、やれやれとため息をつくのであった。

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2009.10.27
取材5、原稿。
一昨日の夜は飲んでいたらヨメから「娘が高熱」とのメールが来たが、今日は取材仕事中に「今度は息子が」というメールが来た。
ありゃま、次から次へと。
娘は幸いにしてインフルエンザではなくてただの風邪。たちどころに回復して走り回っていたが、息子はぐったりである。それでも飲んで帰るろくでなのし父ちゃんとはオレのことだ、文句あるか。ないか。
子供は平気で高熱を出すから別に慌てないが、それでも39度を超えるとちょっと緊張する。
息子に聞いたら隣の席と前の席の子がインフル欠席。ついでに、ついでにということはないか、隣の家の子もインフル。
さて、息子はインフルエンザかどうか。もらった可能性、大だな。
ということは、毎晩同じ布団で寝ているオレも、しっかりもらった可能性、極めて大だな。
インタビュー仕事が終了後、ミツイシくんにそのことを告げ、熱出して寝込んだらごめんよと言ったところ「気をつけてください、本当に気をつけてください、頼むから気をつけてください」と、明らかに原稿を気遣って念押ししてきたのだった。

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2009.10.26
原稿。
気がつけばクライマックスシリーズでバカ天をあっさり下して、日ハム、堂々の優勝である。当然なのである。
そして日本シリーズの相手は、なんとにっくき巨人なのであった。
なぜにっくきなのか。
そうである。前回の対戦は1981年の日本シリーズ。相手は藤田監督の巨人。メンバーには江川とか原とか中畑とかアタマの軽い連中がいた。
対して日本ハムは大沢監督時代。江夏はまだいなかったな。島田・高代のちぴっこコンビに4番は柏原。脇をソレイタとクルーズが固めていたのだった。
結果はというと、思い返すも腹立たしい。今回はそのリベンジある。叩ききってくれるわ、がはははは。
しかしダル様がいないではないか。これは困ったことだ。
ダル様がいなければただの田舎球団。勝てそうな気がしないのはなぜだろう。
そうだ、小笠原を返してもらえばいいんだ。帰ってこい、小笠原。
などということはどうでもよろしい。オレってそんなに熱心なハムファンだったのかよ。呆れるのであった。
ちなみにクライマックスシリーズでの巨人の相手だった中日は、当時、後楽園球場でハムとよくオープン戦をやっていたものだった。時代は変わる。

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2009.10.25
9月6日の日記にも書いた、どーでもエーワンというコンテストのファイナルがあったので副都心線・新玉川線・世田谷線と乗り継いで松陰神社前というしょぼい駅まで行く。
会場は世田谷区役所に併設の区民会館で、「今日、洗濯機が家に届いて、なんとか設置してやっと間に合いましたよ〜」と駆けつけたいさわしの指摘通り、こういう施設はなぜか不便なところにあるのだった。なんだよ、松陰神社って。何十年ぶりかだぞ。
どーでもエーワンというのは、遊べ歌の日本一を決めようという企画である。公式には120通の応募があってその中からトップが決まるということだが、実際には70通の応募だったことを、二次予選で落ちたオレは知っている。
本日はその二次予選を通った8組が競うというものだ。
それなりに楽しめました。皆さん、芸達者で。
休憩時間なしの3時間ぶっ通し。さすがに疲れた。
皆さん、頑張ったのですが、審査の側というか運営の側というか、ともかく審査基準がぶれまくってるというのが最大の問題でしたな。
たぶん会場の誰もが感じていたことなのだが、これは歌のコンテストかと思ったらパフォーマンスを競うコンテストであって、かと思ったら、やっぱり歌のコンテストだったという落ち。この審査の軸のぶれ方は、まずいよなあ。後出しじゃんけん。
まあ、このあたりは修正されるだろうし、しょぼい規模ではあったが来年はもっと盛りあがるであろうし、どーでもエーワン、オレも来年はリベンジしてファイナリストとして華々しく輝くのだ。
終わって「我が家ではずっと前からドラム式なんですよ〜」といういさわしと飲んでいたら、ヨメから「娘が高熱」というメールが来る。
ありゃま。飲んでる場合ではない。
コンビニでアイスクリームとヨーグルトを買って帰ると、その娘がぼそぼそと起きてきたので、アイス食べるかと聞いたら「たべる〜」というので一つを分け与えたのだった。

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2009.10.24
原稿。
最近の日記は短いのではないか、という指摘をウッチーさんから受けた。
そうか? 短いか? だが、たとえ短いとしても大きなお世話である。
長ければ長いで、長すぎて読めないと言うに決まっているし、いちいち相手にしていられないのである。
そんなことはともかく、練馬は田舎であり、周囲は畑が広がっている。そこには当然も地主というものが存在する。
我が家の敷地ももともとは近所の大地主の所有する畑の一部で、相続対策で売り飛ばした猫の額なのであった。だから当然隣は広大な畑。
自分の都合で売ったとは言うものの、やっぱり多少は悔しいらしく、畑で作業する地主は時々こちらにうらめしそうな顔を向けてくる。向けられたら、しょうがないから対抗上、あかんべーを返してやる。
こうして新しい住民と古い地主とは、極めて友好的な関係を築くのであった。
その象徴とも言うべきが、幼稚園のいもほり行事である。
毎年秋、年長組がみんなで畑にいってイモを掘る。娘の幼稚園の場合、それは地主の本当のイモ畑なのだった。
どういう経緯でそのようなことになっているのか、知らない。いくらか謝礼でも払っているのだろうか。
そもそも娘の幼稚園自体、大地主が孫の入る幼稚園がないからいっそ自分で作っちゃいましたというものであり、現在のオーナーはその孫本人だというから、地主どうしのよしみでなにやら話がついているのかもしれない。
地主で思い出したが、息子の小学校は敷地そのものが地主からの借り物であり、新任の校長の大切で気の重い仕事の一つが、この地主への挨拶なのだ(これは櫻井パパからのタレコミ)。運動会の貴賓席の一番前でちょこんと座っている老婆がその本人だそうだ。
そして小学校のPTAの会長は、これまた別の地主で、生活の主な糧は駐車場経営という、うらやむような身上の持ち主である。うがった見方をすれば、駐車場は放っておいてもカネを稼いでくれるから、他にすることもないのでPTAに全力投球ですということか。
従ってPTAの活動の多くを占めるのが地元の古老関係のつきあいであり、そのためにデニーズでPTA役員が遅くまで顔をつきあわせている姿は、地元の名物なのだった。
いったい何を書いているか、わかんなくなってきた。
またウッチーさんに文句を言われそうである。
要するにその地主の畑でイモ掘りをした娘は、やはり地主の所有する空き地でお弁当を広げ、みんなで楽しく遊んだということである。
秋は楽しいなあ。

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2009.10.23
取材3、原稿。
取材が一段落したということで、打ち上げのような、中締めのような。
かっしー、かわらー、マッキー、カメラのヨシダ氏、ユタカくん、ウッチーというメンツで五反田だ。
激しく飲み、激しく語る。調子に乗ったオレは、ずいぶん暴走したような、記憶が薄ぼんやりと。
五反田、池袋という倒れそうなルートで、しっかりと帰ってきたのだった。

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2009.10.22
取材2、原稿。
日ハムファンのオレとしては、チャンピオンシリーズの相手にセギノールがいたり、日本シリーズの相手に小笠原がいたりすることに心底納得できないのであるが、それはともかくとして、楽天をこてんぱんにやっつけてくれて、ご機嫌ちゃんなのである。
とにかく見苦しいのである、楽天の監督は。
老醜という言葉を知らないのだと思うが、年を重ねると恥を忘れる人種というのが確かにいるらしい。
ただ単に契約に基づくだけのことなのに、自らの去就についてあれほどにも人前でわめき立てるとは、いったいどういう神経をしているのだと、不思議でしょうがないのだが。
同じ状況に置かれても、王なら、長島なら、絶対にあのような言動は取らないだろうな。要するに品性の問題か。
同じ状況を実業の世界に置き換えてみれば、あのじじいの言動がいかにひんしゅくものであるかがよくわかる。なのに、それがわからないのが仙台の住民というわけで、監督が監督なら客も客。
まあ、そんな目障りな監督ももうちょっとの辛抱だ。我らが日ハムがこのままストレートで叩ききってくれるわ。かーっかっかっかっか。

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2009.10.21
取材2。
0時過ぎに池袋から電車に乗って帰ってきたのであるが、こんなに空いているとはびっくりだった。
平日だからかもしれぬ。
それにしても空いている。副都心線で分散したのかもしれぬ。
だがやはりそれでも空いている。
やっぱり不景気なのだろうなあ。残業も接待も減っているのだろうなあ。

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「四度目の氷河期」萩原浩・新潮社。萩原浩らしいリーダビリティではあるが、どうにもテーマの読めない小説である。原始人の子供であると信じた男の子が自分のアイデンティティを探し求める物語を縦軸に、そこに恋愛やら友情やら家族やら、おいしい小ネタを横軸として散りばめてある。率直に言えば、自分探しよりも母恋物語のほうがしっくりきたような気がする。


2009.10.20
取材1、原稿。
ここのところ、仕事で会う人間、「忙しい? 最近ひどいよね〜」というのが挨拶のお約束である。
本日も久しぶりにカメラマンのタカハシ氏に会ったのだが、「ひどいよね〜」と話が一致。ちょっと前なら、仕事に必要なソフトを買うのにためらうということは考えられなかったのに、最近は何度も迷ってから買うよね、という話をした。
世の中、いろいろと大変なのである。
そんな不安の表れなのか、道でヤクザにからまれたり、紀伊國屋書店で万引きして捕まったりと、どうもろくでもない夢しか見ない。寝起きの気分もよろしくないのである。
だが子供はそんなことにはおかまいなしに「おこしてねー」と命じてくる。そうである、今夜からオリオン座流星群が見られるのである。
ハレー彗星のくずが地球に接近し、しかも月がない夜で晴天続き、空気も乾燥しているということで、ここ2、3日は流星群観察の絶好のチャンスというのだ。
そんな話を聞いた小学生の男の子が張り切らないわけがなく、インスパイアされた幼稚園の娘も一緒にモチベーションを上げたのであった。
最もよく見えるのは4時ごろらしい。しょうがない、起こすか。
ところが、いったん3時に起きてわざわざパジャマにサンダル履きで外に出て空を見上げたオレは、流れ星の一つも見つけられなかった。1時間に50個から100個ということは1分に1つは見られると思ったのだがなあ。
もっとも秋の夜空は大変に澄んでいて美しく、北斗七星やオリオン座など、星座もくっきり見えた。さすが練馬の田舎の夜空である。
そのまま布団に戻ったオレは、知らん顔して朝まで寝るつもりでいたのだが、なんと4時に枕元で目覚ましが鳴り響いた。ばかたれなことに息子が4時に起きられるように目覚まし時計を仕込んでいたらしい。
当然無視していたのだが、目をさました娘が「りゅーせいぐん」とせかすので、しょうがなくオレは娘と息子の手を引いて再び外に出たのだった。
そのまま約2分、未明の空を見上げて立ち尽くす親子3人。迷惑である、流星群。もっと時間を考えて出現して欲しいものである。
案の定、やっぱりちっとも見えず、娘と息子も「あれえ」と首をひねりつつ、あきらめて布団に戻ったのだった。
ここの2、3日、こんなことが続くのだろうか。ちょっとち不安なオレであった。

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2009.10.19
取材2、打ち合わせ1。
5時半過ぎに家を出て、東京駅へ。この時間でも電車は既にいっぱいだ。駅もたくさんの人である。
7時20分の「のぞみ」で名古屋。
月曜のこの時間なのに、新幹線、空いている。7割くらいの客ではないか。不況はまだまだ続くのか。うんざりする。
名古屋でインタビューを1本片付けて、10時55分の「のぞみ」で東京に戻る。
本当に今年は有名人が亡くなって、今度は剛竜馬だそうだ。
プロレスバカの剛竜馬。かつて藤波とジュニアの名勝負を繰り広げた頃は端正なマスクと判官贔屓もあって、かなりの人気ぶりだった。だが絶頂期は短く、あとは坂道を転げ落ちるばかり。
食っていくためにアダルトビデオの、しかもゲイものにも出演。その、いかにもという風貌のせいなのだろうか。その後も数々のトラブルまみれになるものの、地べたを這うようにしてプロレスを続ける。
そのあたりにオレは、やはり亡くなってしまったアドリアン・アドニスに通じるプロレスラーの哀しみを見てしまうのだよ。
3時から千葉の本八幡でインタビュー。
地面を這いずり回るようにして生きた剛竜馬だったが、鶴田、三沢といった同年代レスラーが逝ってしまうことに藤波が哀しみのコメント。内容、忘れた。
引き続き飯田橋に移動して6時から打ち合わせ。
日が短くなって、もうすっかり夜である。秋もしっかりと深まるばかりで、なのにオレはまだ冬物を押し入れに入れっぱなしで、普段はTシャツ姿だ。剛竜馬はプロレスバカだが、オレは単なるバカだな。
打ち合わせが終了して、移動距離ばかりが長かった本日の予定は終了。カバンにはたっぷりのメモとたっぷりの資料。
ずるずると足を引きずって、飯田橋・鳥よしでオレは、厚揚げを食ったのだった。旨い。
厚揚げをおかわりするヤツはそんなにいないとは思ったが、あまりに旨いのでもう一つちょうだいとおかわりしたら「売り切れちゃったんですよ」とのことで、がっくり肩を落としたのだった。

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「ゼロの焦点」松本清張・カッパブックス。昭和の古い社会派ミステリーというのはもさすがにもう読んでいて辛いものがあるな。いっそ江戸川乱歩ならホラ話として、横溝正史なら伝奇ものとして楽しめるのだが、松本清張の社会派ミステリーとなると、中途半端なリアリティーに突っ込みどころ満載である。代表作とされるこの作品でも、自分の旦那が殺されたらしいというのに主人公の主婦は葬式の準備もせず、自らあちこち動き回って犯人を追い詰め、その途中では何度も警察署に乗り込んで情報収集。警察も「やあ、いらっしゃい」と主婦を迎え入れて問われるままに捜査情報をどんどん教えちゃうのである。その情報をもとに主婦は犯人を割り出していくのであるが、警察はちっとも気づかず、さらにどんどん捜査情報を教えちゃうのである。つまりここで警察は徹底してタコに描かれており、そうか、要はそういう小説だと割り切って読めばよいのか。


2009.10.18
練馬っていうのは、なにげに祭りの多い土地柄で、秋ともなるとあちこちで祭りだらけ。しかも日程、かぶりまくり。
本日は練馬で(世田谷区の世田谷みたいに、練馬区にも練馬がある。新潟県の新潟みたいなものだな)、練馬祭り。いろんな企画目白押しで、家族で出かけ、ぐったり疲れて帰ってきたのだった。
櫻井パパと内藤パパに会う。ついでに幼稚園の先生も来ている。日曜日なのに、すんませんねえ。

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2009.10.17
原稿。
2002年のリリース時に「今の時点での今世紀の最高傑作」と絶賛されたのが、新生フォーククルセダーズのアルバム「戦争と平和」だった。
確かにその内容は最高傑作の評にふさわしいもので、天才・加藤和彦の音に職人・坂崎幸之助の芸が奥行きを加え、そこに北山修の狂気がすべてをぶちこわすかのような攻撃性を加えるという、すさまじく至宝のアルバムだった。
例えば「白い色は恋人の色」は、還暦の天才・加藤和彦が18歳の乙女よりも初々しく歌い、職人・坂崎幸之助が加藤和彦を完璧にパクってそっくりに歌うという本人が隣にいるのだからまったく意味のない芸を見せ、ミックスダウンの時は本人たちにもどっちが歌っているのかわからなくなってしまったという素晴らしい仕上がりだ。
実際、このボーカルは鳥肌ものである。
あるいは「ライカはローリングストーン」では、坂崎幸之助が吉田拓郎をパクった吉田哲朗という芸名で拓郎そっくりに歌い、泉谷しげるが"しげるや・いずみ"という芸名で乱入して「本人が本人をパクる」という、気の狂いそうな芸を披露している。
ちなみのこの曲のNHKホールでのライブは爆笑ものである。特に大分! ついでに「白い色は恋人の色」も同じNHKホールでのライブが観られる(すぐ削除される可能性あり)。このギターとボーカルは、もう、何というか、泣きたくなるような音だ。こういうふうにギターを弾く加藤和彦みたいなじじいになりたいと思っていたよ、オレは。
他にもフォーククルセダーズのCDには「あの素晴らしい愛をもう一度」「平和について」など、美しすぎるバラードも収められている。
そんな中でこのアルバムの白眉とも言えるのが「感謝」という歌だ。
人が死にゆく瞬間の意識を歌ったものである。
この歌の詞の奥深さとメロディーの極みぶりは、クルマの中で聴いていたタニガワ氏が「ゾゾーっと鳥肌がたちましたよ〜、タンゴさん」と言っていたほどだ。オレもこの曲を聴くときは、なにものかが降りてくるような、そんな気持ちになって、一時期は夜中に聴くのが怖かったほどである。
加藤和彦は、逝くときにこの歌のことを思い出しただろうか。
聞けば鬱病になっており、借金も相当あったらしい。普段の生活も孤独だったようだ。何もかも放り出したくなったのだろうか。
それとも、やはり孤独が追い詰めてきたのかもしれない。本当に恐ろしいのは、真の孤独であり、そこから無理に目を背けるためにも散財して躁状態をつくりだし、反動としての鬱に陥ったのかもしれない。
理由はわからないが、ともかくオレにとっては相当な痛手というか、ショックというか。加藤和彦の音楽というのは、目指すべき一つの地平線だった。何よりも、朝6時に起きて午前中に創作活動を行い、午後は外に出て人と会って、6時から酒を飲んで早く寝るというライフスタイルが憧れであった。
そんな生活をしたいと思ったものだがなあ。
それにしても残念至極である。
しばらくは「感謝」を、祈りを込めて聴こうと思う。

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2009.10.16
原稿、取材1。
昨日届いた新しいソフト、といってもプラグインだが、こいつをえらい大変な思いをしてやっとこさインストールする。なんでたかがプラグインに2日もとられるのだ、ばかたれ。
オレの時間を返せ。
突然だが、一人称ってのは難しいよなあ。オレはここでは「オレ」を使っているが、どうにもあまり行儀よく見えない。
やはりこれからは「私」でいこうか。「僕」だとバカみたいだし。
私の時間を返せ。
おお、なかなかいいな。小説の書き出しみたいだ。
これを「あたし」にすると、いきなり江戸下町の商人だな。
ちょいと、あたしの時間を返しなさいよ。 いきなり藤沢周平が出できそうな世界ですな。かっかっかっ。
ことほど左様に一人称は難しい。と何も小難しそうに眉根にしわを寄せて書くようなことではないがな。
それはまあともかく、インストールに取られたあたしの時間を返しなさいってのよ、あんた。
ようやく使えるようになったプラグインであるが、苦労しただけあって、いや、高いだけあってなかなかにご機嫌ちゃんなのであった。さあ、これでもっといい音楽をつくれるぞ。
クリエイティブマインドに燃えるあたしであった。
燃えるで思い出したが、先日秋葉原の裏道を徘徊していたところ、例のメイドがやたらうろうろとチラシを配っていて、店からは大音量で「おおきくなあーれ、萌え、萌え、萌え〜っ」というコーラスが流れていた。
日本の未来は暗い。

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「耳で考える」養老孟司・久石謙。角川oneテーマ21。数時間対談して好きなことをしゃべって、それを編集下請けがテープ起こしして、体裁を整えれば、はい、新書一冊できあがり〜。情報処理と情報化は全然違うという話が面白かった。クリエイティブな仕事をするためには情報処理で終わってはいけないのである。自戒。


2009.10.15
取材1。
朝、サウンドハウスからソフトが届く。例のプラグインだ。
当然のようにインストールで大騒ぎ。どうしてこうも不親切で複雑なのだ。
どんなにガードしたって、コピーされるときはされるんだって。
夜、久しぶりにぺいちゃんCCC、ダニくんCCCと飲む。場所は東陽町という地の果てだ。
ずいぶん久しぶりだな、ぺいちゃんCCFもダニくんCCM。久しぶりと言えば、そうだ、ここは東陽町、あの人がいる。
そうである。マルイワ氏である。
かつては常務、今は社長。拠点を構えるのは東京のガラパゴス、新砂である。
東陽町までは徒歩30分、日通のバスで5分。
ところがそのマルイワ氏「オレは忙しいんだよ」ということで、本日はパス。忙しいならしょうがない。とりあえず1本電話だけ入れておくか。
ということでぺいちゃんCFNがマルイワ氏に電話したら「忙しいけど、しょうがないから行く」とのことであった。
店は東陽町にある、炭に五と書いてタンゴと読む店を指定される。ななななな、なんだその店。完璧にオレの受け狙いじゃないか。どうやらマルイワ氏、入念に仕込んだネタのようだ。
日通のバスでやってきたそのマルイワ氏「もっと早く電話寄こせ」と言う。なんと4時から電話の前に座って連絡を待ってたのだという。2時間も。
そりゃあ忙しいだろう。んとーに。
東陽町で4人、9時まで飲む。
明日もガラパゴスというマルイワ氏を千葉方面のタクシーに押し込み、オレたちは次に六本木に向かう。東陽町から六本木。永代橋が懐かしかったなあ。
六本木で3人は解散し、ぺいちゃんCDEはなじみのお姉さんがいるという大人の店へ、ダニくんCDEは会社へ、オレは弦月へと向かった。
弦月では、イラストレーター兼遊び歌作家(どっちが本業だ?)のコウイチくんによる個展が開かれていて、歌仲間が集まって飲むということをタカスギさんのブログで知り、呼ばれてもいないのに知らん顔で立ち寄ることにしたのだ。
行ってみたら、あらびっくり、東京近辺の遊び歌作家が勢揃い。カズトくんもいればリョータにミツル、ツバサくん、出版関係者、それになんと大御所・ナカガワちゃんまでいるではないの。
こんなにたくさん集まっている飲み会に誘われていないということは、オレはハブにされたな。
よーし、それならわかったとからみだす。学研のオーイちゃんには初対面なのに「イカゲソ、大好きです〜」と言われて、アタリメでも食いたいのかと思ったらオレの歌を誉めてくれたのであった。誉められて気分のいいタンゴちゃん。
深夜まで激しく飲み、しょーちゅー飲むなら弦月〜と歌いながら暴れていたら、リョータには「タンゴさんはヒールだよなあ」と責められる。ななななにをいう。こんなにも腰が低く、澄んだ眼をしたオレをつかまえて「ヒール」とは。
いきなりタイガー・ジェット・シンと化したオレは、リョータと次回のレコーディングについて深く打ち合わせたのだった。さて、いつにしようかね、リョータ。

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2009.10.14
原稿。
週末に行われた運動会でプチ・パンデミックとなったのだろう。
娘の幼稚園では、休暇明けの今日、一挙にインフルエンザ休みが出たのだった。
あるクラスでは子供の3分の2が欠席。それどころか先生も3人が欠席。
とうとう来たか、という感じである。
もちろんただちに休園が決定。今週いっぱい、娘は家の中でごろごけするのであった。
夜、サッカーのトーゴ戦。オレみたいな素人でさえ、5分見ただけでいかにひどい試合なのかがわかった。
こんな試合、協会の売上げを伸ばす以外に何の意味もないだろうなあ。
その中でも攻撃陣は収穫があった。岡崎は少し神がかりすぎてきた。強豪相手にどこまで行けるかだ。
森本は、さすがである。幼い子供がサイン帳片手に「サインください」とやってきても思い切りシカトする、大人げないヤツである。
あの体の軸の強さは今までになかったものだな。
あとは本田だ。最後のごっちゃんゴールであんなに大仰に喜ぶとは、本人は意外とナーバスで追い詰められていたのかもしれぬ。ともかくよかったなあ。
これでオレのお気に入りの松井の出番はますますなくなり、早くも終わった選手化してしまったか。
あ、そうだ、お猿の長友は相変わらずお猿のような驚異の走りで凄かったぞ。相馬をぬいたな。

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2009.10.13
取材2。
そんなわけで池袋の楽器屋ではまったく用を為さなかったので、品川での仕事の合間の時間を利用して、オレはわざわざ秋葉原の楽器屋まで足を伸ばしたのだった。
らおくの楽器屋である。デジタル音楽関係は、たいていのことはここに来れば用が足りる。
今回もさすがに求めるソフトがあった。
ところか値段を確認してうなる。ネットでは4万2000円。それがこの店では6万円だ。
うーむ、やはりネットにはかなわんな。結局買わなかった。
そもそもこのソフト、プラグインであるにもかかわらず異常に高いのである。オレが買おうとしているのは最低価格のパッケージだ。それでも店頭価格6万円。
最も高いパッケージとなると、ネットで99万円、店頭で120万円。プラグインなのに、この値段である。
まったく音楽系ソフトは恐ろしい。身を潰す。くわばらくわばら。
と拝みつつ、楽器屋の1階まで降りてきて掘り出し物のDVDコーナーを除く。
すると、おお、ありましたポール・サイモンの海賊版。うひゃひゃ。
ポール・サイモンがジョージ・ガーシュイン賞を受賞したときの記念コンサートを収めたもので、製品版のDVDが2300円ぐらいで売られているのは知っていたが、ここではテレビで放映されたものを海賊版で売っていて1700円。もちろんすぐさま購入である。
誰がポール・サイモンに印税なんか払うか。東京ドームでがっぽりふんだくりやがって。
早く家に帰って観たかったけれど、ぐったり疲れた仕事の後、心身をクールダウンしたくなって、つい石神井公園のたけちゃんに立ち寄る。ところがたけちゃん、大変に珍しいことに客がいなくて、オレ一人。こここ、これでは帰れないではないか。
日本酒を3杯飲んだところで、えー、この状況下に大変心苦しいのでありますがお勘定を、と必要以上に下手に出て、ようやく店を出る。
家に帰って風呂に入り、心身共にさっぱりしたのち、ビデオを観る。2時間近くもある。こりゃあお買い得だったなあ。
いろんなアーティストが出て、ポール・サイモンの作品を歌う。よって本人はほとんど出ない。
カントリーのグループが歌うカントリーアレンジの「ボクサー」よかつたですなあ。スティービー・ワンダーとディクソン・シンガーズの共演はすさまじく素晴らしく、ソウルフルだった。
笑っちゃったのが「時の流れに」を歌ったジェームス・テーラーで、金色の長い髪をふさささせてラブソングを歌っていたかつての美青年は、うわっ、ものの見事にきれいに禿げ上がった別人になっていて、それで歌うのが「時の流れに」って、わはははは、体張ったギャグだなあ。
最後になってゲストの締めにアート・ガーファンクルが登場。「明日に架ける橋」を歌うが、これがひどくて、ああ、もうダメだなあと酔った目で肩を落とすオレであった。
いうわけでお買い得の1700円であったが、製品版の情報をネットで見たら、あれれれ、製品版には「水曜の朝、午前3時」が入っている。海賊版には入っていない。なんでだろう。
聴きたかったなあ。

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「ヴィヨンの妻」太宰治・新潮文庫。映画化で話題ということで読む。昔読んだ「桜桃」を再読。記憶通りの、すさまじくやるせない話だ。とことん太宰とはダメ人間だったらしい。


2009.10.12
先週末で息子の学校の一学期が終わり、通知表を持って帰ってきた。
どうも誉められているようだが、今ひとつ、自信がなかったのでダテくんに聞いたら「ほめられてますよ」とのことで一安心。
この先どうしたらいいだろうとの相談には「新聞でも読ませてはいかかでしょう」というアドバイスだった。
おお、なるほど、新聞か。それはいいなあ。
ということで早速注文したのであった、朝日小学生新聞。これで我が家は毎朝新聞が5紙届く。わはははは。会社みたい。
ダテ君は毎日小学生新聞を薦めてくれたのだが、朝日、日経、日刊スポーツ、読売ときて、この上毎日新聞の販売店もやってくるとなると、鬱陶しいので朝日新聞の販売店で一緒にまとめてしまおうと思い、朝日小学生新聞にしたのである。
言うまでもなく、朝日新聞を喜んで読むような大人にはなって欲しくないし、オレも毎朝、けけけ、ばーかめ、と笑い飛ばすためだけに朝日新聞を取っているのであるが、毎日新聞も体質的には相当問題ありだから、別に朝日でもかまわんだろう。
今朝早速届いた朝日小学生新聞。8ページ、カラー刷り。
オレは朝飯前にまず日刊スポーツに目を通し、食後には朝日、日経、読売の順に目を通す。その隣で息子は、食後に早速朝日小学生新聞を手に読みふけるのだった。
その姿を見てヨメは「おっさんが二人になった…」と嘆くのであった。

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2009.10.11
「1メガ=1万円」の時代はさすがに知らないが、オレが95年に買ったマッキントッシュのメモリーは16メガだった。増設しても最大で72メガ。
そんな時代を思えば、1ギガという呆れた容量のメモリを積んでおけば、もはや二度と増設などと面倒なことはしなくていいと考えていた。
ところが大きな見込み違い。オレが甘かった。
アプリケーションがどんどん巨大化し、インストール時に1メガ以上を求められるのが普通になってきた。
そしてインストール時だけでなく、巨大ソフトを動かす時にも、いろいろぎくしゃくした問題を感じるようになってきたのである。ノートや教科書が大きくなってきたので、机の上が狭くなってきたわけだな。新しいノートを広げようとすると、使っていない教科書はしまわなくちゃならないし、そのノートをめくるのにもよっこらしょという感じになった来たし。
特に音楽ソフトの巨大化は悩ましいばかりで(一番悩ましいのがさしたる理由もなくバージョンアップして巨額のカネを請求してくることであるが)、ぼちぼち何とかしなければなあと感じるようになっていた。
そこで連休ということもあり、って連休は関係ないけれど、一念発起、メモリー増設に踏み切ったのである。10数年ぶりだぞ、自分でメモリー増設するなんて。
メモリーは当然ネットで買った。
これがびっくりで、2ギガでなんと4000円。4万円ではなくて4千円である。念のため。
つまり1ギガ2000円。「1メガ=1万円」の時代に換算すれば1千万円のものが2000円である。
そりゃあ日経ビジネスの先週号でHOYAの社長がハイテク産業の将来はないと断じるのも当然だよなあ。
しかも安さだけを見ればなんと1ギガ1000円の台湾製もある。さすがに安すぎてこれには挑戦する勇気が出ず、国産の1ギガ2000円を2つ買ったのだった。
さて、届いたメモリーを手にデルのパソコンをどっこらしょとひっくり返して、当然のように埃まみれになっているその内部をざっと掃除し、パチンとメモリーを差す。
このスロットにパチンと差す方式はいまだに変わることなく妙にアナログで、しかも当然のように非常に取り付けにくい場所にあって難儀するのもお約束で、このアンバランスなところが妙におかしいのだが、10数年ぶり、このメモリーを差すという感覚を味わったのであった。
それにしても今になってもメモリーを増設することになろうとはなあ。
なんのトラブルもなく無事に立ち上がったマシンは、ちゃあんと3ギガに増設。最大搭載可能が4ギガらしいので、これでも不満だったら4ギガまで行こうか。
増設したらさすがに起動は速くなりアプリケーションもいくらか軽快になったような気がする。問題は音楽ソフトだが、これからぼちぼちと試してみよう。
で、その音楽ソフト、どうしても必要なものがあり、池袋の楽器屋まで探しに行ったが3軒まわってもろくなものが見つからず、しょうがなく大カメラ屋にいったらそっちにも当然なく、まったく池袋は使えないと呆れて帰ってきたのだった。

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2009.10.10
台風一過の爽やかな秋空の下、というのは大嘘でどんよりと曇って雨が落ちてきそうな中途半端な空の下、娘の幼稚園で運動会が開かれたのだった。
我が家にとっては息子の時から数えて5回目。娘が年長の今年が、いよいよ最後の運動会である。
息子が初めてこの運動会に参加したときは、ふにゃふにゃと情けないお遊戯を披露し、娘はというとまだおしめをつけたまま、日本語もままにならない状態だった。
それが今年の運動会では、娘は年長。入場行進ではピアニカで「キラキラ星」を演奏しながら入ってきて、リレーではバトンの受け渡しもきっちりできていた。その様子を見ると、よくぞここまで、と感慨深いものがある。
実際、うちの娘だけでなく、友だちのあの子もこの子も、いつの間にかみんな大きくなって、遊びに来ていた卒園児を見ればみーんな小学生の悪ガキ。そんな姿を見ていれば、そりゃあ、幼稚園の先生稼業もやめられないよなあと納得するのだった。
年長のリレーは運動会のハイライトである。
周囲は必死の応援で「うぎゃー、がんばれー」「うぎゃー、はしれー」」「うぎゃー、ころんだー」「うぎゃー、立ち上がったー」とお母さんたちの絶叫が響く。たぶんオレのビデオにたっぷり入ったはずだ。
娘は二番手でバトンを受け、必死に走る。あんなにちっちゃかった娘が一人前に走ってリレーだものなあ。そりゃ、涙腺もゆるむって。
娘のチームは二位につけていたが、最終ランナーのまりんちゃんが少女ボルトかと思わせるような快走を見せ、一位チームがバトンリレーに手間取ったこともあってぐんぐん追い上げて、ついにゴール前、鼻差で大逆転というドラマだった。
このときは園庭中が阿鼻叫喚、すさまじい盛り上がりなのだった。
卒園児競技は綱引き。小学生の悪ガキどもがわらわらと集まって来やがって、おおう、小学生は可愛くねえなーとみんな思ったのだった。
父親競技もあって、もちろんオレも参加。引率のマキ先生に、元気よく行きましょうと声をかけて入場である。
競技は風船潰しだ。えーと、つまり風船を片足にヒモでくっつけて、父ちゃんどうしが足で踏みつぶすというサバイバルゲームである。
大不況の中、会社では生き残り競争に巻き込まれ、外では会社どうしの競争に青息吐息、そして幼稚園でも生き残り競争なのだから、父親とはつくづく不幸せな生き物である。いっそ、白いラインで囲むのではなくて、金網の中に放り込んでやらせればよかったのではないか。
さて、こういう競技になると毎回なんとかずるしようとするのがオレである。
まず、踏みつぶされないように風船を人の半分ぐらいにしかふくらませなかった。
次に、足にくくりつけるヒモを人の半分ぐらいの短さにして、狙いをつけにくくした。
そして、人の風船を踏むことはまったく考えず、ひたすら外周を走り回ることに専念した。
このずるい作戦で臨んだところ、見知らぬ父ちゃんに「その風船小さくないですか」と思い切りばれてしまい、いやいや、気のせい、目の錯覚、思い違いですよ、とごまかすという冷や汗ものの事態に遭遇したのだが、なんとかうやむやのうちにサバイバルゲームは始まったのである。
スタートのピストルが鳴ったら、あとは作戦通りひたすら外周を走り回るだけである。後でヨメが「マラソンしてたよね〜」とあざけったように、他人の風船には目もくれず、ただただ走り回ったのだった。
小さい風船に短いヒモ、そしてマラソン作戦が功を奏して、多くの父ちゃんたちが共食いで脱落していく中、なんとかオレは準決勝ぐらいの位置まで残ることに成功したのである。
ところが神はずるを許さないのか、作戦におぼれたオレのおごりか、短いヒモから風船が外れてしまったのである。つまり風船は、そこにただ落ちている状態。あっさり踏まれてリングアウトなのだった。
残ったヤツに目を転じれば、ななななな、なんとななちゃんパパ、つまり西やんが生き残っている。しかも、あくどいことに風船を足にぴったりくくりつけている。
つまり風船が踏めない、無理に踏もうとすると足も踏んづけてしまうので相手は躊躇してしまうという、タイガー・ジェット・シンばりの反則技なのだった。そして悪は世に栄えるの言葉通り、風船を足にくくりつけた西やんは最後まで生き残り、ファイナリストの称号に輝いたのである。
いかんいかん、書いていて興奮してきた。おかげで父ちゃんサバイバルだけが長くなってしまったではないか。
最後、娘は組み体操を演じた。
ピラミッドやら、橋やら、大技だ。幼稚園に行くお兄ちゃんの後を、おしめをつけてよちよちと追いかけていた娘が、こんなこともできるようになっていたのだなあ。
まったく幼稚園時代というのは、人生の幸せな時間なのだった。
わが子を幼稚園に通わせる時間を持てるというのは、人生においてとんでもなく幸福なことなのだと、改めて感謝したオレであった。
この幸せな幼稚園時代も、あと4ヵ月とちょっと。次はおゆうぎ会である。
そして、父ちゃんたちの活躍する出番はもうないのであった。

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2009.10.09
打ち合わせ1、原稿。
近所のかかりつけクリニックに行き、定期検査を受けて薬を待つ間、ぼっけと院内の大型テレビを眺めていたら、11時半からのNHKの番組に、突如知り合いが大写しとなって登場したので、なんの心構えもなかったものだからびっくりした。
カメラマンのナカイ氏である。
鉄道大好きの鉄道オタクで、生活のために写真を撮ってもいるが、空いた時間は鉄道写真を撮りまくっている。ブログを見ると「一日一鉄」と題して毎日鉄道の写真が更新されているほどの徹底ぶりだ。
仕事で写真を撮って、趣味でも写真を撮って、フリーランスとはそういうものなのだ。
そのナカイ氏が、新進気鋭の鉄道カメラマンとして登場し、田舎の電車に乗って撮影しているという番組だった。
何冊か鉄道写真集も出版して、好きなことを続けていればいずれはその道でなんとかなる、という見本だ。
ここしばらく会っていないが、ブログの掲示板にでも書き込んでみようかと思う。
このナカイ氏の所属する写真事務所は、ともかく規格外れというか、ずれまくった連中ばかり所属していて、その抱腹絶倒の生態を聞くだけでも飽きることがないのだった。全員鉄道オタク。この種の人間の行動や思考というのは、ともかく凄まじいのであった。
夕方、久しぶりにぺいちゃんに会い、さらに久しぶりにヤマシに会い、夜にはもっと久しぶりにクメムラ氏からメールをもらった。
なんだか今日は久しぶりだらけの一日なのだった。

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「幻色江戸ごよみ」宮部みゆき・新潮社文庫。読むのがもったいなくて今まで手を出さないでいた一冊。さすが、宮部みゆきの時代物は最高である。最後の「紙吹雪」という短編など、ある少女の哀切きわまりない人生というものがぐいぐいと迫ってくるのだった。手法はスティーブン・キングだな。


2009.10.08
原稿。
最強台風が本土上陸というので、朝から日本は大騒ぎである。
我が家でも息子は小学校の、娘は幼稚園の休みを決めつけて、のんびりテレビなどをながめていたのだ。ところが時間になっても電話連絡がまわってこない。
どうやら普通に学校も幼稚園もあるらしい。
隣の杉並区では早々に昨日のうちから公立学校の臨時休校を決めた軟弱ぶり。対して練馬区では何も考えていないのか、普通に営業するのだった。軟弱な練馬区とは違うのだった。
子供はみんな台風が好きである。息子はカッパで完全武装して「うりやーっ」と嵐の中に飛び出し、娘は「かぜがふいてる〜、うひょひょひょ〜」と大喜びで走り去っていった。
と、目を道路に転じれば、なんと幹線道路の目白通り、センターラインのガードレールにでっかいのぼりが引っかかっているではないか。隣で売り出し中のセコムのマンション、11階建ての、その大売り出しのぼりが風にちぎれてふわふわ漂い、目白通りに落っこちたのだった。
危ないったらありゃしない。
見たら、切れっ端の残りがマンションの上階でばたばたと派手な音を出してなびいており、しかもそれがまたちぎれてフワフワと漂い、目白通りを走るゴミ収集車の前にひらひらと舞い降りたのである。
その瞬間をオレは目撃したのだが、直前でゴミ収集車が急ブレーキで停まったからいいものの、あとちょっとずれてフロントガラスにでも被さっていたら大変な事故になるところだった。
危なくて、このまま放っておくわけにいかんだろ。
しょうがなくオレはネットでセコムのマンション部門を調べて電話したのだった。8時半に。
電話に出た担当者に、オタクのマンションのでっかいのぼり、ちぎれてフワフワと目白通りにひっかかってるよ、危なくてしょうがないからなんとかしたほうがいいと思うよと告げたら「えっ、あわわわわ、ご連絡ありがとうございますっ」と大慌てだった。
まあ、大事に至らず、よかったわい。

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2009.10.07
取材1。
昼から大阪。
史上最強の台風上陸が確実となったことで「オレたち、明日帰れるのかなあ」と心配顔の出張オヤジとすれ違いつつ、こちらは夕方までにとっとと帰る。
その足で東京駅から六本木。
「えっ、防衛庁ってもうないの? えっ、その跡地がミッドタウン?」と浦島太郎よりもひどいワンちゃんと、久しぶりに飲むのだ。
ここ2年ほどは忘年会で顔を合わせる程度で、ちゃんと会うのはずいぶんたってるなあ。元気そうでなによりである。
小沢かづとくん、若尾編集長も同席。音楽話などで盛り上がる。
とりあえず年明けに1曲レコーディングだ。その前にミッドタウンでライブがどうのという話もあっあたような気がしたが、忘れた。
台風前の六本木、それなりに人が多く、弦月もいっぱい。みんな、台風なんだから早く帰れよなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「週刊文春」
「しゃばけ」畠中恵・新潮文庫。気になっていたシリーズではあったが、うーむ、続け読むかは微妙だなあ。時代物は宮部みゆきがやっぱりいいなあ。


2009.10.06
取材1、原稿。
先日のオレに続き、本日はヨメが健康診断である。オレよりさらに速く、15分ぐらいで検査が終わりである。正直、ぶったまげた。
まったく民間の半日コースってのは、いったい何なのだ。
話は関係ないが、台風が近づいてきて、土砂降り。
スーツで仕事だし、ぬれるのがイヤだからと、駅まで車で行くことにする。駐車場は一日停めて1400円。
高い。高いけど、タクシーより安い。でも、高い。
まあ、気持ちよく仕事に行くのにはしょうがないか、ずぶ濡れでインタビューに臨むのもどうかと思うし。
ところが行きはよかったものの、帰りはすっかり小降りになり、歩いても全然平気だった。駐車場代がもったいなかったなあ。
さらに話は関係ないが、最近、缶コーヒーのCMでなんか聴いたことのある歌が流れてきて、「このままーっ」というから、えーとなんだっけとヨメに聞いたら「ShakeHipだよ」とのことであった。
そうだそうだ、思い出した。あのバブルの頃にヒットした歌だった。これを聴くと、バブル時代、深夜にタクシーをつかまえるのに苦労した新宿を思い出す。異常な時代だったなあ。
歌っていたのは、まいまいクラブ。よねよねクラブ。そういえば、青山てるることいさわしが、このコピーバンドをやっていたよな。ふと思い出した。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.10.05
取材4、原稿。
皆さんは「クッキングアイドルまいんちゃん」をご存知か。
NHK教育の夕方のテレビ番組に出てくるアイドルである。
小学校5年生の「まいんちゃん」が、歌って踊れる料理番組の司会者として活躍するというお話だ。
そしてこの主人公「まいんちゃん」が、実にとてつもなく可愛くて、今や子供業界で大ブレークなのである。実際、むちゃくちゃ可愛いのだぞ。こりゃびっくりだ。
ついでにネットでも大ブレークして、あちこちで萌えている。あぶない! まいんちゃん!

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.10.04
突如開き直った西友が、「KY宣言」と気が違ったような低価格路線に転じて数ヵ月。確かにびっくりするほどの低価格ぶりで、しかも洋服なんかはそこそこいいレベルだから、ちょっと感心した。
しかし、これも明らかにデフレ圧力。じわじわとひどいことになりつつあるPB商品群もその一つで、メーカーにとって禁断の果実であり、やがてブーメランのようにさらに消費レベルを下げさせる圧力になるのは間違いなく、うーむ、日本の行く末が気にかかる。
ところで「あぶさん」が現役引退って、そんなネタが新聞に載っていることに呆れたのであった。しかも現役引退しても連載は終わらないって、とっとと終われよなあ、老醜。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.10.03
原稿。
一週間ほど前のことだが、区の健康診断を受けてきた。毎年ある。
自営業者を対象とした、つまり国民健康保険加入者を対象とした健康診断で、オレもそうだけど、ヨメも近々受ける予定である。
総費用、700円、。オレの場合。やややや、やすいっ。
同じ検査を、民間の人間ドッグで受けたら5万ぐらいだから、びっくりだ。
しかも検査時間は30分。家を出て、検査を受けて、歩いて帰ってくるまで、全部で1時間である。早くて安くて言うことなし。
受付や案内その他の看護師保健婦等々はなかなかによろしい対応なのだが、問題はドクターだ。問診でもオレの顔もろくに見ないで「太りすぎに注意してくださいね、お酒の飲み過ぎに注意してくださいね、はい、おしまい」で1分で終わりである。
タコである。
言うまでもなく、この程度ならオレでも言える。いや、隣のオガワさんちのタイソン(犬)でも言える。
じじい医師は去れ。というより、区の医師会の当番で仕方なく土曜日に出できてやった、ということなのだな。やる気の出るわけもない。
人間ドッグなら「ちょっと脅しておけば、こいつはうちの病身の患者になるだろう」ってんで、やたらと細かいことを言うのだが。
まあ、医者さえ除けば、なんの問題も文句もございません。
この検査結果を持って、かかりつけの医師にアドバイスをもらえば十分なのじゃ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「できるかなEX」西原理恵子・扶桑社。


2009.10.02
取材1。
「お父さん、決まるのは2時過ぎだって」とヨメが言う。2016年のオリンピックの開催地だ。
どうしてそんな遅い時間にならないと決められないのか。
迷惑だ、早く決めるようにIOCに電話しろ、と息子に命じる。
息子は「IOCってどこ? 外国? じゃあ、でんわ代がもったいないからやめたほうがいいよ」と父を諭す。
まあ、いいや、面倒くさいからもう寝ようと思ったら、1時前なのに「東京敗れた」という特番。わははは、もう負けたのかあ。
聞けば、総会が始まる前から東京は話題にものぼらなかったらしいな。そりゃあ、スポーツの祭典だというのに、環境が、コンパクトが、としみったれたことばかり言ってりゃ、白けるって。
それに小谷みか子やら高橋なお子やら、筋肉おばちゃんばかり並べたって人は嬉しくない。ほしのあきを連れて行って「東京にやらせてほし〜の」って一発かませば、IOCのじじいどもはころっと行くって。
そう口にしたらヨメに「外で言うんじゃありませんよ」と注意されてしまったが、まあ、しかしスポーツの大会なのだから、どどーんと明るく楽しく、東京に任せたらむちゃくちゃお祭り騒ぎを見せてやりますぜ、旦那、というノリでなくてはダメなのだろう。
小賢しいことには人はなびかないのだな。いい勉強になった。
この誘致失敗の責任を取って石原は辞任。後任は待ってましたとばかりマスゾエが立つ、というのがオレの予想なのだがどうだろう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.10.01
床屋での待ち時間つぶしにと、何も考えずに息子に渡したのが「こち亀」。ところがこれが大当たりで、息子は順番を待ちながらうひゃうひゃ笑い転げる始末。
しまった、ツボだったかと後悔しても後の祭り。以来、息子は「こち亀」と「ドラえもん」に夢中である。
まともな活字を読みもせず、「こち亀」の同じページを開いてはうひゃひゃひゃと笑い転げ、なるほど、こうして小学生の男の子はバカになっていくのだなとしみじみ納得させられるのであった。
そんな息子に、たまたまネットで見つけた「こち亀ゲームパーク」というのを教えてやったら「行きたい行きたい」と大暴れ。お兄ちゃんの影響ですっかり「こち亀」ファンになってしまった娘までも一緒になって「いきたいいきたい」と叫ぶのであった。
もちろん無視していたのだが、ヨメに「明日は都民の日だよ、休みだよ」と教えられ、のけぞる。
そそそ、そうだったのか。そんな日があって、それがどういう根拠で休みにつながるのかわからないが、とにかく小学校も幼稚園も休みらしく、ちょうどいいから「こち亀ゲームパーク「に連れて行ってはどうだろう、ということらしい。
休みったって、そりゃあ子供の話でしょう。大人は普通に仕事するでしょう。
平日、水曜日。下期の始まりの10月1日。世間では内定式も行われている。
ああ、ところが折良くというか、悪くというか、オレはヒマなのであった。新潟取材の予定で空けていたこの4日間。ずっぽりとヒマなのであった。
弱いオレ。
結局、わざわざ亀有くんだりまで「こち亀ゲームパーク」に出かけていったのであった。
「こち亀」とは、葛飾区で最大の産業である。
よって亀有周辺では、ちょっとした区のお知らせも「こち亀」仕様なのであった。ここで育った子供らは、全員、眉毛がつながった大人になるのであろう。
「こち亀ゲームパーク」っても、要はゲームセンターである。イトーヨーカドーの中にあるゲーセンだ。
タイミングよく、いや、悪く、イトーヨーカドーが初の営業赤字で何店舗か閉鎖を決定したという記事が今朝の日経に載っていて、そんな不景気でしょぼいスーパーの入っているショッピングモールの3階に「こち亀ゲームパーク」はあるのだった。
あるのだったと言っても、ゲーセン。普通にUFOキャッチャーなんかが置いてある。
それでも企画はちゃんとあって、一番の呼び物が実物大の両さんと交番を再現したコーナーだ。中には両津の机というものも置いてある芸の細かさである。
入り口には、モグラ叩き。ところがこれがよく見てみたら「両さん叩き」、つまりモグラの代わりに両津がぴょこんぴょこんと飛び出してきて、頭を叩かれると「いてえ−」と叫ぶという、脱力もののマシンなのだった。
娘と息子、一回ずつ挑戦する。
オレはUFOキャッチャーだ。しょうもない。
景品がなんと「こち亀」オリジナルグラスと、両津のぬいぐるみ。いらねえ、そんなもん。絶対にいらん。
そう叫びつつ100円玉を握りしめたオレは、わずか二度の挑戦で見事にオリジナルグラスをゲットしたのだった。
その間、ヨメは子供らと一緒にプリクラである。「こち亀」仕様のプリクラかと思ったらそうではなくて、ごく普通のプリクラだった。
ヨメに、いいトシしてプリクラかよと突っ込んだら、冷たくあしらわれたのであった。
続けて息子にUFOキャッチャーの前に座らせて、両津ぬいぐるみを取るように命じる。息子、なんと一回の挑戦で見事にぬいぐるみをゲットしたのだった。
なんなんだ、この親子は。
ここでしか手に入れられないというプレミアムのグラスとぬいぐるみを手に、やあ、やっぱりわざわざこんなところまで来てよかったなあと納得しつつ、我々は昼飯を食って帰ったのだった。
世間は平日、水曜日。下期の始まりである。ああ、申し訳ねえだよ、世間様に。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.09.30
おお、なんということだ、9月が終わる。
今年もあとわずか3ヵ月。あっという間に年末となるのだろう。
昨年9月のリーマンショック以来、仕事環境は一挙に厳しくなったが、なんとか年は越せそうだ。
問題はその先である。来年は少しはよくなってほしいのだがなあ。どうかなあ。
夜中に目覚めてお茶を一口飲んで、隣の息子と娘の寝息を聞きながらじっと天井を見上げるのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.09.29
原稿。
某短大の学園祭で、幼児教育専攻の学生たちが発表会をする際の、その教材としての音楽の編曲を頼まれていて、ここ一ヵ月ほどかけて全部で7曲アレンジし納品したのだが、このほか好評だったようで本日そのお礼のメールをいただいた。
「こちらが思った通りのアレンジをしてくれて、その上で新しいアイデアを付け足してくれて嬉しいです」ということで、アレンジャーとしては作者の意図をくみつつ自分の味付けをしたことが評価されるという、最もしてやったりの状態なのであった。
学園祭は11月下旬。
女子大生のお姉さんたちが頑張って練習している。先生は「アレンジャーの方がお子さん連れて見に来るからしっかり練習するように」と仕込んでいるそうで、これは行くのが楽しみである。行ったらきっとオレはお姉さんたちにきゃーっと言われて囲まれちゃうのだ。そうなのだ。
鼻の下を伸ばしつつ、本日は息子を連れて再び眼鏡屋に突撃である。
昨日は面倒くさくなって途中で帰ってしまったので、息子がいたらちゃんと買うだろうという目論見だ。なんつー情けない男だ、オレは。
眼鏡屋でいろいろと見つつ、ちょっと欲しかったセルのフレームにする。
注文した後、カウンターに座ったら、なんとジョン・レノンみたいなまん丸眼鏡がガラスケースの中にあるのを発見。へえー、ちょっと格好いいなあ。
一瞬こっちに取り替えてもらおうかと思ったけど、いかにもジョン・レノンだし、オレがジョン・レノン好きでかけているみたいで、どうもそれはなあ、と思ってやめた。
眼鏡と言えば、土井正三のお葬式の映像でお通夜に訪れた王貞治が今流行のぶっとい眼鏡をかけていた姿が映ったが、あれははっきり言って似合わないにもほどがある。ちょっとびっくりしてしまった。誰か王さんに「似合わないからやめたほうがいいよ」と言うべきではないか。
そもそも眼鏡屋が止めろよなあ。
本日、給与保証の保険に加入。オレに万一があった場合、残された妻子に毎月15万円が支給されるという保険である。遺族年金と合わせると、毎月25万円確実にもらえるわけだ。
しかも住宅ローンはチャラになるし、医療費はタダになるし、なんだ、そっちのほうが生活は楽じゃん。そう言ったらヨメに殴られそうになったので、あわててオレは魚せいに向かったのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」なぜかグラビアで日本ハム特集。30年来のファンとしては今の盤石ぶりがなんとも昔日の感がある。それにしても巨人め、早く小笠原を返せ、このやろ。
「無理」奥田英朗・文藝春秋。これは傑作である。たいへんに面白かった。久々にページをめくるのがもどかしい思いをした。地方都市を舞台に、今のどうしようもない格差社会、貧困の再生産、閉塞感を様々な視点から描き出している。虚偽の申請で生活保護を受けている連中とそれを阻止しようとする役所の人間、地方の人間関係にがんじがらめにされた議員、離婚してスーパーの万引き取り締まりのアルバイトで生活している新興宗教かぶれのおばちゃんなど、雑多な人間が非常なリアリティを持って描かれている。そうなのである、この人間のリアリティというのが奥田英朗の一番の持ち味なのだ。その意味で伊良部シリーズよりこっちの、どうしようもない底辺長編小説シリーズのほうが面白い。はっきりいって救いようのない小説で、まったく日本はこのまま壊れていくのだろうと思わせる内容だ。最後の破局はストーリー的にはやや無理があるが、要は最後まで救われることのない、お先真っ暗な小説なのであった。1900円。高いけれど、十分それに見合う面白さである。酒席をパスしても、ぜひ。


2009.09.28
本来なら地方での取材の予定が入っていたのだが、突然キャンセルになってぽっかり空いてしまった。
業績悪化につき、という理由で宣伝物の制作中止が決まったようで、まったく不景気の影響をもろにかぶってしまった。ちっ。
こういう時には、普段やろうと思ってもできないことをやろうと、行きつけの眼科医で処方箋を書いてもらい、大泉の眼鏡屋に行った。ぼちぼち眼鏡を新しくしようかなと考えたのである。
新しくするついでに、最近流行のおしゃれ眼鏡もサブでつくっちゃおうかなあ、とたくらみつつ。
ところが店頭でいろいろ眺めているうちに面倒くさくなり、結局やめて帰ってきたのだった。面倒っても、医者に処方箋をもらうほうがよっぽど面倒だと思うのだが、洋服でもなんでも、買うつもりで行ったのに面倒くさくなって帰ってくるってよくあることだよねえ。
今度はそういうことのないように子供を一緒に連れて行って選ばせれば、面倒がらずに買えるかもしれない。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.09.27
桜木町で、フルート真実ちゃんのコンサートがあったので見に行った。
桜木町って、今では東横線は走っていないのね。京浜東北だけなのね。おかげで横浜での乗り換えが大変だった。
例えば急行停車駅がダイヤ改正で各停だけになると、ヤクザな不動産屋が「急行停車駅ということで土地を仕入れたのに大損だ。どうしてくれる」とねじ込んでくるそうだ。
それだけでも大変なのに駅そのものをなくしちゃうなんて、東急は「渋谷まで一本だというから仕入れたのに」と難癖つけてくる連中をどうさばいたのだろうか。ここにも利権の臭いが。
などということはどうでもよくて、コンサートである。
今年の春に一緒にライブをやった相方の真実ちゃんが、なんかのコンクールで優勝して、その発表会のようなコンサートが行われることになったのだ。
なんと今回はオーケストラをバックである。ひぇー、そりゃすごい。
ってんで、見に行きました、桜木町。空は広いけれど人影少なく、坂道が多い、なんだかさみしい街でした。
コンサートでの真実ちゃんの出番は二番目。オーケストラをバックに従えて堂々の演奏ぶりで拍手なのであった。
春にオレのへなちょこギターをバックにジブリなんぞを演奏させたのが誠に申し訳なかったというフルートなのであった。
それにしてもオーケストラを生で聴いたのは初めてである。楽器の配置やら音の聞こえ方などをじっくり吸収しようと身を乗り出して聴いたのであった。
ところが途中から眠くなってしまったのは、ああ、オレの間抜けなところである。あ、いや、真実ちゃんではなくてその前の演奏の時にね。
ちゃんとした音楽教育を受けていない、というか、これではずいぶん受け身内意方でよろしくないので、正確にはちゃんと音楽を学んでいないオレとしては、奥底の基本的なところがしっかりしていないというか、体系的でないというか、拠り所がない面があるのだ。
常々こういうことではいけないなあと思いつつ、和声の教科書とかをぺらぺらめくっているのであるが、やっぱりこういうオーケストラもきちんと聴かなければなあと思った次第である。
桜木町の駅の売店で、晩のおかずにシウマイを買う。
家で包みを見た息子は「シューマイじゃなくてシウマイだ」と不思議そうであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「新参者」東野圭吾・講談社。東野圭吾の新刊を手にするのは何年ぶりか。最高傑作みたいなことが広告に出ていたので、買った次第。結論、これが最高傑作とはなんじゃこりゃ、である。ちょっと上等な吉村達也ではないか。えーと、物語の中心人物の姿を、本人名を出さずに周囲の人間を通じてあぶり出していくという方法は割とありがたなものだが、例えば宮部みゆき「火車」あたりと比べても、描写や物語の深さなどは天と地なのであった。


2009.09.26
原稿。
オレはカツオが大好きで、これから戻りガツオの時期であるのが楽しみなのだが、今年はそれがえらく不漁らしく、獲れても相当に高いらしい。
んあ〜。
困ったものである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.09.25
取材1。
7時過ぎの新幹線で京都。
さくさくっと仕事を片付けて、駅ビルで昼飯だ。京都のおばんざいの店である。
おばんざいって、要はおかずだ。家で食うようなおかずを偉そうに出して、カネをふんだくるのが、京都である。
まったく京都人の腹黒さと言ったら…という話は後日にして、この店でもランチを写真に収めてから食べる女がいた。ブログである。
あれ食ったら旨かった、あの店はよかったというグルメブログはやたらとあちこちにあって、要はこれなら誰でも簡単に書けるからなのだが、実は食い物の描写というのはまことに難しいわけで読んでる方からすればまったくつまらないものがほとんどだ。
しかも当然のことながらそうそうしょっちゅう旨いものを食ってるわけにねいかないから、次第に間が空き、ついには消滅してしまうのである。
ということを書いて、オレは確実に何人か、敵に回したね。かっかっかっ。
一緒にメシを食ったキクチくん、「ああいうブログってのは、仕事でやるならともかく、好きでやるっていうのがわかんないんですよね〜」と言う。しかり。
応えてオレが言う。オレは、オレが書きたい内容の文章を誰にも直されずに書きたいから日記を書いているんだよ。
「ははあ、なるほど」とキクチくん。「でも時々、ボクが出てくるんですよね〜、タンゴさんの日記」ともらす。
おう、出してやる。こうして出してやる。
こうして書くとコマちゃんがキクチくんにご注進するらしいから、ついでにコマちゃんも書いてやる。はやく結婚しろよな〜。

「日経新聞」「ビッグコミックオリジナル」「酒とつまみ」12号
「あかね雲」山本一力・文春文庫。直木賞作品。うーむ、どうなんだろう。評判は高いようだが、物語があまりにも都合よく転がってしまう。時代物は宮部みゆきを基準に考えてしまうから、これぐらいの作品では納得できないのだろうか。


2009.09.24
原稿。
今や、のりPに続いて日本中を沸騰させる話題となったダム問題であるが、どうも地元でも「中止するのは中止だ」と騒いでいるのは土建屋及び土建屋と手を組んだ業者のみらしいな。
そもそも中止しろと騒いでいたはずの人たちがなぜ中止の中止と言い出したのかもさっぱりわからないし、作っても無駄になるものを税金で作れという発言もよくわからない理屈だ。
大臣の前原くんは、オレは実は案外したたかな人ではないかとにらんでおり、例の偽メール事件の時の開き直り(ぶれないとも言う)から、最強の天然ではないかと思っているのだが、彼が地元で頭を下げる姿が放映されるたび、呼びつけられて土下座させられている、あげくにカネ持って謝りに来いと強要されている、という印象を受ける。
おそらくそうした、地元の豪邸に住んでいる連中が数億持って謝りに来たら許してやるとふんぞり返っているという印象を国民に与えようという作戦ではないか。見ている側は、当然、そのカネはオレたちの税金ではないか、と思うわけだ。
前原くんに恥をかかせて失脚させようという小沢の作戦という見方もあったが、そうではなくて、こんな具合に頭を下げても蛙の面にしょんべんで天然を貫くことができるのは前原くんだけということで白羽の矢を立てた、したたかな作戦ではないか。
この先の展開が見物である。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.09.23
相模湖のトレーラーハウスは6人が泊まれて、中には二段ベッドもある。
息子は二段ベッドに寝ると言い張ったのだが、絶対に落ちるからやめろと言い聞かせ、代わりにテーブルをたたんでつくるベッドに寝せたのであるが、夜中にでかい音がしたと思ったら息子がそのベッドから転げ落ち、何が起きたかわからない状態のまま座って寝ていたのであった。
朝飯はバイキング。トレーラーハウスから徒歩20分。
もちろん車で行くことも可能なのだが、せっかくだから早朝の山道を散歩した。ああ、気持ちいい。
当然、朝食後も山道を20分歩いて帰ったわけだが、さすがに体がしんどく、疲労困憊。朝飯のカロリーを消費するにはちょうどいいとは思うものの、こりゃ、しばらくは筋肉痛だな。
9時にチェックアウト。基本的にスタッフはみんな接客態度もよろしく、手続き等も簡単。チェックアウトだって、カギを渡してそのまま終わりだ。
渋滞が始まる前に帰るつもりではあったが、その前にちょっとだけ遊ばせようと、例のフィールドアスレチックをして、好きな遊具を一つだけ遊ばせる。
10時半頃出発して、わははは、渋滞はやっぱりほんのちょびっとで、12時前に家に着いたのだった。
というわけで、相模湖のプレジャフォレスト、なかなかにおすすめである。
また来年も行こうっと。
時々思うのだが、4年後には息子は12歳、娘10歳。ぼちぼち家族そろっての行動時期も終わりに近づく頃だ。
4年なんて、今まで息子と一緒に過ごしてきた時間のわずか半分なのだから、それこそあっという間だろう。そう思うと、今のうちにできるだけいろんなことをして、いろんなところに行って、いっぱい時間を共有して、いっぱい思い出をつくっておこうと思うのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」


2009.09.22
さて、シルバーウィークのメインイベントであるが、我が家では例の相模湖プレジャーフォレストに行った。昔のピクニックランド、昨年改称して今はプレジャーフォレスト。喜びの森ですな。
まあ、普通の遊園地ではあるのだが、嬉しいことに宿泊ができるのである。
宿泊施設はタイプいろいろで、テントやらロッジなら。
テントは4人用が基本で、もちろんトイレもシャワーもついてなくて、屋外の共同施設を利用するのである。
ロッジは4人用や6人用で、4人用だとやはりトイレは外だ。その点、6人用は室内にトイレが付いている。
そして我が家であるが、なんとトレーラーハウス6人用なのであった。わははは。
トレーラーハウスってのは、いわゆるキャンピングカーってやつですな。その6人用。
場所はキャンプ場の一番見晴らしのよい場所、すなわち頂上に並んでいる。
下から車で上っていくと、明らかにその一角だけ偉そうで、オレは思わず「おお、田園調布ではないか」と叫んでしまったのであった。
その相模湖の田園調布にそびえるトレーラーハウス6人用にはもちろんトイレもシャワーもついている。立派なものである。
さらには専用駐車場、そして専用のバーベキューテラスもついているのであった。なんでもかんでも専用である。
朝9時にチェックイン。
そういやあれですな、1000円高速にシルバーウィークと前例のないことばかりで、おかげで高速道路会社の渋滞予報がまったく当たりませんな。
本日も20キロの渋滞が予想されていたのに、すーいすーいと走って、関越・圏央道・中高速と楽々抜けて、1時間ちょっとで到着なのであった。
おかげで9時にチェックインできた次第。
日中は、とにかく遊園地で遊び放題である。目玉は、今年の夏に完成して子供たちに大人気のフィールドアスレチック、ピカソのタマゴだ。
こういうシンプルなものが子供は大好きなのだなあ。延々と汗を流しつつ、子供らがわらわらと遊んでいる。
オレは、基本的に子供なんてぶつかったり押したり押されたりしながらいろんなことを覚えていくものだと思って、目は配りながらも放っているのだが、中には口出ししないではいられない父親もいて、子供は子供なりに不器用ながらも一生懸命にアスレチックの障害を越えようと頑張っているのに、「ほら、そこじゃない」「後ろの子(ウチの息子なのであるが)に足踏まれるぞ」「早くしろよ」と始終声を上げっぱなしのオヤジがいた。
あーあ、これじゃあ、子供も面白くないだろうなあと思ったら、案の定、その子は途中で放り出してしまった。
相模湖プレジャーフォレスト、山腹にある遊園地である。よって当然のことながら山道のアップダウンを繰り返して遊ばなくてはならない。
これが、キツイ。実にキツイ。
それなのに相模湖のばかやろーは、宝探しの企画などをやるのだった。何かを集めると何かもらえるということには問答無用で反応するのが子供であり、おかげでオレとヨメは山道をアップダウンしながら宝探しにつきあうはめになったのだった。
疲れてくるにつれて大人はだんだん不機嫌になり、あげくに捜し物がうまくいかず、やっと見つけたと思ったら「罠でした」などと記されてあったりすると、激怒である。この企画はたいへんによろしくないのであった。もちろん子供らは大喜びで、見事に全問正解。ご褒美のお菓子とストラップをもらって大満足であった。嗚呼。
さて、疲労困憊の後、ようやく我々は相模湖の田園調布、トレーラーハウスに向かう。
基本的にここは食材、寝具、その他含めてまったく手ぶらできてキャンプが楽しめるのである。おお、いいではないか。
早速オレは食材を受け取り、息子と一緒にバーベキューの炭をおこした。
トレーラーハウスってのは初めて見たけれど、中は案外に広く、おお、けっこう快適ではないか。なかなかに楽しく、子供らは大喜びである。なかなかにおすすめのポイントではないか。
ちなみにこのキャンプ場、予約がとても楽ちんである。ネットで施設の空き状況がリアルタイムで表示されるので、空いていればそのまま予約できる。
しかも、空いていなくても「この日とこの日がいいなあ」と思ったらキャンセル待ちをチェックしておけば、キャンセルが出た瞬間にメールで連絡が来るのであった。
だから我が家もとにかく適当に予約。その後に一番都合の良い日の一番泊まりたい施設をキャンセル待ちし、キャンセルが出た連絡を受けて予約し直した次第。
どうもそういうパターンの客は多いらしく、けっこう空き状況は頻繁に変わるのであった。
さて、日も落ちてきて、オレはビールを飲みながら炭をおこし、バーベキューだ。もらった食材は、まあ、しょうがねえなあという程度のもので、来年からは自分で用意して持ってこようと思った。
ランタンというものに初挑戦。息子と一緒に何度か挑戦して。ガソリン式のランタンに火をつけることに成功した。
これをつるして、夜の10時過ぎ、ヘッドホンで音楽を聴きながら焼酎を飲み、涼しい夜風に当たりながら暗くなった相模湖の湖面を眺めていると、しみじみと気持ちいいのであった。
バーベキューが済んだら、夜道を懐中電灯を手に歩いてキャンプファイヤー場へ。ここでは休日など客の多い日はキャンプファイヤーがあるのだった。
このキャンプファイヤー、火を囲んでみんなで歌ったりゲームをしたりというものだが、これが存外に面白く、いや、実は感動的に面白く、腹を抱えて笑いっぱなしの1時間だった。
なかなかあなどれないぞ、このキャンプファイヤ。息子も大はしゃぎであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.09.21
「シルバーウィークって、どんな意味か知ってた? 敬老の日じゃないのよ、ゴールデンウィークに準じるからシルバーなのよ」と、隣のオガワさんの奥さんが玄関先で教えてくれた。
そのシルバーウィーク、我が家では本日から本番である。そのために昨日、一昨日とこもって仕事をしていたのだった。
本日は、ヨメの妹一家と、実家一族、全部で11人で朝から梨狩りだ。場所は桶川。
子供らが歓声を上げながらぶちぶちもぎまわるので、大量のナシがかごにあふれんばかりとなり、計量してもらって料金を支払う段になって卒倒してしまった大人たちであった。
それにしても渋滞はどこもかしこもひどかったなあ。
昼飯は、やはり大人気のサイポクである。
ここのバーベキューは、実に旨いのだ。
待ち時間30分、11名でテーブルを一つ占拠し、バーベキューをばくばく食う。牧場だけあって、実に肉か旨い。
ともかく子連れの大集団だと、一日にイベント二つが限界だ。梨狩りにバーベキューで、こりゃ十分だろう。
家に帰ってきたときはもう真っ暗なのであった。
ちなみに冒頭のオガワさんの奥さんの言葉は、帰ってから梨をおすそわけしたときのものである。
オガワさんからはお返しに、自家製のおはぎをいただいた。そうか、お彼岸か。道も混むわけだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.09.20
編曲。
ちょっとした大作の編曲を頼まれていて、本日は朝からこもりっきりでなんとか仕上げた。
音楽っていうのは、難しいなあ。難しいけれど、楽しいなあ。
ところですっかり忘れていたが、今週の火曜日、15日って結婚式記念日ではなかったか。
2000年に結婚式を挙げたから、なんと今回が10周年ということか。ひゃー、びっくり。
なのにすっかり忘れていて、大笑いなのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.09.19
編曲。
月の半ば、今頃になるとどおーんと請求書が送られてきて、憂鬱である。
請求書といっても電話代とか、そういう自動引き落としの類であるが。
生きていくとは、カネのかかることよのう。
夜、石神井公園駅前に昨日オープンした腹の舞に行く。以前の店が再開発で閉店となったので、場所を近所に改めて再開だ。
もっとも新しい場所も確実に再開発予定だから、いずれ数年でまた移転だろう。
それがわかっていて出店するのは、要するにランチャスターというかドミナントというか、そのエリアに店があり続けることに意味があるからだろう。
食い物も飲み物も可もなく不可もなく。たまにゃあ、いいか、というレベルであったが、まあ、そんなものだろう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.09.18
取材1、原稿。
山梨まで車で出張。
出張ってほどでもないか、1時間半で行けるし。でも、東京-名古屋が1時間半だから、やっぱり出張か。いやいや、オレんちから品川だって1時間半近くかかるぞ。
まあ、どうでもいいか、そんなことは。
行くとき、圏央道の入間のSAに寄る。新しくできたところだ。
今まででは考えられないほどきれいなSAにびっくり。
帰り、談合坂のSAに寄る。たいへんなにぎわいだ。
競争原理を導入すると、あのひどかったSAも改善されるという見本だな。やっぱり無料化はやめたほうがいいと思うよ。
談合坂SAで、キクチくんがメシを食う。B級グルメの宝庫なのだ、この談合坂SAは。
忙しさのあまり、飢えを水でしのいで目眩に襲われたというキクチくん。B級でもいいから、メシはちゃんと食いなさいね。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「Number」「週刊文春」「美味しんぼ」


2009.09.17
原稿、編曲。
あれも中止、これも廃止と、民主党が次々とぶちかます爆弾にただ呆然。すごいことになってきたなあ。
東大法学部を出ている霞ヶ関の連中は、自分らが一番頭がいいと思っているから、今はバカ政治家の言うことを聞くフリをしていようと思っているに違いない。
バトルが見物だ。
ただ、民主の連中、野党時代に鍛えられて相当に性根が座っているようだから、甘く見ている官僚は痛い目にあうのではないか。宗男も合流したみたいだし。
夜、ピーの記者会見を見る。
化粧してるし、着替えてるし、薄笑いだし、顔がいい女は結局はトクだなあと思わせた会見だった。運転手は完全に893。あれは、余計なことをしゃべったらタダじゃおかんぞ、ということを強烈にアピールするためなのだろう。そうでなきゃ、車のナンバーといい、あそこまで露骨に存在を主張しないわな。
一日原稿と格闘してぐったり。しかし、まだまだやるのだ、父ちゃんは。音楽仕事もたまっている。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.09.16
取材2。
本日は小田原である。かまぼこなのである。
駅前、寂れてるなあ。喫茶店に入ろうと思ったが、どこも足を踏みとどまらせるような状態の店で、結局は駅構内のカフェになる。これが地方都市の現実なのだろうなあ。
帰りにかまぼこを買う。駅の中のコンビニである。
家に帰って、どっと疲れて、久しぶりに魚せいに行く。いいカツオが入っていた。
それはいいのだが、なんかの煮魚を食ったら、キモが旨い、このキモが旨いんだから食えとオヤジがうるさく、キミが嫌いなオレは、うるさい、オレはキモが嫌いだといいながら食い、いいから食え、嫌いだから食わないという攻防を続け、結局キモだけ食わずに残してニヤッと笑ってやったオレはイヤな客だ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「ぼんくら」(上)(下)宮部みゆき・講談社文庫。さすが宮部みゆきのストーリーテリング。リーダビリティ抜群で、どんどん読ませる。それにしても続編の「日暮らし」を先に読んでしまったことをつくづく後悔。


