日日是口実
2026.03.11
敗北を知らない男
オレは花粉症ではない。
鼻水がだらだら流れても花粉症とは認めない。認めた瞬間、敗北するからだ。
今日もインタビュー中に鼻水がだらだらと流れてきて、参った。
インタビューしながら、お見苦しくてずびばぜん、はっくしょい、鼻が鼻が、ずずっ、という状態で苦笑された。
でも、あだしゃ、花粉症ではありまぜんので、ずずっ、と付け加え、インタビューを続けるのであった。
終了後、電車に乗って帰る。途中、どんどん体調が悪化する。
全身がだるく、節々が痛く、ボーッとしてくる。あまりの体調の悪さに、駅からタクシーに乗ろうかと思ったぐらいだ。
いいや、そんなことをしたら敗北だ。
文字通りよろよろと歩きながらようやく家にたどり着き、さすがにこれはおかしいと体温を測ったら37.8度。なんだ、熱があるんじゃん。
とっとと寝よ。
要するに風邪だったわけだ。やっぱり花粉症ではなかった。
こうしてオレは今日も敗北を逃れたのであった。
2026.03.10
WBC
某メガバンクで仕事をしていたら、夕方になって担当の女性が「旦那がWBC」と突然肩を落とした。
どうしたんですかと聞いたら、仕事が長引きそうなので保育園のお迎えをご主人にお願いしたところ「今日はWBCを観に行くから無理」との返事だったそうだ。それで軽くキレたらしい。
仕事が終わるとその女性は「じゃお先に」と言い残してエスカレーターを駆け下りていった。きっと同じようなことが東京中で起きているのだろう。
WBCが盛り上がっていて、ニュースショーなど冒頭20分も大谷の満塁ホームランである。あるいは天覧試合だというので天皇がスタジアムに到着する状況を延々とまとめている。
そんなに盛り上がっているのなら、試合でも観てみようかなあと思ったら、なんと地上波ではやっていないというではないか。←はい、すみません、知っててボケました。
全試合、Netflixの独占中継である。
しかもがめついNetflixは試合映像の再利用にも厳しい条件、つまり高いカネを要求するのだろう、ニュースショーの映像は練習風景だったり、観客のコメントだったり、あげくは土産物屋の紹介だったり。
WBCにも大谷にも、ひいては野球にまったく興味がない我が家は、わはは、なんだこれと笑うばかりである。
さすがに笑われてばかりでは恥ずかしいと思った局もあるようで、最近はちょっとだけ試合映像も取り上げられるようになった。しかもNetflixの馬鹿でかいロゴ付き画像である。
今回、独占中継したことでNetflixは新規加入者の獲得を狙ったのだろうが、4%ぐらいしか増えていないそうだ。目論見は大きく外れたのだろうか。名前が売れたから、まあ、いいや、と思っていそうだ。
実は我が家はNetflixに加入している。地上波用のケーブルテレビに勝手にくっついてきたのだ。いらんちゅーに、勝手にパックにされてしまった。でも、WBCは観ない。
ニュースショーがこういう状況であるが、前回もメキシコ戦の逆転のシーンや大谷の「憧れるのをどうたらこうたら」シーンが何度も繰り返されて、WBCと言えばニュースショーのこれらのシーンという日本人がほとんどだろう。これをミーム化と言う。
もっとも今では日本のプロ野球もほとんど地上波では放送されない。それどころかJリーグもほとんど押送されない。
定期的に放送されるプロスポーツは、今では大相撲とゴルフ、競馬ぐらいだ。競馬がスポーツかどうかは置いておいて。
要するにスポーツコンテンツ、特にビッグイベントはネット配信が当然の時代になったということだ。
こうなるとワールドカップ、WBCに続いて、次はオリンピックが配信になるのは当然だろう。オリンピックで日本選手を応援するなら、DAZNかNetflixか。
そもそも時間枠がないのでゲーム終了まで確実に中継できる、フレキシブルにCMを入れられる、アーカイブできるなど、配信こそがスポーツ中継において圧倒的に有利で利便性が高い。
オリンピックもDAZNがやれば、どんなマイナー競技の予選も含めて、すぺて完璧に中継できる。
9回裏が始まるときに「残念ながら時間が」と巨人阪神戦をぶった切った昭和のプロ野球中継や、ゲーム中にもかかわらずにCMを流してその間にゴールが決まってしまった黎明期のJリーグなど、地上波はとことんスポーツには向いていない。
だからオリンピックが独占配信になっても、そりゃそうだろうと納得である。
夕方に大相撲中継を観ているときの不思議な安心感というか心地よさは、こういう変革とは関係のない、保守の安定感なのだろうと思う。
Netflixが調子に乗れば乗るほど、大相撲の地位は安泰なのだ。頑張れ、安青錦。
このように今やスポーツコンテンツでは配信が圧倒的に強く、地上波はワールドカップもWBCも競争入札にすら参画できなくなった。
その背景の一つとして指摘されるのが、悪の帝国・電通の凋落である。
海外事業で大赤字をぶっこいて尻尾を巻いて逃げ帰ってくるなど、電通の威光は今や地に落ちている。そのため国内の放送業者やスポンサーをまとめあげてオールジャパンで国際スポーツ団体と丁々発止できる力が失われてしまった。
かえすがえすも、東京オリンピックなどでバカなことをしたツケは大きかったということだ。
野球に興味のない我が家は、DAZNでサッカーを観て満足である。いつでも観られるし、ハイライトもイケるし、贔屓チーム以外の試合もいつだって観られる。まさにサッカー観るならDAZN一択だ。
それにしても保育園のお迎えを断ってWBCを観に行ったご主人は、チェコにバカ勝ちしていい気分で帰ってきたものの、いったい家でどんな話し合いが持たれたのだろう。平和であれ。
2026.03.09
AIが買い物代行する際にステーブルコインが使われると予想されている
オレがアーティフィシャル・インテリジェンス、つまりAIについて初めて耳にしたのは、1990年代の前半だった。あるゼネコンの研究所での取材の時だった。
インターネットもスマホもない時代である。人工頭脳と聞いてもさっぱりイメージは湧かず、要するにロボットやサイボーグのようなものだと思って、へー、サイボーグ009が本当に実現するのかあと驚いたものだった。
同時にグローバル・ポジショニング・システムというものについても説明してもらった。これは比較的理解しやすかった。GPSである。
それでも車に当たり前に搭載されるどころか、サッカー選手がどれだけ走ったかまでフォローできるなんて、とても想像がつかなかった。
つまり新しいテクノロジーが一般に普及するには、一世代30年はかかるだろうということである。ざっくりした計算だが。
となると、ステーブルコインも当たり前のように使われるには、30年はかかると見ていいかもしれない。
ステーブルコインは、ブロックチェーン技術を使った電子通貨である。なんのこっちゃ。既にわからない。
これが普及すると銀行が不要となる。そんなことは銀行が許さないから、全力でつぶしにかかると思われるが、案に相違して既に3メガバンクが協力して発行の準備を進めている。既に政府のステーブルコインは発行済みだ。
と書いていて、オレ自身がさっぱりわかっていない。
今、PayPayを使っていると、お金のやりとりをせずに簡単に割り勘できる。遊びに出かけた娘が「お金ちょうだい」とラインしてきたら、あいよっと10万円を一瞬で送ることができる。
どちらも銀行を介さない。これに近い感覚で、企業同士の取引もできるようになるだろう。
オレはそれを30年後と読んでいるわけだ。
本当にそんな時代が来るのかなあと思うが、しかし、10年前には、現金に触れるのは月に一度あるかないか、なんていう時代が本当に来るとは想像もしていなかったから、ステーブルコインも急速に普及する可能性がある。
ついていけるだろうか。いや、普段大口を叩いているのだから、ぜひともついていかなくては。
幸い今週の「日経ビジネス」がステーブルコインの特集なので、うんうん唸りながら読んでいるものの、さっぱり理解できない。
サナエトークン騒動を横目で眺めながら、オレはそんなことを考えて汗を流すのだった。
2026.03.08
サイトシーイング
フリーランスとして働いていると、取材の現場などに行くと、全員と初対面という状況に遭遇する。数年ぶりに会う人、1人だけ知らない人、という状況となるとしょっちゅうだ。
どんな場合であっても、とにかく先回りして大きな声で挨拶をするに限る。
たまたま間が悪くて挨拶するタイミングを逃してしまったりすると、最悪。現場の空気に溶け込めないし、どことなくぎくしゃくしてしまう。
やはり無言は悪、挨拶は命なのだ。
欧米ではこれが徹底していて、日本人が嫌われる原因はここにある。
店に入るときは店員に「ハロー」と挨拶するのが当たり前なのに、無言で入店し、スマホの翻訳アプリをつきつけるだけ。←見てきたように書いている。
無言は悪なのである。無茶苦茶な英語でも構わない。無言だけはダメなのだ。
西原理恵子の漫画ではそのあたりについて「知っている言葉だけを堂々とゆっくり話せ」と書いてあった。これは真理である。
入国審査では「斉藤寝具」と言えと教えられ、その通りに大声で「斉藤寝具、斉藤寝具」と言い続けたら問題なく入国できたというエピソードが紹介されていた。
そうか、斉藤寝具でいいのか、とオレも勉強になった。
土日で観た映画を順に。
「フィーストキス」
松たか子と松村北斗が主演。監督は塚原あゆ子、脚本は坂元裕二ということで、演出が抜群に素晴らしかった。
それ以上にすごかったのが松子。表情をちょっと動かすだけで場を支配し、セリフを言わずとも心の動きを伝えてくる。さすがだ、松子。
その松子が、20歳ぐらい若返ったシーンもあって、これがデジタル処理なのだという。あまりの精度にびっくりした。逆に松村北斗の老け役も見事だった。
とてもきれいな映画で、おすすめです。
「朽ちないサクラ」
これは杉咲花が主演。なんの知識もなく見始めたら、映像ワークが見事だったので、ついつい全部観てしまった。人が殺されたりする映画で、まったく日曜の朝にふさわしくないぞ。
杉咲花の演技は見事で、安田顕、豊原功補あたりもしぶい。何も画面づくりが正統派でとても気持ちがよい。
ストーリーがややこしくて理解が追いつかなかったのが、オレの限界。杉咲花は、ちょっと無駄遣いっぽいかなあ。それでも演技の端々、さすがだった。
「隣人X 疑惑の彼女」
問題はこれだ。主演は上野樹里。松子に花ちゃんときて、その後が樹里だからやっぱり格落ちだ。その樹里と林遣都が主演で、チューなんかしちゃうのである。
まあ、チューはいいとしても、物語自体がまったくダメだな。既に我々の社会は宇宙人に侵略されているという前提で話が進むのであるが、それは要するに外国人のメタファーであって、共生の時代に移民を受け入れるべきであるという実に薄っぺらい社会正義をベースにしたおとぎ話なのである。困ったもんだ。
時間を返せと言いたくなった。だったら途中で止めろよ、オレ。
2026.03.07
お笑いJリーグ
まず笑ったのはマリノスである。
キックオフでわざと相手のサイド深く放り込んでボールをアウトにし、相手があたふたとスローインに入るすきに一気にラインを上げて激しいプレスをかけて攻め込むという戦法がパリサンジェルマン発祥で流行っているが、それを格好ばかり真似したのが今日のマリノス。
キックオフで東京のサイド深くへボールを大きく蹴り出してスローインにしたのはよかったけれど、ラインを押し上げるでもなく、プレスするでもなく、ぼけっと見ていたために、単に相手にボールを渡しただけになり、そこから一気にカウンターで攻め込まれて開始1分もしないうちに失点してしまった。
実に見事な自爆攻撃であった。
格好だけ真似していい気分になっているから、こんなことになる。すべてのJリーグサポーターに指をさされて笑われていた。
マリノス、重症である。通常シリーズなら間違いなく降格しただろう。
同じように笑ったのが、おなじみの水戸ちゃんである。
前節と同じく、今回も保身の5バックに走り、そして負けた。
しかも浦和相手に0-1で負けていて70分、捨て身で点を取りに行かなくてはならないのに選手交代で5バックである。
その直後、選手がレッドで退場。さらにおなじみの渡邊新太さんが交代させられた直後に2点目を入れられて万事休す。
選手が交代するたびに弱くなっていく、まさに樹森マジックの炸裂である。
もはや様式美だ。
今やオレも水戸ちゃんと「ちゃんづけ」するほど、その交代策を楽しみにしている。
この水戸の樹森と昨年、新潟でコンビを組んでいたのが高知監督の吉本。新潟のコーチから高知の監督になったというギャグである。さすが、よしもと。
その吉本率いる高知がアルビレックスのホームに乗り込んできて、前半で2−0とリード。
よし、このまま逃げ切ってやると保身に走ったのだろう、70分から5バックだ。出た、樹森・吉本の5バック。
もちろん70分から守りに入って、試合を塩漬けにして終わらせようとしたって、そんなにうまく行くわけがない。なんと新潟が後半に立て続けに2点を入れて試合を振り出しにしてしまったのである。
いやあ、高知さん、そりゃ無理ですって。お笑いですって。
それにしてもなぜ5バックにすると途端に弱くなるのだろう。オレの頭では理解できないので、いつものClaudeくんに質問してみたら、「戦術的で高度な質問ですね」とおだてながら説明してくれた。
要するに5バックにすると後ろが重くなりすぎて中盤がスカスカとなって攻め込まれてしまうこと、気持ちが後ろ向きになってしまうこと、選手の距離感がいつも違うことなどが理由のようだ。たぶんラインコントロールもうまくいかないのだろう。
もっとも松橋力蔵などもたまに逃げ切りを図るときに5バックをやっていたから、監督の手腕によってはうまくいくのかもしれない。
というわけで、本日の一番のお笑いは我らがアルビレックス新潟である。
前半は酷すぎた。マリノスが降格ならこっちも降格だよねー、J3に。
それでも後半は立て直して、見事に0−2から追いつく。選手交代で弱くなっていく樹森に対して、選手交代で強くなっていくのだから、ストレスはない。
とはいえ、絶対的な戦力が不足しているのは明らかである。
フロントはフォワードの補強に走り回っているようだが、ここへきて左サイドのゴメスを切ったことが響いているようだ。ゴメス、帰って来ないかな。さすがにないな。
結局試合は引き分けに終わり、PK戦は負けてしまったものの、PK戦なんてサッカーではないから、全然悔しくない。あはは、負けたねー、でも後半の追い上げは楽しかったから、また見たいよねー。
エンタメは、これでよいのである。
2026.03.06
はげはげ
「朝ドラの歌、いいわよねー」「いいわよねー」
「何だっけ、あの人たち、ハ、ハ…」「ハンバーグ!」
「そうそう、ハンバーグハンバーグ!」
というおばちゃんたちのネタが好きなのであるが、ハンバード・ハンバードをオレが見つけたのはコロナ前の2019年、つまり今から7年前だった。
オレは、オレの嗅覚の鋭さと時代の先を行く尖った感性を誇らしく思うのである。どんなもんだい。
当時、ハンバード・ハンバードはフォークをやっていた。70年代フォークをギター一本でカバーしていたのである。
その合間にちょこちょことオリジナルもやっていた。
フォークカバーだけのアルバムも出していたが、あまり食欲をそそられなかった。つまらなかったのである。
夫婦デュオにギターときたらチェリッシュであるが、チェリッシュのほうがよほどよかった。
今の時代に聴くと、チェリッシュはいいぞ。「ひまわりの小径」なんて、あのゆったりしたテンポと澄んだボーカルが空気を実にきれいに洗い流してくれる。
ハンバード・ハンバードもチェリッシュ路線かと思っていたのだが、ここへきてブレークできて何よりである。
では、次にオレが鼻を利かせて見つけたのはというと、先日もちょっと触れた井上園子である。
これはいい。カントリーとフォークとブルースと演歌を混ぜたような独特の世界だ。一度聴くとクセになる。唯一無二だろう。
次の次の朝ドラの主題歌になってもおかしくないぞ。今から注目である。
2026.03.05
アラサー
あーりんが結婚した。した? したのか? するのか?
