やったんホー2002
「やったぜたんごちゃん明日はホームランだ日記2002」
2002.12.31
自宅で焼酎お湯割り。
例年はカレンダーをもらい集めてくるのだが、今年はねだらなかったため(ついでに人望がないため)1枚も来なかった。なので、お台場のソニープラザまでわざわざ買いに行ったのだった。ああ、めんどくせえ。ともかくこれで新年の準備も終了。大掃除は午前中に終わったし。あとは紅白でも眺めるか。
ともかく今年も大変お世話になりました。来年もよろしくお願いします。皆様にとっていい年でありますように。なお、新しい日記は別のURLです。ここに直接ブックマークしている方は、2003年版にマークしなおしてくださいませ。
2002.12.30
はなの舞で日本酒、自宅で焼酎お湯割り。
お年賀のお菓子を買いに丸ビルへ行ったのだけれど、どひゃあと腰を抜かしそうな混雑ぶり。平日よりよっぽど混んでいる。ここはアメ横か。
お台場は若い連中が田舎に帰ったりスキーに行ったりしているから空いていたが、丸ビルは、なんじゃこりゃ。普段の主力である元丸の内ガールズ・現立派なおばちゃん軍団は正月の準備に忙しいから、きっと空いているだろうという俺の読みは見事に外れたのであった。しかも客層は種々雑多。這々の体でお菓子を買い、逃げ帰ったのだった。
2002.12.29
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
ふう、やっと終わったぜ、今年の原稿。来年はもっと稼がないといかんなあ。お取引先各位、そのあたりを、なにとぞなにとぞ。
2002.12.28
甚八で日本酒、自宅で焼酎お湯割り。
渡邊一代さんは妻の小学校時代からの親友で、僕らの結婚式では友人代表のスピーチを贈ってくれた人だ。彼女が今年10月に松戸に新居を建てたので、新築祝いを兼ねて、遊びに行った。いつもは大渋滞の水戸街道も年末とあって空いている。1時間もかからず到着した。
迎えてくれたのは、旦那さん、2歳の桜弥くん、一代さんの3人。2月に女の子が誕生するので、一代さんは大きなお腹を抱えて一生懸命お昼ご飯をつくってくれた。新居は、むき出しの木材をふんだんに使った柔らかくて温かな空間の、まさに渡邊夫妻の人柄そのまんまの住まい。ああ、らしいなあ、と感心してしまった。遠慮なくゴロンと横になったら、とても気持ちがよかった。
桜弥くんは、もうおしゃべりぺらぺら。英語だってわかっちゃうと自慢なのであった。咲杜はお兄ちゃんにライバル心ぎらぎら。それでも負かされて泣いていたのだった。男の子なんだから、どんどんやっつけられちゃうといいのだ。
久しぶりに会った渡邊ファミリー。大好きなご家族で、このままずっと一生付き合って欲しいと思う。初夏の頃には、一緒に一泊旅行に出かけることを約束。次に会うのは、娘さんの誕生祝いだろうね。それも楽しみです。それにしても、いい住まいだったなあ。やっぱり施主の人柄が、建築では一番大事なのだなあと心から実感。
おっと、一代さんにならって、咲杜がいつどんな言葉を発したかを記録することに決めた。今、咲杜がしゃべれるのは「じゅし(ジュース)」、「ぎゅぐ(牛乳)」、「わんわん (NHKのキャラ)」そしてごくたまに「おかーかん(おかあさん)」。残念ながら父ちゃんと発する気配はまったくないのだった。とほほ。
2002.12.27
取材2、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
年内最後の取材が終わる。一方、原稿は遅々として進まず。できれば今日中に終わらせたかったが、結局かなわず、年内もう少し仕事をすることになってしまった。
岐部さんに言われて今年の十大ニュースを考える。今年は何があったかなあ。あんまり大きなことはなかったなあ。とりあえず1位は「どんなもんだい、禁煙に成功」で決まりだな。えっへん。
そういや先日の「日暮里おやじどもの漂流飲み会」は、けっこう各所で評判。あちこちから、面白そうだねえ、と言われた。あれは楽しかったなあ。よって「見知らぬ街をあてもなくさすらう酔っ払いおやじの会第一回開催」がランクイン。5位ぐらいが適当だろう。
あとは、えーとえーと。そうだ、10年ぶりに新しいギターを買った。ラリビーである。美しいギターである。これもランクイン。「ラリビー買ってよかったなあ」は、3位ぐらいにしておこう。
はっ、家族がらみのニュースが見つからない。考えなければ。えーとえーと。
2002.12.26
打ち合わせ、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
夜、東京ミレナリオへ。 どえらい行列でうんざり。以前は確か並んだ記憶がないよなあと考えていたら、そうだ、歩道を歩いたんだと思い出し、行列を抜けて横の道をとっとと歩く。途中でちゃんと横入り用の入り口も設けられていて、そこからしっかり入って眺めたのさ。
ミレナリオなんつーのは山登りと同じで、遠くから見ているのが一番だ。苦労してたどりついたところで、それがどーしたで終わりである。などと文句をつけたくなるのも、警備の連中がやたらとうるさいからである。立ち止まるな、写真を撮るな、前を向いて歩け、後戻りするな、とやたらとうるさい、やかましい。こんな余裕かますようなイベントでありながら、実は運営する側のマインドは貧相なものである。なあ、JR東ニホン企画。そんなに明石の花火の二の舞が心配なら、やめりゃあいいのにね。
2002.12.25
取材4。自宅で焼酎お湯割り。
これで今年の取材は終わり。でも原稿は残っているけど、まあ、ひとまずお疲れさん。と思ったら、夜になって27日の取材の予定が入ってしまった。おろろ。でも、いったんお疲れさんモードに入ってしまったため、気分はもとに戻らず、原稿が残っていて、うーむ、正月までに終わるのだろうか状態だ。
正月と言えば、街では早速クリスマスデコレーションが取り払われ、正月飾りに模様替え。なんでも呑み込む雑食性の日本人らしい、いつもの年の風物詩だ。
「新潮45」
先月は面倒で書くのを忘れたけど、ちゃんと読んだ。今月号は、日野のOL殺人のレポートが泣ける。まったく親心というやつは。
「FingerstyleGuitarMagazine」
定期購読しているアメリカのギター雑誌が届く。もちろん全部英語。読んでるふりして写真だけながめている僕ちゃんて、ちょっと格好いいじゃん。
2002.12.24
取材3、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
りんかい線に乗ったのだけれど、夕方は凄かった。もう電車の中、カップルだらけ。それがお台場でどどーっと降りちゃうの。デフレの今でもやっぱりイヴは特別なのかしら。にしても、そんなに混んでいるところに行って面白いのかなあ。父ちゃんは不思議であった。
その父ちゃんは、天王洲アイルでクリスマスケーキを買って帰る。咲杜はわけもわからず、ともかくケーキにはしゃいでいた。それでもケーキを食った後、俺は結局12時近くまで働いているのだから、コマガタくんやぺい事務所の若い衆と変わることのない働き者である。
わずか一週間後は大晦日。今頃は紅白歌合戦。それを思うとなんだかえらく不思議である。
2002.12.23
自宅で焼酎お湯割り。
そんなわけで昨日できなかった原稿を片づける。その傍ら、妻を病院に連れて行き、息子にクリスマスのメシを食わせ、夕方には年賀状の印刷を取りにいく。忙しいなあ。
2002.12.22
潮見・まいの華で日本酒。
いやはや、いろいろな一日であった。昼ご飯の支度をしていた妻が来てくれと叫んでいるので、原稿の手を止めて何事かと見に行ったら、包丁で左手人差し指をザク、とやったらしい。ザク、である。
大慌てでタオルで押さえる。休日診療所に電話したら外科はやっていないとのことで、緊急病院を紹介してもらい、「すぐに行きます」と電話をかける。けど、すぐに行きますと言ってもすぐに行けないのが子持ちの現実。妻に片手で支度をさせつつ、息子にコートをはおらせ、「ゆっくり歩け」と妻に言い残して、息子を抱きかかえて駐車場まで走る。はあはあぜえぜえ。息子をチャイルドシートにくくりつけ、あせって事故るんじゃないと自分に言い聞かせつつ、マンション前でタオルを左手に巻き付けた妻をピックアップ。 全速力で車を走らせる。
5分で病院に到着。路上に停めて、そのまま妻と病院のインタホンに飛びつき、「さっき電話したものですが」と、妻を院内に放り込む。っと、こうしてはいられない、息子を見なければと車に戻り、病院の駐車場へ。再び息子を抱えて、俺も院内へ入る。治療の結果、ともかく血が止まって傷口がふさがるのを待つしかないということに。仕方ない。「ごめんなさい」を繰り返す妻に、ついつい口調も厳しくなったが、指先だけで済んだことに、感謝しなければと思い直す。
三人で豊洲のラーメン屋に入り、遅い昼食をとる。いったん家に戻り、様々な後かたづけをする。結局、そのまま仕事に戻る気分になれず、夕方からクリスマスイルミネーション見物に。まず赤坂プリンスとニューオータニの見栄合戦を高みの見物。まったく資源の無駄遣いの最たるものだなあ。少々呆れる。次に丸の内へ。丸ビルのイルミネーションには鈴なりの見物人で、ぎょ。24日からのミレナリオの準備が進んでおり、半分の状態で楽しめた。息子は大喜び。翌日の天皇誕生日に備えた警官がちと目障りだったが、それは路上駐車した俺が悪い。
次に晴海のトリトンスクウェアへ。ここはとても美しいイルミネーションなのだ。息子も大喜び。だが、えらく寒かった。寒いのは気温だけでなく、人出もである。クリスマス前の連休にこの人出とは、トリトン、危うし。汐留に取られてるからといっても、いくらなんでもこの人出はひどすぎる。やっぱり決定的に立地が不便だからなあ。
続いて地元・お台場へ。地元と言う当たり、俺も見栄坊だな。案の定、お台場は中心部が大渋滞。そこはうまく避けて、我が家の定番、TFTへ。 息子はカラーのシャワーを見て大喜び。周囲はカップルでにぎわっていた。
妻の手がそんな状態なので、当然料理はできない。よって外食。なに、ディナーったって潮見駅前の居酒屋「まいの華」だよ。適当に飲んで食って5千円。
家に帰って、息子を風呂に入れて寝かしつけた後、日本代表DVDの2枚目を見る。素晴らしい完成度だ。これを見ると、トルコ戦の負けの原因は100%トルシエにあることが実に明確にわかる。奴の人間としての弱さ、未熟さが、日本を負けに導いたのだ。まあ、あれだけの結果を出しながら誰にも惜しまれないあたりに、トルシエのらしさがあるわな。ただし、だからこそ全力で戦って勝てなかった選手たちの、戸田や、稲本などの涙がわかるのだ。ともかく、とても素晴らしい内容のDVD。最後は俺も見ながらぼろぼろに涙したのだったよ。
2002.12.21
自宅で焼酎お湯割り。
やっとのことでDVDプレーヤーを購入。これでソフトが見られるってもんだ。いかい安いねえ。びっくり。録画はしないからプレーヤーで十分。すると、わずか1万6千円。三菱電機。あまりに安くてびっくりだ。そりゃHDDタイプでも出さなければ、メーカーはやっとられんわな。
接続した後、おかあさんと一緒ファミリーコンサートを見る。子供が寝てからは、ワールドカップの1カ月をまとめた岩井俊一の作品をようやく見る。いやあ、これが卒倒しそうなくらいに面白い。愛おしくて素晴らしい作品。2枚組で、1枚見たところで眠くなって残りは明日。
2002.12.20
見知らぬ街をあてもなくさすらう酔っ払いおやじの会、第一回開催により、久しぶりに大泥酔。
おでんを食おうということになり、どうせなら知らない街を何の予約も知識もあてもなくふらつくのが面白いだろうと、俺が一度も降りたことがないという理由だけで日暮里駅東口に集合と決定。参加は、親分、イズ、画伯、そして俺の4人だ。
決定はいいんだけど、実際に日暮里駅にいったら北口と南口しかなくて、まったく知らない駅で待ち合わせなんかするもんじゃないと痛感。しかし、方角的にこのあたりが東だろうと見当をつけてうろうろしていたら、ちゃんと画伯に遭遇。続いて親分も「東口なんてないじゃないか」と言いながら登場。最後にイズも迷うことなく合流。この間、誰も携帯で連絡取り合ったりしてなくて、それでもなんとか時間通りに集まれるのだから、まつたくおやじの本能とは素晴らしいものである。大人の待ち合わせとは、かくあるべしだ。
東京に出てきて26年。俺は日暮里なんて駅に初めて降りたよ。親分もイズも同様。画伯だけ会社が近いので2、3度飲んだことがあるらしい。それはともかく、何も決めない、事前に何も調べないというのがコンセプトであるから、ともかくあてもなく歩き出す。日暮里から常磐線に沿って飲みながら歩き、次の三河島駅に着いたら解散、とだけ決める。
一軒目は、ともかく目についた店に入ろうと、飲屋街のまんなかあたり「まちださんち」というこじゃれた店に入る。満席だがカウンターなら4人座れるとのこと。何の予備知識もない割には、この店が大正解。おしゃれ居酒屋だった。おばちゃんと女の子2人の計3人でやっている店で、「どなたがまちださんですか」と聞いたら、おばちゃんが「私でーす」と手を挙げてくれた。
まずはビール。その後は各自が日本酒。三種類の日本酒をちょっとずつ飲めるセットがあって、なかなかよろしい。つまみも、それなりにそろっている。この店は大当たりだったね。なんだ、見知らぬ日暮里にもいい店があるじゃない。
途中、店の女の子が親分の頭を見ながら「昆布酒があるんだけど飲みます?」とすすめる。同じ口で画伯の頭を見ながら「昆布酒、飲みます?」と聞く。親分「それはひょっとして髪にいい酒では」とたずねると、女の子は「その通りです。お客さんには薦めがいがあります」と失礼極まりない(とゆーか、えらいおかしい)ことを言う。親分、それを聞いて嬉しそうに「ちょうだいちょうだい」と飲み干し、画伯なんてお代わりまでしていた。さて昆布酒の効き目は? 再会が楽しみである。
ほどよく酔ったところで、勝負。今回は親分があみだくじを作ってくれた。結果は画伯の負け。料金は1万600円。まあ、全部払わせるのも酷だろうと(とゆーか、後輩に全部払わせようというコンタンが情けないな)、5000円以上の分は割り勘にした。
心地よく酔って「まちださんち」を出て、2軒目へ。負けた人が店を選べるという取り決めなので、次は画伯が店を決めることに。わいわい言いながら見知らぬ街を酔っぱらっておっさんたちは漂流したのだった。目的地は三河島駅。ところがあっさりと道を間違えて、西日暮里に着いちゃった。まあ、いいや。おでんが食えれば。
ここで画伯が選んだのは「味仙」という寿司屋。親分は知っている店らしい。ここで日本酒と、刺身と、寿司を頼む。案外うまいのよ、これが。しかしなんだか不思議な店で、入り口は寿司屋なのに内部ではレストランとつながっている。実に変わった構造の店だった。たらふく食って、日本酒を飲んで満腹。しかしここは寿司屋。おでんを食いに歩いていたのに、なぜ我々は寿司屋にいるのだ。
ここで再度支払の勝負。例によってあみだくじだ。そして負けたのはイズちゃん。料金は1万500円。500円が消費税だとしたら、なぜこんなにもぴったりの値段になるのか、よーわからん。ここでも5000円以上の分は割り勘。そして、病み上がりの画伯はここで帰ったのだった。
残った3人は、当初の目的であったおでんを思い出し、おでんやを探す。俺は酔った勢いで交番に突撃したね。「おでんや、知りませんかあ」って。おまわりさん、困った顔で「そういうことを聞かれても--。うーん、おーい、おでんや、知ってるかあ」と奥に声をかける。それに応じて、新しいおまわりさんが2人表れ、3人で「おでんや、あったっけ」「どうだっけ」と相談。結局西日暮里にはおでんやはないということだった。ごめんよ、おまわりさん。
しょうがないからと再びうろうろしていたら、「おでん」の看板を偶然発見。喜び勇んで「やま屋」というその店に飛び込んだのだが、なんのことはない、単なる居酒屋であった。一応、おでんも頼んだが、まあ、単なるおでんだった。ここでも適当に飲み、食う。で、支払は最後ということで親分と俺の割り勘。いくらだったか、相当に酔っぱらっていたので覚えていない。
親分とイズは「このまま大宮まで歩いていって飲もう」と言うが、荒川を渡るのが問題だということになり、結局解散。ああ、すげえ面白かった。俺は西日暮里からタクシーで帰ろうとしたのだが、親分に「もったいない」と説教され、結局山手線で帰る。
それにしても楽しい酒だったなあ。次回は駒込か、田端でやろうということに決定。再び見知らぬ街を放浪するのだ。次回参加ご希望の方はどうぞご一緒に。
日中、妻は息子を連れてマンションのお母さん友達と一緒にディズニーランドに行っていた。年間パスポートも買ってきた。ディズニーランドではどんなふうに楽しんだか、いろいろ話を聞いたらしいのだが、大泥酔でべろべろ状態の俺はすっかり忘れてしまったのだった。とほほ。
2002.12.19
取材4、原稿。甚八で日本酒。
りんかい線が全線開通となって、こりゃすげえ便利だ。何しろ新木場から埼京線直結、川越まで乗り換えなしで行けるのだから。しかも相互乗り入れでSUICAでOK。とっても便利になりました。まます発展、臨海地域。これで「ゆりかもめ」の時代は終わったなあ。
電車と言えば、どうやら有楽町線が延びて、東陽町で東西線と接続するらしい。東西線の異常混雑を緩和するためだ。本決まりではないが、その方向で調整が進んでいるという。するってえと、あれだな、新木場から東陽町までは明治通の下を走ることになるから、九分九厘これで潮見に有楽町線が通ることになるってわけだ。いつになるかわかんないけどね。
「Number」
リニューアルしてからの「Number」は基本的に面白くない。今号は2002の残像ということでノンフィクション特集。目玉は金子なんたらの「フラットスリーに捧ぐ」なのだが、これがあーた、新しい切り口も、新しい発見も何もなくて、ただ書き手がレトリックに酔うために書いているような代物。しかも読んでみたら前半だけで、続きが読みたけりゃ次号も買いなっていう手口だから、最低なのだわさ。俺は他人の文章には厳しいのだ。けらけらけら。
2002.12.18
打ち合わせ1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
マンションでちびっ子たちのクリスマス会。もちろん俺は仕事でそれどころではなかったが、幹事の妻は大忙しだったようだ。最後だけちらりと挨拶を兼ねて顔を出したが、このマンションは本当にいい人が住んでいるんだなあと嬉しくなってしまった。みんな、いいクリスマスを迎えられるといいね。夜、妻の実家から早々と咲杜のクリスマスプレゼントが到着。おもちゃのバスで、咲杜は大喜びだ。
「週刊文春」
ボブ・サップと全盛期の猪木のどっちが強いか、という記事が載ってたが、そりゃあ、スタン・ハンセンのナチュラルな強さっていったら天下一品だったわな。日本人でマジで強いと言ったら、坂口征二にジャンボ鶴田、前田日明といったところか。
2002.12.17
取材2、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
移動中の山手線で、カメラマンのオーツキ氏が「僕とコマガタくんは誕生日が同じなんですよ」と言う。コマガタくんはこれから合流する編集者だ。ふーん、でいつなんですか?と俺。(まだ知り合って日が浅いので一応敬語)「1月26日ですけど」とオーツキ氏。ふーん。。えっ?1月26日い?
ぎょっとして俺はあわててカバンから免許証を取り出す。それを見てオーツキ氏も「えっ?えっ?まさか」と言いながら免許証を差し出す。そうです。俺も誕生日は1月26日なのです。
ぎょえーっ。なんと本日一緒に仕事をする野郎3人が、全員1月26日生まれというすげえ偶然。えらくびっくり。えーと、3人の野郎の誕生日が一緒になる確率としては、365×365の、133,225分の1か? わからんぞ。計算式が違ったら誰か教えてくれ。
合流したコマガタくんも「ひょえー」とびっくり。まったくとんでもない偶然だ。だが、致命的なのは、それがどうしたということである。どうもしません。とほほ。しょうがないので野郎3人「今度お誕生会でもしますかなあ」などとつぶやいたのだった。
2002.12.16
取材1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
仕事で長野の佐久市へ。日帰りである。もっとも新幹線で片道90分弱だから、横浜とか立川とかへ行くのと気分的にさして変わりはない。実際、佐久市に住んでいる人たちは、都内で10時まで飲んでも、ちゃんと新幹線で家に帰れるという。なるほど。東西線で90分通勤するとしたら確実に寿命は縮まるが、佐久市から通勤するとしたら寿命は延びるなあ。
いや、実際いいところなのよ、これが。空気はきれいだし、山は美しいし。こんなところに庭付きの家でも建てて、のんびり子育てしてみたいと思ってしまったなあ。都内で飲み会があってもちゃんと帰れるし。冬は寒いけどさ。
「深追い」横山秀夫・実業之日本
名手の短編集。今や浅田次郎をも超えた名人になってしまったなあ。相変わらず素晴らしい作品ばかりである。「半落ち」には及ばないが、どれもかなりの水準だ。来年は6冊も本を出す予定だという。一気にブレーク。とても楽しみなことである。
「男気万字固め」吉田豪・エンターブレイン
著者は今最も注目のライター。芸能人大好きで、ヨイショしまくって鋭くインタビューするというスタイルを確立しており、非常に面白い。このインタビュー集も、山城新伍、ガッツ石松、張本勲、小林亜星、さいとう・たかをと濃すぎるメンツばかり。この強面たちに対して吉田は金髪・短パンで挑むわけだから、強面どもも嬉しくてしょうがないという受け答えをするのだ。山城新伍の昔の映画のエピソードなんて、抱腹絶倒。電車の中で俺は本に顔を伏せて方を震わせたね。
2002.12.15
原稿。自宅で焼酎お湯割り。
咲杜のおしめがピンチになったので、大慌てでお台場のトイザらスへ。最近の咲杜はガキらしい知恵がついてきたのか、トイザらスというだけで反応するようになり、おしめで満足するわけもなくて「いやだいやだまだ帰らないもっと遊ぶあれ買えこれ買え」と店内で大暴れ。両親とも汗だくになりながら、引きずって帰ったのだった。まったく一人で三人の子供を連れて新宿・品川と山手線を乗り継ぎ、帰りには回転寿司まで食わせるといういさわしには、感心してしまう。師匠と呼ばせてくださいまし。
2002.12.14
息子の風邪が治りきっておらず、父ちゃんも原稿山盛りなので、どうかなと思ったが結局童研のクリスマスコンパに強行出席。お誘いいただいた皆さん、ありがとうございました。いさわしの息子のさいくんには、すっかり世話になっちゃった。家族三人、楽しく過ごせました。仕事だったえーじ画伯、お疲れさまです。近々、おでん。ぜひ。
帰りには有楽町のガード下の居酒屋で夕食。他のつまみはまあまあなのに、シメで頼んだ焼きビーフンが信じられないほどのまずさで、夫婦で目を白黒。二口ばかり箸をつけて、逃げ帰ってきた。
夜は11時から闘龍門。うふふふ。これまた目が回りそうな面白さで、いやあ、楽しい楽しい。満腹の一日でありました。
2002.12.13
取材2、原稿。潮見の居酒屋・甚八で日本酒。
京王永山まで行く。多摩地方は確実に2度は寒い。うー、ぶるぶる。
「ゲームの名は誘拐」東野圭吾・光文社
誘拐ものは、わりと好きなジャンルである。その代表は天藤 真の「大誘拐」。俺のオールタイムベスト第3位という大傑作だ。ぜびせひ読むべし。でもって東野の新作であるが、犯人の側から誘拐を描くという切り口で(「大誘拐」と同じだな)展開される。だが最近不調の東野らしく、ギリギリのレベル。実際、前半は赤川次郎(嫌いではないが)かと思いましたね。伏線の張り方も唐突すぎるし(いかにもこれが伏線ですよという伏線だった)、まあ、二時間ドラマ並みの仕上がり。たぶんすぐにも捨てるかと思うので、欲しい人は手を挙げてくださいまし。
2002.12.12
取材3、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
夕方になって息子の風邪はどうやらかなり回復してきたようで、一安心。野良仕事で役立たずだった父ちゃんは、献身的に診てくれた妻に感謝するのみである。これで落ちついてくれたら、ぼちぼち来週あたり、時間を見つけてあちこちのツリーを見せに連れて行ってあげよう。丸の内のミレナリオもいいが、あそこはハンディスピーカーでがなりたてる警備のおやぢがうざいしなあ。
それはともかく、俺の留守を狙ってNHKが衛星放送の集金に来たらしい。妻は押し切られてしまったが、それはしょうがない。以前、電話で突っ込まれたとき「うちは払わないからね、もう電話しないでね」と強硬に出たため、向こうも力業に持ち込んだのか(理由をつけて断ろうとするから向こうも引かない。「うちは払いませんから、お帰りください」の一点のみで十分。俺はそれだけを繰り返して10年以上もNHKに勝利を続けたものだった)。まあ、払うのは別にかまわんのだが、気にくわないのはその態度だわな。
これからNHKと戦おうというかたにアドバイス。集金人が来たらまず身分証明書の提示を求めましょう。多くが歩合制のアルバイトなので「社員でなければ払えない」と言うと、すごすごと退散します。次に社員がやって来たら、今度は「受信料の使途内訳を説明して欲しい」と言うと、すげえ嫌な顔をします。なので、ねちねちとその使い道に文句をつけ「というわけで納得できないから払いません」と言いましょう。「法律で決まっているのだ」というのも向こうの常套文句ですが「だったら罰してね」と言いましょう。罰則がないので、さらに嫌な顔をします。
わたくしは以前は「払えません、電波を止めてください」と言ってやりました。
「このミステリーがすごい」
毎年恒例。今年の1位は文句なし、圧倒的に「半落ち」だった。当然。あれはすごい小説だもの。また読みたくなってしまった。ここ数年のベストワン。
「週刊文春」
吉本を辞めた偉い人(木村さんだっけ)が、横山やすしを振り返っている。これがけっこう面白い。横山やすしは、久米宏と仕事して自分がしゃべりで負けたことを悟り、それから壊れていったらしい。本当は弱い人だったんだろうなあ。産みの母親を知らない人で、愛人がなぜか全部母親ちっくなテイストの人だったという話も、泣かせる。
2002.12.11
終日原稿。「はなの舞」で日本酒、自宅で焼酎お湯割り。
久しぶりに買い物で外へ連れ出してもらった息子は、もうむちゃくちゃ嬉しいらしくて、鼻を垂らしながらもはしゃぎまわっていたそうな。それで2時間も外にいて、ちっとも帰ろうとせず、とうとう妻からSOSの電話。そんなことではないかとは思っていたが、まさか買い物に行く隙さえなかったとは、驚きだった。終日好天。しかし風は冬である。
「噂の真相」
最近はまったくヒット記事がなくて、つまんないな。新潮45のほうが、なんぼか過激である。
2002.12.10
自宅で焼酎お湯割り。
昨夜から息子に熱が出て、8度6分に。深夜の原稿作業を続けながら、熱性痙攣のリスクがゼロというわけではないから、ひょっとしたら救急まで走らなければならないかも、と心の準備だけはする。結局、何度か目覚めたものの、深刻なことにはならなかった。
それでも朝になっても熱が下がらなかったため、戦闘服モードで負荷と戦う役立たず父ちゃんの代わりに、妻が息子を抱いて寒風の中をあサひクリニックまで行ってくれた(電話での相談にも快く答えてくれるので、すっかり我が家のホームドクターである)。診察の結果、さほど心配いらないとのことであったので、一安心。もっとも機嫌はよくて、夜に役立たず父ちゃんが帰ってきたら、家中ゴジラが暴れたみたいになっているのにびっくり。外で遊べないストレスを発散したのだろうが、おいおい、お前のお母さんも風邪で弱っているのだからあまり暴れるなよ、と声をかけたのだった。しかし寒い一日だったなあ。
ところで久しぶりにモリイくんに会ったのだが、相変わらず元気そうで何より。んーと、ダイエットしたほうがいいと思うよ。
2002.12.09
本日、妻がジュースをあげようとしたら、息子は「じゅーしゅ、じゅーしゅ」と言いながら走ってきたぞ。まともな言葉の第一号だ。父ちゃん、母ちゃんはジュースに負けたのだった。今日は12月初旬としては15年ぶりの積雪。一日中降り続き、潮見も真っ白になった。
「AERA」
ライオンズの伊原の記事がよかった。ちなみに負荷の話はもう気分が悪いだけなので、したくない。
2002.12.08
原稿。自宅で焼酎お湯割り。
週刊文春で椎名誠がエディー・バウワーを絶賛していたので、どれどれとお台場アクアシティのショップをのぞく。その前に実はネットでシャツは注文していたんだけどね。休日のお台場は発狂的な混雑である。しかしお台場マスター(俺のことだよ俺のこと)はめげずに、ちゃっかり駐車(路上じゃないよ、ちゃんとした駐車場だよ)。エディ・バウワーでコートと靴下とトレーナーを買ったのだった。なかなかよろしかった。その後、混んでるアクアシティはうっちゃって、TFTへ行き、家族で食事。食事ったって、とんかつの和幸だけどね。おっと、トダじゃないよ。和幸はやっぱり和幸で、ホスピタリティ赤点の落ち着かない店だった。パートのおばちゃんたちは威勢はいいのだけど、レジとかの店員がね。その後、家に帰って後かたづけをして、夕方から働き者の父ちゃんは仕事をしたのさ。さって、今週もまた負荷どもが群れでやってくる。戦闘服に着替えてボブ・サップのように腕をぶんぶん回してやるぞお。
2002.12.07
家族で妻の実家へ。残念ながら姪のあやちゃんは、今回はパス。お正月までおあずけだ。妻の実家へ行くと俺はいつもあらゆる育児を放棄して昼間っからぐーすか寝て、夜は酒を飲んでぐーすか寝ている。はああ、ゆっくり休ませてもらったぜ。
「Number」
Jリーグ10年の総集編。さすがナンバーである。うまくて美しい。金子某の原稿はもううんざりだが、写真やちょっとしたコラムなどが抜群に面白いのだった。
2002.12.06
打ち合わせ3、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
負荷と激しく戦って疲労困憊しているうちに、はっ、いつの間にか12月だ。って今さら気づいた振りをしても無理があるが、まったく困ったものである。
久しぶりに金内おじさんに会ったら「昨日は一日中撮影で疲れたよ」とのことであった。お互い、無理はきかない年になりましたねえ、しみじみ。疲れ気味との噂のコマガタくんは、いつもの調子で元気そうだった。そのかわり(かわりってことはないけど)イームラくんがお疲れ気味。来年の抱負は、と聞いたら「決まってるじゃないスか」と睨まれたのだった。1年生のオガタやイマイやサノは(みんな優秀)、さすがにエネルギーが余っているのだろう、走り回っていた。同じくオクバヤシやアリサカも走り回っていたので、若手の仲間入りだな。うーむ、金内おじさんも走り回らなければいけませんよ。トリトンスクウエア情報、ありがとさんでした。ぼちぼち来週あたりから都内各所のツリー巡りを開始しなければ。
「週刊文春」
パパスの広告が出ていた。好きなんだよなあ、あのシリーズ。広告コピーのお手本だと思う。
2002.12.05
終日原稿。自宅で焼酎お湯割り。
久しぶりに取材なしで、原稿に集中。ずっと取材の連続だったから、けっこうぐったり疲れてしまっていた。そんなわけで、息子も俺がずっと家にいると何となく嬉しそうである。そうかそうか、父ちゃんはもっと遊んであげなければなあ。
「東京物語」奥田英朗・集英社
俺と同年代の作家だが、自伝的に80年代を振り返るっていう悪趣味な本。この手の小説って愚にも付かないものが多いが、これもその一つだった。ゴミ箱行き。
「週刊ゴング」
斉藤了はどうなるんだろうなあ。
「週刊プロレス」
女に指されたタナケンだが、プロレスマスコミは基本的に頭が筋肉の体育会だから、応援するばかり。アホか。笑いものにしてくれえ、そのほうが面白いから。
2002.12.04
取材3。自宅で焼酎お湯割り。
昼過ぎに取材を終え、他のスタッフは電車を乗り継いで帰るというのに、コピーが下手で仕事のできない最年長の俺は、生来の身勝手ぶりを発揮して一人飛行機で帰ることに。駅で他のメンバーと別れてタクシーを拾い、愛媛から高松空港まで1時間2万円。予約もしてなかったのにうまいことに30分後のJASの座席がとれて2万5000円。羽田に着いたら雨で、当然タクシーに乗ったら、なんと首都高泣きたくなるほどの渋滞で結局いつもなら20分のところを1時間7000円。こんだけ散財して急いで帰ったというのに、結局は列車の場合と2時間しか違わず、まったく俺ってば。
2002.12.03
取材2。
愛媛の伊予三島市へ出張。泊まりがけは久しぶりである。取材終了後、関係者で軽く飲む。地鶏のうまい店。客先が4人、こちらのスタッフが4人の計8人。ひょっとしたらと思ったら、案の定、8人の中で俺が一番の年上だった。
うーん、と深く考え込む。そうか、俺はもうこういう年齢なのか。なのに仕事は進歩が見られず。コピーはちっともうまくならず。瀬戸内の風に吹かれつつ、酔った頭が、けっこうじんじんと重かった。
「マドンナ」奥田英朗・講談社
40代の課長が主人公の小説集。部下の女の子に恋する課長がいたり、年下の上が来てしまった課長がいたり、という話で、それらは適当に読み流していいのだが、最後の「ペンション」という作品だけはねえ。老いていく親とどう向き合い、親を看取るためのあり方をどうするのかといったことをテーマにした作品で、浅田次郎とまではいかなくても、かなりの作品だった。田舎から出てきている40代のおっさんたち、最後の作品だけでも読んでみな。
2002.12.02
取材3、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
けっこういろんな人に、子供は治ったか、おまえは大丈夫かと、ご心配いただいた。ありがとうございました。次は妻がやばそうです。うーむ、家庭内で風邪が流通しているのだろうか。
「AERA」
最近は面倒で雑誌の感想も書かなかった。うーむ、今週はいつにもましてつまらないぞ。
2002.12.01
終日原稿。自宅で焼酎お湯割り。
いやはや、まるまる一日中原稿を書き続けていた。邪魔にならないよう、妻は息子を連れてこっそりと家を出て、マンションのキッズルームで一日を過ごしてくれた。妻の配慮に感謝である。まるで作家先生の家みたいだが、そんなことはなくて、しがない野良仕事ライターの納品間際というだけである。ああ、それにしても負荷の多い仕事ばかりだこと。一日中キーボードを叩き続けていたら、心底疲れてしまったわい。せっかくの日曜に妻子を放り出して仕事するなんて、いけない父ちゃんであった。
その上、今週はけっこう多忙。とほほ。早くヒマになりたいよう。クリスマスの遊びをしたいよう。
2002.11.30
原稿。自宅で焼酎お湯割り。
マンションのすぐ近くに内科・小児科がオープンするというので、本日内覧会。要はお披露目のご挨拶だな。最近は医者も経営努力が必要ということだろう。
店、じゃない、医院の前には製薬会社のお手伝いとおぼしき若い男が客引き、じゃなかった、ご案内。店内、じゃない、院内にはいると店長、じゃない、院長(しつこいか)が案内してくれた。女医さんである。けっこう感じよろしい。中では飲み物と食べ物が振る舞われ、帰りにはお土産までくれた(もっと全部製薬会社の差し入れだったが)。なかなか好印象。危うし、あサひクリニックである。
でもって風邪はどうかと言えば、咲杜が相変わらず機嫌悪く、まったく仕事にならず。原稿が山のようにたまっていて、うーむ、泣きたいのはお父ちゃんだよ。とほほ。
2002.11.29
取材3。自宅で焼酎お湯割り。
朝起きても体調は最悪で、吐き気に腹痛、さらには全身の倦怠感に間接の痛みだ。しかし寝てるわけにはいかない。例によって朝から野良仕事だ。
幕張、稲毛、浦和という強行軍。へろへろになりつつ、ともかくこなす。時間を見つけてはカメラマンのミズノ氏の車で寝かせてもらった。感謝。
ひーひー言いながら潮見に帰って、そのままいつものあサひクリニックへ。院長、診察もせず「ああ、お子さんからもらいましたね」と断言。まったくその通り。やれやれ、早く治さなければ。今年も風邪はひどいです。皆さん、気をつけてください。
2002.11.28
取材1、原稿。
やべ。
油断して咲杜から風邪をうつされてしまった。日中はまったく何もなかったのだが、夕方から突如食欲がなくなり、晩飯も食えなくなって、9時過ぎには横になる。で、夜中には突然の大嘔吐に下痢だ。また汚い日記になってしまった。はああ、しんど。こんな風邪は、初めてだ。まったく何もなかったのに突然の体調不良。これはきつい。ふらふらになってしまった。
「週刊文春」
中身を忘れてしまった。ゴングも週プロも。
2002.11.27
取材2、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
今日も今日とて、俺は朝から野良仕事。しかし今日は咲杜はちゃんと起きていたぞ。偉い、偉い。
森下、お台場と地元で取材。しかしお台場でもかなりディープなところに潜入し、えらく面白かった。飛行機を真下から見るには、あそこに限る。
クライアントの好判断で取材はかなり早く終了。おかげで午後、咲杜を岡野クリニック(実名)に連れて行くことができた。ここは史上最高に素晴らしいクリニックである。なので全面的に信頼。困ったときは、いつも最後はここなのだ。ってまだ二回目だけど。
クリニックでは偶然オーヤマさんに出会う。てっちゃんが、以前咲杜と同じ症状の風邪だった。1時間待って受診。やはり流行の風邪だが、幸いなことに峠は越したらしい。妻によれば岡野おばちゃんは「(休日診療所の薬は)苦くて飲めなかったでしょ」と咲杜に向かって話しかけ「軽い薬を出しておきますからね」とのことだったらしい。「お待たせしてごめんなさい」とも付け加えてくれたそうだ。いい医者だなあ。もっと近ければよかったのに。
まあ、峠を越えたと言っても、治ったわけではない。夜にはちょっと激しい下痢もした。ともかく快方に向かっていることを信じて、あとは地道に治そう。こんな調子が続いているので、妻もぼちぼち体がきつくなってきたことだろう。家族に病人がいるというのは、大変なことだ。やはり健康が何よりだとしみじみ思う。
2002.11.26
取材4。自宅で焼酎お湯割り。
今日も今日とて、俺は朝から野良仕事。出かけるときには咲杜はまだ眠っていた。こっちも眠い。
と、昨日とまったく同じ朝だったのだが、途中で妻に電話したら、昼前に一度吐いたらしい。加えて下痢。それでもこっちは野良仕事。気持ちはジリジリしながらも、やることは片づけなければならない。ともかく夜になって帰ったら、たった今再び吐いたところだという。うーむ。結局、あサひクリニックからもらった風邪薬を飲ませ、休日診療所でゲットした吐き気止めの座薬を使う。熱は7度2分といったところか。
そう簡単には治らなかったか、今年の風邪は。まったく憎らしい風邪である。物理的に仕事がハードで、しかも負荷の大きい物件ばかりだというのに、咲杜がこんな調子で、どうにも俺もきびしいのであった。ふう。ちと弱音。それなのに明日もまた朝から野良仕事なのであった。あ、ご心配いただいた皆さん、ありがとうございました。「汚い日記を読ませるな」と言った人も南青山方面に約1名おりましたが「勝手に人の日記を見るな」と返事しておきました。かっかっかっ。
2002.11.25
取材1、打ち合わせ1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
今日も今日とて、俺は朝から野良仕事。出かけるときには咲杜はまだ眠っていた。こっちも眠い。
目をこすりつつ取材を終えて自宅に電話すると、昼近くに起きたとのこと。その後、妻は咲杜を地元のクリニックに連れて行った。向かったのはあサひクリニック。家族で世話になっている個人医院だ。本来は産婦人科で、おまけで小児科と内科をやってる。まあ、昔はだいたいどこもそんな感じの医者ばかりだったわなあ。でも、それも都立墨東病院(実名)の看護婦に言わせると「婦人科と一緒にやってるような小児科なんて信用できないわよっ」ということらしい。ホスピタリティのかけらもないホスピタルが、まったくよく言うよなあ。
っと、それはともかく、あサひクリニックで診てもらったところ、やはり流行り風邪らしい。途中、迎えに行った俺と合流し、久しぶりに親子で潮見の九州ラーメンの店に入る。咲杜は麺だけをもらって、ちゅるちゅるとおいしそうに食っていた。
本日は一度も吐かなかったが、しかし基本的に食欲はなく、暴れ方も地味である。やはり体調が悪いのだろう。ヤマは超えたと思うけど、まだまだ本調子ではないようだ。
そんな状態なのに、父ちゃんはまた連日の野良仕事に出かけなければならない。妻にも、咲杜にも、たいへん申し訳ない。家にいないと俺は、けっこうストレスたまるタイプの人間なのよ。普通と逆かもしれないけど。
「AERA」
均等法世代の女性たちがぼちぼちと仕事を辞めているらしい。って、そんなネタを特集なんかに持ってくるんじゃねえよ。なんでこんな雑誌や朝日新聞が売れるのか、不思議でしょうがないぞ、父ちゃんは。
2002.11.24
終日原稿。自宅で焼酎お湯割り。
(汚い話を書きます)
明け方、横に寝ていた咲杜のゲロが顔にかかって目が覚めた。ゲロって顔にかかるとかなり熱く感じるものなのね。あわてて体を起こし、ゲロまみれの顔を振って咲杜を見たら、両手を布団についてげえげえと吐いている。びっくりして妻を起こし(さすがに母親、瞬時に覚醒しました)、二人で咲杜の背をなで、いたわる。涙を流し、大声で泣きながら、苦しそうであった。
瞬間こちらもパニックになりかけたのだが、いつもこういう時は「落ち着け落ち着け」と自分に言い聞かせるようにしている。ゲロまみれの咲杜を抱いてやると少し落ちついたようで、背中で大きく息をした。
その後、夫婦でゲロまみれのシーツをはがし、布団を片づけ、別の布団を敷き、咲杜の着ているものをすべて取り替え、俺も着ているものをすべて取り替え、タオルで体を拭いた。咲杜は顔色も悪くなく、落ちついたようで、ともかくそのまま寝かす。しばらく二人で見ていたが、たぶん大丈夫だろうとこちらも寝たのだった。
ゲロって言えば、そりゃもう汚いものの代表で、頭ではいくら我が子のものとは言え汚いぞとわかっているのだが、心はまったく汚いとは感じず、なんの抵抗もなく後始末ができた。まったく親の本能とはよくできているものだ。
ところが朝になって再び咲杜が寝ながら吐く。夜中に飲んだ野菜ジュースを吐いたので、シーツが真っ赤に染まった。そのまま起きたのだが、とりあえずは元気だし、熱はややあるけれど、さほど心配ないだろうと、家で安静にする。ところが昼になって突然の下痢。これはやばいと思い、すぐに木場の休日診療所に走ったのだった。
担当医は、ナカムラというじいさん。まったくあてにならないじいさんで、最近このへんで流行っている風邪という診断であった。ならばじいさん、風邪薬をくれればいいものを、 どういうわけか吐き気止めと下痢止めの薬をくれる。なんなんだ。
ともかく家に帰って安静にしていたのだが、仕事をしていたら、突然妻が大声で俺を呼ぶ。あわてて駆けつけたら、また大量に吐いてしまっていた。遅い朝ごはんで食べたものをすっかり吐いてしまったのだ。今度は妻がゲロまみれ。ついでにカーペットも、子供用ソファも、ゲロまみれ。夫婦二人でそれらすべてを片づけ、掃除した。
もちろんゲロまみれの服や諸々を片づけるのは大変だけれど、そんんなことは咲杜が涙を浮かべて苦しげに泣く姿を見ればちっとも負担に感じない。苦しいならいくらでも吐け、いくらでもきれいに洗ってやると口にする。
夕方になって少し寝て、夜は食欲がないのか、ほとんど食べずに牛乳とイオン飲料だけを摂る。機嫌がいいのが救いで、時々つらそうにはするものの、なんとか落ちついてきた。
と思って夜寝かそうとしたら、また突然布団に大量に吐いた。俺が抱いていたので、俺が再びゲロまみれ。咲杜も布団もシーツもゲロまみれ。でも、そんなことはどうでもよく、なかなか寝付こうとせず、布団に入っては立ち上がって歩き回っていたのは吐きそうになって苦しいためだったのかと思い至る。
ゲロの後は苦しさのあまり大泣き。そして目は大きく見開いて自分のゲロを見ている。苦しさに驚きが加わるのだろうな。びっくりしたなあ、もう大丈夫、落ちついて、と繰り返しながら抱いてやる。言葉の意味はわからなくても、気持ちはわかるのだ。抱いてやると、少し落ちつくのがよくわかる。
ナカムラにもらった吐き気止めは座薬であり、ちょっと強い薬のようだったので逡巡していたのだが、ここに至ってはそんなことを言ってる場合ではなく、咲杜を落ちつかせて座薬を入れたのだった。
ところがうまくいかないもので、座薬を入れてしばらくたったら、咲杜が下痢をした。昨日あたりから咲杜はうんちをするとお腹をぽんぽん叩いて教えてくれるようになったのだが、今日もその仕草をしたので、とりあえず大げさにほめてあげ、あわてておしめを取り替える。
取り替えながら排泄物を観察して(今日は汚い話を書いています)、それでも座薬はある程度吸収されたようだと判断。続けて座薬を入れるよりはこのまま様子を見ようということに決める。
起こって欲しくないことは起こって欲しくないときに起きるもので、やっと寝付いた咲杜が今度はおねしょ。うひょひょひょ。また着替えだ。妻と二人で「子育てはゲロとうんちまみれだなあ。ロマンチックな新婚時代は遠くなったなあ」と笑い合う。ついでに今日は一日中洗濯機を回し、一日中風呂場の乾燥機を回していた。あいにくの曇り空。昼には既に干す場所がなくなり、ハンガーも足りなくなったのだが、ゲロだろうがうんちだろうが洗濯だろうが、そんなことはどうでもよくて、ただひたすら咲杜が治り、いつものように暴れることを願うだけ。
たぶんこんなことは、子育ての先輩たちはどうということないんだろう。なんだか自分だけ偉そうに大変なことをしたように書いているけど、そこまで自意識はない。たいしたことではないと、心底思う。そういえば俺も子どもの頃、風邪で夜中に大量に吐いたが、父親がパンツとシャツだけの姿で布団から何から夜中に全部片づけてくれたのを思い出した。なるほど、親の気持ちは親になってわかるものなのだ。
今、午前2時。そんなわけで昼は何も仕事ができず、やっとさっき終わった。妻も大量の洗濯物をまだ片づけている。咲杜はとりあえず落ちついて寝ている。このまま落ちついて朝になるといいな。明日は妻が朝から医者に連れて行く。俺は取材だ。ふう、大変な一日だったわい。
2002.11.23
自宅で焼酎お湯割り。
久しぶりに合田さん一家と会う。妻が妊娠中に出会った、このマンションで最初の知り合いだ。息子とほぼ同時期に生まれたリカちゃんとも久しぶり。息子も嬉しそうだった。こういう知り合いは大切にしないとね。とても楽しかった。合田さん夫婦に感謝。
2002.11.22
終日原稿。自宅で焼酎お湯割り。
先週はすげえ忙しかったが、終わってみれば今週のほうがずっと忙しかった。なんだか負荷の多い仕事も目立ったし。でも、週末を迎えて来週の予定を眺めていると、今週よりも来週のほうがずっと忙しいのが今から分かり切っていて、既にぐったり。とほほ。今月は妻の実家へ孫の顔を見せに行けるのだろうか。うーむ。いつも思うことだが、なかなか仕事って平準化できないよなあ。
あ、忘れていたけど、昨日、ポール・サイモンの新しいベストアルバムがアマゾンから届いた。ファンは、同じ曲が入ったアルバムを一体何枚買うのだろう。でも、これは未発表のライブテイクが5つも入っていて、ラッキーだった。「ミセス・ロビンソン」のライブは最低。「明日に架ける橋」のライブは、途中で聞くのを辞めてしまった。「アメリカの歌」のライブは最高!! やはりこれは20世紀のベストソングだろう。
2002.11.21
取材2、原稿。潮見の居酒屋・甚八で日本酒。
ふう、やたらと忙しいなあ。忙しいうちがハナだけど。
「新潮45」
バカ母どもの教育競争は本当にアホらしい。セレブ気取りで5000円のランチを食いながら、情報交換だって。日本は確実にダメになっていくなあ。
2002.11.20
取材1、打ち合わせ1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
街はぼちぼちクリスマス仕様。相変わらず丸ビルはどえらい人出で、頭が割れそうだった。おかげで打ち合わせのために喫茶店に入ろうとしてもとても不可能。午後の半ばは、ランチで十分に稼いだ店がサボりに入るので、準備中のフダがやたら多かった。これもまた頭を痛くさせる原因。まったくどこが不況なのだろう。
「週刊文春」
筑紫哲也の週刊金曜日コメントを攻撃している。でも、筑紫は週刊金曜日の編集委員だったと書いているだけ。そんなのみんな知ってるんだよっっ。もっとスキャンダラスにいきたまへ、じゃーなりずむならば。
2002.11.19
取材4、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
ぺいちゃんのところのサワダくんが「あの日記、毎日更新してるんですかあ」と聞くから「そうだよ」と答えると「しえー」と心底驚いていた。ふふふ、甘いね。原稿書かずに日記書いているとは、夢にも思うまい。いや、ちょっとは思ってるか。
それはそれとして(こればっかだな)、最近息子が傘を欲しがってるというものだから、インターネットで適当に検索したら、フランス製のカエルの形を子供向けの愉快な傘を発見したので、通販で申し込む。大阪の業者だ。振り込みももちろんネットバンク。すべてネットで完了だ。日曜をはさんで中2日で到着。息子は大喜びで、家の中で傘を振り回して走り回っている。いやあ、ネット通販って本当に便利だなあ。もっといろんなものを買おうっと。相変わらずアマゾンにはいろいろとオーダーを溜めているけど。早く送ってこい、アマゾン。
2002.11.18
取材2、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
浜名湖の近くに住んでる岐部さんから、「珍味」が届く。"あぐりすてーしょんなぐら"にて売っている、藤沢さん(誰だ?)手作りの珍味で、コルドバマスター(誰だ?)が「生涯で最高に旨い珍味を食べた」と絶賛するものらしい。200円。