2009.09.15
取材2。
浜松から新富士。
天候が悪くて富士山はシルエットしか見えなかった。
けっこうぐったり疲れて帰ったのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.09.14
原稿、編曲。
昨日の取材が予想外に時間を取れられてしまったので、けっこうあてにしていた段取りが狂い、本日は朝から必死になって予定をこなす。
夜、浜松。
7時にキベさんと待ち合わせて、いつもの一刻もんへ。
うまいんだよなあ、この店は、酒も肴も。注文してから揚げる厚揚げは絶品。國香という酒は相変わらず美味しくて、くいくい呑めてしまう。 居酒屋としてはかなれ高いレベルにあると思う。
ただ、客あしらいが、一部の常連と馴れ合い気味なのが少々気にかかる。このあたりの加減は難しいところだ。
キベさんとは、あと何年こうやって一緒に呑めるかねえ、合宿はどれだけ行けるかねえと話す。
2軒目、浜松で悪名高いエキバシャへいったが閉まっていた。潰れたか。
仕方ないので、「くそばばーの店」にしようかと思ったが、まあ、あの店はもういいかという感じになり、以前いったカントリーを聞かせる店に行く。
途中、まさかと思ったあのおでん屋がまだ残っていたのにびっくり。以前入ったとき、天井に空いた穴から顔色の悪い板前がするすると降りてきたのにびっくりしてのけぞり、頼んだおでんがとても箸をつけたくなるようなしろものでないことに怖気を催し、「なんで食えわねえんだ、うちのおでん、食え、おでん食え」と、ばあさんにすすめられて、あまりのことにカネを投げつけるようにして逃げ帰った店である。
潰れずにまだ残っていたとは仰天。怖いもの見たさはあったが、さすがに再度乗り込む勇気はなかった。
そしてたどりついたカントリー飲み屋、今月いっぱいで閉店という張り紙がしてあった。地方の飲み屋もいろいろ厳しいのだろうなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.09.13
取材3。
息子の囲碁教室が間もなく終了する。どうする? と聞いたら「もっとやりたい」というので、ヨメに頼んで継続してもらった。
囲碁の何が、小学校低学年の少年のココロをゆさぶるのだろう。よくわからん。
もっとも息子が最近一番ココロゆさぶられているのが「こち亀」である。なんであんなものが面白いかよくわからんが、オレが例えば「おそ松くん」とかに夢中になっている姿を見て、親はやはりそう思っていたのかもしれない。シェー。
などと言いつつ、某地方スーパーで取材。待ち時間なんと8時間という、ほとんど冗談みたいな取材であった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「無用の隠密」藤沢周平・文春文庫。初期の未刊行の作品を集めたもの。デビュー直後の若書き作品ばかりだ。中にはなんじゃこりゃという一編もあるにはあったが、総体として瑞々しい作品ばかり。若いときからこの人は、人間の悪意というものを書くのを得意としていたのだな。


2009.09.12
原稿。
久しぶりに出かけることもなく、朝から原稿と格闘だ。
なんだか最近キーボードの調子がよろしくない。買い換えか?
そういえば、外付けのDVDドライブの電源が入らなくなった。これも買い換えなのか?
ああ、めんどくせえ。誰か修理してくれ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「FRIDAY」


2009.09.11
取材3、原稿。
昨日に続いて2日連続、西武池袋線が事故で止まってしまった。
迷惑である。
しばし後、動き始めるわけだが、時間はめちゃくちゃ、とにかく行けるヤツに乗ってしまえという客で混雑もえらい騒ぎだ。もちろんオレもその一人なのだが。
到着する頃にはぐったり疲れてしまなのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」


2009.09.10
取材1、原稿。
西武鉄道が発行した999の記念きっぷは、前夜から行列ができて結局たちまち完売したらしい。ファンというのは、そういうものなのかなあ。
オレはというと、小学校高学年から中学校にかけて切手収集にはまったことがある。クラスで一時流行したのだ。
記念切手が発売される日の朝は田舎の郵便局の前に行列ができ、オレも並んで買ったものである。
あの時の切手帳はどこにいってしまったのだろう。
もしかしたら今となってはそれなりの価値がも、中には一枚ぐらいあるのではないだろうか。甘いか。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「文藝春秋」
「あやし」宮部みゆき・角川書店。怪談ばかり集めた時代小説集。いやあ、これは面白かった。ホラーではあるが、物語そのものがたいへんによくできていて、ぐいぐい引き込ませる。傑作集。


2009.09.09
取材3。
銀河鉄道999の日、5時に起きたオレは、記念きっぷ手を買うためにではなくて、銀河鉄道に乗るためでもなくて、7時半の「のぞみ」に乗るために6時に家を出たのであった。
名古屋から在来線に乗って尾張一宮というところへいって取材。続いて名古屋に戻って取材。「こだま」に乗って、夕方は三島で取材。
予定を全部終えたら夜8時。何にもない三島駅前は、静岡の穏やかな秋の風が流れるのみであった。
疲労困憊で帰る。三島-東京間より東京-石神井公園間のほうが時間がかかるというのは、なんという不条理だ。
リニアモーターカーができたら、石神井公園より名古屋のほうが近いという驚愕の現実が出来するらしく、まっことこの世は不可思議なり。
晩飯がまだだったので、居酒屋たけちゃんに寄って軽く食う。うまい店なのだが、とにかく食い物の出てくるのが遅いのだ。急いでいるときは寄ってはいけない。
やっとの思いで家に帰ってきて風呂に入り、ふう、と一息ついたところで、台所を横切る黒い物体が目に入った。
やややっ、これはっ、もしかしてっ、例のゴキさまかっ。いよいよ我が家にもっ。
きゃあぁぁぁぁ〜というヨメの絶叫。
だがしかし、その姿をよく見ればコオロギだったのだ。
ココココ、コオロギかよ、家の中に。風流な。いや、どれだけ田舎なんだよ、オレんち。
脱力したオレは、迷い込んだコオロギを窓から蹴り出し、どっと疲れて寝たのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2009.09.08
取材2。
5時に起床して6時に家を出る。前夜「ぜったいおこしてね」と言ってた息子を起こして、行ってきますの挨拶だ。
7時40分ののぞみで名古屋へ。途中、がーがー寝る。
例によって朝っぱらから「領収証なくしちゃった」と小うるさいウッチーさんに「タンゴさん、いびきかいてましたよ」と指摘される。
名古屋の用を1時間で終え、味噌カツを食って帰りののぞみ。日帰りどころから半日帰りだ。
再びがっつりと寝る。再びウッチーさんに「いびきを」と指摘される。
東京駅で引き続き仕事。その後、家まで帰る。
名古屋は完全にすぐそこのお出かけ先、という感覚だなあ。
帰ったら、娘の幼稚園でついに学級閉鎖の報せ。そうか、そうきたか。
ともかく手洗いの徹底と、規則正しい生活で体力温存だ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「夕暮れをすぎて」スティーヴン・キング、文春文庫。キングの久しぶりの短編集。。最近はその文体の饒舌ぶりがすさまじくって、読みづらいったらありゃしない。ジンジャーブレッド・ガールという中編がすさまじく面白かった。この圧倒的な迫力、リアル感、緊迫感こそ、キングの本領。拍手。


2009.09.07
原稿、編曲。
で、そのエーワンだが早速今日発表があって、あっさり落とされてしまった。ちっ。
スーツでウクレレ抱えて人前で歌うという恥をさらしたってーのに、まったく割に合わない話じゃのう。しかも、お疲れさん会は会費制だしのう。
悔しくてふてくされたおじさん(オレね)は、もうどうでもエーワンとつぶやいて寝るのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.09.06
取材3。
本日は多忙なのである。日曜なのに。
晴天。子供らは仲良しの友だち家族でバーベキューに行くという。いいなあ、楽しそうだなあ。お父さんも行きたいなあ。
しかし、オレは朝から取材なのであった。日曜なのに。遠く、川越くんだりまで。
電車に乗ってとろとろ、川越。くそ暑い中、いろいろ面倒くさいあれやこれやに直面しつつ、仕事をこなす。
なんでこんなに面倒くさいのだろう。はい、それは仕事だからです。
面倒くさいからカネになるのだな。そんなことはフリー21年、よーくわかっているのでした。
その面倒くさい最中、いさわしから「早く来てくださーい」「助けてくださーい」「なんとかしてくださーい」と悲鳴のようなメールがひさきりなしに届く。
そうなのである、本日はエーワングランプリという、遊び歌日本一を決めるコンクールの二次予選の日なのである。
一次予選を見事通過したオレといさわしであったが、このように朝早くからオレは休日なのに仕事。したがっていさわしは、まったくなじみのない業界の集団にただ一人の完全アウェイなのであった。ほとんど代表の中の本田状態だな。
俊輔も、フリーキックぐらい蹴らせてやれよ。つーか、俊輔、もういらね。
それはともかく、救いを求めるいさわしであったが、オレは仕事なのだ。そんな遊びにつきあっちゃいられねえ。
ようやく3時半頃仕事が終了。4時過ぎの飛行機に乗って二次審査の会場に向かう。
手にはウクレレ、クビにはネクタイ。なんとも珍妙な。
二次予選のスタートは1時。事前に打診したら、5時の終了までに来ればなんとか参加させてあげるということだったので、オレは埼京線の飛行機に乗ればギリギリ表参道まで間に合うのではないかとふんだのである。
しかし、甘かったね。渋谷に到着した時点で4時50分。走るのはイヤだからちんたら階段を上って、そうだ、喉が渇いたからヘルシアでも買おうと駅前のコンビニに入って、レジの中国人のおかしな日本語に聴き惚れたりしていたらあっという間に5分前。
暑いし、遠いし、面倒だからタクシーに乗ったわけだ。
当然タクシーの中で終了予定の5時の知らせを聞き、わはははは、ギリギリ間に合わなかった、でもドラマならここで一発逆転なんだよなと思って会場になだれこんだら、あららら、まだ間に合うって。
なんだよ、間に合っちゃったじゃねえかよ。
ここでこの珍妙なエーワンという企画についてご説明しましょう。この世の中にはニッチといえばあまりにニッチ、遊び歌というジャンルがあるのです。
げんこつ山のたぬきさん〜とか、そういう歌ですな。そして、一年中そういう歌ばっかりつくっている遊び歌作家という暇な人たちがいて、その中から全国で一位を決めてしまおうというのがこのエーワン。
酒の席でその話を聞いたオレは酔った勢いで、そんなもん、オレがグランプリに決まってる、と宣言して出場したのである。そして見事予選を通過したというわけだ。
到着した二次予選の会場では、30何組かが演奏を披露していて、ギリギリ参加のオレはなんとエントリーナンバーをとばして最後の大トリで演奏することになったのである。
取材帰りに飛行機で駆けつけたオレは、会場で唯一スーツ姿。浮いている。
しかも、空気が完全に温まっていて、その中で突然演奏するっても、こりゃ代表の本田どころじゃない、アルゼンチン対ブラジルのドゥンガ並みのアウェー状態なのであった。
しかし、負けてはいられない、オレはホームのアルゼンチンの観客を沈黙させてやるのだと、スーツ姿にウクレレ持ってステージに登場したのである。そのときの様子を後で聞いたら「ゲストが出できたと思いましたよ」「プロデューサーの挨拶かと」と、要は完全に場違いで、よしよし、それはそれでつかみはばっちりなのであった。アイスブレーク!
前の席に座った審査員を見たら、あれ、予選なのに全員そろっている。じゃあ本番どうするんだよと思ったわけだ。言い出しっぺの中川なんとかと、新しい沢と書く人と、絵本作家の藤本さんと、デビュー10周年ライブのチケットが数分で完売したというけろポン酢等々。
藤本さんは昔からの知り合いで同じバンドでも演奏していたから、オレと顔を合わせないようにしているのだった。おや、アルゼンチンの中にブラジルのサポーターが。
オレが演奏したのは、「タコパン」という3分で作った歌である。タコがパンツをはくときどうするかという、別にどうもしないだろうみたいな、カンペキにロジックのない歌なのであった。
しかも3分で作ったのはいいけれど、その振付など前夜までまったく考えず、あろうことか歌詞に至ってはすっかり忘れてしまって川越からの飛行機の中で慌てて復習した次第である。
それでも何をやっても形になったように聞こえるのが、遊び歌というものなのであった。わははは。
それにしても参加の9割は保育関係者。この人たちって、どうしてあんなにすぐに群れるのだろう。いつも不思議に思うのであった。
終了後、渋谷で打ち上げの席が用意されていた。でも、そこまでの間が持たず、オレといさわしは東京都児童会館の向かいにあるちゃんぽん屋に飛び込んでビールと餃子、チャンポン。打ち上げの席に着く頃には完全に酔っぱらっていたのだった。ひっく。
打ち上げには、おいおい、保育の仕事って朝早いんだろうが、日曜の夜にそんなに飲んで大丈夫なのか、だいいち九州やら宮城やら鳥取やら大阪やら、そんな遠いところから何しに来たんだ、あ、エーワンか、というような人たちがたくさんいて、たいへんな騒ぎである。
ちなみに写真は、ポン酢の一人と盛り上がるいさわしと、なぜか飲み会にだけやってきた体操のお兄さんの首を絞めようとしているオレである。
こうして完全アウェーの狂乱の夜は過ぎていき、いや、アウェーとは言いつつもポン酢のバックではギター弾いたこともあるし、藤本さんとは久しぶりだし、他にもオレがアレンジしてやってスタジオでは偉そうにレコーディングディレクターとして指示を出した若手保育芸人が何人かいて、いつの間にやらそれなりに知り合いが増えてきたのかと思いつつ、副都心線で帰ったのだった。
副都心線、夜中になると乗り継ぎが悪いな。やっぱり飛行機にすればよかった。

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2009.09.05
原稿。
激しく原稿と格闘し、終わらせて居酒屋たけちゃんで旨い酒を飲んでご機嫌ちゃんになって帰ってきたオレは、当初は観る予定のなかった日本代表のオランダ戦に付き合うことにしたのだった。
前半はおそろしくよかったですな。人もボールも動くサッカーそのもので、なるほど、これなら世界にある程度通用するし、日本にはこれしかないというのもなんとなくわかる。
問題は、この動きを90分フルタイム続けるには体力がもたないということと、だからこそ前半のうちに2点ぐらい取っておけなかったフォワードがダメだということではないか。
3点目が入ったところでテレビを切っちゃったよ。
1点目のオランダのゴールのような、ワンチャンスでドスンというゴールが決められないとなあ。日本であれができるのは高原だったんだけどなあ。
それにしても俊輔のところでボールが止まってしまうケースが今回も目立たなかったか? そろそろ俊輔はお引き取り願ってもいいのではないか。
あと、どうも本田がおかしかった。もしかしたらチームの人間関係の面で何かトラブったのではないか?
とにかく前半ちょこまか動いて相手がとまどっているうちに点を取って、あとは必死で逃げ回る以外に、この戦法では勝ち目がないな。

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2009.09.04
取材4。
もうすぐ2009年の9月9日。スリーナインにひっかけて西武鉄道では、銀河鉄道の記念切符を発売するらしい。
マニアはこういうものにも並ぶのか。並ぶのだろうな。どうもそうらしい。
ちなみに銀河鉄道99の作者は隣町に住んでいて、ごく普通に駅前の喫茶店でコーヒーを飲んでいたりするらしい。
その手の話題でいけば、オレがよく行く居酒屋たけちゃんの隣の沖縄料理屋は、あしたのジョーの作者が常連らしい。
本日は、らしいでまとめてみたのだ。

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「デパートへ行こう!」真保裕一・講談社。深夜のデパートにそれぞれの事情を抱えた人たちが集まって繰り広げる一夜の大騒動。オレの好きそうな話だとは思ったのだが、例えば同じようなモチーフの恩田陸「ドミノ」あたりを期待した結果、大ハズレで、いやあ、名手・真保裕一、こいつは失敗作だな、きっと。


2009.09.03
取材2、原稿。
早朝5時半から原稿を書き始めたオレは偉い。
けど、昼には当然眠くなってしまうのが、困ったところなのだった。

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2009.09.02
取材2、録音。
今年の夏の思いでの一つが、Simon & Garfunkelのライブである。東京ドームだった。
ジャパンのサルにはこんな程度で十分だぜ、べいべ。
明らかにそう思って手を抜いていたポール・サイモンのギターをありがたく拝聴したオレは、3000円も払って手に入れたキャップを喜んでかぶって帰ったのであった。
なのにここ最近、その帽子が見あたらないのである。
どういうことだろう。ヨメに、どこにやった、早く出せ、と言っても「知らないわよ」とあしららわれて終わり。息子に聞いても知らんぷりである。
うーむ、どこへ行ったのだろう、あの帽子。人間の証明。
そんな深い悩みを抱えつつ、久しぶりに向かったのが「たけちゃん」であった。
そして、カウンターに座った途端、「うへへへ」と笑いながら現れたマスターが頭に載せていたのがサイモン&ガーファンクルのロゴの入った帽子。
ななななななな、なぜ、それを。
そうです、忘れ物でありました。まったく困ったものである。

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2009.09.01
取材2。
夏が終わって、本日より秋。
さっそく名古屋まで日帰りだ。
夕方の名古屋駅は激しく混雑し、東京までの新幹線も出張帰りのおっさんで満杯、なかなか取れないのが昨年までのお約束だったが、本日はがらがらでびっくり。
うーむ、不景気に新型インフルエンザの影響をまざまざと見せられた。
土日はこれに1000円高速が加わるというわけか。
やっぱりあれは一つもいいことがないなあ。

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2009.08.31
取材1、原稿1、編曲、録音。
夏の最後の一日とはいえ、8月なのに朝から肌寒くて、昼過ぎからは大夫風によるとんでもない土砂降りになって、息子はずぶ濡れで学校から集団下校、オレは駅からぐしゃぐしゃになりながら畑の間の道を帰ってきたのだった。
新宿南口には、報道の車が3台。こちら新宿駅ですというレポートに備えてだろうが、すげえ暇そうにしていた。あの人たちもあんまり時間の使い方がうまくなさそうだな。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「おそろし」宮部みゆき・角川書店。たまにはハードカバーで長編を。途中のエピソードはたいへんに面白く、恐ろしく、また哀しかったのだが、最後がどたばたした感じがある。何も最後にボスキャラと闘う設定にしなくてもよかったのだがなあ。


2009.08.30
日曜なのに取材4、原稿。
天変地異か驚天動地か、天網恢々魑魅魍魎、朝一番で投票所に行ったら、ちょっとそこでお待ちくださいと行列に並ばされる。
これは全国各地で見られた光景のようで、選挙のために行列するとは、いったいこれはどこの国の選挙だ。だいたい選挙の投票率が高い国というのは政情不安なわけだから、日本もどうやらだいぶ格落ちしたらしいな。
適当な党の適当な候補に入れる。
家で子供らに、我が家も政権交代だ、これからはお父さんのことをお母さんと呼びなさいと宣言したのが、まったく無視されてぎゃふん。権威失墜なのであった。
群馬県の高崎まで出かける。仕事だよ。
最近、NHKの朝の子供番組「シャキーン」が大人気で、我が家でも子供らが毎朝見ている。俺の携帯のアラームもシャキーンのテーマだ。
この借金で、いや、シャキーンの今月の歌というのがなかなかに面白く、要は全国の方言をネタにした歌なのだが、娘などはテレビの前で大声で「ほっかどー!」「にいがた!」「とーきょー!」などと叫んでいる。
そうかそうか、いい歌でよかったな。
と思っていたら、なんとこの歌、後輩のくわもの野郎が作詞していたことが判明した。これまた驚天動地、五臓六腑。
くくくく、くわもの野郎、こないだ、方言のことで電話かけてきたと思ったら、こんなことしていたのか。また人に黙って小遣い稼ぎしやがって、このやろう。
娘は相変わらずテレビの前で「かごしまー!」とか叫んでいるのであった。
夜、寝る前にネットをチェックしたら、ななななな、なんとオレが予選を通過していた。
なんのことかというと、遊び歌グランプリという地味なコンテストの予選である。全国から遊び歌を募って、一次審査、二次審査を行い、最優秀賞はCDデビューできるという企画なのである。しょうもない企画だなあ。地味すぎる。
しょうもないついでに、一つ、応募してやるかと思い、「ひきこもりの歌」「パパは服役中」という歌を作ったのだが、そういう悪い歌はやめなさいとヨメにたしなめられ、無難なところを適当に作って応募したのであった。
まあ、一次予選、どうせ通るに決まっているとはわかっていたが、案の定、するっと通ってしまったのだ。
ちなみに青山てるるさんも通っており、さすがたんさいぼう、素晴らしい。というか、広告屋はコンペを通すのは手慣れたものなのだ。
もっとも通すだけ通して、それからあわてるのも広告屋。オレも通ったはいいが応募して歌の内容をカンペキに忘れていたのには焦った。おいおい、オレが自分でこないだ作った歌だよ。
あわててとりだして印刷してみて、げっ、歌だけ作って振付とか遊びとか、何も考えてなかったことが判明。ついでに、青山さんにアレンジを頼まれていたのに、カンペキに無視して放りっぱなしになっていたことも思い出した。
驚天動地、天地天明、こここここれはヤバイ、カンペキにヤバイ。
このくそ忙しい中、しかも新型インフルエンザばやりの中、新幹線であっちこっち行かなければならないというのに、オレはてめえで作った遊び歌の振付を考え、青山さんのこれまた昔適当に書き殴った歌のアレンジをしなくてはならない羽目に陥ってしまったのだ。
明日からオレはどうしたらいいのだ。見事に滑って転んだ落選候補もきっとこんな気分なのだろう。
なお、一次予選通過を知ったヨメは、「応募総数79? 通過が35?」と一瞬首をひねったのち、ぷっと噴き出して「創作童謡並みだね〜」とのたまったのだった。しまった、そこに気づいたか。
ともかく面倒なことは明日にしようと放り投げ、布団をかぶって寝てしまったオレであった。



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2009.08.29
編曲。
土曜日で妻子はお出かけ。オレだけ一人家に残って、もろもろの仕事だ。
夏ももうすぐ終わり。今年の夏はというと、けっこう頑張ったと思うのだがどうだろう。
海水浴1回、プール2回、バーベキューは4回、そのほかにもフィールドアスレチックに行ったし、海で釣りをしたし、花火もやったし、スイカ割りもしたし。夏休みのお約束はだいたいやったと思うが。
やり残したのは西武園の花火大会ぐらいか。冷夏で雨の多かった夏にしては、父ちゃん、けっこう頑張ったぞ。パチパチ。

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2009.08.28
編曲。
先日、旦那が高速道路会社に勤めているという人に話を聞いた。
1000円高速以来、売上は大幅ダウン。なのに激しく忙しい。みんな、SAでカネ使ってください。そうでないと儲からないんです。
なるほど、そんなことになっていたのか。
道路会社は儲からず、道路はとんでもない大渋滞、フェリー会社は死活問題で、JRは売上激減。
なんだ、1000円高速になっても一つもいいことなんてなかったじゃないか。せいぜい千葉のマザー牧場の客数が増えたという程度ではないか。
どうやらまた我々はだまされたらしいな。
ということは、つまり、常時無料化ということになると、事態はますますひどくなるというわけだ。そこには頑張って利益を出そうという発想がなくなるから、老朽化してもほったからかし、サービスは著しく低下、役人どもがふんぞり返る、という未来が待っている。
これは困った。
先日、ニュースで民営化推推進派の副都知事と無料化推進役のおっさんが議論し、副知事が圧倒的にやりこめられていい気味だと思ったが、どうやらオレの認識が間違っていたようだ。
困った、困った。

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2009.08.27
原稿、編曲。
来週から怒濤のスケジュールが始まるので、それまでに片付けられるところはやっておかなければ。というわけで、本日は一日中こもって仕事なのであった。
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2009.08.26
取材3。
別の小学校に通う、息子の友だちが新型インフルエンザ、略してシンフルエンザにかかってしまったことが判明。
ところが熱は37度台と低く、一晩寝たら回復。風邪だと思って医者に行ったら、念のためにという検査で判明したのだという。
どうも周囲で流行しているシンフルエンザは、このように軽症なものが多い。毒性が低いのか、耐性の強い人が多いのか。
この様子では、シンフルエンザにかかったのにも関わらず軽い夏風邪だと思ってやり過ごして、それで治ってしまった人も少なくないのではないか。
このような楽観的な見通しが当たればよいのだけれど。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「食品と暮らしの安全」もしかしてシンフルエンザ? と思ったら、とりあえず大急ぎで葛根湯を服用し、水分と塩分を十分にとって休養すれば、たいがいは大事に至らずに治るらしい。スポーツドリンクはダメ。無添加の出汁に塩が一番いいらしい。麦茶に塩もよいのではないか。この夏はシンフルエンザ対策で手洗いを徹底する人が増えたため、季節のお約束の溶連菌などが流行せず、かえってよかったそうだ、一病息災は人の話だけではないらしい。


2009.08.25
原稿、編曲。
本日は一日中こもって机仕事である。
夏休みが終わって学校に行った息子が帰ってきたので、インフルエンザの状況を聞いたら「まだ、だれもかかってないって、校長先生がいってたよ」とのことであった。
とりあえず一安心。

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2009.08.24
取材3、編曲。
どうも時々オレは暴言を吐くらしく、テレビで鳥取県が紹介されたときは、鳥取なんて島根と合併しちゃえばいいんだ、と口にしてしまった。
その勢いで、茨城と栃木も合併しちゃえと決めてつけてしまったのである。
本日は、テレビで福井県が紹介されていたので、福井なんて解散しちゃえばいいんだ、と口走ってしまった。
だって日本一使えない県だろう、一番の特産物が五木ぴろしだし。追い打ちをかけてしまった。
どうもこの口と性格は矯正しないような気がする。
昼から高校野球の決勝。どこが出たのかと思えば、野球の最貧国、新潟のチームである。あり得ませんな。
残念ながらオレは仕事であり、目の前の日銭を稼ぐことに忙しいので見られない。と、カメラマンのタカダ氏が「すごいことになってるぞ」とクルマのテレビを指して教えてくれた。その瞬間から駐車場はスタジアムである。なにしろ当のタカダ氏が愛知出身(笑)。駐車場でどつきあいだ。
小さい画面を見ながら、お互い、うお〜、マジかよ〜の連発。9回2アウト2ストライクからって、ありえねー。
特にキャッチャーフライが上がって日本中の誰もが「あーあ、終わった」と思った瞬間、エラーしたのは、ドカベンでもここまでやらないだろうという展開で心底びっくり。案の定、次のボールはデッドボールで、これだから野球は怖いですなあ、かっかっかっ、とオレは評論家状態である。
まあ、こういう試合だから、終わり方はあれでよかったんじゃないかね。一瞬にして夢から覚めたみたいな幕切れで。
遠い夏の幻だったのだ、ああ、熱闘コマーシャル、いや、熱湯甲子園。
ゲームが終わったとき、誰も泣いていなくて笑顔だったのがよかったですな。やりきった感が漂っていた。負けた球児が悲壮感なく、いい時代である。
もっともこれで新潟が逆転していたら、愛知はシャレでなくて永遠のトラウマ。人生を踏み外すヤツも出ただろう。特にあのキャッチャー。だから極限まで追い上げて負けてよかったのだ、新潟は。
ほとんど小橋対三沢。追い込まれて追い込まれて、三沢が逃げ切ったという試合で、両者のメンツを立て、見ているものにはこの上ないカタルシスを与え、視聴率もばっちり、ニュースに翌日の新聞に週刊誌にとネタもマルチにたっぷり提供できて、興業としてはこの上なくよくできた成功であった。
ネットに目を転じれば、最後の最後に追い上げて力尽きた姿に日本人としてのナニカが揺すぶられたのか、ほとんどが新潟の味方。中には「中京の三塁手、空気読めなすぎ」との非難も目について、大笑いだ。あれをエラーしていたら、マジで人生変わっていたぞ、あの人。
試合中は大興奮、終わってみんな笑顔でああよかったなあというのが、一番いい興業なのである。
そんなことを思いつつ、そういえば本日はオレの故郷で夏祭り。子供が減って、人口が減って、実にしょぼい祭りになってしまったが、地元にとっては一年一度のお楽しみだ。
一面に広がった緑の田んぼの間を、夏の終わりの風を受けながら、子供御輿が大声を上げて通り過ぎていくその様を思い、練馬からしばし夕暮れの空を見上げる。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」「ビッグコミックオリジナル」「AERA」


2009.08.23
原稿、編曲。
日曜日の囲碁教室のために、息子を光が丘のカルチャースクールまで送る。
駅前では黄色いシャツの民が「マニュフェストありまーす」と叫んで冊子を配っていた。ほほう、これがマニュフェストか。今話題の。
オレはわざわざクルマを降り、一冊ちょうだいとマニュフェストをもらったのだった。
と、そのオレの目の前についと手が差し出され、思わず握手してしまったのだが、その手のヌシが民の候補。ああ、こりゃどうも。
今まで自が強かったが今回ばかりは民だろうなあ、ここでも。
息子8歳、娘6歳。
過去10年近く、育児のまっただ中にいたわけだが、その間、産婦人科は廃業が相次ぎ小児科も減って、それなのに待機児童は減らずと、子育て環境は劣悪になるばかり。まったくこの10年、政治は何もやってこなかったわけだ。
これから20年後、娘が子供を産むときに産科不足で苦しい思いをするような社会であって欲しくない。その20年後のために、今考えられる選択をしなければと思うのだった。
囲碁教室が終わる頃、息子を迎えに行く。
光が丘の駅前には、相変わらず民の候補がいて人だかり。警官も多い。
と、信号待ちで停まったオレの車の目の前、横断歩道を一人のおっさんがとことこ歩いている。
ありゃ、ぬりかべじゃないか。
あの大物が、SPもつけずにノーネクタイ姿で目の前の横断歩道を渡っているのだ。
オレは子供らに、見ろ、ぬりかべが歩いているぞと教え、クルマの窓をあけて「がんばりたまえ、岡田くん」と声をかけたのだ。するとぬりかべは、オレを見て手を振ったのである。横断歩道で。
子供らには、ぬりかべがお父さんに手を振ったぞ、お父さんはえらいのだ、と教えてやる。そして、ナマのぬりかべを見たから話なんかどうでもいいやと立ち去るのであった。
まあ、今度ばかりは民だろうなあ。自は、いくらなんでもひどすぎたからなあ。
そのような呑気な状態でいた頃、オレの故郷の新潟では大騒ぎが起きていたらしいのだ。
なんと、新潟代表が甲子園で決勝進出だと。は? 何かの間違いでは?
甲子園で一勝すれば県を挙げての祝勝会という野球後進国。今までの実績では山形の次に下から二番目という情けなさ。
それが、どこでどう間違えたか、天変地異か下克上か、さすが民が自をひっくり返すという世の中、決勝進出なのである、新潟代表。
日本がワールドカップで優勝するよりも難しいと言われるほどの快挙なのである。もう新潟県は大騒ぎなどというものではなく、天地がひっくり返ったような騒ぎなのだ、たぶん。
願わくば、ドカベンの作者がしゃしゃり出てくるよなことにならなければいいと祈っているのだが、それはともかくとして、正直、びっくり。実は準決勝に出ていたとは知らなかったのである、オレ。わはははは。
まあ、ここまで来たら次も勝て。オレも黙ってみているわけにはいかないので、甲子園まで行ってくる。決勝はいつだ。明日か。よーし、旅立ちだ。
などと言いつつ、あまりに暑いので子供たちを連れて近所の銭湯にいった。時々行くのである。この銭湯。
千と千尋の神隠しにそっくりの銭湯で、おんなじ顔をした湯ばーばが番台に座っているのだ。それを見るだけでもカネを払う価値がある。
休日の夕方、常連のじいさんたちに加え、休みのサラリーマン、近所のガキどもと、けっこうな賑わいである。子供らも慣れたもので、あっついお湯にも平気で入り、「きもちいいね〜」とオレより長風呂するようになった。
銭湯の湯って本当に気持ちいいよなあ。ここもいずれ代替わりの相続対策でなくなってしまう運命なのだろうけれど、そういうことは考えず、のんびり楽しむのだった。
夏の終わり、風呂上がりの風が気持ちいい。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.08.22
取材2。
群馬の山の中まで取材に出かける。緑がきれいな、とても美しい山村であった。
それはいいのだが、例によって大変に迷惑だったのが1000円高速である。
案の定、関越で10数qの渋滞にぶつかり、加えて途中で事故なんかがあったものだから、普通なら1時間半のところ3時間もかかってしまったぞ。
やめてくれえ、1000円高速。いや、オレだけ1000円にしてくれえ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.08.21
編曲。
光が丘の「夏の雲公園」での夏祭りに出かけていく。地元の手作り感覚いっぱの、しょぼい祭りだ。
26年も続いているという。
それだけ長く続くとしがらみも生まれるのか、屋台の並ぶ普通の夏祭りだというのに、盆踊りを途中で止めてまで来賓の挨拶というのがあった。しょうもな。
ここ、今も書いたように夏の雲公園というなかなかこじゃれた名前なのだが、ほかにも光が丘には春の風公園だとか秋の陽公園だとか四季の香公園だとか、そんな名称の公園がある。
こじゃれてますな〜、練馬区。
こじゃれついでに、光が丘では高齢化が進んで10年後には限界集落確実なのだが、その予兆として小学校の統合が決まった。
そして、その新しい小学校の名前というのが、ここは笑うところなのだが、四季の香小学校、春の風小学校、夏の雲小学校、秋の陽小学校というのである。
うわあ、なんともお気の毒な。
公園がこじゃれているのだから、これならこじゃれた学校ができるだろうと思い込んでいるところに、練馬区らしさが感じられて、ほほえましいのである。
もっとも小学校の名前では、練馬区にはもっとすごいのがある。豊渓小と書いて「ほーけい」と読むのだ。
誰もがぎょっと思うのだが、しかし、地元の人々は慣れきってしまうのか何とも思ってなくて親が「うちの子、ほーけい」、先生を指して「ああ、あの人はほーけいだから」、飲み屋のおやじは「今日はほーけいばかりだなあ」という会話が普通に交わされている。
それを聞いていちいち突っ込むと、それはかえって逆にこちらの民度というものが疑われるような気がして流しているのであるが、しかし、飲み屋で先生のグループが「うちのバレーボールチームの名前は、ほーけいレディースっていうんですよ」と口にするのを聞くと、ぶーっとビールを噴き出しそうになる。

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2009.08.20
原稿、編曲。
今日は娘の誕生日。6歳になった。
生まれた時のこの日記を見ると「2,375g。未熟児寸前。一昔前なら完璧に未熟児扱いの小ささだった。それでも大きな声で泣いて、一安心。母子ともに健康。我が家も4人になりました。」とある。
そうだった、あまりに小さくて周囲は大丈夫かと心配したものだった。けれど親であるオレたちは何の心配もせず、いい子が生まれたと喜んだ。きっと親としての本能が「心配いらない」と告げていたのだろうなあ。
夕方の風が気持ちいいので、晩ご飯を庭で食べていると、隣のオガワさんがビールを飲んでいる。ここに引っ越してきたときは、娘もまともに日本語がしゃべれなかったのに、早いものですねえと話す。
娘、一日中誰彼となく「きょうはののかのたんじょうびだよ」と話しかけ、相当に嬉しかったようだ。
ケーキの上の六本のローソクを庭でふーっと吹き消し、パンパンとクラッカーを鳴らす。外でこんな騒ぎをしても誰も文句を言わず、にこにこ見てくれるのが、このあたりのいいところだなあ。
日中は猛暑。けれど夕方はひぐらしが鳴き、コオロギが聞こえ、空は高く、風は涼しく、もうすっかり秋の気配。これから9月にかけての一時期、ここに引っ越してきたときのことも思い出されて、大好きな時間なのだ。
まあ、ともかく、娘よ、おめでとう。お前はこうして何歳まで父ちゃんと一緒にメシを食ってくれるのかなあ。

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2009.08.19
取材1、打ち合わせ1。
夏休みも終わり、世間は普通に経済活動を営んでいるのであるが、スキあらば子供と同じ気分になって遊びに行こうとたくらんでいるのがオレである。
本日も夕方まで予定が入っていないのをいいことに、相模湖ぷれじゃフォレストに出かけた。どこですか〜、それ。かつてのピクニっクンドがそんなふうに名前を変えたのであった。
7時半に出発。外環経由で1時間で相模湖に到着。オープン前に並んだのであった。
相模湖ピクランなど、ださいに決まっている。
そう決めつけて出かけたのであったが、なんのなんの、案に相違してすげえ面白いところだったぞ。
一番の目的は新しくできたアスレチック施設だ。
まずこれに子供がおおはまり。汗だくになりながらおおはしゃぎで体を動かす。45分でクリアーした後、息子などもう一度挑戦していた。
一応オレもついていったが、けっこうきつくて、バイトのお姉さんに「手を引きましょうか」と言われる始末であえなくリタイヤ。くそ、若い娘さんに手を引いてもらうんだったと後で悔やんでも遅く、照れてる場合ではなかったと思い知るのだった。
基本的にこのピクラン、とんでもない山中に建設されているため、上下移動が激しいのだ。常にぜいぜいはあはあ言いながら移動している始末で、すげえ運動になったのは間違いない。
ダイエットランドと名前を変えた方が、もっと人気が出たのではないかな。
娘は、身長と年齢で、微妙に乗り物制限にひっかかる。本日、5歳と365日。つまり明日で6歳だ。
なので、娘に「年齢を聞かれたら6歳と言うんだぞ」という教育的指導を行う。娘は言いつけを守って、ちゃんと年齢をごまかして乗り物に乗ったわけだが、大きな声で「おとうさん、ちゃんとろくさいっていったよ〜」と叫ぶのだからずっこけるわけだ。
こうして9時から12時まで大汗かきかながら遊びまわり、昼飯には山を眺めながらバーベキューだ。平日の昼間からバーベキューというのも、ほとんどあり得ないわなあ。
それにしてもこのピクラン、けっこう楽しめた。案外、いいじゃん。練馬区にある遊園地よりなんぼかよいぞ。
どうもここには常設テントやロッジもあって、キャンプ宿泊できるらしい。う、やってみてえ。
けっこう激しく心惹かれたオレであった。
汗だくになり、激しく疲労しながら帰ってきたオレは、シャワーを浴びて着替えをし、仕事モード。飯田橋に向かったのであった。
そしてこの飯田橋で、なんと同じフロアの従業員に新型インフルエンザが発生したことを知る。ぎょえっ、ここにも新型が。
連日のこの事態に、どうやらもう新型インフルエンザは普通に身近なところにいると思い知らされた。電車にも普通に乗っているんだろうなあ。
手洗いとうがいを必ずするように家族に命じ、空中の菌の退治にクレベリンを2個設置したものの、ここに至ってはかからないように防ぐのは至難の業。かかっても軽症で乗り切れるように準備する方が現実的ではないかと、戦略を切り替える。
要は免疫力を上げることですな。
というわけで、しばらく前から家族でヨーグルトは食っていたが、もっと発酵食品を食え、リンゴジュースを飲め、と家族に命じた。
そう命じたオレは、飯田橋まで来て素通りはできないだろうと、鳥よしに寄って厚揚げを食う。ご機嫌ちゃんなのだった。
いい気分で帰ってきたら、ケロポンズの新しいCDが届いていた。今日は面倒だから聴くのは明日にしよう。
ケロポンズは今月30日にデビュー10周年コンサートを行う。その記念CDなのだった。
しかし、そんなコンサートもインフルエンザ的には大丈夫なのかなあ。ちょっと心配なのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」地元でネズミが大量発生。やたらと走り回っているらしい。大地震の前触れではないかという噂だ。文春でも、今月末から来月にかけて大地震が発生すると書き飛ばしている。ケロポンズどころではないではないか。


2009.08.18
打ち合わせ1、原稿。
ついに新型インフルエンザが出た。
地元で。近所で。もっと有り体に言うと、息子の親友とその母親がかかってしまったのだ。
ありゃま、そうですか。
これが夏休みじゃなかったら、一気にクラスに広がり、学校に広がり、地域に広がり、東京に広がったわけだ。夏休みだからまだおさまっている。
もっとも症状は軽かったらしく、息子の親友とその母親は今ではすっかり回復。けろっとしたものである。
とは言え、今まではテレビの中の出来事だったのに、いきなりリアルなモンスターとなって迫ってきたことを実感。こりゃあ、この秋は確実にやばいなあ。
とりあえずマスク買い置きは十分なので、あとは万一寝込んだときのための保水液とか、籠城に備えての食品だとかを徐々に調達しなければ。
まったく選挙どころじゃないっちゅーの。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」


2009.08.17
アート・ガーファンクルのちょっとステキなエピソード。
ポール・サイモンとのコンビを解消をしてソロで活躍していた頃の話である。
天才ボーカリストにして奇人変人でもあったアート・ガーファンクルは放浪癖を持っており、酔狂にもアメリカを歩いて横断したりしている。その癖がでたのか、ある時、アート・ガーファンクルは10日間の船旅で日本にやってきた。
まったくのプライベートである。ホール・サイモンが密かにジャパンは猿山だと嫌っているのに対して、アート・ガーファンクルは比較的知日派である。
わざわざ船に乗ってお忍びで来日したアートは、神戸に泊まり、なぜだか歯ブラシとクレジットカードだけ持って福井まで歩いたのだった。どうして福井なのか、さっぱりわからん。
途中で泊まった旅館では、テレビでたまたま自分が昔出演した映画が放送されていて、旅館のおばちゃんに「これ、オレ」と自慢したのに、ヘンなガイジン扱いされてまったく信じてもらえなかったらしい。
歩いて福井に到着したアート・ガーファンクルは、今度は自転車を調達。その自転車を抱えて電車に乗ろうとしたらダメだと言われて、誰かに売りつけようとしたがかなわず、しょうがなく捨てて帰ってきた。
関西から、今度は新幹線で東京までやってきたアート・ガーファンクル。野球が大好きでサダハル・オーを尊敬しているので、巨人対ヤクルト戦を見ようと、朝一番で神宮球場のきっぷ売り場に並んで入場券を買ったのであった。
せっかく東京まで来たのだから、まあ、関係者に挨拶しておかないのも大人げないと思ったか、ここでアート・ガーファンクルは、当時の日本での所属レコード会社であるソニーに挨拶のために出向いたのである。
当然のことながら、突然の大物の襲来にソニーは大騒ぎだ。
そこにたまたま居合わせたのが、あの渡邉真ち子。真知子ちゃん、こんなところであなた様に出会えるなんてと、ほぼ卒倒状態で泣きながら記念写真に納まったのであった。
アート・ガーファンクルが野球を見に行く予定であると知ったソニーは、ただちに手を尽くしてネット裏の席を調達したのであるが、アートは「オレ、チケット持ってるから」と取り合わず、自分で買った内野席にちょこんと座って野球を見たのである。
その様子がたまたまテレビ中継で大映しになり、そこでアナウンサーが一言「おや、ポール・サイモンが観戦に来ているようですね」。そんなオチがついている話が伝わっている。
どこまでが本当か知らないが、すげえ楽しいエピソードだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.08.16
本当に迷惑なのである。1000円高速は。
なにも混んでいるお盆期間にやることはなかろう。おかげでとんでもなく大渋滞。SAではトイレも大渋滞なのであった。
というわけで9時過ぎに新潟を出て、1時ごろに練馬の我が家に到着。やれやれ。

「新潟日報」「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.08.15
新潟の実家で高校生から幼稚園児まで5人の子供が大騒ぎ。

「新潟日報」「とんび」重松清・角川書店。うまいのだけれど、オレってうまいだろという上から目線が非常に鼻につくのである。どれもこれも、そのまま60分のテレビドラマになるような話ばかり。だいたい35分頃にちょっとした事件が持ち上がって50分頃に解決するという人情話なのだ。


2009.08.14
新潟の実家で高校生から幼稚園児まで5人の子供が大騒ぎ。

「新潟日報」


2009.08.13
本当に迷惑なのである。1000円高速は。
なにも混んでいるお盆期間にやることはなかろう。おかげでとんでもなく大渋滞。SAではトイレも大渋滞なのであった。
というわけで4時過ぎに家を出て、9時ごろに新潟の実家に到着。やれやれ。


2009.08.12
原稿。
ゆとり教育への反動であるのは間違いなく、練馬区では小学校の夏休みが短縮された。23日で夏休みが終了である。
けっこう迷惑な話である。
というのも、夏休み終わりの宿題時間などを考えれば、田舎へ遊びに行けるのはどうしてもお盆時期と重なることになり、そこへもってきて今年は1000円渋滞というわけで、今からうんざりなのであった。
行きも帰りも渋滞覚悟。のんびり快適な夏休みではなくて、難行苦行になるのかも。
しかも予報では天気が悪く、海水浴も無理らしい。
しょうがない、おとなしくお盆の墓参りでもするか。しょうがないってことはないか。
というわけで、丹後ちゃん事務所は明日13日から17日まで夏休みであります。お仕事関係の皆さん、ごめんね〜。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.08.11
取材4。
朝5時、家の中にうにゃんうにゃんという異音が響き渡った。がばっと跳ね起きたヨメが「地震だ、地震」と叫んだ。
そうである、ケーブルテレビでセットしてある地震警報機がアラームを発したのである。続いて「およそ10秒後に震度3の地震が来ます」とのアナウンス。
いや、この警報機が実に正確で、いつもその通りに地震が来るのであった。
続けて起きた息子は比較的安全な場所に身を潜め、目ボケ眼のオレはなんだなんだとボケながら突っ立って、我関せずと眠り続けている娘はヨメが抱きかかえて避難したのであった。
結局、オレは災害時に役の立たない父ちゃんとわかってしまい、とほほほ、まあ、しょうがない。とにかく地震警報機のおかげできちんと身構えることができたというわけだ。
前夜、アマゾンから届いたダン・クレアリーのCDを聴く。
フラットピックのギタリストだ。フラットピッカーは山ほどいるが、その中でも最も好きなギタリストで、学生時代にはよく聴いたものである。来日したときには新宿のライブハウスにも聴きに行き、確かTシャツの背中にサインしてもらった。あのTシャツ、どこに行ったのかなあ。
それから30年、ダン・クレアリー、今も現役でネットでは動画も見られる。久しぶりに聴いたCDもなかなかにご機嫌で、気持ちのいいブルーグラスのインストになっているのだった。プレーヤーがなかなかよくて、サム・ブッシュにベラ・フラックにマーク・オコーナー。なんだ、ほとんどオールスターズじゃん。
正確無比で美しいフラットピック。速さやノリでは他のギタリストに譲るが、この美しさはダン・クレアリーだけだ。澄んだ上品なギターの音色と明るい曲想がとても心地よいのであった。
キベさん、なかなかいいですよ〜。
この秋の仕事の状況がだいぶ見えてきて、と言っても9月だけなのだが、ぼちぼちと予定が詰まってきた。
その一方で、遊び歌グランプリという企画が進行中で、いろいろと不備だらけのいい加減な企画なのだが、オレもついでとばかりに一曲応募したのである。
ところが本日仕事の予定を整理したら、二次審査のライブがもろに取材仕事とバッティングしていることが判明し、わはははは、あえなくリタイヤだ。
予定としては楽譜審査を通過した後、都合が悪いからとあっさり辞退。「そこをなんとか」と引き留められるものの、悪いな、仕事だ、いつまでも遊びにつきあっるわけにゃいかねえんだよ、とニヒルに去っていく予定である。
ついでに仕事のために月末に予定していたケロポンズの10周年記念コンサートにも行けなくなってしまった。せっかくチケット4枚買ったのに、悲しい。
夕方、チャイムがぴんぽ〜んと鳴る。ヨメが出たら隣のオガワさんだ。
なんと新潟のオレの実家に行く子供らのために「好きな本でも買いな」と小遣いを持ってきてくれたのである。
いまどき、隣の家のおじさんから小遣いをもらうなんていう話があるだろうか。その事実に感謝。子供たちも大喜びである。
さて、子供にはこれに見合うお土産を買わせなきゃ。それもまた、夏休みの思い出の一つなのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」


2009.08.10
原稿。
梅雨が終わったと思ったらもう台風だ。
今年の夏は、合宿の2日間だけしかなかったようだ。
いや、実際、奇跡的な晴れだったのだなあ、合宿は。一昨日のことなのにあの真夏の暑さと海水浴が、一つ前の季節のことのようだ。
本日も当初の予定では山梨県の山奥まで日帰り取材のはずだった。ところが昨晩からの豪雨と台風来襲の天気予報により、今朝になって取りやめとなったのである。
まったく困った天気だ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.08.09
朝、5時ごろに目が覚めたら、おっさんたちがいない。どうしたんだ。
どうやら釣りに出かけたらしい。まったく好きだよなあ。
6時過ぎにぼちぼちと起きだして、後片付けをしつつ、朝飯の準備である。
豪華だぞ、朝飯。
焼きそばに焼き肉に玉子焼きに目玉焼きにホタテ入り野菜炒め。パンもあるし、コーヒーもある。
朝からガツガツ食うのであった。
ともかく大人たちがいっぱいいて、真剣にかまってくれるから、子供たちは嬉しいのだ。大喜びである。
キベさんがおもちゃをたくさんプレゼントしてくれた。その中のマペットに、あんどーくんという名前をつけたら娘は大喜び。「あんどーくん、あんどーくん」といじまわすのであった。
その娘に、帰り道の車中、合宿楽しかったかと聞いたら「たのしかったよ」と返事。何が一番楽しかったとたずねると「いちばんがかいすいよく、にばんがつり」ということだった。
じゃあ3番はと聞いたら「えーと、わすれた」。
よいよい、よいのである。楽しいことがいっぱいあった夏休み。どんなことがあったか忘れちゃっても、楽しかったというキラキラした思い出は大人になってもきっと残るのだ。
家に帰ったら、クルマの音を聞きつけて、隣のオガワさんの奥さんが出てきた。
紙袋には昨日と今朝の新聞と郵便物。一泊留守にしますからと声をかけておいたから、不用心にならないよう、こうして新聞と郵便物を取り出しておいてくれてるのである。
まったくこういうご近所関係は嬉しいなあ。助かるというだけでなく、いろんな意味で嬉しい。
夕方、土砂降り。よくぞ昨日は晴れてくれたものだ。しかも震度4の地震。つくづく昨日はラッキーだったなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.08.08
お盆期間も高速道路が1000円ということで、実はオレは大変に迷惑しているのである。
一家4人、子供料金とはいえ新潟まで往復すれば軽く6万円以上が飛ぶ。それが片道1000円プラスなんぼかだから、そりゃあみんな新幹線なんか乗らないわなあ。
そして新潟どころか、名古屋でも関西でも四国でも基本的には同じことだから、へたすりゃ交通費だけで10万円もかかるところ、クルマなら数千円、ガソリン入れても1、2万でOKというのだから、誰だってこっちを選ぶ。それどころか、そんなに安いならしばらく帰っていない田舎にでも子供連れて帰省するか、という思いになるだろう。
その辺の遊園地に行くよりも安上がりだからという理由で一家で遊びに来られる田舎の実家もいい迷惑ではあるが、しかし、オレが言う迷惑とはそうではなくて、おかげで道路が渋滞しちゃうじゃないかということなのであった。
結果、本日など3時起床で4時出発である。朝の、だよ。
もっとも娘など張り切って「2じにおきるんだ」と、恐ろしいことに目覚ましをかけていた。こちらはオレが鳴った瞬間に素早くきっと事なきを得た。
それでもしっかり3時半には目をさまし、4時には家を出たのだから、たいしたものである。
なにしろ渋滞予報を見たら東名高速、5時から渋滞が始まるという報せだ。こりゃたまらん、というわけでそれまでに乗ろうと4時に出発したのである。
大変だったのはそれに付き合わされた荻窪のいさわしで、荻窪なんだから中央特快で15分の東京駅に出て新幹線に乗れば早く楽ちんに到着するというのに、わざわざオレのクルマに乗せられることになったものだから、4時半にピックアップされる始末だ。
もっとたいへんだったのが、タヌキの親分のクルマで、こちらはなんと4時に桶川駅でえりず姉さんをピックアップなのだという。
夏でも4時は、まだ夜である。
そんな時刻に駅前でたたずむほうも問題だが、それをピックアップする親分はほとんど出会い系。
そして、こうした常人ならざる努力が奏功してか、ムダなことほど燃えるという悲しい性の勝利か、ともかく我々は東名高速の渋滞には引っかからずに無事に東京を抜け出すことができたのであった。
では、抜け出してどうしたか。
そうである、一年一度のお楽しみ、夏合宿に行ったのだ。目的地は昨年同様、熱海の隣の網代。この山中にある貸別荘で一泊なのであった。
子供らは物心つくまえから参加しているから、夏と言えば合宿と刷り込まれており「がっしゅくだ、がっしゅくだ」と大騒ぎなのだ。
大騒ぎなのは安藤も同じで、とにかくやたらとメールを送ってくる。「今、湯河原」「前が詰まってる」と、暇なもんだから、目についたものを何でもかんでもメールしてくる。一足先に到着して、熱海のガストで朝食中のオレに、実に鬱陶しいメール攻撃なのであった。
今、一足先に到着して、とさりげなく書いたけれど、実は目的地である熱海に到着したのは、実に朝の6時半なのだった。おいおいおいおい、朝の6時半だよ。起きる時間だよ。いさわしならまだ寝てるよ。
こんな時間に熱海について、いったいどうしようというのか。まったく1000円高速はこういう無駄な時間を多大に生み出すのである。
もっとも我々、丹後号はまだいい。海水浴に行くからだ。
しかしタヌキ号は何の予定もない。熱海のガストで朝飯食って、あとは何もすることがないのである。
後で聞いたところでは、なんでも近くの農場に行って畑を見てきたそうである。は、畑かよ。キュウリやらトマトやらがあって、それはそれは豪華絢爛な畑だったそうだ。ちっともうらやましくない。
対して我々丹後号は、熱海の長浜海岸で海水浴だ。朝の8時前から。
長浜海岸は昨年オープンしたばかりで、非常にきれいでよろしい。しかも波が穏やかで、砂は全部新しく入れたというから、実に穏やか。水は東名、いや、透明だ。
こんなところで海水浴である。朝の8時から。贅沢すぎてあくびが出るぜ、ばかやろ。
ヨメと子供はクルマの中で着替えて、オレといさわしは炎天下、クルマの外で堂々と着替えである。
長浜海岸、朝からほどよく混んでいます。ガラガラでは気分が出ないし、混雑しすぎでは鬱陶しいし、ほどよい混み具合でなかなかよろしい。
ここでおよそ2時間も子供と過ごす。泳がなくても、海水浴っていうのは異常に疲れるものなのだ。しかも疲れを知らない子供の相手をしていると、ぐったりなのだ。
その点、今年は子供が来ていないいさわしは、一人気楽にご機嫌で泳ぎ回っている。きっと一人なのをいいことに、地元の水着の娘さんなどをナンパして失敗していたに違いない。
さて、2時間も海水浴でぐったり疲れたのち、タヌキ号の面々が炎天下の畑の中でひからびている頃、我々が向かったのは去年と同じ、海上釣り堀である。
なんですかー、海上釣り堀。お答えしましょう、その名の通り、会場の釣り堀です。おしまい。
今年の春にテレビの旅番組で紹介されていたのを思い出したオレは、受付のおっちゃんに、テレビ見たぞ、と声をかけ、竿2本分5000円を払って船に乗り込む。いさわしはパス。代わりにえりず姉さんが見学に同行だ。
海上釣り堀とは文字通り海上にあるから、ゆらゆらと揺れる生け簀の上をよたよたと歩きながら魚を釣るシステムになっている。エサはエビ。釣れるのは鯛。はい、ご唱和ください、エビで鯛を釣りましょう〜。
生け簀で10分、まず息子の竿にかかった。ぎゅいーんとしなる竿。釣り上げたのは立派な鯛である。やれやれ、よかった。息子はこれで大満足。「ぼくのたいだ」と大喜びである。
あとは娘が釣ってくれれば、これで我が家の夏休みは美しい思い出で彩られることになる。幸せな夏休みなのだ。
ところがこれがなかなかかからない。娘は竿をたらしながら「おにいちゃん、かかったねー」「こっちはかからないねー」「まだかなー」と悲しいのであった。待て、娘よ、いま、この父が、何とかして。
滑舌よく声をかけたとたん、娘の竿にアタリが。おお、来たか。ゆっくり引き上げると、それはアジであった。おお、今夜はアジのタタキだ。
そう叫んだ瞬間、きっと聞こえたに違いないアジは、タタキにされてたまるかと針を外して逃げたのだった。いわゆるバラシですな。
どうも興奮してあげすぎたオレの失敗だった。もっと落ち着いてじっくり釣り上げねば。すまん、娘よ。父ちゃんはタコだ。
この大失態を取り返すべく、再び頑張る父ちゃん、つまりオレ。そこにやってきたのが、生け簀の管理人である。
この管理人「お父さん頑張ってよ」とオレに声をかけて、いろいろとアドバイスを送ってくれるのだが、しかし「今は潮目が悪いからつれないんだよね−、こうなったら無理なんだよねー」と脱力ものの言葉が多くて、困ったものだ。それでも魚の動きを見ながらクイっとエサを合わせるコツを教えてくれたのである。
この教えに従い、オレは鯛の目の前のエサをクイクイと小刻みに動かし、誘い込んだ。そしてこの作戦が奏功し、見事に大きな鯛を釣り上げることができたのである。
実際けっこうな鯛で、アタリが来てから竿を持たせた娘がとても動けないほどのヒキ。父ちゃんであるオレは精一杯リールを回したのだった。
結局こうして制限時間ギリギリになって娘も釣り上げることができ、大型の鯛が二匹、クーラーボックスに収まったのである。はあああ〜、疲れた。日ざしを遮るものが何もない炎天下、ゆらゆらと揺れる海上生け簀の上で鯛と格闘し、なんとか釣り上げることができて、ぐったりやれやれやなのである。
こうして4時に家を出発して、午前中だけで長距離ドライブに海水浴に釣りと続けて、そりゃあ疲れるのは当たり前、ぐったりとしながら昼飯のかつ源に向かったのであった。
かつ源は地元の人が行くうまいトンカツ屋である。毎年ここで昼飯を食うのが約束なのだ。
ここで全員集合。三島から山口と落ち合ってやってきたキベさんとも合流である。
トンカツ食ったあとは、スーパーで買い物だ。
この買い出しが例年くせもので、やたらとムダなものを買っては金を使っている。しかし10年以上も続けているとさすがに学習してきて、今年はなんと2万2000円で済んだ。3万6000円も買いだして、山のように食材を余らせた過去を思えば立派な学習成果である。
もっともみんな年を取ってきて、何を買うときも誰かが必ず「こんなに食えるかな」と口出しするようになったことが大きいのかもしれない。
さて、買い出しの後、ようやく本日の別荘に到着。昨年に続いての利用であるが、広く、快適で眺めも素晴らしい、とのかく今までで一番立派な合宿施設にコトしもやってきたというわけだ。
別に役割分担もなければ、スケジュールが決まっているわけでもない。各自、適当に野菜を切ったりバーベキューの机を並べたり、やりたいことをやってぼけーっと準備を進めるのであった。
オレはというと自ら勝手に風呂係を志願し、誰にも告げることなく風呂にお湯をため、おお、風呂にお湯が沸いたと大げさに口にしながら娘と息子を伴ってとっとと入浴なのであった。一番風呂。はああ、けっこうですなあ。
この貸別荘の風呂は温泉で、しかもガラス張り。山の上から熱海の海を見下ろしながら入れる最高の風呂なのだ。この風呂だけでもここに泊まる価値があるな。
などと子供らととっとと入っていい気分になったオレなのであった。
その間もバーベキューの準備は着々と済む。夕方になっていよいよ乾杯。親分持参の生ビールサーバーで、極上のビールを味わうのであった。
山の上とは言え、ともかく暑い。ベランダでバーベキューの準備をしていると、たちまちに汗だくである。しかし一歩入ると、食材を並べている和室はクーラーが効いた楽天地。ここに座ってビールを飲んでいると、誰が動くもんかという気になってくる。
しかも、誰が動くもんかというオーラを発していたら、ベランダで焼き上がった肉やら野菜やらが勝手に運び込まれるようになってきた。おお、これはよいではないか。
おーい、次は肉持ってきて、あとビールのおかわりね〜。
いつの間にやらベランダのバーベキューコーナーが調理場と化し、クーラーの和室で転がれオレがレストランの客と化してしまったのは自然の成り行きなのであった。
いやあ、旨かったですな、子供らの釣り上げた鯛の刺身。
子供のものを取り上げて親が酒のつまみに食っているのだから極悪非道。極悪といえば、失踪と逃走では印象が正反対で、のりpはバカですなあと、酒の話題には事欠かないのであった。
次第に夕暮れとなり、熱海の街に灯がともる。遠くに富士山のシルエット。眼下に夕暮れの海。最高の景色だなあ。気持ちいいなあ。
目を凝らすと遙かな海の上で色とりどりに何かが光っている。あれは東京湾の花火大会。伊豆の山中にいて東京湾の花火大会が見られるとは、なんともお得ですな。
一度こういうシチュエーションで絶対に弾いてみたいと思っていた丸山ももたろ「たそがれ」をギターで弾く。ああ気持ちいい。
その流れで歌が始まり、場所を1階の広いリビングに移してからも歌は続くのであった。
息子は頑張っている。
4時前に起き、海水浴、釣りとはしゃぎ、大人たちに囲まれていじられ、遊んでもらって大興奮の一日である。疲れているはずなのに、寝るなんてもったいない。眠くない眠くないと眠い目で頑張るのであった。
無理に布団に連れて行き、横にして、寝かす。さすがにあっという間に眠りに入ったのであった。
それにしても夜は早いですなあ。9時にはもうみんな眠い眠いを連発。11時を前に全員布団に潜り込んでしまった。
若い頃は夜を徹して話したり歌ったりするのが醍醐味だったけれど、この年になると「特別な夜だから早く寝ましょう」となる。
たちまちにしてでかいいびきが響き渡ったのであった。


2009.08.07
取材1、原稿。
丸の内は晴れていたのに、石神井公園に戻ったら画に描いたようなゲリラ豪雨。すごかったあ〜。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「SPA!」


2009.08.06
原稿。
夏休みは別にいいのだが、朝から一日中、家の中で子供がごろごろしているのが鬱陶しくてしょうがない。寝転がって、つまならそうな顔でテレビを観ている様子を目にすると、こっちのほうが逃げ出したくなる。
今どきのガキどもは夏休みになっても友だちと遊ばないのか。信じられん。
こちらは早朝から原稿仕事をやっつけて、思いあまって昼に子供らを連れ出したのだった。まったく鬱陶しい。
向かった先はイオンのレイクタウン。日本最大のショッピングモールで、普段は激混みらしいが、平日ならば空いているだろうと思ったのだ。一度は見ておきたいし。
案の定、けっこう空いていて、特にレストランなどはガラガラで客引きしている状態。中には行列を作っている店もあったから、人気の差が激しいということなのかも。
それにしてもレイクタウン、広い。広すぎる。
荷物を持った婆さんがうんざりした顔で、駅への出口を探して歩き回っていた。
広いわりには、強烈なヒキのある店も仕掛けも見あたらず、これは苦戦するんじゃないかなあ。イオンの拡大戦略の象徴のような店であり、その拡大戦略が壁にぶつかっていることを示す店でもあった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.08.05
取材2。
冷夏ということで35度を超えるような日がないのは嬉しいのだが、それにしてもこの蒸し暑さはどうよ。この中を朝からスーツにネクタイで成田まで行ったのだから、いやあ、疲れた。
午後には都内に戻って東武線の某所で次の取材。いやあ、疲れた。
何が疲れたって、蒸し暑い中での移動だなあ。
仕事が終わってから飲んだビールの旨かったこと。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」
「同期」今野敏・講談社。頑張ってハードカバーを持ち歩いて読んだのだ。、やっぱり重かったのだ。あっと驚く展開の大興奮の700枚と帯にあったが、ちょっと無理している感じもしたなあ。こういう小説はリアリズムが大事だと思うのだが、ヘタするファンタジーになってしまう。警察ファンタジー。これはギリギリの所だと思うが、どうだろう。無理せず文庫になってから読めばよかった。


2009.08.04
原稿。
現在発売中の学研「ピコロ」は絶対のオススメであります。
オペレッタ「金のがちょう」が掲載されているのですが、ワタクシ、丹後がそのシナリオを手がけ、ついでに挿入歌の作詞・作曲・編曲を行い、さらにはヨメに歌わせて自宅で録音もして、勢い余ってモデルとして誌面に登場までしているのです。
おお、なんというマルチな活躍。一人完パケ状態。
もはやスーパースターと呼んでも華厳の滝、いや過言ではないでしょう。
ぜひ皆様、書店で手にとってレジまでお運びの上、お買い求めください。立ち読み禁止。そして「モデル姿がりりしい」と感想のハガキを編集部に送ってください。
調子に乗ったワタクシは、今後も一人完パケ事務所として頑張りたいと思います。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「いけちゃんとぼく」西原理恵子・角川書店。絶対に泣けるという評判だが、泣くことはなかった。それでも確かにじーんときたぞ。最後のオチは、うわー、そう来たかという衝撃。まったくサイバラの才能には恐れ入る。


2009.08.03
取材4。
読んだ本がたまると、以前は基本的には捨てていた。取っておいてもしょうがない。場所が取られるだけで、ムダなのだ。
残しておくのは仕事で資料に使う本か、確実に繰り返して読む本か、趣味の本。
それ以外の主に小説は読んでは捨ててきた。
ところが「それはもったいない、捨てるならちょうだい」と隣のオガワさんの奥さんが言うので、最近は数ヵ月分たまると手提げ袋に入れてごっそり差し上げるようになった。
本来なら捨てるつもりのものを他人様に差し上げるなんて、非常に申し訳ない。しかも最近は重いものを持つのがイヤだから文庫本ばかりになっちゃって、なんともお恥ずかしい。
そう口にしつつ差し上げたら、オガワさんの奥さん、「とんでもない」と喜んでもらってくれるのだった。
奥さんは障害者の施設で働いているので、自分が読み終わったらその施設の図書室に寄贈しているのだという。
障害者をお母さんたちは、ゆっくり書店に行く時間もなかなか持てないので、こうして寄贈される本を楽しみにして、喜んで読んでくれているのだという。
そうか、オレが読み捨てた本もそんなふうに微力ながら他人様のお役に立てているのなら、それでお母さんたちがしばしの気分転換ができるなら、いや、なにも読まなくてもいい、手にとってどんな本だろうとしばし思いをめぐらすだけでもいい、オレにとっては望外の喜びなのだった。
そんな話を今日聞いたから、よーし、これからは重いものはイヤだなどと言わず、新刊のハードカバーもどんどん読んでどんどんプレゼントしてやるぞと、燃えたのであった。

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「秘密とウソと報道」日垣隆・幻冬舎新書。では日垣隆の本はどうかというと、ほとんどが手元に残してあるのだった。もっともその中で繰り返して読んでいるのは数冊しかないのだが。子の本はどうしようかなあ。あげてもいいかなあ。


2009.08.02
小学校2年生の息子は、自分のことを「ボク」という。
友達を見ていると、「オレ」という子の方が多くなってきた。息子に聞いても「ボク」は少数派だそうである。
いずれ近いうち息子も「ボク」は卒業して「オレ」になるのだろう。男親であるオレは「オレ」でいっこうにかまわないのだが、ヨメは果たしてどう思うのだろうか。

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2009.08.01
ちょっと驚いたのだけれど、昔聴けなかったギター曲が、最近になって弾けるようになってきた。つまり、この年になってまだギターが上手くなってきている。
こりゃあびっくりだなあ。
人より速く弾くとか、人より格好良く弾くということにはもう興味がなくて、自分と人が気持ちよく聞こえればいいというふうに心は変わってきたけれど、技術がまだ進化するとはなあ。
これは明らかにこの年の春にフルート真実ちゃんに脅迫されてライブをやったときの、あの集中特訓のおかげだろう。
やっぱり人は適度な負荷をかけられてこそ成長するのだ。
この鉄則に年齢やキャリアは関係ないと、改めて実感したのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.07.31
先日のご近所バーベキューが夏休みのお楽しみ第一弾だとしたら、昨日のプールは第二弾、そして今日の多摩テックが第三弾なのであった。
まーた平日の昼間っから子供と遊んでんのかよ、このおっさん。はい、そうです、すいません。
仕事もなくて暇だからいいじゃん。多摩テックもうすぐ閉園で、それまでに一度は行きたくて、今日は曇ってて暑くなくて、だからちょうどいいじゃん。
そうなんだよ、閉園なんだよなあ、多摩テック。
ディズニーランド一人勝ちの中、こういう遊園地が残ってもいいと思うのだがなあ。
運営はホンダ。やっぱり経営的にムダは省こうということなのか。
乗り物に徹底した遊園地であって、園内にはいろんな乗り物がある。子供も乗れるバイクや自動車。息子はクルマの組立が大好きで、これで三回目の挑戦だった。
一番難度の高いコースだったが、1時間みっちりと取り組んで自分の車を完成させたのである。
人も少なく、全体的にゆるい雰囲気が漂っていて、多摩の丘陵地帯の独特の空気感とともに、実に癒される遊園地であったのだが、残念なことだ。
同じようなテイストでは東武動物公園があるので、こちらはまだ頑張って欲しいものである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」果てしなくつまらなくなっていく週刊誌なのであった。


2009.07.30
原稿。
朝早くから原稿をやって10時過ぎに終わらせ、学校のプールから帰ってきた息子を待ち構えて出かけたのが埼玉県は上尾市にある水上公園。
平日なのに申し訳ありません、世間様。うちは一家でフールです。
水上公園は、タカスギさんのブログにも紹介してあり、地元のオームラもおすすめの、安くて広くて空いてるプール。首都圏では穴場的な存在だ。
大人二人、子供二人で1600円だから、確かに安いなあ。渋滞でも1時間かからなかったから、近いし。
豊島園のばか高いばかりで狭いプールに泣かされ、サマーランドのむちゃくちゃ混んでて駐車場に入るだけでも1時間もかかってしまうような、それでいてバカ高いプールに泣かされ、ホモのカップルが堂々と甲羅干ししている西武園のプールに泣かされ、とにかく首都圏近郊のプールの料金の高さと混雑ぶりと設備インチキぶりはよくぞこれで暴動が起きないものだ、1万円も払ったのに昼飯は通路に座り込んで人々の足が行き交う前でおにぎりを食うしかないとはここは北の国か、と思っていたオレにとって、水上公園のプールは楽園のようであった。
広くて安くて、何よりも空いている! いやあ、快適でありました。
まあ、平日だしな。
お父さん(←オレね)は流れるプールで娘の浮き輪を引きながら、水着の姉さんたちを存分に眺めて、すっかり癒されたのであった。
息子はウォータースライダーに挑戦。すっはりはまってしまった。娘は波のプールで大騒ぎなのであった。
帰り、プールから上がった息子が転んでしまって、膝から肘から胸から大流血。あららら。救護室に駆け込んで手当てしてもらったが、こんなケガをしても息子は「いたいー、いたいー」と言うだけで泣かなくなり、へえー、と感心したのだった。
ロッカー棟には卓球コーナーもあったので、卓球大好きな息子と卓球もしたのだった。
ところが途中から空が暗くなって、いきなりの大粒の雨。雷。いわゆるゲリラ豪雨。
とんでもなく激しい雨が降り、稲妻が走る。それなのに大口開けて泳ぎ続けている連中がたくさんいたのにはびっくりした。
一瞬雨が弱まったすきに駐車場まで走り、プールを後にする。再び激しい雨が降ってきて、大宮のあたりでは国道脇でクルマがほとんど水没。ゲリラ豪雨後のニュースでお約束のシーンが目の前で繰り広げられたのだった。
こんなにもひどい雨だったというのに、わずか30キロも離れていない練馬に戻ってきたら、なんともいい天気。道路は乾いていて空は青く、雨の匂いもしない。
まったくこれが近頃の都市の雨の降り方だよなあ。ちょっと呆れたオレであった。

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2009.07.29
取材1、原稿。
久しぶりに面白いソフトを発見。Voice Writingというフリーソフトだ。
なんのソフトかというと、テープ起こしを支援するソフトである。オレのような文章仕事をしている人には必携である。
今までの同種のソフトは音源再生と巻き戻し・リピートが簡単といった仕様が多かったが、このソフトはそれらにエディタがセットされたのが新しい。要は聞きながら同じソフトで原稿を書いていくことができるのだ。
それだけにとどまらず、波形編集やファイル変換などの機能もある(上位バージョンだが)。
なによりも全体のインタフェースがこなれていて、どれどれと思ったら、パナソニックの社内ベンチャーの製品なのだそうだ。道理で全体のつくりが、そのへんのフリーソフトとは違ってしっかりカネをかけている感じなわけだ。
よく見ると、現在開発中の最上位バージョンでは、話した人を聞き分ける音声認識機能も搭載されるという。
ははあ、なるほど。これは要するに、音声を聞き分けて自動的にテキストに置き換えていく、自動テープ起こしマシンを最終的には狙っているのだろうな。その開発途上ではフリーで公開し、ユーザーの意見を吸収するという作戦だ。
そして、多くのテープ起こし業者の協力を得て最終版の製品が完成。その途端、テープ起こし業者はこの自動テープ起こしマシンに仕事を奪われるというわけだ。
いやあ、ドラスティックですな。今後の推移をちょっと見守りたいソフトである。
ソフトの話題で行くなら、電車経路検索ソフトの駅スパートというソフトの有償バージョンアップを、とうとう更新しなかった。
もう使い始めて12年は経つソフトである。年間の更新料が1万円。
今ではネットで簡単に調べられるから、どうしようかなあと思いつつも、まあ、年間1万円なら、使い慣れたこともあるし、いいかなあと思ってだらだらと更新を続けてきたのである。実際、よく使うソフトだし。
更新は毎年7月。ところが今回よく見てみたら、ネットで同じ機能が使えるユーザーは年間3000円なのだと。10年以上も使い続けているヘビーユーザーが年1万円で、そうじゃないのが3000円。
古い客を大事にしないでぼったくるとはどういうこっちゃと一気に頭に来て、更新しなかったのだ。更新のお知らせ(郵便)をしばらく放っておいたら、何か催促でもしてくるかと思ったのにまったく音沙汰ナシで、そうか、要するにどうでもいいことなんだなと、さらにへそを曲げた次第である。
この駅スパートの会社、昔はIT系の優良会社として知られたが、どうにもその官僚的な体質が災いしたのだろう、一度の成功体験から抜け出せず、自爆である。
ベンチャー系には多いね、そういうパターン。かつて古いビジネスモデルを破壊して華々しく成功したのに、その新しいビジネスモデルに自己陶酔してしまって周囲の注進にも聞く耳を持たないようになり、裸の王様になって没落していくパターン。
これって、まんま小室哲哉だなあ。駅スパートも小室哲哉ということか。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「kamipro」珍しくプロレス特集である。みんなプロレスが大好きなのだ。


