やったんホー2003

「やったぜたんごちゃん明日はホームランだ日記2003」


2003.12.31
年を重ねるごとに一年の過ぎるのが早くなるのは、誰にとっても同じこと。けれどその軽重は人によって違うだろうから、来年はもっとずっしりどっしり、手応えのある一年にしたいなあ。
などと思いつつ、大晦日の門前仲町あたりを息子の手を引きながら歩いてみる。初詣客相手の露天は、その開店準備に大わらわらだった。一年後の息子の手は、もっともっとずんずん重くて強いものになっているのだろう。
というわけで、今年も大変お世話になりました。皆様、よいお年をお迎えください。暴言、妄言の数々、頭を下げます。
なお、新しい日記は別のURLです。ここに直接ブックマークしている方は、2004年版にマークしなおしてくださいませ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「影踏み」横山秀夫・祥伝社/横山秀夫はやはり連作短編で最も本領を発揮する。相変わらず、よくぞここまでというぐらいに人間の弱さ、醜さをえぐる小説集だ。


2003.12.30
なんだ、昨日「年末の日曜」なんて書きながら、よく考えたら月曜じゃないのさ。ま、いいや。面倒だから直さずにそのままだ。
ふと気がつけば(嘘だけど)、もう明日が大晦日ではないか。我が家では、夜のテレビのチャンネル争い(懐かしい響きだなあ)が勃発している。妻は、大晦日は紅白に決まってると主張する。俺は格闘技イベントを見ると譲らない。
K-1のボブ・サップと曙、PRIDEの吉田とホイスは当然として、直前になって選手のドタキャン続出で本当に試合ができるのかどうかというこれ以上はないガチンコの緊張感が一杯の猪木祭りは、見逃せないだろう。
ところがここに伏兵「ドラえもん」が乱入。いかに息子にこれを気づかせずにごまかすか、勝負はここにかかっているかもしれない。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「おやじ論」勢古浩爾・PHP新書(理想の父親の姿とは、というような暑苦しい本ではない。おやじとは「おっさん」「おやぢ」の意味だ。つまり今どきのおやじの情けなさについて、おやじである筆者が徹底的にこきおろしている本である。ここではおやじとは50代と定義され、きたなくて、みっともなくて、もう「終わっている」と指摘される。そのいちいちが、ものすごくおかしいのだ。この著者、基本的に好きだなあ)


2003.12.29
原稿。仕事納め。
本年中に書くべき原稿を全部仕上げて、メールで納品したら、コマガタくんから返事が来て「まだ仕事してるんでちゅー」とのことで、びっくり。年末の日曜に、よく働くなあ。
夕刻、昨年同様に丸の内まで東京ミレナリオを見に行く。電飾の下をただぞろぞろと歩くだけの、平成三大バカイベントの一つだ。これで、省エネしましょう、地球にやさしく、イランでは瓦礫の中で人々が凍えています、っていうんだからまったく救いのない催しである。
その中を間抜け面で行進する我が家も間抜けではあるが、それに拍車をかけて間抜けなのが主催者であって、「立ち止まるな」「停まって写真を撮るな」とハンドスピーカーでやたらとうるさい。そもそも歩きながら写真を撮ったほうが、よほど危ないと思うのだがなあ。
しかも、俺が息子を肩車したとたん、四方八方から「肩車は危険です」「肩車はおやめください」とハンドスピーカーの大合唱。うーるーさーいー! 日本がつくづく嫌になるのは、こんな時である。イベント屋としては明石の花火大会が相当なトラウマになってるのだろうが、だったらやめちゃったらいいのにね、こんなバカイベント。
そんな悪口は横に置いといて、年末恒例、今年のたんごちゃん十大ニュースの季節となりました。ぱんぱかぱーん。
うーんと、まず住宅ローンの借り換えだな。東京スター銀行から借りて、住宅金融公庫に「持ってけー」と全部まとめて返しちゃったぜ。はああ、大変だったなあ、手続きが。これは、えーと、5位ぐらいだな。
次。たんごちゃん、糖尿病発覚。げほげほ。こりゃ参ったよ。立派な病人だものなあ。これは、2位だ。堂々の。いや、堂々のっておかしいけど。
でも、必死のダイエットが成功して今はなんとか落ち着いている。爆弾状態だけど。このダイエット成功は、やっぱり堂々の3位だな。やっぱりって、何がやっぱりなんだか。
次。売上大幅ダウン、年収大幅ダウン、ボーナス支給ゼロ、涙の年の瀬だな。いやあ、夏あたりはさっぱり働かなかったなあ。おかげでン百万のダウンだぜ。げほげほっ。情けない。こっそりと4位ぐらいにしておこう。
次。今年はなんといっても娘の誕生だな。これに尽きる。未熟児寸前で果たしてどうなるかと思ったが、今ではすっかり巨大化。どエラい勢いで成長していて、よかったよかった。家族の健康が一番だよ。というわけで、娘の誕生が今年の1位だな。
以上で1位から5位までが無事決定。6位以降は、いずれそのうち。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ナンバー」忘れてた。アルビレックスの記事が読みたかったんだ。うー、つまらん。ワンパターンな切り口。ナンバー、ぼちぼち限界か?


2003.12.28
うわあ、来た来た来た。年賀状が来た。思い切り「あけましておめでとうございます」と書いてある年賀状が、暮れのこの時期に来ちゃった。
表にちゃんと「年賀」と印刷しないからこういうことになっちゃうんだよなあ。こちらから注意して差し上げるのもナンだし、まあ、気づかないフリをしておこう、っても気づいて当たり前だけど。
あ、少なくともこの日記をご覧になっている会社の方ではありませんのでご安心を。でも、一瞬「ひょっとして」とドキッとするよねえ。もしや俺も、と思ったもの。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.12.27
朝起きたら、窓の外は半分ぐらいが白かった。今シーズン初めての初雪である、ってバカか俺は、ともかく初雪の寒い朝だったなんだよ(この「なんだよ」は最近の息子の口癖で「買い物に行くなんだよ」「ご飯食べたなんだよ」と何にでも「なんだよ」をつけるのであった)。
こんなにも寒い日だったのに、我々は敢行したね、おやじの漂流を。通算五回目、今年四回目だ。場所は日暮里。そう、一年前の最初の漂流の地である。つまり原点回帰。「初心に戻れ」ってやつですな、って初心ってなんなんだよ。
集合は5時。土曜日だからね。直前にえーじくんから「ちょいと遅れそう」という連絡。世間は仕事納めが済んでるというのに、えーじくんの会社はまだ納めてないというのだ。大変だなあ。
たまってる原稿を放り出して家を出てきた俺は、ほぼ定刻に日暮里に到着。東口を探すが、そんなものはない。お約束のパターンである。昨年同様、ほぼ東と思われる位置でぼけっと突っ立ってたら、向こうからタヌキの親分が手を振りながら赤ら顔でやって来た。
親分、寒いっすねー。「おお、寒い寒い、がっはっはっ」。くんくん。あれ、なんか酒くさいっすよ。「おお、飲んできたもん、がっはっはっ」。
聞けば親分、なんと30分も前に到着し(親分も今日は仕事で、会社には「いやあ、お客さんに誘われちゃって断れなくてさあ」と大嘘ついて抜けてきたらしい)、寒中で待つのはヤだからと一人でふらりと飲み屋に入って飲んでたんだと。
「いやいや、それが安い店でさあ、肉豆腐とお銚子で500円」。げっ。なんだそれ。どんな店行ったんですか。「きったなくて、客は眠そうなおやじが4人ばかり、プロレスのテレビ見て、やっちまえ、長州、とか言ってる店」。まあ、喫茶店で待つよりは時間が潰れてよかったですね。安いし。
そこにマフラー巻いて眠い眼をしたイズが登場。他に誰か飛び入りがあるかと思って待っていたけど、定刻になったのでこの三人で漂流を始めたのであった。
当初の予定では昨年の第一回目に最初に行った「まちださんち」という居酒屋へ行く予定であった。原点回帰、旅立ちの心に戻るのである。というか、去年はそこで昆布酒を呑んだのに「ちっとも髪が生えてこない」と親分が因縁をつけに行く段取りだったのだ。しかし、「寒いからそこにしよ」という親分の一言で、駅前の薄汚い居酒屋 「呑べえ」に行ったのだった。
「呑べえ」すごかったぞ。入り口に「再開発のため30日で閉店します。永らくありがとうございました」との張り紙。おお、廃業間際の店だ。なるほど、やけに薄汚く、さびれてやがる。残りの食材一掃セールが始まっているだろうから、注文するのは火を通したものだけにしようと、我々は相談する。
で、頼んだのが、呑べえ鍋。味噌味の寄せ鍋なのだが、中に入っている白身魚を触ったイズが「げっ」と声を上げる。どれどれ。触ってみたら、げげっ、なんと凍ってる。野菜以外の生ものは、すべてカチンカチンに凍っている鍋なのであった。ああ、びっくりした。在庫一掃で、いったい何年前から凍っていたのだろう。恐ろしいことにカキまで入っているので、ともかくしつこいくらいに煮立たせたのであった。それを見た店の親父が「もういいから食え、火を止めろ」とうるさい。しょうがないからぼそぼそと食いつつ、我々は酒を飲んだのであった。
そこにえーじくんから電話。日暮里駅に到着したということで、すぐさま「呑べえ」を後にする。支払は、先日のコンパで酔いつぶれて金を払わなかったことを気にしていた親分の自主的な申し出により、親分が一人払い。8000円。ごちそうさんでした。
えーじくんと日暮里駅東口があるはずのあたりで合流。寒い。とにかく寒いので、今回の漂流は親分の「駅前のロータリーを一周しよう」という提案で決まり。早速我々は二軒目(親分にとっては三軒目)を目指して、時計回りにロータリーを移動しはじめたのだった。
その結果たどりついたのが「とお山」というソバ屋。おお、蕎麦をサカナに忘年会とは、いやあ、粋だねえ、ダンナ。というわけで、ここに突入なのだった。この店が大正解。日暮里らしくなく、って思い切り日暮里に失礼であるがいいのだ、日暮里らしからぬしゃれた店で、酒も蕎麦も旨い旨い。
酒は焼酎が充実。「ちんぐ」という蕎麦焼酎をそば湯で割るという、実にヘルシーな飲み物が、いや、これが旨かった。つまみは湯豆腐。なんとも江戸っ子ですな。そんなあんばいで気持ちよく呑んでたら、携帯が鳴る。誰かと思ったら、いさわしであった。「いま成田です。日暮里は帰り道なのでこれから寄ってもいいですかー」とのことであった。おお、もちろんだとも。いさわしを待ちながら、我々は「ちんぐ」を呑んだのだった。
締めはもちろん蕎麦。これが普通の蕎麦と田舎蕎麦の組み合わせで、いやあ、なかなかよろしかった。血糖値の高い俺、尿酸値の高いえーじくん、血圧の高い親分、自覚がないだけで絶対にどこか悪いに決まってるイズは、それぞれ病気のことなど忘れてひたすら呑んで食ったのだった。
支払は1万1千円。ぎょ、いい値段ですな。さすが日暮里で思い切り浮いてる店。あみだくじをやったら、わははは、親分の負けだあ。二軒続けて親分の支払。ご馳走さんです。あまりに申し訳ないので、一応、それぞれ2千円ずつはカンパしましたが。
さて、二軒目の非常に旨いソバ屋を出て、我々の駅前ロータリー一周の漂流は続く。次はどこにするか。「寒いから、さっき俺がいった店でいいか」との親分の言葉に従い、我々は本日のメインである三軒目「いづみや」の引き戸を開けたのであった。
なにしろ、肉豆腐とお銚子で500円である。親父がプロレスである。だが、覚悟はしていたものの、それを遙かに上回る店であった。座敷に上がって我々が頼んだのは、熱燗(寒かったからね)。この熱燗が、なんとゆーか、もう、べっとべと。醸造アルコール100%に砂糖でもぶちこんだだろうというような甘さなのである。こんなものを呑んだら、間違いなく血管が詰まる。血糖値がぶち切れる。ぺっぺっとあからさまにマズイという顔をしつつ我々はグラスを置き、親分はご丁寧にもコップの酒を集めてお銚子に戻したのだった。
ならばどうするかと次に我々が頼んだのが、壁に貼ってあった「河童割り」という酒。なんだ?河童?まあ、ともかくそれをくれ、とおばちゃん(というか確実に75は超えてる)に頼んだのであった。その結果がこれだ。頭を抱えたね。焼酎の水割りに、中に浮いているのは、もしかしてと思った通り、キュウリの輪切りなのである。焼酎にキュウリの輪切り。河童割り。ひー、なんだこれー。バッカじゃねえかあ。親分と俺は腹を抱え、次にのけぞって、笑い続けながら呑んだのであった。「スイカの味がする」とえーじくん。「いや、メロンの味だ」とイズ。日暮里恐るべし。河童割り。
こういう店なので、つまみも慎重にならざるを得ない。結果、板わさ、冷やしトマト、ポテトサラダと、何が出てくるか十分想像できるものに限定して頼んだのだった。親分は、よくこの店に一人で入ったもんだ。
河童割を飲み干し、底に残ったキュウリの輪切りを「なるほど、これならつまみがいらないな」と感心しながらポリポリ食ってたら、いさわしから「日暮里に着きましたよ」と電話。「ならばわたくしが」と同期のえーじくんが駅まで迎えに行ったのだった。
店に着いたいさわし。聞けば昨日中国に行って、さっき成田に帰ってきたんだと。中国一泊かい。大阪あたりに行くのと変わりないよなあ。でも、せっかく日本に着いたのにこんな恐ろしい店で申し訳ない。しかし本人は「中国に比べたら」とけろっとしているのであった。
ま、せっかくいさわしが合流してくれたのに、こんな店ではナンだから、そろそろ漂流しようということになり、あみだくじ。「負けるならこの店だな」という目論見があったのか、イズが負けて一人払いだった。5000円。や、やすい。
店を出て、ロータリーの漂流を始めた我々5人。次は中華にしよう、そうだギョーザが食いたい、といさわしに嫌がらせを言うおっさんたちであった。しかし、次の店が決まらない。ここで見つけたのが「豊田屋」といういい感じの店。しかし、満員。悔しい。再びロータリー漂流。「日本海庄屋」に入るが、白木のこぎれいな店で、着物姿の女性がしずしずと迎えに出たので、こりゃ違う、とこっちから断る。5分たったのでもう空いただろうと「豊田屋」に行ってみるが、満員。また断られる。再びロータリー漂流。「路」といういんちきくさい店を発見するが、今度はがらがら。一人も客がいないのであわてて逃げる。また5分たったのでさすがに空いただろうと「豊田屋」に行ってみるが、やはり断られる。
しょうがないと通りの向こうのうなぎ屋までのぞいてみたが、常連以外お断りと塩をまかれる。またまた5分たったのでいい加減空いただろうと「豊田屋」に行ってみるが、しつこく断られる。
ともかく寒いのである。初雪なのである。こうなると漂流も、高血圧、高尿酸値のおっさんたちにはデンジャラス。交差点で吠えるいさわしの隣では、親分がもらったカレンダーを丸めて吹き矢にしていたのだった。さすがにやばいのではないかということになって、ロータリーを離れて路地に入ったのだった。ここで我々はようやく当初の目的を思いだし「まちださんち」を目指す。が、満員。しょうがないので向かいの見せに行く。閉店。困ったと、隣の店をのぞく。ガラガラ。結局、その奥の方にあった「つげ甚」という店に空席を発見し、凍えきった我々は突入したのだった。
「つげ甚」半端にこじゃれた、変な店。洋風なのか、和風なのか。つまみもステーキがあるかと思えば、刺身もある。親分「ころもかつぎをくださーい」えーじくん「きぬかつぎだあ」。ともかく冷えた体を温めるべく、熱燗を頼んで、ようやく落ち着いた4軒目(親分は5軒目)なのであった。
さて、こうやって中年おやじ5人が酔っぱらいつつ一体何をしゃべっているものなのか。お答えしましょう。健康の話題が4割、子供の教育問題が4割、あとの2割がしょうもないギャグです。ローンを払い終えたおやじがいれば、今年ローンを抱えたおやじがいて、息子が就職したおやじもいれば、娘が大学に合格したおやじに娘が産まれたおやじもいる。というわけで、交わされるのは「あと何年?」「ン十年」「ひえー」「入学金いくら?」「ン十万円」「ひえー」という話題ばかりだ。全員同じサークルに所属していた、学生時代からのつきあいだが、当時の話題や他の人間の話題などは、ほとんど出ないのである。面白いものだなあ。
そんな話題で盛り上がり、俺が「よーし、江東区バンドをつくってやる」と宣言し、親分といさわしをゲストボーカルに指名。親分は興奮して「おお、俺といさわしで、ゲロゲロズの結成だあ」と叫んだのだった。ゲロゲロズにコーラスはケロケロズ。わははは。なんだこりゃあ。
そうこうしているうちに、酒も相当にまわり、今年もお疲れさんでした、とお開きに。「つげ甚」1万円。割り勘にしようということで話がまとまり、実は誰も気づかなかったが、ここに俺は一度も負けることなく、計4千円で4軒の店にはしごに成功したのであった。年の瀬に来て、ラッキーだったなあ。
寒風吹きすさぶ中、日暮里のロータリーを横目に、なんと6時間近くも漂流していたのにそのエリアはごくごく限られたものであったことを改めて実感しつつ、我々は日暮里駅で打ち上げ。時間は10時半。早い時間でよかったなあ。
日暮里駅では、東京方面に行くのは俺一人。あとは池袋方面だ。山手線を半周して帰るのは、いさわしとえーじくん。「我々にとって日暮里ってブラジルみたいなもんですよう」と、さすが成田から直行したにふさわしいコメントを残したのはいさわしであった。
山手線の電車で俺は「かあちゃん、今から帰るね」と妻にメール。すぐさま折り返しの返事が来て「帰りにスーパーで牛乳買ってきてね」とのことであった。
あいあい、合点だ。でも、ちょっと小腹が減った俺は、潮見に着いてから居酒屋「だんらん」に立ち寄って刺身とカキを腹に収めてから、スーパーに行き、牛乳をゲットしたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.12.26
取材1、原稿。
昨日まであれほどにぎやかだったクリスマスイルミネーションが一夜にして姿を消し、代わりにあちらこちらにしめ縄売りの出店が建った。街の空気はもうすっかり大晦日テイストである。
その中を日本のお父さんたちは挨拶回りに歩く。しかしこの俺はまだ取材であり、しかも年内に片づけなければならない原稿がけっこうたまっている。
もっとも俺ばかりでなく「自宅のPCで仕事する」「資料を持って帰る」という人もけっこういた。基本的にみんな、よく働く。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「新潮45」なんだか殺伐とした事件ものばかりで、あまり読みたくなかった。柳美里の連載は休み。というか、落ちたらしい。


2003.12.25
打ち合わせ2、原稿。
朝から赤坂見附へ。クリスマスだというのに、コートなしの通勤姿が目につく。どうしちゃったんだろう、今年の冬は。
打ち合わせの後、赤坂から日本橋まで歩く。1時間ちょっと。霞ヶ関は、省庁への挨拶回りと思われるおやじがいっぱいだった。季節の風物詩。なんだかおやじたちの顔は、少しばかりほころんでいた。やっぱり節目というのは、心が少し軽くなるものだろうね。
今日あたりになると、人と会った後の挨拶は「よいお年を」「来年もよろしく」である。初対面の人に会って名刺交換したとしても、別れ際は「来年も」になるから、なんだかおかしいね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」これで560円は、さすがに安い。


2003.12.24
取材1、原稿。
東京駅の八重洲、雑居ビルが建ち並ぶ中に武富士の店がある。言わずと知れたサラ金最大手だ。
この武富士の店の前には、武富士が管理している自動販売機が置いてあって、「おーいお茶」定価150円が130円など、ペットボトル飲料が安く売られている。俺はここを通ると必ず「伊藤園のそば茶」定価150円を130円で買っている。
サラ金の当然のお約束として、この店の前にもティッシュを配っているおばちゃん(昔はお姉さん)がいる。このおばちゃんは、そういう教育をされているのか、あるいは素なのか、俺が130円のそば茶を買うと心底嬉しそうな顔をして「ありがとうございまーす」と叫び、「持ってって、持ってって」と俺の手にポケットティッシュを5個も10個も押しつける。
ペットボトルを安く買えたうえに、山のようにポケットティッシュをもらって、俺は顔では困ったような照れ笑いを浮かべながらも何だかとても得をした気分になるのだった。
ところが会長が逮捕されてから、このおばちゃんの姿も、他のティッシュ配りの姿も、見かけなくなってしまった。残念である。頑張れ、ティッシュおばちゃん。俺は今日もそば茶を買ったのにティッシュがもらえなくて寂しかったぞ。
ところでこの無料ティッシュ配りだが、どこかの広告会社がアメリカで試してみたら全然うけなかったらしい。連中は「ミーがこのティッシュを受け取る理由はどこにもない」と、渡し手をにらみつけて終わりなんだそうだ。さもありなん。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.12.23
朝からお台場のトイザらスに行き、子どもたちのクリスマスプレゼントを仕込んできた。いやあ、混んでたね、お台場。しかもカップルだらけだもんで、クルマの運転も異常にハイテンションだったりして、なんじゃあこいつは、の連続であった。
そんなことはともかく、アマゾンで見つけて「よくぞこんなものが」と驚いたのがポール・サイモンの80年のライブのDVD。それが昨日届いたので、今夜遅くに見る。「ワン・トリック・ポニー」が大コケして、くぶっていた時期のポール・サイモンのライブだ。実は声はこの頃のが一番好きだ。バックは職人のスタジオミュージシャンたち。予想以上にいいライブだった。「何かがうまく」が入っているのは掘り出し物。それから「アメリカの歌」(神がポール・サイモンに創らせた奇跡のような歌)も嬉しくて、ライブにしては非常にいい出来だった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「できるかなV3」西原理恵子・扶桑社。すげえ。とにかくすげえ。巻頭の話が「脱税できるかな」ってタイトルなんだけど、これが問答無用にすげえ。案の定、西原も税金をごまかしていたわけだが、そのやり口がアンビリーバボーというか。コクヨの一番安い領収証(ソバ屋の出前とかでくれるようなやつね)に200万円と書いてあるだけ(印紙もなし)の経費とか、30人もの架空のアシスタントとか(名前も住所も全部でたらめ)、そんな手口で税金をごまかしてたものだから、当然税務調査に入られちゃって。すげえのはここからで、追徴課税1億円というのに徹底的に戦い抜いて(アル中の旦那も活躍する)、それを1千500万円にまで負けさせてしまったのだ。しかもその間のやりとりを全部マンガにばらしてしまって、あげくに「会社つぶして別の税務署管内に逃げてまた脱税してやる」と最後っ屁までかましている。誰かの書いていた「小泉純一郎が10人いても日本は変わらないが、西原が10人いたら日本は確実に変わる」という指摘に深くうなずくワタシであった。


2003.12.22
取材1、原稿。
世間ではもうあらかたボーナスは出てしまったんだろうなあ。製造業をはじめとして、今年は支給額も上向いているらしいよなあ。税金を食い逃げした銀行なんかも、きっとボーナスたっぷりなんだろうなあ。不景気だなんて、どこの国の話なんだろうなあ。でも、当事務所では妻を従業員にしているので、俺がボーナスを払う側ななんだよなあ。今年はどれだけ払うんだろうなあ。
と思って心の準備をしていたら、顧問会計士から連絡があって「今年は売上が少ないのでボーナスは払えません。奥さんに土下座して謝るように」とのことだった。
がーん。そんなに売上が落ちたのか。なるほど確かに激減だなあ。とほほ。
しょうがないから、息子をあやしながら娘にミルクを飲ませている妻の前で「母ちゃん、ごめん、ボーナスなし」と謝ったのだった。ひいー、情けない。
このあたりの事情を、どうかお取引先各位様、なにとぞご高配のほど。なむなむ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」(あらま。「光の島」が終わっちゃった。終わるべきマンガが終わらないというのになあ。)


2003.12.21
原稿。
家の近所で町内会による餅つき大会が開催された。それはいいのだけれど、行こうと思ってたのに寝坊してしまって、結局行けずじまい。とほほ。日曜だからって、気がゆるんでしまったぜい。
一年で一番夜が深い日々。冬至は明日、22日だ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」秋田が名古屋かあ。新潟にすればよかったのに。


2003.12.20
品川で学生時代の仲間が集まってのクリスマスパーティー。新幹線が停まるようになってから品川の港南口に行くのは、初めて。駐車場を探しながら、あまりに様子の変わった品川をながめて驚く。
帰りには、クリスマスイルミネーションを見ようと青山のエイベックス本社へ。しかし到着した頃には息子はリアシートで熟睡。苦笑しつつ、渋滞の都心を抜け、首都高でお台場を見下ろしながら帰る。レインボーブリッジからは、右手にお台場のイルミネーション、左手に都心の夜景。絶景だった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「誰か」宮部みゆき・実業之日本。宮部作品にしては物語の展開に起伏が乏しく、地味と言えばあまりに地味だった。しかしラストになって物語は急激に動き始め、その様相を一変させる。犯人は最後の最後まで匿名のままである。代わりに物語は一挙に別の顔を見せる。その手法は、鮮やかだ。さすが宮部みゆき、相当の書き手である。でもさあ、携帯の着メロの音色を相手によって変えられるということを、主人公が知らなかったという設定は無理があるんじゃないの? しかもそれが「恋に落ちて」であり、不倫の男女がお互いの呼び出し音に使っていたというのは、あまりに無防備すぎてあり得ない話である。そういう細かな瑕疵が目につく作品であることも事実だ。


2003.12.19
取材4、打ち合わせ1、原稿。
朝8時半に家を出て、取材先へ。アメリカ大使館の真ん前のため、周辺の警備が凄まじい。このあたりは坂が多くて、それでなくても歩きづらいのに、警官たちがさらに邪魔をする。
午後に取材を終えて、日本橋へ移動。徒歩である。目論見通り、約1時間であった。まあ、これぐらいの距離なら歩いてもちっとも苦ではない。街はすっかりクリスマスイルミネーション。銀座のミキモトのツリーが、やはり一番美しかった。
夜、仕事の息抜きにネットを見ていたら、坂庭省悟が亡くなったというニュースを発見。今月15日、がんで。53歳だったそうだ。ギタリスト。オールドのマーチンD-28をフラットピックで美しく弾きこなす人だった。ナターシャー時代から知っているだけに、けっこうショック。これから枯れてきて、ますますいい味を出してくれそうなミュージシャンだったのになあ。あまりに若すぎる。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」広末が松田聖子と化するという指摘が面白かった


2003.12.18
原稿。
地球の温暖化が原因で、昨年は全世界で20万人が死んだらしい。熱中症とか、作物の不作とか。お、おそろしい。このまま世界はどうなっていくのだろう。確かに夏は殺人的だしなあ。などと12月に真夏のことを考えても、今ひとつ盛り上がらないのだが。
季節ネタでおそろしいものといえば、そりゃもうインフルエンザにSARSだろう。インフルエンザは昨日今年初の注意宣言が出されたが、なにしろワクチン不足。かかりつけのあさひクリニックに聞いたところでは、もう余分はなく、入荷もしないというので、今から申し込まれてもどうしようもないということであった。
確かにインフルエンザのワクチンは、接種してから1カ月たたないと効力が出ない。今頃がギリギリ流行に間に合うかどうかというタイミングなのだ。しかしそれであっても今年はワクチン不足。聞いた範囲では、大病院が買い占めていて、表に出ないらしい。
しかもこのワクチン、予防接種の金額をいくらにするかは病院の裁量に任せられているらしいのだ。実際、あさひクリニックでは2000円だが、聖路加では5000円も取るらしい。なんと暴利な。買い占めの上に倍の価格で売るなんて、ワクチンは石油ショックのトイレットペーパーか。えらくあくどい病院ですなあ、ったく。
理事長の日野原とかいうジジイを見てればわかるように、金持ちだけが元気ならいいと考えているのだ、あの病院は。
と、なんだか論旨が一貫しないへんてこりんな文章になってしまった。ともかく本日の結論は、予防接種は迷ってないですぐさま打ちましょう、ということなのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.12.17
取材4。
朝6時過ぎに家をでる。12月の朝はまだ暗い。その空も、天王洲でモノレールに乗り換える頃には明けてきた。曇天。早朝の運河の上を走るモノレールは、出張の男たちでいっぱいだ。拓郎の「人生を語らず」を思うのはこんなときである。
8時10分のJAS261便で秋田へ。出発が少し遅れる。羽田の渋滞は相変わらずだ。しかし乗ってしまえばあっというま。秋田空港に9時30分到着。気温1度。けれど雪はなかった。
迎えのバスに乗り込み、1時間かけて取材先へ。4人のインタビューを終えて、夕刻、手配していただいたタクシーで空港に戻る。ドライバーは今年は暖冬だと説明していた。
5時過ぎに秋田空港に着いたものの、予約の飛行機は7時45分。その前に6時の便があるのだが手にしているのは割引チケットのため変更は不可であり、どうしてもというならいったんJASをキャンセルして新たにANAのチケットを購入するしかないとのグランドホステスの説明に一瞬迷うものの、差額が7000円もすると聞いて、あきらめる。
ロビーでしばし本を読み、その後は同行のマエカワ氏と空港内の居酒屋へ。以前タマダ氏とも立ち寄った店である。空港内の独占的営業ゆえに、味は平凡なのに金額は一人前。仕方ないといえば仕方ない。
予定の時刻にJAS268便に乗り込み、羽田着は8時50分。その後、朝とは逆にモノレール、臨海線、京葉線と乗り継いで帰る。以前なら迷わず空港からタクシーだったが、家族持ちとなった今は、そんな無駄遣いはやめようという気持ちが先に来る。まったく正しいローン戦士のお父さんだな。
それであっても乗り継ぎが順調で、1時間もかからずに家にたどり着く。潮見は交通の便だけはよいのである。帰ったら案の定、息子は既に床に就いていた。朝まだ暗いうちから家を出て夜は子供が寝静まってから帰ってくるなんて、世間のお父さんと一緒だねえと妻と笑い合う。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」(なかにし礼のインタビューが面白い。相当の書き手だな)「週刊現代」「週刊文春」


2003.12.16
原稿。
本日付けの朝日新聞によれば、昨年都内で最も事件の発生件数の多かったのが町田だそうである(正確には町田警察署、ということだ)。へえ〜。70トリビアくらいびっくりだね。
町田というと民度の高い文教都市をイメージするが、よく考えれば16号線だものな。16号線沿いにはろくな街がないというのが俺の考えである。代表は八王子であるが。
いずれにせよ町田の人たちはひったくりやら、いろいろと気をつけて過ごして欲しいものだ。でも、朝日は普段は人権人権とバカのように叫んでいながら、こういうことはあからさまに露出するのね。街権はないのかしら。ないか、そんなもんは。
ところで「記者は優秀なのに紙面はつまらん」のが朝日新聞で、「記者はタコだが紙面はやたらと面白い」のが日経新聞だそうである。俺が言ったんじゃないぞ、某文化人だぞ。ま、言い得て妙だが。
ついでにもう一つ新聞ネタだが、ついに江東区が向こう数年間、マンションの新築を実質的に禁じることを決めた。どの自治体も税収不足に悩む中、若年ファミリー層の転入を拒むというのだから、度し難い暴挙である。
理由は、小学校や保育園の受け入れ態勢が整わないことだそうだ。数年前に一度、少子化によって小学校の統合をやっちまったらしくて、今さらまた学校を増やすなんてことはメンツにかけてもできないというわけだ。
でも、これって先を読めなかったバカ行政の典型じゃん。間違えてたならやり直すべきだし、予想を上回ってたらすぐに対処すべきだし、要はまったく理由になってないなのだ。
あげくに江東区には「南北問題」というのがあって、北部(亀戸とかのいわゆる下町だ)のインフラは充実しているのに南部(京葉線や有楽町線の湾岸エリアだ)はインフラ貧乏という対照的な構図となっている。今回の人口増は極端に南部に偏っているので、つまりは、北部のジジイどもが「南部のためにワシらの税金を使われてはたまらん。既得権を手放すな」と企んでるわけだ。これって、案外正鵠を射ていると思うぞ。と、自らの画を自賛するが。
こんな構図がバカ透けて丸見えだから、最近の俺は北部が大嫌いである。もう北部ではカネを使うのはやめた。だいたい汚くて臭いのだ、北部は。ジャージでコンビニに座ってる江東区ヤンキーは北部にしかいないし(金内さん情報によれば月島にも一部生息するらしいが)、屋内でも平気で帽子をかぶってる恥知らずジジイも北部にしかいないのだ。
なんて、こんな局地的な悪口を並べ立てたところで、誰も読んではくれないわな。えーと、どっかから抗議がくる可能性はあったっけ? まあ、いいや。ともかく俺は今回のマンション禁止に呆れているのである。まったくもう、こうなったら江東区から湾岸地域は独立すべきだな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」ソニーがあの超高級ブランド(名前忘れちゃった)のデジカメで回収騒ぎだ。一眼でもないデジカメのくせに38万だと。もうあそこはモノづくりをやめたほうがいいのではないか。明らかに大企業病の官僚化だ。


2003.12.15
取材3、原稿。
8時40分の長野新幹線「あさま」に乗り、長野県は佐久市まで日帰り取材だ。
基本的に長野県は好きな場所の一つである。今日の佐久市も、冷えて澄んだ空気が心地よく、また、なだらかな稜線の広がる浅間山と、遠くの北アルプスの銀嶺がとても美しく見える。なんとなく俺のイメージするギター音楽の風景にぴったりなのだ。
新幹線で1時間40分。勤務先は都内でも、あえてここに居を移す人の気持ちもわからなくもない。
取材先の工場の社員食堂でランチ。なんと150円。聞けばほぼ全員がクルマ通勤だから飲みに行くこともめったにない。やっかみでなく、ゆとりある生活を楽しむことができるんだろうなあと羨ましかった。
「葉桜の季節に君を想うということ」歌野晶午・文藝春秋。今年の"このミス"で断然の1位だったから、あわてて購入。長野までの行き帰りで読む。作者は、一時の本格ブームでデビューした島田荘司一派の中でも二軍クラスの作家。それがここへきての突然のブレークだから、ぴっくりだ。俺も昔の作品を一つか二つ読んで、見限った作家だったからね。それがあまりの高評価にびっくりしての読了となったわけだが、あれえ、なんだなんだ、これは。ミステリーとして体裁は整っているし、実際、この叙述トリックにはすっかり騙されたが、単にそれだけ。トリックのためのトリック、騙すための騙しになっているではないか。しかも叙述トリックとしては、ま、ありがちな。言うならば、旅先で読む本が切れてしまって、しょうがなく手にした文庫本で、しばしの時間つぶしができたと、その程度の印象にしか残らない作品である(えらい酷評だな、俺も)。"このミス"落ちたねえ。というより、ミステリー界全体が不調なのだろう。思わせぶりなタイトルも、作品全体のトーンと乖離がありすぎる。


2003.12.14
原稿。
最近はけっこう忙しくて、取材の話が入っても、スケジュールの都合がつかずに断ってしまうことが多い。これは非常に精神的に悪い。
受けてナンボの受注産業。自ら断るなんざ、天に唾するようなものだ。
オザキくん、すまねえ。ウッチー、ごめんなさい。ぜひ次回、たのんます。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.12.13
原稿。
フジサンケイの通販で届いた洗面収納、面倒だから組立をほったらかしていたら、妻と息子が二人で組み立ててしまった。ぱちぱちぱち。
俺は工作が大嫌い。妻はかなづち・トンカチが大好き。なんともうまくできてるものですなあ。で、息子はというと、これに関しては母親の血を引いたようで、工作異常なまでに大好き。二人は大喜びで収納を組み立てたのだった。
自分で作ったと得意顔の息子へのお疲れさんの意味で、家族で潮見の居酒屋へ。何もしてなかった父ちゃんは日本酒飲んで酔っぱらったのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.12.12
取材1、原稿。
朝から取材で青山へ。いつもながら早朝の電車って、けっこう混んでいてびっくり。日本人はみんな働き者だなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「噂の真相」森高千里が復帰の準備だと。ボロボおじさんも喜んでるかな。


2003.12.11
取材2、原稿。
取材で埼玉の大宮の先まで行く。さすがに都心より数度は低いという感じ。冷たい雨も降ってきて、いかにも12月だ。でも、例年ほど冷え込まないのも事実。やはり温暖化かな。
ところで糖尿病のことだけど、現在は成人の6人に1人が患者もしくは患者予備軍ということだ。これって考えると凄いことだよな。6人に1人がかかる病気がこの世にあるなんて、やはりどこか日本の根本が決定的に狂っているとしか思えない。
例えばこの図だ。もう笑っちゃうぐらい、因果関係がはっきりわかる。要はライフスタイルにすべての原因があり、日本人の今の生活そのものが狂っているということなのだ。
今の生活ができて、実はたかだか50年かそこらだ。高度成長期以降ということを考えれば30年か。わずかそれだけの期間で、数千年にわたって築いてきたこのエリアの風土にぴったりのライフスタイルが破壊されたのだから、おかしくなるのも当然だよな。
ともかく基本は「食うな」「歩け」「イライラするな」。
糖尿病の俺の基本スタイルがこれだが、実は誰もが徹底すべきことなのだ。食う量を半分にして、歩く量を倍にする。それだけでもいいから、実践しなければ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「糖尿列島」鴨志田恵一・角川文庫(たいへんに恐ろしい本である。肉体と精神が解けていく病気が糖尿病であることをこれでもかと描いている。うーむ。うなされそう。俺の余命って、いったいどれぐらいなんだ???)


2003.12.10
取材1、打ち合わせ1、原稿。
洗面所の収納が格好悪いのに閉口してネットでオーダーした収納家具がやっと届いた。フジサンケイの通販である。オーダーしたからなんと1カ月もかかっての配達だった。なんとも情けないネット通販である。もう二度と頼まない。
当然のことながら組み立て式で、当然のことながらそんなことをしている時間はない。従ってやっと届いたというのに、しばらくは放置プレイだ。
一方、やはりネットで見つけた和歌山の農園から梅干しが届いた。昼に一コ食べてみたら、あまりの旨さにびっくり。ほっくりとした柔らかさで、味は最初は酸っぱくて途中から甘くなる。当然のことながら着色料その他一切無添加。自分の農場で採取した梅に自然素材だけで漬けたものである。今後はこの梅干しを食べ続けることに決定だ。
梅干しは昔から医者要らずと言われてきたが、俺の場合は尿酸値を下げることが目的である。目論見通り、先日の検査では下がっていたぞ。反面、塩分が気になるところだが、海藻が摂りすぎた塩分の体外排出を助けてくれるので、梅干しと一緒に海藻サラダをばくばく食っている。おかげで血圧もどんどん下がって、至適という判定だ。 かっかっかっ。
最近工作に目覚め始めた息子のためには、針を使用しないホッチキスが届いた。紙をごにょごにょっとくりぬいてくっつけるものである。息子はこれを手に、家中のいろんな紙をバッチンバッチンくっつけて喜んでいた。
夕刻は、アマゾンから押尾コーターローのライブDVDが届く。すげえ楽しみに待っていたやつだ。だがしかし、当然のことながら見る時間がない。しょうがないから仕事を片づけて深夜にぼそぼそと眺めるのだった。
なんだか通販三昧で、嫌みな俺だなあ。でも、明日には頼んでいた本と、再発売なったS&GのCDが届く。まったくネットショッピングは便利だよ。田舎のための技術であるが、こんな便利なもの、都会でも使わなければもったいない。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ウォーキングマガジン」


2003.12.09
取材5、原稿。
世界は矛盾と波乱に満ちている。
イラクの平和は国際的大義である。カネは出すから汗をかくのは勘弁してという論法は、世界の数十カ国が復興に参加する中で全く通用しないだろうね。(通用しないと言えば、社民党福島瑞穂の街頭演説をテレビで耳にしてびっくり。これほど言葉の届かない政治家というものは空前絶後ではないか。もうあの党はおわりだな)
笑っちゃうのは自衛隊で、身内の人間が自ら「派遣に反対」と表明していることだ。これってさあ、消防士が「火事場には行きたくない」って言ってるようなものじゃないの?
普段、税金使って戦車に乗ったり機関銃撃ったりしてるのはなんなんだろうね。ちょっとあきれちゃった。
ともかく皆さん、テロには気をつけましょう。暮れから正月。呑気に暮らせる日本であって欲しいものであります。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.12.08
取材2、原稿。
毎月の検査の結果を聞くために、あサひクリニックに行く。結果は上々。さらによい数値が出ていた。無味乾燥な数字を並べてもしょうがないが、ここを見ている親戚一同を安心させるためにも書くと、空腹時血糖値102(正常値109以下)、A1Cヘモグロビン4.9(正常値5.8以下)、尿酸値6.8(正常値7.0以下)と、まったくの健康体。ついに尿酸値も正常へと戻ったのだ。ついでに1カ月前の数値ではあるが、中性脂肪はなんと55である(正常値149)。
どうです、この素晴らしい数字。「これでは健康体だから保険が下りない、どうしよう」と医者も困るほどの結果なのだった。
要因はいろいろ思い浮かぶが、毎日1時間以上歩いていることと、ご飯を玄米にしたこと、梅干しを食べていること、そば茶を2リットル以上飲んでいることなどが上げられる。
そのような良好な結果を胸に、今度は妻と一緒に丸の内の東キョウ三ビシ銀行本店に行く。妻の定期預金解約のためだ。
いやあ、さすが都市銀行の優等生、東キョウ三ビシ銀行の本店。天井の高い威圧的なロビーに、ものものしいカウンター。座っているのは「アタシは丸の内の本店の女よ」と首からぶら下げているような行員で、お前その顔を作るのに今朝は何時に起きたんだよ、と突っ込みたくなるようなメイクが並んでいるのだった。
ここに乳飲み子を抱えて突入したのだから、我が家もたいしたもんである。師走の月曜日、娘は泣きわめき、俺はその娘を抱えてソファでミルクを与える。そのわきでは息子が「おせんべ、ちょーだいー」と叫んでは、ばりばりと煎餅を食っている。それを片目に見ながら、妻はカウンターで「定期、全部解約っ」と言ったのだから、カウンター女の早起きして苦労した作った顔も少しばかり歪んだのだった。
その金をスタ銀に送金して、ともかくこれで借り換え大作戦は一件落着。平日のランチタイム間近の丸の内の表通りを、ベビーカーを押しながら歩いて帰ったのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」久々に読んだなあ。西川きよしの人物レポートに感心。あの腰の低さって素だったのね。島田伸介が「絶対に何か魂胆がある」と十数年疑い続けて、やっと「素だったんだ」と納得したという話がおかしかった。


2003.12.07
原稿。
新潟へ帰る俺の両親を東京駅まで送った後は、東雲のジャスコで年賀状の注文。今頃になって大慌てで頼んだのだった。
夜になってテレビを見れば、おろろ、香港とサッカーやってる。ふん、どっちが勝つかではなくて、日本が何点取るか、という試合だな。ところがなんとPKによる1点だけ。なんとも情けない。ブーイングしろよ、サポーター。
ゴールマウスに嫌われたボールが入っていれば大差がついたはず、という評も見られたが、そういうレベルのコメントをする試合ではないだろう。それは、格下が格上相手に善戦したときに慰めるための表現ではないか。
それはともかく、この試合でもジーコは小笠原-奥というように同じポジションでの選手交代ばかり3人やった。いつもそうである。同じポジションでの交代ばかりなのだ。
この単なるコマの置き換え交代には、フォーメーションを変えて戦術を変える、という目的はまったくない。ということは、選手にも観客にも何のメッセージも伝わらない交代である。
これって、ダメじゃん。いつもそうだなんて、ダメ監督じゃん。
まあ、ジーコならなんとかなるだろ。そう思ってた俺が甘かったか。トルシエより明らかに劣っているのではないか。変にトルシエ時代の記憶を引きずって「俺たちは強い」という思い出だけが残っていたりするから、むしろ逆にマイナスになっているのではないか。
このまま予選に突入してよいのか、俺、すげえ不安になってきた。川淵がジーコ変えるわけはないから、不安は募るばかりだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.12.06
娘のお食い初めを、俺の両親、妻の両親を自宅に招いて行う。
生まれたときの体重が、わずか2,375g。未熟児寸前。4人の祖父、祖母が異口同音に「今だから言うが、あのときは将来どうなることかと思った」と吐露するほど小さかった娘も、誕生100日を過ぎた今は立派な健康児になった。
保健婦が「小さく生まれたとは信じられない」と口にする優良児ぶりは、ひとえに母親である妻の献身によるものだ。もっとも周囲は心配していても、妻も俺も、ちっとも心配していなかったのも事実。少々ちびだが健康に育っていくはずだ、という絶対的な自信を持っていたものだった。
根拠のない自信ではあったかもしれないが、でも、それが親というものだろう。心のどこかに、どんな子供に育っても完璧に面倒見てやるという覚悟があったから、何も心配しなかったのかもしれない。ともかく、その絶対的な自信に応えて、よくぞ大きく育ってくれたものである。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」


2003.12.05
取材1、打ち合わせ1、原稿。
俺自身はそんなつもりはなくても、時々、つい高圧的な言葉や態度を取ってしまうことがあるようで、非常に反省はしているのだが、自分でも困ったやつだと思っている。自分としては相手に返して欲しいという程度の軽いプッシングだったりするのだが、相手はそれを反則すれすれと受け取ることもあるわけで、やはり自重は常に必要なのだろう。内省的ではあるが。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」「人を視にいく」佐野眞一・ちくま文庫。ノンフィクションの分野では大御所の作家であり、基本的にとても面白い。しかし人によって評価が違うこともあるようだ。ま、人物ものなら、たいていのものが俺は好きだけど。


2003.12.04
取材4、原稿。
戦争終結宣言してからのほうが、戦争中よりも死者が多いという間抜けな様相を呈しているイラク戦争だが、外交官殺害へのマスコミの反応は実に不思議なものではないかと思う。もちろん事件そのものが痛ましいものであることは事実であろう。んが、しかし、イラクの地ではその何十倍もの数の無垢の市民がいわれなき攻撃にさらされて命を落としているのであり、そのことに対してはほとんどベタ記事扱いというのは、まったくどうしたことなのか。身内に対してはとことん甘い、お涙ニュースなら任せておけという、不思議な国だ。
などということはともかくとして、なにしろ最近は娘の睡眠時間が無茶苦茶で、それに付き合っている親の生活も無茶苦茶。この日も3時にやっと寝たかと思ったら4時に起きて(どちらも朝の、である)、俺は結局2時間しか睡眠時間を取れなかった。妻も似たようなものである。やれやれ、何人もの子供を育てた昔の人は本当に偉かったものだよ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「週刊文春」


2003.12.03
取材1、原稿。
熱を出した娘をクリニックに連れて行き、あとは妻に任せて、12時13分の新幹線に乗って大阪に向かった。日帰り取材である。
御堂筋は銀杏が鮮やかに色づいていた。午後遅めにインタビュー。2時間弱で終了し、17時40分発の東京行きに弁当を持って駆け込む。
車中では初めての試みとして、携帯電話での原稿書きに挑戦。取材したばかりのメモを見ながら、容量の関係で500文字を親指で打っては自分のパソコンにメールした。およそ2時間かけて5画面、約2500文字の原稿を書く。のろのろした書き方しかできないけれど、それがかえって書きながらの推敲になったりして、面白いものだなあと実感。
帰ってから残りを書き足し、全体的に整えて、早々とメールで納品。夕方に大阪で取材した原稿をその日の夜に送ったのだから、さぞやびっくりするだろう。
と思ったら、案の定「早すぎます」という返事。いやあ、まさか深夜の12時近くにまだ会社に残っているとは思わなくて、俺のほうがびっくりしたよ。
しかしこんなことを書くと、これからは移動中に原稿書けよな、と言われそうだなあ。うーん、親指がつっちゃうよう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ウィークリー・ヨミウリ」(最近ではアエラより面白い、こともある)「強くて寂しい男たち」(永沢光雄/ちくま文庫。このライター、案外好きなんだよね。名著「AV女優」を読んだときはびっくりしたもん。俺と同世代なのだが、その取材原稿がなんというか、対象と同時に自分自身をも赤裸々に語っていて、こういう距離の取り方もあるのかと感心したのだ。沢木耕太郎を目指して沢木耕太郎になれなかった、しかし、独自の世界を築き上げたライターである。とても読ませる内容なのだ)


2003.12.02
取材4。
いや、びっくらこいた。何がって、鹿嶋が秋田と相馬をクビにしたことである。市原が中西をクビにしたのは、貧乏チームゆえに「お互い不幸な関係だったんだなあ」と納得もできたが、Jリーグ優等生の鹿嶋が人気者で功労者の二人を一気にクビにするなんて。柳沢を売ったカネでも足りなかったか。
サポーターたちは激怒ものだろうなあ。秋田がにっくきチェ・ヨンスの鼻面に頭突きをぶちかましたシーンや、相馬が鬼の形相で左サイドを駆け上がってセンタリングするシーンが懐かしいよ。
よーし、こうなったら中西も秋田も相馬も、まとめてアルビレックス新潟が引き受けてやる。山口モトと一緒になって、フランス大会チームの再生だあ。ちょっとワクワクしてきたぞ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.12.01
取材1、打ち合わせ2。
12月に入ったとたん、全開バリバリモードだぜ。冷たい雨の東京を駆けずり回って打ち合わせやら取材やらをこなし、家に帰ってからは息子を風呂に入れてから深夜まで原稿と格闘だ。ああ、もっと遊びてえよう。んがしかし、ローン父ちゃんにそんな甘えは許されないのであった。ともかく今週はゲロゲロの野良仕事モードだぜ。 本もまともに読めないなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.30
前日に原稿は全部片づけたので、今日は朝から有明のTFTビルへ行く。シャワーツリーを眺めた後は、100円ショップでクリスマスの飾り付けを買う。しかし本当に100円ショップというのは、凄いよなあ。すさまじいというか。価格って一体なんだろうと考え込んでしまう場所だ。
その後、久しぶりにランチバイキングをして(明日定期検査だというのに)体によくないものばかりを食べてしまった。
いよいよ12月。今週は忙しいのである。とほほ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.29
終日原稿。
冷たい横殴りの雨が降る、灰色の一日。ま、晩秋だしね。家族が風邪気味のせいもあり、一日外出せず、原稿仕事。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.28
打ち合わせ2、原稿。
スター銀行の口座が正式に開いたので、とりあえず確認のために東京駅から歩いて日比谷支店に行く。郵便局からも手数料なしで引き落としができるのがウリなのだが、最初ぐらいは、と思って担当支店まで足を運んだのだ。
残高ゼロなので(ゼロ円でも口座が開けてしまう)、とりあえず1万円を入金してみる。ついでにネットバンキングも申し込もうと思って、受付に用紙をくれと言ったら、「どうぞどうぞ」と2階に上げられてしまった。ついでに、驚くべきことに「コートをお預かりします」とまで言われてしまって、3500円のエディバウワーのブルゾンをはぎとられてしまった。ここまでやるか、銀行のくせに。
ネットバンキングは申し込んで10日ほどかかる。開通すれば、利便性は一気に高まるのだった。
続いてその足で内幸町の交差点から日本橋まで歩いて、ミツトモ銀行に行く。ここで司法書士と待ち合わせて、ローン借り換えの最終手続きをするのだった。
朝一番でスター銀行から融資が実行され、それが瞬時にして全額住宅金融公庫に引き落とされていた。通帳でその確認を行う。改めてみると、うーむ、すごい。ン千万というカネが一瞬にして俺を素通り。右から左へと流れていったのだった。 ともかくこれで住宅金融公庫とは縁が切れた。世話んなったな。
同時に、定期預金を解約してそのまんまスター銀行の俺の口座に移す。あれよあれよという間に、いろんなカネが右から左、上から下へと流れていったのだった。これで基本的にミツトモ銀行とも縁が切れた。口座は残しておくけどね。あとはスター銀行と長い長い付き合いが続くのだった。
月末の金曜日とあって銀行は大混雑。ATMもうんざりするような長蛇の列。でもスター銀行なら全然並んでいないし、郵便局でだっておろせるもんね。変なところに優越感を覚えながらスキップして日本橋を歩いたたんごちゃんなのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ウェッジ」JR東海の発行しているビジネス雑誌。これ、案外と好きなのよ。辛口でズバズバと提言してるし、後半のコラムページが異常に面白いし。特に溝口敦の連載は最高だ。日経ビジネスなんかよりよっぽど面白い雑誌なのである。なのになぜいつも買わないかというと、JR東海に行けばただで読めることと、どうもヒモつき雑誌という性格がいまいち安心できないからなのだった。


2003.11.27
終日原稿。
根拠のない実感というか、数少ない知り合いの中での傾向というか、静岡の人間というのは、サッカーが大好きか大嫌いか、どちらか極端に振れるようだ。
大嫌い派の代表であるコナガイさんによれば「勉強ができなくて行儀も悪かったどうしようもないダメ小僧が、たまたまサッカーがうまいというだけでもてはやされている」という風潮に我慢できないらしい。
確かにサッカーの連中は、例えば野球などと比べると明らかに行儀が悪い。ニューヨークに行った野球の松井が支持されているのは古き良き日本人の精神というものが彼の中に息づいているからで、そうした匂いのするサッカー選手というのは、例えば森島ぐらいしかいないのではないか。
もっとも同じ静岡のサッカー大嫌い派の雄、キべさんはラグビーが大好きなのだが、俺はさっぱりラグビーがわかんないので、どう受け止めていいか、困ってしまう。前にボールを投げちゃいかんという変なルールはともかくとして、ノーサイドの精神に代表される青臭さがどうにも俺の体質と合わない。
格闘技でも真剣勝負のK-1やPRIDEよりも、ルールのいい加減なルチャ系や見え見えの軍団抗争、乱入騒ぎが好きだからなあ。その延長線上にあるのだろう、サッカーのアジア予選ではトルシエ率いるカタールとぶつかって恩讐の対決にならないかと密かに期待している。
って、なんだかこれって、日記じゃなくてコラムだよなあ。
そうそう、書き忘れてたけど、アルビレックス新潟のホームの平均観客数って、野球のヤクルトより多いんだって。すげえ、と思いましたね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.26
取材1、打ち合わせ1。
朝刊のトップ記事で、大手都銀(りそなを除く)が黒字だと書いてあった。
えっ。あれだけ大騒ぎして、税金を投入して、それで今度はいきなり黒字でございますか。釈然としないなあ。いくらなんでもなあ。
人様の懐具合を気にするのは下品だが、しかし、朝からどうにも気分が悪かった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」日本橋のスタンド新聞屋一日早くフライング発売しているのを購入。高田がカネコ・タツヒトと出した自伝(それにしても何という臭い組み合わせだ。自意識過剰の二乗だな)が暴露ものと評判らしい。いいじゃん、それも呑み込んで楽しむのがプロレスなんだからさ。


2003.11.25
取材2、打ち合わせ1、原稿。
冷たい雨が朝から激しく。まあ、11月も終わりだしなあ。今までが暖かかったので、これが平年なんだろう。
ところで26日の大地震はどうなるのだろう。ぶるぶる。もし1月に持ち越したりすると、けっこう案配悪いなあ。そんなことはありえないが。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.24
妻がミシンを買いたいというので、有楽町のビックカメラへ行く。妻は、手芸とかがけっこう得意なのだ。子どもたちのためにいろいろと手製のものを作ってやるのだろう。春には幼稚園だが、そのお弁当袋を作るだけでも楽しいだろうなあ。
ボーナスシーズン前のビックカメラは、ふう、うんざりするような人出。デジタル系のメーカー各社が過去最高益というから、不況はどこ吹く風なのだろうか。どうにも実感がないが。そういえばヤマハってもう楽器の会社じゃなくて、携帯電話の着メロ用の半導体で儲けている会社になってしまったらしい。ちなみに「着メロ」って登録商標だって知ってた?
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「牛乳には危険がいっぱい」フランク・オスキー/東洋経済。今や牛乳はタバコと同等に健康を脅かす存在と認められている。アレルギー、貧血、心筋こうそく、脳卒中、がんといった病気の原因ともされていて、決して完全食品などではない。こう書くと、危ないことだけをあおる週刊金曜日系あるいは生協系の本のように受け取られかねないが、そんなことはなくて中身はまじめな科学本である。それだけに背筋が寒くなる。なるほど、やはりそうであったか。いろいろな流れから、ひょっとして牛乳がおかしいのではないかと薄々感じてはいたのだが、案の定だったか。かくいう俺は、この9月からぴたりと牛乳を飲むのを止めた。