あーりんとは、ももクロのピンクである。オレのイチオシである。
ネットは割と静かだ。
「娘が彼氏を連れてきて挨拶したような気分」という書き込みが目に留まって、なるほど、うまいことを言うもんだと感心した。だから連中も静かなのか。
あーりんも、30歳である。
げげっ、アラサーかよ。はよ嫁に行け。いや、行ったのか。
あーりん王朝の最盛期は、15歳から16歳頃の、中学生から高校生になる頃だったのではないか。
年端もいかないガキながら、1万人の汗臭いおっさんたちを煽り、「お前ら」呼ばわりして支配していた姿こそ、王であった。
紅白に出場して国立競技場でライブをした頃から、「あたいら、ショービズなんで」という腐臭をぷんぷんと漂わせるようになり、オレは見切りをつけた。
かつてのライブの映像が見られるから、今のあーりんは別にどうでもいいや。相手が一般人というところに、王朝の没落を嘆くのみである。
これでももクロは、既婚者2、バツイチ1、行き遅れ1の怪盗少女ならぬ怪盗おばちゃん。
Perfumeなき今、どうするのであろうか。これからも踊るのであろうか。
結婚を芸能マスコミにすっぱ抜かれる前に発表できるのは、それだけ芸能マスコミを押さえ込んでいるスタダの力がすごいのだというネットのコメントに、へえ、そういうものなんだと納得するのであった。
そういや芸能ネタでは、小泉キョンキョンが野党の候補者としてアップを始めたという情報が駆け巡っている。なんと香ばしい。「まっ赤な女の子」が、リアルに赤いおばちゃんになってしまった。
こちらも腐臭たっぷりである。とっとと立候補してもらいたいものだ。
キョンキョンとか東ちづるとか吉永小百合とか、最近では野間口とか田中要次とか、どうして芸能人は赤くなるのだろうか。顔も見たくない。
2026.03.04
世界は陰謀で動いている
去年の秋からの動きが目まぐるしすぎて、あわわわと口を開けるしかない。
高市総理誕生
↓
公明党連立離脱
↓
ベネズエラ
↓
電光石火の総選挙
↓
立憲民主の歴史的大自爆
↓
南鳥島のレアアース試掘成功
↓
りくりゅう
↓
イラン
うーむ、実にさまざまな出来事が、絶妙のタイミングで起きているではないか。
高市早苗が迷うことなく防衛大臣に任命した小泉信次カの驚くべき覚醒ぶりとあわせ、巷間いわれている、極東アジアの安全保障環境がのっぴきならないところに来ているという説がリアリティをもって迫ってくる。
その一つが、在日中国人に密かに拳銃が配布されたという説。中国からの命令で全員が拳銃片手に一斉に蜂起し、周囲の日本人を制圧してしまうという説だ。恐ろしいではないか。
最近の説は、中国が台湾に侵攻すると同時にロシアが北海道に攻め込んで、日本があたふたしている隙に中国が一気に沖縄も奪いにくるというものだ。
これに拳銃一斉蜂起が加わったら、相当にヤバいことになるのは間違いない。
結果、日本を戦地にアメリカと中国・ロシアが事を構える世界大戦となるわけだ。
信次カの覚醒は、防衛関係者からこれに近い情報を得たためではないかと噂されている。本当のところはどうなんだ、信次カ。教えてくれ。
今回のイラン戦争で最も打撃を受けたのは中国であることは間違いなく、それは中国とロシアの悪の企みを潰すことがトランプの真の目的だったという説の裏付けのように思えてくる。
日本は呑気に野球なんてやっている場合ではない。
という具合に妄想を広げるのはなかなか楽しく、人の話に耳を貸さない高齢者ほど陰謀論に染まりやすいという話にも納得だ。
AIのCopilotくんに聞いてみても、拳銃一斉蜂起やロシアの北海道侵攻などは陰謀論に過ぎませんよと一刀両断された。ついでに、心がざわつくのもよくわかりますけどねと同情までされてしまった。
「ぎょらん」町田そのこ・新潮文庫
死者が最後に伝えたかった想いが込められているのが「ぎょらん」。イクラのような赤い球なのでそう呼ばれている。このぎょらんを巡る連作集だ。実に濃密な話ばかりで、短編集でありながら一作読むと精神的にぐったりして、しばらく離れたくなってしまった。とんでもない筆力である。
ある作品などは、死者への追憶や青年の自立、親子関係、上司と部下、仕事と人生など、さまざまなテーマがギュッと詰め込まれている。それらが実に見事に書き分けられていて、驚嘆するしかない。
死者を主なテーマとして取り上げつつ、実は人間は人生と向き合うべきかと、生きている人たちを描いている作品集だ。
2026.03.03
夜はヨメがちらし寿司を作ってくれた
「私の履歴書」は、日経新聞の名物企画である。今月は特に面白いぞ。あの村木厚子が書いているのだ。
村木厚子は厚労省の局長で、かつて郵便不正事件にからむ冤罪で逮捕された人だ。オレより3つ年上のすごい人だ。
当時もすごく話題になった事件だった。「私の履歴書」で村木厚子はこの事件について克明に振り返っているのである。
まだ始まったばかりで、逮捕されて検察の取調を受けるあたりなのだが、この取調風景が実に興味深い。なるほど、検察というのはこういうふうにして“なかったこと”を“あったこと”にして、有罪に持っていくのかと驚く。
例えば「××さんに会いましたか」と訊かれて「会ったことはない」と答えては検察の術中に落ちてしまう。
役所に勤めていると日に何十人にも会うし、勝手に名刺を置いていく業者など山ほどある。「会ったことはない」と答えると、検察は徹底的に調べて、机の奥の大量の名刺の山から当該人物の1枚を見つけ出して「嘘をついた」とあばきたてるのである。これで証言の信憑性は崩れ、有罪に一歩近づくわけだ。
なるほどなあ、オレも気をつけようと、力こぶを握りしめる。
拘置所では買い物ができる(差し入れではなく)ので、村木厚子が下着を頼んだところ、届いたのはユニクロの下着だった。
村木厚子は「ユニクロの営業力はすごい、と感心した」と綴るのである。これはけっこう笑った。
などと笑いながらオレが朝の新幹線で向かったのは京都である。
本日は京都日帰りなのだ。6時半の新幹線だから、朝飯は駅弁にする。東京駅の飲食店はだいたい7時オープンなので、朝飯に非常に困る。
以前は24時間食べられた立ち食いソバも、激減してしまった。ちょっと足を伸ばせば八重洲地下街に美味しい朝食の圧倒的なメニューをそろえた店があるのだが、さすがに新幹線の発車時刻との競争になるので立ち寄りづらい。
というわけで、駅弁になるのだ。
そしてこれが高いのよねー。オレは朝飯をがっつりいくタイプなので、おにぎりなどでは我慢できない。新幹線での朝飯はいつも幕の内弁当と決めてある。これが1600円もするのだ。
1600円の朝飯(笑)。どこの石原慎太郎だよ。
なぜ石原慎太郎かというと、この人は朝のメニューを目覚めたときの気分で決めるので、奥さんはいつも和食・洋食・中華の3タイプの朝ご飯を用意しなくてはならなかったという伝説があるからだ。
オレはそんな暴君ではないので、いつもハムエッグと納豆だが、こうして早朝新幹線に乗るときは仕方ないので1600円の弁当にするのである。
オレがいつも髪を切ってもらう1000円カットの店は1200円、1300円とじわじわと値上がりし、今月からとうとう1400円になってしまった。1.4倍である。
何でも値上がりするから、駅弁1600円も、そりゃそうだろうなあという諦め気分だ。
なお、家のご飯で最も安上がりなのは、スーパーで惣菜を買ってきて、飯を炊いて食べるパターンだそうである。野菜も肉もなんでも値上がりしているからなあ。
こないだなんてセブンイレブンで雪印の6つに切れているチーズを酒のつまみに買おうと思ったら425円もしたので、驚いて諦めてしまった。ななな、なんと高価な! もっともスーパーのサミットに行ったら同じ製品が260円で売られていたので、セブンが何かを間違えたのかもしれない。
話を駅弁の辺りまで戻すと、そもそも駅弁なんて場所代も人件費もかからないから安くできて当たり前だと思うのだが、なぜか高い。製造コストとか輸送コストとかの問題だろうか。
30年ほど前は、それに加えて異常に不味かったことを覚えている。当時は駅弁を食うぐらいなら空腹を我慢して、降車後に駅の立ち食いソバを食べた方がよほどマシだった。それが今では駅弁もずいぶんおいしくなっている。その分、値段も上がったということか。
阿部譲二は「入場するのにカネがいる場所のメシは不味い」が持論だった。まさにその通りであって、競争原理が働かないからどうしても改善や努力が生まれにくいのだろう。そんな中で駅弁の味がどんどんよくなったのは称賛に値する。
って、駅弁に対してオレ如きが称賛を値させたところで世の中には何の影響もないわけだが、ともかくこうしてオレは京都に向かい、観光地に行ったわけではなくてオフィス街のビルで仕事をして帰ってきたので、特に京都らしい時間はまったくなかったのだった。
2026.03.02
あざといぜ、春花ちゃん
我が家では新聞を二紙購読している。いまどき、なかなか珍しい家庭だ。
子供たちにオレが毎朝活字に目を通している姿を見せることで自然と“知”に対する興味を喚起させることが目的の一つで、もう一つの目的は当然のことながらオレの仕事のためである。
主にビジネス領域で仕事をしていると「今日の日経の一面見ましたか」という挨拶は日常茶飯事。いやあ、読んでません、あるいは、取っていませんという返事は想定外扱いだ。
ならばネットでいいではないかとなるが、ネット記事はレコメンド、要するに興味ある分野を勝手にお勧めしてくる点がいらぬお節介である。
例えば書店に足を運ぶことで思いがけず興味深い本に出会うように、あるいはレコード屋でジャケ買いすることで新しいジャンルの音楽を知るように、セレンディピティ(予想外の幸運な出来事)こそ醍醐味。
たまたまつけたテレビの天気予報に出ていたお天気キャスターがかわいくて一気にファンになってしまうことだってあるのだ。今井春花ちゃんのことだ。
最近の春花ちゃんは髪を思い切り短くして、ボーイッシュ先輩の路線を狙っているようである。このあざとさこそ、春花ちゃんの醍醐味だ。
そんな春花ちゃんを眺めながらオレは朝食のテーブルで朝刊を広げ、一面から順にざっと見出しを眺め、一通り見終わった後に興味深い記事を詳しく読んでいくことを日課にしている。
先日、日本トップの証券会社でアナリストをしている人物と話したのだが、彼も「新聞を読んでいない人は、コモンセンスが足りていないように感じる」と話していた。こういう感覚が案外大切なのだと思う。
などと偉そうに書いているものの、購読紙は減って今や日経新聞と読売新聞の二紙だけだ。
日経新聞は仕事の情報を仕入れるため、読売新聞は社会的な流れを知るためで、時々、経済面も日経より読売が面白かったりする。また、文章は明らかに読売新聞が練れていて、日本語を書くうえでも勉強になる。
さて、そんな新聞であるが、なんと今朝、ポストから二紙を引き抜いて広げてみたところ、入っていたのは日経新聞と聖教新聞であった。
なななな、なぜ、聖教新聞が??
息子に渡したら「うひゃひゃひゃ、勉強になるなあ」と大喜びで読んでいた。
なにしろイラン戦争でこれだけ世界中が大騒ぎしているというのに、聖教新聞の一面は大分での総会の報告なのである。キューバ危機で世界が核戦争に巻き込まれるのではないかというギリギリの瀬戸際にあるのに、でかでかとフレッド・ブラッシーがジャイアント馬場を血だるまにしたと一面で報じた東スポとまったく同じ温度感である。
ちなみに最終面は全面的に、大先生の有り難いお言葉の紹介であった。なかなかやるなあ。
さて、なぜこのように聖教新聞が我が家に配達されたかというと、実は聖教新聞の配達を読売新聞の販売店が請け負っているからである。
もともと聖教新聞の配達は、各地の学会員が「大先生のありがたいお手紙をお届けする栄誉ある活動」として無償で行われていた。ボランティアである。というか、宗教行為である。
それが次第に高齢化による学会員減少のため手が回らなくなり、読売新聞に委託することになった次第だ。
もちろん有料であるので、読売新聞販売店の売上増に多少は貢献しているようだ。しかし配達員にとっては配達時間が長くなったことと、その分の手当が月1万円と些少であるため、評判はよくないという。
今回も、要するに読売新聞の配達員が間違えて我が家に聖教新聞を配達してしまったということだろう。こんなことのためにわざわざ再配達させるのは忍びないので、特にクレームは入れない。明日も続くようならちょっと考えるが、今日は珍しい体験として面白がっておく。
我が家は建売4件が並ぶ一角だが、新聞を取っているのは我が家だけ。もはや少数派もいいところである。それでも誤配達するのだから、配達員も大変だ。本来我が家に届くはずだった読売新聞は、どこにいったのだろうか。
2026.03.01
オレたちにも春がきたぜ
川崎対水戸を見る。
いやあ、川崎は重症だなあ。ボールを奪ったというのに誰も走り出さない。突っ立ってパスを待っているだけ。常に一歩が遅いのだ。
ゴール前で攻め込まれているときも、突っ立って眺めているだけである。
長年染みこんだポゼショナルサッカーの負の側面だろう。ボールを走らせれば選手は走らなくていいと指導された結果だ。あの川崎でさえもこの壁を乗り越えられないのか。
笑っちゃったのは終盤である。2-0とリードした水戸が選手を交代した途端、おかしくなったのだ。
これはどこかで見た光景ですねーと、ネットもざわつく。
そうである。水戸の監督の樹森は去年のアルビレックス新潟の監督なのだ。
去年のアルビは、後半になって選手交代をするたび弱くなっていった。弱くするために選手交代してどうすんねん、樹森はん。さんざん突っ込まれた樹森マジックが、今年も健在。見事に水戸で再現されていたのだ。
その真骨頂が、最終盤の選手交代で出現した5バックである。
出た! 樹森の5バック!
一緒に観ていた息子は「ひゃー、樹森の5バック! 去年のガンバ戦とセレッソ戦の再来じゃないか!」と腹を抱えて笑う。
案の定、後半ロスタイムに5バックは崩壊。水戸は2−0で勝っていた試合を2−2に追いつかれ、挙げ句の果てにPK戦で負けてしまったのである。
2−0で勝っていた試合を、監督の交代策で落としてしまったのだ、水戸は。ロッカールームはさぞやお通夜だったろう。去年のオレたちも交代のたびに頭を抱え、絶望したものだった。
樹森の5バックはネットでも大騒ぎ。どうして5バックにすると一気に弱くなってしまうのか、慣れていないためだとか、選手の距離感と連動がとか、いろんな考え方があるようだが、オレの頭ではさっぱり理解できない。
交代で下がった途端に同点にされてしまった渡邊新太さん(元新潟)の心中やいかに。
それにしても、話は戻って川崎である。
症状は深刻だ。PK戦は明らかにブローダーセンの個人技で拾ったわけで、根本的な改善にはなっていない。このまままったく好転の兆しが見られず、しばらく低迷期が続くのであろう。悪は滅びるのだ。
などと、他チームの頓珍漢な選手交代や没落ぶりを笑いながら、我らがアルビレックスは見事な連勝である。
こちらはすごいぞ。なんといっても交代で投入された小野裕二が見事なシュートを決めてみせたのだ。交代で弱くなる水戸に対して、こちらは交代で強くなる新潟。だったら最初から小野を出しておけよ。
小野のスルーからのワンツー、そして島村のカットインからの藤原のオーパーラップ、そしてクロス。
久々に流れるような攻撃を見た。つないだパスが15本ぐらい。ポゼショナルとカウンターが融合した見事な攻撃だったぜ。
そしてよく見れば、小野のゴールはハンドじゃねえか。
VARのない世界も、たまにはいいものである。なあ、友よ、わっはっは。
というわけで1年何ヵ月ぶりかの連勝で四国遠征を終えたアルビレックスのおかげで、オレたちはまた一週間、気持ちよく過ごせるのである。
来週はいよいよホーム開幕戦。相手はなんと首位の高知だ。高知が首位とは、世も末である。
高知と言えば、監督は去年のアルビレックスのコーチだった吉本だ。
吉本はどこかのチームでコーチをしていたのを強引に辞めさせて新潟に連れてきて、役に立たないと分かった途端、ぼろ雑巾のように捨ててしまったコーチである。きっと復讐にめらめらと燃えているに違いない。しかもフォワードは、あの河田である。こちらも復讐でめらめらと燃えているだろう。
上等ではないか。返り討ちにしてくれるわ。そして今度はこっちが首位だわ。
先週まで平和の祭典に酔っていた世界を一気に冷えさせてくれたアラブを横目に見ながら、オレたちは握りこぶしを固めるのであった。
しかし、イランは、今年6月のワールドカップに出場が決まっているんだよなあ。
会場はアメリカとメキシコ。イランはロサンゼルスとシアトルで試合が組まれている。
さすがに出場は辞退するだろうというのが大方の見方だ。
オリンピックは平和の祭典だったが、ワールドカップは戦争が色濃く反映されてくる。
2026.02.28
冬の終わりの夜
ひゃーっ、現代の戦争って、始まったと思ったらあっという間に終わっちゃうんだね。
そりゃあトランプがウクライナ戦争に対して「いつまでちんたらやってんじゃねえぞ」と激詰めしたくなるのもよくわかる。
それにしてもイランが、オマーンをのぞく中東全部にカチコミかけたのにはびっくりだ。
息子が「まさかヨルダンにも」と言うので詳しく聞いたら、ヨルダンというのはあちらの国の中ではちょっと特殊な位置にあって手を出しにくい存在らしい。そこにミサイルをぶち込んだのだから、イランは相当に追い込まれていたか、あるいは中国とロシアが助けてくれると読み違えていたか。
もしこれで中国がしゃしゃり出てきたらNATOも黙っていないだろうし、とんでもないことになるところだった。トランプの瞬殺は正解である。
そもそも中国もロシアもイランの相手をしている余裕はまったくないから、イランの自爆ということだ。
オリンピックが終わるのを待っていた、ラマダン明けを狙ったなど噂は様々。いずれにせよ現代の戦争って、ベネズエラを見てもわかるように、元首の位置は常に相手に把握されている中で始まるので、あっという間に終わるということだ。
決してママが戦争を終わらせたのではない。
それにしてもイランに攻撃されて崩壊したドバイの高層ビルには先日息子が登っていたし、アブダビにも数日間滞在していたわけで、ちょっとタイミングがずれていたら息子も巻き込まれていたことになる。
やべえよやべえと言いながらオレが息子と向かったのは、石神井公園の居酒屋「たけし」であった。
今夜、ヨメはママ友と飲み会で、娘もよくわからないが帰って来ない。そこで息子と晩飯を食おうと、駅前で合流した次第だ。
「たけし」を目指したのは、美味い日本酒と美味い肴が食いたいと考えたからだ。10年ぶりどころではないくらい、久しぶりの来訪である。
幸いにしてカウンターに席は2名分空いていたものの、なんと灰皿が置いてあって、両隣は喫煙中。げっ、こりゃだめだ。店員は「電子タバコですので」と言うが、無理ですごめんなさいと言いながら慌てて店を飛び出した。
いやあ、今どき喫煙可の居酒屋かよと口走ると、息子は「もともとそうだったじゃん」と言う。
あれ、そうだったっけ。昔から喫煙だったっけ。
どうやら昔は当たり前のようにどの店でも喫煙できて、オレがそのことを忘れているだけらしい。ふーん、昔は両隣が喫煙していても平気で食事をしていたということか。時代は変わるものだ。とても考えられない。
仕方なく我々が向かったのは「鳥貴族」だ。通称トリキ。
実は今夜、ヨメたちが集会を開いているのはトリキだ。
決して戦争を終わらせる相談をしているのではない。
旦那の悪口大会だろう、どうせ、と尋ねたら「旦那の話なんて出るわけないじゃない。健康と介護よ」とのことである。
そこへ知らん顔して入って、カウンターで飲んで帰ろうという魂胆だ。
だが、皆の衆、驚くではないか。なんとトリキは予約で一杯で、入れないという。
トリキに断られたという、その事実があまりに衝撃的かつ屈辱的で、オレたちはしばし呆然とする。そして、トリキのチューハイはとんでもなく薄くて飲めたもんじゃないよ、なあ、と悪口を言う。
こうなると、もはや選択肢は限られている。歩きながら見た「串焼き田中」は空いていて座れそうだったが、さすがに田中に寄るぐらいならスーパーで惣菜を買って家飲みしたほうがいいに決まっている。
というわけで、仕方なく我々が向かったのは、いろいろと残念な居酒屋「とおるちゃん」であった。
ここも混んでいて、少し待つというなら入れてやる、待つなら邪魔だから店の外に立ってろという態度だったので、ケッと言って立ち去ろうとしたが、ここがダメとなるといよいよ行くところがない。
仕方なく我々はおとなしく待って、ようやく入店し、腰を落ち着けることができたのだった。
この狭い店内に若いお姉ちゃんのホール係が3人もいて、だいたい常に1人が余っているというオペレーションミス。
肴はなかなか美味いのに器が酷すぎて料理をみすぼらしいものにしている。なんせウィンナー焼き2人前を頼んだら、小さな小皿にぎゅっと詰め込んで出されたほどだ。大きめの皿にゆったりと並べて、キャベツの千切りでも添えればまったく印象が違うというのになあ。
そんな具合にいろいろと残念なのが「とおるちゃん」である。それでも座って日本酒が飲めたことに感謝する。
ともかくすべては駅前再開発が原因なのである。店がない。週末は難民なのだ。