2009.07.28
息子の夏休みの自由研究がまだ決まらない。
日食はこけてしまったし、トマトの観察も今からでは枯れる観察になってしまいそうだし。
あるアドバイスによれば、内容とともに、動機や感想も大切だそうだ。ひたすらウケ狙うのもありだと思うがどうだろう。
だからオガワさん観察日記もいいと思うんだけどなあ。
しかし、これだけ天気がおかしいとプールに連れて行くこともできない。
今年は遊び歌作家のタカスギさんのブログに書いてあった水上公園のプールを狙っているのだがなあ。もう少し天気がよくなってからでないと厳しいなあ。
あとは、9月に閉園する多摩テックにもいかなくてはならないのだ。
こちらはむしろ曇天のほうがありがたいから今が狙い目なのではあるが、オレの仕事や子供の行事やら、微妙に予定が入っていてなかなか動けないぞ。
こうしてうだうだいってる間に夏休みは過ぎていくのである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」


2009.07.27
原稿。
ここのところ本気呑みが続いて胃が疲れている。加えて冷房に負けてしまって、体がだるい。いかんなあ。
そこで本日は珍しく酒抜きで寝ることにした。
9時ごろに仕事を切り上げて、ニュースでも見ようかと、テレビの前で横になる。するとよくしたもので、どんどん眠くなってくる。呑まないでも眠くなるというのは、驚きなのだった。
結局こうして10時過ぎには布団に潜り込んでしまった。健康的な夏の宵なのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」 「初ものがたり」宮部みゆき・新潮文庫。先日に引き続いて宮部みゆきの時代物である。うまいけれど、こちらはやや中途半端な連作モノ。後書きで、実は途中で中断してしまった連作シリーズであると書いてあった。なるほど。


2009.07.26
夏のイベント第一弾、ご近所バーベキューである。
両隣の4軒が集まり、それぞれに食べものや飲み物を持ち寄って、夕方から庭で大騒ぎなのだ。
ところがすぐ隣にできたマンションのビル風か、ここのところ風がひどい。本日も強風だ。
こりゃあ、火の粉でも飛んだらシャレにならんなあということでバーベキューは中止。かわりにオガワさんがホットプレートを用意してくれた。
バーベキューなら子供にいじらせるわけにはいかないが、ホットプレートなら子供だけに任せておればよい。こりゃあ子供は楽しいし大人は楽だ。ということでオガワさんの大ヒット。
子供らはわらわらと集まって、それなりに秩序や役割分担が自然にできてきて、肉やら野菜やらを焼いては大人にふるまうのだった。全員があっちっちっと言いながら指に水ぶくれをつくって、それも大事な経験なのだ。
大人はといえば、ひたすら飲んで馬鹿話をするだけ。特に近所の奥さん連中にモテモテなのが隣のオガワさんで、ちょい悪などと持ち上げられてご機嫌なのだった。
毎度のことながら一年一度の楽しいイベントである。こういう近所づきあいができて、よかったなあと、しみじみ思うのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.07.25
レコーディング。
本日は来年4月号のCDの収録があり、オレがレコーディングディレクター様なのであった。
オレが作曲した歌が3曲、アレンジを引き受けた曲が1曲、ディレクションだけの曲が3曲、関係ないけど成り行き上ディレクションすることになった曲が9曲。一日でこれだけ録ろうというのだから、うひゃーである。
11時前にスタジオに入り、終了は6時。なんだ、できるじゃん。
この間、一歩も外に出ず、冷房の効いた窓のないスタジオに籠もっていたのだから、そりゃあ体にいいわけはないな。
エンジニアはいつものイイジマ氏。相変わらずの頼れる仕事ぶりである。
この確かな耳にはもっと学ばねば。
今回はゲンキくんが自分でオケを持ち込んできた。オレはディレクションのみ。
ゲンキくん、勉強熱心である。「今回は現場でできるだけのことを吸収したいと思います」とメールしてきた通り、いろいろと質問しては熱心にメモしていた。
この日記は見ていないと思うが、付け加えるならば、というか、一度に詰め込んでもと思ってあえてその場では言わなかったのだけれど、基本的には音源を買い換えたほうがいいと思うぞ、げんきくん。今使っている音源は三世代も前の音だ。音がチープすぎる。これを買い換えるだけでもオケは劇的によくなるはずである。
あともう一点、決定的なのはMIDIデータの作り込みがまったくされていないことだ。一音一音、強さや長さをちゃんと指定していないから、平坦で色気のないオケになってしまうのである。
もちろんアレンジ面でも、例えば1番と2番が同じだったりするのではなくて、おかずの音色を変えたり、ちゃんと手を入れること。筒美京平も言っている、ポップスのアレンジとはメロディーの空きをいかにおいしいおかずで埋めるかだ、と。
と、若手に向かって偉そうに述べつつ、オレは我が身を振り返らねば、と思うのであった。もっといい音楽を創りたいなあ。
夜、子供と待ち合わせて地元の小学校の盆踊り大会。イモ洗いである。
30メートルもあろうかという屋台の焼きそばの行列に並んでいる子供らを発見。聞けば別に盆踊りを踊りたいのではなくて腹が減っただけというから、ならばどこかでメシを食おうかと言ったのだが、娘は「やきそばがいい」と動かない。
仕方なく息子と二人で夏の夜の駅前通を歩いて居酒屋たけちゃんに向かったのだが、なんと、たけちゃん満員。つーか、イスのすべてが若い姉さんたちで埋まっている。
店前の自転車の山を見たときから満員は予想していたが、なぜ若い姉さんたちばかりなのだ。謎である。
どうやら今夜はあちこちで宴会があるらしく、至る所、店の前には自転車の山なのだった。
結局息子とは駅前の中華料理屋に入り、餃子や青菜炒めなどを食いながら、夏は楽しいねえなどと話したのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」
「堪忍箱」宮部みゆき・新潮文庫。うーむ、やはり宮部みゆきの時代物はうまいなあ。もっと読みたくなってきた。


2009.07.24
原稿、打ち合わせ1。
朝から原稿仕事。結局片付かずにタイムアップで、夕方の打ち合わせへ。
どうかな〜と思ったが、やはり飲みに突入し、ふふふ、やっぱり大人飲みは楽しいねえ。
途中、いさわしが合流。うーむ、毎晩いさわしと飲んでるではないか。どういうことだ。
ヨメは、仲良しだねえ〜と冷やかすのであった。いや、別に冷やかされても。

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2009.07.23
取材3。
淵野辺というところに行く。どこですか〜、それ。読み方、ふちのべ。神奈川県相模原市。つまり田舎ですな。
この田舎に移転してきたのが青ヤマ学院大学で、その大学に行ったわけではないけれど、近くで仕事があったのであった。
駅前でファミレスに入り昼飯を食う。
店内は学生でいっぱいだ。今どきの学生はほとんどキャバですな。
青ヤマ学院大学は陰でアホ山学院大学と呼ばれている。そのアホぶりを示す張り紙が、店の入り口に掲示されていた。
「勉強する学生さんの中に非常識な人がいて困っています」「一人一品、必ず注文してください」「店を出たり入ったり、入れ替わったりしないでください」「入り口にたむろしないでください」「飲み物を持ち込まないでください」「イスに横になって寝ないでください」。
いやあ、実にほほえましいアホぶりですな。OBとして、情けなくて思わず号泣しました。
アホ山学院大学などもったいない。フチノベから一文字もらって、底辺学院大学でよろしいのではないでしょうか。
夜、いさわし、だてポンと、中野駅で落ち合って、クリスマスライブの会場を下見に行く。立地、施設ともに申し分ないのだが、音出し禁止って、あーた、ライブにならんじゃないか。
がっくり肩を落としつつも本音では、これでまた下見を口実に呑めるとほくそえむのだった。
餃子のナンミン、いや、ミンミンで餃子を食ったあと、南口の雪国だか北国だかの店に行く。二度目だ。非常に狭い店で、10人も入ればもう入れない。
ところがここがなぜか非常に落ち着くのだ。カウンターで80歳のカップルがビールを差しつ差されつしながらにこやかにしゃべっていたり、店全体の平均年齢が異常高く、明らかに我々が最年少である。大丈夫がこの店。20年後の日本にはこんな店ばかりがあふれるのだろうな。
客だけでなく、建物そのものが非常に古いせいか、音響が落ち着く。音がすべてすーっと床壁天井に吸い込まれていくのであった。だから耳が疲れず、落ち着いてのんびり時間を過ごすことができる。
ここで三人でまったりとどうでもいいことなどしゃべっていると、たいへんに癒されるのであった。今度は、えーじ写真館と行きたいものである。
三軒目にうなぎ屋に行き、まあ、こんなものだろうなあというウナギを食いつつ日本酒を飲んだ後、荻窪に移動してバスに乗って帰る。荻窪と石神井公園を結ぶバスは中途半端な郊外を走る中途半端なバスの風情で、この緩さがなかなかによいのであった。

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2009.07.22
取材4。
暑くて雨もちらついて、まったく出歩くにはしんどい一日だったわい。
日食も見られなかったし。

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「ルパンの肖像」横山秀夫・光文社文庫。名手・横山秀夫の幻のデビュー作。物語の途中までは手を抜いたときの東野圭吾といった雰囲気であったが、終盤、物語が勢いよく回り始める頃から横山ワールドに突入である。一組の男女の痛切な物語、男の哀しみ、そして一人の少女の痛みがものすごく伝わってきたのだった。収穫。


2009.07.21
取材1。
明日はいよいよ皆既日食である。
小学生の男の子が燃えないわけがない。息子もずっとハイテンションだ。
だが、今日は雨で、明日の天気もどうも怪しい。
そこで息子は、妹にも手伝わせて大量のてるてる坊主をつくり、窓に吊したのである。さて、首尾はどうだろう。

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2009.07.20
ドバシくんから村田和人の新作CDが届いた。
ドバシくんとは学生時代の後輩で、学生時代には直接の面識はなかったものの、卒業後にネットを通じて出会った一人である。サークル関係者で音楽業界で活躍しているのは、作詞家のくわもの野郎と、このドバシくんが音楽評論家だ。
予断であるが、かえすがえすも、青森のギタリストの件は残念でならない。今頃は間違いなく世界のギタリストになっていたはずなのだがなあ。
ドバシくん、音楽評論家と書いたけれど、かつてはレコード会社でディレクターとして活躍していた。フリーの今は音楽評論をしつつ、自分のメディアを発行しながら、DJもこなすというマルチぶり。
人脈は広く、特にティンパン系統では知る人ぞ知るという存在である。何よりもその音楽的知識は圧倒的で、あらゆる音楽を聴いているのではないかという、なんでそんな曲を知ってるんだよという、博識ぶりだ。
そのドバシくん、年に一度ぐらいは制作の現場に立ってディレクターの仕事をしている。その新作ができたというので送ってくれたのだ。
村田和人。「ずーーっと夏」というご機嫌なタイトルのCDである。
もちろん音もご機嫌である。夏そのもの。
アコースティックを中心に、小編成のバンドで、ボーカルを全面に押し出したつくり。最近気に入っているハミングキッチンというユニットに近い音楽観であって、とても心地よいのだ。
5曲目「少年サイダー」は、少年の日の夏にサイダーを飲んだときの、まさにあのシュワシュワ感に満ちた幸せな曲だ。曲調やボーカルもさることながら「鎌倉のいとこも あねきの彼も 三浦のおばあちゃんも」というフレーズが弾ける。
作者本人も一番気に入っているという出色の出来が10曲目の「颱風少年」。
昔、相米慎二の「台風クラブ」という傑作映画があって、台風前の低気圧で高湿度のなんだか落ち着かない空気感が、思春期の漠たるイラダチのようなものとうまく重なって表現されて見事だったけれど、あれに近いザワザワ感、落ち着かない感じが出ていて、とても素晴らしい。
全編でスネアの音が気持ちいいねーと言ったら、ドバシくん「アレは打ち込みです」と、してやったり感たっぷりの返事をくれた。
「丹後さんの世代にきちんと喜んで頂けるサウンド作りが出来ているのか、それがいつも私の中での1つの指標になっております」と言われて、とても嬉しいタンゴなのであった。ドバシくん、ありがとね。
というわけで宣伝するのではなく、いや、実際にとてもいいいアルバムなのだよ。
夏の午前、冷たいものを飲んで、何か気持ちいい音楽が聴きたいなあと思ったときに、頭からずーっと流しっぱなしにしておけるCDです。タンゴはクルマ中で「少年サイダー」をヘビロテ。
ドバシくん、ありがとう。ご活躍、応援してます。先輩としてすごく誇らしく、一方でちょっと悔しいぞ。オレも負けないように、と。

新聞休刊日


2009.07.19
原稿。
我が家では、日曜の朝はパンである。今朝も7時過ぎに練馬のパン屋まで行き、焼きたてをいくつか買ってきた。
と、朝の散歩から帰ってきたオガワさんが庭先にいたので、買ってきたパンを一つあげて、一緒に庭先で朝ご飯にする。オガワさんにはバナナもあげた。
9時前、川崎からクルマを飛ばしてだてポンがやってきた。
使わなくなったので捨てることにした音源を、もらいに来たのである。
捨てる音源といっても別に壊れたのではなくて、まだしっかり現役だ。「毎日いちごを食べてくらしましょう」の制作に使った音源であり、立派なものである。
新しい音源に買い換えたので使い道がなく、あっても邪魔なので捨てようとしたところ、だてポンが「だったらちょうだい」ということなので、あげることにしたのだ。
粗大ゴミ300円を払うより、人に使ってもらったほうがなんぼか嬉しいし、だてポンも喜んでいるし、なかなかよい方法である。
だてポンには、ついでにスピーカーも4本あげた。これも粗大ゴミで処分予定だったので、大助かりである。
いろいろだてポンにあげたら、だてポンはお土産に大きなメロンを二つも持ってきてくれた。息子は「うわ、メロンだ」と大喜びである。
昼前、チャイムが鳴った。
何かと思ったら隣のオガワさんで、朝のパンのお返しというわけではないが、息子さんが早朝に伊豆で釣り上げてきたばかりのでかい鯛を分けてくれた。
すげえ鯛。刺身にしたらそざうまかろう。
しかし、我が家ではさばけない。そこで、魚せいに持って行って、さばいてくれえたと頼んだのだった。
ついでにビールでも飲もうと思ったら、その持ち込んだタイを刺身にしてくれ、つまみで出してもらった。魚屋に魚を持ち込んでさばいもらって食っているという客はどうなのだろう(笑)。
こうして、なぜだか今日はいろんなものをあげたり、もらったりという一日なのだった。
魚せいからの帰り道、東の空に大きな虹がかかっていた。しかも二重。指さして歓声を上げる子供たちであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.07.18
編曲。
夏休みに入り、娘は幼稚園でお泊まり会である。
えらく楽しみにしているようで、朝から速く行こう行こうと言う。
夕方、幼稚園まで送りにいって、大丈夫か、お父さんは心配だぞ、一緒に泊まってあげようか、と言ったら「だいじょーぶ、いいって、いいってば」と早く帰れと言い放つ。
こうして父親は娘に嫌われていくのであった。
そのうち「外で会っても声かけたりしないでよね」とか言われるのだろうなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」


2009.07.17
取材4、原稿。
ゆとり教育の反動か、息子の小学校では2学期制になり、従って今日は一学期の最終日でもなんでもなく、ごく普通の金曜日として授業を終え、明日からごく普通に夏休みが始まるのだった。
そして今年から夏休みそのものも短縮。なんと8月25日から授業がスタートである。
それも二学期ではなくて一学期の続きだから、ごく普通に初日からフルで授業があるのだ。
通知表をもらってくるでもなく、午前授業というわけでもなく、なんだかちっとも夏休み気分のでないまま夏休み突入なのだが、まあ、それは親のほうの気分だわな。
それにしても、いさわしも言ってたが、どうせ夏休みを短縮するなら早く終わるのではなくて遅く始まるほうが楽しいのだけれどなあ。
今のところの夏休みの予定。
伊豆に夏合宿に行く。オレの実家にお盆の墓参り。ヨメの実家に子供だけでお泊まり。西武園の花火大会。ご近所のバーベキュー。地元のあちこちの盆踊り。まあ、そんなものか。
オレはオレで仕事がぼちぼち忙しくなりつつあり、あまり口を開けて遊んでもいられないのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「憑神」浅田次郎・新潮文庫。さすが名手の作品である。この文章力ははんぱないっす。そういやサイモン&ガーファンクルのドームのライブ後、あんちゃん二人が「はんぱなかったすね」「はんぱなかったよ」と語り合いながら歩いていたそうだが、若いあんちゃんたちも感動させる67歳はすげえなあと感心したのだった。浅田次郎もすごいけど。
「北関東から競馬がなくなる日」廣野すぐり・新風舎文庫。競馬にはまったく興味も知識もないオレであるので、競馬場の描写は何も思わなかったが、そこに至る道程の描写はなかなかであった。ただ、日記形式というのは無理があったのではないだろうか。前作でも書いたが、どこなく漂うユーモア感がステキである。ちょっとひねたユーモア感覚を持っている作者なのだろう。どうもご本人、ここを見ているらしいので、ちょいと書きづらいのだが、ともかく一層の精進を。


2009.07.16
取材1、原稿。
息子の小学校は今週で終わり。夏休みに突入である。
小学生の夏休みとなると、例のあれである。自由研究。
息子は何を思ったか「プランクトンのかんさつ日記をやりたいんだよ」と言い出した。オレは、隣のオガワさんの観察日記でもやったらどうだ、今日のオガワさんはビールを飲んで庭で寝てましたとか、とすすめたのだがあっさり却下された。
小学校5年生だか6年生だったかの自由研究で、オレは「お湯と水を混ぜると何度になるか」というテーマで研究を行った。アホである。
結論は「いろんな温度になる」というものだった。とことんアホである。放置していた親もどうかと思うが。
それに比べればオガワさん観察日記も十分まともに思えてくるが、どうだろう。
本日も、わちゃちゃちゃちゃと逃げ回ったほどの暑さ。電車を乗り継いで出かけた取材は、はああ、暑かった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」


2009.07.15
取材3。
わちゃちゃちゃちゃちゃ。
家を出た途端、猛烈な暑さで、目がクラクラ。思わずよろけてしまった。それを見ていた隣のオガワさん「暑いのにご苦労だねえ」と汗を流しながら言う。
まったくこう暑いと、クールビズ反対派のオレでもネクタイを外したくなる。
ほんと、最近はクールビズですなあ。電車に乗ってもネクタイをしているのは1車両に2、3人。ホームを見回したらオレ一人なんてこともある。
溜池の交差点で信号待ちの間に数えたら、ネクタイをしているのは3人しかいなかったこともある。
オレも流されちゃおうかなあ。
そう思わないこともないのだが、しかし、クールビズにはクールビズの服装というものがあって、ちゃんとしたブレザーとシャツ、パンツが必要だよなあ。スーツでネクタイを外しただけというのは、やっぱり抵抗があるのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA」「週刊文春」


2009.07.14
打ち合わせ1。
ニュースが関東地方の梅雨明けを伝えたこの日、赤羽地方では激震が走った。
順を追おう。まず、本日は蕨でフルート真実ちゃんのライブだった。
それにも関わらず、6時前に客先での打ち合わせを終えたオレは、飯田橋の鳥よし前を素通りできず、鳥よしの厚揚げが食いたい食いたいとうめきながらつい入ってしまい、生ビール一杯と一の蔵一杯を飲んでしまったのだった。
つまり蕨のライブ会場に到着したときは、既に酔っぱらっていたのであった。わはははは。
なに、ライブ会場ったって、飲み屋である。厚揚げも置いていない、酒がグラス一杯にならずちょっと足りなくても「いいですか、これで」と平気な顔で聞くような従業員を置いている飲み屋である。酔っぱらって入っても、ちっともかまわないのであった。
ライブは、フルートとファゴットとピアノとベースとドラムとギター。この編成なら和音楽器は不要だろう。
前半がクラシックで後半がスタンダード。心地よいナンバーとそうでないナンバーが割とはっきりしていた構成だった。
終了後、京浜東北線に乗り、いさわしとオレは赤羽で降りたのだった。そうである、赤羽である。
年末恒例の漂流を行う赤羽である。
ここでオレたちが向かったのは、あの餃子居酒屋。毎年、年末に大挙して訪れては、旨い旨いと餃子を食っている、あの隠れた名店である。
ところが行ってみたら、餃子屋、なかった。どうでもいい焼き鳥屋になっていた。
呆然と立ち尽くす、いさわしとオレ。「いやいや」「ありゃまあ」「あちゃー」「ほんとかよ」「がーん」などと、出てくるのは意味不明の嘆息ばかりであった。
うーむ、あの餃子が食えなくなるとは、つくづく残念。ああ、悔しい。
がっくりと肩を落としたオレたちは、別の店で餃子と青菜炒めを食い(ここの餃子、旨かったぞ)、とほほほと帰ってきたのであった。
今まで年に一度、この店のためだけに訪れていた赤羽。もはやこれで用はなくなった。今年の年末漂流も場所を変えよう。祐天寺の予定だ。
あの上海出身のおばちゃん、どうしたかなあ。帰っちゃったのかなあ。んとうに残念である。

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2009.07.13
そんなわけでビデオカメラの調子が悪くなり、こないだ自動車の調子が悪くなって修理代に目の玉が飛び出たばかりだからもう余分な出費はしたくないのだが、しかし、子供が小さな家庭にとって夏休みを控えた今になってビデオカメラがないというのはあり得ない状況だから、オレは再び目の玉を飛び出させながら西友に向かったのだった。
そして以前からハードディスクがいっぱいになってしまって、あげくにDVDへの録画もできなくなってしまったレコーダもこの際買い換えてしまおうと決めた。飛び出す目玉はもう足りない。
西友で安いビデオカメラと展示品現品処分のレコーダーを見つける。即座に購入決定。
ところがこれからが一筋縄ではいかないのが西友である。
まず店員がいない。オヤジの店員二人は同じような年頃の客につかまってさっきから長話。どうみても商売の話というより老人の茶飲み話。10分たっても15分たっても終わらない。
もう一人いるのがおばちゃん店員で、これがレジにかかりっきりで、ちっとも余裕がない。
どうしたものかなあ、いつになったら買えるのかなあと思案しながらうろうろしてたら、とうとう万引きに間違われたか、警備員が明らかにオレのまわりをうろうろし始めたのであった。
いっそ、捕まえてもらったほうが退屈しのぎになるのになあと思った頃、ようやくおばちゃん店員の手が空いたようなので、これとこれをちょうだいと言う。オヤジ店員は二人とも依然として客とおしゃべり中。
おばちゃん店員は現品処分のレコーダーを見て「あららら、箱がいるわね」という。オレは、別にそのままでいいよと言ったのだが「説明書もリモコンも全部箱の中なのよ」とのことで、ああ、そりゃあないと困るよなあ。
当然、ここで箱はどこだという一騒動があり、結局地下の倉庫にあることが判明し、おばちゃん店員は「取ってきます」と張り切って3階の家電売り場から地下に向かったのだった。
と、その直後、長かったおしゃべりを切り上げたオヤジ店員が「あれ、箱ならここにあるぞ」と持ち出してくる。んあー。張り切ったおばちゃん店員、無駄足だ。
オヤジ店員は「おばちゃん店員に連絡して引き返してもらおう」と電話を手に「あー、もしもし、そっちにおばちゃん店員が行ったと思うけど、え、あれ、間違えた、ごめんね」とまったくムダな騒ぎを続ける。
えーと、そんなことをしてるなら、箱があったんだからさっさと会計してくれればいいのになあと思いつつも、何も言えないオレは優しいお客なのだった。
ようやく地下から呼び戻されたおばちゃん店員、ガラガラとでっかい什器を引きずっている。「ただじゃ帰してくれないよね、地下の人たち〜」と、がははは笑う。人使いの荒い店のようだ。
やっと箱が見つかり、自分も本来のレジのポジションに戻ったおばちゃん店員、やっと会計をしてくれた。ふう、やれやれ。
実はその間も、電球を取り替えたいのだけどどれがぴったんこなのだとか、乾電池をくれえだとか、掃除機の中に入れる紙のパックはどこにある、今使っているのはこういうパッケージなんだけどとか、じいさま、ばあさまがレジにやってくるものだから、ちっとも進まないのであった。
こういうゆるい空気がまさに西友の家電売り場であり、実はオレはこういうのは案外嫌いではないのだった。心の中で突っ込みを入れつつ、笑いつつ、一連の騒ぎを眺めていたオレだった。

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2009.07.12
都議会選挙の本日は、「たんさいぼう」のライブでもある。
なんですか、たんさいぼう。はい、お答えしましょう。ワタクシとボーカリスト・いさわし(芸名・青山てるる)のユニットです。ギター一台、歌一人という、非常に安いバンドです。
あまりに安すぎて可哀想と思ったか、だてポンやえりず、親分などがゲスト出演してくれました。
ハコは六本木・弦月。いわゆる飲み屋ですな。
飲み屋だからPAも何もなくて、アンプからマイクから延長コードから、全部持ち込んでのライブでした。はあ、大変。行きは親分がクルマで迎えに来てくれて、乗せて運んでくれました。ローディー・親分。
来客は総勢21名。物好きにもほどがある。
オレといさわしは適当に、いやいや、全力で頑張って演奏しましたとも。ええ。
演奏はよかったんだけど、その分、ビデオの撮影がおろそかになってしまって、後半がまったく撮影されていまっしぇん。とほほほ。タコは私です。
まあ、好評でよかったです。いさわしは「なんでグッズを売らなかったんだろう」と帰りのタクシーの中でまで悔やんでおりました。
安いTシャツをバッタ屋から1枚300円で仕込んで、ロゴを適当に印刷して1枚4000円で売ったら大もうけ。安いキャップを仕込んで、ロゴを適当に印刷して1つ3000円で売ったら大もうけ。
そういうその場限りの売り逃げに商売こそ、やるべきでしたなあ。サイモン&ガーファンクルのコンサートのように。
そのいさわしに、たんさいぼうのクリスマスやろうよと持ちかけても、んあ〜とやる気のない返事。しょうがねえなあ、じゃあ、たんさいぼう、今日のデビューライブで解散だ。めでたしめでたし。
で、しばらくしたら復活ライブをやれば、今度こそグッズが売れるぞ。サイモン&ガーファンクルみたいに。
そういや、たんさいぼうという名前は格好悪いからたんさいぼうずにしようと提案した、んあ〜、別にどうでもいいですよ、というまったくやる気のない返事であった。
そんなことはともかく、そのライブにフルート・まみちゃんが来てくれたのであるが、なんと「12月にライブ、いいっすか」と勝負を挑まれたのだった。ぎょっ。まさか。
「そっすよ、やるっすよ、ピアソラ、4部作」。げほほほ、まじかよ。忘れてくれたと思っていたら、しっかりおぼえていたとは。
やばい、これはやばい。非常にやばい。ピアソラ4部作、タンゴの歴史、弾けるわけがない。その第一部で死にそうな思いをしたというのに。うーむうーむ。
やばいやばいと流れる脂汗。「たんさいぼうのクリスマスなんてやってる場合じゃないですよ」と、いさわしに横目で笑われたオレであった。うーむうーむ。
12月まで4曲。1ヵ月1曲やればなんとか間に合うか。うーむうーむ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.07.11
ここ3日間ばかり、連続して西武線が人身事故で止まっている。呪われたか。今日は二度も止まって、うち一度は石神井公園駅だとよ。
そのせいかどうかわからんが、夕方、駅までいったらたいへんな渋滞。えらい混雑だった。
その一角で、なんだか地味な盛り上がりがあって、耳にイヤホン突っ込んだ刑事がやたらとうろうろしている。なんだ、なんだ、サイモン&ガーファンクルがストリートライブでもやってるのか。
違った。鳩ぽっぽだった。
ここ数年、生で政治家を見かけることが多くて、それが実に微妙に盛りを過ぎているというか、なんというか。
自民党を抜けて国民新党を立ち上げた亀井静香が、ラッシュの池袋駅でチラシを配っているのを見た。
一連の騒ぎが終わってすっかり過去の人となった鈴木宗男が、青山の自宅前でインタビューに答えているのを見た。
大臣を辞めた竹中平蔵が、昼下がりの慶應大学三田キャンパスで口を開けてぼけっと突っ立っているのを見た。
そんな微妙なラインの政治家ばかりだったが、今回は現役の大物、明日には総理大臣にでもなろうかという鳩ぽっぽだった。息子と娘には、ほら、あれが鳩ぽっぽだよと教えてやり、記念に携帯を向けたのだった。
ほれ、この通り。
家に帰って、そういや今日もドームでサイモン&ガーファンクルのコンサートだったな、どんな様子だったかなと2チャンネルの書き込みを見る。曲目は昨日と同じで、唯一、「ダイヤモンド」が「グレイスランド」に代わって…え゛、おい、こら、ちょっと待て、グレイスランドぉぉぉぉ? あの官能的で感動的で奇跡と驚喜のスーパー名曲、グレイスランドぉぉぉぉぉ?
あまりの事態に驚愕し、ダルビッシュのように吠える。なんでグレイスランドやるんだよう、こら、ポール、てめ、神様のくせしてなんてことするんだよ、オレの前でやらないで何を考えてるんだ、このボケ。激怒し発狂し、泣きながら寝たのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.07.10
原稿。
サイモン&ガーファンクル「4月になれば彼女は」に「6月、彼女はぷっつんしちゃって夜中にうろうろ徘徊し、7月には何も言わないで飛んで行ってしまった」というわけのわからない歌詞がある。まっことこの時期、暑くて夜中にうろうろするのは当たり前だし、どこかに飛んでいきたいものだ。
そのような天候だというのに、朝からこの地域一帯は落ち着かず、みんなそわそわとしている。理由は、幼稚園の盆踊り大会だ。
朝から強風が吹き荒れ、天気予報では午後から雷雨だということで、盆踊り大会中止か否かの決定は午後に電話連絡網で回ってくることになっているため、どの家も家庭で待機していなくてはならない。どうせ中止だというようなはっきりした天気でもないため、両面作戦でひたすら電話を待つという次第である。
結局、中止の連絡来ず、盆踊りは決行。こりゃまた決行で結構でしたな。
だがオレは行かなかった。
お父さんはこれからポケモンとガーファンクルのコンサートに行くんだよと娘に教えたら「うひゃひゃひゃ、なにそれ〜」と笑われ、息子にはパチモンとガーファンクルのコンサートだぞと言ったら「だはははは、うははは」と笑われる始末であった。
そうなのである。本日はサイモン&ガーファンクルのドームコンサートなのであった。
中学時代から聴き続けておよそ40年。オレにとってサイモン&ガーファンクルは音楽のすべてであり、、ポール・サイモンは神なのである。
だが別に人間性に興味がなかったから今まで一度も生を見たことはなかった。でも、一生に一度は見ておくのもいいのではないかと思い、たまたま日本に来ることになったので見に行くことにしたのである。その意味でほとんど伊勢参りと変わらない。つまり音楽を聴きに行くのではなくて、参拝に行くのである。
東京ドームでS席1万3000円。暴利だ。
今さらカネを稼ぐ必要もなかろうに、いったい何しに来るんだ、サイモン&ガーファンクル。
だがオレにとっては神であり、したがってこれはお布施みたいなものだから、値切るわけにはいかないのだった。ありがたいご利益でもあろうかと、文句も言わずに払う。
当然、コンサートグッズの数々も、破魔矢やおみくじみたいなものだから、良し悪しも考えずにどんどん買う。
実にセンス悪いグッズばかりがそろっていたぞ。
キャップ3000円。詐欺だ。ストラップ1500円。誰が使うんだこんなの。トートバック1500円に至っては、家に帰ってヨメに、これで買い物に行くようにと言って渡したら「娘が怖がって泣くから絶対にヤだ」と断固拒否したほどのセンスの悪さだ。
もちろんオレはそのすべてを買った。プログラムに至っては3000円である。
どぶに捨てるカネを持っている団塊が相手だから、売る方も良心がとがめることはないのであろう。
それにしても本当に欲しかったTシャツが、見あたらず。場内放送で「ぜひお買い求めください」とアナウンスしているにもかかわらず売り場が見あたらなかったのは、どういうわけだ。まずは売れ残り必至のグッズから先に片付けてしまおうという魂胆なのか。
誰かこれから行く人がいたら買ってきてくれないかなあ、Tシャツ。OLD FRIENDSのブルー、Lサイズ。間違ってもナチュラルはやめてくれえ。娘が怖がって泣く。
東京ドーム、満員である。うーむ、たまげた。
しかも年齢層が異常に高く、明らかにオレは全体の半分より下である。非常に加齢臭の強いコンサートとなったのだった。
その分、みんなお行儀がよくて、スタンディングはなし。最初からずーっと座って観られたので、とても助かった。ヘンな声を張り上げるやつも近くにはいなくて、おとなしく観ている大人ばかりでよかったよ。
アンコールで初めてスタンディングとなったが、みんな両手を前にそろえて立っているという行儀の良さだ。わははは。アメリカの空っぽな連中とは違うんだぞ、日本は。
それにしても東京ドームのコンサートは初めてだったけれど、音響、最悪でしたなあ。エコーのズレが非常に気持ち悪いから手拍子は止めて欲しい。何よりも、中域の音がもわもわとして漂っていて、ヌケが非常に悪い。
どうしてあんなへなちょこな音響なのだろう。まあ、音楽を聴きに行ったのではなくて参拝に行ったのだから、いいけど。
オレが40年にわたって神とあがめたお人がギターを抱えて姿を現した。その瞬間、泣くだろうなあと思っていたら、案の定、ちょっと涙が出た。思わずおがむ。ありがたやありがたや。
ともかく観るのは一度だけと決めていたから、一度観ればいい、二度とは観ないと決めていたから、音のすべてを全身で吸収するつもりであった。ひどい音響であるが、それでもすべてを吸収すると決心したのであった。
S席アリーナなのに、ステージまでは50メートル。なんだこりゃ、詐欺だな。ぼったくりだな。つい大型のモニターに見入りそうになりつつ、必死でステージの二人に目を凝らし、網膜に神の姿を焼き付けようとしたのであった。
オープニングは「旧友、ブックエンドのテーマ」。うわっ、辛気くせえ。かかか、加齢臭が。
ギターを抱えて登場した二人が、ドームの暖かい拍手に、長い時間をかけてお辞儀していたのが非常に印象的だった。実際、思ってもいなかったような暖かい拍手だったのだ、ドーム。オレ自身がびっくりして、ある意味、この拍手に包まれて頭を下げた二人の姿が、このコンサートのクライマックスだったかもしれぬ。
「コンバンハ、トーキョー」とガーファンクルの下手な日本語が響いた。
続いてオレの嫌いな「冬の散歩道」が、オレの嫌いなギタリストであるラリー・サルツマンの手によってあの有名なイントロが流れて始まった。しかし、うまいんだよなあ、このギタリスト。黙々とギターだけ弾いてたらオレも別に嫌いにはならないのだが。
次が「アイ・アム・ア・ロック」。はい、パス。
そして「アメリカ」。名曲。このあたりまで来て、どうもポール・サイモン、手を抜いているということがはっきりしてきた。めんどくさそうにギター弾いてるし、フレーズの端々に「まあ、ジャパンのサルにはこんなもんで十分だろ」という思いが感じられた。
そうなのである、ポール・サイモンは日本人とアジア人が嫌いなのではないかと、オレはひそかににらんでいる。神のくせに了見の狭い男だな、ポール・サイモン。
その投げやりな手抜きは次の「キャシーの歌」でますますはっきりする。真心だけならオレのほうがうまいぞ、ポール・サイモン。アート・ガーファンクルの歌も、適当そのものである。わははは。
「ヘイ・スクール・ガール」に続いて、おや、初めて聴くぞ、「ビーバップ・ア・ルーラ」。ロックンロールの古典で、ジョン・レノンも歌っていた。
ここまででわかるように曲のほとんどが、2004年のOLD FRIENDSツアーそのまんま。アレンジもこのときとおんなじである。従ってあのDVDを持っていれば、このコンサートを観る必要はない。ただし参拝となると話は別である。
そしてこの2004年のツアーでやってなかったのがこの「ビーバップ・ア・ルーラ」なのだった。67歳のおっさんが声をそろえて歌うような曲とも思えないがなあ。
「スカボロー・フェア」「早く家に帰りたい」「ミセス・ロビンソン」とおなじみの曲が続く。「早く家に帰りたい」はよかった。サイモン&ガーファンクルではなくて、バックのミュージシャンが、である。
そうなのである、今回、特にびっくりしたのがミュージシャンなのである。なんだかひねた見方のようでオレの自意識過剰のようだが、でも、実際そうなのであった。へー、このミュージシャンが観られるのかあと、プログラムを見てびっくりしたほどである。
例えばピアノはウォーレン・バーハード。おお、あの重低音ピアノの。それからベースが、こりゃびっくり、バギティ・クマロだ。南アフリカだっけ。神業ベーシストだ。ついでにギターがビンセント・ヌグイーニ。カメルーンだ。あらゆるスタイルのギターが弾ける、天才だ。ついでに、ついでにということはないか、アコーディオンのトニー・シドラスまでもいる。何しに来たんだ、秋葉原に買い物か。
それにしても「ミセス・ロビンソン」、ひどかったなあ。ライブではいつもひどいのである、この曲。でも、やらなきゃいけないのだろうなあ。
その意味では、日本だからやらなきゃいけなかったのだろうと思ったのが、あっと驚く「コンドルは飛んでいく」だ。ななななな、なぜこの曲を。しかも、適当に。
ちょっとのけぞって引いてしまった。
このコンドルの前に、やっぱり驚いたのが「スリップ・スライディン・アウェイ」。なぜこのような地味でつまらない曲を。謎であった。ちょっと休憩しようと思って入れた意外に、理由が見あたらない。
ここでガーファンクルのソロが3曲。知らない曲が1曲あった。
アート・ガーファンクルは、オレはボーカリストとして最高峰だと思っている。この声、歌唱力はまさに天使の歌だ。だが、今や67歳、さすがにボーカルのチカラはずいぶん落ちてしまったようだ。声そのものは美しくとも、歌にチカラがない。ボーカリストのくせにとうとうタバコをやめなかっちたみたいだし、まあ、しょうがないか。
このソロコーナーでは「ハート・イン・ニューヨーク」が特にひどかった。テンポ速すぎ。歌の情緒も何もなく、ぶちこわしだったなあ。
続いてポールのソロが3曲。実はこのソロコーナーが非常によかった。ポールも、このコーナーは手を抜かなかったと思う。やっつけ仕事ではなかった。
まず、先ほど秋葉原で買い物に来たのかと紹介したトニー・シドラスである。こやつがアコーディオンを持って、えっ、まさかっ、と思った瞬間、「ボーン・イン・ザ・バブル」のイントロが流れてきたのだった。あの、(日本以外の)世界で最も有名なイントロと言われるアコーディオンのメロディーが鳴った瞬間、オレはこのコンサートで唯一の声を「うわーっ」と発したのであった。鳥肌ものである。いやいや、まさかこの曲が聴けるとはのう。神様、なかなかやるもんじゃ。
続けて「シューズにダイヤモンド」である。これはこの日のベストの出来だったろう。今までのアレンジとは違うノリで、ポールの歌も非常によかった。なによりもベースのバギティ・クマロである。あの神業ベースを生で聴けて、いやいや、それだけで1万300円の半分ぐらいは取り返した気分だった。
続く「時の流れに」は、ゲストのサックス、アンディ・スナイザーが凄まじくよかった。ともかくバックのミュージシャンたちが最高なのであった。
ソロが終わって始まったのが「ニューヨークの少年」である。
もしライブでこの曲を聴いたら、オレはきっと泣くだろうなあ。
そう思っていたのに、ちっとも泣けなかったのは、例によって二人に戻ったらすぐにやる気をなくして適当なやっつけ仕事に立ち返ってしまった神様のせいである。もっと大事にしてくれよなあ、この曲。アートのコーラスも、高音が出ていないので、メロディーラインを間引いていた。手抜きだ。
ちなみに最近気づいたのだが、この「ニューヨークの少年」は、吉田拓郎の「ともだち」なのだな。ここに描かれている友情と別れの切なさは、どちらも胸が締め付けられるようだ。
さて、コンサートはいよいよ佳境に入り、サイモン&ガーファンクル奇跡の名曲、いや、20世紀を代表する名曲「マイ・リトル・タウン」だ。ピアノのウォーレン・バーンハートの力強い低音からぞくぞくするような歌が始まった。サイモン&ガーファンクルで一曲選ぶとしたら、これだな、やっぱり。間奏の後の和音、とってもきれいでしたね。これはロブ・シュイマーのキーボードだろう。さすがである。ただ、この曲で、やっぱり出たよ、ポールのおかしなダンス。おとなしく歌だけ真面目に歌っててくれえ。
そしてこれに続いて流れたのが「明日に架ける橋」のイントロのピアノだ。その瞬間、ドームかうぉーっと揺れた。揺れたのはいいんだが、ああ、アート・ガーファンクル、もう歌えないなあ。声がさっぱり。
このアレンジでは、3番の前でしびれるような転調がある。半音上がるのだが、この転調の具合が誠に鮮やかで、これさえ聴けたら1万3000円の残り半分が取り返せると楽しみにしていたのであった。
ところが間奏ではまったく転調されず、あれれれれとずっこけるたんごちゃん。
想像ではあるが、半音上げるともう声が出なくなっちゃって、アート・ガーファンクル「今日は転調ナシでお願いね、ウォーレンちゃん」とリハの時に打ち合わせたのではないか。だからツアーの最後では頑張って転調して声を出すかもしれない。
アンコールは「サウンド・オブ・サイレンス」と「ボクサー」。ギター一台だけの「サウンド・オブ・サイレンス」は、実はすごくよかった。今まで聴いてきたいろんな「サウンド・オブ・サイレンス」の中では一番いい出来ではなかったか。やはりギター一台が、この曲には似合っている。
そしてもう一曲、これを聴いたら泣くだろうと思っていたのにやはり泣けなかったのが「ボクサー」だ。ああ、「ボクサー」。感情移入するにはあまりに聴きすぎてしまっのか。いや、一番の原因は音響と手拍子だ。会場全体で手拍子するものだから、でかい東京ドーム、あっとこっちでエコーが入り乱れてしまい、リズムがめちゃくちゃになってしまった。おおお、おいおい、手拍子するなよ、気持ち悪いぞ。
まあ、要するにサイモン&ガーファンクルはスタジオが一番であって、ライブは聴くものじゃないというのが、この「ボクサー」事件ではっきりしたわけだな。
二度目のアンコールでは「木の葉は緑」と「セシリア」だ。こんなもんだろうなあと思ったら、思った通りに終わったのであった。ふう、やれやれ。
大量の客をさばくのに退場規制があったが、高年齢の客ばかり、おとなしくて混乱はまったくなし。落ち着いたものだった。帰り道のあちこちで「また聴きたいねえ」「また観たいなあ」という声が聞こえて、そうかそうか、よかったなあ、とオレも嬉しかった。
ろくでもないコンサートグッズを抱え、頭の中でもう二度とお目にかかることもない神に感謝を述べつつ、電車を乗り継いで帰ってきたオレが向かったのは、石神井公園のたけちゃん。すっかり喉が渇いていて、甘いものが欲しくなり、ジンジャエールなどをもらったら「えー、どうしたんですかあ」と驚かれたのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「あの歌がきこえる」重松清・新潮文庫。重松清は、あくまで重松清なのである。ところどころ、上から目線にイラッとさせられるのも、重松清らしいところである。


2009.07.09
原稿。
晩飯のおかずのコロッケを買いにクルマでマーケットまで行ったわけだが、後ろの様子を映し出すバックモニターがその駐車場でいきなり壊れてしまったのであった。
パックモニター。つまりバックの時に真後ろの様子を映し出してくれるカメラで、最初の頃は画期的であったが、今はあまり珍しくもなくなった。
これがなければ走れないというわけではないのだけれど、使い慣れてしまったので、ないとやっぱり困ってしまう。
この車を買ったのは娘が生まれるときだったから、もう6年近く。ぼちぼち電気系統がこうやって壊れてきて、そのたびに出費を迫られ、こんなことなら買い換えるかと考えさせられてしまう、そういう戦略的仕掛けなのだった。同じことを家電の世界では、ソニータイマーと呼ぶらしいが。
仕方なくその足で、コロッケの袋をぶら下げたままトヨタの店へ行ったわけだ、オレは。バックモニター壊れたから直してちょ。
ところが出てきた見積もりを見てびっくり仰天。6万なんぼ。
ぎょえーっ、まけろ、まけてくれえ。コロッケの袋をぶら下げたまま、オレは叫んだのであった。それが効いたか、一発で1割引であった。
しかし今の時期、この出費は痛いなあ。まったくクルマってのはカネがかかる。えーじくんのように手放して正解。その分、趣味にカネをかけたほうがなんぼか豊かだよな、えーじくん。いや、マジで。
まったく予定していなかった5万なんぼかの出費に呆然としつつ、コロッケをぶら下げて帰ったオレであった。
今日の星占い、水瓶座が1位だったのになあ。
夜、ドるふィンというギターショップからメールが来る。
ギターの弦を注文しておいたのだが「フォスファーブロンズではなくて間違ってブロンズを送ってしまいました、申し訳ありません」という謝罪メールであった。
続けて「すぐにフォスファーブロンズをお送りしますので、ブロンズ弦はどうぞそのままお使いください」という申し出。ありゃりゃりゃ、そんな。これではギター屋さん、送料もかかるし、大損じゃないの。
もともとこのギター屋さんは昔から大好きでいろんなものを買っていた。品揃えを見ても誠実な商売をしていることがわかるし、対応も常に好感が持てた。今回の一件もまっこと誠実この上なく、信用を旨とする商売とはかくあるべしと心から納得であった。
せっかくだからブロンズ弦もありがたく使わせてもらうという丁寧なお礼メールを送る。こういうステキなお店は、ぜひ東京にも欲しいものである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」アップルが車を作ったら、という発想は確かに面白い。


2009.07.08
原稿。
クルマの中でいさわしが言う。「そういやタンゴさん、昨日、結婚記念日だったんじゃないですか?」
げほっ。
げほほほっ。
わわわ、忘れていた。カンペキに忘れていたぞっ。他人に指摘される今の今まですっかり忘れていたっ。
「ありゃー、それはヤバイですよ〜」といさわし。
まままま、まてまて、確かにやばい。やばいが、えーと、結婚記念日おめでとうって昨日ちゃんと言ったじゃないか、ってしらばっくれれば。
「ダメに決まってるじゃないですか、かえって傷を深くしますね」。
うーむとうなだれるオレ。
結局、夜、石神井公園南口の「たけちゃん」で飲んだ後、駅の中のコージーコーナーでケーキを買って帰ってごまかすことにする。いさわしは「コージーコーナーじゃだめです。もっとちゃんとしたところじゃない」と言うのだが、残念ながら石神井公園ではコージーコーナーが一番の高級店なのだ。わははは。
結局、コージーコーナーで390円のミルフィーユを二つ買う。「子供たちに買わなくていいんですか」といさわしは心配するが、子供なんぞに食わせてたまるか、もったいない。
こうしてミルフィーユの入った小さな箱をぶら下げて家に帰り、えーと、ぽりぽりと頭をかきながら妻の待つリビングのドアを開けたオレを待っていたものは…以下次号。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.07.07
打ち合わせ1、原稿。
七夕だからというわけではないが、隣のオガワさんは仕事が休みで、朝から庭でビールを飲んでいた。気持ちよさそうである。
つい、缶ビールを一つ、差し入れてしまった。
そのオガワさん、夕方になって近所のマーケットから沢ガニを5匹買ってきた。生きているカニである。
水槽に入れて、しばらくしたら食ってしまうのだそうだ。なぜ水槽に入れるのだ。
相変わらずビールを飲んでいたので、息子に缶ビールを差し入れさせたら、そのお礼にということで沢ガニを2匹、分けてくれた。息子はそれをバケツに入れて飼育中である。
娘は幼稚園で作った七夕飾りを持って帰ってきた。これで我が家では5年間、幼稚園で作った七夕飾りが飾られたことになる。それも今年で終わり。幸福な幼稚園時代は、あと数ヵ月しか残っていないのであった。
短冊を見る。
先生の文字で「かしゅになれますように」と書いてある。
そうである。最近の娘の夢が、歌手になることなのであった。アイドルを目指すのかと問うと「ちっがーう、かしゅーっ」と主張する。うーむ、そうなのか。
さて、どうしたものだろう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「錦秋」宮本輝・新潮文庫。というわけで昨日酔っぱらって買った本。久しぶりに読み返した。なあるほど、こういう魂の再生の物語だったのか。中で一番心を打つのは、レイコという人の物語だよなあ。昔も確かそう感じた記憶がある。


2009.07.06
取材1。
勝どきでのインタビュー仕事を終え、久しぶりに有楽町のガード下、まつ忽に行った。
いわゆるガード下の中ではよく知られた店である。キャッシュオンデリバリー。ゆえにテーブルの上にはザルが置いてあり、最初、このザルに数千円を放り込んでおけば、あとは注文に応じて店が勝手に金を持っていくというシステムである。
精算不要なので帰りが楽だ。いくらになるか気にしないでいい。あるヤツが払えばいい。
とても便利なシステムである。
飲みながらの話題は、なんと宮本輝「錦秋」だ。うーむ、しぶいなあ。ガード下の店で話題が宮本輝かよ。
「錦秋」は昔読んで感動した記憶があるが、話の中身はすっかり忘れてしまった。久々に読み返したくなり、帰りに有楽町駅前の三省堂に立ち寄って買い求める。確か新潮文庫だ。
首尾よく1冊だけ残っていたのを入手。酔った目のまま、音楽関係のコーナーに行ったら、おお、なんということだ「サイモン&ガーファンクル全曲解説」という大書が積まれているではないか。
酔った目のまま、のけぞって、ひっくり返りそうになる。
あわてて手に取ったら、来日に便乗したやっつけ本ではなく、案外しっかりした内容である。迷わず購入。
そのまま有楽町線に乗り、酔った目のままページをめくる。うししし、しばらくはこの一冊で何と背も楽しめるなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.07.05
池袋で行われた人形劇大会を見に行く。
今まで知らなかったが、プロアマ問わず人形劇のいろんな団体が集結して行われる、都内最大のイベントらしい。
当然予約してあったのだが、入り口でその予約チケットの窓口をたらい回しされ、いきなりキレそうになる。子供がいなかったら窓口でイヤミの一つも言うところであった。
ビルの1階から6階まで、各階でいろんな人形劇や出し物をやっていて、好きなものを選んで見ていくという、一日中遊べる企画である。
当然ながら巧拙の差は激しく、学生の棒読みパネルシアターなどは、ただひたすら眠いだけ。いっぽうでペンギンとカモメがイカを奪い合い、そこにシャチがからんでくるという一人人形劇は、大人でも腹を抱えるほど面白かった。
中で目的に一つが「にゃ」というパネルシアター。先日、録音で歌ってくれた歌い手さんが所属するチームである。
半分仕事の意識もあって顔を出したのだが、このパネルシアターが予想以上にうまく、なかなか切れ味がよかった。もしかしたら、このチーム、化けるかもしれんなあ。
いい意味で期待を裏切られたのであった。
それにしても池袋っつーのは、相変わらず発狂的な街である。こんな街で空気を吸うこと自体、頭がおかしくなりそうなのだった。

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2009.07.04
息子の通う小学校で、夕方、夏祭りだ。
今。何も考えず「息子の通う小学校」と書いたが、これは「息子の小学校」で十分だったな。だったら直せよ。はい、そうですね。
PTAやらなんやらの協力で、校庭で焼きそばとかき氷がふるまわれ、手作りのゲームコーナーがあり、盆踊りで締めるというお約束の内容だ。
数日前から楽しみにしていた娘は、幼稚園の友だちと浴衣を着て一緒に行くという約束を勝手に決めてきたらしく、朝からそわそわである。女の子というのは、こうして次第に外に出て行くようになるのだろうなあ。
祭りが始まった。
娘は女の子どうし、おっきな子もまじえて、走り回っている。盆踊りには見向きもせず、女どうしのおしゃべりに夢中だ。
息子は友だちと遊びつつ、時々こっちに寄ってきては、隣で焼きそばを食ったりしている。盆踊りが大好きで、娘とは逆に、1時間ほどもしっかり踊っていた。
顔を合わせたりさちゃん家は、このあと広場で花火を楽しんだようである。
夏はいいなあ。
子供たちにとって夏休みは永遠に続くテーマパークなのだ。
父ちゃんたちは座り込み、あちーなあ、ビール飲みてえなあ、などと口にしながら走り回る子供らの姿を眺めるのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.07.03
原稿、レコーディング。
本日は午後よりスタジオにて3曲の歌入れ。麻布十番駅からえっちらおっちら、蒸し暑い中を歩き、噴き出す汗を拭きつつ階段を4階まで上ってスタジオ入りだ。ああ、しんど。ダイエットスタジオだ。
1曲目、やや苦しみつつ、2曲目、楽しみつつ、3曲目、闘いつつ、ほぼ予定通りに終了。いつもながらエンジニアのイイジマ氏の手腕は見事である。
オレもだいぶわかるようになってきて、イイジマ氏の作業もそれなりに理解できるようになってきたと思うのだが、しかし、イイジマ氏がここを読んだら「全然わかっちゃいなよねー」と笑うだろうなあ。
ボーカルへのエコライザーのかけ方についい質問したら、丁寧に教えてくれた。ものの本や雑誌にもたくさん書いてあるが、やはりなにごとも現場でプロの人に聞くのが一番。専門書10冊にも相当する濃度の内容を教えてもらった。
一方で、新しい歌について枝葉末節を取り上げて突っ込まれるという、久々に不愉快きわまりない経験をする。内心、激怒寸前。
まず音を聴け。聴きもしないで些末なことを取り上げるな。
モチベーション、下がる。
しかし、物書き仕事の際のオレは、決してモチベーションなどという言葉を口にすることはないのであった。というのも、モチベーションの大小でパフォーマンスが変わるようではプロとは言えないと常々思っているからであって、どんな仕事であろうとモチベーションなどまったく関係なくフィーに見合ったアウトプットを提供することが当然なのだと考えている。
それなのに、こんな場面で、モチベーションが、などという言葉を使うということは、音楽仕事に関してはプロとしての意識に欠けているというわけだろうなあ。まあ、これに生活をかけているわけではなく、有り体に言えば、これでメシを食っているわけじゃないからいつでもやめてもいいんだけど思い、実際に口にもしているのも事実だけれど。でも、それはそれでガキみたいでみっともないわな。
スタジオ終了後、クルマで六本木に移動。歌い手さんの一人と焼酎。
夜遅い酒がめっきり苦手になって、10時過ぎに一人先に失礼する。電車を乗り継ぎ、帰宅。金曜の夜なのに、そんなに混んでいなかった。
雨が降ってきたが傘を必要とするほどではなく、駅から歩いて帰る。蒸し暑いなあ。んとに。
背中も頭も蒸し蒸しと。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「Number」


2009.07.02
原稿。
息子にとって去年の夏の一番の思い出が、熱海の海で鯛を釣り上げたことである。あれは恒例の夏合宿での一コマであった。
そして今年もまた、同じ場所、熱海のコテージへ合宿に行くのだった。
ところが毎年8月第一週だった夏合宿を、今年は諸般の事情により第二週にしたところ、都合悪い人が続出。ボスのタヌキの親分まで、仕事で行けないと言い出したのであった。
ありゃりゃりゃ、困りましたなあ。
こりゃあ、仕事でヘタ打ってクビになってもらうしかないなあ。
いさわし一家も、娘さんたちが大きくなってそれぞれに部活の予定などがあって、はっきりしない。まあ、お父さんは参加するのだが、娘さんはどうなるか。
だてポンはなんとか調整中。
これは例年になく盛り下がりますなあ。でも、それはそれで楽しみましょう。
と思っていたら、夜遅くになってタヌキから「合宿行けることになったから(祝)」というрェ入った。
おおーっ、よかったですなあ。めでたしめでたし。クビになったんですかあ。
やっぱり親分のいない夏合宿は夏合宿じゃないよなあ。子供らも喜んでいる。
ようし、こうなったら強引な営業活動の開始だ。あんどーくん、待ってなさい。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」「週刊文春」


2009.07.01
取材3。
勝ちどきまで出かけてインタビュー仕事だ。
ここのところずっと家にこもって音楽仕事をしていたので、久しぶりに緊張するというか、肩が凝るというか、まあ、えっちらおっちらと電車を乗り継いで出かけていったというわけさ。
早く着いたので月島で降りて歩く。やっぱり湾岸地帯は独特の空気感があるよなあ。練馬の畑の中とは、同じ東京とは思えない。
終了後、また延々と電車に乗って帰ってくる。
ちょっとぐったりしてしまったので、蒸し暑くて汗をどっさりかいてしまったこともあって、晩飯前に子供らと風呂に入る。世間のお仕事中の皆様、すいません。でも、日のあるうちに入る家風呂はえらく気持ちいいのだった。
晩飯食いつつ、子供らと一緒に「毎日かあさん」を見る。ぎゃはははと笑う。
まったく平和な一日である。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「プレジデント・ファミリー」だてぽんが"おもしろですよ"と教えてくれたので買ってきた。すげえ名前の雑誌だな。大統領一家(笑)。まったく我が家にふさわしい誌名じゃ。いわゆる教育雑誌。たまたま買ってきた最新号、特集が"夫婦の身勝手"というもので、夫と妻、それぞれが相手に言いたくても言えない不満や怒りを特集している。オレに文句あるなら、まずこれを読めや〜と言ってヨメに差し出したオレであった。
「闘争人」二宮寿郎・三栄書房。闘争人って、なんつータイトルじゃ。代表の合宿中にケツをまくった、逃走人が本当の意味じゃねえか。それから、裸の松田の写真を表紙に使うとはどういうつもりじゃ。男の裸の写真を電車の中で広げるわけにいかんだろ。徹底して編集者のセンスが疑われる本なのであった。文章もひどいぞ。ぱっと読んだだけでも文法上の過ちがあちらこちらに。主語と述語が生き別れ〜。まあ、ともかくこの本で松田くんは何を言いたかったのだろう。いい選手だと思っていたが、むしろこの本を読んだことで、オレの中では終わった選手になってしまったなあ。若い頃にはいろいろ逆らってごめんなさい。ガキでした。今は大人になりました。反省してます。って、昔、原田慎二が「八時だよ!全員集合」でぶち切れたことに対して、後年、テレビでいかりや長助に謝罪したことを思い出した。まあ、そういうことか。


2009.06.30
驚くべきことに、って毎年驚いているのだが、今日で1年の半分が終わってしまった。毎年のことだが、あまりの速さに呆然とするのみである。
今年前半は、いろんな意味でよくなかったなあ。
とにかく年が明けてからの不景気は、世界的には100年に一度と言われているそうだが、オレにとってはフリーになって20年で一番ひどい不景気なのだ。
100年に一度と言ってる人で100年生きてる人はいないと思うが、オレは実際に20年生きて言っているわけだから、説得力が違うのだ、説得力が。
と、むなしく力こぶ。
ほかに、親しい人が亡くなったり倒れて意識不明のままだったりするし、まったく今年前半はろくでもなかったなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「手塚先生、締め切りすぎてます!」福元一義・集英社新書。手塚治虫のアシスタントだった人が、手塚治虫の仕事ぶりなどを振り返った本。期待した割には、ちょっとしょぼかったなあ。わざわざアマゾンで頼んだというのに。


2009.06.29
娘を幼稚園まで送っていったのと、近所のディスカウントストアへ金魚のエサを買いに行った以外は、ずーっと机に向かって曲作りだ。そう書くとかっちょええが、本人はけっこうしんどいのであった。
夜遅くになって、はあああ、机に向かってばかりで疲れたよと言い残し、オレはたけちゃんに向かったのである。ところがたけちゃん、貸し切りだと。間の悪いことよのう。
しょうがないから、駅前に最近オープンしたダイニングバーに行ってみた。
可もなく不可もなく。働いている男の子たちがやたらフレンドリーで、一人で飲んでるおじさんに気を使って話しかけてくれるのが、たいへんに鬱陶しいのであった。
メニューを見たら、あれれ、二重価格。どういうことかというと、およそ1割も安い会員価格というものが併記されているのであった。
わははは、会員制かよ、西武線の沿線の駅前で。
要はメンバーカードのようなものがあって、それに加入すると安くなるらしい。新顔、飛び入りは敷居も金額も高いよ、というわけだ。
まあ、一度見ておけば十分な店であるとわかったので、当然メンバーカードなど不要である。それなのに、今度はポイントカードというものを持ち出してきて、本日はサービスでポイントをおつけしておきましたので、と余計なことを言う。
オレはポイントカードが嫌いなのだ、鬱陶しいから。よーく覚えておくように。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」


2009.06.28
雪国ゆえの閉鎖的で寡黙な土地柄である。新潟県では、派手なことはまったく定着しないのであった。
だから、J1に昇格したアルビレックス新潟の試合を初めて国立競技場で見たときは、心底のけぞったものだった。
あの新潟県人がオレンジ色に燃えて集団で絶叫している! あり得ない光景であった。
地鳴りのような「ニ・イ・ガ・タ、ゲッ・ゴール!」の歌を聴いたときは、マジでしびれたものだった。どどどど、どうなってしまったんだ、ニイガタ。
そして驚くべきことに今やアルビレックス新潟はなんとJ1で2位である。
栄枯盛衰、かつての雄である磐田を遙か下に見て、それどころかベルディは問題外だし、浦和だってなんぼのもんじゃ。上にいるのは、あのにっくき鹿嶋だけという、信じられない状態である。
天変地異の前触れか、今年の稲作は大丈夫なのか、新潟。
いやいや、ともかくまことにめでたいことで、オレも嬉しい。新潟県出身のみんなの自慢なのだ。
これで今までドカベン一つででかい顔をされてきたあの老害漫画家にもお引き取り願えるってもんだ。わははは。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.06.27
荻窪でリハーサルを終えて、打ち上げで3軒まわる。
急に青森のギタリストの声が聞きたくなり、いさわしに電話してもらって話をした。その懐かしくも元気そうな声を聞いていたら、なぜだか涙があふれてきて止まらなかった。
そのまま荻窪駅から石神井公園駅行きのバスに乗り、音楽を聴きながらもずっとギタリストのことを考えていたのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.06.26
なぜだかよくわからないのだが、音楽仕事の場合、早朝がうまくいくのだ。
本日も4時過ぎに目覚めてアレンジスタート。さくさくと完成なのだった。
寝ている間にアレンジのアイデアがまとまってしまうのだろうか。だとしたら、なんて便利なんだ、オレは。
自分の画を自分で賛するオレなのであった。
加藤和彦も、早朝から仕事を始めて午前中に2曲作ってその日の仕事は終わり、というパターンだそうだから、あながちあり得ない話ではないのかも。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.06.25
梅雨だというのに微妙に雨が降らなかったりするものだから、つい油断して洗濯物を干したまま外出したら、いつの間にか微妙な雨が降っていてあわてたりするのだった。
梅雨のばかやろう。
夜、一人で居酒屋のたけちゃんに行く。たけちゃん、珍しくガラガラ。オレと入れ違いに一組帰ったら、あとはオレだけだ。
新人のお姉さんが入っていて、たぶん接客業が初めてのようで、なにかとたどたどしい。これはぜひ、いさわしに報告しなくては。
とうとう帰るまで新しい客が来なくて、帰り際には店の全員に囲まれて挨拶される。
背中をイヤな汗が流れるからやめてくれと言ったら、笑われた。たぶんからかわれたのだろうなあ。ヒマだから。

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2009.06.24
作詞・作曲・編曲を同時に進めるという荒技により、3日で3曲を完成させたオレであるが、さすがに疲れてしまい、夜は「水曜どうでしょう」を見て笑い転げたのであった。
本日届いたCDは、発売日着で予約していた「毎日かあさん」の主題歌である。
よく聴くと、これがけっこういい歌で、よくできてるなあと感心。B面というか、裏面というか、今はカップリングというのか、もう一曲が元・体操のお兄さんが歌ってるというやつ。素人にしちゃうまいという程度だが、このお兄さん、なかなかしぶとく頑張っている。弟子のようなものを抱えていて、自分の代わりにあちこちで体操を披露させているらしく、なかなか商売上手とにらんだ。
朝日新聞の夕刊に、ドラゴンゲートに捜査の手、という記事。選手によるサル疑惑だ。しょうもないネタだが、朝日らしい切り口である。ちなみに書きにくいのだが、新幹線の会社と長野県の間のいざこざについて、この新聞はとんちんかんなことを言いつつ長野県の見方をしようとしていた。ちょっと呆れた。
読売新聞の夕刊には、こちらはなぜか唐突にウルティモ・ドラゴンがメキシコで頑張っているという記事が出た。中身のない薄い記事だった。なぜか夕刊2紙がそろってドラゲーがらみの記事を載せて、なんか不思議〜。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「美味しんぼ」「SPA!」書評欄にて小田嶋某が松田直樹物語を紹介。おお、松田の本が出たのか。なぜ代表は松田を呼ばないのだろうなあ。技術、体力、経験すべてが日本トップクラスだというのに、小笠原と同じでわがままなやつという評価が定着してしまったのだろうか。阿部某などを使ってオージー相手にみっともない試合をするぐらいだから、きっと松田直樹のことが嫌いなのだろうなあ。あのマイアミの奇跡以来、オレは松田を高く評価しているのだがなあ。などと考えつつ、早速アマゾンで注文。ついでに手塚治虫の編集者が書いたという本も注文。まったく便利な時代になったわけで、こりゃあ、書店の経営が危うくなるのもむべなるかな。


2009.06.23
取材1。
なんでも世界は2012年12月21日に終わるらしいな。
マヤ文明の暦は2012年12月21日以降が無く、これは世界の終わりを予言しているのだという解釈があり、それが実は聖書でも触れられており、しかも科学までがそのことを事実であると裏付けし、ついに世界はあらゆる天変地異による終末の時を迎える…と、この一文丸ごとコピペ。
2012年っていったら、あれじゃん、再来年の次じゃん。南アフリカの次のワールドカップの予選が始まってるじゃん。
ということは、南アフリカ大会の次の大会は中止ということか。やっぱりベスト4になるのはこれが最後…という話の展開ではなくて、要するにそういう映画が年末に公開されるらしい。世も末だ。
そんな映画のプロモーションはどうでもよくて、今日は暑い。暑い日のニュースでお約束なのがご存知熊谷と、練馬。つまり練馬は熊谷レベルに暑い、未開の地らしい。
こんな暑い日なのに、オレはスーツにネクタイでインタビュー仕事だ。それを見送るのが隣のオガワさん。今日は仕事が休みだというので、朝、イヌの散歩を終えたらビールを飲んで庭先に転がっていた。「暑いのに大変だねえ」と見送られるオレであった。ほとんど終末気分。
インタビューを終えたら5時半。まだ昼の明るさだ。
しかし、ふと見わたせば新宿の寿司屋「すがわら」が近いではないか。ちょっと顔を出しておくか。
すがわら、相変わらずである。「うちは高級寿司屋だ、ぼったくり寿司屋じゃねえぞ」とオレに包丁を突きつけて凄んでいた。うそつけ、ぼったくりじゃねえか。
すがわら、7月12日の六本木のオレのライブにまた来てくれるらしい。ありがたいなあ。
ほどよく飲んで食って、妻子への土産の折りもつくってもらって、ぼったくられて、いい気分で副都心線に乗る。この電車ができてから、ずいぶん便利になったものだ。
家に帰って、ヨメが折り詰めの寿司を食っている間に風呂に入る。ウニにトロにイクラに、すげえ豪華な折り詰めで、くっそう、支払の半分は間違いなくこの折りにとられたな。ああ、悔しい。
風呂からあがってテレビを観たら、そのまんま東が自民党総裁にしろと騒いでいた。3年前に同じ人間が同じことを口にしたら、面白くもないギャグとして誰も相手にしなかったな違いない。
売れなくなった芸人が史上最大の転職を成功させた実例だが、しかし、さすがのオレでもそのまんま東が総理大臣なんていうのは、日本人としてイヤだなあ。
民主党が政権取ったら日本が潰れると思っていたけど、そのまんま東が首相になっても日本が潰れそうだし、やれやれ、2012年を待たずに日本は終末らしい。
とほほほと言いながら布団に潜り込んだのだった。うう、布団の中も暑苦しい。

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2009.06.22
何があってもすべては「私たち人間のエゴ」によって「地球環境に負荷をかけているせい」だという説を繰り返すのが夜10時からの報道ステーションである。
しかしたまにはまともなことも言うようで、本日はトラッキング火災について説明していた。要はアレですな、たこ足配線によってコンセントが火を噴く、というやつ。
実は梅雨の季節は湿気が多いので、かえってトラッキングによってこ火を噴く可能性が高まるのだそう。マジですか。
その実験映像を見て、マジでびびった。ぼんっと火を噴いたのだ、コンセントが。
二階のオレの仕事部屋は、PCまわりに音楽まわり、大量のコードがからみあってタコが10匹ほども棲み着いているようなものだ。テレビの前でその様子を思い出し、うぎゃあと叫ぶ。
こまめに掃除して埃を取り払うのが大事だときいて、すぐさま机の下に潜って掃除を始めた。
危機管理の専門家というのが出ていて、「トラッキング防止のグッズも効果的ですよ」というから、早速ネットで大量に注文。50個くらい、手配したのだが、全部のコンセントに取り付けるにはこれぐらいあれば足りるのだろうか。
この危機管理の専門家の顔を見ながら、あれ、どこかで見たような気がする、と酔い目で考え、ああ、そうだ、と思い出した。以前、企業の危機管理についてインタビューしたことのある人だった。
このとき、きちんとした危機管理のもとで数百年も事業を継続してきた好例として紹介してくれたのが、あの赤福。そして、このインタビューの直後に赤福が例の騒ぎを引き起こしてしまって、ありゃりゃりゃ、とずっこけたのを思い出した。よくある話だが。よくあるのか?
まあ、いいや。そんなわけでとにかくトラッキング対策が肝心である。皆様もご注意くださいますよう。

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2009.06.21
「シートン動物記」全8巻を読み切った息子のために、次はどんな本がいいか、アドバイスを求めてみた。弟が小学校の教頭、だてポンも小学校の教諭ということで、二人にアドバイスを求めた。
弟が薦めてくれたのが、宮沢賢治である。なるほど、雨にも風にも負けない人間になってくれ、と。
早速、池袋のリベロまで買いに行った。
実は本日は、閉園間もない多摩テックまで出かけていく予定だったのまである。いろんな乗り物に乗れて、対応もフレンドリーな多摩テックは、我が家の子供たちのお気に入り。しかし、スポンサーのホンダが閉園を決定したので、秋にはなくなってしまうのである。
それまでに一度は連れて行けと言われていて、この日曜に行こうと相談していたのだが、あいにくの雨。その代わりに、という意味もあって本を買いに出かけたのであった。
雨だから遠出は中止というのはどこの家庭でも同じだったようで、昼飯のために立ち寄ったデパートのレストランフロアはどこも長蛇の列。ありゃりゃ。これじゃ待ってる間に家に帰れちゃうよということで、電車に乗って地元に帰り、駅近くのそば屋で昼ご飯にした。
帰ったら、だてポンから推薦のメールが来ていた。お薦めはが、アーノルド・ローベルである。こっちは知らない作家だ。どれどれと検索し、アマゾンで注文する。便利な時代になったものだ。
子供たちにはどんどん本を読んでもらいたいなあ。オレは小学校の頃、どんな本を読んでいたのかなあ。

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「極北クレイマ−」海堂尊・朝日新聞出版局。いろんな書評でそれなりに評価されておったのだが、まさかここまでひどいとは。ちょっとびっくりだ。文章がひどいのは他の作品でもわかっていたから、まあ、織り込み済みとはいえ、話の流れそのものがまったくめちゃくちゃ。いったい何が言いたいのだ、この話は。久々の駄本。読み終えた瞬間、足元のくずかごに放り投げた。


2009.06.20
音楽仕事がどどっと押し寄せてきて、ヨメに「お父ちゃん、どこまで行ってしまうの」と言われる始末。いぶかしがっていのではなくて、もっと行けとけしかけられているようであった。いったいオレは何屋だ。
そんなことはともかくとして、夜、近所の沖縄料理屋にメシを食いに行った。幼稚園のママ友のやっている店である。
ここで沖縄もずくなどを食っていたら、幼稚園の某クラスのママ飲み会が入っていたらしく、ダンさん、ヤマシロさん、ヨシノさんと顔見知りの、しかも元役員が続々と店に入ってきた。そのつど、入り口のテーブルでもずくを食って子供の相手をしているオレの顔を見ては「こここ、こんばんは」とみんな逃げるように奥へ消えていく。
とうとう最後には現役員のノエちゃんママまで登場。こうなったら役員会でもやりますか、けけけ。と酔っぱらいのもずくオヤジはからむのであった。
そんなオレを見捨てて、ヨメは自分のクラスの飲み会に行く。どうやら今夜、石神井公園の各地では我が幼稚園の飲み会が開催されているらしい。
そんな飲み会を横目にしながら、息子と娘の手を引いて畑の中をとぼとぼと帰ったオレであるが、ようやく家にたどり着いたと思ったら後ろからクラクションを鳴らされ、んあ〜と振り返ったらりさちゃん一家がクルマの中から手を振るのであった。どうやら今夜はどこにいっても幼稚園のパパママに溢れているようであった。