2003.11.23
「とてもいいところだけれど、冬の間の陰鬱な空にはどうしても耐えられなかった」と言って、定年になるやいなや家を売り払って神奈川に引っ越した人がいたっけ。それほどまでに新潟の冬は暗く、厳しく、陰気くさい。
高校野球で甲子園に出ても必ず一回戦負けがお約束で、あらゆるフィールドスポーツが弱いのも冬の間戸外での練習が全くできないからである。人は家の中に閉じこもって、ひたすら雪が消えるのを待つ。それだけに春の訪れは何よりも有り難く、幸せなものに感じられるのだ。
というわけで、ここで負けたら満天下に恥をさらすことになるところだったアルビレックス新潟。無事に最終戦でケリをつけ、念願のJ1昇格である。
「亀田製菓」と大書されたオレンジ色のユニフォームを着た選手たちが、フィールドで歓喜の舞だ。あの山口モトが顔を覆って泣いているのがとても印象的だった。自らのスーパーカットでジョホールバルを勝ち抜き、実力でワールドカッププレーヤーの称号を勝ち取ったほどの選手が、地方のJ2チームで号泣するその姿は、このチームにかける思いのほどを物語っていて、本当に美しかったなあ。おそらくこのチームの選手のほとんどが新潟県人ではないのだが、その人たちが新潟のために人目をはばからず泣いているという事実が、新潟を後にした人間には嬉しく、まぶしく、有り難かったのだ。
弟によれば、今ではサテライトの試合にも1500人の観客が集まるという。フィールドスポーツ不毛の、出れば負けの敗者根性の染みついた土地に、ようやく希望の持てるシンボルが誕生したのだろう。県民性を知る人間からすれば信じられないほどの盛り上がりようだ。季節は晩秋だが、まぎれもなくアルビレックスは新潟県の春となったのだ。
と、美しくまとめたわけだが、こうなったら我々もアルビレックスを応援しなければならない。私はとうの昔に後援会申込書を入手済みである。優勝したらと思っていたので、早速入会の手続きをしなければ。息子にユニフォームを着て、おやつは亀田製菓の柿の種にしようと思ったが、それだけはやめなさい、と妻に止められてしまった。
なお、ここを見ている丹後家親族の皆さん。あなたたちもすぐにアルビレックスの後援会に入るように。わかりましたか。大宮のナオコちゃんも、わかりましたか。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.22
いやあ、凄かった。
何がって、東京すター銀行である。住宅ローンの借り換え騒動の山場である契約が本日行われて、そのためにス銀の日比谷支店まで行って来たわけよ。そこでの対応が、まあ、凄くてびっくり。
そもそも土曜日の契約も全然大丈夫、というところから凄い。最近では三イ住トモ銀行が、木曜日の7時まで住宅ローン相談会をやっていると威張っているが、平日の7時に終わる相談会なんかに普通のサラリーマンが参加できるわけないだろうということがわからないようだ、この銀行は。都市銀行がこういう感覚だから、新興のス銀の対応が目を引く。
カウンターがなくて受付を通す店舗も新鮮だが、驚いたのは先方の対応で、アポの時間に表れた担当者は子供ににこにこと話しかけたかと思うと、おしめやら何かが入った大きなバッグをさっと奪い取って運んでくれたのだった。ホテルマンとなんら変わることのない自然な対応だった。いやあ、びっくり。
商品そのものの凄さ(預金とローンの差額にのみ利息がかかる。つまり預金すればするほどローン金利が下がる。)に加え、こうした対応は、他の都市銀行には決して真似のできないことだよな。およそ都市銀行を訪れて気持ちのいい対応をされる人なんて、ほとんどいないし。
そういや理想的なりソな銀行が、花王の接客ノウハウを導入すべくコンサルティングされたそうだが、結果として窓口の連中が立って接客するようになったらしい。「金を扱うという理由だけで、客を立たせて自分たちが座っている根性が曲がっている」というのが、指導した花王の言い分だ。よくぞ言ってくれたわい。
ス銀での契約は1時間で終了。その間、息子と娘が大騒ぎ。耳元では契約担当者が一生懸命早口で説明。終わったらぐったりして、妻と「嵐のような1時間だったなあ」と顔を見合わせたのだった。
ともかくこれでローン借り換えの山場は終了。あとは月末にテートーケンというものを抹消するだけ。いや、本当はその後にも諸々の面倒な手続き(引き落とし口座を移したり、振り込み口座の手配をしたり)があるのだが、ともかく大きな山場は終わって、ふう、ホッとしたのだった。
それにしても凄い銀行だ。聞けば彼らは自分たちのことを銀行とは思ってなくて、一つの事業会社と思っているらしい。銀行とはレベルが違うのも、さもありなんだ。もう都市銀行は絶対にかなわないな、この銀行には。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.21
原稿。
前夜から娘の目やにがひどく、夜に小児科に診てもらったらどうも頼りにならなくて、今朝になって臨海病院の眼科に連れて行った。新興病院ながら患者を大切にする姿勢が伺えて非常に好感の持てる病院である。
幸いにして娘の目は大事ではないようで、点眼の上、様子を見て、1カ月後に再診すればよいということになった。それよりも気になったのが、待合室にマスク姿の子連れが非常に多かったこと。最近ウィルス性の胃腸炎が流行っているらしいが、その影響だろうか。今年の冬はSARSにインフルエンザの重なることが懸念されるので、こうした光景にはとてもナーバスになってしまう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.20
一気に冷え込んで朝から雨。マンションのエントランスに突然ジュースの自動販売機が登場した。あれまあと立ちすくんで眺めていたら、通りかかった知り合いのお母さんも「あらー」と発して呆然。そうなのだ。こんなところに自動販売機を置かれたら、子持ち世帯としてはえらく迷惑なのであった。
ジュース買え、今買え、すぐ買え、買わなきゃ帰らない、ここで泣いてやる、ひっくり返ってやる。子供のそんな暴発が、毎日のようにここで繰り広げられるだろう。
それだけならまだしも、どこかのお母さんが根負けして買ったりしたら、もう大変。なんでタローくんは買ってもらえるのだ、ハナコちゃんだけが買うのはずるいと、とんでもない近所迷惑になってしまうのである。
管理人に問いただしたら「置いて欲しい、という住民の方もいましてねえ」と、こらえてくれと言わんばかりの表情。やはりそうか。かつては散々利用していた自動販売機も、子持ちとなった今は、邪魔者の存在。そんな身勝手は知ったことではないとばかりに、真新しい自動販売機は派手なイルミネーションをチカチカと点滅させるのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「週刊プロレス」なんと、橋本のゼロワンに長州が上がるかもしれない。橋本、大谷と、長州には恨み骨髄の奴ばかり。まともな試合にはならず、久々に本物の喧嘩が見られるかもしれん。/「ビッグコミックオリジナル」誰か"あぶさん"をやめさせろ。"黒沢伝説"は最近ちょっとパワーダウン。/「ウォーキングマガジン12月号」単に"歩く"というだけで毎月雑誌を作って売らなきゃならないのだから、心底ご同情申し上げる。内容が薄く、強引なのも、まあ、しょーがねーだろ。/「ブラックジャックによろしく第7巻」うう、相変わらず重い、暗い。ガン編、2巻目になってもまだ終わらず。これを読む誰もが、このガン患者に自分自身や家族の姿を重ねて、絶望するに違いない。心底めげちゃう話だよなあ。ぜひ1巻から通読されるよう。/「しなやかな玄米菜食」関根進・太陽企画出版。週刊ポストの編集長まで務めた著者だから、まあ、そんなにうさんくさい本でもないのだ。驚くのは、この人、胃ガンになったというのに手術を拒否して病院を逃げ出し、玄米食を中心とした自己流の食事療法に切り替えてガンを消し去ったということである。5年が経過しているというから、また、たいしたものだ。基本的に現代の日本の食事が人間の体を蝕んでいるというのは事実だと思う。なにしろ私自身が食事の内容を変えたことで体質改善に成功したのだから。肉と脂と砂糖は口にしない。玄米と野菜を中心に、腹七分だけ食べる。毎日一万歩を歩く。お茶か水を2リットル飲む。それだけでも十分に健康な生活を取り戻せるのだ。次の問題は牛乳である。どうも現代の健康被害の大きな原因の一つには牛乳があるらしいということが見えてきたぞ。


2003.11.19
取材3。
勤務時間外ゆえか、打ち合わせコーナーのソファに堂々と転がって日本代表の試合を応援しているオザキくんが、「あれえ、もう次のワールドカップの予選が始まるのか、早いなあ」と驚きの言葉をもらす。まあ、これは日本中の実感だよなあ。2002年大会なんて、本当についこないだだったものね。
ワールドカップで本当に面白いのは本大会ではなくて二次予選なのだが、あの興奮を味わえるのも、案外もうすぐなのであった。
で、当の代表チームだが、ちらっと5分ほど見た限りでは、まあ、ほどよくまとまってきた感じはするけど、ちょっと角度を変えれば単に腰が引けているという言い方もできなくはないという印象だ。例えば小野が、小野にしかできない絶妙のパスをぽーんと送るのに、その受け手が受けるべき場所にいないというのは、やはり攻める形ができていないということなのだろうな。一つあげるなら、サイドがもうちょっと激しく上がらないと(かつての相馬のように左サイドを一生懸命駆け上がるのだ)、世界のトップチームの陣形を崩すことは無理だと思うよ、俺でも。
そんなことを思いつつ、時折打ち合わせコーナーに響くオザキくんの「うおー」「うひゃあー」「こえー」「あちゃー」という叫びを耳にしていたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「チェーン・スモーキング」沢木耕太郎・新潮文庫/若書きの感じがするものもないではないが、ともかく極上の味わいのエッセイというかノンフィクションというか。こういう素晴らしい筆運びは、ぜひ見習いたいものである。そうだ、私もこれからは「私」という一人称を使えば、多少はまともな文章が書けるのではないか。


2003.11.18
取材1。
ここ、辺境の地・潮見には、レンタルビデオ店というものがない。ニーズは確実に存在するのだが、いかんせんマーケットが小さいらしくて、商売にならないと見られているのだろう。
しかしそんな辺境の地を救ったのが、最近人気のオンラインDVDレンタルサービスである。
これはWeb上で借りたいタイトルを申し込むと、郵送でDVDが送られてきて、見終わったら専用の封筒でポストに投函するというもの(切手不要)。月に10枚までなら1880円、無制限なら2980円だ。しかも延滞料なしで、返却はいつでもいいそうだ。これって、すげえ便利じゃん。まさに辺境の地のためのサービスだ。
早速会員になろうかと思ったけど、でも、現実問題として二人の子供に追い立てられて家事諸々の片づくのが深夜という現状で、果たして見る時間があるのかということになり、まあ、いずれ落ち着いたらにしようとなったのだった。
ところで辺境の地と言えば、忘れてならないのが、風の谷である。そおである。ナウシカなのである。たんごちゃんオールタイム・ベストワンに輝く、傑作映画なのである。しものけ姫も、千も、トトロも、ナウシカの前にはかすむのである。
そのナウシカがついにDVD化されて、本日、アマゾンから届いたのだった。これはフライングか? まあ、いいや。なにしろ7月の時点で「もしDVDになったら買いますか」リストで予約していたので(アマゾンでは実際にこういう予約ができる)、早速に届いたのだった。
フィギュアこそ持っていないが、かつては1週間に10回以上も映画館に通ってナウシカを見たというたんごちゃんである。一人ナウシカといって、ナウシカの名場面を一人で再現するという特技を持っていて、時々家で披露しては鬱陶しがられているたんごちゃんである。
やれ、嬉しや、待ちに待ったDVDの到着なのだった。しかーし、子供に追いかけられてやっと時間ができたのは12時近く。また今度でいいや、と結局見ないでしまったのだった。なんのこっちゃ。
ところでまるで話は転じるのだが、日テレの視聴率不正操作について、新聞がその視聴率至上主義を責め立てているけれど、末端の販売店のケツをひっぱたたいて部数獲得戦争を繰り広げている連中がよく言うよなあ、とあきれる。「視聴率ではなく、内容の質で番組を評価するようにすべきである」なんて、まさに天に唾する新聞の発言だ。「部数は落ちてもいいから、記事の中身で勝負だ」と、一度でも言ってみてから発言してもらいたいものである。
批判すべき本質は、わずかビデオリサーチ1社のどうでもいいような調査機械に牛耳られてしまっているという、視聴率判定・評価のシステムそのものの貧弱さにあるのではないか? わずかばかりのカネで、ヤクザな興信所が簡単に見つけだし、すぐに操作できちゃうというシステムは、いくらなんでも情けないよなあ。
第一、犯罪じゃないんだから(裏金流用は犯罪だけど)、そんなに騒ぎ立てるほどの問題じゃないって。それを騒ぎ立てるなら、無料配布や野球のチケットで部数を伸ばしている新聞だって似たようなものだと思うし。
ついでに言えば、日テレの内部調査委員会の面々、お手盛りもいいところで、ま、業界全体が大人の対応をしてるってことだわな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「新潮45」最凶の漫画家・サイバラがついに旦那のカモシダと離婚。そりゃあ、昼から酒飲んでちーっとも働かない旦那じゃ、家を追い出されるって。ン億と稼ぐ嫁さんならなおのことだ。で、そのサイバラが、こちらは最凶の未婚の母である柳美里と対談。いやあ、抱腹絶倒。特に間にはさまれているサイバラのマンガが、離婚して解き放たれた野獣のようで・・・。


2003.11.17
昨日、妻に携帯で連絡したら、こっちらの声がほとんど聞こえないことが判明。どうやら電話が壊れちゃったらしい。まったくひ弱なことよ。もちろん罰当たりなことに修理より買い換えが安いわけだから、しょうがなく機種変更のために有楽町のビックカメラに朝イチで出かけたのだった。
使い勝手があまり変わるのは面倒だから、同じシャープの機種を寄越せと店員に命じる。店員「ついでに自宅の電話をKDDIのマイラインに変更しませんか。2000円引きますよ」という訳のわからんサービスをすすめる。まったくKDDIってば、なんともおかしなキャンペーンをやるもんだ。当然あっさり断って、さっさと機種変更の手続きをするように命じる。
この店員はビックカメラの人間だが、担当のカウンターにいたのは、ありゃあドコモだな、きっと。40分ほど待たされて、機種変更おわり。ドコモポイントというのが溜まっていて3000円の値引きだったのだ。よくわからんが。
なわけで、新しい携帯になったのだが、面倒なのでデフォルトで使っている。そういや、今は前の携帯電話機って、そのままくれちゃうのね。当然もらって、息子のおもちゃにするのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.16
小学校時代からの親友であるカズヨさん一家が遊びに来てくれた。長男のサクヤくん、長女のアヤハちゃん、いずれも我が家よりちょっとだけ年上。ご主人も含め、毎年二回ほどお互いの家庭を行き来する付き合いが続いている。
とってもいいご夫婦で、半年に一度お会いするのが楽しみなのだ。一年前にお会いしたときは「今度は温泉でもいって、飲みながら話そうよ」ということになっていたのに、半年前に会ったらこっちのお腹が大きくなっていて「子育てが一段落したからだねー」となったのだった。
本日はサクヤくんとうちの息子がずっと大騒ぎ。二匹の怪獣が暴れるのを、父ちゃん二人、公園でのんびりと眺めていたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.15
というわけで、久しぶりに家族そろってお出かけ。おせんべいを食べたいという息子のリクエストに応じ、浅草へ。例によって焼きたてのせんべいを買って歩きながら食べ、屋台で焼きそばを食べたのだった。
楽しく遊んで帰ってきたら、なんとアルビレックス新潟がJ1昇格を逃していた。あと一つだったのに、情けない。平常心というのが難しいのかねえ。しょうがない、次の最終戦にすべてを賭けるか。対戦相手は、おお、にっくきオルディージャ大宮。こんなだっさいチームに負けてはならん。大宮ごときに負けたら新潟の恥。末代まで笑いぐさだ。大宮なぞ、丸めてポイだ。もんく、アルディージャ! 
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.14
終日原稿。
仕事のスピードがのろくなり、加えて息子が暴れ、娘が泣き叫んだりするので、なかなかはかどらないこともある。もちろんそれが苦であったりすることはないのだけれど、その分、どこかで帳尻を合わせなければならないわけだから、どうしても深夜に仕事がずれ込むのさ。ただいま夜中の12時半。
ともかくおかげで今週の原稿仕事は終了。土日は家族のために使える。とりあえず明日は息子を連れて遠出しよう。その間、妻も娘と一緒にゆっくり休めるし。
来週からは再びけっこうな激務。取材と原稿の合間を縫って、ス銀との契約も控えているし。この週末に、できるだけじっくりと息子たちと遊んでおかなくてはね。父ちゃんとしては。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.13
住宅ローン借り換えを申し込んでいたスたー銀行、略してスた銀、もっと略してス銀から朝突然電話が入る。電話というのはだいたいが突然ではあるが。そして、朝の電話というのはだいたいがよくない報せであるが。
ただ今回のは朗報で、ローンの審査が通ったという報せであった。よしよし、新セー銀行とは大違いである。ただ、通ったのはいいけれど、融資の実行を今月中に行いたいので、月末までにテートーケンというものを抹消してくれるよう、三イ住トモ銀行、略して三友銀行、もっと略してえーと、わかんないから、ミツトモ銀だ、そのミツトモ銀に交渉してくれということであった。
え、交渉すか。俺が。天下の四大都市銀行と。しかも「たぶんいろいろと引き延ばしされるだろうから、そこを強引に月末までと押し切ってくださいね、いいですか、やってくださいね」と念押しされてしまったのだ。
うーむ、苦手なんだよなあ、交渉ごとは。でもしょうがない。ここまで来たらス銀は天皇、ス銀は憲法。自衛隊のように、決まったら文句言わずに敵前へおもむかなければ。
覚悟を決めて、すぐさまミツトモに電話。受付からローン係にまわされて、出てきた女に用件を伝えたら「決まりでは、早くても12月の2日ですねえ」というつれない返事。案の定、引き延ばし策に出てこられたのであった。交渉ごとの苦手な俺は、ここは平身低頭しかないとばかり「そこをなんとか。どうにか。ぜひに。ほれ、このとおり。ごめんねごめんね」と迫る。ミツトモ女は「じゃあ、調整はしてみますが。ともかくすぐに書面で申し込んで欲しいので、いつ来られますか」とくる。
えっ、書面が必要なの。電話じゃアカンの。ス銀憲法、略してスケボーはそんなこと言ってなかったぞ。しかし、逃げ腰になっては負けである。ミツトモ女には「行きます行きます、今から行きます、30分で行きます、昼飯時にかかっても行きます」と伝え、俺はすぐさまクルマに乗ったのだ。
もう朝から一日の仕事の予定が狂いっぱなし。ちーとも原稿に取りかかれない。でも、取材のアポがバラシになって本当に助かったわい。これが取材が入っていたら、どうにも身動きが取れなかったところだ。バラシ万歳。などと、昨日の日記とまったく逆のことを言うのだった、この口が。
日本橋の駐車場にクルマを止めて、ミツトモ銀に乗り込む。普通の窓口とは違うところに案内されただけで、既にびびる俺。情けないけど、しょうがないじゃん、四大都市銀行と貧乏フリーランスじゃ。でも、出てきたミツトモ女は、入社2年目程度の姉ちゃんだな。強そうなおばはんだったらどうしようと恐れていたのだったが、これなら大丈夫。勝てるだろう。
そう踏んだのに、あらま、なんということだ、あっさりと「特例ということで、今月中で大丈夫との結論でした。お電話してすぐ来てくださったので、こちらも話が通しやすくて助かりました。お役に立ててよかったですね」との返事。素晴らしい対応である。さすがOne's Nextサービスの銀行である。ちょっと見直したね。四大都市銀行の看板はダテではなかった。窓口で平身低頭、その気になれば土下座だって、という思いはあっさりスカされ、問題は無事に解決したのであった。
もっともハンコを押して提出した書面には「11月28日にン千万、引き落としてください」と書いてある。げほげほ。なんという恐ろしい書面だ。その上で「何時に入金されるから、スケボーさんに確認してご連絡ください。その後に引き落としますので」とミツモ女。今度はスケボーに確実に融資を実行してくれるよう、迫らねばならぬのだった。
大あわてで家に帰り、早速スケボーに成果を報告。「ほうほう、そうですか、よかったですね、では28日の朝イチに融資を実行しましょう」とのことで、まずは一安心。ン千万が落ちない、テートーケンも落ちない、という事態は回避されたのだった。スケボーは「その前にご夫婦で契約に来てください、何日がいいですか」と畳みかけてくる。さらに、これとこれとこれと、書類を用意するように、と追い打ちをかける。俺はひたすら、はあはあ、へえへえ、とうなずくのみだ。
大急ぎで昼飯を食うと、おお、なんということだ、息子の歯科検診の時間ではないか。どたばたと妻と息子と娘をクルマに詰め込み、歯科検診の会場へ。その検診の間、俺は区役所の出張所へいって書類をいくつか取ってきたのだった。
検診が終わったら(結果は問題なし)、妻子を家まで運び、俺はその足で今度はにっくき税務署へ。ここでも書類をもらうためだ。しかしあれですな、平日の午後の税務署って、のーんびりしてますなあ。いや、税務署という存在そのものが浮世離れしているというか、世間様の財布の具合を伺いながら生きているせいなのか、地味に地味に、ダサくダサクと自らを律しているような空気が流れていますなあ。こんな空気の漂うところには、あんまり足を運びたくないし、近づきになりたくないものです。
ともかく書類を取って(1600円!)、狭い駐車場からバックでクルマを出して、ようやっと家に帰ってきたのであった。でもって、書類の整理やら、次の段取りの整理などをしていたら、あららら、今日一日、何もしないで終わってしまった。何もしないのに、やたらと走り回って交渉してぺこぺこして、どっと疲れてしまった。こういう、自分の段取りでコトが進まなかった日は、えらくストレスだ。うっぷんがたまる。
こういう時は、迷わずサケである。と思ったが、実は今日は朝から息子の機嫌が非常に悪く、友達に会って殴りかかったりモノを投げつけたりで、妻は一日中頭を下げっぱなし。息子を怒るのにも疲れ果てて、怒ってる自分がイヤになったという。そうか、俺はサケを飲めばストレスは解消されるが、妻はその持って行き場がないわけで、申し訳ない。
ならば、わかった、今日はもういい。晩飯の支度も何もしないで、一家四人で居酒屋へ行ってメシを食おう。そう決めて、すべてを放り投げて酔っ払いになってしまった次第。
だもんで、ダニくん、ジョボビッチくん、アベさん、お電話いただいたのに酔っ払いで失礼しました。見逃してくださいまし。と、ここでも平身低頭なのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」


2003.11.12
原稿。
予定していた取材が直前になって吹っ飛び(バラシという)、やれやれと言いながら、原稿に向かった。実に取材の段取りというのは難しい。誰もがバラシたいと思っているわけではないのに、なぜかバラシになってしまう。困ったものだ、としか言いようがないのであった。
ところで尿酸値を下げようと思って最近よく食っているのが、梅干しである。酸っぱいのになぜか体をアルカリ性にしてくれる(その仕組みを解説するとややこしいのでやらない)という、素晴らしい食品だ。
もっともスーパーで売ってる梅干しは、添加物の宝庫。最近の風潮として減塩が当たり前になっており、塩分を抑えると当然保存が利かなくなるから、その分を保存剤で補うわけだ。また、本来の酸っぱさが嫌われて、より食べやすくするために甘味料も加えられていたりする。
まあ、トレードオフで考えればプラスのほうが大きいから、さほど神経質になる必要もないのだが、せっかくだからと楽天でよさげなものを探して発注。先日届いた。ところがこれがだまし討ちに近いような形での添加物梅干し。確かによーく見ればそのような表記がしてあるが、しかし、こりゃないよなあ、という感じの製品であった。紀州の梅干しなのになぜか業者は神奈川県大和市になってるし。
それでも早く消費して次の製品を発注したいからぶつぶつ言いながらも食っていたのだが、本日、まったく予期しなかった業者から新しい梅干しが到着。びっくらこいたのだ。
いやね、楽天じゃなくて直接見つけて直接オーダーしたんだけど、それが随分前で、メール送ったのに返事も何もないから、いい加減な業者だと思って放っておいたの。それが何の予告も連絡もなく、突然本日製品を(しかも代引きで)送ってきたのだ。なんつーアバウトな商売だ、こいつは。九州の業者だけど。
もっとも製品は素晴らしくて、たかが梅干しなのに製法特許を取得しているらしい。商品名は「梅スター」(笑)。塩分はずいぶん抑えてあるのに、酸っぱさそのまま。素晴らしいことに熊笹なども一緒に漬けてある。かなり健康によさそうな梅スター(笑)なのだ。早速晩飯で食べてみて、その酸っぱさに夫婦でびっくり。確かに昔の梅干しってこんな酸っぱさだったよなあ。まあ、しばらくはこの梅スター(笑)を食べてみよう。ちなみに「梅スター」で検索すると、どんぴしゃりで当該サイトにぶち当たります。
その後は、今から目をつけている四国の業者の梅干しに切り替えるつもり。食べ慣れてくると、けっこうおいしいものだよ、梅干しって。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」文藝春秋が読みたいけどまだ買ってない。そういや横山秀夫の新作が出るようだが…。


2003.11.11
取材7、原稿。
7人も取材するとさすがに疲れちゃう。トシか。
晴海のトリトンスクウェアは、オープン当初は新しい大型複合施設として注目されたけれど、交通アクセスの悪さがじりじりとボディブローとなったところに、丸ビル、六本木ヒルズの誕生がストレート&アッパーとなってとどめを刺され、ここのところ人気急降下。 来客がどんどん減っているにも関わらず賃料はバカ高いとあってテナントがどんどん逃げ出す事態らしい。
でも、ここはクリスマスイルミネーションがすごくきれいだから、毎年楽しみにして見てるんだよ。今年は人出も減ってのんびりと見られるわい。などというのは、嫌みだわな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「噂の真相」


2003.11.10
打ち合わせ1、原稿。
一気に冷え込んで、12月上旬の寒さらしい。まったく時の流れは速いよなあ。もうすぐ冬なんだものなあ。原稿で疲労困憊なので、こんな程度のことしか書く気力がわかないのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.09
家族で選挙の投票。候補者は4人。
増加学会には死んでも入れるつもりはないし、虚産党に入れるくらいなら棄権するし、善人ぶってる癖に嘘つき二枚舌のじじいには消えて欲しいし、結局消去法で考えれば地味党の浪人候補しかいない。
しかしこの浪人候補も、前回は「正念場」と訴えて落選し、今回はさらにみじめたらしく「断崖絶壁」とチラシで煽ってる。こんな同情を買うような作戦しか立てられない貧相な男に入れるなんて自ら死に票を選択するようなものだが、他に選びようがないからしょうがない。まったく力の入らない選択であった。
昼、サイゲンジのCDがアマゾンより届く。サイゲンジとは最近あちこちでものすごい評判になっているギタリスト、シンガーで、いわく「10年に一度の才能」「聴いた瞬間天才だということがわかる」などと賞賛されている。前から気にはなっていたのだが、「アコースティックギターマガジン」のデモを聴き、ならばと注文したのだった。
感想。なるほどたいした才能だ。ボサノバであるが、その奔放さは大きな広がりを感じさせる。オリジナル曲に固執するよりは、バート・バカラック「Close to you」(カーペンターズで有名だ)の美しさからも分かるように、スタンダード中心で展開してくれた方が、もっと広がると思いが。それはともかく、しかし、そこまで絶賛するほどのものか、というのが正直なところだ。
夕刻、再びアマゾンより映画「さびしんぼう」のDVDが届いたので、夜、選挙速報で真紀子当選、石原落選の報を聞いた辺りで、妻とプレーヤーのスイッチを入れる。この映画を見るのは久しぶりだ。改めて、大変な名作であることを発見。最後のシーンなんて、本当に素晴らしいものなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「アコースティックギターマガジン」(今号は、ネットで見てもつまらなそうだったので放って置いたのだが、実際に買って読んでみたらやっぱりつまらなかった)


2003.11.08
いいお天気なので、家族そろって冨岡八幡宮の酉の市へ行く。娘が三カ月未満だから、家族一緒の外出というのは、ほとんどまだないのだった。今日は比較的暖かく、風もなかったので、問題ないだろうと判断した次第。
冨岡八幡宮の酉の市はこぢんまりしていて、その分、庶民的。息子のために一番安い千円の熊手を買ってやった。隣の深川不動尊では、七五三の参拝で大にぎわい。正装した家族連れがビデオとカメラを片手にニコニコと嬉しそうである。その様子を見ていると、男の子はやはり袴姿がかわいいなあと思ってしまった。
考えてみれば、我が家では息子の五歳と娘の三歳が一緒だから、きっとにぎやかな一大イベントとなるのだろうなあ。あの衣装は、さて、いったいどころで借りてくればいいのだろう。
話はまるで関係なく一気に飛ぶが、大林宣彦の尾道本を読んで、久しぶりに「時をかける少女」が見たくなってDVDを購入。この映画はやっぱりカーテンコールのところだよなあ。近くは「さびしんぼう」も見なければ。あれは名作である。どちらの映画を見ても尾道がとても素敵で、もう4年も行ってないので、また行きたくなってしまった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「大林宣彦のa movie book尾道」(たちばな出版)


2003.11.07
原稿。
病気を患ってから酒はやめたけれど、あくまで原則。週に一、二度は飲んでる。家には酒は一切置かなくなったけれど。
昨夜はその週に一、二度のうちの一度で、新宿・花園神社で毎年恒例の酉の市。もう十数年行ってる。今回は、イズちゃん、サトちゃん、親分が一緒。おでんを食い、日本酒を飲んだのだった。いつもは外で飲んでも押さえ気味なのだけれど、今回は久しぶりに痛飲。親分のクルマで有楽町まで送ってもらったが、寿司を食いたい食いたい食わせろと最後まで騒いでしまったぜ。ぬはは。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」


2003.11.06
原稿。
ローン借り換えプロジェクトのため、今度は東京すタあ銀行日比谷支店に相談に行く。新セー銀行のライバル関係にある銀行だな。いやあ、しかし店舗がすごいね。ホテルみたいなの。カウンターなんかなくて、入り口に受付のお姉さんがいて、いらっしゃいませと要件を聞いてくれる。で、担当者が降りてきて、応接コーナーに案内されるというわけだ。
この銀行の住宅ローンのことを知ったのは、夏の日経新聞の記事だった。興味を持ったのだが娘の誕生前ということで余裕がなく、ほったらかし。それが先日の日経ビジネスに載っているのを読んで改めて思いだし、本日の相談となったわけだ。
新セー銀行のほうは今ストップをかけていて、すタあ銀行の相談結果で比較決定しようと思っていたのだが、比べるまでもなかった。圧倒的な差ですタあ銀行の勝ち。ボブ・サップ対つぼ原人みたいなものか(サップと言えばびっくりしたねえ、曙。セメントだと恐らく圧倒的に曙の勝ちだろう)。
どうして圧倒的に勝ちなのかを説明するとややこしくて退屈で長くなるのでやめるけど、まあ、そういうことだ。一つだけ言うならば、今のまま公庫に返済するよりも、1000万以上も安く済むのである。これからそのための各種手続きに入らなければならないのであった。
息子の教育費もかかるし、保険の見直しもするし、父ちゃんは元気で健康で稼がなければならないのである。玄米を食いながら。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」


2003.11.05
打ち合わせ1、原稿。
久しぶりに会ったマキウラ氏、通称マッキーが俺の腹を見て「ひえー」と驚いた。ふふふ、びっくり大賞のダイエットだね、俺って。
かくいうマッキーも一大決心で先日禁煙に成功した一人である。お互いオヤジだから、健康には気をつけたいね、というのが最近のお約束の話題だ。
この人とは長い付き合いで全国各地いろんなところに行ったが、ついには俺の結婚式で来賓挨拶までしてくれたのだ。陽気な常識人なので、うまくオチをつけて俺のことを持ち上げてくれるに違いない、これで親戚の手前で格好も付くはずだ、という俺の狙い通りのスピーチをしてくれたので、本当に助かったのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」「ビッグコミックオリジナル」(「あぶさん」と「はぐれ雲」、ここまで来たら死ぬまでやらせろと開き直ってるのだろうなあ。歴代の編集長がクビに鎖をつけられなかったのだろう。申し送りの繰り返しで。ここはビッグコミック界の中曽根と宮沢と呼んでおきたいものである。と、我ながらいい比喩を思いついたと悦に入ってる俺であった)


2003.11.04
原稿。
やれやれ、忙しい一日だったわい。
まず朝一であサひクリニックに行き、先日の検査の結果を聞く。良好。血糖値はやや上がったものの許容範囲。「これはむしろあまりメルクマールにならない」(院長談、っても医者は一人しかいないけど)ということで、より重要なA1Cのデータについては明確に改善されていた。
懸念されていた尿酸値については、まだ危険水域ながらも確実にデータは下がり、1年前の状態に戻っていた。食事と運動、断酒だけで効果が見られたので、投薬治療は見送り、このまましばらく推移を見ることになる。ホッ。
驚いたのは中性脂肪で、なんと7月の3分の1まで激減。びっくらこいちまったよ。その他、肝機能、腎機能も含め、尿酸値以外はすべて正常であった。ふふふ。人間、根性だ。気合いさえあれば、なんとでもなるものよ。ふははははは。
と高笑いして帰ってきたら、今度は大急ぎで室内の片づけだ。なんと昼に雑誌の取材が我が家にやってくるのである。ベネッセの育児雑誌「こっこくらぶ」だ。妻が何かのきっかけで写真を出したら「かあいくて気品たっぷりの、お父さんクリソツのおぼっちゃんですね。ぜひぜひお写真をば」と依頼の電話がかかってきたらしい。
あたふたして待っていたら、いかにもカメラマンの乗っているクルマに乗って、3人の女性が登場。出版社の編集担当、外注プロダクションの編集、そのまた外注のフリーカメラマンという構図だった。すぐにわかっちゃう組み合わせだな。
一人わかったような顔をするのも卑怯だと思い、しょっぱなからこっちは正体を明かし、撮影に協力する旨を伝える。取材仕事は慣れたものだからね。おかげで子供と朝の挨拶を交わすねぼすけ父ちゃんという図で写真を撮られてしまった。
息子は「美人が来るぞ」という言葉に気をよくして、絶好調。撮影には非常に協力的だった。さて、どんな扱いで載るのだろうか。掲載予定は「こっこくらぶ」2月号。名刺を渡したので、もしやここを見ているかもしれない編集さん、ぜひに、なにとぞ、ご配慮を。ついでに何か書き物の仕事も。
撮影終了後は、妻が倒れる。なにしろ昨夜は娘が朝まで一睡もしなかったので、妻も一睡もしないで抱いていたのだった。その疲れがたまり、ばたんきゅーであったのだ。
その間、俺が息子をみる。と、「足が痛い」と訴えるので、ありゃりゃりゃと言いながら、朝行ったあサひクリニックへ再び行く。診察室で俺の顔を見た院長は「あらま、今度は咲杜くんですか」と笑う。まったく親子そろってお世話になります。しかも朝と晩で。
で、診察の結果は「診察するまでもなく水虫です」とのこと。唖然。なんつー恥ずかしい、情けない、みっともない。2歳の水虫とは。軟膏をもらい、暗くなった道をとほほと帰る。
帰った後は、息子を風呂へ。テレビの前から離れようとしないのに頭に来て、風呂場で「あ、美人だ」と大声で叫ぶ。すると、呆れたことに息子ったらその言葉につられて本当に風呂にやってきたのだった。しょうがないから俺が風呂で「いらっしゃーい」と女のフリをしてやったら、ずっこけていたが。
そんな息子の様子を見た妻が「まったく誰に似たんだか」と鼻息。待て待て。「俺に似た」とは言えないし、かといって「俺は美人に興味ない」と言えば、じゃあワタシはなんなのさと突っ込まれるわけで、その質問は明らかにこっちのブが悪いぞ。
などと忙しく過ごして、やれやれ、実は今まで原稿仕事。今までったってわかるわけじゃないからちゃんと書けよ、と自分突っ込みつつ、既に夜中の1時を回ってるのを知って愕然。明日も朝から早いのになあ。
この日記、いつも読み返してないから、変なところがあっても見逃してね。もしかしたら見ているかもしれない「ベネッセ」の人。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.03
思えば今住んでるマンションも「後学のため」と見学に訪れて、そのまま購入するハメになってしまったのだったっけ。今回も同じノリである。何がって、幼稚園である。
息子は2年保育で再来年の4月の入園予定なのだが、近所に(歩いてはいけないが)新しい幼稚園ができたということで「後学のため」と説明会に行って、そのまま来年4月からの入園を決めてしまったのである。
これは我が家の住む地区の特殊性も影響している。人口が急増していることを受けた江東区では、(将来を見る能力のないアホな区長と間抜けな役人のおかげで)インフラ整備が追いつかなくて、とにかく幼稚園の類は絶対的に数が不足しているのである。しかもバスでの送迎ということになると、もう2カ所限定なのだ。ここはそんなに素晴らしい幼稚園でもないのに面接試験まである。
おろおろしていたら、いざというときに入れる幼稚園がないという事態になりかねないのだ。
その点、本日の幼稚園は先着順。しかもカネ払って申込さえしておけば、席がちゃんと確保されて、入園はいつでもいいということになっている。
ともかくこれで一安心。来年4月から週2日だけど、息子も幼稚園だ。スーツ着て入園式に行ったりするのだろうなあ、俺ってば。
さて、んなわけで教育費を稼がねばならなくなってしまった。お取引先各様、お買い得です、なにとぞなにとぞ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」


2003.11.02
原稿。
最近の息子、娘は宵っ張りで、息子が寝るのが11時とか12時とか。娘は11時頃に目がさえてきて、寝るのが2時とか3時とか。
おかげで妻も俺も寝不足でへろへろである。本日は午後に息子を外に連れだし、妻に昼寝してもらった。
これから娘の夜泣きも始まるだろうし、やれやれ、子育てはまったくもって体力である。
てなことは別として、仕事がだいぶ一段落。あれれ、11月はあんまり予定が入っていないよ。お取引先各位様、そのあたりよろしくご斟酌のうえ、なにとぞご配慮を。お買い得ですよん。
あ、まったく関係ないけど、先日ローンの借り換えの相談をした新セー銀行から電話がかかってきて、マンションの担保価値を考えたら申込の全額は融資できないので、足りない分600万円を即金で用意しなさい、さもなきゃ貸さないよ、という一方的な通告があった。ろ、ろっぴゃくまん、即金ですと? なんとも貸しはがしな。さすが新セー銀行。
んな大金、どうするかって即答できるわけないでしょ、数日考えさせろ、と電話を切ったのだが、今週はちょっと別の手を考えているので、その状況で判断だ。
この日記、見られてないだろな?
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.11.01
原稿。
生命保険の見直しを、ということで長年の付き合いのあるプるでんシャル生命がやって来た。いろいろと設計し直そうと思ったが、ネックとなっているのが俺の病気である。基本的には割増で受けられるのだが、それも審査次第。近日中に受けて、検討することにする。
その際に解約すべきなのが、郵便局の学資保険と判明。前も雑誌でたたかれていたのをちらっと見て気にはなっていたのだが、改めて検討したらひどかった。基本的に元本割れ。入っていて損する保険である。よくぞこんなものを売るよなあ。って、買う方も買う方だけど。解約という方向で検討し、その後の処理を考えることにする。
などとぶつぶつ考えながら、原稿と格闘。寒いんだか暑いんだかよくわかんない気候だ。さて、長生きでもするべかなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.31
原稿。
東京モーターショーというイベントを幕張でやってるらしくて(面白いのか?)、京葉線はいつも以上に混雑してる。普段もディズニー行きの、血走った目をした連中でうるさいのに、まったくいい迷惑である。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.30
取材1。
朝8時の新宿発の高速バスで、と思ったら満席で切符が買えず、怒り心頭のタマダ氏が窓口に向かって「だったら臨時のバスを出せ」と難詰しているのを羽交い締めにして抑え込み(予約してないんだもの、こっちは)、結局1時間後の朝9時のバスに乗って延々4時間半も揺られて長野県は飯田市に行く。車中ではダマダ氏より「もっと面白い日記を書け」とどつかれる。
飯田市は冬には氷点下10度になると聞いてびっくり。「なんのなんの、諏訪では氷点下20度になるから、飯田は暖かいと言われてますよ」と聞いて卒倒。
ほどよいところに山の見える景色って、なんか心が落ち着くなあ。「山の見えないところでは暮らせない」と言ったのは俺の弟だったが、やっぱり俺もそうした田舎暮らしのDNAを持っているのだろうなあ。そう言ったらタマダ氏には「海に行けば海はいいなあと言うんだろ」とあしらわれる。
帰りは16時のバスに乗り、なんとガラガラの中央道・首都高・甲州街道をスーイスイと走って20時に新宿に到着。はあ、長距離は移動だけで疲れたざんす。
朝は妻子が眠っているところをこっそり出てきたが、帰ってきたら子どもたちは既に寝ていた。なんだか普通の家のお父さんみたいだよね。
「日刊スポーツ」「週刊プロレス」
「プロレス至近距離の真実」(ミスター高橋・講談社α文庫・一昨年の暴露本が売れたため、著者旧刊が文庫化。カネに汚いミスター高橋はこれで大喜びだったのだ。中身はアメリカのナイスガイ・レスラーがいっぱいで嬉しくなった。ディック・マードック、マスクド・スーパースター、ダスティ・ローデス、大好きだったアドリアン・アドニス、本気で強かったペドロ・モラレス・・・)
「光源」(桐野夏生・文春文庫。この作家は、力はあるのだけれど、どうにも好きになれない。肌が合わないというか。何冊か読んだが、これも文庫で出張には重くなくてちょうどいいから買ったが、読後感がどうにも納得できなくて、たぶんもういいや。話題の「グロテスク」もちょっと食欲がわかない)
「徹底解剖痛風」(西岡久寿樹・法研。出た、病気本。最近の俺の得意ジャンルの一つだな。これでもう痛風のメカニズムも対処法もばっちりマスター。痛風博士と呼んで・・・というパターンは置いといて、こういう本を夕刻の長距離バスのシートに身を沈めながら読んでいる中年男というのは、ものすごくうら悲しくて、侘びしげに見えるのだろうなあ。冴えないおっさんと思われたかも。いや、待て、ちゃんとプロレス本も読んだし、沢木耕太郎のエッセイもほら持っていったし。あ、そうえば思い出したけれど、さっきのミスター高橋のプロレス本だけど、表紙の写真が秀逸。なにしろアンドレにラリアートをかまされている写真で、そこにはなんと著者の顔が写っていないのだ。田園コロシアムの伝説の一戦だけど。あえて顔の写っていないこの写真を表紙に持ってきたところに、この本の編集者のプロレスへの精通度が見て取れる。実に雄弁にプロレスの本質を語っている写真であるし、ファンをにんまりさせる仕掛けなのであった。このセンスにカウントスリーだ)


2003.10.29
取材2、原稿。
料理の鉄人にでていたという(そんな番組、よく知らないけど)シェフ、坂井宏行さんにインタビュー。ホスピタリティあふれる人柄と、仕事に対する誠実さに感心。何かの道一筋の人は、やはり違う。そうした核を持っているからこそ、メディアに出ても流されず、自分の足で立ち位置を決められるのだろう。フランス料理のことはさっぱりわからんが、こういう人の話は精神の栄養になる。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ファイト」「週刊文春」「ケータイを持ったサル」(正高信男・中公新書。つまんないので途中で投げ捨てた)


2003.10.28
原稿。
なんと、あの「ドーハの悲劇」から今日でちょうど10年だ。まずは、もう10年もたったのかと驚く。そして、この10年で、かくも日本サッカーは進歩したのかと、改めて感心する。
あのときは、なぜワールドカップに出られないんだという理不尽さに激怒したものだが、今になって振り返れば、あの程度のサッカーでは本大会に出ても試合にならず、大恥をかいただろうということが十分想像できる。結果的に、あそこで悲劇に直面したことが大きなプラスになったのだろうなあ。負けて良かったという言い方は、カズやラモスらには酷であるけれども。
ということで、では10年後はどうなっているかと考えると、どうも「10年前が一番強かった」と懐かしんでいるような気がしてしょうがない。今の世代の後に続くのが、どうにも見えなくてなあ。ジーコのサッカーも、あまり前進してなくて、むしろ猿知恵の遺産すら食いつぶしているような気がしてなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊朝日」


2003.10.27
原稿。
朝からアさヒクリニックに出かけて、糖尿病の経過検査。血液検査の結果が出るのは一週間後であるけれど、まあ、その体調なら大丈夫でしょうとのことであった。2カ月に一度の検査ではモチベーションが保てぬ、なんとか月イチにしてくれないか、と頼んで了承される。
それよりも次になんとかしなければならないのは、尿酸値だ。けっこう高い。素晴らしく高い。こちらは血糖値とは違ってそうそう容易には下がらないから(上がるのは簡単なのにね)、場合によっては投薬も行うらしい。その判断も含めて、また来週なのであった。さて、体重コントロールと(BMIは23まで下がった。体脂肪は19)、玄米食(七分づきに発芽玄米を混ぜて、妻子と一緒にばくばく食っている)の結果やいかに。
午後、東雲にオープンしたジャスコの様子を一人で見に行く。もちろん徒歩。安売りの子供服をバカ買いして両手に抱えて歩いていたら、店内で同じマンションの奥さん二人に遭遇。「痩せましたね」と驚かれる。マンションから歩いてきたよと言ったら「ひえー」とあきれられた。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.26
原稿。
妻が息子を連れてフリーマーケットに行くというので、木場のイトーヨーカドーまで送る。しばし俺は娘と一緒に車内で待つ。路駐だ。
しばらくしたらヨーカドーの雇っている警備員がするするとやって来て、俺のクルマの回りをうろうろし、うさんくさそうな目で見やがる。にらみつけるような形相だ。
やがて俺のクルマにやってきて、窓を開けるようジェスチャーしたが、案の定、顔は一転して営業スマイル。一応客かもしれないからなあ、小売業としては、こういう態度になるのだろうなあ。それはそれで大変だと実感したのだった。
で、俺はどうしたかというと、あーいと言いつつ、しばらくとぼけて居座り、その後は周回しながら妻子を待ったのだった。吉田拓郎などを聴きながら。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.25
原稿。
あサひクリニックへ家族全員でインフルエンザの予防接種に行く。
去年のインフルエンザの大流行(結局1100人も死んだらしい)、SARSの騒動によって、今年はワクチンを生産能力の限界まで用意しているらしい。それでもイザというときには足りなくなる可能性もあるし、なによりも予防接種がきき始めるまでには1カ月ほどかかるから、早めの接種が原則なのだ。我が家は今年の2月にインフルエンザで痛い思いをしているから、問答無用で注射なのだ。
俺、妻の順で注射されながらヘラヘラ笑い、息子にはその様子を見せて安心させて、注射。泣くかと思ったら案外平気で、とりあえずホッとしたのだった。
午後は新セー銀行のフィナンシャルセンター(要は支店の窓口だ)へ、住宅ローンの借り換えの相談に行く。驚愕の事実を書くのだが、住宅金融公庫でこのまま返済すると「利息だけで」2000万円ほど払わなければならない。繰り返すが「利息だけで」である。それに対して新セー銀行のローンに借り換えるとそれが一気に600万円まで減る。びっくりである。この手続きをするだけで、要するに1400万円の収入があったと同じなのである。
では新セー銀行に頼んでローンの借り換えをするかというと、コトはそう簡単ではなく、まあ、いろいろと考えるのだった。「ホームページをお持ちですか?」と俺の名刺を見た新セー銀行の担当者が目をキラっと光らせたので、これ以上の詳しいことは書けない。
ちなみに新セー銀行のローン返済には、日本で唯一という特徴があって、貯金残高が一定以上になると、余った金を有無を言わせずローンに回してしまうのだ。しかも毎晩。つまり、毎晩、今日の口座にはどれだけ残っているか確認し、ちょっとでも浮いたカネを発見すると、どんどん勝手に引っぱがして持っていってローンに回すのである。
説明を聞いて、すげえ、と思いましたね。さすがサラ金より怖いと恐れられている、貸しはがしのハケダカ銀行。その方式で今まで幾多の企業を倒産に追い込み、今も新セーが来たと聞くだけで経営者は震え上がるという、その名に違わぬローン返済テクニックである。もし担当者さんが見ちゃったらごめんね。でも、そう言われていることぐらい重々承知だよね。
そのノウハウとマインドでこっちのローン返済を助けてくれるのだから、ある意味、非常に心強い。気がついたら返済し終わっていた、というのもあながち大げさではないだろう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.24
取材1、打ち合わせ1。
突然思い出した。ジョン・レノンの「イマジン」って、そんなにいい歌なのか? どうも昔から一度としていい歌だとは思わなかったぞ、おれは。歌詞もメロディーも陳腐というか、幼稚だし、ちっとも心打たれない。同じアルバムなら「HOW?」とか「オー・ヨーコ」とかのほうが、ずっとずっと感動的な名曲だと思うし。間もなく命日が近づいてまた街中に流れるのだろうが(同じ時期に「戦争は終わった」もかぶるよなあ)、ああ、鬱陶しい。もっといい歌に流れて欲しいものだ。
と書くのは実はけっこう勇気が必要で、たぶんこんなことは多くの人に嫌われるのだろうなあ。歌で平和なんか来るわけない、って北山修が25年も前に看破していたぞ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」原が辞任したのは決して美談ではなくて、ひ弱な小僧が大人の契約を全うできなかっただけと俺は解釈しているのだが、星野の辞任も健康の理由は嘘ではなかろうが決して全てではないのは確かで、要は思い通りにならずにやっぱり契約途中でケツまくっただけだと俺はにらんでる。次は参院目指して、最後はプロ野球コミッショナー狙いと読んだが、さて、どうだろう。 どうだろうと言えば、居直りじじいの中曽根だが、このネタはまたいずれ。個人的には面白いからもっとダダをこねて居座ってもらいたいと思っている。


2003.10.23
取材6、原稿。
朝からこもったのは、窓もなければ電波も届かない地下の会議室。取材を終えて夕刻にへろへろと這い出てみたら、なんと外は雨。でも本当に腹立たしかったのは、傘を買ったと思ったらすぐに上がったことだった。
公私ともに忙しくて、取材が続いても原稿が片づかず、メモだけが山となって強迫観念のように攻めてくる。逃げるか? いや、まだだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「週刊文春」「美味しんぼ」


2003.10.22
終日原稿。
昨日、今日と中にこもって原稿と格闘していると、激しく運動不足になってくる。こんな日は秘密兵器の鉄粉入りシューズ(片足1.4キログラム)を取り出し、短時間で激しくウォーキングだ。なにしろこの靴なら30分の早足で300カロリーの消費が可能だからね。
しかしそんな目論見も、今日のような激しい雨の日はお手上げだ。こうなると、お宅ライターはつらい。通勤もないから、極端に運動不足。仕方なく仕事机の前でダンベルを上下させたりしてるのであった。
しかしあれだなあ、スケジュール調整ってのはむずかしいなあ。いろいろ段取りがうまく行かず、仕事を二つも逃しちゃったよ。とほほ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.21
原稿。
朝起きたら頭ががんがんする。二日酔いとも違うような、ちょっと風邪の引き始めのような感じの痛みである。今年は風邪はひかないようにしなければなあ。
結局朝は食欲がわかず、ほとんどメシを食べなかった。その反動か、午後になってから猛烈に腹が減って、めまいがしちゃった。まったく子どもみたいだな。メシといえば、キベさんは一年ほどずっと昼ご飯はおにぎり二個だそうだ。素晴らしい。おにぎりと漬け物というのは、健康面では最高の食事なのである。
どうも最近の俺はちょっと食事に対して甘くなっているので要注意。もうすぐ検査もあるし。午後猛烈に腹が減ったからとついバナナを口にしてしまって、反省なのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.20
取材3。
8時50分ののぞみで名古屋に行き、取材。午後は浜松へ移動してさらに取材。仕事が終わったところでスタッフとは別れ、新幹線改札口に立つと、背後に怪しい人の気配。ゴルゴ13のように素早く身をひるがえして見れば、そこにはキベじさまがネクタイ姿で不気味に笑っていたのであった。
5時半集合と言いながら、まだ5時過ぎ。 一方的にどうせ誰も来ないと決めつけ、さて、浜松の夜の漂流の始まりだ。
一軒目は「木下」とかいうこじゃれた店。きつい靴下、略して木下。さしみ、旨かったす。じゃけん勝負であっさり勝って、払いはキベさん。おごってもらってナンですが、8000円は高いよね。二軒目が「太郎丸」だっけ? そんな名前の、サラリーマンがビール飲みながら上司の悪口を言うような店。いいですねえ、こういうの。最近はこじゃれた和食系の店ばかり増えてしまって、俺はうんざりだ。しゃらくさい間接照明に、旨くもない創作料理。そんな自意識過剰な店ばかりが増えて、困ったものである。Tシャツ・バンダナ系のラーメン屋と共に、消えて欲しいと本気で願っているのだ。居酒屋なんてーものは、どこにでもあるような基本の料理をきちんと作り、旨い酒を用意してあればよろしい。
しかーし、だからと言って三軒目の「力弥」という店は明らかにやりすぎではないか。入り口からのぞけば、割烹着のおばばがトドのように転がってテレビを見上げている。勇気をふるって入ったらば、カウンターにはしわしわのナス。ぎょ。本当に飲食店か、ここ。浜松保健所は大丈夫か。
キベさんがトイレに入っていると、そのトイレの上の方にある穴からモゾモゾと中年男が降ってきたのには本当に驚いた。やはり割烹着である。顔がそっくりだから親子なのだろうなあ。とりあえず酒を飲んで、おでんを頼む。このおでんが、キベさんの日記にもあるように、まあ、なんというか、いったいいつから煮ているのかという代物。突き出しも同様。基本的に人のいい親子らしいが、うむむむ、申し訳ねえだ、俺にはとても全部食う勇気がなかった。二人目が産まれたばかりだし。
もったいないから全部食えという声を無視し、くわばらくわばらと逃げ出したのであった。いやあ、恐ろしい店であった。明らかにその反動が出たのだろう、こじゃれた店は大嫌いだと言った舌の根も乾かないうちに、四軒目は思い切りこじゃれたクラブ系の店に突撃。壁にはロックのプロモーションビデオが流れる液晶テレビがかかっている。おっさん二人、明らかに場違いだが、なんのなんの、客なんか他にいないから平気だ。ここで珍酒といわれる「くー」という名前の日本酒を飲む。
けっこうべろべろに出来上がって、ふと気がつけば最終の新幹線が迫っている。あわてて駅に戻ったのに、まだちょっと時間があると見て取って、最後に駅の中の食堂のようなところに乱入し、酒を飲む。全部で5軒の漂流であった。ああ、楽しい酒だったなあ。やっぱこういうのがいいや。
最終の新幹線は浜松9時52分。車中では当然ぐっすり眠り込む。キベさんは最終バスに乗って寝込んだら乗り過ごして山奥まで行ってしまったそうだが、こちらは終点まで寝込んでも安心の東京着11時10分。12 時前には家に帰ったのであった。
起きて待っていてくれた母ちゃんによれば、子どもたちは昼寝もしないで一日暴れて大変だったらしい。ごめんよ、それなのにべろべろに酔っぱらって帰ってきて。謝りつつ靴下を脱いで、母ちゃんの腕の中の娘に「ほーれほーれ、靴下の臭いだぞ」と靴下を顔の前でびらびらさせたら怒られてしまった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「新潮45」「AERA」「ビッグコミックオリジナル」


