ネリマの畑の真ん中で 2011
2011.12.31
29日に息子と門松を立てようとしたら、隣のオガワさんが庭にいた。
「おう、タンゴさん」とオガワさん。
これから門松立てるんですと言ったら「あー、そういうのは29日はやめたほうがいいよ。9だから」と教えてくれた。なるほど、縁起ものですからなあ。験担ぎは当然ですなあ。
というわけでお正月の支度は30日に先延ばし。
まず午前中は大掃除だ。
リビングを中心に風呂やトイレなどを家族で掃除。息子と娘には風呂の掃除を命じたら、2人で協力して長い時間掃除をしていた。
こういう何気ない動作に、あれえ、大きくなったなあと改めて感じ入るのである。親として。
オレの親もやっぱりそんなふうに何気ない日常の時々に子供の成長を感じ取って、ふと天井を見上げたりしていたのかなあ。
網戸を掃除したら、真っ黒。きれいに汚れを落とす。
午前中で大掃除を終えて、その後は門松。息子とおもちゃみたいな門におもちゃみたいな門松をくくりつけた。北風が冷たいのなんのって、んもう、ぴゅーぴゅーと。
もっとも空は雲一つない快晴で、こんな日は日本海側は大荒れと決まっており、オレの実家もきっと由希に埋もれているのだろう。
正月を実家で迎えなくなってもう12年。
新潟の田舎での大晦日、夕方になると神棚から燭台を下ろしてローソクに火を灯し、火打ち石で祈りを捧げたものだった。その儀式がなんとも年の瀬気分を高めてくれた。
そんなわけで昨日のうちに正月の準備は終えてしまったから、本日はアレンジ仕事でスタート。いや、仕事ではないか。
ここしばらく取りかかって、けっこう長い時間かけてやっと完成させたアレンジである。年内はこれでおしまいだな。
ところが朝飯食って新聞を見たら、なんと教育テレビで24時間、なでしこサッカー全試合を放映するとあるではないか。こりゃ大変。
アレンジしつつ、テレビを見て、大忙しだ。
しかもテレビを見てる時は、うぎゃーっ、そこだ宮間っ、決めろっ、こらっ、なんでお前は足が短いんだ、などと既に終わった試合に声援を送っている。バカである。
それにしても、今年は本当なでしこに救われたよなあ。あの子たちの活躍は国民栄誉賞ものだ。って、もらっちゃったんだっけ。
そんなわけで、なでしこの活躍はえーとオレ的には3位くらいのニュースだ。
あと、今年は何があったっけ。えーとえーと。
商売的には、依然としてあまりよくなく、青息吐息。それでも「去年よりはいいですよー」と顧問税理士。うーむ、実感ないなあ。
それでも家族4人、ぜいたくはしなくてもなんとか食えているのだから、有り難いことだ。この何でもない日常に感謝しなくては。
コピーライターのオヤジが副業で音楽仕事をやっていて、よせばいいのにその延長でバンドまで始めてしまって、そのライブには娘と息子が喜んで出演してくれるのだから、まあ、幸せものである。
あ、書くのを忘れていたが(ほとんど備忘録だな、この日記)、28日にはシロアリ対策のクスリを床下にまいてもらった。
新築の時にはクスリが入っていたのだが、5年経過して効果が切れてしまったので、ぼちぼちやっておくか、と考えた次第。親分に相談したら「うちもやってるよー」とのことだったので、そうだよなあと思った。
シロアリはリフォーム詐欺のネタになりやすいから、だまされるもんかと気を張っていたのだが、現れた業者は気のいいおじさん。ごそごそと2時間あまりも床下に潜って、何か問題ありましたかーとオレが聞いたら「きれいなものですよー、配管の漏れもないですしー」とニコニコしながら教えてくれた。
なんだ、詐欺の人にもいい人はいるんだ、って詐欺じゃないし。
でも、かかったカネが15万。高いから見積の時点からうーん、と迷っていたのだが、まあ、将来を思えばやらなければなあ。
その時は一緒に外壁塗り替えの見積もとった。こちらはなんと150万円。
うーむむむむ。我が家は真冬でも昼は暖房いらずの温かさ。汗をかくほどである。
そんなにも日当たりがよいため、外壁の痛みが速いのだ。
確かにあちこち小さなひび割れができていて、問題は放っておくとそこから雨水などが染みこんでくることである。
早めに手当てしておけば寿命が何十年も違ってくる。
でも、さすがに150万円は簡単に払える額ではない。今年はシロアリだけにして、外壁は来年にお願いねー、と業者には伝えた。よって来年の目標は外壁塗り替え。
そのためにも頑張って稼がなければ。
どうやら日本の凋落は続いていて、いつまで先進国でいられるかもわからないようだが、子供たちには少しでもいい未来を残してやりたいと思う。だから絶望せずに、少しでもこの国をよくしたいと思う。
人が見ていなくても、赤信号では道路を渡らない。
そんな些細なことでも、この国をよくする矜持につながればと思っている。
そんなことを想いながら歴史に残る年になった2011年を想い、その過ぎゆく姿を見送りながら、来年への気持ちを新たにする。
皆さん、今年もお世話になりました。
今年の日記の文字総数は、44万字。昨年は果たせなかった44万字越えを達成し、新記録なのだ。来年は45万字を目指すぞ。という意味のない誓いを立てつつ。
妄言多謝。また来年もよろしくお願いします。
共に幸い多き一年を迎えられますように。
なお、年明けからは日記も新しくなります。ここに直接ブックマークしている方は、2012年版にマークしなおしてくださいませ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.12.30
忘年会続きで、本日が最終日。ガチ飲みも4日目となると、さすがに肝臓が疲れてきた。
しかし行かねばならぬ。なぜならオレが声をかけたから。
もっとも昨日の漂流もオレが声をかけていて、まったく物好きといえば物好きだな。もうぼちぼち来年は合宿も卒業かな。面倒くさくなってきた。
それはともかくとして、今日の忘年会は地元のパパ飲みである。
幼稚園時代の仲良し親子のパパと、久しぶりに飲むのだ。
一年ぶりで顔を合わせる。それでも以前と変わらずに馬鹿話をして盛り上がるのだ。
仕事はもちろんのこと、育ってきた背景も、生活環境も、すべてにおいてバラバラ。唯一、子供とヨメが仲良しだったというだけで今までつながっている友人関係である。
それはそれで素晴らしいことと思うのだがどうだろう。幼稚園の先生にほめてもらいたいものである。
2軒はしごして飲んだ後は、お約束。100円ローソンでまっちゃんがアイスクリームをおごってくれるのである。
これが一年一度のお楽しみ。なぜかまっちゃんが100円のアイスクリームをおごるという決まりになっているのだ。
「今はこれがおいしいんですよー」というまっちゃんのすすめによって、小豆入り練乳アイスを食う。
真冬の街頭で酔っ払ったおっさん5人が肩を寄せ合ってアイスクリームを食うという、年末お約束の寒い光景の出現なのであった。
そういや日本一有名なデパートに職場のあるにしやんが言ってたが、このデパートでは初売りの福袋を狙って31日の夜からホームレスが行列を作るのだそうだ。
もちろんホームレスが福袋を買うのではない。カネをもらって頼まれて、業者の代わりに並んでいるのだ。
この寒空にご苦労なことである。
さて、まさに年の瀬。今年もあとちょっとである。
政治はますますひどく、普天間問題で最低の首相を持っている国民としての情けなさを感じたと思ったら、代わりに就いたのが最悪の首相。最悪のことは最悪のタイミングで起きるという法則に従い、大震災は明らかに人災の相を呈したのであった。
そんな中でオレは頑張って晴海から帰ってきて、娘は路上で泣きながら立ちすくんだところを製本工場のおばちゃんたちに救われたのだった。
今年一番のニュースは、だから大震災なのであるけれど、でもオレとしてはその大震災の直前に倒れ直後に逝ってしまった藤田のことが最も忘れられぬニュースになってしまった。
そういや漂流で「冥土の土産に」と言ってた順さんは、続けて「天国で藤田と山口とキベに教えてやらなきゃ」と言って、おいおい、キベさんは元気だぞ、と突っ込まれていたわけだが、もういそういうのも冗談になりづらい年齢になってきて、寂しいものだ。
しかしオレはまだまだ現役。老け込んでなどいられないのだ。
来年は、たんさいぼうで行けるところまで突っ走るのだ。ライブの予定、多いぞ。1月に1本、3月にはなんと4本も入っていて、10月には武道館の予定も入っている。
わははは、武道館だぞ。武道館。
大宮のだけど。
まあ、そんなわけで来年もよろしくなのだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.12.29
今年最後の打合せに銀座まで出かけた。電車はガラガラ。街行く人の数も少ない。
と、銀座一丁目の交差点で偶然取引先の部長とすれ違う。お互いに、あれ、あれれれれ、という顔をして交差点の中央で「今年どうもいろいろと」と挨拶して点滅信号に追い立てられて走りすぎる。
打合せは10時半からである。
ところが「タンゴさーん、どこですかー」という電話。えっ、今向かってますけど。
「10時ですよー、時間は」。げっ、10時半じゃなかったの?
