ネリマの畑の真ん中で 2010

2010.12.31
原稿。
皆様、本年もお世話になりました。
暴言妄言、どうぞご寛恕ください。
今年は娘が小学校に進学するという嬉しい出来事があった一方で、18歳で出会ってから34年間も付き合ってきた大切な友を喪うという現実にも直面しました。
そして景気は依然としてよろしくなく、フリーになって22年、最悪の売上でありました。
それでもどうにか年を越せそうであることに、ともかく感謝するのみです。
どうか来年が皆様にとって良い年でありますように。
今年の日記の文字総数は約40万4千字。目標としていた44万字にはちょっと及びませんでしたが、まあ、我ながらよく書いたものです。
なお、年明けからは日記も新しくなります。ここに直接ブックマークしている方は、2011年版にマークしなおしてくださいませ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.12.30
息子に、自分の部屋の大掃除を言いつけ、大量の漫画本を整理するように命じたら「中身を見ないと、どれを仕分けすればいいかわからないから」と言って、こち亀を片っ端から読み始めた。困ったものだ。
夜は、四連続飲み会のようやく最終日。地元のパパ飲み会である。
とは言え、なかなか全員の都合が合わず、まあ、呑める人だけで呑みましょうか、ということになり、まっちゃん、サクさん、オレの3人だけで呑むことになった。
話題と言えば、子どもネタに尽きる。
どうも学校へ行くようになってから食事の姿勢が非常に悪くなったようだと、全員の意見が一致。片肘をつく、犬食いをする、と幼稚園時代には考えられなかった行儀の悪さだ。
やっぱり食事のしつけは育ちが現れるわけで、いろんな家庭がいるからダメな行儀の子に他の子供らが引っ張られてこうなってしまったのだろうと、全員が納得。給食の行儀まで、実際問題として先生は見ていられないだろうから、やっぱり親がきちんとしつけなければと思うのだった。
飲み屋は、たけし。なんと大晦日まで営業するのだという。
相変わらず酒は抜群に旨く、つまみも絶品。何よりも店員のホスピタリティが素晴らしい。
こんな不況下でも、こうして真剣に客と向き合い、CSとは何かを常に考えて改善を重ねている店には、客は足を運ぶという格好の見本だ。
実際オレたちも最初は入れなくて「お席が空きましたら電話しますね」と言ってくれたので、別の飲み屋でその電話を待ったあげく、やっとたけしに入れたほどだ。
仕事に対するこういう努力は見習わなくてはなあ。
さすが石神井最強の居酒屋である。
12時近くになって帰ることになり、途中で、まっちゃんが100円ローソンでアイスクリームをおごってくれた。年末の深夜にアイスクリームをなめながら歩くおっさん3人(笑)。
こうして地元のパパ友だちと仲よく呑めるというのは、とてもありがたいことなのだなあと、酔った頭でしみじみ思う。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「さげまんのタンゴ」柴草玲。えーと、ともかくさげまんのタンゴなのである。タンゴとは、音楽のタンゴであって、丹後では決してないので誤解なきよう。さげまんのタンゴという歌であるから、タンゴのリズムに乗って「わたしは〜さげまんっ」と始まるのである。キラーチューンといえば、これ以上のキラーはないだろう。というより、キラー過ぎてメジャーにはちょっとどうかと(笑)。惜しいのは、ミックスのせいか、ところどころ歌詞が聴き取りにくいことだ。残念。それでもともかく「わたしは〜さげまんっ」というフレーズが頭の中でループするのは間違いなし。テポドン級のインパクトである。ミニアルバムで他に2曲入っている。2曲目は、これまたとんでもないタイトルの「ホテル荻窪」。昔よく利用していたホテル荻窪というラブホテルが、久しぶりに行ってみたらなくなって普通のビルになっていた、という歌である。脱力だなあ、んとに。そして3曲目が「千代さんの日記」。99歳まで生きた千代さんの物語で、最後、天に昇っていくシーンはとても美しかった。メロディーも詞も、一緒に天に昇っていくようだった。「さげまんのタンゴ」も」「ホテル荻窪」も「千代さんの日記」も、いずれもなんというか、喪失と赦しの歌のように感じられた。さげまんの千代さんがホテル荻窪を思い出しながら天に昇っていく物語と読めなくはないが、そういう強引なこじつけをするまでもなく、これは女の哀しみとはかなさと開き直りの詩なのだと思う。夜中に聴いたら、泣いてしまうのではないか。


2010.12.29
取材1。
光陰矢のごとし。
今年もこうして漂流の日がやってきたのだった。
「今年で何回目だ?」「さあ」「どうしてちっとも盛り上がらないんだ?」「というより、年を追うごとに盛り下がっているのでは」「仲間が目を合わせてくれなくなっているのでは」「単に吹きだまりでは」などということをぶつぶつ言い合う年の暮れ。この日記を見てみたら第1回目が2002年の日韓ワールドカップの年だったから、今回で9回目なのだ。
飽きもせず、まあ、よくもだらだらと。
今年は、巣鴨である。
帰りのことを考えれば山手線がふさわしく、かといってオヤジ狩りされてもたまらないから繁華街はマズイし、六本木だと海老蔵みたいにボコられちゃうし、なんだかんだと理由をつけて、今回の集合場所は巣鴨となった。
巣鴨と言えば、じじばばの街。ここなら我々も「若いのが来た」と歓迎されるに違いない。
そう踏んでのことだったが、ところが今年はすごいぞ、なんと漂流革命が勃発したのだ。革命だぞ、漂流革命。心して読まれよ。
待ち合わせは5時に巣鴨の改札である。
少女時代の「Gee」を聴きながらオレは、ジージジーと踊りながらじじーとばばーの街にやってきたわけだが(うまい>オレ)、改札にたたずむのはだてポン一人。
なに、いつものことである。
どうせ親分が1時間も早くやってきて、既に一人で飲んでいるのだ。
と思ったら、5時を過ぎて現れたのが親分といさわし。ははあ、こりゃ二人で示し合わせて先に飲んでいたな。
親分を問い詰めたら「何を言う、図書館だよ、図書館。図書館に行ってたんだよ」と開き直る。
ほほう、その図書館に行くと顔が赤くなって、酒臭くなるんですか。
「しょうがねえだろ、酒の置いてある図書館なんだから」と、ほとんど痴呆の親分。いさわしも「いやあ、僕も図書館に行ったら親分とばったり会っちゃって」と追従する。
呆れたものだ。
とりあえずこの4人で、親分が行ったという図書館に行ってみることにした。
巣鴨ってのは、じじばばばかりかと思ったら、おっさん・おばはんもいる街だ。しかし駅前は地味だなあ、とことん。
普通の飲み屋と普通の風俗が並んで店を出していて、客引きがうるさくてしょうがない中をぬって我々が最初に飛び込んだのが、立ち飲み屋だった。
店内5分の入り。
「おのみものは、ナニしますカ」というアジア系店員に、とりあえずこういう店では瓶ビールが正解であるので、瓶ビールを頼む。
店員、ビルの代わりに「900円ネー」と金を請求する。おお、キャッシュオンデリバリーであったか。
そこで一人1000円ずつを出して合計4千円払ったところで店を出ようと決める。
ところがこの4千円が減らない。なぜなら呆れるほど安いからだ。
コロッケ100円、かき揚げ200円、マグロの刺身250円。
テーブル一杯に並べても1000円もしない。爆安である。
しかも普通に旨いのにはびっくり。なんだ、そのへんの居酒屋より全然旨いじゃん。
テーブルの上に3,100円を置いていたら、アジア店員が全部持って行こうとしたので、慌てて阻止し、必要なだけ持って行けと言う。どうやら店員は全額をチケットに交換しようとしたらしい。
そうである。この店には、チケット制度が導入されていたのである。
しかも、500円を出すと50円のチケットを11枚もらえるという、ありがたいっちゃあありがたい、どこまでも安っぽいシステムなのだった。
ただ、我々は年に一度の漂流。この店にも二度と来ることはないのでチケットにする必要もなく、現金で払い続けたのだった。ちょっとした金持ち気分なのだ。
それにしても安い。とことん安い。
結局、4000円を使い果たす前に、立ち飲みゆえに疲れてしまい、店を出ることにしたのだった。
大人4人で3600円。つまり一人900円でおなかいっぱい。大爆笑。
余った400円を4人で分けて、せっくだからとげ抜き地蔵にお参りすることにしたのだった。
**
激安立ち飲みやから、徒歩10分。
巣鴨の商店街を抜けて、とげ抜き地蔵に向かう。
商店街には「AED」の旗がやたらと多かったのには笑った。これならじじばばも安心して来られるだろうて。
途中、定食屋があったが6時なのにもう閉店。昼間の稼ぎだけでやっていけるようだ。
なにしろ6時なのにもう人通りは絶えている。じじばばは暗くなる前に帰ってしまったのだ。
おかげで、いつもは手すり付きのコーナーに鈴なりの行列だという参拝客もなく、とげ抜き地蔵はがらがら。順番もなく、すぐにお参りだ。
とげ抜き地蔵とは何か。それは、自分の痛いところと同じ場所をなでさすれば、たちどころにそこを治してくれるというありがたいお地蔵様だ。
親分を見て、頭をなでるんでしょ、と言ったらじろりと睨まれたオレであった。
そういうオレは、そうだ、財布をなでてもらえばいいんだ、と大発見して叫んだのだが、どうも何かを勘違いしていたようで、いさわしにたしなめられたのであった。
とげ抜き地蔵では、きっと毎日のように無数の男が同じようにするのだろう、我々もこっそりと地蔵さんのちんちんをなでるのであった。
それを見て見ぬフリをする、後ろに並んだお姉ちゃんたち。
さて、地蔵さんのお参りも済んだので、まったく期待できないが一応お地蔵さん近辺の店もリサーチしてみる。
漂流を長く続けていると、それなりに嗅覚が働くようになり、いい店・悪い店が瞬時に見分けられるようになる。この、とげ抜き地蔵近辺の店は、ことごとくが悪い店であった。
もし検索でここが見つかったら怒られそうだが、はっきりとそうなのであった。
「これは、金を持ってるじじばばから吸い上げる店ばかりですな」というのが我々の結論。そんな店に近寄ってはいけないのだった。
ならば駅に戻ろうかと歩き出したらば、「ちょっとマーキング」と言い置いてトイレにいったのが、親分。タヌキではなくて犬だ。
マーキング後、再び駅に向かって歩き出した我々であったが、実はここで革命は起きたのだった。
**
巣鴨の夜は寒い。こんな夜にじじばばが出歩いたら、たちどころにAEDの出番となる。
我々は漂流だが、じじばばは徘徊。
そう主張する我々だが、しかし、傍目からすればどっちも徘徊にしか見えないかもしれない。
そんな我々の遠目にとまったのが「くま☆さん」という店だ。
まず店の名前からして完全にスルーだ。しかもアジア料理という正体不明の店。
いつもならば目もくれずに通り過ぎるのであるが、今夜はあまりに寒く、しかも地蔵さん近辺の年金狙いの悪徳飲み屋を見過ぎた我々には、いかにもまっとうな店に見えてしまったため、この「くま☆さん」に立ち寄ることにしたのである。
そして、ここで革命は起きたのだった。
つまりこの店、異常に旨くて異常に安かった。
キリンの一番搾りはジョッキで190円。チンタオなどアジア各地のビールがずらりと並んで380円。
旨さでびっくりしたのは、トムヤムクンの麻婆豆腐だ。
トムヤムクンの風味に麻婆豆腐の辛みがミックスされた、絶妙の味で、我々は「おお、この手があったのか」とびっくりしてしまった。ナンも、これまた旨くて、たぶんメイプルシロップが塗られているのだろう、絶妙に甘いナンなのであった。
あまりの旨さに、おやぶんは「カレーをくれ」と言い出す。カレーも魅力的なメニューが勢揃いだ。
しかし、まだ2軒目。あまり食い過ぎてはいかん。泣く泣く親分はカレーを諦め、我々は店を出て巣鴨駅に向かったのであった。
**
巣鴨駅で、大手町から仕事を終えてやってきた、えりずーとサトコの金融ガールズと合流する。
我々おっさんたちはナンまで食って、腹一杯。いさわしに至っては、漂流の前にオムライスまで食ってきたというから、満腹に満腹を重ねた状態だ。
しかし金融ガールズは今まで仕事で腹が減っている。これは何か食わせなければ、日本の金融システムも安定しない。
そこで向かったのが、最初に行った激安立ち飲み屋のある図書館近辺の焼き鳥屋である。並びでは風俗の呼び込みが声をかけてくる。
この焼き鳥屋、店の名前はすっかり忘れた。
狭い店だったが、まあ、ごく普通に旨かった。
途中で伊豆原が合流。大食漢伊豆原も腹を空かせているのだった。
普通に旨い焼き鳥屋ではあるのだが、席が小上がりで、おっさんたちは態勢を変えるだけでも「いででででで」「どっこらしょ」「あたたたた」と苦しくて仕方ない。
とても長居はできなくて、1時間ほどで店を出たのだった。
ここで、ケーキを食いたいという話になり、えりずが「私の知ってるケーキ屋さんがありますう」というので案内を頼んだ。
駅の反対側、やはり風俗の呼び込みがぽつりぽつりと不景気に並んでいる間を通り抜けてたどりついたそのケーキ屋は、すでに閉店。残念である。
ならばコージーコーナーだということになったのだが、しかし、親分の頭の中には「くま☆さん」で食い逃したカレーがある。
あの店、旨かったよなあ。
既に全員の頭は「くま☆さん」で一杯になり、なんと2時間前に後にしたその店にUターンすることにしたのだった。同じ店に戻ってまた食うとは、まさに革命。
これでは漂流ではなくて、逆流ではないか!
そうである、ここにようやく漂流革命が起きたのであった。
**
「くま☆さん」、思い起こせば先ほど来たときは、OLふうで満席だった。
安くて旨い店に姉ちゃんが集まるのは、道理か。しかも、自腹の女子会ならなおさらだ。
さすがにリターンズともなると、店は空いていて、店長の「あれ、まさかこいつら、さっきも来た客じゃねえだろうな」といういぶかしげな視線を浴びながら、我々は「まったくその通りだよーん」と注文したのだった。
今度はカレーも2種類。ナンも2種類。もちろんトムヤムクン麻婆豆腐も、サラダも、シシカバブーもだ。
飲み物はベトナムのビールの333。
いやあ、カレー、旨かったですなあ。
伊豆原はライスを注文し、2種類のカレーとトムヤムクン麻婆豆腐をかけ、シシカバブーとサラダを添えてアジアランチプレート風にして食っていた。激うまそうだった。
そうである。ライスと合わせて食っても旨そうなのだ。
ともかく飲むよりもひたすら食った漂流で、その意味でも革命的な夜になったのであった。
そして、7人で飲んで食ったというのに、会計は全部で8千円。なんと一人11000円である。
「六本木はどういうことだ!」と怒るいさわし。同じものでも、六本木なら一人7000円は取られるだろう。そこが1100円だから、巣鴨、恐ろしい街である。
**
さて、こうして革命の夜も過ぎていき、時間は10時15分。だてポンも、珍しく最後まで一緒だったねえ。えーじくんは、会社の都合でどうしても抜けられず、残念だった。来年はぜひ。
えりずは巣鴨駅で別れ、その他は山手線に乗り、オレと親分と伊豆原は池袋で降りてそれぞれに帰る。
面白いことに全員が最終的に違う路線へと散り散りになるわけで、まさに一年一度の漂流で昔の仲間が集まり、そしてまたそれぞれの日常に帰って行くという図式だ。
別れ際「またねー」「良いお年を」との声が飛び交う。
今年もこうして漂流できてよかったなあ。心残りは、一度は参加したいと口にしていた山口が、とうとうその思いも叶わず逝ってしまったことだ。
今年一番の悲しい出来事だった。
にぎやかなヤツだからあっちの世界で寂しがっているかもしれないが、まあ、しばらくは我慢してくれ。当分、誰もそっちには行かないから、空の上からオレたちの漂流を眺めて、やっぱり参加したかったと歯がみしていてくれ。
一人になった西武線を降り、駅から家までの道、「友へ」を聴きながら、オレはまた山口のことを思いながら歩いたのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「ありがとう」いきものがかり。『ゲゲゲの女房』の主題歌だった曲だ。改めてちゃんと聴いてみる。"あなたの夢がいつか二人の夢に変わっていた"という陳腐なフレーズが、実は若い子の胸を打っているそうで、うーん、なんなんだかなあという気分だ。オケは手抜きではないのか。もっともこれだけ売れていて、いかもボーカルに魅力があれば、オケの仕事はもうないな。歌の邪魔をしなければいいだけだ。それにしてもこの歌手の魅力は、不思議だと思う。たいして巧くもないのに、耳に飛び込んで来るのは声の質によるのか。


2010.12.28
年末、怒濤の4連続忘年会の本日は二日目。コマちゃん主催の年忘れパーティである。
場所は、げろっ、昨日に続いてまた六本木だとよ。しかも、オレの嫌いな地下・窓なし・ダウンライトの店だとよ。店名は、たこかっぱとか、そういう名前だ。
地下・窓なし・ダウンライトの三重苦に加え、六本木かつ国籍不明料理という、オレの苦手なものがオンパレードの店になぜ決まったかというと、これはコマちゃんの趣味以外の何物でもないのである。
具体的に言うと、えーと、白いシャツに前掛けというカフェのお姉さんスタイルの姉ちゃんが店員で、しかもその姉ちゃんたちが、髪を後ろでまとめて前の両側がはらりと垂れているという、部活も女子高校生タイプだからだ。これぞまさにコマちゃん王道。
という飲み会が進むのに任せて、実はオレは遅刻を承知でミッドタウンに寄り、ほしいと思っていた「くつくつした」を買ったのだった。
「くつくつした」とは、靴の柄をした靴下で、これを履いていると家の中でも靴を履いているように見えるという、要するにネタなのだが、そういう面白い靴下なのだった。
残念ながら24センチしかなかったので、息子の土産にして、娘には別にアクセをお土産に買う。
その袋をさげて、オレは地下・窓なし・ダウンライトの三重苦の店に向かったのだった。店名を、さるかっぱという。
話題の中心は、来年結婚する予定のコイデ氏だ。
そのなれそめから、新居の予定まで、別にどーでもいいよと思いながら、全員、上の空で聞き流す。冬休みに入ったらすぐに福島に住む彼女のおばあちゃんに会いに行くそうで、きっと旨い地酒をお土産に買って帰ってくるに違いない。
酒が進むにつれて、コマちゃんの狼藉が始まる。
コイデ氏の携帯を勝手に取り上げ、その電話帳を開いて名前を上書きしていくという遊びだ。結局コイデ氏の携帯の電話帳には、大塩平八郎とか中島半平太とかの名前がずらりと並んでしまって、コイデ氏「ああっ、ここ、これは誰だっ、誰だった、誰なんですかっ」と咆吼するのであった。
その様子を見て、オレもコイデ氏の携帯を取り上げ、勝手にメールだ。
カナウチおじさんに向けて「琴欧洲」「琴光喜」とだけ書いたメールをコイデ氏携帯から立て続けに2通送ったので、きっと今夜は大相撲の夢でも見たに違いない。
こうして盛大にもコマちゃんの会は繰り広げられたのであるが、しかし、やっぱり景気が悪いのか、六本木では普通に空車が走り、電車も特に混んでいるわけでもなかった。
来年はもっといい年にしたいよねえ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「Gee」少女時代。頭の中はすっかりジージージージーとリフレイン。続いてバーバーバーと聴きたくなるのだった。韓国人なのに英語が上手いなあと思ったら米国育ちの韓国人がいたりするグループなわけだが、それにしてもこのトラックメイクは誰がやったのだろう。当たり前の何でもないトラックなのだが、実に上手くつくってある。きっちりと正攻法で音場をつくり、リズム隊はぎちぎちに潰し、その上に金属ものを中心としたシャカシャカ部隊を大音量で鳴らし、さりとて決してボーカルの邪魔をすることのないこのトラックは、相当の手練れと見た。はっきりいってカエラより上だな。オレもこういう世界を目指すか。少女時代。


2010.12.27
原稿。
原稿仕事を終えた後は、歌手のタカスギさんを丹後湯に迎えて、ボーカルのレコーディング。ピコロ5月号に掲載予定の音の録音だ。
短い曲で、録音は無事終了。
タカスギさんといろいろと話す。来年はなんだか面白いことを仕込んでいるようで、興味津々。ぜひオレも入れてくれ、と頼んでおいた。
オレの来年は、まずはA-1グランプリの優勝だな。これはいさわしの企画づくりとだてポンに期待大。新メンバーとして親分も口説き中だ。
あと、オリジナルCDをつくりたいと思案中。具体的にはヨメのソロによる完全オリジナルCDである。ミニアルバムでいいから、これならちゃんと手売りできるわけだ。
もう一つ、前から温めている企画があって、これが実現するとなかなか面白いとは思うのだが、ちょっとカネがかかるのがネック。親分に相談だ。
タカスギさんと若手遊び歌作家の動向について話す。
みんなそれぞれに頑張っているようで、嬉しくなる。
夜は、ピコロの忘年会。
会場は六本木の東京ミッドタウンだ。格安らしい。どうしてこんなにいい場所が格安で利用できるのか、そのワケを、何度聞いても理解できないオレなのであった。
パーティは盛況である。だが、内実は決して浮かれているのではないいろいろと厳しい現実もあって、その中で何とか盛り上げていこうという話だ。
立場はそれぞれでも同じメディアの船に乗り合わせたクルーなのだから、沈まないよう、全員が頑張らねば。
今年は音楽関係は少ない。イラスト関係が多かった。
そんな中で、新進のアレンジャーに遭遇。今日、タカスギさんと録音したピコロ5月号に、一緒に収録されることになる楽曲のアレンジャーだ。
初めてのピコロである。
わ、若い。しかも、美人だ。
コマちゃんなら、若くて美人なら何の問題もないと大喜びしそうだが、若くなくて美人でもないオレとしては心穏やかではない。せせせせっ、世代交代か。これが世代交代なのかっ。
どうも編集長もこのアレンジャーを気に入っているらしいし、これはマズイ。
1月の頭にスタジオでレコーディングがあって、この美人アレンジャーと一緒になる予定なので、なんとかしてそこで潰すか。うへへへへへ、若い芽は潰すに限るのだ。
つい黒タンゴの目になって、上目遣いで美人アレンジャーを威圧する。
と、そこにいたのが、真冬の六本木に、半袖Tシャツにベストという、寒いんだか暑いんだかわからない格好でやってきたリョータである。
「ターンゴさん、くどいてんじゃないよ」と思い切り誤解を呼びそうな発言をするリョータ。違う、くどいているのではない。オレの保身のために、若い芽を今のうちに潰しておこうとしているだけだ。
ところが外からは決してそうは見えないのだろう。これではダメおっさんではないか。
どうやらオレのアレンジャーとしての歩みもここで潰えてしまうかも。
そのリョータとミツルに、来年の予定を聞く。
二人とも新しいチャレンジをするようだ。興味深い。ピコロの座を若いアレンジャーに奪われそうで、若い芽を潰すつもりが逆に潰されそうなオレは、ならばミツルとリョータにすり寄ろうと考えて、もみ手で、わたくしに何かできるようであればお手伝いさせていただければ、と薄ら笑いを浮かべるのだった。
それにしてもリョータといろいろ話し合った遊び歌業界の動向あれこれは、なかなかにシビアで、オレもまったく同感なのであるが、どうなっていくことやら。
近々、リョータとはもう一度じっくり飲まねばならないな。
魚せいに行きたいと言ってるから、一度連れて行くか、リョータ。すごいことになりそうだが。
ワンちゃんに遭遇。
先日の横浜APEC還暦コンサートの話をする。この人を見ていると、オレもこのような60代になりたいと思うのだった。
ワンちゃんとの共作であちこちで大きな感動を呼んでいる「誕生日」、作曲はオレね、その曲を次の丹後湯CDに入れたいと考えていて、その許可をもらおうというのが今日の一番の目的。
ワンちゃん「いいですよー」とのことなので、現在制作中のCDに入れることにした。
ワンちゃんバージョンはアコギに笛にピアノというシンプルな味のあるアレンジだったが、オレはストリングスを使った厚みのある音にしたい。デビッド・フォスターみたいな。あわわわわ、言っちゃったよ、恐れ多い。
ワンちゃん、「誕生日」ありがとねー。楽しみにしていてくださいねー。
若くて美人のアレンジャーに心奪われつつあるピコロの編集長と、「タンゴさん、最近のオレは朝が早くてねえ、眠くなっちゃうんですよ」「あー、オレもそうですよー」というような話をしつつ、気がつけば11時。
もう眠い。
一足先に二次会の会場を後にして、大江戸線に飛び乗ったのだった。
石神井公園の駅から家までの夜道、カーペンターズを聴く。何度聴いても気持ちのいい音だなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.12.26
さて、年末恒例、今年の重大ニュースの発表だ。
えーと、今年もいろいろあったなあ。例えばa-1グランプリ予選突破、本選出場だ。
一番の勝因は、いさわしもオレも、絶対通ると根拠もなく信じていることだ。よって、信じられないことであるが、「ここで脱皮のポーズをする」とだけ書いて、具体的に何をするのかも書いてないのにちゃんと通ってしまうのであった。
このa-1グランプリ出場は、家族総出で応援し、息子はオレにくっついてきて楽屋でオレの弁当まで食ってしまったこともあり、我が家としては5位くらいのニュースだな。
次。
息子がクラス委員になる。
おお、立派ではないか、息子よ。根拠のない自信を持てというオレの教えを受け継いだ息子は、なんでもかんでも手を挙げるようになった。そのあげくがクラス委員である。
今日も冬休みの宿題をやっていると、父親(オレね)から「宿題禁止だ、ばーろ」と怒られる。親が宿題するなというと子どもは「迷惑がって自分から宿題するから面白い」。
このクラス委員は3位だな。
次。
娘が小学校進学。
あんなに小さかった娘も無事に幼稚園を終えて、小学校入学。うう、感無量だ。父はうれし涙で、記念のCD「いちねんせい」をつくったほどだ。後付けだけど。
この娘の進学は、もちろん堂々のトップニュース。今年の1位なのだった。
えーと、他にもニュースがあったような気がするが、面倒だからもういいや。おしまい。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「The SOUL」ドリカムのベスト盤。2枚組なのに950円。さらにちょっと傷がある(音には関係なし)ため、200円引きで750円。超お買い得。しかし、思い切り反感を買うことを承知で書くのだが、ドリカムを聴くときにいつもつきまとう偽物っぽさの正体は、何なんだろう。ドリカムでも聴こうかなあと、時々聴きたくなるのがこのバンドなのだが、聴き始めると、もういいやという気分になる。不思議だなあ。これと同じく偽物臭のするのがサザンだったりするのだが。ああ、さらにまた反感を買ってしまった。オレは何様だ。
「カーペンターズ・グレーテスト・ヒット」カーペンターズのベスト盤はもちろん持っているのだが、これはリミックスと書いてあったので購入。なんと500円。カレンが泣くぞ。リミックスは数曲だけだが、この音が素晴らしいのなんの。まったく違う音に仕上がって、身震いするほどすごかった。ネットで調べたら英国編集盤らしい。リミックスにおいても実に厳格な作業をするとされるリチャードだが、これも彼の入魂のリミックスなのだろうか。だとしたら、この音も納得できる。でもブックオフで500円(笑)。リチャードが泣いてるぞ。
「クリスマス・アルバム」デビッド・フォスター。クリスマスが過ぎてからブックオフでクリスマスアルバムを買うオレ(笑)。しかも例によって500円。デビッド・フォスターもブックオフにかかっては形無しだ。ちょっと聴いたが、さすがにデビッド・フォスター、素晴らしいアレンジである。トム・ジョーンズとか、意外すぎる歌手が集められて歌っているのも楽しい。もっと楽しいのが、日本版向けのライナーノーツ。なんと「音源が届いていないので、曲目とミュージシャンのリストを眺めて書く」と堂々と断ってある。音源を聴かないでライナーを書くのだから、ご飯を食べないでグルメレポートを書いてるようなものだよね。これはレコード会社から「音源なんてなくても書けるよね、ナカムラちゃん。締切近いけど、よろしくね」と無茶仕事を押しつけられたライターが、さすがにキレて書いちゃったのだろう。それでも5000字ほど書いてちゃんとライナーノート(中身はともかく見た目だけは)として仕上げているのだから、たいしたものだ。このライナーだけでも500円の価値がある。いや、そんなわけはない。
「15周年ベスト」栗コーダー。ツタヤで借りる。栗コーダーの音楽は楽しいよね。「おじいさんの11ヵ月」「帝国のテーマ」「怪獣ブースカ」など、聴き所満載。残念ながらこれには収録されていないが、「ハイウェイスター」をリコーダーで演奏してしまうバンドなのだ。あれには噴いた。衝撃の「ハイウェイスター」。
「タンゴ・ノスタルジア」葉加瀬太郎。ツタヤで借りる。栗コーダーと合わせて2枚で360円。安いのはいいけど、ツタヤの品揃えはどうにも情けないなあ。もうリアルのレンタル商売は難しいのだろうなあ。タンゴは、実は大好き。オレのことではないよ、音楽だよ。ラ・クンパルシータが聴きたくて借りた。


2010.12.25
クリスマスであるが、どうも世間的にはクリスマスの空気が薄いようだな。
クリスマスなんぞに浮かれていられないということだろう。オレもそう思う。
家族で、久しぶりにたけしに行って旨い酒を飲み、帰り道、息子と二人で「ツタヤでCDを借りて帰ろう」と思ったのに会員証を忘れてがっくりの父ちゃんなのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.12.24
取材1、原稿。
ポーランドのプラグインメーカー、PSPから新しいプラグインのお知らせメールが来た。
PSPは大好きなメーカーで、Vintage Warmerはじめ、いろいろと愛用している。VintageWarmerは最後にかけるとボーカルがグッと前に来る感じになり、しかもアナログの温かさも生まれて、すごくいい仕上がりになるのだ。
このPSPは、今回のように半年に一度ほど、新しいプラグインだよ、使ってみて、とメールをくれる。しかもかなりの格安だ。
今度のプラグインは、どれどれ、えーと、N2Oというヤツだ。化学式か。
ところがサイトを見て、翻訳ソフトを使って読んでみても、いったいこのプラグインが何をするものなのか、さっぱりわからないのであった。
動画のデモでは「ピッチを変える」みたいなことを言っているが、本当にそんなプラグインが必要なのだろうか。
価格は、定価149ドルのところ、年内ならば79ドルという大サービス。さらにPSPユーザーならばもっとまけて69ドルという出血大サービス価格。
円高だから5千円くらいか。
絶対ハズレのないメーカーだから5千円なら買いである。間違いない。
たぶんすぐにでもダウンロードすると思う、オレ。
こういったオーディオ制作のプラグイン関係は面白くて大好きである。フリーウェアも非常に多い。
こういったプラグイン業界の王者と言えばWAVES様であるが、一番高いプラグインセットともなるとなんと120万円もする。オレは今目玉が飛び出た。
この最高値プラグインも、実は年末の今、大売り出し期間中で65万円だ。なんという無茶な商売なんだ。
そして、この最高値プラグインは、一度買うと、同社から今後リリースされる製品はすべて無料で入手できるという仕組みになっているらしい。
いろんなビジネスモデルがあるのだなあ。
ビジネスモデルと言えば、今週の「週刊現代」で大前研一Appleの垂直統合モデルを批判している。おれもこの説にはまったく同意である。
製品のハードからソフト、さらにはアップストアで流通まで完璧に囲い込んだ垂直統合モデルは、まさにガラパゴス。他のリソースを一切受け付けない(たとえFLASHでも)という、鎖国政策。まさに完全排他地域の閉じられたビジネスモデルだ。
これはかつての転落するMacintoshとまったく同じ構造で、長続きするものではない。
今や水に落ちた犬はオレが一番先に叩く状態になりつつあり、Apple批判はこれから続々出てくるだろうなあ。
イノベーションに長けているジョブズは、まさに創造の天才である。ただし、それに独善的な、という形容詞がつく。
創造はできるが、それを他者と共有するという発想にまったく欠ける、要するに天才とはそういうものであり、ジョブズも単なる天才に過ぎないということだ。
それはともかくとして、つまりはいろんなビジネスモデルがあって、面白いなあということを、オレは言いたいのである。PSPの半額で買ってねとか、WAVESの一度買ったあとはずっとタダよとか。
これらの他に最近は魅力的なフリーウェアも出てきたみたいで、いろいろと試したくなる年の瀬なのだった。
どうも遅々として丹後湯新作が進まない。現在11曲。あと何曲か、具体的にやりたい曲目も決まっているのだが、手が遅い。困ったものだ。
もっと頑張らねば。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「Number」今年のナンバーMVPは本田圭佑だと。それはともかく、ワールドカップのパラグアイ戦の敗退を振り返って、中盤の選手たちがそれぞれに分析しているのが興味深かった。遠藤もケンゴも、その他も、それぞれにロングボールが飛び交う状況に苛立っていたようで、しかし、それは体を張って守っていた守備チームにはカチンと来る話ではあるだろう。一人で打開できず、前線できちんと組み立てられないんだから、どうしたって蹴り出すしかなかろう、と。それにしても、あのシリーズはやっぱり面白かった。ずいぶん前のことのように思えるが、まだたったの半年前だ。
「週刊現代」今週後は迷わず買いである。ノンフィクション作家の佐野眞一がソフトバンクの孫社長に鋭く迫り、集中連載で孫のある種の"いかがわしさ"を明かしていくという物語だ。孫は在日韓国人であり、佐野はその故郷である九州の朝鮮部落を訪問。そこでのすさまじい生活ぶりを明らかにしていく。実際、書き写すことがはばかられるようなすさまじさだ。それにしても驚くのは、60代半ばにして精力的な動きをする佐野である。孫社長への1時間半のインタビューでの攻め方に、そうかそんな落とし方もあるのかとびっくり。相当に事前に準備をしているというわけだ。この連載、楽しみである。とにかく今週の現代は買いだ。
「カンテレのグランド・レディー」ウッラ・カタヤドリ。フィンランドのカンテレ奏者のCD。オレは日本カンテレ協会というものに入っていて、幽霊会員なのだが、毎年クリスマスにこうしてプレゼントCDが届くのを楽しみに会費を払い続けている。年3000円。CDでチャラだな。相変わらずカンテレの澄んだ音色は北の空に美しく溶け込んでいく。この奏者は、相当なテクニックを持っていることが、素人のオレにもよくわかる。ところでカンテレは、その澄んだ音色から日本人の奏者が日本の感性で弾くと、案外にいい。はざた雅子という奏者の演奏など、日本人でなければできないなあと思わせる。
「A winter fairy is melting a snowman」木村カエラ。できちゃった婚、カエラ姉さんのクリスマスソングである。いきなりアップテンポのサビから入るというのは、前作のdocomoのCMと同じつくりだ。前奏はできるだけ短く、1分以内にサビに行け、というのは最近のヒットするJ-POPのお約束だ(おお!「ねがい」もそうではないか)。これも含め、いろいろとよく計算されてつくらた曲だと感心。プロの仕事という感じだな。キックとベースががっつりつぶれていて、ずんどこずんどこ。その上にモンスタースネアが載り、ギターは激しくカッティングを刻む。エンディングは、え、まさかこのままフェードアウトするんじゃないだろうなあと思わせて、きれいに終わる。実に上手につくられていて、ヒットして当然という歌なのだった。


2010.12.23
よーし、音楽をたくさん聴くのだと思い立ち、つーか、思いつき、駅前のツタヤに立ち寄る。ツタヤ、大丈夫か。やっていけるのだろうか。
ビーチボーイズの「ペットサウンズ」を借りる。40年も昔にリリースされたというのに、最近になって再評価されているアルバムだ。
恥ずかしいことに聴いたことがない。それではいけないのだ。
どれどれ。ほほう、なかなかにいいではないか。
ビーチボーイズと言えば、ブライアン・ウィルソンの「ディズニーガールズ」だ。大好き。
特にアート・ガーファンクルのカバーは、とんでもなく大好き。
先日、本屋で村上春樹の本を立ち読みしたら、この「ディズニーガールズ」のことが書かれてあった。要するにこれはベトナム戦争中のアメリカの空気を描いた作品で、輝かしかった50年代を懐かしんでいると知って、びっくり。
全編に漂うこの幸福感は、強くてたくましかった、パパ・アメリカを懐かしんでいることの表れなのだ。
すると、この幸福感もどこかもの悲しく思えてくる。
「ペットサウンズ」にもそんなものに通じる空気がある。なかなかによろしい。
続いて借りたのが、バート・バカラックのベスト。バカラック作品集は持っているのだが、ベスト作品をリミックスしたとあったので、どれどれと。
ところがこれが大失敗。なんとインスト集なのだった。
「雨に濡れても」のイントロが始まって、オレはウォークマンを引きちぎって地面にたたきつけそうになってしまったよ。って、ウォークマンに罪はないのであった。すぐ削除。
続いて聴き逃していた大橋トリオ「FAKE BOOK」を聴く。カバー集だ。
カバー集ってのは、オリジナルを知らないと楽しめませんなあ(笑)。
知っている曲が唯一「贈る言葉」。案外よかった。
4枚目が、わははは、ベートーベン。「運命」と「田園」のカップリングだ。
「田園」はけっこういい気分だぞ。
オレはちゃんとした音楽教育を受けてないから、クラシックはさっぱりなのだった。こんなことではいかんなあ。
時々、無性にパーシーフェースとかそういったイージーリスニングも聴きたくなる。今度借りてこよう。
そんなこととは別にして、今日は休日。家族で南町田のグランベリーモールにいった。
お約束の中華バイキングで満腹。ここのバイキングは旨いなあ。
近くに住んでいるカメラのヨシダ氏が「ここのバイキングを食ってから、他では食えなくなりましたよ、タンゴさん」と言ってるように、1500円という値段でこれだけのバイキングが味わえるなんて、びっくりなのだ。
娘と息子の服を買う。
娘はオレに似て法服を買うのが大好き。アウトレットモールだからどこも安くて、キッズの可愛い洋服を3つも買ったのに3500円で済んだ。安くて大助かり。
息子はというと、洋服にはまったく興味がなく、裸でなきゃなんでもいいというタイプ。色気づく前の小僧なんて、そんなものだろう。
こういうヤツには、GAPで十分である。適当にあれこれみつくろう。
クリスマス前の休日だけあって、グランベリーモール内ではサンタクロースが徘徊。たちまちにして子どもに囲まれ、あっという間に30メートルもの行列ができた。
我が子はと見やれば、なんともすばしっこいことに、いつの間にか先頭から5番目に並んで、しっかりプレゼントをゲットだ。ラムネだが。
こうして素敵な洋服にサンタのプレゼントを手に入れ、いいクリスマスだねーとニコニコしながら帰ったのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.12.22
取材1、原稿。
大慌てで年賀状を書いて出しているわけだが、喪中ハガキを前に、えーと、これは今年だっけ、去年だったっけと首をかしげることもしばしば。
もちろん日付が書いてあるからそれを確かめるだけの話ではあるものの、要するに去年と今年がごっちゃになってしまって、まったく年は取りたくないねえという話だ。
本日出かけたのは稲城市という遠いところ。神奈川県。
実にゆるいというかぬるいというか、街全体が記憶喪失になってしまったようなたたずまいだった。
ひどいことを言うオレであった。
長年、えーと、2002年くらいから講読してきたジャーナリスト・日ガキ某氏の有料メルマガをついに解約する。
月750円だから別に続けてもよかったのだが、ここ1、2年ほど質の低下が著しく、要は750円の価値もないと判断しての解約である。
要は、つまんねえというわけだ。原因は手抜き。てめえがどれだけ儲かって、ずっと前年の所得を上回り続けてきた理由というのは、と延々と自慢話を繰り返されて、そんなものに月々750円とはいえ、カネを払うのがばからしくなったということである。
けっこうすっきりした。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2010.12.21
取材1、原稿。
ドバシくんから郵便が届いた。
ドバシくんとは、くわもと並んで、オレたちの後輩の中で音楽関係で頑張っている人。音楽ライターであり音楽制作者でもある。
そういや最近はシャキーンで再びくわも作詞の「日本中とてもがいっぱい」という歌が流れだした。頑張ってるなあ、くわもくん。
さて、ドバシくんであるが、今度は「新しいレーベルを設立します」という連絡であった。ふえー、新しいレーベル!
ついに本格的に制作からリリースまでを手がけるようになったか。来年夏までに20タイトルぐらいをリリースするということから、これは事件だ。すごいぞ、みんな!
こんな時代にレーベルを立ち上げる? いやいや、こんな時代だからこそ立ち上げるのだ。
実は今は音楽環境が劇的に変わりつつある真っ最中で、ドバシくんもお手紙の中で「おそらく後年になって、2010年が転換期だったと言われるに違いない」と書いていたように、オレも今年は非常に大きな曲がり角だったと思っている。
チャネルの多様化というのは陳腐だが、一言で言うなら、選択肢が爆発的に増えたということか。
ともかくミュージシャンが、自分の声の届く範囲に自分の好きな音楽を発信するだけで、食えていけることがあちこちで証明されている。これは非常に大きな変化だと思う。
「歌手って、テレビに出ている人だけが歌手じゃないんだよ」というのは、誰かの名言だったと思うが、まさにそういう時代が本当にやってきたのだ。だからこそ新しいレーベルを立ち上げて、新しいチャネルをつくり、声の届く範囲に発信していこうという試みが成立するのだと思う。
その意味でドバシくんの新レーベルはきっと成功するだろう。
レーベル名は「FLY HIGH RECORDS」と「JET SONGS」。つまり二ついっぺんに立ち上げた。
わははは、やるなあ、ドバシくん!
**
夕方、今度はでかい荷物が届いた。ふふふ、待ちに待ったプリアンプである。
今月8日に「Baby Bottle」つまり"ほ乳瓶"という名前のマイクが届いたと書いたが、使ってみたらばさすがにBlue、非常に心地よいマイクであった。
ちなみにこのメーカーの最高級マイクは120万円もして、大橋トリオが愛用しているらしい。そんなマイクに比べれば、ほ乳瓶はエントリー用のローエンドではあるのだが、120万円などとても手が出ないオレにとっては、7万円が4万5千円に値下げされたこのマイクで十分なのである。
実に気に入ったマイクだ。ついでに言うが、オーディオテクニカの4040通称ヨレヨレマイクも、なかなかに気分のいい音が録れる。
今後はこの二つのマイクの使い分けをじっくりと研究するのだ。
というわけで、ほ乳瓶マイクのメーカー、Blueが出しているマイクプリアンプもつい購入してしまったのである。
定価12万円が6万円。たぶん新製品が出るんだろうな。
ほ乳瓶マイクを、TUBEの一番安い6千円のプリアンプに通したらけっこういい感じだったので、これをBlueプリアンプに通したらどんなに気持ちいいことになるのだろう。
そう思ったら歯止めはきかぬ。速攻で購入だ。楽天でぽちっ。
こういう買い物は、どうせいずれ使うようになるのだから早く買っちゃおうというのがオレの主義。運転免許みたいなものだな。どうせいずれ必要になるのだから、今のうちに取っちゃおうという。
さて、届いたプリアンプ、名前をロビーROBBIEという。
写真で見たとおりのルックス。つまり隣に置いてあるロボットの顔とクリソツなのだ。
いいでしょう、このルックス。この顔が良くて買ったのではないのか、オレ。ひょっとして。
これが青白く光るのだから、えらくかっこいい。
箱を開けたら、で、でかい。想像を超える大きさにまずびっくり。
Blueはすべて手作りなので「オラがつくっただよ」という、アメリカ西海岸の機械職人のサイン入りメモが見つかる。箱にはイギリス国旗のシール。
もしかしてアメリカで製造されてイギリスへと売られたものが地球を半周して練馬に流れ着いたということか? ずいぶんと長旅のロボットだったなあ。
ともかく使ってみようと、ロビーをセットして電源スイッチを入れる。
ところが、あれれれ、何も起きない。青白くも光らない。
ヘンだなあ、だいたいオレが何かあたらしいことをすると、ヘンなことをしでかすんだよなあ。
ぶつぶつ言いつつ、英語の取説を読む。えーとえーと。
「115VAC with USA power supply,or 230VAC European power supply 」と書いてある。どうも電圧が違うらしいぞ。
ということは、あれか、変圧器を買って日本でも使えるように電圧を上げないといけないということか、ロビー。
うーむ、変圧器。そんなものは持っていない。いったいどうすりゃいいんだ。
と、日本のロビー販売元にメールを入れ、ついでにネットで見つけた変圧器屋さんにも質問メールを入れる。楽ちんな時代だ。
そんなことをしていたら、なにごとかと思って顔を出した息子がロビーを発見。「わ、なにこれなにこれ、わわ」とうるさい。男の子なら騒いで当然のルックスだからなあ。
えーと、変圧器と来たら、そうだとひらめいたオレは、ヨーロッパ帰りのいさわしなら使っていない変圧器を持っているに違いないと読み、「余っていたらよこしな」というメールをいさわしに送ったのだった。
するといさわしから「だいたいその手の製品は適当に作ってあるので、日本でもちゃんと使えるんですよ」との返事。ななな、なんというアバウトさ。電圧の違いなんて面倒だから、どこでも使えるように実はいい加減にできているということか。
半信半疑。オレは再びロビーのスイッチを入れたのである。
するとどうだ、なんとロビーが青白く光り出したではないか!
どうもさっきは電源コードをちゃんと差し込まなかっただけらしいなあ。
オレからメールを送りつけられた販売元に変圧器屋さんはいい迷惑である。ごめんね。
こうしていさわしのおかげでロビーがつかえるようになったオレであった。
ちなみにオレがDTMを始めた1998年、師匠であるカリベさんをオレに紹介してくれたのは、いさわしであった。
その際「本気でやったら数千万かかって、家が買えるぐらいですよ」と案じたカリベ師匠に「そこまでのめり込まないよう、コントロールしてやってください」と言い添えてくれたのも、いさわしである。
つまりオレが音楽を続けられたのも、破産しないで済んだのも、ロビーが動くようになったのも、全部いさわしのおかげである。改めて礼を言うフリをするのだった。
もっともあの頃は10年もたてば数百万円の機材と同じレベルのものが数万円で買えるようになるとは思わなかったなあ。
オレがやっと探しあてて6万円という大金を払って買ったサウンド編集ソフトなど、今や同じレベルのものが無料でネットに転がっている。
それはともかく、いさわしのおかげで使えるようになった電圧フリーのロビー。
早速狂喜してオレは、ボーカル録音だ。
夕ご飯の食器洗いに忙しいヨメの手を止め、強引に2曲ほど歌わせる。おお、これが、ロビー+ほ乳瓶のBlueサウンドかっ。総額11万円。
でも、なんだかあまり変わらないような気もして、まあ、使いこなすのはこれからだから、あはは、あはは、と言いながらオレは、12月の雨の中、ビニール傘で魚せいに向かったのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「倍音」中村明一・春秋社。とても示唆に富んだ良書である。普段、あの人のボーカルは倍音たっぷりで気持ちいいよねーなどということをオレたちは言う。だが、その倍音の正体とは何か、はっきりとはわかっていなかった。それをきちんと合理的に解明してくれたのが、この本である。倍音には整数次倍音と非整数次倍音があり、前者の代表は細川たかしで後者は森進一。都はるみは、この両方を自在に操ることのできる天才で「あんこー」の「あ」は整数次倍音、「ん」は非整数次倍音と歌い分けている。まさに大歌手だ。というわけで、倍音について非常に勉強になったので、オレもちゃんと倍音を考えなければいけないのだ。
「UATA」坂本龍一と大貫妙子による2枚組CD。1枚がピアノ+ボーカルで、もう1枚がピアノソロだ。ピアノとボーカルという最小限の組み合わせで奏でられる、洗練の音楽。歌ものはちょっと堅いか? しかし、職人の二人が楽器と声でUTAUというこのアルバム、実に深く、心地よいのだった。改めて、坂本龍一って名曲が多いなあと感心。
「ここにいると。」玉城ちはる。ドバシくんがプロモーション用に送ってくれたディスク。発売は来年2月23日とのことである。このボーカリストは知らなかったけれど、落ち着いた壮大なアレンジに載せて、伸びやかに響く声が気持ちいい。沖縄出身の広島育ち。こういういい歌手は、どんどん売れて欲しいものである。


2010.12.20
取材1、原稿。
キャッシュカードの再発行のために、アルファベット三文字銀行の大泉支店までヨメのママチャリを借りて行く。
支店の前は違法駐輪の山だ。
警備員が立って注意を促すわけだが、実は警備員はまったくそんなことをする気はない。面倒くさいからな。おかげでオレも堂々と自転車を停められた。
もっともオレの場合は明らかに支店に用事があるのだから当然だ。
ヘッドホンをかけたまま入店。ひげを剃ってないから、実に怪しい風体だ。
案内の店員を振り切り、窓口。キャッシュカードの再発行を申し込む。
行員は「10日ほどかかりますねえ。たぶん年内一杯、ひょっとしたら年明けになるかも」とオレを哀れむ。
年末のカネが要るときに、キャッシュカードが手元にないのか、オレは。
忘年会が三つ入っているというのに、オレはヨメから小遣いをもらって出かけていくことになるのか。
行員はオレを哀れむのではあるが、だからといって何かしてやろうという素振りなどまったくなく、用が済んだらとっとと帰りなという態度なのだった。
メガバンクは、要するにこんなものだな。まあ、しょうがない。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「食品と暮らしの安全」ノロにやられて吐き気がしても、吐き気止めの薬をのんではいけない。なぜなら吐き気止めの薬は、神経症関連の副作用があるからだ。


2010.12.19
雪の新潟でチェーン規制が消えたので、ノーマルタイヤで命がけの山越え。
久しぶりに会った妻子とそば屋に行き、なぜかカツカレーを食ったオレであった。
午後、歌姫・えりずさんを迎えてレコーディング。「風と雨の子もりうた」という、メロディアスなとてもいい歌なのだ。
しっとりとした落ち着いたボーカルが録れて、よかったよかった。

「新潟日報」


2010.12.18
雪の新潟を甘く見たオレがバカだった。平野部は太陽の出るいい天気なれど、山越えは厳しい天気となり、仕方なくもう一拍とどまる。
とどまられる弟一家は、さぞや迷惑であったろう。すまぬすまぬ。
それでもあたたかくもてなしてくれた弟一家に感謝だ。

「新潟日報」
「渋すぎ技術に男泣き!」(1)(2)セミコン見ル野・Tech総研。興味を持ちつつ読み逃していたのを見つけて、そうだったそうだったと思い出して購入・読破。っても、軽いマンガだからなあ。この内容で1000円は高いのではないか。
「キーボードマガジン」前号はすっかすかで、前々号は充実。どうやら一号おきに中身が充実しているのがこの雑誌の特徴のようで、冬号の今号はどこをとっても感心する記事ばかり。坂本龍一の新しいアルバム聴きたいなあ。井上鑑の「7Bを聴け」には深く納得。7Bとは、Bach、Beethoven、Bacharach、Beatles、BeachBoys、BobDylan、Bjokだそうだ。えーと、オレがちゃんと聴いたのはビートルズぐらいで、あとバカラックをざっとおさらいしたぐらいかなあ。なんとも恥ずかしい限り。ディランは人数合わせの感もするので置いといて、ベートーベンにビーチボーイズぐらいはとっとと聴くべきだな。PetSounds、買おう。ドリカムの中村の言葉にも感銘を受けて、よーし、来年はどかどか聴きまくることにした。


2010.12.17
取材2。
様々なハプニングを乗り越えつつも、雪の大地で取材活動にあたる。

「新潟日報」
「サウンド&レコーディング」ドリカムのインタビュー。これほど名を売り地位を築いても、まだまだと勉強を続ける姿勢にびっくり。「音楽は執念と根性でしょ」と、この人にこういうことを言われては、我が身を恥じ入るしかない。


2010.12.16
新潟へ、取材のために出発。関越道のチェーン規制が消えたため、逡巡しつつも車でチャレンジなのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「文藝春秋」特集"弔辞"が思いの外、面白かった。タモリの赤塚不二夫に向けての弔辞の中での「これでいいのだ」に言及した部分には、なるほどと深く感動。いかりや長介の、荒井注に送った弔辞も涙なしには読めなかったなあ。


2010.12.15
取材1、打ち合わせ1、原稿。
寒くなると人間は眠くなるものなのか。やっぱり動物として、原始記憶の中に冬眠がプログラムされているのだろうか。
というわけで、最近は電車に乗っても眠くてすぐにウトウトだ。これが気持ちいいのなんのって。
でも、昔は電車で寝るなんて考えられず、活字をむさぼり読んだものだった。
たまたま手持ち日本がないと、電車を1本送らせても売店で何か買ってから乗ったものだった。
ということは、オレは年を取ったから眠くなったということか。
うーむ。
なんでもかんでも加齢で片付けられるから便利ではあるのだがのう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」


2010.12.14
取材3、原稿。
韓国人にインタビューする。
日本語はぺらぺらだ。エライもんだ。
いつも思うのだが、韓国人とか中国人は、個人として接す目ととてもいいヤツらばかりなのに、国となると途端に無茶苦茶な存在になる。どうしてなんだろうなあ。
いつも不思議だ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「未来型サバイバル音楽論」津田大介+牧村憲一・中公新書クラレ。産業としての音楽の今と未来について語った本。実に鋭い分析が随所にあって、なるほどとうならされた。確かに数年後に振り返ってみると、2010年という年は大きな曲がり角だったと語られるのではないか。アルバムは、5曲1000円ぐらいが一番ちょうどいい、という説には深く納得。


2010.12.13
取材1、原稿。
3カ月に一度の目の検査。
薬品で瞳孔が開くため、ほぼ半日、まともにモノが見えない。
つまり仕事にならない。毎度のことだか、困ったものだ。
というのとを言い訳にして、半日、ぼけっと過ごす。
寒い一日だったなあ。
12月の冷たい雨が降る中、息子の小学校では、先日収穫した練馬大根を洗って干す作業が行われたそうだ。
これは本当の話である。
畑で本物の練馬大根を引っこ抜いてきて、学校で洗ってみんなでタクアンを作るのだ。
さぞ手がかじかんだことだろうが、余り物の大根をヨメがもらってきて晩ご飯の食卓に出したら、大根おろしや煮物や、子どもたちは大喜びで食べたのだった。
なかなかによろしい。
隣のオガワさんからは、自宅で漬けた白菜の漬け物をもらった。
なんだか田舎の暮らしみたいで、嬉しい。こういう体験は、子どもにとってはいいことだよなあ。


2010.12.12
ある人が「(あの客は)メールで済む用事をわざわざ電話してくるから鬱陶しい」ということを言ってた。
その言葉にオレは、ん? という違和感を持ったのだった。
オレ的には、電話で済む用事をわざわざメールするなんて、という感覚なのだが、それとは逆ということらしい。一般的にはどうなんだろう。
昔は電話が主だったから、「メールで送るのは大事な用件」「念を押すためにメール」みたいな感覚だった。
だから、わざわざメールする、ということになる。
今やそれが逆転したということなのかな。
でも、まあ確かに電話は状況にかまわずかかってきて、出なくちゃならないから、メールより邪魔っていうのもわからないでもないなあ。
ただオレの感覚としては、やっぱり電話で済むなら電話で、ということになる。古いのか、オレは。
先日、某通信会社の人と「最近は固定電話にかかってくると、セールスの電話か親戚の不幸か、身構えちゃいますよね」という話をしたのだが、まさしく電話だと特別な連絡というニュアンスもある。やっぱりそれが現代。
オレも、仕事の用事が固定電話にかかってくることは、めったにないものなあ。

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2010.12.11
編曲。
この土日は基本的に原稿仕事はないので、自宅でのんびり丹後湯CDづくりなのだ。
ところがいいお天気だものだから、机に座っていてもいつの間にかついうとうととしてしまう。
結果、数度にわたって10分ほどの短い居眠りを繰り返し、つまりは一日中ぼけーっとして過ごしてしまい、ちっとも生産性の上がらない一日なのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.12.10
編曲。
ぼちぼちパソコンの調子が悪くなってきて、今日もトラブル対応に1時間ほどを費やす。
バックアップだけは取っておかねば。
と言いつつ、そのバックアップ用のハードディスクがたびたび認識されないとくるものだから、ちょっと焦る。
参考までに出るのサイトで調べたら、いろいろとくっつけた仕様で20万かと。
20万は痛いなあ。
悩みつつ、今日もだましだまし使うのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊新潮」


2010.12.09
取材1、原稿。
朝から台東区の入谷でインタビュー仕事。
浅草の裏側の、なんというディープな場所であろう。
すぐ近くにはかの有名な吉原お風呂街。
カメラマンのヨシダ氏が「実は昔この近くで仕事したことがあるんですよ」と当時の思い出話を教えてくれる。
このあたり一帯を仕切っている某一家に筋を通しての仕事だったらしく、風呂屋の客引きに「お疲れさんです」と頭を下げられ、駐禁でタイヤをロックされたときも所轄への電話一発で無罪放免だったらしい。
あ、オレじゃないよ。
最近はちょっと何か変わったことを書くと、オレが体験したように誤解されることが多くて、そうじゃないよということを明記しておくのである。
そのヨシダ氏の車に乗って、イトウ君も一緒に、上野の芸大あたりへ異動してロケ。銀杏が実にきれいで素晴らしい空気であったか、欲しい絵柄は春。いろいろ試してなんとか仕事を終える。
昼飯でも食って解散するかということになり、向かった先がなぜか東京駅八重洲口。
わざわざそんなところまで行かなくてもと思うが、行ってしまったのだからしょうがない。
駅ビルの2階の居酒屋ストリートで昼飯。アジのタタキ丼で、いやいや、これが実に美味であった。
「次の約束があるので先に失礼します」と礼儀正しく立ったイトウ君、1000円札を出したのでヨシダ氏が「えーと、950円だから50円だね」とお釣りを渡そうとして財布をごそごそやるが、オレのほうが早かったので、オレがイトウ君に50円をわたし、1000円を受け取る。
そして、先に帰っていったイトウ君のかわりにオレがレジで払ったのだが、なんと950円ではなくて900円であった。
つまりイトウ君はお釣りを100円もらうべきところ、ヨシダ氏の「50円だね」の一言を信じたあまり、50円の損をしてしまったのである。
悪だな、ヨシダ氏。
帰ってからイトウ君にメールでそのことを告げ口したところ「いいんです、車に乗せてもらった思えば50円なんて安いもんです」と大人の返信。
違うんだよ、だましたのはヨシダ氏だけど、50円をガメちゃったのはオレなんだよ、と教えてあげたところ、返信はなかった。
わははは。

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2010.12.08
取材1、原稿。
月島で仕事があったので、帰りに久しぶりに足を延ばして佃島に立ち寄った。
練馬に引っ越してからは初めてだから、6年ぶりくらいか。
ちっとも変わっていなかった。佃島。
あの周辺で唯一、一度は住んでみたいと思える地域である。特に船の浮かんでいる池のあたり。
月島の高層マンションと、古くから住んでいる新旧住民が入り乱れている街だと思うが、池のそばでは新住民と思われる茶髪のママたちが持ち寄りでお茶会をしていた。
佃島の家並みは不思議と昔と変わらず、たぶんここに住んだらゆーったりとした時間の流れがとても気持ちいいのだろうと思う。
この街に来たらお約束の、佃煮を買う。
昔よくいっていた"元祖・佃煮"の店が混んでいたので、隣の"本家・佃煮"の店で、ワカサギとアサリの佃煮を200グラムずつ買う。近所一帯に、醤油のいい香りが漂っていた。
駄菓子屋の店先で、学校帰りの子供らがわいわいやっている。この街ではコンビニではなくて、駄菓子屋なのだ。
路地を眺めながら帰り道、有名な地蔵に立ち寄ってお参りする。人ひとりがすれ違えるかどうかという細い路地の奥にある地蔵だ。
賽銭は5円。家内安全商売繁盛と100万回となえる。
広島の尾道も大好きな街だが、佃島のように路地の多い場所が、どうもオレは惹かれるようだ。そういう人って、けっこう多いだろうなあ。
結婚すぐの頃、実家のオヤジを連れてこの佃煮屋にやってきて、土手を越えて隅田川を眺めたことを思い出した。
**
佃煮をぶら下げて家に帰ってきたら、机の上に大きな荷物。おお、これはもしかして。
箱には大きくBabyBottleという文字が入っている。BabyBottleつまり、ほ乳瓶だ。
そうである、ほ乳瓶という名前のマイクが届いたのである。
メーカーはカリフォルニアのBlue。割と個性的なマイクを作るメーカーで、オレも丸っこいCardinalというマイクを持っている。
いいマイクが欲しくなって、Blueの上位機種はとても手が出なくて、これならなんとか買えそうだということで買ったマイク。池袋のいけ*というショップの、定価7万7千円のところが4万5千円というお買い得品。
だもんで、勢いで買ってしまったわけだ。
不思議なことに、このマイク、い*という店から直接買ったら4万9千円なのに、アマゾン経由だと4万5千円と安くなる。
おかしいなあ、なんでだろうなあと思っていたのだが、商品が届いて判明。
店頭開封品のお買い得、と書いてある。なんだよ、そんなこと、ネットでは一言も触れてなかったじゃんかよー。
まあ、よい。安かったから。
ほ乳瓶という名前のマイクが届くぞと言ってあったものだから、息子と娘が「みせてみせて」と部屋にやってくる。
だが、ほ乳瓶というのは単なる相性。まんま、ほ乳瓶の形をしているわけではない。
「あれえ、イメージと違う」と子どもたちが首をかしげつつ興味をなくしてしまったのも、当然と言えば当然である。
さて、アメリカ中部のビール腹オヤジのマイクをクレーム返却した代わりのように手にいれたこのマイク。早速、使ってみる。
すると、おお、なかなかにいいではない。丸くて、柔らかくて、細部の音もちゃんと拾っているぞ。
オレのヨメとか、中山親分とか、ブンノくんとかの声にぴったりのマイクではないだろうか。
ということは、いさわしにはどうなんだろう。やっぱり合わないか。
今度ちょっと試してみる価値はありそうだ。
というわけで、ご機嫌なマイクを手に入れて、すっかりご機嫌ちゃんのオレであったのだ。
大切に、マイク収納箱にしまっておくのである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「DTMマガジン」


2010.12.07
原稿、編曲。
というわけで、買い換えたプリンターが本日アマゾンより到着だ。簡単なものである。
キヤノン。
最近盛んに宣伝しているダブ黒というヤツだ。今まで使っていた機種でまったくよかったのだが、既に生産中止。とほほ。
もっとトホホなのは、言うまでもなくインクである。
常時予備を用意しておく性分ゆえ、前のプリンタ用の数千円分のインクが使えなくなってしまった。
実にもったいない。
というわけで、当分は2台のプリンターを併用だ。政権交代前のプリンタは、原稿の確認用とか、どうでもいい資料用とか。新政権のプリンタは、年賀状とか、CDジャケットとか、お客に提出用の資料とか。
場所をとってしょうがないなあ。
それにしても今さらながらにインクは高い。びっくりだ。
新政権のプリンタについては、インクのセットが5000円だから、インクを4回買い換えると本体が変えてしまうのだった。大笑いではないか。
旧政権のプリンタについては、あまりにもインクが高いのでサードパーティー製の安い代用品を試してみたことがある。
ところが途端にプリンタの調子が悪くなり、用紙の裏にべったりと黒い線が入ってしまうなど、目も当てられない状態になってしまったのだった。
結論。インクはやっぱり純正品に限る。
そんなわけで、新しいキヤノンのプリンタが届いて、なんやかんやでそれでも設定には1時間ほどかかったわけだが、どういうわけか機械は動くのにちゃんと印刷されず、出てくるのは真っ白な髪ばかり。わはははは。
プリンターのくせにちっとも印刷しないプリンター。
たかがプリンターにやられっぱなしで黙っているわけにはいかないので、これはたぶんドライバーに問題があるだろうといろいろいじくり倒したら、やっと印刷するようになった。プリンタのくせに、なめやがって。
なお、プリンターとプリンタ、二種類の表記が混在しているが、面倒くさいのでそのままだ。
だいたいこの手の機械は、けっとばすとすぐ直るのである。
このプリンターも、ようやく動くようになったので、試しにいろいろと印刷してみたら、おお、やたらと速いではないか。カラーでもあっという間に印刷だ。
隔世の感である。10年ほど前なら同等の印刷が欲しければ、数十万円はしたはずだ。
モノクロのレーザープリンター、30万円で買ったものなあ、当時。
さらにいえば、当時はCDのディスクに印刷するための専用のプリンターというものもあって、これがやっぱり30万円もしたのだった。
今はおもちゃみたいなアダプタをセットするだけで、あーら簡単、すぐに印刷できてしまう。あの時意を決して30万円でCDプリンターを買わなくて、本当によかったよ。
さて、こうしてプリンターの政権交代もぎくしゃくしながら終わったので、これから年賀状を印刷するのだ。
それにしても今年は山口を含めて喪中ハガキがやたらと多くて、せつないなあ。やっぱりあんまりいい一年ではなかったのかも。

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2010.12.06
原稿、編曲。
在宅勤務、要するにオタクではなくて"おうちライター"であるために、用がある以外は電車に乗らない。だから単に寡聞であるだけかもしれないのだが、どうも電子書籍というものはちっと流行っていないみたいだな。
ジャーナリストも日ガキ隆も、電子書籍は日本でなぜ売れないかというようなセミナーをしたらしく、オレだけが不勉強なのではなくて、やっぱり電子書籍がこけたのは既成の事実らしい。
そういや革命的デバイスだったはずのiPadも、電車の中で使っている人間を見たことがない。
かくいう我が家でも、買って1カ月も見せびらかし用に持ち歩いたが、その後はずっと子どものゲーム用だ。
そういや最近Wi-Fiにちっともつながらなくて、全然使えねーよタコPadとののしってばかりだったのだが、ネットを見たらどうやら不具合だったらしく、再起動すればWi-Fiもつながるようになるらしい。なんじゃそりゃ。
以来、アプリをダウンロードするにはその都度再起動だ。不良品じゃねえか、こんなもん。
もっとも欲しくなるようなアプリなど、一次の熱が冷めてしまえばほとんど見あたらなく、最近では一番の用途が目覚ましがわりという有様だ。うひゃひゃ。
で、話は戻って電子書籍だが、やっぱりあんなもんで本を読んでも面白くないから売れないんだろうなあ。
本は本で読みましょう。新聞は新聞で読みましょう。
アンドロイドで読むのも、疲れるし。

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2010.12.05
高橋の手帳、今年は岡田監督でどかーんと勝負か。
オレはまだ来年の手帳買ってないなあ。去年は11月に買っちゃったけど。
最近のスケジュール管理は、Googleカレンダーと、それと同期したアンドロイド携帯で間に合わせている。実際、便利なのだ。
もっともどういうわけだが、Googleカレンダー、最近はまともに表示されなくなっている。
入力したのとは違う日程が表示されるのだ。
始末の悪いことに、オレの入力画面はちゃんとしているのだが、公開している画面だけが間違って表示されるという、余計に迷惑な話になっているのである。
なんとかしてくんないかな、Google。人の意見には耳を貸さない会社だから、クレームつけたところで鼻で笑われて終わりだろうなあ。
まあ、いいや。手帳の話だった。
そんなわけでGoogleカレンダーとアンドロイドで日頃は管理しているわけだが、それでもやっぱり手書きの手帳は手放せないなあ。なんでだろ。
アナログちっくな安心感なのか、アナログならではの閲覧性のよさなのか、手書きしたという安心感か、記録に残しておけるからか。
机の大きさと仕事の能力は比例するという説があるけど、どうも手帳の大きさと売上も比例するようで、軽くて小さい手帳を求めた年はあんまり儲かっていない。
であれば、今年はどかーんと高橋の手帳のデスクサイズにするか。重くてでかくて、しかも電話中に、あ、ちょっと待ってください、えーとその日はですね−、と片手でページを開くのにも適していないから不便ではあるのだが、しかし、これで売上が伸びるというのであれば素晴らしいではないか。
去年あたりはロフトまでわざわざ出かけてこじゃれた手帳を探したが、今年は駅前の西友でいいや、という気になっている。
だからそんなに焦らなくてもいいだろうなあ。
もう一つ、この時期に焦る焦らないということであれば、年賀状だ。
子供の写真も撮ったし、基本的なデザインはもうつくっちゃったのだが、実は問題は別のところにあって、プリンタの調子がよろしくないのだ。
ウェブを出力したり、書いた原稿をプリントアウトするぐらいはまったく平気なのだが、写真をちゃんと印刷しようとすると、どうも見てられない印刷品質になってしまう。
目詰まりとかそういう問題ではなくて、はっきりと寿命だ。
2年使ったものなあ。
しかもオレの場合、CDのジャケット印刷で、ばんばん酷使するからなあ。
前のも2年で買い換えた。やはり年賀状のタイミングだった。
だから今回も同じタイミングで買い換えだな。
と思って、手帳と同じく、プリンタも西友2軒で探してみたのだが、アマゾンより数千円高かった。
そりゃそうだよな、西友は人件費も場所代も倉庫代もかかってるわけだから、ネットより高くて当たり前だよなあ。それで商品だけ比較検討用に見られて、結局はネットが安いといって客が逃げるわけだから、西友にしてみれば堪らん時代だわなあ。
ごめんね、西友。
でも、安くて、早くて、しかも送料無料で持ってきてくれるアマゾンには、やっぱり抗えないのよ、消費者としては。
などと言いつつ、ネットでプリンタの安いところを探しながら、ついでにここのところずっと欲しいと思っているマイクも探してしまうのだった。
そのマイク、プロ用の機材ショップでは4万9千800円、ある楽器屋のサイトでも4万9千800円。
ところがアマゾンでは、4万6千円。しかも送料無し。
うーむ、つい反射的にぽちっと押してしまうところだった。我慢我慢。
そういや、さっき西友に謝ったけれど、謝るばかりじゃなくて今日はちゃんと店でDVDを買ったぞ。
「トイトーリー3」という映画だ。
オレは観ていないが、ヨメと子どもは一緒に観て、とても面白かったそうだ。そのDVDが出たというので、娘が欲しがったのである。
ところがこれを西友で買おうとしてびっくりしたのだが、DVD単体は売ってなくて、ブルーレイとのセットになってるのよ。逆にブルーレイの単体は売っている。
なんだよ、ブルーレイ持ってない貧乏人には抱き合わせで高く売りつけるという商売かよ、ディズニーは。
使いもしないブルーレイをばらまくとは、エコとは縁遠い話で、富士額ネズミの偽善的な笑顔の裏に隠された腹黒さそのままの商法だな、ディズニー。
しかも、面白いことにiPadに同じ映画を転送して観られるというサービスも付いていて、へえー、そんなことができるんだ、面白いなあ、と感心。その転送サービス専用のDVDディスクもついていた。
つまり映画本編のDVD1枚に、本編のブルーレイ1枚に、サービス映像満載のブルーレイ1枚に、iPod転送用のDVD1枚という合計4枚のディスクが1つのパッケージに入っていて、結局我が家で映画を観るとしたら1枚しかいらないという、実に不思議な商品なのであった(笑)。
これでディスク4枚組4千900円。
1枚でいいから安くしろよという庶民のまっとうな叫びは、金儲けこそすべての富士額ネズミの腹黒い耳に届くはずもないのであった。
面白いからちょっと試しにiPadへも転送してみた。大成功。
これで我が家ではテレビで「トイストーリー3」のDVDが観られ、同じ映画がiPadでも観られるという、まったく意味のない環境ができあがったのだった。
やれやれ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.12.04
原稿。
オレは家にこもって原稿。
子どもとヨメは、小学校の校庭での餅つき大会。
12月の畑に、子どもたちの歓声が響き渡ったろうなあ。

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2010.12.03
取材2、原稿。
いや、まいったまいった。ひどい雨だった。
家を出たのが7時15分。駅までの15分の道のりのうち、5分もたたないうちに全身ずぶ濡れ。
ズボンは全部がぐちゃぐちゃで、靴の中もちゃぷんちゃぷん。
駅についてポケットの中のハンカチで拭こうと思ったら、ハンカチ自体が絞れるほど水に濡れており、駅のホームでは何人もの人が靴を脱いで中の水をじゃーっと捨てていた。
駅までの途中、あまりにひどいから引き返して車で駅まで行って、駅ビルに停めておこうと思ったのであるが、歩きにして正解。なにしろ駅の周辺は同じように考えた人間ばかりで、とんでもない渋滞だったのだ。
ともかくこんなにひどい雨は初めてで、全身ずぶ濡れ。それでもオレは行かねばならぬのだった。
丸ノ内線に乗ったら、混んでる車内で気の強そうなおばはんが、濡れた傘をオレの膝に押しつけてくるのには心底腹が立ったぞ。
スーツが濡れてしまい、ワイシャツまでぐちゃぐちゃになってしまったので、ともかく寒い。体温がどんどん奪われる。
まったく都心ど真ん中にいて凍死するのかよーという状態だった。
**
川崎で取材終了後、武蔵小杉から東横線に乗る。
途中、ふと思い立って祐天寺で下車してみた。今思えば、なんとも言えぬ偶然なのだが、何かに呼ばれるようにしてついふらふらと祐天寺駅に降り立ったのだった。
実は今つくっているCDについて、タイトルは「ねがい」、ジャケット写真は祐天寺の景色にしようかと思っている。山口と一緒に過ごした街の景色だ。
その写真を、年が明けたら、真冬の空気の澄んだ日に、吉江写真館と一緒に撮りに行こうと考えている。
そのためのプチロケハンのつもりで祐天寺に降りたのだ。
山口が住んでいたアパートは何年か前に取り壊され、今ではしゃれたデザイナーズマンションになっている。
ぐるっと回って、山口とよく行った銭湯への道を歩いてみた。思いの外、狭い道で、あれえ、こんなに狭い道だったっけと首をかしげたほどだ。
週に一度、だいたいは日曜の午後、シャンプーを入れた洗面器を片手に山口と一緒に坂道を下って銭湯にいったものだった。風呂が週に一度というんだから、また、汚い話であるが、あの頃の下宿生なんてだいたいそんなものだったよ。
その銭湯は今も昔の姿のまま残っていたので、携帯で写真を撮る。
そこから引き返して、オレが住んでいた4畳半の下宿に向かった。去年見たときは、まだ昔のまま残っていたはずだった。
ところがその下宿が、今日行ってみたら、なんとまさに取り壊し作業の真っ最中だったのである!
ありゃまあ〜、びっくり。
なんという偶然。この下宿が、最後の別れを告げようとオレを呼んだのか。
しばし呆然と立ち尽くし、解体作業員たちの不審な視線を浴びながら、オレは写真を何枚か撮ったのだった。
4畳半の狭い下宿だった。30数年前に過ごし、それが今まで変わらぬ姿で残っていたことの方が不思議だった。
1階に住んでいた大家は20数年前に亡くなっており、住んでいる人も持ち主もすっかり入れ替わっている。それでも今まで残り続けたのだった。
やっぱりこの家に呼ばれたのかなあ。オレ。
解体作業員に事情を話せば、ちょっと部屋を覗いて別れを告げるぐらいはできたと思う。でも、そこまでやっちゃいけないよなあ、今に戻れなくなっちゃうかもなあと、これもまた根拠のない思いがわいてきて、ただ見上げるだけで帰ってきた。
祐天寺の駅に戻ってきて、なんだか気持ちが入れ替わったみたいで、やはり時の呪縛のようなものは確かにあるのだと実感。
山口のアパートが消え、そしてオレの下宿が消え、こうして祐天寺からはオレたちの痕跡がなくなった。銭湯以外は。
時は、ただ過去に流れて行くのみだ。

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2010.12.02
取材1、原稿。
疲れるだろうなあと思っていたら案の定、とても疲れた取材仕事を終えた品川駅17時。
オレはカメラマンのヨシダ氏と、お疲れさんの打ち上げをすることになった。
当初はコマちゃんやらウッチーやらも一緒の予定ではあった(それにしてもコマちゃん、最近の落ち込みぶりが気にかかる)が、結局誰も来ず、オレとヨシダ氏の2人きり。
仕方なく、あわわわ、仕方なくってことはなくて、そこにいたクライアント筋のアキバ嬢にも、ビール飲みに行くけどどーすか、と声をかけたところ、明らかに「あんたら、なに寝言かましてんのよ。まだ5時だよ」という表情で「ごめんなさいね〜」と断られたのだった。
まあよい。我々現業のプロフェッショナル職は夕方になったら上がってビールを飲むのだ。
ヨシダ氏と2人、品川駅港南口を歩き出す。
今でこそインテリジェントビルが林立する中途半端におしゃれな街になったが、15年ほど前までの品川駅港南口といったら、戦後の面影そのままの長い長い地下通路を抜けた先にあり、昼でも人通りのないその通路を歩いて地上に出ると、すぐ近くの屠殺場の上空を舞う無数のカラスどものぎゃぎゃー叫ぶ声が響き渡る、まさに世の果て、地の果ての暗黒の世界であった。屠殺 それが今ではすっかり様変わり。飲み屋も中途半端にしゃれこけた店が並ぶようになったのである。
だが、創作料理を唾棄し、間接照明の薄暗い空間を憎み、白いシャツで耳にインカムをつけた店員を忌み嫌うオレは、そのようなしゃれこけた店には近寄りたくないのである。仕事がらみでどうしてもそのような店で飲まなくてはならないときは、せめてせめて、せめて窓のある地上の部屋にしてくださいとひれ伏してお願いするほどであった。
しかし、今日はヨシダ氏と2人。オレたちだけだから、そのへんの適当な店でいいよなあ、そういや昔行ったもつ焼きの店が旨かったなあ、などと言いながら地の果て時代から残っている薄暗い路地に入り、その小汚いもつ焼き屋に入ったのであった。時間は17時30分。
狭くて汚い店である。食い物も別に旨くない。
が、マカロニサラダにウィンナーに厚揚げ焼きという、テーブルに並んだつまみは、まさに昭和のB級つまみ。分煙くそくらえの、もうもうたる店内でヨシダ氏とオレはビールをぐびぐびと飲んだのだった。
周囲の客は、これまた地の果て、場末の安もつ焼き屋がお似合いの、昭和枯れすすきのようなオヤジばかり。何がって頭がすすきなのだが。わっはっはっ。
そういうくたびれたオヤジどもが、地の果ての小汚いもつ焼き屋で「だいたいよお」と昔の自慢話を、互いに噛み合わないまま交わしている光景は、なかなかにもの悲しくて薄ら寒く、まさに日本を三流国家に堕落させた連中の哀れみというものが漂っていて、とてもよい心地なのであった。
そのようなうら寂しい店内を眺めつつ、ヨシダ氏は「いやあ、タンゴさんにセカイモンを教えてもらって助かりましたよ」と言う。そうだった、先日オレはヨシダ氏に国際オークションのセカイモンを教えたのだった。
ヨシダ氏はさっそくセカイモンにアクセスし、日本では絶版になっていて9000円以上もするというカヌーの本を500円で見つけて狂喜乱舞、早速落札したのだという。
それに味を占めたヨシダ氏は、カヌー関連のお宝を次から次へと見つけては、落札しないまでもショッピングリストに登録し、「いやあ、毎日それを長めのが楽しみなんですよ」とよだれを垂らすのであった。
そうかそうか、それはよかったですなあ。
それを受けてオレは、例のアメリカ中部のビール腹オヤジがつくったマイクが不良品だったので、返品したといういきさつを話す。
ヨシダ氏「あれだけ騒いでいたのに返品ですか。あきれた」とオレを非難すのであった。
その後、オレたちは「クリスマスプレゼント用に子どもが吊す靴下にはんぺんを入れて置いたら、翌朝、子どもはどんな反応をするだろう」という論を闘わせたのであった。
やれやれ、疲れた一日であった。品川駅でヨシダ氏と別れたオレは、山手線で新宿、西武線で石神井公園という、いつもながらのロングディスタンスライドで帰る。
駅を降りて歩いていたら、コマちゃんから電話。「行けなくてごめんねえ」という内容であったが、元気を出すんだ、コマちゃん。みんなツイッターを見ているぞ。
などと言いつつ、実は偉いことにオレは、酔っ払って家に帰ったにも関わらず、それから急ぎの原稿を書いてメールしてから寝たのであった。ふう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」
「世迷いごと」マツコ・デラックス、双葉社。前日読んだものに比べれば、いささかマシな一冊。広末涼子の肉食的強靱さに言及したあたりはさすがである。自慢するわけではないが、マツコ・デラックスを初めて知った5年前、オレはこのオカマはいつか絶対ブレークするとヨメに宣言したのであった。その予言が当たったことで、オレはご機嫌ちゃん。ヨメに、ほーら、言ったとおりだろうと同じ自慢を繰り返しているのであった。これからマツコはどうなるのか。ナンシー関のポジションを期待するという声もあって、それはそれで確かにそうだな。頭のいいマツコのことだから、自分がどう消費されていくか、ちゃんとわかっていると思う。もし、世間に求められる迎合的コメンテーターとして延命を図るようなことになったらすげえつまらない。昔、サンデージャポンで、ひな壇の飯島愛が目の前に座ったマツコを指差して「この人、すごくおもしろい!」と大笑いしていた。きっとひな壇で、マイクに入らないような声で、毒舌を吐きまくっていたのだろうな。そのままで突っ走って欲しいものである。


2010.12.01
取材1、原稿。
娘が風呂の中で「かきねのかきねのって歌、知ってる?」というので、おお、知ってるぞ、たきびって歌だぞ、2番はさざんかさざんか9! って言うんだぞと答えたら「うひゃひゃひゃ、9! 明日たきびでやきいもなんだよーん」との返事であった。
へ、たきび? 校庭で?
そんなわけで、本日たまたま校庭の近くを通りかかったのでフェンス越しにのぞいてみたところ、本当にたき火をやっていた。
本当に落ち葉を集めた山に火をつけて、ぼうぼうと燃やしている。
確か都の条例ではたき火は禁止されていなかったっけ。いや、それ以前に普通、東京でたき火なんかしたら、「臭い」「煙い」「危ない」「洗濯物に臭いがつく」「窓が開けられない」と、たちどころにクレーム殺到だろう。
そんなことにかまいもせず、校庭で堂々とでかいたき火をしているのであった。
ただ、この一帯は大地主・横山家の地所。あそこもここも、すべて横山家の地所。本家かと思った巨大な家屋が、実は単なる分家に過ぎなかったりする、強大な横山一族の地所。
その横山家がいいと言ったら、この地で異論を唱えることなど、中国に歯向かう海上保安庁といったところ。
よって誰もたき火に文句など言えないのであった。
学校から帰ってきた娘は、カバンの中から焼いたばかりの焼き芋をお土産に取り出した。
「本当にたき火の中でやいたんだよ」と言う。
どれどれと一口食べたら、少々煙臭かったものの、味は素晴らしく上等だった。やっぱりたき火のイモって上手いんだなあ。
地元の農家の畑から自分たちで引っこ抜いてきたサツマイモを、今度は校庭の落ち葉を集めて作ったたき火の中で焼いて食べたなんて、なんという幸せな体験をしたのだろう。
きっと子どもたちの心にはとても素敵な思い出になっただろうなあ。
練馬の田舎の、なかなかに素晴らしい小学校である。

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「週刊プロレス」星野貫太郎に愚乱浪花と、たてつづけに二人のレスラーが亡くなった。今年はレスラーの訃報が多いなあ。
星野貫太郎は、昭和プロレスの申し子だ。山本小鉄とヤマハブラザースというタッグチームを組んで、アメリカで大暴れしていた。とにかく気が強く、在日という出自のせいか人からなめられることを絶対に許さず、喧嘩の強さでは有名だった。
よく知られたのが、新日本に「シャケのように大きくなって帰ってきた(by古舘伊知郎)」旧UWFとの抗争で、前田のプロレスを超えた攻撃にぶち切れ、控え室まで追いかけていって「前田あ、今ここで勝負しろおお」とぶちかました事件だ。その前田がアンドレにシュートマッチを仕掛けられたときはリングサイドで「いいからやっちまえ、前田っ」と檄を飛ばし、「えーと、本当にやっちゃっていいすかね」と聞き返した前田に「あ、いや、むにゃむにゃ」と目を伏せてしまったという可愛らしいエピソードもある。
藤原嘉明にアキレス腱固めを決められたときは、心底痛そうにのたうち周り、ギブアップした。本当にアキレス腱固めが決まったら、のたうちまわる余裕もなく瞬時にギブアップしてしまうということを、今の我々は知ってしまっている。星野はちゃんと仕事のできる男だったのだ。
晩年の姿は、典型的な糖尿病。あのガリガリぶりは痛ましかったなあ。脳梗塞で言葉を失い、見舞いに来た人の前でぼろぼろと涙を流したという。今頃は天国で小鉄と大笑いしながらスクワットでもしてるんだろう。
「うさぎとマツコの往復書簡」毎日新聞社。中村うさぎとマツコ・デラックスの、対談では無茶苦茶面白い二人の、これは実にクソつまらなかった往復書簡。30分で読破。こんなもん、売り物にするんじゃないよ、毎日新聞。
中で一言マツコが「日本は景気が悪いんじゃなくて、そういう水準の国になっただけということ。だから身の丈にあった生活をしなければいけないという、シンプルな話」と語っていたのはまっこと正論。週刊現代でユニクロの柳井さんが「日本はもう三流国」と語っていたし、先日も井澤君が「小さくて穏やかな国として生きていけばいい」と話していたように、どうもそういう論調がぼつぼつと出てきたようだ。
オレもまったく同感である。中国とGDP争いなんかしなくていいから、ワールドカップに出場できなくてもいいから、穏やかで慎ましく、平和に暮らしていこうではないか。
かつて日本のよいところは問われて「美しい四季」と答えていた国民が、いつからか「科学技術と経済力」と答えるようになった。ここらで昔のように「美しい四季と勤勉な国民性」と答えるような国に戻ってもいいかと思う。


2010.11.30
原稿。
歌舞伎のエビがいわゆるフルボッコにされたわけだが、事態が経過するにつれてだんだんとエビの酒乱ぶり(誰が相手でも1時間でキレる)が明らかにされ、被害者から一転して自業自得のダメ人間に追いやられようとしている。
まあ、酒乱の中でも暴力タイプは最も始末に悪いから、いつかはこうなると周囲は思っていたのかも。
哀れなのはヨメであるが、どうやら旦那は結婚してから「運気が悪くなった。おめーはさげまんだ」と罵っていたらしいから、お目々くりくりマオちゃん、ますます哀れである。
などという悪い話が漏れ聞こえてくるとは、どういうことか。
相撲の世界と同様、日本の伝統文化である歌舞伎の世界は、世間の常識が通用しない巣窟である。もちろんそれでいいのである。
だからエビのような常識外れの基地外がいても、芸さえできればそれでいいのだ。
それなのに本来は封印されるべきネタが次から次へと出てくるのは、これはきっとあれだな、中国の陰謀だな。
つまり、そのうちきっと、「歌舞伎は中国固有の文化である」と言い出すに決まっている。
この予言はきっと大当たりするぞ。えっへん。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」


2010.11.29
取材2、原稿。
大橋トリオの新作「NEWOLD」の評判がすごくよい。まだ買ってないけど。
(このあたりのアーティストがいいとほめると、オレってちゃんと目配りしてるんだぜ、的な気分がして偉そうでなかなかよろしい。わはは)
トリオって言っても1人なんだけど、大橋トリオ。中でも「HONEY」という曲がよろしくて、そのPVはYouTubeで「PVで初めて泣きました」「心からいい音に出逢えた」と絶賛の嵐。
実際すごくいい曲だ。「便所の女神様」にはすっかりだまされて今では買うんじゃなかったと後悔しているが、紅白に出てもチャンネル切り替えると思うが、この「HONEY」はなかなか素晴らしい。
あと「真夜中のメリーゴーラウンド」という曲も素敵で、こういうのがオレは好きだなあ。
ならばCDを買ったのかと言えば、まだ買ってなくて、アマゾンの試聴だけで偉そうに感想を述べているオレがいるのであった。んがー。
聴こうかなと思いつつ、ま、そのうちと言って通り過ぎるオレであった。通帳の残高も少ないし。
実際、普通預金の残高はけっこうすごいことになっていて、うーむ、年を越せるのだろうか。
仕事は忙しいのだが、カネになるのは年が明けてからで、要は夏頃にヒマだヒマだと遊んでいたのが今になって響いていて、はっ、これってアリとキリギリスまんまじゃねえかと気がついた52歳の晩秋。
まあ、それはどうでもよい。
その大橋トリオのインタビューが載っていたから久しぶりに雑誌「サウンドデザイナー」を買ったのだけれど、インタビューの中にぽつりと「位相を反転させて、オケの中で収まりがいいほうを選ぶ」という言葉があるのに反応。
ふむ、位相を反転させるって、そんな手があったのか。
早速オレも「ねがい」で試してみる。いさわしボーカルだ。
すると、おお、ぐっとオケになじんだような気が。案外いいのではないか。
ちょっとこれでしばし聴いて試してみよう。
こうして雑誌とか本とか、いろんなところでヒントを見つけては試してみるのが、面白いのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「新・人間コク宝」吉田豪・コアマガジン。インタビュー名人による新刊は、肉食系の男芸能人ばかりの特集。梅宮辰夫とか木村一八とか月亭可朝とかジェリー藤尾とかミッキー安川とか、喧嘩最強と噂される芸能人のオンパレード。木村一八の家庭の秘密など、ともかくぶっ飛ぶような話のオンパレードで、読み進むのが止められないのであった。吉田豪のインタビュー本はすべて残してある。マツコ・デラックスの本もだが(笑)。


2010.11.28
原稿。
今週は豊橋へ行ったり、新潟へ行ったり、Jリーグを観に行ったりと忙しいのだが、今日は溝の口の洗足学園大学まで学園祭を観に行ったのだ。
遊びではない。オレが音楽をアレンジしたミュージカル(のようなもの)を、音楽監督の立場として観に行くのである。やっぱ遊びかも。
現地で伊達ファミリーと合流。
音楽大学の学園祭だけあって、一日中音楽に浸れるのだ。
地下のホールでスティールパンのバンド演奏を聴く。打楽器課の学生による演奏だ。
スティールパンというのは、要するにドラム缶の上を切って、凹みをつけて音階を出すという、非常に原始的な楽器だ。
シンプルな楽器ほど演奏は難しい。従ってスティールパンも非常に難しい。
それを小器用に扱ってきれいな音楽を奏でていて、さすが音楽大学。ゲストのボーカルも、見事だった。
中庭では、出店の前で客集めにサックス4重奏をやっていた。これがまた、実に上手で心地よく、いつまででも聴きたくなるような演奏。
サックス4本でカーペンターズの「シング」を軽やかにやったり、かと思えば「津軽海峡冬景色」を唸ってみたり。ただひたすら感心。
サックス4本のアレンジは、今度オレも挑戦してみようか。
引き続き地下ではビッグバンドジャズだ。
ビックバンドジャズの生など、なかなか聴く機会がないのでたいへんに嬉しい。こちらも超絶技巧の学生さんたち。とても気持ちがいいなあ。
などという大学で、児童科とはいえ、オレが音楽監督をしてアレンジしたわけだから、まあ、大胆不敵というか厚顔無恥というか、やってしまったものはしょうがないだろう。
去年に続いて今年も頼まれて、ということは、まあまあ評判がよかったのではないか。
そうに決まっている。
今年は、出し物の内容も昨年の数倍というパワーアップで、伊達君もびっくりしていた。1時間半のミュージカル(のようなもの)を、あっという間に見せてくれた。
これ、マジでこのままパッケージにして全国巡業しても十分にやっていけるのではないか。という出来であった。
監修の先生は、上演前に学生たちに対してオレのことを「アレンジしてくれた大先生様だ」と紹介してくれ、「わあ、せんせっ、ス・テ・キ・ッ」という女子学生の熱いまなざしにオレは上機嫌。今年はプログラムにも「音楽アレンジ 丹後雅彦」と名前を載せてもらった。
できれば携帯とメールも載せてもらいたかったが、まあ、よい。それは来年だ。
ともかく昨年より数段パワーアップした内容で、オレはびっくらこいたのだった。
音楽に浸れる一日って、なんとも幸せである。
夜、自宅にヤマト運輸が集荷に来た。
例のアメリカ中部のビール太りオヤジから買ったマイクを、不良品として返品・返金するための集荷である。
セカイモンはこういうところ非常に良心的で、オヤジにクレームをつけてくれて、きちんと返金させるのである。
別に手元に残してもよかったのだが、そこまでするほどいいマイクでもなくて、それよりももっと欲しいマイクが新しく見つかったものだから、今度はそっちをどうにかして安く手に入れようと企んでいるので、このアメリカ中部のビール太りオヤジのマイクは、とっとと返品するのであった。
子どもが寝て、酒でも飲みに行こうかなと思いつつ、アレンジ作業を始めて、結局最後までやってしまった。一曲完成。
丹後湯の新アルバムに入れる、えりずの作品である。お楽しみにっ。

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2010.11.27
原稿。
新潟を朝出て、ぶっとばして帰り、あわてて原稿を片付けて、それでも終わらずに、のこれは明日と言い置いて息子と一緒に出かけたのが大宮。
そうである、本日はJリーズの大宮対新潟の試合が大宮のスタジアムで開催され、その観戦に丹後家一族が出かけたという次第である。
親戚一同、おじさん、おばさんも含めてサッカー観戦に出かけるというのは、よく考えればなかなかすごいことではないだろうか。
こういう親戚はあまりいないのでは。「ウチらって最強だよね」と、大宮のナオコちゃん。
そのナオコちゃんはやっぱり根っ子は大宮サポーターであるが、今日だけは新潟についてもらって、さて、大宮のスタジアムで試合である。
大宮という地味なチームが相手で、しかも優勝争いでもなんでもなくて、こんな試合にはぼちぼちとしか集まらないに違いないと思って甘く見ていたら、とんでもない、到着した頃は既に黒山の人だかり。
もともと立ち見のサポーター席なのだが、それでもぎゅうぎゅうである。びっくらこいた。
早い人は11時ごろから並んでいたらしく、キックオフ5時半なのに、ちょっとそれはおかしいのではないか。何か変ではないか。たぶん時間を間違えただけとは思うが、そういう人がいっぱいいたせいで、たいへんな人だかりであった。
11月下旬、晩秋の大宮の街はずれはさぞ寒いだろうと思ったら、寒いのは駅前の寂れ具合だけで、スタジアムは案外寒くなかった。
オレたち一行6人は立ち見で、それぞれに応援である。息子には、アルビレックスの毛糸の帽子を買ってやった。
試合は2対2。引き分け。4つもゴールが見られて何よりである。
しかも引き分けとは、大宮のナオコちゃんも納得で、平和に終わってよかった。
それにしても新潟から大挙して人が押し寄せ、大集団となって「おー新潟、オレたちの誇り、新潟ー、オレがついてるぜー」と声を合わせて絶叫する様は、感激ものであった。
新潟大震災の時も行政に何も文句言わず、ただひたすらじっと堪え忍んだという県民性の連中が、声を限りに絶叫する様は、ちょっと感動ものであった。
「もっど速ぐ」「動げ〜」となまり混じりに飛び交う応援の声を聞きながら、サポーター席で前が見えなくておろおろしながら過ごすのも楽しいものだと思ったのであった。


2010.11.26
取材1。
新潟は朝から冷たい雨がしとしとと降るのであった。
取材先の大学の学食で昼ご飯。新潟の学食で、しかも給食業者じゃなくて地元のおばちゃんたちがその場で手作りして出してくれるから、学食といえども異常に旨いのだった。
本日はチーズツ定食450円。
コイデ氏のおごり。うまー。
ところがそのすぐ後、2時に取材に向かったのが、地元の学生がよく行くというトンカツ屋。取材するなら食わなきゃ失礼ということで、ここでなんとカツ丼を食う。
うまー。
しかし、昼にチーズカツ定食を食って、その2時間後にカツ丼を食ったのだから、さすがに食い過ぎ。血糖値もどんどん上がる。
非常に苦しい午後の氷雨なのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンドデザイナー」「宝島」


2010.11.25
取材1。
先日ようやくアメリカから届いた正体不明のマイクであるが、一部が壊れていたので(まったく致命的ではないのだが)、クレームをつけた。
もちろんアメリカ中部のビール腹オヤジではなくて、日本のオークション代理人セカイモンである。
一部が壊れていたのでこの部分だけ交換してくれというクレームだった。
ところが、壊れていることはみとめたものの、交換には応じていないというので、まるまる返品となってしまった。もちろん全額返ってくるのだが。
まあ、考えてみればオークションなのだから交換ということはないか。
返品の末、再度入札ということになるわけだ。
でも、一度手にとって試してみたら(「ねがい」のタンゴラップを録音してみた)、まあ、思ったほどではなくて、国産の3万円台のマイクと変わらないことがわかったので、もういいや、という気分。
返品・返金で終わりにしようかと思うのだった。
本当に欲しいマイクは10万円以上するし、なかなかうまくいかないものである。
というわけで、本日より新潟出張。
晩秋の新潟は、寒いのであった。当たり前か。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サイゾー」


2010.11.24
取材4、原稿。
5時前に家を出て、豊橋に8時に到着。もう慣れたものだ。
久しぶりにカツミ氏と一緒に仕事。
途中、昨日高熱を出した娘が元気に回復して学校に行ったというのに、今度は息子が学校で高熱を出して早退したというメールが入る。
あらららら。
熱はあっても元気でしゃべりまくっているというから、大丈夫だろう。
取材仕事が終わり、久しぶりということで4時からカツミ氏と軽く飲む。
けっこう盛り上がって約2時間。
でも、帰りの新幹線ですっかりアルコールは抜けてしまうのだった。

「読売新聞」


2010.11.23
原稿。
勤労感謝の日は、朝から原稿仕事なのだ。
仕事があることに感謝して、働くのだ。
途中、銀行に行って金を下ろす。残高を見てがっくり肩を落とす。
ただ泣くのみである。とほほ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.11.22
取材3、原稿。
何を思ったのか、息子が突然編み物を始めた。
編み物である、編み物。あの棒みたいなのをこちょこちょ操ってマフラーとかセーターとか作るやつ。
なんでもカギ編みというのをやってるそうだが、座椅子に座って編み棒を器用に動かしている様子は、ほとんどおばあちゃんである。
誰に教わったかというと、もちろんヨメである。
教えろというから教えたらしい。毛糸と編み棒はダイソーで買ってきたそうだ。
今はマフラーを編んでいるらしい。誰にあげるんだと聞いたら「お父さんに」とのことである。
ありがたくて涙も涸れ果てるわい。
娘はというと、一緒に始めたもののとっとと飽きて放り出してしまった。こっちも涙が涸れ果てる。
そういや、娘が名曲「ねがい」を聴いていたら、エンディングのチェロのところで「ドッドッ、レッレッ、ドッドッ、ソッソッだね」と言った。
ほほう、大正解。どうやら娘は絶対音感を身につけつつあるようである。見事である。
もちろんオレは絶対音感などないから、娘は自然に会得したらしい。
絶対音感は、しかし、持っていても、それと音楽センスが高いのとは別の話だから、まあ、ないようりはあったほうがいいというだけの話だが。
こうして丹後家の秋は深まりゆくのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.11.21
原稿。
日曜なのにオレは朝から原稿仕事。
息子は囲碁教室に行った。囲碁のどこが面白いのかわからないが、続いているところを見ると、それなりに面白いのだろう。今日は一勝一敗だったらしい。
もしかして囲碁は、算数の成績がいいのに多少は役立っているのかも。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.11.20
原稿。
本日は小学校の学芸会である。
トップバッターは息子である。ガチガチに緊張してステージに出てきた息子は、「解説員」という役柄だそうで、いわゆる前説をやっていた。
セリフと一緒に手話も交えていた。そうか、先日、ネットで手話のページを検索していたが、このためであったか。
別に言われたわけではないが、自分で勝手に「手話も交えてやろう」と思ったらしい。なかなかによろしい。そういう主体的な取り組みというのは、いいことだ。
続いて2組目が娘である。
こちらはネズミの役だ。はまり役である。
元気にステージを走り回って、たいしたものである。「お母さんといっしょ」の時も一人で目立っていたので、こいつはステージ向きの性格と言えそうだな。
初めの2組が終了後、オレは息子と一緒にとっとと家に帰り、引きこもりの原稿仕事だ。
日中は出張まじりの野良仕事。それゆえ原稿だけがたまるたまる。
毎晩こつこつと片付ければいいものを、ついふらふらと飲みに行ってしまうから、アリとキリギリスのキリギリス状態なのであった。
キリギリスでギリギリ。どっと笑え。
引きこもって原稿と闘ったのに、結局すべては終わらず、残りは明日と、また先送りするオレであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.11.19
取材1、原稿。
久々に黒タンゴで書くのだが、本日、練馬区の健康診断であった。年に一度。
人間ドックより格安で、内容はだいたい同じだから、最近はずっとこっちを利用している。
問題は問診を行う医師がバカばっかということだ。
本日もタコ医師であった。名前は●井●という。
このタコじじいは、去年のオレの血液検査のデータを見て、そもそも去年のデータを見てもしょうがないと思うのだが、「あなたねー」といきなり声を荒げるのであった。
「あなたねー」に続けてタコは「糖尿病ですよっ」と鋭く言う。はあ、そうですけど、と答えるオレ。答えて、ちゃんと定期的に医師の検診を受けていますし食事と運動でコントロールできていますけど、と答える。
そもそもその数値は糖尿病ではなく境界型ではないのですか。血糖値は正常だし。
タコは続けて「あなたねー、この数字、わかりますか。この数字の意味が」と鋭い視線でオレに迫る。オレの言うことも聞けっていうのに。
この数値って、そりゃ、ヘモグロビンA1Cに決まってますが、それが何か。
やはりオレには耳を貸さず「この数字はねーっ、ここ数ヵ月の血糖値の平均値ですよっ」とタコ。頭がつるつるで本当にタコ。
「正常な人はこの数字が5.2なんですよっ」と切れ味鋭いタコ。
でも、ちょっと前までは5.4で、数年前までは5.8だったじゃないですか、とオレ。
耳を貸さないタコ。まったく困ったものである。
ヘモグロビンA1Cの数値が引き上げられたのは製薬会社の激しい営業政策の結果、というのは今や常識なのだがなあ。そもそもヘモグロビンA1Cは7を超えなければたいした心配はいらないのだがなあ。
心中オレは、ああまたか、と思ったのだが、だいたいこういう古いタイプの医者は、糖尿を見つけると舌なめずりして襲いかかる。嬉しくてしょうがないのだ。
なぜなら「あなたねーっ」と患者を恫喝できて、気分がいいからだ。
いまだにカロリー計算一本槍、肉ダメ、甘いものダメ、カロリーコントロールできないのは患者の意志が弱いせいで、つまり患者はバカで、オレは医者でエライのだから患者を怒鳴りつけてもいいのだ、ああいい気分だ、という思考回路から抜け出せない医師が多いのである。
糖尿などという病気は人類と何百年もつきあっているというのに、まったく医療界は何をやっているのか。呆れたものである。
こういうタコ医者は抹殺すべきである。
あとで調べたら以前に練馬区の医師会会長をやってた医者らしいから、それだけでろくなものじゃないとわかるのだが、引退して普段はくそじじいやっているだけなのに、こういう健康診断の場にやってくれば恫喝できて気分がいいからのこのことやってきたというのが見え見えだ。
その証拠にオレに対しては結局「体重減らすように。体重ですよ」というのが結論だった。んなことはどこの素人だって言えるのであった。
たぶん来年もこの医者は同じことを言うのだろう。老害そのものである。しっしっ。タコはタコツボに入ってろっつーの。
*
とまあ、タコ医者をののしるオレなのであるが、反面、タコの気持ちもわからないではないのだよ。
というのも、この区の健康診断を受けに来る連中というのが、まあ、待合室などで見ているだけでもしょうもないなあという人間が多いからだ。
基本的にコミュニケーション不全。それゆえに現状認識能力に欠け、問題意識も生まれないから何かを改善しようともしない。
見ているだけで、そういう人間が多いなあということが伺える。
タコならば、そういう人間を見下して恫喝したくもなるのだろう。同じタコツボなのに。
半径500メートルで日常が完結して、知ってる人としかコミュニケーションしないという日々を送っていると、やっぱり人間はコミュニケーション力や問題対応力を退化させるのではないかという気がしてくるのだった。
というオレも、インタビュー仕事がなければ半径250メートルくらいで日々が完結するから、いくらネットを見ていい気分になったとしても、中身は次第にタコ化するのであった。とほほ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊新潮」
「首を斬られにきたの御番所」佐藤雅美・文春文庫。やっぱり面白いなあ、この作家は。緊張感が漂い、それでいてどこかユーモラスでもある文章が素晴らしい。うなってしまう。未読の作品が多いので、しばらくは掘り起こしてみよう。こういう鉱脈を掘り当てると、とても嬉しい。


2010.11.18
取材3。
昨日は静岡→名古屋の日帰り、本日は名古屋→東京。
当然泊まりかといえば、どういう段取りか、日帰りになってしまい(笑)、本日もオレは4時に起きて5時の電車に乗って東京駅へ行き、6時半の「こだま」で豊橋なのであった。
そして昼には東京に戻って取材仕事。まっこと新幹線のおかげで便利な世の中だわい。
せっかく日帰りなんだから、戻ったら仕事しようかと思っていたのだが、おっぱり疲れてしまって何もしなかった。意味ねー。
その代わり、おお、夜になって届いたぞ、例の正体不明、アメリカ中部のオヤジが作ってオークションで売ってるマイクが。
200ドル、約1万6000円で落札。これに手数料やアメリカ国内の輸送料や税関や国内の宅急便やらがのっかって、全部で3万というところか。うーむ。高いのか、安いのか。
まあ、いいや。届いた箱を息子と娘に開けさせる。
「わあ、出てきた」というので、どれどれとのぞいたら、あれれれれ、銀色じゃねえか、このマイク。
オレはてっきり金色だと思って、ゴールデンマイクが手に入ると喜んでいたのだが、銀色じゃねえか。オヤジのサイトを見てみたら、うーむ、よく見てみたら、金色っぽい銀色というか、銀色っぽい金色というか、確かに微妙な色だ。
うーむ、負けた。
まあ、よい問題は音だ。とりあえずセットして試してみる。
ところがオヤジの作業が雑なものだから、なかなかうまくセットできない。あげくによく見たら部品の一部が壊れている。
ずっこけたオレであった。
まあ、よい。つーか、しょうがない。
壊れた部分は別にしてもちゃんと録音はできるので、オレの声で試してみた。
うーん、普通。
ずっこけるオレであった。まあ、よい。問題はボーカリストたちの声がどう載るかだ。
今度いさわしで試してみよう。その前にヨメに歌わせてみよう。
とりあえずマイクを仕舞って、今度はクレームである。
アメリカのオヤジに「てめ、このインチキ野郎め、壊れてるじゃねえか、とっとと交換しろ、すっとこどっこいめ」とメールを送るわけだが、そんな英語力はないので、クレームも代行してくれるというセカイモンあてに「おねげえしますだ、困っておりますだ、子どもも悲しくて泣いておりますだ」と泣き落としメールを送る。
さて、アメリカ中部のインチキマイク製造オヤジに、この大和魂は通じるであろうか。
ともかくしばらくはこのマイクで遊ぼう。でも、今は激しく忙しく、そんなことをしているヒマはないのであった。残念。

「日経新聞」 夕刊フジ」「週刊文春」
「造花の密」(上)(下)連城三紀彦・ハルキ文庫。新聞広告で絶賛しているからつい手にとって呼んでしまったわけだが、激しくつまらない作品であった。「こだま」に揺られながら、5分寝ては10ページ読み進むという難行だったゆえ、そのあまりのつまらなさに東京駅のゴミ箱に捨ててこようと思ったほどだった。


