タタンゴほのぼの日記2004

たんごちゃんずな今日このごろ


2004.12.31
今年も大変お世話になりました。しょうもない日記におつき合いいただき、感謝しています。暴言の数々、気を悪くされた方も多いでしょうが、どうぞお許しください。
年明けからは日記も新しくなります。ここに直接ブックマークしている方は、2005年版にマークしなおしてくださいませ。
来年もよろしくお願いします。どうぞ皆様、良いお年をお迎えください。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.12.30
原稿。
前日とは打って変わって晴天。でも空気は冷たく、さすがに師走である。
午後、妻の同期であるブンノ一家が遊びに来てくれた。ブンノ旦那の実家が石神井公園にあり、正月の里帰りの機会に寄ってくれたのである。ブンノ妻とも妻は同期なので、全員仲良し。俺も原稿の手を休めてしばしのおしゃべなのだった。引っ越しで環境が変わり、近所に気軽に話せる友達もいないとあって、こうして友達が訪ねてくれると妻は嬉しそうなのだ。皆さん、どばどばお立ち寄りください。
隣のオガワさんが門に門松を立てており「お宅も是非」と言われたものだからその気になって安い門松、2本で1050円を取り付ける。そうか、戸建てに住むのは初めてだから門松なんてのも初めてだったなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.12.29
原稿。
年内の外回り仕事は全部昨日で終わって、これから突貫でたまった原稿を片づけていく。なにしろどの原稿も年明け一番に欲しいーというやつだから、まあ、しょうがない。毎年のことながら年末はギリギリまで原稿だ。
朝から雪が降っていて、家の前の畑も真っ白。息子は喜んで庭かけまわり、父ちゃんは机で丸くなったのだった。息子は妻と一緒に小さな雪だるまを作った。生まれて初めての雪だるまに、大喜びであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.12.28
取材1、打ち合わせ1、原稿。
ほとんどの会社が仕事納めとなるこの日も、俺は朝から取材なのだった。品川駅に10時の待ち合わせ。カメラマンのヨシダ氏は5分前にやってきた。ところがコマガタくんがやってこない。
あれえと思って電話したら、出た。
「あれ、タンゴさん、どしたんですか」どしたって、チミ、今どこよ。早く来なさいよ。「えっ、11時でしょ、今日」タコッ。タコタコタコッ。10時である。明日は10時に品川だよねって昨日の夜わざわざ電話で確認したじゃないか。ヨシダ氏は「絶対遅刻するなっていうメールをしつこいくらいもらいましたよ」とまで言ってる。さあ、どうする、コマガタ。「げっ、タ、タカダさんは」タカダ氏は、あっ、来た、今来たっ。「い、行きます、すんませんっ、行きますっ」。
10時集合を11時と勘違いし、しかも他人には遅れるなと念押ししておきながら、翌日にこの堂々のしでかしぶり。年末になって見事だ、コマガタ。また一つ、伝説の誕生に立ち会えた俺は幸せ者である。
品川での取材後、終了間際に合流したコマガタ氏の首を絞めながら、京浜東北線で新橋へ。ここで俺は東京星銀行でもろもろの相談である。
西武不動産に騙されて、低利の星銀行のローンを辞めさせられ、腰は低いが金利の高いアルファベット三文字銀行のローン借り換えさせられてしまったのだが、いずれ落ち着いたら再び星銀行に借り換えようと企んでいる。アルファベットも東京三菱に吸収されれば、低い腰も高くなるに決まってるから、もう見限るのだ。そんなこともあって星銀行とは良好な関係を維持しておきたいとのスケベ心のもと、ささやかな投資の相談に行ったのである。
星銀行、普通預金だと利息がまったくつかない。500万円預けて1年で100円つくぐらいである。それもアホらしいから、なんぼかでも投資に回してもらおうと思って相談に行ったのだ。結果、少しばかりの金を投資信託というものに回すことにした。したのはいいが、なんと印鑑を忘れやがって(誰がって俺がだけど)、結局無駄足。年明けに再訪することになったのだった。銀行に行くのに印鑑を持たないなんて、コマガタ並みのボケぶりか。人の失敗にはしつこい俺なのでこの比喩はしばらく使おうと思っているのだが、それにしても間抜けな話であった。とほほのほー。
新橋を後にして池袋の西武百貨店地下でケーキを買って家に帰る。家で1時間半ばかり原稿を書いたのち、4時過ぎ、日暮里に向かって家を出る。 そうなのだ、今日は忘年会、恒例の漂流するおっさんの会なのだった。
日暮里駅に到着したのは5時5分前。まったくなんでこんな不便な場所に集まることにしたんだろ、俺は。あー、バカみたい、とぶつぶつ文句をたれて人を待つ。んが、誰も来ない。来たのは、遅れるよー、遅くなるよー、という電話ばかり。日暮里と書いて東京の人間は当たり前のようにニッポリと読むが、知らない人にとってはとても想像の付かない読み方である。ヒグレサトと読まれるケースが多いそうだが、しかし、この東京の東北、つまり江戸城から見て鬼門に相当する薄わびしい街の駅前ロータリーに一人佇んで来やしない仲間を待っていると、確かにここはヒグレサトだわなという気になってくるのだった。
結局5時半になってイサワシがやって来る。おお、寒いねえ。さあ、二人で温まろうかいの。
実は日暮里、なぜか再開発の最中である。再開発したところで日の暮れる里であることに変わりはないので、やはりうらわびしい街であることに変わりはなかろう。そんなことを話ながらイサワシと入った一軒目は、去年二回突入を試みて二回ともはじきかえされた「豊田屋」という居酒屋であった。
今年は早い時間だったからか(なにしろ五時半)、さすがに空いていて、すぐさま座れた。まあ、店内は普通の居酒屋。この普通ぶりが有り難がられるところが日暮里なのだな、きっと。とりあえずビールを頼んで乾杯。イサワシは今日が仕事納め。「納会に挨拶回りについでにお葬式まであって忙しかったですよ、はふはふ」とレバー刺しを食うのであった。
ところでこの豊田屋、食い物は普通、飲み物並み以下という店だが、とにかく人間の態度が悪い。要は店の連中だ。どこがどうというか、言葉遣いが客言葉ではない。はいはい、とっとと食いなさいね、とっとと食ってさっさと帰れば、という言葉遣いである。俺もイサワ氏も、目で会話してもう二度と来ないと決めたのだった。
あじのタタキを頼む。すると、おお、叩かれて骨だけになったあじが断末魔のぴくぴくをやっている。イサワシ、感激して「ムービーにとって奥さんに見せてあげなさい」と言う。それに従って俺もついムービーに収録してしまった。言われたとおり夜中に帰宅してから母ちゃんに見せたが、確かに母ちゃん、おおーっと驚いていた。
6時半に、えーじくん登場。電話で「豊田屋にいるよ」と答えたらすぐにわかったのだった。まあまあ、えーじくん、ビールをぐぐいっと。三人揃ったところで、ナベにしようということに決定。湯豆腐1人前500円、たらちり700円ときて一番高いのが豊田屋鍋1500円となっている。なんなんだ、この差は。えーじくんの決定でたらちり2人前にする。このオーダーの時も店長の態度は非常に悪かったね。豊田屋、日暮れの里で一生暮れてろ。
こうしてそろったメンツを見れば、おお、三人とも重い重いローンを抱えたばかりの40代。とほほーっ。こうなりゃ話はローン貧乏自慢に決定。えーじくんが銀行のあくどい商法に激怒すれば、イサワ氏は「うちは裸電球にカーテンなし」という衝撃の告白。うーん、お互い頑張ろうね、苦労に負けないでいこうね。
と慰め合っているところに登場したのが、既にローンを払い終え、子育ても終わり、年の割には妙に肌の色つやのよろしいイズ。当然のことながらローンレンジャー三人の集中砲火を浴びたのだった。
ま、イズもそろったことでぼちぼち次の店に移動しようかということになり、恒例のじゃんけん。いや、これが大勝負だったね。連続10回以上のあいこ。何度やっても決着が付かない。そのうち店中を巻き込んでの真剣勝負になり、ってそれは嘘だけど、20回近くのあいこの末、まず俺が勝つ。ばーろ、うちは子供が一番小さいんだ、負けられるか。次に抜けたのがイズで、その次がえーじくん。結局負けたのは、せっかく社長になったというのに荻窪駅まで自転車で通っているというイサワ氏。金額は7300円。ごちそうさん。もう豊田屋には二度と来ないからねー。
さて、次はどうしようかとイサワ氏を先頭に徘徊する。ずんずんと駅を離れて、なんだか薄暗い路地に迷い込んでしまった。ここで我々は漂流の会史上最大のピンチに直面したのである。
じゃあここにしますかとイサワシが選んだのは、韓国料理の店。いいねえ、キムチにマッコリでもいきますか、などと軽口叩いて店に足を踏み込んだのだが、だがそこは期待していたのとまったく雰囲気が違う。なんと日本語がまったく通じないのだった。店番はおばちゃん一人。ビールと言っても通じない。2本というのに指を二つ出すしかない。客はおっさんが二人。このおっさんたちも、口から泡を飛ばして韓国語で怒鳴りあってる。壁に目をやればハングルのメニュー。いやもう完璧に異国なのである。北か南かわからんけれど、ともかくここはコリアン租界。日暮里のはずが実はソウルだったか。異国に紛れ込んだおっさん4人、はっきり言ってビビリました。
ともかく何か頼まねば。と、ビールと焼肉を発注。当然キムチも出てくる。キムチ、うまかったす。店のおばちゃん、奥から使ってないような鍋を出してきて、ここで肉を焼けと身振り手振りで説明する。それに答えて、何度か韓国に行ったことがあるというイズが「ほにゃらら、はしむにだー」と韓国語を口にするのだが、ぎゃはは、ばかたれ、まったく通じないでやんの。
ともかく我々は肉を焼く。豚肉だ。これが、いや、旨かった。びっくりしたぞ。糖尿病の俺が言うのもなんだが、旨かった。ついでに野菜に着いてきた辛子を生で食ったのがえーじくん。あまりの辛さにしゃっくりしながら七転八倒。「こ、これ、うまいっすよ、食ってみれば」とすすめるが、その様子を見ていて誰が食うか。と思ったらイズが食ってけろっとしている。どうなってるのだ、こいつの味覚と胃は。ともかくそそくさ食って、けっこう旨くて納得して、じゃんけん勝負。今度はえーじくんが負けて支払うことに。6000円だった。ちなみにこの店はチュンチョンという。
さて、3軒目はどうしますか。ともかく駅のほうに戻りつつ、再開発のあたりを歩く。しかし、俺たちって日暮里に住んでる人より日暮里の店のこと知ってるよねえ。俺たちってとっても日暮里を愛しているよねえ。日暮里に感謝状もらってもいいくらいだよねえ。口々にそんなことを勝手に述べつつ、再開発の囲いの裏側に「居酒屋ひまわり」を発見。ひまわりどころか、再開発工事の囲いに遮られて薄暗い中でしなびたような店なのだが、日暮里を愛している俺たちは迷うことなく突入したのだった。
ここは、おかしな店だった。店内、やたらとメニューの短冊がぶらがっていて視界が遮られるほど。その短冊もよく見れば「カラオケ1曲100円」「ボジョレーヌーボー3000円」など書かれてある。相当に不思議というか、ミスマッチというか。ここで我々はカウンターに並んで日本酒を飲む。他に客はほとんどいない。あきれるほど辛気くさく、不景気な店なのだった。それも案の定、暇をもてあまして小うるさく話に割り込んできた店長(おばば、推定60歳)によれば、再開発であと三日で閉店・移転が決まっているらしい。なるほど、潰れる店だったのか。
おばばによれば前回の移転では「がっぽりもらった」という立ち退き料も、今回はほとんど出なかったらしい。3月頃に仮設店舗を用意してもらい、3年後に完成する40階建てビルの3階に再入居することになっているという。えっ、日暮里に40階建て。いいのか、日暮里。そんなのができたら昼間っから日の暮れる里になってしまうぞ。だいいち東京の鬼門にそんな高いビルを建てたらほとんど卒塔婆じゃないか。いや、何よりも高層ビルと日暮里というのが釣り合わなすぎる。
ちなみに一部の世界では、衝撃の度合いを測るのに「N」という単位を使うらしい。これは「美人だなあと思っていた受付の女の子が、実は日暮里に住んでいると知ったときに受ける衝撃を1Nとする」という定義によるものである。Nはもちろん日暮里のNね。
そんなことを思い浮かべながらおばばの勝手なしゃべくりをスルーしていたのだが、スルーしないで拾ってしまうのがイズにえーじくん。イズは「閉店までにまた来るよ」と言われたおばばが怒らないのが不思議なほどの出任せを口にして、えーじくんは何を勘違いして機嫌を取ろうと思ったのか「この4人の中で一番近いのが俺なんですよ」と自慢する。近いっていっても、住んでるのは神奈川県川崎市ではないか。日暮里のおばばにしてみれば、ほとんど他の惑星にも等しい離れ方だと思うがね。
さて、ここでもじゃんけん。払っていないのはイズと俺なので、二人でじゃんけん。当然俺の勝ち。5000円。ローンが終わって子育ても終わった肌つやのいいおっさんに負けてなるかってなもんだ。
さて、時計も10時近くとなり(3軒まわってまだこの時間)、あと一軒行って終わりにしようと、カラオケボックスへ。深い意味はまったくない。マジで日暮里駅前のめぼしい飲み屋は征服してしまったので、他に行くところがなかったのである。俺たちの心の中に、これ以上日暮里を深堀りしてもねえ、という諦念があったことも否定しないが。
さて、駅前のなんとかっていうカラオケボックスに入った我々は「39番のお部屋へどうぞ」と言われてるんるんと39番に回ったのだが、ドアを開けようとして、中でミニスカートの女子高生が二人でいるのを見てギョッ。俺の手も止まってしまったのだった。あわてて店員に言ったら間違いだそうで、結局10番の部屋に回されたのだが、「なんで39番に入らなかったんですか。あのまま入ればよかったのに。あーあー、39番になんで」とずっと言い続けたのはイサワシであった。
おっさん4人がカラオケボックスに入ったら、てんでに適当に歌うだけである。えーじくんは吉田拓郎、イサワ氏はアニメだ。だが、なぜかイズはずっとメールしている。アニメソングを絶叫するイサワ氏の隣で、ぺこぺこと親指を動かしてメールしている。なんなんだ、このおっさん。思い切り怪しいな。何度か目を盗んで勝手にメールボックス開こうとしたのだが、残念、その都度見つかって怒られてしまった。
カラオケボックスの時間は1時間。おっさん4人、狭い個室に1時間もいれば十分だべ。まず先に明日も仕事のえーじくんが「おさきにー」と帰る。その後、イズ、イサワ氏、俺の三人が残って11時前に切り上げる。ここは最後に勝ち残っていた俺の支払。4000円。わはは、4000円で4軒も回ったぞ。しかも鍋に焼肉にカラオケつきだ。今回は大勝利だったなあ。
新宿経由のイサワ氏と池袋経由の俺は、人の少なくなってきた山手線の車内で「もう日暮里はいいかなあ」「来年は違うところだなあ」と話ながら帰ったのだった。みんな、一年後もまたこうして元気で集まろうね。忙しくて来られなかった親分、今度またぜひ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.12.27
取材1、打ち合わせ3。
年末のご挨拶をかねて新宿寿司どころ「すがわら」。トロが絶品。今日ぐらいになると、挨拶はほとんどが「よいお年を」になっている。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「will」日垣隆が読みたいだけで買っているけど、実につまらん。創刊2号。来月からはもういいや。「バカ日本地図―全国のバカが考えた脳内列島MAP」抱腹絶倒。この面白さは言葉では表現しづらいけれど、例えば「島根と鳥取は区別が付かないので一緒にしよう」「鳥取は取鳥でもいいんじゃないか」という意見を集めてその通りに日本地図を作ったらどうなるか、という本。


2004.12.26
原稿。
12月も26日だというのに、いい陽気で、日中など部屋の窓を開け放している。どーなっとるのだ、この気候は。
ぼちぼち年末の仕事の状況も見えてきて、取材仕事は28日まで、原稿仕事は29日まで、という様相。その後はキベさん仕事もやらねば。ということで、ぼちぼち例の件、お返事ください、キベさん。
それはともかく、本日は妻の学生時代の友人が集まるというので大宮まで送り迎え。夜ということもあるのだが、クルマだと片道20分。近いものである。しかし相変わらず大宮ってのはガラの悪い街だなあ。IQ、低すぎるぞ。あまりクルマで近寄りたくない街だ。
そうだ、恒例の十大ニュースをそろそろ決めなければ。えーと、ぼちぼち発表しよう。ぱんぱかぱーん。我が家の十大ニュース、今年の第一位は「マンション売り払って大損こいて練馬の一戸建てに引っ越し」だな。これで決まり。以上、十大ニュースの発表、おしまい。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「ナンバー」


2004.12.25
原稿。
毎月の定期検査。血糖値97(極めて正常)、A1C5.1(すごく正常)、尿酸値6.2(たいへん正常)、中性脂肪62(とっても正常)、γ-GTP35(素敵に正常)というわけで、まったくもって問題なし。ひどく健康なのであった。医者も、これなら検査にわざわざ来ることないよ、と言うのであった。1年半前にはこのすべての数字が異常値であったのに、なぜこんなにも健康を取り戻したのか。ふふふ。酢タマネギ、そば茶、梅干しの三つにその秘密があるのだった。特に決め手は酢タマネギだ。この半年食い続け、みるみる血糖値が改善されたのだった。どんなもんだい。
と、調子に乗って今夜も息子と二人で「魚せい」。ああ、魚が旨くて幸せ。息子もおいちおいちと煮たムツ、ヒラメ、イカなどを食ったのだった。酒は天下の朝日山。カウンターに親子で座って、あー、幸せ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊文春」


2004.12.24
取材1、原稿。
クリスマスイブである。バブル崩壊後は年々寂しくなる一方で、ちっとも盛り上がらない。静かで誠にけっこうである。
と言いつつ、小さい子供を抱える我が家では一応お約束だからケーキにご馳走。さらに一日早くサンタクロースがプレゼントを届けてくれた。それはそれでほのぼのして、なかなかよろしいのである。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.12.23
原稿。
ボーカリストだった母親の血を色濃く受け継いだ3歳の息子は、とにかく歌が大好きでしょっちゅう勝手に歌っている。
今日は鍋焼きうどんが食べたくなって昼に近所のうどん屋に行ったのだが、食べながら大声で歌うのであった。店の客は見て見ぬふりというか、聞いて聞こえぬふりである。息子はでかい声でドラえもんを歌い始めた。「あんなこといーなー、できたらいーなー、あんな夢、こんな夢、いっぱいあるーけどー」
歌声は店中にひびくのであった。「みんなみんなみんな、かなえてくーれるー、ふしぎなぽっけでなかえて、どっこーいしょー」。
その瞬間、間違いなく店の空気が止まったのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「サイゾー」


2004.12.22
取材4、打ち合わせ2。
予定では取材をすべて終え、客先の忘年会に9時頃に駆けつけることになっていた。けれど、15人もの初対面の人間からじっくり話を聞くという仕事を終えたらさすがにぐったりきてしまい、申し訳ないけどパスすることに。9時過ぎに携帯で六本木にいるイサワ氏に連絡して、勘弁してもらった。で、結局晩飯を飯田橋の鳥よしで。コマガタくんにはうひゃひゃひゃと笑われることだろう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「サイゾー」「週刊プロレス」


2004.12.21
取材6、打ち合わせ1。
田園都市線の蜜柑事件を書こうと思ったけど、面倒なのでまた今度。コマガタくんの机の上に文庫本があったのでこっそりのぞいたら松本清張「日本の黒い霧」だった。おお、なんと小難しい本を、コマガタくん。さすがだねえとほめたら、「おろ、なんで知ってんですか、なんで」とびっくりしていた。だって机の上に置いてあるじゃん。
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2004.12.20
取材5。
気が付けば今年もあと一週間。今週が今年最後の仕事のヤマである。だもんで、例によって朝から夜までずーっと外出しっぱなし。いつ原稿書くのだ、俺は。
そんなことを叫んでいる間にクリスマスがやってきて(本日豊島園のトイザらスでプレゼントを調達。当日までクルマに隠しておくのだ。ああ、忙しい)、一気に日本の暮れがやってくるのだろう。この間の空気って、案外好き。
そういや、先日コマガタくんに「電車男、いいっすよ」とすすめられたのだが、書店で手にとってうーむと却下。けど、日垣隆が今年最大の収穫と絶賛している。うーむ、読むべきか。でも、これで読んだらコマガタよりヒガキということになってしまって、コマガタくんに申し訳ないのではないか。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」
「砂の器(上)(下)」松本清張・新潮文庫。20年近くも前に渋谷で同名の映画を観たことがある。業病にかかった男が幼い息子を連れて全国を遍路する姿が、四季の美しい光景と重なって、壮絶だったのを覚えている。あの道行きはよかったなあ。当然のことながら映画と小説は別物であって(ついでにたぶんテレビも)、そのシーンが描き込まれているわけではなかった。現代の新本格ミステリーや横山秀夫あたりを読み慣れてしまうとさすがにミステリーとしては弱いと感じてしまうが、それでも物語の運びかたは昭和の文豪、たいしたものである。
「週刊ポスト」岩崎恭子が脱いだというのであわてて購入。飯田橋の鳥よしでグラビアを開いて騙されたと叫ぶ。水泳選手が脱いだんだから落差はなくて当たり前かもしれないが、しかし、いくらなんでも。
「ビッグコミックオリジナル」


2004.12.19
終日原稿。
たっぷり寝たのですっかり復活。と思いきや、やっぱり眠い。そんな中、朝の9時から一日中原稿と格闘。すっか疲れ果ててしまう。
最近は日記が短いなあ。金内さん、ごめんね。トリトンのクリスマスは相変わらず派手すぎますか?
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.12.18
終日原稿。
ひいひい言いながら原稿と格闘。疲れ果てて、夜には息子を連れて三軒寺の「魚せい」に行く。久保田をたらふく。疲れ果てて9時半に寝てしまう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.12.17
取材5、打ち合わせ1。
なんだかとても鋭い頭脳の持ち主にインタビューする。インタビューしていると、だいたい頭の回転などは見えてくるものだが、この人物は途中で凄まじく鋭い男だと分かり、舌を巻く。
あとで聞いたところではIQ180以上らしい。なるほど。IQと頭の良さがどれだけつながるのかわからんが、たいしたものである。ちなみに俺の中学時代のIQは126。それ以降のIQは分からない。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「ダ・カーポ」「東京の消えた風景」加藤嶺夫・小学館。昭和40年代の東京の風景を収録。懐かしいものもあれば、びっくりするものもある。前に住んでた湾岸地域の光景なんて、何もなくてびっくり。かつては川だったり海だったりしたところなんだね。「色の風景III-ふるさと-」野呂希一・青青社。素晴らしく感動的な本。日本全国の自然の色を集めた写真集なのだが、いやあ、その美しいこと美しいこと。例えば北海道空知の真っ白な雪原。青森の尻屋崎の菜の花畑。三重と奈良の境の山並。岡山の蛍。本当に美しい写真ばかりで、それぞれの色の名前が記してある。単純にぼーっと眺めていて、少しもあきることがない。「四季の言葉」中村裕・今森光彦・小学館。やはり自然の写真集。こちらは日本の四季折々の写真に、俳句が並べてある。人等に美しい国なんだなあ、日本は。海外へ行こうとはちっとも思わないけど、日本は全国くまなく回ってみたい。


2004.12.16
取材4、原稿。
久しぶりに仕事のために都心をクルマで移動。基本的に体のために仕事では歩くようにしているのだが、本日はもろもろの事情でクルマなのだった。どうにも都心の渋滞はつらいねえ。潮見に練馬と、田舎を走るようになってからは特につらい。前は新宿にいて平気だったのだから、慣れというのは、まあ、そういうものだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.12.15
取材3、原稿。
そういや先日のことだけど、マブチくんもFOMAに買い替えたことが判明。早速「ちょっと二人でテレビ電話してみませんか」というマブチくんの誘いに応じて、クルマの運転席と助手席でテレビ電話してみたのだった。結論は、男どうしでテレビ電話してもちっとも楽しくない、というものだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊プロレス」


2004.12.14
取材3、打ち合わせ3、原稿。
朝から都内をじたばた。日中は取材に打ち合わせでどうにも原稿の時間が取れない。つらいなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊朝日」「宮部みゆき責任編集松本清張傑作短編コレクション(上)」文春文庫。松本清張再評価の気運が高く、それを機会に改めて手にする。宮部みゆきの前口上が見事。松本清張はそんなに読んでいないので、けっこう新鮮。ぐいぐい引き込む語り口はさすが昭和最後の文豪。芥川賞の「或る「小倉日記」伝」は、一読仰天。こんなにすごい話だったのか。この一編を読むだけでも、松本清張の価値はある。


2004.12.13
取材2、原稿。
朝7時に家を出て、本日はクルマでの移動である。常磐道を走って8時過ぎに土浦へ。合流のマブチくんをひろって、10時から筑波で取材だ。その後、日立市へ移動して午後も取材。帰りは練馬まで順調に走って、マブチくんを石神井公園で降ろす。やれやれ、クルマでの移動はやっぱり疲れるなあ。
新聞休刊日。「AERA」


2004.12.12
原稿。
昨日は遊んでしまったので、本日は朝から引きこもって原稿仕事。それでも丸一日かかってしまったのだった。ふう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.12.11
クリスマスイルミネーションを見ようと思って豊島園に出かけたのだけれど「10万個の電球が園内を!」とえばりくさってるくせに、なんと5時(もちろん午後の5時)で終了という信じられないメに会って帰る。終了したのはイルミネーションです。4時半に点灯して5時に消すそうです。最低なのは豊島園。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」


2004.12.10
取材5、原稿。
広いスペースで鎖をほどいて犬を自由に走らせてあげることをドッグランというらしいのだが、公園などにそれ専用の施設がぼちぼちできてはいるものの、絶対的にまだ不足している。ならば犬なんぞ走らせないで鎖で縛り付けておけばいいものを、サル並みの頭脳しかない飼い主たちはサル並みに自分を抑えきれないので、結局公共の施設である公園や空き地で犬を放してしまう。
サルに公共心や道徳心を求めても無理な話なのは、てめえの畜生が走り回る姿を見るときの口を半開きにした恍惚の表情を見ればすぐ分かる。しかもサル並みの脳味噌をフル回転させての知恵なのだろう、なぜか連絡を取り合って集団で放し飼いにして、良識ある一般市民を寄せ付けないようにしている。地下鉄・豊洲駅前の美しい芝生のスペースは、そうやって週末になると畜生とサルに占拠されてしまっていたのだった。サルと畜生だからそこを囲って檻にしてしまえばよいのだが、できることならその檻から棒を差し入れて突っついてやりたいぐらいである。
だが2年ほどまえ、突如としてその芝生のスペースがつぶされ、駐輪場が建てられた。役所もサルと畜生は追放したかったのだろう。おかげであの不快な恍惚の表情も、薄汚く走り回る姿も、地元の人たちは目にせずによくなったのだった。行き場を失ったサルと畜生は流浪の日々なのか。
いい気味である。
などと毒づいて多忙な毎日のガス抜きをしているのだが、いつも鳥よしではアホのふんどしなので(意味不明)、本日は新規開拓。近所で気になっていた谷原の三軒寺交差点近くの居酒屋に突入だ。「清せい」という。格子戸の小さい店で、隣が魚屋。きっと魚が旨いと睨んでいたのだが、中が見えなくてちょっと敷居が高く、今まで突入してなかったのだった。先日は隣の「たちばな」に突入して大当たりだったので、こちらも期待。
格子戸を開けて入ったら小さい店で白髪オヤジがふんぞり返っている。カウンターに座ってみれば、おお、なんと久保田の千寿が置いてあるではないの。嬉しいねえ。しかも600円。頼んでみたら、なお嬉しいことにコップになみなみと1合出してくれたぞ。
続いて黙って目の前に出されたのが小鉢ではなくて大鉢のマグロの山かけ。このボリュームだと普通に頼んで350円というところだが、どうやらお通しらしい。うーむ、もうこれでつまみは十分だ。味、なかなかよろしい。
お通しだけというわけにはいかないから、えーと、あじのタタキとおしんこください。で、出てきた皿にはあじのタタキだけでなく、しめ鯖とタコの刺身が載ってる。あ、いや、刺身の盛り合わせではなくてですね、と口にしそうになったところへ、いいから食べてよ、もうこれで終わりだから、とオヤジ。しえー、なんというサービス。これで500円。もちろん睨んだとおり、魚屋の隣だけあって味は文句なし。ついでにおしんこも頼んだが、こちらは普通。やはり魚関係だけで十分のようである。
安くて旨いから久保田をおかわり。計3杯。つまみがなくなったと見るや、オヤジは、これを味見してみな、とブリの照り焼きを出す。味見ったって、しっかりちゃんと一人前が皿に載っている。うーむ、これもサービスなのか。食ってみると、非常に旨い。身が締まっていて、脂がのっていて、絶品。黙っているだけで旨いものがタダでどんどん出てくる店らしい。
そのせいだろう、オヤジの嫁と思えるオババが非常に不機嫌な様子で時々奥から店に顔を出す。いささか気になるオババであった。そのオババがオヤジに向かって、ちょっと、と手招きして奥に連れ込む。するとドア越しに、どーすんのさ、これ!とオババの声。もめ事か?
奥から出てきたオヤジ、俺に向かって、イカ好きか、と聞く。もちろん好きだよと答えたら、持っていきな、と新鮮なゲソをコンビニ袋に山ほどくれたのだった。どうやらイカを買いすぎてゲソの始末に困ったオババに怒られ、それを分けてくれたらしい。土産までくれるのか、この店は。
話を聞けばオヤジ、新潟の出身だという。新潟のどこかは聞いて忘れてしまったけれど。昭和20年生まれで中卒で東京に出されて、働きづめの苦労人だったそうな。谷原に来たのは東京オリンピック前というから、たいしたものだ。店は基本的にあまり客を入れないようにしているらしい。入りづらかったわけだ。時々、遠くから相撲取りがわざわざ食いに来るというから味も確かなわけだ。なるほどねえ。どうやら俺は気に入られたらしいから、また来ようっと。
そう言いながらぼちぼち帰ろうかなと思ったら、オヤジ、これ飲んで帰れ、と大きめのグラスにたっぷりの酒を出す。なんすかこれと聞いたら、ウオツカのソーダ割りだよ、きくよ、帰ったら腰が立たないよ、とのことである。いや、これも旨かったぞ。ぺろっと飲んでしまった。もちろんサービスである。
で結局どうだったかというと、久保田を三杯にウオツカのソーダ割りを一杯、まぐろの山かけに刺身の盛り合わせ、おしんこ、ブリの照り焼きを食って、おあいそ、なんと2500円。
ふざけとんのか、このオヤジ。食い物、飲み物勝手に出てきて、しかも旨くて、さらにそれらがタダである。パラダイスだねえ。当然また来ようと決めた。
親父の言うとおりべろべろになって5分ほどの道程を歩いて帰ったのだが、旦那が泥酔して袋一杯の生ゲソをぶら下げて帰ってきたものだから、アイロンがけをしていたかあちゃん、びっくりして腰を抜かしたのだった。わはは。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「文藝春秋」「週刊新潮」


2004.12.09
取材5、打ち合わせ2、原稿。
朝起きて洗濯機を回しながら、メールの処理。本日は妻と子どもたちが以前住んでいたマンションでの友人の送別会に出席するため、出かけることになっている。洗濯物を干しつつ、子どもたちを着替えさせる。妻が子どもたちに朝食を食べさせている。その傍らで俺は外に出て、雨という天気予報に合わせてクリスマスイルミネーションを片づける。
妻と子供をクルマで駅まで送った後、俺はパソコンに向かって原稿を一本仕上げる。けっこう苦戦。メールで送信後、雨に備えて洗濯物を取り込み、暖房のタイマーをセットして、取材のために出かける。
忙しい朝はこんなふうにして過ぎていく。続きは面倒だからまた今度。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「夕刊フジ」「週刊文春」


2004.12.08
取材2、原稿。
夜8時半、マツバラ氏より携帯に電話。「今どこですか、まだですか」え? 明日でしょ、打ち合わせ。「何いってんですが、今日ですよ、8日ですよ」えっ、うそっ。「8日にしましょうって、タンゴさんが…」げげっっ。やってしまったか。
アポイントだけは決して遅れないのが俺の信条だったのに、まったく情けない。大変申し訳ない。ああ、情けない。完璧に9日だと思い込んでいたよ。
忙しい、というかスケジュールが変更に次ぐ変更の連続で、どうにも自分で自分を管理できない状態になってきたってことか。困ったものだ。
ともかく大切なのは失敗の後のリカバー(新入社員教育で最初に教わる鉄則だ)。明日こそ、必ず早い時間に、頭を下げて。ごめんなさーい。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊プロレス」「週刊朝日」


2004.12.07
取材2、打ち合わせ1、原稿。
夏にブラザーの多機能プリンタに買い替えた。プリンタ、ファクス、コピー、スキャナの4つがオールインワンになってるやつだ。
ところがこの機械が限りなくファッキンで、色はまともにでないわ、すぐに止まるわで、いい加減激怒なのである。本日もネットワーク上で認識されないというトラブルを起こし、以前にもネットワークのトラブルでえらいめにあったものだからこのクソ忙しい中にんなことはしてられないので、LANから外してUSBで直づけにして何とかしのいだのだった。それでも1時間も時間を無駄にしてしまった。ああ、ブラザーのばたかれ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「ウィークリーヨミウリ」「愚か者死すべし」原僚・早川書房。石神井公園駅前の八重洲ブックセンターの平積みで、原僚の名前を見た時は、えっ、と固まったものだった。なにしろ伝説の作家である。デビュー作「そして夜は甦る」は、いわゆる持ち込み。一方的に送りつけられてきた原稿を読んだ早川書房の編集者が、そのクオリティの高さにぶったまげて、たちどころに出版を決定。彗星のようにという枕詞がぴったりなデビューを飾ったのだった。続く二作目「私が殺した少女」で、なんと直木賞を受賞。デビュー二作目が直木賞なんて、とにかくこの作家には早く賞をあげなければ世間が納得しない、という空気に後押しされての受賞だったけれどこの作家は三作目の「さらば長き眠り」といくつかの短編集、そして評論一冊を出した後、ぴったりと姿を消す。その間10年。もうこの作家は伝説的な作品を残して筆を折ったのだと思っていたわけよ。だから突如書店で新刊を見かけて、もうミステリーの新刊を読むのはやめて文庫で良書を選んで読むようにしようと立てたばかりの決心をあっさり捨てたのも、ごく当たり前のことだったのである。で、まさかまさかの復帰作。プロットが複雑すぎて、物語になかなか入り込めない。文章がところどころ破綻しているというか、座りが悪いというか。はっきりいって過去の三作よりレベルは落ちる。これは休んでいた10年間に他のハードボイルド作家のレベルが上がったことで、相対的に見劣りする、ということかもしれないが。というわけであっさり期待を裏切ってくれたのであった。まあ、それでもあれだけの作品を残した作家の復活だ。次作も出るらしく、俺はしばらく付き合うぞ。


2004.12.06
取材5、打ち合わせ2、原稿。
いつものように(って既成事実化するわたくし)飯田橋の鳥よしで飲んでたら、携帯が鳴った。出たら「ハヤシですけど」という。
は? どちらのハヤシさんですか? だが電話の主は委細構わずに住所教えろ送ったら返ってきたどうなってんだ住所教えろと叫ぶ。
切りましたね。とーぜん。ぶち切りです。
ところが15秒もしないうちにまたかかってくる。サルですな。
そう思ってこのサルめと叫んだら「なんで切るんだよ、ハヤセだよ」。ぎょっ。ハヤセさんでありましたか。失礼しました。名乗らないあなたが悪いのよ、って名乗ったか。えーと、鳥よしで飲んでるわたしにかけるあなたが悪いのよ。
そう言いつつ、鳥よしの夜はふけていったのだった。ハーセさん、ごめんね。到着、待ってるからね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊ダイヤモンド」「ビッグコミックオリジナル」


2004.12.05
原稿。
季節はずれの台風が残していったフェーン現象なのだろう、最高気温25度という南半球の12月のような陽気。いったい地球はどうなってしまったんだとは思うものの、寒くないのはいい案配で、Tシャツ一枚で過ごす。あまりに気持ちがいいので昼にはピザを出前してもらって、畑を眺めながら縁台で子どもたちと食べる。まったくここは本当に23区なのか。
夕方には、隣のオガワさんと「気分が出ませんねえ」などと言いながら、庭先にイルミネーションを飾る。オガワさんもTシャツだ。飾ったら飾ったで物足りなくて、もうワンセット欲しくなったが、夕方だし買い足しはまた今度にしようということに。
南半球のようであっても、ぼちぼち気分はクリスマス。明日からは平年並みという予報だ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.12.04
原稿。
我が家の娘の最近の好物は、豆腐にもずくである。もずくは俺が健康のために(血圧の安定には最適!)毎朝食べているのだが、それを見て娘も発狂したようにねだり、つるつると食べている。
我が家は健康のために、というか俺の病気のせいで、五分づきの玄米を食べている。従って娘は1歳3カ月の若さでありながら玄米ともずくをたらふく食べているのだった。こりゃあ健康になるなあ。
もちろん3歳の息子も、俺より14歳年下の妻も同様である。家の中に一人病人がいると、食卓はかくも健康なものになるのだなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.12.03
打ち合わせ3、原稿。
去年1年間の自殺者数は3万4427人だそうである。過去最高。俺の田舎の町が去年1年で消滅したに等しい数字だ。まったく困った時代である。
で、五洋建設の社長が何を思ったか朝から会社で自殺しちゃって、そりゃもう飯田橋は大騒ぎ。かと思ったらそんなことはなくていつも通りの鳥よしなのであった。いや、いつも以上に混んでいたぞ、鳥よし。でも、最近ちょっと飽きてきたなあ。ぼちぼち店を変えようかと思うこの頃。ならばカナウチおじさんも付き合ってくれるだろう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「日経ビジネス」「ダカーポ」


2004.12.02
取材3、原稿。
朝の8時過ぎに日野に到着。どえらく早朝に、どえらく遠方まで来たものだ。昨年の同時期にやはり日野まで来たときはけっこう冷えた記憶があるが、今年はそんなことはない。暖冬なのかなあ。どんどん地球はおかしくなっているのかも。
いや、それよりもおかしいのは俺の頭で、スケジュールがぐちゃぐちゃで、とうとう自分で自分が制御できず、さて、今俺は何をすればよかったんだっけ、とりあえずネットでも見てみるか、などとさすらっている状態。困ったものだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊文春」


2004.12.01
取材2、原稿。
それは本日13時頃、品川駅の新幹線南口改札近くで人を待っていた時である。俺は珍しくスーツ姿だったのだが、その目の前を中途半端に体のでかいあんちゃんが通ったのだった。
お前は若い頃のジョージ高野か。
そう思った瞬間、隣に立っていたコマガタくんが「ホテーだ」とつぶやいたのである。なんだ、七福神か。いんや違う、額にDVD突き立てて保坂なんとかと喧嘩してバウバウだったりしたこともあるホテーが歩いていたのであった。
なにしろ布袋寅泰である。とても書けないので、今、ネットで検索してコピペしたような名前である。その男が女房と子供を連れて歩いているのである。新幹線の改札に向かって…って、女房って山下久美子じゃん、違う、わざと間違えた、今井美樹じゃん。
へー、今井美樹の子供って初めて見たよ。って、今井美樹も初めて見たんだけど。
ともかくその一家が額にDVD突き立てたまま(嘘)、品川駅の新幹線南口の改札を抜けて中に消えていったのだ。これが大慌てで撮った証拠写真である。ぼけぼでさっぱりわからんが、右側のベージュのコートのロングヘアーが今井美樹で、真ん中の黒くて大きいのがホテーで、手前の緑のおばちゃんはホテーに気づいて眺めている通行人なのだった。
どうでもいいけれど、この一家、やけに仲良く、楽しそうに歩いていたぞ。どこへ行くんだろ。聞けばよかったな。って聞いてもしょうがないか。
コマガタくんをはじめ、我々一行は、ほー、てー、となんだか感心しきり。その数分後、今度は目の前をやけに暑苦しくて騒々しい三人組が駆けていった。それを見たコマガタくん、「あ、なんとかかんとかだ」と叫ぶ。なんとかというお笑い三人組らしいが、俺はさっぱりわかんなかった。とにかくデブ。首の裏側が段々になってて汗が溜まってしまうようなデブ。こう書けば知ってる人は分かるんだろう。
で、コマガタくん、東京へ出てきてからほとんど芸能人というものを見ていないから「今日一日で東京に出てきて8年分の芸能人を見ましたよー」と感激していたのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊プロレス」へのへの仮面は一体誰なのか。あまりに見え見えにアラケンすぎる。きっと何か仕掛けがあるに違いない。


2004.11.30
取材1、打ち合わせ7、原稿。
ネリマのエリコなので、足して略せばネリコ。そのネリコおねえさん(よいしょっと)はご近所であり、本日お昼をご一緒させてもらったのだ。お世話になりました。ありがとね。近くにこのおばさん、いや、えと、おねえさんがいてくれて、助かりました。妻も喜んでいます。
その後、昨日とは打って変わって本日はじたばたどたばたの大騒ぎ。取材と打ち合わせの、嵐のようなもので。
来週あたり、けっこうやばいです。とほほのほー。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞「週刊朝日」忙しいと言ってる割には、飯田橋に行くと帰りに鳥よしで厚揚げを食って帰ってくるのであった。そこで飲みながら読んだのがこの雑誌だけど、でへー、酔っぱらって覚えてましぇーん。


2004.11.29
原稿。
平日なのに珍しく家にこもってのお宅ライター。一日中パソコンに向かって原稿を書いていると、さすがに肩の辺りが痛くなってくる。あーあ、いいキーボードが欲しいなあ。せっかくアキヤマくんが秋葉原のキーボード専門店を教えてくれたというのに、まだ足が運べていないのである。
もっとも痛くなってくるのは肩だけでなく頭も同様で、働きの悪い頭が途中でエンストしてしまう。困ったものであるが、こちらは交換するわけにもいかないのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「新潮45」朱里エイコ(「北国行きで」)が死んでしまったとは知らなかった。最後は足立区の公団住宅でひっそりと。そこに至るまでの人生模様が、うーむ、なんとも悲惨というかねえ。


2004.11.28
原稿。
結局えりずとこずーには夕方まで付き合ってもらった。息子はたっぷり遊んでもらい、心から満足。貴重な土日を潰してくれたえりずとこずーには感謝なのだ。ありがとね。
夜は、疲れた妻のために和民で晩ご飯。なのに帰ってきてとっとと寝てしまったのは俺のほうだったのだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.11.27
取材2、原稿。
妻の友人のえりずとこずーが遊びに来てくれる。近所には友達もいないので、妻はとても楽しみにしていた。有り難い話である。息子もたっぷりと遊んでもらったのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「日曜日の夕刊」重松清・新潮文庫。まったく相変わらずうまいのである。"後藤をまちながら"(このタイトルで損してるな)なんて、いやあ、染みる染みる。子を持つ親ならば、なおのこと。脱帽。


2004.11.26
取材2、原稿。
ぺいちゃんからクレームの電話。「ネットで公開しているおめーのカレンダー、電話番号を入れておけ」。なんでも俺の新しい電話番号が覚えられないらしい。記憶減退か、覚える気がないか。たぶん短縮登録が面倒なだけだろう。
ニーズにはすぐに応えるのが商売の基本。クレームは宝の山。すぐさま事務所と携帯の電話番号を記入したのだった。
もっともこのカレンダーを見ながらぺいちゃんは「おろっ、酉の市、今日までか。行かなければ。会社繁栄のために熊手を買いに行かなければ」と口走っていた。しっかり酉の市と記入してあったから、このカレンダーもなかなかに役に立ったようだな。ぺいちゃんと従業員一同は練馬方面に向かって感謝するように。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「Will」案の定、雑誌「編集会議」の編集長職を、オーナーとの大げんかの末に放り出した花田編集長。雑誌業界では希有なキャラの人間だ。その彼が"遺書"という意味を込めてWillと名づけた雑誌の創刊号がこれ。日垣隆がなんの遠慮もなく実名であちこちに噛みつきまくるという過激な連載を一番楽しみにして、今日の創刊日を待っていたのだった。浜松町駅近くの書店で購入したのち、山手線ですぐに日垣隆の連載を読む。ふむ、まあ、こんなものか。続いて他のページを読む。ふむ、まあ、こんなものか。新潮45テイストはあるものの、ちょっと中途半端な感じ。花田編集長にしては失敗作ではないか? もっとも仕掛け型スキャンダルを得意とする編集長だけに、しばし時間をかけてじっくり仕込んでいくに違いないから、しばらくはお手並み拝見だ。


2004.11.25
取材5。
取材で会った人と話していたら「東京ロマンチカって知ってます?」と言われた。ええ、そりゃもちろん、なみだあーのとーおーきょおおー、ですか。「あの鶴岡雅義って、ぼくの叔父なんですよ」。ふがっ。思い切り力が抜けたのだった。
もっとも東京ロマンチカと言われても若いキクチくんには何のことやらさっぱりだったらしい。そのキクチくんと取材後には飯田橋の鳥よし。俺は日本酒に厚揚げという至福の時を味わったのに、キクチくんは「まだ仕事なんです」と烏龍茶におにぎり二個なのであった。ごめんね。
でも、おにぎりをわざわざほぐして食べるのは、やめたほうがいいと思うぞ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊文春」


2004.11.24
取材1、原稿。
世間では非常によく知られた話であるが、妻は大のドラえもんファンである。マニアやオタクと言うと怒られるのでファンと書いているが、とにかくドラえもんなのである。ヨンさまでなくて、ドラさまである。ちなみに俺はタンさまである。
そのドラさまの西友が、ちがう、声優が一斉に引退だと。当然大山のぶよもだ。
ドラえもんが大山のぶよの着ぐるみを被っていると言われているほどだから、代役などいるわけがない。妻は激しく怒り、そして肩を落としている。慰めようとして俺がドラえもんのマネなどをするわけだが、火に油を注いでいるのは言うまでもない。
おーい、ドラえもーん、なんとかしてよー。ポケットからのぶよを出しておくれよー。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊プロレス」


2004.11.23
原稿。
しかしアレですな、小春日和ってのは気持ちのよいものですな。明るい室内にいると、ぽかぽかと背中の近辺が温まってきて。そういや八木重吉の「琴」という詩は、このような小春日和の午後に似合いの一編ですな。と書いて、その詩を想いだしてここに書けばちょっとは自慢できるんですが、ダメです、もうすっかり忘れています。残念。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.11.22
原稿。
以前よく通っていた曙橋の美容院の話である。俺が原稿書きだと知った美容師は「じゃあ、ワープロ使って書くんですか」と聞いてきた。そりゃそうだよと答えたら「わあ、プロ!」。
今ではすっかり足が遠のいてしまったが、まだ同じ調子で飛ばしているのだろうか。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「SPA!」


2004.11.21
原稿。
3歳の息子が、妻と妹と一緒に歩いて近所の西松屋まで出かける。妹のおしめが少なくなったから、買い足しに行ったのだ。
帰り道、おしめのパッケージを見ながら「ドレミのおしめだね」と言う。ドレミと書いてあるその文字を、読んだのだ。3歳にして人生初めての文字を読んだ。父ちゃんと母ちゃんは喜んで万歳をしたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.11.20
取材1、原稿。
土曜日にもかかわらず、朝からマブチくんと取材。よく働く男なのだ、マブチは。取材後、一緒に昼飯食って、俺はビックカメラへ、マブチはヨドバシカメラへ。
夜は、地元の居酒屋「三平」へ行く。地元ったって20分以上歩くのだが。我が家では週に一回居酒屋で食事する。妻は家事を休み、俺は酒が飲め、子どもたちは好きなものをむさぼり食うというわけだ。
「三平」はもう地元の客しか来ない店で、茶髪のヤンママが子連れで入ってきていきなり煙草をスパスパしたり、近所の年寄り同士が連れ立ってやって来て近所のうわさ話をしたりという店だ。そのほんの田舎にあるような店で、なるほど、練馬ってば田舎だなあと納得。
秋晴れのいい一日だったなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「ビッグコミックオリジナル」


2004.11.19
取材4、打ち合わせ1。
どっと疲れた体と精神を抱え、飯田橋で途中下車。ここのところ毎週通っている鳥よしで晩飯だ。遅くなった日は子供ももう寝ているし、こうして外で食べてから帰る。それにしても世の中には基地外が多いなあ。まともな精神で対応しようとしても、疲れるだけだったりする。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊文春」


2004.11.18
原稿。
げ、原稿が、追いつかない。取材メモばかりがどんどん溜まっていくのだ。うむむむ。
このページで公開している俺のスケジュールを見て仕事を依頼してくれる人がほとんどなのだけれど、その誰もが絶望的な言い方で電話してくる。全部にお応えしたいのは山々なのですが。こんな下手くそな三文ライターにもお声をかけてくれるんだから有り難い話なのだ(いや、本気でそう思ってるの。やっぱ感謝だよ、仕事は)。
これから年末にかけて全力で頑張るっす。あ、ぼちぼちクリスマスの飾り付けも始めるかな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.11.17
取材1、原稿。
夕刻、五反田駅でセキグチ氏と別れた後、次のアポがあるようなふりをして有楽町はビックカメラに向かう。携帯を買い替えるためだ。夫婦そろってmovaからFOMAにするのである。テレビ電話である。
そろそろFOMAでも通話エリアが十分になってきたし、ぼちぼちいいかなと。テレビ電話も使ってみようかなと。でも、相手がいないと通話できないので夫婦で機種交換なんだけど。っていうことは、夫婦でテレビ電話するということなんだけど。
それからフェリカも使ってみようかなと。来年の秋にはJRも携帯を切符代わりにして乗れるようになるが、その前の物珍しい段階で使っておこうかなと。
そんなわけで二台分を一気にFOMAに機種変更。混んでいたけど、手続きをしたシモタイ(下帯と書くらしい)という名前の茶髪ねえちゃんが、見た目はチャラなのにとんでもなく切れるすぐれもので、ちょっと感心。あの事務処理能力はただものじゃないなあ、マジで。と感心。
俺はmovaとFOMAの両方を使えるようにしたが、今のところFOMAだけで十分という感じ。家に帰ってきてどうしたかというと、一階と二階でテレビ電話を使って、おー映ってる映ってるとはしゃぐだけ。あげくに子供のおもちゃにされて一体なんなんだ状態。アホですな、うちは。
それはともかく二台の機種変更、合計で5万5千円ほどのところ、ドコモのポイントやらビックカメラのポイントやら機種変更サービスやら、あらゆる特典を駆使したらなんと1万1千円で買えたのだった。4万4千円も得したぞ。ふふふ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊プロレス」「オレンジページ」「ダカーポ」「ニ十四の瞳」壺井栄・新潮文庫。中学の頃に何度か読んで涙した小説だったが、いま改めて読んでもやはり胸が熱くなるのだった。ほのぼのしているのではなく、とんでもなく激しい反戦小説だったことがよくわかる。ここに描かれている日常は、俺の親たちにとっての現実だったわけで、ついこないだの日本の姿だったのだ。そのことに驚くと同時に、大きな怒りも感じてしまう。最後のクラス会のシーンは中学時代も涙したが、今読んでもとてもせつなかった。