今まであったたくさんの店が撤退し、閉店し、残されたのは空席を求めてうろうろする酔っ払いばかり。菅原一秀よ、なんとかしてくれ。
そういや台東区では昔からの古い町並みが片っ端から再開発の名のもとに破壊され、おしゃれ建築に変わっていることに住民が怒りの声を上げているという。浅草なんか、ひどいものだそうだ。
街の新陳代謝は重要だし、そもそも違法ではない建て替えに反対を唱えるのは住民エゴの側面もあるというのがオレの考えだが、こうして週末難民に身を落としてみると、この街に再開発なんて必要なかったよなあと思えてくる。
もしかしてイランも中東の再開発をしたかったのだろうかという冗談は不謹慎すぎるので、やめておく。
どうも練馬区としてはこの街を武蔵小杉のようにしたいと考えている節がある。やめろ、やめろ。勘弁してくれ。
ママたちも戦争なんか止めないで、駅前の再開発を止めてもらいたいものだ。
結局、娘からは「やっぱり帰ってからご飯食べる」という連絡が来たので、オレたちは閉まりかけたヨークマートに立ち寄り、売れ残って2割引だったかつ丼を買って帰ったのだった。
そして娘は、まだほんのりと暖かいかつ丼を、わしわしとかき込むのだった。
2026.02.27
神ドラマ
みずほ銀行がAIを導入して5000人の事務職員を営業などに配置転換するそうだ。
AIによる効率化やコストダウンというのは大きな理由だが、目立たぬ理由として、女子が退職しなくなったことも上げられるらしい。
かつては支店の営業職員のお嫁さん候補として入行し、2〜3年勤めて寿退社するのがゴールデンコースだった銀行の女子行員。それが雇用機会均等法を経て女性の社会進出、福利厚生制度の充実という流れによって、産休→育休→復職が当たり前になってしまった。
結果的に女子行員は辞めなくなり、事務職員がだぶついてしまったのである。目論見がすっかり外れたわけだ。
そこにタイミングよくAIがやってきたので、ちょうどいいとばかりに営業職への異動が行われている。なるほど、いろんな見方ができるもんだねえ。
長く事務をやってきた人間にいきなり営業をやれと言っても無理な話すぎるから、結局は辞めていく。要するに実質的な退職勧告というわけだ。
などと人ごとのように書いているが、三菱UFJ銀行ではAIにスピーチ原稿を書かせ始めているというし、オレのようなフリーライターも退職勧告されるのかもしれない。
などと将来を案じつつ、今期のテレビドラマについて書くことにする。
まず、話題なのは「リブート」であるが、初回で脱落してしまった。人が簡単に殺されるドラマは、やはり日曜の夜にはあまり見たくない。もっと気楽に、あははー、おもしれーと笑えるドラマが、日曜夜にはふさわしい。
主演の鈴木亮平以外にも誰かがリブートされたに違いないという考察で人気は高いようなのだ。その鈴木亮平の演技がズバ抜けてすごい。って、初回しか見ていないわけだが。
一方、初回から続けて観ているのが「最下位」いやそれは去年のアルビ、そうではなくて「再会」である。
幼なじみの4人がとんでもない秘密を抱えて大人になって再会し、ごたごたするという話である。オレは主演の学会・井上真央がきっと真犯人に違いないとにらんでいる。
この井上真央が幼なじみの竹内涼真などに片っ端から色目を使っては、ことごとく振られていく。呆れたものである。
出色は刑事役の江口のりこだ。とんでもなくイヤミで変わり者の刑事を好演している。
決してとても面白いというわけではないが、なんとなくずるずる見続けている。話のテンポがかったるくて困ったものだ。
もう一つ、見続けているのが「東京P.D.」である。
これは珍しいことに広報を主役にした刑事ものだ。広報をやりたくて警視庁に入ったヤツはいないから、基本的に全員鬱屈して、ひねくれている。その暗さがなかなかツボ。
もっとも初回と2回目は、まったくベタ過ぎてちっとも面白くなかった。それが3回目から激変。急に面白くなったのだ。
理由は、マスコミのクズぶりを正面切って描き始めたからである。匿名報道や報道協定などのテーマを取り上げながら、いかにマスコミが腐っているかを遠慮なく表現している。
要するにこれはドラマ班が報道班にケンカを売っているわけで、フジテレビの報道局はさぞ気分が悪いのではないか。
フジテレビ、どうしちゃったの。にっちもさっちもいかなくなって、やけになったとしか思えない。
その吹っ切れ具合が感じられて、初回、2回目の退屈さを我慢すれば、あとはなかなかに楽しめる。
そして今期のドラマのイチオシはNHK「テミスの不確かな法廷」だ。地味な法廷ドラマで期待していなかったのだが、評判がよいので見てみたら、とんでもないドラマだった。
主演・松山ケンイチが演じるのは発達障害の裁判官。演技は神レベルだ。
この裁判官は「発達障害の人間が人を裁いてよいのか」という厳しい問いかけを自分に対して行う。そんなの、答えなんかあるわけねえよ。
これを縦糸に、えん罪、死刑執行後の再審、親子関係、裁判システムの不条理、外国人問題など、実に様々なテーマを横糸としてぶっこんでくる。見ていて、こりゃあ、とんでもねえよと叫んでしまったほどだ。とんでもないところまで踏み込んじゃってるんだよ、実際。
役者も粒ぞろい。既に触れたように発達障害を演じる松山ケンイチは神レベル。カウンターパートである弁護士の鳴海唯は超絶かわいい。
脇を固めるのは、和久井映見、遠藤憲一、市川実日子などの実力者。特に市川実日子は、その面の皮の厚さと頭の回転の速さを全面に押し出した演技が、いかにも市川実日子らしくてなかなか素晴らしい。
圧巻は第6話の齋藤明日香。死刑囚の娘役だったのだが、どこかの坂道の小娘と思っていたら、とんでもない演技で震えたぜ。
というわけで、もしこれから見直すならば、「テミスの不確かな法廷」一択だ。
NHKプラスで全部観られる。もちろんタダだ。なかなかの神ドラマである。と、神しか連呼しないオレもどうかと思うが。
2026.02.26
マックは優等生
オレの初任給は9万円ぐらいだった思う。1980年のことだ。
いつものようにClaudeくんに調べてもらったら、当時の大卒初任給の平均は11万円から11万5000円だったそうだ。
オレが就職したのはとんでもないポンコツ会社だったから、世間の平均に遠く及ばないのも当然だった。今で言う下層会社。
母親が「それでは生活できない」と声を上げて案じたのも、今思えば当然のことだった。
その年のボーナスは14万円。これははっきり覚えている。
初めてまともにもらったボーナスが嬉しくて、映画のように札束を敷き詰めたうえで寝てみようとしたところ、布団の端っこに一万円札を並べただけで終わってしまい、とても悲しい思いをしたことを覚えている。
当時、山手線の初乗りが100円で、少年ジャンプが170円。マックのハンバーガーが180円。
今、ジャンプは320円でマックは190円。
あれ、マックって価格の優等生じゃね? 今とほとんど変わらない水準であることは興味深いと、Claudeくんも言っている。
ちなみにオレが若い頃にさんざんお世話になった立ち食いそばは、1980年に150円から200円。今では500円だから、マックがいかに安いかがよくわかる。
安く食べるなら今も昔もマクドナルド一択。いや、マック単品で済むわけがないから、そんなに安くはないか。
むしろ昔はマックがご馳走だったということかもしれない。
今や大卒新人の初任給は30万円超えが珍しくない。東京海上日動や悪の帝国・サイバーエージェントなどは初任給が40万円だ。
社会人経験もないまっさらの新人に40万円とは、まあ、驚くわ。これなら親も「それては生活が」などと心配することはないだろう。
40万円もあったら、1万円札を布団の半分ぐらいには敷けそうである。新人諸君にはぜひトライして、富豪気分を味わってほしいものだ。
2026.02.25
町内会とは
23区住みの我が家の地域でも、町内会というものがある。
断って無駄な波風を立てるよりもと考えて、我が家も加入している。会費は年1200円。アホらしい。税金と思って払っている。
町内会なんてどんなことをしているのか。今どき、何の意味があるのか。
そう思って、一度、総会というものに挨拶がてら参加したことがある。
会計報告などのお決まりの流れの後、様々な問題を話し合う場になったら、ばあさんが「何丁目の田中さんが私の悪口を言いふらしていて、悔しくて悔しくて」と泣きながら訴え、それを周囲のじいさんが「まあまあ、鈴木さん」となだめていた。
その後、懇親会となり、昼の12時前だというのに酒盛りが始まった。あまりのことに呆れてオレはすぐに退座したのだが、「え、もう帰るんですか」とじいさんたちがびっくりした声をかけてきたものだった。
結論。町内会に意味はない。
以来、まったく接点を持たず町会費だけを払っている。時々回覧板が回ってくるが、一瞥もせず隣の家のポストに投げ込んでいる。
よって町内会長がどういう具合に決まっているのかも知らない。持ち回りなのだろうか。
熱心な創価学会員で知られるじいさんが会長になったときは、ちょっと警戒したものの、特に被害を被るようなことはなかった。
ちょっとやっかいだったのは、司法書士が会長になったときだった。いかにも意識高い系のおばちゃんだった。
おばちゃんは何に目覚めたのか、突然、「月に1回、防災訓練をします」と宣言。
「家にいます」と4ヵ国語で書かれたA4サイズのボードを各家庭に配って回り、指定された日に玄関に掲げるようにと指示したのである。いったいどういう狙いなのだろう。大地震が発生した時、このボードが玄関にかけられている家は安全と判断できる、という考えなのだろうか。
こんなものを掲げるなんて犯罪を誘発するに決まっているし、いったい何の法的根拠があって指示するのか。だいたいこんなクソダサいデザインのボードを家の前に掲げるなんてみっともなくて仕方ない。
そう面と向かって抗議しようと待ち構えていたところ、やってきたのはオレの不在時で、穏やかなヨメが対応したおかげで司法書士の町内会長おばちゃんはオレと遭遇せずに済んだのだった。分かりづらい文章だな。
当たり前のことだが、そんなボードを掲げる家なんてまったくなくて、いつの間にか町内会長の目論見は霧のように消えてしまった。
そしてその後も町内会はいったい何をしているのか、わからないまま今日に至っている。時々、町内会でバス旅行に行ったりしているようで、参加者募集のチラシがポストに入っていたりする。
総会では今もばあさんじいさんが愚痴をこぼしては、昼間から酒をあおっているのだろうか。
2026.02.24
イオン経済圏
毎度おなじみ銀座に行ったのだが、銀座はやっぱり春がいいね。ウキウキしてしまう。
中国人は相変わらず跋扈しているものの、その数はだいぶ減ったので歩きやすくなった。
銀座に来たらいつも寄るのがみゆき通りのベローチェ。銀座の店なんてとても入れないが、ここなら数百円でコーヒーが飲める。
このベローチェは数年前にファンドに買収されて、ずいぶんとオペレーションがよくなった。スタッフはとても快活である。内装もリニューアルされた。
ここの店舗のユニークな点は、座席によって店内の見え方がまるで変わることである。複雑な内部構造のせいだろう。いろいろな席に座って、画角が変化することを楽しむことができる。席を移ると、まるで別の店に来たようだ。
最近報道されたのは、ベローチェを運営する会社が「牛角」なんかを運営する会社に買収されそうだというニュースだった。企業価値を上げて高く売るのがファンドの仕事だから、予想された流れではある。
まっこと飲食業界は変化が激しい。せっかくベローチェも経営が落ち着いてきてカラーが定まったというのに、今後はどうなるのか。それはそれで楽しみだが。
やはり飲食業界も規模の大小がモノを言うのだろう。人件費や材料費などの大幅な値上がりがあって、小規模なチェーンの生き残りは相当に厳しくなっているはずだ。
みゆき通りのベローチェはとても居心地がいいので、買収されてもこの雰囲気は大切にしてほしいと願う。
カフェチェーンで一番好きなのはタリーズで次がベローチェ、その次がカフェ・ド・クリエだ。スタバはあまり好きではないので、他の店が見当たらないときにしか入らない。
同様に仕方なく入るのが、ドトールである。
ドトールのコーヒーは美味くてたいへんによろしいのだが、よろしくないのは店舗によってホスピタリテティに大きな差があることである。チェーン店ゆえ、オーナーの経営方針に左右されるのは仕方ないことであるが、その落差はさすがに酷すぎて、ブランド価値を毀損するレベルだ。
一度不快な思いをしたら(タバコ臭かった、店員が無愛想だった、むちゃくちゃ狭かった)、次にその看板を見かけても入りたくなくなるのは仕方ないことだ。
銀座で仕事を終えて、電車に乗って帰る。
昼時なので、駅前の松乃家でトンカツ弁当を買い、家に帰って食べる。
トンカツ弁当は重い。当然、眠くなる。しょうがない、春眠だ。
オレは春の銀座の心地よさを思い出しながら、ぼけっとするのだった。
ところでチェーン店の連想で思い出したのが、先日、戸田のイオンモールまで買い物に行って、いわゆるイオン経済圏の心地よさとは何かと考えてしまったことだ。
地元の商店街を蹴散らし、閉店に追いやられた商店主や従業員らを積極的に店員として雇用して、イオンは各地にどっしりと根を張った。
先の衆院選挙で岡田×也が「シャッター商店街にした自民党は酷い」と演説したら、逆に「イオンのせいだ」というヤジを食らってしまった場面には笑ってしまったのだが、イオンのおかげで安定の消費行動が約束されているのは事実である。
なにしろ一日いられる。細々とした買い物をして、フードコートで食事して、本屋で立ち読みして、冷暖房完備で傘の心配もいらず、家族が一日過ごせるのだから、まさにたいした経済圏である。最近では「イオン経済圏を愛しています」と公言する人も現れている。
でも、それにしてはなぜイオンモールにはカラオケやゲームセンターという「コト消費」の空間がないのだろう。場所の割に儲からないからか。
気になってClaudeくんに聞いてみた。
ゲームコーナーは維持コストが高いことに加え、ファミリー向けというイメージにふさわしくないことが理由だそうである。
カラオケについては「目的来店型」の業態であるため、他の店舗への回遊につながりにくいことで敬遠されているそうだ。
なるほど。さすがClaudeくん、分かりやすい解説をありがとう。
我が家もそんなイオンで買い物をして昼ご飯を食べたのだが、とにかくすべてがここで事足りるから非常に便利である。
一昔前、スーパーで売られている衣料品なんてダサくて品質も悪く、とても手を出す気にならなかったのだが、今ではまったく問題ないレベルだし、ユニクロやGUも入っているから、むしろイオンのほうがいろいろと見比べて買えるだけ便利だ。
オレは春物のジャケットを一着買ったのだが、実に納得のデザインと品質である。イオンではスーツも1万円台で購入できるから、毎シーズン買っているおっさんも多いそうだ。
チェーン店の魅力もこういう安心感にあって、飲食でも一昔前の、チェーン店は画一的な味でつまらない、個人経営の路地店が個性的で面白いというイメージはなくなってしまった。むしろ個人店は面倒で、当たり外れや相性の問題もあって面倒だから、チェーン店がよほどいいというふうに変わってきた。
実はオレもそうである。
ちょっと気になる居酒屋に突入するのは面倒で、それならチェーン店のカウンターに座って1人で静かに飲んでいる方がいいと思うようになった。へんに客いじりされたくないのである。
オレが年を取ったのだろうか。それは否定できないが、チェーン店が力をつけたのも大きい。これは喜ぶべきことなのだろう。
一番近くのイオンまでは車で40分。もっと近くにほしいものだが、都内では無理だな。
2026.02.23
浦和もけっこうな田舎者だというのに
楽しみにしていたライブだったのに、隣の席のおっさんがアーティストと一緒にずっと歌っていたので地獄のような2時間になってしまったという話は割とよくある。座席は選べても隣に座るヤツは選べないのだ。
サッカーのゴール裏に座ったら応援の旗が邪魔で試合がよく見えなかったという問題も、同じ類かもしれない。
確かにスタジアムに行ったことのない人は、ゴール裏に座ってちゃんと試合が見えるのかと不思議に思うだろう。
もちろん見えない。旗が邪魔だから見えない。困ったものである。
そして今、アルビレックス新潟の応援席で急浮上しているのがこの問題だ。
ゴール裏に座ったら旗がじゃまで試合が見えなかったと文句をいった客に対して、ゴール裏はそういう場所だから嫌なら来なきゃいいと突っ返す客がいて、その対立が深刻化しているのである。
以前は特に問題になることがなかったのに最近になって急浮上してきたのは、ゴール裏中心部の考え方の変化による。
ゴール裏は最近になってはっきりと言い出した。「オレたちは浦和のゴール裏を目指す」と。応援で相手を威圧し、ビビらすのだと。
うーん、めまいがするようだ。こいつらは何を考えているのだろうか。
確かにDAZNを観ても、昨年あたりからゴール裏の人種が変わってきた気がする。若返った、要するに世代交代が進んでいるように見受けられる。
それが今回は悪い方向に作用してしまったようだ。
昨年夏は、ゴール裏でかき氷を食べながら観戦していた女子高生2人を取り囲んで「応援しないなら出て行け」と恫喝したという。鬼畜の所業か。このJKは二度とスタジアムに足を運ばないだろう。サポーターが観客を減らすことに貢献してどういうつもりなのだろうか。
昔のゴール裏はよかった。アウエーで座っていると、どこからともなく柿の種が回ってきて「食べて食べて」とすすめられたものだった。そんな話をすると「老害」と威圧されるらしい。最近は。
松橋監督が「日本一のサポーターです」と胸を張ったように、あのときのアルビレックス新潟の応援はスタジアム全体が選手を包み込み、相手チームにさえ温かい声援とリスペクトを送ったものだった。
それが浦和のように威圧することを目標としているとは。
なんで浦和なんかに憧れるのだろうなあ。首都圏暮らしのオレにはわからない、田舎者特有の歪んだ想いがあるのだろうか、といろいろ笑われているぞ、新潟サポーター。
もっともオレと息子は、アウエーであってもしばらく前からゴール裏には近寄らず、メインスタンドで見ているので、直接的には関係ないのだが。
2026.02.22
大勝利
まったく現在進行中の百年構想リーグってば、何の緊張感もないしょうもないリーグだ。
勝てばもちろん嬉しいのだが、負けてもあんまり悔しくない。PK戦に至っては、ほとんどゲーム感覚だ。負けたら帰国の国際トーナメントのヒリヒリ感はまったくなくて、まあ、しょうがないよねーという感じ。
この感覚を得ることが目的だというなら、成功なのだろうが。
各スタジアムとも、昨日今日の第3節は低調な観客動員だったという。緊張感に欠けるリーグ運営も、理由の一つじゃないかなあ。
そういや昨年たいへんな盛り上がりを見せた岡山のスタジアムが、ガラガラだという。
理由はいろいろと取り沙汰されているが、ブローダーセンや佐藤龍之介などの人気選手が移籍したことも大きな原因だろう。
サッカーは人気選手も中心選手も愛されキャラも、すぐに移籍してしまう。そんなカルチャーに、ライト層が結構シラけちゃったんじゃないかな。だとすれば、岡山にサッカーが根づくかどうかは、今年が勝負なのかもしれぬ。
などと上から目線で偉そうにモノを言うオレは単なる素人。岡山がどうなろうと知ったことではない。
大切なのは我が軍だ。アルビレックスだ。
前節、J2上位の徳島に0−4という大敗を喫し、天下に恥をさらした降格チームである。今日はカマタマーレ讃岐が相手だ。
カマタマーレとは、香川県のソウルフードである釜玉うどんとイタリア語で海を意味するマーレを組み合わせた造語だ。もうちょっとなんとかならなかったのだろうか。
我らがアルビレックス新潟も、オラッタ新潟やマイセッシュ新潟という名前が候補に挙がっていたらしいから、もしそんな名前がついていたら恥ずかしくて外を歩けなかったに違いない。ちなみにマイセッシュとは「米」「雪」「酒」をつなげた造語である。
もしこんな名前に決まっていたら、ゴール裏のチャントは「マーイセッシュ!」となり、とても顔を上げて歩けなかったに違いない。
さて、というわけで迎えたカマタマーレ戦であるが、3-0と快勝。まずはよかった。
もちろん試合内容は酷いモノである。どんなサッカーをやりたいのか、なんとなく分かるものの、今はあくまでいろいろと試している段階なんだろうなあと思う。
アルビレックスの代名詞となったポジョナルサッカーがまったく見られなくなって、実につまらない。だが、面白くても弱ければ話にならないし、勝利がすべてを癒やすことは真理だから、まずは勝てるサッカーを確立する段階だろう。
そういうふうに足踏みしつつ、いろいろと試せるという点で、このいい加減なレギュレーションの百年構想リーグは実に都合がいい。負けてもいいリーグ戦なんて、この先、百年ありえないだろう。
それでも勝てばやはり嬉しく、息子とは、これで一週間いい気分で過ごせると、がっちり握手を交わしたのであった。
2026.02.21
中井亜美はオレが育てた
左手を腰に当て、右手の人差し指を口元において、首をかしげてみた。