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2009.06.19
打ち合わせ1。
ちょっと用事があったので夕方、おなじみの魚せいに行く。
頼み事をするだけしてそのまま帰るわけにもいかず、いや、本当はそのまま帰りたいのだが、仕方なく座ってビールを飲んでいくことにする。
そこにたまたま妻子が合流したのは、近所の区民プールの水泳教室に息子が通っているからなのであって、決して明るいうちから刺身にビールというつもりではない。たまたまなのだった。
夏至は目前。一年で一番日の長い時期であるから、6時になっても真っ昼間と同じだ。それなのに酒かっくらってご機嫌ちゃんであるのか、実にろくでなしの気分である。
そして、そのご機嫌ちゃんに乗じて息子は帰りにコンビニへオレを連れて行き「こちかめ、買っていい?」とせがむのだった。
明るいうちからご機嫌ちゃんのオレは、わははは、おおいいとも、買え買え、とお大尽である。普段は、こち亀なんてくだらん、シートン動物記を読め、と厳しい父ちゃんのくせに鮭さえ飲めばご機嫌ちゃんになるということを知っているのであろう、息子は機を読んで作戦を仕掛けたのであった。
まったくしょうもない父ちゃんである。

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2009.06.18
原稿。
その業界ではたいていの人が知っているが、業界以外ではほとんど知られていない、要するにプチ有名人といったポジションの知り合いがいて、その人がずっとブログをやっていたのだけれど、「30年以上もつ企業は珍しいと思っていたけれど、企業は長続きすることに価値があると最近になって知った」など、時々ずっこけるようなことが書いてあって、えーと、経営者として大丈夫か、と思ったりしていた。
そのご当人がブログをやめることを決めた様子。それを宣言したブログの中で「不特定多数の人が見ていて、こちらの意図とは違う受け取られ方をするのがストレスだった」と理由を書いている。
おいおい、そんなことも知らずにブログをやっていたのか。そのへんの姉ちゃんのグルメブログなどではなくて、経営者が己の考えを述べるブログなのだから影響力も反発力も相応に大きいに決まっているのに、そんな自覚もなかったのかよ〜。
ちょっと呆れたオレであった。
もっともオレのブログも「さらしすぎ」という声が寄せられているが、本人にそんな自覚はないのであった。

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2009.06.17
最終予選の最終試合。阿部ちゃんをメンバーに入れた時点で負けを覚悟したオレであったが、その通りの結末になって一人鼻高々。
これでアジアで一番強いのはオーストラリアで次が韓国。日本は二番手グループであることがはっきりしたな。もう一方のグループに入っていたら、今ごろはマジでプレーオフ狙いに血眼ではなかっただろうか。んとにもう。
午前中、ギターの弦を買いに池袋まで行く。本当にこの街にはろくな楽器屋がないなあ。仕方なくいった石バシ楽器は、かつて高校時代の同級生で一緒にバンドを組んでいたこともあるスガくんが上京して就職した会社だった。
弦を買うだけならどこの店でもいいのではあるが、気分よく買いたいのでなるべくなら池袋や新宿といったあたりの楽器屋は避けたいのだがなあ。今となっては神田のかわせ楽器はちょっと遠いのだった。
話は飛ぶが、今日発売された「週刊プロレス」は、さすがに三沢事件の現場をよく押さえてあって、問題のバックドロップも見事に連続写真で撮ってある。なぜこういうことができるかというと、プロレスの試合の流れをわかっていて、次の技がターニングポイントになる、と判断したら大量にシャッターを切っているからだ。
プロレスを撮るならプロレスが好きじゃないとなあ。
その写真を見たら、バックドロップで三沢はしっかりと受け身をとっている。しかし直後に目がおかしくなっている。バックドロップは致命傷ではなく、最後のスイッチを押しただけなのだろうなあ。
どれだけ無理を重ねてきたんだ、三沢は。
それにしてもバックドロップを放った齋藤の自宅(愛知)が、ファンの嫌がらせにあっているというのは、なんともすさんだ話である。三沢の奥さんが齋藤に「気落ちしないで頑張って」と言ったというのに。

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「五郎治殿御始末」浅田次郎・新潮文庫。江戸から明治に移る時期というのは、個人的にとても興味深い時代である。その頃の東京ってどうだったんだろう。この小説集は、ちょうどその時代に生きた人々を描いたもので、大リストラに遭遇した侍たちが主人公となっている。21世紀の今も大きな転換点にあるわけだが、かつての転換期に生きた人々の矜持というか覚悟というものは、今の時代にも通じるものではないかと思った。それにしてもさすが名手の作品。文章がとてつもなく上手いのであった。


2009.06.16
デザイナーのタケちゃんからCDが届いた。ジャケットをデザインした作品を送ってくれたのである。
中身はスタレビのベスト盤。2枚。
いつもすいません、ありがとうございます。嬉しいです。
スタレビってのは、けっこう微妙なポジションだよね。バンドの存在はよく知られているけれど、コアなファンは意外と周囲にいなかったりするし。スタレビ、あー、スタレビね、でもどんな曲があったっけ…という感じだ。
一通りCDを聴く。本なら目を通すというから、CDなら耳を通す、か。そんな言い方あるのか? まあ、いいや。
一通り聴いて、ほーっ、けっこう聴いたことのある曲が多いなあ、と感心。意外といい曲が多い。しばらくはクルマの中でたっぷりと聴かせてもらおう。
昨日届いたサイモン&ガーファンクルはまだ全部聴ききれていない。最近のCDで意外によかったのはハミングキッチンという2人組だ。心地よい湘南の風、といった風情のサウンドで、なかなかにステキである。
それにしても、最近の女性ボーカルって、みーんな宇多田ヒカルふうにきこえるんだよなあ。ああいう歌い方はあんまり好きではない。やはり太田裕美のような、素直で伸びのある歌い方がいい。本人は「マシュマロのような声」と言ってて、そういうのは自分で言うことではないとは思うのだが(笑)。
夜、激しい雨と雷。土砂降りに雷鳴だ。
こういう時は魚せいに行くに限る。サービスがいいのだ。
そう思い立って9時過ぎに家を出て傘を差して数10メートルほど歩いたところで、目の前をバシッバシッという感じで稲妻が走った。へ? と思ったらこの世の終わりかと思うような雷鳴。身がすくんだ。
実際は稲妻から数秒の間隔があったから至近といわけではなかろうが、まるで目の前に落ちたかのようなすさまじさで、マジでびびった。このままUターンして家に逃げ帰ろうかと思ったのだが、しかし、男はゆくのだ、嵐の中を。ようやくたどり着いた魚せいのカツオの旨かったことよ。

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2009.06.15
パソコンの脇に、7月に来日するサイモン&ガーファンクルの新聞広告を貼っている。オレが行くのは10日の東京ドームだ。
広告のコピーに「永遠のデュオ」とあり「これがラスト・ライブ」とのあおりもある。
永遠なのになんでラストなんだよっ、と一人突っ込んでいるオレなのであったが、昨日、光が丘のCDショップで買ったのがなぜだかクイーンのベスト盤。考えてみればオレはあの奇跡のロックバンドのCDを1枚も持っていないので、ベスト盤ぐらいは買っておかなくては、と思ったのであった。
その際、ついでにサイモン&ガーファンクルのコーナーを、どうせ来日に便乗した団塊向けの適当なフェアでもかましているんだろうな、と思いつつのぞいてみた。案の定、POPがある。
どれどれ。
来日を記念して1969年のライブ音源がついにCD化、だって。へー、そなの…っておいおい、ちょっと待て、なんじゃそれ。そんな話はオレは一度も聞いていないぞおおおお。
慌てふためいたオレは、買ったばかりのクイーンのベスト盤をクルマのオーディオに突っ込み、キラークイーンはすごいなあ、ボヘミアンラプソディっつーのも最高だよなあ、などと言いながら家に帰って、実はそれからしばらくそのことは忘れてしまったので、夜中になって思い出してネットで調べたのであった。
ぎょ、ほんとうにあった。1969年のライブ音源。
しかも当初はライブ盤として正式リリースしようとしていたらしく、音質も非常によろしいとある。ひょ〜、マジかよ〜。
慌ててアマゾンで発注した。リリース前なので予約である。2400円。
予約を終えてホッとし、落ち着いていろいろ調べたら、ぎょ、なんとアメリカではとっくに発売になっていたそうではないか。しかも当初はスターバックス限定で販売されて(なんじゃ、そりゃ、意味わかんないなあ)、その後、要望が高いので一般に販売されるようになったそうである。
さっぱりわからないことだらけであった。
しかもその輸入盤、アマゾンでもちゃんと売っている。しかも予約受付などではなくて、明日にちゃんと届けてくれるという。さらに値段は1750円。んまっ、お安いわねっ。
あわててオレは3分前に注文した予約をキャンセルし、すぐにこちらの安くて早い輸入盤に切り替えたというわけだ。
そのCDが、本日夕方届いた。
早速ケンウッドのiPodに転送である。最近はちゃんと音楽を聴くとしたらクルマの中かケンウッドのiPodしかないなあ。家ではなかなか集中できない。
ちなみにケンウッドのiPodは容量が2ギガで、オレは圧縮しないで音楽ファイルを入れているものだからすぐに一杯になってしまう。それが悔しいし、不便なのだ。こういうときはアップルのiPodクラシックが欲しくなってしまう。うーむうーむ。
それはともかくサイモン&ガーファンクルのライブ音源であるが、この瑞々しさはいいねえ。こういう素晴らしい音が残っていて嬉しい。40年前の音だ。
ネットで誰かがこのDについて書いていたけれど、昔のミュージシャンは本当に演奏がうまかったんだということがよくわかる、にはまったく同感だ。ギター一本で数万人の観客をひきつけてしまうポール・サイモンはさすがである。
オレがポール・サイモンでいさわしがアート・ガーファンクルという目論見で「たんさいぼう」を結成したのだが、どうやら足元にも及ばないことがはっきりしたので、この目論見を人前で口にするのは恥ずかしいからやめようと思うのだが、どうだろう。
ってオレは誰に聞いてるんだ。

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「駅路」松本清張・新潮文庫。やっぱり松本はうまいよ、松本は。


2009.06.14
早朝、っても2時過ぎだからほとんど深夜なのだが、目が覚めて起きだしたオレは、ネットニュースなどを見て、のっちのお泊まり愛などについて深く考えていたのだけれど、その寝ぼけ眼が急にくわっと見開かれたのは、三沢が死亡という記事を見たときだった。
へ? 三沢? どこの? 釣り? 釣りだろ?
あくびは吹っ飛び、えっと言ったままの形の口で、記事を読む。
齊藤のバックドロップ、か。まさか試合中のアクシデントだったとは。絶句。
全日時代に三沢の試合はけっこう見ているが、いわゆる四天王のプロレスは素人目にも危ないものだった。カウント2.9のプロレスは、見ている分には面白いのだが、その大技連発、受け身の凄み連発という内容は、時に背筋がぞっとするほど迫真であった。
ルーツは長州・藤波のハイスパートプロレスなのだろうな。それが全日四天王によって完成されたというわけだ。
正直なことを言うと、行くなら小橋と思っていた。あの受け身は尋常ではなく、いつか必ず大ごとになると予感していた。だから三沢というのは意外ではあったが、しかし、酒の飲み過ぎでブクブク太った45歳が連日30分近くも汗を流して動き回っているんだから、肉体的なストレスは相当だったに違いない。
プロレスラーの命を支えているのは首の強さである。その首の強さを過信し、節制を怠ったためだ、というのは三沢には酷であろうか。
それはともかく間違いなくプロレス界の功労者である。ヨメも子供もいる。なんとも痛ましいことだ。早すぎるよなあ…。
これをきっかけにプロレス界も少し軌道修正したらいいと思う。いや、そうじゃなきゃいけないと思う。

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2009.06.13
本日は娘の幼稚園の父親参観日である。
息子が年少の頃からこれで連続5年。今回がついに最後の父親参観である。すぎてしまえば、どんなことでもあっという間だ。
お約束の「はとぽっぽ体操」も「アブラハム」も、これでおしまい。最初の頃はなんじゃこりゃと思っていたのだが、慣れてしまった今はこのへんてこ体操もとても楽しいのだった。
父親参加の親子競技は、例によって年少ほどおかしなものが用意されている。
今年はというと、まずフラダンスで使う腰みのをつけて、バットで素振りを3回行ったのち、フラダンスをしながら走って我が子のもとにたどり着き、大声で子の名前を呼んだ後、肩に子供を乗せて走って帰るというものだ。
なんじゃこりゃ。
要は会社での己は仮の姿。たまらなく恥ずかしい行いをさせることでまずは自意識を崩壊させ、幼稚園児の父親をやるということはこういう姿を衆人環視のもとにさらす覚悟があるということだ、わかったか、と叩き込む荒行が、この父親参加競技なのである。
従ってもうすっかり慣れきった年長の場合は穏やかなもので、息子同様、娘の場合も大玉転がしなのであった。
もちろんオレは本気である。
息子の時は、息子に触らせずオレが全力疾走で大玉を転がし、今もって「あのとき、おとうさんは」と息子に責められているほどである。なんの、こざかしい。今年も勝負なのだ。
オレは大玉を受け取ると全力でそいつを蹴飛ばし、追いかけろ〜と娘を走らせたのであった。だが大玉の勢いは素晴らしく、とても娘は追いつけない。大玉はそのまま勝手に転がり続けて、次の親子にバトンタッチされたのであった。かかかっ。
競技のあとは、教室でお父さんたちが前に出て紙芝居を読み、娘の描いたお父さんの絵をもらった。
娘の描いたオレの絵は、なぜか星が散りばめられた真っ黄色の服を着ている。なんじゃこりゃ。
おかげで他のお父さんや先生から「へー、普段はおうちでずいぶんと派手な格好をされているんですね」と笑われてしまったではないか。ちちち、ちがいます、これは娘が勝手に。
その娘「だって、きてないふくのが、たのしかったから」とうへへへ笑う。この、面白いなら、どんなツクリもアリ、受けるかどうかがすべてなのじゃ、という価値基準は明らかにオレの血を受け継いでいる。オレは空梅雨の青空を仰ぐのみだった。

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2009.06.12
息子の手を引いて、夕方、おかずを買いに畑の中を歩いていたら、汗をかくほど暑くなってきて、たまらずについ飛び込んでしまったのが魚せい。生ビールをぐびぐび飲んで刺身を食ったら、ああ、こりゃいい気持ちっ、と。

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2009.06.11
ヘルシアは、高濃度のカテキンをたっぷり含んでいて、脂肪を燃焼しやすくしてくれる。これはよろしいぞ。ダイエットに、ということでオレも割とよく飲んでいる。やせないけど。
そのヘルシアの新しいバージョンがこれ、炭酸へルシアだ。んあ〜。
炭酸が入っていて、味はキリンのNUDEみたい。けっこう旨いんだよ。飲んだ瞬間、うう、うめ〜と口走ってしまったのだ。
しかもカロリーオフ。なんでこんなに甘くてカロリーオフなんだよっ。きっと体に相当悪いものが入っているに違いない。
検討にいいんだか悪いんだか、よくわからない飲み物だ。
もう一つの新作がこれ、カテキン入りのコカコーラ。んあ〜。
要するに緑茶コーラというわけで、ななな、なんだって、緑茶とコーラを混ぜた飲み物だとお〜? 飲む前からはき出しそうだな。
もちろん早速買ってきて、これはオレが試すのがイヤだから、ヨメに無理矢理飲ませたのだった。一口飲んだヨメ、普通のコーラだよ、との答え。
あれれ、そなの?
つまらんなあ。緑茶とコーラ、別に無理して混ぜないで緑茶が飲みたいなら普通に飲んだらいいと思うのだが。
関係ないけれど、荻窪の南口に「淡菜房」という飲み屋を発見。「たんさいぼう」と読むのだが、よくもこんなしょうもない名前をつけたものだなあ。

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2009.06.10
いつ来るか、今日来るか、明日来るかと構えていたものが、ついに来た。地震でもなければテポドンでもない。住民税である。
毎年、非常に憂鬱なのがこの住民税。どかーんと来やがるのである。
そして今年もいつものようにドカーンと。それでも業績不振、不景気のせいで所得もドカーンと減ったおかげで住民税も昨年より少なく済んだ。やれやれ、よかった…って、よかったのか?
まあ、よい。とにかく住民税が来やがったのである。
そして、これも毎年のことなのだが非常に気分が悪いのでとっとと忘れてしまうため、ただちに全額支払うのであった。いつまでも手元に置いておくのは非常に気分が悪いのだ。
本日も午前の郵便で届いたので、昼飯後、すぐさま駅前の銀行に走り、カネを引き出してそのまま地元の郵便局に駆け込んだのであった。なぜそのまま銀行で振り込まないのかというと、単に銀行は嫌いだからである。
銀行で下ろしたカネがそのまま郵便局の窓口へ。ちょっと可愛い女の子が座っていたが、そんなにはだまされないぞ。嫌みの一つでも言ってやる。って、郵便局は素通りでそのまま役所に行くのだから、文句を言うなら区役所だわなあ。
などと言いつつ、帰りにはその郵便局で「ど根性ガエル商品券」を買った。
と、今あっさりと練馬区以外の人にとっては意味不明の専門用語を使ってしまった。そうである「ど根性ガエル商品券」というものが、ここ、練馬区にはあるのである。
練馬区の商店でだけ通用する地域限定の通貨。練馬のお札ですな、要するに。
そのお札がなぜ「ど根性ガエル」なのかというと、あの有名マンガの舞台が実は石神井公園で、作者も石神井公園にずーっと住んでいるのだった。ちなみに隣の大泉学園には銀河鉄道の松本れいじが住んでいて、駅前の喫茶店で普通にコーヒーを飲んでいたりするそうである。
商品券の表面にはもちろん「ど根性ガエル」が印刷されている。一枚1000円。1万円分を買うと11枚、つまり1万1千円分の商品券がついてくる。1割のおまけですな。
1万円で千円のおまけということは、10万円で1万円、100万円で10万円、1億円で1000万円という計算になる。ななななな、なんということだ。
多く買えば買うほど得するではないか。ここは銀行にねじ込んで1億円を融資させ、それで「ど根性ガエル商品券」を1億円分買って即座に銀行に返済すれば、一瞬にして1千万円近くが手に入るではないか。これを10回繰り返せばたちどころに1億円!
素晴らしい計画ではないか。この1割の差額分は区が補填する、つまり税金が充てられるというから、要するにこれは払った税金を取り戻すことにもなる。じっつに素晴らしいアイデアではないか。
ところがこんな程度のことは誰でも考えるのであろう、「ど根性ガエル商品券」は、しっかりと1人3万円までという制限が用意されているのであった。残念。
もっとも名前こそ書かされたものの、住所や電話番号は聞かれず、身分証明も何も求められなかったから、11の郵便局を回って日本代表11人の名前を書けば簡単に33万円分の「ど根性ガエル商品券」が手に入る。役所仕事なんてのは、まあ、こんなザル仕事ばかりだというわけだな。
ともかく3万円分の「ど根性ガエル商品券」を手に帰ったわけだが、子供らにはそれは単なるオモチャにしか見えないようで、これはカネと同じだ、破るな、落書きするな、と言い聞かせるのに苦労したのであった。

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2009.06.09
6月9日は「ロックの日」なのだそうである。んあー。
それはともかく、先日ここに書いた1000円ハンバーガーの店だが、早くも閑古鳥が鳴き始めているらしい。確かに一度食べればいいや、というメニューだものなあ。
1000円ハンバーガーのリピーターになるなんて乗り気しないし。
でも、2ヵ月に一回くらいは行ってもいいかなと思うので、潰れないで欲しいのだ。
そのハンバーガー屋の近くのビルの中に最近オープンしたのが、スパゲティ屋である。
オープンしたてだというのに最初から閑古鳥が鳴いていて、いつでも客は一人か二人。それなのに呼んでも来ないし注文も取りに来ないし、愛想が悪いわけではないのだが店長以下全員が学園祭の喫茶店レベルの要領の悪さなのだという。
しかも客の来ないのに危機感を抱いたか、ガラス張りの店にやたらと張り紙をしていて、それがまた学園祭の喫茶店臭さを強調することになって、いよいよすごいことになっているそうなのだ。
味は悪くないらしい。
だが、このままでは潰れること必至である。ぜひ一度見てみたいので、それまでは潰れないで頑張って欲しいものだ。

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2009.06.08
ころでオラ、寡聞にして知らなかったのだが、2028年つまり今から19年後に1997 XF11という小惑星が地球に非常に接近するらしいではないか。
皆さん、知ってるのか。もしかこれは常識で、オレだけ知らなかったのか。
この接近は2028年の10月26日に起きることがわかっている。距離は地球から約96万キロメートル。月の2倍余りの距離だそうだ。
1998年にこれは国際天文連合から発表された。国立天文台でも発表している、これはマジな話である。オカルトではないのだ。
そのときの発表では人工衛星と同じくらいのところまで接近するので、誤差を考えれば地球に衝突することもあり得るとされた。ぎょぎょ、マジかよ。
ところがその翌日、改めて調査したら月の2倍の距離だから地球には衝突しないと訂正されたのであった。うーむ、このあまりにも素早い訂正発表は、いかにもとってつけたような感じがして、何か裏があるような匂いがぷんぷんするがのう。
被害についてだが、20階建てのビルぐらいの大きさの惑星が衝突するとアメリカが完全に破壊されるらしい。大量の埃や破片が大気に立ちこめるので日射は遮断され、ほとんどの生物は滅びるのだそうだ。ぎょぎょ。
ビルぐらいの大きさでもこうだというのに、2028年にいらっしゃる惑星さんはなんと直径1キロから2キロだそうだ。このクラスだと地球上の生き物は一瞬にして全滅である。うへえ〜。
19年後といったらオレやヨメはまだ生きていて、息子は27歳、娘25歳と、人生で最も輝く時間を迎えている時ではないか。うーむうーむ。冷や汗たらーり。トンフルエンザで騒いでいる場合ではない。
できれば発表に誤差がなく、そのまま月の向こう側をスルーしてもらいたいものである。
なお、実はこの小惑星、1957年と1971年にも接近していたはずだという。あれま。いつの間に。

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「AERA」「男坂」志水辰夫・文春文庫。読みながら、昔に読んだような記憶があるようなないような、えーと、薄ぼんやりとしているなあと思いつつ読了。念のためこの日記を調べてみたら2006年のクリスマスにしっかり読んでいた。うーむ。オレも相当なアホだな。2年半前の本を忘れるとは…微妙だな。惑星の衝突を心配する前に、オレの頭を心配したほうがいいかもしれない。
「もしイヌを風船につないだら…?」マーシャル・ブレインとハウ・スタッフ・ワークス・化学同人。パラシュートなしで飛行機から落っこちてしまったときに助かる方法などが紹介されている。なるほど、こうすれば3000メートルの上空から落ちても助かるのか!


2009.06.07
夏日。
久しぶりに朝から公園で遊んで汗まみれ。昼は当然のごとく冷やし中華。
こういう流れで来たら、夕方には当然のように親子で銭湯だ。
息子と娘をクルマに乗せて、隣町との境目あたりにある古い銭湯に向かう。駐車場付きなのでありがたい。
5時過ぎの銭湯はじいさまばかり。お湯は熱く、広々としてとてもいい気持ちなのだった。
銭湯上がりには当然ビールなのだが、クルマなのでぐっと我慢。家に帰って晩飯だ。
メニューは、昨夜から頼んでおいたカレー。
娘のお酌で缶ビールをぐびびっと飲んで、お母さんのカレーはおいしいね〜と言いながらみんなで食べる。なんともいい気分の、初夏の夕げなのだった。
テレビはサザエさん。

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2009.06.06
ウズベキスタン・タシケントと言えば、思い出すのは第一次岡田政権時代のワールドカップ最終予選、誰もがもはやこれまで、ゴールキーパーの川口自身が泣きながら守備に就いていたという後半ロスタイム、これが最後のプレーだとやけになってゴール前から遠く放り込んだ井原のボールがどういう神の配剤か悪魔の演出か、たまたまロペスの頭をかすめてあっさりとするするゴールに吸い込まれて同点に追いついたあのシーンである。
ウズベキスタンにとっては"魔が差した"というのはまさにああいうことであり、以来、犬に噛まれたと思ってあきらめなさいと母親が子供を諭すときは"ロペスのへなちょこゴールだったと思ってあきらめなさい"と言うようになったという。ウソです。
あのロペスのいんちきゴールこそが日本を救ったのであり、あれがなかったらおそらく今の日本ではサッカーよりもビーチバレーの人気が上回っていたはずなのだ。その意味でも日本政府は、帰化を後悔しているロペスがブラジル人に戻りたいと申し出たらただちに認めるべきである。ついでにアグネス・チャンには即行で香港に帰ってもらうべきである。
そのウズベキスタンに勝てばワールドカップ出場決定とは少々因縁めいていると言えなくもないわけだが、まあ、このようにあっさり勝ったのは、勝って当たり前であって、日本もそういうポジションに来ているということだ。選手もあっさりしたもので、やれやれ、お疲れさんという雰囲気なのがよかった。
それにしても前半から相手とやり合っていた長谷部が相手を殴ったときは大笑い。ちゃんと審判の目をごまかしたと思いきや、ここはアウェー。しっかり一発退場でさらに大笑い。女子アナの彼女だけが泣いているのであった。
もっと大笑いが岡ちゃんで、退席処分は試合開始からさんざん文句をつけ続けてきたせいなのだ。ここはアウェー。日本人の言い分など通らないのだ。
それにしてもあの審判は大笑いでしたなあ。大笑いといえば、アジアのもう一方では、北の国が依然として2位だと。イランとも引き分けてるし。ここにはサウジもUAEもいて、韓国の代わりに日本が入っていたらと思うとぞっとする。
総じて今日の試合はよかった。特にダブル中村に遠藤の中盤3人組は日本の圧倒的な武器として輝きを発することがわかったし、それに両サイドの長谷部と内田(休みだったけど)がからむ動きは、実にワクワクさせてくれる。
こうなったら岡崎に玉田、田中がからむのも見てみたいなあ。大久保、いらん。ついでに矢野貴章だけはどうしていも「ヤノキショー」とフルネームで実況中継されるんだろう。あれを聞いていると「ヤノキショー」という名字の人がいて、いったい下の名前はどうなっているのだろうと不思議に思うではないか。
まあ、ともかくよかったよかった。しかし、これで中澤が引退の時を迎えたら日本はどうなってしまうのだろうというのが現実味を帯びてきた。秋田を超える最高のセンターバックに成長したよなあ、中澤。その後を継ぐものが早く出てこないと。

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2009.06.05
隣町にハンバーガー屋ができた。
ぶっちゃという名前の店である。訳せば肉屋。身も蓋もない名前ですな。
もちろんマクドナルドとかとは違って、スペシャル感たっぷりというか、要するに高いハンバーガーで、安いので800円、高いのだと1個1800円もする。ハンバーガーが。
オレは普段はハンバーガーなどという不健康なものは食わないのだが、どれどれ、ものは試しとばかりにヨメと食いに行ったのである。この肉屋へ。
さすがにハンバーガーに1800円は出せない。1000円のやつにしてみた。これでね十分に目の玉が飛び出るほどに高いのだが。
出てきたハンバーガーは、さすがにでかかった。もっとでかかったのが、コーラである。昔見かけたことのある1リットルの紙袋に入ってどおーんと出てきたのだ。
隣の客など、目を丸くして「どど、どーゆーことよっ」と店員にすがっていたが、店員、あっさりと「余ったらお持ち帰りいただけますので」と答えていた。
肝心のハンバーガーであるが、さすがに旨かった。ファストフードとはやはり違うという感じである。もっとも1000円も出して100円のハンバーガーと同じ味だったら、店は焼き討ちだわな。
量も多くて、ハンバーガー1個で満腹。晩飯もいらない、という感じだった。まあ、そうしょっちゅう食うモノではないな。

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2009.06.04
打ち合わせ1。
昨日リリースしたばかりのシャケちゃんの新作CD、早くも10枚ほど、ネットで注文が来たそうだ。出だし順調である。よかったよかった。
そのシャケちゃんと、今度新しくユニットを結成したかづとくんの二人が我が家、通称・丹後湯にやってきて、早くも次作の打ち合わせである。
曲は4〜5曲、その合間にいろいろと仕掛けをするということを決め、この仕掛けがうまくはまるとなかなか面白い出来になりそうだと、ちょっと嬉しくなる。外すと寒くなりそうだが。
リリース予定は9月。アレンジの方向性は決まったので、再び音作りだ。いったいオレは何屋だ。
二人とも30前。彼ら以外にも若手作家たちがなぜだか慕ってくれていて、けれども若手を回りに集めて持ち上げられている構図はよろしくないので、いい気にならないようにと常に自戒している。だもんで、酔った勢いではあるが、二人を前にして、君らのよき相談相手になるつもりはなくて、タイマン張っているつもりだから、と宣言する。
その宣言に、かづとくんが「いやあ、むしろその方が嬉しいっすよ」と言ってくれるものだから、つい反っくり返りそうになったけれど、いかんいかんと自分を戒めるのだった。
打ち合わせ後、かづとくんが息子の囲碁の相手をしてくれる。へー、囲碁ができるんだ。たいしたもんだ。
聞けば、児童館で働いていたので子供相手に自然と覚えたのだという。同じようにけん玉もマスターしていて、息子の前で軽くけん玉を披露。当然、男の子ならば尊敬のまなざしであって、一日してかづとくんは息子のヒーローになってしまったのだった。
夜は地元のたけちゃんに行き、昨日リリースしたCDの打ち上げと、新しいCDのキックオフを兼ねた飲みをやる。
シャケちゃんはほとんど飲まないが、かづとくんはとんでもない酒豪である。うえっぷ。
何かサケをくださいと言って出てきたサケを飲んで好き勝手なことを言うのがこの店での流儀だよ、と教えてあげたのだが、関東から始まって日本全国のサケがどんどん出てきてそれを次から次へと飲み干すかづとくんなのであった。
なんでも先日はりょーたにミツルくんにかづとくんの3人で、日本酒の4合ビンを28本空けたというから、化け物である。うえっぷ。
そんなの相手にタイマン張ってやると飲んだオレがバカだ。とほほ。
途中から、いさわしが合流。「毎週木曜日、この店でタンゴさんと飲んでるような気がするんですけど」と言いつつ、今週も飲むのであった。いさわしも酒豪。ぐいぐい飲んで、あっという間に追いついた。
ぼちぼち「たんさいぼう」も次の練習をしなくてはなあ。だいぶ音が固まってはきたが、まだ不十分である。今後の方向性も探りたいし。
新しいCDがアマゾンから届いたので聴く。ハミングキッチンというステキな名前の男女2人組だ。チェリッシュみたいな組み合わせだな。
湘南をベースに活動しているシティポップ派の2人組。男はギター専業で、ボーカルは女だ。音楽的にはボサノバテイストのおしゃれ系。なかなかに爽やかである。好きだな、こういうの。
女のボーカルは倍音たっぷりで癒し系。音のアコギはなかなかの腕前の一級品で、歌のバックとしてはなかなかのレベルである。
それにしてもステキな名前だな、ハミングキッチン。ジャケットもステキで湘南の道路にぽつんと建つレストランの写真だ。なかなかにいいなあ。
「たんさいぼう」のデビューCDも今鋭意制作中であるのだが、その写真もただいまロケ中。某新進気鋭のカメラマンが、愛機を抱えて旅に出て、撮影しているところである。仕上がりが楽しみである。

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2009.06.03
ここのところずっとアレンジ、ミックスをしていたシンガーソングライター・シャケちゃんの新作CD「スマイル」が本日完成。堂々のリリースとなったのだ。
完成ったってすべて手焼き・手作りで、リリースったってすべてライブでの手売りであるが、最初はコレが基本なのだ。
ちなみにジャケットのデザインは青山てるること、いさわ氏である。
販売目標は1000枚。たぶん半年ぐらいで十分に行けるとオレは見ているのだが、頑張って欲しいところである。
手作業で200枚のパッケージングを終了後、クルマに積んで高速に乗り、シャケちゃんの家まで送り届ける。
今日の午後は、実は先日雨天延期となった小学校の運動会の、残りのプログラムが行われた。
オレは行かなかったが、ヨメが応援に行ってビデオを撮ってきてくれた。
帰ってきたら、子供らがそのビデオを見ろ見ろと言う。どれどれと見る。
お約束のプログラム、大玉送りだ。
画面では張り切って大玉を待ち構える息子。そこにやってきた白い大玉。と、突然方向転換して、大玉は息子の顔面を直撃。ちょうどウエスタンラリアートのような状態で、息子は顔面で大玉を送ったのであった。
アホな息子に大爆笑だ。

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2009.06.02
取材1、原稿。
大好きなギタリストの人に丸山ももたろうがいる。オレとほぼ同年代。アコースティックの人で、サポートメンバーとしての仕事が中心のようだ。
この丸山ももたろうと、もう一人、石井完治というギタリストのユニットが「ももかん」。ナンのひねりもない名前ですな。
この「ももかん」がなんとも心地よくて好きなのだが、中でも「ももかん」デビューアルバムの一曲目が、まさにどんぴしゃ。
「遠くへ」という曲で、なぜか知らないけれどこの曲とこのアルバムを聴くのは1年のうちで6月だけと、自分で決めているのである。
繰り返すが、理由はない。なんとなーく、だ。
そして今年もくそったれな5月が終わって、こうして6月を迎えたので、つまり夏がやってきたのでこの「ももかん」を1年ぶりに流した。今年もこの音色の季節がやってきたのだなあ。
ディスクを入れて1曲目「遠くへ」のギターイントロが始まった瞬間、仕事部屋の空気が一気に変わる。夏の、ウェットで、けだるくて、それでいて心地よい空気に変わる。
1年間、待っていた一瞬なのだった。
やっぱり夏はいいなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」魚せいで一人飲んでいたら、テーブルで知り合いの幼稚園ママが飲んでいるを発見。帰りがけに、読み終えたポストを、これ読む? と渡してきた。幼稚園ママ、大喜びでページを開いていた。オレもヘンだが、このママも(笑)。


2009.06.01
打ち合わせ1、原稿。
発売間近となったシンガーソングライター・荒巻シャケちゃんのCDであるが、現在、CD-Rの焼きとジャケットの制作で大忙しである。
ほとんど内職状態で、制作というよりは製造だな。
今週末には必要だというので、大急ぎなのであった。たくさん売れてくれるといいけれど。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」役所広司のインタビューが面白かった。今週号は意外と拾いものだったような気がする。「pen」鉄道特集。山崎さんや中井さんなど、見知った顔のカメラマンが出ている。レイルマンの連中だ。鉄道カメラマンというのは、聞けば聞くほどおかしな生態の連中ばかりで、いつも抱腹絶倒。あのバイタリティは凄いよなあ。好きで好きでたまらない鉄道を仕事にしてしまって、それで食っているのだから、たいしたものである。


2009.05.31
ここのところ梅雨かと思うような天気が続いていて、息子は週末の運動会がちゃんと開催されるかをずっと案じていたのだが、昨夜の雨が今朝になって上がって、どうにかギリギリ開催されることになったのだった。
昨年は何もかも初めてでこちらも落ち着かなかったが、様子がわかった今年は焦ることもなく、特に場所取りもせず、呑気に出かける。オレなど、最初から見る気はなく、ヨメのメールで息子の出番が近づいてから出かけていくという自堕落ぶりであった。
1年生だった昨年はかけっこで一位となり、リレーの選手にも選ばれた息子は、一年後の今年、50m競走は3位でリレーの選手にも漏れた。
本人なりにショックだったようだが、読書が好きで囲碁教室に通っている息子と、サッカーチームに入って週に2回グラウンドでしごかれている同級生との差は、1年たてばやはり目に見えるくらいにはなってくるのだった。個性や能力とは、こうして育まれるのであろう。
さして広くもない校庭には、幼稚園の先生の姿もちらほら。卒業していった教え児たちの、小学校での活躍ぶりを見に来ているのだ。
休日に時間をつぶしてよく来るなあと思ったが、楽しそうにしているその顔を見ると、きっとプライベートの時間でも子供たちと過ごしたいと思っているような人たちがそもそも幼稚園教諭になっているのだろうと思う。保育士も含め、子供と関わる職業の人たちは、職業という意識では取り組んでいないのかもしれん。要は、好きなのだな。
校庭で弁当を食って、午後の部。アタマの徒競走を見ただけで、オレは先に帰ったのだった。
ところがそれに合わせたように、オレが去って10分もしないうちに土砂降り。豪雨と読んでいいような雨が降り出したのである。
結局、午後のプログラムは中止、というか延期。息子はもちろんのこと、娘もヨメも、ずぶ濡れになってしまったのだった。
連絡を受けたオレは大急ぎでクルマを持って行ったのだが、学校周辺は同じようなクルマで大変な騒ぎ。やれやれ。
練馬のあたりの運転マナーの悪さはネットでよくやり玉に挙げられており、この土砂降りの中、休日ドライバーも含めたワンボックスカーが狭い学校道路に集結したのだから、混乱は明らかなのだった。
なにしろすれ違えるのがやっとという狭い道路にクルマを停めたまま平気な顔をしている父ちゃんがいれば、ちょっとハンドルを切れば楽にすれ違えるのに知らん顔して動こうとしないおっさんもいる。トラブルになるのがイヤだから関わらないようにしたのだが、それでもこっちの行く手を塞いで平気な顔をしていた対向車にはさすがに頭に来て、窓から手を出してそっちへどけという指図をしてしまった。
ずぶ濡れになった娘と息子は、すぐさま風呂へ。ふう〜、気持ちいいね〜と笑っていた。
コンディションとしては最悪だったかもしれないが、こういう運動会も小学校時代の思い出の一つになっていくのだろう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.05.30
取材1、原稿。
ここのところの音楽仕事続きの延長で、今日も一曲、アレンジを仕上げる。
どうにもうまくいかず、なかなか手こずったのだが、それでも終わってみればなんとか形になっているのだから、オレもえらいものだ。えっへん。
終了後、全体のアレンジ構成を伝えるために仮の歌を入れる。オレが歌うのだ。
これが情けないほどひどくて、とほほほ、アレンジャーとは恥の意識を持っていてはできないのだと改めて実感する。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.05.29
夜中にドラゲーを観る。もちろんテレビだ。先日の後楽園大会の後半戦である。
メインは、ドラゲー名物のスリーウェイマッチ。ジェットコースターのようなスピード感と、入念に作り込まれたアングル、そして複雑な人間模様を背景とした見事なキャラ立ちが、これはもはやプロレス芸術だと叫ばせるほどの仕上がりなのである。
かつてなど、アナウンサーと解説者が途中から「うわー」「あーっ」「なんだー」「すげー」としか口にしなくなり、途中で「もはや実況できません、ごめんなさい」と口走ったものだった。
そんな手に汗握る30分を期待してリモコンのスイッチを押したのだが、前半10分までは期待通りだったものの、途中からあれれれこれは何か違うぞ、という気分になってきたのである。
もっとストーリーを作り込むべきではないか。何よりもスピード感が足りないのではないか。
全選手が一通りリングインしてから、場外乱闘へと展開。これが試合の動き出す合図なのであるが、そこであっためた客席が次第に引いていくのがわかった。
もしかしたら途中の流血が失敗だったのかもしれないし、対戦相手どうしが明らかに闘いながら小声で打ち合わせしているシーンがアップになってしまったことから何か想定外のことが起きたことも予想される。
いずれにせよ期待から大きく外れてしまったスリーウェイ。アナウンサーが実況を放棄した、ミラコレ時代のスリーウェイが懐かしい。これは単なるノスタルジーなのかなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2009.05.28
ハードディスクレコーダの時代になって、テレビの録画もたいへんに簡単になった。テープもディスクもいらず、ただポンとスイッチを入れるだけで録画である。
そういう中で育った子供らは、当然、なんでもかんでも「ろくがして〜」となるわけだ。
もちろん容量は限りがあって、今や我が家のハードディスクは満タンである。そして、そのすべてが「ドラえもん」「毎日かあさん」「作ってワクワク」で埋められているのであった。
オレが観たいサッカーやプロレスなどの入る余地はまったくないのである。
これ以上録画するには何かを消すしかないのだが、「ドラえもん」「毎日かあさん」「作ってワクワク」のどれを消すかということになるとまったく話がまとまらない。息子は「ドラえもん」を消去するのに断固反対だし、娘は「作ってワクワク」を譲らない。「毎日かあさん」に至っては二人して絶対保存を訴える。
さっぱりらちがあかず、次第に呆れてきたオレは、面倒だ、いっそ思い切ってすべて消去してくれるわ、かかかっ、と狼藉を働こうするのであるが、さすがにそれはヨメに羽交い締めされて思いとどまるのであった。
ならば残しておきたいものはDVDに移して空きをつくればいいわけだが、面倒なのはその書き込み機能が壊れてしまっていることである。ああ、ややこしい。
ならばハードディスクレコーダを買い換えるだけだ。それはわかっているのだが、冷静に考えれば「ドラえもん」や「毎日かあさん」のために数万円も出して買い換えるというのがどうしても納得できないのである。
よって話は冒頭に戻り、再びどれを消去するかという不毛の論争が繰り返されるのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.05.27
ここのところすっかり音楽仕事が続いている。
本日はシンガーソングライターのシャケちゃんの新作アルバム「スマイル」の最終音録りだ。ゲストミュージシャンは、フルートの真実ちゃん。そう、先月、六本木・弦月でオレと一緒にライブをやってくれたあの真実ちゃんである。
真実ちゃんは先日のコンクールで最優秀賞を獲得。来週は新宿で別の演奏会がある。その忙しいスケジュールの合間を縫って丹後湯にやってきてくれたのである。
一曲のみの参加であったが、うーん、やはり生音はいい。息づかいやダイナミクスがストレートに伝わってきて、やっぱり楽器は生ですな。
などと完全打ち込み主義のオレが感心するのもなんだけど、この生に負けないような音作りをしなければならんなあ。
ジャケットは、いさわしから送られてきた。こちらもステキな仕上がり。順調な進行である。
夏までに出せればいいやと思っていたのに、急遽、6月アタマに必要となったこのCD。なんとか間に合いそうである。
これに続き、シャケちゃんからは小沢かずとくんとの新ユニットのアルバムも依頼され、しかも早くも曲が送られてきた。こちらもあわててアレンジしなくては。
ヨメには「父ちゃん、ミュージシャンみたい」と言われているが、半分は道楽だから、あまり堂々としたものではないのである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.05.26
打ち合わせ1。
我が家はセこムに入っている。
豪邸ではない。ないが、子供が小さいということもあり、それにセコ無って案外安いから、引っ越した当初から入っている。
本日、玄関チャイムが鳴ってそのセ込むがやってきた。名刺を見たら営業である。
タイミングのよいことに昨日、大分では瀬混むの警備員が、あろうことか警備網をかいくぐって学校に盗みに入って逮捕されたというニュースがあったばかり。常習だったようだが、へたすりゃ会社自体の存在を揺るがしかねない大失態である。
その不始末の尻ぬぐいに、わざわざ頭を下げにやってきたのかと思った。
なにしろネットでは「毎月カネを払っているのに、さらにカネを盗まれたあ」と大笑いされているぐらいだからな。
ところがその営業に、大分のことがあったから来たの?ときいたら、不思議そうな顔をして「いいえ、火災保険に入りませんか、がん保険に入りませんか」とセールスする。なななな、なんなんだ。要は売り込みかよっ。
いらんいらん、どっちもいらん、と断ったら「じゃあ、ヒマなときにでも読んでください」と言って(本当にこう言った)パンフレットを置いていった。
ヒマなときにでも読めと言われて本当に読むヤツがいるわけないわな。背込む本社は、この存亡の危機の時に何をやっているのだ。ちょっと呆れたのであった。
その点、少しでも見習って欲しいのが、「くらしと食品の安全」という月刊誌である。
年間購読1万円。つまり1冊830円。
それでわずか36ページ。ぺらっぺら。内容も、すっかすかでたちどころに放り投げたくなることもあり、これならJAFの会報誌のほうがなんぼかマシという時が多いのである。
それでも時にはいいことが書いてあり、いつか役に立つこともあろうかと我慢して定期購読してきたのだ。
そしてとうとうその時が来たのである。そうである、トンフルエンザである。
成田で患者が発見された途端、この雑誌はいきなりはがきを送りつけてきて、予防策を呼びかけたのだ。いくらかかったんだ、メールというものを知らんのかっと仰天したが、ともかく読者に危急の知らせをしてなんとか救わねばっ、という思いはきっちり伝わってきたのである。よしよし。
そして本日届いた6月号。なかなか有用なことが書いてあった。これは役に立つ。 実に貴重な情報が掲載されているのだ。
まず「ぞくぞくっときた段階ですぐに漢方薬を飲め」とある。大人は「葛根湯」、高齢者は「麻黄附子細辛湯」、子供は「麻黄湯」だ。特に「麻黄湯」は、早く飲めば飲むほど効き目があり、タミフルよりも早く解熱するという報告があるらしい。
これを読んで我が家では早速「麻黄湯」の買い置きに走ったほどである。
なお、熱が出たときは「ポっカりスエット」「アクエリあし」等のスポーツ飲料を子供に飲ませてはいけないとのことだ。子供の3人に1人は発熱時に血中ナトリウムが少なくなり、このときにナトリウムの少ない飲料を与えてはならないのである。
薬は、たっぷりの塩水で飲め、ということだ。しょっぱ〜。
どうだ、このアドバイス。実に有効ではないか。
なお、漢方薬を1日3回飲んで変化がなければただちに保健所へ行け、ということである。
いつもこういう有効な情報を掲載してくれればいいのだが、それでも今回の情報は貴重である。拍手。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」今回のトンフルエンザ、欧米では人工説が盛んらしい。へー、ほんとかよ。


2009.05.25
テレビ東京「毎日かあさん」にずっぽりはまってしまっている子供たちであるが、番組のホームページに載っている「次回のお話」という予告編ページをプリントアウトして渡してやるだけで、しばらく大笑いするほどである。
念のために付け加えるが「次回のお話」というは、文字で粗筋だけが載っているにすぎない。なのに大笑いである。大丈夫か、子供らよ。
本日はオレの本棚をごそごそとあさっていた娘が、とうとう「毎日かあさん」のコミックスを発見してしまった。喜ぶまいことか。
当然、息子と二人で奪い合いだ。なんとも情けない。情けないが、しょうがなく、仲よく読めと怒ったら、仲よく「毎日かあさん」を読む始末である。
テレビのアニメは7時というゴールデンタイムだから当然ファミリー向けのドリフギャグでおさまっているが、コミックスのほうはとても子供に見せられような内容ではなく(それでも毎日新聞の連載ということでだいぶおさえてあると思うのだが)、困ったものだ。
4巻ともなると父親が死んでしまう話だから、まだ子供が読みこなすには無理があるのではないか。
などと「毎日かあさん」で困ってといる我が家が情けない。息子よ、本を読め、世界文学全集を読め。
だが本日も図書館から借りてきたのはトランプマジックの本だった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.05.24
昨日録ったシャケちゃんのボーカルをミックスしつつ、空き時間を利用して近くの大型スーパーへ行く。中には眼鏡屋が入っているので、買えたら買おうという算段だ。
ヨメと子供が地下で食料品を買い物している間にという目論見ではあったのだが、娘が「おとうさんといる」と言ってついてきてしまって、結局眼鏡はあきらめた。
なにしろ眼鏡屋に入ったら「おとうさん、これがいいよ」「これがかわいいよ」と手当たり次第に商品を手にとってオレにかけさせようとする。そのたびにオレは、わわわわ、そっと触れ、ゆっくり置け、一度にいくつも触るな、こら待て勝手に走るな、と大騒ぎ。とてもゆっくり眼鏡を選ぶどころではなかったのだ。
いつもご飯を食べ終わるとオレは「ごちそうサマンサタバサ」と言う。最近は「おいしかったでスルメはイカのなれの果て」と付け加えたり、「おいしかったでスルメはイカのなれの果てんぷらお寿司アキハバラー」とますますわけのわからないことになっている。
以前はこういうしょうもないだじゃれを面白がっていた子供らであるが、最近、娘は「どうもおかしい」ということに気がついたらしく「おとうさん、そとでヘンなこといっちゃダメだよ」ときつくオレに注意するのである。
しかも今日などしみじみと「よそのパパはへんなことはいわないのに、ののかのおとうさんだけはヘンなことばっかりいう」と天を仰いでいた。うーむ、早くも娘に嫌われたのか。
このままいくと、中学生ぐらいになると「外で見かけても声をかけないでよねっ」ときつく言われ、高校生になると「友だちが家に来たら外に出てっててよね」と命令され、大学生になると「…」という状態になってしまうのだろうか。うーむ、トホホホ。
今でこそ「およめにいかないもん、おとうさんとずっとくらすもん」と言ってくれているのだがなあ。しょうがない、今だけだと思って今のうちにせいぜい娘と仲よくするのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.05.23
連日のトホホホである。情けない、というよりプチショックだったと言ってもいいかも。
夜、沖縄料理と日本酒でご機嫌に酔っぱらったお父さんであるオレは、息子の手を引いてのんびりと歩いて帰ってたわけだ。娘はヨメが見ている。
突然息子は、オレに甘えてきて「おんぶして」とせがんだ。ご機嫌お父さんであるオレは、おお、いいぞ、と息子に背中を向けてしゃがんだのである。
その背中めがけて息子は走って飛びついてきたのだ。
そして、その衝撃を受け止めきれず、なんとオレは小学校2年生にに突き飛ばされて前のめりにアスファルトの道路に激突したというわけだ。
うぎゃあと叫んで立ち上がったオレだが、さすが1300円の馬脚を現したのはユニ黒のジーンズである。両膝のところが一瞬にしてすり切れてずたずたになり、そこからのぞいた膝小僧からは血がだらだら。流血の大惨事となってしまったのだ。小学2年生に突き飛ばされた、51歳の父親のオレが。
痛い。それよりも情けない。トホホホ。
家に帰ったオレは、泣きながら膝小僧に絆創膏を貼り、破れたユニ黒のジーパンはたちどころにくずかご行きなのだった。こないだの六本木のライブのために買ったジーパンだったのになあ。まったくもう。ならばもうユニ黒は買わないかというと、そんなことはなくて、休日のお父さんはユニ黒ファッションで寝転がるのだった。
そもそもなんで酔っぱらって歩いていたかというと、本日はレコーディングがあり、その打ち上げを行ったのだった。 なんのレコーディングかというと、若手シンガーソングライターのシャケちゃんの新しいCDである。
全部で5曲のミニアルバムだ。後戻りの道を絶ち、本格的にプロ転向したシャケちゃんのデビューアルバムでもある。アレンジャーたんごちゃんも責任重大なのだ。
レコーディングはシャケちゃんはもちろんのこと、ゲストボーカルとして娘の担任だったミナコ先生も参加。ついでに、ついでにということはないか、一緒にヨメや子供も参加して、なんだ、丹後ファミリー大集合のアルバムだな。まさに家内手工業。町工場か、内職か、いやいや、今どきはこういう農場スタイルが先端なのだ。
ともかくレコーディングは無事終了。ミックスは翌日に持ち越して、打ち上げとなったのである。ちなみにシャケちゃんCDは突貫工事で進められて6月上旬に完成、リリース。1枚1000円。ご希望の方はワタクシまで。
オレの部屋でのレコーディングは、若手シンガーソングライターたちの間では丹後スタジオと呼ばれているらしいが、ごく普通の部屋で、しかも音響がまったくよろしくなく、困ったものなのだ。シャケちゃんのようなハイトーンで勢いのある歌を歌うボーカリストの場合、それはいさわしも含まれるのだが、特に録音には苦労する。
部屋だけでなく、機材もそうであって、マイクはともかくとして、音を取り込むためのオーディオインターフェースが安物だものだから、情けない。なんとかしなきゃなあ。リョータも「いいインターフェースに変えたら、劇的に音が良くなりましたよっ、タンゴさんっ」と言ってたし。
来月は学研から依頼された曲、3曲のアレンジが入っている。
シャケちゃんからは、次は9月までにカズトくんとの新ユニットのCDのアレンジを頼まれている。4曲入りのオペレッタだそうだ。
どうもこうなってくると、好き勝手に作る音楽よりも、仕事として引き受ける音楽のほうが増えてきて、趣味で続けてきた風組CDが滞ってしまっている。それはそれで落ち着かないのだが、ともかく仕事としてのアレンジやら作曲やらがこんな具合に増えてきてしまうと、いつまでもこの貧弱な機材ではやっていけないという気がしてくるのだった。
たぶん、ここを読んでいるリョータあたりは「何言ってるんすか、とっとと買わなきゃダメじゃないすか、タンゴさん。アレンジ料いくらっすか? そりゃあ、安い。安いっすよ。1曲100マンエンとか言わなきゃ。その100マンエンでいい機材買わなきゃだめっすよ」とまくし立てるだろうなあ。
しかし、本業はヒマでヒマで困ったものだから、あまり道楽にカネをかけるのも…って道楽が道楽でなくなりつつあるのが、差し迫っている問題なのだが。
それで行くなら最新のキューベースにバージョンアップするなら、もうパソコン自体がスペック的に追いつけなくなっているので、メモリー6Gというデルのハイエンドマシンあたりも手当てしなければならんだろう。うーむうーむ。出てくるのは脂汗ばかり。出て行くのはカネばかり。
そのリョータは「若手はさみんなタンゴさんタンゴさんって頼りにしてるんすよ。タンゴさんならなんとかしてくれるって」と言う。面はゆいような、座りのよろしくないような。
ただ、本音を言えば若手の相談役みたいな顔をしていい気になるつもりはさらさらなく、むしろ現役として若手作家連中とタイマン張ってるぐらいの気持ちはあるのだ。持ち上げられる気はないね。オラ、現役だす。
つまりは小学生に体当たりされて転倒するような肉体であろうと、中身はバリバリ若いという、まあ、そういうことだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.05.22
眼鏡が困ったことになってしまった。
眼鏡をかけている人ならよくわかると思うが、ネジがゆるんでぽろっとレンズが外れてしまったのである。
新潟の実家で眼鏡を洗っているときにそれは起きてしまい、ネジは見事に配水管の向こうに姿を消してしまった。
長距離ドライブで東京まで帰らなければならないオレはトホホホと困り果て、高校生のユーイチローに何とかしろと命じたのである。さすがユーイチロー、ついこないだまでよだれかけでハイハイしていたかと思ったのに、手先を器用に扱って、ネジの代わりに針金でレンズを留めてくれたのである。
やれ、うれしや。ゲームで鍛えた指先も役に立つもんだ。
東京に帰ってヨメにどうだ、針金だぞと自慢したら、ヨメは「アタシは輪ゴムで留めてたことがあるよ」という驚愕の返答だった。負けた。
こうしてしばらくは針金でしのいでいたのだが、とうとうそれも耐力の限界か、ついに再びレンズが外れてしまったのである。再びトホホホだ。
しょうがないから、他の手持ちの眼鏡をかけて、度が合わなくてくらくらしているのだけれど、やっぱりちゃんと眼鏡屋にいって直さなきゃ、と思った次第である。
ユーイチロー、ありがとね。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サイゾー」


2009.05.21
打ち合わせ1、原稿。
ギョッとしたのち、なるほど、これがアメリカで問題になっているってやつか、と納得させられた。プリウスの音の問題である。
やたらと静かなプリウス。エンジンを使わないから当然である。
そのためクルマのブーッという音がまったくせず、危ないのだ。
先日、家の近くを息子の手を引いて歩いていたら、なんの音も予感もなくほんの数センチ脇をプリウスがすーっと通り過ぎていったので、ギョッとしたのである。
悪いことに運転していたのは近所のじーさん。じーさんのすべてが悪いとは言わないが、他人の状況や心情をイメージできないじーさんが多いのは事実で、自分の乗ったクルマがまったく音を出さないので歩行者にとっては危なくてしょうがない、ということに思いが至らないのだろう。
こういうじーさんに限って歩行者になった時には、クルマへの迷惑に思いが及ばないものなのだが。
おっと、今日はじーさんの悪口ではなかった、プリウス問題だ。
クルマと言えばブー。
音がしないのはやはり危なくて、アメリカではわざと音が出るようにしたとかしないとか聞いたけれど、電気的に騒音を発生するような仕組みは確かに必要かもしれないなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.05.20
原稿、アレンジ。
30代の頃は美容院に通っていた。高かった。毎回1万円。
40を過ぎてからは普通の床屋に戻った。安くなった。
今は地元の床屋に親子で通っている。ヒゲを剃ってもらい、マッサージまでしてもらって、3990円。
その行きつけの床屋で、今朝、髪を切ってもらっていたら、朝っぱらにもかかわらず魚せーのオヤジが飛び込んできた。バイクのヘルメットをアタマに載せたままだ。
そして、息を切らせて床屋のおかみに教えた。「いっちゃんが死んだ」。
それを聞いて、オレもひっくり返るほど驚いた。魚せーで、土日だけ手伝っているおっさん、イチカワさんのことだ。亡くなったって?
昨日まで元気にしていて、一昨日は競艇にも魚せーのオヤジと一緒に行っていたというのに、今朝、布団の中で冷たくなっていたそうだ。
ちょっと待て、イチカワさん、あんなに元気だったじゃないか。ぴんぴんして、いっつも笑顔で「タンゴさん、ビールでいいですかー」とおしぼりを出してくれ、子供らには「はい、ジュース、お待ちどおさま」とお盆を運んできていたではないか。眉の下がった優しそうな顔で。
あまりのことにびっくりして、オレは床屋のイスで口を開けるばかり。
魚せーのオヤジは、バイクのヘルメットをかぶったまま待合室に腰掛け、顔を覆って「ちくしょう、みんな先に逝きやがる」と、あたりはばからず泣き出した。
この床屋の主人も昨年亡くなったが、魚せーのオヤジの親友だった。魚せーは、先ほど親友の墓を訪ねて「いっちゃんがそっち行くから、頼むな」と手を合わせてきたのだという。
たまらん心持ちだろうなあ。
実は今月、オレは父方の叔父を一人喪った。ほぼ時を同じくして、母方の叔母が倒れて今も意識不明のまま入院中である。そして今日、知り合いが逝ってしまった。
まったくもって、くそったれな5月である。憎らしいほど空は青くて、暑い。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」


2009.05.19
打ち合わせ1。
ヒマである。
練馬の片田舎で口を開けて空ばかり眺めているから時流に乗り損ねたかと思ったら、そうではなくて、広告業界全体がヒマなのであった。カメラマン、デザイナー、みんなが異口同音に「ヒマだねー」「なんかない?」とうなだれている。
人が不幸だと我が身の不幸もさほど気にならない。みんなが不景気なのだから、オレがじたばたしてもしょうがないなあと、開き直った。
銀行もどうやら開き直ったか、悪あがきか、オレが投資信託をしている星銀行から久しぶりに連絡が来た。
一時期、盛んに電話してきて「もっと運用しましょう、がっぽり儲かりますぜ、ダンナ」「運用しないなんて信じられませんね、こんなウマイ話、そうそうありませんぜ」とこちらの欲の皮をさんざん引っ張っていたのだが、去年10月の金融危機以来、ぱたっとその電話もかかってこなくなった。
オレも、新聞でおそるおそる運用欄をのぞいては、うぎゃっと叫んで失神し、以来、精神的によくないから投資信託をしている事実すらアタマの中でフタをしていたのだ。
なんせ元手を割っちゃったからなあ。
あの時、銀行屋の悪魔のささやきに載せられて欲の皮の赴くままに投資していたらと思うと、本当に恐ろしい。ぶるぶる。
それがここへきて多少景気も持ち直したせいか、なんとか元手を割ったところから回復。ごくごくわずかながら利益も出てきたようなのだ。
それを見て、本当に銀行屋はさといというか、図々しいというか、星銀行が久しぶりに電話してきて「回復しましたよ〜、ほーら、損してないですよね〜、さあ、新しい投資をしましょうね〜」と再び悪魔のささやきを始めたのであった。なんともわかりやすい行動規範だな。
そんな電話はうっちゃって、夕方、オレが向かったのが六本木である。略してポンギ。
雑誌ぴっころの11月号に付録で付く歌の、アレンジの打ち合わせなのだ。最近は本業がヒマであり、その分、副業の音楽仕事が忙しくなってきた。ならばこっちを本業にするかというと、これだけでは食えないのが現実の厳しさなのだった。
歌を作った作家と会う。「にゃ」という3人組だ。
聴きながら細かな打ち合わせ。すぐに頭の中ではアレンジの大枠は固まったので、あとは手を動かすだけである。
この曲についてではなくて、保育歌全般に対して感じることだが、どうも瑞々しさに欠けるという感じがする。若さがないというか。これは保育歌の世界全般に共通することである。
保育の現場の歌とはこういうものだという決めつけを、作家たち自らがしてしまっているのだろう。「こんなもんでよかんべ」という。
そしてそれは、手抜きというレベルではなく、志と技術の低さに起因する。もっと言えば、手抜きですらない。
たぶんその「低さ」は、保育歌業界の諸先輩方が作ったものなのだ。もちろん道を拓き、マーケットを生み、スタンダードを示してきた先輩に責任はない。敬意を払う。
責められるべきは、先輩方のスタンダードを良しとして、その枠を打ち破ろうとせず、そのスタンダードにどう納めようかと考えている後輩たちなのだろう。オレのいい方はきついけれど、でも、絶対そうに違いない。
だから誰もが、作る歌、作る歌、付点のシャッフルにスリーコード、転調すらしない。退屈な歌ばかりだ。目線を先輩のスタンダードに向け、マーケットに対してもおもねり、さらには採否を決定する編集にすらおもねる、その志が、どうなのよ。冒険でもチャレンジでもなんでもいいけど、もっとタコな歌をどんどん作るべきなのだ。そうでないと、いつまでも先輩スタンダードの中でのお遊びで終わってしまうだろう。
そのようなことを考えつつ、打ち合わせ後は焼酎酒場に向かう。
ここでは、その遊び歌作家の現役たち、リョータとタカスギさんの二人が飲んでいた。合流していろいろとしゃべる。
リョータ、相変わらずキャラが立ってるなあ。会話の端々から勉強熱心であることが伝わってくる。
タカスギさんは、これから新しい道を歩むことになるようで、それは何か道しるべのようなものはあるのだろうか。リョータとは別の意味で、やはり人柄が素晴らしいので、そこからにじみ出る何かが形になるといいと思う。
最近、うちの息子は星新一を読んでいる。星新一といえばショートショートであり、ショートショートで星新一以外は浮かばない。きっと当時は他にもショートショートの作者はいたはずだが、今、ショートショートは星新一だけだ。それは星新一がショートショートというジャンルを創始したからだ。
つまり、ジャンルを作らなければだめだということだ。
ジャンルとは、新しいマーケットのことである。
先輩たちの作った小さい池の中で小さい魚を奪い合っている場合じゃないぞ。外に大きい池を掘れば、そこにきっと魚は集まってくる。
勇気を出して今の池から飛び出し、新しい池を掘った人間の勝ちだ。
いろいろしゃべったけど、オレが言いたかったのは、要はそういうことだったのだ。
二人からは、今オレがアレンジをしている作家へのアドバイスを求められる。偉そうだな、オレも。
これから1年、どれだけたくさんの歌を作れるかにかかっていると思う。
天才でない人間が何かを成すには、とにかく量をこなすしかない。徹底して量をこなしていけば、いつか必ず「質」につながる。「量は質を決定する」というのは、真実なのだよ。
昔、「毎朝30分かけて日経新聞の社説をノートに書き写しているんです。私、世間知らずだから勉強しようと思って」と話すおばちゃんに会ったことがある。ごく普通のおばちゃんだった。
きっとこのおばちゃんは、1年間日経新聞の社説を書き写し続けたら、間違いなく相当の世間通になったことだろう、その後会ってないから、どうなったかわからないけど。
量は質を決定するのだ。これは唯一の道である。
イチローでさえ、とうなのだ。
だから、作家へのアドバイスをするなら、これから毎日2曲、作ってみたら、ということだ。
一日1曲ならアマチュアでもできる。プロを宣言するなら一日2曲を、コンスタントに作り続けなければだめだ。
もちろん1週間か、1ヵ月か、途中で絶対に壁にぶち当たる。挫折しそうになる。歯を食いしばって、それでも一日2曲を作り続けたとき、きっと量は質に転換しているはずなのだ。
ということで、どう? リョータ(酒はほどほどにしとけよ〜)。
などということを考えつつ、11時半に六本木を後にして大江戸線に乗り込む。車内でマスクをしているのは2、3人だ。
読むべき雑誌もないし、ケンウッドのiPodを取り出してイヤホンを耳に当て、ピアソラや「いちご」やポール・サイモンやらを聴く。いい気分だ。
このケンウッドのiPod、買ったのは3ヵ月前なのに、なんとまだ一度も充電していないんだよね。びっくり。異常にバッテリーの持ちがいいのだ。噂には聞いていたが、まさかこれほどとは。
もちろん時々しか聴かないという事情はあるのだが、それにしても長持ちだなあ。「バッテリーのことをほとんど意識させない」というネットでの噂は本当だった。
そういやサウンド&レコーディングで、iPodで聴く世代が中心になってきて、部屋でもiPodをスピーカにつないで聴くようになり、それは音作りにどう影響するのかという特集があった。
いわゆるドンシャリの音は下品でオレも好きではないけれど、意識的にあえて作らなくてはならないこともある。
かつて小室テツヤが絶頂時に手がけた女性歌手は、みんながみんな、突き抜けるような高音を持っていた。楽曲もそれを強調したものが多く、耳にキンキン突き刺さったものだった。
それには理由があって、主なターゲットである中高生の財布事情を思えば、安いラジカセでもいい音っぽく聴こえるよう、あえて高音を強調した音作りをしていたのだ。つまりはマーケティングですな。
こういうマーケティング発想がいいとは思わないけれど、今の保育歌業界は少しはマーケティングを考えてもいいのではないかと思う。
新しい池で新しい魚を釣るなら、エサも新しくなくてはだめなのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」


2009.05.18
取材2、原稿。
朝からいろいろと買い物があったので、クルマで近くのホームセンターに行く。
やたらと客が多く、その客のマナーが異常に不愉快で、警備員の数も異常に多く、この警備員がやたらとうるさい連中で、要するに全体的に不快で疲れるホームセンターなのである。よって普段は足を運ばないようにしているのだが、どうしても用があって出かけたのだった。
クーラーの配水管が壁から外れてしまって、それを留め直す器具が必要で、やはりこういうものはしっかりと売ってあるので、行くしかないのである。ついでに金魚の水替え用の一式も購入した。
せっかくだからと興味半分で地下に降りて薬局コーナーに立ち寄る。案の定、マスクは品切れだ。
このマスク騒ぎは、平成の米騒動だなあ、などと陳腐なことを言ってる場合ではない。まったく呆れたものである。
もちろん我が家はN95を含め相当量を在庫してあるので、平気なのだった。N95は秋のヤバイやつに備えるのだ。
もっとも北海道大学のなんとかっていう教授は、鳥インフルエンザが人間に及ぶようになるのは極めてまれな確率でしかありえない、と言ってるらしい。それならそれで嬉しいのだがなあ。
当面は秋から冬にやばいことになるという前提で行動しておくほうがいいだろう。なんせ小さい子供がいるからなあ。
ホームセンターでは、案の定、いろいろと不愉快な気分になってきたのでとっと切り上げ、近くの西友に行くことにする。西友の方がなんぼかまし、というのも民度的にはちょっと情けないものがあるが、しょうがないのだ。
西友でもいろいろと買って帰る。ああ、めんどうだなあ。
たちまち昼。所用でヨメが出かけているので、昼はオレ一人。そば屋に寄った。
かき揚げそば、熱いやつ、と頼んでから今日が凄く暑いことを思い出し、あわてて、冷やし中華に変えて、と注文。そば屋ならではのゆるーい冷やし中華をずずーっと食ったのだった。
途中入ってきた作業員風の客が、「ざるうどんだ、二枚だ、それからビールだ」となんだか最初から怒っているふうな注文をする。暑いと人は怒りっぽくなるのだろうか。
家に帰ってら金魚の水替え、クーラーの配水管の修理などなど、雑用をこなす。月曜日って案外ヒマなんだよねー。
終わってからはアレンジ作業。今月から来月にかけてはアレンジする楽曲がたくさんあって、忙しいのだ。ほとんどこれではオレはアレンジャーではないか。かっちょえーな。あとはカネがこれについてくればいいのだ。
夕方、いつも服用している薬がなくなってきたので、行きつけのクリニックにいって薬をもらってくる。ゆるいんたせか、鋭いんだか、よくわからないクリニックなのだが、信頼はできるようなのでしばらくはここに通うのである。
帰ってきて6時。
まだ明るいうちから、息子、娘と一緒に風呂に入る。日があるときに入る風呂って、気持ちいいよねー。
汗を流してさっぱりした後、電話インタビューを一つこなす。
電話の向こうの相手は、まさかオレが風呂上がりのさっぱりした顔にパジャマ姿でインタビューしているとは思うまい。可能ならばビールでも飲みながらやりたかった。
さくさくっと原稿も書いてしまう。それからメシだ。
8時に子供を寝かせる。
インフルエンザにかからないことを願うのは非現実的で、ともかくこの夏も秋も冬も、絶対にインフルエンザにかかるだろう。そのことを前提に、かかったらどうするかという発想で準備をしておくのだ。
基本は免疫力を高めておくことである。それには睡眠と規則正しい生活、そして栄養だ。
幸いにして我が家の子供らは毎晩8時に寝て、規則正しく生活し、ご飯も毎回きちっと決まった時間に食べている。このリズムを維持し、さらに免疫力を高める作戦なのだ。
食べ物については、キノコと海藻とヨーグルトを毎日口にするよう、ヨメに頼んだ。基本的に我が家は肉はほとんど食わず、野菜と魚中心の仙人みたいな食生活なので、活性酸素は大丈夫だろう。あとはミネラルと乳酸菌だ。
子供が寝た後、再び机に向かってアレンジを続ける。いろんな曲のアレンジがどっと押し寄せてきて、あれもこれも、早く音にしてあげたいなあ。
10時に終えて、ヨメとテレビを観る。おだやかなものだ。呑気である。
焼酎でほどよく酔っぱらったところで、10年ほど前に仲間たちと作った「にぎやかな楽園」という歌を聴く。稚拙な音作りでとても人には聴かせられないが、歌そのものは、こんなにいい歌だったのか、とびっくり。深いなあ。
改めてしっかりとオケを作り直し、魂を入れ直そうと誓うのだった。

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2009.05.17
原稿。
飲みながら活字を読むのが好きである。よって、酒場でも常に本を読んでいる。
本といっても雑誌だ。
以前、澁谷の焼き鳥屋で一人で飲みながら、ハイジャックものの傑作ミステリー「シャドー81」を読み、そのラストに手に汗を握るほど興奮したというのに、翌朝には内容をすっかり忘れてしまっていたという情けない経験から、忘れてもいい程度の雑誌しか読まなくなったのである。
むろん雑誌といえども一冊に一つくらいはいいことが書いてあるものだ。そういうときは忘れないようにと、ページを折って印する。そして、案の定なのだが、翌日にはどうしてこのページを折ったのだろうと首をかしげるのだった。
こんなふうに一人ぶつぶつと飲み屋でページをめくっているのだから、周囲は放っておいてくれればいいのだが、中にはそういう客が目障りらしく、いろいろちょっかいかけてくる他人様もいる。他人様だけでなく、店によっては店員、店主がちょっかいかけてくる。
いいって。別にさみしくて一人で飲んでるんじゃないし、暇つぶしに本を読んでるんでもないって。
もちろん音楽を聴きながら酒を飲むのも大好きだ。好きな音楽だけを選んで、とっぷりと浸りながら聴くのである。
聴いているうちにあれも聴きたいこれも聴きたいとふくらんでいき、聴けば聴くほど酔いも深まっていって、ああ、幸せだなあとなるのだった。
今のところ、これを酒場でやるのはほとんど不可能である。
本を読んでいる客は珍しくないが、カウンターでヘッドホンを耳に当てて恍惚としている客はめったに見かけない。オレもそんなに勇気はない。
よって音楽を聴きながら飲みたいときは、家に限るのであった。

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2009.05.16
原稿。
週刊文春で近田春男が絶賛していたのが、持田香織(ELT)と田島貴男(オ リジナル・ラヴ)による「個人授業」。あのフィンガーファイブのデビュー曲のリメイクである。
どれどれそんなにいいのか、と思って早速YouTubeで聴いてみる。お手軽な時代じゃ。
ほほう、なかなかいいではないか。持田なんとかもこんな歌が歌えるんだ。なによりも田島なんたらのサビの絶叫が、なかなかよい。渋谷系じゃなくってよかったね。
ついでにオリジナルのフィンガーファイブのほうも聴いてみる。
う、うめえ。今聴いてもうめえ。なかなかナイスなバンドだったんだな、フィンガーファイブ。

「新潟日報」


2009.05.15
コイデ氏とともに新潟で出張仕事の続き。頭を抱えるような、ついでに腹も抱えるような事態が次から次へと出来し、コイデ氏とともにのけぞる。

「新潟日報」「SPA!」


2009.05.14
4時前に起きた息子に4時に起こされ、入れ替わりのように寝てしまった息子の顔を見ながら5時前に家を出て、関越を走って8時過ぎに新潟に到着して仕事した。この季節の新潟は一年で一番快適だ。
なのに突然の寒気で、地元の人もびっくりする寒さ。実家ではストーブをたいていた。オレもストーブをつけて暖かくしてから寝た。