2004.11.16
取材1、原稿。
ひー、いすがすい。違う、忙しい。ありがたいことではある。
ウエダくんが会社を辞めるのだという。明確な意志と自分自身のロードマップを持っての選択であり、応援したい。会社にとっては痛手だろうが。
ウエダくんの一番いいところは、ものごとに対して素直なところだろうなあ。「いずれ独立したいんです」とのことであったが、彼なら間違い成功すると思うよ。
だんだん寒くなってきて、先日は木枯らし1号。今日のは2号ぐらいではないかな。魔界倶楽部か、マシン軍団か。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「ドコモとau」塚本潔・光文社新書。古典的名作を読みたいと言ったその後にこれかよ。と、一人突っ込みを入れながら呼んだけど、つまんねかった。単にドコモとauの比べただけじゃん。ってタイル通りってことか。ちぇっ。


2004.11.15
取材4、打ち合わせ3。
晴海のトリトンへ行く。潮見に住んでいた頃には歩いていったものだが、今は電車で約1時間だ。横殴りの雨の中、橋を渡ってビルに入る。ちょうど昼時。こうしたオフィスビルの常で、ビル内のコンビニはレジで行列ができている。いつもながら呆れた光景だ。ここはロシアか、被災地か。
関係ないけど、被災地という言葉を耳にするたび、いしい・ひさいちは「俺のことか」と振り返るのだろうか。
ナカザワ氏と打ち合わせ。十日町の実家にお母さんが一人暮らししていて、先日、やっとの思いで駆けつけることができたという。被災地の惨状たるや凄まじく、あの美しい田園が破壊され尽くしてしまったことに、お互い「哀しいねえ」という言葉しか出なかった。
興味深いというか、考えさせられることに、現地の人々はやたらと饒舌になっているのだという。 一種の躁状態、ハイになっているらしいのだ。
あれだけの災害だもの、精神が自衛しようとしてそうした高揚機能が働いているのかもしれない。加えて、家を片づけた、泥をかき出した、といった作業の一つひとつをこなすたび軽い達成感が得られ、それがテンションをさらに高める作用ももたらしているのだろう。
とすると、この冬を乗り越え、春を迎えたとき、田畑を失ってもはや戻るべき日常はないのだと気づいて、精神の揺り戻しが来るのではないか。躁鬱の鬱。前を向く気力を失ってしまうかもしれない。その時が一番恐いのかも、とナカザワ氏と話す。
葬式というシステムは実に良くできていて、あれやこれやと、やたら忙しい。遺族を悲しみから背けさせるために多忙な状況をあえて造り出しているわけだ。その反動として、もろもろの行事を終え、さあ日常に戻ろう、となった時、初めて戻るべき日常を失ったことに気づくという。それと同じ状況がかの地では起きるのではないか。
そんなことを考えつつ、飯田橋。カナウチおじさんに「また厚揚げか?」と突っ込まれる。そうであります、ぜひご一緒に、と答えたら「俺、嫌いなんだよ」との答え。そんなに厚揚げが嫌いなのかと思ったら、嫌いなのは店のことなのだった。
カナウチおじさんに見透かされた通り、鳥よしで「東洋経済」を読みつつ厚揚げと日本酒。「東洋経済」は特集がつまらなくてコラムが面白いという不思議な雑誌である。
そろそろ鍋が食いたいなあと思うのだが、3歳児と1歳児が朝から晩まで暴れまくっている我が家では、鍋なぞ恐ろしくてとても食えない。かといって居酒屋で一人鍋というのもねえ。
そういえば昔、なんとかっていうミュージシャン崩れの人にインタビューしたら、六本木に一人でも鍋の食べられる店を出した、といっていた。どれどれと店をのぞいてみたら、本当に一人用の鍋を出してくれたのだった。あの店はどうなったのだろう。バブルの頃だったしなあ。あ、俺が食いたいのは鍋ではなくて、鍋の中身である。正確には。
帰りの電車で「AERA」を読む。相変わらずくだらない。日垣隆によればAEARは女性誌化が著しいそうだが、これなら女性誌のほうがマシではないか。ならば読まなければいいのだが、他になくてね。ウィークリーヨミウリも、AERAを意識せず、自分ちらしく暮らしていればもっと面白くなるのになあ。今週号は表紙の特集を読んだだけで手にする気力が失せた。
ところで今年の夏のある日、立ち寄った日本橋・丸善で、ふと手に取ったのが「坊ちゃん」だった。初めて読んだのは確か小学校4年の時。夏目漱石は「こころ」「それから」あたりを学生の頃に読んだと思う。
久しぶりに手にした「坊ちゃん」であったが、書き出しの有名な一節「親譲りの無鉄砲で、子供の頃から損ばかりしている」を始め、その文章の美しさにちょっとびっくり。文豪とはこんなにもきれいな日本語を書くものだったのか。
そんなふうに改めて感じ入って、ところでとふと振り返ってみれば、いわゆる古典的名作と呼ばれる作品を案外読んでいないことに気が付いて驚く。例えば夏目漱石なら「三四郎」「草枕」あたりは読んでいない。芥川龍之介や太宰治はかなり読んだが、森鴎外は一つも読んでいない。ドストエフスキー「罪と罰」は読んだが「カラマーゾフの兄弟」は未読だ。司馬遼太郎は一冊も読んでいないし、三島由紀夫も読んでいない。ヘッセの「車輪の下」は読んだが、驚くことにシェークスピアはまったく手にしていない。ヘミングウエイは好きで結構読んだし、マーガレット・ミッチェル「風と共に去りぬ」ロマン・ロラン「ジャン・クリストフ」も読んだけど、スタインベックは途中で投げ出した。
どうでもいい新刊ミステリーはもうやめて、こういったあたりをもう一度しっかり読んでおかねば、という気になってしまったのであった。そこで手にしたのが「こころ」。一読、なるほどこういう物語だったのか。登場人物がどれもしょうがない男ばかりで、その心根の暗さになんとも嫌な気持ちになった。「こころ」という美しい題名に似合わない、まったく醜い話なのだ。そうした醜い話を美しい文体で描いた、そんな小説であった。
昔読んだ本を大人になってから再読すると新しい発見がある、というようなレトリックをよく耳にするが、そもそも「こころ」の内容自体をまったく覚えていなかったのだった。その意味でもひどく新鮮であった。
次は壺井栄「二十四の瞳」、パール・バック「大地」あたりが気になっている。どちらも中学の頃に読んだ本だった。
てなわけで「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「東洋経済」「AERA」「こころ」夏目漱石・角川文庫。


2004.11.14
原稿。
島田シン介というタレントが女性マネジャーを殴って告訴されたという件だけど、反応はさまざまですな。「事件そのものよりも会見で泣いたことがイメージダウン」は文春だったか。新潮は「芸能界では誰もマネジャーに同情してない。あんなマネジャーはあり得ない」という論評。概してタレントびいきの評判らしい。アホくさ。
一番マトモだったのが日垣隆で「暴力をふるったこと自体が問われないという、芸能界のアホさ加減」を厳しく非難していた。まったくその通り。暴走族上がりかなんだか知らないが、女性を密室に閉じこめて暴力をふるったという、その一点だけで完璧に犯罪。
そんなことも分からないのが芸能界というアホ集団だ。タレント側のラサール石イというタレントは、もっとマトモな感覚を持っていると思ったが、とてつもないアホだったようだな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.11.13
かねてから告知していたにも関わらずまったく参加の書き込みもなくて(唯一、画伯が行けませんごめんねメールをくれた)、己の人間性の低さを思い知らされたのが、今日の日の花園神社・酉の市飲み会であった。
万が一にもと思い、集合場所に20分遅れで(幹事のくせに遅れるか?)行ってはみたものの案の定誰もいなくて、結局企画倒れの中止に。そんなこともあろうかと、こちらは一家四人、3歳児と1歳児を連れてのファミリーイベントに切り換えていたのだった。
夕刻の酉の市というのは、夜の本番を前にしたアイドルタイムなのですな。空いていてのんびりした空気が流れていたのでありました。
お参り後は熊手を見て回り、おでんの屋台へ。ビールにおでん、焼きそばで軽く慣らした後、いつも行く2軒目の焼鳥屋。熊手を買った客が柏手を打ってもらう様子を見ながら、日本酒をたらふく飲み、焼き鳥を食ったのだった。
息子は俺と並んで焼き鳥をむさぼり食い、祭り好きの母親の血を色濃く受け継いだ娘は金色の熊手と柏手の音に興奮しきりで奇声を上げてあちこちを走り回る。その後を追いかけて汗だくの妻を横目に、俺は樽酒をずずーっと吸ってはうへへへなどと無意味な笑いを浮かべたのであった。
娘はどこでも人気者で、熊手売りのおやじどもから「電池で動いてるのなあ」などとからかわれていたのであった。
帰りには娘に1000円、息子に3000円の熊手を買ってやる。寿司屋のすがわらにも寄ろうかと思ったが、ちょいと都合が着かず、看板の前を素通り。電話でごめんねと謝る。
東新宿という不思議な駅から熊手を持った幼児を持って大江戸線で練馬へ。練馬で時間調整のため駅前のスーパーでたい焼きを購入。7時35分発の大泉学園行きのバスに乗り、熊手をふりながら夜道をとろとろ走って帰ったのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.11.12
取材2、原稿。
埼玉県は和光市というところへ行く。駅の名前も「和光市」だ。なぜ市がつく。意図不明。
和光市というのは小さい街でありながら、いろんなものがごちゃごちゃと。聞いた話ではあるが、ホンダの工場や研究所があるかと思えば米軍の基地があって外人がうろうろしてて、そのくせ小さい街だからなんでもかんでもごちゃまぜで。
そんなことをまとめてタクシーの運転手は「失敗だなあ」と切り捨てる。
駅からちょっと行けば、そこはもう荒川の土手。産廃工場のどでかいプラントがそびえる向こうには、緑の土手をジョギングする人々と大きな青空が見えるのだった。不思議に心揺すられる景色だったわい。
そのプラントを見ながら俺は、ポール・サイモンの「マイ・リトル・タウン」(20世紀最大の名曲)の"放課後、自転車に乗って工場を走り抜けて帰ったら、ママが汚れた空気の中にシャツを干していた"というフレーズを何度も歌ったのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「日経ビジネス」「週刊新潮」


2004.11.11
取材2、原稿。
おろっ、1が並んでる。こりゃめでたい。かどうかは知らないが。
ぼちぼち携帯をFOMAに買い替えようかと思ってる。FOMAに買い替えて何かいいことがあるかどうか知らないが、まあ、買い替えようかなと。妻の分も一緒に買い替えると3000円ぐらいの割引があるらしい。
さらに本日初めて知ったのだが、月々300円を払えば、同じ電話番号でFOMAとMOVAの2台の携帯を同じ電話番号で持つことができるそうだ。つまり場所によってFOMAとMOVAを自由に切り換えて使えるというわけで。
ほほう、こりゃすげえ便利じゃん。あまりアナウンスしていないサービスらしくて、ドコモのホームページでもけっこう下の方に置いてあった。姑息なり、ドコモ。
詳しくはここだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊文春」「作家小説」有栖川有栖・幻冬舎。アリス君の作品は久しぶりである。君っても、別に知り合いでも何でもないが。 これはミステリー作家をモチーフにした連作小説集。けっこう実在の作家がモデルになってると話題になったが、さて、誰が誰やら、さっぱりわからんかった。


2004.11.10
取材7、原稿。
今年のクリスマスはいつから始まるのだろう。家を思い切りデコレーションしちゃうのだ。隣のオガワさんからは「うちもやるから、お宅もひとつ派手に」と期待されている。ふっふっふ。他人の家が飾り立てているのを見たときはばーかと思ったけど、今度は俺がばーかと言われるのだ。さあ、デコレーション用のあれやことれやを買って来なきゃ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊プロレス」な、なにい?クレージーマックスが解散にTARUが退団だとお?聞いてないぞーっ。


2004.11.09
取材1、原稿。
「R25」というリクルートが発行しているフリーペーパー(サイゾーのパクリ)に、「ミミダス」という商品が大人気とあった。よく読めば究極の耳かきのことらしい。うーむ、そりゃもうびっくりするほどよく取れるとある。そうなのか。
早速楽天で購入。1000円もした。どれどれ。ワクワクしながら耳かきしたところ、あれえ、ちっとも取れないぞ。これなら普通の竹の耳かきのほうが、ずっとよく取れるじゃないの。まーたネットにだまされちゃったよ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.11.08
取材3、打ち合わせ3、原稿。
取材中、ブラスバンドと言うべきところを「鼓笛隊」と口走ってしまい、何もそんなに、と思うほど取材先とオガタに大笑いされたたんごちゃんなのであった。そんな挫折の苦い思い出を、今夜も一人、飯田橋の鳥よしでまぎらわせるのさ。おーい、一の蔵と厚揚げ焼き、ちょうだい。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「ウイークリー・ヨミウリ」「AERA」


2004.11.07 原稿。
日曜の夜は、キベさんの娘さんがバイトしていたことで世にも名高い和民で食事。でも、我が家からは子連れだと片道30分近くかかっちゃうので、けっこう大変なのだった。ここまでして通っていくほど、和民はいいところなのか。今度キベさんの娘さんに聞いてみよう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.11.06
原稿。
天皇が夫婦で被災地を訪問するシーンがテレビで流れていた。人格なのだろうなあ、誰もが「よく来てくれた」と思っている空気が感じられた。
飛行機に乗るときに手をつないでいたのにもびっくりしたが、周りの人々が携帯で写真を撮りまくっていたのにはもっとびっくり。待ち受け画面にでもするのかな。世が世なら不敬罪かという感じだけど、誰もとがめないのは、やはり時代なのだろう。
天皇といえば、俺が中学2年の時、地元で植樹祭があって、昭和天皇が夫婦で来たことがある。俺たち地元の子供はその前で「おお牧場は緑」を合唱したのだった。
あの時は記念に何かの苗木をもらい、裏庭に植えた記憶がある。実家の庭には、まだ残っているのだろうか。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「スーパースターの身のひきかた」とかいう本。忘れた。


2004.11.05
取材2、原稿。
立川、八王子と多摩地区を取材行脚。11月にしては暖かい日とは言え、都心から比べると確実に気温は低い。山の中だものねえ。
電話局の地下に潜入して見学。ひえーっ、電話局の地下ってこんなふうになってたの。超びっくり。だから現場仕事はやめられない。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊文春」「カカシの夏休み」重松清・文春文庫。このあざとすぎるほどのうまさは何なのだ。表題作は、友人の死をきっかけにダムに沈んだ故郷の村を同級生と共に訪ねようとする中年の話。最後に最後になって、自分の本当の故郷は今の暮らしのある街なのだ、と気づくシーンには救われた気分になった。


2004.11.04
取材4、原稿。
仕事でビルの屋上に上る。足元がメッシュになっていて、下が見える。こういうのはダメなんだなあ、おれ。明らかにビビってたので、客やオガタに笑われる。だってこわいんだもーん。
もっとも、高いところが病的にダメだったのが、先輩のハヤセさんだったな。あの人は、高いビルにいるだけで体調がおかしくなり、精神的にも不安定になると言ってた。ちゃんと医者の診断書をもらって、会社の総務にかけ合って、低いフロアに移動させるように頼んでいたらしい。
俺はそこまでひどくはないけれど、振り返って考えてみれば、一番高い階に体を落ち着けたのでも、最初に入った会社の6階だったなあ。家は最高で2階だし。もしかしたら、地面に近いほど安心するタイプの人間なのかも。
あ、そういえば突然思い出した。先日の台風のさなかのこと、我が家のチャイムが鳴って、妻がインタホンでしゃべっていた。どうせセールスだろうと思っていたら、断るのに苦労している。やっと断ったので何事かと聞いたら、「私たちの作った小冊子を読んでください」と言われたというから宗教関係者だろう。
ばばあ二人組だ。このばばあどもが、基地外なのだろう、断ったというのに徒党を組んで敷地の中を堂々と歩いて入ってきて、ドアを直接ノックしようとしやがった。インタホンで断られたぐらいじゃ引き下がらないざーますわよ、だってあたくしたち、宗教基地外ですもの、というツラをしていた。
そこでおれがガチャっとドアを開けて目の前に顔を出してやったら、さすがにギョッとして足を止めてたね。「お引き取りください、いーからお引き取りください、いーから」と激しく罵倒してやったら、やっと帰っていったのだった。こういうやつらには変な前置きや言い訳は一切無用。目を凝視してストレートに命令するのが一番いい。「けっこうです」ではダメで「お引き取りください」と命令するのがポイントなのだ。
その後、2階から見ていたら性懲りもなく隣の家のインタホンを鳴らしている。基地外にインタホン。おれは2階から「いーから帰れ、いーから」と怒鳴ってやったのだった。
我が家は一切宗教関係お断りだかんな。また来たらセコム呼ぶからな。マジで。
と言いつつ、おれも妻も、実はカトリック系の大学にいた時は授業で礼拝に出ていた身なのよ。ほほっ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「サイゾー」「週刊プロレス」


2004.11.03
激しく原稿。
実は俺はキーボードおタクである。使い勝手のいいキーボードを求めて数千里なのである。それでもフリーになりたての頃に使っていた日立のワープロ以上のキーボードにはまだ出会っていない。
Macintoshのキーボード事情は劣悪の一言に尽きるので、今までは裏技を使ってウィンドウズ用のキーボードをMacintoshに無理やりつなげて使っていた。仕事マシンをウィンドウズにしたので、今度はちょっとはましかとおもったけど、Dellのキーボードが叩きつけたくなるような劣悪品。実際叩きつけてやった。
しょうがないので、ビックカメラで1万4千円も出して最高級のワイヤレスキーボードを買ったのだが、これがさらにバカなキーボードで、んとにもう、腹が立って腹が立って。どうしてくれようか、ただいま思案中。
とりあえずまた別なのを探して買って来なきゃ。いらんやつはどうするか。ネットで売るか?
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.11.02
取材3、打ち合わせ4。
先日コマガタくんにタンゴさんは、鳥よしが好きですねえ」と言われてしまったのだが、内心そんなことはないと否定しつつも、本日もまた飯田橋・鳥よしのカウンターで一の蔵と厚揚げだ。
ほどほどにいい気持ちになってたら、ダニくんから「酉の市ですかあ」という電話が入っちゃってぎゃふんと叫ぶ。
ぎゃふんの「ふん」の形をした口のまま有楽町線から西武線と乗り継いで帰ろうとしたら人身事故で電車が遅れてる。ラッシュ時の人身事故は誰も同情などせず、ブーイングを浴びせるのみなのだが、その自業自得ぶりはイラクで殺されちゃったセーネン以上だよなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ダカーポ」「AEAR」「DTMマガジン」「編集会議」フリーライター大研究という特集だから楽しみにしてたんだけどね。志が高く年収は低いのがフリーライターだ、みんな作家目指して頑張ってね。と、まとめておしまい。アホか。


2004.11.01
原稿。
息子が来春から通う予定の幼稚園の、今日は面接の日。午前中に願書を提出し、午後から面接である。
定員100名のところ、既に長蛇の列。我が家の受付番号はというと、96番。げっ。こんなにいっぱいいるんじゃ、面接で落とされるに決まってる。他のお父さんはネクタイなのに、俺はユニクロのジャケットだけだし。
ところが案に相違して、面接後に渡された封筒を開けたら「合格おめでとうございます」の紙。なんじゃ、その場で合格決定かい。あっけないものであった。
まあ、先生に聞いたら「今まで落ちた人はいませーん」とのことであったから、それも当然か。定員を大幅オーバーの幼稚園で、来春より息子は芋洗いの芋になる。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.10.31
原稿。
「和民」といえばキベさんの娘さんがバイトしていたことで有名な居酒屋であるが、我が家では週に一回石神井公園駅前の「和民」で夕食を摂るのがお約束である。
まあ、安くて旨いのはいいのだが、ギリギリのローコストオペレーションのせいか、人手がギリギリで、いつもいっぱいいっぱい。最初に大量に頼んで徐々に運ばれてくるようにしないと、なかなか料理が来なくてイライラするのであった。
そんな「和民」であるが、とうとう「いつもありがとうございます」と言われるようになって、覚えられてしまったようだ。こうなっては面白くない。ぼちぼち次の店を開拓するか。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.10.30
原稿。
ウィンドウズマシンを導入して二週間。原稿書きはほとんどウィンドウズでやって、Macintoshは音楽関係とネットショッピング関係に特化させている。なにしろ一番のセキュリティ対策はMacを使うことだから、ネットショッピングには欠かせない。
この日記もまだMacで書いている。ウインドウズはしょせんMacの真似だから、たいていのことは直感で操作できるのだが、キーボードの扱いというか割当にはまで慣れなくて、ちょっとイライラ。割当設定を変えればいいのだが、それも面倒だし。
結局結論は「そのうち慣れるのをまとう」に落ち着くのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.10.29
取材4、原稿。
小学校1年生のとき、新潟地震に遭遇した。
今も鮮明に覚えている。学校から帰ってきてランドセルを放り投げ、じいちゃん、ばあちゃんに宿題か何かを見せていた時だった。だからたぶん午後の1時過ぎ。
突然の大きな揺れで、家中の引き戸がバタバタと倒れ、その中を戸外まで走り抜けたのだった。隣に立っている土蔵の土塀がザーッと崩れ落ち、舞い上がった噴煙を見たあばあちゃんが勘違いして「火事だあ」と叫んだ。庭にはわずかながらも地割れができ、地下水がしみ出していた。
その夜は庭の柿の木の下に布団を敷いてやり過ごした。余震のたびに立ち上がって逃げ出そうとしたのだが、どこへ逃げるんだ、とじいちゃんにたしなめられていた。
結局この地震が原因で我が家は建て替えることになってしまった。死者もけっこう出た。この経験は俺の中でけっこう根強く残っている。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊新潮」


2004.10.28
取材1、原稿。
仕事で出かける時って予定より早く着くようにするじゃないですか。余裕もって。
で、たまたま乗り継ぎがよかったりすると、30分も早く着いちゃうこともあるんでツ。すると前だったらドトール(好き)とかスターバックス(嫌い)とかに入って、お茶してまスた。朝だったら日経持って、昼なら文庫本とか開いて。
でも、病気持ちになってからは、その分を歩き回るようにしてるんです。ウォーキングっていうか、徘徊っていうか。健康にもいいし、お金も無駄にならないし、これってけっこういいと思いません?
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊文春」


2004.10.27
取材1、原稿。
品川インターシティの中庭で人だかり。なにごとかと思ってのぞき込んだら、坂口憲二と篠原涼子がチューをしてる。どうやらドラマ(フジテレビ「マザー&ラヴァー」っていま調べたんだけど)のロケらしい。
駅で待ち合わせたコマガタくんに早速教えてあげたら「ホントっすか」とカバンを放り投げて駆けだした。うーん、コマちゃん、食いつきが良すぎ。
後からやって来たヨシダ氏に同じことを教えたら「へえ、そうですか」で終わり。これが普通のリアクションだろう。
こういうことは日記に書かれちゃうんだよ。そう伝えたらコマちゃんは「しまった」と頭を抱えていた。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊プロレス」


2004.10.26
原稿。
地震の義援金を装った詐欺が横行しているらしい。市役所の職員のふりをして戸別訪問で集金するのだという。まったく嫌な世の中だ。
本当なら日帰りで手伝いに行きたいぐらいなのだが、それもかなわないので、せめてもの思いで寄付をする。読売新聞が受け付けているので、家族4人分、4万円を現金書留で送った。
赤ん坊にミルクはあるのかなあ。子どもたちの食事は十分だろうか。今夜は寒そうだし、暖は取れるのだろうか。
テレビでは昨日の西武の優勝パーティを流していた。ビールかけだと。なんとも無神経な。このチーム、大嫌い。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.10.25
取材1、打ち合わせ2。
11時43分発の「あさま」で長野県は佐久平へ。東京駅は思ったほどの混乱はなく、比較的落ち着いていた。13時04分に佐久平着。目の前に浅間山が見える。浅間山が噴火したのは、9月12日。今からほんの1カ月とちょっと前のことだ。遙かに昔のことに思えるのは、以来、さまざまなことが起きたからだろう。
取材を終え、18時56分東京着の「あさま」で帰ってきて、その足で打ち合わせに出向く。東京は暖かい。打ち合わせ終了は21時過ぎ。夕食代わりに飯田橋の「鳥よし」に立ち寄る。
カウンターに座り、日本酒と厚揚げという黄金の組み合わせを注文。俺は厚揚げがあれば幸せな男なのだ。店のテレビでは日本シリーズ第七戦。以前より「今年の日本シリーズは盛り上げるために7戦まで行く」と噂されていたが、斜陽でゴタゴタ続きのプロ野球は、その噂通りの展開を選んでしまったようだ。
ほどほどに飲んだところで帰る。メールをチェックすれば、静岡の加藤君から「実家は大丈夫ですか」のメール。俺んちは大丈夫、それより他人事じゃないから自分のことを心配しな、と静岡の住民に憎まれ口メールを送る。ありがとね、カトー。
家に帰ったら10時半。まだ世の中の会社の人たちは仕事をしているだろうし、中越の人たちは疲労しつつも体を動かしているだろうけれども、こちらは店じまい。
頼んでおいたホットカーペットが届いていた。楽天で購入。 妻に聞いたら、子どもたちが邪魔してなかなか広げられなかったという。そうかそうか。
中越の人たちは寒いだろうなあ。子どもたち、大丈夫かなあ。ミルクのお湯はあるかなあ。申し訳ないなあ。
風呂に入る。我が家の風呂にはテレビがついている。中越はどうなったかと思ってスイッチを入れる。西武が勝ったというニュースばかりが流れてる。中越で年寄りや子供が寒い思いをしているのに、祝勝会かよ。親会社が大変なことになってるっていうのに、祝いでもなかろうに。
聞けば、辞めたオーナーはケチぶりがすごく、食事を残す部下のことを徹底的に嫌ったという。パーティーで、二次会で、選手たちは残すんだろうなあ。たっぷりと。それ、中越まで運んでくれ。
小千谷のあたり、越後川口のあたり、山古志のあたりは、本当に美しい。秋、関越道で走るとき、山間の村から野焼きの煙が立ち上るのが見える。日本にもまだこんな光景が残っているんだと思い、誇らしくなる。美しい四季の残るこの大地が崩壊してしまったのかあ。東京駅で朝刊を読みながら、俺はすごく悔しかった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「日経ビジネス」「ウィークリー ・ヨミウリ」


2004.10.24
原稿。
前日に引き続き、本日は弟から「大丈夫だよ」電話。よかったよかった。無事がなによりだ。
しかし地震の被害の詳報を聞くたび、とても可哀想になってくる。2歳かあ。うーん。
東京は今日もちょっと揺れました。地震は恐い。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「日経ビジネス」「ウィークリー・ヨミウリ」


2004.10.23
原稿。
たまっている原稿とひいひい言いながら格闘してたら、突然に揺れ。あわてて一階に下りて火を消すように妻に言う。けっこう揺れたねえなどと話ながらテレビをつけたら、なんと新潟が大変なことになっているではないか。うーむ。
もっとも震源から離れていること、おばちゃん連中の心配電話が殺到しているだろうことを思って、実家にはあえて電話しなかった。
それを感じ取ったのか、父から「心配いらないよ」のコール。とりあえず一安心である。しかし新幹線が脱線というのは、ねえ。。。。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.10.22
取材6、打ち合わせ2。
これだけ取材が続くと、メモがどんどんたまる一方で、恐ろしくなってくる。うーむうーむ。急ぎの仕事から片づけていけばいいのは当然だが、どれもが急ぎなのだから、順番を決めようと考えるだけで一大事。順番を考えてるうちにぐったりして、順番を考えて終わってしまうのだった。
さて、この土日でどれだけ勝負できるか。うーむ、見通しは暗いが。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「ブラックジャックによろしく(10)」精神病編の続き。重い話だなあ。うーんうーん。「PCウルトラ」「en-taxi」"8月の果て"連載打ち切りを巡る柳美里と朝日新聞の確執について知りたくて購入。なるほど、アホ朝日のアホぶりが際立ってよく分かったよ。


2004.10.21
取材11、打ち合わせ1。
東京駅の日本橋口に、山のような制服の大群。修学旅行のシーズンなのだろう、全国各地からやって来た中学生たちが教師の引率のもと座り込んでいたのだった。旗を見れば、北海道という文字も見える。ほぼ全員の手にはディズニーランドのでかい袋があった。
俺も中学の修学旅行は、東京だった。おぼろに皇居、東京タワー、銀座を覚えている。泊まったのは、いま思えば上野か本郷あたりの旅館だったのではないか。観光バスの中から眺めた大都会に、その数年後に居を移すばかりか、やがては仕事のフィールドとし、家族まで持ってしまうことになろうとは、当時の俺は夢にも思ってなかっただろうな。
短いスカートを気にすることもなく座り込んでいる田舎の中学生の娘たちの目には、俺がどう映っているのだろう。あの時が俺が観光バスの中から見た光景のように、見えているのか。
その東京駅日本橋口で、偶然にもシゲちゃんに会う。いとこだ。シゲちゃんたって、もうネクタイを締めた立派なビジネスマン。でも生まれたときからシゲちゃんと呼んでいるからね。俺が訪ねる予定の会社ので働いていることは知っていたが、なんともタイミングよく会ったものだ。シゲちゃん、風邪をひいている。気をつけてな。
シゲちゃんの勤務する会社のビルに入り、仕事。就職の決まった大学生数名に取材する。どんな夢を持ってるの?という問いに「大きすぎて恥ずかしいんですけど」とエクスキューズしながら、それぞれが真正面から自分の10年後、20年後を語ってくれた。照れることもなく、真っ直ぐに大きすぎる夢を初対面の俺に語る彼らの、その真っ直ぐさが少しまぶしかった。
仕事に追われる日々を重ねると、10年後より1週間後、夢より予算という思考回路に陥ってしまう。それは当たり前のことなのだが、それでも、仕事について夢ということを語ることがなくなってずいぶんたってしまった、そんな置き忘れを思い起こさせるような時間だった。真っ直ぐな彼らとのインタビューは、かなりの元気を俺にくれたような気がする。「こんな国だけれど、少しでも日本に活力を与える仕事をしたい」と語る彼らに、がんばれよなあとエールを送る。
夜、ひょんなことからタマダ氏と飲む。タマダ氏、同じ店に今週三回目。店から「プレゼントです」と出汁巻き卵を出してもらう。これ、すごく旨かった。仕事のことやらをいろいろと話し、日本橋の交差点で別れる。俺は銀座まで歩いて有楽町線。月がきれいな夜だった。俺たちは興奮して枕投げをしたものだったが、昼に東京駅で会った修学旅行の中学生たちは、今頃何をしてるのだろう。ちょっとは興奮して、騒いでいてくれたらいいな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.10.20
取材4、打ち合わせ5。
どえりゃあ台風。取材中に外を見れば、滝のような雨(嘘)が降っていて、ありゃまあとびっくりする。飯田橋でのロングタイム打ち合わせを終え、「新幹線が止まったあ」というコマガタくんの悲鳴を後にしながら青息吐息で雨の中に飛び出した俺は、晩飯代わりに行こうと思っていた「鳥よし」が既に店を閉めているのを発見。台風にびびりやがったか、と憤慨する。
しょうがないので飯田橋から西武線直通の有楽町線に乗ったら、これがけっこう空いててなかなかいい案配。みんな台風にびびって早く帰ったのだろうなあ。
石神井公園に着いて、晩飯がまだだったので、行きたくなかったけどほかになかったからしょうがなく駅前の「はなの舞」に立ち寄って、刺身などを食う。帰りは12時近かったが、雨はすっかりあがり、なんと星まで出ていたのであった。ふふ、いい今宵じゃのう。傘を振り回しながらご機嫌で帰った父ちゃんなのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「ビッグコミックオリジナル」「週刊プロレス」「SPA!」


2004.10.19
取材1、原稿。
昨日、ここに「印刷できない」などと書いたものだから、今日になって心配したぺいちゃんとコダニくんが、わざわざ資料のプリントアウトを手渡してくれた。おお、ありがとう。
実は今日の昼に無事なおっていたのだけれど。もちろんそんなことは知らないわけだから、気を回してくれたのだ。すまぬすまぬ。実ほど頭を垂れる稲穂かな。だったっけ?
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「新潮45」


2004.10.18
原稿。
もともとウィンドウズは大嫌いである。最初に買ったパソコンはNECのPC98で、3.5インチフロッピーに入っていたMS-DOSで動かしていた。それでニフティの会員がまだ2万人程度だった昭和の時代にパソコン通信を始めたというのが、俺のIT自慢である。
その後Macintoshになったのだが、主流嫌い、変わり者の血が騒いでウインドウズには目もくれなかった。ウインドウズで何が嫌いって、あのデスクトップのセンスのなさやフォントのダサさなのである。
そんな俺がしょうがなくウィンドウズを昨日から使い始めたのだが、こっちが嫌っているせいか、案の定、調子が最低。まるっきり印刷しないし、添付ファイルは受け取らない。しょうがないからMacで印刷しようと思ったら、新しいブラザーのプリンタは、Mac上でアクロバット5.0のファイルを印刷するとフリーズするらしく(ブラザーのサイトに堂々と書いてあった。直せよ、タコ)、まったくお手上げ。困ったもんだわい。
そんなわけでコダニくんがわざわざ送ってくれたPDFファイルも印刷できずにそのままなのであった。コダニくん、心配するのかなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.10.17
原稿。
ウィンドウズを買っちゃって、Macと同時使用中なのであるが、慣れないので何かと不自由である。添付書類は受け取らないし、印刷はできないし、ウィンドウズって不便である。って、単に設定を間違えただけなんだろうけど。
そういやヤマグチくんという学生時代の友達がいるのだけど、以前、事務所に来たときに「パソコン貸して」というからMacを貸したら「キーボードの入力が全然違う!!だからMacなんかだめなんだ!!」と激怒していた。なんのことは、ローマ字入力になっていなかった(俺はカナ入力)だけなんだけど、いくらそう説明しても「だからダメなんだMacは!」と激怒したまま、聞く耳を持たなかった。そういうやつなのである、ヤマグチくんは。
ヤマグチくんのエピソードならいくらでもあるが、例えば俺の部屋で勝手にテレビを見てゲラゲラ笑い転げたあと、スイッチを切って「あー、つまんなかった」と帰っていったことがあった。そういうやつなのだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.10.16
原稿。
俺が小学生の頃、地元の集落に初めて床屋ができた。小学校のそばだった。その床屋は、すぐに「ひこーき床屋」と呼ばれるようになった。仕事が「ひこーきのように早い」からだ。
10年ほど前、すごく久しぶりにその床屋にいってみたら、同じおばちゃんがはさみを持っていた。俺が子供の頃もおばちゃんだったのに、依然としておばちゃんであるのが、不思議だった。そのおばちゃんに散髪してもらったら、驚いたことに30分もかからずに終わってしまった。「ひこーき床屋」は健在どころか、ますますスピードアップしていたのだった。
いま、新しい街に引っ越してきて、床屋も新規開拓しようと思って近所の店に飛び込んだのだが、40分ほどで終わってしまった。ここも「ひこーき床屋」なのだった。立地も小学校の目の前。どうやら小学校が近くにあると、床屋はひこーき化するらしい。興味深い傾向である。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.10.15
取材4、打ち合わせえーと多数たぶん5。
マキウラ氏の送別会に出席。辞める理由は社長と喧嘩したからというものだが、よく聞けば案の定で、どうでもよいようなことで衝突してお互いに引っ込みがつかなくなったということらしい。
送別会で思い出すのが、5年ほど前に出席した某社の送別会である。中卒以来、定年まで黙々と働き続けてきた番頭さんのような立場のおじさんが辞めるというので、俺もいろいろと世話になったし、いそいそと出かけたのであった。会場にはバラの花を胸につけた番頭さん。ところがよく聞けば、今日で定年を迎えたのは確かだけど明日からは嘱託として今まで通りに出勤します、とのこと。なーんだ、である。
聞いたところでは、その番頭さん、5年以上が過ぎた今も嘱託として毎日出勤しているそうである。
てな腰砕けの昔話はともかくとして、送別会を一次会で切り上げて帰ってきた俺を待っていたのは、DELLから届いたパソコンであった。そうなのだ、俺もとうとうウィンドウズに屈服してしまったのだ。とほほのほ。
これからは原稿仕事はウィンドウズ、音楽づくりをはじめとしてその他はMacintoshなのだ。
なお、おおっぴらにはできないが、現在ウィンドウズのソフトをちょっと貸してあげるという人を募集中である。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「美味しんぼ」「pen」


2004.10.14
取材5。
朝7時50分の「のぞみ」で名古屋へ。同行したのはコマガタくんとヨシダ氏。このメンツだと毎回なにかしらの神話が誕生する。今までで一番の神話は、全員分のきっぷを持っていたコマガタくんが遅刻してしまい、俺とヨシダ氏は入場券で名古屋まで行ってしまったという事件である。何もとがめられず、堂々と行けて、あれはびっくりだった。
今回の神話はヨシダ氏である。発車するやいなや朝食としてサンドイッチとペットボトルのコーヒーを口にしはじめたヨシダ氏だったが、そのペットボトルを思い切りひっくり返してしまい、あたり一面をコーヒー地獄にしてしまったのだ。
ヨシダ氏、さすがに潔くて前のほうの座席に回り込んで深々と頭を下げ、バッグから取り出したタオルで床をごしごしと掃除したのであった。
朝の眠気が吹っ飛んだ事件であった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊文春」「口笛吹いて」重松清・文春文庫「ナイフ」重松清・新潮文庫。この作家はうまい作家なのであるが、ときどき"俺ってうまいだろう"っていう芸風が気になるというか、あざとさを感じてしまうのだ。それでも手に取ってしまうだけのものはあるのだが。短編集二冊。「エビスくん」という話が、俺は一番好きだった。最後の呼びかけのフレーズなど、鼻の奥がツンとしたよ。


2004.10.13
原稿。
まったく今年の秋の雨はひどいねえ。そんな中、今日は家仕事。朝から原稿と格闘なのであった。ちょっと油断すると、すぐにたまってしまう。もっとサクサク片づけなければならないのだがねえ。どうにも頭の容量が少ないせいで、ちょっと重なるともうお手上げ。なんとも困った頭脳なのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「SPA!」「週刊プロレス」


2004.10.12
取材5、原稿。
梅干しを買おうと思ってネットで注文。見たら「ドラゴンズ優勝記念セール」ということで半額キャンペーン中だった。なんで和歌山の業者がドラゴンズ優勝記念なんだろうねえ。まあ、ネットの中だから何でもありなのだろう。
最近では梅干しだけでなく、シャツやティッシュまで通販で買うようになってしまった。慣れてしまえば、本当に楽なのだ。妻も生協で買っているが、あれも通販に似たようなものだ。
新聞休刊日


2004.10.11
原稿。
浜松よりキベさん夫婦が上京。娘さん二人とともに、一家で我が家をたずねてくれた。子どもたちも大喜びであった。キベさんには「俺の部屋に表札を出しておくように」と言われたが、図々しいにもほどがあるのであった。
今度はいつ会えるかな。また遊びに来てくださいね。年内にもう一度一緒に飲めたらいいのだけれど。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.10.10
船橋のこず家へ家族で出かける。おいしい料理をたらふくご馳走になって、ああ、んまかった。それにしても船橋の渋滞はひどい。途中の首都高の渋滞もひどい。やれやれ参ったよ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.10.09
原稿。
最強台風がやって来るというので、外出せず、家の中に引っ込む。俺は仕事をすればすすからワケないが、大変なのは妻である。外で遊ぶかわりに家の中で暴れる1歳と3歳をまともに受け止めなければならないわけだからね。
台風はあちこちで被害甚大だったようだけれど、家の中にこもっていたせいか、たいしたことがなかったというのが実感である。
それにしても地震に台風と、今年はいろいろだよね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「文藝春秋」


2004.10.08
取材5、打ち合わせ1、原稿1。
取材中、インタビュアーを務める俺やカメラマンはまだいいが、大変なのは立ち会いの人たちである。すべての取材が目が覚めるほど面白いわけではない。退屈な内容で、しかも美人でも若くもなく、午後の早い時間だったりすると、ただ聞いているだけの立ち会いの人たちは睡魔と必死に戦わなければならないのだ。
そんなとき、携帯がかかってきたふりをして退席していいよ、というのが俺とコマガタくんのルールである。本日もコマガタくん、午後の取材で携帯を手に立ち去ったと思ったら15分も戻ってこない。ずいぶんたっぷりと目を覚ましにいったねえ。
そういったらコマガタくん「ちっがーう」と大反論。本当に電話だったらしくて「きっとそう思われるだろうなあとは思ってましたけど」とのことでっあった。ごめんごめん、濡れ衣だったのね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊文春」「SPA!」


2004.10.07
取材1、打ち合わせ1、原稿。
京葉線に乗っている客の半分ぐらいはディズニーランドが行き先だ。ところがきょう久しぶりに乗ったらいつもと様相が違ってて、スーツ姿の真面目なサラリーマンの比率がやけに高い。ああ、そうか、幕張メッセでシーテックをやってるんだった。
シーテックとはエレクトロニクス業界の一大イベントで、最新のテクノロジーを知るにはもってこいの催しである。実はおれもこっそりと一枚かんでいて、展示してあるパネルの原稿などを書いたのだ。
見に行かなきゃなあとは思っていたものの、忙しくてどうにも身動きがとれず、電車の中で指をくわえているばかり。などと考えて吊革につかまってたら、ぽんぽんと肩を叩かれる。振り向いたら、タニガワ氏であった。
どうしたんですか?あ、幕張ですか、と聞くとそうだという。そうだよなあ、行くよなあ、と我が身を少し反省。今度また飲みましょうね、郵便局の近くの店に連れてってくださいよう、などと話して別れたのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「広告」「糖尿病は薬なしで治せる」渡邊昌・角川oneテーマ21


2004.10.06
原稿。
ヒーリングとかニューエージとか、まあ、環境音楽と呼ばれるようなジャンルの音楽が好きで、原稿を書きながらよく流している。小川の音だけ、森の音だけ、という自然音のCDもよくかけている。
昨日アマゾンから届いたのは、梨木良成というミュージシャンのもの。だいたいこのジャンルのCDは、ネットで適当に見て、あてずっぽうで買っているのだが、今回も「秋をモチーフにした環境音楽が聴きたいなあ」と思って、みつくろったもの。で、このミュージシャンは大当たり。一曲目が流れ始めた瞬間、うわあっとびっくりしたね。なにしろ室内の空気がさーっという感じで変わっちゃったんだから。
これは大正解。とても美しくて心地いいぞ。「秋・風の独奏」という。秋の次は、冬をモチーフにしたCDを買うのだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.10.05
取材2。
朝9時53分の「のぞみ」で新大阪へ。昼飯の時間が取れないので駅弁持参での乗車である。しかし目の前に弁当をおきながらじっと見ているだけというのは、けっこう辛い。11時を待てずに、おれもコマガタくんもヨシダ氏も弁当の蓋を開けて食い始めたのだった。
1時から取材を始めて3時に終了。新大阪3時17分の「のぞみ」で帰る。途中、カメラのョシダ氏とおれはビールを飲んでしまう。帰ってからも仕事のあるコマガタくんは「ぼくはちょっと」と言って飲まなかった。拍手。
途中で雨が上がった大阪。だが東京は夜になっても土砂降りだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「ビッグコミックオリジナル」「AERA」「成人病の真実」近藤誠・文春文庫「変?」中村うさぎ・角川文庫


2004.10.04
取材3、打ち合わせ1、原稿。
ちょっとした買い物のために、池袋の西武百貨店に立ち寄る。うーむ、どうも百貨店というのは苦手だ。どってことのない買い物なのに、売場の女どもがやけに高圧的だったりするし。うーむうーむ。つい冷や汗を浮かべつつの買い物になったりしてる。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.10.03
原稿。
ネットで東京星銀行の取引明細を眺めていて、ギョッとした。8月末で潮見のマンションを引き払ったというのに、9月末に日経新聞の購読代金が引き落とされているではないか。
すぐさま日経新聞の深川販売所に電話して問いただす。案の定「連絡を受けていないので、今も配達しています」との世にも情けない返事なのであった。やれやれ、まったくどいつもこいつも。
当然俺自身がしっかりと連絡して止めるように指示していたのだが、それを受けた人間がバカだったようね。それ以上にバカなのが、いまだに何の疑問も抱かずに配達を続けているやつに、マンションの管理人に、買い取った不動産業者に、リフォームして売りに出した別の不動産業者の連中である。そろいもそろって薄らボケだ。よく聞けば、日経新聞の配達は朝日新聞の販売所に委託しているのだという。その朝日新聞はしっかり8月末で配達が終わっているぞ。なのに日経だけ配達を続けている朝日新聞の人間がこの世で一番の間抜けということになる。
怒るより呆れたね、俺は。電話に出た若いあんちゃんは平身低頭していたが、人間のできている俺は、今まで払った分はいいから、ともかくすぐに配達と引き落としをやめるように、と太っ腹の答えをしてあげたのだった。新聞の販売店では今でも働きながら通っている苦学生が大勢いて、彼らは早朝の朝刊配達に夕刊配達と、睡眠不足と戦いながら真面目に頑張っていることを知っているからだ。現場にしわ寄せが行くようなことはしたくない、というのは俺の主義なのだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.10.02
群馬県は沼田まで、リンゴ狩りに出かける。リンゴ狩りというものは俺も初めての体験だ。
予約していた農園に着くと、堂々と「歓迎・丹後様ご一行」と看板が出ている。は、はずかしい。「あかぎ」という品種のリンゴをとって、その場で食べ放題(大人350円だからコストパフォーマンスは素晴らしい)。いやあ、これが旨いのなんの。ぺろっと三個も食ってしまった。妻はぺろっと五個だ。妻はともかく、俺の血糖値は上がりっぱなしである。
こんなにもおいしいものだったのね、リンゴ狩り。詰め放題の袋に山盛りにリンゴを詰めた後は、同じ農園の食堂でバーベキューのランチ。これも旨くて、血糖値、さらに上昇。
片道を高速で1時間半だから、日帰りのレジャーにはちょうどいいのであった。リンゴも旨かったし。また行こうっと。
夜は面倒だから和民で食事。調子に乗ってはしごして(1歳児連れてハシゴするのか、このおっさん)、例のスマイリー城に突入。もうもうたる煙の中、必死で幼児を押さえつけて炭火で焼き鳥を焼いて食ったのだった。
食ったのはいいけど、けっこう飲んじゃって、血糖値上がりっぱなしのまま、ふらふに泥酔。よせばいいのにそのまま子供二人を風呂に入れたものだから、途中で娘を湯船に落っことした間抜けな父ちゃんなのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「日経ビジネス」


2004.10.01
打ち合わせ4、原稿。
日本橋の丸善がもうじき閉店する。閉店セールでもやんないですかねえと聞いたら「どうせロクなもん、ないよ」とタマダ氏。そうなんだよねえ、男ってつい文房具とか高いものを買っちゃったりするんだよ。高い文房具を持ってればいい仕事ができるような気がしてさ。でも、買ってからよくよく見たらたいしたことない文房具だったりするし。ま、丸善のセールにはあまり期待しないでおこう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「新潮45」「クロワッサン」「ぜったいに治る」森田トミオ・宝島新書


2004.09.30
原稿。
あっ。
という間に9月が終わった。うーむ、引っ越してもう1カ月が過ぎてしまった。ついこないだ夏のど真ん中に合宿に行っていい気分になっていたと思ったら、もう秋のど真ん中だ。いつものことながら、時の流れというのは速いものであるなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.29
原稿。
ここのところ、というか、8月末に引っ越して以来、どうも事務所の電話が調子悪い。アキヤマくんには特に迷惑をかけちゃってる。今日はとうとう受話器を取っても何も音がせず、携帯からかけてみたらずっと話し中という、まあ、電話としての意味が全くないというところまで事態は悪化したのだった。
当然J.comに電話するわけだが、この会社、サポートセンターが最悪。CSゼロ。とにかく電話がつながらないのである。「お待ちください」の機械メッセージが延々と流れる中、5分程度待っただけではまずつながらない。今まで何度もそれでキレて電話をやめたのだ。
今日もマジギレ寸前、10分以上も意地で「お待ちください」を聞き続けた挙げ句、こうなった営業に直接に文句言ってやると決めた瞬間に、やっとつながったのだった。
これこれこうでと説明すると、それはおかしいのですぐに工事担当が行きますとの返事。折しも台風の豪雨で、しかも外は真っ暗。そんな中を工事担当、つまり弱い立場の出入り業者はやって来たのだった。
かわいそうなことにこの兄ちゃん、土砂降りの中を屋根に登って不具合の調査だ。何も俺が意地悪したわけではない。サポートセンターの電話がまったくつながらず、夕方になってやっとつながったからこうなったのだ。
そういうしわ寄せは、どうしても末端に行く。どんな仕事も貧乏くじは現場が引くのである。現場仕事が長い俺はそういうことが身に染みているので、ずぶぬれで働く兄ちゃんに、今日は大変だから明日でいいよと言ってあげる。でも兄ちゃん、頑張ってやってくれたのだった。
原因を聞いたら、設置工事の際に誤ってケーブルに傷を付け、それが腐食して接触状態になっていたらしい。なるほど、そちらのミスだね。今日のところは応急処置。後日、工事をやり直しに来るのだそうだ。
まったくご苦労なことである。
とりあえず事務所の電話は、お取引先各位様、なんとか応急処置で正常に戻ったようでごぜえますだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊朝日」永沢光雄が近鉄バッファローズに惜別のメッセージを書いている。ただそれだけが読みたくて買ったのだった。このライターはもっと高く評価されていい。