2010.11.17
取材3。
先日、息子が受けた四谷大塚の全国統一テストの結果が返ってきた。
前回、つまり春に受けた統一テストでは全国で690番。上位5%に入っていた。
気にくわんなあ。
上位1%に入らないと、気分悪いなあ。
わかっているのか、いないのか、口を開けて「ほげー」と言う息子に、ばかたれ、100点取れば日本でトップだ、次は100点取れと命令した。100点取らないとぶっとばすぞと、魚せいで息子に酒をつがせ、おっとっとっとなどといいながら、息子にそう言い渡したのであった。
息子は「まままま」などと言いながら、再び「ほげー」と答えたのであった。
そして秋の試験の結果であるが、ふむ、全国で245番。東京都で79番。上位1%に入っていた。
なんだ、脅せばできるじゃん。
これからも魚せいでコップに酒をつがせながら、横山やすしみたいに、男だったらトップ取らんかい、とどついてやろう。ふふふ。次は全国で2ケタ入賞がノルマだな。
もっとも、そのための戦略も決まったので、もうノルマ到達は見えているがのう。ふふふ。
なお、テストでいくらいい点数を取ったからといって、オレは決してご褒美に何かを買うということはしないのであった。
テストで頑張ったからゲームを買ってあげる、好きなものを買ってあげる、というのは愚の骨頂である。
簡単な話で、大人だって「難しい仕事をやり遂げたら給料あげてやる」と言われても、一時的には頑張れるが、決して本当の成長にはつながらない。それと同じだ。
ましてや、難しい仕事をやり遂げたらチューしてあげる、と言われて頑張るような男なんて、ろくなもんじゃないわけで、それと同じ構造のご褒美を用意しても決して本人のためにはならんのじゃ。
同じ理屈で、「宿題をやったらゲームをやっていい」というのは、最悪の方法である。なぜなら、ゲームをやるために宿題をやる、つまり目的がすり替えられて、宿題は"苦役"になっちゃうからね。
仕事のご褒美は仕事。それと同じに、勉強のご褒美は勉強。
そしてオレは、今夜も息子に酒をつがせて、おとととととと言うのであった。

「日経新聞」「週刊朝日」


2010.11.16
取材1、原稿。
ワンちゃんのCDを聴こうと思って探したのに、見あたらない。なんでだろう?
CDが山のようにあって、収納の限界に達しているから、いずれ処分しなければ思っているのだが、まだ1枚も捨ててないので、どっか行っちゃったわけでもないのになあ。
うーむ、もうちょっと探そうっと。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」


2010.11.15
打ち合わせ1、原稿。
というわけで、幸せなことに七五三を無事に祝うことのできた娘であるのだが、その娘が通う小学校ではなんと2分の1成人式という行事があって、来年、息子がそれを受けるのだという。
ななな、なんなんですか、2分の1成人式。
うちの小学校だけなのか、あるいは都内の小学校がそうなのか、ひょっとして全国で当たり前のように行われていてオレだけが知らないということなのか、ともかく2分の1、つまり10歳の時にお祝いをしようというイベントらしい。
寡聞にして不勉強。
なれどしかし、そんな行事を勝手につくって日本の文化を破壊しないでもらいたいのだがなあ。
2分の1ということは、半人前。つまり半人前になったことを祝うという行事ではないか。
どうせなら、最近の国力の衰えを見れば、日本の成人とは30歳を過ぎてからというのが妥当に思えるから、15歳になってから2分の1成人式をやればいいのではないか。
などという怒りに燃えながら、久しぶり居酒屋たけし。
相変わらず絶品の日本酒に絶品のつまみで、連日連夜、満席なのにはちゃんと理由があるというわけだ。ああ、旨かった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」


2010.11.14
原稿。
本日は娘の七五三である。
もう7歳だ。月並みだが、早いものである。
息子とあわせ、これで我が家の七五三はすべて終了。昔は、七歳までは神の子と言ったそうだから、子供らはこれで神の子から人間になったということか。
地元の氏神様である氷川神社に参拝に行く。
記念写真は、今なら安いですよ〜というスタジオアリスの夏枯れ対策キャンペーンを利用して、夏休みの間にヨメが撮ってしまっている。だからお参りだけだ。
地元のしょぼい神社に行くのだから、普段着以下で十分だべとジーパンでいったら、あらら、案の定、きっちり正装したご家族が山ほどにも。
きっとそうなって、娘までも普段着だと可哀想だからと娘にだけは前日買ったおニューの服を着せておいたのだった。
息子はというと、境内に散らばっているドングリを見て興奮。木の下でやたらとはしゃいで、どんぐりを集めていた。
どうして子どもってドングリを見ると異常に興奮するのだろう。子どもというのばバカな生き物に思えてしょうがない。
5000円を払って受付してもらって、かしこみかしこみである。
じじばばを連れた3歳児の七五三はやっぱり異常に気合いが入っているなあ。見ていて微笑ましいのだった。
ともかく我が家も無事に七五三を終えるまで過ごすことができて、慶賀の至りである。
待ち時間にヒマだったので、お稲荷さんを参拝。息子と娘に賽銭を投げ入れさせ、家内安全商売繁盛と言えと命じて、1万回唱えさせたのだった。
参拝が終わったので、メシを食いに行く。光が丘の銚子丸だ。回転寿司である。
メニューには、なんと七五三記念の手まり寿司が用意されていた。せっかくなので頼む。
すると店の大将が「お嬢ちゃん、七五三かい。特別サービスの杏仁豆腐があるよ」とすすめる。なんとタダなのだそうだ。
なぜに銚子丸が七五三を祝ってくれるのかわからないが、ありがたく頂戴したのだった。
家に帰ったら、隣のオガワさんの奥さんが玄関先を掃除していた。うちの娘を見て「あらあ、七五三、おめでと」と祝ってくれる。
先日ご主人から九州旅行のお土産をもらったので、一緒に行ったんですかと聞いたら「行かないわよ−。夫婦がうまくやってく秘訣は、ふふふ、別行動にあるのよ」と教えてくれた。
なるほど、深い。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ゴルゴ13」


2010.11.13
オバマがいる。胡錦濤がいる。メドベージェフがいる。
他にも韓国やら、いろいろややこしいのが一堂に会して、APECの横浜は大騒ぎだ。
まさにそのど真ん中の今日、昼過ぎにオレは桜木町駅に降り立ったわけだが、まさしく警官が一山いくらで並べられていて、びっくり。
改札での待ち合わせであるが、面白いので警備で立っている警官にぴたりと並んで立ってみた。じろりとオレを見る警官。
改札前だから、この警官のもとには道を尋ねにじいさんばあさんがやってくる。もちろん答えられない。
東北なまりで「わだすは警備ですので、わがりません。ほら、あすこにいんほめーしょんがあるので、そこで聞いてもらえねえですか」といちいち申し訳なさそうな顔で答えるのであった。青森県警か、秋田県警か。
駅前の広場には栃木県警の警官が一山いくらで並んでいて、その前で横断幕を広げたデモ隊が気勢を上げている。
聞けば眼鏡の青年がハンドスピーカーで「APECを中止せよ〜。お隣の韓国ではみんな反対して中止しました。横浜市民の皆さん、APECに反対しましょう〜」と叫ぶ。
中止せよったってもう始まってるし、だいいち韓国が中止したから横浜も中止しろというのは、めちゃくちゃでまったく関係ない話ではないか。世界に向けてアホをさらしているこの青年のほうがよほど問題である。
「横浜市民の皆さん、飼い慣らされた羊になってはいけません」というフレーズには思わず腰が砕けた。お前は団塊か。
*
このような騒々しい中、なんで桜木町にまで足を運んだかというと、実は本日、ワンちゃんこと犬飼聖二さんの還暦記念コンサートがあったからである。
コンサート会場は、APECの会場から数100メールしか離れていない。まさにAPECど真ん中。こういう経験もなかなかいいものだ。
栃木県警や山梨県警が一山いくらで並ぶ中、コンサート会場に向かった。
ワンちゃんは、遊び歌業界の重鎮にして第一人者である。現場一筋、とにかくここまで走り続けてきた。若手が後に続いていないのが問題ではあるが、それはさておき、ずっと一筋で頑張ってきた、なかなか素晴らしい人である。
そのワンちゃんが還暦を迎えたというので、いろんな人が駆けつけてコンサートを開いたのだった。
ケロポンズとか、新沢としひことか、たにぞうとか、湯山とんぼとか、まあ、そうそうたる顔ぶれだ。
オレはもちろん会場の片隅で見ているのだが、いろいろと知り合いも増えてきて、この業界でそれなりに名前と顔が売れてきたようだ。
某音楽事務所の社長が、若手を連れてきて「うちの新人です、よろしくお願いします」と挨拶させる。あ、こりゃどうも、と名刺を差し出すオレ。「この人はすごい人なんだぞ」と某社長。「は、はいっ、よろしくお願いしますっ」と新聞。
うひゃあ〜勘弁してくれえと下を向くオレ。オレのほうこそ、お仕事ください、よろしくお願いします、だ。
新沢さんが挨拶に来てくれた。わざわざ向こうからである。ひゃーと恐縮するオレ。
コンサートは盛りだくさんで、予定を大幅に遅れて進行し、いよいよラスト2曲。ここでオレの作曲した「誕生日」が演奏されることになった。いい曲なんだよなあ、「誕生日」
ワンちゃんが「タンゴさん、いますか〜、タンゴさん」とステージから声をかけ、オレを会場に紹介しようとする。後方の席で立ち上がって応えるオレ。
ワンちゃん「あー、タンゴさんは〜」とオレの紹介を始めたところで、なんとガキどもが花束を持ってステージに駆け寄ってきたもので、オレの紹介は中断。ワンちゃんは「あららら〜」と花束に行っちゃったのだった。
し、しまった、タンゴ潰しか、これは。
このあとに「誕生日」の演奏が始まったのだが、客席は「さっきのタンゴって何なの?」といぶかしく思いながら、「誕生日」を聴いたに違いない。とほほ。
いさわしも「丹後さんはなんだったんでしょーねー」と笑うのであった。
まあ、それはともかく、「誕生日」はとてもいい歌である。
オレのつくったこの歌を、300人のホールの観客が一緒に歌うというのは、おお、これはなかなかに感動的ではないか。ちょっとじーんとしてしまったオレであった。
コンサート終了後、ロビーの販売コーナーでこっそり耳を立てていたら、寄ってくる客がCDを取り上げては口々に「あ、これ、誕生日が入ってる、くださーい」と買っていくのであった。ふふふ、なかなかに気分がいい。印税契約でないので、いくら売れてもオレには一銭も入らないのだが、気分がいい。
新沢さんが「さっき紹介されてましたね〜」と声をかけてくれた。
やっとこの人の中で、オレは怪しいおじさんではなくて作曲の人という認識をされてきたようだ。そうなのである、本日のオレは新沢さんに覚えてもらったのがことのほか嬉しかったのである。
*
3時半の予定が終了が5時。もう真っ暗である。
軽く飯を食おうと、山梨県警や栃木県警の一山いくらの間を駅へ向かう。
警官どもの姿や声で桜木町は騒然としているのだが、考えてみればオバマや胡錦濤やメドベージェフが数100メートルのところに集まっているというのに、こうして普通に歩けるというのは、すごいことではないか。
いさわしも「これが中国なら半径3キロ、人っ子一人、入れないですよ」と話す。
そうなのである。これほど安全で安心で、しかもモラルとマナーを守って秩序正しい社会を維持しているのが日本という国の素晴らしさであった。
向かった中華料理屋で、紹興酒を飲みながら「だから日本は、別にグローバルなんかならないで、小さくて静かでおとなしい国でいいんだ」という話をする。オレもまさしくそう思う。もう大国でなくてもいいから、静かで穏やかな小国でいいのではないか。
わかったか、胡錦濤、ちょっとここへ来て一緒に紹興酒でも飲んでみろってんだ、と店内で叫ぶ。
APECのど真ん中で飲むという貴重な夜は、こうしてふけていくのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.11.12
取材4、原稿。
実に本日はいい経験というか、いい勉強になった。
様々な事情が重なってのことではあろうが、取材相手が1人なのにインタビュアーが3人という仕事だったのである。普通は1対1での取材なのだが、今回はオレのほかに別の会社のインタビュアーが2人もいるというわけだ。
それで3回のインタビューで、当番制。一人のインタビュアーがメインになり、他の二人はオブザーバーという段取りだ。
いやあ、人のインタビューを聞くのって勉強になるねえ。
おっ、そういう切り込みできたか。あれ、今のところは突っ込めよ。あれれれ、そんなことを聞いてどうするんだよう。
人のインタビューを聞きながらそんなふうに思って、そうか、オレの異端ビューも周囲の人にはこう思われているのかと納得。けっこうバカに思われてたりして(笑)。
オレも「なるほど」というのが相づちの口癖で、聞き苦しいかなと自分でも気をつけてはいるのだが、人の「なるほど」を聞いていると、話が理解できないのをごまかして先をうながす「なるほど」、話がつまんないから別の話題に切り替えるための「なるほど」「、本当に心から理解して納得した「なるほど」、ぼけっとして聞き逃してしまった時の「なるほど」と、いろんな「なるほど」があって、しかもそのどれもが「なるほど」に隠されたインタビュアーの心情が見えるという、これは大変に勉強になった経験であった。なるほどねえ〜。
オレももっと精進しなければ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「縮尻鏡三郎」(上)(下)佐藤雅美・文春文庫。この作家は初めて読んだけれど、面白いなあ。江戸もの。物語の展開よりもキャラクター造形とか人々の暮らしぶりとかがとても生き生きとしていて、読んでいて楽しい。こういう作品は大好きである。この日との本は文庫でも大量に出ているようなので、いろいろ読もうっと。久しぶりに鉱脈を見つけた気分であるる


2010.11.11
取材3、原稿。
秋も深まりゆくのであった。今日は今日で、いろいろと我が身を省みて反省することの多かった日だったなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」女が嫌いな女の第一位が、谷亮子! 爆笑だった。


2010.11.10
取材2、原稿。
東京タワーのふもと、増上寺の近くあたりに行ったが、あの辺はとても行きづらい。練馬からだとなおさらだ。
地図を見たら、大江戸線の大門まで歩けないこともないとわかったので、帰りはそっちに挑戦してみる。健康にもいいし。
ところが実際に歩き始めたらやたらと歩道橋はあるし、景色はちっともつまらないしで、たちまちくじけてしまい、途中にあった御成門駅の入り口によろよろと吸い込まれてしまったのであった。
帰ってきて取材した原稿をまとめる。
オレの場合、原稿を書くのは早いのだ。早い、安い、断らない。原稿仕事は丹後企画事務所へ。
というか、他のライターがなぜ時間をかけるのかがわからない。
印税仕事ならば一つの作業が何倍、何十倍、何百倍にもなるのに、請負仕事である限りはそんなことはあり得ず、1枚1枚、足し算でしか積み上がっていかない。
となれば、生産性を考えるのは当たり前の話であって、生産性を追求する限り早く仕上げないと成立しないのは当たり前の話だわな。
こういう発想をしていくと、じゃあオレは何かというと、メーカーなのである。
決してサービス業でもなければ、芸術家でもなく、しこしことモノを作り続けるメーカーなのだ。メーカーであるならば生産性を考えるのは当然の話であって、やたらと時間と手間をかけるライターの存在はオレにしてみれば不思議でしょうがないのでごぜえます。
つい丁寧語を使ってしまった。
で、早々に原稿を書き終えた後、どうしたかというと、もったいぶってすぐには送らないのであった。
久石譲が面白いこと言ってたけど、「ポニョ」のテーマソングは打ち合わせの席上ですぐに思いついたけど、その場で見せたら絶対にダメ出しされるから、後でもったいぶって出したそうな。その作戦は、せこすぎるけれど、正解だな。
では、原稿を送らずにどうしたかというと、飲みに行ったのではなくて、例の尖閣ビデオ流出事件のニュースを見ようかと思ったのだった。
この事件は、ワールドカップや首相交代や大相撲や、えーと、他に何があったっけ、ともかく諸々を抑えて間違いなく今年の重大ニュースのトップだろうなあ。
領海侵犯の中国人はとっとと釈放して、犯罪を構成されるかどうかすら怪しい日本人を逮捕しちゃうというのはめちゃくちゃな話だ。
領土や国民の生活や生命を守ることができないというのが一番の本質的な問題であって、流出したかどうかなんて問題を矮小化しているに過ぎないのだがなあ。そもそもネットに流出するなんて、ああ、やっぱり出たか、ぐらいにしかみんな思ってないよねえ。
まあ、いいや、難しいことは。
そんなことを考えながらニュースを見ようかと思ったけれど、古館の小賢しい顔を見たらとたんにその気は失せて、ちびちびと焼酎を飲みながらミキシング作業をしたのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.11.09
取材1、原稿。
客がいないと、ヒマを持てあましてどうでもいいことをしゃべくりまくるから、魚せいのオヤジはうるさくてしょうがない。
オレは別にあんたとしゃべりに来たんじゃないという態度をを見せても、お構いなしにしゃべるのであった。
そこでオヤジ対策としてコンビニでいつも夕刊フジを買っていく。130円。毎回、えらい出費だ。
今夜もいや〜な予感がしていたのだが、案の定、店のトビラを開けたら誰もいない。
しまった、またつかまると思ってこのまま回れ右して逃げようかと一瞬頭をかすめるものの、それもしゃくだから諦めて中に入る。
案の定、オレにビールを出したらもうすることがなくなったオヤジが、しゃべりかけてきたので、ほれ、と夕刊フジを手渡す。
「お、いつもわりいな」と受け取るオヤジ。まったくだ、悪いよ。
夕刊フジの一面には、囲みでどどーんと「ゆうこりん結婚」と書いてある。
それを見たオヤジ「だれだ、ゆうこりんて、知らねえな」と大声で言う。当然スルーするオレであった。

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2010.11.08
取材2、原稿。
朝、横浜へ行く。東口だ。
やたらと警官が多い、APECの警備だ。
見ると、岐阜県警とか山形県警とか書いてある。地方から大挙動員されたわけだな。
山奥から出てきたこの若いお巡りさんたちは、朝の横浜駅で、津波のようなラッシュに目を白黒させ、行き交う若いお姉ちゃんたちに目は釘付けなのだった。
インタビュー仕事を終えて、懐かしの有隣堂でものぞこうかと今度は西口の地下街を歩いていたら、向こうの方からゆっくり歩いてくるおばあちゃんがいる。
あれえ〜と思って近づいたら、おばあちゃんもあれえ〜とオレを見ている。
やっぱりそうだった、横浜のおばさんだ。父方の兄弟の長女で、今年の春にも一緒に温泉に行ったおばさんだ。
確かに横浜在住ではあるが、こんな人混みの中、ピンポイントで遭遇するとは奇跡だなあ。立ち止まって5分ほど立ち話する。
今日は何の用事? 体の具合はどうですか。皆さんお元気?
そんな会話を交わして別れた。
オレのばあちゃん、つまりおばさんの母親より年上になってしまったが、こうして一人で横浜の地下街を歩いて出かけて、これから郵便局とどこかによって用事を足してくるというのだから、立派なものだ。
足が悪いので、私鉄で2駅の自宅からはさすがにタクシーらしい。それでも90になろうというのにこうして一人で出歩いているのだから、たいしたものだ。予想もしないてこうして元気そうな姿を見られたので、心が軽くなる。
横浜でのAPECはもうすぐで、それなのにまさに会場に隣接するホールでワンちゃんのライブが行われるのが、今週の土曜。APEC前日。
ロシアが来る、中国が来る、韓国が来る、アメリカが来るというまさにそのど真ん中にライブをやるわけで、それをのこのこ見に行くオレは、大丈夫なのだろうか。
桜木町でいさわしと待ち合わせ予定であるけれど、まず間違いなく職質だな。
まあ、どうせなら世界のメディアも来るのだから、何か芸でも披露して世界デビューしようか、たんさいぼう。
いやいや、親戚の名折れだから、やめておこう。
さういや最近はJR系のコンビニにセルフレジが目立ってきた。自分でレジをピッとやって、スイカで払うというシステムである。便利だねえ。
と思ったら、キヨスクにも自動レジの登場だ。
戸塚駅の売店にも置いてあったので、雑誌を買って早速試してみようとしたら、なかなかレジがピッと言わず、結局おばちゃんに「こうやってやるのよう」と教わる始末。ちっとも省力化にならず、かえって面倒なことにしてしまったオレなのだった。
こういうセルフレジとかは、きと中国あたりでは通用しないよな。一瞬にして略奪だ。
時々、ビルの中にある自動販売機に、お釣りが出なかったりしたら紙に書いてくれれば返金しますよ、というメモ用紙が置いてある。
これなんかも中国人には信じられないシステムだろうな。とことん日本は性善説を前提にした社会であって、本当に住みよい国だと思うのだった。

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「流血の魔術 第2幕」ミスター高橋・講談社。プロレス界を激震させたいわゆる"高橋本"の続編なのだが、書くネタもないのにむりやりまとめようとするから、こういう中身のないすっかすかの本ができあがるのだよ。


2010.11.07
本日は、丹後湯でレコーディングである。
オレの新しいCDの録音だ。全部で5曲、中山親分、伊達ぽん、いさわしという豪華ボーカリストを迎えて収録である。
今回はこのCDの目玉曲「友へ」「ねがい」を特に集中して収録。どちらも涙なしには聴けない名曲だ。
ぜひともリリースをお楽しみに。
さて、レコーディング後はそのまま副都心線にのって新宿に行き、花園神社の酉の市だ。
にぎわってたなあ、酉の市。参拝客がずらーっと行列で、お賽銭を投げるまで15分は並んでしまった。
おでんの屋台を2件、はしご。親分、伊達君、いさわしと飲む。
毎年ここへ来て拝み、おでんを食べないと一年が終わらない。そして、熊手を買った客を取り囲んでの「いよーっ」という柏手を聞くと、ああ、今年もあと少しだなあ、という思いになる。
今年は、誰の心にも山口のことがあって、特に「友へ」「ねがい」の2曲とも山口のことを強く思い起こさせる曲なので、4人で山口への思いを語ったのだった。
7時過ぎに解散。伊達君は1500円の熊手を買って帰った。今年が商売のスタートだったからなあ。これから毎年、だんだん大きな熊手が買えるようになるといいね。
ヨメと子どもが石神井公園の酉の市で熊手を買ったというメールをもらって、ならばオレもお参りして帰ろうと思い、新宿からの電車を降りて石神井公園で参拝。
酔っ払っていい気分だったが、刺身が食いたくなったので、境内の屋台で大判焼きを手土産に買って、魚せいに行ったのだった。
魚せいでカツオの刺身と、生牡蠣を食う。そうである、この時期になると魚せいでは、お通しに大きな生牡蠣2個が出てくるのだ。
これだけでもう十分。
日本酒を2杯呑んで、魚せいのおばちゃんに「熱いうちに食ってね」と大判焼きを渡す。
いい気分になって家に帰り、風呂に入ったら、もうすっかり前後不覚。リビングで、パンツ一枚でひっくり返って寝てしまったのだった。
とほほほほ。

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2010.11.06
原稿。
かつてアントニオ猪木が「風車の理論」というのをぶち上げて、力の抜けた試合をやっていたことがあったが、今にして思えば要するに手抜きのことを「風車の理論」と言ってたわけで、なるほど〜さすが猪木だ、と感心していたオレたちプロレスファンはとことんアホだったわけだ。
その「風車の理論」ではないが、オレが完成させたのが「ラーメン屋の理論」である。
実際、ほとんどのことは「ラーメン屋の理論」で片付くのだ。
例えばオレの広告業界では「いいものを創ることが大切だ」という言葉を聞く。コピーライターなら「いいコピーを書くことが大切だ」ということだな。
でも、ラーメン屋でラーメンがまずかったら、それはもはやラーメン屋ではないから、「いいものを創るんだ」というのは、当たり前の話なのである。
問題は「いいものを創るんだ。だから遅れてもいいんだ」「いいものを創るんだ。だからカネがかかるのはしょうがないんだ」「いいものを創るんだ。だから態度が悪くて、挨拶もできなくて、時間も守れなくて、服装がだらしなくてもいいんだ」という論調になることである。
いくらうまいラーメンを出したところで、出るのが遅かったり、やたら高かったり、無愛想だったり、客の言葉に返事もしなかったり、開店時間がいい加減だったり、不潔だったり、汚かったり、髪がぼさぼさだったり、臭かったりしたら、客は逃げていくだろう。
それと同じことなのに、それがわからないクリエーターという人たちが多くて、呆れてしまうのであった。
そのようなことを、ラーメンの味はたいしたことはないのに、抜群の接客とオペレーションで高い顧客満足を実現している下石神井の●源ラーメンで思ったのである。
この●源ラーメンは、普通のチェーン店であって、スープも普通に化学調味料使っているし、餃子は冷凍だ。
それでも大勢の客でにぎわっているのは、気の効いた接客とスピーディなオペレーションにある。これだけ気持ちよく昼飯を過ごせれば、この程度の味でも十分なのだった。
世の中のクリエーターどもは、●源を見習うように。
などということを考えて、魚せいへ行って飲むわけだが、刺身だけは絶品の旨さであるものの、酒はろくなのがないわ、接客はやたらとうるさいわ、テーブルは汚れているわで、とことんしょうがない。
まあ、いいか、ここはどうせ消えていく居酒屋。大将の気の済むままにやらせておこう。
その魚せいへは、息子と娘を連れて行った。
息子は久保田の一升瓶を持って「ままままま」といいながらオレのコップに酒を注ぐ。
オレは「どもどもども」といいながら酒を受ける。
コップギリギリに酒を入れた息子は「どうだ」と得意満面で、オレは「口から行こうかいの」といいながらずずっと飲む。まったくろくでなしの親である。

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2010.11.05
取材6、原稿。
日経新聞のスポーツ欄に週一回、三浦カズのコラムが連載されている。
本人が書いたものを記者が直しているのか、あるいは電話でしゃべったことを記者がまとめているのか、わからないが、これが実はなかなかよろしい。
今日の掲載は特に素晴らしく、「サッカーでは納得できないことがたくさん起きる」とした上で、「考えるだけではダメで1センチでいいから走り出せ」と諭す。
そして「FW経験のない監督が僕にシュートの指示を出しても、耳を傾け、プラスとなる何かを探す」と続け、「学ばない者は人のせいにする。学びつつある者は自分のせいにする。学ぶということを知っている者はだれのせいにもしない。僕は学び続ける人間でいたい」と締める。
この最後の「学ばない者は〜」は素晴らしいなあ。オレにとっては、非常に耳の痛い提言なのであった。
時々思うのだが、期したわけでもないのにベテランと呼ばれるような立場になると、人間。頼まれたり、頼りにされたり、お願いされたりすることが多くなってくる。
心していないと自然にその立場に慣れ、謙虚さを失い、人に耳を貸さなくなり、下の者に学ぼうという意識など消え失せる。
これは自戒だな。
そんなこと言われなくてもわかってる、そんなことは間違ってる、そんなことはわかりきってる。
不遜にもどうしてもそういう態度になってしまう自分を戒めねば。
この年齢になっても全速力で走ってボールを追い、うまくなりたいと年下の監督の言葉に素直に耳を傾け、出場機会を渇望し続ける今の三浦カズを、Jリーグ初期の頃にはとても想像できなかったよ。
それだけでも尊敬に値するというのに、まさかたかがサッカー小僧がこれだけの言葉を口にできるようになるとは思わなかった。
やはり若い頃に苦労し、栄華を極め、そして再び苦難の道を歩んだ人の言葉には重みがあるのだろうか。
こういうコラムが載るのが、日経新聞ならではのスポーツ欄の意義であると思う。
もっともやはり毎週掲載されている豊田某氏の野球コラムは、基本的に「昔の俺たちはこうだった。それなのに今のヤツらは」という話が中心で、いささか鼻白ませられる。時々、ものすごくいいことも言うのだがなあ。

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2010.1.104
取材5、原稿。
息子が図書館から本を借りてきた。
今回は、なんと小学館文庫だ。つまり大人の本。
へー、もう読めるのかよ〜。
もちろんルビなしだが、ほとんどの漢字は読めるらしい。小学三年生。
息子本人は国語が苦手という意識があるらしく、事実、統一テストなどでは国語のケアレスミスで100番ぐらい順位を損している。
でも、ちゃんと本を読んでいれば大丈夫。
伊達くんや井澤くんのアドバイスに従って、子ども新聞を取って毎朝読んでいるおかげかもしれぬな。
息子がそんなものを読んでいるとなると、オレもSPA!だとか文春だとかを口開けて読んでいる場合ではないという気になる。

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2010.11.03
原稿。
最近聴いたCDの中でピカイチだったのは、久石譲が自作メロディーをロンドン交響楽団用にアレンジした「メロディフォニー」だった。
きれいなメロディを巧みなアレンジで、実に上品に聴かせてくれる。
オレは久石作品の中では「菊次郎の夏」「あの夏へ」が大好きであって、特に「あの夏へ」のイントロの和音とサビの切ないメロディは、素晴らしいの一言。
もっともこのCDでは久石自身がピアノを弾いているのだが、それだけがイマイチでちょっと残念だった。
「AERA」のインタビューで読んだのだが、今でも久石は朝起きてから数時間はピアノの練習をするのだそうである。これには驚いた。
これだけ名前をあげ、しかもプレーヤーではなくて作曲家、編曲家、指揮者として第一線であるというのに、まだピアノの練習をするとは。
あの年で、もっともっと上手くなりたいという前向きな姿勢は、うちの隣のオガワさんが庭でビールを飲みながらギターを弾いて「どーだい、タンゴさん」と胸を張るのにもよく似ている。
オレも頑張らねば。
つーか、別にギターはもうそんなに上手にならなくていいから、アレンジがもっと上手になりたいなあ。もっとアレンジの仕事がないかなあ。
ということとは別に、本日、息子が四谷大塚の全国統一テスト。
前回は全国で600番だった。今回はもちろんトップを取れと言ってある。満点を取ればトップではないか、簡単なことだ!
しかし息子はこち亀の真似をして「ほげーほげー」と言うばかり。クラスのトップ争いだけで疲れてしまっているらしい。
馬鹿者め、クラスなんて小さい小さい。日本で、いいや、世界でトップを目指せ。
そう言っても「ほげーほげー」と返すばかりなのだった。

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2010.11.02
取材2。
京都駅でインタビュー仕事を終え、次の大阪への移動の間に昼飯ということになり、手近で済まそうと駅構内の店に入ることにした。
中には妙に高飛車な、観光客を田舎モノ扱いした見せもあり、こんな店はダメだと難癖をつける。
と、カメラのヨシダ氏が「出た、タンゴさんの京都嫌いっ」とちゃかす。そうなのである、オレは京都嫌いで通っているのである。
だいたい京都って、表面は愛想笑いしながら、心の中じゃ自分たちが一番だと思っているし、他の人間を田舎モノと見下しているに決まっているのだ。
と、ぶつぶつ文句を垂れるオレ。結局、近場のうどん屋に入ったのだった。
そこでオレは親子丼を食い、ヨシダ氏とオクムラ氏はせいろ定食というものを頼んだ。
とひろが珍しいことに大食らいのヨシダ氏が残してしまったのである。
新幹線のホームに上がってから、ヨシダ氏、ぼそっと「まずかったんですよね」とつぶやく。
「ほんっとにまずかったんですよ」と繰り返すヨシダ氏の隣で、オクムラ氏にたずねたら「本当にまずくて、味なんかしないんですよ」と同じことを言う。
結論。京都駅でうどんを食ってはいけない。
放っておいても勝手に観光客が来るからってなめきった商売をしているようだと、そのうちに中国人に食い荒らされてしまうぞ、京都。
大阪に移動し、引き続きインタビュー仕事を終え、じゃあ、帰りに一杯やりますか、ということになった。
ヨシダ氏は「じゃあ、地下のドヤ街ですね、ドヤ街」と笑う。そうである。新大阪駅の地下には、小汚い飲食店がずらっと並んで、明るいうちからろくでなしの酔っぱらいが徘徊する一角があるのだった。
京都と違って、ここは人を見下すことがなく、というか自分たちが見下されて平気だったりして、まあ、要するに大阪アホでんなの街なのだった。
串焼き屋に入り、名物の串カツを注文する。「売り切れました」の返事。
アホか、5時前でどうして名物と書かれてある串カツが売り切れるんじゃ。アホだ。
そして、新幹線の時間が迫ったのでそろそろ帰ろうという頃になって、店の兄ちゃんが「お待たせしました、串カツできます、どうしますか」と聞いてきた。
さらにずっこけるオレ。要は出入り業者が衣をつけた肉をやっともって来たというわけだな。
せっかくだからと注文する。
やってきたのは3本の小さなカツ。まずかった(笑)。

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2010.11.1
取材1、打ち合わせ1、原稿。
おお、11月1日。すると、来年の11月11日は2011年11月11日と、1が6つも並ぶのか。
なんとめでたい。いや、別にめでたくないか。
ここ一ヵ月ほどずっと挑戦してきたのが、セカイモンのオークションだ。
前にも書いたが、アメリカの中部のよくわけのわからないオヤジが作って売っているマイクがオレの物欲を激しく刺激し、しかも、これがどうもオークションでしか手に入らないようなので、何度か挑戦してきては、落札に失敗していたのだ。
マイク自体はまったく正体不明。いくらネットで調べても出てこない。
そのくせ、このオヤジは自分のサイトで「どーだ、こんなにいいマイクだぜ」と自慢しているし、録音のサンプルまで聴ける。
ならば、自分のサイトで売ってくれればいいものを、そんなことはまったくなくて「代理店に聞け」ときたもんだ。その代理店が日本にあるのかよ、ないじゃないか。
というわけで、セカイモンのオークションのみが頼りなのである。
セカイモンは、アメリカのeBayと提携しており、海外オークションに日本語で参加できるシステムを構築している。
落札されたら、アメリカのセカイモンの物流センターで検品後、OKとなったら日本に輸入してくれる。
万一、不良品だったら物流センターの段階でストップしてくれるし、仮に日本で受け取ってから不具合に気づいたら、こちらに代わって相手にクレームをつけてもくれる。
英語での喧嘩など、とても自信がないオレにとっては安心できるシステムだ。決済はクレジットカード。
こうした諸々のサービスとして落札代金にプラスして4千円から8千円ほどが必要になるようだ。日本では宅急便も使うし。
というわけで、オレはずっと偶然見つけた怪しいオヤジのマイクを落札しようと頑張ってきたのだ。
どうもこのオヤジ、一週間に1本ずつオークションに出品するようで、オレも毎週入札しては惜しいところで落札できずにいた。
オレは別にオークションなんかやりたくなくて、普通に購入したいだけなのだが、まったく困ったオヤジである。普通に売らないで、毎週1本ずつオークションに出品してくるんだから。
そして、毎週毎週落札に失敗して、オレもいい加減呆れてきたから、今度こそはと思って上限200ドルと決めて入札したのだった。
今まで入札しても入札しても落札できなかったのは、きっとオヤジが200ドルという上限を決めていたに違いないと読んで、最後は200ドルをどかーんと入札したのである。
このマイクには微妙な金額だ、200ドル。
円高だから、タイミング的にはちょうどいいのだが。
スペック的には、果たしてどうなのか。マイクの性能って、決してスペックだけでは表しきれないというのが最近になってわかってきたので、やっぱり実際に使って音を出してみる以外にないのだ。
これはどうだ、と高いカネを出して手に入れたマイクが、人によっては安いマイクの方がいい音だったりする。実際、オークションで2万円で手に入れた定価5万円のマイクが、歌手によっては8000円のマイクのほうがよかったりするのだから。
もっともこのあやしいオヤジのマイクは、音はわからんが、とにかく外観が素晴らしいのである。見ているだけで欲しくなる。なにしろ全身金色!
きんきらきんのマイクなのだ。わはははは。
さて、アメリカの中部の片田舎からどれくらいで届くだろう。
きっとこのオヤジは、赤ら顔で毎晩ビールを大量に飲みながらステーキなんぞを食っているに違いない。
ホームページでは、オヤジ本人がいろんなミュージシャンと並んで記念写真におさまっていて「どうでえ、おめーら。おらあ、こいつに売っただよ」とえばっている。頭は完全にハゲだ。見事に。
そのオヤジがアメリカ中部で酔っ払いながら梱包し、「へーい、ジャパンのジェントルマンが買ってくれたぜ、グッジョブ!」などと言いながら発送するのだろう。
2週間くらいで届くかな。
届くのがとても楽しみである。
届いたら、その顛末をまた報告だ。
しかし、こういう楽しみが味わえるから、ネットもなかなか面白い。リアルの店が元気をなくすわけだ。
「通販って安いですよね、洋服も」と今日会ったハヤシ氏。「安いって言えば、ユニクロだけど、ユニクロはすぐにわかっちゃうのが難点ですよね」と、まったく同感のことを言っていた。
その後、飯田橋での打ち合わせの席に乱入してきたのが、カナウチおじさん。
アメリカ中部のあやしいマイクオヤジと変わらぬ怪しさである。
おじさんはいきなり「ちょっと貸せ」とオレの手からペンを奪い取り、子どもの落書きよりもひどい地図を描いて「あんたのウチはどこだ」と聞いてきた。なんと、これは石神井公園周辺の地図だったか。
ぐるぐる円を描いて「これが公園な」と言ってたから、あれは石神井公園のつもりだったらしい。
オレは丁寧にオレの家と「魚せい」を教えてやった。もしかしたら、今度突然遊びに来るつもりかもしれない。手土産持って。
帰りに、池袋にひっそりとオープンしたルミネをのぞく。
前の駅ビルを買い取ってルミネに変えた店だ。
地味なれど、さすがにルミネ。ショップはなかなか魅力的で、池袋に似合わない。
雑貨屋や書店、CD屋も入っていたので、今度ルミネカードでも作ろうか。
そうである、今オレの頭にはクレジットカード対策がちょっとひっかかっていて、今メインで使っているセゾンカードが、西友の買い物が時々5%引きになる以外はなんのメリットもないので、頭に来ているところなのだった。
いたずらにポイントばかりがたまって、それで折りたたみ傘とか、電気スタンドとか、しょうもないプレゼントに交換してもらっても、ちっとも嬉しくない。というか、バカにされている気分である。
やっぱぼちぼちルミネカードに変えようかなあ。

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2010.10.31
原稿。
本日は朝から原稿仕事。と言いたいところだが、なかなか気持ちが乗らず、だらだらと過ごして午後から書き始めたのじゃった。
ふと思いついて、新しいテキストエディタは落ちてないかなとネットを探す。いくつか発見。
いろいろ試してMeryというやつが使い勝手よさそうなので、しばらく使うことにした。無料である。
普段はEmEditorという4000円くらいのを使っていて、有料だけあってさすがに使いやすいのだが、それでもMacintosh時代に使っていたJeditには及ばないなあ。
なんとかWindowsでもJeditが使えたらありがたいのだが、作者のサイトを見るとそんな気はまったくないらしく、悔しい。時々、JeditのためだけにでもMacintoshを使おうかと、半分本気で思ったりするのだ。
エディタなんてどれでも一緒と言えば一緒なのだが、しかし、不思議なことにエディタとの相性みたいなものもあるようで、このエディタだとうまく書けない、というのが実際にあるのだ。
オレの場合、それはWZeditorである。
これは編者機能ばっちりで、要するに文章仕事に特化したエディタなのだが、これを使うとなぜだか文章が下手になる。オレの場合。
もともと下手ではないかという指摘もあろうが、要するにもっと下手になるという意味だ。
なぜかはわからないが、なんか細かなところの肌触りみたいなものが違うんだよなあ。
などということをぶつぶつ口にしながら、なかなか原稿に取りかからない日曜の午後遅くなのであった。

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2010.10.30
レコーディング。
中国人というのは、なんであんなに炊飯器ばっかり買って帰るのだろう。
日本の炊飯器というのは、そんなに素晴らしい土産物なのか。そもそも中国には炊飯器がないのか。
たぶんよっぽど粗悪品なんだな。
富裕層ほど自国製品を信じていないというから、中国の炊飯器で炊くと毒飯ができるとでも信じているのだろう。
タニグチ氏によれば、先日、羽田空港に行ったところ「土産物コーナーに炊飯器が置いてあったんですよー、びっくりしましたよー」とのことであった。
これで銀座にラオックスができたら、炊飯器を何台も抱えた中国人が銀座の街並みをうろうろするわけか。
ちょっと見物である。
そころで関係ないけど、最近、アンドーくんがメールに返事をくれない。
おーい、どうしたんだ、アンドーくん。メルくれよう。

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2010.10.29
原稿。
例えば上司にアホな理由で怒られ時とか、客から難癖をつけられた時とか、職場なら隣の席の人間に「(ガチャッと電話を切って)けっ、いつもの客にまーたわがまま言われたよ」とこぼしたり、帰りの飲み屋で「(プハーッとビールを飲んで)ったく、あの部長はアホ丸出しだよなあ」と毒づいたりできるわけだが、一人仕事のフリーランスだとそういうわけにもいかず、ついつい貯め込んでしまうわけである。
もちろんそれはそれで自分の選んだ道であるがゆえ、全部てめーの責任なのではあるが、要は気楽なフリーに見えてもやっぱり我慢すべきところは必要なのだという話だ。
オレはオレなりにストレス耐性はあると思っているのだが、最近はそうでもなくなったかなあと手を見る。
ちょっとでも気にくわないと、つい客につっかかってしまうところがあり、少し反省するのだった。
キベさんとか、そういうところはないのかな。
オレが前に勤めていた会社は、それはもうどうしようもないアホ会社で、どれだけアホだったかということはいつか小説にして発表してやろうかと思っているのだが、どんなにアホ会社の社長でも一つや二つはいいことを言うものであって、「オラあ、タンゴ、請負仕事は受けた方の負けなんだよ、つべこべ言わずやりやがれ、このタコ」という言葉は今も残っている。
そうなのである。仕事は受けた方が負けなのである。
よって、負けたら潔くそれを認め、敗者らしくつつましく行動するのが、善なのだ。
敵は客ではなく、おのれの内にあることを知らねばならぬな。おお、これはオレ的には名言。

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2010.10.28
取材1、原稿。
六本木のテレビ朝日で、漫画家のやく・みつる氏にインタビュー。極めてまっとうな常識人であった。
そのインタビューを行った同じカフェに、見たことのある人が。えーっと、そうだ、アナウンサーの長野智子だった。
などと、昨日のはなわに続き、有名人にさりげなく遭遇したことを自慢する、しかも、それを平気でやり過ごしたと匂わせることでオレも一段違うよといいたがる、そんなイヤなヤツっぽいな、オレは。
家に帰ったら、息子がなにやら難しそうな本を読んでいる。13と17の素数がどうしたこうしたというタイトルの本だ。図書館から借りてきたという。
「最小公倍数でいくとさあ、13と17が被る年ってさあ」と話しかけてきたのでギョッとする。ななな、何をしゃべっているのだ。
「お父さん、メンデルの法則っておぼえてる?」と聞くので、メンデルとグレーテルか? などといいながら後ずさりするオレであった。
そんな息子と娘に、テレビ朝日のお土産コーナーで仕入れてきたドラえもんグッズをくれてやる。素直に喜ぶ。
いつまでこうして素直に喜んでくれるのかねえ。
そんな話をすると、マキウラ氏は「うひゃひゃひゃ」と笑い、「あんたとこは、先がなげーからなあ、うちなんかもう26」とわけのわからない自慢をするのであった。
このマキウラ氏とハラ氏、カメラマンのタカハシ氏と、久しぶりに年上に囲まれてオレが一番年下という仕事である。これじゃオレは介護士だよなあと言ったら、先輩どもににらまれたのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」


2010.10.27
取材4。
4時に起床して5時に家を出て、東京駅へ向かう。
6時半の新幹線だ。
東京駅のホームで、朝メシ代わりに駅弁を食っていたら、すぐ隣のベンチに頭を▲三角にしたおっさんがやってきた。
よく見たら、お笑いの、はなわだった。マネージャーと子どもが一緒だった。
なんだ、この人、普段でもテレビと同じ頭をしているのね。すぐに仕事なのか、それとも目立ちたいのか。
9時過ぎに大阪着。山口のことを思い出すなあ。
取材仕事も終盤の午後5時、突然親分から「今大阪だよーん」というメールが入る。
ふんぎゃ。
びっくりしてオレも「ワタクシも大阪であります」と返信。親分から「どひゃー」というさらにびっくりしたメールが返ってきた。
ならばどこかで飲もうかということになったのだが、いかんせんオレの仕事が終わらず、東京に着くのが10時ごろになりそうだということで、今回は残念ながらパス。
いつも東京で会ってる人と大阪で偶然一緒になるというのも、面白かったが。
10時に東京着。ちょと腹が減ったので、石神井公園で一軒め酒場という飲み屋に入ってみる。
飲み物はろくなものがなく、食い物はスーパーの惣菜売り場と変わらず。おかげでびっくりするほど安かった。今日は何かとびっくりする日なのだった。

「日経新聞」「夕刊フジ」「AERA」「食品と暮らしの安全」


2010.10.26
取材3。
木枯らし一号がぴゅーっと。横浜の夜は寒かっただよ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」
「さぶ」山本周五カ・新潮文庫。さすが期待しただけあって、素晴らしい小説だった。「人は誰でも自分の背中は見えないんだよ」とか「人が人を養うなんて、できないんだよ」とか、胸に染みるセリフばかり。


2010.10.25
取材7。
遅くなったので帰りに「たけし」で晩飯でもと思ったら、あららら、臨時休業だって。
しょうがねえなあ。
ならば新規開拓で、こないだ行った地下のラーメン屋の向かいにある居酒屋にでも行ってみるか。安そうだったし。
百点を別の言い方にした名前の店である。
ところがこれが大失敗。店の中が臭いし、イスは座り心地悪いし、食うモノはないし、こりゃあ生ものは避けたほうがいいなと判断して頼んだ煮込みやサンマの塩焼きはまずかったし。
酒は半分で一合の値段。とほほほ。
ヨメに「最悪の店だあ〜」とメールして、とっとと帰ったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」


2010.10.24
原稿。
午後から子どもとヨメを車に乗せて、駅前の西友まで買い物に行く。
しょぼいスーパーだが、あるだけでもありがたいのだ。
食品売場の角にある生花コーナーで、バラとかすみ草の花束を購入。玄関に飾るのである。
娘が「ののかにやらせて」と言うので、好きにさせてあげたら、案外きれいに飾ってくれた。女の子だなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.10.23
原稿。
ポーランドのPSP Audiowareからメールが届いて「PSP MASTER COMP、安くしとくよ、買わない?」とのことであった。
PSPはプラグインメーカーで、なかなかに個性的な製品を発表している。特にコンプレッサー、リミッター装備の「PSP Audioware」は手放せないほど気に入っている。
もう一つ買ってもいいくらいだが、買っても意味がないので買わないだけだ。
最後の仕上げに「PSP Audioware」を挿すと、何というか、ボーカルがググッと前に出てくるのである。それに加えて、アナログチックな暖かいサウンドとなるのだ。
ちょっと高かったけれど、買って以来、絶対に手放させないプラグインとして大活躍である。
適当につくった音でも、最後にこれを挿せばそれなりになってしまうところがすごい。
PSP Audiowareからこんなふうに時々「プラグイン安くするよ、買わない?」というメールが届く。
こないだはXEONというプラグインを購入。マスタリング用に、ちょうどいい音圧を稼ぐのに使っている。CDならこれ、ゲームならこれとプリセットが用意されているので、楽ちんなのだ。
そこで今回のPSP MASTER COMPである。
通常、249ドルつまり2万なんぼかするプラグインであるが、これを「今月中なら99ドルにしまっせ」である。実に半額以下。8千なんぼかだ。
円高様々である。
しかも、今までの製品のユーザー登録をしているならば「さらに10ドルまけまっせ」ということで、89ドル、実に7千なんぼかなのであった。
円高様々、ユーザー登録様々である。
とりあえずデモ版で試してみて、と一瞬思わないでもなかったが、ここまで気前よく商売されたら、細かいことは言わないのが男だ。即座に購入を決定。
早速タウンロードして使ってみたのだった。
すると、おお、なかなかよいではないか。音圧がぐぐっと。なんとも素晴らしいかかり具合である。それでいて、このメーカーの持ち味であるアナログの味わいがとても暖かいのであった。
早速ご機嫌の丹後湯亭主。
もっといろいろ遊びたいのだが、原稿が山のようにたまっていて、そうもいかないのだった。
残念。
プラグインと言えば、先日導入したLexiconのオーディオインターフェースにおまけでついてきたリバーブのプラグインが、さすがリバーブ専門メーカーだけあって、おまけでもリバーブの効きが素晴らしい。あまりに効きすぎて、そこだけ突出しちゃうほどなのだった。
まったくこの世界は面白いなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.10.22
取材3。
遠く遠く、横浜から相鉄線に乗り換えて、天王町というところまでインタビュー仕事に行く。
相鉄線というと、オレの親戚が住んでいる街の路線で、大学受験の際、2週間ほど泊まり込んで世話になったものだ。あの時は、確か横浜駅西口からバスに乗って親戚の家に向かったものだったなあ。
大学の合格発表では、前夜に突然父親が親戚の家まで泊まりに来て、朝、一緒に発表を見に行った。甘い親だなあと、不届き千万なことを考えたこのアホ息子は、以来、山のように親不孝な出来事を起こすのであった。
夕方遅くに仕事が終わり、今度は保土ヶ谷駅まで歩いて、湘南新宿ラインに乗る。
日が落ちるとめっきり寒くなり、おでん屋の匂いが恋しくなるのだった。

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2010.10.21
取材3。
とあるところで耳にした話である。
その会社では研修で霞ヶ関の官僚を一定期間受け入れているのだが、ここ数年、官僚の質の低下が著しいのだという。
理由ははっきりしていて、本来は霞ヶ関で日本を動かすべき優秀な学生が、外資系金融、外資系コンサルにこぞって採用されているためだそうだ。エサは高給である。
これは相当に憂うべき事態であって、日本の国家スタッフのレベルが著しく低下しているということは、そのまま国力の低下につながっていくわけだ。
この意見を、オレは実に興味深く受けとめるのだが、どうだろう。
これから日本を動かしていく人材が低下していて、加えてこれから社会にゆとり世代が飛び出してきて、20年後の日本の有り様をオレは絶望的に受け止めているのだった。
オレの息子と娘には申し訳ないが、20年後の日本は中級国になっているのではないか。
もっともそれはそれで、威張らす、目立たず、世界の片隅でひっそりと生きていく国というのも、アリだとは思うが。

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2010.10.20
取材4、原稿。
ワールドスタンダード(という名前のユニットの)のCDを聴こう聴こうと思っていて、ずっと忘れていたのを思い出し、注文する。
朝、出かける前にポチッとアマゾンを押せば、帰宅したらもう届いている。便利なこっちゃ。
誰もリアルのCD屋に行かないわなあ、これじゃ。
早速CDを聴く。最初に流れてきた音に陶然とし、なるほど、こういうシンプルで丁寧でわかりやすくて優しい路線もアリだなあと納得する。
それにしても全部で30分ちょっととは、アルバムとしては短すぎないか。70年代前半の洋楽アルバムみたいだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」


2010.10.19
取材、原稿。
対談の司会という仕事を終えて、夜6時、銀座の中央通り。地下鉄の階段を降りつつ、あれ、ここは銀座ということは、つまりは山野楽器ではないか、と思い出し、階段を引き返す。
困ったものである。
たぶん買わないと書いておきながら、ビートルズの赤と青が気になり、山野楽器ならば店頭山積みに違いなくてそれを見るだけでもいいか、と思いながら山野楽器に向かったのだ。
山盛りでした、山野楽器。店頭で、CDが。
しかし客がまったくいなくて、青くださいと反射的に言ってしまったオレに、スタッフは非常に好意的なのであった。
山野楽器の店頭に積まれていたら、これは買うしかないでしょう。だって山野楽器だよ。
というわけで、買ってしまったのである、ビートルズのベスト盤のリミックス。青だけね。
2600円。
オレがこれをLPで手に入れたのは、高校2年の夏だった。
学校の健康診断でひっかかったオレは、腎炎が疑われるというので総合病院に入院を命じられたのだが、アホなことに親に向かって、井上陽水のコンサートのチケットかビートルズのLPを買ってくれなきゃ入院しない、とぬかしたのである。
今書いていて、オレはタイムマシンに乗って16歳のオレをぶっとばしたくなってしまった。
よくぞオヤジははオレをぶっ飛ばさなかったものである。まったく不届き千万。息子が腎炎かも知れないと疑われているのに、LP買ってくれなきゃ入院しないとは、首を絞めても誰もが許すはずだ。
結局井上陽水のコンサートのチケットは取れず、ビートルズのLP3000円を買ってもらって、オレは約束通り検査入院したのだった。
そのLPが、デジタルリミックスされて発売されたのが、本日手に入れた青盤である。
ちなみにその病院へ、オレは入院患者にも関わらずギターを持ち込んで練習し、看護婦たちに呆れられたのだった。親はさぞ情けなかったに違いない。
そして、畳針のような太い針で腎臓の組織を取り出すという荒っぽい治療をして、24時間絶対安静という状態の中、母親はずっと付き添ってくれたのだった。
今思えば、仕事をしていた母であるからそのやりくりや、家庭のことなど、いろいろ大変だったろうに、何よりも自分の子どもの体に針が刺さるという状態に平静ではいられなかったろうに、脳天気なこのオレは何も考えずにほげーっとよだれを垂らして眠り込んでいたのであった。
もう一つ思い出すのが、入院中いきなり看護婦に呼び出され、パンツを脱げと言われてわけもわからず横になり、むんずとちんちんをつままれ、あれれれ、あれーと思っているうちに突然尿道に管を差し込まれたことである。
アレは痛かった。今に至るも、あれを超える痛みなどないほど、痛かった。
そうして、ありうべからざる事態にのたうちまわっている高校生の男子であるオレの頭上で、看護婦たちがアイスクリームを食いながら談笑していたことに、オレは青春の哀しみを見たのだった。とゆーか、ほとんどトラウマになったな、これは。
まあ、よい。思い出話が長くなりすぎた。
要はビートルズの青である。
山野楽器の店頭で、プロモーション用のジャンパーを着た店員から買い求め、家に帰って早速ウォークマンに入れたオレは、魚せいに行く途中の畑の中で聴き始めたのだった。
最初は、これだ、「アクロス・ザ・ユニバース」。
悪くないが、どこがどうリミックスなのか、わからない。
続いて「ヒア・カムズ・ザ・サン」。これはすごかった。おお、ベースの立ち方が半端じゃない。この曲はリンゴのドラムがすごいのだが、この盤ではあまりすごくなくてあれれれという感じだった。
もっとすごかったのが「オブラディ・オブラダ」だ。
今まできこえなかった音が聞こえてきて、うーむ、今から半世紀前にこういう音を創っていたのかと、ただびっくりするのみであった。
と、適当に2、3曲聴いたら、もう飽きちゃったので、今日はおしまい。

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2010.10.18
取材1、原稿。
朝一番でインタビュー仕事を一つこなし、帰ってから午後一番でその原稿を仕上げたら、あら、珍しい、何もすることがなくなった。
たまにはこういう日も必要である。などといいながら、今年の春から夏にかけてはずっとそんな日々だったわけで、今日一緒になったカメラマンのヤナギ氏とも「もっと客の幅を広げないといけないねえ」ということが意見が一致した。
ありがたいことに大手の渋めのメーカーから「タンゴでなきゃダメだ」という呼びかけもぼちぼちいただけるようになって、今後はそのつながりをいかに太くしていくかが大事だ。
どうもオレって、コンシューマ向けの、例えば酒とかファッションとかの派手な会社の華やかな仕事よりも、素材だとか材料だとか部品だとかの地味で渋い世界の方が好きなようだ。
そういう会社の研究現場の話などは、身を乗り出すほど面白く聴ける。
オレが社会人になった頃はちょうどコピーライターブームで、例の1行100万円という素晴らしい噂が世間を駆け巡っていた頃だ。そんな時にコピーライターとして駆け出したオレであるが、パルコとか西武とかサントリーとかの、当時のいわゆるメジャー広告の仕事は望んだって回っては来ないのであった。
そうした広告賞をもらえるような派手な仕事へのひがみもあったのかもしれないなあ。あるいは、花王とかライオンとかの地味でださい広告が、実はいかに緻密に計算されてつくられているかを知って、そっちのほうがうまく腹に落ちたというのもあったと思う。
子どもの頃のそうした刷り込みは大人になっても消えないもので、だからか、今も地味な世界の話に惹かれてしまうのであった。
さて、何もすることがなくなった午後をどう過ごしたかというと、趣味の音楽活動である。新しいCD用には7曲のアレンジが完成しているが、歌はまだだ。アレンジにも手を入れたいし。
新曲もそろそろ手がけたいとは思っているし。ということで、本格的にやろうかと思うと、今度はそこまでの時間もないということになる。
結局、晩飯の後は子どもと風呂に入り、寝転んで焼酎などを飲むのだった。

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2010.10.17
編曲。
今日は朝から晩までずっとパソコンに向かって編曲仕事。やれやれ疲れたわい。
先日導入した新しいインターフェース、Lexiconはなかなかに快調である。予想した通り、素直で深みのある音だ。
この類のマシンは、デジタル部分にはまったく差がないから、価格に反映される違いはアナログ部分の性能にある。つまりデジ→アナだな。
信号処理は誰がどうやったって結果は一つ。でも、アナログになって出てくる音は千差万別なのだ。
マイクプリを兼ねさせようとする場合はなおさらで、デジ→アナ性能こそが決定的な要因となる。
つーわけで、このマシンはなかなか正解であった。かっかっかっ。
と、一人の部屋で天井に向かって得意げなオレ。
それにしてもこのインターフェースに替えてから、まったくノイズが発生しなくなった。今までのは何だったんだ。
パソコンではなく、問題はインターフェースにあったとは。それはきっとドライバーの性能なのだろう。
エディロール。あえて名を出す、エディロール。
そのドライバーはタコだ。ヘッドホンとかは、そこそこいいのにねえ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.10.16
原稿。
朝から夕方までずっとパソコンに向かって原稿仕事。やれやれ疲れたわい。
夜は久しぶりに家族を連れて、たけしだ。たっぷりと日本酒を堪能する。
帰りに書店によって、息子は「コロコロコミック」、娘は絵本、オレはビートルズ関係の雑誌を買う。
いよゆる青盤がもうじき発売されるが、買っちゃいそうだなあ。レンタルで十分なのだから、酔っ払ってアマゾンでポチッとしないように気をつけよう。
夜中に目が覚めたので、その雑誌を読む。
ビートルズネタは、まあ、いいや。チリの落盤ネタにもうんざりだが、何度もビートルズで商売しようという魂胆にもうんざりである。
クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」はコーラスだけで180回以上のオーバーダビングをした、という話にびっくり。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「レコードコレクターズ」


2010.10.15
取材2、原稿。
魚せいのオヤジが、50年ぶりに小学校のクラス会に出席するというので、嬉しくてたまらないらしく、うるさい。
地元は新潟だ。中学を卒業してすぐに上京して魚屋の小僧として働き始め、以来、小学校のクラス会などに出たことがないそうだ。
「だからよう、日曜日の朝早く出かけるから、土曜日はよう、早く店閉めるからな、わりーな」と、来る客来る客に何度も言っている。オレはもう何十回も言われた。
「いやあ、別に行きたくはねえんだけどよう、たまには顔出せってうるせえもんだからよう」って、オヤジがうるさいったらありゃしない。
初めて来た客にもそんなことを言ってるから、せっかくのご新規にも関わらず、二度と来るなって告げているようなものだ。
帰ってきたらきたで、どんな様子だったか、また何度も聞かされるんだろうなあ。今から鬱陶しくてしょうがない。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「Number」


2010.10.14
取材1、原稿。
文章は今やほとんど手書きすることのない時代で、オレもめったに手書きしない。
ただ、面白いことに、キャッチコピーを考えるときと作詞するときだけは、なぜかB4のスケッチブックに手書きだ。
どういう頭の仕組みなのか、そのほうが落ち着くし、いいものができるような気がする。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」「文藝春秋」今月の文春は珍しく買いである。ぜひにのオススメ。


2010.10.13
取材2、原稿。
新宿南口の某オフィスビルの1階で、赤い羽根を売っていた。
練馬のオレの近所では農家の前に無人の野菜販売所を見かけるが、まさにあれと同じく、お金を入れる箱と赤い羽根が置かれてあり、任意の金を入れて勝手に羽根を持って行くという状態になっていたのだ。
ほほう、赤い羽根か。久しぶりだ。
早速オレは100円玉を箱に入れ、1本引き抜き、スーツの胸に羽根をつけたのだった。昔と違って、今の赤い羽根はシールで留めるようにできている。ピンじゃない。
一緒にいたカメラのヨシダ氏に胸の赤い羽根を見せて、どうだ、すごくいい人に見えるだろう、と自慢する。
ヨシダ氏は、あろうことか「腹黒く見えますね〜」と笑ったのだった。
ななな、なんだとう。偽善者に見えるというのかっ。
「黒タンゴですねえ〜」とヨシダ氏。
がっくり肩を落とすオレであった。
家に帰ってシール式の赤い羽根を取り外して、テレビの外枠にぺたんと貼り付ける。
友だちの家でゲームして帰ってきた息子が、この羽根を見て「なんだこりゃ」と首をかしげる。赤い羽根を知らないのかと問うたら「知らなーい」という返事であった。
へー、イマドキの小学校ではもう赤い羽根なんてやっていないのか。オレが子どもの頃は半ば強制的に募金させられ、誰もが胸に羽根を刺していたものだったがなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.10.12
取材3。
キックオフは8時だというのに、フジテレビは7時からあおる、あおる。
おかげで盛り上がったまま1時間もテレビの前で待たされた息子は、ようやく試合が始まったと思ったら寝る時間になってしまって大激怒。
8時にホイッスルを吹く審判が大映しになったのを見て「この審判が早く笛を吹かないからいけないんだ」と怒りを向けたものだから、試合時間を決めてるのは韓国のサッカー協会だし、何よりもいけないのはフジテレビなんだよ、と教えて上げる。
そして、あまりにも可哀想だからと、いつもより特別に30分遅く寝るのを許可し、前半30分まで一緒に試合を観たのだった。
遺恨とか因縁とか歴史とか、確かに韓国との間にはいろいろあったが、いまどきのサッカー選手でそんなことを考えてるヤツはいないって。日本どころか、韓国の選手でさえそうではないのか。
だから単なる親善試合の一つを、「絶対に負けられない」と無理に盛り上げる必要など、まったくなかろうに。そりゃあ選手は「絶対に勝ちます」とコメントするが、試合前に「負けます」と広言する人間などいないというだけの話だべ。
そもそも絶対に負けられない親善試合などあるわけもなくて、要するに長期的な強化目標の道半ばにおいて、いったい我々はどこまで歩を進められたのか、進められていないのか、その道程を測るメルクマールが親善試合というものだろうて。
とすると、オレも前半30分だけしか観ていないが、攻撃は合格、守備は危なっかしいなあ、というところか。たまたま点が入らず、相手の点もたまたま入らなかったという試合だった。
中沢と闘莉王の穴を、遠藤や長谷部や、時には本田までの献身によってどうにか埋めているという状態で、それがボディブローのように攻撃力を割いているという印象だった(それにしても松井はワールドカップ以降ずいぶんと大人のプレーをいるようになった。感心するとともにちょっと残念)。
気に入らなかったのは、川島のかわりにキーパーとして久しぶりに曽ヶ端を呼んだにも関わらず、使う気すらなかったということだ。楢崎や川口じゃ失礼だというなら、曽ヶ端はもっと気の毒だろう。
曽ヶ端が頭角を現したときは、これは日本を支えるスーパーキーパーになると確信したものだが、巡り合わせで常に第三キーパーのままで終わってしまった。いや、まだ終わったわけじゃないけど。
久しぶりに観たかったなあ、曽ヶ端のアゴ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.10.11
雨で流れ流れて、「体育の日」の本日に幼稚園の運動会の開催である。
かつて当たり前のように親子4人で毎日歩いた道を久しぶりに4人で歩いて、娘とおんぶ競争もやったりして、幼稚園へと向かった。
途中、あの家もこの家もなくなっていて、道路拡幅工事ゆえであるが、通い慣れた道がちょっとずつ変わっている。ほんのちょっとでも、永遠のものなどないのだなあ。
運動会はたいへんなにぎわい。現役の先生、退職された先生の顔を見つけては、あるいは見つけられては、挨拶する。
懐かしい。みなさん元気だぞ。
運動会の途中、アナウンスが流れる。「ご近所から電話が入っています。道路でタバコは吸わないでくださ〜い」。
そうである。我慢できない父ちゃんたちが、幼稚園から出て、ずらりと道路でタバコを吸っているのだ。こりゃあクレームだなあと思ったら案の定であった。
ネットでは「このままいくと練馬区が第二の足立区になってしまう」「練馬の足立化を食い止めねば」という悲鳴が聞こえるようになった。
そそそ、そうだったのか。
今でさえ杉並区あたりにはバカにされているというのに、足立化してしまったら板橋にさえ嘲笑されてしまうではないか。
しかし、子供らがにこにこ元気に走り回っている幼稚園のすぐ前の路上で、ぼけっと口を開けてタバコを吸っている父ちゃんたちの顔を見ていると、前途は暗いのであった。とほほ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「新ブラックジャックによろしく」(8)(9)ようやく最終巻。最後はほとんど支離滅裂な展開で、ひたすら鬱陶しいのみであった。


2010.10.10
今日が体育の日かと思ったら、明日なのね。わけわからん。
娘が風邪ひいたので、オレが看病。二人で過ごす。
放っておいてもテレビ観たりピアノ弾いたりで、一人で過ごせるようになった。ずいぶん楽。成長したものである。
たんさいぼうの幻の名曲「ねがい」を丹後湯用にアレンジ。
もともとこんなアレンジにしたいなあと思っていたのを音にしたのだが、当初の曲想とはずいぶん違うので、作者の二人は怒るであろう。うひひひ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.10.09
この連休は、久しぶりにのんびりできるのだ。
息子が新聞紙をでかく丸めて、巨大なサッカーボールをつくった。それに輪ゴムをいっぱいつないで、一人ドリブル練習用のセットを開発。
家の中で蹴って走り回って、危なくてしょうがない。
なんだからまるで貧しい時代の日本みたいだが、本当のことなのだ。
その息子がオレに向かってボールを蹴ろうとするから、お父さんは川島だ、よし、メッシ来いと言うと、息子はメッシになって「おりゃあ〜」と新聞紙のボールを蹴り込んでくるのだった。
*
「もう落ち着きましたか」と井澤君に案じられて、まあ、山口のことは自分の中でだいぶちゃんと受け止められてきたというか、なんというか。なんのこっちゃ。
あれは大学一年の夏合宿だったか。場所はどこだ? もう覚えていない。
関西のノリを渋谷の大学に持ち込んだものだから、山口はすぐにいじられるようになり、この合宿でも先輩に「山口、セミやれ」と言われては喜々として木に登って「み〜んみ〜ん」と鳴くのだった。アホであるる
この山口に、猿の顔を被らせたのが、キベさん。
暴れる山口をローブでぐるぐる巻にしたところ、猿の惑星に乗り込んだ人間が猿どもをひっとらえたみたいなシュールなシーンができあがったのである。
そこにちょうどどこかの観光バスが通りかかり、窓から身を乗り出したおっさんが口をぽかんと開けて猿を見ていたのだった。
あのおっさんの顔は「どうして猿が人の服を着ているんだ」と言っていた。まったくしょうもないな。
新大阪の駅でようやくキベさんと連絡が取れ、山口がもうダメだと伝えたとき、キベさんは「山口が? 山口が?」と二度繰り返して、何度も「うーん、うーんっ」とうなったのだった。あのキベさんのうなり声は、今も耳に焼き付いている。
それにしても、大阪ネタで思い出したのだが、集中治療室に入っている山口に会うために、浜松からいてもたってもいられずにやってきた加藤と一緒に病院へ足を運んだ時、山口の入る病院の目の前にある別の病院の看板を見て、二人でのけぞったものだった。
その真新しい病院は「早」と「石」という名前の病院だった。きっと院長がそういう名字なのかな。
つまり、これを読むと「早い死」病院という名前になるわけで、向いの病室から患者たちは毎日この看板を見てるのかよーと、加藤とのけぞったのだった。
こういう看板を堂々と掲げて立派な建物を誇っている病院。これはどう考えても、関西人ならではのボケをかましているとしか思えず、こうやって関東から来た人間が仰天するのを楽しんでいるに違いないのだった。
かなわんなあ、大阪。
大阪と中国と光が丘は、どことなくよく似ている。というのが、オレの持論。まあ、そんなことはどうでもいいか。
そういや、先日新大阪で、試運転の新幹線の撮影をしたのだが、どこでどうやって聞きつけるのか、試運転車両を見るためにちゃんと鉄道ファンがホームにいたのにはびっくり。しかも、そのファンというのが、おっさんなのである。
大阪っていうのは、どこにいってもおかしな街だ。
*
本日は豪雨。
幼稚園の運動会の予定だったらしいが、延期だ。三連休の初日に運動会をやって、あとは代休も入れてきっちん休みましょうという段取りだったのだろうなあ。
「最近の日記は長いけど、短いときこそ実はいろんなことが起きているはずだ」と見破ったのは、井澤君。ふっふっふっ、おぬし、さすがじゃ、その通りじゃ。
でも、長いとみんな迷惑しているらしく、それが面白いから意味もなく長く書いているというのが、本当のところじゃ。
*
ツタヤから借りてきたドラえもんの映画音楽全集をダビングしてクルマの中で聴く。へー、けっこういい歌が多いじゃん。
小泉今日子の「風のマジカル」、いいなあ。
YouTubeで視てみる。おお、若くて可愛いぞ、キョンキョン。
それにしても「風のマジカル」って、文法的にどうなのよ。「マジカルな風」が正しいと思うのだが、「風のマジかよ」がなまっちゃったのかもしれないなあ。
さあ、ぼちぼち丹後湯の新作CDも本気でつくりはじめよう。機材があたら串なったので、違う、新しくなったので、さらに大幅レベルアップした大人のだ。違う、音なのだ。

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2010.10.08
原稿、録音。
「タンゴさんの日記は業界のみんなが見てるんだから、変なこと書いちゃダメですよ!」と、久しぶりに行った居酒屋たけしで、小沢かづとが釘を差す。
何を適当なことを言ってるんだ、こいつは。Googleのなんとか解析で調べたら、この日記を定期的に診ているのは20人くらいしかいない。
仕事関係に友人関係に身内を入れたら、もうそれでいっぱいではないか。よってこの日記は誰も注目なんかしてなくて、好き勝手に書いていいのである。なんてったってそうなんである。
オレのそのような態度に怯えつつ、日本酒を飲む小沢かづと。これをいさわしこと井澤君は「メディアの影に怯えている状態」と指摘するのであった。
そうである、もはやこの日記は、メディアという偽りの衣をまとうような存在になったのだ。
気にくわないことがあれば一言、書くぞ、と言うだけでいい。そうすれば相手は勝手に妄想し、オレにひれ伏すというわけだ。ぬははは。
まさに黒タンゴ。猫みたいだな。
それはともかく、なぜ居酒屋たけしで小沢かづと、井澤君と飲んでいるかというと、本日は学研ピコロのレコーディングが丹後湯であり、その打ち上げをしていたら、そこに井澤君がいつの間にか合流してしまったと、こういうわけなのだ。
レコーディングは10テイクほどで終了。
新しいヨレヨレマイクを使ってみたが、案の定、コンデンサーマイクだと小沢かづとの声量に負けてしまう。そこでダイナミックマイクを何本か試してみて、一番フィットしていると感じたAUDIXにしたのだった。
小沢かづと、本人の前で言うとつけあがるから言わないが、最近の曲作りは明らかにレベルアップしてきた。
天才でない限り、大切なのは数をこなすことである。ある若手作家には、毎日2つずつ歌をつくり続けたら1年後には素晴らしいソングライターになれるよとアドバイスしたのに鼻で笑われた。小沢かづとにはそうならず、とりあえず数をこなしていってほしいものである。
と、こう書くと文脈を読めない人たちが「かづとがタンゴを鼻で笑った」と曲解しちゃうんだよね。ネットの噂話なんてだいたいがそんなものなのだろう。
ともかく言いたいのは、小沢かづとの歌作りは進化してきたので、そのまま頑張れということなのである。
などという小難しい話をするのでもなく、オレがコケストラのののほちゃんのファンだということをネタにし、笑いものにしながら、小沢かづとと井澤氏は日本酒を飲むのであった。
今の文脈は「かづとがタンゴを笑いものにした」という読みで正しいのであるから、念のため。
それにして久しぶりにいった、たけし。旨かったなあ。
すげえ久しぶりなのに、ちゃんとみんなフレンドリーに接してくれて感謝である。問題は、最近のたけし、混んじゃっててハードルが高くなってることだ。徒歩20分近くかけて行っても満席では、文字通りの徒労だもの。
でも、また行こうっと。刺身だけは、魚せいのほうが圧倒的に旨いのだが。
*
たけしでたらふく飲んだ後、すごく久しぶりに、それこそ10年ぶりぐらいに、ラーメンに行くことになった。飲んだ後のラーメンは絶対に危険であるから、オレはそんなことはまったくしないのだが、今夜に限っては小腹が減って、食いたくなったのだ。
行ったのは、地元の有名店、井の庄。魚粉ラーメンが有名で、遠くからも食べに来て、メディアの特集にもよく登場する店である。
一度行こうと思っていてなかなか行けず、本日はたまたまたけしがその近くだったこともあって、足を踏み入れたのだ。
店は思い切りチープなつくり。スナックか何かの居抜きだ。
食券が必要なのだが、どれを買ったらいいかわからず、適当なのを押して、店員に差し出す。店員の姉ちゃん、オレたちの食券を見て「いいんですか、本当にこれでいいんですか」と念を押す。いいに決まっている。すぐさまつくれ。
そう命じて、出てきたラーメンを見たらが真っ赤っか。一口すすれば、口中が火事。顔からは汗。胃はけいれん寸前。
非常にうまいラーメンで、さすがに有名店であるが、しかし、この辛さは半端じゃなかった。店員が念押ししたのも、よくわかる。
すまぬ、オレが悪かった。
ひーひーいいながら食い終わり、泣きながら夜道を歩いて帰る。ラーメンに負けた夜だった。
*
アルゼンチン戦はビデオ録画を頼んでおいた。
翌朝、5時に起きた息子が「お父さん、サッカーいっしょに見ようよ」とオレを起こすのだった。
ザッケローニの初戦。香川・森本・岡崎という3トップに興味津々だ。個人的には森本の潜在力の高さに期待だ。
本田、遠藤は日本の宝。もう一人の宝の松井はお休みか。
アルゼンチンは、メッシが出ないと2000万円を日本に支払うという契約だったらしい。だからメッシもちゃんと出た。そして、ずるずると引っ込めるタイミングを逃してしまって、そのまま出続けたのだった。
もしメッシが闘莉王みたいに日本に帰化したら、やっぱり「飯」と書くんだろうなあ。これは相当にカッコいいなあ。
テベスはでべそでいいかなあ。
などというふざけたことを薄ぼんやりと考えながら試合を眺める。
結果はともかくとして、日本代表近来まれに見る、というか今までの代表で一番素晴らしい試合内容ではなかったか。
コンパクトでスピーディーで、3トップが常にゴールを狙い、きちんと守備にもからむ。遠藤も相変わらず地道に穴を埋める作業を続けていた。
岡崎のゴールも、愚直さのたまもの。本田の献身的な守備も見事だ。
要は献身とか愚直とか奉仕とか協力とか、日本人が国民性として本来持ち合わせていた特徴がものの見事に発揮されていた。ザッケローニが「もっと自分たちの持ち味を信じろ」と言ったとか言わなかったとか、そういうエピソードにもしびれるわけだ。
つまり今日の素晴らしい試合は、決してたまたまだったのではなく、日本人が本来持ち合わせていたものが、これまでの積み重ねの上にようやく発露されたと感じられたのである。
だから素晴らしい試合と感じたのだ。このまま行けるのではないかと、未来を感じさせる内容だったのだ。
もちろん中央を固めるコンパクトな守備は、中東の大型選手めがけて放り込まれる空中弾に今のディフェンス陣が対応できるかという不安を残す。
メッシを2人では止めきれず、3人がかりでようやく止められるという個人の技術力も、不安だ。
何よりも前半のあの素晴らしい献身や愚直さを90分間ずっと続けられるのかという疑問が残る。
それであっても、トルシエが見つけ出し、ジーコがぐちゃぐちゃにし、オシムが再びやろうとした日本人の持ち味を活かしたサッカーというのが、実に見事に浮き彫りにされた試合だったと思う。
この3トップは、素晴らしいなあ。
よし、こうなったらいますぐワールドカップを始めよう。そうすりゃアルゼンチンにも勝ったし、優勝だ。

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2010.10.07
取材1、原稿、編曲。
突然にアメリカの「名前のない馬」が聴きたくなる。
ネットでダウンロードしようかと思ったが、かつてのベスト盤がまだ出てるだろうと思ってアマゾンでチェック。1枚だけ残っていた。
1枚だけ、というのに弱く、1600円という価格もあってついポチッと。
夕方、そのCDが届き、早速聴く。
「名前のない馬」、やっぱりこれは神曲だなあ。ほとんど一発芸と呼んでもいい、奇跡的な名曲である。
ギター弾きならへそでも弾けるコード、Em。それとBm7(正確にはBm7sus4)というたった二つのコードを延々と繰り返し、メロディーもまたシのあたりをただうろうろとするだけ。
こんなにも単調きわまりない曲なのになぜか聴き入ってしまう、本当に一発芸的な魅力を持った歌だ。このシンプルさはアメリカの身上らしく、名曲「ベンチュラハイウェイ」でも、GとDのメジャーセブンスを延々と繰り返すのであった。
「名前のない馬」が全米で1位になった時、引きずり下ろされたのがポール・サイモンの名曲「母と子の絆」だったというのを知って、改めて昔の曲だったんだなあと思う。
確かにオレが高校の頃だった。「名前のない馬」がはやったのは。
そして、それをコピーしたアマチュアバンドがテレビに出ていたのを見て、当時の仲間たちと、ひぇー、なんて上手いやつらなんだ、とびっくりしたのを覚えている。
「名前のない馬」のイントロのギターを聴くと、あの頃のことがありありと浮かんでくるのだった。
*
このアメリカのCDが届いたのが夕方で、実は昼にはワールドカップの日本代表総集編のDVDが届き、また、昨日書いたマイク収納用の箱がそれと前後して届いた。全部アマゾンである。
なんでこんなにぼろぼろとネットで買うのだ、オレは。忙しかったからか?
オレは、仕事のストレスは仕事で発散するタイプだと思っていたが、実は買い物でストレス発散していたのかも。うーむ、なんたることだ。
で、そのマイク収納ケースであるが、ヨシダ氏に聞いたら「使ってないです。オレは冷蔵庫タイプのを使ってる」という返事。冷蔵庫タイプは、機能的には完璧なのだが、とにかくごつくいて重いらしい。
オレはそういうのは置きたくないので、ビニールの収納ボックスにしたのである。
ヨシダ氏に聞いたら「冬場とかは特に気をつけなくても大丈夫ですよ〜」とのこと出合った。理想は湿度40%。とりあえず手持ちのマイクを並べてしまって、使ってみるのだった。
丹後湯の新アルバムは6曲アレンジができているのだが、新しいインターフェースを導入したことで、すべてトラックを作り直すことにした。やれやれ、手間ばっかりかかるのだった。
でも、好きでやっていることだから、ちっとも苦にならないのである。
*
突然に思いだしたが、ビートルズのいわゆる赤盤・青盤のデジタルリミックスが今月発売されるらしい。うーむ、まだビートルズで儲けようというわけか。
今度の青盤は、たぶんオレも買っちゃいそうな予感がする。ポピュラー音楽の教科書であるのは間違いないし、リミックスで音がどうなったか、興味津々だし。
*
大沢親分の訃報は突然だった。いつも元気にテレビで吠えているというイメージだったので、どうにも頭の中で結びつかなかった。
大沢監督は、オレが日本ハムに最も熱狂していたときの監督だった。西村監督の率いる近鉄が、マニエルを擁してやたらと強く、なかなか勝てなかった時代の監督だ。
最終的に江夏を手に入れてようやくリーグ優勝は果たしたが、監督としてはいったいどの程度の力量だったのだろう。その後、いったん身を引いた後にまた請われて監督に就任し、しかし結局はボロボロの成績でシーズンを終えてしまい、最後にマウンド近くで全ファンに向かって土下座したのを妙に印象的に覚えている。
いくら負けたからって、そこまで屈辱的なパフォーマンスをしなくてもよかったのにと、ちょっと引いてしまったんだろうな、オレ。今でいうところの、ドン引きってやつだ。
そういや西本監督時代の近鉄の大ファンだったのが、山口だった。
山口が近鉄でオレが日ハム。シーズン終盤なるとよく二人でテレビを観ては、好き勝手なことをしゃべっていたものだった。
懐かしいなあ、山口。
*
「名前のない馬」をはじめアメリカの曲をいくつか転送したら、ウォークマンが一杯になってしまった。32ギガじゃつらいなあ。
64ギガが欲しい。しかもAシリーズ。
まもなくもっと小さいやつが発売されるらしいので要注目だが、そんな無駄遣いはしてはいけないよな。気をつけよう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「マリアビートル」伊坂幸太郎・角川書店。ここ数ヵ月、急に目が弱くなってきて、それは老眼が進んだということなのだけれど、おかげで本を読むのが辛くなってきた。いかんなあ。加藤は遠近両用にしているらしいが、やっぱり鬱陶しいとのこと。うーむ、どうするか。もう少し今の眼鏡で粘るが、ぼちぼち対策を考えねば。というわけでこの本であるが、いまいち入り込めなかったなあ。


2010.10.06
原稿、編曲。
新しく手に入れたヨレヨレのマイクはなかなかに素晴らしく、ずいぶんと気持ちよくボーカルが録音できるのだった。
はやくこれを駆使して、丹後湯のアルバムを制作したいものである。
さて、これらのマイクの保管だが、スタジオなどではデシケーターと呼ばれる収納庫に入れられている。小さな冷蔵庫みたいなやつだ。
もちろんそこそこの値段がするので、そんなものは買えない。代わりにタッパーに乾燥剤を入れるわけである。
そこで近所のホームセンターにタッパー形状の容器を買い求めに行った。よくあるビニール製の収納箱である。
このホームセンターは、やたらと混んでいて、しかも客のマナーがよろしくなくて、全体にギスギスしている。買い物していてちっとも楽しくない。できれば行きたくない店だ。まるで中国で買い物しているような感じだ。
その中を我慢して箱を買う。ついでに乾燥剤をと思ったが、適当なのがなくて、というのも乾燥剤はシリカゲルに限るのであって、水分をゼリー状に固めるやつはかえってマイクをおかしくしてしまうからダメなのだ。
結局乾燥剤はあきらめて、半透明の収納箱だけ買って帰る。そこにマイクを並べてフタをした。
その後、もっといい方法があるんじゃないかとネットでいろいろと調べたら、見つけた。カメラのレンズを収納する箱があるのだ。
湿度計と乾燥剤がついて2000円。
ほほう、これはなかなかよさそうではないか。先にこっちを見ればよかったな。
すぐにアマゾンで注文。明日には届くという。
こんなことなら、鬱陶しい思いをして、時間をかけて、ホームセンターで捜し物などするんじゃなかった。
こんなふうに、最近ではどんどんリアルな買い物がつまらなくなってくる。それこそ店員には中国人がいて、ちょっと相談しようにも、難しい話が通じなかったりするし。
先日も西友に文具を買いに行ったらめぼしいものがなくて、だからといってわざわざ電車に乗って池袋の東急ハンズやロフトに行く気にもなれず、だったら往復400円の電車代を通信の送料に回したほうがいい。アマゾンなら送料いらずだ。
こんな具合にリアルの買い物がどんどんつまらなくなっていく。ゆゆしきことだが、しょうがない。
ネットならば無限の品揃えから簡単に選べて、しかも配達までしてくれる。便利さじゃ、ネットにリアルが勝てるわけがない。
だからショッピングの楽しさみたいなものを追求して欲しいのだが、足を運ぶことを考えただけでうんざりするような店も多いわけで、リアル店舗が消えるのは絶対に避けたい事態なのに流れはどうもそっちに傾いている。
困ったものだ。
まあ、よい。今はマイク収納用の箱が到着するのを待とう。
本来はカメラのレンズ収納用だから、使い勝手とか、明日カメラマンのヨシダ氏に会うので、ちょっと聞いてみるのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.10.05
取材1、原稿。
欲しかったマイクが手に入った。オーディオテクニカの通称ヨレヨレというコンデンサーマイクだ。
マイクにはずっと苦労していて、結局、SHUREの58という、定番中の定番が最も無難という結果に落ち着いているのだが、どうも納得できる音が録れなくて、不満に感じていたのである。
基本的にいいマイクは高い。
だけど10万もするマイクは手が出ない。
そんなわけでヨレヨレが手頃かと思っていて、先日、ヤフオクでその新品が格安で出展されているのを見つけ、みごと落札したという次第。
日本でまともに買うと5万円。それがヤフオクで見つけた直輸入品だと半額の2万5千円。迷わず購入なのだった。
オーディオテクニカは日本のメーカーで、このマイクも国産品なのだが、なぜ直輸入品だと安いのだろう。
「基本的にいいマイクは高い」と数行上にオレが書いたように、日本国内では安いと信用されず、だからあえて高い値段をつけて売っていると、ネットのどこかに書かれてあった。
よって、直輸入品のほうが安いのだと。
真偽はともかく、さもありなんという説だ。
さて、ヤフオクの出品者には非常に丁寧な対応をしてもらって、翌日には届いたこの通称ヨレヨレマイク。定番として世界中で評価されているように、試しに録音してみたら、非常に素晴らしい音が録れた。
もちろん理想とする音にはほど遠いのだが、この価格でこの音なら何の文句もない。とてもいい気分なのだった。
これでいろいろ買い求めたマイクは全部で6本。ぼちぼち乾燥剤も入れてちゃんと管理しよう。管理といっても大きめのタッパーに100円ショップの乾燥剤を入れるだけだが(笑)。
気分がいいので、ついでにマイクスタンドとポップガードも新調しようとサウンドハウスから購入。マイクスタンドはなかなかご機嫌なのが届いたが、ポップガードが失敗。
金属製のつもりだったのに届いたのは布製で、どうも音のヌケがよろしくない。やっぱりちゃんとしたものがいいかなあと思うのだが、それだけ1万円以上もして、たかがポップガードに1万円は出せないのであった。
それにポップガード使わないほうが、ヌケのいい音が録れるし。
ということで、先日、マイクプリのいいやつが載ったオーディオインターフェースを導入したのに続き、本日の新型マイクによって、それ相応に音はレベルアップするのだった。問題はオレの腕であるが(笑)。
ところでマイクといえば、ネットをうろうろして発見したのがアメリカの田舎のKAMというメーカーのつくっているマイクだ。
デザインが素晴らしく、思い切り物欲を刺激されるマイクなのである。
ところがいろいろと検索してもこのマイクの評判はどこにも見あたらず、どうにもおかしな感じなのだ。
メーカーのホームページを見ると、このKAMという中小メーカーの社長らしきおっさんが、いろんなアーティストと肩を組んでニコニコとしながら「オラっちのマイクはこんな有名人にも使ってもらってるべ」と自慢している。そのくせ、価格はどこにも書いてなくて「欲しけりゃオラっちに直接メールしな」とだけ記してある。
うーむ、なんだこりゃ。思い切り怪しく、思い切り物欲をそそられる。
そこで国際オークションの「セカイモン」で検索。ここは外国のオークションに日本語で参加できて、落札後の手続きはもちろんのこと、英語でのクレームも代行してくれるという、素晴らしいサービスだ。
この「セカイモン」で検索したら、ちゃんとKAMの物欲マイクを発見。しかも、5000円とどえらく安い。
スペック的には10万円でもおかしくないようなマイクなのだがなあ。
そこで半信半疑ながら早速入札。まあ、仮に地雷物件だったとしても、5000円に関税や輸送費や手数料を取られることを考えても、これなら納得できる。
ところが最高金額を入札した途端に新しい金額での入札が行われるという怪しさで、うーむ、と考え込み、様子見。結局、他の誰かに落札されたという連絡があって、それが6000円ぐらいだった。
マジか。マジなのか。
そして、それが落札された途端、また新しい製品が出品されていた。こんどは100円からのスタートである。
あのアメリカの田舎のおっさん「オラっちのマイクはオークションでしか売らねえべよ」とでも笑っているのか。それとも、諸々の流通経費がかかると、本来は5000円のマイクが10万円になってしまうものなのか。だからメーカーとしては6000円でも大もうけなのだろうか。
よくわからんなあ。
まあ、ちょっとしばらくは観察してみよう。それほどに激しく物欲を刺激するマイクなのだった。

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2010.10.04
原稿、編曲。
今年のインフルエンザの流行は早いらしい。
というわけで、今月から始まった予防接種を、早くも受けてきたオレなのであった。3500円。
今年は新型も季節性も一緒になったお得なワクチンらしい。なので一回でOKなのだった。

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2010.10.03
編曲。
「金麦」、オレは発泡酒の中では好きだがね。特にCM。
ネットからの受け売りだが、あのCMがうけている反面、女性からは反発なのだそうだ。
あのCMは、日本の伝統行事に浴衣に、そして決め技としてオールナイトニッポンのテーマ音楽で、要するに中年男性のノスタルジーを強烈に揺さぶるってわけだ。オレもそう思う。マーケティング的に大成功だな。
そしてそれに反発するかのように、女性は激しく嫌悪を示すのだそうだ。
なーるほど。なかなか興味深い現象だな。
もっともオレが一番好きなのは、キリンの秋味だ。今だけ限定。これは旨いぞう。
などということを考えながら、昨日書いたようにエルトン・ジョンとアメリカが聴きたくなったので、ツタヤへ借りに行く。
ツタヤ、使えない。エルトン・ジョンのベストしかなく、アメリカは影も形もない。
しょうがないからエルトン・ジョンだけ借りて帰ろうかと思ったら、店の至る所に例の4枚1000円キャンペーンの旗。
そうである、いつでもこのキャンペーンだ。
4枚で1000円。だから4枚借りないと、レジでやたらと鬱陶しく4枚をすすめられるのである。
それが面倒だから、聴きたくもないCDを無理に借りることにする。抱き合わせ商法だ。
結局、NHK日本語であそぼうのCDと、ドラえもんにジブリのCDを無理に借りたのだった。
必要なところだけコピーしてとっとと返そう。

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2010.10.02
編曲。
家から徒歩3分、関越道練馬インターすぐ近くに新しく住宅展示場がオープンした。
入ってきたチラシには「縁日開催」とあり、お祭り騒ぎなのではと思い込んだ息子と娘が連れて行けとうるさい。オープン記念の客寄せイベントなのだから、縁日ってほどのことはないのになあ。
そう思いつつも、まあ、散歩ついでにのぞていみるべと出かけていった。
全部で10棟ほどの小さな展示場である。運営会社は、赤坂にある某社だ。
実はオレ、コピーライターになって5年ほどずっと担当していたのが住宅展示場会社の広告だった。だからこの業界にはちと詳しいのだ。
そんなことはどうでもいいか。
こぢんまりとした会場では、縁日と称して射的やスーパーボールすくいやホットケーキ作りなどをやっていた。それぞれに笑顔をふりまく派遣のねえちゃんたち。ホットケーキだけは東京ガスの姉ちゃん。
ぼけっと子供らを遊ばせていたら、偶然にもみりゅう一家と遭遇。
なにしろ娯楽の少ない辺境地帯ゆえ、こういうもので遭遇する可能性は十分にある。
オレなんか幼稚園の父母会長をやっていたため、中途半端に有名人。歩いていて会釈されて、えーと、誰だっけなんというのは日常茶飯事だし、外で飯食ってりゃ誰かに目撃されてるし。
いやいや、そういう話ではない。
ついでなのでモデルハウスものぞいてみることにする。手近なところでミサワホームだ。
アンケートを書かされたので、うちはここから3分の地元民で、建て売り住宅買って間がないから当分見込み客にすらなくて、もし万が一そういうことになったとしてもオレではなくてこの息子の代の話であって、要するにひやかしだからごめんね、と断る。
もちろんそれが仕事だから、ミサワホームは慣れたものだ。
蔵のある家をみる。スキップフロアを活用して、驚くほどふんだんに収納を確保した家だ。
さすが設計力(だけ)が自慢のメーカーだ。
モデルハウスは70坪。でかいなあ。これだけでかけりゃ、そりゃあ、ゆとりの空間だわなあ。
でも、ここは東京の辺境、練馬のはずれ。一歩踏み入れれば畑が広がり、呆れるほど広い敷地の古い家が点在している。70坪の蔵のある家も余裕のよっちゃんだから、ミサワホームのこの展示は、案外当たりかも。
さんざん見て、帰りにお土産までもらい、「よかったらまた遊びに来てくださいね」とまで言われる。うーむ、でもさすがにまた冷やかしというのは、来づらいなあ。

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2010.10.01
編曲。
「都民の日」ということで、子供の学校が休みである。東京中の公立の学校が休みというのだから、どこにいっても混んでいるんだろう。
そう思う人が多いから、どこにも行かず、地元でうろうろする子どもが多い。
地元・練馬の、通称「ねりばあ」ことエリコと会ったサンマルクは、子連れの母ちゃんでいっぱいだった。
エリコと会ったのは、このくそったれな9月に起こった出来事についての情報交換である。ともかくオレたち、会えるときに会おう、長生きしようと話し合った。
たまっていた原稿仕事がだいぶ片付いてきたので、やはりたまっていた編曲仕事を行う。
新しいインターフェース、新しいプリマイクのレキシコンの機材を入れたので、どんな音になるか、楽しみだ。音質的にはだいぶ向上するはずなのだが。
続けて新しいマイクが欲しくなってきて、オーディオテクニカあたりの4万円台のコンデンサーマイクを購入するか、ちょっと検討中。まったくこの世界はカネがかかる。
音楽話でいえば、奥田民生が一人多重録音をライブハウスで公開でやり、されにはそのミックスの様子まで完全ノーカットで収めたDVDが、新曲シングルのおまけとしてCDについているのをを買った。
ややこしいが、あくまでCDのおまけのDVDである。
ところがその中身がすごいらしく、録音からミックスまでの完全ノーカットだからノウハウ大公開なのだ。普通、ミックスはスタジオにとこって一人で行う職人仕事だから、その技を見ることはなかなかできない。人によってやり方が違うという事情もあるし。
それがノーカットで見られるのだから、こりゃ、絶対にDVDが主役のCDシングルなのだ。
当然、オレは速攻でアマゾンから買ったのだが、CDも聴かずにDVDを観たところ、これが完全ノーカットだけあって非常に長く、しかもなぜだかどはし観ることができない。
頭から省略しないでちゃんと観ろということなのか。
おかげで焼酎片手に見始めるものの、30分もすると酔っ払ってどうでもよくなり、しかも隣の部屋で子どもが寝ているものだからせっかくの録音風景なのに小さい音でしか聴けず、いつとも途中でやめちゃうのである。
まったくタコなオレであった。
音楽つながりでは、丹後湯の次のCDを制作中なのだが、これが遅れ気味で来年の春には無理かなあという感じなのだが、この中に入れる一曲「友へ」という歌が、涙なしでは聴けないほどいい歌なのだ。
ボーカルは親分。今練習してもらっていて「オレたちはありんこが転んでモグラにぶつかったとか、そんな歌ばっかりなのに、後輩はすごい歌つくってたんだなあ」と感心していた。
まったく同感である。
その「友へ」の作詞者、ひこちゃんからメールをもらったので、丹後湯CDを4枚送って上げた。こういうつながりが復活するのは嬉しくて、やっぱりコミュニケーションは大切にしておこうね。
最近、時々思うのは、天才バンジョー弾きだった城田じゅんじの行方である。
ケルトのギタリストとして世界的に有名なこのギタリストが、まさに衝撃的な事件を起こして逮捕されたのは、ずいぶん前のことだった。
あの美しくて陽気な音楽を奏でていたのと同じ手で、あんなにもひどいことをしていたのかと思うと、もうその音楽も聴く気にならず、ずいぶんと悲しい思いをしたのだった。
その城田じゅんじが、ネットでの噂では、最近出所して今は海外にいるという。ほんとかね。
ほんとだとしたら、ギターやバンジョーは手にしているのかね。贖罪の音楽でも奏でたのかね。
「どこにいればいいんだろう」を観る。心が激しく揺さぶられる衝撃的なパフォーマンスの映像で、まさに、どこにいればいいんだろう、だな。
涙が頬を伝う時は、どこにいればいいんだろう〜。
話は飛ぶけど、サカイ・ユウの音楽は、ボーカルは素晴らしくいいんだけど、楽曲が徹底してダメだ。まるで大江千里を聴いているような気になってくる。
もっとちゃんとした楽曲で、あのボーカルを聴いてみたいものだ。珍獣ぶりもあって、楽曲さえ磨かれれば、日本のエルトン・ジョンぐらいにはなれるのではないか。
と、今エルトン・ジョンと書いて、久しぶりに聴きたくなってきた。最近はアメリカの「名前のない馬」「ベンチェラ・ハイウェイ」もYouTubeで聴いて、このあたりの曲はやっぱりいいなあと感心。
ベスト盤でも買おうかなと考えている。CDとネットは、共存できるといいな。
と、話はあちらこちらに飛んでいき、頭に戻って「都民の日」であるが、娘に言わせれば「新潟の都民の日は"がたみんのひ"で、東京の都民の日は"きょうみんのひ"が正しいんだよ」ということらしい。

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2010.09.30
打ち合わせ1、原稿。
日韓ワールドカップの試合を開催した新潟のサッカースタジアムの隣に、立派な野球場が完成して、今年の夏にはオールスター戦も開かれた。
その頃からささやかれたのが、新潟にプロ野球のチームを誘致するという話で、弟によれば「横浜を買おうとした」らしい。
その噂がどうやら本物になりそうで、横浜の売却話が具体的にかなり進んでいて、住生活グループあたりが候補に上がっているらしい。
なのナベツネ氏も「新潟は立派な球場だし、新潟日報も売れているし、いいんじゃないか」みたいなコメントを出しているから、案外、新潟というセンもありそうだな。
実は新潟を含む北陸地方には既にプロ野球が存在する。いわゆる地域リーグというやつだ。
東京にいるとまったくそんな頭はないのだが、新潟で地元の新聞を開くと、スポーツ欄に大きく新潟の試合結果が掲載されている。富山に勝ったとか、長野に負けたとか、連日高校野球みたいな内容だが。
もちろん地域リーグだけで食えるわけがなく、選手はアルバイトに精を出すわけだが、それでもプロはプロ。大好きな野球を続けられるだけでも幸せと言いながら、けっこう楽しそうに人生を送っているらしい。
その気持ちはオレもよくわかる。
新潟にはご存知アルビレックスがあって、郷土の誇りとして後押しされている。ここに地域リーグではないプロ野球チームが誕生したら、さらにすごいことになりそうだ。
だが、ちょっと待て。横浜って、しょぼくないか?
どうせチームを持つなら横浜などという辛気くさい球団じゃなくて、いっそ大リーグからマリナーズでも呼んだらいいのではないか。
そうすりゃイチローが見られるというので日本中からプロ野球ファンが押し寄せ、それどころから普通のリーグ戦だからアメリカからも連日観客がやってくることになる。
新潟も一挙の一大国際都市だ。韓国なんかメじゃない、ハブと化すのだ。
ここでJALに話をつけて、試合のためにやってくる選手関係者とファンは、JALの飛行機に乗らなければなせないと義務づければ、JALでさえ復活だ。
どうだ、このプラン。新潟が日本を復活させる、素晴らしいプランではないか。
よし、今度新潟知事に話を持って行こう。いや、オレが知事をやればいいのではないか。
タンゴ知事。
うーむ、ヒガシコクバルよりひどいな。

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2010.09.29
取材1、原稿。
小田急線に乗って相模原方面の女子大へ行く。もちろん仕事である。
女子大だから、一歩入れば、そこはぴっちぴちの女の子ばかりなのだ。
は、は、花園とは、こういうことを言うのか。
思わずくらくらしそうにな…らなかった。教室一杯に花開いた娘たちの集団を見ても、オレのハートはちっともトキメキしなかったのだ。
うーむ、なぜだろう。少し前なら、くらくらして卒倒寸前間違いなしだったのに。
要はアレだな、年取ったということだな。はっきりと。つまりは枯れたというわけだ、このオレ様も。
とほほほほ。
可愛い女の子、4、5人をつかまえてインタビューする。ごく普通のインタビューに終始したのだった。
*
女子大から帰ってきて、可愛かった子の顔などを思い出しながら原稿を書いていたら、家の中に突然変な音が響いた。
あれ、何の音だろう。なんとなく前に聞いたことがあるような…
と首をひねっていたら、ヨメが「地震が来るって!」と教えてくれた。
そうだった、地震通報器の警報音だった。
ケーブルテレビが配っている装置で、震度3以上の地震が予想されると、警報を発する仕組みである。
その機械が「ビービー、震度3以上の地震が10秒以内に発生します。安全なところに避難してください、ビービー」と大音量を発したものだから、そりゃあ、びびる。ヨメに、火を消せ〜と叫んだら「もう消しましたっ」。
あっという間に10秒が過ぎ、柱につかまりながら、テレビをつけろ〜と命じたら、NHKが映し出され「ただいま地震が発生しました」と臨時スタジオからアナウンサーが告げていた。
あれ。
もう来たの? 地震。
何もわからなかったぞ、まったく。
拍子抜けだった。東北でそれなりに揺れたらしいが、練馬はさっぱりだったらしい。とりあえずよかった。
この地震警報機、それなりにちゃんと働くようであるが、時々、こうしてオオカミ少年に変身するようである。
*
先日の運動会のビデオを見る。オレが撮影したやつだ。
娘のダンスを見る。かわいいなあ。
オレの娘って、どうしてこんなに可愛いんだろう。他の子どもなんて、ダンスじゃなくてちーちーぱっぱだ。オレの娘が一番なのだ。
続いて、息子が見事一番に輝いた80メートル競走を見る。
と、ところがっ、スタートした瞬間から全然映ってないっ! 大失敗である。
オレは愕然とし、頭を抱えて号泣。その姿を見て息子は「いいよー、だいじょうぶだよー」とオレを慰めるのだった。
慰められたオレは、来年こそはちゃんと撮るから来年も絶対に一番になれと命令するのだった。

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2010.09.28
取材2、原稿。
激しい雨の中を、山梨へ。
到着したら既に雨はおさまっており、山の天気はやはり少し違うのかな。
先日、新しいオーディオインターフェースを導入。
ほぼ設定は終わったのだが、肝心の所がどうもうまく行かず、メーカーに問い合わせのメールを出した。もしかしたらメーカーの範疇外の質問かもしれぬ、無視されても文句は言えないなあと思っていたところ、実にクイックなレスポンス。
しかも、メールではなくて電話という丁寧さだった。
この対応には、感心・感謝。
ヒビノという会社である。
それで結局設定はうまくいったかというと、問題は解決しないのであったが、どうもオレの設定に問題があるらしいのは薄ぼんやりとわかってきて、案外、なんだこんなことだったのかというパターンに終わりそうな予感がしてきた。
ちょっとこの先も頑張るのだった。

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2010.09.27
取材3、原稿。
なんだか中国がすごいことになっており、たぶん既に誰かが言ってると思うけど、中国ってのは要するに大阪のおばちゃんなんだよ。
違法駐車しておきながら怒られると文句を言う。
人の席でも空いてたら堂々と座って自分のものだと主張する。
そんな大阪のおばちゃんとそっくりではないか。
考えてみれば、電車に乗るときにドアの前で並ばないし、行列でも隙があれば割り込むし、そもそも大阪のおばちゃんは中国人が中国人であるよりも中国人らしいのではないか。
そう考えれば、大阪のおばちゃんに文句を言っても効き目がないのと同じで、中国人もこっちの言葉に耳を傾けるわけがないのであった。
などと、相変わらずしょうもない憎まれ口を叩くオレ。
なんだか、ひどく忙しくなってきて、しつこく言うけど、山口がもっと長生きしていればこんなに忙しくなってなかったんだから、山口のやろー、もっと長く生きるべきだったんだ。
でも、隣のオガワさんの奥さんに「あーら、忙しくてけっこうじゃない」と言われ、はっ、そうだ、忙しくて愚痴を垂れるなんて、なんて罰当たりなんだと気がついたオレ。
忙しいことには感謝しなくてはならんなあ。このままずっと忙しいと嬉しいけどなあ。
実は来月、オレの実家の大学で仕事があったのだが、それは例年いつも楽しみにしている仕事なのだが、今年は別の仕事が先約で入ってしまい、ダブルブッキング状態。泣く泣く大学のほうをあきらめたのだった。
偏差値ランキングではずーっと下のほうで、地元でもふふんと笑われるような学力の大学だけど、もう3年も通っていれば情もわくし、顔見知りの学生も増えてくる。
みんな素直ないい子で、話をしていても、社会へ出ても頑張ってなあと声をかけている。
そうして会った子たちが卒業して、また新しい子たちが入ってきて、この秋にもあの子やこの子に会えるかなと顔を思い出していたのだが、残念。すげえ残念。
12月のクリスマスのイベントには、ぜひ取材に行きたいものだ。
思い出せば、去年の暮れの取材は在来線も止まる豪雪。なんだか懐かしいなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「食品と暮らしの安全」「週刊ダイヤモンド」


2010.09.26
運動会は、小学生の子供を持つ家庭にとって、たいへんなイベントなのである。
ああ、それなのに今朝の我が家は全員が寝坊。目が覚めたら既に7時を回っていたのだった。
昼にはグラウンドで家族が弁当を広げる。その用意もしなくてはならないというのに、寝坊である。
息子は「ボクは5時に目が覚めたよ」と言い張るのだが、だったら起こせ。そもそも今まで布団に潜って寝ていたのは、誰だ。5時に目が覚めてまた寝たという話ではないか。
などと、わあわあ騒いでいても時間は無情に過ぎるだけ。
大急ぎで朝飯を食い、子どもは学校に向かって、ヨメは弁当の準備なのだった。
その運動会であるが、息子は80メートルのかけっこでなんと1位である。
繰り返すが、1位である。どんなもんだい。わはははは。
オレも鼻が高いわ。
そういうオレは、佐伯・櫻井の両者に拉致されるように連れて行かれた父兄参加綱引きで、見事に2連勝。
もちろんオレ一人じゃなくて、他の人が引っ張ってくれるのに、ちょっと手を添えただけであるが、勝ちは勝ちだ。ああ、気分がいい。
それにしても綱引きってこんなに疲れるものだったっけ。終わったらぐったりなのだった。
結局、運動会は娘と息子の所属する白組の大勝利。オレもたいへんに気分がよろしい。
そしてあまりに疲れてしまったので、本日は何もする気にならず、すべて後回し。
原稿仕事も、取材仕事も、編曲仕事も、作曲仕事も、すべて後回しだ。
今週は無茶苦茶忙しいので、大変になるとは思うが、えーい、後回しったら後回し。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.09.25
ようし、土曜だ。たまった原稿を片付けて、アレンジもやって、録音までしちゃうぞ。
そう意気込んで目覚めたのに、ああ、本日は胃がん検査でバリウムの日なのだった。とほほ。
おかげで昼間で飲まず食わずである。
本当は夕べの9時以降は食ってはいけないのだけど、12時まで食っちゃったし、朝も起き抜けについお茶を飲んじゃったけど、いいのである。
「食べたり飲んだりしてないですね」と受付で聞かれて、もちろんしていません、なんでそんなこと疑うんですか、失礼じゃないですか、ありえないですよ、信じられないなあ、というビームを一瞬の視線に込め、はいしてません、とあっさり通過。
例によってくそまずいバリウムを飲まされ、げっぷを我慢し、あっち向けこっち向け、転がれ、ひっくり返れ、とさんざんいじられてレントゲン撮影終了。
すぐに大量に水を飲み、続いて妻子を連れて回転寿司に駆け込んで好きなネタばかりをわしわしと食ったオレなのだった。
ふう、やれやれ、では落ち着いたところで仕事を。
と思ったら、そうだったた、今日は保険会社が契約内容の説明に来るのだった。
しっかり粘られて1時間。
まったく用意周到にYesを繰り返させる話法を使うセールスだ。
ただ、どうも本当に契約内容の説明に来ただけのようで、新しい契約の話は持ち出さなかった。
それにしても仕事というのは、基本に忠実、真面目で手抜きなしに尽きると思った。オレもこの保険のセールスを見習わなくてはなあ。
夕方になって、さて、やっと仕事だ。ともかく録音して納品するところから片付けよう。
それには新しいインターフェースを使わなければ。
そうである、実は先日新しいオーディオインターフェースを導入。音質のさらなる向上を図ったのだ。
ところが問題は例によってセッティングで、ケーブルを引っ張り回して頭をひねっていたら、たちまち時間が過ぎて行ってしまった。
暗くなってから録音決行。いろんなマイクを試しながら音を聴くが、ほほう、この新しいインターフェースはなかなかいいなあ。それにしてもマイクは定番中の定番、M58が一番いいなあ。なんだかんだいっても、定番には定番の理由があるのだなあ。
ようやく録音を終え、そて、次の仕事と思ったが疲れてしまったので、魚せいでサケ飲んで終わり。
残りは明日だ。
ところが明日は子どもの運動会で一日つぶれるのであった。わははは。