「新潟日報」


2009.05.13
原稿。
週の後半に出張が入っていると、半ばまでに仕事の全部を片付けなければならないので、けっこう忙しいのだ。
本日も朝から机に向かって原稿仕事にアレンジ仕事。
その合間を縫って、息子の小学校で保護者面談。
規則正しい生活をして、ちゃくと読書をしていれば、後は何もしなくても問題なく過ごせる、というのはオレの確信である。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.05.12
原稿。
午前は原稿仕事で、午後はアレンジ仕事。つまり一日机に向かって作業していたわけで、これはけっこう疲れるのであった。
合間には手近に立ててあるギターを手にとって、タンゴの歴史の続きを練習する。むむむ、むずかしい。
先月、フルート真実ちゃんとライブをやるに際して、タンゴの歴史に挑戦したわけだが、まさか自分がピアソラをやることになろうとは夢にも思っていなかったので到底弾けるようになるとは考えられなかったのに、恥をかきたくないという一心だけでひたすら練習したら、なんとか形になってしまったのには驚いてしまい、そうか、少しばかりのストレッチをして新しいことに挑戦するとはこういうことだったのかと改めて感じるものがあった。と、この一文201文字。
今にして思えばあれは貴重な経験だった。とはいうものの、記念としてそれで終わらせるか、ステップボードとして次につなげるかで、意味合いは相当違ってくるわけだから、有り体に言えばせっかくここまでやったのに放っておくのはもったいないというスケベ根性もあって、丹後の歴史の4つの組曲のうち残りの3も弾けるようになりたいなあと密かに思っているわけである。
もっとも仕事の合間に5分ほど弾いたところで何ができるわけでもなく、とほほほ、やっばり難しいなあ、と投げ出す始末だ。ああ、情けない。
こうして一日机に向かって仕事して、夜も10時になるとぐったりと疲れてしまうのであった。ああ、ビールが旨い季節だなあ。

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2009.05.11
取材4。
朝からほとんど一日立ち仕事で、いやいや、疲れたべ。
それにしても横浜っつーのは、なんであんなに人が多いんだべ。練馬の片田舎から出かけてったおいらは、びっくらこいて腰ぬかしただよ。

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2009.05.10
などと、昨日、サイモン&ガーファンクルについて利いた風なことを書いたら、今朝になっていさわしから「荻窪の駅のポスターでは、11日は満員御礼ソールドアウトのようですよ」というメールが来た。
ななななななな、なんだって?
ウソに決まってると信じたいが、もし本当だとすると、南こうせつが楽々と東京ドームを満員にできることになってしまうではないか。そんなことがあり得るのだろうか。
どうやら団塊の世代というのは、本当にカネと時間を持てあましているらしい。恐ろしいことだ。地球環境に最も負荷を与えているのは、団塊の世代ではないのか。
そのような場所へのこのこと出かけていくことに、オレは今、恐れおののいている。やっぱり行くのやめようかなあ。
そんなふうに気弱に思いつつ、昼に立ち寄ったのが、光が丘のレストランぴっかりという店である。
以前にも書いたが、ここは中華料理とインド料理の両方が味わえるという驚嘆すべき店なのだ。
サイモン&ガーファンクルではなくて、中華&インドなのだな。明日に架けるメシ。
店内では中国人とインド人が仲よく働き、中国人のシェフがチャーハンを炒めている隣で、インド人の料理人がナンを焼いていたりする。とてもシュールなというか、その光景だけでも一見の価値のある店なのだ。
できればオレとしてはここに客としてパキスタン人を連れてきて、騒ぎを引き起こしたいと思っているのだが、どうだろう。
こんなにも面白い店なのに、実はこのレストランぴっかり、いつ来てもガラガラなのである。味は悪くないのになあ。
そのあまりの不人気ぶりにオーナーが業を煮やしたか、ついに登場したのが写真のサービスセットだ。今までありそうでなかったメニュー。しかし十分に予想されたメニュー。
そうである、中華料理とインド料理が一緒になったセットである。
なにしろラーメンにチキンカレーとナンがついてきて、漬物と一緒に食え、というセットだぞ。ほとんど拷問だな、こりゃ。
オレとしては、とても自分では食う元気が出ないが、しかし、誰か他人がオーダーして食べるのは見てみたいというメニューだ。
そう言えば以前、この店に一緒に行ったいさわしが「中華とインド料理だと、どっちも旨そうで迷うなあ」と天を仰いでいたことがあったな。これはぜひいさわしと行かなくては。
おーい、いさわし、ついに両方を一緒に味わうチャンスだぞ。迷わず、これさえ注文すればいいのだぞ。
店のドアを見たら「不景気のため、5月一杯でインド料理はお休みします」という張り紙がしてあった。どうやらこの開き直りのメニューも奏功せず、中国・インド両国の連合でも日本の不景気には勝てなかったらしい。ついしにぶち切れた、というオーナーの熱い思いが伝わってくるような張り紙である。
切られる側のインド人の心中やいかに。ここに至るまで、歴史の表舞台には現れないインドと中国の仁義なき戦いがあったのだろうなあ。
というわけで、いさわし、中華料理とインド料理を一つの皿で一緒に味わえるチャンスも今月いっぱいだぞ。さあ、すぐに行こうではないか。

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2009.05.09
原稿。
山手線に乗って、びっくりした。
東京と有楽町の間、線路際にサイモン&ガーファンクルのドームコンサートを告知する大きな看板を発見したのだ。
全盛期にもなかったのではないか? こんな看板。
ポール・サイモンは世界的なビッグ・ネームであるけれど、こと日本に限ってはとっくに終わった人で、ちっともビッグじゃない。たぶんポール・サイモンよりも南こうせつのほうがよく知られているし、「明日に架ける橋」よりも「神田川」のほうが有名なはずだ。
それなのにこの巨大看板。
たぶん一昨年のつま恋コンサートと同じ文脈でのコンサートと位置づけられているのだろうが、この企画は絶対に失敗すると断言する。きっとガラガラだぞ、ドームは。
カルトといっては言い過ぎだが、ポール・サイモンなんていうのはオレみたいな一部の信者にのみ支えられているマイナーアーティストだろう、日本では。それなのに、つま恋よもう一度みたいなノリでの企画は、たいした動員は期待できないだろう。
そういうオレ自身、本当のことを言えば音楽にはたいして期待しているわけではない。どうせやる曲順もアレンジもわかりきってるし、たぶん新しい発見は何もないはずだ。
死ぬまでに一度は生のポール・サイモンを拝んで賽銭を投げておきたいと思っていてもたぶん今回が最後のチャンスだろうと思ったからいくのであって、最初は2日間のドームコンサートに連続してS席に座ろうと思ったものの、すぐさま一度でいいやと思い直して初日のチケットだけ買ったのもそういう理由による。
まあ、あまりに不入り不憫になったら、2日目も行くかもしれないけれど。

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2009.05.08
連休明けからずっと天気が悪くて、しかも肌寒い。
所用で上京した父が我が家に一泊。突然のことであってもヨメは慌てず動じず「だいじょーぶだよーん」との返事で、父と帰ってみればちゃあんと客用の布団が敷いてあった。
話を聞いた大宮のナオコちゃん「すごい、マジですごいっ、わたしの友だちなんか、ダンナが突然親を連れてきたら確実にぶち切れるよっ」と心底感心していた。

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2009.05.07
原稿。
そんなわけで朝っぱらから秋葉原に出かけて、ドヨバシカメラでオーディオインターフェースを手に入れたのだった。ああ、めんどくせえ。
レジでは当然のようにポイントカードを求められる。
ポイントカードが鬱陶しくて仕方ないオレは、だいたいが持ってないと断るのだが、そこそこの点数がたまりそうだというすけべ心から昔に持っていたドヨバシのポイントカードを差し出す。
このあたり、ETC嫌いのくせに1000円高速の誘惑に負けてついにETCを取り付けてしまったドライバーによく似ている。オレは昔からETCをつけている。鉄道でも自動改札を導入した時に乗客は首にETCをぶら下げるようにすればよかったのだ。
それはともかく、差し出したポイントカードが相当古いものだったようで「2年以上たっていましてポイントが消えています」と店員がぬかしおった。通常なら、それはてめーの勝手な都合だろうがと怒るところだが、温厚で人格者のワタクシはいはいわかりましたよと笑って受け流し、新しいカードをもらったのだった。
家に帰って早速取り付けたら、あれれれ、まだ動かない。やっぱりだめだ。
ということはインターフェースの問題じゃなくて、ケーブル関係か?
いろいろいじりまわした結果、どうもUSBハブがおかしいという結論になった。待て待て、するとこの新しく買ったインタフェースは不要だったということなのか。そのような現実は到底受け入れがたいので、オレは無実の罪を被せられた古いインターフェースとは目を合わせることなくすぐにしまってしまったのだった。
こうして大問題を片付けたあとは、午後からいさわしとのユニット「たんさいぼう」のリハーサルである。
本日の課題の一つがアンプの手配である。
ライブ会場の店は普通の酒場なのでPAがない。持ち込みである。アンプは一つ持っているものの、ボーカル用も必要ということでリサイクルショップで買うことにしたのだった。
大泉のリサイクルショップにクルマを置いて、店内を探索する。1500円のギターアンプを発見。安い。安すぎる。店員に、音を出してもいいかと聞いたら「ジャンク品なのでお断りしています」とのこと。うーむ。ということはかなりリスキーではないのか。
結局、3ヵ月保証のついた5000円のアンプにしたのだった。
それにしてもリサイクルショップ店内は、けっこう面白いものが置いてあってなかなか楽しいのだ。時々来るけれど、かなり時間がつぶせる。
本日も100円のパソコンを発見。ただしハードディスクなし(笑)。ほかには、おお、懐かしいなあ、これ、昔使ってたよ〜と口走ってしまったG3のタワーMac。これがメモリも載って1000円。
1000円Macって、いいなあ。原稿仕事ならまだ十分使えるぞ。思わず買って帰りそうになってしまった。
さて、5000円アンプをゲットして丹後スタジオに戻った「たんさいぼう」は3時間半ぶっ通しのリハーサル。すげえ疲れた。ギター弾きっぱなしで腕はがくがくである。
曲目を決め、順番を相談しつつ、アレンジも決めながら進めたのだが、どんどん曲が増えて長くなってしまい、うーむ、優に2時間は超えるライブになりそうである。
きっと客からは「やめろ」コールがわきおこるに違いない。今から心配である。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「脳内汚染」岡田尊司・文春文庫。いわゆるゲーム脳という言葉の発祥地となった本である。これを読むと、いかにゲームがアタマに悪いかがわかる。なんでこのような有毒なものを国は許可しているのだろう。


2009.05.06
連休の最終日に予定していたのは、シャケちゃんの新しいCDのアレンジを完成させることだった。
3曲はすでに大枠ができあがって確認中。本日は4曲目が完成である。
ちょっと凝ったアレンジをして、録音を始めたところ、突然にパソコンがクラッシュだ。馬鹿たれが。
一発ケリを食らわせて再起動。
ところがここでやっかいな問題が発生。音楽作業に不可欠のオーディオインターフェースがうんともすんともふんともへんとも言わなくなったのである。
こいつも馬鹿たれだ。
一発無理を食らわせてやったのだが、案に相違して、ぴくともしない。うーむ。
何度かドライバを入れ直したりしたものの、さっぱり事態は好転せず、どうやらハード的なトラブルのようだ。
考えてみればこのオーディオインターフェース、ろーらんどのウーアー25というヤツで、もう4、5年も使っている。その酷使ぶりを思えば寿命であってもおかしくないし、スペック的にもぼちぼち買い換え時であったのも事実だ。
ああ、悔しい。
オーディオインタフェースなしでは何も作業が進まないから、買い換えは絶対に必要だ。とほほほ。またまた予定外の出費が。
ここのところ、台所の蛍光灯の取り替えに4万円、礼服の購入に6万円と予定外の出費が続いている。今日はクルマの税金もきたし、そこへもってきてオーディオインタフェースの買い換えだ。定額給付金に子育て支援金を足しても、完全に足が出ている。アウトだ。
おらあ、悲しいだよ。
ともかくシャケちゃんがアレンジを待っている。早く仕上げなければ。
ともかく明日の朝一番で秋葉原に飛行機で飛んでいき、オーディオインタフェースを買ってこなくては。明日は井澤氏とのリハもあるし、いろいろと大変だなあ。仕事は完全にヒマなのに、困ったものである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「だいだい色の箱」廣野すぐり・まつやま書房。知り合いからいただいた小説集。中央線の沿線を舞台とした作品だ。書き手は相当なおじさんかと思ったら、オレよりちょうど10歳若い。だとすると、この枯れ方は技なのか、それも何かの欠如なのか。ユーモアのセンスに光るものがあるようなので、そちらの技も磨くと面白いかもしれない。妄言多謝。
「天に遊ぶ」吉村昭・新潮文庫。吉村昭は、まだ手をつけていない鉱脈である。この短編集は、藤沢周辺にも似た味わいだ。山本周五カとともに吉村昭も読まなくては。夏目漱石も再読したいなあ。


2009.05.05
大騒ぎの新潟を後にして、東京へ戻る。ギリギリのところで1000円渋滞を回避。ホッと一息だ。

「新潟日報」「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」


2009.05.04
新潟で大騒ぎ。

「新潟日報」


2009.05.03
新潟で大騒ぎ。
大騒ぎついでに地元の春のイベント、チューリップフェスティバルに出かける。
目玉の企画が、あなたもヘリコプターに乗れますというもので、こんな企画を小学生と幼稚園児が見逃すわけはなく、泣く泣くばか高いカネを払って乗せてやったのだった。
松竹梅の3コースがあって、3000円、4000円、6000円。
オレの財布が昇天してしまった。
とほほほ。
オレはというと、カネを払ってわざわざ高いところへ上がる人間の気が知れないという男で、つまりは観覧車でさえ絶対に乗りたくないという高所恐怖症で、絶対にヘリコプターなんぞ乗らないのだった。
子供には、お父さんはヘリコプターなんか飽きるほど乗ったからもういいのだ、とごまかしたのだけれど、娘に「たかいところがこわいんだよね」と見透かされてしまって、情けない限り。

「新潟日報」


2009.05.02
新潟の実家に高校生1人、中学生1人、小学生2人、幼稚園1人。たいへんな賑わいだ。
加えて大人は6人。
つまり総勢三世代11人が集まって大騒ぎ。こういうのは、なかなかに幸せなことである。

「新潟日報」


2009.05.01
午後から休暇。高速の1000円渋滞に巻き込まれるぬよう、一日早く出て新潟に向かう。もったいないと言えばもったいないが、子供が小さいから、しょうがない。

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2009.04.30
せっかくオレが命名したトンフルエンザという名前はまったく省みられず、あっさりと新型インフルエンザという名前が定着してしまって、ぷんすかぷんのオレであるが、これから夏に一旦終息して、さらに凶暴化して秋に再登場が予想されるからには、今の段階でタミフルやらなんやらを使い切ってしまうのは大変によろしくないのである。
通常のインフルエンザは、医者にかかれば一週間で治るところ、おとなしく寝ていれば治るまでに7日間を要する。
今のところ、その程度のインフルエンザと変わらないから、栄養と休養でなんとかしのげるのではないか。そして、秋に備えて今からたっぷりと食い、たっぷりと遊び、たっぷりと寝て、体力をつけておいたほうがいい。養命酒でも飲むか。
現実的には、この練馬の片田舎でも、スーパーではマスクが売り切れ状態で、幼稚園ママたちの間では「ないのよ〜」「西友は売り切れなのよ〜」「ないかしら〜」「ダイエーはどうなのよ〜」というメールが飛び交っている。間もなくマスクパニックが練馬でプチ・パンデミックを迎えるのは確実な情勢である。
なーに、マスクがなくなっても慌てることはない。発生源がメキシコなのだから、ミル・マスカラスのマスクでもかぶっていれば、安心なのだ。
もっともメキシコ人だけに被害が集中していることから、そろそろインチキ宗教家が出てきて適当な終末思想をぶちまける頃ではないか。
そういう輩には、ツヨシくんのネタをつぶすためのジャニーズによる陰謀であるという説をぶつければよろしい。
などという具合にクライシスが迫っている中、6月に予定しているのが、六本木での次のライブである。思い切り不要不急の集会であるには違いないぞ。ムダな集会といってもいいかもしれない。客ゼロか?
もちろん客がゼロであろうとなんだろう、ライブは決行するのである。その第一回目のリハを、本日決行したのであった。
相方は青山テルルこといさわしである。平日の昼間に堂々とこのような不要不急かつムダな打ち合わせをしていること自体、お気楽なバンドの証明である。でもいいのだ。フリーランスとはこういうものなのだ。
適当に曲を決めて、適当に練習して、まあ、こんなもんだべ、ちょろいちょろい、わははは、とリハは終わる。ライブの日程は6月14日だ。当初の21日の予定は変更。一週間早まったのである。
場所は例によって六本木。
今度のライブも面白いぞ。最高だぞ。不要不急というのはウソです。最高に面白い、必然のライブです。2000円でワンドリンク付き。高いなあ。オレなら行かない。ウソです。絶対に来てくださいね。
練習終了後は、打ち上げである。つーか、打ち上げのついでに練習したようなものである。
向かったのは当然、たけちゃん。ところがたけちゃん、突然のお休みであった。
従業員がいたのでなぜ休みなんだと責めたら、明日からメニュー一新でその準備なのだと。うーむ、しょうがない。
困って、以前から行こうと思っていた石神井公園脇の隠れ家に潜入しようと思ったら貸し切りで入れず、しょうがなくたけちゃん並びの某店に入ったのだった。
いや、これが最悪の店でさあ、店内ガラガラでテーブルに座ってる客が一人だけと思ったら驚いたことにこいつが店主で、店主のくせにいらっしゃいも毎度も何もなくて、代わりに出てきたばばあに注文したら、出てきた串焼きセットが中身は何かさっぱりわからないような代物で、食えばさすがにわかるだろうと思って口に入れたのにそれでもナンの揚げ物かわからないという驚愕の店。ビール二杯で、這々の体で逃げ出したのであった。
すまん、いさわし。オレのせいじゃないとはいえ、すまん。
このままでは帰れないので、地元では割と評判の高い須という店に行ったのだが、ここも雰囲気が暗いというか、愛想がないというか、景気が悪いというか、もっと元気よく接客しろってんだ、このおたんこなす、食い物屋だろが。
この須という店、食い物はそこそこ旨いし、飲み物も豊富だ。実はいさわし、焼酎なんてさっぱり味がわからないらしい。オレもそうだ。やはり日本人は日本酒に限るなあ。焼酎なんて邪道じゃ。
おっと、店の話だ。食い物はそこそこ旨いし、量もあるし、インテリアはこじゃれているし、なかなかいいんだけど、どーにも店員の雰囲気が暗いというか、生きが悪いというか。
「女の子が一人いればいいんですよ、女の子が」とはいさわしの意見で、そうだ、確かに特別に可愛くなくてもいいから若くて明るい女の子が一人いるだけでまったく違う、とってもいい店になるのだが、惜しいなあ。
はっ、もしかしてこれは、そのまんまオレたちに返ってくるのではないか?
ボーカルもギターもいいんだけど、惜しいなあ、あと一人、若い女の子がいればいいんだけどなあ。
うーむ、そういうことであったか。

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2009.04.29
練馬で「つつじ祭り」というものをやっていた。
オレは朝からアレンジ仕事をしていたので、ヨメが電車で子供二人を連れて行って遊ばせてくれた。
予定通り、2時半にオレが現地で合流。ヨメと娘は、隣接の文化センターで友だちのバレエの発表会を見学し、オレは息子を受け持ってそのまま遊ばせるという段取りである。
ケンウッドのiPodで「タンゴの歴史」を聴き、調子に乗って9月に全曲制覇のライブをやるのだとは宣言したものの、あまりに無謀ではなかったか、いやいや、男は前を向いて進むものなのだ、倒れるときも前向きに倒れるのだ、と星一徹のようにつぶやきながら練馬に行ってみたら、文化センター前の狭い敷地に山のように出店が並んでいた。
玄関口で妻子と落ち合う。
予定通り、ヨメと娘はバレエの発表会へ、オレと息子は祭りの会場に居残り。もっとも居残りといってもあらかた遊び尽くした後だから、何もすることがない。
しばらくぼけっとしていたら、祭りのにぎやかしのピエロが会場をうろうろし始め、その後ろを子供らがわらわらと着いていくのを見つけ、息子が喜んでくっついて行ってしまった。いい時間つぶしになった。
4時過ぎからは抽選会である。
屋台で買い物した客に抽選券が配られ、一等が自転車12台、二等が鉢植え50個、三等が500円の商品券が何十枚か、という景品が当たるのである。息子はこれをことのほか楽しみにしていたのだ。
狭い会場に黒山の人だかり。えらいにぎわいだ。
イベント屋が仕込んだ女のMCは「豊島区で使える商品券が当たります」と口走って会場全体から「ここは練馬区だ」と突っ込まれ、さらに「ごがつ晴れの…」と堂々と口にしては「さつき晴れだあ」と方々から責められて「すいません、バカです、ワタシ」と自己批判する始末。
このMCの進行で抽選会が進んだのだが、当たり番号を読み上げても誰も当選者が現れず、かと思ったら突然に複数の当選者がステージに殺到してじゃけん勝負になったり、鉢植えが当たったのに商品券と取り替えて欲しいとわがままを言う客が続出したりで、大騒ぎ。田舎・練馬のほのぼのとした祭りなのだった。
その後、息子と池袋まで出て、リブロに行く。探している本があったのだ。
目的は「おばけマンション」というお話のシリーズで、息子は4巻まで読んでいる。全部で20巻くらいあるようで、続きを買おうということなのだ。4巻まではアマゾンで買ってやったのだが、リアル書店で書棚を眺めるのも大事な経験。そう考えて連れてきたのだ。
ところがリブロほどの大型書店でも見つからなかった。店員に聞いたら品切れとのこと。へー、児童書ってそんなに売れるのか。びっくり。
仕方ないので別の本を買うことにする。どれどれ、お父さんが探してあげようと言って棚から引っ張り出しのが、星新一のショートショート集。ちゃんと子供向けにセレクトされ、文字にもルビがふってある本だ。
高校時代、よく読んだなあ、星新一。当時は星新一、小松左京、筒井康隆のSH三大作家が呆れるほどのエネルギーで作品を量産していて、田舎の高校生だったオレは早川文庫でそれらをむさぼり読んだのだった。
結局、一番好きだったのは筒井康隆で、あの攻撃的なギャグや破壊とスクラップに価値があるという考え方など、今のオレの人格形成に最も影響を受けることになってしまったのであった。
教訓。人格形成期の思春期にSFを読んではいけません。
まあ、星新一はその中で最も無難というか健全というか。初めはふーんという感じで手にしていた息子だったが、帰りの電車で読み始めたら止まらなくなってしまったのだった。
そのまま息子の手を引いて、石神井公園南口の居酒屋たけちゃんに突入。時間は6時。明日は平常通りに学校があるというので、軽くさっとメシを食って買えるのだ。
たけちゃんのカウンターに親子で座る。最近、娘も息子も「おとうさんのアタマのなかにはオサケしかない」と口にするようになり、どうやら父親はろくでなしの酒飲みだ、ということを確信しているようだ。困ったものである。
そのカウンターで、息子は引き続き星新一を読み続ける。その姿は、普段、本を読みながら酒を飲んでいるオレにそっくりじゃねえか。まいったな。
隣でオレは手持ちぶさたに日本酒をずるずるすする。うめえ。長野の「木曽路」という酒と山形の「上喜元」という酒だ。
息子の晩飯用にぶっかけうどんをもらう。
先日テレビで香川県の紹介をやっていて、そこでは香川県人はマイ醤油をポケットに入れてうどん屋に行き、どんぶりにうどんを入れてもらってはマイ醤油をさーっとかけて立ったまま食う、という習慣が紹介されていた。その、ぶっかけうどんである。
息子はテレビを思い出して興味津々、一緒に出された醤油だれをかけて、ちゅるちゅると食ったのだった。そしてこれが望外にうまかったらしく「おいしいおいしい」と大喜びなのだった。
家に帰ったら、ほぼ時を同じくしてバレエ見学を終えたヨメと娘が帰ってきた。息子は二人に向かって、ぶっかけうどんがいかに旨かったか、熱弁をふるう。それを聞いたヨメと娘、食べたい食べたい食べたいと騒ぐ。
そうなのである、女はうどんが大好きなのである。
いずれ近々、たけちゃんに行ってうどんを食わせてやらねばなるまいなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.04.28
豚インフルエンザ、略してトンフルがマジでやばいことになってるっつーの。
とりあえず我が家では、N95マスクとクレベリンを一定量確保。あとは物流がストップしたときの籠城生活に備えての保存食糧と生活必需品を用意した。2週間ぐらいはしのげると思うのだが。
もっともトンフルは先が見えないのがやっかいで、気温が上がる夏にはいったん終息したように見えて、実はその間に変異を続け、秋から冬にかけて本当のパンデミックを迎える、というシナリオがささやかれているらしい。
マジかよ〜。
さらには東南アジアでトンフルと鳥フルが合体し始めているという報道もあって、ということはつまり人から人に感染するトンフルが鳥フルの毒性を獲得してしまうという、最悪の展開。これがこの秋から冬にかけて世界中を席巻するということになるのか。
たぶん季節性のインフルエンザに備えたワクチンの生産も絶対に必要だ、と関係者が強調しているのは、こうした事態を読んでいるからだろう。
そのときに備えて、心配が杞憂に終わることを祈りつつ、今から買いだめをしておくのだ。酒とか。つまみも。
何よりも必要になってくるのが、たぶん基礎体力をしっかりつけておくことだと思う。今から数ヵ月かけて、しっかり食べて、しっかり寝て、きちんと規則正しい生活を送ること。運動ももちろんしておくこと。
ほとんど小学生の夏休みみたいだが、そういう生活を送って基礎体力をつけておくことだろう。ワクチンに期待できない今、病気に負けない体を作るしかないのだ。
従って無理なダイエットはかえって生命に関わってくるから、この夏はダイエット禁止令が必要だろう。オレももちろんそれに従って、ダイエットは泣く泣くあきらめて、しっかりと好きなものを食って呑んで寝ることに決めたのであった。
寝るより楽はなかりけり。寝てればウィルスもやってこない。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.04.27
打ち合わせ1。
朝から祭りで歩き回り、夜は慣れないライブで、自分ではそうとは思わなくてもやっぱり疲れていたのだろう、だらだらと過ごしてしまった。
夕方、シンガーソングライターの荒巻シャケちゃんが来てくれて、新しいCDのアレンジについて打ち合わせをする。とりあえず4曲。
歌を聴いて、これはブルースがいい、こっちはカントリーにしよう、などと方向性を決めていく。その場で思いついたアレンジアイデアも付け加えて、やはり顔をつきあわせて音を出しながら相談するのが一番いい。
割とバラエティに富んだ楽しいCDに仕上がりそうだ。
もっとも「実は6月の頭に出したい」というシャケちゃんの爆弾発言が炸裂して、げげっとのけぞった。基本的にプライベートの手作りCDなので、作業期間が必要で、さらにゲストボーカル、ゲストフルートなども入れることから、こりゃあスケジュールはかなりタイトだ。
ともかくわしわしと進めていこうではないか。
ついでにシャケちゃんと小沢かづとくんの新しいユニットのアレンジも依頼される。おお、もちろん喜んで。
小沢くんがライブに来てくれたのは、その思いもあってのことだったのか。いやあ、嬉しいなあ。なんだかオレって、アレンジャーとして売れっ子みたいじゃねえかよ、うひひひ。たいへんに気分がいい。
夜、居酒屋のたけちゃんへ行く。一人だ。ちょっと久しぶり。さすがに月曜だと空いていて、カウンターにゆっくり座れる。
ここでうまい日本酒をじっくり味わうのが、最近のオレの喜びなのだ。ところが今夜は出だしがよかったのに途中から最悪。常連らしい酔っぱらいのオヤジがやってきて、カウンターに座り、だみ声で騒ぎ始めたのだ。
ああ、うるせえなあ。そう思いながらオレは最新号の「SPA!」を読んでいたのだが、きっと来るだろうなあと思った通り、そのオヤジが話しかけてきたのだ。しかも驚くことにいきなりオレの右肩をとんとんと叩いて話しかけてきたのである。バカか、こいつは。バカなのだろう、きっと。
「何読んでるの、小さい字がよく読めるねえ」と、そのバカは、オレの肩を叩いた後にそう話しかけてきた。見知らぬ他人からいきなり肩を叩かれて、ため口で話しかけられるという失礼な経験に慣れていないオレは、相当に頭に来て、返事もせずに真正面からじっとにらみつけてやった。
しばらく目を合わせた後、オヤジ、目をそらして口をつぐんだ。本当に気分の悪いオヤジである。
オレが相手にならないと悟ったか、今度は反対隣に座った兄ちゃんに話しかけ始めた。この兄ちゃんが相手をするものだから、オヤジは初対面の相手に向かって「おまえ」呼ばわりし、自慢話に説教話のオンパレードだ。バカが腐臭を発し始めたわけだ。
この腐臭に耐えながら心静かに日本酒を味わえるほど、オレは我慢強くない。いつもはお薦めの銘柄を二杯呑んで帰るところ、一杯でさっさと切り上げてしまった。本当に気分の悪い夜であった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」


2009.04.26
前日の秋の台風のような大雨から一転、本日はまさに五月晴れ。四月でも五月晴れ。さわやかな春の休日となったのだ。
我が家では朝から石神井公園へ。ヨメと子供は自転車、オレは歩きでえっちらおっちら、出かけていったのである。
そうである、本日は石神井公園が人であふれかえる一日、あの照姫祭りの日なのである。練馬区では非常に有名な祭りで、練馬以外にはまったく知れられていない祭りでもあるのだ照姫祭り。
石神井公園には大きな池があって、室町時代、照姫と呼ばれる美しい姫が父親の後を追ってここに身を投げたという伝説が残されている。その照姫をしのんで毎年開催されるのが照姫祭りというわけだ。
だが、実はこの言い伝えはまったくのウソであって、創作なのである。
バブルの時代に何かイベントをするべという話が持ち上がり、だったらこういう伝説があるということにして祭りをやったらどうだろう、おお、そりゃあいい、やろうやろうというノリでできたイベントなのだ。
だから室町時代の姫をしのぶという祭りにもかかわらず、今年で22回目。
計算すればちょうどバブル真っ盛りの頃に始まったことがわかるのだ。
別にオレは人がよかれと思って暮らしているところに水を差しているのではなくて、この伝説が創作であって、祭りも単なるイベントであることは、練馬区の人間なら誰でも知っているのだ。そして、知っていて祭りに参加して盛り上がっているのだ。要は楽しければなんだっていいのだ。
この祭りで、今年はヨメと子供たちが踊るのである。公園の中のステージで、あるいは駅前の広場で、商店街の道で、ヒップホップダンスやよさこいを踊るのだ。
そしてオレはそのビデオ係として追っかけていくという算段である。
写真は、よさこいの衣装を身にまとった息子が、隣のオガワさんに「しっかり踊ってこいよ」と応援されたときのものである。
オガワさん、今まではフリーマーケットで5000円で買ったガットギターを弾いていたが、先日、知り合いからフォークギターをタダでもらったんだそうだ。「ちょっと見てよ」というから見せてもらったら、ノーブランド品なれど、なかなかに弾きやすそうで、これがタダならよかったねーという話だ。弦高が低いのでかなり演奏しやすいと思う。
ただ、もらいもので、案の定、買ってからずっと張り放しだったに違いない弦がさびいていたので、新品の弦をオガワさんにプレゼントした。アルケミーという、かなり値の張るである。なぜこの弦がいいかというと、特殊な塗布剤を使っていて、弦の寿命が非常に長いのだ。
けっこう使っても3ヵ月、普通なら6ヵ月は長持ちする弦で、これなら弦交換のストレスも最小限で済むというわけだ。
さて、10時前に石神井公園に到着。まずはヒップホップのチームとして、子供広場でのダンスコンテストに参加だ。いろなんなチームが出ていて、それぞれに競い合う。審査員は西武バスの運転手や石神井警察の警察官、地元の会社の社長など。実にまったりというか、ゆるいというか、いい雰囲気なのだ。
ここで、りさちゃんパパとみーくんパパに遭遇。いやいや、日曜なのにお互い大変で、いやいや、最近どうですか、いやいや、ところで今度酒でも、いやいや、などと会話を交わしたのだった。
会場を見わたすと、どうにも不釣り合いな望遠レンズ付き一眼レフカメラを持ったおっさんが目に着く。りさパパ、「あいつら、怪しいなあ」とつぶやく。そうなのである、イベントにかこつけては小さな女の子の写真を撮りまくる連中がいるらしいのだ。困ったものである。
ぴっかりが丘の同じようなイベントでは、そういうタコカメラ連中が情報を交換している場所に、りさパパ、遭遇したそうで、まったく困ったものだと憤慨する我々であった。
さて、ダンスコンテストでは参加チーム全員に賞が出て、その賞というのが「頑張ったで賞」「楽しかったで賞」という腰砕けの賞で、我が子らのチームがもらったのは「息がぴったりだったで賞」というものだった。
しかも、グランプリを決めるときは、同点首位の3チームがじゃんけんするというもので、大笑い。なんともほのぼのした、練馬の祭りなのだ。
ダンスコンテストが終わったら、今度はよさこいだ。
駅前の広場に移動して、よさこいチームとしてよさこいを踊るのである。
ビデオ片手にえっちらおっちら、移動するりさパパとオレ。途中、父母会の前会長のコイケ氏に遭遇。ビールを片手にがはははと笑うコイケ氏としばし歓談だ。
続いて現会長のスドーちゃんと遭遇。こちらはすれ違いざまに挨拶しただけだったが、このとき、石神井公園には幼稚園の元会長・前会長・現会長がそろい踏みしていたわけで、なんとも無意味でムダな偶然なのだった。
さて、駅前ではなんとサンバダンスが披露されていた。
そうなのである、照姫祭りと言えば、毎年この盛大なサンバダンスが披露されるのである。室町時代の姫をしのぶためになぜサンバが。このあたり、誰もが一度は突っ込むのだが、まあ、しょせんはでっちあげの伝説だからいいんじゃないの、とうやむやになってしまうのであった。
それを言えば、なぜよさこいなのか、今年は沖縄の打楽器チームも参加していたが、これだってまったく意味不明なつながりだよなあ。そこを誰もが深くは問わず、まあ、いいんじゃないの、で済ませるアバウトさ、いい加減さが、いかにも練馬らしくてよろしいのだった。
とは言え、毎年のことながらこの盛大なサンバダンスはどうにかならぬものか(苦笑)。総勢50人以上と思われる、推定8歳から60歳までの女性ダンサーが、ケツ肉丸出しのビキニ姿に、頭にはでかい羽根飾りをつけて、打楽器に合わせて激しく身をくねらせるのである。駅前のバスターミナルで。
喜んでいるのは観客のお父さんたちであって、爽やかな四月の風に激しくミスマッチなビキニダンサーズをうへへへと眺めているのであった。
その様子を見たりさパパとオレは、草薙くんを逮捕するんじゃなくてこっちを逮捕したほうがいいよな、と納得し合ったのであった。
さて、永遠の眠りにある照姫が創作伝説の中から目覚めてきそうなほど激しいパーカッションのリズムが終わったあと、子供らがよさこいを披露である。そして、踊りが終わるやいなや、再び石神井公園に戻って今度はメインステージでまたよさこいを踊るのだった。
自転車に子供を乗せて疾駆するヨメ。一方、父ちゃんたちはよたよたと歩いて会場に向かった。そして、よたよたぶりがたたってか、会場に到着した頃には子供らのよさこいはもう既に終わりかけていたのだった。
この公園でのメインステージが終わったから、次はなんとまた再び駅前広場でよさこい。そこまでは商店街の中を練り歩くのだった。
なにやら叫びながら歩くよさこいの集団と、その後ろをづろづろとついていく観客。どこかで見た光景だなあ、あれも確か春だったなあと考えていたら、わかった、これはデモなのだ。ほとんどメーデーのデモにそっくりの光景なのだ。
なので、オレとりさパパは「仕事よこせー」「派遣切りはんたーい」などと小声で叫びながらついていったのだった。
そして、駅前で今度は大人も混じって再びよさこいを披露。まったく今日はよく歩いたものだ。昼飯も食わずに。
我が家とりさパパ家は全員がへろへろになって、すべての出番が終わった途端、倒れ込むように近くの中華料理屋に飛び込んでメシを食ったのだった。
実はこの駅前では、今日の照姫祭りを当て込んでのことか、居酒屋チェーン店が昼間っから店を開けていた。もちろんランチではなくて、ちゃんと居酒屋としての営業である。
四月とは言え、日焼けするほどの陽気の中、これだけ激しく歩く回り、踊り回ったのだから、この居酒屋に飛び込んで生ビールをぐぐーっとやったら、さぞや旨いだろう。そして、日のあるうちから赤い顔をして家に帰り、そのまま子供と一緒に風呂に入って汗を流したら、どんなにか極楽だろう。
ああ、それなのにそれなのに、それが許されないワタクシ。んっとーに悔しい。
なぜかというと、実は夜、オレが六本木でライブをやることになっていて、ギターを弾かなくてはならないからだ。
そりゃあ、かつてはオレもちょっとぐらい飲んだほうが気持ちよくギターが弾けるぜと思っていたものだが、実際に飲みながら弾くとすごく気分がよくて自分が上手になったように聴こえるものの、それは単なる錯覚で、実はちょっとでもアルコールが入ると聴くに堪えない演奏になってしまうのであった。
これは楽器を弾く人ならたいがいは経験知として持っている。いさわしに至っては、ボーカルも同じととのことで、彼はちゃんと歌うときはけして飲まないのだ。
そんなわけで夜のライブを控えたオレは、じっと生ビールを我慢して、おとなしくショウガ焼き定食を食ったのだった。
さて、へろへろに疲れ果てて家に帰って、オレは速攻で着替え。ギターとアンプを持って、えっちらおっちらと六本木のライブ会場へと向かったのだった。ところが駅の近くまで来たら、電車情報のメールが届き、げげげっと思いながら開いたら、西武線が事故で止まってといるという知らせだった。やれ、弱った。
どうせタクシー乗り場は長蛇の列、かといってこのへんは流しのタクシーがめったに来ない。
休日のお父さんからシティ派ギタリストに変身したオレは、頭の中で計算を働かせ、これは一旦家に戻ってクルマで出た方がいいと判断したのである。問題はどこまでクルマで行くのかだ。いっそ六本木まで車で行き、飲んでしまったら一晩おいて明日の朝取りに行くという手もある。だがあのあたりの駐車料金は発狂的な高さだ。コインパークで20分500円。うげっ。つまり1時間1500円。朝まで12時間置いたら1万8000円。これならタクシーで往復してもお釣りが出るほどだ。
そんなアホな金を出せるわけもなく、結局、練馬駅の公共駐車場にクルマを置いて、あとは地下鉄で行くことにしたのだった。正解。
さて、今回のライブであるが、以前からもちらちらと書いているように、クラシック畑のフルート吹きとのコンビである。オレにとってはなんともハードルの高い、恐ろしい企画なのだった。
しかも、神様ピアソラの曲をやるという、これ以上ない無謀な挑戦。玉砕必死の異種格闘技戦なのだった。
いやあ、数年ぶりで必死でギターの練習したぞ。それでもうまくならなかったぞ。なのに非情にもライブの時はやってきた。当たって砕けるのみなのだった。
それにしてもたくさんの客が入ってくれた。総勢26名。うひゃー、びっくらこいた。日曜の夜、みんなヒマなのか。いや、そんな罰当たりなことを、思ってはいても口に出してはいけない。すべてオレの人徳、などと腹の底では思っていても深く頭を垂れて愛想笑いを忘れてはいけない。オレは商人のようにもみ手をしながら、来てくれた皆さんに感謝の言葉を述べたのだった。
さて、ライブの出来であるが、まあ、思った程度にはできたのではないか。異種格闘技戦。フルートとギター、お互いにリハーサルでは出さなかったフレーズを本番でいきなりちらっとぶつけたりして。
それにしても参ったのは、非常に緊張してしまったことである。トークが、情けない。なんの準備もしてこなくて、それだけから弾いている途中に次は何をしゃべろうかと考えて、とちってしまう始末。「G線上のアリア」は、マジやばかった。この曲だけどうしても暗譜できず、譜面を見ながら弾いたのだが、余計なことを考えたおかげであろうことか途中で音符を見失って自分がどこを弾いているか、わからなくなってしまったのである。
ごまかしつつ、なんとか曲に戻れたのは奇跡であった。ふう、冷や汗。
最大の難曲だったタンゴは、やばいやばいと唸りつつも、なんとかクリアー。フルートの聴かせどころ、チャルダーシュもフルート真実ちゃんの超絶テクニックで喝采なのであった。
トークはぼろぼろ、ギターはへろへろ。それでもなんとか無事に終えることができ、しかも驚くべきことにそれなりに好評だったようで、まずは一安心。ホッとしてビールをあおったのだった。
ともかく望外に大勢のお客様に囲まれたことには、いやはや、心底感謝である。新宿・すがわらというサブライズもあったし、こりゃあ、また寿司屋に行かなくてはならないではないか。
荒巻シャケちゃん、小沢かずとくんと音楽関係者も来てくれ、大ボスの編集部の部長さんまで喜んでくれて、はあ、ともかくよかった。
皆さん、お忙しいところありがとうございました。
次は6月21日、ボーカリスト、いさわしとの新ユニット「TANSAIBO」のライブが同じく弦月である。そちらも成功させなければ。
そのいさわしと、一緒の方向なのでタクシーに乗って帰る。車中、腹減ったねえ、ラーメン食いたいねえ、という話になり、めったにしないことだが荻窪で降りてラーメンを食う。旨かったなあ。
家に帰ったら、寝ていたヨメが起きてきていて、早速ライブのビデオを見せろという。うーむ。ビデオを回したら、オレの恥ずかしい演奏が再現されてしまった。
ああ、オレはなんてヘタなんだ。演奏もトークも。恥じ入りたい。頭を抱え、のたうち回り、激しい自己嫌悪に陥って倒れるように寝込んだのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.04.25
そうだ、書き忘れていたけれど、仕事でまた賞だ。
2007年に金賞を取った 「日本BtoB広告賞」(ウェブサイト部門)で、今度は銀賞受賞である。ぱちぱちぱち。
もちろんオレ一人が受賞したのではなくてチームでもらった賞で、さらに言えば授与対象はクライアントだからオレは授賞式にさえ出ることはないのだが、オレの仕事であることはまぎれもないのだからえっへんといばるのであった。どんなもんだ。
ああ、それなのにどうしてこんなにヒマなんだろう。
困ったものである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」「美味しんぼ」


2009.04.24
ダイニングルームの蛍光灯が切れた。
しょうがない、自転車に乗ってえっちらおっちら、替えの蛍光灯を買いに行く。パナソニック、100W。げげっ、なんと3990円もする。
高い。しかし、電気のない暮らしは惨めである。泣く泣く3990円の蛍光灯を買い、自転車の籠に入れて帰る。
ところが、イスに乗って背を伸ばして蛍光灯を取り替えたというのに、なぜか点灯しない。よく見れば豆球もついていない。これはおかしい。どこか根本的な問題が起きたような気がする。
素人がいじるのは危険だなあと思ったので、近所の電器屋に相談に行く。家族だけでやってるような小さな電器屋だ。
店番のおばちゃんにこれこれこうだから修理してちょうだいと話したら、おばちゃん「あー、それは中のインバータが壊れちゃったんだわ。インバータの交換か、本体ごと取り替えるかだわ」と教えてくれる。
んげ〜。
カタログを見せてもらったら安くて3万9000円だ。ばかやろー。
泣きながら一番安いのを選び、まけてくけまけてくれと懇願し、取り替え工事をお願いした。
夕方やってきたのがおばちゃんの旦那で、さくさくっと工事して、品物代金、工事費もろもろ入れて4万2000円。
泣く。号泣する。
これで見事に定額給付金が飛んでしまった。
そもそも最初に取り付けた蛍光灯が、実はただで手に入れたものだった。この家に入居した際、友人のいるリフォーム屋にこっそり頼んで、ショールームで使っていた見本品を工事費だけで譲ってもらったのである。
おかげで見事にバラバラのデザインとなったのだった。しかも、傷だらけ。でも、タダだからいいのである。十分なのだった。
その展示品流れのタダの蛍光灯、製造日が2001年で、ずいぶん時間がたっている。展示品だからたっぷり使われてから我が家に流れてきたのだろうし、まあ、寿命となったのも仕方ないか。あきらめもつくというものだ。
とは言っても、まったく想定外の出費である。痛い。激しく痛い。
これで、たくらんでいたテレビの買い換えも当分先延ばしである。さようなら、ブルーレイ、ってなもんだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「ビッグコミックオリジナル」「XP&ビスタすぐ効く高速化辞典」日経PC21・日経BP社「家電批評」晋遊舎


2009.04.23
原稿。
ついにファクスの専用回線をやめた。電話と同じ番号で、兼用にしたのである。
月に一度あるかないかのファクスのためにNTTに毎月1700円も払うのが、やっぱりどう考えても割に合わなくなって、休止というわけだ。
固定電話はケーブルテレビだからこれでNTTはBフレッツと携帯だけ。オレが初めてアパートに電話を入れたのが28ぐらいのことだから、NTTとの蜜月時代は20年ちょっとあったわけだ。
フリーになって事務所を構えたとき、見栄を張って電話用とファクス用にそれぞれ回線を引いた。ちょっと無理をしたのだけれど、当時、電話とファクスが一緒の回線というのは貧乏くさいというイメージがあって、仕事用の投資はちゃんとやるのだという姿勢を名刺でも表すために、2つの回線を引いたというわけである。
当時は、つまり90年代初頭は、一日にかかってくる電話が20本以上、かける電話が20本以上、届くファクスもそれぐらいだった。今思うと、その対応だけで振り回されていたんだろうなあ。
今では連絡はまずメールだ。次いで、急ぎの場合、携帯電話で、最後が固定電話。ファクスなど、どうしてもファクスでなければダメだ、という用件の時だけである。
もっともこれほどメールに依存してしまうと、万一通信が停まってしまったらどうなるんだという不安もわいてきて、ファクス回線休止の申込みをした際も(ウェブでできるのだ)、わざわざ「Bフレッツは解約しないからそのまま使えるようにしておいてね」と書いてから送ったほどである。きっとNTTには笑われたな。
その電話とファクスに振り回されていた頃、つまりフリーになりたての頃は、曙橋の狭いワンルームマンションに机を置いて、遅くまで仕事をしてはよく泊まったものだった。月曜に来て日曜の夜に家に帰る、ということもよくあった。
忙しいことに加え、仕事や将来に対する漠然とした不安がいつも頭にあって、それを落ち着かせるためにも自分の城である事務所に長時間いることを選んだのだろう。
そして、毛布にくるまって事務所に泊まった翌朝は目覚まし代わりのラジカセタイマーで起きたのだが、その際にかけていたのが「夢をあきらめないで」という歌だった。ああ、なんともベタな選曲で、自分でも書いていて恥ずかしくなるのだが、そんなわけで今も岡村孝子の「夢をあきらめないで」を聴くと、曙橋の事務所で不安な思いを抱えたまま目覚めて天井をながめていた時のことを思い出すのである。
そんなノスタルジーなどとは関係ないが、いきなり飛び込んできたツヨシくんの逮捕にはびっくり、というか大笑い。ミッドタウンで夜中に全裸って、わははは、若気の至り、って年でもないのか。
これが鶴瓶が酔っぱらって全裸になったというなら、しょうがねえなあ、おっさん、と誰もが笑って済ませるのにそれとは雲泥の反応だったのは、やっぱり何か裏があったのだろうなあ。別に暴力や器物破損というわけでもないし、警察だって単なる酔っぱらいを相手にするほどヒマではないし、ましてや圧力をかけることで有名な芸能事務所のタレントならばのちのち面倒なことになるのは目に見えているから、いい加減にしておけよと諭して帰すのが普通だろうに。
ネットでは早くも、全裸になることを「なぎる」と表現するようになっており、オレも魚せいに行くときにヨメに「じゃあ、帰りにちょっと公園でなぎってくるから」と言ったのだが、なんのことはない、「やめてください、連行されても迎えに行きませんからね」と軽く三行半を突きつけられてしまった。
オレがどこでなぎろうかとしたかというと、それは息子が昼に遠足で行ったぴっかりが丘公園である。
ぴっかりが丘公園は地元の公園であって、他の小学校は電車に乗って山に行ったりしているのになんでうちの小学校だけ地元で簡単に済ませるのだろうとは思うものの、そんなのは親の言い分であって、子供にとっては遠足なんてどこへ行っても楽しいに決まっているのだ。
案の定、疲れ果ててへろへろになって帰ってきた息子に聞いたら、遠足はとてつもなく面白かったらしく、広い公園を走り回って鬼ごっこをし、遊具を登ったり降りたりしたそうだ。
弁当は下の学年の子も一緒になって食べたそうで、ちゃんと面倒を見てあげたかと聞いたら「うん」と答えていた。
そういう脈絡のない日記の最後に話は頭に戻っていって、そういうわけでファクスの番号が変わったので、お取引先各位、なにとぞファクスの登録番号を変更しておいてください、ということを言いたいのだが、そもそも登録なんてされていないかもしれないなあ。とほほ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」かーなべとか、IIJ鈴木社長とか、連載陣は抜群に面白いのだが特集記事がますますつまらなくなって文春の凋落に歯止めがかからない。
「日暮らし」(上)(中)(下)宮部みゆき・講談社文庫。一時期書店の店頭に大量に平積みされてヘビロテに乗っていた作品である。そのとき買って今まで机の上で寝ていた作品だ。読み始めるとこれがとても面白く、さすが宮部みゆきなのであった。ストーリーテリングとキャラが抜群にうまいよなあ。ところで大後悔したのだが、これって前作「ぼんくら」の後日談だったのね。これをオレは読んでいない。失敗だった。今さら読んでも前作のネタは割れてしまっていて、しかし、前作を読んでいないから話が見えないところもあって、ああ、「ぼんくら」を読んでおくんだったと何度も天を仰いだ次第。


2009.04.22
水曜日は「毎日かあさん」の日である。
アニメは夜7時から。テレビ東京だ。
今まで12チャンネルと読んでいたが、地デジでは7チャンネル。新聞によっては番組表でフジテレビより左に来るので、今やフジテレビが番外地である。
15年ほど前は日テレが視聴率三冠王で我が世の春を謳歌していた。なにしろジャイアンツ戦が絶対的なキラーコンテンツとして君臨していたので、黙っていても視聴率はどんどん稼げたのである。
ところが今やジャイアンツ戦はお荷物状態。日テレも赤字。
まっこと過去の成功要因は未来の敗退原因につながるのであった。
そんなことより「毎日かあさん」である。
夜からの放送だというのに子供らは朝から「毎日かあさん」で大騒ぎである。タイトルを口にしただけで笑い転げるほどだ。困ったものだ。
そして「毎日かあさん」を見るためならばと、晩飯はさっさと食い、速攻で風呂に入って、7時前にはパジャマに着替えてテレビ前に陣取る始末。まっこと素早く、段取りよく、感心してしまう。
そんなに面白いか?「毎日かあさん」。
面白いんだろうなあ、きっと。
子供らが笑い疲れて寝た後は、オレはギターの練習。本番が近いもので。
ああ、指が痛い。筋肉がつる。体力の衰えだ。とほほ。
しかし、この年になって新しいことにチャレンジできるのはありがたい話であって、もろもろ、感謝なのだ。6月にも新しい挑戦だ。
幸いにしてヒマだし。いや、幸いってことはないが。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.04.21
本日手に入れたのが、JAYWALKの最新アルバム「STORIES」である。
誰ですか〜、JAYWALK。野郎ばかりの、EXILEなんとかのミニ版みたいなバンドである。
とりあえず音を聴く。ふむ、落ち着いたタイトな音だな。もっとかちゃかちゃしていると思ったら、そんなことはなくて、大人の音作りだ。必要以上に音圧を上げていないところなど、別に大きなヒットを狙ってるわけではないし、イマドキの連中にこびるつもりもないし、という姿勢が伝わってくる。
あるいは、サザンちゃうで〜、チャゲアスちゃうで〜、という思いか。
バンド結成が80年でメジャーデビューが81年というから、80年に就職したオレと同じ社会人経験を重ねてきたというバンドじゃん。へえー、そんなに長い間一緒にやってるというだけですごいや。
メールでもらった垂れ込みでは、事務所の上にスタジオがあって、ミックスまで全部自分たちでやってしまうからどうしても音がいつも同じになってしまうんですよ、ということらしい。
なるほど、環境としては理想的だが、冒険は難しいと。このあたり、オー瀧詠一と一緒だな。細ノ春臣にはなれないと。
まあ、ともかく、落ち着いたいい音である。歌詞もしっかり聴き取れるし。オレもこのような音作りを目指さねば、って、気持ちだけですがね。
そんなことを考えつつ、小学校から帰ってきた息子と一緒に本屋に向かった。誕生日プレゼントにおじいちゃんから図書カードを送ってもらい、早速本が買いたいと言い出したのである。
幸い火曜日は雑誌「そーなんだ」の発売日。
「そーなんだ」とは、種々雑多な知識を詰め込んだ子供向けの週刊誌で、社会編と理科編がある。もちろん両方毎週買っている。
なんとかならなかったのか、というネーミングを別にすれば、中身はしっかりしているし、まあ、よろしいのではないか。
もう一冊、毎週買っていたのが「かがくる」であった。こちらはタイトル通り科学的な話題を取り上げつつ、そこにUFOとかマヤとか、ややオカルト色を加えたような雑誌であった。
これが1年間の発行を終えて、やれやれとこちらが一息ついたタイミングを狙って登場したのが「ジュニアエラ」という雑誌である。お察しの通り、あのアエラのジュニア版である。
月刊。まあ、月刊だからいいか、とは思うものの創刊号を見たら全体に朝日新聞色が出ていて、なんなだかなあ、という感じであった。小学生のうちから朝日の色に染めて、朝日的思考の強い人間になったら困るのである。
月刊。幸いにして月刊。たぶん息子は来月には忘れているだろうから、そのまま放っておこう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サイゾー」雑誌はどこも非常に厳しいらしい。サイゾーも人ごとではなかろう。アイドル特集であるが、この内容だと次も読もうという気にはなれない。驚くほどの失墜ぶりで真っ逆さまに転落中の文春ほどではないが。


2009.04.20
打ち合わせ1。
バックアップ用のハードディスクがそろそろいっぱいになってきた。
容量160G。
ずいぶん大きくて、これなら一生かかっても空きがあると思ったものだが、案外あっさりと埋まってしまった。音楽関係のファイルがやっぱり重い。
本業のテキストだけならあっさりしたものなのだが。
ぼちぼち取り替えて新しい外付けHDDにするべかと思い、アマゾンで購入。なんでもかんでもネットで買ってしまうから、つい余計なものまで買ってしまって、毎月クレジットカードの明細を見ては頭を抱えているのだが、オークションに手を出すとこんなものではないらしい。おお、こわ。
どれどれ。ハードディスク。
ほほーっ、なんと1万円も出せば1テラのHDDが買えてお釣りが来る。すごい時代だなあ。
さすがに1テラもいらないし、なんとなく1テラという単位のものを身近に置くのは気持ち悪いから(どういう感覚なのだ?)、500Mにする。それでも500Mが6000円。繰り返すが、すごい時代だなあ。
今使っているデルのパソコンが160Gで、どうだ、たいしたもんだろうと思っていたのだが、なんのことはない、今ではしょぼいスペックになってしまった。
15年ほど前に買ってDTMを始めたPower Macは、確か40Mではなかったか。一生分の情報が格納できると思ったものだったがなあ。
こうなると500Mの外付けなどあっという間になくなって、テラが常識になるのかもしれない。いや、なりつつあるのかも。1テラ1万円。
90年代初頭は1Mが1万円という時代もあったから、ディスク価値はこの20年で1000分の1にデフレったわけであって、うひゃー、そう考えるとすごい話だ。
もっとも15年ほど前はCD-Rレコーダーが10万円ほどした贅沢品で、ライティングソフトが3万円もした。トーストだ。
オレが自分の音楽をCD-Rに焼いて持っていたら、某アレンジャーに「金持ちですね!」と驚かれた記憶がある。今やレコーダは1万円、ライティングソフトどおまけで十分という時代だ。まっこと進化というのはすさまじいものである。
そういや、ネットつながりで思い出したのだが、6000円のハードディスクを頼んだだけでなく、今日はギターに取り付けるピエゾマイクもネットで買ってしまった。3000円。
実はこれはアマチュアの手作り品で、スペックを見たらなかなかによく考えられていて、何よりも吸盤で取り付けるというところが気に入ってしまったのである。ブリアンプ不要もよろしい。
同じスペックのものを有名メーカー品で買ったら2万円はしそうなのだが。
もちろん音質など、最終的には実際に使ってみなければ評価できないけれど、十分に期待していい製品である。こういう製品が、しかもアマチュアの製品が気軽に買えるようになったのは、とてもいい時代だなあ。
「趣味で面白いソフトつくったら使ってみて。気に入ったらちょっとカンパして」というノリで誕生したのがシェアウェアだったけれど、これと同じノリでできたピエゾマイクというわけだ。
良心的なことに、支払は製品が到着してからの後払いでいいという。しかも、急いでいるので早めに送ってください、と夜のメールに添えたら「明日の朝一番で送ります」という返事が来た。
アマチュアらしいというか、個人商店らしいというか、なかなかに好感の持てる商売である。
このマイクはネットをあさっていて見つけたのだが、その同じウェブには、販売代理店募集という告知も出ていた。うちが作ったピエゾマイクなどを仕入れて売ってみませんか、というわけだ。支払は仕入れた分だけ。ノルマなし。サポート等はメーカーである自分が行う、という条件。
こりゃ面白い。
ついふらふらとオレがやってみようかと思ったのだけれど、そんなに数が出るとは思えないしなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.04.19
サクッと仕事を片付けて、あとはギターの練習、と思っていた日曜であったが、なんだかだらだらと過ごしてしまう。
夕方、春というよりは初夏のほうがしっくりくるような空気の中、隣の畑を見ていたらすごく気持ちよくて、つい缶ビールを片手に風に吹かれてしまったのだった。
朝に高く揚げた鯉のぼりが、はたはたと屋根の上で泳いでいて、一年で最も気持ちの良い季節がやってきたと実感。ずっと5月ならいいのにと思うぞ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.04.18
浜松に住むキベさんのところに電話がかかってきて「ブログで見たネタを、なにこれちんちん百景という番組で使わせて欲しい」という話が持ち込まれたそうだ。
テレビ業界でネタ探しをする専門の人をリサーチャーと呼ぶが、案の定、ちんちん百景もリサーチャーによる仕込みであったか。そりゃそうだわな。
残念ながらキベさん、そんな昔のことは覚えてましぇーんと断ったらしい。
我が家の子供らは、ちんちん百景が大好きなので、キベさんがネタを出したら大喜びだったのになあ。こうなりゃ代わりにオレがネタを提供するか。
リサーチャーもきっとこの日記をチェックしているだろうから、これからは珍しいあれこれを書かないと。
などと言いながら、よっこらしょとギターをかついで向かったのが、五反田の某出版社。本日はここで保育セミナーがあるので、ちょっと見学に行くのである。
控え室に顔を出したら、リョータの巨体が現れた。久しぶりだなあ、リョータ。
「ありゃー、タンゴさんじゃないですか、元気ですか、日記見てますよ、タンゴさんのことなら何でも知ってますよ」とリョータ。ありゃ、見てたのか、リョータ。こりゃどうも。
続けて相棒のミツルくんにギターのワダくん。おっと、続けて久しぶりのピアニカ王子、オートモくん。ご無沙汰だね。
王子、キーボード担当なのにアダプターを忘れてしまってキーボードが弾けない。「キーボード弾きがキーボード弾けなくてどうするんだ」とリョータに責められる。そのリョータ、返す刀でオレに向かって「タンゴさん、アダプター持ってないすかね」って、あたた、さすがにそんなものは持ち歩かないべ。
結局、王子はアコーディオンとピアニカで何とかすることにしたらしいが、王子、いつもそんなものを持ち歩いているのか。
王子の背中から、カズトくんが姿を見せた。ありゃ、カズトくん、今日はゲスト? 
「いやいや、最近は一人手背ライブ回ることが多いので、その勉強にとPA担当で連れてきたんです」とミツルが教えてくれた。
途中、控え室に来場者の一人がたずねてきて「江ノ電体操のCDを買うためだけにやってきました」と言う。ところがこの歌はまだCD化されてなくて、売っていないのだ。リョータとミツル、申し訳なさそうに「作って送りますから」と対応しいていた。なかなか立派なファンサービスである。
この「江ノ電体操」、タイトルもそうだし、歌詞には鳩サブレーなどいろんな商標が山ほど出てくる。だもんで、CD化するには権利関係の始末がやたらと大変だから「おそらくCDにはならないでしょう」とリョータ。
ところが出版社のマトー部長は「鎌倉PRには絶好の歌だからかえっていいんじゃないか、市役所に持ち込めばむしろ話が早い、これは儲かる」と商魂を働かす。なるほど、ヒットの匂いには敏感でなければ出版などやってられないのだ。
来年あたり「鎌倉体操」ブレークするといいけどなあ。
ミツル&リョータ、昨年あたりに一山乗り越えたかなという感じがしたので、そろそろ一段上へいってメジャーに足を踏み入れてもいいころだろう。期待大。
イチローの言う「小さいことを積み上げる以外に、とんでもなく遠くまで行く方法はない」は真実であり、量は質を決定するものだから、こつこつ、じわじわ重ねてきたものは必ず花開くと思うから、ミツル&リョータ、頑張れ。
などとつい上から目線でエールを送り、そういうオレは何なんだ、まあ、何でもいいや、と空っぽの頭で五反田から向かった先は六本木。
そうである、26日のライブ、フルートとギターの夕べの最終リハなのである。二人の息もだいぶ合ってきて、というのはウソで、オレが相変わらず足を引っ張っていて、あとはトークでどうごまかそうかという相談をして、質は量を決定するのだから、あと一週間、必死で練習すれば足も引っ張らないのではないかというのが本日の結論。ピアソラ、3回に1回の成功から、2回に1回の成功になってきたし。
リハを終え、ギターを抱えて電車を乗り継ぎ、よろよろと地元に戻ってきたオレが向かったのが、居酒屋のたけちゃん。予約は入れてあるので、現場で妻子と待ち合わせだ。
いつも混んでるたけちゃん、今日は幸いに個室が取れた。やれ、幸せ。
ここの居酒屋は、酒も料理も接客もすべて美味しいなあ。刺身におでん、サラダ。息子は大好物の茶飯も食えて大喜びなのだった。
おでんのタネ、本日の「?」は鶏肉と野菜の串だった。日本酒は銘柄を換えて3種類ほど。全部お任せ。とてもおいしゅうございました。
子供が眠そうだったので、頼んでいた白子リゾットをキャンセル。すると帰り際には全部の店員が「白子リゾット、間に合わなくてごめんなさい」と声をかけてくれる。ちゃんと情報共有ができていて、こういうところの接客が素晴らしいのだよなあ。
キベさん、今度飲みに行こうよ〜。
駅の反対側から、やっぱりえっちらおっちらギターを抱えて家まで帰る。
メールを見たらいさわしから、「すてきな帽子が見つかりましたよ〜」の報せ。うーむ、楽しみだなあ。ともかく26日のライブが終わったら、新しい活動をスタートさせるのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.04.17
取材3、原稿。
現・父母会長のスドーちゃんに、園庭でばったり会った。やあやあ、久しぶり。
「こんちゃーす」。と、スドーちゃん、オレの顔を見て「あれ、やせました?」と言う。
この年になると、やせた?と言われたら喜ぶより先に病気かも、という不安の方が先に来る。もっとも理由は容易に察することができたから、ヒゲを伸ばしているからやせて見えるんじゃない? と答えられた。
それを聞いたスドーちゃん、間髪入れずに「ダメじゃない?」とオレを切って捨てた。
その瞬間、オレはヒゲを剃ることを決めたのであった。おそろしや、スドーちゃん。元・会長が現・会長に敗北を喫したのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」


2009.04.16
取材1、原稿。
昨日娘に買った幼児雑誌。付録がなぜだか不良品だった。中国製だな、きっと。
レシートを見ながら書店に電話する。
付録が壊れてたんで、取り替えて欲しいんですけど。
「申し訳ありません、ではお取り置きしています」と丁寧な対応だ。書店はえらい。
今日、それを取りに行く。昨夜電話に出たのとは別の店員が応対してくれ、再び事情を話したら、やはり「申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げ、すぐさま売り場まで走って雑誌を交換してくれた。
薄利多売、肉体労働、客は難癖ばかり。
そんな環境でも、本が好きというだけで頑張っている書店員は数多い。立派だと思う。
書店が潰れないような世の中になるといいなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「風に舞いあがるビニールシート」森絵都・文春文庫。直木賞作品。初めて読む作家である。上手いなあ。ひたすら上手い。話の展開は重松清っぽいが、綿密な取材に裏打ちされたリアリティはこちらが上。とことん感じ入って、幕張メッセまでの往復で読破。


2009.04.15
恐るべし、毎日かあさん。
新番組の「毎日かあさん」は、第一回の放送にして我が家の子供らのハートをしっかりわしづかみ。たちまちにして、一番好きなテレビ番組になってしまったのであった。
今では「毎日かあさん」と題名を口にするだけで、笑い転げる始末である。
本日はその第二回目の放送だ。
普段はだらだらとしているのに、ご飯の前にお風呂に入らないと「毎日かあさん」を見せないぞ、と言ったらてきぱきと動き出して、晩飯前に風呂に入り、パジャマに着替えた。
なんという威力だ、「毎日かあさん」。
内容は、まあ、テレ東らしいゆるいアニメなのだが、何が面白いのか、子供らは大騒ぎであった。
もしかして子供業界の最強コンテンツになるのかもしれない。
あやうし、しまじろう。
しかし、西原理恵子も、まさかそんな善人業界の人になろうとは、思いもしなかっただろうなあ。毒気はずっと失わないでもらいたいものである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「サウンド&レコーディング」細野春臣特集。この人の作る歌はそんなに好きではない。ただ、インタビューを読んで、音楽の作り方とか、スタンスとか、シンパシーを感じる部分がかなりあった。恒例のミックスダウンツアー特集。いろんなエンジニアが同じ素材をミックスして競い合うという名物企画で、ミックス一つとってもその奥深さがとっても面白い。こういう記事でも、だいぶ理解できるようになってきたぞ、オレ。


2009.04.14
原稿。
ファクスを買い換えた。
今まではぶらざの複合機を使っていたが、これが信じられないほどに使えないヤツで、何度ぶちきれたことか。
一番腹が立ったのは、使っていないのにどんどんインクが減っていくことであった。しかも4色、減るのである。なぜモノクロのファクスなのに4色減るんだよっ(怒)。
怒りつつ、結局5年も使って、ようやく退場処分だ。やれやれ、もう二度とぶらざ製品は買わない。
代わりに買ったのが、パナソのファクスだ。1万なんぼ。安いなあ。
安いだけあって、へなちょこで、えーと、インクリボンみたいな方式だから15メートルもするともうインク交換だと。とほほほ。
まあ、いいや、最近ではファクスなんて月に1度ぐらいしかないし、それ以外はダイレクトメールだし。待て。ということは、オレはダイレクトメールのためにファクスを買い換えたのか?
そもそもファクス専用の回線もムダだと思っているのだが、これもダイレクトメールのためにNTTに料金を払っているということか?
うーむ、これもとっとと解約して、電話とファクスを同じ番号にしてしまわなければ。
昔はそういう番号の名刺をもらうと、ちょっとかっこ悪かったものだが、ファクスが時代遅れとなった今は、もう誰もそんなことは気にしないだろうな。今度手続きしようっと。
さて、不要になったぶらざのファクス、思い切り邪魔である。目障りである。
ぶらざのサポートに電話して、とっとと引き取りに来い、と言ったら家電リサイクル法はこちらには機能していないからてめーのところの自治体に頭を下げて処分してもらうんだな、けけけっ、と言われる。あれれ、そうだったの?
練馬の清掃局のサイトを見たら、あ、ほんとだ、そう書いてある。仕方なくコンビニでゴミ処理券を買ってきて、粗大ゴミの手配をしたのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「大誘拐」天藤真・創元推理文庫。学生時代から数えて、もう何度目かの読み直しであるが、今回も10ページほど読み進んだ頃に、もう一回読み返したいなあと思ってしまった。20世紀のミステリーNo.1とされているが、まさしくその通りで、プロットもトリックもキャラクターもすべてが一級品。全体に漂うどことないモア感覚など、絶品だ。ネタもストーリーも全部わかっているのに、また読みたくなる、そんな一級品の小説である。


2009.04.13
大阪からやってきた山口君と飲む。
せっかくだかんら安藤君も来ればいいのに、と思って山口君が安藤君にメールしたら、延々と二人でメールのやりとりをしている。
なんだ、安藤君、ヒマなんじゃん。
来ればいいのに、シャイだねえ、相変わらず。
そんな安藤君を話題に、延々と飲むのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.04.12
テレビのことだけれど、地デジがどうしたとか、さっぱりわからん。なんでテレビ東京が7で、フジテレビがいつの間にかテレビ欄の番外地に行ってしまったのはどういう理由なのだろう。そもそもBS日テレとか、よく聞くけれど、一体何なんだ。
どうにもわからないことだらけだが、まあ、我が家はケーブルテレビに加入しているから、放っておいても見られるんだろう。
そう思って念のため確認したら、どうやら我が家のテレビは既に地デジ対応が終わっているらしいということがわかってきた。そそそ、そうだったのか、知らなかった。
ケーブルテレビのセットトップボックスをあれこれいじって、リモコンをがちゃがちゃやったら、おいおい、なんだか画面が急にきれいになったぞ。しかもBS日テレとかも観られるし。
要はとっくに地デジ対応のコースに加入していたというのに、そんなこともわからず、今までおとなしくアナログ放送を見ていたということか。バカだな。
ブタに真珠、猫に小判、タンゴに地デジ。
ともかくいきなり画面がきれいになって、大きくなって。まるで買い換えたみたいな気分になったから、当面買い換えなくてもいいや、というのが本日の結論。やれやれ、よかった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.04.11
ここ2週間ほど、腕と背中に赤いかぶれのようなものが出て、ほどよくかゆい。虫に刺されたか、何かにかぶれたか、あるいはわら人形でも打たれたか。
放っておけば消えるだろうと放っておいたが、消えるどころかひとじくなっていく。右手にも表れだした。
困ったなあ。半袖も着られないし。
しかたなく、かかりつけの中村クリニックに行く。このドクターには定期的に血液検査を頼んでいる。
ドクター、「どうしたの」ってオレの腕を見た瞬間「アレルギーだ」と断を下す。
へ? アレルギー? 背中も見てよ、とシャツをめくる。
「あららら、こりゃ、ひどい。アレルギーだ。魚セーで変なものでも食った?」とドクター。
そうなのである、このドクターとは、魚せーで酒を飲んでいて知り合ったのである。この発言は思い切り営業妨害であるな。
「アレルギーだから、注射を打ってあげるよ、あと薬も出しておくね」とドクター。そうか、アレルギーか、がっくし。思い当たることは、えーと…いくつか。ちょっと確認してみよう。
続けて看護師、ってしっくりこないなあ、女の人だからやっぱり看護婦さんだなあ、看護婦さんのおばさんが「ごめんなさいね、さっき採血したのに今度は注射ね」と言う。
とほほ、しょうがなかんべ。左手で採血してもらったので今度は右手だ。ぶっとい注射を刺されて、あいててて、めまいが、しびれが、涙が、とのたうちまわる。帰りに薬をもらって、やれやれ、すっかり病人だなあと情けなくなる。
いぼ取りのために一緒に来ていた息子の手を引き、桜の散り始めた小学校の校庭を見ながら、採血は見ていたのに注射を見なかったのは注射の方が怖かったからか、と息子に聞くと「うん」という返事なのだった。
この息子は全面的に賛成しているのだが、ヨメと娘が強硬に反対しているのが、オレのヒゲである。
そうである、26日・日曜日、六本木にて開催予定のライブで、ちょっとは格好つけてやろうと、ただいまヒゲを伸ばしているのだ。あごひげである。
これがヨメと娘にはえらく評判が悪くて、いやだいやだ、きれきれ、それそれ、の大合唱。対して息子は、いいよいいよ、きらないで、と涙の抗議。やれ、困ったものだ。
ヨメのママ友達何人かに聞いたら、概していい反応なので、ちょっと自信を取り戻す。しばし要検討だな。
夜、まっちゃんと一緒に駅前の西友に行く。実はここは家電とかゲームとかの穴場なんだよと教えてあげたら、まっちゃん、興味津々。そのまっちゃんはデジタル家電に詳しいので、一緒になってテレビコーナーを見る。
安いなあ。東芝の32型が69000円だよ。37型でも98000円。
HDD録画機能はいらないから、相当に安く買える。定額給付金も出るし。
つい持っていたセゾンカードで買ってお持ち帰りしそうになったが、まてまて、西友で買うなら月に2回のカード会員5%引きの特売日にしなくては、と思い直す。
もっとも今月はやたらとカネが出て行くときで、先日は年金を夫婦二人1年分、ン十万円まとめて払って涙目になった。間もなく車の税金も来るだろう。
そのあとは、最も恐ろしい住民税である。
今年は確定申告の通りが早くて、還付金の通知がもう届いた。税理士様のおかげでノープロブレムであっさり通過。満額回答なのだった。
うひゃひゃひゃと喜んでいたら税理士様から「喜んでると思うけど、住民税ががっぽり来て、還付金をごっそり持って行くからそのつもりで」とメールがきた。がくっ。行って来いかよ、おいおい。
ブラざーのボロファクスがついに本格的にボロになって、いまどきファクスなんて月に1通も来ないのだが、やはりなければ困るので、やむなく買い換えを決心。1万なんぼかのパナソだ。これも予定外の出費。
先日は家の床下の白アリ防止処理の保証期間が切れるとかで、建てたときの業者が点検にやってきて、もう一度白アリ防止をやっておけばさらに5年間の保証期間となるけど、どうしますか、とやってきた。
隣は畑で、日当たりも通風も良いので、というか良すぎて難儀しているのだけれど、白アリや腐れの心配はさほどないけど、畑だからいろんな虫がわいてくる心配がありますね、とのことだった。
白アリ駆除業者と来たら悪徳リフォーム業者の代名詞だから、オタクはそうじゃないだろなと難詰したら、大慌てで手を振っていた。
まあ、建てたのと同じ業者だからそれは心配ないのだが、なにしろ高いのだ、工事代。見積もりが17万だと。値切るにしても、定額給付金プラスαが消えて行くではないか。うーむ。
しかし、白アリ対策をしていないのは問題だしなあ。
今後5年間の安心を買うか、あるいは今後5年間の大型テレビ生活を選ぶか。心は千々に乱れるわけである。
そこに追い打ちをかけるのが税金であって、いやあ、春はカネのストレスが山盛りだ。そうか、このストレスがアレルギーの原因ではないか。
カネさえあればかゆみも消える。
今度、ドクターに魚せーで教えてあげよう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「文藝春秋」