2003.10.19
終日原稿。
息子を昼寝させようと思って、お昼ご飯を食べた後、車に乗せたわけさ。今朝は早起きだったから、きっと寝るだろうと思って。
そういう目的ならば休日の首都高はぴったりで、空いている環状線を一周すればたちどころに寝るに決まっているんだよ。それで深川線の木場の入り口から入ろうとしてETCゲートをくぐったら、数秒して「カードが読みとれません」という警告が鳴っちゃって。もう本線に合流した後だからゲートそのものは問題なく通過できてるんだけどね。
それで、あれえーと思って一度降りて、すぐさま神田橋からまた乗ってみたわけよ。ゲート通過の際に何かトラブルで止められることを覚悟しての行動だったけど、案に相違して、まったく何もなし。
ますます、あれえーと思って、駐車場に戻ってから(もちろん息子は既に夢の中)ETC履歴を確認したら、なんと木場から入った分は「なかったこと」になっていた。これってラッキーじゃん。堂々とタダ乗りできて。カードのせいか、ゲートのせいか。どっちかわかんないけど、まあ、トクしたわい。原因がわかれば、うししし、応用が利くのにね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.18
終日原稿。
「晩節を汚した」とか「老害」とかいう言葉がこれほどぴったり来る人物もいないだろうという道路公団総裁。鈴木宗男以来久しぶりに登場した、誰もが納得の悪役キャラだ。そんなに有名じゃなかったのに気がついたら日本中が知っていたという、バサロな、あるいは「えひめまる」撃沈のグリーンビル的な潜水浮上型というのも共通している。
日本中、誰が悪口を言っても罪悪感を持たないで済むという有り難い存在で、メディア的には非常においしいのである。絵柄では、長野の田中康夫チャンの名刺を破った人と近いかも。あれもフジイだったっけ?
しかし今後の風向きとしては「苦節ン十年真面目に働いてきたのに、今になって若い人にいじめられてる、可哀想な年寄り」という方向へ立ち位置を持っていこうとしている気配がなきにしもあらずで、要注意。そんなことになったら、史上最も裕福な老人と言われている60代のジサマ・バサマが、つかんだカネは離すまいととばかりに反撃に転じるだろう。もともと新人類世代とかのことが大嫌いだし。
その若い世代の象徴は当然ノブテル。こんな問題が世代喧嘩に置き換えられてしまってはたまらんのだけれど。まあ、前の大臣のばあさんがなぜ総裁の味方に付いたかというと、案外こんな単純な世代感情のせいかもしれないが。
などということはともかく、息子がパジャマを水浸しにしたので妻が叱ったら「しーまっしぇーん。せんべー、やろっか」と意味不明の反応。な、な、なんなんだ。二人で頭と腹を抱えて転がってしまった。
さらにともかく、今朝、実家の弟からメールが来て「時々見てるよ」とのこと。
げ。
身内の、しかも兄弟に見られているとは、どうにも落ち着かない。インターネットってのはまったく困ったもんだ。ちょっとよそ行きの格好でもしなくてはなんねえか。ううう、恥ずかしいなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」ノブテルからインタビューを取っている。企業にあんなじじいがいたら、たちまち潰れるわな。でも、あんなじじいになる候補者は世の中にいっぱいいるぞ。例えば川淵キャプテンなんか、どーだ。柱谷とかラモスなんか、現役時代からあんなじじいだったし。なんだ、サッカー、ダメじゃん。ナベツネは別の生き物だからここには入らない。


2003.10.17
終日原稿。
一日中仕事部屋にこもって原稿と格闘。うーむ、終わらない。本人は右から左へと片づけているつもりなのだが、たまっていく一方である。イームラくん、ごめん。コマガタくん、ちょっと待っておくれ。
時々、10分とか15分とかウォーキングするものの、決定的に運動不足。これはまずい。明日はちょっと歩こう。仕事の隙を見て。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.16
7時50分ののぞみで名古屋へ。17時36分ののぞみで東京へ。本日も日帰りである。慣れたものだ。
東海道新幹線では今月、品川駅が開業し、アクセス性が飛躍的に向上した。とはいえ、まだ利用者はかなり少ない。浸透するのはこれからなんだろうね。
新宿からの利用だと、でも、やはり東京の方が便利なのだろうなあ。などと考えつつ、車窓を眺める。朝の新幹線はビジネスマンばかりで静かな緊張感が漂っていて好きである。対照的に夕方は弛緩した空気か流れていて、ちょっと物憂い。これが関西方面行きだと、夕方には靴を脱いでビールを飲み、がはがは笑う関西弁のおっさんで一杯になる。最低の空間に早変わりだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「週刊プロレス」「週刊ゴング」「週刊ファイト」「サッカー株式会社」(クレイグ・マクギル/文藝春秋/世界のサッカーをめぐる諸問題を考察。このままではサッカーの未来は暗黒だ。でも、俺にとってはそんなことはどうでもよくて今は新潟のJ1昇格が最大の関心であるな。俺ともあろうものが出張だというのに読むべき本を用意するのを忘れていて、今朝になってあわてて机上をひっくり返して見つけた未読の一冊)
「週刊文春」(特定保健用食品、略してトクホについての記事を読んで発狂。ここでヘルシアが俎上に上げられている。メーカーのホームページには「BMI25以下の人にはあまり効果がないと出ている」らしい。なんだとお。じゃあ俺には効き目がないじゃないか。しかもこれに対するメーカーの答えが「これはあくまで食品で、ダイエット食品ではない」と開き直っているのだ。そもそもカテキンには鉄分の吸収力を減らして貧血になりやすいというリスクがある。なんだ、意味ないじゃん。もう飲むのはやめようかな。ちなみにBMIの簡単な計算はこちらを。)


2003.10.15
原稿。
原稿仕事をしながら時間を見つけてウォーキング。運動してカロリーを消費しないと余命が縮まる。マジで。俺の場合。さらに合間を縫って子どもと遊ぶ。遊びつつも、頭は原稿を考えていたりする。
今日から玄米に本格的に切り替え。七分づきにしようかと思ったが、潮見のマルエツにはなかったので思い切って本格玄米だ。炊きあがったときの匂いがけっこう強烈なのと、触感がぱさぱさしているのがちょっとなじめなかったが、食べた感じは案外イケる。固いのでよく噛まなければならないが、噛んでいるうちにじんわりと甘みが出てくるのだ。
俺も妻も、さらには息子もぺろりと完食し、平気な顔をしている。なので、しばらくはこれで行くことに決定。幼児は、場合によっては玄米にすると極端に食欲が落ちるから注意、とのことだったが。
その一方で俺の実家に電話して七分づきの米を送ってくれるよう要請。やっぱりこっちも試してみたいからね。
ここのところ我が家の食卓は肉類は一切無し、野菜と漬け物と魚、という昔ながらの和食オンリー。これに玄米が加わって、なんとヘルシーな。しばらくこれでいって、ちょっと体調を見てみよう。今月末には病気の検査もあるし。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.14
取材2、原稿。
9時50分ののぞみで新大阪へ。取材を終えて3時30分ののぞみで東京へ。
おむすびの中に天ぷらが入っている「天むす」っていうのは、まあ、よくもあんな変な食い物を考えつくものだと呆れていたが、今日は昼ご飯を車中で食べそこねてしまい、困った挙げ句新大阪のホームで「天むす」を買って、取材先まで歩く途中で腹に収めることができて、そうかこういう時のためのこのキテレツな食い物は存在したのか、さすが大阪、貧乏くさくてたいしたもんだ、と感心した次第。
ところで大阪の人間が初めて東京へ来ると必ず口にする言葉がある。それが「なんや、東京もたいしたことないな」である。もう絶対と言っていいほど口にするのである。まさしく大阪人の一つ覚えである。
へえへえ、たいしたことないです、東京なんか。でも、ディズニーランド行けば「これやったらUSJでは」、メシを食えば「大阪ならもっと安くて」といちいち大阪自慢するのはやめてね。大阪自慢するなら大阪でしてね、うざいから。と俺は全大阪人に警告するのであった。
「日刊スポーツ」(新聞休みなので駅で購入。でも、なんで新聞代は安くならないのだ?)
「AERA」(糖尿病の人って保険に入れないのね。感づいていたけど、なんだか悔しい)
「粗食は生きること」(幕内秀夫・講談社/まーたこいつの本か。どの本でも同じことを繰り返して書いてあるので一冊読めば十分である)
「うおつか流生活リストラ術」(魚柄仁之助・講談社α文庫/こういうやつが隣にいたら鬱陶しいだろうなあ。まあ、しかし金のために忙しく働くくらいなら金などいらん、という論旨はけっこう新鮮。ウィスキーを自作したくだりは抱腹絶倒だった。これよりも反牛乳について書かれているらしい台所リストラ術に興味がある)
「有名であれ無名であれ」(沢木耕太郎/文藝春秋)
ずいぶん昔、まだフリーランスになりたての頃、何かの本であるライターが昔の取材テープを聞き返すシーンを読んだことがある。この本で、何の予感もなく、その話に出合うことができてちょっとびっくりした。そうか、あれは沢木耕太郎の文章だったのか。ノンフィクションの短編を集めた一冊。小椋桂と美空ひばりについて書かれた稿が秀逸)以上全て大阪までの往復の新幹線で読破。のんびりと読めた。


2003.10.13
原稿。
土砂降りの雨になる前にと、近くの洲崎神社へ娘のお宮参りに出かける。 安産祈願をしたところだ。
とても気楽な神社で、ここは大好き。今日も予定よりちょっと早めに行ったら、奥さんが出てきて「あららら」、続いて神主が「ああ、いいですよう」とジャージ姿でよたよたと歩きながら出てきたのだった。
もちろんジャージでなくちゃんとした神主姿で祈願してくれてる。「3歳までは神の子、20歳までは親の子、それから先は国の子です」という言葉に聞き入る。なるほど、うまいてことを言うものだ。
お札と一緒にくれたのは、幼児用の可愛らしい食器セット。御神酒なんかよりずっと有り難い。今度ここにくるのは七五三だ。
お昼ご飯用の持ち帰り寿司を買って帰ると、すぐに土砂降りの雨。素晴らしいタイミングである。その激しい雨音を聞きながら、原稿仕事に挑んだ父ちゃんであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ウォーキングマガジン」11月号(へえ、牧伸二って脳内出血で倒れちゃったんだね)


2003.10.12
原稿。
イースト21で移動動物園をやるというので息子を連れて出かける。羊やヤギ、ウサギ、ニワトリなどがいて、息子は恐がらずに抱っこしたりしていた。それよりも親にとって怖いのはおもちゃ売場で、案の定、プラレールの前でひっくり返って暴れたのであった。でも買わない。
夜、えりずが娘を見物にやって来る。俺も会うのは実に久しぶりではないか? 晩飯は近所の寒い居酒屋「だんらん」ヘ。寒いってのは、対応が寒いのである。生もの売るんじゃないよというような寒さである。この場合は生ぬるさのふうがふさわしいか。それはともかく、娘を連れての外食は初めてだ。こういう機会がないと乳児を抱える身としてはなかなか家族での外食もかなわないので、えりずしゃん、ぜひまたいらしてください。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.11
夜中に泣いて起きたりしたため、子ども二人は10時近くになってやっと起床。朝飯だか昼飯だかわかんない時間にメシを食わせる。そのタイミングで薬屋の酒井さんがやって来る。とても面白いおじさんなのだ。大人の会話に、息子も混じりたいらしく、時々間に入ってはじゃれる。
午後、息子を連れて、潮見・八丁堀・茅場町・木場と電車を乗り継いで木場公園へ。ここは単に広いだけの公園で遊具も何もない。すぐに飽きてしまったので、息子を抱えて三ツ目通りをふらふらと散歩。息子がバスに乗りたいと言い出したので、業平橋行きに飛び乗る。
200円を運賃箱に入れたら、自分がやりたかったらしくて「おとんちゃん、おかね、いれた」と繰り返してぶつぶつ言う。怒ったのか?と聞いたら「さきと、おこった、さきと、おこった」とアピールするので、いやあまいった。
しょうがないので吾妻橋で降りて、浅草寿町行きのバスに乗り換え。今度は200円を握らせて運賃箱に入れさせたので、息子は納得であった。
雷門で下車。浅草寺は大変な混雑である。抱きかかえて仲見世を歩いた。
煎餅好きの息子のために、途中で煎餅屋に寄る。100円を握らせ、実演で焼きたての煎餅を1枚買わせて、食べ歩きだ。おいしいおいしいと言って、嬉しそうに食べたのであった。
浅草寺の境内でおみくじをひかせる。吉。わけもわからず、しかしおみくじというものが何だか面白かったらしくて、帰ってからどうやって引いたのかを繰り返し妻に報告していたぞ。
賽銭500円を投げ入れ、家内安全商売繁盛と1万回唱えた後、屋台に立ち寄ってソース焼きそばと日本酒を注文。500円と500円。そのソース焼きそばを、息子は箸を使って黙々と食べていた。よくこれで500円も取るよなあというシロモノであったが、そこはベタな縁日料理。具はキャベツだけという焼きそばをおいしいおいしいと食ったのであった。その様子を見ながら俺は冷えたワンカップ。病気で酒は止めているけど、今日ぐらいはいいだろ。昼間っからワンカップをあおりながら、焼きそば食う息子を眺める父ちゃんなのであった。
再び煎餅屋に寄って、今度は50円の薄焼きを買わせる。最後、雷門横で生まれて初めての雷おこしを食べさせたら、これがえらく旨かったらしく、もっともっととせがむ。なので500円の雷おこしの袋を買って、持たせたのであった。家に帰ってからお母さんと一緒に食べるんだぞと言うと、それなりに聞き分けるようになってきているので助かる。
行きはバスだったけれど、帰りは電車。明るいうちからの冷や酒でちょっと酔った頭を抱えて、浅草・上野・八丁堀と地下鉄を乗り継ぎ、潮見へ帰ってくる。すっかり夕方。えらく疲れたけれど、息子と行き当たりばったりの、とても楽しい休日だった。夜ちょっとは仕事しようと思っていたけど、疲労困憊、明日にまわそう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.10
取材5、原稿。
丸の内側の整然とした街並みに比べて、八重洲側の雑然とした佇まいは、なんとも落ち着かないものである。小規模な貸しビルが建ち並び、再開発しようにも権利関係が複雑で、それならせめてサラ金とエステ関係のテナントは入れないようにしようと街作り協議会が働きかけても、不況下で背に腹は代えられないというオーナーがほとんどらしい。
ここから日本橋・茅場町にかけての一帯は今後の発展に期待がかかるのだけれど、どうにも八重洲のこの小香港ぶりが人の流れを断ち切ってしまっているようで、将来は暗いようだ。
などと考えつつ、帰り道に東京から越中島まで歩く。隅田川を渡る風が、そろそろ厳しいものになってきた。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「噂の真相」


2003.10.09
取材1、打ち合わせ1、原稿。
忙しくて運動する時間がなかなか取れなくなってきた。冗談ではないぞ。なんとかしなければ。スポーツの秋だし。もっと痩せるんだし。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「週刊ゴング」


2003.10.08
打ち合わせ1、原稿。
去年の今頃の写真を見たらTシャツ一枚でいるから、やはり今年は寒いのだろう。風邪を引いてはかなわんよ。特にこの冬はSARSの流行にインフルエンザがかぶることが懸念されているから、予防接種は必須。我が家ではすでに予約済みで、今月末頃に一家そろって(娘を除いて)接種の段取りだ。
ともかく俺が外で移されてくるリスクを持っているから、それを封じることが第一である。予防接種に、手洗いとうがいの徹底。今年も風邪には負けないぞ。おーっ。
関係ないけど、原クンが星野監督に慰められて泣いちゃったんだってね。どっちもみっともない。野球はどこまでも浪花節だぜ。
岐部さんが読んでる「うおつか流生活リストラ術」が気になったのでアマゾンに発注。今日は、ネットで頼んでいた印鑑が届いた。娘に郵便局の普通口座を作ってあげるためである。まったくネットは便利だわい。最近ではなんでもかんでもネット頼みだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2003.10.07
打ち合わせ1、原稿。
韓国の悪口か、辰巳の悪口か、どっちかを書こうと思っていたけど、忙しいからまた後で。でも最近はずーっと菜食だもんで、主食も玄米が多いので、どうにも精神が平和主義者になってきて、悪口言うのも気が引けるぞ。肉なんかもう2カ月ほど食ってないんじゃないか? 聖人君子だな、おれ。あ、関西人の悪口も書こうと思っていたんだった。まあ、いいや。また後で。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.06
取材3、原稿。
乙女心と秋の空(ふ、ふるい)ではないが、最近の天気予報はまるで当たらないなあ。夏前からさっぱりじゃないの? でも、こちらは外れて欲しいのが地震予測。今度は11月26日らしいが、狼少年であることを願うばかりだ。マンションは耐震構造で大丈夫とは言うものの、誰も試したことがないわけだから、やっぱりダメでしたという可能性もあるんだよな。そんなことにならないよう、地震は来ないにこしたことはない。って変な結論だよな、これ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.05
秋晴れのいい天気。でも、さすがに10月で、Tシャツ一枚だと肌寒い。そのくせTシャツ一枚の姿になって引っ込んだ腹を周囲に誇示しながら(3カ月で12キロ減、体重は順調に減っています、ご安心ください、大宮のナオコちゃん)、プラレールの部品を買うために息子を連れて有楽町のビッグカメラに出かけた。
東京駅で降りて国際フォーラムの敷地を歩いてたら、突如として魔女の格好をしたバカ女の集団に出会う。こりゃびっくり。ディルアングレイのコンサートらしい。
らしいって、俺は本当はそれが何なのかまったく知らないわけだが、こういう魔女の格好をした低年齢女がたむろしているということは、かつてのなんとかミゼルとかいう楽団の弟分だろう。スマップとトキヨ(オ?)の関係だな、要するに。
爽やかな秋晴れの午後になんともうすら寒いものを見てしまったわい。が、俺の娘も年頃になればこうしたカルチャーに染められるやもしれず、困ったものである。ここは岐部じさまと画伯のアドバイスを仰ぐとしよう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.04
原稿。
大宮のナオコちゃんからクレームの電話。「ずっと前から言っておきたかったんだけれど」という前振りで「看護士というのは間違いで、医師の師という字が正しい」という指摘であった。
そんなこと言われてもなあ。文句があるならATOKに言ってもらわないとなあ。それはともかく、さかもとくんのことはまだファンなのかなあ。
夕刻、「あおきっぷ、あおきっぷ」と泣き叫ぶ息子に負けて、再び電車を乗り継いでゆりかもめの駅へ。と思ったらすぐに途中で寝てしまい、結局1時間も14.8キロの息子を抱きかかえて電車を乗り継いで帰ったのだった。ああ、父ちゃんは疲れた。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.10.03
狂って欲しくない方向へズレていくのが、予定というもののお約束。そんなことは分かり切っているのだった。だもんで、先に行けば行くほどスケジュールがきつくなり、二重三重にバッティングして発狂的な事態になるというのが分かり切っているのに、ここ二、三日、ぽっかりとエアポケットが生じても、まあ、悟りの境地なのであった。(ここまでの一文を読んで気分を害された関係者もいらっしゃるやもしれないけれど、他意は全くありません。純粋に事象の説明です。為念。って、自分の日記でこんな言い訳するというのもなんかヘンだな。カッコの中がこんなに長いのもおかしいが)
だもんで、午後は開き直って息子と遊びまくる。世間は年末に向けて様々に馬力をかけ始めているのが重々分かっているから、これはこれで精神衛生上はあんまりよくないのだけれどね。でも、束になった取材メモを眺めていても何も手を着けられないという状況に変わりはないから、すっぱりと開き直るのが一番の策なのだった。
まずは京葉線・りんかい線と、電車を乗り継いでお台場へ。ビーナスフォートの前で降りて、巡回バスに乗ったのだ。これはお台場の店がカネを出し合って運行している巡回バスで、なんと無料。ぐるりとお台場を見物するにはちょうどいいのだ。もちろん平日とあってガラガラ。バスの大好きな息子は、立派な巡回バスに乗ってご満悦であった。
ホテル日航で降りて、お台場海浜公園へ。おまえら、何の仕事してんだよ、と言いたくなるようなカップルがうろうろする中、水際の岩をわたって遊ぶ。当然息子はカップルの前でも堂々と横切るのであった。
そこで息子が目撃したのが、船着き場に入ってくる水上バスの姿。「のるの、のるの」と叫んでゆずらない。本当に乗るのかと聞くと「のるの、のるの」と言うので、400円を払って水上バスに乗ったのだった。もちろん俺も初めて。けっこう寒かったけど、東京湾を船で走るというのは案外新鮮だった。
20分ほどで竹芝桟橋に到着。そのまま200メートルほど歩いて、日の出駅からゆりかもめに乗った。空いていていい案配である。途中で一番前の席に座ったが、ゆりかもめは自動運転のモノレールなので、一番前に座ると本当に一番前なのだ。つまり他の電車なら運転手の席に座れるのである。しかし、あれだね、モノレールで東京湾をわたるというのは、下を見るとマジで怖かった。
なお、ゆりかもめは、切符が青い。とてもしゃれている。息子はこれがことのほか気に入ったようで、「あおきっぷ、あおきっぷ」と喜んでいた。
国際展示場で降りて、TFTビルでちょっと買い物した後、再びりんかい線に乗り、新木場経由で潮見。ふう、疲れた。ぐるっとまわってきたことになる。平日夕刻のラッシュに申し訳ないけど、ああ、楽しかった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「コドモ界の人」石坂啓・朝日文庫(2歳から4歳までの男の子の子育て日記。育児の専門家じゃない人の育児本って、失敗とか勘違いもそのまま書いてあって、やはり面白いんだよね)


2003.10.02
原稿。
最近、息子の言葉の発達ぶりが凄い。この一カ月ほどで語彙が驚異的に増え、単語ではなく文章で意思を表現するようになった。親とのコミュニケーションは、ほぼパーフェクト。時にはごまかしたり、ギャグをかましたり、自作の歌をアドリブしたり、妹に「おなか、ちゅいたの?ないてるの?」などと話しかけたりしている。ちょうどそういう時期なのだろう。近所のお母さんたちはみんな驚いているが、親としてもまるで魔法を見ているかのようだ。こういうのが子育ての楽しみなのだろうな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「週刊文春」


2003.10.01
原稿。
娘の風邪がなかなか治らず、越中島のオカノ小児科へ行く。すげえ混雑でびっくり。しかし子どもの病気って、精神衛生上、よくないよねえ。
いさわしからメールで「子どもが二人になると親の仕事は三倍、三人になると五倍に増える」。まったくその通り。数年前、三人の子どもを一人でキャンプに連れてきたが、今思えばたいしたものだ。改めてびっくりである。
「ニッポン国マヨネーズ中毒」伏木亨・講談社/ネットで本を買うと失敗するという見本ですな、これ。どうでもいいような食エッセイが並ぶ中、3ページほど、マヨラーという人種が増えている、と書かれてあっただけだった。ちぇっ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.09.30
取材2、原稿。
名古屋へ日帰り。秋晴れのいい天気だった。もっとも行きの新幹線はけっこうなトラブルで、まあ、ここには詳しくは書かないけど、いい経験をしたのだった。
東京に着いてから街を歩いたら、花束を抱えたOLさんがちらほらといて、ああ、そうか、半期の締め日で異動のシーズンなのかと気がついた。明日から10月。もう秋も真ん中だ。振り返れば9月は本当にどたばたで、今思えば何をやってたんだろうという感じである。
「AERA」野田聖子についてのルポが面白かった。女を売り物にした軽い政治家と思っていたら、違ったのね。筆者は、島崎今日子。なるほど、面白いルポのはずだ。あとは風邪をひいたときはネギがいいという話。
「古武術に学ぶ身体操法」甲野善紀・岩波アクティブ新書/日垣隆がすすめていたから読んだけど、ま、期待はずれ。ただ「なんば走り」の解説だけは面白かった。両手を振らずに走ると疲れないんだと。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.09.29
原稿。
子どもが二人に増えたら、忙しさは三倍になってしまった。なぜそうなるのかを説明しようと思ったら、そういうことをするから時間が三倍になるのだと気がついた。ひえー、ともかく一日中じたばたしている。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.09.28
赤ちゃんがえりと言うのかどうかわからないけれど、妹ができてから息子に手がかかるようになったのは確かだ。本日も意味不明で理不尽なわがままばかり。ちょっと叱ったら激しく泣き出す。相当なストレスなのだろうなあ。しょうがないが、頑張ってくれ。可哀想なので、こっちもなるべくフォローする。そんなわけで、晩ご飯食べるだけでも2時間もかかったのだった。
夜中はこっちが寝たとたんに娘が腹を空かして泣き出すし。昨夜は2時に息子が夜泣きしたので起きてなだめて、やっと寝付いたと思ったら3時に娘が泣いちゃって。結局父ちゃんは2時から5時まで子どもの世話なのだった。もっとも妻は一カ月以上もそれを続けてきたのだが。子育ては大変だあ。二人になったら手間は三倍だよ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.09.27
原稿。
約1カ月半ぶりに、妻子が帰ってきた。一人増えて、4人での生活のスタートである。さて、どうなることやら。長い期間面倒を見てくれた妻の実家には大感謝。頑張って過ごした妻と息子には大きな拍手だ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.09.26
原稿。
NHKのキャスター時代のこの男のエピソードである。番組に外人のゲストがやって来たのだが、この男は既に顔見知りであった。そこでこの男、「またお会いしましたね」とのつもりで、なんと「シー・ユー・アゲーン!」とやらかしたのである。日本中が腰砕けとなった中、本人は英語しゃべったぞとばかりに得意顔なのであった。
この男・原タツノリは、任期途中で巨人の監督を辞任するそうである。なんとひ弱な。
実力もないくせに、プライドばかりが強い。たった一度の成功で舞い上がり、たった一度の失敗で絶望する。自戒も自律もない。
これって、原世代の特徴だよね。昭和30年代前半生まれの。もちろん俺も入るんだけどさ。この世代は、上には団塊、下には新人類という強烈な個性に挟まれてる無名ジェネレーション。思春期と高度成長期が重なっているため、飢えや貧しさは知らず、かといって選択消費の豊かさも知らず、ただ黙って座っていればよいという育ち方をしたのである。
根底にある価値観は「無難」。目立たず、無理せず、というのが一番心地よい世代なのである。だからまわりを見ても、この世代にイノベーターはいない。桑田佳祐(←大嫌い!)がいい例で、あのような見事なまでの安定志向、予定調和は、この世代ならではのものだ。
その中にあってさらにお坊ちゃん育ちをした原クンが、去年はちやほやしてくれた上司が、今年は辛くあたるという理由だけであっさり逃げ出してしまうのも、しごく当たり前のことだわな。せめて、負けることも仕事のうち、というくくり方ぐらいはすりゃあいいのに。
まあ、再来年の王監督就任は既定路線らしいから、これで堀内は覚悟のワンポイントリリーフだ。シナリオだな。勝手にやってなさい。野球にはまったく興味ないし。
で、明日のスポーツ新聞だけど、やっぱり北海道の地震より原ネタなんだろうな。勝手にやってなさいってば。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「闘龍門大百科」藤本かずまさ・東邦出版
正式発売を前に都内有名書店で一部先行発売という情報をゲットしたので、今朝一番で八重洲ブックセンターへ。ない。次に東京駅のブックガーデンに突撃。ない。中央線に乗ってお茶の水の三省堂を襲撃。ない。次は書泉グランデと思ったが、待てよ、確か書泉ブックマートのほうが格闘技は強かったなと思いだし、ブックマートに乱入。あった。平積み。早速強奪し、電車の中で一心不乱に読む45歳・妻子あり・自営業。ああ、面白かった。ここ数カ月で一番発売日が待ち遠しかった一冊だったもんね。
「武満徹・ポップソング」
石川セリの歌うCD。「風よ、雲よ、光よ〜」という歌が昔から頭の片隅にひっかかっていたのだが、先日、夕方のNHK教育テレビの番組で重森あゆみが歌っているのを聴いて突然それが蘇り、アマゾンで購入。武満徹先生、意外とポップなセンスがあるんだなあ。このCDを聴いているとなぜだか心が激しく飛んでいく。子どもの頃を思い出すというか。
「岸辺真朗アコースティックギターライブ」
こちらはDVDだ。岸部さんのライブをそのまま収録したもの。テクニックはさすがである。ライブなのにCDのまんま。しかし、しゃべりがどヘタ。とゆーことは、なんだ、ライブで聴く(観る)必要ないじゃん、であった。


2003.09.25
取材3、原稿。
8時20分の「のぞみ」で名古屋へ。9時59分着。17時20分の「のぞみ」で東京へ。19時00分着。名古屋あたりなら完璧に日帰り圏だ。
名古屋ではタテ方向にカールしたお嬢様ヘアーというのが流行っているらしいが(文春で仕入れたおやぢネタ)、そんなのは見かけなかったなあ。道ばたにしゃがんで煙草を吸ってるバカ(♀)はいたけど。
駅の地下にはラーメン屋ばかりが集まった騾麺道とかいう変なコーナーがあった。たかがラーメン食うのに行列すんなよなあ。きしめんもだけど。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「サッカーダイジェスト」「週刊プロレス」(おお、やはりブラザーとドッティのチームがタイトルマッチで勝利してる。ブラザーの地元の京都での試合だから、予想通りの展開だ)
「粗食のすすめ」幕内秀夫・新潮文庫
またこいつの本か。わざわざアマゾンに頼んで読んでいるのだから、偉いもんだよ。偉いか? 名古屋駅を出てサッカーダイジェストを読み始め、すぐに読み終わり、次にこの本を手に取ったけどすぐに読み終わり、新横浜の頃にはもう石坂啓の子育て本を読んでいたのさ。だって同じことの繰り返しなんだもの。でも、とってもタメになるよ。パンはやめて米の飯を食いましょう。肉と乳製品はやめましょう。揚げ物もやめましょう。ぬか漬けを食いましょう。冬に生野菜を食うのはやめましょう。と思ったら、アマゾンから今度はマヨネーズの悪口ばかりを書いた本が届いた。うししし。読まねば。


2003.09.24
取材6、原稿。
18日夕方、いつも利用する潮見駅で小学一年生の女の子が快速電車にはねられて亡くなるという、言葉を失うような痛ましい事故があった。ホームの現場にはいくつかの花束とジュースの缶などが積まれており、今日も秋の冷たい雨の中でとても寂しそうだった。
果たしてホームから一人で転落したのか、たぶんに疑わしいところもあるらしい。深川警察署も「目撃者を捜しています」看板を出して、状況の解明に取り組んでいる。
潮見のあたりでは教育機関が整っていないこともあって、多くの子どもたちが隣の中央区の小学校へ電車通学している。亡くなった子もその一人だった。
電車通学は一見リスキーなようだが、交通事故とリスクはさほど変わらないだろうし、得体の知れない人物が普通の顔して徘徊する現代では無数の人目のある電車のほうがむしろ安全という見方もできる。そう判断して通わせている親がほとんどだ。それだけに今回のような事故があると、ずしんとのし掛かってくるような不安感、恐怖に襲われる。
それはともかく、今は何よりも冥福を。なんという短い生涯だったか、さぞや怖い思いをしただろうと考えて、花束を見ているだけで涙が出てきてしまった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「口のきき方」梶原しげる・新潮新書/アナウンサーなの?この人。よく知らないけど。中身は、よくある日本語本に類した、しゃべり言葉の蘊蓄集。「お会計のほう、よろしかったですか」「いただかせていただきます」といったバカしゃべりをやっつけているのはいい気分。特にAERAを罵倒しているのは痛快だ。


2003.09.23
原稿。
この週末に、家族が家に帰ってくる。それに向けて、必要なものを一気にまとめ買いした秋分の日なのであった。
では何を買ったのか。まずはお台場・アクアシティのトイザらス。新生児用おむつ4、Sサイズおむつ2、Lサイズおむつ2、ビッグサイズの履くおむつ2、おしりふきナップ段ボール2つ、明治の粉ミルク4缶、ベビー服洗剤3、おしめ用ゴミバケツのカートリッジ3、母乳パッド2箱、子供用風呂スポンジ1、ベビー石けん2、迷子防止ブザー1、メリー1。同じくお台場・アクアシティのエディバウワーで、これは俺用だが、薄手のトレーナー2枚、長袖シャツ1枚、パンツ3枚。同じくお台場・アクアシティの安売りショップで洗濯用ハンガー5。何か忘れているかもしれないけど、以上を駐車場まで5往復ぐらいしながら積んで帰った。
次に東陽町・イースト21で、風呂桶と手桶、座り台。引き続き島忠でトイレットペーパー18ロール入りを2つ、ティッシュペーパー5個入りを2つ。最後に枝川のガソリンスタンドでハイオク満タンに内外の念入り洗車。
ふう、やれやれ。買い物に走り回った一日だったぜ。どえらく疲れたわい。あ、ついでにアマゾンでCD1枚と、本を2冊発注。それとは別に以前発注しておいたベビーカーの補助スタンドと、浄水シャワーが明日届くことになっている。まったく買い物は大変だ。それ以上に子育ては大変だ。父ちゃんはもっと働いて稼がねばなんねえだよ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「子どもレシピ」幕内秀夫・主婦の友社
「40歳からの元気食」を読んで、その視点に興味を感じたので、同じ著者の子どもメニューについての本を読む(こういう系統だった本の購入にはアマゾンはえらく便利だ)。基本的に同じ内容のリピートである。これから読もうとしている他の著書も同じだろうな。それでも基本的に非常に感心。食は生きる基本なのだよなあ。「肉は原則として嗜好品」「ご飯と味噌汁と漬け物を食ってれば健康」「子どもにはおかずよりご飯を」という提言は、説得力がある。なんて偉そうに書いているけど、岐部さんはこの人、知ってるんでしょう? どんな人なのかしらね。


2003.09.22
娘の一カ月検診。生まれたときは未熟児寸前だったというのに、この一カ月でたっぷりと太って、健康に育ってくれた。すべては細切れの睡眠で寝不足と闘って授乳してくれた妻のおかげである。昼夜逆転の新生児とともに過ごすのは、一人だけならまだしも、二人目ともなると相当にしんどい。なのに父親である俺は息子の方の担当という形になってしまっているので、娘に関してはけっこう任せっきりになってしまっている。ちょっと反省。家に帰ってきたら、風呂とか、頑張るからね。いずれにせよ、健康に育っているとわかって大いに安心。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「新潮45」(中高年が壊れているという話が面白かった。最近の殺人事件の犯人で一番多いのが49歳なんだって。へえー)「AERA」(んーと、読むところがなくてねえ。就職活動で目覚めて頼りない彼氏を振る女子大生がいる、ってなんの記事だそりゃ。そういう個例を一般化するんじゃないよ、ってそもそもカネ取って読ませるようなものかよ、そんな話題)


2003.09.21
妻と息子の3人で所沢西武まで買い物。この3人で出かけるというのは久しぶりだなあ。しかも、これからはずっと4人になるのだよなあ。
デパートの子供服売場で、息子と娘の秋物をたらふくと買い込む。親のものはまったく買わない。こういうものなのだな。両手いっぱいの荷物を抱えて、ランチ。この3人の外食なんて、この先、もうないかもね。雨の中、電車に揺られ、のんびりと帰った。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミック オリジナル」
「ナンシー関大全」(ナンシー関・文藝春秋)
確かに奇跡のような天才コラムニストであった。その視線と表現は唯一のものであり、決してフォロワーを許さないだろう。年表を詳しく追っていくと、しみじみとこの人の残した足跡の意味や、家族の思いというものが、わかってくる。


2003.09.20
原稿。
急に深い秋のように寒くなってしまって、Tシャツでは厳しくなってしまった。確か去年も夏から冬に直行したような気候だった。しばらく秋の長雨が続くのだろう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「無名」沢木耕太郎・幻冬舎
「一合の酒と、一冊の本があればよい人だった」という父親の、死を看取った最後の日々を描いた作品。けれんを排し、おそろしく淡々と運ばれるその筆は、さすが沢木耕太郎、凡百の書き手とはレベルがまるで違うことを教えてくれる。決して特別な人でなく、無名のままに89歳で亡くなったこの父は、病の床で「何もしなかった」と人生を振り返ったそうだ。特にドラマチックなことなど何も書かれていない作品であるが、子として親を見送るという、人間として避けがたい出来事に遭遇した時のありようというものを感じさせてくれる。静かな、実に静かな作品。


2003.09.19
打ち合わせ3、原稿。
自分が病人になって健康タオクと化してからというもの、どうも人様のメシが気になるようになってしまった。ちゃんと三食、しっかり食べろよなあ。野菜を摂れよなあ。
イームラくんがコンビニのサンドイッチをかじりながら仕事しているのを見ると、やはり我慢ができず、つい口出ししてしまう。でも、マジでコンビニのサンドイッチはやめなよ。せめてオニギリ2つにお茶にしなさいね。それから御社の皆さんは概して缶コーヒーを飲みすぎですので、ご注意くださいまし。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.09.18
原稿。
日本中の人が、こういうのを文字通り「浮かばれない」というのだろうな、と思ったに違いない。何がって、優勝騒ぎで川に飛び込んでおぼれちゃった人のことだけど。
戎橋に信じられないほどの人が集まっている光景を見て、やはり日本中の人が「ひょっとして関西人は明石の花火事件を忘れてるのか」と驚いたわけだが、今回の飛び込み事件についても関西人のことだからすっかり忘れてまた何かあればきっと飛び込むに違いない。地元性健忘症か、あいつらは。どーせ飛び込むなら井戸の中にしなよ、うひゃひゃひゃ、ばーか。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」
「週刊文春」北の国のことだけどね、万一大将が失脚とかしちゃって南と一緒になっちゃった場合、どうなるんだろ。それについて中国は「そんなことになったら反日、反米だけの鬱陶しい国ができるだけだ。日本はそのことをわかってるのか。今のまま放っておくのが一番無難」と思っているらしい。なるほど、一理あるな。ちょっと目からウロコが落ちたかも。
「40歳からの元気食 何を食べないか」幕秀夫・講談社α新書
出たよ、またこの手の本かよって、まあまあ、そう言わず。これ、案に相違してすげえ面白かった。なるほど、確かに40歳を過ぎたら「何かをする」というより「何かをやめる」という引き算の発想が不可欠だな。ちょっと目からウロコが落ちたかも。本書では、そのヒントが山盛り。それ以外にも、缶コーヒーの危険性やマヨネーズのヤバさ、パン食の怖さ(乳ガン患者の8割が朝食にパンを摂っていたという衝撃の事実。日本のパンは絶対に食ってはいけないのだ)などにも触れつつ、結局最高の健康食はご飯と味噌汁と漬け物という結論に落ちつく。やっぱり和食だよなあ。途中、生協に噛みついてコケにしているところなど、すげえ面白かった。ちょっと目からウロコが落ちたかも。あわてて同じ著者の本を数冊、アマゾンに発注。


2003.09.17
取材1、打ち合わせ1、原稿。
だいたいいつも朝起きたら洗顔しながらパソコンのスイッチを入れるのだが、今朝はどうしたことか、音がしない。あれえと思って仕事部屋をのぞいたら、なんと起動ディスクが見つけられずに立ち上がらずにいたのだ。
ぎょ。まあ、こういう時はだいたい再起動すれば問題ないのだが、今日はなぜか何度やっても起動ディスクを見つけてくれない。うーむむむと思いつつ、台所で朝食の支度。再起動を試みつつ新聞片手に朝ごはん(行儀悪いな)。
起動用のシステムのCD-ROMをぶち込んで強制的に立ち上げたら、なんとか立ち上がったので、ディスクそのものが飛んだわけではないと、洗い物をしながら一安心。ついでにファイルやアプリケーションも一通り無事なようなので、洗濯物を干しながら二安心。
これで時間切れで取材に出かけたのだが、戻ってきてなんとか無事に修復。あー、今ディスクが飛んだらけっこうやばいぞ。明日は大丈夫か。ちゃんとバックアップ取らなきゃね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「クライマーズ・ハイ」横山秀夫・文藝春秋
あの日航ジャンボ機墜落事故をめぐる新聞社内の動きを縦糸に、主人公の親子関係・友人関係を横糸につづられる長編。いつもの横山秀夫の手法で、よくぞここまでというようなえげつないエピソードが積み重ねられてある。だがいつもの冴えはない。ストーリーの焦点が絞り切れておらず、終わりも物足りない。もっとえげつなくても、いいのでは? ちっと上品すぎると思う。それにしてもこの主人公、相当に迷惑な奴ではないか。誰か注意してやらないと。
「あなたの知らない糖尿病の話」真山亨・PHP新書
出た、糖尿本。まったく鬱陶しいよなあ。と言いつつ、これは掘り出し物。よくあるやっつけ実用健康書とは大違いで、最新の医学情報満載のとても役立つ本であった。30歳を過ぎたおっさんたちは、読んでおいたほうがいいぞ。
例えば民間療法の解説。「グァバ茶は繊維質が豊富で飲むと便通がよくなるので一時的に血糖値が下がるが、それだけの話。決して血糖値のコントロールができるわけではない」。あるいはアメリカの医療事情の話。「糖尿病の検査だけで1回5万円、治療で1回3万円。貧乏な人は医者にもかかれないのがアメリカ」。ね、面白いでしょ。
俺は、糖尿病って何?と聞かれたとき、いつも答えに困って「血液の病気というか」「体質とも言えなくはないけど」と曖昧な説明をしていたが、それにもこの本は答えを出してくれた。要するに「老化が早く進む病気」が糖尿病なのだ、と。駅のホームで思わず膝を打ったね。なるほど、こういう言い方があったか、これからは俺を糖尿博士と呼んでくれ、あ、いや、呼ばないでね。
南太平洋の楽園・ナウル共和国をめぐる糖尿病の話は、えらく面白かった。


2003.09.16
取材1、原稿。
所沢のはずれの方まで、取材に出かける。帰り際、マブチくん、カメラのクボタくんと別れて電車に乗ろうとしたら、ぎょえ、踏切事故の脱線で復旧見通しが立たないとか。なななな、なんつーことを。
あわてて「腹減ったので」と駅前ファミレスで今まさにオーダーしようとしていたマブチくんをつかまえ、今なら間に合うからとクボタくんに電話させ、わざわざ引き返してくれたクボタくんの車に乗って、なんとか無事に帰ることができたのでした。ふう、疲れたあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」ってウソ。新聞休刊日だからね。関西でも休みなの?


2003.09.15
終日原稿。
医者にジョギングを禁止されてからは、しょうがないのでウォーキングに魂の勝負だ。こここ二、三日、ちょっと本格的な歩きが足りないので、今日は家から東京駅まで歩いた。
1時間15分、八千歩強。意外とすぐに着いちゃって、物足りなかったな。お台場あたりまで行くのと変わらん。本当はどこへ行くにも歩きたいのだが、そうもいかず、なかなか時間が作れなくて困っている。って、そんだけやってりゃ十分だろと言われるような気もするけど。
先日はアシックスの元技術者が書いたというウォーキングシューズについての新書を買おうと思って本屋(飯田橋の文鳥堂書店。本好きが経営しているいい本屋だ)をのぞいたのだが、ぱらぱらとめくったら単なる自慢話というのがわかり、なんでわざわざカネを払って会社案内を買わなきゃいけないんだよと憤慨して、そのまま平台に戻したのだった。
その本には確か「江戸時代の人はよく歩いた。毎日平均して3万歩、少なくても1万歩は歩いていた」というような蘊蓄が述べてあった。だーれが見たんだよ、それ。お前が見たのか、えっ。
それが本当だとしても、じゃあ昔の人は健康だったかというと、平均寿命が40歳あたりだったんだろ? 江戸時代って。今より全然不健康だったんじゃん。歩けば歩くほど、早死にするということなのか? 
このレトリック、他でも使えるぞ。「マサイ族の人の食べてる健康食品です」じゃあマサイ族は日本人より長生きなのかよ。「アメリカインディアンの生活習慣です」インディアン、日本人より寿命長いあるか。「亀の好むエサです」か、亀は長生きかもしれんな。
てなことを考えながら口を開けてぼけっと歩いていたら、阪神が優勝したらしいけれど、井戸の中の関西地方の話。それよりも今日は我が家の結婚式記念日なのだった。思い出してメールくれたえーじ画伯、いつもありがとね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」(娘と実の母親の同居が増えているけど、遠慮がないぶん、バトルもすごいという話。そんなこと、15年も前から二世帯住宅メーカーが指摘していたよ)


2003.09.14
ここ数日、異常な暑さだ。台風のフェーン現象だわな。本日も激暑。
その中を妻の父の車に乗せてもらって、息子と飯能の宮沢湖まで遊びに行く。地味だけど緑が多くて、とてもいいところだったよ。何をするにもカネがかかるのには閉口したけど。
俺も大汗をかき、体中の筋肉を酷使して、一緒に遊び回ったのだった。


2003.09.13
高卒者への有効求人倍数の全国平均が0.5ぐらいとか。最低は青森県の0.1だそうである。つーことはだよ、青森で高校出て就職しようと思っても、10人に1人しか仕事が見つからないってこと?
これって、マジでえらいこったよな。高校出て大学や専門学校に進学するも、就職する奴の方がデキがいいということにならないか?
それはともかく、こうなると高校出て就職するのは少数派で、ほとんどはフリーターか家事手伝いになる、あるいはブラブラするというわけだ。これ、間違いなく日本の国力を削ぐね。現在20歳前後の人材が国を動かすようになる20年後、日本はかなりの確率で世界の三流国になっているだろうね。暗澹。
てなことを思いつつ、妻の実家へ行き、息子と遊ぶ。こいつには明るい未来を残したいなあ。本日の標語。昨日のことは忘れましょう。明日のことはわかりません。今日のことを頑張ろう。これ、何で読んだんだっけ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「検診で尿酸値が高めですよと言われた人の本」法研・細矢龍男(今度は尿酸値かよ、おれ。うーん、なんせ尿酸値も高いからなあ、がんばって下げないとなあ。ちなみに現在の体重68.4。でも、このタイトルはすげえよな。これでも通っちゃうんだから、どえらい世界だ。中身はもっとすごくで、15分ぐらいで読めてしまう。なんともお手軽な)
「野さいが糖ニョウ病を引きおこす!?」宝島新書・川ノ岳平(くすぶっている疑問があって、野菜ジュースとか、青汁とか、機能食品とか、健康に善さそうなものがいっぱい出ているのに、なぜ日本人はどんどん不健康になっていくのだろう。同じような素朴な疑問があって、我が家では加護目から野菜ジュースを通販で定期的に購入して家族で飲んでいるが、これが完全無添加なのにやたらと口当たりがよくて、甘かったりする。野菜の味にしては不自然だなあとずっと思っていたのだ。おそらく徹底的な品種改良がされているのだろう。
まあ、そんな疑問があってこの本をネットで入手したのだが、宝島だしなあ。一読結論、半信半疑。著者の正体がどうにも不明で、何が生業かさっぱりわからん。ネットで調べたところ、有機農法アドバイザーという、なんだこれ的な人物で、浄水器メーカーのカネで水についての講演会などもやっているようだから、まあ、うさんくさいと言えばうさんくさい。こういう取り巻きにからまれたら面倒そうなので、ここでは当然当て字。
内容については、とにかくやたらと見当はずれに怒りまくっていて、しかも論理が破綻したりしている。野菜で問題になるのは残留硝酸塩だが、東京都の調査では最も残留硝酸塩の多かった記録はチンゲンサイの16000mg/kgらしいが、著者は「硝酸塩の単独致死量は4gだからチンゲンサイをたったの3株食べると死ぬ」と脅す。おいおい、ちょっと待て。そのデータを見ると、全部の野菜の過去の平均値が載っていて、チンゲンサイはわずか3700mg/kgで、高めではあるが特に突出しているほどではないし、そもそも16000mg/kgという数字そのものがちょっと異常すぎないか。まあ、そんなこんなで極めて怪しいトンデモ本の匂いもするのだが、ところどころ説得力のあるところもある。
だもんで、野菜についての結論。西日本で収穫された野菜は食わない方が無難です。産地を確かめてから買いましょう。ああ、こんな本のことをだらだらと随分書いてしまったぜ)


2003.09.12
取材2、打ち合わせ2。その前に原稿。
朝から一日中忙しかったぜ。船橋の先の方という遠くまで行ったけれど、なんで千葉県の内陸って、あんなに道が狭くてうねっているんだろ。「地元の仲間がよく事故るんスけど、みんな自損なんスよ」という、市川出身のマブチくんの話に大笑い。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「文藝春秋」(壊れている食卓というレポートがすさまじく、現代の食事事情の薄ら寒さに「こりゃあ日本も終わるわけだ」と納得。氷川きよしのおっかけおばばたちのレポートには抱腹絶倒。今月号は、買いだと思います。巻頭のNHKエビジョンイルの記事は突っ込み不足で不満だけど)


2003.09.11
取材2、原稿。
はあはあ、朝一番から取材で動き回り(暑かったなあ、ほんと)、運動のために移動中は1駅、2駅分をえっちらおっちらと歩き、東京駅近くではディズニーランドの袋を大量に抱えてバスから降りてきた岡山の高校生の集団を追い越し、帰ってきてからは汗まみれの服を洗濯しながら掃除機をかけ(洗剤の箱をひっくり返しちゃったんだよ)、すぐさま予定の原稿に取りかかり、かと思ったら飛び込みで急ぎ原稿が入ってきたので片づけて、合間をぬってメールの処理をし、気がつけば夕方なのでマルエツに買い物に行って夕食の準備をしてNHKニュースを見ながら一人のディナーを済ませ、洗い物をしてゴミを出し、引き続き日付が変わるまで予想外に手こずっている原稿を書き続けてもまだまだ終わらず、予定通りに進まないのに締切が迫るばかりでおろおろし、自分の力量に感じた疑問については気づかないフリをしながら「どうなってるんだあ」と叫びながら、ついに力尽きてしまった本日のたんごちゃんであった。
残りの原稿は、後日。さあ、風呂はいって寝よ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.09.10
夕刊を見て思わず「はあー?」と間抜けな声を発してしまったよ。 サイモン&ガーファンクル、再結成だとな。あ、あのなあ。
知ってる人は知ってるだろうが、俺はポール・サイモンのオタクである。無論ガーファンクルのことも天才ボーカリストとして非常にフリークである。しかし、それとこれとはまったく別である。
まず基本的に俺は再結成モノが大嫌いである。日本も海外も、みっともないから、やめてほしいと思う。ニューミュージック全盛期に活躍したグループのメンバーが、そろそろ業界で決定権を持つ年齢になり、人間的にも丸くなって昔の喧嘩も水に流せるようになり、なによりも音楽が売れない中において再結成自体が格好のプロモーションになるからと、あっちでもこっちでも再結成だ。ああ、みっともない。たぶん情けないだろうなあと思いつつ見たナ××シャセブンの再結成ものなんて、情けないを通り越して可哀想でさえあったぞ。誰か言ってやれよなあ。
だからサイモン&ガーファンクルも再結成なんてしてもダメなのである。俺はポール・サイモンをカリスマとしてあがめ立てているから、もちろん再結成のビデオやCDも買うだろうけれど、今から落胆ぶりが予想できる。ひどかったものなあ、80年の再結成コンサートも(実は再結成は今度で3度目だ)。
「明日に架ける橋」一曲の印税で生涯食えるじゃんと思うのだが、そういうレベルの話ではないのだろうな、再結成の目的は。つーことは、やっぱり同窓会レベルの理由が一番なのか。正直なことを言えば、政治がらみだと、俺はにらんでいるけどね。もともと政治大好きの二人だし、ロックンロールとベースボールの大好きな典型的アメ公だし(ルーツはユダヤ人だけど)。
ともかくこの報せに対する正しい反応というのは、嘲笑とため息に尽きるね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「噂の真相」(サッカーの中田はゲイであるという噂を追う、という記事がけっこうなページで載ってたけれど、本当に噂を追っただけで終わっていて、びっくりしたあ。)


2003.09.09
打ち合わせ2、原稿。
隣町の運河沿いに、小さな老人ホームが建っている。4階建ての、比較的新しい施設だ。
運河を渡る橋の上からは、6畳ほどだろう、別にのぞき見るつもりでなくても、それぞれの個室がよく見える。夕刻になると窓を大きく開け放ち、川風を浴びながら夕日を眺めている老人たちの姿が浮かび上がる。沈みゆく太陽に、自分の人生の落日を重ねている、というのはあまりにありきたりな見方だけれど。
かつて聞いた話では、こういう施設に入る時に認められる持参品は、最低限の身の回り品を詰めた段ボール一個だけ、というケースが多いそうだ。つまり、昔から大切にとっておいた手紙や年賀状も、愛読書も、レコードやCDも、趣味の楽器や釣り竿も、若い頃のアルバムも、家族の記念の品も、ともかくほとんどの所有品を処分して、着の身着のままで入居することになるわけだ。
これって、どういう想いなのだろう。人生の大切なものほとんどすべてを捨て、数十年歩いてきた道のりをわずか段ボール一つに詰め込んで、終の棲家に移るというのは。
ある人は、それらの品々を写真に収め、自分の生きてきた証として段ボールに忍ばせていくという。またある人は、愛読書の「源氏物語」を全部暗記し、折に触れて思い起こすから本はもう要らない、と踏ん切りをつけたそうである。これは直接聞いた、実話だ。
そんなことを思うと、夕日を眺めている老人たちの姿に、なんとも言えぬ無情さを感じてしまう。この老人たちは、おそらくこの施設で死んでいく。一切のものを捨て去った、切ないほどの身軽さで、死んでいく。「年取ったら老人ホームにでも入るさ」という言葉には、こういう現実があるのだということを、知っておかなければ。
などということを書こうと思いつつ駅前にたどり着いたら、例の牛丼屋「なか卯」が、例の如く手書きのメッセージボードを出していたのだが、あまりと言えばあまりの内容で、すっかり気分がこけてしまった。
何が書いてあったかというと、いいか、行くぞ。「今日のトピックス。巨人、新庄獲得へ!」。ほら、腰が砕けたでしょ。
今朝の日刊スポーツの一面そのまんまじゃないかという以前に、これのどこに牛丼屋が世間様に向けて堂々とアナウンスする必要性があるというのだ? やむにやまれぬ何かがあるというのか? 「なか卯」はいい加減にしてほしいものである。
  「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「月刊ウォーキング」(最近この手の雑誌をよく読むなあ。「歩く」ということだけで月刊誌を成立させているんだから、ある意味、たいしたものだ。老人がメインターゲットなのだろう、活字がやたらと大きいぞ)「エクササイズウォーキング」新星出版社・丸茂仁・富家孝(またこの手の本だ。こういうお手軽な健康本は、布団の中で20分もあれば読めてしまう。1200円もしたのに、もったいない。著者の富家孝は、あら懐かしい、猪木時代後期の新日本プロレスのリングドクター、富家さんじゃないの。こんなところでご活躍でしたか。それはともかく、アマゾンからどんどん本が届いて山積みだというのに、東野圭吾の新刊も買ってないし、横山秀夫の新刊も片目で眺めているだけだし、京極夏彦の超お待たせ新刊は読みかけでストップしてるし<急がないからいいんだけどね>、なのに明日は「噂の真相」「文藝春秋」明後日は「週刊文春」「週刊プロレス」と雑誌が攻めてくるし、ああもう、困ったもんだ、ってちっとも困ってなくて単に俺はこんなに活字を読んでるんだぜって自慢しているように見えるよね、これ。なんて嫌みな俺だろうとちと反省。でも、サノくんのように「僕も恩田陸の蛇行する川のほとり読みましたよ」と言ってくれる人もいて、ちょっと嬉しかったなあ。なのに「あれ、スティーヴン・キングのパクりだよ」などと白けることを言うから、おじさんは若い人に嫌がられちゃうんだってば)