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2010.09.24
取材1、打ち合わせ2。
忙しくて、忙しくて、仕事がたまっちゃって困ったぞ。
こんなに忙しい時に、まったく山口はなんて迷惑なやつなんだ。迷惑かけて悪いと思ってるなら、もうちょっと生きてみやがれってんだ
コマちゃんには心配のメールをもらい、弟からも驚きのメールが来て、ともかくまあオレも頑張るのだ。
本日、どうしても抜けられない仕事があって、告別式は行かず。
その時間にインタビューした相手が、なんと平成元年生まれと知って、ぎゃふん。
でも、平成22年だから、そういう人たちが社会に出てくるのも不思議じゃないわけだな。
おそるおそるお父さんの年齢を聞いたら、オレより年上で一安心。でも、中山親分と一緒だったりするから、あんまり変わらんか。
さて、原稿仕事も音楽仕事も、頑張るぞ。おっとその前に日曜日は子供の学校の運動会。

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2010.09.23
学生時代を過ごした下宿は、東横線「祐天寺」駅から徒歩3分と環境だけは一等地だったが、風呂なし・トイレ共同の部屋はわずか四畳半の貧弱なものだった。
だが当時のアパートなんてみんなそんなもので、特にしょぼくれていたわけでもない。
そして、レコードや本などが散らばって、狭い部屋がなお狭くなってしまった中、一人ギターなどを弾いていると、階段をトントン登ってドアをコンコンとノックする音がし、返事をする間もなくガチャッと開いて山口ススムが顔を出すのだった。
山口は「よう」とか「おう」とか、時には「まいど」などと挨拶しながら部屋に入ってきて、勝手に白黒テレビのスイッチを入れるのだった。
「噂のチャンネル」などを見て、和田アキ子とデストロイヤーのからみにゲラゲラと笑い、さんざん楽しんだ後にテレビを切って山口は「ああ、つまんなかった」と真顔で言うのである。そして「よし、飲みに行こうぜ。オレ、ボトル入れてみたいんだよ」と、誘うのだった。
あの頃は、メールや携帯もなく、それどころかアパートに黒電話を引いてある学生も皆無だった。だから、話がしたくなったら相手の部屋にいきなり出向き、用があったら直接顔を見て話すのが当たり前だ。
週に何度も山口はそうやって四畳半にいきなりやってきては、一緒に飲みに行ったものだった。
日曜の午後には、石けんとシャンプーを載せた洗面器を手にして「風呂行こうぜ」と、窓の外から声をかけてきた。
右手をジーパンのポケットに入れ、左手で洗面器を持ち、山口は「しーだれ柳が ふるえてー 泣いています−」と古いアメリカ民謡の日本語訳の歌を口ずさみながら、祐天寺から上目黒に続くなだらかな坂を下っていくのだった。
*
四畳半からわずか100メートルほどの場所にあるアパートに山口が引っ越してきたのは、大学生になって最初の夏休みが終わった頃だった。
なぜわざわざ至近距離に引っ越してきたのか、理由はわからない。
それまで特に親しかったわけでもなく、遠慮なく堂々とすぐ近くに引っ越してきたことに、関西人ならではの押しの強さのようなものも感じられた。
その山口の部屋にはやはり電話などなかったから、直接たずねていくと、よく湯飲み茶碗でお茶を飲んでいた。そして「お湯飲むか、お湯。うまいぞう、お湯は」とすすめるのであった。
茶碗の中身はお茶ではなくて、お湯だったのだ。
特に気があったわけでもない。むしろ性格的にはまるで違った。
なのに、昼は大学の部室で顔を合わせ、夜は互いの部屋を訪ね、その後近所の飲み屋で安い日本酒を飲んでいた。
その飲み屋の常連が「あんたたち、いつも一緒だけど、何しゃべってんの」と呆れるほど、ここに加藤の加わった3人は、いつも一緒に漫然と過ごしていた。
本当にいったい何を毎日しゃべっていたのだろう。この一瞬が永遠に続くことを、根拠もなく信じながら。
*
大阪と東京。
かつては100メートルしか離れていないアパートに暮らしていたのに、今では500キロ以上も離れた街に暮らすようになった。
毎日顔を合わせていたのに、会うのも年に一、二度に減ってしまった。
互いに家族を持ち、仕事を持ち、その土地に根を下ろして暮らしていれば、当たり前の話だ。
それでも顔を合わせれば、オレ・お前の会話が始まり、健康ネタ、景気ネタなどを交えつつも昔のように一瞬にして親友に戻れるのであった。
合宿では、幼稚園時代の息子と一緒に風呂に入ってくれ、着替えもさせて「オレはこういうの得意なんだよ」と笑っていた。
危篤の報せを奥さんより受け取った今月13日。それ以来、頭の中にはずーっと山口の記憶が溢れていた。
まったく元気で、どうでもいいような陽気な内容のメールを送ってくれた、その同じアドレスで奥さんが知らせてくれたのだった。
その数日前、なぜだかメールがすごく気になり出して、妻に「メールが来ると、どうしてか、胸騒ぎがする」ともらしたのだが、それは山口が意識を失いつつあった頃だったのかもしれない。
シンクロニシティなんて、「そういえばそうかも」といった類の話にもっともらしい後付けをするだけだ。それはわかっても、もしかしたら山口が何かを告げようとしていたのかもしれない、と思い込んでしまう。
何も事情を知らず「たんさいぼう」などと浮かれていたことが虚しいが、井澤君と伊達君が「たんさいぼう」のレパートリーとして「ねがい」というステキな歌をつくってくれたのも、何も知らないなりに無意識に奇跡を願うような、同時化的な気持ちがわいてきたからかもしれない。
「100人が手をつなげば願いはかなうんだ」というステキな歌で、けれど、現実にはその奇跡は起きなかった。
棺の中の山口の顔は、いろんな思いを残した、実に無念そうな顔だった。
それはそうだろうなあ。
これから人生で一番輝く時を迎えようとしている娘さんの姿を見ることのできない無念。奥さんとともに過ごすはずだった心豊かな時間を持てなかった無念。まったく予期することなく逝ってしまう無念。
21日に最期の報せを受け、友を喪うことがこんなにも辛いことなのかと、自分でも驚くほど感情が揺れ、涙が止まらなかった。
「友人としてきっちり見送ってやりましょう」と中山親分と誓っていたのになあ。
お前の顔を見た途端、オレはボロボロになってしまったよ、山口。
出会ってから34年。
加藤が唇を噛みながら「大馬鹿野郎だ!」とつぶやいた。本当に大馬鹿野郎だよなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.09.22
取材1、原稿。
これで今年の猛暑はおしまい、と天気予報が告げる。
朝の霞ヶ関を、あちこちに電話しながら歩く。汗と一緒に涙がぽたぽたと落ちてくる。
でも乗り越えるからなと、天に向かって独り言。

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2010.09.21
取材2。
名古屋から大阪。カメラのヨシダ氏は、本当にいいパートナーだ。

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2010.09.20
敬老の日の本日は、かねてより予定していた梨狩りである。
ヨメの実家の家族、ヨメの妹一家と、大人7人・子ども5人の総勢12という集団での行楽であった。
ちょっとした御一行様である。引率はオレ。
向かった先は、埼玉県の某所にある観光農園だ。
ここは、幹線道路からはその存在さえ想像できないような鬱蒼とした森の中にある。
途中は悪路。車一台がすれ違えない。そのため観光バスは400m先までしか入れず、今まで団体さんは一度も来たことがないという観光農園だ。
脱サラで親の農業を継いだというオーナーの対応もたいへんによろしいこともあって、我が家は毎年来ている。
今年も、ここで梨狩りだ。
ナシは取り放題。というか、採ったぶんだけ目方で精算。よって農家のおばちゃんは「いっぱいとってねー」と子供らをけしかけるのであった。
それで娘などは張りきって梨をもぐわけだが、今年は息子がどういうわけかおかしな方向に走り、畑一面に落ちていたセミの抜け殻を狂喜して拾い集めるのだった。
梨狩りに来てナシは無視して、なぜかセミの抜け殻を集める息子。いったい何が息子をそうさせたのか、これも異常気象のせいなのか。
結局息子は梨を一個もいだだけで、あとはセミの抜け殻集めに集中。あげくに、集めた抜け殻を洋服にべたべたと貼り付けて、得意満面なのであった。
ほとんどホラーである。
しかもこの格好で梨畑の中を歩き回るのだから、時々、虫が苦手な人の「うぎゃーっ」という悲鳴が上がるのであった。
まったくアホらしい限りである。
そして、息子はこの大量のセミの抜け殻を袋に入れて持ち帰ることにしたのだった。
持ち帰ってどうするのだと聞いたら「オガワさんに見せる」という返事。見せられるオガワさんも、ご苦労なことである。
どうやら男の子というのは小学校に入るとどんどんバカになっていくようで、息子も確実にバカ化の道を歩んでいるのであった。

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2010.09.19
数日前、ふと頭をよぎったのが「夏のタイムマシーン」という丹後、じゃない、単語だった。
そう、小泉今日子、1988年リリースの、文句なしの名曲である。
作詞は田口俊。村田和人のアルバムでおなじみの、夏を背景にセンシティブな心情を描かせたら松本隆と並ぼうかという才人だ。
そして作曲は、筒美京平。お得意の「ファ」の音を効果的に使う、実に素晴らしいメロディーである。
アイドルのシングルなのに9分以上もあるという無茶苦茶な曲で、「夜のヒットスタジオ」に出たときは、長すぎるので2週に分けてフルコーラス歌ったという伝説がある。伝説ってほどでもないか。
大人になった自分が(幻のタイムマシーンで)16歳の頃の自分にすれ違い、どんな夢を持っているのと問いかけ、でも大丈夫だよ、今も一生懸命頑張っているから、と励ますという歌だ。
流行りの言葉で言うなら、この世界観はしびれるほど素晴らしい。
あの頃、つまり青春時代、いろんな将来を夢見て、でも、まさか今の自分のような未来が待っているとは、とても想像ができなかったなあ。
そんな思いを切なく歌い上げた、名曲である。
同じようなテイストの延長線上に「夜空ノムコウ」があって、あれも胸キュンソングだよねえ。
「夏のタイムマシーン」をよく聴いたのは、フリーになって曙橋の事務所で一人で頑張っていた頃だった。レンタルCDを借りてきて、カセットにダビングして聴いていたのを思い出す。
その意味でも、30過ぎても青春ソングなのだった。
もう一つ「夏のタイムマシーン」を聴くと、学生時代の夏の空気を思い出す。夏の合宿で高原の宿に泊まり、早起きして仲間たちと散歩したことなどを。
あの頃のオレってどんな夢を持っていたんだろうなあ。
一方で、今のこの一瞬が永遠に続くものだと信じ込んでいたりもしたなあ。
早速「夏のタイムマシーン」をネットで買って、ウォークマンで聴く。
カセットにダビングしていた頃ととは大違いであるが、曲の瑞々しさは変わらないのだった。
あの夏が懐かしく、切ないなあ。

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2010.09.18
原稿。
どうも今年は蚊が少ない気がする。そう思うよねえ。
実際、例年より蚊の発生が少なかったそうだ。
理由は異常気象。この暑さと雨の少なさに蚊がまいっちゃったらしい。
ところが同じ異常気象でも、オーストラリアあたりでは逆に大量発生しているそうで、どういうこっちゃと思ったら、日本の蚊は暑さや乾燥に弱い種類らしい。なるほど、そうだったのか。
そういうわけで、気温が落ち着いてきた9月、雨も降ってきて、実はこれからが蚊の本格発生の時期だという。
うぬぬぬ、そういや今夜も寝室で一日の蚊がぶーんぶーんと。
なかなか姿を見つけられず、このまま放っておいたら、娘の柔肌が餌食になってしまうではないか。なんとかしてね、とヨメにお願いするわたくし。
こんな時こそ、小倉げんきくんの「蚊ーがやってきたー」を歌いながら退治するとよいのだ。審査員のフジモトさんが「殺す歌はイヤ」と批判していたが、相手は蚊だしなあ、そこまで言わなくてもなあ。
これもまた難しい問題である。
蚊と言えば、最近気になるのが「か抜き言葉」である。
例の「そうなんですか」の代わりに「そうなんですね」とほざく、アホ言葉である。
確かに気をつけると、いろんな場面で「か」が省略されている。ひどい場合は「ご注文、こちらでよかったです?」ときたもんだ。
こういう言葉に遭遇したら、やっぱり「かーがやってきたー」と歌いながら、相手の目の前でパチン! とやればよろしい。
もう一つ気になるのが「感じ言葉」である。
「丹後部長、もう一軒行きましょうよ〜」「いや、今日はこれで帰るよ」「へー、奥さんが怖い感じですか?」
「ちぇっ、まーた阪神負けちゃったよ」「優勝なんて無理って感じだね」
「腹減ったなあ」「ぼちぼち飯って感じ?」
てな具合である。「感じ」はいらん、「感じ」は。
これも「か抜き」と同じく、はっきり断定することを避けちゃうというイマドキの傾向なのだろうなあ。
そんな感じがする。この使い方はよいのだ。

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2010.09.17
取材2。
駆け込み乗車はやめましょう。
本日は例によって名古屋日帰りである。もう、慣れたものである。大阪だって平気で日帰りだ。
しかも今日はのんびりだぞ。なんと10時40分東京発だ。
駅でのんびり本屋などをのぞいた後、昼飯の弁当を買って乗り込み、とっとと食って昼寝だ。楽ちんなものである。
名古屋で取材仕事を二つ。めったに入れないような場所に足を踏み入れて、いやあ、面白い取材だったなあ。
無事終了。
実は本日は帰りに新幹線を浜松で途中下車して、キベさんと一杯飲む計画である。
なので、オレだけ新幹線の自由席なのだ。
カメラのヨシダ氏は、お子さんが熱を出したというので急いで帰る。急に涼しくなったり、でも日中は熱かったり、それでいてまだクーラーがついていたりと、大人でもちょっと体がまいっているというのに、体温調節機能の弱い子どもには酷だろう。
我が家の子供らも、ちょっとぐずぐず言ってるし。
というわけで、指定席をとったヨシダ氏とオレは別行動で帰ることにした。
時計を見たら、おお、浜松停車の「ひかり」があと2分で発車する。
みどりの窓口できっぷを買っていたイトウ君の手から、新幹線自由席のきっぷをひったくるようにして受け取り、そこにいるヨシダ氏に、じゃあまたっ、と手を振ってオレは駆け出したのであった。
残り90秒。
ホーム下の階段で、既に発車のベルが鳴り響いていた。
エスカレーターでのんびり登っていたのでは間に合わない。
そう判断したオレは、この暑い中、なんと階段を必死で駆け上ったのである。たいへんに珍しいことである。
必死の形相で階段の途中まで来たところで、発車のベルは鳴り止み、「ひかり号、発車しま〜す」のアナウンス。
もはやこれまでかっ。いや、最後まであきらめちゃいかん。
そして、まさしく発車寸前、ドアが閉まる直前の「ひかり」の車内に、間一髪でオレは飛び込むことができたのだった。ふー、やれやれ。
額の汗を拭きながら周りを見れば、はっ、ここはなんとグリーン車。いかんいかん、オレは自由席。こんなセレブ様の間に混じってはならねえでごぜえますだ。ますだけいこはピンクレディ。
そこで、えっちらえっちらオレは自由席へと歩を進めたのである。
そんな時にオレの耳に飛び込んできたのが「毎度ご乗車ありがとうございます。次の停車駅は小田原、小田原、おっだっわっらっでございまーす」のアナウンス。
なななななななななななななななななな、なんだとぉぉぉぉぉぉーーー!!!
その瞬間の、驚愕のオレの顔を想像してもらいたいものである。
どうやら時刻表を見間違えて浜松に停車しないひかりに乗ってしまったらしい。
豊橋あたりに停まるなら、降りてこだまに乗り換えよう。静岡まで行ってしまっても、引き返せば30分遅れでリカバーできる。
し、しかし、小田原とは。
浜松は東海、小田原は関東。浜松は地方、小田原は首都圏。まるっきり異世界ではないか。
仮に小田原から引き返したとしても、雄に2時間は遅刻だ。
ああ、なんということだ。一生の不覚。
駅員さんのいうとおり、駆け込み乗車はやめましょう。
仕方なくオレは、泣きながらキベさんに電話し、キャンセルをお願いしたのだった。留守電だったから、キベさん、きっと待ち合わせの浜松駅までのバスに乗っているところだったのだろう。
ううううう、なんと情けない。
泣きながら帰ったオレは、とぼとぼと歩きながら、これも、上の空で飲んで帰ったら危ないから早く帰りなさいね、とヤツがオレを諭してくれたに違いないと思ったのだった。

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2010.09.16
取材1、原稿。
久しぶりに「ゆりかもめ」に乗って湾岸地帯。先頭の座席で、雨の降る荒涼とした景色を眺める。
このような淋しい土地にがん専門の病院がぽつんとそびえ立ち、この中で末期のがん患者が多数治療を受けている。
事情はそれぞれだから滅多なことを言うものではないが、このような淋しい土地で最期を迎えるのはちょっと悲しいなあ。
などとろくでもないことを考えつつ、有明で取材。
まったくこのあたりの変貌ぶりは、たまに来ると腰を抜かすほどびっくりするわい。

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2010.09.15
打ち合わせ1、原稿。
泣き虫連中の電話とメールが行き交う中、たまった原稿と格闘だ。ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、それでも片付かないのであった。
今日は、小学生の文藝春秋こと「コロコロコミック」の発売日である。この一冊を与えておくと、息子は実におとなしく、黙々と読んでいる。
そういや息子が大のマンガ好きなのに対して、娘は「すきじゃないよ」と見向きもしない。女の子ってそうなのか? 面白いなあ。
夜、丸の内で打ち合わせ。
終了後、帰ろうと丸の内の地下街を歩いていたら、すぐ近くを知り合いが歩いていた。
知り合いと言っても仕事の関係者、もっとはっきり言えば客先の方で、妙齢の女性。
オフの場で無防備なところに遭遇したわけだから、こりゃあ声をかけてはいけないのである。知らん顔してささっと離れた。
逆に同じような状況でオレが発見されている場合もあり得るわけで、無防備な自分を見られていたとしたら、ちょ、ちょっと恥ずかしい。いつも緊張感を持ってきりっとしていなければ。
芸能人とかスポーツ選手とか政治家とか、そりゃあ疲れるわけだわな。
そういや小学校の校庭の盆踊り大会に、地元の有名政治家が顔を出していた。
いろんな人を見つけては、やや、どうもどうも、これはこれはと握手を繰り返しており、いくら選曲とはいえ、そんなにやたらと人の顔と名前を覚えていることに感心したのであった。
オレなんか、さっき会ったばかりの人の顔と名前すら覚えられないっていうのに。
キベさんなんか、昨日の晩飯すら忘れるっていうのに。
夜、「魚せい」に行く。
イヤな予感の通り、店はガラガラ。雨だからなあ。
客がいないものだから、オヤジは、てやんでーと言いながら飲んでいる。飲み屋が先に酔っぱらってどうするんだ、いったい。
しかも、どうしたこうしたとやたらとオレに話しかけてくる。オレはオヤジの話し相手にやってきたんじゃないっての。
こういう時のためにいつもオレが用意しているのが「夕刊フジ」である。
ほれ、これでも読んだらと渡すと、オヤジは「おお、わりーな」と大喜びで読み出し、今度は夕刊フジの見出しや記事を相手に「ったくしょーがねーな」「日本も終わりだな」としゃべり始めるのであった。
9月も半ば。
暑さ寒さも彼岸までとは、昔の人はうまいことを言ったわけで、本当に一気に暑さが和らいできた。
ぼちぼち梨狩りにでも行こうかね。
この土地に引っ越してきて、この秋でもう6年か。まっこと時の流れとは早いものだ。

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2010.09.14
取材2。
技術とシステムの進化とは素晴らしいもので、6時に家を出て、10時にはもう大阪にいた。朝一番の「のぞみ」に乗れば、9時からの会議に間に合っちゃうのだ。
まっこと技術とシステムの進化とは素晴らしいものだ。
そんなわけで、5時に新大阪駅で加藤と落ち合い、8時まで新大阪で飲んでも、12時前には自宅で風呂に入れてしまう。もちろん新幹線の車中は熟睡なのだ。
もっとも技術とシステムが進化しても、携帯電話はバッテリーが切れたらオモチャにもならない。困ったものである。
残量が15%を切ったという表示に焦ったオレは、加藤と入った居酒屋でコンセントを借りて充電だ。もちろん黙っていたら窃盗なので、ちゃんと店のおばちゃんに断ってコンセントを拝借である。
この居酒屋、けっこう旨かったが、会計が1万30円と妙に中途半端。
そうか、きっと30円はコンセント使用料だな、と一人で勝手に納得。
まあいいか。
オレは帰りの新幹線で熟睡したが、「こだま」で浜松下車の加藤は、まさか熟睡して乗り過ごしてはいないだろうなあ。
いや、きっと乗り過ごしているに違いない。
親分が「気をつけろよ」とアドバイスしてくれたように、まあ、心ここにあらずというか、どこか上の空だから、きっと乗り過ごしたに違いない。
今度は落ち着いてゆっくり飲もうかね、加藤くん。たまにゃ合宿に顔出せっつーの。

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2010.09.13
取材1、打ち合わせ1。
人間は何のために生まれてくるのか。とことん考えた結論が「生きることを楽しむために生まれた」。
というようなことを、誰かが書いているのを読んだ。えーと、誰だっけ。
この言葉が、オレとしてはなんとなく腹にすとんと収まり、なるほど、生きることを楽しむために生まれたのか、と納得。
でも、それは欲望のまま好き勝手に生きるということではなくて、よく生きるというか、漢字だと「良く生きる」というニュアンスだ。もちろん善行を重ねるという意味でもない。
WellBingというか、まあ、ほとんどベネッセみたいだけれど、つまりは良く生きるということである。
インタビュー仕事をしていると、時々というか、まれにそういう人に遭遇する。
先日、岐阜で会ったのもまさに「良く生きる」を実践しているような人で、ストレスないでしょと訊いたら「まったくないですね〜」とにっこり笑っていた。
チャップリンは「人生に必要なのは勇気と想像力とほんの少しのお金」と言った。レトリックとしては面白いなあ。
でも、生きる喜びって何だろうというオレの問いに間髪入れず答えた青森のギタリストの「家族と友だちと仕事ですね」という言葉のほうが、オレは好きだ。
かつて鈴木康之が書いたように、まさに本日の我ら、中年泣き虫族。
9月、秋風が吹き始めた。

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2010.09.12
井澤君と一緒に「なんでこのクソ忙しい時に」とぶつぶつ言いながら練習してきたのが、伊達君も入れた3人ユニット「たんさいぼう」のA-1グランプリである。
かねてよりお知らせの通り、本日、そのグランプリ大会が開催され、全国各地から集まった参加者とともに我々「たんさいぼう」もグランプリ目指して遊び歌を披露することになったのだ。
昨日は練習、今日は本番と、貴重な土日が完全に潰れ、まったく仕事ができない。おかげで原稿が山盛りである。
たまった原稿を片付けることなく、A-1などというものにうつつを抜かしていると知られたら、大ブーイング必須なのだった。だから内緒である。
*
9時半に東大島駅集合。
持ちネタが二つで、ウクレレとギターを使い分けるから、とんでもない荷物になってしまった。終わった後の飲み会が楽しみだからクルマもダメで、結局、ごろごろしながら「こち亀」を読んでいた息子に荷物持ちをさせる。
人に訊かれたら、荷物持ちではなくてローディーだと言えと命じ、重い荷物をえっちらおっちらと駅まで運び、汗だくになりながら乗り換えて、東大島に到着した。
電車の中に、ギターを持った親子連れ。もしやと思ったらやはりA-1参加者で、いやいや、どうもと盛りあがる。
駅で井澤君、伊達君と合流。そのまま会場へ行き、参加者と顔合わせだ。
昨年も参加したこともあって、顔なじみがけっこういる。こういうのも楽しいものだ。
*
開始前には、ヨメと娘も駆けつけて、幼稚園の元先生たちも来てくれて、さて、「たんさいぼう」20組中5番目の登場である。
「たんさいぼう」のネタは「だっぴ!」。
「だっぴ!」と叫んで脱皮のポーズをするという歌だ。家で練習していたら娘が調子よく踊っていたので、本番でも一緒に踊ってくれと頼んだら、本気で悩み出した。
たくさんの人の前のステージに上がるのははずかしいから、ぜったいにイヤだ。
でも、おとうさんにお願いされて、チカラになってあげたい。
でもでも、やっぱりはずかしくてイヤだ。
そんな複雑な思いが逡巡して、実に実に深く悩み続けていて、今朝もオレに向かっての「いってらっしゃい」が伏し目がちだった。
まあ、そんなに悩むな、娘よ。そこまで本気で悩むとは思わず、思いつきで口にしてごめんよ。悪かった。
それにしても芸達者が多くて、びっくりだ。
入江さんの不条理な絶叫ソングにはのけぞり、最終兵器ゆきみだいふくには、会場全体が爆笑のパニックに陥る。ムッシュは、もはや何も言うまい。
我が家の子どもたちが一番気に入ったのが2番目の荒川さんの「あちち、まんぼっ」という不条理ソングだった。うーむ、こういうわけのわからないノリのいい歌が子どもにはいいのだろうなあ。
そんな中、小倉げんきくん、三根さん、ロケットくれよんは、さすがの安定感。げんきくんは、ボーカルと表情が実によくて、素材がよければ他は何もいらないということを見事に示してくれた。三根さんも、何でもない歌なんだけれど、実はこれ以上どうにもできないという完成度の高さを持っている。
うーむ、さすがだ、と感心。
さて「たんさいぼう」はと言うと、客観的に引いて見て20組中10番目ぐらいの出来。いろいろアクシデントの言い訳はあるが、それがなくても、考え不足、練習不足を露呈してしまった。順当であるな。
年齢のせいか、審査員のみんながそれなりに敬意を持って接してくれているのに感謝である。
*
ゲストコーナーでオンスという3人ユニットが演奏。特に「虹」が抜群によかった。
ボーカルは、ののほちゃん。お気に入りである。
ののほちゃんボーカル、もっと聴きたかったなあ。
グランプリは三根さんが順当に獲得。げんきくんも、去年だったらグランプリ獲ったと思うよ。
終了後、会場で懇親会だ。
これが楽しい。出演者、審査員と飲んでしゃべる。
実はオレもいつの間にか名前が売れてきたようで、いろいろと声をかけられる。「わ、タンゴさんですか、一緒に出られて光栄です」「わ、ピコロのタンゴさんですか」てな具合で、ピコロ様様だ。なにしろ保育業界のバイブルだからなあ、ピコロは。
それを見越したわけではないが、オレもこの機会にCDを配りまくろうと「いちねんせい」CDを持ってきていたので、声をかけてくれた人にプレゼントする。
大阪の若いぴちぴち保育士グループには、ご丁寧にも名刺と一緒にプレゼントだ。うひゃひゃひゃ。
そうしたら「CDにサインしてください」て言われて、うろたえてしまい、あろうことか、丹を丸で囲んだ通称「丸丹」マークのサインを連発したのである。
こんなものがサインと呼べるのか。なんとも情けない。
井澤君には「サインも練習しておかないといけませんねー」と笑われる始末である。
どさくさに紛れて、乾杯の時に、ののほちゃんに忍びより、軽くグラスをあわせる。下を向いてフ、フ、ファンです〜と告白するも、あっさりスルーされる。
ケロポンズには「たんさいぼうに入れて」と言われてもあっさり断るというのに、ののほちゃんにはとことん弱いオレであった。
*
二次会は場所を変えて駅前の居酒屋へ。
新沢さんには丁寧に話をしてもらい、中川さんには「あなたのようにプロにも参加してもらえて嬉しい」と言われる。ようやくこの御大にもオレが認知されるようになったらしく、ちょっと誇らしかった。
もろもろ考え、ちょっと適当だったかなと反省し、来年はきっちり作り込んだものを見せなければという気になったのであった。
それにしても全国からみんなよく来るなあ。
熊本、鳥取、大阪、宮城。
宮城は二次会でも一滴も飲まず、これから4人で交代で運転して帰るという。
大阪は、ホテルに泊まり、明日の6時ののぞみで帰阪。その足で保育園に出勤らしい。
もちろん交通費、宿泊費、すべて自腹。都内で「会場が遠いなあ」とぶつぶつ言ってるオレたちであるが、いやいや、皆さんたいしたものだ。
立派だと思うぞ。
ほどよく飲んで、ぼちぼち電車も最終。いくら都内だからってここからタクシーってわけにはいかない。会費を払って立ち上がる。
息子はとっくに帰ったので、ローディーがわりに井澤君にウクレレを持ってもらい、12時半に荻窪に到着。オレはそのままタクシーを拾って家に帰った。
深夜1時、ただいまとこっそり玄関を開けて、自分の仕事部屋に行く。
と、机の上には表彰状。
ちょっと泣きそうになったオレであった。

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2010.09.11
原稿。
朝、日刊スポーツを開いてのけぞる。
練馬にJリーグだと。
経営難のベルディが、球場やらの経費削減のため移転を計画しており、ヒマな練馬区が誘致に名乗りを上げたそうだ。ネットの噂では、豊島園に新しいスタジアムを建設するらしい。
んあ〜。
確かに練馬ならほどよい田舎で、チームも地元もそれなりに盛りあがりそうだな。子供らにもそういうシンボルが地元にあるっていうのは、いいことだし。
だが、練馬区には、豊島園をつぶして東京スカイツリーを誘致しようとして失敗した経験がある。今度もまたしくじっちゃうんじゃないかという気はするが。
そもそも単なる思いつきレベルに過ぎないのではないかという雰囲気もあるし。
万が一誘致に成功したらどうなるのだ。
練馬ベルディとかになるのか。それとも豊島園ベルディか。だせー。
今度地元の安藤君に訊いてみよう。

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2010.09.10
取材4。
名古屋駅前のビジネスホテルで目覚め、近所のデニーズで朝メシ。実はこのホテルの朝メシは、とことん情けないので、こんなものを朝から食うぐらいならとっととチェックアウトしたほうがいいというしろものなのだった。
そこでデニーズというわけだが、こりデニーズ、いつでも朝からでかいカバンを持った女たちでいっぱいなんだよ。なぜだろう。
これからディズニーランドに行くバスでも出るのか。それにしては時間帯がへんだな。
それともディズニーランドからバスで帰ってきた姉ちゃんたちかしら。それもしっくりこないな。
多めに席を占領して大声で話す、長い時間居座ると、けっこう迷惑な姉ちゃんたちなのだった。
名古屋で仕事を終え、夕方、岐阜羽島に移動。
稲穂が頭を垂れる田んぼが広がり、強い夕日が差し込む中、犬の散歩の小さな兄妹が農道を歩いて行くという、なんとも美しい日本の初秋の景色を眺める。
そのすぐ隣には、田んぼの中に突然そびえる一軒の風俗店。
とほほほほ。
岐阜でのインタビュー仕事を終え、ひかり号の自由席で帰る。ページを開いたのが「ヒトと闘ったクマ」。いやあ、面白いなあ。どうして今まで読まなかったのかなあ。
本は面白いのだが、隣に座った兄ちゃんが貧乏揺すり男で、ほとんど発狂しそうになる。
東京駅到着とほぼ同時に「クマと闘ったヒト」を読み終え、丸ノ内線の売店で、今日発売の「文藝春秋」を買う。
岡田前監督が、ワールドカップを振り返っている。無理矢理そこに司馬遼太郎をくっつける無茶苦茶ぶりに、文藝春秋の芸と志のなさを思う。
考えてみれば、晩飯を食っていない。
10時に石神井公園駅に到着。「魚せい」で晩飯食って帰るかと思ったが、出張帰りなのに妻子の前を素通りして飲み屋に行くのも人の道に外れているような気がして、まっすぐ家に帰る。
帰ったら、おお、「酒とつまみ」が届いていた。今一番待ち遠しい雑誌である。
季刊と銘打っているくせに、前号が発売されたのが去年の秋。
一年に一度しか発行されない季刊誌なのだった。
編集長のγがとうとう四桁( ! )になったというので、ついに断酒宣言。四桁は、相撲取りでも命を失う危険がある数字だ。まったく命がけの雑誌だ(笑)。
出張中にいろいろ手にした雑誌・本のどれよりも楽しみな「酒とつまみ」の封を大急ぎで切り、風呂に入って汗を流したあと、イオンの88円の発泡酒を飲みながら読んだのだった。

「日本経済新聞」「文藝春秋」「酒とつまみ」「クマと闘ったヒト」中島らも・ミスターヒト・メディアファクトリー。


2010.09.09
取材2。
4時半に起きて5時15分に家を出る。
家族全員起きて、オレを見送ってくれた。えらい。主のなんたるかを、よくわかっているのである。我が家は。
東京駅まで、日経新聞を読む。
6時50分の「のぞみ」。
東京駅のホームを歩いていたら、つい先日、インタビューしたJRの社員と偶然に遭遇。朝早くから働いていた。
ひたすら真面目な、こういう若者を見ると嬉しくなる。目があったら、向こうから「おやっ」という顔をして挨拶してくれた。
名古屋までの車中、「週刊新潮」と「週刊ダイヤモンド」を読む。
新潮では、アグネス・チャンの気違いぶりにのけぞる。頭が狂ってるな、この中国人。早く香港に帰れ。
アグネス・チャンのツイッターを見るだけで、この気違いが暮らしていられる日本の懐の深さを思う。
こういう具合に口汚く人を罵るから、オレは人間性を疑われ、小倉げんきくんや小沢かづとくんに「黒タンゴ」と恐れられるのであった。
ごめんよ〜、でもねアグネスだけは本当に許し難いのよ。高校生のオレがファンだったという事実が、さらに歪んだ拍車をかけるわけだが。
ダイヤモンドは、フランチャイズビジネスの検証だ。
オーナーの覆面座談会が面白くて、本部によって微妙な違いのあることに興味津々。今や日本のインフラとなったというコンビニなのに、こんなにもどろどろの舞台裏とは、まったく情けない。
「他人のふんどしで相撲を取る」を地でいく本部に、開店さえすれば楽して儲かると商売をなめているーナー。どっちもどっちだ。
名古屋で乗り換えて、大垣へ。どこだ、大垣。岐阜県です。
インタビュー仕事をこなし、駅前で、薦められたトンカツ屋に入る。これが、薦められたとおりの激うま。オレは鶏の唐揚げ定食を食ったのだが、今まで食ったことのない味で、相当にびっくりした。
また食いたい。ヨメと子どもに食わせたい。
大垣駅の書店で新書を買う。電車の中で読むものがないと発狂するのだ。オレは。
もっとも最近は目が弱くなってきて、つい寝てしまう割合も多くなってきたが。
大垣から豊橋までの快速電車で、新書「世界はジャパンをどう見たか」を読む。つまらん。素人のサッカー観戦記だ。
こんな本を出すのも悪いし、買ったオレはもっと悪い。
30分で読み捨てて、続いて「謎解き!宮崎・ジブリアニメ」という、タイトルからして間抜けな新書を開く。10分後に床にたたきつける。
勝ったオレも売った本屋も悪い。
レジでカネを払ったとき、お釣りをもらうのに一生懸命になりすぎて、本そのものをレジに置き忘れるというありがちな失敗をしてレジ女に鼻で笑われたのだが、あれは、読んではならぬという予兆だったのか。
こういうことを書くと、たぶん検索している著者はひどく傷つくであろうなあ。カネを払った客が商品に文句をつけるのは、別に悪いことではないから、ちっとも気にしないが。
結局、大垣で2冊も買ったのに1時間と持たず、豊橋までの残りの時間をオレはぼけっと口を開けながら過ごすのだった。
豊橋でインタビュー仕事。昔、この駅でプロレスラーの金村キンタローに会ったのを思い出す。
駅ビルで今度は文庫本「クマと闘ったヒト」「妖談うしろ猫」の2冊を買う。
なぜいつも2冊を買うかというと、1冊がつまらなかったときの保険だ。もっともさっきのように2冊ともつまらないこともあるから、これからは3冊買うか。
ところがどっこい「クマと闘ったヒト」が大当たりであった。
題名だけ読むと、冒険小説かノンフィクションかと思うが、だはははは、なんのことはない、プロレスの暴露もの。ヒトとは、ミスター・ヒトのことである。
ともかくミスター・ヒトに中島らも、そして吉田豪がからんで、タブー話のオンパレード。新幹線の車中で肩をすぼめて、うひひひと笑うのであった。
名古屋着。今日は名古屋泊まりである。
カメラの吉田氏と晩飯を食い、ついでにおごってもらい、ホテルに帰ってから、酔った目で「ダイヤモンド」の続きを読み「クマと闘ったヒト」を読む。くひひひひと笑いながら寝てしまったのだった。

「日経新聞」「週刊新潮」「週刊ダイヤモンド」「世界はジャパンをどう見たか」四方健太郎・経済界「謎解き!宮崎・ジブリアニメ」佐々木隆


2010.09.08
取材2、原稿。
ひー、あちー、ひー。
そう言いながら練馬で過ごしてきたというのに、今日になった途端、急に涼しく、しかも雨が降るとはどういうわけだ。
突然に夏に別れを告げられてしまって、オレは茫然自失。夏よ、行かないでくれと泣いてすがるのだった。
そんなふうにして本日出かけていったのは、昭島。東京の外れだ。
昨夜、暑い中をとろとろ歩いていられらいからクルマで行こうと突然思い立ち、今朝、クルマで向かったわけだが、暑いからではなくて雨が降ったからに理由が変わってしまったのは当然のことだった。
待ち合わせは、西武立川という駅。
これがまあ、なんともびっくりのナンにもない駅で、駅前へクルマで行こうとしても、そんな道すらない駅なのだった。田舎にもほどがある。
オレの田舎の駅でもちゃんとクルマの停められるスペースがあるぞ。
西武立川は、辺境すぎるのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.09.07
取材4、原稿。
うむう、いろいろと忙しいぞ。
取材に原稿に、たんさいぼうの練習だ。酒を飲むヒマもないではないか。困ったものだ。
この夏にずいぶんヒマだったのが、ここにきてボディブローのように効いてきて、つまりは売上がなく、要するに入金がない。
預金口座の残高が順調に減っていく様を見るのは、実にスリリングである。まったく数字ってヤツは、情け容赦ないな。
けれど、30歳でフリーになって独立した当初は、全然手持ちのカネがない中、根拠のない希望だけで明るく前向きに過ごしていたから、あの時のことを思えば今はそれよりは多いカネと、それに家族もいるわけだから、ちっとも怖くないのであった。
ここのところの忙しさが、早くお金になればいいけどなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「あんじゅう」宮部みゆき・中央公論新社。待ってました、宮部みゆき、時代ものの新刊である。読売新聞で連載されているのは知ってたけれど、そして我が家では読売新聞を取っているけれど、単行本になるまで我慢して読まなかったのだ。とにかく読み終えるのが惜しいような物語であって、ゆっくりゆっくり、たっぷりの時間をかけて読んだのだった。やっぱり宮部みゆきの時代小説は最高である。


2010.09.06
レコーディング。
本日は朝からスタジオにこもってレコーディングである。エンジニアの飯嶋さんは、相変わらず素晴らしい手腕だ。
不思議な機材を持っていたので訊いてみると、ヤフオクで買った工事用のマイクアンプ3000円を自分で加工した次作アンプとのこと。とてもいい音が出るらしい。
この人もこういうことが好きなんだなあ。
歌手は小倉げんきくんと小沢かづとくん。
げんきくんを脅迫して、A-1のネタを披露させる。
お、お、おもしれえ!
だめだ、完璧にたんさいぼうの負けだ。小倉げんき、優勝だ。
しかもサプライズゲストまで仕込んでいるそうで、やはり関西人にはとても太刀打ちできない。
ここは潔く負けを認めよう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.09.05
取り立てて特別な予定のない一日であるが、それでもあれやこれやとじたばた過ぎていく。
息子を囲碁教室に送り届け、ヨメと娘を買い物に置いていき、オレは電車で新宿に急いだ。ギターの弦を買うためである。
ちゃんとした弦を買おうとすると、池袋では役に立たない。本当はお茶の水界隈か恵比寿まで行くべきところだが、新宿で唯一のまともなギターショップで間に合わせることにした。
最近気に入っているのは、ニュートンという弦である。イギリス製の、職人が手巻きしたという弦だ。きれいな音でかつ長寿命。美人薄命ではないのである。
そのまま弦を買ってまっすぐ帰ればいいものを、案の定、楽器屋のあれこれをのぞいていまうから、ギリギリになってしまった。
電車の中では、南米あたりの言葉で大声で電話しているガイジンがいてイヤになる。
ガイジンでひどいのは、韓国は別格として中国が最近は目に余るな。日本を追い抜いて第二位の経済大国になり、かつての顧客だった日本が下請けになったという意識もあるのだろう、ふるまいが傍若無人で下品で呆れかえる。
おそらくバブルの頃の日本人は、アメリカやヨーロッパで似たような目で見られていたのだろうなあ。ブランドショップに行列して買いあさって、眉をひそめられていた、ってまんま今の中国人だものなあ。
囲碁教室を終えた息子を迎える。今日は2勝1敗だったらしい。
教育的には、2勝したことをほめるのだが、昭和の星一徹であるオレは1敗したことを責め立てて、おらあ、男ならトップ獲れや、と木村やすしになってしまう。
聞いた話だが、最近の学生は、就職セミナーや面接にも平気で遅れてきて、それを注意しても「ボク、どうして怒られてるのか、わかりません」という態度だそうだ。
理由は、今までは遅刻しても怒られるのでなくて、「遅刻してもちゃんと来てくれてありがとうね」という教育をされてきたからだそうだ。うーむ、亡国。日本が世界の下等国になるのはあと20年もかからないのではないか。
そうならないためにも、囲碁で1敗した息子をどつくオレであった。
その息子が焼き肉を食いたいと言い、娘はナンを食いたいと言う。
話し合って決めろというのに決まらないから、息子の言い分を入れて焼き肉ランチにする。息子を持ち上げるダブルスタンダードなオレ。
焼き肉たって、チェーン店のランチだからね。安いんだからね。定食800円とか。
焼き肉屋へ行ったら、いつものように隣のスシローが大行列。うーむ、回転寿司のために30分待ち、いや、そもそも飯のために行列するという神経がわからないオレには、スシローだけがどうしてこんなに混んでいるのは、まったく理解できない。
うまい寿司を腹一杯、ってキャッチコピーも下品だし。
銀しゃりを腹一杯食いてえよう。そんな戦後の飢餓難民の悲痛な叫びが今に続いているようだ。
焼き肉を食って、帰りに靴屋に寄る。どうも今はいている靴が痛くて、一日はているとぐったり疲れてしまうから、買い換えようと思って。
本当はえーじくんのリーガルを履くべきだが、今のオレには高い。
スポルディングの、しかも売れ残りの安物を選んで買う。
ついでに子どもに運動靴、ヨメに秋物のデッキシューズを買う。いい買い物ができた。
続いて今度は自転車の修理だ。
ヨメの自転車の調子が悪いというので、買い換えか、でなければ修理だ、という話である。ついでに息子の自転車も、ベルが取れて、学校の検査で注意されたというので、自転車屋に持って行く。
実はヨメの自転車は前に娘、後ろに息子を載せた3人乗りで5年以上も走り続けたので、もう相当に疲れ果てて、そろそろ買い換え時なのだった。
ところがこれに強硬に娘が反対。ものを大事にする、というよりは、まだ前籠に載せてもらいたいからである。困ったものだ。小学生だろ、おまえは。
仕方なく、修理してもらって、まだまだこの自転車には頑張ってもらうことにする。
そして、本日の締めに駅前の西友に行き、毎日のお買い物。野菜が高いねえ。
その後、家に帰ってきてくつろぐ家族を置いてオレは一人、床屋に向かった。いつもより短くしておくれっ。あいよっ。
てなもんで、短いと頻繁に床屋に行かなくてはならないから困ったもんだ。
短く切ってもらってさっぱりして、レジでカネを払っていたら、外を魚せいのオヤジが原チャリで「よっ」と手を挙げながら通っていった。オレも、よっと挨拶を返す。
オヤジめ、まったくどこに行くにも原チャリだ。もっと歩けっての。
家に帰ったら、子供らが「うひゃー、つんつんだー、気持ちいいー」と喜んでオレの頭をなで回す。その子供らをひんむいて風呂に入れる。
はあ、汗を流すと気持ちいいなあ。
そうこうしているうちにすっかり「サザエさん」の時間になってしまい、まったく一日たいしたことしていないのに、あっという間に過ぎてしまうものだなあとため息をついたのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「FRIDAY」


2010.09.04
A-1グランプリの本大会を目前に控え、本日はたんさいぼうの練習日である。
グランプリを狙っている割には、今日が初めての練習というのもどうかと思うし、今後も一回しか練習しないというのだから、ナメていることはナメているのだが、実はその真意はライバルたちを油断させようという作戦なのだ。
特に関西人の小倉げんきくんは虎視眈々と我々を潰そうと狙っているようなので、こっちも負けていられないのであった。
ネタは二つ用意しなくてはならない。本選用と決勝用だ。
仮想大賞と違って面倒なのだ。
でも、どうせ決勝になんか残れないと思って決勝用の曲は聴いてなくて、万が一出ることになったとしても、だてポンの作ったカラオケをCDで流せば、いさわしが適当に歌ってくれるはずだと思って何もしないでいたら、ちゃんとやれと怒られてしまい、初めて曲を聴くことにしたのだった。
そうである、オレはネタ作りをすべて人任せにして、そのあげくわざわざ送ってもらった曲さえ、どうせカラオケを流すんだからと聴いていなかったのである。
つまり他人様の曲で本選に選ばれ、そのことをさも自分の手柄のように言いふらしながら、その実、中身は聴いてすらいなかったのだ。
人としてどうよ、その態度。
オレは深く反省するふりをしつつ、初めての曲の練習に臨んだのだった。ああ、めんどくせえ。
それにしても応援に駆けつけてくれる人がほとんどいないのはどういうわけだ。
ひょっとしたら応援に行けるかもしれないど、というメールをくれたのが一名。あとはすっかり無視である。
あー、そーかいそーかい、よーくわかったよ、その態度。
自分に甘く他人に厳しいオレ様は、この仕打ちは忘れないからなと、天に向かって吠えるのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.09.03
取材1、原稿。
本日は御殿場まで野良仕事だ。
御殿場はどこですか〜。はい、静岡県です。富士山の近くです。
おお、高原ですね、爽やかな風ですね、紅葉ですね。
ところがそんなのはまったくウソであって、御殿場もやたらと暑いのだった。
こんな暑い中、スーツにネクタイで、さらにヘルメットまで被って仕事するオレは、エライのだった。
夜、魚せいに行く。
例の、くも膜下出血で意識不明になったお客の親友が来ていて、飲みながら泣く。どうも、もう助からないらしい。
でも、どうにか奇跡が起きないものか。そう友を思って泣く人に対して「植物人間で生き残っても大変だ。しょうがねえよ」という慰め方はないだろう、タコオヤジめ、と呆れかえる。
まあいいや、このオヤジには何を言っても通用しないからな。
先日など、花札の12月が雨か桐かで客と酔っぱらった1時間も論争し、どうにも納得できないとずっと憤っていた。自分の店の客を相手に何をやってんだよ、おっさん。
そう諭したのだが、まったく困ったオヤジだ。まあ、いいや、別に身内じゃないし。
帰ってきて、11時から久しぶりにドラゴンゲートを見る。うーむ、クネスも横須賀も、動きが鈍くなったな。斎藤了も。
やはり年か。
もっと軽快にハイスパートしなくてはいけないぞ。それを思うと堀口元気はたいしたものである。
おれも見習わなくてはならないなあと酔った頭でうすぼんやりと考え、まあ、いいや、これぐらいにしておこうと試合の途中でテレビを消す。眠くなってしまった。
そういや、城田じゅんじはもう出所したのだろうな。ネットの噂では海外にいるということだが、そんなことがありえるのだろうか。
YouTubeで、時々、坂庭しょうごのライブ映像を見る。すさまじく素晴らしい2人だったのだな。
失って初めてわかる凄さもあるものだ。この2人、このままどんどん枯れていってたら、どんななにすごいことになっていたのだろう。まったくこの世は無常である。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」


2010.09.02
取材1、打ち合わせ1、原稿。
これだけ暑いとパソコンの空冷ファンの回転の仕方は尋常ではなく、そりゃもううるさいのだ。
こんなに回ってて大丈夫なのか。人間の心臓と同じで、パソコンの空冷ファンやハードディスクにも、回転の寿命があるのではないか。
なによりも、レコーディングの時にうるさくて困るのである。
仕方がないので、パソコンを使っているときは扇風機でクーラーの冷気が当たるように工夫した。すると、おお、どうだ、はっきりと騒音が下がったではないか。
パソコンもクーラーは必需品なのであった。
それにしてもこのパソコンもぼちぼち買い換え時なのだろうなあ。ついでに新しくて高性能なUSBインターフェースが欲しいなあ。
マイクに関しては、いろいろと試した結果、定番のSHURE 58に尽きるということが最近わかってきた。だからもう新しいマイクをそろえるのはやめて当分はこれでいくのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.09.01
原稿。
おりょ、もう9月かよ。楽しかった夏も終わりかよ。これからはもっと楽しい秋かよ。
というわけで、大阪在住の遊び歌作家・小倉げんきくんに「A-1出場おめでとうございます」というメールを送ったら「タンゴさんも出るんじゃないですか」という返事がきた。ありゃ、すっかりばれていた。
げんきくんは「ぼくのネタは弱いので、たんさいぼうが楽しみです」とのことであった。
なるほど、競合を油断させようという作戦か。
早くも心理戦を仕掛けてきたようで、腰を低くして左で握手ニコニコとしながら右手にはチャカを隠し持っているという、さすが関西人の隙のなさである。
まあ、確かに小倉げんきは有力候補である。強敵である。他にも山陰の美少年コンビ(強烈な上昇志向が持ち味!)、強烈なぼけキャラの大阪の短大教授など、強豪ひしめくA-1戦線。
うーむと脂汗を流すのだった。
*
音楽ライターにして制作者のドバシくん、我々の仲間ではくわもと並ぶ業界人のドバシくんから、村田和人の新作アルバムのサンプルが届いた。
昨年の前作「ずーっと夏」が素晴らしくよい出来だったので、期待大。タイトルもずばり「ずーっと、ずーっと夏」だ。
とりあえずざっと聴く。ほー、楽曲自体が素晴らしいものばかりだ。加えてタイトな演奏に、けれんを排したアレンジ、そして一度聴いたら忘れられないボーカル。今度もなかなかの作品である。
ドバシくんには、もう一度聴き込んでからお礼のメールをしよう。
いつもありがとうね、ドバシくん。
*
夜、「魚せい」にいったら、オレも顔を知っている常連の一人が、今朝、くも膜下出血で倒れ、病院で8時間の手術を受けたと知る。きびしい報せだなあ。
離婚して子どもと二人暮らし。うーむと、ただ天を仰ぐのみ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.08.31
取材4。
オレと、いさわしと、だてポンの3人によるユニットが「たんさいぼう」である。活動は、していない。
その「たんさいぼう」が、本日、A-1グランプリの予選を突破し、本選出場が決まったという連絡をもらった。おお、快挙である。
A-1とは何か。
A-1のAは、あそびうた。要はあそびうたの日本一を決めようという、仮想大賞みたいなイベントだ。いま「下層対象」と変換されて、そういう趣旨だったのかと一瞬膝を打ってしまった。
昨年が第一回目。
オレもいさわしも書類審査を通過したものの、二次予選で涙をのんだ。90年代の日本代表みたいな闘いであった。
オレは、当日取材仕事が入っていて、スーツ姿の間ウクレレを抱え、しかも遅刻して駆けつけて、そのあげくに落ちるという無駄きわまりない汗を流した。
しかも、結果報告のサイトで、いさわしともども「へんなおじさん」とくくられて紹介されるという有様だった。
この屈辱を晴らすべく、今回は「たんさいぼう」ユニットとして参加を決定。
オレは応募係として、歌と企画づくりは若手二人に命じたのであった。
その企画の素晴らしさに加え、応募する際にオレがちょっと一ひねりした作戦により、見事審査を通ったのである。
オレといさわしは生き馬の目を抜く広告業界に身を置く人間。中身は後回し、とりあえずコンペを通せ、という状況には大変に強い。ただ受けるだけなら、企画を通すだけなら、そのへんの保育関係者は足元にも及ばぬのだ。
そういう根拠のない自信はやたらと強く、案の定、見事に通過して本選出場と相成った次第である。
詳細はここだ。
コンペには強くても本番は何も考えていない準備不足の我々がグランプリを獲得するには、会場の不自然なまでの圧倒的な支持が不可欠である。よって、この日記を見ている皆さんには、ぜひ当日、「たんさいぼう」の応援に駆けつけてもらいたい。
入場料2000円。
そして、客席にて他の出場者にはブーイングを、「たんさいぼう」には不自然なまでの圧倒的な歓声を送っていただきたいのである。ふんぞり返って、そうお願いする次第であ〜る。
なお、カメラマンのヨシダ氏に「たんさいぼうって、どういうメンバーなんですか、タンゴさんと、あとは?」と訊かれたので「えーと、タンゴと、イサワと、ダテです」と答えたら「頭を取ってもたんさいぼうにならないじゃないですか」と、呆れられてしまった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.08.30
一日中、丹後湯でレコーディングとミックス。ぐったり疲れる。
どうしてオレはこんなにも下手くそなのだろうと、精神的にもぐったり落ち込む。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.08.29
青森在住のギタリストに、むかし聞いた話である。
ある日、友人が商店街の細い道をゆっくりクルマで走っていた。前を行くのは大きなベンツ。
運転席を見れば、白いスーツにスキンヘッドで、友人は「げげ、ヤクザだ、まいったなあ」と、万が一にも追突するようなことのないよう、慎重にも慎重を重ねて商店街の道をのろりのろりと進んでいた。
すると、突然、目の前のベンツが停止し、運転手が降りてきたのである。
びびったね、友人は。げっ、なんの因縁つけられるんだよっ。
ところがそのスキンヘッドは大急ぎでベンツの前に回り、行く手を邪魔していたママチャリを一つひとつ脇へよけたのである。
そして、すんませんすんませんというふうに手を挙げて頭を下げながら、また大急ぎでベンツに戻っていったのだ。
その姿をよく見たら、なんとヤクザと思っていたその大男は、山本小鉄だったというのである。
真偽はともかく、いかにも小鉄らしいネタで微笑ましい。
ラッシャーに続いて、今度は小鉄か。
まだ若いのに。ちょっとショックでかいなあ、今度は。
60歳を過ぎてもトレーニングを欠かさず、健康そのもの。間違いなく100歳まで生きると思ったのだが、突然死とは、あまりにあっけない。
小鉄の思い出はいろいろある。オレも、彼の現役時代をリアルに知っている世代だ。
印象に残っているのは、引退試合。星野勘太郎と組んでヤマハブラザースを復活させ、最後にコーナーポストの上からそれはそれは見事にフライングボディプレスを決めた試合だった。
なんでこんなに元気なのに引退するのだろうと思ったものだった。
あとは、若手の、たぶん小杉だったと思うが、若手と1対1のシングルをニコニコしながらやっていた試合。カード的にテレビで流すようなものでもなく、試合そのものも道場でやるような地味なものだったから、実に不思議なトーンだったのだが、ニコニコと嬉しそうに若手とからんでいる姿が印象的だった。
新日本のクーデターでは首謀者にまつりあげられて、苦汁をなめる。前田以下のUWFがUターンしたときは、彼らをガードするように立ちはだかって「必死に練習して強くなろうとしている若い連中を潰すな」と会社に食ってかかっていた。
放送中、UWFの連中の姿に感動して言葉に詰まったこともあった。
間違いなく昭和から平成にかけてプロレスを支えた人材だったと思う。どうやら太りすぎが突然死の引き金になったようだが、惜しいなあ。
今頃は天国で橋本に再会し、頭をこづきながら二人で馬鹿話でもしているのか。どうか安らかに。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「Will」レイアウトがあまりに稚拙で誌面が汚いため、めったに手に取ることがない雑誌。久しぶりに読んで、そのあまりの右傾化がいっそ小気味よかったわい。それにしても韓国という国はとことんどうしようもない国だねえ。世界中から嫌われるのも、納得である。


2010.08.28
原稿。
まだやってんのかよ、そろそろいい加減にやめろよと思う代表が、今日も始まった24時間テレビであるな。
楽しみに視ている人には申し訳ないが、いや、別にオレ個人の日記でそんなエクスキューズは必要ないとは思うが、他人様がよかれと喜んでいるものに対していちゃもんつけるわけだから一応仁義を切って、改めて楽しみに視ている人には申し訳ないが、あれはやっぱりひでえな。
全部素材。全部ネタ。
手足の不自由な少年が25メート泳いだあ〜と感動させておいて、はい次っ、だもんな。一瞬後には、誰もその少年のことは覚えてない。
チャリティーだって素材。
あの番組が始まったのは、確かオレが大学5年生の時で、原宿のかまぼうのアパートに山口と遊びに行ったら、ちょうどフィナーレのパレードが通るというので警備がすごくて、立っているおまわりさんに「ピンクレディは何時ごろ通るんですか」と訊いたら「もうじきらしいよ、モモエちゃん」と返事があって、えーと、モモエじゃなくてピンクレディなんだけどなと山口と笑った記憶がある。
つーことはもう30年近くもやってるのか?
それなりに意義あることはやってきたとは思うが、もう役目は終わったんじゃないかね。そもそも景気と制作予算に左右されるチャリティって何なのね。
なんで走る性転換がチャリティなのね。
気に入らないなら視るなよなあ。はい、そうです、その通りでした。と素直に反省するオレであった。
原宿のよさこい祭りというものに参加する妻子を送り出して、本日は一日中机に向かう。クーラーをがんがんに効かせた室内で、原稿と暑いバトルだ。
夕方、気分転換に水まきをする。ついでだからと勝手に隣のオガワさんちの植木にも水をかけてたら、2階から「すいませんねえ」という奥さんの声が降ってきてびっくりした。見られていたか。
さて、8月ももうすぐ終わりだ。
もう一回、豊島園のプールに行きたかった。西武園の花火を見たかった。
十分遊んだつもりでも、まだまだいろいろと積み残していた。残念だ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「サピオ」


2010.08.27
取材3。
どうもいろいろアクシデントの多い日というのは、あるものでございまして。落語のフリみたいだな。
9時前に武蔵小杉駅に集合。へー、武蔵小杉ってこんなに立派な駅になったんだとびっくり。
タクシーで取材場所に向かう。
ところが取材相手がノーネクタイ。撮影上、それはまずかろうということになる。これがアクシデントその1。
徒歩10分ほどのアオキまで大慌てでネクタイを調達に行き、事なきを得る。
終了後、移動。
駅までとても歩ける距離ではないのでタクシーを拾おうとしたが、これがまったく来ない。アクシデントその2。
この炎天下の幹線道路に15分ほど立ち尽くすもまったくタクシーは拾えず、このままでは全員熱中症だと確信した、この夏一番暑い瞬間だった。
ようやくタクシーをつかまえ、涼しい車内に滑り込んで一息つき、武蔵小杉へ行ってくれえと命じる。
あいよ、合点だと走り出したはいいが、駅が近づくにつれて一方通行の道をぐるぐる回り出したり、右折禁止左折禁止でうろうろしたり、もしやと思ったら案の定、この運転手は駅への道を迷っていたのだった。アクシデントその3。
迷ってる最中はメーターを止めるなど、正しい運転手ではあったが、困ったものだ。もっとも最近はリストラでやむなくタクシーに生活の途を求めるケースが多いから、ここで怒りもあらわに声を立てるのはよくないことだ。
この運転手も大変なのだろう、オレも大変だし、みんなで頑張って乗り切ろうよ、でも早く駅に行ってね、アポの時間が迫ってるし、と念じる。
そうなのである。本日は東京横断の取材旅行で、しかも時間が電車移動でギリギリ。明らかに昼飯を食う時間もない、というスケジュールなのだ。
だから早く駅に着いてくれないと困るのだ。
ようやく駅に到着。すんまへすんまへと謝る運転手を捨て置いて、ともかく大急ぎで駅に向かう。12時03分の急行に乗ればなんとか間に合うぞっ。
ところがSuicaで改札を走り抜けた途端、駅構内にアナウンスが響き渡ったのである。「ただいま大倉山駅で人身事故が発生し、東急東横線は全線に渡って電車の運行を見合わせております」。アクシデントその4である。
ああ、せめて改札を通る前に知らせてくれればJRに回ったのに。
いや、タクシーの運転手が道に迷わなければよかったのに。いやいや、タクシーをもっと早くつかまえることができれば、何の問題もなかったのに。
我々は嘆きつつ、天を仰ぎ、改札を抜けるための長い行列に並んだのである。
そうである。普段SUICA等を使わない人は知らないかもしれないが、入場券という概念を持たされていないICカードではいったん入ってそのまま出ようとすると、たいへんに面倒なのである。
ともかく機械で処理してもらわないと、改札から出ることができない。ICカードで便利になったはずなのに、電車事故のたびに長い行列ができるのはICカードのせいなのである。
まったくバカにした話ではあるな。
ところが5分以上並んであと数人で我々の番というところにきて今度は「電車の運転を再開します」のアナウンス。
あああ、どうするどうする。アクシデントその5。このままあと数人で改札を出るか、それともホームに引き返すか。
ギリギリの選択を迫られた我々は、ええいとかけ声を発し、ホームに戻る道を選択したのだった。
ところがアナウンスは大嘘つきであった。渋谷行きの電車など、影もカタチも見えない。アクシデントその6。
どうなってるんだあ。仕方なく我々は隣のホームの目黒行きに乗り、ぐるっと遠回りして次の目的地である桜上水に向かったのである。
昼飯はない。駅で買ったチョコレートだけである。
こうしてなんとか最小限の遅れで京王線の桜上水に到着。ここでは珍しいことに何のアクシデントもなく仕事が終わり、再び我々はあたふたと電車に乗って最終目的地である葛西に向かったのである。
葛西は東京の外れ。この世の終わり。遠い遠い、人外魔境なのだった。
やれやれと到着した我々は駅で再びタクシーに乗る。方角的に逆だったので少し遠回りすることになったが、この程度ではアクシデントには入らないであろう。
最後のアクシデントは、取材が無事に終わって、やれやれお疲れ様、さあ、帰ろうと乗り込んだタクシーであった。
なんとすぐそこにある駅に行くというのに「すんません、ナビに入れていいですか」と情けない声を出し、そのあげくに道を間違えてしまったのである。運転手が。
ああ、アクシデントその7。まあ、ここにもリストラ運転手が、ということで我々はとがめ立てもせず、大きな心で笑って許したのであった。
こうしてアクシデントだらけの一日が過ぎ、やれやれ、こんな日もあるのかとぐったりして帰ったのだが、今から帰るメールがヨメに届いてなくて、予告なしに突然帰って来ちゃったよ的な表情で迎えられたのが、締めくくりのアクシデントと言えば言えるかもしれない。どっちなんだよ。

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2010.08.26
取材4、原稿。
品川駅の新幹線改札口にいたら、やたらと若い女の子が集まっていた。夏休みの高校生か?
と、ほどなく現れたのは、SMAPの蚊取りシンゴくん。新幹線に乗るために、改札を通過していった。
その後を追って一緒に改札を抜けていく女の子たち。
なるほど、追っかけであったか。それにしてもこういう情報をどこでキャッチしてくるのかなあ。不思議だ。
この品川駅港南口のほうの新幹線改札口にいると、けっこう有名人を見かける。ギターのホテーとか、そのヨメの今井とか、大サーカスとか。
関係ないけど、この2日ほどで計4つも仕事を断ることになってしまった。
ヒマな時なら涙が出るほどありがたい話なのに、何も一気に同じ時に集中しなくても。涙を流しながらお断りするのだった。
ごめんねえ、フジタさん、イマガワつん、キムラくん、ハラさん。またぜひよろしくお願いします。
と、ほとんど誰も見ていない日記で営業するオレ。

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2010.08.25
原稿。
昨日、今日と、オレの実家では夏祭り。
子どもの夏休みが短くなってしまったから行けなくなってしまったけれど、やっぱりなんだか心のどこかが浮き足立つような。
今年は無茶苦茶な暑さの中、大汗をかいた子どもたちが山車を引っ張って、たわわに実った田んぼの間を練り歩いているだろう。

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2010.08.24
取材3。
夏休みが終わったばかりなのに、さっそく名古屋まで日帰りだ。
新幹線は10時50分発。
東京駅でコマガタくんと待ち合わせたのだが、会うなり、いきなり「タンゴさん、ボクが6人もの女の子とつきあってるって言いふらしているそうじゃないですかっ!」と厳重抗議を受ける。
いやあ、6人じゃなくて、オレが言いふらしているのは5人とつきあってる、だよ。事実誤認しないでくれ。
このコマガタくん、久しぶりの名古屋に大興奮。「いいですねえ、いいですねえ」を連発する。
確かに名古屋の女の子って、なんでか、とってもゆるいんだよね〜。明らかにネジが足りない。
そのゆるさが、名古屋全体の生暖かさにつながっているような気がする。
仕事が終わって6時過ぎ、名古屋駅構内の居酒屋で軽くビールを飲む。
カメラマンのヨシダ氏と、疲れたね〜、と乾杯。帰りの新幹線では、三人並んで爆睡だ。
「明日の朝、プレゼンなんです」というコマガタくんは、偉いことにその足で会社に向かって仕事だ。オレはというと、その足で魚せいに向かったのであった。

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2010.08.23
夏休み。実家で大学生から小学1年生まで、5人の子供らと大騒ぎ。


2010.08.22
夏休み。実家で大学生から小学1年生まで、5人の子供らと大騒ぎ。


2010.08.21
夏休み。実家で大学生から小学1年生まで、5人の子供らと大騒ぎ。


2010.08.20
夏休み。実家で大学生から小学1年生まで、5人の子供らと大騒ぎ。


2010.08.19
夏休み。実家で大学生から小学1年生まで、5人の子供らと大騒ぎ。
甲子園で、新潟代表の明訓高校がベスト8で散る。
県民全員がテレビに釘付けで、がっかりであった。だが、新潟の本来の実力からすれば、ベスト8でも驚異の結果であろう。
なにしろPLの2軍でも新潟の代表校では堂々のレギュラーなのだ。
それなのに、去年の準優勝、今年のベスト8という結果を受けて、わざわざ県知事が「新潟の野球が全国でもトップクラスにあることが証明された」と記者会見で胸を張るのは、ちょっとどうかと思ったのだった。
そういえば、コマガタくんが新潟の親戚を訪ねたら、去年の決勝戦のDVDを見せられたそうだ。
そのことを弟夫婦に伝えたら「あいたたた」と頭を抱えていた。
まあ、去年の準優勝は空前絶後、新潟ではもう二度とあり得ない騒ぎである。もはや神話だ。
その土地を訪れたものに向けて神話を語るのは、ある意味、当然のこと。コマガタくんよ、許してやってくれたまえ。新潟県民を。
それにしても高校野球って、見ていてけっこう面白いけれど、明らかに力の差はオレみたいな素人の目にも歴然。
加えて、内野ゴロがどこに転がるかという偶然の要素が実に大きい、ある意味でバクチのようなものだということを改めて実感した。
だから、140キロ後半で投げられるピッチャーがいれば、あるいは長距離弾が計算できるバッターがいれば、もはやそれで勝ちも十分に期待できるわけだ。
なかなか番狂わせというものは、起きにくいのだな。
関係ないけど、野球ネタということで思い出したのが「巨人の星」。
ヨメと、星飛雄馬の夢って、もしかして読売ジャイアンツのエースになることだったのか、それって夢と言うにはなんともみみっちい夢ではないのか、と改めて話し合ったのだった。


2010.08.18
というわけで、お楽しみが盛りだくさんだった今年の夏も、いよいよい最後のイベント。
オレの夏休みで、実家の新潟へ里帰りである。
えっ、今まで夏休みじゃなかったのか。
そういう鋭い指摘もおありでしょうが、そうです、これからが本番なのです。
子どもを連れてふるさとに帰るというのは、とてもわくわくするものだなあ。
というわけで、お仕事関係の皆様、私はしばし不在です。
24日から社会復帰。年末に向けて突っ走ります。

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2010.08.17
原稿。
連日、全国ニュースのトップで「練馬が暑い練馬が暑い異常に暑い練馬が暑い」と言われ続けていれば、もはや暑いのが当たり前、もし涼しくなったらそっちのほうが異常気象という気にもなってくるのだが、さすがに今日は38.2度で全国一位というのだから、区民全員、へらへら笑って日傘などを力なく差すだけだった。
実際、すごかった、今日は。
朝、玄関から一歩踏み出した途端、これは尋常な暑さではないと直感したものな。
ただちに家族に対して外を出歩くことを禁止したものの、娘は学校のプールがあるというので根性で出かけてきたのだった。
根性がないのはオレで、ただひたすらじっと仕事部屋に籠もっていたのだった。
いや、サボっていたのではなくて、仕事をしていたのであるが。

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2010.08.16
朝から異常に暑く、早起きして前夜のバーベキューの後片付けをしたら、陽が昇ったばかりだというのにすぐにシャツが汗ぐっしょり。ふえー。
なんと、本日の練馬の最高気温は38.1度。ここらは練馬の中でももうちょっと高いから39度は行っただろう。
もちろん例によって全国ニュースのトップ。
練馬が何度になりましたというニュースなんて、もう珍しくもないのだった。
そんな中、弟一家とともに豊島園のプールに行った。
夜のニュースでは、キャスターがレポートに来ていたが、オレたちが行ってた午前にはそんな姿は見えなかった。
見えたのは、立派な水着のお姉ちゃんたち。いやあ、プールは楽しいなあ。
暑くてぐったり疲れて帰る。
夕方になったら、ようやく庭に出てきたオガワさんが「今日はずっと家にいたよ」と、ビールを飲み始めた。
オガワさんはオレの顔を見て、焼けたねえと言う。
そうなのである。床屋のおばちゃんも魚せいのオヤジも、みんなオレの顔を見て「焼けたねえ」と言うのだ。
その焼け方というのは、実は鼻の頭が真っ赤っかというもので、ヨメに言わせれば「昼間っから酔っぱらっている」というものらしい。
とほほほ、毎年こうだ。
そして、来年こそは日焼け止めを塗ってからプールに行こうと思い、すっかり忘れてこの始末。
真剣勝負のインタビュー現場に、真っ赤なお鼻の酔っぱらいおじさんでオレが登場した際の空気の変化が怖い。

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2010.08.15
子どものいる夏休みは、いろいろとイベントが盛りだくさんなのだが、本日はこの夏4つめのお楽しみ。
オレの実家から、弟一家が遊びにやってきたのである。
特別なことがあるでもなく、ただ家の前でみんなでバーベキューしただけだったが、いとこ同士が5人、大人が4人、食べて呑んで、それだけで楽しい夏の日なのだった。
それはそれとして、ともかく異常に暑くなかったか? 今日。まったく今年の夏ってやつは。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.08.14
お盆は真ん中はさすがに都心も人がいなくてガラガラなのだ。
というのはウソである。
やたらと人が多くてびっくらこいた。しかも娘どもは浴衣だ。何を考えている。
元娘の中にも浴衣がいる。何も考えていないのか。
どうも今日は東京湾で花火大会らしい。
うーむ、なんという迷惑な。
そういや潮見に住んでいたとき、ウォーキングのついでにお台場まで行って、花火大会を見たっけ。お台場まで歩けるところに住んでいたのだ。
あの時は、短パンにTシャツでふらふらと歩いて行ったのだが、周囲は全部カップル。オレは思い切り挙動不審のあやしいおっさんになってしまって、あわてて逃げ出したのだった。
だが、今日は違う。これ、この通り、ちゃんとした家族連れだ。
向かったのは劇団四季の自由劇場。浜松町だ。
ここでミュージカルを見るためである。
んまあ、なんとハイソな我が家ざましょ。
おミュージカルざます。おほほほ。
演目は「はだかの王様」。歌って踊って、楽しいミュージカルなのだった。
特に詳しいわけではないが、やっぱりこういうミュージカルは楽しいなあ。
前半後半、それぞれ一回ずつ寝てしまったことは置いといて、楽しかったなあ。
やっぱりこういうおハイソなおミュージカルはちゃんと子どもに見せて、情操教育するざんす。おほほほ。
もっとその帰り道、晩飯に立ち寄ったのが有楽町ガード下の焼き鳥屋だから、おハイソは長続きしなかったのだった。

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2010.08.13
編曲。
今日からお盆。今年はお盆にお墓参りもせず、ご先祖様の方角に向かってごめんなさいと謝りつつ、甲子園の新潟代表を応援する。勝った。
水島新司が調子こいて出てきそうな気がして、ちょっとイヤだ。
今年のお盆は史上最悪の渋滞になる。
そう散々脅されたためにびびって避けた人が多かったのか、渋滞は言われていたほどでもなかったらしい。
これはキベさんの得意の「最初にすごくイヤなヤツだと刷り込んでおけば、なんだ、案外いいヤツじゃんと思われて高感度急上昇」作戦と同じだろう。
今年のお盆はガラガラと言われていたら、きっとこの渋滞でもブーイングだったろうな。
こういう事態を見ると、かつてオウムの連中が大地震が来ると予言して大騒ぎし、結局何もなかったことを報道陣に詰問されて「地震が来なくてよかったじゃないですか」とにっこり笑って立ち去ったのを思い出す。
では渋滞を避けた人々がどこに行ったかというと、答えはここにあった。そう、豊島園のプールである。
いやあ、すごかったですよ、混雑。
って、オレたちも行ったわけだが。
芋洗い状態とネットに書いてあったので覚悟はしていたが、本当に混んでいた。ヨメの話では女子更衣室などロッカーが全部埋まってロッカー待ちの順番が出る始末。帰りに着替えてロッカーのカギを閉めた瞬間「ここ、いいですかっ」と血相変えた姉ちゃんが駆け寄ってきたほどだそうだ。
そして、実は混んでいるほど楽しいのがプールであって、人気のないプールほど情けないものはないのだ。
いや、水着のお姉ちゃんがいっぱいいて嬉しい、というわけではなく。いや、そういうわけもちょっとはあるが。
とにかく、としまえんは若いビキニ姉ちゃん率が異常に高くて楽しいのであった。うふふ。
この日記がヨメのチェックにあわないことを祈りつつ、お父さんは喜ぶのであった。
ところが波のプールの浅瀬に座り込んで、ぼけっと水着の姉さんたちを眺めていたら、コツンと手に当たるものがある。
何かと拾い上げたら、ゴーグルだった。誰かが流してしまったのだろう。
巡回中の監視員(豊島園の監視員の数はすごい!)に手渡そうと思いつつ、遠くの水の中を歩いていたら、ヨメと遭遇。ゴーグルが流れてきてさあと、手を差し出したら、なんと「あ、お父さんが持ってたの、わたしのゴーグル」。
なんとヨメが流してしまったゴーグルが、大きなプールと大勢の人の間をゆらゆらと漂い、たまたまオレの右手にコツンと当たったらしい。
うわあ、なんじゃそりゃ、マジですげえ。
怨念か、情念か。
水着の姉ちゃんを眺めていた罰が当たったか。
これは本当の話です。
まあ、そんなことはともかくとして、都内でプールはやっぱり豊島園だな。
入れ墨お断りが徹底されていて、やたらと人数の多い監視員に警備員もおそらく入れ墨対策で発見次第全員で駆けつけて取り囲むためだと思われる。
川越のほうのプールのように、水から顔を上げたら目の前に立派なもんもんがあって、思わずのけぞったなどということもなく、豊島園なら安心して家族で楽しいひとときを過ごせるのであった。
時々、中3から高1くらいの悪ガキ集団が、照れ隠しと楽しいのとで妙にテンション高くしているが、それさえも自らの遠い夏休みの光景を思い出すようなもので、なかなかに微笑ましく、楽しいのだった。

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2010.08.12
編曲。
石神井公園の隣に、昨年、ふるさと文化館というのがオープンした。
練馬区の歴史や文化の資料を展示するという、まあ、よくある建物である。実際、ハコモノだ、という批判もけっこうあるらしい。
確かにハコモノではあるのだが、今年の春にウォーキングの休憩ついでにふらりと立ち寄ってみたら、案外面白かった。
今日みたいな何の予定も夏休みの一日、金を使わずに過ごすにはちょういどよいのではなかと思い、夕方、子どもを連れて行った。
練馬区が昔はどうだったかとか、いろんなネタがあってけっこう大人でも楽しめる。オレんちの周囲が、昔は田んぼだったという衝撃の事実が動画で見られたりする。今も基本的には変わっていない、とも言えるが。
面白かったのは、昭和4年の東京の電車の路線図だ。
ほとんどの私鉄がもうできていて、今と同じ駅名がついていて、へー、当時はどんな生活だったんだろうと思いながら、いつまでも眺めていて飽きないのだった。
そんな中、息子は「知りたいことがある」と調べ物を始めたのである。
何かと問えば「練馬区の川の名前の由来を知りたい」というのだった。
このふるさと文化館には、説明のための係員がうろうろしている。けっこうな数だ。
ヒマを持てあましては、時々、展示物の説明を押しつけてくる。ちょっと鬱陶しい。
おそらく退職した社会科の教師あたりがボランティアでやっているのだろうなあ。なかなか立派ではあるが、あまりにヒマそうだ。
そんなところへ、小学生の男の子が質問しに行ったら、そりゃあ大喜びなのは目に見えている。
実際、息子が説明員に「川の名前の由来を知りたいんですけど」と質問に行ったら「おお、そうか。川の名前か。さあて、困った、私はよく知らないなあ。そういうのに詳しいおじさんがあっちにいるはずだから、ちょっと行ってみよう」という反応。
すぐさま係員数人が集まって、鳩首会談だ。
そんなに大変な質問だったのか。ヨメは「川の名前って、地名でついたに決まってるじゃん」とつぶやくのであったが、しっ、聞こえてはいけない。
説明員が顔を寄せ合って検討しても答えは見つからなかったらしく、とうとう「もっと詳しい人が」と言われて息子は事務室にまで連れて行かれたのだった。
出てきた息子は、特別にわけてもらった練馬区の地図を手にしていて、答えがわかったと喜んでいた。どんな答えだったのだろう。
ともかくこうして宿題がまた一つ片付いて、よかったよかった。

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2010.08.11
編曲。
ところで、森高千里の「夏の日」って歌、ナニゲによくね?
なんというか、これを聴くと残暑の頃のしめった風の吹く海辺が浮かんでくる。
湘南とかのメジャーな海岸ではなくて、神奈川の外れとか、茨城とか、群馬とか、群馬には海はなかったか、そういう森高お得意の北関東ワールドのしょぼい海の光景がイメージされるのだ。
時々、無性に聴きたくなって、特に最近のような湿度の高い8月の日々はまさにこの歌の気分で、CDの棚を探してベストアルバムを引っ張り出して聴く。面倒くさいときは、YouTubeでお手軽に済ませてしまう。
いいなあ〜「夏の日」。
いいんだけど、森高千里はどれもアレンジがひどいんだよね。この曲もストリングスがうるさいし、ギターがじゃかじゃかと耳障りだし。
それが、まあ、湿度の高さを呼んでいると言えば言えなくもないのだが、名曲「渡瀬橋」なんて、あのばしゃばしゃした安いドラムがすべてをぶち壊している。なんでこういうアレンジに対して、誰も何も言わなかったのだろう。
まあ、かわいいからいいか。森高が。
「渡瀬橋」いいですねえ。これは3月だな。3月の風の冷たい北関東だ。
森高千里は全部北関東なのだ。
「渡瀬橋」は、北関東に住む茶髪の姉ちゃんが、東京の彼氏に「こっちに来いよ」と言われて、わだす、やっぱりこの街が好きだす、許してけろ、と川に向かってつぶやくという歌だ。バカみたいだな。
でも名曲だなあ〜、「渡良瀬川」。
あと、森高と言えば、これだ、とことんバブルの香りが漂う「私がオバサンになっても」だ。
実はこの曲、本当は「私がお馬鹿さんになっても」というのがオリジナルで、私がボケちゃっても、あなた、ちゃんと面倒見てくださるわよね、という歌なのだ。現在の老老介護時代を予見した、悲しくも切々たる曲だったのである。
と言ったら本当に信じた人がいてびっくりしたものだが、だーれがオバサンになった森高なんかと海に行くかってんだ。って、向こうも別に行ってはくれないか。
というようなことを森高千里のベストアルバムを聴きながら書いているのだが(あ、今「ハエ男」だ)、あんまり1枚通して聴きたくなるようなしろものではないなあ。たまにはいいか。
こんなものより、もっと聴くべきものがあるのではないか。
実はオレはまだ、ビーチボーイズの「ペットサウンズ」を聴いていない。う、これは衝撃の告白かも。
これを一度も聴いていないということは、相当に恥ずかしいことではないか。ドバシくんあたりに知られたら、とことんあきれられて、非常に恥ずかしい思いをするのではないか。
ならば聴こう。そうだねえ、聴こうね。

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2010.08.10
編曲。
CDが売れない売れないって、相変わらず言われているけど、考えてみれば音楽のソースって年々ものすごい量が蓄積されていくのだから、新譜の売上が減っていくのも当たり前って言えば当たり前ではと。
つまり、ビートルズだって今売れるわけだし、クラシックだって売れるわけだし、そっちにお金をかければ新譜に回す予算もなくなって当然かと。
という理由だと思うんだけど、違うのかなあ。

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2010.08.09
原稿、編曲。
もうじき墜落の夏だな。
当時、オレは三軒茶屋と祐天寺の間にある、下馬というしょぼい街に住んでいた。
駅まで15分。アパートは木造2階建て、6畳一間にトイレ・台所がついて3万円。風呂なし。
だから、会社から帰ってきたら(当時はオレもサラリーマン!)、最初にすることは徒歩5分の銭湯まで行くことだった。
あの日も銭湯に行き、帰りに銭湯前にある小汚い中華料理屋で、タマネギを炒めた定食を食っていた。
と、つけっぱなしのぼろいテレビでニュース速報が流れ「500人乗りのジャンボ機が消息を絶つ」とのテロップに、店の中の風呂上がりの客が一斉にざわっとしたのを覚えている。
当時のオレは、テレビは持っていたものの、まったく見る習慣がなかった。見るのはプロレス中継だけ。
ニュースも天気予報も、見なくて平気な生活を送っていたのだ。
なので、翌朝、会社に出てから新聞を読んで、事故の詳しいことを知ったのである。「500人とはね〜」と、会社の連中で話したのを覚えている。
もうあれから25年もたったのかあ。
ついこないだのことのように感じてしまうのだが、考えてみればそれぐらいはたっていて当然だよな。
そして夏と言えば、原爆記念のニュースがお約束。今夜も、テレ朝、日テレ、TBSと立て続けに原爆特集のニュースだ。
それはいいんだけど、日テレのキャスター、えーと、誰だっけ、村尾某か、この村尾さんが番組の冒頭、カメラの前で一人思い入れたっぷりに原爆と平和について語りかけたのだが、一瞬、目の前に置かれたカンペが画面に映り込んで大笑いだった。
覚えとけよな〜。
ニュース番組3つをハシゴした後は、フジの巨乳番長におやすみなさいを言うのがお約束なのだが、本日はそんな気になれず、パソコンの前に戻ってYouTube。
やはり夏の定番ということで、高中正義の映像を探して見まくったのだった。ブルーラクーン、最高!

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「金権編集長ザンゲ録」ターザン山本・ 宝島社。まさに反吐の出るような本とは、このことだ。長らくプロレス雑誌の編集長だった著者が、自らの死期の近いことでも悟ったのか、カネにまつわる様々なスキャンダルを吐露している。誌面で協力してジャイアント馬場から数百万もらっただの、メガネスーパーの社長から口止め料に税金のかからない金を毎月50万円もらっただの、ここまで汚れきっていたのか、プロレス業界とこの男は、と今さらながらに驚く話ばかり。そのほとんどが、墓場まで持って行く類の話だろうに、それをまあ、ぺらぺらと。いくらカネが欲しかろうと、人間、ここまで品性が卑しくなれるものなのかと呆れてしまった。唾棄すべき本。


2010.08.08
前夜の失敗に反省したか、息子は4時過ぎにきちんともそもそ起きだしてくる。そして、タヌキのオヤジらと共に海釣りに出かけていった。
ちなみに、タヌキのオヤジこと中山親分は、海を眺めるベランダで夕陽を浴びながらギターを抱え、グレープの「追伸」を切々たる美声で弾き語りし、最後に「わーたし、髪がなくなった〜」と決めてみせるのである。
その見事なゲーハーを夕陽に光らせて歌うものだから、全員、肩をふるわせつつ、下を向くばかりであった。
親分、あんどーくん、だてポン、いさわしと出かけた息子は、初めての海釣りにも関わらず、7匹も釣り上げたそうな。たいしたものだ。
これに味を占めて、釣りにのめり込まれたら困るなあと思ったら、ヨメが「釣りというのは一年に一回、この合宿でやるものです」と刷り込んでくれたそうで、さすが、できたヨメである。
朝飯を食ってスイカ割りをして帰る。
今年もとても楽しかった。まさに命の洗濯。
こんなに楽しいのに、どうして他のメンバーは参加しないのかなあ。いっつも不思議に思うのであった。

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2010.08.07
毎年、夏に学生時代の仲間たちと一泊して過ごす夏合宿。
キベさんが「年に一度の、命の洗濯」と表現しているが、今回はそのキベさんも不参加という、今まで一番小人数の企画となった。
出発予定は朝5時。それに備えて3時半に起きたのに二度寝してしまった息子は、自分のせいのくせして朝っぱらから不機嫌である。
5時半に荻窪でいさわしをピックアップ。
今日の道路は混んでいた。例年の倍はかかったと思う。
熱海の先、網代に到着。ファミレスで朝メシの後、海水浴である。
信じられるであろうか、皆の衆。9時からオレは海水浴なのである。
小学生の子どもが2人いるというのは、そういうことなのだ。
そして11時には、今度は近所の漁港で、船に乗って海水釣り堀なのである。
朝から海水浴に釣りという、大人にとって激しくハードな日程をこなすのであった。
かつ源で昼飯。男のかつ源定食2000円を食う。旨かった。
合宿の場所はいつものマリンテラス。絶景である。
飽きたから場所を変えたいなあと思いつつも、ベランダから熱海の海が一望でき、しかも遠くで平塚の花火とディズニーランドの花火と市原あたりの花火と、3ヵ所の花火大会が同時に観られるという奇跡のようなこのロケーションを思うと、なかなか変えづらいのであった。
息子が釣り上げたアジの刺身と、釣れなかった娘が釣り堀のおじさんにもらってきた鯛を食いつつ、呑む。
この夏合宿も高齢化が進み、食べる量、飲む量が年々減ってきたのであった。
さらにそれは寝る時間にも反映されていて、なんと10時を過ぎると、さあ、寝よう寝ようとみんな寝てしまうのであった。
なんとも健康的で年寄りくさい合宿なのだった。

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2010.08.06
取材2、原稿。
真夏に丸の内あたりをスーツで歩き回ると、本当にぐったり疲れる。
へろへろになって帰ってきて、家路をふらついていたら、幼稚園ママにばったり遭遇して「大丈夫? 倒れそう」と同情されてしまった。
ああ、情けない。
そんな状態で家にたどり着いたら、おお、待っていたものが到着していた。電子ピアノである。
今月は娘の7歳の誕生日。
ちょっと早いが、そのお祝いに内緒で注文していたものだ。
娘は3歳ぐらいからヤマハの音楽教室に通って、エレクトーンやらを弾いている。今まではヨメのお古のキーボードで練習していたのだが、ぼちぼちちゃんと買ってやるかと考えたのだ。
ちゃんとといっても、電子ピアノであるが。
イスまで入れて、5万9000円。ネットである。
届いたこいつを、ヨメと息子は力を合わせて組み立てて設置したそうだ。娘は友だちの家に遊びに行ってるし。
けっこうな重労働だったと思うが、ヨメによれば息子はとてもよく働き、とても役に立ったという。そうかそうか。たぶんオレよりも役に立ったのではないかと想像する。
もうたいていのものなら、説明書を見て一人で組み立てられるのだ。たいしたものである。
こうして組み立てられたピアノは、リビングの隅にどーんと置かれた。
そこへ、帰ってきた娘。もちろん大喜びである。早速試し弾きだ。
楽器をやっていると、オレ自身がそうであったわけだが、いろんなことを自然と学べる。
こつこつと毎日続ける以外に上達の道はないこと。練習は決して自分を裏切らないこと。
必ず壁にぶつかるが、あきらめなければ絶対に乗り越えられること。発表会などの目標に向かって、努力すること。
成功して達成感を味わい、失敗して課題を見つけること。
いろんなことが、楽器からは学べるのだ。
100回目と101回目の練習では大差はないが、1回目から見たら101回目は長足の成長である。そうしたことが実感できるのは、楽器の一番いいところだ。
もちろん同じことはスポーツにも言える。
だから、娘は、ちょっと我慢して何かを続けるというこが、ちゃんとできる子に育ったと思う。
これでこの夏のイベントがまた一つ。
いろんな記憶が、我が家に重ねられていくのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「SPA!」「七つの黒い夢」アンソロジー・新潮文庫。若手とベテランによる、ホラー短編集。当然、出来にはばらつきがある。西澤保彦って作家は、面白い文体を持っている人だねえ。


2010.08.05
取材1、打ち合わせ1。
炭酸がよく売れているそうである。確かに暑いときは炭酸が欲しくなるなあ。
実はオレも炭酸が大好きである。しゅわしゅわが気持ちいいのである。
でも、コーラは体に悪いに決まってるから、呑むのはサイダーだ。三ツ矢サイダー。
あなったがジンとくるっときは〜
おいしいよね、サイダー。
ところが本日は所沢駅のホームで珍しいものを発見。なんと自販機でスイカのサイダーなるものが売られていたのだ。
ほほう、スイカのサイダー。お茶を買おうと思って小銭入れを取り出したオレであったが、暑いし、スイカも好きだし、なによりもネタになりそうだし、ついスイカサイダーのボタンを押してしまったのである。
そして、自販機から転がり出てきたそのペットボトルをあけた瞬間、悲劇が起こったのだ。
そうである。ありがちではあるが、ペットボトルのキャップをひねった瞬間、炭酸が勢いよく飛び出し、なんと一気に半分も噴出してしまったのだ。
手はべとべと、カバンもべとべと。何よりも周りの視線が、なにやってんだ、このタコ的なもので、汗をかいた背中にさらにいやな汗が流れていったのである。
もちろん平静さを心がけ、こんなのどうってことないよ的な振る舞いをしつつ、オレは心で激しく呪詛の言葉を吐いたのであった。
スイカサイダー。憎しみのスイカサイダー。
ほとんど爆弾。皆さん、決してスイカサイダーを自販機で見かけても、購入してはなりません。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.08.04
原稿。
夜、魚せいでビールを飲んでいたら、オヤジが「おらあ、同じ家の中に何年も死体と寝るのはイヤだ」と胸を張っていばっていた。
んなもん、誰だってイヤだろ、と軽くあしらってやったら、「それもそうだ」とおとなしくなった。
足立区で113歳だかがミイラになったり、杉並区で111歳が不在だったりという事件のわけだが、これを受けて古舘伊知郎が「昔はお年寄りが大事にされて地域で敬われていた」と嘆いたり、朝日新聞あたりが「地縁、血縁が薄れてしまった」とありがちな指摘をしたりと、まあ、あまりにも当たり前の反応しかない。
そして、どうもそれらの反応には違和感を覚える。
そうである。そもそも日本で、そんなに年寄りが大事にされていた時代があったのか、ということである。
ほんの100年ほども前には平気で姥捨てが横行していたし、20世紀後半にも老人虐待は普通にあったし、21世紀の今になって特に老人が大事にされたという話も聞かない。
きんさんぎんさんとか、ありゃあ、別ものだろう。カネを稼ぐわけだし。
多くの老人は、ずっと今まで、邪険にされ邪魔者扱いされ、時には抹殺され、捨てられてきたのだ、それはこれからも変わらない。
だから古館も朝日も、とんちんかんなのである。
100歳に比べれば洟垂れ小僧であるが、団塊の引退老人は相当に始末に悪いらしく、各社のお客様センター、コールセンターではうんざりしているらしい。
こういう連中がこれからますます年老いていくと、社会的な姥捨てはさらに加速することが容易に想像できる。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」


2010.08.03
取材1、打ち合わせ1。
久しぶりに浅草のHUBで、ジャック天野のジャズマイノリティのライブを観る。
ジャック天野は、日本で5本の指に入るディキシーランドジャズのバンジョー弾き。プレーヤーそのものが5人しかいないという説もあるが、ともかく超絶であることは間違いなし。
もう10年以上見続けているが、飽きることはないのだった。
本日は久しぶりにライブ。
ジャズマイノリティ、2年ぶりに観たけれど実によくなっている。ちょっとびっくりした。
音が昔と全然違うぞ。どういうことだろう。
昔は、上手だけれども音そのものはちょっとしょぼいという感じがしたのだが、びっくりするぐらい進化しているのだ。
やっぱり場数をこなすうちに音が固まってきたと、そういうことなのではないか。
「私の青空」「ダイナ」などは絶品。ジャックのボーカルも、素晴らしくよくなっていた。
プロでも場数をこなせば、どんどん進化していくということを見せつけられたのであった。
それにしても、やっぱり生の音楽はいいなあ。音楽は生に限る。
最近打ち込み音楽ばかりやっているので、こうして、文字通りシャワーのように生の音楽に浸ると、つくづくいろんなことが体に染みこんでくる。
もっと生音楽を聴かなければ。ライブに足を運ばなければ。
幸い、その環境には恵まれているのだから、怠ってはいかんな。
そんな思いも新たにしたのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「いっぺんさん」朱川湊人・実業之日本社。ホラー集。それにしてもこの作家の作品は、どれもこれも、うんざりするほど暗いのであった。うまいのだけれど、あまりの暗さに気持ちが萎えて、途中で放り出してしまうのであった。だから読破までに時間がかかる。
「おサケについてのまじめな話」西原理恵子・月乃光司・小学館。最近、いろんな場で西原理恵子が、死んだ旦那のアルコール依存症について語り始めた。いろんな意味で自分の傷も癒えたのだろう。アルコール依存症が、生存率2割という病気と知ってびっくり。生還することがいかに困難な病気なのかを知った。知り合いにも同じ状況から生還した人間がいるが、改めてよくぞ戻ってきたと感銘を受ける。すごい地獄をくぐり抜けたんだなあ。
「きみのかみさま」西原理恵子・角川書店。ミヤケ氏に「最近本を読んでないんですね〜」と、チクリとやられる。しまった、チェックしてる人がいた。そうなんだよね〜、いろいろと読みたい本が山のようにあって、浅田次郎の終戦ものは必読だし、宮部みゆきの待ちに待った時代ものの新刊が出たし。でも、重いから持ち帰るのは今度にしようとか、取材が少なくて電車に乗っていないから読書時間がなくて、などと言い訳ばかり。いかんなあ。ちなみにこの一冊は、名作『イケちゃんとぼく』の路線なのだろうが、ちょっと外したな。


2010.08.02
取材1、打ち合わせ1、原稿。
寒いのもこたえるけど、暑い時期にスーツ・ネクタイで都内をうろつくのは本当にきっついなあ。
次第に体力がなくなってきているのが実感できる。
スーツにノーネクタイは抵抗があって意地でもネクタイをしているのだが、時々くじけて、帰り道にはノーネクタイの、朝帰りスタイルになってしまうことも。
夏は今でも大好きなのだがねえ、それ以上にクーラーが好きになってしまったなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「東洋経済」


2010.08.01
ちょっと前にツイッターで流行った。
聞違い探し。左左左左左左左左左左左左左左左左左左左左左左左左左左左。
簡単だよね〜、すぐわかったよね〜。
というわけで、もう8月。
ワールドカップの月が過ぎて、酷暑の時がやってきて、気がつけば夏も3分の2が終わっている。
8月は一気に残暑の気配だ。
月末には近所の畑でブドウ狩り。9月になったら梨狩りだ。
秋も楽しくて、けっこう好きだ。
でも、その前に残された夏休みの怒濤のイベントをこなすのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.07.31
そんなわけで、人生で2番目というひどい渋滞(1番は御殿場から箱根までの最悪渋滞)に巻き込まれ、ぐったりしてしまったのだが、それを別にすれば相模湖プレジャーフォレストは相変わらず楽しく、バーベキューにキャンプファイヤーに、テンション上がりっぱなしのひとときを過ごしたのだった。
冷房のがんがん効いたトレーラーハウスに泊まった翌朝の今日は、朝から遊園地で遊びまくる。
息子は、森の中でのカブトムシ狩りに参加だ。
カブトムシを捕るだけなら500円、持って帰るならさらに500円。自分で捕ったカブトムシを持って帰らない小学生男子がいたら見てみたいものである。
1000円を払って息子は森の中に進んでいき、20分ほどして雄と雌のカブトムシを籠に入れて出てきたのであった。
大喜びである。
もちろんこのカブトムシは、事前に森の中に仕込まれたものだ。実にお手軽な企画である。
おかげで息子は簡単にカブトムシを捕獲でき、仲間と徒党を組んで朝からムシを探し回っても一匹も見つけられなかったという挫折を味わうことなく少年時代を過ごすのであった。
まっことお手軽なのだった。ま、いいか。
帰りは渋滞もなくスーイスーイと1時間で到着。
そして本日は、引き続いて夏休みのお楽しみイベント第二弾。ご近所バーベキューなのである。
もう5年ほど続いているのであるが、夏休みの一日、隣近所の4軒が集まってバーベキューをするのであった。
一年に一度だけ、隣同士が酒を飲み交わす。いまどき、大変に珍しいと言われるようなイベントである。
母ちゃんどうしはこの場で普段からの持ちネタを交換。存分に呑んでしゃべほるのであった。
一緒に大きくなってきた子供らは(小学校1年生から女子高生まで)、夜遅くまで起きて花火である。
準備も後片付けもそれなりに大変なのだが、一年に一度、たいへんに楽しいイベントなのだった。
もっともバーベキューを二日続けて食うというのは、半分拷問に近いのではあるが(笑)。
これで夏休みのイベント二つが終了。三弾目は、一週間後に予定されている、これまだ毎年光景のお楽しみ、伊豆合宿なのだった。
まったく夏休みは忙しくて、宿題なんてしているヒマはないのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.07.30
今年の夏休みも、子どもたちにとっては山盛りなのである。
その第一弾が、本日の相模湖プレジャーフォレストだ。
山の中でトレーラーハウスに泊まり、バーベキューにキャンプファイヤをして、併設の遊園地で遊ぶのである。去年がけっこうよかったので、今年も出かけたのだ。
基本的に手ぶらで行ってもすべてが用意されているという気軽さだが、バーベキューの肉だけがとんでもなくまずかったので、今年は肉は持参することにした。大事なことである。
しかし、さあ、夏休み最初のお楽しみ、と盛りあがっていたら朝から土砂降り。とほほのほ。
これじゃ急いでも何もできないということで、あせる子供らをなだめて、昼近くに出発したのだった。
いつもなら1時間で行く距離である。近いのである。
ところが、なんということだ、本日に限って中央道が事故で通行止め。おかげで途中、大渋滞。
なんと八王子から相模湖東まで5キロの距離を3時間もかかったのだった。
えーと、CDを聴いていて、1曲終わるごとに10メートル進む感じ。つまり3分10メートル。時速で言うと、時速20キロ。
大笑いである。
おかげで1時間で行く予定のところ、5時間もかかってしまった。
途中で昼飯を食っても、1時には到着している予定が、着いてみたら4時であった。
ばかやろーである。
おかげでぐったりと疲れてしまったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.07.29
原稿、編曲。
コンビニは都市のインフラであって、しかもここ30年ほどの間に自らの力でインフラに成長して、いつでも便利にモノが買え、深夜でも街が明るくなって、いろんな意味で日本の社会に貢献していると思うのだが、どうもなんとなく不健康というか、よろしくないイメージがあるのはなぜだろう。
コンビニで昼ご飯を食べていると言うと、不健康だ、もっとちゃんとしたものを、と呆れられる。
コンビニで働いていると言うと、もっといい仕事はなかったのか、と責められる。
コンビニを経営していると言うと、たいへんなご商売ですねえ、と同情される。
こんなに社会の役に立っているのに、どうもコンビニがらみはさんざんな言われようだ。
ああ、哀しみのコンビニよ。
でもオレも、コンビニの惣菜やらおでんやらは、あんまり口に入れたくない。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊ポスト」「食品と暮らしの安全」


2010.07.28
取材1。
オレたちが東京から仕事でやってきたと察して、その運転手は、身の上を語り始めた。
お客さんたち、東京からですか。いやあ、実は私も東京なんですわ。
三軒茶屋です。そうです、世田谷の。
バカですからね、ある時、駅のポスターで立山連峰のポスターを見て、ふらふらっと富山に遊びに来ましてね。その時、こっちでお姉ちゃんにひっかかって。
23歳、年下です。私は46でしたよ、その時。
あげくに子どもまでできちゃって。
結婚してましたから、愛人に隠し子まで作ったおかげで、大騒ぎですわ。結局離婚です。
中学生の子どもがいまして、多感な年頃だったから、相当傷ついたでしょうねえ。
結局、親が残してくれた小さな家でしたが、三軒茶屋の屋敷は処分して、全部慰謝料にして女房に渡しました。
それで私は富山にやってきて、お姉ちゃんと子どもと、一緒に暮らし始めたんです。
別れた女房は愛宕署の婦人警官で、その後、横須賀にいた米軍の将校さんと再婚したんです。それで一緒にアメリカに渡りました。
今、私は60で、娘が小6と小3です。
富山はいいですよう。駅から10分くらいの市営住宅なんですが、3DKにサンルームがついて家賃が2万5000円、駐車場は1ヵ月500円ですからね。
いつだったか、別れた女房から電話がきて、「風の噂に聞いたけど、生活苦しいだろうから、もう養育費はいらないから」って。いい女房ですよねえ。
離婚したとき、中学生だった息子が、今は自立しています。シアトルにクラしています。
その息子が電話してきて「おやじ、今度会いたいよ。遊びに来てくれよ」って。今の女房も「いつ会えるかわかんないんだから、行ってきなさい」って。
ありがたいですよねえ。
だから秋になったら1ヵ月ばかり休んでアメリカに行って、息子に会ってくるんです。
タクシー会社って、1ヵ月ぐらいなら休ませてくれるんですよ。通じるかどうかわかんないけど、英語も勉強してますよ。
楽しみだなあ。
60ですけど、まだまだ頑張りますよ。こないだは病院の看護婦さんたちと合コンしましたよ。ひゃひゃひゃひゃ。
そんな話を聞きながらオレは、へー、そんな人生もあるのだなあと朝からびっくりしたのだった。富山は、人生の漂着地なのかもしれない。

「朝日新聞」「中央公論」「初陣」今野敏・新潮社。警察小説と言えば、今はこの人だ。人気シリーズの短編集。なんにせよ、この人の場合、キャラクター造形が抜群に面白い。


2010.07.27
編曲。
ここのところ音楽仕事が集中して、毎日、編曲したり作曲したりなのだった。とても楽しいぞ。
夕方、17時45分の飛行機で富山に向かう。
富山と言えば、えーじ画伯の故郷だ。
富山空港で降りて、バスで市内に向かう。落ち着いたいい街だ。
ただ、何もない田舎である。
いや、何もなくはない。あったぞ。
富山では、よそから来た人に対して誰もが「柳沢」を自慢するのであった。
「柳沢」とは、ほら、あの、サッカーの。
「そうです、前の日本代表の柳沢です」「鹿島アントラーズにいた柳沢です」
いろんな人が、柳沢のことを自慢するのであった。ついでに柳沢つながりで、実家の経営しているラーメン屋まで自慢するのであった。
柳沢は、どうやら富山の一番の産業のようである。
そして柳沢を自慢する富山の人たちが一番嫌がる話題は、ドイツワールドカップでの、ゴール前、完全フリーでもらったパスをしくじった事件である。
世界中がずっこけたあのシーンについて柳沢は「急にボールが来たので」とインタビューで言い訳した。いわゆるQBK事件である。
富山ではこのQBK事件の話題を持ち出すと、完全に嫌がられる。面白い街である。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」「夏から夏へ」佐藤多佳子・集英社文庫。陸上の400メートルのリレーチームを取材した作品。北京オリンピックのことに触れるのかと思ったら、そこに行く前に終わってがっかり。全体に盛り上がりに欠けて、だらけていたなあ。リレーそのものは面白いのに。


2010.07.26
原稿。
宮崎アニメで一番好きなのは「風の谷のナウシカ」である。つーか、オレにとってのオールタイムベストワンである。
その次に好きなのが「天空の城のラピュタ」の前半、ゴリアテの砲火の中からパズーがシータを救い出すまでである。
3つも4つものストーリーが複雑に絡みあい、それがこの場面に来て一気に一つにつながり、それをちっとても複雑に感じさせないスピード感で展開していく、この前半の展開というのは奇跡のようだと思うのだがどうだろう。
というわけで、宮崎アニメ、この2つ以外は全部ゴミである。
前にこれを言ったら激しく反発されたことがあるので腰が引けるのだが、しかし、幼いナウシカの背中に隠れたオームの幼虫のように、腰が引けながらもおれは断言するのであった。
これ以降の宮崎アニメは、ぜーんぶ自分パクリである。
特にどの作品でも、女は優秀、男はダメという描かれ方に、まーたこのパターンかよと呆れるのであった。ポニョなんてひどいものだったよなあ。
先日は「となりのトトロ」がテレビで流れていて、ぼけっと眺めていたのだったが、あの映画も空っぽだ。
こうしてオレはトトロファンを敵に回すのであるが。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.07.25
取材1。
相変わらず暑い暑いといいながら、本日向かったのは足立区である。
足立区というだけで特別な空気の漂う場所である。
荒川の堤防沿い。地震や大雨の時はどうなるのだろうと不安になるのだった。
などと、他人様がよかれと思って住んでいる場所についてあれこれと難癖をつけるのは、あまりほめられた趣味ではないな。反省する。
行くときは、カメラマンのタカハシ氏の車に乗せていってもらった。ありがたいことにオレの自宅近くでのピックアップである。
帰りは、電車。
夏休み恒例、ポケモンスタンプラリーというのがJR東日本で始まっていて、山手線はたいへんに鬱陶しいことになっている。
あちこちの駅で、リュックをしょった子供らがホームを走り回り、その後ろを、半ズボンにポロシャツのお父さんがうんざりした顔でついていってる。
大変に危ないのではないか、これは。もうこういうイベントは、やめたほうがいいと思うのだがなあ。
いやいや、これを楽しみにして、一夏の思い出にする子どももいるのだ。それにあれこれと難癖をつけるのは、あまりほめられたことではない。
帰ってきてシャワーを浴びて一息ついたら、もう仕事の意欲はない。
夕方、玄関先で発泡酒を飲んでいい気分なのだった。
夜、テレビを観ていたら牛丼戦争についてのレポートがあった。
牛丼はやっぱり吉野家。今は1人負けらしいが、頑張って欲しいなあ。
独身時代は、朝から特盛りを食っていたものだった。男はやっぱり特盛りなのだ。
吉野家に女につけいる隙はないのだ。かっかっかっ。男の世界。
と笑ったら、ヨメが、「え、いつも行ってたよ」と言う。
なんだって? 「いつも1人で吉野家で食べてたよ」と繰り返すヨメ。
んがあ、そうだったのか。
女の1人ヨシギューだけはあり得ないと思っていたのだが、こんな身近に1人ヨシギューの常連がいたとは。
あそこは男の世界だ。今度オレが1人で食ってくる。
そう言ったらヨメは「なんで1人で行くのよ。連れてってよ」とキレる。平和な夏の夜であった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.07.24
取材1。
あんまりの暑さに頭をくらくらさせながら、陸の孤島、あざみ野まで取材に行ってきた。遠かった。暑かった。
家では、子どもたちがプールの水泳教室に行ってきて、夜は小学校の校庭で花火大会だった。
昼はプールに夜は花火。いいなあ、まさに子どもたちの黄金の夏だ。
それを横目に見て、オレは魚せいで一人晩飯である。
客がいない。
近所の公園で盆踊りをやってたので、おやじはそのせいだと激怒している。あんまり関係ないと思うがなあ。
暑さにやられてぐったりしているのか、酒を飲むと、いつも以上に酔いが速い。すぐにクラクラしてしまった。
風呂に入って寝る。
暑いので、起きだして、クーラーにあたる。おかげで風邪引いた。
知り合いの夫婦が離婚したとの報せ。
お姉ちゃんは父親、弟は母親にと、きょうだいが生き別れだそうだ。夫婦の事情はそれぞれだから分かれるのも仕方ないが、子どもにとって最悪の選択だ。
子どものために、互いに歯を食いしばって耐えていく道はなかったのかなあと、お姉ちゃんと弟の顔を思い浮かべる。まったくやるせない話だ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経エレクトロニクス」


