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2000.12.31
自宅で水割り。
てなわけで今年もお世話になりました。個人的には大変にハッピーな一年でありました。来年もどうぞよろしく。なお、新しい日記は別のURLです。ここに直接ブックマークしている方は、2001年版にマークしなおしてくださいませ。
泥酔日記2001年へ行く
00.12.30
自宅で水割り。
秋葉原にメモリを買いに行く。ついでにオタクの巣窟・ソフマップMIDI館に突入し、情報収集だ。この店は実に鋭く、できる。新宿あたりのカメラ系など問題外の外なのだ。ともかくG4にウィンドウズ用ミキサーを取り付ける方法を店員に聞く。結果、できないということがわかる。がーん。丹後君の音楽活動、これにて終了。風組も息の根を止められたのだ。しかしそんなわけはない。なにしろG3マックでもボディにノミで穴をあけ、ウィンドウズ用ミキサーを強引に取り付けた男だ。何か方法があるはずだと狙っている。たぶんボディに穴をあけることになるだろう。新品マックは、すでに風前の灯火だ。ふふふ。年が明けたら穴あきマックなのさ。名付けてアナーキーマックだ。
もっとも問題の根はさらに深く、どうにもこうにも今までの音楽制作ソフトが動かせない。うーむ。せっかくの新品音源も、単なる箱として机に座っているのだった。この問題、しばらく手こずるぞ。
00.12.29
自宅で水割り。
新宿のピックばカメラで買い物。マックG4と妻用のソニーのバイオ、ついでにヤマハの新しい音源とターミナルアダプタと女王様の買い物だ。ほほほほ。買うのはいいんだけど、設定やらケーブルの取り回しやらえらく大変でしてねえ。ふう。年末の貴重な休みがまるまるとつぶれてしまったのでした。
2000.12.28
妻と一緒に潮見の居酒屋「未由紀」で日本酒。駅前の焼き鳥屋台で日本酒。
潮見生活の最初の知り合いである「未由紀」へ年末の挨拶を兼ねて妻と二人で行く。夫婦だけの忘年会なのだ。ところが、既に店じまいモードに突入していて、挨拶だけして帰ったのであった。と思ったら、板前が走って追いかけてきてくれて「あるものだけでよかったらどうぞ」と、無理に店を開けてくれた。嬉しかったなあ。おばちゃん、妻のお腹をなでて「ああ、大きくなったねえ」とニコニコする。産まれたらほ乳瓶をプレゼントしてくれるそうな。本当にいい人たちで、ほのぼの。下町人情なのかねえ。
帰り道に最近できたばかりの駅前屋台をのぞく。かなりでかい屋台だ。焼き鳥と煮込みを食うが、これが案外いける。いや、マジでうまかった。ワンカップを二杯飲む。妻が妊婦だとわかったら、屋台のおやじはレバーを一本サービスしてくれた。しかも、支払いも負けてくれた。煮込み食べて、焼き鳥たくさん食って、ワンカップ二杯にウーロン茶二杯で、なんと二千円ぽっきり。驚きの安さなのであった。ありがとう、おやじ。また来るからねえ。ああ、楽しかった。
2000.12.27
自宅で水割り。
すっかり忘れていたけれど、今年も恒例の10大ニュースだ。第1位は結婚したことだわな。第2位は子供ができたことだわな。第3位はマンション買ったことだわな。第4位は事務所を移転したことだわな。はああ〜。どれもが一年に一度あれば十分というようなでかい出来事だったので、もう既に腹一杯だ。よって第5位以下はなし。まあ、よくぞ立て続けにこれだけ片付けたもんだなあ。
2000.12.26
自宅で水割り。
免許の更新に運転試験場まで行く。車で5分のところだから楽でいいや。スピード違反がたたって、今回はゴールドカードではなく、普通のグレードだった。残念である。ちょっと悔しい。なんやかやと鬱陶しい検査と手続きを行ったが、あの業務に携わっているババアとジジイどもは、なんであんなにも不機嫌なのだろう。まったく気分が悪いなあ。最後に講習というのでいんちきビデオを見せられておしまい。ずっと流しっぱなしで、別にちゃんと見たかどうかなんてチェックもされない。無意味だ。当然、このビデオをつくって稼いでいる連中もいるわけだから、やはり免許の更新とは利権の塊なのだろう。こんなもの、不要であると心から思ったね、俺は。
2000.12.25
自宅で水割り。
どうにも盛り上がらないクリスマスのようで、世間的にも普段と変わらない様子だ。去年のカウントダウンとは大違いで、21世紀カウントダウンも盛り上がらず。まあ、落ち着いていていいけど。今年は東京に出てきて初めて年越しを東京で迎えるのだ。地元の深川不動にでもお参りに行くかねえ。年越しそばは、我が家の場合、早瀬さんに送ってもらったラーメンに決定した。
2000.12.24
自宅で水割り。
同じマンションに合田さんというご夫婦がいて、母親教室で知り合った。奥さんは妻と同い年で、出産予定日も近いということもあって、すぐに意気投合した。アホ旦那(俺のことだけど)も、母親教室への送り迎えを通じて仲良くなった。その合田さんご夫婦が「一緒にケーキでもどうですか」というので、すっかりと昼ご飯をご馳走になってしまった。昼からワインまで飲んでしまい、情けなくも酔っ払ったアホ旦那は家に帰ってすぐに寝てしまったのだが、まあ、それにしても同じマンションに知り合いがいるということは、何かと心強いのである。やっぱり子供関係のリレーションが、近所づきあいの第一歩なのだろうなあ。
2000.12.23
自宅で水割り。
妻を車に乗せて、舞浜へ行く。ディズニーリゾート周辺のホテルのクリスマスイルミネーションを見るためだ。一番きれいで楽しいのは、ホテルシェラトンだった。トナカイの形をしたイルミネーションが散りばめられていて、そりゃもうクリスマスたっぷりなのだ。しばらく眺めた後、シェラトンの中華レストランでコース料理を食べたのだった。ささやかながらも、夫婦二人だけのクリスマスは今年限りなのである。しばらくは、無理だろうなあ。
2000.12.22
自宅で水割り。
京都へ日帰り。仕事でサントリーの工場へ行く。取材後、試飲をすすめられ、ロック三杯ですっかり酔っ払ってしまった。ひっく。帰りの新幹線はぐーぐーすかすか眠ったのさ。王様気分の取材であった。
2000.12.21
自宅で水割り。
早瀬さんから、お祝いの品が届く。ラーメンだ。8食も届いた。ありがとう、早瀬さん。持つべきものは、太っ腹の先輩だな。これから年末に向けて我が家は毎日ラーメンです。えへへ。妻も大変喜んでいます。早瀬さん、今度遊びに来てね。
2000.12.20
自宅で水割り。
大阪の人間と話していて辟易させられるのは、東京に対する自意識の強さだ。大阪を案内してもらえば「東京にこんなもん、ないやろ」。都内を案内すれば「東京もたいしたことないな」。実際、日本第二の都市は大阪ではなくて横浜なのだし、東京にとっての大阪は地方都市のワン・ノブ・ゼムなのだが、大阪にはそんなことは関係ないらしい。立場を逆にして、東京の人間が「大阪にはこんなもの、ないだろ」と自慢することはほとんどないことを考えても、大阪の自意識の強さがよくわかる。「大阪で生まれた女」ってのも、考えてみればすごい歌で、「東京で生まれた女」というのと同じくらいこっけいなのだが。
なんでこんなことを言うかというと、別に大阪人に喧嘩を売ってるのではなくて(もともと俺の大阪人おちょくり癖は公言しているが)、言いたいのはサッカーなのだ。ラモスとか、水沼とか、まったくあの世代の連中は、なんであんなにも韓国に自意識むき出しなのだろう。はっきり言って、鬱陶しい。暑苦しい。みっともない。
今の若い世代の選手は韓国だってワン・ノブ・ゼムなのだ。韓国だからって関係ないし、それに、そもそもいつまでも旧来の韓国と日本という図式を引きずっては、将来が見えてこないではないか。おそらくラモスとか水沼とかドーハ世代は、自分のステータスを維持するために、昔の韓国はすごかったというのを強調したいという、ねじくれた自意識を持っているのだろう。
そこには、高校の部室に卒業生が顔を出して「俺らの頃は」と昔話をするのと変わらない醜さがある。はっきり言って老害なのだ。もうラモスは中継に呼ばないで欲しい。
2000.12.19
自宅で水割り。
免許証更新の通知が来た。よく見ると、30分の講習を受けろと書いてある。ちっ。前にスピード違反した時の仕返しか。面倒くさいなあ。ゴールド免許も取消だ。年末年始の忙しいときに、いい迷惑である。
なんで免許の更新がこうもひんぱんにあるのかというと、きっと業者の既得権を守るためだな。まったく無意味な。いずれにせよ、更新はいつも思ったより早くやってくる。それだけ時間が早く過ぎているということか。前は三軒茶屋の警察署で更新したが、その時には、まさか次の更新を江東区で行うことになろうとは、想像もしていなかったぞ。
2000.12.18
自宅で焼酎の水割り。
夜、寝る前に、お腹の中で暴れているというので触ったところ、初めて動いているのが外から確認できた。今まで触ってもわからなかったのだが。いやあ、嬉しかったね。実感。二度ほど、指先にコクンという感じで伝わってきたのだ。そーかそーか。そこにいるのか。よしよし、わかったからもう寝なさい。父ちゃんは幸せな気持ちで布団に入ったのだった。あ、子供の話ね。
2000.12.17
自宅で水割り。
妻の後輩(つまり旦那の後輩でもあるのだが)の秋田百合子さんの結婚式。原宿の統合記念館だ。出席は妻だけだが、妊婦に一人で原宿を歩かせるわけにもいかないので、車で送迎である。式の最中、旦那は近くのぺいちゃん事務所を勝手に借りて、持っていったiBookで仕事したのであった。帰りはちょいと遠回りしてレインボーブリッジをわたる。イルミネーションがとてもきれいだった。忙しくてクリスマスムードなことは何もしてやれない旦那の、ささやかな罪滅ぼしである。
2000.12.16
結局、童研のクリコンに途中参加。えらく久しぶりに渋谷のルークハウスだ。
帰りの有楽町線の電車で、初めて妻が座席をゆずってもらった。30過ぎぐらいの女の人だった。なんでも一年前の子供を産んだばかりだったらしい。感謝。もうどこから見ても妊婦なのだ。
2000.12.15
自宅で水割り。
ここのところ夜になっても新宿あたりの酔っぱらいは数少ない。きっと、忙しすぎて飲んでる場合じゃないやつと、忙しくなさすぎて飲んでる場合じゃないやつに、二極化しているのだろうな。まったくこの不景気はいつまで続くのか。と言いつつ、こちらの仕事は激多忙なのだから、世の中、わからんなあ。
2000.12.14
自宅で水割り。
先日の母親教室では、沐浴のさせ方を実習した。妊婦20名に旦那は2名。当然のように実験台として旦那が指名され、妊婦たちの「あんたがしっかりしないとダメだからねっ」視線を浴びながら、人形を風呂に入れたのだった。これがけっこうな重労働でねえ。うーむ、世の中の父親たちはみんなこんな思いをしていたのかと、ちょっと驚いてしまった。
2000.12.13
タヌキの親分、妻と、恒例・浅草HUBでディキシージャイブのライブ。
そうなんです、岐部さん、今夜はディキシーなんです、ふふふ。忘年会なんかやめて、来たらよかったのに、ふふふ。年末でみんな忙しいらしく、いずーも、えーじくんも、いさわしも、結局来られず。忙しいのは世間も同じようで、店内はゆったりとした客の入りだ。おかげで落ち着いてジャズを聴くことができたのだった。リクエストは「赤鼻のトナカイ」に「世界は日の出を待っている」。ジャックが懐かしいなあ。俺はCDを1枚購入。親分は、なんとアナログのLPを購入。有馬さん、わざわざクルマまで足を運んで取ってきてくれた。親分、大事そうに抱えて帰る。アナログのLPを抱えて歩く姿って、けっこう格好よかったなあ。
親分には、お土産をもらったばかりか、潮見まで送ってもらった。ありがとうございました。良いお年を。来年も行きましょうね。
2000.12.12
自宅で水割り。
いつもえーじくんから靴の安売りのご案内をいただくのだが、今回も忙しくてパスしてしまった。ごめんなさい。ドバシ先生からもDJのご案内をいただくも、こちらも3回に2回はパスしてしまう。不義理が続いているなあと心苦しく思うのだった。
それはともかくとして、ぼちぼち車の買い換えも検討中。やっぱりファミリーユースになるんだから、ワゴンにすべきだなあと思った次第。
2000.12.11
自宅で水割り。
ここのところ忙しくて、更新もさぼり気味だ。いかんいかん。
2000.12.10
自宅で水割り。
夜、えりずーが遊びにやって来た。ただいま独り暮らしなので、都内から会社に行けば楽だろうというので、お泊まりなのだ。妻は頑張って鍋を用意。カキ鍋だ。味噌味で、うまかったなあ。鍋は何よりも最後の雑炊がおいしいのだった。いくら満腹でも入ってしまうのだから、不思議だ。その後、三人でケーブルテレビを見る。ドリフターズをやってて、とても楽しかった。
2000.12.09
自宅で水割り。
自宅の近くにヤマダ電機ができたんだけど、ここがあきれるほどバカな店で、もう行かない。なにしろ駐車場がほとんどない。第二駐車場ってのが夢の島で、そこから送迎バスだと。郊外の電気屋としては既に失格である。さらに店員が使えなくて、ホットカーペットを買いに行ったのだが、商品説明を求めてもさっぱり要領を得ず、こっちの方が詳しいという間抜けぶり。あきれて結局買わずに帰った。ホットカーペットは、いつものスーパー生活倉庫の方が安かった。
てなことはともかく、Jリーグチャンピオンシップ。あっと驚く3-0鹿島だ。1点目と3点目は川口のミス。特に3点目については、ぺいちゃんも「なかなかナイスファンブル。あれはめった見られないよ(^◇^)」と大喜びなのであった。
2000.12.08
自宅で水割り。
最近でもぼちぼちギターを弾いている。持ってるのはマーチンのOOO-28というギターだ。フィンガーピッキング用のギターで、これがまたいい音で鳴るのだ。愛器。ただし腕のほうはさっぱり上達せず、レパトーリーも増えない。ラグタイムを何曲か楽しむだけだ。であっても、ギターを弾いているときは楽しくて、気持ちがいい。
2000.12.07
自宅で水割り。
その子供だが、まだ男か女かわかっとらん。発育は順調なのだがねえ。まあ、どっちでもいいや、とーちゃんとしては。はあ、しかし忙しいぞ。周囲はみんな異口同音にハードスケジュールでひーひー言ってる。 なんでこんなに忙しいのだ。税金もこわい。もっとぼちぼちっと働きたいものだ。ねえ、金内さん。
2000.12.06
自宅で水割り。
新宿のヨドバシカメラで新しいカメラを買った。前のは壊れてしまったのだ。小さいけれど一眼レフ。実に中途半端なカメラ、という意見もあるが、まあ、いいのだ。これでやがて産まれてくる子供をばしばし撮るのだが、子供といえばやっぱりビデオカメラだ。これは出産祝いとして誰かにねだるか。岐部さんにたかるってのは、無理があるかなあ。
2000.12.05
自宅で水割り。
金内さんが「ぱあぷる」に連れて行けと言ってた。「ぱあぷる」とは、例の東陽町のばあさん酒場である。金内さんも物好きである。そんなところが、お茶目なのだ。
2000.12.04
自宅で水割り。
うーむ、突如として無茶苦茶な大多忙モードだ。困ったものだ。もう年の瀬だというのに、心静かに20世紀を振り返りたいのだがなあ。なかなかそうは都合良く行かないのであった。世間的にはぼちぼちボーナスなのかな。忘年会も始まるのだろう。
2000.12.03
自宅で水割り。
父親を東京駅まで見送りに行った帰りに、近くだからと馬喰横山の「赤ちゃん本舗」に立ち寄る。言うまでもなく、マタニティ、ベビー関係の安売り店だ。日曜の午後とあって、いるわいるわ、妊婦とその旦那。ついでに赤ん坊。それが山となって安売りオムツなどを抱えてレジに長蛇の列だ。うーむ、みんな必死なのだなあ。妙に感心してしまった。こちらは下見の冷やかし。とっとと出てきた。いずれ買い物に行かなければならないが、その時は平日の午前中に行こうと決めたのであった。
2000.12.02
自宅で日本酒。
実家の父が、横浜のおじさんの49日のために上京、うちに泊まることになった。父親とは口やかましい存在であるが、隠居し、孫の世話に追われる日々。こちらも父親になろうとしている。そんな状況では、親子の関係も必然と穏やかなものになるのであり、お互いが再会を楽しみにするのだった。
晩ご飯のメニューは、妻と相談してすき焼きに。特上の肉を大盤振る舞いだ。すき焼きをつつき、熱燗を飲み、父親の土産である餅を食べながら、やがて産まれてくる子供のことなどを話す。最近思うのだが、親になるというのは、実際に自分がその立場にならないとわからないことが多いものだ。父は20歳そこそこで結婚し、すぐに俺が産まれたのだが、その若さで今の俺と同じ喜びや不安を経験していたことに、改めて驚く。これは妻も自分の母親に対して抱く感情だそうだ。
食事を作り、子供を育てる。誰もが経験してきた、そんな営みが、さまざまな感情をもたらすことに改めて感じ入るのだった。
2000.12.01
自宅で水割り。
先日の健康診断の結果が出たので昭和大学付属病院まで聞きに行く。結果は異常なし。というか、ぎりぎりのボーダーで、要指導。コレステロールが若干オーバーしているそうだ。理由は、運動不足だと。「酒、やめますか。それとも運動しますか」と迫られてしまった。むむむ。酒は、やめない。とすれば運動だ。うーむ。どうするか。あとは食事の改善で、肉と卵は極力減らすのであった。大好きなイクラも禁止だ。とほほほ。まあ、そんなにひどい結果ではなかったので、これでよしとしなければ。しかし、運動か。うーむ。コレステロール。うーむ。岐部さん、何かいい方法はねえですか。
2000.11.30
東陽町の居酒屋「ぱあぷる」で妻と日本酒。
半年ぶりに「ぱあぷる」に行った。名前のインパクトもなかなかだが、ここは店そのものもなかなかである。小さい居酒屋なのだが、働いているのは全員孫がいるようなばあさんばかり。6人体制・4人勤務というローテーションだ。仕切っているのがオーナーのばあさん。このばあさん、なぜか知らないが新横浜から東陽町まで通っているのだ。この日は3人いたが、口うるさいボスばばあ、茶坊主のコバンザメばばあ、仲間はずれのいじけばばあと、ものの見事に勢力が分かれているのだった。それはちょっと時間を過ごしただけで、わかるほどなのだった。しかも恐ろしいことに「ぱあぷる」、食い物が実に実にうまいのだった。こうしたことを教えたら、妻が「いつけ連れていけ」とずっと言ってたので、やっとこさ来られたのであった。ああ、面白かった。かつ、うまかった。この店、けっこうおすすめですぜ、皆さん。今度行きましょう。
帰ってきたら、ぺいちゃんから電話。酔っ払ってるのに、仕事の話なんかできねえよー、へろへろ。「サザンをののしるくせに、おめえだって自分のコピーするじゃねえか」と言うから「そりや、おめーも同じだろ」と言い返す。結局、「家族と事務所のためには自己コピーも許されるのだ」ということでお互いに納得したのだった。
2000.11.29
自宅で水割り。
取材前の時間調整の時、ドトールが近くにあったりすると、とても具合がよろしい。店内に入ると、同じような顔をして時間調整しているおじさんばかりだ。時々は仕事さぼり中という顔で煙草を吸っているお姉さんもいたりする。もっとたくさん店を作って欲しいなあ。
2000.11.28
自宅で水割り。
今年のレコード大賞はサザンらしい。ふうん。まあ、いいけど、サザンって、もうどうしようもないバンドになっちまったよねえ。初期の頃はけっこう好きだったけれど、途中からあまりの志の低さと、音楽性のなさにあきれてしまって、すっかり遠ざけるようになってしまった。要は、自分のコピーを始めてしまったのね、クワタ某って。創造する人間として、それって一番の堕落じゃないのか?だから、もういいや、あっち行きなさい。
2000.11.27
自宅で水割り。
今年はやっぱり暖冬なのでしょうか。中学時代は暖冬異変だと雪が少ないので嬉しかったなあ。正月でも自転車に乗って友達の家まで遊びに行ったものだった。聞けば実家でも年々雪が少なくなっているというし、やっぱり温暖化は確実に進行しているのだろう。
2000.11.26
自宅で水割り。
素晴らしいことに当面やるべき原稿が前日までに終わってしまったので、久々のオフの日曜である。しかも都合のよいことにJリーグ最終戦だ。だもんで、サッカーを生観戦したことがないという妻と一緒に、急きょ国立のアントラーズ対レイソルに駆けつけたのであった。
到着してびっくり。長蛇の列だ。Jでこんなのは実に久しぶり。既に指定席はソールドアウト。こうなりゃいつものダフ屋だと交渉に臨んだが、S席が1万円。もうちょっとまけろと交渉したが決裂してしまった。以前ならば「とっととよこせ」と言ったものだが、「出産費用は節約できないんだからねっ」との親の叱咤を思い出し、自由席の列におとなしく並ぶことにした。
まぎれこんだのは、アントラーズの席。しまった、これは失敗した、とあわててレイソル側に移動。なんとか席を確保する。ふう。
試合は、結局0-0の引き分けでアントラーズの優勝。2000円の席でこれだけの試合が見られたのだから、文句はないぞ。延長戦はさすがに日が落ちて寒かったが。
帰ってきて、夜のニュースでU-19が決勝でイラクに負けたことを知り、激怒する。まったく若いやつらは何やってんだ、ばーろ。
2000.11.25
自宅で水割り。
貧乏なもので肉は週に一度だ。本日はすき焼きである。鉄鍋を買い、100グラム1000円の肉を買う。ついでにドラえもんのどてらを買う。すき焼きを食って満腹していたら、ぺいちゃんから電話が入ったので自慢してやったのだ。
2000.11.24
自宅で水割り。
毎年、Imidasと現代用語と知恵蔵の3冊を買う。今年もまとめて買った。仕事柄しょうがないのだが、一番賢いのは現代用語で、次がimidas、一番バカなのが知恵蔵なのだ。まあ、朝日だからしょうがないだろ。
関係ないけど、先日突然ルクマの窓が壊れた。開けると閉まらなくなったのだ。ちぇっと舌打ちしつつ、近所のデュオへ。笹塚のフアーレンは使えないからなあ。ぼちぼち買い換えかなあ。でもエンジンはまだまだ元気であと10万は乗れるし。でも、こういう電気系統の修理を続けていると、簡単に頭金が出ちゃうしなあ。しばらく迷うのだった。
2000.11.23
自宅で水割り。
勤労感謝の日だっちゅーのに、忙しく働いている加藤君に飯村君。ちっとは体を休めないと、おかしくなっちゃうよ。ほどほどにね。大きなお世話かもしれないけど。
てなことはともかくとして、久しぶりに千駄ヶ谷のホープ軒にラーメンを食いにいく。妻と一緒だ。ゴミのような下品な味のラーメンだが、時々むしょうに食いたくなるのだ。果たして妊婦が食っても平気なのか、どうなのか。よくわからんが、とりあえずチャーシュー麺を食ったのだった。味は、相変わらず下品で、とてもよかった。
2000.11.22
浅草HIBでディキシージャイブのライブ。
さあ、今日はイベントがいっぱいだ。イベントその一。豊洲で健康診断だ。江東区の40歳以上対象だ。健康診断なんて、30過ぎてから初めてだぞ。血液検査に尿検査、心電図にレントゲン、眼底検査だ。父ちゃんになるのだから、健康にも気を遣うのだ。豊洲の大学病院は、じじはばでいっぱい。中にはぼけたばあちゃんが、予約日でもないのになぜか来院してしまって、自分でもなぜ病院に来てしまったわからず、おろおろしていた。看護婦さんも大変である。健康診断の結果は来週だ。果たしてどうでるか。ちょっとどきどぎ。
イベントその二。午後は、やはり豊洲で母親学級だ。妻は毎週行ってるのだが、旦那は初めての参加だ。もちろん男は俺一人。あとは全員20数名が妊婦。うーむ。世の中の父親代表として「あんたがしっかりしないとダメだからねっ」という視線を一手に受けてしまった。内容はおむつの縫い方。大変勉強になった。12月には、沐浴の方法を習いにまた行くのだ、父ちゃんは。中には産道が開きはじめて、ぼちぼち陣痛という妊婦がいた。おいおい、母親学級に来てる場合じゃないだろ。病院に行きなさい。
イベントその三。夜は、月に一度の恒例、浅草HUBでディキシージャイブのライブだ。妻と、親分、いずー。いつものメンバーだ。親分は病み上がりでの強行参加である。
今夜のジャイブは、いやあ、すごかった。最後まで満員の客席。その盛り上がりにあおられ、飛ばしまくりの演奏だ。セカンドステージでは、妻が誕生日というので、誕生日のお祝いをしてくれ、妻のリクエスト「オリジナル・ディキシーランド・ワンステップ」を演奏してくれた。嬉しかったなあ。
最後は珍しくアンコールまで。親分リクエストの「波濤を越えて」だ。ごきげんなアレンジで、大興奮。いやあ、楽しかった。
妻とは、いつまで来られるか、来年の1月で最後だろうなあ、当分無理だろうなあと話し合っている。帰りにリーダーの有馬さんに挨拶したら、そのお腹はひょっとして、と見破られてしまった。なので、もうちょっとしたら来られなくなります、ごめんなさいと挨拶した。
帰りは、親分がわざわざ車で送ってくれた。ありがとう、親分。体を大事にね。もちろんいずーも一緒。いずーはジャイブに皆勤賞なのだった。来年のジャイブは任せたからね。
2000.11.21
自宅で水割り。
ぼちぼち新しいマックと新しい音源が欲しくなってきた。例年だとボーナスに合わせてヤマハが新しい音源を出すのだが、今年はそんな気配もないようだ。かわりにソフトがバージョンアップ。うーむ。今のバージョンでも使いこなせていないというのに、必要かどうか。ちと迷っているのだ。もっとも最近は忙しくて音楽もさっぱりだから、今導入してもほとんど使えないのだが。
2000.11.20
自宅で水割り。
松浪の水ぶっかけの快挙に喝采を送りつつ、腰砕け・加藤に涙する。おかげで睡眠不足だ。
てなことはどうでもよくて、問題は「楽天」だ。テナント撤退が続いて、けっこうやばい状況なのだが、社長は「楽天はブランド力があるから大丈夫」とふんぞりかえっている。ブランド力があるからって、世間は「楽天」なんかより、紀伊国屋や東急百貨店の方をずっとよく知っているのだが。このあたりのセンスのズレは致命的だな。
まあ、最初に「楽天」のビジネスについて取材した時、いったいこれのどこが新しいのだ、何がビジネスモデルだとあきれたものだ。案の定である。ネットビジネスの典型のようなこの商売も、やっぱりバブルだったと思う。いずれ終焉も近いだろう。
2000.11.19
自宅で水割り。
レッズが一部復帰。まずはめでたい。ここで無理なら、小野は移籍だったしな。
ところで薄氷を踏むような勝利だったせいかもしれないが、試合後、イレブンがフィールドで記念撮影しているのにはびっくり。単に2部で2位になっただけである。リーグ戦で優勝したのでも、カップ戦でタイトルを取ったのでもない。繰り返すが単に2部で2位になっただけである。モチベーションがあまりに低すぎるのではないか? それに同調して一緒になって騒いでいるとしたら、レッズサポーターもろくなもんじゃないと思ったね。あれはブーイングすべきシーンだった。それが本当のサポーターだろう。
2000.11.18
寿司処・すがわらで、ビールとひれ酒たらふく。
引っ越しの際に岐部さんに大量の本を送ったのだが、それを古本屋に売ったら2万数千円にもなったというので、岐部さんが寿司をおごってくれることになった。なので、夫婦で新宿・すがわらへ。
同席したのは、岐部さんの娘にえりず。親分は体調すぐれずに不参加。5人ですがわらでうまい寿司を食い、たっぷり飲んだ。最後にはデザートにシュークリームとプリンまで出てきたのは、びっくり。シュークリームを出す寿司屋なのだ、ここは。お土産もたっぷりもらったのだった。
店を出てからは、岐部さんの娘さんを駅まで送って、その後は岐部さん、えりずと一緒に潮見のホテル丹後へ。4人で遅くまで飲みながら、わいわいとしゃべったのだった。とっても楽しかったぞ。特にえりずのJAMES話には全員大笑い。ここで、くわもは「JAMESくわも」という名前にすることを決定したのだった。何のことだかわかんないだろうけど、とにかくそういうことですから、くわもくん。
岐部さんとえりずには、素敵なお土産までいただいてしまった。ホテル丹後には、部屋だけは余っているので、全員がゆっくり寝たのだった。ふふふ、楽しかったなあ。
2000.11.17
自宅で水割り。
まあ、しかしなんだかんだと言ってる間に21世紀まであとちょっとだ。びっくりだなあ。あわただしい毎日がぴゅーっと過ぎ去っていくのであって、原稿が間に合わず、おろおろするのみであった。
2000.11.16
自宅で水割り。
近所にイトーヨーカ堂がオープンした。近所って言っても、徒歩で20分はかかるけどね。オープニング当日に、早速買い物に行く。なにしろこっちは自宅ライター。へへん。仕事のふりして買い物だ。店内は広い。でもって、えらい混雑。這々の体で逃げ出したのだった。これならいつものイースト21で十分だというのが夫婦の結論。はあ、疲れた。
2000.11.15
自宅で水割り。
はあ、忙しいなあ。今年はとにかく忙しいぞ。あんまり忙しいのも、困ったものだ。なぜならお宅ライターになったので、事務所の家賃がなくなり、経費が大幅削減。税金がこわいのだ。ここは少ない仕事で適性利益ってのが、賢い方法だろう。と言いつつも、世の中はそんなに俺の都合に合わせて動いているわけでもないので、次から次へと来る仕事は、ちゃんとこなさないといけないのであった。むう。
2000.11.14
自宅で水割り。
新しいキーボードを買ったら、けっこう順調。あたしゃ、知る人ぞ知るキーボードおたくなのだ。もちろんウィンドウズ用だが、これを強引にマックにつないで使っているのさ。えへへ。
2000.11.13
自宅で水割り。
そうですか、今年の合宿は箱根に決まっていたですか。了解です。私も幹事引退。続きは後進に任せましょう。というわけで、桑原先生、どうぞよろしく。ふふふ、わかりましたね?