2004.09.28
取材2、打ち合わせ1、原稿。
ウインドウズパソコンを買おうと思って、銀行で金までおろしてビックカメラに行ったのに、逡巡1時間、結局買わずに帰ってくる。だってMacは仕事で使っててちゃんと動くし、いまウインドウズがなくてもちっとも困らないし、もったいないんだもん。でも、相当に変な行動だよねえ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.27
取材4、原稿。
しとしと秋雨が降る夕暮れ、外で遊べず退屈しきっていた息子を誘って、近所の酒屋まで焼酎を買いに行く。安売りの店だ。焼酎を一本ぶら下げ、息子は牛乳を手に持ち、雨の夕暮れを歩いて帰る。そこまではいいのだが、玄関先で傘を持ち替えようとしたらつるんと手が滑って焼酎を入れた袋がコンクリートの上にがっしゃん。せっかくの新築なのに玄関先が思い切り焼酎臭くなり、お父さんは泣きながらお母さんに頭を下げたのでした。とほほ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.26
原稿。
んーと、今日は雨。朝から雨。だもんで、子どもたちは外にも出られず、家の中で大暴れ。相手をしている母ちゃんも大変だ。
それを尻目に父ちゃんはお仕事。こうして秋の日曜日は暮れていくのであった。早いもので、もうすぐ10月。衣替えである。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「日経ビジネス」「糖尿病に薬はいらない」森田トミオ・宝島新書。その通り、薬は入らないのである。けっこう示唆に富んだ本で、うむ、よいかもしれない。


2004.09.25
打ち合わせ1。
谷原の家に引っ越してきて、最初に訪ねてくれたのがぺいちゃんである。さすが、友達である。
次に来てくれたのが、薬屋サカイさんである。仕事がらみということになるが、地元つながりということで、あたたかく迎え入れてくれたのだ。
そして三番目が、今日来てくれたこずー。遠くから、ありがとね。旦那の俺も楽しかったのだ。また遊びに来てね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.24
取材3、打ち合わせ1。
取材が終わったのが夜の11時。それから帰ったわけだが、西武線は混んでいるなあ。給料日の金曜日。そりゃあ遅くまで仕事してないで、みんな遊ぶよなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「ダ・カーポ」「夜空のむこう」香納諒一・集英社。香納諒一ともあろうものが、なんともまあ退屈な作品を。そう思いながら結局最後まで読み通したのは、新宿を舞台にしたライターと編集者の物語という身近さ以外に理由はない。連作小説なのだが、登場人物がステレオタイプで、それがまた予想したとおりの口振りで予想したとおりに動くんだなあ。この題材でこの設定なら、いくらでも方向性があっただろうに、ひたすら退屈だった一冊。欲しい人がいたら即座にあげる。


2004.09.23
原稿。
昨日は午前中に風邪で医者へ行き、午後は公園に遊びに行った息子がジャングルジムのてっぺんから落ちて頭を強打したため外科医に担ぎ込んだりして、大騒ぎ。思うように仕事が進まなかった。
幸い息子のケガはたいしたことなく、一安心。まあ、頭から地面に突っ込んだので心配したが、大きなこぶが二つだけで済んだ。もうしばらく注意して様子を見なくてはならないが。
今日こそは腰を据えて原稿作業をせねばならないのだが、ノグチクリニックからもらった風邪薬が、これが強力に眠くなるやつで、午前中こそ仕事したものの、昼に回転寿司・銚子丸で食事した後、服用したらたちどころにダウン。どうにも抵抗できないほど眠くて、2時間も昼寝してしまった。当然起きても呆然。とほほ、まったくはかどらないのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.22
原稿。
案の定である。朝目覚めたらノドがひりひりし、鼻水がだらだら。どうやら昨日午後の咳はこの風邪の予告編だったらしい。朝食を摂って掃除した後(俺もちゃんと家の掃除をするんだよ)、近くのクリニックへ出かけ、診てもらう。季節の変わり目だからかなあ、風邪を引きやすい状態なのかもしれない。
今日も30度を超えたそうで、まったく地球はどうなっちゃったことやら。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.21
取材4、打ち合わせ6。
石神井公園駅で朝5時34分の各駅停車に乗る。こんな時間だというのにもう座れない。日本人は働き者ばかりだ。池袋で丸の内線に乗り換えて東京駅へ。店がまだ開いていないので弁当とお茶を買って休憩用のベンチで朝食にする。
6時50分発の「のぞみ」に乗車。後ろの座席に朝からいちゃいちゃしてる超マヌケなカップルが乗っていたが切符を持たずに乗車したことが判明。すぐに品川で乗ってきた指定客にどくように言われて、3人掛けの残り1人の席を「ここ、います」と無意味な抵抗するも、あっさり追い払われる。なんのつもりか、希に見るアホですな。
新横浜で満席。こんなに早朝の新幹線だというのに日本人は働き者である。ついでに俺も働き者である。
名古屋に8時33分に到着。すぐ取材予定地に向かう。ビルの玄関に足を踏み入れた途端、本当に1歩踏み入れた途端、警備員がすっ飛んでくる。はああああ、うざったい。最近の各地の警備員どもは少しテンション上がりすぎではないのか。このところマジでむかついてる。
9時から取材開始。昼に駅地下の店に入ってダブル丼という、糖尿病にあるまじきランチを食う。一緒に食ったコマガタくん、後になって「あの店、去年も行きましたね。去年もはずれだったけど、今年もまずかったですね」と気づく。うーむ、確かに。すっかり忘れてしまってた。
午後になって、やたらと咳が出る。ん? 風邪かな。ここのところ暑かったり涼しかったりするし、あるいは新幹線で冷房が効きすぎてたりするし、そのせいだろうか。
取材を終えて、夕方、予定より早い時間の新幹線に乗る。満席。3人掛けの真ん中の席しかとれない。まったく日本人はよく働く。
いつも思うのだが、夕方の新幹線って、なんであんなに臭いんだろう。ビールとかの飲み物の臭いもあるのだろうが、こらあっ、隣のオヤジっ、靴脱いで靴下でくつろぐんじゃねえよっ。JR各社も携帯を禁止できるんだからオヤジの靴脱ぎも禁止しなきゃだめだよ。
車中ではずっと香納諒一の新刊「夜空の向こう」を読む。うーむ、困った作品だ。いずれ詳しく酷評する。
東京駅に6時3分に到着。そのままコマガタくんと飯田橋に向かい、打ち合わせに突入。早朝から名古屋、やっと帰ってきたというのに引き続き仕事とは、本当によく働くライターである。カナウチさんにも感心される。打ち合わせをしていると、いろんな人に「あっ」と言われ、「あとでちょっといい?」と引き留められる。その繰り返しで2人の予定が6人との打ち合わせに販路拡大。座っているだけで次から次へとお声がかかるのだから、まことに効率のよろしい営業スタイルである。
9時過ぎに終了後、コマちゃんと飯田橋の鳥よしへ。小汚い居酒屋であるが、メニューが普通、金額普通の、日本の正しい普通の居酒屋なのである。こういうところがよろしいのだ。コマガタくんとはどうでもよろしい話を「うひひひ」「ぐへへへへ」と交わす。適度に酔っぱらったところで帰る。普通のお父さんみたいで、なかなかよろしい。
途中、携帯のバッテリーが切れる。こんな時のためにと急場しのぎの充電池を取り出す。乾電池で充電できるというやつだ。ところが今度はその乾電池が切れてしまう。とほほほ。しょうがないので石神井公園駅についてから駅前のミニストップに突入し、乾電池を購入。ついでに妻へのお土産で「雪見だいふく」を購入。なぜ名古屋で土産を買わずに駅前のコンビニで買うのか、自分でもよくわからん。
早速電池を補充して携帯を使用可能に。10分後には帰り着いているというのに、なんでわざわざそんなことをするのか意味不明のように思えるが、実は帰る際にはメールで「帰るぞ」と連絡するのが我が家のルールなのだった。電話だと子供が起きちゃうし、連絡しないでカギを開けるとセコムのアラームが鳴っちゃうからね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「日経ビジネス」


2004.09.20
原稿。
やけに道が混んでるなあと思ったら、そうか、お彼岸か。ふとうちのクルマを見ると、えらく汚い。そうか、火山灰か。練馬は群馬と一文字違いだし、火山灰が降っても不思議ではないか。
残暑。それも明日で終わりだそうで、ようやく秋本番となるのか。秋にうまいものが多いのは、冬に備えてカロリーを蓄えさせてやろうという自然の理である。だからといって調子に乗って食うと、ぶくぶく太る。世界ではまだ5人に1人が、1日1ドルの食費で暮らしているそうだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「サイゾー」


2004.09.19
原稿。
最近のひそかな楽しみが、昼に庭先で缶ビールを飲むことだ。
練馬の片田舎ゆえに目の前には畑が開け、その向こうに鬱そうとした木々が茂っている。そんな景色をながめながら、縁台に座って風を浴びて、くいっとビールを飲むのである。これがすげえ気持ちいいの。なんとも不健康ではあるのだけれど。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.18
原稿。
和民と言えば思い出すのはキベさんの娘さんだが、夜、石神井公園駅前の和民へ食事に行ったのだった。
いや、びっくりしたね。ずいぶんしばらくこの手のチェーン居酒屋には足を運んでいなかったのだが、メニューの豊富さ(味もけっこういける)、安さにびっくり。ああ、たまげた。実力ぶりに驚いて、すまんすまんと脱帽したのだった。また行こうっと。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.17
取材2、原稿。
前から考えていたけれど、今日、デジカメを購入。妻にあげるのだ。一緒にプリンタも買った。
思い起こせば最初に俺が買ったデジカメが、登場したばかりのQV-35。35万画素というもので、まったくひどい画質だったが、デジカメというもの自体が驚きの時代だった。取材時、資料を複写するのにちょうどいいと思って買ってみたのだが、この画質じゃ使い物にならないと、すぐに諦めてしまった。
今回購入したのは400万画素。ニコンで3万9000円。ところが世の中には隠れたお買い得もあって、実はイトーヨーカ堂のみで売られているものに500万画素・1万9800円というのがある。衝撃の価格なのだ。開発したのは米・コダック。こっそりと売られているが、実は日本のメーカーはけっこうビビってるのだった。イトーヨーカ堂のホームページで「デジカメ」と検索すればすぐに見つかるぞ。
では、なぜこれを買わなかったかというと、単に近くにイトーヨーカ堂がないという、ただそれだけのことなのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.16
取材1、打ち合わせ1、原稿。
取材ばかりがどんどん進み、やらねばならない原稿がたまっていく。しかも同時進行だ。秋の連休は、既に消えてしまった。
あー、有楽町で呑みたいなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「VS」光文社の新創刊のスポーツ雑誌。Numberとの違いを出すためにテキスト中心の内容となっている。ところがレイアウトがひどくて、読みにくいったらありゃしない。二号を買うかといったら、たぶんもう買わない。


2004.09.15
取材2、打ち合わせ1。
丸の内に続いて八重洲でも大きなビルができるらしい。そこにも必ず警備員が立つのだろう。
飛行機に突っ込まれるのがそんなに恐いなら、高いビルなど建てなければいいのに、臆病な犬ほどよく吠えるとの喩え通り、警備員どもがよく吠える。恥ずかしいぞ、おまいたち。
恥ずかしいついでに言えば、首から名札をぶら下げるのは相当に恥ずかしいからやめた方がいいと思う。あれはほとんど犬の首輪だぞ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊プロレス」「週刊文春」


2004.09.14
原稿。
外出もなく、終日こもって原稿仕事。それでも片づかなくてたまる一方なのだった。
ずっと机に向かっていると疲れてくるので、昼には息子を連れて駅前の花屋まで観葉植物を買いにいった。夕方には、散歩に行こうかと息子を誘って、近所の公園まで出かけた。
こういう時間が持てるのは、お宅ライターのメリットでもあるのだな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.13
取材4、打ち合わせ2。
潮見時代に乗っていた京葉線は非常にぬるい電車で、朝のラッシュ時でも平気で新聞が読め、メールなんかも余裕なのであった。それが引っ越して西武池袋線。久しぶりの私鉄沿線、しかも急行停車駅ということで、7時半に乗るのになんだかとても緊張したのだった。
帰りも京葉線なら椅子にのんびり座ってペットボトルのお茶なんかを飲みながらだったのだが、西武線となると、つり革につかまってくるくる回転しないように踏ん張るので精一杯なのだった。
うーん、なんだか普通のお父さんみたいだぞ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.12
原稿。
潮見時代の同じマンションの友達だったカシムラさん一家が訪ねてきてくれた。奥さんは妊娠6カ月。旦那さんは実家が我が家のそば。娘のコユキちゃんは、息子の大の友達なのだ。離れてしまったのにこうして訪ねてきてくれると、本当に嬉しいのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.11
原稿。
まだ引っ越しに持つが片づかない。仕事は午前中に終え、午後は再び汗流して片づけ作業したのに、片づかない。ぐったりして晩飯は外で食べようということにする。
行ったのは、石神井公園名物の焼鳥屋である。その凄さは「彼女を連れて行ったら即座に怒って帰られるか、はまるか」と言われている。そこに1歳と3歳を連れて飛び込んだのだ。
店の名前を「スマイリー城」と言う。これで焼鳥屋(笑)。
この店、何が凄いって客に何でもやらせるところである。例えばビールを頼むと、瓶と一緒に栓抜きが飛んでくる。もっと凄いのは、焼鳥屋のくせに客に焼かせるのである。
テーブルに座ると目の前のコンロに炭がぶち込まれ、えーと、とか言ってると紙を渡され「注文はこれに書いてね」と言われる。わからんままに適当に鳥を頼むと、串に刺さったそいつらが運ばれてきて、あとは自分で適当に焼いて食うという趣向なのだった。
いやあ、おもしろかったね。酒飲みなら一度は思うであろう、自分で焼き鳥を焼いてみたいっ、という夢。その夢があっさりかなうのである、この店は。
暴れる1歳、手を出してくる3歳を抑え込みつつ、ビールを流し込みながらすっかり焼鳥屋の親父になったのだった。で、呑んで食って焼いて、幼児とは言え家族4人で4700円。や、やすいっ。また来ようっと。と言いつつ、一人ではなかなか入りづらい店なのであった。
岐部さん、うちに泊まりにおいでよ。親分と一緒に。焼き鳥、焼きたくない?
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.10
原稿。
練馬区ってのはたいへんな田舎で、今日、幼稚園を見学に行ったら、あまりのボロさにびっくりした。けど、ボロかどうかなんて子供は気にしないだろうし、園の雰囲気自体、伸び伸びしていたので、ここでいいかという気になる。11月1日に面接があるのだが、落ちたりするんですか、と先生に聞いたら「私の知る限り、落ちた子はいませんねえ」とのことで一安心。もっとも妻は、不合格第一号になったりして、と心配していたが。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「プロレススキャンダル事件史2」


2004.09.09
取材1、原稿。
先日セコムを取り付けたのだが、案の定、誤作動させてしまった。窓の開閉の際、知らないうちに非常通知ボタンに触ってしまったらしい。
いきなり電話が来て「セコムなんとかセンターです」とか言うので、お世話になってます、と答えたら「非常通報が鳴りました。非常事態でしょうか。ハイかイイエのみでお答えください。ハイかイイエのみで」と言うので、つい、はあ、と答えたら「えっ」という鋭い反応をされてしまった。あわてて、いやいや、イイエです、イイエ。ごめんなさい、と頭を下げる。「念のためフルネームと暗証番号をお願いします」と言われたので、しっかり答えて事なきを得る。
非常通報ボタンは、いきなり泥棒に入られてしまったとかいうエマージェンシーの時に使うもので、こんなものを誤作動したら危ないのだ。犯人がなりすましても見破られるよう、暗証番号とかも決めてあるのだ。
まあ、誤作動とはいえ、ここまでしっかりやってくれるのかと一安心。もう間違わないようにしなければ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊文春」「Numbr特別号」オリンピックの総集編は、ソウルオリンピック以来、必ず買っている。たいして読みはしなくて、資料的価値があるからだ。数年経ってひっくり返してみると、けっこう面白かったりする。


2004.09.08
取材1、打ち合わせ5、原稿。
サノくんも書いて欲しいみたいだね。「いやあ、僕なんかネタないですから」書けないネタはいっぱいあるだろ?「いやあ、ははは、そうなんですけどね、ははは、書けないですから」そうか、ならば書こうか。「や、やめてください」。
インド戦。わかってるけど、一次予選とわかってるけど、特に見たいとも思わないし、酔っぱらった頭で原稿書きながら、スホーツナビの速報だけ入れている。さーて、仕事だ(ちょこっとだけね)。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「週刊プロレス」「最驚!ガッツ伝説」色紙に思い切り"ガッツ右松"と書いた。そんなネタがぎっしり。


2004.09.07
取材1、原稿。
20歳の時に自動車学校で「車の運転中、風にも気をつけるように」と教わり、けっ、風なんかであの重い車がヨロヨロするわけねえだろと心で悪態をついたのだが、実際に運転するようになったら風でけっこうハンドルを取られることが多くて、げげっ、教官の言ってた中には本当のこともあったんだ、と思い知ったものだった。
それと同じ思いを、20数年後の今晩、味わっている。なにしろ台風の強烈な南風で、家がぶるぶる、ぎーぎーと。ほら、畑の中の戸建てだから、何も遮るものがなく真っ直ぐに台風がぶつかってくるわけだ。
子供の頃は台風というと蝋燭を用意し、雨戸をしっかり閉めて、ひたすら堪えたものだが、あの感覚を思い出した。今も風で家が揺れてる。。。これってすげえ恐いぞ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.06
取材8。
キクチが「いやあ、変なことを言うと日記に書かれるからなあ」と言う。さも書いて欲しそうに言う。ふふふ、書いてやったぞ。この日記を見ている人は案外多いようで、ハトリから「見てますよ」と言われ、カナウチおじさんには「確かに戸建てだと雨や雷が恐いだろうなあ」と同情される。
だーれも付き合ってくれなかったから、一人寂しく、飯田橋の薄汚い居酒屋で飲んで帰る(遅くなったから外で食事したわけさ)。池袋から西武線急行で10分。久々にラッシュの電車に乗ってしまった。潮見時代は、飲んで遅くなってもガラガラの京葉線、座席でのんびりペットボトルのお茶を飲みながら週刊誌広げて帰ったものだった。それに慣れてしまった体には、ラッシュの西武線での体が固まった10分間はきつかったぞう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「ビッグコミックオリジナル」「ウィークリーヨミウリ」


2004.09.05
原稿。
慣れない土地での慣れない生活ゆえ、とにかく何をするにもまごつくばかり。時間ばかりくっちゃって、本来のやるべきことがまったく進まなくてねえ。うーむうーむ。
それはともかく、新居は4軒建ち並ぶ建て売りの1軒なのだが、そのうちの2軒が売れ残っていた。上半期の締めが迫って不動産屋はさぞ焦ったのだろう、相当な値引き作戦に出て何とか1棟は売ったらしい。噂では(隣の奥さんだけど)500万円の値引きだそうだ。
残るはあと1棟。相当に根性入れて営業したのか、日曜の今日は後から後から、ひっきりなしに見学の客がやって来た。これだけ来れば、さすがに決まるだろうなあ。
そう思って夕方、物件前にたたずむ営業に、売れた?と声をかけたら「いやあ」と情けない声が返ってきただけだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.04
原稿。
リビングの家具を買うために埼玉県は新座市にあるインテリアショップまで出かける。ちょうどいい家具が安く買えたので満足なのだが、帰りの車中で「今までは買い物といえばお台場だったのに、引っ越してからは埼玉になっちゃったねえ」と妻がしみじみ話す。んだなあ。都会人から思い切り田舎もんになっちまったなあ。今までは日曜日にお台場に行くやつのことをバカにしていたけど、それが日曜に埼玉だもんなあ。
でもお台場はわりと好きだから、時間を見つけてまた行こうかな。TFTビルも好きだし。
夕方、雷雨。畑の中の一戸建てだから、けっこう雷がこわい。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.03
レーザープリンターを引き取るために赤帽くんがやってきたり、コピー機を引き取るために別の運送屋がやってきたり、家具を見に行ったり、昼ご飯を食ったりしているものだから、なんにも仕事ができない。そこへもってきて、突然静岡の猿から連絡が入り「東京へ行くから飲もうよ」と誘われ、例によって有楽町で酔っぱらったら、親分のテンションが上がりっぱなしで、猿は結局八重洲のホテルに泊まることになり(シングル1万4千円だと。翌朝死ぬほど後悔したに違いない。しかも朝イチの新幹線で帰らないと客との約束に間に合わないそうだ)、そのため10時で切り上げる予定が12時を回ってしまい、タクシー帰りになってしまったじゃないか。仕事もできず、金ばかりが出ていく今日このごろで、困った困った。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「日経ビジネス」「週刊文春」


2004.09.02
打ち合わせ3、原稿。
朝からセコムが設置工事に来る。セコムというとお金持ちが利用するものというイメージがあるようで、オガタも「お金持ちですねえ」と言ってたが、これが実はそうでもないのよ。我が家の場合も、一軒丸ごとで一カ月9千円。前のマンションの管理費が1万6千円だったから、それ以下でセキュリティをお願いしちゃっているのである。
しかし家のセキュリティがしっかりしていても、仕事のセキュリティがボロボロなのが俺であって、一挙に押し寄せた諸々に対して、ただ呆然とするのみ。しかも、用意していた大切な書類を紛失して数時間もかけて家中をひっくり返したものの見つからず、がっくり。予定の仕事もさっぱり進まず、催促されたらマジでヤバイ状態。うーむとただうなるのみ。
レーザープリンターが邪魔だあと叫んだら、それを聞きつけたぺいちゃんが「ならば、ちょうだい」ともらい受けに来る。新築の家庭に手ぶらで来る。しかも夜10時。だけど、レーザープリンターは巨大かつヘビー。おっさん二人が手で運べるものではない。結局運送屋に任すのがよかろうと、ぺいちゃん、すごすご退散。夜の10時に新築の家庭に手ぶらでやって来て、結局何も用をなさずに帰っていったのであった。これぞ絵に描いたような徒労。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.09.01
片づけても片づけても終わらない。荷物が減らない。睡眠不足でふらふらし、筋肉痛でへろへろである。
その隙をぬって、ジェイコムがやってくる。ケーブルテレビの加入工事と電話2回線の敷設工事だ。この兄ちゃんも暑い中をよく働いた。ごくろ。
その隙をぬって、郵便配達が書留を持ってやって来た。星銀行からの金銭消費貸借契約証書の返却である。
さらに午後からは昨日のガス屋が、担当は別の人物だが、カタログと見積もりを持ってやって来た。すぐに取り付けろと命じてやった。
荷物を片づけながらこういう来訪者もどんどんと片づけて、はっ、気がつくともう4時近いではないか。大慌てで区役所の石神井庁舎まで出かけて転入手続きだ。しかしこの庁舎の雰囲気は、とんでもなく緩くて、どうにもなじめなかった。手続きが済んだので住民票を持って大慌てで庁舎から3分の警察署へ行き、免許の住所変更手続き。
こうしてあたふたと過ごしているだけで、何も進まないのに、がっくりとくたびれたのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.08.31
18歳の春に新潟の田舎から上京して以来、引っ越しは事務所も含めて計8回。本日、9回目にして初めて心から寂しいという気持ちを味わったのだった。
前夜からの嵐を突いてやって来たのが、ドラえもんのトラック。京葉線は強風でストップしているというのに、ドラえもんは関係ないのだ。元気な兄ちゃんが5人。総出で荷物を運び出す。いやあ、働く働く。たいしたもんだ。びっくらこいただよ。
荷物がゼロ。まったくのすっからかんになった我が家を見て、息子が「おうちが寂しそうだね」と呟いた。
あらかた片づいたあたりで、管理人のタカハシさんに挨拶。俺が入居したときに最初にあったのもこのおっさんだった。「用がなくても遊びに来いよ」とタカハシさん。出発の際には、オーヤマさんがテツオくんとともに見送ってくれた。息子の一番の友達だったテツオくん。まだ「引っ越し」という意味はよわかっていないらしい。そのテツオくんに向かって息子は、走り出した車中から窓を開けて精一杯「バイバーイ!!」と特大級に叫んだのだった。そしてもう一度、我が家だった部屋の下を通り過ぎるあたりで「バイバーイ!!」とリフレインしたのである。
最後にあさひクリニックに立ち寄り、先生に挨拶。ここには一家で本当に世話になった。先生、ニコニコ笑いながら(患者の少ないクリニックでこのときも誰もいなかった)「お大事に」と見送ってくれた。
そうなのだ、辺境の地・潮見には、土地は貧相だけど、とても素敵であたたかい人ばかりが住んでいるのだ。そういう人たちの別れが、実はことのほか寂しかったのだった。息子の「パイバーイ!!」の叫びは、俺の叫びでもあった。
さてと。その想い出は大切にして、感傷はひとまず置き、新居での新生活体制に突入のため、フル回転。台風一過、フェーン現象の暑さの中、ドラえもんの5人の兄ちゃんたちは大汗かいて働くのだった。まったくこいつらの働きぶりには心から感心した。
その隙をぬって、NTTがファクス回線の工事にやってくる。単なるアナログ回線。これは半年後をメドに撤去して、電話と同じ番号の切り換え式にする予定。ぼちぼちそれでも不都合のない時代になってきたようである。NTTの次は、やっぱりNTTの光ファイバー係。Bフレッツ導入の工事だ。やってきたのは中国人エンジニアが一人。流ちょうな日本語を操りながら、光ファイバーを敷設し、設置していったのだった。
その合間にやってきたのがガス屋。開栓の手続きとガス警報装置の売り込みである。好きにしなさいと言い放ち、作業後、そこに座れと命じて、食器洗浄機を買うからさっさと取り付けろ、と命じる。ガス屋「明日また来ます」と揉み手をして帰っていった。
よく働くといえば、お約束の新聞屋。まずは朝日新聞がやってきたので、すぐさま発注。朝日新聞と日刊スポーツ、それから日経新聞だ。入れ違いに、やっぱり来たか読売新聞。実は読売新聞は勧誘員がヤクザなので、戸建ての場合は大きな脅威である。これを避けるには、新聞を取るのが一番の近道と思っていたので、勧誘員は二度と立ち寄らないということを条件に読売新聞も取る。これで4紙の講読だ。まあ、商売柄、新聞はいくつでも読みたいので、納得である。古新聞が鬱陶しいというのがアレだけど。
ともかくこんなふうにして引っ越しは終了。ドラえもんたちは汗を拭きながら帰っていき、俺たちは近所のうどん屋でささやかな引っ越し祝いのディナーを食ったのだった。


2004.08.30
朝8時に家を出て、家族総出で山場の契約業務。まず中野駅前の三井と住友が合併してできた銀行に行き、現在のマンションの売却。不動産の買い取り業者に銀行という、カネの臭いをぷんぷんさせた目つきの悪い連中に囲まれ、しかもこいつらが笑顔一つなく、余計な言葉は一切口にしないぞという態度だったため、雰囲気が非常に悪い中での一時間。1歳の娘と3歳の息子はすぐにあきちゃって騒ぎ出すものだから、雰囲気はますます悪くなったのだった。足元を見られ、大損こいて(1千ン百万)叩き売って、しかもこの扱いじゃあ、割に合わないわい。しかし相手は目つきの悪い連中。家族持ちが勝てる相手ではない。すごすごと売ったのだった。
続いて午後は大泉学園のアルファベット三文字銀行で金を借りて、不動産屋に残金を支払う段取り。こちらは基本的に俺が客なので、愛想のいい言葉をかけられ、和やかに契約が終了したのだった。これにて一件落着である。
しかし、この一連の段取りを通じて最も困ったのが、星銀行のいやがらせであった。抵当権抹消のエビデンスをファクスして欲しいというのになんだかんだと理由をつけて送ってこない。司法書士が代理で行くからというのに、なんだかんだと理由をつけて手間取らせようとする。ほとほと参ったよ。アルファベット三文字銀行の担当に、とほほほと愚痴を言ったら「まあ、特殊な銀行さんですから」と業界的な反応をされてしまった。
そうそう、書き忘れたけれど、昨日、突如思い立ってブラザーのデジタル複合機を購入した。本当はどでかいカラープリンターとどでかいコピー(どちらもビジネスユース仕様)を持っていく予定だったのだが、こんなものを置いたらただでさえ狭い部屋がますます狭くなると気がつき、そうだ、ブラザーが安い複合機を出していたぞと早朝に思いついて、有楽町のビックカメラで買ったのである。
A4しか出ないし、レーザーじゃなくてインクジェットだけど、それでもカラーコピーとカラープリンター、ファクス、スキャナが一体となってなんと3万5千円。うーん。なんと17インチモニター程度のスペースがあれば大丈夫というコンパクトさ。テキスト屋にはレーザープリンタはオーバースペックだし、とてもいい判断をしたと納得。
しかし問題は古い機種の廃棄である。廃棄処分の手続きだけでやたらめったらと面倒らしく、どこに依頼すればいいのかすら不明な状態だ。困ったものだ。
で、突如話は戻って、銀行とのバトルを終えた後は妻の友人のオーヤマさん一家とのお別れパーティー。実はこの席でオーヤマ旦那に引っ越しに付き合うように丸め込むつもりだったが、幼児3人がくんずほぐれつの大騒ぎでそれどころではなく、気がつけばオーヤマ旦那とは挨拶しただけで終わっていたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.08.29
雨の中を総出で新居まで行き、入居前の掃除。からっぽの家だから、あっという間に終了。その合間を縫ってセコムの営業と相談。この営業、女なのだけれど「私の旦那も家で仕事してるんです。絵描きなんですけど」と言ってた。ははあ、画家なのか。そういう人っているんだなあと妙なところで感心。
それはともかく、セコムにも契約を済ませ(なにしろ昨夜も近所で連続放火が発生したということで物騒この上ない)、あとは明日、午前に現在のマンションの売却を行い、その金が右から左へと素通りして、そればかりか銀行のローンがそれに上乗せさせられちゃって、午後には新居の購入という一大イベント。ン千万円というカネが一日で右から左へと動く、まあ、けっこうな綱渡りを演じなければならないのだった。しかも、1歳児と3歳児を連れて、午前は三井住友、午後はUFJという因縁浅からぬ二大メガバンクを渡り歩くのだ。
終わったらけっこうぐったりしているはずだが、そうも言ってられず、その夜は妻の友人のオーヤマさん一家が送別会を開いてくれるので有り難く参加しなければならない。しかも翌日は引っ越し本番。一気になだれ込むのであった。
ともかくそういうわけで、本日にてしばらく通信関係はストップ。たんごちゃんとは携帯しか連絡がつきません。無事に進めば、9月1日の午後には諸々、連絡がつくはずです。
折しも強力な台風が日本上陸中。嵐の引っ越しとなるわけだけど、果たしてどうなるか。ともかく、ずんずと前に進むのみなのでした。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.08.28
いよいよ引っ越し作業が本格化。わざわざ実家から父と弟が助っ人としてやって来てくれた。男手が3つもあるとさすがに違う。みるみる片づいていったのだった。
夜は、だんらんでお疲れさんのビール。それにしても、父と弟、二人だけで並んで新幹線に座って、いったいどんなふうな会話をしながら来たのだろう。こんなことは、もうないのだろうなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.08.27
原稿。
客先に資料を送るため郵便局まで行く。普段ならめんどくさくてヤマト運輸を呼ぶところだが、出かけるついでがあったので郵便にしたのだ。
封筒を差し出したら「580円です」と局長自ら答える。なにしろ潮見郵便局は超マイナーで、いつも三人ぐらいしかいないから、局長も大忙しなのだ。
その局長「でも」と続けて「こっちの封筒に入れてくれれば500円でおトクですよ」。ん?なんのこったろう。局長が差し出したのはA4大の封筒で、聞けば日本全国どこでも500円で届く「EXPACK(エクスパック)500」というやつらしい。速達扱いで本州なら翌日。A4以内なら重量制限なし。荷物追跡もできるし、本人に手渡し届けだ。何よりもポストに放り込めばよいという簡単さがよろしい。
説明を聞き、へえー、便利だねえ、とこっちに切り換える。感心していたらATM警備のおじちゃんまで「これどうぞ」とEXPACKのチラシを差し出してくれた。
同じ荷物を、ヤマトを呼んで発送すると、えーと、680円だ。うーむ、実に180円も安い。しかもヤマトの場合、一度呼んでしまうと、来てくれるまで出かけられないというのがあって、急な用事が入ったときなど、困ってたりしていたのだった。うーむ、そうかそうか。まとめて500円の封筒を買っておけば、あとはポストに放り込めばいいのか。田舎のおじいちゃんおばあちゃんに孫のビデオを送るのにも使えるし。
というわけで、今後の荷物の発送はこいつに決定。たいていの書類とか本とか、ビジネス関係の資料なんてA4に収まっちゃうしね。というわけで、モロに宅急便つぶしの商品であるのが見え見えだというのに、それに乗せられてしまったよ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」「ウィークリーメヨミウリ」


2004.08.26
打ち合わせ2、原稿。
前にも書いたけど、東京駅八重洲のサラ金、武富士前にある自動販売機はなぜか格安だ。150円のペットボトルが130円で買えてしまう。この前を通るときはそば茶を一本買うのがお約束なのだ。
本日もここでそば茶を購入。すると、いましたね、例のティッシュ配りのおばちゃんが。お茶を買った俺に「ティッシュいる?」と素早くにじり寄り、え、くれるの?と答えたら、「カバンを開けなさい」と言って俺のバッグを開けさせ、両手でティッシュをわさわさと放り込んでくれたのだった。嬉しいような、迷惑なような。
仕事でハヤミズ氏に会う。声がガラガラだ。風邪ですかと聞くと「違いますよ」との返事。「ガーッと酒を呑んで、クーラーつけたまんま、酔っぱらって寝るでしょ。その繰り返しでこうなっちゃいました」。だからそれは風邪だって。一番体に悪い寝方だなあ。気をつけてくださいね。たぶんタマダ氏やタニガワ氏あたりが激しく鋭く注意するでしょうが。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」(え、スワが辞めちゃうの?フリーになるんだって。びっくり。これからおいしい思いができるというのに、どうしたことだろうなあ。まあ、頑張って欲しいものだ。)


2004.08.25
原稿。
9時半に新潟の実家を出て、3時に自宅着。新居に引っ越したら都内を抜ける時間がなくなって、もっと楽になるだろうなあ。
休暇中、携帯でメールをチェックしていたので、仕事がどんな状態になっているかはあらかた想像がついていた。だもんで、戻ってすぐにたちまち仕事モード。よくしたもので、戻ったのを見ていたかのように電話も入って、しかも急ぎの仕事ばかりで、新たなローンを抱えた身には幸先のよい秋の出だしとなったのであった。
とは言え、オフィシャルには休暇は明日まで。ふふふふと隠れて仕事するのだった。


2004.08.24
今回の帰省のメインイベントが、今日の夏祭り。なに、夏祭りったってちびな村のささやかな催しだ。だが、一年一度のお楽しみ。朝から住民全体がわくわくして、ニコニコしてる。夕刻からは色づき始めた田んぼを渡る風を受けて、子供山車の時間。俺の弟が山車の先頭を務め(そんなに頼りにされる存在になっていたのかとびっくり)、我が家の3歳の息子も借り物のハッピで参加したのだった。
途中、小学校の同級生だった豆腐屋のノリオ、ミツオ、タツオに会う。3人とも野球の名手だった(俺たちの頃は野球しかなかった)。ノリオとは30数年ぶり、タツオとはお互いに頭を指さして「白くなったなあ」と笑い合う。ミツオには「その嫁さん、拉致したのか」と人聞きの悪いことを大声で言われる。
2時間近くわっしょいわっしょいと練り歩き、食事のあとはこじんまりと出そろった夜店をのぞき、甥っ子のユーイチローが獅子踊りを舞うのを待ちたかったけれど、息子が眠くなってしまったので、肩に抱きながら帰る。


2004.08.23
雨のため、一日中家でぐーたら。とは言え、5人の子供が団子になって暴れるわけだから、そりゃもう大騒ぎ。


2004.08.22
朝っぱらから4人の男の子と一緒に、だるまさんが転んだである。日曜だから、いいだろう。夜は瀬波温泉に一泊。浜辺に降りて、我が家の子供は海を初体験。最初びびっていた息子も、途中から激しく興奮したのであった。


2004.08.21
早朝5時に自宅を出発し、11時に新潟の実家に到着。見事渋滞をクリアー。実家の子供3人、我が家の子供2人の計5人が集まって大騒ぎ。これに両方の親4人、ジジババ2人が混じるわけだから、晩飯などは大変な騒動なのであった。全部で11人の食卓だもんね。


2004.08.20
原稿。
生まれたときはわずか2,375gしかなくて周囲のものをえらく心配させたが、親だけはいやあ良かったなあと喜んでいた。そんな我が家の娘も、元気に一歳の誕生日。小さく産んで大きく育てろの言葉通り、野乃花はこの一年で約4倍の9kgに成長した。最近ではひょこひょこ歩き回ってはいろんなものをいじり倒し、そのたびに家の中は大騒ぎである。
そんな娘のために、妻と息子がケーキをつくってお祝いしてくれた。
新しい家の最終立ち会い確認の日。節目の一日となった。もっともその間にアルファベット三文字銀行と予期しなかった激しいバトルが繰り広げられ、精神的にぐったり。こんなことなら星銀行にしときゃよかったと思っても後の祭りなのだった。
つーわけで、明日から夏休み。あたしゃ北の国へと姿を消します。ここもしばらくお休みだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.08.19
原稿。
Macユーザーの俺は、長らくメーラーとしてEudoraを使ってきた。ちなみにこれはユードラと読む。変な名前だよね。
このEudora、最近おかしくて添付ファイルをちゃんと送ってくれなくなったのだ。これって原稿仕事じゃ致命的。しょうがなく俺の嫌いなOutlookExpressを使っている。これ、直訳すると外見特急じゃん。俺もエイリアスには外見特急と名づけて使ってる。
でも、外見特急もなんだか時々動作がおかしくなるし、困ったもんだ。しょうがないからメールの受けはEudoraで、ファイルを送るときは外見特急で、と使い分けている。めんどくせえよ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.08.18
取材1、打ち合わせ2、原稿。
夜、取材のために新宿西口へ行く。夜の高層ビル街はほとんどゴーストタウンだ。治安はどうなんだろう。東口あたりに比べればまだマシなのだろうか。
帰りには潮見の居酒屋「だんらん」で食事。もう子どもたちも寝ている時間なので、食べて帰ると連絡してあったのだ。でも、食べて帰るって、地元の居酒屋かい。けっこう行動半径が狭いよな、俺。
メニューに厚揚げが復活しているのを発見し、狂喜。大好きなのだ、厚揚げが。厚揚げと刺身はツマミの王様なのだ。でも、狂喜のあまり、厚揚げをお代わりしてしまった。冷静になって考えれば、厚揚げのお代わりっていうのはあまり聞かないよなあ。でもいいや。旨かったし。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「サイゾー」


2004.08.17
打ち合わせ2、原稿。
マンションの前の空き地で、ホームセンター建設の工事が始まった。正確には整地のための工事なのだが、いやまあ、朝からうるさいこと。でも、パワーショベルが走り回って土を掘り返しているので、息子をはじめとしてガキどもは大喜びである。
見ていると、土を掘り返している傍らではホースで水をまいている。ホコリが飛ぶのを防いでいるのだろう。工事の人たちも大変である。暑いし。
仕事で会ったタケちゃんから「移転のハガキ届きましたよう」と知らされる。そうなのだ、オフィシャルな移転通知を主な仕事関係に出したのだ。「まだ届いていないぞ」という方は、ご心配なく、お会いしたら名刺をお渡ししますので。
「いい電話番号ですね」とタケちゃん。チミもジェイコムにしたまへ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.08.16
取材3、原稿1。
久しぶりに仕事で六本木昼図、ちっがーう、ヒルズへ行く。相変わらず落ち着かない街だぜ六本木。例の事故のあった回転扉の脇から入る。なぜこのようなものをそのまま放置してあるのだろう、森ビルは。なんかおかしいなあ。
上層階からの景色はさすがに素晴らしい。あそこが一の橋であそこが箱崎とか考えながら、ずーっと見ている。はっ、俺ってもしかして高いところから街を眺めるのが好きなのかもしれん。
六本木の後、急にアキヤマくんに会うために南青山まで行く。とうぜん歩き。てくてくと15分、まあ、適当にいい運動になったべな。暑くなければいくらでも歩くんだが、さすがに最近の暑さではとてもとても。
んーと、なんだか最近のこの日記ってつまらなくないか? 日記につまる・つまらないもないものだが、それにしてももっと面白くしなければ。そのためにも時々悪口を書くようにしよう。けけっ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル増刊号」「ザ・スタンド2」S・キング、文春文庫


2004.08.15
原稿。
朝起きたら雨が降っていた。何日ぶりだろう。窓を開けた方が涼しく感じるのも、何日ぶりだろう。夏はナイフで切ったように始まるものだが、終わるときもこんなふうにある朝突然なのだった。
とか言っても、また明日から残暑なんだろうなあ。残暑は暑いざんしょ。けっ、つまらん。
考えてみたら盆は今日で終わり。世間的には夏休みモードも終了で、明日から秋のお仕事モードなのかも。でも我が家はまだ夏休みはこれからなのだ。
息子には今年の夏は楽しいことが三つあって、一つがバーベキュー、二つ目が新潟でお祭り、三つ目が引っ越し(楽しいか?)と教えているのだが、実にこのうちのまだ一つしか終わっていない。つまり我が家では夏はまだ三分の一しか過ぎていないのだった。
なんとも強引な理屈だなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.08.14
原稿。
掃除機が必要になり、有楽町のビックカメラへ買いに行く。掃除機なんて掃除ができればそれでいいのだが、行ってみてびっくり、7000円から5万円以上まで、まさにピンキリ状態。何が違うのか、比べるのもバカバカしくて、適当に25000円の松下製を購入。
帰りには東京駅八重洲地下の回転寿司でランチ。ここは回転寿司のわりにうまくて、けっこう気に入っている。普段はサラリーマンでいっぱいだが、土日は完全にファミリーモードなのだった。
夜は、潮見友達のえりずーに招待されて、えりずマンションから東京湾の花火大会を見学。遠くに打ち上がる色とりどりの花火が、それはそれは美しかった。まさに真夏の夜の夢。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.08.13
原稿。
お盆。新潟の実家では家族そろって墓参りに出かけたそうだ。世間は夏休み本番。それでも仕事してる人はけっこうしたりして、何本か電話もかかってきたし、ファクスもきた。
ところでサッカーだけど、なんだか変な負け方をしたねえ。PK2本もらって勝てないんじゃあ、論外ってもんだ。「国際試合の重圧」「慣れないピッチ」なんていう論調もあったけど、相手も同じ条件なんだから、もういい加減そういう言い訳をするのはやめようよ。負けたのは弱いから。それに尽きるのだ。次のイタリア戦で、オリンピックはおわりだなあ。まあ、フツーに3連敗して、というところだろう。
オリンピック開会式は今日の夜中らしいが、さすがに3時なんて、見られないなあ。懸念されたとおり、日本では案外盛り上がらずに終わるかも。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「美味しんぼ」


2004.08.12
打ち合わせ2。
ヨルダンだっけ、バーレーンだっけ、ともかくロスタイムの中沢のヘッドは伝説の得点にふさわしく格好良かった。振り返ればこのシリーズは、いやあ、面白かった。
ところが少し冷静になって平熱で考えてみれば、これって他が強くなったというより、日本が弱くなったということではないのだろうか。うむむむ。
というわけで、今日から始まるオリンピックのサッカー。どう考えても3連敗で予選敗退というのが、たんごちゃん予言。
中継は夜中の2時半だそうで、そんな試合、見られません。というわけで、この予言が当たるかどうか、最初の結果は早朝に分かる。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」 「ウィークリー・ヨミウリ」


2004.08.11
取材1、原稿。
新居にはNTTの光ファイバーとISDNを引く手配を取った(要するに今と同じ)のだが、ふと思い立ってケーブルテレビ局のジェイコムに相談してみた。結果、すげえびっくりしてNTTのISDNはキャンセルしてジェイコム電話を2本引くことにした。
何にびっくりって、まず商品力。新しく2本回線を引いても、ISDNより安い。工事費もえらく安い。営業力にもびっくりで、電話した翌々日には手書きの詳細なプラン提案が送られてきた。もっとびっくりしたのがサービス力で、NTTだと電話番号選びは、電話口で3つか4つの番号を告げられて「どれにしますか、今選ばないといけませんよ」と迫られる。ところがジェイコム、「候補をファクスしますから、好きなのをよく考えて選んでくださいね」と言って、なんと約800もの新番号候補を送ってきたのである。一晩考えて選んでもいいよん、という鷹揚さ。とても有り難いよね。おかげでゆっくり考えてとてもいい感じの番号を選ぶことができた。
なるほどねえ、これじゃNTTは負けるわ。つくづくそう実感したのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」 「週刊プロレス」「FOCUS」


2004.08.10
取材2、打ち合わせ1。
早朝、横浜駅へ行く。いつ行っても工事している、落ち着かない駅だ。東急東横線に乗って白楽へ。降りようとする客がいるというのに、どやどやと人が乗り込んでくる。サル並みの民度である。
「民度」という嫌らしい言葉を最初に耳にしたのは、14年前に東京急行を取材したときである。「東急沿線は民度が高いですから」と東京急行の人が差別的に言うのを聞いて、どうせ京王線の俺は民度が低いですよ、といじけたものだった。
東横線終点の渋谷駅では、乗客が全部降りないと乗り口のドアが開かない。車内を歩いてなかなか降りようとしない乗客も多く、乗り口の前で待たされる客はけっこうイライラするものだ。数年前の夕方、そんな状況に遭遇したら、乗り口の前のおおぜいの客がいっせいに窓やドアをどんどん叩いているのを目撃した。早く降りろと威嚇し、むき出しの敵意をぶつけているわけである。そのシーンには、すごくびっくりした。まったくたいした民度の、お上品な人たちである。
あー、書いてしまった。東横線の人たち、気を悪くするだろうなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.08.09
原稿。
段取り仕事が苦手な俺は、三つ以上のことが同時進行するともうお手上げである。従って現在の引っ越し準備中は、すでにお手上げなのである。
例えば本日Bフレッツの工事の下見があったので立ち会ったのだが、その際、トイレや洗面所の照明が用意されていないことを発見。あわててリフォーム屋に追加の手配をした。同時にテレビのアンテナも用意しなければならないことに気づき、早速ケーブルテレビ屋に電話して申し込む。その電話でケーブルテレビ屋に「安い電話サービスありまっせ」とすすめられ、ぐえ、じゃあNTTの申し込みはどうすんだべよと頭はパニック。
現在ほとんど何が何だかわからん状態で、刻々と時だけが過ぎていくのであった。暑いし。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」 「ザ・スタンド(1)」スティーヴン・キング、文春文庫。ふふふ、全巻そろうのを待って飛びついたぜ。尋常ならざるボリュームのホラー大作。んもう冒頭から息をつかせぬハラハラの展開で、やっぱり全巻そろってから読み出して正解。これで第2巻まで1カ月待たなければならないなんてことになったら、発狂ものだったよ。キングはやっぱり初期の作品が一番面白いっ。


2004.08.08
原稿。
夕方、息子と二人でお台場のTFTの本屋に出かける。今読んでいるキングの「スタンド」の2巻を買うためだ。息子には幼児雑誌を買ってあげる。ちょうどタイミングもよかったので、6時からのシャワーツリーをながめる。2年前の夏は、1歳を過ぎた息子と妻の3人で、よくこのシャワーを見に来たものだった。盛夏なのにどこにも出かける予定がなく、近場ですいていて、家族で何時間でもつぶせるところということで見つけたスポットがここだった。なんだかずいぶん昔のような、懐かしい夏の思い出だ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」 「DTMマガジン」


2004.08.07
新居のカーテンの打ち合わせ。ともかくカーテンとか網戸とか照明とかエアコンとか、インテリア関係にやたらと金がかかるのにびっくり。見積もりを見ては天を仰ぎ、溜息をつく日々なのであった。とほほほ。
夜はサッカーの中国決戦。はっきり言いまして、レベルの低いチームどうしのおおざっぱな試合。オートマティズムのかけらもない、だからアジアは取り残されるのさ的なゲームなのだが、それは置いといて、とんでもないアウェーでのこういう試合はシビレますなあ。遺恨は韓国ではなくてこれからは中国だ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.08.06
取材3、原稿。
夜7時頃、取材を終えて山手線に乗る。比較的空いていて、簡単に座れた。向かいの座席に目を向ければ、20代前半と思しき娘が堂々と携帯で話している。バカだ。
驚くべきことにこのバカ、携帯ででかい声で喧嘩している。だから話の内容が、周囲に筒抜け。「だから保証人になってよ!」ん、なんだなんだ、借金か。「保証人がいなきゃ引っ越せないよ!」アパートの保証人か。田舎の親にでも頼んでいるのか。「いないよ、そんなの!」男と一緒に住むのかと追求されたのかな。
こんな調子で公衆の面前で携帯で堂々と親に罵声を浴びせた後、今度は友人に電話して「今、親と喧嘩してさあ」とでかい声で話し始めた。
親の顔が見たいというのは、こういうことだろう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」


2004.08.05
取材1、打ち合わせ1。
日中はまだ30度越えの猛暑が続いているが、夕刻、日が落ちてくると風が涼しくなり始めた。どうやら夏はピークを過ぎ、後半戦から残暑に向かっているらしい。そうなればなったで過ぎゆく暑い夏が物寂しくなったりする。
江東区潮見という土地は好きでも嫌いでもなく、何もない不便な場所だけど頑張って暮らしてみるべ、という程度の認識だったのだが、離れる日が間近になると不思議なことにだんだんと愛おしくなってくるのである。4年半前、引っ越してきたときは一人だったが、それから結婚し、息子が生まれ、娘が誕生しと、それなりの時の刻み方をしてきた場所だから、自分でも意識しないうちに思い入れが深くなっていたのだろうな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「週刊ゴング」「大問題04」いしいひさいち