2010.07.23
原稿。
練馬区が連日ニュースや新聞で実名を挙げて責められるほど暑いのは、東京湾の海風が都心の熱で温められてやってくるせいだということになっているが、ちょっと前までは汐留あたりの高層ビル群のせいで海風が入らなくなってヒートアイランド現象が起きているという説明があったのに、どうにも適当すぎるのではないか。
実は練馬区には、さらにまだ隠さなくてはいけない事情があって、連日、それこそ連日、高化学スモック注意報が発令されているのである。
でっかいスピーカーから昼頃に「高化学スモック注意報が発令されました、ぴんぽんぱんぽーん」とアナウンスが流れ、午後に「光化学スモッグ注意報は解除され云々」とアナウンスが流れても、引っ越した頃は誰でもぎょっとしたのに、すぐに慣れっこになってまうのだ。
光化学スモッグが出たら、洗濯物は取り込まないで、むしろ夕方まで出しっぱなしがいいんだってね。
それもまた、練馬区に生きる知恵。
本日から息子の塾の夏季講習がスタート。帰りを、オレが迎えにいった。
塾の前で待っていたら、けんしんくんのママに会ったのでご挨拶。いろいろと小学生の教育事情などを立ち話で情報交換した。
と、そこに通りかかったのが、幼稚園のユミコせんせ。娘の年中時代の担任だ。
ユミコせんせ、Tシャツにジーパンで自転車に乗ってると、どこからどう見ても地元の普通の娘さん。
つい、お姉さん、一緒にビールでも飲みませんか、自転車姿がステキですよ、と声をかけたくなってしまう。
「こんにちは〜」と自転車を停めて立ち話に加わったユミコせんせ。3人でしゃべっていたら、通りかかった赤いクルマの窓があいて「ユミコせんせだー、ののかちゃんパパだー」の声。
なんと、今度はちありちゃんが箱乗り状態で叫んでいた。
どうもいろいろと遭遇するものだわい。ここはパワースポットなのかもしれぬ。
ユミコせんせ、「あ、じゃあ失礼します!」と、今度はちありちゃん車を追いかけて颯爽と自転車で立ち去ったのだった。
ちありちゃんパパ、カッコイイからなあ。そりゃあせんせも、地元の娘に戻れば、オレよりあっちがいいよなあ。
などとわけのわからぬことをつぶやきながら息子の塾の終了を待ったのだった。
終了後、息子と飯でも食おうと思って居酒屋たけちゃんに行ったら、7時前だというのに予約で満員。どれだけ敷居が高いんだ。
しょうがないから、手近なところで和民に行く。
和民は、確かに食い物がうまくて、こりゃあチェーン店レベルじゃないなあと感心させられるのだが、出てくるのが遅いのが難点である。あと、店内、暗すぎ。オレは暗い店は好きじゃないのだ。よく見えないし。
隣の座席では、どこぞのママグループが大騒ぎの宴会。「暑気払いだよ、ぎゃはははは」「かんぱーい、がはははは」「サワーくださーい、うひゃひゃひゃひゃ」とうるさいことこの上ない。
精算時、何も言わないのに店が「うるさくて済みませんでした」と謝ってきたから、客からクレームが出ていたのかもしれないな。
和民を出て、息子が「本屋に行きたい」というので書店へ。科学雑誌とパズル雑誌とこどもニュース雑誌を買った。
毎朝「朝日小学生新聞」を読ませているが、息子があまり朝日的なバカ頭になっても困るなあと思っているので、ニュース雑誌は「ジュニアエラ」ではなくて他の雑誌だ。
家に帰って風呂に飛び込み、やっと一息つく。はあ〜、夏はやっぱり風呂がいいやね。
クーラーをガンガンに効かせて、日中干してふかふかになった布団と、選択してさっぱり乾いたシーツの上にごろんと転がると、はあ、極楽極楽という言葉がもれてくるのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.07.22
取材1、原稿。
寂しがり屋のカナウチおじさんから、昨日の日記を見て、連絡が来た。
名古屋から転勤で東京に戻ってきたのだが、禁煙したためか、なんと10キロも太ったのだという。
本人が10キロと申告するのだから、きっと事実は15キロくらい太ったに違いない。見てみたいものである。
なお、転勤祝いに、魚せいを貸し切って宴会をしてくれと言ってきたが、そういうことは本人の口から言うもんじゃありませんよっ、めっ、と大人の道理を教えてあげたのであった。
ふう、それにしても暑いよ。
今日も、ニュースで練馬は37度と報じられる始末である。いちいちうるさい。

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2010.07.21
取材1。
また夕刊に練馬37度と報じられる有様の一日、今度は世田谷の外れまで出かけたのであった。
副都心線ができて便利になったものだ。渋谷での乗り換えだけで済む。
用賀。このあたりは20年ぶりか。
いやあ、変わったなあ。あの、何もなかった田舎が、こんなに立派になってしまって。けっこうびっくりだった。
一番暑いさなかに取材して、一番暑いさなかに帰る。当然、速攻でシャワーだ。
そしてクーラーをがんがんにきかせて中で汗を拭いて、はあ、極楽極楽。フリーの特権ですな。
ただ問題は、シャワーを浴びてしまった夕方、もはや仕事などする気にならないことであった。
隣のオガワさんは本日休みで、4時過ぎから早くも庭でビールの体制である。その空気に抗うことができず、オレも5時にジャスコの88円発泡酒を持って玄関先に出たのだった。
すぐに「ちょっと漬かりすぎてるけど」と、キューリの漬物を持ってきてくれるオガワさん(笑)。
あの原稿やらなきゃなあ、あのアレンジもやらないとなあと思案しつつ、まあ、明日から頑張ろうと決心したのであった。
ほとんど夏休みの子どもの宿題だな。
夜、「毎日かあさん」のあと、「ナニコレ珍百景」を見る。
と、突然子供らが「たいへんだよ、うちの近所だよ」「近くが映っていたよ」と騒ぎ出す。なんだあ?
ヨメがビデオを巻き戻すと(なーんで録画してあるんだよ、これ)、あれれれ、本当にうちの地元が映っていた。我が家から30メートルの場所である。
そんなにうちの周囲は珍しい場所なのかと思ったら、そうではなくて、たまたまそこを通った人が珍しい人だったということらしい。
それにしてもこんな田舎だから、テレビに映ってもまったくさえないのであった。用賀のほうがなんぼか都会だったな。
11時からニュースを見る。
今度は相撲の、昔は若島津だった親方の黒い疑惑が発覚だ。昔、この親方のところに取材に行き、ヨメである高田みずえにお茶を出してもらったことがある。
それを思い出し、テレビの親方に向かって、みずえを出せ〜、みずえはどこだ〜と叫んでしまった。
こうして夏の夜は鬱陶しく過ぎていく。

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2010.07.20
打ち合わせ2、原稿。
オレのこの日記は、Googleのなんとか解析をしてみたら、だいたい20数人くらいの人が定期的に読んでくれていることがわかった。ありがたいことである。物好きにもほどがある、と思わないでもないが。
「カナウチさんも、絶対読んでるよ、なあ、コマ」「当然だろ、オザキ。ハトリだってそう思うよな」「もちろん、読んでるに決まってるわよ」
どれが誰の発言か、あえて名前は伏すが、カナウチおじさんはオレの日記を読んでいるに決まっているのである。
そして、そのカナウチおじさんが、実は東京に戻っていたことが発覚したのである!
なんと、転勤先の名古屋でのお勤めを終えて出所、違った、帰京。知らぬ間に東京暮らしを再開させていたというのだ。
もっとも知らなかったのはオレばかり。
名古屋から東京に戻ってきたというのに、カナウチおじさんは、オレに挨拶してないのである。あ、いや、連絡してくださらないのである。
「ころっころに太っちゃって」「そそそ、もう、まんまる!」「ぎゃはは、ハトリ、そりゃひでーよ」
これはきっとあれだな、名古屋勤務時代、オレがしょっちゅう名古屋に出かけていたのに一度も連絡を入れなかったことの意趣返しだな。わかりやすく言えば、すねているのである。
すねているのは、淋しい証拠。
「寂しがり屋だからなあ」
まあ、いずれまた昔のようにオレと飲んでくれるだろう。魚せいでも行きましょうかね、カナウチさん。
*
相変わらず発狂的な暑さの練馬。真昼の炎天下に駅まで歩くだけで、既にこの世の終わりのような有様である。
這々の体で練馬を抜け出し、オレが向かった先は六本木。打ち合わせがあったのだ。
昨年、学園祭で使う音楽をアレンジさせてもらったクロス先生に会う。「今年もよろしく」とのありがたい言葉であった。
「アレンジしてもらったのは、クルマの中でBGMで聴いてるんですよ〜。音楽だけで楽しめるから、最高ですよ〜」とクロス先生。いやあ、ボーカル無しでも楽しめるとは、それはアレンジャーにとって最高のホメ言葉です。
今年も頑張るぞ。おーっ。
途中、くまかつのカズトくんから電話が入る。
今、六本木だよと言うと、カズトくん「えっ、ななな、なにやってるんですか」と動揺する。
ふふふ、キミの連載の代わりにオレの連載を始めるようにこっそりと工作してるんだよ。
カズトくん、さらに動揺して「なななな、なんということを。やめてくださいよ」とすがるのであった。
*
六本木を出て、恵比寿へ行く。
アコースティックギターの店としてはあらゆる意味でおそらく日本一であろうと思われるのが大阪のドルフィンギター。
いつもは通販で利用していて、東京にも店を出してくれないかなあと思っていたのだが、その思いが届いたのか、先月、やっと東京進出を果たしてくれたのであった。それが恵比寿。
行こう行こうと思っていてなかなか行けず、やっと今日になって足を向けることができたという次第である。
ところが発狂的な暑さの中、恵比寿駅を降りて駒沢通り沿いに歩き、1階がラーメン屋の雑居ビルを4階まで上がったら、なんと、ドルフィンギターは休みだったのである。
信じられん!
この暑さの中を、オレはわざわざ恵比寿くんだりまでやってきたのだ。それなのに、一体どういうことなのだ。
あまりのことにオレはがっくりと肩を落として、炎天下の恵比寿をとぼとぼと歩いたのだった。カズトくんをいじめた罰が当たったのかもしれない。
恵比寿駅前での盆踊り大会を告げる赤い看板までが、暑苦しかった。
*
恵比寿の次は、四谷である。
やはり炎天下の新宿通をとぼとぼと歩き、たどりついた客先で打ち合わせ。
そして次に向かったのが、秋葉原であった。
ゲームを買おうと思ったのである。
Wiiの、パーティゲームってやつ。嵐がコマーシャルしてるやつ。
難しいルールも何もなくて、ただひたすら盛りあがるゲームばかりなのだ。
コマーシャルを見て欲しくなり、買ってもいいかなあ、いいよねえ、とヨメに許可をもらって買うことにしたのである。
明日から子どもたちの夏休み。宿題を頑張るのだと厳命しておきながらわざわざゲームを買って帰るという、アンビバレンツな親。わははは。
ところがゲームを買うだけでは済まなくて、秋葉原でいつも必ず立ち寄るラオックスの音楽館に行ってしまったものだから、何も買わないぞと決めていたのに閉店改装記念で安売り品を発見してしまって、つい買ってしまったのである。
マイクプリアンプである。
ボーカル録音のクオリティを上げたくて、そのくせマイクプリも持っていなかったなんて恥ずかしいにもほどがあるのだが、ちょうど欲しかったのが安売りしていたので買ったのだ。ついでにケーブルも。
ラオックスの音楽館は、店員の商品知識が相当にしっかりしていて、こちらのニーズをきちんとくみ取って最適の答えをしてくれるから、とても役立つ店である。音楽やるなら必須。
マイクプリについていろいろと質問して教えてもらい、レジでお金を払おうとしたら、ケーブルを手に「あれ、50センチで足ります?」と気のきいた一言をかけてくれた。
おお、確かに。50センチではあまりに短いのではないか。やはり1メートルは必要であろう。気をきかせてくれて、ありがとうよ。
こうして1メートルのケーブルに取り返してもらったのだが、店を出てよく考えたら、50センチもあれば十分なのだった。とほほの。
マイクプリとケーブルの入ったラオックスの袋を手に提げて、次はヨドバシカメラへ向かった。ヤマダ電機へ行くくらいならビックカメラへ行く。ビックへ行くくらいならヨドバシカメラへ行く。だから、とりあえずヨドバシでいいのだ。
ヨドバシカメラ6階のゲーム売場では、売場に並んでいるのは空っぽの箱ばかりである。万引き対策だ。
そのためレジで欲しい商品を告げて、後ろの棚から出してもらうという仕組みだ。
レジで、パーティーゲームくださいと頼んだら「はい、こちらですね」と出てきたので、カネを払う。例によって「ポイントカードお持ちですか、おつくりしますか」と、うるさいことこの上ない。
本当は財布の中にポイントカードが入っているのだが、面倒くさいから出さなかった。ああ、鬱陶しい。家電小売業界はポイントカードをやめるべきである。
*
さて、ラオックスとヨドバシカメラの袋をぶら下げて、炎天下、オレが向かったのは飯田橋のトリヨシである。
そうである。実は本日は、暑気払いの飲み会なのだった。
しかも、ハトリがくすぶりに入ってしまってどん底だと言うから、ハトリを元気づけようという趣旨である。なんとも心優しいオレたちではないか。
予定は7時。しかし、日のあるうちから飲みたいオレは、6時前には店に行くことにした。ハトリも「わたしもそうします」ということであった。
実際、オレが店に入ったのは6時。4人になりまーす、と言ったら奥の席に案内された。
ここで生ビールを飲みつつ、夕刊フジを読むオレ。
だが、夕刊フジを読み終わっても、誰も現れない。ビールも空である。
仕方ない。お代わりのビールを頼んで、オレはカバンから新書を取り出し、読み始めた。日ガキ隆の新刊である。
日ガキ隆って、最近、明らかにつまんないんだよね。昔は面白かったが、最近はツイッターでの言動も含め、首をかしげることが多く。
その新刊を読んでいたら「大相撲は実は国技ではない」との記述があってびっくり。へー、そうなんだ。
大相撲が日本の国技であると定めた法令も通達も何もなく、ただ国技館というものがあるから多くの国民が勝手にそう思っているだけだそうだ。
あれれれ、そうだったのか。いや、これは驚いた。ちょっとしたトリビアであった。
じゃああれは、国技でもなければ、もちろんスポーツでもなくて、要はサーカスなどと同じく単なる興業にすぎないと。
じゃあ、国技でもないものを、なんであんなに手厚く遇しているんだよっ。おかしいじゃないかっ。
などと奥の4人がけのテーブルでビール片手に新書を読みつつ義憤にかられている男を見ながら、店員は扱いに困るのであった。
さて、新書も読み切ってしまっても、誰も現れず。ぼちぼちオレも本気で切れかかった8時半、ようやくハトリが参上である。
こら。
おのれのくすぶりを、みんなで励まそうという暑気払いの席なのに、オレを2時間半も一人で待たせやがって。
きけば昼寝をしていて目が覚めたのが6時半だという。首を絞め体もいいのではないか、こいつは。
そこに現れたのがオザキ。そして「コマって遠藤に似てるよねえ」とオザキが評するコマガタがあらわれ、9時過ぎになってようやく予定の飲み会が始まり、そして、ここでやっと冒頭のシーにたどりつくというわけである。
はあ、それにしてもオザキが長い日記を書けというから、その期待に応えなければと頑張るオレではあるのだが、疲れるなあ。
深夜になっても空気はどんよりとべたつき、ラオックスとヨドバシカメラの袋を下げて歩くオレの足取りはあくまで重く、1自治書くにようやく家にたどり着いて、すぐさま風呂に飛び込んで、はあ〜っと息をついたのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」 「手作り弁当を食べてる場合ですよ」日垣隆・角川oneテーマ


2010.07.19
スポーツ新聞の見出しに「練馬が暑い」と出る始末である。
本当に練馬は暑いのだ。天気予報でも、ここらの住民は都内の気温は見ない。熊谷の気温を見る。それと変わらない気温が、練馬では出るからだ。
えーと、海から押し寄せる空気が、都内を通ってくる間にエアコンの排熱とかで温められ、練馬にたどり着くのだという。
本当かよ、その説。
眉に唾をしつつも、理由がわかったからといって涼しくなるわけでもないので、暑さには変わりはないのである。
こんな暑い土地であるのに、炎天下でも普通に祭りが開催され、親子連れが普通に参加して、暑い暑いといいながら楽しんでいる。
水筒持参で水分を取り、首には冷やした手ぬぐいと、熱中症対策も万全だ。そんな状態で一日中遊び回って夜にはバタンキューだから、練馬の子供らは案外タフに鍛えられるのかもしれないなあ。
暑い場所の割には熱中症の被害も少ないし。
そんな中、ヨメと子どもは祭りを楽しんでいたのだが、オレは早々に逃げ帰って、家で水まきした後、エアコンをガンガンに効かせた室内でビールを飲んで横になっていたのだった。
はあ、極楽極楽。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.07.18
昨日が、梅雨が明けてすぐに炎天下の夏祭りだと思ったら、今日はなんと光が丘公園で酷暑のよさこい祭りである。正気の沙汰とは思えないのである。
踊るほうも踊るほうだが、そして、ビデオ係もビデオ係だが、なによりも感心するのはわざわざ大宮から見物に来てくれたナオコちゃんとおばさんである。
ただでさえ暑いのに、さらに暑苦しい踊りを見ようというのだから、物好きとしか、あ、いやいや、素晴らしいチャレンジャーなのであった。
もっともオレも、この炎天下、公園まで片道30分も歩いて行ったのだから、ほとんど気が違っているとしか思えない。
帰り道は、村田和人の去年出たCD「ずーっと夏」を聴きながらのんびり歩いて帰ってきた。
やっぱり夏真っ盛りの炎天下で聴くと最高に気分がいいのであった、このCD。
汗だくで帰ってきて、当然、すぐ発泡酒。うーん、金麦が旨いなあ。

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2010.07.17
打ち合わせ1。
梅雨明けである。そして、開けたと思ったら読売新聞の夕刊には、いきなり「練馬33度」と出る始末である。
この場合、地元ではプラス2度ほどで考えるのが正しい。そうである。公式発表は都会の練馬の気温で、オレんちのような田舎の練馬、具体的には環八を越えた練馬は、もっと高かったするのだ。
まあ、熊谷並みだな。
そんなスペインのサッカー並みの攻撃的暑さの中、オレは午前中に打ち合わせを終え、午後からは子どもの通う小学校の夏祭り大会に行ってきたのである。
校庭を使ってPTAが行う夏祭りであるから、ビールなどは当然置いていない。困ったものである。
それでも子どもたちは楽しそうだ。
娘は小学生になってからすっかり外の世界に目覚め、お出かけの時も父親なぞ見向きもしない。
本日も「友だちとまちあわせ、してるから」と言う。お父さんも着いていっていいかいと聞けば「だーめ」の返事。
とほほほ。「外で会っても知らない顔してよねっ」と言われるのももうすぐである。
浴衣を着た娘は嬉しそうに友だちと走り回る。息子も友だちといっしょに盆踊りの輪に加わる。
暑い上に風が出てきて、その中で校庭を子どもが走り回るものだから、大人たちの顔や服は舞い飛ぶ土埃でべっとべと。
いやあ、たまりませんなあ、などといいながら桜井パパや佐伯パパと汗を流す父ちゃんたちなのであった。

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2010.07.16
原稿。
朝から一日中こもって、原稿と歌づくり。
歌は、新曲をいくつか頼まれていて、今日一日で2曲つくったど。どんなもんだ。
いや、問題は早さではなくて中身です。はい、その通りです。
ずーっと机に向かって、曲を作って、原稿書いて、原稿書いたらまた曲を作ってという作業をしたらぐったりと疲れてしまい、夕方、隣のオガワさんとビールでもと思ったのに今日はご不在のようで、つまらなかった。
夜も、巨乳番長の姿を見る間もなく、机に向かったのだった。

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2010.07.15
打ち合わせ1。
先日、居酒屋たけちゃんで「バルタン星人」という日本酒を飲んだことを書いた。
そのたけちゃんに、今度は「酒和地」という日本酒が入ったという。もちろん「シュワッチ」と読むのだ。
西武線沿線のある店には「死神」「裏死神」というとんでもない名前の日本酒が置いてあるという。味はごくまともだそうだ。
以前は、やはりたけちゃんで「モヒカン娘」という日本酒を飲んだ。
そうなのである。どうも日本酒の世界では、ネーミングがすごいことになっているようなのである。
今の日本酒は、小さい酒蔵がたくさん誕生してインディーズが主役になっている。ちょっとしたアナーキー状態だ。乱世というか戦国時代というか。
味はもちろん大事だが、とにかく勝つためには目立たなければということで、個性的なネーミングが出てきているのだろう。個性的というよりは、キレたというか、開き直ったというか。
もちろんそれは大変に喜ばしいことなのだった。
この動きはここ1、2年のことなので、アンテナを張っていない飲み屋はいまだに「久保田」「八海山」が最高だと思い込んでいる。
オレのよく行く魚せいなんかまさにその典型で、久保田がこの値段でいづも飲める店なんて他にないぞと威張っている。
今や「久保田」なんて他に頼むものがないときに飲む酒になってしまっているのだがなあ。
まあ、いいや。飲めれば。
それにしても、バルタン星人を飲みつつシュワッチとやってみたいものだ。いさわしなら、きっと大喜びだろう。
*
ところで本日発売の「サウンド&レコーディング」に興味深い記事が載っていた。
例えば2000円のCDが1万枚売れた場合、アーティストの取り分は売上の8掛けの1%、つまり16万円にしかならないのだという。バンド4人なら1人4万円。
いまどきCDを1万枚売るというのは大変なことなのだが、それで4万円しかもらえないのだ。
100万枚売れたとしてやっと400万円。なんとか暮らせる。これに作詞・作曲印税とテレビの出演料などをオンして、どうにか帳尻を合わせているわけだ。
ライブなんてもともと儲からないし。
いくら考えてもこれはおかしいだろうということで、あるプロデューサーが新しいレコード会社を設立。売上から必要経費を引いて、50%がアーティストの取り分となる仕組みにしたのだ。
これなら2000円のCDを500円で売っても、まだよほど儲かるという話である。
こういう大きな流れは、今後しばらく続くのではないか。配信商売だけでなく、CDのパッケージ商売でも、やり方さえ考えればいくらでも商売になる。
いろんな意味で、ちょっと注目だ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」「レコードコレクターズ」60年代・70代日本のフォークロックのベスト100を選出。トップははっぴいえんどなのだった。トップ100のCDを眺めていて、聴いていない盤が実に多いことに愕然とする。なんということだ、オレって何も聴いてこなかったのではないか。


2010.07.14
打ち合わせ1。
ナポレオンの辞書には不可能の文字がなかったというが、オレには一つだけ不可能なことがある。水泳である。
そおである。オレは泳げないのである。
既にこの時点で小学3年生の息子と1年生の娘にバカにされている始末である。末尾にあるが続くのである。
もっともオレたちの子どもの頃は、小学校にプールなどなかった。どこで泳いでいたかというと、地元の川である。
夏休みが近づくと地域の大人たちが総出で川に入り、川底を掃除して草を刈り、きれいにしてくれたものだった。今のように得体の知らないゴミが投げ込まれるようなこともなかった時代だから、掃除といってもそんなに大ごとではなかっただろう。
こうして川がきれいになると、子供らは間もなくやってくる夏休みを想像しては早くも狂喜乱舞するのだった。
そんな川遊びだから、別に泳げなくてもちっとも困らなかったわけだ、オレとしては。そしてそのまま大人になってしまったというわけである。
高校時代の体育の時間などは、適当にウソぶっこいてサボったし。
もっとも今になって息子には「お父さん、水泳練習した方がいいよ」などと指導を受ける始末であるが。
それはともかく、オレたちの川遊びのように、この季節の子どもたちにとってはプールというのは最高の響きを持つものなのだ。
「きょうの体育は、プールだよ」と娘はビニールのプールバッグに水着をつめながら、嬉しそうに体温計で熱を測って連絡帳に記入するのだった。
*
ところで昨日ジャスコで買ってきた、お茶より安い発泡酒88円だが、飲んでみたら、なんだ、普通の味じゃん、と拍子抜けしたのだった。タンマ君がバカにするぐらいだからよっぽどまずいのかと覚悟したのに、普通に飲める味であった。
そのへんの発泡酒と変わらない味ではないか。
ちなみにオレは、発泡酒なら「金麦」が好きである。特にあの昭和の匂いのする安いコマーシャルが大好きだ。音楽は、おお、青春の「オールナイトニッポン」だ。
深夜放送のリクエストに青春のすべてを尽くしたオレのようなおっさんには、涙無しには聴けない曲である。この曲をもってこられては、世の中には「ずるい、反則だ」の声が多数あったようだが、もはや抵抗できずに「金麦」を選ぶのであった。
パブロフの犬というわけだな。
もっとも高校時代のオレは深夜放送といえば「オールナイトニッポン」ではなくと「パックインミュージック」派だった。一度、オレのリクエストハガキが読まれて「コンドルは飛んでいく」が流れたときは嬉しかったなあ。
そんなことはどうでもいいか。「金麦」だ。
ちがった、お茶より安い88円のジャスコ発泡酒だ。
飲んでみれば普通の、別に旨くもまずくもない味の発泡酒。夕食の枝豆と厚揚げ焼きをおかずに2缶ほど飲んで、おー、お茶より安い発泡酒、ビールより安い発泡酒、要は父ちゃんは一番安いのを飲んでろってことかい、とくだを巻いたらヨメに「だったら飲まないでください」と言われてしまって、そりゃそうだと納得の安上がり父ちゃんなのだった。
*
さらに、ところで、今日聞いてびっくりした話。
保育園や幼稚園の先生を育成する専門学校の教師に聞いたのだけれど、最近の若者は、人と接するのがイヤだから保育園の先生を目指すのだそうだ。
つまり大人社会の中でうまくやっていける自信がないから、子ども相手の仕事を選ぶという。「ボクは人見知りなので、保育園の先生になりたいんです」というのが動機らしい。
いやあ、びっくりだったなあ、この話。
まるで子どもは人間ではないみたいではないか。
一人の子どもの後ろには何人もの大人がいて、その大人とどう折り合いをつけていくかが大事なのだが、まあ、そういう事情を知らないのはしょうがないとしても、アニメやゲームの世界のように自分殻にこもっていたいからこの仕事を選ぶという神経はびっくりだなあ。
こういう感覚の人間が育ったのは、その親の世代の責任だし、明らかにゆとり教育の責任だな。もっとも、親の世代ということは、まさにオレたちの世代の責任というわけか。「オールナイトニッポン」世代の失敗だったということか。「金麦」など飲んでる場合ではないか。
20年後、このゆとり世代の連中が日本を動かしていくわけだから、ちょっと絶望的な気持ちになる。
とは言うものの、その中にはちゃんとした人間だっているだろうし、そもそも後の世代が前の世代から頼りにされたことなんてないのだから、あまり後進を悪く言うのもよくないか。
そう思いつつ、オレは88円発泡酒の次は焼酎のお湯割りを飲みつつ、フジテレビの巨乳番長のニュースなどを眺めながら、あくびするのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2010.07.13
ヒマなので、ヨメと一緒に北戸田にあるイオンに行く。超巨大なショッピングモールだ。
とにかく広い。広すぎて、売場ではぐれてしまうと携帯で連絡を取り合うしかない。
こんなに広くて、でも平日だからほとんどが赤ん坊を抱いた主婦で、しかもその数も少なくて、こんなにたくさんの店がやっていけるのかなと心配になるが、やっぱりやっていけないようで、イオン、そりゃあ明日時にもなるわなあ。
我が家の近所にはジャスコがないので、噂の88円発泡酒を見つけて購入。安いなあ。お茶やジュースより安い発泡酒(笑)。
つまり父ちゃんは一番安いのを飲んでいろと。こういうわけですね。
ちなみにこの発泡酒、今週の「週刊文春」のタンマ君でも「それなりの味」と笑いものにされていた。ギャグマンガのネタにされるような味なのか。飲むのが楽しみだ。
一応目的にしていたのは新しく開店したビュッフェ、つまり食べ放題ランチの店だったのだが、外から見ただけで食欲が失せるほどのしょぼいつくり。
なんじゃこりゃ。これでランチ950円、飲み物別途150円を取るのか。
やめて、結局フードコートで長崎チャンポンを食った。夫婦二人で真昼にチャンポンを食う北戸田。
やたらと女子高生が多かったが、ぼちぼち夏休みなのかな、あいつらは。
高校時代の、夏休みが始まる直前の数日間というのは、まさにキラキラと輝く黄金時代だ。その時は一生続くと信じて疑わないものだが、実は後になってあれは一瞬のきらめきだったと気がつくのだ。今のうちに精一杯おしゃべりして笑い転げておくといいよ。
オレの高校時代は陸上部の部活で過ぎていったような気がするが、あまり覚えていないなあ。
イオンの中のタワーレコードで、さかいゆうのCDを買う。メジャーデビュー盤だ。
初回プレス特典として、おまけがついていた。なんと、サンダルである。
んあー、CDのおまけにサンダルかよ〜。ノベルティ屋の口車に乗せられたか、しょうもないなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「SPA!」


2010.07.12
原稿。
夜のニュースについてだが、まず10時前からテレビ朝日の古館を見る。
昔は10チャン、今5チャン。
テレビ東京は7チャンで、フジが番組表の一番端っこに追いやられてる。フジ、哀れだ。
異常気象や格差のネタが入ると、よーし、もらったとばかりに張りきる古館。庶民の味方ヅラした偽善者かと思っていたが、最近はもしかしたら本気で庶民の味方だと信じているのではないかと思うようになった。
隣に座る市川さんは、もはやどうでもよい。お天気キャスターでない市川さんにはまったく興味がない。
代わりにお楽しみが、去年、女子アナ界最大のヒットと言われた宇賀ちゃんの天気予報である。
オレのヨメと同じ大泉高校の出身で、応援団に入っていたそうだ。ヨメに、先輩のコネで何とか会えるように段取れと命令するのだが「へー、お父さん、お天気キャスターが好きなのね」とあっさり見破られる。
そそそそ、そんなことはない。確かにズームインスーパーのお天気姉さんもなかなかよろしいが、決してそこだけにとらわれているわけではなく、ほれ、このあとのスポーツコーナーの武内絵美もなかなかにお気に入りである。
11時前になると、まず4チャンだ。
読売新聞と同じ臭いが全編に漂うニュースゼロは、徹底してわかりやすい番組作りである。ほとんど視聴者のことをバカだと思って作っているに違いない。
時々出てくるジャニーズのタレントにニュース解説などをされると、特にそんな気になってしまう。でも、わかりやすくてつい見入ってしまい、ヨメに、おい、この桜井さんというのは頭がいいんだなあ、と感想を述べてしまうのだった。
11時を過ぎると、時々6チャンに回して、膳場貴子のニュースを見る。
このタヌキ顔の姉さんも、実は30代半ばでとっくにおばちゃんだ。
不思議なほど同性に嫌われる臭いのする女で、ニュースもなんだかウソっぽく思えてくる。タヌキだからか。
そうこうしているうちに古館のこともすっかり忘れ、いよいよ11時半を迎える。
そうである。メインイベントである。
フジのニュースが始まるのだった。
滝川クリステルの後を引き受けて約10ヵ月、キャスターの秋元優里が今一番熱いのである。秋元優里、別名「おっぱい番長」。
何と素晴らしいネーミングだろう、おっぱい番長。
滝川クリステルの斜め45度がどうしたこうしたという薄っぺらいキャッチフレーズに比べて、おっぱい番長のこの存在感はどうだ。背中の肉も全部含めて、どおーんという迫力で飛び出してくるような呼称である。
この頃になるとオレも眠くなってしまい、ぼちぼち酔っぱらってきた頭を抱えて、ふわ〜、寝るかなあとつぶやき、今日もおっぱい番長の元気な姿を眺めることができた、平和な一日だったなあと感謝するのであった。

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2010.07.11
日曜の朝はパンだ。
いつもオレが練馬のパン屋まで買いに行く。
今日もそのために7時過ぎにクルマで練馬に向かっていたのだが、途中、耳に飛び込んできたのが、とても美しい男性ボーカル。
むむむむむ、なんだ、このボーカルは。倍音たっぷり。松本隆が喜びそうな少年ボイスではないか。
「さかい」という名前と「オーガスタ」という事務所名だけを記憶にとどめて、帰り次第すぐに検索。「さかいゆう」というシンガーソングライターであることがわかった。
当然そのままYouTubeに飛んでいくつかのPVなどを聴き、本人のオフィシャルサイトでも何曲か試聴。
うーむ、いいなあ、この透明ボーカル。
ネットには第二の大江千里みたいなことも書かれていたが、どちらかというと徳永なんとかなどの世界に近い。
メジャーデビューのCDは6月に出たばかりのようだ。
いずれにせよ大変に心地よいボーカルなので、とりあえずメジャーデビュー前のインディーズ時代の曲をいくつかダウンロードしてウォークマンで聴く。
ほんと、音楽の買い方が劇的に変わったよ。自分でもびっくりだ。
30分前まではなったく知らなかったボーカリスト。それがレコード屋に行くでもなく、友人に聴くでもなく、自分とPCだけで完結して曲が手に入ってしまう。
まあ、そういう時代なのだな。
そして、そういう時代なのだから、今は郵送費はインクルードが当たり前。"郵送費別途"などあり得ないのだ。アマゾンだって郵送費なんて取らない。
さらに支払も後払いが当たり前。つまりカード決済なのだから。"入金を確認してから発送"などということはあり得ない。
つまりYouTubeで聴いて、気になったらポチッとiTuneでダウンロードしてという、クリック一発のスピード感が当たり前の時代に、事前に振り込み、送料別途、という呑気な商売はみすみすビジネスチャンスを逃していることになるのではないか。
このあたり、今後の音楽商売のヒントが隠れているような気がする。
ソカバンドの連中も言ってるように、大手のディストリビュータやレコードショップの手数料、在庫の保管料、さらには著作権関連の経費を省けば、CDなんて実に安くできる。
例えば、それまで3000円で売っていたCDを諸々省いて500円で売っても、アーティスト本人の取り分は前より多くなるわけだ。
だったら3000円+送料ではなくて、700円・送料不要・後払いとしたほうが、つくる方も買う方も満足度は大きい。CDが売れない時代のパッケージ販売には、この道があると思うぞ。
実際、一番儲かるのは手売りのCDということに気づき始めたミュージシャンが増えてきているようなのだ。これはななか興味深いことだと思う。
などと偉そうなことはまあ置いておくとして、さかい・ゆう、なかなか心地よいボーカルである。今年後半の注目株だな。
とか言って、実は知らないのはオレだけだったりすると、すげえ格好悪い。
*
朝一発目に選挙に行く。まったく盛り上がりに欠けるというか、こっちのやる気も出ない選挙だわい。
9時過ぎの練馬は暑い。太陽も出ている。
よし、7月のこんな日曜日はプールにでも行こう。
としまえんだ。
支度して、子どもをクルマに積んで、一路豊島園へ。10時の開演前から既に行列だ。
いろいろ行ったけど、やっぱりプールは豊島園が一番かな。
水から顔を出したら目の前にもんもんがあって思い切りびびった(サマーランド及び川越水上公園)、あるいはこっちが飯を食っている目の前でホモが互いにオイルを塗って見つめ合っていた(西武遊園地)、などという心配もなく極めて平和に楽しむことができる。家族連れメインだし。
施設もいろいろ。流れるプールに子供用に波のプールに競泳用にスリルたっぷりのウォータースライダーだ。
何よりも嬉しいのは、若いお姉ちゃんの団体が多いことである。おじさんはうっしっしっと眼を細めるのであった。いやあ、プールは楽しいなあ。
もっとも食い物関係は徹底的にダメだから、これはあきらめるしかない。弁当持参にするか、まずいのもまた風物詩と割り切るか。
「木馬の会」という豊島園の年間パスポートを持っているので基本的にタダで利用できるのだが、それでもコインロッカーやらウォータースライダーやら食い物やらで数千円が飛ぶのだった。とほほ。
それにしてもプールってのは、大人は疲れるなあ。
太陽が引っ込むと寒いし。
プールから出て着替えて、帰る前に遊園地で軽く遊ぶ。これもまた豊島園のお楽しみなのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.07.10
打ち合わせ1、原稿。
急ぎでの打ち合わせが入ったので、朝、早めに新潟を出て関越で一路東京へ。3時間半。慣れたものである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「新潟日報」「日経ビジネス」


2010.07.09
取材4。
引き続き新潟で出張取材。
突然思い出したのだが、かつて新潟の月岡温泉というところには動物園があったはずで、オレは中学2年か3年の時、陸上部の友だちと一緒に岡崎友紀ショーを見に行ったのだった。
あの頃の岡崎友紀は、今でいえばまさしくAKB48みたいな人気のアイドル。『奥様は18歳』は異様なほどのブームとなったのだった。
思春期前期のタンゴ少年14歳だか15歳だかも例外なくそのブームに巻き込まれ、色気づいたガキそのものになって岡崎友紀のショーを見に行ったのである。
今思えばよくある若手歌手の地方営業の一つだったわけだが、それにしてもよくもあんな場末の動物園なんぞにアイドルを呼べたものだ。ちょっとびっくりする。
ショーの内容は覚えていないが、たくさんの人の頭越し、遠くのステージに立って歌っていた岡崎友紀のことはよく覚えている。それが今や選挙に出て泡沫候補的扱いの笑いものなのだから、とほほなのだった。

「新潟日報」「週刊文春」その岡崎友紀が借金まみれでいろいろと踏み倒しちゃってるという記事。アイドルはできればそのままおとなしく消えていくべき存在である。今の老醜を見ていると、丹後少年は哀しくなるのであった。


2010.07.08
取材4。
朝3時半に起きて4時に家を出る。なんともえらいことに息子が見送りのために起きてきて、ついでにそのままスペイン対ドイツを見始めたのだった。
オレは関越道を走りながらテレビの実況に耳だけ向ける。
7時過ぎ、サービスエリアで朝メシを食いながら息子に電話してどっちが勝ったかを訊いたら「スペインだよスペイン」と大興奮なのだった。

「朝日新聞」「新潟日報」


2010.07.07
打ち合わせ1。
7月7日と言えば七夕である。そしてちょうど10年前の2000年の7月7日に、オレはヨメと入籍したのである。つまり七夕は結婚記念日なのである。
見事な三段論法。
一重まぶた、二重あご、三段腹は、三重苦のヘレン・ケラー。
なぜ7月7日に入籍したのかというと、一年に一度の記念日、七夕にしておけば決して忘れることはないだろうという理由からだった。
今にして思えば、七夕だから忘れないというのは、まったく論理的な根拠に欠ける、なんの裏付けもない話なのだが、そういうバカ提案をしたオレに対しヨメも何の疑問も抱かなかったわけだ。
案の定、毎年、7月7日を迎えるたびに子どもの七夕ネタなどに惑わされて、結婚記念日などということはさっぱり思い出さなくなり、去年などは「そういやタンゴさん、結婚記念日では?」といさわしに指摘されてからようやく気がつくという間抜けぶりである。困ったものだ。
そんなわけで今年こそは忘れないぞと誓ったのであるが、ただ単に忘れないだけであって、だからどうしたと言われても何もありませんというしかない。
まあ、この調子であっという間に結婚10年が過ぎたのだから、これは20年、30年も案外あっという間に迎えられそうだの。んだの。んだの。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.07.06
原稿。
大相撲の騒動で、ネットでは「分裂脱退だ」「Sリーグを作れ」と大はしゃぎ。オレも確かにそう思う。
ここは貴乃花一派が脱退して独立すべきだ。名前は当然、新日本大相撲協会。略してNSAだ。
このNSAは、ピュアすぎて誰も暴走を止められないという貴乃花の性格そのものに、とにかく過激である。
まず、近代化すべしとの考えで、Jリーグに倣ってホーム&アウェー方式を導入。西と東の力士が、それぞれ地元と相手の地元で一戦ずつ闘うという形態にしたのである。
これには力士の出身地は大喜び。地元力士の応援で相手にはもの凄いプレッシャーがかかり、異様な雰囲気での真剣勝負となったのだ。ただ、移動経費やらがものすごくかかってしまうので、いくらやってもさっぱり儲からず、いつ倒産してもおかしくない状態になり、それがまた異様な雰囲気に拍車をかけるのだった。
もちろん心ならずも引退に追い込まれた力士にも温かい手を差し伸べるのがNSAの土俵である。
時々、覆面を被った謎の力士が乱入しては因縁話をつくり、毎場所のクライマックスには、マスカラ・コントラ・マゲという負けた方が覆面を取るかマゲを切るかという真剣勝負が行われるのだった。
人々はその覆面相撲取りが負けて覆面を取るたびに「おお、琴光喜だ」「やっぱり朝青龍か」「まさか大嶽親方だったとは」と驚きの声を上げ、温かい拍手で迎えるのであった。
などという馬鹿話、もっと広げようかと思ったけど、どうせ誰も読まないからやめた。そもそもこんな日記じたい、誰も読んでないのだが。
*
ところで、相撲の話とはまったく関係なく、鬼の話題である。
ネットでいつも読む地元の有名ブログに出ていたのが、「インドの青鬼」というビールのことだった。
青鬼? なんじゃそれ。
ご覧のようなデザインのビールで、ともかくオレはこの缶のデザインに一目惚れだった。
ううう、これは飲みたい。飲んでみたい。子どもも喜ぶ。
よく見れば「インドの青鬼」という名前ではあっても、産地は軽井沢だそうである。
もしかして知らないのはオレだけで、けっこう有名なビールなのか? そういう一抹の不安はあるものの、これはぜひに飲んでみなければと思ったのである。
ブログを見れば、西武新宿線の武蔵関の酒屋にあると出ている。面倒だな。
遠くはないが、クルマを出してまで買いに行くのは面倒だな、という距離である。
もっと他の店にはないのかと思って検索したら、おお、なんと隣町の酒屋に置いてあるじゃん。徒歩圏内。でも暑いからクルマにしよう。
ちょっと買い物にいってくと言い置いて向かった酒屋はクルマで5分。ちゃあんとケースの中にありました「インドの青鬼」。
よしよし、隣のオガワさんにも2本あげるとして、とりあえずものは試しに4本を買ってみよう。
レジで酒屋の奥さんに、このビールはいつも置いてあるんですかと聞いたら「ええ、だいたいありますよ」とのことであった。そうかそうか、旨かったらまた買いに来るよ。
手に入れた「インドの青鬼」を抱えて帰ってきたら12時前。
タイミングよく隣の庭では、今日が休みのオガワさんがコンビニ袋をぶら下げて「これから昼飯だよ、今買ってきたよ」と挨拶。おお、ちょうどよかった、オガワさん、これ飲んでみて、これ。
「おお、これはこれは」とオガワさんも「インドの青鬼」を喜んで受け取ってくれたのだった。
さて、夕方、再び玄関先に出てきたオガワさんに味はどうだったかと聞いたら「旨かったよ−、でもクセがあるねー」との返事だった。
よしよし、5時を過ぎたことだし、オレも飲んでみよう、と冷蔵庫からよく冷えた「インドの青鬼」を取り出してきて、玄関先のイスに座り飲んでみた。
相当に苦いとブログには書いてあったが、おお、確かにかなり苦いぞ、これは。うま〜。
キリン派のオレは、ビールはやっぱり苦くなきゃなあと思っているので、この苦さはすごく嬉しい。く〜、旨いじゃん、青鬼。
しかも濃くて度数が7度。おかげで1本飲んだだけですっかり気分がよくなってしまったのだった。
このビールはたまらんなあ。最近は節約のためにもずっと発泡酒「金の麦」だったが、最初の1本はこれに変えようかなあ。
これならビール好きのいさわしも大喜びだろう。つーか、もう知ってたりして。
今月末に毎年恒例、地元両隣のバーベキューをやるので、その時には大量に仕入れてきてみんなで飲もうっと。

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2010.07.05
夕方、突然の豪雨だ。うひゃあ、こんなの見たことないよ〜というぐらいの豪雨だった。
ちょうど息子が塾から帰ってくるというタイミングで、こりゃいかん、クルマで迎えに行ってくるわ、と家を出たのであった。
駅の周囲は、傘を持ってなくて足止めをくらった人たちと、子どもたちを迎えに来たクルマとで大騒ぎ。しかも雨がばしゃばしゃと容赦なく降り続く。
ちょっと外れたところにクルマを停めてオレは、雨の中、駅前の塾まで息子を迎えにいったのだった。
そこにちょうどさやちゃんママ。つーか、まっちゃんの奥さん。
よければ娘さんと一緒に乗りませんか、送っていきますよと言ったのだが「こんな時なのに自転車なのよ〜、押して帰るわ」と唇をかみしめるのだった。
息子をクルマに乗せ、なんとか家にたどり着く。ふう、ひどかったなあ。全身ずぶ濡れだ。このまま風呂に直行だ。
ところが息子のカバンを開けたヨメが「ちょっと〜、なによ、このカギ」と叫ぶ。自転車のカギだ。んあ〜。
もしやと思ってヨメに電話させたら、案の定、さっき「自転車押して帰るわ〜」と言ったさやちゃんちの自転車のカギだったのである。
こら、タコ息子。なんでお前のカバンにさやちゃんのカギが入ってるんだよ。
だが息子は「知らないよー、知らないってば知らないよ」と首を振る。まあ、そりゃそうだわな。知るわけないよな。
きっと何かのはずみで転がりこんだのだろう。
ともかく豪雨の中、自転車を押して帰ろうにもカギが見あたらなくておろおろしてるに違いないさやちゃんに、カギを届けなければならない。オレは再びクルマで豪雨の中を飛び出していったのである。
再び駅前。さやちゃんにカギを渡したが「もう置いて帰る」というので、じゃあ乗っていきな、とクルマで送ることにする。
この帰りの道がすごかった。道路はほとんど陥没。雨で前がほとんど見えない。こんな豪雨は初めてだったよ。
さやちゃんを送り届け、なんとか家に帰ってくる。
隣の広い畑を見たら、ほとんど池状態。うひゃあ、すごいなあ。
もっともこの畑のおかげで雨水はどんどん地下に染みこんでいくので、このあたりは水被害にやられることはない。都市の水災害はアスファルトのせいであることが、畑の中にいるとよーくわかるのであった。

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2010.07.04
先日の息子の模試の結果が、全国で680番であったことは6月18日の日記に記した。実は1000番以内だと賞状がもらえる。
本当は賞状ではなくて賞金だともっと嬉しいのだが、タダでの受験なので、そういうのは通らないのであった。
試験を行ったトーシンスクールの職員がわざわざ賞状を家まで届けてくれた。表彰式をやるから出てこいといわれるより、よっぽど気が楽である。
そして、わざわざ届けたにも関わらず、この人たちはまったくセールスしないのであった。商売っ気ゼロ。
受験料をタダにすることによって全国最大規模の模擬試験であることを狙う戦略としては、へんに勧誘したことで次回から受験生が減るのは最も好ましくないことであるから、決してセールスに結びつけることはしないのであった。
それはともかく、先日、この模擬試験の結果発表の保護者会というのに出たら、教室の後方でずーっとおしゃべりしているママたちがいた。
そうなのである。あえてママと呼ぶが、最近のママどもはおしゃべりが過ぎるのである。
これはたぶん教育関係の人たちなら深く同感してくれると思うが、どうだろう。
ひどかったのは幼稚園の保育参観だ。
授業参観同様、好きな時間に教室での様子を見に行っていいという行事である。このときも、先生が子どもを指導しているその教室の中で、ママどもがぺちゃくちゃおしゃべりなのであった。
まったく女はおしゃべり好き。今オレは多くの反感を買ったであろうが、なんの、これは事実である。女はおしゃべり好き。
そんなにしゃべりたければ場所と状況を考えて欲しいのだが、場所も状況も考えられずにとにかくしゃべってしまうのが女である。
椎名誠ならそこに「女は人の話を取る。女は人の話を聞かない。女の体力は尽きない」と続けるであろうが、オレはそこまでは言わないぞ。
幼稚園時代、保育参観の教室で延々とおしゃべりを続けてるママたちを見たときは、心底うんざりであった。
今回のトーシンの説明会でも、延々とおしゃべりを続けるママと、それを注意しない教室には、ちょっと疑問を感じたのであった。

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2010.07.03
オレが先日CDをアレンジした「くまかつ」が練馬でライブをやるというので、様子を見に行く。
いさわしも誘ったのだが「二日酔いで〜す」という情けない返事であった。
くまかつライブは、区の施設で開催。約30人くらいが参加だ。
遊び歌を中心になかなか楽しいライブをやる。途中、やつらめ、客いじりの時間に知らん顔してオレに振りやがった。
ちょっと待て、オレはアドリブは苦手なのだ。勝手に振るな。まったくえらい目にあってしまったわい。
ライブは好評で、おかげでCDも20枚近く売れたようだ。拍手。
おかしかったのは、うちの娘がCDを見ていたら売り子のお姉さんが「このCDはお得よ〜」とすすめてきたことである。親のつくったCDを売りつけられそうになった娘は、困惑して逃げて帰ってきたのだった。
そういう時はーいは、わかりました」と元気よく買ってあげるんだよ、と娘にサクラの在り方を教えてあげた父ちゃんであった。
ところでいろんなライブを見て毎回気になることがあるのだけれど、譜面立てを堂々と立ててギターを演奏している人のなんと多いことか。
楽器を演奏するなら、アンプが、いやいや、暗譜が基本だと思うがなあ。
暗譜ができないような程度の頭脳なら音楽をやる資格なんてないと思うし、覚えようとしないのなら企業努力不足で客をなめているし、どっちにしろ、ちゃんと暗譜してから演奏すべきだと思うよ。
特に遊び歌業界の人たち。それでなくても目は子供にずっと向けておかなきゃならんし、あちこち動きも必要なのだから。
確かに吉田拓郎も譜面台を立てて演奏しているが、おかげでずいぶんみっともないぞ。みっともないことは見習ってはいけません。
それにしても、体を動かしながらの遊び歌は、けっこうきつかったなあ。息子に「おとうさん、大丈夫」と心配される始末である。
その息子は、例によって11時に目覚ましの大音量と共に起き、オレも揺り起こして、今夜はアルゼンチン対ドイツだ。
ドイツのサッカーはすごいねえ。これで20代前半の若手ばかりだというんだから、たいしたもんだ。日本とは次元の違うサッカーだと思った。
アルゼンチンの一方的な負けに、息子と一緒に唖然としてしまった深夜1時なのだった。

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「ジョニー・B・グッジョブ」浜田淳・KANZEN。珍しく発売前にアマゾンで予約してしまった本。実はオレ自身、いつかこういうネタで本を書こうと思っていたのだった。えーと、マイナーながらに音楽で食っている人たちのインタビュー集である。社会にはテレビの歌番組に出ることは決してないけれど、音楽を生業としてきちんと税金を納めて生きている人がたくさんいるのである。バンジョーのジャック天野もそうだし、世界的なラグタイムギタリストの浜田はストリートライブを生業として、日々の売上の結果をきちんと申告している。そういうプレーヤーだけでなく、裏方としても生きているいろんな人々がいて、そういう人たちに様々な角度からインタビューした本である。ちょっと期待したのとは違ったけれど、それでも十分に楽しめた。


2010.07.02
娘の入学祝いに隣のオガワさんがプレゼントしてくれたのは、大きな目覚まし時計だった。
1年生になる娘のはニワトリの形、3年生になる息子のは牛の形である。
深夜11時、その牛の目覚まし時計が突然「んもーっ」と咆吼したのだった。
それを自ら止めた息子は目をこすりながら起きてきて、どっかとテレビの前に座り、屈指の好カード、オランダ×ブラジル戦を見始めたのである。
そうである、息子はお父さんと一緒にワールドカップを見るというのを楽しみに、毎回、こうして頑張って起きるのだ。朝には新聞でその日のカードを確認して、見ようかどうしようかを相談し、見るとなったら夜も早く布団に入って準備するのである。
もっとも日本が負けてからは単なるお楽しみサッカーになったことで、オレは毎回酔っぱらい状態。本日も前半から既に半分寝た状態で、後半になったら息子に「お父さん、オウンゴールだよ」「レッドカードだよ、ボク、初めて見たよ」「お父さん、ロスタイム3分だよ」とその都度揺り起こされ、ん? そうそうか、よかったなあ、ふがー、と寝ぼけ眼。まったく情けない親である。
結局ブラジルが負けて「へー、世界1位のブラジルが4位のオランダに負けたよう」と感心する息子に、いいものを見られてよかったなあ、むにゃむにゃ、さあ寝よう、と答えて終わり。
こうしてちゃんと息子とサッカーを見られるのは、とても嬉しいことである。
もっとも先日など、朝起きたらどうしてこんなに眠いのか自分でもわからず、思い切り不機嫌なことがあった。
話を聞いたら、なんと夜中に起きだしてサッカーを見たことをすっかり忘れていたらしい。あんなに大興奮して見たのに。それはそれで衝撃であった。
現在息子が応援しているのは、日本を破り、駒野に勇気の言葉をかけてくれた選手のいるパラグアイ。そして本日のブラジルを破る戦いぶりを見せてくれた、オランダ。
それはそれでいいんだけれど、パラグアイの試合は、今度は3時半キックオフだ。
うーむうーむ、また早朝起き出して、寝ないでそのまま学校に行くことになるのか。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「週刊文春」「Gスピリッツ」タイガーマスク特集。タイガーマスクはやっぱり今でも売れるコンテンツなのだな。


2010.07.01
オレの携帯が突然木村カエラになって「リンガディントーンリンガディントントン」と歌い出したら腰を抜かすほど仰天するわけだが、どうせ鼻歌まじりの思いつきジングルだろうと思ったのに、これが案外にいい歌でびっくり。
早速ダウンロードしてウォークマンでしっかり聴いてみたが、なーるほど、こういう世界観の歌であったか。
この歌、なかなかに買いである。
木村カエラは「パコと魔法の絵本」の主題歌が抜群によかった。歌は、微妙にピッチが外れてるのよ。けど、そんなことを気にさせないパワーというか色気というか表現というか、ともかく歌っていうのはこうでなきゃなあと思わせるのだった。
「Butterfly」(スペルは合ってるか?)は、娘が好きなのでダウンロード。
これで、カエラのメジャー曲3曲ほどはダウンロードやらで持っていることになる。
そして、こういう程度のリスナーが、木村カエラのベスト盤が出たときに買うかというと、もう3曲持ってるしかぶっちゃってももったいないからいらないや、となるのであった。こうして、業界の救世主であったベスト盤も売れなくなっていく。
まっことダウンロードは恐ろしい。
ベスト盤のかわりに救世主になったのがカバーブームで、代表は名前は忘れちゃったけどボーカリストというアルバムを出したあの人だな。
カバーならば、知っている曲だから聴くほうも安心。アレンジも楽しめる。なによりも、こんなの知ってる? と友だちの間でネタにできる。
一方で、作者にしてみれば何の創造的努力もしないで印税がばっぽり入るわけだ。詐欺だな。まっこと他人の不労収入はねたましい。
まあ、そんなことはどうでもよろしい。
ともかくカエラである。カエラの電話の歌はなかなかによいという話であった。
ところで6月が終わったので、例によってももかんのギターアルバムはお役目ご苦労さんである。
毎年6月1日なると必ずかけるCDが、ももかん。1曲目の「遠くへ…」という曲のギターのイントロが流れると、その瞬間、部屋は湿り気を帯びた夏の空間へと返信するのであった。
5年くらい前に買って以来、このアルバムはとにかく6月しか聴かないと決めているのだ。6月は毎朝、1枚目はこのアルバム。
そして、7月になるとお役目ご苦労さん、また来年ね、とCD棚に帰って行くのである。
本日も、これで今年は終わりだなあと最後に「遠くへ…」を聴き、片付けたのだった。来年の6月はどんな思いでこの曲を聴くことになるのかな。
夏になると聴きたくなるのが松岡直也の「マジョルカ」で、ベスト盤では持っていたのだが、オリジナル盤は長らく手に入らなかった。それが再発されたらしく、アマゾンでやっと手に入れる。
「マジョルカ」すごくきれいな曲である。ブラジルのリズムに乗せて、超絶のメロディーがゆったりと流れる。んあ〜、夏っていいなあ。
玄関前でビールを飲んでいたオガワさんにそんな話をしたら「へえ〜」と興味津々だったので、コピーしてあげましょかと言ったら、娘に「そういうことしちゃ、いけないんだよ」と諭される。
うむむむ、イマドキの小学校では1年生から著作権教育なのか。
これはオレの負けだ。素直に、はい、ごめんなさい、と娘に謝ったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.06.30
原稿。
まだ引っ張るサッカーネタ。PK戦はただ単に上に行くチームを決めるための手続きにしか過ぎないから、ほんと、クジとなんら変わりはなく、選手を傷つけるだけクジよりたちが悪い仕組みだと思うのだが、そんなことはオレごときが言うまでもなくて世間の常識であるはずなのに、いったいこれはどういうことか。
えーと、朝の番組の、みのもんたである。朝ズバだ。
駒野の母親に電話をつなぎ、みのは「お母さん、息子さんPK外しちゃったねえ。日本国民みんながっかりしてるよ」と言ってのけたのである。
対して駒野母は「大変申し訳ありませんでした」と口にした。絶句である。
みのもんた、以前から顔を見るのもイヤであったが、今は存在することすらイヤになってきた。パラグアイのバルデスの爪のアカでも。
(追記。これは完全にデマであることが判明。みの、すまんかった)
一方で、この人である。オシムである。
監督であってもPK戦になると職場放棄することで知られているこのじいさんは、今回はテレビで視ていたらしく「私がPK戦を見ていると負けるというジンクスはまだ生きていました」とおっしゃっておられる。
じじいがやったんじゃねえっての。選手がやったんだってえの。
ある意味、みのもんたをも超える不遜尊大きわまりない不愉快さである。
あまままオシムがやっていたらどうなっていたか。本番3連敗どころかアジア予選すら勝ち抜けなかったのではないか、という見方が支配的だ。
サッカー素人のオレにはそのあたり、よくわからないが、最近は老害という臭いがぷんぷんするようになってきており、晩節を汚さぬよう、早く日本サッカーから離れた方がご本人のためと思う。
有り体に言えば、もはや耳障りであるだけで。解説に座った城が、何かと言えば「気持ちですね−」と口にするのと同じぐらい、オシムも耳障りだ。
やっぱり涙腺をゆるませたのは、この男、松井のコメントである。
「駒野を今日、酒に誘って死ぬまで飲ませたいと思います。僕は同い年だし、駒野をいつもいじっている感じなんで、いじり足りなかったのかなと思います。僕がもうちょっと近くにいれば良かったかなと思います」
自身はPKを蹴っていない松井の、よく考えれば「いじっていれば駒野はPKを成功したのか?」という意味不明のコメントであるが、とにかく思いの伝わってくる素晴らしいコメントであった。
*
夕方、魚せいでビールを飲む。
オヤジ、うんざりしたように「昨日は客がゼロだったよ」と吐き捨てる。しょうがねえだろ、サッカーには刺身も勝てないよ。
そう言いつつ食ったカツオは「今日のは旨いぞ」とオヤジが自慢するだけあって、絶品だった。
6月も今日で終わり。1年の半分が過ぎた。
いつものことながら、あっという間だったね。

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2010.06.29
打ち合わせ1、原稿。
勝ち、負け、勝ちと来たので、おーい、かあちゃん、今日は負けだよーとヨメに告げる。
この歴史的大予言の証拠を残すためにツイッターにも同じことを書いたのだが、誰にも相手にされなかった。うーむ、世間は盲目だ。
それはそれとして、真面目に働いているサラリーマンの皆さんはご存じないかもしれないが、最近の朝、昼のワイドショーはすごいことになっている。Numberとネタが被って申し訳ないのだが、本当にすごいのだ。
もっともワイドショーのことだから、サッカーとは言っても、家族がどうした、夫婦でどうしたという人情ネタばかり。お母さんが女手一つで育てたこととサッカーがうまいかどうかは、まったく関係ないと思うのだが、とにかく代表ネタならなんでもアリなのだった。
この調子だと、かつて韓国の人間が日韓大会で「こんなに盛りあがるなら来年もワールドカップをやろう」と真面目に提案したのと同じになってしまいそうだ。
ワールドカップに「はやぶさ」に野球賭博。首相交代も6月だっけ? テレビ的にはネタが満載の近頃で、何よりである。
*
11時のキックオフというのは、飲みながら見るのにちょうどいいタイミングだ。試合が終わる頃にはいい案配にできあがっていて、そのまますんなりと眠りに就ける。だから、延長戦とか、PK戦とか、困るんだけどなあ。
チームだけでなく、こういうところを見ても日本人はまだ決勝トーナメントに慣れていないのだ。なんちて。
10時45分ぐらいに目覚まし時計がけたたましい音を立てるが、なにごともなく過ぎる。その30分後、息子が「どうして目覚ましならなかったの〜」と寝ぼけたことを言いながら起きてきた。
寝言はいいから寝ろ。そう言ったのに、息子は「起きる」と言い張り、テレビの前に陣取ったのだった。
*
決定力不足どうしの試合だから、決めるときに決めないとこういう試合になるわけだ。
カメルーンやデンマークのゴールシーンの印象が強すぎたせいか、オレらはいつでも決めてやるぜ、決められるんだぜ、という思いもあったのか。
シュートは枠にすら飛ばず、パスの成功率は20%以下というMFは、ファール獲得要員であることを自覚していたものの、自分が汗をかいてもぎ取ったファールも他人様のゴールに使われるという下請け扱いに我慢がならなかったか、開始30秒でいきなりシュートを放つ。
もちろん例によってへなちょこシュートで、近くにフリーでいた本田が呆れていた。
その意趣返しでもなかろうが、後半には今度は左でフリーにいた大久保を無視して本田がミドル。下請けの悲哀を漂わせて大久保は、本田を怒っていた。
概して守備陣はよくやった。でも、闘莉王も、あれは決めてくれないとなあ。残念。
格上のパラグアイは、実力でも日本を上回っていることをきっちり見せつけた。攻めに攻めて、キーパーのスーパーファインプレーに阻まれてどうしても点が取れなかったのだから、パラグアイの立場にしてみればこれで負けたら国に帰れないところだったろう。
この国も、勝って決定力不足と叩かれる。ご同輩というわけだ。
それにしても後半、アベを下げて中村を入れるという采配には、しびれたよ。岡ちゃん、そう来たか! あんたは勝負師だったのか。
この強気の采配は、相当に腹をくくらないとできなかったろうなあ。
だからこそ3人目が玉田だったことが、解せない。うーむ、ここは森本だろう。とにかく1点勝負なのだから。
なぜ森本じゃなくて玉田なんだよう、岡ちゃん。
もちろんそのことについて日本一考え抜いたのが岡田監督なのだから、オレの戯れ言は焼酎の酔いに任せた放言に過ぎない。
それにしても延長戦ではまったく得点の臭いがしなかったなあ。
*
たちの悪い白バイのように切符を切るレフェリーに、長友と遠藤が2枚目をもらって、さて、次戦、どうやりくりをつけるのか。
そんな楽しみも味わいたかったのだが、ベスト8に行くにはまだ早いということだったのだろう。
後年、あれが千載一遇のチャンスだったと言われるのかもしれないが、考えようによってはこのあたりでうろうろしているのも案外に面白い。例えばメキシコみたいに、常連でありながら決してトップクラスにはなれないレベルの。
ワイドショーあたりは「頑張った。感動をありがとう」で片付けるに違いない。
国民のオモチャなのだからそれはそれでいいし、サッカー以外にも話題にすべきことは多いと思うので、ワイドショーはぼちぼちサッカーから離れたほうがよかろう選挙もあるし。相撲もあるし。
でも、サッカー関係者は手の平返しに浮かれるのではなくて、サッカー協会の体質も含めていろいろと考えなくてはいけないだろうなあ。さしあたっては監督問題か。
*
PK戦は残酷だ。
最後の駒野について、オレの顧問会計事務所のヤグチさんがメールをくれた。
「高校野球で9回ツーアウト、ランナー3塁の時、ライトフライをエラーしてしまった外野手みたい」と。
うまい例えだなあと感心。
確かに高校野球みたいなチームで、試合のたびに強くなっていったし、負けて「また頑張って戻ってこいよ〜」と声援を受けているような姿だった。
産経新聞からのネタだが、最後のPKが決まって大騒ぎとなったパラグアイの輪の中から、一人の選手が抜け出し、駒野に駆け寄ったという。
そして駒野に額をすりつけて何か言ったそうだ。バルデスという選手だそうだ。
何を言ったかわからないし、駒野も言葉がわからないはずだが、気持ちは通じただろうなあ。
バルデス、いいヤツだな。よし、パラグアイ、応援するぞ。オレ。
(追記。パラグアイの報道によればバルデスは「おまえの戦いは勇敢だった、うつむく必要なんかない。PKを外すことは本当の負けじゃないんだ。だから頭を上げていいんだ」と言ったそうだ。とてもつなくカッコイイなあ)
*
いつもの軽妙な素振りで、肩をすくめて負けをやり過ごすだろうなあと思った松井が、顔をゆがめて泣きじゃくっていた。
その松井にがっしりと抱え込まれて、それまで真っ赤な顔で耐えていた駒野が、とうとう決壊してボロボロと泣き出してしまった。
こういうのに弱いんだ、オレ。
息子を、とっとと寝ろと布団に追いやって、深夜、一人で号泣してしまった。サッカーが負けて涙したのは、ドーハ以来だった。
終始、とんでもない緊張感の中での死闘だった。よくやったよなあ。いいチームだったと思う。
遠藤と松井と本田のからむ戦いを、もう一度見たかった。本当に見たかったよ。
残念。でも、拍手だ。
*
校庭での盆踊り大会を知らせるポスターが街に貼られ始めた。
もうすぐ6月も終わる。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「Number」


2010.06.28
打ち合わせ1、原稿。
朝から原稿仕事。途中、急な打ち合わせがあって、大急ぎで電車に乗って出かける。
ひどい湿気に気温。地下鉄車内は一息つけるが駅を出たらもう全身汗だくだ。
午後一番に帰ってきて、即、シャワー。全部着替えて、やっと落ち着き、その後も再び原稿仕事。
途中、請求書を送るなどの事務仕事も片付けて、夕方。
娘が仕事部屋に飛び込んできて「虹だよ虹だよ」と教えてくれた。どれどれ。なるほど、南東の空に大きな虹がかかっていた。
玄関前でラジオの音が聞こえる。
ははあ、隣のオガワさんが仕事から帰ってきたかなと思ってのぞいたら、案の定、旨そうにビールを飲んでいた。
「まあ、1本ぐらい飲みなよ」という誘いを断れず、オレも発泡酒片手にサンダルを突っかけて外に出る。
唐揚げなどをつまみながら発泡酒を飲んでいたら、塾から息子が帰ってきて、やっぱり唐揚げをつまむのだった。
この季節はこの季節で味わいあるが、やっぱり湿気はきついなあ。早く梅雨が明けないものかなあ。
と言いつつ、梅雨が明けて連日の猛暑となったら、それはそれでまた不平を言うのであった。
なんだかんだ言いながら、やっぱり夏は好きだ。秋はもの悲しい。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「食品と暮らしの安全」


2010.06.27
フランス大会の時に、カズと北沢、ついでに市川が選に漏れたとき、朝日新聞に一面に載って、びっくりしたものだった。
たかがサッカーが一面とはねえ。
しかしその後も勢いは衰えず、代表は見事に国民のオモチャになったのだった。
それが一気にしぼんだのが、ドイツ大会オーストラリア戦のあの8分間。なんじゃこりゃと白けてしまい、以後、代表は完全に見放されたのだった。今大会も戦前は誰も相手にしない状態だったのである。
それが本田の一発のゴールで息を吹き返し、今や国民のオモチャどころかペットに昇格。ネットでも「岡ちゃん、ごめんなさい」「正直すまんかった」と、岡田監督への土下座の嵐である。
今では、カネコとかゴトーとか、一部の評論家がいつ土下座するのか、期待が集まっているところである。
カマモトは、偉いんだか見識がないんだか、とっとと謝ってしまったし、セルジオは都合が悪くなると日本語がわからないふりをする。
営業の世界には「数字はすべてを癒す」という言葉がある。
売上さえ上がっていれば、たいていの問題は解決するという意味だ。
スポーツの世界も同じなんだろう、岡ちゃんをめぐる世紀の手の平がえしには、ただ驚くばかりだ。
岡ちゃん、オレも正直すまんかった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.06.26
「くまかつ」こと高杉正&小沢かづとのユニットのデビューCdが完成した。「とびらをあけて」である。
ジャケットはいさわしで、ご覧の通りの楽しい仕上がり。
アレンジはもちろんオレで、録音は丹後湯なのだった。
本日はそのCDのパッケージング。要は箱詰め。というか、ケース詰め。
ジャケットを1枚ずつ切り取ってケースに入れ、地道に一枚ずつつくっていく作業である。
中国の工場ならストライキが起きそうな単調な作業だ。心してかかったのであった。
それでも3人でも80枚しかできあがらず、残りはもちこし。目標300枚である。
つくったばかりだというのに今日一日で15枚も売れたというから、たいしたものだ。
なかなかさい先よいではないか。
全5曲の1000円。名曲ばかり。特に「こころからありがとう」は素晴らしい完成度だ。
さあ、今すぐお買い求めください。って、オレの商品じゃないから勝手には売れない。欲しい方には、「くまかつ」さんに注文いたしますまで、私までご連絡を。
期待の大型新盤、堂々の誕生なのだ。
*
夜は、結婚式の二次会。恵比寿。
会場に着いて思い出したが、ここは以前リキマルくんが二次会を行った店ではないか。おやおや、懐かしい。
会はというと、仕事関係のつきあいなのだが、メインのゲストは新郎の高校・大学の野球部関係とあって完全にアウェー。体育会の披露宴の二次会というのは、ははあ、こういうものですか、とびっくり。
しかも野球部だから、何かというと名前のコールなのだ。不思議な文化だなあ。
終わったらぐったり疲れてしまったのは、この完全アウェーにやられてしまったからだろう。
会場では久しぶりにキクチくんに会う。連絡もせずに逃げるように辞めていった男だ。きみとは一緒に新潟駅のホーム売店で一緒に立ち食いうどんを食った仲ではないか。寂しいのう。
しかし、そんなことは関係なく、キクチくんは、うへへへへ、新しい会社じゃ毎日6時半に帰ってますよ〜と笑うのであった。
もう一人が、こちらも先日会社を辞めたヨシハラである。女性、やはりオレに連絡無し。
どど、どうもオレは、人望とか人徳というものに決定的に欠けるような気がしてきた。
ヨシハラ、「次が決まってなくてプーです〜」と泣く。「2年以内にとっとと辞めるつもりでいたのに5年もいちゃいました〜」とさらに泣く。
まあ、元気でやってくれ。たまには飯田橋で飲もう。「コマガタさんと飲みたいです〜」と言ってたから、コマちゃんと三人で飲もうではないか。
お開きとなって、そのコマちゃんとヨシダさんは近所のラーメン屋へ。オレはおとなしく埼京線で帰ったのだった。
結局コマちゃんたちは、ラーメン屋の長蛇の列に恐れをなしてそのまま帰ったらしい。
*
家に帰って、速攻風呂。なにしろ蒸し暑い。完全アウェーで背中にいやーな汗もかいている。
汗を流して、ふう、ようやくさっぱりだ。夏は風呂が気持ちいいなあ。
そのままテレビの前でクーラーに当たりながら横になって、韓国対ウルグアイを観戦。ワールドカップは楽しいなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」


2010.06.25
寝不足も含め、日本決勝進出事件のリハビリの一日となってしまった。
「はやぶさ」と言い、代表と言い、なんだか日本に自信が持てそうなことが続いた。よかった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」


2010.06.24
普通に三連敗と公言してはいたが、大人のご祝儀ということで、1勝1敗1分けで、得失点差で敗退と予想していた。だから、まさか未明の消化試合がこのようなビッグマッチになるとは思いもしなかった。
もちろんそれはオレだけでなくて、世間の誰もが考えていたことだから、今日に飲み会がセットされてしまったのだった。
いやあ、久しぶりにかちどき橋を渡って歩いたけれど、夏の夕暮れのかちどき橋は、それはそれは風情たっぷりであった。
築地の路地裏で静かなひとときを過ごした後、有楽町線に乗って帰る。
ヨメからは「子どもはサッカー見るためにもう寝ました」とのメール。うむ、臨戦態勢である。
11時半に家に帰り着き、速攻で風呂に入って、焼酎を一杯だけ飲んで12時半に寝る。
そして、寝たと思ったら1時半に、息子に起こされたのだった。
「お父さん、サッカーだよー」とオレを揺すり起こした息子は、完全に時間を間違えて1時間以上も早く目が覚めたのだった。まったくバカ息子のおかげで、大変な迷惑である。
キックオフは3時だ、ばかたれ。それまで寝ろ。というのにバカ息子は早くも興奮して寝られない。まったく迷惑な話だ。
ようやく3時半に試合が始まった。
娘はワールドカップなどになんの興味もなく、ヨメも付き合うつもりはまったくないらしい。だが、本田のフリーに遠藤のフリーである。オレと息子の未明の絶叫に、ヨメもほとんど眠れなかったらしい。
一番迷惑していたのはヨメかもしれない。
そんな大興奮の息子の目には、本田の姿が特に強烈に映ったようだ。
日本の勝利に興奮して、いくら寝ろと言っても決して寝なかった息子が、本田のインタビューでの「(日本の皆さん)どうぞ寝てください」との言葉にすぐさま反応して布団に潜り込んだのだった。
よし、これからは何かあったら、本田がこう言ってたぞと言えばいいことがわかった。よしよし。
きっとみんな寝不足だったろうなあ。幸せな寝不足だったなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2010.06.23
人間は二種類に分けられる。女に生まれるか、男に生まれるかだ。
女に生まれれば問題ないが、男に生まれると、また二種類に分けられる。酒を飲まないか、飲むかだ。
酒を飲まないなら問題ないが、酒を飲むなら、さらに二種類に分けられる。肝硬変にならないか、肝硬変になるかだ。
肝硬変にならないなら問題ないが、肝硬変になるなら、またまた二種類に分けられる。
肝硬変で死なないか、肝硬変で死ぬかだ。
肝硬変で死なないなら問題ないが、肝硬変で死ぬなら、やっぱり二種類に分けられる。死んでからトイレットペーパーに生まれ変わらないか、トイレットペーパーに生まれ変わるかだ。
トイレットペーパーに生まれ変わらないなら問題ないが、トイレットぺーパーに生まれ変わるなら、ここでも二種類に分けられる。
男に使われるか、女に使われるかだ。
男に使われるなら問題ないが、女に使われるなら、結局最後まで二種類に分けられる。
前に使われるか、後ろに使われるかだ。
というくだらない小話を仕入れて、学生時代に披露したが、ちっとも受けなかったなあ。
*
今の社会は、金持ちとそうでない人の二種類に分けられるようだ。アメリカなんかは1人の金持ちと99人の貧乏人で構成されているものなあ。
日本はそこまでひどくはないけれど、日産のゴーンの年収が8億9千万円と聞けば、やっぱり目を剥いてしまう。大方の日本人は、V字回復した日産はすごいが、そのおいしい部分はあのガイジン社長が持って行ったのかと鼻白むだろう。
バカくさくて、日産の車にカネを払う気にはならないよなあ。
200万、300万の車を買うのに汗水垂らして働いて3年ローンで毎月細々と返していくなんて。
だいたいそんな金、ゴーンの日給にしかならんのだ。
もっとカネがほしいと思うかと記者に聞かれたゴーンは「そんな質問に答える必要はない」とスルーし、「世界水準で見れば経営者の待遇はこんなもん」とあっさりしたものである。
「日産のV字回復を成功させたんだから当然だろう」とでも言えばいいのに、世界の話を振るあたり、やっぱりこの男は日本や日本人のことなどどうでもいいと思っていたのだということが、はっきりしたのだった。
日産の製造現場は疲弊していると聞く。重大な製造ミスが発生しかねない。うーむ。
*
その同じ日に、マツダの工場で車を暴走させた中年男が逮捕されたのは、なんとも皮肉というか、象徴的というか。
逮捕されて、警官に連行されるこの中年男の姿を見て、オレはあれっと思った。
ちっともすさんだ雰囲気も、病んでる表情もなく、ややくたびれてはいるものの、きっと無口で真面目な男だろうという佇まいだったからだ。たぶん誠実なのだと思う。ちゃんとコツコツ生きてきたのだと思う。
しっヵりした分別を持っているだろうと思わせるこの中年男が、ではなぜこのような愚行に走ったかというと、そうか、これは形を変えた自殺だったのだと、すぐに思い至ったのだった。
自己破産に生活保護だという。今の世では、特に珍しい話でもない。
だが「時々、1万円ほど借りに来た」という父親の話に、42歳を過ぎてなお実家の老いた父に、しかも1万円を借りなければならないという事実に、オレは軽い衝撃を受けた。
たかが1万円というが、そのたかが1万円が工面できないために、人は果てしのない絶望を感じるという。"たかが"だからこそ、重いわけだ。
連行されて車に乗り込む前に、この音は手錠されたまま、一瞬、空を見上げていた。あれは人生に別れを告げていたのだろうなあ。
あの中年男の抱える現実は、日本の男たちの100人中99人にとって決して絵空事ではなく、やはり恐ろしいまでのリアリティで迫ってくる今の社会の姿なのだ。
*
誰だってこういう切り口で事件のことを考えたはずなのに、たいへん興味深いことに「報道ステーション」では、そんな切り口にはちっとも触れなかった。
キャスターの古館は、普段から「格差だあ」「環境だあ」「異常気象だあ」と、ことあるごとにカメラをにらみつけて叫んでいるのに、いかにも舌なめずりして取り上げそうなこのテーマを、今回はあっさりとスルー。
ああ、そうか、番組のスポンサーが日産だった。なんともわかりやすい(笑)。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.06.22
ぴっかりが丘の地域コミュティ板を見ていたら、保健婦の話題が出ていた。相変わらず保健婦という人種のやることは、進歩がないようだ。
3歳児検診で、ある保健婦は3歳児に向かっていきなり「雨の日は?」と問いかけたという。大人でも「は?」であると思うのだが、この保健婦は、わけがわからずに固まってしまった3歳児を「言葉が遅れていますね。幼稚園には行けないかもしれません」と断じたらしい。
んなアホな。たったこれだけで、どういう判断をしたのだろう。
オレも、娘の3歳児検診で似たような目にあっている。
娘は「言葉が遅くて、発達が遅れていますね。一度専門家に見てもらってください」と言われたのだ。
発達が遅れているのはお前の頭じゃ、このタコたわけめ。
そう口には出さなかったが心で念じてオレは、とっとと辞したのであった。親の本能として娘はちゃんと育っているとわかるのだ。タコたわけの言葉など右から左であった。
今ならその場でタコたわけとちゃんと闘うのだが、その時はオレも穏便な人柄であったし、その場限りのことであるからとうっちゃったのであった。
子どもの検診の保健婦というのは、どうもアルバイトでやっているらしい。それで何の役にも立っていないのだから、おばちゃんたちの小遣い稼ぎに使われているのだろう。
このタコたわけどもは、最初から「いまどきの若いママたちは、ほんと、しょうがないわねっ」という光線をまき散らしている。そういう目線で若い母親をいじめて、遊んでいるのかもしれない。
家庭を訪問して検診する保健婦は、虐待の兆候を探る目的もあるらしいから、全部無意味とは言わないが、タコたわけな保健婦はクビにしていいと思う。つーか、受診する側がきちんと言うべきは言うのが正解だろうな。
ちなみに冒頭の「雨の日は?」との突然の問いの答えは「傘を差す」らしく、いきなりそんなこと言われても、3歳児でなくたって答えられるわけがないのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「Number」週刊ワールドカップの第2号。それにしてもデンマーク戦を中継予定の日テレの、ヘビロテプロモーションはすごい。深夜3時半、第三戦。戦前の様相では敗退が決まっていて消化試合になっていてもしょうがない捨て番組だったのが、いきなりの神風でキラーコンテンツと化したのだから、凋落著しい日テレにとっては、後半子ロスタイムにもらったPKのようなものだろう。もちろんオレも見る。間の悪いことに飲み会が入っているのだが、頑張って見る。ばっくれてもいいのだが、主催者のミヤケ氏がここを見ているので、そういうわけにもいかないのだった。


2010.06.21
オレの使っているブラウザは、Sleipnirである。前にも書いたが「プニちゃん」と呼ばれている、極めてマイナーなブラウザである。
でも、日本製。
やっぱり国産は安心なのだ。わははは。
ところが、その「プニちゃん」、突然にFlashが動かなくなった。あれえ、困ったなあ。
何か見ようとするたび、Flashを入れろという警告が出て、ちぇっ、入っているのに、とと舌打ちしつつFlashをサイドインストールしようとするが、うんともすんともで、インストールできないのだ。
だあ〜、困ったなあ。
ネットで調べたら、けっこう似たようなトラブルが起きているらしく、でも、原因は諸説いろいろで結局解決できない。
仕方ないので、代わりにGoogleのクロームを入れて(先日も入れたのだけれど結局捨ててしまった)、Flashはこっちで使っている。
何気なく「プニちゃん」は使い勝手がよくて気に入っているのだが、しばらくはしょうがない。そのうちなおるだろう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.06.20
昨日、6月19日のオランダ戦は、父の日の前日でもあった。
そのタイミングで、全国のお父さんをあっと言わせたのが、日本経済新聞と朝日新聞の全面広告であった。
全面、写真もイラストもない文字だけのシンプルな広告で(タイポグラフィというのだが)、「南アフリカの父へ」というキャッチフレーズの後に「お父さん、元気ですか。/ごはん、ちゃんと食べていますか? ちゃんと眠れていますか?/お父さんが岡田監督として難しい顔をしている姿、毎日テレビで見ています。」と続き、最後に「精一杯、応援しています。/いつもありがとう。/お父さんは、私の誇りです。」と締めている。
これが実に感動的な内容で、たちまちにしてツイッターでは絶賛の嵐が吹き荒れた。オザキなどは誰もいない休日出勤のオフィスで読んで忘我の涙に濡れ、翌日には娘ではなくて息子に顔へ落書きされることになるのも知らずに、感動に身を震わせたのだという。
確かによくできた広告である。
同業のオレとしては、予算が少なくて喜ばれただろうなあと最初に思ったものだが、その原稿については明らかにプロの手が入っているものの、微妙に素人臭さを残しつつ、なかなかうまい線をついていると感心したのだった。
これはスポンサーの名前がどこにも出ていないが、いったいどこがカネを出したのだろう。
企画の勝ちだな。
いったい岡田監督や娘さんに、どうやって、どこまで話を通したのだろう。まさか本当に岡田監督の娘さんが書いたわけではないだろうから、インタビューしたのかな。その原稿チェックは誰がやったのかな。
などと考えるのであるが、噂では、岡田監督の娘さんは電通に勤めているので、そのつながりでの企画だったらしい。本当のところはどうなのだろう。
サノくん、教えてくれ。
*
さて、翻って我が家の「父の日」である。
娘は光が丘のショッピングモールで、お父さんのお椀とお箸と手ぬぐいを買ってくれ、お父さんの似顔絵を描いてくれた。当然、オレの宝物である。
息子は、もはやそういうことを喜ぶこともなく、ただ「ほげー」と言いながらその様子を見るだけであった。
この手のイベントは、オレ自身はあまり好きではないのだが、娘の喜ぶ顔を見ているとそんなことはどうでもよくなるのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.06.19
原稿。
せんだっての四谷大塚の全国統一試験の結果が返ってきた。
全国の小学3年生で受験した21,000人の中で680番である。
上位5%の中に入っているので、とりあえずはよくやったと誉めておく。全国で上位10%であったら、激怒だ。上位5%でなければ許さないのだ。
毎回1000番以内は賞状が出る。
無料で試験を受けて、賞状までもらって、そんなことまでしてもらって「絶対に勧誘されるわ」とヨメは怯えているが、なんのなんの、これは四谷大塚のフリー戦略。カネを取る気は毛頭ない。Googleと同じ作戦だから、心配することはない。
前回よりは成績が上がったが、まだ全国トップではないので、息子をばかたれと叱り、一緒にゲームして夜は居酒屋へ連れて行く父ちゃんであった。誰が見ても息子は優秀で、父ちゃんがろくでなしなのだった。わははは。
*
夜は、その息子とオランダ戦。
初戦のカメルーン戦では、本田のアレがうまくいったので、岡ちゃんは名監督として花高々なのだった。
オランダ戦でも、岡崎のアレが入っていれば、岡ちゃんの交代采配がずばり的中したと名監督呼ばわりされたはずなのだが、そうはいかないのが世の常。ツネは宮本。
なかなか思うに任せないのがサッカーなのだった。
落ち着いたところで振り返れば、どうも前半のオランダは様子見で、「こりゃ1点で大丈夫」と見切った後半はラッシュをかけ、目論見通りに1点を取った後は再び休んでくれたと、そういう試合だったのではないか。
要はオランダに遊んでもらったとか。あるいは、1点で勘弁してもらったとか。
きっと試合後、オランダのヤツらは「やれやれ、さ、ビールでも飲んで寝るべ」と、タイムカードを押して帰って行ったに違いない。
それにしてねどうして森本を使わないかなあ。
本田・闘莉王・森本というヤンキー顔の3人がトップでにらみをきかせて、それを見た松井と遠藤が腹を抱えて笑っているというシーンを、オレは渇望する。
大久保、ひどくないか? 人に渡さずに抱え込んだあげくに倒されてカードを要求する芸風は相変わらずで、人がいるのに自分でシュートふかして反省もしない態度も相変わらずだ。
俊輔は、まあ、痛いことは痛いのだが、新しい流れに乗り遅れまいと必死でもがく姿がオレのようなおっさんライターの身に重なって、あんまりののしる気にはならないのだった。
結局、負けるなら最高の負け方である0-1。最終戦は引き分けでもよくなって、追加点を与えなかった川島の好プレーが、失点のミスをこれで帳消しにしたという試合だった。
ああ、ヤンキートリオの並ぶ姿が見たいよう。
*
という試合を、普段は8時に寝る息子が「応援するっ」と張りきったので、8時半から一緒に応援する。
あんまり興味のない娘は、キックオフしばらくで寝てしまった。
息子とはテレビの前で一緒に大騒ぎ。スナイダーのゴールには「ぎゃあーっ」と一緒にひっくり返って天井を仰ぎ、岡崎のシュートミスには「だあーっ」とテレビに吠えた。
もう、こうして一緒にサッカーを応援できる年齢になったのだなあと、感慨ひとしお。やっぱり嬉しいなあ。
前回の独大会は幼稚園の年中組だった。
4年後のブラジル大会は、中学1年生か。うーん、きっとまだ一緒に応援してくれるだろうなあ。
弟は、子どもを連れて新潟のパブリックビューイングに出かけたようだ。オレも、次は中学生となった息子を連れて国立のパブリックビューイングに出かけていったりするのだろうか。
それもまた楽しみなのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.06.18
取材1。
しかし、今回のワールドカップは面白いなあ。
日本みたいに、下克上の試合が多いからだろうなあ。
それにしても、デンマーク戦で確実に勝ち抜くためにオランダ戦は戦力を温存すべきだという論調には呆れるなあ。デンマークに確実に勝てる方法など、あるわけなかろうて。
そんな作戦は、世界トップ10の考えることだべ。
日本はあと二戦、全力でぶつかって負けるしかないのだから、ともかく玉砕だべ。玉砕覚悟なら、何かが間違って、引き分けになるかもしれねえべ。
だからオランダ戦で戦力温存なんて、ありえねえべ。
ところで今、東京ガスが家庭訪問していて、ニーズのヒアリング調査というものをやっている。オレんちにもやってきた。姉ちゃんと兄ちゃんのガス社員。
どうせセールスだろうと思ったら本当に「今お困りのことはないですか」で終始して、まあ、今後のセールスにつなげるのだろうが、ちゃんとヒアリングしていった。
特にしつこく聞いてきたのが、オール電化住宅がらみのネタである。
「オール電化の営業は来なかったですか」と念入りに探ってきたから、これは東京電力対策なのか。
電気とガス。喧嘩しないで、できれば仲よくやってもらいたいものである。
関係ないけど、イラクにの石油埋蔵量って、今後300年分あるんだって。すげえびっくり。
数年後にはイラクが世界の石油王だ。第二のドバイだ。
道理でアメリカが欲しがったわけだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」「週刊文春」新潮が大相撲や皇室ネタで大活躍だというのに、まったく文春てば、沢尻のはみケツがひどいとか、そんなネタばかり。みじめなものである。


2010.06.17
取材1、原稿。
雑誌「Number」は、例によってワールドカップ期間中、週刊である。
創刊当時は野球中心だったこの雑誌も、例のドーハの悲劇やマイアミの奇跡をきっかけに「サッカーは売れる!」とわかってから、ほとんどサッカー雑誌になってしまったのだった。
今回のワールドカップも、これだけのクオリティの雑誌を週刊で出すというのだから、それはそれは地獄のようなハードワークなのだろうなあ。立派の一言。
相変わらず写真は素晴らしくて、本田のゴールの瞬間の表情、勝利が決まった瞬間の日本ベンチの様相などは、ため息が出るような美しさだ。
こういう雑誌を手に取ると、紙のページをめくるたびに出てくる写真の素晴らしさに、これは電子書籍では味わえないなあと思ってしまう。
そして今号は巻頭に奥田英朗のコラムが出ていて、これが秀逸の一言。
「日本人サッカー不向き論」というアホな提言を、堂々とワールドカップ特集号の巻頭に置くというセンスの素晴らしさだ。この一点だけでも、金子某とは雲泥の差である。
奥田は言う。
「日本人はちゃんと行列する。順番を待つ。人の座席に勝手に座ったりしない」「だから人のボールを奪い合うサッカーやラグビーやバスケットボールは苦手だ」「その証拠に、野球のようにちゃんと打つ順番が決まっていて、ピッチャーが投げるのを邪魔するわけでもなく、攻めと守りもちゃんと交代でやってくるスポーツは得意だ」と論を展開し「こんな我らにサッカーが向いているとは思えない」と断じる。
そして「宗教対立も民族紛争もない楽園のような日本で、もうサッカーが弱いくらいで愚痴るのはやめようではないか。サッカーが弱いのは平和の証しだ」と、諸手を挙げて万歳したくなる提言をしてくれる。
そうなのだ、これこそオレの言いたいことなのだ。サッカーが強くても日々の暮らしが危ない国より、サッカーが弱くても平穏な日々を送れる国の方を、オレは選ぶね。例えば北欧の国々のような、小さいけれど穏やかに笑みを浮かべて暮らせる国がいいと思うね。
もっとも奥田も、そこまで結論づけておきながら最後に「だいたいフランス大会で三連敗した監督を選ぶような国である」と、すぐさま愚痴をこぼし、「始まったものはしょうがない。勝ち点だけは挙げてくれ」と懇願するのであった。
このコラムを読むだけでも、「Number」のワールドカップ週刊誌、買う価値がある。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「Number」そのワールドカップ特集号であるが、巻末には爆笑ものというか脱力ものの記事。なんと日本の「南ア」を探そうと、南阿佐ヶ谷へ旅するという話だ。そして、"南阿"は燃えていないと嘆くのであった。爆笑ものの一発ギャグ記事。文藝春秋社って偏差値の非常に高い才人しか入社しない会社だから、雑誌「文藝春情」の編集後記を見てもわかるように、編集者の能力が異常に高いのである。こうした編集主導のバカ企画記事を読むと、才人が本気でバカ遊びをするとどれだけ面白いことができるかを、教わることになる。
「サウンド&レコーディング」iPadと音楽制作環境についての特集。内容そのものには、案に相違してあまり見るべきものはなかったが、確かにiPadによって制作環境が変わりつつあるのは実感している。早くiPadでアレンジ作業のできるアプリが出ないかな。


2010.06.16
原稿。
その旅行で、70代以上のじじばばが集まったわけだが、食事の席でも「ドキドキしちゃった」「最後まで見ちゃったわよー」と盛りあがったのが、ワールドカップの話題。
普段はサッカーなど観ない人たちの間でもこれだけ盛りあがるのだから、さすがワールドカップだ。楽しいなあ。
それはそれでいいとして、新聞があんまり大騒ぎするのはどうだろうなあ。歴史的勝利とか。
よくよく見れば、大久保は相変わらずボールを取られては転んでアピールという芸風が変わっていないし、アベはペナルティエリアでエトーの服引っ張っててあれでエトーが転んでたらPK確実だったし、そういう問題点はきちんと検証しないいかんのではないか、新聞。
ネットに負けてるぞ。
などとオレも上からいろいろと言えるのを楽しんでいるワールドカップであった。
それにしても暑いなあ。蒸すよなあ。
夕方、家の前ではオガワさんが「もうシャワー浴びちゃったよ」と言いながら、犬の散歩に出かけていった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」


2010.06.15
オレの父は現在75歳。7人兄弟の4番目である。
そしてこの7人の兄弟、驚くべきことに全員健在なのである。
さらに驚くべきことに、7人とも非常に仲がよく、何かと理由をつけては年に何度も集まっているのである。
もっともっと驚くべきことは、そうした集まりに、それぞれの配偶者、つまり兄嫁だとか義理の兄だとか、いわゆる親戚づきあいの中では互いに煙ったく思うのが当たり前のような関係の人たちも、この輪の中にニコニコと笑いながら入ってきて、一緒に飯を食ったり風呂に入ったり遊んだりしているのである。
オレなんかは昔からそういう親戚関係の中にいたから当たり前だと思っていたが、どうもこういうのは非常に珍しく、また、非常に幸福なことらしい。オレも最近つくづくそれに同意するようになったが。
この7人、合計すると630歳くらいだそうである。すげえな。
そしてこの7人が、たまには温泉旅行でもしようかということになって三々五々集まって群馬県の猿ヶ京温泉に一泊旅行に出かけ、そこにお嫁さんもいつものように自然に加わり、そして大宮のナオコちゃんとオレがおじさんおばさんの世話係として参加したのであった。
すごいことだよなあ。
つくづく感心した、旅行なのだった。
なお、旅館はというと、女将が美人でびっくりした。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」


2010.06.14
取材1。
今日から梅雨入り。
仕事は甲府。東京ではしとしとと雨が降っていたのに、甲府は降ってなかった。なんでだろ。
*
家に帰って大急ぎで原稿を仕上げて、テレビの前で発泡酒。はっ、しまった、キリンじゃなかった。サントリーだった。
そんなオレの大失態をよそに、日本、大勝利。
久々に涙がにじんで、テレビの前で吠えた試合だった。
立ち上がりから、いつもと違っていた。全体を通じて、しびれるような、クソつまらない試合。
ここはアジアじゃない、世界だということを意識したに違いない。いつもの格好付けは捨てて、そうだ、オレたちにはこれしかできないんだ、ということを思い出して貫いた試合だった。
つまりは、愚直。
愚直に徹し、笑われようと、小馬鹿にされようと、オレたちはこれしかできないんだと愚直さを貫いたわけだ。なんだか7年間愚直に勤め上げた「はやぶさ」にも通じ、それは日本人ならではのメンタリティーだったと思うなあ。
矢野、岡崎という、真面目に汗をかける人間を投入したのも、愚直さを貫く姿勢の表れだろう。
松井は、うまかった。最近先発で使われなかったのは、岡田監督の松井隠し作戦じゃなかったかと思われるほどだ。
それにしても不思議なのは、遠藤という選手だ。
この試合でもほとんど目立たず、時にどこに行ったかと思われるほど存在感がないのに、ひょいと現れてはゲームを落ち着かせ、ああ、遠藤がそこにいてボールを持ってくれてれば大丈夫だ、と思える安心感を与えてくれる。
オレなんかにはその遠藤の機能がよくわからないが、きっと見えない場所をこまめに消してくれているのだろう。遠藤がバックパスをするときは、試合にとって絶対に必要なバックパスなのだ。
もう一人、もっと不思議なのは大久保だ。なんでも前半の大久保は、シュートどころか、パスの成功率ゼロだったらしい。
んげ。MFとして、意味ねえじゃん。
それでいて試合に絶対に不可欠の働きを見せてくれたのだから、本当に不思議な選手だ。
野球で言えばバント専門の代打か。ドリフで言えば高木ブーか。違うか。
ともかく、パス成功率ゼロの中盤が絶対に欠けてはならないような存在なのだから、日本のサッカーとは、世界から見たら実にミステリアスなのだろう。
こういう退屈だけど不思議なサッカーこそ、日本の戦略なのだ。へなちょこなのに、なぜか負けない。そんなチームは、とても楽しいぞ。
というわけで、セルジオ丹後の大予想、大当たり。次はオランダに引き分けだあ!