完璧に違う時間を思い込んでしまっていたらしい。まったくたいした失態である。情けない。
子供には普段から「人を待たせるな」と言い聞かせているのにと、恥じ入るばかり。
とほほほ、とうなだれて歩く師走の銀座。
戻ってきて、さて、アレンジの続きと思ったら、息子が「モノポリーしようよ」と言う。
ドラクエとかあまりやりたがらない。単に飽きっぽいのか、やっぱりデジタルゲーム系は本質的にはのめり込めないのか。
モノポリーは家族全員でわいわいやれるゲームだから、団らんには非常によろしい。問題は暑くなりすぎてしまって、家族間で罵倒が始まることだ。困ったものだ。
冷静に冷静に言い聞かせて、なんとか楽しくゲームを終える。負けたのはオレ。とほほほ。
どうも本日は、とほほほばかりだなあ。
夜は、赤羽で恒例の漂流。なんと待ち合わせ場所にいたのは初参加の順さん。
「たまたま赤羽のコージーコーナーにケーキを買いに来たんだけど」とボケながら立っていた。
「漂流とはどういうものか、冥土の土産にと思って。ちょうどここはシカバネだし」って、赤羽住民に聴かれたら殴られそうなことを言う順さんであった。
一軒目はウナギが旨くて大当たりだったが、二軒目がひどかったなあ。おでんと大書してある店だ。
そのおでんを盛り合わせてもらい、大好物の厚揚げを口にしたら、なんと酸っぱい。
げげ。一口は飲み込んだが後はとても手をつける気にならず、親分に、ここやばいですね、と耳打ちする。親分も「ダメだこれ。煮詰めて冷凍したのをまた煮詰めてる。食っちゃダメだぞ」と答え、早々に引き上げることにしたのだった。
ああ、ひどい店だった。
3軒目が普通の居酒屋、4軒目が小汚い居酒屋。まずい。
話題がなんとなく「たんさいぼう」の名前がどうのこうのということになり、まずい酒がさらにまずくなる。
どうして人が大切に取り組んでいることに対して、この人たちはしつこくおちょくり続けるのだろう。しかもオレが嫌がってるのに。
本気で不愉快になる。
連日の飲みでちょっと体が厳しくなる。
夜遅い急行なのに電車はガラガラ。普段はすし詰めで気持ちが悪くなるような混み具合なのに、これは楽ちんである。西武鉄道もいつもこんなだといいのになあ。
駅を降り、ウォークマンを取り出して娘の歌を聴く。「クロッカス咲いたら」だ。
娘の歌を、オレはたぶん世界で一番愛している。
続けて「ねがい」を聴いて、今年というものを思いやる。なんとも息苦しい一年だった。大切な友も失っている。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」
2011.12.28
というわけで、本日は原稿と格闘の日なのである。
ああ、それなのに、オレってば昨日の深酒でしっかり二日酔い。情けないなあ。
よって午前中は使い物にならず、午後に復活してから原稿仕事なのだった。
夜は、今度は魚せい。こちらも今年は今日で店じまいというので、顔を出しに行く。
と、店に入った途端に目が合ったのが、奥に座っている2人組。
げっ、マサコと看護師だ。
時々この店に飲みに来る40代後半の2人組。
つーか、マサコは息子が幼稚園の時のママ友であり、看護師は我が家のホームドクターの看護師なのだった。改めて、オレはなんという濃密な人間関係に恥じられた地域に住んでいるのだ。
この2人に見つかってしまい、げっ、やべっと思って慌てて帰ろうとしたが時既に遅し。
「たんごちゃ〜ん」と地獄の底から忍び寄ってくる声が聞こえて、哀れ、オレはおばはん2人組に捕まってしまったのだった。
こら、おばはん、離せ。
しかし、おばはん2人は「たんごちゃ〜ん」と言いながらオレを離そうとはせず、「これ食いな」と食べかけの刺身の皿をオレにすすめながら結局は自分たちで平らげるというわけのわかんない阿鼻叫喚。
オレが飲みながら読もうと思った夕刊フジを取り上げて「おもしろいねえ、夕刊フジ」と感心したり、オレが頼んだ日本酒を勝手に横取りして飲んだり、まったくおばはん2人にとことん痛めつけられた夜なのであった。
とほほ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」
「ザ・ベストテン」山田修慈・新潮文庫。かつてのおばけ番組のプロデューサーが舞台裏を明かす。ってたいしたことが書いてあるわけじゃなかった。
2011.12.27
さて、続いて本日朝一番で向かったのが宮崎である。いや、朝二番ぐらいだったかな。10時出発だから。
宮崎は当然九州である。考えてみれば初めての宮崎だ。へー。
えーと、搭乗口は羽田空港で案内板を見る。
そういや昔あった「ザ・ベストテン」の順位発表のくるくる回る板は、飛行場のこの案内板をパクったんだってね。
その案内板を見たら、オレの乗る飛行機が「ソラシド エアーに変更」と書いてあった。
え、なななな、なんなんだよ、ソラシド。
そんな飛行機があるなんて知らなかったぞ。確か穴に予約したはずだが、どうしてソラシドなのだ。下請けに出されたのか。
下請けだからソラシドという変な名前で搭乗口も一番遠いのか。ああ、哀しき下請け。ニッポン空洞化。
搭乗待合室でソラシドを見たらなんだかちっちぇー飛行機。どうせなら機体に音符を書いて、案内の音も全部ソラシドのメロディーでやれば面白いのに、そこまでしない中途半端さであった。
まあ、いいや。ソラシドで。
座席にはイヤホンもついてなかった。そういや帰りは穴だったのだけど、機内サービスでコーヒーくださいと言ったら「スターバックスのコーヒーでして300円です」と言われてしまった。
えっ、どうしてスタバのコーヒーがこんなところで売られているんだよ。穴はスタバの販売店。
別にスタバのコーヒーを飲むためにカネを払うつもりはないから、じゃあいらないと追い返したのだが(正確にはただ通り過ぎていったのだけれど)、スタバじゃダメだろ。「ルノアールのコーヒーです」とか言えば、インパクトあるのにな。
宮崎空港12時着。いい天気。暖かい。
タクシー乗り場で運転手に、急いでいるからすぐに食える飯屋は、と聞いたら駅の下を指さして「あそこ。でも、まずいよ」と教えてもらった。
急いでいるのでまずくてもいいと思ってそこでメシを食ったら本当にまずかった。
初めての宮崎だったけれど滞在3時間。食ったものはそのまずいメシだけ。
オレの宮崎の印象は、メシがまずい県とすり込まれてしまったのである。
さて、6時近くに東京に帰ってきて、その足でオレが向かったのは六本木。
本日はオレがアレンジをやっている雑誌「ピコロ」の忘年会なのだ。会場は、なんとロアビル。
へー、まだあったのかよ、ロアビル。
主催者に聞いたら「50歳以上の人は誰でも知っててわかりやすい。でも若い人はまったく知らない」とのことであった。
そのロアビルの中のクラブで忘年会。ワンちゃんこと犬飼聖二さんはずっと「へー、ここが今時のディスコか」と、何度クラブですよと教えてもそう言うのであった。
今年は参加者が少なかったけれど、新沢としひこさん、藤本ともひこさん、鈴木翼君などが出席。新沢さんにはたんさいぼうの新しいCDを押しつけて、ぜひ聴くように、とお願いしたのだった。
翼君は売れっ子になってきて、今度はNHKだ。彼の場合、あのキャラが受けている。それでいろんな人が後押ししてくれるわけだ。
見習わねば。っても、オレはもうキャラを変えることはできないしなあ。
アレンジャーの真由美ちゃんと飲む。
若くて美人のアレンジャーだ。しかも素直で、誰に対しても「はい、わかりました」とにっこり。絶対直さないからなっ! と目をむいて逆らうオレとは大違いで、オレのマーケットポジションを激しく脅かすコンペティターなのだ。
先日も「小沢かづとくんの新曲のアレンジお願いします」という注文が来たのだが、見本としてメールされたのがなんとオレのアレンジ。
苦笑しつつ、これはオレがアレンジした曲なんですけど、これをもう一度アレンジしろと言われても困るんですけど、と言ったらあっさりと「じゃあ真由美ちゃんにお願いしますので」と言われてしまったのである。
んがあ。
そんな舞台裏を言わず、素直にはいはいと言ってればいいものを、オレも商売ベタだなあ、いやいや、ここは若手を育てるために鷹揚にならねばなどと、無理して懐を広げるオレ。
帰り道は同じ駅のイラストレーター夫婦と、近くの藤本さんと一緒に大江戸線。はあ、久々に飲み過ぎて深酒だ。
でも楽しかったなあ。
さて、来年も頑張ろう。
そういやパーティー会場でたまたま知り合った若いお姉さん4人組が町田の保育士さんで、オレは強引に名刺とCDを押しつけてきた。ふふふ、こっちの展開も楽しみである。
「日経新聞」
「昭和の終わりと黄昏ニッポン」佐野眞一・文春文庫。さすがに実力派のルポだけあってとても読ませる内容。文藝春秋に連載したまとめだから読んだことのある章も多かったが、こうして通読することで新しく見えてくることもあって、それがいかにニッポンがダメになってしまったか、ということなのであった。凋落日本。今や世界の二等国。毎日100人が自殺する国、しかも小学生が2日に1人自殺する国なんて、とんでもなくひどい国だよなあ。リーマンショック後に急増したらしく、明らかに経済的理由で人生が立ちゆかなくなっている人が増えているのだそうだ。クラスの児童の半分が就学援助を受けている足立区というところもあって、日本はこの先どうなるのだろう。
2011.12.26
本日朝一番で向かったのが、石神井警察。別に出頭ではないよ。免許の書き換えだよ。
前回はスピード違反があってわざわざ府中の試験場まで出向いて、一日がかりでイヤーな思いをさせられたが、今回は無事故無違反。
よって地元の警察署で更新が可能なのだった。しかもおかげでゴールド免許。今度は5年間手続きしなくてよい。ああ、楽ちん。
別にオレが特に優良なドライバーというわけではなく、その証拠に駅前の路上駐車で今まさに写真を撮られようという際になんとか平身低頭で見逃してもらったこともあったりして、要は違反が見つかるかどうかは確率の問題。
土日に近所で買い物するぐらいしか運転しないから、違反でつかまる確率も低いのだ。
反対に毎日仕事でクルマに乗っている人たちは違反でつかまる確率がぐっと高く、それなのに講習時間があまり運転しない人が短くて運転する人が長いというのはなんだか変だなあといつも思うのだが、たくさん運転するからこそちゃんとした講習が必要なのだ、と反論されるとそれもそうだなと思うオレ様であった。
というわけで、石神井警察。
いやあ、楽ちんであった。近いし、全然混んでないし。
係の連中はやる気ないし。そりゃそうだろな、毎日、こんな仕事してたら面白みもありようがないって。
ここで働いているのは警察官なのか、それとも警察を上がりになったOBなのか、中にいた一人はどうも民間くさかったからアウトソーシングしているのか。
いつ頃からか暗証番号が必要になって、でも、なぜ暗証番号がいるのかどうしても理解できず、その暗証番号登録マシンが他人から丸見え状態なのが本当にお馬鹿さん。
しょうもないビデオを見せられて、例によって資源と税金の無駄遣いのテキストを渡されておしまい。
このテキスト、以前は神田にある怪しい名前の企画会社の編集になっていたが、今回は編集の名前すら載っていなかった。警察OB天下り、何もしないで毎年呆れるほどのカネが入ってくる企画会社だったゆえ、さらに隠されたか。以前はその会社のサイトもあったのだが、これが実に怪しかったものなあ。
もっとも怪しい利権団体といえば全国の交通安全*会だ。よく交通安全週間になるとテントを出して旗を振ったりしているじいさん連中がそうだ。
その本部の役員は全員が警*庁OBで理事長の報酬は2000万だそうである。
去年、これに事業仕分けのメスが入ったが、入っただけでまた縫い合わされておしまい。まったく民主党の無能、アホらしさがこの一時だけでもよくわかる。
最近では世間の目が厳しくなってぼつたくりがしづらくなったから、その穴埋めに交通違反の摘発が厳格化された、という噂もあるのだった。
まあ、それはいいや。
ともかくちゃっちゃと免許更新を終えたオレは、とっとと警察署を後にして帰ったのである。
さて、家に帰ったオレは、午後の仕事までにちょっと時間があるからと、床屋に行くことにした。年末なので月曜日も営業している。
娘がヒマそうにしていたので、ついでに娘の髪も切ることにする。まだ小学生だから床屋で十分なのだ。ショートだし。
ちょっと待て、とオレは本棚を探して、なでしこジャパン特集のNumberを取り出してコートのポケットに突っ込んだ。
そして床屋で、いつも娘の髪を切ってくれるお姉さんにNumberのページを開き「宮間のようにしてください」と頼んだのである。
そうである。娘は宮間あやの大ファンなのである。