ところで本についてだけれど、わたしゃコバルト文庫だろうが、えっちな本だろうが、堂々と買います。ついでに「袋もカバーもいりません。そのままでいいです」と言います。普通の書店で法律を守って売っているものを自分の金で買うのだから、何も後ろめたいことはないもんねー。岐部さんもその精神で突撃するですよ。
2000.11.12
自宅で水割り。
去年、今年と童研の夏合宿をやったが、楽しかったなあ。しかし、来年はパスだ。まあ、今年に夏に参加した時点で、たぶん来年は無理だと思っていたので、その通りになったのである。そんなわけだから、来年は岐部さん、よろしくね。東京方面の幹事は、ふふ、くわもにお願いしちゃうかな。ふふ。
2000.11.11
自宅で水割り。
オーブンレンジを買ったのだけれど、棚にぴったりはまるサイズをわざわざ選んだっていうのに、説明書を見たら上部は20センチ以上空けろとのこと。うーむ。ぴったりおさまっているのに。うーむ。これではまずいのだろうか。やはり空けなければならないのだろうか。誰か教えてください。
2000.11.10
新宿・花園神社の酉の市でおでんと日本酒。
昨年は美女とお忍びで訪れた酉の市。一年後は、美女が妻となって、酉の市。昨年はまさかこうなってるとは想像もしなかったねえと、自分たちのことながらあらためて驚く。
安産と家内安全、商売繁盛、一家健康、交通安全をたっぷりお参りする。例によって熊手は買わずに、他人様が買うのをながめて幸せのお裾分けをしてもらう。その後は屋台。これがとっても楽しみ。もつ鍋をつついて日本酒。はしごして二軒目ではおでんと日本酒。薄味の関西風のおでんをつまみながら、お燗をぐびぐび。商売っ気のまるでないおばちゃんをからかいながら、食って飲む。うー、たまらんなあ。一年一度のお楽しみだ。
風邪気味だが決行してよかった。楽しかった。来年からしばらくは来られないものねえ。今度来る時は、三人だ。
2000.11.09
自宅で水割り。
毎日妻のお腹に向かって「早く手が出ろ、足が出ろ」と言ってるのだが、そのかいあって、順調に発育。手足もしっかり出てきて指もできて、背骨もきちんとできてきた。医者は、極めて順調な発育、と言ってくれた。よしよし。男か女か。どっちでもいいよん。父ちゃんはひたすら待つのみなのであった。
2000.11.08
自宅で水割り。
時々アメリカのプロレスをテレビで見るのだけれど、まあ、アホらしいというか、ばかばかしいというか。なんでこんなものにアメリカ人は熱中できるのかと思うのだが、そこは陽気な脳天気どもである。大統領選挙も基本的に同じ路線なのだな。
2000.11.07
自宅で水割り。
東京駅には「ばカメラのさくらや」があるのだが、一緒に取材したカメラマンがフィルターを買いに行ったら、売ってなかったらしい。まあ、ばカメラのさくらやだからなあ。しょうがないわなあ。
2000.11.06
自宅で水割り。
たんごちゃんの大予言。ワールドカップは結局日本では開催されない。理由は、ワールドカップ一切非課税という議員立法が間に合わないため。と言いつつ、そんなことになったら困るので、この予言ははずれるだろうと予言するのであった。いや、むしろ開催返上となった方が予選を楽しめるから、かえっていいかも。
2000.11.05
自宅で水割り。
たんごちゃんの大予言。あと3年でNTTはつぶれる! 地域会社の話だけどね。原因はインターネット電話。ただでかけられるようになるのだから、誰も電話会社に金は払わなくなるのだ。もっとも20万人近くの雇用問題があるから、完全につぶれることはないだろうけど。
2000.11.04
自宅で水割り。
今年の風邪はしつこい。まるでストーカーのようなしつこさだ。いつもなら酒飲んで風呂入って寝れば、大汗かいて翌朝にはすっきりなのだが、今回はどうもおかしい。長くぐずぐずいってるのだった。もう一週間になるのかな。困ったものだ。なにしろ家には妊婦さんがいるので、うつすわけにはいかない。取材の時に、三石君や飯村君や加藤君にうつしてやろうと思っているのだが、彼らも相当にテンションの高い仕事モードなので、ガードが堅い。うーむ。
2000.11.03
自宅で水割り。
大事なことを書き忘れていた。昨日は奥さんの誕生日だったのだ。もちろんケーキを買ってきてお祝いしたぞ。ついでに飲み屋でキムチ鍋だ。旦那、偉いぞ。
2000.11.02
潮見の居酒屋・未由希。
朝から喉が痛くて、夕方には全身ふらふらしてしまった。うーむ、これはやばい。仕事の気力もわかない。というわけで、加藤君に「早退します」メールを送って、体を温かくしようと夫婦で未由希へ。あつあつのキムチ鍋をつついて体力をつけて帰ってきたのだが、うーむ、まだ本調子ではない。このくそ忙しい時に、困ったものだ。
2000.11.01
自宅で水割り。
うー、たまには落ち着いた飲み屋でおいしい日本酒を飲みたいものだ。そんな時間はとても無理だけれど。
「丹後さん、出産はいつですか」と加藤君。答えてわたくし「俺が産むのではないが、来年の5月だよ」。
「ふーん、産まれたらきっと仕事しなくなるんでしょうね」「あん?」「今日は子供と遊ぶ日とか言って。きっとそうなるって、会社のみんなが話してますよ」。
そうか、加藤君、そんな風評か。むむむ。とりあえず、お互いにそんなに先のことは考えられない状況だというのは確かだよね。
2000.10.30
自宅で水割り。
とほほほ、あっという間に10月も終わりだもんね。まいったざんす。あっという間に今年も終わりだ。いや、よく考えたら20世紀も終わりなのだった。というのに、毎日毎日、ハードに働いているわたくしであった。昼は取材、夜は原稿。うーむ、こんな忙しさは、えらく久しぶりだ。珍しく原稿が遅れ気味で、催促されている状態である。披露宴での来賓のスピーチは、単なる買いかぶりだったのだ。
2000.10.29
自宅で水割り。
いやあ、シビレた試合だったねえ。「君が代」からブーイングが起きる完全なアウェー。そんな中で、絶対に勝たなければいけない状況。でもって早い時間での得点に、相手の猛攻。うふふふ。嬉しかったなあ。こういう試合をもっとやらなきゃいけませんよ、旦那さん。
絶対に川口がポカやって同点に追いつかれて、さらにハラハラするかと思ったけど、案外頑張ったな。この試合のMVPは川口君だ。オールバック、やめろ。大会を通してのMVPは名波だろうが、個人的には森島だな。もちろん俊輔にもご褒美だ。
しかし、開催国なもので、ワールドカップ予選ではこういう経験ができないのだ。残念。他の国がこういう試合でシビレまくることを思うと、心底うらやましくなってくる。悔しいなあ。
11時に寝て1時半に起きて4時にまた寝たんだけれど、なんと視聴率が12%とな。うーむ、世の中には似たようなばかたれが多かったということか。ね、キャトちん。
2000.10.28
自宅で水割り。
妻の友人の渡邊一代さんが、旦那、長男の桜弥くんと遊びに来た。本当は笹岡さんも一緒の予定だったが、風邪でダウンしたらしい。残念。
桜弥くん、ちょっぴり大きくなってはいはい寸前。話しかけるとにこにこ笑う。音の出るものに反応するようで、シンセをいじらせたら大喜びだった。旦那はビールで酔っぱらう。俺もビールで酔っぱらう。先輩父ちゃんに、いろいろとアドバイスを聞くのであった。ベビーカーで遠出するのって大変だろうなあ。でも、それはそれで楽しいだろうなあ。また遊びに来てね、桜弥くん。来年には友達が誕生するから、一緒に遊んであげてね。今度は笹岡さんも、ぜひ一緒にね。
2000.10.27
自宅で水割り。
金内さんに「熊」と言ったら怒っていた。うふふふ。もっと言ってやろう。
2000.10.26
自宅で水割り。
まったく変化のない毎日。朝から一日中取材で飛び回って、へろへろになって帰って、原稿を前にうなだれる日々だ。金内さん、あんまり飲み過ぎないでね。
2000.10.25
自宅で水割り。
日中取材で飛び回って、夜はひいひい言いながら原稿書いて、それでも追いつかない毎日なのだ。うーむ、弱音をはかずに、出産費用を稼ぐのだ。父ちゃんは。
2000.10.24
自宅で水割り。
サッカーって、いつだったっけ。忘れてしまった。ともかく、決勝に進出して勝ってよかった。
2000.10.23
自宅で水割り。
ひー、忙しくって、日記の更新すらできないのであった。29日にまとめて書いています。うう、原稿が終わらない。
2000.10.22
自宅で水割り。
温泉帰り、僕の両親は新潟へ、妻の両親は埼玉へ。それぞれ高崎で食事して現地解散となった。時間があったので高崎市内をぶらぶら歩く。あちこちでアマチュアバンドが下手くそな路上ライブをやっている。うるせえな、下手だなと思いながら歩いていたら、なんと、これは高崎市を挙げての市民イベントだったらしい。うーむ、高崎。ちょっと間違っていないか。右翼の街宣車も繰り出していたりして、うるさいったらなかった。
2000.10.21
群馬県薬師温泉「旅籠」。
このクソ忙しい時に原稿を放り出して温泉かよ。と思う人も多いことでありましょう。しかし、僕と妻のそれぞれの両親を招いて、一緒に温泉に入って酒でも飲みながら、あれやこれやの慰労をしましょう、これからも宜しくといきましょう、という約束をずっと以前からしていたのだった。だもんで、客先には群馬出張と大嘘ぶっこいて出かけた。
「旅籠」は、山の中の一軒宿。値段は平均的で、果たしてどうかと思ったが、これが行ってみて大当たり。お湯は源泉そのままだし、露天風呂は広くてきれい。大きな滝は夜にはライトアップされて、それを眺めながらの温泉は格別であった。
料理はこれまたうんまくて、ボリュームもたっぷり。すべて地場のものを使った、ヘルシーかつうまい料理だった。部屋が安普請、料理が食堂なので飲み屋で食事している気分になるということを除けば、この金額でこの内容は、大当たりだ。
この旅館で、みんなで露天風呂に入り、鍋をつつきながら、酒をたらふく飲んだ。やれやれ、楽しかったなあ。いい旅行でありました。これから妊娠中期に入り、こうした旅行はあと何年か、できないだろう。いずれまた一緒に旅行するまで、みんな健康で、元気でいようねと誓い合ったのだ。結婚して、お互いの両親が仲がいいってのは、幸せなことなんだなあとしみじみ嬉しくなった。
2000.10.20
自宅で水割り。
取材で名古屋に日帰り。JRのでっかいビルができて名古屋駅は完全に様変わり。人の流れも大きく変わったようだ。朝と夕方の新幹線は完全にビジネスマン専用であり、ほとんどがネクタイ族で占められる。いつも困るのは帰りの新幹線で、まず切符を買うだけでも15分や20分かかってしまう。すさまじい行列ができるのだ。で、もっと困るのが車中。多くのおっさんたちがビールを飲み出すから、車内は完全に酒場状態。まあ、ほっとけばいいのだが、今回は隣に座ったおっさんの靴下が臭くて臭くて、参ってしまった。なんでおっさんの足って、あんなに臭いんだろう。おちおち眠れもしなかったぞ。
2000.10.19
自宅で水割り。
なんとも今年はさまざまに忙しくて、公私ともにばたばたなのだ。
2000.10.18
自宅で水割り。
僕の母は9人兄弟だが、今は半分以上が鬼籍に入っている。一方の父は7人兄弟で、全員が健在だ。父方の兄弟は全員が実に仲がよくて、しかもその配偶者どうしも仲がいい。正月には新年会で全員が集まり、2年に一度は温泉旅行を楽しむ。実の兄弟どうしならまだしも、その配偶者も含めてだから、旅館の人たちだって「へえー」と驚きの声をあげる。
旅行や新年会では「いつまでもこうして全員が健康で楽しくやりたいね」という言葉が決まって出ていた。従兄弟も常に何人か参加し、叔父や叔母たちの小言に頭をかいていたものだった。
そのうちの一人が欠けたのが昨年の秋だった。父の一番下の妹の旦那さんだった。新年会は当然中止となった。そして今年、秋。一番上の姉の旦那さん、つまり僕にとって一番上の叔父が亡くなった。79歳だった。
10年ほど前、癌で横浜の病院に入院。見舞いに行ったら存外に元気で、安心したものだった。そして無事に退院。見事、癌に勝ってみせた。だが、今回はダメだった。見舞った家族が家に帰ったら悲報が届くという、急な展開で、とうとう逝ってしまった。
高校時代、僕は大学受験のためにこの叔父の家に二週間近く泊まった。夕食の席で叔父は「道に迷ったら誰でもいいから人に聞きなさい。大丈夫、東京の人の半分は田舎から出てきた人だからね」と教えてくれた。高校生の僕は「なるほど」と妙に納得したものだった。大学に合格した日、早めに帰ってきた叔父は、玄関で叔母から合格の報せを耳にすると「おおう、そうか。青学か。青学だな、そうかそうか」と大きな声で喜びの声をあげた。僕はそれを台所で耳にし、本当に喜んでくれているんだなあと嬉しくなったものだった。
今年の春、僕は妻となる人を連れて横浜の病院に見舞いに行った。もしや、という思いを隠しながら、おそるおそるの面会だった。だが叔父は思った以上に元気で、僕は変な覚悟をしたことを恥じ入ったものだった。
叔父は、結婚の報告を聞いて「そうかそうか、これであんたも一人前だな」と大きな声で話した。それを聞いた僕が「じゃあ今までは半人前だったんですか」と講義したら「当たり前じゃないかあ」と顔をくしゃくしゃにして笑い、僕の背中を平手で叩いた。その力強さに再び安心し、さらにエレベータを呼ぶために廊下を2、3歩走った姿を見て、本当に心から胸をなで下ろしたのだった。そのエレベータのドア越しの姿が、最後となってしまった。
本人は、僕の結婚式に出ることを心から楽しみにし、病床でずっとそのことを話していたという。急に様態が悪化し、再入院。結局式には出られず、ただ届いた写真を眺めるだけだったそうだ。
ひょったとしたらという報は伝わっていた。だが、とても本当のこととは信じられなかった。しかし、安らかなその顔を目にすると、叔父は本当に逝ってしまったのだと、自分に言い聞かせるしかなかった。「当たり前じゃないか」と背中に平手をくれた時の感触が蘇る。叔父には、本当に僕の結婚式に出席してもらい、祝って欲しかった。同じように、背中を思いきりぶって欲しかった。
最後の別れを告げるとき、言いたいこと、言わなければならないことが山ほどあったはずなのに、ただ「お世話になりました」とつぶやくだけが精一杯だった。ようやく一人前になった僕の姿を、なぜ一目でも見てくれなかったのか。受験の時に世話になってから24年もたって、ようやく一人前になったというのに。新しい命が誕生すると聞いたら、叔父は何と言うだろう。背中を叩くだけじゃすまないかもしれないな。
春に見舞ったとき、叔父は彼女の顔を見て、にこにこと、それは嬉しそうに笑っていた。気の重い初対面だったろうが、彼女はそんな素振りも見せず、一緒に病院に来てくれた。だからこそ叔父も、僕が一人前になるのを、本当に実感してくれたのだろう。背中をぶつほど、嬉しがってくれたのだろう。
身重の体なのに、早朝から起きて、妻は横浜まで電車に乗り継いで一緒に出かけ、葬儀に立ち会ってくれた。おかげで、二人で叔父に報告ができ、見送ることができた。僕は妻に心から感謝している。
2000.10.17
自宅で水割り。
通夜。
2000.10.16
自宅で水割り。
駒澤大学に行くと、本当に坊さんがうろうろしていて、なんだか面白い。けど、スキンヘッドにスーツだったりするから、遠くから見かけるとちょっと怖くてどきっとするのだった。
2000.10.15
自宅で水割り。
悲報。
2000.10.14
自宅で水割り。
サウジって、こんなに弱かったっけ?と思いつつ、4-1の大勝利だ。うしし。個人的なMVPは実にシブい働きをした明神だな。こいつ、こんなにいいプレーヤーだったのかと、驚いてしまった。嬉しかったのは、小野のゴール。よかったなあ、小野くん。とつぶやいてしまったよ。それにしても高原。いいなあ、高原。どけどけ、ワシが決めるんじゃあという態度が何よりも嬉しい。でもって、確実に、しかもビューティフルゴールを、まさにドッカーンという感じで決めてる。うしし。こういうストライカーを待っていたのだ。
2000.10.13
自宅で水割り。
ここのところ駒澤大学に連日のように取材に行ってるのだが、学生時代ってもっと勉強しておけばよかったなあという反省ばかりだ。いかに恵まれた時間を過ごしていたのか。それがわかるのは、結局のところ卒業してからなのだった。あれ、ところで親分の息子の雄大って駒澤じゃなかったっけ。
2000.10.12
自宅で水割り。
最近独眼竜をさぼり気味である。ぼちぼちと読んでいるのだが、更新するのが面倒だなあ。などと言ってはいけない。頑張るのだ。などと言いつつ、まださぼっている。
2000.10.11
自宅で水割り。
ぼちぼち仕事も本格的にハードになってきて、朝から夕方まで(時には夜まで)取材し、帰ってから原稿を書き、土日も原稿を書き続けるという毎日が続いている。しばらくこの調子で続くのだろうな。はあ、しんど。こう書くと、きっと金内さんには「調子よさそうじゃん」と言われるのだろう。でも、こっそりとすき間をぬってディキシーを聴きにいったり、サッカーを見たりするのだ。「なんだ、ヒマじゃねえか」って言われるので、金内さんには内緒である。
2000.10.10
自宅で水割り。
佐々木健介が川田に敗れたが、しかし、いかにも新日らしい展開だなあと、半ばあきれ気味だ。地力の差は一目瞭然なのだがねえ。まあいいけど、こんなプロレスをいつまでもやっていたら、ファンは離れていくだろう。
2000.10.09
自宅で水割り。
奥さんの妹、つまり義理の妹だな。彼女がパソコンと携帯を買うというので、新宿に付き合う。今や情報機器は秋葉原ではなく、新宿のカメラ屋が安いという時代なのだ。難点は、バカな店が多いということで、まともな相談をしようと思ってはいけない。相談して買う場合は秋葉原、自分で勝手に買うという時は新宿というのが定番である。出かけたのはピックばカメラであるが、案の定、店員が使えない。インターネットの設定をただでやってくれるというので、やっとけと言ったら、1時間半たってもできなくて、しかもモデムがつながらないなどと素人チックなことをぬかす。ピックばカメラの店員ではなくて、メーカーの販売応援なのだが、まあ、ピックばカメラってば、こんなもんだよな。しかし、新しい音源、欲しいなあ。ううう。
2000.10.08
自宅で水割り。
AmericaでITのbubble崩壊。なんで英語が多いかというと、新しいATOKを入れたら、カタカナを英語に変換してくれる機能があって面白いから使っているのである。それはともかく、バブル崩壊であるが、ニュービジネス時代においては収穫逓増の法則が働いたため、シェア一位が勝者の絶対的な条件ということで、誰もが利益を無視してシェア獲得競争に走ったのであった。しかし、消費者の財布は倍にはならないという単純な事実を忘れていたので、いざ利益を得ようとした段階になっても儲けは思ったほど入らなかったのだ。まったく間抜けな話である。大笑いだ。何が気分がいいって、Americanどもが泡を食った顔を見るほど気分のいいことはないのである。
2000.10.07
えりずー、こずーがお土産持って遊びに来たので、自宅でワインと水割り。
奥さんの友達なのだが、ようこそいらっしゃいませ。とても楽しかったです。奥さんもおしゃべりができて、とても喜んでいた。今度はぜひお泊まりセットを用意して遊びに来てね。楽しいひととき、旦那もとても嬉しかったです。
2000.10.06
自宅で水割り。
ボロボ巨匠、行方をくらましたと思ったらそうではなくて、単にアドレス間違いだった。縁起でもないこと言うなという激しい抗議のメールが来てしまった。
2000.10.05
自宅で水割り。
駒沢大学へ取材に行く。大学へ行くたびに思うのだけど、もっとまじめに勉強しておくんだったなあ。ああ、もったいない。親不孝ものだ、おれは。自分の子供がこうだったら、おれはきっとぶん殴るね。
2000.10.04
自宅で水割り。
最近日記をさぼっているから、思い出すのに一苦労だ。えーと、なんだっけ。そうだそうだ、JOMOカップだ。まったくこんな試合、よく金出して4万人も見に行くよなあ。モチベーションの低い試合だったぜ。バッジオは熱心な創価学会信者。試合が終わったらそのまま歩いて信濃町で食事したんだろうな、きっと。
2000.10.03
自宅で水割り。
カメラマンのボロボ巨匠にちょっくら連絡を取りたくてメールを送ったら、戻ってきてしまった。ユーザーあんのうんだって。ついに行方をくらましたか、巨匠。新聞の尋ね人に広告でも出すか。出さないけど。
2000.10.02
自宅で水割り。
我が家は禁煙である。偉いぞ、おれ。したがって煙草を吸う場合はベランダに出なければならない。そして当然わかっていたことだが、夏は問題ないとしても、秋から冬にかけてはちょっとばかし厳しいことになるわけだ。その心配が当たり、へっくしょん、見事に風邪を引いてしまった。困ったものだ。まあ、とりあえずは必殺技のユンケルと風邪薬でごまかしたが、しかし、これからますますこの問題は困ったことになるのではないか。そんな予感がするのであった。喫煙専用のコートでも買うかなあ。ならば煙草をやめてしまえという発想は、今のところないのだけれど。
2000.10.01
自宅で水割り。
しかしあれだね、オリンピック番組は民放は最悪だったね。タレントが意味もないしゃべりを繰り返したり、やたらと感動ぶった演出を加えたり。納得できないのは、伊達公子がサッカーのレポートをしてたことだな。なんで他のスポーツを引退した素人がレポートするんだ? スポーツはスポーツなんだから、余計な仕掛けをしないで、素のまま中継すりゃええんじゃ、このドたわけめ。と叫んだ私は、カバエワを思いきり「このバカエワ」と呼んでやったのさ。
2000.09.30
潮見の居酒屋・未由希。
早いもので9月も終わりだ。10月はけっこう忙しくなりそうだなあ。
2000.09.29
自宅で水割り。
しかし結婚してから、本当に外に飲みに行かなくなったなあ。これが一番大きな変化だ。三度三度の食事を奥さんと一緒にとっている。ぺいちゃんからは「俺は週に一度も一緒に食事しねえぞ」と、うらやましがられる。ふふ、うちは仲良し夫婦なのさっ。
2000.09.28
自宅で水割り。
結婚しましたハガキを手配。最近目立つDPE55という写真のチェーン店に頼んだが、6日までかかるという。ここはプリント技術が下手だし、対応もよくないので、没だ。まあ、しょうがない。結局結婚式から1カ月ほどたってご挨拶ハガキを送るのであった。
それにしても、最近はみんな忙しいみたいで、大変だ。加藤君は連日のように午前様仕事。体に気をつけて頑張ってねえ。
2000.09.27
自宅で焼酎。
一日中、都内近辺をどたばたと走り回る。まったく早いもので、もう9月も終わろうとしている。風もすっかり秋だ。大忙しで目の回るようだった今年も、あと三カ月となったのだった。あ、忘れていたけど、俺と相前後してウッチーこと内田君も結婚した。永遠の独身貴族を自称していたウッチーであったが、あれれれという感じであっさりと結婚したのだった。おめでとうございます。
2000.09.26
自宅で水割り。
大阪へ日帰り出張だ。こんな感じでけっこう忙しいんですよ、金内さん。でも仕事くださいね。
2000.09.25
自宅で水割り。
成田まで日帰り取材。ふう。遠いなあ、やっぱり。高速道路には、ぼちぼちETCが導入され始めている。ノンストップで料金所を通過するシステムだ。これを利用するには特別な機械が必要なわけだが、果たしてどこまで普及するか。案外早いかもしれない。その一方で、チェックガードや偽造など、裏をかく悪システムもすぐに登場するだろう。結局セキュリティでは人間がマスクをして排気ガスにむせながらやってる方が確かなんだろうな。
2000.09.24
自宅で水割り。
今回の大会のMVPは文句なく俊介だな。あのパスセンスは世界でも通用することがわかった。あとは体だけだろう。収穫は、高原である。今までのカズ、城、柳沢といった「守備のうまいフォワード」にはうんざりしていたので、「どけどけ、ワシが決めるんじゃあ」という姿勢はとても気持ちがいいぞ。久々に頼りになるFWの登場だ。個人的には稲本君を一番に応援したいが、既に彼のプレーはワールドクラス。日本で初めて登場した本当のボランチと言えるだろうね。って俺は誰に同意を求めているんだ?