2009.04.10
原稿。
朝起きて息子が「そうだった、きょうはノーテレビデーだった」と言う。
学校での約束事で「毎月10日はテレビもゲームも我慢しましょう」ということになっているらしい。律儀にそれを守ろうとする、えらい息子なのだ。
従って「シャキーン」も「ぜんまいざむらい」も見ない。夜の「ドラえもん」は幸いにして改編期のためにお休みだった。
娘は不満たらたらなのだが、それでもきちんとお兄ちゃんに付き合ってテレビを我慢するのだった。
ヨメもオレも、もともとほとんどテレビには興味ないからちっとも困らなかったが、それでもこうしてテレビを消していたら、家の中がとても静かでよかった。ということは、普段は意識しなくてもそれだけテレビをつけていたということか。
なかなかいいことなので、これからもしっかりテレビは消そう。
テレビで思い出したが、ここ数年、我が家のテレビは音が不調で、突然に音の消えることが一日に何度も起きる。
その都度、ヘッドホンジャックのあたりをいじっては直している。うまくいかないときは、ヘッドホンジャックの脇に爪楊枝を差し込むといい。
そんなわけで、我が家のテレビは爪楊枝を差されたままというなんとも情けない姿で番組を見せてくれるのであった。
さすがにあんまりなので、定額給付金に子育て支援金を合わせればテレビぐらいは買えそうだから、そろそろ薄型テレビに買い換えようか、流通在庫の調整でだいぶ値段がこなれてきたし、と思うのであるが、なぜかそれに強硬に反対するのが息子なのだった。
不思議だなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」


2009.04.09
原稿。
26日のライブ本番に向けて、本日は二度目のリハーサルである。
連日の特訓が成果を結び始めたか、ようやく形になり始めてきたような感じしないこともないような気がするように思えることもある。
中でも難曲、ピアソラの「タンゴの歴史」は、このままいけがどうにか聴けるようになりそうだ。いざとなったら、オレが生まれてから今までの歩みをしゃべって、以上、タンゴの歴史でした、とごまかそうかと思っていたのだが、その必要もないのではないか。ちょっと安心するオレであった。
問題は集客である。動員である。
猫先輩が一生懸命営業してくださっているようだが、限界もあろう。オレも努力せねば。
日曜の夜に六本木まで、というのはいささか申し訳ないが、ここはぜひ、皆様、財布を握りしめて駆けつけていただきたく。コマガタ様にウチ様にカネハラ様、そしてもちろん名古屋のカナウチ様、ぜひいらしてください。財布を握りしめて。
キベ様は当然です。義務です。使命です。
駆けつけてくれて、音楽など聴かずにとっとと酔っぱらっていただくのが一番ありがたいのですが。
リハーサルは2時間ほどだったのだが、一生懸命ギターを弾くと、たいへんに疲れるようになった。うーむ、体力不足だなあ。
歌手の連中が、ツアーが近づくと走り込みをやったりするのも、そのためか。オレも走り込むか。ウソ。
いさわしはもともと走り込んでいるので、大丈夫か。あ、それはまた別の話だけれど。
というわけで、リハーサルで疲れ果ててしまったオレは、ちょっとギターは休んで原稿仕事に集中するのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.04.08
打ち合わせ1、原稿。
本日は娘の通う幼稚園で、入園式である。
早いもので、娘が入園してもう3年目。今年は年長組だ。
入園式の時は、このチビが年長組になる日なんて永遠に来ないように思えたのだが、なってしまえばあっという間だった。
娘に、いつまでお父さんとお風呂に入ってくれるんだ、と聞くと「おとなになるまで」と答える。よしよし、可愛いヤツだ。
お嫁に行くんじゃないぞ、と言うと「およめになんか、いかないよ」と答える。ますますいいヤツだ。
洗い物をしているヨメに、おーい、聞いたか、どうだ、わははは、と自慢する。
親ばかだな、オレ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「老人と海」ヘミングウェイ・新潮文庫。久しぶりに再読。学生時代以来ではないか。改めて、オレは古典をろくに読んでいないなあと反省。もっと読まねば。オレが大学の英文科を選んだ理由の一つが、ヘミングウェイを研究したい、ということだった。だが、入った大学にヘミングウェイの研究室など、なかった。田舎の高校生の進学理由なんて、しょせんそんな程度だべ。


2009.04.07
うち合わせ1。
遊び歌作家のシャケちゃんがやってきた。新作CDをつくることになり、そのアレンジをオレが引き受けることになって、第一回目の打ち合わせを行ったのだ。
息子に、シャケが来るぞ、と言ったら「え゛ーっ、どうやってくるの、川を上ってくるの」と大騒ぎ。娘は「あかいのかなあ」と、切り身を想像したようだった。
打ち合わせ後、たけちゃんで飲む。
音楽の話や保育の話をいろいろしているうちに、娘が「赤いスイートピー」が大好きだという話になり、幼児向けのラブソングというジャンルがあってもいいのではないか、と思いつく。
もちろん子供のラブソングっぽいものはいっぱいあるのだけれど、子供目線のものではなくて、幼児だって絶対に大人の心の機微がわかるはずだから、そういうシリアスなラブソングがあってもいいのでは、と思ったのだった。
たけちゃんでは、締めに荒汁がでてくる。んまかった。
さて、シャケちゃんの新しいCDは夏頃完成予定。5月になったら本格的に制作スタートだ。乞うご期待。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.04.06
打ち合わせ1。
朝、朝日新聞の社会面下の広告を見てのけぞった。でかいキャッチで「サイモン&ガーファンクル」とある。
えええええーっ、来日決定だと? 7月に東京ドームだと?
我が目を疑うとはこのことだな。
ガーファンクルって、数年前に大麻で逮捕されたんじゃなかったっけ。薬物関係にはことのほか厳しい日本の入国管理事務所、これでアート・ガーファンクルが日本に来ることは永遠になくなったな、と決めつけていたのだが。
いやいや、そんなことより、オレは一生ポール・サイモンを生で見ることはないだろうと心のどこかで信じていたのである。
中学2年で「アメリカ」のシングルを聴いて以来、ポール・サイモンはオレにとっての輝く星である。つまり37年ぐらい、ファンだということか? それもすごいな、今さらながら自分でちょっと驚いたけど。
新しいアルバムが出ると聞いてはラジカセでその新曲を録音して必死に聴き、ベストアルバムのギターコピー譜はぼろぼになるまで練習したものであった。
初めての来日が、ポール・サイモン一人ではあったが、高校時代。田舎の高校生にはとてもコンサートに足を運ぶことなどできなかった。以来、何度か来日公演をやっているが、そのつど、なぜか行くこともなく。
80年代に再結成コンサートをやって、そのワールドツアーで日本にやってきたときはなんとなく白けた思いだったし、90年代にポール・サイモンが一人で豪華なサポートメンバーを率いてやってきたときは、来日そのものを知らなかったし。
いつか心の中で、きっとオレは生でその姿を拝むことなく、過ぎてしまうんだろうなあ、と思っていたのだった。そして、それならそれで別にいいだろう、とも。
だいたい、ポール・サイモンはライブパフォーマンスがあまりうまくなくて、DVDで見るたび、無理して歌ったりアクションしたりしなくていいのになあ、と呆れていたりするのだった。
それにオレの推測だが、ポール・サイモンはきっと日本人が嫌いなのだと思う。特にそういう話を聞いたことはないけれど、どうも言動から察するに、日本人のことが嫌いに違いないのだ。それなのになんで日本に来るんだろうなあ。別に今さらプロモーションなどまったくする必要がないのに。
まっこと不思議なタイミングでの来日だ。そしてたぶん間違いなく、これが最後の来日だろう。つーことは、オレにとっても生涯で最初で最後のライブチャンス。
これは行かなければ。7月10日と11日の2日間だけど、どちらも行かなければ。S席1万3000円というふざけた値段だけれども、しかも東京ドームだけれども、体を清めて行かなければ。昨年末のドームのジュリー祭りは迷った末に行かなくて、聞いた話ではガラガラだったらしいが、今度は迷っている場合ではなくて、ガラガラであってもぜひ行かなければ。
「ニューヨークの少年」や「ボクサー」を目の前で聴いたら、きっとオレは泣くな。どうせアンコールは「サウンド・オブサイレンス」だから、それを聴いたらきっと白けるな。
ともかくチケットを取らねば。明日から先行予約なのだった。
もちろんオレは一人で行く。一人で行って、聴いて、見事に禿げ上がったポール・サイモンの頭に心の中で落書きをしてくるのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」「ビッグコミックオリジナル」
「日暮れ竹河岸」藤沢周平・文春文庫。最晩年の短編集。確かにうなりたくなるほど上手いなあ。


2009.04.05
「赤いスイートピー」が大好きだという娘のリクエストで、最近の我が家の目覚ましは「赤いスイートピー」だ。
朝6時になるとRollyのタイマーが働き、「赤いスイートピー」のあの有名なピアノのイントロがタリラリ〜ラ、タリラリ〜と始まって、続いてブレッド&バターの甲高い「アー」というコーラスが響き渡るのである。
まあ、4月の朝に聴くイントロとしてはさほど悪いわけではなく、ああ、確かに春の朝だなあと思いながら布団を這い出てくるのであった。
昼は南町田のグランベリーモールで買い物。ここではいつもいろんなイベントをやっていて、帰りがけには広場のステージでなにやらライブが始まった。ちょっと足を止めて聴く。割といい感じの音楽だ。
どれどれと置いてあるチラシを手に取ったら、あれえ〜、アルケミストだって。
確かアルケミストって、ややメジャーなポップデュオだったような。もうちょっと売れているかと思ったら、まだこんなショッピングセンターで営業するようなランクなのか。ちょっと意外だった。
そのまま少し聴く。ボーカルの声が心地よい。爽やかなポップスだ。
その場でCDを1枚、買い求め。帰りの車の中でずっと聴いた。とても心地よい声と音だ。
だけど、どれも同じような曲に聴こえて、今ひとつ、キャッチーさが足りないなあ。もうちょっとわかりやすいというか、心に残るというか、そういう部分があればブレークするのだがなあ。今後に期待だなあ。
そう思いながら、それにしてもこの声の感じとか、音の感じとか、何かに似ているなあとずっと考えて、途中ではっと気がついた。あー、これはブレッド&バターじゃないか。
確かにそんなふうにシティポップのセンスが入ってるんだなあ。
途中、ふっと思いつき、車のハンドルを和光市方面に切って、樹林公園の脇の見事な桜並木を眺めながら帰ってきたのだった。

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2009.04.04
原稿。
ところで、関係者に極秘に取材した結果、入手できた裏情報によると、浦安にある富士額ネズミの巣は、埋め立て地にあるにもかかわらず、コンクリートの基礎杭工事がされていないものだから、泥に板を敷いた上にただ載っかっているだけなのだそうだ。
これは事実である。
そのため、毎年、着実に沈んでいるらしい。
当然、場所によって建物の重量には違いがあるので、水平のままに全体が沈むのではなく、傾いて沈む、いわゆる不動沈下という現象が起きている。もちろん富士額ネズミも手をこまねいているわけではなく、毎年、数億円をかけてその補修工事を行っているらしい。
すんでレラの城が毎年数センチずつ傾いているのは、ネットをたちょっと検索すればすぐに出てくる情報だ。
一方で、シーのほうは基礎杭工事ばっちりらしいから、心配ない。地震が来てもこっちなら安心だが、富士額のほうは危ないらしい。
そんな目で、富士額ネズミの巣をあちこち見たら、わははは、確かにあちこちに亀裂が走って、補修した跡もいっぱい残っているぞ。

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2009.04.03
最近のデずニランドのベビーカー率は非常に高いとヨメが言う。どこもかしこも、ベビーカーの山だそうだ。
なるほど、確かにそうだ。
でずニランド開業25周年。オレは既に社会人となっていたが、考えてみれば、その頃に生まれて、物心ついた時には既に当たり前のようにでずにランドで遊んでいた世代が、そろそろママになり出しているということだな。
すると、赤ん坊を抱えていてもでずにランドに遊びに来ることは、近所の公園で遊ぶのと何ら変わらない感覚というわけだ。
なるほど、それでベビーカーの山か。
これはぜひとも現場を検証しなければ、ということでフィールドワークのためにいい陽気の中、早起きして家族で浦安くんだりまで出かけたのであった。
ついでに一日遊んでしまったのは単なるものの流れであって、お仕事関係各位には内緒なのである。

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2009.04.02
取材2、原稿。
西原理恵子「毎日かあさん」は傑作である。単行本が出たら即日買って完読するほどのファンである。
その「毎日かあさん」がアニメになったというので、昨日、12チャンネルをつけて夜7時から観た。観たといっても、そんなに期待せず、ちょっとだけのぞいてみようか、というノリだった。ヨメもこのマンガ、好きだし。
だから、5分ほども眺めたら消すつもりだったのだ。
ところが、このアニメが息子の何かのスイッチを押してしまったようなのだ。最初はぼけっと観ていた息子だが、1分もしないうちにゲラゲラと笑いだし、それからは断続的にゲラゲラ、ぎゃはは、ひーひーと断末魔の笑い声。ほとんどのたうちまわらんばかりの喜び方だったのである。
息子よ、「毎日かあさん」の何がツボだったのだ。
ヨメもオレも、息子のその姿を見てただ呆然とするのだった。
ところがその間、娘は体調が悪くなってしまって、「きもちわるい…」と言ってご飯も食べずに横になってしまったのである。体温計を当てたら、熱がある。
風邪か。
結局、風呂にも入れずにそのまま布団に寝かせてしまったのだが、その様子を脇に息子はひたすら「毎日かあさん」を指さして笑い続けたのだった。
そして、今朝、娘の風邪は幸いにして回復し、一夜にして元気になった。やれやれ、一安心。季節外れのインフルエンザも、ここのところよく聞くし、そんなことになったら大変だったから、まずはよかった。
そして、どういうわけかヨメが昨夜の「毎日かあさん」を録画しておいたらしく、どういうわけかそれを発見してしまった息子は勝手にビデオをいじって、「毎日かあさん」の録画を見始めたのである。
すると、初めてそれを観ることになった娘は、なんと昨夜の息子と同じように腹を抱え、うひゃひゃひゃ、きゃはははは、ひーひーとのたうちまわるのであった。もちろん息子も一緒である。
呆然とするオレ。娘もこのアニメでスイッチを押されてしまったのだろうか。
これから毎週水曜日には「毎日かあさん」があると知って、心の底からばんざーいと叫んだ兄妹なのだった。

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2009.04.01
友人のボロボおじさん(カメラマン)は、中山ミ穂のファンである。いつもミポリンの歌を聴き、写真を眺めている。
ファンというのは不思議なもので、ミポリンのCDならば、どんなに曲がかぶっていようと、ベスト盤、企画盤、とにかくリリースされるたびに買わずにはいられないものらしい。
それどころか、中古CDショップの店先で段ボール箱に入れられて1枚100円で投げ売りされていると、もうじっとしてなどいられず、当然既に持っているCDであっても手当たり次第に買い占めてしまうのであった。
そういうファンの姿を、オレはば〜かと笑うわけである。
ところがそのオレ自身、ポール・サイモンとなると前後の見境が付かなくなってしまい、アマゾンから「ブックエンドと明日に架ける橋のBlueSpec CDが出ましたよ〜、買いなさい」というメールをもらった瞬間、何も考えずに「購入」をクリックしてしまったのであるから、ボロボおじさんを笑えないのであった。
なんなんだ、BlueSpec CDって。
冷静になってから、もしやと察したとおり、Blu-Rayディスクの素材と技術を活かしたことでマスターに近い音質を実現した高品質CDなのだそうだ。
なんだ、インチキじゃん。
届いたCDも、新たにリミックスしたのでもなく、ボーナストラックは01年に再発された際のものとまったく同じで、ジャケットに至っては海外盤をそのまま使ったださい仕上がり。とほほ。
これで音が素晴らしいならわかるのだが、同じ音源でリミックスもしてないんだから、さして変わるはずもなく、ああ、なでオレは1枚2500円も払って買ってしまったのか、このCD。
これで一体オレは、「ブックエンド」「明日に架ける橋」のCDを何枚持っていることになるんだろう。数えるのも恐ろしい。

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「完本 1976年のアントニオ猪木」柳澤健・文春文庫。以前読んだ単行本に加筆して文庫化。繰り返し読んだ本であるが、速攻で買いなのであった。1976年、つまりオレが大学1年生の年、アントニオ猪木は異常な試合を三つやった。どう異常かというと、本気のリアルファイトだったのである。猪木の試合はもちろんのこと、UWFも含め、プロレスはすべて結果の決まっているパフォーマンスである。決してリアルファイトではない。猪木も生涯でのリアルファイトはこの三つだけだった。この本は、この三つのリアルファイトの背景と影響について分析した歴史書。なんとも圧倒的な迫力の、プロレス本では群を抜くおもしろさのナンバーワンなのだった。中でも図抜けているがアリ戦。"プロレスにつきあってくれれば大金を払うよ"という猪木の誘いに喜んでやってきたアリに、猪木は直前になって"実はこれは本気の試合だ"と罠を仕掛け、アリはそれから逃げるのではなく堂々と受けて立ったのだった。卑怯なアリに勇敢な猪木というこれまでの図式が完全にひっくり返った、卑怯な猪木とスポーツマンらしく闘ったアリという真実が浮かび上がってくるのである。その過程は実にスリリングなのだった。ノンフィクションとしても文句なしの一級品であろう。


2009.03.31
取材2、原稿。
気がついたら新聞のテレビ欄が変わっていて、TBSが5でテレビ東京が77だったりしている。
なななな、なんだこれ。いつの間に引っ越したんだ。
腰を抜かしてあわてて5チャンネルをつけてみたら、別にTBSではなくて、今まで通り埼玉あたりのローカル番組が流れている。どうなっているのだ。頭の中は?が満開。
ヨメに聞いたら、地上波デジタル関連らしい。
なんだ、そうか、地デジか。って、地デジって、よくわかんねーんだよっ。
まあ、とりあえず今は普通に見られるし、別にわかんなくてもいいか。テレビ買い換えようかと言い出しても、子供が反対するし、ならば今のテレビで見られるんだから、このまま放っておこう。
いやいや、別にテレビが観られなくなってもちっとも困らないっていうのが本当のところだしな。
などとぶつぶつ言いながら、ネットからダウンロードした曲をケンウッドのiPodに入れて聴きながら自転車に乗った。新しい曲を覚えるためである。
いやあ、わざわざCD買わなくていいから便利だね〜、いい時代だね〜。
ところが認証がされないとかなんとかで、この曲だけ再生できない。なんだと〜?
要は他のプレーヤーに転送するのは禁止なのだそうだ。バカか。こいつは。意味ねーじゃん。まったくデジタルは不便だ、このやろ。
激怒しつつ、夜に自転車をこいでいたら、ぴっかりが丘警察署の警官が自転車泥棒対策か、自転車を停めては職務質問していた。おりゃあ、オレも停めてみろってんだあ〜と周囲をぐるぐる回ってやったが、相手にされなかった。
3月もあっという間に終わり、こうして無為に春は過ぎていく。春だ春だ、それでも春だと、北原白秋は歌ったけれど。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「G-spirits」今度こそ休刊と言われながらしぶとく発行が続いている。なかなか偉い雑誌だ。今号の特集は対抗戦。過去の対抗戦の裏話を披露してくれた坂口征二のインタビューが面白かった。あの30年に一度のガチンコ勝負、ハシモト対オガワの試合は実に緊迫したものだったんだな。


2009.03.30
取材1。
天下の愚策の定額給付金であるが、我が家は標準世帯なので満額もらえる。さらに子育て支援金というのか、娘の育児用にとかいうことで、3万円ぐらいが上乗せされるみたいで、結局10万円ほどもらえるらしい。
なんなんだ、このカネは。
いわれのないカネをもらうのは気持ち悪いが、さりとて「定額給付金を寄付にまわそう」という運動に付き合うのも気が乗らないし、ここはすっぱり割り切って全部しっかりもらうことにしよう。
もらってどうするか。
10万円というと、ちょうど在庫処分の薄型テレビが買えるぐらいのカネだな。ふむ。我が家のテレビもそろそろ古くなってきたし、時々音声が途切れたりするし、どうせあぶく銭、すぱっと薄型テレビでも買ってしまうか。
そう思ったら、なんと子供らが「いまのテレビがもったいないから、いまのままでいい!」と猛反対。おお、なんとイマドキ、珍しい子らではないか。父は嬉しいぞ。
その分をしっかり貯金するか、というのは心にもないことであって、オレのポケットに入れて酒に消えるのではないか。最低だな、それは。

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2009.03.29
一晩寝たらすっかり風邪は回復。ユンケルが効いたらしい。まだまだ若いオレであった。
本日は南口商店街でチルコロというイベントがある。たいしたことではない、商店街の春祭りだ。
祭り好きのヨメを先頭に、えっちらおっちら出かけていく。南口はやはり遠い。遠いのだが、息子はえらいことにいつも嬉々として歩いて行くのであった。
チルコロ、第二回目。はっきりいってしょぼい。オレの田舎の村祭りといい勝負だ。商店街の20軒ばかりの出店が並んでいるだけである。
それでも狭い路地に集約されているので、そこそこの人出。この一角だけ、楽しげな賑わいなのであった。まんなかあたりに子供の遊ぶコーナーがあって、お約束のスーパーボールすくいと射的。子供らは射的に二回挑戦して景品をゲットしていた。
その隣では綿飴とポップコーン。よく見たらMILLIONの垂れ幕が小さく張ってあって、なるほど、ここはパチンコ屋の出店か。そして、素人の出店だけあって段取りが悪く、ポップコーンなど豆が機械の中を延々と回り続けるだけで「いつできるかわかんないですよ〜」と担当の兄ちゃんが半泣き状態。
わははは、商店街の手作りイベントらしくてなかなかにほほえましいなあ。
出店の中に、いつも行く居酒屋たけちゃんの店もあった。マスター以下、総出である。
夜中まで店をやってから準備したの? 大変だったでしょ、と声をかけると「一睡もしてないんですよ−、わははは」と29歳の店長が笑う。若さだなあ。
その努力に敬意を表して、「めはりずし」を買って食べる。店長は「一睡もしないで握ったから、買ってもらえると本当に嬉しいんですよ」と泣く。隣ではスタッフのイケメンくんが「僕も一睡もしないでこんにゃくを串に刺したんですよ」と玉こんにゃくを煮ながら泣く。こちらも2本買って子供に食べさせた。
娘は初めて食べた玉こんにゃくに大喜びで、射的でゲットした景品のメモ帳に「たまこんにゃく」と大書していた。なんじゃ、そりゃ。
まあ、こんな出店を出したところで売上はたいしたことないよなあ。それでも一睡もしないで準備し、にこにこしながら大声で「いらっしゃーい」と盛り上げていたのは、なんとか地元に溶け込もうという姿勢なのだろうね。その気持ちが伝わってきて、応援したくなるんだよなあ。
さて、商店街の祭りのあと、子供らはヨメの自転車に載せられて石神井公園へ花見に出かけた。
オレはというと、背中にギターをしょい、右手にキャスター付きのばかでかいスーツケースを引いて、これから六本木でライブのリハーサルなのであった。おお、のどかな春の午後と思ったのに、いきなり意表を突く展開であるぞ。
そうである、わたくし、タンゴちゃんはもうすぐ六本木でライブをやるのである。お笑いではない。音楽のライブだ。ギターを弾くのだ。
しかも聞いてびっくり、相方はフルート。音楽大学の大学院を修了したというばりばりのクラシック一筋のフルート吹き。なんとあのサントリーホールでも演奏したことがあるというお方である。
さらに、オレがおっさんだというのに、このフルート吹きはなんと25歳のお姉さん。いや、お嬢さん、いやいや、娘さん。しかもルックス、ばっちり。落ち着け、オレ。
というわけで、どこがどうなってこんなことになってしまったのか、いまだにその理由も経過もよくわからないのだが、とにかく25歳のクラシック美女と二人で、ギターとフルートの夕べというライブを六本木でやることになってしまったのである。もちろん有料。わははは。
いやあ、正直なところ、そのプレッシャーってたまんねえです。話が決まってから、久しぶりにギターを引っ張り出して練習を始めたのだが、うーむ、自分でも頭を抱える出来であって、ああ、情けない、果たしてどうなるコトやら。
ともかく本日は最初の音合わせということで、ひいひい言いながら六本木まで出かけていったわけだ、練馬の田舎から。
最初の音合わせゆえ、クラシック的な耳からは当然ダメ出しをされてしまい、お役ご免かと思っていたのだが、求められていたハードルはそんなに高いものではなかったらしく、なんとかOKをいただき、ついでにいくつか宿題もいただき、果たして本番までに弾けるようになっているかどうかまつたく自信はないのだが、ともかくこれでいよいよ逃げられるわけもなく、ライブを敢行することになってしまったのである。うーむ。
日時は4月26日、日曜日、7時から。場所は六本木の焼酎バー、弦月だ。びびりつつも、やるからにはガラガラでは格好付かないので、なるべくたくさんの人々に来て欲しいものである。
繰り返すが有料。チャージ2000円プラス飲み物、食い物代だ。うーむ。申し訳ない。しかし、ぜひ来てもらいたいものである。コマガタくんはわかりましたか、ウチさんもわかりましたか、カネハラさんもわかりましたか、もちろんカナウチさんも名古屋から駆けつけてくれるに違いない。
なお、ついでにお願いするなら、弦月は宮崎名物の焼酎やら食い物やらがたいへんにおいしいので、ライブに来ても音楽など聴かずにとっとと食って飲んで酔っぱらってもらうのが一番ありがたい。
ということでオレは再びこれから猛特訓の日々に向かうのであった。ああ、しんど。つらいなあ。

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2009.03.28
朝から吐き気とだるさと頭痛に襲われて、あたた、こりゃ風邪だ、と寝込む。
本日はワールドカップ予選の山場のバーレーン戦。寝ている場合ではない。
だが、裏番組で世界フィギュアがあって真央ちゃんが滑るのだという。
サッカーファンのオレとフィギュアファンのヨメ。テレビを前に火花が散る。
なんでワールドカップ予選の放送にスケートをぶつけるんだよ。「ぶつけてきたのはサッカーでしょ、もともとフィギュアの放送は前から決まってたんだから」。スケートは録画だろう、サッカーは生だ。
不毛の争いの結果、そうだ、画面分割という方法があったのだと、テレビ画面を二つに割ってサッカーとスケートを見ることにした。
試合は相変わらずである。形を作ってボールを持ち込むまではいいのだけれど、なぜそこでパスを出す、なぜそこで打たない、一つ分いつもプレーが多いんだよっ、の繰り返し。まったくこのチームはフラストレーションをためさせてくれる。
相手のハゲに当たったおかげでボールの回転に勢いがついた、俊輔のフリーキックがなければ、相当に大変なことになっていた試合だったな。
もっとも一転バーレーン側に立って見てみれば、バーレーンは何も試合らしいことをさせてもらえなかった完敗。とても超えられない大きな壁が立ちふさがっていたような試合だった。あわよくば引き分け狙い、プレーオフに照準を絞ろうという闘いぶりも納得である。
大久保が「勝ったんだからいいでしょ」と言ったとおり、勝ったからいいのだ。予選なのだし。
これ以上求める必要もなければ、ないものをねだってもしょうがないだろう。
出場決定まであと1勝。やれやれ、ずいぶんとあっさりここまで来たもんだなあ。

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2009.03.27
原稿。
親の欲目ではあるのだが、娘は音楽方面にはなかなかのものを持っているようである。好きな曲があるとすぐに音を取ってピアノでメロディーを弾き出すし、なによりも普段からいろんな歌を歌っていて、歌が大好きというのは一番大切な資質なのだけれど、その面でもなかなかなのであった。
そんな音楽大好きの娘が通っているのが、ヤマハの音楽教室。本日はその発表会が堂々と行われたのだった。
ステージにはずらりとエレクトーンらしきものが並び、いろんな教室の子供たちがそれぞれに習ったことを披露する。客席にはオレのような親ばかが山ほど。
幼児科ということもあって、おゆうぎに毛が生えた程度のことしかやらなかったが、それでも娘なりに達成感はあったらしい。
こんな娘であるので、これから音楽方面での活躍が期待できると思っているのだが、ヤマハはどうするんだと聞くと「しょうがくせいになったちら、やめるよ」とあっさり言うのである。
思わずずっこける親ばかのオレ。そそそそ、そうなのか。では、どうするんだ。
「おえかきのきょうしつにいくよ」と娘。
ええええ、絵かよ〜。どうなってるんだ、この脈絡のなさ、行き当たりばったりぶりは。
もっとも冷静に考えれば、このままヤマハにどっふり洗脳されて、いずれエレクトーンを買わなくてはならないはめになったら、それはそれでちょっと困るから、適当なところでやめるのもいい判断であるな。

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2009.03.26
取材2。
3月10日のこの日記の記述「杉並で近々ライブがあるようなので、行ってみるか」に反応したのが、杉並在住のいさわしであった。そうである、驚愕の演歌アカペラグループ、艶カペラGのライブが開催されるのである。
会場はなんと東高円寺の銭湯。入場料500円で30名限定。売上1万5000円(笑)。
いさわしとは、東高円寺の改札で落ち合う。10分ほど歩いて、ライブ会場の銭湯に到着。まだ30分ほど時間がある。
スタバでも入って時間を潰そうとしたが、杉並区和田という住宅街にそんなものはない。喫茶店自体がない。なにしろそこは昭和の名残そのままの古びたしょぼい商店街。いいですねえ。スタバなどあるわけないのだ。
ならば軽く腹ごしらえでもするかということで、激しく寂れた居酒屋を見つけて飛び込んだ。権兵衛という居酒屋である。
6時過ぎだというのに店内は地元の年寄りと思しき常連で既に8分の入り。店は、これまた激しく昭和であって、いやあ、昔はこんな店ばかりだったよなあ、と感慨にふけったのだった。
こういう店で飲むときの鉄則は瓶ビールに、火を通したつまみ。キリンビールを頼んで、店の婆さん手作りと思われる惣菜を食ったのだった。
ビール2本飲んだところでいいあんばいになり、切り上げてライブ会場の銭湯に向かう。
えーと、本当に銭湯で、入り口で500円を払って座ったのは男湯。「カランを押すと水が出ます」という注意書きもあって、男湯の洗い場のイスに座って開演を待ったのだった。座ったのは一番前。かぶりつきである。写真は、洗い場に座って開演を待ついさわしなのであった。
いよいよ開演。
艶カペラGは、演歌をアカペラで歌うという中年4人のバンド。ネットで見つけて試聴したときは、ひっくり返って笑ったものだった。早速CDを注文し、しばらく車の中での定番となっていた。
この日のライブでも、艶カペラGの4人は目の前で次々と演歌をアカペラで聴かせてくれる。天城越え、よこはまたそがれ、川の流れのように…。いやあ、最高だ。とても面白い。
でも一番よかったのは、合唱クラブ出身という実力をいかんなく発揮した民謡、最上川だったように思った。
艶カペラGは、紅白に出ることが目標だそうで、そうかそうか、ぜひとも夢をかなえて欲しいものだ。応援しよう。もっともそのためには何か一つ、決め手が欲しいところだ。今のままでは単なる企画ものに終わってしまう。そんなことは本人たちが一番よくわかっているだろうけど。
約1時間のライブが終了。写真は脱衣所での即席のサイン会である。
オレも童謡のアカペラCDを発見し、1枚1000円で購入。サイン会に並んで、サインをもらった。しかも「タンゴさんへ」と書くことを強要。図々しいのだった。
さて、ライブが終わって銭湯を出た我々は、2軒目をどこにするか相談。当初は電車で中野へ行くつもりだったのだが、銭湯の近くをバスが走っていることに気づき、最初に来たバスに乗って目的もなく飲むことに決定。やってきた都バスの阿佐谷行きに乗ったのだった。200円。
そして行き着いたのが終点の阿佐ヶ谷駅。阿佐谷で飲むとは、なんとも渋いというか、地味というか。
いさわしの知っている店があるということで、立ち飲み屋に潜入。串カツや刺身をサカナにホッピーを飲んだのだった。「ふーた」という店で、なかなかに男らしい店であった。
安くて旨いので、オレたちもご機嫌である。300円でちゃんとしたカツオの刺身が食えるのだから、素晴らしいのだ。
もっとも立ち飲みゆえ、あまり長居はできない。そろそろ座りたくなってきて、3軒目に行こうということになった。
そこで再び阿佐ヶ谷駅周辺を徘徊。以前からいさわしが眼をつけていたというこぎれいな焼き鳥屋に潜り込んだのである。
えらく混んでいる焼き鳥屋で、我々も相席。確かに焼き鳥は非常に旨かった。ここでは日本酒を飲んだのだけれど、平凡な銘柄しかなくて日本酒に関しては不合格だな、この店。えーと「鳥きゅー」という店だ。
しかし、3軒目、いったい何をしゃべりながら飲んだのだろう。男二人、まったく気を使うこともなく、お互いに呑気な自営業どうし、いやいや、まあまあ、などとわけのわからない中身の薄い話をしていたような気がする。
そんなふうにして過ごして、はっと気がついてみたら、なんと店内は我々以外すべてカップルになっていたのだった。ななななな、なんと。
我々のテーブルに相席していたのもカップル。カウンターも全部カップル。どうなっておるのだ、この店は。
あわてて、というか、別にあわてる必要もないのだが、ともかくここは退散することにして4軒目を目指したのだった。
そして向かったのが、本日のハイライト。電車に乗っていさわしの地元である荻窪に移動し、以前からチェックしていた「落ちる太陽」という店に行くことにしたのだ。
ここは一体なにか。
そうである、フォーク酒場の有名店なのである。テレビにもしばしば登場、加藤和彦がゲリラライブもやったという、フォーク酒場の老舗だ。
きっと非常に濃い空気が流れていて、素面ではとても行けないと思っていたから、酒の力を借りて突入するしかないといさわしと話していたのだ。まるでペニーレーンだな。
落ちる太陽、チャージが1600円とバカ高い。飲み物、マズイ。食い物、なし。乾き物しかない。基本的に客をなめているのだろう。
それでも突入した店内は満員。タイミングよく出て行くおっさんがいたので、ここでも一番前の席にかぶりつき状態で座ることができたのだった。
店内は、うわああ、おっさんとおばはんで満員。ステージではべったべたのフォークをやっている。席に座ったとたん、マスターらしきちょびひげが「歌ってね−」と拓郎の歌本を持ってきたのだった。のけぞる我々。
店内は昭和の臭いが充満。昔日を懐かしむ、まさに落ちる太陽のような空気が漂っているのである。ステージではネクタイにワイシャツ腕まくりのサラリーマンが、ギターをじゃかじゃかかきならし、フォークをがなっている。それに別のサラリーマンがベースを合わせ、マスターがリードギターをとったりしている。
かぐや姫か、アリスか。ギターはギブソンだし。べったべたではあるが、それにしても、うまいなあ。おやじたち、団塊か? この世代の本気度はちょっと侮れないのであった。
以前聞いたことがあるけれど、オヤジ狩りの小僧たちも、慣れてくると団塊は避けるのだそうである。「団塊は根性が違うので、捨て身で抵抗してきて恐ろしい」のだそうだ。
この店では、そんなおやじとおばはんたちが、昔日を追い求めるエネルギーを発散しているのであった。
この空気に圧倒されながら、いさわしとオレは、タイミングを見計らって作戦を決行したのである。どういう作戦か。
なんと、フォーク酒場で童研の歌を歌い放つという作戦である!
写真は、落ちた太陽そのままに絶叫するフォークオヤジを前に、作戦決行に備えるいさわしであった。
いさわしとオレは、とりあえず曲目を「走れ! 僕らの路面電車」と決める。歌詞を忘れたといういさわしは、思い出しながらメモに走り書きし、準備するのであった。
そしていよいよ決行の瞬間がやってきた。絶叫オヤジたちが一瞬途切れたステージの、そのちょっとした間を狙って、いさわしとオレは「よし、行くぞ!」とステージに乱入。オレはギターを手にして座り、いさわしはマイクを握って仁王立ちなのであった。
こっちはこれが4軒目。すっかりできあがっているのだ。その上での戦闘モードであるから、なめんじゃねーぞパワー全開である。
客席などおかまいなしにオレはいきなりギターで8ビートをじゃがじゃがかき鳴らし、いさわしが「のぼりざかあ〜にい〜」と歌い始めたのだった!
わはははは、呆然とする客席。委細かまわず、オレといさわしは「路面電車」を歌いきったのである。
そして、当然のことながらこんな歌は誰も知らないから、それをいいことに歌が終わったのにまだ終わっていないふりをして、そのままでたらめのアドリブフォークに突入。オレが適当なコードでリズムを刻むと、それに合わせていさわしは「壁には落書きがしてある〜」「目の前にはお客さんがいっぱい〜」と、眼に映るものを次々と歌詞にして即興ででたらめフォークを歌ったのだった。
もちろんまったく打ち合わせなし。オレはさもこういう曲があるかのように平然とギターを弾き、いさわしもそれに乗せて延々とでたらめフォークを歌ったのだった。
こうして10分ほどもステージを独占。「もっと行けた」といういさわしであったが、ぼちぼちここらで切り上げようと、作戦は終了したのだった。
店内拍手喝采。まあ、酔っぱらいばかりだから、カラオケ同様、人の歌など聴かずに適当に拍手しているだけとは思うが、それでも店内を盛り上げることに成功し、我々はミッションを果たすことができたのだった。
この首尾に、我々は気分上々。まずい酒の勢いもあって、図に乗ってしまったのである。
しばし間を置いて我々は当然のように第二ステージを敢行。今度はフォーク酒場には微妙なラインを狙おうということでゴダイゴの「銀河鉄道999」をやることにしたのである。団塊には微妙な選曲だよなあ、わははは。
酒のせいで少々オレのギターも怪しくなってきたのであるが、よれよれながらなんとか演奏成功。そして今度はそのままギターを止めることなく、いさわしの名曲「地下鉄の一番前に乗ると」に移行したのであった。
こちらももちろん打ち合わせまったくなし。
いつもとは違うゆったりめのブルースっぽいビートでギターを弾くと、いさわしもそれに合わせて「地下鉄の一番前に乗ると面白い〜」というまったく意味のない歌を堂々とフォーク酒場で歌い上げたのである。
喜べ、童研OBのものたちよ。
そして当然のように再びでたらめフォークにそのまま移行し、いさわしはまた「壁には落書きが〜」「ここは荻窪〜」などとでたらめフォークを歌い、今度はマイクを握ったまま店内を歩き回って見知らぬ客席に乱入してはでたらめフォークを歌うという暴挙を敢行したのであった。
もちろん大受け。店内大歓声で、中にはでたらめフォークに合わせて踊り出すおばちゃんまで現れる始末であった。
こうしていさわしとオレのフォーク酒場制圧作戦は大成功に終わったのである。
なかなかいいな、これ。今度いさわしと二人で六本木でライブやろうかな。
どうだろう、童研OBの衆。
二度のでたらめステージを終えたオレたちは、さすがに疲れてしまい、もうここには用はないということでカネを払って立ち去ったのであった。
立ち去ったのはいいのだが、さすがに昭和の名残のフォーク酒場。過去に向かうエネルギーが満ちていて、その毒気に当てられたからには、このまま帰るわけにはいかないのであった。ちょうど葬式帰りには塩をまくように、いったん別の店でクールダウンしなければとても家に帰れないような奇妙な状態になってしまったのだった。
ということで、いさわしとオレはまったくコンセプトの違う店で先ほどの出来事をすっかり洗い流してしまおうと、小さなバーに突入。2階への階段を上がったのだった。
カウンターだけの小さなバーに座ってオレはバーボンの水割り、いさわしは、えーと、何だっけ、忘れてしまったが、ともかくそれぞれがオーダーし、クールダウンしたのだった。(いさわしより「ハイボール飲みました」とのメールあり)
もっともここも変な店で、カウンターの中ではアルバイトが一人きり。晩飯なのか、カップラーメンを食っていた。
カウンターではいさわしの隣に妙齢の女二人が腰掛けていて、えーと、美女かどうかは微妙なセンなのだが、いさわしが意気投合してしまって仲よく話していたのだった。(いさわしより「隣の女たちとは一言も話していません!」という強硬な申し入れがメールできた)
夜も1時を過ぎ、ふう、やれやれ、本日はよく闘ったなあ。いさわしとオレはバーを後にして、いさわしは自転車で、オレはタクシーでそれぞれの帰途に就いたのだった。長い一日であった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
「三屋清左衛門残日録」藤沢周平・文春文庫。引退した武士の話。さすがに枯れた味わいは見事である。もっとも無理にお家騒動などからませず、淡々とした話の運びでもよかったのではないか、という気もする。


2009.03.25
取材1、原稿。
カネハラ氏が昨日某所でばったり会ったのが、現在は名古屋に単身赴任中のカナウチおじさんであった。
所用で上京中だったカナウチおじさんは、カネハラ氏をつかまえていきなり「おまえ、タンゴさんと仕事してるだろ」と迫ったそうである。
「どどど、どうしてそれを」と、うろたえるカネハラ氏に対して、カナウチおじさんはふっと笑って「そりゃ、おまえ、タンゴちゃんの日記読んでるからな」と言い放ったそうである。
「これにはびっくりしましたよ〜」とカネハラ氏。確かにほとんどオレのストーカーであるな、カナウチおじさん。「ほんとにそうですよねー」。
ようし、こうなったらこのやりとりも日記に載せて、反応を見ようか。
そういうことで、ここに書いているのであった。さて、カナウチおじさんの反応や、いかに。

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2009.03.24
取材1、原稿。
うーむ、日本人はこんなにも野球が好きだったのか。全国民、焼き豚。
電車に乗ったら、目の前の座席で高校生が3人並んでそれぞれがワンセグ携帯を見ながら「あー、あと1点ほしいよなあ」「ほしいなあ」などと騒いでいる。
なるほど、まだ1点だけのリードか、と納得するオレ。
待ち合わせの時間までオレもワンセグ携帯を見ていたら、待ち合わせた相手も歩きながらワンセグ見ながらやってきた。みんなそんなに野球が好きか。オレもか。
「日本はたまたま組み合わせがよかっただけ」「マナーは最低」など、例によって韓国の因縁づけが始まったが、もう相手にすることもなかろう。うんざりだ。
しかし夜のテレビ番組はちょっとはしゃぎすぎの感じもするがどうだろう。
ともかくこれで騒ぎが終わって一段落。あとは野となれ山となれ。

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2009.03.23
取材1、原稿。
取材が始まる前、インタビュー相手が「野球が気になっちゃって」という。取材終了後、カネハラさんが「気になる」というから携帯のワンセグをつける。日本が大量リードだ。
うーむ。
これでまた韓国か。もううんざりだな。
いっそアメリカに僅差で負けて、そのアメリカが韓国に大量得点差で勝つという展開のほうが面白いんだがな。
そう言ったら、カネハラさん「別れた女が別の男に手ひどく振られたらいい気味だというのと同じですね〜」と受ける。そうそう、うまいこと言うね〜。
かくして明日も野球騒ぎ。勝っても負けても気分の悪い一日になりそうな予感がする。

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2009.03.22
ここのところワケあって、いろんな楽譜を買いあさり、いろんなCDを聴いている。
本日のは、ヒーリングの大御所ということになるのか、カナダのアンドレ・ギャニオンだ。などと偉そうに書いているが、実はオレ、ヒーリング好きと言いつつ、この人のことはほとんど知らなくて、ああ、恥ずかしい。
ちゃんと聴いてみたら、ひゃーっ、すっげーいいでやんの。
シンプルで美しいメロディーで、音は厚くて、それでいてカナダの空気感のような澄んだ感じがしていて。オレはいっぺんで気に入ってしまったのであった。
明日から仕事のときはこれが定番CDだな。
そんなわけで、ここのところアレンジができないのである。
大好評「毎日いちごをたべて暮らしましょう」の次回作は、順調に早くも8曲もアレンジができているのだが、そしてそれに続く3曲も同時進行的にアレンジを進めていたのだが(そうなのである、オレは数曲を同時進行でアレンジするのである。ふふふ、どうだ)、おかげでパタッとその手が止まってしまったのだ。
うーむ、夏前の新アルバムリリースを目指していたのだが、早くも暗雲か。
ちなみに既にアレンジの完成した8曲、かなりいい出来です。えっへん。
と、しょうもない自意識過剰の自慢話に終始する日記なのであった。他人が見ることを前提に書かれている日記なんて、そんなものか。

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2009.03.21
ひょんなことから話が盛り上がり、近所の親戚と一緒に大宮の鉄道博物館へ行ってきた。お彼岸の三連休、ぽかぽかと暖かくて桜の開花宣言も聞かれたように、絶好のお出かけ日和なのだった。
まったくいつも思うことだが、うちの親族は本当に仲がいい。どうや世間的には非常に珍しいことのようである。
毎年正月には一同が集まるが、こういうふうになんでもない普通の休日に集まって出かけて食事するというのも、楽しいものだ。特に飾らず、気負わず。
子供らも大喜び。鉄道博物館もさることながら、みんなで一緒にご飯を食べたり、おばさんに花のカチューシャを買ってもらったり、そういうことの一つひとつが嬉しいのであった。
鉄道博物館には昔の特急「とき」が展示してあった。一族にとってこれは故郷の新潟とを結ぶ象徴のような列車なのだった。みんながこの列車を眺めて「ときが」「ときが」と話すものだから、子供らもすっかり「とき」が好きになってしまったのだった。

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2009.03.20
原稿。
勝たなくてもいい試合で日本は勝ってしまったわけだが、そういうことは正式のコメントにすべきではないわけで、韓国の監督ってば「今日は投手を温存したから負けた」って、そりゃあ世界大会で手を抜きました、片八百長しましたって言ってるようなものだって。自分たちの手で大会の価値を貶めてどうするの。
つか、これがJリーグだったら明らかに懲罰ものだな。でもWBCはJリーグじゃないから、いいのかな。
ともかくにわか焼き豚のオレは、ふんぞり返って言うわけだ。
それにしてもオリンピックでピッチャーマウンドに国旗を立てるという信じられない行為をしてしまう国が、さらにその行為を英雄的ともてはやす信じられないメンタリティを持つ国民が、今度は日本のデッドボールに対してお得意の「謝罪しろ」要求を繰り出し、あげくに「マナーではこっちの勝ち」とふんぞり返っているのは、呆れてものが言えない。
もうこの国と関わるのはとことんイヤだなあ。

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2009.03.19
取材1、撮影1。
本日のわたくしは、モデルさんである。
六本木のスタジオに出かけていって、美男美女のモデルに混じって一緒に撮影なのである。うふふ。
役柄は園長先生。
オレがシナリオを書いたオペレッタ「金のがちょう」の演技指導用撮影があり、そこでオレがモデルとなったわけだ。自分でシナリオを書き、もちろん劇中の歌も作詞作曲し、当然アレンジもして、こうしてモデルまでやっちゃうのだから一人パッケージ男とでも呼びたいものである。
ユーティリティたんごちゃん。
こういう仕事は楽しいなあ。
ところで、なぜ「金のがちょう」に園長先生役が必要だったのか。それがシナリオのキモであり、理由は学研発行「ピコロ」の9月号を待たれよ。ふふふ。

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2009.03.18
別に世界一にならなくてもいいし、アメリカやキューバに負けたところでどうとも思わないが、韓国にだけは勝つべきであった。野球。
オレのものはオレのもの、他人のものもオレのもの、フェアプレーもスポーツマンシップも知らず、世界で一番可哀想なのは自分たちで、世界中の人が自分たちを好きになるべきで、肥大し続ける被害者意識と自己愛こそがすべての価値観を支配しているという韓国の連中が喜ぶ姿を見たくないのだ。
などと考えながら夕刻に向かった先は、錦糸町にある立派なクラシックコンサートホール。すみだなんとかというホールだ。
ここで本日は何の因果かクラシックコンサート見物である。ピアノソロやらバイオリンソロやらフルートソロやら。
ふーん、クラシックのコンサートっていうのは、どうもよくわからんなあ。わからんけれど、出てくる人、みーんなものすごいテクニックだということはよくわかった。びっくり。
コンサートを聴いて外に出たら、立派なクラシックコンサートホールの目の前は派手なパチンコ屋。余韻ぶちこわし。やっぱりここは錦糸町。

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「アラスカ物語」新田次郎・新潮文庫。かつて日本を捨ててアラスカにわたり、かの極北の地でリーダーとして村人を助けた日本人がいたらしい。フランク安田というその実在の人物を描いた小説。わずか100年前の出来事であるが、こんな日本人がいたとは知らなかった。


2009.03.17
昨日は歯医者に行き、本日は目医者で定期検診である。
眼底写真を撮られるとき、いつもオレは目を開いていられなくて「もっと大きく開いてください」と看護師に言われるのであった。
最近では先手を取って、指で目を押さえてくださいとあらかじめ看護師に頼むようにしている。向こうもしれたもので、はいはいと押さえてくれる。
瞳孔を開く薬をさしているため、検査後、数時間はまぶしくて仕方ない。
クリニックから家へ帰る途中もまぶしくて眼が開けられず、思い切り目つきの悪い顔でふらふらと歩くものだから、とたんに不審者扱いだ。しょうがない。
当然、この検査を受けた日は仕事も何もほとんど使い物にならず、ぼけっと過ごす。目が使えないので新聞も本も読めず、もちろんパソコンの画面も見られず、なにしろ目を明けていられないのだから、何も見たくない状態なのだ。
ならば音楽でも聴いて過ごすかと思うのだが、しかーし、こういう日に限って大事な荷物が宅急便の着払いで届くことになっていて、耳はふさげないのである。やれやれ。
しょうがないから床に転がってぼけっと天井を眺めて過ごしたのだったよ。
話はまったく関係ないのだが、オレの場合、ギターにはピエゾ式のマイクを使っている。(早く穴を空けてちゃんとしたのを取り付けたいとは思っているのだが)
問題は取付方法で、しょうがないからいつもガムテープでギターにべたっと取り付けている。これは塗装や何かによろしくないのだろうなあ。
何よりも見た目が非常にかっこ悪く、「わあ、ガムテープ貼ってる」と指さされたことも数多い。
どうにかしなければとずっと考えていて、たまたまネットで見かけのが、吸盤で取り付けるという方法。おお、なるほど、この手が、とポンと膝を打ったオレ。100円ショップで適当なのを見つけてきて加工すればいいと書いてあった。
これはいいアイデアだ。まったくネットとはべんりなものであるよなあ。買い物もほとんどネットですんじゃうし。

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2009.03.16
熟睡したのか、朝5時に娘が起きてきた。オレは既に4時に起きていた。
トイレから戻ってきた娘は、しばらくしたら食卓に座ってなにやら歌い出した。「おしいれタイムマシーン、へーんてこタイムマシーン」。どうやらいさわしのボーカルに合わせて朝っぱらから押し入れタイムマシンを歌っているようだ。
よく見ると、食卓に置いてあったオレのKENWOOD製iPodを手に、耳にはイヤホンをはめている。起きてすぐにおもちゃのキーボードを叩いたり、こやつは心底音楽好きだなあ。
押し入れタイムマシン、好きか、と聞くと「うん、好きだよ」と返事して、また歌い出す。そうか、ならば一番好きだという「赤いスイートピー」もKENWOOD製iPodに入れてやるか。
と、ここではたと考えた。5歳児が小さな耳にイヤホンを入れて音楽を聴き続けるというのは、どう考えてもよろしくないだろう、と。
うーむ、しかり。
これはなんとかせねばなあ。そう思いつつ、息子と娘を送り出し、9時過ぎに予約していた歯医者に行って口を開けた瞬間、そうだ、Rollyがあるではないか、とひらめいたのだった。
そうである、ソニーのRollyである。一部で熱狂的ファンがいるという、あの卓上音楽プレーヤー。AIBOのノウハウを採り入れて、音楽に合わせて奇妙な踊りを披露するという、あのRollyだ。
実は有楽町のビックカメラでこれを見たときは、なかなかに面白いマシーンと思ったのだが、なんせおもちゃ。玩具に36000円は払えないなあと、端から視界の外に置いていたのだった。
だが、こうして考えればRollyなら好きな曲を貯め込んでおけば、CDが散らばって邪魔になることもなく、娘も息子もヨメも、気の向いたときに音楽が聴けるじゃないか。なるほど、そうか。
ということで早速オレは大泉学園のあのジャマダ電機、通称マダ電、さらに略してダ電に向かったのであった。ところが半ば予想した通り、いざという時に使えないのがダ電。向かったオレが悪かった。Rollyのロの字も見あたらない。店員に尋ねれば、オレがキレるのはわかっているので、肩をすくめてしょうがないと店を出たのだった。
大泉学園がダメなら、高野台のダ電だ。
そう思い直して目白通りを東に向かいつつ、実はオレの頭の中に記憶が甦ってきたのである。地元民の名所、リサイクルショップ要は古道具屋のドレジャファクトリというところに、先日、Rollyが飾ってあったことを。
確か、値段は1万6000円だったはず。ビックカメラでは36000円していたから、こりゃあ半額以下ではないか。
案の定、まったく使えなかった高野台のダ電をとっとと後にして、オレはトレファクに向かったのである。
そして、見事中古のRollyを発見、1万6500円で手に入れたのだった。
付属品がちゃんとついていて、動作保証もついていることを確認して買って帰る。家で広げてみたら新品同様でほとんど使われていた形跡がなく、ははあ、これは大泉のキャバ嬢が客にプレゼントされたものを速攻売り飛ばしたというパターンだなと納得したのである。
さて、Rolly。
動かしてみたら、これがけっこう楽しいのよ。音楽に合わせて踊り出すし、見ていてとても可愛いのだ。娘は、15分もしないうちに「おかおをつくる」と言って目や口やリボンのシールを貼って女の子に仕立て上げ、はなこという名前にしようというオレに対抗して「かなえちゃんにする」と言い張り、オレと連続10回のじゃんけん勝負に勝って見事にかなえちゃんと名付けることに成功したのであった。
フォーマットはソニーのmp3。えーと、ほら、Aなんとかというフォーマット。メモリは1ギガ。最新版は2ギガらしいが。
肝心の音質はというと、ラジオ並み、というところだろう。普通に安いテレビの歌番組でも聴くつもりで聴いていればちょうどいい。その愛敬のあるダンスで、我が家にほのぼのとした空気を運んでくれている。

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2009.03.15
春らしい陽気の日曜は、盛りだくさんの一日なのであった。
せっかくの日曜、どこへ出かけるか、前夜から子供らは迷いに迷い、結局朝になって出した結論が、いちご狩り。
合点だとオレはネットで近場を検索し、30分以内で行ける場所ということで花園インタチェンジのいちご農家を目指すことにしたのだった。9時半に家を出て、10時前に到着。
んが、しかしっ、「受け付け終了」の張り紙。
ななななな、開店は10時のはずだがっ。あわてて盛り込んで農家の(昔の)娘さんをつかまえて聞いたら「ご予約のお客様だけなんですう」という返事であった。
だったらホームページにそう書いとけよなあああ。
そう難じ、普段ならばごり押しするところであるが、子供の手前、好戦的な姿は見せてはならないので、あっさり引き下がる。情けないことに息子は涙目だ。
アホか、息子よ、たかがイチゴごときで。
父に任せろ、父がなんとかしてやる。
そして向かった先は、そのまま車をUターンさせて秩父の山奥。以前確かあのあたりにはやたらとイチゴ狩りの旗がなびいていたことを思い出したのだ。案の定である。30分も走って秩父に入ったら、やたらとイチゴ狩りの旗が翻っている。
高速の案内所ではイチゴ狩りの場所の一覧地図までくれた。その地図を頼りに、一応ヨメに予約なしでも大丈夫かどうか確認させつつ、一番手近な農園に向かったのであった。
到着した農園は、観光農園。4000なんぼか払って、30分食べ放題のイチゴ狩りだ。
子供らは大喜び、ヨメも大喜び。むしゃむしゃパクパクとイチゴを食うのであった。
オレはというと2粒も口にしたらもう十分。ヨメに、よくそんなに食えるなあと言いながら、ぼけっと農園でたたずむのだった。
農園の受付には、春休みの小遣い稼ぎと思しき学生のアルバイトが店番である。このアルバイトが徹底して間抜けらしく、バケツに水をくんでくるのを忘れては「なんでお前は言われたことができねえんだべ」、団体が入ったのに入場時間を確認せず、従って30分限定の区切りもできず「おめえは、まったく何のためにここにいるんだべ」と、さんざん農園のオヤジに怒られているのがおかしかった。
そのオヤジたちも、若い娘のグループがやってくると、必要以上にひっついてイチゴの食べ方を教えているのがおかしかった。
なおこの農園では、昼用にバーベキューというものも提供している。子供らはここでバーベキューが食いたいと騒ぎ出した。
だが待て、冷静に考えろ。なぜイチゴ農家がバーベキューなのだ。牧場がやるならわかるが。
このバーベキューを食うぐらいなら、父がもっと旨いバーベキューを食わせてやろう。さあ、車に乗るんだ。
ということで1時間かむて向かったのが、鶴ヶ島インター近くの養豚場、さいぼくのバーベキューだ。しかし、そこまでの道のりは激しい山道だったなあ。その山道に沿って、秩父鉄道が走っている。うーむ、この電車、乗ってみたい。
さて、到着したさいぼく。ここはブタをキーワードにした大リゾートなのである。けっこう穴場か? 基本的になかなか良心的な経営で、うまいものが食えるし、温泉もついている。この温泉は、ちょっと高めだが、今まで入った日帰り温泉の類の中では一番快適で一番清潔だった。
このさいぼくで、昼のバーベキューである。大混雑。しかし15分も待ったら座れた。
さいぼくのバーベキューメニューは、自分とこのブタを使ったバーベキュー。とにかく量が多いのだ。
本日も肉と野菜の一番安いセットを3人前頼んだのに、肉を食って精一杯、結局野菜は食いきれなかった。ああ、旨かった。
腹が膨れたあとは、同じ牧場内にある陶芸教室をのぞく。陶芸体験できるというのだ。
とりあえずひやかしと思ってのぞいたら、勧誘ヘビロテ中だったらしく、たちまちつかまってしまう。「お皿やお茶碗に好きな絵を描いてみない?」と言われて断る子供がいるわけない。釉薬をかける前の皿と茶碗、合計3000円を買わされて、子供らが絵を描かせてもらうことになった。
息子は茶碗の底に自分の顔を描いた。メシを食い進むと自分の顔が浮かび上がる仕組みである。
娘は皿に、さくらんぼやワカメ(?)を描いた。この皿は飾っておくので、誰も使ってはいけないのだそう。
描き終わった作品は、釜に預ける。焼き上がって完成するまで約1ヵ月。連絡もらったら撮りに来ることになっている。子供らは今から「どんなおさらができるかなあ」と楽しみにしている。もちろん親もちょっと楽しみだ。
帰り道、春の楽しい休日気分を満喫したので、春らしい曲が聴きたくなって「赤いスイートピー」をかけた。すると娘がまるで色気づいた女子高生のような遠い目をして聴いている。なんだなんだ。
「一番好きなのが赤いスイートピーで、次がポニョだよ」と娘が言う。そそそ、そうか。幼稚園児でも女はみんなこの曲が好きなのか。
実はこの「赤いスイートピー」については、翌日に大きく発展するのだが、それについては明日の日記で。
帰りの関越は渋滞が始まっていて、練馬出口で4キロつながっていた。
今日はとてもいい気持ちの日曜だったので、これからヨメに晩飯の支度をさせるのがなんだか申し訳なくなり、普段、日曜の夜は外食など絶対にしないのだが今日は特別ということで、お気に入りのたけちゃんに連れて行くことにした。
実はたけちゃん、今まで何度か家族を連れて行こうとしたのだが、常に予約で一杯で入れず、あきらめていたのであった。
本日は電話したらタイミングよく空いているというので、席をキープ。初めて家族で行くことができたのであった。
用意してくれたのは個室。子供も初めての店でも萎縮することなく、のびのび過ごせるのであった。
名物のおでんを頼む。この店では、おでん種の一覧表を見て、欲しいものを紙に書いて渡すシステムだ。白菜とか、トマトとか、変わったおでん種もある中、「?」というものが目をひいた。子供はこういうのが大好きですな。「なんだろうなんだろう」と大喜びで紙に書くのだった。
しばらくすると次から次へとおでんがやってくる。
「そろそろ?がきますよ」と、お兄さんが予告してくれる。こう言われると「なんだろなんだろ」と席はまた盛り上がる。感心するのは、オーダーしたお姉さんではなく、別のお兄さんが運んできてもきちんとそう言ってくれることだ。しっかり情報共有できているわけで、ささいなことかもしれないが、こういう気配りが客に「大事にしてもらっている」と思わせ、信頼できる店だという印象を持たせることにつながるのだ。
少々高くても、真面目な食材でうまい料理をつくり、しっかり気配りしていれば、客はちゃんと入るという証明のような店である。
店主は若く30になるかならないか。聞けば飲み屋に勤め始めた18歳の頃から10年後は店を持つと決めて働いてきたそうで、なるほど、やっぱり目標意識を持ってモチベーション高く働けば、ちゃんと10年後に結果は出るんだ、と教えられた次第。そこにウソはないと思うな。
けっきょく「?」のおでんは、カキであった。子供も大喜び。ああ、旨かった。
食べて飲んで、気持ちよく過ごせて、7時過ぎ。例によって娘はヨメの自転車に乗り、息子はオレと手をつないで畑の中を歩いて帰った。気持ちのいい宵。
こうしてなんだかとても楽しくてすてきな春の休日が過ぎたのであった。

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2009.03.14
昨夜はたけちゃんに行く途中、駅前の飲み屋街でお姉さん集団を発見した。酔った声で「スズキせんせーっ」とか呼んでいたから、どこぞの幼稚園の先生方の飲み会なのだろう。打ち上げか、送別会か。
そして本日の土曜日は、娘の園でも退職する先生方を囲んでのお別れ会などがあちこちで開かれたようだった。
普段は幼稚園以外での接触が禁じられているが、退職や卒園となると話は別である。
そして、そういう場では、若い独身の先生を囲むママたちが、一挙に最強のおばちゃん軍団に変貌。「カレシはいるの?」「いつ結婚するの?」「なんで別れたの?」「親戚にいい子がいるけど」「前のカレはどうしたの」などと、先生を取り囲んで総括に出るのであった。
いくらイマドキの若い娘さんであっても、海千山千のおばちゃん軍団にかなうわけがない。賢い先生などは最初から白旗上げて、なんでもかんでもべべらしゃべって、突っ込みようがないようにしてしまうそうだ。
うーむ、すごい飲み会であるなあ。
その場には居合わせたくないが、遠くからこっそり見てみたいものである。
しかし今日のこの記述は、オレ、完全にママ軍団を敵に回したかもな。

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2009.03.13
原稿。
すさまじく強風で、これは春二番なのかもな。
そんな強風の中、ヨメの自転車に乗ってわざわざ向かった先は、最近お気に入りのたけちゃんなのであった。
カツオの刺身を頼んだら、おまけにカツオのにぎり寿司を一つ添えてくれた。オレのイチオシのマカロニサラダは毎回手作りで、海苔がかかっている。
酒はいつものように、何かくださいとだけオーダー。本日出てきたのは福島のなんとかいう酒で、けっこうな辛口であった。んまかった。
日本酒が旨くてつまみが旨くて、接客の気がきいていたら、そりゃあ気持ちよく酔えるって。
いい気分になり、KENWOODのiPodで「鳥になって」を聴きながら自転車でふらふら走ってもっといい気分になって、家に帰ってきたら、ぎょっ、自転車カバーがない。
ちゃんとレンガブロックで押さえていたのに、どうやら強風で飛んでいったらしい。二度目だ。
家のすぐそばを走る目白通りを、大きな自転車カバーがふわふわ舞っていたのかと思うと、心底恐ろしいのであった。うーむうーむ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」んっとーにつまらなくなった、文春。相変わらずコラムだけは面白く、要は書き手の個性と技術にだけ頼っていて、週刊誌としてのジャーナリズム性などほとんど消えてしまったのだろう。「SPA!」何の脈絡もなくナニワ金融道の連載が始まり、一体誰が描いているんだと実に不思議な気分。民主党オザワへの司直の手は、要するにアメリカが仕組んだことだという説も面白い。


2009.03.12
取材1。
KENWOODのiPodを聴きながら駅まで歩いたけど、街の音がカットされてしまうのが、なんとも不思議な感覚。やっぱりいろんなノイズというか、エアーというか、そういうものが耳に入ってこないのは、ちょっと不自然な感じだな。
そう思って耳からイヤホンをぬいたのだけれど、池袋に用があってあの汚い街を歩いたら流れているノイズも本当に汚くて、再びイヤホンを耳に突っ込んだ。ところがそこにビックカメラやジャマダ電機などの大音量の音楽が混じり込んできて、発狂手しそうな状態になってしまった。
その池袋で某楽器、某々楽器と楽器を2軒のぞく。どこも使えない。
しょうがなく、本当にしょうがなく、パルコ7階のイシバし楽器に行った。
40分ほどかけて楽譜を探す。
この楽器屋には、しょうがないといえばしょうがないのだが汚くてうるさい小僧ロッカーが東武線に乗って埼玉方面から大挙して押し寄せるから、鬱陶しくてたまらんのだ。オレは本当にひどいことを言うようだが、これは事実なのである。
楽譜売り場に立っていたら、本道もギターケースを肩にかけた小僧たちが大挙して押し寄せて、まあ、うるさいうるさい。携帯で「おまえ、どこ−」としゃべりながら押し寄せたり、「早く曲決めるべー」とわめいたり、ひどいのになると2、3人で歌いながらやってきたり。
高校生ロッカーと思しき連中は、どうやら謝恩会のようなイベントでの曲目を決めるのにもめているらしく、すげえうるさい。
うるさいのだが、しかし、それはそれでほほえましい光景であって、まあ、青春時代というのはこうして過ぎていくのだなあと感慨に浸った。小僧たちも遠い未来に、あの肌寒い春の日、池袋の楽器屋で仲間とわいわい騒いだよなあ、やつらは今頃どうしてるだろうあな、と振り返るのだろうな。
仲間たちとの絆は永遠で、若さも永遠で、楽しい時間も永遠であると信じて疑わないのが、高校時代の春休みなのだ。オレも春休み、音楽仲間と一緒にギターを弾いては歌っていた。まさかそのときドラムを叩いてたヤツが借金であっけなく自殺してしまうなど、夢にも思わなかったよなあ。
うんうんうなって何とか楽譜を見つけ、というより、こんなもんでしょうがないかと妥協し、カネを払う。レジでは例によって「ポイントカードはお持ちですか」攻撃である。ないです、いりません。
イシバし楽器、かつては客をバカにした「おやじカード」というものを発行していたが、今はエージプラスというカードに変わったらしい。
袋の中にはチラシ。そのエードカードの会員優待でライブがあるそうで、出演は及川恒平だと。どっひゃー、これまた懐かしのキングサーモン。
あまりこのライブは見たいと思わないなあ。それよりも土曜日にあるケロポンズのライブのほうが見たかったなあ。

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2009.03.11
てくてくとウォーキングするときは、携帯プレーヤーがあると快適ですな。しかも自分でつくった音楽など聴いていると、自意識が高揚し、世界のすべてがポジティブに見えてきて、精神衛生上もひじょうによろしいようで。
夕方、畑の中をうろうろと1時間ほど歩き回って、手に晩ご飯のおかずの刺身などぶら下げながら帰ってくると、けっこういい気持ち。こうして無為に一日は暮れてゆくのでありました。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「新潮45」編集長が替わってから、途端にこの雑誌、つまらなくなったな。華原朋美は第二の飯島愛か、という記事など、毎朝我が家に届くスポーツ新聞に書かれてある以上の何ものでもなかったし。


2009.03.10
久しぶりに凄いCDを手に入れた。艶カペラGというグループのディスクである。
ネットで偶然見つけたグループであるのだが、この艶カペラG、何のグループかというと「アカペラで演歌を歌う中年コーラスグループ」なのである。
わはははは、アカペラで演歌だぞ。
なんだこりゃと思ってネットで試聴したら、大爆笑。たとえば北島三郎の「風雪ながれ旅」っていうのがありますなあ。紅白の定番。か、紅白でしか聴いたことがないけど。
この「風雪ながれ旅」を、おっさんたちがアカペラで歌うわけです。
イントロの三味線をべんべんべんべん〜って叫び、太鼓をずんごとずんどこと唸るのです。
大爆笑。オ、オレはパソコンの前で口から茶を噴いてしまった。
大慌てでアマゾンで調べたら在庫が一枚。早速発注したのであった。やるときゃやるぞ、アマゾン。午前に頼んだら夕方には届いてしまったのであった。
届いた艶カペラGのCD、「すべてが一発録りの編集なし 16曲一日収録」と大書してある。わははは、いくら予算がなくてもありえね〜。
早速、車で聴いてみる。すげえ面白い。
「津軽海峡冬景色」もイントロはまんまアカペラで再現。「北酒場」も最高である。
時々音を外しているのだが、編集なしの一発録りだからそのまんま。直してないのである。ああ、おかしい。
でも、素人にしてはうますぎるし、本職はプロのコーラスで、それが余興でやっているというようなノリなのだろうか。確かに演歌のアカペラなんて、おっさんたちが飲んだらその場でやりそうだものなあ。
というか、いさわしと親分とだてポンがいたら、すぐにでも始まりそうだものなあ。
杉並で近々ライブがあるようなので、行ってみるか。500円。定員30名。なんじゃそりゃ、満員でも15000円の売上にしかならんではないか。
ああ、おかしい。
腹を抱えたまま、オレが向かったのは隣町の大泉学園にあるジャマダ電機である。ジャマダ電機、略してマダ電、さらに略してダ電は、本当に間抜けな店である。ダ電とはダメ電の略ではないのか。
なぜそんなダ電に行ったかというと、携帯音楽プレーヤーを買うためである。遂にというか、ようやくというか。
とにかく新しい曲を何曲か覚えなくてはならず、昔なら飲みながら2、3回聴けば覚えたものを最近はすっかり記憶力が劣化してしまって、しつこく繰り返すしかなくなったので、ここにきてようやく購入する決心をしたのである。
買うのはKENWOOD。音質で行けばKENWOODかソニーで決まりなのである。iPodなんざ、子供のオモチャですな、かかかっ。それにしてもKENWOODってどういう意味なんだ? 今度ミカ氏にでも聞いてみよう。
ちなみにミカ氏とはギター弾きで、学生時代にオレと「みかたんバンド」というユニットを組んでいた仲間である。このユニットに加わったのがサタケで、バンド名は「佐竹良一とみかたんバンド」に変更。フォークギター2本とドラムというへんてこなバンドが誕生したのであった。
それはいいんだけど、なんの曲をやるかというミーティングの席でまったく意見がそろわず、結局バンドを結成して一回も練習しないうちに「音楽性の相違」という理由で解散してしまったのだった。
そのミカ氏が、今は確かKENWOODに勤務しているはずである。それに義理立てしたわけではないが、音質で選べばKENWOOD、見た目で選べばiPod、総合力ではソニーなのであった。
iPodもソニーも、実は地元の西友の2階家電売り場に並んでいる。カード会員5%引きのセールの時を狙えば、けっこう安く手に入るのだ。iPodなんざ、要は大根やティッシュと一緒ですな。ほとんどコモデティ。
しかし、さすがにKENWOODとなると西友には売ってなかった。マイナーすぎるよなあ。KENWOODのiPodくださいって言っても「は?」てなもんだ。
それでしょうがなくダメ電に向かった次第である。話が長い。
ダメ電は、さすがにKENWOODが置いてあった。価格を見たら11800円。
うーむ、秋葉原のヨドバシカメラも、池袋のビックカメラも、大泉学園のダメ電も、オープンプライスの同じ機種がぜーんぶ11800円というのは、これはどう考えてもカルテルだろう。あきれたもんだ。
あきれたのは、さすが天下のダメ電の接客も同じで、KENWOODを手に向こうにいる店員に手を振ったら、その店員、オレの目を見たにもかかわらず、近くの店員をつかまえて「むこうで客が呼んでるからお前行け。オレは行きたくない」という態度に出たことである。
さすがダ電気、オレもこんなことぐらいでは怒らなくなった。数々の仕打ちを思えば、かわいいものである。というか、こんな店に来たオレが悪いのであって、反省すべきはオレなのだ。ここはとっととカネ払って立ち去るに越したことはない。
寄ってきた店員にKENWOODのiPodをちょうだいと言う。ヤツは「在庫を確認して参ります」と裏に消え、しばらくして戻ってきて「残念ながら色がピンクしかないんです」とぬかしい。
ピンクぅ?? あのセンスの悪いピンクぅぅ?? どう見てもキャバ嬢が長い爪で髪をいじりながら口を開けたままアユなんかを聴くのにお似合いのピンクぅぅ?? KENWOODのデザイン責任者に、ぶっちゃけインタビューしたくなるようなピンクぅぅ??
もちろんオレはそれを買いましたよ。即座に。自分で塗り替えるからそれでいいよ、と。店員「え、塗るんですか」とびっくりしていたが、レジで精算だ。お約束の「ポイントカードは」と口にしたので、その瞬間、もってませんっっと言い放ち、「ではお作りしますか」との問いに、けっこーです、絶対にけっこーですっ、と断言し、オレはカネを払ってKENWOODのピンクのiPodを持ち帰ったのだった。
充電後、さっそく使ってみる。
KENWOOSDのよいところは、音質もさることながら、やたらとへんなソフトを入れる必要にないことだ。USBでPCとつなぐだけ、あとは何のソフトを立ち上げる必要もなく、クリックして開いて曲を放り込んでいくだけである。ああ、簡単でいいなあ。オーディオメーカー各社は競って自社の変なソフトを開発しているが、あれは止めて欲しいものである。
フォーマットはPCM。つまりCD音質でそのまま聴けるのだ。それなら最初からCDで聴けばいいのであるが。確かに。
曲をいくつか放り込んで、ポケットに入れて散歩だ。どれどれ、かちっ。
おお、なかなかによいではないか。
が、しかしっ、噂には聞いていたがイヤホンがひどすぎる。ゴミだ。KENWOOD出てこい。
即座にこのイヤホンはゴミ箱行き。代わりに手元にあったソニーのイヤホンで聴いてみる。いったいこれは何についてきたイヤホンだったのだろう。正体不明だなあ。
でも、その正体不明のイヤホンのほうがなんぼかいい音がする。よしよし。
これで、次は適当なイヤホンを買ってくればいいということがわかったので、今度は西友でイヤホンを買ってこよう。エンジニアのイイジマ氏によればパナソニックの3000円クラスで十分だということだし。
方針が固まったところで再びKENWOODのiPodをポケットに入れて、音楽を聴きながら練馬の畑の間を散歩する。気分が良くなってきたので、そのまま魚せいに立ち寄り、日のあるうちからビールと刺身だ。
ごきげんで家に帰ったら、子供らが帰ってきていた。そこでKENWOODのiPodを見せびらかしつつ、これに色を塗ってデコレーションするように、と命じる。娘は大喜びでお絵かきを中断し、さっそく取りかかったのだが、さすがにクレヨンじゃ色はぬれないなあ。続きは、マジックインキを用意してからなのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.03.09
原稿。
日韓ワールドカップの時、韓国の連中は「こんなに盛り上がるなら、来年もワールドカップをやろう」と本気で言ったらしい。
今回のWBCでは、日本に完封されて「なぜ日本で試合をやらなければならないのだ」「スタンドが日本の応援ばかりで韓国の攻撃の時は静まりかえっているのは卑怯だ」などという怨嗟の声があがっているそうだ。
オリンピックで勝って、マウンドに国旗を立てるという信じられない行為が英雄扱いされるメンタリティの国だからなあ。たいていのことは起きるのだろうなあ。
結果的に1位になってよかったですねえ、んいとに。あの国は。
あの中国人が、一番嫌いな国として日本でなくて韓国をあげているというのが、なんだかすげえおかしい。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「王貞治 一徹の流儀」清水満・扶桑社新書。昔の田舎の男の子たちにとって、野球と言えば巨人しかなかったのであった。しかもV9。巨人以外に球団があるということが信じられなかった。当然、ONは神であって、男の子は長島派と王派に別れていた。オレは王派だった。一本足打法というすさまじくへんてこな打ち方に、我が道を行く唯我独尊を思い、シンパシーを感じていたのだった。基本的に普段は野球なぞ見ないのだが、確か2006年のWBCでアメリカ人審判のインチキで負けてしまった試合のことは覚えている。記者会見で王監督は「ベースボールの生まれた国でこういうことがあってはよくないと思う」というようなことを言っていた。この一言にはけっこうしびれた。感情を抑えた毅然とした態度で、それでいてしっかりと怒りを伝えていたのである。国際社会でこういう態度でものを言える日本人(じゃないけど)がいるというのに、感心した。というわけで王貞治の人間性というものにはいろいろと学びたいのであるが、それにしてはこの本、中身が薄すぎた。著者はスポーツ新聞の記者。推して知るべしで、王貞治といかに交流が深いかを自慢するような内容が多く、しかもスポーツ新聞の記者のお手本のような下手くそな文章で、おそらく編集も手を抜いたやっつけ仕事で、こんなものを王貞治本人が読んだからさすがに温厚なあの人も一本足打法で襲いかかってくるのではないかと思われた。なんのこっちゃ。


2009.3.08
本人の強い希望により、息子は地元のカルチャーセンターで子供囲碁教室に通っている。
オレは囲碁がさっぱりわからないので、息子に何か説明されてもちんぷんかんぷんなのだ。
今日は対局がいくつかあったそうで「6回かって2回まけたよ」とのことである。そうかそうか。囲碁の相手をしてくれる人がいるだけで、ありがたい話である。
そして、なんだか級が上がったらしくて、20級の認定証というのをもらってきた。見たら日本棋院が発行するやつである。わはははは。一応まともなやつじゃねえか。公式に息子は囲碁20級と認められたのだ。
水泳も何級か取っていたし、なかなか頑張っているではないか。
その囲碁教室の終了後、大急ぎでクルマを飛ばして練馬公民館へ行く。ファミリークラシックコンサークを聴きに行くのだ。
童謡歌手の坂イリ姉妹からもらった年賀状に「練馬でコンサートやりますよ」と教えてもらい、はがきで申し込んだのである。区の主催なので、無料だ。練馬区にどっちゃりと税金を取られてるから、これぐらいタダにされ体もこちらとしては当然という気になるのだ。
バイオリンが三つにビオラにフルートにオーボエにピアノ、、そしてドラムという小編成ではあるものの、生のクラシックコンサートはなかなかによろしいのである。やっぱり音楽は生に限るよなあ。オレのやっとるDTMなぞ、しょせんはまがいものだよなあ。
客席は、ファミリーコンサートというだけあって、子連れがほとんど。当然、うるさい。
第一部の最後には、この小編成で「ボレロ」に挑戦するという趣向があって、それはそれでなかなかに素晴らしい演奏でオレはとても嬉しかったのだが、長い時間に飽きてしまった子供らが会場のそこかしこで暴れ、叫びだしたので、「ボレロ」が終盤に向かってどんどん盛り上がるにつれて会場のガキどものわめき声も一緒に盛り上がっていき、ついにはこの世のものとは思えぬ混沌の中でフィナーレを迎えたときには、いやあ、珍しいものを聴かせてもらったよと演奏者とガキどもに拍手したのだった。
ボーカルの姉妹は、いつものきれいな澄んだ声で童謡を歌ってくれた。
ラッキーだったのがマリンバ。寒いドラムを叩いていたお姉さんが実はマリンバで日本一になったこともある演奏者ということで、途中、本職のマリンバを披露してくれた。刮目。何曲か演奏してくれたのだが、いやあ、さすがに凄い。びっくりだ。
マリンバというのはものすごく難しい楽器であって、あれをこんなに自在に操るのを見ると、ほとんど魔法のように思えてしまう。息子も「すごいすごい」と口を開けていたのだった。
たまにはクラシックを聴いてみるのもいいものである。肩が凝らなくて、これぐらいゆるいのも、なかなかに心地いいと思う。
いい気分になって家に帰り、酒飲んで、さて寝るか、と思ったらなんとコンサートに出ていた坂イリ姉妹からメールが来た。「タンゴさん、コンサート見に来てましたね、隠れたつもりでも、あんなに真正面に座ったらわかるに決まってます」という内容であった。
あわわわわ、ばれないと思ってすました顔をしていたオレが間抜けであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「地図から消えた東京物語」アイランズ・東京地図出版。新宿南口にかつてあった御大典記念碑の限りなく怪しい風情が好きだった。


2009.03.07
原稿。
日本人はいつの間にこんなに野球が大好きになったんだと思うような盛り上がりのWBCだが、一方でかつてのキラーコンテンツの巨人戦が低視聴率でお荷物と化していることから、プロ野球人気は凋落の一途ということがわかる。
サッカーも、Jリーグは盛り上がらず代表戦も人気がなく、それでもワールドカップの予選だけはけっこう人が入る。
どうやら日本人のメンタリティは、短期集中型の大勝負というものに向いているというわけではなかろうか。
いざ決戦とばかりに戦場に乗り込み、「やあやあ、我こそは」と名乗りを上げる姿にしびれるわけだ。
だとすれば、これからは1年を通じての冗長なシーズンはやめて、クォーター制にしようという意見が出るのもうなずける。
6週間ごと、4つのシーズンを闘って、それぞれで勝ったチームが最後に1週間のチャンピオンシリーズをやるわけだ。しかも、各シーズンをそれぞれ地方で巡業すれば興行的にも盛り上がって…って、ああ、これは相撲のシステムに似ているぞ、今気がついた。
相撲にチャンピオンシリーズを導入すればいいのではないか。でも、そうしたら汚いモンゴル人だけのしょうもないシリーズになってしまうか。まあ、それでもいいか。
などというちっとも生産的でないことを考えながらたたずむ春の宵。
駅前の居酒屋で一杯飲んで、息子と一緒にのんびり歩いていい気持ちになったのだった。
こうして息子の手を引いて一緒に歩けるのもあと何年かなあ。
いずれオレが家に帰れなくなって息子に手を引かれるようになったりして。とほほ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.03.06
取材4、原稿。
朝、アマゾンからDVDが届いた。発売日に予約を入れていた「パコと魔法の絵本」のDVDである。
これは、実は神が創った映画である。
そそくさと取材仕事を片付け、そそくさと石神井公園のたけちゃんによって刺身とサラダ食って山形の上喜元を2合飲んで、ふらふらと帰って風呂に入り、パコを観たのであった。
いやあ、すごい映画だ、これは。途中から号泣。泣ける泣ける。しかも泣いた直後に涙を流したまま今度は大笑いするという、まったくもって奇跡の映画。クライマックスのCGも素晴らしい。
神様映画。
オールタイムで、ナウシカとどっちが面白いかと問われれば、うーんと唸ってしまう。ナウシカでは情けないか?