なぜ自分の名前が「あや」でなかったのかと親をうらみ、宮間がテレビに映れば試合なんて別に負けてもちっともかまわない、というファンである。
そこでオレはせめて娘の頭を宮間そっくりにしてやろうという親心でNumberを差し出したのだ。
お姉さん「はあ」といいながら、宮間の写真を見ながら娘の髪をちょきちょき切って1時間、完成しました、宮間ヘアー。
シルエットは宮間そっくりになって、娘は大喜び。年の瀬にほのぼのとした空気が流れたのでありました。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.12.25
深夜3時半にトイレに起きて戻ってきたら、なんと娘が起きていて「サンタさんが来た!」と、プレゼントを片手に大喜びである。
ふあー、そうかいそうかい、よかったなあ、早く寝ろ。
そう言ったのに娘は「ううん、起きてる」と言ってプレゼントの箱を開けたのだった。
リビングルームは寒いし、放っておくわけにもいかず、仕方ないのでオレもそのまま娘のそばに横になってうとうとと寝る。
時々目を開けると娘は依然として遊んでいるので、寝ろーと言ってオレがまた寝る。
娘8歳。まだ完璧にサンタクロースを信じている。
息子10歳もまだ信じていて、でも、これはたぶんギリギリだろうなあ。今年は「セコムをしていたらサンタクロースが入ってこられないじゃないか」ということに気がついてしまった。
確かにその通りだ。
こうして次第にサンタクロースを信じなくなるのだが、たぶん息子のクラスだとけっこうな数の子供らがサンタクロースの存在を疑っているのだろうなあ。
セコムに個人情報に、サンタクロースも大変である。
関係ないけど、先日イオンに買い物に行った際、安いPBの発泡酒を買おうとしたら、息子が「これ」とキリンの一番搾りを教えてくれた。
なんとオマケになでしこジャパンのカレンダーがついているではないか。ほほう、これはこれは。
実はなでしこジャパンのオフィシャルカレンダーというのをアマゾンで買ったのだが、これがとてつもなくひどいデザインの代物で、オレの目に入るところには絶対に置きたくないというもの。よくこれでカネを取るよなあ、ちょっと呆れた。
キリンのこのオマケのカレンダーは、それに比べればよっぽどマシである。
オレは大喜びで一番搾りを手にしたのだが、ふと見たら発泡酒にもついているから、そっちに代えた。せっかくならなでしこファンの娘にもあげようと思い、一つ発泡酒6缶パックを買った。さらに息子が「男子が欲しい」と言うのでもうひとパック買った。
結局計3パックもキリンの発泡酒を買ってしまったわけで、オレはメーカーのマーケティングにころっとやられてしまったのさ。
さて、年賀状は個人の分はだいたい書き終わり、続けて仕事用だ。ああ、めんどくせえ。
出さないけどいっぱいくるというシステムにならないかな。アホか。
というわけで、今年の重大ニュースである。
ぱんぱかぱーん。えーと、なでしこジャパンが優勝でおれんちも大騒ぎ。これは3位だな。よしっ。
えー、あと何があたったっけ。
まあ、いいや。思い出したらまた書こう。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.12.24
クリスマスにびっくりすます〜。
何かというと新宿のイルミネーションだ。ちょっとクリスマス気分を味わおうとサザンテラスあたりのイルミネーションを見物に行ったのだ。
すげえ人出。それに行列。
何の行列かと思ったら、ツリーの下のスイッチを押すとライトが点灯するという仕組みで、いかにもカップルが喜びそうな。
帰りに池袋のデパ地下でクリスマスのごちそうを買って帰ろうとしたら、とんでもない混雑ぶり。ここは朝7時台の西武線急行か。
ひいひい言いながら何とか買って帰って、おうちでクリスマスをやったとさ。やっぱり家族のクリスマスが楽しいねえ。ちゃんとクリスマスソングを歌ってから、シャンパンで乾杯したよ。
夜、魚せいに行ったら、こんなところは当然クリスマスとは関係なく、適当な客で混んでいる。小上がりの若者4人組が、さんざん食った帰り際「いやあ、いいクリスマスだったなあ」とつぶやいていて、そうかそうか、と思った。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」
2011.12.23
今まで我が家ではクリスマスが近づくと家の周りをきらきらと電飾していた。
ニュースなんかで時々出てくるようなやつね。はっきりいってバカみたいな。
こんなにも無駄な金遣いが他にあるとは思えないようなことで、それならそれでバカでけっこうと開き直ってやっていた。
それが、節電の今年は、さすがに電飾キラキラははばかられる。
いずれやめたいなあ、こんなもの、と思っていたのでちょうどよかったと言ってしまうとも被災地の皆さんには申し訳ないのだが。
同じように考える家が多いのだろう、今年はずっと見渡しても3軒ほどしか電飾ハウスはなかった。
ただ、地元の調剤薬局が毎年こいつはバカかと思うような電飾をしているのだが、今年も変わらずにこいつはバカかという電飾をしていた。きっとバカなのだろう。
ただ、節電であってもクリスマスはやってくる。
ちょっとクリスマス気分を味わおうかと日ノ出町のイオンモールまで出かけて行ったのだが、いつもの週末のショッピングセンターと変わらなくてあまり面白くなかった。
ならば新宿のサザンテラスの電飾でも見に行こうかと思ったら、夕方になって娘が発熱。ありゃりゃ。
出かけるのは取りやめにして、おとなしく家族でそばを食ったのだった。一気にオレんちは大晦日かよ。
夜は息子と一緒にドラクエだ。
「ドラえもん」を読みたい息子は、無理矢理ドラクエをさせられて迷惑そうであった。
ドラつながりだからいいだろう。
「ドラえもん」で思い出したが、ドラベースという漫画をご存じか。
子供がいないと絶対にわからない漫画かもしれないが、これはドラえもん型のロボットが集まって野球をするという漫画である。
ドラえもんが何匹も出てきて中途半端な劇画調で投げたり打ったりしていて、これは許されるのかと思うのだが、ドラえもんファンん十年というヨメに聞いたら「これは別物だから」とアウトオブ眼中なのだった。そりゃそうだろうな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.12.22
今年の暮れは曜日の並びが悪くて、とみんな言う。確かにその通りだ。
クリスマスに3連休とはなあ。
ちなみに子供らの学校は今日で終わり。明日から冬休み。
2学期制なので特に終業式もなければ通信簿もなくて、ごく普通に帰ってきた。親としては少々ずっこけるが、まあ、慣れてしまえばそんなものというわけで。
本日は取材がなく、一日こもって原稿と編曲。
そろそろスマホを買い換えようと思い、富士通のアローズがいいかと思っていたら、なんと異常高温トラブルが発生していることが判明。
しかも、事前にわかっていたらしく、箱には最初から「高熱を発してWi-Fiが使えなくなることがあります」というペラの説明文が入っているということで、富士通、確信犯。買った連中が怒る怒る。
それに対しては、「しかし、富士通を買う方が間違ってるよ」という冷ややかな突っ込みもたくさんあって、そうか、富士通を買っかっちゃいけないのだな。
中には富士通内部からの書き込みもあって「だいたい上が何か余計な機能をつけないと売れないと思ってる」などと暴露。わはは、富士通は楽しい会社だ。
というわけで富士通はやめて、どこにしようか思案中。韓国勢はイヤなので、ここは地味にシャープか。あるいは一気に裏狙いでソニエリか。
でも、買うと設定とかいろいろ面倒なので当分いいや。
そういや、関係ないけどデータバックアップ用に太陽誘電のDVD-Rを買ったら、スピンドルのパッケージに「がんばろう!日本」と書いてあった。
以前から日本製であることを売り文句にしていた太陽誘電製品であるが、それをさらに強調したコピーになったというとか。
それはそれとして、ぼちぼち今年の重大ニュースの発表だな。いや、まだ早いか。クリスマスが終わってからにしよう。
今年も音楽仕事をいろいろやらせてもらったけど、大きいのではナツメ出版の劇あそび用音楽、毎年恒例の音大のミュージカルの曲、同じ音大の先生の授業用の曲、そして調布市のよさこいオリジナル音楽だ。最後のは小沢かづとくんの仕事である。
来年はもっと音楽の仕事を増やしたいものだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「Number」
2011.12.21
上田馬之助が亡くなった。
山本小鉄が亡くなった時「友だちがみんな死ぬ」と嘆いていた馬之助が、その友だちの後を追うように旅立ってしまった。
ガチでやったら強い、と噂されたプロレスラーだった。タイガー・ジェット・シンと組んで暴れたときは、本当に憎らしかったなあ。
それでもシンは本当に頭がおかしいが、馬之助は素はいい人じゃないか、と疑わせる空気をまとっていいた。もっとも「シンだけは別」とマスコミにも遠ざけられていたシンが、実は母国ではものすごい人格者として知られていたというのは、最近になって明かされたのだが。
馬之助の印象的なエピソード。
ヒロ斉藤とチームを組んでいたときの話だ。
仲間割れしてヒロ斉藤が馬之助から独立するというストーリーを考えた新日本プロレスでは、レフェリーのミスター高橋が馬之助に負け役を命じた。
プロである馬之助はもちろんそれを文句も言わず受けたのだけれど、虫の居所が悪かったか、斉藤と感情的なもつれがあったか、「ならば血だるまにしますから」と高橋に答えた。
それを聞いた斉藤は「嫌な予感がするから、高橋さんが(オレの額を)切ってくださいよ」と頼んだものの、高橋は「いざとなったらオレが止めるから」と押し切った。
そしてその一対一の試合をオレもテレビで見たのだが、確かに馬之助の暴れっぷりはすごかった。つーか、なんで斉藤相手にそこまでやるんだ、という不思議な暴れ方だった。
額を切られて血だるまになり、最後は一瞬のエビ固めで勝つというストーリーに身を任せて、やられるままだった斉藤。こっちもプロだ。大流血でふらふらになりながらも、あらゆる反則を受けて試合を作っていた。
それでも馬之助はおさまらず、とうとう斉藤をリング下にひきずり込んでしまった。リング下だから観客からは何が行われているか見えない。
慌ててミスター高橋がのぞき込んだら馬之助は相当に深く斉藤の額にカミソリを入れて切り刻んでいたそうだ。
高橋は「やり過ぎだ、上田さん」と叫んでカミソリを強引に取り上げたという。
後日斉藤は「高橋さんに止められなかったら、どうなっていたか、ぞっとする」と話していたそうだ。
素では温厚な馬之助もぶち切れると怖いというのは、若手の頃にアメリカで命を張った試合を経験していたからか。オレなんかはこういう裏エピソードにしびれてしまう。
狂気を使った反則のオンパレードである馬之助の試合は、実は体力も使わず、早く終わるので楽な試合だった。
試合の序盤は馬之助が反則の限りを尽くして会場を盛り上げて、いよいよというところで相手チームのエースが(例えば藤波が)反撃に転じ、今度はパートナーの斉藤がやられてスリーカウントを取られればよかった。
この省力試合で、観客を温めてメインイベントにつなげば、十分にギャラに見合ういい仕事をしたことになった。
だから上田馬之助のパートナーは楽な仕事だったのだが、しかし試合の後の酒が「本当にイヤだった」と斉藤は振り返っている。
試合が終わると「じゃあ行くか、斉藤君」と馬之助はヒロ斉藤と連れ立って飲みに行き、ハンパでない量を飲むのにつきあわせるのだそうである。プロレスラーが「もう勘弁してくれ」と音を上げるほどの酒を、馬之助は毎晩飲んで、そして翌日はけろっと試合をしていたのだから、こういうしょうもないエピソードにもオレはしびれてしまう。
まっことプロレスの世界は奥が深くて、人間くさいエピソードが満載。一番好きなのは、アドリアン・アドニスの哀しみのオカマレスラーというエピソードなのだが、それは横道すぎるのでやめとく。
上田馬之助でもう一つ印象に残っているのが、猪木対藤波の試合の時のことだ。
藤波が猪木越えに挑むというアングルでの試合が行われ、確か60分フルタイムの引き分けに終わったときのこと、突如新日本とは縁が切れていたはずの上田馬之助が私服でリングに乱入したのだった。
猪木も藤波も素でぽかんとして、「誰が仕込んだ乱入だ?」という顔をしていたから、まったく予告なしの馬之助の個人的行動だったのだろう。