2000.09.23
自宅で水割り。
ったく、選手がボケならベンチはタコだ。ついでに監督はもちろん猿だ。何が気分が悪いって、アメ公どもが脳天気に浮かれて喜んでいる姿を見るほど、不愉快なことはないね。けっ。こら、中田。ばかすかはずしやがって。決める時に決めないから、PKではずすなんて大恥を世界にさらしちまうんだよっ。こら、猿知恵。なんで本山を使わないんだよっ。中田に代えて本山だろうが。ったく気分の悪い。
あまりに気分の悪い試合だったから、俺は延長戦に入ってからは「とっとと負けろ、ボケチームめ」と思ったね。とっとと負けないから、PK戦なんていうものに入ってしまうんだよっ。あー、気分が悪い。何が一番気に入らないって、これでもうこのチームのサッカーが見られないってことだ。ボケとタコと猿が俺の楽しみを奪いやがった。あーもー、腹の立つ。
こんな俺のすさんだ気持ちをなごませてくれたのは、サッカーの後のトランポリンなのさ。ああ、いいなあ。これからはトランポリンのサポーターになってやる。
2000.09.22
自宅で水割り。
なんだか体調がよろしくないのか、夜中に脂汗を流して七転八倒。吐いてしまった。すがわらの名誉のために強く掻いてくけれど、まったく同じものを食べた丹後妻は平然としているので、寿司や刺身のせいでは決してない。おそらく疲れと風邪気味なところに、普段は食べない刺身が強かったのだろう。ただそたすら堪え忍んで、なんとか回復。仕事は山積みで、待ってはくれないのだった。
てなわけで、11月には岐部さんがコハダを食べにすがわらへ行くらしい。お待ちしています、岐部さん。
2000.09.21
新宿の寿司屋「すがわら」で、カメラのボロボおじさん、丹後妻と寿司。
ラモスが言う。「オリンピックはしょせんBチーム。勘違いするな」と。ワールドカップの時もそうだったが、まったくこの人の発言からは、後進の活躍に対する応援の気持ちや育てていこうという思いが感じられないな。はっきり言って、見苦しいよ、あんたは。
てなことは別にして、ボロボおじさんに結婚式の写真のお礼で寿司をおごる。ボロボおじさんは稲本君がお気に入りなのだった。そのため二人でどっちがどれだけお気に入りなのか、激しく言い争った。ボロボおじさんはユース時代からお気に入りだと主張する。俺は「とにかく僕の稲本君なんだもん」と言い張った。あまりのレベルに丹後妻はあきれて何も言わないのであった。
そうそう、岐部さん、「静岡のおやじによろしく伝えてくれ」とすがわらのおやじが申しておりましたです。
2000.09.20
自宅で水割り。
ブラジルには負けたけど決勝進出って、まあ、大騒ぎの割には予定通りの結果なのであった。それはともかく、俺は感動したね。あのブラジルが真剣勝負の舞台で本気の本気でぶつかってきて、それに対して引くことなく攻め続けて試合を創ったということが、嬉しかったね。こんなの、ほんの数年前には考えられなかったものなあ。おーし、こうなりゃ決勝まで進んでブラジルとまた戦って、中田の力でぶっ倒すのだ。当面はアメリカか。ふん、問題外だな。その次は、えーと、えっ、イタリアとスペインの勝者? げほっ。
2000.09.19
自宅で焼酎。
てなわけで、旦那は来春にはパパとなることが決定したので、これからはミルク代のための稼がなければならないのだ。ひ〜。予定は端午の節句あたりなのさ。
2000.09.18
自宅で焼酎お湯割。
結婚式でボロボおじさんに撮ってもらった写真が出来上がったのだけれど、まあ、膨大な数だ。現像、プリントで5万以上かかってしまったわい。とほほ。結婚てのはカネがかかるのだなあ。写真を見ると、俺のあとを常に甥っ子二人がついてまわっている。迎賓からお見送りまで、立ち会っている。最後の新郎の挨拶でもなぜか隣にいる。こりゃどう見ても子連れの再婚だ。うーむ。困ったものだが、異常に笑えるのであった。まあ、おかげで気疲れしないのんびりした雰囲気になったのだろうなあ。
2000.09.17
自宅で水割り。
まったくもって下手くそどもが、ぶちかましてくれたわい。特に中田のボケには困ったものだ。柳沢もド素人並の下手くそだったし。そんな中でお気に入りの稲本君が大活躍だったのが、嬉しいのだった。しかしあれだな、一番のボケはブラジルだな。まったく南アフリカの土人(差別用語)どもにころりと負けやがって。おかげで2勝しても決勝に行けないかもしれないという大迷惑だ。もっとも、これで次のブラジル戦には勝つか引き分けるかしかなくなったわけで、うしししし、世界大会の真剣勝負の場で、絶対に負けられないという凄まじい緊張感を味わえるわけだ。しかも相手はブラジル。このままでは国に生きて帰れないと本気になっているブラジル。アトランタの屈辱を晴らそうと怒っているブラジル。うーん、なんという素晴らしい舞台。その極度の緊張感が味わえるかと思うだけで、今からあたしゃ発狂しそうなほど興奮しているのさっ。うふふふ、マジのブラジルとマジの試合だぞお。うふふふふ。既に背中がぞくぞくしているのさっ。
2000.09.16
自宅で水割り。
そのガキどもが東京見物というので、葛西臨海公園などに連れていく。が、一番喜んだのはトイザらスなのであった。弟はぐったりした様子で、新幹線に乗って新潟へと帰っていった。
2000.09.15
ホテルイースト21で結婚式。
ガキどもがわらわらと走りまくり、ウェディングケーキは食べられるのかと指を突っ込んでなめたり、新郎退場のあとを一緒になって退場したり、かおりちゃんと叫んでみたりと、保育園状態で式は進んだのであった。
渡邊一代さんのスピーチはとても嬉しい内容で、心あたたまるものであった。CSI牧浦さんのスピーチ(なんでも早いが結婚は遅い)は、彼なら絶対にこういうことを言うはずだと予告していた通りだったので、二人して壇上で目配せして笑いをかみ殺していたのだった。その牧浦さんの、招待状を受け取った第一声が「自分らの都合で場所を選びやがったたなあ」だったらしいが、娘さんに花束を持たせて出席したぺいちゃんによれば「メシがマジでうまかった」とのことだった。確かにあのホテルは食事がうまいので評判がいいのだった。ホッ。なにはともあれ、皆さんありあとざいました。
2000.09.14
自宅で日本酒。
南アフリカに大逆転勝利だ。むふふふ。高原のボケがばすかす外しやがって、血管が切れそうになったが、その高原がようやくまともな仕事をして勝ったのだった。中田は調子悪いな。はずしてよろしい。猿知恵は本山の投入が遅すぎる。猿知恵もはずしてよろしい。ふん。ともかく次も勝って、それからブラジルをぶっつぶしてやるのだ。ふんふん。
2000.09.13
自宅で日本酒。
オリンピック開幕戦。イタリアの苦戦ぶりにびっくらこいた。オーストラリアが頑張ったせいもあるけれど。それはともかくとして、本日は散髪。なんか凝ってやろうかと思ったけれど、まあ、どうでもいいやと思ってしまった。結婚式ってもっと緊張するかと想像していたが、ちっともそんなことはない。周囲があたふたしているだけなのね。もっと緊張感を持って臨まなければいかんのかなあ。よくわかんないや。
2000.09.12
自宅で日本酒。
一日中、取材と打ち合わせで飛び回る。この蒸し暑さはなんなのだ。大雨で名古屋が沈む。先日取材にいったところも沈んだかも。
2000.09.11
自宅で日本酒。
週間予報を見ると、週末は雨らしい。結婚式は雨なのか。誰かきっと「雨降って地固まる」と言うのかな。
2000.09.10
自宅で水割り。
頭の構造がシンプルにできているらしく、どうもものごとが三つとなると覚えられない。一つ、二つまではなんとかなるんだけどなあ。まあ、自分のことならば反省すれば済むからいいのだけれど、これが客だとえらい迷惑を被ることになる。あ、ごめん、忘れてた、で済まされてしまったことが数知れず。むむう。 と嫌みっぽく書いても、本当に読んでほしい人は読んでいないだろうから、むなしい皮肉なのであった。
2000.09.09
自宅で水割り。
結婚式ってのは、ともかく準備さえしてしまえば、本人は何もすることはないのねー。別に緊張もしていないし、わくわくもしていないなあ。ぼちぼち費用も振り込まなければ。一人あたりいくらになるのか。その計算について説明し、ご祝儀がいくらならペイするのかを、くわもに説明してやったのだ。これがキョーカツの正体である。
2000.09.08
潮見の居酒屋・未由希。
名古屋に日帰り取材。先日、桑原永江先生に「丹後さんの心のダークサイドをのぞき見した気がして、思わず2cmほど守備固めに入りました」とのメールをもらい、顔を合わせたときも鋭く指摘されてしまった。そんなことには関係なく、109の喫茶店でおごってもらう。正確に言うと、くわもをキョーカツしてケーキをおごらせた、ということになるが。
2000.09.07
自宅で水割り。
もうここのところ無茶苦茶忙しい。ひいこら言ってるのであった。あっちへ飛んで、こっちへ走って、机に向かって原稿やって、さらには音楽仕事もあったりして。そんなわけで日記もさぼってるけど、まあ、それ以上に俺の心の中でさまざまな地殻変動が起きているってのが、一番の理由かな。ふふ、なんという嫌らしい、もったいぶった書き方だろう。
2000.09.06
自宅で水割り。
モロッコ戦は、あんなものだなあ。本山君、頑張ったねえ。稲本君、ますます磨きがかかる。
2000.09.05
自宅で水割り。
福岡まで日帰り。取材で天満宮に行く。げえっ、本当にしんじいけってのがあって、本当に赤い橋が三つかかっていた。頭痛がして、倒れそうになった。
2000.09.04
自宅で水割り。
顧問税理士の先生に主賓のご挨拶。秋葉原。住友銀行を探したが、見つからず。まったく個人客を相手にしない態度がみえみえだ。これからはゴミ友銀行と呼ぶことに決定。
2000.09.03
自宅で水割り。
あれえ、ずいぶんと日記をさぼってしまったでし。えりずふう。
2000.09.02
自宅で水割り。
んあー、クウェートに6-0って、野球じゃないんだからね。お気に入りの松田君が下げられたのは残念だけど、お気に入りの稲本君が得点したのはうれしいのだった。稲本、いいなあ。マジで世界に通用するボランチだ。いかんのは、西だ、西。ミスの連発。まあ、三浦アツまでのつなぎだけどねえ。あ、岐部さん、「魔球」、前二作ほどではないですが、そこそこ面白いですよ。なにしろ、学園ものに特有の青々しい雰囲気がよく描かれています。
2000.09.01
客先で新社屋披露パーティー。
来週は忙しいぞ。福岡日帰りに名古屋日帰りだ。合間に原稿だ。式の準備だ。しかし、あまりのスケジュールに頭が破裂してしまって、壮行試合があるのを忘れて出張を入れてしまった。とほほ。
2000.008.31
自宅で日本酒。実家でもらってきた越乃寒梅だ。うししし。
どーして服部を選ばなかったのだ、猿知恵は。ったくもう。既に怒り心頭であるね、俺は。オリンピックの予想としては、1分け2敗だ。しかし、3戦全勝を信じて応援するのだ。第3戦は9/20でブラジル戦だし。ん?なになに、9/20? げっ、ジャイブのライブではないか。うむむむむむ。
2000.08.30
潮見の居酒屋・未由希。
先日、未由希に行ったら、オーナーのおっさんと板前の大将が店の中で大喧嘩。どうなることやらと思って見ていたら、大将、切れてしまって「だったら今日で辞めてやる」、オーナー「俺の言うことが聞けないなら出て行け」。大人なんだから丸く収まるといいなあと思ったけど、久しぶりに行ったらやっぱり大将やめていた。残念。気のいい大将で、好きだったのになあ。またどこかで会うこともあるだろうか。代わりに、いかにも助っ人という風情の若者数人が板場に立っていた。
2000.08.29
自宅で水割り。
中学、高校と一緒にバンドを組んだり、別のバンドで競争していたりした友人が、6月に死んだ。自殺だったらしい。数年前にクラス会があった時「もうみんなに会うこともないなあ」とつぶやいていたが、本人にもそんな予感があったのだろうか。
高校卒業後、彼は上京し、渋谷の楽器店に就職した。僕は学校の帰りにちょくちょく顔を出しては立ち話などをしていた。愛用のギターも彼の店で買った。ケースは、売場にいた彼がこっそりおまけしてくれたものだった。クラス会でしばらくぶりに会って近況を聞いたら、音楽関係のプロダクションを経営し、それなりに忙しくやっているそうだ。しかし、バブル崩壊の影響か、それからしばらくして音信不通になった。友人に聞いたら借金が大変で、奥さんとも離婚。子供とも別れて身を隠していたらしい。実家に電話しても絶対に連絡先は教えてもらえなかったというから、ヤバい筋からの借金もあったのだろうか。
が、たとえ行方が不明でも、奴のことだからこの世のどこかでしぶとくやっていると信じていた。きっといつの日か、いつものパワフルなドラムを叩いて聞かせてくれると思っていた。それが突然の悲報。首吊り自殺だったらしい。葬儀は実家で出したが、別れた奥さんに連絡したら「もう関係ありませんから」ととりつくシマもなかったそうだ。母親は、僕の母と同級生。その悲しみは、想像を絶する。ビートルズの熱狂的ファンで、音楽一筋に生きた菅悦夫。どこかで生きていて欲しかったなあ。なんで自殺なんかしたんだ。まったく馬鹿野郎め。俺は本当に悔しい。
2000.08.28
自宅で水割り。
夏休みも終わった。なんだか実家で過ごした日々が、すっかり過去のようだ。時間の流れ方が違うので、東京に戻るとぐったりと疲れる。しかし、途端に仕事の山山山。取材の嵐嵐嵐。休んではいられないのだった。くう〜。
2000.08.27
3歳・5歳・8歳の甥っ子に遊ばれ、ぐったり疲れる。
2000.08.26
山形の有名な山寺を訪ねる。1000段近くはある石段をえっちらおっちら。蝉の声がしっかりと岩に染み入っていた。朝一番だったが、全身汗まみれになったのだった。その後、月山を超えて日本海側へロングドライブ。東北は、やっぱり夏が美しいなあ。
2000.08.25
山形・天童温泉に奥さんと旅行。
新婚旅行のようなものだが、山形に旅行に行く。東北は夏が美しい。蔵王の山頂は、涼しく、高山植物が実にきれいだった。無数のトンボが舞っていて、山は既に秋である。
2000.08.24
20年ぶりに実家の祭を見る。甥っ子たちはくそ暑い中、元気に山車を引っ張っていた。引っ張り疲れた甥っ子を肩車して帰ってきたので、ぐったり疲れる。
2000.08.23
実家に里帰り。3歳・5歳・8歳の甥っ子に遊ばれ、ぐったり疲れる。
2000.08.22
自宅で水割り。
金内さんは、会社の引っ越しで席替えがあり、なんだか偉い人の席に座るようになった。ふーん、偉そうだなあ、と言ったら「窓際よ、ふふふふ」と笑っていた。日記に書いちゃおうっとと言ったら「やめてくれ」とのことであった。
2000.08.21
自宅で水割り。
金内さんから「最近日記を更新していないようだが」とチェック入ってしまった。ふえーん、忙しいんですう。ごめんなさい。
2000.08.20
自宅で水割り。
結婚式で一番大変なのは配席だと聞いたことがあるが、確かに大変だな、こりゃ。こいつとこいつは一緒にするとうるさいから離しておこう、てなレベルの大変さではなくて、親戚の席順とか、どっちが上座だとか、お互いのバランスとか、まあ、やっかいなこと、この上ない。それでも何とか決まったので、あとは知らない。勝手に座ってくれい。
2000.08.19
自宅で水割り。
間もなく夏休みである。勝手に休むのだ。これがフリーの気ままなところだな。実家に里帰りだ。途中、一日だけ山形の温泉に行く予定。夏の東北は本当に美しくて気持ちいいから、楽しみである。お土産もたんまりと買い込んだし、あとは残っている原稿どもをとっとと片付けるだけなのだ。もっとも、それが一番面倒なことだけどね。
2000.08.18
広尾のバーで、美妻とドバシDJナイト。
久しぶりにドバシせんせのDJを聞きに行く。ここのところずいぶんとご無沙汰していた。ドバシせんせ、元気そうで何より。西海岸の60年代ポップスではないか? そのあたりを中心に、カントリー色も漂う心地よい選曲であった。いつものことながら、ほとんど知らない曲ばかり。でも、聞き入ってしまう選曲センスはさすがである。ドバシせんせの音楽に対する造詣の深さは敬服もの。とにかく歌のストックは半端ではないのだろう。
2000.08.17
潮見の居酒屋・未由希。
今まで取材で何百人もの主婦にインタビューしてきた。それでわかったのは、主婦という仕事の大変さだ。炊事・洗濯等の家事はもちろんのこと、子供の教育、家族の健康管理、お金の管理、さらには両親の老後のケアなど、やるべきことが山ほどある。そして、そのすべてを完ぺきにこなし、それでいて決してほめられることはない。きれいな部屋は人にはほめられないが、ちょっとのホコリはよく目立つというわけだ。
それなのに、主婦の仕事は高く評価されない。ゴールキーパーのように孤軍奮闘しているのに、誰も支えない。まったくもって許し難い理不尽さだなあ。
2000.08.16
自宅で水割り。
UAEに快勝。と言っていいだろうな。最近の代表での一番のお気に入りは、ボランチの稲本君である。本日も、まったくしぶい仕事をしていた。これほどよくサボるボランチはいないし、よく消えるボランチもいない。それでいて、きっちりと汚れ役を完ぺきにこなしている。稲本君は、間違いなく世界に通用するボランチとなるだろう。真の意味でJリーグが生んだ最初のスターだ。
抜群によかったのは、服部。人の良さそうな顔で油断させて、しっかりと悪質プレーをやっている。ふふふ、大好き。宮本は、うーん、いかんなあ。松田の安定感と比較すると、やはり一枚落ちるのでは。小野はまだ本調子ではないようだ。俊介は相変わらずの動きだった。中田・小野・俊介、そして稲本の、日本が誇る最強中盤が、いよいよオリンピックで見られるのだ。ちゃんと使えよな猿知恵。
2000.08.15
自宅で水割り。
うーむ、某社の加藤君によれば、この日記はけっこうチェックされていて、忙しいようだと仕事が控えられていたりするらしい。むむむ。あまり忙しぶっていると、仕事が来なくなるわけだな。困ったものだ。ひまです、ひまです。特に来月はひまです、仕事ください。こう書いておけば、まあ、大丈夫だろう。これも立派な営業活動なのだ。
その加藤君によれば、低音ヴォイスが魅力の金内さんは「クマ」と呼ばれると怒るらしい。しかし、なぜか「シロクマ」と呼ばれるのはかまわないらしい。うーむ、よくわからん。今度理由を金内さんに聞いてみよう。
2000.08.14
自宅で水割り。
久々に激怒である。東京医大病院である。奥さんが目の調子がおかしいというので、東京医大病院へ行った。最初はついていたのだが、仕事の予定が入ったので、診察は立ち会わなかった。あとで様子を聞いて激怒。こちょこちょと様子を見て「3カ月後にまた来なさい」とだけ言ったらしい。奥さん、さすがに疑問に感じていろいろと質問したそうだが、一つひとつ、こちらからたずねないと症状やらなにやら、医者からは説明しなかったという。まったくボケ病院だな。おいこら東京医大病院。おめえら、インフォームドコンセントっちゅー言葉、知らんか、このボケ。いまだに「患者は医者の言葉に黙って従え」という方針なのか、この時代遅れの天然病院。それとも、ヤブか、このすかたん。あまりに頭に来たので「電話して文句言う」と立ち上がったが、奥さんが「もう二度と行かないから無視する」というのでやめたけど、皆さん、東京医大病院には行ってはなりません。あそこは救急病院として名高いけれど、救急車に乗せられても「東京医大病院だけはやめてくれえ」と救急隊員に懇願しましょう。
ちなみに東京医科大学病院のホームページを見てみると、病院カレンダーというのがあって、休診日がいつかすぐにわかるようになっている。こりゃあ便利だ。もっとも今年の3月から更新されていないので、建国記念日は休診日、というような情報しか出ていない。これ一つ取ってみても、いかに患者を軽視してバカにしている病院か、よくわかる。繰り返すけれど、皆さん、東京医大病院に行ってはなりません。
2000.08.13
自宅で水割り。
世間ではお盆である。お盆に実家に帰らなかったのは、十数年ぶりではないだろうか。
そんなこととは関係なく、日経流通では最近「CtoB」というキーワードを盛んに使っている。個人オーダーに応じてサービスを提供するものらしい。なるほどねえ。唐突に思ったのだけれど、ネット関係でも生き残れるのは、ドコモとソニーだけと言われている。要はサイバーでもバーチャルでもなく、リアルビジネスであってこそ生き残りが可能なのだな。
2000.08.12
自宅で水割り。
東京湾花火大会。もしやと思ったら、案の定、潮見の自宅からばっちりと花火が見えた。テレビをつけながら窓の外を見ていると、なんだか不思議な気分だった。途中、これなら近くの海浜公園へ行けばもっと美しく見えるのではと思い立ち、奥さんと一緒に夜のドライブ。10分で海浜公園に着いた。狙ったとおり、ここからはお台場を裏側、つまり海側から眺められる。花火そのものは大きななかったが、東京タワーが輝き、ビルが光っていて、東京の夜景が一望でき、その上で花火が開くという絶景を楽しむことができた。しかもここはほとんど知られていない穴場。ゆったりと絶景を見られて、とてもラッキーだった。来年も来ようっと。
2000.08.11
自宅で水割り。
上野動物園で取材。いやあ、動物園は暑い、臭い、疲れた。ゾウが人気あったなあ。帰ってきて思い出したのだが、そうだ、上野までいったのにパンダを見てくるのをすっかり忘れてしまった。
2000.08.10
恒例、浅草でディキシー・ジャイブのライブ。
8月は誕生日だから、絶対にお祝いやってもらうんだっ。と強く言ってたえーじくんが、夏休み前の突貫仕事で結局来られず。たぬきの親分、いずー、奥さんと行った。
相変わらず楽しいなあ。今夜の一番は、親分がリクエストした「波濤を越えて」だった。とっても楽しいアレンジで、気持ちよかった。あと、ワンダフル・ワールドも最高だったなあ。来月は20日。結婚式も終わった頃に、また来よう。
2000.08.09
自宅で水割り。
ありり、ちょっと日記をさぼったから、忘れてしまった。まあ、特に変わったことはなかったんだろう。
2000.08.08
自宅で水割り。
書き忘れたけれど、潮見にはカトリックの教会がある。けっこう立派な教会なのだ。先日の夏祭りの際、なんと御神輿がその教会の中で休憩。神父さんたちもにこにこしながら、水をかけたり酒をふるまったりしていた。ふえー、なんと度量の広い教会だこと。ちょっと驚いたのであった。
2000.08.07
八重洲のイタメシ屋で、えりず、奥さんと、こずーの帰国祝い。
朝から衣装合わせ。まったく結婚式てのは、いろいろ面倒だなあ。結局アホ新郎は、白いタキシードだ。うーむ。思いきりホストが入ってしまった。まあ、一生に一度だからいいか。しょせん新郎はおまけだしな。夜、初対面のこずーは、なんというか、我が道を適当に行くタイプの人で、感心。かなりパワフルだなあ。
2000.08.06
自宅で水割り。
新宿まで行ったので、御苑の元事務所のポストをチェック。郵便局にはちゃんと転送手続きをしたっていうのに、まだ誤配されている。まったく困ったものだ。郵便局もろくな仕事をしていないと判明した。隣の本屋が閉まっている。ふと目をやるとシャッターに張り紙が。なんと、6/30に閉店したらしい。んがあ。俺が事務所を引っ越した日ではないか。なんという偶然。御苑では毎日のように利用していた本屋だった。町の小書店はもはやまとめに経営すらできないということだろうなあ。なんだか、いろいろと心に響いた閉店であった。店主の大将はどうしてるんだろうなあ。この本屋があったからここに事務所を決めたのに、同じ日に御苑を後にするとは、何かの縁なのかなあ。
2000.08.05
奥さんと潮見の居酒屋・未由希。
潮見でなんと地元の夏祭りだ。どうせしょぼしょぼだろうと思ってのぞいたら、結構本格的でびっくり。やぐらを組んで盆踊りもやっていた。ふーん、地元の夏祭りっていいなあ。
2000.08.04
門前仲町「串一」でえーじくんと日本酒。
合宿でカメラを忘れてしまった。間抜けな話だ。だもんで、えーじくんがわざわざ持ってきてくれたのだった。お礼におごるからと門前仲町。まあ、二度と行くことのない店だな。合宿の話や仕事の話などでもりあがる。えーじくんは、とってもいいやつなのだ。結婚式では受付をやってくれる。ヒゲはそるらしい。結婚式と葬式ではヒゲをそること、というのを自分で決めているらしくて、こりゃ申し訳ないという気分になる。帰り際、えーじくん、体調悪そうだった。うーむ、大丈夫か。無事の復活を祈るのだった。
2000.08.03
自宅で水割り。
潮見生活もだいぶ落ち着いてきたかなって感じ。でも、ほんと、あっという間なのでした。NTT江東から電話。「お中元も贈らなくてすみませんでした、ごめんなさい、お歳暮は必ず贈ります」という内容かと思ったら、そろそろファクスの転送を止めてもいいか、ということらしい。あー、うざったい。勝手に止めておけ。しかし、このファクス、ちとややこしいことになっているようで、先日、まったく知らない会社からHMV宛のファクスが流れてきたぞ。どうなってんだ。親切にも「間違ってますよ」と教えてあげたが、再度送られてきた。どうもその番号に送ったファクスも、こちらへ転送されているらしい。まったくNTTもいろいろと好き勝手な間違いをやらかしてくれるものだ。面倒だからこれ以上は放っておくけど。
2000.08.02
自宅で水割り。
でもって、結婚はしたんだけど、真夏に結婚式やるとひんしゅくものだから、式はまだなんすよ。来月なんすけどね。その準備がこれまた大変。式で使う音楽は全部DTMでやっちまえなんてことも考えてしまったものだから、ひいこら言ってます。しかもまだ全然完成していない。とほほのほ。
2000.08.01
自宅で水割り。
いやはや、もう8月である。激動の2000年も、こんなところまで来てしまったのだ。しかし感傷に浸っている場合ではなく、最近やっためたらと忙しい。毎日のように新しい仕事が入ってきて、ううう、何がどうなっているのやら。果たして全部ちゃんと片づくのか。うううう。
2000.07.31
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
見ず知らずの人からメールが来た。何かと思ったら、ある雑誌についてサーチエンジンで検索したら「独眼竜の活字評論」にヒットしたとのこと。むむむむ。「今後も雑誌選びの参考にさせていただきます」と丁寧に書いてあった。むむむむ。えらいプレッシャー、というか、やめといた方がいいのでは、と思ったのだった。今も書くのが面倒で更新をさぼっているが、そんなことではいけないのだろうなあ。内容も、少しはまともなことを書くようにしよう。と決意だけして、終わりであった。
2000.07.30
自宅で水割り。
浜松からはノンストップで高速を飛ばす。2時間半で都内だ。中年暴走族である。しかし無理はするものではないな。家に着いたらどっと疲れて、夕方までぐっすり眠り込んでしまった。とほほのほ。
2000.07.29
恒例の童研夏合宿。今年は浜松の山奥だ。はあああ、楽しかったなあ。
2000.07.28
自宅で水割り。
最近飲みに行く回数が激減したなあ。金を使わなくてすむから、大変に喜ばしいことである。
2000.07.27
自宅で水割り。
潮見マンションは、440戸というどえらい規模だ。一つの町内がそっくり入っているみたいなもんだ。ここに宅急便がやってくる。下を見ると、宅急便のトラックが停まっている。荷物が届く予定だったなあと思っても、そんな規模なわけだから、こっちのチャイムがピンポンと鳴るまで、どえらく時間がかかるのであった。宅急便の連中も、きっとうんざりしているだろうなあ。
2000.07.26
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
大学時代の勉強って、あとで役に立つのか。どうもよくわからんが、もっとまじめに勉強しておけばよかったと思うことは、しょっちゅうある。しかし後悔先に立たず。今さら反省しても遅いのであった。俺が英語がたいしてわからんということが判明した時、両親は「だまされたあ」と嘆いたものだった。とほほ。親不孝ものだなあ。
2000.07.25
自宅で水割り。
何を書くか、忘れてしまったぞ。
2000.07.24
恒例、浅草HUBにてディキシー・ジャイブのライブ。
雪印事件の影響で朝から朝まで働きづめの親分をはじめ、みんなウルトラ激多忙。なのでいつものメンバーはそろわない。しかし同じように多忙で「終わったら大宮の会社まで帰って2時まで仕事するんだよーん」と言いながら楽しそうにやってきた伊豆原くん。君の体力は化け物だ。
さて、今夜のジャイブの注目は、ジャック天野に代わって入った新しいバンジョー・坂本さんだ。果たしてどんなプレイか。結論から言うと、ジャックの偉大さを改めて知らされたということだ。
坂本さんのスタイルは極めてオーソドックスなもの。音色も正統派のディキシーバンジョーだ。ジャックのプレイは、ソロになると「きっと何かやらかしてくれるだろう」と思わせるものだったが、坂本さんはそういうことはまったくなかった。アンサンブルもまだ呼吸の合わない場面が多かった。酷ではあるが、そういうことである。
今夜は新しいナンバーもいくつか披露。二部ではちょっとしたディズニー特集だった。最後のステージではリクエストの「私の青空」をやってくれた。締めは「タイガー・ラグ」。中島じいさんのウルトラドラムが鳴り響いたのだった。まったくこのドラムは、すさまじい。驚異のドラムだ。
しかし今夜のMVPはトロンボーンの川上青年。音色、フレーズともに「あれ、この人、こんなにうまかったっけ」と思わせた。急成長といったら失礼かもしれないが、少し化けつつある予感。帰り際、本人にそう伝えたら「みなさんのおかげです」とにっこり。営業上手だこと。
来月のジャイブは、いつもよりちょっと早くて10日です。みんな、一緒に行こうね。
2000.07.23
自宅で水割り。
しっかし、沖縄サミット。ありゃあ、なんだ? サメ頭首相が沖縄の踊りを踊っている姿を見て、心底情けなくなってしまった。恥ずかしいなあ。まったく、あんな人物をありがたがってボスにしていると世界に思われているとしたら、悲しいなあ。きっと思われているんだろうなあ。
2000.07.22
自宅で水割り。