岐部さんはそれを求めにわざわざクルマを飛ばして奥三河まて出かけたのだが、ちょうだいねとは言ってみるもので、本当に送ってくれたのだった。
早速お昼ご飯にどれどれといただく。これが、あなた、いやまあ、ほんとに絶品。しそなんだけど、最初は味噌の甘みがじんわりと広がり、その後に奥からわさびの辛みがじゅわーっとわいてくるの。ううっ、よだれよだれ。確かにこれはすごい味だ。ご飯がいくらでも食べられるなんていうもんじゃない、この珍味そのものがいくらでも食べられるってもんだ。
残念なのはすぐになくなってしまいそうなことで、ああ、なんとかして通販で手に入らないかしら。うまいうまい。
それはそれとして、相変わらずというか、ますます激務モードに突入で、ひいこらさっさ。うーむ、既に1カ月先まで予定がいっぱいで「あー、ちみちみ、次の仕事は1カ月後にしてくれたまへ」と言いたいぐらいだけど、そうは言えないのがフリーの悲しさよ。しょうがねえ、家族を食わすために頑張るべな。
「AERA」
松下電器から「お宅の広告が不愉快だ」という抗議を受けたって。かーっかっかっかっ。どっちもどっちじゃ。死ぬまで長生きしてくださいね。
2002.11.17
終日原稿、自宅で焼酎お湯割り。
そういや例の「週刊金曜日」の北の国独占インタビュー騒動の際、かの筑紫哲也はおおむね「真実の報道と人権保護は、ジャーナリズムにとって永遠の課題である」というようなコメントを発表してたっけ。
かーっ。まったくなんつーアホだ。編集委員を務めているくせに当事者意識ゼロ(俺、あの雑誌大嫌い。大嫌いすぎて読んでいないほど大嫌い)。でもって、この上っ面の評論家然としたバカコメント。早く引退すりゃいいのに。昔は好きなキャスターだったけど、今は大嫌いなキャスターの第一位だぜ。
2002.11.16
終日原稿、自宅で焼酎お湯割り。
うーむ、原稿が終わらない。毎日一つずつ仕事を断っている状態で、精神的にもたいへんよろしくない。なのに来週はさらにハードで、いったいいつ原稿を書くのだあと叫びたくなる。うーむ、原稿が終わらない。
それはともかく、本日アマゾンより「現代用語の基礎知識」「イミダス」「知恵蔵」が届く。フリーになって15年、この3冊は毎年購入し、あらゆる知恵袋として使ってきた。だが、それもぼちぼち終わりか。何しろここ4、5年は、わからないことがあると迷わずインターネットで検索するようになった。「現代用語の基礎知識」を開くのはめったになく、「知恵蔵」に至っては一度も開かないのではないかというぐらい。もうこいつらの役目は、20世紀で終わったのだろうなあ。発行部数は確実に減っているはずで、一度調べてみたいものだ。とか思うと、すぐにネットで検索しちゃうわけさ。
2002.11.15
取材1。甚八で日本酒。
さぶ。ちょっと油断するとすぐに鼻がぐずぐずしてしまうから要注意だ。
丸ビルへ行ったので、帰りにケーキを買う。いつもは千疋屋でメロンババロアかマンゴープリンを買うのだが、今日は売り切れてしまっていたので、ユーハイムへ行ってスポンジケーキを買う。
仕事で出かけたときはだいたい帰りにこうしておいしいものを買って帰るのだ。いい父ちゃんである。本日はついでにピングーのおもちゃも買って帰った。なお、街はぼちぼちクリスマス仕様に様変わりしつつある。それはそれでいささか鬱陶しいが。
2002.11.14
取材1、打ち合わせ3。原稿。自宅で焼酎お湯割り。
日経ビジネスExpressというメールマガジンを講読しているのだが(講読ったってタダだけど)、本日のメールに「真偽のほどは分かりませんが、今、最も安上がりなハッカー対策はアップルコンピュータのOS(基本ソフト)を導入することだ、という説があります。ハッカーが攻撃を仕掛けるのは世界市場を制覇したウィンドウズに集中しています。シェアの小さいアップルでは被害も限られており、話題にならない。もはや彼らの攻撃対象から外れたというわけです」とあって、やっぱりそうかと納得。
不思議なもので以前は少数派ゆえの煩わしさ、負担というものがかなりあったが、最近はほとんどそれを感じない。「多様性があって当たり前」「OSが何だろうと大切なのはアウトプット」「それがどうした」といったようにパソコン文化も成熟したのだろうな。
となると、成熟した機械に雑誌は不要で(月刊冷蔵庫とか週刊掃除機がないように)、既にパソコン雑誌も衰退期に入ったのではないか。実際、あんなに買いまくっていた俺がここ2、3年はさっぱり買わなくなったものね。MacOSも9のままだし。
「週刊文春」
なに、ドラえもんがリニューアルだと。うーむ。リニューアルする必要のないものはしなくていいと思うが。ドラえもんは堀口元気のようなもので、ずっとそのままでよいのだ。
「週刊ゴング」
長州が新団体。そうすか。
「週刊プロレス」
こっちは女子プロの扱いが少ないねえ。
「ダカーポ」
最近はけっこう充実しているとの噂で手に取ったが、なるほど、こりゃすげえや。これだけの内容が入っていて280円はとても安いと思う。パソコン雑誌は見習うべきだな。
2002.11.13
取材5、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
リフォーム屋にリビングの壁面収納を発注していたのだが、本日、ようやく工事。思ったよりも高く、思ったよりもよい仕上がりだった。まあ、途中ではいろいろとじたばたしたが(営業担当ネギシがいろいろとずっこけさせてくれた)、終わってみれば、一安心。もっともネギシは請求書を忘れてきたとかで、最後までずっこけなのだった。ほほほ。
アマゾンから立て続けにCDが届く。立て続けといっても全部同じで、グッチ祐三のハッチポッチステーション「江戸川サリバン・ショー」のCDが3枚だ。いやあ、これが抱腹絶倒もの。海外ポップスのパロディが主なのだが、例えばクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」は「ママの名前はみよこ ママはみよこ ママみよママみよママみよ」になっちまう。思い切り吹き出してしまったぜい。
2002.11.12
取材1。自宅で焼酎お湯割り。
秋田へ日帰り出張。行きは新幹線で帰りは飛行機だ。秋田は寒いかと思ったら、そうでもなくて、ダウンジャケットを着ている自分が浮いちゃってたのさ。へっ。
土産は金満に稲庭うどん。移動に14時間で、取材は2時間。はあ、疲れたざ・ん・すっ。
「龍神町龍神十三番地」船戸与一・徳間文庫
新刊で読み逃していたので文庫をゲット。「一日で読むつもりじゃないだろな」と、一緒に秋田に出張したタマダ氏。いえいえ、そのつもりです。「そんなんじゃなくて、日記文学を読め。あんたの日記もなかなかよいぞ」とほめてもらった。恐縮です。ちなみにこの本は、駄作。かつては全日本の4番バッターだった船戸与一も、いよいよダメか。動機が弱い、怪しい人物が最初から怪しい、ご都合主義で怪しい人物が出てくる、最後がどたばた。ついでに言うと、主人公、最後は死んじゃいます。ダメじゃん、冒険小説のヒーローが死んだら(笑)。あ「猛き箱舟」では死んだか。
2002.11.11
取材1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
仕事で京王線の仙川へ。10数年ぶりではないか、こんな駅に降りるのは。記憶では郊外のひなびた駅前だったのに、まったく変わっていてえらくびっくりした。
このあたりは世田谷区と調布市の境目。ちょっと行くと、道一本はさんで、成城と調布が並んでいる。きっと地元では陰湿な階級闘争が行われているに違いないというのは、俺とウッチーの共通認識だった。ちなみにウッチーは携帯の待ち受け画面に娘の写真を入れている。だもんで、いい年こいたおっさんどうし、お互いに待ち受け画面を見せ合ってニタニタしていたのだった。
「ピーコ伝」ピーコ・日経BP社
おすぎとピーコの、ピーコによる語りもの。インタビュアーは糸井重里。単なるお笑いオカマだと思っていたが、案外に厳しく自分を律した、美しい日本人だったようだ。生まれてすぐに子供を亡くし、双子の男の子はどちらもオカマ、二人の女の子の一人は幼い頃から身体障害者という境遇にありながら、きわめて正しい子育てをしたピーコの両親に深く感銘を受ける。とても素晴らしい本だった。ピーコが義眼を洗面所に落としたというエピソードは抱腹絶倒。
「AERA」
アルビレックス新潟がこの2年で観客を5倍に増やしたらしい。たいしたものである。雪深い新潟にとっては、サッカーチームは最大の贈り物だろうなあ。俺も後援会(年会費1万円)に入ろうかと思って入会用紙を取り寄せて、ずっと迷ったままであるが。とゆーより、今時なんでネットで申し込み用紙を請求させるんだよと、ちょっと驚いた。
「噂の真相」12月号
ネタ不足。最近どうも迫力に欠けるね。ひょっとしたらぼちぼち歴史的にこの雑誌の役割というものがなくなりつつあるのかも。
2002.11.10
原稿。自宅で焼酎お湯割り。
「日経ビジネス」によれば、2007年頃から団塊の世代がどどっと定年を迎えるらしい。なんとこの世代は、4人に1人が貯金5000万円以上、借金はゼロ、年金は満額受給という史上最もリッチな定年退職者だそうな。
な、なんという嫌みなやつらだ、団塊。俺は団塊の世代と新人類に挟まれて今で肩身の狭いを思いをしてきたが、こうまであからさまだとは思わなかった。
いつの時代も消費リーダーなどとふんぞり返って市場を食いつぶし、その後のぺんぺん草だらけの荒れ地を俺たちの世代はとぼとぼ歩いてきたんだよっ。あげくに史上最もリッチかい。ああ、くやしいっ。ツラ出せ、団塊。そこに座れっ。
2002.11.09
原稿。自宅で焼酎お湯割り。
息子の風邪がなかなか快癒しないので、再び潮見の「しんおみクリニック」へ連れて行く。でもって、ついでに俺も診てもらう。
結果、ノドが真っ赤でけっこうハードな状態らしい。困ったもんだ。しおみ先生「抗生物質、出しますかねえ、どうしますかねえ」と俺に相談。この人、いつも患者に相談するのだ。長い時間。俺も答えて、そうですねえ、どうしますかねえ。結局、出してもらうことにする。
受付で(と言っても、ここのクリニックには医者と受付の2人しかいない)、薬をもらって会計。いつも家族そろってお世話になりますねえと挨拶したら「いえいえ」と笑っていた。
2002.11.08
取材2、打ち合わせ1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
風邪が抜けなくてのう、困っておるのじゃ。商売柄、インタビューせにゃならんのだが、しゃべってる途中でやたらと咳が出て困ってしまってのう。けほけほ。けほけほけほけほ。げえーーっほっ。これでは商売にならんのじゃよう。
2002.11.07
取材5。自宅で焼酎お湯割り。
はあ、疲れた。今日は原稿までたどり着く元気がなかった。取材から帰ってたまっているメールに返事を出し、スケジュールの調整をしただけで、もうぐったりなのさ。しかーしっ、まだまだ山はこれから(今、ATOKは「ヤマハこれから」って変換しやがった)。父ちゃんは頑張るのだ。おー。
「週刊ゴング」
突然モッチーの特集ページが掲載された。とても素晴らしいことである。
「週刊プロレス」
突然SUWAがほめられていた。とても素晴らしいことである。
「週刊文春」
びっくりするようなネタはなし。
2002.11.06
取材2、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
来週、秋田に日帰り出張なのだが、ふと気づいたのがコートがないということだった。あまりにボロくなったので春に処分したのである。さて、困った。秋がなくなった日本は、既に冬である。何か暖かいものを調達しなければ。そう思いながら東京駅を歩いていたときにたまたま目に入ったのがユニクロの看板であった。
ユニクロである、ユニクロ。インチキなビジネスモデルで調子に乗って日本人全部にフリースを着せてやると大見得切って、あげくに株価が下がって大慌てで野菜も売っちゃうと発表して袋だたきにあった、岡山の田舎会社のユニクロである。
そんなユニクロの看板が目に入った途端、なんということか俺は「ああ、ここでいいや」と入ってダウンジャケット5900円を迷うことなく買ってしまったのだった。変節の人とは俺のことを言うのだろうなあ。まあ、仕事で着るんだから何でもいいや。しかしユニクロのでっかい袋を持って電車に乗るのは、品質より価格、デフレ大好き、IPO成金万歳と世間に公言しているようで、えらく恥ずかしかった。
「顔」横山秀夫・徳間書店
「半落ち」で世間を泣かせた横山秀夫の新作である。今度は婦人警官が主人公の連作短編集。まったくこの人は、なぜこんなにも人間の弱さや醜さを描くのがうまいのだろう。それも「うんうん、わかる、俺でもそうするよ」と言いたくなるような弱さを。「だから女は使えねえ」と言われて沈没した婦警が主人公。さすが短編の名手である。どの作品も、素晴らしい完成度である。今一番お気に入りの作家だ。
2002.11.05
取材2、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
息子がちょいと風邪気味。妻が医者に連れて行ってくれたが、あまり元気がない。やつはやつなりにつらいのだろうなあ。いつもはこちらが手を焼くほどの暴れぶりなのに、ぼんやりしている姿を見るのは、かわいそうである。早く治れよなあ。
しかし、俺も急に忙しくなっちゃってさあ。うーむ、これから毎日あちこちばたばただがね。ギターの弦を張り替えないといけないし髪も切りたいのに、忙しくなっちゃってさあ。あ、なんか、忙しぶってないか?俺。
2002.11.04
自宅で焼酎お湯割り。
三連休の最後の日は、何もしない。書くべき原稿は先週末に既に仕上げているので、この日はとにかくだらだらする。午後には親子三人が並んで昼寝。なんとそろいもそろって3時間も寝てしまい、起きたら5時半で外がすっかり暗くなっていてびっくり。うほほほ。こういうのを惰眠というのだろうね。ああ、気持ちよかった。息子もたっぷり昼寝して、おかげで夜には目がぎらぎらなのだった。
「紙のプロレス」
闘龍門の神田のインタビューが読みたくてね。しかし新日本はもうダメだな。誰もが見切りをつけ始めている。
2002.11.03
前日の伊豆旅行は、行きの渋滞がともかくひどかった。新木場入り口から首都高に乗る前に夢の島公園の「赤旗まつり」という不気味なもの関連の騒ぎに引っかかって予想外に30分のロス。東名では予想通りに海老名あたりまでの渋滞で1時間のロス。予想外だったのが沼津市内の渋滞でなんとここでも1時間のロス。高速の出口で混んで市内で混んで、まったく沼津ってのはしょうもないところだったわい。もっともこれは三連休初日に観光地へ出かけようとするなら当然の覚悟か。
こうした渋滞が帰りにはほとんどなかったので、天城から潮見まで2時間半。前日のきっかり半分であった。帰りに三島にある岐部さんの奥さんの実家に寄ろうかと思ったけど、岐部さんと鉢合わせたしら面倒なのでやめた。
夜は潮見に先日オープンしたばかりの海鮮居酒屋「華のまい」へ家族で行く。潮見の住人はこうした店に飢えていて大行列。予約していって正解だった。どれどれ、海鮮居酒屋なら潮見運河で獲れた泥臭い刺身でも食わせるのかよと思って出かけたのだが、そんなことはなくて、普通の居酒屋であった。
ところが定員のレベルがばらばらで、開店用のヘルプで他店から応援に駆けつけたベテランはきびきび動くのに、新しく採用された定員は忙しさのあまりに目が泳いでいる始末。こっちは子供もあきてくるし、注文したものがなかなか来ないので(確認してもらってもその返事を待つのに10分かかるといった具合。ありがちだ)、薩摩揚げと磯辺揚げを待たずに出てしまう。
外はしっかり寒くて、日本の秋はどこへ行ったのだ。嵯峨沢館では結局6つの風呂に入ったことなどを思い出しつつ、寒い11月の夜空の下を親子三人で家に帰ったのだった。
「AERA」
元日本代表ゴールキーパーの小島が、草津温泉で群馬のチームのために頑張っているらしい。そうかそうか。人柄だけは森島とトップを争っていた人だけに、頑張って欲しいものだ。
2002.11.02
妻の誕生日のお祝いに、家族で奥伊豆の温泉・嵯峨沢館へ。客室30という中規模旅館なのに、お風呂は11もあって、しかも部屋には専用の露天風呂までついている。極楽でした。風呂の数が多いから、確実に貸し切り状態で入れる。旅館のもてなしも、頭が下がるぐらい行き届いている。ほとんど理想の温泉旅館。はあ、極楽極楽。滞在中から、また来ようと決心する。いい温泉は大事にしないとね。
2002.11.01
毎年恒例、新宿・花園神社の酉の市へ、伊豆原くん、えーじ画伯と。残念ながら親分は突然の接待で欠席。
もう何年になるか、ともかくここに行かないと一年が終わらないという酉の市。しかし今年は早い。前夜祭が10月だなんて気分が出ない。とはいえ、しっかりお参りし、屋台を3軒はしご。1軒目はえーじ画伯のおごり(後輩だがじゃけんは非情なのだ)、2軒目は伊豆原くんのおごり、3軒目は残った俺。おいしいおでんと煮込みをたらふく食って、いい気持ちで酔っぱらって、熊手を買って帰ったのだった。3人とも来年もいい年になるね、きっと。
2002.10.31
自宅で焼酎お湯割り。
昨日はインフルエンザの予防注射を受けたのだが、医者が検査で俺のノドを見て「あれえ、赤いですね」。そう、ちっと風邪気味だったのだ。もちろん風邪などに負ける予防接種ではないので、強行しましょうとの合意の元に注射したのだった。
しかし、夜に調子に乗って甚八へ飲みに行ったのがいけなかったか、明け方からノドがえらく痛く、鼻もぐずぐず、頭はがんがんでしっかりと風邪を引いてしまった。とほほ。皆さんも気をつけて。
「週刊文春」
北の国関係では、借りを作りたくないと訪朝を断った。その姿勢は評価できる。だがそれがネタ不足に影響しているのは苦しいところだ。ともかく親朝派の朝日には負けないで欲しい。
「週刊ゴング」
今週は28日の後楽園まで掲載していて偉い。闘龍門の話だけど。
「週刊プロレス」
28日の後楽園が掲載できなかったようで、お前の負けー。
2002.10.30
原稿、自宅で酎ハイ。
えーじ画伯から「10/30が抜けているだす」というメールが来たのでよく見てみたら、なんと、確かに抜けていた。えーと、この日は何をしたんだっけとスケジュール帳を確認。ふむ、医者の日だったぞ。午前中は妻が検診、午後は咲杜が検診、夕方は夫婦でインフルエンザの予防接種。去年もインフルエンザの予防接種は受けたが、これをやっとくと風邪を引いてもひどくならずにすぐ治る。画伯も受けておくといいと思うぞ。
2002.10.29
打ち合わせ1、原稿。自宅で酎ハイ。
東陽町の江東区役所に車で行くと、駐車場の入り口でオヤジ1号が駐車券を手渡してくれる。もちろん機械式のゲートがあるので、駐車券は自動で出てくるのだが、それをわざわざ取って丁寧にもこちらに手渡してくれるのだ。そのためだけにオヤジ1号はゲート前に不機嫌な顔でたたずんでいる。
駐車場に入ると今度はオヤジ2号が、あそこに停めろ、そこはダメだと駐車位置を指導する。そのためだけにオヤジ2号は不機嫌な顔で駐車場内をうろうろしている。
区役所で用事が済んだら、それぞれの窓口で駐車券にスタンプを押してもらうのだが、江東区役所ではそのままでは出ることができない。スタンプの押された駐車券をわざわざ1階の専用窓口まで持っていき、パチンコの景品交換所のような窓の向こうに声をかけ、オヤジ3号に頼んで駐車ゲート専用のコイン(500円玉大)に交換してもらわないといけないのだ。もちろんオヤジ3号は、駐車券をコインに交換するためだけに不機嫌な顔で窓口に座っている。
帰りにゲートへ行くと、オヤジ1号がコインを受け取って代わりに投入してくれるかというと、そんなことはなくて、自分で手を伸ばして入れなければならない。オヤジ1号にとっては、あくまで駐車券を手渡すことだけが唯一にして無二の使命なのである。
江東区では、学校などのインフラ整備が人口増加に追いつかないという理由で、新たなマンションの建築を制限するという暴挙に出た。行政が行政として機能していないことを自ら明かして平然としている厚顔ぶりである。高齢化と人口減少が進む中、どこの自治体も税収不足に悩んでおり、「選ばれる自治体」を目指して定住促進に必死に取り組んでいるというご時世に、江東区は「もう人は増えなくていい」と高らかに宣言したのである。学校を建てる金は出さないけど無駄な人間を雇うことに糸目はつけないなんて、さすがに金持ちの区は違うねと、不機嫌な顔のオヤジ1号から3号に嫌みの一つも言いたくなる。
2002.10.28
取材1、打ち合わせ2。自宅で酎ハイ。
金内おじさんが座っていたので「ども」と近寄っていったら「今見てるから」と言う。何かと思えば、なんとこの日記を見ている最中だった。
うーむ、自分のページを、しかも日記を、目の前で見られるというのは非常に恥ずかしい。入浴シーンを覗かれたような気分だ。金内おじさんてば、えっちい〜。しかしこうして俺にプレッシャーかけて交渉ごとを優位に運ぼうとするなんて、おじさん、なかなかの佐久市じゃない、それは長野、策士じゃのう。
しかし最近はちと疲れ気味なのか、どうも仕事の運びが遅くていかん。風邪気味でもあるし。こんな時は無理しないでとっとと休もう。って、休むと飯村君に怒られるのであった。ごめんよう。
「AERA」
いい人、田中さん。ブームらしい。なるほど、ああいう人がいたら心が和む。癒しだ。理系サラリーマンの星でもあるし。
2002.10.27
原稿。自宅で酎ハイ。
昨日から息子がちょい風邪気味。悪いことに妻もちょっと風邪気味。俺だけ元気などと脳天気なことを言ってる場合ではなく、気をつけなければ。
「アコースティックギターマガジン」
本当は明日発売なのだがフライングで出ていることをネットで知り、あわてて買いに走る。なにしろ岸辺真朗のコピー譜が載っているのだから。
2002.10.26
原稿。珍しく何も飲まないで寝る。
午後、丸ビルでパーティーがあって出かける。などと書くといかにもギョーカイっぽいが、なに、パーティーなんて義理半分に営業半分(主催者に見られたらマズイな)。知り合いを見つけては、どもども、ごぶさた、元気?ぼちぼち、いやあ不景気で、今度近々、いずれまた、などと挨拶していれば、1時間もいると手持ちぶさた。だもんで、ちょうど1時間でこっそりと脱出する。
しかし丸ビル、土曜日なのに大混雑。まいったまいった。
今週は、神戸、福岡、静岡と日帰り取材が続いたので、自分でも気づかないうちに体の奥底が疲れていたのかもしれない。こんなことでは新幹線の運転士にはなれないな(なるつもりだったのか、オレ)。夕ご飯を食べて息子を風呂に入れたら、どうにも眠くなってしまい、息子と一緒に早々に布団に潜り込んでしまったのだった。
ギタリストは、今日、青森に帰ったのだっけ? 夢うつつに、無事と笑顔の再会を祈った。
「プロレス元気ですか」ターザン山本・新紀元社
マグナムTOKYOのインタビューを読む。まったく今のプロレス、メジャー団体はもう末期的で、闘流門が一番元気だ。一度でも見れば、その面白さがよくわかる。
「インタビュー術」永江朗・講談社新書
俺と同業の人はみんなそうだと思うけど、インタビューの仕方なんて、誰にも教わらず、経験しながら自分なりにノウハウを開発するものだ。だから他人のやり方がとても気にかかる。同時に、自分のノウハウをこうして開陳してしまうことに、同業者としてつい心配してしまう(だって次からやりづらいでしょ、手の内をあかしたら)。そんな意味で、とても参考になった。なるほど、人によってやり方は様々だ。
2002.10.25
取材1、原稿。自宅で酎ハイ。
てなわけで、本日は静岡に日帰り取材である。
駅前がバスロータリーなんかで占領されていて、人は地下をくぐらないと向こうへ渡れないようになっているのは全国の地方都市に共通の現象だが、静岡の場合は駅前だけでなく街なかの大きな交差点にも横断歩道がなくて、人はわざわざ階段で地下通路に下りないと向こう側へ渡れないようになっているのだ。
先日は神戸のことをハードがあってハートがないと文句つけたけど、静岡はハードもないのであった。ちょっと呆れてしまった。
ついでに付け加えると、その地下通路を渡らなければならない横断歩道なしの交差点には、パトカーが停まっていて、違反者がないか見張っていた。静岡市民はご丁寧にも税金を払って家畜並みの扱いを有り難がっているようである。
などと、ああ、また悪口である。しょうもないな、俺は。静岡市民の皆さんがここを読んだら気分を害するではないか。埋め合わせに江東区の悪口でも言わなくては。って、いくらでも言うことがあるぞ、江東区。まずは区役所の駐車場担当者問題だが、それはまた近いうちに。
2002.10.24
取材1。潮見・甚八で日本酒。自宅で焼酎。
続いて今日は福岡へ日帰り取材。羽田まで車で20分、羽田から飛行機で90分。つまり福岡は神戸より近いわけで、昨日より遅く出て昨日より早く帰ってきたのだわさ。
まあ、しかし神戸の例ではないが、あちこち取材に出かけるたびにその場所の悪口を言うのはあまりに根性が曲がってるなあと反省。だから福岡をほめよう。と思っても、日帰りじゃ何もわからんなあ。え? ならば日帰りで何もわかんないのに神戸の悪口を言ったのか、俺は。うーむ。
それはともかくこちらが私のスケジュールです。ぺいちゃんは、ちゃんとブックマークしておくように。
というわけで、明日は静岡に日帰りだ。土産は何にしようかなあ。
「週刊文春」
あの5人が直面しているのは、要は「親を取るか、子を取るか」という選択なのだと。なるほど、「親を取るか、子を取るか」か。確かにこりゃ究極の選択だ。
「球形の季節」恩田陸・新潮文庫
やっとこさ世の中に認められ始めたという感のある恩田陸。その2作目の作品である。スティーヴン・キングの影響が見え見えの作品なれど、それを十分に消化しきっているところに拍手。しかし途中で息切れして尻切れトンボに終わっているところにブーイング。
「ビジネスマンのための新・教養講座」宮崎哲弥・洋泉社
俺って教養がないんだろうなあ、ちっとも楽しめかなったよ。とほほほ。
2002.10.23
取材1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
神戸まで日帰り取材。行ったのは三宮のみや(今朝このギャグを妻に言ったら思い切りコケられた)。
9時半の新幹線で東京を発ち、午後に取材して帰ってきたのが8時。普通の父ちゃんより早いんだから、なんだかおかしいぞ。もっとも帰ってからも原稿だったけど。
それにしても神戸。久しぶりにいったが、震災復興ですげえきれいになっていたなあ。しかし、タクシーの態度は昔から悪くて(挨拶なし・返事なし・お礼なし・言わなきゃ領収書出さない・くれと言うと嫌な顔をする・運転が乱暴)、これは少しも改善されていなかった。恥ずかしいぞ、神戸。ハードだけ、つまり見せかけだけきれいに整えても、ソフトつまりマンパワーサービスがこれじゃあね。
「投資戦略の発想法」木村剛・講談社
とってもいい本。「節約に優る投資はない」「株で儲けるのは二流。一流の人は仕事だけで稼いでいる」「2年間生活できる貯金ができたら、余ったお金で投資しなさい」と、きわめてまっとうなことばかり説得力たっぷりに教えてくれる。ところで貯蓄広報中央委員会というところでは、用紙に必要事項を書き込んで送ると、将来の生活設計をシビアにシミュレーションしてくれるらしい。誰かやってみない? 半分以上の人が生活破綻するという結果が出るそうだから、俺はこわくてこわくて…。
「編集会議」
もっと本を読もうという特集。いい特集である。もっと本を読みたいよ。おれ。
「別れてください」吉村達也・集英社文庫
新幹線で読むものがなくなるかもという予感におそわれ、新神戸駅で購入。こういうときに格好の作品を書くんだよなあ、吉村タッちゃん。お手軽ご都合主義のホラーミステリー。こういう作家は重宝されるようね。250ページ2時間。東京駅で捨ててくればよかったなあ。
2002.10.22
取材1、電話取材3、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
最近は天候があんまりよくなくて、洗濯物を干すのに苦労する。ベランダしかないので、干す場所も狭いし。困ったときは、バスルームの乾燥機を使うが、2、3時間もかけていればほぼ乾くのでとても便利だ。でも、時には一日中かけっぱなしだったりするから、それはそれで、困ったものだよね。
「編集会議」
俺は文章が下手なので「文章力」という特集のバックナンバーを買ってきて読んだんだけど、この雑誌、けっこう面白い。活字文化を考える意味で。「本の雑誌」がつまらなくなって読むのを辞めてずいぶんたつが、代わりにこれなら読んでもいい。
2002.10.21
終日原稿。自宅で焼酎お湯割り。
今週は超ハードである。と言いつつ、一日家にいてだらだらと原稿仕事。途中、オー塚家具から先日買ったテーブルとベンチが届く。これがなかなか素敵。ベンチはかなり低いので、遊びから帰ってきた息子が「お」と叫んだまま、嬉しそうに飛び乗って座っていた。やっぱり同じテーブルで食事がしたかったんだね。さっそく晩ご飯から子供用のイスを取り払い、同じベンチに並んで腰掛けて食事したのだった。
「AERA」
表紙がノーベル賞の田中さん。それを見た田中さんファンの妻は「とうとうAERAの表紙にまでなっちゃったのね」と感心していた。
2002.10.20
自宅で焼酎お湯割り。
独身時代に10年以上を過ごした笹塚という街は非常に居心地のいい場所だったが、それでも住んでいる間にいろいろと違和感を覚えることも多かった。例えば、子供の数が異常に少ないことである。
独身者であった俺とファミリー層の生活時間帯が違っていることはあるとしても、あの子供の少なさはかなり変であった。つまり高齢者が非常に多いことの裏返しなのである。この高齢者は古くからの住民であって、商店街などはそうしたシルバー向けの物販店と、シングル向けのこじゃれた飲食店が並んでいた。
当然、住民もくっきりと色分けされていて、高齢者とシングルと賃貸ファミリー層は決して交わらず、それぞれが相手の存在をないものと決めつけて生活していた。一見居心地のいい街だったけど、そんな不健康な匂いに気づいたのは4、5年してからだった。
「新潮45」
北朝鮮に拉致される寸前に逃げてきた人の驚愕の手記。はあ、びっくり。
「週刊文春」
キムタクって体臭がきっついらしい。
「サイゾー」
モー娘とジャニーズがよく合コンしてるんだって。
「アコースティック・ソロ・ギターの誘惑」
ぎょ。突然の発行。中を見たら信じられないことにヴァン・ガイ・デューサーの伝説の名演奏「星条旗よ永遠に」のコピー譜面が載っている。瞬間的に発狂。口を半開きにしたままレジへ走る。もちろん弾けるわけなどないのであった。
2002.10.19
妻の実家へ、家族で里帰り。姪っ子のあやちゃん一家もやってきて、そりゃもう大騒ぎ。あやちゃんも、咲杜も、一緒に遊ぶことを覚えてきたので、思い切りにぎやかだ。
俺は、いつものことだが、これ幸いとばかりに昼寝を決め込む。で、晩ご飯にはビールを飲ませてもらい、ついでに旨い日本酒まで飲ませてもらって、なんと9時には寝たのだった。妻の実家では、いつもこうしてぐーたら父ちゃんになるのであった。すっかり、くつろがせてもらったなあ。
2002.10.18
取材1、原稿。自宅で酎ハイ。
我が家では「NHKおかあさんといっしょ」という絵本を毎月購入している。言うまでもなく、同名の番組を素材にした、ビジュアル本だ。当然、歌も多く掲載されている。
その11月号を買ってきたら、ぎょっ、巻頭に「おてんきじどうはんばいき」(お天気自動販売機)を工作するコーナーがある。むむむ。何号か前には、「ズズの帽子」を工作するページがあり、基本的に図画工作の大嫌いな俺は、これも父ちゃんの役目と腹をくくって、大変な苦労をして完成させたのであった。
それが今度は「おてんきじどうはんばいき」である。うーむ、どうしよう。これは、くわもに責任があるのだろうか、どうなのだろうか。あろうがなかろうが、代わりに工作してもらいたいものである。
2002.10.17
終日原稿。自宅で焼酎のお湯割り。
都市基盤整備公団(都市公団)の住宅団地で家族らにみとられずひっそり死んでいく「孤独死」が、年々増加しているというニュース。その過半数が65歳以上だそうだ。
サイモン&ガーファンクルの「OldFriends」という歌に「自分が70歳になるというのは、なんと奇妙で恐ろしいことだろう」というフレーズがあるが、孤独に暮らしているコンクリートの箱の中で、誰にも知られずに徐々に消えていくイメージというのは、これは恐ろしい。
ニュータウンと呼ばれる街は住民の高齢化が進んでいるが、彼らの命がこれからひっそりとぽつぽつ消えていくのは、都市の惨さであるような気がする。
2002.10.16
終日原稿。一歩も外出せず。自宅で伊佐美のお湯割り、スダチ入り。
「なあーんて面白いんだ、日本のサッカーは」。なあーんてバカなんだ、このアナウンサーは。TBSの清水大輔だ。相変わらずの腐れ絶叫野郎だ。とっとと消えな。ジーコジャパン第一号のクビはおまいだ。ついでに解説の金田さん、語尾の上がる話し方はやめてね。中年男がそれをやると、けっこう気持ち悪い。それから水沼。パシリに使われていることに気がつけよ、いい加減。
俺にはジーコの船出だとか、一生懸命頑張ってる選手が美しいとか、そんなことで舞い上がる趣味はないね。口汚くののしってやるの(結局俺にとって代表とはそういう存在なのだな。まあよい、所詮は玩具なんだし)。
まず鈴木だ鈴木。相変わらず口が開いてるぞ口が。ベルギーでも笑われてるぞきっと。まあ、口はよい。それよりも依然としてポジション取りが悪いぞ。そんなところで口を開けて待っていてもボールは決してこぼれてこないぞ。クビだ。
次。秋田。あー、ご苦労さん。息が上がってるぞ。人柄と恐い顔だけではサッカーはできないぞ。恐い顔は奈良橋も一緒だが、同じ年寄りならゴンのほうが、よっぽど使えるぞ。クビ。
次。あ、俊介か。おまえ、イタリアいっても根暗だなあ。体力も相変わらずだなあ。ころころ転びすぎだな。イタリアでもコンビニ弁当ばかり食ってるんじゃねえぞ。基本的にクビ(なんだよ、基本的って)。
結局一番切れていたのはやっぱり中田で、相変わらず中田のチームであることがはっきりしたぞ。残念なのは名波の場所がないことだ。だから俺がジーコに提言したのは、中田をトップに使って、名波を左、俊介またはモリシをトップ下に使うことだ。もちろん中田のパートナーは高原だ。でもジーコは「一人でできた」と言って、俺の意見を聞いてくれなかった。
あ、中田のパートナーと言えば、懐かしの平塚時代の奈良橋だ。先輩なのにさんざん中田にバカにされ、コケにされた奈良橋。足が遅い!と試合中に観衆の面前で罵倒された奈良橋。それでも涙を拭いて立ち上がり、しつこく右側を上がり続けた青春時代を思い出し、俺は涙したね。あの頃、中田は奈良橋を嫌いだったんだろうなあ。今、たぶん中田は鈴木が嫌いだろうが。
ともかく情けなさの上に酔っぱらってるものだから、失礼のオンパレードで書いているのだ。ジャマイカ? うーむ、適度に強くて、勝てそうでもあり、負けても仕方ないと思えて、ちゃんと因縁もあるし、まったくジーコのために格好の相手を見つけてきたものだ。うまいうまい。協会に座布団一枚。
2002.10.15
打ち合わせ2、原稿。潮見の甚八で日本酒。
「お前も親になりゃわかるよ」という言い回しがあるが、40過ぎまで独身で好き勝手に暮らしていた俺には、親の気持ちなんて一生わからないかもしれないなあと思っていたものだった。それが今では一児の父親になっちゃって、なるほど、確かに親の気持ちとはこうだったのかと、よくわかるようになった。
自分の都合よりも子供の気分を優先させるし、笑い顔が見たければ何でもするし、必要のないものでも買ってしまおうとするし、まったく親というのは。ともかく四六時中子供のことばかり考えるようになるのは、親の宿命のようなものなのだろうか。
だから24年間という時間の長さと重さは、あまりにも凄まじいのだ。察することはできるが、わかってあげることなど到底不可能だろう。何の前触れも落ち度もなく忽然と消え去って24年間。「死ぬまでに一度でいいから顔を見たい」とか「帰ってこなくても、どこかで元気でいることがわかればそれでいい」というのは、以前は単なるレトリックだと思っていたが、今では親というものの偽りのない本心であることが十分に理解できる。だから再会した家族たちの姿には、心からよかったと思えたし、ともかく静かにそっとしておいてやってほしいと思うのだ。
それにしても24年である。24年前の夏、俺が何をしていたかというと、ちょうど20歳で、実家で一夏をかけて自動車学校に通っていた。それから24年間、留年して卒業して就職して独立して結婚して子供ができたという、わずかこればかりしか書けない生き方をしたのに、あの人たちはとんでもない辛酸をなめてきたのだろうなあ。何もしてこなかった外務省と政治家は、とんでもねー。今出ている「文藝春秋」を読むと、そのあたりの事情があますところなく書かれていて、ページをめくるたびに様々に猛烈な感情がわいてくるのだった。必読。
2002.10.14
自宅で酎ハイ。
2月に煙草をやめてから、一本も吸っていない。完全にやめた形だ。今までパーフェクトとか完璧といった言葉とは無縁の生き方をしてきたのに、これはどうしたことだ。
8カ月以上も吸っていないなら、もう吸いたくないだろうと思いきや、現実はそのまったく逆で、むしろ吸いたくて吸いたくてたまらんのだよこれが吸いたい吸いたい吸いたくてたまんなああああいのだ。一番きつかったのはやめてから一週間ほどだったが、それ以来吸いたい吸いたいはずっと同じレベルで吸いたい吸いたいなのである。
これは計算外のような、それでいて、やっぱりそうだったかというあきらめの境地だ。以前読んだ「禁煙の愉しみ」という本には、"煙草の復讐というものはそれはそれは恐ろしくて、吸いたいという思いが一生とりついて離れないだろう"とあった。読んだときは、何を大げさなと思ったのだが、まったくその通りであった。
さて、俺はいつまで戦い続けられるのだろうか。心の中では息子が20歳になったら「やれやれ、ふう」と言いながら20年ぶりの煙草を吸ってやろうと思っているのだが。
ということは別として、父は午後に田舎に帰った。朝から孫とたくさん遊んでくれた。疲れただろうなあ。こういう時間はもっと大切にしないといけない。
実家に帰省するたび、あと何回こうして親に会えるのだろうと思ってしまう。同じように、あと何回、父はこうして東京の息子と孫に会いに来てくれるだろうか。そう思うと、いろんなことを大切にしなければという思いにかられるのだった。
2002.10.13
潮見の居酒屋「甚八」で日本酒。
三連休の真ん中、親戚の法事があって父が田舎から上京だ。もちろん法事後は我が家に泊まる。夕食は妻子を入れて4人で甚八へ。おじいちゃんとなった父が、孫の顔を見るために息子の家に泊まる。こういう当たり前のことが当たり前にできるのは、たぶんきっととても幸せなことなのだろうな。喜んで歓迎してくれる妻にはいつも感謝である。
2002.10.12
終日原稿。自宅で酎ハイ。
休日でもずっと仕事部屋にこもって原稿と格闘なのだった。でも眠かったなあ。秋でも眠いときは眠いのだ。ぐう。
「日経ビジネス」
これから80日間で日本の運命が決まるらしい。そう言われ続けて10年。
2002.10.11
取材1,原稿。自宅で酎ハイ。
仕事を辞めて北海道で暮らすと聞くと、大自然とともに厳しく美しく生きるのだなあと思う。一方、仕事を辞めて沖縄で暮らすと聞くと、働かないで自堕落に遊びほうける気か、と思ってしまう。この差は、やはり南北問題だねというのが、俺とぺいちゃんのこの日の共通認識である。だから、森井君、富良野に引っ越すなんていうのはやめなさい。似合わないからね。
2002.10.10
打ち合わせ2,原稿。潮見の甚八で日本酒。
プー横丁から岸辺真明(ギタリスト)の新作「Bloom」が届く。1曲目のHajimari(なんつータイトルじゃ)が、ドえらく美しい曲で、ほれぼれ。ギター一台でこの美しさを表現できるとは、さすがである。ため息が出るようなきれいな曲で、心がじんわりとしてくるのだった。岸辺真明はすごいアルバムをつくったなあ。いずれ楽譜も出るだろうから俺もマスターするのだ。と言いつつ、前作も弾けていない。
「収支決算!ワールドカップ」別冊宝島
あのバイロム社に半分出向のような形で行ってた人物にインタビュー。あの会社、はなからまともに仕事をする気がなかったみたいね。
「週刊ゴング」
闘龍門の記事はカラーで載せるように。
「週刊プロレス」
闘龍門の記事はもっとたくさん載せるように。
2002.10.09
自宅で酎ハイ。
関係各方面からの攻撃のすき間を縫って、隠れるようにお台場へ遊びに行く。へっへっへっ。
っと、忘れないうちに業務連絡。ジャッキーが「僕は香港生まれの日本育ちなんかじゃない」と涙目で訴えていたらしいが、ならば日本生まれの香港育ちに訂正だ。業務連絡終わり。
で、お台場だけど、まずデックスで買い物。ちょうどいい大きさのご飯茶わんを見つけて、2つ購入。同じ店で(粋屋という名の和風小物の店だ)「湯」と大書してあるバスタオルも購入。パジャマを探したけど、いいものが見つからず。引き続きアクアシティへ行き、コムサデモードの100円ショップ(だろ?この店。やたらと安い雑貨に女子高生が群がっていたから)へ。洗濯ハンガーを格安でゲット。この100円ショップ、けっこう使えるぞ。コムサデモード、気取っているけど隠れユニクロ路線が見え見えだ。
アクアシティでもパジャマは見つからず(というより、ここにはそんなにいい店はない)デックスへ戻ってお昼。インド料理だ。ここは安くて1人800円でバイキングが楽しめる。味はそこそこなれど、商売っけのないインド人がとてもフレンドリーでサービスがいい。ナンがなくなったよと注意すると、わざわざ焼いてテーブルまで持ってきてくれて、どんどん食えもっと食えとすすめてくれるのだ。
おお、そうだ、忘れていた。デックスではミニサイズのショッピングカートを発見。これ、息子がえらく気に入ってしまって、もう離さない。店のおばちゃんも「うちの娘もおもちゃ箱に使ってるんですよ」と調子のいいことを言ってた。これだけど、テーブルの上にちょこんと乗っかるサイズなのよ。
さて食後はTFTへ。先日の渋滞のリベンジで、オー塚家具へ行く。受付システムというアホなものを導入している家具屋だ。担当の打木を呼んでもらうと、ジーンズ姿で登場し「いやあ、今改装中で」。なんと、オー塚家具はこんなところで経費を節約しておったのだ。俺達はそのままの格好でもいいけど、上に怒られるんでしょ?と言ったら「そうなんです」と情けない顔。着替えてから再登場することになった。
その間、目をつけていたダイニングテーブルを再確認。やっぱり欲しいねということで夫婦の意見が一致し、再登場の打木に発注だ。けっこうお買い得価格。なにしろジャスコより安かったからね。ふふふ。納品は再来週だ。楽しみ。
その後、TFTで俺の腕時計を買い、PRONTでコーヒーを飲んで帰る。親子三人、平日から呆けた顔で過ごしたのだった。でも、その間、携帯がぴーぴー鳴るだろうと期待したのに一度も鳴らないの。うーむ、どういうことだ。やばいのか、当事務所。まあ、面倒なことは落ち着いてから考えよう。
2002.10.08
終日原稿。自宅で酎ハイ。
外出の予定もなく、たまった原稿を一気に片づける日。ということで午前中からキーボードを打ちまくっていたが、昼飯を食ってふと気づけば、このまま一日家にいて過ごすことになるわけで、こりゃ不健康だとばかりに散歩に出る。散歩っつってもマンションの周りを一周半。「半」というところが優柔不断ぽくてなかなかいいよね。
晩飯は昨夜のマンボ屋のお土産のギョウザの残り。やっぱりうめえ。今度家族で大量に食いに行こうっと。岐部さんも行きましょう、うーっ、マンボっ。
2002.10.07
取材4,打ち合わせ1。
「そうだ、マンボ、食いたくないか、マンボ」。首都高速の木場出口を前にぺいちゃんがそう口にしたとき、このアホ、ついに本当のアホになったかあ、と感慨がわいたのだった。車内にはぺいちゃんの部下のジャッキー(旧エルビス、元ベトコン)。こいつは香港生まれの日本育ちであり、軍事評論家で自衛隊ヲタク、かつジオラマ・フリークという危険人物である。先日香港に里帰りした際、連行していった彼女を置き去りにしたという噂もあるほどだ。これ以上のことは時節柄ギャグにならないので自粛だけど。
それはともかく、マンボである。発狂したぺいちゃんは、我々の返事も待たず、東陽町へ一直線。いや、一直線しなくても、出口がもう東陽町なんだけど、そのまま小汚い「餃子」という看板のある店に突入したのだった。おお、ここはあの餃子屋ではないか。まんまだ。一度は寄ってみたいと思っていた、東陽町と木場の中間にあって、永代通りと大門通りの交差点近く、日本橋に向かって左手にある交番の並びの餃子専門店ではないか。最初からそう言えばいいのに、マンボなどと口走るから、警戒してしまったではないか。遙か上空のヘリコプターの音を聴いただけで瞬時に機種が判断でき、条件反射的に伏せの姿勢を取ってしまうというジャッキーは、まだ不審な顔をしていたが。
店にはいると、おお、なんということだ、本当にマンボという食い物がある。400円。ともかく有無を言わせず(誰が誰に?)、マンボ2人前とビール2本を発注だ。おばばが運んできたものは、ほほう、これがマンボか、レバニラ炒めのレバの代わりに肉が入った炒め物だ。なんの工夫もないではないか。ところがこれがえらく旨いのよ。もう、びっくり。適度に濃いめの味付けで、それが白ご飯の上に乗せたらさぞかし旨いだろうなあと思わせる。俺はビールを飲みながらワシワシと食いましたね。ついでに一緒に出てきた餃子も、えらく旨かったですね。独身時代にこの店があったら、俺は週の3日は通ったね。
食いながら俺は「ウーッ、マンボッ」と叫んだね。お約束だ。そしたら店のおばばが「マンボの流行した時代に考えたメニューだからマンボと名付けたあるね」と答えやがった。これには迷彩服ジャッキーも目を白黒だ。
最後は中華そばでしめたが、これも旨かったぞ。腰のある細麺(男はやっぱりイケメンよりも細麺だ)に懐かしいスープ。これは旨い。ボキャブラリーがこれしかないけど(名刺を見たらばコピーライター)、ともかく旨い。ふう。
愛妻家の俺はお土産に餃子2人前をゲット。満腹のお腹を抱えて帰ったのだった。また行こうっと。げぷっ。
2002.10.06
西銀座の名も知らぬ酒場で妻子ともにタヌキの親分とちゃんこ鍋。
ギタリストの退院祝いと、遠くの地での再出発を応援するため、川崎のだてポン宅に集合。ギタリストは、当初のことを思えば劇的と言ってもいいだろう、本当に嬉しい快癒ぶりだった。もちろん以前の状態とは比べようもないのは確かだが、一時は絶望の淵に立ったことを振り返れば、感謝の念を天に捧げてもよろしいかと思える。
月末、ギタリストは故郷へ帰る。再出発のための帰郷だ。未来は確たるものではなくて、決して平坦でもないだろうが、それでも心からの喜びの拍手を送る。今までのいつでも会えるという気安さがなくなり、今度会えるのはいつかという距離になってしまうのが寂しいが(その寂しさは20年以上も友人関係にあった同期たちのほうが遙かに重いだろうなあ)、それを楽しみに思い替えることが約束というものだ。早くも、いつ行こうか、どうやって行こうかということが話題になっているのが、その証だろう。
いずれにせよ、上京後の20数年、よく頑張った。名を残し、足跡を残したと思う。故郷はきっと大らかに迎えてくれるだろう。そこでちょっとばかり休んで、また再び立ち上がればいい。来年、行くからね。酒飲んで、馬鹿笑いができるようになっていればいいね。今までいろんな力をもらった分、応援を返すから。
解散際、あいかわ氏が「半落ち、読みましたよう。泣けましたよう」とのこと。おお、この役立たずのホームページも少しは使ってもらえたか。やれ、嬉しや。いさわしは「半落ち、図書館で55人待ちなので動機を読みましたよう」とのことだった。早く読めるといいね。それから、早くバンドやろうね。風組復活もアリかなあ。うーん。
そうだ、お役立ちついでにもう一冊「投資戦略の発想法」(木村剛・講談社)ってのは、読みかけだけど、とってもいい本です。なにしろ、株なんか辞めて貯金しろ、1%の運用益より1%の節約のほうがよほど合理的、という投資の本なのだ。休み休み読んでるけど(なにしろ本がたまっちゃって)、これはいいです。
帰りはイズ車に乗り、銀座で降りる。一緒に降りた親分と鍋。仲居の隙を見て、妻が咲杜のおしめを取り替えた。
家に帰ったらアマゾンからCD「ケヴィン・カーン・コレクション」が届いていた。ほほう、ケヴィン・カーンね。どれどれ(って、まったく知らない人。おすすめコメントだけで買った)と聴く。ヒーリング系なのだけどね。悪くはないね。いや、けっこういいね。ちょっと売れ線狙いのいやらしさはあるけど。最近はヒーリングやニューエイジ系が好きだから、聴くとじんわりと心が安まるのだった。
あ、「伊佐美」はそこそこ美味しいですよ、岐部さん。でも、7千円も出す酒じゃないですね。焼酎なんて本来安い酒なのだから。よく見かける客に行列させて偉そうにしている本末転倒ラーメン店と同様に、高い焼酎というのも何か不健康な匂いがします。
2002.10.05
自宅で焼酎。
いろいろと買い物があったので(バギー、迷子ひも、ダイニングテーブル、明日の手みやげ)朝からお台場へ。ちょっとだけ買い物をしてアクアシティからTFTへ移動しようとしたら、とんでもない大渋滞で、300m走るのに1時間かかる有り様(ほんとの話)。ビッグサイトでのイベントのせいらしい(ホームエンターテイメント展ってなんなんだよ、一体)が、えらい迷惑だ。結局、TFTはあきらめる。つまり手みやげだけ買って、ダイニングテーブルその他は買えなかった。まったくえらい無駄足だった。
でも、アクアシティの酒屋で焼酎「伊佐美」を偶然発見。買ったら店主に「さすがめざといですね」と言われてしまった。ふふふ。6980円。高い。もっとも「森伊蔵」ともなると1万ン千円で売っていたから、しょうがないか。この店、焼酎関係はけっこう強くて、プレミアが置いてあるのだった。岐部さん、「伊佐美」知ってます?