リングに上がった馬之助は両手を大きく広げ「何もしない、何もしない」と言った。マイクを手にアピールするのがお約束なのに、地声で言ったそれは、テレビの音声にもはっきり拾われており、そのあたりもアングルではないことをうかがわせた。
そして馬之助は猪木と藤波に握手を求め、紳士的にリングを降りて帰って行った。
乱入して暴れるのがお約束だったから、この行動に会場は戸惑いに包まれ、なんだったんだ、という空気が漂った。なぜだかこの時のことをよーく覚えているオレだった。
弱小団体に身を転じて細々とプロレスを続けていた馬之助は、遠征帰りのバスで交通事故に遭い、命は助かったものの半身不随の車いす生活になってしまった。
懸命にリハビリに励むものの、言葉さえ満足に発することができなくなった。
そんな姿が、あれは確か「24時間テレビ」だったと思うが、大映しにされたとき、司会の徳光がテレビカメラを十分に意識した苦渋の表情を作って割り込むように「上田さん、お久しぶりです、徳光です」と話しかけた。
そのシーンにオレは、あ、こいつは大昔のプロレス中継していたことだけを引き合いにしてさも馬之助と親しくて、半身不随になった馬之助を案じる古い友だちを演じていると、直感的に思い、以来、その計算高さに徳光が大嫌いになった。
ま、それは余談。
日本人ヒールの草分けにして、誰も真似できないスタイルを築いたレスラーだった。
試合を組み立てているのは、実はヒーローではなくて、ヒールであることをプロレスファンはみんな知るようになった。反則を織り交ぜて攻め続け、会場が十分に温まったところで、相手のエースにやられてみせる。相手のよさを引き出しつつ、観客の反応を確かめながら、流れを組み立てていく。それは頭の悪い乱暴者になどとてもできない芸当。
日本人なのに外人側について観客の憎悪を一身に浴び、かつ脚光はボスであるシンに譲るという芸当をこなしたのは、今思うと相当に切れるプロレス頭があったから違いない。
事故を思えば不幸な後半生だっただろうが、間違いなく大きな足跡を残したレスラーだった。
にやりと笑いながら、いつまでもしぶとく生きていて欲しかったな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.12.20
本日の行き先は、座間である。小田急線。
今何気なく座間と書いたが、これで「ざま」と読む。ザカンではない。
その辺の人にとっては当たり前でも知らない人にはまったく読めないのが知名だよね。石神井公園も難読地名だろう。これは「いしがみいこうえん」と読む。ウソです。
日暮里も、普通なら「ひぐれさと」だよな。
それはともかく、座間である。遠い。とにかく遠い。こんなに遠いところが東京都はとても思えない。と思ったら神奈川だった。
途中、登戸を通り過ぎる。登戸は、えーじくんが住んでいた街だ。こんなに遠くから学校に通っていたのかと思うと、気が遠くなった。
その先には、新百合ヶ丘があった。このへんには、だてポンが住んでいる。こんな遠くからわざわざ石神井公園までたんさいぼうの練習に来ているのかと思うと、申し訳なくて涙が出た。
そして、驚くべきことに座間はさらにその先なのである。
気が遠くなったり涙を流したりしても、まだ届かない遠さなのである。
ただし本当に驚くべきはその先だ。なんと厚木には大学があり、しかもそれは駅からさらに30分もバスに乗った山の中というわけで、座間もびっくりの遠さなのだった。
いや、いかん。話は座間だ。
座間に到着すると、当然ながら駅のアナウンスは、座間ー座間ーと言う。これが、遠くてざまあみろー、というふうに聞こえてたいへんに気分がわるい。座間はとても失礼な街なのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「サッカーマガジン」「SPA」
2011.12.19
取材で新潟まで日帰り。燕というところだ。今回は残念ながら実家には立ち寄れない。
新潟は一昨日ぐらいから本降りになって道はチェーン規制、積雪している。
そこでオレは週末に大慌てでユニクロに走り、ヒートテックを買ってきたのだった。初のヒートテックである。
これはすごいぞう。上下しっかりヒートテック。寒さをまったく感じない。ウソ。ちょっと感じる。
でも、これのおかげでたいして寒くない。すげえなヒートテック。
脱いだときの情けなさに自意識が激しく傷つけられるが、その瞬間だけ目をつぶる、あるいは心を無にすればいいのだ。
湯沢あたりで激しく降る雪を見ながら、ヒートテックのおかげでオレはぬくぬくなのだった。皆さんもぜひはいてください、ヒートテック。
取材が終わって夕方の新幹線を待つときに、売店の新聞に「死去」の大文字。へえ、誰だろ。
のぞきこんだら仰天。北の将軍様のことだった。
大慌てで新潟日報の夕刊50円を買い求め、読む。見出しを見たタニグチ氏が仰天していた。
北の国は大丈夫なのか。「うさぎがピョンヤン」という遊び歌を作ろうと思っていたけど、やめた。
北の国の庶民たち、特に地方の人々は大丈夫なのか。きっと凍えているだろうなあ。ヒートテックでも寄付できればなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「食と暮らしの安全」トンカツの特集。げげ、まい泉のトンカツがPHなんとか剤が入っていて食べちゃダメということになっていた。げげ。
2011.12.18
日曜の朝、息子と一緒に「ドラクエ」をやる。そのままやり続けるかと思ったら息子は、あっさり囲碁教室・将棋教室に行ってしまった。
ならば夜やるのかと思ったら、サッカーが始まってしまった。
メッシである。すごかったねえ、メッシ。
全盛時のジダンとどっちがすごいだろう。たぶんどっちもすごい。
メッシってオレと同じ背の高さで、それであんなことができるんだからオレにもできそうだけど、きっとできないんだと思う。当たり前か。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.12.17
腕が痛くて痛くて泣きそうなのだ。
マウスを使いすぎるのか。音楽制作にはマウスが必須なのに、5分も使うとじんじん痛んでイヤになってくるのである。
とほほ。これも加齢か。
そうなのである、この年になるとたいていのことは医者に相談しても「加齢です」とあっさり片付けられてしまうのである。
医者も手抜きじゃないのか。
あまりに痛いので、安いタブレットを買ってきてペン入力にしたら、すげえ楽。こりゃいいや。
でもペン入力はちょっとの加減でずれちゃったりして、操作していてイライラする。ストレスだ。
おかげで5分もすると頭に来てマウスに戻ってしまう。
そんなわけでマウスとペン入力を行ったり来たりしているのが最近のワタクシ事情であった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.12.16
CDに聴き飽きると、クルマの中ではFMラジオを聴く。最近のお気に入りはNACK5。つまり埼玉のローカルFMだ。
この曲は一般的なFMのイメージと違ってあまり曲を流さず、リスナーからの投稿とトークが中心。まるで高校時代にかじりついて聴いていた深夜放送のような雰囲気だ。
もっともリスナーからの投稿はホームページからが基本というのが、時代の流れだ。
今日も聴いていて、クルマの中で1人爆笑したネタ。
その1。電車の中での高校生の会話。
「今度の転校生、名前何だっけ」「佐藤マサキだ」
「どんな字?」「田村正和のマサに樹木希林のキ」
「ふうん、そうなんだ」
電車の中の全員が心の中で「どのキなんだよっ」と突っ込んだらしい。爆笑。
その2。
あるドラマのプロポーズのシーンで、彼が花束を彼女に渡していた。それを見ていたカップルの話。
彼女が「私は花束なんかより食べ物がいいな」と言ったので、彼氏はよしわかったと、1万円のメロンを彼女にプレゼントしてプロポーズした。
すると彼女は「お見舞いかよっ!」と激怒。あっさりふられてしまった。
爆笑。
ラジオは楽しいなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」今月号はあまり面白くなかった。別冊の機材特集が、やっぱり見ていて飽きない。ところでポール・サイモンが70歳記念でまた紙ジャケットCDを再発売だと。4年くらい前に再発したじゃないか、紙ジャケ。オレは全部買ったぞ。また買わせるつもりかよ、あのおっさん。冗談じゃないぞ。
2011.12.15
秩父へ仕事に行った。
ただ一言、遠い。
遠い遠い遠い。一言では済まなかった。
しかしこんな山奥にも人はたくさん住んでいてちゃんと街がある。このあたりは山窩(さんか)となじみ深いところだ。
山窩とは山の民。定住地を持たず山の中を移動しながら暮らし歩いている謎の人々だ。
住民票も戸籍も持たず、独自の教育の中で生きている。
そんな連中に一時興味を持っていくつか本を読んだりもしたものだ。
その謎の民をとらえた世紀のスクープ写真というのがあって、実はそれは完全なやらせだというのが発覚したという事件が大昔にあったらしい。
まあ、それはともかくとして秩父である。
なんとなく居心地の良さそうな山の暮らしが感じられて、なかなかよいではないかと思った。
ただ、ひたすら遠い。とにかく遠いのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」
2011.12.14
西海孝のCDを聴いて思ったのが、そういや昔学校で習った曲って案外よかったよなあ、ということだった。
いわゆる童謡唱歌についてはCDは山ほどあり、オレも山ほど持っている。
そうじゃなくて、ここで言うのは、「草競馬」とか「麦畑」とかの外国の楽曲だ。「スワニー河」なんて最高だったねえ。
そういう曲を今聴き直したいと思っても、実は案外音源がないということに気づいてちょっとびっくり。そこで買ったのが、フォスターの楽曲集だ。
フォスターの歌は「夢見る人」「オールド・ブラック・ジョー」「ケンタッキーの我が家」「故郷の人々」など、学校歌曲の王道ばかりだ。懐かしいねえ、いいねえ。
以前フォスターの評伝を読んだのだが、どうにも弱々しい人生を歩んだ人だったらしく、なんとか音楽で食うために妻を田舎に置いて都会に出たものの、結局最後はポケットにわずかなカネを残したまま孤独に病死してしまうのだった。
その頃に田舎に残してきた妻を思って書いたのが「金髪のジェニー」だったりする。
「故郷の人々」の著作権をわずか10ドルで売り渡してしまったりと、徹底的に商売センスのない人だったようだ。
残された楽曲はどれも心にしみいるなあ。
レコードもない時代、音楽を人に伝えるには楽譜しか手段がなかった時代につくられた歌だ。
聴いているとあちらこちらに明らかにアイリッシュの臭いが感じられる。これがまた日本人の琴線に触れるのだろうかね。
もしかしたらアメリカで最高のソングライターだったのかもしれないな。ポール・サイモンと並んで。
このフォスターの楽曲に現代の言葉を載せて歌っている西海孝の音楽も、これまた素晴らしいのであった。時々聴くけど、染みるぞう。
なお、この西海孝のCDを中身も確かめずにジャケ買いしたのは、日ノ出町のイオンモールのツタヤだった。言うまでもなく、先月、中学生が持ち込んだ万引きCDをそれと知りながら買い取り続けていたことで大目玉を食らって新聞沙汰になったあの店である。
フォスターの古き良き時代にも万引きはあったのだろうか。なんのこっちゃ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.12.13
なんと、アレを忘れていた。すっかり。
ドラクエだ、ドラクエ。
かつての名作1〜3がまとめてWii用に発売されていたのだ。買おうと思ってすっかり忘れていた。
あわててアマゾンで注文する。3700円。
初回限定版の小さなメダルがつくと一気に2千円も高くなって5700円。メダルは別に要らないから3700円にした。
オレんちにはゲーム機などないと思われているようだが、実はWiiが置いてある。それも、子供ではなくてオレが自分用に買ってきたやつだ。
それを子供が勝手に借りて使っているという仕組みで、オレが「返せ」と言ったら子供は文句も言わずに返さなくてはいけないのである。
いいやり方ではないか。これならいちいち子供を怒ることもなく、子供も納得してゲームをやめられるのだ。
楽しみだなあ、ドラクエ。でも、本気でやり始めたらとんでもなく時間を取られてしまうので、ちょっとちだけにしよう。
***
週刊文春のコラムで林真理子が「昔の祭りを駆逐する外来種」「ヤンキーたちは新しい遊びを見つけた」と敵視してみせたのが、よさこい。
実は調布市のよさこい祭りのオリジナル音楽を頼まれていて、本日、完成・納品となった。