岐部さんは途中で撃沈したそうだが、オールスターゲームだったらしい。すっかり忘れていた。もう野球を見なくなって久しいしなあ。学生時代は、オールスターとなると、いつも原宿のかまぼう宅に集まってビールを飲みながら観戦したものだった。大洋ファンのかまぼうはセ・リーグ、日ハムファンのおれはパ・リーグ。それぞれピッチャーのリレーを予想しながら、どっちが強いと本気で言い合ったものだった。ゲームが終わったら、そのままウィスキーやら日本酒やらに突入。わけわからんことしゃべりながら、雑魚寝したのであった。
2000.07.21
飲んでいない。えらいなあ、おれ。
世間では夏休み突入らしい。するってえと、何かい? 例の地下鉄や私鉄やらの「スタンプラリー」っての、まだやってるのかい? 駅の中をガキどもが走り回り、スタンプを押しては走って電車に駆け込んでぎゃあぎゃあ騒ぐやつ。あれ、まだやってるのかなあ。やってたら、うるさいから即刻やめなさいね、交通機関。昔、東急電鉄が「あれを最初に考えたのは、わしらじゃ」とえばっていたけど、責任取れよなあ。
2000.07.20
自宅で水割り。
暑い中、千葉の田舎まで取材に出かける。遠出は疲れるなあ。
しかし、ここのところの地震、ちっと気味が悪いですね。台湾で大きな自信があった次の年は日本でも大地震が起きるという法則もあるし、なんかヤな感じ。ともかく、そんなことにならないよう、みんなで祈りましょう。
2000.07.19
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
奥さんが送別会のため、一人で飲む。まったく暑い。こういう日は、とりあえずビールである。ビールなんて普段はまったく飲まないのだが、やっぱり夏は最初に一杯だけ飲みたくなるのであった。ごくっ、ぷはーっ。
2000.07.18
自宅で水割り。
梅雨もあけたようで、いよいよ本格的な夏である。が、どうもまだ今のところ、ちゃんとした夏ではない。ただ無意味に蒸し暑い日々が続いているだけだ。夏ーって感じの、ギラギラの日々はまだ先なのかなあ。今年ももうじき夏合宿。あのギラギラの山の中で過ごした私服のひとときが、またやってくるのだった。ああ、楽しみだなあ。えーじも、いさわも、だても、大いに遊ぼうねっ。
2000.07.17
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
美女あらため美妻か? なんかへんだな。ニョーボというのか? これも照れるな。奥さんか? 奥さんでいいか。ともかく奥さんが送別会で遅くなるというので、一人の食卓もわびしいから久しぶりに居酒屋・未由希に顔を出す。
昔、建築家の宮脇檀さんに何度かインタビューしたことがあるが、高名な建築家である宮脇さんは代官山に事務所を構え、同じマンションの一つ上のフロアを自宅にしていたのだった。
宮脇さんは奥さんと離婚して娘さんと二人暮らし。仕事の合間をぬっては、上の自宅に行き、家事全般をこなしていた。それも決していやいやではなく、本当に楽しそうにやっていた。「家の中のことって、本当に楽しいんですよ。世の中の男どもは、こんな楽しいこともしないで、飲み歩いているわけでしょ。信じられないなあ」といつも口にし「男は早く家に帰れ運動」というのをやっていた。その話を聞きながら「なるほどねえ」と思ったものだったが、確かに家の中のことは面白いのである。大きな理由の一つが、自分で決定権を持っていることと、一つとして正解がないためだろうなあ。
どうやら心身ともにもうすっかりマイホームライターとなったようである、旦那としては。
2000.07.16
自宅で水割り。
その車検が終了。やれやれ、やっぱり乗り慣れた車はらくちんでいいや。しかしぼちぼち暑くなってきた。そろそろ梅雨明けだなあ。合宿が楽しみだなあ。
2000.07.15
自宅で水割り。
車検。もう買ってから5年にもなるのだ、マイカー・ゴルフ。ローンも今月でやっと終わり。まだまだ乗れるな。その車検代、なんやかんやで20万を超えた。うーむ、まったく外車はこれだからなあ。車検代と下取りを合わせれば、楽に新車の頭金が出てしまう。困ったものだ。しかし、俺はしつこく乗り続けるのだ。でも新しいゴルフはなかなかいい感じなので、次の車検ではかなり迷うだろうなあと思っているのだった。
2000.07.14
珍しく一滴も飲まなかった。単に疲れていたのでうとうとしてたら寝てしまったのだ。飲まないなんて、すげえ久しぶり。たまにはこうでなくちゃ、いかんねえ。
酒といえば、かまぼうにもらった超高級ワイン、まだあけていないなあ。いつあけようか、とっておきの時に飲もうと思いつつ、大切にとってある。とても大事な酒なのである。
2000.07.13
自宅で水割り。
いなあ、ここのところ忙しくてねえ。泥酔日記でありながらほとんど飲みに行っていないんす。プライベートもそうですが、仕事も忙しいんですわ。ローン、抱えちゃったし。音楽活動再開したいんだけどなあ。やりたいけどなあ。当分、いつになるかメドがたちません。残念。
あ、そだ。客である内田君も結婚するそうです。オフレコ解禁ということになったので、ここでばらしちゃうのでした。
2000.07.12
自宅で水割り。
牛乳、好きなんですよ。学生時代は毎日1リットル飲んでたし、今も毎日のように飲んでるわけで。だからこういう騒ぎは嫌だなあ。
子どもの頃は家に山羊を飼っていたので、毎朝絞りたての山羊の乳を飲んでた。また母親の実家が酪農もやってたので、時々遊びに行っては自家製の牛乳を飲んでた。うまい牛乳を、気にしないでたっぷり飲める世の中は、いい世の中なんだなあ。
2000.07.11
自宅で水割り。
車検である。もう5年も乗ったのだ。約6万キロ。ローンも今月で終わる。ぼちぼちと思いつつ、気に入っている車なのでまだ乗り続けることにする。
大原のファーレンへ。新しいゴルフに乗せてもらうと、車内が広く、かつ静かなのにびっくり。装備も国産車並だ。こりゃあいいかもしれんなあ。などと思いつつ、用意された代車を見ると、アウディである。あちゃあ。あんまり好きじゃないんだよなあ、この車。ぶつぶつ言いながら乗って帰る。案の定、そこらへんを走っている国産高級車となんら変わらない。つまらんぞ、アウディ。俺はこんな車に乗りたいんじゃないけどなあ、とぶつぶつ言いながら走るのであった。
あ、ついでに笹塚の旧自宅をこっそりのぞいてきたが、出てから2カ月が過ぎたにも関わらず、まだ空室であった。
2000.07.10
自宅で水割り。
バ釜本ってば「これからは大所高所に立って意見を言いたい」と自分から言ってる。さすが政務次官様ともなると、言うことがサメ首相なみだね。
てなことはともかく、えっ、山形コースですか、岐部さん。えっと、サクランボの豆腐でしょ、あと何だっけ。全部お店の人が説明してくれたんだけど、すっかり忘れています。うーむ。鮎は出たな。肉はなかった。そんな程度の記憶力です。えっ、岐部さん、フランス料理のコース、嫌いなんですか。そっかあ。結婚式は食べないで頑張ってくれるんだあ。そういうときは、だいたい事前に何かお腹に入れてくるのがお約束ですが、えーじくんは、いつも牛丼を食べてからライブに出かけています。
2000.07.09
自宅で水割り。
実家の両親が美術館に行きたいというので、近くの現代美術館へ。まったくもって現代アートというのは、よくわからん。両親も退屈そうだった。そこで、前から行きたいと言っていた根津美術館に連れていく。仏教美術が中心だが、ここは気に入ったようで、じっくりたっぷりと見て、喜んでいた。本当は庭園もゆったりと散歩したかったが、なにしろ暑い暑い。それは秋のお楽しみにとっておこう。
2000.07.08
東陽町イースト21、さざんかで山形料理コースと日本酒。
てなわけで、結婚のけじめで、互いの両親を招いて6人での夕食会。何はともあれ、お互いの親どうしが一番喜んでくれているのが、最高の幸せなのだなあと実感したのであった。朝までの激しい台風が過ぎ去り、東京は空気も澄んでいた。イースト2の21階からは、東京のイルミネーションがはるか遠くまで見通せて、とてもきれいだった。
2000.07.07
こほん。えー、本日、私、丹後雅彦は入籍いたしました。有り体に言うと、結婚しました。七夕、大安、ミレニアム入籍です。
挙式は9月の予定ですが、これにて長かった独身生活にもピリオドを打ち、新しい暮らしを始めることになりました。うーむ、俺って本当に結婚したのかあ。と、まだ実感がわきませんが、これはマジです。でも、ほんのりと幸福感があります。よかったなあ。というわけで今後ともよろしくお願いします。
2000.07.06
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
しっかし、今年の梅雨の雷といったら、すごいねえ。えらいスケールで鳴り響き、しかも連日長時間だ。潮見邸宅のベランダから眺めていると、空が広いこともあって、何本でも稲妻を目撃できるのだった。
2000.07.05
自宅で水割り。
基本的にクーラーというものが嫌いである。そのため、夏でも極力つけない。つけても、除湿だけだ。暑いのに強いということもあるが、やっぱりクーラーの冷気は身体にはよくないものね。自然の風が一番だよねえ。とは言え、都会ではそれも難しいのだが。
2000.07.04
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
グランパス名古屋が、あっと驚く主力解雇。平野をはじめとする不良選手3人をクビだ。まったくびっくらこいた。選手より監督を取ったというわけだな。「赤恥軍団」と怒り心頭のサポーターは、果たしてどんな行動に出るか。こっちも興味津々だ。
2000.07.03
自宅で水割り。
中川イサトのベストアルバムを発見。すべて新アレンジの新演奏という。迷わず購入。全編ギターのインストだ。お気に入りの「きつねの嫁入り」もある。さすがの演奏。特に素晴らしかったのは「麻雀パイ」だ。なんとも美しい音色に、素晴らしいテクニック。アコースティックギターの新しい世界だなあ。感じ入って、久しぶりにギターを手にして「きつねの嫁入り」を弾く。でも、新しいアレンジでやられちゃったからなあ。俺のは聴き劣りするんだなあ。
2000.07.02
自宅で水割り。
今まで朝日新聞、日経新聞、日経流通、読売新聞を取っていた。この中で余計なのは読売新聞である。ここは勧誘がしつこいので、断りのチャンスをずっとうかがっていたのだが、事務所移転は絶好の機会。「会社がつぶれましたので」と大嘘をぶっこいて、しっかりと断ってやった。かっかっかっ。もっとも、かといって朝日新聞を必要不可欠な新聞と認めているわけではないが。
2000.07.01
潮見「弓」で美女とビール&日本酒。
てなわけで、丹後事務所、潮見で再出発の初日である。今まではフリーランスのコピーライターだったが、これからはマイホームライターと名乗るのだ。なんだかほのぼのとしたいい人みたいな響きだな、マイホームライター。そうでもないか。
家にいて学校に行って、家にいて会社に行って、家にいて事務所に行って、という生活を生まれてからずっと続けてきたので、どこにも行かないで何かするってのは初めての体験だ。果たしてモチベーションはどうなるのか、メンタリティーはどう変わるのか、クオリティにどんな影響があるのか、興味津々である。とりあえずは岐部さんのように朝「行ってきまーす」と言って隣の部屋に行くというのをやるのだ。
事務所部屋(このネーミングも考えないとな)の体裁も一応整ったし、仕事への準備は万全だ。万全でない部分があるとしたら、すべてはNTT江東支店のせいだ。ファクスの番号が変わったのも、電車が遅れるのも、夏が暑いのも、駅前のコンビニが11時で閉まるのも、すべてNTT江東支店のせいなのだ。
2000.06.30
自宅で水割り。
本日をもって新宿御苑丹後企画事務所は閉鎖である。引っ越しは既に終え、今日は廃棄物の処分だ。産廃業者の要興業に依頼してあったのだが、やって来たのは兄ちゃん一人。あれれと思っていると「すんません、手伝ってください」と言われて、朝っぱらから肉体労働だ。スチール机や本棚など、何十キロもある事務家具を運ぶ。しかも暑い。汗だくだくなのだった。処分量5万400円。兄ちゃんには「ご苦労さん。冷たいものでも飲みな」と3000円のチップをわたす。その後、ざっと掃除して、大家に挨拶。事務所を後にしたのだった。約5年も過ごした事務所だからそれなりに感慨はあるのだが、しかし後ろ髪引かれるような思いはちっともない。さらば新宿。丹後は潮見で新しいステージに突入なのだ。しかし暑かった。加えて連日の肉体労働で、いい加減、疲れたのであった。ふう。
2000.06.29
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
キャトちゃんのリクエストにお応えして続報です。
あさひ顧客第一リテール銀行四谷支店は、ファクス番号が変わったなら訂正印を押せということだった。あー、めんどくせーなー、おい。うだうだ言うと解約するぞ、こら。自分らは手続きに2週間かかるといいながら、客には判子一個押すためにすぐに来いというわけだ。
蛇足ながら、銀行の窓口って今誰が座っているかわかるように、ネームプレートを置いてますよね。あさひ統合失敗銀行四谷支店では、そのネームプレートとは違う人が座っています。本当にお客様を小馬鹿にしてくださる銀行です。
それはともかく、前日と同じ工事業者が工事にやってくる。まったく困った奴らだなあとお互いに苦笑いしつつ、工事だった。無事に完了。それを見計らったように、NTT江東支店の課長代理から電話が入って、挨拶と料金について相談に上がりたいと言う。待つこと30分。同じように課長と課長代理がつるんでやってきたのだった。
まず課長代理が関係者に送るお手紙の文案というのを見せる。用意のいいことだ。きっとフォーマットが用意できているのだろうな。しかし潮見を「塩見」としっかり誤植している。こんなもんだろ、役人系企業のやることは。しっかり訂正させ、余計な挨拶文も全部削除させる。
しかしこの文章、発信人が俺になっている。「NTTの誤りにより」とは書いているが、俺が改めて通知する形式だ。ふん。NTTの謝罪文でなければ意味がないではないか。そう思ったが、面倒なので放っておくことにした。まあ、誰でもこれを読めば俺が書いたとは思わないだろう。それぐらい下手くそな文章だし。
続いて金の相談だ。工事費は当然ただ。ターミナルアダプタは、原価。定価15800円をNTTは9000円で仕入れているらしい。おそらくNECからだな。結局2万円かかるところを12000円にするので、なんとかこれでご勘弁をということらしい。いいよ、これで。面倒くさいから。課長と課長代理、あからさまにホッとした顔をする。
ではすぐさま連絡の文書を送りますので、というからプリントアウトした送り先リストを渡す。データでいただけると、とぬかすが面倒なのでこれでやってちょうだいと紙を渡す。手書きにしようか、データ入力しようかと二人で相談していたので、その紙を切ってノリで封筒に貼って出せばいいじゃんと言う。えっ、という顔をしたが、どうせお前らがやるんじゃないだろう。今頃は支店内の女の子が、ぶつくさ言いながら紙を切ってノリで貼っているに違いない。なんというアナログのローテクな。面白いなあ。
2000.06.28
自宅で水割り。
いかにもクレーム担当という腰の低さが自慢の二人が示したのは、事務所に引いてあるISDN回線でファクスも使ってはどうだという案。ちと待て。これではファクス中は通信ができないではないか。当然却下。そこで自宅用の回線をISDNにして、ファクス用にもう一つの番号をつけろと命じる。二人、ははっとかしこまる。「工事費も当方で持ちます、アダプターも当方で…あ、いやいや、最低価格で。それから当方で関係各位様にお知らせの手紙を出しますう」との条件を提示してきたのだった。
ちっ。ファクス番号が変わるのはしょうがない。妥協するか。して、その新しい番号とは。課長代理は「こういう時のために取っておいてある番号でございますです」と三つほど用意してきた。ファクス番号なんてどれでもいいから、んじゃその一番上のやつと言うと、悔しそうな顔をしながら「ははあ、かしこまりましたあ」と頭を下げる。どうやら一番いい番号だったらしい。ふふん。なんだか気分がいいのであった。
ともかくこうして一応の決着を見て、工事も大特急で翌日に割り込ませたのだった。やれやれ一件落着。そう思った俺の頭によぎったのは、そう、宿敵あさひ銀行四谷支店に提出したファクスサービスの変更依頼なのであった。あちゃあ。めっんどくっせーなあ。そう思ったところに、なんとタイミングよく留守電に「あさひ銀行四谷支店の松本でございます。ファクスの件で至急連絡をいただきたく」という伝言が入っていた。あさひ銀行四谷支店は面倒くさいからしばらく放っておいて、着くはずもないファクスを延々と流させてやろうとたくらんでいたのに、タイミングがいいんだか、悪いんだか。続きは次号で。
2000.06.27
自宅で水割り。
久々にマジで激怒である。大爆発である。シャレにならんぞ。NTT江東支店だ。
5月22日の日記にも書いてあるように、NTT江東支店の橘というおばはんに「3回線引きたい」と言い、すったもんだの末、1時間もかかって3回線引く手続きをして番号ももらったのだが、いざ工事の業者がやってきたら、開口一番「ここ、3回線はできないよ」。なんだとおおおおおお。大発狂。目をつり上げて江東支店の橘に電話する。おばはん、うだうだと言い訳をぬかすので、思いきり怒鳴りつけてやる。工事業者には「わけわかってない連中が受け付けやってるからねえ」と同情される。
橘は「ISDNにして別の番号にすれば大丈夫ですが」と、さも素晴らしい解決策のように電話してくる。タコ。タコ、タコタコ。「あんたが調べてできると言って、番号をくれたわけだ。だから名刺も刷った、仕事先にハガキも出した、すぐに仕事で使わなければならない、どうしてくれる」と言うと、やっとこさ事態を把握したようで、橘、泣き声になる。「3回線引けないとか、番号が変わるとか、そういう回答は聞きたくないから」と言って電話を切ったのだった。
その後、飯も食わずに連絡を待つ。あまりに遅いからこちらから電話して、橘に「どうなっとるんじゃ」と突っ込む。結局、善後策を相談するために上司がやってくるということになったのだった。そして上司二人、大雨の中をずぶぬれになりながらやって来た。
現れたのは、お客様窓口担当の課長と課長代理。土砂降りの中、時間ぴったりの到着だ。どちらも電電公社時代の採用組だな。二人して平身低頭、ひたすら謝り続ける。俺は今までの経過を説明し、どうするのだと詰め寄る。NTT江東支店は大騒ぎで会議を開いて対応を練ってきたらしくて、善後策というものを提示してきたのだった。それは…。
ふう。疲れたので続きは明日。
2000.06.26
自宅で水割り。
四谷三丁目に「あさひ銀行四谷支店」という世界で最低の銀行があるのだが、間の悪いことに俺の口座はここにあるのだった。以前はあさひ銀行曙橋支店にあり、こことは非常にフレンドリーな関係だったのだが、てめーらの勝手な統廃合により世界最低の四谷支店に口座を移管されてしまったのだ。リテールバンクでございと言いながら、勝手に口座を移管する根性は見下げ果てたものである。
で、こことはファクスサービスを契約していて、入出金があるとファクスで送られてくるようになっているのだが、引っ越しによって番号が変わるのでその手続きに足を運んだのだった。窓口のばか女が言うには、手続きまでに二週間もかかるという。猿だ。「手前どもはあさひノロマ銀行でございます」と言ってるようなものだから、それは嘲笑して済ませばよいことなのだが、問題はこの先だ。
その間、ファクスはどこへ送られるのだと聞くと、以前の番号に送られますとぬかす。じゃあ、もし他人がその番号を引き継いだらどうなるのだ、赤の他人のファクスに流れるのか、と聞くと、センターに問い合わせますのでお待ちくださいとほざく。そーゆーのを木で鼻をくくったような対応と言うのだ、あさひリテール銀行四谷支店め。
その番号をどなたかがお使いになるのですかと聞くから、そんなことはNTTの問題で知らんと答える。もうかなり怒り心頭だ。結局、それは以前の番号に送られ続け、それを赤の他人が受け取ることもあり得るというのが、あさひ顧客第一主義銀行四谷支店の答えであった。まったくたいした金融機関である。
ともかくこのあさひ統合失敗銀行四谷支店とはとことん相性が悪い。窓口でまともに用事が済んだことがない。あまりに不愉快だったので、届け出用紙だけ受け取って、提出はあさひ銀行新宿支店までわざわざ足を運んだのだった。
2000.06.25
東陽町の串焼き屋で美女とホッピー&日本酒。
で、結局岐部さんは選挙に間に合ったのかな。あたしゃ転居のため、今回は選挙なしでした。残念。その岐部さんを東京駅まで送って、丹後君は企画事務所移転の最終準備に突入。サブマシンと資料関係を運ぶ。現在残っているのは、最低限の仕事ツールのみ。ふう。ともかく今週で20年間の新宿生活ともお別れなのだ。長かったなあ、新宿。でも、いささかくたびれたから、新宿はもういいや。
2000.06.24
岐部さん、娘さん、えりずーと歌舞伎町・すがわら。
岐部さんが上京のついでに娘さんと寿司を食うというので召集がかかる。娘さん、酒が強い強い。そんでもって、うめえうめえと高いものばかり頼むので、お父さんは苦笑しつつ目がだんだんまじになる。「娘と一緒に酒が飲めるなんて、うれしいじゃん」と娘さんに言われて、岐部さん、心底うれしそうだった。
2000.06.23
浜松より岐部さんを迎えて、HUBでディキシージャイブのライブ。
ついに熟練の超絶バンジョー弾き・ジャック天野の最後のステージだ。この日を逃しては一生の不覚と岐部さんも妻子を振りきって浜松よりやって来る。開演前、ジャックをつかまえて「やめてどうするのだどうするのだ」と詰問。今後のことは白紙ざんすよ〜とお気楽な返事であった。
ファーストステージは、オリジナル・ディキシーランド・ワンステップで幕開け。古典の、大好きなナンバーだ。本日も客席はフルハウス。最初のステージはいつものように淡々と進むのであった。休憩時間、リーダーの有馬さんをつかまえて写真を撮ってもいいかと聞く。フラッシュは勘弁を、ということなので終了後に撮らせてもらうことにした。
セカンドステージはリクエストタイム。ジャック自らが歌うスキヤキも出た。お誕生日のリクエストでは「いい日旅立ち」「モスクワ郊外の夜は更けて」。「いい日旅立ち」は例によって気持ちのいいディキシーアレンジ。本当にこの曲はディキシーによく合う。「モスクワ郊外の夜は更けて」は、初めての演奏。大昔、007シリーズの映画でヒットした曲だが、ケニー・ボールがディキシーアレンジでもヒットさせた懐かしいナンバーだ。これも落ち着いたいい演奏だった。有馬さん、いい味を出していた。このセカンドステージでは「ダーク・アイズ」もあってドラムの中島おじいが大爆発。例によって天井も破れよとばかりのダイナマイトドラムだ。この人のドラムは人を勇気づけてハッピーにしてくれる。にこにこと笑いながらの驚愕ドラムだ。えーじくん、のけぞって全身で感動を表現する。
浜松からの岐部さん「おめーら、いつもこんないいもの聴いてるんかよー。きしょうめ、くやしいなあ、ああくやしいなあ」と頭をかきむしる。バンジョーもそうだが、リーダーの有馬さんが気に入ったようで、とても喜んでくれた。だからもっと早く聴きに来ればよかったのに。
休憩時間、有馬さんが我々の席にやってきて営業。ジャック後の引き留め営業のようだ。そのジャック、最後の挨拶に客席を回るのに忙しい。「丹後さん、ごめんなさい、あとであとで」といいながら席を回る。我々全員、せーので「ジャック〜」と声をかける。「どもども、すんませんすんません」と言いながらジャックはあわててステージに向かった。
そのジャック、やはり最後ということで感じるものがあったのだろう。客席に奥さんと娘さんを招待していた。お父ちゃんの晴れ姿を見せるべく、最後のステージが始まる。
客席からは一人のバンジョー弾きがスタンバイ。天野さん、「ジャックが今月で独立します。9年でした」。答えてジャック「よく9年ももちました」。ここで代わりに加入する新しいバンジョー弾きがステージに登場。坂本さんというそうだ。坂本さんの持っているバンジョーは、オーソドックスな皮のタイプ。ジャックのは合成樹脂タイプ。この音の違いが、最後のステージではっきりするのだった。
ジャックの最後のステージならばこれしかないと俺は「世界は日の出を待っている」をリクエスト。応えて、ツインバンジョーで演奏が始まる。ジャックの音は、乾いたクリアーなもの。坂本さんのはオーソドックスな柔らかい音。好みを別にすれば、ジャックはソロ楽器としてのバンジョーの個性を引き出し、坂本さんはリズムチームに徹するということか。演奏にもその違いがストレートに表れ、坂本さんのはブレイクダウンとなるとやはり埋没しがちなのであった。ジャックのバンジョーはジャイブの売り物の一つ。この交替でバンドがどう変わっていくのか、実に興味深い。
「世界は日の出を待っている」は、二人のバンジョー弾きが遠慮し合ってしまって、消化不良。ちょっと残念だった。弾き終えたジャック、新旧交代とばかりにステージを降り、家族のテーブルへ。しばらくすると我々の席へとやってきて、「いやいや、お疲れさまでした」と我々の慰労を受ける。そのまま座りながら、自分がいたバンドの演奏を観客として見る。やはり感じるものがあるのだろうなあ。バンドは「ザッツ・ア・プレンティ」の迫力演奏だ。
演奏終了後、有馬さんが我々の席までやって来て、約束だった写真撮影。
最後にはステージに上げてくれて、我々とバンドの記念撮影だ。なんと豪華な。なんともったいない。途中で所用で帰ったいずーは残念。「あの方にもよろしくお伝えください。お礼を言えませんでした」とジッヤクはいずーへの伝言を俺に託したのだった。いずー、ちゃんと伝えたからね。
さて、ジャックはこの先どうするのだろう。とりあえず活動再開の折りには必ず連絡をくれと新しい名刺を渡した。また、ジャイブはどう変わっていくのだろう。基本は不変だろうし、中島おじいのドラムは何年たっても人を元気づけてくれるだろうけれど。また来月も来るからね。新しいジャイブを見せてね。
帰り際、ジャックの奥さんにご挨拶。「まったくこの先どうするのか、うちの人ったら」と奥さん苦笑。娘さんに「お父さんはとても偉いんだぞ」と声をかけて店を後にした。
たぬきの親分は、バンドのテーマ曲である「波濤を越えて」がお気に入りのようで、タクシーの中、持っていた傘をクラリネットに見立てて演奏する。演奏するほどにメロディーがだんだん変わっていったのだが、俺は優しい気持ちで黙っていたのだった。その親分、途中で傘を上下逆に持ち替えて、先っぽの方を口にくわえる。で、「先は苦いなあ」と顔をしかめるのであった。本当に傘を口に入れていたのか、このおっさんは。
2000.06.22
潮見「弓」で日本酒。
定かではないが、どうも東京のゴミが減りすぎて困ったことになっているという話を聞いた。ゴミ減量が一気に進みすぎて、焼却炉にほんのちょっとしか入らないため、コスト高になっていることに加え、メカニズムは知らないがダイオキシンがかえって発生しやすくなっているという。んあー、どういうこっちゃ。
ところでダイオキシンって本当に危ないの? よく言われることだけれど、ダイオキシンで死んだ人っていないらしいが。それから水道に入っているトリハロメタンだけど、水道水を毎日1リットルずつ30年間飲み続けると10万人に1人がガンで死ぬという程度の危険性らしい。なんだ、交通事故の方がよっぽど危険ではないか。本当かどうか知らないが。
2000.06.21
自宅で水割り。
どういうシステムになっているのかよくわかんないけど、世田谷の選管から江東区の我が家に「投票したければ投票してもいいよ」という通知が来た。あん? 江東区に投票できるのかと思ったら世田谷まで足を運んで、世田谷の選挙に投票しろってことらしい。まあ国政選挙だからわからんでもないが、昔住んでいたところに立候補した人に入れたってねえ。さすがに選挙オタクであるおれも、そこまでして投票することはしないのだった。来年の参議院まで楽しみに取っておこう。
2000.06.20
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
はあ、そうすか、猿知恵、2002年までやるですか。ちぇっ、しょうがねえなあ。まだあの白い猿のツラを拝まなければならんのか。それはともかく、バ川淵が「協会批判は許さない」と吠えているらしい。勝手に吠えてろ。昔はもっとまともな人間だったのに、偉くなってふんぞり返っているうちに、芯から腐ってきたらしい。
2000.06.19
自宅で水割り。
うーむ、えらい恥さらしだ。事務所の移転通知の住所を間違えてしまった。正しくは「潮見2-8-14」である。マンション名が書いてあればとりあえずは配達されるようだが、それでも税務署関係はやばいので大慌てで連絡した。編集の仲澤さんからは「住所と名前の確認は基本中の基本。何年やってんじゃあ」と罵倒&嘲笑されちまった。とほほ。
2000.06.18
自宅で水割り。
ボリビアに2-0。まあ、勝利は予想していたから、そんなに喜ぶなよな、おまいら。しょせんはホームのローカルなカップ戦だ。腹の足しにもならねえぞ。
これで猿知恵、留任だろうな。バ釜本、辞めなさい。猿知恵、評価はするがやっぱりくびにしろ。ベンゲル様をお慕いしております。
2000.06.17
自宅で水割り。
あー、うっせいうっせい。本当にうっせい。
何がって、選挙の連呼だ。別に街頭演説はかまわんのだが、あの選挙カーの連呼は絶対にアホらしい。特にタコなのが「頑張っております、あと8日間の戦いです、正々堂々と戦います」ってタイプだ。別におめえが頑張ろうが戦おうが、おれたちには関係ないし、正々堂々とだろうが姑息にだろうが、大切なのは当選後に何をするつもりなのか、ってことなんだけど。当選することが目的のような候補に、誰が入れるもんか。あー、うっせいうっせい。
2000.06.16
あみんと歌舞伎町すがわらで寿司。
あみんとは、F通社の網永くんである。今は大阪人。10年ほど前にニフティのCBで知り合った人で、以来、年賀状のやりとりが続いていたが、会ったのは7、8年ぶりである。同じようにニフティのCBで知り合った人にカメラのボロボおじさんがいる。当時は他にも多数いて、しょっちゅうオフしてたのだが、みんなどうしているのだろう。あみん、昔と変わらず、思いきり若いのでびっくり。
2000.06.15