夜、K-1を見る。サップがホーストをぶっ倒して、ああ、最高に気持ちいい。K-1嫌い、プロレス大好きの俺としては、最高の気分だ。放送席も観客も、みーんなホーストについて、完全ヒールになったサップがやってくれた。これがプロレスなのだ。かーっかっかっかっ。
2002.10.04
打ち合わせ5。潮見の名も知らぬ店で日本酒。
アマゾンから「hawaiian munch」(山弦)が届く。山弦とは、実力派のアコースティックギタリストのコンビだ。ギター2本だけのインストアルバムをいくつか発表し、高い評価を得ている。といいつ、聴いたのは初めて。ふーん、心地よいですねえ。いい音にいいリズム、ギターも上手だ。でも、このアルバム全体はタイトル通りハワイチックな仕上がりで、全体にのんびりムードが漂っている。ギターの場合、俺はどうにも夏の緩さはあまり好きじゃないなあ。ギターは真冬のイメージであって、銀色の山のような音色が好きなのだ。だからこのアルバム、悪くはないけど好きでもない、というところか。
2002.10.03
終日原稿。自宅で酎ハイ。
気持ちはわかる。いや、わからないかもしれないが、想像はつく。さぞや無念で、さぞや悔しかろう。だがどうも不気味で解せないのは、北の国が、強制連行の切り札を出してこないことなのだ。
拉致の事実を認めろ。生死を教えろ。嘘に決まってる。証明しろ。それにいちいち反応しているというのに、なぜか強制連行のことは言い返さない。だからといってこのまま行くと、必ずどこかで北の国はカードを切るだろう。「ならば強制連行したン万人の生死を教えろ、墓を教えろ、証明しろ」と。もちろん答えられるわけはないから、振り上げた拳はどこか別の落としどころを探すことになるだろう。
そうなると今度は「お前たちが騒ぎすぎたから、おかしな具合になったじゃないか」という目を家族に向けるのが日本という国の人々。こんな不幸な自体を招かないためにも、早いところ、どこかで折り合いをつける道を考えたほうがいい。
「週刊文春」
アメリカの殺人蚊は恐いねえ。いずれ間違いなく日本にも上陸するから、おちおち蚊にも刺されないってわけだ。
2002.10.02
取材3、打ち合わせ1。自宅でビールと酎ハイ。
ヤマダ電気の店内ソングは地上最低の凄さだということは以前書いたが、それに負けず劣らずなのがラオックスである。「こぼれる笑顔の〜」というヘンテコな歌なのだが、どんだけヘンテコか、どうしても説明できない。えーと、アイスクリームの大学堂って知ってます? バンに乗って突然売りに来るアイスクリーム屋。そこがAのワンコードで延々とお経のようなコマーシャルソングを流すのだけれど、ラオックスもそれに匹敵する素晴らしさ。会議中に一度思い出したら、もう延々と頭の中でリピート間違いなし。ひえー。
2002.10.01
打ち合わせ1、原稿。自宅で酎ハイ。
突如、台風である。困ったもんである。なにしろ戦後最大の台風なのである。しかし実際に来てみたらたいしたことはなく、湾岸エリアはさぞや大変なことになるだろうと思ったのに、肩すかしなのであった。とりあえず一安心である。
「椿山課長の7日間」浅田次郎・朝日新聞社
47歳で突然死んでしまった冴えない中年男が、思い残した無念を晴らすために7日間だけ別の人間の姿となって生き返る、というお話。こんなテーマで名手・浅田次郎が書くのだから、さァ、お立ち会い、面白いに決まってるゼ。と思った俺がバカでした。ったく中途半端な作品を書いたもんだよ。ああ、時間がもったいなかった。
2002.09.30
取材3、原稿。自宅で焼酎。
ギターの弦を張り替えようと思ったら、なんと俺としたことがエクストラ・ライトゲージを買ってしまっていた。途中でやめるわけにもいかず、しょうがなく張り替えたが、こんな弦、がまんができない。早速、秋葉原のラオックス楽器館へ行って、ジヨン・ピアーズのライトゲージを2セット購入。
しかしラオックス楽器館って、なんだか全体に臭いんだよなあ。店員の態度は悪いし、バカだし。品揃えは問題外の外。なぜか弦だけはそろっているから、弦を買うときだけ立ち寄るけどね。などとぶつくさ言ってたら、携帯が鳴って、ぺいちゃんから「今日中に急ぎの原稿があるから、とっととやっておくように」という指令が飛んでくる。へいへい、仕事のあるうちが花のフリーランスよ。とっとと帰ってそそくさと片づけたのだった。
2002.09.29
自宅で酎ハイ。
そうだ、京都、書こう。京都のことを書くのを、すっかり忘れていたぞ。
京都ではタクシーに乗って東京弁で行き先を告げると、わざと遠回りされることがあるらしい(伝聞ではあるが事実だ)。で、遠回りされたら急に京都弁で「なんで東山から回られへんの?」と文句をつけて遊ぶ地元のおばはんもいるらしい。どっちもどっちである。
京都の人間は、自分たちが一番偉いと思っている(伝聞でも何でもなくて俺の偏見である)。東京など地の果てと見下しており、東京弁を話す人間はド田舎の人間と見ている。だから、京都で家に上がるようすすめられても、東京の人間は絶対に上がってはならない。京都人は、人を誘いながら腹の中ではベロを出している。はよ帰れと念じている。だから、万一、誘いを真に受けて上がり込もうものなら、末代まで田舎ものとののしられることになる。
京都の街並みは非常に美しい。早朝に大学通りを抜け、賀茂川(字、合ってるか?)沿いに車を走らせたが、道も家々もとても美しかった。さすがである。街並みとは、かくありたいものだ。世界に誇っていい美しさである。しかし、そこに漂う閉鎖感は、内側に住む人間にこそ快適なのだということをあからさまに表現している。
おそらく外側の人間を排除している分、内側の人間には非常に心地よいのだろう。そこにあるのは露骨な階級意識であり、根っこにはこの街が歴史的に抱えている複雑かつヘビーな問題があるのではないか。なにしろ公家と河原乞食だものなあ。あからさまな階級意識を前面に押し出してこそ成立するバランスというものが、あるのだ。だから、選ばれた側、内側にいることを認められた側の鼻持ちならない自意識が、この街の美しさの核にある。美人であることを鼻にかけている美人ほど、腹立たしくも美しいのと同じことである。
だからどうだということはないが、本日の結論としては、京都にはあまり行きたくないけど、たぶん向こうも俺には来て欲しくないと思っているだろう(表面は笑顔でおこしやすと言いながら)ということなのである。なんのこっちゃ。
あー、悪口ついでにお台場の家具屋について。オー塚家具のショールームへ、リビング収納を見に行ったわけよ。これが、うーむ、高いっ。ちょっとびっくり。400万なんていう家具は問題外としても、他の収納もけっこうな値段。リフォーム屋のほうが安いんだものなあ。それから、すげえ歩かされました。マジで疲れました。担当者がべったりとくっついて案内するというシステム(最低のシステムである)の店だけど、途中、その担当者に(打木くんという青年だ)、高い家具ばかり見せるから「売る気ないでしょ」と言ったら「ええ」と答えたので、ちょっと笑えた。
2002.09.28
潮見の居酒屋・甚八でエビスビールと日本酒。
秋らしい雨の中、浦安のシェラトン。ここの子供用コーナーで遊ばせ、ついでに食事しようという目論見。いろんな遊具が置いてあるところではさして面白そうではなく、ゲームコーナーで大騒ぎしているのだから、うーむ、大丈夫か、うちの息子。食事は、久しぶりに中華を食べたかったがレストランが披露宴の貸し切りだったため、仕方なくメインのレストランでビュッフェ。もちろんここも美味しいのであり、基本的にシェラトンは大変によいろホテルである。
「情報の目利きになる!」日垣隆・ちくま新書
メールマガジン(講読しているけど)の内容をまとめたお手軽本なのだが、それであってもこの内容の濃密さは、さすがである。
「TITLE」11
この雑誌を読むのは初めてだけど、案外ちゃんと編集してあってびっくり。さすがである、文芸春秋社。日本旅館の特集を読む。1年ほど前にオープンし、以来目をつけていたのが伊豆の「月のうさぎ」という日本旅館なのだが、すでに来年まで予約で一杯らしい。うーむ、さもありなん。ネット等で調べた限りでは、俺の理想とする旅館の条件がすべて揃っているものなあ。残念。
2002.09.27
終日原稿。自宅で酎ハイ。
仕事のスキをぬって木場のイトーヨーカドーへ行き、息子のためにスケッチブックと色鉛筆を買う。色鉛筆といっても、汚れのつかないというやつだ。いや、1歳5カ月の息子が絵を描くわけではないのだが、先日実家に帰って従兄弟たちが落書きしているのを見て妙に楽しそうに自分も参加していたから、ぼちぼちあっても良かろうと思ったわけだ。
案の定、息子は喜んで色鉛筆を床にぶちまけていた。もちろんそれでよいのだ。
「日経ビジネス」
日亜化学と中村修二の裁判の判決にはびっくらこいたねー。中村、相当怒っているぞ。うししし。先が楽しみである。日亜化学はとっとと負けてしまえ。
「紙のプロレス」
ウルティモドラゴンと武藤の対談。なかなか興味深い顔合わせだ。しかし昔はもっとむちゃくちゃな雑誌だったが、最近はけっこう大人になってしまったのね。いい意味でも悪い意味でも。
2002.09.26
取材8、打ち合わせ1、原稿。自宅で酎ハイ。
岐部さんは50歳を前に人生の行く末に思いを馳せ、じっと手を見て1時間だったらしい。ともかく娘さん2人の落ち着きようを確かめることがまず頭に浮かぶのだろうなあ。既にくそじじいと名乗ってはいるが、果たして本当にどんなじじいになるのだろう。今と変わらなかったりして。
ということとは別に、またまたアマゾンから本が届く。ここのところ週に何度も本が届く。なのにちっとも読めず、山になる一方だ。うーむ、読みたい読みたい。
「週刊文春」
さすが国粋派、北の国が大嫌いで、小泉外交が気にくわないらしい。そーかそーか。この問題に関して最も冷静かつ的確な発言をしていたのは、毎日新聞の高樹のぶ子の原稿だった。「すでに存在する被害に怒り狂うのではなく、将来起こるかも知れない被害を想像し、未然に防ぐこと」が大切であるとし、今回の出来事を落ち着き払ってとらえている。
2002.09.25
打ち合わせ3、企画書。自宅で酎ハイ。
朝早いのはそんなに苦にならないので、8時半から立て続けに打ち合わせを3つこなす。ふう。帰ってから原稿仕事だ。前日まで夏休みで惚けていた体と頭には、けっこうこたえるなあ。
「AERA」
この雑誌を読んでいると、20代の女性は夫のドメスティックバイオレンスに苦しみ、30代の女性は子育てに追われつつ夫との会話不足に離婚を考え、40代の独身女性は老後を思いやって涙を流すということになっている。うーむ、女の人生も大変だ。
2002.09.24
自宅で酎ハイ。
朝、実家を出てひたすら関越を走る。途中、赤城高原で食事。どこに時間がかかるって、都内に入ってからがうんざりなのだよ。ふう。結局、5時間がかりだ。高速3時間・都内1時間半。いつものことではあるが。
帰ってからはいろいろと後かたづけ。ふとファクスを見たら、リフォーム屋から見積もりが届いていた。実は現在リビングに壁面収納を取り付けようかと計画中なのである。高いので再見積をさせたが、あまり安くなっていないなあ。まあ、無意味な値引きはしない主義だし(自分で商売していると他人の仕事を値引きする気がなくなる)、これでいいかという気もするが。はて、どうしたものだろうか。
2002.09.23
夫婦のお互いの両親と一緒に旅行するというのはなかなかに清々しいものであるぞ。旅館を出たところで、妻の両親とはお別れ。別行程で帰ることになった。こちらはのんびりと来た道を実家まで戻る。実家では。三人の甥っ子が手ぐすね引いて待っていた。そこにパワーアップした我が息子が加わるものだから、そりゃもう大騒ぎ。四匹の怪獣が咆吼して、破壊の限りを尽くしたのであった。
2002.09.22
妻の両親、俺の両親、それに我が家の合計7人で、会津若松の東山温泉へ。「向瀧」という旅館に泊まる。どえらく旧い旅館なのだが、これまたどえらく丁寧に手入れが行き届いていて、とても快適。食事がこれも目玉が飛び出そうなほど旨くて、びっくり。ここは、とってもいい旅館。また泊まりたくなった。そうそう、温泉もすごくいいお湯でした。
2002.09.21
季節はずれの夏休みで、実家に帰省。妻、息子に加え、今回は妻の両親も一緒だ。都内から所沢あたりまでがどえらく渋滞。妻の両親と待ち合わせの赤城高原まで1時間以上の大遅刻。とほほ。でも以後は順調。久しぶりの実家でのんびり楽しく過ごしたのだった。どえらい料理の山で、びっくりやら、実家ながら恐縮するやら。
2002.09.20
原稿。自宅で酎ハイ。
9月も半ばを過ぎたというのに、まだ蚊がぶんぶんと飛んでやがるんだよ、このマンションには。水辺のマンションというのはなかなかにおしゃれでよろしいと思ったが、それがくせ者で、蚊がどんどん生産されるのだな。住んでみなけりゃわからんことってあるものだよ。
「日経ビジネス」
インタビューページでジーコが登場。なぜビジネス誌でジーコなんだよ。さっぱりわからん。読んだけど、あまり面白くなかったし。
2002.09.19
原稿。自宅で酎ハイ。
息子は、気に入らない時は、大きくクビを横に振るようになった。イヤイヤなのである。特に教えたわけではないのに、大人の仕草を見ていて覚えるのだろうか。それとも本能なのだろうか。不思議だなあ。
そういや子供に家の絵を描かせると、世界中のガキが三角屋根の家にするらしい。不思議である。なぜかそういう原始記憶が人間のDNAに刷り込まれているのだろうか。
京都のプー横町から「うたっておどろんぱ!」のCDが届く。これは息子用だ。もう一点「ショーン・ミッガウワン / RIVER COFFEE」というCDも届く。注目の新人フィンガースタイル・ギタリストで、両手タッピング(正確に言うと、普通に想像するタッピングではなくて、左手でコードを押さえて、同時にハイ・ポジションでキーボードのように自由で幅広いヴォイシングを得る為に右手人差指&中指で弦を押さえたまま残りの右手親指&薬指でピッキング)による超絶テクニックを誇るのだ。今、面倒だからこの部分はコピペしちゃいました。はて、どうか。テクニックはすごいが、それって運動神経じゃんと思いましたね。どうもアメリカのギタリストが、最近あんまり好きでなくなってきたなあ。
「週刊ゴング」「週刊プロレス」
えーい、まとめて一緒だ。まったく新日本プロレスの惨状は目を覆いたくなる。トップの蝶野が、女レスラーに倒されて、またがられている写真がでかでかと載っている。もう潰れるべきだろう、この団体。
2002.09.18
取材1、原稿。自宅で酎ハイ。
最近の咲杜は、ほっぺに手を当てて「おいしいおいしい」をしたり、ゴミをポイしなさいと言うとちゃんと捨てたりする。だいぶ言葉がわかるようだ。おそらく今まで耳にしてきたことが頭の中に書き込まれ、それを拾い上げるアプリケーションがぼちぼちできてきたということなのだろうな。自己主張もするし、けっこう面白いです。
以上子供ネタ終わり。続いて時事ネタ。
何もしないことを役人根性と言うが、小泉首相は北の国へ行っていろいろとやって来たのだ。何もしなかった役人どもは、これまでの外務省と政府のことだ。
なのに、このバッシングは何なのだ。町内会のもめ事じゃあるまいし、途中で席を立って帰国すべきだったとは何事だろう。あえて言うけれど、拉致の安否だって、いつかはわかることだし、曖昧にされて永遠にごまかされたほうが良かったとでも言うのだろうか。ある意味では、拉致家族がゴネ始めたという空気が漂いつつあることに、俺なんかは危惧するが。さらにあえて言えば、謝罪しろ、謝罪だけじゃだめだ、補償しろ、まだ不十分だ、という言い方は、これまで日本が北の国から言われ続けてきたのとそのまんま同じことだし。
今まで通り何もしない、何もわからないというままにしなかったことに拍手であり、俺は100%小泉を支持するね。表層的なワイドショーにしてしまってはいけないと思う。
「サイゾー」10月号
人物辞典。ちっとも面白くなかったが、女流作家の処だけ妙におかしかった。言える言えるって感じで。
「新潮45」10月号
今月号もトバしてくれるぞ、新潮45。抱腹絶倒は、先月号に続いて借金を踏み倒す方法個人編だ。なるほど、こんな方法があったか。まったく銀行ってのは間抜けじゃのう、ほっほっほっ。けっこう笑えます。
2002.09.17
取材1、原稿。自宅で酎ハイ。
世界一のソムリエである田崎シン也氏にインタビュー。誠実な人柄だった。プロフィールを見れば俺と同い年。俺も誠実かと自分を振り返り、がっくりうなだれる。夜、予定していた仕事が突然キャンセルに。残念。けっこう力を入れていたのだったが。金内さん、そういうわけですので、ぼちぼちいい話をお待ちしていますよ。
ところで映画「もののけ姫」での印象的なセリフの一つが、終盤でのジゴ坊(小林薫)の「バカにはかなわん」という一言ですな。この言葉でそれまでのすべてが片づいてしまうほど、パワーにあふれていました。同じセリフを(いい意味で)、あたしゃ小泉首相に感じたのです。あれは本当に腹をくくった男の顔だなあと思いましたね。
朝6時に家を出て夜中に帰ってくるなんて(新幹線の始発と最終だな)、日帰り出張としてはかなりハードであり、60を過ぎたら誰もそんなことはしないでしょう。その間、小泉首相はとうとう一度も笑いませんでした。本気で腹をくくり、ひょっとしたら捨て身の覚悟だったのでしょうなあ。
もっとも今回の交渉は、ダメもとという点で、日本にとってはるかに有利でした。向こうがシラを切ったら席を立てばいいだけで、こちら側に捨てるものは何もなかったのであります。だから腹をくくって交渉に臨めたと思うのですが、それはそれで望外の成果を持ち帰ったのだから、小泉首相は賞賛こそされ、非難されるいわれはまったくないでしょう。
確かに拉致犠牲者が死んだのは誠に残念ですが、それは今まで腰を上げなかった外務省、もっと有り体に言えば橋本リュー太郎の責任ではないですか。それを大声で指摘するメディアが少ないのは、ちょっとヘンです。
まそ、それはともかく、今回の交渉で日本にもこういう政治家がいたのだと世界が認めるようになるのではないか。あたしゃ密かにそう期待しています。ああ、森サメ頭首相でなくてよかった。田中マキ子を辞めさせておいて、本当によかった。
2002.09.16
自宅で酎ハイ。
2週間ほど前には咲杜を連れて水遊びしながら暑い暑いと言ってたのに、急に冷え込んで10月中旬の気候だと。こんだけ寒暖の差があると体にもけっこう応えて、咲杜も妻も俺も、みんな風邪気味だ。特に咲杜はちっとばかり熱っぽい。困ったものである。なので本日は家の中で安静。とは言うものの、エネルギーの有り余っている子供のことだから家の中で大暴れ。外へ連れてって暴れさせろと大暴れ。ぐったりなのであった。
「AERA」
メール検閲の実態についてレポート。メールの検閲はしても電話は野放しなのだから、日本の会社もわからん。成果主義だと言いながらサービス残業を強いるのもよくわからん。
2002.09.15
自宅で酎ハイ。
最近の新日本プロレスの凋落ぶりは、目を覆わんばかりである。なにしろ、驚いたことにTバックの女レスラー(外人)が堂々と試合をし、しかもトップクラスの男性レスラーに勝っているのだから(フィニッシュホールドは急所打ちだったりするわけだが)。
かつて「Tシャツを着たレスラー(要は大仁田厚)なんか絶対にリングに上げない」と断言していたくせに、長州が辞めた途端、これだもん。長州時代ですら実力者が実力を発揮できないスイングプロレスに走ったというのに(だから出世できないと悟った藤田が辞めたわけだ)、蝶野時代になってさらにひどくなった。下の下である。市場から見放される日も近いだろう。
てなことは関係なく、プー横町からCDが届く。一つは中川イサト「STANDARDS」。もちろん既に持っているCDだが、ボーナストラック3曲を加えて再発売というアコギな商売だ(わははは、座布団一枚>俺)。なぜ旧いファンを大切にしないのかなあ。無視してもよかったんだけど、ボーナストラックに「浜辺の歌」が入っているから、仕方なく購入。ついでに楽譜も頼んだら、なんとこちらはボーナストラック分が載っていない、昔と同じ内容だ。ちっ、二冊も並んだじゃないか。騙されたぜ。
もう一枚のCDが小松原俊「Naturally」。小松原俊は、派手ではないけれど、とてもいいギタリストで、俺もこういうギター弾きになりたいと思っている。"音の森林浴"とあるように、心地よい流れなのだ。このCDも流していて邪魔にならず、それでいて心地よい、なかなかの作品である。
2002.09.14
自宅で酎ハイ。
いろいろと買い物があったのでお台場へ。休日のお台場は、いつもそれなりに混んでいる。トイザらスでおしめやおもちゃを大量まとめ買い。 車は荷物でいっぱい。次にデックスビーチで、妻の友人の引越祝いを購入。ついでに咲杜にお菓子も購入。最後はTFTビルで食事。寿司屋に入ったのだが、ランチとは言え、子連れで寿司屋はいささか大胆なチャレンジだったね。大騒ぎであった。
2002.09.13
自宅で酎ハイ。
結局ここのところえらくヒマなので、ぼけっと家族で過ごす。金内さん、そのあたり、よろしく頼みますよ。
などとくだらないことを言ってるうちに、いつの間にか9月も半ばに差しかかっている。まったく時の流れは速い速い。
「日本発見」ステラン・ダニエルソン、アミューズブックス
とてもよい本。ワールドカップの取材で初来日したスウェーデンのカメラマンが、途中でどんどん日本のことを好きになり、結局予定以上に滞在してしまったという、その日記だ。その曇りのない目で描かれた日本と日本人のことを読むと、この国の素晴らしさが改めて実感される。まさに日本発見だ。特に日本という国は、こんなにも自然の美しい国だったのかと、感動。加えてサッカーの応援も世界一だとほめられた。
「生きかた上手」日野原重明・ユーリーグ
90歳で現役の医師。睡眠時間は毎日5時間で労働時間は12時間。週に一度は徹夜するし、重い荷物を持って階段は一段飛びというんだから、嫌になってしまうぜ。どういう人かと興味津々で読んで、はあ、さすがです、と脱帽するのみ。65歳はまだ若い。75歳からが老人というのが信条らしい。これからの日本人が目指すべき生き方の一つであることに間違いないだろう。
「日経ビジネス」
ひと列伝で、珍しく田中康夫が取り上げられている。学生時代にある不祥事に巻き込まれ、興銀の内定を取り消されたということは知っていたが、その理由を初めて知った。サークルの経費でタクシーに乗ったことが問題になり、停学を食らったというのだ。それで内定が取り消されたという。結果的に銀行員にならず、暇な時間に書いた小説で世に出たのだから、人生とはわからないものである。
2002.09.12
終日原稿。自宅で酎ハイ。
仇敵・Aさひ銀行へファクスサービス解約の手続きに行く。新機構座を作ってくれと15年前に頭を下げてきたのは曙橋支店だったが、その後自分らの都合だけで俺の口座を四谷支店、新宿支店と移してくれた。当然それにつれてサービスは悪くなり、垂れていた頭はそっくり返るようになったわけである。困ったものである。
そんなわけで仕事の合間を縫って、わざわざ電車賃を使い、新宿まで行ったわけだ。ふう。解約そのものはトラブルもなくできたが、なんと解約手数料1000円を一方的に徴収しやがった。ちょっとびっくり。
「週刊文春」
徹底して小泉訪朝反対キャンペーンをやってるなあ。誰が仕掛けているんだろう。
「週刊プロレス」
闘龍門の大会を増大ページで紹介。いつもそうするように。
「週刊ゴング」
同上。
「Number」
中村俊介の顔つきが、Wカップ以降、確かに変わった。いいことだと思う。/藤島大のレポートが最近面白い(比して金子達仁がどんどんつまんなくなってる)。今回はみちのくプロレス。最高のレポートだよ、これ。
2002.09.11
自宅で酎ハイ。
9.11をめぐるアメリカの肥大化した自己愛には少々辟易させられるが、しかし、アメリカ的価値を根底から否定されてしまって「じゃあ、一体どうすればいいっていうんだ」という苛立ち、あるいは無力感は最近よく感じる。
勝つことがすべて。敗者はクズ。基本的にはこれがアメリカの価値観だ。しかし、そうした基準とは別に自分たちの気持ちいい暮らしを送っている人たちもいるわけで、そういう人たちを一方的に敗者と決めつけるからよくないんだよな。別にねたんでいるわけでもない人に向かって「やーい、俺たちがうらやましいだろ」と言えば、誰だってちょっとは頭に来るって。
もっともそういうアメリカ自身、99人の貧者と1人の大金持ちで構成されている。内部に歪んだエネルギーを抱えるのもしょうがないだろうなあ。
そんな構造を70年代前半に見抜いたポール・サイモンは偉いぞう。「アメリカの歌」は、時が経てば経つほど遠心力を発揮するという、化け物のような歌だ。染みるです。
「文藝春秋」10月号
ここ何カ月か、文藝春秋がつまらんぞ。710円だが、510円ぐらいの価値しかないね。今月は「アメリカ不信」という特集。今漢字変換していて気づいたが、これ、アメリカ不振の変換ミスから生まれた企画かもしれない。というつまらんギャグは別として、ジャック・ウェルチという経営者のインチキぶりを正面から突いたのは偉い。
「OH! CIMA」新紀元社
闘龍門を代表するレスラー・CIMAの特集本。今のメジャープロレスに激しく絶望している俺を救ってくれたのが闘龍門である。だからとっても楽しい本だった。最高!