2004.08.04
打ち合わせ1、原稿。
午前、ぽっかり時間が空いたので久しぶりに髪を切りに行く。お台場近くの床屋「マスイ」だ。約1カ月半ぶり。お盆にはビッグサイトでコミケが開かれるからうんざりですよー、なんて話を聞きながら髪を切ってもらう。ここには長いこと通ったが、引っ越したらもう来ないだろう。ここで髪を切るのもこれで最後だ。挨拶しておこうかと思ったが、それも自意識すぎるみたいだしと思い、いつものように、どうも、お世話様、と挨拶してあっさりと出る。
昼、タマダ氏とサトウ氏の三人でサッカー談義。サトウ氏は本気で北京まで応援に行きたいと言うので、タマダ氏に仕事しろと叱られてしまう。日本サッカーは中年男をも熱くさせるようになったか。ますます野球は落日である。イチローや松井の話題が出ても、巨人の話題を耳にする機会はめっきり少なくなった。中畑なんかが日本代表チームの監督だっていうんだから、アホらしい。
夜には時間を見つけて不用品の処分。大規模マンションのいいところは、ゴミ置き場が24時間・365日使えることだ。燃えるゴミ、燃えないゴミ、粗大ゴミ(シールが必要)を、出たときにどんどん捨てることができる。引っ越しの原則は、ともかく捨てること。新居に持っていってもしょうがない。迷ったら捨てる、を合い言葉に次から次へと捨てていく。それでもまだまだモノは減らないし、少しも片づかない。日程ばかりが迫ってくるのが、少し恐怖である。仕事もしなきゃなんないしね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「成人病の真実」近藤誠・文春文庫。健康に関心のある中年はぜひ読んだほうがいい。びっくりすること請け合いである。例えば糖尿病の基準値である血糖値120以上というその数字に、実はなんの医学的根拠もなかった、なんていう話が次から次へと出てくる。有用な一冊。


2004.08.03
取材2、原稿1。
完全なアウェーで、開始早々に先制され、途中で退場もくらい、おまけにレフェリーまでインチキだという、まっことしびれるような状況での試合であった。逆転して、逆転され、追いついて、引き離して、見ている方にはたまらなく面白かったなあ。
あ、アジアカップのバーレーン戦のことだけどね。
日中、なんのつもりか星銀行から携帯に連絡が入って「丹後さん、またお願いしますからね」と懇願のような恫喝のようなセリフを吐かれる。うーむ、アルファベット三文字銀行にしたのは浮き世のしがらみのため。バカ高い利息を払い続けるつもりなどまったくなく、とっとと元金を払い終えてしまいたいので、1、2年したらローンを見直して、できればまた星銀行に借り換えたいとは思っているのだが、そんなことは認めてくれるのだろうか。もうちょっとそのあたりを匂わせておけばよかったかなと思いつつ、電話を切る。
ま、その頃になりゃ、ほとぼりもさめるべな。
もっともアルファベット三文字銀行ならともかく、救済合併されて東京三菱三和東海銀行になってしまったら、弱者からは取れるだけ取って切り捨てろという理念のもと、借り換えなんぞ到底認められないような気がする。逃げられず、もがき続ける我が人生となるのであろうか。とほほほ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」


2004.08.02
打ち合わせ2、原稿。
楽しい夏合宿の後は、辛い仕事が待っているのさ。その中でも一番嫌なのは今朝の電話なのであった。
星という名前の銀行に電話して、残債の決済や抵当権の抹消やらの段取りを依頼しなければならないのである。西武不動産は「もう話は通っていますが、一応ご本人の連絡が必要なので」と、あくまで形式だけの電話であることを強調する。しかし銀行屋がそんなことで許してくれるわけがないのは、自明だ。
案の定、星銀行の担当者は、こちらが素人と見て取るや「その書類は手間がかかるので、ナントカ証明じゃなくカントカ書でいいのではないですか」とか「ついてはアレコレ控えは郵送すればいいですか、それとも他の方法がいいですか」と畳みかけてくる。電話を抱える俺の背中を、嫌な汗が流れるのであった。
星銀行に限らず、まったく銀行というのは苦手である。次はアルファベット三文字銀行と契約を交わさなくてはならない。今からじんわりと冷や汗である。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」


2004.08.01
山の夏は涼しく、爽やか。早朝など寒いくらいだった。
旨い朝飯をたらふく食ったあとは、息子はキベじーに仕込まれた水鉄砲に激しく興奮し、ぴゅっぴゅっ攻撃しまくる。その水鉄砲を持ってだてポンと一緒に温泉に入った後は、ヤマメの手づかみに激しく興奮。せっかく全身をきれいに洗ったというのに、あっという間に魚臭くなり、ずぶぬれで全部着替える。その後、人生初めてのスイカ割りに激しく興奮し、スイカをばくばく食う。あげく、「帰りたくない、もっといたい」と叫んで、ひっくり返って泣くのであった。
台風の影響なのだろう、この時期にしては珍しく、午後の東名はほとんど渋滞なし。すらすらと家まで帰ってこられた。ああ、楽しい合宿だったなあ。なにしろ仕込みは2月。半年がかりの企画だったのだ。来年は、二泊の合宿にしちゃおうかな。
などと思いつつ帰ってきたら、明日からやるべき仕事が山積みで、しかもけっこう重い仕事が迫っているので、ぐったりなのであった。毎日夏休みだったらいいのになあ。って俺は小学生か。


2004.07.31
金山温泉 夏合宿。古い日本家屋を利用したロッジに泊まる。参加は、キベじー、順さん、タヌキの親分、イズ、さとちゃん、いさわしファミリー、だてポンファミリー、りょうちゃん、たんごちゃん一家。大人11人、子供4人、幼児1人の大所帯が、大騒ぎなのであった。
12時に静岡インター近くのすかいらーくに集合だというのに、10時にはたんごちゃんカーとイズちゃんカーが集まって時間をもてあましたり、たんごちゃんのクルマにはナビが着いているから俺が先頭を走る、みんな黙っておとなしく着いてこいと大見得を切ったあげくに堂々と道を間違えるし、まったく早起きのボケ老人集団と何ら変わることのない徘徊ぶりなのだった。
到着後はプール組、温泉組、釣り組と分かれて大騒ぎ。釣りに出かけた我が家は、ヤマメを入れ食い状態でつり上げて息子が大興奮。その息子はバーベキューの後に生まれて初めて体験した花火に激しく興奮し、手持ちの花火に火がつくたびに「はなびー」と絶叫し、あげくは振り回したり、走り回ったりして、ほとんど八つ墓村の世界。
バーベキューを食し、7時に自ら布団を敷いて廊下に寝込んだじーさんを横目に見ながら、楽しく過ごしたのだった。


2004.07.30
原稿。
ドラえもんマークの引っ越し屋が、見積もりのためにやって来た。担当者は当然ドラえもんの着ぐるみ姿である。もちろん嘘である。
ちゃっちゃか見積もりをして、しめて17万4000円。じゃあ頼むわ、と即断即決。段ボールを山ほどくれるらしいから、早速来週から荷造り大作戦だ。
しかしあれですな、話を聞けば、作業員が5人にトラックが2台ですと。それで一日汗水垂らして17万なんぼというんだから、引っ越し屋ってのは本当に儲からない商売なんだなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2004.07.29
原稿。
電話の移転手続きのため、朝から石神井公園へ行く。京葉線・有楽町線・西武線と乗り継いで1時間弱。
石神井公園駅前には大きいNTTのビルがある。ところが入り口が閉まってて、ビル内の電気も消えている。あれえと思って、駅前で駐輪自転車の整理をしていたおじさんに、NTTってなくなったの?と聞く。おじさん「新宿のほうに引っ越したみてえだよ」と教えてくれる。んがあ。なんだよ、わざわざ来たのに。ねえねえ、おじさん、じゃあこの近くに他に電話局知らない? そう聞いたら「荻窪か練馬だなあ」と教えてくれた。親切なおじさんなのであった。
では、と西武線で練馬へ行く。駅にカネをかけない西武鉄道にしては立派な駅を出て、地図を見る。ない。どこにもNTTなどと書いてない。おじさん、ないじゃんかよう。
弱り果てて、西武不動産に電話し、担当の営業にNTTの営業所を教えろと迫る。「石神井公園の駅前に」そこはつぶれたの。「ありゃま。では調べて折り返します」。数分後にかかってきた電話では、移転やら統合やらで、新宿のNTTが一番近くなったらしい。なんとまあ。「移転なら電話でできますよ」とのことであったが、うちはISDNやら光ファイバーやらでややこしいし、第一、こういうことは顔をつきあわせて進めたいというのが俺の性分なのだ。
練馬駅から西武線に乗り、池袋で山手線に乗り換えて新宿へ。途中、ずっと沢木耕太郎の「墜落記」を読む。ブラジルでセスナ飛行機に乗って、ジャングルで墜落してしまったという体験記だ。飛行機が落ちるなんて、災難としては第一級のものだろう。その当人の話なのだから、面白くて面白くて。
新宿で西口をえっちらおっちら歩いて、ようやく京王プラザ斜め前のNTT営業所に到着。どこから見ても派遣社員という受付がえらく丁寧に迎えてくれ、番号札をもらって2階へ上がる。途中すれ違ったハゲ頭もえらく丁寧に「いらっしゃいませ」とおじぎしてた。NTTも変わったものである。
窓口に座っていたのは、塙という名前のおばちゃん、といったら失礼か。こいつに、これこれこうで、ISDNにBフレッツがあって、おんなじ環境を新しい家に作りたいんだけどと相談。ところが、おばちゃん、新しい家の近くに電柱が立ってるかどうかがわかりません、と泣く。
こりゃ困ったね。電柱がなければ立てな。そう思ったけど、そのあたりも含めていろいろと調べて、結局は「あとでお電話いたします」で終わってしまった。ずっこける。脱北者は、だっぽくんと呼ぼう。そんなギャグにも近い脱力ものだった。
その後、しょうがないから中央線・京葉線と乗り継いで帰ってきたのだが、朝からあちこち徘徊して電車を乗り継ぎまわったというのに、最終的には徒労に終わってしまったのさ。
要は新しい電話番号が知りたいのよ、電話番号が。そうでなきゃ何事も始められないのっ。俺のこの心の叫びはNTTに届いたのだろうか。答えろ、塙。
との言葉が通じたか、夕方になって塙から電話がかかってきて、新しい番号に工事の日程もすべて決まったぞ。番号は、候補の中から瞬間的に選んだのだが、後になってなんでこんな番号を選んだんだ、もっといい番号があったじゃないか、ばかばかばかアタシのばかばか状態になってしまった。ちっ、悔しいぜ。
でもまあこれで住所、電話番号、日程その他が決まり、大きく一歩前進なのであった。新しい電話番号を知りたい人は、そのうち教えてあげるから待ってなさい。って、客先に向けてこんことを言ってはいかんな、ちゃんとご挨拶せねば。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.07.28
取材4、打ち合わせ1。
週末、静岡の山の中へ合宿に出かける予定だ。ロッジを借りて、一泊である。ところが大型の台風が近づいていて、ちょっと危険な状態である。
そんなことを昼の取材後にカミタニ氏に話したら「気をつけてくださいね」と優しい言葉をかけられる。ところが、万一の時は後は頼みましたから、と言うと「え゛っ、原稿は上げてから行ってくださいよ」と冷たく命じられてしまった。とほほ。
夕方の取材で同じことをアキヤマくんに言ったら「気をつけてくださいねー」と優しく言われた。いい奴だなあと思ってその目を見たら、やっぱり「原稿は片づけてから行くように」と語っていた。とほほ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「部長島耕作」


2004.07.27
取材5、原稿。
息子の幼稚園も今週で終わり。本日は送迎バスが休みなので、クルマで送っていった。その足で退園届けも提出した。息子に事情を説明したらケロッとしたもので、あと三回で終わりだねと返事してた。
日中は取材で都内各所。日本橋のサラリーマンが、すれ違いざまに「天気予報、あたんないなあ」とぼやく。そうなのだ。予報では32度とかいっておきながら、実際は35度だったりして、やたら暑い毎日が続くからだ。
けど、一歩ビルに入ればきっつい冷房が効いてて、その繰り返しだから、俺はここ数日風邪をひきっぱなし。冷房風邪は、本当にこたえるよ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」「SPA!」


2004.07.26
原稿。
東京臨海病院にて人間ドック。半年前にも受けたのだが、まあ、病人だからね。
問診はまた例によって院長。なんなんだ、院長自らが人間ドックてのは。半分寝ているような院長で、聴診器を俺の胸に当てては「いやー、いい音だなあ」と笑い、血液検査の結果を見ては「立派なもんだ、でも、糖尿病に気をつけなさいね」と言う。だから糖尿病なんだってば。
こんなとぼけたじーさんの問診を受けて、結果は、まあ、可もなく不可もなく。いや、血糖値とかは問題ありなんだけどね。あとは視力だなあ。右の視力が0.2とかで、そんなわけはないんですがね、ほれ、こうしてはっきり見えてるし、ここまでクルマで来たし、でも、どうにもおかしいなあ、ということで俺は密かに老眼を疑ってるのだがね。
まあ、それはともかく、いろんなことでカネがかかって、俺は悲しいよ。新しい家には何もついていないから、カーテンやらエアコンやら照明やらをつけないといけない。しかも部屋数がやたら多いから、こいつらをつけるだけで、目が回りそうな金額になるわけだ。ほとんど卒倒。
引っ越し代については、水曜日にドラえもんの引っ越し屋がやってくるので、それからであるが、まあ、バカ高いんだろうなあ。今から卒倒。
と思ったら、不動産屋から連絡があって、アルファベット三文字の銀行でローンの審査が通ったって。やれやれ、良かった。新しい借金を背負うことになって良かったもないものだが、まあ、一安心である。ともかくこれでこの話は正式決定。引っ越しは、今からオープンの話である。って、今までクローズだったのか。
えー、引っ越し先は練馬区谷原です。関越の入り口の近くです。引っ越し日は、8月31日です。当然のことながらその前後の企画事務所は使い物になりません。お取引先各位様、なにとぞなにとぞ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「喜びは悲しみのあとに」上原隆・幻冬舎アウトロー文庫。前著に続いて、様々な市井の人々の生きる様を紹介した本。けっこう味わい深いよ。俺は人間ドックの待ち時間にすらすらっと読んじゃったけど、一話ずつ、布団の中で読んでいくというのはもなかなかだと思うなあ。


2004.07.25
原稿。
妻の実家から帰ってくる。それにしても異常な暑さだわい。クルマに乗っていても暑いし、家の中にいても暑い。猛暑に集中豪雨に、日本の夏は命がけの季節になってしまったなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「友がみな我よりえらく見える日は」上原隆・幻冬舎アウトロー文庫。ホームレス同然の生活を続け妻子からも捨てられた芥川賞作家、アパートの五階から墜落し両目を失明した市役所職員、その容貌ゆえに45年間一度も男性とつきあったことのない独身女性…。こういった人たちを、独特の語り口で紹介している。それぞれの話は短いが、中身はけっこう重い。


2004.07.24
妻の実家へ遊びに行く。いとこのあやちゃん、ゆうたくんも来ていて、ちびっ子4人、そりゃもう大騒ぎ。夜には地元のお祭りに、新潟の祖母の仕立てた浴衣を着て出かける。ヨーヨーに綿アメをぶら下げて、息子はすっかり田舎のお祭り小僧なのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「Number」


2004.07.23
取材3、原稿。
久しぶりに新宿寿司処・すがわら。刺身を食って日本酒飲んで、寿司折りをぶら下げて帰ったのだった。ひくっ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ダカーポ」「日経ビジネス」


2004.07.22
取材1、原稿。
早朝8時15分という時間に取材のアポ。相手は某世界的製薬企業の社長。驚くべきことに俺と同い年。聞けば、普段は7時頃からアポが入っていて、毎朝米国とのテレビ会議もこなし、夜は9時まで会食して、その後も会社に戻って一仕事するというのが日常らしい。うーむ、俺にはできねえ。だからこそ、彼我の立場の違いなのだろうが。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.07.21
原稿。
お台場のフジテレビで夏休みイベント「冒険王」が始まった。その中で毎日プロレスと称して、闘龍門がプロレスをやっている。今日は仕事の隙間を狙い、取引先各位の目を欺いて、一家で観戦に出かけたのだった。
って、出かけるか?普通。37度とか38度とか、体温以上の猛暑が続いている中、三歳の幼児と11カ月の乳児を連れて、真っ昼間からプロレスを見るために。
入場料は1000円。いろんなアトラクションの中の一つの企画としてプロレスもやってる。試合は二試合。斎藤了対アラケン、しゃちほこ・シーサー・市川対タル・アンソニーのハンディキャップマッチ。まあ、はっきりいって格落ちのメンツで、闘龍門としてはプロモーションのつもりなのだろうが、会場は冷え切っていて逆プロモーションになったのは間違いなかろう。しかし、我が家はマニア。三歳の長男に「しゃちほこー、と言え」と強制し、拍手をさせながら、存分に楽しんだのだった。ああ、面白かった。
ところでこの「冒険王」というイベント、相当に寒くて眠いぞ。行こうと思っている方、騙されるからやめなさい。
例えば忍者のコーナーというのがあって、忍者ハットリくんにひっかけた企画なのだが、スタンプを持っている忍者を捜し出してスタンプを三つもらうと特典が出る、というものだ。アルバイトの学生どもが忍者の姿をしてうろうろしており、それはいいんだが、言葉のおしまいに必ず「でござる」をつけるのである。子供相手ならそれもよかろう。だがしかし、大人が「このカードをどうすればいいの?」と聞いても「スタンプ集めるでござる」と返事するのはやめろよなあ。そんな言葉遣いをされる俺46歳も相当に辛かったが、言う方も目が泳いでいたぞ。
結局、スタンプを集めた特典は、息子のほっぺの渦巻きシール。息子はそれなりに嬉しそうであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.07.20
取材1、打ち合わせ2。
午前中は税務署に区役所に郵便局と駆けずり回り、昼には打ち合わせ、移動、取材、移動、打ち合わせ、移動と都心の地べたをはいつくばっていたのだが、やたらと暑いと思っていたら、なんと39.5度だったそうで。アホか。ほとんど発狂ものですな。
今朝も7時の時点で既に30度を超えていたから、相当に暑くなるかとは思っていたけどね、まさか39.5度とはね。
それはともかく、会う人たちからぼちぼち「引っ越しするんですか」「決まった?」と聞かれるようになったので、ここで正式に広報しちゃうのだ。はい、決まりました。つーか、決めました、引っ越し。石神井公園(西武池袋線)です。練馬区です。
二人の子どもにもちゃんと部屋を用意しているのですが、三歳の息子は、彼は彼なりに理解しているようで「はしごの部屋がボクの新しい部屋だ」(ロフトがついてるんです)と喜んでいます。一人でねんねできるか?と聞くと「できるよ、ボクはもう大人だからボクの部屋で一人でねんねするよ」と鼻息を荒くしています。
引っ越しすることを喜んでいるようで、それはそれで良かった。一番大変なのは妻で、この発狂的な暑さの中の引っ越し作業もさることながら、引っ越してからも買い物の苦労とかをかけることになりそうです。(安くて、広くて、駅の近く、という物件はありませんでした。結局距離を犠牲にしたため、駅から17分という立地になりました)
引っ越し予定は8月31日。あ、もちろん銀行がカネを貸してくれたらの話で、現在のところ内定は出ているものの、申込先のアルファベット三文字の銀行が「やっぱ貸せない」と寝返ったら、この話はチャラになります。そうなったらそうなったで、コトの詳細をここで広報しちゃうつもりですが。
というわけです、こずー様。落ち着いたらみんなで遊びに来てね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「新潮45」「フライデースペシャル」


2004.07.19
妻と息子が二人でディズニーオンアイスを見るために代々木体育館へ出かけていく。俺は娘とまったり、二人で留守番だ。ごろごろと昼寝して、いいご身分なのである。
ディズニーオンアイスは、話の流れにより妻の妹二人も合流。三姉妹そろっての観覧となったのだ。三人もフィギュアスケート大好きなので、相当に面白かったらしい。よかったよかった。
もちろん息子もそれなりに楽しんだ様子である。もっとも基本的に女の子向けのイベントであるため、会場はプリンセスのコスプレをさせた幼稚園児であふれかえっていたそうだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.07.18
新潟に帰る母を東京駅の新幹線ホームまで見送ったのだが、そのあたりからなんだか全身がだるくて、節々が痛くなってきた。うーむとうなりつつ、家に帰って、すぐさま横になる。結局2時間ほど寝込んだのに、それでも状況は改善されず、こりゃ完全に風邪かなあ。連休中だし、仕方ない、売薬でごまかそう。
明日は代々木体育館でディズニー・オンアイスのイベント。妻が息子を連れて出かけていく。俺は娘と留守番だ。息子と二人で外出なんて、妻にとっても楽しみなことらしい。あまり暑くなければいいのだが。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.07.17
新潟の実家から上京した両親を伴い、三世代、6人で練馬のあたりをうろうろする。こういう時に困るのが、食事である。ファミレスって案外高いし、うまくないし。特に休日は混んでいて、すげえ待たされたりするから、子連れにはしんどいものがある。結局落ち着いたソバ屋にした。
関係ないけど、お台場のフジテレビで本日から夏休みイベントが始まった。そこで闘龍門が毎日プロレスを見せてくれる。これは行かなければ。平日、仕事の合間を見つけて、さくっと闘ってくるのだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.07.16
取材1、打ち合わせ2。
恵比寿駅の改札そばのオープンカフェで仕事先と待ち合わせ。電車の音、駅の音、クルマの音、音楽、人の話し声が入り混じったすげえうるさい空間で、頭が痛くなってきた。こんな場所でも、周囲を見れば平気で人と会話したり、食事したりしている。うーむ、どういう神経しているんだろう。いや、きっと神経がないんだろう。
恵比寿の後は、三越前、日本橋と移動する。34度。湿気をたっぷり含んだ空気にアスファルトの照り返し。心底うんざりして、けっこう疲れてしまった。こういう環境で仕事するには、神経があってはいけないんだろうなあ。
ブックオフから連絡。一昨日引き取ってもらった本の数は213冊で、全部で1万4千円で買ってくれるらしい。え、そんなにくれるんだ。5000円でラッキーと思っていたから、儲けた気分。本棚もすっきりしたし、ああ、さっぱりしたなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」そういや、曽我ちゃんとチャーリーの空港での強烈なブチューには、日本中がひっくり返りましたなあ。俺なんて、思わず画面に向かって「そ、そうなの?」と叫んでしまった。曽我ちゃん、キャラ立ちすぎ。あのブチューに込められた思いを分析してるけど、あの写真を載せるのはもうやめてほしいなあ。


2004.07.15
原稿。
朝からちょびと仕事をしたあと、午後はネリマーとなって契約関係を激しく攻める。いや、疲れたぜ、マジで。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.07.14
原稿。
サッカーによって国際試合のしびれるような興奮を知ってしまった我々にとって、プロ野球の広島対横浜なんてものは緩くてしょうがないのである。もちろんサッカーにも広島対横浜というものがあるわけだが、その試合も世界一決定戦への一里塚であることを知っているから興ざめしない。野球の広島対横浜の延長線上に日本一があるのとは大違いなのだ。だから野球を救うにはもう国際試合を前提とした、ワールドカップを見すえた仕組みをつくるしかないのだけれど、そんな発想はどこにも感じられないほど、どうしようもなく昭和な業界なのだ。オリンピックの代表を見ても、松井もイチローもいないチームを日本代表と言われてもさ、誰も本気にはしないって。そもそもチームの愛称が長島ジャパンというのだから、病気不在の老人の名前を冠にして喜んでいるところからして救いがたい。とっとと負けてすごすご帰ってくればよろしい。
まあ、選手もひどいわな。古田なんて今まで年俸急騰の流れを先陣切ってつくってきたくせに、今になって「選手を守れ、ファンを大切にしろ」だなんて、どの口が言ってるのか。この口か、あの口か。会社が赤字だろうが自分はもっとカネが欲しい、本社のお荷物だろうが自分は一番偉い、という精神構造で今までやって来たツケが回ってきたのさ。中学からの部活、体育会育ちで、裏で汚いカネが動くのを見ながら業界に就職した連中だから、仕方ないけれども。そんな奴らのために汗を流すのはもうバカバカしいと、経営陣がプッツンしちゃったというのが今回の騒動の原因なんだろう。
そんなことを考えている俺であるわけだが、さて、本の処分をしようとブックオフの出張買い取りサービスというものを初めて利用してみた。独身時代と違ってそんなに本も読めなくなったし、ミステリーの新刊本を片っ端から買ってきて読むというのにも疲れたので、さほど本がたまっているわけではない。それでも片づけてみたらば段ボールに4箱ほどになったのだった。
ブックオフのこのサービスは電話さえすれば指定の時間に取りに来てくれて、あとでお金を振り込んでくれるというもの。夕刻、太ったおじさんが取りに来てくれたが、この暑さの中、気の毒なほどであった。
本好きにとってブックオフは天敵であるのだが、しかし、こういうサービスが有り難いのも事実で、心中、かなり複雑。本の中身や価値で価格を決めず、純粋にきれいか、汚いかだけで値づけする商法ゆえ、どれだけの値段がつくか。まあ、捨てるよりはいいやと思って引き取ってもらったのだから、タダでもいっこうにかまわないのであった。
値づけといえば、先日マンションの買い取り専門業者というものが我が家を見に来た。想像していたよりあっさりしたもので、ものの5分も見て、終わりなのだった。このキズはなんですか、どうしてこんなところに落書きがあるんですか、と突っ込まれるかと思っていたのに、ちょっと拍子抜け。まあ、立地条件と築年数で市場価格なんてのは事前にわかっているはずだから、現地を見るのは、煙草の臭いがしみついてないかとか、ゴミ屋敷になってないかとか、本当に本人が住んで生活しているのかとか、そのあたりを確認するためなんだろう。でもって、気になる査定結果はいえば、うーんと卒倒しそうな金額であった。
本日昼にトヨタ東京カローラの営業であるヨッシーに会ったので、三菱の客をうまいことかっさらってウハウハじゃないの、と振ったら「よく来ますよ、三菱に乗ったお客さんが。でも下取りの値段が付かないんですよ。だから話が決まらなくて、そりゃもう大変なんすから」と泣き言を言われる。俺のマンションの査定も、ちょうどこの三菱のオーナーと同じ気分だわい。泣きたくなるのはこっちだ。将来の売却を考えるのなら、マンションなんて、買うものじゃないなあ。このあたり、もう忘れたいので、聞かれても答えませんから。
本日は銀行から連絡があって(東京三菱に救済されて、望外なことに世界一のメガバンクになるかもしれないけれど、でも、現場の人間にしてみればもう出世は望めないし、社風がまるで違うのでいじめられるのは火を見るより明らかだから、今から憂鬱になってるに違いない、アルファベット三文字の銀行)、ローンの審査に内定したとのこと。ホッとする半面、やれやれ、やっぱりさらに上の借金生活か、という重圧もある。酒でも飲まなきゃ、やってらんねえんだよ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.07.13
取材1、原稿。
朝8時28分の東北新幹線「はやて」に乗って仙台へ行く。いつ以来だろう、かなり久しぶりである。仙台はいい街だ。よそから仙台に転勤してくると、一年目は文句を言い、二年目は黙り込み、三年目には家を建てる、と言われる。それほど住み心地のいい街なのだ。
取材は1時間弱で終了。帰りに駅で土産物を買う。仙台と言えば牛タンだよなあと、牛タンを購入。仙台といえばササカマがお約束だよなあと、笹かまぼこを購入。そういえばボロボおじさんがずんだ好きだったなあ、どうしてるかなあボロボおじさんと、ずんだ餅を購入。
あれよあれよというまに両手に一杯の土産物となり、ついでに駅弁まで買ったので、取材に来たんだか、買い出しに来たんだかわからないような格好になってしまったのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ダ・カーポ」いつも思うのだけれど、290円で、このボリューム、この中身というのはすごいことではないだろうか。「文藝春秋」自分の手元にキャッシュカードも通帳も印鑑もあるのに、なぜかATMから3000万円も引き出されていた(もちろん犯人は不明)という事件のレポートが恐かった。キャッシュカードも、こんなに恐いんだ。


2004.07.12
打ち合わせ1、原稿。
渋谷へ行ったついでに東京スター銀行の渋谷支店に寄る。ちょっとまとまった金を引き出そうと、キャッシュコーナーでなくて、窓口に向かう 。ところが窓口女がぼーっとした奴で、番号札を引いて待っているのに、気がつきもしない。ようやく気づいたので、用紙を提出したら「通帳は?」ときたもんだ。「通帳はお持ちでしょうか」だろうが。そもそもスター銀行のスターダイレクト口座は、通帳がなくてコストがかからないことがウリなのに、通帳の存在を聞くのか、こいつは。さらに「身分証明書をお見せください」と詐欺犯人扱いだ。スター銀行の日比谷支店は非常にポイント高かったのだが、ここはダメだなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ウィークリー・ヨミウリ」


2004.07.11
家族の風邪はどんどんひどくなってきて、妻は頭ががんがんして、娘は鼻がだらだらして、俺もノドがひりひりしてるのだが、息子だけは元気でぴんぴんしている。それが子供心に悔しいのだろう、寝る前に「ひえピタ貼って」とせがみ、頭にでっかい冷却シートを貼っては苦しいふりをして喜んでいる。困ったものだ。
そんな体調を押して朝から出かけて、基本方針を決めて、たぶん俺は来月からネリマー。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.07.10
あまりの厳しい天候ゆえか、娘と息子が体調を崩し、そればかりか妻まで風邪をひいてしまって、我が家はさながら野戦病院状態。俺だけ平気で間抜けな顔をさらしているのだが、それでもノドが痛くなってきて、ちょっと危険である。夏風邪はやっかいだからねえ、気をつけないとねえ。などと言いながら、関越入り口・谷原のあたりをうろうろと彷徨い歩く。激しく汗だく。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.07.09
原稿。
息子の通う幼稚園で個人面談会。両親で出席する。担任の鈴木先生から、普段の息子の様子などを聞く。まあ、なんとかまともにやってるらしい。
ちなみに幼稚園の名前はバディスポーツ幼児園という。いつか先生に「ナイスバディよーん」というギャグをかましたいと思っているのだが、妻からきつく止められているのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」


2004.07.08
原稿。
おれがよく行く地元の居酒屋が「だんらん」である。どうってことのない、フツーのチェーン居酒屋である。
ここで本日から北海道フェアというのが始まった。北海道のうまいものを特集してメニューを新しくしたというわけである。ところが店の前の「本日のおすすめ」の黒板には、ゴーヤチャンプルにゴーヤサラダとゴーヤものばかり。相変わらずわけわからん店だ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2004.07.07
原稿。
月曜日に39.4度の熱を出した息子は、翌日には平熱に戻ったものの、体力低下の心配もあったので、結局水曜日まで幼稚園を休んだ。本日は七夕。当然、幼稚園では飾り付けをしてイベントが予定されていたのだが、残念ながら不参加。先日の運動会と言い、どうもイベントの前になると熱を出すタイプの人間らしい。昔はどのクラスにもそうたい奴がいたものだったなあ。
などと話していたら、あれ、そういや7月7日って、何かなかったっけ、えーと、何だっけ、ということになり、よくよく考えたら結婚記念日だったのだ。4回目。まあ、随分早かったこと。結婚して夫婦になったというよりいきなり親になったという感じの方が近いからか、子どもの誕生日は忘れなくても、結婚記念日はついどこかへ行ってしまうのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」「週刊プロレス」闘龍門の名前は消えて、DRAGON GATEに。この夏はCXとコラボレーションして、お台場で連日プロレスイベント。ふえー。いよいよメジャー化目指して、この夏が勝負だな。寂しい気もするけれど、大きく育って欲しいものだ。こんど横須賀亨論でも書いてみよう。誰も読まないけど。


2004.07.06
打ち合わせ1、原稿。
深夜0時、携帯が鳴る。一瞬身構えたが、すぐに切れる。
まだワン切りなんてあるのか、とあきれて画面を見たら、タニガワ氏からの着信の表示。あれえ、急な仕事か?
いぶかりながら電話したら、おほほほ、案の定、にぎやかなカラオケの声が。
すんません、電話もらったみたいですが。「いんやあ、してないっすよお」あれ、でも、今、一瞬鳴りましたよ。「ん? そうすか。そうかなあ。んあー、酔っぱらってるんす。すんまへん、忘れてくらはい」。あ、そうですか、じゃまた。
こうして夜は静かに更けていくのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」ジーコの次は岡ちゃんだって。


2004.07.05
打ち合わせ3、原稿。
契約更改の席でちょっと粘ればサラリーマンの数年分の年収と同等の額が得られ、ン億という年俸を得ていながら休んでいてもそれが通用する。そんな世間の常識とかけ離れた世界がプロ野球だったわけで、合併話が出てきて、急にファンあってのプロ野球、選手あってのプロ野球などと言い始めたところで、片腹痛いわい。世の中はどんどん変わっているんだからプロ野球だけが別世界なんていうのはもう通用しないのだ。 合併当たり前。リストラ当たり前。今や最大の不良債権と化した近鉄の中村あたりが先頭に立って合併反対の署名運動を始めようとも、既得権を守りたいだけの醜い姿勢にしか見えないのだ。もっともオンザエッジも、なんだかいつの間にか偉そうになったが、しょせんは単なるWeb屋。見識などかけらもないから、気まぐれでの発言であることは見え見えなのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ウィークリー・ヨミウリ」安全な街、危険な街の特集。町田市が危険というのは聞いていたが、ここまでひどくなっていたとは。


2004.07.04
江東区では小学校から学校自由選択制が導入されていて、自分の行きたい(行かせたい)学校を好きに選んで通える。もっとも我が家の場合、歩いて通えるのは、徒歩20分にある枝川小学校だけ。それ以外だと非常なリスクを覚悟の上での電車通学になってしまうのであった。
江東区の場合、マンションブームによる人口急増にインフラが追いつかず、どこの小学校も子どもがあふれ、ぎゅうぎゅう詰めの状態。その象徴として何度もマスコミに取り上げられたのが、枝川小学校なのである。
もっとも江東区の老害どもは「いずれ少子化は間違いないのだから、学校を増やしても無駄になる。新設したり増設したりするつもりはない」と言い切っている。だもんで、どんなにぎゅうぎゅう詰めだろうと、校舎がボロだろうと、状況は一向に改善されないのであった。
ところが枝川小学校の末期的状態が何度も全国ネットで放映され、さすがに体裁悪くなったのか、江東区も重い腰を上げて校舎を新設することにしたのだった。だが、よく聞けば、新設といっても隣の空き地にプレハブ校舎を建てるだけらしい。どうせ少子化の時代、すぐに壊すことになるのだから、カネなんかかけられるか、という発想である。この区は、どこまでも住民を小馬鹿にするのだろう。
なお、ついでに言えば、枝川という地域は23区内で最大の在日韓国人・朝鮮人の住むエリアである。これには不幸な歴史的背景があって、一言で言えば彼らはここに押し込まれ、閉じこめられて生活しているのであった。ところが江東区では彼らの追い出しを案じて、枝川地域の幼稚園を廃園にしたりしているらしい。
俺はこんな区に税金を納めるのは、もうやめようかと思っている。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.07.03
今年は空梅雨か? 例年のことながら気がつけば既に一年の後半戦に入っていて、なんとはなしに焦るのであった。7月、8月は帰省も含めてイベントが目白押し。子どもには、いろんな思い出をつくってあげないとね。3歳を過ぎたから、ぼちぼち、うすぼんやりと記憶に残るだろうし、具体的なことは覚えてなくても、家族で楽しい毎日だったという快さだけでも残ってくれれば十分だ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ウィークリー・ヨミウリ」


2004.07.02
原稿。
近鉄とオリックスの合併で、球団の名前をどうするかとか相談しているらしいが、そんなときこそコピーライターの俺に相談して欲しいものである。近鉄ファンはバッファローズの名前を残したいらしいが、全部残してもらおうなどというのは図々しい。一文字で十分である。だもんで新球団名はバリックスに決まりである。ふふふっ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.07.01
取材1、原稿。
会社を辞めてフリーの編集者となったマキウラ氏と、そのあたりの諸々について一度ゆっくり話そうよ、ということで有楽町「まつ惣」へ。例によって道端で飲みたいと思ったのに、最近は警察の取り締まりがうるさくて、テーブルを出すのは禁止されているらしい。ったく警察ってば、他にやるべきことが沢山あるだろうに。
マキウラ氏とは久々だが、しまった、この人は酒をほとんど飲まないということを忘れていた。ビールを二口飲んだ後は、烏龍茶だけで、俺に付き合ってくれた。俺が酒を呑みたいから付き合わせたみたいになっちゃって、申し訳ねえですだ。
まあ、お互い、フリーでローンを抱える身。頑張ろうね、と励まし合って(憐れみ合って)別れたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.06.30
原稿。
朝から「あさひクリニック」にて糖尿病の定期検査。結果が出るのは数日後なのだが、ちょっと体重が増え気味なのが気にかかる。医師は「すらっと見えるけどねえ」と言ってたが、うーん、気をつけなければ。
話はまったく変わって、依然として俺はMacのOS9を使い続けているのだが、ATOKばかりか「駅すぱあと」までがOS9への対応をやめるという。
OSXがリリースされて以来、Macを巡る環境は悪化するばかりだというのが俺の実感。特にテキスト仕事が中心の俺のような人間には、もはやMacを使い続ける理由すらなくなりつつある。マジでウィンドウズに乗り換えようかと思案する日々である。ボーナスセールでお買い得だし。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「SPA!」宮内庁職員の実体についてのレポートが面白かった。ほとんど世襲らしい。職員数1900、平均年収350万。けど、それはそれはのんびりしてて居心地のいい人生だそうだ。
「週刊プロレス」横須賀亨がDoFixerを突然離脱。ええっ。どうするんだろう。M2Kの再結成か?うーむ、だとしたらすげえ楽しみだ。
「現代日本の問題集」日垣隆・講談社現代新書。メルマガの内容を再編集。読んでみてソンはない。西ナイルウィルスは米国が開発した生物兵器だったんだって。ひぇー、知らなかったあ。まったくえらく迷惑なことをしてくれちゃったものである。


2004.06.29
原稿。
ベランダのプランターに植えたトマトにだいぶ実がついてきた。数えたら4本で24個もある。どれもまだ小さくて青いものばかり。キベさんに聞いたら、実がついてからが長いということだから、収穫はまだ先なのか。早く赤くならないかなあ、トマト。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.06.28
取材1、打ち合わせ1、原稿。
ここのところなんで東久留米とかいった辺鄙なところへ出かけているかというと、実は住宅の買い換えを考えているのである。将来を考えたら手狭になるのは確実だし、しかも家の前にホームセンターが建っちゃうし。
ただ、この買い換えがなかなか大変で、すてべにうんざりぎみ。何よりもうんざりなのが、今のマンションの価格下落である。新築4300万円を3900万円に値切って買ったのだが、それから4年過ぎた今の価格が、業者査定で2700万円。なんということだ。別にこれで儲けようとは思ってないが、これでは大幅な赤字ではないか。まったくいいツラの皮である。俺の頭は、この現実を受け入れることを拒否し、呆然としたままなのであった。
この買い替え話、面白いからまた書こう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.06.27
石神井公園から東久留米まで行く。へとへとになって、そりゃもう大騒ぎ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.06.26
妻の実家へ行く。いとこのあやちゃんにゆーたくんも来ていて、そりゃもう大騒ぎ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「日経ビジネス」「週刊文春」「週刊新潮」


2004.06.25
取材1、打ち合わせ1、原稿。
梅雨ではあるが、本格的な降りではない。こういう時に外出するには、傘を持つか持たないか、勝負である。本日は持って出たところ、大勝利。八丁堀の駅を降りたら土砂降りであった。ずぶぬれで走るおっさんや姉ちゃんを横目に、余裕の歩きなのであった。まあなんとささやかな優越感だこと。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.06.24
原稿。
最近妻子をほったらかして飲んでばかりいることを反省し、久しぶりにお台場のデックスまでランチに出かけた。平日の昼間にこんなことしてるなんて、お取引先各位には絶対に内緒である。
久しぶりのデックスでは、モンベルでTシャツと帽子を購入。食事では、いつの間にかできていた「太陽樓」というバイキングレストランに入ることにした。このレストラン、食べ放題なので入り口で入場料のようにカネを取るのだが「身長が1メートル以上は大人扱いです」とふざけたことをぬかす。息子は三歳だが96センチある。1メートル以上だなんて、幼稚園児でも大人扱いするらしい。ばかたれな店だ。
もっとばかたれなことに、レジの壁に「食べ残しの場合、罰金をいただきます」と貼ってあった。それを見た瞬間、俺は財布を引っ込め「あー、ちょっと思い出したことがあるのでごめんな」とレジの女に言い放ち、そのまま妻子を連れて店を出たのだった。
客に向かって「罰金」とぬかすその精神に呆れたのだが、同時に同じマンションに住むカシムラさんの言葉を思い出したのだ。カシムラさん、いつだったかお台場のバイキングで食べたら異常にまずくて、2歳の娘でさえ、料理を口にした瞬間に固まったのだという。その店の壁には「残したら罰金」と貼ってあったそうだ。
そう、まさにこの店「太陽樓」であったのだ。お台場へ行こうとする皆さん、このバカ店「太陽樓」には決して入ってはいけません。ランチバイキング998円という価格につられてか、けっこうな混雑だったが、バカ店「太陽樓」には決して入ってはならぬのだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」押尾コータローのCDとVDVを依然としてほったらかしだというのに、今日は闘龍門の新作DVD2枚が届いてしまった。頑張らねばっ。


2004.06.23
打ち合わせ1、原稿。
最近は酒にもすっかり弱くなってしまった。本日は日本橋の能登に拉致されたのだが、タマダ氏とタニガワ氏という大先輩を残して先に失礼してしまった。家に帰って息子を風呂に入れ、さて、寝かしつけようとしたら自分が先に寝入ってしまうのだから、情けない。
おかげで押尾コーターローのDVDもCDも、まだ手つかずである。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」新間寿の回顧録がなにげに面白い。それしそれとして、新日本vsUWFの一連の名勝負がDVDになるという。あの前田vsアンドレも完全収録だ。あのあたりの一連の勝負は、プロレス史上、最も好きな展開だった。前田vsアンドレ。猪木の命令を受けて一方的にシュートをしかけて、本気で前田の首を折ろうとしたアンドレ。それに対して「ならば俺も受けて立とう」と裏技の蹴りを連発する前田。場外の星野に向けて「やっちゃっていいんですか」と聞きながらのそのシーンを、ぜひ見たいのだ。放送禁止になったという試合で、むかーし、テレビ朝日から流出したという粒子の粗いビデオを見たことがある。


2004.06.22
原稿。
先日、高木ブーとモーニング娘のコラボレーションアルバムを買った。これがなかなかにゴキゲンなのである。モーニング娘のヒット曲をハワイアン風にアレンジして、高木ブーと一緒に歌ってるのだ。存外に良くできているシゴトで、けっこうおすすめである。
でもって、息子が気に入ってしまって、特に一曲目のハワイアン風「ハッピー・サマー・ウェディング」には大喜び。クルマの中ではエンドレスにリピートさせられてしまっている。さすがに俺も妻も頭の中であのイントロがリフレインしてしまって、かんべんしてちょうだい状態なのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」今日は押尾コータローの新作CDとDVDが届いたのだが、見て聴く時間がなくてね。また今度。


2004.06.21
取材3、原稿。
夜中に息子が「喉が渇いた」と言いながら、こっちを起こす。リンゴジュースを飲ませ、汗を拭いてやる。息子はすぐにまた眠りに落ちるのだが、どうにかするとこっちの目がさえてしまって眠れなくなってしまう。昨夜もそんな調子で、2時から5時近くまで起きていた。おかげでちょっと寝不足である。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」


2004.06.20
朝から練馬方面に出かけて、昼は練馬高野台の駅前の天狗でランチ。天狗って居酒屋だと思ってたけど、昼はレストランなのね。「今日は父の日なので、お父さんにはビールをサービスです」と言われたのだが、あいにくとクルマ。「ではかわりにドリンクバーをサービスします」ということで、ちょっと得した気分なのだった。
夜は潮見の居酒屋「だんらん」で家族で食事。こっちは何のサービスもなくて、ちぇっ、つまんなかった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.06.19
幹事というのは大変な仕事なのである。
7月末の夏合宿の表幹事である俺は、幹事としての自覚と責任のもと、わざわざ現地まで下見に出かけることを決意したのである。口実などではない。仕事だ。場所は静岡市梅ヶ島。裏幹事であるじさまに連絡し、バーベキュー隊長であるタヌキにも連絡し、出かけたのであった。本当は花火隊長のイズも行く予定だったのだが、あの天然はそんな約束などすっかり忘れて他のヤボ用を入れてしまい、参加不能となったのだった。
真夏のような晴天の土曜日、俺は妻子を振りきって東京駅へ向かった。10時6分のひかりに乗るためである。ホームでタヌキと落ち合う。
実はタヌキは失業中で、現在再就職活動の真っ最中。 失業保険をもらって鼻歌など歌っているところである。だが、失業中の身でわざわざ静岡くんだりまで下見に出かけるなどということは、許されるものではない。ばれたら奥さんの逆鱗に触れるのは明らかである。
だもんで、タヌキってば奥さんに「キベさんが出てくるから、ちょっと会ってくるわ」とだけ言い残して家を出てきたのだった。確かにキベさん(じさま)は家から30分ほどの場所に出てくるから嘘ではない。「きっと渋谷あたりで会ってると思ってるぜ」とほくそ笑むタヌキは確信犯。見事に奥さんの目を盗んでの静岡行に成功したのである。
静岡なんてのは近いもので、新幹線で1時間である。タヌキの家から東京駅までも1時間であるから、まあ、時間的な感覚から言えば静岡で会うのも渋谷で会うのも一緒と言えば一緒だろう。そんなことでなんとかタヌキ妻も納得させられるかもしれない。
静岡駅改札で、じさまと合流。そのまま駅前の日産レンタカーに行き、予約していたマーチを借りる。6300円。割り勘で1人2100円。冷静に考えれば6月の週末、いいトシのおっさん3人がマーチに乗って山道をドライブするという怪しさは相当なものであるはずだが、あえてそのことは誰も考えないようにした。
運転はタヌキ。安倍川餅の安倍川という川に沿うように山道をずんずんと登っていく。途中、クルマがとてもすれ違えないようなところもあり、かなり恐怖ではあった。約1時間後、下見の目的地、梅ヶ島の金山温泉に到着。
事前に「下見に行くよ」と電話していたので、受付での話もスムーズだ。やたらと早口で、どえらく親切な管理人のおっちゃんが「わざわざ東京からですか、どうもどうも」と喜んで案内してくれた。おお、かなり快適で納得の合宿所だぞ。広い敷地内に建つ一番大きなコテージを予約。これは築300年の古い日本家屋を移築したものだそうで、ともかく広い。炭火のいろりがあって、ここでヤマメを焼きながら酒が飲めるし、台所には食器、冷蔵庫、調理道具完備だし、布団は20組しっかり用意されているし、いらないけどカラオケまである。
外には専用のバーベキュー施設。花火をやってもよいということだ。井戸水が使えるので、ここでスイカを冷やし、スイカ割りをした後、バーベキューしながら花火を楽しむのだ。同じ敷地内には、広い芝生のフィールド。サッカーしてもいいし、ボール投げをしてもいい。テニス場もある。さらに敷地内には滑り台つきのプールのほか、露天風呂に温泉までついている。真夏に走り回って汗をかいたら露天風呂で一息つき、その後にビールを飲んでスイカ割りという素晴らしいプランの確定だ。
その後、早口で親切な管理人に「打ち合わせしたいのでお座りください」と言われ、一体何を打ち合わせるのだろうと思ったら「人数は15人でしたっけ。決まったら連絡ください」と言われて終わり。なんじゃ。
この合宿所を辞した後、クルマで1分の黄金湯に行く。いわゆる市営の温泉場だ。まず食事。そばの定食のようなものを喰ったが、さして旨くはなかったぞ。続いて入浴料2時間・300円を払って温泉へ。広間では家族連れがごろごろていて、俺は基本的にこういうヘルスセンターもどきはあまり好きではないなあ。
腰を悪くして入院していたタヌキは、脱衣所で派手な音をさせながらコルセットを外して「これは高かったんだぞ。特注だ」と自慢する。一方のじさまは「どうじゃ」とへっこんだ腹を見せてダイエット自慢をする。お湯はぬるくて、ぬるぬるしていた。うーん、ここは、まあ、もう来なくていいや。何も用意していかなかったので、フロントでタオルを買ったのだが、そこには堂々と黄金湯と書いてある。奥さんをだまして出てきたタヌキは「こんなもの、とても家に持ち帰れない」と、使用後、すぐさまタオルを捨てたのだった。
温泉後、近くの釣り堀へ行く。ヤマメの釣り堀で、手づかみもできる。さらに釣った魚はバーベキューで食べることもできる。これはいいなあ。いさわしの子どもたちには、ぴったりじゃないかな。我が家の息子には、ちょっと無理かも。あ、イズハラにもやらせてあげようかな。
ともかく下見は、納得。なかなかによい合宿所であった。次は買い出しの場所ということで、帰り道、スーパーを探しながら走る。途中、静鉄スーパーをチェック。ちょっと遠い。もう一件、今度は地元の「スーパーもちづき」というのを発見。ここは大正解。酒もあって、必要なものは全部揃っている。しかも安くて、そのうえ24時間営業だ。買い出しはここに決定である。梅ヶ島街道沿いだ。
最後、待ち合わせ場所を決めるために、ファミレスをリサーチ。東名静岡インター出口、国道一号に向かって約1キロ、緑が丘歩道橋の「すかいらーく」を発見し、ここに12時集合と決定したのだった。
これにして重要な仕事である下見はすべて終了。ガソリン代は630円で、一人210円の割り勘。レンタカーを返して、お疲れさんの打ち上げである。いや、決してこれが目的だったわけではない。おまけである。
時刻は4時過ぎ。有楽町ならとっくに店が開いているが、さすがに静岡では閉まっている。やっと見つけた一軒が「十千花前」という店。なんて読むんだ? 聞いたけど忘れたぞ。開店が4時半というので、店の前で立ちつくして時間を待つ。ややフライング気味に乱入して、ともかくビールで乾杯。ぶわーっと一息ついたのだった。ここはおでんと焼き物の店。夏のメニューに「冷たいおでん」というのがあったので試してみたが、なんじゃこりゃ、という代物だった。写真も撮ったが、紹介するほどでもない。おでんは熱いのに限るよ。
さて、酒を呑んだら支払は恒例の勝負。8000円。失業者のタヌキがあみだくじを作り、引いたところ、失業者自らがペケを引いてしまって8000円を払うはめになったのだ。再就職活動中に何をやってんだ、このタヌキは。奥さんは絶対にばれてはならないな。
次の店は、いかにも「おぬし、なかなかやるな」という店構えの「ますおか」という店。5時を過ぎてのれんが出てきたところで、こりゃあ刺身が旨そうだ、と期待に胸を膨らませて突入したのだった。
んが、大失敗。おおはずれ。場末のさらに場末にあるようなスナックもどきの店内に、板前が一人。カウンターに座った我々は素早く目配せし、ビール一本で切り上げることで話を決めたのだった。ところが「ますおか」のバカ野郎は、頼みもしないのにビールの栓を2本も抜きやがった。お前は歌舞伎町のぼったくりか。しかも、数日前から生シラス食いたい病にかかっていた親分が、黒板のメニューを見て狂喜して生シラスを頼んだところ「今日は台風で荒れていて、市場にないのよ」との答え。まったく徹底的に使えない店であった。カツオの刺身だけ頼んで、おあいそ。5000円。
例によってまたも親分があみだくじを作って引いたのだが、なんとまたもや失業者の負け。「俺は失業者だあ、もう限界だあ」というタヌキの悲鳴に、じさまと俺はそれぞれ数千円をカンパしたのだった。 最近俺はこの手の勝負に強く、ただ酒にありつく機会が多い。ゼロ歳児を抱えている人間の執念のようなものだろう。
ろくでなしの看板倒れ、まったくの役立たずで静岡の不用品「ますおか」を30分で出た我々は、3軒目に「賤機はん兵衛」という居酒屋に突入。まったく静岡の飲み屋は、難読ばかりで困ってしまう。メモるのも転記するのも一苦労だ。だが、「賤機はん兵衛」は大正解。えらくうまい店だった。ここで我々は夏であるにもかかわらず、火鉢を使った焼き物を注文。焼津で上がったうまいものを焼いては食ったのだった。
また、タヌキはここでついに生シラスとの面会に成功。「旨い旨い」を連発して食ってたかと思ったら、突然ご飯セットを注文し、どんぶり飯に生しらすをぶっかけて、味噌汁と一緒にわしわしと食い始めたのだった。すっかり晩ご飯の席である。
この店、基本的にだいたいのものが旨かった。大正解。ただし、いかにも思わせぶりなネーミングの「太陽チキン」という鶏肉は、ごく普通の味だった。その割に高かったし。
さて、ここでもいざ勝負。今度はじさまが負けたのだった。ところがここで「タンゴの野郎が一度も払ってねえぞ」「そうだそうだ」と非難の声が上がる。この場をなだめるために、ともかく5000円を払いますう、先輩は残りのわずかなカネでけっこうですう、と俺は我が身を犠牲にした提案をしたのだった。当然その提案に喜んで乗ってきた先輩であったが、なんと会計してもらったら13000円。俺の5000円より残りのほうが高くついてしまって、いやあ、ゼロ歳児を抱える親の執念はたいしたものだと一人悦に入ったのだった。
3件まわったところで、そろそろ帰るべ、と静岡駅で解散。タヌキと俺は上りの新幹線、じさまは下りの新幹線のホームへと向かったのだった。ホームで新幹線を待つ間、土産を買ってなかったことに気づいた俺はあわててお約束の「うなぎパイ」を購入。タヌキにもお土産をすすめたら、「ぶるるる、とんでもない、女房にばれてしまう」とのことであった。かわりに売店で買ったのが、缶入りの焼酎。それを飲みながら我々は静岡駅を後にしたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.06.18
取材1、打ち合わせ1。
キベさんち同様、我が家でもベランダのトマトに実がつき始めた。まだ青くて小さいが、息子は大喜びで、早く赤くならないかなといいながら水をあげている。
その息子だが、夜中に寝言で「顔の描いてある喫茶店を作りたい」と叫ぶ。なんのこっちゃ?
しかし、それにしても仕事が切れなくて、なんだかややこしい仕事ばかりが続いて、お父さんは大変だ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」「日刊ゲンダイ」「美味しんぼ」