2003.09.08
終日原稿。
朝の散歩から戻ると、マンションの玄関にオーヤマさんとクボタさん。もちろんテツオくんとユウキちゃんも一緒だ。
これからディズニーランドに行くらしい。「ビッグサンダーマウンテンですかあ」と聞いたら、笑っていた。なにしろうちのマンションからはディズニーランドまで電車で8分。近所の公園に行くより近かったりするから、こうしてお母さんたちは公園代わりに朝から出かけているのだ。
我が家が一緒に出かけられるのは、いつになるのかなあ。息子はディズニーランドでプーたちと遊んだのがけっこう印象に残っているようだし、なるべく早く連れて行けるようになるといいな。
夜、えーじ画伯から体調を気遣う電話が入る。気にしてくれてありがとね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.09.07
けっこう原稿がたまっているのを頭の片隅で気にしつつ、今日も朝から妻の実家で息子と遊ぶ。最近はバスがお気に入りなので、朝からバスに乗って隣の駅まで行く。
日曜の朝のバスなどガラガラ。運転手も気を遣ってくれて、降りるときに息子がえらく時間をかけて金を払ったのに、ゆっくりと見ていてくれた。
バスに飽きたら、次は電車だ。航空公園まで行き、へろへろになって遊ぶ。ここの公園はともかくやたらと広いもので、滑り台まで行こうとするだけでえらく歩かなくてはならない。大人の方がぐったりするのだった。
しかし、そう簡単に休ませてはもらえないのが子育て。帰りの電車で寝てしまったので、抱き上げながらよろよろと家までたどり着く。こんなに大変な思いをしているのに、なんで生活習慣病にかかってしまうんだろうなあ。すごく不思議。
妻の実家で寝かしつけたら、こっちもぐったりきてしまい、居間で堂々と大の字の2時間昼寝。夜、再び息子を風呂に入れた後、お父さんはお仕事で出かけるからね、また来るからね、と言い聞かせ、辞する。最近はこうした言い聞かせがだいぶわかるようになってきた。
こんな調子で、娘の面倒はほとんど妻任せ。夜中でも2時間起きの授乳を頑張ってくれている。精神的に1人目よりは楽だけれど、やるべきことに変わりはないわけで、その頑張りには感謝なのだ。こっちに戻ってきても、家のことは当分何もしなくていいようにしなければ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ぶざまな人生」勢古浩爾・洋泉社(「わたしを認めよ!」名著「まれに見るバカ」の作者による新刊。まごうことなき傑作。一言で言えば、人生論なのだが、「人生を語れるのは五十代だけだ、このやろー」という調子でふんぞり返っている。「ネットワークとか人脈とかプロジェクトなどと言われてもほとんどんの人間には無関係なのだ、ばかやろー」という調子で、抱腹絶倒。ともかく古びた中年男が人生について語るというスタンスが貫かれている。主題であるどう生きるかという問いへの結論が、なんとわずか31ページ目にいきなり出てくるのにもずっこけるが、その答えが「一生懸命、生きる」というのにはもっとずっこけた。岐部さん、50代男の必読書ですぜ)


2003.09.06
昨夜は久しぶりに飲んでしまったので、けっこうな二日酔い。朝起きて8000歩ほど歩き、汗を流してから妻の実家へ。息子は相変わらず元気に飛び跳ね、娘は元気にミルクを飲んでいた。息子を連れだして、電車で西武球場近くのユネスコ村へ。どうということもない無駄な施設で、けっこうがっくり。まあ、電車に乗ったりすることに意味があるからいいんだけれどね。一緒に風呂に入り、いろいろとしゃべる。数日会わないだけでけっこう成長しているから、この時期の子育てはすげえ面白い。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊文春」「Number」(文春は必死で阪神にすり寄ろうとしているのだが、星野の機嫌は全くなおらず、相変わらずの文春大嫌い病。もはや優勝目前となって文春はほとんどタイムアウト状態。今さらあがいても遅いだろうに。こうなったら阪神は徹底無視というスタンスを貫いてはどうだろう)「スポーツYeah!」


2003.09.05
取材。
仕事がらみの話もありつつ、久しぶりに新宿の寿司処・すがわらへ。病気になってからは、けっこう寿司を食っている。まわる奴だけれど。低カロリーで魚がとれる外食って、回転寿司がけっこう手早かったりするからね。まあ、以前の牛丼がわりだ。
しかし、さすがにすがわらの寿司は、回るやつに比べたら申し訳ない。刺身の一つひとつが、うう、すげえ旨かったあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.09.04
取材5、打ち合わせ1、原稿。
浜松方面は突然発狂したかのような真夏日らしいが、東京もけっこう蒸し暑かった。
汗をかきかき働いていると、イサワシとばったり遭遇。「いやいや、どうもどうも」と始まった会話は、子供のことから病気のことと、まったく絵に描いたようなオヤジのスタンディングトーク訳して立ち話。
これにえーじ画伯が加わったりすると受験ネタが混じるのだろうし、キベさんが入ると娘の結婚というテーマに広がるのかもしれない。
夕方、ジョギング。だが、激しい運動は尿酸値を上げるということを知り、びびる。歩くぐらいがふさわしいらしいので、しばらくは走るのはやめて、歩きに専念するかなあ。
歩くなら、いいウォーキングシューズが欲しいのだが、売ってるのはおっさん臭いのばかりでなあ。オヤジの立ち話しておいて、ナンだけど。
今までは片足1.4キロのマッスル・トレーナーという靴を履いていたのだが、これは病状を急激に改善するための大リーグボール養成ギブスと決めていたので、効果がはっきりした現在は使わずにいる。この先は現状維持でゆるりゆるりと体重を減らそうと思っているからね。
ならば代わりの靴はというと、なあ。買ったばかりのミズノのランニングシューズがえらく気に入っているので、これで歩くか。そうだ、ここにリンクしている靴の通販ショップで調べてみよう。ジャパネットか、俺は。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「生活習慣病を防止する」日野原重明(ご存知聖路加国際病院の名誉理事長。90歳を超えて、両手に重い荷物を持ちながら駅の階段を一段飛びで上がるという、身近にいたら相当に鬱陶しいジサマだ。このジサマ、あろうことかこの本の中で「医者というのは、珍しい症例に合うと論文が書けると小躍りし、締切が近くなると難病の患者が来ないかなと心待ちにするものである」とばらし、「自分も若いときはそうだった」とカミングアウトしている。同業他者および業界の迷惑を顧みない、なんという大胆な告白なのだろう。なお、肝心の生活習慣病を予防するという点については、言い古された自明の方法ばかり、鬱陶しくも一冊の中で同じことを何度も繰り返して説明してくれているのであった。おかげで寝る前の布団の中30分で読破。これも年の功か、ってんなわきゃねえだろ。編集はジサマに遠慮しないでちゃんと注意しろよな)


2003.09.03
終日原稿。
体重が大台の70キロを割り、体脂肪も大台割れ目前の20を記録した今日は、先日の血糖値検査の結果が出る日である。
行ったのは、アさひクリニック。先生は開口一番「素晴らしい結果です」とのことであった。要するに劇的に体質が改善され、ここまで良くなるケースは本当に珍しいということであった。なにしろ空腹時血糖値が135から93へ、2時間後血糖値が226から131へ、ヘモグロビンが6.0から5.5へと、そりゃもうひっくり返るような改善結果だったからね。医者もびっくりのたんごちゃん。「どこから見ても健康体」という数値に戻ったのだ。
それを可能にしたのは、この2カ月で体重を8キロ減、体脂肪を8減らしたこと。徹底した食事療法と、ウォーキング&ジョギングの運動のおかげなのだ。なるほど、人間は薬に頼らなくても食事と運動で十分健康になるのだなあ。
こんなことならもっと早くから運動しておくんだったと思ったけど、もう後の祭り。いくら数値が良くても糖尿病そのものは不治の病だから、この先、一生こういう状態を--つまり体重コントロールと食事管理、定期的な運動を続けなければならないのだった。
もっともそれを続けるということは、体を非常に健康的な状態に保つということであって、医師も「今は体調いいでしょ」と言うのであった。まさに病気になったおかげで健康な暮らしを手に入れてしまったのだよ。
そんなわけで、気分は非常に晴れ晴れ。これから先も(断酒も含めて)今の状態を保つのだ(時々は酒も飲むけど)。
本日、ネットで購入したそば茶が到着。血液をサラサラにするだったん茶だ。夕方には、やはりネットで購入した沖縄のシークワーサーが到着。ドレッシングの代わりに使うつもりで購入したが、これがなかなかにいける。旨いのだ。健康な人にもおすすめの食材である。ついでに先日はバナジウムを大量に含む富士山のミネラルウォーターも購入。これはアサヒ飲料の「富士山の天然水」でも代用できる。
などと、俺はすっかり健康オタク。次は尿酸値を減らすのだ。しかし、健康がいかに大事か、自分の努力次第でどうにでもなるということか、実感したよ。
この2カ月、毎日の体重と体脂肪の推移、歩いた歩数、毎日3食分のメニューとカロリーを全部記録した。それでコントロールしたのだが、そのノートを先生に見せたら「ここまでやる人はめったにいない」とあきれられた。ふふ、やるときゃやる。何でもオタクと化するたんごちゃんの面目躍如だ。先生に「だって、子供が産まれたばかりですもん」と真顔で答えたら、「ほんとほんと」と看護士も含めてニコニコと大きくうなずいてくれたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.09.02
打ち合わせ1。
どうにかならんかなあと思うのが、喫茶店やレストランなんかの前に立てられているメッセージボード。ほら、小さな黒板にチョークで「おいしいコーヒーがはいりました」とか「秋色のニューフェースがやって来ました」とか、店員が手書きしてるやつ。あれです、あれ。目障りですよねえ。
実は潮見の駅の牛丼屋「なか卯」もオープン当初からこの黒板を立てて、メッセージを発しているのだが、それがもうあーた。例えば今日のは「今年の夏は冷夏でした。欧州では異常な暑さでした。あなたはどっちが良いですか?」。
そりゃ、どっちも良くないに決まってるだろ、とついマジに答えてしまったが、なんなんだ、これは一体。いきなり問いかけられても困るし、だいたい牛丼と関係ないではないか。
こんな調子で、オープン当時からおかしなメッセージばかり書かれていて、しかも非常にマメに更新されている。今日など、夜には「どっちが良いですか?」メッセージはすっかり消されて「今日は暑かったですね。でも夜は寒いです。季節の変わり目にFight!」なんていう励ましに変わっていたし。時々ギャグまじりで腰が抜けそうになることもある。
あんまりだから「本日のなか卯ボード」としてここで紹介してやろうかとも考えたが、プロのコピーライター(俺ね)が人様のコピーにいちいち目くじら立てるのもどうかと思うし。しかしともかく目障りなのだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊朝日」「日経ヘルスケア」(血糖値にはもずくとシークワーサーなのだ)


2003.09.01
取材1。
ミズノのランニングシューズを購入。早速臨海公園で走ったら、これがえらく気持ちよくてねえ。いつもより長めに走ってしまった。全力疾走50mも三度ほど。9月になったばかりだというのに、すっかり秋風で、アキアカネも舞っており、動いてなければ肌寒いほどだった。
6月下旬に計った空腹時血糖値が132。7月下旬のブドウ糖負荷試験では2時間後の血糖値が300を超えていたが、以来、運動と食事コントロールを徹底。体重は8キロ減り、体脂肪も28から21まで落とすことができた。さて、その成果はどうだろう。明後日にわかるのだ。
本日の取材では20歳過ぎの学生たちの話を聞いた。みな前向きで、真面目で、その上で明るい。こういう若者たちも確実に存在するのだなと思うと、ちょっとホッとする。この15年で日本は確実にひどくなったけれど、こういう若者たちに、これからの社会を少しでも変えてもらいたいものだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」(子供がいたずらや意地悪をしても、決して謝らない親が増えている。恥をかく、みっともない思いをする、我慢する、といったことへの耐性に欠ける、自意識ばかりが肥大した大人が増えているのだろう。ちょっと注意されると逆ギレする小僧どもと同じ精神構造だ。どこかの大学の「恥を知れ」という教育方針を、親たちにも徹底させたいものである。「ごめんなさいの言える子になろうね」というのは妻の言葉だが、切にそう思うぞ)


2003.08.31
朝起きて、息子を連れて遊びに出る。生まれたての娘の世話で妻は疲れ(なにしろ夜も2時間おきの授乳だからね)、息子の世話で義母は疲れている。俺が行ってるときは、俺がせめて息子を見なければ。
電車に乗って、飯能へ行ってみる。ここは初めてだ。最近は山が好きで、飯能とか秩父とかを散策してみたいと思うようになった。もっとも飯能の駅に行っても子供が遊べるようなところはないから、ぶらついた後は、再び電車に乗って戻って稲荷山公園駅へ。遊具も何もない芝生だけのだだっ広い公園を息子と歩く。
蝉が鳴く桜の木の下で、息子と遊びながら、今日で夏は終わりなんだということに気づく。個人的にいろいろと激動の夏だったなあ。気候のせいで息子には何も夏らしいことはしてやれなかったのが残念だ。こうして今年の夏も終わり、来年はどんな夏になるのだろうかと、思いを馳せる。
夜、息子を風呂に入れた後、妻の家を辞し、帰宅。地下鉄で豊洲で降り、潮見まで歩いたら、運河を渡る風はもうすっかり秋の気配で、Tシャツ1枚では寒いほどだった。明日から秋、9月。
「読売新聞」「ラピタ」(最近はこういう中年ライフスタイルマガジンが大流行。吉田拓郎の特集を読もうと買ったが、しかし、「昔は良かった」と「金持ちの買い物」のノリで後味悪い雑誌だった。こんなもんを読む連中は、みんな、終わってるんちゃう?)「ランナーズ」(別に隠しているわけではないが、ここ2カ月ほどはよく走っている。最近はだいぶ調子が上がってきた。体重が大台をクリアーしたらジョギングシューズを買い替えようと決めていたので、そのために広告をめくる。秋になるし、ぼちぼち秋用のウェアもそろえなきゃ)。


2003.08.30
娘の出産祝いと妻の退院祝い、そして娘のお七夜をまとめてやっちゃおうと、妻の実家でご馳走。久しぶりにアルコール(ワイン)を飲む。ま、今日ぐらいはいいだろう。
「朝日新聞」「日経新聞」「読売新聞」「日刊スポーツ」「ボクたちの好きな京極夏彦」(宝島のムック。買うんじゃなかった)


2003.08.29
原稿。
妻の実家に泊まり、朝、その足で区役所に出生届を出しに行く。これで娘も正式に日本国民。我が家も4人家族になったのだった。
しかし今日は暑かったなあ。これは夏の最後の暑さなのかな。急ぎの原稿を突貫作業で片づける。来週から秋。ぼちぼち仕事も忙しくなりそうだ。父ちゃんは頑張って働くのだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「読売新聞」「日刊スポーツ」


2003.08.28
娘と妻の退院。朝から妻の病院に行き、看護婦さんたちへのお礼のお菓子を妻に託す。その後、実家に行って息子と遊ぶ。
息子に「今日、退院するんだぞ」と何度も説明すると、ちゃんと理解したようで、病院の方を指さして「退院、退院」と言う。
その息子の手を引いて、午後、妻と娘を迎えに病院まで行く。やれやれ、やっとだ。でも、本当はこれからが本番。頑張らなくちゃね。
妻の父の車に乗せてもらって、無事に帰宅。母親が帰ってきたのが本当に嬉しかったようで、息子は俺には見向きもしないで、妻にべったりなのだった。眠いのに昼寝も我慢して、べたべたしている。息子は両親から離れてずいぶん頑張ったからなあ。一番頑張ったのが、息子だったと思う。拍手。
「朝日新聞」「日経新聞」「読売新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「週刊文春」


2003.08.27
終日原稿。
なんだかんだとじたばたしているうちに、もう夏が終わりそうだ。いや、そもそも夏があったのかさえも、わからないくらいだった。
しかし3のつく年は稲が大凶作と言われるが、まったく今年はろくでもない事件ばかりだ。父ちゃんは、この子たちの未来を少しでもいいものにするために、頑張るぞ。と、しつこく子供ネタ。そういや学生時代につくった「パパの子守唄」という歌、オーケストラアレンジをしてボーカルも入れ、20年ぶりによみがえらせたぞ。えっへん。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.08.26
原稿。
朝食抜きで、血糖値の検査のためにアさひクリニックへ。開院前だったけれど図々しくドアを開けて乗り込むと(出入りじゃないってば)、ドクターが私服で「おろっ」とびっくりしていた。
血を抜いてもらって、二時間後に再度血を抜く。結果は一週間後だ。
原稿と格闘したのち、2時間かけて妻子のいる病院へ行く。途中、ショートケーキを一個だけ買って、娘のささやかな誕生祝いをした。そのケーキは、結局俺がバクバクと食ったんだから、情けない。ちゃんと妻に食べてもらうべきじゃないかな、たんごくん。
2時間かけて家に戻ってきて、再び原稿と格闘。なんとしても今日、明日中に終わらせなければならない。というのも、明後日には退院のために一日いなければならないからだ。
基本的に酒をやめて三週間。酔っていない時間が増えて、有効に使えるのはありがたいけど、時々、夜をもてあます。まあ、完全に禁酒というわけではないので、たまには飲んでいいのだが、やっぱりやめておこう。どうせ飲むなら、近場のどうでもいい居酒屋じゃなくて、本当においしい日本酒にしたいからね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」(2人目を産まない理由、という巻頭記事。またまた偏狭AERAが大笑いのバカ記事を載せてらあと、妻と大笑い)「赤ちゃんと脳科学」小西行郎・集英社新書(「天才に育てるより幸せな人間に育てたい」とのオビにはまったく共感。いわゆる早期教育を行うと、発達途中の脳のシナプスが混乱してしまい、かえって逆効果という説には大いに納得。成長過程の人間には、シナプスを整理して不要なものは捨てる、つまり忘れるということがとても大事なことらしい。その意味ではテレビやビデオの見過ぎもバツなのだろう)


2003.08.25
取材1、打ち合わせ1、原稿。
朝6時に起きて朝食。病気持ちになって食事療法を始めてからは外食は極力避けるようにしているから、今のように母ちゃんが不在の時は自分で用意しなければならない。しかも抜くことは体に悪いから、面倒でもちゃんと食べないといけないのだった。
玄米粥と野菜サラダを食べ、お茶を飲み、8時13分の「こだま」403号に乗る。30分で目的地の小田原だ。小田原に降りるなんて、箱根に行く途中に乗換で降りる以外は、初めてかな。空が広く、緑の多い街だった。こぢんまりしてて、箱庭みたいで。
取材終了後は、再び「こだま」で東京に戻り、飯田橋に行って打ち合わせ。その足で、所沢の病院まで行き、妻と娘に会う。新幹線に乗ったら小田原まで30分。なのに所沢はいろいろ乗り継いで2時間弱。なんと不条理な。
帰ったらけっこう疲れていたけど、そこは頑張って働いたのだった。金内おじさんにも「がんばるように」と言われたことだし。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「マッチメイク」(不知火京介・講談社。第49回江戸川乱歩賞受賞作。プロレスがテーマのミステリー。プロレスだから読んだけど、プロレスじゃなかったら激怒だな。乱歩賞も質が落ちたわい。そうさなあ、東野圭吾が印税ほしさに書き殴った時の作品みたい、といったところ。何か、志というものが感じられなかったのよ。でもプロレスだからいいけど。そうそう、ミステリーといえば横山秀夫の新刊が出てるのね。まだ買ってないし買っても他の本が山積みだからまだ読めないけど。年末の賞レースは10月までの作品が対象となるから、それを狙って今頃から賞狙いの新刊本ラッシュとなるのだ、出版業界は)


2003.08.24
結局前夜は10時半に起きた息子を風呂に入れ、その後12時に就寝。夜中は2度ほど夜泣きで起こされた。その眠い目をこすって、午前中は航空公園へ。じいちゃん、ばあちゃんが連れて行ってくれたのだった。
昨日に引き続き、世界が発狂したかと思うような暑さ。その中を息子は、滑り台に乗るためにずっと走り回っていたのだった。小さな川では水遊び。帰らない帰らないと駄々をこねるのを、無理に引きはがして連れて帰ったのだった。なにしろこの天気じゃ大人が参っちゃう。熱中症が怖いからね。
午後は再び息子と二人で病院へ。家族4人で、1時間半ほど過ごす。入院も折り返しだ。みんな、頑張ろうね。
実家に戻って息子と別れ(十分に言い聞かせてはおいたが、しかし、きっとあとで泣いただろうなあ)、2時間かけて家に戻る。夕刻になってもあきれるような暑さの残る一日だった。
今日は俺の実家の夏祭り。さぞやにぎやかだろう。大宮のナオコちゃん一家も行ってると思うが、親戚内では隠密の行動かもしれないので、内緒である。甥っ子の雄一郎は、今年も獅子踊りを舞っただろうか。


2003.08.23
夏が戻ったような、1カ月遅れの暑い朝。一人で朝食を摂った後、朝の8時から臨海公園でジョギング&ウォーキング。久しぶりの走りである。じりじりと首筋が焼けるような暑さの中、2時間ほど、とても気持ちよく汗を流せた。
家に帰ってシャワーを浴び、洗濯物を干してから出発。京葉線で東京駅に行き、丸ビルの地下でケーキを買った。朝から混んでいて、相変わらずの人出だなあ、ここは。
保冷ボックスに入れてもらったケーキを下げて、丸の内線。終点の池袋は、相も変わらずわけのわからん兄ちゃん・姉ちゃんでごった返していて、うんざりするようなロクデナシ空気を漂わせている。 その空気をなるべくよけながら、西武池袋線のホームへ。ちょうど正午であり、面倒なので地下のB級グルメコーナーで食事。ったって、立ち食いものばかりを集めたコーナーなんだけどね。ここは案外好き。もっともカロリーのことがあるから、蕎麦にエビの天ぷらを入れ、その衣をはがして食ったのだった。ちなみに立ち食い蕎麦屋の類で、生卵を注文するのは自殺行為に近いから止めた方がいい。
12時13分の急行飯能行きに乗る。休日の下りは空いていて、楽に座れた。車中、恩田陸の「蛇行する川のほとり」第3巻を読了。夏の雰囲気はとてもよく描けていたが、ミステリーとしては失敗。なにしろ動機が弱く、犯行の手口も現実性が薄いもので、ちょっと説得力なかったなあ。無理にミステリーにすることもなかったのに。
妻の実家に到着。マンションの入り口で、ばったりと息子と会う。久しぶりだなあ。1時間ほど妻の実家でくつろいだのち、その息子と二人で妻と娘に会いに行く。炎天下。歩いて3分の病院なのに、すっかり汗だくだった。
久しぶりに母親と会ったというのに、息子は照れているのか、素っ気ない。2歳のくせに。対照的に妻は、息子と会って嬉しくて嬉しくてしょうがないといったところ。考えてみれば、家族4人だけで一緒にそろうのは、これが初めてだった。
娘は、誕生のリバウンドでちょっと痩せて、もともと小さいのがますます小さくなっていた。でも、ミルクは元気いっぱいに飲むし、うんちはあきれるくらいよくする。睡眠もとんでもなくたっぷりだ。このまま元気で大きくなってくれればいいが。
途中、近所に住む俺の叔父夫婦が見舞いにやってくる。有り難いことだ。見舞いって、できそうでなかなかできないことだから、顔を見せてくれただけでも本当に嬉しい。なお、この叔父夫婦には3人の息子がいるが、一番下のシゲちゃんは毎日この日記をチェキってるらしい。むむむむ。困ったぞ。変なことが書けないではないか。
2時間ほども病室で過ごした後、夕方の物憂い熱気が漂う中を息子と歩いて帰る。実は息子はひどく眠くて昼寝したかったのに、久しぶりに母親と妹に会えたから、頑張って起きていたのだった。
その反動だろう、6時に家を出て近所のお祭りに連れて行ったら、ろくに見もしないうちに寝入ってしまったのだった。相当疲れていたんだね。よく頑張って起きていたなあ。すごく嬉しかったんだろう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「蛇行する川のほとり」


2003.08.22
打ち合わせ1、原稿。
片道2時間かけて妻の入院している病院へ行き、娘の顔を見る。体が小さかった分、ミルクを一杯飲んで大きくなろうとしているようだった。息子は、時々父ちゃんを思いだしては「なんでいないんだ、なんであそんでくれないんだ」と暴れているらしい。可哀想だけれど、会えば刺激するだけなので、あえて会わずに帰る。父ちゃんも会いたいんだよ。
帰り道、客先によって打ち合わせ。コマガタくんやオザキくんやイイムラくんなどに「あれえ、夏休みじゃなかつたんですか」「休みだと思ったから仕事は他に出しちゃいましたよ」と言われ、寂しい思いをする。
父ちゃんはこれから稼がねばなんねえだ。皆の衆、仕事をおくれ。
哀れっぽい声と表情で営業する。情けない営業だな、しかし。
オクバーとコナガイさんとの打ち合わせで、病気ネタで盛り上がる。任せてくださいまし。今や俺はすっかり健康オタクだ。
明日は妻の実家に泊まって、久しぶりに息子と徹底的に遊ぶ予定である。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「東京コンフィデンシャル」(いろんな東京の素顔をレポート。ああ、つまんねえ本)


2003.08.21
朝、妻の実家を辞する。その際は「バイバイ」とおとなしく手を振った息子だったが、後で「なんでおれをつれていかないんだ、なんでとうちゃんだけかえるんだ」と靴を振り回して大泣きしたらしい。母ちゃんは病院で妹にかかりっきりで、父ちゃんはいなくなり、一気に取り残され感におそわれたか。可哀想だが、頑張ってもらうしか。
うんざりするような渋滞を抜けて、やっと我が家へ。たまっている家事や急ぎの原稿を片づけて、今度は電車で再び妻の実家近くの病院へ行く。片道2時間。
野乃花は元気で、よくミルクを飲むと看護士が言う。こんなに小さい体なのに、頑張ってるんだなあと感心。妻の体調も一気に回復の方向へ。
妻の実家に電話して息子の様子を聞いたら、時々父ちゃんを思いだして泣くものの、だいぶ落ちついてきて、いい子で遊んでいるとのこと。ならば、いたずらに刺激することもなかろうと、実家に寄らずに帰ることにする。片道2時間。ゆっくり本が読めていいなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「週刊プロレス」「週刊ゴング」「新潮45」


2003.08.20
娘、野乃花が所沢市の荻野病院にて誕生。14時54分。
母方の祖父母、父方(俺ね)の祖父母、そしてもちろん新米のお兄ちゃんに見守られての誕生だった。2,375g。未熟児寸前。一昔前なら完璧に未熟児扱いの小ささだった。それでも大きな声で泣いて、一安心。母子ともに健康。我が家も4人になりました。
新潟へ帰るために高崎駅へ叔父の車で向かう両親を見送り、俺は新米のお兄ちゃんを胸に抱えて、妻の実家へ。一緒に風呂に入り、布団にもぐって、今日一日を振り返りながら、息子といろいろと語り合ったのだった。


2003.08.19
実家から戻る。息子は「怪獣の一員としてもっと暴れるんだ」と抵抗するかと思ったが、意外とすんなりバイバイをした。こんなチビでも、前々から何度も言い聞かせるとしっかりと状況を理解するようだ。
帰りのドライブは、往きと同じく父がハンドルを握ったが、車中は母も一緒だ。
朝早く出て、昼前に埼玉に着き、そのまま妻の入院した病院へ。息子は久しぶりに母親との対面である。なんだか照れているのがおかしかった。「また明日」と手を振って、病院を後にする。
妻の実家に挨拶した後、両親、息子を連れて家に帰る。「明日、お前はお兄ちゃんになるんだぞ、わかる?」と、寝かしつけながら息子に教える。説明すれば理解する子だから、たぶんわかっているはずだ。息子が寝た後、ゆっくりと荷物の整理をし、爪を切る。明日はいよいよ娘の産まれる日。名前は、野乃花(ののか)。


2003.08.18
実家で、息子プラス甥っ子の計4匹の怪獣と激しく闘い、敗れる。


2003.08.17
実家で、息子プラス甥っ子の計4匹の怪獣と激しく闘い、敗れる。


2003.08.16
実家で、息子プラス甥っ子の計4匹の怪獣と激しく闘い、敗れる。


2003.08.15
旧盆だというのに台風を思わせる嵐の中、父の運転するワンボックスに乗って、息子を連れて実家に帰る。男三世代が一つの車でロング・ディスタンス・ドライブ。長距離運転で凝った肩をほぐしながらハンドルを握る父の後ろ姿を見ながら、こんなドライブは最初で最後だろうなあと思ったのだった。


2003.08.14
夏休みの関係で父が新潟の実家から上京。晩飯に二人で華の舞へ行き、久しぶりにアルコールだ。ビール一杯と、日本酒少々。んー、日本酒って旨いよねえ。ありがたやありがたや。
それにしても居酒屋メニューって、こうしてみると本当にバランスが悪くて、不健康。独身時代はこんなものをずっ晩飯にして酒を飲んでいたのだから、そりゃ体もおかしくなるわなあ。
一日中、けっこうな雨。外へ遊びにも出られず、妻の実家で息子は大暴れだったらしい。その息子と、明日から一緒に実家に帰ります。夏休みだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.08.13
朝7時の電車で妻の実家へ。やはり片道2時間かかるなあ。
9時過ぎに予告なしで息子と再会。息子は「あ」と言ったきり、無言で抱きついてきた。この小さい体でよく頑張っている。
午前は、妻、息子と家族三人で二つ先の駅まで行って公園を歩く。何もない単なる公園だが、ただ歩くだけでも家族なら楽しいのだ。
午後は妻の実家でごろごろしたり、近所を散歩したり。
「本を買ってあげよう」と息子と二人で外に出たら、駅の自動販売機でジュースを買うんだと言い張る。根負けして120円わたしたら、ジュースでなくアクエリアスのボタンを押す。間違えたのではなくて、「父ちゃんはこれを飲め」と俺に手渡してくれた。この息子は、こういう面があるのだ。
もちろんそれで終わりではなくて、自分のジュースは別に買うからとしっかりまた120円を請求されたのだが。それを片手に、二人で駅前のタクシー乗り場のベンチに腰掛け、ゆっくりと、20分もかけてジュースを飲む。俺はもちろんお茶以外飲めないので、息子が飲むところを眺めるだけ。8月のどんよりとした雲が垂れ込める、午後の二人だけの時間だった。
夕食をいただいて、さて、父ちゃんは帰るよ、いい子にしてるんだぞ、となった時、息子は玄関で「俺も一緒に行くんだ」とばかりにしゃくりあげた。説明すれば理解する子なので、状況はわかっているわけで、それだけに張り詰めた緊張がゆるんだのかもしれない。
履こうとして思い通りにならない靴を両手に持ち、玄関先に座り込んだまま、泣きながら「連れてけ、一緒連れてけ、なんで連れてってくれないんだよう」とばかりに俺を叩くのだった。
結局俺は振りきって駅へ。ホームに立ったところで、妻と義母が家から電車を見送るために家から連れ出してくれたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」


2003.08.12
世間は本格的な夏休みモードに突入したらしくて、電話はぺいちゃんから一本だけ、メールはゼロという一日。夏らしくない夏だが、それでも夏休みはやって来る。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」


2003.08.11
終日原稿。
かつて糖尿病は贅沢病と言われた。だから糖尿病は有名人がかかるものだった。従ってたんごちゃんは有名人である。
おお、なんと見事な三段論法。
などとネタにしている場合ではない。食事療法は今のところさほど苦になっていない。なにしろこちらは食べる側。食えるだけでも有り難く思わなければ。俺はまだかろうじてそう思えるだけの世代の環境に育ってきたからなあ。なにしろ新潟の農家の息子だから、おやつはトマトかイモ、飯粒を残したらどやされる、腹が減ったら味噌をなめる、と育ったからね。きっと、えーじ画伯も同類だろうな。
しかし、今日いろいろ調べて驚いたのが、なんと、味噌汁は一日一杯しか許されないということだった。うーむ、これはマジで大ショック。おかずがなくても、味噌汁があればメシの食える環境で育ったからなあ。味噌汁は何杯でもおかわりできるほど、好きなのになあ。
まあ、しょうがなかんべ。食べられるだけ有り難く思わなければ。もっと大変なのは、食べる側でなくて、作る側だもんなあ。
ところで、俺と離れて暮らし始めた息子は、それなりに環境を受け入れようと頑張っているらしく、わがままも余り言わず、耐えているそうだ。同じ遊びをしつこく繰り返しているというから、幼いながらに何かに没頭することで忘れようとしているのかもしれない。うーむ、いじらしいというか、可哀想というか。しかし、ここは家族それぞれが頑張らなければ。もうじきニューフェースもやって来るし。
名前は、もう決めてある。妻が考えて息子が命名した。
あ、今日は新聞休刊日なので何も読まなかったなあ。


2003.08.10
昼前に妻の実家を辞して、一人の家へ。息子に対していかにこの状況を納得させるか、ぐずったらどうするかというのが長い間の懸案であったが、案ずるより生むが易で、すんなりと見送ってくれた。こちらの言うことはほとんど理解しているはずだと思っていたので、何日も繰り返して説明してきたのが功を奏したのかな。
一人の家へ帰った寂しい父ちゃんは、洗濯やら買い物をした後、仕事。約束の原稿を片づける。
それからウォーキング。調子に乗ってお台場まで行ったら、東京湾花火大会。大口を開けて空を眺めている浴衣の姉ちゃんたちの間を、怪しいジョギング姿で徘徊する俺であった。わははは。
どんどんぱんぱんうるさい中を、家に帰って、一人の食事。えーと、カロリー計算して、野菜サラダと海藻サラダ中心、炭水化物はいなり寿司、タンパク質は鯖の味噌煮というメニュー。わびしい食卓であった。果物として許された1日1本のバナナは、腹が減ったときのために残しておいて、あとでPRIDEを見ながら食べた。まったく病院食みたいだよ。
食後に妻と電話で話したら、息子は駄々をこねることもなく、8時前におとなしく寝入ったそうだ。そうか、そうか。疲れたか、それとも父親がいないということに納得したか。もっとも夜中に起きるときはそんなことは忘れているから、きっと大泣きするはず。妻も当然了解済みで、それに備えて早く寝るとのことだった。
ともかく寂しい父ちゃんは、あとは音楽活動でもするか、とぼけっとしているのであった。ギターの弦も張り替えたいしなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.08.09
台風10号が激しい風と共に上陸したさなか、朝から出かける準備をする。朝食はあっさりとコンビニのおにぎりだ。
家族三人、家の中の簡易神棚(各地でもらってきたお札が祭ってある)に並んで柏手。息子も神妙に何度も拝んでいた。妻がスカートをはこうとして紐が切れる。ちょっと嫌だな、と顔をしかめるが、気をつけなさいと身代わりになってくれたんだろ、と納得し合う。
車に乗り込み、台風の中をいざ出発。高速に乗る前に、安産祈願をした洲崎神社に立ち寄り、お参り。その後、強風にあおられながら妻の実家へ。夏休みの最初の大きなヤマを迎えて渋滞覚悟だったが、台風でがらがら。すんなり着いたのだった。
これから2カ月近く、妻の実家に妻子がお世話になる。よろしくお願いします。義父は入れ替わりのように大分まで法事に出かけた。寝台列車にしたのが幸いで、飛行機だったら予定は大きく狂ったことだろう。
息子はおばあちゃんと遊んで大はしゃぎ。しばらくはその調子で頼む。食事は軽く。なんだかこんな病気持ちの辛気くさい婿になってしまって、妻の両親には申し訳なく感じてしまう。アルコール抜きの3日目。もう俺は、一生分のおいしい食べ物と酒を、既に摂ってしまったということなのだろうなあ。家族のために長生きしなければならないし、もう漂流することもなかろうかと思います。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「噂の真相」「文藝春秋」「弘兼なんたらの初期短編集3巻」「ドラえもん」「美味しんぼ」「人間交差点」


2003.08.08
取材1。
台風が接近しているせいか、なんとなく不思議な気圧の気配を感じる中、10時前から息子とマンション内の公園に出る。今日もお母さんたちが集まってプール遊びをするのだ。公園に着いたらすぐにクボタさんがやってきてビニールプールに水を入れる。妻もやってきた。その後、真夏を待ちかねていた子どもたちが続々と集まり、本格的な水遊びが始まった。
それを片目に、俺はあサひクリニックに向かう。聖路加の結果を受けて、かかりつけ医に糖尿病の治療の相談だ。かかりつけ医だもんで、基本的に我が家の事情を知ってくれていて、とてもフレンドリー。どこかの大病院のように「3時間待ちの3分治療だから他へ行け」などということもなく、20分もじっくりと相談する。
基本は徹底した食事療法しかないということに。薬は極力使わず、食事で頑張って、その改善具合を診て判断しようという指導だ。腎臓の具合もよろしくないのだが、こちらは血糖値の改善具合でどうなるかわからず、また、急を要する数値でもないので、後回しにすることになった。
基本的に、食いたいものを食いたいときに食いたいだけ食う。例えば朝は牛丼の特盛りで、昼はナシ、夜は酒を飲んで帰りに豚骨チャーシュー麺を食う。そんな好き勝手な生活を続けた独身時代のツケが回ってきたのだろうなあ。しょうがなかんべ。悔しいが、闘うのだ。まだまだ元気で働かねばならないし。
幸い、食うことに対してそんなにこだわりはないし、もともと野菜が一番好きだから、食事療法もある程度はいけるのではないか。根拠の薄い自信だが。もっとも食事療法の仕組みそのものを理解するのが大変で、まだよくわかっていないけどさ。
まあ、メシよりもつらいのは、酒だなあ。基本的に酒は禁止。原則として禁止。ということは例外もアリか。ちとカロリー計算してみよっと。
医者から戻ってマンションの公園へ行ったら、プール遊びは一段落か。子どもたちは時折ばしゃばしゃやりながら、お菓子を口にしたり、シャボン玉で遊んだり。空は台風前夜という怪しげな雰囲気だ。
昼過ぎに皆さんに礼を言って家族で公園を辞し、木場のイトーヨーカドーへ。「食品交換表」のほか、多少の買い物をしたあと、もうしばらくは家族での外食もできなくなるからと、回転寿司屋へ。ここの回転寿司、けっこう旨いのよ。しかし、食事療法と言いながら、いきなり寿司か。いや、食事療法って決して粗食にするわけではなく、要はカロリー計算なのだ。おっと、またカロリー計算が出てきたな。
まあ、いいや。ともかく魚は旨い。妻にもたくさん食べてもらった。食べながら本日の検査結果の説明と、今後の方針を話し合う。育ち盛りの幼児と、食事制限の中年を抱えるのだから、妻が一番大変だ。心から済まないと思う。おれ、意地でも治すからさ。
食後、家へ戻って、俺は取材へ。愛宕山だ。なんとも上品な街だが、居心地悪いなあ。こういう白金系の街は、基本的に好きじゃないよ。
取材後、有楽町へ回ってビックカメラでCDウォークマンを買う。最近はMP3対応してるから、一枚のCDで何百曲も聴けるのね。びっくり。これは妻に使ってもらうやつ。たまったポイントで、半額で購入。7500円。
途中、牛丼とざるそばのセットを食って、えーと、カロリー計算だ、カロリー、とつぶやく。しかし「なか卯」という牛丼屋は、なぜあんなにも客をイライラさせるのだろう。ちっともファストフードじゃないよ。
家に戻って「よーし、盆踊り行くぞ」と、息子に甚平を着せて、潮見の夏祭りへ。ささやかと言うのさはばかられるような、本当にしょぼい夏祭りなのだけれど、集まっている大人たちは皆にこにこし、子どもたちはかき氷をもらおうと大はしゃぎで行列している。その輪の中には、今日も一緒に水遊びをしたお母さんと子供がたくさんいた。
息子は初めて見た盆踊りの音と光に圧倒されてか、最初からビビっていた。それでも次第に慣れてきて、家へ帰ってからも「もっとやりたい」と泣く始末。そこをなだめて、というかひっぱたいて、一緒に風呂に入る。
こうして何ということもない、ごくありふれた夏の一日が過ぎていく。けれど、明日から妻と子は里帰りする。我が家にとっては、きっといつまでも記憶に残る特別な一日。今度妻が戻ってくるときは家族が4人になっているから、3人で過ごすのはこれが最後。水遊びしたこと。食事療法の相談をしたこと。盆踊りを見たこと。ありふれていても、きっと我が家の特別な一日。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.08.07
終日原稿。
朝一番で聖路加国際病院に電話。先日の再検査の結果を聞くためである。ここは検査の結果などは電話で教えてもらえる。本人かどうかの確認もしないで、電話するだけで教えてもらえる。わざわざ行かなくていいから、まっことお手軽である。
結果は、なんともはや、立派な糖尿病であった。情けない。ちゃんと治療するようにと言われてしまった。しかも腎臓内科の検査も受けた方がよいということであった。
だったら聖路加さんで治療して、とお願いしたら、それはしない、と。混んでいて3時間待って治療は3分。とても申し訳ないので、他の病院に行ってください。地元の町医者でも大丈夫よ、とのことであった。
あ、そーすか。ならばそうしましょ。おかしいとは思っていたんだよなあ。天下の聖路加国際病院、大会社の社長や政治家、高級官僚もやって来るわけだが、そういうVIPにも診察結果を電話させて教えるとは思えない。当然、専門医が時間を割いて、しっかり面談して告げるのだろう。我々庶民だけが、面倒だからと電話で済まされているんだろうなあ。だから治療も、庶民は他へ行け、どうしても診て欲しいなら3時間並べ、と言われたわけだ。とほほ。庶民はつらいよ。大枚はたいて人間ドックに入って、結果は電話で聞かされて、しかも来られても邪魔だから治療したいなら他へ行け、と言われて。
まあ、それにしても困ったものだ。立派な病人になっちまったなあ。あと20年は現役で働き続けなければならないというのに、困った困った。
この日記のネタが増えたといえなくもないが、まあ、闘病日記にならないように気をつけよう。てなわけで、本日も1時間のジョギング。最近週に1、2回、体重コントロールのために走っているのでした。おかげで1カ月で2キロ痩せたけどね。でも、それで血糖値が下がるほど、甘くはなかったなあ。はあああああーーっ、がっくり。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」


2003.08.06
取材1、原稿。
突然の真夏の暑さ。冷夏だったから、これはコタえる。しかも異常に湿気が多いのだ。赤坂見附の駅から地上に出ただけで、もう汗だく。3分歩いて三井住友銀行のATMコーナーにたどり着く頃には、汗まみれ。10分歩いて取材先に到着した頃には、全身汗まみれ。
滝のような汗をしたたらせながら、受付のお姉さんに来意を告げるわけだが、聞かされる方もさぞや鬱陶しいだろうなあと同情。その後は遠慮しないで上着を脱いで、ロビーのソファーででかい顔。もう立秋は過ぎたの?どうなの? ともかく夏はやっぱり暑いなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」(80年代のアイドル特集。同じ顔に同じヘアスタイルで、ああ、これが80年代という妙に居心地の良いふにゃふにゃの10年間を象徴していたのだなあと納得)


2003.08.05
原稿。
我が家のマンションでは夏になると幼児を抱える家庭がそれぞれビニールプールなどを持ち寄って、水浴び大会が行われる。今年は冷夏だったので、本日が初の開催。1歳の昨年は水に入る前から泣いていたのに、2歳の今年は大はしゃぎ。成長したのね。夏の風物詩で、「写真を見ていると季節の移り変わりが楽しめる」と画伯に言われて、けっこう嬉しい父ちゃんであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」


2003.08.04
打ち合わせ3、原稿。
空疎なマンガ映画「となりのトトロ」では、冒頭から20分ほど、何の事件も起こらない平和な田舎生活のディテールが淡々と描かれる。せいぜい糸井重里の声が耳障りなだけで、あとは何もない。
そんな映画を、ものは試しと息子に見せたら、おろろ、どうしたことか、身じろぎもせずにとんでもない集中力でじっと見入っている。ディズニーアニメでもこうはいかない。しまじろうさんでも、途中で飽きてしまう。ましてや「おかあさんといっしょ」なんて。
それがトトロとなると、長時間、忘我の境地で没頭している。すげえ。なんなんだ。俺はマジで驚いてしまった。トトロにはどんな魔力があるというのか。「魔女の宅急便(愚作)」は見向きもしないから、ジブリがいいというわけでもないらしい。
以来、俺はトトロの不思議に驚くばかり。今の息子の一番のお気に入りは猫バスだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」「編集会議」(案外と面白かった)「プロレスを飾った男たち」(俺の愛した昭和プロレスの暴露話。え、あれもツクリだったの、ってちょっとびっくり)


2003.08.03
浅草は夏がいい。それも夕方に限る。
白っぽく、物憂げな空気の中、息子を肩車して仲見世を歩いた。6時を過ぎてもかなりのにぎわいである。頭の上から降ってくる、息子の「こっぱいねー」「おっきいねー」の声。どんな顔してる?と後ろから着いてくる妻に聞けば「楽しそうだよ」と返ってきた。参拝の帰り道、息子の甚平を買う。とんぼ柄の深い青だ。
昼には前日と同じく広場で遊ぶ。今日は都営住宅の子供らが数人いて、男の子たちが息子と一緒に汗だくになって走り回ってくれた。一息ついたところでペットボトルのジュースを分けてあげる。知らないおじさんからものをもらうなと教育されているわけだが、親子連れだから警戒対象から除外されたのだろう。こういう子供らが安心して走り回れる世の中を取り戻したいものだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.08.02
夕方、妻が歯医者へ行くので俺は息子を連れて近くの広場へ。都営住宅の公園なのだが、ここでビーチボールを使って一緒にサッカー。汗だくになりながら息子はきゃあきゃあ言ってボールを追いかけていた。帰ったら一緒にシャワー。気持ちいいね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.08.01
ぬわーにが第三回漂流するおやじの会だ、なろー。と、荒れ気味なのには理由がある。一度しか言わないからなっ。
それは「いかんいかん、急がなければ」と集合場所の水道橋を目指して東京駅を歩いていた時のことであった。突然電話が鳴ったので出てみたら親分ではないか。
「すまんすまん、ちょっと遅れるんだぴょーん」という連絡であったのだ。いい年してだぴょーんもないものだが、ともかく「あいあい、わかりった」と電話を切ったわけだ、俺としては。その刹那、俺は固まったね。なぜなら、携帯電話ケースがなくなっていたからだ。
100円ショップで100円で買った携帯電話ケース。親分の電話が来るまではしっかり胸元にあった携帯電話ケース。ついだぴょーん電話に気を取られて落としてしまったらしい。しかし本当の問題は、100円で買った携帯電話ケースに現金4万5千円を入れていたことにある。そう、なんと100円で買った携帯電話ケースを財布代わりに使っていたのだ、俺としては。
固まったね。で、あたふたしたね。すると後ろからやってきた親切なおばさんが「何か落としましたよー」と教えてくれたのだった。おお、大都会の人情。一杯のかけそば。便所の落書き、相田みつを。
礼を述べてすぐさま俺はその場所に戻ろうしたのだが、なんてこった、ここは動く歩道。前にしか進めない。逆流しようとすると、ディズニーランドのばかでかい土産袋を抱えて間抜け面で口を開けて呆けたように歩いている連中と正面衝突だ。仕方がないからぐるっと回って、ええ、そりゃもう走りましたね。
ところがあーた、やっとこさ落とし場所に着いたと思ったら、当然のことかもしれないが、影も形も見えないではないか。4万5千円の入った100円ショップで買った100円の携帯電話ケースが。大都市の孤独。東京砂漠。
しばしそこに呆然とたたずんだ俺は、呆けた顔のディズニーランドに混じって呆けた顔で家に電話し、かあちゃん、ごめんな、と泣いたのだった。
その足で地下の改札にいって駅員に聞いたけど、届いていないという返事。じゃあ、どうすりゃいいんだ、というと別の改札で聞いてはどうかという、まっこと使えない返事。しょうがないから次に八重洲の改札に回って恥を忍んで聞いたら届いていないという返事。じゃうどうすりゃいいんだというと、警察に届けたらどうかという、これまた使えない返事。
しょうがないので駅の中の交番に行き、おまわりさんに事情を話して届けを出して(そういや、交番の中では関西弁で泣きながら何かを訴えているおばちゃんがいたなあ。人生色々。七転び八起き。親に品がないので団塊ジュニアも品がない。ついでにみつをは脳がない)、でもどうにも頼りにならないおまわりさんで、まあ、ついでだからとその足でJRの遺失物センターへ行って届けを出して(呆けた兄ちゃんがでっかいデイパックを忘れて、係員に「なんでこんなでかいの忘れたの」と呆れられていた。忘れるときは人生さえも忘れるものだよ、男は。年を取れば名前も忘れるし)、一文無しでは漂流どころではないなあと現実的な問題に気がついて、とりあえず家まで戻ろうか、ということになった時、なんと再び電話が鳴って今度は「ごめーん、遅れちゃうんだよう」とイズちゃんから連絡だった。
ともかく最悪である。いや、イズちゃんの電話がではなくて、カネを落としたことが、である。あまりのことに、意気消沈、茫然自失。以後のことはもう書く気力もないので、誰かに聞いてくれい。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.07.31
打ち合わせ1、原稿。
聖路加国際病院へ再検査に行く。血液と尿の検査だ。
人間というのは本質的に命令されたがる生き物と言われ、特に不安を感じると知らない人の命令でも疑うことなく頭から信じてしまうのだ(これを応用したのがオウムのイニシエーション。原理は自己啓発セミナーと同じ。いずれ詳しく)が、これは知らない場所に出くわした時によく働く心理である。病院の各種受付システムが非常にわかりづらくできているのは、この心理を応用して患者に言うことをきかせ、相対的に病院側が上位に来るように仕組まれているためだろうな。
などと言うことを感じながら血を抜き取られる。考えてみれば、人間ドックというのは自分でカネ払って病院の患者拡大キャンペーンに協力しているわけだから、まったくいい面の皮だ。
検査が終わって久しぶりの晴天の下を「あじあじ」と言いながら飯田橋へ行き、イイムラくんと「あじあじ」と言いながら打ち合わせをしたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「宮崎駿の世界(ちくま新書)」「週刊プロレス」「週刊新潮」(西城秀紀と野口五郎はとっても仲良しだけど、郷ひろみはこの二人とはすげえ仲が悪いんだって)


2003.07.30
取材1、打ち合わせ1、原稿。忙しい忙しいたんごちゃんとぺいちゃんに言われる。
丸ビルへ行くが、相変わらずの混雑。ふえー、いつまで賑わうんだろう。そんなことを考えながら歩いていたせいなのか、エディ・バウワーの傘をどこかに忘れてきてしまった。日本橋あたりではないか。うむむ、悔しい。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.07.29
取材3、深夜まで原稿。なぜだかすげえ忙しい。
朝から代々木で取材。潮見は遠いイメージがあるが、代々木までは40分弱。けっこう近いものだよ。
ランチは、マブチくん、カメラのクボタ氏と豚骨ラーメン。こういうものは体に良くないとわかっているが、ついに食ってしまった。ううーむ。旨かった。
空き時間を利用して新宿の楽器屋でギターの弦を購入。1880円と高い。新宿駅が改装中でびっくり。はああ、人混みは疲れるなあ。
途中ぺいちゃんから電話。夜まで帰らないと、謝る。山手線で池袋へ移動し、ナカザワ氏と合流して取材。豚骨ラーメンで満腹になったせいか、やたらと眠かったよ。しかし池袋ってのも新宿以上に疲れる街だなあ。もうちょっと品が良くなって欲しいと思うよ、池袋には。
丸の内線で東京に出て、京葉線に乗り換え。この電車は一日中ディズニーリゾートの客でいっぱいで、もう完全に夏休みモードだ。夏休みといえば、代々木も予備校の夏期講習なのだろう、地方からやってきたような子たちでにぎわっていた。君たち、若いんだから煙草はやめなよ。
帰ってきたら、ネットで注文していた携帯型のDVDプレーヤーが到着していた。サンヨー製。けっこうなすぐれもので、DVDのほか、テレビが映ってCDも聞ける。シガー用のコードを買えば車でも見られる。これで定価98000円のところ、ネットで4万3000円。いい買い物だった。もっとも早速息子がアンテナを引っ張り出して振り回していたので、いつまでもつことやら。
コマガタくんから電話。取材の都合がつかず、ごめんなさいと謝る。ナカザワ氏から電話。急遽明日取材と言われたけど、さすがに都合がつかず、ごめんなさいと謝る。イイムラ氏から電話。なんとかなりそうだったので、後日、行きますと答える。その後、ひいひい言いながら深夜まで原稿。終わったらとっとと寝ればいいのに、なぜかこんな日記を書いている。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」(大崎駅で山手線が時間調整で停車中に売店で購入。新宿に着くまでに読了)「ウィークリー・ヨミウリ」(その山手線の中吊りで広告を見て面白そうだと思って、新宿駅で発車寸前の山手線に飛び込む直前に売店で購入。1000円差し出したらおばちゃんが「こまかくてごめんね」と100円玉でお釣りをくれた。池袋に着くまでに読了。っても読みたいところしか読んでいない)「アコースティックマガジン17」(空き時間に寄った新宿の楽器屋で購入。池袋のベローチェで読了。うーむ、あまり役に立たず。最近は忙しくてギターも弾いていない。ギターの他にある企みがあってアレンジ活動に時間が取られている)「サウンド&レコーディングQ&A」(古いやつをずっと探していて、やはり空き時間に寄った新宿の楽器屋で購入)あ、画期的なことにスピリッツ買うのをやめました。20年以上買い続けて、とうとうおしまい。だってもう読むところがないんだもの。20世紀少年は単行本を買えばいいんだしね。