「やめろお! おっさんが亜美ちゃんの真似をするなあ!」とヨメが激怒した。たぶん日本中のおっさんたちが同じようにヨメにぶっ飛ばされたに違いない。
坂本花織の金メダルが期待されたが、実は界隈では「アメリカにとんでもないパリピがいるよ」とささやかれていたそうで、結果は噂通り、パリピが圧巻の優勝だ。
指3本立てて仰天する亜美ちゃんと一緒になってはしゃぐパリピの姿に、誰もが、なんていいヤツなんだと思っただろう。
こんな具合にスケートの連中の仲のよさは実に微笑ましい。いや、スケートだけではない、スキーもスノボもそうだ。
以前も書いたが、ボード系を中心としたXスポーツの選手たちは、実に仲がいい。相手の国籍も知らずに一緒に汗を流しているそうで、実に軽々と国境を飛び越えてしまう。ジョン・レノンが見たら何と言うだろうか。
試合の結果もさることながら、こうしたきれいな交流に感動する。
そんなふうに心洗われた次の日にJリーグなんかを見ると、心が再び汚れていく音がして、実にメンタルによろしくない。あの真っ白な氷や雪に比べて、なんと薄黒い世界なのだろう。
今日見たヴェルディ対町田も、ひどかったぞ。
町田の相馬が相手をカニばさみで倒したのにカードもなければVARもない。コーナーキックのゴール前で町田の選手がヴェルディの選手を投げ飛ばしたのに、完全にスルー。OFRまでやったというのにスルー。
こういった一連のプレーに対して客席は罵声を浴びせ、小学生らしい子供までが親指を立てて地面に向け、顔をゆがめて怒声を上げている。
どいひー。
やはり町田というチームは最低だ。あれほど汚いプレーをしていたオセフンが、清水に移籍したと思ったらまともになった。つまり汚いプレーの数々はすべて監督の指示、チームとしてのやり方だったわけだ。
鬼畜のファールを繰り出す相馬だって、名古屋時代は真面目ないい選手だった。それが今では名古屋のサポからも「消えてしまえ」と毛嫌いされている。
監督も、選手も、親会社も、サポーターも、スタジアムも、ついでにいえば行政も、町田というクラブは最低だ。ヒールなんていうレベルではない。害悪である。
亜美ちゃんとパリピがどんなに仲よくしようとも、オレは町田と仲よくなる気には一切なれない。
2026.02.20
目まいがしそうなほどにくだらない
高市鬱という言葉が話題だ。
発端は、評論家の齋藤美奈子が東京新聞に書いたコラムである。「高市鬱という言葉がネット上で飛び交っている」という内容だ。
もちろんそんな言葉は飛び交っていない。そもそも「鬱」という言葉を使って人を揶揄するなんてとんでもなく失礼なことだし、うつ病の人に対する侮辱である。
オレは齋藤美奈子という評論家はわりと好きだったが、この件で、持っていた本をすべて処分した。顔も文章も見たくない。
どうして左の連中は、自分の思い通りにならないと他人を攻撃するのだろう。
オレもうつ病経験者を個人的に何人も知っており、そういう仲間たちへの侮辱に激しい怒りを覚える。
掲載先があの東京新聞、つまりは望月イソコというとんでもない活動家を記者として雇って給料を払っている東京新聞だから、こういうコラムも喜んで載せるのだろう。
連中はとことん高市早苗が嫌いなのである。自民党が諸悪の根源だと思っているのである。
最近では「バカイチ」という耳を疑うあだ名までつけ始めた。言い出しっぺは例の前川喜平。ロリコン野郎。知性を疑うわ。
そもそも人の名前をからかいの材料にするなんて、小学生以下の知性、品性を疑っていいレベルの行為だ。例の群馬もおじさんもそうである。
60歳を過ぎて、なんという感性の低さだろう。これを嬉々としてネットに書き込んでいることが、どんなに恥ずかしい行為か、想像もつかないのだろうか。
このおじさんは安倍晋三のことを「アホボン」と呼んで揶揄していた。まったく度しがたい恥ずかしさだ。書き写しているだけで、手が汚れてくる。
左の方々以外の世間はそう見ているんだということを、彼の知り合いにはぜひ伝えてもらいたいものだ。
2026.02.19
うまトマトハンバーグ定食
毎度のことだが、石神井公園駅周辺の飲食事情は壊滅的である。
とにかく店がない。飲み屋に困るというレベルではなくて、メシを食うのに困る状態だ。
そんな中で登場した松屋が絶賛されるのは当然のことであろう。いうまでもなく、牛丼屋である。
松屋の後には、松乃家がデビューした。こちらはトンカツ屋である。
そして最後が、すし松だ。名前の通り、寿司屋である。
これで石神井公園駅前、半径50メートルに松屋、松乃家、すし松がそろい踏み。松屋三兄弟が、住民の胃袋を支えるという鉄壁のスリーバックを構成しているのである。
しかも、どれもしっかりとうまい。
松乃家のトンカツは、端肉を集めて加工した成型肉ではあるが、十分にうまい。これを1000円以下で定食で出してくれるのだから、実にありがたい。
そして現在、圧倒的な支持を集めているのが、松屋の「うまトマトハンバーグ定食」だ。
名前の通り、ハンバーグにトマトソースと半熟卵が載っかったメニューで、来日してこれを食べたイタリア人がどハマりし、帰国してからも毎日狂おしいように「うまトマトハンバーグが食べたい」とツイートしたことでも有名になった逸品だ。
別名、イタリア人殺しハンバーグ。
実際、これがうまい。実にうまい。
松屋なのに牛丼には目もくれず、オレは毎回これである。テイクアウトすると、家族も大喜びで食べている。
まだ食べたことがないという人は、ぜひ一度味わってほしいものだ。
ただし、問題はある。高いのだ。
定食だと980円。これに、豚汁もつけちゃおう、いや、チゲスープもいいな、真っ赤でトマトとそろってるし、などと調子に乗ってトッピングするとたちまち1300円くらいになってしまう。
3人分のテイクアウトをすると4000円。卒倒する。
学生時代、青山どおりにあった吉野家では確か280円ぐらいで牛丼並が食えたと思う。小腹が空いたらちょっと立ち寄って食べるぐらいの感覚だった。
それで思い出したが、地元パパ友の西やんは、50歳近い今も「牛丼はおやつだよ、かいちょ」と笑う武闘派だ。その言葉どおり、西やんは飲み会の前に吉野家に立ち寄って牛丼を食べ、腹を落ち着かせてからから参加して鍋などをつつくのである。
なお、かいちょとは、オレのことで、幼稚園で父母会の会長を務めて以来、オレは地元では今もそう呼ばれている。
西やんの「牛丼はおやつ」という名言の通り、かつて牛丼はそんな手軽な食べ物だった。
それが今では、牛丼屋の松屋のメニューの一部がご馳走と化しているわけだ。牛丼だってそこそこするし。
オレたちも貧しくなったものだなあ。
ところで松屋と言えば常に話題になるのが、圧倒的に使いにくい自動券売機である。
一時期など、牛丼並の注文にたどり着くまで、16回も「はい」のボタンを押さなくてはならないと言われたものだ。ほんとかよ。いくらなんでも16回はないだろ、16回は。
でも、実際、それぐらいに感じるほどのややこしさ、わかりにくさなのである。
従って、久しぶりに牛丼でも食べようかと立ち寄った高齢者が、自販機の前でしばし立ちつくし、何も食べずに肩を落として帰る風景がしばし見られたほどである。
これでどれだけ松屋は客を逃がし、業績を落としたか。
最近ではそんな自販機もだいぶ改善されたか、あるいはオレが慣れたのか、ほとんどまごつかず食券を購入できるようになった。もちろん完全キャッシュレスである。
それでもカネを払う前に注文したメニューを確認しようとしてもできなかったりと、相変わらず相当に酷いUIの自動販売機であることは間違いなく、UX向上による心地よいジャーニーの提供こそが顧客のグッドウィルを呼び込むという現代マーケティングの常識にことごとく反していることにわたくしは異を唱えるのであると、ちょっとアカデミックちっくに締めてみせるのであった。
2026.02.18
お母さんといっしょ
息子が3歳の時、NHK「お母さんといっしょ」に出演した。公募である。
募集条件は3歳であることで、応募は月一回だけ。ヨメが毎月NHKにハガキを出し続け、12枚目のハガキでようやく当選したのだった。
もちろん出演といっても、みんなではしゃぎ回るその他大勢の一員だ。
NHKまではオレが付き添った。渋谷駅を降りて、公園通りの坂をゆっくりと登っていった。
収録は滞りなく終わり、オレたちは制作スタッフに玄関まで追い立てられるようにして帰った。用が済んだら邪魔だからとっとと帰れと言わんばかりの扱いは、かなり不愉快だったことを覚えている。
それでも今日はよく頑張ったから、帰りは渋谷駅まで息子をタクシーに乗せてあげようと思った。
出口の前にはタクシー乗り場がある。
これが不思議な乗り場で、10メートルほど離れた場所にタクシーがいるというのに、乗り場に立つオレたち親子のことはほったらかしなのである。
あれえ、どういうことだろう。
不思議に思った瞬間、後ろから「ここは呼ばないと来ないんですよ」と声がした。
振り向くと知らないおじさんがいて、おじさんはそう言いながら右手を挙げてタクシーを呼んだのである。
タクシーが来なくて立ちつくす子連れを目にして、NHK慣れしていない素人と見て取り、親切心で呼んでくれたのだろう。
タクシーはオレたち親子の前に滑り込み、ドアを開けてくれた。
後ろを振り返り、よろしいのでしょうか、と恐縮するオレに対して、おじさんは「どうぞどうぞ」と笑うのだった。
ジョン・カビラだった。
礼を言いつつ息子をシートに押し込み、遠慮なくタクシーに乗り込んだオレは、公園通りを眺めながら、いい人だなあと、心がじんわりとしてくるのを感じたのだった。
2026.02.17
AIを信用してはいけない
りくりゅうの金メダルは、オレも感動した。今までペア競技なんてイロモノとして見られてきただろうに、そういう壁を乗り越えての快挙だ。素晴らしい。
イロモノとして見られてきた背景には「付き合ってるに決まっている」「デキている」といった見られ方がある。
オレも含めて、どうやら日本人にはそうした見方をする傾向が強いらしく、Claudeで調べたらそれを「ペア病」と呼ぶのだそうである。
ほんとかよ、Claudeくん。本当にそんな呼び方をするのかよ。
グーグルで調べてもそんな呼び方はないようだ。まったくAIってヤツは、平気で嘘をつく。息を吐くように嘘をつく。いや、息はしないか。とにかく信用ならん。
もっと別の、心理学用語っぽい呼び方があったような気がするがなあ。
ああ、メモを取っておくんだった。いつもは新しい言葉やネタがあるとすぐさまGoogle Keepにメモしておくのだが、このときはうっかりしてさぼってしまった。
自分がさぼれば結果は自分に返ってくる。いい歳をして、そんなこともわからないオレだった。
それはともかくとして、フィギュアのペアのカップルは、ほとんどが「ビジネスパートナー」なのだそうだ。そりゃそうだろうとは思うものの、これだけ見せつけられると、いやいやいや、デキてるでしょ、と言いたくなる。
そして、そういう偏見は案外に大きな障壁であるらしく、そんなふうに見られるのが嫌で辞めたというスケーターは多いらしいし、「どうしてあたしがクリスマスイブに1人なのに、あんたはあんな女と手を握っていちゃいちゃしてるのよ!」と恋人の逆鱗に触れて辞めてしまうケースも少なくないという。
わかるなあ、その気持ち。特に日本人はその傾向が強いということも、なんとなく納得できる。
そんな障壁も乗り越えて金メダルを取ったりくりゅう。見ていると、別につきあっているとか、どうでもよくなってくるから不思議だ。
そんなことを考えながら向かったのは大手町。今日のインタビューは、この春に社会人になる学生である。
学生としての予定をすべて終え、あとは卒業式を待つだけというこの時期は、人生で最も輝かしい無駄時間だ。思い切り無駄に過ごしてほしいものである。
この春、社会人になるということは、オレの娘と同い年なのか、ひょっとして。
「東日本大震災では小学校1年生でした」という言葉に、確かにオレの娘もランドセルしょって帰ってきて、激揺れする家の中で、怖くてギャン泣きしていたっけ。
あのときの小学生がこの春、社会人になるのかあ。
インタビュー相手の彼はその頃から浦和レッズのサポーターで、高校時代はサッカー選手だったそうだ。
ほほう、上等じゃねえか、オレはアルビサポ。
すると「あれ、うちのサッカー部の先輩がアルビレックスに行きましたよ」と彼は言うのである。
え、誰、それ。
「アライ・ナオトさんです」
げっ、ヤツか。2番か。
一度移籍して出戻ったくせに、副キャプテンを任されたと思ったら開幕早々また出て行ったヤツか。
その真意を質す記者に向けて、「ボクだって辛いんです」と泣きながら言い訳したヤツか。
そのコメントがサポーターの神経をさらに逆なでし、「アライさん」ではなく「ツライさん」と呼ばれ、今では新潟県内に一歩たりとも踏み入らせないぞと県民すべてを敵に回しているヤツか。
実はレッズサポとアルビサポは案外仲がいい。
浦和にとって新潟は車で日帰りできるアウエーで親しみがあるし、食い物も酒も旨いということで、大変喜んでくれている。その様子を見てアルビサポも、よく来てくれたな、どんどんカネを落としてくれたまえ、ついでに白星も落としていけ、と喜んでいるのである。
では、どこと対敵しているかというと「ガンバに鹿島にエフトーですね」の返事。
エフトーとはFC東京のことで、まったく予想したとおりの答えだ。
その中では「鹿島は大嫌いですが、やっぱりすごいです」。この点はアルビサポも同意である。
というわけで、今年も打倒鹿島が大きな目標であるが、オレたちJ2だからそれもかなわないという、いつもの結論なのであった。
2026.02.16
確定申告はじまる
一度だけ、税務調査に入られたことがある。
調査官はある取引先のことをくどくどと尋ねてきたので、流れ弾が当たっての調査だったことは明白だった。
よって、オレの不正を暴くことが目的ではなかったと思う。ついでの調査だったわけで、それでも“そこまでやるか”と驚くぐらい、しつこくオレの財布を調べ上げてきた。
調査は3日間ぐらいかかった。
お茶ぐらい、いいんですよね、とお茶を出したのだが、調査官は「いや、まあ、ははは」と言って湯飲みには手をつけなかった。
初日はオレの顧問税理士が立ち会った。
税務の責任者として完璧な申告を行ってきたというのに調査に入られたことで、税理士は激怒。自分の仕事にいちゃもんをつけられたわけだから、当然だろう。
調査官は、深夜や休日にも経費が使われていることに疑いの目を向けて、「これは私的なカネではないか」と突っ込んできた。
これに対して顧問税理士は「この仕事(オレのライターとしての仕事のことね)は24時間、365日、頭を使っているんだ! 経費だって使って当然だ!」と、ブチ切れてみせた。
あまりの剣幕に調査官は「いやしかし、夜中も休日もって、そんな無茶苦茶な…まあ、いいですが…」と引っ込めたのだった。
オレは大変に頼もしく感じ、さすがに月々の顧問料を払っているだけあるなあと感心したのだった。
あのときの「24時間、365日」って、今の時代なら別の意味でアウトだろうが、オレは自営業者だから労基なんかに突っ込まれる心配は不要だ。
確定申告の時期を迎えるたび、あのときの顧問税理士の体を張ったディフェンスについて懐かしく思い出す。
3日間行われた税務調査でも怪しいところは一つも見つからず、オレは一銭の追徴を課されることなく放免となった。
飲み代を接待費にしたり、プロレス雑誌も仕事の資料と強弁したり、そんな誤魔化しはとっくに見抜かれていたとは思うが、その程度のしょぼい裏金を相手にしたところでかえって面倒くさいわ、ということだったのだろう。
手ぶらで帰って上司に怒られるんじゃないかと心配した。
それより本命の取引先はその後、どうなったのだろうか。以後も変わらずにオレとの取引は続いたから、結局、何もなかったのかもしれない。
2026.02.15
リハビリリーグ
「日記が短いからなんとかしろ」とクレームをつけてくるオザキがもう一つ不満をぶちまけるのが、「アルビレックスのことが多い」という点である。
オザキはこの日記の熱心な読者である。つまりは物好きということである。
もちろんオレはそんな注文に応えるつもりは毛頭ない。頭に毛はあるが、毛頭ない。
これは日記である。他人のニーズに応える日記などありえないではないか。
というわけで、本日はアルビレックス新潟についてである。
弱い。呆れるほど弱い。
加えて、サッカー自体に魅力がない。
「試合には負けちゃったけど面白かったねー」という要素が皆無なので、開幕戦と今日の試合の2試合で、だいぶライト層に見限られたのではないか。特に学生を中心とする若い層に逃げられたはずだ。
それほど今日の負けは酷かったもんなあ。
これまで小馬鹿にしていた徳島に手も足も出ないでやんの。ああ、情けない。
もっとも昨年、底抜けの弱さで、ダントツ最下位。あっさりとJ1から降格したチームである。
選手が抜け、監督が替わり、それからわずか1カ月で見違えるように強くなるわけがないから、その弱さも当然だろう。
前節の相手、愛媛はJ3降格チームだ。要するにJ2降格とJ3降格の最弱チーム同士が戦ったわけで、その試合にへえへえ言いながら1-0でやっと勝った程度のチームだから、徳島ごときにボコられるのも当然だ。
こりゃあこのままJ3まっしぐらでもおかしくないなあというほどの弱さなのである。
それでいて、実はあんまり悔しくない。ちょっとは悔しいが、まあ、負けて当然だよねー、あははー、という感覚だ。
というのも、このへんてこな100年構想というリーグのせいである。
約半年間のリーグ戦で、今回に限って降格も昇格もない。
となると勝負はある程度度外視で新しい戦術を試したり、攻撃に全振りしたりするチームがあってもいい。要するに実験のできるリーグなのである。
アルビレックス新潟にとっては非常にありがたいリーグで、リハビリに充てられるのだ。リハビリリーグ。
だから負けても、今日のように課題がはっきり見えることの方がありがたい。使えない選手がはっきりして、その使えなさぶりには頭を抱えるし、課題の多さにも頭を抱えるのだが。
それでも若手を想いきり試せるのも勝負を考えなくてもいいリーグだからだ。
この半年間、存分にリハビリすればいいわけで、どんなに負けてもJ3降格はしない。
もしこのリーグでなければ、今ごろオレたちは真っ青になって、いよいよJ3かと本気で心配していただろう。北九州を笑えない。松本を小馬鹿にできない。
こんな調子でこの先もチームには付き合うのだが、いくら情けないからといって応援するチームは変えられない。故郷を変えられないのと同じだ。
こういうどん底の時に応援してこそサポーター。まあ、腹くくって付き合うわ。
だからオザキも腹くくって読むように。
2026.02.14
娘からチョコをもらった
オレはB型だ。
B型あるあるを見ると、まったくオレ自身のことだと深く納得する。
・好き嫌いがハッキリ
・興味ない話は本当に入ってこない
・マイペースが正義
・縛られると一気にやる気ゼロ
・思ったことすぐ口に出る
・でも悪気はない
・切り替えが異常に早い
・落ち込んでも立ち直り爆速
・飽きたら急に冷める
・自由ないと無理
・団体行動ちょっと苦手
・「なんとかなる」が口癖
・人にどう思われるかあまり気にしない
・やるときはやる
・やらないときは絶対やらない
・裏表あまりない
・嫌いになったら即終了
・人の目より自分の感覚
・思いつき行動多め
・謎の自信ある
・実は寂しがり
・空気読めないんじゃなくて読まない
・怒ると一瞬で終わらせる
・新しいもの好き
・単純だけど深い
・基本ポジティブ
・熱量の差が激しい
・人に合わせすぎない
・感覚で決める
全部当てはまる。
つーか、血液型ってアテになるのかね。「一人になると寂しがり屋さん」とか、だいたい誰にでも言えるんじゃないか。
と、みんなが楽しんでいるところに難癖をつけるのがB型と言われて、うるせえばーかと切れるのがB型。
「新学期にだけ見える星座」似鳥鶏・創元推理文庫。
というわけで、お待たせしました、市立高校シリーズの最新作である。オレのお気に入りの柳瀬さんが、いつの間にか葉山くんと付き合っていたのね。
ミステリーではあるが、オレが好きなのは高校生たちが好き勝手に動き回る、その瑞々しさにある。今作は謎解きに重きが置かれ、青春小説の部分が薄かったのが不満だ。
小嶺元「アルキメデスは手を汚さない」を筆頭に、オレは青春ミステリーが好きなのである。もっとその匂いを出してほしかったなあ。
一方でこの作者の持ち味である饒舌な語り口は健在。ぺちゃくちゃと、まあ、よくしゃべること。特に後書きは毎度のことながらくだらなすぎて楽しい。今回も最初に後書きを読んでしまったほどだ。
このくどくどした文体は、これからも大切にしてほしい。
「ケンカマッチの真実」宝島社
プロレスの試合で時々起きるガチンコの試合について特集した一冊。宝島社お得意の、既存記事の使い回しである。それでもなじみのある世界なので、個人的には読みやすくてよかった。新幹線の中で気楽に読んでおしまい。
2026.02.13
本郷三丁目の夜
トイレの芳香剤の匂いが今ひとつ気に入らないので、3分の1くらい残っているところで捨ててしまった。
捨てた? どこに?