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」


2010.06.13
なななな、NASAが人類の週末を発表した。違う、終末だ。
2013年5月に、大規模な太陽嵐(ソーラーストーム)が地表に到達する可能性があるというのだ。
前回の太陽嵐の発生は1859年で、地磁気が地球に押し寄せて電線がショートして家が火事になり、オーロラがハワイで観測されてその光で新聞が読めたそうだ。
なんだかのんびりした終末のようである。
今回、この太陽嵐が起きるとどうなるか。GPSは全滅。携帯やパソコン、クレジットカードなどがダメになるらしい。
最悪の場合、数百万人が停電状態に陥るというのだ。
これを聞きつけて「この世の終わりだ」と騒ぎ出したのが、ネット依存の引きこもり連中であるのは、当然と言えば当然だ。
2013年まではあとちょっと。
よーし、今から関連会社の株を買い占めておくのだ。
などということを、突如降ってわいた「はやぶさ」騒動を耳にしながら思ったのであった。
へー、単なる人工衛星じゃん。
確かにそれはそうで、オレも当初はそう思ったのだが、どれどれと詳しく記事を読んだら、けっこうすごい旅をしていたのね。しかも、果てしない宇宙空間を孤独に漂い、苦難を乗り越えてようやく地球までたどり着き、採取した砂を切り離してミッションを終えたら、懐かしい緑の大地を踏みしめることなく、「ボクは流れ星になるんだよ」とつぶやきながら燃えていったというのだから、多くの人が涙したのもよくわかる。
これは日本人のメンタリティに刺さるなあ。
自らの人生を重ねて、夜空を見上げて「昴」などを歌ったオヤジもいるかもしれない。
今日の初戦・カメルーン戦でもチームはあっさりと燃え尽きてしまう予定だから、そこに日本人は美学を見出すのじゃった。なんのこっちゃ。
なお、いよいよ本日からのワールドカップ日本戦、セルジオ丹後の恒例の大予想であるが、カメルーン戦は2-1の大勝利、続くオランダ戦は0-0の引き分け、最後のデンマーク戦は必殺技の自殺点で0-1の負け。
得失点差でグループ3位に終わり、まことに惜しかったその結果に対して「くそう、やっぱり闘莉王かよ」といううめき声が国民の間からわき起こるのだった。

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2010.06.12
夕方、クルマの中でナビをいじっていた。近々、遠方へ取材で出かける予定があって、あらかじめナビに入力しておこうと思ったのだ。
市町村合併が相次いだものだから、6年も前のオレのナビでは、住所を入力しても該当ナシとされることがけっこう多い。仕事でそれはちょっと困るので、ましてや客を乗せていたりすると尚のことよろしくないので、前もって入れておこうというわけだ。
そんなふうにクルマに座ってナビをぴこぴこいじっていたら、自転車に乗ったベレー帽のオヤジが隣の家の前に停まり、我が家を含む近所の家々の玄関先をのぞき込んではなにやらメモを取り始めたのである。
思い切り怪しい。
中国人窃盗団の手先ではないか。
すぐさま呼び止め、何をしているのかと誰何したのである。答えは「NHKです」とのことだった。
ふーん、NHKが何してるんですか。「契約先が実在するか、確認してるんです」。
そのままクルマの中から見ていたら、引き続き玄関先を確認しては、なにやらメモを取っている。
怪しい。怪しくなくても、思い切り気分が悪い。オレんちの前でそんなことをされるのは、非常に気分が悪い。
再び呼び止めて、なんでそんなことするの、受信料を払っていない家を確かめるならわかるけど、ちゃんと払っている家を確かめる必要がどうしてあるの、と問い詰める。「いや、そういうお宅もしょっちゅう引っ越していて、確認する必要があるんですよ、私たち職員にはそういう仕事もあるんですよ」とベレー帽が答える。
そんな話は聞いたことがないねえ、どうしてそんなことをするのかねえ。
気分が悪いからさらに問い詰める。ベレー帽「こうして一軒一軒、確かめないといけないんですよ」と答える。
ふーん。気分が悪いので、身分証の提示を求め、名前を聞く。モテギという名前だった。
近所には空き巣も出るし、ひったくりもあるし、うちみたいに幼い子どもがいると、十分に神経質になってしまうだよ。あんまりうろうろされると気分がよろしくない。
NHKに電話して、本当に職員がそういう仕事をするものなのか確認しようかと思ったが、まあ、そこまではいいか、と思い直す。こういうケースを聞いたことのある人って、いますかあ?
*
今夜はナイジェリア対マラドーナ、違ったナイジェリア対アルゼンチンだ。
すごいなあ、マラドーナ。目立ちまくっていた。
あれでジャージだったら、池袋の駅で転がっているホームレスと変わらないよなあ。偉いのはマラドーナじゃなくてスーツだな。
それにしてもメッシはすごいや。滅私奉公、なんちて。
メッシがボールを持つと何かが起きそうな予感。対するナイジェリアのキーパーは、明らかに神が降臨していて、とんでもないセーブの連発だったな。
終わってみれば、1点取った後のナイジェリアは、勝ち点3キープでいいや、という戦いで、その気になればいつでも追加点が取れるということを確認していたような戦いだった気がする。
こういう試合を見ていると、日本の選手がいかにヘタなのかがよくわかる。
戦術とか監督とかの問題じゃなくて、選手そのものが下手くそすぎるだけだ。韓国の犬サッカーと比べても明らかに下手くそ。
こういう下手くそな選手ばかりを預けられて、間違いなく日本で一番このチームのことを考え抜いているはずなのに、文句しか言われないのだから、岡ちゃん、可哀想だなあ。オレはもう岡ちゃんに文句言うのはやーめた。
悪いのは選手だ! いや、何も悪いことはしていないか。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.06.11
いさわしからメールがあり、突然に不景気自慢である。
なんのなんの、不景気ならこちらも負けてはいない。なにしろ先月なんて、出した請求書が一通きり。ン万円。だはははは(泣)。
しばし、こうして不景気自慢をしたのち「突然ですが演劇を見に行きませんか」というお誘いである。演劇を見に行けないほど忙しくはないぞ、オレは。行くに決まっている。
と、なぜだか威張りつつ、向かったのは井の頭線の某所。
えーと、練馬の片田舎に引っ越してからは、独身時代なら歩いても行けたこのあたりが途端に無茶苦茶行きづらくなってしまったんだよね。
池袋・山手線・渋谷・井の頭線。うーむ、イヤだ。夕方に池袋・渋谷で乗り換えをするのはイヤだ。
その時オレの頭にぴかっとLEDが灯った。そうだ、バスだ。
そうである。家の近くからは吉祥寺行きのバスが出ていて、これで吉祥寺に出てそこから井の頭線というのが一番楽ちんではないか。
なかなかナイスなアイデアであった。おかげでバスも、ラッシュとは逆方向の電車も、ゆったり座れたのであった。
*
さて、向かった先は、目黒の小劇場。
ここで、いさわしの知り合いの女優が出る演劇が行われるのである。
いやあ、昔昔、20年以上も昔にこういう劇場で劇を見た経験が二度ほどあり、その時は劇の内容にさっぱりついて行けず、ただ卓球のフリをして「これは何」と聞いた相手が「卓球」と答えて「ピンポーン」と返すという、そんなギャグに笑っただけ、という記憶がある。
果たして今回はどうか。
えーと、これ以上は差し控えるが、それにしても役者というのはあんなに長い(2時間!)舞台で一度も休まず、間違えず、ずーっとセリフを覚えていられるというのがびっくりだ。
しかも、咳払いもせず。カミもせず。
もっと驚いたのが客席である。ぎゅうぎゅうに押し詰められ、身じろぎもできない中、2時間たっぷりと一度の休憩もなく、みんなだまって見入っていたのだ。
これが保育園あたりの歌遊びコンサートだったらとても許してはもらえないだろう。まさに驚異の忍耐力だったのだ。
すごいなあ、みんな。
身じろぎもせず、人いきれでむんむんと暑く、喉が渇いても飲み物もなく、肝心の劇の内容もさっぱりわからなく、8人も若いお姉ちゃんが出ずっぱりだったので、ひたすらどの子が一番可愛いかなあと考えて過ごしたのだった。
*
芝居が終わって、とにかくビールだビールと、渇いた喉を抱えて向かったのが渋谷の焼き鳥屋。金曜の夜とあって街はとんでもない賑わいで、酔っぱらったサラリーマンが大挙して徘徊している。
その合間を縫ってキャバクラの姉ちゃんがふらふらと泳ぎ、客引きが「キャバクラどうすかキャバクラ」と声をかけていた。
いやあ、もうオレたちはこういう街のこういう飲み屋街は落ち着けなくなったねえ。漂流で回る、場末の飲み屋街が似合うようになったねえ。
そういいながらいさわしと納得し合ったのだった。
*
と、呑気に演劇を見ていたのであったが、実は今日はそんなことをしている場合ではなく、ワールドカップの開幕日なのであった。
そのことを思い出したのが、劇場でぎゅうぎゅうに押し込められて、目の前で上演されている不条理そのものの物語に首をかしげていた時。さっきはあっちの子が一番可愛く見えたけど、今はこっちの子が可愛く見えるなあ、などと考えていたときに、そうだった、今日はワールドカップだった、と思い出したのである。
思い出してももう遅い。身動きのできない小劇場。やはり身動きのできない渋谷の飲み屋街。
帰りは副都心線で、やれやれ座れてラッキー、おかげでついうとうとと居眠り、という状態で、見ようと思ってもサッカーなど観られないのであった。
電車を降りて、糸車の歌を歌いながら天と地の間に何が降臨するのかなあと考えつつ、のたりのたりと歩いて家に帰る。1時過ぎ。当然、家族はぐっすり夢の中だ。
途中、コンビニで買ったカップヤキソバにお湯を注ぎながらテレビをつけたらもう後半。しかも、南アフリカが勝っている。うひゃあ、こりゃたまらん展開ですな。
できあがったソースヤキソバをつまみに焼酎をすする。
ギリギリになってメキシコがビューティフルゴール。そのまま終了のドローだった。
いやあ、緊張感たっぷりでありつつも、スピードと迫力に満ちた、素晴らしいゲームだった。審判は、こういうゲームができると、いい作品ができたという気分になるのだろうなあ。
昔、野茂さらにはイチローが登場する前の日本人にとって、大リーグの野球とはまったく別物であった。
小手先の作戦や技術など関係ない。大男が力の限りに放り込んだ剛速球を、やはり大男が力の限りに「おりゃああ」と打ち返す、そういうシンプルなスポーツに見えたのだった。
今夜の南アフリカ対メキシコのサッカーも同じだった。
大小、自在の展開。緩急、思うままのコントロール。
間に合うまいと見えたボールを猛然と追いかけて自分のものにし、力いっぱいゴールへと蹴り込む。野獣のようなスピードでボールに襲いかかり、奪ったら「オレの獲物だ」とばかりに咆吼する。
サッカーとは、やっぱりこういうものだよなあと思ってしまった。
中盤の底がどうしたとか、サイドのかけ上がりがどうだとか、もちろんオレなんかにはわからないレベルでそういう戦術はきちっと取られているには違いないのだが、そういう約束事が小賢しいことのようにさえ思えてしまうのだ。
やっぱりワールドカップは面白いねえ。こういう相手に、下手くそで、弱くて、情けなくて、チビで、遅い日本チームがぶつかっていくのだ。ライオンにウサギが噛みつくことができるかどうか、果たして楽しみである。
日本が当事者として観ることのできる最後のワールドカップだ。楽しみだなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「キーボードマガジン」久しぶりに読んだ。サンレコがエンジニアをターゲットとしているのに対し、こちらはアレンジャーをターゲットとしているので、あれえ、こんなに面白かったんだァ、という感じ。今回も3Dアレンジ術という特集が面白かった。あとは、小室哲哉の巻頭インタビューがよかった。小室哲哉のツイッターを見ていると、人日と、案外真面目で音楽に対しては実にピュアであることがよくわかる。このインタビューでも、自分のノウハウ、思いなどをなんのためらいもなく吐露していて、偉ぶったところも何もなく、今までの姿はメディアを通じての虚像だったのだということが納得できた。この先、ちょっと活動に注目である。


2010.06.10
原稿。
朝のうちに原稿を書き上げてしまうと、日中は余裕のよっちゃんである。
暑い中を散歩して、ダイエットなのだった。
汗をかきかき家に帰ってきたら、おおーっと、まさかの不意打ち。なんとも卑怯な相手にやられちまった。
税務署である。
すーーっかり忘れていたオレもオレなのだが、そうだ、6月は税金の月なのだった。住民税である。
どかーんとやってきて、1年分のその金額を見て、思わず卒倒。以前に比べれば、売れ上げが減って所得が減って貧乏になった分、税額も減ったのだが、それでもびっくりするような金額である。
くっそう、子ども手当も焼け石に水だ。
これだけ税金を取れられて、そこにあの柔道バカの顔がちらつくと、国税だろうが地方税だろうが税金は税金、民なんかに絶対入れるもんかという気になる。
よろけるように銀行に行き、泣きながら金を下ろして、再びよろけるように郵便局に行って右から左、税金を払ってきた。炎天下、へろへろになってしまって、こら、税務署、なんでこんな目に合わせるんだ、そっちから取りに来いってんだ、あ、いや、来ないでください。
銀行で下ろして郵便局で払って、自分でも無駄な動きだとは思うのだが、なんとなくいつもの習慣だ。
税金を払った辛さと悔しさで、夕方、家の前で発泡酒を飲んでいたら隣のオガワさんも飲み始めて、いつものことながらささやかな宴会になってしまったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
「本日、サービスデー」朱川湊人・光文社。朱川湊人を立て続けに読むのであった。これはガラッと雰囲気の変わったユーモア系の小説集。うーん、この系統だと持ち味は出ないのではないか。中で一つだけ、自殺した女子高生が三途の川で船に乗る前に引き返しちゃうという話は、ユーモラスなタッチではあるものの全体に不思議で不気味な雰囲気が漂っていて、いい味が出ていた。


2010.06.09
レコーディング。
本日は、間もなくリリース予定の「くまかつ」アルバムの最終録音である。
唯一残っていたボーカルの録音なのだ。歌うのは、まゆちゃん。19歳。ぴちぴち。
コマガタ君なら卒倒しかねない若さである。
実はまゆちゃん、「くまかつ」のくまちゃんこと高杉さんの教え子なのだ。教え子って言っても保育園時代、2歳の時の先生が高杉さんなのである。
へー、2歳の。
びっくりして、まゆちゃんに、2歳の時の先生なんて覚えてるの、と聞いたら「しっかり覚えてるんです」との返事であった。先頃、十何年ぶりかで恩師に再会し、その瞬間、二人とも相手がわかったというからすごい。
オレなんて、小学校は全滅、中学時代の先生の顔もおぼろだというのに。
それとも先生というのは、そういうふうに教え子の顔はいくつになってもわかるものなのかな。いずれにせよ、素晴らしいことだと思う。
レコーティング後、石神井公園を散策。
17年前は先生と園児として一緒に歩いた二人が、今日は肩を並べておしゃべりしている。なんだかとてもいい光景なのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.06.08
取材1。
小学校の創立記念日ということで、子どもはヨメに連れられ、ディズニーランドに向かったのだった。
6月の、なんでもない火曜日。「あり得ないほど空いていた」そうで、最長でも30分待ち。存分にいろんな乗り物を楽しんだらしい。
オレはというと、もちろん仕事であるな。当然。
話は飛ぶが、ものは試しとウォークマンに、ついも使っているソニーのモニタリング用ヘッドホンをつないでみたら、これが凄まじく素晴らしい音で、こりゃとてもイヤホンには戻れないと、一瞬にして思ったのだった。
やっぱりヘッドホンがいいよなあ。
でも、スタジオ用のごっついヘッドホンは短パン姿には似合わない。やはり軽めのルックスがいい。
ということで注目なのが、今月の20日過ぎにソニーから発売される新しいヘッドホンだ。うーむ、なかなかおしゃれ。
スペックも、見る限りにおいては問題なさそうである。
だがやっぱりちょと高い。1万なんぼ。一日に数十分しか使わないものに、それは高いなあ。
でも、2、3回飲みに行くことを思えば、決してためらう額でもないか。うーむうーむ。
最近は何かにつけて優柔不断のオレである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「SPA!」
「赤々煉恋」朱川湊人・創元推理文庫。すっかり朱川湊人にはまってしまったオレは、次から次へと続けて読むのだった。こちらも駅前の書店で購入。インタビュー仕事の行き帰りで読んだ。この作品集は…恐ろしい! 狂喜の恋愛をテーマにした作品集で、例えば最愛の人の遺体を生きているかのように残しておく「死体写真師」とか、フリークスに捧げる究極の愛を描いた「私はフランセス」とか、読後感最悪の怖さ、気持ち悪さなのだった。うーむ、面白いぞ、朱川湊人。駅前の書店にはまだ何冊か並んでいたし、見かけなかった作品は早速アマゾンでまとめて注文した。


2010.06.07
取材1。
成田までインタビュー仕事に行く。日暮里で乗り換えだ。
昼飯を食おうと思ったのに、日暮里近辺、何もない。うう、困った街だ。
駅前に立ったら、なんだかいつか見たような記憶が薄ぼんやりと。えーとえーと。
そうだ、思い出した。昔、ここで漂流をやったんじゃなかったっけ。
東口なんてないのに「東口集合」と号令をかけたら、全員、きちんと「東口があるとしたらこのあたり」という場所に集まってきたので、感激したものだった。
「東口なんてないじゃないか」と激怒しつつ、そこにやってきた伊豆原の雄姿をオレは忘れない。
なんてことはどうでもよい。
駅前でふと顔を上げたら、目の前に、焼酎にキューリをぶち込んだ「河童割り」という酒を出されて卒倒した酒場があった。
中のキューリをぽりぽりかじれば、つまみも要らないという素晴らしい酒である。味はスイカのような、メロンのような、とにかくまともではない味だった。
その酒場が、おお、昼の12時過ぎだというのに営業している。ランチか。いや、ちゃんと飲み屋として営業しているようだ。素晴らしいぞ、日暮里。くらくらしてきた。
とにかく何も食うものがなく、しょうがないので、成田に到着してから昼飯にしようと決めた。
空腹を抱えて京成線の日暮里駅に向かって、階段を上っていたら、オレの隣を歩いていた30代前半のお姉さんが、えーと、ローライズっていうのか、妙に腰回りの浅いジーパンをはいていて、なんとも驚いたことにジーパンの上からケツの割れ目がはみ出しているのだった。
ふんぎゃ。
ケツの割れ目を出して普通に歩いている30代前半、分別のついた年頃の姉さんというものを初めて見た。
こういう場合、うへへへラッキー、とは思わないものですな。ケツの割れ目。
うひゃー、なんだこの姉ちゃん、と引いてしまうものですな。
見れば手にはでっかいスーツケース。なるほど、これから成田で海外ですか。南アですか。
ケツの割れ目見せたまま日本女子の恥さらしですか。南アだったら確実に命を落とすぞ。
税関で誰かが注意することを祈る。
などとくだらないことを考えながら、オレも京成で成田へ。
遠いなあ。これが。日暮里から特急で1時間以上だよ。ほんと、こんなところに国際空港だなんて、ケツ出し女くらいに恥さらしだなあ。と、妙にケツ出しにこだわるオレ。
京成成田に到着。
駅前には立ち飲み屋があって、これが昼の2時前だというのに客が飲んでいる。んあー。
成田、ろくでなしの田舎町。
どうしてみんな、こんなに昼間っから、しかも平日、飲んでいられるのだろう。
そうだ、突如関係ないけど、ヤワラだかなんだか知らないが、「議員でも金」と言って出馬宣言した柔道バカが「女子スポーツ選手が結婚後も活躍できる環境をつくりまーす」と演説で公約したらしい。いったいその恩恵を得られる人間が日本に何人いるというのだ。
そんなことに税金を使われてはたまらんから、あの柔道バカが引っ込まない限り、オレは民には絶対に入れない。
なお、噂ではヤワラの絵柄を選挙キャンペーンに使わせてくれと作者の浦沢某に頼んで速攻で断られたらしい。あまりの常識知らずにとことん大笑いだ。
どうも、ろくでなしということで、成田駅前の立ち飲み客と柔道バカがオレの頭の中でつながったらしい。まったくオレの頭もおかしいのではないか。
無事にインタビュー仕事を終えて、再び京成成田の駅前。
夕方近くになっていて、件の駅前の立ち飲み屋が「一緒にろくでなしになろうよ〜」と呼びかけてきたが、ここはグッと我慢の子なのだった。
電車を乗り継いで延々と石神井公園。
駅を降りたら、駅前ロータリーにずらりと人が並んで「介護現場の職員の待遇改善に署名を」と叫んでいる。どうも介護施設で働く東京都の職員が、待遇改善を訴えているらしい。
たいへんな仕事だものなあ。介護の人はもっと手厚く遇して当然だと思うし、柔道バカに税金を無駄遣いされるぐらいなら、介護職員の給料を上げるべきだと思うよなあ。
うむうむ、と深く納得するオレであった。
しかし、やり方がダメでしょ、これじゃ。ずらっと、およそ30人も並んで一斉に「署名をお願いします」と声を張り上げていたなら、誰だってよけて通るよ。だいいち迷惑だ。
もっと別のやり方をすればいいのになあと思いつつ、オレもよけて通ったのだった。

「ビッグコミックオリジナル」
「花まんま」朱川湊人・文春文庫。同じ作家の「かたみ歌」を読んで衝撃を受け、これはこれはと思って、おそろく代表作であろう直木賞受賞「花まんま」を手に取り、京成成田までの往復で読んだ。一読、びっくり。うーむ、とうなる。昭和30年代から40年代を舞台にした、不思議な味わいの短編が6つ。幽霊や超能力などがふんだんに出てくる、ホラーの味わいの作品ばかりだ。そのいずれもが、人の心に深く切り込んでくるような味わいである。在日ということで友だちもできなかった朝鮮人の子どもが死んでしまい、唯一、ちょっとだけ仲よくしていた"ボク"のもとに幽霊となってやってくる話や、生まれ変わりをテーマにした表題作などは深く深く心を揺さぶる。特に表題作。娘を持つ親としては、涙腺がゆるみっぱなしだった。その上で「兄貴というのはきっと世界で一番損な役回りだ」という決めセリフは、ストレートのど真ん中なのだった。この作家は面白いなあ。さて、次はどれを読もうかなあ。


2010.06.06
朝から全国統一模試を受けにいっていた息子を迎えに行ったら、がっくりと肩を落としていた。ことのほか問題ができなかったらしい。
「遠足」という漢字も書けなかったようで、バカたれである。
ただ、試験問題は、ひっかけ問題などの多い、いわゆる受験問題ばかり。頭の良し悪しにはあまり関係がなくて、要は慣れの問題のようだ。
過去問じゃないが、そういう類の練習問題をたっぷりやっておけば、難なくできるようになるはずだ。
そういう勉強をしないで、こち亀を読み、スーパーマリオばかりやっているからこうなるのだ。ばかめ。
公立のゆるい空気の中で、鼻をほじっていても一番になるような環境にいる息子に、この狭い日本にも自分より勉強のよくできる子は星の数ほどもいることをわからせることが目的の模試だ。がーんとショックを受ければそれでよろしい。かっかっかっ。
もっとも塾の先生よりも両津勘吉をはるかに尊敬している息子は、たいていのことはすぐに忘れて、ほげーっと叫ぶのであった。
*
その息子を石神井公園の駅前でピックアップして、クルマで荻窪に向かう。娘の夏服を、荻窪のルミネで買うためだ。
買うべきブランドは決まっていて、そのショップが荻窪ルミネに入っていることは調査済である。ところがそのショップには欲しかった服が置いてなかった。残念。
もっとしょうもないことに、5階のレストラン街に行って、息子が「うどんが食べたい」というのでうどん屋に行ったら、ありえないだろうという接客をされ、激怒して席を蹴って出てきたのだった。いや、席を蹴るまでもなく、席に着く前に激怒して出たのだった。
「饂飩四國」というタコな店である。潰れてしまえってんだ。
ルミネには罪はない。でも、こんな店を入れておくと、ルミネの品格も疑われてしまうぞ、オラオラ。
というわけで荻窪のルミネでは用が足りなかったので、地元に住むいさわしを呼び出して昼飯をおごってもらおうかと思ったが、それもどうかと考え直し、電車で吉祥寺へと移動したのである。
クルマはそのまま駅前の駐車場だ。
吉祥寺、何年ぶりかでやってきたが、混んでますなあ。
案外近いのよ、吉祥寺。練馬の我が家から。それどころかお母ちゃん連中は自転車で連れ立って吉祥寺まで買い物に行くし。
なんせ自転車で30分、バスでも30分。へんに池袋あたりに行くよりは、なんぼか気がきいてるし。
と言いつつ、オレは何年ぶりかでやってきて「こないだきたよ」という娘よりも久しぶりなのであった。
しかし吉祥寺ってのは、街全体に武蔵野文化人という空気が漂っていて、ロハスな香りもぷんぷんしていて、よそから来ると上から見られているような気分になりますなあ。
*
狭い街の狭い路地にひしめく人混みをかきわけ、とりあえず飯だ。
荻窪ルミネの「饂飩四國」のせいで、腹が立ち、余計に腹が減ってしまっている。どこか飯はないか。
ありました、串揚げ屋が。
なんとわけもわからず飛び込んだ串揚げ屋は、バイキング方式で自分で揚げて食うという串揚げ屋であった。ひょえー、こりゃあ面白いっ。
肉や野菜やらを取ってきて、テーブルの油に突っ込んでその場で揚げて食う。これで子どもが喜ばないわけがない。
これがうまい、これは揚がってなくてまだ早い、揚げたらこんなに膨らんだ、と大騒ぎであった。こりゃあ面白いなあ。
この店、炭水化物も充実していて、カレーにお茶漬けに炊き込みご飯にヤキソバにうどんまである。うどんは自分で茹でて食うヤツで、そりゃあ荻窪ルミネでうどんを食い逃した息子は大喜びでうどんのおかわりなのであった。
さらにはザートも食い放題で、娘は「べつっぱらだよー」といいながらミルフィーユをむしゃむしゃと食ったのだった。
腹が膨れたところで、さて、服を買うか。
でも、場所は知らない。調べてもない。
どうしたかというと、アンドロイド携帯で検索して地図を表示し、GPSで道案内だ。なんなんだ、これは。便利なんだか、バカなんだか、よくわかならいなあ。
GPSが正しくても利用するオレがバカだから、結局迷ってうろうろし、ようやく発見。SM2のショップだ。
ここで娘は夏用のサンダルとワンピースとタンクトップを買った。大喜びである。
娘は、洋服を見るのも買うのも大好きで、実に幸せそうな顔で服を選ぶ。黄色と赤のワンピースを手にとって「どっちが似合うかなあ」と嬉しそうだ。
対して息子は、服なんか見ても実につまらなそうである。
女と男の買い物は、このような幼い頃からまったく違うのであった。面白いなあ。
*
娘が洋服を選んでいる間、その退屈そうな息子を連れて商店街を歩いていたら本屋を発見。「あ、本屋だ、本屋に行こう」と喜び勇んで飛び込んだ息子であった。
そして何の本を買ったかというと、先日来、あちこちの本屋で探していたという、ソロバンの本である。
そそそそ、ソロバンかよ〜。囲碁といい姫路城といい、実に不思議なものを選ぶ息子であった。
最近はソロバンにはまっており、家でもスーパーマリオギャラクシー2に飽きたら、引き出しからごそごそとソロバンを引っ張り出してきてパチパチ弾いては「どうやるんだろ」と首をかしげている。
オレは面倒くさいから、わからなかったらお母さんに聞け、と言ってあるのだが、どうも両親ともに使えないと思ったのだろう、ソロバンの解説書を求めていたようなのだった。
その探していた本を手に入れ、娘は気に入った洋服が買え、それぞれに笑顔で電車に乗り込み、荻窪まで戻ったのだった。
荻窪では駅前のコインパーキング。精算したら、とほほほほ、1500円もとられた。まあ、駅前だからしょうがないか。こんなことなら最初から吉祥寺までクルマで一直線すべきだったわい。今さら言っても後の祭り、アフター・フェスティバル。
家に帰ったら娘はさっそく着替えて、買ったばかりの服を満喫。
オレも、服に限らず買ってきたものはすぐに使うタイプで、ヨメはとりあえずしまい込むタイプだ。こんなところも娘はオレに似たらしい。
息子はというと、さっそく腹ばいになってソロバンの本を読み、右手でパチパチとソロバンを弾いては一人で納得している。相当に面白いらしく、土日はやっていいという約束のスーパーマリオギャラクシー2で遊ぶことも忘れている。
模擬試験の問題が多少できなくても、囲碁とかソロバンとか、自主的に研究しているほうが、なんぼか頭のためにはいいのではないかと思うのだが、どうだろう。新聞も毎朝ちゃんと読んでるし。
オレは、庭に出て初夏畑を渡る夕方の風に吹かれながら、ビールを飲み始めた。
と、隣のオガワさんが犬の散歩から帰ってきて、一緒に飲み始める。
今日は吉祥寺まで行ってきたけど人が多くて疲れたねえと話したら「まったく、この辺にいたら人混みなんて見ないものねえ」と返ってきて、大笑いだった。
そのうち奥さんが、つまみにということで、きんぴらゴボウや大根の葉っぱの炒め物などを持ってきてくれた。
旨いなあ。
子どもと一緒にきんぴらゴボウをつまみながら、いつまでも明るい空を見上げるのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.06.05
本日はオレがヒマで、昨日の息子のように「たいくつだあ、たいくつだあ」と転げ回るのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.06.04
打ち合わせ1。
久しぶりに東陽町。下町だなあ。
息子が風邪で学校を休み、寝込んでいたので早めに帰る。と、すっかり回復して「たいくつだあ、たいくつだあ」と転げ回っているのだった。
夜、酔っぱらった頭でサッカーを見る。
コートジボワール戦。もはや何も期待せず、つーか、もともと三連敗が既定路線なのだから期待してもしょうがなかろ。
前回の独大会前までは2流国。そこから1.5に行くかと思ったら3流国になってしまったただよ(笑)。
長い目で見れば少子化だし、その子どもの体力もすこぶる落ちているというし、この先、サッカーが強くなっていくことはあり得ないわけだ。
ひょっとしたら、いや、かなりの確率で今大会が最後のワールドカップになるであろうぞよ。
これからは北欧の国々のように、別にサッカーなんて強くなくてもいいですから、オレたちは目立たぬように穏やかに暮らしていきますから、どうぞ皆さん、頑張って汗を流してください。オレたちは見る側で別の汗を流しますから。という具合でいいかも。
と思っていたら、またまたオウンゴール。闘莉王。絶対に覚えなければならないルールがある(笑)。
あげくに相手のエースを骨折させるとは、目立たぬように穏やかに暮らすどころか、思い切り迷惑をかけてしまっているではないか。仕方ない、闘莉王、こうなったら次はエトーだ。
あきれて酔っぱらって、そのまま寝る。
布団じゃなくてカーペットに直接寝ると、やっぱり体のあちこちが痛いなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊新潮」
「かたみ歌」朱川湊人・新潮文庫。不勉強にして知らなかった、この作家。直木賞じゃん。一読、仰天。実に素晴らしい作品じゃないか、これは。昭和30年代から40年代の下町を舞台に描く、哀しいホラー。ある女の子の、あるいは弟思いの男の子の心情が、特に切なく描かれていた。それにしてもこの怪しい独特のトーンは、あの幻の作家・赤江爆によく似ている。そう思って、確か赤江貘の作品集がどこかにあるはずと思って本棚を見たが見つからず、ならば今度買って読み直そうと思ったのだけれど、Amazonで見たらもうちょっとした売っていないのね。


2010.06.03
取材1、原稿。
晴海のトリトンで取材を終えた後、ビルの中でランチ。今日は天気もいいし、たまにはランチビールと行きますか、ということで昼から中ジョッキ。
もちろん1杯で終わり。つまみは、本日のおすすめ定食だ。
テーブルの上にiPadをこれ見よがしに置いていたら、中ジョッキを運んできた姉ちゃんが「わ!」と声を上げる。
「iPadだ、私、初めて!」とアルバイトを忘れて完全に素に戻ったので、ほれ、使っていいよと手渡す。「わ、すごーい、わ」と姉ちゃん大喜び。
その様子を見て、兄ちゃんもやってきて「あ、すげ、あ」と一緒に騒ぎ出す。
ふふふ、気分がいい。たいへんに気分がいい。
やっぱり人に見せびらかすというのは気分がいいなあ。
このまま今月いっぱいはiPad見せびらかし月間として常に持ち歩くことに決定したのだった。
帰ってきて夕方までに原稿を片付けて、庭先でビールを飲んでいた隣のオガワさんにiPadを見せびらかしに行く。
「へー、何それ、へー」とあんまり驚いてくれない。うーむ、残念だ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
「質問力」齋藤孝・ちくま文庫。晴海まで行く片道電車の中で読了。うーむ、いろんな対談を取り上げて、この発言はいいですね、この質問は上手ですね、とほめられてもなあ。美人の顔を見せて、ほら、この美人は目がぱっちりしてるから美人なんですよ〜と解説されても何の役にも立たないのと一緒だ。


2010.06.02
原稿。
どうもカナル型イヤホンにはなじめない。耳に突っ込むタイプのだ。
以前使っていたオーディオテクニカのダイナミック型1万円がなかなか使い心地がよかったのだけれど、娘が引っ張ったおかげで断線してしまい、仕方なくウォークマンにもともとついてきたカナル型を使っているのだった。別売りだと6000円。
カナル型って、耳の奥に突っ込むから音漏れが全然しない。電車の中でも平気なのだ。
もちろん外の音も聞こえないから、クルマが近づいてきたってちっとも聞こえない。ひかれそうになっても、心地よく音楽を楽しめるというわけだ。
ダイレクトに耳に響くから、コードが服にこすれる音がガサガサとして、歩くと地面に接する音が骨を通じてずんずんと響いてくる。
要するに非常に耳が疲れるのだった。
やっぱりダイナミック型に取り替えたいなあと思って電器屋へ行っても、ほとんどがカナル型。んあ〜。
まったく娘がにくらしい。
と、ふとオーディオテクニカのC5000というやつが、値段の割にはすごくいいというのを耳にして、ものは試しとAmazonで頼んでみた。なにしろ1300円。
これなら失敗してもあきらめがつく。
ところが届いたそれは、1300円という価格が信じられないほど、素晴らしい音なのだった。
前に使っていた1万円のとも遜色なく、つーか、もともとオレの耳ではそんな違いが聞き分けられないだけの話かもしれないが、ともかく、この値段でこの音かとびっくりするほどいい音なのである。
ドライバーも大口径。低音がちょっと弱い感じがしたが、それはまあエコライザーで補うとして、ともかく1300円でこの音なら大喜びなのだった。
とりあえず現在は100時間を目標にエージング中。しばらくはこのヘッドホンで聴いてみよう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「SPA!」
「オンリィ・イエスタデイ」志水辰夫・新潮文庫。名手・シミタツのミステリー。あれれれ、この人の持ち味って、けれんをギリギリまでそぎ落とした隙のない文体ではなかったっけ。どうにもしっくりこないなあ。新しい人物が登場するたびに、延々とその顔つきやスタイルについての描写が続いたのには、うんざりだった。出張の帰り、庄内空港の売店で購入。


2010.06.01
取材1。
今日から6月。となると、待ちに待ったあれだ、ももかんのCDだ。
毎年、6月だけ聴くことに決めているのが、ももかんのデビューCD。
イントロのギターが流れ出した瞬間、部屋中の空気が夏に変わる。湿り気を含んで、そうそう、夏ってこの空気だよね〜。
この気分を味わいたくて、1年間の我慢だ。毎年、6月1日の朝にこの曲を流して、夏が来たのを実感するのが楽しみなのだ。
いい気分だなあ。
羽田空港に行き、12時10分発のANAで山形は庄内空港。爽やかな風が流れて、この地方では1年で一番いい季節だ。のんびりしたいものだなあ。
だが、仕事だ。
インタビューをそつなくこなし、再び庄内空港。
高速道路も空港も、ガラガラだなあ。確かにこの様相を見れば不要と言いたくなるが、地元の人にしてみればいったんつくったものを「無駄だから」となくされるのも、納得のいかない話だよなあ。
ANA、それなりに満席。
羽田・庄内がわずか1時間だから、日帰り出張にはとても便利だ。
便利じゃないのは羽田から石神井公園で、片道1時間半はかかる。余裕を見て2時間は必要だ。
オレが家から羽田に行くまでに、飛行機なら山形まで往復しちゃうという話。
それにしても庄内空港では問題なくiPadが使えたというのに、羽田空港では会員になってパスワードをもらわなきゃLANが使えないってのはどういうわけだ。悪いのはオレじゃない、アップルだ。羽田だ。
7時過ぎに羽田に帰ってきて、さてどこかで飯食おうと思い、遠回りして飯田橋の鳥よし。厚揚げ、ウィンナー炒め、ポテトサラダ、ハムカツ。わはははは、厚揚げ以外は子どもの弁当のようなメニューだな。
いい気持ちになり、鼻歌で帰ったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」
「ダダ漏れ民主主義」日垣隆・講談社。音楽がダウンロードになり、書籍がキンドルになり、でも要は面白いコンテンツであれば人は金を出すというだけの話だ。そんなことは前々からわかっていたように思うが。


2010.05.31
ミックス。
うひゃー、早いもので今日で春が終わりである。
冬が終わって春がやってきたときはあんなに嬉しかったが、過ぎてしまえばあっという間なのであった。
そして1ヵ月後には1年の半分が終わってしまって、きっとまた「うひゃ−」と言うのだろう。
それにしても今年前半はひどかった。こんなにひどいのはフリーになって22年、初めてのことである。
ただじっと空を見上げるのみ。
一息つき、気を取り直して、iPadを手にする。
それは仕事には使えないなあ。というか、仕事の用途が見えないなあ。
入力はPCのようには到底いかないので、ノートとしては使えない。ノートが使いたいならノートを使おう、という話だ。
アンドロイドでは、音声を吹き込めばテキストに変換してメモ保存してくれるアプリが出た。同じようなのはiPhoneにもあるのか? ならば記録用としてはiPhoneで十分だ。
メールもブラウザもiPhoneで十分である。
となるとiPadの使い道としては、やはり電子書籍ということになるのかな。
それも、小説とか雑誌とかにはあんまり向かなくて、仕事のレファレンス本を大量に持ち歩くのにぴったりだ。要は電子辞書ですな。
例えばマーケティング本数冊とデザイン本数冊と経済本の新刊と六法全書を全部持ち歩くのは不可能だけれど、iPadならすーいのすい。
移動中の電車の中で経済本の新刊を読み、出先での打ち合わせ中にはマーケティング本から必要なネタを引っ張り出し、ついでに六法全書を開く、という使い方が可能だと思う。
これなら十分に便利ですな。いずれオレもこういう使い方をするかと思うね。
あと、意外なことに音楽関係が盛りあがっていて、なんとかというシンセサイザーが使えるので「これだけでiPadを買うことを決めた」という意見がけっこう多い。
オレが個人的に一番期待しているのが、pia Scoreというアプリである。
これはまだ開発中のアプリであるが、ネット上でガンガンと期待の声が流れている。要は楽譜ソフトだ。
これを使えばiPadで楽譜書きができるわけで、ようやっとモバイルでの編曲作業が可能になるのだ。やれ、楽しみだ。
一時ネットブックで楽譜書きに挑戦したが、やっぱり入力のマウスが十分でなく、使えなかった。今度はけっこういけるのではないかと楽しみである。
このアプリがリリースされたら、オレはiPadを持ち歩いて、カフェでアレンジをし、移動中は電子書籍を読むのだ。おお、なんと格好よいのだろう。たんごちゃんモテモテ計画のスタートである。
まてまて、この日記もiPadで簡単にチェックされるようになったから、ヨメにモテモテ計画がばれたらえらいことである。
そんなどす黒い野望を胸に秘めつつ、昼に向かったのがマクドナルド。んあ〜。
iPadにくっついてきた祖父とバンクのWi-Fiを使えるようにするにはややこしい認証作業を行わなくてはならず、そのポイントが全国のマクドナルドにあるざんす、というわけだ。
姑息だな、祖父とバンクにマクドナルド。
普段は絶対に足を向けないマクドナルド。嫌々ながらしょうがなく立ち寄ったのである。ついでにワールドカップキャンペーンのコカコーラのグラスももらってきたのである。
欲しかったんだよなあ、このグラス。
オレのガキの頃はよう、このコーラのグラスが光り輝いて見えてよう、オラァ、いつか立派な大人になってあのグラスを手に入れて腹一杯のコーラを飲むんだよう。
そう固く誓ったグラスが、おお、今目の前に。なんとかセットを買えばもれなくついてくる。なんと安い企画なのだ、このグラス。
家に帰って、コーラではなくてビールを注ぎ、再びiPadにゲームをダウンロードしては、つかえねーなーと、文句をたれるオレなのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.05.30
ミックス。
イングランドとの親善試合。
全得点を日本が入れたのに逆転負けするという、世にも珍しい試合だ。いやあ、いいものを見せてもらった。
しかも、PKを止めたり、監督同士がガチでガンを飛ばしたり、見所満載。非常に楽しい試合でありましたな。
どうせだからとiPadを横に置いて、ツイッターしながらのテレビ観戦。コマちゃんやオザキがいろいろとつぶやくのを見ながら、オレも適宜書き込んで、えーと、これってチャットじゃん。
そんなことはともかく、例によって日経新聞の解説は実に的を射ていて、本田のことも「意外性のある6番バッターに過ぎない」と見切った。「中村の代わりの駒がいない」と既に俊輔には三行半を突きつけているものの、その後の手詰まりを指摘している。
やっぱあれだな、経済新聞におけるスポーツ欄に何の意味があるのだと自問自答し続けているからこそ書ける記事だと思うが、どうだろう。
今日西友で買ったスーパーマリオギャラクシー2について書こうかと思ったけど、面倒くさいのでなし。最近は新アルバムづくりもさっぱり。どうもやる気が出ないな。
日記も短いので、そろそろまたとことん長い日記を書かなければ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.05.29
レコーディング。
本日はこの夏に発売予定の、くまかつの新アルバムのレコーディングである。
「くま」こと高杉さんと「かつ」ことかづとくんが丹後湯にやってきて、録音だ。
ミックスには苦労しそうだが、どうぞ7月のリリースをお楽しみに。ぼちぼちジャケットもつくらなきゃ。
レコーディングの他に、くまかつの2人は別の目的もあった。オレのiPadをがめることである。
駅まで迎えに行くクルマの中に、見せびらかす目的でオレはiPadを積んだ。そして車中で液晶画面をすいすいとやれば格好いいのであった。
ところが3G対応していない最低スペックのオレのiPadでは、どこへいっても無線LANが届かなくて、どうしようもない。結局、すいすいと液晶をいじってるフリをするだけだった。
それにしても高いねえ、アプリ。
あれもこれも、アンドロイドなら全部タダだったのが、Appleは平気でカネを取りやがる。天気予報のアプリなんて、アンドロイドではタダが当然なのにiPadは315円とかだ。ひでえ話だ。
しかもアンドロイドなら有料アプリでも24時間以内に返却すればカネが戻ってくる。だからどんどん落として使ってみて、23時間で返品するというのがアンドロイド文化の常識だ。
その上で気に入ったらカネを払えばいい。
ところがAppleは、最初の同意します文書に、アプリケーションは一切返金しないと書いてあって、うひゃー、なんつー高飛車な商売。しかもその3割を問答無用でピンハネだ。
こういう商売、つまりはビジネスモデルで一人勝ちのアップル。決して長続きはしないだろうなあ。
さてiPadであるが、しばらくは見せびらかし用である。電子書籍以外、仕事には使えない。
新聞読みたいなら新聞を手にしろ。本を読みたいなら本を開け。
あ、一つだけ、なんとかったていうアプリが、手書きのメモを取ってパソコンで同期できるというのがよかった。もちろんダウンロードで315円だ。これにしてもEVERNOTEと同じコンセプトではあるのだが。
それにしてもこのインターフェースはすごいな。逆に言えば、インターフェースだけだな、すごいのは。さらに逆を言えば、それだけで十分なのだな。
仕事には使えないiPadであるが、一番安いのは5万円もしないのだから、これからは高めのプレゼンにはiPadを使って、終わったら「ご検討ください」と言ってそのまま相手にあげちゃうというのはどうだろう。
あげちゃってマズイなら、好きなだけ貸してあげます、とすればいい。絶対にウケると思うが、どうだろう。ここ半年くらいは。
5万円でできプレゼンだから、接待より安いぞ。
こんなこと以外に使い道のないiPadであるが、オレは来週の山形出張に持って行って、意味もなく見せびらかす予定である。
それを聞いた高杉さん、「山形じゃ、絶対にヒーローですよ。いや、ひょっとしたら山形じゃ誰もiPadなんて知らないか」とひどいことを平然と口にしていた。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.05.28
Amazonで「50歳からの」というキーワードを入れて検索してみると、あるわあるわ、「50歳からの満足生活」「50歳からの勉強法」「50歳からのシンプルライフ」と、次から次へと本が出てくる。
男は(女でもそうか)50歳から生き方が変わってしまうものなのか。そうだったのか。
今話題の映画「RAILWAYS」。49歳で会社を辞めて電車の運転士に転職した話しらしい。
見ようかなと思っていたのだが、試写会ではいい年をしたおっさんがそろって泣いているというのを聞いて、どうも食欲が落ちてしまった。
主演の中井なんとかは言う。「どんなことでもカタチになるのに10年はかかるから、男が新しいことを始める限界は50歳でしょう」と。
んあー、ここでも50歳だ。
さらにあるジャーナリストが「IT系の新しいものに飛びつくかどうかは50歳が境目になっているような気がする」と言っていた。やっぱり50歳か。
まあ、確かにツイッターだ、Androidだ、iPadだといろいろ新しいことにはちょっとうんざりはするのだが、今のところはそれよりも好奇心が優っている。
ともかくだ、50歳という年齢で線を引くのはやめにしてもらいたいものである。
遊び歌作家のワンちゃんは「よーし、60歳だ、これからだ」と張りきっていた。
元気でいろんなことに挑戦しようとしている60歳もいれば、やりたいことも見つからなくて「別にー」と口を開けている20歳もいるという、そういう話ではないのかね。
ともかくオレは子どもがまだ小さいのだ。50歳がどうだこうだなんて、言ってられないのだ。新しいこともすぐに飛びつくのだ。
というわけで予約して買ったiPad。
朝テレビをつけたら物好きにも銀座で行列して開店するのを待っている人々の姿が映し出された。
それを見た息子は「テレビに映りたいから並んでいるんだよ、きっと」と、日本中の誰もが思ったことを口にしたのだった。
iPadなんて、単なる工業製品である。希少な宝飾品でもなければ、季節限定の名産品でもない。
それなのに行列をつくるとは、まったく大笑いだ。]息子の言葉は案外本質を突いている。
と言いつつ、かつて初代iMacを買うために早朝から秋葉原で行列して14番の整理券を手にしたことがあるという過去を、オレは抹消するのであった。
子どもたちは朝から学校だし、ヨメも朝から出かけている。家の中にオレ一人。
うーむ、これでは出られないではないか。といっても出る用事もないが。
さらに特に仕事もないので(あっさり流すのであった)、家にいてもすることがない。それなら新曲のアレンジ出るすればいいのだが、50歳を過ぎてからはなんだかやる気が出ないし。
こうしてひたすら宅急便がピンポンを鳴らすのを持って午前を潰し、昼を潰し、そして午後になってもピンポンは鳴らないのであった。
めんどくさいから今日の日記はこれで終わり。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「夕刊フジ」


2010.05.27
そういえば、とふと思い出してトム・ジョーンズのベスト盤をAmazonで買った。
トム・ジョーンズとはイギリスの歌手で、えーと、エルビス・プレスリーみたいなタイプの歌い手だ。オレは中学生の頃とことん聴きまくったものだ。
中学生のオレは、イギリスのおっさんだと思っていたが、実は今でも現役で歌いまくっているらしく、びっくり。オレが思春期の頃からずっとおっさんというわけだ。
日本で言えば、あれだな、北島三郎みたいな立場だな。トム・ジョーンズ=北島三郎説がここに成立だ。
よく聴いたねえ、「ラブ・ミー・トゥナイト」。
筒美京平が田原俊彦「抱きしめてトゥナイト」で思い切りパクったことでも有名だ。ちなみにさっきタイプミスして「出汁決めてトゥナイト」と打ってしまった。出汁決めて(笑)。
届いたCDで、40年ぶりぐらいにいろんな曲を聴く。おお、なかなかよいではないか。
思ったほど古くさくないし。つーか、同時期のサイモン&ガーファンクルやビートルズを今でも普通に聴いているのだから、それも当たり前だわな。
「家路」とか、昔は地味だなーと思っていたけど、今聴くとこんなにいい歌だったのかとびっくりする。
どんな歌でも、喉も張り裂けよとばかりに絶叫し、常に激しく腰を振るダンスを決めるものだから、「歌詞の意味がわからずに歌ってる」と言われたものだが、中にはそうでない曲もあるということがわかった。
今、Wikipediaを見て見たら、なんと孫が2人もいるとのことでびっくり。
でも、北島三郎だと思えば孫がいても当たり前か。
ヒット曲だけでなく、B面とかアルバム曲にもけっこういいのがあって、「マイ・ウェイ」は絶品だし「引き潮」はもう一度聴きてえなあ。と思ったら、YouTubeで聴けた。
うーん、素晴らしいぞ「引き潮」。昔の人って本当に歌がうまかったんだなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊ポスト」
「千年樹」荻原浩・集英社文庫。読み逃していたので、文庫になったのを手に取る。いやあ、この本は重かったなあ。中身が。短編集なのだが、あまりの辛さに先を読むのがきつかったよ。ほんとにいろんな引き出しのある作家である。ただ、個人的にはユーモア路線の方が好きだ。


2010.05.26
原稿。
突如わきあがった大相撲の砂かぶり席問題。なんでも反・貴乃花グループが仕掛けた騒動らしい。
砂かぶり席を「ヤ」の人々に譲ったというのがいけないらしいが、別に法律違反でも何でもないと思うのだが。
犯罪でもない出来事をさぞ大罪のように騒ぎ立てるとは、やっぱり相撲協会は常識に欠けるということの表れか。それとももっと奥深い裏があるということか。
例えばもっと大きな何かの目眩ましであるとか…。
ともかく法律違反でも何でもないことを、こんなふうに騒ぐのはおかしいよなあ。
*
夜、NHKで松本隆の特集番組を見る。
松本隆の詞で初めてすごいなあと思ったのは、松田聖子「渚のバルコニー」の「右手に缶コーラ、左手には白いサンダル」というフレーズだった。
青い海をバックにした、赤と白の鮮やかな色彩感覚もさることながら、「缶コーラ」という、それまで歌謡曲では絶対に使われたことのなかった単語を実にあっさりと溶け込ませたことにびっくらこいたのだった。
阿久悠が、筒美京平と同じように徹底してマーケティングの人だったのに対し、松本隆は「時代に足りないものを書けばいいんだよ」と言ってはいるけれど絶対に不器用なアート志向の人だったと思うな。
興味深かったのは、綾瀬はるかに新しい詞を手渡すシーン。きちんとワープロ打ちしてプリントアウトしたものを、厚紙の表紙をつけて製本して、渡していた。なるほど、そうするのか、と感心。
今や歌詞だけでなく音源そのものもメールで添付しちゃう時代だから、こういう手渡し感というのはとても大切だな。
松本隆は「アナログ人間」みたいなことを言ってたけど、んなことはなくて、パソコンだって早くから自作しちゃうほどデジタル大好き人間だったはず。だからこそ、こういう手渡し感覚を大切にしているのだろう。
日垣隆も、あす発売の新刊の前書きで書いているが「一度で済む用件をなんどもメールでやり取りするのが現代社会」なのだ。オレも、どうして電話しないでメールなんだろう、と思うことがよくある。
前夜、飲みに行ってご馳走になったお礼だって、電話なら2分もあれば済んでしまうのに、メールなら5分以上かけて送って、もらった側はまた5分かけて返信して、と煩わしいことこの上ない。
と言いつつ、オレもついメールでなんでも済ませようとしてしまう。わかっているんだけどなあ。
今では誰でもそうだと思うが、一番頻度の高い手段がメールで次が携帯、固定電話は最後だ。
ま、そんなことは置いといてと、この松本隆の番組でも出てきたけど綾瀬はるかはなかなかいいね。松本隆が「奇跡だ」と言ってたように、この鼻にかかったボーカルはなかなかよろしい。
「赤いスイートピー」のカバーがツイッター界で「神カバー」と騒がれたのもよくわかる。えーと、歌の上手な原田知世みたい。
その原田知世だって、昔に比べたらずいぶんと上手になったよねー。人間、どんなことでも10年以上本気で続けていたらそれなりのレベルに達するということの証明だ。
*
松本隆のあとは続けて松田聖子の特集だ。「赤いスイートピー」って、松本隆に松任谷由実に松田聖子って、「松」のつく人ばかりなんだね。「赤い松」とかにすりゃよかったのに。
松田聖子は、セルフプロデュースだかなんだか知らないけど自分で作詞作曲するようになってからは、あんまり好きじゃないな。この人の歌に思想はいらない。あくまで職業的アイドルでいいと思う。
そういや、松本隆の番組で薬師丸ひろ子がちょくちょく出てきたけど、この人はもっと歌うべきだよなあ。本当に素晴らしいボーカルだもの。
最近のはちょっと声が出ていないので、少しボイストレーニングでもして整えて、もっとたくさん歌って欲しいものだ。
歌い方で言えば、松田聖子が「瞳はダイヤモンド」を歌うのを聴いて、テレサ・テンを思い出してしまった。演歌じゃねえっての。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.05.25
血合わせ1。
来週、仕事で山形まで行くのだが、その飛行機のチケットを買うために立ち寄ったのが池袋駅構内にある西武旅行。
以前、ここでは脱力ものの経験をしている(名古屋のホテルを頼んだのになぜか岐阜のホテルを執拗に勧められた。断ったら「名古屋まで電車で20分ですよ」と追い打ちをかけてきた)ので、ちょっとどうかと思ったが、飛行機のきっぷを買うだけだからどうってことはないだろうと思ったのだ。
実際、どうってことはなかったのだが、オレがいるのに店員同士でわあわあおしゃべりするし、まともな敬語は使えないし、接客業としてどうなのそれ、というレベルではあった。
しょうもない旅行代理店である。
池袋ではちょっと時間があったので、ビックカメラとヤマダ電機通称マダ電略称電に寄った。ウォークマンのイヤホンを買うためである。今、イヤホンと打ったが、Google日本語はなんと「いや本」と変換した。なんだよそれ。見せて欲しいものだ、いや本。
今までオーディオテクニカのを使っていて、それはけっこう気に入っていたのだが、たぶん娘がいじったせいで断線してしまい、使い物にならなくなったのである。悲しい。
ところが店頭でいろいろ見たら、今はカナル型がほとんどなのね。
あれってコードのこすれる音はするし、足の音が響いてくるし、おかげで耳と頭が痛くなってきてどんどん不快になるので、嫌いなのだ。それなのになんでカナル型しかないんだろ。
ビックカメラではゼンハイザーにダイナミック型があった。
続けて行ったダ電。おお、広くてきちんと整理整頓されている売り場ですな。なかなかいい感じですな。
だが、見栄えに騙されてはいけないのであった。どれどれと詳細に商品を探し始めた結果、どうもろくなものがないことが判明。ここここ、これはひどい。
ダ電はしょせんダ電なのであった。
結局何も買わずに店を出る。今はしょうがなくケンウッドのオーディオについてきたイヤホンを我慢して使っているのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「王妃の館(上)」浅田次郎・集英社文庫。上巻だけ書くというのもどうかと(笑)。面白いんだかつまんないんだかわからない、不思議な本。とりあえず上巻でお休みだ。しばらく放っておいて、別の本を読もう。


2010.05.24
無人島プロレスというジャンルがある。
無人島に漂着するとしたらどの試合のビデオを持っていくか、というテーマだ。
オレの場合は、文句なしにスタン・ハンセン対アンドレ・ザ・ジャイアントだな。田園コロシアムで行われたあの試合は、今ではハンセン、アンドレ、そしてミスター高橋による完璧なシナリオのもとでのアングルだったことが明らかにされているが、それを知りつつ見ても驚いてしまうほどのスーパーマッチだった。
あの怪物どうしの伝説の試合がセミファイナルで行われ、メインイベントでアントニオ猪木とタイガー戸口が対照的に極めて人間臭いプロレスを披露する、その幕間にリングに立ったのがラッシャー木村率いる国際軍団の3人だった。
崩壊した国際プロレスから職場を求めて転職してきた軍団は、役どころとしては完全なヒール。猪木を頂点とする新日帝国の崩壊を目論む悪の軍団だった。
せっかく仕事を求めてやってきたのにその職場を崩壊させるわけはないのだが、とにかくそういう役どころでの登場だった。
だからハンセン対アンドレの興奮というこれ以上ない舞台づくりのあとに求められていたのは、その興奮をさらにヒートアップさせ、次のメインイベントへとつなぐことだった。
だが、ラッシャー木村はとことん常識人で、善人だった。
会社が倒産してしまって路頭に迷おうかというところに業界最大手の会社が手を差し伸べてくれたのだ。しかも最高の舞台も用意してくれている。ここは社会人としてきちんと頭をさげるのが当然である。
だからラッシャーは心からの挨拶を口にしたのだった。「こんばんは」と。
プロレス文脈では、ここは「おらおら〜、てめーら、よーく聞け、なーにが猪木だ、オレがぶっ殺してやるわ、がはははは」と吠えなければならない。
もちろん本当に殺そうと思っているわけはなく、「今日の交通費はあとで精算してくれるのかな」と心配しながらの咆哮であることはファンの誰もが知ってはいるが、知りつつも「おー、ラッシャー、マジだよ、やべーよ」と盛り上がってみせるのがファンの役目であることも知っているのである。
そういう背景の中での「こんばんは」だったから、田園コロシアム、一気にずっこけたのであった。瞬間「ヤバイ」と思ったアニマル浜口がマイクを奪い「おらおらおらーっ」とすごんだものの、時既に遅かったのである。
最初にボタンを掛け間違えると、あとは苦労する。以降、国際軍団はヒールの役どころでありながら、なんとなくしょーもなー感を漂わせるのであった。
ちなみにこの伝説の田コロ大会、東横線の車内で中吊り広告を眺めながら山口くんと「行きたいねえ」と話したものだった。その田コロも今はない。
*
そういう、へなちょこ感を漂わせながらも、猪木と抗争を始めた国際軍団はそれなりに凄みがあった。とにかく徹底的に憎まれ、嫌われた。ラッシャーなど自宅に生卵が投げられ、飼い犬がストレスで死んでしまったほどである。
あの当時、国際軍団は徹底して嫌われ者だったのだ。その最も嫌われ役が、今ではテレビで娘に向かってがはははと笑う暑苦しいアニマル浜口だったのだから、時代は変わるものである。
一番盛り上がったのは、猪木が一人、国際軍団が3人というハンディキャップマッチだった。1対3。まあ、屈辱の試合である。
その試合を、業界最大手に再就職できて感謝いっぱいの3人は、きっちりこなした。猪木は1人目、2人目をなんとか倒したものの、とうとう3人目のラッシャーに負けてしまうわけだが、当然これが一番盛り上がる流れだ。
この試合、蔵前国技館の2皆席でオレも見ていたのだが、いやあ、憎たらしかったねえ、国際軍団。あの猪木を、卑怯にも3人がかりで倒して雄叫びを上げて、会場はもはや罵倒の嵐。
当然、猪木はいつどうやってこの仕返しをするのかということが次のテーマになり、新日の会場はその後も満員。視聴率も上がるのだった。
そして、とうとうその仕返しの日が来た。たしか大阪府立体育館。
ラッシャーは猪木と1対1のシングルマッチを行い、猪木に完膚なきまでに叩きのめされたのである。
それはそれは凄惨なリンチマッチだった。
後年に明らかになったのだが、ほとんどまともに歩行できないほどに腰を痛めていたラッシャーは、「仕事だ」とリングに立った。その状態を知っていた猪木は、これはまともな試合ができないと判断したのだろう、すぐに木村をリングに落として額を割った。
猪木のシューズの紐でキレたということになっているが、たぶんセコンドがカミソリを入れたのだろうな。とにかくすごい出血だった。
そして、ラッシャーはその出血が一番凄惨に見えるようなタイミングと角度で、エプロンサイドで顔を上げ、ぐわーっと見栄を切ったのである。それは自分に憎悪をぶつけてくる、人生の苦さや重みなど何も知らない無垢なファンに向けて「どうだ、わかったか、これがオレの仕事だ」と咆哮したような、そんな凄みに満ちていた。
その後もリングでラッシャーは猪木のケリを額に受け続け、会場は「もっとやれー」と興奮の極みに達し、結局、テンカウントのノックアウトで勝負がついたのだった。
これも後年明らかになったことだが、このころ国際軍団の3人は試合が終わると3人で居酒屋へ行って、荒れていたらしい。寺西とアニマルが、大将であるラッシャーに「なんで負け役ばかりなんだ、なんで憎まれ役ばかりなんだ」と食って掛かると、ラッシャーは一言「仕事だ」と言い、あとはただ黙って酒を呑むだけだったという。
うーむ、男だなあ。
*
利用価値がなくなるとすぐに見きってしまうのが、使い捨て上手な猪木と新日である。ラッシャーは幻のUWF構想に騙されて新日を出て、全日に拾われ、結局最後はノアに漂着する。
全日時代は、馬場との義兄弟タッグというポジションを見つけ、渕とのからみもあって、ようやく安住の地を見つけたようだった。
一言で言えばお笑いプロレス。もたもたコミカルな動きで笑いを誘い、お約束のマイクパフォーマンスで再び笑いを呼ぶという役どころだ。突き出た腹にロングタイツ。泥棒ヒゲ。漫画のような佇まいは、お笑いプロレスにぴったりだった。
かつての国際軍団の凄みを知っているファンとしては、その姿は寂しい限りではあったれど、ラッシャー本人は間違いなく「仕事だから」と黙々こなしていたに違いない。
国際プロレス時代、社長の吉原と1対1で飲んだ時、ふたりとも無口であるため4時間とうとう一言も口をきかずに酒だけを飲み続けたという逸話があるらしい。
寡黙でマジメで決して自分を主張せず、あらゆることを飲み込んで黙々と自分の役割をこなす、考えてみれば宮沢賢治のようなプロレスラーだった。
晩年は病魔にやられ相当に辛かったようだが、きっと「痛い」とこぼすこともなく、ただじっと耐え続けたんだろうなあ。その死には、お疲れ様でしたの一言しかない。
ラッシャーの訃報が流れた日、かつて凄惨なリンチ試合をやった猪木は昼の生番組で愛想を振りまいていた。馬場、ラッシャーと人格者は世を去り、憎まれっ子は相変わらず意気軒昂だ。
まあ、それもこの世の無常ということで。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「光媒の花」道尾秀介・集英社。評判が高いのも一読納得。驚きのクオリティだ。横山秀夫のような切れ味。連作短編集で、それぞれに深い味わいのミステリーでありながら、話がどこかでつながっている。その技巧もさることながら、ここで描かれた人間たちの哀しみというか、苦しみというか、その息の詰まる人生がリアルに迫ってくる。


2010.05.23
駅前のTSUTAYAに行って、借りていたDVDとCDを返却。子供と一緒だ。
ついでに新しい何かを借りようかと店内を見る。娘は「ドリフがみたーい」と、コメディのコーナーに走り去った。
オレはオトナモードのCDでも借りるかと探した。
そして結局、娘もオレも息子もヨメも、だーれも一枚も借りなかった。
レンタルCDショップがけっこうどこも厳しいことになっているらしいが、自分が客として行ってみれば、確かに特に借りたいものもないという気になる。店のせいか、コンテンツそのもののせいか。
向かいの書店に行き、文庫本を何冊か買って帰った。
予定では今週手元にiPadが届くのである。いよいよ電子書籍なのである。
新聞や雑誌でも入れようかなとは思う。だがしかーし、500円あれば魅力的な読書時間を過ごせる文庫本が容易に手にはいるのである。
紙の書籍及び書店は決してなくならない。
書店に立ち寄って店内を一周して、あれ、こんな本がある、これは知らないけど面白そうだ、そういえばこっち方面は何もしらないなあと、いろんな発見をするのはやっぱり楽しい。ネットでの本探しとはまったく別のベクトルだ。
音楽も同じだよね。CDショップで流れている音楽を聴き、知らないジャケットを見るのはやっぱり楽しい。
こうしたリアルの感覚を大切にしつつ、便利なネットも上手に使いこなすというのが、正しい道なのだ。そうなのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「砂漠」伊坂幸太郎・実業之日本社。5人の個性的な学生を主人公に、学生時代の様々な模様を描いた一冊。青春時代というのは、こういう匂いのするものだよな。さすがに名手の作品だけあって、軽く流した内容であっても、しっかりと読ませる。


2010.05.22
練馬には祭りが多い。なぜだろう。不思議である。
本日は石神井公園にて「子どもまつり」である。子供を対象としたいろんな屋台が出て、ステージでも子供のダンスが披露されたりするのだ。
子供相手なので、屋台といってもアルコールはない。当然「えーっ、この暑いのにビールもないのかよーっ」という叫びがあちこちで聞かれるのである。
我々もそんな一団であり、喉の渇きに耐えかねて、夕方4時には公園を脱して駅前の居酒屋はまのないに飛び込んだのであった。
うーむ、4時だというのにほとんど満員の盛況ぶり。ろくでもない大人ばかりの街である。
我々は親子で総勢9名。飲んで食ってしゃへって、気がついたら8時を過ぎている。げげっ、4時間も飲み屋にいたのかよ。
慌てて精算して帰ったオレは、子供らと風呂に入り、たちまちぐっすり寝たのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.05.21
録音。
コンビニスイーツが人気である。
オレがよく行くのは西武線沿線という場所柄、ファミリーマートである。ここの、プリンとかが並んでいるコーナーにスイーツが並んでいる。
んまそー。
特にケーキが好きというわけでもないのだが、酒が好きなのと同じように、甘いものも普通に好きである。そして、カメラマンのヨシダさんと同じく、時々甘いものを口に入れたくなるのだ。
朝、1時間ほどウォーキングして、やれやれ帰ろうとついファミマに立ち寄ると、これらの甘いものに手が出てしまうのだ。
いやあ、エクレア、うまかったなあ。コンビニでこれかよーと驚くほどのうまさであった。
今日はロールケーキに挑戦しようと思ったのに売り切れで悲しい思いであった。
ウォーキングのあとにこんなものを食っては、汗を流した意味がなくなるというものだが、やはりこの誘惑には抗いがたいのであった。
*
1,2ヵ月ほど前にセキュリティソフトのウィスルバスターをアップデートした。とたんに動きが怪しくなり、フリーズ、再起動、終了しないという不具合が頻発。放っておけば奈央るだろうと持ったのにちっとも改善せず、正直、鬱陶しいなあと思っていた。
そんなところにタイミングよくVectorから「安いセキュリティソフトありますぜ」のメール。どれどれ。ほほう、3000円。しかも、とにかく軽い、だと。
これは試してみる価値があるだろうと、インストールしたのだった。確かに軽快。こりゃいいや。しばらくこれで様子を見よう。
*
学研の10月号の付録用CDの録音を終える。今回は丹後湯、すなわちオレんちでの録音だ。
ノイズなどにはもちろん気を使うが、それ以上にやはりマイク関係の機材が決定的に不足しているので、専門スタジオと遜色なく録るのは厳しい。
それでも努力して可能な限り聴くに耐える音で録音した。ミックス後、一息ついたら案外疲れているコトに気がつき、仕事終了。
家の前でビール、つーか発泡酒を飲んだ。この季節はやっぱり外で飲むのが気持いいや。
仕事を終えたオガワさんが自転車にのって帰ってきたので、発泡酒を一本分けてあげて一緒に飲んだ。オガワさんはトランプを使った手品(唯一の持ちネタらしい)を子供たちに披露してくれ、その種明かしで大騒ぎなのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「ビッグコミックオリジナル」


2010.05.20
3ヵ月に一度の目の定期検診に行く。
40代を過ぎると白内障や緑内障などのリスクが高まり、以前、豊洲の昭和医大附属での人間ドックで「緑内障の初期ですよ」と診断され、結局それは誤診(笑)だったわけだが、そんなこともきっかけとなって、定期的に眼科医に通っているというわけだ。
幸いにして今回も何も問題はなく、以前にレーザーを当てて焼いてもらった網膜の術後経過も順調で、とりあえず一安心。
ただ、いつものことではあるが、検査の前に瞳を開く薬を目に入れられ、これがとにかくまぶしくてまぶしくて、一日、ほとんどまともにモノが見えない状態。なにもできないのだ。
本を読んでもテレビを見ても目がつらくてイライラするし、せいぜいが音楽を聴いて昼寝するぐらいしかなく、とほほなのであった。
まあ、目は大事だからなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経エレクトロニクス」「週刊文春」「女性セブン」「おぅねすてぃ」宇江佐真理・新潮文庫。物語自体はつまらんかったが、文明開化直後、明治初期の日本の空気感というものがとても興味深かった。


2010.05.19
音楽関係の本を買うために、新宿三丁目。
新星堂のRockInがある。けっこうしっかりした店だ。もっと近くにあればいいのにと思う反面、近くにあったらカネがいくらあっても足りないではないかと考え直す。
書籍コーナーで入手。続いて道を挟んだB館に移動し、4階のアコースティックギターコーナに上がる。昼前だから空いている。
ギターのコーナーにオレより年上のおっさんが一人。「これがエレアコ?」「弦はどういうのがいいの?」と店員を質問攻め。店員は慣れたもので的確な答えだ。
そのうち試し弾きということになったようで、やっぱりあれだな、おやじバンドブームに乗って、何十年ぶりかで自分のギターを持とうかと考えた団塊だったのだな。
棚にブルーグラスの面白そうなCDが並んでいるのを発見。欲しくなったけど、我慢我慢。結局ここでは何も買わないで出た。
昼飯時。そうだ、新宿御苑のボロボおじさんの事務所に行って、メシをおごってもらおう。
だが、電話しても留守電である。本能的に危機を察して逃げたらしい。うーむ、仕方ない。次こそは。
仕方なく一人で昼飯にしようと、そうだ、久しぶりに桂花ラーメンでもと思い、三丁目の路地を入る。だが桂花ラーメン、昼前に既に満席。ちっ。
ラーメン食うのに並ぶ気はないねと、誰からも相手にされていないのにつぶやいて離れる。結局、近くの居酒屋ランチにする。
最近はあれだね、昼飯の値段が確実に安くなってるね。
さくら水産の500円ランチはお約束。居酒屋ランチでも、えっ、これで500円かよ、というのが増えてきた。
今日のはさすがに500円ではないが、それでもコーヒーまでついてこの値段かよ〜と驚いた。
まあ、安くなるのはいいこと…なんだろうなあ。
副都心線でうとうとしながら帰る。
帰ったらAmazonからCDが届いていた。本日発売の東京女子流「おんなじきもち」である。うふふ。
DVDがおまけについているので、早速DVDを見て歌と振付を覚えたのだった。
それにしても若いね〜、この子たち。5人組。どう見ても小学生だろ。
公式サイトを見ても生年月日は非公開となっている。もしかしたらうちの息子と3,4歳くらいしか違わないのでは?
そんな女の子たちの新曲を予約して買って喜んでいるおじさんは、けっこう危なくないのではないか? いやいや、これも仕事だ。新曲はちゃんと聴かなくては。
とことん暇である。暇ではあるが、先々の仕事の予定が2つほど入ってきた。ああ、よかった。
仕事の連絡が途絶えると、このまま社会から見捨てられて孤独に消えて行くのではないかと恐れるのがフリーであり、1つでも仕事が入るとやっぱりオレがいなくちゃこの世は回らないねとふんぞり返るのもフリーである。
5月もあと10日。ということは、春もあと10日で終わるわけだ。
6月になったら仕事が動きそうなので、まあ、それまではじたばたしてもしょうがないから、本でも読んで過ごそう。いや、ぼちぼち丹後湯新作でもつくるか。
いやいや、頭の中にいくつかある新曲のアイデアをカタチにして、歌をつくるか。
そう言いつつ、ぼけっと日々をやり過ごすオレなのであった。
早くiPad届かないかなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「編曲テクニック99」リットーミュージック。同じシリーズのDTM99を先日手にしてあまりのつまらない内容にがっくり。ところが"これは結構使える"という評判を聞いて、しょうがないなあと買ってきた次第。わざわざ新宿まで出かけてだか高い電車賃を払うより、Amazonなら無料で速攻届けてくれるからこっちがなんぼかいいのだが、まあ、たまには新宿にも足を運ばねば。ひどく初心者的なことと、ひどく専門的なことが仲良く並んでいる、ちょっと面白い本だった。確かに使えます。ところどころ、筋ではそうだけど現場じゃそうも言ってられないのでこんな手も使っている、というネタが面白かった。例えば"無理を承知でお願いしますが、一晩でなんとか一曲"と頼まれた場合の対処法など、うわっ、それは禁じ手ギリギリじゃないのかという内容で大笑いだった。確かにこの手なら一晩でできるわなあ(笑)。


2010.05.18
娘が初めて小学校の図書室から本を借りてきた。「シートン動物記」である。
リスの話っていうから、えーと、何だろう。「旗尾リスの話」か。
オレも小学生の頃はむさぼり読んだなあ、シートン動物記。
その年頃でむさぼり読めば、当然、人格形成上にも何かしらの影響を受けたのだろうな。
その意味ではオレたち世代の人間は、案外「サンダーバード」に大きな影響を受けたのではないか。だいぶ前にDVDセットを買って、途中まで見てそのままにしているから、たまには見返してみるか。
はっ、と言うことは、息子はスーパーマリオとこち亀に人格形成上の影響を受けてしまうというわけか。こここ、これってどうなんだ。
そういえば最近、突如として「ほげーほげー」と叫んで跳ね回っているし、シーシェパードのニュースが流れたら「国際ほげーっ」と喜んでいたし。
うーむ、しばらく事態の推移を見守りたい。
椎名誠が、小説やエッセイで子どものことを赤裸々に書いたものだから、やがて思春期を迎えた子どもたちから猛抗議を受けたそうだけれど、オレもそうなるのかな。
まあ、いいや。この日記が見つからなければいいのだし。
布団の中で娘に、おとうさんも子どものころ、シートンどうぶつきをいっぱい読んだぞ、と話したら嬉しそうに笑っていた。
ところで先ほど「旗尾リス」と書いたけれど、もちろん記憶していたのではなくて、ネットで検索しただけのことである。まったく楽ちんな時代である。
そこで例の国会ダイブの三宅おばちゃんのケースであるが、テレビでは相変わらずどういうことだろうとみたいな扱いだけれど、ハセはブログで「本人が自分で転んだと言ってた」と書くし、おばちゃんが「そんなこと言ってない」と否定しても、同じエレベータに乗っていた共産党議員がやはりブログで「あ、オレも聞いたよ」と書いちゃうわけだから、おばちゃん、完全に詰み。ネット上では明らかに自作自演ということで決着だ。
それ以前にYouTubeにはその瞬間のスローモーションがさんざんアップされていて、誰が見ても自作自演ははっきりしている。
ネット時代って、こわいよね〜。
もちろんテレビ屋だって当然チェックしていて、そんなことはわかっていて見てないフリをしているのだから、まあ、何かの損得勘定をしているのだろうけれど、そのこと自体、画面のこっち側にも見え見えなのであった。
それにしてもびっくりするのが日刊ゲンダイ。例の口蹄疫騒動について、「地方分権とさんざん騒いで、いざとなったら国に泣きつく。自業自得だ。天罰だ」と信じられない書き方にびっくり。しかも一面、でかでかと。
どうしてここまで民主を持ち上げるのか。つーか、普通の感覚でこりゃアウトだろう。ああ、びっくりした。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊ポスト」


2010.05.17
夕方、松本隆のトリビュートアルバム「風街DNA」がAmazoneから届く。お待ちかねだ。
早速ウォークマンにぶち込み、散歩しながら聴く。練馬も風街である。
この企画のために新たにアレンジされたものかと思ったらどうもそうではなくて、いろんなところからの寄せ集めのようね。やっぱり綾瀬はるか「赤いスイートピー」が抜群に素晴らしかった。クレジットを見たら、ほほう、オトナモード。
やるもんだわい。いつかブレークすると見られてなかなか爆発できていないが、さすが、このアレンジセンスは素晴らしいなあ。いいバンドだ。
徳永英明「瞳はダイヤモンド」も、すさまじくよかった。詞と曲に力があり、ボーカリストにも力があったら、アレンジャーは何もしなくていいという見本のようなトラックである。
もちろんアレンジャーは超一流のミスター坂本だ。ギタリストはジャズのあの人で、パーカッションは重鎮のあの人で、そういう具合にびっくりするような一流ミュージシャンを集めて、けれんをギリギリまでそぎ落としたシンプルこの上ないアレンジになっている。
本当に素晴らしくて、散歩から帰ったら外でビールを飲みながら聴き直してしまったほどだ。って、なぜビールを飲まなくてはならないのだ。
ともかくいい音楽を聴くと気持ちいいよね〜。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「小暮写眞館」宮部みゆき・講談社。宮部みゆき3年ぶりの現代もの書き下ろしで、書店にポスターが貼ってあって、新聞にも大きな広告が出ていて、しかも700ページの大作で、そりゃもう期待はふくらむから、オレにしては珍しく発売当日の朝(一昨日だ)に駅前の本屋に歩いて行って買ってきたわけだ。以来、机の上で、光が丘の公園のベンチで、家の前のベンチで700ページを読み続けていま読了したわけである。でも一番よかったのはカバーの写真であった。だははは。はあ〜。宮部みゆきは、やっぱり時代ものが好きだなあ。


2010.05.16
そういやゴールデンウィークに新潟へ里帰りした、その帰り道のこと。
高速を走りながらオレはFM新潟をぼけっと流していたのだが、その番組パーソナリティのしゃべりが面白くて、つい引き込まれてしまった。
何がっていうと、ところどころ、ぽろっと方言をはさむのである。例えば、グルメの話題では、延々と盛り上げた後、ぼそっと「あれ、うんめかったねえ」と方言でつぶやく。
これがなんともいい味を出しているというか、一気にリスナーとの距離が縮まるというか、すさまじいリアリティが生まれるんだよね。ちょっとびっくりした。
そうか、こういうふうに若いパーソナリティーが方言を放送に載せて使いこなす時代になったのかと、嬉しくなったのだった。
以前ならばオンエア中に方言がまじったら、それは恥ずかしいことだったのになあ。って、これは新潟地方の話であって、関西方面とかは知らない。
清野 幹という地元出身のパーソナリティらしい。水原町。そういやここにある病院に高校時代、検査のために2週間ほど入院していたっけなあ。
また帰省したときは聴きたいものである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.05.15
朝、ツタヤにVDVを返しに行き、ついでに本屋に寄って今日出たばかりの大型新刊及び雑誌を買う。帰ってきたら汗をかいていた。
昼から光が丘の公園で祭りがあり、例によって子供らがダンスを披露する。いつものようにオレは哀しきビデオ担当。
祭りの屋台でビールを飲むからクルマでは行けず、しょうがない、暑い中、30分歩くかと思ったら、隣のオガワさんが「おう、うちに自転車乗ってけよ」と言ってくれた。
カギもかからなくて「盗まれたら盗まれたでかまわないから」というほどボロい自転車であるが、これはありがたい。
「サドルがひどく汚れている」というのでコンビニの買い物袋を被せて、とろとろと出発だ。
綾瀬はるかの歌う「赤いスイートピー」が素晴らしくよくてまさに神カバーとツイッターで盛りあがっていたので、どれどれとYouTubeで聴いて、ほほうこれはこれはと感心し、そのままダウンロードサイトから落としてウォークマンで聴く。
まったく音楽の知り方、買い方、聞き方は大きく変わったものだ。
確かに綾瀬はるか「赤いスイートピー」は絶品だ。いい声だなあ。
これを聴きながら5月の空の下、公園の緑を眺めて自転車に乗っていると、最高に気分がいいのであった。
それにしても最近のカバーブームはすごいよなあ。徳永なんたらのカバーをはじめ、誰もがカバーカバーカバー。カバーにカバーをかけるバカーというギャグが昔あったけど、あきれるほどのカバーばやりである。
やっぱり音楽が売れなくなってきて、新譜よりは昔から知られているタイトルのほうが確実に売れることが計算できるからだろう。確かに聴くほうにとっても、知っている曲の安心感がある。
昔「夜のヒットスタジオ」の冒頭で歌手が総出でカバーを歌うというコーナーがあり、堀ちえみが森進一のカバーを思い切り間違えて泣きじゃくって、それを森進一が優しく慰めて、さて、どこまでがアングルだろうと思った記憶があるが、まあ、カバーブームというのはそういう企画性の商品ではあるな。
あとは、アレンジャーとしてはアレンジが楽しみだ。ほほう、この曲をこうやるのかという切り口はたいへんに勉強になるし、楽器の使い方など、じーっくり聴くと学ぶことは多い。中にはやっつけのアレンジもあって、カバーだからいくらか売れると見込めるのだろうが、だからって手を抜いちゃいけないよなあなどと憤慨するのだった。
光が丘公園の祭り会場に到着。りさちゃんパパも発見。
子供らのダンスなどを見ながら、出店を回ってビールに酎ハイを飲む。越後の米ビールというのもあって、これはあんまり旨くなかった。
5月の空の下、公園の緑の中で風に吹かれながら酔っぱらっていると、大変にいい気分なのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」特集はライブのやり方について。これは後日たっぷりと。新製品紹介を見て、いろんな機材によだれを流す。


2010.05.14
原稿。
依然としてくすぶり続けているオレである。とうとう顧問の会計事務所からも「あきまへんな〜、もうかってまへんな〜」とおこられる始末である。
そんな時は、自分の世界に逃げるに限る。
現在進行中の音楽プロジェクトは2つ。一つが、地元よさこいチームのオリジナル楽曲づくりだ。
こう書くとすごそうな話だが、ちっともすごくなくて、ヨメと子どものいるよさこいチームが「オリジナル曲が欲しい」というのでつくっただけである。まったく地味な身内話なのだ。
不思議なんだけど、よさこいの音楽って、興味のない我々にとってはまったくどれも同じに聴こえるのだが、踊っている当人たちはそうじゃないのね。オリジナルかどうかなんて外部の人間にはまったく関心ないのだがなあ。
もっともオレの好きなカントリーもそうか。カントリーが好きじゃない人にとってみれば、あんなの、どれを聴いても一緒だよね。演歌も同じだ。
ジャンルっていうのは、つまりは、まあ、そういうことである。
もう一つのプロジェクトが、くまかつというユニットのデビューアルバムづくりである。こちらはだいぶ進んだ。あと1ヵ月もあれば音源は完成だろう。
なお、これに便乗する形で、伝説のユニット「たんさいぼう」が復活を目論んでいる。くまかつのメンバーは「調子のいいこと言って、オレらのマーケットを食おうとしているのじゃないか」と警戒しているようだが、そんなことはまったくないので、とりあえずはご安心ください。
だが「たんさいぼう」はまったく信用されていないのか、胡散臭い目で見られているのだった。
夜、ふらりと魚せいに行く。ああ、めんどくせえ。
ところが今日は他におしゃべりな客がいて、オヤジがオレに寄ってこなくて助かった。
話題がプロ野球になって、この客「オレは巨人が嫌い」と口にして、すぐさま「あ、いや、他のお客さんがいるからね」と巨人の悪口は自粛していた。なかなか立派な態度だなと関心。
どうも阪神ファンらしくて「オレは勝っても負けても、阪神のあの雰囲気が好きなんだよ」と、コマガタくんが泣いて喜びそうなことを口にする。
阪神ファンて、そういうタイプの人が多いよね〜。もっともオレも昭和の時代の日ハムに対しては、そんな感情を持っていたな。
同じようなキモチをサッカーの代表に対してももてればいいのだが、そんなことはまったくなくて、弱ければ憎くて恥ずかしいだけだ。
その点、プロレスはいいよな、プロレスは。負けても楽しければ勝ち。
などと話はまったくわけのわからない方向に展開して、今日の日記はおしまい。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」「紙のプロレス」今月号は90年代の女子プロ特集である。よかったよね〜、90年代の全女。オレは豊田真奈美とアジャコング、井上京子が好きだったなあ。豊田真奈美は、あの悪魔的な身体能力がすごかった。あのスタミナと思い切りの良さは、ほとんど化け物であった。男なら2、3回は死んでいたのではないか。アジャコングは、わかりやすくて、誰からも好かれるキャラがよかった。北斗が「アジャがいなかったら全女は終わっていた」と発言しているが、まさしくその通りである。そして、井上京子。底抜けに明るくて何も考えていないようなプロレスがよかったなあ。他にも堀田とか井上貴子とか、キャラの宝庫だった。当時の試合ビデオは、今見ても驚く。まさしく紙じゃなくて、神のプロレスだったよ。


2010.05.13
取材1。
どうも今年に入ってからのオレは、いわゆる「くすぶり」のようである。
うーむ、困ったものだ。仕事激減、収入激減。あるのはヒマばかり。仕方ないからいつも家にいるのであった。
てんちゅーさつか? 点誅殺としか変換されん。
まあ、しょうがない。しょうがないで済ませるのもどうかとは思うが、しょうがない。
ひたすらじっと時が過ぎて、また波が来るのを待つのであった。
あまりにヒマなので、取材の帰り、明るいうちから有楽町のまつ惣で飲む。久しぶりだな。
目の前のザルにあらかじめ数千円を放り込んでおき、注文が届くたびに店員が勝手にそこからカネを抜いていき、なくなった終わり。もっと飲みたければ、金を持っているヤツがまた放り込んでおく。
このシステムが気軽でとても心地よいのであった。
肉豆腐とアジフライがうま〜。
ほどほどに心地よく酔って、薄暮の中を地下鉄で帰る。
駅からの帰り道、スティービー・ワンダーの「Love is in need of Love」と「アイシャ」を聴く。「アイシャ」はすごいよなあ。
盲目のスティービーが初めてできた我が子を抱いて「可愛いだろ? この子は可愛いだろ?」と叫ぶ、その心情というか溢れるばかりの喜びが恐ろしいほどに伝わってきて、今聴いても涙が出る。
単調なリズムと単調なメロディーを延々と繰り返しつつ、それでいてまったく飽きさせない、その音楽的な豊かさは素晴らしいよなあ。
死ぬまで聴き続ける、いわゆる墓場CDというジャンルがあるが、このスティービー・ワンダーの「キー・オブ・ライフ」は、オレにとっての墓場CDの一枚だ。
家に帰ったら、子ども二人が風呂に入っていた。
オレもすぐさま乱入。酔っぱらったまま、わはははとお湯をかぶる。
娘が背中を流し、同時に息子が頭を洗ってくれて、父ちゃんはいい気分なのだった。
まあ、こうして家族と仲よく平和に過ごせれば、それが一番いいや。ただいま我が家は、家族の黄金時代、まっただ中。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」


2010.05.12
かづとくんを丹後湯に呼んで、本日はレコーディングである。
かづとくん、ボーカルがだいぶよくなってきた。練れてきたというか。
ただ、曲によって出来不出来の差がはっきりしているので、このあたりが課題かも。
レコーディング作業終了後、居酒屋「たけちゃん」へ行く。すぐにボーカルの青山ててること、いさわしも合流だ。
どうもオレの日記は嘘八百が書かれてるあると思われているらしく、二人から非難を浴びる。だが、知ったこっちゃない。日記だ。
日記に文句をつけられても、そりゃ、つけるほうがおかしいだろう。そもそも他人の日記を堂々とのぞき見るとは、どういう了見だ。
酔ったついでに開き直って説教してやる。かっかっかっ。
たけちゃん、相変わらずですなあ。酒も旨いし、食い物も旨い。
本日は、もつ鍋が最高でした。ああ、哀しみのプリン体。
あと、傑作が日本酒。何かくださーいと言ったら出てきたのが、これ。「バルタン星人」!
本当に「バルタン星人」という名前の酒で、しかもラベルがこれだから、一同、のけぞった。怪獣博士の異名を持ついさわしなど、感涙にむせんだほどである。
惜しむらくは、味だ。普通に旨いのだ。
このラベルにこの名前だから、きっとものすごくマズイとか、極めて凶暴な味を期待したのだが、いたって普通に旨かったのだ。こりゃ何杯でも飲めますが、そうではなくて、一撃必殺の味だと面白かったのだがな。
まあ、それはともかくとして、これは近年にないヒット酒である。
ところで、かづとくん、オレの真似をして、よせばいいのにAndroidに買い換えた。さらによせばいいのに、そのかづとくんを見て、奥さんのお父さんがエクスペリアに買い換えた。
ああ、みんな、なんということを。
iPhoneにすればよかったのに、早まってしまったなあ。
案の定、かづとくん、メールが届かないという状態が続いて、あちこちからクレームが殺到し、久しぶりに会ったみつる君からは「メール送ったのにどうして返事をくれないの?」と気まずい顔で責められたらしい。
しかし、買ってしまったからには仕方ない。どうせ2年しばりだろう、
耐えて慣れるしかないのだ。たぶんAndfroidに買い換えて、一つもいいことなかったと痛感していることだろうが、それも定めだ。
試練を乗り越えてこそ、男だ。
オレはというと、相変わらずしょっちゅうフリーズするAndfroidを罵倒しつつ、いろんなアプリを入れては削除し、遊んでいる。なかなか楽しい。
何と言っても、他人と一緒じゃないというのが最高に嬉しいなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.05.11
三重のこういちくんから「僕も小野が好きです」というメールが届いた。
こういちくんは、先日、府中で個展をやったイラストレーター。三重や岐阜から追っかけがついてくるという、隠れた有名人である。
なぜかようにも小野は多くの人を引きつけるのだろうか。
やっぱ松井と同じく、見ていて幸福感を覚えるプレーをするからだな。
それに加えて小野は、やっぱりあの笑顔だろう。
一つのプレーが終わった後の、あのはち切れるような笑顔を見ると、この人はいつまでたってもサッカー小僧なんだなあと思える。
今の代表であんな笑顔ができるのは、天然・内田ぐらいじゃないか?
とまあ、久しぶりにサッカーの話題で盛りあがるのであった。
ちなみにこういちくんの盛岡プロジェクトは、順調に進んでいて、既に具体的な日程も決まりつつあるらしい。10月だ。
どうやらその日程に合わせて、オレもライブをやると約束したらしい。飲んだら何でも約束するからなあ、オレは。
よし、それに合わせて、たんさいぼうのツアーにしちゃおう。ついでに青森のギタリストにも会うぞ。
ということで、予定に入れておいてね、いさわし及び童研関係各位。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」「ビッグコミックオリジナル」「週刊ポスト」「Androidベストアプリ」ポストでも"iPhoneとAndfroidどっちがいいか"みたいな特集をやっていた。読むとほとんど不毛の内容である。意味ないな。そういえば4月のスマートフォン市場で、アメリカではAndroidがトップに立ったらしい。へー。アドビが激怒するように、アメリカにはApple嫌いが多そうだしな。


2010.05.10
毎月10日、子どもの通う小学校ではテレビ・ノーゲームの日と定められている。
だから、6時に起きてきた息子に「お父さん、今日は何の日か知ってる?」と聞かれて、ノーゲーム・ノーテレビの日だろうと答えたのだ。
ところが息子の答えは「ちがうよー、アイパッドの予約の日だよ−」であった。おお、そうだった。
「お父さん、予約するって言ってたよ」って、ああ、確かにそうだ、予約するって言ったんだ。
どれどれとパジャマ姿で腹ばいになったまま、アンドロイド携帯でAppleストアにつないでみる。特に変わったこともなく、普通に在庫があり、普通に予約ができた。
アンドロイドで予約してやるあたりがなかなか楽しいのだが、誰もそんなことは気にしないだろうな。アホみたいなオレ。
月末あたりに届くらしい。カネがもったいないので、Wi-Fiの16ギガ。一番下のスペックを予約した。
さて、届いたら何に使おう。たぶん子どものゲームで終わりだな。わはは。
*
ツイッターで最近面白いのが、小室哲哉である。
安室とのからみなど全盛期のエピソードはもちろん、森進一とのレコーディングといったリアルタイムで進行中の仕事の裏話や、音楽的なアイデアなどを率直に披露している。
例えば「EADGBCのキーで楽曲が完成しても歌手の方の都合、高い、低いやらなんやらでE♭とかA♭とかになることがある。100%といってもいい。元のほうがヒットする確率が高い。POPSに使う楽器の鳴りは♯♭がつかない方が良い」とか「ドミソと鍵盤を押すとCというコードになります。打ち込みの人わかっていると思いますが、ベロシティーの数値を変える必要があります。手弾きでも同じ。右手の場合、親指を少し早めに強く鳴らすと安定します」とか。
昔話も含め、これがけっこう面白いのだ。
本人も認めているように、ブログブームの時はプライベートでそれどころではなかったので、ツイッターでデビューしてもどこかブログに書くような率直さ、饒舌さが漂っているのだと思う。
YouTubeなどでも小室哲哉への再評価の気運があり、もしかしたら再び脚光を浴びる日が近いかもしれない。そうなったら、それはすごいことだと思うなあ。
*
代表23人の発表。小野、小笠原の名前はなかった。
かつて小野のサッカーを見る時はとても幸福感があったものだが、最近では松井のプレーを見るのが一番幸せだ。
松井が、あの人を食った軽業師のようなプレーを見せてくれれば、試合の結果などどうでもいいと思うことさえある。まさに規律と奇想のアンビバレンツの快感だ。
個人的なサプライズは、矢野である。おお、来たか、矢野! 新潟の誇り。静岡出身だけど。
オレンジのユニフォームを魂にまとい、ブルーの戦士となってアフリカの大地を駆け巡るのだ。なんのこっちゃ。
ともかく嬉しいなあ。泥臭く、献身的な仕事をして欲しいものだ。
オザキもつぶやいたような、さあ、ここからは応援モードに入ろうではないか。
これだけダメでも監督は替わらなかったのだ。あとは応援するしかないではないか。
普通に3連敗するのだから、必死に応援してあっさり負けるという経験をたっぷりと楽しもうではないか。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.05.09
知り合いの某デザイナーから、ジャケットの仕事がらみのCD作品が1枚送られてきた。(発売前なのでとりあえず名前は伏せておいたほうが…)
どこにもない作品である。
ざっと聴く。うーむ、確かにこれはどこにもない音楽だ。"孤高の"と言ってもいいかもしれない。
たぶんまったく売れることはないだろうが、クオリティは一級品であることは間違いない。
売れる・売れないを意識せずに、こうして自分の好きな音楽をやっている人がいるというのは、とても素晴らしいことだと思う。しばらくは事務所のプレーヤーに載せておこう。
風が気持ちよく、緑もきれいで、一年で一番快適な日々。子どもたちが「自転車に乗りたい」というので、クルマに自転車を積んで、樹林公園に向かう。
時々やってくる、とてもキモチのいい公園だ。
自転車に乗る人、ジョギングする人、歩く人、芝生で弁当を広げる人、子どもとボール遊びする人。大勢の人が気持ちよさそうに思い思いに過ごしている。
この公園は本当に気持ちいいなあ。いかも一年で一番いい陽気の日。家族の日曜日とはこうありたいものだという、そんな時間を過ごしたのだった。
昼は学園町の小さなうどん屋へ。ここでラーメンを食う。
面は手打ち、出汁は鴨とサンマ節という実にユニークなラーメンの食える店だ。本当にうまいラーメンで、息子もオレも、つゆまでゴクリ。和菓子もやっている店なので、帰りには柏餅も買った。
石神井公園駅前のツタヤに寄る。子供らに好きなビデオを選ばせ、オレもアニメ「時をかける少女」と、CDスネークマンショーを借りる。
スネークマンショーのCDは、しかし、思いの外、笑えなかった。学生時代から社会人に欠けてあんなに流行し、大笑いしながら繰り返して聴いたというのに、今ではちっとも笑えない。なぜなんだろうなあ。我ながら不思議だった。
ツタヤで借りるときも、レンタルだから別になんでもいいやと思わずに、ちゃんと吟味してちゃんと聴けるやつを借りるようにしよう。そうしよう。
夜「時をかける少女」を見る。
見て、うなる。うーむ、すごい。
ネットで神アニメと言われているように、確かにここで描かれている高校時代の夏の空気感というのは、絶品だ。
17歳の夏は人生で一度しかなくて、けれどその瞬間は誰もが永遠に続くものだと思い込んでいて、過ぎてしまった後、何年か後になって初めてあれは二度とは帰ってこない輝きの時間だったと気がつくのだ。そんなひとときを、実に見事に描いている。
背景の描き方、夏の光の表現が、特に素晴らしかった。
涙こそ流さなかったが、ともかくオレはひたすら感心したのだった。
レンタルじゃなくて、買ってもいいかも。でも、中古でいいや。
つーか、テレビでやったら録画すればいいか。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.05.08
ヒマそうにゲームをしていた息子に、キャッチボールしに行こうと声をかけたら「するする」と大喜びで飛び出してきた。
男の子はみんなキャッチボールが大好きだ。
近所の広場へ行く。「近所の家や畑の迷惑にならないようにしましょう」と立て看板が出ている。
練馬とは、そういう場所だ。
キャッチホールを始めて、しばらくしたらオレが暴投して、隣の畑にボールを投げ込んでしまった。げげっ、やべっ。
麦わら帽子を被って休憩している爺さんに向かって、すんません、ボール取らしてくださいと頭を下げる。
すると爺さん「どれ、取ってやるよ、ここの畑の持ち主に見つかるとうるせえからよ」と言いながら腰を上げる。なぬ、畑の持ち主は別にいるのか。
とっととボールを受け取り、礼を言って、今度は遠くに移動してキャッチボールを続けたのだった。
けっこうくたびれて、コンビニに行き、お茶を買う。
帰り道、道ばたで息子がカギを拾う。複雑な形をした、けっこう立派なカギだ。
こりゃ、落とした人は困っているだろう。
息子と一緒に、交番までいって届け出る。
おまわりは「ふがふが、わかりますた、ここにサインを、ふがふが」と半分寝ぼけていた。
ああ、いいことをすると気持ちいいなあ。汗もかいたなあ。疲れたなあ。
と、ふと交番のまわりを見たら、おお、ここは魚せいの近所ではないか。
渇いた喉を潤すには、ビールがちょうどよい。
というわけで、そのまま息子を連れて魚せいに行き、ビールを飲んで気持ちよくなった父ちゃんであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「DTMマガジン」「DTMテクニック99」齊藤久師・リットーミュージック


2010.05.07
JR東海のコマーシャルは、時々、神が降臨する。
特にクリスマスエクスプレスシリーズは、今見ても素晴らしい出来だよなあ。
それをまとめてYouTubeで見られる幸せよ。いや、幸せってほどでもないか。
続けて、TOKIO、薬師丸ひろ子、太田裕美、ファンモンと続けて聴く。飲みながら、いやあ、便利なものだなあと感心。
ネットは、酔っぱらってちゃらちゃらするのにはちょうどいいやね。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「美味しんぼ」


2010.05.06
ブラウザ問題であるが、やっぱりchromeは挙動不審でよくシステムが落ちる。印刷プレビューができないのも不便だし、結局、仕分けしたのだった。
そのままスレイプニール、略称・プニちゃんに戻るのも芸がないということで、ここは大勢に身を委ねようと久しぶりにFirefoxを使ってみることにした。
見た目のカスタマイズで楽しいのはやっぱりFirefox。ふぉくすけである。
けっこうバリエーションが豊かなPERSONAというシステムができていて、ほほう、これはこれはと、息子が喜びそうなスーパーマリオのデザインを入れてみた。
見づらい。
でも、面白いからまあいいや。
そういえば、と思い立ってFirefoxの兄弟であるメーラーのサンダーバードがアップデートされているのではと確認。やっぱり大幅なバージョンアップがされていた。
もっとももはやメーラーなどバージョンアップされても大差なく、現状でも何の問題もないのだが。
それでも気分の問題だからとバージョンアップ。そしたら、なんとメールが発信できなくなってしまって、ふんぎゃ。
ああ、めんどくせえ。バージンアップなどしなければよかったざんす。ふんがーふんがー。
これに始まって、どうも本日はいろいろとついてなく、隣の駅の大きな病院にいったら「初診の受付はたった今終わりました」と言われるし、歯医者に予約を取りに行ったら木曜の午後は休診だし、家の前にクルマを停めた瞬間に後部のドアが故障して閉まらなくなっちゃうし、駅前のツタヤに入会したら店側のミスで控えの用紙も持って帰って来ちゃうし、何一ついいことがなかったのだ。
相変わらずヒマだし。
と、腐っていたら、G研様からクリスマスソングの依頼が来た。ああ、ありがたやありがたや。
立夏ではあるが、気分はすっかりクリスマス。真っ赤な帽子で頑張るのだった。
あー、飯田橋・鳥よし行きたいなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.05.05
ゴールデンウィーク最終日、こどもの日の今日は丹後の節句である。めでたいのである。
そんやなめでたい日に我が家では、そろって市ヶ谷まで出かけ、朝から子ども囲碁大会に参加したのだった。
これは何かというと、文字通り、子どもの囲碁大会なのである。
回を数えて13回目。スポンサーはスーパーマリオ。
1500人もの子どもが集まって、囲碁の腕を競い合うのである。
いやあ本当に何百人もの子どもがいっせいに囲碁をする光景っていうのは、びっくりする。きっとみんな賢いのだろうなあ。
息子はピーチクラスに参加して、1勝2敗。まったくの初心者の娘はベビークラスに参加して2勝3敗。
見知らぬ子どもたちと対局するという経験は、外の世界を知る上でもいい勉強になっただろう。
しかし、市ヶ谷ってのは、昼飯を食う場所がないよなあ。仕方なく、タリーズでサンドイッチなのだった。
もっとも子供らにしてみれば、それはそれでカフェ飯が物珍しいらしく、楽しんでいた。


「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「DTMマガジン」「DTMテクニック99」齊藤久師・リットーミュージック。買わなくてもよかったなあ。失敗。


2010.05.04
新潟の実家に里帰り。小学1年生から大学1年生まで、5人の子どもで大賑わい。


2010.05.03
新潟の実家に里帰り。小学1年生から大学1年生まで、5人の子どもで大賑わい。


2010.05.02
新潟の実家に里帰り。小学1年生から大学1年生まで、5人の子どもで大賑わい。


2010.05.01
新潟の実家に里帰り。小学1年生から大学1年生まで、5人の子どもで大賑わい。


2010.04.30
この春、一番のお楽しみCDがこれ、「世界のアロハ・ブラザース」である。
4月28日発売予定の、村田和人と杉真理というユニットのデビューCDだ。
ディレクションは土橋君。ツイッターでその制作の様子をがんがん流してくれるものだから期待がどんどん高まり、なにせ芸達者の二人が音楽で世界旅行するという企画ならば面白いに決まっていて、首を長くして待っていたのである。
当然、アマゾンには発売前から予約だ。
さあ、そしていよいよい発売日。当然、発売と同時にアマゾンが届けてくれるに違いないと思ったのだが、いっこうにそんな気配はない。なぜだ、なぜなんだ。
発売日を勘違いしたかなあと思って、もう一日待ってみたが、まだ届かない。
うーむ、どういうことだ。
そして30日の今日になっても届かない。
ああ、めんどくせえと思いつつ、アマゾンの配送状況をチェックしたら、なんと昨日、倉庫を出発し、現在近所の配送点まで輸送中で、オレの手元に届くのが明日、5月1日だというのだ。
なななななな、なんだとう。どうしたこういうことになるのだ。
CD紹介のページを見たらば、「今から15分以内にポチッとすれば、今日中にお届けっ!」と調子のいいことが書いてある。
おら、ちぉっと待てや。
数日前に予約したオレのが明日で、なんでこれから注文したヤツのが今日中に届くんや、おらおら。おらおら。おらおらおらおら。
アマゾンは、システムは最高だが人間は最低というのが定説だが、どうやらシステムも最低になっちまったようだな。けっ。
寂しく待っている、ゴールデンウィークの谷間なのだった。
と思ったら、夕方になってヨメが「ポストの脇に落ちてたよ〜」とアマゾンの封筒を掲げて帰ってきたのだった。んあ〜。
なんということだ、ポストに入れずにポストの上に置きやがったか、サガワ。それが風で落ちたままになっていたというわけか。
サイテーだな、おい、サガワ。
しかもラベルの日付を見たら、昨日になっている。ということは、昨日からポストの脇に落ちていたということか、サガワ。
しかも、ネットで配送状況の確認をしたら、ずっと集配所から配達中になっている。
どうやらシステムは最高でも人材は最低なのは、アマゾンではなくて、サガワだったようだな、ったく。
まあ、よい。よくはないが、ともかく気を取り直して、届いたばかりの「世界のアロハ・ブラザース」をざっと聴く。
わははは〜、最高! 特に曲の間に入っているコントが最高! 「ミノとガツ」に思わず噴いた。
世界の音楽を「アロハブラザーズ」というバンドが案内して、一緒に旅をするというコンセプトのCDだ。いやあ、楽しいCDだなあ。
土橋君、すごいCDつくったなあ。拍手。
この春一番楽しみにしていたCDにふさわしい音楽である。一人でも多くの方に楽しんでもらいたいものだ。

「朝日新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」5月1日から新聞を休みにしてくれと言っておいたのに、読売の販売所は今日からと間違えたのだろう、朝刊が入ってなかった。


2010.04.29
「昭和の日」の今日は、風も強く、豊島園でも高めの場所での乗り物はお休みなのであった。
一時の突発的な混雑ぶりがおさまって、豊島園はいつもの寂れた豊島園に逆戻りである。
ここでだらだらと遊ばせておくのが、まあ、一番楽な休日だな。
夜は恵比寿で飲み会。なんだかわけのわからないうちに、銭湯ツアーというものに混じることになってしまった。なななな、なんになんだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「日経エレクトロニクス」注目の新製品が出ると、市販品を買ってきて、匿名の技術者が集まって徹底的に分析するのがこの雑誌。今回俎上にあげられたのが、iPad。フタを開けて部品を取り出すだけで汗だくになるほど、徹底的に接着剤で組み立てられていて、これは故障しても部品を取り替えることなどまったく考えてなく、故障即新品交換を前提としていると判明。まったくAppleらしい考え方だと一同納得、というのがおかしかった。


2010.04.28
以前から導入しようと思っていたプラグイン、仮面ライダーじゃなくてボーカルライダーを購入。
安くないから迷っていたのたけれど、定価6万円が某ショップで4万ジャストまで下がったので、決心した。
どういうソフトかというと、ボーカルライダーという名前のとおり、ボーカルをライダーするソフトである。なんのこっちゃ。
ボーカルというのは、決して一定ではなくて、途中で大きくなったり小さくなったりするわけだが、それを調整して聴きやすくするために実はボリュームという調整を細かくやっている。これが実に大変な職人仕事なのだ。
この面倒な仕事をかわりにやってくれちゃうのがボーカルライダーというソフトなのだ。ご苦労さんなことである。
届いた箱を開けたら、ありゃ、仕入伝票というものが入っている。なんじゃ、こりゃ。ひょっとして。
そうである、販売店である楽器屋がメーカーから仕入れたときの伝票が入っていたのだ。
どれどれと見てみれば、仕入は3万6000円。これを4万円で売るのだから、粗利4千円。薄利だな。
しかも、80%とメモしてあったから、仕入は8掛けだったらしい。4万5000円くらいで売るつもりだったんだな。
こういう伝票を紛れ込ませてしまうあたり、この楽器店の間抜けぶりがうかがえるというものである。
この伝票がないと締めの時、困るだろうなあ。こっそりと送り返してやった、心優しいオレであった。
さて、ボーカルライダーであるが、この手のソフトの常識として、インストールだけで大騒ぎだった。
これは単なるプラグインなのである。ホストアプリにくっつけりゃいいだけの話である。
それなのに悪名だかいiLockを使った認証システムゆえ、インストールしてネットで認証を取るだけで大騒ぎ。午後をまるまる使ってしまった。まったく、箱に書かれていたシリアルナンバーを入れるだけでよかった時代が懐かしいよ。
ようやく認証してインストールしたと思ったら、今度は別のプラグインが認証されなくなったりと、大騒ぎ。なんとか落ち着いたものの、1週間後あたりに「さあ、デモ使用期間は終わったぜ、ベイベ。おとなしくカネを払って使い続けるか、あるいは、あきらめるか、そろそろ決断しな、ベイベ」と言われそうな予感である。
そんなわけで、インストールだけで疲れたので、使用はまた今度。
これでスタジオ丹後湯のボーカル録音も、格段にレベルアップするはずなのだ。そうなのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.04.27
Apple嫌いを広言してはばからないオレであるが、かつて、90年代の後半はけっこうなAppleマニアであった。
いや、正確にはMacintoshマニアである。当時もアップルは嫌いだった。
そうである。Macintoshは好きだけどアップルは嫌いというわけで、実はこういう人は案外多かったものだ。
当時もマニアはAppleという会社にさんざんひどい目にあわされ、それでもMacintoshは好きだから我慢して使い続けていた。
そんなオレもOSが10になる段階でとうとうぶち切れてしまい、Macintoshには見切りをつけたわけである。
そのAppleが、またやったようだな。流通大手への、Apple製品のネット販売の禁止通達である。
iPad発売をにらんで、垂直統合の直販体制を強化しようという目論見だろうが、またやってくれたか、という感じである(素朴な疑問として、これは公取には引っかからないのか?)。
オレがMacintoshマニアであった90年代後半にも、Appleは同じことをやらかした。今後はAppleが指定した店でしかMacintoshは売らない、とぶちあげたのである。
仰天したなあ、あの時は。なんというひどいことをする会社だ、Appleは、と思ったものである。
極めて少数派だったMacintoshユーザー。そして、Windows全盛時代に肩身の狭い思いをしながら一生懸命Macintoshを売っていた店。
そういう連中に一層の不便を強いて、さらには排除までしようとしたのだからなあ。
似たような文脈では、アキア事件があった。
一時期、OSを広く開放して互換機戦略を推し進めていたApple(この話自体、今では驚かれるのだが)。日本のアキアというメーカーが、今でいえばEMSのようなモデルを目指したと思うのだが、独自スペックのMacintosh互換機で大々的に商売を展開していたところ、Appleに復帰したスティーブ・ジョブズが一方的にストップをかけてきて、哀れアキアは撤退。同社の社長も奈落の底にたたき落とされたのであった。
ずいぶんとひどいことをするなあと、けっこう頭に来たものだった。
要は、なんでもかんでも独り占めというのがAppleの文化なのだ。
ジャイアンだ。
おお、そうだ、ジャイアンなのだ、Appleは。これは行けるのではないか? Appleジャイアン説。
そういう独り占め体質であるから、iPhoneのアプリでも、中間マージンをいきなり3割ふんだくるという暴挙に出られるわけである。電通でもやらないボッタクリだ。
今はひとり勝ちのApple製品。
しかし、いろんな流通各社の努力もあったわけで、ユーザーのために安く提供しようという価格努力も決して無視はできないはずなのに、それを無視して、これからは流通経費をできるだけ圧縮して自分のとこの利益だけを最大化し、同時にブランド価値も守ろうという、つまり値崩れはさせないという、そんな自分のことしか考えないジャイアン戦略に出たわけだから、こいつは叩かなければいかんと思うのだがなあ。
*
それはそうと、Androidの新製品であるDesireが発売された。
これはすごくいい。とってもいい。Androidで最高の機種であることは間違いなくて、いやあ、すげえ欲しい。
エクスペリアは欲しくないけど、Desireは欲しい。
ところが残念なことに祖父とバンクなのであるのよね〜。
祖父とバンクは、マゴ社長も嫌いだし、直営小売店の対応の酷さは耳にするだけで気分が悪いし、電波は繋がらないし、野球チームも嫌いだし、だからどんにいい端末であっても祖父とバンクの電話である限り、一銭たりとも払いたくないのだ。
ついでにいえば、マゴ社長、ツイッターで大暴れで、ユーザーのニーズを直接吸い上げてはいろんな施策に反映できると大はしゃぎらしいな。
おかげで、祖父とバンクの店にクレームをつけに行くと「その件は、ツイッターで社長に言っていただければ…」と言われるらしい。わはははは、すげえおかしいなあ、これ。
こうなったらスティーブ・ジョブズも、ツイッターで注文した人にだけ商品を直接売るようにすれば、いっそう流通圧縮が進むだろうに。
なお、祖父とバンクの店のひどさを書いたが、なーに、ドコモもひどいもので、以前も書いたようにドコモの石神井公園店などは、中国並の接客態度である。
あんな店を置くぐらいなら、なくなってよろしいと思うのだが。
*
ソニーの悪口を書けばソニーの関係者は気分が悪いだろうし、あさひ銀行の悪口を書けば家族があさひ銀行に勤めている人は気分が悪いだろうし、Appleの悪口を書けばiPhoneを使っている人は面白くないだろうなあ。
反省しつつも、まあ、日記だからなあ、と言い訳するオレ。
ふふ、長い日記は読みづらいと、今日もサトコのぼやく様子が目に浮かぶわい。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」どうしてゲンダイって、あんなにも鳩山擁護なのだ? なんでも反対を行く、団塊崩れの偏屈おやじのための新聞だからか? 鳩山のカネの問題は身内の中でのやりとりだからたいしたことではない、なんてことを大真面目に書いている。
「週刊ポスト」「食品と暮らしの安全」実は減塩は体に悪いって知ってました? 減塩によってナトリウムが減るとかえって神経系がダメージを受けるのです。"塩分を取りすぎる東北地方は高血圧が多い"という常識も、実は青森だけは高血圧が少ないというオチがついています。理由は、リンゴに含まれるカリウムが血圧を平常に保ってくれるからです。要は、塩分のとりすぎによって高血圧になるのではなくて、カリウム不足が原因。さあ、どんどんしょっぱいものを食べましょう。
「長距離走者の孤独」アラン・シリトー。新潮文庫。シリトーって、ATOKは一発で変換したけど、Google日本語は"尻とー"だって。わははは。高校時代に読んだ名作で、昨日も書いたけど作者の訃報を新聞で見て、久しぶりに読み返したくなった次第。抑圧された青年期の犯行を描いた作品で、イギリスの陰鬱とした空模様や旧態の階級社会の下でこそ生まれたような物語である。チンピラが泥棒を働いて、そのカネを雨どいに隠しておいたのだが、雨が降って、刑事の目の前で雨どいからカネが流れ出していくシーンは名場面。映画のような描写だ。このチンピラが少年院に入れられ、足の速さを見込まれてクロスカントリー大会に出ることになったのだが、ぶっちぎりで優勝する直前、ゴール手前で号泣しながら足を止めてテープを切ることに抵抗する。大人の求める"誠実さ"に精一杯の抵抗を見せる、若者の幼い反抗心を描いた名場面だ。労働者階級の思いを描いた"怒れる若者"エイジの作家であり、その文体はやはり瑞々しく、見事なものだった。