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」「週刊文春」


2009.03.05
取材2、打ち合わせ。
7時過ぎに家を出て、東北道で茨城に向かう。たどり着いた場所は、筑西市というところ。どこですか〜、それ。
一言で言えば、「下妻物語」で描かれていた典型的な北関東の原風景ですな。2階建てより高い建物がまったく見えない、一面の田園の中、バイクが爆音響かせて走っているのがよく似合う、特に春先の土埃の舞う荒涼たるイメージまんまの、そんな北関東なのだ。
たまにはこういうところに来て一日を過ごすのも悪くはなかろう。
茨城、さすがである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.03.04
原稿。
朝、6時47分くらいからNHKのニュースの中で「街かど情報室」というコーナーがある。
料理の無駄をなくすグッズとか、片付け上手になるグッズとか、そういうゆる〜い小ネタを集めたコーナーだ。
どういうわけが我が家の子供らはこのコーナーが大好きで、始まるとわざわざオレを呼び出して、テレビの前に座らせる。
うーむ、朝からなんともゆるい空気でいっぱいになる。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.03.03
ひな祭りである。
娘に、女の子のお祝いだからと言ったら「ちっがーう、おとこのこもいっしょだ」と言い張る。なんでじゃ。
どうやら幼稚園では、女の子も男の子も一緒に祝うのがひな祭り、ということになっているらしい。ジェンダーかよ。
節分といい、ひな祭りといい、伝統文化は保育の最前線から破壊されていくのであった。
息子に聞いたら、「今日のきゅうしょくは、ちらしずしだったよ」とのことであった。ほう、気のきいたものを出すんだな、最近の小学校は。
家にはささやかなひな人形が飾ってあって、3月3日が過ぎたら即座に片付けないと、娘が行き遅れるのだそうだ。男兄弟に育ったオレは、そのようなことも知らないのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「「裁判長!これで執行猶予は甘くないすか」北尾トロ・文春文庫。傍聴マニアのシリーズ二作目。気分転換にこんなものでも読んでしまうのであった。


2009.03.02
手土産に桜餅と草餅をぶら下げて、本日向かった先は顧問税理士の会計事務所。山手線をぐるっと回って、秋葉原で降り立ったのだった。
一年一度、この季節、「確定申告の書類がまとまったので、確認の上、捺印してくださいね」と言われて足を運ぶのである。いつもひな祭りの時期。よっていつも手土産は同じ。
書類を示され、税理士に「タンゴさん、今年はン百万円も売上が落ちてますね〜、きっついですね〜、かなしいですね〜」と責められる。うなだれるオレ。
しょんぼりとハンコを押して事務所を後にしたオレが向かった先は、そう、秋葉原であるから素通りはできぬ、電気街に突入なのだった。
ここのところずっと迷っている携帯音楽プレーヤー、通称かつてはウォークマン今はiPodを、せっかく秋葉原まで来たのだから買おうかと思ったのである。
買うのはウォークマンでもiPodでもない。ケンウッドのSDカードタイプである。
見た目重視ではなく、音質重視での選択なのであった。
何軒かのぞいて、確認する。どれもこれも、みな同じ。ウチこそ最低価格と胸を張って、判で押したように11,800円だ。
どうみてもこれは裏で連絡取り合って価格を合わせているだろう。こいつら。
違うのはポイントの割合で、ポイントの点数で差別化しようという本末転倒の間抜けな商売が横行しているようだ。そうなのである、ポイントカードである。
この状態では、どこで買っても、ポイントカードをお持ちですか、お作りしましょうか、と言われることになる。ああ、うるさい。オレはうるさいのは嫌いなのだ。
ヨドバシ、特にうるさいっ。ジャマダ電機、もっとうるさい。
などと逡巡していたら電話がかかってきて、「タンゴさ〜ん、ハンコの押し忘れがありましたから、もう一度来てくださ〜い」と顧問税理士に呼び返されたのであった。
あわてて引き返して、おかげで携帯音楽プレーヤーを買う気分はすっかりそがれた。手ぶらで電車に乗る。
山手線の中で考えた。
秋葉原ではどの店でも11,800円だった。これは先日見た池袋のビックばカメラでも同じだった。つーことは、秋葉原でなくてもこのまま池袋のばカメラで買っても同じではないか。
なんだ、そうか、そうしよう。
ところが池袋では、今度はヨメから「晩ご飯のおかず買ってきてちょ」という指令のメールが飛んできて、合点だとオレはデパ地下に向かうことになったのだ。
両手に紙袋を抱えてよたよた帰るのはイヤだ。よって、ばカメラに寄るのも中止。ここでも買う気がそがれたのであった。
そうなのである、ずっとこの調子で、買おうかなという気になると決まって何か別方向の用事が入って、買えないのである。おそらくこれはオレのご先祖様が「買ってはならぬぞよ」と注意してくれているのではないか。きっとそうに決まっている。
というわけで、いまだにオレは騒々しくしゃべりまわるだけで、携帯音楽プレーヤーを買っていないのである。
冷静に考えてみると、携帯音楽プレーヤーで音楽を聴くことはあまりないように思う、オレの場合。電車では本を読んでるし、そもそも通勤もないし。
それに音楽を聴いてしまうと他の音が耳に入らなくなってきて、先日も六本木の交差点で信号待ちしているときにふと耳に飛び込んできた街の音楽がヒントになって、すぐに一曲アレンジできたという経験もしたものだから、むしろ音楽を聴いていなくて耳をフリーにしておくほうが音楽がわいてくるのでは、という思いもするのであった。
夜、冷たい風の中、自転車で居酒屋たけちゃんまで行く。
相変わらず旨い料理に旨い酒だ。今日は山形の上喜元という酒の翁という銘柄をもらう。
一口飲んで、本気でびっくりした。なんという飲み口なのだ。こんな酒は、マジで初めてであった。
たけちゃん、やるねえ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「宝島」


2009.03.01
息子が将来なりたいものの一つが、飴細工職人である。なんですか〜、それは。
ならばその実態を見に行こうということで、川越に行ってきた。埼玉である。
川越の何かというと、川越には菓子屋横町という場所があって、駄菓子やばかりが20軒ほども軒を並べている横町があるのだ。観光名所ですな。
10時過ぎに到着し、市役所の駐車場にクルマを置いて、歩く。10分ほどで菓子屋横町だ。
おお、確かに駄菓子屋が並んでいる。ほぼ無条件に楽しい。
横町を見て歩いたら、おりました、飴細工職人が。
横町の一角に屋台を出して、呼び込みをしている。一つ300円。リクエストに応じて器用にこねこねやって、飴細工を目の前で作ってくれるのだ。
そりゃあ、子供は大喜びだって。
娘は「ポニョ!」、息子は「ペガサス!」と注文。「あいよっ」とおじさん、目の前で飴細工だ。
なんでも脱サラして飴細工職人になった人らしい。店はなくて、屋台。雨や雪はつらかろう。夏の暑さはたまらんだろう。
一つ300円で、果たしてどれだけ儲かるのか。でも、好きでこの商売を始めたんだようという雰囲気が漂っていて、なかなかに好感が持てるのだった。
見事にできあがった飴細工を持って、子供たち、「たべないで、かざっておく〜」と大喜びである。なるほど。飴細工職人とは、きっと大もうけはできないだろうけれど、子供たちを幸せな気分にしてくれる職業のようだ。
しばらく、菓子屋横町をぶらつく。どうでもいいような駄菓子や飴を買った。
ついでということで、江戸情緒で町おこしに成功した川越の街中を歩いてみる。喉が渇いたというので甘酒屋に立ち寄ったら、隣が千手札の店。
子供らが興味津々で自分の名前を探していて、どうせないよ、我が家は、たかをくくっていたらなんとありましたよ、「さきと」も「ののか」も「ひみこ」も。へえー、こんなレアな名前があるんだ。子供らは再びにこにこ、大喜びである。
こうして川越の街並みを歩きながらいろんな店を冷やかしたのだが、ちょっと感心したのが、どの店もみーんなにこにこと楽しそうに接客していることだった。観光地にありがちなすれているところはなく、隙あらば何かを売りつけようという雰囲気もなく、「来てくれてありがとうね」という気持ちの伝わってくる、とても心地よい接客であった。
これはなかなかに素晴らしいね。
たいしてありがたいものがそろっているわけでもないのに、川越がリピーターをひきつけているのは、この辺に理由があるのだろう。
菓子屋横町をはじめ、目的を達したところで、まだ11時半。時間はある。
ここまで来たなら前から行きたいと思っていた醤油工場へ見学に行くことにした。携帯で場所を検索して、ナビに入力して出発。楽ちんなものである。
約30分で到着した、日高市の醤油工場。関越の鶴ヶ島インター近くである。
ユゲタ醤油というメーカーの工場で、見学コースなど、けっこう趣向を凝らしてあるというのだ。
とりあえずの目的は、卵かけご飯。ふふふふ。昼飯だ。
あついご飯に地元でとれた卵をぶっかけ、その上から工場で絞ったばかりの醤油をたらーりとかけて食べられるというもの。ご飯、卵、味噌汁、お新香のセットで350円だ。
最近は卵かけご飯なんて食べなくなったものなあ。食堂でお姉さんに用意してもらい、「こちらが先ほど絞ったばかりのお醤油です。ぜひ味わってくださいね」と言われた醤油差しを持って、といた卵にとろーりと醤油をかけた。そして、あつあつのご飯に穴を掘り、卵を流し込んで、わしわしと食う。
う、う、うめえ。
隣で息子もわしわしと食っては「おいしーおいしー」と連発している。満足である。
卵かけご飯をわしわしと食った後は、醤油工場の見学だ。工場の人に案内してもらって一通り見たのだが、案に相違して非常に面白かったぞ。
「丸大豆」と書かれてある醤油は、丸い大豆を使っているという意味ではなくて、大豆を丸ごと使っているという表示であること。ならば丸大豆でない醤油はというと、これが驚いたことに大豆の絞りかすを使っているのだということ。知らなかった、びっくりした。
しかも大豆のほとんどが輸入ものだとは。
もっと驚いたのが塩で、日本で使われている塩のほとんどはメキシコ産なのだそうだ。それをわざわざ瀬戸内海の海水に混ぜてできあがったのが、ハカタの塩というわけだ。持ってきた場所ではなくて、最後に取った場所が原産地になるという決まれらしく、なななな、なんということだと、オレはびっくりしたのだった。
土産にさっき絞ったばかりという醤油を買って帰る。ああ、けっこう面白かった。
というわけで、なんとはなしに充実した休日を送った我が家であった。
帰ってきた息子は、駄菓子や横町で買った紙鉄砲をいじり倒している。竹の筒でできていて、ぬれた新聞紙をつめて飛ばすやつだ。オレも子どもの頃はさんざん遊んだなあ。
このシンプルきわまりないオモチャがとにかく面白いらしく、息子は「おもしろいよ、おもしろいよ」と一人で喜びながら、冷蔵庫やいろんなものをマトにしては紙鉄砲で狙いを定めるのであった。
乾いたパンという音が家の中に響いて、この音は男の子のいる家にとてもよく似合う音だなあと思った。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.02.28
何もしない、呆けたような一日だったなあ。
冬も本日で終わりだというのに、ちっとも春らしくない。早く暖かくなって欲しいものだ。
そんなことしか書くことのない日もあるのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「食品と暮らしの安全」「パーマネント野ばら」西原理恵子・新潮文庫。特別に感動するほどではないが、ところどころ、すさまじく切ないカットがあったりして、西原理恵子の才能にびびってしまう。


2009.02.27
取材5。
一気に寒くなって、雪。ひぇーっと首をすくめたが、考えてみれば2月である。雪ぐらい降るだろう。
品川で取材を終えた後、飲み会までの時間を潰すため、本屋に立ち寄ってから喫茶店に行く。ルノアールだ。
時間をつぶすのに、カフェはまことによろしくない。喫茶店に限るのである。
その点、どんなに長居しても文句を言われず、それどころか昼の日中からオヤジがどうどうと居眠りしていても不自然ではないのがルノアール。ザ・喫茶店なのだ。
ルノアールの場所を覚えておくと、実は案外役に立つのであった。
品川港南口にそのルノアールを発見し、潜り込む。
アメリカンを注文した後、さっそく買ったばかりのプロレス暴露本を読む。まったくプロレス界っていうのは不健全というか、どろどろというか。カネと欲がこれほどぐちゃぐちゃになっている業界も珍しいだろう。
基本にあるのは嫉妬と金銭欲。あれほど栄華を誇った長州力が、今や金銭的にかなり追い詰められているのは、呆れるばかりだ。
一方、ギリギリまで追い詰められた安田が今や青森の山奥の養豚場で働いているというレポートにはびっくり。ようやく生きる道を見つけたようで、その流れてきた軌跡を思えば、安田、よかったなあと言いたくなる。
まったくこんなひどい業界のことを面白がってるオレもなんだかなあ。ちょっと自己嫌悪。
と、はっと気づいてみれば、アメリカンコーヒーが出てない。ななななな、なんなんだ。
頼んでからもう30分。
放置するほうもひどいが、気がつかなかったオレも間抜けだな。
あわてて、コーヒーがまだ来てないよと指摘する。最初に注文を受けたねえちゃん、びっくりして慌てて持ってくる。
「たいへん申し訳ありませんでした、こちら、おわびといってはなんですが」と100円引きのサービス券をくれた。やれ、嬉しや。こんなことなら毎回注文を忘れて欲しいものである。
時間を潰し、7時から、品川で飲み会。酔いが早くて、こりゃあ途中退席だなと思ったのだが、話が盛り上がり、異常な面白さについつい最後までいる。
全員仕事関係なのだが、取引関係の一切を別にして完全プライベートの飲み会にしようという話で集まったので、きっちり割り勘。こういう飲み会は本当に楽しいなあ。
12時近くの山手線に乗る。
この時間に池袋で乗り換えるのは、ほとんど発狂ものだ。とても近寄りたくない。
そこで渋谷で降りて、いつでもガラガラの副都心線に乗り換える。案の定、ガラガラで、金曜の夜だというのにしっかり座れたのであった。ああ、楽ちん。
ところが一つ誤算があって、副都心線から接続の西武線が既に終わっていたのだ。は、早すぎないか、西武線。
しょうがないから、どこで降りようかなあと遠目にドア上の路線図を眺めつつ、考える。
結局、平和台で下車。ここは練馬の畑の中の、安藤くんちの近くだ。安藤くん、もう帰ってるかな。いきなり寄ったらすごい迷惑だろうな。
雪は夜に雨に変わった。もうクリスマスイブではないのである。
寒い。けど、今日は気分のいい飲み会だったので、その寒い中をてくてく歩き始める。タクシーはやめたのだ。
耳にはイヤホンを差し込み、インタビュー録音用のレコーダーにSDカードを入れて、音楽を聴く。「いちご」だ。
こうして雨の金曜深夜、ふらふらと畑の中を1時間も歩いてようやく家に帰り着く。さすがに体が冷え切っていて、風呂に直行なのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経エレクトロニクス」「プロレス下流地帯」


2009.02.26
原稿。
やれやれ、やっとつながったよ、新しい音源。
同軸と光、それぞれのデジタルケーブルをつなぐためのコンバータまで買って(えらい出費だ)、つなぐだけはつないで、それが実際に音が出るまでにえらく苦労してしまった。
結局いまだにどうしてつながらなかったか、なぜ今はつながっているのか、理由がさっぱりわからない。オレはタコである。
まあ、タコでもサルでも、ともかく新しい音源で音を出して録音できるところまでこぎ着けた。こうしてオレは大人への階段をまた一歩上ったのだった。
その新しい音源だが、バカ高かっただけあって、なかなかに素晴らしい響きである。音の種類も増えているし、一つひとつがよりリアルになっているし。
と言いつつ、まだ使い方がよくわからない。そのうち覚えるだろう。
さて、これで長年使った音源、長年といっても4年くらいか? こいつもとうとう引退である。ご苦労さんであった。
十分にもとはとったと思う。
もっとも全部の機能を引き出して使ったとはとても思えず、実際はほんのわずかな機能しか使ってない。
もちろんまだまだ十分現役として使えるぞ。立派な音源だ。
引退させて眠らせておくのは、惜しい気がする。
押し入れにしまうくらいなら、誰かにくれてやるか? セッティングに困ってもいちいち質問してこないこと、という条件でなら誰かにくれてやってもいいかなあ。
なんだか、こう書くとすげえ意地悪みたいだな、オレって。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.02.25
原稿。
無音の状態のはずなのに、サーっとかザーっとかいう雑音が入ってしまう、いわゆるホワイトノイズにはずっと悩まされてきたのであります。
にぎやかな曲ならちっとも気にならないが、静かなバラード(笑)って、にぎやかなバラードはないか、おとなしい曲の場合は、すげえ気になる。特に一瞬の間を大切にしたいような曲調の場合、ほとんど致命的。
昔、「春の海」という名曲の演奏会で、エンディングの一瞬の静寂こそが聴き所なのに、そこで拍手をする客がいて困ったという話を聞いたことがあるが、そんな名曲と肩を並べるつもりなのか、オレは。いったい何を言ってるんだ。
気を取り直して、要するにそのホワイトのイズの対処には困っていて、バカ高いマイクを取り替えてみたり、いろいろ工夫してその都度頭を抱えているのだった。
パソコン自体のノイズも拾ってるんだろう。窓の外から入ってくるクルマの音や風の音もあるだろうなあ。
S/N比がどうしたこうしたと言われても、ちんぷんかんぷんだから、まあ、要するにあれですな、限界っつーことで。
ノイズ除去のソフトもいくつか試してみて、ノイズキラー(逆)というソフトはあんまり実用的じゃなく、波掃除というソフトは洗濯機のインターフェースが秀逸でごしごし洗ってノイズを落とす感じがなかなか素晴らしいのだが、やはりギリギリのところで音がケロる。
この「ケロる」というのは専門用語らしくて、要はカエルちゃんのケロケロ声になっちまうんですな。
ノイズキラーも洗濯機も、どちらも5000円ほどのシェアウェア。たけー。でも、しょうがないから使ってみた。スタジオ借りるよりはるかに安いし。
そんなノイズ除去戦線に、このたび期待の新兵が登場した。小田シティというソフトである。
どれどれと試してみる。
お、けっこういいじゃん、これ。とりあえず適当なパラメータで適当に処理してみたところ、適当だったにもかかわらず、ノイズキラーや洗濯機よりもはるかにいい仕上がりだ。旦那。
さしすせその、いわゆる擦過音が強調されるきらいが気になるが、そのあたりは細かなパラメータでなんとかなるのではないか。
このソフト、他にもピッチを変えたりテンポを変えたり、コンプレッサかけたり、エコライズしたり、波形編集の作業はほとんど一通りこなしてくれるようだ。
素晴らしい新兵ではないか。しかも、これでタダ。フリーソフトである。
10年ほど前、これと同程度の機能を持つサウンドエディターというマクロメディア社のソフトが、なんと6万円もしたものだった。ビックカメラで脂汗を流しながら買ったわけだが、今やそれ以上のソフトがタダですぐに手に入る時代になったのである。
ただ、問題は説明がすべて英語であるということだ。って、こんなことを問題だと言ってるのは恥ずかしいからもう言わない。
というわけで、ホワイトのイズ解消に、やや光明。こうしてオレは今日も一歩前進するのであった。そしてたぶん、一歩前進してすぐにまた一歩後退するような予感もしているのだが。

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2009.02.24
原稿。
まっこと時の流れは速くて、二、三日前に東京ドームのハーセさんのイベントに行ったっけと思って、この日記を読み返したら、なんともう10日以上もたっている。ふへー、びっくり。
この年になると、過去の出来事の前後関係がはっきりしなくなってきていて、えーと、東京ドームのイベントでタベーさんに会ったのは、山形に出張する前だったか後だったかなあ、と首をかしげてしまうのだった。
もちろん前でも後でも、どっちでもかまわないのだが。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.2.23
取材1、原稿。
耳かきの頻度って、普通はどんなものだろう。週イチ? 週ニ? まあ、月イチということはないだろうが。
オレの場合、最近は毎日だなあ。癖になってしまうんだよなあ。
原稿書いていて、ちょっと行き詰まると、すぐに耳かきに手が伸びる。ほとんどタバコの代替品みたいだ。
あんまりしょっちゅうかいていると、耳が痛くなってきて。
そういや昔、死んだばあちゃんが「子どもの頃は毎日耳かきしないと気がすまなかったものだよ」と話してくれたことがあったっけ。
でっかいのが取れたときの耳かきはえらく気持ちがいいのも確かで、有料の耳かき屋があるなら行ってみたいと思うこともある。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」
「始祖鳥記」飯嶋和一・小学館文庫。江戸天明記、大凧を羽根のように広げて自分の力で大空を舞った男がいたという場所は駿河。無能な幕府への抵抗として人々は受け止めたが、飛んだ本人はただ純粋に飛びたかっただけのこと。心のうちにある漂泊の本能が、どうにも抑えきれなかっただけだ。物語は途中、海の男に主人公が移る。空から海。その対比が見事であり、海にもやはり漂泊の思いを抑えきれない男がいるのだった。完全な史実に基づいた歴史小説。さすが飯嶋和一。そのスケール感と圧倒的なリアルさは、比類がない。


2009.2.22
本日は中がわヒロタカと、ピアニカおーとも、コケコケののほちゃんの3人によるライブを見に行った。
場所は玉川上水。ろばハウスというところである。
クルマで小平まで行き、小平駅から西武線に乗って約10分。初めて来たよ、玉川上水。ほんとにここは東京か。
子供と一緒に川沿いの散歩道、要は砂利道を歩いてろばハウスへ。
小さなライブハウスで、普段はここで中世の古楽器のコンサートなどが行われている。本日は子供のような、大人のような、不思議な音楽のライブだ。
客の3分の1は子供。演目は、ほとんどが大人向けの歌であったが、子供は子供でわかるのだろう、ずいぶんと楽しんでいた。
おーともくん、久しぶり。相変わらずさりげないキーボードアレンジに、複雑なテンションコードを織り交ぜている。凝ったことをやっているのにシンプルにきこえるというのは、たいした技術だ。
ついでにマジックもたいした技術だ。我が家の子供はマジックに一番興奮していた。
ののほちゃんは、間近で聴くのは初めて。いいボーカルを聴かせてくれる。惜しむべきは声量か。歌の押しが足りないので、存在感が薄れてしまう。
ボーカルそのものは素晴らしいので、もう一押しの声量を、ぜひ。
ゲストに出てきたのが、すずきツバサくん。去年の暮れ以来ですな。
つばさくんの一番の持ち上げは、ライブでのパフォーマンスと雰囲気だ。その柔らかくて暖かい空気感を大切にして地道に経験を重ねていけば、きっと素晴らしいナニモノかがついてくると思う。
あとはソングライティングだ。先輩らのコピーじゃだめで、もうちっと違う世界の音楽性を身につけるといいと思う。ここ2、3年に期待だ。
受付にいるお兄さんが、どっかで見たことのある人だなあと思ったら、実はコケストラのギターの人で、飛び入りでギターを弾いてくれたので、オレとしてはけっこう満足。
派手さはなかったけれど、ふんわかした穏やかなライブだった。PAもないし、手軽でいいやね〜。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.2.21
原稿。
買おうかどうしようかなあと思っていて、近くのスーパーまで出かけたついでにCDしょっぷのぞいたら売っていたので、つい買ってしまいました、和幸の新CD。
和幸と書いて「わこう」。加藤和彦と坂崎幸之助だから「わこう」。簡単ですな。
新アルバムは「ひっぴいえんど」。もちろん「はっぴいえんど」のもじりというか、シャレというか、ひねりがないというか。
今回はCS&Nなのだそうである。ついでにジェームス・テイラーも入っているそうである。うーむ。70年代はいいのだけれど、あまりにもコアな。
曲を眺めて、最後の一曲「花」だけ聴ければいいや思っていたので、さっそまくそれをクルマで聴く。思っていたのとはまったく違ったアレンジとニュアンスで、帰ってからネットの解説を見たら、これはジェームス・テイラーなのだそうだ。ああ、なんとコアな。
でも、そう言われれば確かにそうきこえるな。
実は一番のお目当ては、初回プレス盤におまけでついてくるDVDなのだった。ここに二人のライブゲリラの模様が入っているのである。
見たら、おおあるある。会場は曙橋「バックインタウン」、荻窪のフォーク酒場「落陽」。
ネクタイのオヤジでいっぱいのフォーク酒場に予告なしで乱入した二人が、歌っているのだった。
曲は、おお、オレがこれを生で聴いたらおそらく泣くだろうなあという「白い色は恋人の色」。二人のスリーフィンガーにのせて、加藤和彦の絶妙ボーカルがライブで聴かれるのだった。
これさえ見れば、あとはいいや。DVDがおまけなのではなくて、CDがおまけなのであった。
いい気分になったので、そのままパソコンに移動してYouTubeで加藤和彦から始まり、太田裕美に薬師丸ひろ子、岡村孝子とうろうろしながら聴く。おー「夢をあきらめないで」だ。最高だなあ。
いい気分のまま、焼酎をあおって眠りについたオレなのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.2.20
取材1。
4時に起床して5時5分発の各駅停車に乗る。
朝から雨だ。さすがにこの時間の各停だと座れるのがありがたい。
本日の行き先は秋田。もちろん日帰りである。
秋田は、なまはげと秋田美人が並んできりたんぽ鍋をつつく里。美人一個飛び説というのがあって、新潟・秋田と一個ずつとばして美人が生産されるそうで、ということは、山形、青森の人はどういうことになるのか。
どこかで適当に立ち食いそばでもと思ったが、どこも開いていない。まったく根性なしである。
仕方なくモノレールに乗って羽田空港に行き、羽田で朝食にする。
しかし、いつも思うのだが羽田空港の食い物屋って、なんであんなに高いのだろう。しかもマズイ。
入場料を払って食う場所にうまいものはないというのは安倍ジョージの持論らしいが、空港は高くてマズイものばかりというのがオレの持論である。地方空港なんかひどいもんだ。
羽田でも何軒か店をのぞく。朝がゆ定食950円。和定食1200円。ありえねー。
カネを稼ぐために出張に行くのに、カネを使うのはばかばかしい。
唯一安いのがカレー、720円。安いったって他と比べれば、という話だが。
でも、朝からカレーかよ、カウンターで見知らぬオヤジと並んでカレーかよ、と気が進まず、結局1階のコンビニでおにぎりと2個と「ビッグコミックオリジナル」を買って、朝ご飯にしたのだった。
いやいや、もちろん「オリジナル」を食ったわけではない。読みながらおにぎりをかじったというわけである。
7時40分発秋田行きJAL。最近の航空券は、バーコードやら予約番号やら、いろいろと複雑ですなあ。いつもわけわかんなくて、グランドホステスのお姉さんをつかまえては聞いてしまう。
秋田行きJAL、ほどよく揺れながら順調に進む。しかし、天気予報を思い起こせば、東北地方は激しく雪。大丈夫なのか。
案の定、秋田空港が近づいたと思ったら機長がおもむろに「着陸できまっしぇーん」と泣きを入れてきた。うーむ。そのまま50分ほど秋田上空を旋回する。
羽田から秋田まで50分、秋田上空で50分(笑)。
たぶんこのまま羽田に引き返すんだろうなあ、オレの一日は空港でおにぎり食っただけで終わるんだろうなあと思った頃、機長が「突入します、行くのであります」と決死のアナウンス。
やっと除雪作業が済んで、滑走路が整ったらしいのだ。飛行機はぐんぐんと高度を下げ、滑走路でつるんと滑ってくれたら面白いのだが、そんなことはなくちゃんと着陸したのだった。
秋田、吹雪である。一面の雪の原。あちこちでなまはげがガオーと叫んでいた。
前夜、たまたま見たテレビで「秋田県人は甘いものが大好きで、ポテトサラダにも砂糖を入れる」と相変わらずホラばっかり放送していたが、お昼ご飯に出たポテトサラダは本当にちゃんと甘かった。ホラではなかった。
夕方、5時50分の今度はANAで羽田に向かう。秋田空港の出発ロビーでぼけっとテレビを眺めていたら、成田空港でノースウェスト航空機が乱気流に巻き込まれ、40何人かがケガをしたというニューが流れた。
死にそうな思いをしたそうで、こういうニュースをこれから飛行機に乗ろうかという時に見るのは、あんまりよろしくない。
そんな杞憂をよそにオレの乗ったANAは極めて穏やかに舞い、穏やかに羽田に降り立ったのだった。
モノレール、大江戸線、西武線と乗り継いで、吹雪の秋田から石神井公園に生還。朝も暗かったが夜も暗かった。当たり前か。
晩飯食って帰ろうと思って、最近お気に入りのたけちゃんへ。しかし、半ば予想していたように金曜の夜、満員で入れなかった。
しょうがない。うろつくのはもう秋田空港上空で十分なので、近場のハナノマイというチェーン居酒屋に入って、まずい酒とまずいつまみで我慢することにする。
ほどよく食って、あれえ、こんなに高かったっけ、と思うような値段で会計し、ここも羽田空港のレストランと変わらないなあとわけわからんことをつぶやきながら家に帰る。
ああ、長い一日だった。

「朝日新聞」「ビッグコミックオリジナル」「チャンネルはそのまま」佐々木倫子・小学館。秋田空港の売店をのぞき、別に欲しくなるような土産物もないなあ、いぶりがっこでも食うかなあと思いながら実際に買ったのはこの漫画本だった。


2009.2.19
打ち合わせ1、原稿。
このご時世、倒産ニュースなど珍しくもないし、かといって人ごととやり過ごせるわけでもないのだが、このニュースにはちょっと立ち止まってしまった。コスギ産業、15日に破産を申請。
コスギ産業といえばアパレル屋で、確か大学の1つ後輩のミヤハラが勤めていたはずだった。
まったく音信不通、ここ20年以上、顔も見ていないので今も在籍しているかもわからないのだが、もし働いているとしたら、もに50歳過ぎのリストラターゲットだ。
決して不遇な目にあってなければいいのだがなあ。30年前に一緒に過ごした日々の、あの頃のミヤハラの顔を思い浮かべながら、ただ祈るのみだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.2.18
取材1。
家のすぐ前を走るのが幹線道路の目白通りで、白バイが隠れてはよくクルマをつかまえているのを見かける。
物陰に身を潜めて携帯中のクルマや信号無視のクルマを待ち構えている姿は、本人は獲物を狙うハンターのつもりだろうが、端から見れば頭隠しての間抜けなポリ公だ。
その間抜けが往来する回数がここのところ急に増えた。
やっぱり年度末を迎え、異動する署長から検挙率アップの命令が下ったのだろう。その数字が勤務評定となって次の異動先にくっついていくのだから、部下も手土産を持たせてやろうと必死なのだ。
これから3月にかけて、クルマの運転はかなり慎重にしたほうがよさそうだ。
その警察が、湾岸地方で鈴木茂をとっつかまえたと、夕刊に載っていてびっくり。
鈴木茂って、あのはっぴいえんどのギタリストだ。もちろん今も現役のミュージシャンで、とってもいい仕事をする職人である。
年齢を見たら57歳。
そんないい大人になっても大麻なんか吸っているとは。正直、そっちのほうにオレは呆れた。鈴木茂、バカか。あんなに素晴らしい音を出すギタリストなのに、中身はちっとも素晴らしくない。
もっともこの件で一番呆れたのが、レコード会社の対応である。鈴木茂のソロアルバムはもちろん、過去のはっぴいえんどのCDまで急遽販売中止の措置だというから、いったい何を考えているのだ。
ほとんど遺跡破壊にも近い暴挙ではないか。ちょっと本気でびっくりした。
夜、ふと思いついて仕事で使っているH4というレコーダーを引っ張り出す。インタビューを記録したりするために使っているやつだ。
メディアは2ギガのSDカード。
このSDカードに音楽を入れて聴いてみたらどうだろうというわけである。
試してみたら、ちゃんときこえた。当たり前か。しかし、パナソニックのCDプレーヤーに付いていたイヤホンで聴いたら、音がひどい。
そこでいつも使っているスタジオモニター用のソニーのヘッドホンに取り替えて聴いてみたら、おお、これが同じレコーダーからの音なのかとびっくりするほど音質がいい。
そうか、要はイヤホンというわけだな、肝心なのは。
一人力強く納得したオレは、そのままでかいヘッドホンをアタマに載せたまま夜の街に出て行き、しばらく徘徊したのち、魚せいに行って飲んだのだった。でかいヘッドホンがじゃまくさくてしょうがなかった。

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2009.2.17
打ち合わせ1。
遂に買ってしまったのが携帯音楽プレーヤーだ。
どうしようかと迷っていて、例によって酔った勢いでのネット発注。前というメーカーの製品である。
これがとにかく安いの。2ギガで定価7000円ぐらいで、それが安くなっていて、さらにたまっていたラン点のポイントで値引きしたら3000円。
一回の飲み代より安い。
これなら失敗してもあきらめがつくだろうと思ったのである。
そして案の定、失敗したのであった。
マニュアルがとにかくひどいというのは聞いていたので心の準備ができていたが、ソフトのあまりのひどさにはのけぞった。使い方がさっぱりわからん。
よく見てみたら、げっ、mp3だけであって、PCMに対応してない。やっぱり酔って買い物なんぞするものじゃない。
気を取り直して、とりあえず試しに使ってみるかと、なんとか曲を転送してみたのだが、うひゃ〜、音がひどい。ひどすぎる。全というメーカー。
もしかしてと思って、付属のイヤホンを引っこ抜き、パナソニックのCDプレーヤーのイヤホンを差し込んだら音ががらっと変わったから、とにかく付属イヤホンがオモチャ並みなのだ。
まあ、考えてみればパナソニックのイヤホンより安い値段でこのプレーヤーを買ってるんだから、それもしょうがないという気がするが。
もちろんイヤホンを変えてもmp3はmp3。しょうもないのであった。
ちっ、やっぱり高くてもソニーにするんだったぜ、と文句をたれつつ、安物買いの銭失いとはこのことであると一つ学習。結局テストで一度聴いて、外を持ち出すこともなく、この然というメーカーの携帯音楽プレーヤーは、ヨメの手元へと渡ったのだった。
つまりヨメがこれを読むと「そんなものを私にくれたの?」と、怒るわけだが(笑)。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」
「汝、ふたたび故郷へ帰れず」飯嶋和一・小学館文庫。あの飯嶋和一の現代小説集である。もちろんまたもや小学館文庫である。酒におぼれ、自堕落になってしまったボクサーが、故郷に戻って自分を取り戻して再びリングに上がるという再生の物語。ありがちな話だ。しかし、そこは飯嶋和一。その圧倒的な筆力で読ませる。噂には聞いていたが、特にボクシングシーンは圧巻。電車の中で読んでいて、あまりのスリリングさに背中に汗をかいてしまったし、そのシーンが終わったらびっくりしたことに涙までにじんでしまった。なんという筆力だろう。オレは完全にノックダウン。でも、現代小説もいいけれど、飯嶋和一はやっぱり歴史小説だなあ、ということでオレは江戸天明期に大空を飛んだ男を描いた小説に手を伸ばすのだった。


2009.2.16
打ち合わせ1。
銀行でお金をおろそうと思ったら、通帳がいっぱいになってしまった。ATMの画面に「係員にお申し付けください」と出たので、ロビーで案内に立っている派遣おばちゃんに言う。おばちゃん、たぶんOB。
派遣おばちゃんは「機械でできますよ〜」といってオレを再びATMに立たせ、画面を操作して通帳の付け替えを始める。いや、その画面に「係員を呼べ」と出たんだけどなあ。
「では、このままお待ちください」と言い残して派遣おばちゃんが去った直後、いきなりATMがストップし「係員とインターホンでお話しください」の画面。
あー、めんどくせー。早く帰りたいのに、めんどくせー。
ちょっと、こんな画面が出たんだけど、とややムッとして派遣おばちゃんを振り返れば、出た、銀行の"あたしゃ責任ありません"体質。おばちゃんは明らかに知らん顔で、隣の警備のオヤジがやってきた。
派遣おばちゃんがOBに違いないと思ったのは、この責任取りません体質が染みこんでいると思ったからである。
結局、備え付けのインターホンで係員を呼び出し、窓口で数分間待たされ、やっとのことで古い通帳と新しい通帳と、おわびのつもりかポケットティッシュを渡されたのであった。
こんな面倒なことになったのも、「係員にお申し付けください」と出てたからわざわざ係員である派遣おばちゃんを呼んだのに、ATMを使わされてしまったせいだ。なのに派遣おばちゃん、結局最後まで知らんぷりである。
石神井公園駅前の小さな店舗で、店内に客は4人ほど。知らんぷりとは、いい面である。
などと銀行をいつものように心の中で面罵しつつ、急いで家に帰った理由は、北風が強く吹き出して、洗濯物が心配だったからである。
家にたどり着いてなんとか無事だった洗濯物を素速く取り込んでからは、さて、再び新しい音源のセッティングに挑戦だ。
12日に途中でギブアップしての再挑戦。今度こそはと意気込んで始める。
どうにか譜面を書く作業とMIDIを鳴らす作業はできるようになったが、オーディオインターフェースがどうしてもうまくつながらない。これでは致命的。
やはり新音源にオプティカルのアウトプットが付いていないことが最大の壁だ。いつも使っているエディロールのインターフェースはオプティカルなのに、新音源はコアキシャル。こればかりはどうにもしがたい。
ネットで調べてみたら、やはりあった、オプティカルとコアキシャルの変換コネクタが。オーディオテクニクスから定価9000円がネットで6000円である。
うーん、また余計な出費か。悔しいなあ。
その金をやめて、いっそ新しいインターフェースに買い換えるかと一瞬思ったのだが、それはそれでますます問題を複雑化するのではないかの疑念がよぎり、結局泣きながら変換コネクタとコアキシャルケーブルをアマゾンで注文する。ああ、悔しい。
続きのセッティングは、そのコネクタとケーブルが到着してからということにして、再び前の音源を使ったセットに戻す。この戻す作業はこれまた一苦労で、大騒ぎである。やれやれ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.2.15
原稿。
いい陽気になってきたので、久しぶりに子供の自転車をクルマに積んで、和光市の樹林公園に出かけた。和光市ったってすぐ隣。歩いても行けるくらいの距離である。
ここはいい公園で、名前の通り木々がいっぱいだ。
すぐ隣の桜公園では火も使えるので、バーベキューもできるのである。
樹林公園で子供らは自転車に乗って走り回った。オレはひたすらウォーキングである。
途中からは息子も一緒にウォーキングだ。
ちょっとはやせたかな。
回転寿司を食って帰ってからは、軽く居眠りして、音楽仕事に集中。好きなことが仕事になるって、楽しいなあ。毎日こうだといいけどなあ。
サザエさんを見ながら子供と晩飯を食い、その後も音楽仕事。穏やかな早春の休日なのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」本当に最近の文春は激しくつまらん。コラム以外、読むところがない。


2009.2.14
学生時代の先輩・ハーセさんが毎年石川県PRのイベントを仕切っていて、今年も東京ドーム、の脇のプリズムホールで開催されたので、遊びに行った。
夏の合宿、冬の漂流と並び、早春の仲間内イベントとしてすっかり定着。いつも懐かしい顔が集まるのだった。
今回は、ほぼ30年ぶりじゃんいかというタベーさんに会った。かつてはさらさらヘアーをかきあげながらギターを弾いていたクールな青年だったタベーさん、そのヘアーがどうなってしまったか心配していたが、しっかり残っていて安心した。
住んでいる場所をたずねたら、意外や意外、おれんちの近く。へー、それはそれは。
他にも昔の少年少女が集まったので、最新のCDを配る。
その後、みんなでランチ。9人でテーブルを囲んだが、オレが最年少というのも、いやあ、なかなか素晴らしいですなあ。おねいさんたちがにぎやかに楽しそうに、昔のままののりで話しているのを見ると、年を取っても友達はいつまでも友達なのだと実感したのだった。

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2009.2.13
取材1、打ち合わせ1、原稿。
一時期ほどバレンタインというのは盛り上がらなくなったのか? それとも、真剣を斬りつけ合う空気が漂う例えば会社の給湯室のような現場を、オレが知らないだけなのか?
ともかく穏やかな空気の中でバレンタイン前日を迎えた日本であった。バレンタインどころじゃねえよ、ってのが日本の本音かもしれないけれど。
オレの戦果は営業チョコ二つ。あとはヨメと娘と、なぜか息子からである。
夜、家を抜け出して最近気に入っている南口の居酒屋へ行く。たけちゃんだ。
イケメンぞろいのたけちゃん。目的はイケメンではなくて、もちろん酒とつまみ。
酒はいつも「お酒ください、冷やで」としか注文しない。すると「はい」と、毎回違う銘柄を出してくれる。そのどれもが旨くて、旨い上にそれぞれ個性があって、しかも高くて。とほほ、つい飲んでしまうのだった。
つまみは、刺身はツマまで全部旨くて、いつもツマだけ醤油をつけて食ってしまう。あと、お約束はごろごろのベーコンが入ったポテトサラダだ。
今日も旨い酒と旨いつまみを堪能したオレは、いい気分で強風の中、よろけながら自転車で帰った。この強風は、案の定、春一番だった。

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2009.2.12
原稿。
迷ったけれど、結局買ってしまったのが新しい音源。ヤマハのMOTIF-RACK XSである。
今まで使っていたESの後継機種で、メーカー価格168,000円が半年たってだいぶこなれてきて12万円台になったこともあり、えいやっと。
音楽で食っているわけではないが、それでお金をいただく機会も増え、アレンジャーと呼ばれたりして、半分は職業の領域に足を踏み入れつつあるから、やっぱり音源は最新にアップデートしておかなくてはとずっと思っていたのだった。
ソフト音源全盛の時代にあって外付けの音源を頑固に造り続けているのは、ヤマハとローランド。ローランドの音源も決して悪くなく、特にストリングス系の柔らかな音色は素晴らしいのだが、オレはともかくずっとヤマハだ。
二代目に買ったMU-2000という音源が特に素晴らしく、エレピ系は絶品だった。ここ数年ずっと使っていたMOTIF-RACK ESは、全体にグレードアップされたものの、やや使い勝手がよろしくない面はあった。それでもこの音源でプライベートCDを3枚つくり、頼まれたアレンジ仕事では数十曲をアレンジしたから、十分いい仕事をしてくれたと思う。
ネットで頼んだ新機種、MOTIF-RACK XSが届く。おまけがついてて、ヤマハのTシャツだ。
しょうがねえなあ、だっさいTシャツ。と文句言いつつ、実はちょっと嬉しかったりする。
早速接続。
だが、案の定というか、予想通りというか、パソコンでの音楽関係はとにかくわかりづらく、不親切で、すぐに上手くいった試しがない。
今回も単なる光景機種だからそのままケーブルを差し替えれば済むはずだと思ったところ、なんとローランドのオーディオインターフェースと音源をつないでいたケーブルが、今まではオプティカルだったのが、新しい機種にはそのオプティカルの差し口がなく、コアキシャルになっていたのを発見して愕然。こここ、こんなところに落とし穴があったとは。
オプティカルとコアキシャルをつなぐには、どんなケーブルが必要なのだ。もしかしたらコンバータが必要なのではないか。
などと呆然としつつ、ネットで調べ物をする。
よくわからない。
わからないので、後回しにして、とにかくつないで音を出してみようとする。ところがドライバーが見あたらない。取説を見たら、ネットで落とせと書いてある。
またネットに戻ってドライバを落とす。悪いことにドライバをインストールする前に電源を入れてしまったせいか、今度はパソコンが音源を認識しなくなる。やれやれ。
なんとかこの問題を解決して、とりあえず音を出して、納得。ふんふん。
しかし、本格的に操作を覚えようとすると、相当な時間がかかると思ったので、今日はこれで終わりにして、以前の古い音源の環境に戻す。
ところが案の定というか、お約束というか、当然のように古い音源に戻したら今度はソフトが反応しない。このように音楽関係について、ハードもソフトもとことん意地悪なのである。
ため息をつきつつ、なんとか設定をいじりまくり、再起動を繰り返して、ようやく音が出るようになった。別にロジカルにトラブルシュートしたのではなくて、試しに水道の蛇口をひねってみたら玄関の街灯が直った、みたいなものだった。
結局こうして大騒ぎして、とりあえず新しい音源は置くだけ置き、再び古い音源での音づくりに取り組む。次のCD用の一曲目だ。ふふふ。伊達君の作品である。
それにしてもオプティカルとコアキシャルの問題を解決するにはどうしたらいいのだろう。今のところの考えでは、この際思い切ってローランドのインターフェースは切り捨てて、ヤマハのインターフェースに一本化しちゃうか、という思いだ。
もっと、それならそれでいっそインターフェースもコアキシャル対応のいいやつに取り替えるかという思いがわいてくる。まっこと恐ろしい話である。
ウォークマンとかiPodとか、そんなものを買っている場合ではないのだ。だから買わないけど。

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2009.2.11
原稿。
というわけで、いよいよ日本のサッカーの行く末を決めかねないかもしれないんじゃないかといわれる試合を迎えたのだった。
「オーストラリア、燃えています」という表現が放送禁止になったというネタに爆笑しつつ、鯨のステーキを並べて応援したわけだが、明らかに引き分け狙いのオージーに対し、オレは別に日本も引き分けでいいんだから、引き気味の退屈な試合でかまわんと思っていたのだけれど、案に相違して攻める攻める、日本。持っているいいものを全部十分にはき出した試合ではなかったか。
勝たねば終わりだ勝つんだ絶対、とセルジオあたりは一つ覚えに吠え立てるが、これは本大会出場が目的なのだから、2位キープの2位狙いで全然かまわんのだ。こんな理屈もわからんのか。
長友の驚異の上がり、よかったですねえ。あの顔は、いや、運動量は、ほとんど猿。
内田も何も考えていない小僧のようで、天然は天然の良さがあるのだとわからせてくれたし、オレみたいな素人には果たして遠藤がどこにいたのかわからなかったが、きっと全体をきちんと落ち着かせてくれていたのだろう。それがヤツの持ち味だ。
オレのお気に入りの松井も相変わらずで、一度とんでもないミスをやらかしたが、あとは隙あらば一発ボケをかまして全部オレが持って行ってやろうじゃねえかという佇まいがたまらん。あの規律と奇想のアンビバレンツな立ち振る舞いは、大好きだなあ。
それにしても田中と玉田の両ちびっこフォワードは、本当によく働いたと思う。結局、あの献身ぶりと自己犠牲の精神、勤勉さこそが日本本来の持ち味であって、それしかないというところにようやく到達したというか、気がついたというか、やっぱり日本は昭和でしょ、という思いを体現してくれた気がする。
あれしかないだろ、日本には。
要するに予想以上にいい闘いをしてくれて、しかも引き分け狙いのオージーもぴりぴりしていて、アジア予選の真剣勝負でこれほどいい試合を見せてもらえれば、もう文句はないのだった。
足りないものがあるとすれば、それは中田だということははっきりしているけれど、フランス以降の中田がいるようなチームだったら負けてしまえとオレは思うのだった。
つまり結論としては、もうこのまま行ってしまえ、である。拍手。

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2009.2.10
取材1、原稿。
さて、明日はいよいよ天王山、オーストラリア戦である。ここ数年で最も大切な試合、たぶんこれからの日本のサッカーの行く末を決めかねないかもしれないんじゃないかといわれる試合、まてまて、要するに決めるのかどうなのか。
1位のオーストラリアは無理して勝つ必要はないから、直前に集合したことでもあるし、日本は寒いし、地元は山火事だし、あまり走り回らずにじっくりと構えて引き分け狙いだな。当然。
対して日本は、これで日本サッカーの行く末が…などとあおられて、ホームは絶対に勝つんじゃあと涙目になって、必至に走り回っては跳ね返されるのだろうな。
そんな中、当然のようにオーストラリアは省エネ優先でロングボールをポンポン放り込んできて、川口のほうがまだマシと思われるキーパーが「最悪のミスは最悪の状況で起きる」という懐かしのマーフィーの法則を日本中に思い出させるようなしくじりをして、あっさり1点献上。
ますます涙目の日本は、ほら、出た、お約束の闘莉王まで上げるどたばたサッカーを披露して、結局0-1の敗戦。
当然のように岡ちゃん更迭となり、あとを引き受けるのは誰だ、やっぱり外人がいいだろうがヒディングだけは何がああってもやめてくれえなどという大騒ぎになるわけだ。うししし、楽しみだなあ。
となると次の監督は、やっぱりピクシーだろうなあ。
ピクシーで2位狙いに切り替えて、再び綱渡りが始まり、血管が切れそうな状態のままずんずん進み、予選でダメで、アジア地区プレーオフでもダメで、大陸間プレーオフではとうとうロスタイムに入れられて負けてしまい、結局アフリカの本大会出場は逃してしまう、と。
実のことを言うと、連続出場した国が本大会に出られなくなってしまったという経験を、ここらで一度は味わってみたいと思っているオレなのだった。
でも、一度で終わらず、この先ずっと出られなくなってしまうような予感もしていて、それはそれでドイツ大会で「これが最後のワールドカップ」とオレが予想した通りになってしまうので、ちょっと鼻高々。

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「雷電本紀」飯嶋和一・小学館文庫。江戸天明、寛政年間、伝説の相撲取りが実在した。雷電である。その雷電の一生を、呆れるほど濃密な筆遣いで描いた小説である。ようやく読めた。なにしろ小学館文庫。本屋があるたび立ち寄って探すも見つからず、ジュンク堂にさえ置いてないものだから、これで八重洲ブックセンターになかったらアマゾンだなあと思ったら、ありましたよ、さすが八重洲ブックセンター。しかも文庫コーナーに平台。オレは嬉しくて思わず四股を踏みながらレジに向かったのだった。一読、とにかく凄い小説であった。うーん、凄いとしか言えないのだが。あまりの大男で怪力で、かつ知力に優れているため、在所にいては潰されてしまうと思った父親が「この子を生きさせてくれ」と願って、たった一人しかいない息子を相撲取りにさせる。そのときの別れのシーンは涙なしには読めなかったなあ。雷電、そのあまりの強さにしびれる。とにかく徹頭徹尾、庶民の味方で、疫病と圧政に苦しむ飢饉の村に出かけていっては四股を踏み、人々に力を与えてくれる。その場面の神々しいまでの力強さはどうだろう。もう一方の主役である町民の助五郎。幼少の頃に目黒の大火に遭い、家族を失い命からがら逃げていくシーンのスリリングなこと。もっとも雷電が何か民衆の力を束ねて上を倒すというような圧倒的なカタルシスはない。あくまでさみしく悲しく朽ち果てていく人生だ。それにしてもここに描かれている凄まじいまでの貧困、不条理。わずか200年前の東京の姿だったとは、とても信じられない。その事実にすら圧倒される筆運びである。数十ページにわたって出てくる会話文が一ヵ所だけ、つまりその間、延々と地の文が続くという小説なれど、ぐいぐいと引っ張っていく筆力は見事(一ヵ所誤植を見つけたオレも見事)。聞けば作者は連載や小文書きなどは一切やらず、小説の書き下ろしがすべてらしい。なんという一直線の剛速球の作家なのだ。この雷電の小説にしても6年がかりで、その間、一切他の作品は書いていない。ああ、それなのに小学館文庫。書店でコーナーを探すのさえ苦労する小学館文庫。これが新潮文庫なら売れ行きが何倍も違うだろうに。大丈夫か、この作者。ちゃんと食えているのか。ちゃんと食って、もっと書いてくれえ。そう願いつつ、オレは八重洲ブックセンターで仕入れた同じ作者の次の文庫本を手にするのだった。


2009.02.09
取材1。
久しぶりに神保町に行った。
ずいぶん変わっていた。昔は飲み屋がほとんどないことで知られていたのに、今ではあちらこちらにこじゃれた和食系の店が。駅からずっとださいアーケードがあったのに(好きだったのだが)、これもなくなっていた。
どうもここ数年、各地でアーケードが取り払われ、歩道橋が撤去されているように思うが、気のせいだろうか。なんとなく無駄遣いじゃないか、って気がしてくる。
大学出て就職した会社の一番の取引先が神保町にあったから、社会人駆け出しの頃は毎日のようにこの街にやってきていた。当時はファクスなどなかったから、人間ファクスとばかりに原稿を持って届けたりしていたのである。
本屋が多くて、楽器屋も多くて、神保町はいい街だ。一度はここに事務所を構えてみたかった。
もっとも夜が早くてすぐにさみしくなること、駐車場が少なくてクルマだと難儀することなど、全部が全部いいことばかりではないのだが。

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2009.02.08
原稿。
強い風が吹いて、近所の畑の土埃が舞い始めた。
こりゃあ、ぼちぼち春一番か。
春一番と言えばキャンディーズ。キャンディーズといえば、実は太田裕美がメンバーに入る予定だったというのはちょっとしたトリビア。結局太田裕美ではなくて田中スーに落ち着いたらしい。
太田裕美はキャンディーズ路線と音楽的に合わないし、田中スーはピンでやっていくにはやや難ありだし、お互いに入れ替わらなくて正解だったと思う。
というわけで、今日吹いた風は春一番でもなくて、単なる強い北風だったようだ。

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2009.02.07
朝から疲弊していて、本日、仕事は取りやめ。家でぐったり、ごろごろと過ごす。
でも、一応体は動かさないといけないから、午前、石神井公園まで散歩に行く。ポケットにはCDプレーヤー。完成したばかりの「毎日いちごをたべて暮らしましょう」を聴きながら歩くと1時間ちょっとだから、ウォーキングの友にはちょうどいいのだった。
都合のいいことに石神井公園まで行って一周して帰ってくると、時間的にもだいたい1時間。なかなかけっこうな散歩コースなのだ。
石神井公園では、早くも梅のつぼみが膨らんでいた。春だなあ。
夜、酔っぱらった目で薄ぼんやりとテレビを眺めたら、アリvs猪木戦をやっていた。そうだった、なぜだか決して再放送されることのなかったあの試合が、唐突にも放送されることになったのだった。
酔っぱらった頭で薄ぼんやりと考えながら眺める。
この試合、猪木の側の文脈から語られることがほとんどなのだけれど、アリ側に立って眺めると見えてくるものが一変することに気づくという、実に奥の深い試合なのだ。
猪木がアリの様々な脅迫にもめげずに勇敢に戦ったとされているけれど、実はアリがまんまと猪木の策略にはまってしまい、それでも逃げることなく堂々と闘ったというのが真相。実にアリの勇気やスポーツマンらしさがギリギリのところでこの試合を成立させていて、猪木はそれに乗っかっただけだった。
それにしても当時は退屈きわまりないと酷評されたこの試合。総合を見慣れた今となっては、これしかあり得ないという試合の流れだ。明らかに名勝負である。
当時の観客は、メディアも含め、本気で猪木のバックドロップやコブラツイストがアリを仕留めると思っていたのだろうなあ。
プロレスや格闘技を見るにも、リテラシーってものは重要なのだった。

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2009.02.06
取材5。
相撲にはなんの興味も関心もないのだが、今読んでいるむちゃくちゃ面白い本が、相撲を舞台にした小説なのである。
それを読みつつ、どうにも現在のモンゴル人の横綱はひどすぎるなあと思ってしまうのだった。
昔近所の小学校に土俵が完成して、そのお披露目の相撲に、あの貴乃花がやってきたのを見たことがある。先代じゃなくて兄弟げんかしたほうね。
冷やかしで見に行ったのだが、クルマで到着した貴乃花が姿を現した瞬間、場の空気が制圧され、その威厳に整然とした拍手がわき起こったものだった。
やっぱり横綱とは、単なる強さを越えたナニモノかを持っている神なのだろう。
それなのに今のモンゴル人は、卑しいったらありゃしなくて、土俵のガッツポーズなど、見てられないよなあ。相撲というのは神様に奉納する伝統行事だから、単に強ければいいという格闘技などと一緒にしてはならないのだ。
同じ意味でプロレスも、単に勝てばいいという格闘技とは違って、面白くなければ意味はないのだった。つまらない真剣勝負よりも、面白い出来レースのほうがオレは好きだが。

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2009.02.05
取材1、原稿。
居酒屋のランチ、けっこう好きである。
定番はショウガ焼きとサバ焼き定食だな。
今日は東京駅八重洲側の駅ビルの中にある居酒屋通りで、ショウガ焼き定食を食べた。なぜだかずっとショウガ焼きモードだったのだ、体が。
食ったものは、まあ、こんなもんだろという味だったが、接客がいただけなかったなあ。まあ、居酒屋の昼飯に文句をつけてもしょうがないが。ショウガ焼き。

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2009.02.04
レコーディングディレクション。
本日はお仕事としての音楽活動の日。オレのアレンジした2曲のボーカル収録である。
アレンジャーというのはスタジオの制圧者でなければならぬのだ。などと言い聞かせながら、麻布十番のスタジオに入る。
エンジニアはいつものイイジマ氏。どうもお世話になります。
早速、収録そっちのけで完成したばかりのCD「毎日いちごをたべて暮らしましょう」をスタジオにいる一同に配る。正しくは、押しつける。
遊びでつくったCDゆえ、ミックスの本職であるイイジマ氏に聴かれるのは非常にプレッシャーなのであるが、生来の厚顔ぶりを発揮し、素知らぬ顔で手渡す。今頃聴いて笑われてるのかなあ。とほほのほ。
収録そのものは順調。別にスタジオの制圧者になることもなく、単なるお調子者として仕事を終えたのだった。発表は6月号の雑誌。お楽しみに。
終了後、イイジマ氏としばし雑談。携帯音楽プレーヤーやイヤホンについて話を聞く。
どんなイヤホンがいいかという問いには、ソニーかパナソニックの3000円クラスで十分とのことであった。シュアーの3万円クラスはモニター用だから必要なかんべと。
ついでにノイズキャンセリング機能は、人によっては耐えられないから注意が必要らしい。
携帯音楽プレーヤーは、CDプレーヤーしか持ってない。買いたいけど、あまり必要性は感じないなあ。このままずるずると、いつまでも買わないですませるような気がする。
夜、サッカーを見る。フィンランド相手の親善試合。
相手のキーパー以下がまったくのザルで大笑い。こんな相手に大勝しても意味ねえべよ。
深夜、たまたまつけたテレビ埼玉で例の「水曜どうでしょう」をやっていた。
原付バイクでベトナムを南下するという意味不明の企画で、田園地帯をひたすらバイクで走るだけの番組。途中、原付バイクに門扉をくくりつけて走っているベトナム人のおじさんがいて、大爆笑。ベトナム、行ってみてえよーう。

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「よろずや平四郎活人剣」(上)(下)藤沢周平・文春文庫。浪人が食っていくためにもめ事仲裁業を始め、町の人々の様々な悩みを解決していく連作集。正直、あまり期待せずに読み始めたのだが、これが存外に面白かったのである。様々なもめ事を仲介する話が続くところに、主人公の友情物語や藩の政変と陰謀、さらには主人公の恋愛物語など、様々な要素が絡んできて物語は次第に多面的な顔を見せてくる。それを藤沢周平ならではの抜群のリーダビリティで読ませるのであった。文章はさすがに絶品。するすると入ってきて、それでいて心地よく酔わせてくれるリズムと表現である。


2009.02.03
原稿。
節分に太巻きをかじるなんていうアホみたいな風習がなぜ日本を席巻するようになったのか、ネットを一回りして調べてみたら、どうも80年代末に広島のセブンイレブンが仕掛けたのがきっかけらしい。
要はバレンタインのチョコと同じくマーケティングなのだな。
しょうがねえなあと思って昼前に近所の市場をのぞいたら、一角でおばちゃんたちが山盛りになっている。なんだなんだと思ったら、その恵方巻の特設ワゴン販売なのだった。
そそ、そんなに盛り上がっていたのか。ちょっと驚いたオレは、つい調子に乗ってこぶりの太巻きを四本買ってしまったのであった。
昼に園児全員が鬼のお面をかぶり、手には豆を持って一斉に園庭を走り回って投げつけあうという、日本の伝統行事をなんだと心得ているのだと呆れかえってしまうイベントを楽しんで帰ってきた娘と息子に、夜、窓を開け放って隣の畑に向かって思い切り豆を投げさせた。夜空に響き渡る「オニはそとー、フクはうち−」の幼い絶叫。
その後、それぞれの手に太巻きを持たせ、北東に向かって丸かじりさせたのであった。
考えてみれば子供っていうのはこういう理屈に合わないバカな行事が大好きだ。大喜びで恵方巻を口にくわえてむしゃむしゃ。ぺろりと平らげ、「あしたもえほうまき、たべたいなあ」とねだるのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊朝日」インフルエンザ対策の特集があって、その結論が"ゆっくり休養しましょう"というものだったから、八つ裂きにして壁に投げつけてやった。


2009.02.02
取材1、原稿。
朝7時台の西武線は、そりゃもうひどい混雑で、急行になど乗ろうものなら、終点までほとんど身動きできない。そんな状態で突如携帯のアラームが鳴ったときのオレの気持ちを察して欲しい。
しかも、ベルではなくて「水のたび」という歌である。毎朝7時からのNHK教育放送「シャキーン」でやってた今月の歌で、娘が大好きな歌だ。これなら娘もちゃんと目覚めるのではないかと思って、わざわざカネ払ってダウンロードまでしてアラームにしているのだ。
それが鳴り出して、しかも30秒の設定になっているから身動きできないままどうすることもできず、車内に響くまま放置して、やれやれやっと終わったと思ったら、さらに間の悪いことに5分のスヌーズ設定になっていて再び元気に鳴りだしたのであった。
まったく朝からえらいメにあってしまった。
夜、ヨメの自転車を借りてふらふらと街に繰り出す。
落ち着きのなさは生まれつきであって、小学校に上がるまでよくじいちゃんに叱られたものだったが、家の中にじっとしているのが苦痛なものだから、すぐにこうして飲み屋にいってしまう。
飲み屋にいっても、そんなわけで別に食いたいものがあるわけではなく、面白くもないので、ただ飲んで酔っぱらって、ちっ、つまんね、などと言いながら帰ってくるだけだ。なんと無駄な。
本日も同様。自転車の前籠には宮崎駿のインタビュー集を入れ、こんなもの読みながら飲んだら悪酔いしそうだなあと思いつつ、向かった先は石神井公園駅の反対側改札を出た先にある小さな居酒屋「タケシ」であった。
地元の有名ブログで評判の高い店である。オレも行くのは二度目。
確かに気がきいていて、おしぼりは「温かいのと冷たいのと、どちらがいいですか」と聞いてくれるし、帰りには「冷たいお水と熱いお茶と、荒汁と、どれをお持ちしましょうか」と言ってくれる。日本酒のメニューが豊富で、一度目も二度目も銘柄を指定せず、何か日本酒をくださいとだけ言って、つまみに合うものを選んで持ってきてもらう。
まるで「ワタシにぴったりのカクテルをつくってね」と、バーのカウンターでバーテンに薄笑いを向ける、丸の内あたりの中身の空っぽな三十路OLみたいだ、オレ。
本日出てきた酒は「貴」という山口の銘柄。これが、一口ずずっとすすって、いやあ、うめえうめえ。オレの好きな静岡の「国香」とは正反対のテイストなれど、実にさっぱりして、後からくくーっと日本酒が効いてくる、これはこれでとてもうまい酒であった。きっとオレはグルメライターには向いてない。
まあ、こうして一人カウンターで酒を飲みつつ、寒ブリの刺身をつまんで、特に面白くもなく帰ってきたのであった。「タケシ」、気がきく店だけど、高めだなあ。地元の小さな店で飲むという割には、ちょっと気軽な値段ではないぞ。たぶんお任せの酒が、けっこう高めの酒になっているのだろうけれど。
それはともかく、生来の落ち着きのなさを持つオレは、一人カウンターに座ってもすぐに飽きちゃって、1時間もしないうちに帰りたくなってしまうのであった。明日は節分。自転車で切る夜風が身に染みるぜ。