もしトイレに流したのならNGです。捨てるなら新聞紙に吸わせて燃えるゴミの日に。
というわけで、オレはやっちまったわけだが、そのせいで見事にトイレが詰まってしまった。
大阪からの帰りの新幹線でヨメからの「1階のトイレは使用禁止です!」という家族LINEが来た瞬間、オレは己のやらかしを悟ったのだった。
ヨメはできたヨメで、事態に気づいてすぐに東京ガスに電話した。
トイレ修理で東京ガス? そうです、東京ガスです。
我が家は電気も東京ガスから買い、ついでにエネファームまで東京ガスから仕入れている。まるごと東京ガスなのだ。
さらにサブスクのメンテナンスプランというものにも入っていて、水回りのトラブルは全部対応してくれるのである。とても安心だ。
トイレの詰まりとなると、すぐにポストに投げ込まれたマグネット業者を思い浮かべるが、マグネット系は絶対に電話してはならない。マグネット系は全部悪徳業者だ。
あの業界をちょっと取材したことがあるオレが断言する。
トイレ詰まり解決業者は、基本的に完全歩合である。公園などに車を止めて、電話が入ってくるのを待っている。早い者勝ちだ。
そして、完全歩合だから訪問した先では「ここは直りましたが、ついでに台所も見ておきましょうか。なーに、念のためです念のため。どれどれ、あっ、これは大変だ、奥さん、このままにしておくと」という流れで掃除の必要のないパイプまで無理に掃除して高いカネを巻き上げるのである。
基本はクレジットカード決済。金ならいくらでも払うから早くトイレを直して、漏れそうなのよ、という心理状態の奥さんは、これでころっと騙されて払ってしまうのである。
ちゃんとパイプ掃除をしているのだから詐欺ではない。そもそも必要のない掃除をされたことすら気がつかないから、発覚しにくい。
これがマグネット系なので、決して立ち入らせてはならないのだ。
ついでにもう一つネタを紹介。
緊急事態とは言え、見ず知らずの他人を家に上げるのだから、家人は非常にナーバスになっている。
そのため「見た目が怪しい」「不潔」「汚い」「臭そう」といった第一印象の業者は、終わったらとっとと帰れという態度で扱われ、さらにはコールセンターに「あんな薄汚いヤツをよこすな」というクレームまで入れられてしまう。
それに対して見た目すっきり、若くて爽やか、ちょっといい匂いもしそうという業者は歓迎され、追加の掃除もその場ですぐにOKしてもらえる。
完全歩合制だから、こうして収入に大きな差がついてしまう。
見た目は正義。ルックスが収入に跳ね返る、実にシビアな世界なのだ。ホストと変わらんな。
そんな小話はともかく、我が家のトイレの詰まりには、マグネット系ではなく東京ガスの制服を着たお兄ちゃんが駆けつけてくれ、「あちゃあ、芳香剤ですか、あれは水と混じると固まっちゃいますからねー」とオレに貴重な情報をくれながら、テキパキとパイプ詰まりを直してくれたのだ。
しかも、いくら? と聞いたオレに対して「30分以内だから、いいっす。無料っす」との返事。どうやらオレの加入している東京ガスのサービスメニューだと、そういうことになっているらしい。
完全歩合制とはたいした違いである。入っておいてよかった。
こうして我が家のトイレ禁止は一晩だけで済んだのであった。
そんな大変な思いをした後にオレが向かったのは、本郷三丁目である。
今夜は飲み会なのだ。
相手はお久しぶりのカナウチおじさん。おじさんはオレと同じ街に暮らしているのに、なぜか本郷三丁目がリクエストなのだ。めんどくせえ。
理由は、オレが時々ここに書く居酒屋の加賀屋に行きたいかららしい。ああ、めんどくせえ。
あげくにカナウチおじさん、本郷三丁目と言ったのに、なぜか東大前駅で降りてオレを待っていたのである。
タンゴ→息子は東大生→あんなタコの息子がどうして東大に→東大東大東大→東大前で降りちゃった、という思考だったらしい。ニワトリ並みである。
しかもカナウチおじさん、慌てて本郷三丁目へ移動しようとしたら、間の悪いことに丸ノ内線が車両点検で止まってしまったのだ。
再び慌てたカナウチおじさんは、ついにタクシーに乗ることを決心。やっとの思いでつかまえたタクシーに乗り込んだ瞬間、丸ノ内線が運転を再開するというさらに間の悪いことが重なり、そりゃそういう日もありますよカナウチさんとオレも言うしかないような目に遭ってしまったのである。
ついでに言えず、この日はサプライズでオザキを仕込んでいたのだが、そのオザキも丸ノ内線の運行停止に巻き込まれるという間の悪さ。唯一間の悪くなかったオレだけが本郷三丁目駅の改札で、2月の寒空の中、30分も立ちつくして待ったのである。
明日はバレンタイン。立ちつくすオレの隣にはJK4人のグループがきゃっきゃっとはしゃいでおり、君たちも意中のカレにしっかりとチョコを渡すんだぞと、昭和なメッセージを目で送った。
さて、やってきたカナウチおじさんを、そういう日もありますよと慰めながら向かったのが、ご存知加賀屋。昭和の居酒屋。日本の部室。
今どき、座敷ではタバコが吸える。息子によれば、これには理由があって、座敷では食事は出さないようにしているため、喫煙の許可が下りているそうだ。理屈がよくわからんが、そういうところもオヤジたちに人気の理由だろう。
丸ノ内線運転中止のピンチから脱して途中からやってきたオザキを目にしてもカナウチおじさんはまったく驚かず、ちっともサプライズにはならなかった。
むしろその後に合流した息子のほうがよっぽどサプライズで、オザキは「なんで父親が飲んでいるところに来るのだ」と仰天する。
後で聞いたら、息子は既に大学の仲間と飲んでワイン1本を開けており、酔っ払った父親が2月の寒空で倒れたりしたら後が面倒というので、帰りがけに加賀屋によったということだった。
加賀屋はいつものように満員である。実にやかましい。
この客の半分は東大の人たちだぞと教えてやったら、オザキは「マジすか」と驚く。そんなに驚くようなことか。
まあ、オレも以前は本郷三丁目で下車する人を目にしては、こいつら全員東大生かよ、東大生って世の中にこんなにたくさんいるのかよとびびったものだったが、息子が東大生になってからは何とも思わなくなった。
むしろ、はいはい、こめんなさいよ、私立文系の私が通りますからね、ちょっと道を空けてくださいね、ぐらいの態度でこのあたりを徘徊するようになった。
もっとも当の息子も、受験の下見に来たとき、きっとこっちの道に違いないと学生集団の後をボケッとついていったら、美容専門学校に着いてしまったそうだ。「そういやみんな頭が金色だった」と笑った18歳の息子の顔を思い出す。
本日は同時刻、飯田橋でイイムラくんやコマちゃんたちがこっそりと集まって、一山当てようという儲け話をしているという情報が入っている。そこで、オレたちもそっちに乗り込むから待ってろという、まったくそんな気もないフェイクLINEを送って嫌がらせをしてやる。
加賀屋にも飽きて、たっぷり飲んで解散。オレは息子に手を引かれて帰ったわけだが、今日に限ってどうしてこんなにもダラダラと日記を書いているかというと、オザキから「最近短すぎる」とクレームが来たからである。
よってカナウチおじさんとかオザキとか、実名入りで長々と書いた次第である。トータル3000字。朝一番に書く量じゃねえよ。こんなもん書かないで原稿書けよ。
というわけで、みなさん元気でまた飲みましょう。あと何回飲めるかねえ。
2026.02.12
オレなんか洟垂れ小僧だ
大阪で訪ねたのは、96歳のガラス職人である。
師匠でも何でもなく、今もたった1人で毎日作業を続ける、まさに職人そのものだ。
その技術はとんでもなく精緻でまるで魔法なのだが、足腰も頭もすべてしゃっきりしていることに驚く。
好きなことを続けているからストレスはまったくなくて、幸せなのだそうだ。
聞けば70歳頃に一度、仕事がなくなってしまったという。中国製に負けてしまったのだった。
もう辞めようと思わなかったのかと尋ねたら「ほかのことはできなかったから」との返事。
そこで新しい技法を自分で開拓したところ、これが当たって、再び売れっ子になったのである。
すげえ。70歳で仕事がなくなって、そこから新しい道を切り拓くとは。
いやあ、まさにオレたちが追うべき背中がここにある。
工房は独立したときに建てたそうだが、それが昭和33年。なんとオレの生まれた年ではないか。
私はこの工房と同じ年齢ですよと伝えたら、職人は嬉しそうに、実にいい顔で笑ったのだった。
2026.02.11
ただいま三島あたり
いま私はこれを新幹線の車内で書いている。9時東京発の新幹線はほぼ満席だ。
行き先は大阪。日帰りである。
年が明け、68歳になっても、こうして大阪日帰りなどの機会があることに感謝である。
10年後も同じようにできるだろうか。できるに違いない。私はポジティブバカなのである。
数年前、ある雑誌が廃刊になったときの関係者の弁がお笑い草だった。
「ネットに食われました」「ネットに負けました」
今回の選挙で大敗した立憲議員の言い訳とまったく同じだ。
ネットに負けたのではなく、ネットを使えなかっただけだ。自分の責任なのに他責にしている。
いまならばきっと「AIに食われました」と言うだろう。
掃除機が誕生したとき箒職人は「掃除機に負けた」と言い、電気釜が誕生したときはお釜職人が「電気釜に負けた」と言ったかもしれない。
そんな職人たちのことを「ネットに負けました」は笑えない。
ネットが出てきたらネットを使え。
AIの時代ならAIを利用しろ。
当然そのための勉強や努力は必要だ。
私はこれからも勉強する。技術と向き合い、利用し、ポジティブに進んでいく。
新幹線で3人掛けの窓際の席をいつも選ぶのは、真ん中を避ける人が多いので空席の隣に座れる確率が高いからだが、今日はその目論見が外れてしまって窮屈に奥に押し込められてしまった状態だ。
そんな状態で私はポジティブだポジティブと握りこぶしを固めるのであった。
みんな名古屋で降りてくれないかなあ、と願いながら。
あっ、他責じゃねえか。これ。
2026.02.10
無頼派
安田忠夫が亡くなった。
出勤してこないことを不審に思った職場の同僚が自宅を訪ねたら、冷たくなっていたらしい。
もとプロレスラーである。
職場とは立石駅近くの踏切警備の仕事だ。このように近年では警備やパチンコ屋などのバイトが主だったようだ。
割と頻繁に各地での目撃情報が上がっていた。
それを見てホッとする人が多かったのだが、それというのも一時は所在がまったく分からず、危ない筋に消されたのではないかと噂されていたからだった。
とにかく借金漬けだった。理由は博打。ギャンブル。
本人の談によれば、まったく金がないときはタニマチのような人が毎朝1万円をくれたのだが、そのまますぐにパチンコ屋に行って使い果たしてしまっていたという。
プロレスラーの石澤(ケンドー・カシンだ)が案じて、青森の山奥にある養豚場の住み込み管理人というとんでもない仕事に、半ば強制的に就かせたものの、給料が入るとタクシーを呼んで街中のパチンコ屋まで行き、スッカラカンになっては3時間半の山道を歩いて帰ってくる有り様だったそうだ。
あまりの状態を心配したマスコミ関係者などが手を尽くしてブラジルで働いて再起する手はずをつけ、航空券まで用意してやったたというのに、出発直前にドタキャン。以後行方知れずとなった。
関係者の1人であるライターが「もう二度と関わり合いになりたくない」と匙を投げたほどの裏切りだ。
「消されたのでは」と心配されたのはこれ以来のことで、消息不明かと思ったら、以後数年間はなんとタイで用心棒のような仕事をしていたらしい。
まさに病気だ。壊滅的に社会性のない人物だったわけだが、なぜか憎めないキャラをしているということで不思議と生き延びてきた。
プロレスラーとしての実力は今ひとつ分からない。というのも、とにかく負けてばっかりだったからである。
それでいて、あの小原にセメントまがいの試合で勝ったり、総合のリングで優勝したりと、大きな試合で勝ちを収めている。確かに相撲取り上がりだから、ガチンコになると強いという説には説得力がある。
加えて後年のインタビューで自身が「ずっとジョブボーイだったから」と発言している。要するに“負け約”だった、というわけだ。
実力はあるがスターを引き立てるために負け役に徹するというのはプロレスによくある話だから、なるほど、安田もか、と思ってしまう。
オレが印象に残っているのは、東京ドーム1.4事変。あの橋本真也対小川直也のガチンコ試合だ。
場外て両陣営の乱闘が始まり、それはまったくショーアップされていない本気の乱闘で、死人が出る寸前だったのだが、そこに飛び込んできた巨体が安田忠夫。
実は試合前、不穏な空気を感じ取っていた橋本が、セコンドの安田に「ヤス、何かあったら頼むな」と耳打ちしていたという。
ロッカールームに引き上げた安田は、荒い息を吐きながら周囲を睨みつけ、「お前らなんで行かないんだよ。お前らの人間性を見たよ」と吠えたそうだ。
仲間がやられているときにびびってんじゃねえよ。仲間のために体張れよ。
そんなメッセージを全身で発していた安田が、男気あふれる人間だったことに間違いはない。
借りた金は返さない。返せないのにまた借りて返さない。借りたらすぐにギャンブルで溶かしてしまう。そしてまた無心する。
とことんとんでもない人生を送った男で、それでいて結婚して、孫が5人もできたという。
その5人の孫と過ごすのが最高の幸せで、こんな孫ができただけで十分な人生だ。
本人もそんなことをインタビューで話していた。
よくも悪くも記憶に残るプロレスラーだった。
2026.02.09
氷上では決して転ばない女子選手がコケて大ウケ
オリンピックのスケート団体戦が話題らしい。
見てみると、まるで運動会のような盛りあがりだ。赤勝て、白勝て、みんな頑張れ、ビリには一番の拍手を。
オレはスケート全くの門外漢だが、それでも見ているだけでほのぼのと楽しくなる。
終わればもちろんノーサイドで互いに讃え合うし、つまりスポーツはこうでなくちゃ。
サッカーなんかとは大違いだ。
殺伐とした罵り合いに終始した衆院選ですさんだ日本人の心を、スケートのチームが癒やしてくれたのだろう。
2026.02.08
大勝利の夜
次の選挙はオレが立候補して、犬とチャリは禁止という公約を掲げてやる。都内の犬はすべて殺処分、公道を走る自転車はすべて実刑収監と訴えてやる。
そんなことをぜえぜえと吠えながら選挙速報を見たわけだが、岡田、安住、枝野、小沢などなど、悪夢の民主党の極悪人どもが一掃されて、実に清々しい気分だ。ついでに松下や大石なども消えてくれて、空は実に美しく晴れ渡っている。
もっとも枝野に関しては、自分がつくった党だというのに野田に勝手に売り飛ばされて消滅させられたのだから、あまりに気の毒ではあるのだが。
野田だけが1人残ったのは実に清々しく、いったいどのような空気感なのだろうか。
辻元清美が「しょうがないなあ」とアップを始めたそうで、今後が楽しみである。
辻元清美と同時にアップを始めたのがご存知、蓮舫さん。
この蓮舫さんはなぜか選挙に強い。あるとき、その辺を歩いているおばちゃん軍団が「政治のことはよくわかんないけど、男の人の中で頑張ってるわよね、蓮舫さんて」「そうよそうよ」「だから応援したくなったちゃうの」「そうよそうよ」と話しているのを耳にしてオレは膝を打った。
ポンッ! そうか、そういう人々が蓮舫に投票しているのか。
今回はその層がすべて早苗ちゃんに流れたことは間違いない。
だからドタキャンだなんだと左の連中が早苗ちゃんを叩くたび、どんどん支持率が上がっていった。野党のやることはとことん悪手。文字通りの自爆だ。
決して人の悪口を言わず、叩かれても叩かれても自分の想いを真っ直ぐに伝える早苗ちゃんに支持が集まるのは当然のことだった。
加えて、戦争をさせないムーブは極めて悪手だった。
いったい、どこで誰が戦争をしているというのだ。どの政治家が戦争を始めると言っているのだ。早苗ちゃんへのいちゃもんであることは明々白々だった。
こんなムーブに乗っかってはいけないと言ったのは、泉健太1人だけ。彼が小選挙区で生き残ったのは象徴的である。
それにしても左の方々の口汚さには、ひどく驚かされた。
自民に投票する有権者は、彼らに言わせればバカで、無教養らしい。
特に「バカな若者」と、若い層に向けてあしざまに罵っている様子には目を疑った。群馬のあの方をはじめ、もはや老害であることを恥じもしなくなったようである。
ああはなりたくないねえ。
若い世代は経験も知識も足りない。当たり前だ。だが無限の可能性に満ちている。
その世代に安定と繁栄を残してやれなかったことを恥ずべきなのに、「バカ」と罵るのだから、救いがたい。
犬とチャリに加えて老害じじいも処分してよろしいという公約を掲げたいくらいだ。
そんなわけで今夜は息子と安いワインで乾杯したのだが、その理由は選挙ではない。サッカーである。Jリーグである。アルビレックスである。
本日、Jリーグが開幕した。この半年間のレギュレーションはとても奇妙で、説明するのにうんざりするほどだ。だから各自勝手に調べてくれ。
開幕戦の今日、我らがアルビレックス新潟は、愛媛に見事に勝利した。
試合内容はとことん押されていたものの、去年ならば間違いなく逆転されていたところ、なんとかしのいだのである。
戦術バウマン。
使える選手、駄目な選手がわかり、相変わらずの問題点を抱えたままであることははっきりしたものの、ともかく勝利だ。勝利はすべてを癒やす。
なにしろ8ヵ月ぶりの勝利なのだ。これが乾杯せずにいられようか。
オレと息子はウィスキーに切り替え、しみじみと勝利の味を思い出したのだった。
2026.02.07
今日は有楽町
本日は、先輩・ハーセさんが主催して30年という石川フェアに行き、ついでに再開した仲間たちと昼飲みしてきた。
もちろん正確に言えば、石川がついでである。
昼飲みは気持ちいいよねえ。
イズハラくんはこれから仕事するんだと威張っていたが、絶対に無理に違いない。
こうして昔の仲間と会って酒を飲む時間は、とても愛おしいものだ。
あと何回、こうやって集まれるだろう。
2026.02.06
今日は谷原
漫才ナイツの塙は地元住みである。]メガネをかけていない、下ネタばかりのおじんさのほうね。
娘の通っていた高校の近くに住んでいて、石神井公園駅周辺の店にはよく顔を出しているらしい。オレは見かけたことがないが。
その塙が、YouTubeで地元・練馬をブラ歩きする番組をやっている。その最新の番組が、我が家の住む谷原の紹介だ。
おお、マジか。何にもないぞ、ここ。いったい何を紹介するというのか。
番組を観て驚いた。
塙が最初に紹介したのがガスタンクで、2番目に紹介したのが谷原交差点である。
ガスタンクと交差点!
わはははは。本当に何もないからガスタンクと交差点を紹介してやんの。
その後も店を探してうろうろと歩き回るが、何もないのだ。
やっと見つけたスナックにも取材を断られる始末。
ちなみにこのスナック、ママも客も昇天間近のジジババで、メニューはすべて700円。ビールを頼んでも、ウーロン茶を頼んでも、あたりめを頼んでも、すべて700円。
それで歌い放題というので、平日の昼間っから近所の高齢者が寄り集まって歌い呆けるという、老人ホームそのもののスナックなのだ。
本当はそんな地獄絵図を紹介してほしかったのだが、断られたのなら仕方ない。
まあ、そんな街に我が家は住んでいる。
塙もさぞ困ったことだろう。
2026.02.05
今日は四谷
仕事で四谷怪談の舞台となった神社を訪ねたのだが、目的地を見つけられず、結局退散した。何らかの不思議な力が働いたに違いないと感心した。
代わりに「君の名は」に登場した、階段のモデルとなった階段を訪ねた。
座り込むなという中国語の注書きが書いてあって、連中はどこでもやってくるのだと感心した。
2026.02.04
美味い魚が食いたい
久しぶりに会った知り合いが、湯河原に引っ越していた。
とても快適らしい。
都内の会社までの通勤時間は約2時間、出社するのは月に1,2度で、あとはずっとリモートなので、たまの出社は気分転換の感覚だそうだ。
移住した理由は、大好きな海釣りを楽しむためで、念願どおり平日でも時間ができると釣り竿を垂らしている。最近はサーフィンも始めたそうだ。
地方移住となると気になるのは地域社会との付き合い方だが、湯河原は田舎過ぎず、中途半端に都内のため、今のところまったく気苦労はないらしい。
家賃は格安。都内のワンルーム時代と同じ家賃で3DK暮らしである。
目の前のスーパーまで徒歩30秒で買い物は困らない。
書店は全滅だが、Amazonで事足りている。
なるほど、理想の移住ライフだ。
うらやましい限りである。
これからはこうした人も増えてくるのだろう。湯河原は空き家も山ほどあるらしいし。
とにかく東京の住宅費は高すぎるからなあ。
2026.02.03
節分
節分である。季節を分けると書いて、節分。明日から春だ。
節分だから、豆を蒔こうではないか。
リビングルームの掃き出し窓を大きく開けて、夜の空に向かって「ハゲはー外っ! ヅラはー内っ!」と叫びながら豆を蒔いたら、「やめなさい!」とヨメに思い切り叱られた。
隣の畑は、明日の朝、蒔かれた豆を狙って集まる鳥たちがピーチクパーチクとうるさいだろう。
そもそもどうして節分に豆を撒くのか。
疑問はすぐにAIに尋ねることだ。スピードが重要なのだ。
ああ、Claudeくん、どうして節分に豆を蒔かねばならないのだね?