2010.04.26
東府中は遠いのである。
池袋・新宿という二大発狂的ターミナルで乗り換えするのやだ。
ということで、オレは石神井公園から下り電車に乗り、秋津下車・徒歩で武蔵野線新秋津乗り換え・府中本町で南部線乗り換え・分倍河原で京王線乗り換えというややこしくも、めんどくさいルートで出かけていったのだった。
まあ、混んでる電車に乗るよりよかんべー。
ただし、すげえ寒かった。
昼がぽかぽか陽気なので軽装で出てきたのが大失敗。
出がけに地元の駅前書店で買ったアラン・シリトー「長距離走者の孤独」を読みながら(朝刊で死亡記事を見つけて、高校時代に読んだことを懐かしく思い出し、再読しようと思って本屋に行ったらちゃんとあったのでびっくりした)東府中の駅を降りたら、これがすごく寒くていきなり冬。
やべ、風邪引くぞ。
とにかくユニクロでもしまむらでも西友でもなんでもいいから飛び込んで上に着るモノを買わなくてはと駅前をうろうろしたら、地下足袋や軍手などを置いているガテン専門店が一軒だけあって、しかし、いくらなんでも工事用ジャンパーをはおるわけにはと、思いとどまったのだった。
*
そんな寒い思いをしてたどりついたのが、東府中のダイニング、ベネディクトである。
ここで、本日から三重県在住のイラストレーター兼シンガーソングライターである浦中こういちくんの個展が開かれているのだった。
浦中くんとは、時々オレ歌をアレンジさせてもらうという関係である。今回は地元を遠く離れ、わざわざ東京で個展なのだった。
だからいろいろと大変らしく、作品はまえもって送り、深夜バスで上京して飾り付けを行い、オープニングの今日は店にいて明日また深夜バスに三重に戻って、個展が終わるときにまた深夜バスでやってくるのだそうだ。
たいへんだなあ。
ところがそんな大変さは甘かった。
こういちくんは、三重近郊ではけっこうな有名人。ファンも多い。
なんと今回もわざわざ三重や岐阜からかけつけたファンがいたのだ。
三重の追っかけのファンは、さきほどクルマで三重から到着。驚いたことに今夜またクルマで三重に帰るのだそうだ。日帰りだよ、おいおい。
もう一人、こちらは岐阜から一人でクルマを運転してやってきた女の子がいて、いやあ、若いっていうのは素晴らしいよなあ。
東京にいる友だちをピックアップして、まったく初めての東京の街をうっちらおっちら運転しながら府中にやってきたのだが、「ナビで30分と出ているのに2時間もかかるんです、東京の道って。信号も岐阜の倍あるし〜」と目を丸くしていた。
聞けば、今夜はこれから船橋の友だちの家まで行くそうで「船橋まで下道でどれくらいでしょう」と聞かれて、府中から船橋までなんて、いってみなけりゃわからんべと答えた。
「岐阜からすれば東京も千葉も全部一緒で」と言ってたが、そりゃわかるけど、若さってのは素晴らしいな。オレは夜の8時を過ぎてから、暗い中を府中から千葉までなんて、とても走る気にはならない。慣れない道だから気をつけてねと送り出したわけだけれど、少しも疲れたそぶりを見せず、あの若さが少しまぶしいオレ52歳であった。
*
こういちくんのイラストを拝見しつつ、焼酎を飲みながら知った顔と話す。
小沢かづとくんと、高杉さんに会ったので、完成したばかりの新しいCDのアレンジ音源を手渡す。
けっこういいアレンジができたよ。リリースは7月か。
皆さん、お楽しみに。1000円です。たくさん売れるといいな。
ほどよく飲んで、またややこしい乗り換えを繰り返して家に向かう。今度は埼玉に帰る高杉さんと一緒。
電車の中でこれからのことをいろいろと話す。いろんなことがいまく行くといいねえ。
*
そういや、こういちくんの盛岡での個展の企画が進行中ということで、びっくり。オレが偶然引き合わせた人と話が盛りあがり、そのようなことになっているらしい。
三重県の人にとって盛岡はほとんど異国。こういちくんは少しびびっているのだが、ひょっとするとこれは新しい飛躍の始まりになるのではないか。
とても楽しみなことだ。
予定は10月。もちろん盛岡まで駆けつけたい。
せっかく盛岡へ行くなら、青森のギタリストにも会いたいのだがなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.04.25
今日は一年に一度、地元・石神井公園の照姫祭りである。
照姫と書いて「てるひめ」と読む。練馬三大祭り(笑)の一つだそうだ。
あとの二つは何だ。世田谷のボロ市に高円寺の阿波踊りか。違う、どっちも練馬ではない。
練馬区民以外誰も知らない、マイナーな祭りであるのだが、地元民にとってはこの世で最高最大のお祭りなのだった。
メインイベントでは、地元のお姉さんが照姫というお姫さまに扮したパレードが行われる。
ほとんど猿のようなお姫さまなので、正しくは猿姫祭りというのではないか。
パレード中、お姫さまに向かって、猿姫さま〜と声をかけたら、娘から「そういうことをいっちゃいけないんだよ」と諭されたので、反省したお父さんであった。
*
大昔、このあたりを統治していたなんとかという武将がいて、その美しい娘さんが、どういう事情があったのかは知らないが、石神井公園の池に身を投げてしまったのだ。
今でもその塚というものが公園にはあって、マニアには知られた心霊スポットになっているということである。
ついでに言えば、この池は映画ドラえもん「のび太の恐竜」で恐竜が見つかった池でもある。さらについでに言えば、大昔、ワニが泳いでいた池でもある。
この娘さんの魂を沈めるために毎年行われているのが、照姫祭りというわけだ。
そうかそうか、そうだったのか。さぞ由緒正しき伝統行事なのであろう。
ところがぎっちょんちょん。照姫祭りが始まったのは昭和の末期、ちょうどバブルの全盛期だ。
「何か町おこしでもやんべ」という話になり、「何かいいネタはないか」ということで掘り起こされたのが照姫伝説。「おお、これじゃこれじゃ」とばかり、急ごしらえで仕立て上げられたのが照姫祭り。おそらくどこぞの広告代理店か街づくりコーディネーターなぞもからんでいたことだろう。
それ以来、なんとかしぶとく今日まで続けられていて、照姫ならぬ猿姫も毎年一般から公募して盛り上がりを見せている。
人出は10万人にもなるからたいしたものだ。
*
もっとも実際の祭りは疑問符だらけで、去年などは猿姫のパレードの先頭に地元警察署の面々が立って練り歩いたものだから、「照姫祭りじゃなくて石神井警察祭りだあ」と陰口をたたかれたものだった。
今年はというと、毎度おなじみの出店に出店に出店で、要するに出店だけで、あとは駅前ロータリーでダンスやらよさこいダンスなどの披露があったぐらい。息子と娘もダンスとよさこいに出演である。
オレはと言うと、聞くまでもなかろう、哀しきビデオ係である。
ビデオを抱えてうろうろしていたら出会ったのが、やはり哀しきビデオ係の櫻井ケンちゃん。いやいや、どうもどうもなどと言いながら、カメラを回すのだった。
駅前ではなんとサンバダンスも行われた。遠目に見たら、4月の爽やかな空の下、ビキニ姿のお姉さんたちが肌もあらわに激しく踊っているではないか。おお、こ、こ、これは、猿っ!
ところが、よさこいを控えた子どもたちに会うために、警備のバカどもに「どちらへ行かれますか、スタッフの方ですか」と止められたのを、馬鹿たれ、家族だ、すっこんでろ、と軽くあしらって控え室に行ってみたら、目の前をサンバダンサーズのお姉さんたちがビキニ姿で通ったのである。
マジでびっくりした。
櫻井ケンちゃん、無言。
こ、これは、大泉のばばあスナックのママたちではないですか、ケンちゃんっ。「いいや、大泉でもここまでひどくない。土ぴー田ですよ、土ぴー田のスナックですよ」。うひゃひゃひゃ、もしかしたら朝ぴーや和ぴーといった埼玉県勢も混じっていそうですなあ。
眼をぱちくりさせながら二人でしゃべったのだった。
*
さて、ダンスも済んで「おなかすいたー、ぎゃーっ」と叫ぶ娘のためにヤキソバを買い、適当なマンションの階段を借りて座って食べていたところ、見知らぬお兄ちゃんが近寄ってきて「署名をお願いしているんですが」と言う。なんだ?
なんつー署名だ、と聞いたら「軍縮なんとかです」と言うから、あー、しっしっ、あっち行きなさいと追っ払ってやった。
しばらくしたら、、今度は親子連れが近寄ってきて、娘の衣装を見て「かわいいですねー、よさこいですか」と話しかけてきた。
ヨメが「ええ、そうなんですー」と答えていたら「ところで」と、その親子、紙を取り出して「署名をお願いしてるんですが」と来た。
あー、さっきも断ったからあっち行きな、と追い払う。
なんなんだ、あいつらと見たらば、背中に「アーム**」と書かれたそろいのジャンパーを着ている。さっそくその場でアンドロイドを取り出して調べたら、ははあ、やはり宗教団体の活動であった。
一生厚生してろ、と言いたくなるような名前の団体である。ああ、鬱陶しい。
そういや、昨日は家に女3人組がやってきた。オレ一人だけだったので、来るな、帰れ、セコム呼ぶぞ、大声出すぞ、ツイッター流しちゃうぞ、と脅して追い払ったのだが、こちらは証人関係であった。
*
祭りの道を歩いていたら、ヨメの知り合いのお母さんが「こんにちは」と声をかけてきて、ヨメとしゃべり出した。
と、そのお母さん、オレを見て「ご主人ですか? いつも見てます、ブログというかホームページ、というか泥酔日記」と話しかけてきたから、仰天した。
なななな、なんですとっ!! こんなものを見ているんですかっ、奥さんっ。しかも「面白いですよ」ですとっ!!
気は確かですか、奥さん。猿姫、いや、照姫の霊にとりつかれたのではありませんかっ。
うーむ、よもやオレのことを知らないのにこんなものを見ている人がいるとは、想像もしなかった。ああ、たまげた。
ちょっとはそういう人の目も意識して、ちゃんとしたことを書かなければならないなあ。
寡聞にして勉強不足ではありますが、普天間基地が国外移設となったら、日本で徴兵制が復活するという話は本当でしょうか、とか。
ヨメに聞いたら「ときどき、言われるよ〜、読んでますって」とのことである。うぎゃあ。ヨメよ、すまなかった。その瞬間、さぞ情けないような思いにかられていることだろう。ううむ、バカな旦那を持ったと思ってあきらめてくれ。
まあ、それはそれとして、いつも読んでくださってありがとうございます、その奥さん。これからはもうちょっと面白いことを書くようにします。
*
祭りの道ばたで、ついビールを飲んでしまい、いい気持ちで帰ってきて、さあ、寝よ寝よと横になって昼寝をしたのだった。
しばらくして目が覚めてぼーっとしていたら、電話が鳴った。家の電話である。
携帯ではなくて固定電話が鳴ると、適当にとってはいけないような、なぜかちゃんとした報せのような気がして一瞬緊張するのはどうしてだろう。
ところが出てみたらちゃんとした電話でも何でもなくて、大宮のナオコちゃんだった。誰ですか〜、はい、いとこのナオコちゃんでーす。
ナオコちゃんは、ジャニオタである。どこがいいのか、ジャニーズのファンである。
最近はバコーンとか、ドカーンとかいう名前のグループが好きなんだそうである。中でも、カメちゃんが大好きだそうだ。
そんなやもん好きとは、頭がおかしいのではないか。そう指摘したら、ナオコちゃん「カメちゃんなんて、3500円の歯ブラシ使ってるんだよ」と自慢する。
ひぇーっ、3500円の歯ブラシ。仰天して、背中で聞いてる家族に向かって、おーい、カメちゃんて3500円の歯ブラシ使ってるんだってーと報告したら、家族全員「ひぇーっ」とのけぞったのだった。
どんなんだろう、3500円の歯ブラシ。一度見て見たいものだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「女性セブン」


2010.04.24
本日は息子の9歳の誕生日である。めでたいのである。
それなのに、オレは午後ずっと、例のセミナーに出席していたのだった。
セミナーの内容自体は、7000円なら、まあ、あんなものかと。参加していた中にレコーディングダイエットで知られるオタキングのあの人がいて、その「日本が世界に誇れるのは、オタク文化とヤンキー文化」という発言が白眉であった。
それはともかくとして、電子書籍は果たしてどうなるのであろうかということが、ここでも語られたのである。
iPadは持ち歩いて読むには不適当ということであるから、なんだよ、要はiPod TOUCHでいいってことじゃん。というわけで、オレもiPod TOUCHを使って理想書店から電子図書を購入。「仕事と道楽」というオリジナル図書で、誰でもトライアルしやすいようにとの配慮から価格は100円。
iPodにダウンロードしてセミナーへの行き帰りで読了だ。130ページ程度の短い本である。
電子図書の一番のメリットは、思い本を何冊も持ち歩く必要がないということだ。読みたい本をどんどんダウンロードしておいて、電車の待ち時間とか移動中に片手でさっと好きな本を取り出して読める。
もちろんどの本を読んでも途中からちゃんと続きが開けるし、続きをパソコンで読もうとしても、ちゃんと続きのページが開かれる。
満員電車でも片手ですーいすいだ。
これはとても便利である。
しかし一方で、紙の書籍の魅力も到底捨てられるものではない。
ページを指でめくる快感は言わずもがなで、ページでめくるたびに新しい世界が広がっていく喜びはナニモノにもかえがたい。
セミナーでも、日垣隆は「電子書籍ばかり読んでるとアホになる。特に子どもに読ませたらアホになる」と言っていた。
同じ人の発言としては「ネットで本を買うとどうしても自分の興味の向く方向に偏ってしまうが、リアルの書店に行くと知らない世界がこんなにもあることに圧倒される。だからリアル書店は捨てられない」というのがあった。これもしかりである。
要は使い分けの問題で、必要な本はアマゾンで発注しつつ、外に出たら書店によって、今まで知らなかったジャンルや著者の本に出会う喜びも大切にしようというわけだ。
そこに電子書籍が加わって、でも、1日は24時間だから、読める物理的な限界は必ずあるわけで、やっぱり紙の書籍は減っていくのは仕方のないことだ。
iPad欲しいなあ。でも、買ってもこれは茶の間用だな。
電子書籍用にオレもiPod買うかな。今のはヨメ用だし。
でも、そんなカネがあったら、欲しいプラグインを買いたいなあ。
VOCAL RIDERっていう、WAVESの4万円の。うーむ、欲しいっ。
というわけで今年は電子書籍の時代がiPadによって大きく幕を開け、確実に時代は変わることになる。
ほうきが電気掃除機になったように、お釜が炊飯器になったように、ソロバンが電卓になったように、紙の書籍が電子書籍になるのは避けようがない。当たり前の流れである。
その一方で本がどんどん売れなくなってきている。電子書籍が出版不況を救うことになるのか、あるいは出版業界そのものがダメになるのか、わからんな。
ロングテールという言葉は数年前にちょっと一人歩きしたけれど、今こそロングテール戦略は大きな意味を持ってくるのではないか。「小さな池の大きな魚」を狙う戦略は、正しいと思う。
変人と名高いロームのトップが引退したが、その経営は「落ち穂拾い戦略」であった。これは極めて正しいと思う。
今こそロングテールによって落ち穂拾いに転じることが必要ではないか。これについては大胆な仮説があるのだが、それはいずれ我が身で実証する予定なのだった。
というわけで、本日の日記は支離滅裂であった。
やっぱプラグイン、買っちゃおうかな。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「ビッグコミックオリジナル」「仕事と道楽」日垣隆・日垣隆事務所。電子書籍。ダウンロードして一冊読んだら、やはり読書したとしてここに記録するのがいいのだろうなあ。でも、そうすると新聞については一番読んでいるのがGoogleニュースだったりするわけだがなあ。なお、かさばらず、電車の中でも白い目で見られずにこっそり読めるということで、コミックが電子書籍には一番向いているように思うが、オレとしてはマンガなんていうのは読んでがはははと笑ったらそのままポイッと捨てるのがふさわしいと考えているのだが、どうだろう。"新しいメディアの普及に必要なのは、えっちとギャンブル"という定説に立てば、エロ本こそが電子書籍に必要かもしれぬ。どうせなら活字に連動して音声と映像も出てくるようにすればいいだろうが、でも、それってアダルトビデオそのままじゃないか。だめだ、このアイデアは使えない。


2010.04.23
本日は息子の先生の家庭訪問である。
へー、いまどき家庭訪問なんてあるのねー。ちょっとびっくり。
去年まではなかったから、今年になって始めたのだろう。
家庭訪問は、オレが子どもの頃はそこまで思いが至らなかったが、先生にとっては大変な仕事なんだろうなあ。知らない家を探しながら何軒も訪問して、相手の土俵で、完全アウェー状態で言うべきことは言い、聞くべきことは受け止めるという作業をしなければならないわけだ。
しかも、相手の家の中をじろじろと見回すわけにもいかず、逆に相手からは立ち振る舞いや服装などすべてをチェックされ、中にはあからさまに迷惑顔だったりもされるのだから、心理的にも大変だ。
行く方も来られる方も迷惑という行事で、一時はプライバシーの問題もあって中止するところが多かったと聞いたが、こうして復活させたこと、またその通り先生方も頑張って訪問していることに、拍手だ。
15分ほど滞在して、学校での息子の様子などを話してくれる。
その間、当の息子は部屋に引っ込んで出てこない。恥ずかしいのだ。
オレもそうだったなあと懐かしく思い出した。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「夕刊フジ」「SPA!」「怒りは正しく晴らすと疲れるけれど」日垣隆・WAC。毎度おなじみ、みずほ銀行と戦い、ダスキンと闘う。怒りの著者なのだ。


2010.04.22
編曲。
学ケンの11月号の附録用音源を作成したのだが、どうにもひどいノイズが入るのに困ってしまった。
電気的なノイズである。
原因はいろいろと想定できて、メモリ不足(4ギガも積んでいるのだが)か、ネットではそもそもがCUBASEのバグではないかという説もあり、どうにも困ったものだ。
ぼちぼち真剣にパソコンを買い換えるか、考え始めている。
メモリ12ギガ、ハードディスク1テラ。それぐらいのスペックでも20万円台いだしなあ。
もっとも新しいパソコンが入ったら設定に相当鬱陶しい思いをするのは確実だし、何よりも音楽関係のソフト、ハードは認証やらがやたらとややこしくて、想像しただけでうんざりなのだった。
こういう暇な時期にこそ、そういう面倒なことをやっておくべきではあるのだが。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「刺さる言葉」日垣隆・角川oneテーマ。土曜日この著者主催の勉強会に出席するので、事前に提示されたテキストとして読了。


2010.04.21
練馬区から子ども手当の申請書が届いた。ほほう、これが、例の。
振り込み口座とか、いろいろ書き込んで送り返せば、6月にカネがもらえるらしい。
えーと、13000円の2人分の2ヵ月分。5万2000円。
あぶく銭もいいところだな。
もし、実は早い者勝ちでしたと言われたりしたらかなわないので、大急ぎで記入し、速攻でポストに投函せよとヨメに命じる。
やれやれ、これで一安心。と思ったら、ふんぎゃ、印鑑を押すのを忘れていた。
この書類になぜ印鑑が必要なのかもわからないが、とにかくハンコを押し忘れてしまった。とほほほ。これでもう子ども手当がもらえなくなってしまった。
がっくり肩を落とすオレであった。
そんな気落ちした状態を忘れるために、ちょっとした仕事の後、いさわしと共に飲みに行く。魚せい→たけし、という石神井公園黄金コースだ。
これに焼き鳥のスマイリーが加われば黄金トライアングルだが、いかんせん、スマイリーには行かなくなってもう2年。すっかり不義理をしていて、足を向けづらいのだった。
なお、スマイリーは、沿線ぶらりなんとかという番組の収録に太川陽介がやってきたらしい。ルイルイ、ルイルイと進んだロケの様子は5月8日に放送されるらしいので、スマイリーファンは要チェックだ。ついでにルイルイのファンも要チェックだ。
さて、1軒目の魚せいであるが、5時の開店と共に突入して、まずいビールを飲む。ドライビールのいったいどこが旨いのだ。
魚せい、刺身が絶品である。この日もカツオを食った。
旨い。本当に旨い。
ハマチのカマを焼いたのも食う。絶品。
魚せい、本当に魚だけは旨いのだった。
しかし、あとは全部ダメで、酒は久保田を最高だと思って出しているし、オヤジはやたらとうるさいし、いさわしは面白がってからかっていたが、オレはもう面倒くさいのでまったく相手にしないのだ。
居酒屋評論家・いさわしによれば、飲み屋に大切なのは、酒とつまみと女の子とのことである。
この三大要素のうち、魚せいはつまみは合格であるが、あとの二つは完璧に欠けている。たいへんに惜しい。
そこで、あとの二つを求めて、我々は「たけし」に向かったのだった。
西武線沿線最強の居酒屋と称される「たけし」。久しぶりである。早い時間だったためか、カウンターに座ることができた。
「たけし」には、居酒屋評論家・いさわしの求める条件がすべてある。すなわち酒とつまみと女の子だ。
酒は日本中のインディーズ銘柄がそろっていて、「すっきり系を」「がつんとくるやつ」「ラベルの笑えるものがいい」など、あらゆるニーズに応えてくれるのだ。本当に素晴らしい店である。
さらに女の子であるが、居酒屋女の子評論家のいさわしによれば、「可愛いことは大切だが、可愛すぎてもよくない」という微妙なセンが重要なのだそうだ。
その点でも「たけし」には、まさにそのベンチマークたりうる女の子・あやこちゃんが、明るく元気よく働いているのであった。そして、我々が「すっきり系を」「がつんとくるやつ」と適当な注文をするたびに「かしこまりました」と明るく笑って、お望みの酒を出してくれるのである。
しかも、あやこは、そのすべてを一口ずつ自ら味見してから「純米のふくよかな香りがステキです」「飲み口すっきり、初夏の空のような爽やかさです」と解説して注いでくれるのだ。
時には「これはタンゴさんにぴったりのお酒です」と薦めてくれるから、おじさんは大変嬉しくて、どれどれ、うーん、などと味わうのであった。
もっともそうやって薦められた酒を飲んだら、妙にすっきりしていて、中身がない感じがしたから、いさわしは「要はタンゴさんはこういう空っぽの酒が似合ってると思われてるんですよ」と実にくだらぬことをほざくのだった。
こうして西武線沿線最強の居酒屋で楽しく過ごしたあと、泥酔して帰る。やれやれ、ちと飲み過ぎたわい。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「そして殺人者は野に放たれる」日垣隆・新潮文庫。洟垂れるじゃないよ、放たれるだよ。


2010.04.20
編曲。
関係者も発売には勇気が必要だった思うが、初めて松田聖子「赤いスイートピー」を聴いたときは、なんとも地味な歌だなあと思ったものだった。
1982年、オレが24歳、社会人2年目の歌である。
その当時は、まさか30年後も聴かれ、自分の娘が好んで歌うようになるとは、夢にも思わなかった。
エバーグリーンな名曲とは、えてしてそういうものかもしれない。
今聴いても、なんの変哲もなく、だからこそすんなりと耳になじんで染みこんでくる歌なのだなあと感じる。
さなみに「赤いスイートピー」が収録されたアルバム「Pineapple」はなかなかの名作。「PRESENT」「ひまわりの丘」「ピンクのスクーター」「レモネードの夏」と、20歳前後の空気感を見事に表現した名曲ばかりだ。
これを聴くと、既に社会人になって何年も経ってから手に入れたアルバムだったはずなのに、なぜか学生時代の夏合宿を思い出してしまう。そういう空気が見事に表現されているアルバムだ。
このアルバムを引っ張り出してウォークマンに入れ、畑の中を歩きながら聴いていると、とてもいいキモチ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」


2010.04.19
打ち合わせ1、原稿1、編曲。
あー、なんだか最近、ツイッター飽きてきちゃったなあ。
事業仕分けで名前を売った、昔水着で熱湯風呂に入っていたタレント上がりのおばちゃんのツイッターなんか、「今朝はサバの塩焼きです」とか「これから子供の弁当をつくらなきゃ」みたいなのばっかり。
ばっかりということはないか、そんながいっぱい。
気にくわなければそんなものはフォローしなければよいだけの話である。そうである。
やっぱりツイッターはバカと暇人のものかもしれない。
あ、これはオレが言ったのではないぞ、週刊ポストが言ったんだからな。
そもそもオレは暇人だから、やっぱりツイッターはオレのものなのかもしれない。
そんなことはともかく、久しぶりに小石川の、植物園に向かう長い坂道を歩いた。すっかり葉桜である。
桜の季節の後の緑の風に吹かれながら坂道を歩くというのは大変に気分がいいもので、よーし、こういう時こそ六文銭の「私の家」を聴くのだと思ったのだが、ウォークマンをカバンから取り出すのが面倒でやめました。
まったく、この日記も「サバの塩焼きです」と同じレベルだな。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.04.18
久しぶりに朝からいい陽気である。まさに4月の澄んだ青空だ。
さあ、こうなったら洗濯も気持ちいいぞう。オレは家族の布団をひっぺがし、シーツを洗って青空の下に干したのだった。
ああ、気持ちいいなあ。
光が丘公園などを散歩して過ごし、身も心も爽やかになる。昨夜の、千歳烏山で酔いと寒さに身を震わせていたオレとは別人のようだ。
夕方、シーツを取り込む。完璧に乾いて、気持ちいい。
どうせなら少し乾燥機にかけて暖かくしておこうと目論む。夕方の風に吹かれて、少しシーツも冷えてきたし。
そう考えたのがすべての敗因であった。
乾燥機にシーツを入れてスイッチポン。そのまま物干し竿を取り込みに出たオレは、数分後、あ゛〜っという絶叫を発して洗濯機にすがったのだった。
そうである。乾燥のスイッチと間違えて、洗濯のスイッチを押してしまったのである。
久しぶりの爽やかな春風を受けてさっぱりと乾いたシーツとタオルが、たちまちにして水をたっぷり吸ってべちゃべちゃになってしまっていた。
ああ、なんということを。どうしてこんな無情が。
洗濯機の前で懺悔したオレは、ただ泣くのみであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.04.17
編曲。
朝起きて仰天した。隣の畑が雪で真っ白なのである。
4月も半ばを過ぎたっていうのによ〜、マジで雪かよ〜。
ところが昼が近づくにつれて気温はぐんぐんと上昇し、2時過ぎに家を出る頃にはすっかり春の陽気だ。
本日はだてポンの漂流である。なんだそれは。
はい、お答えしましょう。
我々の友人であるだてポンが、20数年間務めた小学校教員を辞し、この4月に新しく学習塾を開いて独立したのである。
いやあ、めでたいなあ。
受験用でもなく、落ちこぼれ対策でもなく、ただ純粋に勉強を楽しもうというコンセプトの個人塾である。こういう塾があったら、我が息子も入れたいものだ。
突如関係ないけれど、サトコから「最近の日記は長くて読みにくい」というクレームが来たので、一応リーダビリティに配慮して書こうかと思ったのだが、考えてみればこれは日記なので、人が読みにくいように配慮して日記を書くというのもヘンだから、今まで通り何も考えずにひたすら駄文を連ねることにしたのだ。そうなのだ。
とまあ、そういうわけでだてポンの新たな出発を応援しようではないかと、みんなで集まって飲んで、ついでに春の陽気の中、気持ちよく徘徊するか、という話になったのである。
それなのに今朝の雪だったから、いやあ、これは前途多難、おとととと、そういう意味ではなくて困ったなあとなった次第。
それも午後にはすっかり晴れたので、一安心して出かけることにしたのだ。
で、ヨメに玄関から、行ってくると言ったら「あら、どちらへ行かれるんざますか」といんちきセレブ夫人のような言葉遣いで聞いてきたので「てやんで、だて漂流に決まってらあな、このすっとこどっこいめ」といんちき江戸っ子で答えたら、ヨメは「え、だってまだ昼…」と絶句したのだった。
そうである。今回は日中から飲んで早く帰ろうというコンセプトなのである。
要は漂流も少子高齢化の流れに抗えず、年相応に早くからやろうというわけだ。
スタートは4時。場所は小田急線の祖師ヶ谷大蔵。ここの居酒屋からスタートして、京王線の千歳烏山まで歩いて解散しようというプランなのである。
祖師ヶ谷大蔵、遠いなあ。石神井公園から1時間もかかる。
この漂流では、だいたい集合時間の1時間前ぐらいに親分が先乗りして、すでに一人でどこかの店で焼き鳥なんか食っていたりするのが慣例だ。だからスタート時点で一人だけ既に2軒目だったりする。
しかし、今回は4時スタートである。さすがに先乗りして飲んでいるということはないだろう。
ところが甘かった。小田急線の中で届いたメールは親分からで「今、餃子食ってビール飲んでるよーん」と書いてあった。
そそ、そうか、その手があったか。さすが親分である。あくまで先乗りして1軒早く飲むわけだな。
4時に祖師ヶ谷大蔵駅前の「はまのない」集合。
先日オレは「最近の飲み会は、ネットで調べて、行ったこともない店に集合するのが常態化している。そのような手抜きは、大いなる堕落だ」と厳しく弾劾した。そして、その舌の根も乾かないうちに、オレはネットでこの「はまのない」に決めたのである。しかも、予約すらしてなくて、勝手に行く、というスタイルである。
4時オープンの「はまのない」、さすがにガラガラである。ここに集った我々は、だてポンに独立お祝いの掛け時計をプレゼントしたのだった。
モノはモンディーンの掛け時計である。スイスの国鉄で使われている時計である。できればオレがもらいたいぐらいである。
そう口にすると、いさわしは、以前オレがモンディーンの腕時計を落としたことについて「腕時計落としたじゃないですか。しかも家に裏蓋があったそうじゃないですか」と、Androidとからめてまとめて厳しく糾弾するのであった。
こうしておっさん5人が春の陽気の中、4時過ぎという明るい時間にビールを飲み始めたら、そこにエリコとアヤという、練馬と世田谷を代表する不良主婦が合流したのであった。
この不良主婦は、だてポンへの花束持参である。
それはかまわないのだが、自ら「あたしみたいな色っぽい花でしょ、うふん」と腰をくねらせたのは、到底信じられない光景であった。トシを考えたまへ。
「はまのない」では、注文を取りに来た店員が「カニが美味しいですよ、カニが」とメニューを片手に攻めてくる。それを受けて親分は「えーい、今日はお祝いだ、カニいっちゃえ。カニ。でっかいの持ってきて」と注文した。
ところがそれを受けて店員「でも、カニは4月の3・4・5日だけなんです。もう終わっちゃったんです」と答えた。ななななな、なんなんだ。「はまのない」まったく意味不明である。
そろそろこれぐらいまでくると読むのが面倒になったきただろう、サトコめ。ふふふ。誰が短くなんかしてやるものか。もっともっと書くのだ。そうだとも、書くのだ。
長くするために、祖師ヶ谷大蔵に着くまでの小田急線車内で体験した心温まるヒューマンドラマについて書いてやろう。
えーと、各停に乗って座ったオレのとなりにじいちゃんが座り、おそらくその子供であろうおっさんがつり革につかまってじいちゃんと会話を始めたのだ。
幸い、オレの反対隣の席が空いていたのでオレは自ら移動して、立っているおっさんに、どうぞと座るように薦めたのである。
おっさん、大変に喜んで何度も頭を下げ、さらには経堂で降りる際も、ありがとうございましたと重ねて礼を言ったのであった。
これが西武池袋線なら、オレが席を移動した途端、どこからか現れたばばあが大声で「はあ、どっこいしょ」といいながら横取りするところである。えらい違いだ。
先日など、オレが出口の角のところに立っていたらオレのすぐに前に立ったばばあが、「はあーっ」と何度もため息をつき、オレが移動したら「あ〜、よかった〜」といいながら角の手すりにつかまったのである。
これに比べたら、小田急線車内でのなんとヒューマニティあふれる心豊かなエビソードであることよ。ああ、無駄な話を長くするのって、人が迷惑そうな顔をしているのが浮かぶから楽しいなあ。
ともかく「はまのない」を5時に出た我々は、祖師ヶ谷大蔵駅前の商店街を、2軒目を求めて歩く。日は高く、街は明るく、買い物籠を下げた親子連れが歩く商店街。そこを早くも酔っぱらって移動する7人。ろくでなしですな、まったく。
「鳥福」(実名)という焼き鳥屋を発見。おお、この佇まいはなかなか素晴らしいではないか。
すぐさまいさわしが、飛び込んだ。そして、すぐに出てきた。怒っている。
「そりゃあないだろうという対応をされました」と激している。そうなのである。「鳥福」(実名)は、常連だけが集まって、店主自らが常連以外を寄せ付けないという、逆村八分の店なのだ。
そんなに常連だけでいいのなら、看板出すな馬鹿野郎。「お持ち帰りできます」の張り紙出すな、ボケナス。
後ろ足で砂をかけてやったのである。
結局2軒目に行ったのは、干物の専門店。
驚いたことにここでは早くも団体が酔っぱらっていた。5時なのに、いったいいつから酔い乱れていたのだ、おっさん連中は。
ちょっとびっくりしつつ、干物を魚に飲む。基本的に干物なので、どれもしょっぱい。サービスとして半切りのキャベツが出てきて、これをかじれば、まあ、2軒目の我々としては十分なのだった。
6時までいて「おほほほ、マダムは7時までに帰るざます、ダーリンが待ってるざます、おほほほほ」というエリコが「それでは、みなさま、ごきげんよう、げろっぱ」と帰って行くのを見送り、我々は3軒を求めて移動を開始したのであった。
だんだん書くのが面倒になってきた。
向かうのは千歳烏山。多くの商店街を抜け、一本道をひたすら歩く。
ここは、オレのヨメが学生時代に大学まで通うのに歩いた道。そこを20年近くたった今、オレがトレースしている。
ヨメは、その頃、どんな光景を見て、どんなことを考えながらこの道を歩いたのかなあと、不思議な気分だった。
ようやく中間地点の大規模マンションに到着。そうである、実はここは我々の母校であるアホ山学院大学理工学部の学舎の跡地である。
当時の見る影もなく、巨大なマンション群が建ち並んでいるこの世田谷の住宅地の広大な敷地を、アホ山学院はこれまでの大学経営の失敗を穴埋めするためにあっさりと手放してしまったのだった。
厚木の校舎に世田谷の校舎と、オレのヨメなど、おかげで学舎が全部なくなってしまったのだった。田舎の小学校の統廃合処の騒ぎではないわ。まったく情けない話である。
このはす向かいにあった焼き鳥屋に、3軒目として潜入。なんだか田舎町の食堂みたいなさえない店であったが、外見に似合わず出てきたものはどれも美味しくて、なかなかの実力者であった。
この店を出たあと世田谷不良主婦のアヤが「宅もそろそろ失礼するざーすよ、ごめんさあーせ」と消え、代わりに駆けつけたのが隣町に住むサトコであった。
そして、我々は再び春の世の闇の中、千歳烏山駅を目指して歩き出したのだった。ああ、書くのが面倒になってきた。
千歳烏山は、街の作りは大きく変わっていないものの、当然のことながら店は大幅に入れ替わっている。ようやく駅の北口に出てカウンターだけのこじゃれた店を発見。詰めてもらってなんとか7人が座れた。
これが案外にいい店で、女の子も可愛く、「うーん、いい店だ」といさわしはご満悦。これはきっと後日一人でやってくるね、絶対。
この店にいたら、突然に携帯が鳴って、なんと「相川と申しますが」としゃべったのだ、携帯が。そうである、あの相川がこれからやってくるというのだ。
うひゃー、相川だよ、びっくり。何年ぶりだ。
なんでもオレんちに電話してヨメに携帯の番号を聞いたそうだ。そんなことも知らずに出てきたのかと全員あきれる。
とりあえず祖師ヶ谷大蔵から千歳烏山に到着したらまた連絡ちょうだいといって一旦電話を切るのだが、しかし、それから待てど暮らせど電話がかかってこない。いったいどうしたんだ。
ぼちぼち親分は眠気の限界。カウンター前に長い時間座って喜んでいるのは、店の女の子の顔を眺めていられるオレといさわしぐらいである。
相川から「踏切のところにしまーす」という到着の電話が入ったのは、それからしばらくしてからだった。話を聞けば案の定、祖師ヶ谷大蔵から千歳烏山まで我々と同様に歩いてきたらしい。あ、あのなあ。そりゃ時間もかかるだろうて。
全員あきれ、もう限界を超えた親分はよよよと腰から砕けて、そのまま京王線に乗って帰っていったのだった。
さて、親分と入れ替わりに相川を加えた我々。どうも今夜は入れ替え形式が多いようだが、そのまま千歳烏山の街に引き返し、今度は南口駅前、たぶんこれは学生時代もあったような気のする「よーろーの滝」に入ったのである。
いやあ、昔もぼろかったんだけど、昭和の時代にぼろかったまま平成になったのだから、店内のしょぼさは想像を絶していたね。と言いつつ、こちらも相当に飲み疲れて、歩き疲れて、飲み始めからの時間がそろそろ5時間というわけで、だいぶ頭もおかしくなっている。
元気なのは藤沢から駆けつけた相川だけだ。
何をしゃべったか、ちっとも覚えていないぞ。相川をいじった記憶はあるのだが。
まあ、よい。ともかくこうしてだてポン漂流は見事5軒を踏破して成功裏に終わったのであった。やっぱり歩きが入ると疲れるなあ。ふう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.04.16
編曲。
あれだな、温暖化っていうのは、いつの間にやら終わっちゃったんだな。
日本中の人がそう思ったに違いない寒い一日、息子の小学校では「1年生を迎える会」というイベントが行われ、3年生の息子は自ら志願してその司会進行役を務め、見事全校生徒の前で大役を果たしたそうだ。
「ちゃんとできたよ」と誇らしげに言う息子に、面白かったか、またやりたいかと問うたら「うん、またやりたい」との返事であった。
こういう小さな成功体験をどんどん重ねていくことは大切なことだと思うのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.04.15
編曲。
雑誌「サウンド&レコーディング」通称サンレコの発売日だったので、書店で買ってきた。歩こうかと思ったが冷たい雨でねえ。ついクルマ。
サンレコ、大きく相対性理論を取り上げている。んあー、なんですかー。
数学ではなくて、バンドの名前らしい。へー、知らなかった。みんな知ってるのかな。
YouTubeでどれどれと音を聴いてみて、ほほう、なかなか面白いなあと感心。そのままソニーの音楽サイトMoraに飛んで、3曲ほど、よさそうなのをダウンロードだ。
お手軽というか、適当というか、まあ、便利な時代だ。オレの高校生の頃なんか、まず深夜放送で聴いて、気に入ったら友だちがLP持っていないか聞いて、それでも欲しくなったら初めてレコード屋に行く、という感じだったものなあ。
相対性理論、なかなか面白い。
「中央線乗り過ごして、今日は始業式」とか「意地悪なあの子は県大会で準優勝」とか「タクシー飛ばして香港からセンター街まで」とか、ぶっとびの歌詞がまずなかなかステキだ。
ウリはボーカルの声。倍音たっぷりの心地よい不思議な声で、サンレコに載っていたエンジニアのインタビューでは、ピッチを外してもあえてそのままにしておいたということらしい。
刮目は、演奏チームだ。ギター、ベース、ドラムの3人編成。クリームみたいじゃないか(笑)。
この最小編成で、コード楽器はギター1本しかないという編成で、けっこう表現力たっぷりの演奏をしている。ギターもベースもドラムも、なかなかの腕前だ。たいしたものだなあと、コンビニまで行く途中のウォークマンで感心。
もっともこの編成だけに、さすがにアルバム1枚をこれで通されるときついのではないか。そのあたりの、どうやって飽きさせないかが課題かもしれない。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」「サウンド&レコーディング」「週刊アスキー増刊」
「俗物図鑑」筒井康隆・新潮文庫。高校1年でSFに目覚めたオレは、星新一、小松左京、筒井康隆の創世期3人組の作品をむさぼるように読んだ。その中で一番気に入ったのが、一番行儀の悪い筒井康隆だった。どれを読んでも面白かったが、抱腹絶倒だったのはこの俗物図鑑。ふと読み返したいと思ったのだが、なんと、驚くことにとうに絶版になっていたのだった。そこでアマゾンで中古本を購入。いやあ、まったく便利になったものだ。一昔前なら、文庫の絶版本を探そうと思ったら神保町の古書店を歩き回り、1冊100円の文庫コーナーをのぞいて、結果、余計な本も大量に買い込んでふうふう言いながら電車に乗り込むしかなかったわけだから、本当に便利な世の中である。絶版本でもクリック一つ。ぽちっとやれば、翌日には届くのだ。その俗物図鑑であるが、久しぶりに読み返して、いやあ、やっぱり面白かった。さすがに腹を抱えて笑うことはなかったが、この話の無茶苦茶ぶりはさすがである。差別用語もたっぷり。なるほど、これでは絶版のままでもしょうがないかなあ。


2010.04.14
原稿。
例えばライフダイナミクスみたいな自己啓発セミナーを受けたばかりのやつが近くにいたら、相当に鬱陶しいわけだ。常に正論。常に前向き。
こういうのをポジティブ・バカと呼ぶ。
ポジティブ・バカは、人生ときちんと向きあって明日を見つめて坂道を登るのだ。ポジシンなどと、すぐに言葉を略してしまうのだ。笑顔なのだ。
こういうポジティブ・バカに向けて「ふざけんなよ、ばか」と切れてみせたのが、アルケミストの「チアリーダー」という歌で、いやあ、これがしみじみといい歌なのよね。
そしてオレは、ファンキーモンキーベイビーズ、略してファンモンもこういうポジティブ・バカの一味だと思っていたのだが、しかし、不思議なことにこの人たちの歌を聴いていると、けっこうしみじみといいのだ。
いや、けっこうなどではなくて、相当によろしいのだ。例えば飯田橋で大笑いしながら遅くまで飲んで、直通の地下鉄で帰ってきて家までの暗い道をとぼとぼ歩きながら「ちっぽけな勇気」を聴いていると、"でもあきらめないから〜あきらめないから〜"というフレーズについ涙腺がゆるんでしまったりするのだ。
それに続けて「ヒーロー」の"振り返ると夢の足跡〜"などと聴くと、つい立ち止まって夜空を見上げちゃったりするのである。
うーむ、案外よろしいではないか、ファンモン。実は最近のお気に入りである。
そのベタな人情世界から「八王子演歌」とも呼ばれているらしいが、そのメロディーも詞も、よくよく聴けばかつてのフォークそのものではないか。ギター一本で同じ歌を歌ったら、まさにお前は吉田拓郎か、泉谷しげるか。
だから、YMO世代のハートをPerfumeがつかんだように、フォークおやじの心をファンモンが揺すぶるのではないだろうか。
もっともファンモンの連中は「もうジャンル分けなんてどうだっていいよ」と言ってるらしいから、それはそれで大変によろしい態度である。そう、ジャンルなんてどうでもいいのだ。坂本冬美がビリーバンバンしちゃう時代なのだからね。
などということを思いながら飲んだわけではないが、ともかくここは久しぶりの飯田橋・鳥よし。7時過ぎに入ったら、店員の女がマフラーを持ってきて「これ、忘れませんでしたか」とオレに差し出した。
おお、こ、これは、行方不明になっていた西友で買った1000円のマフラーではないか。こんなところに忘れていたか。
たぶん3ヵ月ぶりぐらいに来たというのに、鳥よし、ちゃんと覚えてとっておいてくれたか。たずねたら、店長が保管しておいてくれたそうである。
実は鳥よしの店長は、オレのこの日記を密かにチェックしているのだ。なので、この場を借りて、借りてってオレの場所だけど、店長にお礼を言うのだった。
ありがとうございました、店長。相変わらず厚揚げ旨かったですよ。ハムカツも最高でした。
そうなのだ、厚揚げやハムカツ、ポテトサラダというつまみがそろっているのだ、この店は。渋谷の並木橋の大人の居酒屋なんぞ、足元にも及ばないわ。けっ。
焼酎飲みながら食うハムカツは旨いぞう。厚揚げはおかわりしちゃう旨さなのだ。
今度また行きますので、よろしくね、店長。鳥よしが近所にあったら、しょっちゅう通えるのになあ。
ちなみに本日ここでは4人で飲んだ。ああ、楽しかった。
本日のキーワードは、ハンバーグなう。まったくツイッターというやつは、ろくなもんじゃないねえ(笑)。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「日経ビジネス」


2010.04.13
取材1、原稿。
月島のコンビニでお茶を買う。オレの前にレジでカネを払った兄ちゃんは、店員の「袋に入れますか」「105円です」「ありがとうございます」という言葉に一切返事をせず、首を振るだけで済ませていた。
確かにコンビニって、客が無愛想だよなあ。改めて思った。
オレも、袋いりませんとか、はいどうも、とか、なるべく言葉を発するようにはしているが、オレの前に2人以上並んでいる時とか、それなのに隣のレジが開いてなくて店員が陳列仕事をしている時とか、紫色のパンチパーマのおばちゃんがレジに立っている時とか(練馬の一番はずれのセブンにはそういうレジおばちゃんが本当にいるのだ!)は、軽くイラッとして何も言葉を発しないことがある。
うーむ、これは何なんだろう。コンビニならではの空間が、なぜかそういう作用を起こすのだろうか。
ちょっと不思議に思った月島の街並みであった。
そういや月島に来ていつも思うのは、今はもう付き合いのない某代理店のディレクターである。ある時、月島のことをテーマにした広告をつくることになって、このディレクターは「軒と軒がくっついている路地の写真が必要だ」と力説したのだった。
またある時は「京都ならば瓦屋根の家並みの向こうに五重塔が浮かんでいる写真でなければダメだ」と譲らなかった。
まったくどんだけステレオタイプなんだよと、オレは呆れたものだった。それでいて本人はインテリジェントで時代を読むセンスにあふれていると自信を持っているのだった。
こういうのは恥ずかしいよなあ。
ちなみに「主語のない日本語というのはありえない。原稿を直せ」と激怒したのも、この人間である。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」相変わらず"現場の磁力"が面白い。早く単行本にならないかな。


2010.04.12
取材2。
いやあ、寒い寒い。一気に2月に逆戻りだ。
冷たい雨がしとしと降る中を、子どもたちは学校へ、オレはインタビュー仕事に出かけていったのだった。
ところで作家の井上某が亡くなったそうだけれど、どうもとんでもないドメスティックバイオレンス野郎だったらしいな。
詳しいことはよく知らないが、奥さんに対する暴力は常軌を逸していて、それを描写した記述は読んでいて気分が悪くなるほどだった。
出版社もひどくて、締め切りが迫ると奥さんに「二、三発殴られてもらえませんか。そうすれば先生の筆が進む」とお願いしたらしい。異常だ。というか、犯罪ではないか。これは。
奥さんはとうとう耐えかねて離婚し、そのことを本にしたらしいので、今度読んでみるか。いや、あまり読みたくないな。
井上某の作品は学生時代に吉里吉里を読んだことがある。すごく面白い小説だった。そもそもガキの頃はひょうたんの形をした島の人形劇を白黒テレビで毎日視ていたから、人格形成に何らかの影響を受けたのは間違いないだろう。
平和憲法堅持の徹底した左翼で、抗議に訪れた右翼幹部に対し「歴代の天皇の名前を全部言えるか」と本人はだーっとまくしたて、舌を巻いた右翼が「お見それしました」と逃げ帰ったというエピソードが妙に印象に残っている。真偽のほどは不明だが。
もっとも、どんなに素晴らしい作家であろうと、家族に対して日常的に暴力をふるうような人間性のヤツが書いたものなど、触れる気にならない。
新聞、雑誌はそんなことには目をつぶり、版権欲しさだろうか、賞賛の嵐。朝日など「弱者への優しい視点」と大笑いの持ち上げ方で、奥さんがあばらを骨折し、頭に触るとぶよぶよするほどの暴力をふるっていた人間のどこに「優しい視点」があるというのだろう。
J-WALKの中村なんたらが覚醒剤を持っていたら過去のCDすべてが店頭から消え、放送もされなくなった。小室なんたらの詐欺事件でも同様である。
なのにもっと卑劣な家族への日常的暴行事件が周知のこの作家に対しては、そんな仕打ちはまったくなく、徹底的に美化するばかり。
それとも二枚舌の「作者の人間性と作品の芸術性は別のものである」と持ち出すのだろうか。
まったく呆れた話で、焼酎を飲みながらテレビの前でとほほほほとため息をついたのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.04.11
いやあ、暑い暑い。一気に5月の陽気だ。
けれど、夏と違って基本的にカラッとしているから、日陰に入ると汗も引く。こういう気候が一年で一番いい。
この陽気の中、娘は公園で自転車に乗り、息子はオレとキャッチボールだ。
補助輪なしで乗れるようになった娘は嬉しくてしょうがない。「おとうさん、見て見て」と張りきっている。
息子も昨日、今日と少しずつキャッチボールがうまくなってきた。ダメなのはこっちで、ちょっとボールをやりとりしただけで息が上がってしまうのだった。
昼、公園帰りのまま武蔵関のラーメン屋に行く。
このラーメン屋にはいつも感心するのだが、いかにもチェーン店という味にいかにも冷凍という餃子でありながら、大繁盛している。
味は凡庸でも、気持ちのいい接客に待たせない工夫、広い駐車場があれば家族客がどんどん押し寄せてくるという好例だ。
入り口には新たに綿飴機が登場。50円を払えば割り箸を持って自分で綿飴を作ることができる。こんなな面白いことを子供が見逃すわけはなく、大騒ぎで行列だ。
こうして待ち時間も退屈させない工夫がしてあるから、子供だってまた行きたいって言うわな。
家に帰って一仕事。夕方、畳数枚ほどの小さな庭の草むしりをする。
き、きつい。畳1枚ほどですぐにギブアップ。
連日のキャッチボールにこの草むしりで完全にばててしまい、肩はぎしぎし痛いし、膝はがくがくと笑っている。とほほほほ。情けない。
ビールを飲んで風呂に入ってぐったりなのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.04.10
編曲。
埼玉県との県境にある公園まで行って、お花見だ。そのものずばり、さくら公園という。
呑気な公園で、嬉しいことにバーベキューOk。桜もちょうど見頃だ。
ここに幼稚園からの友だち家族が集まり、それぞれに食べ物を持ち寄ってのんびり過ごす。
オレは息子とキャッチボールだ。
最近の息子はよくキャッチボールをせがむ。不器用ながらもそれなりにうまくなってきた。
大変なのはオレのほうで、小学生相手に少し投げただけで、肩はへろへろ、息も上がって、まったく情けないったらありゃしない。
息子にサッカーと野球のどっちが好きかと聞いたら「野球が好きだよ」と答えた。一度だけ西武ドームに野球を見に連れて行ったことがあって、それを思いだしなだから「また野球が見たいなあ」と言う。
どれ、季候も良くなったし、また西武ドームへ行くかな。せっかく近くに住んでいるんだし。
ただし応援するのは日本ハムに決まりだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.04.09
編曲。
「たちあがれ日本」を略すと「たちぽん」になる。だからこれからは「たぽんち」と呼ぼう。
そうツイッターしたのに、誰も拾ってくれなかった。ちょっとむなしかった。
夕方、息子と一緒に近所の床屋に行った。親子でやってる小さな店である。幸い客がいなかったので、親子で一緒に並んで髪を切ることができた。
と、途中に、新しい客が入ってきて「少々お待ちください」ということで、待合コーナーで待つことになった。40代前半の男。
驚いたことに、この男が入ってきた瞬間に床屋中がたばこ臭くなってしまったのだ。どんだけ臭いんだ、このおっさん。
臭くて臭くて、たいへんに辛かった。もっとも我が身を振り返ると、オレも1日50本のヘビースモーカーだったから、同じような臭いをさせていたのかもしれぬ。
そう思うと今さらながらに、衆よ、済まなかった、と上から謝るのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.04.08
編曲。
今日から給食の始まった息子が、帰ってきて少し照れくさそうに「あのさあ」と言う。
なんだ、どうしたんだよと問うと「代表委員に選ばれたよ」と笑いながら答えた。
ほう、それはクラス委員のことか。それはそれは。どうやって選ばれたんだ、先生が指名したのか?
「ううん、4人出て、多数決で選ばれた」
ほほう、ますます、ほほう。選挙に立候補して選ばれたらしい。そりゃたいしたもんだ。
しかも4人。自薦で挙手して立候補し、それで選ばれたのだからそりゃ嬉しいだろう。
どうやら選挙演説らしこもとやったようだが、その内容は恥ずかしがって「忘れた」とごまかしていた。
オレを振り返ると、えーと、確か保健委員とか図書委員とかはやった記憶があるが、クラス委員はやらなかったな。オレの人生で長がついたのは、幼稚園の父母会長が唯一だ。
よしよし、息子よ、早くもこの父を乗り越えたか。って、乗り越えて当たり前だわな、こんなもん。
それはともかく、これはめでたい、お祝いしなければと理由をつけて、早い時間から魚せいでビールを飲み始めた、バカ父ちゃんであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「週刊新潮」


2010.04.07
原稿。
いつも下の方には、その日に読んだ活字のリストを並べている。新聞、雑誌については、当然のことながらすべての文字を読んでいるわけではないが。
そして、実際のところは、この新聞、雑誌に接するよりも長い時間をネットで過ごし、新聞、雑誌から得られるよりもはるかに多い情報をネットから得ている。
現代なら誰でもそうだろうなあ。
ただ、決して活字メディアを否定するのではなくて、ある事象をいったん整理してみるときには、やはり新聞が一番わかりやすいし、雑誌は多様な切り口でものごとを見ることができる。
そして、間もなく日本も二もiPadが登場して紙媒体の世界が激変することになるのだが、実はそれを待たずとも既にAndroidでも文庫本レベルの内容は読めるようになっていて、例えばオレの大好きな「坊ちゃん」は、いつでも読めるようにオレのAndfroidに入っていてWattpadというアプリで読めるのだ。もちろん全部無料。
目下の問題は、こうして読んだものも日記の下部にちゃんと記しておくべきかどうかということだ。今、勝手にしろ、どうでもいい、タコ、という罵倒が一斉に発せられたかもしれないなあ。
ツイッターにて、我が子の入学のことをつぶやいてみたが、同じように水道橋博士は娘が幼稚園に入園、レンホウは双子の入学式と、みんなそれぞれに嬉しい日を迎えているのだな。いや、別に知り合いではないのだが。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.04.06
取材1、原稿。
先々週、いつもより早めに桜が咲き始めたときは、今日まで持たずに葉桜での入学式になるのかと懸念していたが、先週末の冷え込みによって思いがけずに満開のまま今日を迎えることができ、娘は62本の桜の木に囲まれた校庭を通って初めての自分の教室に足を踏み入れることができたのだった。
我が家の記念日には思い出の印にいいネクタイを買うことにしているのだが、昨日東武百貨店で買い求めた8900円のそれは、入学式用にいとこのあやちゃんから譲ってもらった空色のツーピースと同じ色をした1本。娘とさりげなくおそろいの出で立ちをして、同じように晴れやかな気持ちで入学式に参列したのである。
娘は1年1組。息子は3年2組。
二人での輝かしい小学生時代の始まりである。
大きなランドセルをしょって、仲良しのまさみちゃんと手をつなぎ、満面の笑みを浮かべて歩いて行く娘を見て、この春に感謝したのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日経エレクトロニクス」「g2」カーリングのノンフィクションを読みたくて購入。いつものことながら見かけ倒しの記事が多い雑誌である。「週刊ポスト」今週も"現場の磁力"は必読。自ら介護の現実に向かい合った生島ひろしが"次は僕らの世代が保険と医療費を使い尽くして死んでいく。その次の世代はいったいどうするのだろう"と問いかける。本当だ。いったいどうするのだろう。この国はどうなってしまうのだろう。


2010.04.05
取材1、原稿。
「横浜こー」「オレは老人ではない。125歳まで生きる」などの素晴らしすぎる発言で、登場して瞬時にツイッター界のスターになってしまったのが、あのハマコー先生。現役時代そのまんまの元気良すぎる発言の数々は、「だう」という流行語を生み、多くの人々に衝撃を与えたのだった。
ちなみに「だう」はハマコー先生が常に発言の最後につける決めフレーズで、誰かが「先生、だうとはどういう意味ですか」と聞いたらあっさり「教えない」と跳ね返したのだった。おそらく本人も意味などわかっていないか、忘れてしまったのか、どっちかだろう。
この素晴らしすぎるハマコー先生が、実は本日、ツイッターで大きな騒ぎを引き起こしてしまった。
ことの発端は例の子ども手当に不良ガイジンが群がっているという噂。某市で590人分の子供手当を申請したガイジンがいたという噂をハマコー先生がリツイートしたところ、発言の影響力の大きさから、たちまちにしてその噂が広まってしまったのだ。
ところがこれがまったくのデマと判明。
そうしたら「デマゴギーを核酸。影響力のある人間の極めて悪質な行為」と糾弾する奴が現れ、ハマコー先生も「ごもっとも。申し訳ない」とあっさり認め、あげくに「進退は猛省して判断」とツイッターからの引退も示唆しちゃったのである。
「先生は悪くない」とかばうヤツや「ツイッターに飽きてきたと言ってたからなあ」とあきらめ顔のヤツなど、様々なつぶやきが流れて、現在事態は流動中。まあ、できればまだはじらくは、あの「だう」を聞きたいから、やめないでほしいのだが。
もう一つ、やはり本日発生した騒ぎ。というか、喧嘩。これは見物である。
アイホンを絶賛していたジャーナリストが祖父とバンクを"クソバンク"と罵ってツイート。発端は、ジャーナリストが目撃した祖父とバンク新宿西口店2階でのできごとだった。
アプリが壊れたと相談に来た40代の女性客を、祖父とバンクの30代女性店員が「そんなこともわからないの」「出直してきて」と罵倒。あまりの言いぐさにそのジャーナリストが見るに見かねて「なぜそんなに威張るのか」と注意したところ、上司らしき人物がぺこぺこと謝ったものの、その女性店員はちっとも謝らなかったのである。
このジャーナリストは、喧嘩相手を完膚無きまでに叩きのめすことで知られており、最も敵に回してはいけない男と言われている。こいつを"クソバンク"は怒らせてしまったのだ。
「アプリのバグはアイホンのせいではない」というアイホンファンからの反論は「ツイッター強制された社員からの意味不明な奴隷的釈明」と一蹴。他の反論にもならない反論は「かわいいお子ちゃまだったのか」と切って捨てる。
一方で同じような思いをしている人間からは、祖父とバンクの他の支店での横暴ぶりがレポートされており、この問題はあの会社の体質そのものであることが次第にわかってきたのである。
そしてとうとう「その隠蔽ぶり、株分割時の疑問、独占販売の継続、店員教育の放棄などを近くレポート」と、孫本人に矛先を向けてしまったのだ。
喧嘩を売ってきた某有名評論家を立ち直れないほど叩きのめして大恥をかかせ、理不尽な対応をしたみずほ銀行では支店長に土下座的謝罪をさせ、長野県では知事に一人喧嘩を売り、小学校の校長を言葉で糾弾しただけで自発的な退職に追い込んだこともあるなど、もあらゆる敵を蹴散らしてきたジャーナリストである。
"クソバンク"攻撃がどれほどのものになるのか、ちょっとワクワクしてきた。もっとも喧嘩は端から見ているから面白いのであって、巻き込まれたらたまらないのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」「日経エレクトロニクス」


2010.04.04
打ち合わせ1。
新ユニット「くまかつ」こと高杉さんと小沢かづとくんがスタジオ、丹後湯にやってきた。この夏にリリース予定の新しいアルバムのキックオフである。
ありがたいことに全曲のアレンジと録音、製造まで丹後湯+せんべいレコード社にお任せいただいたのだ。ジャケットは、青山てるるさん、よろしくね。
本日は全体の方向性と、全5曲のアレンジの打ち合わせ。いろいろとアイデアを出し合いながら、詰めていったのである。
この3人がそろったのに珍しく酒も飲まず、真剣に打ち合わせ。やるときはやるのだ。
名曲ぞろい。特に「こころからありがとう」は必聴だ。
順調にいけば7月初旬にリリース。早くも予約殺到中。ウソです。
どうぞお楽しみに。
と、プロモーションは軽くすませて、夕方、光が丘公園に花見に行ったきりの妻子を迎えに行く。光が丘公園、すごいことになっている。花見客の山盛りだ。花を見るのか、客を見るのか。どっちでもいいか。
家族連れに若者グループがメインで、さほど場は荒れていない。昼だからかな。夜の光が丘公園はけっこう危険だからな。
走り回るガキどもの中から我が子を見つけ出す。
桜の下だと、どうしてみんなあんなに嬉しそうなのかな。面白いな。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.04.03
原稿。
朝から原稿仕事で昼までに片付ける。その後、45分の道のりを歩いて光が丘公園へ向かう。
なんちゃら祭りというイベントが開かれて、ヨメと子供が参加しているのだ。
歩きながら、本日ダウンロードした曲をいくつか聴く。便利だなあ。
まずは渡り廊下どうしたこうしたの「アッカンベー橋」である。なかなかよろしい。楽しい。
目白通りをスキップしながら「さあ、みんなでコクりましょー」と一緒に歌う。あとで娘に「コクるって、なーに?」と聞かれて困った父さんであった。
文春の近田連載では、この曲を「この手もあったか」と評していたが、まさにその通りだな。基本的に安っぽい作りで、アレンジもミックスもこんなもんかいという感じだが、それが狙いの線なのかも。
ボーカルはまともに聴く気もしないものであるが、とても楽しくて可愛いのであった。
そういや、飼育係の「時をかける少女」カバー、なかなかよかったぞ。ははあ、こういうアレンジもいいのかと感心した。カバーを聴く楽しみは、やっぱりアレンジにあるものね。
あと、このバンドのボーカルはどこか不思議な魅力をもっていて、心惹かれるものがある。例えばキロロのボーカリストは倍音たっぷりの声で、癒されるのだが、それとはまた別の心地よさがある。
カバーといえば、引き続き本日ダウンロードした稲垣なんたらの「男と女」というデュエットカバー集が面白かった。別にデュエットでもなんでもない曲を無理矢理デュエットしているのだが、ざっと試聴して気に入ったものだけダウンロード。
こういう聴かれ方はアルバム制作者としては最もイヤなことなのだが、しょうがない、そういう時代になってしまったのだからね。オレ自身、どうしたものかなあと思いつつ、この便利さには抗えず。
見込みで3000円払って買ったのに、一度聴いただけで天井を仰いでそれっきりというCDのなんと多いことか。これは聴き手であるオレの問題だが。
ま、それはそれとして、稲垣なんたらのデュエットカバー、いろんな意味で出色は太田裕美とデュエットした「木綿のハンカチーフ」だった。
ソフトR&Bの気持ちいいアレンジにのって1番を太田裕美が歌う。うわあ、いいなあ、この声。太田裕美、50半ばのおばちゃんになってこの声かよ。
感情表現も抜群で、ちょっとピッチは怪しいものの、かつての「木綿のハンカチーフ」を遙かに超えるボーカルである。
そして2番、稲垣なんたらのソロが始まったら、いやいや、これが素晴らしくて、光が丘公園をスキップしていたオレは、思わず涙しそうになったよ。それほどステキなボーカルだったのだ。
ところが3番からこの二人がハモったりして、いろいろからむのだ。こここ、これは何なんだ。やめてくれ。
なぜにこのような無理なハモりをするのだと、オレは哀しくなり、スキップする足も止まってしまったのである。
もう1、2番だけで飛ばしちゃっていいな、このカバー。
ちなみに4番の「僕は、僕は帰れない」のところ、太田裕美はライブ等でも「僕は、ああ、帰れない」と「ああ」を入れて歌っている。この「ああ」が入ったおかげで「帰れない」の1フレーズが演歌になっちゃって大笑いだ。
まるで望郷演歌。頼むからこの「ああ」はやめてくれえ。笑いがとまらないから。
なお、同じく稲垣なんたらのデュエットでは、森高千里と「雨」を歌ったのが面白かった。1番を森高千里が歌うのだが、完全に北関東ヤンキーワールドなのだ。
不思議だよね、森高千里。何を歌っても、ジャージ姿の北関東ヤンキーが歌ってるように聞こえるのだ。
そして2番、今度は稲垣なんちゃらが歌い始めた途端、なんとはテレサ・テンの演歌に変身するのだ。おっかしいぞ。「思い切り泣いて〜」なんて、おお、このメロディーはまさにテレサテンのためにつくられたのではないかと発見してしまったのだった。
などということを考えながらスキップして光が丘公園に到着したら、そこは見事な桜の海。写真は、娘が撮った桜だ。今、「桜だ」と書いたら昨日の日記のおかげで「サクラダ」に変換されてしまった、ATOKのばーか。いや、オレがばかか。
早く最新ATOKに更新しなくちゃ。
桜では、今年なぜか豊島園が大ブレークしたようで、ツイッターでは「あり得ない大混雑」と悲鳴が飛び交っている。豊島園、プールとスケートのほかに、もう一つ、山をつくることがだできたか。慶賀の至りである。
その豊島園にも負けないような見事な桜が、光が丘公園では楽しめる。
その桜の下で、リサちゃんたちと遊びまわる子どもたちであった。ぼちぼち親にまとわりつくよりも友だちどうしでかけまわったほうが楽しい年頃だろうな。
息子は、小遣いに渡した1000円札をもって屋台の間を走り回り、射的200円×2回、フランクフルト200円、せんべいづくり400円で、きっちり使い果たしたのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.04.02
取材1。
不要不急ならぬ不要至急の買い物であった。
昨年、ビデオカメラをハードディスクタイプに買い換えた。ミニDVのビデオカメラが壊れたのである。
結果的に100本近くもあろうかというミニDVが見られなくなった。
息子の誕生に備えて買ってから9年。二人の子供が育っていく、まず間違いなく人生で最も大量に撮影した時期のミニDVが大量に残され、それが見られなくなったのである。
さてどうしようと思いつつ、放ったらかしにしていたオレであった。
ところがいろいろと調べてみたら、ミニDV再生専用機というものは、あるにはあるがプロ用でン十万円もすることがわかった。よく街で見かけるダビングサービスを利用すると、100本もあると20万円もかかることもわかった。
やれ、困った。
なんとか今のうちにDVDに取り込んでおくことはできないか。でなければ、このまま子供が誕生してから9年間の記録が永遠に見られなくなってしまう。うーむ。
結局出した結論が、やっぱりビデオカメラを買うということであった。これが一番安い方法だからしょうがない。
池袋ビックばカメラに行く。3階ビデオコーナーだ。
いっぱい並んでいるが、あれれれれ、ミニDVタイプのビデオカメラはなんと2台しかなかった。今やSDカードも少数派でHDD内臓が主流。まあ、そりゃそうだろうな。
店員をつかまえて、そのソニーのミニDVタイプについて質問する。なんと、もはやミニDVを使うビデオカメラは唯一これだけ。しかもメーカーでは生産中止で、店頭在庫だけだという。
しえー、ならば脇に山積みされているこのミニDVのテープの山はなんですか〜。
という突っ込みは置いといて、ともかく店頭在庫だけなら今のうちにこれを買っておくしかいなということではないか。天を仰ぎ、オレはこれをくれと命じた。ところが「在庫を調べてきます」と奥に引っ込んだ店員は「在庫はありませんでした」と戻ってきたのである。
生産中止で店頭在庫もないとは、要はないということではないか。ならば脇に山積みされているこのミニDVのテープの山は。
「でも、目の前のビックばカメラのパソコン館にはありますので、ぜひそちらで」と店員。なんだ、あるんじゃん。
ここになければ当然隣のジャマダ電機に行こうと思っていたので、「マダ電だけは阻止したい」というビックばカメラの営業努力なのだろうな、この回答は。
早速信号を渡って、相変わらず世紀末のようなバカが徘徊している池袋の街をパソコン館に向かったのであった。
ここの6階には、やれ、よかった、ありました、ソニーのミニDV対応のビデオカメラが。やはり店員に聞けば、店頭在庫だけで今やレアもの、ということであった。つまり今ここでこれを買わなければ、子供が生まれてから9年間の大量のビデオが観られなくなるという話である。
4万800円。
もはやオレには他の選択肢も逃げ道もなく、目の前のそれを買うしかないのであった。とほほほほ。なんとも痛い出費である。
本日、国民年金の請求が来て、これから国民健康保険、住民税、自動車税とさまざまな敵が行列をなしてやってくるというのに、あまりにも痛い出費である。
ふと、ビデオカメラの並んでいる棚を見たら、DVD専用レコーダーという箱状のものが並んでいた。これは何ですか〜と見たら、パソコンなどを使わずとも、ビデオカメラをつなげばそのままDVDに焼けちゃうという優れものらしい。
おお、これは便利ですなあ。
思わずこれも買っちゃおうと思ったのだけれど、よく話を聞いたら、ソニーのレコーダーは基本的にソニーしか対応してなくて、家にあるパナソのHDDビデオを接続してもつながるがどうかわからない、たぶんつながるとは思うけど、やってみないとわからない、というシロモノらしい。
なんとまあ。
結局、ソニーのミニDVビデオカメラだけ買って帰ったのであるが、もちろんテレビでは問題なく再生されるものの、パソコンにビデオからの映像を取り込もうと思ったら、iLinkでつなげるしかないらしく、オレのパソコンはiLinkなど未対応。ボードを買ってきて組み込むという手段があるようだが、とてもそこまでやる気はない。
結局、100本近いビデオを1本1本テレビで再生しながらDVDに変換するという作業を行うしかないと判明したのだった。
やれやれ。酒でも飲みながら地道にやるかねえ。いいえ、アタシも子どもたちを送り出したらやりますわ。
夫婦のそんな美しい会話が交わされることもなく、娘が数ヵ月の頃のビデオを家族で久しぶりに見ながら「きゃははは、ちっちゃかったねえ」「きゃははは、まんまるだねえ」と家族で遅くまで盛りあがったのだった。
まあ、それでよしとするか。
ちなみに正真正銘の不要不急の買い物が、ヨメが昼に石神井公園の西友で見つけてきた桃屋のラー油。悶絶級の旨さに常時品切れ、ネットオークションでしか手に入らないとされているラー油が、たまたま棚にあったのだそうだ。
どれどれと早速メシにかけて食ってみたら、確かにこれは非常に危険な味であった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「美味しんぼ」
「週刊文春」3月22日の日記で、渋谷にある大人の居酒屋をけなしてやったが、その同じ経営者が田町と神保町に出したのが、渋谷とは正反対のコンセプトの店、つまり安さをウリにした店である(ちなみにオレは真逆という言い方が大嫌いである)。渋谷の大人の居酒屋は、名前を出すけど、中村という経営者がやっている。その中村がサラリーマンをバカにして店を出したわけだ。その店に潜伏取材したら、なんとヤキソバは時間がかかるので予約制と言われ、最初に頼んだらすぐに出てきて、しかもこれが麺も具も冷め切っているようなシロモノ。他のつまみも推して知るべしで、あげくに刺身の盛り合わせがヤキソバやらを食い終わった頃に出てきて、とても食う気にならなかったらしい。要は客をなめきった、そういう中村という経営者が客をなめきった店を出したというわけだ。並木橋の大人の居酒屋も、そう考えればさもありなん、だ。そんなにも客をなめた店なら、はやり一度はうるさいオヤジたちを組織して乗り込まなければならないな。それが誰かというのは、えーと、やっぱやめた。/という文春であるが、相変わらず中身はひどくて、最近ではほとんど日刊ゲンダイレベルにまで落ちている。今週はiPhoneとXperiaの比較を、見開き特集。これがまたトホホで(笑)。iPhoneとXperiaの違いはキャリアがdocomoかどうかだけ、とか、パソコンのメールを携帯でも受けられるのでこれからは"出先なので戻ってからメールを見ます"という言い訳が通じないぞ、さあ、どうしよう、と問題提起してみたり。日刊ゲンダイどころか朝日新聞夕刊の素粒子レベルのバカさである。たぶん他の記事も推して知るべしで、政治ネタならば、オレは政治に詳しくないからふーんと読むだけだが、精通している人から見ればXperia問題レベルのゴミ内容なんだろうな。ちなみに連載陣も、ポスト、現代が読むに耐えうる骨太の書き手を抱えているのに、文春のそれは、自分のブログにでも書いておけばという日記帳レベルのものばかり。文春、果たしてどこまで落ちていくか。この先が見物である。
「Gスピリッツ」いつまでネタが続くかとファンをドキドキさせていながらも、大方の予想を裏切ってなんと15号まで続いているプロレス暴露もの専門誌。今ではオレにとって出たら即買いの雑誌になってしまった。暴露ものではあるが、根底にきっちりとプロレスへの愛と哀しみが漂っているところが、素晴らしい。それにあまり指摘されることではないが、どの記事も文章が実にうまいのである。巧みだ。今号はタイガーマスク特集。当時も、オリンピックに出たらメダルを取れるのではないかと専門家に評されていた通り、図抜けた運動神経を誇ったのがタイガーマスクこと佐山聡であった。今振り返っても、あれはプロレス史上の神事件であり、今に至るまでプロレス界に与えた影響はとてつもなく大きかったのだ。もっとも今号の場合、オレとしてはタイガーマスクよりもケンドー・ナガサキのインタビューが嬉しかった。"喧嘩上等、いつでも誰でもフルボッコ"というタイトルは実に秀逸。ナガサキ以外にあり得ないタイトルだ。思い出すのは、かつて前田日明とケンドー・ナガサキが闘った一戦。ガチンコで喧嘩したら一番強いという噂はあったものの、当時のナガサキはペイントレスラー。きわもの、企画ものとも見られていた。そんなおっさんレスラーをなめてかかった前田であったが、最初に組んで投げられた瞬間"えっ"という顔をしてまじまじとナガサキを見上げたのだった。テレビを通してもその瞬間の前田の驚きというものが素人のこちらにもはっきり伝わってきて、そうか、やっぱりナガサキはセメントレスラーだったのか、と納得したものである。実際、その後のインタビューで前田は"ナガサキさんはペイントなんかしなくても十分やっていけるのに"と話していたのだった。様々な団体の裏模様やカネ事情をあっさりと話し、ガチンコでの制裁事件も披露し、あげくにランボー・サクラダ時代はカツラを被って試合していたのにブロディがやたらと引っ張るから困ったという爆笑もののネタを明かし、そのブロディとはリング状でガチになってしまったという新たなセメント伝説も付け加えていた。やっぱりケンドー・ナガサキ、最高だ。


2010.04.01
原稿。
朝、たいへんだ、トイレにカトちゃんがいる、と叫んだらヨメが「なになに、どうしたのっ」と駈けてきた。わははは、ばーかめ、エープリルフールじゃ、と笑い飛ばして、我が家では平和に新年度があけたのだった。
昨夜はTBSで夜遅くまでドリフターズ特番をやっていた。その録画を朝早くから見ていた子供らは、カトちゃんの単語に反応するかと思ったが、さっぱりなのであった。
朝一番、今日実家を巣立って大学生として一人暮らしを始める甥っ子のユーイチローに、応援のメールを送る。よたよたと歩いていたあの赤ん坊が大学生なのだから、オレも感慨深い。
いい陽気だ。
午前で原稿仕事を終え、午後は春の風に吹かれながらふらふらと散歩だ。徘徊ともいう。
地元・石神井公園駅では駅舎の建て替えが急ピッチで進められており、現在、上り列車が高架となって下り列車は地べたを走っている状態。写真のように下を走る下り列車の上に、上りの高架が見える状況だ。
本来ならここに上り列車もすれ違うようであれば、それなりに楽しい写真になったのだろうが、オレはやっぱり撮り鉄にはなれないのだった。
23区内では高架が当たり前となった今、踏切というのは妙にノスタルジーをそそられる。そういや息子が2歳の頃は踏切が大好きで、よく所沢のおばあちゃんにせがんでは踏切を見学に行ってたな。
炎天下に何十分も立たされるおばあちゃんが気の毒で、少しでも代わりになったらと思って、踏切のオモチャを息子に買い与えた記憶がある。
石神井公園駅前の、因縁のドコモショップをちらりのぞく。
妙にまともな格好をした姉ちゃんが、妙にまともな接客をしていたから、富士通あたりからの応援部隊かもしれない。
本日発売のエクスペリアは、予約だけで5万台だそうだ。docomo過去最大の予約台数らしい。慶賀の至りである。
それに伴ってアプリケーションダウンロード用のdocomoマーケットというのがオープン。どれどれとのぞいてみた。こちらはリアルじゃなくてネットね。
ほほう、こんなアプリがdocomoのお墨付きでダウンロードできるのか、と興味津々。
新しいメディアの普及期に必須のコンテンツは、エッチとギャンブルであるというのはメディア屋にとっては常識である。それに類したものは、美女地図東京版ぐらい。
これがどういうアプリかというと、美女のいるお店を地図上に表示してくれるというお節介かつ便利なアプリなのだ。ところが実際に使ってみれば、飲食店というカテゴリーで検索して表示されるのが東京全体で数件という脱力ぶり。
紹介された美女が本当に美女かどうかは主観の問題なので置いといて、この広い東京に美女のいる店が数軒しかないというのだから、困ったものだ。ここは一つ、美女が増えていく様をあたたかく見守りたい。
それにしても、docomoマーケットには有料アプリが非常に多い。
これはフリー思想のAndroidは商売にならないという突っ込みを回避するためか。あるいはiモードの落ち込みを少しでも回収しようという策か。
基本的にAndroidの有料アプリは、あまり面白いものはないのだが。
石神井公園に到着。
ゆっくり一周すると30分近くかかる広い公園だ。のんびりと歩く。
桜は半分ほどの開花か。平日にも関わらずたくさんの人出で、桜を眺めながらボートに乗る人、自慢の一眼レフを抱えて桜を撮る人、絵筆をふるう人と、様々なのだった。
春はのどかなものである。
公園のステージ近くでは、バイオリンを弾くストリートミュージシャンがいた。
ピアノのカラオケをバックに、ほほう、「チャルダーシュ」を始めた。1年前、フルートまみちゃんとのジョイントライブを目前にして、脂汗を流しながらギターを練習していた曲だ。
なんとなく懐かしく思い出す。
フルートまみちゃんは、どうしているのだろう。ご活躍だろうか。どうもオレは見捨てられたらしい。とほほほ。
強風の中、ストリーミュージシャンは気持ちよさそうにバイオリンを奏でる。なかなかよろしいバイオリンであった。
夜、久しぶりにサカイさんの近況を、ボロボおじさんからのメールで知る。
顔を見なくなってもう3年。どうしているのかなあと、気にかけていたけれど、そうか、元気だったか。よかった。
もしこの日記を見ているんなら、サカイ、たまには遊びにきてね。一緒にとしまえんでも行こうね。
明け方にかけて20メートル以上の強風との予報。案の定、深夜になっても風はごおごおと恐ろしい音を立てて、畑の中の我が家を激しく揺すぶるのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.03.31
取材1。
一年のおしまいの日なのじゃった。
この日で行く人も多いのだが、なーにもご挨拶のメールが届かず、とほほほ、オレの人徳のなさを知らされたのだった。
まあ、よい。人の無情は世の常じゃ。
そういや最近の塾は、子供がやってきた・帰ったという都度、メールで親に知らせてくれる。つまり子供が到着したら「サキトくんが塾に到着しました」というメールが、ヨメとオレに届くわけだ。
防犯というよりは親を安心させるためのシステムだな。あればあったでありがたい。
この春から息子が通っている塾でもこのシステムを導入しているのだが、今日は別に息子は塾にいってなくて、おばあちゃんちに遊びにいっているだけなのに、なぜか取材仕事中のオレのもとに「サキトくんが塾に到着しました」という報せが入ったのだった。
あれえー、おばあちゃんちに行くといって塾に行ったのか?
首をかしげつつヨメに聞いたら「こっちにも来ました。へんだねー」という返事。しょうがねえなあ。いい加減なシステムを入れるんじゃねえと塾にねじ込んでおけと、ヨメには命令したのだった。
塾はただいま春期講習の真っ最中。
キャンペーン中につき、新規入会者は春期講習が無料の大サービスなのだ。
塾はさも当然のように予定を話していたが、オレは「あ、春期は参加しませんから。けけけっ」と話を絶ちきり、相手をずっこけさせたのだった。
せっかくの爽やかな春休み、しかも娘が小学校に入学するという特別な春休みだ。息子の時間を塾なんかでつぶされてたまるかってんだ。春休みはもちろん、長い休みは家族でベタベタするのが我が家の方針なのだ、わかったか、タコ。
意味もなく一人力んで息を切らした春の宵。ぼちぼち桜もいい感じなのだった。
6日の入学式までもつかなあ。うまくいけば、花びら舞い散る中での入学式だ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「オー! ファーザー」伊坂幸太郎・新潮社。オレは伊坂幸太郎の熱心な読者ではないけれど(一番好きなのは「ゴールデンスランバー」だな。あの中の父親のセリフは、歴史的名セリフだと思う)、本作を読んでもやっぱりこの作家はすごいなあと思ってしまう。会話や謎解きなど、面白がらせようという意図が見え見えなのだが、それでも読み進むのをやめられない。さすがの傑作である。最近は若手にいろんな芸達者がいて、小説世界がとても楽しい。


2010.03.30
原稿。
auもAndroid携帯の投入を発表した。なんだかへんてこな携帯だが、ともかくこれでキャリア3社でAndroidがそろったわけだ。
ソフトバンクがAndroidもiPhoneも、両方売るというのはなかなか面白い。WindowsとMacintosh両方が動くみたいなものだな。
3社の中ではdocomoのプッシュ度合いが尋常ではなく、テレビCFのほか、全国紙に15段広告と、がつがつに攻めている。もっともiモードが使えないAndroid、docomoにとっては痛し痒しだろうに。
Androidをプッシュする一方でiモードも盛んにセールスしているあたりに、なんとも中途半端さを感じるのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「SPA!」


2010.03.29
取材1。
しばた・はつみが亡くなった。
美人で、歌って踊れるジャズシンガーだった。
20歳の時、オレはNHKの「あなたのメロディー」という素人コンテスト番組に出場し、あれよあれよと全国大会の決勝戦に進出してNHKホールでの収録に臨んだのだが、そこにいたのがしばた・はつみだった。
オレの歌を歌ったのがハイ・ファイ・セットで、別の作者のジャズを歌ったのが、しばた・はつみ。とてもしゃれた曲で、聴いた瞬間、負けたと思ったものだった。(後でこっそり確認したら、サビのメロディーがよろしくなくて減点だったらしい)。
今でもはっきり覚えているのは、リハーサルでの光景である。
一番が終わって間奏になった時、ディレクターが大きな声で「はつみ、踊れ!」と叫んだのだ。それを聞いた瞬間、しばた・はつみは、アドリブだろうが華麗に舞い始めたのだった。
ふえー、プロのシンガーってすごいなあと感心した丹後雅彦・20歳なのだった。
死亡を知らせる記事を読んだら、今年、乳がんで手術したらしい。その前には鬱病にもかかっている。
いろいろと苦難を乗り越え、再起を期してか、自宅隣にレコーディングスタジオを建設中だったそうだ。朝、浴槽の中で亡くなっているのを発見されたということで、原因は心臓。まだ若いのになあ。
残念。
**
NHK教育テレビの朝6時55分から新番組が始まったが、これがけっこう面白い。「0655」という番組で、歌が3曲流れるだけなのだ。この3曲が非常に楽しいというか、脱力ものというか、ピタゴラスイッチ的なノリに大人のバンドテイストを加えたというか。
初日に見てすっかり気に入ってしまった。早起きしたときは、ぜひどうぞ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」「日経エレクトロニクス」「日経ビジネス」頓智ドットコムのインタビューを読もうと思ったら途中でラーメン屋に忘れてきてしまったよ。とほほほ。


2010.03.28
息子の囲碁教室に付き合って光が丘公園へ行ったら、天気予報が「真冬並みの寒さ」と言ってるにも関わらず、シートを広げてお花見しているグループがいてびっくり。
耳当てをして、毛布を被って、おいおい、見てるほうが寒々しいぞ。だいいち、桜も咲いてない。
反対側に目を向ければ、そこでは今週もフリーマーケットだ。光が丘ではフリーマーケットが住民たちのライフラインになっているのではないか。
全体に古い衣料がつまったタンスの臭いがする中、一通り見てみる。どこでどうやって仕入れてきたんだか、というおかしな品物も多い。こっちも寒々しいなあ。
光が丘のコドモショップに立ち寄る。4月1日発売のXperiaの様子を見に行ったのだ。今持っているアンドロイド携帯をエクスペリアに替えるかどうか、まだ迷っている。
先日、石神井公園のdocomoショップに様子を見に行ったのだが、ここは徹底的にタコなショップで、オレの顧客データをモニターに呼び出した姉ちゃんは、オレが目の前にいるにも関わらず、後ろの席の上司に「この電話は」「この電話は」と、客のことを「これ」「この」扱いである。
さらにその上司というのが、以前も見かけたことのある大タコで、言葉遣いを姉ちゃんに注意するどころか、客であるオレに「いらっしゃいませ」でもなく、姉ちゃんと一緒になって「これ」「この」呼ばわりである。
この姉ちゃんにエクスペリアの予約を聞いたら「ありません」、いつなら入るのかと聞いたら「わかりませんが、4月下旬には…」というタコ回答で、はいはい、この店に聞いたオレが間違いでした。
この店はとことんタコなので、検索にひっかかるよう、書いてやる。石神井公園のdocomoショップはタコ、石神井公園のdocomoショップはタコ、石神井公園のdocomoショップはタコ。
そんなわけで本日は光が丘のコドモショップだ。ここは、相当にしっかりしている。
店頭には富士通の応援社員。「何かお探しですか」と聞かれて、エクスペリアを聞くのも申し訳ないので、自分でやりますからと追い払う。
立っているコドモ社員をつかまえて、状況を聞く。黒は既に予約でいっぱいで、白なら4月1日に渡せる分があるという。なるほど。
それなりに好調のようだな。さて、どうしようかなあ。買い換えようかなあ。
2ヵ月しばりがあって、5万円ぐらい必要になる計算だ。
しばし迷い、結局やめる。新機種で不具合情報を確かめてからでもいいかと思ったのと、ソフトバンクがついにアンドロイドも売るようになってけっこうなスペックの新製品を出すことになり、対抗としてコドモもそれ相応のスペックの製品を投入すると思ったからだ。
なんでも今年だけでコドモはスマートフォンを5機種ほど投入する予定らしい。ならばエクスペも焦ることはなく、しばし様子を見るか。それにあわててエクスペに飛びつくのも、ま、大人げないし〜。
聞くところによればコドモはエクスペのターゲットを、若い姉ちゃんにも置いているらしい。これは相当に無理があるぞ。
なんせiモードが使えないんだから、携帯メールがダメなのだ。そんなことも知らずに買い換えれば、姉ちゃんたちは発狂して、嵐のクレーム攻撃だろう。それはそれはで、少し見物だという気もするが。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「世界のシェー!!」平沼正弘・理論社。嫌みのシェーのポーズを、世界中の人々にやってもらったという写真集。一発ネタの本ではあるが爆笑もので、速効購入。世界の人々のシェーを見ていると、もしかしたら世界平和も幻ではないかもしれないという気になる。


2010.03.27
原稿。
本日は朝からスーパーマリオブラザーズ・コインバトル関東大会である。
Wiiのスーパーマリオでガキどもが闘うという、なんの生産性もない、オタク・引きこもり予備軍による空虚な暇つぶし大会だ。
仕切りは電通だろう。場所は汐留。土曜の朝8時45分スタートという、正気の沙汰とは思えない、嫌がらせのような時間設定だ。
集まった数百人のガキどもが行列し、それに付き添う間抜け顔の親たち。オレもその一人となって、ぼけっと口を開けて並び、パニオンの姉ちゃんたちを眺めていたのだった。実際、このイベントのパニオンのレベルはけっこう高くて、さすが金持ち企業のイベントはよい趣味をしていてけっこうですなあ。うへへへ。
バトルは4人が闘って1位抜け。トーナメントで最後に勝ち残ったガキが関東地区チャンピオンというわけである。
優勝賞品がWiiのコントローラーという、てめーんとこの商品。ケチくせえな。パニオン以外に金をかけるつもりはないようだ。
さて、第一回戦であるが、だははははは、我が息子はボロ負けの4位。つまり最下位。女の子にも負けてしまった。
まあ、ゲームは土日だけという約束だから、勝てるわけはないのだがな。
決勝戦まで見学したが、いやあ、ガキども、強いねえ。素晴らしい技のオンパレードだ。いったいどれだけゲームやってんだ、こいつら。
あっさり負けたにも関わらず、息子はすごく楽しそうであった。
何が楽しいって、負けたんだけど、まったく知らない子どもたちと一緒に闘ったのが楽しかったのである。
NEWスーパーマリオブラザースは、やったことのない人には説明が難しいのだが、とにかくすごいゲームなのだ。一人でこつこつ闘うのも悪くはないのだが、これが2人、3人と複数でやると、途端にまったく違うゲームに早変わりするのである。
友だちと一緒にゲームをすることがない息子は、あっさり負けたとはいえ、こうして複数でバトルするのが無茶苦茶楽しかったのだ。
DSやプレステは、一人でゲームと向き合い、映像の精緻さでひきつけるようなところがあるが、Wiiのスーパーマリオは、モニターの前にどんどん人が集まってくるのだ。この仕掛けに気がついたときは、すげえなあとオレも唸ったのだった。
この関東大会の様子は、ニンテンドーチャンネルで放送されるという。
そんなチャンネルがどこにあるかというと、Wiiの中にあるのだ。つまりネット配信であるが、モニタのこっち側から見れば、テレビを観ているのとまったく変わらない。
正確には放送でなくて通信なのだろうが、まさに放送と通信の融合であって、ニンテンドーがWiiで構築したこの隠れレインフラは、実はものすごいことになっているのではないかという気がする。例えば近所の店への出前の注文も、これでできちゃうのだ。
いずれ本格的に映像配信サービスに乗り出すと見ているが、どうだろう。あの会社のことだ、確実に儲かると見極めてからになるだろうが。
3月の末とは言え風は冷たく、オレと息子は無味乾燥な汐留のビルの間を震えながら帰ってきたのだった。
**
夜、地元のたけちゃんで飲みである。
たけちゃん、久しぶり。今年になって初めてだ。相変わらず居酒屋としてはすごいレベルにあることが実感させられる。
ともかく出てくる日本酒のすべてが、うーむ、これは…と唸らせてくれる。酒好きにはたまらん店だ。接客レベルも素晴らしい。
一杯目には山形の上喜元を飲んだが、飲み口があっさりで、あとからじわーっと酒の味が広がってくる、まさしく絶品の味わいであった。今のところ、オレの一番のお気に入りだ。
ユウイチロー、山形から帰省するときは、じいちゃんのお土産に買って帰ってくれよな。
さて、なぜ久しぶりにたけちゃんで飲んだかというと、打ち合わせである。何の打ち合わせかというと、かづとくんとタカスギさんの新ユニットの新CDについての打ち合わせである。
打ち合わせはほんのちょっとで後はひたすら飲んだのだが、さて、新しいユニットのCDについてアレンジの相談を受けて、うーむ、実はオレは少し迷路に入ってしまった。最近、アレンジ面でなんとなく壁にぶつかって、有り体に言えばおのれの底の浅さに今頃になってようやく気づいてしまって、偉そうに言えばスランプというか。
実際、CD「いちねんせい」をリリースしてから、まったく譜面を書く気がおきないのであった。困ったものである。甘いな、オレ。
我ながら情けなく、はて、どうしたものかと思案中。どこかでスイッチを入れて、一つ階段を上らなければと思っているところである。
11時近くまで飲んで、かづとくんは京王線の多摩センターの先、タカスギさんは東武線のふじみ野。二人ともたいへんな遠方で、本当に申し訳なく思う。
オレんちに泊まってもらえれば一番いいのだが、子供がまだ小さく、なかなかそうもいかなくて、ごめんね。今度はオレが出かけていって飲もう。

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2010.03.26
取材2。
街の中にぼちぼち新入社員の姿を見かけるようになった。
真新しい、似合わないスーツを着て、何人かで群れているからすぐわかる。オレの30年前を思い出す。
朝、渋谷駅南口に行ったら、そんなスーツ姿の男の子たち数名が駅前に立って大声で歌を歌っていた。バカである。
大勢の人々が通りすぎる前で、よくある社員研修の一環なのだろう、意識改革というか簡単に言えば根性をつけるというか。
似たような研修に、見知らぬ人の名刺を50枚集めてくるというようなものもあって、街中で呼び止められて「研修中なんです、名刺ください」と言われたこともあった。
大声の歌唱も、他人の名刺せびりも、こんなものは人を育成する上でまったく無意味だし、そもそもそれがどれだけ他人に迷惑を及ぼしているかも思い至らないような会社なのだから、いい加減にしてくれとクレームつけたくなる。
新人も、そんな会社にいても育たないから辞めた方がいいと思うが、この不況ではそうも言ってられないか。
これから20年後、ゆとり教育世代が社会の中核を担うようになると思うと、日本の行く末に絶望的になってしまうのだが、振り返れば今の40代前半はバブルの時代に社会に出た世代である。現在の日本の有様も、それを思うと納得できる。
1994年に18%だった日本のGDP世界シェアが2008年には8%に下落。平均世帯年収はこの10年間で100万円以上も下がり、増え続けたのは生活保護世帯数と自殺者数。なんともいやはや。
GDPは間もなく中国に抜かれ、続けて韓国に抜かれるのも確実で、世界2位の経済大国というおなじみのフレーズは、もう間もなく使えなくなるのであった。とほほのほ。
新人諸君、駅前で歌っている場合ではないぞ。なんとか日本を立て直してくれえ。

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2010.03.25
取材1、原稿。
一気に冬に戻ったかのような寒い一日であった。
大学入学前の春休みを利用して遊びに来ていた甥っ子の雄一郎といろいろ話していると、オレもあの頃のことを思い出す。
東横線の祐天寺に下宿を決め、昔は宅急便のようなものはなくて大きい荷物は国鉄のチッキで送っていたから、下宿に布団が届くのを、管理人のおばさんにお願いしたものだった。
本格的に引っ越しを終え、両親と渋谷の駅前で別れた。同じ家で暮らす親子としての、あれが最後の日だったとは、まさかその時は想像もしなかったなあ。
ハチ公前の交差点で母親がじっとオレを見て「元気で」と名残惜しそうに言ったのをはっきり覚えているが、その時のオレはというと、さあ、これから東京での一人暮らしが始まるぞとウキウキするばかりだった。
当時、所沢の叔父をはじめ、親戚にはにいろいろと世話になったものだが、今度はオレが甥っ子の面倒を見ている。繰り返すのだなあと、一人、不思議に思った。
ここのところ、日記が短いな。うーむ、週末には長々と書けると思うのだが。

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2010.03.24
少し前から桃屋のラー油が大人気ということで、今日も午後のワイドショーで紹介されており、どれ西友に立ち寄ったついでに買ってみようかと思ったら、とっくに売り切れ。棚には「入荷未定。ごめん!」の張り紙だ。
うーむ、惜しい。いずれまた。
食い物で我が家でちょっと話題なのが、蜂の子の佃煮である。
文字通り蜂の子どもを佃煮にしたもので、なんでもやたらと体にいいそうだから、ひとつ食ってみてはどうか、という話だ。ところが写真を見たら、とてもグロ。旨いのだろうが、口に放り込むには相当な勇気が必要に思える。
まあ、イナゴは食えるのだから、大丈夫なのだろうが、しかしなあ。
飲みやすいようにカプセル状にしたものもあるのだが、こちらは1万円もして、しかも中国産。対して蜂の子の姿そのままの佃煮は長野産で2000円。どっちを選ぶかは明らかだが。
誰か食ったことのある人、いますか、蜂の子。
話題はまったく変わって、青森のギタリストからFACEBOOKへのお誘いを受けた。おお、FACEBOOKなんて忘れてたわい。そういや入っていたんだった。
さっそくログインしたら、ありゃりゃ、他にも何人かから誘いを受けている。結果的にオレはそれを全部無視していたことになるのか。どひゃー。
中に一人、中学時代の同級生を発見。マジかよ、おい。慌てて返信する。
ITC時代、思わぬカタチで思わぬつながりが復活するのであった。大学のサークルのコミュニティが復活したのも、ネットワークの力だものなあ。
ギタリストにはツイッターのご案内をしておきました。

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2010.03.23
東武線の下北沢、板橋区の原宿と呼ばれている大山に、革命的な居酒屋のあることを、オザキのツイートで知った。その名もまんま「革命居酒屋」である。
どう革命的かというと、焼酎とタバコが全部無料というのだ。つまり焼酎だけならなんぼ飲んでもタダ!
これは早速行かねば。と思ったが、どうせ混んでるだろうし、やめた。
しかし、この手があるとは意表をつかれた。
容易に想像できるように、粗利率の高い料理でちゃんと稼ぐことで焼酎の赤字を吸収し、全体として利益が出るようにしたという、フリーのビジネスモデル。言うところの直接的内部相互補助のビジネスモデルだ。
ウォルマートの「DVDを1枚買えば2枚目はタダ」、カード会社の「ただいま入会金無料キャンペーン」と一緒のビジネスモデルである。
無料からお金を生み出す新戦略として巧妙なもので、オレは思わずポンと膝を打ったのだった。
成功する居酒屋の利益率がどんなものか、よく知らないが、酒類の原価を下げるのが容易ではないのは想像がつく。対して食べ物は、産地や流通次第で原価コントロールは十分に可能だ。
たぶん客が支払う総額はそんなに変わりはないだろうけれど、タダ酒は旨いから、十分に満足できるはずだ。このビジネスモデルが広がっていくと、いったいどんなことになるのだろう。
懸念されるのは、公取に目をつけられないかということだ。不当競争と見られる恐れはあるものな。
そんなことを考えつつ、高校を卒業して大学に入るまでの春休みという、おそらく人生で一番楽しい時期に我が家に遊びに来てくれた甥っ子のユーイチローと一緒に魚せいに行ったのだった。

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2010.03.22
アンドロイド携帯派であることからもわかるように、オレはGoogleの手先である。
よって、ブラウザも最近はクロームだ。今まではスレイプニール略してプニちゃんというマイナーブラウザを使っていた(日本製だし)のだが、ここ最近はすっかりクロームだ。
速いですよ〜、クローム。さくさくっと表示する。なかなかよろしい。
ところが、おかしなところもいろいろあって、ぎゃふん、まったくユーザーのことを考えていないブラウザだということがよくわかる。
例えば、びっくりするのは印刷のプレビューが表示されないことだ。
画面を印刷しようとして、プレビューはどこかなといろいろ探しても結局見つからず、しょうがないからえいやっと印刷して、ようやく状態がわかる。結局どうしているかというと、皆さん、印刷の時はIEやファイアフォックスを立ち上げているらしく、オレも印刷の時はプニちゃんを立ち上げてクロームと同じ画面を表示してプレビューを確認している。
ほんと、バカみたいだ。
当然、ユーザーからはブーイングの嵐。
それに対してGoogleは"Thanks for your suggestion. We will work on fixing this issue."と公式に回答し、将来的には改善されることを期待させてくれるのだが、よく読めばこの回答はなんと2008年10月になされたものであって、以来、放置状態。
この一事だけをとってみても、Googleがいかにユーザーを考えていないかがわかるのだった。
まあ、いいや。オレはしばらく使うけど。
*
ここ数日、なんとなく娘の背が伸びたなあと感じていたので、ちょっとそこに気をつけをしろ、と立たせてメジャーで身長を測る。110センチくらいある。
ふむ、ならばそろそろか。
我が家から豊島園は至近なのだが、娘は身長が足りず、今まで親が付いてないと乗り物に乗れなかった。ところが110センチの大台をクリアーすれば、一人で乗れる乗り物が一挙に増える。その日を娘は楽しみにしているのであった。
そして、110センチを超えたら年間パスポートを買ってあげるという約束もしていた。ネットで調べたら、この三連休は、年パスの新規加入が割引である。春休みの入学記念プロモーションか。ならば、ちょうどいいかもしれんなあ。
ということで、豊島園に出かけていった。
早速、年パスを買おうと思い、案内に立っていた兄ちゃんに場所を聞いたら「僕らはちょっと違うのでわかりません」という返事。よく見たら「なりきりプリキュアショー」のイベントスタッフの、学生アルバイトなのだった。
こういうわけのわからないイベントをしょっちゅうやっているのだった、豊島園は。
別の係員に聞いて、年パスの申込書へ。家族4人で通常なら3万4000円のところ、今なら2万9000円と5000円もお買い得だ。ディズニーランドの年パスよりぜんぜん安いよなあ。
豊島園ならうちからは自転車でも行ける。なので、これからは、行くところがなければ豊島園、ということになる。ああ、らくちん。
しかも、娘につきそいは不要となれば、さらに楽ちんだ。
もっとも110センチは家で測った数字で、こういう場所ではメジャーがちょっと厳しく設定されているだろうから、110センチが出ない可能性が大きい。そこで、とにかく実績をつくって手首に「この子は110センチです」シールを貼ってもらうことにした。
若手のいかにもアルバイト然とした係員では、後で上から怒られることを恐れて融通を利かせない可能性が高い。また、後ろに行列が続くと、もめたときに後方からブーイングの可能性がある。
そこで、年配の社員が係員をしていて、行列の短い不人気なアトラクションを探して作戦を決行することにした。
この条件にぴったりのゆるいアトラクションを奥の方に発見。何食わぬ顔で娘を並ばせて、いざ順番が来て係員が「ん?」という顔をして娘の身長を測ろうと柱に立たせた瞬間、オレはささっとすり寄り「大丈夫でしょう!!」と明るく勢いよく、係員の目をまっすぐ見ながら言い放ってやったのだった。
つられて係員「はいっ、大丈夫でしょう」とオウム返し。見事に作戦は成功したのであった。まっすぐ目を見て、この客は何となくうるさそうだなあ、と思わせるのがポイントである。
こうして娘は見事に110センチの証明書を手に入れることができ、生まれて初めて親の付き添いなしに遊園地で好きなアトラクションに乗れることになったのだった。
娘、大喜び。しかも、年パスを胸に、さらに大喜び。やれやれ、よかった。
ところが、よかったのも束の間、どういうわけか今日の豊島園、考えられないほどに混んでいる。今までこんなに混んでいるのを見たことがないという混雑ぶりだ。
こんな田舎の、こんなしょぼい遊園地に、なぜに人が。謎であった。
確かに地元の春休みの中学生がやたらと目についたが、おかげでどのアトラクションも行列。豊島園で90分待ちの行列なんて、いったいなんの冗談だよと言いたくなるのであった。
この混雑ぶりに一番戸惑ったのが、当の豊島園である。普段はガラガラのレストランでも行列。昼飯一つでも大騒ぎなのだった。
娘がどうしてもハンバーガーを食べたいというので、ヨメが仕方なくハンバーガーの売店に並んだのだが、冗談でもなんでもなく、注文に20分、注文してから受け取るまでに30分待たせる始末。ハンバーガーが、である。
ようやく番号札を呼ばれたと思ったら、それはポテトだけだったりして、娘は腹減ったと訴えるし、ヨメはずっと立ち放しでげんなりだし、いくらなんでもひどいだろうと、いつまで待たせる気だ、いい加減にしろとオレはカウンターに怒鳴り込んだのだが、バイトの姉ちゃんがひたすら「ごめんなさいごめんなさい」と頭を下げるだけなのであった。
ハンバーガーをつくるのに30分。ようやくできあがったハンバーガーは、信じられないことに半冷えで、これでチーズバーガー700円。天を仰ぐしかないのであった。
腹いせにオレはその場でツイッターで発信してやったが、そんな程度の腹いせしかできないところが、オレという人間のちっちぇところである。
*
おにゃんこクラブも歌っていたように、春はお別れの季節なのだ。明るく手を振ってじゃあねと挨拶するのだ。
行く人、来る人、それぞれ。本日は行く人を囲んで、ささやかなお別れ会である。
場所は渋谷、並木橋の近くの居酒屋だ。
最近は飲み会というと、ネットで検索してネットで予約というのが定番になっている。どうよ、とオレは思うのだが。
つまり、幹事を含め、誰も一度も行ったことのない店に、食べログの書き込みだけを信じて集合するという、考えてみれば無謀と言えばこれ以上ないほど無謀なことがまかり通っているわけだ。
当然、やらせの書き込みを仕込む店は増えるし、客も店選びの失敗を食べログのせいにする始末。20代後半になって大きな罪を犯した人間が、「子供の頃、親が」といい年こいて親のせいにするケースが増えたなあと思っていたが、どうもなんでもかんでも他責という風潮が気になる。
子供が出かけるときに玄関で靴をそろえるような真似はやめようではないか。そのうち裸足で飛び出した子供が「玄関に靴がなかったから」と平然と言うようになるぞ。
この並木橋居酒屋、大人の居酒屋として渋谷で一番人気らしいのである。根拠は、食べログにそういう書き込みがあったからである。タコ。
あのなあ、大人の居酒屋っていうのはなあ、飯田橋「鳥よし」のように、オヤジで満員で、学生の姿などまったく見あたらず、ちょっとでもオーダーが遅れるとホッピー抱えたオヤジに「とっとと持ってこい、ばかやろ」と怒鳴られるような環境で鍛えられたのが、大人の居酒屋なのだ。
そんなことも知らず、この並木橋居酒屋、まったくろくでもない店であった。
先に着いたオレともう一名、個室に案内されてとりあえずビールだけもらい「料理はそろってからでいいですか」と言ったら、注文取りのオヤジ「なんですか」と聞き返してきた。客に向かって「なんですか」という物言いをするのである。この猿は。
その後も数々の不愉快な対応をされ、食い物もたいして旨くなく、一番うまいのが炊き合わせにつける生姜味噌だったりして、当然ホッピーも厚揚げも置いてなく、ビール二杯でとっとと退散なのであった。
大人4人で9000円。わははは、参ったか渋谷で一番人気の大人の居酒屋め。後ろ足で砂をかけてやったのだった。
そのまま次の店に行こうと、途中で見つけた浜茶という店に入る。
最近増えてきた、魚市場を模した仕様の店で漁師料理を食わせようというコンセプトの居酒屋だ。渋谷で魚市場でもないのだが、まあ、安そうだし、大人の居酒屋よりなんぼかマシであろう。
入ってみたら、実際になんぼかマシであった。
取り柄は安いだけ。なぜだかアリス以下、昭和のフォーク歌謡が大音量で流れる店内は、ひたすらうるさいだけであり、魚市場を模しているのに本当の魚市場は三連休で休みだから仕入ができなくてたいしたものがそろってなく、酒も、ああ、哀しみの松竹梅べとべと酒しか置いていなかったのだ。
まあ、よいわ。
ここまできて噛みつく元気もない。おとなしくオレたちは酒を飲み、天ぷらをつつきながら、男と女の行く末などについて語り合ったのだった。
+
渋谷から11時20分発の副都心線に乗る。石神井公園まで直行だ。
ただし、各停。
大混雑の豊島園で一日中立ちっぱなしで行列させられ、並木橋の大人の居酒屋では激怒し、なんちゃって魚市場で大音量の昭和フォーク歌謡にやられちまったオレはガラガラの車内でシートに座ってぐったりであり、各停のトロトロした走りによって激しく睡魔に襲われたのであった。
石神井公園までの40分間、まだらボケならぬまだら寝。こ、このまま寝てはいかん、乗り過ごして清瀬まで行ってしまう、どこだ清瀬、タクシーがちゃんとあるかどうかもわからない田舎だったらどうするんだと、心中で激しく格闘。どうには眠り込まずに石神井公園にたどり着くことが出来た。
12時半に家に帰り着き、強風と花冷えですっかり凍えてしまった体を温めようと、風呂に飛び込む。はあ〜、疲れた一日だったなあ。
家族はとうに寝ている。
オレの机に宅配便が届いており、発送者は聞き慣れない印刷会社。なんじゃこりゃ、と風呂上がりのすっかり酒も抜けた頭をひねりながら、封を切った。
滑り出てきたのは、閉校記念誌と題されたアルバム。
ああ、そうか。オレの田舎の小学校が、ご多分に漏れずに少子化によって統合が決まり、この3月で廃校となった。それを記念して、地域の核であった小学校の記憶を未来に伝えていこうといういう行事が様々に行われ、オレも依頼に応えていくばくかの寄付を送ったのだった。
その返礼として、完成した記念誌が送られてきたということである。
焼酎のお湯割りをつくって、早速ページを開く。
120年以上の歴史をまとめた力作。驚いたことに大正時代からの卒業写真がずらっと並んでいて、どこから集めてきたんだろうという出来だ。
昭和45年の卒業写真を発見し、オレの姿を探す。ちょうど40年前の3月の、オレがいた。
最後列中央。笑うでもなく、まぶしげな顔で40年後のこちらをにらんでいる。
クラスメートの顔を見る。男子の半分は名前を思い出した。女子はほとんど覚えていない。並んだ男の子の顔の中で、成人前に自殺した友が一人、先日心臓疾患で急死した友が一人。他の友はどうしているだろう。オレは遠く離れた練馬で二人の子供を抱えて豊島園で行列待ちなどをしている。
この一瞬が永遠に続くことを微塵も疑わなかったあの頃。まさかこんな未来が待ち受けているとは、想像もしなかったよなあ。
ページを繰って、弟の顔を探す。きっと見分けられないだろうなあと思ったが、とんでもなく、一瞬にして発見した。
おお、お前はここにいたかあ。毎日付き合わせていた顔だものなあ、すぐわかって当然だわな。たちまちにして、あの日々に心が戻る。
二人きりの兄弟、やはり永遠に一緒に暮らすと疑いもなく思っていたわけだが、今のような未来が待っているとは想像もしなかった。遠い彼方に思いを寄せる。
ページを昔に繰って、父を探す。名簿の名前は見つけたが、さすがに写真はわからなかった。敗戦直後の写真。まさに歴史写真だ。
続けて、父の兄弟、つまりおじさんおばさんの名前を順番に見つけていく。同時に年の開きなどを数えつつ、その母親、つまりオレのばあちゃんは、まさに子育て一筋で人生を送ったんだなあと改めて思う。
お彼岸の連休に届いたアルバムは、こうしてオレを一瞬にして昔へと連れて行ったのだった。
焼酎のお湯割りをおかわりし、明日、小学生のオレの姿を子供らに見せてやろう、そういえば実家には昔の写真が残っているかな、今度それも子供に見せてやろうかななどと思いつつ、肘をついて天井を見上げるのであった。

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2010.03.21
未明に家がガタガタ揺れるほどの強風で、どんだけボロ屋なのだ、オレんちは、と飛び起きたオレであった。あまりの強風にその後、なかなか寝付けず、そのまま朝までNumberなどを読んで過ごしたのだった。
この強風に乗って、毎度のことながら中国から黄砂さまがいらっしゃった。日本全土、ほぼ砂まみれである。
おかげでランナーいさわしも出場していた荒川マラソンは中止となり、多くのランナーがそれを知らずに押しかけてしまい、駅で「今日は中止です」の看板を見て呆然と引き返すという騒ぎが繰り広げられたらしい。
こういう強風の時はおとなしく過ごすに限る。
というわけで、我が家では昼にうどん屋でぶっかけうどんを食い、その後駅前のビッグエコーで子どもたちのカラオケルーム初体験となったのだった。
日曜の昼間っからカラオケルームというのもどうかと思ったが、まあ、以前から約束していたし、しょうがなかろう。娘は歌がうまいなあ。ちゃんとピッチ取っているし、本人も「おうた、だーいすき」と言うし、こいつはこっち方面になにやら持っているようである。
あまりの強風に、近所の屋根のアンテナには飛んできたビニールが引っかかっていた。うひゃー。
子供とヨメを呼び寄せ、ほらほら、すごいことになってるぞーと教えてやったのだった。
ところが人の振り見て我がふり直せ。
夕方、一歩外に出たら、目の前の電柱から我が家に引き込んでいる電線に、巨大なビニールかひっかかっていたのだった。ひょえー、なんということだ。
このまま放っておいて断線し、停電にでもなったらシャレにならん。大慌てで東京電力に電話をしたのである。
ところが似たような電話が集中しているのだろう、ちっともつながらない。携帯と固定電話の両方で同時にかけたのに(似たようなことをしている連中ばかりなのだろう)、ちっともつながらない。
じりじりしていたら、偶然近所の道路を歩いている東京電力の社員を発見した。なぜわかったかというと、作業着を着ていて、胸にロゴがついていたからである。
ちょっとちょっと、とその社員をつかまえる。「いやー、障害物がひっかかっているっていう通報があったんですよー」と東電社員。
そりゃあ、都合がいいや。ついでにウチの前の電線も見ておいてくれ。
東電社員を引っ張っていって、ほら、あそこ、と指さす。「ありゃー」と東電。
こうして停電の危機は脱し、なんとか事なきを得たのであった。
本日、ヨメは幼稚園のお母さんたちの打ち上げ。大量に母親が集合する、巨大なおばちゃん飲み会だ。石神井公園駅南口一帯の飲み屋は、本日ぴっかり幼稚園卒園生のママたちで占拠され、あちこちで酔っぱらいおばちゃんが発生するのである。
うーむ、なんとも恐ろしい。
その飲み会に向かう自転車のみきちゃんママとすれ違い、寒いねーと挨拶したのだった。

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2010.03.20
ふと思いついて、チューインガムの「風と落ち葉と旅人」をYouTubeで聴く。1972年の歌だそうだ。伊達くんなら知ってるだろう。
確かにオレが中学3年の時に、クラスのお別れ会で歌った記憶がある。
40年近くたっての再会だ。
11歳と13歳の姉妹による歌だったらしい。改めて聴いてみて、へえーっと感心。とてもきれいなメロディーにきれいなハーモニーなのだ。
いい歌だったんだなあと感心。 昔のアルバムがCDになって再発売され、若い連中がそれを耳にして一様に驚くのが、昔の人はうまかったんだということである。
確かに、シンセサイザーもなく、デジタル処理もなく、それでもこれだけのクオリティの音楽をつくっていたのかと驚かされることがある。技術も志も、やはり相当に高かったのだと思う。
続いて、時節柄、斉藤由貴の「卒業」、太田裕美「木綿のハンカチーフ」を聴く。便利だなあ、YouTube。
この2曲は、オレは歌謡曲とニューミュージックの両方にまたがる超名曲だと思っているのだがどうだろう。どちらも松本隆作詞、筒美京平作曲だ。
阿久悠、都倉俊一コンビと双璧。日本の誇るクリエイターである。
松本隆の詞はすごいなあ。特に「卒業」で描かれた若いふたりの切ない別れのシーンは、まあなんというか、青春のほろ苦さそのものである。そして、この冷たくてどこか悄然とした女子高生の姿が、これまた絶妙に斉藤由貴と重なるのであった。
「木綿のハンカチーフ」は、これまたエバーグリーンな物語で、よくよく考えればこれは男女の別れだけでなく、都会に出た息子と田舎にいる母親の物語でもあって、そうした連想をさせることがこの曲の遠心力につながっているのだと思う。
そして、どちらの曲も、松本隆が「どうだ、これに勝てる曲がつけられるか」と投げた渾身の豪速球に、筒美京平が「なんぼのもんじゃあ」とこれまた渾身のフルスイングで打ち返したからこそ名曲たりえたのである。
というようなことを飲みながらYouTubeを見て考えて、この流れで話題の「トイレの神様」のPVを見たら勢いで絶対に泣くだろうなあと思ったので、やめた。あれは、冷静に考えれば、女さだまさしだよなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」
「ひまわり事件」萩原浩・文藝春秋。昨秋に読み逃していたのを思い出し、一読。うーむ、これはたいへんな傑作である。いつもの著者らしい心地よいテンポで話が進み、適当にあしらわれたギャグもなかなかにあんばいよろしく、上手いのだけれど重松清のような"オレって上手いだろう"という上から目線もなく、さすがの作品。物語が動き始めた中盤からは、スリリングな中にもほのぼのとした味わいがあり、さらには大爆笑の展開となった挙句、最後には感動でホロリとさせられてしまう。これは絶対におすすめの作品である。"ああ きんたましゅまろ われらのもも"のフレーズには腹を抱えて大笑いなのだった。


2010.03.19
お兄ちゃんと2歳離れているため、娘は3年プラス2年の都合5年間、幼稚園に通った。
保護者であるオレとヨメも、その送迎で5年間通った。さらにヨメは5年間弁当を作り続けた。
何でも終わってみればあっという間であるが、最初の日にはこの5年間がとてもとても遠い未来に思えたのに、今振り返ればつい昨日のことのようだ。
何でも出来てしまう年長児がとても立派に見え、まだおしめも外れない我が娘が果たしてあのように成長することなど、とてもとてもありそうにない話に思えたのに、卒園式の今日には証書授与の壇上で大きくはっきりと「礼!」の号令をかけるのであった。
大きくなったなあ。
感慨一際。このタコなオレが園児の親として5年間を過ごしたのも驚きだが、それはともかくとして、証書を携えて大きく手を振って歩く娘の姿を見ていれば、やはり得難い感慨が胸にあふれるのであった。
もっとも子供らはそんなことはちっとも思わず、先生や親たちがハンカチを取り出してめそめそしているのとは対象に、けろっとして元気よく大声で「おもいでのアルバム」と題して幼稚園生活の振り返りを唱和するのであった。
おっと、けろっとしているのがもう一人いて、それが園長である。
おじいちゃんは、もういつでも眠くてしょうがなくて、どんな式典でも寝ちゃうのである。今日も卒園式で前の席にこっちを向いて座っているというのに、寝ちゃったのである。
その様子を「面白いから撮っちゃえ」とビデオを向けたのが、隣の席に座った西やん。すると、ビデオを向けられた園長、急にビクッとして目をパチパチやって起きたものだから、西やんたら「ぷぷっ」とでかい声で吹いてしまったのだった。
折悪しく、壇上では保護者代表が理事長に向かって感謝の言葉を述べているとき。保護者代表は緊張のあまり完璧にあがりまくって、言葉をかみ続け、会場全体に"大丈夫かしら""頑張って〜"というタダならぬ緊張感が満ちているときであった。
そんな状態で西やんが思い切り吹いたのだから、もうたまらん、オレは必死の思いで口を押さえ、両肩を西やんと共に激しくふるわせたのだった。
端から見れば、お父さんが二人、感涙にむせているように見えたに違いない…って、そりゃあ無理があるわな。
あー、それにしても面白かった。
これにて我が家の幸せな幼稚園時代は終了。一区切りがついた。
練馬ぴっかり幼稚園、とてもいい幼稚園であった。
一応私立なので、入園前には面接があり、なぜこの幼稚園を選んだのかと聞かれたらどう答えようかと、夫婦で悩んでいたものだった。
というのも、この幼稚園を選んだ10人中10人がそうであるように、近くて安いからここに決めたからである。
面接の場でさすがにそれを口にするのははばかられ、知恵を絞ってオレは「初めてこの幼稚園に足を踏み入れたとき、園舎の屋根が低く、空がとても広く見えました。ここならば、この広い空のように、のびのびと子供を育ててくれると思ったのです」と、口からすらすらと出任せを並べ立てたのであった。
それを隣で聞きながら、ヨメも「はいはい」と真剣な顔で大きくうなずいていたから、まったくいいコンビである。
結局、面接が終わったその場で合格通知をもらい、さらには今まで落ちた子は一人もいない全員合格の幼稚園だったことを知り、ずっこけたオレであった。
空が広いのは確かであるが、それは園舎がボロだからである。なにしろ木造平屋建て。築40年。
いったいどこの田舎の幼稚園だ、というボロさだった。見学に来た中には、このボロさに驚いて逃げていった人もいる。
でも、いいのだ、ボロくて。近くにはコンクリート建ての立派な幼稚園もあるが、いいのだ、ガキどもに立派な容れ物など不要なのだ。ボロの園舎にぶちこんで、夏は「あちあちー」と汗をかき、冬は「さむさむー」とふるえていればいいのだ。
そんなことを考えてこの幼稚園を選んだ親ばかりだったか、保護者はけっこうみんなおおらかで、受験なんてどこの世界じゃ、ガキはメシだけ食わせときゃ勝手に育つ、という雰囲気。園の方針もそれに近いもので、野生児系の幼稚園だった。
もともとは、地元の地主(農家)が、自分の孫を通わせる幼稚園が近くになかったことから、「ないならつくっちゃえ」とばかりに自分ちの敷地内に園を建て、ちゃっかりと自分が園長におさまったというのが成り立ちである。
現在の理事長は、その当のお孫さん。
そういう極めてローカルな幼稚園なのだ。
ネットには幼稚園や保育園のクチコミを交換するサイトがいくつもあるが、そのどれにも引っかからないような、というより、そんなクチコミとは無縁の田舎系幼稚園である。ご多分に漏れず少子化のせいで、経営は決して楽ではなく、だからボロの園舎はいつまでもボロのままなのであるが、経営陣も職員陣も、ちっともセコセコせず、楽しそうに子どもたちを教育しているのであった。
世話になった分、OBとして出来ることは何でも協力するつもりだし、こういう園はいつまでも残っていて欲しいものである。
朝刊に、光が丘の回転寿司のチラシが入っていて、マグロ祭りとでかく書かれてあった。それを見た娘は、頭にすっかりとマグロ祭りを刷り込まれてしまい、卒園式、クラスのお別れ会と続く流れの中でずっと「おすしが食べたい、おすしが食べたい、マグロまつりに行きたい」と訴え続けた。
しょうがなくオレは、マグロ祭りは遠いからと、近所の寿司屋のランチに制服姿の娘を連れて行った。ヨメは父母会の役員なので後片付けなどがあり、オレと娘の二人だけのランチだ。
寿司屋では750円の握りランチ2つと、乾杯用にオレンジジュースとビールを注文。この寿司屋の女の子も同じ幼稚園に通っていて、来年、卒園である。
大将は「卒園おめでとう」とマグロの握りを一個サービスしてくれ、奥さん、つまり年中児のお母さんは「よかったわねー」と娘にデザートのアイスクリームをサービスしてくれた。
念願のマグロをパクパクと食べ、サービスのアイスクリームに「べつっぱらだよ〜」と大喜びの娘を見ながら、オレは祝杯の昼ビールの軽い酔いに心地よくなり、娘が世話になった先生たち一人ひとりの顔などを思い浮かべるのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「週刊新潮」


2010.03.18
我が家ではヨメの持っているiPodを"あいぽん"と呼んでいる。モー娘。のちっちゃい子みたいだな。かつての。
テレビで何か気になることがあって、ネットで調べたいと思ったときなど、子供に向かって、おーい、あいぽん取ってくれえ、と命じるわけだ。
インターフェースがひどく、3回に1回はスリープモードから復帰する際に落ちてしまうアンドロイドは、こういう時、まったく使えない。
ちょっと前にオレは、この春に登場予定のiPadについて"要するにiPod Touchが大きくなっただけの、まったく使えないブツ"と書いた。ところがここへきて、確かにそれはそうかもしれないが、一台あってもいいかも、と思うようになった。
某評論家などはiPodとiPadの両方を持って外出するような無様な真似をするやつはいないだろうと断じていたが、それはそうかもしれないけど、むしろiPadはお茶の間用ではないかと思うのだ。
つまり新聞が茶の間にあるように、おーい、ちょっとそのあいぽんを取ってくれえと言う代わりにiPadを使うと非常に据わりがいいのではないか、ということである。
ちょっと前までオレは、4月に出るソニエリのアンドロイド携帯に買い換えようかと目論んでいたが、最近はむしろiPadを買っちゃおうか、という気にもなりつつある。うーむ、悩ましいところだ。
というわけで、本日は幼稚園の謝恩会。オレは別に出なかったが。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」


2010.03.17
あ〜、ヒマだ。
今週はヒマである。困ったものだ。
とうとう娘の幼稚園も今週で終わり。我が家の幸福な幼稚園時代は、5年もの長きにわたったが、とうとうおしまいである。
まあ、このオレに幼稚園児のパパをやるということが起きるとは、まっこと想像もできなかったことであった。しかも1年は父母会長までやってしまった。
後にも先にも、会長などというポジションに就いたのはこれきりである。
中学時代は図書委員、高校時代は編集委員、学生時代は「お前が一番部室でタバコを吸うから」と火の元取締役をやったぐらいだ。
まあ、それはともかく、あんまりヒマだから5時過ぎからビールを飲んで、平日なのにろくでなしになるのであった。
酔ったついでに「トイレの神様」のPVを見て泣いて寝ようかと思ったのに、アマゾンの野郎が送ってこなくて、残念。仕方なく「ナニコレ珍百景」を見て口を開けて笑って寝たのだった。おしまい。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「日経ビジネス」
「覚悟」藤原喜明・ビジネス社。藤原はオレの最も好きなプロレスラーだ。脇固めは神業とさえ思えたものだった。一時期日本で最も強いのはジャンボ鶴田か藤原か、と思っていた。今ではすっかりいじられ役のじいさんになってしまったなあ。UWF時代、藤原とタイガーマスクがシングルマッチで死闘を演じ、腕固めにされたタイガーがギブアップしなかったので、とうとう藤原がタイガーの腕を折ってしまったという凄惨な試合があった。タイガーマスクはリングでのたうち回り、藤原は"親友の腕を折ってしまったあ"と涙ながらに錯乱したものだった。ところが後年、その晩にタイガーマスクが六本木でご機嫌に酔っぱらっていたという証言が出て、さらに後年になってそのことを問われたタイガーマスクは"まさか! 腕が折れるわけないでしょ〜"と笑い飛ばしたという脱力もののエピソードがある。なお、今オレは"死闘を演じた"と書いたが、昭和の時代には、新聞にこのように書かれると全日本プロレスの幹部は"演じた、とはどういうことだ。八百長扱いするな"と激怒して新聞社にねじ込んできたそうだ。古きよき間抜けな時代。
「自白」乃波アサ・文藝春秋。連作集。昭和50年代を舞台にした刑事の物語。乃南アサの新作はだいたい中身も見ずに買って読む。この作者の一番の魅力は、キャラクターの造形にあると思う。人の悪意というものを描いたらとことんうまい作者で、腹黒いキャラが浮かび上がってくるのが最大の味である。ところがこの連作集は、やや中途半端というか。事件の謎解きではないのは一読瞭然。ならば"落としの達人"という中年刑事のキャラで引きつけるかというと、そうでもなく。ちょっと落ち着かない作品集であった。ただ、昭和の日本の陰というか、どうしようもなく落ちていってしまう犯罪者の姿がリアルに描かれていて、そこはたいへんに読ませるのであった。


2010.03.16
編曲。
コマちゃんがツイッターで「オラ、一発でやられただ」と涙していたのが「トイレの神様」だ。
今話題の。
と言っても、オレもよくは知らず、こないだの日曜に光が丘のIMAのWAVEの前で流れていたのをちらりと耳にしただけで済ませていたのだった。
どれ。コマちゃんがそこまで言うなら。
YOU TUBEで聴いてみる。だう。
なるほど、「運転中にラジオから流れてきたのを偶然聴いて涙が止まりませんでした」という投稿がアマゾンにあふれているように、こりゃ無防備で聴いたら一発でノックダウンだな。
いやさ、ベタなのよ、ベタ。
こりゃあ泣かせてやろうと思ってつくったな、という歌なのだ。そう思いつつ聴いてもじーんとくる歌ではある。
もっともここにPVが入ってくると、さらにすごいことになってしまって、オラはこの映像にやられたな。ということは、歌ではなくて映像チームの勝ちか?
あー、なんで「トイレの神様」っていう題名かというと、おばあちゃんがトイレには女神様がいてちゃんと掃除してやると美人になれるんだよーと言ってた、というひもとき。これはタイトルの勝利ですな。
そもそも、婆さんものっていうのは新しいジャンルだ。
10年ぐらい前だったか、なんかのロックのバンドが「田舎のおばあちゃんが喜ぶので紅白には出ます」と言ってるのを聞いて、ほほう、そういうヤツが出てきたかと感心したものだった。
前回の冬のオリンピックでも、カーリング姉ちゃんが「おばあちゃん、見てる〜?」とカメラに手を振っていた。
じわじわと、婆さんものが受け入れられる下地は出来ていたようである。だから、こういうベタな歌がここでどかーんと花火を上げたわけだ。
饒舌にして幼稚な歌詞に、単調にして散漫なメロディー。
それでいてここまで盛りあがるのは、やっぱり婆さんものという切り口の勝利だな。オレもついアマゾンでCDをポチッと(笑)。
よーし、婆さんものが当たったなら、次は爺さんものだ。ということにはならないのが不思議で、まっこと男は損である。
ちなみにオレのばあちゃんは、雲仙普賢岳が噴火した頃に亡くなった。母方のばあちゃんは、中学生の頃に亡くなった。
思えば、オレの両親は、今のオレよりもずっと若いときに親を見送っていたことになる。まあ、オレも年を取るわけだ。
などと老け込んでいる場合ではない。もうすぐ娘は1年生!