作詞・作曲・歌はシンガーソングライターの小沢かづとくん。編曲、演奏、録音がねりま丹後湯ことオレ。
調布市からの正式発注による、調布市オリジナルの正調よさこいなのだ。
来年から調布市内の各種イベントで使われる予定で、調布の夜空にオレのつくった音楽が鳴り響くのであった。おお、それはなんと素晴らしいことではないか。
皆さん、ぜひ調布市のよさこい祭りに行ったら、音楽にも注目してください。ついでに林真理子に会ったら、余計なことを言うなとはたいてやってください。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊ポスト」「ゴルゴ13」
2011.12.12
6時過ぎに車で家を出て、高崎まで。
高崎駅にクルマを置いて新幹線で新潟。
冬はクルマで行けないから、これが一番のパターンである。
東京や大宮まで電車で行くより、クルマで高崎まで行っちゃった方がずっと早くて楽、という立地なのだ。オレんちは。
23区なのに東京より高崎に近いって、そりゃ練馬だもの。
高崎駅の駐車場は1日停めてわずか1000円。安いなあ。大宮だと1日停めて1万円だから雲泥の差だ。六本木なら1時間停めて1200円。
インタビュー相手と雑談したら、なんと出身高校が同じであることが判明。ありゃー、同窓でしたか、とお互い一気に和む。
今は東京に暮らしているけど、ふるさとの企業が元気で頑張っているのはとても嬉しいから、ますますの躍進を期待します、とエールを送る。
こんなに近くまで来て親の顔も見ないでとんぼ返りするのは罰当たりだから、特急とタクシーを乗り継いで実家へ。
母の煎れてくれたお茶を飲みながら、1時間ばかり両親と話す。
5時過ぎに実家を出て、タクシー・特急・新幹線・クルマと乗り継いで9時ジャストに家に帰り着く。半日かけて里帰りしていた昔を思うと、まったくたいした進歩だ。
新潟駅のホームでは、駅の立ち食いそばを食う。これが旨いのだ。
高校時代、陸上の大会があると帰りに必ず食ったものだった。今も同じ味であるわけはないのだが、旨さは変わらない。
もっともこれだけでは晩飯に足りないので、帰ってきてからセブンイレブンの豚まんを食ったのだった。さして旨いものじゃないねえ。
焼酎のお湯割りを飲みながらニュースを見て、あくびしてから寝たのだった。
新潟はみぞれ交じりの冷たい雨が降って、空はどんより灰色。東京は一日中乾燥してからりは晴れ上がっている。
この違いを見た田中角栄が、新幹線開通に執念を燃やしたのもよくわかる。
「日刊スポーツ」「文藝春秋」遠藤保仁が北朝鮮戦のこと振り返っているが、たいした内容じゃなくてがっかり。載せるなよ、こんな空っぽのものを。
2011.12.11
犬やネコの飼い主のマナーが悪くて、道ばたにはいつも犬のフンだ。
驚くべきことに幼稚園児がお散歩で歩くその道にもフン。職員たちが子供の先頭に立って「ここにうんちがありますよー」と子供に注意を促していて、なんとも困ったものである。
我が家の庭には、ネコである。時々飼い猫がやってきて堂々とフンをしていきやがる。
憎い。ぶったたいてやろうかと思う。
犬は嫌いだがネコは好きで、実家に暮らしていた頃は一緒に布団に潜って寝ていたほどのネコ好きであるが、他人の家に変われているネコなどたんなる畜生である。自分の子供は鳴き声さえも可愛いが、他人のガキは鬱陶しいだけだ。それと同じ理屈である。
あまりにも憎いので、ネットでネコよけの薬を買って使ってみたが、効いているのか、効いていないのか、よくわからん。
いろいろと見ていたら、酢が一番効くという情報を発見。ペットボトルに酢を入れて、水で薄めて撒くのが一番効果的なのだそうだ。
おお、そうか。
見れば台所には賞味期限切れで捨てる酢がある。よし、早速これを使ってにっくきネコどもを追い払ってやる。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.12.10
皆既月食である。
11時頃に夜空を見上げると、きれいに澄んだ天空に確かに欠けた月が浮かんでいる。
おお、あれがそうか。
言われなければ普通の三日月と思うだけだったろうなあ。
せっかくだから息子を起こして見せてやろうかと思ったが、いくら揺すって起きない。相当に疲れているのか、ぐっすり寝入っているのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.12.09
「仕事は来た順」。
Vシネマの男優の言葉だそうである。これは名言だと思うなあ。
ギャラの多寡は関係なし。クライアントも選ばない。発注してくれた順に淡々とこなす。
これぞフリーのあるべき姿。オレもかくありたいと深くうなずいたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」「ゴルゴ13」
2011.12.08
京都で会った相手が、たまたまオレの母校の後輩と判明。今年社会人になった若者だ。
長期凋落が続く母校について話をしていると、「偏差値が上がって、恐れ多くも明治を抜いちゃったりするのでしょうか」と言う。都心の校舎を超高層化して人気を取り戻そうという母校の作戦についての話の時だ。
え、恐れ多くも明治を抜く? なんだって? オレの時は明治なんて滑り止めだったぞ。
そう話したら社会人1年生の後輩は「ほんとですかっ」と驚愕。
あのなあ、昔はJALと言って、上智、立教と並んだんだぞ、と教えてら心底信じられない顔をしていた。
うーむ、明治に負けているとはなあ。うーむ。情けない。
***
学研の保育雑誌「あそびと環境 0・1・2歳」の4月号が送られてきた。店頭に並ぶのは春であるが、その前に定期購読を獲得するために置かれる分ができたのである。
この付録CDはまたオレのアレンジ。うち1曲はオレの新曲「いただきマックス」だ。作詞・作曲・編曲に加えて、今回は振り付けまでオレが創っているオール完全オレ様仕様。さらにボーカルはヨメでコーラスは息子と娘という、オール完全丹後家仕様。
皆様、ぜひお買い求めの上、お聴きください。
「夕刊フジ」「週刊文春」
2011.12.07
本日は7時3分の「ひかり」で静岡だ。午後は京都に移動で京都宿泊。
泊まったホテルがけっこういいホテルで、出張でこれはありえないなあという感想。
ところが一つ、致命的な問題を発見。なんと部屋に風呂がないのだ。シャワーだけ。
風呂に入りたければ最上階の大浴場だ。
どれ、しょうがない、行くかと酔った頭で考える。スーツで浴場に行くバカもいないだろうから、オレは部屋着に着替えていくことにした。部屋着でお越しください、とホテルの案内にもあったし。
そしてオレはホテルの部屋着姿にスリッパ、片手にバスタオルを抱えてエレベーターに乗り込もうとしたのだが、扉が開いた瞬間に見たのは狭いエレベータにいっぱいのお客。スーツ姿やカジュアルや、要するに普通に街の中の姿で今チェックインして乗り込んできたというところだろう。
その中にパジャマみたいな格好でバスタオルを抱えて乗り込むことは、オレの美意識が許さなかったのであります。
結局、シャワーにしたオレであった。やぱりホテルの部屋には風呂が欲しいなあ。
「ジェノサイド」高野和明・角川書店。異常に評判が高いので読んでみた。なんとも壮大なほら話である。そのホラを本当らしく見せかけるために、徹底して細部にこだわってリアリティを持たせるという手法。スティーブン・キング得意のテクニックだ。ただしこの作者の場合、うまいのはそれから先を思い切り単純化させるところである。リアリティを追求して思い切り話をややこしくして、なんだかわからないがすごそうだなとこっちが思った頃に、よーするにこういうことだよ、というシンプルな本質をポンと目の前に差し出してくれる。こういう小さなカタルシスをどんどん積み上げていって盛り上げていく構成であり、とても上手だなと思った。ところどころ生硬な表現があったり、日本人傭兵の描かれ方が中途半端だったりするけれど、全体として相当クオリティの高いホラ話。これだけ広げた風呂敷をどうたたむのかと思ったら、最後の収斂のさせ方も見事であった。高い評価も納得の一冊である。ただ、戦争シーンは相当に残虐な描写があるので、これから読む方はご注意を。
2011.12.06
朝から一日中高層ビルの32階にこもって取材仕事。いやあ、疲れたなあ。
高いところはやっぱり苦手だ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.12.05
クリスマスプレゼントを何にするか、決めさせる。
サンタさんにメールしておいたからな、と言ったら子供たちも一安心の表情だった。
息子10歳、娘8歳。
いつまでこれが通用するかなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.12.04
別に強制したわけでもないのに息子は毎晩寝る前に1時間ほど本を読む。
今はハリーポッターのシリーズを続々と読んでいる。
常に次の本を探さなければならないのがたいへんだから、シリーズものを与えたのだ。おかげでしばらくは本探しに悩まなくて済む。
現在第4巻の上まで読んだようだ。
「そろそろ続きの5巻が欲しい」というので、よし、ブックオフで買おう。上下あわせて100円だし、とブックオフに寄ったのだが、残念、4巻までしかなかった。
しょうがない、アマゾンで買うか、と思って帰ってアマゾンを見る。あった。古本で上限あわせて274円。
新刊なら上下で4000円が、古本ながら美本で274円。こりゃたまりませんな。
そして驚くことにアマゾンはそれを送料無料で送ってくれるのだ。しかも翌日に。
うーむ、274円の本が送料無料。どうしてそのような経済が成立するのだ。
さっぱりわけわからん。
その辺の本屋がつぶれるわけだよなあ。
ハリポタシリーズは全部で7巻、半分まで来たから、案外早く読破してしまうかも。うーむ。
次は何を読ませようか。ハリポタみたいなファンタジーばっかりというのもちとアレだし。
何か宇宙もので面白いのでも探してやろうか。
ハリポタは思いのほか面白かったらしく、息子は「お父さんも読みなよ」とオレにすすめる。そ、そうか、そうだよな。
小学生の息子が読めと言ってるのだから読まなければな。
オレは、今読んでる本を手にして、こ、これを読み終わったらな、とごまかすのであった。
そして、えーと、お前が本を読んでるのにアレだけど、お父さんはちょっと魚せいに飲みに行こうかなあ、なんて。
息子はハリポタの本からちらっと顔を上げて「はーい、いってらっしゃーい」と言うのであった。立派な息子にタコな父なのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」
2011.12.03
その朝日新聞だが、今日の朝刊の一面下にこっそひりと「ごめんなさい」という見出しで謝罪を載せていた。恥ずかしかっただろうなあ。
それにしても、井澤君も伊達君も「今年は喪中はがきが多い」と言ってたから、そういう年なのであろうか。切ない一年だったよなあ。
なでしこがなければ、救いようのない一年だったかもしれない。
そんな中、いよいよたんさいぼうが本格始動だ。この世の中を明るく照らす牛、じゃない、星、たんさいぼう。今日も頑張って練習しました。
練習してもあんまり変わらないのはどういうことだろう。一番の問題は、練習したのにそのことをすっかり忘れて「あれって、どうだっけ」という話から始まることだ。ああ、情けない。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.12.02
んもう、朝日新聞ったら〜。
子供向けに我が家では「朝日小学生新聞」と「読売こども新聞」を取っている。後者は週に一回だから、新聞というレベルですらないのだが。
びっくりしたのは今日の「朝日小学生新聞」だ。
一面で2番目に大きな見出しで「仮説住宅」と思い切り誤植しやがったのだ。
あまりにも大きなミスを発見すると人間って、えーと、もしかしてオレが間違ってるんだっけ、と一瞬フリーズしてしまうわな。
オレもそうだった。そのばかでかい「仮説住宅」の見出しを眺めながら、これには何か理由があるに違いない、としばらく考え込んだ。
朝から小学生新聞を真剣な表情で凝視して固まっているお父さん。
もちろんどう考えてもこれはたいした誤植なのだ。
おーい、見てごらん、と息子を呼んで、ほれほれ、これみろ、と教えてあげたおれは、こういう朝日新聞の人みたいなろくでなしになってはいけませんよ、と息子に人生を語ったのであった。