2003.07.28
終日原稿。すげえ忙しい。
先日、朝から京葉線に乗っていたら(仕事です、為念)、ディズニーランドを目指す様子の女子中高生で一杯だった。夏休みだものなあ。地方からの子も多いと見えて、そばに立っていた子は手に「島田-都区内」の往復切符を握りしめていた。
静岡から朝一番の新幹線でやって来たのかなあ。手荷物が少ないから、きっと日帰りなんだろうねえ。確かに新幹線なら近いものだ。いい夏休みの想い出ができるといいよね。でも、舞浜は都区内じゃないぞお。大丈夫かあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.07.27
家族三人で暮らせるのもあと少しなので、なるべく一緒の時間を大切にしたいと思っている。今日は新浦安のショッパーズにNHKのワンワンがやって来るというので出かけようかと思ったが、入場制限根あるらしいという話だったので取りやめにして、結局お台場へ。
休日のお台場と平日のお台場はまるで違う街のようであって、普段の損をここで取り戻そうとばかりに街全体が血走って浮かれきっている。こういうのを手の平を返すというのだろうなあ。どうせ無理だろうと思いつつアクアシティやデックスの駐車場を見たら平日はがらがらのくせに11時を前に既に満車。結局いつもの通りTFTビルの駐車場に入れる。その後、たまには「ゆりかもめ」に乗ろうということに。子供にはこういう乗り物も楽しいよね。国際展示場前からぐるっと回ってお台場海浜公園まで。目と鼻の先なのにわざわざ一周するのが「ゆりかもめ」。新宿から東京へ行くのに山手線に乗るようなものだ。
デックスでは休日の出し物で猿回しをやっていた。うーむ、うちの息子より猿の方が確実に賢いぞ。言うこともちゃんときくし。うーむうーむとうなりながら、デックスでは息子のアロハシャツを探すも、気に入ったものがないのであきらめた。シャボン玉セットだけ購入。
次に歩いてビーナスフォートへ行き、ランチ。回転寿司なんだけどね。平日はがらがらで呼び込みなんぞやってるような店なのに、休日ともなると店の前の紙に名前を書かせてイスに座って待ってろという態度に豹変する。
回転寿司も最近はけっこう旨いぞ。息子には玉子と稲荷を食わせる。腹一杯食って5000円。高いのか、安いのか。安くはないよなあ。その後、ビーナスフォート内のスポーツオーソリティでTシャツ1着と靴下を購入。俺のだけど。
今度はりんかい線に乗って一駅でTFTビルへ。もう少し遊ぼうかと思ったが久しぶりの暑さにこちらの体力が続かず、息子も疲れてきた様子なので、結局そのまま家に帰る。
夜は久しぶりの闘龍門だ。うう、えらく面白い。俺は小学4年でビル・ロビンソンの人間風車を目撃して以来の筋金入りのプロレスファンである。たいていのプロレスには驚かないし、どんな試合も読めるだけの眼力を持っている。しかあーし、そんな俺も闘龍門になると見ているうちに口は開きっぱなし、目はうつろ、時々へらへらと呆けたような笑いをもらしてしまう。隣で見ている妻はというと、やはり目はうつろで、ぶつぶつと意味不明の言葉をつぶやいている。まさに忘我の120分。やはり闘龍門は最高であるぞ。
J2は新潟が首位。こりゃ驚いた。J1に昇格したらサポーターになろうっと。そのJ1は市原がついに首位から滑落。プレッシャーに負けたということは、まだそのカオじゃないということか。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.07.26
車の6カ月点検である。もちむん無料だ。以前タニガワ氏も言ってたが、まったくトヨタ車ってのは張り合いがないというか、なんというか。氏はプジョーだそうだが、俺もゴルフが懐かしいぜ。
などと言いつつ、しかし家族で乗ることを考えた場合、やはりトヨタ車がベストの選択になってしまう。子育てが終わったらまたゴルフに戻って、ばりばりに突っ走ってみせるぜ。おーいえい。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.07.25
終日原稿。
7月も間もなく終わるというのに、肌寒いような天気が続いている。まったくどういうこっちゃ。異常なのは世相も同じで、通り魔の出た渋谷なんてロクでもない街の代表になってしまった。ついでに今日の新聞の一面トップが、自殺者が6年連続3万人を超えたという記事。交通事故の3倍以上。どうしてこんな国になってしまったんだろう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.07.24
取材1、打ち合わせ2。
いやあ、忙しい忙しい。ぺいちゃん、月曜日の件についてメールくれよな。小長井さん、明日テキスト送りますから。カナウチさんは「忙しくて日記見てる時間もないんだよ」と言ってたので伝言なし。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ブラックジャックによろしく(5)(ガンの話。なんつーか、どんどん重くなる一方で、正視できないマンガになってきた)」「週刊プロレス(おお、やりたくてもどこもできなかった禁断の企画「あのレスラーは今」を遂にやってくれた。拍手。しかも長谷川咲恵である。いい着眼点でびっくりだ。近年まれに見るヒット企画だ)」「週刊文春」「VOW15」「ドラえもん」「美味しんぼ(活字が多くてもう嫌)」


2003.07.23
ひいこらと深夜まで原稿。
ヤマハの新しい楽譜作成ソフト「Sibelius 2」のデモ版がようやく出たので、早速トライアル。リリースされたときから気になっていたのだが、デモを試したら、うぬぬ、これは素晴らしいソフトであるということがすぐにわかった。
欲しい。でも7万円もする。うう、でも欲しい。アカデミックなら4万8千円だから、ダて先生にでも協力してもらうか。いや、ここをヤマハにチェックされてはダて先生に迷惑がかかってしまう。うう、稼ぎもないのにこんな道楽ソフトを買ってはならぬ。うぬぬ。
てなことは別として、先日、お台場へ息子を電車で連れて行ったら、日曜ということもあって大変な人出。あまりの人の多さに目を丸くした息子は、大声で「こっぱいねえ、こっぱいねえ」と叫んだのだった。「こっぱい」とは、息子の言葉で「いっぱい」という意味である。ああ、おかしい。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.07.22
打ち合わせ1、ひいこらと深夜まで原稿。
あらゆる飲み物の中で一番好きなのが、日本茶である。普段は静岡の農家から取り寄せた川根茶か、妻の実家近くで買った狭山茶を飲んでいるが、実は最高に旨いのが新潟の父親が淹れてくれるお茶である。
茶葉には地元近くの村上茶を使い、水は自宅の井戸水を用いる。母によれば、祖父が淹れてくれたお茶を朝飲むと、昼まで水分を取らずに畑仕事ができたらしい。それほどの滋養と旨みにあふれていたということなのだろう。父の淹れるお茶は、それを受け継いだものだと思う。
実家に帰ってこのお茶を含むとき、地元の食材と水を口に入れられることはなんて幸せなことなんだろうと、いつもしみじみ感じ入ってしまう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サイゾー」(久しぶりに読んだら面白かった。ちょっとは勢いを取り戻したかな)


2003.07.21
終日原稿。朝から頑張って原稿仕事をしていたのだけれど、雨で外出できずにストレスのたまった息子が暴れまくっていて、放っておくのが忍びなくなり、しかも妻の体調があんまりよくないというので、夕刻になって息子をお台場まで電車で連れて行く。
目的はビーナスフォートのサンウォークにある「どんぐり広場」とかいう店。最近トトロにはまっている息子のために見つけた、宮崎アニメグッズのショップなのだ。いろいろ買ってみたけれど、猫バスのティッシュケースが9000円というのはびっくり。900円ではない、9000円だ。
思わず「てめえ、なめてるのかあ」と激怒し、ならば買ってみせてやるとレジに直行したのだった。暴利である。あざとすぎる。スタジオジブリ、ぼろ儲け。
と、激怒したまま家に帰って「母ちゃん、ごめん、こんなもの、買ってしまった」と謝ったのだった。そのフォローのためにも、頑張って夜中まで原稿仕事。ひいこら。明日からはけっこう忙しい。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.07.20
深川というとかつての通り魔殺人のイメージが強すぎてあまり好感は持たれないようだが、祭りの季節となるとさすがに本場というイメージがある。潮見とか豊洲から辰巳とか東雲とか、下町でもなく、中途半端に湾岸の地域でも、ぼちぼちと手作りの盆踊りなどが行われているのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックスピリッツ」「ビッグコミックオリジナル」「AERA」


2003.07.19
妻の実家へ親子三人で里帰り。咲杜はそりゃもう大騒ぎ。夜、俺は義父と飲みに出かけて健康談議で酔っぱらう。ひくっ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.07.18
打ち合わせ3。
俺が学生の頃の渋谷は大人が歩く洒落た街だった。特に公園通りなどは貧乏学生ながらも服装に気を遣わなければならないような雰囲気があったものだ。
もちろん今や心身共に小汚いバカどもが徘徊するドブのような街になってしまった。あんなところに小学生が行ってはいけないのだ。
「子どもたちに人を疑えと教えるのは辛いが、心を無防備にすることの危うさを教えるのも、大人の責任である」と、今朝の読売新聞。まっことその通り。しかし、親としては泣きたくなるような世相になってしまったものだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」「新潮45」


2003.07.17
終日原稿。おお、昨日、今日とけっこう働いてるじゃん、俺。無駄遣いのリカバーをしなくちゃならんしな。と言いつつ、ネットで資料用の本を注文する際、つい余計な本まで頼んでしまうのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.07.16
蒸し暑い曇天の下、打ち合わせ4。あっちこっちと都内を移動する。
久しぶりに忙しかったが、 サノくんには「最近よく遊んでますねえ」と言われる。とほほほ。たまにはこうして仕事もしてます。
それはさておき、キャトちゃにだけでなく少年Aこと略称アキマナくん(本名**ヤマ・**ブくん)にもせっつかれたので、昨日書いた買い物の失敗について恥をさらすことにする。
えっと、12日に新浦安のショッパーズに寄った帰りに山野楽器でニューエイジ系のCD2枚をジャケ買いしたことは以前書いたけど、このCDが、まあ、ぼちぼちってぐらいの感じで、あんまりすっきりしなかったわけよ。だもんで、気分直しに何かいいニューエイジ系はないかなあとネットで探したわけです。
幸いにしていいCDを見つけたのだけれど、いやあ、あれですな、酒を飲みながらネットショッピングなんて、やるもんじゃないですな。勢いでそのCD2枚を注文しちゃったものの、翌朝にはそれをきれいさっぱり忘れてしまっていたのですよ、この俺は。
で、何をやったかというと、そうそう、昨日見つけたCDを頼まなきゃと思い出して、まったく脳天気にも再度同じCDを別のショッピングサイトから発注しちゃったというわけです。どっと笑え。
で、さすがネットショップで、次の日には時間差で同じCDがそれぞれ2枚届くという事態に直面したのでした。それも最初に届いたのは郵便局の代金引換郵便だったので、あれえ、おかしいなあ、金は振り込んだはずだったけどなあ、ネット詐欺かなあ、と思いつつCD2枚分を払い(不審に思ったら払うなよ、俺)、その直後に宅配ボックスに代金支払い済みの同じCD2枚が到着しているのを発見し、その瞬間にすべてを理解したと、まあ、こういうわけです。
幸いにしてというか、救いというか、届いたCDはなかなかにゴキゲンで繰り返し聴いていい気分になっているのですが、その傍らには未開封の同じCDが並んでいる状態です。
最近はヒマで日中からぶらぶらしている父ちゃんとしては、このお粗末な失敗について母ちゃんに打ち明けることもできず、ただうつむくだけなのでした。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「ダ・カーポ」


2003.07.15
その携帯電話なんだけどね、一応と思って叩いて電源を入れ直したら、あらら、びっくり、すっかり治ってしまいました。電気製品は叩いて治せ、というのはIT時代の今も通用する永遠の真理だったのですねえ。ちょっとあきれたけど。
もっとあきれたのが俺の買い物の失敗だけど、これはあまりに情けないので、書きたくない。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」終日原稿。晴れのち曇りで、ちょっと蒸し暑かったなあ。


2003.07.14
携帯電話が壊れてしまった。昨日までなんともなかったのに、今日の夕方見たら画面は真っ暗。うんともすんとも言わない。
あわてて公衆電話を探したけど、今はそんなもの、ほとんどないのね。しかもテレホンカードなんて持ってないし。いや、往生したよ。
何よりも、携帯が壊れていると気づいた瞬間から、得も言われぬ不安感が押し寄せてきて、我ながらびっくり。自分ではそんなつもりはなかったが、いつの間にか携帯でリンクしていないと不安になる症候群に冒されていたらしい。現代病だな。
それはともかく、不便でしょうがないので明日ただちに修理に行く予定。まあ、おそらく買い換えだろうなあ。ちなみに保証期間は1年。買ってから1年と8日で壊れるとは、何か仕込まれているに違いない。
そんなこととは関係なく、カナウチさんには「ホテルでメシを食うのが好きだねえ、チミは」と言われ、ぺいちゃんには「またディズニーランドか」と言われる。今日は行ってませんてば。
昼まで雨。午後は曇り。梅雨寒の一日だった。
新聞休刊日。「AERA」「ビッグコミックスピリッツ」「蛇行する川のほとりで2」(恩田陸。2巻目も夏の香りが一杯。さあ、最終巻は8月の発売だ。楽しみだなあ)


2003.07.13
ここのところ寿司が食いたいなあとずっと感じていたので、遅く起きた今日、朝ごはんは抜きにして昼に寿司を食べることにする。行ったのは、お台場のホテル日航。ここでランチに寿司バイキングをやっているからだ。
ホテル日航といえば、格式に似合わない高飛車ぶりが売り物だったのに、かの許永中が堂々と拉致されるという事件に巻き込まれて世間に恥をさらし、さらに後発のホテルグランパシフィックメリディアンにあっさりと人気を追い抜かれて泡を食ったところだ。
寿司バイキングは大人5000円。こりゃあウニやイクラやトロといったあたりを短時間に集中して腹一杯食えば十分にモトが取れるだろうという計算だ。だが、こちらのそんな貧乏くさい作戦など、ホテル日航は端から見破っていたね。注文を受けて、その都度板前が握ってくれるというバイキングだったのだ。
しかも一回の注文は、3カンまで。何度でも頼んでいいのだが、しかし「3カン全部ウニで」とはなかなか言いづらい。しょうがなく「アジと、それから鉄火巻きと、あとは、えーと、もう一度ウニにしようかなあ」などという頼み方になってしまうのだった。
それでも味はなかなかにしっかりしていて、けっこうなネタを使っているのがわかったし、なんだかんだと「もう食えない」というぐらい食べたから、満足なのであった。しかも息子が、カッパ巻きをキューリとノリとシャリに分解して食うという暴挙に出たというのに店員は皆ニコニコと愛想がよく、あろうことか途中で持参の煎餅まで食べ始めたのに「どうぞどうぞ」と言ってくれて、高飛車ホテルもなかなかにホスピタリティたっぷりで感じよかったのだった。
この寿司バイキングはおすすめ。レインボーブリッジを眺めながら味わえます。ただし土日のみ。夏休み限定。
食後はホテル日航内を散歩し、その後、有明のスポーツセンターへ。レインボーブリッジと湾岸線が合流するあたりにある異様な形をした建物が、それだ。前から子供の遊べるプールを探していたので、その下見だったのだが、これが大正解。子供用にでかいプールがあり、しかもウォータースライダー付き。新しくて広くて清潔で、区の施設だから数百円で利用できる。スポーツクラブなんぞメじゃない、って感じだった。おしめが取れたら、ここへ遊びに来ることにする。
ついでにトレーニングジムも見たが、なかなかに充実。一日600円。しかも、場所が場所だけに、やたらと空いている。平日ならおそらくガラガラだろうなあ。とてもいい穴場を発見した。
ついでにこの中には、下水道について詳しく学べる「下水道館」という施設もある。なんなんだ、このセンス。
スポーツセンターの下見にもあきたので、有明のTFTビルへ移動。天井から降ってくるシャワーを眺める。ふと周囲を見ると、同じような袋を下げた家族連れがやたらと多い。よく考えたら、そうだった、東京ビックサイトで「お菓子フェスティバル」というイベントをやってるのだった。そこで急遽ビックサイトへ。急遽ったって、歩いて5分だけど。
入場料1000円。げっ、カネ取るのかよ。にもかかわらず、いやあ、混んでいました、「お菓子フェスティバル」。家族連れでめまいがしそうなほど混んでいた。出展メーカーは商品のサンプリングをしているのだが、それをもらうためにどこでも長蛇の列。頑張って並んでも、30円程度の駄菓子がもらえるだけだけどね。特に森永とか明治とかグリコとかのメジャーは異常な行列。俺もどさくさにまぎれてロッテの行列に並んだけど、10分も待たされてコンパニオンとじゃんけんさせられた挙げ句、あっさり負けて何ももらえなかった。ロッテの仕打ちってば、ひどいっ。
それでも会場のあちこちを徘徊して、おまけのような駄菓子を集め回った。まあ、俺が徘徊した時間で、世界中でどれだけの子供が餓死したかを思えば、罰当たりなイベントだよなあ。
さんざん遊んだ帰りは、晩飯を何かテイクアウトしようということになり、門前仲町へ。地元の小さな弁当屋を見つけて、注文。実は看板に出ていた名物「鶏肉のパイン煮弁当」570円というものを食べたかったが、売り切れで残念。煮魚弁当600円を買って帰った。これも案外と美味しかったよ。
この弁当屋では、おばちゃんが息子に「はい、おまけ」と100円の出汁巻き卵をくれた。息子は本当に嬉しそうにパックのそれを胸に抱えて家まで離さず、食事中もニコニコしながら、俺と妻に取り分けてくれたのだった。
天気予報は曇りでも、実際は時々雨。五月のような、肌寒い一日だった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.07.12
曇りの予報だったのに朝から夏らしい晴天。いやあ、暑かった。
その中を親子三人、新浦安のショッパーズ(ショッピングセンターね)へ出かける。いや、千葉県のくせに京葉線沿線で突出して栄えている新浦安駅前を見物に出かけたわけではない。千葉県のくせに快速が停まるのに感動して降りたのでもない。超絶バンジョー弾きのジャック天野のバンドが、このショッピングセンターで演奏するというので、久方ぶりに聴きに行ったわけである。
もちろん無料。休日のショッピングセンターの客引き、つまり業界用語で言うところの「営業」ですな。買い物袋下げたおばちゃんたちを相手に、天下の超絶バンジョーがディキシーランドを奏でる、というわけだ。
久しぶりにあったジャック、元気でした。バンドの三人とも、こっちのことを覚えていてくれて、リハーサルが終わるとわざわざそろって客席の俺の所まで挨拶に来てくれました。一瞬、俺って関係者か業界の人みたい。気分よいあるね。
本番では、一曲目が予定変更で「オリジナル・ディキシーランド・ワンステップ」という、妻の好きなナンバー。特別サービスで感謝である。
その後の演奏は、まあ、淡々と。営業だから、きっちりノルマをこなしてギャラとっぱらい、って感じでありました。でも久しぶりで、とても楽しめました。千葉なのに、たまには新浦安にも来てみるもんだなあ(ひつこいか)。
帰りは、山野楽器でニューエイジのCD2枚をジャケ買い。さて、どんなだろう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.07.11
晴れのち霧雨。久しぶりに暑くて29度。終日原稿。
今朝一番でYahoo!から飛び込んできたニュース。
「マイクロソフトは10日、ウィンドウズ98以降の同社のパソコン向け基本ソフト(OS)やサーバー向けOSの全バージョンに欠陥が見つかったことから、早期に修正プログラムを組み込むよう注意を呼びかけた。深刻度は4段階のうち最も危険な"緊急"。」
なんなんだろう、これって。全部のウィンドウズを、緊急で修正しなければならないなんて、もうOSとは呼べないよなあ。今日の新聞に載っていたデルとかのPCの広告が、実に間抜けに見えました。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」


2003.07.10
自宅で焼酎。
打ち合わせ2、原稿。ぺいちゃんより「ディズニーランドばかり行ってるが、本当にヒマのようじゃな」とあざけり電話。会ったら「おめえのホームページのバナーを見てお茶を買った奴は一人もいない。どうなっとるんだ」とクレーム。大事なお得意様に向かってまったく失礼な店である。
しかし、12歳が4歳を殺すとは。どちらの立場もやりきれない。親としては、我が子が、殺されることもなく、殺すこともなく、育って欲しいと願わざるを得ない。まったくなんという世の中なんだろう。日本はどこまで崩壊していくのだろうか。
実は最近、カメラ付き携帯が日本人をダメにしているのではないか、と思いつつある。それについては、またいずれ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「週刊文春」「噂の真相」「週刊新潮」


2003.07.09
しかしあれですな、ディズニーランドってのは、一言で言えば、馬鹿馬鹿しいに尽きますな。呆れかえるほど、馬鹿馬鹿しい場所です、あそこは。
しかし、馬鹿馬鹿しいものも、アイデアとカネをとんでもなくつぎ込めば立派なビジネスになるという見本でもあります。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.07.08
人間というのはいつから夢を見るのだろう。
最近の息子はよく夢を見るようになった。今日などは、昼寝していたと思ったら急に「プーちゃん、プーちゃん」と泣きながら起きてきた。プーちゃんとはもちろん「くまのプーさん」のことであるが、一体どんな夢を見たというのか、まっこと不思議である。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「人間交差点」(昔よく読んだものだが、安いコミックで復活してコンビニで見かけるので、時々買ってきて読んでる。弘兼もあのころはよかったのよ。島耕作の前までは)「蛇行する川のほとり1」(恩田陸。スティーヴン・キングが大好きなのだろうなあ、この人は。キングが少年の夏を描くのが得意だとすれば、この人は少女の夏だ。むせかえるような"あの夏の物語"が、愛おしく、語られている。三部作。まだ1と2しか出ていない。全部揃ってからまとめて読もうと思ったんだけど、つい1に手が出てしまったよ)


2003.07.07
自宅で焼酎。
どうしても気になってしまって、偏執狂的にこだわるものってありますよね。例えば、お菓子の缶に入っているぷちぷちを見ると必ずつぶさずにはいられないとか。
最近のわたくしの偏執狂は、車のナンバーです。走ってる車のナンバーを見るたびに、ついゴロあわせしちゃうのが、止められない。4649「ああ、よろしくか」、5963「ご苦労さんね」、80「はおー?なんじゃ」とか。なんじゃって、言われた方も困るだろうけど。
ヒマだと、こんなことしか考えないのですね。
「朝日新聞」(JR車内暴力が多いのは50代と20代。団塊か)「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックスピリッツ」(本当に読むところがなくなったなあ。やめようかなあ)「ヨミウリ・ウィークリー」(うー、3分の2が広告かパブリシティ。うー)「AERA」(今の40代は大人への通過儀礼を経験していないからひ弱なんだって)「レコーディング・テクニック大全」(ふ、深い。風組に、これができるのか?)


2003.07.06
自宅で焼酎。
「青山こどもの城が高くてびっくり」の巻。
埋め立ての湾岸地域だけあって、俺んちの近くは公園や広場がいくらでもある。子供を走らせるにはまことに都合がよろしい。
しかし一転雨ともなると、とたんに行き場所に困る。だもんで本日は何の脈絡もなく思いついて青山のこどもの城にいってきたというお話です。
いや、びっくりしたね。高くて。高いって、カネのことだけど。入場料大人五百円。二人で千円だ。レストランではランチが二千五百二十円。いや、高くても中身がそれに見合っていればいいけれど、おっさんおっさん、このメシでこの値段はないんじゃないの? なるほど、昼時なのに席が余裕で空いていたのも納得だ。ありゃ夜店の焼きそば以下のメシだった。
ついでに駐車場が千八百円。ぎょっ、とびっくり。
あー、もちろん都心値段というのもわかるし、料金の半分以上が場所代というのもわかります。こっちは田舎もんだから、びっくりしただけです。
でも、中での催し物や人の応対などはちゃんとしていて、つまりソフトはしっかりしているのだから、せめて家族が休日に気軽に遊べる程度の料金設定にすべきである。同じ金額でもっと楽しめるところがいっぱいあるわけだし。このままじゃリピーターはどんどん減るだうなあ。実際、俺たちも「もういいや、ここ」と言いながら帰ってきたし。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.07.05
自宅で焼酎。
深夜2時頃、息子が激しく咳き込んで、吐く。一度は軽かったが、二度目はかなりひどく吐いた。布団はむろんのこと、俺も頭からゲロまみれ。妻に起きてもらい、二人で後始末。布団を片づけ、パジャマやシーツ等、一切合切を洗濯機に放り込んで深夜にもかかわらずに干す。もちろん俺はシャワーだ。
その後は明け方まで遊んでいたらしい(俺は寝ちゃったから後は妻に任せた)。風邪からきたものか、他の原因か、まったくわからない。しかし今日の日中は機嫌がよく、元気に走り回って、食事もそれなりに取ったから、心配ないとは思うが。まったく子育てとは心の休まる間のないものだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」(今週はつまんね)「ビッグコミックオリジナル」「サウンド&レコーディング」


2003.07.04
自宅で焼酎。
買い物があって有楽町のビックカメラへ。最近はまたデジものが面白くなってきたな。PCもけっこう頑張っている。NECのワイヤレス、けっこう欲しいぞ。でも、机の上にMacintoshとウィンドウズを並べて、使うのはテキストだけ、というのはあまりに間抜けだ。なので、見るだけでおしまい。
新しい楽譜ソフトシベリウスはまだどこにも並んでいない。おっかしいなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」


2003.07.03
自宅で焼酎。
ワープロ打っていて「本田氏」と書こうとしたら「複合調味料」と変換されてびっくり。ATOK、ここまで天然とは思わなかったぞ。
てなことはまったく関係なく、息子は朝から8度前後の熱。しかし午後になって平静を取り戻し、夜には食欲も戻って一安心だ。依然として微熱はあるものの、峠は越えたのだろう。元気になると暴れん坊ぶりが凄まじいのだが、病気でぐったりしているより何十倍、何百倍もよい。
幼い子供をビルの上から投げ殺すという池田小学校に並ぶような悲惨な事件が長崎で発生。親の心中は想像もつかない。まったく嫌な事件ばかりが続く世の中になった。買い物中につい姿を見失うなんてことはしょっちゅうだから、人ごとではない。どんな時でも目は離せないよなあと妻と話し合う。
大病や大事故に遭わず、なんとか健康体で成人するというのは、実はほとんど奇跡に近いことではないかと、元気になった息子の顔を見ながら、そんなふうにも思えてくるのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「週刊ゴング」「楽譜DTP」「裏口からのDTP」「サウンド&レコーディングQ&A百問百答」「週刊文春」(全日本プロレスが社会保険料滞納及び給料遅配半月。いよいよ倒産が現実味を帯びてきた。武藤と小島、貧乏くじか)


2003.07.02
明け方、隣で寝ている息子の体が熱いなあとぼんやり思っていたら、案の定、38.4度の熱だった。9時半の開院と同時にクリニックに連れて行く。喉が赤く、おそらく夏風邪。熱が上がるかもしれない、と言われる。
あとのフォローを妻に頼んで、俺は予定通り幕張メッセのイベント「NetWorld+Interop 2003」へと出かけた。取材でもなんでもなく、単なる情報収集、勉強である。
この手のイベントでは、だいたい俺の名刺を出して取材と言えばプレスとして入場できる。でも今回はそんなことをしなくても、事前にネットで登録しておくだけで、入場料3000円を払わずに入ることができた。ほえー、便利な世の中だなあ。
待ち合わせていたぺいちゃんと合流し、数時間広い幕張メッセをうろうろ。一通り見る。
力が入っていたのは、VoIPとIPv6、それにセキュリティか。このあたりがビジネスのトレンドなのだろう。もっとも俺はVoIPにはほとんど興味がなくて、さらりと見ただけ。かわりにIPv6はけっこう面白かった。特に松下電工の提案するEmisというコンセプト(?)は、考え方はありがちでも実体が伴っていて非常に興味深かった。
なにしろ「これが世界で初めてのイーサネットケーブル付きの学習用電気スタンドでえす」なんてものまで見せてくれた。もちろん試作品。爆笑。なるほど、非常にリアリティのある、プレゼンテーションだ。
セキュリティについては、詳しいことはよくわかんないけど、各社ともかなり進んできたのではないか。技術的にはもう完成されていて、あとはどう商売にするか、というところだろう。ただ、最終的には人間のモラルにすがるしかない、という部分も見え隠れてしている。
一番にぎわっていたのは、NTTドコモか、パナソニックか。特にドコモはFOMAに力を入れていたのと、新しい携帯502(だっけ?)のプレゼンテーションが人目を引いた。俺も新しい形態の画像のきれいさに、超超びっくりーの女子高生状態(今どきこんなこと言わないのか?)。うーむ、欲しいっ。産業展かと思っていたけど。
おかしかったのは、マンガ喫茶の「自由空間」がフランチャイズ募集のでっかいブースを置いていたこと。思い切り浮いていたぞ。
あと、コンパニオンがしつこく勧誘するのでアンケートに記入したら、なんと転職エージェンシーのブース。おいおい、俺に転職しろっつーのかよ。失業中のエンジニアに見えたのかよ。ハローワーク帰りに見えたのかよ。よーし、早く転職の勧誘をしろ。どうアプローチしてくるか、今から楽しみである。
などとアホなことを言いつつ、疲れ果てて家に帰ると、息子の熱はいっこうに下がらず、医者の言ったとおりにむしろ上がっていて39.4度までいっていた。9度を超えると、さすがにぐったりである。夕方には、ぐったりしたまま、寝付いてしまった。
解熱のための座薬を入れたが、あまり体温は下がらない。医師に電話で相談すると、もう一度入れてもいいとのことだったが、あまり使いたくないのでなんとかこれで乗り切りたい。10時になってやっと目が覚めて、牛乳を飲む。体温は依然として9度前後だ。
さて、今夜はどうなるのか。なんとか今夜一晩で治したいものだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「きのうの空」(志水辰夫。さすが名手の短編集である。この密度の濃さは素晴らしい)


2003.07.01
自宅で焼酎。
俺の住んでいるあたりには運送会社が多くて、そこに出入りしているトラックが周辺に多数路上駐車している。
函館、尾張小牧、河内、北九州エトセトラ。全国からトラックがやって来て、エンジンかけっぱなし、アイドリング駐車だ。車中で寝たり休んだりしているため、エンジンかけっぱなしなのである。
はっきりいって非常に迷惑である。空気が汚れるし、危ないし、そもそもこんな住宅地に平気な顔で停める神経が腹立たしい。かといってダイレクトに注意すればどんな逆恨みをされるかわからないご時世だ。煮えくりかえった腹をなだめつつ、遠くからにらみつけるくらいしかない。
もちろんドライバーも好きでこんなことをしてるわけではない。とっとと荷物を降ろして、あるいは積んで、早く帰りたいだろう。しかし、そうもいかないのだ。彼らの積む荷物は、到着が遅れてはならないのはもちろんのこと、早くても許されないのだ。
ジャスト・イン・タイム、つまり在庫を極力減らして瞬間的に最も効率よく生産するには「必要とする材料」が「必要とするとき」になくてはならない。「必要とするとき」よりちょっとでも早いと、それは「在庫」となってコストに跳ね返るからだ。
だからトラックは「必要とするとき」の前に全国からやって来て、近所で時間調整のために休んでいるわけだ。
加えて最近では高速代を節約するため、夜間に一般道を走らせる傾向にある。実際に近キ日本ツーリスト主催の格安ディズニーランド・バスツアーの下請けをしているドライバーから直接聞いた話だが、彼は毎週一回、深夜に一般道を走って北陸と浦安を往復しているそうである。
こうした疲労しきったドライバーと、彼らの時間調整のための排ガスの上に、コストダウンは成立しているのである。「意味なく安いものを買うのはやめようよ」と誰かが言ってたが、賛成だ。意味なく安いものは、必ずどこかに無理のしわ寄せがいってるのだ。
などということをダイエットのためにウォーキングしながら考えたのだった。俺の無理のしわ寄せは腹に来ているのかなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.06.30
自宅で焼酎。
人間ドックに行ってきた。あまりに暇だから、ではない。あまりに混雑していて予約しても2カ月待ち。やっと取れたのが今日だったのである。
行ったのは聖路加国際病院だ。今までは昭和医大豊洲病院に行ってたが、その対応に疑問を感じ、しかも芳しくない噂の数々(「不衛生」「子供を見るとすぐさま入院させる」「飲み食いに病院の金をつぎ込む医師がいる」等)を耳にしたので、今年から替えたのだ。噂については真偽のほどは不明だが、疑問ある対応については実は非常に問題だった、ということが今日わかった。それについては後ほど。
人間ドックは治療ではないから保険が利かない。つまり自腹である。一日コースなのだが、昭和医大は3万円(税別)なのに対し、聖路加は6万円(税別)。ぎゃっ。のけぞるほど高い。
でも、六本木ヒルズにある図書館を利用するには、毎月6万円の会費を払って会員にならなければいけないというから、決してべらぼうではないわな。月で割れば5千円だし。
人間ドックで何がつらいって、うんことおしっこを持って行かなくてはならないことである。検便採尿だ。自宅でこそこそと隠れるように採取する。ああ情けない。しかも、自意識がなるべく傷つかないよう、意識が覚醒しきっていない早朝にもぞもぞとすませてしまう。その事実に、自意識が傷ついたりしている。通勤電車に乗ったときは、こんなものをカバンに忍ばせているのは俺だけだろうなあと、つい下を向いてしまう。
9時前に受付を済ませ、午前中かけて検査を行う。聖路加は人間ドック用に専用のフロアがあるのだ。ちょっとびっくり。そのフロアを、およそ40人ほどのおっさんとおばはんがうろうろしているのだ。俺もそうだったが普通は若いときは人間ドックなど入ろうとは思わない。従ってここでうろうろしているのは、ほとんどが俺の年上。60代が中心だ。もっとも健康だからこそ人間ドックに来るという見方もできるから、健康なおっさん・おばはんばかりがうろうろしているのだ。
検査中は専用のぺらぺらの検査着を着なければならない。だもんで、会社ならば部長や専務や社長と呼ばれているようなおっさんたちが、青い上っ張り一枚という情けない格好で、若い看護士に、あっち行け、ここへ来い、次は3番だ、バリウム飲んだらゲップをするな、などと命令されているのである。普段なら、コピーを取れ、茶をくめ、隣に座って水割り作って乾杯して銀恋をデュエットしろ、などと命令しているような若いねえちゃんたちと同じ年頃のねえちゃんたちに、である。すげえおかしかった。
もちろん検診中は名前では呼ばれない。番号だ。俺は308番であった。囚人みたい。
もちろんプライバシー配慮のためであって、名前で呼ばれたりすると(「ミヨシ・エージさーん」「ん? 雨、か?」とか「ジョー・ショージさん」「あれ、今は京都か? それとも横浜だっけ? 韓国…はマエゾノか」とか)いろいろと差し障りがあるわけだ。以前、ウノ・コーイチロー(本名)が病院で大声でフルネームを呼ばれて、えらく赤面したということを何かに書いていたのを思い出した。
これだ大勢のおっさんがうろうろしながらあっちの診察室、こっちの検査と回遊しているわけだが、時間と共にだんだんと流れができてきて、ぼんやりと小集団に分かれてくる。途中から俺は色黒のヒゲおじさんの存在を意識するようになった。幾度となくこのおじさんが俺の前に呼ばれるからだ。途中一度、抜いてやったぜ、と確信したのだが、だからどうしたということもなかった。
こうして検査は昼前に終わり、1000円の食事券というものをもらって(なぜ検診料を1000円引かないのだろう)ランチタイムである。聖路加タワーのトンカツ屋でトンカツを食った。その後は喫茶店で時間をつぶし、午後の面接に臨んだ。
面接では医師から所見が述べられたのだが、あらま、なんと血糖値でひっかかっちまったぜよ。糖尿病のケがある、ということだ。よって1カ月後に再検査である。
うーむ、それにしても糖尿病である。シュガー尿である。別名デブ病。情けないったらありゃしない。毎日しっかり歩くこと。ビールは飲まないこと。きっちり注意されてしまった。食生活は問題ないから、やっぱり運動不足だろうなあ。
いずれにせよ早期発見でよかった。人間ドックならではだよな。これからはちゃんと運動して、中国茶でも飲んでおこうかな。
もちろん俺は血糖値が高い、糖尿病のケがある、なんて初めて言われた。その旨を医師に告げ、昭和医大附属での昨年のカルテを見せたところ、なんとしっかり高い血糖値が記入されているではないか。「これについて医師から何もなかったか」と聞くので、なかったなかったひとっこともなかったと答える。カルテの所見でも触れられていない。医師は、カルテの表紙の昭和医大付属という表記を見ながら、なんたるこっちゃ、信じられない、という顔をしていた。
で、最初に戻るわけだが、俺が感じていた疑問はまったくその通りだったわけで、昭和医大付属はろくでもない病院ということが実証されたのだ。確かに検査はしたのだろうが、それが正しく受診者にフィードバックされず、指導もされないというのでは、人間ドックの意味がないではないか。医療事故を起こすのもさもありなん。二度と近寄らない。万が一にも子供を診せなくてよかったわい。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックスピリッツ」「AERA」「ネバーランド」(恩田陸。古い男子校の寮、冬休みに4人の仲間が居残って一緒に年を越す、という話。こういう学園ものは、本当にうまい。感動的で美しい話だった。この作者、もっと脚光を浴びてもいいと思うんだけどなあ)


2003.06.29
華の舞でビール。
妻の友人の渡辺さん宅へお邪魔。松戸だ。食事後は一緒に21世紀の森公園へ。桜弥くんは3歳3カ月、彩葉ちゃんは4カ月、咲杜は2歳3カ月。おお、みんな花とか木とかの名前だなあ。全部ちゃんと読める人はいないだろうなあ。それはともかく、間違いなく今年一番の暑さ。走り回る子供を相手に大人は全員へろへろなのであった。でも楽しかったなあ。また一緒に遊ぼうね。帰り際、寂しくてほとんど泣きそうだった桜弥くん、かわいかったぞ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.06.28
自宅で焼酎お湯割り。
梅雨のすっきりしない空が続くと、外で走り回れないためだろう、子供ながらストレスが溜まって、それが家の中での極端なはしゃぎぶりに向かう。
その心情はよくわかるものの、丸一日それと対峙している母親は逃げ場のないストレスを抱え込むことになるわけだから、父親はそのあたりを見計らってストレスの受け止め役にならなければならない。
そんなことが、我が家ではけっこううまくできていると思うのだが、どうだろう。って、人に聞くことではないか。
近所では夏風邪がはやっていて、息子も今朝は微熱。心配ないが、税金ばかりが高いこの区では6歳まで医療費がタダなので速効でクリニックへ行ったのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.06.27
自宅で焼酎お湯割り。
最近ちょっと企みがあって、ある曲のアレンジを集中して片づけた。なかなかいい出来ではある。暇だから、ここぞとばかりまとめて進めているのだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ファイト」「日経ビジネス」「かくかく私価時価」


2003.06.26
今日も自宅で焼酎お湯割り。
今年の前半は嫌な事件ばかりが相次いで、ほんと、日本の治安も地に落ちたと思わざるを得ない。子を持つものとしては「治安の回復」を行政課題に掲げるだけでも、石原都知事を全面支持だ。
先日、警察庁のホームページで犯罪発生件数のマップが発表されたが、まあ、ひどいもんだ。東京西部では世田谷が、東部では江戸川が、悲惨なことになっている。辺境の地・潮見ではどうかというと、さすがに辺境だけあって犯罪発生件数は極めて少ないが、それでも俺のマンション内で4件も車上荒らしが発生するなど、油断できない状況だ。
車にモノを置かない、家の鍵はしっかりかける、危ない道は歩かない、といった日常的な自衛を徹底するしかないのだろう。
もっとも高崎線でスプレーを噴出した野郎を、乗客が協力して取り押さえた事件もあったそうなので、市民の腹の中の怒りもけっこう臨界点なのかもしれない。ひどい事件が続いているからなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「週刊ゴング」「週刊文春」


2003.06.25
今日も自宅で焼酎お湯割り。
書き忘れていたけれど、先日、カーナビがおかしくなってしまった。ディスクを読み込まないようになってしまったのだ。なんともヤワな。
もちろん速効修理。ディーラーはメーカー送りにするということなので、初期不良交換か。なにしろまだ3カ月だしね。
これでトラブルは3つめである。電気系統、多くないか? 欧州車ならともかく、国産でそれはマズいのではないか? 
国産といえば、マツダのファミリアが消え去るらしい。かつてはファミリーカーの代名詞だったがなあ。
午前の雨が午後には上がって曇りに。時折太陽が顔を出すと、けっこう本気で暑かった。やはり夏は夏である。なんのこっちゃ。
「日経新聞」「日刊スポーツ」あ、今日は朝日を読むのを忘れた。


2003.06.24
自宅で焼酎お湯割り。
俺が自分の電話というものを初めて持ったのは、確か26歳ぐらいの時だった。貧乏だった俺は、丸井のローンを利用してアパートに電話を引いたのだった。
留守番電話というものを買ったのは、それより3、4年ほど後、30歳前後だった。でも、留守番電話を入れてもメッセージなど入っていたためしはないから、時々、公衆電話で自分の家にメッセージしたくなったものだった(携帯はまだなかった)。
今日みたいに電話もメールもまったくなくて、仕事もまったくない、超ヒマな一日をぼけっと過ごしていると、自分でメールしてみようか、という気になってしまうのだった。
やりたいこと、やるべきことは多々あるのだけれど、手が着かない、着けられない。ちょっと暗澹としている自分。関係ないけど、俺は短歌より俳句が好きだなあ。 奇声あげ 青い長靴 みぎひだり
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日記力」(正しい言葉で誠実に日記を綴ることの大切さが語られている。この人の文章は、詞も含めて、すべてきちんとした佇まいをしている。わたくしは自分の日記を読み返すのが恥ずかしくなりました)


2003.06.23
打ち合わせ1、原稿、自宅で焼酎お湯割り。
朝食後、訃報。妻の親戚のおじさんが亡くなった。大分在住で90歳。大往生だろうが、悲しい報せだ。結婚式にも参列してくれた方で、いずれまたお会いする機会までお元気で、と別れたものだった。ため息一つ。
昼前に打ち合わせで本郷へ行く。丸の内線「本郷三丁目」は改修も済んで、すっかりきれいになっていた。駅前の本屋はいつからかドラッグストアに入れ替わっていた。
約束の時間に間があったので、ちょっとあるいて別の本屋に立ち寄る。いい本屋かどうかは、フロアを半周もすればだいたいわかるものだ。何を平台に並べているか、雑誌はどこまでそろえているか、棚はちゃんと整理されているか。「商材として本を扱っている」のか、あるいは「好きだから本屋をやっている」のか、だいたいすぐにはっきりする。この本屋は後者であった。
引き続き隣接の理想的な銀行であるりそな銀行へ寄って通帳記入。と思ったら通帳を忘れていた。しょうがないのでカードで残高確認。半年以上も金の出し入れの記憶がない、ほとんど死蔵口座。残高は2万ちょっと。それでも一応は税務署の関係で記帳が必要だったが、しょうがない、またの機会に。りそな銀行、ボーナスが出ないというのに雰囲気は特に変わってなくて、まあ、行員には織り込み済みのあきらめムードなのだろうなあ。
打ち合わせは簡単に終了。打ち合わせをオファーした側が準備をちゃんとしておいてくれると、仕事は実にスムーズに進むものである。再び「本郷三丁目」の駅まで戻ったところで、食事にする。肉か、刺身が食いたいと思っていたので、本郷の街をうろうろ。
本郷はやはり古い街で、流れている空気がちょっと違う。個人的にはなじめない空気だなあ。ここには本当の金持ちというのが住んでいる。成金は六本木や青山に暮らしているが、昔からの金持ちは、本郷だ。
そんなことを思いながら歩いていたら、こじゃれた居酒屋のランチを発見。「毎朝富山湾から仕入れた新鮮な刺身の定食を、25食限定」とある。よしよし、刺身にしよう。どれほど旨いかと期待して入ったのだが、あれれ、まあ、こんなものか、といった感じ。量も少ないし。これなら牛丼屋のほうがよかったかな。980円。
ランチ後、丸の内線で東京へ。丸ビルへ行き、5階の丸善に立ち寄る。丸善は、基本的にあまり好きな書店ではない。本の嗜好が、俺の好みとちょっとずれているような、そんな気がするからだ。
本日出た新刊を探して寄ったのだが、おそらくないだろうと思ったら案の定なかった。かなりニッチな本だから、しょうがない。丸善のせいではないのだ。阿久悠の新書「日記力」を発見。宝島のムック「ブラックジャックによろしく」の解説本、雑誌「日経01」とあわせて購入。
本屋ではいつも「カバーはいりません、袋もいりません、そのままカバンに入れます」と言うのだが、店員によっては万引きと間違えるリスクを考えてのことだろう、ぺたりと裏表紙にシールを貼るやつもいる。いや、別に貼られてもいいんだけど、その間のやりとりが鬱陶しくて、顔を見て「この店員はシールを貼りそうだな」と思ったら、黙って袋に入れてもらうようにしている。丸善の店員もその一人だった。
その袋を手に提げたまま、丸ビルの地下へ移動。オープン当初よりはだいぶ空いてきたな。おそらく六本木ヒルズに客が流れたのだろう。それでも喫茶やレストランが少なすぎる。1階の総合受付では、夫婦連れらしい品のいい紳士が「おいしい食堂はどこですかね」とにこやかにたずねていた。こういう紳士をがっかりさせずに帰すことはできないのだろうなあ、丸ビルは。
地下1階ではケーキを物色。以前はここの千疋屋でよく買っていたが、対応にホスピタリティ不足を感じることしばしばだったので、最近は横目で眺めるだけだ。別の店でシュークリームとバターケーキを購入。気分的には和菓子が食べたかったのだが、ここはそれ系が弱い。
本屋の袋にケーキの袋2つを両手に抱え、仕事の打ち合わせに行ったはずではなかったっけ、というような格好で京葉線に乗り、家へ帰る。そのまま三人でシュークリームを食べた後(バターケーキは日持ちするので明日だ)、原稿作業。アコースティックギターの新作オムニバスアルバム「DAYBREAK」を聞きながら、突貫作業で仕上げたのだった。曇天。午後から霧のような雨。最高気温は一週間ぶりに25度を下回り、24度だった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックスピリッツ」「ビッグコミックオリジナル」(東京駅売店で一冊残っているのを発見し、店のおばちゃんに、よく残ってたねえ、と言ったら、ほんとほんと、よかったわねえ、と喜ばれた)「日記力」「日経01」


2003.06.22
華の舞でビールと日本酒。
夏至である。つまり一年の半分である。春分から秋分までの半分が過ぎてしまったのである。ああ、実にもったいない。あとはどんどん日が短くなり、暗くなっていくしかないのである。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.06.21
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
8000円は可哀想である。
高いのか、安いのか、はっきりしなくて可哀想である。ランチが8000円と聞けば高いと思うし、結婚式のご祝儀が8000円と言われたらあまりに安すぎると感じるが、純粋に8000円と聞くとあまりに宙ぶらりんだ。
9000円ならば1万円への瀬戸際で頑張っているという美しさがあるが、8000円はそこまでの根性もなく、まるでフリーターのような頼りなさである。いいところがあるとしたら、末広がりの八という、ただそれだけぐらいだ。
弁護士の相談料は30分5000円からだそうだが、それはえらく高いと感じるのに、8000円という響きそのものはとても安っぽく聞こえるのはなぜだろう。
もちろん誰かが8000円くれると言ったら喜んでもらうが、しかし、財布を盗られて中に8000円しか入っていなかったら、まあいいや、と思うのではないか。中途半端すぎて、情けなくなる。俺は8000円に生まれなくてよかったと思うよ。って、何なんだ、この文章は。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」


2003.06.20
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
19日は、桜桃忌だったらしい。太宰治の「桜桃」は学生時代に読んだが、主人公が桜桃を食べながら呟く「子供よりも親が大事」という言葉に、なんとも言えぬ不快感と驚きを感じたものだった。親の気持ちなどわかるわけもない、二十歳前の記憶。
その数年後に観た映画が、デビュー作だけで亡くなってしまった金子竜二の鮮烈な作品「竜二」。娘のためのカタギに戻ったヤクザが、しかし最後は平凡な日常に耐えきれなくなり、ヤクザに戻っていくという話だ。
その別れのシーン。夕刻、商店街で買い物をする妻子と、それを遠くから見る主人公。気づいた妻は笑顔で片手を挙げかけるが、 まさにその瞬間、夫が自分の元を離れてもう戻ってこなくなろうとしていると気づく。
凍り付く笑顔と、フェードアウトするざわめき。夫婦の視線が交錯し、夫は目線で妻を捨て、妻は目線で別れを告げる。このシーンには、なんとも言えないやるせなさを持ったものだった。夫婦のことなど想像でしかない、二十五歳頃の想い出。
もちろんそんなことは今の我が家にはまったくなくて、今日も夫婦で闘龍門を見て笑い転げるのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.06.19
仕事の大先輩二人に伴われて、7時から深夜1時まで痛飲。日本橋から渋谷と流れて、そりゃもうへろへろの巻なのさ。
帰りにタクシーを拾うために深夜の渋谷の街を徘徊したが、なんともまあにぎやかな。湾岸はずれの田舎ものは、目を白黒なのであった。帰り道はレインボーブリッジを渡って、夜景を見下ろす。最近の東京タワーって夜中は消灯しているのね。東京電力に頼まれて節電か。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「週刊文春」


2003.06.18
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
今住んでいるマンションは440世帯も入っているので、そりゃあ、いろんな人がいる。当然中には子供嫌いもいれば、ペット嫌いもいるわけで。
実際、日中に公園から聞こえる子供の声がうるさいとパトカーを呼んだ人もいるそうだ(あれには参ったよ、と警備員)。子育て中のこちらとしては、誰もが好意的ではないということを自覚しながら、できるだけ目障りにならぬよう、それでいて人目につくように、過ごさなければならない。
ペットも同様で、敷地内を散歩させていると、恫喝されたりするケースも多いらしい。俺は犬が嫌いだが、それでも異質なもの、嫌いなものを排除しようとするあり方には、反対したい。いいじゃん、犬がそのへんを歩いていたってさ。
ここまで書いて思い出したけれど、以前、日経新聞に「ペットを飼うのはいいことですね」みたいな原稿を書いたことがあるけれど、その時の反響は凄かった。「猫の被害にえらい迷惑している。猫を飼う奴はとんでもない。ペットにはペット税を!」といった調子。
「こんな記事を載せる日経新聞なんて、もう読まないからな」という投書もあってびっくり。俺の原稿で一部減(笑)。いや、心底うんざりしたものだったなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「新潮45」(広島県の教育事情にびっくり。最近までランドセル禁止の市もあったそうな。ランドセルを買えない家庭もある、という理由らしい)


2003.06.17
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
んでは、キャトちゃんのリクエストにお応えして(と、人のせいにするワタクシ)。
3年ほど前、某ベンチャー企業の新入社員にインタビューした時のことである。若者らしい野心を持ち合わせた、名もない文系私立大学卒の彼は、就職活動に際して学歴不問・実力主義を掲げる企業に挑戦することにした。実は彼の父親はソにーの社員で、そこそこのポジションにいたため、コネという発想は別としても、まずソにーを第一志望にしたのだった。
ところがそれを聞いた父は、すぐさま「やめておけ」と下したのだった。
ソにーはもう昔のソにーではない。今や官僚主義、セクショナリズムがはびこり、自由に力を発揮できる風土など、どこにもない。そういう会社になってしまったのだ。おそらくソにーに未来はない。他社へ行け。
それが彼の父親の言葉だったそうである。就職人気No.1ともてはやされていた頃、ソにー内部ではこんな見方がされていたわけだ。
もともとソにーという会社はプロダクト依存度が極めて高く、古くはトリニとロン(だっけ?)、ウォーくマン、最近ではプレすテというヒット商品があってこと生き延びてこられたところがある。その意味では、現在のトップは何もしていない。一部で「過去の遺産で食っている人たち」と揶揄されているのも当然である。
決算で業績を大幅に下方修正。その前に、知らん顔して新製品の記者会見を開く。そうした市場軽視の情報隠匿体制は、官僚主義の典型的な病状だろうなあ。
超高級ブランドを立ち上げ、「貧乏人はソにーを買わなくてもよい」と暗に宣言したその厚顔ぶり。その前に「ソにー製品は壊れやすい」「コストパフォーマンスが悪い」と思われていることに気が付かなければいかんよ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊朝日」(いい小児科の見分け方を読み句たくて。お、ジーコ批判が始まった? いいじゃん、代表チームは国民のおもちゃなんだから、そんなにマジになんなくても)


2003.06.16
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
SARSが下火になったと思ったら、ぼちぼち西ナイルウィルスの季節だ。最良の対策が蚊に刺されないこと、というのだから困ったものである。
まあ、SARSだって本当に危ないのは次の冬で、インフルエンザとかぶって一緒に大流行の可能性もあり、というんだから恐ろしい話だ。
狂牛病に西ナイルにSARSに、前世紀末から奇病難病のラッシュ。これはやっぱり人類が自然をいじりすぎたから、復讐にあっているということなのかなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックスピリッツ」(HEAVEN?が終わってしまった。ますます読むものがなくなってしまうー)「AERA」(ノーベル賞の小柴おじいちゃん、いまだにバスと電車で東大まで通っているんだって。電車で気づいた人は、びびって席を譲るらしい)「Rexy」(こんな雑誌知らなかった。ぴったりのDTM雑誌じゃん。あわてて2冊ほどバックナンバー購入)


2003.06.15
自宅で焼酎お湯割り。
1909年にワシントン州のソナラ・ドッドというおばちゃんが「母の日があるなら父の日があってもよかろ」と思いつき、自分の父親が6月だったので、礼拝してもらった6月の第3日曜が「父の日」になってしまったそうだ。この程度のことなら30秒でわかってしまうから、ネットは便利だなあ。って、まったく反証を取っていないから、物書きとしては失格でんな。かっかっかっ。
もっとも今日はそんなことはちっとも頭になく、朝から息子の下着を買いにスーパーへ行き、続いてギターの楽譜を買いにお茶の水へ行き、それからメシを食いにお台場へ行き、有明の芝生で遊び回って帰ってきたのだった。梅雨の日曜って、ほんと、もったいないよなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」あ、ソニーの悪口、今日も忘れた。しょうがないなあ。


2003.06.14
終日原稿、自宅で焼酎お湯割り。
そういや本日は湯河原の秘密のマンションで、じいさんどもが麻雀大会を開いているのではなかったっけ。「負けても海に身を投げたらいけませんよー。阪神が優勝するまで頑張るんですよ」と岐部さんにメールしようと思ったけど、アドレスわかんねから、やめた。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」あ、ソニーの悪口を書こうと思って、ずっと忘れてる。明日にでも書こうっと。


2003.06.13
取材1、有楽町のガード下で日本酒。
梅雨の鬱陶しい季節、ネクタイなんかをつけて歩いているとえらく疲れてしまって、とほほのほだ。やっぱり生ビールだわなあ、こういう時は。ガード下でネクタイゆるめてジョッキをあおっているお父さんたちは、みんな幸せそうだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.06.12
打ち合わせ1。自宅で焼酎お湯割り。
あ、昨日のサッカー。大久保は合格。森島をいい具合に進化させたものだよなあ。柳沢とどうからませるかなあ。あとは、まあさして見るべきもののない試合だったような、そうでないような。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」「週刊文春」「日本語の乱れ」(つまんね)。


2003.06.11
自宅で発泡酒と焼酎お湯割り。
息子は、母親のことを「かっか」と呼び、父親である俺のことは「こっこ」と呼んでいる。父ちゃんの「とっと」と呼ぶつもりが、カ行と混ざっちゃったのだろう。
呼ばれるたびにニワトリになったような気分だが、こんな呼ばれ方をするのも一生のうちでほんの一瞬だろうから、それなりに大切で貴重な時間なのだなあという感慨がわいてくる。
その息子を朝食後の散歩代わりにと連れだし、車で木場のATMへ行って、カネをおろす。いつものことながら通帳の残高を見て愕然。朝っぱらから子連れでATMを前にしてため息ついている中年男って、周囲にどう見えるんだろう。もっとも子連れで通帳を眺めてニヤニヤしているほうが、はるかに怪しいだろうが。
気を取り直してその足で郵便局へ行き、ATMでカネを入れた封筒をそのまま差し出して、区民税を払う。区役所で払うならば息子に持たせて「あちょっ」とか言わせながらカウンターに現金を叩きつけてやるのだが、地元の郵便局相手だから、父ちゃんもフレンドリーなのだった。
そんな父の思いも知らず、息子は順番待ちの最中にシャツをめくってうろうろして、見知らぬおじさんから「お、へそが出てるぞお、わははは」などとからかわれて喜んでいるのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「文藝春秋」(赤瀬川源平が「丸ビルのデザインって変だよね?」と本音。ああ、ついにそれを口にしてしまったか)「噂の真相」(ヤフーBB!は販促費として6300億円もつぎ込んだ。ADSLモデム1台3万円。ADSLなんて過渡期の技術に過ぎないのに、ユーザーは未来永劫このモデムを使い続けるから必ずモトは取れると信じているらしい)「日本語の乱れ」(清水義範)「演歌のススメ」(藍川由美)