2002.09.10
自宅でビール。
ぽっかりと予定が空いた一日。昼から家族で葛西臨海公園の水族館に出かけた。平日の昼間っから困ったものである。誰か仕事をください。金内さん、なにとぞなにとぞ。
しかし俺以上に困った存在は、ここの水族館の連中である。駐車場では案内のじじばばがうようよしており、そのうちの一人が「そこに停めてはダメだ、こっちに停めろ」と変に威圧的だったので、車を降りてなぜそこに停めたらダメなんだよと詰問したら「ここは皆さんが払う駐車料金で運営されている」と突然意味不明のことを口走ったので、わかったもういい、と呆れかえってしまった(税金泥棒とか言われるのを恐れたのかな? ああ、しかし、こういう好戦的なところはなおしたいのに。もう子供もいるんだし)。
中に入ったらベビーカーを見つけた係員が走り寄ってきて、「ベビーカー専用の通路を歩け」「エスカレーターでは折り畳め。さもなくばエレベーターに乗れ」とうるさい。帰りも同様でわざわざエレベーターまで遠回りさせられてしまった。
駐車場に戻ったら、勤務時間が過ぎたのか(まだ2時だったけど)、あれほど徘徊していたじじばばが一人もいなくなっていた。この勤務体系に、なぜ自分らは税金の無駄遣いだと気づかないのか。気づいていれば、昔の役人丸出しの態度も少しは改まるだろうに。
帰りに駐車料金を精算しようとしたら、驚いたことに今時おババが窓口で計算してる。もっと驚いたことに、その窓口のすぐ先には自動精算機が置いてあるではないか。当然手元の駐車券には自動精算機用の磁気シールが貼られてある。なのにそれを使わないでわざわざおババが手で精算しているのだ。
さらに呆れかえったことに、金を受け取っても領収書を発行しない。こっちが、領収証!と大声で言ったら、やっと黙って差し出した。「ありがとうございました」が言えないなら「はいどうぞ」ぐらい言え。都立の施設なのに子供の教育上よろしくないぞ。
葛西臨海の水族館はとても立派な施設で、きれいな魚を見て息子も大喜びだった。しかしハードはえらく立派なのにソフトは腐っていた。役所仕事では珍しくもないが、しかし、都立なのだから、納税者の一人としてこういう仕打ちを受けたことには本気で腹が立った。今度はシーマを連れていって、暴れさせるぞ、コラ。
「噂の真相」10月号
サッカー協会会長の川淵のスキャンダル。愛人を噂される秘書が、川淵の行動をすべて管理。例えばテレビ出演のギャラなどは全部個人の収入にしているという。どんな清廉な人物も長く権力を握ると腐るのは世の常。Jリーグ発足時には尊敬すべき理念と行動力を持っていたと思うが、それも今は昔。協会私物化の、強欲オヤジと化したのか。違うならちゃんと釈明してみ。/脱退するモー娘・保田圭の彼氏はソネットの社員。ところがモー娘自体はドリームネットのCMに出ているから、いろいろとマズイらしい。って何がマズイんだろ。
「半落ち」横山秀夫・講談社
何の期待も予備知識もなく、時間つぶしのために短編集「動機」を読んだとき、最初の一編から「この作家はただ者じゃない」と驚いたものだった。しかし、他に手に入るのはもう一冊の短編集だけ。その作家が、ついに長編を書いたのだ。新聞広告で見つけて問答無用でアマゾンに発注。24時間後に届き、一気読みしてしまった。
実直な警官が病苦の妻を殺して自首する。だがある一点だけ、どうしても自白しない。その謎をめぐり、6人の男たちが迫っていく。そういうストーリーの警察小説だ。
読み終えたのが夜中の12時半だったけれど、結末を読んで、泣きました。なんという哀切極まる物語だろう。それだけでなく、警察対検察というサイドストーリーの見事さに、描かれている人物の生々しさ。やっぱりこの作家は凄い。心底、驚嘆してしまった。
東野圭吾(「白夜行」で終わりか?)に失望しつつあるすべての人に、東野圭吾から甘さを取り除いて極力凝縮した作品であると薦めたい。作中「49歳は最も自殺率が高い」というフレーズがあるが、この犯人はその49歳であるのになぜか50歳または51歳の誕生日まで生きようと決めている。その理由を、岐部さん、知りたくないですかあ? とびきりのおすすめですよお。
2002.09.09
終日原稿。自宅で酎ハイ。
今振り返ると、良い先生もいたけれど、ひどい先生も多かったような気がする。一番ひどかったのは、小学校5年・6年の担任だった。
副業が寺の坊主という教師だったのだが、驚くべきことにろくに授業をしない。気が乗らないと俺たち児童の机を順番にごそごそとあさり、漫画本を見つけては片っ端から積み上げ、「これから自習。教科書の何ページから何ページまでをノートに書き写せ」と命令して、本人は没収した漫画本を読みふけっていたのだ。
もちろんしょっちゅうそういうわけではないが、週に何度もそういう"授業"時間があったのは確かだ。5年生の時には俺の隣には成績の悪い友人が座っていたが(成人を目前に自殺してしまった)、いつも俺がノートを見てやっていた。「ちゃんと見てやれよ」と俺に命令し(つまりこの友人が落ちこぼれに近いことを理解していたのだ)、この教師は漫画本を見て、教壇でけらけらと笑っていたものだった。
後年聞いた話だと、退職後もこの元教師はかつての勤務先などに顔を出しては先輩面をして、迷惑がられていたそうだ。寺の坊主だから檀家の関係などもあってか、露骨に注意する人も少ないという。教師にして坊主。さぞや人前では立派な訓示を垂れていたに違いない。
この教師が退職するというとき、教え子たちで祝おうという企画があり、俺のところにも連絡が来た。当然行かなかった。なんでこういうクソ教師がクビにもならずに教壇に立ち続けていたのだろう。やはり日本の教育行政はおかしいと思う。
「AERA」
ドメスティックバイオレンス男って、すさまじいのね。びっくりしてしまった。なんで人は家族に対してそんなにもひどい暴力を振るえるのだろう。
「子育ての発達心理学」清野博子・講談社新書
毎日息子と向かい合って暮らしているが、子育てについての俺の基本的なスタンスは「親としての自分の本能を信じる」ということだ。だから結構アバウト。人と比べることも少ないし。それでも気になることは多いから、こういう本も手にしてしまう。「赤ちゃんが小さいのは、抱かれるため」という切り口が素晴らしい。
2002.09.08
自宅で酎ハイ。
げっ。シ、シーマが負けてしまった。(闘龍門の話ですけど)。まあ、アングル(裏のストーリーのこと)を読めば、シーマが強さを見せつけて、それでいて負けるだろうというのは十分に予想できたが、それでも本当に負けると悔しいぞ。
相手はT2P。ボスのミラノ・コレクションAT(盛岡出身の自称イタリア人)以外はカスであることがよくわかった。それでも2年近く投資してきて、やっと表舞台に出てきたのがT2Pだから、ここでつぶすわけもなく、しばらくはモトを取るべく引っ張るだろう。そう予見しつつも、ああ、悔しい。あのミラノ・コレクションATをシーマがシュバインで叩きつけるところを見たかったのに、ATロックでタップさせられちゃって(専門用語ばかりですんません)。まあ、これもプロレス。シーマも、その前のSUWAも、きっちりとワークをこなして興業を盛り上げた、さすがのプロだった。今後の展開にも期待。これだから闘龍門はやめられない。
あ、念のためテレビですからね。車で10分の有明コロシアムでやっているのだから当然ライブで見たかったけれど、さすがに子供にプロレスを見せてはいかんもんね。
2002.09.07
妻の実家に家族で里帰り。いとこのあやちゃん一家も遊びに来ていて、大騒ぎ。楽しく過ごしたのだった。当然、俺は親の仕事を放棄。10時頃にとっとと寝てしまうのであった。ああ、らくちんらくちん。
2002.09.06
打ち合わせ1。原稿。自宅で酎ハイ。
久しぶりの雨。傘を手にしたのも久しぶりだ。こうなると、いかにも秋の長雨という雰囲気が漂う。このまま一気に秋となるのか。
出かけたついでに丸ビルに寄ろうかと思ったが、どうせ混んでいるだろうと思い、やめた。案の定、東京駅構内では丸ビルへの行き方をアナウンスしていた。
「筒井康隆自選短編集・怪物たちの夜」筒井康隆・徳間文庫
高校時代から大学時代にかけて筒井康隆はよく読んだものだ。ショートショートが再編されて出たので、久しぶりに手に取る。さすがに古びてしまったなあ。この人の作品で一番好きなのは、やっぱり「俗物図鑑」だ。
「日経ビジネス」
フランチャイズ経営の裏表を紹介。もっとも失敗したオーナーって、甘えすぎていたんじゃない? こんなはずじゃなかったって本部に泣きつくとは、恥ずかしくないのかなあ。
2002.09.05
取材1。原稿。自宅で酎ハイ。
明日、丸ビルがリニューアルオープン。その計画段階から何かと見てきた自分としては(建設中には中に入らせてもらった)、けっこう興味深い。丸の内を、オヤジの街から女の子の街に変えてしまう計画らしいが、さて、どうなるか。まあ、家族で気軽に寄れるようなスペースはできないだろうとは思うけれど。
「週刊文春」
習慣的に(シャレぢゃないよ)買ってしまったが、つまんなかった。マブチモーター事件を執拗に追っているのは、新潮の世田谷一家殺人事件に対抗してのことか。
2002.09.04
自宅で酎ハイ。
もうすぐ9.11だが、アメリカ人にとって最も耐え難かったのは、ビルが壊されたことではなくて、自分たちが否定されるという事態を目にしたことなのだろうな。
アメリカ人は自分たちのことを世界で一番進んだ国に住む、世界で一番豊かで強い国だと思っているわけだ。だから他の国からは尊敬され、うらやましがられ、頼られるのも当然と考えている(でなけりゃ自分で世界の警察なんて言わないわな)。その自意識が、アメリカ的なるものを否定する悪意によってぺしゃんこにされちまったわけだ。
もっともこの一年を振り返るに、その自意識を取り戻すために自らを悲劇の主人公に仕立て上げるのが、これまたアメリカ的だったな。そして、悲劇の主人公は「我こそが正義」と、復讐に立ち上がる。これって、まんま西部劇だよねえ。
てなこととは関係なく、まだまだ猛暑は続く。今週の日曜日は闘龍門のビッグマッチが有明であるのだが、早くライブで見に行けるようになりたいものである。
2002.09.03
自宅で酎ハイ。
7時から取材を開始して10時過ぎに終了。12時前の新幹線で京都を発って、2時半に自宅到着。すぐさま取材した原稿を書き上げて送信。うーん、なんて無駄のない合理的な一日なのだ。我ながらうっとり。
ところで最近また怪しいウィルスメールが横行しているらしい。えーじ画伯から変なメールが届いたので問い合わせたら、送信した覚えがないとのこと。なるほど。続いて今度は妻からやはり送信していないメールが到着。pifという拡張子の添付ファイルつき。
マックはウィルスにも相手にされていないから心配ないけれど、ここを読んでいるウィンドウズユーザーの皆さん、気をつけてください。掲示板経由で送られるタイプらしいので、やたらとアドレスは書き込まない方が賢明のようです。
2002.09.02
京都の名も知らぬ飲み屋で日本酒。
妊娠中から生後一年まで、夜に何かあったらやだなあと思って、泊まりを伴う出張は断ってきた。しかし1歳になり、妻とも相談してぼちぼちいいだろうということで、久しぶりに泊まりの出張。いや、別に京都だったら普段は日帰りなんだけどね、取材開始が朝の7時ということだったもので、前泊になったのでした。
京都は相変わらず不思議な街。ふーん。京都に関しては、いずれ詳しくね。泊まった新阪急ホテルはクーラーの調節がうまくきかず、夜中に体が冷えてしまったぞ。
「エースを出せ」日垣隆・文藝春秋
久しぶりの日垣隆。相変わらずの切れ味だ。この人の論は、とにかく面白い。岐部さんん、必読です。
「AERA」
新幹線で一駅もたないものなあ、この雑誌。なぜ読んでいるかというと、朝日と言えば左の代表ということになっているから、これと文春を読めば日本の左右の感覚をバランスよくつかめるかと、実にイージーに考えているからなんだけど。
2002.09.01
自宅で酎ハイ。
昨日、お台場で咲杜のコップを買ったのに、メシを食ったらすっかり置き忘れてしまったので、再びお台場へ出かけて購入。用事は5分で済んだので、若洲の海でも見に行こうかと思ったら、交差点で後ろから追突される。ちょっとびっくり。
まあ、交差点での停止ミスの追突だから被害はほとんどなし。彼女を連れたマジメそうな兄ちゃんで、何度も何度も頭を下げていた。俺の車はほとんど目につかないこすり傷がついた程度なのに、むしろ兄ちゃんの車のほうが大きな傷が付いていて、情けない顔をしていた。彼女と一緒に休日のお台場デートだったのだろうが、気の毒に。とりあえず連絡先だけは聞いておいたが、このままで終わらせるつもり。
若洲で海を眺めて、そうだ、葛西臨海公園の水族館でも行こう、ということになったのだが、行ってみたらこれが大混雑。駐車の行列を見て、すぐにあきらめた。
んじゃ、舞浜で昼飯でも食うかと、久しぶりにシェラトンへ。ここのバイキングは、子供だらけでほとんどファミレス状態。気兼ねがいらないから助かるのだ。
シェラトンでは、このくそ暑いのに、しかも8月最後の日曜だというのに、結婚式が何組か。参列者はさぞ迷惑だったろうなあ。
食後はシェラトンの子供向け遊び場(そういうのがちゃんとあるのだ)で走り回らせる。咲杜はゲームコーナーに激しくひかれたようで(今時はそうなのか?困ったものだ)、奇声を発してはゲーム機の間を走り回っていた。喜んでくれるかもしれないなあとの親心から、つい一緒に乗り物系のゲームで遊ぶ。それなりに楽しそうだった。なるほど、これが休日のお父さんの姿なのだな。
2002.08.31
自宅で酎ハイ。
昼はお台場へ買い物。平日はがらがらのお台場でも、土日はけっこうな混雑になるので、早い時間に行かないと駐車場が満杯になってしまう。アクアシティで買い物後、TFTビルで食事。久しぶりに外で暴れられる咲杜は、嬉しいらしくとても興奮してしまって、はしゃいでいた。おかげで夕方6時頃に寝たと思ったら、そのまま朝まで起きずに寝続けたのだった。
ワールドカップの開幕とともに始まった2002年の夏だったが、例年通り特別な出来事や事件が起こることもなく、じりじりと時間が過ぎて、こうして終わっていった。来年の夏はどうしているのかなあ。
2002.08.30
打ち合わせ2。甚八でビールと日本酒。
今年の残暑はけっこう根性が入っていて、出歩いていると、けっこうへろへろになってしまう。でも、夏暑く、冬寒いと、米や野菜がしっかり美味しく育つので、いいことなのだ。たぶん人間もそのほうがまっすぐ育つのだ。
と、根性の曲がったおっさんのワタクシは思うのであった。とりあえずこれ以上根性が曲がってはいけないので、ナターシャ悪口はやめた。
B5の半分サイズのパソコンを買おうかと思ってビックカメラに行ったけど、キーボードが使い物にならないとわかって購入中止。途中ぺいちゃんから電話が入って「テリー・ファンクの入場テーマって、どんなんだっけ」と聞かれ、店の中で「ちゃらららっ、ちゃ、ちゃーらーら」と歌ってしまった。いったいどういう用件の電話なのだ。
「週刊文春」
モー娘(誰が。なんか入れてやるか)の矢口が疲労で倒れたって。お疲れさん。
「日経ビジネス」
日本ハムはとってもいい会社なのに、一部の社員のせいであんなになっちまって、かわいそうになあ。でも、いい会社だから案外早く立ち直ると思う。あそこのマーケティングは素晴らしいものね。
「プロレス社長バカ力」ターザン山本
闘龍門の社長のインタビューが読みたかった。レスラー自ら営業マンとしてチケットを売ってるという事実にはびっくり。なるほど、賢いやり方だ。
2002.08.29
終日原稿。自宅で酎ハイ。
朝一番で胃ガン検診の予定だったのだが、朝食後に押入で遊んでいた咲杜が中の板から足を踏み外して転げ落ち掃除機に後頭部を激突させるというアクシデントが発生し、あらゆることを放り出して、何はともあれとばかりにかかりつけの小児科までアワを吹きながらクルマを飛ばすという事態になってしまった。
八時半過ぎに着いたがクリニックはまだ開店前。しばらく待って、一番で飛び込んで診察してもらった。とりあえず咲杜は元気。医者の見立ても、たぶん大丈夫だろうとのこと。ただ、頭なので油断はできず、数日は気をつけて観察するようにということであった。
この騒ぎのため、当然胃ガン検診はキャンセル。別にガンだから調べてもらうわけじゃなくて、江東区の検診だから、決してシリアスなものではない。だいいち6月に人間ドックに入ってるし。ということで、減量中のボクサーはあっという間に普通のデブに戻ってしまったのだった。ふふふ。
先日の洗濯かごといい、今日の押入といい。いろいろやらかしてくれるわい、男の子。これからもいろんな騒ぎを起こしつつ、それでもなんとかしゅらしゅらと育っていくのだろうなあ。やつが大きくなってこの日記を見ることがあるのだろうか。うーん、それはそれで、ちょっと美しいシーンだと今思ってしまった。そういう日が来るよう、家族みんな、元気で健康に暮らそうね。
2002.08.28
終日原稿。胃ガン検診の前日なので、酒は飲まず。ともかく8時以降は一切の飲み食いがダメというので、減量中のボクサーみたいだ。このカモシカのようなボディを保つには、それもしょうがないが。何を書いているんだ、俺は。
夜、岐部さんから送ってもらったナターシャ・セブンのビデオを見る。うーむ、とうなる。全面に漂うこの気恥ずかしさは何だろう。人様から借りたものだから、これ以上は言ってはならぬが。岐部さん、言ってもいいですか。
2002.08.27
取材2、打ち合わせ3、原稿。自宅で酎ハイ。
洗濯かごに入って遊んでいた息子が、出ようとしてバランスを崩し、顔面からフローリングの床に激突。思い切り泣いた。額にはぱっくりと裂傷。まったくこれだから男の子は。もっとも俺自身、ガキの頃は生傷が絶えなかったなあ。眉の下には大きな傷跡があるが、母親に聞いたら1歳の頃に庭石にぶつかった後らしい。
極端に大きなケガ、後遺症が残るようなケガさえしなければ、ある程度のやんちゃは当然のことと思って、落ちついて構えてなきゃね。それよりもよその子をケガさせることのないよう、気をつけなければ。
2002.08.26
取材4、打ち合わせ1、原稿。甚八でサワーと日本酒。
久しぶりに吉野家に入ったが、牛丼280円にはびっくり。先日はマクドナルドでハンバーガー59円にも驚いたけど。でも、理由なく安いものには何か無理があるに決まっている。品質そのものに問題があるか、あるいは製造・流通の過程でどこかが泣いているか。いずれにせよ、安いものが主流になって実はいいことはあまりないと思う。ということを考えながら牛丼を食ったら、あまり味わえなかった。
「AERA」
なんとなくそんな気はしていたけど、やはり最近の若い連中はメシをまともに食っていないという。コーラとポテチだけ(念のために言うが、一日の食事が、である)というバカもいるそうだ。こういうバカが子供を育てるようになると日本はますます滅亡に近くなる。ともかくマジで言うけど、コンビニ弁当を食べている皆さん、今日からそれだけはやめなさい。頼むからコンビニ弁当を食うのだけはやめてください。
2002.08.25
前日ばか飲みしたので、珍しく酒は飲まなかった。
うちに泊まった岐部さん、伊豆原と一緒にお茶の水のディスクユニオンへ。岐部さんはカントリー&ブルーグラス専門店でビデオとCDを購入。伊豆原はJ-POP専門店でCDを購入。俺は何も買わなかった。その後、二人を車で東京駅まで送る。
家に帰ったら、前日のプー横町に続きドルフィンギターからもCDと楽譜、雑誌が届いていたので、それを聴きながらのんびりと過ごす。咲杜はコンポから音楽が流れると踊り出す。けっこう音楽好きのようだ。もっともすぐにコンポをいじって止めてしまうのには閉口するが。
夜、アルビレックス新潟が大分を抜いてとうとう首位に立つ。よしよしその調子だ。J1に昇格したら東京での試合は応援するから、俺に任せろ。
「ココナッツクラッシュ」内田十紀夫
名前は知っていたが聴いたことはなかった内田十紀夫のCD。ネットでデモを聴いたら案外よくて通販で購入。プー横町。全体としては、まあ、こんなものか。最新CDを買うかと聞かれれば、ちょっと検討させてくださいまし、と答える。一緒に楽譜も届く。
「ジミズ・スピリット・オブ・アコースティック」AKI
やはり名前は知っていたがちゃんと聴いたことはなかったギタリスト。やはりネットでデモを聴いて、楽譜とともに購入。想像していたよりずっと良かった。何曲か、気に入ったので早速練習。マスターして俺のレパートリーに加えたいと思った。次のアルバムも買っても良い。
「FINGER STYLE GUITAR」45
アメリカのギター雑誌。もちろん英語。こーゆーのを読んでるボクって、ちょっと格好いいよね。と思ったら、「読めるのかよと岐部さんに聞かれて「読めないす」と答えて、バカにされた。
「FINGER STYLE GUITAR」46
2号も同時に届いたので読むのが大変。かと思ったらそんなことはなくて、全部英語だから、写真と広告を眺めるだけだったので、あっという間だった。でも、そんな素振りを見せず、電車の中で広げてふむふむという顔をしていると、ボクってちょっとおしゃれだよね。
2002.08.24
出張で上京の岐部さん、伊豆原くん、えーじくんと、新宿の「すがわら」で寿司。途中から岐部さんの娘さんも合流し、たらふく寿司を食う。その後、岐部さんの娘さんを駅まで送り、野郎はタクシーで渋谷へ。えーじくんはここで帰り、おっさん三人は焼鳥屋に突入。12時過ぎまで飲んで暴れて、その後、おっさん二人を連れてタクシーで潮見に帰る。家では妻も入れて4人でしゃべり、寝たのは3時半。ふーう。
田舎ではこの日が夏祭り。子供の頃、一年で一番楽しかった日だ。実家の甥っ子たちも、小遣いを片手に何度も祭り会場まで走っているに違いない。この祭りが終わると、ぼくの田舎は秋を迎える。
2002.08.23
取材1、打ち合わせ1。自宅で酎ハイ。
夏の嫌らしい雨が降る中、渋谷へ行く。顔グロはなくなったが、ヘソ出し女に、茶髪にいちゃんが、うようようようようようようよ。その中を傘さして歩くのは、ああ、鬱陶しい。まったく渋谷はこんなくそったれの街になってしまったよ。って、たぶん俺たちがいた頃も大人にはそう思われていたんだろうけどね。
「日経ビジネス」
あっと驚く、武富士会長のインタビューを掲載。しかし相当にチェックが入ったのだろう、内容はかなり物足りなかったね。
「日経エレクトロニクス」
いよいよIP電話が本番を迎えるが、いろいろと波乱含みらしい。こういう新しいことは大好き。うちも入れてみたいなあ。
2002.08.22
取材1。自宅で酎ハイ。
この日記のタイトルを意味もなく「やったんホー」としているが、電話をかけてきていきなり「あー、やったんホーさんですか?」とぬかしたのは、ぺいちゃんである。しょうもな。でも、唯一の反応だったので、ちょっと嬉しかったかも。
「週刊文春」
困ったときのワイド特集。タイトル負けしているのは、宿敵AERAと同じだな。
2002.08.21
自宅で酎ハイ。
Number誌をぺらぺらとめくっていたら(高原のインタビューが載っていた号だ)、とてつもなく美しい緑色がちりばめられたページに出合った。何かと思ったら、アイルランドの街並みの写真集であった。アイルランドってまったく知らない国だけど、こんなに美しい場所だったのかとしばし呆然。写真に見入ってしまった。それにしてもなんてきれいなグリーンなんだろう。
2002.08.20
打ち合わせ1。自宅で酎ハイ。
出かけたついでにお茶の水に足を伸ばし、カワセ楽器、ウッドマンに立ち寄る。探している楽譜(既に絶版)があるのだが、当然の如く見つからない。ウッドマンには、90年作のラリビーが入荷していた。Jタイプ、つまり大型ボディなので俺には不向きだが、イルカのインレイが美しく、しばし見入ってしまった。
駿河台のディスクユニオンに寄って、CD3枚をジャケット買い。
「童謡」(少年倶楽部)は、童謡の数々(スキーとか浜辺の歌とか)を"ちゃんとした"ブルーグラスで歌っているもの。これが案外よく、気に入ってしまった。知らないバンドだが、なるほど、こういうアプローチがあったかと納得。岐部さん、中山さんにも聴いてもらいたいものだ。こういうバンド、作ってみようかなあ。
「オールド・タイム」(ボスコ・ブラザース)は、アパラチアン系のいわゆるオールドタイミー音楽をやってる日本のバンドらしい。1、2曲聴いてみたが、まずまず。オールドタイム系は耳に心地よく、すぐになじめるのだが、ちょっとずれるとそれが鼻につく難しさがある。このCDは微妙なところ。まあ、ヒマになって全部聴いてから考えよう。期待は、あまりしていない。
「ア・ロング・ウェイ・ゴー・ホーム」は、アコースティックギターのオムニバス。セミプロクラスのギタリストが演奏している。なかなかにいい感じ。みんな上手だなあ。こういうアコースティックギターのアルバムを流して仕事をするのが好き。しかも、どちらかと言えば冬のイメージのする曲が、ギターにはよく似合う。
CD3枚、雑誌1冊、新書本1冊、プリン4個、餃子1パックを両手に抱えて帰ってきたら、アマゾンから待望のCD「ライブ・フロム・ニューヨークシティ、1967」(サイモン&ガーファンクル)が届いていた。21日発売予定のアルバムが、1日早く届いたようだ。いやあ、嬉しいなあ。早速、聴く。これはサイモン&ガーファンクルが大昔にやったライブをCDにしたもの。ライブ音源が極めて少ない彼らだから、非常に嬉しいCDだ。
初期の作品ばかり19曲。そのハーモニーの完璧さに改めて驚くとともに、ポール・サイモンのギターには今さらながらにぶったまげた。ギター一本だけで19曲を歌っているのだが、こんな昔でありながら、伴奏ギターとしてはいまだに誰も超えていないのではないかという素晴らしさ。このギターを聴くだけでも、いや、このギターを聴くために、そのCDを置いておきたいと思わせるほどであった。
「FOCUS」
廃刊したFOCUSが週刊新潮の増刊号として1号だけの復活。姑息だというのは簡単だが、そこまでして復活させたいという根性は見上げたものだ。笑われるのを覚悟でのチャレンジだものなあ。こういうメディアがあってもいいと思うぞ。巻頭は、43歳になった山口百恵。うーむ、どこから見ても完璧なおばはん。マルエツですれ違っても絶対にわからないねえというのが、妻の感想。
2002.08.19
自宅で発泡酒。
下の上田馬之助で思い出したが、プロレスにはいわゆる最強伝説というジャンルがある。本気でやったら誰が強い、という話題だ。かつてプロレスファンはこの話題だけで何時間もしゃべったものである。総合格闘技がブームになり、団体数が50にも達する現在では、もうこうした話題は興味を惹かなくなったけれどね。
で、かつての最強伝説では、いろんなレスラーの名前が挙がったものだが、一昔前なら坂口征二、平成に入ってからはジャンボ鶴田、最近では長州力といったところが、マジで闘えば最強と目されていた。坂口については、猪木よりも強いと外人レスラーが評していたほどであり、長州については問題レフェリーのミスター高橋が評価している。
しかし群を抜くのは、やっぱりジャンボ鶴田だろう。普段はとろとろのプロレスをしていたが、いったんマジになると誰も止められないと言われていた。亡くなったことも、そうした伝説に拍車をかけたに違いない。この鶴田と、リングスの前田の、プロレス真剣勝負というのが俺の夢だったなあ。もう一つの見果てぬ夢が、ローランド・ボックとスタン・ハンセンの闘い。どちらも実現されぬまま、封印されてしまったけれど。
ところで、こういう最強伝説のまったく逆をやってくれちゃったのが、闘龍門という団体。なにしろ最弱決定トーナメントを開催しちゃうんだから、大笑いである。とにかく今は、あらゆるジャンルのコンテンツの中で、この闘龍門が最高に面白いのだ。闘龍門を代表する選手であるCIMAは「俺らは強くないかもしれないが、面白いことは確実だ」と胸を張っている。そういう時代なのである。
「新潮45」9月号
まったくこの世は、信じられないような事件ばかり。そうしたレポートが今月も満載だ。それとは別に、銀行の借金を合法的に踏み倒す方法(自己破産などではない。財産を築きながら銀行に借金を返さないのだ)は抱腹絶倒。いいぞ、もっとやれえ。
「日経ビジネス」
編集者も書いているが、ヤマト運輸というのは本当に見上げた会社である。企業として筋が通っているというか、立ち姿が正しいというか。
「ラスト・レース」柴田よしき・文春文庫
俺と同年代で、同じ大学出身の作家。ハードボイルドのRIKOシリーズはえれえ面白かったよ。けど、この作品は何だね? 吉村達也でも書かないぞ、こんなボケ作品。バブル時代に翻弄されたOLがモデルのミステリーだが、真犯人なんて登場した瞬間にバレバレだぞ。読後、ただちにゴミ箱に直行。
2002.08.18
自宅で酎ハイ。
「箱根駅伝」と「24時間テレビ」は、日本テレビにとって巨人戦と並ぶハレ番組である。箱根駅伝については、駒澤大学の仕事をしていた関係上、今年まで正月はちゃんと見ていたが、24時間テレビは、まず見たことがない。終了後に「噂の真相」あたりで裏話を仕入れるぐらいだ。
今年もただ漫然と24時間テレビが映っていたのだが、何気なく画面を見たら、プロレスラーの上田馬之助が映っていてびっくり。数年前、巡業中に交通事故に遭遇し、ほとんど寝たきりとなってしまったのだった。
その現役時代には、猪木の敵として日本中の憎しみを買ったものであった。今のように、「悪役レスラーもお仕事だからね。素の生活まで悪役じゃないからね」という物わかりのいい時代ではない。正体不明の外人は本当に正体不明であると信じられていた時代のことである。
そんな時に、頭を銀髪に染め、日本の絶対ヒーロー・猪木に歯向かう悪役を務めたのだから、その不人気ぶりは凄かった。猪木ファンによって自宅に生卵を投げつけられるなどということは日常茶飯事だったらしい。それでもきっちりと悪役を演じきったのは、プロとして実に素晴らしかった。何よりも「本気でやったら猪木や馬場もかなわない」という伝説がつきまとっていて、それが得も言われぬ凄みに結びついていた(実際、相当に強かったらしい)。
そんな上田馬之助が半身不随の寝たきりになってしまった。悪役であったにもかかわらず、多くのレスラー、後輩、ファンに慕われ、プロレスの大きな大会があるとゲストとして呼ばれてもいた。プロ的存在感たるや、たいしたものである。
事故後の上田馬之助をテレビで見たのは、この24時間テレビが初めてだった。司会の徳光は、ぼろぼろの顔をして涙をこらえていたが、昭和の時代にプロレス中継をやっていたわけだから、その気持ちはよくわかる。その目は「あの上田馬之助がこんなになってしまって」と哀れみつつ、なんとも言えない悔しさを漂わせていたように見えた。
「サイゾー」9月号
久しぶりに読んだ。内容は相変わらず。モー娘とジャニーズの裏ネタに期待したけど、さほどではなく、それなり程度の面白さだった。来月号は、うーん、やっぱり買わない。
2002.08.17
自宅で酎ハイ。
深川不動のお祭りを見に行く。3年に一度行われるらしい。もっとも本番は明日。前日の午前中では盛り上がりもなく、小さい御輿がいくつか出ているだけだった。
どこかのホームページで見かけた表現だが、江東区には「ヤンキーママ」「江戸っ子」「マンション系新住民」の3種類がいるらしい。なるほど、言い得て妙。俺はもちろん「マンション系新住民」。引っ越した当初こそ「江戸っ子」カテゴリーに興味津々で仲間になれたら楽しそうと思っていたが、最近では「新住民は新住民らしく湾岸エリアで大人しくしているさ」という気分である。特に何か理由があったわけではなく、無理することはないべ、というだけのことだ。
それに門前仲町あたりを徘徊するよりも、お台場でぼけっとしてるほうが心がなじむし。
「サイバラ茸2」西原理恵子・講談社
1と同じく昔の作品だけを集めたもので、全体的には1のほうが面白い。それでも、あのっ、浦安の富士額ねずみを退治しに行くウサギの話を再び読めて、ああ、大爆笑。
2002.08.16
自宅で酎ハイ。
どうせヒマなんだろと海外旅行帰りの人に言われるのを覚悟で、朝からお台場の潮風公園へ。ここの噴水が、子供の遊び場にちょうどいいのだ。水を恐がるかと思ったら、そうでもなくて、咲杜は実に楽しそうに水とたわむれて遊んでくれた。東京湾に面しており、内陸を海側から眺める形の絶好のロケーションにある公園だ。とても手入れが行き届いていて、気持ちがいい。なのに人出は少なく、まさしく穴場である。
1時間ほど遊んだ後は、おなじみTFTビルに立ち寄って食事。ここもフリーのデッキスペースにファーストフードが並んでいて、子連れが何時間でもつぶすのに格好の場所である。
帰ってきて、夜になったら、どうせヒマだろうと海外旅行帰りの人に言われてしまった。
「Number」
日本代表特集。ジーコは、とうとう日本の切り札が出た、というポジションだ。 問題はジーコのあと、つまり2006年以降の人材がいないということである。選手にもめぼしい若手がいないし。おそらく2006年は今の選手たちがピークを迎えるし、かなりの成績が期待できるだろうけど。
2002.08.15
自宅で酎ハイ。
最近は弾きたい曲がなかなか見つからない。何を弾いてもいいのだけれど、何を弾けばいいのか、分からない。だもんで、とりあえず今弾ける曲をおさらいしながら練習。それでも1時間以上かかるので、これでおしまい。なにしろ息子が起きているときはギターも弾けないから、どうしても時間に限りが生じてしまうのだ。
こんな調子だからDTMが復活するのはいつになるやら。現在、引退状態です。
2002.08.14
自宅で酎ハイ。
岐部さん同様、当社でもお盆にも関わらず働いているが(半分だけね)、電話やメールは入ってくる。えらいことに、みんなちゃんと働いているのだ。前日は日本橋まで行ったけれど、いつもは買い物客やビジネスマンでにぎわってる街も閑散としていた。こういう都心も、なかなか味わい深い。
とはいえ、フルタイムで働くほど仕事もないので、日中は家族でお台場のTFTビルへ行き、光のシャワーを見物。このビルは人が少なく、広々として、かつレストラン関係も充実しているので、子連れでものんびりと過ごせる。しかも目の前が東京湾で眺めもいいし。穴場です。
「発火点」真保裕一・講談社
若い男の自立と成長の物語というモチーフは駄作「トキオ」(東野圭吾)と同じだが、その仕上がりは月とすっぽんなのが本作品だ。期待せず、駐車券をもらうための買い物で購入したおまけ本なのだが、これが読み始めたらやたら面白く(真保作品は「奇跡の人」以来だ)、十分に堪能。ミステリーとしては弱いものの(謎を握る人物の登場が遅すぎるし、動機も弱い)、文体、プロット、キャラクターは一級品。この夏の収穫だ。すべての中年男の必読本と言っておこう。(あ、でもエンディングの落ちはやりすぎ)
2002.08.13
自宅で酎ハイ。
息子を連れて朝から聖ろ加国際病院へ。お盆に入っただけあって、道は空いているし、驚くべきことに院内の駐車場も空いていた。
まずは耳鼻科へ。慢性化していた中耳炎。しかし悪化もしておらず、症状も軽いので、このまましばらく様子を見ましょう。高熱が出たり、鼻が悪くなったりしたら、すぐに連れてきてくださいね。いつもは次回の予約はということになるのだが、そんなことも出ず、要するにこれで終了、あとは様子が変わったら来てね、ということらしい。そういうものなのか。
続いて皮膚科へ行き、じんましんの診察。どれどれ、なるほど、やっぱりまだ出ていますね。では一カ月分(!!)のお薬を出しておきましょう。それでも何かひどくなったら○○先生(せい路加への紹介状を書いてくれた開業医)のところに行ってくださいね。そういうことで、こほん、もういいですね。終わっていいですね。そう問いかけながら、こちらの返事を待たずにカルテに終了シールを貼っていたのを目撃。なぜか理由は分からないが、もう来なくていいということらしい。症状が出ているのに。
ここ2カ月ほど息子の中耳炎とじんましんに悩まされてきたのだが、天下の聖路か国際病院だからもう安心、いい病院でよかったと思っていたこちらが甘かったのだろう、あっさりと見放されてしまった。放っておけばいい、たいしたことはない、ということなのかもしれないが、しかし素人であるこちらは羅針盤を失った船のようだよ。さて、どうする。どうしよう。様子を見ようか。でも心配だ。1歳3カ月の息子の顔を見ながら、夫婦で同じ会話ばかり繰り返してしまっている。せんせいは偉くて患者はバカという構図は、変わってないのだねえ。失望。
2002.08.12
自宅で酎ハイ。
仕事で会ったコマガタくん。上はネクタイを締めているのに、下はサンダル。ああ、ついにこの暑さにやられたか、なむなむ、と思ったら真相は交通事故で足をけがしたということらしい。んま、大変。
彼女をバイクに乗せてかっこつけてたら、前を走る乗用車と接触。間の悪いことに新宿警察署の真ん前だったそうな。それでもたいしたケガでなくてよかった。ネクタイにサンダル履きは相当格好悪く、電車では好奇の目にさらされているだろうが、そんなのにめげずに胸を張る姿に、俺は思わず中島みゆき「ファイト!」を思い出して目頭を押さえちゃったよ。嘘だけど。
「文藝春秋」9月号
道路公団について猪瀬と亀井が正面衝突。っても、なあなあの(笑)ばかりの対談であった。まあ、それでもこの二人ともよく頑張ってると思う。
「噂の真相」9月号
安室奈美恵の離婚の真相は、子供をほったらかしてV6の三宅健と浮気していたことが原因。加えて安室は子育てに異常なまでに無知で、離乳食としてハンバーガーを食わせていたらしく、ついにSAMが切れてしまったそうだ。
2002.08.11
妻の実家へはいつもクルマで行くのだが、世間が本格的な夏休みに突入し、高速の大渋滞が予想されたため、今回は電車で行った。片道2時間弱の電車は、咲杜にとって初めての大冒険である(もちろん親にとってもだが)。
案の定、電車はがらがら。特に行きは車両に他の客が1人か2人という有り様で、のんびりだった。帰りこそすこし混んだものの、さしたる苦労もなく移動できたのだった。でも、荷物は重いし、大きな声を上げると肩身が狭いし、やっぱり子連れの移動はクルマが楽だなあ。
「アトランティスのこころ」(上)(下)スティーブン・キング、新潮文庫
俺の一番好きな作家って、キングなのだ。実は。ベストスリーを上げるとしたら「呪われた町」(吸血鬼ものの傑作! 恐いぞう)、「IT」(古今東西のあらゆる化け物のオンパレードだ)、「グリーンマイル」(哲学的ですらある)といったところか。「スタンド・バイ・ミー」も落としたくない。この「スタンド・バイ・ミー」に代表されるように、キングの描く"少年たちの夏"は、実に素晴らしいのである。夏の匂い、日差し、歓声が、本からほとばしってくるのだ。それを殊更強く思わせてくれるのがこの「アトランティスのこころ」である。けれど、それも上巻のみ。下巻は、果たしてどうか。俺は疑問だったね。読むなら上巻だけに限る。個人的には失敗作だと思うが。
2002.08.10
ふだん息子は8時半から9時の間に寝付く。これ以前もしくはこれ以降になるのは、月にそれぞれ2度ほどだ。この就寝儀式の30分間、俺は(業界では最も忙しい時間帯であるにもかかわらず)原稿作業の手を止め、妻は洗い物やアイロンかけを休止し、家族三人で川の字になる。
寝入ってからの息子は、朝までにだいたい2度か3度、目を覚ます。覚まさないこともあるが、覚ましたときはだいたい「喉が渇いた、麦茶か牛乳かイオン飲料か果汁か湯冷ましか、何か飲ませろ」と泣き叫ぶ。応じて俺はもそもそと枕元を探り、寝る前に作っておいた麦茶の湯冷まし割りを差し出す。
1歳3カ月にもなるのに息子はまだ哺乳瓶が手離せず、昼はマグカップかコップと格闘させるようにしている。だが、深夜のティータイムは別だ。哺乳瓶で麦茶の湯冷まし割りを好きなだけ飲ませることにしている。ほとんどの場合、息子は目をつぶったまま哺乳瓶を抱え込んでぐびぐびと飲み干すのだが、時々ふっと目を開けて覚醒することもある。その際は、たっぷりの哺乳瓶を飲み干して「ふうーっ」と息をつき、目を三日月にして(なぜか声は立ててずに)、肩肘ついている俺を見てニコニコニコっと笑う。
たぶん俺はベストセラーを書いて印税で暮らせるようにもなれないし、事務所の株を公開して大儲けする才覚もない。つまりは有名人にも金持ちにもなれないし、ついでに若くもない。でも、息子にとって世界中で一番いい父親でありたいとは思うし、それが親心というものなのだろう。再び眠りにつくとき、いつもそんなことを考えている。
2002.08.09
青山の居酒屋「我や」で童研OBの飲み会。子供はちと厳しい雰囲気の店だし、遠いので、俺だけ参加する。盛り上がったのはいいけれど、酔いに任せて電話をかけまくるのは止めようね。二次会はスパイラルホールでお茶。そこでもビールを飲む俺。そのビールを持ってきたのはパキスタン。終わってから一人で久しぶりに千駄ヶ谷ホープ軒でチャーシュー麺。ニンニクたっぷり。うえっぷ。早食いしてタクシーで帰り、風呂に入ってすぐ寝る。ニンニクのせいか、すぐに目が覚め、しかも腹が油で一杯でえらく気持ち悪く、なかなか寝付けなかった。
2002.08.08
自宅で酎ハイ。
立秋。ニュースでは立秋なのに暑い暑いという定番報道だが、確かに朝は秋の風が吹いていた。こうして季節の変わり目を感じられることは、なんとなく気持ちいい。
とはいえ、日中はやっぱり暑い。暑いので、親子でお台場へ。アクアシティで買い物のあと、食事。その後、潮風公園で海を眺めて、TFTビルで再び買い物。お台場はポイントをはずせば、のんびりゆったり、広々としたところで過ごせる。人も少ないし。けっこう気に入ってるのさ。
2002.08.07
自宅で酎ハイ。
なぜいきなり酎ハイかというと、悪酔いせず、ライトに飲めるからだ。カロリーを考えてビールや日本酒、ウィスキーはやめとこう。ならば焼酎なのだが、頑張って飲んだけど、安い焼酎はやっぱりつらい。というわけで酎ハイなのでした。
「週刊新潮」
この時期の週刊誌は帰省客向けのワイド特集。当然中身は薄いのに見出しで吊る作戦だ。それにひっかかっちまったじゃんか、悔しい。皆さん、立ち読みで十分ですからねー。
2002.08.06
自宅で酎ハイ。
12時頃、飯田橋から神保町まで歩く。電車だとかったるいし、タクシーはもったいないし。せいぜい15分の距離だし。ところが36度の炎天下。干上がるとはこのことを言うのかという暑さであって、たちまちにしてふらふらなのだった。ふう。
さすがに神保町から八重洲まではタクシー。ところがタクシーに乗っても涼しくなくて、運転手は「暑すぎてクーラーもきかないんすよう」と嘆いていた。
八重洲と有楽町の中間にあるパシフィックセンチュリープレイスでタクシーを降り、地下1階の「ERTE cafe fine dining」へ行く。ここは近くに来たら必ず立ち寄る店だ。何が目的かというと、シュークリームである。
実は俺はシュークリームが大好きなのだが、一番のお気に入りがここの女性のパティシエが店内で作るシュークリームなのだ。一日100個限定。とは言え、夕方でも十分に残っているので、買いそびれたことはない。中のカスタードもおいしいが、何と言っても生地が絶品。固くてカリカリしていて、それだけでもクッキーとして食べられるようなおいしさである。その中にたっぷりとカスタードがつまっており、十分に冷やして食べると、いやあ、たまらんですぜ、先輩。
いつもここで家にお土産に買うのであった。本日はシュークリームに加え、ケーキも購入。これがまた旨いのだ。ううう。洋菓子では最近一番のお気に入りである。暑さにやられた頭も、おかげで回復。片手にシュークリームをぶらさげて、なんとか京葉線に乗って帰ったのであった。
2002.08.05
自宅で酎ハイ。
ほう、酎ハイって一発で変換するのね。びっくり。しかしあれですな、夏の頂点は過ぎたと思って油断したら、なんとまあ、驚きの暑さ。俺が甘かった。倒れそうに暑い。秋どころではないぞ。
渋谷で打ち合わせがあったので道玄坂を上ったのだが、いやあ、発狂寸前。あまりに暑いことに加え、有象無象のガキどもがうろちょうろちょろ。ほんと、暑苦しかった。途中、ヤマハに寄る。まったく使えない店だぜ。って、アコースティックギター関係でここに寄ってはいけないのだけれど。
「AERA」
さしたる記事はなし。立ち読みする価値もないと思ったが、どうだろう。
2002.08.04
自宅でビール。
今年の夏の頂点は、たぶん7月31日だったんだね。夜には珍しいほど派手な雷雨で、あたりは一気に温度が下がった。ぼちぼち新潟の実家では盆の準備で、同時に稲穂の香りも強くなってくるだろう。
箱根を10時過ぎに離れて渋滞前の東名を一気に走り、昼過ぎに自宅に戻る。地元の夏祭りをちらっとのぞいたけど、知り合いを見つけられず、すぐに引っ込んだ。これで今年の夏はほぼ終わり。あとは秋に向かう準備だ。忙しくなりそうだなあ。ギター、もっと弾きたいなあ。
2002.08.03
童研OBで箱根・芦ノ湖のコテージに一泊。合宿である。咲杜も連れて家族三人で参加。酒飲んで、うまいもの食った。咲杜はいろんなおじさんおばさんにあやされて、楽しそうであった。
2002.08.02
自宅で焼酎。
咲杜のじんましんも小康状態。このまま治癒してくれるといいのだが。ともかく子供ができてからは、医者とは縁が切れない。そういうものだろう。
2002.08.01
ジャック天野のライブを見るために、家族で浅草HUBへ。ジャックってば、こちらがファーストステージで帰るのを知ってて、妻のためにわざわざ「オリジナル・ディキシーランド・ワン・ステップ」をやってくれた。ありがとう、ジャック。残念ながらHUBは今回で終わりだそうだ。でも、ジャックはまたどこかでライブをやるだろう。また見に行くからね。応援するからね。
「人生張ってます」中村うさぎ・小学館
うーむ、どう考えても禁治産者のような奴らばかり(なにしろサイバラがまともに見える)との対談集。つくづくあきれて、嫌になってしまう。読んでただちに捨てる。
「週刊文春」
Numberにトルシエの総括が載っていたけど、終わってしまったサッカーはどうでもよくて読む気になれなかった。
「週刊ゴング」
闘龍門は2ページしかなかった。えらくコストパフォーマンスが悪かった。
2002.07.31
自宅で焼酎。
7月最後の一日。たぶん一年で一番暑い日。実際、午前中で渋谷は今年一番の暑さとニュースが報じていた。こういう日にこそアスファルトの中を歩かなければ、都会の夏は味わえないのだ。ふう。
金内さんに会ったので、おごってくれと言うと「カードの決済が迫っているので今はダメ」と断られちゃった。残念。使いすぎには注意しましょう。一緒にいた小松さんはこのページのことを知らなくて、金内さんに「知らないの?この日記に登場するだけでステータスなんだぞ」と教えられていた。金内さん、それは勘違いもいいところです。ともかく小松さんも出しておきました。コマっちゃんはDTMの人らしいので、今度僕の作ったCDをプレゼントすることにする。ふふふ。
その後、お茶の水と思ったけれど予定変更で日本橋でお仕事。帰りにえんえんと東京駅まで歩いて八重洲で資料探し。ああ、暑かった。夏気分をたっぷり味わった。あとは秋に向かって一直線だな。
ところで俺が一番に押している驚愕のギタリスト・押尾コータローだが、なんとモントルー・ジャズフェスティバルに出演して、スタンディングオベーションだったらしい。うーむ、どこまで行くのだ、この人は。絶対の注目。ぜひにおすすめのギタリストだ。
「トキオ」東野圭吾・講談社
タイムトラベルもので、未来の自分の息子が会いにやってくるという話。これだけ書くと馬鹿みたいだが、本当に馬鹿みたいな小説なのだ。ちょっとびっくり。
どうした芸達者・東野圭吾。売れすぎて手を抜きだしたか。愛人問題が片づいて守りに入ったか。「ヘタなテッポも数うちゃ当たるけど、その逆もあると言うことだなこれは。これまでたくさん楽しませてくれた作家に、何にも書けない素人が文句は言えない。」とは岐部さんの優しい評。しかりである。
出だしは、すごくいいのです。成人までに必ず死に至る難病を患った高校生の息子。その彼が臨終を迎えようとしているところから話は始まる。その傍らで両親が、この子を産むべきか葛藤し、産むことを決意してから精一杯の愛情を注いだことなどが、短く、しかし感動的に描かれている。
ここであたしゃ涙しましたよ。ううう。「秘密」のパターンか。しかしここまででしたな。息子が若き日の父親に会うためにタイムスリップしたあたりから話は一気におかしくなって、単なる大沢在昌になっていくのだ。
テーマは生と死であり、親の愛だ。しかし、同じプロットで例えば浅田次郎が描いたらどうなったか。いや、同じテーマで遙かに短い「天国まで100マイル」(名作)のほうが、遙かに感動的で泣かせた。
つくづく残念。がっかり。読んでる途中「本当にこいつとこいつが同一人物か。あまりに違いすぎる」とか「息子が死のうとしているまさにそのときに、妻に向かって昔の女の話を延々とする男がいるか」とか、違和感も山盛り。もともと力はたっぷりある作家だ。次回作に一応期待。しかし俺のホームページって人の悪口ばっかりですまんのう。
2002.07.30
自宅で焼酎。
俺の腹を見て「おおう」と驚きの声を上げたのは、ネギボウズことダニくんであった。「うきゃきゃ」と笑ったのはカサイさんであった。「ぼくも太ってますし」と哀れんだのはエルビスことアキヤマくんだった。