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」


2010.03.15
編曲。
1970年代に六文銭というフォークグループがあって、一番有名なのが上条恒彦とジョイントした「旅立ちの歌」であったが、活動期間は案外に短く、正式に残したフルアルバムは1枚だけではなかったか。
「キングサーモンのいる島」である。
これがなかなかの名盤で、数年前にボックスセットで売られているのを購入して、30年ぶりぐらいに聴いたのだった。表題曲は特に素晴らしく、今聴いても色あせなかった。
というのはウソで、やっぱり色あせていて、音がどうにもチープなので、自分でエコライザーかけて音圧を上げてからウォークマンに入れて聴いている。なかなかいい感じだなあ。
このグループが再結成して、昔の曲をリメイクしている。思わず飛びつきそうになったが、いやいや、ちょっと待て、まずは試聴してからポチッ。まったく便利な時代になったものだ。ネットでポチッとするだけで試聴できるのだから。
そうしたら、あれれれ、もそもそとしたギターのストロークにご詠歌のようなボーカルが流れるだけの、少しも瑞々しくなく、じいさんのお経のようになっている。
とほほ。美しく、深みのあるリメイクならわかるが、かえってひどくしてどうする。
ということで新しいCDは買わなかったのだ。試聴のおかげで売れなかったという、お笑いパターンだ。
試聴ということでは、アンドロイド携帯ではアプリケーションを買っても1日以内なら返品、返金が可能である。iPhoneでバカ高いアプリも、同じものがアンドロイドではタダである場合が多い(ジョブズだけが大もうけ)のだが、たまにカネを取られるものがあっても、とりあえず使ってみて返せばちゃんとお金は戻ってくるのであった。
iPhoneの加入促進に大きな威力を発揮したのがPというスカートめくりソフト。女の子の写真があって、そのスカートの下からふうふう息を吹きかけるとちゃあんとめくれる、というバカアプリである。このアプリを隠し持っている男を、オレは少なくとも1人知っている。
残念ながら、い、いや、心落ち着くことに、アンドロイドにはこのような下品なバカアプリはない。代わりにあるのが、お姉ちゃんの上を指でこすると下着姿になるというアプリだ。やれ嬉しや、い、いや、なんと下品な。
もちろんITの世界はなにごとも体感である。
早速そのアプリを落としたオレは、105円を払って使い勝手を確認し、あんまり面白くなかった、あ、いや、このようなものは悪であると確認して、すぐに削除し、払い戻しの手続きをしたのだった。
やっぱり試聴や体験版というのは大事なことだなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「Numberが見たスポーツと世相」雑誌Numberが30周年記念で、その記念出版の第一弾(第二弾は間もなくで、サッカーの予定だ)。写真を見ているだけでも楽しい一冊。改めて見たら、ナンバーの創刊ってオレが就職した年なのね。そういや江夏が指を一本立てている車内吊りを、神保町へ行く途中の都営新宿線で見たのを覚えているわい。社会人1年目のできごとって、どうしてあんなにいろいろと鮮明に覚えているんだろうねえ。それだけ強烈な体験だったのだろうねえ。だから新人教育っていうのは大事なんだろうねえ。この一冊を眺めていると、社会に出てから今までのオレの生き方を振り返るのにもつながって、なかなかに感慨深いのであった。そういう目で見ると、実はあっという間のできごとだったんだな。巻頭ページの奥田英朗のエッセイはさすがの出来。心底楽しめた。サッカーのドーハの時を振り返るところでは金子某が書いていて、これが最悪。自分語りが得意なものだから、誰と酒飲んでこうだったという自慢話に終始している。加茂さんと酒飲んだ自慢とかさあ。目線はいつも上から。この人の書くものからは、とっくの昔に遠ざかったが、相変わらずこんなだったのかと、少し呆れた。「サウンド&レコーディング」中田ヤスタカのロングインタビュー。歌作りからマスタリング、ジャケットデザインまで、全部手がけてしまう、しかも大好きだからっていうので、とんでもない速度で仕上げてしまう、そんなスーパークリエイターだけあって、言うことはいちいちごもっともなのである。オレもこういうプライベートスタジオをつくりたいなあ。いいや、夢はかなうのだ。ポジティブ・シンキングでいこう。と言いつつ、世の中にはポジティブ・バカが多いからなあと、目を落とすのであった。


2010.03.14
つい、マジで? と独り言を口にしてしまったのだが、宇宙飛行士の野口某氏がなんと宇宙空間からツイッターしているのだった。
「青森通過」「弘前通過」「山手線の駅が見えます」と宇宙から実況中継。へえー、すごいねえ。宇宙からでもツイッターできるんだ。
宇宙から山手線の駅が見えるって、すごくないか? ほんとかよ〜。
という天空の話題とはまったく関係なく、朝、突然に中山親分から電話があって「今日はいいお天気だし、ヒマだし、きみんちの伸び放題になっている庭木を切りにいってあげよう」という連絡が来たのであった。
おお、そうか。庭師が来てくれるのか。
荒れ放題で、もう数週間でてっぺんが光ファイバーとケーブルテレビの線と電線に届いちゃって、たぶん大変なことになるんだろうなあと、見上げていた庭木である。これを剪定してくれるのであるから、たいへんにありがたい。しかもタダ。
大喜びで、へいへい、そりゃもう伏してお願いしますのでぜひ木にハサミを入れてください、お金はありませんが、ついでに昼飯も出ませんが、よろしくお願いします。さらに言えば、今日は息子の囲碁教室があって家には誰もいませんので勝手に来てとっとと作業してくださいね、とお願いした。
囲碁教室では、息子、対局して2連勝である。本日は景品大会ということで、賞品をもらってきたが、それがなぜだか将棋入門というような本で、どうもよくわかならい賞品だった。
囲碁教室の間、オレは光が丘の公園を散歩する。いい陽気だ。
こんないい陽気の中、何が楽しいんだか、例によってまたフリーマーケットやってる。この公園ではしょっちゅうフリーマーケットだ。
どこの誰が使ったのかもわからないものをカネ出して買おうという気には到底ならないが、見るだけなら暇つぶしにはもってこい。タンスに眠っていた服をかき集めてきたおばちゃんもいれば、明らかにバッタ屋の商売人も店を出している。リーガルの新品の靴2500円から。フリマで売るようなものじゃないと思うのだがなあ。
家に帰ったら、おお、タダの庭師・親分がビールケースに乗って背伸びしながら、剪定ばさみでちょきちょき働いている。ご苦労さんである。
さすがなのは親分で、いつの間にか隣のオガワさんの奥さんとすっかり仲良くなっていて「あらー、ウチの庭木もお願いできないかしら」「がってんだ」という話がまとまっていたようである。もちろんタダ。
そのお返しというわけではなかろうが、親分の昼飯に、オガワさんの奥さん、自作のチキンパスタを「アタシもこれから食べるんだけど、こんなものでよかったらどうぞ」と持ってきてくれたのであった。
オガワさんの奥さん、料理がすげえ上手でいつもびっくりだ。このパスタもすげえ旨かった。って、親分の昼飯なのにオレもつまんだわけだが。
子供らに買ってきた弁当を広げながら、庭師の仕事を眺めつつ、昼飯を食う。
こんな面白いことに子供がだまっているわけはなく、とっととメシを片付けて、庭師のお手伝いだ。剪定ばさみをじょきじょき振り回して、危ないったらありゃしない。
剪定が終わったら、あららら、ずいぶんとすっきりして、見晴らしがよくなった。嬉しいなあ。これであと何年か、放っておいても大丈夫だろう。伸びてきたら、またタダの庭師を呼べばいいのだ。
それにしてもこの親分を見ていると、人間というのはつくづくキャラだなあと思う。
パソコンや英語や、そういうスキルも無駄とは言わないが、必要であればそれは調達すれば済む。しかし、キャラだけは置き換えがきかない。
D社のイームラくんを見ても思うけれど、やっぱりキャラの立っていることが最も重要な才能ではないか。もちろん英語やパソコンができることは重要だし、宇宙からツイッターできることも素晴らしいが、最終的にはキャラだな。
夜中に目が覚めて、トイレに行き、冷蔵庫を開けてペットボトルのお茶を一口飲む。
午前2時半。息をついて、再び息子と同じ布団に潜り込み、天井を見上げる。
フリーになって22年目。さすがに今のような不景気は初めてだ。周囲のカメラマンなど、もうこれじゃ食えないと悲鳴を上げている。
独立して知り合いの社長に「3日もてば3ヵ月もつ。3ヵ月もてば3年もつ。自信を持って一生懸命やれ」と励まされたものだった。ならば3年もったら30年もつんですか、と聞いたら「甘い。3年もったら次は10年だ」と諭された。
おかげで10年どころかその倍以上はもったわけだから、いろいろなものに感謝せねばならないな。
もちろん今のような不景気がいつまでも続くわけはなく、かといってバブルの狂騒が再来することも絶対にないのだが、大きく盛りあがることはなくても地道になんとかやっていけるくらいには盛り返すのは間違いないのだが、ナニモノかが降ってくるような未明の時間に布団の中で天井を見上げていると、やはり心のどこかがぐったりしてくるのだった。
まったくひどい時代になったものだ。
だが嘆いてばかりもいられんわな。ひどいならひどいなりに、泳ぎ続けていかなくては。みんな、頑張ろう。ありきたりだけれど。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.03.13
裏のマンションがすごいことになっている。
昨年の夏に完成した11階建てのマンションなのであるが、周辺住民の全員が「絶対に売れるわけがない」と自信満々に断言したとおり、全然売れていない。
そこでついに意を決したか、開き直ったか、一気に驚異の値下げだ。なんと1戸あたり800万円の値下げ。ということは、「もっと下げるに違いない」と買い控えが進むから、1000万円の値下げ。
4310万円の204号室が3500万円。どっひゃー。
しかも、マンション購入券プレゼンというわけのわからない値引きプレゼントがつくようで、抽選に当たればさらに500万円引きという、ほとんど気が違ったかのような値引きで、4310万円が3000万円になるという計算だ。
デベロッパー、涙目である。
実際、まったく売れていないんだよなあ。チラシ等によれば半数ほど売れ残っているようだが、りさちゃんパパに言わせれば「夜は6戸しか電気がついてないよ」とのことである。確かにうちの2階から見える駐車場にも、数台の車しか停まってないしなあ。
お気の毒と言えばお気の毒だが、そもそもこの立地でこんなマンションが売れるわけがなく、明らかにマーケティングの失敗。駅まで徒歩15分、関越のインターまで2分。それなのに駐車場が100%じゃない。
まあ、駐車場に関しては100%を計画していたのに周辺住民のほとんど横紙破りのクレームにより減らさざるを得なかったので、同情するのであるが。
説明会には2回出たけれど、いやあ、すごかったよ、住民の反対運動。
全64戸分の駐車場ができると聞いて、近所のばあさんはほとんど卒倒せんばかりの金切り声で「自動車が64台も毎日走り回るなんて、冗談じゃない。危なくてしょうがないじゃないの」と白目をむくのだったが、しかし、関越インター入り口至近、目白通り脇に暮らしていて、今さらそんなこと言ってもねえ。大笑いなのであったが、しかし、その発言に居並ぶ年寄りどもが一斉に真剣にうなずくのだから、これぞ住民エゴだと感心してしまった。
こういうアホな言いがかりにも、決して事を荒立てることのないようにしなければということで、いちいち真面目な顔で「ごもっともでござい」と返事をするデベロッパーが哀れであった。
デベロッパー側には設計担当や工事担当など、おっさん連中が並んだが、中に一人だけ、黒いストレートヘアーのむちゃくちゃ可愛い姉ちゃんが座っていて、ははあ、この姉ちゃんに困った顔をさせることで、じいさん婆さんの間に「おいおい、熊さんや、あんな孫のような娘っ子をいじめちゃいかんぞ、げほげほ」という心理的葛藤を引き起こそうという作戦であることが見え見えで、すげえおかしかった。
ほかにも、日当たりがどうの、風がどうのと、大騒ぎ。あげくに「いいから建てるのをやめなさい」「立派な会社だと思っていたのに、こんなことをするなんてひどいじゃないの」と無茶苦茶な糾弾が始まるに至っては、完璧に合法的に建てる物件になんとまあ呆れたことを言う年寄りだろうと、ほとほと感心してしまった。
年のせいか、興奮しているせいか、人の話が耳に入らないようで、一番笑ったのが駐車場の説明だ。
エレベータで地下に収納するタイプの駐車場で、出し入れの際にはいったん2階建ての高さにリフトで持ち上げて、そのまま地下にするすると降りていくという、アレである。
ところがこれが理解できなくて、「じゃあ、うちの2階の窓に排気ガスがかかるではないか」「2階の窓から家が覗かれるではないか」と大騒ぎ。だから、自動的にリフトで持ち上げて、収納は地下だって。そう何度も繰り返しても、「排気ガスが」「のぞきが」と最後まで理解できない。あげくに「地下に収納したら、その排気ガスはどこから出るんだ。まさかうちの前に出すんじゃないだろうな」と言い出す始末。
これには笑わせてもらった。
最終的には駐車場の台数を削ることでマンション建設の合意に達したようなので、とうとう最後まで「排ガスが」「のぞきが」という言い分が通ったようで、慶賀の至りである。
ともかくこんな難儀な思いをしてようやく建てて、関越インター至近なのに駐車場が足りないのも近隣のクレームのせいなのに、そこが売れない原因に挙げられたりして、このマンション、半分以上、りさちゃんパパによれば「電気がついているのは6戸だけ」という悲惨な状況になり、あげくに涙目の1000万円値引きなのであった。
こんな状態で始まった暮らしだから、マンションの住民もなんとなく面白くない空気を感じているのだろう、あんまり愛想がよろしくない。毎朝敷地の周りを掃除している管理人も、おらおら、田舎の住民どもが勝手におらっちの高級マンションに近づくんじゃないよ的な視線をこちらに向けるのであった。
だから、こちらもあんまり愉快ではなく、田舎の住民の間では、「850万円値引き」と大書されたチラシを手に、くすくす、くすくすと笑いながらの情報交換が行われている。
そんな中、我が家の子どもたちは新しいマンションができると一緒に学校に行く友だちもたくさん増えると楽しみにしていたので、11階建てを仰ぎ見ながら、少し寂しそうなのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.03.12
取材1、原稿。
ちょっと前にも書いたけれど、クラウドのEVERNOTEが元気だ。
メモでも写真でも音声でも、なんでもかんでも永遠に預かってくれるサービスである。
外で書いたメモが、家に帰ったらあらあら不思議、パソコンにも入ってる。今までありそうでなかったサービスだ。(会社のパソコンを使っていても同じなのか?)
基本的に無料で利用できるが、容量を拡大させたければ有料になる。
現在のユーザーは全世界で250万。うち有料会員は5万人。
まさにフリーミアムだ。と、覚えたばかりのことを書くオレ。
フリーミアムとは、少数の有料利用者が大多数の無料利用者をカバーするという、ネットのビジネスモデル。5%ルールと呼ばれるものだ。
これは話題のFREEという本の引用ではなくて、FREEという本を解説した雑誌からの引用である。
なんだ、オレは新しい知識をひけらかしたくて、わざわざEVERNOTEのことを書いたのがバレバレではないか。
ちなみにフリーのビジネスモデルには、フリーミアムを含めて4つあり、そのうちの1つが三者間市場というもので、あのGyaOがYahoo!に買われて三者間市場モデルにビジネスモデルを変えたところ、いわくつきだったサービスが一気に広告枠が飛ぶように売れる優良コンテンツに変わってしまったそうだ。
いかにビジネスでは戦略が重要かという、格好の例だな。
それにしても、いまだにそのビジネスモデルが見えないのがYOU TUBEである。トラフィックを増大させることがそのままおいらの商売につながるべ、というGoogleの戦略はわからんでもないが、YOU TUBEそのものが何を目指すのか、よく見えずに不思議である。
(Google的な発想から言えば、EVERNOTEこそGoogleが手がけるべきサービスであるように思うのだが、どうだろう。当然買収には乗り出していると思うが、このスピード感覚だとやや出遅れの感じもする。案外このEVERNOTEの登場が、Google天下が変わる潮目になるかもしれないなあ)
そういや今日の読売新聞に面白い話が載っていたな。
かつて自衛隊の隠語に「東京急行」というのがあって、ソ連の爆撃機が日本ギリギリに近づいては引き返していくことを言ったのだそうである。要は、フカシだ。
ちょっとちょっかいを出して、日本がどういう反応をするか、様子を見ようというのが「東京急行」というわけだ。
この「東京急行」の現代版ではないかと疑われているのが、話題のウィルス、ガンブラーである。ぼちぼち被害は出ているものの、なぜだか致命的な被害は出ていない。何のために感染させられたのか、意図不明のケースも多いそうで、感染していることに気づいていないケースはもっと多いらしい。
もし、このままいって気づかないうちに日本中のパソコンが感染してしまい、ある日一気に何らかの指令を出されたら、日本は瞬時に機能不全に陥る。その日を見すえて、日本の出方の様子見を繰り返しているのが「東京急行」であるガンプラーという話だ。
でも、これってまんま、Googleにも言えるじゃんと思ったオレである。Gmailはメールを全部クラウドで預かってくれる大変に便利なものであるが、それゆえに一度でも本格的に使い始めたら、さあ大変、もはやGoogleからは離れられないのアタシ状態になるのであった。
フリーの波に乗っていろんな情報を預けているうちに気がつけば全部をGoogleに握られ、ある日、Googleがそれをタテにとって脅しに出た場合、もはや我々には逃れる術はない。ぼったくりバーで突然に明細書を見せられたような気分になるんだろうな。
それでもって世界征服しようという気の遠くなるような野望を抱いているのがGoogleという企業だと、オレはにらんでいるが、どうだろう。
でも、なんでGoogleはホームページ検索はやってもホームページそのものを預かるサービスはやらないんだろうなあ。これだけで、オレのGoogle野望説はあっさりと崩れるのであるが。
Googleがホームページを預かってくれたらすごく助かるんだけどなあ。
実はオレが別動隊として持っている音楽サイト・丹後湯は、2、3日前にこっそりと引っ越した。誰にも気づかれないうちに、というより誰も見ていないサイトであるが。
引っ越し先はここである。
実は今まで置いていたサーバも、無料ではあるのだが、アップするデータに制限があったのだ。ちょっとでも長い曲をアップしようとすると、もう受け付けてくれない。
Googleとは逆で、トラフィック負荷をできるだけ低くしようということなのか。
それで、せっかくの音楽サイトなので自信のある曲を聴いてもらおうと思っても、受け付けてもらえなかったりするのであった。
そのうち改善されるかと思ったが、ずっとそのままなので、とうとうしびれを切らして引っ越した次第。もっとも誰にも期待されていないので、誰も喜ばないのであるが。わははは。
ここでは上の方で名曲「イカの足はゲソ」が聴ける。真ん中より下の方では名曲「ちっちゃなひっこし」が聴ける。
これほどの名曲がタダで聴けるのだから、オレも立派なフリーの実践者だ。問題はビジネスモデルとして成立していないことだな。がははは。
それはともかく、本日届いたCDが、懐かしや、マイク・オールドフィールドの「チューブラーベルズ」。
そう、映画エクソシストのテーマ音楽として世界中でヒットしたあの曲だ。完成は40年近く前。できたばかりのバージンレコードがこのヒットで一気にメジャーになったものだった。
驚くべきは、20歳にもならない一人の青年が、ほとんど一人ですべての楽器を演奏して完成させたこと。あらゆる意味で歴史的な一枚である。
それが本人の手でリミックスされたというので、出たのは去年だったが、改めて聴きたくなってアマゾンに注文したのだった。
よく聞いたなあ、このアルバム。高校生の頃だ。
なぜか春休みの風景を思い出す。地元の神社で合格祈願のお参りをした後にも聴いた記憶があるので、高校2年の春休みに部屋でヘビロテしていたのだろう。
インタビュー仕事で出かけようとした時にチャイムが鳴ってヤマトが届けてくれたので、慌てて一度落としたパソコンを立ち上げ、ウォークマンに転送して、移動中に聴いたのだった。
世界中で最も有名なイントロフレーズの一つである、あの4分の7拍子のピアノが流れる。たまらんなあ。
そして、やはり世界中で最も有名なサビの一つである、あの楽器がどんどん加わってくるところが流れる。あれ以来、音楽の世界では「チューブラーベルズのあれみたいに」と言えば、「ああ、あれみたいにね」とお約束になってしまった。
40年近くたった今聴き直しても、相変わらずの瑞々しさ。素晴らしい作品だ。とにかく全編に流れる緊張感が、たまらない。
基本的にリミックスも成功であろう。ただ、ネットでも悪評だったようだが、確かにチューブラーベルズそのものの音がチープなのはちょっと解せないなあ。
気分よく聴きながら移動し、さて2曲目、昔で言うならレコードのB面へと移ったら、あれれ、これがまたなんともおかしな。リミックスがうまくいってないこともあるが、B面ってこんなに不細工な音楽だったっけ。聴いてて辛かったなあ。
これからは1曲目だけを繰り返して聴くことにする。やっぱりあのイントロだけでもすごいものな。
北千住から東武線。そんなふうに「チューブラーベルズ」のことを考えながら電車の窓から東京拘置所を眺めていたら、突然に名曲「風花の咲く日に」を思い出し、そうか、やっぱりあの歌はこういう荒涼とした荒川土手の風冷たい3月にぴったりなのだと思った。
なお名曲「風花の咲く日に」は、やはりここで聴くことができます。うひゃひゃ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「女性セブン」たまには女性週刊誌も買ってみた。前半のネタ集は、なかなかに読ませた。我が子を浅田真央にするにはいくらかかるかという記事は、ナイスである。「文藝春秋」もう民主党はダメだな。心底がっかりだ。ああ、投票するんじゃなかったよ。こんなにもダメな政党だとは、予想を遙かに上回る。小沢ガールズの姉ちゃんたち(えりりん、おまえだ)も、あの頃はさぞ世の中の不正は許しません的な正義の目線だったのに、てめえのところの大将の悪事については頬被りの知らんぷり。本当にがっかりだ。「週刊ダイヤモンド」というわけでFREEについてさらっと知っておこうと思って久しぶりに手に取った。相変わらず前半しか読むところがないのに高い雑誌だ。このダイヤモンドと東洋経済は、こっちは駅売り部数No.1(ダイヤモンドか東洋経済のどっちか)、いやいや、オラは部数の伸び率No.1(ダイヤモンドか東洋経済のどっちか)といつも張り合っていて微笑ましいのだが、要は部数では日経ビジネスには圧倒的に負けているので、こういうコップの中の闘いになるのだな。あ、小沢と言えば小澤かづとから電話がかかってたのに、気がつかなかった。昼になったらかけてみよう。なんせ今は朝の4時20分(笑)。


2010.03.11
原稿。
昼に何気なくテレビを視ていたら、ドンキホーテの店内が映し出され、お茶の伊右衛門が59円で売られていた。
へー、さすがに激安だなあ。
感心しつつ、よくよく見たらば伊右衛門ではなくて、そっくりのデザインで「彦左衛門」とあるではないか。
思わず吹いた。
なななな、なんだ、彦左衛門。
早速ネットで調べたら、どっかのメーカーがつくってるお茶だった。って、当たり前だよな。バカみたいだ、オレ。
実際に飲み比べたわけではないのでわからんが、彦左衛門と伊右衛門、きっと味に大差はないのだろうなあ。
そもそもオレも昔はきちんと急須でお茶を入れていたが、ここ10年ほどはずーっとペットボトルだ。ペットボトルは安くないから、彦左衛門の59円でも十分なのだろうなあ。オレは遠慮しておくが。
ちょっと買い物があって、池袋の西武百貨店へ行く。
しょぼい。しょぼすぎる。
百貨店としては東武の方がはるかに面白いのだが、面倒くさいし、余計な買い物もしたくないからと、西武へ行ったのだが、まったくここの百貨店はどうしてこんなことになってしまったのか。
ちょうど閉店撤退直前の日本橋・東急百貨店のように、全体の雰囲気が暗くて貧乏くさくて、ちっとも楽しくない。天井が低すぎることも一因だろうし、店員がちっとも楽しそうじゃないのも大きい。
そもそも巷間よく言われるように百貨店という業態じたい、もはや時代に受け入れられなくなっているのだろうなあ。一人勝ちの伊勢丹も、吉祥寺から撤退だし。
オレ自身、何か買おうとなった時、百貨店が浮かぶことはない。服を買うならモールやショッピングセンターだし、家具はニトリか西友だし、靴はABCか流通センターだし。はっ、オレが貧乏なだけか?
それはともかく、百貨店はますます厳しいだろうなあ。ここで時計を買おうとは思わない。
ついでに上階のロフトに行く。ロフトもあまり面白いものはそろっていないなあ。ハンズとどっこいどっこいだ。
ペンケース1000円と、パンダの付箋を買う。なぜパンダかというと、こういうものを机に置いておくと、仕事を邪魔しにくる娘が喜ぶからである。
帰りに地下の食品売場で、昼飯用に富山の鱒寿司を買った。
デパ地下ぐらいだな、百貨店で活気があるのは。
そういや時刻表を検索する駅スパートというソフトがあるが、オレがあれを買ったのが97年頃だからもう14年も使い続けている。その間更新し続けて、いったいいくら払ったのか、まったくバカバカしい。
一時は大ヒットしたこのソフト、プロジェクトXテイストの本を出版するほど、成功を自慢していたのだが、過去の成功体験に安住するのは世の習い。今では電車の時刻検索はネットでタダというのが常識だ。もはや駅スパートの出番はないのである。
大ヒットして競合ソフトに圧勝した傲慢さがそうたせたのだろう、信じがたいことにこのソフトを最新版にバージョンアップしようとすると、その都度、10数桁のIDを入力しなければならないのであった。
最近までこの調子で、現在でこそ再入力は不要となったが、どれだけユーザー志向から離れていたかのいい証明である。
現在は、最新版がCDで郵送されるのとあわせて、アップデータはネットのダウンロードという、わけのわからない混乱ぶり。ダウンロードによるアップデータの際も、アップデートしてくださいと命じるその直後に「あなたの環境はアップデートが可能です」という"お許し"のアラートが表示されるという上から目線ぶりだ。
まあ、今まで長い間使ってきたからしばらくは惰性で使い続けるが、この夏にまた1年間の更新の通知が来る予定で、今後こそ更新はやめようかなあと思っている次第。
というわけで、駅スパートも百貨店も、時代に置いていかれるのであった。オレも置いていかれないようにしなければ。と、強引にまとめるのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」


2010.03.10
12、3年前だったと思うが、北関東にある某短期大学を取材したときのことである。
授業で女の先生がホワイトボードを叩かんばかりの勢いで「いいですか、背景では敬具、前略では草々、背景では敬具、前略では草々。これは覚えてください」と繰り返していた。
オレはびっくりしたのだが、その先生、インタビューで「今はこれぐらいやらないとダメなんですよ」とため息をついていた。
10年ほど前に取材した、世田谷の某有名私大の場合はこうである。
ある助教授に、どんな授業をしているのかとインタビューしたところ、返ってきた内容があまりに稚拙だったため、少し呆れてしまった。
その思いがオレの表情に出てしまったのだろう、教授は「そんなことを教えているのかって顔をされてますけど、実際、あなたが大学に行ってた頃とはもうレベルが全然違ってるんです」と、恥ずかしそうに答えたのだった。
あの頃学んでいた連中が、今は30代半ばのわけだから、うーむ、日本が活力を失いつつあるのも、やはり原点は教育にあるのだろうかという気がしてくる。
と、偉そうに言葉を並べるオレであるが、もちろんオレ自身もろくでもない学生で、親不孝にも留年までしたのだから、日本の活力を削ぐのに少しは貢献したのではないかという自省はある。
そんなオレであっても、天唾、棚上げではあるが、今の若い連中を見ていると、日本の20年後が心配になってくる。
いろんなところで現場力が落ちたと聞く。失われた10年で、人材も失われてしまった。
40代フリーターなど、本来は社会の中核で力を発揮しなければならない連中が、社会の足を引っ張りかねない存在になっている。
オレの政治に対する願いはただ一つ、20年後、オレの息子や娘が安心して子供を持てるような社会にしてくれということだけだ。
そんな思いも、今の政権を見ているとむなしかったなあと思えてくる。政権奪取はいいけれど、以来、何一つやってないものなあ。最大の話題が仕分けだものなあ。
何の資源もない小さな島国だ。知性こそが最大にして唯一の資源なのだがなあ。
ここまでくると、どうも方向転換をして、ささやかに身を寄せ合ってつましく暮らしていく国へと割り切った方がいいかもしれない。身の丈というか。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SAPIO」


2010.03.09
原稿。
JAYWALKのキリストみたいな顔をしたボーカルが覚醒剤で逮捕って、けっこうびっくりである。
このバンドについてはそんなに詳しいことは知らない。結成が1980年って、なんだ、オレが大学を卒業して就職した年じゃないか。
つまりはオレと一緒の年に社会に出たようなもので、いわば社会人キャリア30年だ。(ここまで長いバンドというのも驚きだが、オレが社会に出て30年とうのも仰天だ)
キリストの年齢は59歳とある。
うーむ、社会人キャリアが30年で年齢が60歳近いって、どこからどう見ても立派な大人ではないか。覚醒剤をやるような分別のなさとは、もうとっくに縁遠くなってしかるべき頃合いではないか。
キリスト、60歳。むしろ覚醒剤をやめるよう、若い世代に説くほうがよほど似合っている。
自宅は練馬区だそうで、ミュージシャンのクセに港区や渋谷区ではなくて練馬区というあたりが、真面目で地道さをうかがわせる。ニュースでちらっと映ったマンションも普通だったし。
仕事で関わりのあったタケちゃんによれば「地方のライブ、ディナーショー等もきちんとやってる真面目な方たちです。」とのことだ。一つのバンドを仕事として長く続けるだけでも、相当な信用と人間性が必要だからなあ。
竹ちゃんによれば「事務所の2階がスタジオという、うらやましい環境のアーティスト」とのことで、トップバンドにはなれなくても息の長いファンに支えられていて、そんなにも長い時間をかけて築き上げたものを台無しにするなんて、ミュージシャンとしては非常に幸せな生き方だったと思うのだが、ほんっと、バカだなあ。
事務所のサイトを見たら「ご迷惑をおかけします」と、真っ白。
ティン・パン・アレーの鈴木茂も、こっちは大麻だが、いい年をぶっこいて逮捕されてしまって、まったくミュージシャンというのは、正しく年を取ることができない人種なのだろうか。
一日中、冷たい雨。夕方みぞれ、雪と変わる。
天気予報によれば、都心は積もらないが北関東は積もるとのこと。うーむ、どうやら練馬は北関東のようである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」藤田まことの記事"「酒と女とカネ」修羅を旅して"が読みたくて購入。関西では藤山寛美、横山やすし、そして藤田まことが三大神なのだそうだ。酒、女、カネのどれか一つはごろごろいるが、この三つをこなしたのはこの三人だけらしい。それにしても藤田まことのすさまじさよ。飲みに行っても一つの店に10分しか座らず、次から次とハシゴ。一晩に200万も300万も使う。いつも違う女が何人もいて、名前を間違えるのが面倒だから、全員奥さんと同じ名前で呼んでいた。奥さんもたいしたもので、一晩に麻雀で200万円も使うという。一時は30数億の借金があって(ほとんどが酒と女)、とうとう払えませんと開き直ったところで死んでしまった。債権者の代理人は、粛々と後始末をするしかないという。あまりにバカバカしい人生を生きた男だったのだなあ。バカもここまでくるとあっぱれであるが。ところでこの記事が載っているポストの"現場の磁力"というシリーズは大変に面白いのだよ。名物企画。これを読むためだけにポストを買ってもいいくらいだ。というか、これしか読むところがないのだが(笑)。


2010.03.08
原稿。
双子のお笑い芸人が、まいたけを毎日食べていたら10キロ以上もやせたというので大騒ぎ。
へー、まいたけでダイエット。そうかそうか。
大盛りご飯をやめる、おかわりしない、ちゃんと歩くということも一緒にやったそうだから、まいたけだけじゃないことは明らかだが、しかし、まいたけでダイエットできるなら嬉しいことではないか。
案の定、まいたけがスーパーの店頭から消えてしまっているという。
うーむ、出遅れたか。ヨメに命じて探させようか。
人間、30を過ぎたら、健康のために何かを始めるというよりは、健康のために何かをやめるほうが、よほど効果的である。
ダイエットも、何か食材を入れるよりは、今食っている中から何かやめたほうが、ずっと理にかなっている。そもそも、なんとかダイエットというのは、100のうち100がバカバカしいものである。
ということは十分わかっていても、まいたけで痩せたと聞けばまいたけを毎日食ってやろうと思うのであった。オレはバカだな。
話は関係ないが、東村山にコメダ珈琲がオープンしたそうである。
コメダ珈琲。中部地方では絶大な存在感を誇る喫茶店チェーンである。
名古屋近辺の喫茶店では、モーニングを頼むとゆで卵やら柿のタネやら、いろんなものがついてくる。まるで名古屋の嫁入り道具の賑わいだ。
名物には小倉トーストというものもあって、トーストにあんこが載っているのである。
こういった名古屋の喫茶店文化の中心にいるのがコメダ珈琲だ。
それが初の首都圏進出ということで東村山にオープンである。
もちろん行ったわけではなく、ネットの情報だ。オレが行くかと言えば、たぶん行くことはないと思うな。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.03.07
冬に後戻りしたような寒い一日であった。
おとなしく家に籠もっていたかったのだが、数日前に、春物の買い物に連れて行ってやると約束していたものだから、娘にせかされてよっこらしょと腰を上げたのだった。
行き先は南町田のアウトレット。冷たい雨の中、東名高速を横浜町田まで走ったオレなのであった。
モンベルで見る。うーん、あまりいいものがなかったなあ。春物のブルゾンを買おうと思ったのに、これでは西友のほうがマシ。やめた。
続いて娘が「ピンクのワンピースが欲しい」と言ってたから、探し回って、レディスのアウトレット2店でワンピースとシャツを買う。
ついでに入学式の靴が欲しいというから、ABC靴屋にいったけどなくて、本当はリーガルに行けばいいのだがここにはないので、コムサで買った。
娘はお洋服を買うのが大好きである。オレも大好きである。
息子は洋服には興味ないので、スーパーマリオの完全ガイドを買ってやったら大喜び。続いて、モンベルで岩登りもさせてやったのだった。
ヨメもシャツ2点買って、結局オレは何も買わず、モンベルに置いてあったソリチューズというシリーズのCDを1枚買った。
いわゆる環境音楽というか、ヒーリングというか。例えばマンションのモデルルームに流れているような、そういう類の音楽である。
かつてのウィンダムヒルに比べれば音楽的にさしたるものはないけれど、まあ、仕事しながら流すにはちょうどいいという音楽だ。
帰りに石神井公園の西友で買い物。でも、寒くて車から出る気にならず、ヨメだけが一人でスーパーに向かったのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.03.06
取材2。
ツイッターが爆発的に流行とメディアは騒ぎ、雑誌は「今さら聞けないツイッターの始め方」みたいな記事を載せているが、こんなものに惑わされてはいけません。
ツイッターでろくな情報を得たことはないし、せいぜいがハマコーのツイートに心癒される程度である。時々、ツイッターをビジネスに導入して大成功という記事を見かけるが、クチコミで大成功、というのとなんら変わることはないのであった。
オレがツイッターというのを初めて耳にしたのは意外と早くて、2年半ほど前の幕張の展示会であった。あるデモンストレーションで、ライフログという概念が紹介されていて、その一つのツールとしてツイッターがデモられていたのである。
さも世の中に大流行というふうに、今は騒がれているけれど、夏になるのを待たずにオリンピックがすっかり忘れ去られてしまうように、すぐに沈静化するからほっといてよろしい。
そして、ツイッターと同じようにぼちぼち盛り上げようかという臭いのしてきたのが、EVERNOTEである。エバーノートね。
簡単に言うと、クラウドのデータ預かりサービス。無料ストレージ。
出先でノートパソコンで原稿を書くと、あらあら不思議、机に置いてあるパソコンでも同じ原稿が見られる。アンドロイド携帯でもiPhoneでも同期できるから、インタビューをアンドロイド携帯で録音すると、あらあら不思議、ちゃんと机のパソコンにそのインタビューテープが届いているというわけだ。
すべてのデバイスがマルチプラットフォームで様々なデータの同期ができるという、ユビキタスなクラウドサービスである。
便利な人はすごく便利で、便利じゃない人はちっとも便利じゃない。
例えば昨日の日記の、森下の養豚場の描写だが、これは今日、仕事でお茶の水の明治大学大学院に向かう途中の電車の中で、アンドロイド携帯で書いたものだ。
電車の中で書いたこれが、自動的に家の机のパソコンにも送られていうのがエバーノート。とにかく何でもかんでも思いついたものは入力しておき、あとでゆっくりと整理すればいいわけだ。
だからグルメブログならメモと写真をどんどん撮って、どんどんエバーノートしちゃえば便利なのである。って、グルメブログしか用途が浮かばない。
このエバーノートがそろそろ来るぞというので、周辺がざわつき始めた。便乗である。
乗せられたオレは、昨日の読書にもあるように、エバーノートの解説書を発売前に予約。早速届いたそれを、グルメブログ以外の使い道はないのかなと思って開いたら、なんと、ただの使い方説明であって、ばかたれ、こんなものはエバーノートのヘルプを見ればわかることばかりじゃねえかと、味噌ラーメンを食いながら思ったのである。
というわけで、エバーノート、使い方によってはそれなりに便利であるし、無料だから一応使う準備だけはしておいて損はないけれど、解説書の類を買ったら損するぞ、というお知らせでありました。
今突然思い出したけど、ぺいちゃん氏がオレのこの日記を「ブログじゃなくてhtmlで書いてる。とことん時代遅れだ」と言いふらしているようだが、なぜ日記をブログにして公開しなければならないのか、さっぱり意味がわからん。
そもそもブログにしてコメントつけたりというのは、要はアレだろ、コミュニケーションしたいとかネットワークを広げたいとかだろ。
オレは別にこの日記でコミュニケーションしたいともネットワークを広げたいとも思っていないし、そもそもネットワークというのはツールであって、ネットワークでネットワークを広げようというのはライスをおかずにご飯を食べているような炭水化物のとりすぎみたいなもので、大切なのはネットワークをどう活かすかということだと思うのだがどうだろう。
それを知っているから、全人類の99.99%はブログなどやっていないのだ、きっと。
などとわけのわからないことを考えつつ、本日は娘のヤマハ音楽教室の発表会だったのだが、オレはインタビュー仕事が入って行けなくなり、きっと泣きわめく娘に謝らなければならないだろうなあと憂鬱になりながら、今日、お父さんはお仕事で行けなくなったから頑張ってねと娘に伝えたら、「うん、わかったよー」と明るく返されてしまい、うひゃあ、もう父親離れが始まったのかと、激しく落ち込んだ春の長雨だったのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「ナンバー」オリンピック特集。表紙はだまおー。
「つりくごとの世界に生きて」井譲二・宝島社。大仰なタイトルであるが、なんのことはない、プロレス記者が八百長と知りつつプロレスを報道してきた自らの30年を振り返るというだけの本である。第二次UWFのドーム大会で(オレも見に行った)、た田と対戦したカらスキーが、500万円で負けることを承知し、ホテルの部屋でその練習をしていたとかいう話は、とても面白かったなあ。検索されたら鬱陶しいからあえてウソ字。


2010.03.05
原稿。
久しぶりに客飲み。仕切りはぺいちゃん氏である。
場所は、渋すぎ、森下である。
どこですか〜、森下。お答えしましょう。中途半端な下町です。
区で言えば江東区ではないかと思う。たぶん。駅で言えば森下。
1軒目は桜肉の店である。つまり馬屋ですな。
どうやら老舗の有名店らしい。玄関には下足番がいる。でも、ネットでは「美人の受付嬢がいる」と書いてあったはずだが。
それがどうして、下足番のじさまなのか、よくわからない。
馬の肉なんて、普段から食っているわけではないから、よくわからん。立ち働いている姉さんを呼び止め、ロースとヒレと、どっちが旨いかとたずねたら、「決まってからお呼びください」と、慇懃無礼を絵に描いたとはこういうことを言うのだなという態度。わかんねーから聞いたのだが。
この出会い頭のカウンターにより、ぺいちゃん氏は完全に臆してしまい、イタリアのカテナチオのようにひたすら閉じこもってしまうのだった。
老舗と書いて殿様と読む。そうである、この店にはホスピタリティなどまったくなく、いや、ホスピタリティの必要がないというのが正確なところだろうが、要するに客はタコであり、お店様が一番偉いのであった。
今、オレは「客はタコ」と書いたが、間違った。
藤沢周平の小説に江戸時代の一膳飯屋の描写がよく出てくるが、まさにそこに描かれているようにずらりと並んだ膳の前で客は顔もあげず、ひたすら肉を食うしかないのである。そして、食ったら明らかに「出て行け」光線を浴びるのである。
肉を食いながら、これって何かに似ているなあと考えて、やっとわかりました、養豚場にそっくり。
つまり我々はタコではなくてブタであって、給仕の姉さんはブタに餌をやる係だったのだ。なるほど、ブタにホスピタリティなど必要なかろう。
我々ブタは、配給された餌をありがたく食っては、ブヒブヒと鼻を鳴らすのであった。
さて、桜肉の餌で腹を膨らませた我々は、「これがなければ生きていけません」とぺいちゃん氏が言うたべろぐで検索して、近所のバーに移動することにした。
約400メートル。
森下だから「モリー」という名前のバーに入る。まあ、普通のバーである。
特徴はというと、安いということだ。
どのくらい安いかというと、大人4人が1人6杯ずつ水割りやらカクテルやらを頼んで、全部で1万3000円。いやあ、安いというのは一番のご馳走ですな。
森下、中途半端な下町だけあって、なかなかよろしいのである。
このバーで解散し、オレとぺいちゃん氏は最寄りの駅を目指したのだが完全に道を間違えて、八甲田山・死の彷徨。なかなか錦糸町駅にたどりつかない。
思いあまってアンドロイド携帯のGPSで検索したら、錦糸町と両国のちょうど中央にいることがわかり、GPSというものは迷ってから使うのではなくて、迷う前に使うものだと学習したのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ビッグコミックオリジナル」
「できるポケット+エバーノート」コグレマサト・いしたにまさき・インプレスジャパン。ラーメン食いながら読み始めたら、食い終わる前に読み終わってしまって、哀しいだう。


2010.03.04
原稿。
政治家がツイッターにはまっているというバカなニュースが流れたが、実にしょうもないな。
今ツイッター界の一番の人気といえばこの人、ハマコーこと浜田幸一だ。
絶好調、すげえ面白いぞ。例えばこんな具合だ。
昼飯時。「さあ!お昼ごはんだ!!皆さん 私がお酒飲めないの知っているだろうか?酒豪なイメージがあるが、全然飲めません。81歳 天ざる。大好きです。だう!! 」
がははは、天ざるを食ったらしい。
酒が飲めないとは意外だな。だから1時間後には「歓迎会は 割り勘らしい!!お酒飲めない分損だう!!」とつぶやいている。
もちろん政治状況には怒り心頭のようで「今日はなさけなう! 様々な問題。立場が代われば、犯罪者 国民の代表なら解散して信を問うべし! ふて寝! おやすみなさい。だう! 」
どうも「だう」が締め言葉らしい。ツイートばやりに対しては「明らかに民主党員のツィ−トが、酷い ばかか?」と中身を怒っているところが、素晴らしい。
今日の最後のつぶやきは「今日はiphone とツィッターの勉強で疲れた。整体もしたし、運動不足も指摘されちゃいました。 就職もしたし・・仕事大変。でもがんばる!!濃い一日でした。 おやすみなさい。だう!」。iPhoneにツイッターに、81歳でこれは立派だよなあ。尊敬するだう。
就職ということについては、ちょっと前に「皆様!!これは、決して天下りではない。自分で就職活動したんだ!! 」と胸を張っている。いったいどんな仕事を始めたんだ。81歳で就職活動とは。
なるほど、歓迎会というのは、この就職のことなのか。それで割り勘とは、あまり歓迎されていないのではないか?
とにかくこんな調子で一日に何度もつぶやきを発信している。楽しませてくれるのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊新潮」


2010.03.03
打ち合わせ1。
ひな祭り。娘の幼稚園では、みんなでひな祭りの歌を歌い、桜餅を食べて、白酒だと言いくるめられたカルピスを飲んでお祝いするという行事が行われた。
5年間続けたこれも、今年でおしまい。名残惜しいものである。
息子の小学校では、給食がちらし寿司だった。給食に力を入れている、なかなかにいい学校である。
夕方、ネットで買った腕時計とヤカンが届いた。
腕時計は、先日も書いたように道で落としてしまったので、買ったのである。
人と話している最中に時計をチラ見するのはとても失礼なことであるので、インタビュー中、時間の確認は相手の腕時計を見るようにしている。わざわざ携帯を取りだして見るというのはあり得ない。
もっと、わざとらしく腕時計を見て、これが最後の質問ですよと相手にわからせることもある。
とにかくやっぱり腕時計がないと困るんだよなあという話である。
紛失した腕時計はスイスの国鉄にも使われているモンディーン。大事にしていたのだけれどなあ。
まあ、いいや。新しい腕時計は、安いのでかまわん。そう思ってオーダーしたのが、わははは、カシオの1980円。
一緒に頼んだヤカンが、新潟は燕の製品で2500円。なんとオレのはヤカンより安い腕時計なのであった。爆笑。
この年になると、店で1980円の腕時計など買うわけにはいかない。おっさん、いい年してんだから、もっとまともな時計を買えよ、と店員に思われるに決まっている。
こういうものこそネットで買うのがいいのだなと、改めて実感した。もちろん1980円でもちゃんと動く。中国製。
それに1980円にはとても見えなくて、たぶん2万円ぐらいには見えると思う。ということは2万円の時計を買えば20万円に見えるということか。
それにしても腕時計の値段というのは、ほとんど正気の沙汰とは思えなくて、フランクミューラー200万円、ブルガリ600万円とか、それってマンションの頭金かよ〜と思うのであった。
オレは安いスウォッチも好きだから、たまには買いに行くかな。
夜、代表の試合だ。
もっとも我が家では「毎日かあさん」「ナニコレ珍百景」にテレビを占領されて、後半からしか見られなかった。
バーレーン相手に勝ったところで嬉しくもないし、相変わらず監督は無能ということがはっきりした。あと、やっぱり俊輔はもういらない。
オレお気に入りは、松井、本田、遠藤、お猿の長友である。
特に松井はいいねえ。チームが大切に大切にパスでつないだボールをもらった途端、うひゃひゃひゃとばかりに踊るような仕草で無茶なドリブルで突進する、あの"やらかし"キャラがたまらん。行儀のいいふりをしているB型か。
日経新聞はそんな佇まいを「規律と奇想」「ダンス」と評する。
本日も大仰なオーバーヘッドキックを、しかも思い切り空振りして、大いに楽しませてくれた。どうせワールドカップは普通に3連敗だから、別に試合には負けてもいいから、松井を使えと思うオレであった。
そういや、この試合を機に、あのセルジオ越後がツイッターを始めたのにはびっくり。しかも、案外にちゃんとした日本語なのにさらにびっくり。
この人とラモスが一緒に座ると、まず何を話しているのかさっぱり理解できないのだが、興奮すると突然に聴き取れる日本語が話せるようになるというのも共通のクセだ。
セルジオのツイッター、けっこう面白いです。
ツイッターと言えば政治家にツイッターばやりだそうで、まったくろくなもんじゃないな。ヒマなのか、政治家ってのは。
地域によって連休を変えちゃいましょう法案というのが突然に浮上してきたけど、本当に迷惑だから、バカなことはやめてくれ。
そんなことを考えるヒマがあるなら、もっと他の仕事があるだろうと思うのだが。
それにしてもこの法案、メディアが割と好意的なのにはちょっとびっくり。事前に相当のロビー活動をしていると見たがどうだろう。
ともかく、子どもを連れて里帰りしたら、向こうは連休じゃないのでただ単に迷惑なだけだった、という事態になったら困るので、こんな法案は潰れて欲しいものである。日本はどんどんおかしくなる。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「差別と日本人」野中広務・辛淑玉・角川oneテーマ。ずいぶん前から話題になっていた新書で、余り気は進まなかったが手に取ってみた。一読、要は何を言いたいのかよくわからない本であった。部落や在日の問題に別に目をつぶるつもりはないが、もうそんな時代ではないと思うのは、オレの認識不足なのだろうか。


2010.03.02
原稿。
寒かったなあ。春だというのに。
その寒い中、歩きながらやまがた・すみこを聴こうと、届いたばかりの2枚組をウォークマンにぶち込んで、のたりと出て行ったのであった。
一曲目「風に吹かれていこう」。名曲ですな。16歳の娘がつくって歌ったとは信じられん。30年早すぎた。
今ではオレよりおばちゃん。サロンパスとかのCMで「ヒサミツ〜」とサウンドロゴを歌ってるらしい。
その今ではおばちゃんの、37年前ぐらいの歌を聴いて癒される。素晴らしい声ですな。
しかし、アレンジがなんともまあ、昭和のフォーク歌謡で、ちょっと聴く分にはいいけれど、真正面からしっかり耳に飛び込んでくるとちょっとたまらない。
2曲目「夏になったら」。これもいいですな。澄んだ声が素晴らしい。
しかし、同じ調子、同じトーン、同じフォーク歌謡アレンジで20曲も続けて聴くと、うんざりしてしまって、2枚目はパス。さらば青春てなもんだ。
お耳直しに、夕べダウンロードした北山修を聴くことにする。5曲もダウンロードしてしまったが、本当に聴きたいのは「旅人の時代」だけだ。
これは70年代半ば、北山修がロンドン在住の時に、加藤和彦と一緒につくった作品。精神科医である北山修が、患者とのカウンセリングを経験につくった歌だ。
ベースすらなく、ギター3台と北山+加藤のボーカルというシンプルな編成。それでいて実に深い歌である。
大学1年の頃にFMで流れたのをカセットに録音して(レコードは買わなかった)、繰り返して聴いたものだった。以来、何かあるとリフレインが頭の中を流れるのである。
「鳥がほら飛んでいく」「そうだね」「誰かに会いたいな」「そうだね」「まだ死にたくないな」「そうだね」「帰ろうかな」「そうだね」と繰り返される「そうだね」を加藤和彦が歌う。たぶん心がものすごくダウンな時にこの歌を聴くと、何かしら迷い込んでしまいそうな歌だ。
漫画家のとり・みきが加藤和彦の訃報に接したとき、真っ先に思い浮かべたのがこの歌だったというのも、うなずける。
3月とはいえ真冬の寒さの中、練馬の畑の道を歩きながら「旅人の時代」を聴き、たどりついたのが石神井公園駅前の豆腐屋。
晩ご飯におかずに、豆腐ハンバーグとおからときんぴらゴボウを買う。
最近は晩飯ともなると、オレよりも小学生の息子のほうがよっぽど食うようになった。わしわし食って、がはははと笑い、「お父さんのおかずもちょうだい」とオレのさらに手を伸ばす姿を見ていると、おお、食え食え、もっと食ってオレよりでかくなれと思ってしまう。
高架化の工事が進んでいる石神井公園駅周辺は、そりゃもう大変なことになっていて、いろんな店屋が立ち退き、ビルがどかどか取り壊されている。それん便乗したかのように消防署も建て替えられ、道路の拡張も進んでいる。
おそらくあちこちでアスベストが飛散しているのだろうなあ。花粉どころかアスベスト。
この春は恐ろしいことになっているようだ。
豆腐屋で買ったおかずをぶら下げて、再び畑の道を歩いて帰る。
家に着いたら、一人で留守番していた息子が、娘に買ってあげた「小学一年生」の附録を、もくもくと組み立ててあげていた。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「SPA!」魚せいで飲んでいると、オレはかまって欲しくないのに、大将がやたらと話しかけてくる。鬱陶しくてしょうがない。なので、そんな予感のする日はゲンダイとかフジとかの夕刊紙をコンビニで買っていって、これでも読んでな、と渡す。面倒くさくてしょうがない。なんで客であるオレがそこまで店の大将の面倒を見なけりゃならんのだ。ところが今日は幸いなことに客に若いカップルがいて、その娘に話しかけるのに精一杯でオレはほったらかしであった。オレはラッキー、娘はアンラッキー、刺身食ってお酒飲んで楽しい二人の時間を邪魔された彼氏はもっとアンラッキー。おいしかったでえ〜すと帰って行ったが、きっと鬱陶しいからと二度と来ないだろうなあ。大将、また客を潰す。しょうもな。


2010.03.01
取材1。
今日から春である。春はいいなあ。
でも、おにゃんこたちも言ってたように、春はお別れの季節でじゃあねと明るく手をふってお別れするのだ。というわけで、今月は娘の卒園式。
などという事情とはまったく別に世の中は動いており、今年もやってきました確定深刻、いや、確定申告。いや、やっぱりこの厳しい懐具合を思えば確定深刻だな。
インタビュー仕事の帰りに顧問の会計事務所に立ち寄り、深刻書類に深刻な顔で深刻ハンコを押す。
とほほ。なんじゃ、この数字は。もっとも、これでちゃんと家族4人が生活できて、息子を囲碁教室に通わせ、オレは飲み屋通いができるのだから、まあ、よしとするか。
わけもなく売上が伸びて、利益が増えた分だけ税金で持って行かれても、やけ酒の量が増えるだけだから、むしろ現状程度でよいのかも。
と自分に言い聞かせ、北原白秋の詩のように無情を嘆くのであった。
そういや、ふとオレは加藤和彦のソロCDを持っていなかったなと思いだし、秋葉原にいるのだからと、ヨドバシのタワレコに立ち寄る。LPでは何枚か持っていたけどな。
J-POPのコーナーに加藤和彦は何枚か並んでいたが、LPで持っていて大好きだった「それから先のことは」が置いてなかったので、仕方なくベスト盤を求める。帰ってきて聴いたら、大好きな「シンガプーラ」も入っていて、やれ嬉しや。
「シンガプーラ」は、マッスルショールズでリズムを録ってロスでストリングスを録ってと、80年代にしてはとても豪華な録音をした作品。バブル前の日本において、アルバム全体に実にセレブな雰囲気が漂っていたものだった。
オレは加藤和彦の、要はこうしたライフスタイルというか、生き方というか、そういう佇まいに憧れていたのだな。朝6時から自宅のスタジオで仕事して午前中に2曲を仕上げ、午後は外仕事をして夕方には上がって飲みに行く。夏と冬にちゃんとバカンスを取る。
おれもかくありたいものだ。
もっとも「帰ってきたヨッパライ」「あの素晴らしい愛をもう一度」とか、鉄板の印税生活があってこそだろうが。一説によれば印税だけで年1千万。今やその権利をそっくり受け継いだのが、何人目かにあたる今の奥さんで、そこには前の奥さんの安井かずみの作詞も入っているらしく、こりゃあ、関係者はすっきりしないのも確かだわな。
すっきりしないと言えば、腕時計問題だ。
えーと、今は4時過ぎだなあと腕時計を見て、その5分後に、えーと今は、と再度見たら左手首から腕時計が消えていたのである。
あれええーっ。仰天。
場所は石神井公園。地元。一緒に歩いていた息子も仰天する。
いつの間に落としたのだろう。いや、腕にしていた時計が抜け落ちて気がつかないなんて、オレはどこまでアホなのだろう。
探したけど発見できず。とほほほ。
まあ、安物だからなあ。
スイスの国鉄で使われているモンディーンの時計である。すげえ安物。でも欲しかった時計だった。
モノはいつかは失せる。壊れる。
あきらめて代わりの時計を買おう。カシオでいいや。安いので。
いや、待て。
大人の男は、時計と靴だけはいいものを身につけなくてはいかん。安っぽく見られてはならぬのだ。やっぱりカシオではダメか。セイコーにしよう。アルバ。
夜、ふとした勢いでTouTube、やまがた・すみこを聴く。
「風に吹かれていこう」。いいですなあ、爽やかですなあ。実は16歳の時の自作曲だという。げえええ、マジですか。いやあ、30年早かったなあ。時代がキミに追いついていなかったのだろうなあ。
本当にきれいな声にきれいなメロディー。70年代のフォーク歌謡のアレンジがまた泣ける。
ものの勢いでチューインガム「風と落ち葉と旅人と」も聴く。オレが中三の頃の歌だ。きれいな歌だなあ。
酔っぱらってYouTubeでこのループにはまると危険である。
つい勢いでアマゾンにまわり、やまがた・すみこのベスト盤2枚組をポチッとしてしまった。2枚組っても3000円しないのだが。
YouTubeには、やまがた・すみこの当時の弾き語り映像もアップされていて、いやあ、これがなんとも可憐な。カー娘もびっくりの可憐さなのであった。
ちなみにパシュートで銀メダルの姉ちゃんたちは、日刊スポーツによれば「追い越し娘」、略して「追い娘」と呼ぶのだそうである。って、勝手に自分たちで名付けたに決まってるが。
で、そのやまがた・すみこであるが、見たらなんと旦那は井上鑑だって。
ぎょえーっ、これは声を上げるほどびっくらこいたよ。アレンジャー鑑ちゃん。薬師丸ひろ子とかの、あのリバーブたっぷり、サウンドウォールのアレンジは、ヨメのすみこを念頭に書かれたものだったとは。
初めて知った驚愕の真実で、すみこ、恐るべし。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AEAR」表紙がだまおーの写真で、スケートに興味のないオレはそれではなくて、土屋アンナのインタビューが読みたかったのだ。基本的にたいへん興味深いインタビューで、面白かった。ただ、なんというか、インタビューが普通ではない。AERA的というか。一緒に酒を飲んだとか、アンナが"こういうインタビューはいいね"と言ったとか、あちこちにライター自身が顔を出す。臭い。ライターがどう思ったとか、どう感じたとか、どう関わったとか、そんなことを書くのは、いわゆる沢木耕太郎病である。それがAERAという媒体でとなると、ますます臭くなるのだった。


2010.02.28
日曜の朝でもだいたいがいつもと同じ時間に起きるのだが、今朝は朝っぱらから地震にスケートに大騒ぎなのだった。
それにしてもあれですな、採点競技などと違って単純なかけっこは、やっぱり盛りあがりますな。幼稚園でもリレーになるとグラウンドにお母さんたちの絶叫が響き渡るし。
その意味でも、パシュートってのは面白かったですなあ。
絶対に勝ったと思ったのに最後に靴の差だったとは。
でも、負けても、ここまでやったんだわさ、あたいら、というサバサバした姉ちゃんたちの表情がよかったです。
この世界で2位の姉ちゃんたちに比べて、本っっ当に情けないのが、サッカーの代表どもだ。ああ、情けない。ああ、見苦しい。
普段は看護師やOLをしながら少ない給料で一生懸命に練習して、それで世界のトップに入るのだから、Jリーガーのタコどもは見習えってんだ。
俊輔が帰ってきたらしいが、もう使うなよなあ。
パシュートやカーリングや、よっぽど姉ちゃんたちのほうが偉いわ。
なお、コマガタは「誤解しないでください、カーリング愛ですよ」とごまかしつつ、心中ではオーミヤンとマリリンのどっちにしようかな、うへへへ、と言っているのに比べて、オレは純粋にアスリートとしての姉ちゃんたちをリスペクトしているのだから、勘違いしないでくださいね。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「毎日かあさん」西原理恵子・毎日新聞社。シリーズ6作目。安定しているな。だがこの作家で一番好きだったのは、"できるかな"とか"恨ミシュラン"とか、売れる寸前、怖いものなしで狂犬のようにわめきちらしていた頃だったな。


2010.02.27
ホームページを見たら、ハミングキッチンの解散のお知らせというのが出ていた。
なんとも残念な。
ハミングキッチンという可愛らしい名前のこのユニットは、横浜出身のギタリストと湘南出身のボーカリストの男女二人組。湘南の香りのする、なんともおしゃれな雰囲気の曲を演奏していた。
「風のアトラス」なんて、大好き。夜明けの湘南の空気感(実際走らないけれど)が実によく現れていて、こういう音楽もつくってみたいなあ。
ギタリストもボーカリストもかなりの実力派と見た。
解散はしてしまったが、大崎トリオもそうだけれど、こういうミュージシャンがちゃんと生活しながら好きな音楽をやっていける、もとてもいい時代になったと思う。
一つの大ヒット曲で世相を語れてしまうなんて、そんな時代のほうがよっぽどヘンだと思うぞ、オレは。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.02.26
原稿。
昨日、今日と風邪で幼稚園を休んだ娘であるが、昼過ぎにはなんとか回復し、食欲も戻ってきた。
こうなると燃えてくるのが、母親から譲り受けたフィギュア好きの血である。
一人、こつこつと何か作業をしていると思ったら、手作りの日の丸と横断幕を仕上げてしまった。そして、真央が滑るときに「おとうさんは、こっちをもって」と応援しなければならないそうである。とほほほほ、泣きたくなってきた。
おら、別にフィギュアなんてどうでもいいのだがなあ。
ついでに言えば、カーリングもどうでもよくて、もっと言えば最近の岡田ジャパンでさえどうでもいいのだがなあ。
監督はもう替えなくてはダメだな。できることならベンゲルに、いや、いっそのことトルシエに戻すのも面白いかも、でも、ヒディングだけはやめてくれえ、というわけでピクシーあたりが妥当な線か。
西野さんは日本の最終兵器として、次のワールドカップが出番だな。
などとぶつぶつ言いながら、横断幕を持たされたオレは、口を半開きにしてフィギュアを見たのだった。
ペコちゃんみたいな鈴木明子、よかったですな。名前が平凡すぎて、かえって鈴木一朗みたいで面白いですな。
ピグモンもよかったですな。頑張りました。あれほどあからさまにコーチとデキていることを世間にアピールされると、親御さんの心情はいかがかと案じてしまうが。
それにしても半島の選手は、買収疑惑が事実だとしても、だまおーより上でしたな。素人のオレが見てもわかる。
ひどかったのは観客席の半島の皆さんらしいですな。娘が滑る前も後も、のべつまくなし旗を振って大声ではしゃぎ続けたらしいですな。あれほど世界中から嫌われ続ける国民も珍しいです。
それにしても、だまおー、選曲がひどいですなあ。明らかなあのロシア人のおばちゃんのミスだということは、素人のオレが見てもわかる。
ロシアと言えば、本田圭佑ですが、もう俊輔はいらないでしょう。あんなに走らない選手は使えない。でも、岡ちゃんはアホのように俊輔、大久保を使い続けるのでしょうなあ。
普通に3連敗。素人のオレでも予想できてしまう。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ゴルゴ13」久しぶりに面白い話だった。冷戦時代に角突き合わせていたCIAとKGBの戦士が、引退後に老いぼれとなって偶然に知り合い、笑顔で握手するという話だ。国際謀略の与太話より、よほど面白い。


2010.02.25
取材1、原稿。
別に今旬の話題だからではないが、オレは以前から子供らを起こすのに、だまおー、だまおーと叫んでいる。
どこの奇祭だよ。
昔は、みよこー、みよこー、と叫んでいた。
お察しの通り、朝になったから、浅田美代子ー、浅田美代子ーと叫んで起こしていたのだが、それが短くなって美代子ーになったのである。そして、昭和ならともかく、平成の今の時代に美代子もないだろうと思い直して、浅田真央ーと叫んで起こしていたのが、省略されて、だまおー、だまおーという叫びになったのである。
そのだまおーが、滑ったの転んだの回ったのと、世間はなかなかうるさいなあ。北半球の運動会は、なかなか終わらないのであった。
最近は日記が短めなので、ちょっと反省しなければ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」いったいどこを読めというのだと叫びたくなるほどの虚しさ。


2010.02.24
原稿。
で、例のツイッターであるが、なんだかけっこうな騒ぎになってきた。
「日経ビジネス」では、セールスプロモーションに活用して成功したケースを特集し、「SPA!」ではやり方を一から解説だ。
前にも言ったけど、ほとんどセカンドライフ並みの盛り上がり(笑)。どう考えても、あっという間にしぼんでしまうパターンだな。
まあ、せいぜいが2チャンネル程度のポジションに落ち着いて終わるのではないか。
ツイッターを始めて誰でもびっくりするのは、発信する人はやたらと発信していることである。勝間なんとらっていうおばちゃんなんて、一日中ぶつくさと発信しているぞ。
電車で移動中は本も読まずに書いて、カフェでも書いて、人に話しかけられても「ちょっと待って」と制して書いて、風呂でも書いて、寝る前も書いているに違いない。
当然、それを律儀に読もうとすると、こっちもいくら時間があっても足りないわけだ。ゴトー氏の「ツイッターやってると時間が足りなくなる」という指摘は、しかりである。
オレも同様で、また、適当にのぞいて、別に発信するほどのネタもないからリード・オンリー・マンつまりROM、ってずいぶん古いネタだな、これ。
大丈夫、日本中の人が2チャンネルをやるわけがないのと一緒で、別にツイッターやらなくても焦る必要はないって。
でも、気になる。でも、面倒くさい。
そんなあなたにオススメなのが、ツイートメールというサービスだ。
これは、あらかじめ指定した人(アカウント)のつぶやきだけをピックアップして一日一回メールで教えてくれるサービス。気になるワードを設定して、それに関したツイートだけを送ってもらうこともできる。
オレの場合、コマちゃんとオザキだけ登録して、毎日どんなことを発信しているかひそかにチェックしている(カーリングが面白くてなかなか家から出られなくて遅刻しそうだとか、そんな本当にくだらないことしか書いてないので、いかにツイッターがしょうもないものかがよくわかる)。
キーワードでは「石神井公園」を登録しているので、毎日、石神井公園という単語を含むツイートだけがピックアップされて送られてくる(こっちも、駅がきれいになったとか、公園に着いたとか、どうでもいいツイートしかない)。
この便利なメールサービスはもちろん無料。興味があったらぜひどうぞ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」「SPA!」巻頭の勝谷コラムを見てびっくり。例のDQNスノーボーダーがオリンピックでしでかした狼藉の決定的瞬間を写真に収めている。どういう写真かというと、このスノーボーダー、負けが決まって悔しかったのか、ヘルメットやらの道具を観客席に投げ込んでいるのだ。あらまあ、なんとみっともない。国辱モノとは言わないが、いい大人が恥ずかしい。もっとも「道具を粗末に扱うとは」と大仰に嘆く勝谷だが、野球でもファンサービスでボールやミットを客席に投げ込むことがあるから、もしかしたらこの場合もファンサービスではなかったか。勝谷、走りすぎ。そして最後は例によって「こういう事態を見逃す大手マスコミはけしからん」という、いつもの強引な論に話を持って行くのであって、勝谷、それはちょっと無理があるだろう。「週刊プロレス」引退したミラノ・コレクションの最後のインタビューが掲載されていた。10年間のプロレス生活だったか。なんとも華のあるレスラーだった。お疲れさん。いいファイトをして、楽しませてくれたよ。プロレスからはさっぱり足を洗って、これからは整体師みたいなのをやるらしい。クリニックは新宿御苑。おお、一度行ってみるかな。


2010.02.23
取材2、原稿。
親と写真を撮ろう運動の始まりである。
カメラマンのタカハシ氏が東北沢のギャラリーで個展を開いているというので、ミヤケ氏と出かけていったわけだ。東北沢、渋すぎ。
写真を眺めつつ、ビールなどを飲んで三人でしゃべっているうちに「大人になったら親と写真を撮ることってないよね」という話になり、「今度、親と一緒に写真を撮ろうかな」「それはいい、そういうムーブメントを起こそう」と盛りあがったのだった。
確かに親とツーショットなん写真は、ここ10数年、撮っていないなあ。今度里帰りしたら、ちゃんと撮っておこう。
などと話していたら、そこに偶然マキウラ氏もやってきて、やあやあ、久しぶり、その後血糖値はどうよなどとさらに盛りあがったのであった。
マキウラ氏は一切酒が飲めないので、ウーロン茶一杯でこっちの酔っぱらい話につきあえるという人なのである。さすが関西人。
ほどよい具合に盛りあがり、ぼちぼち帰るかという段になって、ギャラリーに妙齢の女性がふらりと立ち寄った。めざとくそれを見つけたタカハシ氏、イスを蹴って立ち上がり、すすっとその女性のそばに寄り添って写真の説明などを始めたのである。
そして、帰ってこない。
店に会計をお願いして15分が過ぎ20分たってもタカハシ氏は女性のそばを離れず、帰ってこない。困ったもんだ。
とうとうしびれを切らした我々は、タカハシ氏を放り出して帰ってきた次第である。
アホらしいからタカハシ氏のおごりということにしておこうかと思ったが、まあ、去年はオレのライブにも来てくれたことだし、ここは気持ちよく払っておこうと、オレが全額出したのであった。もちろん今度タカハシ氏に会ったら、ネットでばらされたくなかったら半分だしな、と脅迫するつもりである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」


2010.02.22
取材2。
2月22日と、2並びの日。乗った新幹線は、11号車11番の1並び。
向かった先は新潟なのだった。
ぽかぽかと暖かい一日で、どうやら今日から春が始まったらしい。
どんなに厳しくても、過ぎてしまえば冬はあっという間なのだった。
遠くに真っ白な山々、近くにはきらきらと光る田んぼ。とても美しい早春の新潟であった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」
「兇弾」逢坂剛・文藝春秋。ハゲタカシリーズなのだが、シリーズ全作の記憶がほとんど薄れているため、途中、話がつながらず苦しかった。ここまでシリーズを前提にするのはどうかと思う。それはそれとして、出てくるキャラクターがみんな強烈で、よくもまあこんなにうんざりするほどイヤなキャラを考え出すものだと感心。


2010.02.21
久しぶりに完全オフ。仕事は、明日の準備だけしたのだった。
面積、体積の関係に昨日から夢中になっている息子は、本日、学校の主題である休日の日記に何を書こうかと思案しているうちに、面積・体積がどんどん発展してなぜか四次元とは何かということになり、自分なりに四次元の概念を理解しようと必死で頭を使っていたら、とうとうタイムトラベルは本当にできるのかというところまで行ってしまったらしく、それを見たオレは、昔、サン・ジェルマン伯爵という人がいてなあ、とタイムトラベラーの話をしてやった。
すると息子、「あ、読んだことがある」と叫んで階段を駆け上がり、自分の部屋の本棚から「かがくる」という雑誌のバックナンバーを引っ張り出して、階段を駆け下りてきたのだった。
その「かがくる」のページを開き「ほら、ここ」といいながらむさぼり読んだのである。
なるほど、そこにはいろんなタイムトラベラーが紹介されていて、サン・ジェルマン伯爵も出ていた。
そしてその中の最新のタイムトラベラーが。オレも知らなかったがジョン・タイラーという人である。
なんでもこの人、2000年にインターネットの掲示板に突如書き込みを始め「自分は2036年からやってきたタイムトラベラーである」とカミングアウト。いろんな予言を次々と当て、語る内容もやけにリアリティがあるから、本物のタイムトラベラーだ、んなアホな、という論争を巻き起こした人物だそうだ、
へー、知らなかったなあ。みんな知ってるのかなあ。
こういうタイムトラベルものは、いんちきであっても、男の子は大好きである。息子はむさぼり読み、一人でぶつぶつ言うのだった。
せっかくならタイムマシンを造って、一発当ててくれないかな。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.02.20
取材2。
なんと4時前に起きて、5時前に家を出る。(もっとも娘が年少の時の担任は、毎日この時間に家を出ていたそうだが)
6時に新宿で待ち合わせて、諏訪へ。9時前に到着。
休憩するところが何もないので、地元の西友に立ち寄ったが、いやあ、安くてびっくり。おにぎり57円、弁当250円、豆腐が28円。
西友は一時期から何かが吹っ切れたかのような、もしかしたら涙目じゃないのかっていう感じで安売り路線を走り始めたが、さすがにこれはびっくりした。
午前に取材仕事を一つ片付け、山越えをして群馬へ。
途中、やんばダムを目撃する。
ははあ、この一帯が水に沈んじゃうというわけか。そうなるよりも、あんな無駄なものはつくらなくていいと思うがなあ。
午後にもう一件、取材仕事を片付けて、関越道で帰る。
家に帰って着替えをしてから魚せいに行ったが、なんせ4時起き、眠くて眠くてしょうがなくて、へろへろになりながら帰ってきたのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「プロレスは生き残れるか」泉直樹・草思社。


2010.02.19
取材1、原稿。
昨日は電車の中でメシを食っているバカを目撃した話をしたが、今日は女子中学生2人がバリバリのネイティブな英語で会話しているのをずっと聞いていた。
もちろん日本人であるが、発音は完璧ネイティブ。帰国子女なのだろうなあ。
聞き耳を立てたら半分ぐらいはなんとなくわかった。
英語に関しては、ここ10年ぐらいで、ビジネスマンならできて当たり前というふうになってきた。
実際、展示会などに行くと、作業服を着たさえないおじさんが、外国人の技術者に質問されてごく当たり前に英語で答えたりしている。オレも英語でのインタビューを求められたこともあるし。
今や英語は当たり前。3カ国語ができたら自慢になるが、英語ができるくらいでは、パソコンができるのと程度は変わらない。
言うまでもなくネットの普及が大きな理由だ。特に技術者は最新の技術資料を探すとなるとネットは不可欠で、いつの間にか自然に英語を覚えてしまっているというわけだ。
こうなってくると、英語しかできないアメリカ人がかえってバカに見えてくる。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「DTMマガジン3月号」「サウンド&レコーディング3月号」「紙のプロレス」「ビッグコミックオリジナル」「週刊文春」椎名誠のエッセイが衝撃的。


2010.02.18
取材1、原稿。
朝起きて窓を開けたら、こりゃびっくり、一面真っ白だ。
こんなに東京に雪が積もるのも珍しいなあと思ったら、21年ぶりとかだそうだ。
もちろん子供らは大喜び。雪に触っては「ひゃー、つめたー」とはしゃぎ廻るのであった。
9時半頃、電車に乗る。西武池袋線である。
乗ってびっくり、ドアの脇で若いサラリーマンふうがメシを食っている。カップルラーメンじゃなくて、カップスパゲティだな、あれは。
そのカップというか丼と箸を持って、ドアの脇で立ちながら食っているのだ。車内には、そいつのスパゲッティをすする音がずるずる〜と響くのである。
マナーを知らないバカは、メシの食い方までだらしないのだ。
よくもまあ、電車の中でメシを食うよなあ。そもそもモノを食う姿というのは恥ずかしいものだと思うのだが。
恥ずかしいからこそ、一緒にメシを食って恥ずかしい姿を見せ合って仲良くなるのだと思っていたが。
電車の中で化粧するのと同じぐらい、バカで呆れた行為だと思った。まあ、化粧もひどいけど。
どんなにきれいな姉ちゃんであっても、電車で化粧する姿を見ただけで、オレなんか口もききたくないと思ってしまうのだが。
ならば酔っぱらいはどうかと言われれば、はいはい、そりゃひどい酔っぱらいもおりますが。
昼前には雪もすっかり溶けて、陽が出てきた。あと半月で春。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「果断」今野敏・新潮文庫。シリーズ2作目。山本周五カ賞と推理大賞だっけ。この成功は、ひとえに主人公の造形に尽きる。かつての警察小節では考えられなかった、エリートのキャリア。頭はガチガチ、正論一筋。それゆえに起きる周囲との摩擦が面白く、そこに組織のぶつかりあいがからんできて、すらすらっと読ませてくれる。もはや大沢在昌の出番なしと思わせるような作品である。いや、出番はちゃんとあるのだが。大沢。


2010.02.17
取材3。
6時前に家を出て、7時半大宮発の新幹線に乗り、新潟は燕三条。
雪だ。本格的に積もっている。
一日中、雪の中で取材仕事をやり、暗くなってから帰る。
平日だし、明日も朝から仕事だから、実家には寄らず、電話だけして帰る。
越後湯沢のあたりのホテルやマンションは、人の影もなく、すっかりむなしい風景になってしまったなあ。ちらりほらり、学生が数人単位でスノーボードを抱えて列車から降りていくものの、かつてのような賑わいはもう考えられないな。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」トヨタのリコール問題の深層は、かなりやばそうだ。
「面白いお話、売ります」新潮文庫。当代の人気作家たちの書き下ろしアンソロジー。伊坂幸太郎と並び、有川浩、佐藤友哉(初読)といった若手実力陣が図抜けていた。
「完全燃焼の記憶」小林照幸・河出書房新社。ナンバーに発表されたものを中心としたスポーツノンフィクション集。なぜかプロレス話が多い。個人的にはプロレスよりも、後楽園球場、川崎球場時代のパリーグの話のほうが面白かった。なべてスポーツは昭和時代のほうが盛りあがったな。
「50」カッパノベルズ。同新書の創刊50周年を記念とした書き下ろしアンソロジー。50という数字にひっかけた仕掛けもあって楽しめる。宮部みゆき(嬉しいことに時代物!)、横山秀夫という名手2人の短編は、さすがのできばえだ。


2010.02.16
取材3、打ち合わせ1。
真冬のような寒さの一日であった。って、真冬か。
昨年の売上及び収入について、税理士より連絡を受け、財布と通帳も真冬であることを知る。嗚呼。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」


2010.02.15
取材1、打ち合わせ1、原稿。
安藤くんに続いて、英里子からもこっそりと「CDください」メールをもらった。
遅い! 言われる前にとっくに送っておる。だいいち、こそこそ隠れるように言わずに、堂々と注文せんかい。
と、なぜか上から偉そうに文句を垂れるオレであった。
一日中、冷たい雨が降り注ぐ。
コイデ氏と池袋で待ち合わせて打ち合わせする。最近は、スタバ系のいわゆるカフェばかりが増えて、落ち着いて打ち合わせできる場所が減った。
池袋駅前に、なんとか珈琲店という昔からの喫茶店を発見し、入る。
どうということのない、普通の喫茶店だが、こういうのが重宝する。その意味では、ルノアールっていうのは貴重だよな。居眠りしていてもイヤな顔をされないし、実際に居眠り率の高さは、ちょっとすごいものなあ。
打ち合わせ後、池袋西部でお総菜を買って帰る。
池袋西部って、イケセイって言うのか? 最近は。
ポスターに「イケセイ」って書いてあった。あんまり気のきいていない、はっきりいってバカっぽい略称だと思った。
80年代はセンスのいいサブカルチャーの担い手だった西武も、どんどん落ちていくばかりだなあ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」


2010.02.14
我が家では日曜の朝はパンである。練馬のパン屋から買ってきて、食べるのだ。
本日はそこに昨日娘と息子が手作りしたチョコレートが加わった。朝からチョコレートを食うわたくし。カレーパンには合わなかった。
ヨメもオレに義理チョコをくれたのだが、思った通り、速効で娘に巻き上げられてしまったのだった。
さて、息子の囲碁教室に自転車で向かう妻子を送り出し、オレが向かった先は後楽園のプリズムホール。毎年恒例、石川フェアである。
大学の先輩のハーセさんがやってるこのイベントには、いつもクラブのOBが多数集まるのだった。今回もおじさんおばさんが山盛り。
中に一人、春におばあちゃんになる人もいて、高齢化は確実に進行中であった。
さて、中山親分と落ち合ったオレは、会場の惣菜売場で惣菜を買い、親分が酒売り場で買ってきた日本酒で昼酒だ。わははは、旨いですなあ、昼酒。親分と真っ昼間から盛りあがる。
続いて親分が予約していたカラオケルームに行き、ファミレス状態でしゃべりまくる。オレと親分は飲む。
イマドキのカラオケルームって、メニューがすごいんだよねえ。ほとんどファミレス。こりゃびっくりだった。
これならおばちゃん10数人の我々でも周囲の迷惑を顧みずに過ごすことができる。しかし、おばちゃんというのは、よくあれだけしゃべることがあるものだなあと関心。
逆に「おっさんというのは、よくあれだけ酒が飲めるものだなあ」と思われているに違いなくて、カラオケを出たら親分とミヤーチさんの3人で、次の居酒屋だ。
水道橋周辺は安い居酒屋がやたらとあって、どこも昼間っから混んでいる。場外で馬券を買った連中が出走までの時間つぶしだと言っては飲み、当たったと言っては飲み、外れたと言っては飲んでいるのだ。
どの店も帽子を被ったそんな連中で一杯である。そして店のねえちゃんは全部中国人。いったいここはどこの国だ。
親分はオレが1年生の時の会長でミヤーチさんは4年生である。恐ろしい先輩である。若いときに一度刷り込まれた思いは容易に消えることがなく、50過ぎた今も二人の前ではオレは平身低頭なのだった。
それにしても、今になってこの二人と一緒に酒が飲めるとは嬉しいねえ。しみじみ、嬉しいねえ。
6時前に完全にできあがってしまい、早くも眠い眠いを連発するオレたち。ミヤーチさんがおごってくれたので、ここはありがたくご馳走になった。
一年一度のこういう集まりもいいのである。
帰りの電車で、メールをチェック。
するとデザイナーのタケちゃんから、今回のオレのCDについて「一気に本格的になっちゃったね。音質が今までと全然違います」という感想が送られていた。
おお、そうかっ。いやあ、嬉しいなあ。
オレがその"耳"に信頼を置く一人がタケちゃんなのだが、そのタケちゃんにこういう誉められ方をされるのは、すごく嬉しいなあ。
オレなりに勉強して少しずつではあるが前進しているつもりなので、それがわかってもらえるのは、とても手応えが大きい。酔った頭がますますいい気持ちになるのだった。ありがとね、タケちゃん。

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2010.02.13
任天堂の偉い人が、iPadを指して「iPodの大きくなったやつ」と言ったそうだが、そうそう、まさしくそんな感じ、座布団一枚なのだった。
もっともこれにはギャグも含まれていて、マリオの大きくなるキノコを食べたらiPodもiPadになる、と言いたかったらしい。
それにしてもiPadは微妙な製品だと思うが、どうだろう。
実物を見ていないので何とも言えないが。
やはりiPod Touchぐらいのサイズがポケットに入れて持ち歩くのにちょうどいい。iPadはお尻のポケットに入りそうにないからなあ。
そのiPod Touchだが、なるほど、音楽端末と見ると少し見誤る。これは電話の付いていないiPhoneだ。つまり持ち歩きコンピュータ。
使いこなせば大変に便利なしろものだということがわかる。
ただ一つ解せないのが、これだけ機能満載なのになんとカメラが搭載されていないことだ。分解した記事を見ると、明らかにここにカメラが搭載される予定だったと思われる不自然な空きスペースが見つかるそうだから、たぶん当初はカメラ付きの予定だったのが、コストダウンの結果か、あるいは品質的に納得できないものだったか、最終的に搭載は見送られたのだろう(後者の原因は考えにくいから、やはりコストか)。
ということは、いずれ半年ほどもすれば今度はカメラ付きのiPod Touchが、ビデオも撮れるぜベッベーみたいなノリで売り出されるに違いない。
ところでiPod Touchが32Gもあるのに対して、オレの愛用しているアンドロイドは512メガしかない。あきれたことに1Gもないのである。
あらゆるデータをぼこぼこクラウドしちゃうから容量はいらないわけだ。しかし、いくらなんでも少ないよなあ。そのほか、ハード的なスペックではやはりいろいろと発展途上のところが目についてくる。
やっぱり春に出るソニエリ端末に買い換えか。ちょっと魅力的。
いずれiモード対応、おサイフケータイ対応の機種も間違いなく出てくるし、ワンセグも搭載されるだろう。端末にハードとしての十分な実力がついてくれば、もっと面白くなってきて、iPhoneも凌駕されることになる。
なにしろ現時点でiPhoneの優位性は、GUIとか見た目のクールさにしかないから。その他の面に関しては、オープン&フリーというアンドロイドの思想にかなわんな、iPhone。
というわけで、毎日いろんなアプリケーションをインストールしては捨てている。なにしろアンドロイドのアプリケーションはほとんどが無料。もっともそこにこそアンドロイドの将来性が危惧される一番の原因があるのだが。

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2010.02.12
爆弾仕事を一つ抱えていて、いつそれが炸裂するのだろうかと怯えて過ごす日々である。炸裂したら、おれはきりきり舞いなのだ。
しかし、まだ炸裂していない。
それをいいことにというか、別に誰に言い訳する必要もないのに言い訳めいているが、新しいCD「いちねんせい」の製造を始めた。
製造つまり一枚ずつCD-Rに焼き、ジャケットを印刷して一枚一枚収めていくという作業である。
とろくさいことに、必ずいつも何かミスをして、今度も大量に印刷ミスを繰り返し、写真用印画紙100枚は無駄にしている。数千円分。泣く。
それにしても、オレがDTMを始めた頃はCD-Rが一枚700円もしたものだった。その頃は価格下落が激しくて、毎月100円ずつ下がっていったものである。
今では50枚入りで1300円。1枚60円ぐらい。台湾製の安いものになると1枚40円ぐらいだ。そりゃあメディアメーカーが儲からないわけだなあ。
儲からないといえば乾電池も儲からない商品の代表で、それでもメーカーがやめられないのは、とりあえず小売店に棚を確保するのに手頃だからである。ティッシュなども似たような位置づけの商品だな。
そんなマーケティング講座はともかくとして、こうして一生懸命に新作「いちねんせい」を製造しているというのに、まったく注文が来ないとはどういうわけだ。きーっ。
メールも、安藤君以外、さっぱりである。
ご注文は今すぐこちらこちらまで。さあ、ふるって応募しよう。応募じゃないか。
とりあえず70枚ほどをつくって、まずは歌手の皆さんに発送だ。
郵便局へ歩いて行く。寒い。
郵便局の窓口に見かけないものを発見。なんと、ポスト型のスティック糊である。う、ほ、欲しい。
思わず買いそうになってしまったが、いい大人が欲しがっているというのもどうかと思うし、いやあ、子どもに頼まれちゃってねえなどと言い訳するのは、あまりにもとってつけたようだし。
などと逡巡して、結局あきらめる。
家に帰って、こんなの売ってたよと言ったら、娘は「ほしー」、ヨメは「いらない」。オレは幼稚園児並みの物欲らしい。
ぼちぼち仕事がたてこんできて、一向に景気回復の実感はないのだが、それでもありがたいことにぼちぼち予定が埋まってきて、大もうけできなくてもいいから、なんとか人並みに子どもを学校にやれるぐらいの生活が維持できればいいなあ、と思うのだった。
そんなわけで、ちっとたてこんでいるので、次に取りかかるべき音楽仕事、かずと&高杉の新作CDのアレンジは、ちょっと待ってね。かずとくん。
アレンジのイメージはできているから。

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2010.02.11
原稿。
オレの新しいCD「いちねんせい」が完成した。完成したっていっても、いわゆる原盤の状態だが。
全22曲、74分。1年がかりであった。
別に客もいないし、納期もないし、それどころかタダで適当に配るだけだから別にいつまでつくっていてもいいのだが、手を入れようと思えばいくらでも入れられて際限がないので、この辺で切り上げたのである。
今回のCDは前作以上に楽しいボーカルが盛りだくさんだぞ。アレンジもなかなかよろしい。自分で言うのだが。
こんなに素晴らしいCDなので、早速、童研の掲示板で予約受付中との告知をしたのに、ああ、したのに、反響はひっそりとメールを送ってきた安藤くんのみ。
他は一切予約が入らず、はっ、もしかしてオレのCDって、みんな迷惑に思っていたのではないかしらんと気がつき、がっくり肩を落とすオレなのであった。
すねてふて寝するのみである。
ちなみになぜ「いちねんせい」というタイトルなのかというと、この春、娘が小学校に入学するからである。CDとはまったく関係なく(笑)。
ついでに言うならば、これまでのオルケスタ・デ・ラ・タンゴ風組というバンドは解散し、このCDからは丹後湯というユニット名で活動するのであった。まったくどうでもいい話であるが。

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2010.02.10
原稿。
甥っ子が、大学に合格した。一足早く、桜が咲いたのである。
オレのあとを追っかけて転がっていた赤ん坊が、もう春には大学生。ありふれているが、まっこと人の子ども成長とは早いものである。
学生時代は、一生で一番輝いているときだから、一瞬一瞬を大切に過ごして欲しいものだ。なーんて、オレが学生時代に大人から言われて、うっせーなあと思っていたことを、今オレが上から目線で言うのであった。
学生時代といえば、この季節になると田舎から出てきた世間知らずを狙って、街に一気にキャッチセールズあふれるものだった。
オレが上京した頃もいっぱいいたなあ。30数年前。
一番多かったのは、束になった割引券を売りつけるというやつである。千円とか二千円とかでホテルや映画館の割引券がたくさん使えるという、今もあるのか、こういうの。
使えばちゃんと割引サービスを受けられるから詐欺ではないのだが、常識的に考えて、元を取るのにどれだけ遊ばなければならないのだ、というぐらいの内容だった。
世間知らずのオレもキャッチにつかまり、へえー、こりゃあお得だなあと喜んで一冊買ったものの、すぐに貧しい下宿学生にはまったく役に立たないシロモノであると気がつき、大いに悔やんだのだった。その後はさすがに小心者のオレでも、勧誘は断ったのだった。
驚いたことに友人のコンノの下宿の引き出しを開けたら、このクーポンが何冊も何冊も、それこそ山のように出てきたのである。あれにはびっくりしたなあ。
どんだけお人好しというか、だまされやすいというか、アホというか。
あと、勧誘でおなじみは宗教関係だが、こちらはそんなにひどくはなかった。ヨメは、かつてオウムに勧誘されて拉致られそうになったらしいが、オレは今思えばたぶん原理なのだろうが「キリスト教に興味ありますか」と勧誘されて、でも、これから新潟に帰るんですと言ったらすごく残念そうな顔をされたというのがあったぐらいだった。
まあ、日本は世界で最も安全で清潔な国ではあるけれど、それでもこの程度の悪意は世間に満ちているということは、学生になったら知っておいたほうがいいし、多少の出費も覚悟したほうがいいだろうなあ。
およそあらゆる仕事というのは、満たすべき結果品質と、守るべき納期が定められているものだが、そしてそれを守り続けることによってのみ生活を維持するための報酬は得られるものだが、そのことを擬似的にせよシビアに体感できるのは受験である。
その意味でもオレは大学受験というのは、人生において意義深いことだと思っている。受験戦争って、あんな程度の戦争で弱っていたら、もっと厳しい世間の戦争に勝てるわけがないのであって。
その点でも、甥っ子はとりあえず一つの結果を出すことに成功したのだから、この成功体験を大切にして、次の戦争に向けて自分を鍛えて欲しいものである。
なにはともあれ、よかったね。おめでとう、ユーイチロー。

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2010.02.09
取材4。
丸の内の新丸ビルで昼メシを食う。
和食がよかろうということで、サバ味噌定食や酢豚定食のある店に入る。
ところがぎょぎょっ、値段を見てびっくり。
サバ味噌定食1860円、酢豚定食1860円である。
860円ではない。せんはっぴゃくろくじゅうえんである。
サバ味噌が。酢豚が。ランチの定食が。
卒倒した。
サラリーマンの味方、さくら水産なら同じものが3人分である。
さすが新丸ビル。というか、あまりに世の中を嘗めていないか、新丸ビル。
だが驚いたことに客席はほとんど埋まっている。オレも、おごりだというから入ったが、おごりでなければ絶対に食わない。
だが人間の感覚というのはバカなもので、1860円の定食を食い終わる頃には、「よろしかったらどうぞ」と店の兄ちゃんが持ってきたデザートメニューのプリン800円が、ふーん、てなもんで特に高いと思わなくなっているのだった。これだってさくら水産で昼飯食ってお釣りの来る値段だというのに。
話を聞くと、隣の大手町はランチの値段はぐっと下がって、スタバのコーヒーが高く感じるほどだという。ところが新丸ビルでは、スタバのコーヒーなぞ下流の飲み物なのだった。
まったくどうなっておるのだ、新丸ビル。

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2010.02.08
原稿。
本日は2年に一度の車検である。
娘が生まれた時に買ったエスティマ。それなりにぼろくなってきていて、ブレーキもタイヤもそろそろ交換だなあと思っていたので、一斉に手を入れさせた。
おかげで見積もりを見て、めまいを起こし、卒倒する。
なんとかまけてくれえと懇願し、平身低頭、どうにか8000円ほどまけさせる。それでも請求金額を見て、再び卒倒する。
そんな現金は持ち歩いていないからカードで支払って、問題を先送りする。きっとその間に宝くじが当たり(買ったことがないが)、競馬が当たり(買ったことがないが)、オレの曲が大ヒットして、道ばたで3億円拾うのだ。
こうしてオレは前を向いて生きるのだ。
午後、元気に学校から帰ってきた息子が、夕方になって突然気持ち悪いと飯田市、違う、言いだし、激しく何度も嘔吐する。おろろろろ。
慌てて閉店しようとしていた医者に連れて行き、診させる。案の定、ノロだ。やれやれ。
水分摂らせて、休ませる。
それからも何度か嘔吐して、ヨメとオレはその後始末に追われ、洗濯機回しっぱなし。
夜中までノロに追われて、車検問題で弱ったオレは、さらに弱ったのだった。