2003.06.10
自宅で発泡酒と焼酎お湯割り。
本日を最後に、いよいよ梅雨入りの様相である。毎度のことながら春はアッという間に過ぎ去り、偏頭痛のような鬱陶しい気候がおよそ一カ月も続く。大量の洗濯物に浴室乾燥の休む間もない。
それが終われば、ある日突然、ナイフで切ったように夏が始まる。傘を手放せない日々から、帽子を脱げない毎日に切り替わる。例年の如く、今年も異常気象のような暑さだろう。加えて電力危機とやらで、背中を流れる汗には冷や汗も混じりそうだ。
こうして緑の季節に別れを告げ、明日から始まる藤色の季節に心も沈んだ今日、さらに鬱陶しいことに区民税の納税通知書が届いた。恐ろしい額である。信じたくない額である。
心地よく暮らしているなら、未来への適切な投資がなされているなら、我が子がこの先お世話になる行政区なのだから頑張って無理に笑顔の一つも添えて納めましょう。しかし、教育にも街作りにも福祉にもろくに投資せず、老いた人材への給与だけが異常に高いというこんな区には、本音を言えば通知された額の10分の1でも高すぎると思うくらいだ。
「世間でお台場といわれているエリアのほとんどは、実は港区ではなくてこちらの区であるということを、頑張って世間にPRしましょう」などと愚にも付かないことに本気で取り組んでいるような行政区なのよ、ここは。はあ、鬱陶しい。
そんな鬱陶しさを追い払うかのように、昼間っからどこへ行ってきたかなんて、ほっといてくださいマウスか。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「稼ぐ人 安い人 余る人」(キャメルヤマモト)。日垣隆の紹介で、仕事のネタに使えそうな本だと思ってアマゾンで購入したのだが、「はじめに」を読んだだけで「俺はひょっとして"安い人"どころか"余る人"なのではないか」という気分にされられて、鬱陶しい気分がさらに深く沈み込む。だもんで、「はじめに」だけ読んで机の上に置く。あとは流して読んで、ネタに使えそうなところだけチェックしよう。まあ、こんなタイトルの本、電車の中じゃ読めないしなあ。どう見ても「安い人、余る人が、稼ぐ人になりたくて読んでいる」としか見えないし。


2003.06.09
打ち合わせ1、原稿。自宅で発泡酒と焼酎お湯割り。
渋谷のビックカメラによってパソコンでも眺めるかと思っていたのに、どういうわけかぺいちゃんに連れて行かれたのは六本木昼図、ちゃう、ヒルズだろ、ATOKのばか。
初めて来たけれど、いやあ、すごいことになっていたのね、六本木昼図。東京のど真ん中にこんなすげえ街が誕生していたとは、そりゃ森ビルの社長が舞い上がるのも無理はなかんべ。と、湾岸の田舎ものはひたすら仰天するのみであった。
「ビッグコミックスピリッツ」「薔薇盗人」短編集。表題作はどうにも物語に入っていけず、すぐにパス。他は、さすがの出来である。泣かせの技もここまで来るとはあざといというか。「ひなまつり」の「私に、おとうさんを下さい」というセリフは絶品。
「半落ち」後半だけ再読。つか、五読ぐらい。わかっていても泣くんだよなあ、この話。


2003.06.08
自宅でおとなしく発泡酒と焼酎お湯割り。
発泡酒って、やっぱり味ではビールにかなわんなあ。と思いつつ、一杯飲めば十分だから発泡酒で満足だなあ、と実感。キリンの淡麗生とかいう発泡酒。おまけについている代表デザインのタオルにつれらて、まとめ買いしちゃったのさ。
今日は昼前に妻の実家を辞して帰ってきた。休日の首都高はいつも事故で、今日も竹橋で事故。おかげで5キロの渋滞だ。もちろん遠回りして避けて帰ったけどね。
戻ってからは、お昼ご飯を食べにお台場(正確には有明)のワシントンホテルのランチバイキングへ。ホテルで昼飯とは贅沢な、と思われそうだけれど、ここのバイキングは安くて1400円。つまりファミレスでコーヒーまで頼むことを思えば、こっちのほうが安くつくのですよ。
食事の後は、パナソニックセンターを見学(6月13日に出る新しいレッツノートは、すごくよい。本気で買おうかどうしようかと考えている)。その後、100円ショップで買ったビーチボールで、芝生の上で遊ぶ。息子はすげえよく走った。付き合ってるこっちが大変である。
夜はキリンカップサッカー。両チームのスタメンを見た瞬間に見るのをやめる。あとでネットで1-4と知り、ため息。情けない。
あ、岐部さん、例のブツ、送りますから。完成しましたので。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2003.06.07
妻の実家で、義理の父と近所の居酒屋で大暴れ。
まったくあの世代って化け物みたいな体力があるんだから、もう。いくら飲んでもへっちゃらだから、こっちがへろへろになっちまっただ。それはともかく、いとこのあやちゃんの弟に初対面して、咲杜は完璧に固まっていた。新生児を見るのは初めてだもんなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「日経ビジネス」「CarGoods」「薔薇盗人」(浅田次郎)


2003.06.06
原稿、自宅でビール。
本日、「買ってくだ茶いな」のお茶屋がオープン。上のバナーからいけます。
なお、俺様が店のオーナーと交渉して愛読者プレゼントの話をまとめました。注文してからメールで「たんごちゃんで見ました」と一言伝えると、もれなく特別プレゼントがもらえます。ぜひこの機会にどんどん注文しましょう。きっと俺様にもキックバックがあるのではないかと楽しみです。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2003.06.05
打ち合わせ1、華の舞で日本酒。
「いつもお湯割りだろ?」とタニガワ氏。なんで知ってるんですか。「いつも見てるから」。うぬぬぬ。見たなあああと叫んだが、見られても困るわけではないし。とほほほ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」「かくかく私価時価」


2003.06.04
原稿、自宅でビール。
本日中に仕上げたい原稿があったので、朝からパソコンに向かう。一方、妻と息子はマンション内のお母さん友達と一緒に若洲までバーベキューに。どたばたと送り出して、やれやれと机に向かう。
しかしすぐさまドアチャイムが鳴り、出てみると、宅急便。田舎から自家栽培の野菜を送ってきたのだった。じいちゃん手作り。孫に食べさせたくて、我慢しきれずにちょっと早めにもいだキュウリとタマネギが入っていた。
やれやれと机に向かうと、再びチャイム。今度は、通販で頼んでいたチェアマットの到着だ。仕事机に使うもので、イスの下に敷くマットである。耐久性、感触がよくてしかも静電気防止機能つき。重い机を一人で持ち上げてよっこらしょと敷いてみた。うむ、なかなかよい感じ。満足である。
ふと時計を見るともう昼時。妻はバーベキューなので一人で外に出て牛丼を食う。「すき屋」。味はいいのだけれど、店員が限りなくバカ。食い物屋なんだから、もっと威勢良くしろよ、タコ。潰れてよろしい。
怒りながら戻ったら雨が降ってきて、あわてて洗濯物を取り込む。一息ついて郵便物を見たら、おお、新しい駐車場の契約書が届いている。マンションの目の前に、格安の駐車場がオープンしたのだ。すぐさま電話し、申し込んだので、契約書が届いたのだった。原稿仕事はとりあえず休んで、書類を書き、印鑑を押す。ネットから金を振り込む。今使っている駐車場の解約の連絡をする。どたばただった。
速達で契約書を送り返したら、妻子がバーベキューから帰ってきた。このマンションのお母さん友達は本当にいい人ばかりだ。暴れる息子を家まで連れて行く。
ふう、再度原稿仕事に立ち向かう。すると、息子のいとこのあやちゃんに弟が生まれたという知らせ。こりゃめでたい。お祝いに行く日程を調整する。
こうして急ぎの原稿仕事の合間を縫って、様々な有象無象と格闘。やれやれひいこらと疲れた一日だった。ついでに夜は息子を風呂に入れて、数の数え方を教える。父ちゃんは忙しいのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「かくかく私価時価」(小田嶋隆)。


2003.06.03
甚八で日本酒。
俺はテレビというものが嫌いでプロレス以外はめったに視ないのだけれど、 NHK総合で月に一度ほどオンエアされている「鶴瓶の家族に乾杯」という番組は割とちゃんと視る。これは、ごく普通の地方を鶴瓶が訪れ、まったくの行き当たりばったりに普通の人をつかまえてインタビューするという番組である。視ている限りでは仕込みは本当に一切ないようだ。
この番組について、都会人の田舎ものに対する態度というものが露骨に表現された番組、と決めつけている評論家がいた。そんなステレオタイプな判断は思い切り間違いである。
おそらくマスゾーンにおいてもよく顔を知られている鶴瓶というタレントが、照明さん、音声さん、カメラマン、ディレクターを従えて道の向こうから歩いてくれば、どんな地方だろうとたいがいの人はテレビの撮影だとわかる。わかった瞬間、人は「テレビに映る素人」を演じる。そして、テレビというメディアにおいて素人のあるべき姿というものを、今の日本人は最大公約数的な共有言語として持っている。番組はその様子をあからさまに映し出す。
一方の鶴瓶はというと、客席いじりと同時に「いじられ」キャラもできるという、希有なタレントである。質の低い客席いじりしかできないタモリやさんまあたりとは、立ち位置がまるで違うのだ。その鶴瓶というキャラが、いじり役といじられ役を使い分けるとき、「テレビ的素人」を演じる一般人はこれまた見事に鶴瓶をいじったりいじられたりを使い分ける。その切り返しの見事さは、まさに虚々実々、プロレスの攻防そのものなのだ。
当然、素人は素材そのままであっていい。ダメだったら編集でカットしてね、ぐらいのことは自ら分かっている。ちょっと天然入ってるほうが使われやすいよなあ、というぐらいのことも分かっている。だから素のまま、体当たりでぶつかってくる。
それに対し、いじるだけでなく、いじられ役も使いこなさなければならないのがタレントだ。彼らにとってこの番組は、おそらく非常に怖いはずだ。鶴瓶という存在の「底が丸見えの底なし沼」的なキャラがあってこそ成立していることがわかる。
てなことを長々と書いて、何が言いたいのかというと、先月のゲストのさだまさしは、まるでダメだったなあ、ということだ。だって突撃取材の相手が肉屋とレストラン。素人が怖かったのだろう、最初から「客」として迎えてくれるところを意図的に選んでいたのが見え見えだった。でもって、番組の最後に街の人たちを集めてコンサートをするのだけれど、自分の本職の土俵に持ち込んで上からものを言おうと目論んだわけだ。きっと素人にいじられるのが、本当に怖かったんだろうなあ、この人。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「Weekly YOMIURI」「AERA」「COMICS美味しんぼ」「繋がれた明日」殺人を犯して出所した人間が世間でどんな思いをしているかという小説。これは物議を醸すだろうなあ。俺はちょっと受け入れがたい話だと思った。蛇足ながら、こりゃまた真保に対して東野圭吾が荒れるね。


2003.06.02
取材1、打ち合わせ1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
先日、マブチくん(髪を切って専務に怒られた出川哲朗)と話していたら、1978年生まれでピンクレディーはリアルタイムでは記憶にない、というので驚愕。なんてこった。
という話を今日コマガタくんにしたら、俺も78年生まれっすよ、とのことで驚愕。さらに、隣にいたフクハラちゃんが、私は79年生まれですう、とのことで超驚愕。その頃俺はギター弾いて酔っぱらっていたいたんだけどなあ。昭和天皇が死んだときに何してた?と聞くと、嗚呼、もう完璧にぜねれーそん・ぎゃっぷ。
まあ、そんなこと言うなら、来年あたりには平成生まれが社会に出てくるし、そもそもうちの息子なんか21世紀生まれだし。
なんだ、それが言いたかったのかと突っ込まれそうだけど、そうではなくて、年なんて関係ないよ、と主張したかったの。
なお、トップからリンク張ってるお茶屋さん、みなさんのぞいてみてくださいね。のぞいたら(もうすぐオープンだから)買ってね。バナーのところに「SARSじゃないよ、マーズいよ。嘘だよ。」と書こうかと思ったけど、怒られそうだからやめた。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックスピリッツ」「繋がれた明日」。いかりや長介、大丈夫かなあ。


2003.06.01
自宅で焼酎お湯割り。
いきなり蒸し暑い。しかも大雨。梅雨の前に台風というのだから、なんとまあ。これから夏の始まりだ。今年の夏は、正念場。頑張って乗り切るぞう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「時の廃墟」(沢木耕太郎)「繋がれた明日」(真保裕一)


2003.05.31
自宅で焼酎お湯割り。
そういえば、浦和と大宮が合併したというのに、サッカーは相変わらず「浦和レッズ」と「大宮アルディージャ」(だっけ? 文句アルディージャっ!)なのは、不自然ではないだろうか。ここはやはり一つになるべきではないか。名前はもちろん「さいたまガッペーズ」だ。ひーっ。
などとほざいているうちにいつの間にか五月が終わって六月に。まったく春は早く過ぎる。今年もこうして夏がやって来るのだった。


2003.05.30
取材1、自宅で焼酎お湯割り。
駆け出しの頃、印刷屋のベテラン職人に聞いた「仕事は段取り八分さあ」という言葉が印象に残っている。仕事の八割は段取り次第、逆に言えば段取りがすめば仕事の八割は終わったも同然、ということである。
では段取りの能力とは何かと言えば、一つは「経験」であり一つは「論理的思考」であろう。「論理的思考」とは、つまり所与の状況を分析し、起こり得る事態を想定して、その対策及び次善の策を用意しておくということだ。サッカーで言うところの「戦術眼」だわな。
難しいのは「論理的思考」はセンスによるところが大きく、なかなか教えられないということだ。このあたりは、時代が変わっても常についてまわるのである。


2003.05.29
原稿。自宅で焼酎お湯割り。
息子の最近言えるようになった言葉。
「あか」(赤)、「うわお」(青)、「いーろ」(黄色)。見分けはついても、信号を正しく渡れるかどうかは、別問題だ。
「ンみ、おっき」(海、大きい)、「おっき、ぶーぶ」(大きい車)。二連語もぼちぼち言い始めた。でも意味がわかってるかどうかは、これまた別問題。長いのも、高いのも、全部「おっきい」らしい。
「かっか、っき」(お母さん、好き)。子供が笑いながらこんなことを口にしたら、舌足らずに一生懸命口にしたら、そりゃあ、すべての母親は幸せの絶頂だよね。
「あい、どーじょ」(はい、どうぞ)。お菓子とかをあげるとき、いつも「はい、どうぞ」と言うから、息子は「はい、どうぞ」と言えば好きなものがもらえるのだ、と勘違いしたわけだ。だもんで、スーパーのお菓子売場の前でひっくり返って、あるいは家で欲しいお菓子を指さしながら、「あい、どじょ、あい、どじょ」と泣き叫ぶ。それがすげえ面白くて、両親、ゲラゲラ大笑い。いや、まじで。


2003.05.28
打ち合わせ2、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
渋谷の東邦生命ビル(現クロスタワー)で打ち合わせ。このビル、俺が大学に入学した頃には既にここに建っていたが、いまだに元気でふんぞり返っている。四半世紀以上にもなるのにねえ。
そんなことを思いながら、喫茶店でコーヒーを飲んだのだが、タマダ氏には「午前中がつぶれるぐらい長い日記を書け」と言われてしまう。いや、そりゃ無理っすよ。んとに。


2003.05.27
打ち合わせ1、自宅で焼酎お湯割り。
最近は本の読み方も変わらざるを得なくて、昔のように集中して読破というのは難しくなり(なにしろすぐに息子が飛び込んでくる)、数冊をたらたらと並行して読む状態だ。
だもんで、例えば本日の読書はというと「プロフェッショナルMIDIティップス」「紙のプロレスRADICAL」「真相」(横山秀夫の新刊だ!)ということになる。
これに読んだ新聞まで加えると「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」ということになって、おお、こう書くと活字三昧でなんだかすごくアカデミックな人みたいではないか。
これからはこういう書き方でいくか。コピぺで済むし(笑)。あ、一応起承転結の文章になってるぞ、さすが俺。


2003.05.26
華の舞で日本酒。
総合病院に行ってたら、廊下で息子が走って転んでしまって、そりゃもうでっかいたんこぶができて、大泣き。不幸中の幸いというか、ここは病院。小児科の受付で聞いたら、念のために脳神経外科に行きなさいということだった。さすが総合病院で、こんな時でも、初診の手続きが必要だった。
その後、何度も待たされて、やっとこレントゲンを受けたのだが、撮影室からは「親は出でください」と言われて、案の定、廊下で待っていたらとんでもない絶叫。しばられ、押さえられて、撮られたのだろうなあ。
結果は幸いにして問題なし。ふう。よかった。独身時代は病院なんて数年に一度しか行かなかったけど、子どもができてからはしょっちゅうだ。まあ、しょうがない。
世間は運動会。ぺいちゃん一家はどうだったのだろう。


2003.05.25
自宅で焼酎お湯割り。
昨日、今日と続けてさざなみ公園で遊ぶ。どこかって、潮見の公園ですけど。もうじき梅雨が始まり、その後は炎天下が続くから、こうして川沿いの公園で昼間っから遊べるのも今のうちだ。一年で一番いい季節だものなあ。
しかし、ヒマだ。困ったものである。ぼちぼちなんとかしないと、失業父ちゃんになってしまう。カナウチさん、そのあたり、よろしく頼みますよ、ほんとに。


2003.05.24
「華の舞」で日本酒。
食用タヌキの肉もSARSの原因と聞いて中国人はタヌキまで食うのかと驚いたのは俺だけではあるまいが、考えてみれば日本人は海のものは何でも生で食っちゃうから他人の食文化に口を出してはいかんよな。


2003.05.23
打ち合わせ1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
最近は息子の夜泣きがひどいので、こっちは寝不足なのさ。特にやれやれと布団に入ったとたんに泣き出されると、あーた、そりゃあ辛いっすよ。


2003.05.22
自宅でビール。
教師というのは昔は気楽な商売だったのだろう。俺が中二の時の数学の教師は大学出たてで、自己紹介で「他に就職がなかったので、教師になりました」とカミングアウトしたものだった。今なら親が黙っていないわな。まあ、それども通用した(のか?)のが昔だった。
それが今では教師はたちの悪い親たちとの闘いに精根尽き果てているという。特に松田聖子世代の、自己主張ばかりのバカ親にとことん参っているらしい。教師はサービス業じゃねえよ、バカ母どもめが。
確かに昔は気楽な商売だったかもしれないけど、今では世の中で一番割に合わない職業ではないかと思っている。がんばれ、先生たち。PTAより、子供より、まず自分を大切にしろよなあ。


2003.05.21
自宅でビール。
書き忘れていたけれど、りそな銀行の倒産(あれって倒産と同じという意味だろ?)って、誰もが思ったように、貧乏人どうしの結婚は貧乏を拡大生産することになる、という証明だわなあ。あさひ銀行四谷支店窓口の、茶髪のバカ女は、今頃どうしているだろう。


2003.05.20
原稿。甚鉢で日本酒。
あまり利用されていないようだけれど、宅急便のヤマト運輸は、センターに電話すれば自宅まで荷物一つでも取りに来てくれるサービスがある。重い荷物をわざわざコンビニまで持っていき、焦りながらカウンターで伝票を書く必要はないのだ。
もちろんタダではない。正規の配送料に加えて、集荷手数料100円が余計にかかる。そのうち30円がドライバーの取り分だ。一日50個集荷したとして、1500円。給料以外のささやかな小遣い分という感じだ。
対して佐ガワ急便は、よく知られているようにドライバーの給料はほぼ完全に歩合制である。そのため「佐ガワ急便に転職するのは借金があるから」と噂されるのも仕方ないほど、高給だ。実際「2年間歯を食いしばってがむしゃらに働き、借金を返した」というドライバーなど、珍しくない。
もちろんそれは、「佐ガワのドライバーは、歩いているのを見つかると減給されるらしい」と就職学生が噂するほど、ハードな労働に支えられてのことである。日垣隆のレポートによれば、彼らのごく普通の労働時間は一日16時間だそうだ。つまり毎日朝7時から夜11時まで、働いていることになる。過労からくる交通事故が異常に多いというのも、当然の話だわな。
そして、忙しくて給料が高いという構造を支えているのは、ドライバーが営業マンも兼ねるという仕組みにある。佐ガワではセールスドライバーという名の通り運転手が自ら顧客を開拓しなければならない。もちろん価格交渉も行うし、決定権も持っている。安く引き受ければ自分の給料が安くなるわけだが、遊んでいるよりは少々安くても数をこなして稼げるだけ稼ごうと考えるのは人情だ。
当然、効率的に稼ぎたいから大口の大企業を狙って開拓に励むことになる。配達で顔を出したときは、そのいいチャンスだ。逆も真なりで、小口の零細企業など、本音では相手にしたくない。ましてや個人宅など、迷惑以外のなにものでもない。
だもんで、俺のところには佐ガワからの荷物はなかなか届かない。「午前必着」と大書された荷物を、実に面倒くさそうな顔をして晩飯時に持ってきたりする。
いや、持ってくればいいほうで、マンション内を歩くのさえ面倒くさがって最初からエントランス脇の宅配ボックスに放り込んで、不在連絡を郵便受けに入れることすら、珍しくない。
というようなことを、実際に佐ガワの荷物をイライラして待ちながら、考えたのだった。以前は頭に来たこともあったけど、今では俺もすっかりあきらめている。


2003.05.19
自宅でビール。
朝、車に乗って出発しようとしても、息子は首を振って帰らないという。強制的に連行しようとすると激しく泣きわめく。困ったものだ。結局、俺の父親が、実家のいとこ(たまたま小学校が休みだった)と一緒に車に乗り込んで、高崎まで付き合ってくれたのだった。はあ、楽しかったけれど、今回は特に疲れる帰省だったなあ。
次は夏休みに子供を連れていけるかどうか、ちょっと思案中。男の子って、やっぱり男同士で暴れるのが楽しいのだろうなあ。夏の太陽の下、野山を思い切り走らせてやりたいという思いはある。


2003.05.18
朝、5時前に温泉に入る。ちょうど偶然にも父親と一緒になり、父と一緒に風呂に入るなんて何年ぶりだろうと思いながら、裸になって朝っぱらからのんびりとしゃべった。時間が時間だけに、貸し切り状態。子として親の27回忌もやるなんて偉いよ、と素直な感想が口から出た。
俺の父は、祖母の葬式の時、会席で酔っぱらって俺と弟に向かって「俺の時もよろしく頼むぞう、わははは」と言い放ったものだった。
温泉を出発後は(ところで旅館の朝飯って、なんであんなに旨いんだろうねえ)、良寛ゆかりの地をめぐり、長岡駅で解散。関東方面の親戚は新幹線で帰り、我が家は俺の実家にもう一泊。息子は、実家のちびたちと一緒になって転げ回り、笑っていた。
深夜、機嫌が悪くて泣きわめく。おかげで真夜中なのに1時間以上も抱きかかえてあやすはめになってしまった。


2003.05.17
祖父の27回忌と祖母の13回忌を合わせて行うことになり、妻子を連れて実家へ帰る。もちろん親戚一同が集まり、お経を上げてお墓参りと、厳粛にことが進む。
終了後は全員で岩室温泉の高島屋という旅館で慰労会。まあ、27回忌までやったのだから、父親たちもたいしたものだと思う。息子は、実家のちびたちと一緒になって転げ回り、笑っていた。
慰労会では、牛久の叔父が「あんたのホームページ、俺にも教えろ」と迫る。所沢に大宮に、関東近辺の親戚がここをチェックしかねない。まずい。非常にまずい。あせりつつ寝る。
深夜、寝ぼけた息子が俺におしっこをひっかける。おかげで真夜中なのに全部着替えることになってしまった。


2003.05.16
打ち合わせ1、自宅で焼酎。
今年も前半が終わろうとしているわけだが(って、まだ当分終わらないってば)、まったくろくな半年ではなかったというのが総括である(って、勝手に総括するなってば)。イラク戦争に新型肺炎に白装束と、わけわからん騒ぎばかりだ。おまけに株の下落に景気の低迷、インフルエンザに、えーと、あと何だっけ。この続きは思いついたらにしよう。


2003.05.15
自宅でビール。
19.8%。これが現在の日本の犯罪検挙率である。びっくりである。犯罪が5つ発生しても、そのうちの1つしか犯人が捕まっていないのである。ということは、残りの4つの犯罪は、犯人が捕まらないというわけである。つまり、悪いことをしても捕まるのはアンラッキー、だったら悪いことしても平気じゃん、というわけである。困ったものである。
全部、終わりが「である」だけれど、それぐらい困ったものである。要するに警察が機能していないのであり、犯罪への抑止力が何もないということなのである。ここまで極端に悪化したのは、平成になってから。やっぱりバブルによるモラルハザードが大きかったのかなあ。
治安の回復。これからの日本はこれこそが最も重要になるはずだ。まったく情けない国に成り下がったものである。


2003.05.14
客先の担当者であるアライ氏が異動で外れることになったため、慰労と打ち上げを兼ねて、飯田橋の飲み屋で4人で飲む。アライ氏の上司のオーサワ氏がいないため、どうしたのとたずねたら、なんと既に3月で会社を辞めていた。35歳、ヘッドハンティングの声がかかったのだという。なるほど、確かに勝負の時だな、男の子。決断のタイミングとしては絶好だと思う。頑張って欲しいものだ。
飲んだ後、一人で千駄ヶ谷までタクシーを飛ばし(電車で行けよなあ、まったく)、久しぶりにホープ軒へ。油ぎとぎとのチャーシュー麺を食って、再びタクシーで四谷まで戻って電車に乗って帰る(ちょっと考えれば歩いて大江戸線の駅まで行った方がずっと早くて安いのに、バカか、俺は)。あんなラーメン、よく食ってたものだと我ながら感心。夜中にはえらく気持ち悪くなってしまった。もう二度と行かない。
関係ないけど、都内サラリーマンの平均収入が9年前に比べて約8%も減ったらしい。うーむ、そんなに減ってるのか。でも、ボーナスも入れた平均月収は、58万5274円。えっ、けっこう皆さんもらっているのね。年収にすると約700万だものね。俺の初任給なんて8万円とかだったものなあ。
それにしても8%も減るとは、やっぱりこの10年、暮らしはどんどん悪くなっているわけだな。歩調を合わせるように治安もどんどん悪くなっているのだが、その話はまた明日。


2003.05.13
自宅で日本酒。
最近は読んだ本とか雑誌のことは書かなくなったなあ。面倒というのもあるし、途中で放り出しているのもあるし。キングの「ドリーム・キャッチャー」、2巻まではそれなりに面白く、いかにもキングらしいなあ、と思ったのだけれど、途中で、今までのキングのインベーダーものを混ぜただけじゃんと思ったら、つもんなくなって放り出したし。
ぼちぼちと長く読み続けているのは沢木耕太郎の作品集で、これはどれもが秀逸。日垣隆の「学校へ行くとはどういうことなのだろうか」は、これまたえらく面白く、けれど途中でストップしたまま机の上だ。そのくせ、プロレスの暴露ものは飲みながら一晩で読んだけどね。
そうそう、岐部さん、「手紙」、面白くなかったですか? そうですか。ぼく、途中で「お前の手紙は迷惑だって、いい加減、気がつけよなあ」と思ってしまいました。


2003.05.12
取材1。
気がついたら眼鏡のレンズが欠けていた。こないだ作ったばかりなのに、まったく最近は眼鏡には振り回されてばかり。
しょうがないので、二光堂へ行く。ここは作家の山本一力も眼鏡を作ったところだ。事情を話して、まだお宅で作ったばかりだったんですけど、と哀れっぽく言ったら同情してくれて、特別に通常の半額でけっこうですよ、とレンズを片方入れ替えてくれることになった。やれ、ありがたや。
眼鏡を預けて、急場しのぎに昔使っていたフレームなしの眼鏡をかけたら、なんだか微妙に合わない。おかげで一日中頭がぼーっとして、ちょうど会議中に眠くてしょうがないような状態になってしまった。昼行灯である。
そんな状態で取材を終えたのだが、場所が有楽町となると、どうしてもちょっとガード下の飲み屋にふらりと寄りたくなる。一緒にいたコマガタくんは残念ながらサッカーの試合があるというので、俺だけふらりとガード下へ。佐渡の店というのを見つけたので、寄ってみたら、酒もつまみもやたらとうまく、店の心遣いも抜群で、一人とても気持ちよくなってしまった。なにしろ日本酒を頼むと、その都度サービスで小鉢がついてくるんだものね。しかもさすが有楽町価格で、思ったよりかなり安かった。
いい気分で酔っぱらって帰る途中、マルエツによってアイスクリームを買う。お土産なのさ。9時前だったが既に息子は寝ていて、妻はアイスクリーム、俺は日本酒を飲んだのだった。


2003.05.11
自宅で焼酎お湯割り。
若洲海浜公園へ行く。途中、消防訓練をしていたので息子と眺めていたら、消防車のおじさんが息子に向かって「乗るかい?」と言う。その言葉に甘えて、消防車の助手席に座らせてもらったのだ。
みなみ・らんぼうの名曲「少年の日の憧れ」にもあるように、男の子にとって消防自動車は永遠の輝きなのだ。息子はびびって固まっていたけれど、きっと俺の目は子供みたいだったに違いない。
東京湾を挟んでディズニーランドと葛西臨海公園を眺めながら遊んだあと、何か鉢植えでも買おうと、花屋に行く。
最近ベランダにあじさいの鉢植えを置き、朝晩の水やりを息子の仕事にしているのだ。息子はその役割をそれなりに楽しんでこなしている。こういうのは一挙にひろげないで、だんだんと好きな鉢を増やしていくのがいいのだが、そう思って花屋へ行ったところ、本日は「母の日」ということで、店中ぜんぶカーネーション。とほほ。
そんなもん、買わねーしょん、と言って手ぶらで帰ってきたのだった。


2003.05.10
自宅で焼酎お湯割り。
日垣隆の有料メールマガジン(年間1万円)を講読しているのだが、驚くべきことに最新号で新型肺炎の背景を特定している。流行地域はチキンを屋外でさばいて屋台で食する習慣のある国ばかりで、チキンの血肉内で新型肺炎ウィルスが培養されているというのである。根っこにあるのは、限りない抗生物質の投与による突然変異だ。
だから最も効果的な対策は、屋台でチキンを食べないことらしい。気分的にはチキンそのものが怖くなるので、この仮説が広がったり正しさが証明されたりすると、「ケンタッキーフライドチキン」や「一番どり」(バックにいるのは三菱商事)などが決定的なダメージを受けるだろう。


2003.05.09
終日原稿。甚八で日本酒。
地下鉄サリン事件の時(95年だ)、俺はそんなことはまったく知らずに笹塚から地下鉄に乗って曙橋の事務所まで出勤したね。事務所についていつものように新聞を読みながら煙草を吸っていたら突然実家から電話がかかってきて、母が「ああ、よかった、電話に出た、いてくれた、よかったよかった」と叫んだのだった。
それでテレビをつけてようやく事態を理解したのだが、今の上海や台北はきっと似たような状況なのだろうなあ。「こっちでは何もないのに、日本からの出張者が騒ぎを大きくしている」という駐在員の苦笑を聞き、あらためて8年前のあの朝を思い出したのだった。


2003.05.08
打ち合わせ1、自宅で焼酎お湯割り。
いろいろと寄り道はしたけれど、結局、ポール・サイモンとプロレスだけは中学以来の付き合いになってしまった。これは一生モノだろうなあ。ポール・サイモンのすごいのは、30年前の曲を聴いても、いまだにその都度新しい発見があることだ。俺もアレンジするとき、ポール・サイモンならどうするだろうと考えるのが出発点になってしまっているし(こう書くとミュージシャンみたいでかっちょええね)。などということを久しぶりにライブビデオを見ながら考えた。


2003.05.07
自宅で焼酎お湯割り。
無料のオンラインゲーム「Zookeeper」というのが人気らしい。どれどれ、と試してみる(基本的にヒマなのよね)。同じ絵柄を三つ集めて消していくという、ぷよぷよ系、まきがめ(さめがめ)系の「落とし物」ゲームだ。定番だわな。だから当然のごとくはまる。
とにかくゲームオーバー時のコメントがたまらん。「今日でクビ」「無駄飯食いはいらない」「サル並みだ」「問・題・外」といったしびれるようなコメントばかり。
基本的にヒマな方は、どうぞお試しください。とことんののしられます。


2003.05.06
甚八で日本酒。
健康増進法っていうの? いつの間にかそんなのが決まっていて、やたらとあちこちで煙草禁止になってる。あきれた。煙草ぐらい、好きに吸わせてあげなよ。俺も副流煙が欲しいし。
関係ないけど岐阜の山の中にいる割烹着の集団。とりあえず無害なんだから、どっかの自治体が呼んであげればいいのに。いい観光資源だと思うけどなあ。いや、マジで。


2003.05.05
自宅で焼酎お湯割り。
こどもの日。どこへ出かけても混んでいるだろうから、近場にしよう。そんなわけで、車で10分、新木場の若洲へ。
暑くもなく、寒くもなく。おだやかな東京湾の風に吹かれながら、草原の上を走ったり転げ回ったり。昼になったので駅前のサブウェイでサンドイッチを仕入れ、草の上に座って家族でお昼ご飯。息子が頑張ってペットボトルでジュースを飲んで、案の定、ひっくり返して大騒ぎなのだけれど、それもまた楽しいわけだ。
何もすることなく、ただ草原にシートを敷いて転げ回っただけ。でも、そういうのがいいね。安上がりのこどもの日だ。息子と草の上で転がりながら、誰にも殺されることなく、誰をも殺すこともなく、平穏に生きていける幸せな未来を、こいつに十分に残してあげられるのだろうかと、自問。絶対の自信はないが、自覚は持ち続けたい。


2003.05.04
自宅で焼酎お湯割り。
ETCをつけてからはオレ様状態で料金所を通過するようになったが、最近ではそれに拍車がかかり、前にETCなしの車がいたりすると「おどき。どきなさいよ。どきなさいってば。きーっ」と叫ぶ女王様モードになってしまうのだった。


2003.05.03
妻の実家近くの居酒屋で日本酒。
新潟に続き、今度は妻の実家へ孫の顔を見せに行く。関越は朝から50キロの大渋滞。だもんで、井の頭通りに新青梅街道と、下の道を延々走って到着したのだった。昼飯を食ったあと、父ちゃん(俺だけど)は妻の実家にもかかわらず昼間っから大いびき。3時間も昼寝してしまったぜ。わははは。
夜はみんなが寝静まった頃にこっそりと抜け出して、飲み屋へ。ここの大将が偶然にも新潟の隣町の出身とわかり、大いに盛り上がる。久保田をフルラインでそろえている店で、俺は久しぶりに千寿をたらふく飲んだのだ。べろべろに酔っぱらって、嫁さんの実家のカギをこっそり開けて忍び足で帰る。わはははは。


2003.05.02
自宅で焼酎お湯割り。
ゴルフからエスティマに乗り換えて約2カ月になるわけですが、「なんとまあ、粗利率の高い車だろう」というのが素直なインプレッションであります。
特筆すべきなのは、その軽さです。2トン近いというのに、ハンドルはすいすい。「ミニカより軽い」とあきれたのは、私の父親でありました。もちろん全体の造作も軽くて、ドアなんかもうぺらっぺら。恐ろしくてスピードを出す気にもなれません(ステップワゴンよりはマシでしょうが)。いかに手を抜いて(言い換えればコストダウン)安上がりに仕上げるかに心血注いだ車というのがひしひしと感じられます。
もちろん小技は利いています(「おや、こんなところにも収納が」)。取り回しも非常に楽チンです(バックモニターに続き、今度のマイナーチェンジでは世界初(笑)のフロントモニターですって。そんなもん、世界で誰も考えないって)。しかしシートは安物で(一応最高グレードのタイプなんですがね)長距離を運転すると疲れるし、部品も極力少なくしている(シフトレバーのカバーはなんとはめ込み式でした。おかげで先日ポロッと取れました。大笑い)。300万以上もするってのに、これだから、そりゃもうトヨタの稼ぎ頭と言われるのも納得です。
悲しいのは、チャイルドシートを2つつけて、大人4人がゆったり乗れる車、ということになると今の国産車ではこのクラスか、アルファード(実路での事故率は異常に高いらしい)あるいはエルグランド(下品な車)しかないという事実です。それで(俺も含めて)仕方なく選んで乗っているわけです。
もっと悲しいのは、エスティマに乗って「他の車とは車格が違うゼ」と本気で自慢している皆さんが非常に多いということです。車格ですよ、車格(笑)。底の浅さに、こっちまでぐったりきてしまう言葉と品性です。
まあ、しかし俺はこの車に最低5年は乗ることになりました。ドアを開閉するたびに、切り返しをするたびに、ゴルフのあの重厚感が懐かしくなるのですが、そうも言ってられません。程良く、誠実に、突き合っていくことにしています。まあ、へそを曲げられても困るし、愛情たっぷりとは言わないまでも、大事に乗ります。洗車もきちんとしてるしね。


2003.05.01
自宅で焼酎お湯割り。
現職区長をたたき落としてやろうと企みつつ、統一地方選の投票を済ませてから里帰りしたわけだが、その結果は遠く離れた新潟ではなかなか知るよしもなかった。新潟県民にとっては東京の一区長などどうでもよく、ましてや区議なんてゴミ。特にニュースになって伝わらないということは現職安泰に違いないと読んだが、まったくその通りであった。これから4年間、今まで通りの「子供はいずれ減るから学校はいらない、年寄りはいずれ死ぬから福祉はいらない」政策が続くと思うとうんざり。
それはともかく朝九時に実家を出発し、午後二時ちょうどに潮見に戻ってきた。関越、首都高ともに渋滞はまったくなし。でも、実家近くのインターにはまだETCが設置されてなくて通行券をもらっての決済だし、外環道はETCと一般が一緒でイライラしちゃうし。って、ETCで一気にオレ様気分になったわけだ。とほほほ。みっともねえなあ、俺。
途中、湯沢で休憩。冬はスキー客であふれる山々も、この季節は閑散とし、無惨に切り開かれたスキー場の合間に、目にも鮮やかな緑が映える。一年で一番好きな季節だ。五月の風を受けて湯沢の山々を眺めるのは、今だけの楽しみ。遠くにまだ雪を頂いた谷川岳が見える。ウィンダムヒルのギター音楽を無性に聴きたくなるのは、こんな時。
と、かっこつけても、実際は「お母さんといっしょ」を聴くわけさ。


2003.04.30
前日に比べて一気に最高気温が十五度も下がる。三人の甥っ子は学校、保育園へ。


2003.04.29
朝から水銀柱はぐんぐん上昇し、昼近くには25度を超える。汗ばむTシャツ。四月下旬にして既に夏日である。しかし一転して夜にはストーブなしではいられない肌寒さだ。これがこの季節の新潟の気候である。慣れない体にはこたえるが、しかしこの厳しさは大地を鍛える。
寒暖の差が激しい土地では、旨い米が育つそうだ。土壌が引き締められ、地中にある種のバクテリアが増えることが、米の味をよくすることにつながるらしい。なるほど、魚沼をはじめ、ブランド米の産地には一年や一日の寒暖差が激しく、かつ清流に恵まれた場所が多い。やはり米は、北。
この厳しさは米だけでなく人間をも育てる。と続くとこの話はきれいにまとまるのだが、そんなに都合よく行きはしないのだった。とほほ。


2003.04.28
山形へ行き、午後は近くでチューリップまつりを見る。ついでに三人の甥っ子に遊ばれて、ぐったりする。


2003.04.27
関越道経由、5時間がかりで新潟の実家へ。家の近くに新しくインターが開設したので、潮見の家から新潟の実家まで100%近くを高速だけで行けるようになったが、それでも近くはないのであった。快晴。


2003.04.26
自宅で焼酎お湯割り。
てなわけで、明日から5月1日まで休暇に入ります。日並びの悪さとはまったく関係なく、平日なのに堂々と休んでしまいます。すんません。いろいろとやりくりしたら、こうやって前半にまとめて休むのが都合がよいということになったので。すんません。いや、なに、クニに帰るだけです。孫の顔を見せに。ノートPCだけは持っていきますので、メールのチェックはしますです。はい。


2003.04.25
自宅で焼酎お湯割り。
日並びの悪さに加え、イラク戦争だ、急性肺炎だというわけで、今年のゴールデンウィークはまったくさえないらしい。ともかく世情はどんどん悪くなるばかり。ひどい犯罪にデフレに失業率に、この国はどうなってしまうのだろうか。困ったものである。
困ったといえば江東区で、学校が足りないというのに「いずれ少子化を迎えるのだから、もったいないので学校は作らない」と断言している。これって「年寄りはいずれ死ぬのだから、介護はしたってしょうがない」というのと同じだと思うんだけど。ともかく子を持つ親にとってはひでえ話で、このあたりの住民はどんどん江東区に見切りをつけて中央区へ越境通学している。我が家はとりあえずの方針として、現在の区長を落選させるべく、この日曜には対立候補に鋭く投票するのだ。


2003.04.24
焼酎お湯割り。
本日は咲杜の誕生日である。2歳である。月並みだけれど、あっという間だったというのが実感だなあ。まあ、これからが本番。恐怖の2歳児のはじまりだ。
妻がお祝いのためにケーキを作ってくれた。本人も父親の風邪っぴきで体調がいまいちだったが、ケーキを囲んでお祝い。夫婦でハッピーバースデーを歌ってあげた。咲杜は、ケーキをむしゃむしゃと食べていた。体調、少しは戻ったようだ。


2003.04.23
焼酎お湯割り。
フリーランスにとって国税還付金(要は取られすぎた税金が戻ってくるっていう制度ですな)は、非常なお楽しみである。今年も正直な納税者である俺のもとには、いつも通りの額が戻ってくるのだ。毎年今頃の時期なので、だいたいが連休資金に充てられる。
ところが今年はなかなか振り込まれない。おっかしーなー、らんらん、と思って通知のハガキを確かめたら、なんと振り込み口座の支店名が間違ってる。あわてて申告書の控えを見たら、合ってる。つまりは税務署の入力ミスだわな。
人の失敗には手厳しい俺だから、すぐさま江東ニシ税務署に電話したのは言うまでもない。ただし税務署には弱いのも俺だから、やんわりとミスを指摘する。「すみませんでした」と、税務署におわびの言葉を言わせただけでも、自分をほめてやりたいね。結局振り込まれるのは、一カ月先になるという。とほほ。連休資金、どうしよう。
それはともかく、息子の熱はまだ下がらず、俺の下痢も治らず、再びあサひクリニックへ。やれやれ、困ったものだ。


2003.04.22
原稿、焼酎お湯割り。
結局、朝一番で医者へ行く。息子とともに、いつものあさひクリニックだ。「O-157も疑えるけど」と言われてドッキリ。でも、結局はウィルス性のものと判明。やれやれ。息子はまだ風邪が抜けず。俺はともかくひたすら眠い。家に帰ってもそのままごろんと横になり、ひたすら眠ったのだった。やれやれ、困ったものだ。


2003.04.21
取材1、焼酎お湯割り。
いやあ、なんだか朝から調子が悪くてさあ。妻を病院に連れて行ったり、買い物に行ったりとしたものの、午後はぐったりと寝る。全身がだるくて、ともかく眠い。それでもなんとか取材には行ったけどね。なんか、おかしな風邪でももらったみたい。とほほ。


2003.04.20
自宅で焼酎お湯割り。
この五年で日本の犯罪発生数は1.5倍になり、単純計算では国民の四十三人に一人が犯罪に巻き込まれているらしい。すると、知り合いに一人くらいは犯罪に巻き込まれているというわけだ。ヤな世の中だなあ。妻は息子を連れて散歩したり郵便局にいったりしてるから、引ったくりには気をつけろ、万一の時は金はすぐにあきらめろ、と言ってある。
かつての日本は、美しい四季と治安の良さを誇っていたが、それが技術力、経済力と来て、今や何も誇るものがなくなってしまったのだなあ。こういう国に対する怒りというものは、きっと誰の胸にもあるんだろうと思う。


2003.04.19
自宅で焼酎。
ようやっとETCが設定されたので、どりゃ、初体験とばかりに妻子を乗せて勇んで木場インターに突入したら、おろろ、なんということだ、ゲートが開かない。説明ではパカーっとゲートが開いて、するするっと通過できるはずなのに、自動改札のように閉まったままだ。係員を呼んで説明したら「まあ、そちらの機械がおかしいか、こっちのゲートがおかしいか、どっちでしょう」という、至極まっとうな返事でずっこけてしまった。
ともかくトヨタである。電話して、持ち込んだところ、あーでもない、こーでもないとやってる。結局初期不良で配線の具合がおかしかったようだ。まったくこの車、何か新しいことをやるとトラブルになる。うーん、困ったものだ。
修理後、再び勇んで木場のインターに向かったら、おお、今度はパカーっとゲートが開いたぞ。でも、別に用事があって首都高に入ったわけではないから、そのままとろとろ走って北の丸で降りて、とろとろ帰ってきたってわけさ。


2003.04.18
昨年暮れの開催がこのほか好評だったようで、引き続きの開催をメールしたところ「待ってました」「楽しみにしてた」という返事が寄せられ、この日に第二回となったのが見知らぬ街をあてもなくさすらう酔っ払いおやじの会である。参加は前回同様、親分、イズ、えーじくん、そしてさとちゃん(おやじか?)、いさわしである。
今回は、山手線なのに俺が一度も降りたことがないという理由だけで、田端に決定。もちろん当ては何もない。事前に調べることもしないし、予約などもってのほかである。待ち合わせは北口に6時半。これも適当。行ってみたら本当に北口があったので一安心。
えーじくん、いさわしは遅れるという連絡だったので、親分、イズ、さとちゃんで集合後、おもむろに田端駅前の坂道を下り出す。今日は暑かった。25度以上あったのではないか。だから早くビールが飲みたい。しかし、最初に目についた店に入ろうとしたところ、なぜかイズが反対する。ならばやめて次の店をと思ったのだが、こういう時に限って次の店が見つからないのが、懐かしのマーフィーのなんたらだわな。イズはすまなそうに「戻ろうか」と言うが、なんのなんの、さすらいのおやじの飲み歩きは、一度来た道を戻ってはならないのである。我が来し道を振り返るなど、ええい、女々しいわ。おやじたるもの、振り返ることなくまっすぐ生きるのだ。
ということでいきなり15分もの漂流のすえ、やっとこ「ひさご」という小料理屋に入る。おばばが一人でやってる小さな店で、客はカウンターに80は過ぎたであろうじいさんが一人。これが昔生き別れた親子で、最近感動の再会を果たしたというのなら「人間交差点」なのだが、そんなことはまったくなくて、しばらくしたらじいさん、そそくさと帰っていったのだった。それ以降、他の客の来る気配なし。つまりえらく景気の悪い店なのだった。
後ろを振り返らずひたひたとさすらったというのに、たどりついたのがこんな辛気くさい店だったとは。いかにも日本人のおやじの生き方そのものである。もっとも食い物はやたらにうまく、小料理屋なのに「シーチキンサラダ」などという噴飯もののメニューを発見して頼んだ俺は、しかしそのあまりの旨さに感動したのだった。もっともイズに言わせれば「家のおかずじゃん」とのことだったが、うるさい、小料理屋とはそうしたものなのだ。
さて、あみだ勝負。負けたのは、うしし、親分。支払は6000円だった。ふむ、旨いつまみを食って、ビールを飲んで、大人4人、この値段ならよろしいではないか。って、人の支払に言うことではないがね。へっへっ。それでも他に客が来ない、この辛気くささは、ああまったく田端ってのは景気の谷底のようなところだなあ。などと、人がよかれと思って暮らしている町に土足で上がり込んで暴言を吐くのも、おやじならではである。いや、俺だけか。
ちなみにイズは日曜日は9時半に起きてすぐに風呂に入り、10時半からビールを飲み始めるそうである。昼にはカップラーメンを食って、午後はそのままサッカーの練習に出かけて、夜は疲れてとっとと寝るそうだ。うーむ、健康なのか、不健康なのか、よくわからんライフスタイルだ。
「ひさご」を出たところで、頑張って仕事を終わらせたえーじくんと合流。次の店は、親分が決める番である。ところがそれがなかなか見つからない。駒込を目指そうということで親分は商店街のおばちゃんに「駒込へ行く道は」とたずねていたが、どうもおばちゃんは親切に近道を教えてくれたみたいで、おかげでさっぱり店が見つからないのだった。
かわいそうなのは、えーじくんである。俺たちが飲んで食ってるときに頑張って仕事を終わらせ、息切らせて駆けつけたというのに、ひたすら歩くだけなのだから。漂流すること15分。それでも駒込駅の近くの商店街に入ることができ、やっと飲屋街らしきコーナーを発見したのだった。
ここで親分が選んだ店が、おでん「順」である。打ち間違いではない。どっと笑え、「順」だ。「先輩の店だろう、行かないわけにはいかんよ」と強引な親分であった。
名前こそ強気さを感じさせるが、しかし、引き戸を開けて中に入ったらば「順」はやはりおばばが一人でやってる店で、カウンターには商店会仲間の中年親父が一人で座っている。そしてこの商店会親父も、俺たちが店に入ったら、やれやれとばかりにそそくさと荷物を畳んで店を出ていったのだった。それ以降、他の客の来る気配なし。つまり「ひさご」同様、えらく景気の悪い店なのだった。まったく田端に続いて駒込も辛気くさいことよ。景気の谷底をやっと過ぎたと思ったら次の谷底が待ちかまえていたようなものだ。
ここではおでんを食い、日本酒とビールを飲む。おでんの厚揚げに異常な執念を燃やすえーじくんは、わき目もふらず、さっさと厚揚げをかっさらったのだった。お前はきつねか。あ、それは油揚げか。
この店の支払は、勝負で負けたイズ。1万1千円。中身の割に高いぞ「順」。こういうところは強気で押すなあ。イズがちょっとかわいそうなので、みんなで多少のカンパをしたのだった。
この時点で親分が「いかんいかん、次は他の客がいるような店にしよう、あまりに暗い、狭い、辛気くさい」と切れる。確かに。そこで次の店を決めるイズがあちこち走り回って見つけたのが、焼き鳥「呑舟」である。満席だったのだが、詰めてもらい、なんとか席を作ったというような、この状況では最高の環境の店である。店内は活気があふれていて、いかにも駅前の飲み屋だ。よいよい、なかなかよい。
そう思ったのも束の間。注文を取りに来たおばばに、我々一同、思い切り負けてしまったのだった。このおばば、こわい。「なにすんの、ホッピー? ホッピー、いくつ? それから? ウーロン? 茶だけ?」と、攻める攻める。つまみも「なに? 皮? 何本? あとは?」と、まるで調子に乗ったときのボブ・サップのような攻めだった。なにしろ一番驚いたのが「本日のおすすめ」と書かれたメニューが飛んできたことである。「あいよっ」とかいう言葉も何もなく、いきなりおばばが投げて寄越したのだった。
このおばばの迫力を前に、俺たちはびびるびびる。イズが「かつおを食いたい」と言うが、メニューには品切れとなっているのを見て「あわわわ、ないない、ないない」とうろたえる有り様であった。そういうおそろしいおばばが仕切る店ゆえ、問題はいつ逃げ出すかというタイミングにあった。という見解になった瞬間、おばばは勤務時間を終えたのだろう、さっさと着替えを済ませて「皆さん、どうぞ、ごゆっくり」と満面の笑みを浮かべ、腰を折って挨拶して帰ったではないか。やれやれ。このおばば、少なくともマクドナルドには向いていないわなあ。
ここで、いさわしから電話が入って、こっちへ向かっているとのこと。ならば精算して駅まで迎えに行くべ、ということになり、勝負。げっ、負けたのは俺。支払は6000なんぼ。あらま、えらく安いじゃん。助かったなあ。
駒込駅の東口改札で、無事にいさわしと合流。しかし、君も根性あるというか、付き合いが良いというか、よく来てくれたよねえ。っと、店を決めなければならない。今度は俺の番だ。親分は「カラオケに行きたい」というので、しょうがない、カラオケにするかなあ。そこで俺が見つけたのが、駒込駅のガード下、どうでもいいように世をすねた店ばかりが集まっている飲屋街にある「カラオケ ポニー」という店だった。
ところが親分が「待て待て、あの店はヤバイ。俺が見てくる」といって偵察に。外から中を覗いた途端、親分は両手でバッテンを作りながら走って逃げてきたのだった。聞けば、ばばあ一人の店で、商店会のおばばたちが集まって演歌を歌っている」とのこと。まさしく辛気くささのとどめのような店だった。
結局コンビニの店員に聞いて、駅の反対側にあるカラオケボックス「歌声広場」に決定。俺が店を決める番なのでフロントで申し込んだら「前金です」と言われて、あわてて払ってしまった。んあー。なんだなんだ。
カラオケボックスでは、普通のカラオケボックスとして過ごす。途中、えーじくんが帰る。ごめんねえ、疲れたみたいだねえ。また飲もうねえ。
結局最終的に4軒を漂流。帰りは山手線の最終ということになった。はああ、疲れたなあ。けど面白かったなあ。次回は夏に。場所は未定だけれど、大森、大井町、目白といったところが候補に挙がっている。まあ、いいや、また俺が適当に決めて適当に仕切ります。んーと、 中目黒というのもおもれいかも。あるいは白金に潜入して、シロガネーゼとやらの気分でも味わうか。いずれにせよ、次回こそ、岐部さん、ぜひご参加を。お待ちしています。
あ、いさわしの写真、撮り忘れた。ごめんねえ。


2003.04.17
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
やっとこさETCの取り付けが終わった。機械の品不足というのがトヨタの説明。あれだけETCを取り付けろとあおっておきながら、無様な話である。で、いざ割引を利用しようと思ったら、ネットで申し込んで一週間後に郵送でパスワードが届くのを待たなければならないという。あれだけETCを取り付けろとあおっておきながら、腰の砕ける話である。


2003.04.16
打ち合わせ1、原稿、自宅で焼酎お湯割り。
老害ギタリスト・中川イサとのオレ様化がさらに進む。岸辺真朗というギタリストのBBSに、ちょっと辛口のライブ感想が書き込まれ、それに対して岸辺真朗は「貴重なご意見ありがとうございます、次回はもっと頑張ります」と誠実に答えた。つまりとても健全なやりとりがあった。
ところがそれを横目で見つけたオレ様は、自分のページで「心ない聴衆の書き込みを発見」とレポート。触発された熱狂的ファンが、岸辺真朗擁護の書き込みをしたりして、まあ、こいつらもとことんアホなのだが、まったくオレ様にはまいったものだ。
オレ様のギター音楽が聴きたければ、オレ様の人生をよーく理解し、心してかかるように。それができてこそ真のリスナーであるぞよ。オレ様のページを見ると、トークコーナーには本当にそういう内容のことを書いてあるのだ。
ライブでは、薄汚いジーンズにTシャツだったので、「いいトシをした大人が、金をもらって他人様の前で演奏するのに、なんつー格好なんだろう」とあきれたものだが、それさえも「エンターテイメントなんてオレ様の音楽には必要ない」と言い切っている。
あ、あの、そういうことではなくて、常識ある大人として人前に立つ格好ではない、ということなんですけど。無理して返すなら、エンターテイメントとは正反対の立ち位置にあるクラシック界の人々は、それはそれは端正な服装、作法で舞台に臨まれていますけど。
まあそれは枝葉末節で、一番大きなことは、オレ様の音楽が手癖だらけのワンパターンで、演奏技術も年々落ちてきているということだ。はっきりいって新しいアルバムなど、聴くに値しない。たぶん俺はもう聴くことはないだろうな。さらば、オレ様。90年代前半までのあんたの音楽はよかったよ。