自宅で水割り。
本日をもって、もう一人の事務所娘カッパこと上村が事務所を離れた。これをもって、丹後御苑事務所は崩壊である。崩壊といっても元に戻っただけだから、まあ、初心に帰ったということになるので、特別に感慨があるわけでもないが。
てなことは置いといて。これはもう時効だと思うから書くけれど、以前元気だった頃の鶴田が、突然半年ほどリングを休んだことがありました。表向きは体調不良でしたが、実際のところは鶴田が全日本プロレスに金を貸していて、それが戻ってこなかったことに対して抗議したのでした。鶴田はお金持ちで、一生遊んでいけるだけのお金を持っていたけど、それに対して全日本はそういう扱いをしたのでした。
これからもうかがえるように、全日本は金に汚くて、特に馬場夫人が裏で操作していて、関連グッズの売上などはすべて馬場夫人の個人会社の儲けとなっていたのでした。これに対しての選手の不満は大きく、馬場夫人はイメルダのような存在でしたが、馬場が存命中はさすがに正面からのろしをあげたのは天龍だけでした。それが馬場がいなくなって、一周忌も過ぎたことでクーデター。少し前から噂はあったのですが、本当になったのでした。おそらく株主の日テレとも話はついていて、馬場夫人が退くことに納得しなかったことで、今回の騒動になったのでしょう。
キャトちゃんにほめられたので、調子に乗ってもう一発。ネットビジネスって言うだけで大騒ぎしちゃうわけだけど、あれえ、ちょっと前に威勢のよかったベッコアメさんは、どうなっちゃのかなあ。単なる思いつきをビジネスモデルなんて言ってるだけじゃ、儲からないって。ネットで本当にビジネスができるのは、インフラを担っているキャリア系と、しっかりした商材を持っている企業ですってば。もちろん商材はモノだけでなくソフトも入るわけだけどね。
2000.06.14
自宅で水割り。
南北首脳の歴史的会談で統一へ大きく動き出したらと思ったら、三沢の離脱で全日は分裂・崩壊の危機だ。まったく一寸先は闇なのであった。
それはともかく、インターネットコマースだが、アマゾンの苦境でもわかるように、米国でさえ消費市場の0.7%しか利用されていない。日本でも楽天はテナント撤退率が50%という。趣味性の高い特定のマーケットをのぞいて、BtoCのeコマースは成立しないのだ。
代わりに浮上してきたのがBtoB。米国では急激に伸びている。こちらはグローバルなマーケットでとんでもない市場規模になるだろう。ここで勝ち組になる資格を持っているのはベンチャーなどではなくて、しっかりした力のある商材を持った実業企業。インターネットとは、要するに資本の集積を加速させるシステムなのではないだろうか。
2000.06.13
潮見の居酒屋・弓で日本酒。
思い返せば笹塚のゴミマンションはひどかった。すさまじかった。大変だった。よくもあんなゴミ部屋に喜んで泊まりに来る人がいたもんだ。もちろん当時の布団はすべてクリーニングに出して、きれいさっぱり。足を突っ込むことのできるシーツはすべて処分し、新品に交換だ。なので岐部さん、ご心配は無用です。「トモ&テツの部屋」で、二人仲良くおやすみください。
2000.06.12
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
取材で、大阪から明石へまわる。ふいー、疲れた。
「岐部さんと伊豆原の部屋」についてだが、これでは長くて呼びにくいというので、いろいろと検討した結果「トモ&テツの部屋」と呼ぶことに決定。うふ。ラブリー。表札出しちゃおうかな。もちろん岐部さんには内緒で。
2000.06.11
自宅で水割り。
まったくせっかくモロッコでいい試合をしたというのに、猿知恵ってば何を考えているのだ。セルジオも言ってた通り、中西ではなくて久保だろうがあ。フラストレーションたまりまくり。ここのところ国内ではこんな腐った試合しかできないので、まったくやってられないのであった。
2000.06.10
東陽町・串焼き屋で美女とホッピー。
伊豆原運送が事務所引っ越しの第一陣の助っ人として現れる。車に荷物を積んでいた時に通りがかったボロボおじさん。めざとくスチールの棚を見つけてかっさらっていく。不要品処分ができて助かった。
潮見邸宅に荷物を運んだ伊豆原運送、既に勝手知ったる我が家状態。「岐部さんの部屋」を欲しがったので、伊豆原くんには「ここは君と岐部さんの部屋にしてあげよう」言ってあげた。もちろん岐部さんには内緒である。
2000.06.09
自宅で水割り。
梅雨ですか、梅雨。そんな、いきなり。今まであぢあぢの日々だったのに。
それはともかく、ディキシージャイブからいつもの通り今月のライブ予定のはがきが届く。ところが一言手書きのメッセージ「ジャック天野は今月でいなくなります」。えっ。ジャック、辞めちゃうの? まあ、プロだからより条件のいい仕事へと移るのは当たり前だけれど、もうあの超絶バンジョーがあのバンドでは聴かれなくなるのか。悔しいなあ。残念だなあ。
2000.06.08
師匠、いさわし、えーじくんと台湾料理屋。
いさわしの極秘録音の二回目。今回は、なんとDTM師匠も立ち会いだ。ついでにというか、なぜか極秘録音をかぎつけたえーじくんも立ち会いだ。
師匠、自作のヘッドホンを持参する。このヘッドホンの音がすごいのなんの。バスドラのバネの音やオーケストラの譜面をめくる音まで聞こえるという究極のヘッドホンだ。材料費5万円。こんなものを自作する、師匠って人は…。市場価格なら15万円。とても売れるわけはないから製品化されていないそうだ。売ってくれ。安く。交渉したら13万円まで下がった。むう。
いさわし、正式録音と張り切る。いさわしよりスタジオは絶対禁煙の命令が下る。そこで、いさわしだけ中に残して勝手に自分で録音しろと言って、我々は外にたむろする。いさわし、孤独な一人録音で、山下達朗状態なのだった。
これで正式録音か、あるいはまたやりなおすか。それは歌手本人次第。いずれシングルとしてリリースするので、欲しい人はお早めにご予約くださいませ。
2000.06.07
自宅で水割り。
わはははは。ジャマイカに4-0だ。わははははは。じゃまあ見やがれ。
城が2点に柳と、あらま、カズまで1点。ごくろごくろ。もともと、あんなへこいチームに負けちゃいかんのだよ。レゲエなんかに。勝って当然だ。しかしこれで猿知恵を辞めさせることはできなくなったな、バ釜本は。この二人の喧嘩に限っては、バ釜本があまりにバカなので、猿知恵を応援するのだった。ともかくこれで猿知恵を首にするとしたら、どんな理由を考えつくのか、大変興味深い。
2000.06.06
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
都バスの派手な広告にもぼちぼち慣れてきた。車体全部を使って広告するとは、なかなかいいアイデアだった。もっともこれは逆に今まで役人がいかに何もしなかったかという証明だろう。都知事が変わったことで、役人も変わったわけだが、それまでいかに働いていなかったかということだ。
これは異業種参入や構造改革が叫ばれている業種には全部あてはまることであって、その代表が銀行だ。ヨーカドーやソニーとかが銀行業への参入を表明しているのは、いかに今まで銀行が何もしてこなかったかということの証明だ。護送船団で守られ、変化を嫌い、顧客よりも保身を大切にする。そんな業界に対して、石原が銀行税を作ったわけだから、そりゃあ世間も大喜びさ。
2000.06.05
潮見の居酒屋・弓で日本酒。
フランスに2-2の引き分け。まあ、びっくらこいた。マジでここまでやるとは思わなかった。バ川淵が「0-3と思っていた」と話していたが、同感(ちなみにこのバ川淵という人物、地位が人を醜くするケースの典型だ)。バ釜本は現地で見ていなかったらしいが(選挙だものな)、バ会長にどう報告するのか。バを連発しているが、おらあ、ともかく協会のこの三バカがでえ嫌いなのだよ。
それはともかくとして、西沢、ようやく開花したか。やつの潜在的才能はけっこうあるのではないかとにらんでいたが、やれ、めでたし。お気に入りの森島もよくやった。なんでお気に入りかというと、いい人なんだもん、モリシ。でも、本番勝負でなく常にこういうカップ戦でしかいい仕事ができないのが、不運といえば不運だが、それでもうれしそうに笑うのが、いい人・モリシなのだった。
あとは松田が定着したのがうれしいなあ。アトランタの時から気に入っていた選手だ。おしおし、このまま突っ走れ、代表チーム。猿知恵はまだ辞めないのか。辞めてもいいぞ。ベンゲルが来るなら。
2000.06.04
東陽町の串焼き屋で日本酒。
むちゃくちゃいい天気。なのに今日は家で仕事だ。原稿だ。朝食に出かけた時、ちょっと海まで回ったが、ディズニーランドもお台場も、さらにさらに房総半島もとても美しく見えた。こんなにいい天気なのに、仕事とは悲しいなあ。それにしても、ちょっとでかければそこは海というのは、とってもいい環境だなあと感心。
2000.06.03
潮見の居酒屋・未由希で美女と日本酒。
いずーが、引越祝いを持って新居にやってきた。釣りをするためである。亀戸の上州屋へ行って餌を仕入れ、いざ若洲海浜公園へ。いつもの場所で対岸のディズニーランドを眺めながら、ピクニック気分で弁当を広げる。ああ、いい気持ち。その後、いずーが釣りに挑戦。場所を変えたりしながら大物に挑む。狙いは、なんとクジラだ。ふと目を離したすきに「クジラが釣れたけど稚魚だったからリリースした」といずー。しまったあ、見逃したかあ。
2000.06.02
自宅で水割り。
ボーカリスト・いさわしを丹後湯に招いて「にぎやかな楽園」のテストレコーディング。丹後湯、最後の仕事である。「楽園」は2年前につくった曲で、いわさしが帰国したらボーカルを入れることになっていた。そのテストである。テストとは言え、さすがの素晴らしいボーカル。アレンジのだてポンも立ち会ったが、お互いに感動であった。さすがのボーカルだなあ。丹後湯、最後にいい録音ができました。そうそう、いさわしには素敵な引越祝いをいただいた。うーむ、こんなに高いものを、いいのだろうか。ありがとうございました。
2000.06.01
自宅で水割り。
今年に入って、いろんなことが目まぐるしく動き、自分自身の環境が激変している。新宿御苑の丹後企画事務所も今月でクローズだ。今日は、3人のメンバーの一人、ぼんたこと中村がカギを置いて事務所を去った。それはそれで、寂しいものである。
もっともみんなあまり感傷的になっている場合ではなく、それぞれに大忙しで、ふうふう言いながら働いているのであった。
2000.05.30
自宅で水割り。
春もとうとう終わり。早かったんだか、遅かったんだか。3月は手続きと挨拶で大騒ぎ。4月は引っ越しで大騒ぎ。5月はちょっとのんびり。こうしてあっという間に春が過ぎていったわけだ。夏もこうして過ぎていくのだろうか。
夏と言えば、恒例の(といっても二度目だが)夏合宿が今年も7月末にある。去年来られなくて今年参加できる人もいれば、去年参加して今年は来られない人もいる。どんな夏も一度きりなんだな。
2000.05.30
新宿・すがわらで、送別会。
送別会っていうか、まあ、事務所の解散式だ。ご町内のボロボおじさんも出席だ。とりあえず事務所娘ぼんたが今週で抜けるので、ここで事務所解散の締めなのだ。
それまで一人でやっていた曙橋から、新宿御苑に移って事務所娘も合流したのがオウムの年、つまり95年の9月だった。もう5年もたつというのに、あっという間だった気がする。なかなかに楽しくて快適な事務所であった。丹後湯としても機能したし。現在は徐々に荷物の整理中。ぼんた荷物は既に完全に撤去、かっぱ荷物もこれから撤去。それはそれで寂しいものである。こういうイレギュラーな形態の事務所、果たしてどれだけ続くのかなと思っていたが、よく5年も続いたものだ。なにはともあれ、お疲れさまでした。
2000.05.29
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
ふふふ、今度の選挙は大騒ぎで楽しみだね。サメ頭で自民党が大敗するのは目に見えているけど、今や選挙までサメ頭が持つかどうかというところまで、来ちゃったし。
実はワタクシ、選挙オタクなんざます。選挙が大好きで、もちろんどんな選挙でも必ず投票して選挙速報をワクワクしながら見ています。今回も楽しみだなあ。
あれ、でも、引っ越したばかりだから今回は選挙権、ないのかな。残念。つまんないなあ。
2000.05.28
東陽町の串焼き屋で日本酒。
曇天だったが昼には薄日が射したので、弁当を持って若狭海浜公園へ。とても気持ちのいい公園なのだ、ここは。対岸のディズニーランドや葛西臨海公園を遠くに眺めながら、強い潮風に吹かれて弁当を広げる。ここは本当に快適なのだ。えーじくんも、いずーも、弁当持って遊びにおいで。薄日だったのに、しっかりと日焼けしてしまった。
その後、近くの夢の島熱帯植物園へ。不思議な熱帯のジャングルの植物園だ。ぼけっと眺める。表へ出ると、何もない広い広い芝生が広がっている。なんともぜいたくな広場なのだ。緑が多く、とてもいいところに引っ越してきたんだと改めて実感する。
2000.05.27
東陽町の名もない居酒屋で美女と日本酒。花を買って帰る。
iMACを届けたその足で、潮見までご招待。初めてマンションを見てもらったけれど、とても喜んでもらって、ひどく幸せだった。100点満点の100点。ああ、よかったなあ。次は7月8日だ。
2000.05.26
自宅で水割り。
若さと技術を考えれば、苦戦はしても船木の勝利だとにらんでいた。なのに、あっさり負けた。ヒクソン、さすがの強さである。うーむと感心するのみ。ものすごく悔しかった。次は桜庭か、小川か、いやいや、藤田か。全盛期の藤原なら文句なしに勝ったと思うがなあ。やつも不摂生しすぎたからなあ。
それはともかく、アナウンサーが船木を持ち上げすぎたのにはうんざり。何よりも、船木が引退を決めたことにはがっかりだ。そう軽々しく引退を口にすんな、格闘家が。そんな思いでリングに上がったから、ああいう情けない負け方をしたのだ。インタビューによると船木は「ああ、死ぬんだ」と思ったらしく、目を開けたら「生きていたのでうれしかった」と答えている。これでわかったね。船木はおびえていたのだ。試合中、とてつもない恐怖の泥沼に引き込まれてしまったのだ。こんな弱虫が勝てるわけはなかったのだ。引退なんて格好つけず、武者修行に出て鍛え直せ。
2000.05.25
潮見の居酒屋・弓で日本酒。
笹塚支部広報部長の加藤君が「潮見の住み心地はどうですか」と聞いてくる。いやあ、今にして思えば笹塚は住み良かったよ、と答える。加藤君「そうですよね、僕も今まで住んだ中で一番暮らしやすいですよ」。その後、笹塚のラーメン屋の話になり、やたらうまいラーメン屋があると加藤君に教えてもらう。大昔からある店らしい。うーむ、10年も住んでいて発見しなかったなんて、あらためてショックだった。そのまま、うーむうーむ、でもいいんだもんね、とつぶやきながら夜には潮見で飲んだのだった。岐部さんからもらったコーヒーメーカー、家に持ち帰った。土曜日にあけてセットしますです。
2000.05.24
月に一度のお楽しみ、浅草HUBで、タヌキの親分、いずー、えーじ画伯、美女とディキシージャイブのライブ。
あらま。静岡方面からついにコーヒーメーカーが届いた。いやあ、うれしいなあ。ありがとうございます、岐部さん。なんだかねだったみたいで悪いっす。そんなつもりでは。とかいいながら、「ついに」なんて振ってるけど。ともかく、ありがたく使わせていただきます。
その岐部さんがなかなかやってこないジヤイブのライブの日だ。楽しみ楽しみ。速く来てね、岐部さん。
親分、HUBにはなんと5時頃到着。一番の客だった。なにしろバンドのメンバーよりも早い到着なのだ。一人でビールを飲む親分。そこにバンジョーのジャックがビールを立ち飲みしながら登場、「早いっすねえ」と親分に声をかけたのだった。やれやれ、これで酒の相手ができたと喜んだ親分だったが、ジャックは挨拶したきり出てこない。とほほほ。仕方なく一人でバーボンに切り替えて飲み続ける親分であった。
そんなことはつゆ知らず、予定通り7時過ぎに全員そろった。乾杯後、さあ、一回目のステージが始まる。いつもの通り、最初のステージは軽く流すのだった。本日は有馬さんのクラリネットと中島おじいのドラムが調子いいようだ。一回目の目玉は「サウス・ランパート・ストリート・バレード」。ディキシーの古典的名曲を、いかにもディキシーという香り豊かに演奏してくれた。名前は忘れたけど、スローなナンバーも演奏。有馬さんのクラリネットソロが絶品。有馬ファンのいずー、大喜びであった。
1回目のステージ後、休憩時間にいずーがどこへやら。なんとジャイブのCDを求めにいったのだ。手売りが基本のインディーズレーベル。トロンボーンの川上青年が3枚持ってやってきて、すすめてくれた。
そうこうしているうちに2回目のステージがスタート。あっと驚く「いい日、旅立ち」を演奏する。前にもやったけど、このアレンジ、ディキシーにぴったりですごくいいのだよ。最高でした。
続いて、恒例のお誕生日会。こちらは親分が5月生まれだ。よしよし。ジャイブの演奏で店中ハッピーバースデーの大合唱。早くから飲んでいてすっかりできあがった親分、自分の誕生日を祝ってもらって嬉しそうだった。ジャイブのメンバーからは「陽ちゃん」と呼ばれていたぞ。まんまだ。誕生日の特別リクエストは「聖者の行進」。変化に富んだアレンジで聞かせてくれた。
今回、俺は「タイガーラグ」をリクエスト。先月、中島おじいのソロが聴けなかったのが寂しくて、いつもの「世界は日の出を待っている」のかわりに「タイガーラグ」にしたのだ。典型的なラグタイムの名曲。テンポよく演奏する。そしてもって、リクエスト通り中島おじいが大爆発。天井も破れよとばかりのパワフルドラムだ。ぶったまげる。まったくこんな音が、どこをどうやれば出てくるのだ、おじい。にこにこ笑いながら爆発ドラムを叩いているこの小さなじいさんを見ていると、とっても嬉しくなり、幸せになり、元気が出て来るのだ。岐部さん、ジャックのバンジョーもいいけど、中島おじいのドラムもすごいよ。
休憩時間、ジャックが席に酒をねだりにやってくる。親分「早くきて一人で飲んでるのに相手してくれないんだもん」としきりにジャックを責める。わははは。まったく同じキャラだ。いずー、購入するCDを決定。えーじ画伯も別のCDを購入する。川上青年にお願いして、全員のサインを入れてもらう。ジャックはその場でサイン。「正式版と投げやり版のサインがあるんですよ」とジャック。えーじ画伯のを見たら、おお、なんと投げやり版だった。書いてあるのは「ぢ」の文字。これがサインかっ。えーじ画伯、大喜びだった。
最後のステージ。もうこの頃になると身も心もディキシー漬けだ。「アイスクリーム」では、ジャックや中島おじい、川上青年がでっかい口をあけてにこにことコーラス参加だ。「ハロー・ドリー」も出た。名曲だよなあ。この曲で俺はディキシーを知ったんだよなあ、中学時代。母親も大好きな曲である。ごくごくスタンダードな演奏を披露してくれた。
おお、今日はあきらめていた「世界は日の出を待っている」も飛び出した。うーむ、いつにもまして素晴らしいぞ、ジャックのバンジョー。今日のがベストプレイではないか。どうすごいか、例えばギターの「アルハンブラの思い出」をピックで完ぺきに挽いているうなもの、といった感じか。まったくこの曲のバンジョーは、凄まじい。これを聴くだけでも浜松から浅草へやって来る価値があるってもんだ。
余韻を引きずっているところで最後のナンバー、出ました「ダーク・アイズ」。クラリネットとドラムのバトルがすごいナンバーだ。中島おじいの壮絶ドラム、よくぞこんな音が、しかも表情豊かに出るものだ。にこにこ笑うその姿を見ていると本当に嬉しくなってくる。いい音楽だなあ、ジャイブ。とにかく人を幸せにする音楽って、最高だ。
いずー、画伯、CDはどうだったんだろう。正直言うと、ライブを知ってしまうとCDは案外つらいかも。だからこそやっぱりジャイブはライブで楽しむのが最高だ。来月も来るからね。6/23だ。月に一度のジャイブのライブ。とても大切な時間なのだ。
2000.05.23
自宅で水割り数杯。
住友銀行曙橋支店へ行ったら、いつの間にか閉鎖されてATMコーナーに格下げされてやんの。さくらと合併するから余計な店舗はいらんということか。いーや、ゴミ客は見捨ててホールセリングで生き残るんだもんねーという思惑の表れではないか。
てなことはともかく、えっ、なんですと、岐部珈琲製造具店様、大ぶりですか、大ぶり。ともかく楽しみに待っております。「めぞん一刻」面白いですかっ。
2000.05.22
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
事務所移転大プロジェクトが本格的に始動だ。第一段として電話の移転の手配をする。ところがNTT江東の橘(実名)っていうおばはん電話屋が融通の利かないやつで、無茶苦茶手間取る。3回線引けるのかと聞いたら「工事してみないとわかりません」とぬかしたのには、切れてしまった。調べろ調べろ調べろと言ったらようやくわかったが。まあ、あとはくどくど書くのもアホらしいほど。事務所の新しい電話は03-5617-6170、ファクスは03-5632-6765。同じ場所でなぜ局番が違うかというと、これもおばはんのせいなのであった。
てなことはともかく、間もなく静岡方面より可愛いコーヒーメーカーが届くらしい。楽しみ楽しみ。きっと小ぶりなんだろうなあ。これだけ小ぶりって言ったんだから、きっと小ぶりだろうなあ。
2000.05.21
東陽町の串焼き屋で松竹梅の山廃仕込み。
伊勢丹で買った積み木を持って、鷺宮の渡辺さんちへ、出産祝いに出かける。笹岡さんとは現地で待ち合わせだ。途中、高田馬場でシュウマイとパンを手土産に購入。渡辺さんは、旦那も休みだ。どれどれと赤ちゃんを見る。奥さん、ぷぷぷぷと笑いながら「そっくりでしょ」と旦那の赤ん坊時代の写真を見せてくれる。ぷぷぷぷ、そっくりですね、とこちらも笑う。約2カ月。顔を真っ赤にして泣き、目をきょろきょろさせて光を追う。赤ん坊って可愛いねえ。パパになった渡辺旦那、とっても幸せそうだった。ママの渡辺奥さん、あやすために赤ちゃんを抱きながら部屋中走り回る姿を披露してくれて全員大爆笑。名前を「桜弥」くんという。読み方は「さくや」。カメラのさくらやじゃないよ。桜の花が大好きで、孫の顔を見ることなく逝ってしまった渡辺さんのお母さんも、きっと天国でにこにこ見つめてくれているんだろうなあ。お母さん、あなたの娘さんはこんなに立派にお母さんしていますよ。
2000.05.20
笹岡さん、美女と新宿の寿司屋・すがわらで久保田萬寿。
そのえーじ画伯には、引越祝いに純銀製の写真スタンドをいただいた。ありがとう、画伯。しっかり写真を飾らせていただきました。
法律事務所から書類が届く。中を見たら、おお、なんと権利書ではないか。そうなのです、公庫関係はじめあらゆる審査をだまくらかしてなんてあーた人聞きの悪い、ちゃんと正規の手続きで通って、「このマンションはチミたちのものなんだよ」と日本国が認めてくれたのだ。つまりこっちの勝利なのだ。主語と述語の関係がめちゃくちゃだけど、いいのだ。とにかく権利書ができて、登記されて、無事に一切の手続きが終了して、マンションがこっちのものになったのでした。拍手〜。めでたいなあ。あと残っている手続きと言えば、もちろんコーヒーメーカー(小ぶりでおしゃれなやつ)関係だけである。
夕方、新宿で笹岡さんと待ち合わせ。渡辺さんちの出産祝いを伊勢丹まで一緒に買いに行ったのだ。積み木のおもちゃに決定。土砂降りだっちゅーにビニールもかぶせなかったから、売場のねえちゃんに文句を言う。まったく伊勢丹も落ちたものだ。いや、今やデパートそのものが落ちたんだわなあ。
ぶつぶつ言いながら、三人ですがわらへ。大将に「スピーチやれ」と命令したが、包丁を突きつけられて「断る」と言われてしまった。ちぇっ。
2000.05.19
えーじ画伯と、西麻布でドバシせんせのDJ。
エプソンのプリンタのトナーがなくなっちゃって買ったんだけど、これが4万円もしやがるシロモノで発狂寸前なのだが、まあそれはそれとして、電話をするとエプソンが自腹で使い終わったトナーを回収してくれるのね。ここまでやらなきゃいけない時代になったというわけか、とびっくりざんす。
そんなこととは関係なく、えーじ画伯とドバシDJ。相変わらずの心地よさだった。画伯、この店がことのほか気に入ったようでとても喜んでいた。喜んでいたのはいいけれど、広尾の駅で俺は目の前で電車を逃す。反対側の画伯は余裕で次の電車に乗り込む。「おめーが切符を買うのが遅れたからだ、このレッドデビルめ」と首を締め上げようとしたが、すでに画伯を乗せた電車は中目黒方面に走り去ったのだった。
2000.05.18
自宅で水割り。
家を引っ越したのは既にオープンにしているけど、実は事務所も引っ越すって、オープンにしていたっけ? 忘れちゃった。まあ、いいや。なわけで、事務所も閉鎖して自宅兼仕事場とします。7月から。SOHOなんていう頭の悪そうな軽いものではなくて、自分ちライターというまっとうなものになるのです。6月末に引っ越すので、ぼちぼち片づけを始めるのでした。長らく「丹後湯」として親しんでもらったけれど、それもおしまい。最後に「丹後湯」閉店記念CDでも作ろうかと思ったけど、とても手が回らずにできませんでした。すんません。
2000.05.17
自宅で水割り。
どこぞのサメ頭首相が「神の国」とほざいた騒ぎであるが、まあ、本人の主義主張がどうであれ、一国の首相がそういう発言をしてはいけないということを本人が自覚していないことにみんな驚いているというのに、本人はそれさえもわかっていないものだから、周囲もぼちぼち切れそうになってきたのだな。って、わかりづらい文章だけど。どう考えたってこの国が神の国であるわけはないので、そんなことを信じるのは、邪馬台国は宇宙人の基地だったと言い切るのと同じ程度の頭脳しかないことの証拠だ。それよりなにより、日本が世界中の笑いものになった(ああ、まただ。前回の笑いものは、ベンゲルに断られた時だ)ことのほうが、よっぽど情けない。
2000.05.16
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
ジャンボ鶴田急死の知らせが飛び込む。B型肝炎で引退したが、やはり肝臓で亡くなったらしい。プロレスでがっちり稼ぎ、一生働かなくても食べていけるお金を持って米国で大学教授となったのだった。あのプロレスは日本人最強のもので、ナチュラルな強さとタフさは唯一無二。長州と60分フルタイムで戦い、試合後、長州はぜいぜいしてインタビューも受けられなかったのに、鶴田はけろっとして「さあ、飲みに行くぞ」と若手を連れて夜の街に繰り出したりしていたものだった。本気で戦えば最も強いと言われながら、不幸だったのは本気で戦う相手に出会えなかったことだ。全日ではなく新日に入っていたら、プロレスの歴史は大きく変わっていただろう。丹後が最も見たい幻のカードは、スタン・ハンセン対ローランド・ボック、そして前田日明対ジャンボ鶴田だった。
2000.05.15
自宅で水割り。
あのね、新木場の駅の近くに「もくもく」という材木ショップがあってね、木材とか工具とか、いろんな楽しいものがたくさん売っていて、よく行くんです。ここは、ぼくの父親のように大工仕事大好き人間にはたまらん店のようで、父親を連れていったら浸りきってなかなか帰ろうとしなかったです。で、この「もくもく」で、「ゆ」と書いてあるのれんを発見したんです。ああ、「ゆ」のれん。もう衝動を抑えることができませんでした、ワタクシ。当然ゲットして、しっかりとマンションの風呂場の入り口にかけました。桶とイスと上がり湯桶も木に変えたし、なかなかいい気分。のれんをくぐって、一人「いよっ」とか言って喜んでいるんです。
2000.05.14
塩浜の串焼き屋で生ビール。
すぐ近くにある若洲海浜公園へ弁当を持って出かける。夢の島の埋め立て地の公園だ。すごくいいところでびっくり。車で10分という至近距離ながら、広大な緑が広がる海浜公園。穴場なのか、人も少ない。海の近くの草原にシートを敷いて弁当を食べる。目の前は東京湾で、すぐそくにディズニーランドが見える。天気がよければ房総半島も望めるらしい。のんびりした、いい日曜の午後なのであった。
2000.05.13
潮見の居酒屋・未由希で美女と日本酒。
洗濯、掃除、片付けに追われる最近の週末。「岐部さんの部屋」と呼ばれている部屋が、やっと物置状態から抜けだし、いつでも寝られるようになった。あとは岐部さんが「岐部さんの部屋」に泊まるだけである。夜は飲み屋で見知らぬおやじたちと遊ぶ。酔っぱらったおやじたちは、面白い。
2000.05.12
潮見の居酒屋、弓で日本酒。
潮見ってのは地味なところで、まったく何もない。飯も食えないし、買い物もできない。ほんとにここが東京駅から7分なのかと驚くのだ。この未開拓の地がこれからどう変わっていくのか、それを見るのも一興だろうとここに住むことを決めたのだった。
2000.05.11
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
そろいもそろって新聞が一斉に「協会も決定力不足」と書いたわけだが、ともかく猿知恵問題、6月に先送りだと。はあ。脱力だ。まったくあんなくそぢぢいどもに日本のサッカーを仕切られているのかと思うと、情けない。まあ、バ釜本なんて、強化委員と国会議員の両方をやってるわけだから、どっちも片手間でできる適当仕事なわけだ。関係ないけど、頭はサメで下半身はオットセイの森首相、さっそくイタリアを訪問したときに中田と食事したそうだ。その時、一緒に写真に写ろうとしたら中田に思いきり断られたらしい。大笑い。
2000.05.10
潮見の「弓」という居酒屋を新規開拓。可もなく不可もなく。
ふん、サッカー協会のアホたちめ、寄ってたかって大騒ぎしたあげく、結論は先送りか。まったく老害もここに極まれりだな。バ釜本も、バ会長も、バ川淵も、みんな辞めてしまえ。いんや、今一番面白いのは、猿知恵監督が突然自分から辞表を出すことだな。きっと協会はてんやわんやの大騒ぎになるだろう。猿知恵も、これぐらいやってみろ。
2000.05.09
潮見の居酒屋・未由希で日本酒。