実は今、"エルビスの本名って何だっけ"と一瞬わかんなくなって、メールの受信簿を見直してしまったぞ。すまんのう、エルビス。
2002.07.29
自宅で焼酎。
エプソンのカラーレーザープリンタはなかなか快調。ネットワークでつないで俺のMacintoshと妻のVAIOでマルチプロトコルしてるんだが、面白がっていろいろ印刷したりしている。これでこの価格なのだから、安くなったものだ。もっと早く買っておけばよかったよ。
基本的には今は一年で一番暑い2週間の真っ直中。何をしても暑いのだ。でも、夏の夕方は好きだなあ。春はあけぼのかもしれないが、夏は夕方だ。しょわしょわした空気が漂っていて、なかなかよいのである。特に新潟の田圃に夕日が沈むような時間は、素晴らしい。もっとも今年は咲杜の病院がよいもあって、お盆帰省は中止。残念。実家のちびどもにも会いたかったが。
「トキオ」東野圭吾・講談社
岐部さんが読み終わるまで感想は留保。
2002.07.28
自宅で焼酎。
煙草をやめて半年(一本も吸ってない)。栄養摂取効率がよくなったためだろうが、明らかに太った。これはある程度予想できたが、思ってもみなかったことが、臭いに対してえらく敏感になったことだ。他人の煙草の臭いが気になるのは当然だが、その他にもいろんな臭いがわかるようになった。なあるほど、煙草ってやっぱり問題あるんだろうねえ。
2002.07.27
自宅で焼酎。
最近は原稿をファクスすることはめったになく、ほとんどがメールで済んでしまう。資料が送られてくるのもメールかWebであり、ファクスというものはめったに使わない無用の長物となったのだ(まったく図体ばかりがでかい)。そのためだけに専用の電話番号を持っているのだが、たぶんもうしばらくしたら電話と兼用で十分だろう。今はまだビジネス的にそれがあまり歓迎されないという理由で残してあるに過ぎない。
当然コピーについても同様で、ほとんどコピーを取るということもなくなった。感覚としてはファクスが送られてくるのは週に一度、コピーを取るのは半月に一度というところか。
結果としてOA用紙の消費は激減。地球環境保全には非常に喜ばしい状態となったのだ。原稿をプリントアウトするときも、もらい受けた資料の裏紙で間に合ってしまい、ますますエコロジーなグリーン事務所と化してきたのである。ぱちぱち。表彰ぐらいされたいもんだね。
ところがカラープリンタ(EPSONのLP-7800)に取り替えたら、「裏紙は絶対に使わないでください」とあちこちに書いてあるではないか。おひょ、そうなのか。あわててコピー用紙の補充に走ったが、するとこれからは大量の裏紙が無用の長物と化し、地球環境にやさしいエコ事務所の汚名を、いやいや、名誉を返上しなければならないのか。ちっ、めんどうくせえな。
「アコースティックギターマガジン」13
特集の長渕なんとかというサルのページはすっとばして、タック・アンドレスや押尾コータロー(絶対にブレークするぞ、こいつ)のインタビューを読む。ああ、面白かった。いいギターが欲しいなあ。
2002.07.26
プリンターを買い換えようと思い、調べてみたらカラーレーザーの安いのにびっくり。すぐさまイズハラ商事に電話して、エプソンのカラーレーザープリンタを手配したのだった。その搬入日だったのが、午前中に日通のトラックが汗を流しながら持ってきた。
午後、今度は通販「暮らしのデザイン」で頼んでいたCDラック(900枚収容のすぐれものだ)が届くことに。ところが渋滞で、予定よりも2時間も遅れて到着。汗まみれのおじさんの顔を見れば、クーラーのきいた室内で待ってる身としては、文句などとても言えなかったが。
それからが悪戦苦闘で、CDラックの組立に今度はこっちが汗だく。たっぷりと3時間はかかってしまった。もう二度とこの組立はしたくないと思ったね。もともと工作は苦手なので、よくある組み立て式の家具を買うのは大嫌いなのだ。
そのCDラック組立中にイズハラ商事の伊豆原くんがプリンタのセットアップのためにやって来た。おお、ちょうどいい。手伝ってくれたまえと、CDラックの組立を手伝ってもらう。ふう。伊豆原くんにしてみれば、いい災難だったろうね。ごめんね。
2002.07.25
自宅で焼酎。
中耳炎とじんましんが心配で、義父と義母が咲杜の様子を見にやってきた。咲杜はけっこう元気。はしゃぎ回っていた。その様子を見て、ずいぶん安心したらしい。よかった。
クルマのCDチェンジャーの調子が悪くなり、デュオ深川へ。同じトラブルがもう3度目である。ソニー製だ。どうもソニーは故障が多い。家電もオーディオもパソコンも。ソニーは社内では「ソニーらしいかどうか」という基準があるらしい。それに対して心ある社員は「ソニーらしいかどうかが問題ではなく、ニーズに応えているかどうかが問題なのだ。ソニーはおごっている。未来はない」と嘆いているらしい。
もっともデュオ深川へ行ったところ、メカがちょこちょこいじったらすぐに直った。うーむ、困ったもんだ。簡単に壊れて簡単に直るって、一番始末が悪いよねえ。
ところで金内さん、お暑うございます。豊洲は「ゆりかもめ」が延びてくると、とても便利になりますね。
2002.07.24
自宅で焼酎。
妻が所用で(というか不幸があってそのお通夜だったのだ)出かけたため、咲杜と二人で留守番。
どうも最近の夏は凶暴というか、明らかに殺意に満ちた空気であり、昔のような心弾む夏ではなくなっているような気がする。なにしろ35度ではもはや誰も驚かないのだから、はっきりと異常である。真昼に出かけると、俺でさえ体に不安を感じるほどだから、老人や幼児には危険でさえあるだろう。だからこんな記事を読んでも、妙に納得してしまう。
「世界保健機関(WHO)は23日、日光の紫外線は皮膚がんや白内障の原因になるとして“日光浴自粛”を呼びかける報告書を発表した。
WHOのプロジェクトチームがまとめた報告書は、70年代以降、ライフスタイルの変化による日光浴ブームとオゾン層の破壊進行との相乗効果で、白人を中心に皮膚がんの患者が世界で急増していると指摘した。紫外線の浴びすぎは免疫機能の低下につながる恐れもあるという。このため太陽光の強い夏の日中は外出を避け、出掛ける場合は衣服で皮膚を覆ったり、帽子やサングラスを着用するよう呼びかけている。」
今や真夏の昼に外出するのは、ほとんど命がけの行為なのだ。日光浴など、もってのほかである。やがて真夏の地球はゴーストタウンと化するのか。不幸な時代だ。
2002.07.23
自宅で焼酎。
酷暑。先日いさわしに会ったら「こないだより太りましたねえ」との指摘。がびーん。その反省から、今日はクルマはやめて歩いて出かけることにする。
まず秋葉原。地下鉄からの急勾配の階段が厳しい。この駅はエスカレーター率が非常に低い。乗換駅なのに怠慢なのだ。汗をかきつつ地上に出て、数分。ラオックス楽器館でピックと雑誌を購入する。この店は店員の態度は悪いし、ろくなギターもないのだけれど、小物が案外そろっている。ただ、ずっと探しているフレッド・ケリーのピックは見つからず。
続いて石丸電気へ「おかあさんといっしょ」のCDを買いに行く。「あめふりりんちゃん」という名作をじっくり聴くためだ。現在夫婦で練習中なのである。発見し、購入。店内では「涙そうそう」がヘビーローテーションでかかっていた。
最近この手の店へ行くとうんざりさせられるのが、すぐにメンバーズカードを作らされることだ。おかげでカバンの中はカードだらけ。新星堂なんて何枚メンバーズカードを作ったことか。作るたびにうざったくて廃棄しているのだけど。石丸電気でも案の定「カードをお持ちですか」と聞かれる。ああ、暑苦しい。最近はクレジット機能がついていない限り、面倒だから「はいはい」と作るようにしている。もちろんすぐさま捨てるのだけれど。まあ、こういうところから個人情報は漏れるのだな。お店関係の人は、ぼちぼちメンバーズカードという発想から抜け出した方がいいと思う。「リピーターの育成」「ロイヤリティの向上」「顧客単価のアップ」などといったマーケティング屋の口上に乗せられてのことだろうが(あ、俺は乗せる側だった)。
その後、電車で神田へ。まったく昼の京浜東北線は駅を飛ばすので腹が立つ。秋葉原は人口密度が濃く、加えてクビの裏側に汗を浮かべているようなオタクも多いから、ただでさえ暑苦しいというのに、ホームで待たされる身にもなってみろってんだ、山手線。
神田に到着後、手近なところで昼飯をと思い、カレースタンドに飛び込む。大失敗。客が俺を入れて3人なのに、店のおばばは4人もいる。当然ヒマ。カバンはここに置け、水を飲め、と客にうるさく指図する。ああ、暑苦しい。で、味はというと立ち食い蕎麦屋のカレーといい勝負。650円。ああ、血が上ってますます暑くなる。
汗を拭きつつ、銀座線に乗り、日本橋へ。財布が軽くなってきたので三井住友銀行日本橋中央支店に立ち寄り、キャッシュコーナーでおろす。本日は銀行に対して特に文句はなし。クーラーきいてたし。
その後、炎天下を歩いて打ち合わせの場へ。あじー。ペットボトルのお茶を飲みつつ、交差点で信号待ちをした7月の昼下がりなのだった。少しはやせたか。今度いさわしに会ったら、何と言われるのだろうなあ。
「アコースティック・ギター・ブック15」
いつもはコレクターのために「何年もののマーチンooo-18は素晴らしい」などという記事ばかりなのに、今回は珍しく演奏記事が充実。お買い得だった。いつか日本のルシアーに俺のギターを頼んでみたいなあ。
2002.07.22
自宅で焼酎。
朝からマンション内の公園で、同じフロアの出口さんがプールを広げる。管理人のおじさんがホースを持ってきてくれたので、水を入れるのを手伝う。しばらくして外出し、戻ってきたら、子どもたちがおよそ10人もプールで水遊びをしていて大にぎわい。それを眺めるお母さんたちも、汗と水しぶきでびしょびしょになりながらニコニコしている。子供の笑顔が見たいばかりに、こうして炎天下でも頑張ってしまうのが親心なんだな。
2002.07.21
自宅で焼酎。
梅雨が明け、夏本番というのに咲杜がじんましんやら中耳炎やらで、あまり出られない。しかしそれも寂しいので、せっかくの日曜、近場までと思って羽田空港へ飛行機を見に行く。
行ったのはいいが、これがとんでもない混雑で、駐車場もいっぱい。それでもなんとか展望台まで行って、飛行機を見てきたのだった。もちろんえらく暑く、夫婦そろってばてばて。しかし、子供の笑顔が見たいと思えば、どんなことでも頑張るのが親だと実感。それを思えば、昔、自分の両親がいろいろとかまってくれたことに、改めて感謝する。なるほどねえ、これが親心なのか。
その後、神田のジョナサンで昼飯。真夏の日曜のオフィス街だというのにしっかりミニパトが働いていて、クルマに落書きされてしまった。いい迷惑である。
2002.07.20
自宅で焼酎。
韓国では映画「千と千尋の神隠し」を「千と千尋の行方不明」と訳して上映しているそうだ。「神隠しという概念がないから」というのがその理由らしいが、神隠しが分からなければこの映画の意味も伝わらないだろうに。
もっとも俺なんぞは、神隠しとは宮崎駿自身がどこかに隠れてしまったという意味だろう、と思っているが。
日本映画史上最高のヒット作となった「千と千尋の神隠し」は昨年夏の公開だったが、俺は映画館に足を運べなかった。子供が産まれたばかりで、映画よりも子育てのほうが面白かったからである。それでも、あれだけ「史上最高」「空前のヒット」「海外でも絶賛」とあおらるれと、俄然、興味がわく。これはこのマンション内で子供が産まれたばかりの家庭にとっては共通の思いだったらしく、ビデオの発売が近づくと「うちでも買うつもり」というのがお母さんたちの話題の一つだったらしい。
もちろん俺も買ったぞ。アマゾンで先行予約して(割引があったからね)。
宮崎アニメの素晴らしさは、実写映画の20年先を走っている。「風の谷のナウシカ」を最初に三軒茶屋の映画館で見たときは、あまりの衝撃に呆然としてしまったものだった。今でもナウシカは、俺のオールタイム・ベストワンの映画である。続く「天空の城ラピュタ」は、冒険物語の真髄とはこれかと、脳天をぶったたかれた。あわてて見た「ルパン三世 カリオストロの城」も素晴らしかった。実は「となりのトトロ」は、これらに比べると俺的にはそんなに好きではない。「魔女の宅急便」よりはマシだが。もちろん「もののけ姫」は、いろいろと齟齬はあったものの、ナウシカに並ぶ作品だと思っている。
昔、スピルバーグが面白いと聞いて「インディ・ジョーンズ」を見に行ったことがある。激怒しましたね。あきれましたね。こんなくそ映画のどこが面白いんじゃ。以来、俺はハリウッド系は肌に合わないということを自覚した。そのかわり、フェリーニ(「そして船は行く」は最高)あたりはけっこう好き。監督の名前は忘れたけれど「みつばちのささやき」という小品は幻想的で素晴らしかったし、幻想的と言えば、忘れちゃいけない、押井守の超傑作「うる星やつら ビューティフル・ドリーマー」(今年9月にDVD化するらしい)は今思い返してもナウシカに匹敵する作品だ。バーリトゥード的に闘えば、ナウシカに勝つかもしれないな(なんのこっちゃ)。
で、遠回りしたが、「千と千尋の神隠し」である。
ビデオを一度見て思ったね。なんじゃこりゃ、と。心底、呆れかえった。「もののけ姫」では、物語が途中から破綻しつつ、グラフィックは凄絶さを増していったものだが、この左右の両極端がさらにひどく(すごく)なったのが、「千と千尋」だ。この作品で伝わってくるキーワードは何か。感動でも共鳴でも幸福でも恐怖でもない。ましてや少女の成長物語などでは絶対にない(見る前はどうせ宮崎駿のロリコン趣味丸出し映画だろうと思い込んでいた。ごめんな、宮崎)。
要するに、何も伝わってこない映画なのである。
というより、最初から何も伝える気のない作品であり、ただ宮崎駿が好き勝手に自分の想いをぶち込み、収拾がつかなくなった映画なのだ。というより、最初から収拾をつけるつともりもなかったのだろうな。このスタンスにおいて、くそったれ「インディ・ジョーンズ」と同じレベルの作品になっちまったのである。ナウシカのような圧倒的メッセージもなければ、両極にあるかのようなラピュタの血湧き肉躍るアドベンチャーもない。求心力をまったく持たない、遠心力だけが異常に肥大化した作品となったのだ。
それでいて、いや、それだからこそ、キャラクターの造形とグラフィックの美しさは、凄まじく際立つ。
宮崎駿の積み重ねてきたアニメーション的ノウハウを、これでもかとばかりに凝縮した美しさである。特に終盤近く、カオナシ(失敗キャラだね)とともに列車に乗り込み、夕暮れの中を走りゆく透明なリリシズムはどうだろう。言葉にできない美しさにあふれていた。こういう映像シーン的美しさが、この映画の真骨頂なのだろう。そして、ただそれだけの映画なのである。
俺自身、昔から「映画はシーンだ」というのが持論である。あるシーンに価値を見いだせれば、どんなにつまらないストーリーの映画でも、十分に味わえるのだ。その意味でいけば、列車のシーンは価値が十分にある。こんなにつまらないストーリーの映画でも。
宮崎駿は「10歳の少女のために」と、この作品を創ったらしい。なるほど、納得。10歳の少女を観客にしたかったから、フリルひらひらの作品ではなく、醜く汚いキャラを美しい背景に乗せたかったのだろう。だって、そのほうがキャラ遊びが引き立つからね。
まあ、これがナウシカを創った作家の作品だと思うから、腹も立つのだろう。なんの期待もせずに偶然見た作品だったら、きっとのけぞるほど驚いただろうなあ。そう思いつつ、もう一度見る気も持てなくて、そのままテープを巻き戻し、人に貸してあげるために宅急便に出してしまったのだった。
2002.07.19
自宅で焼酎。
猛暑、爆暑である。夏だから当然なのだ。しかし、浮かれ気分ではなくて、咲杜のじんましんがまた激しくなったので、精密検査は聖路加で30日なのだが、緊急避難として豊洲のクリニックまで薬をもらいに行ったのだった。まったく子供がいると、医者にはしょっちゅう通うことになってしまう。
そんな話をいさわしにしたら「うちなんか3人もいるから、毎週誰かが病気ですよ」と笑っていた。なるほど。子持ちになってみると、よーくわかる。
「日本代表全記録」新潮社
日本橋の丸善まで炎天下の中を歩いて買いに行ったのだが、その苦労を踏みにじってくれるような中身であった。おかげで心は寒かった。これで3500円とは。
「週刊ゴング」
闘龍門、見たいなあ。子供がいると無理だなあ。テレビで我慢だ。
「紙のプロレス」
ビッグフジのインタビューが読みたくて購入。案の定、抱腹絶倒だった。ぶはははは。
2002.07.18
自宅で焼酎。
どうにも溜まって困ってしまうのが、本である。雑誌は極力捨てるようにしているが、本はやはり溜まる。机の上には、これから読む本と、読みかけの本が山。本棚はもちろん満杯。新しい本棚を置くスペースは当然ない。困ったものだ。
出かけたついでに神田のカワセ楽器に寄って長野在住のギタリスト・馬島昇のCD「Period」を買う。これぞヒーリングという感じの音楽だな。嫌いではないぞ。けど、ちゃんと聴くと、その自意識が次第に耳に付いてくるので、単なるBGMといったところがよいのでは。基本的には、予想以上の出来だった。
「新潮45」
いじめの記事を読むと、子育てをしているものとしては、けっこう暗澹たる気持ちにさせられる。まったくこの国はどんどんおかしなことになりやがる。
2002.07.17
自宅で焼酎。
金内さんってば、シャイだけど強引なんだから。部下に「最近、俺ら日記に出てこねえよなあ?メールしておけ!!」と命令。困った部下が泣きついてきたので、こうして金内さんのことをアップするのであった。いつ飲みに連れて行ってくれるんですか。豊洲で飲みましょうよ、豊洲で。歩いて帰れるし。
それはともかくとして、突然のことですが、19日からここのアドレスが変わります。so-netの都合でサーバが変わってしまうらしい。まったくいい迷惑である。おかげでファイルの入れ替えやらftpやら通知やら、てんてこ舞いだった(それほどでもないか)。
トップページはhttp://www002.upp.so-net.ne.jp/Tango/です。この日記はhttp://www002.upp.so-net.ne.jp/Tango/deisui02.htmlです。ブックマークお願いします。
「週刊文春」
モー娘。のなっちがもうすぐ脱退して、新しいグループを結成するらしい。俺は辻ちゃんが好きだなあ。
「Number Plus」
ワールドカップ総集編。毎回買っているけど、写真が一番の楽しみ。でも前回のほうがいい出来だった。今回のベストショットは、ロナウドが倒れ込んだカーンの手を引いて起こしているところか。たぶん19日に発売される公式写真集のほうが面白いと思う。
2002.07.16
自宅で焼酎。
朝から聖路加国際病院へ。耳鼻科で診てもらったのち、豊洲の病院の紹介状を持って次は皮膚科へ。原因不明の発疹を検査してもらうためだ。思ったよりも待たずに診てもらえた。さほど心配はいらず、2週間ほど様子を見て、それから検査の方針を決めようということだった。
それにしても聖路加国際病院は、心底すげえ病院だと驚いてしまう。設備は立派だし、医師もスタッフもホスピタリティあふれる人格者ばかり。今まで知っている病院の中では間違いなくあらゆる意味で最高だ。
もっとも金額も高いらしく、出産は100万円を超えるらしい。しかし咲杜の場合は医療費は一切かからない。初診の3000円以外、どれだけ治療を受けても、どんなにたくさん薬をもらっても、素晴らしいことにタダなのだ。クルマで行って路上に停めているから交通費もかからず、これだけの素晴らしい病院でまったく金がかかっていないのであった。
まあ、改めて納めている保険料を見ると、その金額のバカ高さに驚いてしまうので、せめてこれぐらいで少しは返してもらわないとね。それでもモトは取れていないのだろうなあ。
2002.07.15
自宅で焼酎。
NTTドコモのカスタマーセンターのようなところから電話。「ドコモショップ東陽町店についてのアンケートです」とのことであった。先日対応が悪いと激怒したから電話がかかってきたかと思ったらそうではなくて、たまたまのアンケートだったらしい。オペレータは、かわいそうにも、俺に「これこれこうで非常に対応が悪かった」と文句を言われて、おそらく外注であるだろうにぺこぺこと謝っていたのだった。
FOMAが歴史的ずっこけを見せ、世間様の反感を買うだろうということすら予想もできずに迷惑メールとワン切りの売上げで代々木にでっかいアンテナビルを建て、ちょっとAUに抜かれただけであたふたしてしまう会社としての腰の座らなさを露呈してしまったドコモ。案外10年後にこの会社はなくなっているかもと思ってしまった。
2002.07.14
自宅で焼酎。
真夏のような日差しの中、お台場まで買い物に。買い物ったって、トイざラスでおしめを3袋ばかりなのだがね。その足で湾岸を走って舞浜まで行き、シェラトンで中華バイキングランチ。中華はおいしいなあ。こう書くとそれなりにリッチな休日に見えるけど、案外安上がりなのでした。
2002.07.13
自宅で焼酎。
先々月、メガネがぽきんと壊れたので、新しくつくった。それからしばらくして、白内障気味と医者に言われて、予防のために度付きサングラスをつくった。さらにしばらくして、今度は妻のメガネが咲杜に壊されてしまって、新しいのをつくった。この一カ月ばかりでなんと3つもメガネをつくったのである。えらい出費だ。
そうだというのに、今度は俺のメガネが、つまりこないだつくったばかりのメガネが、咲杜に壊されてしまった。わなわな。今は予備のメガネをかけているが、4つめをつくらなければならないというわけか。わなわな。まったく子供というやつは。
2002.07.12
自宅で発泡酒。
中耳炎が完治していないというのに、今度は原因不明のじんましんである。体一面、顔以外に発疹だ。まったく子供っていうのは、忙しいものだ。
昨日は 妻が一人で小児科へ連れて行ったが、よくわからなかった。もっともそこの主治医は松木安太郎にそっくりで、しかも行くたびに院長やら副院長やら肩書きがころころ変わるものだから、調子のいいバンテリン野郎として、我が家ではあまり信用されていない。
だもんで、ネットで調べて豊洲の皮膚科へ連れて行った。待つこと1時間。まったくクリニックや病院ってどうしてこんなに混んでいるのだろう。いっそのこと聖路加まで行った方が早いのではないか。それはともかく、診察の結果、原因はおそろらく中耳炎の薬に対するアレルギーだろうということで、別の薬をもらう。
子供ができてからは病院へ行く回数が格段に増えたが、まあ、こんなんものなのだろうなあ。俺も物心がついてからでも、ケガをした、熱が出た、腫れたというたびに、母親の自転車の荷台に乗せられて医者まで行ってたものなあ。親の務めだわな。
ところで岐部さん、合宿、行かないんですか? 残念。忙しいのだろうなあ。
2002.07.11
自宅で焼酎。
キャトちゃんこと馬出屋主人が「いい!」と絶賛するので、アマゾンよりCD「涙そうそう」(BEGIN)を購入。聴いたら、これがとてつもなく素晴らしい歌で、涙がじんわりとわいてきたのだった。なぜか闘病中のギタリストのことが思い出され「悲しみにも 喜びにも おおもうあの笑顔 / あなたの場所から私が 見えたら きっといつか 会えると信じ 生きていく」というフレーズに胸がしびれる。本当にいい歌だねえ、キャトちゃん。教えてくれて、ありがとう。「花」も大好きだけど、また大好きな歌が増えたのだった。
一緒に「ビギンの島歌」(BEGIN)もアマゾンより購入。こちらには沖縄語の「涙そうそう」が入っている。時々、とてつもなく行きたくなる場所だ、沖縄は。飛行機が着陸態勢に入ったとき、眼下に広がる海の青さは忘れられないよ。
一方、京都のプー横町からは昨日メジャーデビューした押尾コータローのCD「STARTING POINT」が届く。アマゾンもプー横町も、どちらも便利だなあ。押尾コータローは、間違いなく一番うまいギタリストで、世界で闘える人材だ。メジャーデビュー、おめでとう。インディーズ時代の作品も含まれたCDで、あえて説明するまでもなく、素晴らしい演奏である。絶品。ぜひ多くの人に聴いて欲しいし、成功して欲しいものだ。
「文藝春秋」8月号
あまり面白いネタはなかった。ちなみにこの雑誌で「文士の休日」(だっけ?)という連載を持っている高橋さんというカメラマンは、古くからの知り合いだ。皆さん、お仕事を出してあげてください。
「週刊文春」
やっぱり推理は当たっていた。鹿嶋の鈴木社長がJリーグのチェアマンに就任を誘われたとき、ジーコを代表監督にという交換条件を出したそうだ。これを独断で受け入れたのが、協会の私物化をたくらむ川淵。唐突にジーコの既定路線ができたわけがよくわかったよ。年俸は3億らしい。鹿嶋時代は1億だったというから、鹿嶋もジーコも川淵も万々歳。アホ面さらして笑われるのはファンばかりなり。ったくしょうもない話だ。
「週刊新潮」
フジテレビの27時間テレビで、茅ヶ崎の海岸をボランティアで清掃しようという企画があったらしいが、2チャンネルの連中が先回りして海岸をきれいにしちゃったものだから、フジテレビはけっこうあわてたらしい。
「週刊ゴング」
闘龍門の7月7日の神戸大会についての詳報。うーむ、素晴らしい試合だったようだ。早く見たい見たい見たい。闘龍門は今世界で一番面白い存在なのだ。
2002.07.10
自宅でビール。
日本人は保険好きと言われるが、俺も入っているぞ。プルデンシャルは夫婦で入っていて、まあ、まっとうな加入である。まっとうでないというか、じゃまくさいのが義理で入った明治生命である。毎月1万いくらかを払っているのだが、その分をローン返済にまわしたほうがなんぼかいい。そうは思うものの、解約が面倒でついずるずると。
以前、仕事関係の義理で住友生命に入ったが、加入の勧誘で調子のいいことをべらべらと述べたセールスレディ(保険のおばちゃん)があっさり辞めたことに激怒し、すぐに解約に走ったことがある。その際、窓口でいろいろと理由を聞かれ、ずいぶんと嫌悪感を持ったので、保険の解約というとどうしても二の足を踏んでしまうのだ。
ただ、そのときに「プルデンシャルに入る」と言った途端、追及の手はゆるんだから、外資系の名前を出すことはきっと効果的なのだな。金融機関は外資系の前には無条件降伏なのだ、うきゃきゃきゃ。昭和の時代のプロレスみたい。ドメ男くんにドメ子ちゃんだなあ。
それはともかく、まったくなんで自分の保険を解約するのに、いちいち言い訳が必要なんだよ。きっとこれが解約阻止のファイヤウォールというか防波堤になっているのだろうなあ。明治生命のセンターは丸の内にあるから、とっとと行ってくればいいんだけどさ。
2002.07.09
自宅でビール。
江戸時代の職人は、10時頃から2時頃まで、1日4時間ほどしか働かなかったらしい。家は狭く、賃貸だったが、それでも家族仲良く暮らし、ストレスもなかったので長生きだったそうだ。ほうほう、うらやましい暮らしだなあ。
確かに電気代もガス代も新聞代もネット代も本代もCD代も映画代もガソリン代も保険料もいらなかったわけだから、ほんの少しのお金で暮らせたわけだ。すると今の時代とは、消費のために働いているというわけか? うーむ、よくわからん。
2002.07.08
自宅でビール。
あさひ銀行の通帳に記帳しようと思って(牛の牛肉、怒濤の波、頭が頭痛)、さて、近い支店はどこだろうとWebで検索。でもって、びっくり。なんと江東区内にあさひ銀行の支店は1つしかないのよ。あとは全部出張所とかATMだけとか。
そこで各銀行のWebをいろいろ検索。例えば江東区だと、支店の数はあさひの1に対して、東京三菱は2店、みずほは5店、UFJは2店、三井住友は5店だ。ふん、埼玉資本の入っているあさひは、江東区なんか相手にしないということかね。大阪カラーの強いUFJもそうか。あれ、なんで東京の名の付く東京三菱が2つなんだよ。
まあ、しょせん江東区。支店が少なくても誰も困らないや。困ったとしても江東区だから知ったこっちゃないよ。
それが銀行の本音に違いないと思い、証拠集めのために渋谷区を調べてみる。すると、案の定だ。あさひは1店しかないが、東京三菱は5店、みずほは7店、UFJは8店、三井住友は10店だ。やっぱり都心偏重の姿勢なのである。
まあ、そんな言いがかりはどうでもいいとして、これを見るだけでもあさひ銀行の間抜けぶりがよくわかる。なんたって、渋谷区で支店が1カ所だよ。ちょっとびっくりしない? リテールバンク、地域バンクを標榜しながらこの有り様だから、東海銀行との破断のツケはあまりに大きかったというわけだ。この銀行、先がないぞ。
てなわけで、記帳にはATMがあればいいやとばかり一番近くの豊洲までいったのだが、なんと機械を探すのに10分もかかってしまった。だって看板の出ている場所とATMの置いてある場所が全然違うんだもの。あきれちゃった。要するに客に「来るな」と言ってるわけだかな、あさひ銀行。よーくわかりました。
「AERA」
一日に2時間以上テレビを見ている子供はキレやすいらしい。うーむ。そういうものか。テレビと教育の関係にはずっと関心を持っていたが、伊達先生どうお考えなのだろう。今度聞いてみよう。
2002.07.07
自宅でビール。
シティホテルの和室って、どうしてあんなにも高いのだろう。目玉が飛び出る値段だぞ、マジで。
7月7日は結婚記念日である。誰のって、俺たちのである。ついでに七夕でもある。去年は結婚記念日には舞浜のシェラトンに家族で泊まりに行った。今年も偉功かと思ったのだが、去年は寝返りも打てずにひたすらじっと寝ていた咲杜も、今年は奇声を上げながら走り回るようになり、寝相も大胆なので、ベッドだと確実に落ちてしまう。よって和室に泊まろうと考えたわけだが、調べてみたら、なんと一泊10万円以上もする。
比べるのも貧乏くさいが、やっぱり言いたくなるよ、素泊まりでこの値段かよと。10万あれば、それなりの日本旅館に泊まってうまいメシと温泉もついてくるぞ。
ここはどう考えても、そのカネをメシなどに振り分けた方が賢いという結論になり、結局朝から去年と同じく舞浜のシェラトンにいって、いろんな施設を使い倒して、夜まで遊びまくったのさ。晩飯は神戸牛をぺろりと食っちゃったし。ああ、うまかった。ともかくこうして結婚記念日は過ぎていったのであった。あ、結婚式は9月15日ですから。7月だったっけ?そうだっけ?と首をひねったご列席者もいらっしゃいますでしょうが、結婚式は秋でございました。
2002.07.06
自宅でビール。
夫婦そろって携帯電話を息子にいじられ、具合が少々おかしくなってきたので機種変更することにした。行ったのは東陽町のドコモショップ。ここの窓口の女が脳味噌の薄い表情のバカたれで、俺の顔を見もせず、ずっとパソコンいじりながら手続きの説明などをしゃべりやがる。最初こそ抑えていたが、土曜日の朝っぱらからこんなあんぽんたん女を相手にすることに腹が立ち、つい「ちゃんと顔を見てしゃべろ」と怒ってしまった。もっともえーじ画伯なら、激しく怒って店長を呼びつけて土下座させているであろう。それぐらいひどい窓口ということだよ。まあ、今はなきあさひ銀行四谷支店の窓口ほどではないがね。
機種交換は当然最新式。よって写真の撮れる携帯電話になったのだ。31万画素だって。ふえー、よくできてるね。面白がって、いろいろ撮って遊んでしまった。
夕方、中川イサトの昔のCD「蜃気楼の王国」が、タブ譜と一緒に届く。この頃の中川イサトはわりと好きだけれど、でも改めて聴くとマイケル・ヘッジスのパクリがいっぱい。まあ、当時はマイケル・ヘッジスなんてあまり知られてなかったからよかったけど、今はねえ。ちょっとつらいのでは?
2002.07.05
自宅でビール。
ぺいちゃんに「息子を連れてライブに行ってるぐらいなら仕事しろ」と言われてしまいました。とほほほ。なんでそんなことを知ってるんでしょう。一応お約束のボケ。
ちょっとばかり忙しくなると、たちまちギターが弾けなくなる。うーむ。もっと弾きたいなあ。覚えたい曲も沢山あるのになあ。弦も張り替えたいし、行きたい店もあるし。京都・プー横町より「中川イサトのCDと楽譜が入ったので送りましたよー」というメールが届いたので、聴くだけで我慢しようか。来週には、今一番のギタリスト・押尾コータローのメジャーデビューCDが届くし。
2002.07.04
一個、二個、三個、四個、五個、六個、七個、八個、九個、ジーコお? なんでジーコなんだよお。実績を重視して、監督未経験者かよお。人柄がよければ勝てるのかよお。
金にがめついジーコは鹿嶋から高い金をもらっていて、鹿嶋はなんとかしてジーコを切りたかったけれど、功労者だから誰も言えなかった。これは本当。だから、代表監督になって協会が面倒を見てくれるようになったのは、渡りに船だった。これも本当。鹿嶋の社長がJリーグのチェアマンに就任するには、これが交換条件だった。これは俺の推測。
という騒ぎとは関係なく、家族で浅草HUBへ、ジャックのジャズを聴きに行く。咲杜は初めてだ。泣き出すかと心配していたが、案に相違して楽しく踊り始めるほどご機嫌。もともと音楽は大好きだけれど、ここまで楽しんでくれるとは。店もジャックもあたたかく迎えてくれて、ありがたかった。来月も行くからね。
「Number」
文章はほとんど読まず。カネコタツヒトの原稿は意味不明だったし。写真だけながめた。巻頭のブラジルのキーパーの写真、きれいだったなあ。
「週刊文春」
これから大不況が始まるそうだ。まあ、アメリカのエンロン、ゼロックス、ワールドコムの粉飾は、かなりやばいけどね。うーむうーむ。誰か仕事ください。
「週刊新潮」
飯島愛が韓国にかみついて、それはそれで喝采なのだが、いかにもその後日談が書いてあるような広告だったのに、中を見たらすっからかん。
2002.07.03
自宅でビール。
いやあ、暑い暑い。なんだこの湿気はあついあつい。電車で品川に移動するだけでぐったりしてしまった。ふう。
品川と言えば、新幹線の新しい駅の開業が来年秋に迫って、駅前が大きく変わってきた。品川から汐留にかけて、これから一大ビジネスゾーンが完成する。それにつれて、都内のオフィスの勢力図は大きく変わり、丸の内、新宿といったあたりが没落の道を歩むことになる。
2002.07.02
自宅でビール。
中耳炎の治療のため、本日も咲杜をクルマに乗せて築地の聖路加国際病院へ行く。初診は診察まで2時間半かかったが、次からは予約制となったので、待たずに診てもらえるようになった。
担当は、若い女医さん。とにかく説明がクリアーで、素人のこちらが十分納得できるよう、毎回丁寧に説明してくれる。どんな質問にも、面倒がらずに答えてくれる。診察時間よりも説明時間が圧倒的に長い。医師とはこうあるべきと深く納得。若い医師だが、このあたりがさすが天下の聖路加ということか。その説明によれば、幸いにして経過は順調で、次は2週間後でよいらしい。よし、ここできっちり治しておこう。
9時半からの診察であったが、会計、薬局とも順調に進み(ここの会計のスピーディーさは、ちょっと感動ものだ)、10時半過ぎには自宅に戻る。
ちょっと休んで今度は11時半から俺の歯医者だ。基本的な治療は終わり、今は歯石取り。麻酔をかけて、歯と歯茎の間でごりごりと歯石を取っていくというものだ。けっこうしんどいが、ここで頑張ってやっておくと、歯の寿命がぐんと延びるらしい。ともかく歯にくっついたヤニが全部すっきりと取れたので、気分がいいのだ。
この歯医者も非常に腕がよろしくて、説明も明確、的確、わかりやすい。虫歯を見た瞬間「ペットボトルで清涼飲料水ばかり飲んでますね」と指摘されたおばさんもいた。潮見の「荒井歯科クリニック」である。なかなかよい歯医者だと思う。
医師もふんぞり返っている時代はとうに終わり、患者と一緒に治療する時代なのだ。要するにインフォームド・コンセントなのだが、それができない医師は昭和の時代を引きずっている、前世紀の遺物なのだろう。そんな医者にあたったら、躊躇せず、即座に病院を替わることをおすすめする。東京女子医大の痛ましい事故は、そんな前世紀体質が引き起こしたに違いないのだから。
2002.07.01
自宅でビール。
このマンションは35年ローンで買ったのだが、よく見ると、毎月の返済の3分の2は利息なのである。だから払っても払っても、借金は減らない仕組みになっている。まるで住宅金融公庫を食わせるためにローンを払っているようだ。税金なみのあくどさである。
ついでに素朴な疑問が、なんで住宅金融公庫から金を借りるのに、銀行で申し込まなければならないかということだ。俺は、公庫から借りたの?それとも銀行?うーむ、よくわからん。この背景には何かどす黒いものがあるとにらんでいるが、誰が教えてくれい。
ものの試算によると、35年ローンと10年ローンでは、なんと1400万円も返済総額に差がつくらしい。どうだ、驚いただろう。これは見過ごすことはできない。25年も長く公庫と付き合って、なおかつ1400万円も余計に払わされるのだから、まったく悪代官ににらまれた百姓か、やくざなヒモから離れられない薄幸な水商売女か。家族会議を開いたら、これは根本的な解決を考えなければということになって、頑張って返しましょうという結論になった。何をどう頑張るかは、まだ未定だが。
「AERA」
次期監督にベンゲル浮上。ホントかよ、朝日。トルシエ解任大誤報の前科があるからな。
2002.06.30
自宅でビール。
リバウドの放ったシュートは、ジョホールバルでの中田のシュートのようにキーパーにはじかれた。ジョホールバルとの違いは、スピードを売り物とする岡野がそれをまったく必要としない位置で足を差し出しただけだったことに対し、ロナウドは世界中を驚かせるような速さで飛び込んでいったことだった。そして最大の違いは、イランのキーパーのアベドサデが腹這いになってボールの軌跡を追っただけだったのに対し、ドイツのカーンは全身の筋肉でもがき続け、届くはずもないボールに絶対に食らいついてやろうとしたことだった。
って、金子達仁みたいでしょ。下手くそー。
それはともかく、いやあ、いい試合でしたなあ。緊張感があって、フェアプレーで。一点奪われても職人のような表情を変えずに立ち上がったカーン(俺はドイツ車に乗っているのだが、きっとこういう顔の職人が造っているに違いないと思わせるような頑固さだった)は、えらくかっこよかったなあ。で、ワールドカップを両手にして、降りしきる紙吹雪の中、世界中に向かって絶叫しながら天高く掲げたカフーの姿は、いやあもう美しかった。涙ものの美しさだった。
最後の最後にいいものが見られたなあ。共同開催国では、この日はサッカーへの関心はすっかり薄れて平常にもどったそうだが、まあ、あの国が試合から消えてくれてから心落ちついて見られるようになった。と言ったら、妻が「それって決勝の試合だけじゃない」と突っ込んできた。そのとーり。やれやれ。
2002.06.29
妻の実家に家族でおじゃま。姪のあやちゃんも来ていて、大騒ぎ。義父とビールを飲みながら四方山話なのだった。夏ももうすぐ。早く梅雨が明けないかな。
おっと、それよりも岐部さん、大変だ、サイバラの総集編だ。「サイバラ茸」西原理恵子・講談社。1800円で今までのサイバラのキチガイ作品のセレクションがあなたの手に。うーむ、読み始めたら止まらない。気をつけないと、人格が壊れてしまう。岐部さん、今すぐ書店に走りましょう。いつも走ってるか。
2002.06.28
自宅でビール。
気がつけば一年の半分が終わろうとしていて、月末で週末で四半期末なのであった。公務員がボーナスらしいが、世間的にはぼちぼちそういう季節なのだろうなあ。ボーナスとは無縁になって15年。
おお、今気がついたが、ちょうど一週間前って独立して15年目の記念日だったのね。よくぞ今までつぶれずに来たものだ。自分で自分をほめてあげない。いや、違う、ほめてあげたい、だ。岐部さん、なんかおごってください。
京都のプー横町からは、注文していたマイレル・ヘッジスのアルバム「ビヨンド・バウンダリーズ」と、住出優勝の新作「エイント・ライフ・グッド?」が届く。どちらもなかなかのギターCDだ。心地よい響きである。流しっぱなしにしながら、終日原稿に向かっていた。
2002.06.27
自宅でビール。
日本は不景気か。ブランド品が売れて(おやじくさい言い方だけど)、海外旅行客がいっぱいいて、新聞を開けば毎日求人広告が載っているんだから、他国から見たら決して不景気なんかではないだろな。アメリカは、かげりが見えるものの景気がいいわけだが、あの国の人々は貯金などせず、借金してまでも消費する民族だ。景気が派手なのも当然だろう。浪費は美徳、エコ大嫌いだものなあ、あの国は。
仕事で新宿に行ったら、たまたまハローワーク行きのエレベータに乗ってしまい、驚くほど大勢の人がハローワークに吸い込まれていくのを見てしまった。うーむ。やっぱり不景気なのかなあ。それとも、こういう施設があるだけ、マトモなのか、日本は。世界のハローワーク事情って、どうなってるんだろう。
「週刊文春」
なぜ川口がトルシエに使われなかったか。川口自身のインタビューで証言されている。それによれば突然トルシエから「サル」「おかま!」とののしられるようになったらしい。まったく困った監督だわい。個人の好き嫌いで起用が決まるんだからなあ。ついでに韓国の八百長疑惑についてもきちんとレポート。テレビ、新聞がW杯スポンサーの手前、礼賛報道一色なのだから、今こそ週刊誌ジャーナリズムの出番なのだ。
2002.06.26
自宅でビール。
もういい加減、韓国ネタは飽きてきたのだが、それにしても情けないのは日本のマスコミで、これだけワールドカップが辱められているというのに「感動をありがとう」の大合唱だ。韓国によってワールドカップがぼろぼろにされたのだから、もっと怒らないとね。ぼちぼち中国あたりでも「アジアの恥だ」という意見が出てきたようである。
これから韓国はあらゆる国際試合でいじめられるだろうし、2002がスタンダードになってしまって何かあるたび根性を出せと言われるだろうから、実はとってもかわいそうな人たちなのだ。いい気味である。
2002.06.25
自宅でビール。
韓国が激怒した。「こりゃあーっ!」
ではまた来週。
「ウソの科学 騙しの技術」日垣隆・新潮OH文庫
筆者のサイエンストークシリーズ。人間の記憶のいい加減さを、わかりやすく解説。案外面白いシリーズなのです。
2002.06.24
自宅でビール。
「ネットの使命だかなんだか知らないが」などと人目につかないところで悪口を言われている俺でございますが(けっこう根に持つからね、俺)、こんな病院があったのかと驚いた体験をば。
東陽町の耳鼻科なのだが、まず待合室が6畳ほどでそこに常時10数人の患者が待っているという状況である。誇張でも何でもなく。当然全員が座れるわけもなく、半数近くが立っている。風邪の人がいてもおかまいなし。そんなところで咲杜を抱えて1時間も立って待たせられたのだ。
待合室と診察室はレースのカーテン(!)で仕切られているので、診察室での話が筒抜け。相当なじじいの医師なのだが(センセなどと呼ぶのももったいない)「あと3、4年で引退するから」となじみの患者に大声で話すのがしっかり聞こえて、ははあ、これじゃ待合室を改善するつもりはないわなと納得してしまった。
診察も、腕はいいのかもしれないが、医師としての姿勢を思い切り疑わせるものであった。例えば咲杜の治療をしながら、看護婦(ばばあだ)と一緒にその前の患者のうわさ話をする。ちょっと目が点になって固まってしまった。1時間待たせて治療は5分なのだが、終わっても「はい、また明日来て」で終わり。症状の説明も治療の見通しについても、何もなし。あきれてこっちから「どれくらいかかりますか」「症状は」と聞いて、初めて答えたような次第。(それも、聞かれた瞬間はびっくりしたような目でこちらを見たのだった)
こんな医者は即刻クビだと思ったのだが、途中で変えるのもどうか、親としてしばらく我慢すべきでは、などと夫婦で迷いながら話し合い、結局、見切りをつけて築地の聖路加国際病院に切り替えたのだった。黙って行くのを止めたから、じじいが何か言ってくるかと思ったが、音沙汰なし。まあ、そこまで患者のことに気が回るわけはないよなあ。
「AERA」
ワールドカップに無関心な人たちもいるから、忘れないで。騒ぎすぎないで。って、今さらそんな呼びかけをすんなよ、朝日。
2002.06.23
ギタリストに会うために、小田急線・愛甲石田駅で、えーじくん、いさわし、だてポンと待ち合わせ。偶然にも、第一報が入ったときに病院に駆けつけたメンバーとなった。
愛甲石田は、青山学院大学の厚木校舎のある駅である。新宿から急行で1時間。学校まではさらにバスで30分。とんでもなく遠いのだ。妻はここまで毎日通ったのだから、心底偉いと思う。その妻に、駅から愛甲石田の変貌ぶりを報告。マツキヨがある、マックがある、ケンタがある、カラオケがある。妻は電話口で「うそうそうそー」と驚くばかりであった。しかしよくもこんなところに大学を移転させたものである。心からあきれかえったね。青山学院ではなく(ベタすぎるが)アホ山学院である、まさに。
4人がそろったところで昼飯。「夢庵」という和食のファミレスだ。ここで大の男が4人、たっぷりと20分は注文で悩む。というのも、少ない食材でいかに多くのメニューがそろっているように見せようかとしているため、「小うどん」「小天丼」といった類がやたらと多いのだ。どういう組み合わせがベストか、全員、非常に悩んだのである。
結局俺はカツ煮に小チラシを頼んだが、大失敗。カツ煮は一番早く出てきたのに、なぜか鍋がくっついてて、自分で煮るというシステムになっていたのだった。だから他の3人がめしを食っているというのに、俺は鍋が煮えるのをじっくり待つという間抜けな状態になってしまったのである。一応この中では先輩なのだが、これでは先輩形無しだな。
もっともたの連中も似たようなもので、だてポンは「せいろが小さい」とぶつぶつ文句言ってたし、いさわしのなんとか御膳は、名前こそ立派なのに、御膳の中にお椀がぱらぱらと散らばっている様は、実に寂しげであった。結局、えーじくんのカレーうどんに小天丼が一番よかったことになるな。
食事を終え、だてポンのクルマでリハビリセンターへ。久しぶりにギタリストに会う。状況や内容については、もちろんここには書かない。およそ2時間。いろんな話をする。全員、わずかでも残る可能性を信じることにする。信じる力を、信じたいと思う。
あれほど素晴らしい音楽を創造していたギタリスト。その無情さに悔しさや怒りがこみ上げてくるが、これからはただひたすら可能性を信じていくことにする。それしかできないし、それでなくてもあまりにも俺たちは無力である。他に何かできないものかなあ。なんとか力になれないかなあ。
長時間の面会になってしまって、ギタリストをやや疲れさせてしまったかもしれない。リハビリセンターを辞して、だてポンのクルマに送ってもらい、帰りは田園都市線の「あざみ野」駅で解散したのだった。あざみ野ってどこだ? ともかく遠いのだ。
「ビジネス難問の解き方」唐津一・PHP新書
さまざまの興味深いエピソードを盛り込みながら、問題解決の手法を紹介していく。その本論部分よりも、周辺エピソードのほうがずっと面白かった。今の日本は実は不況でも何でもないという指摘は、目からうろこである。
2002.06.22
同じマンションに住む大山さん一家、先日名古屋に転勤で引っ越していった合田さん一家と、総計9名(うち3名が1歳児)で居酒屋・陣八へ。奥の座敷を占拠し、父ちゃんたちは酔っ払い、母ちゃんたちはしゃべりまくり、ガキどもはわめきながら走り回り、あげくに空いているテーブルによじ登ったりと狼藉の限りを尽くす。ああ、楽しかった。
あ、昼にはPETAのCDがプー横町から到着。PETAとは北海道在住のシンガーソングライターだ。ほとんどジャケット買い。もっと涼しげな音を期待していたのだが、まあ、こんなものか。人に推薦するほどではなかった。
2002.06.21
自宅でビール。
共同開催国のベスト8を素直に喜べないのは、裏側にささやかれる諸々に加え、PKがらみ、(相手の)退場がらみの試合があまりに多いからなのだが、それにもまして少しもうらやましく思えないのは、きっと先が見えないサッカーをやっちまったからだと思う。
かの国のサッカーは「180分走れる体力があれば90分の全力疾走も大丈夫」「犬を食ってるんだから速いに決まってる」(犬食いは食文化の違いだから揶揄する気はない。為念)という発想に見られるように、根性こそが最も重要なリソースなのだ。その結果として例えばポルトガル戦があるわけだから、あの試合が今後のベンチマークになるのは間違いないだろう。
つまり「ポルトガル戦を思い出せ」「あれができたんだから、もっと頑張れるはずだ」という発想から抜けられなくなり、根性サッカーの呪縛がますます強くなっていくのだ。これは果たして進化か。明らかに間違った前進であろう。根性、体力に頼ったサッカーは、もちろん弱くはないが、強くもなれない。その呪縛に、かの国は深くふかくとらわれてしまうのだ。
だから俺なんかは少しもうらやくしくなくて、むしろ哀れにさえ思ってしまう。進化しないんだから。根性を鍛えるだけなんだから。このあたりが金子達仁との見方の決定的な違いということだが、まあ、そういうわけで
「Number」増刊号
なのだった。うーん、戸田はいいっ!!