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2009.02.01
さて、新作CDがようやく完成しました。ふふふ。
今日は3時に起きて、まだ暗いうちから最後の調整。「夢のつづき」と「家路」のミックスをやり直し、7時半にパンを買いに行くときにクルマの中で最終チェックし、それでも納得できなかった「家路」をさらに調整し、10時にやっと終了。これ以上はもうきりがないということで、手放すことにしたのであった。
アルバムタイトルは「毎日いちごをたべて暮らしましょう。」。全27曲、69分の超大作であります。
いやあ、楽しいです、このCD。ってオレが断言してどうすると思うけど。
左がジャケット写真。クリックすると、オレの音楽サイト「ねりま丹後湯」に飛びます。その下のほうに新作として出ていて、詳しい紹介と、一部、音も聴くことができます。
もちろんご所望の方には、無料でも何枚でも進呈。なんという太っ腹だ、オレ様。
さあ、これから毎日発送作業であります。事前予約の方々、お楽しみにっ。

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2009.01.31
前夜の不可思議音楽集団のショックもさめやらぬ中、今日は、カンテレ友の会の総会に出かける。
なんですか〜、カンテレ。お答えしましょう、それはフィンランドの、ってしつこいオレであるが、このようなマイナーな楽器でも演奏する人は日本に70人もいるらしくて、オレはその70番目なのだが、そういう人が集まって日本カンテレ友の会という団体が昨年設立されたのだ。
そして物好きにもこの友の会にオレも参加しており、昨日、カンテレ奏者に貸したカンテレを引き取るためもあって、えっちらおっちら、総会の会場まで出かけたのであった。
総会の出席者は20名。
どういうわけか、たぶん寒いところが共通しているのだろうが、カンテレ奏者は札幌に多い。だもんで役員が札幌からわざわざ上京して総会が開かれた。札幌でやってもよかったのにねえ。
会の最後、これが本当の目的というわけで、カンテレの身にライブが開かれる。日本を代表するカンテレ奏者3人による30分間の演奏だ。
間近でその凄まじく棲んだ幻想的な音色を聴く。中に一曲、これまだすさまじく美しくて感動的な曲に巡りあう。「オーロラ」というオリジナル曲だ。
奏者がフィンランドにカンテレをならうために留学中、初めてオーロラを目撃したときの感動を曲にしたものだそうで、いやあ、凄い曲だ。
むちゃくちゃ美しい音楽で、オレは早速その曲の入ったCDを会場で購入したのだった。これだけでも総会に来た価値があったというもんだ。ああ、そうかい。
以前から持っていたカンテレCDの奏者とも挨拶できて、ファンです、サインしてください、とか言おうと思ったけど、恥ずかしくてできなかったオレであった。
帰り道、電車の中で藤沢周平を読む。頭の中は北欧のオーロラが美しく広がり、目は江戸時代のチャンバラ活劇を追いかける。なんなんだ〜。

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2009.01.30
原稿。
夜6時から、品川でのカンテレのワークショップに出かける。
なんですか〜、カンテレ。お答えしましょう、それはフィンランドの民俗楽器で、凄まじく美しい澄んだ音を出す、でもけっこう辛気くさい楽器です。
ネットでこの楽器を知ったオレは、なんとかして手に入れたいと思い、ネットで見つけたカンテレ奏者にメーで相談したところ、一面識もないのにその奏者がフィンランドに発注してくれ、1年以上もかかってやっと手に入れたということがあった。
その奏者が「札幌から上京してワークショップをするから、ちょっとカンテレを貸して欲しい」というので、カンテレ抱えて雨の中、出かけていったのである。
オレは、小さなライブハウスで演奏でもするのかと思ってたのよ。届けたついでにちょっと音が聴けたらいいなあ、と。
ところが行ってみたら、レインボーブリッジを見下ろす超高層マンションの32階にあるパーティールームが会場で、ここに20人ほどの老若男女がうろうろしている。
楽器も山ほど。カンテレにギターにチェロにウクレレにバイオリンに、なんだこりゃ不思議な格好の楽器(ニッケルハルバというスウェーデンの民俗楽器だそうだ)に、バイオリンなのに中央にギターのような穴が空いていてマンドリンの弦が張ってある楽器(自作の楽器でチューニングも適当らしい)、さらにはカエルのぬいぐるみをまとったシンセサイザー(ケロミンという電子楽器で秋葉原で買えるそうだ)と、わけわからんものばかり。
なななな、なんなんだ、この集会は。
呆然と突っ立っていたら、さあ、皆さん、演奏しましょうというかけ声があって、それらわけわからん楽器が一斉に音を出して、合奏を始めた。
そして、この合奏が、とんでもなく下手くそなのである。
なななななな、なんなんだよ〜。
ところがとんでもなく下手くそなのだが、よくよく聴いていると、音楽的には非常にしっかりしていることがわかる。例えば誰かが新しい曲を始めると、すぐに耳で音を取って、誰かがそれに合わせるのだ。しっかりした耳を持ってるわけで。
うーむうーむ、とオレは首をひねるばかり。
どうやらそれぞれに音楽的なバックボーンや仕事を持っている人ばかりが集まっているようで、「最近はフォークギターで神田川なんかを弾いてます」というおじさんは、実はピアノのアンサンブルメンバーだったし、チェロを始めて半年でようやく音を出せるようになったという女性は本職がユーフォニアだそうだし、例のバイオリンにギターの穴を空けたへんな楽器の奏者はバイオリン教師で、カエルのシンセサイザーはピアノの先生、中にはどんな民俗楽器でも即興で弾いてしまうという民俗楽器のプロがベトナムの楽器を持って演奏していたりもした。
という状況は次第にわかってきたのだが、ではいったいこの集団は何で、今日はいったい何をやっているんだか、ますます謎は深まるばかり。
回も終わりに近づいたところ、意を決したオレは、この超豪華マンションの住民で回の主催者であるという女性に、あの〜、ところでこの集まりは何なんでしょう、と質問したのであった。
答えは、皆さんミクシーのお仲間で、今日は新年会なんですかよ、という返事。
はあ〜っ? ミクシーの新年会?
さらに謎は深まったばかりで、結局最後までオレはわけわからん状態。首をかしげながら雨の中、品川駅港南口まで歩いて帰ったのだった。

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2009.01.29
取材1。
3時50分に起床し(は、はえ〜)、5時前の各駅停車に乗り、6時半に羽田空港に到着。7時15分発の飛行機に乗って、山形県は庄内空港まで行ったのだった。
山形は雪が積もっていたが、快晴。鳥海山が非常にきれいであった。
帰り、飛行機の本数が少ないこともあって空港で時間を持てあまし、仕方ないのでビールを飲む。中途半端だ。
羽田空港着19時20分。
飛行機の出張の何が面倒って、羽田までの行き帰りがわずらわしくてしょうがないのだ。えっちらおっちら、乗り継いで9時に地元駅まで帰ってくる。
中途半端な腹具合なので、トリヨシにちょっと立ち寄って飲む。まーったくろくなつまみのない店である。
10時半頃、家に帰る。ふう、やれやれ。
久しぶりの出張は疲れたわい。

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2009.01.28
取材1、原稿。
久しぶりにゆりかもめに乗った。豊洲から国際展示場までである。
荒涼とした湾岸地帯の景色は、やっぱりどことなく近未来的で、それでいて寒々しく、なんだか不思議な光景だ。
有明にかけてのこの一帯、かつては休日になると家族でよく遊びに来ていたなんて、今となっては信じられない思いである。

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「間宮兄弟」江國香織・小学館文庫。作者のお父さんには、かつてFM東京のロビーでインタビューしたことがある。"えぐに"と読むと記憶していたのけど"えくに"だったとはなあ。この本は、単行本で読もうと思って読み逃していた一冊。文庫化なってラッキーだった。30過ぎても一緒に暮らしている間宮兄弟の、不器用でいて、つい応援したくなる日々を描いた不思議な作品。


2009.01.27
そんなわけで息子のクラスは学級閉鎖になったのであるが、建前では家でおとなしくしてなければならないとはいうものの、風邪も引いていない暴れ盛りの7歳児にそれは酷というものであって、ごろごろさせるのも可哀想だから、オレが外に連れて行くことにした。幸い、オレもヒマだし(幸いか?)。 向かった先は、これが渋いぞ、市ヶ谷にある日本棋院だ。
そうである、囲碁の総本山である。
昨年暮れから囲碁に夢中になり、とうとう囲碁教室にまで入ってしまったという息子は、親が囲碁についてさっぱりなものだから、次第にフラストレーションを募らせている。もっとも朝っぱらから囲碁のルールを説明されるこっちの身にもなってもらいたいのだが。
そこで、以前から欲しいと言っていた詰め碁の本を探しに行くことにしたのだ。
電車を乗り継いで到着した日本棋院は、さすが囲碁の総本山というだけあって辛気くさい雰囲気である。しかも平日の午前。対局のために集まっている会員はじじい、ばばあばっかりで、小学生を連れたオレなんぞ場違いもいいところだった。
しかし、囲碁を打つために朝から市ヶ谷の会館にやってくるなんて、きっと麹町あたりに住む金持ちのじじばばなんだろうなあ。あまりうらやましくもないが。
目論見通り、息子はここで詰め碁の入門書を手に入れた。要は詰め将棋と同じようで、一人で遊べる問題集らしい。これでしばらくは囲碁の強制説明から逃れられるかも。
帰りにJR市ヶ谷の「みどりの窓口」に立ち寄った。ここで久々に呆れかえる経験をした。
朝、出がけにヨメと、息子にスイカを持たせるとどうなるのか、という話をしたのだ。スイカだと、大人も子供も関係なく料金を引かれるからソンじゃないのと言ったら、ヨメが「りさちゃんが子供用のを持ってたよ」という。へえ、子供用スイカ。そんなものがあるのか。
これはぜひ買ってみたいと思い、市ヶ谷駅に立ち寄った次第である。
「みどりの窓口」で、おっさんに子供用のスイカはどこで買えますか、と聞く。窓口のおっさん「ここで買えますよ」という。ならばくださいと言ったら、驚いたことにおっさん「では、年齢を証明できるものを見せてください。保険証とか」と言ったのだ。
げほほっ、年齢証明? なんのために? オレは息子を指差し、この子が使うんだけど、どう見ても子供でしょう、と言ったら、あくまでも規則だから年齢証明の書類を見せろと言い張るのだ、おっさん。
うーむ、「みどりの窓口」で切符を買うとき、一度も年齢を証明しろと言われたことはなかったし、自動販売機で息子がポケットから財布を出して自分で切符を買ったときも保険証を見せろとは言われなかったし、なんとも筋の通らない話だなあ。
子供の前ではあまり好戦的な態度にでないようにしているから、あっそ、じゃあいい、と引き下がったぞ、オレは。えらい、えっへん。
子供がいなかったら窓口で一騒動だな。まったくJR東日本は、だめだな。もうスイカ買ってやらない。PASMOに切替だ。って、PASMOも同じだったら面倒だなあ。

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2009.01.26
誕生日である。誰のって、オレのである。
息子は6時に目覚めて、おはようのかわりに「おとうさん、たんじょうびおめでとう」と祝いの言葉を述べてくれ、娘は朝からプレゼントとして絵を描いてくれた。
なのになのに、前夜激しく飲み過ぎて10年ぶりかというひどい二日酔いのオレは、空返事のまま布団をかぶってのたうち回っていたのであった。
昼過ぎ、いつもより早い時間に息子が学校から帰ってきた。
おろろ、父親が誕生日だからと先生に言って早引けしてきたか。そんなわけないか。
聞けば風邪でクラスの半分近くが休んだので、授業が切り上げになったのだという。お便りを見たら、案の定、明日から学級閉鎖。あららら。
先週半ばまで休みはゼロだったのに、週が明けたら一気に判断がダウンか。全部が全部インフルエンザとは限らないようだが、それにしても気をつけなければなあ。
学級閉鎖に乗じて、空いているであろうディズニーランドにでも行こうかと一瞬よこしまなことを考えたが、いやいや、不要不急の外出は控えねば、と心を改めたのだった。

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2009.01.25
練馬区は、都会の「練馬地区」と田舎の「石泉地区」に分けられていたが、ここに加わったのが団地の「光が丘地区」だ。
かつては広大な米軍住宅だった敷地に、今では巨大なマンション群が林立するその様は、見ていて圧倒される。
人工的に造られた街であるがゆえに植栽は整い、緑は豊かだ。商業施設や公共施設は、駅とともに一ヵ所に集積され、ワンストップで用事が済むように計画されているので、さぞや使い勝手がよかろうと思う。
もっとも、それゆえに昔からの一軒飲み屋の類がまったく見あたらないのは、オレなんかには物足りないのだが。
この街を訪れていつも思うのが、巨大マンション群からはき出されてくる人の多さである。とにかく人口密度がやたらと高いのだ。
休日ともなると商業施設周辺はとんでもない人出で、マクドナルドなど信じられないような行列ができていたりする。この人の多さを見ていると、ややや、ここは中国か、という錯覚に陥る。
かの国のように自転車も多いし、実際、駅前放置自転車では都内ワースト4位だし。
中国では人口が多いということがすべての価値観を決定しているように、光が丘でも先を争って人を省みないという空気があるのだろうか。
そうではないと思いたいが、どうも否定しきれないところが残念である。
もしかして近所の安売り市場が土日になると大勢の人で賑わって、しかも一気にとげとげしい雰囲気になるのも、光が丘から大挙して買い出しにやってくるからではないか。

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「坂崎幸之助とJ-POPフレンズ 3」自由国民社。加藤和彦ってやっぱり凄いミュージシャンだなあと改めて感心。心からリスペクトだ。


2009.01.24
ぼけっと一日、ミックスしたり、本を読んだりして過ごす。
ディズニーランドでも行こうかと考えていたものの、インフルエンザが本格的に流行り始めたようなので、不要不急の外出は避けたほうがよかろうと判断した。家でごろごろ。ま、それもよかろう。

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2009.01.23
原稿。
練馬区から健康診断を受けなさいという通知が来た。昨年暮れである。
まあ、オレも大台に乗ったし、毎年きちんと人間ドックには行き、かかりつけの医者では2ヵ月に一度血液検査をし、眼科医では3ヵ月に一度眼底検査をしているので、あらためて行く必要はないのだが、なにしろ金額がオプション入れて1100円と安く、これをやっておけば毎年春に受ける人間ドックは行かなくていいのでは、と思っていくことにしたのである。なにしろ民間のドッグは高いんだよねえ。5万ぐらいかかっちゃう。
その検査が今日の11時からというので行った。検査はいいのだけれど、11時からというのに前夜9時以降は何も食べても飲んでもいけないというのが、ちと辛い。約束を守れず、言いつけを聞かず、意志の弱いオレは、当然のように焼酎を飲んでいい気持ち。へへへーなどといいながら寝たのだった。
もっとも朝起きてからは、歯ブラシ以外は何も口に入れなかったから、50点は上げられるのではないか。オレ。
50点といえば、この区の検査も50点をあげよう。
民間の人間ドッグは2時間ぐらいかけて検査して、その後2時間ぐらい待たせて、それから医者の説明があって、とほぼ一日がかり。ところがここでは検査そのものはなんと30分で終了。終わったらとっとと帰っていいのだ。
だから、11時に始まって、終わって着替えて外に出たのが12時前。
いったい今まであちこちの総合病院で受けてきた人間ドッグは何だったんだと、しばし呆然である。その検査内容も、大きなところでは大差ないし(骨粗鬆症の検査や肺活量の検査がなかったくらいだ)、金額も大きく違う。うーむうーむ。
しかし、そうそううまい話ばかりがあるわけでなく、問診の医者が、なんだこのじじいと思ったほどやる気のないじじいで、どうせ区の医師会の割当でやってきたもんだから面倒くさくてしょうがないという態度が見え見えなのだった。
名前確認してきてここでさらせばよかったぜ、ちっ。
あと、検査する看護師も、人によって差はあるが、ホスピタリティまったくナシのおばはんが何人かいた。これは相当に不愉快であった。
まあ、そのへんを割り引いて50点というわけで、検査そのものはまったく問題なしだから、よろしいのではないか。
家からも近いし。バリウム飲んで胃の検査をしたあと、下剤を服用させられるのだが、やれやれ、早く終わってよかったわいと油断して駅前の本屋に寄ってしまったオレは、予想外に早く効き始めた下剤の威力に驚いてしまって、あわてふためき、内股になりつつ家まで急いで帰ったのだった。

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2009.01.22
前夜のことであるが、遅い時間にぼけっとテレビを観ていて、なんの気もなく5チャンネルに回したら埼玉テレビが流れていて、そこに映し出されたのが、なんとあの「水曜どうでしょう」だったのである。
今、さもカルト番組なら任せておけ的な態度で書いてしまったが、実は噂には聞いていたものの実際に「水曜どうでしょう」を目にしたのは初めてだった。
北海道ローカルで適当につくっていたら、そのいい加減さが実におかしくて次第にネットで評判になり、ついには深夜ローカルではあり得ない10何%という視聴率を稼ぎ出したという番組だ。
それがなんで埼玉テレビで? 
まったく理由はわからないが、ともかく、おお、これがあの! と喜んで、ヨメと二人で見始めたのである。
そして、これが実にくだらないというか、面白いというか。この回は、試験に出る石川県・富山県というテーマで、実際に輪島までロケに行き、そこで「い草の生産日本一は」「お茶の生産日本一は」というまったく関係ないクイズが出題されるというもの。なんなんだ、これは。
月山はアスピーデと呼ばれる盾状の火山ということを記憶するために、一晩かけて考えついた語呂合わせが「がっさーん! 立て、ジョー、遊びでねーんだ」という腰砕けで、オレはひっくり返って全身けいれんの目にあってしまった。
いったいなんなんだ、この番組。当然、再放送というかビデオを流しているのだろうが、ああ、また見たいなあ。

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2009.01.21
取材1、打ち合わせ1、原稿。
大事なメールを見落として危うく取材をすっぽかしそうになったり、別件の取材仕事がダブルブッキングでキャンセルになったり。
どうも今日という日は、段取り仕事がことごとくうまくいかなかった。
こういう日もあるのか。酒飲んでもう寝よ。

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「人間の檻」藤沢周平・講談社文庫。若い牢医を主人公にしたシリーズの最終巻。最後は、早くこれを終わりたかったのかなあ。どうにも展開を急いで、そそくさと店じまいしたかのような感じがした。


2009.01.20
原稿。
荒川マラソンと東京マラソン、2週連続して2つのフルマラソンを走る予定といういさわしは、先日、練習のために42キロ走ったそうだ。
「終わってから仕事しましたよー」というから、うーむ、たいしたものである。
それに触発されたわけではないが、オレも最近あまり運動していないから、特に昨日は一日中こもってミックスしていたから、今日はちょっと汗をかくぐらい歩いてみようと思ったのである。
行き先は、以前から行ってみたいと思っていた新倉あたりの荒川河川敷。外環道で走るたび、広々とした河川敷と、そこに点在する未来都市チックな鉄パイプむき出しのプラント群がなんとも魅力的に見えていたのである。
9時過ぎに家を出て、てくてくと歩き出す。
押し入れから久しぶりにポータブルのCDプレーヤーを引き出し、ミックスのチェックを兼ねて自分の音を聴きながらてくてく。なかなかに気持ちいい。
iPodに押され、最近はポータブルのCDプレーヤーもすっかりすたれて、いまだに販売しているのはソニーとパナソニックぐらいになってしまった。あとは輸入のパチもん。
iPod嫌いのオレは、こうして頑固にもCDプレーヤーを持ち歩くのである。mp3はへたれだし。
しかし、最近の大容量時代ではmp3にしなくてもそのまま聴けるはず。となると、そろそろ買い時かも。
実は意外なことに、フォーマットが同じならCDよりもハードディスクで聴くほうが音質は遙かに良いのである。だから大容量HDDで聴くのは大正解。
でもiPodはやっぱりイヤだから、ソニーのHDDのウォークマンでもそろそろ買うかなあと、CDプレーヤーを突っ込んだポケットの重みを感じながら考えたのだった。
目白通りから、外環道に沿った脇道に入る。住所で言うと大泉町。実はこのへん、初めて来たときは東京にこんな町があるなんてとびっくりしたのだった。
一部でガラパゴスと称されるほど、自然が残っていてとっても穏やか。のんびり暮らすというより、ぼけっと暮らすというほうがしっくり来そうな雰囲気の場所なのだ。
外環道に沿っててくてく歩いて、あっという間に埼玉県。徒歩で埼玉に行けるところに住んでいるオレは東京都民。
やがて東上線の和光市駅に到着だ。近いものである。ここまで5キロちょっと。マラソンなら15分。徒歩でも1時間。
目的地まではあと3キロだ。地図も持っていないので、勘を頼りに、外環道に沿って歩く。和光市の古い住宅街をきょろきょろ、物珍しく見ながら歩いていって、やがて荒廃とした河原の風景が見えてきた。荒川河川敷である。
聴いていたCDはとっくに終わってしまったので、なんの脈絡もなく、吉田拓郎の「イメージの詩」をぼそぼそと歌いながら歩いた。
外環道に沿った道をそのまま登っていったら、荒川にかかる巨大な橋の上に出た。どうだよ、なんとも寒々しい荒果てたこの光景は。1月、真冬の寒風吹きすさぶ河川敷の、なんとも心揺さぶる光景なのだった。ここまで家から8キロ。また来ようっと。
さて、帰るか。
となったところで、近くに駅もなければバスも走っていない。仕方なく、引き返して和光市駅を目指す。途中、住宅街にふらふらと寄り道して、広いキャベツ畑などを眺めて、なんだ、オレの実家のあたりと変わらないなあ、などとつぶやく。
ずいぶんと遠回りして和光市駅に到着。トータルで10キロ。ウォーキングとしてちょうどいい距離だな。
そのまま歩いて帰ってもいいんだが、昼にはちょっと予定があるし。駅前を見たら、ちょうどタイミングよく地元まで行くバスがロータリーに停まっていた。西武バスである。
よしよし、西武バス、グッジョブ。
ところがこのバス、あと10歩で入り口にたどり着くというところでいきなり発車しやがった。確実にオレの姿が見えていたはずであるのに、とんでもないバスである。
逃げ去るようなバスの後ろ姿に向かって中指を立ててやったが、西武バス、とても悪い奴だ。
しょうがなく、駅前の本屋で出たばかりの「新潮45」を買い、電車に乗って隣の成増駅へ移動。南口から地元行きのバスに乗った。今度は国際興業のバスである。
国際興業、グッジョブ。
平日日中のバスは、当然高齢者ばかり。オレが運転手の次に若い。
と、オレの地元が近づいてきたら、かなり高齢の夫婦がよろよろと乗り込んできた。後ろのほうの席が空いているのに、よろよろすぎてそこまでたどり着けず、オレの目の前で手すりにつかまるのが精一杯。
当然、オレは立ち上がり「次で降りますから」と夫婦を座らせたのだった。
オレ、グッジョブ。
言葉通り本当に次がオレの降りるバス停で、ついでにそこは娘の通う幼稚園の前のバス停で、ステップを降りるオレの背中に向かって、座席からおじいちゃんが「ありがとー」と大声で礼を言ってくれたのだった。ああ、いいことをすると気持ちがいいなあ。
夜、日本対イエメンの試合を見る。子供には、イケメンばかりがそろったイケメンという国だぞ、と教えてやる。
田中達也がすごいキレだ。ちょっとびっくり。こいつと玉田は外せないなあ。1点取ったところで見るのをやめてしまった。ところがあんなへぼチームによもやの同点、危うく引き分けに持ち込まれそうだったと後で知って、ずっこける。ひどいもんだ。
深夜、いさわしから新しいCDのジャケットデザインが届く。おお、なかなか可愛らしいではないか。
いさわし、グッジョブ。
酔っぱらった手で早速製本し、CDケースに収めてみる。そのまま階段を駆け下りて、布団の中のヨメを起こし、見ろ見ろ、できたぞ、と目の前に突きつける。
まぶたをこすりつつ、ヨメ、寝ながらCDを掲げて見て、よかったね〜と笑うのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「新潮45」マツコ・デラックスのエッセイが面白い。


2009.01.19
昨日録音したボーカルを、本日ミックスダウン。
最近はミックス作業が面白くなってきた。おかげで、今日も朝から一日中やって終わったのが6時。夜になって気に入らないところをやり直したので、結局12時過ぎまでかかる。
それでも、日が経つとまた手を入れたくなると思うのだ。
これはたぶん、タコはタコなりにいろんな知識がついてきて、もちろんそれは微々たるものであるのだが、ミックス一つでもあれやこれや試行錯誤するようになったからであろう。なかなか偉いぞ、ボクちゃん。
こうして新作のCDの収録はほとんど終了し、あとは親分の一曲を残すのみ。と思ってたら、歌手のいさわしから「歌い直したいっす」というメールが来て、おお、そうかそうか、何度でも付き合うぞ。
いずれにせよ新作CDの完成は間近。タイトルは「毎日いちごをたべて暮らしましょう」である。そろそろプロモーション活動も始めよう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.01.18
うちからクルマで5分ほどの場所に最近開拓したのが、インド料理&中華レストランである。
地元のブログでちらっと話題にはなっていたので、探検してみたのだ。行ってびっくり、店の看板には本当にインド料理&中華レストランと大書してあるし、中に入れば厨房ではインド人と中国人が仲よく並んで料理している。
ここにぜひパキスタン人を入れてみたいという誘惑を抑えるのに苦労してしまった。
席についてメニューを広げると、おお、本当にインド料理と中華料理の2種類のメニューが出てくる。一緒に行ったいさわしが「迷うなあ、ここ、こりゃあ迷うなあ」と何度も唸ったほどだ。
確かにどちらも魅力的で、久しぶりにナンも食いたいし、しかしチャーシュー麺も魅力的だし、やっぱり餃子は外せないし、うーむうーむと呻吟してしまう。
結局、子供たちはインド料理の子供セット、えりずとヨメはチキンカレーにナン、いさわしとオレは男らしく中華で勝負となったのであった。
しかしサイドメニューで餃子とワンタンを頼んだものだから、カレー組の人には「どうぞどうぞ」と餃子をすすめ、カレーの人はお返しにサフランライスを分けてくれる。結果、インドカレーを食いながら餃子も食うというグローバルというか印中友好使節団の晩餐になってしまったのだった。
そんな我々の目に飛び込んできたのが、壁に貼ってあった「新麻婆豆腐500円」の紙。ななな、なんだ、新麻婆豆腐って。
ひょっとしたらカレー味の麻婆豆腐ではないかなど、いろいろ議論したものの、正体は不明。これは次回ぜひ頼んでみなければ、ということになったのであった。
しかし日曜の12時過ぎ、すぐ近くには巨大団地群、しかも駐車場完備なのに店内はガラガラ。こりゃあ長くはないなと思わせるに十分な空き具合である。
早めにいって「新麻婆豆腐」の正体を確かめねばならないだろう。
午後、レコーディングは順調に進む。「私のお花畑」はアメージングな仕上がりとなった。難曲「家路」は、いさわし、驚異の24テイク。その中から21テイクと23テイクを使うことに決定したのだった。
昼がインド・中国だったので、夜は沖縄料理。いさわしと乾杯しつつ、浅田真央と浅尾美和の二人がいて、なぜお父さんたちはみんな浅尾美和が好きなのかという議論を重ねるうちにボトルでとった泡盛はぐんぐんなくなり、結局二人でまるまる1本空けてしまったのだった。
ああ、おいしかった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.01.17
うっしゃあと一念発起、来るCUBASEのメジャーバージョンアップに備え、ver.4を使えるよう挑戦したのだった。なにしろこのまま行けば、ver5の時代にver3を使うという、二世代も前の男になってしまうからなあ。オレも本気である。
本気なのはいいとしても、しかし結果の伴わないところがダメのダメたる所以で、なんとかオーディオデータは読むようになったものの、MIDIが使えない。
しかも動きが異常に遅い。重すぎる。
結局本日も断念したのだった。とほほ。
失意のまま、夜、NHKのBSを妻に命じてつけさせる。実はオレではBSをつけることができない。操作がわかんなくて。
何が見たかったかというと、フォークの大特集だ。画面に大写しになった司会者は、げほほっ、谷村なんたらという昴のおっさんと、ばんば某といういちご白書のおっさんだ。げほほっ。
いちご白書をもう一度というユーミンの歌は、映画のいちご白書を題材としたものだが、実はオレは中学時代、近所のノブオと一緒に田舎のボロ映画館で「いちご白書」を見た記憶がある。
アメリカの学生運動を通じて描き出す社会や人生という映画で、それがわかったのはもちろん大人になってからで、頭の中には食い物と女の子のことしかない田舎の中学生がそんな映画を見て何をどうしようとしたのか、まったく不明である。
それでも最後のデモシーンのストップモーションだけは今も克明に覚えているのは、それなりに感じるものがあったのだろうなあ。
帰り道、ノブオと一緒に「へんてこな歌だったなあ」と言いながら主題歌を鼻歌でふんふんなぞったのを覚えている。今思えば、ジョニ・ミッチェルの名曲「サークルゲーム」だったではないか。
てなことはともかく、フォークの特集である。
谷村もばんばも、昔はよかったというコメントのオンパレードでいささかうんざり。団塊の世代にしゃべらせるから、こうなってしまうのだ。
もっとも歌に関して言えば、昨日読んだ「ヒットメーカーの寿命」という本に「現代の歌は、私は私が大好き、というものばっかり」という指摘は実に鋭い。だからとことん遠心力を失ってしまったのだろうなあ。
番組の冒頭、ケメが出たらしい。うう、見逃した。ケメ。佐藤公彦。アイドル並みのルックスで大人気だったフォークシンガーだ。60近辺になってどんなじじいになったのか、ぜひ見たかったのに残念である。
あのねのねが登場。実は今でも二人とも現役だということで、びっくりしてひっくり返る。「赤とんぼの唄」に続いて「魚屋のおっさつんの唄」。魚屋のおっさんが屁をこいた、ブリッ。魚屋のおっさんが驚いた、ぎょっ。ひっくり返ったまま、大笑い。最高だなあ。
井上陽水の「少年時代」のライブ映像が流れる。ああ、本当にこの人はいい声をしているなあ。いつまでも聴いていたいボーカルって、こういう声のことだろう。問題は、ルックスだ。お願いだ、テレビに出ても声だけにしてくれえ。
吉田拓郎の大昔のライブが流れる。マークUに、おお、なんという隙間曲、高円寺だ。今聴くと、よくもまあ、こんな適当なやっつけソングを歌ったものだ。感心感心。
最後、一番リクエストが多かったという曲が発表されて、それが浜田省吾の土曜日がどうしたこうしたという辛気くさい歌。受け取って欲しい〜この指輪を〜って、気持ち悪くて誰も受け取らないって、そんなもん。ストーカーの歌だな。
などと悪態をつきながら見終わって、ああ、面白かった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.01.16
ヤマハからメールが来て、CUBASEがバージョンアップして5になるということであった。
ななななな、なんという。
実はワタクシ、いまだにCUBASEの3を使っていて、一応4にアップグレードしたものの、うまく設定ができなくて音が出なくなったものだから4はやめて、相変わらず3を使い続けているのです。
いつかちゃんと4を使えるようになっておかないとマズイなあと思っていたのに、思い続けていたのに、思うだけで何もしなかったのに、とうとう5が出てしまうなんて。
あうううう。
でも、一応アップグレードしちゃうんだろうなあ。安いし。
楽譜を書くのに使っているスコアメーカーもすでに旧世代だし、音源そのものも旧世代だし。どんどん取り残されて行くではないか。
ちょっと本気で焦っている丹後湯であった。システムの再構築、そろそろちゃんとやらねばなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」
「おすすめ文庫王国」本の雑誌増刊。いろんな文庫本を読みたいなあ。新刊を追いかけるのではなくて、読み逃していた名作を丁寧に読んでいきたいなあ。
「パクリ・盗作 スキャンダル事件史」別冊宝島編集部・宝島文庫。などと言うそばから、こんな文庫を買ってうっしっしと読んでいるワタクシでありました。Jポップはパクリの宝庫。
「この世でいちばん大事な「カネ」の話」西原理恵子・理論社。マンガではなくて活字。自伝的なエッセイである。自らの凄まじい貧困体験を振り返りながら、カネが大事という価値観を抱くに至る過程を語る。実に鋭い説得力のある本で、ここで語られていることはとても大切かつ真実なことなのだ。90分もかからずに読破できる。一読、おすすめ。
「ヒットメーカーの寿命」高澤秀次・東洋経済新報社。阿久悠を素材に彼の生きた時代を俯瞰しつつ、現代において喪失されたものをあぶり出すという複雑な構造を持った評論である。ここでは今まで誰も語ることのなかった阿久悠の"限界"と"失敗"そして"衰退"を残酷にえぐり出している。それは確かに慧眼だ。てなことはともかくとして、超大傑作である『ざんげの値打ちもない』に幻の4番があったという事実には驚いた。この4番がまた凄まじい詞で、そりゃ幻にもなるだろうて、と深くうなずいたオレであった。


2009.01.15
原稿。
シティ・ポップというジャンルがあって、これはもちろんオレの後輩にして音楽ライター&DJのドバシくんの専門領域なのだが、大瀧詠一や山下達郎あたりを頂点とするあの種類の音楽のことだ。
ルーツというか、根っ子は当然はっぴいえんどにある。好きだったなあ、キャラメルママからティンパンアレー。
東京生まれのミュージシャンによる、東京に住んでいる人のための音楽であるためか、なんかオレの場合は、このジャンルと微妙にずれたままきているような気がする。
もちろん「LONG VACATION」は当然持っているけど、でも、山下達郎はベスト盤しか持っていないし、どっちも本気でのめり込んだことはないなあ。
今でも我ながら不思議なのだが、あれは高校の2年だか3年の時。五輪真弓が「少女」で、荒井由実が「12月の雨」でそれぞれ世の中に認知されだしたとき、田舎の高校生だったオレは、そのどっちを聴くかをしばらく迷って、五輪真弓を選んだのだった。
今なら当然両方聴けばいいじゃんということになるのだが、あの当時の高校生にとってはLPなんて月に1枚も変えない贅沢品で、あとはラジオの深夜放送に頼るしかなかったから、とりあえずファーストチョイスはどれにするか、自分の中ではっきりさせておかなくてはならなかったのである。
では、なぜオレは五輪真弓だったのだろう。
五輪のほうがフォークっぽいという理由(イメージ)が一つと、やっぱり荒井由実は田舎の高校生にとってはあまりにしゃれていたというのも否定できないと思う。都会的というか、ポップすぎるというか、かぐや姫やら拓郎やらがメインストリームだった田舎高校で荒井由実はやっぱり手を出しづらかった。
セブンスを多用したしゃれたメロディー、ジャジーなテンションコード、華麗な転調に次ぐ転調。そういったものは、やっぱり敷居が高かったのである。
それに加えて、荒井由美はたぶんヒットを連発してメジャーになっていくだろうから、そうしたものに反発したがる年頃だったというのもある。
もしあのとき、荒井由実を聴くようになっていれば、例えば「返事はいらない」とかに耳がなじんで、オレの音楽センスも今とはまったく比べられないくらい洗練されたものになっていたかもしれないということは否定できないような気もしないではないということも遠慮がちながら考えられるわけで。
そんなわけで、そこを分岐点にシティポップとは微妙にずれたまま来てしまったようである。
シティポップが大きなウェーブになった頃にはちょうど社会人になりたてで、音楽どころではなかったし、せいぜいが「ひょうきん族」のエンディングでEPOを聴くぐらいだった。
もっとも就職して6年か7年たったころ、ラジオから流れてきた音楽に条件反射的にしびれてしまい、盲目的にレコードを買ってしまったことがある。ピチカートファイブのデビュー曲だった。
ピチカートは、以来、なんとなくずっと好きだったなあ。ただ、シティポップには結局どっぷり浸かることはなかったと思う。今に至るも。
だからオレは、恥ずかしいことにブレッド&バターを知らないし、斉藤和義も知らない。もっとたくさん聴きたいと思うのだが、つい耳になじんだ自分の心地よい音楽ばかり流してしまう。
いい音楽が聴きたいなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」
「ジャパニーズ・シティ・ポップ」木村ユタカ・シンコーミュージック。というようなことをこの本を読みながら考えたのだった。村井邦彦が大きく紹介されているのが嬉しくて、CD欲しくなった。


2009.01.14
取材1。
六本木一丁目に行く。
来るたびに思うが、ここの変貌ぶりは凄い。泉ガーデンヒルズができて、まったく別の街になってしまった。
泉ヒルズは、六本木ヒルズや東京ミッドタウンに比べると遙かに落ち着いていて、品もあり、いい場所だと思う。六本木ヒルズの嘘くささ、ミッドタウンの脱力するほどの無駄なつくりから比べれば、遙かにいい場所だ。
それにしても、一帯の超高級マンションの間を縫うように歩くと、それらのマンションのエントランスには少なからぬ数の自転車が置かれている。それもママチャリだ。
こんな超高級マンションに住んでいるおばちゃんたちでも、自転車に乗って恵比寿あたりまで買い物に行くのか。ちょっと不思議。
だいたいこのあたりは坂道が異常に多くて、自転車ではかえって難儀するだろう。
はっ。ということは、要するに買い物のためではなく運動のための自転車というわけか。
なんだか納得できたような、そうでないような。
帰り、その泉ガーデンの書店に立ち寄る。藤沢周平の文庫本の続編を買うためだ。
ところがまるで見あたらなかった。おいおい、石神井公園の本屋でもきっちりそろってるぞ。
結局、珍しい音楽関係の本を買って帰ったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「愛憎の檻」藤沢周平・講談社文庫。牢医シリーズの3作目。相変わらずうまいなあ。プロット自体はたいしたことないのだが、それをぐんぐん読ませる文章力。さすがである。


2009.01.13
打ち合わせ1。
3月から4月、つまり卒業式から入学式にかけての季節が大好きだ。風は冷たくても太陽は確実に暖かさを増し、世の中の雰囲気もとせことなくぬるくなってくる。
実家で過ごした時代の、あの春の頃を思い出すのだ。
今日は1月の半ばというのに、ちょうどそんな空気が東京には漂っていた。とっても春らしかった。
ところが夕方になったら急に気温が下がって一気に真冬。ぶるぶる。
こんなに寒くても魚せいへ行ってしまったオレは、帰り道、気をつけなければなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「SPA!」


2009.01.12
男の子の例外に漏れず、息子も工作好きである。
今日、書店に連れて行ったら学研の科学の本を欲しがったので買ってあげた。音の反応するセンサーのついたUFOロボットが付録である。
2200円。たたた、たっけー。
ところが家に帰って組立始めた息子が「ぶひんがないよー」と騒ぎ始める。
部品? よーく探せ、ちゃーんと探せ。
だが「ないない」とうるさい。仕方なく見てやったら、ありゃりゃ、乾電池の接触金具が欠けている、明らかな不良品であった。
こりゃだめだ。
レシートを取り出し、書店に電話して事情を話し、交換してくれるように頼む。書店はいい人で「では、お取り置きしておきますので」という返事だった。まあ、版元に返品するから書店はちっとも損しないわけだが。
息子をクルマに乗せて、ショッピングセンター内にあるその書店に向かい、無事交換してもらう。ついでだからと、同じフロアにあるおもちゃ屋をのぞいてみる。
でも、今時ってプラモデルって置いてないのね。もう昔のように男の子たちはプラモデルづくりをしなくなったのかしら。
それともプラモはプラモでかなり専門化してしまったのかね。こんなスーパーのおもちゃ屋なんかにはもう置けない程度に。よくわからんなあ。
ここのところ息子は、クルマがなぜ動くのかということに関心が向いていて、本日、その原理を自ら発見したらしく、口から泡を飛ばしながらオレに説明していた。だが、オレには息子のその理論がまったく理解できなかった。
いったい息子の頭の中では、クルマはどんな仕組みで動いているのだろう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「文藝春秋」特集が"秋篠宮が天皇になる日"という刺激的なタイトルで、ああ、ついにそういう領域まで話題としては踏み込むようになったのかと驚く。でも、今の皇太子が皇籍離脱するとかいう話ではなくて、今の皇太子が天皇になったら次の皇位継承者がその弟である、ということから来たタイトルなのだった。特集記事も、やや期待はずれ。ところがもう一つの特集、昭和天皇が亡くなったときのことを振り返る連載は、さすが佐野慎一、実に興味深い内容だった。昭和天皇がいかに驚異的な粘りでもって自らの臨終を迎えたのか、その瞬間の病室の様相などが、息を呑むような迫真病者で描かれている。しばらく連載されるらしい。この記事を読むためだけでも、文藝春秋、買いである。


2009.01.11
オレの住む石神井公園という駅には、その名の通りの公園がある。広大な、というより野趣たっぷりの公園だ。
どうやら大昔は国立大学の教授どもの避暑地として知られていたらしく、公園の周囲はうひゃあと見上げるような豪邸ばかりが建ち並ぶ。
対して駅の反対側、オレの住む北口は、昔からの農家がいまだに畑をやってたりして、うへえとのけぞるような広い土地が広がっている。
この石神井公園には大きな池があるのだが、なんとこの池に昨日、白鳥が飛んできたらしい。23区なのにここはいったいどういう田舎だよ。
朝のニュースでも取り上げられたそうだ。地元がニュースに出たということがネットで話題になるってのも、どういう田舎なのだ。
この池では貸しボート屋が営業していて、愉快なことにこのボート屋、白鳥が優雅に羽を休めているというのにいつも通り営業を始めてしまったそうだ。
さらに愉快なことに、このボートに乗ったバカが2艘、たおやかに池の上をすべる白鳥を左右から挟み撃ちにしようとしたらしい。
当然、この大笑いの仕打ちによって白鳥はたちまちどこかと遠くへと逃げ去ってしまったそうな。
いやはや。
てな事件とは関係なく、今年も東京・銀座の某ホテルで新年会が開催されたのであった。何の新年会かというと、丹後家親戚一同が介しての賀詞交換会である。
もう何十年続いているんだ、これ。よく続くなあ。
今年もみんな元気に、同じ顔がそろったのである。ちっちゃい子は我が家の2人だけで、親戚中からお年玉をせしめ、それを当然のように親が取り上げるのであった。
お年玉のボーダーライン上にあるのが高校2年生のユーイチローであって、わざわざ新潟から本家を代表してやって来たかいがあったか、目論見通りに親戚各位からの集金に成功。
ちょうど親が席を外していたのをいいことに、親に申告せずにポケットにしまい込んだまではよかったのだが、オレに目撃されたのが運の尽き、あっさり親に密告されてポチ袋を取り上げられてしまったのであった。
それにしても三連休の中日、口うるさいおっさん、おばはんが集まっての2時間など、若者には面白くもなんともないだろうに、横浜方面からは若い衆がにこにこしてやってきてくれたのである。
特に昨年秋に結婚して丹後家の一員となってしまった若いお嫁さん。こんな席には出づらいだろうに笑顔でやってきてくれて、ありがとね、来てくれて、退屈だったでしょと話しかけたオレに向かって「いいえー、楽しみにしてたんですよ」と答えてくれた。
嬉しい話だ。
新年会の後、我が家と弟、ユーイチローの6人は、せっかくだから学問の神様にお参りしようということになって、湯島天神に向かった。なんなんだ、湯島天神。行ったことないぞ。
どうせしょうもないせこい神社だろうと思ったらとんでもなくて、駅から延々と人の流れが続く盛況ぶり。当然周囲の駐車場はどこも満車で空き駐車場を見つけるまで30分もうろうろと走り回ったのであった。
やっとたどりついた湯島天神は、案の定の混雑ぶり。絵馬を見れば、合格合格合格とすべて合格祈願。これを全部かなえてくれるというのか、この神様は。どひゃー。
お賽銭を上げて、屋台で飴を買う。屋台のおばちゃん、400円の飴を300円にまけてくれた。
浮いた100円でおみくじを引く。息子は吉で娘が大吉。
大喜びの娘、大吉だから木に結ばないで持って帰るのだと、満面の笑みで胸を張るのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「毎週かあさん」西原理恵子・小学館。オビにでかく「パチもん」と記してある。つまり"毎日かあさん"のパチもんであると宣言している。パチもんもなにも、自作品ですがな。"毎日かあさん"のヒットに便乗して、書き捨てた1コマカットを集めて出版してしまえというあくどい企みらしい。それをネタにしているあたり、さすがサイバラ。この作家の一番の魅力はやっぱりこういう傍若無人なアナーキーさにあって、同じことを他の作家がやったら"悪ふざけはたいがいにしろ"と怒られるところ、サイバラの場合は"ちっ、サイバラだからしょうがないか"で済んでしまうのだった。


2009.01.10
大宮に鉄道博物館というのがあって、これがけっこうな人気らしいというので、新幹線で上京してくる弟と甥っ子を迎えに行ったついでに、オレの息子も入れて全員で見学に行ったのである。
男5人。やっぱり鉄道関係を見に行くのは、男がいいなあ。
もちろんたいして期待していったわけではない。暇つぶし、というか近場でついでに遊べるところはどこかと考えて、大宮近郊なら越谷のイオンレイクタウンか鉄道博物館と思いついた次第だ。
鉄道博物館までは、大宮駅からニューシャトルで1駅、3分。なのに180円。うむむ。
距離にして1.5キロだから普通に十分歩けるのだが、道に不案内だし、ニューシャトルも話の種の一つということで乗ったわけだ。
いい天気だけど北風が強い。ニューシャトルってのは、要するに2本のレールのモノレールみたいな乗り物で、ビルの合間を縫う高いところをよろよろと走る。北風が吹くと思い切りびびるような乗り物なのだ。
180円には、そのスリルを楽しむ分も入っているに違いない。
さて、到着した鉄道博物館という駅。直結で鉄道博物館がある。
知らなかったけれど、ここはPASMOを持っていれば電車に乗るのと同じ要領で入場できるのね。なるほど、さすが鉄道博物館。
入場して最初に向かった先が、実物の電車の展示コーナー。テレビなどで紹介されるときの定番コーナーだ。
足を運んだら、おお、あるある、機関車やら古い客車やら。全部実物。
その列車の間に足を進めたとき、遠くでオレを呼ぶような声がした。はっと目をやったら、おお、あの「とき」が遙か向こうでオレを招いているではないか。
いやあ、「とき」ですよ「とき」。
上越新幹線が開通する前、新潟と上野を4時間で結んでいた特急。確か1時間に1本運行されていて、L特急と呼ばれていた。
新潟・上野が4時間ということは、今、クルマで走るよりも遅かったわけだが、当時はこれで東京へ出て行くしかなかったのである。
そしてオレも、大学入学を控えて上京してきた18歳のオレも、この「とき」に乗って故郷を後にしたのであった。
駆け寄って「とき」の前に立ってみた。
嬉しいことに車内にも入れる。もちろん足を踏み入れて、シートに座ってみる。
並んで座った弟と「そうそう、こんな安っぽいシートだったなあ」と昔を懐かしむ。
外に出て再びぼけっと「とき」の顔を眺める。なんだか18歳の自分に会えたような、不思議なタイムスリップ気分だ。自然と胸が熱くなる。
32年前のオレは、いったい何を思ってこの列車に乗って東京に出てきたのだろうなあ。あの時は、まさか32年後も東京で暮らしているなんて、予想さえできなかったよなあ。
不安やら希望やら、いろんな思いを抱いて「とき」に乗っていた32年前の自分に向かって、心配しなくていいからとりあえず一生懸命楽しんで生きるんだぞ、と声をかけたくなったのだった。
この「とき」の実物を見るだけでも、鉄道博物館の価値はある。つーか、それだけだな。わははは。
外にはランチトレインというのが展示してあって、何かというと売店で駅弁を買ってきて座席に座って食べていいという場所だ。つまり居ながらにして、列車の中で駅弁が味わえるという。
おお、こりゃ面白い、どれどれ、みんなで駅弁を食おう。
そう盛り上がって楽しく駅弁を食ったのだが、途中、ふと冷静になってみれば動きもしない電車に座り、大宮郊外の冬の景色を眺めながら駅弁を食ったところで、それがどうしたってなもんだった。
うまいこと乗せられちまったよ。
巨大なジオラマを見る。いやあ、びっくりするような巨大さと精巧さ。
ここをいろんな電車が走り回っていて、ずっと眺めているだけで楽しい。もっともガラスに近づいて見ようとしたら、立ち止まるな、近づくな、早く行けというアナウンスが鬱陶しかったが。
それはともかく、鉄道博物館、けっこうお薦めである。鉄道好きじゃなくても、楽しめるぞ。
大人ほど、きっと浸ることができるに違いない。子ども向けには実にトレインやシミュレーターなどがあるようだが、こちらは混雑がひどかったので敬遠。平日に仕事をさぼって行ってみよう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.01.09
原稿。編曲。
薬師丸ひろ子の歌は本当にきれいだなあと、改めて感心する。さら・まさしのトリビュートは、先日やっと一通り聴き終えて、最後の落語のようなものがなかなかに面白かった。
最近では音楽関係でもちびっと売上が出るようになったので、また、人に紹介されるときに「アレンジャーのタンゴさん」と言われることも時々あるので、こういったCDとか楽器とか、必要経費で落ちるようになった。やれ、うれしや。
それにしても、アレンジャーと呼ばれると下を向いて済みませんと言いたくなってしまう。こんなインチキで下手くそなのに。
勉強しなくてはならないことが多いなあ。んとに。
それはともかく、本日は久しぶりに雨。ちょっと一息。
これだけ乾燥した日が続くと、湿気も欲しくなってくるから、雨はありがたい。特に我が家の隣の畑が乾きはじめてきて、いつ土埃が舞い出すかとびくびくしていたから、ある意味、恵みの雨なのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2009.01.08
取材2。
5時前に起きて5時半に家を出る。真っ暗だ。
でも、新聞はもう配達されているし、娘の幼稚園の先生はもう活動しているし、息子の学校の担任はおそらく家を出ているし、オレの弟も職場に向かっている。オレだけが特別に早いわけではないのだ。
それに電車ももういっぱい人が乗ってるし。
7時の新幹線で浜松。午前の取材を終えて、昼にお約束でウナギを食って、帰ってくる。
浜松駅前、ガード下には吉野家とうなぎ屋がならんで入っている。
鰻丼・並みが1980円。吉野家のブタ焼き肉定食が500円。
うーむ、明らかに吉野家のほうが旨そうで、しかも価格が4分の1。いったい、ウナギってのはどういうポジションの食い物なのだ。
そんなどうでもいいことはすぐに忘れて、帰りは「こだま」に乗る。呑気な乗り物だなあ。
指定席、通路をはさんで反対側に座ったお父さんが、車掌の改札で「これは自由席のきっぷですので、自由席に移動してください」と言われる。ところがお父さん「じゃあ、指定席代金、払います」とニコニコして答える。
が、自由席車両はすぐ隣、歩いて20メートル。車掌は「自由席、空いてますよ」と親切に教えるのだが、お父さんはあくまでニコニコと「いいです、指定席代金、払いますよ〜」と陽気だ。
首をひねりつつも、これ以上は無駄かと車掌は「では、700円です」と指定席料金を告げる。お父さん「はいはい、お願いします」と徹頭徹尾、嬉しそうに払うのだった。
変わった人もいるものだなあ。
家に帰って、夜、晩飯前に突然娘5歳が号泣する。
ななな、なんだ、どうした。どうなったんだ。
おろおろする父ちゃん・オレに向かってヨメが説明してくれたところによれば、テレビで流れたアンジェラなんとかの「手紙〜十五の君へ」という歌を聴いて感動して泣き出したらしい。
ほほう、そうか。
この娘は時々こういうとこがあるんだよなあ、感動して泣く、ということが。音楽を聴いて涙するなんて、なかなか素晴らしい感受性の持ち主ではないか。お父さんは嬉しいぞ。やはりこの子は音楽方面でナニモノかの可能性を持っているのかもしれん。
おー、よしよし。もう泣くなよ。
父ちゃんはあくまで甘いのであった。
音楽と言えば、本日アマゾンから届いたのが薬師丸ひろ子のベストアルバムだ。なんなんですか〜、薬師丸。
今ではすっかり三丁目のおばちゃんになってしまった薬師丸も、デビューしたときはあまりに鮮烈だった。そして、その少女が「セーラー服と機関銃」を歌って見せたときは、なんて上手なんだ、と日本中がびっくりしたのだった。
そんな薬師丸の一曲に「少しだけやさしく」という歌があって、これはわくわく動物ランドなんたらという番組のエンディングテーマだったらしく、オレはそんなテレビ番組は知らないのだが、とにかくこの「少しだけやさしく」をある曲のアレンジの参考にしようと思ったのだった。アレンジャーはかの井上鑑。通称、がんちゃん。
こういう時に便利なのがおなじみ、YouTube。
早速「少しだけやさしく」を検索してみたところ、おお、なんと、そのレコーディング風景を撮影した動画を見つける。歌っている薬師丸の後ろでスカしているのは、若き日のまちゅもと・隆だ。わははは。
この薬師丸の歌を聴いて、なんと、実に素晴らしく澄んだ声で、感情表現も見事で、ピッチはやや怪しいものの、凡百の歌手を越えるボーカルであることに改めて気がつく。うひゃー、すごいよ、この歌手、三丁目のおばちゃん。
あわてて服部克久編曲の「Wの悲劇」のライブ映像を見て、さらにその思いを強くし、こりゃあ、改めて薬師丸をちゃんと聴きたいなあと思ってベストアルバムを頼んだ次第である。
まーったくお手軽な世の中になったものだなあ。んとにありがたい。
そういやYouTubeを流していて久しぶりに聴いたのが、来生たかおの「浅い夢」という歌だ。彼のデビュー作。なんとも美しく、吐かない、ちゃーうっ、儚いバラードなんだろう。久々に聴いて、感動してしまったのだった。
ああ、酒が進むなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「週刊新潮」クリスマスイブに発覚した飯島愛の孤独死だが、発覚以来、ネットでは謀殺の噂でもちきりだった。デビ夫人のブログなど"わたくし、恐ろしい真相を知ってしまったのでございます"というノリ。新潮でもけっこう大きく取り上げているが、いまだ真相はやぶの中らしい。
「風雪の檻」藤沢周平・講談社文庫。シリーズ2作目。話はどれも小粒なのだが、さすが藤沢周平、短い中にも人間の心の奥底を見事に描いている。抑制のきいた筆運びで、普通ならここでもう一言加えたくなるのだが、というところをあえて書かずに済ませることで、かえって読むものの思いを深くさせる。それにしても最近は読みたい本が増えたなあ。今年は古典をなるべく多く読もうと考えているのだが、さて、どうか。


2009.01.07
原稿。
コンピュータに歌を歌わせることで日本中のオタクたちを驚喜させた「初音ミク」だが、その第3弾として今月末に「巡音ルカ」が発売されることになった。
コンセプトは"ムーディーかつハスキーな女声"らしい。だが、そのデモ版を聴いて思い切りずっこけた。ほとんどオカマなのである。とほほ。
もっともオタたちの反応は「可愛くない」「もっと面長に」「もっと釣り目に」「黒髪に」と、パッケージのイラストに向いているのがどうにもおかしい。
ところで初代の「初音ミク」だが、オタたちの習熟ぶりはなかなかに素晴らしく、見事な作品がネットでたくさん公開されている。
見ていて気がついたのだが、どうも一つの傾向として「初音ミク」を操る秋葉原オタたちが、同じオタということでかぶったのか、鉄道オタクとボーダレス化してきているのだ。その成果だろう、妙に鉄道ミクが多く見られるのである。
例えば、これだ。 「初音ミクがJRの発車音楽を歌ってみました」という作品だ。
これは、いやあ、素晴らしいっ。"ドアが閉まるよ〜"には大爆笑。
東京在住の人しかわからないと思うけれど、東京にいる人ならば説明不要の面白さ。もちろん鉄道ファンでなくても大爆笑である。
同じコンセプトでもう一つ出色なのが「初音ミクにドラえもんのうたで山手線の駅名を歌わせてみた」だ。
えーと、ドラえもんの歌の替え歌で山手線の駅名を初音ミクが歌うというひねった作品で、いやあ、楽しいぞう。特に"有楽町〜"のところなど、オレはモニターに向かって思わず拍手してしまったほどのできばえだ。
いやあ、「初音ミク」は楽しいなあ。
もっとも「初音ミク」に関しては、いさわしから個人的にオーダーされていることがあって、オレは勘弁してくれえと逃げ回っているところなのだった。これは自分で作るものではなくて、聴くだけにとどめておくものではないだろうか。そっちのが楽しいし。
というわけで、頭の中で「初音ミク」の電車の発車音楽がループしているまま、息子と娘をクルマに乗せて向かったのが、光が丘にあるNHK文化センターであった。
一体何か。
実はこのNHK文化センターには「こども囲碁塾」というものがあって、ちゃんと入門用のコースも用意されていて、そこに息子が通うことになったのである。
囲碁だよ、囲碁。
何の気まぐれか、クリスマスプレゼントに息子は囲碁のセットと解説本を要求したのであるが、驚くべきことに息子はその解説本を何度もむさぼるように読んで、それだけで囲碁のルールと戦術をマスターしてしまったのである。好きなことを目の前にしたときの子どもの集中力ってのは、すさまじいものだよ。
もちろんオレもヨメも囲碁など知らない。知らないが、息子にせがまれれば相手をしないわけにいかず、息子にルールを教わりながら黒い玉を打っているのだ。
だが、解説本を読み返すたびに上達し、新しい先方を覚えていく息子に、もはやオレは到底ついて行けず、今朝も食事を終えた8時過ぎから「では、いっきょく」と言う息子の囲碁の相手をさせられ、しかも息子の教えてくれることがちんぷんかんぷんで、こりゃダメだとギブアップ。囲碁教室で誰か相手を見つけてくれえと、こっちが音を上げたのだった。
もちろん息子は大喜び。「いくいく、うんうん」と、本日の申込みになった次第である。
申し込んだのは来週から始まる3ヵ月コース。月に2回、日曜の昼に90分ほどのコーチングがある。初回は所用で休みなので、25日からスタートの予定だ。
説明を聞いたら現在10人ほどの子どもが通っていて、下は6歳からで上は10歳だそうだ。ほほう、こりゃ都合がいいではないか。息子も存分に対局を楽しめるだろう。
その日に向けて、息子は解説本を読み返し、オレは朝っぱらからの対局から解放されるというわけだ。めでたしめでたし。
ところで囲碁っていうのは、なんだか頭がよくなりそうなイメージがあるけど、実際教育的には効果があるのだろうな。ロジカルな力が磨かれるとか。
変にはまってしまって、将来は囲碁で食う、などと言い出したらどうしよう。まあ、それもいいか。
それにしても、幼稚園時代の友達も小学生になって、それぞれサッカーやったり、バレエやったり、うちみたいに囲碁をやったりと、個性が出てきた。いろんな向き不向きを、これから自分で模索していくのだろう。
もっともオレの息子も、親に似て文化系の引きこもりというのではなく、ちゃんと毎週金曜日は区立の水泳教室に通ってプールで泳いでいる。
音楽的な方向になにごとか可能性を持っていると思われる娘は、地元のダンスサークルでダンスを踊り、週に一回はヤマハ音楽教室でキーボードを弾いたりしている。
娘の声を聴くと、どうもこやつの声はなかなかに心地よくて人を和ませる倍音たっぷりの声のようで、もしかしたらボーカリストに向いているのかも、と思うのであった。いーやっ、親ばかではないぞっ、オレ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.01.06
取材1、原稿。
本格的な仕事開始。
今年最初に会ったのはカメラマンのヨシダ氏。うーん、去年の暮れに「じゃ、また年明けに」と別れた通り、お互いに年明け一番でしたなあ。
今年もどうぞよろしく。
今年もいい酒を、いや、いい仕事をしましょう。お互いに。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」いつも惰性で読んでるけど、今年はもうやめようかなあ。「ビッグコミックオリジナル」こちらは学生時代から30年以上も一冊も欠かさずに読んでいる。こうなりゃとことんだな。
「春秋の檻」藤沢周平・講談社文庫。小伝馬町にあった牢屋で、囚人たちのために医療を行う男が主人公の連作。全部とは言わないが、相変わらずの切れ味で、人の世の虚しさみたいなものを描いている。藤沢周平って、もしかして人の"悪意"というものを描くのが上手なのかも。


2009.01.05
全国的に仕事始めのこの日、オレの最初の所用というのが免許の更新に税金納めというのだから、新年早々、がっくりである。
まず、免許の更新だ。
毎度のことながら、あれは国民に対する嫌がらせ以外の何ものでもないと思うのだがどうだろう。医者の免許でさえ一回取ったら一生ものだというのに、なんで自動車免許はこうも頻繁に更新しなくちゃならんのだろう。しかも、適性があろがなかろうが、手続きさえすれば誰でも更新されるのだから、更新のための更新になってしまっているのは明らかだよなあ。
内容もいい加減なもので、オレの場合、資力検査の途中で「はいはい、もういいですよ」と、何の根拠か、色盲検査がはしょられてしまった。手抜きだよなあ。
こんな手続きがなぜ存在するかというと、言うまでもなく利権の山だからである。
2004年1月5日の日記にもそのようなことを書いた。
ところでびっくりしたのが、隠れたベストセラーと言われる「安全運転のしおり」の奥付をどれどれと見てみたら、以前は書いてあった制作者が明記されてなかったことである。利権隠しなのかなあ。
まあ、繰り返すが免許の更新とは、国民に対する嫌がらせ以外の何ものでもない。だいたい芸能人とかヤクザとか政治家の秘書とかも、一緒に並んで手続きして、講習受けてつまらんビデオ見せられて、ということをやるのだろうか。絶対に違うな。裏があるに決まってる。
まあともかく、こんな場所にはそうそう足を運びたくないものだ。悔しいのはスピード違反がひっかかっちゃってゴールド免許から格下げされたこと。3年後にまた来なきゃならんのだ。きーっ。
がっくりと肩を落として免許試験場からバスに乗って武蔵小金井の駅まで行き、総武線・武蔵野線・西武線と乗り継いでようやく地元の駅に帰ってみれば、なんと朝家を出てから葯6時間。とほほ、一日仕事だよ、んとに。
その足で向かったのが、郵便局である。税金を納めるのだ。
なに、銀行でもいいのだが、気分が悪いだけなので、地元のしょぼい郵便局で癒されるほうがなんぼかいい。
納めたのは源泉徴収税7万5000円。新年早々、えらい出費である。この税金もまわりまわって意味のない交通行政に使われるのかと思うと、腹が立つぜい。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.01.04
基本的に正月休みは本日で終わりである。
今年の正月は暖かだったなあ。東京の話だが、しかし、実家の新潟でも、弟からのメールによれば雪がないらしい。全国的に暖冬だ。
この正月休みにオレは何をしていたかというと、何も生産的なことはしていなくて、次に出す新しいCDのアレンジとミキシングばかりしていたのだった。
CDったって物好きにも趣味で作ってるヤツだから、何も生産的ではないのである。
それでもごく一部の人が楽しみに待っていてくれてるので、張り切るのであった。
本日をもってして全部のアレンジが終了。25曲という大作となった。まあ、一曲あたりが短いのだけれど。
今月中旬に残っている曲の録音が済めば、ほどなくリリースできるだろう。関係者の皆さん、心して待たれよ。
今回はコンセプトも何もなく、ただ曲を集めただけなので、まあ、適当に気に入った歌をピックアップして聴いてくだされば嬉しいのであります。
1月26日がオレの誕生日なのでその日に間に合わせよう、などという気はまったくなくて、まあ、切りのいいところで2月1日というのはどうだろう。あるいは節分というのも。
先行予約受付中。特典なし。
関係者の皆さん、どうぞお楽しみに。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.01.03
お正月のお約束と言えば、箱根駅伝である。
かつてスポーツアナウンサーの晴れ舞台と言えば日本シリーズの巨人戦とされていたが、今はワールドカップの日本戦が最高舞台ではないか。
日本テレビにとっては、夏の24時間テレビと冬の箱根駅伝が局を上げてのお祭り騒ぎとなる。一方で巨人戦がもはやキラーコンテンツでもなんでもなくて、収益の足を引っ張るお荷物と化しているのが皮肉な時代の流れというやつだ。
それはともかく、正月2日の朝にテレビをつけると、大学の名前を大書したランナーが新春の東京を走る姿が見られ、他にろくな番組もなく、朝刊も配達されないということもあって、だいたい第二区間あたりまではついつい見てしまうのであった。
第二区間、凄かったですな。ダニエル君、20人抜き。そのためにあえて第一走者が遅く走るという、日テレの仕込みに違いないと確信させるような盛り上がりでありました。
もっと凄かったのが、我が家ではもずく君と呼ばれている黒人ランナーで、20人抜きのダニエル君を上回るタイムっていうんだから、こりゃ要するに21人抜きだろうと仰天したのであった。
そんな中、我々は凄いものを見てしまったのである。
なんと大勢のランナーに混じって見え隠れしているのが、昔懐かしいロゴマーク。
今、"見え隠れしている"と書いたが、実際は常に最後尾争いをしていたので"隠れ隠れ時々見え"ぐらいというのが本当であるのだが。
そのロゴマークは、なんと我らが母校、青山学院であった。うひゃあ。
青山学院、通称青学は、オレと妻の母校である。
よくもあんな学費の高い学校に行かせてくれたもんだと、自分が親になったときに初めて親の有り難みをしみじみと分からせてくれるという、そこにのみ最大の意味がある実に珍しい大学である。
そんな母校が駅伝をやっているなんて、いや、陸上部があることすら知らなかった。知っている人なんて、いたのか? たぶん卒業生100人中99.5人は知らないに違いない。
ともかくそんな母校の選手が走るというので、期待して、いや、期待なんかしないで第二区間まで見たのであるが、当然のように出場23校中、鉄板どころからコンクリートで23位になると決まっていると思っていたのに、なんと往路の結果が22位。
後がいたとは、びっくりである。城西大という大学らしいが、ここも卒業後に親の有り難みをわからせてくれるような大学なのだろうか。
そして、往路の結果にもびっくりしたが、もっと驚いたのが新聞に載ったコメントである。なんと「目標は末広がりの8位です」と口走っていたのだ。
ああ、なんという。
コンクリートの最下位候補がブービーになって、ついはしゃいでしまったのだろうか。
ここは「目標などおこがましい、ただ全力を尽くすのみです」というのがアマチュアスポーツのお約束だろうし、せめてミッション系らしく「神のみぞ知る」と答えるか、いっそヒールに徹して「青山にこんな山道はないですからね、ふふん」ととぼけて「厚木から相模原に流れた田舎ものが何を言うか」と突っ込まれてみせるとか、そういうセンスは見せられなかったのだろうか。
全国津々浦々に散らばっている卒業生が、等しくそう思って頭を抱えたに違いない。
1月らしからぬぽかぽか陽気で、いやあ、温暖化は助かるなあなどと口走ってはヨメにたしなめられつつ、埼玉との県境にある公園にクルマで向かう。凧揚げをするのだ。
樹林公園という名前の通り、木々がいっぱいのこの公園は大のお気に入りである。ここの広〜い芝生公園で息子と娘がそれぞれ凧を揚げる。周りも同じような凧揚げ小僧でいっぱいだ。
弱々しい風だが、それでも息子の連凧はするすると揚がり、娘のポケモン凧もひらひらと舞い上がって、雲一つない1月の青空を気持ちよく泳いだのだった。
正月三が日、青空の下で我が子と一緒に凧揚げをするような時がオレの人生にも来るとは、よもや思わなかった。うーむ、としばし感じ入る。あの凧のように、家族4人、ずっといつまでもふわふわと泳いでいたいものだ。って、何の例えだ、これは。
凧揚げをして娘とキャッチボールをし、息子とサッカーをして、ついでにジョギングコースを2周歩いて、いい気持ちになったところで帰りにSEIYUに寄った。
目的はCDショップ。日本語に訳して波という名前の店である。
さら・まさしという眼鏡で出っ歯でニワトリが首を絞められたような高音で歌う歌手のトリビュート盤が出て、それは知ってたけど、年賀状でサトコが「さら様のトリビュート盤でBEGINが"案山子"を歌っていて、それはそれは素晴らしい出来なのだけれど、あんたは知らないだろうなあ、ふふん」と鼻で笑って挑発してきたのだ。
知らないのもしゃくはしゃくなので、早速飼う、違った、買うことにしたのである。3000円。えらい出費だ。
さら・まさしトリビュートっても、原曲が知らない曲ばかりだから、比べようがありませんがな、などとつぶやいていたら、その日本語に訳すと波というCDショップの店頭でプロモーション中だったのが、ポーニョポーニョのDVD。大橋のぞみの振り付けが覚えられるという、紅白便乗企画商品である。
案の定、娘の目はプロモーション用のテレビに釘付けだ。
よく見れば、このVDVは大橋のぞみが大慌てで出したに違いないCDのおまけについてくるらしい。そのCDを手に取ったら、えーと、ハイジの「おしえて」が入っていて、「さんぽ」の入っているから、ちょっと聴いてみたいなと思ったのである。
でも、オレがポニョの振り付けDVD欲しさに買うと思われるのも心外なので、妻に"釣りはいらない、飴でも買いな"と5000円札を渡してこの大橋のぞみCDを買ってくるよう、頼んだのだ。
ところが日本語に訳すと波という名前のCD屋のレジに並んだヨメ、5分たっても10分たっても戻ってこない。いい加減あきれてどうなってんだと思って見に行ったら、ばばあがレジでなにやらやりとりしている。
ヨメに聞いたら「12月にクレジットカードで買ったCDを返品するというので、粘ってレジが止まっている」のだそうだ。なんとも呆れた話だ。しかもそのCDというのが綾小路きみまろとかいう芸人のCDだそうで、さらに呆れる。
まあ、ばばあも問題だが、一番問題は言うまでもなくこの日本語に訳すと波という名前のCD屋で、他の店員もいるというのに商品を持って10分も待っている客を待たすこと自体、CDを売る気がないと姿勢のわけだから、ヨメにはもう買わなくていいからと言い、大橋のぞみのCDを売り場に戻して出てきてしまったのだ。
綾小路きみまろであろうと何だろうと、一度買って開封したCDを返品するなんてどういうこっちゃ。店も断れよ、そんなの。
断ることなく、返品を受け付けて、次に並んだ客を放ったらかしているのだから、大橋のぞみは売りたくないのだろうなあ。
呆れて帰ってきたオレなのであった。
そして、呆れて帰る途中のクルマの中で、買ったばかりのさら・まさしのトリビュートを聴く。1曲目が、例のBEGINの「案山子」だ。
どれどれ。
ずんちゃずんちゃか。ありゃ、なんだ、こりゃ。
これはBEGINのパチもんだな、でなきゃ、再結成したかぐや姫だ。外れである。スカである。やっつけ仕事を3000円で売りつけられた。くそう。
しょうがないから、あと知ってる曲は何かなあと思って「道化師のso-net」を聴く。なんだ、so-neって。ソネットの間違いだろう。
歌っているのは、あややである。つんくに思い切り仕込まれたあややである。
ところがこちらはBEGINとは比べものにならないほど、いい出来である。あやや、つんくと別れてからいい味ですなあ。高い声もきれいに伸びているし、つんくに仕込まれた変な癖もだいぶ抜けてきた。ところどころ、おかしなコブシを入れるのはちょっとナニだけど。アレンジも合格。
あややのさらを聴きながら、だいぶ気分がよくなってきたところで家に到着。結局2曲しか聴けなかった。そのままクルマの中に放り投げて、続きは近日中。
それにしても大橋のぞみの「おしえて」は、どうなのかなあ。聴いてみたいなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2009.01.02
最近は元旦でも開けている店が増えたなあ。
つくづくコンビニは日本人の生活を変えたと思う。オレたちが学生時代、正月に田舎に帰らないということは、食事をどうやって確保するかという問題に直面することだった。
もっとも今は別の意味で食事の確保に困る人たちが増えているわけで、それは何と申し上げてよいのやら。

「坂崎幸之助とJ-POP フレンズ2」自由国民社。シリーズ2作目。案外面白い。「学生街の喫茶店」で、二番の一部で笑っちゃってるとボーカルが驚きの告白。マジか。


2009.01.01
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
これから家族総出で地元の神社に出かけ、家内安全商売繁盛と1万回唱えてくる予定のタンゴです。
それはともかく、例によっていろいろかましてくれましたな、紅白歌合戦。
今回は、墓の前で泣くな、風になって飛んでるからという散骨推進派の歌や、死ぬなら死んでもいいけどくたばる楽しみはとっとくほうがいいのでは、というみつを臭い歌など、辛気くさい曲ばかりで、まったく100年に一度の不況にふさわしい内容でありました。
Perfumeを「締めてやる」とこきおろしていた和だアキ子は、そのフォローのつもりかPerfumeの前説やるし、PerfumefはPerfumeで絶対口パクと思ったら歌っててびっくりさせてくれたし、その後のSPEEDに至っては、おいおい、どこののど自慢沖縄大会だよってぐらいよれよれよで情けなかったのでありました。
そんな中でよかったのは、あれですな、ポニョでしたな。
「風の通り道」のピアノが聴けただけでも嬉しかったし、あの女の子が"ぽーにょぽーにょ"と繰り返して歌うのがとっても素敵で、わたくしは大晦日の夜にちょっと感動さえしてしまったのでした。
やっぱり宮崎映画は、映画はスカでも音楽はいいという定説が証明されたのでありました。
それにしても鬱陶しかったのはSMAPです。ナカイくんという額の寂しい人は、痛々しいほどでした。貝貝とうるせい。
もういいトシなのだから、そろそろ落ち着いて欲しいものです。
落ち着いたといえば、審査員の堀北真希ですな。三丁目の夕日ではさえない田舎娘だったと思ったのに、まあ、すっかり垢抜けちゃって、まあ。
落ち着き過ぎちゃって紅白の審査員なんて偉くなったもんだ、というか、あれに審査される紅白というものはいったい何なんだろという気がするのでありました。
まあ、いいや。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」