「季節の変わり目は病気になりやすいので、邪気を追い払うために、生命力にあふれた豆を蒔くのです。ハゲを追い出しても邪気は消えません」
なるほど、明快だ。
では、せっかく起動したので、Claudeくんに節分の川柳を作ってもらおうじゃないか。
「豆まきの 翌朝掃除 これが本番」
「年の数 食べきれないと 気づく春」
「恵方巻 無言で食べる 気まずさよ」
「鬼の面 つけたパパには 容赦なし」
「福は内 言いつつ部屋に 豆散乱」
…。これをわずか3秒でつくるんだぜ、AIは。
人間はとてもかなわんよ。
ならばと、これらClaudeくんの作った川柳を、Copilotくんに評価させてみた。審査員、Copilotくんである。
「いい句ぞろいですね。節分ネタを生活感とユーモアでまとめていて、全体として完成度が高いです」
特に「恵方巻 無言で食べる 気まずさよ」については
「非常に現代的で秀逸。恵方巻×無言×気まずさという三点が一気につながり、情景が完璧に浮かびます。よで締めたのも正解。コンクール・社内広報・SNS向けにも非常に強いです」と大絶賛であった。
こうなるとオレも一句ひねりたくなる。
「節分や ハゲにくらわす 豆鉄砲」
これを審査員Claudeくんに評価してもらった。
「芭蕉の有名な句、山路来て 何やらゆかし すみれ草、のような本格的な俳句のスタイルですね!」
「季語は節分、豆まきの勢いを豆鉄砲で表現し、ハゲにくらわすという表現で痛快さやユーモアを出していますね。豆まきの激しさや、当たった時の痛みが伝わってくる一句です」
うーむ、大絶賛じゃねえか。大丈夫かよClaudeくん。
その点、Copilotくんは
「笑いが対象の外見そのものに依存しているため、川柳としてはやや単線的で、深みや共感の広がりが弱い」との評価である。
真面目だなあ、Copilotくんは。真面目すぎて面白みに欠けるのではないか。
残った豆をぽりぽり食べながら、オレはAIと戯れるのであった。
2026.02.02
1万1000円
東京アプリがリリースされ、登録すると11000ポイントもらえるそうだ。つまり1万1千円、東京都からもらえる。
そりゃ誰でも登録するわな。
というわけで申込みが殺到してサーバは大混雑らしい。当たり前だ。
よってオレも当然のことながらしばらくたってから申し込むことにする。
2、3カ月先じゃないか。
行政手続きのオンライン化を推進することが目的だとは思うのだが、こんなにもお小遣いをくれるなんて、なかなかの力業である。
選挙も早くこうなってくれないかなと思う。
ネットで投票すれば千円あげますとか言えば、きっとみんな喜んでそうするだろうし。
まあ、マイナンバーでもこの有り様だから、絶対に発狂的に反対する連中が出現するのだろうなあ。
2026.02.01
人として軽蔑する
高市早苗がリウマチの治療でNHKの日曜討論をキャンセルしたことに対して、界隈の叩き方が酷い。見ているだけでこちらも気持ちが塞いでくるようだ。
そもそも界隈の人たちは、弱者に寄り添う政治と言ってなかったか。働いて働いてに対して批判していなかったか。
それなのに連中は、病気の人を揶揄し、治療なんかしないで働けという。どんだけダブルスタンダードなんだ。
連中の職場には、体調の悪い人が病院に寄って午後から出社することはないのだろうか。そういう人に対して、逃げたとかさぼったとか叩くのだろうか。
ネットではリウマチ患者が怒る、怒る。少なくともリウマチ患者やその家族を敵に回したことだけは間違いない。
あげくに、代替出席の田村議員が三重の選挙区だというのに東京にいたことに対して難癖を付ける。
病人が出たら早々に代役を用意するのは組織として当然だ。
そもそも逃亡したというところで、単にNHKの番組一つをキャンセルしただけではないか。政務を投げ出したわけでもない。
野間口とか、芸能人まで乗っかって叩く。
久々に胸くそ案件である。
なお、政治ネタでは先日地元の候補の応援演説に、片山さつきがやってきた。大物である。
ただし、時間が悪い。朝の8時だ。
これでは通勤通学途中の人が足を止めるだけで、忙しい時間帯にわざわざ出向くこともできない。
それでも200人ほど集まったらしく、ネットには片山さつきに握手を求める人たちに向かって候補者が「候補者は私でーす」と叫んでいる様子が上がっていた。
噂では、近々小泉進次郎が応援演説にやってくるそうである。
ほほう、進次郎か。これは、ちょっと見てみたいな。
きっとおばちゃんたちが山のように押し寄せて、駅前はパニックになるに違いない。
2026.01.31
復活のPK戦、消滅のフードセンター
JリーグでPK戦が復活する。期間限定、半年間だけではあるが。
理由は、日本代表があまりにPK戦に弱いから、普段から場慣れさせておこうということらしい。
確かに前回のワールドカップのクロアチア戦敗退も、酷いPK戦のあげくだった。三笘のPKなんて、なんだこりゃレベルだった。
とはいえ、そもそもPK戦なんてサッカーではないから、あまり見たくはないのだが。
Jリーグが誕生したときは、サドンデス、今で言うゴールデンゴール方式で、延長無制限で行われた。完全決着がうたい文句だったのである。
その後、ゴールデンゴール方式からPK戦に移り、引き続き完全決着のJリーグがウリとなった。
引き分けが導入されたのは、10年ほどたってからだったと思う。
それまでのオレたちは、スポーツなんだから決着がついて当たり前、引き分けのどこが面白いのだと思っていた。
それが、引き分けが導入されて20年たって、ようやく引き分けの醍醐味を理解できるようになった。
「よし、今日のゲームは引き分け狙いでいいぞ」「やった、引き分けに持ち込んだぜ」
そんな具合に引き分けにも盛り上がれるようになって、ようやくオレたちも世界に通用するサポーターになれた気がする。
そもそもJリーグが完全決着をうたって盛り上がったときのオレたちの反応は、UWFが「両者リングアウトを廃止してリング内で決着をつけまーす」と宣言したときの盛りあがりによく似ている。
それまでのプロレスでは、ビッグマッチはだいたいが両者リングアウト。始まる前に結果が見えていて、あーあ、やっぱりなあと思ったものだった。
そこに完全決着のUWFが登場したのだから、そりゃあ盛り上がった。
でも、サッカーでは引き分けの醍醐味をオレたちは知ってしまったのだから、プロレスにもやっぱり両者リングアウトの醍醐味があるのではないかと思うのだが、きっとそんなことはないのだろう。
まあ、よい。
気に食わないのが、PK戦導入を報じた日経新聞の解説記事で、一昨年のルヴァンカップ決勝の写真が使われたことである。
キャプションは「PKを笑うものはPKに泣く」的な。
くそう、日経新聞め。アルビレックスに何の因縁を付けてるんだ。どうせ写真を使うなら、クロアチア戦の三笘の下手くそなPKのシーンを使え。
そう思ったのだがワールドカップはJリーグじゃないしなあ。
などとPK戦について考察を重ねていたら、清水フードセンターが消えるというニュースが飛び込んできたでござる。
清水フードセンター。それは新潟のローカルスーパーである。AEONに吸収されるのだそうだ。
清水フードセンターはオレの実家の近くにもあって、開店したとき、オレは小学生。えらく近代的なお店ができたものだと衝撃だった。当時、オレの田舎町ではかなり先進的な店舗だったのである。
この清水フードセンターへ、祖母と一緒に買い物に行ったときのことをよく覚えている。買い物を終えてバスで家に帰り着いて袋を開けたら、中身はまったく覚えのない商品ばかりだったことにびっくり。
祖母は「他の人の買い物袋と間違えてしまった」と大笑いし、今ごろ相手方もびっくりしているだろうと楽しそうにしていた。
店舗そのものはAEONに衣替えして経営を続けるそうだが、あの懐かしい名前が消えていくのはやはり寂しい。
調べたら創業は1957年と、オレの一歳年上だ。お疲れさんでした。
「真珠とダイヤモンド(上)(下)」桐野夏生・毎日文庫。
バブルの証券会社を舞台にした小説である。当然、救いようのないほどうんざりした話だ。まったくあの時代は何だったのか。オレは特にバブルでいい思いをしたことはなかったが、それでも異常を異常と思わず、こんな時代がいつまでも続くと信じていた空気感はしっかりと覚えている。
NTT株を巡るキチガイじみた騒ぎなど思い出しつつ、溜息をつきながら読んだ。
2026.01.30
「新学期にだけ見える星座」似鳥鶏
源氏鶏太に復刻の兆しが出てきたと日経新聞が書いている。
昭和の作家だ。サラリーマンを主人公にした「サラリーマン小説」で絶大な人気を博し、直木賞も獲っている。
オレも以前はちょっと読んだ。平和で呑気な小説で、その穏やかさが心地よかった。
だが、次第に書店から消え、令和のいまではネットで買おうとしてもなかなか手に入らない。仕方ない。時代の流れだ。
だが、最近になってた地元の富山あたりで見直しの機運が生まれたらしく、作品の復刊も期待できるあたりまできているらしい。
確かに時々、妙に読みたくなる作家である。源氏鶏太。
読んで、あはは、と笑っておしまいだ。こういう作家は、時代を超えて読み継がれてほしい。
作家が消えるのは寂しいもので、今では篠田節子ありたもなかなか買えなくなってきた。現役の社会派作家なのに。
大きな本屋に行かなければ、今では棚に著作を見つけることは難しい。
そして今日買ってきたのは、源氏鶏太と同じ漢字の名前の似鳥鶏の新刊。今日が発売日で、待ちかねて発売初日に駅前の書店で買ったのだ。
オレの絶対的なお気に入りの市立高校シリーズである。
もう終わったものと決めつけていたから、まさかのシリーズ復活だ。
諸君、これは天からの授かり物である。心して読むように。
というわけで市立高校シリーズは今、机のに上に置いてある。早く読みたいが、まずは眺めて楽しむのだ。
2026.01.29
豊洲ごときが
今日も豊洲で昼飯を食ったのだが、フードコートの天丼が1500円だよ、おい。
そりゃあ天丼だからそこそこ値は行くかと思うが、それにしてもフードコートだぞ。しかも、てんやと変わらない天丼だぞ。だったらてんやへ行けと言われるのは理解しつつ、これで1500円かよと打ちひしがれる。
フードコートだから、家族づれでお昼ご飯に天丼を食べると6000円。
うーむ、とオレは卒倒し、あの豊洲ごときが何を偉そうにと頭をかきむしるのであった。
それはともかくとして、最近のこの日記は短めだものだから、そろそろオザキに文句を付けられそうで、オレは身構えるわけだ。
長く書こうと思っても書くことがない。そこを無理に長く書くのがプロだろうという声も聞こえてきそうであるが、シャラップである。
書くことがないというのは、要するにサッカーが始まっていないからだ。
オリンピックは始まるらしいがあれは北半球の運動会。スケートあたりをちょっと見れば十分だろう。
それよりもサッカーだ。Jリーグだ。アルビレックスだ。
J2で悪かったな。ぶっちぎりで優勝してみせるわ。
そう言っておきながら前回も昇格まで5年もかかったしなあ。
再びあの暗黒時代がやってくるのだろうか。
いや、一番の問題はアウエーがどれも遠すぎて行けないことだ。仕方ないから今年はホームにでも行くか。仕方なく笑。
2026.01.28
さらばパンダ
選挙の行方もそうだが、今はとにかく中国の動きが気になる。噂、フェイク、ここだけの話がネットを飛び交い、一体何が起きているのかはわからないが、とにかく何かが起きていることは確かなようだ。
一番驚くのは、というかヤバいのは、クーデター説だな。
キンペーが自分の私生児に世襲させようと企んでいて、それに怒ったヤツらが「キンペーの私生児にやらせるくらいならパンダにやらせた方がいい」と決起して日本からパンダを戻させたという話だ。
警戒したキンペーは二日続けて同じ場所で寝ないという徹底ぶりで身を隠し、その間にクーデター軍から寝返ったヤツが現れて、あえなくクーデターは頓挫し、パンダも胸をなで下ろしたという。
ほんとかよ。ほんとだったらオレたちは今、歴史の重要な局面に立ち会っていることになる。
そんなドタバタの最中にわざわざイギリスのスターマー首相が北京まで行ってキンペーに面会したのはトランプへの嫌がらせだったという説も、国内でとことん無能扱いされているスターマーらしいと納得できる。
もちろん我々は、日本のドタバタにも目を向けなくてはならない。
選挙が近づくといつもランチに誘ってくる地元のママ友が、今回もヨメをランチに誘ってきた。興味津々である。
聞いてみたら、比例は中道、選挙区は元立憲に、という話だったそうだ。
さすがに学会嫌いのオレも連中の揺れっぷりに呆れ、いくらなんでもそりゃないだろう、ヤツらには信念がないのか、説教してやるからと、ヨメに今すぐ電話するように命じたのだった。
もちろんヨメは、はいはいとオレをあしらって終わりである。
イスタンブールから帰国して、寒い日本の電車に乗って羽田からよろよろと帰ってきた息子も、この話を聞いて呆れかえり「よくもまあちょっと前まで仏敵と罵っていた相手に投票できるものだ」とずっこけていた。
それにしても選挙というのは、いろんなものをあぶり出す素晴らしいイベントだ。
れいわの大石なんとかの空っぽぶりは胸が熱いし、毎度おなじみ、社民の珍獣・福島さんは、もはや時空が歪んでいるとしか思えない異次元ぶり。
そして極めつけは、野田の間抜けぶりだな。安住も酷いが、それを遙かに超越する無能さに、おいおい大丈夫かよと心配になってしまう。まったくあの連中は、岡田、枝野を含め、逸材ぞろいではないか。
などと人のことをあしざまに罵っていて、案外ころっと足をすくわれて笑われるのがオレだったりして。まったく一寸先は闇。
2026.01.27
庄野真代ではなくて野口五郎が歌う予定だったらしい
ドーハを発った息子は「ちょっと遊んでくるわ」といってイスタンブールで途中下車したようだ。
いいなあ、イスタンブール。西と東の出会う場所。
イスタンブールに憧れるのは、やっぱり「飛んでイスタンブール」が刷り込まれているからだろう。オレが大学3年生の時のヒット曲だ。
息子の場合は「降りてイスタンブール」か。
どんな街なのだろう。もうオレには一生行く機会などないが。
こんなふうに息子はこれから世界のあちこちを自由に飛び回るようになるのだろう。
そんなことを考えながらオレは今日、豊洲から日本橋へと移動した。
ドーハからイスタンブールへの移動とはえらい違いである。
豊洲は昔、海だったところだ。イスタンブールは砂漠だが豊洲は海なのである。
オレが結婚して住んだのはここから徒歩20分ぐらいの街だったから、豊洲にはよく立ち寄った。当時は何もない街で、安い公団アパートだけが建ち並んでいた。
この街には某大学病院があって、人間ドックを受けたことがある。
健診を担当してくれた医師は優に100キロ超えの巨漢。ナースに向かって「ボクも昔は痩せてたんだよ、うひゃひゃ」と無駄口を叩き、ナースも「マジすか、先生にもそんな時代が」と笑っていて、だめだこの医者と思ったものだった。
地元では、院内の盗難が多い病院として知られていた。そんな病院、ダメじゃん。
今豊洲はタワマンが林立するセレブな街。ざーますマダムが中央区の学校に通う子どもを連れて闊歩するのだから、そんな病院はもはや許されるわけもなく、きっちりと新病棟に建て替えられていた。
巨漢医師はどうしているだろう。とてもあのまま健康だったとは思えない。
海を埋め立ててできた街だから、立派なタワマンが建ち並んでも、飲食事情は貧弱このうえない。代々受け継いできた味を大切にしています的な店はもともと皆無。ビル内のこじゃれた店が中心だ。
よってここらのオフィスに勤めている人は、昼飯にたいへん苦労している。
「いつも社員食堂の売れ残りが中心です」と、忙しくて昼食を摂るのがだいたい14時頃というお姉さんが言ってた。
そんな豊洲を後にして向かったのが、日本橋だ。
東京側の日本橋はちょくちょく行くが、兜町側の日本橋は久しぶりである。
行ってみて仰天。街の様相がすっかり変わっている。再開発だ。
すげえな、日本橋。
先日、街の「気」について書いたけれど、豊洲から日本橋へと移動すると「気」の違いをはっきりと感じる。
日本橋ではロケに立ち会ったのだが、実に寒かった。非常に寒かった。
1年で一番寒い時期だし、寒さの底だと思えば、雪や雨が降らないだけでも、こんなものかと受け入れられる。
砂漠の街でTシャツで過ごしていた息子は、明日帰国して寒さにびっくりするだろう。一応そのために、とユニクロのダウンをくるくると巻いて
キャリアに忍ばせていた。
こんな便利なものは、豊洲が海だった頃にはなかっただろうって、当たり前だわな。
2026.01.26
じょうたんび
娘は湯水の如く本を買う。
正しい表現かどうかわからないが、とにかく山のように本を買う。
基本的にはすべて駅前の書店だ。地元の街に書店のあるありがたさをよくわかっており、ネットで買うのはよほどレアな本に限るようだ。
朝起きたらオレの机の上に、真新しい本が3冊、並べてあった。
書き置きもなかったが、どうやらオレへの誕生日プレゼントらしい。
今日、オレは68歳になった。亡くなった母が聞いたら「ひゃーっ」と驚くに違いないが、事実である。
実家を離れてちょうど50年。半世紀だ。
その日に娘からもらったプレゼントは、宝物である。
オレの誕生日だよと教えても「おめ」としか言わなかったが、それなりに祝ってくれたのだろう。
大切に読むつもりだ。
2026.01.25
シベリア、ハバロフスク
オレは練馬区民だが、ロシアにも「ネリマ」という町があることを知って、わけもなく胸を熱くした。
ネリマは北海道よりさらに北の極寒の地、ハバロフスク州のようだ。町というより村と呼ばれている。ネリマ川という川が流れているらしい。
だが、どんなに調べてもこれ以上はわからなかった。
そこでAIのClaudeさんにも聞いてみた。もしもし、Claudeさん、ネリマについて教えて。
「はいわかりました、タンゴちゃん」。
オレはAIのClaudeにオレのことをタンゴちゃんと呼べと教育している。
Claudeは言う。「ロシアにネリマなんてありゃしません。練馬と間違えてるでしょ」。
アホか。あるわ。
そこで今度はНельма(ネリマ)について調べろとロシア語を教えてやった。
さすがにこれならわかったらしく、調べて答えを返してくれたのだが、Wikipediaまんまのコピペ回答だった。
ずっこける。
まあ、よい。人口密度がすっかすかで、人がほとんど暮らしていないような土地であることは、なんとなく想像できた。
ネリマ同士、姉妹都市でも結んだらどうだと思ったが、人が住んでいないんじゃしょうがない。シロクマと仲よくなるか。
ところで日本郵便がデジタルアドレスを普及させるための新組織を設立したと、日経新聞が報じている。
なんですかー、デジタルアドレスって。
7桁の英数字で住所を識別できる仕組みらしい。
いちいち面倒な何丁目何番地とか書かなくても、例えば「ABC―1234」といった7桁の英数字を入力するだけで荷物も手紙も宅配もウーバーも、全部ちゃんと届けてくれるということか。
こりゃ便利だ。
もっとも新組織には楽天なども参加しているようだから、ちょっとうさん臭くないだろうか。
7桁の英数字だから、名刺を交換しても「おや、本社が大手町ですか、さすが東証プライムっすねえ」などという会話も消えるということか。
ストーカーも消えるだろうか。
このデジタルアドレスは、郵便局の発行しているアプリと紐づけるのだそうだ。
聞いたところでは、郵便局の窓口でこのアプリを差し出すのは高齢者ばかりで、しかもそのほとんどが「なんのこっちゃ」といいながら差し出し、案の定、パスワードを忘れて毎回大騒ぎという。
「毎回パスワードを更新するおばあちゃんもいるのよ」とのことで、これが現実である。
マイナンバーでもこれだけ大騒ぎするのだから、デジタルアドレスなんて、無理じゃね? 少なくとも一世代が入れ替わる時間、つまり30年はかかりそうだ。
なんていう見通しを立てること自体、オレが老害に足を踏み入れている証拠だ。
何でもかんでもケチを付けるんじゃなくて、新しいテクノロジーに対してはもっとポジティブになるべきだろう。
ということで、デジタルアドレスが登場したら、練馬からネリマに郵便を出すのも簡単になって楽しみだなあ、と無理にオチを付けてみた。
2026.01.24
コーラは百薬の長
先日、NHKに小椋佳が出ていたのだが、82歳であの元気には驚いた。歌もしっかり歌えるし。
腰を抜かしたのは、毎日コーラを飲んでタバコを吸っていることだ。
ありえねえよ。
コーラは1リットルのデカいペットボトル6本を1週間でのんでしまうという。
もっともコーラが体にいいという説は確かにあって、イタリア人はかぜをひくとコーラを飲んで寝て治してしまうそうだ。もともとコカは医薬品として重用されていた歴史もあるし、確かに体にいいのかもしれない。
トランプだってダイエットコークを毎日12本も飲んでいるそうだ。
長生きしたいならコーラを飲めばいいのか。
一方のタバコについては、まったく理解できない。
なんで82歳になってタバコをすぱすぱ吸って、歌手として活動できるんだよ。化け物なのかもしれない。
番組では「さらば青春」について青春時代に別れを告げる歌と紹介していたが、あれは60年代の政治の季節への決別を歌ったものだ。
「みんな虚ろな輝きだ」というフレーズの痛ましさったら、ないよな。