2004.06.17
お台場の床屋まで髪を切りに行く。正確に言うと有明だが、まあ、お台場の一角だ。
お台場にも人は住んでいて、オフィスもあるから、床屋もある。昼休みの時間は顔なじみのサラリーマンがやって来るわけだ。
基本的にお台場は好きな街で、やっぱり夏はとても気持ちがいい。そろそろ新しいTシャツでも買いに行こうかな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」グラビアが秀逸。戦争被害の親子などをとらえた報道写真。二人の子どもの遺体を両手に持ち、埋葬のために歩いていく父親の姿など、涙なしでは見られなかった。
「まだ遠い光」天童荒太・新潮文庫。五部作の最終巻。5カ月がかりでやっと出版が終わったわけだ。間があくから、当然一気読みの盛り上がりが味わえなくて、まったくこんな刊行形式はやめてほしいものだと思う。内容はと言えば、心底気が滅入ってくるような話だ。一言で言えば、親による子殺し。とことん落ち込んでしまう物語で、まあ、あんまり人にはすすめたくないなあ。


2004.06.16
原稿。
合併話の余波だけど、「巨人を二つに割って、片方をパリーグに上げたら」と、朝日新聞が珍しくまともなことを書いていた。読売憎しの弁なのだろうが、これは拍手。
どう考えても今のプロ野球の衰退はナベツネを放置してきたことに原因がある。あれだけ好き勝手にやられりゃ、おかしくもなるって。
などといいながら、俺は野球はほとんど見ない。これでも学生時代は日本ハムのファンクラブに入っていて、よく後楽園球場の内野席で一人で応援してたものだった。
監督、大沢。ピッチャーは木田に高橋直樹。ソレイタ、柏原、クルーズのクリーンナップ。高代、古屋、えーともう一人誰だっけ、とにかくちびっ子トリオ。いま思い返しても、あか抜けない、つまりできが悪くてかわいいチームだった。
野球ってのは、やっぱり外で見るに限るよなあ。ドームの野球なんて、ありゃあ、イベントだよなあ。
そういや当時近鉄ファンだった山口は、今回の合併騒ぎでどうしてるのかなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」


2004.06.15
打ち合わせ1、原稿1。
いさわしの姿をちらっと見かける。忙しそうだなあ。落ち着いたら、ゆっくり話をしたいものだ。
タヌキと電話で、よからぬ相談。ぬふふふ、いいおっさんが昼間っからろくでなしの相談だ。と書いたそばから、くそじじいからメールだ。「おっさん4人はマーチクラスじゃきついか。カローラクラスかな」とある。ぬふふふ、ろくでなしの相談だ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.06.14
打ち合わせ1、原稿。
近鉄とオリックスが合併だそうであるが、俺ならば島根と鳥取を合併させるね。どっちも似たようなものだから、二つもいらないと思うのだが。
それはともかく朝一番でかかりつけのあさひクリニックに息子を連れていった。医師はノドを見てたちどころに「水泡ができているので、ヘルパンギーナでしょう。放っておけば治ります。特に薬も不要です」と診断を下してくれた。
このように、見立てを具体的に示してくれ、見通しも説明してくれるから、この医師は頼りになる。江東区の休日診療所は猛省すべきである。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.06.13
原稿。
やや回復した息子も連れて一家で谷原のほうまで出かけたあと、帰りに新座市の回転寿司でお昼ご飯。店の名前は「お寿司のマーチ」という(笑)。
流れているものを見て、夫婦そろってずっこける。例えば、生ハムだ。シャリの上に生ハムが乗っているのである。もちろん生ハムだから、べろーんと伸びて、布団のようにシャリをすっかり覆っている。それがコンベアに乗って店内を回っているわけだ。しばし唖然。
あるいは、エビフライだ。ノリを巻いた軍艦の上に、衣をまとったエビがマヨネーズと共に乗っている。なんと勇壮な食い物か。エビフライをわざわざシャリに乗せる必然性が、どこにあるのだろうか。
一番驚いたのが、焼きそばである。ネタが焼きそば。つまりシャリをノリで巻いたその上に、あの焼きそばがパラパラと乗っているのだ。しょうゆをつけて喰うのだろうか、やっぱり。誰だ、考えたバカ野郎は。日本の食文化もここまで破壊されりゃ、いっそあきらめがつくっていうものだ。
まあ、だいたい回転寿司の企画もの寿司には笑えるものが多いが、生ハム、エビフライ、焼きそばは常軌を逸していた。この他にはどんな脱力系の企画寿司が世の中にはあるのだろう。報告求む。 ちなみに息子は、いなり寿司と共に串カツを喰っていた。この食欲なら、だいぶ回復したのだと思う。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「文芸ポスト」小説雑誌らしいのだが、フォークの特集ということで購入。案外つまらなかったな。六文銭のメンバーの対談に期待したのだが、実にあっさりしてたし。


2004.06.12
昼に若洲海浜公園で弁当を食べて帰ってきたら、急に息子がぐったり。熱を測ったら38度を超えている。ふう。夕方、いっこうに熱が下がらないので区の休日診療所へ行く。
区内の医師が当番で診ている診療所だ。担当は河野茂雄という医者。ぱっぱっと診て、何も言わず、「はい、いいですよ、薬を出しておきましょう」で終わり。
まったくなんという医者だ。しょうがないから、症状はどうですか、原因は何ですか、長引きますか、どんな薬ですか、といちいちこちらから質問してあげる。以前もそうだったが、休日診療所というところの医者は、いつもこうだ。何も説明せず、こちらから聞かないと答えない。診療体制は整っていますよ、とエキスキューズするためのポーズに過ぎないのか。しかも家に帰って調べたら、河野茂雄は亀戸の外科の医師であった。ちみに小児の風邪の診察ができるのかね。
どうにもこうにも、学校といい、医療体制といい、江東区の子どもに対する姿勢には納得のいかないことだらけだ。
外科医の見立てによって出された薬を飲んで寝たが、息子の体温はいっこうに下がらず、深夜になっても38度から39度。深夜2時を過ぎて、どうにも不安になり、東京ER、つまり東京都の救急病院である墨東病院の小児科救急にクルマで向かった。約1時間待たされて診察してもらったら、そのまま様子を見ましょう、まだしばらく熱は続くと思いますよ、という脱力ものの返事。マンションに帰ってきたら新聞配達のお兄ちゃんがいて、子どもを寝かしつけたらもう5時だった。
結局それまで妻は一睡もせず、俺は3時間ほどしか寝なかった。まったく子育ては大変だ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.06.11
取材2、打ち合わせ1、原稿。
独身時代は、土日にはゆっくり昼まで寝るのがお約束。俺もそうだった。
それができないのが、母親という存在である。なにしろ土日関係なく起きて暴れるのが、子どもだ。一週間頑張って、さあ土曜日だ、昼まで寝るぞ、ということができないのが辛いのだ。
もちろん母親ったって、最初から母親だったわけではない。独身時代には土日にたっぷり寝ていたのだ。それだけに、惰眠の土日を手放す辛さは一層なのだ。
自分へのご褒美、っていうのは、母親にこそ必要なのだろうなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.06.10
取材3、打ち合わせ4。
一日出ずっぱりでよく働いたなあ。最後は成城学園前で終了。一緒にいたカミタニ氏とオノ氏からは「飲もうよ飲もうよ」オーラが出まくり。とても抗えるものではなく、「ほとんど地元」と、すたこらさっさと歩くオノ氏についてとってもおいしい居酒屋に突入したのだった。ああ、おいしかった。カミタニ氏に「35歳ぐらいだと思ってましたよ」と言われて、たんごちゃん、ちょっとご機嫌ちゃん。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」


2004.06.09
取材1、原稿。
これっくらいの、おべんとばこに、おにぎりおにぎり、ちょいと詰めて。きざーみしょうがにごましおふって。
さて、この後は何でしょう。我々の世代は「にんじんさん、しいたけさん」でした。それが妻の妹になると「にんじんさん、さんしょうさん」です。
ところが我が息子となると「にんじんさん、さくらんぼさん」なのであります。今日初めて歌ってるのを聞いて、びっくりしちゃったのでした。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」


2004.06.08
取材1、打ち合わせ2、原稿。
ここ数日の朝日新聞・天声人語がおもしれいです。コラムの最後が「あの大戦と聖火との浅くない間柄を思っていた。 」(6月7日)、「軍服の別を超えた兵士への思いがあふれたのかと考えた。 」(6月8日)、「日本自身が大音声」もって外に接してゆく道のりを思った。」 (6月9日)と、三日続けて「と、私は思いました」で結ばれているのであります。
なんなんでせう、これは。顔っつらにこんなものをぶら下げていて、朝日新聞は恥ずかしくないのだろうか。恥ずかしいに決まってるのだが。
チミがどこの誰だか知らないが、読者様である俺様はチミの思ったことなんて知りたくないのだよ。すごく違和感あるんだよなあ。
天声人語の筆者が現在の担当に交代してから約1年。前の筆者が社外どころか社内でも嘲笑を浴びたのをきっかけに交替したのだが、今度の筆者も似たようなものであるわけだ。ネタに困るとちょっと近所まで出かけていくところもそっくり(笑)。ちなみに本日は「本社に隣り合う海上保安庁海洋情報部にお邪魔」したと、ついにお隣さんどまりの取材になってしまってる。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「生きっぱなしの記」阿久悠。日経新聞・私の履歴書をまとめたものであるが、あんまり面白くなかった。この人の評価は難しい。


2004.06.07
取材1、打ち合わせ1、原稿。
中目黒駅で人と待ち合わせしていたら、改札の近くで突然の人だかり。何事かと思ってのぞき込んだら、30歳くらいのサラリーマン風が完全に意識を失ったような様子で倒れていた。
駅員数名がかけつけて介抱を始めたがどうにもよろしくないようで、結局、救急車がやってきてその男性を運んでいったのだった。12時半ごろのことである。
担架に乗せられたその男性は、表情というものを完全に失って気絶していた。いったいどうしたというのだろう。周囲は、ちょっとした人だかり。でも、ただそれだけ。その他大勢の人はちらっと横目にするだけで通り過ぎていくし、救急車を見て薄笑いを浮かべる高校生もいた。携帯で写真でも撮るかと思ったら、それほど気を引く絵柄でもなかったのだろう。それにしても都会のうすら寒い人間関係というものを感じるのは、こうしたアクシデントを目の前にしたときである。
あれは俺が三軒茶屋に住んでた頃だから、今から17、8年も前のことになるが、残業で遅くなり、渋谷駅で飛び乗ろうとした田園都市線の最終が、駅で立ち往生したままなのに気づいてびっくりしたことがある。何事かと思ったら、担架を持った駅員が駆けつけてきた。その担架が運ばれるとき、白いシートから女性の手がのぞいていた。人身事故だったのだ。
その女性をはねた電車は今も目の前に停まっており、大勢の人が中で運転再開を待っていいる。そのときも、都会の日常のうすら寒さを感じ、逃げ出したなくなったものだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」


2004.06.06
原稿。
結局、息子は夜中にも吐いて、土曜日の運動会は休んだのだった。とても楽しみにしていたので、一家全員、がっくり。
少しでも気が紛れればと、今日は昼には寿司屋へ行った。息子は巻物が大好きなので、おしんこ巻きを食べたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.06.05
腰痛で入院していたタヌキの快気祝いの流の会を開催。場所は最近の俺のお気に入りの有楽町ガード下だ。
実に暑い一日。梅雨入り直前のじめじめした空気の中、有楽町マリオンでタヌキ、イズハラと待ち合わせ。そのままガード下の「まつ惣」へいく。
時刻は午後4時。むちゃくちゃ明るい。ろくでなしなことに4時は「まつ惣」の開店時間。それに合わせてろくでなしのおやじ3人が、明るいうちから酔っぱらおうとなだれ込んだのだった。ろくでなしなことに、開店と同時だというのに既に先客がいるのだから、さすがガード下である。
「まつ惣」の一帯は、外人にはヤキトリロードとして有名なところ。道端に簡易テーブルを並べ立て、そこで客が酔っぱらうというシステムだ。道端といっても普通の道路で、ちゃんとクルマも走る。そこにビールケースのテーブルを並べるのだから、道路の不法占有というか、ろくでなしのシステムなのである。
当然我々3人はビールのジョッキを注文。つまみも次々に頼み、30分もするとすっかり出来上がったのだった。といってもまだ午後4時半。ぎんぎらぎんに明るい。真昼と変わらない太陽の下、道端で酔っぱらっていると、ろくでなしこの上なくてとてもいい気分だったのだ。
途中から、大手町の某都市銀行に用事があったという、えーじくん夫妻が合流。ろくでなしのおっさんの群れに混じって、えーじ夫人もろくでなし夫人となったのだった。ああ、それにしても「まつ惣」で飲む酒は旨いなあ。最近はここが一番のお気に入りだ。
すっかり出来上がったところで、次の店へ。といってもこの一角を一周してまた「まつ惣」に戻ってこようという計画なので、すぐそこのはす向かいの「居酒屋たぬき」まで行く。約10メートルの漂流である。
「たぬき」というぐらいだから病み上がりタヌキが大喜び。腰を手術して、病み上がりで、コルセットを巻きながらべろべろに酔っぱらっているのだから、たいしたタヌキである。でも、このあたりで6時前だというのにみんなすっかり出来上がっていて、記憶はほとんどおぼろである。
適当に切り上げて、引き続き10メートル漂流して、問題の「妙」へ。ミョーではない、タエという名前の店だ。なぜ問題かというと、この「妙」は周囲の店が満員なのに常にガラガラという怪しさなのだ。以前もイズハラとその原因を探りに行ったがよくわからなかったので、今回こそ不人気の理由を突き止めようと突撃である。
ここで何を頼んだかというと、この梅雨入り前のくそ暑いさなかにおでんを山盛りオーダーしたのである。だって置いてあるんだもの、おでんが。で、おでんの鍋からもうもうと湯気が、6月の梅雨入り前の鬱陶しいコンクリートジャングルの中を漂っているんだもの。
で、このおでんを喰った瞬間、我々は「妙」の不人気の理由に気づいたね。まづい。すげえ、まづい。すに点々ではおさまらず、つに点々するほど、まづい。大根など、真っ黒で、箸で持ち上げようとするとぼろぼろと崩れる有り様で、おいおい、何年煮込んでるんだよという有り様。かと思えば、はんぺんは、表が真っ白で裏が真っ黒で、はて、いったいどういう煮込み方をしたのだろうと思わせる有り様。とにかく有り様ばかりの店で、「ここはやめたほうがいい」というえーじくんの即断即決の元、我々はただちに「妙」に後足で砂を掛けて逃げ去ったのだった。
その後、再び我々は「まつ惣」ヘ。すっかりできあがって明るいうちからべろんべろんになっているおやじ4人とその夫人1名。まるで水族館の魚のように、一周してもとに戻ってきたのだった。
ここでおやじに「お帰り」と迎えられ、というか、目の前の店をあっち行ったりこっち行ったりしてたわけだから、すっかりお見通しされてるわけだが、ともかく戻ってきて再び乾杯。何に乾杯かというと、まあ、それぞれにめでたいことがあって、中でもえーじくん夫妻が一番めでたくて、にこにこと大いに盛り上がったのだった。
なお「まつ惣」というのは、世にもユニークなざるシステムというのを採用している。ざるシステムとは何か。各テーブルの上にはそれぞれ小さなざるが置いてあり、テーブルの客はそこにあらかじめ数千円を放り込んでおく。オーダーをすると、飲み物や食い物と引き換えに店員が勝手にそこから金を持っていくという、素晴らしく合理的なシステムなのだ。
飲み出す前に、それぞれが3千円を会費としてざるの中に放り込んでおけば、しっかり割り勘できる。ざるの金がなくなってからは、金のある誰かが適当に追加を放り込んでおけばよろしい。あるいは、ざるが空になったらお開きにしようという取り決めでもいい。店側は売上をいくらでもごまかせるので脱税のし放題である。
ともかくべろべろになった俺たちは(正直言うとこのあたりからほとんど記憶がないぞ、俺)、「まつ惣」で大暴れしたのち、有楽町ガード下の回転寿司「うず潮」で寿司を食って締めたのだった。ここもお約束のコースである。
あー、楽しかった。また今度このコースにしようっと。半径30メートルの漂流、というか、回遊で楽ちんでいいや。みんな、また飲もうねえ。岐部さん、はやくおいでよー。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」


2004.06.04
打ち合わせ3、原稿。
三菱自動車のことを書くといいながら、めんどくさくなってしまった。
ただ7、8年前のことであるが、三菱自動車(本社)の新卒学生採用のホームページを制作したことがある。社内の各部署をまわって取材し、原稿にまとめていったのだ。
言うまでもなく、研究所や工場などで頑張っている社員たちは、みな真っ直ぐだった。会社に誇りを持ち、後輩に入社を呼びかけていた。
このホームページを見たことがきっかけで三菱自動車に入社した人間もいるわけだから、そういう人間が今どんな思いなのかと考えると、複雑な気分である。まあ、俺のせいではないのだが。
それはともかく、すげえ暑い一日。日中はずっと出歩いていたのだが、幼稚園に行ってた息子がお弁当の時間に突然吐いてしまい、妻が9カ月の娘を抱えて、タクシーに乗って大慌てで駆けつけてくれたそうだ。そのまま再びタクシーで息子を連れ帰ってきたのだが、俺が出かけているときに限ってそんなことが起きる。
電話で様子を聞くばかりで、何もできない自分がもどかしい。でも、仕方ないのだった。夏本番のような暑さの中、一人、妻だけが大変な思いをしたのだった。
明日は息子の初の運動会で、それなりに楽しみにしていたのだけれど、ほぼ無理だろうなあ。残念なことだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「編集会議」(取材の方法について、いろんな人がノウハウを公開。文字通り百人百葉。スタイルも手法も、人によってみんな違うのであった。正解などないのね)「日経ビジネス」
「新宿・夏の死」船戸与一・文春文庫。新宿を舞台にした中編小説が8編。読みながら何度も何度も「これは大沢在昌じゃないのか?」と確認した。つまり荒かったのだ、内容が。船戸与一はいつからこんな志の低い物語ばかり書くようになったのだろう。


2004.06.03
原稿。
数年前の西鉄バスジャック事件(犯人はネオむぎ茶)で一番印象的だったのが、運転手の記者会見だった。ネットで調べたら平野忠さんというらしいが、この運転手は一度きりという約束で応じた記者会見の席上、人目もはばからずに「ワシのバスで人死にを出してまって」と号泣したのだった。その様子を見た俺は、日本にもまだこういう人がいたのか、とちょっと感動したのである。
こういう人、というのは、つまり、現場仕事に誇りを持って誠実に向かい合ってきたのだろう、という意味においてである。
これと同じ感慨を、長崎のカッターで殺された小学生の父親(毎日新聞の記者)に抱いたのだった。
妻を亡くした後、男手で育ててきた末っ子を突然失ったのだから気も狂いそうだろうに、とにかく真っ直ぐに何かを発言することが自分の生き方であるということを示したかったかのようなその態度に、日本の中年にはこういう人がいたのか、と感じたのである。
電車で、街の中で、ろくでもない中年男の姿ばかりが目につくだけに、こういう矜持を持った人を見ることは、たいへん不謹慎ではあるが、ある種の清々しさにつながった。
それにしても、友達との仲違いがいきなり殺人に結びつくという思考回路に、何とも言えない恐怖を感じる。まったく子どもたちの世界はどうなってしまったのか。
どうなってしまったのかと言えば、三菱自動車であるが、これについてはまた明日。何だか最近のこの日記は社会評論づいてないか?>おれ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.06.02
取材1、原稿。
「価格がべらぼうに高い」ということ自体に価値があるという、まっこと奇異にして希有な存在価値を持つクルマがBMWである。バブル時代に「六本木のカローラ」と呼ばれたのは、金の使い道を知らないにわか小金持ちたちが、「俺には金が余っている」ことを外に向けて報せるためにこぞって買ったことに由来する。つまり「高いクルマが必要だから買う」のではなく「金があるから高いものを買う」というのがBMW購入の最大の動機なのである。
従ってBMWのオーナーは基本的に自意識がかなり肥大している。
「金を持ってて高いクルマを買った俺を見ろ」という態度と姿勢と行動が、BMWに乗った途端にあからさまに現れる。良識ある人間から見ればそういうものは「かっぺ」の一言で片づけられるのだが、極度に肥大した自意識はBMWに乗っただけで自分が一段上の上等な人間になったと勘違いして興奮しているので、「貧乏人のひがみ」で片づけてしまう。
当然こういう精神は一般道・高速に限らずに走行中に強く作用するので、運転が極めて恥ずかしいものになる。もちろん恥を恥と受け止める下地などないものだから、本人は「みんなBMW様を敬って道をあけてくれている」と都合よく解釈するのであった。
なーんていうのは、全部、冗談ですから。本気じゃありませんから。
あんまりネットで悪口ばかり並べてると、いつ刺されるか分からない世の中ですからねえ。って、まったくひどい事件だよなあ。心の底からぐったりきてしまった。
ということで、例の事件についてはまた明日。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」今週号は珍しく面白かった。ジーコの分析に納得で、なるほど、これでは勝つのは無理だ。記事を読んで、俺は予選突破を半分あきらめた。もっと面白かったのが、横山秀夫の肖像。例の直木賞落選事件の構造について、うすぼんやりとだが、見えてきた。なるほど、林真理子のご機嫌を取るために、文藝春秋の編集者がこのおばさんを焚きつけたってわけか。


2004.06.01
原稿。
終日こもって原稿を書いているとさすがにぐったりと疲れてしまう。その合間を縫って、静岡のキベじーと、大宮のタヌキじーと連絡を取り合い、よからぬ相談をする。タヌキは「みんな寂しいんだなあ」と言いながら「行こう行こう」とはしゃいでいたのであった。
夕刻、息子の幼稚園バスを出迎えにマンションの前まで出る。平日の夕刻、普通のビジネスマンなら最も忙しい時間帯にこうしてぼけっと幼稚園バスを待ってたりすると、なんだか自分だけがエアポケットに陥ったかのような不思議な気分になる。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.31
取材1、原稿。
俺の大好きな季節である春も今日で終わり。ところが東京は今日30度と、早くも真夏日である。いきなり暑くなっちゃったなあ。
で、こんな陽気の日に暗いネタなのだが、ナターシャセブンの城田じゅんじが極悪非道な犯罪で逮捕されちゃった。うーむ。満面の笑顔で心優しい音楽をつくる人だったけれど、どうにもギャップが大きすぎる。どう受け止めていいか、よくわからん。ただ、もう当分、ナターシャーの音楽を聴くことはないだろうということだ。犯罪として、あまりにひどすぎるし。
日本でこそあまり知られていないが、実は城田じゅんじはアイリッシュミュージックについては欧米でトップクラスの評価を受けている世界的ギタリスト。なのに刑務所に入ることになる奴は、おそらく生涯でもう二度とギターを手にすることもあるまい。まったくひどい話だ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.30
原稿。
六文銭といえば、日本フォーク史上の名グループである。完成された音楽性を持ちながら、きちんとしたアルバムは一枚しか残さなかった。「キングサーモンのいる島」である。
その復刻版CDを、数年前に買いのがして以来、どうにも忸怩たる思いだったのだが、渋谷のタワーレコードで偶然にも「六文銭ボックス」というCD三枚組を発見。もちろん「キングサーモンのいる島」もセットされていた。
当然、速攻でゲット。早速そのタイトル曲を聴いたのだった。名曲だなあ。他にも「私の家」「夏、二人で」「インドの街を象に乗って」など、素晴らしい曲の数々がよみがえってきたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.05.29
妻の実家へ一家でお出かけ。怪獣二匹が、そりゃもう大暴れ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「Number」(巻頭記事を読むだけで金子タツヒトのいやらしさが十分伝わってくる。「小笠原満男は特別な選手なのか。わたしが知りたかったのはこの一点に尽きたと言ってもいい」とは、なんつー言い草だろう。俺様こそ特別な書き手、という自意識が見え見えである。お前が知りたいことなんぞ、読者である俺様には関係ねえべ)「週刊文春」(曽我ちゃん、あ、あの佐渡の人のことね、曽我ちゃんって別にチャーリー、あ、あの旦那のことね、チャーリーは帰ってこなくていいって言ったんだってね。娘さえ帰ってくればそれでいいって)


2004.05.28
打ち合わせ1、原稿。
「いさわし」こと井澤くんは、俺の大学時代の後輩である。気持ちが真っ直ぐで、負けず嫌いで、誰とでも仲良くつきあえる男である。別によいしょするつもりは全くないのだが、ナイス・ガイという言葉が一番似合うと思う。
その彼が、昨日、社長に就任した。
かの一部上場大企業の子会社の社長に、である。
本日は、そのお披露目も兼ねたパーティー。名刺をもらったら、しっかりと代表取締役と印刷してあったぞ。いさわしは、いろんな人に囲まれて、節度のある心のこもった挨拶をしていた。
44歳。君なら大抜擢の重圧にも負けないと思うぞ。こころから拍手。えーじも、だても、きっとかまたも、心の底から喜んでいる。やったね。
今からこの件はオフィシャル。おめでとうの言葉を、遠慮なく送ろう。
お願いが一つ。体にだけは気をつけて。尿酸値、下げろよなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.27
打ち合わせ2、原稿。
困ってしまった。ホームセンターが建つのだ。
我が家のマンションの前には、サッカー場がゆうゆう入るぐらいの広い空き地・駐車場で、とても見晴らしがよいのだが、なんとここにホームセンターが建つことになったのだ。うーむ。我が家は2階だからもろに影響を受けて、真冬だと日照時間が1時間程度になっちまうらしい。うーむ。
けっこうブルーなたんごちゃんである。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.26
原稿。
母親に似たのか(両親に似たのかも…)、息子は歌が大好きで、機嫌がよければ一日中いろんな歌を歌い続けている。ただし反抗期ゆえ、その歌詞がたいてい否定形に置き換えられている。「はーるがきーた」が「はーるがきーてない」という具合だ。
最近はドレミの歌がお気に入りで「ドはドーナツのド、レはレモンのレ」と大声で歌ってる。だが「ミはみんなのミ、ファはファイトのファ、ソは青い空、ラはラッパのラ、シはしあわせよー」と来て、最後が「さあ、うたいませーん」と絶叫する。
「これをスーパーで歌われちゃって、恥ずかしくて恥ずかしくて」と、妻は頭を抱えながら帰ってきたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.25
原稿。
書き忘れていたが、先日のイームラくんの二次会で、帰ろうと思ったら会場の隅っこで丸くなっているダンゴムシを発見した。よく見たら、キクチくん(ユタカ)であった。
何してんの、と声かけると「ボク、音楽係なんです」とキクチ。続けて「でもね、ひどいんですよ、音楽係なのにしっかり会費取られたんですよ」と訴えてきたのだった。
まあ、祝い事の席だ。しょうがなかろ。
キクチくんとは同郷なので、いつか一緒に酒でも飲もうかと思っている。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.24
原稿。
人がしゃべっていることをほとんどリアルタイムでキーボードに打ち込み、テレビのテロップにしてしまう職業があるという。たとえ生中継のお笑い番組でも、ほとんどタイムラグなしで画面のテロップにしてしまうという神業だ。
目的は聴覚障害者のための配慮。文字ニュースと同じことを、リアルタイムでどんな番組でもやっちゃおうということらしい。
デジタル放送の時代を迎え、番組数が一挙に増える中、バリアフリー化の要求も高くなるとあって、この職業への需要はすげえ高いらしい。専門の学校もあるそうだが、それでも供給が追いつかないそうだ。
へえ、なるほど。あまりに特殊な職業だものなあ。
もっとも俺が気になるのは、その神業入力の人たちが使うキーボードだ。いったいどんなのなんだろう。聞いたところでは、文字キーはわずか10個しかないらしい。それでどうしてそんなに速く入力できるのか。そのキーボード、欲しいなあって、ちょっと思ったね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.23
原稿。
子どものじんましんは、おさまった。あさひクリニックによると、原因不明だが、食べ物が一番怪しいとのことだ。では何が、ということになると、これが難しい。しばらく食べたものを記録して、なんとなく見当はつけたのだが、果たしてどうなのか。それはともかく、とりあえずじんましんはきれいさっぱり消えたので、一安心。ご心配くださった皆さん、ありがとうございました。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.22
原稿。
夜、イームラくんとシブヤさんの結婚披露二次会に出席。入籍は半年前に済み、先日エジプトへ新婚旅行にも行き、最後に披露宴という、よくわからない順番だったらしい。
コナガイ氏は「夕べも徹夜だった」と相変わらず化け物みたいな体力をしている。もう50近いおっさんなのになあ。
久しぶりに会ったアベ氏には「たんごちゃん、見てるよ」と言われる。ははあ、こりゃどうも。プレゼント大会で一等賞のHDDレコーダを当てるなど絶好調なのはよいけれど、ちょっとお腹の周りの貫禄が。少しダイエットされたほうがよろしいのではないでしょうか。
ウッチーにも久々である。黒一色にびしっと決めたおしゃれぶりは相変わらず。体調もよさそうで、なによりです。また一緒に仕事しようよ。
コマッちゃんは、名古屋からわざわざ駆けつけた。こちらも元気そう。今度一緒に仕事しようというと言ってくれた。おーし、頑張って名古屋まで何度でも往復するぞう。
引っ込み思案のたんごちゃんは、こういうパーティーは苦手なのだけれど、久しぶりにお会いできた方々がいっぱいいて、楽しかったのだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「サイゾー」タブー特集、ってますます噂の真相の読者を取り込もうという狙いがはっきりしてきたなあ。まあ、時々暇つぶしに買えばいいという程度の雑誌だ。


2004.05.21
打ち合わせ1、原稿。
山のように、それこそ山のように原稿がたまっていて、少しも減っていかなくて、ぼちぼちヤベエと思いつつ、少しも減らなくて、ああ、今週も格闘したけど来週も原稿との闘いの日々だあ。
などと思いながら八重洲あたりを歩きながら、先日退院したばかりのタヌキに電話してみたら、「いま自転車に乗ってるとこ」だって。
ヘルニアの手術したっていうのに、元気じゃーん。酒は?と聞いたら「弱くなってさあ、ビール二杯で酔っぱらっちゃう」だって。「今度飲みに行こうね」と誘われたから、こりゃあ原稿の山は放り出して飲みに行かなきゃね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「不自由な心」白石一文・角川文庫。デビュー作「一瞬の光」より面白かったが、しかし、よくぞここまでというくらい気の滅入る話をそろえたものだ。乗ってる飛行機が落ちて死んでしまう不倫男、ガンになって自殺してしまう不倫男、奪った女を奪われそうになって逆上する不倫男と、不倫男ばかりが出てくる作品集なのだが、ともかく中年男が読むと、気が滅入ってたまらなくなる。うまいんだけど、はあ、どっと疲れたぞ。


2004.05.20
取材山盛り。
取材のため、早朝の新幹線で長野県は佐久市へ。次から次へと取材をこなしていたのだが、途中、妻より連絡が入り、息子の顔がなぜか腫れてしまったので病院に行って来るとのこと。
朝から俺が不在で、しかも雨の日に限ってこういうことが起きる。
じりじりしながら連絡を待っていたら、症状は収まったとのこと。だがホッとしたのも束の間、夕刻には全身にじんましんとのことで、妻が再び病院に連れて行った。雨の中、赤ん坊を抱き、幼児の手を引きながら傘を差して病院へ行くのは、さぞ大変だったろうなあ。
まったく間の悪いことで、困ってしまった。こういう日もあるのだなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.19
取材1、原稿。
一日パソコンに向かって原稿を書き続けるのは、それはそれは案外に疲れるものであって、そうやってけっこうなボリュームの原稿を書いたつもりでも、読み返すと一瞬で目を通し終わる程度のものだったりすることが、がっくり度合いに拍車を掛けることになるのだった。
ならば一日の仕事の終わりにこんなどうでもいい日記を書かなくてもよさそうなものなのに、そこは習慣というか、儀式というか。
あ、そうだ。まったく関係なく話題は変わるのだけれど、現在、俺の田舎では隣の町との合併話が進んでいるようだ。まだ協議中であるはずなのだが、すでに新市名についての募集なども行われ、早くも既成事実化されているらしい。
貧乏自治体どうしが合併しても貧乏が拡大再生産されるだけだとは思うが、もちろん当事者はそんなのは百も承知。狙いは、合併によって議員どもの任期が2年延びることにあるのだった。
そんなことのために生まれてからずっと親しみ続けてきた町の名前が消滅してしまうのである。丹後家一族の諸君、果たしてこんな暴挙を許せるか?
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「SPA!」フリーターにも勝ち組と負け組があるという話。勝ち組は、組織に属せずに好きな仕事をして年収600万とからしいけれど、それって単なる自営業者じゃん。
「週刊プロレス」新間寿が古い話を引っ張り出してきて、ショウジ・コンチャの悪口を言いまくっている。アントン・マテ茶とか、ヒマワリ・スナックとか、そういえばプロレス会場でよく売ってたなあ。目が回りそうにまずかったのだが、プロレス少年たちは、これもアントニオ猪木のためと一生懸命買ってたのであった。


2004.05.18
原稿。
昨日のネタだけど、日本橋で急遽打ち合わせが入り、夕刻だったものだからそのままの流れで宴会に突入してしまったのだった。
いったのは、日本橋の片隅にある、こじゃれたイタリア料理屋。ここをおっさん7名が襲撃である。落ち着いた店で、日本橋のOLとその彼氏がアダルトなムードでパスタなんぞを喰っているその傍らで、おっさん7名、雰囲気ぶちこわしで騒ぐ騒ぐ。
店がワインは赤か白かと聞きにくれば「一番安いのを持ってこーい」(タマダ氏)と突き放し、料理の皿を「腹が減って腹が減って」(カミタニ氏)と次から次へとたいらげ、「ハーパー水割り、ダブルで。ここと、そこと、あそこと、そのへん」(タニガワ氏)と飲み屋と変わらない注文をし、「ダイエットしたいなら糖尿になるに限る。わははは」(オレ)「まったくだあ」(タニガワ氏)とおしゃれなイタリアンにあまりにふさわしくない話題を大声でわめきちらす。
ああ、うまかった。けど、次はけっこう行きにくいかも。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.17
打ち合わせ1、原稿。
「島耕作の悪口を言わないで欲しいって、マツモトが言ってましたよ」と、打ち合わせ中にハトリが言う。なんだとお。あんなお調子者で権力志向でスケベでコバンザメの中年が好きなのか、マツモトは。目を覚ませ、マツモト。
関係ないけど、本日は息子の日本脳炎の予防接種。注射の痛みよりも、注射されるんだっというドキドキ感からくる恐怖のほうに神経がいくようになったみたいで、じたばたの大騒ぎであった。もちろん俺にしっかりと羽交い締めにされての、注射となったのだ。
さらにまったく関係ないけど、世界はロスチャイルド家とフリーメーソンに支配されているという話については、またいずれ。念のために言うと、そんなタコ話を信じてはいけないよ。船井総研ぐらい信じてはいけないよ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「不肖・宮嶋 踊る大取材線」宮嶋茂樹・新潮文庫。文春などで活躍しているニュースカメラマン、不肖・宮嶋の取材体験記。文章が下手すぎて閉口したけれど、書いてある内容はやたらめっぽう面白い。オウムの連中との真剣バトルなど、今読んでもすげえ面白いのであった。


2004.05.16
取材1、原稿。
定番のペットボトル飲料(伊藤園「そば茶」とヤクルトのグァバ茶)はインターネットで箱買いしているのだが、先日、カゴメの野菜ジュースも頼んだら、そのお店から懸賞の知らせが来たので、応募したのだった。なんせその懸賞は、販売店ごとに当選者の割当があるようで、和歌山のその業者も「お得意様の皆さん、抽選は公平に行いますよ、公平に」と思わせぶりだったので、そのおだてに乗って応募したのである。
そしたら見事に当たりましたね。トマトの苗木が。
品種はカゴメのオリジナルの凛々子(りりこ)とかいうやつ。で、問題は苗木なのでちゃんとプランターに植えて育てないとトマトが成らないということだ。
もちろんやりましたとも。3歳の息子が「トマトができるトマトができる早くできないかな早くできないかな」とはしゃぐものだから、しょうがないじゃないですか。
ホームセンターへ行き(下町のホームセンターってさ、育ちの悪い客がいっぱいいて、本当に嫌になっちゃうんだよね)、プランターを4つ、土を40リットル、肥料、スコップを購入し、午後に汗を流しながらマンションのベランダで畑仕事ですがな。
さて、無事に育っておいしいトマトができるでしょうか。夏のお楽しみだな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.15
原稿。
はあ、酒飲みたいなあ。って、時々飲んでるんだけどね。おかげで体重がちょっとあやしくって。うーむ、検査の結果が怖いんです。
そういやBS2の番組をハードディスクレコーダーに録画しようとしたら「録画が許可されていません」とアラートされて、録れなかった。デジタル時代って、案外不便なものよのう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.14
取材2、打ち合わせ1。
朝早くから取材に出かけ、一日中、外回り。はあ、けっこう疲れたなあ。
新宿副都心の高層ビルまで久しぶりに出かけたのだが、改めてびっくり。途中で何か飲み物を買おうと思ったのに、自販機がまったく見つからないのだ。もちろんコンビニもほとんど見つからない。やっと見つけたセンタービルの中のローソンは、なんとレジ前で30人の行列。本当の話である。あの狭いコンビニの店内で、30人だよ。ほとんどロシアだ。
もちろんこちらはアポがあるから、そんな行列に加わる余裕はなく、何も買わずに飛び出したのだった。このあたりのビルに務めている人には、本当に同情するね。
自販機と言えば、なぜだか煙草の自販機はやたらと目についた。どのビルもパブリックスペースは禁煙なので、エントランス近くのロータリーで煙草を吸ってる人が山盛りなのだが、その近くに必ず煙草の自販機がまとめて置いてあるのだった。
こんなにも不便なところだったのか、高層ビル街って。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.13
原稿。
朝からずっとパソコンに向かって原稿を書いているのに、先が全然見えてこない。腕はガクガク、頭はボロボロ。こういう一日はとてもハードだが、まだまだ続くのであった。うぬぬぬ。来月は息子の幼稚園の運動会があって、お父さんも今からトレーニングしておかなければならないというのに。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「週刊新潮」ヴェルディの16歳ストライカー・森本は、 熱心な学会信者らしい。あの業界にもけっこう多いんだなあ。山手線の車両一両に必ず一人は乗ってると言われるぐらいだから、さもありなんだが。ま、信心とサッカーは関係ないから、どうでもよろしい。個人的にはお近づきになりたくない。
「Number」結局ジーコは何も考えていないし、何もしていないことがわかったわけだ。


2004.05.12
取材1、原稿。
かなり昔だけれど、三洋証券の営業マンをインタビューしたことがある。今年入ったばかりという若手だった。
インタビューが終わって原稿ができた頃、三洋証券は突然倒産。結局その原稿は日の目を見ることはなかった。
それから半年ほどして、その若手営業マンから突然メールが来た。あの時、インタビューを受けて自分を振り返る機会が持てたこと、その思いを胸に別の会社で再スタートを切ったことなどが書かれてあった。一度でも取材した人が、こうしてその後を連絡してくれることは珍しく、こちらとしても非常に嬉しい。頑張って欲しいと応援の返事を書いた。
そしたらその返事が来て、一度会いたいとのことであった。よくよく読んだら、どうやらマルチっぽい会社に入ってしまったらしい。当然、丁重にお断り申し上げたが、今ごろ彼はどうしているのだろう。
そういや今思い出したのだが、昔、お宅訪問の企画で郊外の家を取材した際、生長の家の集会に誘われたことがある。ここへは仕事で来ているんだからそういうことはやめませんか、ときっぱりと断った。また、ある時にはインタビュー相手からアムウェイ製品を買うようにすすめられたこともあった。もちろん無視したが、ともかくこういうのは鬱陶しい話である。
アムウェイで言えば、博報堂に勤務している非常に優秀な広告マンが突然会社を辞めてアムウェイを始めたのには、びっくりしたものだった。彼には何度か勧誘され、一度などは集会めいたものにまで参加させられた。友だちだから洗剤ぐらいは買ってあげるけど会員にはならないよと断っていたら、次第に勧誘されなくなり、連絡も途絶えたのだった。彼も今頃はどうしているのだろうなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」高岩が在日韓国人であることをカミングアウト。業界にいっぱいいますよとインタビューで答えている。そんなこととプロレスとはまるで関係ないんだけどね。


2004.05.11
打ち合わせ2、原稿。
都心で今年初めて夏日、つまり30度を超えたそうな。暑いわけだ。日本橋を歩いていたら、タンクトップのねえちゃんがいて、いくらなんでも5月にそれは早すぎるべと思ったのだが、気持ちはわかるなあ。
こういういい天気なので、日曜にフジタにもらった問題の砂場道具を持って、息子は母親と一緒に公園の砂場へ出かけていったのだった。そろそろ日焼けどめがいるかなあ。俺たちが子供の頃は真っ黒に日焼けするのは健康の証だったのに、今やそれはほとんど自殺行為だというんだから、まったく罪なことである。結局環境破壊とは人間破壊のことなのだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.10
西大宮病院に入院しているタヌキを見舞うために、イズハラと一緒に出かける。イズハラはいつの間にか車を買い替えていた。ボルボである。しかも革張りシートである。一体何を考えているんだ。
タヌキは元気であった。元気すぎるほど元気であった。うるさいくらいである。それゆえだろう、12日には退院するそうである。「快気祝いの席は自分で仕切る」と宣言していた。一体何を考えているんだ。
大宮駅の近くでイズハラと飲む。「コンセプトがないってゆーか、都市計画がないってゆーか、ごちゃごちゃなんだよ」と地元民イズハラが嘆くように、大宮は激しく壊れている。暴走族仕様の車が狭い路地をうろうろしていた。この街も一体何を考えているんだ。
一軒目は俺の大嫌いなこじゃれた店。きっとそうだろうと思ったら、案の定、和食の創作料理を売り物にしていた。ばかたれ。そんなものは、まともな料理を出せるようになってから考えろ。しかし、いかにもカップル向けな店である。ここにイズハラは誰と来たのか。激しく突っ込んだら、おお、出るわ出るわ。武士の情けでここには書かない。
二軒目はその反動で、おっさんが割り勘で飲むような居酒屋に行く。大宮支店から埼京線に乗って都内に帰るようなおっさんばかりだ。
一軒目、二軒目ともにじゃんけん勝負で俺が勝ったので、どっちもおごってもらっちゃった。イズハラは、連れて行った店はけなされるわ、まるまるおごらされるわで、まったくいい迷惑だったろう。人のカネで飲む酒、ただ酒は本当に旨いなあ。
たらふく飲んでいい気持ちで電車に乗ってたら、すっかり傘を忘れてしまった。そんなこともあろうかとビニール傘を持っていって正解であった。俺も一体何を考えているんだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「歩兵の本領」浅田次郎。講談社文庫。著者の自衛隊体験に基づく連作集。手癖作品だが、ま、安心して読める力量はさすがである。
「島耕作マガジン」島耕作と加持隆介とハリネズミの3作をまとめて雑誌形式にして稼ごうという企画。あこぎな商売である。だったら買うなよと思うのだが、買ってしまったよ。


2004.05.09
息子を車に乗せて、学生時代の友人のフジタの家まで出かける。船橋だ。「フジタと煙は高いところが好き」と言われるように、新築マンションの14階が住みかである。
用件はどうでもいいような適当なことなので省略。細君より「お礼に」と、息子にお土産をもらう。スヌーピーの砂場遊びセットだ。
外は雨。なのに、いや、それゆえにか、フジタは「今日お父さんと砂場遊びをするんだぞ」と息子をそそのかす。すっかりその気になった単細胞の3歳児は、帰りに土砂降りの湾岸線を走っているというのに「今日遊びたい、砂場に行きたい」と泣きわめいてしまった。
まったくフジタにはえらい迷惑である。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.08
いいお天気なので、どこかに出かけようかということになり、ネットで調べて大田区の公園まで足を伸ばした。古タイヤが山積みのタイヤ公園と、古いバスなどが置いてあるガラクタ公園である。
どちらもいかにも子供が喜びそうなつくりだったが、しかし、その密集度というかごちゃごちゃ具合というか、ともかく落ち着きのない空間で参ってしまった。
加えて驚いたのが自転車の多さ。公園入り口には無秩序に膨大な数の自転車が放置されており(大田区には整理整頓という言葉がないのだろう)、ベビーカーが通ることすら難しい状態。ほとほと疲れてしまった。
臨海部の広々とした、風のよく通る公園に慣れてしまったせいか、けっこうぐったりとなってしまったのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.05.07
打ち合わせ1。
久しぶりに大手町周辺を歩く。とてもいい陽気。一年で一番好きな頃だ。昼時のせいか、ビルの公開空き地に座っておにぎりやサンドイッチを食べる人の姿が目につく。そのうちの半数が携帯をながめながらである。
一カ月前にはあれほど目についた新入社員の姿が、ほとんど見あたらない。つまりすっかり社会人としてオフィス街になじんでしまったということだろう。代わって散見されたのが、会社訪問のリクルートスーツたち。その一人に、大手町ビルの前で「大手町ビルって、どちらか、ご存知ですか」と聞かれてしまった。
大手町のフィナンシャルセンターあたりと言えば、金融エリートたちが巣喰う穴。リクルートスーツくんの持っていた地図には野村総研と書かれていたが、きっと賢いんだろうなあ。ぼけっと口を開けて五月の風を浴びている俺は、間抜けなんだろうなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」2006年にデジタルバブルが崩壊するという大胆な予測を特集している。ええっ、ということは、今はバブルだったんですかいっ。知らなんだ。どうやら俺はすっかり乗り遅れてしまって貧乏らしい。


2004.05.06
前日まで20キロだ30キロだと大渋滞していたのに、この日の関越道はがらがら。まったく渋滞なしで、しかもETCだから(自慢)、一度も止まることなくすいすいと走ったのだった。さらに素晴らしいことに首都高もまったく渋滞なし。道路交通情報が「たいへん走りやすくなっていますよー」と言うほど、空いているのだった。この時間なら首都高もエアポケットに入るだろうとの読みでドライブプランを立てたのだが、おお、ここまでぴったりはまるとは。俺は自分が恐ろしかったね。おかげで新潟の実家からドアツードアで3時間50分。拍手。
「部長 島耕作」弘兼憲史。コーサクものは、連載で読んでいると気づかないが、まとめて読むと実に嘘くさいことがよくわかる。例えばこの中(コンビニで売ってる安い総集編ね)でも、初芝(モデルは松下)とは取引のない中小企業が敵対的M&Aを仕掛けられたのを、単なる情実だけで島耕作が救うという話があるけど、誰が考えたってそんなことあるわけないし、そもそも銀行がまったく出てこなくていきなり無関係の第三者に助けを求めるなんて不自然極まりないのだった。他の話も推して知るべし。だからコーサク本は、酒を呑みながら「かかかっ、ばっかみてえ」と笑い飛ばすに限る。駄本。