見出しをつけた整理部は全国の小学生に鼻で笑われたであろうぞよ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「美味しんぼ」
2011.12.01
音楽ライターにして音楽制作者にしてオレの後輩であるドバシ君が、またCDを送ってくれた。
ドバシ君は今年自分のレーベルFLY HIGH RECORDSを立ち上げて、意欲的にリリースを続けている。
今回は、その初の洋盤リリースだ。
サンプル盤を2枚いただく。
いずれも1960年代アメリカの音だ。
60年代ってもう半世紀も昔なのか。
ビートルズが登場して、洋楽に革命が起きた時代。そしてフィル・スペクターが音の魔術を聴かせてくれた頃だ。
ドバシ君のレーベルの今回のリリースも、そのフィル・スペクターもの。
まずはこれ、なんともたまらないキュートなジャケットの「パリス・シスターズ・シング・エヴリシング・アンダー・ザ・サン!!!」である。
これはこのジャケットそのまんまの音。
アンダーザ・サン、太陽の下で古き良き時代のアメリカ姉ちゃんたちが楽しげに歌うのだ。
いいねえ、これ。昔のアルバムのリイシューだから40分もかからずにあっという間に終わっちゃう。
夏の午後にうたた寝したような気持ちになれる音楽だ。
そしてもう一枚がこれ。
ジャック・ニッチェ「ロンリー・サーファー」である。インストものだ。
ジャック・ニッチェというのは、このジャケットのメガネの兄さんのことかと思うのだが、オレもよく知らないけど、要するにフィル・スペクターをアレンジャーとして支えた人なのである。
フィル・スペクターは、有名どころで言えばビートルズの「ロング・アンド・ワインディング・ロード」にゴージャスなオーケストラとコーラスを勝手にかぶせちゃってポール・マッカートニーを激怒させた人。
あれはどう聴いても元のアレンジよりフィル・スペクター版のほうがいいじゃん。
そういうゴージャスな分厚いアレンジが得意な人で、ちょっと前に出た評伝では帯に「エコーを。もっとエコーを」と書かれてあったが、まさにリバーブをたっぷりかけた奥行きのある音が特徴だ。
それにタイマン張った音を創ろうとして発表されたのが大瀧詠一の「ロングバケーション」で、その時のレコーディングの様子が本人の口からレポートされた「サンレコ」の特集記事は実に興味深いものだった。
実はドバシ君は高校時代にこの「ロングバケーション」に出会ってしまって人生が変わってしまったそうである。そのつながりで今回のリイシューも、ドバシ君の思い入れが十分に反映されたものとなっているのだ。
さて「ロンリー・サーファー」、もう3回転目をしていて、聴きながらこれを書いているのだが、とても気持ちのいい音である。オレ的には名曲「ひき潮」が嬉しくて嬉しくて、涙なしには聴けないのであった。
昔のローファイな音ではあるのだが、一つひとつの音が丁寧に作り込まれていて、それがなんとも言えない温かみを感じさせてくれる。パリス・シスターズが夏の午後のうたた寝なら、こっちは春先の埃っぽい空気の中で散歩しているような感じだ。
ドバシ君、いつもありがとうございます。
こういう隠れた名盤を着実にリイシューしてくれるFLY HIGH RECORDSは、実に良心的なレーベルだと思う。いや、ほんと。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」
2011.11.30
知らない番号の人からの着信通知があったので、かけ直してみた。
相手が出た。もしもし、と言うと「あー、お世話になります、ナガミネさん。アラ*ンです。それで売買契約書をそろそろお願いしたいんですが」と、早口で男が答えた。
んが。また、ナガミネか。
えーと、お間違えではありませんか、ワタクシはタンゴと言いますが、と応じる。
相手は「あ、ナガミネさんではありませんか。すみません失礼しました」と、慌てながらも極めて常識的で礼儀正しく電話を切った。
そうなのである。最近は「ナガミネさんですか」とかかってくる間違い電話が多いのである。
違いますよーと切って、続けてまたかかってくるということはないから、きっと番号を確かめてかけたらちゃんとつながっているわけで単にオレと非常によく似た番号のナガミネさんがいるのだろう。
売買契約書という言葉が出てるから、何かの商売をしている人なのか。
よく似た番号で間違えられているということは、ナガミネさんのところには「もしもし、タンゴさんですか。早く原稿を書いてくださいよ」という間違い電話がいってる可能性もある。それはちょっとなんだか気になる。
間違い電話と言えば、以前よく台湾人からの留守電が入っていた。
「今、ニポンに着いたよ、電話ください」「ホテルでまてるよ、電話ください」「どうして電話くれないの、カタログ、明日、必要よ」「どうして電話くれないよ、ワタシ、台湾に帰るよ」。
ちなみにおっさんである。
こんな調子でいつも待っているのだがなかなか会えないうちに台湾に帰ってしまうようで、そんな留守電が半年に一回ほど続けて入るのだった。
なぜだかいつも留守電の時にかかってくるのが、おかしかった。
あるとき、たまたまリアルタイムで電話に出ることができたので「この番号、まちがてるよ」と教えてあげたのだが、けっこう納得しなくて、「どうして来ない」「約束守るよ、あなた」とうるさかったな。最後にはなんとかわからせて電話を切ったのだが、まったく迷惑な話であった。
**
次も迷惑な話。
またポール・サイモンのベスト盤が出たのである。2枚組。
70歳記念だって。どう突っ込んだらいいのやら。
ここのとこ毎年のようにベスト盤やら記念盤が出ていないか、ポール・サイモン。いったいオレは何枚の「明日に架ける橋」のアルバムを持っているのか、もう自分でもわからなくなってきた。
どれだけファンからむしりとるのだろう、このおっさん。ファンだから出されれば買ってしまうではないか。本当に迷惑である。
毎回のように企画盤には釣り餌が付いていて、今回は「サウンド・オブ・サイレンス」のソロライブ音源、しかも初公開、というのがついているらしい。
いったい「サウンド・オブ・サイレンス」のバージョン違いを、いったいどれだけ持たされているのだ、オレは。
ファンとしてはもう迷惑だからベスト盤は出さないでもらいたいものである。
今回の70歳記念ベスト盤だが、2枚組4000円で、さすがにもういらないなあ。ファンであるが、無視するのだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「モダンタイムス」(上・下)伊坂幸太郎・講談社文庫。キャラの造形や伏線の張り方などは相変わらず見事である。システムによって“そういうことになっている”という世界観については、まあ、どうでもいいか。ひたすらキャラの立っている登場人物の魅力のみによって最後まで読まされた本。リーダビリティ抜群なので、最後まですらすら読めるのは、さすがである。
2011.11.29
伊坂幸太郎の本に「インターネットがない時代に人はどうやって検索していたんだろう」というフレーズがあったが、まさしくネットのない時代にはどうやって調べ物をしていたのだろう。
オレはとりあえず新宿の紀伊國屋に行って手当たり次第に参考図書を買っていた記憶がある。
同じく携帯電話のない時代にはどうやって連絡を取り合って、メールのない時代にはどうやって原稿の納品をしていたのだろう。
昔は一日出かけてて事務所に戻ると山のような留守電でうんざりしたものだった。多いときには20本以上もの留守電が入っていて、聞いて折り返して、というだけで1時間かかったものだった。
今は本当に電話は少なくって、たいがいはメールで用が足り、急ぎの用件は携帯に、緊急の時は固定に、という感じ。事務所の固定電話が鳴ると、なぜか身構えちゃうものね。
そんなわけで昔は不便だったなあ、今は便利だなあと思うのだが、しかし、未来になったら「タイムマシンのない時代には人はどうしてたんだろうね、不便だったろうなあ」とか言うのだろうか
タイムマシンと言えば、トヨタの実写版ドラえもんのコマーシャルは最高だな。ジャンレノがドラえもんで小川がジャイアンなんて、最高のキャスティング。まさにネ申キャスティングだよ。
ドラえもんオタクのヨメには不評であるが。うひゃひゃひゃ。
2011.11.28
今年はどうも喪中はがきの数が例年より多いなあ。
そんなことを考えながら、浜松でキベさん、カトーと飲む。店はいつもの一*者である。
本日は4時に起きて4時57分の電車に乗って東京駅へ行き、ホームで早くも駅弁を食べてしまって6時13分の「のぞみ」で大阪なのだった。
その後、大阪から名古屋と流れて、明日は豊川稲荷の豊川なのだが、そこは名古屋と浜松の中間くらいにあるので、ならば浜松に泊まっちゃおうと思ったのだった。名古屋に一人で泊まるのって、すごくむなしいし。
そして、浜松に泊まるならキベさんとカトーと飲まなければと思った次第。
すみません、私、嘘つきました。本当はキベさん、カトーと飲みたくて浜松に泊まることにしたのでした。
そしてこうして一*者で旨い酒を飲んでいるというわけである。
この店、酒も肴もなかなかに旨いのだが、ちょっと高飛車になってきた気がする。「刺身は一人一品お願いします」と言われたり「ご飯だけの方はお断り」みたいな張り紙とかに、そんな印象を受けた。
もともとがけっこう高い店である。普通の居酒屋気分で調子に乗っていると、支払いで「えっ」となる。実際そんな客の姿も見た。
それへの伏線で、刺身は一人一品(値段の分だけ食っただろう)とか、キリのいい会計とか(端数おまけてしておきました〜)。
カトーが「オレは一つの店でこうやってだらだらと飲むのが好きなんだよ」と言ってるように、他の店に移動することなく2時間半、ここで飲み続け、食い続け、しゃべり続ける。話題は相変わらずどうでもいいような与太話。
合計1万8000円。食って飲んだ中身を考えれば妥当な金額で、これが東京なら2万5000円はしただろう。
一人6000円。全員自営業だからといったら、店のおばちゃん、「わかりましたあ〜」と6000円の領収証を3枚くれた。えらい。
ホテルは浜松駅前。最近は新しいホテルもできていて、浜松のホテル競争は凄まじい。
なんとオレが泊まったホテルは、開業1年という新しいホテルなのに1拍4100円。
いやあ、びっくり。駅から1分のビジネスホテルが、素泊まりとは言え、4100円だ。
飲み代より安い。
去年は7000円が相場だったのにすさまじい値崩れで、まさに捨て身のチキンレース。こういう価格は世の中を悪くするから、ちゃんと適正価格で商売できるといいのだがなあ。
それにしてもどうして4100円という中途半端な値段なのだろう。4000円に消費税だと4200円じゃないか。
そう言ったらカトーが「4200円だとシニだからじゃないか」と教えてくれた。おおなるほど、ポン! カトーくん、ありがとね。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.11.27
洗足学園こども短期大学の学園祭に行き、オレが音楽をつくったミュージカルを見る。伊達君も一緒だ。
3年連続となるこのイベント、オレもお手伝いさせていただいて3回目。なんだかかっちょえーな、オレ。音楽監督みたい。パンフレットにもちゃんと音楽担当として名前が載ってるし。コピー製本のパンフだけど。
でも洗足学園の本体は音楽大学だし、音大から頼まれて音を作るっていうのは相当なプレッシャーではある。なのに、あー、大丈夫ですよー、任しといてねー、みたいな裏付けのない自信で相手を安心させるのは、広告業界に生きてきたものとして身に染みついた芸である。
それはともかく、「魔法のレストラン」と題したこのミュージカル、今年もさすがのできばえである。学生たちは皆芸達者で、たいしたものである。でも一番すごいのは、やはり指導の先生だな。
よくここまでつくりあげたものだ。拍手。
終わって庭で簡単な昼飯を食って、ふらっと地下の学食へ行ったら、ついさっきまでスウィングジャズのライブをやっていたことが判明。しまった、メシを食うなら地下で食うんだった。残念。
今度浅草に行ってスウィングを聴いてこようっと。伊達君も行かない? 遠いけど。
それにしても短大の子たちは保育の専攻だからともかくとして、四大は音大だから学生たちの演奏は素晴らしいものだ。学園祭の庭でなにげなくサックスのバンドが演奏していたりして、それがまたとっても上手だったりして、ただぼけっと聴いているだけでも楽しいのだ。
オレはやっぱり音楽が好きだなあ、と思うのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.11.26