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2010.02.07
原稿。
娘はヤマハの音楽教室に通っているのだが、そしてそこではどんなことを教わっているのかオレにはさっぱりわからないのだが、なんでも今日はそのテストがあるらしい。
いったい何のテストなんだろう。
幼児に資格試験でもあるまいし、何の役にも立たない試験であることは明らかだ。そんなもので3000円も取るヤマハが気にくわないが、まあ、娘が喜んで受けるというならしょうがないか。
一方、息子は学校でドラムクラブの開放があるということで、出かけていった。話を聞いても要領がつかめないのだが、いろんな打楽器が集まって、それを叩いて遊ぶという企画らしい。
それなりに楽しかったようで、よかったよかった。
そしてオレはというと、一人、残って日曜仕事。父さんは、働かねばならぬのだ。
明日はばか高い車検だし。

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2010.02.06
ワンちゃんこと犬飼聖二さんの新しいCD「WAN CHANCE」を、かづとくん経由で受け取った。60歳、還暦記念のCDである。
収録されている5曲目「誕生日」は、オレの作曲。数年前に頼まれて書いた曲だ。
今回はギターも弾いている。
ピアノは大友君に、笛はことちゃん。涼太がエネルギッシュに走り回ってパートごとに録音し、それを集めてミックスしたという労作だ。
ワンちゃん、万感の思いを込めてのボーカルが「誕生日」で聴ける。いい歌だよ〜、これ。
還暦にしてこの活躍。ワンちゃんにはもっともっと先頭を走りつつけて欲しいものである。
というワン茶に対抗したわけではないが、オレの新作CDも順調に進んでおり、本日は最後のレコーディング。歌手・いさわしをスタジオ丹後湯に呼んでの録音だった。
楽しいボーカルが録れたぞ。あとはもろもろのミックスをして、全体を調整して、原盤の出来上がりだ。吉江写真館からは写真も届いており、いさわしからデザインが届けば、せんべいレコード社に発注して、手作りプレス。
なんとか2月中には完成できそうだ。
今回のCDは、ことのほかステキなボーカルが録れた。オレのオケも、ちょっとはクオリティアップしている。まあ、要するにアレですな、自信作ですな。
ぼぢほち予約受付中。プロモーションも始める予定であります。
この後の予定としては、初夏に向けて、かづと&高杉という新ユニットのCDをオレが創ることになっており、楽曲も既に何曲か届いているので、アレンジを始めなければならない。こちらもいい歌がそろっている。
去年は、通常の音楽仕事以外に、シャケちゃんデビューCD、洗足学園短大文化祭舞台音楽という二つの大きな仕事があった。今年はそれを上回る質と量の仕事が目標だ。
とりあえず今は丹後湯新作と、新ユニットCDに全力投球。
あと、いさわしとも話したのだが、初夏にかけては、延び延びになっていた「たんさいぼうクリスマスライブ」も行うのであった。
頑張る丹後湯。でも半分は遊び(笑)。

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2010.02.05
取材3。
丸ビルのバカ女の報告をしようではないか。
丸ビルの某階でインタビューを終えたオレは、エレベーターに乗り込んだのである。中は満員。ガイジンもいた。
頭を一つ下げてオレはこのエレベータに乗り込んだのだが、すぐに停まり、半数ほどがそのフロアで降りた。
と、その時、降りた半数と残った半数が、どうやら客と取引先だったらしく「このまま会議を続けましょうか」「また改めますか」「SeeYou」などとエレベータを開けたまま、ドアをはさんでやりとりした。
オレはというと、中の人が降りやすいように一旦外に押し出され、ドアの外でそのやりとりを聞きながら割って入るタイミングを見ていたのだ。そのオレの隣にいたのが、問題のバカ女である。
エレベーター内外でのやりとりはけっこう続き、なかなか割ってはいるタイミングがつかめなかったのだが、あろうことかあるまいことか、オレをほったらかしにしてエレベーターが閉まってしまったのである。手を差し出したが、間一髪間に合わなかった。
そこに至ってようやく挨拶を繰り返していた連中がオレの存在に気がついたようで「ありゃりゃ、申し訳ありません」と頭を下げてきたのである。その時、隣に立っていたバカ女が、オレの顔をものすごい表情でにらんだのであった。「あんたがトロトロしてるからドアが閉まったじゃねえかよ」という顔で。
なななな、なんだ、このバカ女は。
オレはびっくりしてしまった。こういう女が、電車で痴漢えん罪を生むのだろうな。てめなんざ、とっととリストラされてしまえってんだ、このバカ女。
それにしても問題は他者の存在を忘れて自分らの都合ばかり考えてエレベータをあけっぱなしにしていた連中である。
聞いた噂では、こういうことをするのは某階にテナントとして入っている某金融機関の連中らしい。
この某金融機関の連中のエレベーターでのマナーはひどくて、丸ビル中で顔をしかめられているそうだ。
あろうことか連中は、社内書類をむき出しにしてエレベーターに乗り込んでくるので内容丸見えらしい。さらには、M&A案件など実名をあげながら「あの某社長は堅いなあ」などと大声で話すのだそうだ。
金融機関の人間とは思えない立ち振る舞いに、丸ビル中の人間が呆れているという。なんという金融機関か、名前は出さないが調べればすぐわかるわな。
この金融機関と取引している皆さんは、自分にまつわるうわさ話が丸ビルのエレベーター内で大声で交わされていると思ったほうがいいようだ。

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2010.02.04
レコーディング。
本日は学研「ピコロ」7月号のレコーディングである。2曲。どちらもオレのアレンジだ。
作者はかづとくんと、こーいちくん。エンジニアはいつもの職人・イイジマ氏。
スタジオ仕事はとても楽しいのであった。
打ち上げ後、タカスギさんと新宿三丁目駅を走って、最終に飛び乗って帰ってきた。

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2010.02.03
取材1、原稿。
季節を分けるから節分。この日が冬と春の境目だ。
4日は立春である。ところがオホーツクでは流氷の最盛期であり、長野オリンピックが2月に開催されたことでもわかるように、実はこの頃が最も冬の底だ。
朝から凍えるように冷える。とても春が目の前の、季節の分け目とは思えない。
しかし「寒い寒い」という言葉さえはしゃぎ声に変えて、子供たちは元気よく飛び出していく。庭に出しっぱなしのキャンプチェアには氷が張っており、それを割ったカケラを手に娘は「先生にみせるんだ」と大喜びである。
その娘が工作で持ち帰ってきた鬼のお面をオレがかぶり、今年も豆まきだ。
隣の畑に向かい、なーに、1年に一回だ、かまうもんか、明日になれば鳥が全部食べてしまうだろうと、遠慮なく豆を投げさせる。
雪の残る、しんとした夜の練馬の畑に響く、息子と娘の大きな「鬼は外〜、福は内〜」。
間もなく春。息子の生まれた季節がやってきて、娘は小学生になる。

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2010.02.02
原稿、編曲。
いつもの魚せいでカウンターに座って日刊ゲンダイを読んでいたら、最終面トップに「貴乃花の当選はやらせだ」という記事が載っていた。仰天した。
「放っとけば貴乃花は勝手に落選するのは目に見えているが、それだと世間がまたうるさいなあ。ごっちゃんです。こうなったらいっそ当選させてしまうか。理事になってもどうせ孤立するんだし、閑職に就けて飼い殺しにすりゃいいわな。ごっちゃんです」というような話が裏でなされ、仕掛けられたというのだ。
なるほど、ありそうな話だなあ。
造反者が自ら名乗り出て退職したというが、これも仕掛けに乗せられていんちき投票をしたことに我慢ができず、談合体質に見切りをつけて退職したということだったりして。
そのようなことをつらつらと考えながら、カウンターで刺身を食いつつ日本酒を飲んでいた。テーブルには初めて来たという男二人組。
魚せいのオヤジは単純というか天然というか、ほめられると後先考えずに嬉しくなっちゃうタイプなので、この二人組が「刺身が旨いなあ」「焼き魚も旨いなあ」と言うたびに、大喜びで話にまじり、いかにいい魚を仕入れているか、他の店とどこがどう違うかを盛んに自慢する。
オレなんかは、まーた始まったと思って右から左だが、新顔二人がいちいちそれに反応すると、オヤジはどんどん嬉しくなっちゃって「これ食え」「これも飲め」と、焼き魚や飲み物などをどんどんタダで出してくるのである。
まったく単純で、わかりやすすぎる。
そう呆れるオレも、最初に来た日には、帰りになんとイカのゲソを大量に、しかもナマでもらって帰ったのだった。まったくおかしな店である。
おそらく涼太やかづとあたりを連れて行って、若さに任せて大食いさせて「旨い旨い」を連発させたら、オヤジはどんど舞いあがって大変なことになるのではないか。ちょっと見てみたい気もする。
ところで日刊ゲンダイに続いて読んだSPA!では、コータリが外国人参政権について鋭く迫っていた。オレもこれには徹底して反対である。参政権は国民の最も基本的な権利であるから、国民以外に参政権を持たせるのはどうしたっておかしいだろう。
どうしても参政権が欲しいなら、帰化の道があるのだから、きちんと帰化すればいいだけの話ではないか。アホでもわかる理屈だ。
それなのに民主党は、マニュフェストにも書いてなかったこんな案を「公約です」といって強行しようとしているらしい。その狙いについて、コータリは、要は中国人と指摘する。これから移住する中国人がどんどん増えていって参政権を持てば、重要な法案も好き勝手にひっくり返すことができる。それこそが中国好きの小沢の狙いであると。
こういう難しくて危ういネタをどうして巻頭コラムの勝谷誠彦は取り上げないのかなあと不思議に思っていたら、ネットに「小沢が講演会に呼んだ有名人とその謝礼リスト」というものが流出し、見たらばそこには勝谷50万円と明記されてあったのだ。
うーむ、講演で50万は高すぎるギャラだな。その見返りに都合の悪いことは黙っているということか? どうもわかりやすすぎるなあ。それに同じリストに"くたらま"の名前があって、やはり50万円。
えーと、あの漫画家に50万を払う価値も、それに見合う思考も発言力も影響力もないとは思うのだがなあ。よくわからんリストだ。
よくわからないといえば、東海道新幹線のパンタグラフの事故もよくわからない。
長年、その現場を取材してきたオレとしては、とても考えられないケースなのだ。ただし、と思うのだが、ここ最近、現場力が落ちてきたという発言は取材時にしばし耳にするようになったのである。
大量採用で質が薄まったか、例の「ゆとり世代」の影響か。ちょっと気になるなあ。
この件については朝日新聞が、JR他社の発言として「リニアや海外展開にうつつを抜かして、足元の新幹線がおろそかになったのでは」という揶揄する言葉を掲載していた。
おろ、なんだ、これ。
東か? エキナカやマンションなど、流通や不動産に力を入れている会社が、他社に向けて「本業がおろそかだ」と発言するのは変だよなあ。
では西かというと、そもそも西が安全管理に関して発言できるような立場でもなく。
うーむ、おかしいなあ、この発言。本当にあったのかなあ。
記者が朝日らしい底意地の悪さで「やっぱ他のことにうつつ抜かしてますからねえ」と東の幹部あたりに振ったら「んー、まあねえ…」というどうでもいい相づちが返ってきたので、それを拡大しただけではないのか。
はい、邪推です、オレ。すんません、無責任に書きました。
謝りつつ、その天罰か、今までやってきた某社の社内報が休刊になるというメールを受けて、一気に落ち込む。T社ではない。H社である。
これは、けっこう大事にしていた仕事だったのだがなあ。金額はともかく、もともと気になる企業としてウォッチしていた会社を深く知ることができ(実際、経営幹部とのインタビューも多かった)、オレの仕事に対しても「速くて、うまくて、ちゃんとインタビューもできる」と高く評価してもらっていたのだ。要は相思相愛の仕事で、窓口の広報との連携もだんだんよくなってきたし、これから時間をかけてじっくり育てていこうと考えていたのだった。
非常に残念。マジでショックを受ける。
休刊ならばしょうがないが。
それにフリーにとってこういう定期ものの仕事を失うのは、けっこう痛手だ。その意味でも頭が痛い。困ったものである。ちっともよくならない。
そんな中、飛び込んできたのが、ジャック・ブリスコの訃報だ。また、プロレス関係の死亡記事である。
ジャック・ブリスコは、70年代に活躍したレスラーで、馬場とも猪木とも闘った。NWA系の正統派レスラーであった。
基本的には非常に地味で、端正なレスラーという印象だった。今でも記憶に残っているのが、あれは猪木との確かNWF戦だったと思うが、きちんと正統派のレスリングを淡々と続け、ということは打撃もない、投げと締めだけの面白みのない試合だったが、フィニッシュはトップロープからの猪木の回転エビ固めという、実に不思議な終わり方だったのだ。
猪木の強さが光ったというよりは、ブリスコのいぶし銀のうまさが印象に残ったという、そんな試合だった。
晩年は自動車工場経営して、地味に暮らしていたらしい。幸せだったのか、不幸な晩年だったのか、わからない。また一人思い出のレスラーが消えてしまった。寂しい話である。

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2010.02.01
原稿。
未明にまたもや胃痛に吐き気。またノロかよ〜。
今度はこらえて吐かない。でも、飯はろくに食えなかった。
それでも書かねばならぬ原稿が待っている。
日中、次第に頭痛と関節の痛みも襲ってきて、ははあ、こりゃあ風邪だなと素人判断。ちょっとした風邪程度なら、医者に薬をもらうよりもユンケルのほうが効く。
葛根湯とユンケルを飲んで気合一発、再び原稿なのだった。
途中、歯医者へ。定期検診だが、だいぶ知覚過敏が進んだようで、「ここ痛い?」と叩かれて、うぎゃっと声をあげる。
夕方、貴乃花が理事選に当選したというニュースで、ちょっとびっくり。へえ、やるじゃん。
投票方式が改革されて、立会人が投票箱から離れて見守るようになったというのは、いったいどういう改革じゃと大笑い。
なんでも、これまでは立会人が投票所のすぐ近くに立って監視し、一人ひとり、投票用紙に誰の名前を書いたか、監視していたらしい。すげえ選挙だ。アフガンとか、あのあたりみたいだな。
そんな中東な選挙を改めたとともに今回はマスコミにも公開ということになって、大勢のカメラが並ぶ中、どうにもインチキはできなくなってしまったわけだ。案外、このあたりが貴乃花の勝因だったかもな。
それにしても、立会人を投票箱から離したり、カメラを入れて公開したりと、このあたりの仕掛は誰がやったんだろう。貴乃花自身が裏でやったのなら、なかなかの作詞だ、いや、佐久市だ、いや、策士だ。だめだなGoogle日本語。やっぱアホトクにするか。でもバージョンアップ、高いし。
その投票の様子を伝えるニュースを見ていて、何かに似ているなあと思ったら、思い出した、事業仕分けの雰囲気だった。なんだ、民主が裏で動いているのか? んなわけないか。
そんなことを考えつつ、痛い腹を抱えながら、寝たのだった。

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2010.01.31
本日は朝から豊島園でスケートである。
豊島園のスケートリンクは、最近のヒットなのだ。近場でこういう手頃なスケート場があると、とても助かる。
子供たちも大好きで、「冬の間にもう一度行きたい」とせがまれていたのだった。
豊島園、相変わらず、ゆるい。
片隅にぽつんとなぜだかスーパーマリオの電気自動車。
もうさすがに我が家の子供たちはこういうものでは喜ばなくなって、「のりたいのりたい」とせがむこともなくなった。わははは、なんだこれ〜と笑って写真撮って終わり。
スケート場は一番乗り。興奮したオレは、子供を差し置いて真っ先に氷の上に飛び出して、わははは、オレが一番だ、どうだ、と子供を悔しがらせたのだった。
時間と共にスケートリンクは混んでくる。中で目を引いたのが、あるカップル。朝早くから二人でずっと手をつないで滑っていて、昼にはなんと弁当を広げて一緒に食べ、午後にはそのまままた二人で手をつないで滑っているのだ。
よくわかにんが、スケート場でのデートって、朝から晩まで弁当持参でやるようなものなのか? 適当に2、3時間滑ってあとは映画でも観るんじゃないのか?
まあ、いいか、余計なお世話だな。
息子は、ずーっと地道にそろりそろりと基本を練習している。決して無理はしない。転ばないための練習を重ねているようで、もっとスピード出せよと言っても「ううん、これでいい」と黙々と練習するのだった。
一方の娘は、できるかできないかに関係なく、とにかく形から入るタイプで、滑れもしないのにスピードを上げてすっころぶ。いったい誰に似たんだ。オレか。
オレも形から入るよなあ。
昔、車を買った時を思い出したけれど、あの時はマンションの裏に駐車場があいたというのを知って、即座に不動産屋に飛び込んで駐車場を契約。その後に車を探したのだった。
不動産屋で契約の際に「車は何ですか」と聞かれて「もってないよ、そんなもん」と答えてずっこけさせたのはオレである。
その足でオレは地元のフォルクスワーゲンに行き、これちょうだいとゴルフを買ったのだった。
後先考えずというか、とりあえず走ってみるというか。こういうところがオレに似ているのだとしたら、娘、ちと心配である。
ところで豊島園では、時々、コスプレ大会というものをやっている。
なぜだか知らないが、アニメのいろんな格好をした連中が集まってきては、てんでにいろんな衣装で闊歩し、写真を撮っているのだ。初めて見たときは、いったい何なんだと呆れたものだったが、こう何度も遭遇すると慣れてきてしまって、今では何とも思わなくなった。
まあ、別に悪いことをしているわけじゃないし、威圧的な態度を取るわけでもないし、好きなことができて楽しそうだね、と思う程度である。
以前、親分がこれを見て「オレもやりたいなあ」と言ってたが、もし親分がラムちゃんの格好で歩いていたら、さぞかし見物であろう。
屋外の屋台の近くで、両津勘吉がラーメンを食っているのを発見。早速、息子を連れて行って記念撮影だ。
人に見られて喜んでいる連中だから、写真を撮ってあげるともっと喜ぶのだった。
しかし、このおっさん、なんでよによって両津のコスプレなのだろう。そんなに好きなのかなあ。
写真には写っていないが、足元はこの寒いのに木のサンダルである。立派だ。
まあ、全体にちょっと無理感の漂っているあたりが、なんとももの悲しくていい味なのだが。 2時ごろまでスケートをしつつ、豊島園で過ごす。偶然、幼稚園の友だち一家とも遭遇。まあ、地元だからな。
豊島園では身長が110センチを越えると、いろんな乗り物に一人で乗れるようになり、一気に楽しさが広がる。息子はもう勝手に絶叫マシン系に一人で乗りまくっては、叫んでいる。
娘というと、残念ながらあと1センチ足りなくて、いつも係員に「そこをなんとか」と粘るのだが、駄目なのであった。
この春休みが終わる頃には110センチの壁もクリアーしているかなあ。
そうなったら家族4人、一切無料で遊べる年間パスポートを買おうかと思っているのだった。子ども手当も出るし(笑)。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.01.30
石神井公園駅が大改築中である。開かずの踏切解消のために、線路を高架にするのだ。
実際、ひどいからな、あの渋滞は。踏切一つ抜けるのに30分もかかってるんじゃ、話にならない。
駅は完全に新しくなり、工事は順調。間もなく上りのホームが開業となるのを前に、本日は見学会が開かれたのだった。
見学会といっても、もうちょっとしたら普通に使うことになる駅の何を見学させようというのかと思ったが、どうやら線路に降りたりできるらしい。それが鉄ちゃんはもちろんのこと、一般の人々のココロも激しく刺激したのか、なぜだかたいへんな人気となったのだ。
10時の開始時点で既に長蛇の列。地元民だけでなく、各地から続々と物好きが集まってきて、こんな時に便利なのがツイッターで、ちょっと検索したら「1時間待ちなう」「いやいや、2時間待ちなう」「今から並んでも見られないなう」と、なうの嵐。
そんな様子をリアルタイムでキャッチしながら、ヨメは子供を連れて見学に行ったのであった。
結果、ご覧の写真のように無事に線路に降りることができたそうである。
ただ、行列は2時間待ちということはなかったが、さすがにたっぷりあって、順番待ちをしている間に息子は買ったばかりのドラえもんを一冊読んでしまったそうだ。
さて、そんなふうに妻子が石神井公園駅の線路の上ではしゃぎ、ホームの下にもぐって「そうか、線に落ちたらこうやってにげるんだ」と学習している時、オレは何をしていたかというと、レコーディングなのであった。
本日は、オレの新しいCDの歌入れで、歌手は午前がだてポン、午後がブンノくんと親分である。
だてポンは、以前録ったボーカルが気に入らないということで、再録。今日は時間に余裕があったので、ミックスまで立ち会ってもらった。
午後のブンノくんは、新曲2曲をお願い。いやあ、これが素晴らしいボーカルでねえ。一つがロックンロール、一つがバラード。前者は素晴らしい疾走感で、後者は絶妙のウィスパーなのであった。
いつも思うのだが、ブンノくん、ご覧のような優男ふうなのに、ロックを歌わせたら一転して激しくロケンロールするのだ。多感な高校時代をアメリカで過ごし、80年代ロックの洗礼を全身で浴びてきただけに、根底には疾走のロック魂が宿っているのであった。
対してバラードは、こりゃまたびっくりのウィスパー系。聴いたら泣くぞ。ふふふ。
そしてもう一人、親分は以前録って気に入らなかったやつの再録と、新曲が一つ。
ブンノくんの録音中、この人はオレんちの茶の間にごろんと横たわって勝手にテレビを眺め、それどろこか勝手に宅急便の受け取りまでしてくれちゃうのだった。
何か音がするなあと思ったら親分「あ、宅急便来たから受け取ってといたよ」と、脱力ものである。
それはともかく、親分も抜群のボーカルを披露してくれたのである。この人の場合は、2、3回歌うと「あとは適当に直しておいて」と立ち去るので、とにかく録音が速く済むのであった。
そんなわけで、新作CDのレコーディングはほぼ終了。あとは童謡歌手・いさわしの一曲を残すのみ。現在、日程調整中である。
おそらく2月中には新しいCDをリリースできるであろう。諸氏よ、待たれい。
今回はジャケット写真に、吉江写真館を起用だ。いい写真が届いているぞ。
春一番とともにオレの音が全国へと飛んでいくのだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.01.29
原稿。
晩飯後、朝日新聞の夕刊をながめる。
メキシコのギターデュオ、ロドリーゴ・イ・ガブリエーラの来日レポートが出ていた。誰じゃ、それ。
早速、寝転びながら手元のアンドロイド携帯を取り出し、YouTubeで検索。まったく便利な世の中になったものじゃ。
すぐに発見。右目で夕刊を読みつつ、左目でYouTubeを見る。ほんと、いい世の中じゃ。
なんだなんだ、このギターデュオ、すごいわ。一人がボディーをパーカッションのように叩き続け、もう一人が速弾きだ。ほとんど冗談のような組み合わせで、ある時遊びながら「こんなこと、できねえっぺ?」「やってみるっぺ」と茨城弁で相談しながらやってみたら「いぐねー、いぐねー」と山形弁で盛りあがってしまったかのような、そんなデュオだ。
いやあ、いいチームだねえ。
これでCDを買えばシームレスに完璧なのだが、とりあえずYouTubeで見たからもういいや。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「FRIDAY」最近、流れているコマーシャルが、おにゃんこクラブ復活のやつ。うわっ、時の流れというものは、と驚いたのだが、フロントに立っている一人が誰だかわからず、FRIDAYを買って記事を読んでみたら、なんと新田恵理だった。腰を抜かすほど驚いた。一番のお気に入りだった新田恵理が、ぱっと見、誰だかわからないようなおばちゃんになってしまってる。そのヘアースタイルは、被っているのか? 初めて見たとき、噴きそうになってしまった。この問題は後日また追求しなくてはならない。


2010.01.28
打ち合わせ1、原稿。
どうも新型インフルエンザが再び暴れ出したらしい。
きれい好きと安全は、日本の国技であるのだ。新型インフルエンザがはやりだした春先、水際作戦として空港にマスク姿があふれたのを見てガイジンども「オー、クレージーねー」と笑ったが、ぬかしやがれ、鬼畜米英め、清潔好きは日本人の美徳なのじゃ、たわけ、と思ったものだった。
秋口からの大流行を最小限に抑えられたのも、きちんと言われたとおりにうがい、手洗いする日本人のお行儀のよさの賜である。
だが、敵も然る者、この場合の敵とはインフルエンザであるが、沈静化したかに思えたのに、ここにきて再びあちこちで患者が発生している。
一度沈静化した後に復活したウィルスは、何かの耐性を身につけていたりと、凶暴化している恐れがあるという。十分に気をつけねばならぬのだ。鬼畜米英どもに笑われてなるものか。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「どれくらいの愛情」白石一文・文春文庫。祝・直木賞なのだ。この人の小節は以前から何作か読んできた。恋愛小説ばっか。ストーリーは平凡で、たぶんこうなるだろうなあと思った通りに進んでいくのだが、文体や描写がうまくて、なかなか読ませる。徹底的に描き混まれたディテールは、スティーヴン・キングのようだ。ただ、よく言われるように主人公が一流企業に勤める美男美女が多く、それゆえではないかもしれないけれど、いわゆる昼メロを見ているような脱力感に襲われるのであった。それでも飽きもせずに読ませるのは、さすがの筆力ということか。


2010.01.27
取材1。
西武が銀座を徹底するなど百貨店はボロボロ、コンビニも消耗戦に突入でへろへろ。小売業は疲弊しきっているというのに、駅ビルのルミネは元気である。
仕事をしているから言うわけではないが、顧客志向という点ではさすがである。コマちゃんの大好きなルミネメイト、要は案内嬢も非常にレベルが高いぞ。
そのルミネが、とうとう池袋進出を決めた。日経に出ていた。
メトロポリタンプラザをやめちゃってルミネに模様替えである。ほほう、その手があったか。
池袋にも店を出してくれえと言い続けたオレ様の声が届いたのだろう。きっと。
ルミネの何がうれしいって、ルミネカード5%が、店内の書店にも使えることである。しかもスイカと連携して、ポイント的にも有利なのである。
さらに、コマちゃんによれば、カードを作るときに大好きなルミネメイトのお姉さんとおしゃべりもできちゃうというのである。
オープンは4月だそうだ。
早速娘の入学祝いにオレのネクタイを買うために、訪れてみようかと思うのであった。なぜオレのネクタイなのだ。
ただ、懸念されるのは池袋という土地にルミネのブランドが負けてしまうのではないかということである。大宮や北千住で鍛えられているから大丈夫かとは思うが、池袋に店を出すと、埼玉方面からDQNが大挙して押し寄せて一気に下品なマルキューと化するのは容易に想像できるのではないか。
ここに加えてヤマダ電機略してダ電や、ビックばカメラでおなじみの、開店前の中国人行列も懸念される。中国人が開店と同時に押し寄せるルミネって(笑)。
などと多々、懸念されるところはあるのだが、ちょっと楽しみなオレであった。
というような心配を抱きつつ、本日向かったのは、茨城は鹿島であった。サッカーを見に行ったんじゃないよ、仕事だよ。
同行のタニグチ氏を練馬でピックアップ。二日酔いで酒臭いこのおっさんを乗せて、一路、鹿島へと向かったわけだ。
あれですな、東関東自動車道の終点、潮来インター手前になると突然開ける荒涼とした北関東の平野の風景は、ひゅるるると乾いた風が吹きすさぶ、なかなかに心揺さぶられる風景ですな。オレは嫌いではない。
アントラーズの選手たちは、浦和の連中と殺伐とした試合を終えてバスで帰ってくると、高速でこの光景を見て「やあーっと帰ってきたんだべ。やっぱり茨城がいいっぺよ」と、心落ち着けるのではないか。
無口な小笠原も、このときだけはニヤッと笑うのであった。
しかし、鹿島のあたりも荒れていますな。というか、乾いていますなあ。
店がない。昼飯食おうと思っても、店がない。
あるのはフィリピンパブだけ。ようやく定食屋らしきものがあったと思ったら、ランチタイムなのに店が開いていない。困ったものである。
仕方なく国道に戻ってようやく地元資本の名もなきファミレリスを発見して事なきを得たのであるが、まさかこのような地でランチ難民になるとは予想もしなかった。
1月後半の冷たい風が渡る荒涼とした大地を眺めながら仕事を片付けて、一路、帰る。
そういや土産も買わなかったなと思い出し、高速の売店でいくつか買い込む。
その中の一つが、乾燥納豆。なんじゃこれ。
要は納豆を乾燥させて、そのままお菓子のように食べるというものらしい。ピーナツたいなものかなあ。家で焼酎を飲むときのつまみにいいかもしんねえべな、と茨城弁でつぶやき、一つ買ってみた。
ところがこれが、家に帰って一粒食ってみたらば、ぺっぺっ、ぺえーっ、とてもまともに食えるようなシロモノではなくて、残り全部、袋ごと直ちに捨てろとヨメに言いつける始末。ああ、びっくりした、あんなにマズイものとは思わなかった。
手だけがやたらと納豆臭くなってかなわないし。
茨城は、いくら納豆しかないからと言っても、あんなものをつくってはいけないのである。

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2010.01.26
取材2。
誕生日である。誰のって、オレのである。
ふと思いついて10年前の同じ日の日記を確かめたら「誕生日である。誰のって、おれのである。」とまったく同じことを書いていた。
もしやと思って9年前の日記も見てみたら「本日は誕生日である。誰のって、俺のである。」と、やはり同じことを書いていた。
あまりの情けなさに、それ以降は確かめるのをやめてしまった。
というわけで、ともかく誕生日である。52歳である。
年少より年中、年中より年長と、年が上であるほどいいことだという価値観を刷り込まれているから、子供らは単純にお父さんが1つ年を取ったのが、一つ偉くなったようで嬉しいらしい。
娘からはパンツとネクタイをプレゼントされる。息子からは、手作りの戦車をもらう予定だったが間に合わず、完成したらもらうことにする。
ハッピーバースデーを歌った後、子供とヨメが協力してつくってくれたケーキのローソクを吹いて消し、ささやかなお祝いの晩ご飯。
毎年だが、オレの誕生日が過ぎると節分は間もなくで、もうじき春。
冬が終わるのだった。

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2010.01.25
打ち合わせ1、原稿。
某カメラマン氏より電話。
別に深刻なものではないが、ちょっとした相談事だった。
今は別に事務所兼スタジオを持っているのだけれど、そこを引き払って自宅で仕事をしようかと思うのだがどうだろう、タンゴちゃんもかつては事務所持ちだったのが自宅に引っ込んだし、という話である。
確かにカメラマンは、自分でちょっとしたスタジオも持っていてナンボというところもある。いや、あった。
業界的にも、スタジオも持ってないカメラマンじゃあなあ、という空気もある。いや、あった。
しかし最近では、スタジオを持っていて、ペイするカメラマンなど、ごくわずかではないか。件のカメラマン氏も、スタジオを使う仕事は激減という。
この点、昔は紙と鉛筆、今はPCと携帯さえあれば大丈夫なライターとは、カメラマンは事情が違う。機材の負担は大変なものだ。
ただ、今やもうスタジオ云々ということはないだろう。実際、スタジオもたくさん潰れているし。
それに身軽になることは、この時代、大切なことだと思う。自宅を拠点にしてしっかり活躍しているカメラマンも、オレはたくさん知っている。
というわけで、大丈夫だよ、心配いらないよ、と答えておいた。
と言いつつ、オレだって人のことばかり心配しているわけにはいかないんだがなあ。今年はちょっとはよくなるかと思ったが、まだその気配は見えない。困ったものである。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経エレクトロニクス」


2010.01.24
一度だけ、国技館の枡席で相撲を見たことがある。小錦の現役末期の頃、確か席に余りが出たとか何かで、お誘いがかかったのだった。
いろいろと驚いたことがあった。
4人が膝を畳んで、囲われた狭い間に座って観戦するのであるが、夫婦だけの2人とか、5人家族とかの場合は、どうなるんだろうな。
その狭い間に座ると、どうしてだか知らないが、弁当やらビールやら酒やらが、次から次へと勝手に運ばれてくるのだ。頼みもしないのに、これには目をまんまる。その都度、カネを払っている様子もない。
しかも、今は知らないが、枡席はタバコも吸い放題。ちゃんと灰皿まで届けてくれる。
これら諸々を持ってくるのが、ウェイターじゃなくてへんな格好の小僧さん。
見たら、席に着いた最初に、こっちのボスが小僧さんの手に数千円を握らせていた。
聞いたら、チップのようなものだと言う。
最初にこれを握らせておけば、あとはこちらが気分よく過ごせるよう、小僧さんがいろいろと世話を焼いてくれるのだそうだ。しかも飲み食いは全部タダ。お土産までついている。
とは言え、飲み食いの分も入れてのチケット代ということになっているのだろうが、そのチケットはどこで買ったのかというと、お茶屋というところからだそうだ。
なんなんだ、お茶屋って。お茶じゃなくてきっぷを売ってるのかよ。
国技館の下にそのお茶屋はあって、それぞれにいろなにヒモがついているそうだ。要は利権だな。しかも、紹介がないと買えないというか、素人では売ってもらえないという仕組みらしい。
いやあ、なんとも前近代的な。ちょっとびっくりしたのだった。
相撲協会っていうのは、企業として見たら、ものすごく財務基盤の強い優良企業だそうだ。儲かってしょうがないという。
前近代的な、えーと、要するにいい加減で適当な運営をしていて、どうせ税金だって適当なごっちゃん体質に決まっているから、そりゃあ儲かるだろうなあ。
それはそれで勝手にやっててくれてかまわんのだが、さすがに理事選挙に出た貴乃花へのバッシングはひどすぎるなあと思うぞ。
横綱時代の貴乃花を目の前で見たことがある。
仕事場の近所の小学校に土俵ができ、どういうコネを使ったのか、その校長が貴乃花を呼んできて土俵開きをやったのだ。
町内のじいさん、ばあさん連中が「貴乃花が来る」というので校門に集まっていて、オレも野次馬でそこに混じったのだが、やがてやってきた貴乃花は、車から降りると校門の前にすっくと立ったのだ。
笑うでもなく、頭を下げるでもなく、ただすっくと遠くの前を見て、立ったのである。そのままおよそ30秒。
写真を撮る人間もいたが、それよりも期せずして野次馬からどよめきと拍手が起きたのだった。
オレも思わず拍手していた。なぜか自然に拍手を送りたくなるような、そうか、これが横綱の風格というものかと納得。まさに、ちからびと。民衆が仰ぎ見る、神の遣いなのだ。
あれ以来、オレは相撲には興味はなくても貴乃花のファンであるが、それにしても現在の横綱は汚いというか、いやらしいというか。とても見る気になれず、早く帰ってしまえと思わずにはいられない。
そういや、貴乃花、エネファームのコマーシャルに出ているけど、あの風格の大横綱になんていうことをさせるんだと、オレは口をあんぐり。貴乃花もやるなよ、そんなこと、と思いつつ、やっぱり経営が厳しいのかねえ。
と、本日は珍しく相撲の話題。
相撲って神事だから、別にガチの勝負もあればガチでない勝負もあっていいと思うぞ。要は、形なのだと思う。
同じようにプロレスもガチでなくていい。エンターテイメントなのだから。その中に一瞬、ガチが見え隠れする、その虚実ないまぜになった緊張感がたまらないのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サイゾー」


2010.01.23
原稿。
今子供立ちの間で大人気なのが「NEWスーパーマリオブラザーズ」である。
息子も、ゲームをやっていいのは土日だけという制約の中、本日、ようやくボスキャラを倒すことができたのだった。
確かに見ているとよくできたゲームである。
しかも、普通に1人でプレーしているのを見てもかなりよくできていると思うのだが、売り物の2人プレイ、3人プレイとなると、一気にまったく違うゲームに変身するのだ。正直、これにはびっくり。
Wiiのゲームは、どれも非常にマンガチックというか、グラフィックなどはかなり手作り感たっぷりにデザインされている。これは、あえてそうしているのだろうと思う。
それに代わって力を入れているのが、みんなが集まってくるような仕掛けではないかという気がする。PSPを持たせると子供は1人の世界に入ってしまうが、Wiiがあると家族がテレビの前に集まってくるのだ。
なかなかたいしたものだなあと感心する。そりゃあ任天堂が勝つよなあ。
などと感心していたら、まったく見ず知らずの方からメールをいただいた。こういうことは今までに2度か3度あった。
メールを見たら、新潟出身で長野に住んでいる方で、仕事の関係で、時々、魚せいやたけしに行くのだという。ひょえーっ、こりゃびっくり。
これでは今度魚せいで会ったら、ビールでもおごらなければなりませんなあ。
まったくネットというのは面白いものである。
面白いといえばツイッターだが、知り合いでも何人かツイッターしてるのを発見。フォローしておいた。このメディアというか、ツールというのは、まだよくわからないが、いろんなや可能性を持っているような気がしている。
ツイッターにEvernoteを同期させるアイデアというのが流れていたけれど、これなどはまた新しい可能性を感じさせてくれる方法だ。
最近、仕事で原稿を書くとき、ポイントとなっているのは200文字だ。つまり若い連中を中心に携帯メールでのコミュニケーションが普通になり、一気に読める文字量は200字が適当というわけだ。
だから言いたいことは200字を目安にしましょう、ということなのだ。
それに加えてツイッターばやりとなると、140字で一つのことをきちんと伝えるというのが新たな基準となるかもしれない。たいへんではあるが、ライターとしては面白い時代だなあと思う。
一方でオレはこうやって冗長な日記を書いているのだから、タコだ。

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2010.01.22
取材2、原稿。
中国人と韓国人の留学生にインタビューする。日本語が堪能なので、インタビュー自体はさほど問題なく終了。
中国人も韓国人も、これまで何人もインタビューしたが、みな個人的にはとてもいいヤツばかり。日本のことをよく理解し、親しみを示してくれている。
ところが国家レベルになると、どうして中国・韓国というのは一気にイヤな国になるのだろうなあ。
何も21世紀の今になってもあんなに日本に敵意をむき出しにしなくてもいいと思うし、その一方で中国人が一番嫌いなのは日本人ではなくて韓国人というのは笑えるデータだし。
以前、話を聞いた韓国人は、祖国の連中のことを「だから駄目なんだ」と怒っていた。日韓ワールドカップで、日本人は共催仲間として韓国を応援していたのに、韓国人は日本の負けを願っていた、という話題の時だった。
視野狭窄で自分たちが世界で一番正しいと信じている国民であって、ワールドカップも自国のために開催されたと信じていたらしい。いろいろと鬱陶しい国である。
などと書くと、怒られるんだろうなあ。まあ、いいや。オレの日記にオレが何を書こうと、オレの勝手だし。長かろうと短かろうと。
帰りに池袋の西武デパートの物産展に寄ろうと思案。ところがツイッターを見たら、昨日が2万人で今日はその倍の来客ということだそうだ。会場では、ほとんど前に進めないらしい。うーむ、マジかよ。
あきらめて地下1階の惣菜売場、いわゆるデパ地下に立ち寄り、まい泉で一口カツを買って帰る。
まい泉は、原宿でカマタやいさわしと行ったなあ。銭湯がそのままトンカツ屋になっているのでびっくりしたものだった。
ここのカツサンドは、相変わらず抜群に旨い。

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2010.01.21
原稿。
ネット時代のフリー化の流れは凄まじいばかりで、オレはGoogleの日本語入力を試しに使っているのだが、これは仕事として使うインプットメソッドとして十分なレベルにあり、今まで10年以上も毎年律儀にバージョンアップしてきたアホトックについて、今回はとうとう見送ろうかという気分である。
毎年毎年、今回のバージョンアップはすごいとあおられ、口車に乗せられて数千円払ってきたものなあ。それで結局たいした進化はなかったしなあ。
時刻表検索も同じだ。
とりあえず今までの惰性もあって1万円近く払って駅ぱすーとのバージョンアップを続けてきたが、もはや時刻表検索など、金を払って使うサービスではなくなった。
特にアンドロイド用の駅探はすごいぞ。GPSと連動して近くの駅を見つけ出して場所を示してくれ、その上で目的の駅までの時間を示してくれる。これで無料なのだから、もはや駅ぱすーとにカネを払う意味など見出し難いだろう。
およそ15年も前に初めて駅ぱすーとを使ったときは、これは便利なものができた、長生きはするもんだとびっくりしたものだったがなあ。
それまでのオレは、地下鉄の路線とかに意外と詳しくて、デザイナーのコナガイさんなどは、出かける前にいつもオレに電話してきて「タンゴさん、これから淡路町ってところに行くんだけど、どうやっていったら一番早い?」などと聞いてきたものである。
話好きのコナガイさんだから、当然それだけれで終わるわけでなく、いろいろしゃべってしまって、そんな無駄話をしている間に向こうに着いちゃうだろうなんて笑ったこともよくあった。
こうしたフリー化の流れはもう止まらないだろうなあ。
ビジネスのアプリケーションも、オフィス関係は無料のスイートでいけちゃうし、PDF化だってネット上のフリーサービスでできちゃう。
ここまで来たら、ぼぢほちパソコン本体のフリー化も始まりそうだ。十分成立するとは思うのだが。
それはそうと、昨日、NTTコドモとソニエリが新しいアンドロイド携帯を発表した。記者会見の様子をツイッターでフォローしたのだが(おお、オレってすげえよね)、なかなかに魅力的な携帯らしく、欲しい欲しい、絶対欲しいと、飛行石を前にしたドーラ一家になってしまったのである。
発売は4月との見通し。
おいおい、マジか? 一番の需要期である新学期前を見逃すのかよ。いかにもどんくさいソニのやりそうなことである。
もっとも今のオレのアンドロイド携帯、2年契約というシバリがあるのだ。困ったものである。
まあ、どうせ84円で買った機種だ。違約金を払っても、本来の代金を払っただけと思えないこともないので、本当に魅力的な携帯だと思ったら即効で買い替えだ。
ごめんよ、光が丘のコドモショップ。
ところでソニと言えば、12チャンネル、デジタルでは7チャンネルか、そのテレビでのウォークマン物語はひどかったなあ。見ていて全身が痒くなってしまった。
酔っ払って見ていたので詳細は憶えていないけど。
というわけで、ノロとの戦いは、なんとか家で焼酎を飲める程度には回復した。とはいうものの、まだ飯はちゃんと食えなくて、本調子ではない。
今回のノロウィルスは強力だなあと思っていたが、洗面所で顔を洗いながら、ふと、待てよと手を止める。
ウィルスが強いのではなくて、オレが弱くなったのではないか?
今まで絶好調でぶっ飛ばしてきたが、さすがに50を過ぎたら体力も根性も下り坂ということか。考えてみたら、オレの父が今のオレの年齢の時には、オレは27,8歳。サラリーマンとしてへらへらと新宿の酔街を漂いながら、未来になんの展望も見いだせず、日々、悶々としていた頃である。
その頃の父親の年齢に今の自分があるのだから、そりゃあ、若いときと同じわけにはいかないわなあ。うーむ。
書きながら少し考え込んでしまった。やはりこれからは節制とか、自制とか、そういうことも必要になってくるのではないか。
今書きながら自制と気がついたけれど、この場合、自制か、自省か、どっちが正しいのだろうと思って、こういうとき、アホトックだとちゃんと使い分けの解説が出てくるのであった。だがGoogle日本語入力ではさすがにそこまではできない。
うーむ、こういう時はやはりアホトックが便利だなあ。文章を書いてカネをいただいている身としては、これはちょっとしたポイントではないだろうか。
もうすぐアホトックのバージョンアップ。数千円。
数千円なら仕事の投資として躊躇すべきではない額だ。いや、待て、来月は車検がある。いや、待て、春には子ども手当が始まる。
すべては子ども手当にかかっているのか、オレは。
というわけで、もう少し体をいたわっておとなしく過ごしましょう、オレ、という話であった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」「美味しんぼ」


2010.01.20
編曲。
日記が長いと、読む気が一気に失せるらしい。
iPodでオレの日記のチェックを始めたヨメがそう苦情を申し立ててきた。確かに同じようなクレームは随所で耳にする。長くて読む気がしない、と。
わはははは、たわけ。それが狙いじゃ。
もっともっと長く書いて、ちっとも読みたくなくなるようにしてやる。オザキぐらいのものだ、長いと暇つぶしになると喜んでいるのは。
そのようなことを述べつつ、スポーツ新聞を開けば、ああ、今朝もプロレス関係の訃報が。今度はレスラーではない。レフェリーの柴田勝久だ。
新日でミスター高橋とタイガー服部の間に挟まれた、影の薄いレフェリーだった。それでも確かに一時代、マットを支えたレフェリーだった。
息子は格闘家として独り立ちしているし、それはたぶんプロレスに生きた人間として最高に嬉しくて誇りだっただろうなあ。その意味もあって、不遇な晩年というわけではなかったのではないかと思う。
そしてもう一人、こちらは訃報ではなくて引退だ。
ミラノ・コレクションAT。
目の故障で、もうこれが限界ということで現役レスラーを引退である。
ミラノはとにかく格好よかった。ドラゲー時代、人間とは思えないような複雑怪奇な技を超スピードで繰り出し、さらにはキャラづくりがうまくてヒールっぷりは板につき、その上、試合後のマイクパフォーマンスもたいしたものだった。
時代が時代なら、それこそタイガーマスクの時代なら、国民的なヒールになれた男だ。しかも嫌われるヒールではなくて、憧れられるヒールに。
新日本に移ってからも着実に活躍していたようで、フロント入りを要請されているという。
今ビデオを見てもすごいぞ、ドラゲー時代の3way。30分間、うわっ、ひゃっ、すげーっとしか言いようがない試合だ。これからの人生の栄光を祈る。ミラノ。
同じ日のスポーツ新聞の話題としては、Xジャパンのアゴが、マインドセミナー団体幹部と喧嘩別れという記事が載っていた。大笑いである。
実はこのマインドセミナー団体幹部には大昔、一度インタビューしたことがある。その時から、この男は確信犯としていんちきセミナーをやっているとはっきりしていた。一度会っただけのオレでもすぐに見破ったというのに、こりゃあ騙されたほうが間抜けだな。
ちなみにその時、営業担当として一緒にインタビューに立ち会ったのが、現在の某プロ野球球団の社長。今振り返ると、これもなんだか笑える話である。
ところで話題はガラリと変わるのだが、例のエコポイント、ちっともわけがわかりませんなあ。
領収証やら何やらの控えを貼りつけて郵送で申し込まなくてはならないらしいが、その書類の煩雑なことといったら、ぱっと見ただけで一気に申し込む気が失せるぐらいなのだ。
はっ、これってまるでオレの日記みたいではないか(笑)。
要するにオレの日記と同じで、見ただけでやる気をなくさせ、身を引くように仕向ける仕掛けなのだろう。なかなかやるなあ、総務庁。あれ、総務庁でいいんだっけ?
こんな面倒なら、いっそ店に手続きやらせてその分、値引きしてもらったほうがなんぼかよかろうに。はいはい、わかってます、景気対策ですから、しょうがないんです。要は財の再分配だものなあ。
などとぶつぶつ言いつつ、オレのノロとの闘いはまだ終わらない。
今日も一日、ほとんど飯を食えず。朝晩、メシ抜き。だって食欲ないんだもん。お腹痛いんだもん。
おかげで体力なくてふらふら。ついでにお腹もへこんできて、こりゃあちょうどいいダイエットだと喜んでいる次第である。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「あの素晴らしい曲をもう一度」富澤一誠・新潮新書。フォークに始まり、現在のJ-popまでを追いかけたクロニクル。まあ、週刊誌をながめるようなものです。


2010.01.19
編曲。
昨日、コマちゃんのことを書いたら、早速「あんまり婚活中って言いふらさないでくださいよ」と抗議のメールが来た。すまんすまん、ついキーボードが滑って。
そのコマちゃん、オレの体調がよくないということで「大丈夫ですか」と案じるメールも送ってくれた。
優しい男である。その優しさがあれば、婚活もすぐに終わるであろうぞよ。
コマちゃんの優しさに涙しつつ、オレは行きつけのクリニックに向かった。主治医は診察するなり「ノロだね」。
案の定、ノロウィルスであったか。くくくく、悔しい。
いったいどこでもらったのだろう。ともかく子どもに移さないようにしなければ。
もう手遅れか。
ともかくタオルをオレ専用のを用意し、寝るのは別の部屋。しばらくは家庭内えんがちょ状態なのである。
ところでふと思ったけれど、ツイッターやってる人ってどれぐらいいるのかな。オレの周囲では一人もいないが。
この春にかけて大爆発とのことであるが、あのセカンドライフ(笑)のように一気に消えてしまうという説もある。ちょっと見物だな。
話は戻ってノロであるけれど、実は本日、編集ミヤケ氏、写真タカハシ氏と忘年会の予定だった。場所は浅草。ジャズのライブハウスで、ご機嫌なスイングでも聴きながら存分に飲もうという企画だったのである。
しかし、当然それもパス。くっそー、行きたかったなあ。
気持ちのいいスイングを聴きながらバーボンを飲んで夜の浅草を歩きたかったぞ。うーむ、残念。
いつかリベンジしなければ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」「美味しんぼ」


2010.01.18
打ち合わせ1。
一昨日、息子が姫路城のプラモデルを選んだということを書いたら、けっこうな反響を呼んでしまったようで、あちこちからご連絡をいただいた。その数、なんと2つ。
一つは、見栄の、違う、三重の遊び歌作家・イラストレーターの浦中くんである。電話で「ひひひひ、姫路城かよ、と言ったタンゴさんの気持ちがよくわかりますよ、しっぶー」と感心していた。
浦中くんのイラストは独特の味わいがあってなかなかに面白いので、広告業界関係者はチェックの上、ぜひ仕事を発注するように。
浦中くんによれば、三重や和歌山あたりでは一粒5000円という梅干しが売られているそうだ。一壺ではない、一粒である。
ゴディバのチョコレートなんかよりよっぽど高級ではないか。バレンタインには三重の梅干しを贈ろう。そんなキャンペーンを仕掛けたら、一発花火とはいえ、かなり盛りあがるのではないか。三重。
はい、他人事ですから無責任に書いてます。
もう一人、感想を寄せてくれたのが婚活中のコマちゃんである。久しぶりだな、コマちゃん。
コマちゃんは静岡の出身だが、静岡っていうのはプラモデル王国なのだそうだ。なんとも地味な王国だが。
そんなプラモデル王国の県民としては、お城のプラモデルを選ぶ小学生がいるということにいたく感心したらしく、ぜひプラモデル王国の再建に力を貸して欲しいとのことであった。
迷惑な話であるので、たちどころにお断りする。そんな心配より、コマちゃんは自分の婚活の心配をすべきではないか。これを見ている男ウッチーも、タニちゃんも、みんな同じ意見だぞ。
そんな話題は横へ放っておき、実はこっそりと白状しなくてはならないことがある。
あれほどにApple嫌い、iPhone嫌いを広言していたにも関わらず、実はその裏側でこっそりとiPod Touchを買ってしまったのである。いわゆる電話のついていないiPhoneだな。
いや、別に欲しかったのではない。
ただ、セゾンカードのポイントがずいぶんとたまり、期間限定でポイントを買い物に使えるというキャンペーンが始まったことを知ったので、それなら買おうか思った次第。使えるポイント24000円。アマゾンでのiPod Touch28000円。
差額4000円で買えるなら、まあ、許可しようかと思ったのである。
もちろんオレが使うのではない。オレはアンドロイド携帯とウォークマンを持っているから、もう両手がふさがっている。そこでヨメに持たせて、使い倒して使用心地を報告しろ、と命じたのであった。
こういう使い方で、果たして経費扱いできるのだろうか。会計事務所のヤグチさん、どうでしょう。駄目でしょうか。駄目だろうなあ。
iPod、いろいろといじってみたら、ほほう、さすがにマジでインターフェースは素晴らしい。すべての操作が直感的に行えて、ストレスフリー。しかも、時にはその操作自体が官能的ですらある。
ストレスいっぱいにアンドロイド携帯を使っているときとは大違いだ。この点、アンドロイドはiPodの足元にも及ばない。
では音質はというと、さすがにウォークマンと聴き比べるとレベルの違いがはっきりするが、まあ、許容範囲ではなかろうか。それにソニー関係者に聞いたところでは、iPodのイヤフォンはけっこういいものを使っているらしいし。
そんなわけで妻は音楽をいろいろと入れては聴き、子供らはヨメの目を盗んでゲームで遊び、オレはいじり倒して勝手にGmailのIDを取ったりしているのだった。
衝動買いと言えば、もっと大きいのが、昨日買ったテレビである。とーしばのレぐザ。西友で40インチ99000円。
西友の家電売り場でこれを見たときは、えっ、ついに10万切ったの、とびっくりした。
まだ32インチのブラウン管テレビを使っている我が家では、ちゃんときれいに映るし、時々音が聞こえなくなる以外はしっかりしているからと、薄型に買い換えていなかったのだ。
そして買い換えるならレぐザがよかろうと決めていて、その価格を見守っていたのである。それにしても一気に10万を切るとは、ちょっとびっくり。40型が。
巷間言われるように、大型テレビの安売り合戦による消耗戦は、かなりすごいところまで来ているようだな。いいのか、こんなデフレ圧力。
すぐにその場でカード決済。10万円を切る上に、26000円のエコポイントが付くんだと。すごいなあ、これは。大丈夫か、日本。
今使っているテレビは、長男が生まれる前日に潮見の小さな電器屋で買ったものだ。以来約9年。
息子が生まれてからずっと一緒に暮らしてきたテレビだ。これがなくなるかと思うと、やっぱりそれなりに感慨がある。
深夜3時、突然襲ってきた激しい嘔吐感に飛び起きる。なななな、なんなんだ。
あわてて洗面所に駆け込み、激しく嘔吐する。ななななな、なんなんだ。はっ、もしかして妊娠? でも真夜中なので誰も冗談を聞いてくれる人がいないのだった。
ノロウィルスでももらってきたのだったら、子どもにうつっちゃまずいよなあ。激しい嘔吐でぐったりしたオレは、そう考えて、一人布団を離れてテレビの前にごろんと横たわったのだった。寒かった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.1.17
先日も書いたように、息子が練馬区の図工の作品展に選ばれたので、本日、それを見に美術館まで出かけた。公民館ではない、美術館である。えっへん。
行ったらば、いるわいるわ、うじゃうじやと、当選者が。
1クラス男女1名ずつ、それが全学年、全学校だから、うじゃうじゃも当然か。有り難みの薄い賞じゃのう。と、罰当たりなことを口走るオレ。
その後、回転寿司を食って、スーパーへ行って娘の机用にフロアマットとデスクマットを買って帰ったのだった。
なべて平和な日曜日。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」今月号のサンレコはすごく面白い。特にボーカルのミックスのノウハウはたいへんに役立った。丹後湯でも月末に大きなレコーディングを控えているので、その参考にしなければ。丹後湯の新しいCD、あと1ヵ月ぐらいで完成です。


2010.01.16
朝から娘はニコニコそわそわである。
実は本日、娘の部屋に机が届くのであった。
年末に光が丘のダイエーで買ったものである。年が明ければどこの家具屋でも学習机のセールが始まるから、お正月にニトリまで行って買ったらどうだと言ったのだが、娘は「きょうかう」と頑として譲らず、ダイエーで買った次第である。
しかも家具屋じゃないものだから、メーカーへの発注手配や配送手配やらがあって、納品まで2週間以上かかることになってしまったのだった。
それが本日やっと届くというのだから、娘はもう嬉しくてしょうがない。
なのに家具屋からの朝の電話で「夕方になります」ということだから、父親としては、くおらあ、タコ、ふざけんな、タコ、いったいいつ注文したと思ってんだ、タコ、夕方などと寝言を言わずにとっとと持ってこいや、タコ、と埼玉県境DQNになろうと思ったのだがなりきれず、おとなしく夕方まで待つことにしたのだった。
そして夕方、5時ごろ、やっと届いたのである。
いやいや、娘のはしゃぎようといったら、そりゃもうたいへんなもので、こんなにも満面の笑みを浮かべるとは、と親であるオレが驚いたのだった。
隣の部屋では息子が自分の机に向かってプラモデルを作っている。
今日の昼に地元のおもちゃ屋の2階のプラモデルコーナーで買ってきたものだ。好きなプラモデルを買っていいと言ったら、さんざん逡巡したあげく、息子は姫路城を選んだ。ひ、ひ、ひ、姫路城かよ。
息子、渋過ぎ。
戦車とか飛行機とかではなくお城、それも「一番かっこいいから」と姫路城を選ぶとはなあ。
まあ、いいや。自分の好きなものを選ぶのが一番だ。
その帰りには今日発売の「コロコロコミック」2月号も買い、しかも土曜日だからスーパーマリオをやってもいい日である。プラモデルとコロコロコミックとスーパーマリオと、この三つのうちどれをやったらいいかと悩んだ息子は、「そうだ、あみだだ」と叫んで一人あみだくじをやり、「コロコロコミック」の勝ちとなったので、ごろんと寝転んで「コロコロコミック」を全部読んでから次に姫路城に取りかかったというわけだ。
楽しみが多い土曜日ってのは、子どもにとって幸せだろうなあ。
その息子の隣の部屋で、娘は最大の喜びである机を一生懸命になで回しているのだった。
おそらくこの机に向かってこれから娘は、いろんな思い出を刻んでいくことになる。大事に使えとは言わない。でも、仲よく過ごせと思うのだった。
夜、息子が突然ラーメンを食いたいと言い出す。夜にラーメンかよ、おいおい。
仕方なく隣のラーメン屋に行き、親子4人、カウンターに並んで腰掛け、ヨメは豚骨、息子は醤油、娘は味噌ラーメンを頼み、オレは餃子にビールでほろ酔い父さんなのだった。
娘に机が届くという、こうして我が家にまた一つ思い出が刻まれた一日。

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2010.01.15
編曲。
月曜日から金曜日の毎朝7時、NHK教育テレビで放送されているのが「シャキーン!」という番組である。
なんとも説明のしがたい、妙に昂揚した番組で、朝からこのハイテンションがなかなかに気持ちいいというか、あっけにとられるというか。
もちろん我が家でも毎朝この番組が流れている。
この「シャキーン!」では、今月の歌のようなものがいつも流れているのだが、今のは「イーブン・イーブン」という歌だ。一度聴いて、なんだか歌詞がくわもの野郎くさいなあと思って調べたところ、ビンゴ、まさにくわもの野郎の作詞であった。
童謡研究会の輩出した唯一の作詞家、くわもの野郎。
子ども歌業界で着々と足場を築きつつあるのだが、今回もシャキーンで小遣い稼ぎであったか。なかなかやるもんだわい。
この番組ではクレジットが出ないのでわからないのだが、そしてガン組のサイトにも何も書かれていなかったのだが、ボーカルはもしかしたらケロポンズではないか?
そのあたりの情報を、くわもの野郎くん、ぜひお寄せください。
さて、夜になってのそのそと飯田橋に出かける。飲み会だ。
先日の不景気自慢飲み会で一緒にべろべろになったみっちゃんから「また飲み会です、よかったら来てください」というメールが来たのである。メンツはというと、あべちゃん、といちゃん、たにちゃん、うっちー、いーむら、せたちゃんといったあたり。
チャンづけしているが、念のために言うと全員おっさん。40代。
しかもこないだの不景気自慢飲み会と微妙にメンツが被っていて、どういうことだろう。要するにただ飲みたいだけか。
幹事みっちゃんに聞いたら「10人で予約しちゃって…」と口ごもっていたので、要するに割り勘の頭数合わせでオレに声がかかったというわけだな。
まあ、よい。1月中旬、冬本番の寒さの中、背中を丸めてオレは飯田橋に向かったのであった。
たにちゃん、いーむら、うっちーあたりと飲むのは本当に久しぶりである。
誰もが過去に傷持つ身。互いに相手の鬼畜ぶりをののしりつつ、特にたにちゃん、うっちーの二人が、相手がいかにひどい人間であるかを暴露しつつ、激しく飲んだのであった。
一次会で失礼して、ウォークマンを聴きながら有楽町線で帰る。
最近気に入っているのは、紅白で知った「ヒーロー」という歌だ。FUNKY MONKEY BABYSである。
なんとういこともない、マーケティング歌の一つだと思っていたのだが、あるいは学界臭い歌詞だと思っていたのだが、朝日を浴びて散歩しながら聴いていたら「振り返れると夢の足跡 その延長線上のアスファルトさ」のフレーズに、不覚にも涙がこぼれてしまったのだった。
飯田橋でおとうさんたちと一緒に飲んで、その心地よい酔いを引っ張って電車で帰り、夜道を歩きながらこの歌を聴いていると、とてもいい気持ちなのだった。

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2010.01.14
編曲。
息子がクラスの代表に選ばれて、練馬区の工作展に出品することになった。その通知書面を、わざわざ仕事中のオレの机までもってきたから、本人なりに嬉しかったに違いない。
ぱたぱた鳥という名前の、ティッシュの箱を使った工作が、選ばれたそうなのだ。発表の会場は区役所や公民館などではなくて、美術館である。えっへん。区立だけど。
先日は本格的なプラモデルをもくもくと一人、半日で完成させたほどであるから、こいつは手作り、工作などに何やらの潜在的なものを持っているのかもしれない。一時は飴細工職人をめざしていたほどだし。
とは言え、我が子がいずれはナニモノかになるなどという幻想を抱くとろくなことにならないから、過度は思い込みは禁物なのだ。
いずれにせよ体育系ではなくて文化系であることははっきりしているので、その方面で好きなことをやってもらえればよい。
4年生になったら学校の部活にも入れるらしいが、本人は今から「囲碁は教室にかよっているから、クラブは将棋がいいや」と話しているほどである。サッカーとか野球とか、興味はあっても身を捧げようという思いはないらしい。
オレはどうだったか。
小学校時代は何もしなかったなあ。中学、高校と陸上部だったのは、若いときはひたすら体を鍛えるものだという思い込みがあったからだ。
音楽に本格的に興味を持ち始めたのは、中学1年で両親がステレオを買ったことが大きかったかもしれない。
ギターを買ったのは、中学3年。フォークソングブームで周囲がギターを持ち始め、それを見てどうしても欲しくなったオレは、両親が反対するものだから修学旅行の小遣いに一切手をつけずに持ち帰り、地元の楽器屋で一番安い3000円のギターを手に入れようと目論んだのだ。
それを見た両親は、さすがに不憫に思ったのか、9000円のヤマハのギターを買ってくれたのである。独学でそのギターをいじり倒し、おかげで勉強もろくにせず、家に帰っては何時間もひたすら弾き語りで拓郎やかぐや姫をがなっていたという、そんな青春だった。引きこもりとかわらんなあ。
文化系である息子も、へたすれば引きこもりに近い道をいく危険性があるから、適度にコントロールせねばならんな。
それはそれとして、工作展に選ばれたご褒美に、地元の模型屋に連れて行って新しいプラモデルを買ってあげようと思うのだがどうだろう。ってオレは誰に相談しているんだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「悪役道」kamipro編集部・エンターブレイン。プロレス界の悪役などにインタビュー。ダンプ松本のインタビューは面白かったなあ。あと、悪い人になれない、素はもの凄くいい人の天山も面白かった。だいたいプロレスの悪役は、リングを降りるともの凄く常識人でいい人が多いのである。その中で、あいつだけはマジでヤバイと思わせていたのがタイガー・ジェット・シン。その実は、初来日の時、初対面のミスター高橋に羽田で名刺を差し出したというほどの常識人。極めて温厚ないい人なのだが、それを一定的に隠して、マスコミの前でも悪役を演じていた。もの凄いプロ根性である。


2010.01.13
編曲。
前夜の不景気自慢飲み会に参加して痛飲したおかげで、今朝は久しぶりに二日酔いだ。
飲み過ぎることなど少なくなった今は、めったに二日酔いになどならないのだが、今朝は久しぶりにひどかったなあ。
娘を幼稚園まで送ってからは、布団を被ってうなっていたのであった。
そんなオレの枕元まで、いつしかびゅーんびゅーんという不穏な音が届くようになってきた。はっ、これは、もしかして。
オレの頭を不吉な考えがかすめる。確か日本海側は大雪で大荒れの天気だと報じていたが、太平洋側も強風だと言ってなかったか、天気予報の姉ちゃん。
がばと起きたオレは、これはまずいとサンダルを履き、転げるように庭に飛び出した。
おお、なんということだ。不吉な予感は見事に的中し、家の周りは大嵐。風が吹き荒れ、隣の畑では土埃が舞いあがっていた。
自転車のカバーが外れて舞っている。陰干ししていた雨傘が飛んじまって、一つ見あたらない。
洗濯物が激しく舞い、半数が物干し竿から落ちている。息子のパンツも落ちている。
窓の外に干してあったハーフコート定価29000円が飛ばされてしまって、どこにも見あたらない。
ああああ、あまりの惨状に一体オレはどこから手をつければいいんだあ。二日酔いはどこへやら、オレは一気に逆上だった。
まずは洗濯物だ。片っ端から拾い上げ、片っ端から洗面所に放り投げる。せっかく今朝洗ったというのに土まみれ、埃まみれ。これだけ強風だからすっかり乾いているが、全部洗い直しだ。くっそう。
次に道路に出て飛ばれてしまった自転車カバーを拾って、レンガでしっかり押さえる。こんなものが風に飛ばされて目白通りから関越とふらふら舞っていく様子を想像しただけで、背筋が凍りつく。二日酔いどころではない。
陰干しいていた傘が見あたらない。道路にもない。どこだどこだと探し回り、隣のマンションの自転車置き場まで飛ばされていたのを発見。無断で侵入し、回収する。
洗濯物のゴミを落としながら、再び洗濯機にぶち込みつつ、飛んでいったハーフコートの行く先を思いやる。うーむ、どこまで行ったのだろう。定価29000円を5000円で売っていた、たいへんにお買い得なコートだった。まだ2ヵ月しか着ていない。
でも、見あたらないなら仕方ない。強風でも干していたオレのせいだ。
あきらめかけたとき、ヨメが「見つけたよ〜」とオレのコートを手に戻ってきた。隣の畑に飛ばされていたそうだ。泥だらけ。枯れ葉まみれ。こいつも当然洗濯機だ。
こうしてたいへんな強風被害に遭遇したオレは、はあはあぜいぜいと息を切らし、再び布団にぶっ倒れたのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「クーリエジャポン」


2010.01.12
打ち合わせ1。
ノートと鉛筆、二つで110円。ノートは鉛筆より100円高い。さて、鉛筆はいくらでしょう。
わははは、引っかかったな。10円ではありません。鉛筆5円、ノート105円でえす。
クーリエジャポンに載っていた知能検査の問題であった。もちろんオレ様は間違えることなく、ちゃんと正解したのだった。
そんなことはともかく、本日は夜、新年会のような、赤ちゃん誕生のお祝いのような、そんな飲み会に急遽参加することになったのだ。
メンツは、アベちゃん、トイちゃん、ぺいちゃん、キムラ、みっちゃん、そしてオレの計5人。オレだけ50代であとはみんな40代。
サラリーマンはみっちゃん一人で、あとの5人はみんな経営者か自営業。
こういうメンツが集まって酒を飲んだら、話題はもう決まっている。そうです、不景気自慢に不健康自慢だ。
こないだの仕事なんて安いぞ、ページ単価3000円だ、いやいやオレなんか家賃と交通費でひーひー言ってるぞ、いやいやオレなんか派遣で働いているかみさんに食わせてもらってるぞ。
オレはとうとう100キロの大台に乗ったぞ、いやいやオレなんか。
と、いかに不景気か、いかに不健康かという話題で大騒ぎなのであった。
その間、キムラにはぐいぐいと日本酒を飲まされ、オレはべろんべろん。
「タンゴは天才だけど、フリーにはなかなか仕事が行かない時代になってきたなあ」とアベちゃんに同情されれば、みっちゃんには「そろそろJの仕事は卒業した方が。でないと、新規の案件が頼みにくいざんすよ」と忠告される。うーむ、Jかあ。あの仕事好きなんだけどなあ。でも、確かに10年たったし、節目は節目だがなあ。と、酔いの回った頭で考える。
飲み代はぺいちゃんがカードで払ってくれた。ごちそうさまでした。
さすがに飲み過ぎて、ふらふら。40代の連中は2軒目をめざして夜の表参道を駈けていったが、50代のオレは11時過ぎるともう眠くなってたまらない。
とっとと失礼し、タクシーで帰ったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「クーリエジャポン」


2010.01.11
昨日行った朝霞の白衛隊駐屯地の売店で息子が買ったプラモデルであるが、これが61式戦車という本格的なもので、子どものオモチャではなく、趣味の模型という風情。プラモデル初体験の小学2年生には到底無理だろうと思っていたのだが、早起きして朝ご飯前から作り始めた息子は、なんと昼ご飯前にはすっかり完成させてしまったのであった。
その間一切手伝っていない。
どうせ一日かかっても完成せず、放り出してしまうだろうと思っていたのだが、いやはや、お見それしました。
2階でアレンジ仕事をしていたオレの部屋へ、完成したばかりの戦車を手に載せて入ってきた息子の顔は、とても誇らしげだった。
さすがに塗装道具はないので色は塗っていないが、それにしても立派なものである。
子どもの力を甘く見てはいかんなあと改めて感じ入った次第である。
面白かったかと聞いたらとてもおもしろかった」という答え。「もっとやってみたい」というから、今度またプラモデルを買いに行こう。
オレたちがガキの頃はお年玉をもらったら男の子はまずプラモデルというのがお約束だったが、最近はもっと手軽に遊べる世界があるから人気薄なのだろう、プラモデルを売っている店はめったに見ない。
ショッピングモールのおもちゃ屋にもプラモデルは置いていない。
でも、調べたら駅前に昔からやっている古いプラモデル屋があるのを発見したので、今度息子を連れて行ってみよう。
それからプラモデルと言えばこの人、いさわし。別名、童謡歌手・青山てるる。
模型王の名をほしいままにしたという輝かしい経歴を持つこの男に、今度、息子へのプラモデル指南を頼んでみよう。家中が戦車だらけになるのもちょっと困るので、かといってラムちゃんとかフィギュアの類もいやなので、やっぱり自動車や飛行機などの乗り物がいいだろうなあ。
*
さて、年末にコドモ光が丘店で大暴れすることになったAndroid携帯であるが、おお、なんということだ、今日になってSHUREのマイクケースの下から白いフタが出てきたではないか。
ふんぎゃ。
練馬駅で落としたと思い込み、こんなに簡単に外れるフタをつくりやがってとコドモにねじ込んだというのに、まったくの濡れ衣を被せてしまったことになる。オレは部屋の中で天を仰ぎ、この日記をコドモ光が丘の店員が見ていないことを祈るのみである。
フタがなくなって輪ゴムを巻いていた携帯を「ゴムでんわ」と呼んで大喜びしていた娘も、出てきたフタを手に呆れていた。
そのAndroid携帯、なかなかに面白い。急速にアプリケーションの世界がすごくなってきている。というか、Googleがすごいのだが。
昨日見つけてびっくりしたのが、日本語でしゃべった言葉を英語など外国語20カ国語に翻訳してくれるアプリケーションだ。
入力するのではなく、しゃべるのである。
例えば「ホテルはどこですか」と電話に向かってしゃべると、ちゃんと「Where is〜」と英文に翻訳されて表示されるというわけだ。それが全部で20カ国語。そしてこのアプリケーションがなんと無料。
既に音声認識でGoogle検索するアプリは出ていて、例えば歩きながら電車の時間を調べたいときなどにはたいへん重宝する。そこに翻訳サービスがプラスされた形だ。
これは、しゃべった音声が携帯からGoogleのサーバに送られ、サーバで翻訳された文章が携帯に送られてくるという仕組み。これぞクラウドである。
すごい時代になったものだ。
もっとも翻訳精度はまだまだで、しかも大人の男性の声はよく認識するのに、子どもの声になると途端に精度が落ちるという弱さを持つ。その結果の誤認識は大笑いなのだった。
一番笑ったのが、オレが「スーパーマリオブラザース」としゃべったらちゃんと「Super Mario Brothers」と翻訳されたのを見た息子が、ならば自分もと「青キノピオ(マリオの登場キャラ)」としゃべったところ「ああ紀伊国屋」と翻訳されたことであった。
家で昼飯にそばを食っていた我が家であるが、その結果に全員吹いたのだった。
あとユニークだったのか、モスキートサウンドを発信するアプリ。
去年の夏、足立区の公園で夜中に集まる若造を追い出すために、若い人間にだけきこえる不快な音を発する装置を取り付けたというニュースがあったけれど、あれとまったく同じアプリなのである。
10キロヘルツから20キロヘルツまでの高い音が出せるようになっていて、どんどん音を上げていって、どこまで聞こえるかで耳の年齢がわかるという仕組みだ。
面白いから試してみたら、オレはショックなことに11キロになったらもう聞こえず、ここここ、こんな程度の耳で音楽の仕事なんかしてていいのかよと愕然としたのだった。子供に聴かせたら、息子は16キロヘルツぐらいまで「きこえるよと答える。そしてその音がオレやヨメには聞こえないのであった。
ふーん、確かにモスキート音っていうのはあるんだなあ。そして、それで年寄りかどうかが判定できるわなあ。
飲みの席でやればたいへんに盛りあがりそうなアプリケーションなのであった。
書店に行けばiPhone関係の本や山のように出ているというのに、Androidとなるとまったく見かけない。
この状況、どこかで経験したなあと振り返ったら思い出した、Windows95が出た頃のWindowsとMacintoshの関係にそっくりなのであった。今や逆転してスマートフォンではAppleがメジャー路線。
へそ曲がりで反メジャー、異端こそ己の行く道と信じるオレは、この状況にかえって、こいつは面白いなあ、うししししと喜ぶのであった。
うししし。

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2010.01.10
三連休の中日。本日は甥っ子がお目当てにしていた、朝かの陸上白衛隊の広報センターに行くことにした。
我が家から車で15分。普段はガラガラなのに連休のせいか、混んでいて、駐車場も満杯なのだった。
おかげで立ち入り禁止の駐屯地内に設けられた臨時駐車場に停めることになった。ただっ広い敷地には装甲車がうじゃうじゃと。一台いくらするんだろうなあ。
広報センターの内容は、可もなく不可もなく。ざっと見て20分というところか。
フライトシミュレータだけ長蛇の列で40分待ち。オレが並んで場所を取り、子供らを遊ばせてやったのだった。
館内には展示用とは言えホンモノのヘリコプターがどかんと置かれている。庭には、やはりホンモノの戦車がずらりと並ぶ。壮観。
これ、一台で何億もするのだろうか。とするとここに並んでいる戦車だけで何十億ということになるのだろうか。
うむむむむ。
小学校の教頭をしている弟が「この戦車一台分のカネで、校舎をすっかりきれいに改築できるのに」とため息をついていたが、確かにこれでは蓮舫に仕分けされてしまうのもさもありん。
一番盛りあがったのが土産物コーナーで、サバゲームに夢中の甥っ子は迷彩服の上下と同じく迷彩柄のウェストポーチを購入。「これを着てサバゲーするんだ」とご満悦であった。
息子は戦車のプラモデル、娘は女性自衛官の絵柄のクッキーを買った。
どうも女性自衛官というのは、ある種の制服マニアにはたまらない存在のようで、一角には女性自衛官のフィギュアだけを集めた棚もあるのだった。
そしてそのすぐそばには思わず目を向きそうになったものが。
なんと股間を膨らませた自衛官の格好をした、自衛官モッコリが売られていたのである。これは事件だ。
しかも、陸上自衛官モッコリ、航空自衛官モッコリ、海上自衛官モッコリとそろっている。こんなものが堂々と自衛隊の駐屯地内で売られているのだから、きっと上の方の偉い人には内緒で売っているに違いない。見つかったら大目玉だ。
このモッコリというのは携帯ストラップで、発祥の地は北海道。マリモの形をした人形で、股間がもっこりしている不気味なストラップなのだ。これをなぜだかスケートの安藤美姫がつけていたことが、スポーツ新聞の大写し写真で判明してからブレーク。あっという間に全国に広がったのだった。
マリモッコリというのは一応マリモのだじゃれになっているが、広がってからはそのあたりは一切無視。股間が盛りあがっていればなんでもモッコリという名前がつけられていて、大宮駅では草加せんべいにちなんだのかせんべいモッコリというものが売られていて、もやはだじゃれにすらなっていない。
それどころか隣では人形もこりんという女の子のストラップも発見。「もこりん」という女の子らしい可愛い名前ではあるものの、股間もっこりなのであった。ほとんど発狂。
そういえば暮れに三重県の桑名に出張したときは、JR桑名駅の売店で海女さんもっこりを発見。海女さんの股間がもっこりしているというストラップだ。
あまりのもっこり禍に、オレはもっこりコレクターとして集めようかと思ったのだが、「やめてください」とヨメにきつくたしなめられている。もっとももっこりシリーズはけっこう高くて一つなんと420円もするのだった。
どうしてこのようなものが420円もするのか、まったく納得がいかないのであった。
というふうに話題は大きくずれたのであるが、こうして白衛隊の広報でもっこりもっこりと遊んで過ごしたのだった。
晴天。1月の青い空が広がっていた。

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2010.01.09
金曜日に一日だけ学校と幼稚園に行った子どもたちは、今日からまた三連休。オレもこの三連休は仕事をしないと決める。
本日は毎年恒例、丹後一族の新年会。おっと、今年は身内に不幸があったので新年会ではなく、単なる集会ということにする。
今回の幹事はオレだ。ぷぷっ。
会場は東銀座のホテル。てめ、なめんじゃねえぞ、オレは幹事だぞ、ってんでスーツに勝負ネクタイで出かける。ピンクの花柄が勝負ネクタイというのも、ちょっとどうかとは思うが、いいのだ。
東京駅で、新潟からやってきた弟と甥っ子に会う。ホームで待ち合わせだ。
そうなのである、丹後一族の集会は東京だけでなく遠く新潟からも参加があるのだった。
天気がいいので歩く。東京駅から東銀座まで、幼稚園児を連れても30分だ。ちょうどよろしい。
集まった丹後一族は23名。もちろんこれでも全部ではないのだが、同じ顔がずらりと並んで、なかなかに盛況である。
これからホテルのレストランで、ランチバイキングだ。
一昨年あたりからの傾向であるが、以前はカップルや家族連れが多かったこのランチバイキング、最近ではバスで駆けつけてどどーんと食っていくおばさんの団体が目につくようになった。
今年も同様で、20人ぐらいのおば団体が二つ、同じ時間にぶつかってしまったのである。
おかげで料理コーナーはたちまち黒山の人。おば山。
品がよくて押し出しの弱い丹後一族は呆然とその様子を眺め、人がはけるまでおとなしく席に着いているしかなかったのだった。その間「こら、タコ幹事、なんとかしろ」と声を荒げるような口やかましいおじさんがいないのも、丹後一族の特徴なのである。
それにしてもこうして親戚が仲よく集まれるとは、実に幸せなことだといつも思うのだった。それぞれに小さな心配事や悩み事などは抱えつつも、親戚間でもめ事があるわけでもなく、顔を出しにくいつまはじきものがいるわけでもなく、とてもよいことだと思う。
そういや大宮のナオコちゃん、携帯にくれりたメールまだ届いてないよ。
ランチ後、幹事として大汗をかいて精算をし、二次会のルノアールにちょっと顔を出して、その後は有楽町のビッグカメラでお買い物。
サバイバルゲームにはまっている甥っ子は、機関銃に取り付けるパーツを買いに立ち寄ったのだが、ブツそのものは見つかったものの、無線LANが別に必要ということで予算オーバー。あえなく断念であった。
我が家に帰って、晩飯は、魚せい。アンコウ鍋が用意されていたので、旨い旨いとみんなで食ったのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.01.08
取材1、原稿。
日本全国荒れ模様だというのに、東京だけからりと晴れたいい天気が続いている。まったく申し訳ないような天気だ。
朝一番に天気予報を見れば、お洗濯は半日で乾くでしょうという報せが連日。
日中は風もなくて、穏やかだ。
しかしさすがに夕方ともなると風は冷たく、ことに本日訪れた晴海あたりの湾岸地帯ともなると、海風とビル風がミックスされてぴゅーぴゅーと。
これが日本海ならひゅーるり〜と越冬ツバメが鳴くのであるが、太平洋の呑気な海ではそういう情緒もないのであった。
月島で名物の焼き豚を買う。久しぶりだなあ。
何の拍子に有名になったらしく、今日も行列。もっともごく普通の焼き豚で、旨いと言えばもちろん旨いのだが、決してひっくり返るほどのものでもないのであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「警官の血」(上)(下)佐々木譲・新潮文庫。単行本が余りに厚くてとても持ち歩く気にならず、文庫になった読もうと待っていた本だった。さすが佐々木譲、なかなかのリーダビリティとストーリーテリングである。親子三代の警官勤めの一家に流れる血のようなものを哀しく描くのだった。戦後の混乱期の世相、1970年代の政治をめぐる混乱といったあたりが個人的には面白かった。


2010.01.07
取材1。
そういや昨年の暮れのことだが、また一人プロレスラーが逝ってしまった。スティーブ・ウィリアムスだ。
地味でプロレスは不器用だが、ガチで実力のあったレスラーだった。
生中継で猪木とシングルを闘った際、つい猪木を失神させてしまうという失態を侵した。しかも何を考えたか(たぶんまさか猪木が失神したとは思わなかったのだろう)、そのままフォールしてしまったのだ。
当然レフェリーのミスター高橋はカウントを数え始めたのだが、2でマットを叩くのをやめてしまい、それが堂々と生中継のテレビに映ってしまったので、会場の「えーっ」というどよめきと合わせ、プロレスの恥ずかしい部分があらわになってしまった事件だった。
たぶんレフェリーもまさか猪木が失神しているとは思わなかったんだろうなあ。昭和のよき時代である。
実力はあるが不器用で、面白いプロレスをする男ではなかった。
それでもなんとか日本で売れるようになりたいと必死で、まだヤングボーイ時代に水道橋の駅の構内でファンの求めに応じてファイティングポーズで撮影させていたシーンが、なぜだか印象に残っている。
ガンにかかって闘病生活を送りつつ、母と子どもの生活のためにプロレスも続けたという話が残っていて、嘘か本当か知らないが、それもまたプロレス者の哀しみなのだった。
それにしても三沢に剛竜馬にウィリアムスにと、昨年はプロレスラーが多く亡くなったなあ。ウィリアムスも頭から真っ逆さまに落とすバックドロップが得意だったけれど、技の危険度が増したことは決していいことではないと思うのだが。
総合格闘技のブームが去った今、プロレスはプロレス本来の面白さを取り戻して欲しいものだ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「週刊新潮」ますます凋落ぶりが激しい文春。どれだけひどいか、紅白の記事をパラメータとして新潮と読み比べてみた。結果、比べものにならないくらい文春はひどい。新潮の記事だってろくなものではなく、例えば歌詞の間違いについて歌手や事務所本人にコメントすら取っていないのだが、その新潮の記事でさえ文春と比べたら立派なものに見えてくる。"矢沢の後ろで和田アキ子が震えていた"と新聞広告に大書してあったが、なんのことはない、矢沢の後の出番の和田が、紅白のステージに立つ緊張で武者震いしていた、記者の前で、というものだ。しかもその記者、ただ見ているだけで別に誰にもコメントを取っていない。万事がその調子で、ただ見たままを書いている。あげくに1ページ半も使って評論家がテレビを観ただけの感想を書いている。ほとんどオレの日記と変わらなかったなあ。その他でも、文春で一番面白いカーナベのコラムがなぜか急に半ページなってしまったり、とことんずれているのであった。今年も文春、真っ逆さまに落ちていくだけのようである。ほとんど読むだけ無駄の境地に達してきた。


2010.01.06
原稿。
ここのところ日本海側で雪がすごいらしいが、降らなきゃ降らないで温暖化がと大騒ぎし、降れば降ったでゲリラ降雪だと鬼の首を取る、あの夜10時ごろのニュースに出ているうるさい男はなんとかならないものか。
この男にかかれば、ポストが赤いのも、景気が悪いのも、ニュースーパーマリオブラザーズが売れるのも、年寄りが餅を喉に詰まらせるのも、ぜーんぶ地球温暖化のせいなのである。
などということをつぶやきながらテレビと会話しているオレなのであった。
同じ時間帯にアジアカップ予選のイケメン戦があって、イケメンってどこにあるのだろう、イケメンばかりがそろっている国なのかなと思ったらイエメンのことだそうだ。でも、イエメンがどこにあるのかは、相変わらずわからないのだが。
国際Aマッチだというのに中継もない有様。まあ、相手が高校生でも勝てるようなレベルだからどうでもいいのだが、その相手に一時は0-2とリードされるとか、日本の三軍は高校生以下という三段論法だ。
しかも平山のハットトリックで勝ったとは、まさかあの平山がハットトリックすることにも驚いたけど、平山がいなければ勝てなかったのではないかということにびっくりしたのだった。
ああ、情けない。
高校を出てすぐにJリーグに行くと思ったら、なんと筑波大学に入ってサッカー部に所属。かと思ったらすぐに休学してオランダに渡ってプロチームに入った。
かと思ったら半年でホームシック(!)になって帰国し、その後も休暇で日本に戻っても練習することもなく自動車学校に通う有様で、さすがにオランダのチームの監督も見限ったという伝説の持ち主。
こんな奴が使えるのかと思っていたが、イケメン相手ならなんとかなるようだ。
まあ、それはよい。
問題はアンドロイドだ。Googleだ。
Googleが自社ブランドのスマートフォン(Googleはスーパーフォンと呼んでいるらしいが)を発表したが、これがどこをどう見てもドコモのアンドロイド携帯とクリソツ。全体に大柄ではあるが、まんまパクリではないか。
と思ったら、どちらもメーカーが同じ。台湾の某社というわけで、なるほど、こりゃ似ているのも当たり前。つーか、Google用にドコモがモック扱いされたか、Googleがドコモの流用扱いされたか。
ちなみにオレのアンドロイド携帯はすこぶる絶好調で、相変わらずすぐにバッテリーは切れるわ、ヘタレのインターフェースのせいですぐに違うスイッチを押してしまうわ、昨日はフリーズするわで、なかなかに楽しいのであった。
今は白黒アンドロイドで楽しんでいるが、ネット見たらサードパーティーのカバーがたくさん出ていて、こここ、これは欲しい。緑とかピンクとか、いろんなカバーがあるのだ。
ちょっと買って遊んじゃおうかなあ。子ども手当も出るし。
そうである、最近は何か新しいものが欲しくなると、すぐに"子ども手当が出るし"と考えるオレなのであった。
新しい音楽ソフトが欲しいなあ。まあ、いいか、子ども手当が出るし。もうじき車検だなあ。大丈夫、子ども手当が出るから。
まるで打ち出の小槌状態である。
これでは子ども手当でパチンコに行く回数が増えると喜んでいる都内某区の茶髪ママと変わりないではないか。ぶるるるるる。
それでもこう考えると、案外子ども手当って景気刺激策として効果があるかもしれんな。使い道はともかくとして。
もっともそのうち子ども手当だけじゃなくて、大人手当、サラリーマン手当、婚活手当と、ありとあらゆるものに手当を出せと言われそうである。それに全部応えていけば、これは見事な無血革命。21世紀の社会主義国家の誕生だ。って、いったいオレは何を言ってるんだ。
まあ、そういうわけでぼちぼち正月も終わり。そろそろ平常ペースに戻るオレであった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.01.05
取材1。
今年の仕事が始まった。最初のインタビュー仕事は晴海の先。穏やかな東京湾を見下ろしながらだった。
今年もたくさんの年賀状をいただいたけれど、出した数よりもらった数が少ないというのは、やはり人徳がないというか人望がないというか。
とは言え、出してないのにくださった方もいて、つばさくん、元気くん、年賀状ありがとうねえ。住所知らなくて出せなかったんです。ごめんね。今年もどうぞよろしく。今年は何回ご一緒できるかなあ。去年以上にたくさん一緒に仕事ができるといいねえ。
どうぞご活躍を。
年賀状だけのやりとりになってしまった友人もいるが、例えば八王子のシャトラくん、この日記を見てくれているそうだけれど、どうもありがとう。夫婦円満、商売繁盛、何よりです。バドミントンはまだやってますか。
デザイナーの武田くんからは、年賀状代わりにカレンダーと長ミじゅんのサンプル音源をいただいた。ありがとね、タケちゃん。
ブルースギターで有名な人らしいけど、寡聞にして知らず。この音源はピアノとボーカルの、ほんのり系のバラードだ。クセのない素直なボーカルで、とても心地よい。ちょっと注目。
ところで年賀状の始末って、みんなどうしているのだろう。古いのは捨てているのだろうか。オレはなかなか捨てられないなあ。
毎年、はがきホルダーに収納して、その年用の住所録代わりに使っている。前年のは書棚の片隅だ。
そのはがきホルダーを今年も買おうと思ったのだけれど、ちょうどよい収納数のがなくて、まだ裸のまま机の上。いずれどこかで見つけてこなくては。
さて、今は長ミじゅんを聴きつつ書いているのだが、最近気に入っているのが大橋トリオである。トリオっても3人ではなくて1人。芸名が大橋トリオというだけである。
「サウンド&レコーディング」でインタビューが出ていて気になったので、どれどれと試聴してみたらこれがけっこう心地よくて、早速一つ古いアルバムをダウンロード購入。ウォークマンで聴いた。
ジャズとカントリーがなかなかいいレベルで融合していて、なんというか、ライ・クーダーが日本人だったらこんな音楽をやってるんじゃないかというわけのわからない表現しかできないオレがバカみたいだけど、ともかくそういう音なのである。
けっこう気持ちいいよ。
春先のぽかぽか感が伝わってきて、やっぱりアコースティックな音はいいなあ。こういう音楽こそオレがやるべきなのだ。何を聴いてもそう思うオレは、ポール・サイモンを聴くと、ああ、オレはポール・サイモンに生まれるべきだったと悔しがるのであった。
それはともかく、売れ線を狙わずにこういう音楽をやってくれる人がいるのは嬉しい。注目です、大橋トリオ。
昨年で意外によかったのは、意外にというのは失礼だけれど、村田和人の「ずーっと夏」というアルバムであった。ディレクターは後輩のドバシくん。童謡研究会が誇る音楽業界人の両巨頭が作詞家・くわもの野郎とこのドバシくんなのだ。本来ならこれにギタリストが加わって三大巨頭となるはずだったのだが、そっちの話はややこしくなるので今回はパス。
ともかくそのドバシくんがディレクターとして手がけた村田和人の新アルバムがけっこうよくてねえ。ウォークマンに取り込んで今もしょっちゅう聴いてます。
1曲目の「JUMP INTO THE SUMMER」のキャッチーなメロディーとミドルテンポのドラムがとても心地よい。5曲目の「少年サイダー」のしゅわしゅわ感がたまらない。10曲目の「颱風少年」の、低気圧な音にはドキドキしてくる。
いいアルバムつくったなあ、ドバシくん。
ウォークマンでこの夏のアルバムを聴きながら真冬の光が丘公園などを散歩していると、限界集落化に怯える巨大団地群の姿が実にシュールな感じなのだった。わけわからんな。まあ、いいや。
あとは、ハミングキッチンの「ストレンジトマト」というCDもよかった。2曲目の「風のアトラス」の疾走感、湘南の空気の香りは最高だ。このアルバムはジャケットも素晴らしくて、実は丹後湯専属の吉江写真館にいつかこういう写真を撮ってもらってジャケットに使いたいと思っているオレであった。
阿久悠の著作に限らず、昔の歌謡曲関係の本を読むと「昔は誰でも知っている流行歌があったけれど、今はヒット曲といっても誰も知らない」という嘆きがよく飛び出してくる。いっけんもっともらしい指摘ではあるけれど、誰でも知っている流行歌があるというのは、実は貧弱なことではないのかなあというのが最近のオレの考えだ。
コンテンツのネット化、フリー化が当たり前になった今は、あらゆるミュージシャンがインディーズ化しつつあるようで、我々聞き手としても実に豊富な選択肢からその時聴きたい音楽を選べるようになった。それこそテレビをザッピングするような感覚でYOU TUBEをいじって好きな音楽を聴けるわけで、はっ、今書きながら考えたけど、これって音楽もクラウド化してきたということなのかもしれない。
まあ、クラウドはクラウドとしても、それとは別にストリートでもいろんなアマチュアが演奏しているのが普通になり、実は今音楽的には日本は非常に豊かな時代に突入しつつあるのではないだろうか。
これだけいろんなインディーズがやりたい音楽をやっていて、しかもネットで簡単にそれを聴くことができ、気に入ったらパッケージを入手できる、つまりミュージシャンも簡単にパッケージが出せるわけで、例えばかつての誰も彼もがピンクレディーという時代、あるいは歌謡曲とロックが水と油で混じり合わないという時代は、聴き手としては実は哀しい時代だったというわけだ。
そういうわけで、小さなミュージシャンでも、妥協せずに地道にクオリティを追いかけていけば、なんとかやっていけるのではないか。年賀状をくださったソングライターの皆さん、そう信じて今年も妥協のない歌づくりを。期待しています。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「日経エレクトロニクス」「ビッグコミックオリジナル」今回は引退した野球選手が故郷を訪れるという話で、地元のファンがその元選手に向かって「新潟の誇り」と呼びかける。作者本人がきっと自分のことをそう思っているのだろうなあ。この肥大した自意識はほとんどギャグマンガのレベルである。誰がいつになったら引導を渡すのだ。


2010.01.04
こよみの並びがよろしくなくて、世間的には今日から仕事始め。でもオレは今日まで正月休みなのだ。
一緒に遊べるのは今日までだから、どこか行きたいところはあるかと募ったら、最も多いニーズかスケートだった。
よし、では今年から営業開始の豊島園のスケートリンクに行くか。
豊島園の季節ものと言えば夏のプールだが、今年からついに冬のスケートも始まったのである。なんで今までなかったのか、考えてみると不思議であるが。
ネットをさくっと見てみたら、小規模ながら非常に氷の質もよろしいリンクだそう。しかも管理がとてもゆるく、のんびり滑られるそうだ。
うむ、よろしいではないか。
早速出かけていったのであった。
豊島園、相変わらずガラガラ。よくこれで潰れないものだと感心する。たいていの乗り物が5分も待たずに乗れるのだ。だから子供たちにとっては最高で、園内あちこちで子供が走り回っている。
時々場違いなカップルがいて、えーと、あたしたちどうしたらいいのかしな的な顔でぼけっとしているのがおかしい。
このように地元でゆるく遊ぶにはとてもよい豊島園であるが、問題は非常に高いことと、メシが非常にまずいことである。基本的には割引券などを手にして入り、メシは弁当持参というのが正しいと思う。
さて、スケートであるが、おお、確かに小規模なれどなかなかに雰囲気のよろしいスケートリンクではないか。当日内なら何度でも出入り可。つまり適当に滑って、あきたら遊園地の乗り物で遊び、再びリンクに戻ってすべるということができるのである。これは大変によろしい。
貸し靴は棚から自分で勝手に取ってくる。盗まれるということを想定していないらしい。ヘルメットは無料だ。
一応手袋着用だが、素手でも注意されないらしく、どうやら言われているように管理はゆるゆるらしい。
早速すべる。いや、我が家は全員すべれない。なので、早速氷に乗る。乗って立つ。立って移動する。
そろそろ、ゆるゆると見よう見まねで滑り始め、なんとか流れに乗れるようになった。その点、子供っていうのは確かに覚えが早く、帰る頃には見違えたような器用さで氷の上をひょいひょいと移動していたのだった。もっとも、すいすいではなくて、ひょいひょいというところが、いやはやなのだが。
係員の客当たりもよろしくて、この点、ホスピタリティのかけらも感じられない西武園とは月とすっぽん。そのうち西武園の客がどんどん豊島園に流れ込んで来るであろう。
しかし、あれですな、スケートってのは疲れますな。30分も滑っていたら、下半身はへろへろで、つり始めた。もちろん子供はそんなことは関係ないから、もっともっと、まだ帰らない、と滑りまくるのであった。親にとっては苦行のイベントである。
夕方が近づくにつれて人が増えてくる。3時過ぎると料金が半額近くになるらしいのだ。
なるほど、それを狙って人が増えるというわけか。7時まで営業しているらしいので、十分にナイター気分を味わえるだろうなあ。
それにしても氷の上をちょっと歩くだけでも大変だというのに、踊って回って大笑いというフィギュア選手たちは、ありゃあ化け物ですな。
サッカーの世界では日本人は身体能力が劣っているので戦術で闘うしかないというのが定番だが、体操の話を聞いてそんなことはないと目からウロコだったというのは監督・岡ちゃん。体操だけじゃないぞ、スケートも個人の肉体だけで世界と戦っているぞ。
スケートですっかり疲れ切ってしまい、家に帰って風呂に入り、ビールを飲んだらもうふらふら。とっとと布団にもぐりこんだのだった。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.01.03
18の春に故郷を後にして以来、オレの住み処はずっと東京なのだが、本籍地は依然として父母・兄弟の住む新潟に置いてある。
雪深き新潟。今年は特に大雪だ。
この雪に阻まれ、悩まされ、屋外でのトレーニングが思うようにできないため、新潟はずっと野球後進国であった。「あぶさん」という荒唐無稽なマンガが誕生したのも、後進国故の涙目からである。
その新潟にとって昨年の重大ニュースが甲子園での準優勝。そうである、あの伝説の9回裏の猛攻である。
ワールドカップで日本代表が優勝するよりも、甲子園で新潟県が優勝する方が難しいと言われて続けてはや数十年。いや、オレが言ってるだけだが。
初戦に勝てば地元新聞の一面トップを飾る大事件という新潟において、あろうことか決勝にまで進み、しかもあと5センチ打球がずれていれば大逆転優勝で相手チームは奈落のどん底に落ちてぐれる部員が続出、人生を狂わせてしまおうかというところまでいったのだから、これが大騒ぎにならないわけはない。
まったくたまげたことであった。
その、たまげたことがやはりスポーツの分野で年明け早々に起きてしまったのである。
そうである、箱根駅伝である。
日本テレビにとっては夏の24時間テレビと冬の箱根駅伝は二大イベント。局中の人間がかり出される大騒ぎなのだが、見る側にとっては正月の暇つぶし以外のなにものでもなく、ここで耳にするなんとか学院というのは他ではちっとも耳しないなあという話題が毎年のように茶の間で繰り広げられるくらいの立ち位置であった。
その駅伝において、なんと驚くべきことに青山学院大学が8位のシード権獲得だと。仰天だ。
年々の偏差値下落によって、アホ山学院と名前を変えたらどうだと言われる始末のこの大学、実はオレの母校である。
そしてオレの世代の卒業生にはトラウマがある。青山学院の"青山"という部分にこそすべての存在意義、レゾンデートルがあり、それこそがすべてのアホ山学院大生の拠り所であったのに、あろうことか青山から厚木に移転してしまったのだ。
これでは厚木学院大学ではないか。
以来、オレたち卒業生は出身大学を名乗る際、必ずと言っていいほど、厚木に移転する前の青山学院です、と強調するのであった。
その青学が箱根駅伝で8位である。
こここ、これはたいへんに困ったことである。
なぜならば、ボクたちの学校、青山にあるからそんなに走ったりできないの、だから駅伝とかする必要がないの、ごめんねえ、と余裕をかましていたのが通用しなくなったからである。
確かに野球はあった。野球はそこそこ強く、有名なプロ野球選手も出している。だがそれは神宮球場に歩いて行けるからね、というおしゃれなエクスキューズができた。
しかし駅伝ではそうもいかない。
やっぱり厚木の山登りで鍛えられたDNAがあるんだなあと笑われるのがオチである。うーむ、困ったものである。
まあ、それはそれとしてこんなアホ山学院でも不可能と思われていた駅伝シード権奪取ができたのである。昨年の甲子園の決勝戦同様、オレにとってはスポーツであり得ないことが起きたのであった。
二度あることは三度ある。ここまでくれば、次はもう見えてこよう。
そうである、ワールドカップである。
高校野球、箱根駅伝に続き、ちょっとレベルとしては一気に背伸びしすぎの感もあるが、次はワールドカップでのサプライズだ。
アップセット、もしくはジャイアントキリング。日本がオランダをズルしてでもいいから破ってしまえば、何かが起きるのではないか。決して決勝進出も夢ではなかろう。
そう思ってワールドカップイヤーの前半を過ごすのであった。きっと後半には、あれはなかったことにしようという気分になっているとは思うのだが。
そんなことを考えつつ、向かったのが隣の和光市の樹林公園。凧揚げだ。
この公園は樹木と芝生が広がる気持ちのいい公園で、広場ではいつも大勢の子供立ちが凧揚げをしている。
子供らもここで凧を揚げて遊び、それに飽きたら公園の中を重いのままに自転車で走り回ったのだった。毎年恒例、新年の我が家の過ごし方だ。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」


2010.01.02
筒美京平の6枚組作品集に入っている「AMBITIOUS JAPAN!」は、アレンジが船山基。筒美京平が「久しぶりにプロと一緒に仕事ができた」と評したように、そりゃまあすごいアレンジで、ただうーんとうなるのみ。
オーディオデータを解析したらとんでもない音圧なのだけれど、ただ単に音を潰して音圧を稼いでいるのではなくて、音圧が高いことを感じさせないで音圧が高いというと、オレが書くとわけのわからない表現になるのだが、要はつまりすごいということなのだ。
この曲を、TOKIOが昨年暮れの12月15日、ベストアーティストという番組で演奏しているのをたまたま出張先の桑名の駅前の居酒屋のテレビで視たのだが、実はその演奏が素晴らしくよくて、おお、TOKIO、なかなかやるじゃんと感動した次第。
最近は嵐が一番人気だそうだが、オレ的にはTOKIOが一番の注目だな。
そう思っていたから紅白でもひそかにチェックしようと考えていたのに、あっさりと見逃してがっくりのタンゴちゃんなのであった。
がっくりと言えばおみくじであるが、息子は「吉」しか出ず、がっくり。それはキチではなくてヨシという特別なものだと教えてやったが、だまされることはなかった。成長したものである。
対して娘は、お賽銭を投げて拝む際「だいきちがあたりますように、だいきちがあたりますように」とつぶやいていた。そして直後に引いたおみくじでは、見事に大吉を引き当てたのだった。
大吉が当たるようにと拝む人間も相当に珍しい。
そしてそれがかなったことで、娘は「願いとはかなうものだ」と知ったのではないか。だが、そんなことで運を使うのはたいへんにもったいないということを知るのは、まだ先だと思う。
その娘が凧揚げをしたいというので買いに行ったが、たまたまスーパーにしか行けず、サービスカウンターで「タコありますか」と聞いて回ったのだった。当然、店員は「正月の酢蛸か?」という顔をするのであって、その都度オレは「こうやって揚げる凧」と身振りで説明するのであった。
ところで話を紅白ネタに戻すと、アキ子が「特別扱いの歌手が多すぎる」と憤慨しているらしい。アキ子って、和田のことだが。
もちろんネットを含め、誰もが一斉に「お前が一番の特別扱いだろうが」と突っ込んだのは言うまでもないが。本当にこの大女の立ち振る舞いというものは、見苦しいやら、鬱陶しいやら。
というわけで今日の日記は短めだ。明日からもっと頑張ろう。ダイエットみたいだな。

「星をつくった男」重松清・講談社。週刊現代連載時から、単行本になったら読もうと思っていたのにすっかり忘れていたのだった。作詞家としての阿久悠の歩みを分析した一冊。前半の少年時代や広告代理店に勤務していた頃、スター誕生の頃の話は、すでにあちこちで語られたエピソードばかりで新鮮みがなかったが、ピンクレディーが消えていき、阿久悠自身も時代から必要とされなくなってからの評伝は刮目すべき内容であった。


2010.01.01
あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。
しかしあっという間に10年代。こないだ21世紀が始まったと思ったら、本当に時の過ぎるのは早いものですな。
10年代(テン年代と言うそうですが、変換すると天然台と出てきます)はどうなることやら。我が家的には今後10年で息子が大学生にまで成長していくわけで、今はとてもそんなことは想像もつかないですが、10年前にはまさか二人の子供と一緒に年賀状を仕分けしているとは予想すらしていなかったのだから、まったくあの頃にはこんな未来が待っていようとは、と10年後にも思うのでしょうか。
ともかく穏やかに、安からに、日々が過ぎていくことを願うばかりです。
それにしても回を数えて60という記念すべき回であっただけに、かつてない緊張感に包まれたいい闘いでしたな。紅白歌合戦。
裏番組の格闘技も、ミノワマンのとんでもない緊張状態からの目にも見えぬ瞬殺フックにしびれましたが、それを上回るガチンコでありました、紅白歌合戦のミツコ。
ゲスト審査員席に座っているときから心ここにない状態で口を開きっぱなしの柔らかい表情でありましたが、まさにそこにコメントを振るとは誰も予想しませんでした。無茶ぶりと言えば無茶ぶり、かつてないバーリトゥードであったのです。
それを受けたミツコが素晴らしく、無言状態のあの数秒間、日本中は凍りつき、その後の「私がそれを言うんですか」のコメントには日本中が天を仰いだのでした。
完璧にヒールとなったナカマでしたが、あれはミツコにだけコメントを振らないのはかえっておかしいと判断したNHKディレクター陣に従ったまで。むしろ責められるべきは、ステージでひそひそとささやき合っていたキムタクたちでありましょう。一体何をつぶやいていたのかなあ。
さて、期待はずれで一番がっかりさせられたのは、モーゼのごとくNHK職員をかき分けてやってきたエーちゃんでありましょう。
何ががっかりしたかというと、そのモーゼのシーン、せっかくカメラが入っていたのだから例のテレビのコマーシャルのパラパラマンガ歩きをやるつもりだと、私は思ったわけです。さすがソニー、仕込んだな、と。
ところが単に通り過ぎただけで、きっとあれはエーちゃん、緊張のあまりパラパラマンガ歩きを忘れてしまったに違いありません。
その証拠にエーちゃん、「時間よ止まれ」で思い切り歌詞を間違えてましたね。ちなみに額の両側の切れ上がり具合が、つるべそっくりで大受けでした。
当日の朝刊にまで、出るかどうかわからない、ギリギリまで交渉中とあおっておいて、本番ではしっかりストリングスが譜面用意してスタンバイしていたのですから、ヘタなアオリでしたなあ。
よかったのは、口パクのパフュームと子供紅白でした。あと、ギターの上手なおじさんバンドになってきていい味出している、最近ちょっと気に入ってきてるのがTOKIO。ところが見ようと思って忘れてしまいました。残念。ビデオ録ってるからあとで見ようっと。って、紅白をビデオに録っている割合ってどんなもんなのでしょうか。
それにしても最近は、バックにやたらと人数を置いて大声で歌わせる、ゴスペルくずれのような演出が増えましたな。あの自意識は鼻につきますな。
アキコかカメブチ以来かと思うのですが、例えば今回のアンジェラなんとかのバックもそれ風で、思い思いの服装に思い思いの振付で感情たっぷりに「私は私が大好き。がんばれ、私」みたいな表情で歌われると、ついばかたれと言いたくなります。ミツコとは別の意味で柔らかくなっているのではないでしょうか。
はい、これは私、言い過ぎました。ごめん、ミツコ。
テーマが「歌の力」ですか。力なんかねえって、歌に。30年以上も前に北山修が「歌で世界なんか変わらない」と看破していたのに、いつまでもジョン・レノンみたいなこと言ってるんじゃないってーの。たけしか、オレは。
それはそうと、子供ってのはどうしてあんなに大晦日に燃えるのでしょうか。
我が家でも大晦日だけは何時でも起きていていいって言ったら、子供たちは切り切っちゃってもう大変。
眠気覚ましに娘は家のなかを走り回り、息子はなぜだか、だてポンの送ってくれた割り算の練習問題を鬼の形相で解き始めたのだった。それにして358÷17なんていう計算をすらすら解いているのだから、ちょっとびっくりなのだった。
オレにもできないぞ、そんな計算。
というわけで今年も相変わらずの日記で始まってしまいました。今年の目標44万字。平均すると1日1200文字。
この目標をクリアーするために、毎日こうして駄文を書いていくのであります。付き合う方も、そうとう物好き! わははは。

「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」