ぺいちゃんからiBOOKを12万で下取り。まあ、いい買い物だろうな。このiBOOK、とあるタコ女が「高い」と言って断ったものらしい。まったくものの価値を知らないタコだな。ついでにビックカメラ(使えない店員が9割)へiMAC用のメモリーを買いに行く。64メガが16000円。てめ、なんでそんなに高いんだよ、とにらみつける。すると、もっと安いのもありますけんど、と8000円のを差し出す。まったくここの店員は相変わらず猿だ。
2000.05.08
自宅で水割り。
トンカツ屋でラジオを聴いていたら「西野さんがどうというのではなく、決定までのプロセスに納得できない」というような意見が流れてきてあきれる。タコか。決定までのプロセスなんぞ、どうでもよいのだ。政治じゃないんだし、密室で決まろうが、金で転ぼうが、どうでもいいのだ。それよりも、その西野さんでいいかどうかが問題なのだ。西野さんは優秀な監督だが、ベストの選択ではないはずだ。確かにブラジルに勝ったが、そんなことはブラジルの連中は覚えてはいないだろうし、だいいち予選を突破したわけでもない。世界大会できっちりと実績を上げている監督は他に多数いるし、他の外人監督を当たれってんだ。
2000.05.07
実家で8歳・4歳・2歳の三人の遊び相手にされ、ぐったり疲れて酔っぱらって寝る。
2000.05.06
実家で8歳・4歳・2歳の三人の遊び相手にされ、ぐったり疲れて酔っぱらって寝る。
2000.05.05
実家で8歳・4歳・2歳の三人の遊び相手にされ、ぐったり疲れて酔っぱらって寝る。
2000.05.04
実家で8歳・4歳・2歳の三人の遊び相手にされ、ぐったり疲れて酔っぱらって寝る。
2000.05.03
実家で8歳・4歳・2歳の三人の遊び相手にされ、ぐったり疲れて酔っぱらって寝る。
2000.05.02
潮見の居酒屋・未由希で美女と日本酒。
なんだかんだと言っても連休の谷間は社会もお休みらしくて、電車、道路ともにすいているし、仕事の連絡もほとんどない。よって早めに切り上げて連休に突入なのだった。
2000.05.01
潮見の居酒屋・未由希で日本酒二合。
本日から潮見の駐車場が使用可能。ということで早めに帰って車を置こうとしたら、あれれ、なんだなんだ、既に車が停まっている。しかもトラックだ。どういうこっちゃ。
マンション販売会社に連絡すると、既にゴールデンウィークで休業。ちぇっ。肝心な時に使えない会社だ。次に駐車場管理会社に連絡。わけわかっとらん様子で、困った困ったを連発するのみ。「とりあえずとなりのスペースに停めてください」というから、そこは空いているのかと聞いたら「いえ、契約されているんですけど」。あほ。それじゃしょうもないではないか。埒が明かないのであきらめて電話を切る。
停まっているトラックをよーく見たら、車体に昭和コーポレーションとある。げほっ。げほほ。俺が昔に会社案内を作った会社ではないか。なんちゅう縁だ。ここは継手を作っている会社なので、近くの工事現場に運転手がいるだろうと思って周囲を走ってみたが、それらしいものがいない。うーむ。昭和コーポレーション。
仕方がない。これだけはやりたくなかったがと思いながら、警察に電話。なんとかしてくれと出動を要請する。これは大事件とばかりに刑事数名、パトカー数台が派手にやって来るかと思ってわくわくしながら待っていたら、なんと原チャリに乗ったおじさん警官が一人でとろとろやって来た。
しかし見た目は原チャリおじさんでも、正体は特殊捜査班の精鋭に違いない。どんなハイテクを駆使して昭和コーポレーションのトラックを移動させるのか。固唾を呑んで見守っていたら、おもろむに拡声器を取り出して「あ゛ー、トラックの運転手さん、至急移動しなさーい」。思いきり脱力しましたね。
結局運転手現れず。原チャリおじさん「役に立たねえみてえで悪いけんど(本当にこう言った)、今日は邪魔にならないところに路駐してな。明日会社に連絡取ってなんとかすっから」と言って原チャリでとろとろ帰っていった。結局警察公認で路駐。ふんふん、これも楽でいいな、しばらくこのままでいようかな、などと思ったのであった。
2000.04.30
美女と東陽町の釜飯屋。たいしてうまくなかったので、もう来ない。こうやって順次新規開拓を続けるのだ。
前日の童研部会の疲れでまどろんでいると、新居のチャイム。何事かと思って玄関に出てみたら、佐川運輸。あれえ?と見たら、なんとドバシせんせからの引越祝いであった。びっくり。何かと包みを開けたら、おお、空気清浄機。ひゃあ、うれしいなあ。ありがたく使わせていただきます。前日のかまぼうのワインに続き、まったく予期してなかった引越祝い、うれしかった。いい仲間ばかりで幸せ者です。ドバシせんせ、ありがとう。またDJ行くからね。今度はコーヒーメーカーが静岡方面から勝手にやって来るに違いない。きっとそうに違いない。
2000.04.29
新宿・東方見聞録でいさわし帰国歓迎の童研部会。
たくさんの懐かしいメンバーが集まって大変な盛り上がり。特にジュニアたちが集結して悪ガキパワー爆発だ。しかしそこは童研、手慣れたもの。ガキの相手は得意なのだった。佐竹が女の子と遊ぶと「危ない」という突っ込みが入ったりして。えーじジュニアが、えみちゃんそっくりになったのはびっくり。レッドデビルえーじに似なくてよかったねえ。そのジュニアに中古の音源をプレゼント。あとは知らない。勉強しなくなっても責任取りませ〜ん。そのレッドデビルからは特売会の入場券をもらう。また買い出しに行くのだ。凶暴な格闘技ジュニアの父親であるかまぼーからは、引越祝いにどえらく高いワインをいただく。値段を聞いてびっくり。腰を抜かす。こんな貴重なもの、当分飲めません。大切に取っておくのだ。二次会はカラオケ。ボーカリストいさわしのパワーが炸裂。そこにだてポンのハモリが加わって、まあ、異常な盛り上がりだった。でもカラオケのMVPは、いさわしジュニアのさいくん。大人の大合唱を巻き込んでの「だんご3兄弟」は、世界に響けというばかりの盛り上がりであった。ああ、楽しかった。いさわし、また遊ぼうね。夏合宿、来てね。
2000.04.28
潮見のじみーな飲み屋を開拓。「未由紀」というスナックみたいな名前だが普通の居酒屋。けっこううまくて正解。飲み屋の開拓は楽しいな。
江東ケーブルテレビを導入。加入金割引に5月いっぱいまで無料サービス。ラッキー。俺はテレビというものを見ないのだが、でも、ケーブルテレビって面白いねえ。いろんなチャンネルがあっていろんな番組やってるの(間抜けな表現だけど)。どうせ同じ金を払うんだからと付けっぱなし。適当にかちゃかちゃやってると、いきなりプロレスやってたりするし(久しぶりにリングスを見てしまった。相変わらず地味なことをやってるなあ。あれじゃ客は入らないだろう)。お出かけ前にはお天気チャンネル。暇なときは大昔のアニメ。うーん、こりゃなかなか楽しい。テレビって、面白かったのね。
2000.04.27
東陽町で新規開拓。おばばだけ4人でやってる居酒屋。つまみがえらくうまかった。
ついに猿知恵監督、解任決定。後任はベンゲルとのこと。まずはめでたい。祝杯だ。猿知恵君ごくろ。チームに競争意識を植え付けたのは最大の功績だが、ま、それだけだ。お疲れさんでした。韓国でもどこでも行ってください。しかし、よくよく聞くとベンゲルはまだOKしたわけではなく、やるとしても来年とのこと。は? なんですと? 「1年あれば十分」とベンちゃんが答えたので、猿知恵解任を決定したらしい。だもんで、それまでのつなぎは日本人なんだって。候補は、山本さんか西野さんだって。んあ〜。
まったくサッカー協会のタコどもは、猿知恵以下の猿知恵だ。途中のつなぎ役とわかってて引き受けるお人好しがどこにいるってんだ。だいいちジュビロやレイソルが了承するわけなかろうが。そもそもこれでベンちゃんと話をまだまとめていたわけじゃないことが判明したわけで、そろいもそろって無能である。
蛇足ながら、韓国戦のあと、ば釜本と岡野会長が1時間ほど密談したらしいが、それに対するコメントが「サッカーの話は出なかった」。だったらおめーら、韓国に何しにいってたんだ、と1億人が突っ込むようなコメントだったわけで、頭の程度がわかるってもんだ。ともかく猿知恵も悪いがもっと悪いのがサッカー協会だ。下手なのは選手だが。
もっともこのネタ、朝日新聞だから真偽のほどは定かではない。なにしろ誤報、勇み足が得意で、しかもそのあとは知らんぷりという新聞だからなあ。
2000.04.26
レッドデビルえーじくんと、御苑の激安居酒屋で日本酒。おっさん二人で飲んで食って2800円。びっくりだ。
韓国戦。アウェーの親善試合、なにもそんなに熱くなることもなかろうと思いつつ、テレビに向かう。わっ。名波のへなちょこシュートだ。このタコっ。いきなり激怒する。そこへピンボーンとチャイムが。そうだった、えーじ画伯が本を引き取りにやって来たのだった。ドアを開けたら、そこにいたのは、なんと赤い帽子に赤いブルゾン、赤いデイパックという全身赤赤のレッドデビル。うわあ、えーじくん、韓国チームに魂を売ってしまったか。それとも俺への宣戦布告か。一瞬たじろぐも、すぐさま「てめ、こら、レッドデビル、やんのか、こら」と戦闘態勢を取る。
懐柔するようにレッドデビルえーじくん「これ」とお土産のビールを差し出す。やれ、うれしや。しばし休戦してビールを飲みながら韓国戦の続きを見る。
うーむ、なんだなんだ、この試合。いつもは25分を過ぎると極端に動きの落ちる韓国が、今日はなぜか体力が続く。やべえ、マジだ、こいつら。しかし、そんなことには関係なく戦わねばならない日本代表。なのになのに、ベンチが動かない。柳沢とゴンが機能せず、全体のコンビネーションも合わないというのに、猿知恵監督、少しも動こうとしない。韓国がどばどば選手を交代させてベンチワークしてるっていうのに、猿知恵、何もせず。タコか、アホか、マヌケか。そうこうしているうちに韓国のミドル一発。発狂し、激怒。猿知恵監督、ようやく動き始めるものの、交替時期が遅すぎる。残り5分や10分で出てきて、選手に何ができるってんだ。下手さに磨きがかかった名波をギリギリまで変えようとせず、フォワードもギリギリまで引っ張って。まったく薄らバカだ。敗因ははっきりしている。100%猿知恵監督が悪い。完ぺきにクビだ。ついでに釜本もクビだ。
激怒の中、試合が終わる。喜ぶ観客席のレッドデビル。こちらの隣に座っているレッドデビルえーじくんは、「おめーのせいだ、おめーのせいだ」と俺に首を絞められるとばっちり。許してくだせえと逃げ回るレッドデビルえーじくんの首根っこをつかみ、飲み屋まで引きずっていった。ぜえぜえ。
2000.04.25
自宅で水割り。
発作的に思いついて江東ケーブルテレビに加入する。加入者獲得に燃えているのか、とても素速い対応で、すぐさまやってくることになった。楽しみだなあ、ケーブルテレビ。仕組みはさっぱりわからんが。テレビと言えば、ぺいちゃんである。あきれるぐらいのテレビ小僧で、WOWOWやらなんやら、毎月1万5000円も払っていろんなところに加入しているらしい。ふーむ、そんなに面白いのか、テレビって。それはともかくとして、最近は引っ越し関係のことばかりだな、この日記。何か他のネタはないか、と思って考えたら、ありましたありました、「さいたま市」。ぷっ。いかん、思わず吹きだしてしまった。だってさ、市名をどうするか、大宮・浦和・与野の役人どもが本気になって喧嘩してやっと決めたのがこれだってんだから。時間とコストと人手をふんだんにかけて、その結果がこれだってんだから。まったく埼玉の役人は暇だよなあと、周辺自治体の住民は大笑い。マジになればなるほど笑いものになっているということを、さいたま市役所は知らないだろうなあ。さいたま市民は、えーかげんにしろと怒るべきである。
2000.04.24
東陽町の名前も知らない飲み屋で冷酒一杯。
出先から直帰。雨の中、東陽町をふらふらと歩く。いろんな店があるなあ。これは開拓のしがいがあるってもんだ。中で見つけたこぎれいな居酒屋に飛び込む。が、こぎれいなのか外観だけ。厚化粧のおばばの店で、それはいいんだけど、酒もつまみもホスピタリティも不合格。もう来ない。一杯で切り上げたのだ。
その後、雨上がりの夜空を見ながら、運河をわたる「しおかぜ橋」をてくてく歩く。ここはライトアップされていて、とてもきれいな橋なのだ。足下で運河がちゃぷちゃぷ。その向こうに潮見新居のシルエットが浮かぶ。東陽町から徒歩20分。ぼちぼち歩くにはちょうどいい距離だな。
2000.04.23
新宿の新潟料理屋で、父親、美女と八海山。
朝から父親が様子を見にやってくる。見たってすることはないのだが、まあ、会場の下見もあるし。模擬イベントをやっていて、びっくり。興味深かった。
で、なんで新宿なんかで飯だったかというと、これがややこしい話で、潮見新居にはまだ車がおけないのだった。駐車場は借りてあるのだが、不動産屋の頼みでまったく知らない第三者にまたがし状態。4月一杯は停められないのだ。もちろんその分の金はもらっているからいいのだが、まあ、割り切ってのことなので文句はない。そんなわけで、わざわざ夜に新宿の事務所まで車を持ってきたのだ。
潮見に路上駐車してもまず問題ないのだが、最近、管理組合がうるさくて夜間の駐車にはべたべた紙を貼っている。それは無視していいんだけど、逆上して警察に通報されるのも面倒だし。ゴールドカードの免許証を見たら、来年一月で更新。こりゃあ、それまではおとなしくしておくのが得策と判断して、慎重になっているのだった。
2000.04.22
東陽町の飛騨料理屋で美女と引越祝い。
9時に笹塚ゴミマンションにヤマト運輸がやって来る。トラックが近くでぼけっとしていたので、駆け寄って早く来いと言ったら、もう一台待っているとのことであった。二台そろったところで引っ越し開始。2トントラックが二台に、作業員が、おお、なんと5人も。ちとびっくり。運ぶものはタンスと戸棚と本棚。残りはすべて廃棄物だ。運ぶものより廃棄物が多いという世にも珍しい引っ越しの始まりだ。作業員、さすがにプロで、てきぱきと30分で片付ける。一番体のでかいやつ(学生アルバイトだろう)が一番使えなくて、ただうろうろと荷物の周りをまわっているだけなのがおかしかった。掃除機とゴミ袋だけを残して笹塚を後にする。引っ越し後の掃除は、一週間後に行うのだった。
潮見新居に首都高を飛ばして到着。既に洗濯機が電気屋から届いていた。しばし遅れてヤマト運輸到着。笹塚ゴミマンションに比べてなんという格差。潮見新居の立派さにやつらは呆然だ。そのケツを叩き、朝っぱらから居眠りしていた警備員(本当に居眠りしていた)を叩き起こして、オートロックのカギを解除して荷物を運ぶ。少ないからあっという間に運んだのだった。これにて一カ月がかりの大騒動、引っ越し大作戦が無事に完了だ。入れ替わるように家具屋がダイニングチェアを持ってくる。これでテーブルとイスがちゃんとそろう。家具屋の納品、とてもフレンドリーでサービスに傷防止のシートを張ってくれた。アクタスである。ここはいい家具屋なので、皆さん買い物をしましょう。
しかし潮見新居はえらく大規模なマンション。入り口を間違えると確実に迷子になってしまう。家具屋も入り口からピンポンしたものの、なかなか現れない。もしやと思ってベランダから外をのぞいたら。案の定、イスを抱えて右往左往していた。「おーい、こっちだよう」と言うと「すいませーん」と言いながらイスを抱えて走ってきた。えらくおかしかった。
残るはチェストのみ。2時の予定が途中で連絡が入り1時間遅れ。こっちの家具屋は迷子にならず、ちゃんとやって来た。やれやれ、これで運ぶもの、届くもの、すべて完了だ。
洗面所収納、ぴったりのものがなくてずっと探していた。思いあまってぺいちゃんに湾岸周辺のホームセンターを聞く。ぺいちゃん、前日の深夜にメールを地図で送ってくれた。子どもの落書きのような地図だが、ちゃんと正確であった。そのホームセンターへ収納を買いに行く。おお、見事に探し求めていたサイズの収納を発見。さすが行徳家具屋。ぺいちゃんには感謝である。
やれやれと終わって東陽町まで夜の運河を渡って歩き、飛び込んだ飲み屋で引越祝い。味噌と納豆をからめて焼いた料理がえらくうまくて感動ものだった。ぜひ岐部さんに食わせたい。
そんなこんなで無事引っ越し完了。今日からここがマイホームなのだ。
2000.04.21
笹塚・六花亭で最後の夜に久保田千寿。
長らく俺の食堂だった六花亭ともこれで最後。いつもの酒を二杯飲んで、いつものつまみを食って、ごく普通のままに終わりだ。これでもう来ないとは言ってあったが、店も普段通り。記念に何かおごってくれるかと思ったら、そんなことはなかった。ちぇっ、残念。家に戻ってからは引き続き引っ越しの準備。最後の最後までゴミが出続けた。
2000.04.20
自宅で水割り。
昔はソフトがバージョンアップすると大喜びで飛びついたものだった。生来の新しもの好きだからね、おれ。でも、ここ1年ほどはまったく関心がなくなった。音楽関係のみ、律儀にアップデートしているが、その他はまったく無視。だって今さらワープロをバージョンアップして何の意味があるの、って感じだし。だからATOKもそのまま放っておいた。先日店頭で新しいバージョンを見たら、なんでもバグが発見されたらしい。無視して正解。年中行事でバージョンアップを続けてせこく稼ぎ続けるというソフト屋商売は、もう限界だな。
2000.04.19
中山たぬきの親分、いずー、えーじ画伯、美女と浅草HUBでディキシージャイブのライブ。
最初のステージ前からフルハウス。なんだなんだ、いつも以上の盛り上がりだ。しかも今回はこっちも5人の集団。親分は大張り切りだ。初回からクラリネットの有馬親方が飛ばす飛ばす。この気合いの入れ方は尋常ではないぞ。と思ったら、我々の席に突然中年3人組が相席乱入。この様が実におかしくておかしくて、第一部の最大のナンバーである「ハロー、ドーリー」ほとんど耳に入らず。ああ、おかしかった。
相席3人組、とっとと帰ってやっと落ち着く。楽屋ではなにやら怪しげな動きが。乗り込んでトロンボーンの川上青年にたずねたら、ビッグネームのピアニストが偶然来ているので飛び入りセッションする、とのこと。ほほう。有馬親方が張り切っていたのはこのためか。
二部では、「星に願いを」などのおとなしめのナンバー中心。でも「聖者の行進」のアレンジは斬新でとてもよかった。「鈴懸の径」で例のピアニストが飛び入りセッション。MCで、有馬親方が青年時代に加入していたバンドのマスターだった人らしい。ついでに中島おじいも一緒にいたそうだ。いつもとは違うピアノの入った演奏。とても味わい深く、しみじみと聞き入ってしまった。最高。中山たぬきが「なんでこんな素晴らしいものを岐部さんは聴こうとしないのだ。浜松にあるのか。ないだろう」と怒り狂う。全員が同調し「そうだそうだ、岐部さんがこないのは間違っている」と欠席裁判。岐部さんはくしゃみ三十連発だったろう。
それにしても60歳ぐらいになって、20代の頃に一緒にバンドやっていたメンバーと再会しての飛び入りセッション。なんて素敵なことだろう、幸せなことだろうと思ったら、ひどくうらやましくなり、胸が熱くなってしまった。好きな音楽をやり続ける幸せって、こういうことなんだなあ。
二部終了間際に親子連れが相席。子どもは任せておけとばかりに歓迎だ。でも子どもは退屈そうだった。休憩時間、バンジョー弾きのジャック天野が酒をねだりに我々の席にやってくる。おお、飲め飲めジャック。「鈴懸の径」でバンジョーをさぼっていたことをたずねると「音がぶつかるからねえ。ピアノとバンジョーは、お互いに相手のことを邪魔だと思っているんです」とのことであった。しかり。酒を飲み続けるジャックはしゃべるしゃべる。応えて中山親分もしゃべるしゃべる。たちまちにして二人は意気投合。握手までしていた。どうにもキャラクターがそっくりなようで、シンパシーが生まれたのだろう。中山親分、帰りのタクシーで「ジャックとはキャラがかぶっているぞ」と納得していた。
さて、第三部。絶対おすすめの超絶ナンバー「世界は日の出を待っている」も出た。相変わらず仰天のバンジョーだ。「まったく岐部さんはなんで」という欠席裁判が再び行われたのは言うまでもない。有馬親方ファンのいずーは「小さな花」をリクエスト。いずー、大感激だった。大いに盛り上がる我々。中山親分は興奮し「俺たちもディキシーバンドを作るのだ。えーじ画伯はトロンボーンをやれ」と命令。画伯「えへへへ、えへへへ」と笑いつつ、まんざらでもない様子だった。
月に一度のハッピーライブ。すっかり病みつきのジャイブのステージ。今夜は、中島おじいが遠慮したのか、ダイナマイトソロが聴けなかったのが残念。それでもにこにこわっはっはと笑いながらのドラムパフォーマンスだった。十分に満足興奮。興奮のあまり、来月の予定を聞き逃したほどである。
帰り際、いずーがジャックに「もう病みつきですよ」と握手。来月も一緒に来ようね。米国出張の歳にニューオリンズ行きを逃してしまったことを今も悔やんでいるえーじ画伯、楽しんでもらえたでしょうか。また来ようね。お土産持参で来てくれた中山親分、最後まで聴いてくれて嬉しかったです。前は途中までだったものね。ボトル、おごってくださってありがとうございました。
いつもより長かったステージが終わり、大急ぎでタクシー。頭の中ではいつまでもいつまでもディキシーの明るいメロディーがリフレインしていたのであった。いつもハッピーをありがとうね、ジヤイブ。勝手にファンクラブのホームページ、喜んでもらえてよかった。
2000.04.18
笹塚・六花亭で久保田千寿。
客である内田君と会ったときの話で一番多いのは、最近は株の下落についてである。なんといっても光通信の凋落ぶりが笑えるのであった。果たしてどこまで成り下がるのかねえ、と二人で興味津々。こんな会社の株が高騰してること自体が異常であって、起こるべくして起きたことなのだけれど。アメリカではアマゾン・ドットコムすら過去の遺物と言われており、日本のIT株ではドコモとソニーだけが残るとされている。しかり。今後2年以内にあらゆる企業がeコマースに転じるのだから、単に通信関連、ネット関連というだけで足腰のない会社は苦しくなるに決まっているのだ。足腰とは設備等のハードと技術等のソフトのことであって、ビジネスモデルという口当たりがいいだけの言葉のことでは決してないのである。
2000.04.17
六本木で童研メンバーとクラシックギターのライブ。
かまぼうこと鎌田慶昭ライブであった。珍しくピアノとのアンサンブルだ。ヨーロッパから帰国のいさわしと数年ぶりにご対面。おお、お元気そうで。今度またゆっくり遊ぼうね。
かまたライブ。さすがの切れ味。特に「羽衣伝説」は、ぼちぼち名刺代わりの作品と定着しそうで、素晴らしかった。スーパーギター小僧という感じの超絶テクニック。これを聴くだけでも損はないぞ。鎌田慶昭、ぼちぼち古典の曲はもう演奏しなくてもよいのではないか? ちょっとつらかったのは、会場の音響。ライブハウスということで、音の響きが今ひとつだった。まあ、オペラハウスと比べては酷だが。もう少し音響のいいホールで弾かせてげたかったと、ちょっと残念。
次は19日にディキシージャイブのライブ。こちらもすごく楽しみなのだ。
2000.04.16
笹塚・六花亭で久保田千寿。
てなわけで、引っ越しもいよいよ最終段階。運送屋が運ぶ大きな荷物を除いて、すべてを潮見新居に運び終えた。また、膨大な膨大な膨大なゴミを処分した。笹塚には、なーにみない。布団だけだ。とほほ。まったく空虚な空間と化してしまったね、この部屋は。引っ越し本番は22日の土曜日。あと一週間で笹塚ともさよならなのである。
2000.04.15
東陽町の串焼き屋で美女と熱燗。
引っ越し荷物を積んで朝早く初台から首都高に乗る。するといきなり代々木で渋滞だ。あららら、なんだなんだ。ところがそのままぴくりとも動かない。こりゃ事故だね。そのまま40分近くも首都高駐車場。しまいにゃ歩き出す人まで出てきた。どうやら大型トラックの横転事故らしい。雨のカーブ。過積載のスピードオーバーだな。そのうち警官がやってきて、ゆっくりバックして新宿の出口から降りなさいとの指示。停まっていた車が一斉にバックして首都高をのろのろと逆送。おお、首都高をバックで走ったのは初めてだ。何十台もの車が一斉に首都高をバックするなんて、とってもシュールな光景であった。
2000.04.14
自宅で水割り。
新曲のミックスダウンで悩み続けて、結局12時過ぎまで事務所で音楽活動。MIDIではなくてオーディオトラックを複数用意してミックスダウンしようとしているのだが、CPUの処理が追いつかず、しかもディスクが不足してしまって、壁にぶち当たる。うーむ、苦しいなあ。これからいろいろとテストでトライアルしてみるのだった。でも明らかに音質が向上するので、やる価値は大なのであった。
2000.04.13
笹塚・六花亭で久保田千寿。
取材でたまたま会った人がサッカー女子日本代表のボランチ・原さんと判明してびっくり。仕事の取材後は代表フリークと化し「ここからはミーハー質問です」と断って、いろいろ聞いたのだった。ボランチというポジションについては「初めは嫌だったけど、マークがつかないから、一人で持ち上がったときは本当に気分が良くて、今は大好き」。足が速くなくて、試合の流れが読める選手にぴったりのポジションだから「カズもぼちぼちボランチに転向すべき」と言っていた。一番気になったのが、代表ユニフォームで国立に立つとどんな気分か、という完全ミーハー質問。「そりゃもう違います。まるで違います。初めて代表ユニで国立のロッカーに入ったときはしびれた」。代表ユニでの国立、誇りとプレッシャーのどちらが大きいかと聞いたら「誇りの方がだんぜんに大きい。普段以上の力が出てきます」とのことであった。ラグビーはビッグな人に会っても何も思わないけど、サッカー代表選手だと名前も知らないプレーヤーであっても完全に興奮してしまうのであった。
2000.04.12
笹塚・六花亭で久保田千寿。
まったくもって三国人発言の騒ぎは大笑い(サードパーティーと言えばもっと面白かったのになあ)。「日本の良識(笑)」朝日新聞はお抱えの人権派学者を総動員して攻撃している。ばか。石原は「そういうつもりで言ったのではないけど、不快ならもう言わない」って言ってるじゃないの。まずは誤報や書き飛ばしをゼロにしてから言えってんだ、朝日は。こんなくだらんことで騒ぎを起こすんじゃないよ。よくわからんのが反対集会を開いた宮崎学だ。デーブ・スペクターあたりの間抜けぶりは、まあ、さもありなんだが、なぜに宮崎が。ただ単に面白がってのことではないかと想像しているのだが。なにはともあれ、もういい加減こういう言葉におもしろおかしく反応するのはやめにしようではないか。
2000.04.11
笹塚・六花亭で久保田千寿。
俺のメインバンクはあさひ銀行なのだが、ここがインターネットバンキングを始めたもののマッキントッシュお断りという態度だったのでぶち切れたことは以前書いた。このたび、マンションのローンの引き落としを住友銀行で行うことになったので口座を作ったのだが、なんと住友銀行はマッキントッシュでもOK、しかもIEはお断りという素晴らしい態度なのだった。もちろん即座に申し込んだのである。あさひ銀行とは、これでおしまいだな。そもそもなーにがリテールバンクだ。リテールと言いながらマッキントッシュお断りというのは少数派切り捨てであるし、そもそもリテールという金融用語を客向けに使うなってんだ。顧客主義ではないことが、この言葉づかいからもよくわかる。つまり自分たちの取り扱い対象としての発想から出ている言葉だもんね。
ついでにもう一つネタ。宅急便の兄ちゃんに聞いたら、ヤマト運輸の引っ越し部門はずっと赤字らしい。その理由は、不要品処分が持ち出しになっているから。その意味では、俺はまったく歓迎できない客なのだな。
2000.04.10
笹塚・六花亭で久保田千寿。
石原都知事が「三国人」発言。マスコミが一斉に飛びつき、特に「人権派」朝日新聞は例によってエキセントリックな噛みつきだ。おかげで自衛隊による治安維持要請はかすんでしまって、石原都知事は「してやったり」だろうなあ。当然これぐらいのことは計算しての「三国人」発言であるのは見え見えで、まったくもって喧嘩上手な人である。
2000.04.09
笹塚・大黒屋で美女と一の蔵。
その笹塚ゴミマンションからの引っ越し第一弾。大きな家具はヤマト運輸に依頼したが、それ以外の小物は伊豆原くんに助っ人を頼んだのだった。所有物のほとんどがゴミ袋と化したので、運ぶ荷物は案外少ない。それでも2往復は必要だろうと思っていたら、伊豆原運送の車はなかなかの実力者で一度ですんでしまった。うーん、素晴らしい。伊豆原くんには朝早くから手伝ってもらって、とっても助かったのだった。ありがとう、伊豆原運送。潮見邸宅に電話機設置。これで電話も通じる。第一号は、伊豆原くんであった。新たに自転車購入。ところが自転車置き場がとっても大変。うーむ、出し入れが面倒で、これは今後組合にはかって移動を検討せねば。また、呻吟の末、洗濯機も新たに購入することに決定。地元の電気屋に買いにいったが、洗濯機置き場のサイズが不明でリスクが大きいため、来週に持ち越しだ。それから、ベランダに物干しセットを用意。投げ込みチラシに入っていた業者を呼んで30分で完了だ。このベランダには、笹塚ゴミマンションから持ってきたカウンターテーブルを設置。ここは喫煙所にした。そうなのだ、新居は恐るべきことに禁煙なのだ。自主的に決定したことなので、丹後君は、ベランダでタバコを吸って、かの有名なホタル族になってしまったのだった。雨が降ったらどうするのだ。知らないぞ。その時はその時だ。何はともあれ、なんやかんやで引っ越し第一弾は無事終了。だいぶ家らしくなってきた。一方で笹塚ゴミマンションは、ゴミ袋の山だけが残り、しかも布団以外はなーんにもない。家に帰ったら、ほとほと嫌になってしまった。ぼちぼち拠点を潮見に移すか。
2000.04.08
笹塚・六花亭で美女と久保田千寿、その後桜の下の屋台で花見おでん。
笹塚ゴミマンションの片づけが本格化。新居に持っていくものは最小限にするため、迷ったら捨てることを原則にしている。その原則に則って満杯の押入を掃除したら、なんと残ったのはポール・サイモンの楽譜集一冊のみ。あとは、ぜーんぶゴミだった。うーむ。なんということだ。俺はしみじみと情けなくなった。古い手紙や日記もぜーんぶ思い切って処分。大量のゴミ袋と化したのだった。それでもまだ引っ越しは終わらない。笹塚ゴミマンションの11年の生活は、なかなかチャラにならないのだった。