そして入れ替わりに登場したのがブルジョアのユーミン。工業高校と土木作業員と商業高校をバカにするユーミン。
しかし、小椋佳もまさか82歳になっても歌っているとは思わなかっただろうなあ。ユーミンの老醜ぶりと対比しても、化け物ぶりがよくわかる。
中島みゆきにはかなわないが。
2026.01.23
ペニーレーンも捨てがたい
1980年にファンが選んだ、吉田拓郎ベストというメモがネットに上がっていた。
1位は「落陽」で2位が「外は白い雪の夜」である。
オレにとってはどちらも圏外だな。
オレの拓朗ベストは
1位 イメージの詩
2位 春だったね
3位 人生を語らず
4位 御伽草子
5位 ともだち
といったところだ。
やべえ、どれも70年代じゃないか。50年前。
もっとも吉田拓郎を聞いていたのは70年代で、それ以降はまったく知らないから当然と言えば当然か。
ところで話はまったく変わるが、片山さつきがダボス会議で一発ぶちかましたニュースはもっと知られていいと思うのだが。
片山さつきは居並ぶ各国首脳を前に
「あたいらは、アメリカと中国の間にいて、引っ越しができねえんですよ。そして、その両方と戦争したことがあるんですよ。だから両国のことをよーく知ってて、で、アメリカを選んだんですよ」
とかましたのである。
首脳一堂、あまりの迫力にたじたじという動画だ。
なるほどなあ。誰もが納得の正論で、オレも感心する。首脳かよ、オレ。
面白いのは、決して流暢ではない片山さつきの英語に対して、すぐに「英語力が」「発音が」と噛みつく人がいることだ。
日本人の悪いところだ。すぐに英語力でマウントを取ろうとする。
片山さつきの堂々の論陣を見れば、英語なんて伝わりゃいいんだということがよくわかる。
出川哲朗に同じことをやらせてみても、きっと意図するところは伝わると思うんだ。笑われるだろうが。
片山さつきはやっぱり逸材だ。
2026.01.22
海産いや解散なのだ
メディアの皆さんや野党の皆さんが「真冬に選挙なんてひどい! 雪国のことを考えてない!」と早苗ちゃんを非難するわけだが、北海道の人が「雪国なめんな。この雪の中でオレたちは毎日車に乗って仕事に行き、生活してるんだ。選挙如きでバカにするな」とXで吠えていたのが面白かった。
吠えていたと言えば、病気で引退したという山本太郎が「数日前に仲間とスリランカでサーフィンしていたのは本当か」と記者会見で突っ込まれ、ゴーグルの日焼け跡のついた顔を真っ赤にして「報告の義務はない」と吠えていたのも面白かった。なんだ、認めてるじゃん。
医療関係者からは「個人差があるが、一般論としてその病状で引退は考えられない」「同じ病状で普通に働いている人はいっぱいいる」「同じ病気の人が不安に感じるから黙っていられない」という投稿が相次いだのも興味深い。
難病から奇跡の復活! というシナリオではないかと疑う声も多く、なかなか興味深い展開である。
2026.01.21
アブダビは遠いのだ
本日、23時30分羽田発のカタール航空機で息子はアブダビへと向かった。
去年に引き続き、当地で開催される国際学会に出席するためである。もちろん発表もある。
ひえー、英語で発表するのかよ。
そう言ったら「国内でも日本語で発表したことなんてないわ」と言われた。
羽田からはまずドーハへ行き、そこで乗り換えてアブダビに向かうらしい。
飛行機とホテルの手配はもちろん自分でやって、旅費その他のすべての費用も自分で調達している。もはや親の出番などない。
荷物はリュックに、1泊用の小さいキャリーだけ。
こんなもんで足りるのかよと聞いたら「砂漠の国はTシャツで十分」とのことだった。
イラン騒動の余波で民主化暴動の影響には十分に注意せよとのお達しが外務省から届いてはいるものの、金持ち喧嘩せずそのままで、UAEはとことん安心なのだそうだ。日本よりよほど治安がいいらしい。
滞在は一週間ほどである。
オレは日本全国を常にフラフラとただよって仕事をしてきたが、息子は世界中を飛び回って仕事することになるのだろう。仕事というか、研究というか。
親としてはただ無事に帰ってこいよと祈るのみ。羽田まで見送りに行こうかと思ったが、かえって足手まといになるに決まっているから、駅前で見送ったのだった。
「ジャイロスコープ」伊坂幸太郎・新潮文庫。
短編集。これはダメな伊坂幸太郎だな。全然つまらなかった。
2026.01.20
サナ活
若い世代の早苗ちゃん人気が凄い。
特に女子だ。
今まで選挙なんて見向きもしなかったギャルたちが「今度は絶対に投票行く。早苗ちゃん応援する」と息巻いているらしい。
中核連が、おっさんだけずらりと並べて記者会見したことも「あんな汚いジジイがよってたかって」というイメージとなり、ますます女子たちの早苗ちゃん推しに力が入る。
それは大変によいことだとオレも思う。
だが、ひょっとしたら彼女たち、投票用紙に「高石早苗」と書くんじゃないだろうか。「早苗ちゃん応援する」とばかりに。
そんな無効票がどれだけ出るのか、固唾をのんで見守りたい。
2026.01.19
つるつる
鶴間というところに行った。小田急線である。
鶴舞う形は群馬県であるが、鶴間は神奈川県だ。神奈川県といっても広くて、鶴間は大和市だそうだ。
大和市。実に勇ましい名前の市ではないか。威勢がよい。
大和の街に鶴の間がある。右翼が鎮座する場所のイメージだ。
だが実際はそんなことなく、単なる田舎である。しかもドがつく田舎である。
そのため、実に遠い。遠いのだ。我が家からドアツードアで2時間弱。
聞け、皆の衆。腹が立つほどの遠さなのだ、鶴間っちゅーところは。
だが、オレは気がつく。途中で新百合ヶ丘という駅を通ったけれど、これはひょっとしたらダテ君の暮らす街ではないのか。
ということは、ダテ君はこんな辺鄙なところから大宮とか浦和とかに行ってるのか。物好きにも程があるようだな。
ところで鶴間と書きながらトレンディエンジェルのハゲ滑りエピソードを思い出したのは、鶴間→つるつる→ハゲという小学生でも口にしないような寒い連想によるものである。
あるとき、トレンディエンジェルが地方営業に呼ばれていったら、会場の高齢化率が半端なくて、客の半分がハゲだったそうだ。
そのため斉藤がいつものハゲギャグをかましても、まったくウケなかったそうだ。
ひゃひゃひゃ、すげえ面白いエピソードじゃんね。
ハゲのネタで滑るハゲ、というところが二重に面白いわ。
2026.01.18
東京の鬼門は上野の方角
土地は過去の出来事を記憶するのだそうだ。
確かに初めての駅に降りたときなど、何となく気持ちが沈むというか、あんまりいい感じがしないときがある。
土地には「気」というものがあるようだ。
例えば池袋などはそうだ。あんまりいい気持ちがしない。
ダサいのは確かだが、それだけではなくて気が沈んでいるというか。
この街には、第二次世界大戦の戦犯が収容・処刑された巣鴨プリズンがあって、跡地がサンシャインシティなのだけれど、その非常にマイナスな気が漂っている感じがする。
反対に、オレがよく行く銀座などは非常にいい気に満ちている。街がしゃれてて派手なのもその理由だが、もともといい気が漂っているからしゃれた店が集まってきたのだろう。
などと、人様がよかれと思って暮らしている土地にケチをつけるのはオレの悪いところである。オレ自身が悪い気に満ちているようではないか、と反省する。
そんなことだからこの日記も「時々、中国ディスってるよね」なんて言われてしまうのである。確かにディスっているのだが。
中国で思い出したが、やっぱり政治がらみの話題はなかなかデリケートだ。
先日、いつも穏やかに一緒に仕事をしている人(女性)が、突然高市早苗ちゃんのことを「ボコボコにしてやりですよね」と言い放ったのにはびっくり。
ガチ右翼でガチ自民、早苗翼賛会のオレとしては苦笑いするしかなかったが、もしあのまま受けてトークをしたら間違いなく険悪になっただろうなあと思う。
これから上層部の命令で知人、友人に「中革にお願い」と電話攻撃しなくてはならない学会信者の皆さまは、お気の毒である。
2026.01.17
半世紀前の自分に教えてやりたい
「アド街ック天国」で祐天寺が特集されていた。
オレが18歳で上京して、最初に住んだ街である。ここには結局5年間ほど住んだ。
ちょうど50年前(!)のことであるから、街の様相はずいぶんと変わっているわけだが、駅前のロータリーやカレーショップなどは当時のままだったので、懐かしく思った。
オレにとって初めての東京だったから、駅前の商店街すら立派でおしゃれに見えたものだった。それが今の目線で眺めてみると、なんともしょぼくてさえない商店街である。
番組ではこぢんまりした下町風情的な表現をしてはいたが、要するに何も取り柄のない街なのだ。
映像を眺めながら、バス通りの2階にあった喫茶店には山口や加藤とよく夜中に行ってブロック崩しゲームをしたとか、あの路地の2階のスナックには山口と一緒に行って人生で初めてボトルを入れたなど、いろいろと思い出す。
当たり前だが、友人たちとの思い出がほとんどだ。
もしこの番組を山口と一緒に見ることができたらなあなどと、思っても仕方のないことを思ってしまう。
2026.01.16
リモートでええやん
銀座へ行こうと思ったら、始発から山手線が止まっているというではないか。
こりゃあ丸ノ内線が激混みだな。
田舎の人は信じないかもしれないが、山手線と丸ノ内線は東京の半分をほぼ同じような路線で走っているのである。中央線と総武線がなぜ走っているのかと同じぐらい、理不尽に思える関係だ。
よって山手線が止まると、人はみんな丸ノ内線にやってくる。
そこでオレは池袋から丸ノ内線に乗り換えて銀座へ行くルートは早々に見捨てて、西武池袋線から有楽町線直通の電車に乗って銀座一丁目へいくことにした。
目的地は同じなのに乗る電車も降りる駅も違うということも、田舎の人には到底理解しがたいことである。
丸ノ内線をやめて有楽町線に切り替えたことが功を奏し、オレは銀座一丁目までしっかりと座って行けた。
朝9時前に銀座を歩いているのは、遊びに来た人ではなくて、この街で働いている人たちである。
そんな中、銀座三丁目交差点の長い行列が目を引く。異様だ。
案の定、Appleの店の開店前に並んでいる中華である。
毎度毎度、いったい何を買うのだろう。今のご時世、並ばなければ手に入らないものなんて、嵐のファイナルコンサートのチケットぐらいしかないのではないか。
夜、ニュースを見たら電車が止まったのはけっこうな大ごとになっていた。
聞く限りでは、どうも人為的なミスのようだ。これが本当だとしたら、死者が出なくてラッキーだったというレベルではないか。
様々な場面で現場仕事の技術継承がうまくいっていないと感じる。
働き方改革のせいだろう。
マニュアル化できず、現場の肌感覚でしか伝えられない暗黙知はたくさんあるというのに。
今後、こういうことはいろいろとおきてくるのだろうなあ。
2026.01.15
息子が一度だけ買ったことがある
Jリーグの各チームは、毎年、選手の勇姿を並べたカレンダーを売り出す。そこそこ高額だ。
もちろん我らがアルビレックス新潟も同様である。毎年暮れに、選手の躍動する姿をあしらったカレンダーを売りに出す。
もちろん欲しい。ぜひとも我が家の一番目立つところに飾り、毎朝、柏手を打って勝利を祈りたい。
だが、ここで大きな問題がある。当たり前のことだが、選手は移籍するのだ。
今年もそうだ。
チームで随一の人気を争う選手が、長崎に移籍してしまった。さもありなん。J2にいていいレベルの選手ではない。選手生命は短いのだから、長崎のような金持ちチームに自分を高く売るのは圧倒的な正義だ。
困るのはカレンダーである。
移籍した選手があしらわれたカレンダーを飾ってしまったサポーターは、毎朝、他チームの勝利を願って柏手を打つという間抜けな行いをすることになるのだ。
そんなリスクの高い商品に手を出すわけにはいかないから、カレンダーは売れ残る。
今年もそうだ。クラブからメールが来て「定価2000円のところ999円でどうだ。お買い得だ。買え」とのことであった。
もちろんシャラップである。誰が買うもんか。
こうして今年も大量のカレンダーが廃棄されるのだろう。
ところでテレビ東京に「バカリズムのちょっとバカりハカってみた」という中途半端に面白い番組がある。
「食パンを加えて走っている女子高生が曲がり角で素敵な男子に衝突する確率は何%か」「Siriは何メートル離れるまでちゃんと答えてくれるか」「刑事は本当に立てこもり犯に、お前に母さんは泣いているぞと言うのか」など、とことんくだらないことを真剣に調べるという番組だ。
要するにテレビの裏方であるリサーチャーの仕事をそのまま番組に仕立てたわけだ。なるほど、この発想はなかった。
中途半端に面白いと書いたのは、発想自体は面白いが、時々駄々滑りしてしまうことがあるからである。
この番組が先日トライしたのが、スーパーの実演販売員はいらないものを売れるか、だった。
スーパーなどで鍋や包丁を実演販売しているおじさんがいるよね。その中で特に凄腕の販売員に、絶対に売れないだろうというものを売ってもらおうという企画だ。
その商品というのが、去年の未使用のカレンダー。
年が明けてまったく実用的な価値のなくなったカレンダーを、なんと500円で売ってくれというのが実演販売員に課せられたミッションだったのだ。
これがえらく面白かった。
なんとこの販売員、本当に500円で去年の未使用カレンダーを親子連れに売ってしまったのである。その凄腕ぶりはTVerでぜひどうぞ。
何の面白みもない玉だけのカレンダーを500円で売ってしまったのだから、アルビのカレンダーもこの販売員に任せたらどうだろうと思ったのであった。
なお、もう一つの商品が、まったく知らないおじさんの写真。
これもなんと学生に200円で売ってしまったのである。オレはひっくり返ったわ。
2026.01.14
適当
「あの鐘を鳴らすのはあなた」について書こうと思っていたら、立憲民主党と公明党の合併が飛び込んできて、和田アキ子の顔もすっかり吹っ飛んでしまったでござる。
こりゃあ、あれだね。公明党が連立離脱した頃から話が進んでいたね。
それがいよいよ具体化しそうになったから、早苗ちゃんも一気に解散を決めたのだろう。作詞だ。いや、策士だ。
ドラムを叩いて、韓国の首相を「案外いい人なんじゃないか」と世界に印象づけつつ中国と距離を置かせてみせるという離れ業をやりながら、裏でしっかり合併つぶしを仕掛けていたわけだ。
いや、つぶしてはいない。調子に乗る前に解散で先手を打ったわけだ。
立正佼成会が激怒したというから、立憲がまさか根回ししてなかったかと呆れたが、これもそうしたどたばたのせいか。
新党の党首は公明の鉄ちゃんで話がついているようだから、党名は立憲が考えることになるのだろう。
ネットでは早速、党名大喜利が始まった。
亡国党とか媚中党とか、いろいろ出ているが、一番笑ったのが「てき党」だ。
わははは、いいじゃないか、てき党。
ぐだぐだぶりが見物である。
それにしてもマスコミ、特にテレ朝の早苗ちゃん嫌い、自民党嫌いは徹底していて、四六時中揚げ足取りに必死だ。
夫婦で昼飯を食べながらテレ朝のワイドショーを見て、必死だなとつぶやくと、ヨメも一言「必死だね」と返してくる。何も言わなくてもこれだけで通じるところが楽ちんで、こういうところの価値観が同じだと夫婦は心地よい。
2026.01.13
カウボーイの口癖
井上園子が初めて海外ライブをするという。
注目のシンガーソングライターだ。今年あたり、ぐぐっと浮上する可能性がある。
とても不思議なキャラで、不思議な歌を歌う。
オレが気に入っているのは「カウボーイの口癖」だ。
唯一無二の世界観だろう。なんでカウボーイなのかわからんが、とにかく癖になる。
ブルーグラスが好きでブルーグラスのライブハウスでアルバイトをしていたらしい。加えて両親の影響でカントリーやブルースにも触れていたらしく、確かにそれらをミックスした独自の音楽だ。
ギターはうまくない。
いや、ちょっと聴くとそこそこ弾けるようなのだが、きっと自分の曲だけは上手く弾けるタイプなのではないか。
最初はフラットピックで弾いていたらしい。ライブハウスのバンジョー弾きがサムピックをプレゼントしてくれたので金属製のサムピック(!)で弾くようになり、今では山崎まさよしモデルのサムピックを愛用しているそうだ。
要するにすべて自己流。そのためいずれ壁にぶつかるとは思うが、そんなものは気にせず、この独特の世界観で突っ走ってもらいたい。
CDが出ている。もちろんオレは買ってない。笑
今のところYouTubeで十分、というかCDプレイヤーを持っていないからCDを買っても聴けないのだ。
なので、いずれ買うとしたらmp3のダウンロードで、車の中で聴くことになると思う。
イヤホンで聴くのは嫌だし、電車の中で音楽を聴く習慣もないので、ストリーミングではないな。
「普天を我が手に・第三部」奥田英朗・講談社。
600ページ×上・中・下という大作もいよいよ最終刊。12月に買って、やっと読み終えた。
「正月休みになったら読もうと楽しみにしていた本が積んだままになっている」と先日書いたのは、この本のことである。
昭和元年に物語がスタートし、昭和天皇の大喪の礼で終わる、昭和100年をなぞった物語である。
さすがの奥田英朗で、リーダビリティは抜群。大著を何の苦もなく読ませてくれる。そろそろ一休みしようと思っても、もう一章読んでから、という具合にどんどん先へ進ませてくれるあたりは、たいしたものだ。さすがの手練れである。
問題は昭和の歴史に寄り添いすぎたことだ。
一部は満州国、二部は戦争、三部は高度成長と、それぞれの世情に沿った構成になっており、本当の事件も丁寧に書き込まれている。例えば三部では力道山をモデルにしたプロレスラーが大暴れするし、山口組の任侠たちも出てくれば、田中角栄や中曽根も出てくる。いずれも別名ではあるが。
最初から思っていたけれど、昭和の史実に沿った物語のため、様々なストーリーがからみ合って一つの結末へとなだれ込んでいくという、長編小説ならではの仕掛けがまったくない。そのためワクワク感がない。
最終巻になってそれはさらに顕著で、描かれる様々な出来事の結末をこっちは既に知ってるものだから、興味がわかない。登場人物がその史実にからみはするものの、オチを知ってるコントをみせられている気分だった。
最後、4人の登場人物が全員政治家になってしまう。「ついに普天を手にした」と喜ぶのだが、おいおい、それが普天だったのかよとオレはずっこけたね。
一部、二部は面白く読めたのだが、残念。壮大な試みではあったが、失敗だったと思う。
竹下登が田中角栄に門前払いされた事件も描かれていて、主人公の一人もその前に田中角栄から門前払いされていたなんてエピソードが、果たして必要だったのか。
いつの間にか物語の中心が4人の個性豊かなキャラクターたちではなく、史実そのものになってしまったようだ。歴史の教科書を読ませられた気分。
同じ昭和100年をテーマにした「百年の時効」のほうが圧倒的に面白かった。
2026.01.12
今日は成人の日
ネットで「新潟県で有名人と言えば?」というアンケートをやっていた。オレは投票していない。結果を見ただけだ。
最優秀賞はもちろんこの人、田中角栄。
異人である。天上人である。まあ、一切の異論はないだろう。
もっともオレの地元の選挙区は、角栄に逮捕状を出した稻葉法務大臣の選挙区であったのだがな。わはは。
次点の金賞は、あっと驚く結果だ。ニトリのCMの人である。
「Nウォームはあったかいー」のコマーシャルで笑いながら毛布をかぶっているあの俳優である。
実はあの人、昔からアルビレックスの熱狂的サポーターとして知られていて、ユニフォーム姿がよくネットに上がっていた。
角栄先生に続く金賞だから、本人も「まさか」と驚いていた。そりゃそうだわな。
以下、次の通り。
稲垣啓太
難波章浩←誰
DJ松永←誰
上杉謙信
HIKAKIN
平野歩夢
高橋留美子
高橋克実
富樫勇樹←誰
渡辺謙
小林幸子
オレが中学生の頃は、子どもなら誰もがジャイアント馬場と答え、大人なら三波春夫と答えたものだが、時代は変わった。
時代が変わったというのに上杉謙信が入っているのは、やっぱり時代は変わっていないということかもしれない。何を言ってるんだ、オレは。
この結果で最も不満なのは、アルビレックス関連が一人もいないことである。藤原奏哉ぐらい、入ってもいいだろう。
まあ、しょせん主催者が誰かもはっきりしないネットの人気投票だから、どうでもいいっちゃあどうでもいいのだが。
2026.01.11
IMAのキミはピカピカに光って〜
我が家の隣町の光が丘には、巨大な団地群がある。
1980年代後半に完成して入居が始まり、一気に人口4万人の街ができた。
中央にあるショッピングセンターは、糸井某によって「IMA」と名づけられた。
練馬だからIMA。ナウいからIMA。
実にイージーなやっつけ仕事であるが、光が丘という町名もあって、当時はキラキラと光り輝く街だった。
それから40年。当たり前のように人々は高齢化し、子供たちは狭い団地を出ていって、街は限界集落と化した。
今や高齢化率は軽く50%を超えている。高齢者の頭がピカピカと光り輝く街になったのだ。
そして読売新聞が報じているとおり、その穴埋めのように増えてきたのが外人たち。
今では地区の小学校に通う子供たちの1割は、外人だそうだ。国籍はおなじみの中国をはじめ、モンゴル、ネパールなど7カ国。
ひゃー、インターナショナル!