2002.06.20
自宅でビール。
生まれて初めて人間ドックを受け、その結果は後日郵送されてくる段取りになっているのだが、検査時点で判明したこともいくつかあって、そのうちの最も悪い発見が「ごくごく初期の白内障である」ということだった。医師に言わせれば「健康というには、十分許容範囲内」といった程度らしいが、それでも白内障などと言われたことは一度もないためちょっと驚き、そして「この年になってドックを受けて何か一つくらい不調がなければかえって格好悪いからちょうどいいや」などと変な納得の仕方をしたのだった。
帰宅して当然すぐさまネットで検索。ネットが定着して、健康までもが安上がりな時代になったものだ。わかったところでは、そんなに重大な病気ではないが、老化と同じで治ることはないということだった。
医師が「できればサングラスをかけるように」アドバイスしてくれたので、しょうがない、これからはサングラスの人になるのだと決心し、本日イトーヨーカドーのメガネ屋へ。別にヨーカドーであることに意味はまったくなく、単に近いからだ。咲杜を連れて親子二人でメガネ屋でうろうろ。BOSSのサングラスにする。できあがりは一週間後。サングラスなんて、面倒くさいなあ。
「新潮45」7月号
もう記憶も薄れたけど、奈良県・月ヶ瀬村の女子中学生殺人事件の背景をレポート。浮かび上がってくる犯人像、その土着的バックヤードといったもののおぞましさが、十分に伝わってきた。楽しみにしている柳美里の連載はお休み。
「文藝春秋」7月号
日垣隆のテレビ中毒ぶりがおかしかった。その他は、特にめぼしい記事はない。
2002.06.19
自宅でビールと焼酎。
下に「鈴木の誕生日を記念して」と書いたが、鈴木じゃなくて西澤だったらしいですね。すんません。間違えた。どうでもいいけど。
どうでもいいついでに言えば、概して今の日本全体を覆っているのかシラケの空気ですな。その一番の理由は、トルシエ采配でしょう。快進撃を続けてきたのに、最後になって「あれっ」とずっこけるような采配をやったもんだから、「ワールドカップはよかったけど、トルコ戦は消化不良」みたいな状態ですな。こういうのをまさに「すべった」と言うのでしょうね。日本語というのは、本当に含蓄です。
まあ、しょせんそれがトルシエ。一番舞い上がって我を忘れたのが監督だったというわけです。選手こそいい迷惑。勝てば自分の手腕、負ければ日本文化のせい。今大会はその延長線上にあるわけですが、ともかく、これにて契約終了。それなりの功績と足跡は残しました。次のワールドカップでは、代表に復活した俊介がどこかの監督をやってるトルシエにリベンジするという、日本人好みの忠臣蔵を楽しみにしたいものです。これ、見たくないですか? 見たいでしょ。
それにしても、アルゼンチンが消えてからのワールドカップは、ほとんど2軍の消化試合。日本が残っていた間はまだ楽しめましたが、今や「史上最低のワールドカップ」として後世に語り継がれるかと思うと、シラケ気分はますますふくらむばかりです。それに拍車をかけるのが、例えば共同開催国のこのような所作ですな。
「前日練習のため、イタリア代表の関係者とイタリア人記者が韓国・大田スタジアムに入った途端、顔を紅潮させ、激怒した。理由は韓国側のゴール裏の赤い席のなかに白い席で描かれたメッセージだった。客席が2段式になっている同スタジアムの上段には"AGAIN"。下段には"1966"の文字。つまり、このメッセージは、1966年イングランド大会でイタリアが1次リーグで格下の北朝鮮に敗れて敗退した際、サポーターから腐ったトマトで盛大な"歓迎"を受けたあの屈辱の再現を、という意味。」
これがホスト国のすることですかねえ。まずは相手への敬意で試合が成立するということを知らず、完全に自分たちさえよければという姿勢ですね。もっとも開会式を見たときから、いや、抽選会を見たときから「この国は、今大会を自国のイベントだと勘違いしている」と確信していましたけどね。あなたもそんな気がしませんでした? したでしょ。
普通、こういう精神構造をガキとか田舎ものとか恥知らずと言います。それも国際級なのだから、あたしゃ「どうか共同開催国であるというだけで一緒に見ないで欲しい」と世界中に訴えたい気分です。いや、マジで。
2002.06.18
鈴木の誕生日を記念して(本当に誕生日だったらしい)、日本代表、さよならメンバーを大予想。
キーパーは、もうこれから曽ケ端の時代だな。川口も楢崎もお疲れさん。ディフェンスは、一人も残れないなあ。松田、惜しい。長い間楽しませてくれて、ありがとさん。中田浩二はもっと惜しい。レッズに期待の若手がいるというので、ちょっと注目だ。
MFでは、稲本、小野は残留当確。中田は、ドイツ大会はギリギリセーフではないか。まだ行けるだろう。というより、中田を超える人材の出てこないところが問題だが。個人的には戸田に残って欲しいが、ヨーロッパで大化けしない限り、厳しいのでは。問題のFWは、全部クビ。これから高原の時代が始まる。個人的には柳沢に頑張ってもらいたいけど、やつは女運の悪さを何とかしないと無理だな。
一番の課題の監督だが、あー、ベンゲル様、ぜひ来てください。無理なら、ネルシーニョ様でもストライクですよ。それでもダメなら西野さんでも。「でも」って、本人が読んだら怒るか。
今回の敗因は、油断と慢心ですね。セネガル戦を考えて攻撃バリエーションを増やしておこう、トルコには前半に点を取って守り逃げられる、と思ったわけですね。監督のそんなスケベ心が選手に伝わってしまったのですよ。だから中田の怒ること、怒ること。
結局トルシエは自分でも言ってた通り「クルマを運転するタイプではなくて、クルマを作るタイプ」の人間だったのだ。つまりは限界ということ。
まあ、目標だった一次リーグ突破を果たしたのだから、合格である。「ここまで来たんだから次も当然」というのでは、子供がおもちゃをねだるのと同じだ。4年前に比べたら、格段の進歩であり、ベスト8は次に目指せばよい。そういうものだろ。
ところで韓国では、日本の負けが決まった瞬間、歓声が上がったらしいですが、本当でしょうか。本当だとしたら、心底しょーもねー話ですな。サポーターが自殺したというのも、本当にしょーもねー話ですな。
関係ないけど、こんな日なのに酒が飲めないのは、明日、人間ドックだからなんです。とほほのほ。
というわけで、さ、皆さん、ぼちぼち仕事に戻りましょ。
2002.06.17
自宅でビール。
披露宴で「頼りにしてます、神様、仏様、丹後様」とメッセージしてくれ、親戚筋での俺の株を大いにあげてくれたのが、業界大先輩のタマダ氏である。そのタマダ氏が、このホームページの存在に気づき「あんたの日記、おもしろいねー」と感心してくれている。
しかし、感心だけならまだしも、突然「反論があるのだが、どうしたらいい」と突っ込んできた。即座に「そんなものは受け付けません。日記に反論しないでください」と断っておいたが、少し悔しそうな表情をされていた。
さて、どうしようか。掲示板にでも書いてもらうかなあ。
「AERA」
人気がトサカのぼりの戸田。AERAでも「海外でプレーの可能性がある」と持ち上げていた。
2002.06.16
自宅でビール。
と、前日に書いておきながら、体験的悪口を書くのはけっこう疲れるなあと、やや面倒になってきた。というより、問題が解決したので、もうどうでもいいやという心境なのである。なるほど、要ははき出したかったわけか。悪口とは、そもそもそういうものだしな。
2002.06.15
自宅でビール。
「実名さらすのもネットの使命」。これはあるBBSで見かけた書き込みのタイトルだ。目にした瞬間、深く納得したものだった。よくある「おすすめのお店情報」の類のBBSだったが、ある人が店の名前を挙げて不快な思いをしたと書き込み。それを見た人が、自分はその店を気に入っているので実名をあげて悪く書かれるのは不愉快、と応じたのだった。そこからおきまりのやりとりが続いた後、関係ない第三者から冒頭の書き込みがあったというわけだ。
ネットの力とは恐ろしく、特に病院を探す場合はその口コミ評判ばかりを集めたサイトをチェックしてから出かけるのが当たり前の世の中である。主婦の井戸端会議以上の力があり、誰かがその病院での不快な経験を書き込むだけで、そこへ行く人はぐっと減ってしまうのは間違いない。当の病院はわからないかもしれないが、実際、周囲の話を聞くとまさにそういう時代なのだ。
もちろん誰もが一度は自分の名前を検索サイトに打ち込んだことがあるように、病院の側も評判を気にしてチェックしているのだろうと思う。だから掲示板ならいざ知らず、このような日記に書くとなると、患者が悪口を言っていることが医者にばれてしまうという、非常に都合の悪いことが起きるわけだ。
なぜこんなことを書いているかというと、ご推察の通り、ある病院の体験的悪口を書こうと思っているからである。ただし残念ながら現在通院中であり、思い切り当事者として不利益を被る可能性もあるので(ボケたじじいの医者なのでおそらく心配ないとは思うが)、今は見送るのだった。もちろんいずれ委細漏らさず書くつもりである。ネットの使命として実名で(笑)。
「噂の真相」
中村俊介がタレントの今井まなみと交際中。って、今井って誰よ。出会ったのが、松田と一緒に行った合コンの席でって、おめえ、嫁さんいるだろ、松田。/プチ整形のリスト。ナイスバディのA.Y.。俳優と結婚したK.T.。化粧品のCMに出ているT.Y.。大物作家の愛人だったK.N.(川島なおみ?)。ビジュアル系アーティストのG(ガクト?)。ナルシストのK.R.(河村隆一?)。流し目のS.R.(杉良太郎?)。子供をジャニーズに入れたM.S.(森進一?)。うーむ、不明のイニシアル、誰か当ててくれ。
2002.06.14
自宅でビール。
1次リーグ突破記念「悔しがってる人ランキング」。3位は俊介あたりだな。で、名波は5位と。高原は4位が妥当か。同情すべき森岡は、2位だ。で、1位は当然のことながらロシア戦後のしらけぶりから川口に決まり。
なんつーことばっかり言ってるから、嫌われるんだな、おれ。とほほ。
2002.06.13
自宅でビール。
テレビのある居酒屋に行ったら本当にワールドカップを見ながらサラリーマンがビール片手に絶叫していた。なんだか面白かった。
「週刊文春」
ナンシー関のコラムを読めば読むほど、惜しい人が亡くなったと思ってしまう。ところで川口が連載ページを持っているが(どうせ聞き書き)、今週は本人に聞かずに書いているのではないか。いつもと微妙にニュアンスが違うし、ロシア戦のホイッスルの瞬間のイッちゃってる表情を見れば、精神状態が普通じゃないのは明らかだし。
2002.06.12
自宅でビール。
フランスの敗退が決まったときは「うひゃひゃひゃひゃ」と大笑いしてしまった。ついでに「お前も一緒に笑え、うひゃひゃひゃ」と咲杜の頭をこづいたりしたものだから、妻に叱られたけど。そのフランスに対し、アルゼンチンの敗退はけっこうショックだったなあ。残念。本当に残念である。
あ、いや、別にアルゼンチンタンゴの国だからシンパシー感じているわけじゃないですよ。あのサッカーが魅力的なのですよ。3-1-3-3という攻撃的布陣で、出てくる選手が「おお、こいつ知ってる」という奴ばかり(情けない感動ぶりだけど)。アルゼンチン対イングランドなんて、アルゼンチンが怒濤の攻めを見せたのに、イングランドが情けないことにPKの1点を後生大事に全員で守るというお嬢さんサッカーだった。あれを見ていると、ほとほとイングランドが情けなく思え、やっぱり「おらおら、サッカーは点を取ってなんぼじゃあ」というサッカーが一番面白く、基本的に俺は南米スタイルが好きなのだなあと改めて実感した次第。(攻撃的サッカーは面白いから一度はエムボマが10人いるようなチームを見てみたいなあ。きっと10-11で負けたりするんだろうけど)
その意味で、決勝に進んだのはヨーロッパのチームが多く、南米のチームがことごとく敗退したことは、けっこう寂しい。プレス重視の組織サッカーは、要は点を取られないサッカーだからねえ。でも、それは90年代サッカーだし、21世紀は攻撃サッカーに先祖帰りすると言われていたのにねえ。
まあ、アルゼンチンが負けたことはしょうがないから、こうなったらブラジルとパラグアイに頑張ってもらうべ。チラベルト、けっこう好きだし。
2002.06.11
自宅でビール。
韓国対米国の話だけど、スケートの意趣返しをサッカーでされたって、そりゃあアメリカがうんざりするのも当然だろう。まったく韓国の根性は、表面的には変わったようでいて、本質は変わっていないことがはっきりした。
サイバラが「新潮45」で書いちゃったから(岐部さん、間に合って良かったです)俺も書くけど、やっぱり「恨」の国民性なのである。スケートのことを持ち出して目を三角にして向かってくるわけだが、その不合理な迫力たるや、始末に負えない。俺の基本的なスタンスは"日帝37年の植民地政策は申し訳なかったけど、あんたたち、いつまでそんなことを言ってるんですか"なのだが、その考えを変える必要のないことがよくわかった。前回の予選で見た「一緒にフランスへ行こう」の垂れ幕で時代は変わったかと思ったが、そうでもなかったようだ。
ところで日本各地でのスタジアムでのテレビ観戦が続々と中止されているらしい。さもありなん。これは日本社会の健全性を示す素晴らしい対応であると思っているのだが。
「現場主義の知的生産法」関満博・ちくま新書
ネット時代の情報収集はクリック一発、資料整理もデータベースでと様変わり。しかし最も大切なのは足で歩き、人と話すというアナログの情報収集ではないか。そうした提言に全面的に賛成なのであった。
2002.06.10
自宅でビール。
チュニジー(たんごちゃん用語でチュニジアのこと)は強いね。きっぱり。甘く見たら負けるね。ドーハの時の韓国戦の後、フランスのジャマイカ戦、シドニーのアメリカ戦と、今まで何度も痛い目にあってるからね。いい加減、学習しないとね、日本も。
関係ないけど、潮見の牛丼屋でショムニっていうドラマのロケをやってた。俺は何が何だかさっぱりわからんかったが、妻によれば江角なんとかという女優がいたらしい。
「AERA」
30代男女の苦悩を紹介。毎度毎度の手法である。
2002.06.09
自宅でビール。
どうしても追加点が欲しいという展開だから、ここはアレックスだろう。日本中がそう思ったときにトルシエが見せたのは、ゴン中山を投入するという手だった。ああ、びっくりした。
トラップできない、キープできないFWとしてのゴンに与えられたのは、宿舎での中田担当の猛獣使いという役回りだったはず。それがこの状況での投入は、はっきり言ってロシアに対する嫌がらせ以外のなにものでもない。ゴンというだけで異常に反応する観客を利用して相手を驚かせ、かつ、やたらと走り回って無駄にボールを追いかける習性を利用して相手を辟易させるという作戦だったわけだ。
おそらくこれはテレビ的に言えば「リードしていても守りには入らない。攻め続けるのだ」というトルシエのメッセージの表れということになるだろう。だが俺の目はごまかせないね。嫌がらせに決まってるね。「守りに入らずに攻め続けろ」というメッセージは、別にゴンを入れなくても、口で言えば十分だろう。いや、言われなくたって選手はわかっているに決まってる。
それなのに貴重な交代枠を使ってあえて投入したということは、ロシアだけでなく日本に対しても嫌がらせをしたというわけだ、あのフランス人は。まったく根性の曲がったおっさんである。
というわけで、ロシアに1-0の薄氷勝利。丹後ちゃん的にはMVPは戸田と柳沢である。特に戸田は危機をばちばちと潰し、稲本の猛獣使いとして立派に機能していた。闘うチャボみたいでかなかなよかったぞ。
理想としてはロシアがシュートをミスしないで(サイドネットのやつね)1-1に追いつき、その後、中田のシュート(バーを叩いたやつね)が決まって2-1と突き放した、という展開になったらもっとよかったけどなあ。
あ、そういえば稲本のシュートってオフサイドじゃなかったか?
それにしても日本全体、はしゃぎすぎ。ばっかじゃねえの。一次リーグ3戦の中の1つに勝っただけだし、力関係を見れば順当な勝ちなのに、1勝することが目的でもないっていうのに、「悲願」とか「夢」とか、なんでそんなに盛り上がれるのかなあ。はしゃぐのは、優勝したときだべさ。あるいは、リーグ戦敗退の崖っぷちでブラジルに逆転勝ちしたときだべさ。なのに、たった一つ勝っただけでこんなに大騒ぎになるなんて、断言するけど、世界中で笑いものになってるね。「セネガルではこの日を国民の祝日にという話も出ています」なんてニュースを、もう日本人は笑えないね。
2002.06.08
自宅でビール。
親子三人で船橋の「ららぽーと」へ行く。おもちゃのトミーが運営しているプレイキングダムがお目当てだ。 要は有料の子供遊びスペースで、おもちゃたっぷり、スタッフいっぱい、清潔で安心して遊べるというところ。実際、2歳未満は400円で2時間、たっぷり遊べた。なかなかよいプレイスポットである。登録しておこう。
2002.06.07
自宅でビール。
突然思い立って潮見の歯医者へ。最近の歯医者ってすごいね。診療台の前に液晶のパソコンモニターが置いてあって、ワイヤレスのマウスで操作するとレントゲン写真がすぐに見れちゃうんだよ。正確には、見られちゃうんだよ。
奥歯ががたがたというので一本抜く。他は抜かなくて平気だ。なんでも骨が異常に丈夫らしい。よかった。ともかく奥歯を一本抜く。なのぶ風呂は禁止、酒もダメ。でもビール一本飲んじゃった。まあ、いいだろ。
京都のプー横町に頼んでいたマイケル・ヘッジスの楽譜集が届く。楽しいなあ。夜は前夜の続きで闘龍門のビデオの第2巻を見る。わはははは。
「Number」
ワールドカップ中は週刊になる。よく見たら週刊文春増刊号だって。なんのこっちゃ。日本の第一戦について金子達仁が解説。久しぶりに鋭い解説であった。なかなかよい仕事をしているようである。それにしても鈴木は早くクビにならんか。同点ゴールなどと浮かれているが、前半のへなちょこプレーは一体なんだ。あそこで決めていれば日本先制で、楽に勝てたはずだ。ばかたれめ。ということを金子は言いたかったのかなあ。俺だけかなあ。
2002.06.06
浅草HUBでジャック天野のライブ。
さすがのHUBもワールドカップには勝てないか。ライブ開始時点で客は8人。最終的に15人。ジャックは「全員が知り合い」ということだった。だろうなあ、こんな時にライブに来るのは。HUBの前に時間があったので、ビールでも飲もうと近くの居酒屋に入ったのだが、こちらも客は俺一人だった。
結局セカンドステージでこちらも退散。帰りのタクシーを拾う。車内ではフランス対ウルグアイの中継が入っていたが、サッカー中継はラジオだとさっぱりわからんなあ。0-0でフランスがやばいというのはわかったが。
帰宅してフランス戦の残り15分を見た後、本日妻が録画してくれていた闘龍門の試合を見る。わははは、えらく楽しい。引き続き本日届いた闘龍門のビデオの第2巻を見る。わははは、えらく面白い。ジャズにサッカーに闘龍門と、いろいろにぎやかな一日だった。
そんな楽しい一日の気分がふっとんだのが、税務署からの通知。税額が確定したので払えという通知で、まあ、毎年のことだが、今年もそんなに取るのかとびっくり。激怒した後、絶望的な気分になったのだ。くっそう。
「週刊文春」
辻元清美の吉本入りは、確率50%とけっこうマジの話らしい。/日本の格付けが大きく落ちたが、その格付けでランクが上の国にODA支援しているのだから、まったくおかしな話。そんなことに税金使ってるんじゃないよ、ばかたれ。
2002.06.05
自宅でビール。
早速カメラのボロボおじさんから抗議のメールが来た。「(ミポリンは)婚約じゃなくて入籍だぞ。失意のどん底でも、泣き濡れても、禿げてもいないぞ。このぉ百貫デブめ!」とのことであった。借金の返済は遅いくせに、こういう抗議だけは早いおっさんなのだ。
それはともかくとしてアマゾンより「タッチ」ウィンダムヒルのベストギターアルバムが到着。1曲目がマイケル・ヘッジスだ。全体を通してとても心地よく、素晴らしい仕上がり。ベストだから当然だろうけど、久々にいいアルバムを買ったなあという感じ。なんだかんだといって、ウィンダムヒルはよいのである。
その反対にどうにも最近気に入らないのが中川イ*トである。なぜ伏せ字かというと、HPを見るとけっこう熱狂的かつ高齢のファンがついているからであり、高齢の分、知恵もついているだろうから、変なトラブルになるのを避けたいからである。なぜ中川イサ*が気に入らないかというと、音楽自体が守りに入ったことに加え、自分の気に入らないギタリストや音楽家を名指しで(一応伏せ字だけど明らかに分かる)批判するからである。それを言っていいのはリスナーである我々であって、同業のプロギタリストが口にすべきことではないがなあ、と思うこともしばしばなのだった。まあ、この話題はまたいずれ。
ところでミポリンと相手の辻は、入籍はしたけど新婚生活は来年かららしい。なんのこっちゃ。妊娠でもしたか。あるいは、どっちかの遺産狙いか。本当の事情を知りたいものだが、きっとボロボおじさんが教えてくれるだろう。
2002.06.04
自宅でビール。
どさくさまぎれのうちに婚約してしまった中山ミポリン。何を考えているんだか。ともかくカメラマンのボロボおじさんは失意のどん底で泣き濡れてしまい、頭もかなり薄くなってしまったことだろう。
ということは別として、日本代表、オフサイドトラップはもうやめたほうがいいな。一斉に手を挙げる姿が小学生みたいで情けないし、何よりも破られたときの気まずい空気がたまらない。まったくトルシエのおっさんは変な癖をつけてくれたもんだわい。というわけでベルギーに2-2の引き分け。
関係ないけど、毎度お世話になりますの京都・プー横町よりリチャード・ラスキンのCD「Words Fail Me」と、その楽譜集が届く。リチャード・ラスキンは学生時代から気に入っているギタリストで、超絶テクニックでさらりと弾きこなす奴。尊敬しています。その新作CDと楽譜が届いたのだが、俺は基本的に楽譜フェチなので自分で弾かなくても楽譜を見ているだけで幸せなのだ。楽譜ならばいくらでも立ち読みできるぞ。で、この新作CDだが、ざっと聴いたら1曲目の「ララバイ」という曲が、そりゃもうきれいできれいで。涙なしでは聴けないほどの美しさ。早速自分でも弾くことに決めたね。まだ弾けないけど。
プー横町からは定期購読している「FINGERSTYLE GUITAR: NO.44」も一緒に到着。英語の雑誌だ。なんといんたーなしょなるな僕。稲本くんみたい。ああ、楽しいなあ。便利な時代になったなあ。
そういや本日突然思いついて歯医者に行ったのだが、いろいろとびっくりすることがたくさんあった。その話はまた来週。
2002.06.03
自宅でビール。
咲杜がポリオを受けるというので、同じマンションの大山さん親子と一緒に保健所へ。いってみてびっくりで、山のような数のお母さんと赤ちゃん。圧倒されてしまい、父ちゃんは早々に逃げ出す。咲杜はびびってずっと泣きっぱなしで、妻はぐったりしてしまった。情けないのはこの父ちゃんである。
「AERA」
ついにというか、やっとというか、現代の肖像にトルシエが登場。わくわくして読んだ。でも案外期待はずれ。ちっ。沢木耕太郎によれば、今の代表の様子を詳しく記録しているフィルムがあるらしい。トルシエが消えた後に公開されるのだろう。見てみたいなあ。
2002.06.02
陣八で日本酒。
岐部さんは74キロから77キロだそうだが、この俺は先日体重を量ったらなんと78キロだった。がちょーん。えーじくんには「えっ」と言われ、ぺいちゃんには「百貫デブ」とののしられたが、しかし、まさかここまでとは。わなわな。ベストの体重は64キロ。今まで一番太った時で74キロ。つまり現在はベストより14キロも重い、丹後史上最重量更新なのである。うーむ。
んなことはともかくとして、大阪のドルフィンギターより注文していたギター弦3セットと、小川倫生のCDが届く。ついでに納品が遅いと文句を言ったので、おわびのステッカーとサンプルCDも入っていた。小川倫生は初めて聴くギタリスト。ニューエイジ系の音楽だな。ちょっとミスタッチが多いので、練習不足か。あと下地はいいと思うので、へんなアレンジはなんとかしたらよいと思う。しかし、弾きたくなる曲がなかなか見つからないなあ。
おわびのサンプルCDは岸辺真明のもの。いいギタリストだが、まあ、これは一度聴けばあとはいいや。
おわびのステッカーは、ギターケースに貼ろうかと思ったら、咲杜に取られてしまった。で、どうなったかというと、結局咲杜が自分のおしめバケツに貼ってしまった。とほほほ。ドルフィンギターも情けなくて泣いているだろう。
2002.06.01
自宅でビール。
試合が始まったとたん、ドイツの勝ちが見えてしまった。だからといって8-0はないだろが、サウジアラビア。これがアジアの代表だっていうんだから、出場枠を減らせという欧州・南米の言い分も納得だ。ああ恥ずかしい。GKがAマッチ出場記録だといったって、要するに世代交代ができていないという話だわな。
「日経ビジネス」
ぼちぼちソニーがやばい。普通の会社になりつつある。いかに自分たちが普通の会社と違うかを力説し始めたことが、その理由。「ソニーらしさ」を自分たちで規定したあたりから、凋落が始まったと見ているが。
2002.05.31
自宅でビール。
98年フランス大会のNHKの解説はひどかったね。「今のはオフサイドと言って、その理由は」「反則をするとイエローカードというものが出されて」といった説明のオンパレード。こいつら、視聴者をバカにしてるわ、と思ったものだが、案の定、海外メディアからはけっこう笑いものにされていたのだった。それに比べれば今年はだいぶマトモ。もっとも開会式になぜキムタクがいるのか、さっぱりわからんが。心美と風呂でも入ってろって。
アマゾンから山崎まさよしのワンマンライブのビデオが届く。まったく便利だな、アマゾン。2巻もあるビデオなので、妻と一緒に1コーラスずつ見る。うまいねえ、この人。ギターがうまくて歌がうまくて作詞作曲してと、ずるいなあ。「セロリ」や「僕はここにいる」は名曲だ。
この人のベースにあるものは明らかにブルースだな。ギターの弾き方も、ギブソンのオールドを持ちながら親指をボディに叩きつけるような奏法は、黒人のブルースマンの専売特許のようなものだ。それを日本人らしく消化して、上手にこなしていると感心。憂歌団とは別のテイストのブルースギターだ。ちょっと俺とは違う奏法なので、少し悔しい。負けず嫌いだから、ちょっと練習してみようかなあ、「セロリ」や「僕はここにいる」。
2002.05.30
自宅でビール。
CDを買うため秋葉原のラオックス楽器館へ行く。毎度のことながら、秋葉原で楽器なんて儲かるのかと、不思議になる。
「Acoustic Guitar Highlights」vol.1
このCDが欲しくて行った。いろんなギタリストが1曲ずつ、全部で18曲も入っていて、わずか1000円というお買い得CD。みんな上手だよなあ、ギター。
「Acoustic Guitar Highlights」vol.2
これはその2作目。しかし、なかなか画期的なギタリストっていないものだね。スティーブン・キングの「ブラジル」はよかったが。こちらは全部で11曲。やはり1000円。
「Sologuitar」ULLI BOGERSHAUSEN
おっと、偶然こんなのも見つけて購入。いつか聴いてみたいと思っていたギタリストだ。ドイツ人らしいが、読み方、わかりません。とりあえずウリ坊と呼んでます。期待していたのだけれど、けっこう地味。あまりクラシック的なアプローチばかりだと面白くないなあ。1曲Tangoという曲は面白かったけど。
「Swinging Strings」JOSCHO STEPHAN
で、ついでに買ったのがこれ。まったく知らない人だけど、いわゆるジャケット買いだ。読み方もわからないし。帰ってからネットで調べたら、どうもドイツの20歳の兄ちゃんらしい。聴いてみたら、ギターソロかと思ったらまったく違って、ジャンゴ・ラインハルト調のスイングギターだった。エリントンの曲などもやっていて、けっこう楽しい。なかなかいい気分のCDであった。しかし20歳にしてこの超絶テクニックとは、末恐ろしいドイツ兄ちゃんである。
2002.05.29
自宅でビール。
京都のプー横町よりアレックス・デ・グラッシのCDと楽譜が届く。まったくインターネットってのは便利なものだ。いい世の中である。偏屈なギターミュージックCDでも、即座に届くんだもの。いつもながらプー横町の素晴らしい対応には感謝。絶対におすすめのショップだね。
さて、アレックス・デ・グラッシだが、ウィンダムヒル系のギタリストである。俺、けっこう好きなのよ、ウィンダムヒル。台湾に走ったり、やつぱりラグタイムだと思ったり、いろいろと模索しているギタリスト丹後なのだが、ふと思ってウィンダムヒルに祖先帰りしてみたのさ。けど、うーむ、アレックス・デ・グラッシはちとイメージが違ったか。届いた楽譜も、思い切りずっこけの1曲のみ。これで2000円とは、アレックス、ちと強欲ではないか? しかも、どうでもいい曲だし。どうせならもっといい曲を楽譜にして欲しいものだ。
まあ、これに懲りず、またしばらくウィンダムヒルでいってみるか?
2002.05.28
自宅でビール。
この世の中にこれほど面白いものがあるのか。という幸せな気分にさせてくれるのが闘龍門である。何かって、プロレスである。国際プロレスのビル・ロビンソンに始まり、新日本に軸足を置きながらも、UWFに熱狂し、ルチャに爆笑し、女子に燃え、全日に足を運んだ俺のプロレス遍歴。その最終漂着地が、闘龍門だったのだ。
で、その闘龍門の新作ビデオが届いたので、妻とたっぷり2時間、プロレスに燃えたのだ。いやあ、最高であるね。この面白さは、地球で一番であろう。
という話題とはまったく別に、岐部さんの言うとおり、自営業者は晩飯が早いのである。ちなみに俺の場合、晩飯は7時からで、8時頃に子供を風呂に入れ、9時頃に寝かしつける。よって、7時から9時頃までは電話にも出ない(というか、聞こえない)状態である。こうして規則正しく三度のご飯を食べているから、百貫デブになってしまったのだ。うーむ。(いかにデブになったかという話はまた後日)
まあ、そんなわけなのだが、コマッちゃんには「丹後さてんば、8時までしか仕事しないって松本が言ってたけど、ほんと?」と誤解されてしまった。そんなことはないぞ、松本。子供を寝かせてから、また働いているのだ。もっともこの日は闘龍門だったけど。
再びそんな話とはまったく関係なくて、セネガル代表の選手が韓国で万引きだって。大爆笑。「まるで修学旅行の高校生」とは、妻の弁である。
2002.05.27
自宅でビール。
誰も指摘しないのはどういうわけなのか。ともかく最近の銀行はふざけすぎである。支店の統廃合があちこちで起きていて、誰もが自分の口座に影響を受けているだろう。
俺自身も、あさひ銀行は曙橋支店が既になく、勝手に移された四谷支店(世界で最低の支店)が統廃合で、今度は新宿支店らしい。また、メイン銀行の三井住友銀行も八重洲通支店がなくなって日本橋支店に統合されるそうだ。これに伴って口座番号なども変わるという通知が来ていた。
支店の統廃合は、言うまでもなく銀行の手前勝手な都合による。当然、利用者が便利になることは一つもない。近所の支店がなくなり、別の支店に行けば混雑がひどくなっている。そのくせ窓口の数を増やすわけでもなく、派遣会社から呼んだ人間に案内をさせているだけだ。窓口で30分待ちは当たり前。キャッシュコーナーでも10分待ちが当たり前。そんな状態を平気でほったらかしているのである、銀行は。
税金の投入に際しては社会インフラでございます公的存在でございますといいながら、統廃合に際しては民間企業でございます都合の悪いことなので内緒でございますという態度だ。みずほなんぞ、赤字だから税金も払いませんよーとベロを出している始末である。石原慎太郎が激怒するのも当たり前だわな。指定金融機関から外されても、誰も困らないだろうなあ。
まあ、ともかく。統廃合で不便だけ押しつけるのはやめとくれ。人を待たせるのもやめとくれ。マスコミも、みんな文句を言わないといけないよ。面の皮と給料袋だけはやたらと厚いのだから。
「AERA」
いい年をした女が「女子」「男子」と言うのは、えらく耳障りだ。禁止せよ。
「週刊ポスト」
ふむふむ、やっぱりトルシエは学会が嫌いだから俊介を外したのか。で、どうやら信者どもが怒っているらしい。ぷっ。そりゃあ、現世利益が売り物の団体だから、どうにも困った事態だわなあ。
2002.05.26
自宅でビール。
昼飯は寿司でもと思って「海鮮三崎港」に行ったのだが、いやあ、最近の咲杜は絶好調で、与えた食パンをばくばく食いまくる。凄まじい勢いだ。こっちも大慌てで食うもんだから、さっぱり味が分からない。俺は天丼とにぎり寿司を頼んだのだが(なんちゅーオーダーだ)、猛スピードで食ったから単に満腹になっただけだった。こんなもんだろ、子連れの外食は。
2002.05.25
妻の実家でビール。
妻の実家でのんびりしていたら、突然メガネのフレームが壊れちゃって、こりゃ困った。あわてて、というか、どっこらしょっと地元のメガネ屋へ行く。ここのオヤジが調子がよくて、これ直りませんかと言ったら、ぶすっとして「直らないね」とそっぽを向く。んじゃあ新しいの買うからすぐ作れるかと聞いたら「作ります作ります今すぐ作ります」といきなり商売人の顔になってレンズを探してきて、作り始めたわけだ。まったく調子のいいオヤジであった。
「日経ビジネス」
NTTは社員の半分が余剰人員であると社長が断言している。それを雇ったのは、お前らだろうが。
「クロワッサン」
好きな本、音楽、映画の特集。加藤登紀子の好きな音楽がジョン・レノンの「マザー」なのはいいとしても、その歌詞を間違って書くのは、ライターがあまりにも不勉強。こんなことだからマガジンハウスは雑誌が売れなくて経営危機なのだ。
2002.05.24
自宅でビール。
原宿アストロホールで、ギタリスト・押尾コータローのライブに行く。もちろん一人だ。押尾コーターローは7/10に東芝EMIからメジャーデビューする予定だが、インディーズ時代よりその腕前は噂を呼んでおり、俺自身もイチオシのギタリストなのだ。今一番うまいギタリストであることは間違いないだろう。必ずメジャーになるので、今から注目だ。
ライブでは前から2列目。ギター一本のみで、他の楽器も歌もなんにもなし。その凄まじいテクニックをじっくりと見ることができた。およそ今のギターに使われるテクニックのほとんどすべてを網羅しての演奏である。ボレロをアコースティックギター一本で完全に再現するのだから、本当に恐ろしいギタリストなのだ。加えてパフォーマンス性豊かで、MCがこれまたえらく面白い。ギター一本でバンド紹介をやるのだが、津軽三味線のカバーをやったり、ギターのボディでドラムをやったりと、見ていてあきさせないのだ。
ともかくこれからは押尾コータローである。CD既に2枚持ってます。でも、俺には一曲も弾けまっしぇーん。
演奏曲目/「ハードレイン」「ブリーズ(新曲)」「木もれ日」「第三の男(途中が演歌調!!)」「戦場のメリークリスマス(悶絶の演奏)」「ブルースカイ」「アニメメドレー(サザエさん、ウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブン)」「ミセスロビンソン(一人メンバー紹介)」「ボレロ」「ずっと」アンコール「イン・ザ・モーニング(大好きな曲だ)」「ファンタジー(新曲)」
2002.05.23
自宅でビール。
日経ビジネスのメールマガジンを読んでいるのだけれど、先日、そこに指摘されていたのが「結局、日本は戦後第一世代の財産を食いつぶしている」ということ。納得。日本をダメにしたのが今の団塊世代だけれど、彼らは本当に戦後の財産を食いつぶしてきたものなあ。その後を受け継いだ俺たちの世代はもっとひどくて、「どうせ何も生まれやしない」と、しらけていたのだ。
「新潮45」6月号
ぶわははははは。ケッサク! 岐部さん、今月号、読みました? 西原理恵子と柳美里という狂犬どうしの対談を実現させたのもすごいけど、なんといっても「こんなみずほに誰がした」が最高! ぜひ読まれたし。今まで現場の人たちは大変だなあと思っていたが、なーんだ、本当に大変なのは派遣会社から来ている人たちだったのね。
「Number」
(文芸春秋社にとってもワールドカップは大商売のチャンスだから、ナンバーは大張り切り。期間中は週刊になるらしい。それだけ広告が見込めるのだろうなあ。)日本代表特集。
高原は2006年を目指せ。それまでヨーロッパで修行しろ。お前は間違いなく次のエースなのだ。
2002.05.22
自宅でビール。
仕事でコマっちゃんに会う。コマっちゃんは潮見と豊洲の中間に住んでいる人だ。つまり俺と同じ地元人である。コマっちゃんといろいろと地元の発展について意見を交換したが、二人で一致したのが「辰巳なんかに有楽町線を通す必要はない」ということであった。辰巳の人たち、ごめんなさい。
コマっちゃんは最近できた「お多福」というお好み焼き屋へ行ったらしい。6月になったら一緒に飲もうと約束したが、「お多福」は同じマンションの人も来るので嫌だとのことであった。まあ、どの店であろうと「金内さんにおごらせよう」ということで意見は一致した。おごりだから、駒形君も一緒に行こうよ。
「サッカーマガジン」
読むものがないので買ったけど、サッカー業界は千載一遇、百年に一度の大勝負だね。このサッカーマガジンも、大会中、100円雑誌を発行するらしい。4A・4ページの。なんだこりゃと思ったけど、よく考えたら新聞なのね。そんなの、ネットで十分だと思うけどなあ。
2002.05.21
自宅でビール
現在一番のお気に入りのギタリスト、台湾の黄家偉(ファン・チア・ウェイ)がプロデュースしたCDの第二弾が京都のプー横町より届く。「Portrait of Strings」というオムニバスアルバムだ。
前に聴いた「醍醐」(Ti-hu)より、かなり欧米風。中にピエール・ベンスーザンを意識したような、ケルティック音楽も入っている。しかし、ケルティックな音楽を聴きたければ、我々はアイリッシュのギタリストを聴くことができるのだ。何も台湾のギタリストを聴くことはないのだ。だから台湾のギタリストには、台湾の、アジアの、自分たちの音楽をやって欲しいのだ。
ということは、そっくりそのまま俺にも当てはまることであって、いんたーなしょなるな僕としては、ギターを弾くときにもきちんと日本を意識した音楽をやらないといかんわけだ。何もアメリカの連中のコピーをやる必要はなくて、アメリカはアメリカ人に任せておけばいいのだ。ならばこの俺は日本をやることになるわけだが、はて、それは一体なんだろう。よくわかんない。というところで、最近の丹後くんのギターは、止まってしまうのであった。難しいよなあ。「羽衣伝説」の楽譜を手に入れたけど、とても俺なんかに弾く資格はないのだし。うーむ、日本とは、日本とは。代表の試合でも見ながら考えなければ。
代表と言えば、最近、ひょっとしたら三連敗もあり得るなあと思っている。実は。冷静に考えれば(冷静にならなくても)、日本はまだワールドカップで一つも勝っていないのだし、ここは一勝を目標にすればいいのではないか。それにしても、なぜこんなに盛り上がらないのか。俺的には、前回のフランスのほうが盛り上がったなあ。それよりも最終予選がやっぱり最高に面白いなあ。
2002.05.20
自宅でビール。
夜、諏訪で仕事。夕方出発して深夜に戻ってきたのだった。諏訪はけっこう気持ちのいいところで、気に入ってる。そばを食ったら、けっこう旨かったし。でも、夜はまだ冷えるなあ。
2002.05.19
久々に新習志野の赤ちゃん本舗に行く。日曜の朝だというのに、いや、日曜の朝だからか、店内はおしめを抱えた父ちゃんたちでいっぱいだ。うーむ、シュール。ふと気づくと自分もその一員になっているわけだが、困ったものである。早々に退散し、舞浜のホテルシェラトンでランチ。ここのレストランは完全にファミレス化しており、子供がぎゃあぎゃあ騒ぎまくっている。そのかたわらでは、お日柄もよろしく新郎新婦がうろうろとしているものだから、実にまったくシュール。
2002.05.18
茨城のいとこが明日結婚することになり、田舎から両親と親戚が上京。浜松町のメルパルクで落ち合って、近くの居酒屋で食事。2時間ほどであったが、そりゃ楽しかったのさ。しかしあれだね、親戚は俺の小さい頃をよく知ってるものだから、咲杜がいると必ず俺の小さい頃の話になるから、まいっちまうぜ。面倒がらずにつきあってくれた妻に感謝。
2002.05.17
自宅でビール。
94年、ドーハの悲劇から成田に帰ってきた選手たちが驚いたのが、出迎えの多さであった。なにしろそれまでサッカーなんて無縁だった層が、ドーハで一気に燃え上がり、日本中大騒ぎになってしまったのだ。
空港には「感動をありがとう」の垂れ幕。それを目にした選手たちは「負けて帰ってきたのに感謝されるなんて」と、えらくびっくりしたのだった。出迎えの報道陣の中には何を血迷ったかワイドショーのスタッフも山ほど紛れ込んでいた。だが、芸能レポーターたちにサッカーの取材ができるはずもない。あるレポーターは、井原に向かって「ワールドカップ行きたかったですよね」とマイクを突き出し、井原は照れ笑いを浮かべながら「ええ、まあ、そうですねえ」などと答えていたのだった。
そして、実はテレビ屋のメンタリティは当時と今も変わっていないことが、今回はっきりわかった。代表メンバーが発表されてからは、たちまち「ゴン中山、感動の復活」のオンパレード。夢はかなう、あきらめちゃいけない、のオンパレード。日本中、相田みつを(だっけ?)状態だ。なぜ名波が落ちたか。小笠原に何をさせようというのか。イエローをもらう可能性の最も高い鈴木がなぜ選ばれているのか。まともに考えるテレビはまったくなし。思考停止状態だ。こういう連中に、ラモスのことは笑えないだろうなあ。そして、本番中のテレビ中継は、(試合以外は)目も当てられないものになるのだろうなあ。
日本なんかでやるんじゃなかったよ。つくづくそう思ったのであった。
2002.05.16
久しぶりに名古屋から来てくれた合田さん母娘と、我が家の3人で居酒屋・陣八へ。
台湾のギタリスト黄家偉(ファン・チア・ウェイ)のCD「醍醐」(Ti-hu)を通販でプー横町より購入。実は台湾では日本よりはるかにアコースティックギターで盛り上がっていて、実力も相当らしい。期待を込めてそのCDを聴く。ついでに楽譜も一緒に買った。「FINGERSTYLE GUITAR MAGAZINE」を読みながら黄家偉のギターを聴くという、いんたーなしょなるな僕。
で、この音楽がすごくいいのよ。なんというか、アジア的で、同じアジア民族として心揺すぶられるメロディーと音色で。ほんのり、ぼけっと聴いているだけで、心がじんわりとなってくるのでありました。今後しばらくは、台湾方面のギターで勝負だな、俺。ちなみに楽譜も全部中国語で書いてあって、これがやたらと面白い。アコースティックギターは「木吉他」と表記するようだ。
2002.05.15
自宅でビール。
名古屋出張。美濃平野はどこまでも真っ平らなのだった。一緒に行ったH堂のS氏が、その風景を眺めながら「食糧事情が国力を決定した時代に、尾張地方が天下を取ったのも納得できますなあ」ともらす。なるほど、慧眼だ。
「噂の真相」
全体的にネタが小粒だな。坂本龍一と矢野顕子がまだ離婚していなかったと知って、ちょっとびっくり。
「文藝春秋」6月号
みずほ銀行崩壊までのルポ(崩壊してないか)が興味津々。そりゃあ、こういう事件にもなるわなあと納得。かわいそうなのは現場で頑張ってる人たちとお客。
「FINGERSTYLE GUITAR MAGAZINE」43
チェット・アトキンス追悼号。最後のチェットのメッセージについ胸がじーんとなる。偉大なギタリストだった。
2002.05.14
自宅でビール。
京都のプー横町というショップから「FINGERSTYLE GUITAR MAGAZINE」という雑誌のバックナンバーが3冊届く。ふふふふ。舌なめずり。アメリカの雑誌だ。従って全部英語である。ふふふふ。なんとこれを定期購読しちゃったのさ。るんるん(死語)。写真と広告だけ見ていても楽しいのだ。それに楽譜は万国共通だし。おお、なんといんたーなしょなるな僕。
そんな夜、8時過ぎに突然インターホンが鳴る。何事か思えば「朝日新聞ですが」と、兄ちゃんが園芸の箱を引きずりながら玄関に立っている。よくわけわからんが、とにかく読者サービスのために植木を配っているらしい。夜だというのに。わけわからんまま、ありがたく頂戴したのだった。
このように(兄ちゃんはたぶん新聞配達の青年だろう)新聞販売店は必死になって商売に取り組み、客をつなぎ止めようと頑張っている。そういう努力を知らずに高給にあぐらをかいているのが新聞を発行している連中であり、そういう努力を踏みにじる行為を繰り返しているのが拡販部隊の連中である。どんな組織も、末端に行くほど苦労するのは、この国のお約束なのだ。
2002.05.13
自宅でビール。
秋葉原に仕事で行く。なんだか久しぶり。少し怪しさを増したのではないか?この街は。ラオックスの楽器館に立ち寄る。ラオックスは楽器も扱っているのだよ。以前はここに寄ったらDTM機材を買っていたが、DTMをやめた今は、ギターコーナーに直行。おや、なんと珍しい、SESSIONというブランドの弦が置いてある。とても変わった癖のある弦で、なかなか見つからないのだ。珍しくて1セット購入。ところが夜になって、前々日に張り替えたばかりの弦が切れてしまって、早速SESSIONを張ることになってしまったのさ。
「AERA」
週刊文春とこの雑誌を読んでおけば、とりあえず日本の右と左はわかるであろうとイージーに幻想しているのだが、まあ、それほどのことでもあるまい。
2002.05.12
自宅でビール。
最近はまたビールを飲むようになったなあ。風呂上がりにノドが乾くからだけど。また、あまり大量に酒を飲まなくなったことも理由の一つだ。いいことだわな。
2002.05.11
陣八で日本酒。
咲杜のためにお茶の水の谷口楽器でウクレレを買う。最近はギターが大好きで、ボディーを叩くだけでなく、弾く真似までするから、サイズ的にもちょうどよかろうとウクレレを与えることにしたのだ。一番安いので1万1000円。これ以下になると、楽器とは呼べない。咲杜は自分の楽器が手に入って大喜び。叩いたり弾いたりしている。これで将来は漫談師か、ってそりゃ困る。
「週刊新潮」
鈴木宗男ネタでえらく売れたから、まだ引っ張ってる。ああいう悪役が出ると、週刊誌は嬉しいだろうなあ。もっとも宗男に最初につばをつけたのは2年前の文春だったから、さぞ悔しいだろうな。
2002.05.10
自宅でビール。
日本代表は呪われていて、名波に服部に森岡に高原に西澤に柳沢まで、みーんなまとめて病気やケガなのであった。それをとても心配しているのが駒形くんで、「丹後さん、どうなっちゃうんでしょうねえ」と相談されたのであった。大丈夫、任せなさい。ちゃあんとトルシエに言って、ゴンを呼んでもらうから。
「AWAYに生まれて」崔仁和・集英社
AWAYとは日本のこと。つまり在日韓国人サッカー選手が韓国にわたって成功したというルポである。在日問題はJリーグでもけっこうグレーだしなあ。いろいろと制度的な納得できない部分が多いのがわかった。後半はちょっとだれてきたけど。
2002.05.09
自宅でビール。
あるインタビュー仕事。事前に聞いていた噂の通り。はあ、疲れたざんす。差し障りがあるので以上。
「プロデューサー」酒井政利・時事通信社
著名な音楽プロデューサーの手記。というか、自慢話。郷ひろみにプロ根性を叩き込んだ樹木希林のエピソードに感激。この女優は、いろんなところから絶賛されている。きっと本物なのだろうなあ。確かにあの存在感はすごいよなあ。
2002.05.08
自宅でビール。
画期的なことに、突如潮見に小児科がオープンだ。正確に言えば内科・小児科・婦人科だが。どんな医者かわからないが、ともかくよいことである。よしよし。
「週刊文春」
もー最近は読んだ本の感想を書くのが面倒で、ほったらかし。反省。みずほ銀行の若手技術者のルポが面白かった。大銀行の上層部がいかにバカか、よくわかった。これでは現場があまりにかわいそうである。もっとかわいそうなのは、客だけど。
2002.05.07
自宅で水割り。
実家から戻る。ああ、いい休暇だった。やはり新潟はこの季節が一番気持ちいい。実家のみんなには快く迎えてもらい、さらには裏のおばさんや親戚のおばさんまで咲杜に会いに来てくれて、楽しく過ごすことができた。東京は雨。家に帰ってきたら、通販で頼んでいたCDが届いていた。札幌の高校2年生、谷本光のデビューCDだ。ちらりと聴く。さすが天才という噂にたがわぬギター。ちょっとびっくり。俺が高校2年の頃なんて鼻を垂らしていただけなのに、恐ろしいガキだ。高校2年でこのテクニックなら、この先どうなるのだ。いずれ世間の注目を集めるはず。気になる人は今から要チェックだ。
2002.05.06
いいお天気なので朝から近所の公園へ。緑が美しくて、とても気持ちいい。10歳、6歳、4歳の甥っ子に1歳の咲杜が加わってそりゃもう大騒ぎ。
2002.05.05
大きな橋にかかった鯉のぼりを見に行ったりして過ごす。10歳、6歳、4歳の甥っ子に1歳の咲杜が加わってそりゃもう大騒ぎ。
2002.05.04
朝3時に起きて家族で新潟の実家へ。10歳、6歳、4歳の甥っ子に1歳の咲杜が加わってそりゃもう大騒ぎ。
2002.05.03
自宅で水割り。
連休後半の初日は、のんびりと家族で過ごす。帰省の支度を一日かけてゆっくりやったのだ。山崎まさよしと、ちあき・なおみのCDを購入。ちあき・なおみのオリジナル「矢切の渡し」は今聴いても絶品。
2002.05.02
自宅で水割り。
ホンジュラス戦。今の時期にこういう試合をやらなければ代表に同情はするが、それでも試合を見ればそんな気持ちはどこかへすっとび、口をついて出るのは罵声ばかり。この緊迫感のなさは、いったいどうしたことだろう。うーむ。
あまりのことにあきれて、途中、何度も10チャンネルに回し、新日本プロレスのドーム大会を見る。うーむ、相も変わらずパワープロレス全開だ。時代遅れの、昭和のアナウンスも耳につく。もう終わりだな、この団体。トップがあんなしょっぱいやつでは、どうしようもあるまいて。永田だけど。もっとも相手の高山も、練習していないのが見え見えの体つき。本当に醜い体であった。また、久しぶりにスタイナーズを見たが、哀れであった。ステロイドの末路か。この団体の凋落は長州がトップに立ってから始まったが、世代交代が進んでも凋落は続くのであった。
というわけで、わたくしは明日から休暇です。皆さん、いいゴールデンウィークを。
2002.05.01
自宅でビール。
5月は一年で一番好きだなあ。連休真っ直中のこのあたりが、一番気持ちいい。今年は後半新潟の実家に帰省予定。春の新潟は空気も景色もきれいで、食べ物もおいしいのだ。
2002.04.30
自宅でビール。
そうそう、書き忘れていたけれど、右サイドに中田を持ってくるというのはどうだろう。で、左は小野で中央が俊介。さらにトップに森島を置くと。うーむ、素晴らしい布陣ではないか。強そうである。今度トルシエにアドバイスしておこう。
2002.04.29
自宅でビール。
連休前半の最終日。朝から亀戸のトイザらスへ。いろいろ買い込む。昼ご飯は堤通のバーミヤンで。例によってたらふく大食いだ。その後、木場公園へ。ここは初めてだが、とても広くて気持ちよかった。個人的には若洲のほうが好きだけれど、ここもなかなか快適である。まったく江東区にはいろんな気持ちいい公園がある。こんなに暮らしやすいところだとは想ってもいなかったよ。こうして連休前半が終わる。家族サービス一心の、いい父ちゃんなのだ。岐部さんはずっと仕事だというのに、申し訳ねえです。
2002.04.28
自宅で水割り。
連休二日目。午後から若洲海浜公園へ。ここは東京23区にある公園だというのに、キャンプもできるほど、自然がたっぷりなのだ。穴場で、普段はがらがらなのだが、さすがに連休とあって、大勢の人出。こりゃたまらんなあと、すぐに退散して、結局地元のさざなみ公園へ。ところがせっかくのゴールデンウィークだというのに、共さん党がスピーカーを使ってバカ旗という新聞の宣伝を大声でかましている。俺の大嫌いな連中だ。あまりに腹が立ったので「うるせえ。子供に聞かせてどうするんだよっ」とからんでやった。しかし、咲杜の前でそのような好戦的な態度を見せるのはよくないと少し反省。悪い父ちゃんである。公園には、同じマンションの理香ちゃんがパパと一緒に遊んでいた。同級生である。仲良しである。しばらく一緒に遊ばせてもらった。
2002.04.27
自宅で水割り。
大型連休初日。去年は生まれたばかりの咲杜と妻を見舞うために病院に詰めていたが、今年はご近所でまったりだ。今日は、東陽町の児童センターのようなところへ行って4月生のお友達のお誕生会というものに出席する。まったくよいお父ちゃんであるな、俺は。その後、昼飯に海鮮三崎港で特上の寿司を食う。腹がふくれたところで白川の清澄庭園へ。なかなか立派な日本庭園。ここで同じような年頃の子どもたちと一緒に遊ばせる。日本語が上手な外人のお母さんもいて、妻といろいろとしゃべっていた。遊びあきた頃、自宅へ帰る。父ちゃんは久しぶりに日本酒が飲みたくなり、夜遅くに陣八へ行き、久保田を飲んだのであった。
2002.04.26
自宅で水割り。
同じマンションの仲良し家族、合田さん一家が近く名古屋に引っ越すことに。子供が同級生だし、妊娠中からの知り合いで、一生同じマンションで付き合っていくことになるのだなあと思っていたから、とても寂しいのだ。
その合田さんのために妻が送別会を開く。マンションの会議室を借りて、知り合いに声をかけまくり(隣のマンションまで!)、にぎやかに開いたのだった。妻のその思いと、行動力には心底感心。偉いと思ったのだった。むさいおっさんがいると、お母さんたちも気にするだろうと遠慮したが、途中、ちょっと様子を見に行ったら、子どもたちが走り回ってれそはそれはにぎやかな会であった。開催してよかったね。
2002.04.25
自宅で水割り。
長野県の諏訪あたりまで日帰りで出張。行きはクルマ、帰りは電車。どっちも2時間半以上かかったのだった。ひえー、新潟より遠いじゃんかよー。新潟日帰りだとえらく大変に思われるのに、諏訪日帰りは軽く見られるのはなぜだろう。不思議だ。
2002.04.24
自宅で水割り。
ベランダのリフォームも完成し、咲杜は1歳の誕生日。まず、大きな病気もけがもなく来られたことを感謝したい。誕生日プレゼントを山ほど抱えて、妻の両親と、妹、その娘がお祝いにやってくる。一年前のことを思うと、いや、二年前のこともそうだけど、まったく時の流れの速いことよ。しみじみ。
2002.04.23
自宅で水割り。
ベランダのリフォーム工事。ウッディーな感じに全面リフォームだが、ゆとリフォーム墨田店、えらく素晴らしい対応であった。工事業者も大変に丁寧で、仕事ぶりもさすがプロ。相応の金額にふさわしい仕事で、いたく感心。なんだか久しぶりに「気持ちいい仕事」というのを見たような気がする。リフォームをお考えの方には、おすすめだ。ゆとリフォーム。ホームセンターで板を買ってきて敷き詰めるのとは大違いで、職人も「これは一生もんですよ」と胸を張るのであった。
2002.04.22
自宅で水割り。
あ、忘れていましたが、わたくし、禁煙しました。うふふ。一日50本吸って26年。それがぱたりとゼロ本。2月3日から一本も吸ってません。えへへ。偉いでしょ。偉くないか、別に。
いやあ、今も吸いたい。しばらくたてば吸いたい気分も薄くなるかと思ったら、そんなことはなくて、特に夕方になると猛烈に吸いたい。聞けば2年はこういう気分に苛まれるそうだ。それでも手元に煙草がないから、どうしようもないのであった。禁煙直後に困ったことがもう一つ。どうにも猛烈な眠気がおそってきたのだ。たぶん自律神経がちょっと狂ったのだろうねえ。あの眠気はきつかったなあ。今はだいぶ落ちついたけど。いや、一日中眠いけど。
さて、果たしていつまで禁煙は続くのか。お父さんとしては20年間禁煙して、息子が成人したら、その日に吸ってやろうと思っているのだった。
2002.04.21
自宅で水割り。
知り合いが転勤で引っ越すため、餞別を買いに日本橋三越へ。マドモアゼル・ノンノでシャツを購入。妻用の傘も購入。ブルーの、結構いい感じの傘だった。次にお茶の水のウッドマンでアコースティックギターの雑誌のバックナンバーを購入。ついでに近くのカワセ楽器にもふらりと立ち寄る。するとピエール・ベンスーザンのビデオを発見。これはめっけものと購入。ついでにケルトミュージックばかりのギターオムニバスCDも購入。朝にはネットで頼んでいたプレイトン・リードのビデオも届いていたので、いろいろと見なければ。
昼が過ぎておいしい中華が食べたくなり、超旨いと有名な東陽町ホテルイースト21の桃園へ。ここは俺たちが結婚式を挙げたホテルだ。桃園は、飲茶タイム。やきソバ、ビーフン、揚げワンタンのオレンジソースがけ、水餃子、シュウマイなど、手当たり次第に注文。マジで旨かった。特にデザートのタピオカ入りココナッツミルクの美味なことと言ったらもう。最初、口にほんのりと甘みが広がり、それがひいたと思ったら別の甘みがじんわりと漂ってくる。その絶妙の心地よさ。思い出しただけでもよだれものだ。ともかく中華となったら際限なく食う夫婦であるので、適当なところで切り上げた。ああ、旨かった。また行こうっと。
2002.04.20
自宅で水割り。
妻は寿司が好きで、結婚前はよく一緒に寿司屋に行ったものだが、さすがに子供ができてからはそういうわけにもいかない。しかし、我慢してもらってばかりでは申し訳ないので、子連れで行ける寿司屋がないかと探したら、ありましたね、これが。寿司屋じゃなくてファミレスだけど、京樽のやってる「海鮮三崎漁港」というところだ。
ものは試しと昼飯に行ってきたけど、けっこうイケる。たらふく食って二人で5千円。味は、会社で出前を取るようなそのへんの寿司屋よりずっと旨い。たっぷり食えて、ああおいしかった。満腹なのである。最近はこうやっていろいろとおいしいものを探して食べ歩くのが楽しみだなあ。
2002.04.19
赤坂のライブハウス「B♭」でビールとバーボン。
日本一のバンジョープレーヤー、ジャック天野がゲスト出演するというので、伊豆原、えーじ画伯とともにジョイフル・ブラスというバンドのライブに行く。スイング主体のブラス中心のバンドなのだが、いやもう、びっくり。これが上手いのなんのって、あーた。素晴らしい音色に素晴らしいテクニック、それでいて心地よいアンサンブルにノリのいいパフォーマンス。これにジャックのバンジョーがからむんだから、たまりません。いやあ、よかった。
正直に言えばなんの期待もしていなかったのだが、聞いてびっくり。こういう発掘があるから、やめられませんなあ。やめてないけど。聞けば浅草ハブにも出ているらしくて、5月は8日だそうだ。伊豆ちゃん、画伯、行く? やっぱりライブはいいなあとしみじみ。あ、そういや岐部さんは城田じゅんじライブに行ったのかな?