笹塚の駅の近くには見事な桜の木があって、毎年、一年一度のぜいたくだなあと言いながら、桜吹雪の中を歩いたものだった。この桜も今年で見納め。桜の下の屋台に行き、おやじに無理言って外に机を作ってもらって、おでんを食べたのだった。笹塚桜、地味だけどとても見事で美しいのだった。
2000.04.07
自宅で水割り。
予想は大はずれ。すまんかった。なかったことにしよう。ぺいちゃんには「どうなってるんだ」と鋭く追求されたのだった。引っ越し屋はヤマト運輸に決定。中小の引っ越し屋にもあたったけど、どこも融通の利かないやつらばかりで、うんざりしてしまった。
2000.04.06
自宅で水割り。
橋本と小川の一騎打ちがある。今回は生中継ですからね、マジ勝負じゃありませんからね。マジでやったら小川の方が強いのは、体を見ただけでわかるです。新日はこの生中継で視聴率稼いでゴールデン復帰の布石としたいから、格闘色が強い、きっちりしたプロレスをやることでしょう。で、もちろん橋本、涙の勝利ですな。セコンドが適当に乱入し、相変わらず最大のビッグネームの猪木もしっかり乱入し、10分55秒、垂直落下ブレーンバスターで10カウントノックアウト。これはかなり鋭い予想ですね。プロレス的に面白いのは、その前のライガー対健介です。これは必見のカードですね。マジ勝負になるのは、その何試合か前の飯塚対村上でしょう。これはプロレスではなくて喧嘩になる。だから放送開始前に終わらせることでしょう。マジの喧嘩をテレビ中継するわけにゃいかんものねえ。さて、この大予想、当たるか。
2000.04.05
日テレの皆さん、ぺいちゃんと青山SUGINOKOで打ち上げ。
飲みながら発覚したのが「ハッピーアイスクリーム」問題である。なんだなんだ、ハッピーアイスクリームとは。知らないぞ。と思ったら、昭和30年代生まれは知らなくて、40年代生まれは知っていることが判明。40年代生まれにとっては全国的に誰でも知っている言葉らしい。うーむ、うーむ。ハッピーアイスクリーム、大きな衝撃である。これはかなり深いと見たね、俺は。早速gooで検索したら48件ヒット。どれどれ「同時に同じことを言って、一瞬早かった方がアイスクリームをおごってもらえる」という説を発見。ん?筋肉少女帯の歌にも「ハッピーアイスクリーム」というものが。ふむふむ。この問題もっと深く追求せねば。昭和30年代生まれで知っている人、いませんかあ。
と悩みつつ、深く酔っぱらって帰ったら、ぺいちゃんに傘を預けっぱなしにしてしまった。えろすんまへんでした。
2000.04.04
自宅で水割り。
長野まで日帰り出張。北アルプスが雪をかぶっていて、それはそれはきれいであった。家に帰ってからは、例によって後かたづけ。大量の本の整理がやっと終わる。岐部古書店に送るものは送って、不要な本はすべてゴミの日処分だ。ふう。引き続き押入やキッチンの片付けをやらねばならぬのだった。
2000.04.03
自宅で水割り。
ヤマト運輸に電話して、引っ越しの見積もり依頼。金曜日に来るらしい。仕事だから朝一で来いよなと言ったら「9時半に電話して決めさせてもらいます」との返事。お前は役所か。このタコ。一応22日の引っ越しということで頼んでおいた。その後やってきた宅急便の兄ちゃんに聞いたら「高くはないけど、他の引っ越し屋の方が絶対に安いから合い見積もり取った方がいいっスよ」とのことであった。そうか。なんという非熱心な営業であることよ。ここは金曜日のヤマト運輸引っ越し担当の態度と対応、見積もりによって発注かどうかを決めさせてもらおうじゃないの。
2000.04.02
笹塚・六花亭で美女と久保田千寿。
引き続き引っ越し代作戦。家具と冷蔵庫が到着。ガス屋もやってきてガスが使えるようになった。笹塚はなかなか片づかない。まったくもって腹の立つほどのがらくただ。がらくたとは言え、でも例えば昔の日記とか手紙とか、捨てるに捨てられないものも山ほどある。基本方針は迷ったら捨てること。よって、夜、酔っぱらった勢いで中を改めることもしないで一気に捨ててしまうのだった。潮見邸宅から窓を眺めると、ちょうど正面、お台場方面に夕日が沈んでいった。それは見事な眺めなのであった。笹塚の電話、本日で移転。よって当分自宅からアクセスはできない。オーディオも運んだので、音楽も聴けない。携帯だけが唯一の音ものなのであった。さて今後は平日の夜にできるだけ段ボール詰めを行い、土日で一挙に運ぶという作戦である。ぼちぼち引っ越し業者を呼んで見積もりも取らなければ。廃品処分が山ほどあるのだった。
2000.04.01
エイプリルフールに笹塚・六花亭で美女と久保田千寿。
いよいよ笹塚撤去計画の本格スタートだ。引っ越し屋はまだ手配していない。ともかく自分の車で運べるだけ運んでしまおうという作戦だ。その前段階として荷造りを始める。改めて思うのが、あきれるほどのがらくたの多さよ。うんざりしてしまったのだった。潮見の邸宅にはクーラー屋がやって来てクーラーがついた。昼には会場にいって内金を払い、9/15で正式決定である。笹塚の桜がぼちぼち咲き始めた。この桜とも、今年でさらばなのだ。
2000.03.30
秋田出張。コンビニで酒買って部屋で飲む。
秋田市内から特急でさらに1時間だから、遠いのなんの。やれやれ疲れた。周囲は何もない。寂しいもんでありました。
2000.03.29
自宅で水割り。
オリンピックとニュージーランドの親善試合。まあ、楽勝だな。特に見るべきものはない。こんな相手じゃなくてアウェーで強豪とやらせろという猿知恵監督の発言は極めて正しい。協会は言うことを聞くように。ついでに監督を替えるように。当然しっかりとベンゲルには話をつけてあるんだろうな。まとまっていませんでしたなんてことになったら、切れるからね、あたしゃ。
2000.03.28
渋谷の河童で美女と焼き鳥。
一日仕事を休んで一挙に片付ける。まずはマンションの引き渡しだ。担当の女が花粉症でぼけっとしていたのでにらみつけてやる。無事に引き渡して続き終了。大急ぎで現地へ向かい、潮見マンションでカギの受け取り。なんやかんやと手続き後、ようやくマンションが自分のものとなった。堂々と自分のカギで初めての入室だ。ふう。まず一祝。
これで安心してはいけない。登記のためのやこしい手続きがあるので、大急ぎで区役所へ。転入手続きと印鑑登録を同時に行う。えらく待たされたが、無事終了。これでおれも江東区民だ。江東区役所、やたらフレンドリーで感じがよかった。これで二祝。
大急ぎでラーメン食って、会場の下見。問題ないので、OK。日程は9月15日・敬老の日。わかる人はわかると思うので、なにげにご予定くださいませ。これで三祝。
さらに大急ぎで市ヶ谷の司法書士事務所へ。書類を提出して登記手続きを依頼する。ここを遅れると、すべてがパーになるので、大変なのだ。無事に提出できて、ようやくマンションの手続き関係がすべて終了。やれやれ。これで四祝。
またまた大急ぎで渋谷のビックカメラへ。激しい雨の中、ビニール傘150円という値段にびっくりしつつ、店内へ。冷蔵庫を購入。ボイスメモと液晶でメモが残せるというまったく間抜けな機能のついた冷蔵庫を買った。引き続き、布団も購入。ポイントは3万点までいった。音源もだんだん近づいてきたぞ。これで五祝。
以上、一日でまとめて五つもの祝を達成するという荒技をやり遂げる。まったくもって大忙しの一日だった。最後の最後に五つ分の祝に乾杯。はああ、これであとは一直線なのだ。
2000.03.27
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
いやはや、またまた激多忙だ。なんでこうも波があるのだろう。フリーの運命だな。どたばたと突進するのだ。わしわしと稼ぐのだ。
2000.03.26
美女と台湾料理屋でビール。
食器棚とダイニングテーブルを購入。わははははと笑えることに、在庫がなくて、テーブルが先に届き、イスはずいぶん遅れて届くことになったのだ。しばらくはイスなしのダイニングテーブルのみという間抜けな状態になる。大笑い。まったくもってやることがちぐはぐなんだよねえ、俺ってば。それはともかく、久しぶりに潮見を見に行く。春の日差しが運河にきらきら反射して、なんとも言えずのんびり気分なのであった。さて、もうすぐ引き渡し。ますますますます忙しくなるのであった。
2000.03.25
某所で某宴会。
疲れたけど楽しい、嬉しいけど頭パニックの宴会が開催される。ああ、あわただしいどたばたの春が過ぎていく。
2000.03.24
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
内田君が打ち合わせのために事務所にやって来た。今年になってからずっと歯医者に通っているらしい。ともかく奥歯ががたがたなのだそうだ。ついでに前歯もやばいらしくて、これは保険がきかないからきついなあとぼやいていた。でも去年は入院し、今年はずっと歯医者に通っているから、健康保険のもとは取ったと自慢げであった。
2000.03.23
自宅で水割り。
岐部古書店様。そうすか「めぞん一刻」ご所望すか。えへへ、ありますとも、全巻。事務所の押入の中にぜ〜んぶそろっておりますです。名作ですなあ、あれは。もちろんお送りします。第三陣あたりになると思いますが。あ、「二丁目」は、ないです、すんません。しかし、段ボールに詰めるまではなんとかなるものの、車に積もうとすると気力がなえてしまってなかなか運べません。しばしお待ちくださいませ。以上、丹後堂より。
続いて風組より。新曲のアレンジがほぼ完成。このボーカルは俺なのだ。俺のため、ボーカルがどうにもうまくないので、これから何度か歌い込んで録りなおしだ。曲には自信あるけど、ボーカルがなあ。新アルバムの完成目標は7月。うーむ、果たしてできるのだろうか。ぼちぼち「ピエロのルポポ」にもとりかかる予定だ。
2000.03.22
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
朝から住友銀行で契約。言われるままに書いて言われるままにはんこを押す。ここのとうころ、一生分の実印を押しているような気がする。書類に記入する時には厳しい役人顔だった銀行マン、マネープラン相談のセールスになると途端ににこやかな営業顔になるのがおかしかった。終了後、東京駅大丸でちょっとした買い物。高くはないが、大きな買い物だった。さて、何でしょう。
夜は、岐部古書店に発送するために自宅の本の整理・段ボール詰め。既に3箱送ったが、続いて5箱をまとめる。コミックはせめて同じシリーズごとにまとめたいと思うが、途中が抜けてて後で見つかったりする状態。「YAWARA」は全巻出てきたが、最終巻だけ買っていなかったのだった。古書としての値打ち、半減。岐部さん、愕然として最終巻だけ探し求めてさまようのだろうか。それにしてもコミックを整理していると、おお、これはどんなマンガだったっけて思って、つい読み始めたりする。引っ越しの定番なのだが、それでは作業は進まないと厳しく自戒しつつ、せめてこれだけと自分に言い訳しながら、高橋留美子の短編集を読んでしまった。
2000.03.21
自宅で水割り。
世田谷区役所代沢出張所で転居届の手続き。最近の役所って8時半から営業してるのね。知らなかった。引き続き笹塚の日立不動産で自宅の解約手続き。ついでに駐車場の解約手続き。11年も住んだから内装は当然すべてリフォーム。そのため敷金は戻らないだろうとのことであった。しょうがないわな。フリーになった当時、笹塚の駅で大量の人が降りるのを見て「絶対ここに住んでやる」と思ったものだった。ここの暮らしもあと一カ月強。まったく予定していたよりもずいぶんと長く住んだものだ。
2000.03.20
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
モニターが昇天しちまったもんだから、ビックカメラに買いに行く。朝一番で行ったつもりが、まだ開店していなかった。ちっ。10時に売場に飛び込み、一番安いやつをよこせという。店員「はは、これが一番安いです」と聞いたことのないモニターを示す。ならばそれをただちによこせと命ずる。店員、大喜びしつつ「でも在庫がないんです」。このドたわけめが。「じゃあ、こっちがその次に安いです」。ああ、わかった、ならばそれをよこせ。店員、にこにこしつつ「でも、これも在庫がないんです」。このすっとこどっこいがあ。結局3番目に安い三菱のモニターに決定。ああもう、まったくここの店員は。念のため、ケーブルは15ピンの2段だからなと確認したら「それならコネクターが必要でございます。お買いになりますか?」。あったりめーだろうがあ。とっとと包め、勘定しろ。祝日の朝からぜいぜいはあはあ言いながら買い物したのであった。
2000.03.19
美女と新宿の沖縄居酒屋。
うーむ、引っ越しのこと、銀行との契約の準備にマンション引き渡しの準備、役所の手続き、さらに金の工面をしたりとまったくもってやるべきことが山ほどあって、既に目が回っている。とりあえず片っ端から目の前のことを一つずつ片付けていくしかないわけで、ため息をついている場合ではないのだ。準備は早め早めにと思っているのだが、なんせ春の陽気に頭がぼけてしまっているので、何かとんでもないことをやらかしそうで恐ろしい。しかし俺は負けないのだ。戦うのだ。勝利するのだ。と気合いを入れつつ、壊れたモニターをじっと見る。あっ、引っ越し屋を呼んで見積もり取らないとっ。
2000.03.18
童研えーじ画伯、美女と千住大橋の居酒屋で焼酎。
昼は入院している叔父の見舞いに横浜の病院へ行く。受験の時、この叔父の家に一週間泊まり込んだのだった。合格を知ったとき、自分のことのように大喜びしてくれたものだ。だいぶ回復の方向に向かいつつあるということで、心底嬉しくなる。少しでも元気づけてあげられたならいいのだが。夕方は、千住大橋で画伯の会社へ。バーゲンだったのだが、あれも買おうこれも買おうと考えているうちにパニックになり、結局二つしか買えず。うーむ、俺は買い物が下手だなあ。その後、地元の居酒屋。あれ、改めて考えてみたら、画伯に会うのは今年初めてではないのか。画伯の長時間通勤を聞いて、びっくり。お父さん、頑張れ。
2000.03.17
西麻布マグナシーで童研いずーとドバシナイト。
当初は予定していなかったのだが、思いの外、仕事が順調に片づいたので急きょドバシナイトに駆けつける。いずーが澄まして座っていたので「なにかっこつけてんだよ」とどつきながらカウンターに。ドバシせんせ、本日はJ-POPがメインか。お気に入りのシュガーベイブ系が中心だ。俺の高校時代、荒井由実と五輪真弓がほぼ同時にデビュー。大方がユーミンをほめるものだから、生来の天の邪鬼によって(なんせB型のマックだもんで)ならば五輪を聴くのだ、と間違った道を走ってしまった。あの頃に真剣にユーミンを聴いておけば、この独特の都会的転調のセンスや、7度を駆使したメロディーラインなどを早くにマスターできたのになあと思いながら、酒を飲む。
2000.03.16
童研いずー、美女と浅草HBで恒例のディキシージャイブのライブ。
いろんな音楽を積極的に浴びているいずーくん、初めてのジャイブであった。ライブ後は会社に戻って仕事というのだから、とんでもないタフネスぶりだ。
客席はいつもより少なくて8分の入り。演奏は相変わらずのぶっとびだ。二回目のステージでは俺のリクエストに応えてくれて「世界は日の出を待っている」。なんだなんだ、ジャックのバンジョーは。すさまじい切れ味だ。この曲ではバンジョーとドラムのバトルが売り物。バンジョーがドラムと張り合ってしまうんだから、こりゃたまらん。いずーは目が点。一言「すげえ」と言ったきり絶句なのだった。どうだ、これがバンジョーだ。同じく二部では初めて聴くナンバー「茶色の小瓶」を演奏。心地よい落ち着いた演奏だった。これの日本語訳があって、今の俺の気分にぴったりの幸せな歌だもので、演奏に合わせてこっそり歌ったのだった。これはギターが弾けるので、今度演奏してみよう。二部の最後は「ザッツ・ア・プレンティ」。これは中島おじいの延々と続くドラムソロがメイン。さにかくこのおじいのドラムは、人に元気を与える。勇気をくれる。こんなドラム、他では聴けないのだ。わっはっはっと笑いながら、赤い顔をして楽しそうに気持ちよさそうにダイナマイトドラムを叩き続ける。あんなじいさんになりたいなあと思わせてくれる、誠に素晴らしいドラムなのだ。
休憩時間にはジャックに強引に酒をおごる。本名は西田であることが判明。「本名呼ばれるとずっこけるんですよー」と笑っていた。
三部では「私の青空」も出た。いい歌だなあ。まったくジャイブの音楽を聴いていると心底幸せになる。ほんとに素敵なおじさんたちなのだ。いずーは「これは絶対に聴いても損しない。来月も絶対に来る」と言ってくれた。よかったよかった。驚いた、ぶっとんだを連発していたいずー。また来月も行こうね。こんなに素敵なライブ、もっとたくさんの人に聴いて欲しいなあ。岐部さん、早くおいでよ〜。
2000.03.15
乃木坂の居酒屋でぺいちゃんにおごってもらって日本酒たらふく。
稲本と松田が非常によかった。松田は昔からお気に入りだったので、とても嬉しいのだ。稲本はさすがの切れ味。たいしたもんだ。小野はどうしたんだ。それよりなによりなぜ望月なんだ。やっぱり猿知恵の考えることは猿並みだ。中田は別格。今さらほめるのは失礼である。城ゴンはもういらない。特に城は消えなさい。
それはともかくとして、デュアルで並べている17インチモニターが突然昇天。これはぺいちゃんから強引に借りていて返さないでいたものだ。壊れたのでもう返すと言ったら「いらねえよ」と言われてしまった。うーむ。
2000.03.14
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
あら、ほんとだ。確かに1年前の今日、岐部さんが上京して、さとちゃんと三人で笹塚で飲んだんだ。この日は確か日中に麻雀帰りの親分とか順さんとかにも会ったのだった。しかしほんと、1年後に新居への引っ越しの心配をするようになるとはねえ。しみじみ。などとしみじみしている場合ではなくて、ぼちぼち引っ越しの準備をせねばならぬのだが、岐部さんに本を送るためにとりあえず本の山の処理から開始だ。で、問題は段ボールだ、段ボール。どこで用意すればいいんだ? わからないのでとりあえず資源ゴミの回収に合わせてあちこちで拾ってみたりしているが、ほとんど浮浪者だな、これでは。うーむ。何かいい手はないのか。
2000.03.13
自宅で水割り。
岐部さんの二番目の娘さん、高校に合格とか。やれ、めでたい。まずはよかった。考えてみれば久々に岐部さんに会ったのが昨年の2月。朝ご飯の食卓にいて、駅まで見送りに来てくれたあの娘さんだ。岐部さん、いい家庭を作ったのだなあとしみじみ嬉しくなったものだった。何はともあれ、よかったよかった。お父さん、まだまだ頑張って稼いでね。たまにはジャイブも見に来てね。あ、「ハロー!張りネズミ」いります?
2000.03.12
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
せっかく始まったJリーグを見る余裕もまったくなく、新聞で結果を知る。そんなことはともかく、実家ではユリの球根を食べた。えらくうまかった。今年は春が遅くてふきのとうは間に合わなかったが、これから山の幸やら畑の幸やらが山ほど食べられる。GW頃にはちまきが絶品。うう、思い出しただけでよだれが出てきて、早く食いたい。
2000.03.11
実家へ里帰り。三人の甥っ子に囲まれて遊ばれてたいへんに和やかな。終わらない恐怖のエンドレスばば抜きやら、茶の間でのだるまさんがころんだやら。ぐったりしつつも穏やかな春の休日なのであった。わかる人にはわかるであろう、ま、そういう一日。
2000.03.10
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
しかし、客であるぺいちゃんは、まったくよく働く。とんでもないハードワーカーぶりで、あきれかえるほどだ。日中は打ち合わせで飛び回り、夜はデスクで作業、明け方に帰って昼にはまた飛び回っている。ついでに時々市原臨海までジェフの応援に駆けつけている。いやはや、たいしたもんだ。何がここまで彼を駆り立てるのだろうか。俺もどちらかというとハードワークで売ったものだが、最近は体力がなくなって。少しは見習わなければと思いつつ、昼飯食ったら机でつい鼻提灯なのであった。
2000.03.09
自宅で水割り。
ここのところ六花亭に顔を出す余裕もないほど忙しいのであった。街ではぼちぼち卒業式のはかま姿を見かけるようになった。俺の卒業式は、どんなのだったろう。不思議なことにまるで覚えていない。既に就職して働いていたせいだろうか。久しぶりにあった連中のスーツ姿を冷やかしていたことだけぼんやりと覚えているのだった。まあ、きっと式なんかどうでもいいと思って、適当に参列していたんだろうな。
2000.03.08
自宅で水割り。
やれやれ、どうやら無事に公庫の審査が通ったらしい。とりあえず一安心だ。これで潮見マンションが新居に決定だ。決定はいいんだけど、これからまたやたらとややこしい手続きがあるらしくて、残りの金を払ったり、山のような書類を書いたり、住友銀行まで行って借用書のようなものを交わしたり、長谷工まで行って引き渡しをしたり、現地でカギをもらったり、役所で住民票移転と印鑑登録の手続きをしたりと、やんなきゃならないことがやたらとあって、しかもそれを全部いついつまでにやれという具合に期日まで指定されているものだから、既に春の陽気にぼけてしまった頭はパニック状態である。加えて一方で自宅の引っ越しの手配をしたり、不動産屋に退去の手続きをしたり、岐部さんに古本を送ったり、代表の試合を応援したり、あ、そうだ、仕事も片付けたりと、これまたどこから手を着けたらいいかわからん状態だ。こうも一方的に事態が押し寄せてくると、この弱い頭は発狂寸前なのだが、とにかく自分を奮い立たせて負けるもんかという勝負モードに突入してちぎっては投げていくしかなかろう。ないのだ、そうなのだ。とりあえずは大量に送られてきた書類の整理から始めるのだ。そうなのだ。
2000.03.07
自宅で水割り。
まったくもって今年はいろいろと大騒ぎが続いていて、いやはや、あっという間に3月なのであるが、今は少し落ち着いているのだった。もっとも4月には再び大騒ぎなのだが。うまくしたもので、プライベートが落ち着いたら仕事が一気に大騒ぎになって、いやはや、やれやれ、どっこいしょなのだ。原稿の山と格闘する毎日が続いているが、これがやってもやっても片づかない。しかしローンを抱えてしまった身には、戦い続けなければならないのであった。
2000.03.06
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
税理士と確定申告の打ち合わせ。売上ダウン、経費削減。よって所得はほぼ前年並み。喜んではいられないのであった。マンション関係の税金はいろいろとややこしいらしくて、さっぱりわからん。すべてお任せなのだ。これから無駄遣いはやめますと言ったら「言わせてもらえば、私もそう思いますよ」と言われてしまった。うーん。じっと手を見る。ともかく俺の30代はなかったことにするのだ。これから新しい30代をやり直すのだ。あとは、四谷税務署との戦いに挑むだけなのだ。
2000.03.05
渡辺家でビールにワインに日本酒。
渡辺さん夫婦は月末に初めての赤ちゃんが産まれる。ご挨拶とさまざまなお祝いを兼ねて、笹岡さん、美女とともにおじゃました。旦那さん、それなりに緊張されていたようだったけれど、話がうまくて、とっても優しい人だった。異動に伴う送別会と出産予定日が重なって困った困ったと言っていたけれど、しみじみと幸せそうで、よかったなあと思った。酔うほどに緊張から解放されて楽しそうに話す旦那さんを、奥さんがにこにこと見ていて、とってもいい夫婦なんだなあと感心。ちっちゃい笹岡さんは、お酒が強くて、夜の街を自転車に乗って帰っていった。激動の1月2月が過ぎて、3月はとってもステキな月になりそうな予感がしている。
2000.03.04
御苑の台湾料理屋で送別会。
アメリカへ行くえりこと、奈良へ行く洋子ちゃん。二人の送別会だ。おばさんたち、みんな元気でね。しかしみんなよくしゃべるしゃべる。会った途端、学生時代の友達に戻るのだろうなあ。
2000.03.03
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
雛祭りである。最近では雛壇が復権しているとか。そうかそうか。おれんちは男ばかりだったので、雛祭りは関係なかったなあ。
2000.03.02
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
渋谷のビックカメラ(使えない店員が9割)では羽毛布団を売っている。もちろん冷蔵庫も売っている。カーテンも売っている。なるほど。布団と冷蔵庫とカーテンを買えば、ポイントがけっこうたまるぞ。これを活用して音源を買うという作戦がいいのではないかと考えた。人間、窮地に陥って本気で考えればいい知恵が生まれるという見本のようなアイデアだ。えへへ、どんなもんだ。
2000.03.01
自宅で水割り。
日帰り出張で四国・松山へ。帰りに乗ったタクシーのじさまがよくしゃべるやつで、まいったまいった。今年の四国は雪が降ったそうで「閏年でのうて、狂う年じゃあ」とギャグっていた。帰りの飛行機には、走って飛び乗った。おかげで予定より3時間も早く帰ってこられたのだった。ラッキー。
2000.02.29
美女と七輪亭。
わははは。閏年のY2Kで問題発覚だ。なんと携帯電話の日付と曜日が思いきり狂ったのだ。やったぜ。同じ機種を持っている事務所娘のは正確なので、ライン違いだろうな。さて、どうしてくれよう。ホームページでクレーマー騒ぎを起こして、松下から冷蔵庫でもせしめてやろうかなあ。
2000.02.28
自宅で水割り。
渋谷へ行ったついでに道玄坂のヤマハに寄る。ここは楽しい店なのだ。暮れに出た音源MU-2000の前で指をくわえながら呆然とたたずむ。うう、欲しいなあ。10万。うう、金ないなあ。冷蔵庫にするか音源にするか。当然冷蔵庫だ。ダイニングテーブルにするか音源にするか。当然テーブルだ。うう。プライオリティでは相当に下位に来るのが音源なのだ。音源では氷もできないし食器も並べられないものなあ。どこかに音源付の冷蔵庫、格安で売っていないかなあ。
2000.02.27
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
禁煙は…なかなか目論見通りには進まないのであった。歩きながらのタバコと、パソコンしながらのタバコはなくなって、確実に本数は減っているのだがなあ。なにしろ毎晩飲んでいるため、酒が入るとどうしても吸いたくなってしまって。うーむ、意志の弱いことだ。なかなか次のステージに進めず、少々自己嫌悪気味。
2000.02.26
新宿・すがわらで美女と寿司。
大塚家具へ家具を見に行く。うーむ。家具の価格設定って一体どうなっているのだろう。高いモノはとんでもなく高い。テーブルならテーブルの機能しかないのだが、機能が同じで価格にこれほど差があるとは、不思議だ。欧米ではとても素晴らしい家具を二代、三代と世代を超えて受け継いでいくものらしい。ということを、俺もよく原稿に書くのだが、しかし、それはそんなに素晴らしいことなのだろうか。それはそれで一つの価値観であって、だからわたしたちも欧米並みのライフスタイルにしましょうというのは、短絡過ぎるなあ。エコ問題か? ペットボトル飲料を日常的に飲みながらあきれるほどの残飯を捨て、山のようなカレンダーを年末に捨てて紙資源を平気で浪費している日本人に、それは説得力がないなあ。なんでもかんでも欧米ではという発想は心が貧しいのではないかと思う。てなことを考えながら、あくまで機能中心で、価格も納得できる安い家具にすることを決定した。それにしても大塚家具。わかってはいたが、会員制の販売システムや、受付を通らないと店に入れないなど、家具屋のくせに偉そうではないか? 以前からここの販売姿勢には疑問を抱いていたが、いずれここの商法は破綻するとにらんでいる。
2000.02.25
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
引っ越し大作戦に備え、ぼちぼち準備開始。とりあえずは大量のゴミ処分だ。燃えないゴミの日ということで、役立たず冷蔵庫周辺のビンやらカンやらをどばっと捨てる。ゴミ袋4つにもなったが、ちっとも片づかない。いかにゴミ屋敷だったかということだ。懸念していたアダルトビデオの行方は、一括してボロボおじさんが受け取ってくれることになった。「しょうがねえなあ、もらってやるか」と言いつつ、おじさん、うれしそうだった。本は、岐部古書店に一括発送が決定。これはこれで荷造りが面倒なので、岐部さん、ちっくら待っててください。せっかくだからどさくさにまぎれてアダルトビデオの何本かも紛れ込ませようかと画策中。
2000.02.24
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
仕事で渋谷に行く。駅前にでっかいホテルができていてびっくり。山姥は見かけなかったので、ちょっとホッとした。しかし相変わらず落ち着かない街だなあ。雪がちらつく雑踏の中を、足早にそそくさと抜けたのであった。
ところで岐部さん、やっぱりそう来ましたね。ならばご要望にお応えして、来週あたり、お送りしましょう。ただしやるとなったらやる性格です。有象無象、玉石混淆、異種格闘技。ともかくなんでもまとめて大量に送ってしまいますからね。古書店・岐部。うむうむ、これでいこう。
2000.02.23
美女と新宿「お多幸」でおでん、その後、近くのバー。
あ、岐部さん、本の山、引き取りにきてくれませんか。マジで。車で来て、どれでも好きなものを持っていってください。思い切って99%の本を処分する予定です。中には、天童慎など、ミステリー関係の幻の作品も多数あり、自分でもこりゃあお宝の山だなあと思っています。昨日まではゴミの山だったけど。手元に残しておくのは、資料性の高い本と、思い入れの深い本のみ。あとは、まとめて古本屋です。その前に岐部さん、引き取ってくださいませ〜。おでん、おごるから。
2000.02.22
自宅で水割り。