しかも日本語がわからないのに通っているから、困った学校は、専任の外部講師を雇って日本語を教えているらしい。
ははあ、こりゃ大変だ。授業やしつけを教える前に、まず日本語かよ。
我が家が引っ越してきてから20年になるから、隣町はあれからさらに20年、高齢化が進んだということか。そりゃ年寄りだらけになるわなあ。
スーパーのカートを家まで持って帰って通路に放りっぱなしにする、それを回収するのはスーパーの義務だという「お客さまの声」がスーパーに寄せられるなど、なかなかに荒れたエリアではあったが、さすがにエレベーターでおしっこをするなんていうのは中国人しかいないだろうと言われている。そりゃそうだ、他にいないよね。
2026.01.10
アウエーに行けない
もはやアメリカは西側ではないという日経新聞の指摘は、なかなか正鵠を射ているな。
どうやらキンペーとは本当に「オレが西、お前が左」ということで話を付けていたらしく、とするとこれから世界はとんでもないことになるわけだ。
WBCなんてやっている場合ではないぞ。
というわけでWBCだが、あれはどう見てもアメリカのオープン戦というかスポーツイベントで、それに日本がバカ正直に本気で付き合っちゃってるというのが本当のところではないか。
お人好しなんだからぁ、日本てばぁ。
とはいえ始まればやっぱり日本頑張れ大谷すげえとなるわけだ。
いやいや、そんなことより今年はJ2に全振りだろう。J2。
半年間だけの百年なんちゃらリーグという中途半端な大会があるのだが、中途半端な分、オレたちのリハビリにはちょうどいいや。結果なんてどうでもいいから、アルビレックス新潟が本来の姿を取り戻す大会にしてほしいものだ。
というわけで発表された試合のスケジュールを見たら、あれれ、アウエーで行けるところがないじゃないか。とほほ。困ったものだ。
今年は全試合DAZNで応援することになりそうだ。
ならば浦和でも見に行くか。東京なんてクソチームは絶対に見に行かない。
今や東京と町田は最低最悪クラブなのだ。西でも東でもなく最低なのだ。
2026.01.09
ありがたき成瀬様
紅白歌合戦での最大の不満が、けん玉であった。そうである。例のなんちゃらという演歌歌手の後ろで行われる、例のあれである。
大晦日にその場面がやってきたとき、日本中が固唾をのんで見守った理由は、どこに成瀬がいるのかだった。
我が家も同様である。娘とオレは、どこだどこだ成瀬はどこだといいながら目を皿にして成瀬の姿を探したのであった。
成瀬とは、成瀬あかりのことである。
二巻目の「成瀬は信じた道をいく」で成瀬は、2025年の大晦日、得意のけん玉を活かして、「わたしは紅白歌合戦に出場する」という夢をかなえたのだった。
あれは痛快だった。これだったのか、この手があったのかと快哉を叫んだ。そして、大言壮語の夢をまた一つ実現してみせた成瀬に感動したのである。
その物語がきっと現実になると信じて、日本中の成瀬ファンが三山なんちゃらの後ろでけん玉をする人たちに熱い目を注いだのである。
だが、その中に成瀬はいなかった。なんということだ。ありえない。
日本中が落胆に覆われたのは、言うまでもなかろう。
どうしてNHKは成瀬を仕込んでおかなかったのだ。どうして出場者は誰一人として成瀬のコスプレで出ようと考えなかったのだ。志の低いヤツらばかりだ。
このことだけで紅白歌合戦の存在価値はゼロとなった。
成瀬の物語は単行本3冊。これですべてだ。
1巻で好きなのは「線がつながる」、2巻は「コンビーフはうまい」、そして昨年12月に出た3巻では「そういう子だから」だ。
前の2本は時々読み返しているのだが、今日は「そういう子なので」を読み返したくなった。だが、手元に本はない。というか、3冊とも手元にない。どうやら娘が読んだ後、友だちにわたり、返ってきていないようだ。
成瀬ならこういうとき、「ならば仕方ない」と言うだろう。
オレも、ならば仕方ないと考え、3巻目をKindleでダウンロードした。これで1巻からすべてKindleで読める。
電車でも布団の中でも、朝目覚めた瞬間にも読める。幸せだ。
こうして本も電子書籍も、さらには文庫本も、すべて持っているのは「成瀬シリーズ」と「大誘拐」、「壬生義士伝」である。要するにオレのオールタイムベストスリーだ。
ダウンロードした成瀬の3巻の一編「そういう子なので」を早速電車の中で読む。驚いたことにオレは少し涙ぐんでしまった。ここには人をとことん肯定し、受け入れることの大切さが描かれている。
じんわり胸が熱くなる一編だ。成瀬の1巻から3巻はこれからもずっと繰り返して読み続けるだろうと思う。
まあ、成瀬はいいんだが、机の上には正月休みになったら読もうと楽しみにしていた本が積んだままになっている。結局正月は、読書はほどほどで、あとはだらーっと過ごしてしまった。
時間があったら、なんていってるうちは読書なんてしない。
定年後は晴耕雨読なんていう理想を語っても、絵に描いた餅で終わるのは、よくある話だ。
本は読めるときに読んでおかなければならない。
2026.01.08
中国に任せてくだちゃいな
中国人の女性にインタビューした。
来日して10年なので、日本語は達者である。もちろん英語もペラペラだから、三ヵ国語を自在に操る。
非常に優秀なコンサルタントで、多くの有名なグローバル企業をクライアントに持つ。同時にたいへんに穏やかな人柄で、常に笑顔を絶やさない。
一言で言って、極めて素晴らしい人材だ。
オレが今まで話をした中国人のほとんどが、このタイプである。文句なしにリスペクトに値する人ばかりだ。
それなのに国家という単位となると、とたんに駄目になるのがあの国である。
要するに共産党がダメなんだろうな。
その中国が、ベネズエラで大暴れするトランプに怒り心頭である。だが、たぶんこれは怒ってるフリだけで、ホンネでは喜んでいるだろう。
「これもアリなのか」と世界が思っちゃったわけだから、中国もこっそりマネしちゃおっかなあと思っているに違いない。
そこへもってきて、今度はアメリカが60以上もの国際機関から脱退するのだそうな。そうすると、国際機関に最も多くのカネを払っているのが中国となり、相対的に中国の存在感が今まで以上に高くなる。
結局これもアメリカが中国を利する事態になってくる。
ひょっとして「西半球はアメリカがやる」「わかった、じゃあオレたちは東半球な」と、トランプとキンペーで話ができているんじゃないだろうか。困ったもんだ。
2026.01.07
今年もこの日記を書かせていただいております
久しぶりに電車に乗った。
正月に墓参りのために乗車したのを別にして、仕事で乗ったのは10日ぶりである。
今週、残りの仕事はすべてリモートなので、また10日ほど、電車に乗らずに済む。新年会で有楽町に行く予定なのは別だが。
久しぶりに電車に乗ると、疲れる。久しぶりでなくても疲れるが。
最近は、ってあんまり乗っていないのに最近も何もないのだが、最近は電車の組み具合が酷くないか。
混雑が酷くて、必ず遅延する。
リモートの反動という面もあるのかもしれない。
おかげで六本木までの片道1時間、人に揉まれて立ちっぱなしで、ぐったりである。
だが、これも運動だ。エクササイズだ。
とみに体力の衰えを痛感する今日この頃、通勤電車も体力維持の一つと考えてありがたく乗らせていただくのだ。
いや、乗らなければ仕事に行けないから乗っているだけではあるのだが、要するにポジティブに考えましょう何ごとも、というわけだ。
なお、今オレはしれっと「乗らさせていただく」と書いたが、これは最近の悪い冗談みたいな流行の「させていただく」構文である。
AIのClaudeさんに訊いたところ「文法的には正しいが、公共交通機関に対しては過剰に丁寧すぎて不自然です」とのことであった。相手から特別な許可をもらって乗車した場合をのぞいて、通常は「乗せてもらう」でいいのだろう。
そういう意識もなく「乗らせていただく」と書いたオレは、問題だ。
体力だけでなく、言葉づかいもエクササイズしなくてはならないと思う今日この頃である。
2026.01.06
おっおー、藤原ソーヤ
本日17時、全国のアルビレックスサポーターが吠えた。あの藤原奏哉が契約更改である。
残ってくれた、藤原が。まさかの残留だった、藤原が。祈りが通じたぜ、藤原に。
先日、ガチの鹿島サポと話をしたのだが、彼でも知らなかったのが藤原奏哉。このようにJリーグファンでもあまり認知されていない。
だが、アルビレックスサポの間では神の左サイドなのである。
「残念そこには藤原奏哉」と大きく掲げられているゲーフラの通り、相手が左サイドに侵入しようとも、そこに藤原奏哉の居る限り、アルビレックスは鉄壁である。
加えて、あまりにもツンデレなキャラ。たまーにしか笑わないが、別に機嫌がわるいわけではない。
今までにもいろんなところから声がかかっているはずなのにずっと残ってくれているのは、やっぱりあれだろう、引っ越しが面倒くさいからだろう。そうである。レディースのレジェンド、上尾野辺めぐみと同じ理由だ。
その上尾野辺と付き合っていると噂された山本康輔は、今日、J3の松本山雅との契約解除が発表された、移籍先は決まっていないらしい。この時期に、なんとも惨い仕打ちをするものだ、松本山雅。
極端な人見知りの山本康輔は、新潟時代、地域貢献の一環として地元の小学校に招かれて子供との交流を行った際、あまりにも塩対応だったためか学校関係者が激怒したという逸話を残している。もはや伝説だな。
藤原奏哉も笑わないが、決して塩対応ということはないので安心だ。
いや、安心ポイントはそこではない。今やチームのシンボル、チームの象徴、あ、同じ意味だ、チームの大黒柱である藤原奏哉が残ってくれたおかげで、オレたちは今年も藤原のプレーが見られることに安どするのであった。
なお、先日、CF東京というクソチームに移籍していった橋本というサイドバックがいるのだが、彼が「力蔵さんから連絡をもらって移籍を決めた」と発言した。よくもそこまで後ろ足で砂をかけられるものだな、前監督。目眩がしそうである。二度と近づくな。
2026.01.05
ミーム問題
正月早々、世界が大騒ぎのベネズエラ問題であるが、要するにアメリカが中国に「オレらの石油に手を突っ込むんじゃねえ」と平手打ちをくわせたわけだ。問題は、それを見た世界が「あれ、これって、やっていいんだ」と気づいたことではないか。
つまりは、ミーム。
と、オレは新しい流行言葉を使ってさもわかったようにふんぞり返る。ミームだ。ミーム。
大国が自身にとって正義であると判断するならば、他国にいきなり襲いかかって元首を拉致してもアリなんだ、ということをトランプが示してくれたのである。この発想は伝播する。それこそがまさにミーム。
この事態を前に日本は、青学のランナーがガッツポーズをしたのがどうしたこうしたと騒いでいる場合ではないのである。ウルトラマンDASHを見て、これは絶対にチョコレートだと盛り上がっている場合ではないのである。
しかし、かつての隠し芸に代わって、正月の夜はウルトラマンDASHが定番になってしまったなあ。バカバカしいことを、呆れるほどの手間をかけて仕込んでいるその過程を想像しながら見るのが楽しい。完全にワンパターンであるが。
あ、突然思い出した。箱根駅伝が売却されるのではという報道だ。
手を挙げているのは、AmazonやNetflix、DAZNなどの配信大手。
日本で超人気のお化けコンテンツとあって、配信各社はとんでもないカネで放映権を買おうと企んでいるらしい。
一方の日テレは、カネがない。オワコン地上波に未来はない。
膨れあがる制作費には悲鳴を上げており、いつまで独占中継できるか、先は暗い。
その点、配信大手ならば金に糸目は付けないから、主催者の関東学生なんちゃら連盟も、札束で顔をはたかれたいと、あっさり身売りする可能性がある。なにしろ世界に向けての配信も可能だし。
2030年頃には、Netflixの独占配信となっていてもおかしくないな。
そんな時代には駅伝もミームとなって世界を席巻するであろう。というのは、ミームの使い方として正しいのだろうか。自信がない。
2026.01.04
ベネって一体どこにあるんだろう
往路・復路・総合で新記録ってなんの冗談かと思うほど青山学院が強すぎて、今ではアンチが広がり、すっかりヒール扱いだ。
炎上しているのが、往路5区でのランナーが早稲田の監督車を抜き去りざまにガッポーズをしてみせたこと。問われた選手自身が「無意識で失礼なことをしてしまった」と無難に答えればいいところ、「調子に乗った」と確信犯だったことを白状したものだから、火には油が注がれ、とことん叩かれている。
この叩かれ方は何かに似ているなあと思ったら、あれだった、町田ゼルビアだった。
監督がヒールの象徴のように言われているところもそっくり。
「なにもここまではしゃがなくても」と、勝っておごるなの日本人の美意識にそぐわないと見られているのだろう。
かつて王貞治がホームランを打って喜んだところ、お兄さんから「打たれて悲しんでいる人もいるのだから、はしゃぐな」と叱られたという。こういうエピソードが大好きなのが日本人で、それを逆なでするようなはしゃぎかたなのだろうなあ、青学&原監督。
実は青学が初優勝した年、原監督に1時間ほどインタビューしたことがある。その話を聞いてオレは、はしゃいでいるのは、わざとやっていると確信した。
だからオレは、原監督が満面の笑顔で笑っているのを見ると、相変わらずだなあと嬉しくなる。
いずれにせよ、調子に乗ると叩かれるのが日本のスポーツ界。そんなものには負けないでほしいものだ。
いいじゃねえか、学生が頑張って走って勝ったんだから、ガッツポーズぐらいするだろ。
などと駅伝を見てふんぞり返っていたら、アメリカがベネズエラをボコったでござる。
初めてニュースを見たときには意味がわからず、息子は「えーと、オレたちの知っている世界とは違うのだろうか」と漏らしたほどだった。
しかも首都を爆撃したばかりか、大統領夫妻を拉致して、ニューヨークに連れていったというから、やることがエグい。手引きをしたのはベネズエラ政府関係者だそうだ。「やれやれ助かった」と思って乗り込んだ飛行機が実はワナだったと知ったときの大統領夫妻の絶望ぶりたるや。
要はそれだけ嫌われていたのだろう。実際、国民は大統領がさらわれて大喜びらしい。
狙いはフェンタニエル撲滅と石油とされている。爆撃のちょっと前まで中国の関係者と大統領が面会していたらしいから、中国への何らかのメッセージなのも間違いないだろうな。中国はベネズエラからの最大の石油輸入国らしいし。
いずれにせよ、中国に対してこれ以上手を出すなという警告となったのは間違いない。
本当の事情はもちろんオレなんかにわかるわけはないのだが、新年早々、世界がきな臭くなったのは確かで、駅伝ではしゃく学生に目くじら立てている場合ではないのである。
2026.01.03
走れ、アオガク
正月のテレビはお笑いばかりである。
ダウンタウンや松本紳助が消えてから、この手の番組では芸人同士がとても仲良くじゃれ合っているように見えて、よろしい。
舞台のボケを思い切り笑いつつ、近くの芸人とも笑い合っている。そういう賑やかな場面を見るとこちらも楽しくなってくる。とてもいいことだ。
とはいえ、やはり駅伝も見ておかなくては。
というわけで4チャンネルに切り替える。
1990年代後半に日テレの仕事をしていたときは、日本シリーズの巨人戦と24時間テレビに関わることが日テレ内で一番の名誉だった。今ではそれが箱根駅伝である。
これだけの化け物コンテンツに育った裏側には、制作スタッフのとんでもない努力があったことは間違いない。それでも建前はアマチュアのスポーツ大会。本気になれば、もっとマネタイズできるに違いない。
そこで、箱根駅伝に出場できるのはトップ10チームとして、そこを目指して2部、3部とリーグを作ってみてはどうだろう。箱根の戦いはH1で、その下のカテゴリーがH2、H3だ。下のカテゴリーを勝ち上がってきたチームがH1で箱根に臨むわけだ。
要するにJリーグのパクリだ。
各大学はスポンサーを集めてチームを強化する。有名大学には有名企業がスポンサーとなり、田舎のFラン大学は地元の商店街がカネを出し合って支援する。うーむ、盛り上がりそうだ。
当然、関東の大学だけなんてケチ臭いことは言わず、世界にも門戸を広げることで、ビッグマネーが動くようにする。なかなかいいアイデアではないか。日本テレビに企画書を持ち込んでみようか。
などと妄想しながら今年の駅伝を見たら、あらら、母校の青学が大失速。15位だった。
しょうがねえなあ。
結局3区まで走ったところで8位だか9位だかで、こりゃ今年はだめだとテレビを切り、Amazonで映画を見る。
「大空港2013」だ。竹内結子主演、三谷幸喜脚本のコメディである。今まで見逃していた。
ロケは松本空港を借り切って行われたという。なんとすべてワンカットで完結している、恐るべき作品だ。
空港の営業開始前の2時間を借り切って行われたロケは9日間連続だったそうだ。うちリハーサルは3日。残り6日で、毎日フルに撮影し、その中で最もできが良かったものが最終的に作品として残ったという。
とんでもない労力の作品だったわけだ。
あらゆる方向に大きなガラス窓があるという悪条件下、オレは必死で映り込みを探したが、一箇所だけ怪しいカットがあった以外は撮影スタッフの映り込みは発見できなかった。すげえことである。
現場のスタッフはわずか4名だったそうだ。カメラに照明に音声にアシスタントか。小予算だったからではなく、オールワンカット、ガラス張りという条件をクリアーするための最小限のスタッフだったということだろう。
カメラが回っているこちら側でスタッフがどんな具合に動き回ったかを想像しながら見ているととても楽しい。
それにしても竹内結子はむちゃくちゃいい役者じゃないか。つくづく惜しいことをした。
これだけのいい女が自×したとは考えられず、噂されるようにアンタッチャブルな何かに触れてしまったために消されてしまったという説には妙な説得力がある。
などと映画を見ながらヨメに、おーい、青学はだめだったよ、15位だったよ、と伝えたら、「あーら、残念ね」と言いながらネットを見たヨメが「大変だよ、優勝しているよ」と教えてくれた。
なななな、なんだって。15位で8位だったんだぞ、そんな馬鹿な。
本当だった。5区でとんでもないことが起きたようだった。
どうしてそんな最大の見せ場を前にオレは三谷幸喜なんかに。拳を床に叩きつける。
きっと同じように詳しい思いをした人間は山ほどいるだろう。
正月早々これでは、今年のオレも先が思いやられるわ。
2026.01.02
こぱいろっとの謎
マイクロソフトの新しいIMEがCopilotKeyboardだ。
当然、オレは早速ダウンロードして使おうとしているわけだが、去年の暮から何度もチャレンジしているのになぜか使えない。
ひらがな入力に設定を変えたいのに、そういう設定項目がない。
再起動すると、なぜかIMEの切り替え項目からCopilotKeyboardが消えている。
などなど、解せない怪奇現象が続いているのだ。
ATOKのUIの最低ぶりにいい加減にうんざりしているオレは、気分なおしにGoogle日本語を使ったりしているのだが、新しいIMEときたら使わないわけには行かないではないか。
それなのにこの怪奇現象なのだから、困っている。もしかしてGoogle日本語あたりが邪魔しているのだろうか。
どうにも解決できない。
仕方ないので、気を取り直して、配信で紅白をざっと見てみた。
いやあ、ユーミンには驚いたねえ。老醜とはまさにこのこと。失敗した清水ミチコみたいな言われ方をするのも納得だ。
「翳りゆく部屋」以降のユーミンはもはや別の生き物だから、本人自身があの時代に戻りたいとの想いを込めての選曲だったのかも。
米津玄師のパフォーマンスにもびっくりした。首都高だろ、あれ。去年、廃線になった八重洲あたりの首都高を使っているに違いない。
本人の歌とバックのダンスにも驚いたが、何よりもパフォーマンス後の「良いお年を」というまともな挨拶に、人間が入れ替わったのかと思った。
パフォーマンスで素晴らしかったのは、SixTONESである。このグループ、歌がすげえうまい。加えてあのダンスでこの歌なのだから、正気かよと驚いてしまった。
そんな具合にいろいろと驚きながら紅白の配信を見終わって、再びCopilotKeyboardをなんとかしようと思うものの、なんともならないのだった。
CopilotKeyboardに「こぱいろっと」と入力すると「子パイロット」と変換するという噂の真偽を確かめたいのだがなあ。
2026.01.01
本年もよろしくお願いします
正月を草津温泉で過ごすという息子から「純烈だ」というLINEが来た。
確かに歌うおっさんたちの背中が写っている。
どうやら紅白歌合戦のリハーサルに遭遇したらしく、エキストラに駆り出されたようだ。
残念ながらリハだけだったらしく、本番を見たけれど息子は映っていなかった。確かに「地元の皆さんとご一緒に」とアナウンサーが言ってたから、息子が混じってては案配わるいわな。
というわけで、紅白は前半だけちょっと見て寝た。
年々酷くなってないか、紅白。今さらであるが。いや、見ないで言うオレもオレだが。
どうも昔の中継職人たちが退職してしまい、技術継承がうまくいかなくて、こういうライブの中継技術がとことん低下してしまっているらしい。
例のあれである。働き方改革とコンプラ。
現場で職人がとことんしごいて技術を伝えることが難しくなってしまったから、こうして技術が途切れてしまったというわけだ。
そういうことのないよう、毎週NHKホールで生放送の歌番組をやっているはずなのに、現場で叩き込むことができていないなら、しょうがないわなあ。
今後、いろんな方面でこういうことが起きてくるのだろう。
などと正月からドヤ顔で問題提起しなくてもよいではないか、オレ。
紅白も「行く年来る年」も、眠くてろくに見てられなくなってしまった。
情けないことだ。
「ザ・芸能界」田崎健太・講談社。
最も信頼できる書き手の一人である田崎健太が、芸能界を題材に取り上げた。ドンと呼ばれているバーニングの周防にも直接インタビューだ。
すべてのインタビュー対象者による原稿チェックは一切なく、クレームが来たら編集部と著者が真正面から受け切る覚悟だったそうだ。もちろん一切クレームはないという。素晴らしい作品だ。
最も興味深かったのは、能年玲奈問題だ。関係者に直接当たったことで、問題の本質が見えてきた。「本名を使ってはいけないなんて、そんなバカな事を言うわけがない」というコメントが全てである。
ビーイングを設立した長戸大幸が、今では音楽業界から完全に離れて不動産屋になったというのはびっくり。
新人の売り込みをしようとしたらレコード会社に「宣材が必要」と言われて、何も知らなかった長戸は大量に洗剤を買って配って歩いたというエピソードには笑った。