2003.04.15
飯田橋の、ゆらりだか、ぶらりだか、ひらりだか、なんかそういう名前の店で日本酒浴びるほど。
冬に戻ったかのような冷たい雨が降る中、日帰りで高崎へ取材に行く。高崎と言えば群馬である。群馬と言えば、上毛カルタである。
アラブにとってのハムラビ法典のように、アトムにとっての天馬博士のように、上毛カルタは群馬県人のDNAそのものである。群馬県人ならば老若男女を問わず誰もが上毛カルタに精通し、群馬県人以外は誰もがその存在すら知らない。年号が日本人以外にはまったく意味を持たないのと同じようなものか。
例えば「つ」の札をめくると「鶴舞う形の群馬県」とある。なるほど、群馬県は鶴が舞うような形に見えなくもない。問題は、だからどうしたという突っ込みに何も答えてくれないことだ。
「秋葉原には喫茶店が少ない」と言われれば、そうか、疲れても休めないなら買い物は体調のいいときにしよう、と思考できる。だが「群馬県は鶴が舞うような形をしている」と言われても、ははあ、そうですか、以外に発展しようがないのだ。
などということを考えつつ取材を終える。高崎駅東口。ぜひともキャトちゃんのラーメン屋「馬出屋」に寄りたいと思っていたのだが、どうしても時間の調整がつかず断念。うーん、仕事だと自分の都合だけで動くのは、なかなか難しくてなあ。ごめん、キャトちゃん。またいずれ、ぜひ。
東京駅に戻ったその足で飯田橋へ行き、飲む。同席した順に、コマガタくん、イームラくん、カナウチおじさん、オザキくん。途中、イームラくんが煙草もカバンも置きっぱなしにしたまま姿をくらます。なんだなんだ、どうしたんだ。世をはかなんだか。そういえば最近ちょっと様子がおかしいと思ってた。他人の幸福は自分の不幸。いくら人の結婚がニクイからって。ともかく一同騒然。携帯も通じない。捜索は若いコマガタくんとオザキくんに任せ、 カナウチおじさんと俺は家が同じ方向なので一緒に駅へ向かう。
と、有楽町線の階段でオザキくんより発見したとの電話。「いましたいました、本社にいました」。まったくお騒がせな。あ、そうそう、カナウチさん、住所のメールくださいね。すんません。


2003.04.14
自宅で焼酎お湯割り。
しょうがねえなあと思いつつ、ヤマハに問い合わせのメールを出したら、思った以上にクイック&フレンドリーな回答。そういや学生時代の俺はヤマハに就職したいと思っていたっけなあ。
それはともかく、ヤマハの回答どおりにやったら、なんとちゃんとできた。驚いたことに、その方法というのは、俺が既に何度も試して、最初から試して、ずっと試した方法、そのものだった。メールの回答が来たとたんにできるようになるってんだから、いやはやなんとも。とほほのほ。
ともかくこれでDTM環境が完成。ふふふ、風組リターンズか? ふふふ。


2003.04.13
自宅で焼酎お湯割り。
夏のような好天。朝から若洲海浜公園へ行き、公園を転げ回る。昼前には退散。こういうのは午前中で済ませるのが楽でいいよ。
その足で、都知事選に投票。今回はやるだけ意味なしの選挙だけれどね。近々区長の選挙があるので、なんとかして現職をたたき落としてやりたいとは思っているのだが。


2003.04.12
自宅で焼酎お湯割り。
首をひねってミキサーの設定と格闘しても、まったくよーわからん。放り投げる。駿河台の三省堂へ家族でいって、絵本を買う。その後、四谷のジョナサンで食事。ファミレス系ではジョナサンが一番食材に気を使っていると知ってからは、なるべくジョナサンにするようにしている。


2003.04.11
甚八で日本酒、自宅で焼酎お湯割り。
最近はヒマだもんで、本日は秋葉原のLAOX楽器館までギターの弦を買いに行った。そこで魔が差してしまったんだよなあ。ミキサーが欲しくなってしまったんだよう。
少しは冷静さが働いて、同じものを買うならビックカメラだと有楽町に移動したあたりはほめてもらって良いけれど、でも、大枚2万5千円も払って(うう、なんたる無駄遣い、なんたる道楽)ヤマハのUW500というミキサーを買ったのに、設定が難しくてまだ使えていないの。この父ちゃんはダメ父ちゃんだ。
間の悪いことに設定で四苦八苦しているところに、ぺいちゃんから「ヒマそうじゃん」という電話が入ったのだ。そりゃあ「今はパソコンの周辺機器の設定で忙しいのっ」と見栄を張るしかないじゃん。
ぺいちゃんと言えば、今思い出した、アニエス・ベーって「何すんだ、ぺー」に似ていると思いますけど、どよ。


2003.04.10
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
最近はヒマだもんで、割と家にいることが多い。本当はこの時間を利用してたまった本を読むとか、営業活動に励むとか、しなければいけないのだが、ついつい子供と遊んでしまう。本当は将来を考えてこんなことではいけないのだがねえ。
それはともかく、平日の昼間っから子供とうろうろしているものだから、知っているお母さんたちは平気でも、知らない人たちからはかなり不審がられているようだ。妻には「亡くなった前の奥さんの保険金で生活していると言え」と言ってある。最近ではマンションの管理人のタカハシさんが「ちょっとちょっと」と手招きするので、なんだろうとたずねたら「一度訊きたいと思っていたんだけど、最近、春休み?」と言われてしまった。ぎゃふん。「失業したの?」と訊かれなかっただけ、気を遣ってもらったということか。


2003.04.09
原稿、甚八で日本酒、自宅で焼酎お湯割り。
前夜の救急病院で言われたのが、耳垢が一杯だから取ってもらうように、ということだった。半年前にごっそり取ったのだが、すぐにたまるもんだなあ。早速ちょっと離れた耳鼻科へ行って、処理。砂町耳鼻科というのだが、なめほど評判がいいだけあって混んでいる。でも、そんな混雑もなんのその、てきぱきとこなしていく処理速度には感動した。
午後は落ちついていたが、夕刻になって再び発熱。38度を超えたので、あわててあサひクリニックへ。けれど、どこも悪いところはないし、機嫌もいいので、問題はないだろうとのことだった。うーん、子供の熱ってのは、 まったくやっかいだよ。


2003.04.08
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
アライ歯科へ行く。最初に行ってから10カ月がたち、裏に予約を記入する診察券もとうとう2枚目だ。受付でそのことを指摘し、2枚目になったから何かちょうだいと言ったら「そうですねえ、じゃあ、歯ブラシカバーでも」と、本当にくれた。いやあ、言ってみるもんだなあ。言ってみるついでに、嫁さんと息子の分もちょうだいと言ったら「じゃあ、色違いにしましょうね」とまた本当にくれた。歯医者でものをせびる人間も、珍しいと思う。我ながら。
夜、息子は早く寝てくれたのだが、すぐに起きて、なぜか知らないが1時間ほど文字通り七転八倒の激しい泣き方をした。昼、38度の熱があったこともあり、もしや急な炎症でも、あるいは急性中耳炎でも、と心配になり、10時を過ぎてから江東区の夜間こどもクリニックへかけつける。
ぼろぼろ涙を流し、絶叫していたのが、車に乗ったとたんけろっと元気に。な、なんなんだ。まあ、それでも心配だからと医者に見せた(ちなみに江東区の夜間こどもクリニックはとても素晴らしい設備なので、非常に頼りになる。ドクターたちの対応もエクセレント)。喉が赤いので風邪だろうけれど、他はまったく心配なし、ということで一安心だった。一応薬をもらって帰る(相反して、隣接する調剤薬局は最低。どれだけ最低か書くのも面倒だから一例にしておくが、薬剤師が薬を見つけられずに「先生、どこでしょう」と電話して聞いているのだ)。
まったく夜中近くになって車を走らせて子供を病院に連れて行くのは、本当に心臓に悪い。けろっとして結局なんともなかったとわかると、本当にホッとするのだった。もちろんこっちは夫婦そろってぐったりなのだが。


2003.04.07
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
請求書を出しに行ったら、サノくんがいて「見ましたよう、日記」と笑っていた。「あれを見て突っ込んできたのはコマガタさんだけでしたよう」とホッとした顔。そうか、コマガタくん、なかなか大人の態度である。
関係ないけど、カメラのボロボおじさんから「サカイさんは元鉄道オタクだぞ」というご注進メールがきた。うーむ、そうだったか。そういうボロボおじさんはミポリンオタク、略してリンタクである。もっと略してリンタ。


2003.04.06
自宅で焼酎お湯割り。
息子は最近チャイルドシートを嫌がって、座ろうとしない。エスティマに替えてからは3列目シートに座って、チャイルドシートには近づこうとしないのだ。まあ、あんなもの、窮屈に決まってるわなあ。しかし放っておくわけにもいかないので、前のゴルフ用にと買って一度も使わなかったISOFIXのチャイルドシートに交換してみた。そうしたら、物珍しさもあってか、とりあえずは大人しく乗ってくれた。しばらくはこれで行こう。
そんな状態で、秋葉原の交通博物館に行ってみる。予想はしていたが、これほどとは。何がって、鉄道オタク略して鉄オくんである。家族連れがほとんどなのだが、父ちゃんが鉄オくんで、子供に今から仕込んでおこうという魂胆が見え見え。オタクの特徴として世界観の狭さがあるが、シミュレーターのコーナーなんかすごくて、完全に自分の世界に入っている鉄オくんばかり。だもんで、うちの子供が自分もやりたくて大声で泣いているというのに、少しもひるむどころか、完全に無視。ちょっとびっくりしてしまった。
いや、別に子供に譲れというのではなくてですね、隣で子供が大声でわめいているのに、平然とカップルでパンタグラフの動かし方を研究している、その姿に何とも言えない空気を感じてしまったのですよ。
1時間で逃げ出したけど、交通博物館、恐るべしである。虎の穴ならぬ、鉄の穴だな、ありゃ。二度と行かないよーだ。


2003.04.05
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
微熱があったので、例のとおり、あサひクリニックへ。ドアを開けたとたん、受付のおばさんが「あら、咲杜君、おはよう」と言ってくれる。こういうクリニックが近くにあるのは、とても心強いことだと思うぞ。
午後、置き薬屋のサカイさんがやってくる。時々、この日記を見ているらしい。この人の話は、とにかくいつでもすごく面白い。30分や1時間はあっと言うまだ。中学、高校と地元の練馬で徹底的にワルやって、今は真面目な営業マン。とにかく話していて本当に楽しい人なのだ。この人と話していると、なんて言うか、目の前の細かなことや将来のことでうじうじしている自分が情けなくなって、「大丈夫、なんとかなるべ」という元気がわいてくる。とても貴重な人だ。
夜は闘龍門。いやあ、相変わらず面白かった。こういうプロレスって、やっぱりいいなあ。


2003.04.04
取材1、原稿、池袋の料亭でビール、潮見の居酒屋・甚八で日本酒、自宅で焼酎お湯割り。
取材後、インタビュー先を含めてお疲れさんのビールを飲みに行く。計4名。うち2名が60代で1名が50代、俺だけが40代という構成。あらゆる集まりで俺が最年少なんていうのは、親戚関係を除けば、えらく久しぶりだ。
雑司ヶ谷近辺でビールを飲んだ後は(お天気自動販売機はこの辺ではなかった。本日DVDがアマゾンから届いたけどね)、解散。有楽町線で帰る。
あちこちの駅で目立ったのが、真新しいスーツを着て、大きな荷物を右手に、携帯電話を左手に持っている若者たち。なるほど、今日は金曜日。入社後の合宿研修が終わって帰るところか。携帯で番号やアドレスを記録するわけだ。
若者たち、頑張れよ。22年前、俺もそうだったなあ(留年していたからね)。22年後、俺の子どもたちが同じ状況にいるわけで、よろしく頼むよね。桜は少しずつ散り始めた。明日は大雨。これでみんな散っていくのだろう。


2003.04.03
原稿、潮見の居酒屋・甚八で日本酒、自宅で焼酎お湯割り。
有り難いことにこのマンションでは奥さんコミュニケーションが非常によくて、妻も多くの奥さん友達と仲良くさせてもらっている。踏み込まず、離れず、ちょうどいい距離感を、お互いが意識しながら保っている関係だ。
本日はそうしたお母さんたちが集会所に集まって、リトミックダンスの新しいクラスのスタート。もちろん俺は行かなかったのだが、妻の話では、息子は想像以上に楽しんでいたとのこと。そうかそうか。リトミックって、要は踊るやつだろ? 楽しんでくれたなら、それはそればよかったなあと思うのだった。
桜がほぼ満開。首都高都心環状線、内回りの千代田トンネルを抜けた瞬間、右手に見えるシーンは毎年のことながら絶品だと思う。皇居のお堀の上に咲き誇る、煙が漂うような桜たちと、その下にふらふら浮かんでいる幾艘かのボート。渋滞していても、見えるのはわずか数十秒。スムーズに流れていれば数秒だ。一年に一度きりの贅沢な数秒であり、一年に一度だけ渋滞を願う場所でもある。今年もこの桜を見ることができたと嬉しくなるのも、一年に一度のことだ。


2003.04.02
打ち合わせ1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
息子にいじられ、投げ飛ばされ、踏みつけられ、叩きつけられたメガネが、とうとう限界に達して、全体にがたがたするようになってしまった。やむなく木場のイトーヨーカドーに行き、新しいメガネを作る。がたがでしょう?とかけているメガネを差し出したら、店員は「ははあ、そうですねえ」と呆れていた。
新しいメガネは、レンズが3万にフレームが2万。消費税を入れて計5万2500円と、非常に痛い出費であった。自分の子供のしでかしたことだから誰にも文句を言えないのがつらいところである。
しかし、メガネ業界の流通は暗黒大陸と言われるが、確かになぜこんなものが5万もするのか、不思議でならない。聞くところでは粗利が9割というから、4万5000円が店の儲けになっているのか。安売りショップでもよかったのだが、しかし、直接目にかかるものだし、変なもので目に負荷をかけてはいかんという気もあって、結局高い金を払ってしまったのだった。
幸いまだ老眼にはなっていない。白内障のケはあるが。この一年で結局3つ、新しいメガネを作ったことになるなあ。あーあ。


2003.04.01
久しぶりに新宿・すがわらで寿司。たらふく飲んで、酔っぱらう。
桜が満開間近だ。帰りのタクシーから見た夜桜は、とてもきれいだった。うえっぷ。


2003.03.31
打ち合わせ1、原稿、自宅で焼酎お湯割り。
年度末。ただ月曜ということもあって、この日に入社する新入社員も多いらしく、電車の中にはそれらしき集団が目についた。新人というのは一目でわかるから、面白い。たぶん本人たちはいっぱしの社会人のつもりで溶け込んでいると思っているのだろうが、スーツ姿も浮いていて、ほほえましい。今年22歳ということは、1980年、昭和55年生まれか。なんと俺が社会人になった年ではないか。うーん。ちょっとめまいがしてきたぞ。
桜の季節。週末は少し冷え込んだが、今日の陽気で一気に一面が明るくなった。明日か明後日には満開だろう。いよいよ4月だ。
「手紙」東野圭吾・毎日新聞社
兄が衝動的に犯した強盗殺人事件。その動機は、自分の学費を工面するためだった。そのことを知った弟は、以来、殺人者の弟というレッテルのもと、差別と偏見にさらされた人生を歩んでいく---。という話です。えれえ重い話です。キーになっているのは、兄が刑務所から送り続ける手紙。どんでん返しもなく、驚きもない話ですが、泣かせますね。路線としては「秘密」「白夜行」あたり。岐部さん、これは行けるのではないでしょうか。一度は見捨てられた東野圭吾(俺にだけど)。心を入れ替えて頑張ったのか、復活の兆しがある。聞けば夜の銀座で浮かれているらしいが、そんなバカはやめて、とっとと小説に戻りたまへ。


2003.03.30
自宅で焼酎お湯割り。
ここのところ本が読めなくて(子供と遊んでるほうが楽しいからね)、ずいぶんたまってしまったなあ。もっといろいろ読みたいなあ。今読んでる東野圭吾の新刊、途中までだけどかなりいいぞ。岐部さん、読んでます?
岐部さんと言えばウエストだけど、88センチ? わははは。俺は88センチをはくと、ゆるいです(一応持ってるところが言い訳できないけれど)。でも、86センチだとちょっときついてです。とほほ。いい勝負ですなあ。わはは。


2003.03.29
妻の実家に行く。春。いとこのあやちゃんも来ていて、そりゃもう大騒ぎ。今度ここに来る頃は咲杜も2歳になってるね。
2003.03.28
取材1、原稿、自宅で焼酎お湯割り。
くまのプーさんって、ディズニーのキャラクターじゃないって、知ってました? あれは別に原作者がいて、ディズニーが著作権料を払って使わせてもらっているのです。でも、金に関しては世界一シビアなディズニーが、他人様に大人しく金を払うわけがありません。当然、ちょろまかします。そして、そのごまかしが発覚したから、さあ大変。現在裁判中。来年あたりには決着が付くのではないでしょうか。
って、今日はウルグアイ戦だった。あとでビデオ見ようっと。
見た。いやあ、面白いなあ、あの4バック。秋田、森岡、名良橋って恐い顔が3人そろっていて、ちょっとびびったところで隣を見たら人の善さそうな出っ歯がいると。この絶妙のバランス! 川口(笑)がずっこけたのも、思わず吹き出したからに違いないね。この4バックは武器になるぞ。って味方に武器になってどうする。
ということは置いて、前半、素晴らしかったですねえ。小野と中村が素晴らしく効いていて、大人になった稲本がちゃんと下の方でまじめに働いて、中田もさすがにバランスをうまくとっていて。素晴らしいチームだなあ、と感心。見ているだけで幸せな気分にさせてくれるチームだった。あとはこれで松田がケガから復帰すれば、ベストだろう。
問題は、川口(笑)ということではなくて、鈴木が口を開けていることでもなくて、やっぱりキーパーか。ぼちぼち曽ケ端を本格的に育てた方がいい。今から経験を積ませておけば、素晴らしい武器になるぞ。
ところで途中で出てきた、あのくろべえっての、誰だ? くろべえ、髪は染めない方がいいと思うぞ。くろべえなんだし。気をつけないと鈴木とかぶってしまうぞ。くろべえ。


2003.03.27
自宅で焼酎お湯割り。
今では当然のことのように主婦も全員が携帯電話を持っている。それで何をするかというと、お互いメールで連絡を取り合っているのだ。なるほど、授乳中か、お昼寝中か、鍋を火に掛けていないか、おしめの交換中か、などと気を回すことなく簡単に連絡が取れるから、これは便利らしい。納得。


2003.03.26
取材1、自宅で焼酎お湯割り。
自国の兵士が捕虜になったり殺されたりすることに対する連中の大仰な嘆き方は、ならば手前らがばかすか落としたミサイルの下でその何百、何千倍もの人間が焼かれようとしていることさえ知らなかったのか、と突っ込みたくなるほどだ。穏健派とされる国防長官でさえ「これが戦争だ」という間の抜けたコメントを発するあたり、本当のところはアジア人は虫けらだと思っているのだということがよくわかる。この民族差別主義者どもめが。朝日新聞あたりが言う文明の衝突などといったきれい事ではないのだ。単なる想像力の欠如という見方もできるだろうが、恐らくは、自国民、特にWASP1人の命はアジア人全体の命より尊いと思っているのだ。大統領からメディアから道ばたで拳を上げているガキに至るまで、度し難い感覚のものどもが揃った国である。もう20世紀は終わったことを受け入れて欲しいものだが、期待するだけ無駄というものか。いい加減「イマジン」の幻想からは抜け出せよなあ。かくして史上最低の戦争は、短期決戦の予想も外れつつあり、ひょっとしたらいつか来た道、ベトナムの道へと進みかねない。そんな国の映画の祭りで賞をもらったからって舞い上がるなよ、三鷹の税金泥棒。


2003.03.25
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
そのケーブルテレビの点検というのが午後にやってきて、相手をした妻によれば「何しに来たんだろう」という程度のことだったらしい。ちゃんと映っているテレビを見て「問題ありませんね、ところでインターネットはいりませんか」と言っただけだから。不思議な仕事をするもんだなあ。
その前、朝から歯医者へ。親不知を抜いたのだ。痛くはないのだが、変な生え方をしていて将来的に不都合が起きる可能性があるので、できれば抜いた方がいいということだったので、抜糸したのだ。ところがびっくり。レントゲンを見たら、親不知の下にまた親不知があるという。親不知の二段重ねなのだ。「非常に珍しい例ですね」と、アらイ歯科クリニックもびっくり。人より親不知の数が多いなんて、なんだか自慢したくなったぞ。 と、直後にあったタマダ氏に伝えたら、あきれられてしまったが。
本日は雨。ちょっと肌寒い。三寒四温とはよく言ったもので、こうしてだんだんと春は足を速めていく。昔、土屋耕一氏がサンヨーコートのために書いたコピーに「春は三日に一度雨が降ります」というのがあったなあ。このシズル感たっぷりのつやっぽい言い方が、とても土屋氏らしくて、感激したものだった。


2003.03.24
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
結局ETCをつけることにした。流行りものに弱いわけではないが、なにしろハイウェイカードの割引がなくなっちゃうというのだから、しょうがない。防衛のためである。まったくひどい話だよ。自動車業界の差し金がモロ見えだ。
ディーラーに頼んだのだけれど、ところが機械が品不足で時間がかかるんだって。んがあ。何から何までちぐはぐだあ。
ちぐはぐと言えば、ケーブルテレビ局が、何を思ったか突然セットトップボックスの無料点検に来ると言いだした。「定期的な点検をいたします」って、今まで一度も点検なんかしてないだろ。「無料で行います」って、頼んでもいないのに当然だろうが。恩着せがましく言うなよなあ。
書面をよく読んだら、やたらとインターネットという言葉が出てくる。なんだ、点検にかこつけて「ブロードバンドに加入しませんか、今ならちょちょいとセッティングしちゃいますので」という腹じゃないか。アホらし。
ということで、うざいからずっと放ってあったのだが、毎日のように「点検します」「点検します」「返事はまだですか」「いつがいいですか」「早く早く」とチラシが投げ込まれていて、とうとう根負け。明日やって来ることになった。しょうがない、といろいろ見たら、あらら、リモコンが動かないじゃん。これを修理させよう。なにしろ無料だし。(電池切れ、というオチか?)
「新潮45」4月号
世田谷一家惨殺事件の真犯人を追求する連載の最終回。うーむ、驚愕の事実だ。しかし、ここまで証拠がはっきりと上げられているというのに、なぜこのレポートはメディアの間で笑いものにされているのだろう。よくわかんないなあ。
「日経ビジネス」
一応毎週読んでいるんだけど、めんどくさくて書かない。たまには感想でも。えーと、ワタミフーズの社長が40歳前半にして学校の理事長になって教育にかける夢を追い求める、だと。うーむ、人が成功した話を読んでも、悔しいだけだ。かといって人が落ちていく話は、人ごとではなくて暗くなってしまうし。うーむうーむ。


2003.03.23
甚八で日本酒、自宅で焼酎お湯割り。
つーわけで夜中までかかって仕事を片づけたので、今日は朝から船橋のアンデルセン公園へ。なんだ、そりゃ、アンデルセンて。そう、わたくしもネットで見つけたときはそう思いました。しかし妙に評判がいいので、どれどれと出かけてみたわけですが、あーた、これが素晴らしい公園で。あ、有料だけど。広々ときれいな芝生が広がっていて、アスレチック用具も充実で。息子はそりゃもう大喜び、父ちゃんはついていくのにひいひいぜえぜえ。なんでここがアンデルセンなのか、とうとう最後までわからなかったけれど、ともかく楽しい場所でありました。ふう、三連休最後の一日、父ちゃんらしいことができました。


2003.03.22
終日原稿、自宅で焼酎お湯割り。
前日とはうってかわって、仕事場にこもって朝から夜中まで原稿。外に出たのは、ゴミを捨てにいった時だけ。息子の世話は母ちゃんに任せる。すまぬ、母ちゃん。明日は三連休の最終日。思い切り家族サービスだ。おっし。


2003.03.21
潮見・華の舞でビールと日本酒。
お彼岸。突然に思い立ち、家族で千葉のマザー牧場へ。アクアラインを通って(驚くことに渋滞していた)、到着。関係ないけど、ぼちぼちETCも必要かなあ。悔しいけど。
昼過ぎに到着。マザー牧場なんて、20年ぶりか? いやあ、これが面白くてねえ。息子は羊に触ったり、馬に触ったりして、大はしゃぎ。父ちゃんと母ちゃんは坂道を登ってひいひいぜえぜえ。昼ご飯はバーベキュー。ああ、楽しかった。予想以上に面白い場所だったよ。また行くことに決めた。今度はお弁当を持っていこうっと。
帰ってから、晩ご飯を作るのは大変なで、潮見・華の舞へ。ところが咲杜が暴れて醤油の瓶をひっくり返して、俺のコートとカバンが醤油まみれ。くっせー。なにするんだ、このやろ、とほほほと咲杜にすごんだら「とほほ」を真似されてしまった。
そんなこんなで疲れてぐったりと眠る。いやあ、いい運動だった。


2003.03.20
終日原稿、自宅で焼酎お湯割り。
ふう、朝からずっと仕事部屋にこもって原稿。一日中タイピングしていると、さすがにぐったり来る。外へ出たのは、郵便受けのチェックだけ。


2003.03.19
取材1、自宅で焼酎お湯割り。
サノくんが言う。「いやあ、XXXは実はXXXだったんですよう」。ふふーん、そうなの。そういうこと言うと、日記に書いちゃうんだけど。「えっ、日記ってなんスか」。えっ、日記、知らないの。見てみ。「どれどれ。おりょっ。これはマズイ。非常にマズイ。どうか書かないでください」。ふふふ、それはチミの態度次第だねえ、サノくん。「お願いしますお願いします」。ふふふ、ほとんど圧力団体だねえ、俺。
「週刊文春」
大手二社(キューピーと味の素?)のマヨネーズから、Q熱発見。かなりの割合で汚染されているらしい。卵はずいぶん前にイセ食品に変えた。これからはマヨネーズも食えないのか。なお、卵については実は非常に危険な状況になっているので、気をつけた方がよい。ヨード卵は口にしてはいけません。


2003.03.18 原稿、自宅で焼酎お湯割り。
あと48時間で戦争である。しかし、何度考えてもわからないのだが、なぜアメリカはイラクを攻撃するのだろう。9.11の復讐としても、アルカイダとイラクが結びついているっていう証拠はないし、大量破壊兵器への対処ったって世界一大量破壊兵器を持っているのは当のアメリカだし(日垣隆によれば)。どう推測しても、結局はアメリカの肥大した自尊心(俺様は世界の警察だ)と、ブッシュの石油利権狙いだろうなあ。
と、ここまで書いて気づいたが、肥大化した自尊心によるオレ様って、ギタリストの中川イさトと同じではないか。いやあ、先日のライブの感想を書き込んだファンに対して、中川さん、切れちゃって激怒の書き込み。中川さんのことなど少しも非難していないのに、自分を持ち上げてくれなかったから、というだけでの激怒だ。しかも、そこが自分のサイトではなくて同業のギタリストの掲示板っていうもんだから、老害もここまでくると哀れだ、という空気が漂っているのだった。俺も、オレ様にならないように気をつけようっと。


2003.03.17
取材1、自宅で焼酎お湯割り。
仕事で甲府へ行く。このあたりから茅野を経て松本にかけては、けっこう好きな土地だ。向こうに山が見え、ながらかな稜線が広がり、空が優しく降りてくる。なんとなく俺のイメージするギター音楽の光景が、ここには広がっているのだ。
しかし、今日は寒かったなあ。一緒にいったタマダ氏は、取材先に傘を忘れる。わはははと笑った俺も、気が付いたら一緒に傘を忘れていたよ。とほほほ。せっかく甲府までいったのだから、ゆっくりとうまいものでも食いたかったなあ。
「AERA」
はあ、また戦争かよ。まったくアメリカってやつは。
「独立して成功する!「超」仕事術」晴山陽一・ちくま新書
50歳にして会社を辞めて自営業に踏み切ったおっさんの話を読んでいると、既に独立して15年の俺はなんだか元気が出てくるような、15年もたってこれかよと落ち込むような。とほほ。


2003.03.16
自宅で焼酎お湯割り。
日曜の遅い朝ごはんを食べ終わった頃に、NTT(の下請けの下請けぐらい。たぶん)がやって来た。ようやっと工事が終わったらしい。室内のモデムの親玉を交換して終了。ダイヤルアップから解放され、つなぎっぱなしの光回線に戻れた。ふう。だもんで、今から通常に復帰です。


2003.03.15
原稿。自宅で焼酎お湯割り。
納車3日目にバッテリーの上がったエスティマが、昼近くになってディーラーから戻ってきた。営業担当の弁明に寄れば「原因不明です。すんまへ。バッテリーは交換しました。すんまへ。とりあえず乗ってみてください。すんまへ。何かあったら電話ください。すんまへ」という頼りないものであった。
まあいいや。ということで、昼から慣らし運転を兼ねてドライブ。ったって、たいしたところへ行くわけでもなくて、東関道が走りやすいからとろとろ運転していたらついつい潮来まで行っちゃってね。
ついでだから柳沢の小僧のツラでも見てやるかとカシマスタジアムまで行ったのだが、誰もいなくて寒々しい風が吹いているばかりだった。ひゅるるるる。
その後、潮来の道の駅で食事。信じられないことに鹿嶋市にはファミレスが見つからなかったのだ。帰りに、ついでだから成田空港によって飛行機を眺めたのであった。エスティマは一応快調に走っとりま。
しかし、あれだな、カーナビってのは、おもれえな。道案内をさせて、わざわざ指示と違う道を行くと、とたんに混乱するの。かっかっかっ、ばーか。おっと、子供の前では言葉遣いに気をつけなければ。高速を走ってるふりして一般道を走ったら、あり得ない道で急に曲がったものだから、びっくりしてたなあ。ひーっひっひっひ。


2003.03.14
取材2、焼酎お湯割り。
曙橋のライブハウス「Back in Town」で、中川イさト・住出勝則・岸辺真朗のライブ。始まる前にちょっと時間があったので、カメラのボロボおじさんの事務所に寄ってコーヒーを飲ませてもらった。ほとんど(というか完璧に)無料喫茶店である。おじさんは車が故障して(またかよー)修理中で、電車で移動しているらしい。「電車って速いよー」と感心していた。まるっきり田舎のおっさんである。突然押しかけてコーヒーをご馳走になっておきながら、こんなことを言う俺も俺だが。
ライブのお目当ては、岸辺真朗だ。演奏したのは「Hajimari」「夢の中で(新曲)」「題名未定(新曲)」「想い出(新曲。亡き母に捧げたという曲で、絶品)」「Octpus」「Winter-ル・ソリテリア-花」「雨降る窓辺で」「Athlete」。非常によかった。すごーく上手だった。でも、何もCDとまったく同じに演奏しなくても。ライブなんだから、ちょっとはアレンジ変えてよね。
予想以上に良かったのは、住出のおっさん。若い頃から鍛えられたステージパフォーマンスはともかくとして、そのギタースタイルは、タック・アンドレスの領域に入ってきたのではないか。びっくりした。「お座敷小唄」は絶品だったぞ。押尾コータローに並ぶテクニシャンだとわかった。
そのコータローについて、中川おやじは「押尾コータローは見た目だけですから。彼の音は粗いですから」とぬかしおった。ライブのステージで、現役ミュージシャンが同じ業界の人間をあからさまに悪く言うなんて。この一言で、たちまちにしていい気分は吹っ飛んだ。昔は大好きなギタリストだったけどな。今は音は粗いし、作る曲はどれも同じパターンの手癖ばかり。もういいや、この人。ベストアルバムまでのCDだけを聴かせてもらいます。もうこの人のライブに行くことは金輪際ないと思う。
なお、客席には見たことのあるおっさんを発見。誰だっけとよく考えたら、ギタリストの丸山ももたろうだった。今日の出演者とリンクするような人だったっけ。うーん。
帰り際、岸辺真朗をつかまえて「よかったですよ」とほめておく。岸辺真朗は「ありがとうございます」と俺に頭を下げた。これでもう、岸辺ちゃん丹後ちゃんの仲だからな。ふふふ。って、岸辺ファンがサーチエンジンかけたら、鬱陶しいか。


2003.03.13
取材1、打ち合わせ1。自宅で焼酎お湯割り。
エスティマを移動させようとしたら、うんともすんとも言わない。あれれれ、バッテリーが上がってやがる。納車3日目なのに変なの。
あれれれと言いながら、ディーラーに電話。ディーラーの営業もあれれれと言いながら、メカニックを連れてすっ飛んできた。
営業氏、首をひねりつつ「どうしてでしょう、なぜでしょう」と困った顔。結局原因不明で、一旦お持ち帰りになったのだった。納車3日目にして、泣く泣く引き離された二人だった(泣いてないけど)。
「噂の真相」4月号
SMAPの中居という人と、草薙という人は学会にはまっていて、香取という人は怪しい宗教にはまっているらしい。もっともこれは以前からよく知られていたことで、新しいネタとしては、山田花子が久本雅美の熱心な勧誘に負けて学会に入っちゃったということぐらい。
「週刊文春」
新日ドクターの富家氏の連載が読みたくて買う。2回目。今回はマジで強かったプロレスラーは誰かという話。もっともだいたいが既に知られているネタだった。喧嘩が強かったのは、やっぱり星野か、栗栖か、藤原か。外人ではマードックか。もっとも一番恐かったのは本職のギャングだったハリー・レイスという説もあったなあ。


2003.03.12
取材2、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
現在、日記のアップを休んでいるのだが、それ間もこうして書いている。書いても、今は誰も読まないわけで、なんだかむなしいが、まあ、よく書くよと自分であきれている。
新しい駐車場の契約のために、葛西の不動産屋がわざわざうちまで足を運んでくれた。すんませんねえ。「いえいえ、近くでお葬式があったので、そのついでですから」。なるほど、本当に線香くせえや。とほほほ。まあ、いいか、わざわざ来てくれたんだから。ともかく無事に契約完了。
その後、問題の造船所の駐車場について、解約のために不動産屋に電話を入れる。エスティマ、入らなかったんですよ、と言ったら「あらららら、それじゃあしょうがないなあ」とあきれた声。オーナーに金返すように交渉してみるということで、どうもオーナーが適当な奴だったらしい。さもありなん。不動産屋がいい奴で助かったわい。近所だし、もめたくないから無理しないでね、と伝える。さて、どうなることか。
いずれにせよ、これで駐車場問題は一件落着だ。


2003.03.11
自宅で焼酎お湯割り。
いよいよエスティマの納車。トヨタカローラに行き、愛車の青いワゴンを渡し、エスティマを受け取る。青いワゴンは本当に愛着たっぷり。あと3年は確実に乗るつもりだったのに、思い半ばにしての別れである。いい人にもらわれるんだぞ。
入れ替わりの新しいパートナー。インプレッションは、なんと軽くて、ゆったりなんだろう、といったところ。まさしくファミリーカーだ。今後こそ5年は乗ることになるだろう。
ところが問題は駐車場である。新しい造船所の駐車場に入れたら、案の定、入らない。5回は切り返さないと入らない。うーむ。冷や汗たらーり。ダメでもともとと、町中の別の不動産屋に飛び込んだら、知り合いの不動産屋を紹介してくれ(もちろん善意で)て、うまい具合に余裕のある駐車場が見つかった。オーナーに頼んでテストで入れさせてもらったら、初めてなのに一度で入庫。こりゃいいや。その場で借りることに決定。決定したのはいいけれど、造船所の駐車場が無駄になっちゃった。すぐに解約というわけだが、まあ、一日に全部やると疲れるので近日中に解約する予定。
はああ、まったく無駄なカネを使ってしまったわい。売上げも落ちているというのによぉ。それもこれも全部JR東が悪いのだ。ふん。
そんなわけで、余計な金がどんどん出ていっているところです。お取引先各位様、どうぞお仕事を、これ、このとおり。


2003.03.10
湯から上がり、しんしんと降り積もる雪の中を下界へ降りてきたら、春真っ盛りのいい陽気。家に着いたら、そうだった、今日からマンションのNTT工事で、光ファイバーが使えないのだった。愕然。ぶつくさ言いながらダイヤルアップに切り替える。日記の更新はいろいろと面倒だから、再開後にまとめて行うことに。しかしこの時代にネット関連の工事で1週間もかかるなんて、NTTのやることはあきれるばかり。


2003.03.09
春らしい、とてもいい天気。それが赤城高原を過ぎたあたりから粉雪が舞いだし、谷川温泉に到着した頃には、すっかり真冬の雪景色。車は麓に乗り捨てて、仙寿庵のバスに迎えに来てもらった。俺の両親、妻の両親と合流し、雪を見ながらの露天風呂。あたりはしんとして、一面の銀世界。少しは親孝行、家族孝行ができただろうか。


2003.03.08
自宅で焼酎。
実は先日、仕事の合間を縫って浦安に住む富士額ネズミの巣へこっそりと家族で行ってきたのだった。行くったって、うちから10分だからなあ。まあ、散歩みたいなものだわさ。
もちろん俺は初めてである。咲杜の方が先輩である。富士額ネズミの巣では。初めて見たこの巣は、ふえー、きれいだべー、広いべー、びっくらこいたべー、だ。まあ、春休みのせいか、平日にも関わらず人が山ほどいたのにはもっと驚いたが。
なるほど、ここのソフトは大変良くできている。感心した。しかし、言い方は悪いが、大人の男でこれが楽しいという人はいないだろうなあ。特に食事や喫茶スペースの少なさには、たいがいの男が激怒するはずだ。「これでサービス業か」と。だが、女子供向けとしては最高のソフトだと思う。なにしろ順番待ちの時間でさえ楽しめるような空気があるのだから。だから、ここにいる男は「家族の喜ぶ顔を見るのが楽しみな父ちゃん」か「彼女に喜んで欲しい兄ちゃん」のどちらかだ。男同士の客がいないのもよくわかった。
もちろん俺は家族三人で出かけられて、とても楽しかったから、また来るもんねー。昼飯はちゃんとイクスピアリで食べるもんねー。


2003.03.07
打ち合わせ1、自宅で焼酎。
あの花見は、知り合いのデザイン事務所の主催で行われたのだった。だんだん思い出してきたぞ。24時間ノンストップ花見という企画だった。うーむ、アホらしい。仕事のつきあいもあってそれに参加。どういう流れからだったか、鎌田も誘ったわけだ。それで井の頭公園。もちろん24時間もいるわけはなく、ちゃんと時間のあるうちに帰ったのだが、ひたすら寒かったのを覚えている。
「フリーライターになって稼ぐ本!」夏野清三郎・東邦出版
飯田橋にある某社に請求書を提出しにいく途中、本屋で見つけて購入。案の定、愚にも付かない内容なのだが、それをその某社で待ち時間中に堂々と読んでいるのだから、嫌みと言えば嫌みだわなあ。カナウチおじさんとサノくんとコマガタくんには大笑いされた。あ、いやいや、安くても何でもやりますよう。


2003.03.06
原稿、自宅で焼酎。
春の歌。うーん、まず「早春賦」だな。「春は名のみの」ってやつ。唱歌の名曲だ。これにそっくりなのが「知床旅情」だが、作者の森繁久弥が「知床の方が名曲だ」と胸を張ったので、あれれ、似てるってことを自分で認めてるのか、と驚いた記憶がある。(う、指先が割れててキーボード打つのが痛い!)
次はシブイぞ。かまやつ・ひろし「青春挽歌」だ。作詞・阿久悠、作曲・筒美京平という昭和ポップスのレノン・マッカートニーによる作品。これが涙が出るくらいにいい曲でねえ「春は乙女の柔肌に かげろう揺れて恋を知り 片手の書物 投げ捨てて 文書く我や 花の下」って。確か俺が中3の頃の曲だったが、まったく話題にもならなかつたものだ。俺は少ないこづかいからシングルレコードを買ってきて聴き、「明星」の歌本を眺めながら覚えたばかりのギターを弾いていたものだった。まさに隠れた名曲。
次は、北原白秋の詩に高石友也が曲をつけた、ナターシャセブンの「野茨と鳩」。無常観たっぷり漂う詩で、孤独のわびしさを嘆きながら、「春だ、春だ、それでも春だ。白い野鳩が鳴いて呆けてよ」と謳う。この詩がすごくよくてねえ。高石友也の歌唱も、おっさんらしくて、なかなかよいのだ。名曲。
そんなことを書いていたら、春と言えば花見、花見と言えば井の頭公園で鎌田と一緒に花見をしたことを思い出した。あれは今から15年ほども昔のことではなかったか。井澤やえーじもいたのか? うーん、よく思い出せないなあ。


2003.03.05
原稿、自宅で焼酎。
昼に、ゆうきくんとあんみちゃんが遊びに来た。仲良しの友達だ。うちの狭いリビングで怪獣3人、大暴れ。俺はもちろん事務所にこもって仕事。ほどよいところで、みんなで一緒に焼肉屋でランチ。潮見のガラ空き焼肉屋とは言え、怪獣3人だから、そりゃもう大騒ぎ。店もさぞや困っただろう。かかかっ。


2003.03.04
原稿。自宅で焼酎。
怒髪天な一日であった。潮見の駅ガード下に駐車場を借りているのだが、その管理会社である葉高商事株式会社(実名)から「駐車場辞めて店を建てるから、4月30日で出ていってよね」という通知が来たのだ。2月21日に車庫証明を発行するために偉そうに呼びつけて、しかも2100円もふんだくったあげくの、この仕打ちである。あれから2週間もたたないのに、まったくいけしゃあしゃあと。
だが、文句は後だ。文句の前に、なにはともあれ代わりの駐車場が必要である。ここ潮見は絶対的に駐車場が不足しており、高架下がクローズされると20数台が行き場を失い、激しい争奪戦が繰り広げられることになる。圧倒的な売り手市場なのだ。だから、なにはともあれスピードが勝負。一刻も早く代替駐車場を押さえなければならない。
不幸中の幸い(か?)で、くそったれ葉高商事からの通知を受け取ったのは今日の昼。他の利用者は、おそらく夜家に帰ってくるまで知らないであろう。このアドバンテージを活かし、ともかく1時間でも早く近場に見つけなければ。これに失敗すると、冗談でなく、自転車で一駅分を走るような場所にしか借りられなくなる。
だから、郵便物を開いた俺は、ぎゃっと叫び声を上げた30秒後には車のカギを持って家を飛び出したのだった。で、すぐに車に飛び乗り(まったく取材のアポが入っていなくてよかったよ)、一番近くの造船所の駐車場へ走って(ウチから100m)、管理会社の看板を見ながら携帯ですぐさま電話。ところが担当者が不在ということだったので、再び車で別の不動産屋(ウチから500m)へ。確か、駐車場あります、の張り紙があったはずだ。ところが聞いてみたら、軽しか置けないらしい。うーむ、ワンボックスは畳まなければ入らないだろうなあ。仕方ない。空きが出たらすぐさま連絡寄越すよう、事務員兼留守番のおばちゃんに言い残す。再び造船所駐車場に電話。まだ戻っていない。仕方ないので折り返しの連絡を依頼したら10分後に入ってきて、ちょうどタイミングよく(俺の日頃の行いに決まってる)、1台分、空いたばかりとのことだった。
そこそこ、そこ、貸してください、お願いします、今日から借りますっ、借りてからいろいろ考えます。金額も聞かず、即断即決。アパートが見つからなくて途方に暮れるイラン人か、俺は。すぐさま銀行に行ってカネを用意し、契約に走り、ハンコを押して、何とか我が家の安定したカーライフの確保に成功したのだった。はああ。こういうのはすぐさま対処しなければ気が済まない性分ではあるが、そのおかげで1日で決めることができたぞ。他の契約者は、かわいそうに。でも、仕方ないわな。ふう。なんだかどっと疲れたぜい。
それにしてもくそったれは、本八幡駅の千葉方面ガード下にある葉高商事株式会社だ。JRを定年退職したふがふがじじいどもが茶をすすりながら一本指でパソコンを打っている葉高商事株式会社のせいだ。潰れろ。本気で潰れろ。ともかく造船所の駐車場の契約を終えた直後、しょんべん葉高商事株式会社に電話して、誰が4月30日まで待つか、タコ、こっちから解約してやるわい、タコ、本気で潰れろ、タコ、タコタコタコ、と伝える。けっ。
一連の段取りを片づけて、ともかくぐったりして、造船所の駐車場に初めて車を置きに行く。屋根なしだもんなあ。夏は暑いだろうなあ。運河沿いだものなあ。ボディが傷むだろうなあ。よく見ると廃墟のような造船所だなあ。この廃墟の庭に車を置かせるだけで3万円も取るなんて、すげえ話だよなあ。でも、嫌なら出ていけと言われるとマジで困るしなあ。まったく今年は年明けからいろいろとあるよなあ。21世紀だもんなあ。それは一昨年からかあ。そんなことを思いながら、潮見運河の早春3月、春は名のみの冷たい風に吹かれる父ちゃん兼自営業者なのであった。


2003.03.03
取材1、原稿。自宅で焼酎。
おだやかな春の日差しの中、子どもたちがマンションの前庭で遊んでいる。時間があるときは、俺もその中に混じる。知っている奥さんたちはにこやかだが、そうでない奥さんは「なんだ、平日なのにこのおっさん、会社クビになったのか」という顔をする。かっかっかっ。まあまあ、これからもよろしくお願いします。
「AERA」
島崎今日子という人の人物ものがけっこう好きで、今回はプロレスの長与千種。このライターの素晴らしいところは、完璧な文章を書くのに、少しもそれを感じさせないところだ。サッカーのカネコ・タツヒトの文章が「俺って文章うまいだろ、へっへー。ついでにナカタとも友達なんだぜ、へっへー」と主張しているのとは大違いである。
「マッチメーカー」ミスター高橋・ゼニスプランニング
なんだ、ゼニスって。聞いたことのない出版社だが、ともかく誤植の多さには閉口したぞ、ゼニス。内容は、一昨年の本に続いてプロレスの内幕をばらしたもの。くっくっくっ。いやあ、あれもこれも、デキレースだったのかあ。そうとは知らず、俺は本気で燃えていたなあ。やっぱプロレスっておもしれえ。


2003.03.02
原稿。自宅で焼酎。
雨も上がって、澄んだ空気の朝。でも風は強かった。その中、妻の実家を辞して高速を走って帰宅。途中、渋滞で(事故だったから、おそらく風のせいだ)飯田橋で降りて、一橋のジョナサンでランチ。
家に帰ったら車の中を掃除しつつ、洗濯機を回す。強風の中、洗濯物を干して、この貧乏ライターはすぐさま仕事にかかる。夕方までのつもりがまるで終わらず、結局10時過ぎまでかかった。能なしライターの俺である。
ま、ともかく春だ。春らしい天気だ。雪国生まれのくせして、また、ギター音楽が好きなくせして、一番好きな季節は春だ。
岸辺真朗の名曲「風、走る」を弾く。とても気分がよかった。


2003.03.01
ようやく最悪な冬が終わって、心待ちにしていた春。しかし天気は冬に逆戻りしたかのような冷たい雨。その中を、妻の実家。いとこのあやちゃんも来てくれて、ちょっと早いひな祭りの一日。春は、やっぱりいいなあ。


2003.02.28
打ち合わせ1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
ようやく2月も終わりだ。春らしい、いい天気の一日。
平成14年度の確定申告の計算が終わったと、税理士から連絡。うーむ。売上げ、落ち込む。予想の範囲内だ。やたらと売上げを伸ばしても税金が増えるだけなので、ぼちぼちの売上げがちょうどいいのだが、それでも前年比で落ち込むとやっぱり激しく悔しい。ぐぞう。車の頭金、なんとかせにゃ。とほほほ。もう払っちゃったけどさ。


2003.02.27
打ち合わせ1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
夕食時、電話が鳴った。妻が出たら、遠く青森からだった。聞こえてきたのは、ギタリストの奥さんから。「いろいろありがとう。元気だよー」。続いてギタリスト本人が電話に出た。「いやあ、どうもどうも」。その声はかつてとほとんど変わりなく、明瞭で、張りのあるものだった。そのことを伝えたら「いやあ、そういってもらうのが一番嬉しいですよう」。俺はその何倍も嬉しかったよ。おまえの笑顔が浮かび、声を聞きながら目頭が熱くなってきたよ。「障害は残ったけど、元気ですよ」。良かったなとは言えないだろうが、今日はともかく良かったと言わせてもらった。今度必ず行くから家に泊めてくれよと言ったら「いやあ、もちろんですよ」と、まったく何事もなかったかのような声で応えてくれた。
2月はひどい月だった。それももうすぐ終わろうとしている。このひどい月の最後になって、本当に嬉しい電話だった。もうすぐ春だなあ。


2003.02.26
取材1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
浦安には富士額のネズミが我が物顔で泡銭商売をしている国があるという。妻はそこの年間パスポートを持っていて、本日、息子を連れてマンションのお母さん仲間と一緒に行ってきたのだった。この国には(千葉のくせして東京と偽っている厚顔な国だ)もちろん富士額のネズミは本日もいたらしい。んでもって、白状すれば俺はこの富士額の国には行ったことがない。あれ、前にも書いたっけ? まあいいや。俺は行ったことはないが、息子はとても楽しそうだったらしい。よかったよかった。ただ、春休みに突入した学生が山のように押し寄せていて(僕たちの頃は日本にまだディズニーランドはありませんでしたbyいさわし)とんでもなく混んでいたそうだ。
そういう流れとはまったく関係なく、夜は久しぶりに枝川のコリアンタウン「みゆきや」で焼き肉を食って(いや、もう、あーた、これが絶品!こんなカルビ、信じらんなあーい。岐部さん、食いに行こうよお、通風なんて忘れてさあ)、さあ仕事。と思ったら、いきなりプリンタが動かない。げほげほ。
イズハ以下自粛から買ったエプソンのプリンタである。ところが妻のバイオからはちゃんと印刷できる。俺のマックから印刷できない。いや、認識しない。うーむ。ドライバを入れ直した。ケーブルをつなぎ直した。でも認識しない。うーむ。あとは何が考えられるか。怪しいキャッシュも削除したんだけどなあ。イズハ以下自粛ならわかるかなあ。
などとぶつぶつ言いながら冷蔵庫を開けたら、中でジュースをこぼしちまったよ。おろろろ。えらいこっちゃ。すんませーん、やっちゃいました。妻に頭を下げて、掃除してもらったのだった。


2003.02.25
取材3、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
ところで信じられない話だが、3月になったら我が家のマンションで1週間ほどインターネットが止まるらしい。インターネットが止まるなんて、変な言い方だが、要はインターネットが1週間も使えなくなるのだ。
理由は、NTTの光ファイバーの宅内回路をPNA方式からvDSL方式に切り替える工事のため。切り替えがすむと、やれめでたい、通信速度が一挙に速くなるらしい。ぱちぱちぱち。
って、おい、コラ。拍手してる場合じゃないだろ。今時1週間もネットが通じないなんて、冗談だろと思ったらどうやら本当らしくて、ただひたすら口をあんぐり。今やスケジュール確認や原稿の納品、資料の受け渡しもすべてネットだ。電話の回数より、メールの方が確実に多い。そういう時代だっていうのに、1週間も使えないとは。うーむうーむ。関係各位様、すみませぬ。うーむうーむ。緊急避難的にパワーブックをISDN回線につないでしのぐ予定だが、うーむうーむ。


2003.02.24
原稿。自宅で焼酎お湯割り。
三寒四温とはよく言ったもので、今日は一気に気温が下がり、夕方から雪。一雨ごとに春は近くなっていき、今週で冬は終わることになる。この冬は、息子の病気でいろいろと神経が疲れてしまった。この春は、どうなることだろうか。ひたすらいい春でありますようにと、ただただ、祈るだけ。


2003.02.23
原稿。自宅で焼酎お湯割り。
最近の咲杜は、眠くなると不機嫌で大暴れ。眠かったら寝ればいいのに、寝ないで大暴れ。寝ても、夜中に目覚めて大暴れ。その都度つきあう父ちゃんは生傷だらけ。1歳10カ月と言っても、本気で暴れられると、かなわない。毎日毎晩、ぼこぼこにされています。


2003.02.22
華の舞でビールと日本酒。
妻が、学生時代の友人宅へ遊びに行くことになり、北区と荒川区の境目あたりまで送っていく。途中、妻の勤務していた会社の前を通った。結婚退職して以来である。辞めて2年半ともなると、守衛さんも代替わりしているそうな。やはりそれなりに感慨深いものがあったようだった。
妻と息子を友人宅で降ろして、俺は近くのファミレスで食事とお茶。もちろん手には本。飽きたので、車に戻り、道ばたに停めて引き続き読書。俺は時間さえあればいくらでも読書できるので(朝から夜眠るまで読み続けることも平気)、たっぷり読めて幸せだった。日垣隆の学校ものの本。以前から読みたくて机に積んでいたものだが、いやあ、学校の現場って、絶望的なのね。身内に教育関係者の多い俺が言うのは、ちとあんばい悪いが。でも、この気分の悪さは、もし俺が教師になっていたら、ここで糾弾されるような人間になっていたことを否定できない、というところから来ている。そんな思いがあるから、一方的に教師が悪いと言えない。
夕方、連絡があったので妻子をピックアップ。一緒に来ていた妻の友人たち、久しぶりの人もいれば初めましての人もいて、それぞれにご挨拶。こうして集まれるのも、もう何年に一度かのことなのだから、みんな、仲良くしてあげてね。
咲杜はそれなりに疲れたのか、車中で睡眠。晩ご飯は近くの居酒屋で済ませたのだった。


2003.02.21
取材2、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
車庫証明をもらうため、わざわざ本八幡まで足を運ぶ。まったくいい客だぜ、俺は。まあ、ディーラーに任せるとどうも時間がかかりそうな感じだったので「あー、いい、俺が取ってくるから、いーから」と引き受けたのだった。お人好しだなあ。
JRの子会社(ヨーコーショージという)は、昨日も電話したというのに、わざわざやって来た俺にまた用件を聞きやがった。電話も入れると、用件を説明するのは、これで三度目である。思い切り頭に来てしまった。JRを定年退職しました、国鉄時代は本当に幸せでございました、と顔に書いてあるじじいどもが、のんびりと机に座って、一本指でぽつぽつパソコンを打ってやがる。このまーーったりした空気だけでも、俺には耐えられないよ。だもんで、思い切り不愉快な顔をしてやって、とっとと用件を切り上げてきたのだった。悪態をつかなかっただけでも、成長したもんだよ、俺は。
「週刊文春」
ネタなし。引田テンコーのインタビューなんて、トップに持ってくる価値があるか?
「週刊ゴング」
前田が表紙。葉巻吸ってるところは、ほとんどヤクザだな。
「週刊プロレス」
490円は高いなあ。毎週だものなあ。どっちか一冊にしようかなあ。ダテぽんは立ち読みで済ましているというし。
「新潮45」
事件ものが相変わらず多いが、まったくこの世の中は鬼畜の集まりだ。自分の子供を虐待し、その様子を克明に日記につけていた母親の記事は、読んでいて心底吐きそうになった。
「サイゾー」
よくもまあ、ここまで同じネタで。覆面座談会と銘打って覆面レスラーを集めていたのには、大笑い。中身はすっかすか。
「蹴球日記」岡田武史・講談社
岡ちゃんのワールドカップ日記。ベンゲルとの会話や、クラマーに思い切り叱られた話など、興味深かった。


2003.02.20
取材3、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
車庫証明をもらおうと思って駐車場を管理しているJRの子会社に電話したら、2100円と印鑑持って出向いてこいと言われてびっくり。カ、カネ取るのかああ。前はそんなこと言われなかったぞ。しかも100円とは何だ、100円とは。はした金も集めれば小山にはなる、どうせなら消費税もとっちまえ、というところか。まあーったく腹立たしい。