引っ越しに備えてぼちぼち準備を始めるかなあ。と思って部屋を見ると、うーむと頭を抱えてしまう。使えないがらくたばかりだ。ほとんどがゴミ処分だ。どうやって捨てるのだ。ゴミの日でいいのか。それもよくわからない。ともかく俺の30代は、要はゴミだったのだなと、改めて痛感した。よし、30代はなかったことにしようと、酔っぱらった頭で決定。ともあれ、ゴミ処分大作戦だ。まずは大量の本の山からだ。古本屋にたたき売りだあ。
2000.02.21
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
街角でサラ金配っているティッシュのお姉さん、あ、間違えた、ティッシュ配っているサラ金のお姉さんだ。この寒いのに朝早くから大変だなあといつも感心する。あれって、やっぱり支店の中でローテーションで当番が回ってくるのだろうか。風邪を引いていたら、つらいだろうなあ。でも、時間外手当がつくんだろうなあ。ティッシュが欲しいときに限って配っていないというのも、不思議の一つだが。
2000.02.20
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
アジア大会予選突破。ご苦労さん。なんつーアホらしい戦いじゃ。もう知らん。
小雪がちらつくが、季節は確実に春に向かっている。実家の新潟では一年で一番寒時期をそろそろ脱しようかという頃だ。これから3月に入って雪が溶け、道路がべちゃべちゃになり、日差しが暖かくなってくると、春を迎えた喜びというものがじんわりとわいてくる。風は冷たくても、よく自転車に乗って友達の家まで走ったものだった。一年で一番好きな季節が春。特に連休明けの5月初旬はとても美しくて好きだ。
2000.02.19
居酒屋・連山で美女とツーショットで久保田。
新居の契約。名前はルネ・グランマリーナ潮見。3LDKの216号室。最終分譲のキャンセル物件という、まあ、山手線の最終に走って間に合ってようやく家に帰れたというような物件である。この日までに手付け金を支払い終えて、重要事項説明やらの儀式。その後、実印を押して契約書を作る。公庫の審査が通ったら自己資金の残りン百万を払わないといけない。これを払うと、文字通りのすっからかんなのだ。取引先各位様、引っ越しご祝儀で仕事をくだせえ。契約終了後、公庫の申込書等に記入。もう、何がなんだか、さっぱりわからんまま、言われるままに書く。4月になったら家具をそろえたり、引っ越しの準備をしたりと、もう、あたふただ。何をどうすればいいんじゃあと叫びつつ、それでも事態はずんずん進んでいくのであった。
2000.02.18
笹塚・六花亭で久保田千寿三杯、自宅で水割り。
今日は一箱しか吸わないぞと決心するものの、結局一箱半だった。意志の弱い軟弱男なのである。それはともかく、トルシエ解任の方向へ動きだし、ベンゲル就任も可能性が出てきたようだ。早く来てくれえ、ベンゲルさまあ。歓迎いたします。あ、ネルシーニョでもいいや。
2000.02.17
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
お客である内田君(通称ウッチー)も現在禁煙にチャレンジ中らしい。「家で吸わない」「会社の机で吸わない」「外出中は吸わない」というルールを決めて、現在一日10本をキープしているそうだ。と言いつつ、「一本ちょうだい」と俺からもらいタバコをしていた。
2000.02.16
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
加藤君がこのホームページをチェックしていて、ディキシー・ジャイブに興味を持ったようだ。なかなかよろしいことである。加藤君は、とってもいいやつなので、みなさん、よろしく。
それはともかくとして、軟弱にもソフトランディング戦略でいくことにした。とりあえず無用の本数を減らすということで「歩きながら吸わない」「朝の一服はなるべく遅く」「原稿作業中は手元に置かない」という作戦を立てた。これによって徐々に本数を減らすのである。うまくいったら次は「吸いたくなったら一箱買って、残っても箱ごと捨てる」作戦だ。どうだろう、この甘い計画は。
2000.02.15
ぺいちゃんと台湾料理屋でビール。
やれ、うれしや。おごってもらっちゃった。この勢いで冷蔵庫もおごってくれないかな。なにしろ冷蔵庫、役立たずだからな。
昼は住友銀行八重洲通支店で管理費引き落とし用の口座開設。うーむ、これでいくつの銀行に口座があるのだろう。だんだんわかんなくなってきた。どうも二つを超えると事態の収拾がつかなくなる頭らしい。
2000.02.14
バレンタインなもので、美女と韓国料理屋。
公庫のローンを組むのに納税証明が必要だというので、宿敵の四谷税務署に出向く。敵意むきだしだと意地悪されちゃうから、表面上は極めて友好的に、しかし個々の奥底では刃を磨きながら、乗り込んだのだ。係に聞いて申込書を書く。ふん、ちょろいもんだ。と思ったら、なんと印鑑を忘れていたことに気づく。ああ、戦う前から既に俺の敗北は決まっていたのか。がっくりと肩を落とし、トコトントコトンと歩いて印鑑を取りに戻ったのだった。
2000.02.13
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
んがあ。なんでアジア大会だっちゅーのに衛星放送でしかやらないんだよっ。おれんちは衛星が映らないんだってば。そんなことも、まだわからんのか。まったくもう。あげくにシンガポール相手に3-0? あきれかえってものも言えませんね、わたくしは。
2000.02.12
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
次から次へと仕事がやって来て、あれをやらなきゃ、こっちも片付けなきゃという状態だ。なのに一方ではいくつかのビッグプロジェクトも同時進行で、まったくもって目の回るような多忙さである。しかしまあ、ぺいちゃんがメールで言ってたように、物事が自然と運ぶ時ってのは、こんなものなのだろうなあ。なにはともあれ、住民票だ、納税証明だと用意する書類がやたら多く、いつまでにいくら用意しろという金の工面もあり、マンション一つ買うのって、こんなに大変だと思わなかった。もっとも大半はローン関係の手続きなのであって、現金一括払いのお持ち帰りならこんな面倒なことはないのであった。うむむむ、マンション買うなら現金で。これが本日の教訓である。
2000.02.11
美女と御苑の韓国料理。
潮見は東京駅から京葉線で3つめ、7分の駅である。まわりはなあんにもない。倉庫やらが建ち並んでいるだけだ。商業施設は駅近くのコンビニのみ。東陽町まで車で10分といったところか。とても歩いては行けない。この潮見駅から徒歩1分のところに完成したのが、ルネなんとか潮見という大規模マンションである。駅1分なのに440戸もあるというから驚きだ。ここで最後に出たキャンセルの3LDKの購入を決定。78平方メートル。駅に近いだけが取り柄の、まわりはなあんにもないマンションである。予定通りローン審査が通れば、3月末には引き渡し・入居である。春になったら新しい暮らしが始まるのだ。
2000.02.10
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
えーじ画伯が本格的な花粉症になったそうな。そういや、作詞家・桑原永江先生もたいへんな花粉症持ちであったな。というわたくしは、花粉症とはまったく縁がない人生である。今年の花粉症はなんだかえらくすごいという話だが、まあ、皆さん、なんとか乗り切ってください。花粉症とは「バレンタインの頃に始まり、ひなまつりでピークを迎え、こどもの日で終わる」と覚えるといいと日刊ゲンダイで読んだな。
2000.02.09
浅草HUBで美女とディキシージャイブのライブ。
う〜む、今夜はすごかった。今までで一番の飛び方ではないか、ジャイブ。一回目のステージから既に客席は満員。これに気分をよくしたらしく、乗りまくりだ。ジャックのバンジョーが超絶ソロを聴かせれば、中島おじいが太鼓がやぶれるのではないかという迫力のドラムをかます。最初のステージではディズニーの「ハイホー」を披露。二度目のステージでは、ジャズの名曲「スイート・ジョージア・ブラウン」をディキシーアレンジで。驚いたのは「いい日旅立ち」をディキシーアレンジでやったことだが、なんとこれ、ぴったりはまっちゃって驚いた。「世界は日の出を待っている」「私の青空」「黒い瞳」「タイガーラグ」と、ビッグタイトルばかりを立て続けに聴かせる。「世界は〜」のジャックのバンジョーは、すさまじくてすさまじくで、ぶっ飛んだのだった。それにもまして、今夜は中島おじいがすごかった。演奏が始まったというのに客に酒をねだるじいさん。それを見たコルネットの下馬父さんが「中島さん、飲んでる場合じゃないですよ」とちょっかいを入れる。そんなシーンもとても楽しかった。ああ、絶対に一番前で見たいなあ。でも、二人だといつも後ろの籍になっちゃうんだよなあ。岐部さんが来てくれれば、三人掛けの前の席に座れるのになあ。
それはそれとして、来月のジャイブは16日(木)。この日には、童研メンバーをご招待したいと思いま〜す。ご都合のつく方、ぜひ参加してください。絶対に損はしません。詳細は近く部会情報にアップしますね。
2000.02.08
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
香港にPK勝ちい〜? このドたわけめ。あいた口がふさがらんとは、このことだわい。土下座してギャグの一つでもかましながら謝ってみろってんだ、このすっとこどっこいの猿知恵監督めが。しょせんおまいは、オリンピックまでの監督だわさ。さあ、とっととベンゲル連れてこい。
てなことは別にして、あらま、岐部さん、風邪ですか。困りましたなあ。うーん、それで確かにディキシージャイブに繰り出してはしゃれにならんなあ。どうぞお大事に。ちなみに来月は16日(木)なんすが、なにとぞ予定をば。秋などと言わず。
2000.02.07
自宅で水割り数杯。
マンションを探し中である。安くて、広くて、便利で、かっこいいマンション、誰か知りませんかあ。まったくよくしたもので、ちょうどいい物件というものはなかなか見つからないものだ。雑誌の住宅情報をぺらぺらとめくっては現地を見に行くのだが、なかなかフィットするものがない。んがしかし。わたくしは妥協しないのである。男は安易な結論に走ってはいけないのである。あ、こら、そこのぺい。この日記をネタに人のことを笑いものにするんじゃないぞ。
2000.02.06
美女と新宿御苑の台湾料理屋。
カップ戦とは言え、国際Aマッチでメキシコに0-1。一昔前なら「惜敗」「大健闘」「金星目前」と絶賛だったのに、日本も強くなったものだ。しかーし、猿知恵監督のコメントには激怒だ。だれが一発ぶん殴ってやってくれんかのう。そんなことより、岐部さん、今週の水曜日、待ってますだ。
2000.02.05
湯河原シーサイドマンションで童研の鍋部会。
果てしなく飲み続け、超絶ギターを至近距離で聴き、途中で記憶がすっかり飛んでしまっているが、はあああ、とっても楽しかったです。みなさま、ありがとうございました。
2000.02.04
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
いさわしの帰国が確定。やれ、よかった。めでたいめでたい。何年ぶりになるのだろうねえ。帰ったら、何はともあれ、歌ってくださいねえ。一方、えりこ@「夢のつづき」の米国駐在も確定。3月半ばとか。3〜5年は帰れないというので、出発前に送別会をしなくてはなるまい。行く人、帰る人。やっぱり春は動く季節だ。
2000.02.03
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
なんやかやと、身の回りでいろんなあわただしい動きが。いろんなことがここへきて一挙に噴き出して、動き始めているらしいぞ。これから春にかけて、さまざまなあれやこれやが、激動するのだろう。
2000.02.02
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
深夜に自宅でメールをチェックしたら、あら、ぺいちゃんから仕事のメールが入っている。んなろ、おれは今おうちなのだ。酔っぱらった勢いに任せて電話を入れてやる。何かしゃべった記憶があるが、さっぱり覚えていない。酔っぱらって打ち合わせなんかさせるんじゃない。って、かけたのはおれか。あー、しかし、だんだん春めいてきて、うれしいなあ。
2000.02.01
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
最近、金内さんのことを書いていないから、金内さんも少し寂しい様子である。金内さんは、低音ヴォイスが魅力的で、ヒゲがステキな、おっさんである。おっさんと言っても、おれより年下だけど。おーい、金内さん。最近ひまです。仕事くださーい。これを見ている金内さんの周囲の人も、よろしくねー。
2000.01.31
自宅で水割り数杯。
激動の一月も終わり。こないだ正月だと思ったらに、早いものだ。一月で忘れていたことなのだけれど、先日、仕事で赤坂を歩いていたら全日空ホテルのタクシー乗り場に見たことのある白い覆面の外人が立っていた。おや、あなたはザ・デストロイヤー様ではないですか。プライベートでも覆面をはずさないというプロ根性の持ち主とは聞いていたけれど、本当でしたか。いいお年のはずなのに、足腰しっかりしていて、大きな荷物も軽々とお持ちでした。何しに来たんだろと思ったら、新聞見て了解。馬場の一周忌の法要だったのね。うーん、なんとも義理堅い覆面なのであった。目があったのでガンをとばしたけど、思いきり無視された。
2000.01.30
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
三浦カズが代表に復帰。はて、どうなることだろう。どんな動きを見せるか、興味津々だ。おらく平瀬と組むだろうから、ポストに徹し、老かいなおとり役になるのだろうな。経験を活かした動きに期待したいのだ。一方の高田はまたまたヒクソンに負けてやんの。だから、格闘技はやめなさいってば。プロレスやりなさいってば。真剣勝負の格闘技なんて、つまらん。プロレスを見せてくれえ。
2000.01.29
新宿・すがわらで美女と寿司。
平尾なんとかさんにインタビューしたくせに、いまだにラグビーはルールすら知らないんです、わたくし。ああ、とんでもない男だなあ、俺ってば。
それはともかく、久しぶりに映画を見る。「雨あがる」って日本映画だ。うーん、困った映画だなあ。テンポはそこそこいいけれど、絵づくりが決定的に下手。カメラ視線が安定せず、無意味なワークがとても気になった。役者の下手さ加減はお笑いぐさとしておくが、評論家・おすぎが徹底的にほめていた脚本が、どうにも納得行かない。「大切なのは何をしたかでなくて、何のためにしたかです」という陳腐すぎるほど陳腐なセリフがキーワードってんだから、笑ってしまう。だいいち脚本自体が、極めてわかりやすく作られていて、わかりやすさ=退屈・凡庸という図式のまんまだ。駄作。おれ、案外と映画にはうるさいんよ。
映画が終わって歩いていたら、新宿の街並みでテレビの街頭インタビューにとっつかまる。MXテレビという東京ローカル局の取材だ。いつもとは逆にインタビューされる側に回るのも興味深い体験だと思い、取材を受ける。テーマは「中学校の性教育について」。こういうのは編集のしやすさを考えて印象に残る短いキーワードを発すれば採用されるとわかっているから、一生懸命気の利いたセリフを言ってやった。途中、インタビュアーの目が「その言葉、いただき」と反応していたから、どこを使われるかがだいたいわかったのが面白かった。でも、間抜けなことに、いつ、どんな番組で使われるのかはまったく知らない。見た人がいたら、教えてくれえ。
2000.01.28
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
ハッカー騒動について書こうと思ったが、岐部さんにお返事。すいません、8時に日記書けませんでした。ラグビーの仕事と言えば、数年前、現役時代の平尾さん(神戸製鋼)にインタビューしたことがありますよ。神戸の本社までいって。その時の広報窓口はアヤシロさんという、これまたラグビーな人でした。どちらもとっても礼儀正しくて、非常にスポーツマン。帰りには玄関まで送ってくれて、わたくしの乗ったタクシーが見えなくなるまで深々とおじぎしてくれましたね。平尾さん(下の名前忘れた)に見送りさせた悪漢男です、わたくし。うらやましいでしょー、岐部さん。印象に残っているやりとりは、わたくし「ラグビー始めた動機って何ですか」平尾「それ、今まで何万回も聞かれましたよ(苦笑)」。ベタな質問だけど、編集が聞けっていうから聞いたのでした。
2000.01.27
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
そうでした、岐部さんはサッカー大嫌い、ラグビー大好きな人でした。わたくし、Number買いました。サッカーの記事だけ読んで、ラグビーの記事には目もくれず、とっととお払い箱にしました。岐部さん、読みます?
2000.01.26
自宅で水割り数杯。
誕生日である。誰のって、おれのである。なのに自宅で水割り数杯なのである。って去年も同じようなことを書いた記憶があるけれど。まあ、いいけど。風邪は一進一退の攻防。ここを乗り切れば、明るい未来が開けるはずだ。けほけほ。
2000.01.25
バー「カメリア」で美女とツーショット。
風邪をひいた。げほげほ。夜中には吐き気である。うむむ、妙に悔しい。薬を飲んで寝る。そしたらたちまち回復。朝には牛丼を食っていた。なんというシンプルな生き物なのだ、おれは、と感心。
2000.01.24
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
最近よく見かける人動スクーター(キックボードだっけ?)のようなものだが、大人はあんなものは使わないのだと思っていたら、なんと、ぺいちゃんが既に購入していたそうだ。むむむむ。一瞬レスポンスに困ってしまった。
2000.01.23
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
ディキシージャイブが恵比寿の駅ビルでバーゲンのにぎやかしをやった。ビルの入り口で演奏して、その後、店内を練り歩くというものだ。なぜかトランペットがいつものメンバーとは違う。風邪でもひいたか。ジャックはじめ、他のメンバーはこちらを見つけて「やあ」とばかりに挨拶してくれた。駅ビル入り口で「12番街のラグ」はじめて2曲を演奏。ガキどもが風船にむらがる(大人もいたけど)。その後「聖者の行進」を演奏しながらバーゲン中の駅ビルを巡回。面白いので後をついていく。買い物客はけげんな顔か無視。おいおい、ジャイブのライブがタダなんだぞ。なんともったいない、もっとありがたがって聞け。ぶつぶつ言いながら後をくっついて回ったのだが、ここまでくればもうコアなファンというか、単なる追っかけだなあ。
2000.01.22
美女と新宿で関西風お好み焼き。
昼に後楽園・プリズムホールの「いしかわフェア」に行く。隣の東京ドームではふるさと物産展らしくて水道橋駅は大混雑。日本人は物産展が好きだなあ。俺も好きだけど。数年前まではその取材もやっていたが、その時の経験から言えば狙い目は最終日の午後だ。売れ残りをわざわざ地方まで持って帰るのは経費がかかるというので、原価割れで投げ売りが始まるのだ。いつも取材が終わってからそうやって掘り出し物をあさっていたものだった。それにしても久しぶりにあった早瀬さん、お元気でなにより。相変わらず調子に乗って、あ、いや、絶好調でかっとばしていた。成功、おめでとうございます。
2000.01.21
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
最近街の中でぼちぼち見かけるようになった人動式スクーターのようなもの。あれは便利なのだろうなあ。しかし個性がないぞ。もっとカラフルでデコラティブにしないと。後ろにうさぎちゃんの人形がついてカタカタ一緒に走るとか、マッポ人形がぶらさがっているとか、工夫したほうがいいと思うが。いずれそのうち朝日新聞が取り上げるだろうが、いかにもクラス委員的優等生な分析記事が今から目に浮かんで、笑える。それはともかく、うざったくて、ロンゲで、茶髪の男を「ウーロン茶」というのだそうだ。なるほど、うまいもんだ。
2000.01.20
浅草HUBで、美女とディキシー・ジャイブのライブ。
セカンドステージでは毎回誕生日の客のお祝いをやってくれる。その休憩前にいつもの通り我々のテーブルにやってきたバンジョー弾きのジャック天野に「誕生日なので、リクエストしてもいいですか」と言ったら喜んで引き受けてくれた。
「世界は日の出を待っている」か「タイガーラグ」かと思っていたのだけれど、もしや、ひょっとしたらやってくれるかなと淡い期待を抱きつつ「スキヤキ、やってくれますか」と聞いたら「2、3年ぶりだけど、大丈夫でしょう」と快諾してくれた。スキヤキとはもちろん「上を向いて歩こう」である。俺が中学の頃によく聴いたケニー・ボールというディキシーバンドの、お気に入りのナンバーなのだ。
恒例の誕生祝いの曲の後、いよいよ「スキヤキ」。なんと嬉しいことにジャックが自らボーカルまでかってでてくれた。しかも、終わったら手を差し出してくれて俺たちにプレゼントしてくれた。まったく憎い奴だ。心底、嬉しくなって感激してしまった。この歌は勇気と力をくれる歌なのだけれど、それを元気をくれるジャイブが演奏してくれたのだ。こんなに幸せなことはないなあ。ありがとう、ジャック。
セカンドステージの終わりには、「世界は日の出を待っている」もやってくれた。ジャックの大バンジョーソロが聴ける素晴らしいナンバーである。中島おじいのダイナマイトドラムとジャックのバンジョーが互いに激しいバトルを繰り広げる。ドラムとバンジョーのかけあいなのだ。この二人の演奏は、何をおいても絶対に聴いて損はないと断言できるのであった。
セカンドステージが終わると、客がぼちぼち帰り始める。しかし本当に面白いのは、最後のステージなのだ。こなれて盛り上がっている客席に、やっぱり酒が回ってきたジャイブのメンバー。天井を破りそうな大音響が響き、メンバーはがはははと笑いながら激しくバトルする。最後の曲「ザッツ・ア・プレンティ」など、そりゃもうひっくり返したような大騒ぎなのだ。
はああ、幸せだなあ、こいつらの音楽は。流行とはまったく無縁だけれど、本当に人を幸せにする音楽だなあ。
岐部さん、いいからとにかくすぐに聴きに来てくれえ。つべこべ言わず、とっとと聴きに来てくれえ。このバンジョーを聴いたら「なんでもっと早く聴かなかったのだああ」と後悔しますぜ。後悔するのが嫌だったら、早く聴きに来てくれえ。来月は9日です。
ジャック、俺たちの席で「丹後さんは雅彦さんでしたね」と名前まで覚えてくれていた。33年生まれだと言うと、同級生だとのことであった。んなわけないだろ、ジャック。ギャグ、すべる。
2000.01.19
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
そうか、岐部さんの東野本のトップは「秘密」か。ま、これには異論はないな。俺の場合、「放課後」も好きだなあ(動機の弱さが難点だが)。あと「名探偵の掟」も楽しんだ。こう見えても本格派の謎解きものは案外好きなのです。このあたりは岐部さんと読書の趣向が違うのか。なるほど。それはともかくとして、どうも最近「勝ち組・負け組」という発想が気にくわん。ネットバブル時代、どうもおかしいのではないか。といったお話は、また近いうちに。
2000.01.18
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
阪神大震災の時、何をしていたかというと当然寝ていたのだが、そんな大変なことが起きているとはまったく知らなくて、午後になって初めて知ったのだった。まったくテレビを見ないと、こうである。世の中の出来事を知るのは99%が新聞から。よって世間とは半日ほどずれているのだ。
2000.01.17
自宅で水割り。
一部の掲示板で納豆談義が盛り上がっているが、日本人の国民食と言えば、ラーメンかカレーだろうなあ。特にラーメンは、嫌いという人を見たことがない。牛丼食べに行こうと誘って喜ぶおねえちゃんは見たことがないが、ラーメン食べに行こうと誘うとみんな喜ぶ。あ、これは単なるたとえ話ですからね。決してラーメンナンパに精を出しているわけではありません。
2000.01.16
笹塚・六花亭で久保田千寿三杯、自宅で水割り。
なんだか最近酒が弱くなって、少し酔っぱらうとすぐに眠くなってしまう。困ったものだ。まあ、ほどほど飲んでやめるから、体にはいいのだろうけれど、しかし、今の我が家には暖房器具がないから酔っぱらってソファでついウトウトしちゃうと、えらいメにあうのだった。へっくちん。
2000.01.15
歌舞伎町・すがわらで美女と寿司。
周囲でマンション購入がブームである。ン千万という単位の買い物の話が飛び交っている。うーむ、聞いているとなぜかあせってくる。不動産なし、貯金なし、妻子なし、信用なし、ついでに前科なしの丹後君としては、負けてはなるものかとつい本能的に勝負を挑もうという気持ちになってしまうが、帰りにちょっと買ってみましたというわけにもいかないので、なかなか難しいのであった。朝、行ってきまーすと言って隣の部屋に出勤する岐部さん方式もなかなかに魅力的ではないかとひそかに思う今日このごろである。さて仕事。
2000.01.14
笹塚・六花亭で久保田千寿三杯、自宅で水割り。
沖縄へ行って来た。むろん日帰りである。完ぺきに日帰り圏内だもんね。さすがに暖かく、半袖姿もちらほら。その中をダウンジャケット片手に歩いたわけだが、地元の人に言わせるとこれでも寒いほうらしい。昼飯はゴーヤチャンプル。ま、お約束だな。沖縄の食事は案外おいしくないというのが、かねてからの持論であるが、みんなはどう思っているのだろう。
2000.01.13
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
童研関係の掲示板が一挙に増えて、だてポンは教育、えりずは音楽と、それぞれ棲み分けし始めた様相。その点、たんごちゃん掲示板はまったく意図不明の無価値状態。とほほ。なんだ、連日のとほほじゃないか。とは別にして、あい、了解しました岐部さん。しばらくそっとしておきましょうか。あとがこわいのは、丹後ではなくてくわもかもしれないし。
2000.01.12
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
中田、ローマか。ふむう。ローマじゃなくて、シーズン後のミランというのがベストと思ったが。こりゃあ、何かあるなあとにらんでいるのだけれど、よっぽどガウチが嫌なのだろうというのが本当のところではないか。それはともかく、くわもが正式不参加表明。とほほ。岐部さん、我々の敗戦ですだ。
2000.01.11
童研イズーと御苑の七輪亭でツーショット。
イズーは別名・伊豆原くんなのだ。コンスタントに歌作りをしているようで、見習わなければいかんなあと思ってしまった。さて、夏合宿。裏幹事のくそじじいさんにコテージをご手配いただいたのだが、なんと既に予約が一杯とのこと。そんなに童研の邪魔をしたいのだろうか、世間は。困ったものだ。くそじじいさん、引き続き世間と戦おうじゃありませんか。
2000.01.10
美女と叙々苑で焼き肉。
どこかのアナウンサーも書いていたけど、最近のバカ娘たちのしゃべり方がおかしい。道ばたや電車で携帯でしゃべってるのを聞くと「もしもしぇ」「あたしぇ」と語尾に「ぇ」がつくのだ。見た目のバカさに拍車がかかるようなしゃべりなのであるが、これはどうしたことであろう。おそらくガキの頃からジャンクフードばかり食ってきたおかげで顎関係が未発達だからではないかと、勝手ににらんでいるが。しかし上げ底靴と言い、まったくわけのわからん文化だなあ。と嘆くことが既におやじの仲間入りなのか。
2000.01.09
笹塚・六花亭で久保田千寿二杯、自宅で水割り。
と書いたら、ぺいちゃんから「ぼくもカールが食べたいよう」というメールが届いた。まったくいい年してこんな駄々をこねるなんて、困ったものだ。それはともかくとしてハッピーマンデー(誰がこんなネーミングにしたんだ?)のおかげで、スキー場は大にぎわいとか。スキーなんてもう20年以上やってないなあ。
2000.01.08
美女と居酒屋で日本酒、おなじみ「HAVANA」でバーボン。
大阪日帰りでんがなまんがな。大阪は寒かったなあ。あんまりベタな関西人に会うこともなかった。物足りない。お土産は、関西限定販売のたこ焼き風味のカール。おかしなものを売っているんだなあ、関西。
2000.01.07
自宅で水割り数杯。
インテルがリナックス搭載の通信端末を開発したそうな。おお、ついにマイクロソフトと決裂か。ウィンテル軍団、崩壊し、ゲイツ将軍も降伏か。これで世界にも平和が訪れるってもんだ。
2000.01.06
美女とバーでコロナビール。
東京に戻ったら、どっちゃりと年賀状の山。あの人もこの人も、すんません、ありがとう。俺はとうとう一枚も出さなかった。悪いやっちゃなあ。おー、こいつも元気だったか。あれ、引っ越したか。などと、年賀状も楽しめるものだな。うれしかったのは、ディキシージャイブのバンジョー弾き、ジャック天野からも年賀状が届いたことだ。さすがジャック。今年もライブ、通うからね。
2000.01.05
実家で7歳・4歳・2歳の三人の遊び相手にされ、ぐったり疲れて酔っぱらって寝る。おっと岐部さん、「柔らかな頬」は駄作だと思います。期待して読むと、本を放り投げたくなります。
2000.01.04
実家で7歳・4歳・2歳の三人の遊び相手にされ、ぐったり疲れて酔っぱらって寝る。
2000.01.03
実家で7歳・4歳・2歳の三人の遊び相手にされ、ぐったり疲れて酔っぱらって寝る。
2000.01.02
実家で7歳・4歳・2歳の三人の遊び相手にされ、ぐったり疲れて酔っぱらって寝る。
2000.01.01
実家で7歳・4歳・2歳の三人の遊び相手にされ、ぐったり疲れて酔っぱらって寝る。
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