2004.05.05
実家の3人の甥っ子に我が家の息子と娘、合計5匹の怪獣が大暴れで大人たちはぐったりなのであった。


2004.05.04
実家の3人の甥っ子に我が家の息子と娘、合計5匹の怪獣が大暴れで大人たちはぐったりなのであった。
「新潟日報」


2004.05.03
実家の3人の甥っ子に我が家の息子と娘、合計5匹の怪獣が大暴れで大人たちはぐったりなのであった。
「新潟日報」


2004.05.02
実家の3人の甥っ子に我が家の息子と娘、合計5匹の怪獣が大暴れで大人たちはぐったりなのであった。
「新潟日報」「ビッグコミックオリジナル」


2004.05.01
早朝、というか深夜の3時に起き、息子と娘を車に積み込んで4時に出発。9時過ぎに新潟の実家に到着。読み通り渋滞にはまったく引っかからなかった。途中ラジオを聞いたら花園で31キロの大渋滞。その発生の3時間前に通過済みという、実に素晴らしいドライブプランなのであった。
「新潟日報」


2004.04.30
イラクの次、いよいよアメリカはイランに標的を絞ってきたらしい。イラクでの大義を失った今、このままではブッシュの再選は危うい。なんとか次の大義を見つけねばと、着々とイランへの攻撃準備を進めているそうである。
アメリカ最大手のゼネコンが、イランでの大型工事のコンペに続々と応募しているというのがその根拠。イラク戦争前にも同じ動きがあったそうな。
これから夏にかけて、アメリカはイランに何かインネンつけて戦争を仕掛けるのかも。次に何か目立ったテロがあったとしたら、自作自演も疑った方がいい。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.04.29
世間はもうすっかりゴールデンウィークなのだなあ。平和なものである。
笑っちゃったのが、年金未払い問題。まあ、閣僚どもがぺろりと舌を出してすたこらさっさと外遊でございますという姿がなんともおかしいよなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.04.28
俺のオールタイムベストワンが、天藤真の「大誘拐」である。対抗するのは「魍魎の筺」(京極夏彦)か「IT」(スティーヴン・キング)といったところか。20数年前、学生時代に角川文庫で一読し、たちまち魅了されてしまった作品だ。以来、何度読み返したことか。
その創元推理文庫版が出たので購入。本日一気に再読して、やはり「20世紀でベスト」の名にふさわしいすごい作品だと感心したのだった。
いわゆる誘拐もののミステリーだが、謎など何もない。最初から犯人はわかっているし、特別なトリックもない。というか、誘拐された被害者が犯人の仲間になって自分の身代金を家族に要求するという、とんでもない設定なのだ。そしてその身代金の額が、100億円。20数年前の100億円という額だから、当時はぶったまげたものである。もちろん今でも驚愕であり、ジュラルミンのケースで70個もあるというその現金の受け渡しをどうするのかといったことも含め、あらゆる意味で読者の予想を裏切る驚きの展開なのだ。こういう設定で面白くないわけがない。
何よりも素晴らしいのが、全編に漂うユーモラスな雰囲気。とんでもない犯罪でありながらほのぼのとした笑いがあり、犯人も含めて全員が善人ばかりという内容なのだ。
このあたりがこの作者の持ち味で、例えば「陽気な容疑者たち」という長編でも、犯罪の容疑者たち全員が仲良く事件の謎を解き明かすという設定だった。千葉の田舎で晴耕雨読の生活を送った寡作の作家だったということが何となくうなずける、そういう作品ばかりなのだった。
昭和の終わり頃に他界した作家で、近年になって再び脚光を浴びるようになった。創元推理文庫で全集が出たので、ここしばらくは集中して読んでみようと思う。何しろ一冊数百円だし。
というわけで「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「ひよこクラブ」5月号。久々に手に取ってみたらけっこう新鮮に読めた。世の中のお母さんたちには頑張ってもらいたいものである。
「週刊プロレス」エルヌメロウノも終盤に入り、争いが激しくなってきた。アングルはキッドを中心に流れているような気配である。一方、菅原とアンソニーのアングルがけっこうおかしく、天然キャラはやはり強いなあと感心した次第。
「アコースティックギターマガジン」うへむ、今月は読むところがほとんどなかった。って一応全部読んだけど、読んで速攻本棚だった。季刊になったがネタ切れか。というよりもともとが底の浅い世界なのだろうな、アコースティックギター業界は。


2004.04.27
原稿。
かかりつけの歯医者で定期検診。改めて正しい歯磨きの仕方のようなものを実地で教わる。つまり歯科衛生士が実際に俺の歯を磨いてくれ、続けて同じような手つきで自分で歯を磨くという、まあ、40超えたおっさんがまじめな顔してやるようなもんじゃないことをまじめな顔してやるわけだ。
「歯磨きの頻度は?」んーお、ほる、ねふまへと、あは、おひてかられす。(んーと、夜、寝る前と、朝、起きてからです=実際は夜しか磨かないけど)「糸歯ブラシ、ちゃんと使ってますか?」んーお、ひゅうににはんあいあなあ。(んーと、週に二、三回かなあ=実際にはほとんど使わない)
まったく歯医者にかかるってのは鬱陶しいけど、まあ、定期検診はちゃんと受けておかなければ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「家族狩り 第四部」天童荒太・新潮文庫。物語はずんずんすと進む。まったく救いようのない世界へとずんずん進む。読んでも心は解放などされない。ひたすら暗く、ずんずんと落ちていくだけなのであった。陰鬱で救いようのない物語に浸りたいという方にはおすすめです。


2004.04.26
打ち合わせ1、原稿。
夕方、急な打ち合わせが入って、日本橋へ。サクサク終わった後は、おじさん二人に連行されて茅場町の居酒屋「多聞」。適度に酔っぱらって帰り、酔い覚ましに闘龍門を見る。本日の放送を録画しておいてもらったのだ。
春もすっかり葉桜の頃。二十四節気では「穀雨」というらしい。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.04.25
息子を連れてお台場のトイザらス。おもちゃを買うのでも、一人分じゃなくて二人分が必要になるのだから、まあ、ほんとに子育ては大変だわい。
休日のお台場は例によって大変な混雑。うー、休日のお父さんをやるのも疲れるぞ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ウォーキングマガジン」5月号。毎度のことながら「歩く」ということだけで毎月雑誌を作るんだから、えらいもんである。
「一瞬の光」白石一文。角川文庫。気になってた作品。手にしてからは一気読みだ。38歳独身の超エリートが、二人の女の間で揺れる話。縦軸にその葛藤を、横軸に派閥抗争を置いて、一気に読ませる。いやあ、面白かったね。なかなかの作品。これ、岐部さんが読んだら泣くかもしれないなあ。


2004.04.24
誕生日である。誰のって、息子のである。
3歳。まったくありきたりの感想だが、あっという間の3年間だったと表現する以外にない。目の回るような、でもとても楽しい3年間であった。
もっとも現在、息子も娘も風邪を引いて静養中。特に娘はちょっと症状が重い。そのため誕生日だからと特別なこともできなかった。せめて本でも買ってあげようと思い、木場のヨーカ堂に連れて行ったら、1階のイベントスペースでなにやらコンサートのリハーサルをやっている。
歌手はともかく、遠目に見たアコースティックギターが、ひよっとしたらひょっとしてと思わせる名器。近寄って確かめたら、案の定、最高峰ギターのソモギだった。ということは、ギタリストはおそらく・・・と確かめたらビンゴで小松原俊。ほぼ完璧なテクニックで極上の音色を出すギタリストなのだった。いやいや、こんなスーパーの片隅で小松原俊のギターを生で聴けるとは、俺にとって最高のプレゼントになったわい。ちなみに一緒に歌ってた歌手は、ル・クプルのねえちゃん。小松原がずっとバックを務めているので、納得。
そんなわけで、息子にはアイスクリームを与えて黙らせ、大もうけのリハーサルを眺めたのだった。帰ってきたら妻の実家から孫に花が届いていた。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.04.23
原稿。
朝から車のバッテリーが上がってしまったことが発覚。トヨタ東京を呼んで修理を手配。といっても室内灯を息子がつけっぱなしにしたことによる放電なので、たいした騒ぎではないが。2860円。
夕刻、その車が戻ってくるのを待っていたら携帯が鳴る。誰かと思ったら磐田の片田舎のサル。「カトーです、ミツヒサです」とサル語が聞こえてきた。なんでも今有楽町にいるので、新幹線の最終まで酒を呑みたいということであった。4年ぶりなので、出かける。
ビックカメラ1階テレビ売場で待ち合わせた後は、連日の隠し球「まつ惣」へ。途中、えーじ画伯、イズハラが合流。いさわしは残念ながら別件で都合がつかず。
カトーはサルらしく飲んでは食って、食っては飲んで、新幹線の時間が迫ったらサルのようにウッキーと素早く走って駅に向かったのだった。残された3人は、シメに有楽町の回転寿司「うず潮」で酒を呑みつつ、寿司をつまむ。そこにサルから電話で「早く駅に着き過ぎちゃって、今はホームで一人で新幹線を待ってるんだよー、さびしいよー、もっとゆっくり出てくればよかったよー」と泣いていたのだった。
「日経ビジネス」「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.04.22
打ち合わせ1、原稿。
久しぶりにイズハラと飲む。場所は有楽町。俺の隠し球である「まつ惣」という店だ。ここは道路にテーブルを並べているので、道端で気持ちよく飲める。今日のような陽気にはぴったりだ。
途中、近所に会社のあるいさわしが合流。「やっぱり東京は西ですよ」と自慢されたので、いいや、明治通りの内側が一番偉いのだと自慢しかえす。
新橋に移動したところで、えりずが合流。神宮で野球を見た帰りだそうだが、野球などというものに時間を潰すなんて相当に暇なのか。結局、4軒か5軒回って、けっこうべろべろ。最後、イズハラが寿司寿司とわめくので寿司屋を探したのに見つからなかったという記憶があるぞ。
有楽町に戻ったところでお開き。いさわしは潮見の「だんらん」で飲みたいと言ったが、まあ、平日だしまたにしようよということで。えりずと我が家は同じ町内(本当)。なので、タクシーで一緒に帰る。同じ町内なのに、まったくと言っていいほど遭遇しないよねえ、ほんとですねえ、とお互いにうなずきあう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「四日間の奇蹟」浅倉卓弥・宝島社文庫。脳に障害のある娘と指を失ったピアニストが遭遇した、ある奇蹟についての物語。この奇蹟というのが(ネタバレだが)、「人の入れ替わり」である。つまり解説にもあるように、東野圭吾「秘密」とまったたく同じパターンなのである。それでもしっかりと読ませるのは、この作者の力量ということだろう。ただ、好みで言えば「秘密」のほうが好き。そもそも入れ替わった人物に対して、主人公がなぜそんなにも感情移入できるのか(なにしろ会ってからわずか二日目)、とても違和感があった。


2004.04.21
原稿。
童謡に「はたらくくるま」という名曲があり、息子が最近好んで歌うのだが、せっかくだからとその替え歌「首都高バリバリ飛ばすぜ改造車(改造車!)、親族一同ついてく霊柩車(霊柩車!)、ロシアに行ったら売れるよ盗難車(盗難車!)、みんなよけるよ足立の黒ベンツ(黒ベンツ!)」を作って歌っていたら、息子が調子に乗って「くろべんつっ!」とリフレインしちゃって、妻に「やめなさい!」と叱られてしまったのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「週刊文春」GW合併号。いわゆるワイド特集として小さいネタをずらりと並べる手法は週刊新潮が開発したものだったが、今やどの週刊誌もお約束。中身のない没ネタを、タイトルだけで引っ張っていくのであった。


2004.04.20
取材1、打ち合わせ1、原稿。
昨年夏に3カ月で14キロ減という驚異的なダイエットを成功させた俺であるが、なぜかここのところ急激なリバウンドがやってきて、途方に暮れている。何も変わったことはしていないのに、あれよあれよという間に2キロも増えてしまった。うーむ、なぜなんだろう。非常に困る。うーむうーむ。
夜、久しぶりにテレビドラマを見る。「アットホーム・ダディ」専業主夫のコメディだ。ありがちな物語展開に、ま、こんなものだろうとながめる。川島なおみは、ヘタすぎる。なんでこんなにも臭うのだろう。対して篠原涼子が思いの外に上手かった。続けてみるかは、まだわからない。見なくてもいいけど。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「新潮45」この雑誌を読むと、世の中がいかに憎悪と悪意に満ちているかがよくわかる。高嶋忠夫の鬱病レポートは深刻。鬱病って怖いんだねえ。
「週刊プロレス」武藤と健介が全日のリングで闘うって、なんじゃそれという感じですな。


2004.04.19
打ち合わせ1、原稿。
午前中は俺の歯医者、午後は風邪をひいた息子と娘を連れてかかりつけのクリニック、夕方は打ち合わせのために客先へと、ま、何かと忙しい月曜日であった。気がつけば4月も3分の2が過ぎようとしていて、今週は息子の3歳の誕生日である。さて、プレゼントには何がいいだろう。気の利いたものなど、思いつきそうにないけれど。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「彼らの流儀」沢木耕太郎・新潮文庫。短いノンフィクションというかエッセイというか、そんなものばかりがたっぷり詰まった本。集中力のない時にぺらぺらとめくって読んでいたものだから、ずいぶん時間がかかってしまった。


2004.04.18
家の周りで自転車に乗って遊ばせたあと、外出。本日は息子と二人でJリーグを見に行くのだ。
カードは、新潟-市原。ぺいちゃんが独自の特殊ルートでチケットを確保してくれたのだ。JRと地下鉄を乗り継いで表参道へ。初夏の太陽の下、汗をかきながら青山の裏道を息子と歩き、ぺいちゃん事務所に到着。ぺいちゃんからチケットを受け取った。
息子はぺいちゃんにからかわれて、えらくご機嫌。俺がトイレに姿を消しても平気だった。チケット代5000円をぺいちゃんに渡したら、「レプリカでも買いな」と息子にくれた。さすが気配りのぺいちゃんである。息子は他人から小遣いをもらったのがよほど嬉しかったらしく、ずいぶんと長いこと旨のポケットに千円札5枚をしまい込んでいた。
表参道から千駄ヶ谷まで息子を連れて歩き、国立競技場へ。ま、レプリカじゃ高いからアルビレックスのTシャツ2500円を売店で購入する。
スタンドは5分の入りか。しかし圧倒的に新潟サポのが多い。アウェイスタンドが一面オレンジで、神宮の森に「新潟あ」の大合唱が響き渡る。この光景は、新潟人としてはちょっと感動ものだよ。
しかし、俺たちの座った席は、市原側。せっかく買ったアルビレックスTシャツも着られない。とほほ。しかも周囲では新潟の悪口ばかり。だまれだまれ、千葉の田舎もの。海臭いぞ、臨海部。
ゲームはミスの多い二流の試合。エアポケットのようなロングシュートで1点目を取られ、2点目もディフェンスの間抜けぶりによるもの。あっけなく前半で0-2とされてしまった。もともと2歳児には前後半通しての観戦は無理だと思っていたから、前半だけで席を立ち、偉そうに高笑いを続ける市原サポの群れから逃げ出す。息子に面白かったかと聞いたら「大きなテレビでサッカーやってた」との答えでずっこける。
千駄ヶ谷からJRで東京駅。4時半、駅ビルの中の居酒屋に入る。休日に息子と出かけたときのお楽しみは、こうやってこっそりと東京昼酒を楽しむことなのだ。カツオの刺身や厚揚げの煮物、サラダなどをつまみにビールと日本酒。俺と二人で外出するときは、息子は案外聞き分けのいい子になるので、飲み屋に入っても平気なのである。
いい気持ちになったところで家に連絡し、潮見の居酒屋「だんらん」で一家集合。引き続き飲みながら夕食にしたのだった。息子は息子なりに楽しかったらしく、妻に一日の出来事をさかんに話す。アルビレックスTシャツも、やっとゆっくり着ることができたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.04.17
Global Workで妻と息子と俺の初夏の服を買い込んだ後、当初の予定では食事して帰ってくるつもりだったが、ごねる息子のために結局若洲海浜公園へ行って弁当を広げることになった。
それでもちょっとだけで帰る予定だったのに、なんと芝生の上に家族連れが転がっている公園であるにもかかわらず、でっかくて黒い犬を連れた夫婦連れがやって来て、しかもその犬を適当なところにつないでほったらかしにするという信じられない暴挙を目撃したため、不測の事態を恐れてこちらは弁当を途中で片づけてそこを離れたのだった。
はっきり言うが、犬を飼ってる奴は極悪人ばかりである。俺は犬が大嫌いなので、犬を飼ってる奴とは相当の距離を置きたい。都内のあちらこちらの公園には、犬を飼ってる集団が現れては、しばしの時間、放し飼いにしてフリーランニングさせるという光景がよく見られる。当然ペット禁止の公園なのだが、数を頼んで集団で傍若無人の振る舞いに出ているのだ。呆れたことにこいつらは、自分の犬は誰が見ても可愛い、と信じ込んでいるから、他人が迷惑しているとは少しも思わず、むしろ微笑ましく思ってくれてるだろうなあぐらいに考えているのだ。だからこいつらは集団で気持ちの悪い薄ら笑いを浮かべ、よだれを垂らして犬とたわむれているのである。その恍惚の表情は、この世のものとは思えない。見た目も中身も、物の怪だ。俺は、どんな犬を見ても本能的に百発百中で石を投げるか天国まで蹴り上げたくなる人間なので、こういう集団にはライフルをぶちかましてやりたいという衝動を抑えるのに必死である。
ということで、俺たち一家はその場を露骨に離れて移動し、遊具のある公園で夕方まで遊んだのだった。結果的に一日激しく遊んだことになって疲れ果ててしまい、本日やる予定だった原稿に立ち向かう気力・体力が失せてしまった。
なもんで、タニガワさん、原稿は月曜日にやります。ごめんなさい。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.04.16
原稿。
息子の幼稚園で春の遠足。付き添いは、母親である。
ちょっと前に親の懇談会というのがあり、夫婦で出席したのだが、父親は俺一人だった。当然思い切り浮いてしまい、妻には誰も話しかけてこなかった。当たり前といえば当たり前だけど。
だもんで、当初は俺が行くつもりだった遠足も、妻に行ってもらうことにしたのである。
バス二台で出発。なにしろスパルタの幼稚園だもので、親と子供は完全に別のバスに乗せられた。こういう強引さが、なかなかに有り難いのである。それであっても息子は泣きもせず、ちゃんとバスに乗って出かけていった。なかなかに成長したものだ。
留守番父ちゃんとなった俺は、娘をあやしながらの原稿仕事だったのだ。途中、ケーブルテレビの技術の兄ちゃんがデジタル化対応のためにセットトップボックスの交換にやって来たのだが、平日の昼間から乳児をあやしている俺のことを不思議そうに見ていた。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「日経ビジネス」つまんね。「週刊文春」読むところがなかった。だった買うなよ。はい。


2004.04.15
取材1、打ち合わせ1、原稿。
以前、江東区の南北問題について書いた。より大きなテーマとして、東京の東西問題というものがある。
かつてどこかの莫迦コピーライターが「広告クリエーター西高東低論」というのを述べていた。東京の西側に住むクリエーターは、東側のそれより優秀である、という意味である。広く世間様にあまねくマーケティング活動をすべき立場のプロが、お客という意味ではまったく等価である東側に向けて何ということを言うのか、そもそもコピーライターの割には考え方があまりにステロタイプではないか、と呆れたものだった。
と言いつつ、俺自身、上京してから24年間、目黒・世田谷・三鷹・世田谷と住み続けてきたので、心のどこかに西高東低意識が抜きがたくあるのは否定できない。
そもそも東西問題の、その境界線とはどこなのか。
電車で言うと秋葉原あたりだ。都心から総武線に乗ると、秋葉原を過ぎると確実に車内の空気が変わる、と指摘する人は案外多い。地理的には、隅田川が間違いなく境界になっており、隅田川の内側から皇居にかけては居住地とは言えないから実質的に皇居を境にして東と西ということになる。
その意味では、区という単位で微妙なのは文京区ではないか。立地的に西側とは言えないのにイメージ的に西に属しているのは、ひとえに区内に東大があるということ、そこから来る「お受験」熱が高いということに依存しているような気がする。
では、なぜ東京に西高東低現象が発生したのか。
ネットでつらつらと調べていたら(そんな大それたものではないが)、いくつかの説が見つかった。
(1)偏西風説 
北半球では偏西風が吹くのですべての大都市で東側がダウンタウンになる。
(2)鬼門説
東京の北北西は、皇居から見て鬼門にあたるので、イメージが悪い。
(3)出身地説
  関西方面から上京してきた人は西側に住み、東北から上京してきた人は上野を拠点に暮らす。そもそもの出身地の貧富の差が、そのまま東西の違いになった。
(4)産業構造説
新興地の西側では分譲地開発によって職住分離のスタイルが普及した。対して古い歴史を持つ東側では、職人など、職住同居のスタイルが普通だった。産業構造が変わり、サービス業が主流となったことで、西側のスタイルのステータスが上がった。
(5)大学説
西側には大学がいくつかあるのに対し、東側には大学はない(実際には江東区に海洋大学があるけれど)。
これらのどれも、なるほどと思わせると同時に、本当かなあとも感じずにはいられない。いずれにせよ、西高東低という認識は、東京に暮らす人間にとっては共通のものなのである。
さて、我が家である。
俺が暮らすマンションは、江東区でありながらも埋め立て地、つまり昔からの住民のいない新興住宅地だ。我が家がそうであったように、ここ(江東区の臨海部)に暮らすほとんどが、他所から移転してきたのである。いわゆるジモティは、まずいない。かなりの人々が、西から東へと移転してきた、身も蓋もない言い方をするなら、高きから低きへと水のように流れてきたのである。
なぜあえてそのような選択をしたかというと、広い住居が安く手に入る、大規模開発のマンションがある、都心までの通勤が異常に便利、といった極めて現実的かつロジカルな理由による。つまり「トクだから買った」のである。そして、その裏側には「ここに住みたくて住んでるんじゃないんだよね」「ワケあってあえて住んでるんだよね」「だから他の人と一緒にしないでね」というねじくれた心理が潜んでいる。
するとどうなるか。
まず、子育て中の家庭と子供のいない家庭が、交わろうとしない。前者は「なんとかここで頑張らなきゃ」と思い、後者は「ジモティと一緒はヤだ」と考えるのだ。それでいて前者も、心のどこかにコンプレックスめいたものを隠している。俺自身がそうであるかどうかは別にして、引っ越す前に西側に住んでいた人ほど、「やっぱ目黒・世田谷だよなあ。買い物は渋谷だよなあ」と思っている。まともな大人が考えるとはとても思えないようなことであるが、実際はそうなのである。
そして、この心理が一挙に不安という形になって表出するのが、子供の進学期を迎えたときだ。例えば「お受験するのに江東区で大丈夫かしら」「慶應に入れるなら、目黒じゃないと」「学習院は親の住所で合否が決まるみたい」という思いであり、噂だ。
こうした不安は、例えばネットの掲示板によって一気に膨張する。江東区の様々な情報を交換し合おうという掲示板をのぞくと、子供の進学問題の書き込みが目立つ。前述のように交通の便が非常にいいだけに、電車で中央区まで越境通学するケースがとても多く、それに関する書き込みが多いのだ。
中には筆がすべって「江東区はガラが悪いから越境を考えてます」などという書き込みがあり、当然のことながら集中攻撃を受ける。一方で「でも、うちの子供は学校で"川向こうの子"と呼ばれているらしい」「習い事教室で江東区と自己紹介したら引かれてしまった」「江東区の小学校に入れたら思い切り言葉遣いが悪くなった」などという、ある意味で切実な書き込みも続く。
自分の痛みは我慢できても、子供の痛みは我慢できないのが、親という生き物である。
「自分は現実的な選択としてここに移転してきたけれど、我が子には謂われのない蔑視を浴びさせたくはない」と思うのは当然の心理だろう、学齢期を前に転居しようというケースが決して少なくないのも事実だ。高校まで田舎で育った俺にしてみれば、小学校も中学校も、高校でさえも、唯一無二のところに行くしかなかったという環境だったゆえに、本音を言えばよく理解できないことが多いのだが。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「Number」表紙が実によい。若き野茂英雄が笑いながら坂道でママチャリをこいでいるモノクロの写真なのだ。本誌が思いの外つまらなかったので、この表紙に530円払ったようなものである。あ、ジーコ・ジャパンをどうするか、という記事は面白かった。今の代表は文字通りの泥沼。2002年より何歩も後退している。けど、まだ辞めさせられないわけで。
「日本につける薬」日垣隆・実業之日本社。今おれが一番信頼している、というか真っ正面から読む作家が、この人である。現代社会に対する評論集である。徹底した取材と真っ正面からのストレートな物言い、さらには論戦相手を完膚無きまでに叩きのめさずにはおかれないという武闘派ゆえ、書かれてあることはどれもがめっぽう面白い。その上で「学業成績などある意味どうでもいいから、自立した人に育てつつ、暴力と性の歪みからは断固として子どもたちを守ろうと、私も父親としての決意を新たにしている」などということを書いちゃってくれるから、深くうなずくばかり。この人のメルマガもめっぽう面白いけど、 フリーのホームページでも十分に楽しめる。


2004.04.14
原稿。
水曜と金曜、週二回の幼稚園通いを、息子は続けている。続けているといっても、今日で三回目だが。行けば行ったで面白いらしく、「楽しかった」と感想をもらすのだが、行くまでがまだダメで、行きたくないと大声で泣く。
それでも前回は母親にしがみついていたものが、今日は泣きながらも自分から歩いてバスに乗り込んだのだから、大きな進歩だ。
帰ってから、今日は泣いたか?と聞いたら「バスに乗ったら泣いたけど、着くときには泣きやんだ」と答えたので、かなりの成長である。それでも帰ったら帰ったで、「もう行かない」と言うから、また次回が大変だろうな。まだ二歳。それを思えば十分頑張っているよと、妻と話し合ってる。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.04.13
打ち合わせ1、原稿。
イラクの人質事件は、発生当初から「自作自演ではないか」との噂が飛び交っている。俺もそれを疑っているが、事実だとしたら、なんとも壮大なヤラセだわな。
当然、今さら「いやあ、シャレよ、シャレ」と笑ってごまかすわけにもいかんから、政府も含めて落としどころを探っている最中なのだろう。
ウソはでかいほどばれないという。この騒ぎが自作自演だとしたら、ここまででかくなった分、もはやばれることはないだろうな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.04.12
打ち合わせ2。
八重洲ブックセンターに立ち寄るも、目当ての本は見つからず。仕方なく日本橋の丸善に寄ったら問題なく入手できた。
ついでに文庫化されたキングの「スタンド」をぱらぱらとめくる。一冊800円の文庫で、全部で5冊という大作。その第一部だ。ハードカバーの発行当初、当然購入する予定だったが、実物を手にしてあまりの重量に怖じ気づき、結局今まで未読である。キングの最長・最大の作品なのだ。
文藝春秋も、文庫にするなら一度にしてくれればいいものを、分冊にして発行するなんて、全部そろうまで買えないではないか。8月までかかるというから、それからまとめて買うか。
もっとも、聞いた話だと文庫でまとめて買うと、結局ハードカバーのほうが安いらしい。これはまた悩ましい話だ。さて、どうしよう。
といいつつ、机の上の未読の本にも目をやる。
「家族狩り 第三部」天童荒太・新潮文庫。物語は悲惨というか陰鬱というか、そんな空気を漂わせながら半分を過ぎた。でも、できるなら一度に出して欲しかったなあ。一カ月に一度だから、すっかり忘れちゃってる。
「ダ・カーポ」内容は薄いけれど、電車の中とか、時間つぶしにはもってこいなのである。まあ、それを言ったらたいていの雑誌がそうだけどなあ。


2004.04.11
引き続き今度は若洲海浜公園で昼に弁当を広げる。今度はそんなにへろへろにはならなかった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「文藝春秋」日垣隆がメルマガで自ら「超問題作」と自賛していた原稿が載ったので購入。画家の平山郁男についてであった。なるほど、こいつはこんなにも税金をガメていたのかとあきれはしたが、超問題作というほどではなかったかなというのが正直な感想。しかし最近はまた本がたまってきた。読みたい本ばかりが増えて困る。


2004.04.10
週末は仕事が完全にオフ。幼稚園で頑張った息子へのご褒美として、たっぷり遊ぶことにする。土曜日は、船橋のアンデルセン公園へ。フィールドアスレチックでたっぷりと遊ぶ。帰りの渋滞でへろへろになったが、まさに休日のお父さんなのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.04.09
原稿。
イラクで日本人が人質。って、福田官房長官の顔には「だから民間人にうろうろされちゃ困るんだよ。ったくトーシロが、いい迷惑だ」と書いてあった。
自衛隊の撤退が条件って、一度撤退しておいて、しばらくしたらまた舌を出しながら行けばいいじゃん。なんで誰も思いつかないのかなあ。俺が福田くんにメールでもしてやろうかなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「日経ビジネス」小出監督が高橋落選の裏事情を激白。なぜかビジネス雑誌で。
「週刊ゴング」望月はかっこいいヒールではなくてかつての国際軍団を目指しているらしい。それは知らなかったなあ。


2004.04.08
取材1、原稿。
葉桜の頃となり、これから一カ月ほどは一年で一番いい季節だ。まさに緑のシーズン。こういう時にギターを弾くのも、けっこう気分がいいのだ。
最近はちょっと弾いただけでもすぐに子どもたちに邪魔されてるので、なかなかそんな時間も取れないが。そういやDTMもご無沙汰だなあ。ぼちぼち音楽活動でも始めるかなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「インターネットマガジン」5月号。ちょっと目を離していたスキに電脳空間は大きく様変わりしていて、こちらは浦島太郎状態。ともかく世間ではブログというもので大騒ぎしてるらしい。なんだ、ブログって。付録の間違いか。よくわからんが、ここもブログらしいぞ。なんのこっちゃ。
「週刊文春」今どきのバカ親特集で、居酒屋に子連れで来るバカな親、と俺を非難してやがる。なんだとお。おまいなんか、発行禁止処分にしてやる。


2004.04.07
原稿。
散り始めた桜の花びらの中、咲杜を乗せた黄色いバスが帰ってきた。妻によれば朝は満席に近い状態だったというその幼稚園バスも、帰りの今は、所定のコースを周り終えた最後なのだろう、同じマンションの3人しか乗っていない。どんな顔をしているか、泣きはらした重たいまぶたで帰ってくるに違いないとの思いは当たり、うすぼんやりとした表情とがらがらの声で咲杜はバスから降りてきた。足元はなぜか室内履きのまま。出がけに履いていた、しまじろうのスニーカーに履き替える余裕もないほど、大泣きしたのだろう。
初めてのお弁当を、自分で開けて、食べて、しまって。それだけでなく「ナイフとフォークもちゃんとしまったよ」と強調。大変だったけれど、一方で「楽しかった」とも話す。初日はわけもわからずにバスに乗せられたけれど、次からは行きたくない乗りたくないと抵抗するのだろう。それもまた一つの成長。
まだ2歳。少し早いのではないかとの思いを抱きつつも、園の教育方針に感じるものがあったので思い切って送り出してみたのだった。初登園の一日は、親にとっても不安ばかりがつのる一日で、今頃泣いているんじゃないか、ちゃんと弁当は食べられたのか、と口にするのはそんなことばかり。無事に幼稚園バスに乗って帰ってくるという、おそらくこれから何百回となく繰り返される当たり前の光景も、初日の今日ばかりはこんなにも思い入れ深いものとなった。
帰ってきたら何が食べたいかと聞いたらドーナツと答えたので、昼にミスドまで行って買ってきたチョコクリームを、相当に腹が減ってたのか、チョコレートだらけの顔になりながらぺろりと平らげたのだった。弁当箱を見たら、きれいに空っぽ。そんなことすらも、ひどく嬉しいものなんだと知る。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「サッカーマガジン」ジーコジャパンに対する専門家たちの態度というのは、あの監督ではこの先難しいけど、でも、ずっと勝ってるわけだし、困ったなあ、というものらしい。
「週刊プロレス」SUWAに続き斎藤了まで離脱。少しケガが多くないか?笑っちゃうのはアンソニーで、ヘンリーの変心ぶりが相当のショックという話。さて、このアングル、どう続くか。一気にキャラを変えてクレージー入りというのが、密かに俺の期待する展開なのだが。


2004.04.06
打ち合わせ1、原稿。
街の中を似合わないスーツに身を包んでぎくしゃくと歩く若者が目立ってきた。半分は入社したばかりの新人くんで、もう半分は就職活動の本番を迎えた学生くんであろう。
日本橋と茅場町にかけて、桜がとてもきれいに咲き誇っている小道がある。今日はハラハラと散り始めていた。その花びらを受けて行くスーツ姿は、すっかり春の日本である。
そういえば、季節のことで思い出したけど、最近は四季が1カ月ずつずれてきているのではないか? 冬は1月から3月、春は4月から6月、夏は7月から9月、秋は10月から12月という具合に。根拠も何もないけれど、なんとなくそのほうがしっくり来るという気がして、先日そんなことを思いついたのだった。
おっと、まったく関係ないけどサッカーネタ。ジーコの後任監督について既に人選が進んでおり、市原のイビチャ・オシム監督がリストアップされていると、スポーツニッポン。おお、ついに解任か。やれやれ。ベンゲルでないところがちと残念だが、オシムは欧州派のようだから、かなりまともなチームに生まれ変わるのではないか。最終予選に突入してからでは遅い。今のうちにとっとと代えてしまおう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「8時だヨ!全員集合伝説」居作昌果・双葉文庫。全員集合を手がけたTBSのプロデューサーが、当時の裏話を紹介している。尻切れトンボのきらいはあるが、なかなかに興味深い。特にいかりや長介が人格者でもなんでもなく、売れて来るにつれて態度が大きくなり、俗物化していって、周囲とどんどん軋轢を生むようになったというあたりは、なかなかに興味深い。


2004.04.05
取材2。
取材で歌舞伎町に行ったので、久しぶりに寿司「すがわら」に行く。刺身と寿司を食う(当たり前か)。酒もたらふく飲む。あんまり飲むなと今朝医者に言われたばかりだというのに飲む。
一人で行ったのでそんなに場持ちがせず、寿司の折り詰めと稲荷の折り詰め、マグロのフレーク(ふりかけ)、酒の飲み残しをお土産にして早めに切り上げる。
これだけのお土産を持って電車を乗り継ぐと、途中で袋が破れたりしないか、万一破れたら寿司やら酒やらをぶちまけることになるので、新装なった東京メトロは大迷惑だろうなあと心配になる。だったらタクシーで帰れよと言われそうだが、そんなぜいたくは許されないのが父ちゃんなのであった。とほほのほ。でも、旨かったよ、お寿司。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.04.04
子供部屋用にとチェストを買いに行く。シンプルで長く使えるやつがいい。ところがユニーは改装のため休業で、島忠はろくでもないものを高く売っていた。結局買わずに帰った。
ネットで見たら、価格は千差万別。家具って、そうそう見比べて買わないから、買い方が難しいよなあ。以前、お台場の大塚家具にいったら、数百万円という家具が当たり前のように並んでいてびっくり。400万円の棚なんていうものを見た後では、50万円のチェストが安く感じられてしまう。よくよく考えれば5万円のでも十分なのにね。あれは恐ろしい経験だったので、もう二度と行かない。結局子供部屋のチェストは、来週にでもまたどこかの家具屋でものぞくつもりである。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「言いまつがい」東京糸井重里事務所。松たか子を、高まつ子と言ってしまったり、そうした言いまちがいばかりを集めた本。すげえおかしい。げらげら笑いながら読んでいたので、妻が「なになに?」と聞くから、口にして教えてあげようと思ったら、笑いすぎて言葉にならなかった。言いまちがいだから、音読するとおかしさが倍増なのである。それはともかく、こういう素人の投稿を集めて一稼ぎするのって、万流コピー塾に始まる糸井重里商法の典型で、それを思うとけっこう気分が悪かったりする。


2004.04.03
娘は妻に任せ、息子と二人で出かける。行き先は船橋のアンデルセン公園だ。汗ばむほどのいい天気である。
公園では息子は何十とあるフィールドアスレチックで大暴れ。父ちゃんはぜえぜえひいひい言いながら、必死で後を追いかけては、高いところで身動きできなくなった息子を引きずり降ろしたりしていたのだった。
一年前はここで何もできなかった息子なのに、今はいろんな遊びができるようになっている。成長したもんだ。まもなく幼稚園が始まる。嬉しいけど、ちょっと寂しくもある、そんな4月なのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.04.02
打ち合わせ1。
夕刻の打ち合わせを前に、タマダ氏に「終わったら裏のノトに顔を出せ」と呼び出しをくらう。ノトとは能登という飲み屋のことだ。おそるおそる顔を出したら、既に宴会はたいへんな盛り上がり。なぜだかわからんが、他社の新人歓迎会に顔を出すことになってしまったのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.04.01
新年度である。辺境の地・潮見にも会社はあって(内田洋行とか久米設計とかスジャータの会社とか)、駅からはちらほらと新入社員らしき若者が出てきたのだった。俺自身の社会人としての出発の日(確か3月16日)は、どんなだったのだろう。どんな気分だったか、もうすっかり思い出せないな。それでも新宿五丁目の小さなマンションの中にある小さな広告会社に顔を出した時、同期入社の社員がこんにちはと頭を下げてきた、その顔はなぜか今でも覚えている。
昼はマンションのお母さん友達と一緒に、妻と息子が辰巳の森公園で花見。と思ったら、お昼のニュースで辰巳の森で殺人事件が発生という報道。あれま。あとで妻に聞いたら、警察官たちが藪をつついて遺留品の捜査をしているそのわきで、息子たちは枝で藪をつついて遊んでいたらしい。お母さんたちは「おじさんたちは遊んでるんじゃないんだよ」と止めるのに必死だったそうだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ナンバー」最近はテキストがグラフィックに負けているね。偉大なるワンパターン雑誌になってきた。


2004.03.31
欧州組の中でも結婚したばかりの連中の調子が悪かったのは、嫁さんが怖くてキャバクラに行けなくなったからだとか違うとか。
そのキャバクラについてジーコがあんなに激怒したのは、要するに自分を誘ってくれなかったからだとか違うとか。
それはともかく、入社式で社長が新入社員に向かって「失敗を恐れるな。同じ失敗は繰り返すな」といった訓示を垂れている今日この頃でございますが、実は神様は同じ失敗を繰り返しちゃったのです。同じ失敗を繰り返す奴のことを、普通、進歩がないとか学習能力がないとか無能とか言うのであります。
ああ、言っちゃったよ、オレ。無能って。神様のことを。だって神様ってば、前監督以下なんですもの。つまりサル以下。
シンガポールにへろへろの2-1。勝ち点3が取れて良かったですな。では、この試合の笑いどころをいくつか。
まずは、さらば柳沢。こやつ、ずいぶんと情けなくなりましたなあ。ホールを持ってゴールに向かわなくなりました。同じ状況で大久保なら思い切りぶちかましていたでありましょう。わたくし、何度も激怒いたしました。同じ意味で、そのボール、平山なら決めてるぞ、たこ、と高原にも激怒しましたが。
俊介。こやつ、妙に格好つけてきれいに決めようとしすぎですな。下手くそぶりに磨きがかかったというのに、格好ばかり気にしております。
サントス。三都って、京都・大阪・奈良? 神戸? どうでもいいけど、三つの都の主のわりには、相変わらずハラハラものの守備でした。こいつの後ろにボールが行くと、シンガポールが相手でも両手で顔を覆いたくなるような怖さでした。なぜこんなのを使い続けるのでしょう、神様は。
そして、最大の笑いどころはその神様であります。柳沢と中村の調子が最悪だというのは、テレビで見ている素人にも明らかなのに、後半もだいぶ過ぎるまで代えようとしませんでした。そういうのを無策と言います。
やっと代えたと思ったら、藤田はいいとして、鈴木であります。わたくし、ずっこけました。こういう状況では、ドリブルで自ら突っかかっていく選手が必要だというのに、口を開けて待っているタイプの鈴木です。わたくしも口を開けてしまいましたが。あんぐりと。
しかも例によって同じポジションの選手をただ入れ替えただけ。交代によって戦術を変えたり状況を打破したりするわけでもなし。これは神様のいつものクセですが。
3枚目のカードを切るときも、セルジオも言ってるように小野と稲本が疲労困憊しているというのに、やはり同じポジションの高原と玉田の交代でありました。さすがに中田は下がり気味でボランチのお手伝いをしていましたが、ここは稲本と交代して中田を後ろに下げ、高原と鈴木のこぼれ球を2列目から狙えるタイプの選手を入れるべきでしょう。なのに神様ってば、ここでもやはり同じポジションの選手交代で高原と玉田を入れ替えただけでした。
結果として出来上がったのが、鈴木と玉田のツートップ。なんだこりゃ? わたくし、テレビ前で思わずつぶやいてしまいました。なんとも不思議なツートップで、えーと、コンビネーション不足が問題視されているチームにあって、コンビネーション以前の不思議な前線が完成してしまったのであります。いやはや、なんとも不思議なチームの出来上がり。
ま、最後になってようやく国内組の藤田に救われたわけですが、神様の失敗ぶりは、もはや目も当てられないものとなりました。二度あることは三度ある。きっと次も同じ失敗をすることでしょう。
試合前の記者会見で神様は現地のメディアから「なぜそんなに不機嫌そうな顔をしているのだ?」と突っ込まれたそうです。頭もずいぶんと薄くなった、こんな陰気な監督のもとで毎度同じ言い訳を聞かされる我々のほうがよほど不機嫌ちゃんです。
それにしても格下相手に勝って当然の試合で苦戦し、フラストレーションたまりまくり。なるほど、フランスやブラジルの国民というのは、毎回こんな思いをしているわけか。あんまり強くなるのも考えものだなあ。そんなくだらんことまで考えてしまった春の宵でありました。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊朝日」


2004.03.30
原稿。
今週は基本的にヒマである。そこで例年の通り、家族で花見ドライブに出かけた。年末にはイルミネーションドライブ、春には花見ドライブというのが我が家の定番行事なのである。
今にも降り出しそうな曇天なので、遠出は避けて近場に決定。まずは辰巳の森公園の桜のトンネルを歩く。案外見事な穴場なのだ、ここは。続いてお台場のビッグサイトの裏手の公園へ行く。しかしうまく場所が見つけられず、失敗。そのままレインボーブリッジを渡ってお台場公園を見下ろそうかと思ったが、うまく見えず失敗。
なかなかうまく行かないので、再び地元方面に戻って佃島へ。大川端の桜並木を見ようと思ったのだ。ところが車を停めた小さな公園の遊具で息子が遊びはじめてしまって足止め。実はこの佃島の公園というのは、時間がぱったりと止まっている奇跡のような公園で、いつまでもいたくなるような心地よさに満ちている。ここの桜を眺めながら、息子を好きなだけ遊ばせたのだった。途中、東京ガスの作業員が話しかけてきたり、近所のおじいちゃんが声をかけてくれたりと、ほのぼの時間だった。
息子はジャングルジムのてっぺんまで登れたことが自慢だったらしく、何度も何度も繰り返していた。
その後、月島の日本海庄屋でランチ。この居酒屋は一度行きたいと思っていた。ランチで偵察がすんだので、今度は夜に一人で潜入してみよう。
帰りは門前仲町の牡丹町公園の桜の木の下で、やはり遊具で遊ぶ。そして枝川小学校の桜並木をくぐって家に帰ったのだった。
格別何をしたというわけでもなく、地味な桜たちを眺めながら息子を公園で遊ばせたという、平日の午後の時間だった。一年一度、この日を過ぎると我が家では春である。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.03.29
原稿。
お知らせです。実は本日NTTの工事とかでBフレッツが止まっちゃって、メール等が送受信とも使えません。夕方までです。お急ぎの方はお電話くださいまし。すんません。
というわけで、メールが使えなかったのだが、なに、実際は午後の早めには回復しておったのじゃ。どーせすぐに終わる工事、サバ読みしていたに違いないて。NTTのやるこた、んなもんさ。
都内で桜が満開のニュース。それらしく、いい陽気の一日。でも風が強くて、もう根性のない花びらははらはらと散り落ちていた。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」「週刊現代」「日経ビジネス」


2004.03.28
引き続き、我が家の二人の怪獣と合わせ、大人4人、子供2人でそりゃもう大騒ぎの一日。
夕刻の新幹線で、両親と甥っ子は帰っていった。今度会えるのはゴールデンウィーク。こちらから里帰りである。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.03.27
俺の実家から両親と甥っ子がやって来た。甥っ子がこの春に小学校にはいるので、そのお祝いの旅行である。我が家の二人の怪獣と合わせ、大人4人、子供2人でそりゃもう大騒ぎの一日。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.03.26
取材3、原稿。
汐留の一角へ取材に行く。昔は住宅展示場だったところだ。ずいぶんと様変わりしたものである。もっともあるのはオフィスビルだけで、基本的にはちっとも面白くない。単に仕事する街である。
寒さは今日まで。明日からは暖かくなりそうだ。桜も本番である。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「毎日かあさん」西原理恵子・毎日新聞社。西原理恵子が母親&妻としてどう日常を送っているか、というマンガ。それはいいんだけど、帯にもあるとおり、この連載中に離婚しちゃうんだから、なんなんだか。いずれにせよ、例によって抱腹絶倒なので電車の中では読めません。


2004.03.25
取材1、原稿。
都内某大学の卒業式に行く。時代は変わっても、卒業式に漂う晴れがましさのような空気は同じだ。あちらこちらで写真を撮ったり、後輩に胴上げされたり。スーツ姿の兄ちゃんたちは、中には企業研修が始まっている人も多いだろう、少しばかり社会人としてカッコつけているヤツもいたりして、ほほえましかった。
同じ大学の入学式も見たことがあるが、驚いたのは二階席から見下ろしたら頭の3分の2ほどが茶色だったことだ。高校卒業と同時にブレークして染めちゃうというケースが多いらしい。しかも気合いが入っちゃってるから、過激に染めたりして。それが、卒業式になるとぐっと減って、大人しくなる。やはり就職に備えてのことなのだろうな。
おかげで袴姿に茶髪、というアンバランスな女の子たちが減ってなにより。あれはやはりどう見てもおかしいよ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サッカーマガジン」オリンピック予選特集。ヤマモのインタビューが秀逸。なるほどそうだったのかと感心させられた。「週刊新潮」こちらは長島の二男の記事で出版差し止めを訴えられたんだって。困ったものである。


2004.03.24
取材4、原稿。
やられたよ。俺が一日外出だったので、妻に頼んで息子と娘をかかりつけのあさひクリニックに連れて行ってもらったんだけど、診断の結果は溶連菌感染症なんかじゃなくて、感染性胃腸炎だということだったのだ。つまり平日夜間こどもクリニックの担当医師(服トリという木場の医者だ)の誤診だったのである。
聞けば、感染性胃腸炎には抗生剤は服用させてはならないそうである。なのに平日夜間こどもクリニック指示で抗生剤を処方してもらい、律儀に飲ませちゃったよ。ったく。
「医師はノドを見て言下に溶連菌感染症と断じた」と書いたけど、最近流行しているからと決めつけて、つまり予見を持って、正しい診察を行わなかったのだ、この医者は。えーかげんにせーよ、てなもんである。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.03.23
原稿。
天気予報が真冬並みと伝えた寒い一日。その中を午前、午後、夕刻と息子は元気に飛び出していった。午前は妻と一緒にスーパーへ買い物、午後は妻と一緒にソフトクリームを買うためミニストップへ、夕刻は俺と一緒に自転車で散歩に。日も落ちてきたというのに、今から電車に乗ってトンネルを見る(おそらく地下のこと)と言い出して、ちょっと慌てさせられた。
そんなに元気に過ごしていた息子が、晩ご飯の頃になったらリビングのカーペットに横たわってぐったりしている。遊びすぎて眠くなったか。そう思ったら体が熱い。念のため熱を測ると39度を超えている。顔色はよいのだが、食欲はなく、声に力もない。
急な発熱は危険だ。行きつけのあさひクリニックは既に診療時間を過ぎていたため、区の平日夜間こどもクリニックに駆けつける。8時を回っていた。
娘は妻が抱き、俺が息子を抱えて当番の医師に診せる(ここは区の小児科が持ち回りで夜間の緊急診療を行っているのだ)。医師はノドを見て言下に溶連菌感染症と断じた。最近はやっているらしくて、よく耳にする病気である。ウィルスによって発熱やだるさ、発疹などの症状が起きるのだ。
抗生物質を服用し続けるしか手だてはなく、薬局で処方してもらい、飲ませた。数日で治る見込みなのでさほどの心配はしていないのだが、しかし、子供の熱というのは精神的にもけっこうぐったりくるもので、気持ちが落ち着かない。
ともかく今夜はなんとか乗り切って、明朝、かかりつけのあさひクリニックへ妻に連れて行ってもらうことにする。間が悪く俺は早朝から夜まで一日中外出予定。ともかく妻に頼むしかなく、せめて天気が崩れないよう、気温があまり下がらないよう、念じるだけだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.03.22
取材8、打ち合わせ2。
テロに構えて東京駅は厳戒態勢。警察官がやたらと目につく。 夕刻6時あたりは、通勤ラッシュ、出張帰り、ディズニーランド帰りが重なって、特に混雑がひどく、その分、警備にも張り詰めた雰囲気が漂う。
その中を歩いていたら、構内アナウンスが耳に飛び込んできた。
「イズハラ・テツオくんという6歳の男の子が迷子になっています。心当たりの方は丸の内南口交番までお越しください。繰り返します。イズハラ・テツオくんという」
んがあああ、あのやろ、隠し子がいたのかあ。しらなんだ。下の名前まで動かぬ証拠ではないかあ。
俺の心中に激しい緊張感の漂った一瞬であった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.03.21
朝のニュースで、いかりや長介の死を知る。えっ、とびっくり。せんだって自伝「だめだこりゃ」を読んで、その人柄や生き方みたいなものに感心したばかりだったし。
年を重ねるにつれて、どんどんいい顔になっていった人だったなあ。72歳って、早すぎるだろう。惜しいなあ。というか、寂しいという感じがぴったりくる。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.03.20
サッカー日本代表というのは国民のおもちゃなのだが、ぼちぼちそれを一部のブラジル野郎と権力ボケじじいから奪い返さなければならない。
A代表を選ぶに際して無断外出キャバクラ遊びの8人を外したというのだ、あのブラジル野郎は。それを全面的に支持するというのだ、あの権力ボケじじいは。
えーと、A代表というのは国のサッカーを代表して闘うのであり、その選考基準は「勝つために必要か不必要か」だけではないのかな。キャバクラに行ったかどうかではないと思うがね。そもそもボールに唾を吐きかけるよりもキャバクラに行く方がサッカー選手として問題がある、ということなのかな。あるいは、キャバクラ行く選手は悪くて、リオのカーニバルを見るためにクニへ帰る監督は悪くないというのかね。
おらあ久しぶりにマジでむかついたよ。
この件で決定的にあのブラジル野郎にたてつくことにしたね。おまえ、クビ。
メディアも情けなくて、処分されるのは当然、という論調ばかり。ことサッカーに関してだけはまともな目を持っていた日経でさえ、てめえのところの会長問題を棚に上げて、処分も当然と論じておる。バカめ。もとはと言えばおめんとこの社内恋愛のせいで、今、文春は大迷惑してる。とっとと菓子折持って謝ってこい。
一番まともなことを書いていたのがタコの朝日新聞で「モチベーションを下げた原因が監督にあるのは明らかなのに、監督はそれに対する謝罪をしていないのは、おかしいではないか」と書いていた。うむ、よろしい。普段はタコだがこれに限ってはよろしい。
ああ、それにしても気分が悪い。次はマレーシアか。勝つわけだが、いっそのこと負けちまえってんだ。ジーコ、いらん。川淵、いらん。
などということは別にして、妻の実家で過ごす。雪が凄くてびっくりだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「東京人」どうということのない雑誌だなあ。どうでもいいようなことを、よくもこれだけ思い入れたっぷりに表現できるものだと、いつも感心。とゆーか、疲れる。