2002.04.18
自宅で水割り。
秋田に日帰り出張。片道5時間半だものなあ。遠いわけだ。秋田は桜も後半。やはり例年より2週間ほど早いらしい。これから東北は一年で一番いい季節になる。帰りは新潟経由で。実家の駅を通ったが、降りることなく素通り。すっかり夜だったので、春の新潟の景色を眺めることもできなかった。
2002.04.17
自宅で水割り。
ワークシェアリングについての違和感は、敗者戦略というところにある。基本的にワークシェアリングによって救済されるのは仕事のできない人たちだ。優秀な人材からそうでない人材へと仕事を強制的に割り振るわけだからね。すると必然的にその企業は競争力を低下させることになり、敗者への道を進むことになる。一時的にはいいかもしれないが、長い目で見れば確実に日本の競争力を低下させることは間違いないだろう。
何よりもおかしいのは、仕事の割り振りについて「時間」という軸だけで見ているところだ。仕事を測る基準とは「成果」が唯一の軸ではないのか。ヘソが茶を沸かす論議である。
2002.04.16
自宅で水割り。
みずほ銀行をめぐるトラブルで誰もが持っている感情が「いい気味だ」というものではないか(俺がそう思っているというのではない。そういう風潮だ、ということだ。念のため)。これは日本人に共通のメンタリティであって、最近では鈴木宗男や辻元清美のバッシングにも見られる。「水に落ちた犬は棒でつつけ」であり、高いポジションにいたものが落ちていくときほど、反動として「いい気味だ」感情も大きくバウンドするのだ。
90年代からさまざまな価値の逆転が起こり、例えば不気味な国として恐れられていたソ連は物資不足を笑われるロシアへと変わり、人格者として尊敬されていた政治家という職業は得体の知れない怪しい職業へと変わった。今や警察官は信用されず、医師は疑われ、大学教授は小馬鹿にされる存在なのである。
もちろん「いい気味だ」という反応は、そう思われる側にも仕方ない面がある。例えば銀行なら、不良資産の処理もできず、貸していた金は強引に取り立て、困ったら税金を投入してもらい、それでいて並はずれた給料をもらって涼しい顔をしているのだから、反感を買って当然だろう。だからといって「村八分は、されるほうにも原因がある」と片づけるのもどうかと思うが。
まあ、聞けば聞くほど、みずほは自業自得のようだから、同情される余地は少ないな(これについては俺がそう思っているということである。事実を指摘しているのではない。念のため)。テストの段階で「社外秘だから」とメーカーのSEをプロジェクトから追い出したというのだから、その傲慢さ、無知さは大笑い。何よりも、そんな非常識が堂々と通用する業界風土というものが、いかに世間とずれているかということだ。一番かわいそうなのは、現場の人々である。まったく度し難いトップたちだ。さて、次は理想的なりそな銀行が何かをやらかしそうな予感がするが、果たしてどうなるか。
2002.04.15
潮見・陣八で久保田千寿。
客先で取材中、「あの人は家中にLANがあるらしい」「それは大変な金持ちだ」という話になり、そんなの今時べつに珍しくないけどと思ったが、どうにも話がかみ合わなく、よくよく聞いたらLANではなくて蘭だった。なるほど、家中に蘭があるなんて、たいした金持ちだと納得。
2002.04.14
自宅で水割り。
いいお天気なので、近くの公園まで家族で散歩。日曜日だけに、子供と遊ぶ父親の姿が目立った。その中に入ると、俺もすっかり普通のお父さん。なんだか自分でも不思議だなあ。
2002.04.13
自宅で水割り。
クルマのCDチェンジャーが壊れた。6連奏のマガジンが取り出せなくなったのだ。実は1カ月前にも同じトラブルが発生し、デュオ深川で修理したばかり。ソニー製だからさもありなん。あのメーカーは、ブランドにあぐらをかいているうちに、モノづくりの基本を忘れてしまったアホたれなのだ(だよね、画伯)。修理したばかりなのにどういうことだと怒りの電話をデュオの担当者・ヨッシーにかけたら不在。なんでも「晴海まで出張です」(電話の女性)だそうだ。は、はるみまで、しゅ、しゅっちょおお? ちょっとびっくりしたのだった。
2002.04.12
自宅で水割り。
ドルフィンギターからはその後何の連絡もなし。いつもはクイックかつフレンドリーなレスポンスを送ってくるのに、どうしたことだろう。例のみずほトラブルの影響でも受けたか。ありえるわな。
季節もよくなり、咲杜もぼちぼち歩くようになったので、ベランダのリフォームを決定。こけてもケガしないよう、コンクリートをウッディーデッキに替えるのだ。といっても、木目調の部材を敷き詰めるだけだけどね。チラシの入っていた錦糸町のリフォーム屋を呼んで見積依頼。24万円であった。予想より高いな。でも、いろいろと比べたりするのは面倒なので、その場ですぐさま発注。担当者は、新卒で入社したばかりの新人の女の子。「初めての仕事なんですう」と、声が裏返るほどの喜びようであった。よかったね、初受注で。あとは工事がうまく行くよう、よろしくね。
2002.04.11
自宅で水割り。
大阪のドルフィンギターは、アコースティック関係の素晴らしい店で、俺もよくネット通販を利用し、楽譜やビデオやCDを買っている。そのドルフィンから覚えのない包みが届き、何かと思って見たら、1カ月前に発注したCDであった。もちろん既に入手済み。要は二重発送のミスらしい。その旨、指摘してメールを送ったがまだ返事はない。うーむ、ネット時代にはセキュリティがいろいろと問題視されているが、現実のトラブルは案外アナログなのだな。
2002.04.10
自宅で水割り。
最近の咲杜は、そりゃもうスタスタとえらいスピードで歩き回る。父ちゃんと母ちゃんは、その後をおろおろと着いて回り、オタオタするばかりである。基本的に咲杜は陽気であり、時々奇声を発したり、「んまんまー」と歌ったりしている。我が家ではその歌を「んまんまブルース」と呼び、その深い味わいに両親そろって感心しているのである。子供というのは皆そうしたものであろうが、咲杜はどうでもいいようなヘンテコなものほど有り難がり、喜ぶ。例えば洗濯かごはその代表だ。物欲しげなまなざしで奇声を上げるので、手渡してやるとそりゃもう大喜び。手押し車の要領で、家中押して回っている。畳にはとっくにボロボロなので、気にすることもない。妻は、そんな咲杜を連れてよく散歩に出かけ、地面を歩かせてはエネルギーを発散させている。とても頑張ってくれており、ぐうたら父ちゃんは深く感謝するのであった。
2002.04.09
自宅で水割り。
100万円を普通預金に預けても10円しか利息がつかないということは、要は「普通預金は邪魔だからしないで欲しい」ということなわけだ。銀行としては。これはAERA説だけどね。つまり大口の定期預金だけがあれば、他はいらないと。なるほど。
一方で融資する先はというと、うーむ、改めて見回すとほとんどない。まあ、一時のひどい回収方法を見れば「もう二度とてめえには金借りない」と思う会社が増えるのも当たり前だ。こういうのを自業自得と言うのだろうな。
となってくると、銀行の機能というのは、今やほとんど決済になるわけだ。間接金融から直接金融へと大きく時代が変わりつつあるのだから、それも当然だな。だから、簡単な決済一つまともにできず、日本中から大笑いされたみずほ銀行は同情の余地なしだ。日立と富士通とIBMがやったとは言え、肝心の部分は銀行の連中が秘密裏にやったそうだから、やっぱりこれは銀行の責任。自転車操業の企業などは、このどたばたで資金繰りに青くなっただろうから、「もう二度とてめえに決済は頼まない」と思うだろうなあ。
ところで、よその話だけれど、「理想的な」を意味する造語の「りそな銀行」って、ニュースを耳にした瞬間、銀行のアホもここに極まったかと、本気で爆笑してしまった。誰か止めなかったのかよー。
2002.04.08
自宅で水割り。
ギターの弦を買うためにお茶の水の楽器屋へ行く。楽器屋まわりは楽しいなあ。けれど、時々楽しくないものも目に入ってくる。それはアホなギター小僧と、そのアホを相手にするアホな楽器屋だ。エレキギターのソフトケースを下げて、茶色い頭をして、口を開けて立ち読みしているギター小僧はとっとと帰ってよろしい。そいつらを相手にしているアホ楽器屋、具体的にはお茶の水駅に近い方から、シモ倉楽器、シモクらセカンドハンズ、クロさワ楽器、明大前の名前も忘れた薄汚い楽器屋、お茶ノ水楽器といった面々は、すぐさま店を畳んで欲しい。特にコラ、下クラ楽器。おまえんところは、見ているだけで臭い。すぐに閉店するように。と、なんだか書いてて、そういう俺自身が一番アホみたいに見えてきて、やになってきたな。ふう。
ま、ともかくクロサわのドクターサウンド(前に釣り銭を間違えてくれた素晴らしいお店ね)で、ジョンピアスという珍しいギター弦をゲット。ここは物知りではないけれど、モノの種類だけは揃っている店なのだ。さて、ジョンピアス、どんな音がするのだろう。楽しみ楽しみ。
2002.04.07
自宅で水割り。
京都のプー横町にネットで頼んでいたCDが届く。ナターシャセブンの全集だ。とりあえず聴かない。置いておくだけ。おまけCDだけさくっと聴いた。岐部さん、明日送りますからね。
やはり京都のプー横町から、中川イさトの新しいCDが届く。さくっと聴いて、ん、なんだこりゃ、と首をかしげる。なんの進歩も挑戦も見られず、変に大家ぶってるのではないか? 誤解か? まあ、誤解はリスナーの特権だ。非常に期待はずれ。しばらくして落ちついたらもう一度聴いてみよう。
大阪のドルフィンギター(とてもエクセレントなギターショップだ。絶対のおすすめ)からは、やはりネットで頼んでいたCDが続く。こちらは最近一番のお気に入りの押尾コータローのセカンドアルバムだ。さくっと聴く。マジで涙が出そうになったほどの、素晴らしさだった。感動。今までインデーィズだったが、夏頃にはメジャーデビューらしい。今から絶対に注目の素晴らしいギタリストだ。コピーして弾いてやるぞー。
2002.04.06
妻の実家へ、一家で遊びに行く。妻の妹も娘を連れてきていて、それはそれは大騒ぎ。離乳食仲間が、意味なくわあわあわめいているが、それなりに会話しているようで、なんだかおかしい。じいちゃん、ばあちゃんは、さぞ疲れただろうなあ。ビールを飲みながら、義理の父と、みずほ銀行のアホぶりを笑う。
2002.04.05
自宅で水割り。
潮見のげろうまラーメンで昼ご飯をと思って出かけたら、「おいしいスープを研究するため2、3日休みます」の張り紙が。うーむ。おかしなラーメン屋だなあ。
2002.04.04
浅草HUBで、たぬきの親分とジャックのライブ。
親分と二人で飲むなんて、えらく久しぶりだなあ。本日は説教はナシだった。ふう。
本日のライブ、始まりの客数はなんと11人。数えたから間違いない。それが最後には満席だったから、まあ、よかった。演奏では、3ステージ目の「スイート・ジョージア・ブラウン」が愁眉。俺がリクエストしたのだが、応えてドラムの平林さん(通称ヒラリン)がウォッシュボード(通称洗濯板)でパフォーマンスしてくれたのだ。これが偉く素晴らしく、感動もの。親分は「涙が出てきた」と喜んでいた。また聴きたいっ。非常に素晴らしい演奏だった。残念なことに、来月は都合がつかず、行けない。次は6月だな。ぼちぼち妻と咲杜も連れて行こう。
「らんぼう」大沢在昌・新潮文庫
それなりに読ませる連作ハードボイルド。だが一番面白いのは、解説であった。なんと西原理恵子がマンガで解説である。うーむ、ハードボイルドの解説にサイバラ。編集者は偉い。しかもこの解説が爆笑もので、完全に本編を食っている。今、これほど破壊力のある表現者も他にはいない。
「レイクサイド」東野圭吾・実業之日本社
久しぶりの東野圭吾。それなりに読ませた。前半で犯罪の全体の構図はわかってしまうのに、それまま最後まで引っ張っていくという、得意のパターンだ。だがしかし、基本的には2時間ドラマの内容だなあ。ハードカバー1500円の価値があるかというと、まったくない。欲しい人には上げます。画伯の夫人、読みます? 送りますが。
2002.04.03
自宅で水割り。
南青山のぺい事務所には秘密が隠されているが、駄菓子屋のガラス容器もその一つである。
駄菓子屋のガラス容器とは、そのものずばり駄菓子屋にあるガラスの容器のことである。アルミのふたを開けると、量り売りのお菓子が買えるのだ。昭和33年生まれのあたしなぞは、さぞ小さい頃から駄菓子屋のガラス容器に親しんできたと思われがちだが、実はそんなことはまったくなく、ノーブルな家柄の子であるため買い食いは一切禁止というしつけを受けてきたのだ。あたしは、極めて上品で気高い人間なのである。本来は。
で、ぺい事務所にはそんなあたしの理性を狂わせようという狙いで、駄菓子屋のガラス容器が置いてあるのだ。諸君、信じられるだろうか。仕事場に駄菓子屋のガラス容器である。もちろん中身はたっぷりである。そして、よく見ればそこには、小分け袋につめられた柿の種、そう、いかにも花見のつまみの残りという柿の種(そういや青山墓地がすぐ近くだな)が、わんさかと入っていたのだ。
空腹だったあたしは、つい手が出てしまいましたね、駄菓子屋のガラス容器の柿の種に。やめられない、止まらない。右から左。とうとうあっという間に柿の種はなくなってしまったのである。うむ、さすがに気持ち悪い。ハッと我に返ったあたしは、これはぺい事務所の報復に違いないと気がつき、近くにあったテープで駄菓子屋のガラス容器に封印をしたのだった。恐るべし。しかも、食った分は返せという目で全員があたしのことをにらんでいました。睥睨。南青山にある駄菓子屋のガラス容器には、皆さん、気を付けてください。
2002.04.02
自宅で水割り。
今年は桜がやたらと早かったので、卒業式が桜になってしまい、入学式は桜なし。それどころか、今日なんて夏日だったものだから、汗だくの入学式だった。と、仕事で都内の某大学の入学式を取材しての話。
「AERA」
最近雑誌の感想書くのがめんどうで。
「いのちを守る安全学」日垣隆・新潮OH文庫
刑法では、被害者って言葉がないんだって。ひょえー、びっくり。ともかく日本の刑法は絶対に絶対に絶対におかしい。裁判官も人権派弁護士も絶対におかしい。
2002.04.01
自宅で水割り。
咲杜にはいい音楽、いい音を聴かせたいと思っているので、時々、自慢のギター、ラリビーを目の前で弾いてあげている。曲によっては、妻がそれに合わせて歌う。実は妻はなかなか歌が上手で、個人的には世界で一番のボーカリストと思っているのだ。あの伸びのある高音は、絶品である。その声を、ラリビーに乗せてファミリーコンサートだから、咲杜も幸せ者だ。そして、咲杜も音楽が好きで、やっぱりライブは嬉しいらしく、にこにこと大喜び。それどころかギターにべたべたと触りまくる。よだれのついた手で。今日などは、ついにギターをなめてしまったぞ。ラリビーをなめるなんて、世界中で咲杜ぐらいのものだろうなあ。
2002.03.31
自宅で水割り。
下町はおいしいものが多い。今日もネットで探して食べに出かけた。うどん好きの妻が「最近うどんを食べていない」というので、森下の蕎麦屋へ。「京金」という、けっこうな有名店だ。家族で出かけたときは何と言っても咲杜が問題なのだが、この店でも快く迎えてもらった。妻はごまだれうどん、俺はヨモギそばを食う。ついでにヨモギ餅もオーダー。これが旨いのなんの。ほかにも食べに行きたい店がいっぱいあって、どんどん楽しみはふくらむのであった。
2002.03.30
自宅で水割り。
朝、ホテルへ迎えに行き、その後、お台場の船の科学館へ。ここは大正解。子どもたちはとても喜んでくれた。その後、我が家で昼食。午後に東京駅まで送っていき、春の大イベントは終了したのだった。
両親や甥っ子は、それなりに喜んでくれただろうか。いろいろとぬかり多い俺だったわけで、反省だ。母は「孫を二人連れて東京に出てきて、息子のクルマで案内してもらうなんて、こんなに幸せなことはない」と心底嬉しそうだった。母は数年前にガンの手術をしている。それだけに、この喜びも飾り気のない本心からのものだろう。俺も少しは親孝行できたかな。
2002.03.29
自宅で水割り。
雨。ホテルまで迎えに行った後、渋谷のNHKへ。見学に行く予定になっていたのだ。もっとも年度末の金曜日。案の定、大渋滞。それでも東陽町から1時間以内で到着したから、優秀だ。NHKでは1時間半を過ごす。ともかく渋滞がひどく、昼飯を食べるだけでも動きが取れずに参ったぜ。夜は妻、咲杜も含めてみんなでフォルクス。
2002.03.28
潮見の居酒屋・陣八でビールと日本酒。久保田を久しぶりに。
新潟から、両親が孫二人(つまり俺にとっては甥っ子)を連れて上京。下の子が小学校に入学するので、そのお祝いの東京旅行なのだ。あらゆる予定を入れないようにして、3日間、完全オフを設定。東京駅まで迎えに行き、まずは東京タワーへ。行列まで入れてもわずか20分で飽きてしまった甥っ子なのだった。続いて昼飯はお台場で中華。その後、我が家で従兄弟(つまり咲杜と遊ぶ)。泊まりは、東陽町のイースト21。案外穴場のホテルなのだよ。で、晩飯が陣八というわけだ。
上の子は今度5年生。親やじじばばと出歩くのも、あとわずかか。こういう機会がそう何度もあるわけではない。ともかく頑張ってアテンドするのだ。
2002.03.27
自宅で水割り。
くーっ、しびれたね、ポーランドだかポルトガルだかとの試合。接戦で負けを予想していたのに、完璧な勝利だ。選手は全部素晴らしかったが(鈴木以外は)、特に俺的には小野がMVPだね。次が高原で、それから中田かな。ともかく素晴らしかった(鈴木以外は)。
ヨーロッパのA代表に、アウェーで勝つのだから、うーむ、まじでたいしたものである。
2002.03.26
自宅で水割り。
金内さんに会ったら「パンダって中華料理屋、どこにあるんだよ」と聞かれた。あのね、よく聞いてね。亀戸駅から明治通りを南下します。つまり新木場方面へ歩きます。するとすぐに高速が見えますが、その手前の左側にあります。おいしいと噂なので、ぜひ奥さんを連れて食べにいってくださいね。それを耳にしていた松本は、ぜひ金内さんにおごってもらうように。
2002.03.25
自宅で水割り。
潮見に先日新しいラーメン屋がオープン。バラック小屋で営業している、さえない店だ。しかし、初めて足を運んだところ、これがっ!! 大当たりで、えらくうまいっ!! 豚骨ラーメンを食ったのだが、スープはこってりで、思い切り後を引く。驚いたのがチャーシューで、とろけるようなという修飾語がぴったり。ほとんど感動もののチャーシューだった。ああ、うまかったあ。こんなにおいしいラーメン屋が地元にできて、俺は嬉しいよ。また行こうっと。
2002.03.24
自宅で水割り。
ネットでいろいろとおいしい店を探すのは案外楽しい。中華が食べたくなっていろいろ見ていたら、亀戸に穴場を発見。なんと「パンダ」という腰を抜かしそうな脱力ものの名前の中華料理屋が、実はとんでもなく旨く、かつボリュームたっぷりだそうだ。これは素晴らしい。早速妻子をクルマに乗せて亀戸へ向かい、店を発見。ところが運悪く営業時間外で、とほほの巻であった。しかし既に腹は中華モード。その足で、門前仲町のバーミアンに行って、たらふく食ったのでした。ふう、満腹。
2002.03.23
自宅で水割り。
週末だからお昼は外食。東陽町のフォルクスで肉だ。普段、我が家は肉をほとんど食べない。魚が中心だ。だから週末になると、時々こうして肉を食べる。その後、潮見のマルエツ様でお買い物。いやあ、いいねえ、地元のスーパーで買い物するのって。当たり前のことだけど、それがとても嬉しいなあ。マルエツ様は、エライ!
2002.03.22
自宅で水割り。
「お父さん、ウルグアイ戦じゃないでしょ」と妻に叱られる。ぺいちゃんからも「をい、をい、ウクライナだってば。。。」との指摘のメールをもらう。こりゃまた失礼。とほほのほ。
中川イサトの新しいCDがでたのに、どこにも売っていない。アマゾンにもない。。。
2002.03.21
自宅で水割り。
というわけで、とうとう辺境の地・潮見駅前にスーパー・マルエツ様の誕生である。もう様づけなのである。この日を待っていたものなあ。2年も。その思いは辺境の地の住民の誰もが持っていたとみえて、開店の10時を過ぎたら、どっひゃー、黒山の人だかりだ。
同時にオープンしたマクドナルドは、20メートルの行列である。信じられる? マクドナルドに入るために行列ができるのだ、潮見では。一方、マルエツも入場制限だ。ほとんどモスクワである。マルエツの中に入ってみると、案の定、とんでもない混雑ぶり。潮見中の人がやって来たのでは。潮見にこんなに人がいたなんて信じられない。ともかくこっちは赤ん坊連れだから、俺が咲杜を抱えて安全な場所に避難し、買い物は妻にすべて託す。ほとんど闇市の買い出しである。
まあ、何はともあれ、これでようやく潮見も街らしくなった。この日を待って、このマンションを買ったのだ。ふう。一安心。しかしマクドナルドに行列ねえ・・。
買い物のあとは、花見である。今年はたちまちのうちに桜が開花。もうほとんど満開に近い。桜を見て回るのが我が家の行事なので、まず地元の辰巳の森公園に行く。ここは桜のアーチができていて、とてもきれいなのだ。風が強かったが、とてもきれいだった。
次に、首都高を走って丸の内トンネル近くで一瞬見えるお堀の桜を見物。一年一度、わずか数秒の贅沢な光景である。その後、そのまま走って笹塚へ。ここでは川縁にとても美しい、この世のものとは思えないほどきれいな桜があるのだ。それを眺めることも、毎春の恒例行事である。
笹塚について桜を眺めたところで、ふと、えーじ画伯が笹塚に来ていることを思い出す。姪っ子が大学入学のために上京し、お父さん(つまりえーじ画伯のお兄さん)がその付き添いで一緒に上京。アパートを笹塚に借りたので、えーじ画伯が家電やら家具やらをそろえるおつき合いというわけだ。
えーじ画伯がうまくつかまったので、待ち合わせて一緒に食事することに。姪っ子はともかく、そのお父さん(つまりえーじ画伯のお兄さん)が、まったくもってえーじ画伯にそっくり。どこから見ても兄弟だ。俺の視線は特に髪の生えぎわあたりを往復したのだが、そもかくそっくり。中華だから、えーじ画伯が二人並んで春巻をかじっているところを想像してもらえれば、その味わいというものがおわかりいただけるだろう。
食事も済んで、笹塚でえーじ一同とはお別れ。こちらは、都内の桜をぶらぶら眺めながら家に帰る。青山墓地を抜けようと思ったら、お彼岸でクルマは入れない。残念。お堀の桜や門前仲町の桜、枝川の地味だけどとてつもなく美しい桜を眺めて帰る。途中、潮見のミニストップでソフトクリームをなめた。
夜は、今年初めての代表の試合であるウルグアイ戦をテレビで。中田、川口、稲本、小野、名波、服部のいないチームが代表の名にふさわしいとも思えず。さしたる興味も持てなかった。
2002.03.20
自宅で水割り。
ぽかぽかといい陽気になってきた。春だなあ。
「新潮45」
柳美里の育児日記がここのところえらく面白い。この破滅型の人がシングルマザーとして子育てをするとどうなるのか。はらはらしながらも、つい深く心を動かされて、じーんと感じ入ってしまったりしている。連載。
2002.03.19
自宅で水割り。
ギタリストに会うために、吉祥寺へ行く。今年の桜は、芽がふくらみ始めたと思ったら、もう一気に開花だ。一冬を病室で過ごしたギタリストは、季節の移ろいを感じることもないのだろう。そんなことを思いながら、桜を見上げて、病院への道を歩く。
病室へ行ったら、タイミング悪く、入浴中とのこと。しばらく廊下で待たせてもらう。病院というのは、やはり長くいたくないところで、どうしても陰鬱な気持ちになってしまう。一日も早く出たいだろうなあ。命を救ってもらったことは感謝しつつも、やはり長居はしたくないだろうね。病院の看護婦って、なぜかやたらと元気で声が大きく、快活なのだが、あれはきっと病に気を吸い取られないようにするためなんだな。そんなことを思いつつ、廊下で待つ。
車イスで廊下の向こうからやってきたギタリストは、僕を認めると「あ、丹後さんじゃないですか」と自分から声をかけてくれた。ベッドに移り、いろいろと話を聞く。病状は確実によくなってはいるが、決して見通しが明るいのでもない。少なくとも前のように戻ることは、努力はするが期待はしないというふうであった。「もう達観しましたから」との言葉には「そうか」と応じるしかなかった。途中、冗談も出た。精神的には、かなり落ちついたのだろう。
右手を触らせてもらったら「肉は厚いんですが、動かないんですよ」と苦笑していた。柔らかい右手だった。だらりとしていたが、触ったらピクッと一瞬震えた。「右手が喜んでいますよ」と、ギタリストは笑っていた。
春である。生命の季節である。来月からはちょっと遠くまで見舞いに行くことになりそうだ。生気あふれる空気を胸一杯に吸ってくれ。また行くからね。家族で行くからね。「そのときは帰りにいのしし鍋を食ってくださいね」とギタリスト。もちろんそうするよと約束して、病院を後にした。
2002.03.18
自宅で水割り。
当初の予定では秋田まで日帰りの取材だった。春先の東北地方はとても美しいので楽しみだったのだが、直前にキャンセル。とほほほ。ぽっかり空いてしまったので、買い物して過ごしたのだった。
2002.03.17
自宅で水割り。
同じマンションの中で家族ぐるみのつきあいをさせてもらっている合田さんが、近く転勤で名古屋に引っ越すことになった。とても淋しい気持ちである。明るくて誰にでも好かれる人柄の夫婦だから、どこへ行ってもしっかりやっていけるはずだ。でも、できることなら、いずれまた戻ってくれて、今と同じように付き合えたらと思っている。咲杜とは同級生になるので、幼稚園、小学校と、幼なじみとして一緒だと思っていたのに、こういうことは突然やってくるのだなあ。落ちついたら、名古屋へ遊びに行こうかと話し合っている。
2002.03.16
自宅で水割り。
妻と「ギタリストが遊びに来てくれたのはちょうど一年前の今頃だったね」と話す。まだ咲杜は生まれていなかった。まさかこのような未来が待ち受けていたとは、信じられない思いだ。今年の桜は例年になく早いそうだが、ギタリストの病室から桜は見えるのだろうか。えーじ画伯によれば、季節の移ろいを知ることもできない環境らしいから、桜も無理なのか。春までには転院できると思っていたのだがなあ。でも、来年の桜はきっと一緒に笑って眺められると、そう信じている。
2002.03.15
自宅で水割り。
銀座の山ノ楽器に行く。図体がでかい割には、使えない楽器屋だ。中川イサトの新しいCDが本日発売なのだが、まるで置いていない。楽譜売り場を見たが、質より量だ。ギターの弦だけは、かなりいいものが揃っていたなあ。
どうもこの世の中にはまともな楽器屋は少ない。特にお茶の水あたりはインチキ楽器屋が勢揃いだ。信用していいのは、カワセ楽器、黒澤楽器本店、ウッドマン、ホーボーズあたりか。イシばシ楽器とか、シモくラ楽器とか、絶対に買ってはいけません。
あー、なんで最近固有名詞の書き方が変なのかというと、余計なところでいちゃもんつけられては困るから気を付けろと、妻に注意されたからであった。スターバックスとか、スタバとか。だからこれからはスターバックスでもスタバでもなく、スターバッカたれと呼ぶのだ。
。
2002.03.14
自宅で水割り。
楽譜などなどを求めて、お茶の水の楽器屋へ。カワせ楽器で1万6千円ほどCDを買い込み、クロさワ楽器で8千円ほど楽譜を買う。ところがお釣りが多い。なんでかなあと思ってレシートを見たら、一番欲しかった楽譜を計算し忘れてやんの。あーあ。まあ、かわいそうだから、これからしばらくはここで弦を買ってやるか。
その弦だが、最初はダダリオのフォスファーブロンズを試した。高音がちとなじまなかったので、エリクサーに交換。しばらくよかったが、途中で急に低音が響かなくなった。うーむ。次はダダリオのコーティングを試してみる予定である。ネットでいろいろ見ても、諸説ありすぎてさあ。やはり自分でトライするしかないわな。
2002.03.13
自宅で水割り。
最近は朝起きると指が痛くて痛くて。なぜかっていうと、ギターの練習のしすぎですな。うう。
咲杜はほぼ全快。なおったらなおったで、今までの分まで取り戻そうと大暴れ。親はひいひい泣くばかりだ。
「文藝春秋」
日垣隆と朝日新聞が大げんか。経過をレポートしているが、まあ、思ったほどではないか。しかし日本の刑法は絶対におかしいよ。障害者をよってたかっていじめて殺した事件のレポートを読んで、あまりのおぞましさに、吐き気がした。
2002.03.12
自宅で水割り。
昨夜は咲杜が熱を出したため、夜中にクルマで走る可能性も考えて、飲まずに寝た。おかげでだいぶ落ち着き、父ちゃんも安心して酔っぱらえるというわけだ。これからこういうことは何度も起きるのだろう。改めて親というのは大変だと思ったのであった。
2002.03.11
あさひ銀行も昔はよかったのよ。協和銀行時代は。それが「あさひのあは、あなたらしくのあ」とかコマーシャルし出した頃から、本来のリテールバンクの姿を忘れちゃったのだ。リテールバンクという行内用語をそのままコマーシャルに使う神経には驚いたものだったが、皮肉なことにそれを機にリテール業務を軽視するようになったのだわさ。
最初に口座を作ったのが、協和銀行時代の新宿支店。続いて曙橋支店にも口座を開き、それに伴って新宿支店の口座を解約。ところが数年前に曙橋支店が潰れて、四谷支店に吸収され、今月、とうとうその四谷支店も潰れて新宿支店に吸収された。俺の口座は、こうして巡りめぐって新宿支店に戻ってきたのだ。ったくシャケじゃねえっての。
そして、四谷支店が新宿支店に吸収されるに際しては口座番号もすべて変わることになり、従来の通帳も使えなくなる。そのため、客はわざわざ足を運んで通帳を切り替えてもらわなければならない。
もちろん行きましたよ、俺は。初日に。順番待ちして。わざわざ時間と電車賃を使って、へこへこと。まったく自分らの都合で支店が吸収されたってのに、その迷惑を一方的に客に押しつける銀行なのだ、ここは。もちろん大口取引の企業にはそんなことはしないだろうから、 あさひ銀行さんが長年にわたって大切にしてこられたリテールの客にだけ一方的にご足労を強いたわけだな。
まあ、俺は2年前にとっくにここの銀行は見放しており、特に四谷支店の史上最低ぶりは身にしみていたので、支店消滅は喜ばしい限りである。窓口の茶髪の薄ら馬鹿姉ちゃんはどうなったか。どうなってもかまわんが、できることならクビになってて欲しいものだ。
で、その通帳切替の様子を観察したのだが、妙に明るかったですね、銀行の皆さんたち。自分らが長年でかい顔をしてきた支店がなくなったというのに、いや、なくなったからこそなのか、吹っ切れてハイになってしまったとしか思えないような明るさでした。そしてそれは、とても気持ち悪い光景でありました。
2002.03.10
自宅で水割り。
ようやっと春らしい陽気になって、とても気持ちいい。今年の春は、いろいろと始まる春なのだ。
「噂の真相」4月号
たいしたネタはなく、最近の「噂の真相」はちょっと息切れか。
2002.03.09
親子で妻の実家へ。妻の妹一家もやってきて、そりゃもう大騒ぎ。しかし、この父ちゃんは、昼間っか缶ビールをかっくらい、があがあ高いびきなのだった。
2002.03.08
自宅で水割り。
こういうことを言うとまた反感を買いそうでナニなんだが、俺はスターバックスが嫌いだね。本質的にマニュアルの立ち飲みコーヒー屋と何ら変わることがないのに、店のやつらも、会社の連中も、自分らは特別だと思ってやがる。その自意識が店の中に充満していて、「こんにちは」という挨拶を耳にするとおぞぞとなる。ちゃんと「いらっしゃいませ」と言えってんだ、ばかたれ。バイトで運営されているマニュアルコーヒー屋だから味だってたかがしれてる。禁煙を言うのに、「コーヒーの味が損なわれるので」などと偉ぶる資格もない。なんだか特別なコーヒー豆を使っているらしいが、一説によれば店の消費量と豆の生産量を比べると、完全に数字が合わないそうだ。真偽は定かではないが。いちゃもんついでに言えば、あの穴あきのコーヒーカップもみっともない。初めて見たときは、こんなに下品で汚らしい飲み方があるのかと心底驚いたものだった(本当)。「さめないように」って、さめたら相当に不味いんだろうな。つーわけで、わたしゃスターバックスに入るなら自販機で缶コーヒーを飲みます。以上。ああ、また反感を買ってしまった。
2002.03.07
浅草HUBでジャック天野のライブ。
前回がご祝儀で盛況だったのか、客は6分の入り。大丈夫か、ジャック。これではノルマの60人ギリギリではないのか? 演奏は、うむ、ちと力が抜けていた。60点と厳しいのだ、俺は。次回のライブに期待しよう。
2002.03.06
自宅で水割り。
顧問税理士にお願いしていた確定申告があらかた片づき、13年度のもろもろの数字が固まった。あらためて思うことは、税金のバカ高さである。まったくもーバカバカバカバカ高いのだ。納めるべき税額を聞けば、なんとマンションのローン返済額より多い。う゛ぞっ。愛しい家族のことを思えば、マンションのローンのために働くのもよしとしよう。だがね、なんで税金のために働かにゃあならんだ。この税金の一部が田中真紀子のような馬鹿政治家の給料になったりするわけだろ? 信じらんねえよう。何のために働いているのか、人生がむなしくなり、不機嫌になり、これからは正しい勤労意欲など持たずに、のんべんだらりと過ごして、日本の活力をそぎ、経済再生の邪魔をしてやる、と思うのは毎年この時期である。
2002.03.05
自宅で水割り。
山梨へ日帰り取材。その際聞いた話だと、山梨の人はえらく根性が曲がっているらしい。例えば3人で話していてそのうちの1人が席を外すと、途端にその人の悪口が始まるそうだ。ほほう、なんとステキな県民性。しかし、冷静に考えれば、俺とぺいちゃんとボロボおじさんの3人がいると、そんなことはしょっちゅうだ。それどころか、本人の目の前でわざと聞こえるように悪口言ってるよなあ。つーことは、俺は山梨県民以下か。
2002.03.04
自宅で水割り。
潮見の春はすごいぞ。駅前にスーパー「マルエツ」がオープンし、なんとマクドナルドが誕生する。また、大型マンション3つが竣工し、人口が大幅増。歯医者に内科、ミニストップにオリジン弁当もオープンだ。いろいろとオープンする春で、潮見もようやく街らしくなるのである。これを見越して2年前にこの最果ての地にマンションを買ったのだが、うう、長かったなあ。これからもっといろいろとできて欲しいものだ。
2002.03.03
ひなまちゅりー。
とは関係なく、大切なお知らせです。3月20日、TBSテレビ「はなまるマーケット」に、妻の親友の一代さんが出ます。朝9時50分から。皆さん、ぜひ見ましょう。必ず見ましょう。私と目があったら、必ず感想を聞きますから、忘れず見ましょう。
2002.03.02
自宅で水割り。
つーわけで、お茶の水の谷口楽器で買ってきましたよ、ラリヴィー。いろいろ回ったぞ、ウッドマンやカワセ楽器や、アコースティックギターの巣窟を。しかし、なぜか今はラリヴィーがあまり流通していないらしい。結局、4台を置いていた谷口楽器で試奏のうえ、購入。思い起こせばマーチン000-28も谷口楽器で買ったから、あまり好きではないとは言え、なんか縁があるのかもしれんな。
ラリヴィーは、C-10K。カッタウェイだ。これが試奏したら鳥肌が立つような高音で、しかもサスティーンがとんでもなく効いていて、びっくり。他のラリヴィーよりも目立ってこれだけクリアーだった。まさに氷のような音が、とても長い時間鳴るのである。
マーチン000-28は鈴のような音だが、ラリヴィーは氷の音。高音がとてもつなく立ち上がってきて、それがかえって好き嫌いのはっきりする原因なのだが、あたしゃ好きですね。ともかく素晴らしい音なのだ。ギターインストはラリヴィーで、ボーカルの伴奏はマーチンでという使い分けをしようと思う。
価格は、書きません。そんなカネあるなら原稿料安くしろ。遊びのためにギャラ払ってんじゃない。などなど、お客様の罵声が聞こえてきそうで恐いから。こんな道楽なのに、快く購入を許してくれた妻に感謝なのである。
「この国で女であるということ」嶋崎今日子・教育史料出版会
毎週のようにAERAを罵倒しているが、それでも購入しているのは連載の「現代の肖像」が面白いからである。これはその中の書き手の作品をまとめたもの。とても面白かった。人物が実に素晴らしく浮き上がってくる作品。一人について半年ほどかけて取材しているという。それを知って、本当にうらやましくなった。
2002.03.01
自宅で水割り。
ギターを見るために、新大久保の楽器屋へ。ちょいと有名な中古楽器の店に、ラリビー(カナダのギターね)の出物があるという情報が入ったから、見に行ったのだ。ところがラリビーのラの字も見あたらず。まったく役に立たない楽器屋だ、わざわざ新大久保くんだりまで行ったっちゅーに。
まあ、せっかくだからと、すぐ近くのクロサワ楽器にも立ち寄る。こもマーチンばかりだ。ラリビーのラの字もない。最近はどこもかしこもマーチンばかりで、うんざりだね。マーチンばかりだなんて、まーちんがってるぞ!!