今年は三の酉まである。ということで、最後の酉の市で、駅の裏側にある地元の神社へ家族と行く。
毎年家族で締めるのだ。
土曜日であり、天気もいいということで、たくさんの人出だ。狭い境内がぎゅうぎゅうの状態。
店は大判焼きとか小さなものが主流で、熊手売りも2軒。健全な神社なので飲み屋はまったくない。大変よろしいことである。
舞台では獅子舞をやっていて、終わったら子供の頭をかじっていた。我が家の子供たちも行列して、頭をかじってもらった。ついでに恵比寿様もいて、鐘を鳴らしてくれた。
きっとこれで来年も無病息災、頭も賢くなるだろう。
娘のお楽しみは屋台の大判焼きのチーズ入り。兄妹で一つずつ買って、かほかのを食べながら歩いたのだった。屋台の皆さん、また来年。
そういえば今年は七味唐辛子の屋台が出ていなかったなあ。毎年あそこで唐辛子を買うのが楽しみだったのだが。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.11.25
先日「どんな会社の就職説明会に参加しても、どれも素晴らしい会社だと思えて来ちゃって困るんですよ」という学生がいて、大笑いした。
が、ふと我に返れば、「こんなソフトができました」とメーカーからメールが来るたび、おお、これぞエフェクターの決定版! と決めつけてすぐ買っちゃうオレも似たようなものだ。学生ならまだしも、50年以上も生きてきてこれではあまりに情けない。
そういやその学生の隣にいた別の学生は、鈴木大地がオリンピックで金メダルを取った年の前に生まれたのだそうだ。ふえー、そんな人間が社会に出てくる時代になったのかよ。
まったく人間ていうのは、こうやってどんな世代も同じことを繰り返してきたのか。
ポール・サイモン「母とこの絆」の「人生はこうやって繰り返されていく」というフレーズが身に染みるぜ。
さて、LTEがリリースされて、ぼちぼちオレもスマホの買い換えだな。またドコモに行って戦ってくるか。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」
2011.11.24
ガチンコの取材をすることになり、終わったらぐったり疲れてしまった。久しぶりであった。ガチンコインタビュー。
だもんで帰ってきたらとことん疲れてしまい、急ぎの原稿も手に着かず。ぐだーっと横になるのだった。
それにしても日本橋あたりはずいぶんと大きなビルが並ぶようになったなあ。
その、まさに日本橋の橋を渡ろうとしたら橋の下で船が待機していて、川下りをやってるんだと。30分1000円。
「スカイツリーも眺められますよ」とのことだったので、子供を乗せたら喜びそうだなあと思った。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」「女性セブン」ちょっと皇室の記事が読みたくて、珍しくも女性週刊誌を購入。
2011.11.23
ありがたいことに仕事がたてこんでいて、早く書け、今書け、すぐに書けと原稿の山が襲ってくる状態で、へろへろである。
本日はなんと朝の6時半から原稿を書き始めた。一日中原稿仕事である。
一応モノカキではあるのだが、著作物を書いているのではなくて請負で文章を投げ売りしているのであり、そこに主体性はなく、いかに一つひとつの納品物で高い顧客満足度を得るかが勝負である。
請負ってのはそんなもんさね。
ストレスがたまろうが、好きなように書けなかろうが、修正が改悪であろうが、全部ギャラのうち。ぶつぶつ言う筋合いのモノではなく、ひたすら書くのみである。
そんなわけで、せっかくの祝日、皮肉にも勤労感謝の日なのに子供と遊ぶこともできず、ヨメに頼んでヨメの実家に電車で連れて行ってもらった。
これが裏目に出た。
夕方、ぼちぼち実家を辞して帰ろうかという頃合いになって西武線が止まっているという報せ。あらまあ。東久留米駅で人身事故だと。
休日の帰宅時間近く、これはけっこうな混雑になるなあ。
とりあえず様子を見て実家で待ってろとヨメにメールする。2時間近く経ってようやく電車は動き始めたようだが、ツイッターを見たら案の定、すごい騒ぎになっていることがわかった。
復旧して電車が動き出しても1駅進んでは10分止まる状態。もちろん車内は朝7時台のラッシュ並み。
休日ゆえに家族づれや買い物帰りが多くて車内はすし詰めで「赤ん坊が泣き出した−」「困ったオヤジが怒鳴り始めた。おめーが一番うるせーんだよ」などというツイートが飛びまくっている。
あれまあ、困ったなあ。こんな状態では子供2人を連れて電車で帰るのも厳しいわなあ。
というわけで、途中の駅までなんとかして来てもらい、オレがその駅まで車で行って合流することにした。ヨメが一人なら気をつけて帰ってきてねーと言うだけだが、子供が一緒だからそうもいかない。原稿の手を止めて、車で向かったのであった。
無事に小平駅で合流し、難なく家路につく。帰ったら残りの原稿をやらなきゃなあ。
と、そこで事件は発生した。
家の近くの路地に車で入った途端、細い道一杯にトラックが止まって通せんぼしているのである。ありゃま。なんという迷惑な。
よく見たら、なんだ、黒いネコの絵が描いてある。配達途中か。
ならばいたずらにクラクションを鳴らして近隣の皆様を不快・不安にさせるよりは、どうせ2、3分で配達を終えて帰って来るであろうドライバーを待てばいいと、温和な常識人のオレは考えたわけだ。
案の定「あわわわ、すんませーん」とドライバーが走って戻ってきた。
トラックの後ろにはそのドライバーの名前が書いてある。それを見たら、あれ、いつもうちに配達に来るドライバーじゃん。
個人名を出すのははばかられるので書かないが、一度見たら忘れられないほど特徴的で豪勢でバブルな名前のドライバーなのだ。
そういや今朝プリンターのインクが切れたので、換えのインクをアマゾンに発注したばかりだった。もしやと思って、車の窓を開けて「今すぐ出ま〜す」と言ってるドライバーに、ヤ*トさ〜ん、タンゴだけど〜と声をかける。
思った通りドライバーは「あ、タンゴさん。そうだ、荷物あったんですよ〜」と荷台を開け、オレ宛のアマゾンからの段ボールを取り出し、車の窓に差し出したのである。
なんとも臨機応変な対応。なかなかによろしいではないか。
息子にその荷物を受け取るように命じ、ついでにサインしとけよーと言ったらドライバーは「あ、サインはいいです、自分がしておきますからー」と軽く言うのだった。
おお、そりゃなんと気が利く。便利だなあ。ありがとねー。でも、会社にばれたらきっと怒られるんだろうなあ。
現場でこういうその場のニーズに即して最も適切な対応をしてくれると、とっても顧客満足度が高くなる。気持ちいいものね。
でも、考えてみれば宅配便のドライバーなんて究極の請負だよね。宛先の人に荷物を届けるという以外に選択肢はなく、逃げるわけにはいかない。ひたすら命じられた場所に届けるだけである。
そんな受け身過ぎる仕事であるのに、でも、さっきのドライバーはニコニコしながら「自分がしておきますから−」と楽しそうに言ってたなあ。
請負仕事だからってぶつぶつつまらなそうに仕事をしてはいかんなあ、オレ。と、反省しながらポストの中の不在連絡票の紙を取り出したのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.11.22
へえー、いい夫婦の日だって。あとは、ニャンニャンでネコの日でもあるそうだ。
そんなことはともかくとして、仕事が立て込んでちょっとしたパニック状態。一番弱るのが、スケジュールの度重なる変更だ。
あれがどうなって、これがどうなって、とややこしいったらありゃしない。困ったものである。
そんなことはともかく、そういや昨日は池袋駅でばばあ二人連れにぶつかられて、オレの携帯が飛ばされてしまい、裏ブタどころかバッテリーまで飛び散ってしまうという始末。
それなのにぶつかったばばあ二人は「あらららら」と言ったきり、自分らのしゃべくりに戻ってさっさと通り過ぎたのだった。
よっぽど追いかけて罵声を浴びせかけてやろうかと思ったわい。
かと思ったら、石神井公園の駅前の松屋で牛丼弁当を240円で売ってたから昼飯に買って帰ろうと思い行列に並んだのだが、オレの前で目の前に積んであった作り置きがなくなってしまった。
ならば店内で作って持ってくるのだろうと思っていたら、そのバカな店員が「すみません、なくなってしまったので店内でご注文ください」と言いやがった。
マジで意味不明だったので、はあああ? と聞きかえしたら、同じことを繰り返す。
どうして「ちょっとお待ちください、作ってきますので」と言えないのだろう。あまりのことに呆れて、じゃあいらない、と立ち去ったオレであった。
こういう小さいストレスが重なった日はやっぱり気分が悪いなあ。昨日の話だけど。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.11.21
ホーキングの宇宙シリーズの分厚い小説3巻を息子はあっという間に読破してしまった。うーむ、きっと1巻で音を上げるだろうと思ったのに一気読みである。
やるなあ。
次の本をよこせというので、どうしようかなあと思いつつ、オレとしては手抜きなのだが、ハリー・ポッターを1巻買い与えた。面白かったようで、夜更かしして読み、朝目覚めて続きを読み、あっさり読み終える。
本だけはいつでも無尽蔵に買い与えるというのがオレの教育方針だ。
とは言え、毎日のように2000円前後の本を買うのもちょっとアレだし、ようし、ここはブックオフだということで行ってみた。そうした案の定、投げ売り状態。
何しろハリー・ポッター上下合わせて4000円が2冊で100円! 繰り返すが2冊で100円である。
バカ売れしたベストセラーなので予想はしていたが、まさかここまで安いとは思っていなかった。息子よりもオレが大喜びで、店頭にあったすべて、といっても2巻から4巻までをまとめて買って、それでも300円。大爆笑。
ブックオフの商売には否定的なオレではあるが、こんな値段で手に入るのにはとてもあらがえないのであった。ぐふふふ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「元・新日本プロレス」金沢克彦・宝島社。そのハリー・ポッター3巻まとめて300円と一緒に買ったのがこのプロレス本700円。新日本プロレス出身のレスラーのその後をつづった内容で、非常に興味深かった。特に越中詩郎に対して天竜が見せた男気には、感動した。プロレス業界で天竜のことを悪く言う人間がいないのも納得のエピソードだった。
2011.11.20
本日は息子がJTこども将棋日本シリーズの東京大会に出場すべく、早朝から東京ビッグサイトに出かけたのだった。
なんですかー、それ。
はい、お答えしましょう。たばこ屋さんがスポンサーになって開かれる小学生の将棋大会です。
参加申し込みをしたら出場券が送られてきたので、オレと二人で出かけたのだった。もちろん娘はまったく興味がなくて「行かなーい」とあっさり。だもんでヨメは娘とお留守番なのである。こういうパターンが増えてくるのだろうなあ。男の子と女の子の場合。
東京ビッグサイトに到着したら、いるわいるわ、茶髪の行儀の悪い姉ちゃんたち。こんな行儀の悪い姉ちゃんたちも将棋をするとはなあと感心していたら、なんのことはない、ネイルアートのイベントが行われているのだった。
だからこども大会だって言ったじゃんねー。
その会場はこどもでぎっしり。なんと参加する小学生が3000人だと。ということはその親とかを入れたら1万人ほどが将棋のために集まっているのか。
仰天。そんなに将棋って人口が多いのか。
大会か始まった。
アトランダムに3回戦って3連戦した子供が決勝のトーナメントに出場できる。
対戦中は基本的にほったらかし。息子は1回戦、2回戦と勝ったが、3会戦で負けてしまい予選敗退だった。
いいねえ。親を離れてまったく1人。全然知らない相手と「お願いします」と将棋をして、負けてしまうのだ。素晴らしいねえ。
その後は自由対局。要は乱取りだ。
これもまったく知らない子供と次々に対戦するという案配。その間オレはほったらかしで保護者席でずっと本を読んでいた。
自由対局の結果は5勝8敗。おお、いいねえ。
将棋連盟のエライ人が挨拶で「将棋は負けるからいいんです」と言ってたが、まさしくその通り。将棋は問答無用に結果が出て、負けは負けとはっきりするからいいのだ。見知らぬ世間と一人で戦ってちゃんと負けるというのは、とてもいいことだと思うぞ。
「負けて学ぶことがある」のだ。
ちなみに息子の将棋の実力はというと、伊達君と引き分けるぐらい。わかりやすく言うと、小学校では負けなしで一番なのだ。