2004.03.19
打ち合わせ1、原稿。
昨日は暖かかったのに今日は肌寒い。まったく困ったものである。何を着ても、結局合わなくて、体がぐったりしてしまう。トシか。トシなのかもしれないなあ。
秋葉原駅前にはいつの間にかドでかいビルが建っていた。IT関連の拠点になるというウワサのビルか。秋葉原という街は、その流入人口の多さに比して、飲食店などのインフラ施設が圧倒的に不足しているという極めていびつな構造をしている。そこにこのようなものができるのは、さらにいびつさに拍車を掛けるようで、ますますアジアンワールド化するような気がする。
明日は何かのタイトルの発売日なのか?ドラクエ「天空の花嫁」か?なんだかわからないが、ヲタらしき青年数名が夕刻にして既に行列を作っていた。何を考えているんだ。
もっとも「ドラクエ」ついでに話を広げれば、おれも一時はハマって、IIIあたりはけっこうヲタ化していた。最後のほうは、日曜の朝8時から夜11時までぶっ通しだったものなあ。
話を戻して秋葉原だが、最近は限りなくロリ系に近くなっていて、アニメ屋やらフィギュア屋やらが軒を並べている。現在工事中の新常磐線(だっけ?)が開通したら、茨城、栃木といった北関東のヤンキーの入ったヲタたちが群れをなして来襲するだろうから、ま、恐ろしいというか、世紀末な話である。って、世紀末はとっくに過ぎたけど。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「彼らの夏、ぼくらの声」山際淳司・角川文庫。今読むとさすがに古さを感じてしまう。沢木耕太郎にはなれなかったというのは言い過ぎか。ノンフィクションの場合、取材対象が面白いのか、筆が優れているのか、という論は常につきまとう。この作品集に限って言えば、この作家は前者のタイプだったのではないか、と思わずにはいられない。


2004.03.18
取材1、打ち合わせ1、原稿。
レバノンはバーレーンに片八百長の話を持ちかけたが、あっさりと鼻であしらわれたために逆に奮発し、つい普段以上の力を出してしまったとか、違うとか。バーレーンに負けてすっかりやる気のなくなったUAEは、後は秋葉原で電気製品を買うことだけが楽しみで、夜更かしして何を買おうかと考えていたために、すっかり睡眠不足だったとか、違うとか。
ともかく大久保が驚異的な体のキレを見せ、平山がずっこけ、山本のおっさんが泣きべそして、アテネが決まったのだった。それにしても、繰り返しになるけれど、大久保すごかったね。3点目の取り方など、尋常じゃないよね。尋常じゃなきゃ何なのだと思うけど、凄かったね。シドニーで高原が見せたパフォーマンス以来の「強さ」だった。
ともかく前を向いて、オラオラ、ぶっとばしちゃるで、という姿勢がよろしい。田中達也の、ならばオラも行こうかな、老け顔でもやるときゃやるよ、という思い切りもよろしい。
こいつらがAに昇格して、つまり、高原に柳沢に、大久保に田中に、平山にとタレントがそろって、うーむ、フォワードで誰を選ぼうかと悩むなんて、日本もえらいことになりそうだぞ。俺なら今日のスリートップパターンで、高原、大久保、柳沢を使うね、って使えないだろ、俺には。
こりゃあドイツが楽しみになってきた。はっ、いけない、肝心の監督問題が未解決だった。ジーコよりヤマモ。これが今日の結論だな。
それはともかく、オリンピックチームはいったん解散。別れぎわ、ヤマモは選手たちに「アテネで会ってね」と言ったとか、言わなかったとか。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」「ダカーポ」


2004.03.17
打ち合わせ1、原稿。
「週刊文春」田中真紀子が出版差し止めを提訴し、心底驚いたことにそれが通っちゃって出版できなくなったと夜中のニュースで知り、そんなこと言ったって既に大方は出荷済みだから絶対に手にはいるだろうと朝イチでミニストップに行ったらちゃんと売ってたのであった。
問題の記事を一読、なぜこんなものが出版禁止になるのか、さっぱりわからん。この程度で出版禁止なら、日本のジャーナリズム(笑)、いやメディアは何も扱えなくなるだろう。田中真紀子も、えらいことをしてくれたもんだ。ま、一番のバカは裁判官だが。
それはともかく、もうこのネタは書いてもいいだろうと思って書くのだが、問題の記事の主人公である田中真紀子の長女とは、実は数年前までよく一緒に仕事していた。
顔はお母さんにそっくりだが、性格はまったく違って大人しくいつもニコニコ、声もまったく似ていなかった。あのお母さんにこの娘さんか、とつくづく不思議に思っていたものだった。むしろおじいさんのいいところをすっかり受け継いだ人格者、ということなのかもしれないな。
週刊文春の記事は、この娘さんが離婚したという、ただそれだけのもの。深い事情も何もない。なんでこんな記事が差し止めなのか、そもそも記事にするほどのバリューすらないと思うがなあ。読みたい人がいたらファクスしますけど。同じ号に載っている、林真理子をヨイショする自社本宣伝記事のほうが、よほど醜悪で恥知らずで、発禁ものだと思うぞ。
てなわけで、あとは「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.03.16
原稿。
キレがいいとは聞いていたが、いやあ、びっくりしたね、大久保。持ち味の動物的な突破にはシビレたざんすよ。消える動きも上手になってきたし、このまま伸びてって欲しいものだ。
それはいいんだけど、1点リードでこのままじゃやばいなあと思った刹那の同点ゴール。だーからイワン凝っちゃ内、ってATOKのバカ。結果的に大久保のヘッドが日本を救ったことになるわけだが、本来なら5-0で勝たなきゃいかん相手だろ。
それにしても、こんなふうに盛り上がれるのが予選のいいところ。やっぱり国際試合はこうでなくちゃね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「家族狩り 第二部」天童荒太・新潮文庫。月刊で続き物を出版するのはやめてほしいよ、まったく。まとめて出してくれないと、待てませんてば。なので興味がおありの方には、全部の出版が終わってからまとめて手にされることをおすすめします。


2004.03.15
取材1、打ち合わせ1、原稿。
取材であるお宅を訪問する。世田谷のマンション。入ってびっくり、リビングだけでも我が家の全部を合わせて駐車場を足したよりも広い。ウチなんかこのリビングに一家四人、しかも仕事までしちゃってるんだぜと、変な具合に自慢に思ったりした。
夜、高橋尚子がオリンピックに落ちたというので、緊急生中継に新聞は号外、NHK7時のニュースもトップ扱い。いっくらなんでもおかしいんじゃないの?
「AERA」今日は新聞休刊日。


2004.03.14
幼稚園への入園準備の時間を妻に用意するために、午前中から息子を連れだして、二人で出かける。目的地は決めない。どこへ行きたいかと聞いたら「電車に乗りたい」というのでとりあえず駅で切符を買って乗り込んだ。
東京駅について、そうだ、動物園に行こうと思い立ち、山手線に乗り換えて上野へ。穏やかな春の日、上野動物園はけっこうな人出だった。
なんの計画も予定もなく出かけてきたので、行き当たりばったり、ゾウを見よう、ペンギンもいい、あそこにタヌキが、キリンもいるぞ、と息子と二人で相談しながら見て回る。途中、腹が減ったらフランクフルトにたこ焼き。ヤギのコーナーでは、飼料やりも体験できた。
お約束のパンダも見て、モノレールにも乗り、「お母さんと野乃花におみやげを買おう」という息子の提案で、ホワイトデーがわりの動物園グッズを購入。さて、遅い昼ご飯でも食べるかと動物園を出て、上野の街をふらふらと歩き、アメ横の中の飲み屋に昼間っから入る。
明るいうちから息子を連れて飲み屋に入るロクデナシ父ちゃんなのだが、実はこれが案外楽しい。息子はジュース、二人で相談してつまみを取っては、ぼそぼそと食べ、他愛のないことをしゃべったりする。俺にとっては宝物のような時間だ。
ほどよく酔っぱらって店を出たら、息子がもぞもぞ。ん?と思ったら案の定、うんちをしていた。そのままかつぎあげて駅前の丸井に乱入し、トイレでおしめを取り替えてやる。
家に帰ったらもう5時。息子は妻に「キリンがいた、サルが喧嘩していた、パンダもいた」と説明していた。そういうことができるようになったのだな。
せっかくの休日、妻に晩ご飯をさせるのは申し訳ないので、そのままの勢いで家族で地元の飲み屋に突入。ばくばく食って、けっこう酔っぱらって帰ってくる。
息子を風呂に入れるのは妻に任せて、こちらはそのまま横になり、酔ったままオリンピック予選のバーレーン戦を見る。しかし、疲れと酒でついウトウト。体調が悪い連中を出してなぜ大久保を使わないのか山本オタンコナスとか、バーレーンに一点入れられて負けちゃったとか、そんな夢を見たような気がする。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」


2004.03.13
原稿。
久しぶりにお好み焼きでも食うかということになり、昼に一家で月島まで出かける。もんじゃばかりの街だが、それでもお好み焼きは食えるのだ。
でも、幼児と乳児を連れてのお好み焼きは大騒ぎで、焼けたからすぐ食え、熱くないから大丈夫だ、手を出すと焼けるぞ、ジュースこぼすなと、いやもう大変。あげくに娘が飲食店にあるまじきことにうんちまでしちゃったものだから、あわてて退散。旨いんだか、どうなんだかも、よく分からなかった。
確かなことは、くず野菜とくず肉と粉をまぜただけのものが1000円以上もするなんてとんでもない暴利の食い物だ、お好み焼きは、ということであった。ま、濃い食い物だから、しばらくはいいや。
だもんでぐったり疲れて帰って、アルビレックスのJ1昇格初試合を見ていたら、ついウトウトしてしまったよ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.03.12
原稿。
東京駅の階段で、スペイン人が数人固まってなにやら喚いていた。鬱陶しいったらありゃしない。
中の一人のおばちゃんがいきなり俺に「えくすきゅーずみー」とヘタクソな英語で話しかけてくる。なんだなんだスペインおばば。上を指さして「まーるのうち・らいん?」と聞いてきた。
アホか。丸の内線は地下鉄だろが。地下鉄というぐらいだから地下を走ってるに決まってる。スペインの学校ではそんなことも教えないのか。というような意味を込めて鋭く「だうんすてあーずっ」と一言で答える。
その答えにショックを受けたか、スペイン人どもはわらわらと額を付き合わせてなにやら相談し、がっくりと肩を落として階段を下り始めた。
気落ちするんじゃないよ、スペイン人。ここは東京、スペインあたりと勝手が違うのもしょうがない。間違えても大丈夫。日はまた昇る。そのような意味を込めて再び鋭く「たーん・つ・れふと」と教えてやる。
夕暮れ時のささやかな草の根国際交流であった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.03.11
打ち合わせ1、原稿。
俺の利用する京葉線は、いつでもディズニーランド行きの客で大にぎわいなのだが、ここ二、三日は特に混雑がひどくなってきた。主役は中学生らしい女の子たちである。
ひょっとして中学校はもう実質的な春休みに突入したのだろうか。まあ、楽しい春休みを過ごすのはよいのだが、電車の中、駅の中で、ぴーちくぱーちくうるさいのには閉口する。などと言ってると、すっかりオヂだね、俺は。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「文藝春秋」久しぶりに面白かった。日経会長に対する告発、中村修二への疑問、格闘技業界の裏話など。あとは平成30大事件の目撃者という特集が良かったな。芥川賞のはしゃぎぶりが続いているのがかなり鬱陶しいが、ま、今月号は買いである。


2004.03.10
取材3、打ち合わせ1、原稿。
どうやら子供には、大人の見えないものが見えるらしい。
息子は乳児の頃、時々天井や壁の一角をじっと見つめていることがあった。同じマンションのあるお母さんは、双子ちゃんがそろって壁に向かって手を振っているのを目撃したという。「さすがにゾッとした」らしい。
今我が家では娘が時々そんな素振りを見せる。台所がお気に入りの場所なのだが、泣いているときでも台所に連れて行くと、急に黙って上の方を凝視してたりするのだ。
俺の田舎では「水神様」といって、台所には家を守る神様が住み着いているとされている。実際、実家の台所には神棚が置いてあった。
娘が台所で凝視しているのも、きっと我が家を守ってくれる「水神様」がそこにいるからなのだろう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「噂の真相」最終号。惜しまれつつ廃刊する、というより時代の流れの中で役目を終えたということなのだろう。俺自身はあまり惜しくない。ただ、20年以上に渡って一冊も書かさずに毎月買ってきた雑誌だから、なにがしかの感慨はあるけどね。


2004.03.09
取材1、打ち合わせ1、原稿。
茨城県の佐貫というところへ取材に行く。早起きして随分遠くまで行ったつもりだが、よく考えれば東京の通勤圏で、ここから都心へ通っている人などいくらでもいる。俺の叔父も確かこの近くだったはずだ。
ま、通勤圏とは言え、やはりそこは茨城。駅前には何もなく、駅を離れても何もなく、北関東ならではのうすら寂しい中途半端な田園が広がるのであった。
北関東といえば名物はジャージ姿のヤンキーである。時間はたっぷりあるのに他にすることがない若い欲望が、一気にクルマに向かってしまうという、ヤンキーたちである。
今年の春、そうした北関東のヤンキーたちの姿をビビッドに(だかなんだか知らないが)描いた映画「下妻物語」が公開される。ちと気になっているので見てみようかなと思ってるのだが、その前に原作をと思い、本日本屋で手にしたけど、うーむ、ちとためらうものがあったなあ。いずれ気を取り直して挑戦してみるかなあ。
話は戻って佐貫である。午後の佐貫駅のホームでは、作業着姿の痩せたおっさんが携帯でぼそぼそとしゃべっていた。推定48歳。聞くともなしに聞いていると「俺、条件厳しいんだよ」「5つで150万あるんだよ」「そっちもオンラインでもう調べがついてるんでしょ」という言葉が飛び込んできた。
なるほど、サラ金の整理屋への相談か、あるいは別の一段沈んだ店への申込か。こういう会話がとろんとした午後の空気の中を流れるあたりが、ま、北関東なのだな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「家族狩り 第一部」天童荒太・新潮文庫。「永遠の仔」の作者の新作。それはいいんだけど、キングの物まねで(本書のあとがきで作者自らがそう白状してる)毎月一冊刊行の五部作ということで、うーん、こういう刊行形式は辞めて欲しいなあと全部揃うまで手は出さないと思っていたのだが、結局買ってしまった。で、その第一部。この作者らしい、ま、シビアな家族物語だな。「永遠の仔」に感じるものがあった方には、おすすめです。


2004.03.08
原稿。
「You are what you eat」という格言があるそうな。「あなたは、何を食ったかによる」という意味だ。ま、食べ物には気を配ろうという感じか。
でも、これをうまく訳そうとすると、案外難しい。直訳して「あんたは食い物だ」とすると別の意味になっちゃうし。「あんたは、食い物次第だ」というのもヘンだし。なかなか上手に訳せなくて、うーん、と首をひねってるわたくしは英文科卒業。しかも5年がかり。
関係ないけど、「日経エレクトロニクス」の購読を中止した。面白い雑誌なんだけど、今はなかなか読む時間が取れなくて。ちょっと一休みして、また落ち着いたら講読しよう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」携帯を契約して、すぐに解約すれば、手元にはごくわずかな元手で高性能のデジカメが残る。そんな手口が流行しつつあって、キャリアはみんな困っているそうだ。なるほど、そんな手があったか。


2004.03.07
妻の学生時代の友人である秋田さん一家が遊びに来る。ご主人と俺はまったくの初対面。こういう縁でもなければ絶対に会わなかっただろうなあと思うと、不思議な気分だ。
そのご主人が、うちの息子とたっぷり遊んでくれた。それに甘えて俺は何もせず、あろうことか途中で居眠りしちまったぜい。まったく申し訳ない。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.03.06
原稿。
本来は理論派である松木安太郎が、いざテレビ解説の席に座った途端「さあ、気合いだ」「ここからだ」「集中していこう」と高校野球の監督になっちゃうのは、バンテリンのCMに出てからだとか、違うとか。一方、井原正巳が「ピンチですよお」「いいですよお」「チャンスですよお」「まだありますよお」とまるで女子バレー中継の解説者になってしまうのは、現役時代の何を聞かれても「と思いますけど」で終わる「けど病」を矯正した際の副作用だったとか、違うとか。
BSとテレ朝をカチカチやりながら同じ映像に違うしゃべりがかぶさるのを確かめて、どっちもどっちだけど井原のゆるさよりは松木の滑舌の良さのほうにまだ救いがあるわいとテレ朝を選んだのは、後半も15分を過ぎてからでありました。
てなわけで、昨日のオリンピック最終予選・日本vsうあえ。もう絵に描いたような気分のいいゲームでしたな。悪者の攻めに耐えに耐えて最後に一気呵成。時代劇か昭和のプロレスか。後半40分になってから立て続けの2得点は、まっことアラブのヒゲ野郎どもを黙り込ませるにはこれ以上ない筋書きでありました。
ここのところ緩い、あまりに緩い試合ばかり見せられていた私としては、久々、ジョホールバル以来ではないかというアウェーでの真剣勝負の醍醐味を味わったのでございます。
一点目、高松のごっつぁんゴールは、ごっつぁんされるにも、汗水流してその場所に到達していなければいけないということを、実に分かりやすく教えてくれました。ここが、ユニフォーム汚れるのが嫌だからあまり動きたくないとただ単にゴール辺りに突っ立っていた、かつての武田のごっつぁんゴールとの大きな違いであります。
二点目、田中のミドルは、一生懸命働いた人間にはアラーの神様もご褒美をくださるという、とても有り難い教訓を私たちに与えてくれました。これを機にゾロゾロとスタンドを立って帰り始めたうあえサポーターのバカヤロぶりは、おのれの神様に唾する罰当たり行為でありましょう。
もっともアラブでは金曜日が休日らしいですから、せっかくのお休みにホームでのこんな負け試合を見せられた連中の気持ちも、ま、分からないではないですな。あの後、連中はどうしたんでしょう。イングランドなら酔っぱらって暴動、ロシアなら日本料理店に放火でしょうが、アラブでは酒は飲めないんでしたったけ? 連中、うっぷんをどこにぶつけたんでしょうか。ガソリンを口に含んで火を吹き、うっぷんをはらしたりしてるかもしれません。
ともかくそんなわけで、望みうる最高の結末となったことに、めでたしめでたし。私は、妻子が寝静まった深夜ということもあって、小声で「よしっ」とつぶやいてコブシを握りしめるという、少年のような恥じらいのガッツポーズをしてしまったのでした。
インタビュー最後に涙ぐむあたりは、いいトシこいてイエローものではありましたが、A代表も山本さんにやらせようという声が挙がるのも間違いのないところでしょう。拍手。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.03.05
打ち合わせ4、原稿。
机の上の収納棚には、経理関係の書類をまとめたファイルが立てかけてある。一年一冊で、数えたら全部で十七冊。つまり現在は独立してフリーランスになって十七年目ということになる。
本日は顧問の会計士事務所へ行き、十六回目となる確定申告の書類にハンコを押してきた。そこに記された売上の金額は過去最低のものであった。
まったくもって困ったものである。去年の春夏はほとんど仕事もしなかったし、当然の結果ということかもしれないが。
これを不景気のせいにするのは簡単だし、事実、人に話すときは面倒なので「景気が悪くてね」「デフレがひどいよね」と済ませているのだが、心の中では"要は俺の商品価値が下がったためではないか"と自分に突きつけるようにしている。相対取引の受注産業ゆえ、需要があれば売上は伸びるし、需要がなければ下がるのは自明の理。その真理から目を背けて「不景気だから、今は辛抱ですよ」と逃げたくはないな。
文字通り「春は名のみの」冷たい風を受けて秋葉原の街を歩きながら、そんなふうに思いを巡らせていたのだった。仕事なぞ、いくらでもある。ならば後は自分のバリューを上げるだけだ。さ、今年も頑張ろう。今まで以上に。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」現役教師の声で、現代のバカ親の実態を紹介している。授業参観日に携帯で子供写真を撮ってその場でメールし「パパ、見える?」と電話するバカ母、頼んでもいないのに給食を食ってやってるんだからカネ払えと開き直るバカ、万引きした娘に"お小遣い少なくてごめんね"と泣きながら謝るバカ。まっこと、いまどきの先生にはご同情申し上げる。自分は少なくともそんな親にだけはならないと誓いたい。


2004.03.04
取材1、打ち合わせ2、原稿。
新潟で小学校教諭をしている弟から、昨日の日記を見てのメールが来た。
「僻地の小学校は大変です。今日も1日中雪模様。体育館でストーブで暖を取りながら6年生の卒業を祝う会をやってました。今日1日で新たに20cmほどの積雪がありました。寒い、寒い。」とのことであった。
それでも新潟は間もなく春だ。冬が厳しい分、春の訪れは心から嬉しい。大地全体からほんのりと蒸気が立ち上るような、そんな日ももうすぐだ。
弟のところでは長男が中学に、三男が小学校に入る。我が家では息子が4月から幼稚園だ。いろんなことが始まる、大きな春だ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「スローカーブをもう一球」山際淳司・角川文庫。社会人に成り立ての頃、よくこの人の本を読んだものだった。これは代表作だろう。デビュー作「江夏の21球」も20年ぶりに読み返してみたことになる。発表当時の、ちょっとしたセンセーションは、今読んでもなるほどなあと思わせるものだ。既に故人。惜しい人だったなあ。


2004.03.03
原稿。
娘の初節句。俺の両親が雛飾りを送ってくれ、妻の両親がお祝いに駆けつけてくれて、賑やかにお祝いしたのだった。妻は前夜遅く、今朝早く、頑張って豪華なご馳走を用意してくれた。息子も、わけわからないながらに一生懸命に手伝っていた。娘は幸せ者である。
夜、新潟の弟からメール。凍結した道で、危うく事故に巻き込まれるところだったという。山奥の僻地の小学校まで毎日車で通っているので、冬場はとても危険だ。十分気をつけても、巻き込まれることもあるわけで。ともかく無事で何よりだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ウィークリー・ヨミウリ」肥満特集。けっこう鋭く、正しい記事だった。


2004.03.02
原稿。
あまりの寒さに、一気に冬が戻ったかのよう。そんな冷たいわたくしの心を温かくしてくれたのが、顧問会計士からの還付金の連絡であった。
元来が自分のカネゆえ、戻っても別に儲けたわけではないのだが、フリーランスにとってはボーナス感覚の喜びなのである。
だが、なぜ戻ったのかの理由を聞いて、わたくしの心は真冬に逆戻り。つまりそれは、売上激減、年収激減、貧乏暮らし、最低のどん底というわけなのであった。とほほほ。早く春にならないかなあ。切実に。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.03.01
打ち合わせ2、原稿。
寒い中、月例の糖尿病検査の結果を聞きに行く。合格。たいへんによい結果が出て、気分がいい。続けて一緒に、娘の三種混合予防接種と6カ月検診もやっちゃう。丹後家丸ごと、お世話になっちゃうのだ。
午後からは、雪。三月になってやっと春を迎えたというその日に、である。本当に寒かったなあ。
日本橋の交差点で、偶然、いさわしとすれ違う。コートも着ないで、にこやかに手を挙げて歩いていった。今度飲みに行こうね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」代表の選手の酔っ払い騒動を読んでみたが、よーするに何が問題なのか、さっぱりわからん記事だった。単に飲みにいって、大騒ぎして、11時に帰ったというだけの話。便乗して「自覚が足りない」と腐れコメントを寄せている玉木というスポーツライターはもともと腐ってる奴だから放っておいてよろしい。ま、一番笑ったのが、料金16万円が全部小笠原のツケになっちゃったということだな。ますます嫁さんに怒られたに違いない小笠原(笑)。


2004.02.29
原稿。
サッカーネタで大笑いの二題。
ジーコの補佐役というか選手とのパイプ役というか、ともかくそんなどうしようもないポジションができることになったそうな。考えたのは例によって労害・川淵。なんなんだよパイプ役って。
しかも、やっぱりそうかの人選で、柱谷か井原かといったあたりらしい。いかにも労害じじいの考えそうなことだ。いいかげんドーハ組はすっこんでろ。
高校の部活に社会人となったOBが顔を出して偉そうに口出しするのって、一番モチベーションの下がるパターンだと思うんだけどなあ。いかにも昭和の体育会上がりが考えそうなやり方だ。労害・川淵は即刻引退せよ。晩節を汚すって言葉がこれほど似合うとっつぁんも珍しいぜ。もちろん一緒にジーコもクビだけど。
それから今朝のニュースが、先の合宿中に選手がキャバクラで大騒ぎしたというもの。
若くて、体力があって、カネ持ってて、出張に来たんだもの、そりゃサケぐらい飲むって。キャバクラったって鹿嶋のことだから他に店もなかったんだろ。別に犯罪でもなんでもないんだから、放っておけよなあ(この店は、ちゃんとカネ払って飲んだ客のことがばれちゃうなんて、店として失格だね)。
興味深かったのがメンツで、久保、奥、小笠原、山田、大久保、茂庭、都築と、山田以外は半レギュラーの面々ばかり。相当にうっぷんがたまっていたんだろうなあ。欧州組の悪口をサカナにかなり荒れたのではないかと想像できる酒席である。うーん、そのときの会話、聞いてみたかったなあ。 しかし、ネクラな小笠原、いかにもムッツリスケベの風情で座ってたと思うよ。それがこんなふうに新聞に書かれちゃったものだから、嫁さんに今頃つるし上げられちゃってんだろうね。あの顔で。ひー、おっかしー。
てなことは別として、冬も今日で終わり。大きな風邪もなく、ともかくよかった。二月は逃げていくというが、確かに今月は過ぎるのが速かった。二月最後の夕焼けはとてもきれいで、日曜日が穏やかに暮れていった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ダイヤモンド・ザイ」株の雑誌。先月、日経新聞で年収1億数千万のデイトレーダーが出ていて、そんなに儲かるのかってびっくり。家でパソコン見ながらネットで株の売買するだけなのに。こりゃあ、無茶苦茶うまい話ですぜ旦那と独り言を呟きながら、俺も研究しようとこんな雑誌を買ってみたわけだ。でわかったことと言えば、儲かるかもしれないし損するかもしれないし、ということである。投機であるのは間違いないね。アメリカでデイトレーダーとして儲かっているのは10人に1人らしい。つまり9人が損して1人が儲かるようにできてるってことだろう。宝くじを買うよりは確率は高いが、地道に汗水垂らして働いた方がなんぼかマシというのが俺の結論。金持ちの道楽だね、デイトレーディングは。


2004.02.28
昼、久しぶりに東陽町の宝家へ家族で行く。こく普通の町のラーメン屋だが、大好きな店の一つだ。ここのタンメンと手作り餃子は絶品。さらにオリジナル料理のマンボも、一口食べたら忘れられない味だ。
店の人たち(家族経営)もとても気持ちよくて、妻がラーメンを食べるときは娘を抱っこしてあやしてくれたりしてた。もっと足を運びたい店だけど、なにしろ食事制限の身。せいぜい数カ月に一度がやつとだろうなあ。
夕方、薬屋のサカイさんが訪ねてくる。しばし病気話で盛り上がる。体にいい食べ物、悪い食べ物、いろいろと情報交換だ。牛乳については、昔から危険性を指摘していたのはサカイさんだった。今になって、確かに彼の言うとおりだなあということがよくわかったのだった。牛乳は、あまり飲み過ぎると体によくないのだよ、確かに。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.02.27
取材1、打ち合わせ2、原稿。
451万人の個人情報が流出して、その数字の大きさは確かに耳目を集めるが、じゃあ1人の個人情報なら流出しても構わないかと言えば当然そんなことはないわけで、本質的な問題は数字の大きさにはないのだよ、メディアのみなさま。こんなのは誰がどう考えても内部の仕業に決まってるのであって、もともと目障りな深紅の落下傘部隊を街中の至るところに放置し、老人だろうが未成年者だろうが名簿が取れりゃ誰でもかまわんとばかりに3万円見当のモデムをばらまいて「戦略でございます」とシレッとしているような企業体質だもの、わずかの金で他人の名簿を売り流すような輩がいるのもさもありなん。こんなインチキ会社が大手を振ってまかり通っていること自体、おかしな話なのではないか。俺なんかとっとと潰れてしまえと思うがね、アホーBB。
一方で、世間の常識知らずを露呈した恥知らずが、もとは鐘ヶ淵にあった紡績会社。借金で首が回らなくなった一家がマンションを売って返済に充てようと考え、うまい具合に高く買ってくれる相手が見つかったというのに土壇場になって惜しくなり、話をチャラにしてくれと申し入れた。あげくにそのマンションを息子名義に書き換えて渡し、自分はほれこの通り裸一貫からやり直しますからなんとか助けてください、お上もお情けをかけてください、と開き直ったわけだ。当然そんな話が通用するわけもなく、非難囂々集中砲火を浴びたわけだが、その言い訳が、いやあ、キツイ女房が反対しちゃってね、説得できなくてね、えへへ、というのだから当然火に油。従業員は可哀想だが、しかしアホ労組を放置しておいたという点では同情の余地はないかもしれん。こうなったらいっそのこと労組に経営してもらえばいいじゃんと思ったね、俺は。
などということを考えつつ浅田次郎の小説を読みながら(器用だね俺も)、丸ビルで人を待っていたら、夜中に突然電話が鳴ったというシーンで偶然にも俺の携帯も鳴って、ちょっとびっくり。シンクロニシティってやつかね、こりゃ。いわゆる同時化現象。ほら、よくあるじゃん、友人のうわさ話をしていたら偶然にも当の本人から電話がかかってきたとか、ある問題について考えていたら立ち読みした本で偶然にその解答を見つけたとかさ。だからどうしたというオチも何もなく、ただそれだけのことなのだけれど。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」そのカネボウに対して花王の社長が正面切って「常識知らず」と激怒している。
「姫椿」浅田次郎・文春文庫。いやもう泣ける泣ける。短編集なんだけど、最後の話なんて泣ける泣ける。さすが名手の、名人技だな。


2004.02.26
打ち合わせ1、原稿。
東京駅構内の書店「BOOK GARDEN」は、移動中にさっさと本を買うにはとても便利な立地であるが、基本的に本に対して愛情のない店員ばかりであるのと、大きな荷物を持った立ち読み客に閉口させられるので、あまり好きではない。それでも俺の利用回数で言ったら、一番多いのではないだろうか。
日本橋「丸善」は、路面店であることからこちらも気軽に立ち寄れるのだが、店員がプライドが高そうで、しかもビジネス書が大きな顔をしているから、やはりあまり好きではない。
ではどこが好きかというと、池袋の「ジュンク堂」か渋谷の「ブックファースト」といったあたりが上位なのだが、そうそう足を運んでるわけでもない。
やはり一番落ち着けるのは昔からぼちぼちと足を運び続けてきた神保町の「三省堂」ということになるのかな。基本的に神保町界隈は落ち着ける街で、好きだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.02.25
取材1、原稿。
インタビュー相手は、北海道の奥地から3年前に上京してきたというセーネン。東京に来て一番びっくりしたのが、タマネギのまずいことだったという。
北海道で食べていたタマネギは、それはそれは甘く、この上ない旨さだった。なのに東京でタマネギを一口含んだ途端、そのあまりの苦さに腰を抜かしたそうだ。
そうか、東京のタマネギはそんなにまずいのか。もっとも東京で作っているわけではなく、どこかの地方で作られて持ってきてるわけだから、東京のがまずいのではなくて北海道のが格別に旨いのだろうなあ。もろん北海道は食の宝庫だから、それを言っちゃえば何でも旨いに決まってるが。
聞けば、東京の寿司屋よりも北海道の回転寿司のほうが旨いらしい。まあ、寿司なんてのはネタ次第だからそれも当然だよね。
俺が北海道で驚いたのは、喫茶店でカレーを頼んだら、自家製のイクラがサービスで出てきたことだった。カレーとイクラという組み合わせもさることながら、北海道では家で普通にイクラを漬けているのかと、目をぱちくり。5年ほど前、泊村というところでの経験である。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」
「ビタミンF」重松清・新潮文庫。直木賞受賞作。他の著作は一冊だけ読んだことがある(世紀末の隣人、だったかな?)が、その高みから人を見下すようなトーンが気に入らなくて、以来読まなかった作家である。こちらは家族をモチーフにした短編集。上手いのであるが、やはり以前感じたトーンは同じであった。例えば、別れた恋人と泊まったことのあるホテルに妻子を連れて再び泊まって密かに思い出のかけらを探すって、無茶苦茶あざとい設定じゃないの? カネコ・タツヒトの如く、自意識過剰オヤジという臭いがするし。
「バッテリー」あさのあつこ・角川文庫。少年たちの夏休みの物語を書かせたら、たぶんスティーヴン・キングが世界で一番うまいと思う。この本は、夏休みではなくて春休みに少年が一家そろって岡山の片田舎に引っ越していくシーンから始まるのだが、そこで描かれている自然の生命感とか少年の心の不安というものは、とてもうまく表現されていた。けど、それで終わり。キングのように物語が踊り始めることはなく、終わってしまう。オビに釣られてつい買ってしまったが、なんじゃ、こんなもん。


2004.02.24
打ち合わせ1、原稿。
大学のせんせいたちに取材する機会が多い。経験から来る個人的な印象だが、腰の低い人格者のせんせいが4割、残りの6割が薄っぺらに威張り散らしているヤな奴である。こいつは社会的不適応者だ、と呆れるようなせんせいも10人に2人ぐらいの割合でいる。
なんでだろうと思って不思議だったのだが、ある時、気がついた。彼ら、彼女らは、インタビューにやって来た俺のような人間が怖いんだよね。それで虚勢を張っている。
普段、大学という閉じられた世界で、学生や職員という連中ばかりを相手にしている(事実、大学では一番偉いのがせんせいである)から、常に自分が上、自分が見上げられる存在でいることに慣れてしまっている。だから外部からやって来た人間に対面すると、自分を守るために過剰に反応し、それが「ふんぞり返る」という姿勢に表れるのだ。断言しちゃうけどね。
しかも、多くのせんせいが社会音痴で、それを自覚している。経済のせんせいがいかに現実の経済を知らないかというと、それはもう呆れるばかりで。それに対して俺のようなフリーランスは、仕事がなければ食えない、自分の価値に見合ったカネしか払ってもらえない、という現在経済の最前線にいるから、自らの社会音痴を自覚しているせんせいほど、そのコンプレックスの裏返しとして俺に攻撃的になるのであった。
まったく可愛らしいちぇんちぇんいたちである。
って、表層的な見方に過ぎるかなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「人生張ってます―無頼な女たちと語る」中村うさぎ・小学館文庫。岩井志麻子、西原理恵子、斎藤綾子、花井愛子、マツコ・デラックスというそうそうたる面々との対談集。ともかくこいつらの壊れ方というのが筆舌に尽くしがたく、ひたすらあきれるばかりである。マツコ・デラックス(スリーサイズがドラえもんと同じという、女装のオカマ)は、ぼちぼちブレークするキャラだとにらんでいたが、先日テレビで初めて見たところ、まだ遠慮しがちなところがあるようで、ちょっと思惑はずれ。でも、これからに大いに期待の持てるキャラである。


2004.02.23
原稿。
以前、他の掲示板に書いたネタではあるが、大切なことなのでここに再掲。
コンビニのご飯がいかに体に悪いか、ということである。
コンビニで買ってきた弁当かおにぎりの飯粒を、コップの中の水にパラパラと落としてみる。数分たつと、その水面にぷつぷつと油が浮いてくる。しかも、ギョッとするほどの量の油が。
原料の成分を見てもどこにも油とは表記されてはいない。それもそのはず、米粒を炊くときに既に油と塩が大量に混ぜられているからだ。
おかげで、見た目にはつやつやとして旨そうで、口に入れるともちもちとした食感のご飯が出来上がる。同時に大量の油と塩も摂取することになる。
なので、可能な限りコンビニの弁当、おにぎりは口にしてはならない。健康を害するのは間違いない。ただし、それでもコンビニに売っているパンの類よりはまともである。忙しさのあまり、サンドイッチや菓子パンに缶コーヒーという食事ですますのは、愚の骨頂なのだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「ブラックジャックによろしく第8巻」佐藤秀峰・講談社。3巻にわたったガン編の完結編。末期ガンの患者の最後の日々を丁寧に描写しながら、生きることの意味を問いかけてくる。いやあ、泣いたね。これはぼろぼと泣いた。新生児編も泣いたが、これはさらに重かった。時間をおいて二度目に読んでも泣ける。すげえコミックだ。


2004.02.22
東陽町にある寿司屋「すしざんまい」は、築地の同名の店の系列ということもあって、値段の割にはおいしい。我が家でも時々出かけてつまんでいる。夫婦に子供で食べて、4000円ちょいだから、リーズナブルだよね。
ここの注文の仕方は、テーブルの上に置いてある専用の紙に欲しいネタを記入してわたすというシステムだ。気楽に好きなものが好きなだけ頼めるので、なかなかにいいシステムではある。
問題は、システムはいいのだがそれを運営する人間がよくないということであって、必ず間違ったものが届いたり、結局来なかったりする。
先週はエビきゅうを頼んだのにヒモきゅうが来ちゃって、間違ってるよと指摘したらあわてて握り直したのだが、ヒモきゅうの行き所がなくなって結局タダでもらっちゃった。
今日は、「ちらし、頼みましたか?」と聞かれたり、タマゴの乗ったゲタを持って行き先不明でうろうろしてるのをこっだよーとつかまえたり。ちゃんと注文の紙を見て動けば何の問題もないのにね。
それでも安くておいしいからまた行こうっと。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.02.21
俺たち夫婦のくじ運の悪さったら、そりゃもうあなた、情けないの一言に尽きまして。マンションの駐車場も申し込めばハズレの繰り返しで、やっと当たったかと思ったら徒歩で10分もかかる場外駐車場だったりして(当然キャンセル)。
だもんで、NHK「お母さんといっしょ」ファミリーコンサートも、いっくら申し込んでも、親兄弟親戚の名前を勝手に使って申し込んでも、ことごとくハズレ続けたわけさ。
ところが妻の妹が、見事幸運を射止めて、大当たり。しかも前から5番目というスーパーシート。それを我が家にも2人分、おすそわけしてくれたので、我が家は朝から大宮まで出かけて、ソニックシティでファミリーコンサートを楽しんだのでした。
とは言え、2名分だから俺と娘はロビーでお留守番。妻と息子が楽しんだのだった。その後、妻の妹一家と一緒に妻の実家に出かけ、一泊。あたしゃ例によって妻の実家では父ちゃん仕事を放り出して何もしないぐうたら亭主になったのでした。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」「ビッグコミックオリジナル」


2004.02.20
打ち合わせ3、原稿。
久しぶりに秋葉原に立ち寄る。しばらく見ないうちに、けっこう様変わりだった。
俺にとっては聖地であったソフマップMIDI館がなくなっていた。DTMで悩んだときは、ここに寄ればすべて解決したものだった。惜しい。
代わりに入っていたのがアニメ系のソフト屋。これは秋葉原全体のトレンドらしくて、アダルトソフト屋、アニメ屋、中にはフィギュア屋なんていうものも目について、総体的にヲタ化しているのが見て取れた。
そういえば先日火事になったヤマギワ・ソフト館(焼け跡はシートで覆われていた)は、美少女アイドルが好きなヲタたちの聖地となっていたらしい。
街は生き物ゆえ、変わっていくのも仕方なかろう。いささか寂しいものはあるが、しかし、たまに立ち寄る程度の人間にそんな愚痴を聞かせられても、当の街にとってはただうるさいだけかもしれない。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「だめだこりゃ」いかりや長介・新潮文庫。ドリフターズのリーダーの半生記。年を取るほどに魅力が増してきた男の、その秘密の一端が見えたような気になる。この誠実でまっすぐな人柄は、素晴らしいと思った。あとは、父親との交流。チョーさんは、お父さんのことが好きで好きで、大好きだったんだなあというのが、しみじみと伝わってきた。


2004.02.19
取材3、原稿。
インタビューのために横浜ランドマークタワーへ行く。桜木町に降り立つのは、数年ぶり。やはり前回も横浜ランドマークタワーでの取材が目的だったが、相手先は違う会社だった。
何もないところだったのに、ずいぶん変わったねえ、このへんも。横浜に対しては俺もいろいろと言いたいことがあるのだが、それはまたいずれ。
しかし、桜木町あたりでは「みなとみらい線」の開通を今もことのほか大げさにはしゃいでいるようだ。旗とか、いっぱいあったし。これって、オラの村にもバスが来たべ、と言ってるのと大差ないから、相当におかしく感じてしまった。大都会なのにね。
昼飯をと思ったのだが、このあたりの高いランチに金を使うつもりはまったくない。立ち食いソバで十分だと思ったら、ちゃんと桜木町駅に立ち食いソバ屋があったよ。いなり寿司がついて500円。立ち食いソバでも安くはなかったな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「Number」バレーボール選手の体に中田の顔を乗せたら平山のできあがりって、わはは、うまいうまい。
「新潮45」えげつない記事が多いから、気持ちがささくれだってくるんだよなあ、この雑誌。と言いつつ、読む俺であった。猪瀬直樹と櫻井よしこのマジの喧嘩がここを舞台に始まったが、猪瀬、圧倒的に形勢不利。もともとインチキくせえなあと思っていたが、やはり権力志向のインチキ野郎だった。この喧嘩、みものである。
「不思議の果実」沢木耕太郎・文春文庫。相変わらずの短編集。吉永小百合の稿が面白かった。彼女って事務所もなく、すべて個人営業なんだって。仕事を頼むには個人の留守電に要件を吹き込んで折り返しの連絡を待つという段取りらしい。ゴルゴ13か、おまえは。


2004.02.18
原稿。
一次予選、vsオマーン。後半48分(--;)、久保のゴールで1-0。
その瞬間「サイタマの悲劇」という見出しがオマーンの新聞記者の頭に浮かんだとか浮かばなかったとか。放送席に座っていたアナウンサーが「こんなことがあっていいのか」と叫び、オマーンのラモスだか柱谷だか言われている元選手が「気合いが足りない」と怒鳴ったとか怒鳴らなかったとか。
格闘技では弱い選手が強い選手に勝つということは絶対にあり得ないが、サッカーでは格下が格上に勝つことは十分に可能である。そのことを日本のサッカーはアトランタのブラジル戦で学んだというのに、すっかり忘れてしまったに違いない。まさか監督がブラジル人だから、やーな記憶は封印したとでも言うのかいな。
前半30分、俊介のPKをキーパーがさばいた瞬間、このゲームはオマーンのものになった。以後、オマーンの選手たちは明らかに日本よりも豊富に、日本よりも速く走り回り、ゲームに対して献身的だった。決して自陣で貝となるのではなく、力と才能の不足は献身で補えると信じての行動だったのだろう。
ワシらが勝つには、これしかないんじゃあああ。なぜだか広島弁がよく似合うオマーンの選手たちは、そう信じて、これしかないという戦術で駆け回ったのだった。
いいチームだなあ。彼らの姿を見ているうちに、俺は心底そう思った。こんなに若い選手たちが、こんな大観衆のアウェーで、しかも20度の気温差の中でここまで動くのだから、きっと将来は強くなるに違いない。
それにしてもだ。
俊介がPKをはずし、思ったようにゲームが進まない。柳沢や中田の動きが重い。だからといって前半30分過ぎ、負けているわけでもないのにサブの久保、鈴木、小笠原にアップを命じるとは、ジーコ、なんという小心者だ。
スコアは0-0。格下相手にこれでは負けだと自ら白状しているようなものである。相手を調子づかせ、自軍を不安にさせるばかりではないのか。この指揮官に感じていた不安が、また少しばかり大きくなってしまった。
試合が始まる前、俺は息子に「ニッポン、チャチャチャ」を教え込んだ。後半40分、その息子を横に置き、俺は妻に言った。
こりゃあ、交通事故でもないと勝てないぞ。
その言葉通りになったことが、俺はちょっとばかり自慢である。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.02.17
打ち合わせ1、原稿。
「幻の女」と言えば、かのウィリアム・アッシュによるハードボイルドの古典的名作である。殺人犯と疑われた男が、濡れ衣をはらすための唯一の情報を持っている行きずりの女を大都会の中で捜すというストーリーは、実に切迫したものでエキサイティングだった。
そのような名作にあえて挑戦したのかと思わせたのが、日本の若手ハードボイルド作家・香納諒一の「幻の女」。文庫の新刊で見つけ、ほほう、どれどれと手に取り、文庫のくせに940円もすることに驚きながら、買ったのだった。渋谷のブックファーストだった(いい本屋である)。
東京駅から京葉線に乗り、早速ページをめくる。ところがわずか2ページ進んだところ、主人公の弁護士が地下鉄桜田門駅の階段を下りるところで昔の恋人に偶然再会するシーンにぶつかり、うーむ、と首をひねる。どう考えても、この場面が記憶にあるのだ。
おっかしいなあ。香納諒一は、そんなに読んでいないから、そんなわけはないのだけどなあ。別の作品に似ているから勘違いしているのかなあ。
などと思いつつ家に戻り、念のためにとパソコンのファイルをキーワード検索したところ、ああ、なんとやっぱりそうだった、1999年の1月にとっくに読んでいたのだった。
しかも「5年ぶりに再会した昔の恋人が翌日には殺されていて、しかもどうやら名前も何もすべて偽りだったという設定からして魅力的だ。拾い物といったら失礼だか、そんな気分になる作品。読んで損のないおすすめ。ただし登場人物の相関関係がやたら複雑なので要注意。」などというコメントともに、ホームページの読書コーナーにアップまでしてある。やれやれ、情けないことだ。940円、損してしまったわい。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」 「お笑い 男の星座 芸能死闘編」浅草キッド・文春文庫。和田アキ子対YOSHIKIの泥酔マジ切れ対決など、お笑いネタがいっぱいだ。個人的にはガッツ石松の稿が一番面白かったなあ。


2004.02.16
取材2、原稿。
インタビューのために大手町の読売新聞本社へ向かうボルボの車中で、話はデジカメをめぐるものへと進んだ。
「色がいいのはオリンパスだよね」と、ハンドルを握るタカハシ氏。カメラマンの言葉だけに説得力がある。へえ、そうなのかと、すかさず携帯電話にメモする俺。最近は何かあるとすぐにケータイにメモする癖がついた。
「だからハダカを撮るのにいいんだな、うひひひ」と、イラストレーターのコンノ氏。手には買ったばかりのコンパクトカメラ。インタビュー相手の似顔絵を描くという仕事のため、資料作成用に購入したのだ。
「そう、ハダカ、うひひひ」とタカハシ氏。天下の「文藝春秋」に連載ページを持ち、かの立花隆に"知る人ぞ知る名カメラマン"と書かれたこともある当の本人だとは、この言葉からは想像もつかない。
両氏とも脂ぎってるどころか、脂なんぞすっかり乾ききったお年頃。久々に、スタッフも取材先も俺より年上という仕事なのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「王の闇」沢木耕太郎・文春文庫。スポーツノンフィクションが5編。かつてチャンプとして君臨したものたちの姿を丹念に描いてる。どの作品も、人間の愚かさや哀しさ、醜さが浮かび上がってきて、絶品。例えば大場政夫を描いた「ジム」という作品では、最後のわずか1ページ半で作品の表情が驚くほど暗転するという仕掛けがしてある。なるほど、ノンフィクションでこういうことが可能だったのか。


2004.02.15
今まで思い至ることもなかったのだが、乳児を抱えた母親にとって外出は大変な仕事である。一人の手をつなぎ、一人を胸に抱き、さらにベビーカーを持って、ということになると、電車に乗るなんてことはほとんどアクロバットだ。
だもんで、よほど火急の用がないと電車になど乗ることはできず、我が家にはそんな火急の用はないから、最近では妻もほとんど電車に乗らない。つまり都内ではごく当たり前の生活行為である電車に乗るということも、妻にとっては数カ月に一度というイベントになってしまうのだ。それはある意味で大変なストレスを日常的に強いられていることの裏返しでもある。
ということで、久しぶりに電車に乗って出かけようか、どこに行こうか、どこでもいいね、ということになり、各駅停車で10分の新浦安へ行く。行っても何をするということもなく、シッピングセンターをぶらぶら歩き、ホテルのバイキングでもと思ったら、子連れには敷居が高そうで、嫌な思いをするのもナンだから、結局はショッピングセンターのフードコートでお手軽に食事したのだった。
その延長で、夜は地元の居酒屋でごはん。昔は駅にエスカレーターなんかなかったのだから、かつての親たちは偉かったよなあ、などと話しながら、暴れる息子を抑え込んで食事したのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.02.14
原稿。
バレンタインデーである。先日、東京駅・大丸の地下に立ち寄ったらチョコレート売場が長蛇の列。あれにはびっくりしたなあ。
我が家では妻が、俺と息子にチョコをプレゼントしてくれた。娘からチョコレートをもらえるようになるのは、いつの日のことかな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」「新日本語の現場」橋本五郎・中公新書クラレ。「超ムカつくー」の「超」という言い方は、静岡が発祥地なんだって。へえー。