2003.02.19
自宅で焼酎お湯割り。
トヨタ東京カローラでエスティマに試乗。この俺がトヨタ車に試乗するなんてねえ。我ながらびっくり。担当の営業は吉野(飯田橋生まれの根津暮らし。父親は国鉄職員だった。引退した今は八千代に住んでいる。ついインタビューしてしまうのは俺の悪い癖だ)だ。
色はなんちゃらワインがどうしたという名前のカラーに決定。要は金色である。略して金ティマ。これは下品だから口にするなと妻に注意されたが。国産車の色にまともなものがあるわけない。どれを選んでもセンスが疑われる。だから適当に選んだのだ。かっかっかっ。
納車は3月の半ばである。担当営業の吉野くん(くんといっても、俺より年上)は、調子がいいが、信用できる人間である。(と、会って二度目で決めつける俺は何様だ)
まあ、そんなわけで大好きなゴルフワゴン、まだ3年のローンを残して、お別れである。いい車だったなあ。思い出も多いし。いい人にもらわれるんだぞ。


2003.02.18
終日原稿。自宅で焼酎お湯割り。
潮見に新しく焼肉屋がオープンした。もちろんまだ行っていない。妻の情報によれば、奥さん友達の知り合いが行ったそうで、評価は「高い割には、肉がよくない」というものだったらしい。なんだ、ダメじゃん。奥さんネットワークは強力だから、こういう評判はたちまちにしてマンションを駆けめぐるのだろう。まあ、焼肉は枝川のコリアンタウンにとどめを刺すなあ。
ああ、しかし確かにウッチーの言うとおり、メシと子供の話題だけの日記だ。とほほ。


2003.02.17
打ち合わせ1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
風が強いけれども、日差しは春の気配。もう冬の寒さは薄らいだ。熱もすっかり下がり、完全に元気を取り戻して暴れん坊に戻った咲杜の、実に久しぶりの散歩だ。さあ、思い切りはしゃぎまわれ。
マンションのエントランスで歩き回っていたら、あんみちゃんがお母さんとやって来た。続いててつおくんがお母さんとやってきた。買い物が終わって戻ったら、元気なふたごちゃんと遭遇だ。いつも2時間も走り回っている、底知れぬパワーのふたごちゃんだ。
春めいてきた日差しを浴びながら、咲杜は久しぶりに会う友達とケタケタ笑ったり、ひっくり返ったり。好きなだけ暴れさせてくれと妻に頼んだら、なんと4時間半もマンションの回りではしゃいでたらしい。「こっちがくたびれちゃったよう」と、妻は笑いながら報告してくれた。
「第三の時効」横山秀夫・集英社
短編集。いつもながら、うまい。うますぎる。何重にも仕掛けられた伏線の中、事件の背景を解き明かしていくことを縦軸に、警察内のどろどろした人間関係を横軸に、濃密な物語を構築している。小説を読む幸せが一杯に詰まった作品集だ。聞けば「半落ち」が直木賞候補になった時、受賞に大反対だったのが林真理子だったらしい。あの山梨生まれで自意識過剰のバカ女、大嫌いだね。


2003.02.16
自宅で焼酎お湯割り。
けっこうな雨。ま、一雨ごとに春が近づいてくるのだろう。
しかしアメリカって国は本当に喧嘩好きなのだなあ。それで頼まれもしないのに世界の警察を自称しているわけだが、警察というよりも単なる地回りだな、ありゃ。戦争なんか、やめとこうよなあ。
と言いつつ、最近はなんだかマインド右翼だ、俺。日本代表の試合の影響もあるし、拉致事件の影もある。さらには親として子の将来を思うとどうしても日本という国を案じないわけにはいかないという面もある。今を嘆きつつ、将来を案じながら、やはり国を大切にしたいと思うわけだ。中途半端な文章だけど。


2003.02.15
自宅で焼酎お湯割り。
ようやく咲杜も落ちついてきたので、一週間ぶりに駅前までの買い物に連れて行く。ほんのちょっとの外出だったが、嬉しそうだった。いい天気で、このまま春になるのかと思わせるほどだった。
勝ちどきのトヨタカローラ店へ行く。「法人のお客様が多いんです」と営業のあんちゃんが言う。「だから個人の客なんか相手にしてないんだよ」というのがモロに態度に出ていた。ひどい店である。


2003.02.14
取材3。自宅で焼酎お湯割り。
潮見の駅前にある自動車整備工場(大型車専門)が、いつの間にか倒産していた。不況なのだなあ。かく言う俺も、デフレにつらい思いをしているが。この自動車工場の跡地には、何が建つのだろう。何かの店ができると嬉しいなっと。


2003.02.13
取材1。自宅で焼酎お湯割り。
ようやく熱も下がり、一段落。まったく子供の病気ってのは、恐ろしいものだわい。
「噂の真相」
病気騒ぎで買うのを忘れていた。ジャニーズの内幕ってのが面白かったが、よく考えればもう既によく知られている話のまとめに過ぎないのであった。


2003.02.12
結局、俺は夜一度も起きられず。それなりに気が抜けたか。妻は2度ほど起きてくれたらしい。最高で37.9度まで上がったが、それ以外はだいたい落ちついていたそうだ。
朝起きてパンを食べさせ、あさひクリニックへ。快方に向かっているのでもう大丈夫だろうとのことだった。ただ、気管が炎症を起こしているかもしれないという。肺炎までの心配はないが、気になるので、貼り薬をもらった。
この貼り薬、心臓にいくらかの負担を強いるらしい。それでどうのということではないが、リスクがないわけではないのだ。同様に、タミフルについても大阪で突然死した幼児が全員服用していたことから、その副作用が懸念されているらしい。まったく薬ってのはやっかいだ。効能を取るか、副作用を避けるか、そのトレードオフを強いてくるのだから。
午後も症状は比較的平穏。体温も37度台を維持。というか、微熱が続いているということなので、安心はできないけれど。薬のせいか、よく眠る。
夜には、医師のすすめもあって、一週間ぶりに一緒に風呂に入った。とても気持ちよさそうで、自分から桶のお湯を頭にかぶっていたぞ。父ちゃんも楽しかった。
ご心配いただいた皆さん、ありがとうございました。たぶん週末には治っていることでしょう。
とにかく今回はインフルエンザの怖さ、薬の怖さについて勉強させられた。知らないということは、恐いことだ。
夜、三日ぶりに焼酎お湯割り。ふう。


2003.02.11
最初は妻に起きてもらって、途中で交代。夜通し看病していたが、咲杜の熱は39度から40度のあたりで止まったままだ。触ると熱い。喉が渇いているだろうに、飲み物も受け付けない。やっとジュースを飲んだのは、明け方6時頃だった。
8時に起きて再び野菜ジュース。そしてタミフル投与。しかし9時には再びぼんやりと眠ってしまい、熱も依然として39度という状態だ。あいにくの休日で、かかりつけのあサひクリニックは休診。墨東病院に行っても、先日とは違う医師になるだろうし。困り果て、やはりここは解熱剤か、と夫婦で話し合う。
幼児の解熱剤は、非常にリスキーだ。特にインフルエンザとの関連では、脳症の危険性も否定できていない。しかしこのまま高熱が続くと、脳への影響が心配である。はっきり言えば素人では判断できない問題なのだが、相談できるプロは休診。結局、親として見ていられないという極めてメンタルな理由で座薬を入れることにした。
解熱剤を投与しても、咲杜は午前中一杯眠り続けた。その間、どうにも不安な俺は、あサひクリニックの院長にメールする。状況を説明し、もし可能ならばアドバイスが欲しい、という内容だ。
12時にようやく目が覚める。牛乳を飲む。非常に機嫌が悪い。発狂したように泣きわめき、あたり散らす。脳症の発症を疑わせたほどだった。妻によれば、薬との副作用でこうなる場合もあるとのこと。頭痛か、腹痛か、気分がすぐれないから暴れるのもあるだろう。ともかくなだめも通用せず、ひたすら抱きかかえるだけ。1歳9カ月とは言え、全身全力で暴れられると、もはや母親の手には負えない。俺が全力でしっかりと抱きしめて、押さえつける。昼食はうどん。少し食べた。
表は雨。実は今日は渋谷のNHKまで「お母さんといっしょ」の収録を見学に行く予定だった。この冬になって注意に注意を重ね、外から帰ったらうがいと手洗いを徹底し、咲杜にまで手洗いを覚えさせ、もちろん人混みも極力避けるようにしてきたのに、結局この有り様だ。悔しいやら、かわいそうやらで、暴れる咲杜を抱きかかえながら雨を眺めていたら、少し涙が出てきた。
3時頃になってようやく熱が36.8度まで下がる。解熱剤の劇的な効き目だ。これだから恐い。同時に再び咲杜はぼんやりと眠り出す。6時半になって目覚めるが、昼にもまして機嫌が悪く、平熱だけれど、とても手に負えない騒ぎだ。
ところがどうしたことか、なんとか落ちつかせて(そこまでに俺もへとへとなのだが)、ジュースを飲ませたら、 機嫌が劇的によくなる。そして7時半に食事の用意をしたら、大好物の豆腐のみそ汁はお代わりをし、好きなカレーも自分のスプーンで食べ始めた。また幼児用のポカリスエットも自分の手で飲み始めた。
その食事の様子に驚いていたら、あサひクリニックの院長から思いもよらずに電話が入る。経過を説明したら「おそらくこのまま快方に向かうでしょう」とのこと。なんと心強い言葉だったか。潮見の片隅にある小さな医院だけど、理想の町医者とはこういう人を言うのだろう。心底感謝し、明朝一番で行くことを約束する。
食事後も咲杜は機嫌がよく、一人で遊び始める。笑うし、いつものように幼児語をしゃべる。熱は平熱を維持。もう解熱剤は使いたくなかったので、ホッとする。その様子を見ていたら、安堵感からぐったりきてしまって(なにしろ前夜は1時間半しか寝ていない)、妻に任せて少し横になる。2時間ほどして起きたが、咲杜は依然として機嫌がいい。熱は36.4度。寝ている間に妻が抗生物質を飲ませてくれたようだ。そのまま11時半に就寝。
おそらくこれで快方に向かうはずだ。そういう確信がある。何が効いたのか、タミフルか、解熱剤か、結局は不明だが、ともかく一息ついたのは確かだ。寝ている間に再び体温が上昇する可能性はあるし、気は抜けないが、久しぶりにゆったりと風呂に入ることができた。もちろんまだ終わらない。朝になったらすぐにあサひクリニックに連れて行かなければ。まったく親というものは、みんなこういう思いを経験してきているのか。また一つ、親の気持ちがわかった気がする。


2003.02.10
自宅で焼酎お湯割り。などと書きながら、結局昨日は飲んでいません。なぜかというと、咲杜の熱が40度近くのまま下がらず、さすがにこりゃまずいと思って、救急病院に行ったりしてたからです。
時間は夜の11時半頃。クルマを飛ばして行ったのは錦糸町の墨東病院です。下記にもある通り、最初に電話したのは聖路加でしたが、その対応があまりよくなくて(「1時間か2時間は待ちますけど、それでもよければ来てください」!!)、それなら家にいた方がと思ったのだけれど、どうにも我慢できなくなって墨東病院に電話したらこれが正解でした。
やはり1時間待ちと言われましたが、結局30分ほどで診察してもらえたのです。見立ては、インフルエンザの可能性も捨てきれないというものでした。当然B型。まだ検査してもはっきりしない時期なのでなんとも言えないが、可能性は完全には否定できないというもの。墨東の素晴らしいのは、念のためにと、タミフル(インフルエンザの特効薬で全国的に品不足で大騒ぎなっているもの)をなんと2日分もくれたことでした。しかも診察費、初診料、薬代のすべてが無料。支払ったのは駐車料金100円だけでした。聞いたところでは中央区の某大病院では同じ夜間救急で初診料3000円、診察費2000円、しかも会計が閉まっているので翌日また足を運ばなければならないそうです。それに比べたら驚くほどの素晴らしさで、以前ここでけちをつけたことを深く反省しました。さすが東京ERです。
診察が終わって家に帰ったのが1時半。それから寝て、3時半には起きて、そのまま朝まで脇の下などを冷やしながら看病しました。結局睡眠時間は2時間でした。多少は体温は下がりましたが、それでも40度が39度になったという程度でした。
本日僕は朝早くから八王子に行かなくてはなりません。そこで7時に妻に起きてもらってバトンタッチ。妻も体調が十分ではないので休んで欲しかったのですが、今日ばかりは頑張ってもらいました。その妻に協力してもらって、嫌がる咲杜に無理矢理タミフルを飲ませ、僕は出かけたのでした。
昼に電話したら(それまで電話できない環境で、本気でジリジリしましたが)、妻は頑張って朝一番にあさひクリニックに連れて行ってくれました。クリニックの見立てでは、最悪の状態は脱したらしいこと、安静にしていれば一週間で回復するだろうということ、両親に移らないように注意すること、などでした。この報せは、ともかくホッとさせてくれました。午後、家に戻ったらたいぶ熱も下がり(37.5度)、普通の機嫌で過ごしている咲杜がいて、心底嬉しい思いでした。もっとも夜、再び体温が上昇。今夜も40度近くまで上がっています。薬を飲むのを嫌がっているので、泣き叫ぶのを押さえつけて飲ませていますが、果たして今夜はどうなるのか。もちろん再び徹夜の覚悟であります。ううーむ。


2003.02.09
自宅で焼酎お湯割り。
俺は風邪がぐずぐず。7度ちょっとまで熱が上がったが、咲杜はなんと夜には40度まで上がった。幸いにして元気で、飲み物も食べ物も口にする。恐いのは熱性痙攣だけだ。それでも40度となると、ちょっとびびってしまって、妻に聖路加病院の救急に電話させた。そしたらえらく混んでいて、待ち時間も不明とのこと。詳しく聞いたら家で安静にしているほうがよいとのことだったので、ともかく看病体制のまま、過ごす。
まったくインフルエンザの予防接種を受けておいてよかったよ。もっともB型だったら困ってしまうが、ともかく一晩熱を下げながら乗り切って、朝一番でかかりつけ医て連れて行ってもらうことにする(俺は朝から八王子に行かなくてはならないのだ)。


2003.02.08
自宅で焼酎お湯割り。
咲杜が昨日からぐずぐす鼻風邪をひいていたのだが、俺も今朝起きたら喉が痛かった。こういうときは迷わずあサヒクリニックへ。一家そろっていつもすんませんと言いながら診察を受ける。俺の喉を診た先生は「咲杜君の10倍赤いですねえ」と楽しそうに笑う。とほほ。かくして親子三人、風邪を治すためにまったりと過ごす週末となったのだった。
「十八の夏」光原百合・双葉社
花をテーマにした連作ミステリー。日常的な謎をモチーフにして、人間の心を浮かび上がらせるという、まあ、北村薫のパターンだ。嫌いではないけれど、若竹七海にしろこの光原百合にしろ、北村薫はやっぱり超えられない(その北村薫も、俺は初期の作品だけが好きだけど)。短編4作のうち、底なしの悪意を描いた最後の作品が一番の出来。他の作品は、ほのぼのしすぎて、甘ったるいだけだった。


2003.02.07
取材1、打ち合わせ1、自宅で焼酎お湯割り。
ウッチーに「チミのホームページはメシの話か子供の話だねえ」と言われる。金内おじさんには「フロントの写真、そろそろなんとかしたまへ」と言われる。ふんふん。もちろん言うことを聞く俺ではない。
などとは関係なく、話題のコミック「ブラックジャックによろしく」4巻を読む。コンビニで売ってたからね。これが案外面白かった。気に入ったのでアマゾンで1〜3巻を手配した。一方、プー横町からは岡崎倫典のアルバム「富良野」が届く。イメージとちょっと違ったなあ。もっとシャープなギターの、冬の北海道のイメージだったのに。イージーリスニングコーナー行き。しかしこう書くといかにも通販ざんまいのようだが、そんなことはないからね。


2003.02.06
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
あサひクリニックへ三種混合の予防注射を受けに行ったら、医者に「それよりもインフルエンザだ」と言われ、インフルエンザがいかに恐ろしいか、今年はとんでもなく流行すると見られている、ということを力説され、結局言うとおりにインフルエンザの予防接種に切り替えたのは1カ月前の1月7日のことだった。
今、この状況を見るとまさに医師の言ったとおりになってる。あのとき言われるとおりにインフルエンザの予防接種を受けてなかったら、今頃はびくびく青くなって過ごしていたに違いない(それほど今年のインフルエンザは恐ろしい)。説得してまでもインフルエンザの予防接種を受けさせたのだから、あサひクリニックは名医だと思う。俺が風邪を引いたときも一日で治したし。
潮見などという辺境の地で、さらに外れた場所でさえない店構えをしているけれど、実はあサひクリニックは素晴らしい医者であると思うのだ。我が家のホームドクターである。


2003.02.05
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
先日の「美好」に続き、再び枝川コリアンタウンに潜入。目指すは超絶美味と噂の焼肉屋「みゆきや」である。いろいろと検索したら、かなり高名な店らしい。コマっちゃんも、行ったことだし。
結果から言うと、倒れるかと思ったほど、旨かった。45年生きてきて、今まで一番旨いカルビとハラミを食った。特にハラミは、新宿・叙々苑の上カルビよりも美味であった。カルビ4人前、ハラミ、ミノ、レバー、石焼きビビンバ、わかめサラダ、テールおじや。ふう、腹一杯。幸せだなあ。また行こうっと。
なお、コマっちゃんの言ってた通り、ここはダバディの行きつけの店らしくて、ちゃんとダバディとトルシエの記念写真及びサインが飾ってあった。どうやらあのフランス人は、韓国チームのスパイだったらしい。


2003.02.04
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
鬼が相当に恐かったらしくて、言うことを聞かないときに「鬼が来るぞ」と脅すと、咲杜はたちまちにして固まるようになってしまった。こりゃあいいや。すごく便利なので、しつけとセットで鬼を使うことに決定。ただしあんまりしつこいと効果が薄くなると思うので、一日一度を目安とすることにした。


2003.02.03
終日原稿、自宅で焼酎お湯割り。
本日は節分である。豆まきである。こういう季節の行事を大切にしているのは、ボロボおじさんの家であるが、おじさんはちゃんと豆まきをやったのだろうか。我が家ではちゃんとやりましたとも。鬼はもちろんわたくし45歳。コンビニの豆のおまけについていた鬼のお面を被って、玄関あたりからベランダまで駆け抜けるっていう作戦だ。
いやあ、泣いたね、咲杜。わははは。恐かったらしい。こんないんちきお面の鬼でも、びっくりしたのだろう。ベランダでお面を外して「もう鬼は逃げていったらから大丈夫だぞう」と戻ってきたというのに、しばらく窓の外を眺めて何か叫んでいた。ああ、面白かった。ちなみに年の数だけ豆を食べるとお腹を壊しそうだったのでやめました。


2003.02.02
自宅で焼酎お湯割り。
押尾コータローの演奏がおまけのDVDに収録されているというのをBBSで知り、あわててネット通販で雑誌のバックナンバーを注文する。こういうとき、ネットは本当に便利だ。
届いたのは「ヤングギター」12月号。うーむ、ヤングギターである。俺が高校の頃はよく読んだものだ。まだあったのだ、しっかりと。それを45歳になっても手にするのだから、俺も俺だが、雑誌も雑誌だ。よってこの勝負、引き分け。って、なんのことだ>おれ。
まあ、しかし雑誌の付録DVDがつく時代になったのねえ、とちょっとびっくり。
びっくりしたと言えば(強引な展開だけど)、妻の実家から帰ってきた昼、東陽町でマンボを食べた(全然びっくりに関係ない展開じゃん)。マンボってのは、レバ肉いため(しまった間違えた、レバニラのレバーの代わりに肉が入っているので肉ニラと書こうとして間違えた、まあいいか)で、これが異常に旨いのなんの。それに手作り餃子と、タンメンを頼んで(このタンメンがまた絶品)、家族でランチ。ぺいちゃんに教えてもらって二度目であるが、ごく普通の餃子屋であるのに、すげえ旨い店なのだ。ここにはぜひ岐部さんをお連れしたい。
昼にマンボ、餃子、タンメンをたらふく食ったので、夜に予定していた枝川コリアンタウンの焼き肉はパス。こちらは今週また食いに行こうっと。
あとこの近辺で欲しいのは、魚の旨い店だなあ。金内おじさん、どこか知ってますか?


2003.02.01
家族三人で妻の実家へ。今年二度目。いとこのあやちゃんは、冬太り(そんな言葉があるかどうかわからんが、要は寒くて外に出られないので運動不足になってしまうという状況を指す言葉である、って本文よりカッコの中の文字数のほうが多くなってしまった)であった。例によって何もせず、ごろごろと昼寝のぐうたら父ちゃんでありました。
「帝都東京・隠された地下網の秘密」秋庭俊・洋泉社
有楽町線は戦車の通り道である、といった類の話は大好きである。だから探していてやっと見つけた本である。地図によって赤坂見附の駅近くの路線が違うということに端を発し、さまざまな文書から、東京には戦前から既に地下鉄網が完成していたという結論を導き出している。例えば南北線はとうの昔に完成していたし、西新宿駅も前々からあったものを再利用しただけだし、さらには霞ヶ関あたりには政府専用の地下道路というものも通っているそうだ。それぞれにちゃんと証拠も挙げている。まあ、ほんとかどうか知らないが、こういうトンデモ話は好きである。ところで著者は前に「ディレクターズ・カット」というミステリーを書いた人。あの小説は文章があまりに下手で途中で投げ出したのだったが、案の定、今回も非常に読みづらくて閉口した。うんざりしながらも読み通したのは、ひとえに素材自体の面白さによってである。ただそれだけの本なのだ。


2003.01.31
終日原稿、自宅で焼酎お湯割り。
あっという間に一月が始まって終わるわけだが、人はわかっているのにやめられないということが多いよねえ。歯もその一つだけど(わかってるのに、という表現は正しくないが)。虫歯ってのは絶対に元に戻らないのだから、治療は一日も早く行くべきであるのに、しかし、歯医者というとなぜか行きたがらないのが人間だ。結局我慢できなくなってから行くわけで、当然そのときには手遅れ。そんなことは百も承知なのに、なぜか行かないというわけだ。まったく人間とは不条理な生き物である。てなことを歯科検診の診察台の上で考えたのだった。歯の治療中ってのは、人間はやけに哲学的になるもんだなあ。


2003.01.30
終日原稿、自宅で焼酎お湯割り。
てなわけで、早速コマッちゃんおすすめの焼き肉屋へ。場所は枝川、コリアン・タウン。うわあ、こう書くとすげえディープだなあ。確かに一種独特の雰囲気を漂わせる街だが、妻に言わせれば昔の日本の横町みたいという感じだ。
目指した「みゆきや」は残念ながらお休み。かわりにもう一軒のおすすめ「美好」へ。いやあ、旨かったぞお。韓国の家庭料理の味付けなのか、普通の焼き肉屋とちょっと違う味で、それがよかった。帰ってから原稿の続きがあったから(早い夕食で出かけたのだ)、ビールは飲まなかったが、たらふく食って二人で6000円。安い。
ここはうちからクルマで5分もかからない。また来ようっと。今度は「みゆきや」に挑戦だ。


2003.01.29
取材1、打ち合わせ2、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
原稿って上に書いたけど、実はけっこう疲れてしまって、あまりできなかった。明日からちっと集中してやっつけるのです。
夜、新木場駅で乗り換えようと思って、えらく混んでいるのにびっくり。エスカレーター工事のためらしい。けっしてアゲハのせいではない。ちなみにアゲハって、新木場にできた新しいクラブね。一度行ってみなければ。って、たぶん入れてもらえないのだろうなあ。夜11時開店、朝8時閉店って、不良の匂いのぷんぷんする店だ。立地的に千葉のヤンキーどもがI get her!なんてシャレをこきながら集まりそうである。それならまだしも、男の好きな男の人たちが集まるようだと、けっこう恐い。なにしろ夢の島は、そういう場所で知られているからね。
近隣情報と言えば、ご近所さんの金内おじさん(月島在住)、コマッちゃん(枝川在住)と旨い店の情報交換。コマッちゃんは、我が家が以前から行きたいと思っていた枝川コリアンタウンに詳しくて、おすすめの店を教えてもらった。そこは以前はトルシエとダバディも焼き肉を食いに来ていたらしい。ほほう。今度一家で行くことにする。店名もチェックしたし。なお、コマッちゃんは先週奥さんと潮見の「どぎゃん」ラーメンに来たらしい。時間的にもすれ違いのタイミングだったみたい。
一方、金内おじさんは、なぜか行く店行く店、すべて愛想が悪いところだそうだ。変わった趣味の人である。


2003.01.28
取材2、自宅で焼酎お湯割り。
朝、渋谷で取材のためにぼけっと立っていたら、お客の一人であるサトウ氏に見られてしまったらしい。「渋谷にいましたね」というメールをもらい、気づかず、すんませんでしたと返事を出したのだった。男たるもの、いつどこで人に見られても大丈夫なようにしっかりしていなければ。特に45を過ぎてからは。
「アコースティックギターマガジン」
今一番真剣に読んでいる雑誌って、これと新潮45だよなあ。今回は、おお、なんということだ、押尾コーターの戦メリが掲載されている。早くも年末に向かって準備せよというメッセージか。3月末には岸辺の新曲の譜面も手に入ることになったし、いろいろと大変な春なのだ。あ、ギターの話ね。


2003.01.27
取材1、打ち合わせ1、自宅で焼酎お湯割り。
案の定である。1月19日の日記について、大宮のナオコちゃんから抗議のメールである。「さかもとちゃんだと、さかもとちゃんみたいだから、せめてさかもとと呼んで」という、わけのわからん内容であった。どうもこやつはさかもとのファンらしい。しょうもないもののファンなのだなあ。まあ、せっかくだから、今後は可愛らしくさかもっちんと呼んであげよう。さかもっちん。略して、もっちん。もっと略して、ちん。簡単でいいぞ、ちん。


2003.01.26
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
「誕生日である。誰のって、おれのである。(2000年)」、「誕生日である。誰のって、俺のである。(2001年)」、「本日は誕生日である。誰のって、俺のである。(2002年)」。うーむ、3年続けて同じことを書いていたのであった。
しょうがない、今年もだ。誕生日である。誰のって、俺のである。毎年来るのだから、仕方ない。最近の俺の口癖は、四捨五入じゃなくて四捨五十だあ、というものだが妻には「咲杜が間違って覚えるのでやめてください」と言われている。しゅん。
母親から電話があって「それでお前はいくつになったんだい」と聞くので、45歳だよ、と答えたら「ひえー」と驚かれた。こらこら、45年前に自分で産んでおいて驚くな。


2003.01.25
舞のはなで日本酒、自宅で焼酎お湯割り。
昼、後楽園ゆうえんちへ行く。いやあ、あそこの遊園地は最低ですなあ。きっぱりと。
狭くて汚いスペースに、なんとも無秩序に遊具が並び(その半分がゲームセンターの中古品に違いない)、ふぬけた顔のバイトたちがぼけっと客の相手をしていて、それでいて乗り物に1分乗れば300円、シェラトンホテルなら1時間300円のボールゲームが3分200円とばか高い金を取り、しょうがないからメシでもと思ったら不味そうな焼きそばやらホットドッグやらを屋外のパイプイスで寒風に吹かれながらすするしかないという、ここは本当に都心のレジャー施設かばかやろう恥を知れ状態でありました。
行った俺たちがバカだった。もう二度と行くものか、と誓い合って出てきたのだった。ああ、アホらし。
しょうがないから東京ドームホテルでランチでもと思ったら、これがどえらい混雑で、3階のレストランは1時間待ちだと(そもそも客商売のくせに平気な顔で「1時間待ちです」と言える神経が驚きだ。恥ずかしそうに言え。それが無理なら申し訳なさそうに言え。これでシティホテルでございってんだから、客をとことんなめきったホテルである)。仕方ないから2階のシズラーで15分待って入ったのだが、余った客を吸収してもらうために単なるファミレス(ロイヤルホスト系列だ)をわざわざ入居させているのである、東京ドームホテルは。
その後、気を取り直して、早瀬さんが仕掛けている、毎年恒例のイベント「いしかわ伝統工芸フェア」が開催されている後楽園・プリズムホールへ。会場にはミス百万国がいて振舞酒だ。いんちきミスじゃないか?と言う俺に対して親分は「きれいだなあ、着物が」。仲間たちとまったりと過ごしたのち、中山親分と奥さんのミーコさんに、クルマで我が家まで送ってもらった。とても助かった。ありがとうございました。
帰ったら、なぜかぐったり。咲杜がパワフルに暴れたこともあるが、全身果てしなく疲れてしまっていて、30分ほどカーペットの上で高いびきだった。その間、咲杜は後楽園ゆうえんちで1300円(!)で売りつけられたプーさんの風船(ディズニーランドでは600円!)で遊んでいた。


2003.01.24
終日原稿、自宅で焼酎お湯割り。
夜9時からテレビ東京の番組に押尾コータローが出演。ちらりとギターを弾いていた。くだらんしゃべりはいいからもっと演奏させてあげたかったのに、まあ、バラエティ番組だからしょうがない。
それにしてもさすが押尾コータロー。今一番うまくて素晴らしいギタリストであることに間違いはない。残念なのは、ネットで探したコピー譜面を捨ててしまったことだ。まあ、俺にはとても弾きこなせないけれども。


2003.01.23
取材1、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
最近の天気予報は当たらない。今日も午前中は雪で、午後から晴れるといったのに夕方まで冷たい雨だった。1月の20日頃から2月の10日頃までは1年で一番寒い季節。これもしょうがないだろう。天気ならば咲杜も外で遊べるのだが、雨ではどうしようもなく、ストレスがたまったかもしれない。
「新潮45」2月号
36歳・独身女の価値は、という体当たり原稿が抱腹絶倒。なるほど、この世代の女は、物心ついたときには高度経済成長で、社会に出る頃にはバブルだったから、自分が高い女だと勘違いしていたのね。今、あまりの価格暴落に呆然。反動で自棄になっているらしい。
「まれに見るバカ女」宝島別冊
辻元清美とか、中川智子(大橋巨泉の辞任会見でテレビ映りを気にしながら「辞めないで」と絶叫していたちんちくりん)とか、高木美保(心底バカで金に汚いぼけなす。そんなに田舎暮らしがいいなら、新橋の第一ホテルを定宿にしてテレビに出てるんじゃねえよ)とか、まあ、出てくるわ出てくるわ。バカを叩ききってくれて気分がいいのだが、読み終わるとぐったりしてしまった。
「週刊プロレス」
泥棒で捕まってしまった剛龍馬の哀しみについて、番記者が書いていたのが、なんともいやはやしみじみと。もののあはれ。
「週刊ゴング」
T2Pは解散するものの、ミラコレはジャパンのリングを拒否。他方、アラケンはDoFixer入りを決心したかのような行動に出る。いずれも専門用語。


2003.01.22
取材2、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
明け方4時過ぎ、マンションの火災警報がけたたましく鳴った。これはとんでもない大音響なので、妻はびっくらこいて飛び起きた。俺は妻に起こされた。(妻は火災警報より大音響というわけではないので念のため)
どうせ誤報だろうと思って警報を停めても、何度も鳴る。耳を澄ませば、マンション全体で激しく鳴り響いているようだ。さらに耳を澄ませたら、遠くのほうから消防車、救急車の大音響。もちろん目的地はこのマンションで、たちまちにして大量出動した消防車と救急車に取り囲まれたのだった。妻はベランダからその様子を眺め、住民が大勢出てきて見物していると報告。間抜けなことに、というか、申し訳ないことに消防車は「通報した方はどなたですか」と拡声器でアナウンスしている。やはり誤報であったか。まったくいい迷惑だ。
朝になって掲示板に張り紙があり、結局誤報だったことと、原因は不明だが結露によ誤作動も疑われると書いてあった。やれやれ。ほんとに迷惑な警報機だったこと。
そうそう、関係ないけど、先日、新生銀行に口座を開設した。どんな銀行かと興味津々だったが、その様子はまたいずれ。


2003.01.21
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
最近は咲杜の起きている時間はギターが弾けなくなっているので、練習時間がどんどんなくなっている。もともと下手なのに、ちっとも上達しない。とほほほ。
こういう状態は、どの中年ギタリストにも共通のようで、中川いさトのホームページでの掲示板では「おやじギタリストの会」というのができて盛り上がっている。もちろん俺はそんなものは吐き気がするほど嫌いなので、近づかない。おやじは忙しくて時間がなく、ローンを抱えていて金がなく、家が狭くて場所がなく、それでも頑張ってギターを弾こうよ、というのが趣旨らしいが、おやじであることと音楽には本質的に何の関係もないのだから、気色の悪い慰め合いの会に過ぎないのである。しっしっ。臭いからあっちいけ。


2003.01.20
原稿、自宅で焼酎お湯割り。
基本的に今年は暖冬なのだろうか。クルマに乗っていても、日が出ているとかなり暑いぞ。ちなみにこの「かなり」を、タライと同じイントネーションで発音したそこのキミは落第だ! って、タライなんか知らないよなあ、今時の若者は。
イントネーションで思い出したが、昔、電車の中で兄ちゃん・姉ちゃんが「社印」についてしゃべっていて、なんでハンコのことがそんなに話題になるのだろうと思ってよく考えたら、バイトの連中が「社員」について悪口を言ってたのだった。


2003.01.19
自宅で焼酎お湯割り。
毎年恒例の、丹後族が一堂に会する新年会が、芝浦のインタコンチで開催された。同じ顔のおっさん、おばはんがずらりと集まるのだから、毎回周囲を睥睨するような不気味な団体となる。去年からはそこに傍若無人に振る舞う幼児(咲杜のことだけど)が加わったから、さらに大変。しかし、インタコンチは初めてなので少々勝手がわからず、今回は引き分けだ。って、何の勝負だよ、おれ。
なお、インタコンチでは駐車場の案内が「納品車・一般車」という表示になっていた。おいおい、一般車じゃなくて御客様だろうが。しかも納品車が地下一階で一般車が地下二階・三階。ここでは客より納品車が偉いようだの。
しかしランチのバイキングは本当に旨かった。ホテルのバイキングとしてはかなりのクラスではないか。デザートが豊富なのも偉い。ここはおすすめである。
それより何より素晴らしいのが、丹後族一同の、おじさん・おばさんたちである。気品があって、美しく、優雅で、あれこれもごもご。なぜこんなことを言うのかというと「ホームページ見てるわよ」とおばさんたちに突っ込まれたからである。ぎょえ、見てるのかよお。「親戚の中でホームページ作ってるのはあんただけだからね、当然見てるわよ」とのことであって、あちゃ、身内に見られるとは非常にまずいぞ。あわてて居住まいを正そうという気持ちである。
あ、大宮のおばさん、お年玉、ありがとうございましたっ。だからと言って、他のおばさんたちにお年玉をねだっているわけではないですからね。決してないですからね。
ちなみに大宮のおばさんの娘のナオコちゃんは、ぶいしっくすの、さかもとちゃんという人のファンらしい。何のことだかよくわからんが、妻とは意気投合していたぞ。


2003.01.18
終日原稿。自宅で焼酎お湯割り。
両親が新潟から上京し、我が家に泊まる。咲杜とは、久々の対面である。以前ならば逃げ回っていた咲杜だが、今回はすぐに慣れて、じいちゃん、ばあちゃんと遊んでいた。ふう、こういうのが親孝行なのだろうなあ。俺もこういうことができるようになって、ちょっとは成長したのかな。


2003.01.17
打ち合わせ1、原稿、自宅で焼酎お湯割り。
タカくんが取り上げられたことにジェラシーしたダニくんが「僕も出してくださいよう」と言う。最近出てないものなあ。そんなことには関係なく、ジャッキーは合コンに向けて気合いを入れていた。若者よ、青春を嘔吐、ちがった、謳歌したまへ。


2003.01.16
取材4、打ち合わせ1、自宅で焼酎お湯割り。
最近の息子は昼寝をしなくなり、8時頃に起きて9時頃に寝るまで起きっぱなしである。おかげで妻は日中ずっと相手をしなければならないので、へろへろだ。困ったことに俺も忙しくて一日中出ずっぱりだったりするのだから、まあ、お互いにここは頑張るしかないのだが。
「週刊文春」
プライドの社長の自殺について詳報。激情家、わかりやすく言えばすぐに切れる性格だったらしくて、酔った勢いでの弾みらしい。40歳超えてそんな死に方をするなんて、迷惑な奴だと思う。
「週刊プロレス」
CIMAが新技開発中。ううう、楽しみだあ。


2003.01.15
取材3、深夜まで原稿。自宅で焼酎お湯割り。(かように公私ともに再度猛忙中になってしまったので、例のブツはちょっと待ってくだせえ、岐部さん)
取材の移動中、時間があったのでボロボおじさんの車で新宿の新星堂、アコースティックギターフロアに立ち寄る。ここはギタリストの丸山ももたろうがよく来る店だ。ただ俺は別にももたろうに用事はなくて、何か面白いものがないかと立ち寄ったのだ。シャウブのカポも買い換えの時期だったし。
ラリビーのお買い得品が置いてあって、ちょっとうらやましい。ケビンライアンもあって、これは初めて見た。マーチンはゴミだから、目もくれなかった。何気なくピックコーナーを見たら(今思ったけど、何気なくじゃなくて、どの楽器屋にいっても見ているなあ)、おお、なんとフレッド・ケリーのサムピックが大量に置いてある。幻のサムピックなのだ。今までどれだけ探し回ったことか。「何気なく立ち寄った田舎の楽器屋に置いてあったので迷わず全部購入した」なんて記事をギター雑誌で読むと、うらやましかったものである。それがここで偶然発見。嬉しくてサイズ別に5つも買っちゃったよ。ちょっと使ってみて、いいサイズのものをいずれまとめ買いだ。
その後、再びボロボおじさんの車に乗って(そうそう、甲州街道そばのビックカメラが閉店していた。腰が抜けた)、お茶の水へ。ここでも時間があったので駿河台下のクロサワ楽器に寄る。なんとここでシャウブのカポが2800円で売られているのに遭遇。ついさっき新星堂で3500円で買ったというのに。フレッド・ケリーのピックで高得点の新星堂だったが、一挙に暴落。700円の違いは何なんだ。新宿、相変わらずぼったくりの街なのか。
それはともかく、取材終了後、タカくんが「たんごちゃん、はーいの"はーい"ってどういう意味ですか」と真顔で聞いてきた。こんなことを聞かれるのは初めてであるぞ。もちろん、単なる挨拶であると、丁寧に教えてあげた。タカくんは「なるほど、挨拶ですか」と納得していた。若い者には嫌われないようにしなければいけないから、こうしたコミュニケーションは大切にしなくてはならないのである。
ついでにタカくんに、そういう質問をするとしっかり書かれてしまうんだよ、と忠告したら「えー、やめてくださいよう」と言われてしまった。もちろん無視してこのように書いているわけだが、若者に気配りで高得点のたんごちゃんも、これで一瞬にして暴落なのであった。
「噂の真相」
めぼしい記事はなかった。芸能ネタ、最近は週刊文春のほうが面白いぞ。ひょっとしたらこの雑誌、編集長自らが言うようにぼちぼち使命を終えているのかもしれない。予定通り、間もなく廃刊というのも真実みある話だ。


2003.01.14
取材2、原稿。自宅で焼酎お湯割り。
かつてユーミンが「右に見える競馬場、左は」と歌った、まさにそのビール工場へ行く。もちろん取材である。しかし場所が場所だけに、インタビュー終了後は「では実際にどうぞ」とビールを試飲することになる。ぐふふ。役得。コマガタくん、いい仕事をありがとう。
飲んでみたら、これがやっぱり旨いのよ。ちゃんとビールの味がするというか、絶対に缶ビールでは不可能な味だということがよーくわかった。これは、1999年の夏、静岡「ならここの里」で岐部さんがサーバーから注いでくれたビールに匹敵する味だと思った。美味しいビールって、本当に美味しいんだよねえ。ビールはよくわかったから、コマガタくん、次は山崎蒸留所の取材を頼むよと言ったら、コマガタくんは「メシ食って帰ります」と府中駅前のカレー屋に姿を消したのであった。
メシと言えば、お昼時、カメラマンのミズノ氏に「最近、顔がおだやかになったねえ」としみじみ言われた。いい意味だと受け取っておくことにした。顔だけじゃなくて、性格もおだやかにならないといけないよなあ、俺。


2003.01.13
自宅で焼酎お湯割り。
三連休のうち、唯一仕事の入っていない貴重なオフ。朝から家族でさざなみ公園に出かけて遊んだ。妻が掃除しているうちに俺が連れだしたのだが、10分も歩けば到着するところ、寄り道しながらなので30分たっても半分もいってない状態。子連れの移動とは、かくも大変なのだった。
公園ではぽかぽか暖かく、コートなしでも汗ばむほどだった。1月だというのにね。気持ち悪いよね。その後、東陽町まで買い物と食事。夕方、久しぶりにテレビを見せたが、咲杜はえらくて、時間通りにスイッチを切ってもだだをこねなかった。


2003.01.12
終日原稿。自宅で焼酎お湯割り。
「しまじろう」って方に来てもらって以来、咲杜の言葉の覚え方や反応の仕方などが劇的に速くなった。うーむ。「咲杜くーん」「はーい」って反応も、しまじろうさんのおかげてできるようになった。今まであんなにやってもできなかったのに。これは恐ろしいソフトである。ひたすらびっくりなのであった。
それはそれとして、最近の咲杜がビデオ、DVD、テレビに毒されていることが気になっていたので、昨日、今日と二日続けてテレビは一切つけなかった。咲杜もよく我慢した。明日からはちょっとずつ規則正しく見せるつもりだが、とにかく幼児にとってのテレビは要注意である。基本的に俺もテレビは嫌いだし。


2003.01.11
原稿。自宅で焼酎お湯割り。
風は冷たいけれど、関東の冬らしいいい天気。家族で散歩に出た。近くの公園である。久しぶりだったが、前は自分でできなかった滑り台に、咲杜はもう自分ではしごを登って嬉々として滑り降りるようになっていた。ほのぼのとしたいい一日。夜になって仕事。明日は日中も原稿と格闘の予定だ。


2003.01.10
取材3。自宅で焼酎お湯割り。
青学の近くで仕事だったので、ランチは久しぶりに学食へいってみた。基本的な並びとかは変わっていなかったが、ずいぶんとこぎれいになっちゃってさあ。学生どもがうるさく、行儀悪かったが、これは昔もきっとそうだったに違いない。俺たちも大人からは顔をしかめられていたのだろう。
思わず吹き出したのはメニューを見た時。「西郊の森」「ルート246」「表参道」って、これが定食の名前なんだよ。冗談だよなあ。冗談に違いないね。ぷぷっ。チャペルが新しく生まれ変わっていてびっくり。つくづく金持ちの学校だ。厚木移転が大失敗に終わり、世田谷キャンパスもなくなるという恥さらしぶりなのに、金さえ入ればいいのだという匂いがぷんぷんだったよ。
ついでに(本当についでという気分だった)部室へ行ってみたが、相変わらずカギがかかったまま。もう撤去してもいいだろう、いい加減に。なのに放ったらかしにしているあたり、この学校のだらしなさが見える。個人的にはもうどうでもいいと思っているので、いつまでも屍をさらすような真似はせずに、とっとと撤去して欲しいものだ。きっと復活はあり得ないし、仮にあったとしてもそれは幸せなことではないという気がするのだ。
「山本昌邦防備録」山本昌邦防・講談社
トルシエ監督(なつかしい、というか、恥ずかしい記憶の名前だ)のコーチだった山本さんが、代表の4年間をあますところなく記録した一冊。きわめて貴重である。ここであかされるトルシエという人間の最低ぶりは、まったく度し難い。心底、悔しくなってくる。「代表は通りすがりの監督のものではなく、日本人のものなのだ」という山本さんのメッセージに深く頷く。あいつが監督でなかったら確実にベスト8だったろう。二度と日本の土を踏んで欲しくないものである。しっしっ、あっちいけ。


2003.01.09
取材5。自宅で焼酎お湯割り。
結局昨夜の咲杜の就寝時間は午前2時半だった。それまで眠い目をこすりながらこちらも起きているわけだから、いい迷惑である。どうしてこんなに睡眠リズムが乱れちゃったんだろうねえ。心身分離の時期で不安を感じているから、とかいうことが育児書に書いてあったがくそくらえである。
本日はやや遅めに起きたものの、睡眠不足のはずなのに、昼寝は午後遅い時間になってから。妻によれば、その間、睡眠不足でえらく機嫌が悪かったらしい。眠いなら寝ればいいのに、まったく子供って生き物はよくわからん。
午後、ベネッセより「しまじろう」が届く。「しまじろう」が何かというとすごく説明しづらいのだが、要は教育セットである。毎月送られてくる通信講座である。格安のおもちゃである。まあ、そんなもの全部である。ちょっと見たら表現的には下手くそなのだが、なぜか咲杜は大喜び。他に高い金を払って買ったビデオやおもちゃの方がずっと出来はいいだろうに、うーむ、子供というのはよくわからん。
本日、風呂で「たーたーたー」と叫ぶ。どうやら「お父さん」と呼んだらしい。うーむ、まったく子供というのはよくわからん。


2003.01.08
打ち合わせ1。自宅で焼酎お湯割り。
このように毎日焼酎を飲んでいる(しょっちゅーしょーちゅーを飲んでる。うぷぷっ)からと言って、焼酎が好きだというわけではありません。一番好きなのは日本酒です。冷やも美味しいけれど、最近は熱燗も旨いと思うようになりました。いい日本酒というのは、本当に最高だと思います。
でも、日本酒は、好きなだけに際限なく飲んでしまいます。家で飲むと、いくらでも飲んでしまう。外ならば帰りのことや財布のことが頭にあるので、ある程度は自制が効く。そんな思いもあって、日本酒は外で飲むようにしています。ではなぜ家では焼酎かというと、体への負担が少ないのと、安いからです。決して焼酎が一番好きというわけではありません。好きな順番で言えば、日本酒・バーボン・焼酎・ビール、といったところでしょうか。
インフルエンザ大流行の兆しとあって、昨日、咲杜が予防接種。親は二人とも既に受けていますが、咲杜はまだでした。来週には三種混合の追加の注射を受け、歯医者で歯科検診に臨み、再来週はインフルエンザの二回目の予防接種です。やつにしてみれば、災難かも知れません。
でも、昨日は大泣きすると思ったらさにあらず。ちびっと泣き声がしたかと思ったら、診察室のドアを開けて脱兎の如く走り出し、僕に駆け寄ってきて左腕をぽんぽん叩きながら「うおうおー」と説明してくれました。「ここだよここ父ちゃんここに針がささったよここに」という感じでした。その姿がとてもおかしかった。


2003.01.07
甚八で日本酒。
予定していた取材がキャンセルになって、突然のオフ。年の初めから困ったもんだ。文房具を買わなければならなかったのでお台場までふらふらと出かけたが、結局何も見つからず。仕方なく木場のイトーヨーカドーにいったら十分にそろったのだった。
「AERA」
いつにもまして呆れたバカ記事を発見。昨今のミステリー界は不作なので高村薫の復活を望むという記事なのだが、単にこの記者が高村ファンであるというだけの内容になっている。なぜ高村薫の復活を望むかというと、最近のミステリーはボリュームが薄いので、高村ならば大量の原稿を書いてくれるから、としている。「レディジョーカー」を絶賛しているのだが、意味もなくボリュームが多い、つまり冗長である点が高村薫の一番の問題点だと思うのだがねえ。


2003.01.06
自宅で焼酎お湯割り。
でもって、最近の咲杜の暴れぶりというか凶暴さは凄まじくて。
なぜか宵っ張りになってきて、10時、11時になっても寝ないことが珍しくない。眠いから寝ればいいに、機嫌が悪くなるばかりだ。で、激しく暴れる。泣く。喚く。暴れ疲れてやっと寝る。親もぐったり疲れて、やっとそれからもそもそと片づけものを始めたりする。
起床時間はばらばらで、昼寝時間もアバウト。いろいろと育児書を読むとそういう時期らしく「我慢しなさい」としか書いてないので、我慢するだけなのだが。
また、大変にテレビ好き、ビデオ好きで、 どうにかするとずっと画面を眺め続けている。強制的に切ると激しく怒る。これはなんとか矯正しなければと思っているところだ。現在1歳8カ月。ますます凶暴になるだろう。言葉を正しく理解できるようになるまでがピークだと見ており、それまではとにかく「我慢しなさい」なのだ。
最近の言葉。「ち」(あっち、または、こっち)、「き」(電気をつけろ、または、消せ)。どうも単語を覚えるときは、どんどん上書きされて、最後の発音しか頭に残らないらしい。かと思ったら「め」(メガネを取れ、または、かけろ)というのもあって、まったく子供ってのはおかしな生き物である。


2003.01.05
自宅で焼酎お湯割り。
いつものことながら長い休みの時は曜日の感覚がなくなります。カレンダーを見れば、今日は日曜日。いつにもまして長かった正月休みも、最後の日となったのです。
今朝はいつもより少し寝坊し、朝ごはんのあと、大急ぎで洗濯を干したりしてから、木場にあるイトーヨーカドーに出かけました。いとこのあやちゃんの誕生祝いを買うために、ヨーカドーの組曲FAM.へ行ったのです。もちろん目当てのものは買えたのですが、しかし、組曲は店員が少なくて、我々が買い物をしている間に何人ものお客さんが帰っていきました。人員削減の結果が売上げ減少に結びついている例を目撃してしまったわけで、なんともはや、でした。
ヨーカドーでは他にふとん袋やCDデッキ、DVDクリーナーなどを購入しました。その後、ランチのために浦安のシェラトンに移動しました。
シェラトンは我が家のお気に入りのホテルです。といっても食事ぐらいしか利用していませんが。今日はここのレストランで、いつものランチバイキングです。シェラトンといっても立地が立地なので、ほとんどが家族連れ。レストランもファミレスと変わりません。だから気楽に食事ができるのです。それでいてサービスはホテルなのですから、やはりこういうところがあると気分はいいです。
食事後はシェラトン内のキッズコーナーで遊びました。ここでは1時間300円で幼児が存分に遊べる仕掛けがしてあります。ついでに駐車券も2時間分もらえるので、非常に安上がりに遊べるコーナーです。おそらく儲けは度外視しているのでしょう。固定客がつけばいいという考えだと思います。ここで1時間ほど、咲杜は遊び回りました。ついている我々の方が肉体的にもきつかったのですが。
もちろん帰りの車では咲杜はぐっすりとシエスタ。こうして我が家の2003年のお正月は終わりです。明日から仕事。さて、今年はどんな一年になるのでしょう。家内安全、商売繁盛。初詣ではそれだけを繰り返しました。


2003.01.04
自宅で焼酎お湯割り。
忙しさ半分、面倒臭さ半分でとうとう年末に行けなかった散髪に、今日やっと行きました。お台場TFTにあるヘアーサロンマスイです。ここは美容院ではなくて理容院、いわゆる床屋さんです。美容院って理容院より何となく偉そうで、ポジションも上のような感じがしますね。その根拠ってよくわかりませんが。けれど、髪を整えてもらう(今日は染めもしてもらいました)という点では変わりはないはずです。ヘアーサロンマスイは「美容院より技術が高くて、快適な理容院」を目指しているお店であり、その志の高さには共感を覚えます。
「ジャンルに一流も三流もない。あるのはそのジャンル内における一流と三流だ」と言ったのはプロレス論を売り物にしていた頃の村松友視でしたが、美容院と理容院の関係もまったくこのレトリックに当てはまるのです。
昼に散髪を終えて、一旦帰宅。そのまま家族でランチに出かけました。お天気がとても良くてお台場の空気も気持ちよかったので、再びTFTです。デックスやアクアシティが混んでいるときもここだけは空いているので、ファミリーで行動するには最適です。事実、多くの家族連れがここで時間をつぶしています。食事はラーメン屋。味は平均なれどボリュームが非常に多い「夢二亭」という店です。ここで僕は味噌チャーシュー、妻はタンメンを食べました。咲杜は麺だけを口に運んでちゅるちゅると食べていました。
その後、湾岸を離れてぐっと下町の錦糸町と東陽町の間にあるホームセンターに向かいました。洗面台をいじり始めた咲杜のために踏み台を買うのが目的です。デザインが気に入らなかったのですが、他に選択肢もなく、とりあえず30センチ高の踏み台を購入しました。このお店も大変に混んでいて驚きました。下町の単なるホームセンターなのに、大変混んでいて、景気がよいのか悪いのか、果たしてどっちだろうと考え込みます。新年の新聞は朝日、日経、読売を読み比べましたが、さしたる提言もなく、日本の低空飛行はこのまま続くのでしょう。
踏み台購入後は、木場の布団屋に回りました。近く実家の両親が泊まりに来るので、そろそろ来客用の布団を一新しようと思ったからです。以前にも行った布団屋に顔を出そうと思ったらシャッターが半分降りていて、様子が変です。でも中では店主が働いています。シャッター越しに声をかけたところ、なんと年末で廃業したとのこと。今はその残務整理で、店内に残っているものでよければ売りますが、とのことでした。
ここは良心的なお店で、もちろんこちらとしては残っている商品を売っていただければ価格的にも助かるので有り難い話でした。ちょっと聞いてみたら、やはりこういう町中の布団店は経営が厳しくて、特にここ1、2年は商売が成り立たず、とうとう畳む決心をしたとのことでした。今後は倉庫だけを持って移動販売、出張販売に活路を見出すそうです。応援してあげたいと思います。しかしこういうお店が立ちゆかなくなるところに日本経済の構造的な問題を(それはおそらく後戻りできない問題でもあるのでしょう)思ってしまいます。
今日は昨日とはうってかわって比較的穏やかな、とてもいい気候の一日でした。立ち止まって空を見上げていると(そうそう、お台場の先、羽田空港との中間の青海地区まで足を伸ばして車を停め、頭の真上を低空で降りてくる飛行機を咲杜に見せてあげました。咲杜は、おーっ、と驚いていました)、つい3月頃のような錯覚に陥ったのでした。


2003.01.03
自宅で焼酎お湯割り。
朝から雪が舞う寒い一日。エディ・バウワーでシャツを購入。バーゲンが始まるまで待っていたのだった。価格は半分。妻はズボンとシャツを購入。
夜は日本代表のドキュメントを見る。これを見るためにDVDを買ったようなものだ。何度見ても面白い。そしてトルシエが憎たらしくなる。あのフランス人は日本を本気でバカにしている。


2003.01.02
自宅で焼酎お湯割り。
昼前に妻の実家を出て帰ってきたのだが、どういうわけか関越道が大渋滞。ひいこら言いながら首都高に入ったら、これまた大渋滞。事故が3つに故障車が1つ。普段乗らないお父さんたちが久しぶりに家族を乗せて正月気分で運転してこけてしまったのだろう。そんなわけで、平日の夕方よりも混んでいるというわけのわからん状態。新しく開通した路線を通ったりして、それでも普段の倍以上かかってしまったのだった。
おかげで予定していたお台場のショッピングはパス。ひいこら言いながら帰ったので精一杯だった。


2003.01.01
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。年賀状をいただいたのに出せなかった皆様、ごめんなさい。お取引関係の皆様、今年も一緒に頑張りましょう。
てなことは別にして、地元の洲崎神社に初詣したあと、妻の実家へお年賀。いとこのあやちゃん一家も来ていて、そりゃもう大騒ぎ。天皇杯の決勝ではあやちゃんパパの応援していたアントラーズが、あろうことか京都ごときに負けてしまったので、がっくり落ち込んでしまったのだった。それはそれとして、1歳7カ月と1歳11カ月が一緒に暴れるものだからそれゃもう大騒ぎだったのだ。
夕食の時、咲杜は「おいち」(おいしい)と発する。じじばば、大喜び。順さんとか岐部さんとかのせいで「まいうー」と言ったらどうしようかと思っていたので、本当にホッとしたぜ。