と、腰が砕けたところで、ふと耳を澄ますと、やたら上手にギターを弾いている客がいる。ふむ、デビッド・ブロムバーグのアイリッシュ・フィドル・チューンだな。昔、これをコピーして、ラジオのライブで公開したのは、ナターシャー・セブンの坂庭しょうごだったなあ。などと思って、その客を見たら、あーら、坂庭しょうご、ご本人ではないですか。
ナターシャー・セブンの人というよりは、あの「花嫁」(はーなー、よめわー、よぎしゃーに、のーってえー)を作曲した人というほうが通りやすいが、まあ、すっかりいいおじさんになっちゃって。ヒゲなんかつけちゃって、まあまあ。マーチンのD-28だなあ、えらくいい音させてますなあ。昔よりだいぶギターがうまくなりましたなあ。
店の人間に「あれ、坂庭しょうごさんですよね」と聞いたら、「ええ、今日ここでミニライブがあるんです」とのこと。ふーんといいながらそのまま帰ったが、無料ライブだったから見ておけばよかったかなあ。
と、かなりオタクの入っている体験であったが、浜名湖近くのバンジョー弾きさんがこれを読むと「うおー」とうらやましがるのだろうなあ。
2002.02.28
自宅で水割り。
こんな辺境の地である潮見にも企業はあって、本日は嬉しいことに、その企業への取材。ふふ、家から歩いていけるから、らくちんなのだ。
長かった冬も、これで終わり。明日から春だ。いろいろ始まる春なのだ。ちょっとわくわく。
2002.02.27
自宅で水割り。
以前、カメラマンのボロボおじさんが、転送メールに対して宛先も確認せずに返事を出してしまい、当の本人ではなくてその先にいるクライアント様に、おかしな内容のメールを送ってしまったことがある。そのときは「やーいやーい」とはやしたてたのだが、あろうことか、同じことを俺がやっちまったぜ。とほほほ。「丹後さんメールにはびびりましたよう」と、クライアント様はおっしゃったらしい。ああ、情けない。
2002.02.26
自宅で水割り。
欲しいギターがある。ずっとマーチンの000-28を使ってきて、これはこれですげえギターなのだが、もう一台、ラリビーというのが欲しくなったのだ。カナダ製。きらびやかで、鋭くて、例えれば氷のような音を出すギターなのだ。先日、その安いモデルの中古が9万円で売れられているのを偶然見つけて、衝動的に買ってしまいそうだった。うーむ。しかし、父ちゃんに無駄遣いは許されないのだ。
2002.02.25
自宅で水割り。
実は先週の金曜日の夕方から胸が痛くてねえ。いや、比喩ではなくて肉体的に痛いという話。左右の胸が交互に痛くて、深呼吸や咳もできず、時々ウッと苦しく差し込むような状況だ。
場所が場所だけに、軽視もできず。しかも、やめたとは言え(ここ、重要ね、さりげなく)、20年以上もヘビースモーカーだったわけだから、痛みがおさまらなければ医者に行かなければと思った。で、結局週が変わっても痛みは消えないので、覚悟を決めて東陽町の医者に行ったわけだ。
結果は、なんともなし。レントゲンでは、肺にさしたる異常も見られず。ヘビースモーカーだったのに、きれいなもんらしい。心電図でも何も問題なく、それはそれはきれいな波形らしい。血圧も高めながら、問題なし。まったく自分でも嫌になるぐらい健康だわさ。44歳。
結局、循環器専門の「おくむら医院」奥村院長にとっては、専門領域内では原因不明ということだ。痛み止めの薬をもらったが、痛みを止めたいのではなく、原因を突き止めたいのだから、薬は飲まない。
まあ、とりあえず重大な病気の可能性はなく、逆にアホらしいほど健康だということがわかったから、一安心。妻と話し合い、しばらくまた様子を見て、総合病院に行くことに決めた。
「AERA」
最近の親はおかしいのが多いらしいね。キャットフードを平気で食わせたりしているらしい。びっくり。
2002.02.24
自宅で水割り。
せんだって咲杜を連れて「こどもクリニックさとう」に検診にいった時のことであるが、この日は午後はずっと検診だったらしく、院内ではずっと赤ん坊が泣きわめいていたのである。しかも検診が終わるのを待ちかねているかのように、病院前の廊下には夕方の順番待ちの赤ん坊がずらり。うーむ、これでは医者はたまらんわなあ。つくづく小児科医にならなくてよかったと思ったね。誰がって、俺が。
2002.02.23
自宅で水割り。
おっと、書くのを忘れていた。X-BOXの発売プロモーションのために、アメリカよりベイツ将軍がじきじきに日本にやって来たが、「笑っていいとも」をつけたら、ゲイツ将軍がタモリにX-BOXをプレゼントしているシーンが映し出されて、のけぞってしまった(正確に書くと、妻が「笑っていいともにゲイツが出てるよー」と教えてくれたので、びっくりしてテレビの前に走ったのだが)。
世界一の金持ちが、なんで「笑っていいとも」に宣伝のために出るかねえ。ゲイツ将軍は、X-BOXを売ってまだまだ金が欲しいのかねえ。相変わらずオタクの総本山のような顔をしていた将軍様であった。
2002.02.22
自宅で水割り。
1年間に消費する名刺の数が約600枚。そのうち約半数がインタビューで消費している。つまり1年で約300人に話を聞いている計算だ。これだけ会っていても、感銘を受けることは1年に1、2度なのだが、本日は久しぶりにすげえ人物に会えたと感動。60近いのに少年のようなピュアな心を持ち、業界ではとんでもない功績を残しているのに少しも偉ぶらず、しかも話がすこぶる面白くて人格者だ。うーむ、こういう人物もいるのだと深く頭を垂れる。こういう経験をすることがあるから、インタビュー仕事は辞められない。
2002.02.21
自宅で水割り。
ついでに最近の咲杜は後追いが激しくなってきた。妻はもちろんのこと、俺の姿を見ても後追いして泣く。うーむ、男なんだからもっとしっかりしろ。孤独の似合うニヒルな赤ちゃんを目指せ。そんな言葉に耳を貸すでもなく、しっかり泣くのであった。ついでに深夜と明け方にも泣くのであった。
「週刊文春」
朝日ボケ新聞が田中真紀子擁護に回った。今まで、おばはん新聞は読売だと思っていたが、どうやら朝日のほうがおばはん度は高いらしい。おばはんには悪いが、これはけなしているのである。そんな朝日おばはん新聞に対抗すべく(いつものことだけど)、田中真紀子を徹底的にやっつけて、ついでに朝日をこきおろしていて、気分がいい。そういう俺は、ガキの頃から朝日新聞を読んでいて、今も朝日を講読。時々読売が勧誘に来るが、シッシッと追い払っている。なぜ朝日を読んでいるかというと、朝から「ばーか」とけなすためである。精神的にすさんでよくないし、人格がどんどん落ちるからよくないのだがねえ。(実は今年から人格者を目指す宣言をしているのだ、俺は)
2002.02.20
陣八で日本酒。
最近の咲杜は力が強く、また自己主張をするようになったので、えらくやっかいになってきた。本気でかからないと、すぐにこちらが負けてしまう。まったくもって育児は格闘技だ。
「新潮45」3月号
というわけで柳美里の育児日記連載が異常に面白い。「嫌がられることを黙々と続けることが育児」との言葉は慧眼である。本気で1歳の息子と闘っている様子が伝わってくるのだった。
2002.02.19
自宅で水割り。
ギタリストを見舞うために、妻子とともにクルマで吉祥寺の病院へ行く。妻もぜひ見舞いたいと切望していたし、子供を彼に見せたかった。
目にもはっきりと痩せた姿なのが、つらかった。聞けば、右手はまったく動かず。「こうなったからには、しょうがないですよ」と吐く言葉には、悔しさがにじんでいた。「命が助かっただけでもよしとしないと」との言葉には、ただうなずくしかない。
咲杜を見てもらいたくて行った。咲杜の元気をちょっとでも分けてあげられればと思ってた。ギタリストは、目を細めて喜んでくれていた。頑張れよとしか言えないし、あとは本人と家族の頑張りにかけるしかないが、それでもできる限りのことをしてあげたい。早く転院できないのだろうか。ひたすら祈るのみである。
2002.02.18
自宅で水割り。
房総半島の先の温泉を出発し、千倉・白浜・鴨川と外房をクルマで北上。雄大な太平洋を十分に堪能したのだ。途中、干物を買ったりする。九十九里浜まで行って、昼飯。刺身定食にイワシの団子汁、さらには自分で焼いて食う天然ハマグリを二人で1キログラム。はああ、昼から食った食った。昨日から魚や貝ばっかり食っていい気持ちである。改めて気づいたのだが、俺たち夫婦って、魚が大好きだったのね。
2002.02.17
房総半島の先端にある温泉「安房自然村」へ家族で行く。仕事を放り出し、スケジュール表にはさも取材のように堂々と予定を入れて、温泉に家族で行く。いいのか? いいのだ。何カ月も前から決めていたのだ。なのに急にブッシュが来日することになりやがって、首都高が閉鎖されたらどうしようと落ち着かなかったわい。
片道3時間。あいにくの雨だが、「安房自然村」はなかなかにいい感じだった。室内は広い。24畳の和室だ。ただ、寒い。風呂は、洞窟をくぐって入る露天風呂。狭かったが、湯質はとてもよかったぞ。
一番よかったのは料理だろう。いやあ、食った食った。たらふく食った。追加オーダーで、伊勢エビの蒸し焼きとアワビの踊り焼き、さらには地元で獲れた刺身二人前を注文してあったので、夫婦でがつがつ食い、ぺろりと平らげたのだ。ふう、満足満足。
施設そのものは古いが、あの値段でこの料理が出れば、文句はない。ああ、んまかった。温泉は楽しいなあ。また行こうっと。
2002.02.16
自宅で水割り。
土曜日は基本的に原稿である。だいぶ原稿仕事も落ちついてきたので、自分のペースで片づけられるようになった。仕事とは、すべからくこうありたいものである。ふふふ、言うことまで余裕になってきたぜ。
2002.02.15
自宅で水割り。
ホームページにスケジュール表を載せるようになってから、どこでどうしてるのか、ばれてしまうので案配よくないのだが、本日はいかにも仕事が入っているようにカモフラージュして、咲杜の9カ月検診である。
東陽町のこどもクリニックさとうで診てもらった。素晴らしい医院である。よいしょっ。とってつけたようにほめているのは、サーチエンジンで「こどもクリニックさとう」を検索すると、なぜかここがヒットしてしまい、悪口を書いた場合、医師本人に読まれる可能性もあって、非常によろしくないからである。ネット時代は、人をほめることも大切なのである。
それはともかく検診。いやあ、大暴れの咲杜。泣くだけでなく、暴れるのだ。破壊怪獣なのだ。「巨大で凶暴」というおほめの言葉をいただいたが、せんせいは、ぐったりした顔であった。同情します。
2002.02.14
自宅で水割り。
書き忘れていたけれど、オリンピックの開会式。ありゃあ、何だ。アメリカの国威ショーではないか。なぜ爆心地の星条旗が出てくるのだ。まったくあの国らしいやり口だわい。
富の9割を1割の人間が独占していることを正義としている国は、世界は自分たちを中心に回っていると信じている。まったくもって醜い国の醜いイベントだわい。
「週刊文春」
田中真紀子がだめ大臣だったということをしっかりと報じているメディアはこれだけである。アホの坂田に負けたからクビになったのではなくて、仕事をしなかったから更迭なのだ。
2002.02.13
新宿・すがわらで、ぺいちゃんと寿司。
天気を書くのは面倒だからやめた。俺がアコースティックギターのフィンガースタイルに凝っていた学生時代は、周囲にそんなことをしている人間は少なかった。音楽そのものもなく、輸入盤を扱っているレコード店でギター音楽の音源を買い求め、輸入楽譜を探してきては練習していた。そうでなければあとは耳コピーであった。
あのまま頑張って続けていれば、今頃は中川イサトの下僕ぐらいにはなれていたかもしれないなあ。などと誰もが一度は思う「もしあのまま」妄想を描きながら、ギターを弾くのであった。ああ、このへたくそなオレ。
2002.02.12
曇りのち晴れ。自宅で水割り。
10時53分の「のぞみ」で名古屋へ。取材を終えて名古屋発3時20分の「のぞみ」で、5時には東京着。通勤より楽だな。もちろん浜松で途中下車という選択肢もあったが、妻子が待っていたので、素通りする。富士山は雲をかぶっていた。
最近増えてきたぞ、携帯のワン切り。気が付くと知らない番号が着信になっている。基本的に携帯は面倒なので、なるべく出ないようにしている。知らない番号なら、なおさらだ。ということで、直接被害を受けたことはないが、鬱陶しいのは確かである。
2002.02.11
晴れ。自宅で水割り。
天気を記録しておくと便利かなと思ったです。ふう。ここのところの疲れがたまって、なかなか力が出ない。年度末までもう一がんばりだ。父ちゃんは、立ち上がるのだ。と言いつつ、ギターを弾いたりしている今日このごろ。
「アコースティックギターマガジン」11
最近の弦は、かなりよくなっているらしい。燐と錫を含んだフォスファーという種類がいいようだ。雑誌一冊で一つの知識が増えれば、それは買って良かったということになる。
「極楽ソロギターサウンド」
ちっとも極楽ではない楽譜ばかりで、しおしおのぱー。
「Vintage Guitar」
丸ごと一冊、マーチンのOOOシリーズ特集。ふふふふ、俺が持っているギターなのだ。
「アコースティックギターブック」
まあ、要するに最近はそれほどギターを弾いて遊んでいるというわけです。
「DTMマガジン」
DTMも再開したいのだが、そのためにはハード、ソフトともに再構築が必要である。うーむ、大変だぞ。
「MacPeople」
新しいiMacは、まったくなんというか、買ってもいいけど、使う気にはならないという、おかしなデザインであった。
「噂の真相」3月号
新庄は被差別部落出身者だが、阪神を辞めた理由が契約更改の際に「部落出身でそれだけ金をもらえればもういいだろう」と言われたことだったらしい。選手の間でも同じ理由でかなりの仲間はずれにされていたらしい。最底の球団である。腐りきった球団である。吐き気の出るような話だ。
「文藝春秋」
なんで田中真紀子が同情されるのか、さっぱりわからん。あのおばちゃん、何も仕事しなかったじゃないのさ。外務大臣のくせに外交をしなかったというのは、要するに税金泥棒だったということじゃないの? 文春はそのあたりをきちっと主張していて偉いのだ。
2002.02.10
自宅で水割り。
妻の実家で10時過ぎまで高いびきとは、俺もろくでもない亭主だな。午後から自宅に帰り、それから東京ドームの早瀬さんのイベントに顔を出す。早瀬さん、絶好調。大盛況でなによりです。
2002.02.09
妻の実家でビール。
朝から妻の実家に家族で行く。いとこのあやちゃんも来ていて、大騒ぎ。俺はハナから親の役目を放棄して、ごろごろ。すんません。じいちゃん、ばあちゃん。
2002.02.08
自宅で水割り。
インターネットでお茶を購入。実はわたくし、お茶フェチなのでした。一番好きなのが川根茶。やぶきた種ではない「おくひかり」という新種のお茶である。ふむう。香りが独特。味はもう少し深い方が好みである。しかし、静岡のお茶なのに、なんで群馬のお茶屋から届くのだ? ネット販売なのに、へんなの。
2002.02.07
久々に浅草のHUB。
驚異のバンジョー弾き・ジャック天野が念願かなって、とうとうジャズの殿堂である浅草HUB進出。伊豆原、中山親分と出かけたのだった。なんといってもジャックの晴れ舞台。妻からも、しっかりとお祝いの品をことづかったのだ。
ジャックのジャズ・マイノリティーに加え、助っ人のドラムとチューバ、クラリネットもかけつける。「アレキサンダー・ラグタイム・バンド」のほか「メマイ・ブルー・ヘブン」も。「世界は日の出を待っている」には、思わず感涙。まさかまさか、またこのナンバーが、ジャックの驚異的バンジョーが聴けるとは。最後に「タイガーラグ」。チューバとスーザホンというへんてこ構成で、お互いに吠える吠える。大迫力だった。基本的に相当の実力者ばかり。ジャック曰く「それが変なことをするから楽しいんですよ」とのことであった。
ジャックも演奏が終わったらかけつけてくれて、ドラムの平林さんと我々のテーブルで大騒ぎ。相当に嬉しかったようだ。HUBとは半年の契約。一回につき60人の動員がレギュラー出演の条件だそうだ。よーし、わかった。任せろ、ジャック。俺たちがどかどか動員かけてやる。マイノリティーをHUB一番の人気バンドにしてみせるぞ。
遅れてきた中山さん。ジャックにHUB出演祝いの花束をと思って外に出たのに花屋が閉店。仕方なく薬局に飛び込んで、なんと育毛剤を買ってジャックにプレゼント。思い切りのけぞったぞう。ああ、楽しかったあああ。
2002.02.06
自宅で水割り。
エルビスは、エルビスと呼ばれるのが嫌なのだが、それでも「ベトコンと呼ばれるよりはマシです」とのことである。誰がベトコンなんて呼ぶのかというと、同じ事務所のダニくん26歳である。ダニくんは陰でひそかにネギ坊主と呼ばれているが、ネギボウズだとドットコム企業(死語か)みたいで格好悪いな。やっぱりネギ坊主だ。
で、エルビスとネギ坊主は、コンバットのコンは何の略かと論争していたが、基本的に暇な事務所なんだろうな。きっと。
2002.02.05
珍しいことに一杯も飲まずに寝る。
1月30日の日記に書いたように、秋山くん24歳は客からなんの脈絡もなく「エルビス・プレスリーに似てますね」と言われてしまったためにオレから「エルビス」と呼ばれるようになったのだが、案の定、この日記を見て「エルビスって呼ばれるのは、本当にイヤなんですっ」と抗議のメールを送ってきた。本物のエルビスなら「ラブ・ミー・テンダー」だが、こっちらのエルビスは「何言ってんだー」ということだな(オヤジギャグにも程があるぞ、オレ)。
そんなことはともかく、エルビスは現在禁煙3週間目らしい。おー、頑張ってるなあ。でもって「ニコレットがあまっていたら分けてください」とのことであった。なんだ、煙草はやめても、今度は禁煙ガム依存症か。きっとニコレットのほうが金がかかると思うけどなあ。
「父親になる」保坂尚輝・宝島社
駄作、駄文、紙の無駄という3駄本、つまり3Dであった。子育て体験本のほとんどは、自分ちの子育てがいかに素晴らしかったかを自慢するあまり、他の子育てを否定・非難する方向に走ってしまう。この本にも、そうした臭いが漂っていた。専業主婦がいいか、兼業主婦がいいかなんて、まったくもって個人のライフスタイルの問題なのだ。保坂がそれでいいというなら、それはアンタんちの話であろう。他の選択肢を否定するような書き方は、うんこたれだな。よってこれは3D+うんこたれ本に決定。紙の無駄だけでなく、金の無駄、時間の無駄、眼球運動の無駄であった。
2002.02.04
自宅で水割り。
節分ということは、いずれ咲杜が物心つくようになったら、やっぱり俺が鬼をやらないといけないのか。うーむ。40を過ぎて鬼をやることになるとは、ちょっと前までは予想すらしていなかったわい。
2002.02.03
珍しいことに一杯も飲まずに寝る。
えりずー、こずーの二人が雨の中をわざわざ遊びに来てくれた。もちろん父ちゃんと遊ぶためではない。咲杜と遊ぶためだ。よかったなあ、咲杜。とても楽しい時間を過ごすことができた。ありがとう、お二人さん。またいつでも遊びに来てね。母親になって以来、妻は外出も思うに任せず。だからこそ、こうして友達が訪ねてくれることは、本当に嬉しそうだ。また会いに来てあげてくださいな。
2002.02.02
自宅で水割り。
案の定「ギター弾いてる時間があれば原稿を書け」というメールが来てしまった。うーむ。どうしよう。うーむうーむ。と、うなつりり、またギターを弾く。
2002.02.01
自宅で水割り。
中川イサトのベストアルバムの楽譜を入手して以来、時間を見つけてはギターピースを練習している。ここから好きな3曲をマスター予定。ふふ、超絶テクニックの難曲だが、しっかり弾きこなしてみせるぜ。一方、アマゾンからはどんどん本が届く。今も途中まで読んでる本が、机に山積みだ。うーむ、ギターが弾きたい、本が読みたい、子供と遊びたい。なのに仕事は待ってくれないのだ。頑張るぞ、父ちゃんは。
と書くと、ギター弾いてる時間があれば原稿を書けと言われるのだが。
2002.01.31
自宅で水割り。
雪印乳業が、抜本的立て直しのためになんと牛乳事業から撤退するらしい。日経のスクープだ。だが、牛乳事業は決して儲からず、明治も森永も、ただ単に社会的使命感から継続しているそうだ。そんな中での牛乳事業撤退とは、まったく雪印のアホさかげんは、驚くばかりだ。
そもそも仕事を選ぶときは、誰でも根底に哲学のようなものを持っていると思う。コメディアンになるなら人を笑わせることが純粋に好きで、医者なら人の命を救うことが最も根元的な動機だったはずだ。女にモテたいからコメディアンになった奴、金儲けがしたいから医者になった奴は、結局最後には馬脚を現すと思うのだ。
そう考えると、雪印に入社した奴らは、健康な食生活を支えたいという思いではなく、単に大企業で安定した生活を送りたいといった動機しかなかったのだろう。スノーブランドならぬ「スローブランド」と揶揄されるほど、官僚体質がしみ込んだ雪印。考えることも、やることも、さもありなんだ。
2002.01.30
自宅で水割り。
何の脈絡もなくお客から「エルビス・プレスリーに似てますね」と言われてしまった秋山君24歳は、以来、俺から本名ではなく「エルビス」と呼ばれることになってしまった。そのエルビスが、「これはいいですよ」と俺にすすめてくれたのが、メールソフトARENAだった。名前だけは知っていたが、はて、使い勝手はどうだろう。「ユードラみたいで使いやすいですよ」とエルビスは言うのだが、ならば今のままユードラを使えばいいと思うのだけれど、まあ、そういう話にはすぐに乗るのが俺という人間なので、さっそく試用版をダウンロードして使い始めたのであった。結果はどうだろう。
2002.01.29
自宅で水割り。
なぜか睡眠リズムがくるったようで、咲杜は夕方からこんこんと眠り続ける。起こしても起きない。風呂に入れようとしても起きない。戦々恐々として、結局そのまま寝かせる。
案の定、明け方4時半に目覚めた咲杜は、嬉々として遊び始めた。危ないから放っておくわけにもいかず、こっちも起きて付き合う。「もう寝ようよう」「なあ、寝ようよう」と言っても完全に無視される。そのまま6時まで遊び続けた咲杜は、ミルクを飲んでようやく眠った。こちらは大きなあくび。ふわあ。
2002.01.28
自宅で水割り。
コミュニケーションの専門家である俺としては(嘘だけど)、どうも最近の世の中のコミュニケーションすれ違いが気になる。要は、カンバセーションではなくてトークになっているのだな、コミュニケーションが。自戒を込めて、反省する。互いに知識や感想を披露しあうのがコミュニケーションではなく、ジャズのアドリブのようにお互いが盛り上げていくのが本来なのだ。
やっぱ団塊世代が問題なのかなあ。そして、その子供世代が問題を受け継いでいるのだろうなあ。
2002.01.27
自宅で水割り。
最近の咲杜はだいぶ知恵が付いたというか、ともかくいろんな反応をするようになったので、相手をしていてとても楽しい。時間を忘れるほどだ。風邪の具合はまだすっきりしないけど、少しずつ回復しているようだし。年が明けても相変わらず忙しいのだが、なんとか2月には落ちついて、ゆっくりと家族で過ごす時間が欲しいものだ。ということを書くと、「もっと働け」と仕事を入れられるのだろうなあ。
世間は不況で、失業率もえらいことになっているそうだが、俺の周囲は忙しい人間ばかり。同業だけでなく、取材で会ったメーカーの人間なども、早朝から深夜2時までという仕事が連日だそうだ。なんなんだろう。まあ、共通するのは、その上の上司、つまり団塊世代があまり働いていないでふんぞりかえっているらしいということだ。団塊世代の勝ち組が偉そうにふんぞりかえっているおかげで、そのしわ寄せが下に来ているとにらんでいる。わかりづらい文章だけど。
「Number WOULDCUP」
増刊号。対戦国が決まって、そのシミュレーションなどを行っている。
「交通事故のウソ」柳原三佳・宝島社新書
交通事故は恐いよなあ。一瞬にして加害者・被害者になってしまう。それ以上に恐いのが警察の対応で、いかにアテにならないかがわかった。気を付けよう。
「AERA」
んあー。いつも通りすっかすか。雪印は終わりだな、もう。
「ココロをなくした日本人」林秀彦・毎日新聞社
もとシナリオライターが、日本人の危うさを分析。ともかくテレビが70年代から90年代にかけて日本をダメにしたというのには、心から納得。実は俺はテレビが嫌いだ。あの嘘くさいメディアには、騙されるもんかと思っている。その意味で、非常に納得の一冊。ただし、海外に移住した右翼というスタンスの筆者なので、どうにも積極臭いのがたまらなかったが。
2002.01.26
自宅で水割り。
誕生日である。誰のって、俺のである。44歳。アフガニスタンでの男性の平均寿命は43歳というから、まあ、けっこうな年齢だな、俺。特にめでたいことも何もなく、淡々と取材し、原稿する。まあ、毎年こうだわな。
2002.01.25
自宅で水割り。
「よくもあれだけ日記が書けますね」と飯村くん。その表情の5割があきれ顔で、残りの5割が「そんな時間があるなら原稿を書け」という弾劾であった。「えへへ」とごまかす俺であった。
そんなことはともかく、夜、ふと思い立ってギターを手にし、十八番レパートリー「きつねの嫁入り」を突然咲杜の後ろで弾く。ほとんど初めてギターを聴く咲杜は、うぎゃっと驚いて振り返り、目をまん丸に見開いて「なんだなんだ、父ちゃん、あんたはなんだ」という顔をした。そして、超高速ハイハイでにじり寄り、立ったままギターを弾く俺を、目はまん丸、口は開きっぱなしで、呆然と見ていた。演奏が終了すると、妻に習って拍手。しかし、まだうまくできなくて、両手は動かすものの、手の平が合わないものだから音のしない拍手になったのである。こうしてささやかなファミリーコンサートは成功したのだった。
2002.01.24
自宅で水割り。
忙しい忙しい。心を亡くすと書いて、忙しい。咲杜は、少し回復の兆しが見えてきたが、まだ油断はできない。もう少し安静にしなければ。相変わらず妻には、頑張って医者通いを続けてもらっている。潮見には病院がないので、バスかタクシーで東陽町まで通ってもらっている。でかくて重い咲杜を抱っこしての通院だから、冗談じゃなく大変なのだ。まったくこんなときに、忙しいなんて、役立たずの父ちゃんだ。俺は情けないぞ。
2002.01.23
自宅で水割り。
ウッチーこと内田君にご懐妊の報せ。あ、本人ではなくて奥さんね。おめでとうございます。「クルマを買い換えることにしたんだよね」と残念そうな表情であったが、何をおっしゃいます。当然ですとも。妊娠したら、旦那は下僕も同然。妻の要請がすべてに優先するのであります。心して、かかるように。
念願のベビーは、7月に誕生予定らしい。なんでもエクセルで基礎体温表を作成するという努力が実ったということだ。
それを耳にしたのが、低音ヴォイスの金内おじさん。俺も子供が欲しいと、ウッチーにそのエクセルファイルを分けてくれと頼んだらしい。「でも、くれなかったんだよ。ちぇっ」と、おじさんは悔しそうであった。ウッチーは分けてあげたほうがいいと思うぞ。縁起物だし。
「週刊文春」
週刊誌のハウツーものは、ネタがない時の常套手段。まず役に立たない。専門家数名に電話かメールで取材し、コメント並べておしまいだ。そういう記事はだいたい最後がどうでもいいオチで終わる。「銀行幹部の預金自衛策」では、最後のコメントが「預金するカネがあったら自分の勉強に投資しなさい」という腰砕けぶり。あまりのお約束ぶりに、笑いも出なかった。東京駅から武蔵境まで40分。そのうちの半分は寝ていたから、20分で読めてしまう雑誌だものなあ。
「わたしを認めよ!」勢古浩爾・洋泉社
人間にとってすべての行動理由は承認原則にある、という本。よく勉強してるなあ、この作家。相変わらず表現がおかしく、他人へのおちょくりぶりが楽しめる。ただ、全体として固くて、読みづらいけど。
2002.01.22
自宅で水割り。
フリーランスというの自由なようでいて時には不自由なこともある。ともかく休むから誰か替わってと言えないのだ。だから、咲杜の調子が良くなくて、病院に連れて行くにしても、今の状態だと妻に任せっきりになってしまう。本日も妻は、抱っこひもで重い咲杜を抱え、タクシーに乗って病院に行った。妻の両親が再びやって来てくれて、途中から手伝ってくれたらしい。そうと知りつつ、このボケフリーランスは、出かけているのであった。しかも帰ってから原稿を書いているのであった。咲杜は相変わらずであるが、回復の方向には向かっているらしい。それでもかなり苦しそうだ。それを看病する妻も、倒れなければいいがと心配するほど、きつそうだ。
2002.01.21
自宅で水割り。
どうも咲杜の調子があまりよくないようで、気にかかる。妻の両親がかけつけてくれて、取材で忙しい俺にかわって、医者に一緒に行ってくれた。ひょっとしたら、ぜんそくかも、ということであった。
しばらくは毎日通って吸入か。俺が不在なので、妻に頑張ってもらうしかない。咲杜は、夜中や明け方になると、目に涙をためてぜいぜいと苦しそうに咳をしている。参ったなあ。こんな状態だというのに、俺は朝から夜遅くまで家にいない状態。しかも帰ってから原稿を書いたりしている。すげえ悔しい。俺が機能しない分の負担が全部妻にかかってしまうのが、気にかかる。ともかく咲杜が何事もなく回復し、元気になることを祈るのみである。
2002.01.20
自宅で水割り。
毎年恒例の丹後一族新年会。今年は新潟の両親も参加だ。もちろん妻、咲杜も一緒である。毎年のことではあるが、こうして親戚一同が集まるのは、たいしたものだ。結束の固い丹後一族である。今年の幹事は俺だった。
新年会そのものは楽しかったが、会場の「新橋第一ホテル」およびバイキングビュッフェ「エトワール」の対応が最低。もう使わない。「新橋第一ホテル」はホスピタリティという言葉を知らないようである。
「新潮45」2月号
世田谷一家殺人事件の続報。うーむ、ここまで真相に肉薄しているのか。ちょっとびっくり。次号が待ち遠しいのであった。/リストラ関係の記事にびっくり。「年収700万で金が足りない」「失業保険が月28万」とかいう話が出てくる。えっ、そんなにお金があっても、困っているというわけ? 俺の認識不足か?
2002.01.19
自宅で水割り。
新潟から両親が上京。咲杜に会いに来た。
最近の咲杜は、風邪だとは思うが、鼻水がとまらない。もう一カ月以上も続いている。時折セキも出る。医者には三度以上連れて行って、薬をもらっているが、なかなか回復しない。アレルギーか? まあ、食欲はあるし、元気だからさほど心配はいらないだろう。昔は冬になると鼻を垂らした小僧がいたものだったが、それと一緒だと思う。
そんな状態でも、咲杜はじいちゃん、ばあちゃんと一生懸命に遊んでいた。「子供より孫がずっと可愛い」と両親は憎まれ口。その心底嬉しそうな顔を見ていると、本心なのだろうなあと思えてきて、こちらもつい笑顔になる。
2002.01.18
自宅で水割り。
中川イサトの海外ライブのビデオをネットで発見。大阪の楽器屋だった。即座に通販を申し込む。素早い対応で、あっという間に届いたのだった。こりゃえらく便利だぞ。感動した。
届いたビデオがまた素晴らしく、何度も繰り返してみる。素晴らしい。なんとかしてマスターしたいなあ。またむくむくとギター魂がわき上がってきたのだった。
2002.01.17
自宅で水割り。
Amazonで買った吉田拓郎のビデオだが、2年ほど前のライブだ。期待していたんだけどなあ。1曲目「春だったね」(名曲!)はとてもよかったのに、あとはメロメロだ。「イメージの詩」のイントロは懐かしのデビューアルバムと同じアレンジで一瞬感激したが、あとがダメだ。とほほ。最近、とほほが多いけど、とほほだ。こんなビデオを買って失敗した。一度見て(それもところどころ早送りしながら)終わりである。
「暗闇の教室」(上)(下)折原一・ハヤカワ文庫
解説に「スタンド・バイ・ミー」の味わいとあったが、どう考えてもキングの「IT」(イット)へのオマージユだろう。もちろん「IT」ほど面白くはなかったが、「IT」よりは恐かった。深夜の学校、女子トイレで無人のはずなのにノックが響くなんてシーンは、ぎょぎょぎょ、えらく恐かったぞ。作者の折原一は、叙述ミステリーの第一人者。もっとも叙述ミステリーって、あんまり好きではないなあ。それでもこれは及第点だろう。
2002.01.16
自宅で水割り。
ただいま深夜の0時52分。ファクスを待ちながら書いているのさ。とほほ。ファクスが届いたら原稿なのさ。とほほ。年明けはちょっとゆっくりできると思ったら、この有り様でございます。かなりテンパッてるでございます。再三とほほ。
2002.01.15
自宅で水割り。
吉野家が「日本人全員に牛丼を食べてもらいたい」と言ったら、「嫌いな奴もいる」「肉が食べられない人間もいる」「そもそも、それほど上品な食い物じゃないだろ」と大笑いされるわな。それと同じことを言ってたわけだ、ユニクロって洋服屋は。
小学生の間では「ユニバレ」という言葉があって、「ユニクロを着ていることがばれる」という意味なのだが、これは友達の間ではけっこう恥ずかしいことらしい。だいたい大人だって「いやあ、これユニクロなんだけどね」と言いながら着ている。つまり誰もユニクロというブランドにロイヤリティを持っていないのだ。そんな扱いをされたら、ファッションは終わりだろう。(だいたいSPAという業態にデザイナーがいるということに驚いたものだが)
ユニクロの洋服が悪いといってるのではないぞ。ファーストリテイリングという会社に大いに疑問があるということなのだ。「こんなに安いものを大量に供給しているのだから、売れないのがおかしい。買わない客が間違っているのだ」という態度が見え見えなのに、あきれているのだよ、俺は。「日経流通新聞」の柳井社長のインタビューを読んで、そうした恥ずかしくも思い上がった態度に、びっくりしてしまった。株価が下がるのも当たり前。そもそも「フリースの売上げが永遠に伸び続ける」という前提は「土地は永遠に上がり続ける」という考えと同じで、バブルそのものだ。それを別にして「客が悪い」という態度なんだものね、あの会社。
あ、かく言うわたくしは、一度もユニクロを買ったことがありません。フリースを見て、とても欲しいと思わなかったから。いくら安くてもやだなあ。
2002.01.14
自宅で水割り。
最近は読みたい本があると、すぐにAmazonで注文してしまう。興味ある分野の本がどんどん見つかるので、とっても楽だ。もちろん目的買いの時は書店に行くが。
本以外では、中川イサトのベストアルバムの楽譜集を発見して驚喜。1カ月ほどかかるようだが、届くのがえらく楽しみだ。先日は、吉田拓郎のライブビデオを購入。これが(そのうち詳しく書くが)えらく退屈な代物で「LOVE2 愛してる」のほうが、なんぼか面白いというレベル。見たい人がいたら、喜んでお貸しします。
調子づいた俺は、Amazon以外にもネット通販にはまってしまって、北海道の六花亭にチョコレートを頼んだり、「たまひよエクスプレス」で育児グッズを買ったり、納豆ドットコムというところに「幻の納豆」を注文したり。
この「幻の納豆」が、幻だけあって、えらくうまいのであった。ところが大量に買ったのに賞味期限が短いものだから、夫婦で朝晩一生懸命納豆を食っている始末。まあ、体にはいいだろうから、よしとするか。
でも、本当に欲しいものって(「クリスマス・キャロル」の映画とか、中川イサトの海外ライブのビデオとか、六文銭のアルバムとか)は、ネットでも見つからない。ちょっと悔しい。
2002.01.13
自宅で水割り。
家族三人で、白鬚橋の「バーミヤン」へ。ラーメンなど久しく食べていない妻のために、こんな店しか連れて行けない甲斐性なし父ちゃんではあるが、まあ、ともかく出かけたのだ。「バーミヤン」ごときでたらふく食したところでたかがしれているのだが、ともかく腹一杯食いまくる。ああ、うまかった。白鬚橋のたもと、隅田川の護岸には、ホームレスたちのテントハウスが建ち並ぶ壮観さ。これでは、さすがに地元も迷惑だよなあ。
2002.01.12
自宅で水割り。
正月早々、三連休である。俺は当然仕事だが、世間にはスキーにいってる人も多いだろう。俺に仕事を押しつけてスキーにいってる人もいるだろう。浮かれ気分でスキーにいってる人も多いだろう。
そんなスキーにいってる人のことはともかくとして、我が家は三人でトイザらスに行ってもろもろ買い物。シズラーで食事。ふふん、楽しいのさ。でも帰ってからは仕事なのであった。スキーにいってる人もいるだろうが、こっちは仕事なのであった。
「まれに見るバカ」勢古浩爾・洋泉社
いやあ、久々に吹き出しながら読んだ本だった。おかしー。バカをテーマにした本なのだが、バカは確実に増えているものの「調べるわけにもいかないから、当然当てずっぽうである」と前提し、その上でバカがなぜ害悪かというと「バカはうるさいからだ」と断じる。そして、最も手に負えないのは「幸福になったバカ」であり、そういうやつらには「おととい来い。いや、おとといも来るな」と罵倒する。非常に面白かった。そんでもって、いちいち納得。確かにこの世は信じられないことばかりだものなあ。
2002.01.11
自宅で水割り。
朝から取材で動き回っていて、昼には一人で西永福駅前のラーメン屋に入る。もちろん初めての店だ。独身時代は、食事が面倒なので朝も昼も夜もラーメン。まあ、一日一度はラーメンだったな。あれって、塩分とか、体にはよくないんだろうなあ。
結婚してからは、ほとんど家で食事なのでラーメンを食べる機会も極端に減った。俺以上に減ったのが妻で、時々無性にラーメンが食べたくなるらしい。ところが、熱い汁もののためか、子連れを敬遠するラーメン屋も多いようで、案外難しいのだ。それはそれとして、たまには妻と一緒にラーメンでも食べに出かけようか。
「陰の季節」横山秀夫・文春文庫
以前、この人の短編「動機」を読んだときは、その素晴らしさに仰天。知らない作家だったが、大変な実力派と驚いたものだった。同じ作家の、やはり短編集で、こちらが出版は早い。一読、さすがの力量と感心。構成、筆力は群を抜く。人物造形や伏線の張り方も素晴らしい。注目の作家である。
2002.01.10
自宅で水割り。
日刊ゲンダイによれば、今年4月までにかなりの確率で東海大地震が発生するらしい。噴火のおさまらない三宅島、富士山の低周波地震がその根拠。予想としては、直下型ではないので大きな横揺れが続き、その後、津波が来るそうだ。ということは、建物の崩壊は少ないが、家具などでケガをする可能性があるということか。あとは火災だな。岐部さん、気を付けてください。まあ、日刊ゲンダイの言うことだから、どうなることやら。
「噂の真相」2月号
モーニング娘のカオリンが、JUDY AND MARRY(つづりは合ってるのか?)のギタリストと飲んで大暴れ。20歳の大人が何をしようと勝手なのだが、アイドルもストレスたまるんだなあ。
2002.01.09
自宅で水割り。
フリーで仕事をしていて大変なのが、スケジュール管理である。なにしろ身は一つ。一度にできることも一つ。それですら、ひいひい言ってるのである。実際、新しい仕事は1カ月後でないと取りかかれない状態なのだが、それを言うと、とても偉そうに聞こえるのではないかと内心びびってしまって、つい卑屈になり、そんな自分がまたまたヤになるのだった。でも、本当にそうなんだものなあ。
関係ないけど、低音ヴォイスが魅力的な金内おじさんに「おごってね」と言ったら「いいよ」と言ってくれた。豊洲でおごってもらおうっと。お互い、地元だし。
「勝手に使うな! 知的所有権のトンデモ話」稲森謙太郎・講談社α新書
長ったらしいタイトルだなあ。書き写していて嫌になった。「東京の首都圏に住んでいる人なら、都営地下鉄浅草線に〜」。ん? 東京の首都圏? なぐり書きか、しゃべり書きか、知らないが、こんな文章が載ったやっつけ仕事を読まされちゃ、たまらんです。
「文藝春秋」2月号
今週は「AERA」を買わなかったので激怒することもなく、心穏やかに過ごせそうだなあと思ったのに(もっと表紙がアントラーズの柳沢だったのでつい手が出そうになったが)、うっかり創刊80周年記念の文藝春秋を買ってしまった。この雑誌、前にも書いたが、普段は面白いのに記念号となると途端に手を抜くのである。ぬわにが完全保存版だ、ばかたれが。まともら読めたのは20ページもなかったぞ、今月号。文春の嫌いなAERA並みの薄っぺらさであったわい。中身が。
2002.01.08
自宅で水割り。
激務状態は年内で終わりの予定だったのに、年が明けても忙しくなる一方だ。うーむ。困ったものである。いったいどうなっているのだろう。税金を払うために働いているのではないかと思うと、むなしく、腹立たしい。けっこう不機嫌である。けっ。
ところで朝日新聞で養老孟司先生が、日本の労働生産性は過去80年で20倍になったと指摘(誰がどういう計算をしたんだ?)。よって1人が働けば残りの19人は遊んでいいわけで、失業率が上がることは問題ではなく、働かなくてもいい社会のあり方を考えるべきと述べている。現実知らずの学者ちぇんちぇいの空論に心底びっくり。まったく朝日新聞によくお似合いのご高説である。
「噂の真相 トップ屋稼業」西岡研介・講談社
噂の真相の花形記者だった著者が、もろもろのスクープの裏側をあかした本。ちょっと期待はずれ。文章が、読みづらくてねえ。意外だったのは朝日新聞をあがめたてまつっていたこと。なんなんだ、いったい。ちょいとがっくり。
「偽善系」日垣隆・文藝春秋
ここに収録された「少年にも死刑を」「裁判がヘンだ」を読むだけでも、今の日本に生きることが心底イヤにやる。まったくこの国は、救いがたい。元凶は役人であり、教育者であり、法律家だ。やはり「センセイ」と呼ばれる奴らが、日本をこんなにしてしまったのだ。
「サッカー日本代表 世界への挑戦」新紀元社
ムック。過去の代表の試合すべての記録を収録。資料本であり、それ以上でも以下でもない。Numberには遠く及ばず。
2002.01.07
自宅で水割り。
昨年の12月に、井澤、伊達、英司と井の頭線に乗っていた時、永福町を過ぎたあたりで三人に感心されたのが「咲杜は夜の9時から朝の7時まで一度も起きないでぐっすり寝ている」ということだった。
それから一カ月もたっていないのに、最近の咲杜は深夜二時頃と明け方の五時頃にかなりの確率で泣き叫ぶようになった。その都度こちらも起きてあやしたりしているのだが、これはひょっとして「夜泣き」というやつなのだろうか。
だとすると、おお、やった、赤ん坊の夜泣きだ。やれ、うれしや。どんなものか体験してみたかったのだ、夜泣き。だから別に夜中に起こされても苦痛でもなんでもない。新生児の頃の、二時間おきの授乳に比べたら(もちろん俺が授乳するのではないが)、どうってことはない。それよりも「夜泣きで苦しむ父ちゃん」というのを体験できるので、なんだかわくわくである。
そのうち、赤い目をして「いやあ、夜泣きで寝られなくて」と言い訳するかもしれません、皆さん。楽しみだなあ。
2002.01.06
午前中は買い物をして、午後はのんびりと過ごす。時々居眠りもする。ちょいと自律神経的に不安定なところがあるようで、えらく眠くなるのだ。我慢しないで眠ると、非常に気持ちいいのだが。年明けもいきなり仕事はけっこう忙しくなる。むむむむ。確定申告もしなければ。
2002.01.05
自宅で水割り。
正月休みも長く続くと、けっこうだれてきて、このままずっと正月が続くといいのになあと思ってしまう。もちろんそんな甘い願いは通用せず、父ちゃんは間もなく仕事に復帰なのだ。えーじくんは、新年早々、4日から新しい仕事で頑張っているだろうから、こっちもぐうたらしてはいられないのだ。
2002.01.04
自宅で水割り。
世間ではまだ正月休み。もっとも一部は既に動き始めていて、DUO深川もそうなのだった。ここへ、12カ月点検のためクルマを持ち込む。まったく問題なし。咲杜がまだ鼻をぐがぐがいわせているのに加え、妻も鼻と喉がおかしくなったらしい。父ちゃんが寝込んでもさしたる問題はないが、母ちゃんが寝込むと家族はとたんに立ちゆかなくなる。ともかく妻には大事に至らぬよう、 ゆっくり休んでもらう。
夜、新日本プロレスのドーム大会をテレビで見る。毎年恒例のビッグイベントだ。案の定、えらく情けない内容である。もう新日本のプロレスは、見るに値しないのだ。長州力が現場を仕切るようになってからの新日本は、パワーファイターだけが重用され、おおざっぱな見栄え重視の、それでいてエンターテイメント性の薄い、かとって実力にも乏しい、 要はゴミのようなプロレスになってしまったのだ。この日も案の定だ。よくもこんなマッチメイクで金取るよなあ。小川対健介って、なんだ、あれは。そもそも健介がトップを取るようになってから、新日本はおかしくなったのだな。あきれ果てて新日本ファンの掲示板をのぞいたら、うわあ、罵詈雑言の嵐で、えわく面白かった。このままいけば、間違いなくこの団体はつぶれるなあ。なにしろ本気で上場するらしいし(笑)。
「子供が大事!」日垣隆・信濃毎日新聞社
著者のホームページで直接注文した。支払は郵便振替。しっかりとサインを入れて送ってくれた。ありがたや。もちろん俺の名前もちゃんと書いてくれた。
これはアマゾンでも取り寄せになってしまうので、わざわざ著者ホームページで発注した本である。いわゆる子育て論だ。作家で子育てとなると、古くは椎名誠、最近では鈴木光司がいるが、こやつらと比べれば日垣隆の論はしごくまっとうで、全面的に賛成したくなる。椎名誠はともかくとして、鈴木光司の子育て論は、自分がいかにスペシャルであるかを自慢するばかりで、いい加減うんざりだものね。
2002.01.03
自宅で水割り。
さすがに正月は都心でも空気が澄んでいる。しかも気温が低いため、富士山も美しく見えた。レインボーブリッジをわたって、東京湾を眼下にしつつ、富士山を遠くに眺める。ついでにその東京湾をアクアラインを使って横断。「うみほたる」は混んでいたので立ち寄らず、木更津までいってそのままUターン。それでも、クルマから眺める正月の東京湾は素晴らしくきれいで、その向こうに富士山がきっくりとそびえていたりするから、なかなかの絶景なのであった。
単なるドライブなのだが、その後、亀戸のシズラーにいって遅い昼ご飯。満腹のまま買い物をして、帰ってきたのだった。仕事が忙しいときもあっという間に時間がたっていくが、家族で過ごしていても時間のたつのは早いもんだねえ。
「クルマを捨てて歩く!」杉田聡・講談社新書
別にクルマを捨てて歩きたくなったから読んだわけではないけどね。世の中にはいろんな考えがあるということを知りたくてね。基本的に論が強引。あまりにも、そりゃ都合がよすぎるべという話だが、それでも一通り読んでみると、確実に何か心引かれるものがある。別にクルマを捨てる気にはならなかったが、いろんなことを少し考えたのは確かだ。こたつで横になって読むにはちょうどいい本だと思う。
「日経ビジネス」
さして読むべき記事はなかったなあ。外務省の次官がインタビューに答えていたが、田中真紀子のことには一言も触れず。きっとオフレコだったのだろう。だったらインタビューなんか応じるなよ。
2002.01.02
自宅で日本酒。
妻の実家から帰ってきたけど、途中がえらく渋滞していて、いつもの倍もかかってしまった。困ったもんだ。Uターンラッシュが始まったのかなあ。
夜は、闘龍門の駒澤大会をテレビで見る。これが面白いのなんの。妻と二人でぎゃあぎゃあ騒ぎながら見てしまった。改めて言うまでもないけど、プロレスです。
2002.01.01
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
地元の神社で初詣の後、親子三人で妻の実家へ。とても豪勢なおせちが山盛り。食べて飲んで、咲杜とみんなで遊んで、おだやかな元旦。俺はハナから父親役を放棄して、みんなに任せっきり。あげくにとっとと布団に入って10時前に寝入ってしまったのだった。元旦からぐうたら父ちゃんなのであった。