2004.02.13
打ち合わせ1、原稿。
昨年の今頃は息子が40度の熱を出して、家中、ぐったりしていた。今年も今、俺と息子と娘が風邪を引いている。しかしさほど重くもなく、今のところはなんとかしのいでいる。このまま回復し、穏やかに春を迎えたいものだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「七つの危険な真実」新潮文庫。ミステリーのアンソロジー。って、なんでこんな本を買ったんだろうなあ。読むんじゃなかったよ。気の迷いとは、このことだ。


2004.02.12
取材5。
昼食を摂るのに困る街というのがある。日本橋もその一つだ。とにかく飲食店の数が少ない。この街で仕事や買い物をする人の数を考えれば、その比率はかなりアンバランスだ。
もちろん知ってる人はちゃんと知っているのだろうが、外来者としては一人で気楽に食事できる店を探そうとするとまず間違いなく欠食児童のように腹を減らして放浪するはめになる。例えば牛丼を食べたいと思っても、隣町の茅場町に行かなければならないのだ。
だもんで、最初からランチはあきらめて、他の街まで歩いた方が手っ取り早かったりする。本日もそう決め込んで神田まで歩いて昼飯にしたのだった。
夕刻、家に帰ると例のガンダムの玩具屋から謝罪のメールが来ていた。ともかくすぐに送るとのことで、このクイックレスポンスはなかなかであった。ミスはしょうがない、大切なのはリカバリーだ。そんな、新入社員向けの研修テキストに書かれてあるようなことを思い出したのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「噂の真相」インターネットをかちゃかちゃやってれば、この雑誌よりもずっと早く、ずっとたくさん、ずっと面白いネタが手に入る時代である。もうとうの昔に存在意義を失っていたのだな。ここ数年は、ネタもつまらないし、記事もつまらなかった。時に時代錯誤もはなはだしいと思うこともあった。終刊まであと一号。また一つ、20世紀が終わる。


2004.02.11
原稿。
実家の甥っ子の入学祝いにと、お望みのガンダムのプラモデルをネットで注文しておいたのだが、今日先方に届いたそれは、注文とはまったく違うガチャピンのフィギュアというものだったそうだ。
なんということを。あわててオーダーのメールを確認したら、これはもう完璧に業者の間違い。ともかく直ちになんとかしろとクレームのメールを送りつけてやった。祝日ゆえ、対応は明日以降か。
さて、どうなるのか。受付はデジタルでも発送作業はアナログ。ミスが発生するのは避けられぬだろうが、タイミングが悪すぎたよなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.02.10
取材3、原稿。
明け方、喉にけっこうな痛みが。風邪か。のど飴と風邪薬でごまかしつつ、ともかく取材仕事をこなす。
戻ってきてから、大急ぎで家族総出であさひクリニックへ。俺と息子と娘の三人がそろって診察を受け、風邪との診断で薬をもらったのだった。
ま、さいわいにしてインフルエンザではないらしく、とりあえずは一安心。ともかくあと一カ月、なんとか冬を乗り切らなければ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」


2004.02.09
取材2、打ち合わせ1、原稿。
最近は電車に乗ってもマスクをしている人が目立つようになった。明らかに予防用である。かくいう俺も、外出時は常時着用だ。ゼロ歳児がいるから、何が何でもインフルエンザをもらって帰るわけにはいかないからね。
40度という高熱に驚き、脳症の恐怖におののきながら、夫婦で徹夜で息子を看病していたのが、ちょうど去年の今頃。あんな思いは、もう二度と嫌だものなあ。
本日の途中破棄本「大人のための文章法」和田秀紀/角川oneテーマ21。30分ほどで半分近く読んだのだが、いかに自分はたくさんの本を出しているか、学生時代に週刊誌のバイトをしたことがどれだけ役に立っているか、そんな自慢話ばかりが何度も繰り返されて、半分でゴミ箱決定。これからは途中で唾を吐いた本のこともちゃんと記録しておこうかと思って。


2004.02.08
息子を連れて、二人でふらふらと外出。電車に乗りたいというので、東京駅まで行く。
昼時でもあり、どこかで食事させようかと思って有楽町までふらふらと歩くが、2歳児を連れて入れるような店は見あたらない。仕方なく、またふらふらと東京駅まで歩いて戻った。
結局、八重洲側の駅ビルの中にある居酒屋に入る。昼でも営業している居酒屋って、案外多いのだ。で、ここでランチの煮魚定食と冷や酒(なんとタイムサービスで一杯100円)、厚揚げ、かつおの刺身を注文。息子に煮魚定食を食べさせながら、俺は冷や酒を2杯も飲んでしまった。
息子と二人、昼間っから酔っぱらうのは気持ちいいねえ。店のおばちゃんに「かわいい子だねえ」とほめられて、父ちゃんもいい気持ち。「いやあ、昼酒はキクねえ」といいながら会計したのだった。
昼間っから100円で飲めるなんて、この店、また行こうっと。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「怒濤の虫」西原理恵子/双葉文庫。サイバラの未読だった本。初期の頃の作品で、まだ本調子のトバし方ではなかったな。


2004.02.07
原稿。
電車の中にちらほらと受験生を見かけるようになった。ホームの行列からちょっとはみ出ていたり、エスカレーターで大きい荷物が後ろの人の邪魔をしていたり。地方から出てきて頑張っている子たちなんだろうなあ。
受験の時、俺は横浜の叔母の家に2週間ほどやっかいになって泊まり込んだ。横浜駅西口の16番バス乗り場から30分ほどのその家を拠点に、俺は叔母の作ってくれた弁当をカバンに忍ばせて、連日、都内の大学へと足を運んだのだった。あのときは受験のプレッシャーよりも、東京を一人で好きに泳ぎ回れるその自由さに、とても開放感を覚えたという記憶がある。
一方で夕刻に横浜駅からバスに乗ると、疲れ切った中年男たちががっくりと首を落としてイスに腰掛けているのが目に入り、俺はこんな疲れる都会暮らしは送りたくないなあと思ったものだった。
あの時、バスに乗っていた俺は、27年後の自分の姿など想像さえできなかった。もし今当時の自分に会えたら、俺はなんと言葉をかけるのだろう。
ともかく受験シーズンである。
岐部さんの娘さんも、早瀬さんの娘さんも、どうか素敵なサクラを咲かせられますように。きっと未来の君たちが遠くからやって来て、「それでいいんだよ」と、今の君たちを励ましてくれてるよ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.02.06
取材1、打ち合わせ2。
吉野家の牛丼は、通称「ヨシギュー」と呼ばれる。ATOKもちゃんと一発で吉牛と変換してくれるほどだ。ところが牛丼が消え去ってしまうわけだから、この名称はもう使えない。では何と呼べばいいのかというと、俺は考えたね、これからは「ヨシブー」だ。なかなか可愛い響きだと思わない?
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「ビッグコミックオリジナル」「アコースティックギターマガジン」サイモン&ガーファンクルの特集。ポール・サイモンとなると南高節や佐田雅志がしゃしゃり出てくるのがすごくイヤ。アンジーの採譜は大変良い企画だ。「バーボン・ストリート」沢木耕太郎/新潮文庫。


2004.02.05
取材9、原稿。
「久しぶりにボクが出て嬉しかったスよ」とアキヤマくん。先日、築地ですごく旨い寿司を食べたそうで「あれは旨かったスよ」とほくほく顔。そうだねえ、お寿司はおいしいよねえ。
「家の近所にすごく旨くて安い寿司屋があるんスよ。飲んで食って、二人で五千円」。そうか、そりゃ羨ましい。寿司って、いくらでも腹に入るよねえ。「そうなんスよ」。
そんな会話を昼前にしていたものだから、二人ともすでに腹は寿司以外受け付けないという状態。だもんで、2時半という遅い時間になってしまったが、有楽町の回転寿司に突入して寿司をたらふくおさめたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.02.04
取材2、原稿。
8時から宇都宮でインタビューというスケジュールのため、東京駅6時44分発やまびこ151号に乗る。東京駅で朝食をと思ったのに、ほとんどの店が7時からなのでアテがはずれ(八重洲南口の改札外に一つだけフードコーナーが開いていたが、ここはマズくてサービスも悪いのでパス)、しょうがないので弁当を買ってホームの待合室で食べたのだった。
宇都宮は、えらい霧でびっくり。それも昼には上がった。
同行のキクチくんは、コマガタくんからギョーザギョーザと言われたらしく、さてどうしようと弱っていた。それを横目に、カメラのミズノさんと俺は、立ち食い餃子屋に入る。
そうなのだ、宇都宮駅には、立ち食いソバのノリで立ち食い餃子屋があるのだ。まあ、味はどうかと言われれば、そのへんのラーメン屋と大差なし、というところ。ただし1皿210円とえらく安く、この値段でこの味なら文句はないという感じ。もっとも出てくるまでに10分ほど待たされるのがネックかも。
食い終わってホームに行けば、キクチくんがいちごのお菓子をお土産に持っている。ギョーザを買って行かなくてコマガタくんに怒られないの?と聞けば「いやあ、ギョーザは土産にもらって食うものじゃなくて、ちゃんと店に行って食うものでしょ」との返事。
さて、コマガタくんの反応は、いかに。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.02.03
原稿。
どうにもよくわからない新聞記事だったので何度か読み返してしまった。狂牛病の記事である。
今、米国からの牛肉の輸入は止められているが、これにいらだったアメリカは日本に「早く買え」と迫っているらしい。これに対して、当然といえば当然なのだが、日本は「ちゃんと検査してシロと証明された牛肉なら輸入再開してもいい」と答えている。
ところが驚いたことにアメリカは「検査してない牛の肉も買え」と突っ張っているのだ。その理由が「全部検査したら金がかかるから」というものだから、心底たまげてしまったよ。
まったくなんという国だろ。よその国の連中、ましてや日本人が何を食おうが、どんな病気にかかろうが、知ったこっちゃない。奴らなら腐った肉でも有り難く食うに決まってる。そんなふうに思っているのだ、アメリカは。
まあ、考えてみれば戦後の食糧政策のすべてがこの調子で、アメリカのいいなりになってきたのだから、今さらではあるが。給食にパンが登場したのも、牛乳は体にいいという誤解が広まったのも、すべてアメリカの商売のため。自分たちの懐が潤うなら、よその国のことなど構わないのだ。これぞアメリカンスタンダード。
まあ、ウインドウズを見ても、この精神は揺るぎないわけで。もういい加減、こんな国の属国扱いにはうんざりだなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「宝島」3月号。10年ほど前に徹底してサブカルチャーを扱ってた頃はそれなりに面白かったのだが、会社が金持ちになって次に名誉が欲しくなったか、日経アソシエを意識したつくりになった今は徹底してつまらなくなった。まだSPA!ぐらいの下世話さのほうが、なんぼか面白いよ。


2004.02.02
打ち合わせ1、原稿。
風邪がぼちぼち本格的に流行っているみたい。金内おじさんも「やばいんだよ、関節が痛い」と言ってたし、ネモトくんは「なんとかごまかしています」とメールが来たし。まあ、皆さん、無理せずにともかく医者に行ってください。行っても「栄養摂って休め」としか言われないでしょうが。
しかし最近のおれは本当に健康オタクだなあ。1年前には考えられなかったことだ。こういうおれにつきあって、自分も肉や油をほとんど摂らない妻は、偉いと思う。まったく頭が下がります。病人の嫁さんなんかにしちゃって、ごめん。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「じゃらん」いちご狩り特集。近日中、時間ができたら千葉までいちご狩りに行くんだよーん。
「伝統食の復権」島田彰夫・東洋経済新報社。大変に素晴らしい一冊。牛乳を多く飲む人ほど目が悪く、ヨーグルトを多く食べる人に白内障が多く、カルシウム摂取量が増えてから骨粗鬆症の人が増えた。そういうおかしな矛盾を紹介しながら、日本の食事事情がいかに我々を蝕んでいるかを紹介している。基本は、ご飯をもっと食べて、おかずを減らすことだ。油もの、乳製品は一切摂ってはならない。この本に従ってご飯を多く食べるようにしただけで、体重が3キロ減ったという人もいるほどである。


2004.02.01
インフルエンザが世界中で爆発的に流行することを、パンデミックと呼ぶ。20世紀にこのパンデミックが起きたのは3回。1918年のスペイン風邪、57年のアジア風邪、68年の香港風邪だ。
最も悲惨だったのはスペイン風邪で、全世界で6億人が感染し、5000万人(!)が死んだらしい。日本でも39万人が死んだ。
パンデミックの前には、それまで流行していたウィルスが衰えること、1月から2月にかけて新型ウィルスの患者が出て数カ月後に爆発的に流行すること、という特徴がある。
WHOは先週(28日)、今話題の鳥インフルエンザに関して、極めて強い口調で警告を出した。「人から人への感染が起きると、世界中で数千万人(!!)が死亡する恐れがある」。メディアが扇情的にあおっているのではなく、WHO自らがそう警告しているのである。
日本でも厚生労働省が同時期に「最悪の場合、死者5 億人(!!!)」という試算を出した。実に世界の8%が死ぬことになり、その報告書には「人類滅亡の危機」とさえ書かれてあるらしい。
その新聞記事を読んだとき、あまりの数値に心底恐ろしくなったものだった。心ある医師たちのホームページをチェックすると、真剣に警告する文が目に留まる。狼少年であってくれればいいのだが。
そこへ今日飛び込んできたのが、1月23日にベトナムで鳥ウィルスに感染して死んだ2人が、まさしくこの「人から人への感染」だった可能性があるというニュースである。人口の密集、交通網の発達と、世界は今やかつてとは比較できないほど急速にウィルスがばらまかれる条件がそろっている。既に「国境を越えて大規模に感染が広がる恐れもある」との警告も出された。
SARSは露払いに過ぎなかった、ということにならなければいいけれど。WHOは狼少年であってほしいと、今は心底そう思う。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「読売新聞」


2004.01.31
車の12カ月点検のあと、家族で妻の実家へ行く。いちものことながらにぎやかに過ごしたのであった。妻も俺も、親の仕事を完全に放棄して、すっかり任せっきり。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」オープンオフィスってフリーソフト、ちゃんと使える?「冠」沢木耕太郎・朝日新聞社。アトランタオリンピックという、大昔の出来事についてまとめた作品。なんで今になってこんな昔のレポートを発行したんだろうなあ。ちょっと不思議。あのオリンピックは、俺的にはサッカーでブラジルに勝ったというマイアミの奇跡以上のものは何もないのだが、沢木耕太郎にとってはそうでもなかったようだ。どうも、近代オリンピックはこのアトランタ大会で終わった、と言いたいらしい。オリンピックにさほどの思い入れのない俺にとっては退屈な一冊だった。


2004.01.30
この季節になると思い出す唱歌が"さぎり消ゆる湊江(みなとえ)の"で始まる「冬景色」である。
"舟に白し、朝の霜"と続くこの歌は、大正2年(1913年)に当時の尋常小学校音楽の教科書に発表された。多くの唱歌が文部省の名前のもとで発表されたため今に至るも作者不詳となっているが、この歌もまた作詞・作曲不詳である。
「伝統的な美意識に訴える歌詞」とこの歌を絶賛したのは金田一春彦だった。確かにこの出だしの二行は、すべての音が白いもやの中に吸い込まれていく、凍える冬の朝を見事に描いている。メロディーがさらに素晴らしくて、ピーンと張り詰めたような純粋さがあり、冬の夜明け前の時間が止まった一瞬を切り取ったような透明感がある。
もっとも団伊玖磨は「いったい誰が何のために歌っているのか」と評したらしいが、そんなふうに「何が言いたいのだ」と突っ込むこともないだろうに。
なお、金田一春彦はかつて皇后に好きな歌をたずねたところ「冬景色」という答えが返ってきたと書いている。
僕が小学生の頃、母は真新しい音楽の教科書をどれどれというふうに取り上げ、ページをめくって「これはいい歌だよ」と言いながら「さぎりきーゆる」と歌い出したのだった。自分がまだ習っていない歌をお母さんはもう知っているんだ、ということにちょっと驚いたものだった。そんな記憶もあって、この歌は大好きだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.29
原稿。
実家に暮らしている弟の長男が、雄一郎である。生まれたときは俺も我が子のように喜んだものだった。そんなこともつい昨日のように思えるが、もうこの春には中学生である。早いものだ。
その雄一郎から「お誕生日おめでとう」という手紙が来た。この日記も楽しみに読んでいると書いてある。うーむ、そうかそうか。甥っ子にも見られているならば、教育的配慮のされた内容にしなければ。妻にもそのように指導されてしまった。
なにはともあれ、雄一郎、お手紙ありがとね。中学生になるのに、何が欲しいですか。だいたいのものはお父さんがそろえてくれただろうけど、欲しいのにお父さんに言えないようなものがあったら、こっそり教えるんだよ。おこづかいが欲しい、でもかまわないからさ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」


2004.01.28
原稿。
私が利用しているプロバイダはso-netであるが、ここ最近、サーバが不調である。と言っても、メールの送信のみが不調で、受信やFTP等はまったく問題ない。察するにこれは迷惑メールが大量にサーバに蓄積されているか、攻撃を受けているかということなのだろう。
私もぼちぼちPCを買い替えようかと考えているのだが、さんざん迷った末、やはりウィルス対策にはこれが一番ということでMacintoshを継続することに決めた。
決めたのはいいが、懐具合が寂しいので、実際に購入するのがいつになるのかはまだ未定である。
などと「私」で書いてみたが、それなりに格調は出ただろうか。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「FLASH」格闘技の覆面座談会が載ってたので読んでみたけど、案の定でヒマつぶしにしかならなかった。


2004.01.27
取材2、打ち合わせ1、原稿。
ついに遭遇してしまった。取材でインフルエンザ感染者に。
だったら休めよとは思ったものの、口に出すわけにはいかず、取材後に大慌てで手荒いとうがいを行ったのだった。ついでに薬局に走って、喉の消毒スプレーも購入した。
妻と息子は予防接種しているものの、乳児の娘は注射をしていない。しかも、1歳未満の乳児にはインフルエンザの特効薬タミフルも使えないことになり(副作用がこわいのだ)、絶対にインフルエンザは避けなければならない状況にある。
たぶん感染してないとは思うものの、万一を考えたらヤバいので、家に帰ってからの俺はマスクをしっぱなし。寝るのも、一人離れて仕事部屋で布団にくるまることになったのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「アダルト系」永江朗・ちくま文庫。このライターは、けっこう好き。なにしろ「AV女優」という名インタビュー集を読んだときはぶったまげたものだった。これは若書きの作品もあり、全編を通し読むのは少々辛いものの、いつもの無責任かつ好奇心任せの取材と文章に変わりはない。


2004.01.26
原稿。
誕生日である。誰のって、俺のである。と4年続けて同じことを書くのであるが、しかし、去年までの無自覚なオレとは違うぞ。今年は病人である我を自覚し、誕生日に人間ドックを決行することに決めたのである。
あれ、人間ドックって、こないだ行かなかったっけ?と思ったあなた。それは正しい。半年前にもいってるのである。それを年二回に増やしたというところが病気持ちの自覚なのであり、リスクマネジメントなのである。ふふ。
前回はホスピタリティのカケラもないホスピタル、聖路加病院にしたが、あそこはバカ高いばかりでバカばかりだから、もう行かないことにした。今回からは臨カイ病院である。
ところが担当の医師が半分眠ってるような、脱力系のじいさん。キーボードをがちゃがちゃいじっては「あれ?」と首を傾げるし、ま、一応診ますか、とか言って内診している。ははーん、こりゃ小遣い稼ぎに他院からやってきたアルバイト医者だな。
ところが名前をチェックして、帰ってから調べたら、臨カイ病院の院長その人であることが判明し、思い切りずっこける。総合病院の院長自らが、ド、ドックですかい。
結果はというと、これが、ええーっというくらい良くなくて、がっくり。正式の結果は三週間後なのだけどねえ。やれやれ、困ったものだ。
ちなみに岐部さんのオヤジ勝負に割り込み参加すると、「デブ度(BMI)=22.4で明確な勝利」「デブ度(HDP)=不明にて引き分け」「尿酸値=7.1で、二週間前まで6.6だったのに何が原因か急に上がって負け」「中性脂肪=49で圧倒的な大勝利」「総コレステロール176で、僅差の冷や汗勝利」「血糖値=124で、これも二週間前まで110だったのになぜか急激に上昇して負けたと思ったら岐部さんが不明で引き分け」「血圧=116-76で、至適の怒濤の勝利かと思ったら大差なくて薄氷の勝利」という結果。総合的な判定では、4勝1敗2引き分けで、たんごちゃんの初優勝だった。(このパラグラフをちゃんと読んだのは岐部さんだけに違いないね)
夜は、息子と妻が俺のために張り切って手作りしてくれたケーキを食べる。家族のためにも健康でいなきゃね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.25
原稿。
糖尿病になってから外食には困るようになった。なにしろ食べられるメニューが少なすぎる。食中毒が何よりも怖い外食屋としては、ともかく油で徹底的に加熱するのが一番の策であるのに対し、こちらは油は極力避けなければならない立場にあるからだ。
でも、家族でファミレスに行くのは楽しいから、休日はなるべく外で食べるようにしている。本日は葛西臨海のココス。ドラえもんを模したメニューで人気だ。息子はそれなりに喜んで食べていたが、その食べ方も最近になってずいぶん上手になり、かつ量も増えたので、こちらとしても嬉しい。
最初は子連れが少なくて肩身の狭い思いをしていたのだが、途中、近所で何かのイベントでも終わったのか、どどっと親子連れが押し寄せてあっという間に幼稚園状態。それを見たカップルの客が、そそくさと逃げ出していったのがおかしかった。
子連れの外食はいつも神経を使うが、まあ、ファミレスなら無難。ホテルとなると、舞浜あたりまで行かないと、ちょっと厳しいね。
まあ、しかし俺の病気のせいで家族には食事で不自由を強いているようになってしまって、申し訳ない限り。例えば山盛りのお皿にスプーンを突っ込んで「お母さんのカレーはおいしいねえ」と息子と語り合うことも必要だと思うので、なんとか頑張って病状をコントロールしなければね。あ、カレーって油も多いし、案外カロリーが高いんだよね。今は一切食べてないですわ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.24
原稿。
ここのところずっと工作に夢中の息子は、はさみとテープさえ渡しておけば、コピー用紙や新聞チラシ、牛乳パック、ティッシュの空き箱などを相手に何時間でも"作品"づくりに集中している。発泡スチロールのトレイに持ち手代わりのヒモをつけて、ポケットティッシュ入れに使ってねと俺にプレゼントしてくれたりする。
最近になって、今まで使っていた子供用のオールプラスチック製はさみでは満足できなくなったようだったので、本日、文房具屋に連れて行って好きなはさみを選ばせ、買ってあげたのだった。
選んだのはごく普通の学童用はさみなのだが、刃の部分がステンレスなので、ちゃんと切れる。それが本当に嬉しかったらしくて、夜、リビングのカーペットで寝込んでしまったときも、手放さずにしっかり握りしめていたのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.23
取材5。
イギリスへの出張から帰ってきたカナウチおじさん、夕刻に会ったら目をしょぼつかせて「まだ時差ボケが続いてるんだよ」ともらす。自分ちは中央区なので品川ナンバー、お前んちは足立ナンバー、とコケにされる。とほほほ。
暮れに子供が産まれたばかりのコマっちゃんには、近所のよしみでいい小児科はないかと聞かれる。喜んで、あさひクリニックとおかの小児科を教えてあげた。にこやかに笑いながらそれを聞くコマっちゃん。子供が産まれたんなら、煙草はやめないといけないよ。
寂しがり屋のジョームには先日会ったけど、相変わらず寂しがり屋であった。
しかし、これじゃまったく何のことだか、関係者以外にはわからんなあ。ごめんなさい。いずれもお仕事関係の人々であります。
東京は快晴。日の当たる日中は、ぽかぽかするぐらいの陽気でありました。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「杯」沢木耕太郎・朝日新聞社。2002年日韓ワールドカップサッカーで、著者は日本と韓国を激しく移動した。例えば朝に世田谷の家を出て午後に韓国で試合見て、夜には横浜で試合を見る、といった具合に。その激しい取材の旅を通じて感じた、サッカーの面白さと日本代表のもろさ、トルシエの情けなさなどがまとめてある。特に韓国について書かれてある文はどれも秀逸。なるほど、こういう見方もあったのかと感心させられる。しかし、おれもこういう仕事がしたいものだなあ。と、もらしたら、タマダ氏に「書けばいいだろが」とどやされてしまった。


2004.01.22
打ち合わせ2、原稿。
オノ氏、マエカワ氏と飲む約束。その直前、タマダ氏につかまって「タニガワ氏が誕生日なのに誰も祝ってくれないとひがんでいる。つきあえ」と居酒屋に連行される。
しかし、タマダ氏は昼に歯を抜いたので酒が飲めない。タニガワ氏は翌日がケガの抜糸なので酒が飲めない。ならば居酒屋などに行かなければいいのだが、そこは寂しい男たち。じっとしてはいられなかったのだろう。
居酒屋で烏龍茶を頼んで「俺、歯を抜いたから飲めない」「俺は抜糸だから飲めない」と言うと、おばちゃん、目を白黒。そこにオノ氏、マエカワ氏が合流してそのまま盛り上がったのだった。皆さん、また飲みましょうね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.21
打ち合わせ1、取材5。
書き忘れていたけれど、今年もアホな荒れ方をしましたな、成人式。誰もが「あんなもの、やめればいいのに」と思っているのにやめられないのは、呉服屋の陰謀です。
それでなくても不況だ、少子化だと言われているのに、一年で最大の市場機会である成人式まで中止にされたのでは、呉服屋は壊滅的な打撃を受けてしまいます。そうはさせじと、全国の呉服屋の組合が頑張って継続させているわけですな。
古い商売だけあって強力な地縁を持っているため、地元の議員もとても逆らえない存在であり、そのパワーがあのアホな式典を今年も開催させたのであります。従って当然のことながら来年も再来年も、何度でもあのようなアホ騒ぎが繰り返されるでありましょう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.20
打ち合わせ2、原稿。
ここのところの娘の睡眠リズムの崩れは凄まじく、昨夜はなんと深夜2時に起きて寝たのは今朝の9時だった。と思ったらわずか30分ほどで目覚め、そのまま昼過ぎまで起きていたのだった。
この睡眠に付き合うのは並大抵ではなく、昨夜は妻が、その前は俺が付き合った。困ったものである。
困ったあげく、ワラをもつかむ思いで、「ほーら泣きやんだ」というタイトル(ヒネリも何もないタイトルだなあ)のCDを2枚アマゾンから購入。母親の胎内の音を仕込んであるヒーリングミュージックで、これをかけると泣いてた赤ん坊がアラ不思議スヤスヤ眠り出すらしい。
今朝になって届いたので、大喜びでふらふらの頭でかけたのだが、話が違うではないか、娘はさっぱり眠らなかった。がっくりきた俺は、そのまま娘を胸に抱きながら呆然と午前を過ごしたのだった。妻はと言えば、ほとんど眠らなかった状態のまま息子を外に連れだして遊ばせていたのだった。
子育てとは、まさしく闘いであるのだ。とほほ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.19
取材1、原稿。
最近の都心のビルの警備ぶりはまったく度が過ぎるというか、滑稽というか。
本日も丸ビルに行ったら、オフィス階へのエレベータホール前で警備員に呼び止められた。受付票に記入すればよいかと言ったら、身分証明書を見せろと答える。名刺でよいかと返したら、免許証でなければいけないと言い下す。
俺はかなりムッとしたね。いったいどんな法的根拠があってこのおっさんに俺の免許証を確認する権利があるというのだ。できるだけ相手に聞こえるように露骨に舌打ちしつつ、テーブルの上にドスンという音を立ててカバンを置き、大仰な動作でパスケースを取り出して免許証を見せてやったのだった。
滑稽なのは、それで本当に俺がアルカイダだったらどうするんだ、ということである。定年後の再就職でございますというしなびた顔をしたお前。ちゃんと体を張って自爆テロを止めてみせろよなあ。
いつものことながら、日本ってなんだか相当におかしなことをする国である。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サイゾー」


2004.01.18
クリスマスに買ってあげたプーさんの自転車を引いて、息子と近所の公園に行く。前日から打って変わって、背中の暖かい小春日和。
それまで自転車の乗り方がわからず、後ろから押してもらってただまたがってるだけの息子だったが、ちょっと足の膝を押してあげてこぎ方のヒントをあげたら、ようやく方法を会得。買ってから1カ月近くたって、やっとのことで自力でこぎ始めたのだった。
もちろんスイスイという状態からはほど遠く、えっちらおっちらという感じ。顔も真剣そのものだ。それでも、手助けしようと後ろを押すと「離して」と強い口調で訴え、力の入った顔で「自転車、楽しいねえ」と何度も言うのだった。
後ろについて歩きながらその姿を見ていると、息子がまた一つ成長の階段を上ったことが実感できて、ちょっと嬉しくなってしまった。こういう日々成長していく姿を見ることは本当に喜びだし、いつまでもそうありたいと思うのだ。
昔、妻が歌った「サイクリングのいちにち」という曲がふいに頭によみがえり、ちりりんりーんというフレーズが聴きたくなって、深夜、寝付かない娘をあやしながら、小さなボリュームで古いCDをかけてみたのだった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.17
原稿。
予報通り雪がちらついたものの、ほんの一瞬のこと。積もることもなく、ただ寒いだけ。どうせ降るなら積もってくれたほうが、子供も喜ぶのに。
娘が相変わらず寝ない。昼夜逆転。今日はなんと朝の7時まで起きていた。それにつきあっている妻は、もうふらふらである。さて、どうしたものであろう。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」


2004.01.16
取材1、打ち合わせ1、原稿。
朝食の前に日経新聞を手にし、一面をざっと見る。「お前、言え」というスーパーが25%の人員削減らしい。えっ、とびっくり。
25%、つまり4人に1人が会社を去るというのだから、尋常ではなかろう。対象となるのは30歳から58歳、つまり現代では30歳になるとリストラ対象というわけだ。なんという世の中だ。
よく読めば、予定人員に満たない場合は、試験をして成績の悪い人に退職勧告するらしい。「年取った人はますます不利だよねえ」とは妻の弁。試験でクビにするなんて前代未聞だなあ。砂を噛んだような、ちょっとざらざらする気持ちになった。
夜、タマダ氏と新年の挨拶がわりに八丁堀で飲む。もっと面白い日記を書け、故郷に貢献しろ、と叱咤激励を受けつつ、気持ちいい一時を過ごす。
帰ったらその故郷の父から荷物が届いていた。
きゃっきゃっと暴れる息子を風呂に入れ、寝かしつけてから包みを開けたら、大友稲荷のお札が入っていた。商売の神様として知られている故郷の神社だ。
ここには独立してから毎年お参りに行っている。結婚して正月に里帰りしなくなってからは、意を汲んだ父が代理でお賽銭を上げに行き、お札を譲り受けて、送ってくれているのだ。一緒に息子のための交通安全のお守りも入っていた。この春から幼稚園に通うことになる孫を案じてのことだろう。
荷物の段ボールの中には、年賀の挨拶で各所からもらってきたようなタオルがぎっしり。タオルなら何本あってもよかろうという父の思いなのだろう、つい口元がゆるんでしまった。
早速仕事部屋の壁にお札を掛けて、手を合わせる。世の中にリストラされぬよう、今年も頑張らねば。父のお札を前にしたら、新しい力がわいてきた。厳しい中で真面目に働いてきたスーパーのお父さんたちにも、新しい力がわくといいな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.15
取材2。
取材の合間を縫って、本日発売の「こっこクラブ」を買いに行く。念のために言うとベネッセ発行の育児雑誌である。ここに、11月に取材撮影された我が家の様子が紹介されているのだ。
雑誌を買ってどれどれと付録ページを開くと、うぎゃあ、載ってる。俺が。しかも「雅彦パパ」との紹介付きで。どひゃあ。
思わずあたりを見回すほどの、こっぱずかしさであった。それなのに、ボロボおじさんもアキヤマくんも「見たい見たい、見せてください」としつこいので、しょうがないから見せてあげたのだった。
丹後家親戚一同様も、ぜひ書店にてご購入の上、読まれるように。付録が落ちないように輪ゴムをかけられていることが多いので、立ち読みはできません。買って読んでくださいね。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「こっこクラブ」「噂の真相」


2004.01.14
取材2。
朝、アキヤマくんが「最近オレ日記に出てこないスね」と寂しそうに言う。そうか、ならば出してあげようか、と思ったところ、モリイくんが突如乱入。朝から酔っぱらっているかのようなテンションで無意味な大暴れをかましてくれたのだった。「今日はモリイのことを書くから、キミはまた今度ね」とアキヤマくんに言ったら、さらに寂しそうになってしまった。
うーむ、関係者以外にはまったく意味不明の日記になってしまったな、今日は。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊プロレス」


2004.01.13
原稿。
案の定である。大宮のナオコちゃんから「なんで私が坂口征二のファンになっちゃうの!」という特太ゴシック赤文字のメールが届いた。かっかっかっ。
まあ、坂口も昔は無茶苦茶強かったんだから、そう捨てたものではないだろう。って何のこっちゃ。
しかし、夕べは娘が3時過ぎまで寝なくて、いやあ、こっちがぐったり。この睡眠時間の無茶苦茶かげんは、どうしたもんだべ。って、依然として俺はゴマキか。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」


2004.01.12
原稿。
最低気温2度という寒い一日、息子を連れてリバーサイドの公園で遊んだ。川風がとても冷たいのだが、そこは子供。鼻を垂らしながらも走り回っていたのだった。
ブランコをしたくなったのだが、あいにく埋まっている。だから、手をつないで傍らで眺めていたら、乗ってる女の子の背中を押していたお母さんが「ナントカちゃん、お友達が並んでいるから10数えて終わりにしましょうね」と言う。
そして「いち、にい、さん。。」と数え始め、10まで終わったら突然「おまけのおまけの、汽車ぽっぽー、ぽーっと鳴ったら代わりましょ、ポッポー!」と歌ったのだった。それで女の子は「はーい」と素直にブランコを降りてゆずってくれたのである。
この不思議なおまじない(?)が、息子はえらく気に入ったようで、俺にも歌えとせがんでくる。その時は、聞いたばかりのフレーズをうろ覚えに歌ってみせたのだった。
帰ってきていろいろ調べてみたら、童話「ノンタンシリーズ」の「ノンタンぶらんこのせて」が原典らしい。ふうん、面白いことをまた一つ覚えちゃった。知ってる人、いる?
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.11
両親と甥っ子が新潟から出てきたのは、毎年恒例の丹後族新年会に出席するためである。今年の会場は銀座の東武ホテル。
ランチバイキングなのだが、子どもたちは30分で飽きてしまって、その後は叫ぶ、暴れる、走り回るで、抑えつけるこっちはくたびれてしまった。
ところでこのホームページもめでたいことにどんどんと読者を獲得しているのだが、甥っ子たちも見ているということがわかってあんぐり。ユーイチローなど、日記にこんなことが書いてあったと俺にわざわざ確認するほど。うーむ、困ったものである。
ついでに言えば大宮のナオコちゃんも読者の一人であるが、彼女の好きなのは1位がキムタク(「キムタクと言う奴は俺の側にはいない」らしいが、別に俺はそっちの側ではないのでキムタクと言うのである)、2位がサカモトちゃん、3位がクサナギくん、4位が世界の荒鷲・坂口征二だそうである。さっぱりわからんが。
やれやれやっと終わったと脱力してホテルを後にし、両親と甥っ子を送るために東京駅へ向かう。途中、数寄屋橋の交番を見た甥っ子たちが「トリビアの交番だ!」と騒いだのがおかしかった。
夕方には、同じ町内の住民・えりずと、その友であるこずーが遊びに来てくれた。息子はえりずの顔はもう覚えてしまったようで「えりちゃんえりちゃん」となついているのであった。
こうして昨日、今日といろんな人にあっておおはしゃぎした息子は、すっかり興奮して夜遅くまで寝ないのであった。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.10
俺の実家から両親と甥っ子二人が上京するのを、東京駅まで息子と出迎えに行く。合流後は有明のパナソニックへ行って恐竜の博物館を見学。息子はなぜか恐竜の歯の化石に異常な興味を示していた。
続いてお台場の船の科学館。ここで息子に昼飯を食わせたのだが、まあ、ここのレストランやカフェは、ホスピタリティがないなあ。困ったものである。
夜は妻と娘も合流して、潮見の「だんらん」。子供が4人、大人が4人という、にぎやかさこの上ないメンツとなったのだった。店内には同じマンションのお母さんたちもいて、盛り上がっていた。
それはともかくやっぱり従兄弟同士というのは子供ながらにも通じるものがあるようで、にこにこ、きゃあきゃあ、それは楽しそうに遊ぶのだった。春になったら新潟へ連れて行って思い切り転げ回らせたいなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「週刊現代」


2004.01.09
取材4、原稿。
コマガタくん、ワカツキ氏、そして俺の3人は、まったく偶然にも誕生日が同じである。もちろん年は違うが、1月26日というのは、見事に一致している。知ったときは、のけぞったものだった。
この3人、通称「1月26日クラブ」が取材のために本日一日行動を共にしたのだが、事件は昼飯時に起きたのだった。下総中山という街で昼飯にしようとなったとき、適当な店が見つからず、というか俺の入れる店が見つからず、申し訳ないことにやっと見つけた蕎麦屋に無理やり付き合ってもらったのだ。
この蕎麦屋が、ああ、なんともバカ高い。千葉のくせに、船橋のくせに、下総中山のくせに、バカ高い。なんと「わかめそば」が1000円もする。これでもメニューでは安い方なのだ。
で、おばはんに「わかめそば」とオーダーしたら「そんなものはない」との返事。ばかたれ、ここに書いてあるではないか、とメニューを指させば「おかめそば」。全身で脱力した俺だった。
そんなわけのわからないものに1000円も払えないから、仕方なく「にしんそば」1400円を頼んだのだった。1400円だよ、1400円。ソバが。ちなみにコマガタくんは「なめこそば」1000円、ワカツキ氏は「ざるそば」1000円。とにかく無茶苦茶高い店なのだ。
明らかに殿様商売である。なぜなら、他にめぼしい店がないからだ。俺たちは泣く泣くそのバカ高いソバをすすったのだったが、味はごくごく普通であった。
そして最も脱力したのは、駅に戻って、構内に「ニシンソバ」450円という立ち食い蕎麦屋を発見したときだった。ああ、悲しかったなあ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.08
終日原稿。
和歌山県の梅干し業者から、また梅干しが届いた。ここの梅干しは本当に美味しいのだ。
昨年、体をアルカリ体質に変えて尿酸値を下げるために梅干しを食べ続けることに決めて、いろいろ探した結果、見つけた梅干し屋である。我が家の定番だ。
大きな果実で、かじるとほっこりと柔らかい。塩分は7%と、かなり低め。これぐらいだけと梅干し本来の効果はかなり低くなるのだが、塩分摂取とのトレードオフで、まあ、妥協しよう。
この業者は良心的で、毎回手書きのお礼状を入れてくる。こういうのは、けっこう嬉しいものだ。今回はおまけ付きで、「はちみつ梅肉」の瓶詰めが同梱されていた。これが、うーむ、うまいっ。あつあつの玄米ご飯にのせてかきまぜて食べると、心底、うまいっ。なにしろ2歳の息子までが瓶の中にスプーンを突っ込んでなめて「おいし」と言ってたほどだ。
ちなみに尿酸値は、梅干しのせいかどうかは定かではないが、今ではすっかり正常値である。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.07
打ち合わせ2、原稿。
溜池から紀尾井町、市ヶ谷、飯田橋と歩く。1時間弱。上智、法政、東京理科と、大学めぐりのようなルートだった。
都心なのに、まだ知らない道を発見したりして、歩くことはけっこう面白い。
ただ、最近は空気が乾燥していて、喉への負担が気にかかる。当然マスクをしている。今や電車の中でもマスクは必需品だなあ。
ぼちぼち都内でもインフルエンザが流行し始めたようで、これから2月にかけて、広がるかもしれない。皆さん、気をつけましょう。予防接種した人も、してない人も、うがいと手洗いはマストです。これに優る予防法はないので、外出後は必ずうがいと手洗いを。
なんてことを書くから「健康オタク」とバカにされてしまうんだろうなあ。しょうがないじゃん、病人なんだから。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.06
息子が誕生する前に買ったビデオカメラがついに壊れてしまった。ここのところ調子がすごく悪くて、テープを出し入れする可動部などがぎくしゃくしていたのだった。ビクター製。
まあ、しょうがないか、今月はあまりカネを使いたくないのだけれど、買い替えるか、と有楽町ビックカメラへ。
前は16万もするやつを買ったけど、実際にはほとんどの機能を使わないということが判ったので、今回は安けりゃいい作戦。シャープの5万7千円のにする。それでも以前のビクター製と比べてなんら不足はないから、まあ、これが技術だわな。
使わなくなったビクターのカメラは、ご苦労さんと不燃物のゴミ袋へ直行。他にどうしようもないわけで、これもまた技術だわな。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」


2004.01.05
原稿。
免許証の更新に行ってきた。この世で最も腹立たしいものの一つである。
ヨーロッパでは一度取得した免許は一生通じる国もあるらしい。医師の免許の更新はなされないのに、なぜ運転免許に更新が必要なのだろう。
そもそもこちら側になんの落ち度も不手際も不都合もなく、更新することによるメリットさえ全くないというのに、わざわざこっちから時間を割いて出向いていって、ついでにカネ(2950円)まで払うわけだから、本当に信じられない制度である。
それでも文句を言いながらも従っているのは(財産権の侵害であると裁判を起こした人間がいるらしいが、そりゃ無理だろう)、免許の更新がされないととんでもなく困ってしまうからである。恐怖の租税だな、こりゃ。
まあ、お上が免じて許すのが免許であるから、下々がカネ持って「更新してくだせえ」と頭を垂れるのは当然と思われているのだろうな。
江東運転試験場で手続きをしたのだが、諸々の作業に携わっているのは、公安か、交通安全協会(伏魔殿)か。いずれボケ役人と変わらないのだが、口を開くことすらしたくないという態度の連中も多く、まともな社会人らしい言葉を聞いたのは、写真撮影で俺の携帯のストラップを「取ってください、申し訳ありません」とおばちゃんが言った時ぐらいか。
見ていると、行列をただまっすぐに保つだけの役目の人、書類にスタンプを押す係の人の作業を見守るだけの人(長い行列ができているのに、その処理をしようとはせずに、ただ人の作業を見ているのだ)とかもいる。こんな仕事を日がな一日繰り返していれば、口を開くのが面倒になるのも当然だし、手順が判らずにまごつく老人に「何やってんの、こんな簡単なことがわかんないの、俺なんかよーくわかってるよ」という態度になるのも仕方ないわなあと納得したのだった。
もっともこういう連中を相手に俺だって口を開く気にもならず、2950円分の仕事をしてみろよ、と腹の中で毒づいているわけだから、お互い様かねえ。
交通安全協会などというものは警察の天下り先以外の何ものでもないことははっきりしていて、仕事なんてろくなことはしていない。昨年、交通事故死が7000人を下回ったということだが、事故発生24時間以内の死亡のみを該当被害者としている現状では、救急医療の現場が頑張った結果がこの数字ではないかと俺は睨んでいるのだが。決して交通安全協会のお手柄などではないのだ。
更新手続きが終わると、発行までの待ち時間に講習を受けさせられる。まあ、アホみたい内容で、ビデオ(今年はDVDだった。利権の産物だ)を見せられて、何を言ってるか半分は意味不明の早口のおっさんの話を聞かされるだけ。例えば「運転免許更新の手続きは何ページを見るように」というようなことを、たった今更新を終えたばかりの人間に説明するのだから、いやはや。
そして、この講習の席で配られるのが、かの有名な三冊の教本である。正確に記すぞ。「人にやさしい安全運転/警察庁」「交通の教則/警察庁」「安全運転のしおり/警視庁」の三冊だ。タイトルから類推すると三冊とも内容は似たり寄ったりと思いがちだが、ところがどっこい、見事なほどにかぶっていないのである。つまり三冊に分ける必要は全くないのである。利権だね。
この三冊で特に注目したいのは「安全運転のしおり」である。警視庁、つまり東京都内の免許保持者に向けたものだが、これが「誰も読まないベストセラー」と言われている本だ。警察庁発行の二冊は製作が警察庁となっているのに対し、「安全運転のしおり」に限っては製作が立バナ書房となっている。
どれどれとタチ花書房のホームページを見てみると、あるわあるわで警察関係の出版物で食っている会社であることが一目瞭然。なのに会社の概要を記しているページは見つからず、いかに大勢の人間が天下っているかが十分に伺えるのだった。まあ、俺は別に天下りを否定しないし、それはそれで職業選択の努力の結果だと思っているから、別にいいんだけどね。ただ、千円札数枚を握って出向いたカモネギの一人としては、納得できないカネを払ったことと、それが納得できない使われ方をしていることに、納得がいかないというわけで、こんな長い文章を書いているわけだ。
まあ、それでも今回は優良運転のゴールド免許(前回はスピード違反のおかげで優良じゃなかった)。今後5年間はここに足を踏み入れることもなく、このような利権の構造にあきれる必要もないわけだ。とっとと忘れよう。
けれどもどうにも忘れられないのが、その近所に軒を並べるタイプ屋。客引きのしすぎで枯れてしまったダミ声で、通行人の誰彼かまわずに呼び込みするものだから、忘れたくても存在を思い出してしまう。俺はどんな職業も尊いものだと思っているが、この連中だけは心底卑しい奴らだと毛嫌いしている。免許の更新に行ったことのある人なら、この気持ち、わかるべ。って俺はゴマキか。
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2004.01.04
朝、ゴミを出しに行ったらマンションの管理人タカハシ氏とばったり。山積みされた段ボールの整頓中で、特定の人たちがいかにゴミ出しのルールを守っていないか、という愚痴を10分ほど聞かされる。
昼、家族で東陽町のイースト21に出かけようとエントランスに向かったらまたタカハシ氏に会う。年末のクリスマス会の写真をちょうだいとねだったら、快く分けてくれた。
イースト21のお目当ては、お正月イベントの「つくってあそぼショー」。息子が今一番好きなNHK教育「つくってわくわく」の出前ショー、いわゆる営業が行われるのである。この番組はペットボトルやレジ袋、ティッシュの箱といった身の回りのビンボくさい素材を使って工作しようというもの。母親の工作好きの血を色濃く受け継いだ息子は、この番組のビデオを何度も見返すほど夢中であり、おかげで家の中は息子の創ったわけのわからないオブジェで満杯だ。どんなに高価な玩具を買い与えても、ティッシュの空き箱とセロテープのあるほうに目の色を変えるのだから、子供ってのはおかしな生き物だ。
マイナーな番組であり、どうせガラガラだろうと高をくくっていたら、なんとびっくり、開演1時間前だというのにもう席の半分近くが埋まっている。早めに出てきて正解だったよと、こちらも会場の真ん中当たりに座った。それにしても寒かったなあ。
ショーでは、テレビの出演者と着ぐるみがそのまんま現れて、ベタなコントを繰り広げるのだが、果たしてそういうものを息子はどう受け止めたのだろうか。ただ呆然と眺めて、時々薄ら笑いを浮かべているだけだったが、テレビとリアルの区別というものを、頭の中でどのようにつけているのだろう。ちょっと興味深かった。
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2004.01.03
糖尿病を患うようになってから、牛乳を飲むのをやめた。なんとなくではあるが、自分の本能的な部分で、危険信号のようなものを感じたからである。
以来、いろいろと調べているが、どうも牛乳は問題あるということが徐々にわかってきた。
例えば、牛乳の好きな人に視力の悪い人が多いというのは案外知られていることらしい。それどころか、牛乳を多く飲むと白内障になりやすいことも判っているそうだ。これはメカニズムもはっきりしていて、乳糖が分解されてできるガラクトースが目の中の水晶体に蓄積されるためだと言われている。
また、糖尿病の犯人にも牛乳が挙げられている。糖尿病の原因であるABBOSというタンパク質の小片が牛乳にも含まれていることが判明したのだ。ABBOSを含む牛乳を多飲すると、膵臓の働きが低下して糖尿病の引き金となる、というメカニズムだ。
牛乳を飲んでもカルシウム不足は補えないというのは、今や常識である。カルシウムが含まれていることと、カルシウムが吸収されることは、まったく意味が違う。牛乳には確かに大量のカルシウムが含まれているが、脂肪分、タンパク質が多すぎで逆にカルシウムが流れ出してしまう。つまりカルシウムの多い牛乳を飲めば飲むほど、骨が弱くなるという笑えない仕組みだ。牛乳の消費量が伸びるにつれて、骨粗鬆症も増えているのである。
これほど牛乳は体に悪いのだ。もちろんアルコールだって体には悪いがよく飲まれているのだから、牛乳だって体に悪くても飲んでもかまわないのである。ただ、アルコール同様、嗜好品と考えて節度ある飲み方をしなければならないということだ。
俺は昔から牛乳が大好きでよく飲んでいたけど、それが不健康の原因だったとはねえ。困ったものだ。
「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2004.01.02
元旦から妻の実家へ年賀に行き、一泊して昼に帰る。しかし例年通り、今年も正月2日は大変な渋滞。関越道も、外環道も、首都高も、どこもぎっしり。仕方ないから新板橋で降りて延々と一般道を走って帰ったのだったが、往きは1時間8分だったところが帰りは3時間近くかかったのだった。ふう。


2004.01.01
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
それにしても思い切りずっこけましたな。何がって、アレですよ、曙の腹ですよ。見た途端、あたしゃ座椅子から転がり落ちました。結果は言わずもがなでしたが。それから、永田もひどかったですな。もう新日本プロレスは格闘技をやるべきではないですな。もっとも情けなかったのは吉田も同じで、セコンドから嘲笑の合唱が起きるぐらいですから、少しは根性を入れ直してほしいものです。
しかし、一番ずっこけたのは小林幸子の孔雀の羽が開かなかったことですな。なんでもブレーカーが落ちたことが原因らしいですが、そんなことは絶対にあり得ないので、こりゃもう人為的な仕掛け、つまり嫌がらせに決まってますな。芸能人仲間の妬みか、プロダクションのさや当てか。
そんなことが影響したのか、紅組の審査員票は0(笑)。リアルファイトじゃないんだから、NHKもちょっとは仕込んでおくべきでしょう。曙の腹と同様、ちょっとたるみすぎでしたなあ。
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