それだけアホな小学校ということなのだが、こんな程度の小学校で一番でえばっていられたら困るので、こういうところでどんどん負けるのはいいことなのだ。他人の飯は子供を鍛える。可愛い子には旅をさせよ。
さて、その後はいよいよ本日のメインイベント。賞金500万円をかけて、2缶の羽生善治と竜王の渡辺晃のがちんこ勝負である。公開対局だ。
正直に言えば、羽生善治がナマで見られるのかといった程度の興味しかなく、ちょっと見たら帰ろうと思っていたのだが、まったく案に相違してこの公開対局が面白いのなんの。
座った席が前から2番目。まさに目の前で羽生が、髪を振り乱し、くわっと目を見開いて鬼神のような表情で将棋盤をにらむのであり、駒を打つピシッという音が目の前で響くのである。
いやあ、将棋の真剣勝負って、ライブで見ると面白いのね。しかも羽生。
オレは駒を動かせる程度しか将棋を知らないのだが、そんなオレでもこの将棋のすごさがびんびんと感じられた。公開対局なので、同時にプロ棋士がマイクを使ってその解説を行う。
うるさいだろうに、なるほど本物の棋士が集中すれば、周囲の音はまったく耳に入らないのね。というか、周囲の雑音に気が散る程度の集中力では、プロなんてなれなないだろうね。
この集中力では、地震が起きても気づかないのではないかと思ったほどだった。
そして闘いでは、序盤、明らかに渡辺が押しているのが、オレでもわかった。解説者が「もしかしたら歴史的な対局になるかも」ともらしたように、ひょっとしたら羽生の負けるところが目の前で見られるかも、という流れだった。
ところがそれが、羽生がたった一つの「歩」を打ったことで一気に逆転したのである。
いや、オレなんかに盤面の流れなど読めないのだがね、それでもはっきりと流れが変わったのがわかったのだ。あの歩はすごかったなあ。解説者が「歩は魔法の駒なんです」と一言。
そしてこの魔法の歩がきいて、流れは一気に羽生に行き、そして逆転なのだった。まさに大逆転。いやあ、びっくりしたなあ。
最後、渡辺竜王が目を見開いてがばっとひれ伏し「投了です」の声が響いたとき、5000人の会場にはほーっという溜息が流れ、すぐに大きな拍手が起きたのだった。いやあ、この瞬間は感動したぞ。ちょっと涙が出そうになった。
対局は早撃ちで約2時間。その間、ホールの5000人もの観客がじーっと息を呑んで見つめるのである。オレもまったく飽きることがなかった。
ひたすら凄くて、いやあ、たまげたなあ。
帰り道はすでに真っ暗。7時過ぎのお台場で、海風に当たりながらオレと息子は、すごかったなあと振り返りながら、ビッグサイトを後にしたのである。
将棋好きな実家の父にも見せてやりたいものだなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「オリンピックの身代金」(上下)奥田英朗・角川文庫。文庫になったら読もうと思ってたいたので(最近はそんなのばかりだな)早速読んだ。久々に続きを読むのが楽しみな小説だった。犯人はオレのオヤジと同年代かあ。いろいろ興味深い小説だったよ。
2011.11.19
出張に行くと原稿がたまっちゃうのよね。えらい悪天候の中、一生懸命仕事をしたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.11.18
ブータンが人気である。
美人な妻を伴って国王が来日し、ブータンってなんじゃという報道があったことで、注目を集めた。いや、集まるから注目なのであって、正しくは視線を集めたもしくは注目された。
ブータンは中国のはずれの方にある、山の中の一軒家である。違った、国である。
国民の平均年収は15万円。日本の一ヵ月の生活保護費とあまり違わない。国交を結んでいるのはわずか25ヵ国。
とっても貧しいが、その代わりに心の豊かさ指数を重視しているという。確かにテレビで見ると、ブータンの人たちってみんなニコニコしているし、美人が多いし、清潔だよなあ。
まさしくあらゆる面で、デブで不機嫌な金持ちばかりのアメリカとは対極にある国だ。
そうした点が、疲れちゃった日本人にうけているのかな。
ブータン、オレも行ってみたいもん。アメリカなんかより行ってみたい。
今まではアイルランドに一番行ってみたかったけど、これからはブータンだな。ブータンならば貯金を持っていけば一生遊んで暮らせる。
って、そっちかよ、と自分で突っ込むのだが、もう一方で人気なのがアレである。ドラえもんの実写である。
そう、トヨタのCMだ。
机の中からジャンレノが現れた瞬間、日本中がテレビの前でひっくり返ったCMだ。ネットでは「仕事を選べ、ジャンレノ」と大騒ぎだが、あれは久々の神キャスティングではないか。
我が家でも全員ひっくり返って失神だった。まもなくジャンレノがどこでもドアを取り出すバージョンも放送されるそうで、とても楽しみである。
トヨタえらい。ついでに小学館もえらい。
なお、オレ的にはジャイアンの小川直也がツボである。そうか、小川直也ってジャイアンだったんだ。驚くほどぴったりのはまり役なのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「FRIDAY」
2011.11.17
息子のセットした目覚まし時計が4時を前に「コケコッコー」と鳴り、オレは飛び起きて着替えた。朝から出張である。
石神井公園4時57分の西武池袋線。さすがに空いていて、余裕で座れた。
東京駅で駅弁を買う。
この10年、日本で最も進化したものの一つが駅弁だろう。かつての駅弁はひどかった。まずくて、色は毒々しく、こんなものを食うなら立ち食いそばにすると思ったものだった。
それが今では立派に成長。十分に食えるものになった。
ただ、今朝はうっかり日*食堂で買ってしまった。失敗。やっぱり駅弁はパッセンジャーズに限る。幕の内弁当とっても雲泥の差である。
などとぶつぶつ言いながら駅のホームで弁当を平らげ、空き容器をゴミ箱に捨てて新幹線に乗り込む。6時16分発の「のぞみ」だ。
新大阪に9時過ぎに到着して、電車を乗り継いで大阪の南港。「なんやわれ、南港に沈めたるどー」とヤクザが吠える、柄の悪い土地だ。最果ての街。
取材先に到着したら、なんと先方の連絡ミスで昼過ぎに行けば十分だったということが判明。んが−。東京駅のホームで駅弁を食うこともなかったじゃないかー。
「いやあ、すいませんねー」と言われ、待つこともギャラの一部ですからと頬をぴくぴくさせながら答える。
夕方、取材仕事を終えて5時に名古屋。
今日は名古屋に泊まるのだ。
名古屋といえばいつもは新幹線口の駅前にあるドヤ街のホテル。このホテルがひどくて、いつも激怒していたのだが、今日は反対側の上品な街の中にある東*インだ。
とは言え、激しい価格競争が続いているビジネスホテル業界は、今や目も当てられないような有様だ。この東*インもびっくり。
まずフロントには契約社員の姉ちゃんが一人。受付から電話まで全部こなすので、一人でてんてこまいで、なかなかチェックインが進まない。
フロントのカウンターの上にはカミソリや石けんが置いてあり「必要な方はお持ちください」とある。つまり部屋にはそうしたアメニティが用意されていないのだ。
それでいて「サービス中です」と缶コーヒーを一つプレゼントしてくれるへんてこなサービスを実施中。
部屋に入ったら、なんと冷蔵庫のスイッチが切ってあって「CO2削減のためご利用時のみ電源を入れてください」と書かれてある。削減したいのはCo2じゃなくてコストだろうに。
冬のホテルでは、うっかりすると暖房でノドをやられてしまうから、バスタブにお湯を張り、湿度を上げるようにしている。ところが、風呂でお湯を出そうと思ったら「お湯を出しっ放しにすると火災警報器が反応します」と書いてある。
ゆ、ゆ、ゆ、湯気で火災警報器が反応するの? まさか温度で?
ばかこくでねえ、とオレはただちにお湯を張って部屋に湯気を漂わせたのだった。
晩飯を食いに外に出る。刺身と日本酒だ。
帰りにコンビニによってお茶と缶チューハイを買う。
そして部屋の冷蔵庫にそれを入れ、スイッチを入れるのをすっかり忘れてしまったものだから、夜中に、あれえーお茶がぬるいなーと首をひねってしまった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
2011.11.16
一気に寒くなってきたなあ。
こんな時に迷うのが、コートを着るかどうかである。
今日のような天候だと、快晴だし日中はそんなに凍えないだろうとの思いから、コートなしの判断だ。一番いいのはまず窓から顔を出して、出勤途中のビジネスマンの皆さんの様子を確かめることである。
ところが大変に困ったことに、オレの住むあたりにはちゃんとスーツを着て歩いている人間はほとんどいない。ネクタイ姿をほとんど見かけない土地なのだ。
たまにいても預金集めに来た地元の信金か、土地の様子を観察に来た不動産会社の営業ぐらい。
あとはほとんどが作業着姿のおっさんか、通学の子供である。
よって外を見ても何もわからないから、えいやっと自分の判断でコートを着たりやめたりするのであった。
とても難しい朝のひとときなのであった。
ビジネス街でもなく、住宅街でもなく、はっきりと畑の中にある土地柄なのである、このへんは。まあ、それがいいと言えばいいのだが。
夕方、日経新聞の夕刊が届く。オレが書いた母校の紹介記事が載っている。
まあ、暇な人は読んでください。読んだら「素晴らしい原稿でした、ぜひ続きが読みたいです」と母校に手紙でも出してください。
幸いにして原稿そのものは母校の皆さんに喜んでもらえたようで、「さすがOB」とほめられた。こっちだって「OBのくせにこんなもんしか書けないのかよ」と思われたらしゃくだから、気合いが入ったわさ。いや、いつも入ってますがね。気合い。
ともかくこの広告をきっかけにして、なんとかにっくき明治を追い抜いてもらいたいものである。
今にっくきと書いたが、別に憎いわけではない。明治。
******
「サウンド&レコーディング」の今月号を買ってきてパラパラながめていたら、広告ページにさりげなくtsr-1の記事広告が載っていた。
ちらっと見て、えっ、と目をむく。なんと11月いっぱい40%オフの18000円だそうだ。ひゃー。
リバーブのプラグインで、1年前ぐらいに出たとき、デモの音を聴いてあまりにも上品で素晴らしいリバーブだったのでひっくり返った記憶がある。
欲しい欲しいすごく欲しいと思ったのだったが、リバーブとしては破格の3万1000円。リバーブにその値段は出せないなあとあきらめたのだった。
それが1年もたたないうちに半値近く。いやあ、慌てて買わなくてよかったよ。
やっぱりオレみたいにリバーブに3万円も出せるかと思った人が案外多かったんだろうね。一気に安くなってよかったわい。
ならば今度こそと飛びつくかというと、消費者は学習するのである。きっとまた値下げするに違いないと考え、この広告にも知らん顔をするのだった。速くもっと安くならないかなあ。
メーカーさんは本当に大変である。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」
「沙高楼奇譚」浅田次郎・文春文庫。短編集。さすが名手の作品だけあってどれも見事なものだが、しかし、オレなんかはやはりヤクザなどを描いた最後の短編こそ一番作者の持ち味が発揮されているように思うがなあ。プリズンホテルとか、ピスケンとか、あのへんの話がやっぱりオレは好きだよ。笑い転げたし。
2011.11.15
というわけで、北朝鮮戦である。
ワールドカップの三次予選で既に敗退が決まっているという事実を国民には伏せているという冗談みたいな国が相手で、これ以上なく鬱陶しい状況だ。この試合の前に予選突破を決めておこうというザックの作戦は正解であった。
予選全体を見渡しても、負けるとしたらここしかないという状況であり、ザックジャパンの無敗神話に一区切りつけるという意味でも、いっぱいエクスキューズできるからちょうどいいのであった。
そもそもAマッチの先発は初めてという選手をずらりと並べた二軍である。負けても当たり前という布陣だ。
むしろ遠藤や香川、本田、長友がいなけりゃ、日本もこの程度の相手に負けるということが証明された格好であり、中でも遠藤のバックアップは早急に育てなければということがよくわかった。
と言っても、遠藤は唯一無二の日本の心臓だしなあ。余人を持って代えがたし。
いっそ、なでしこの阪口を借りてくるという手もあるのではないか。
あと、センターバックがいつの間にか吉田でなければダメなんだという状況になっていたことがよくわかった。成長したな、麻也ちゃん。
まあ、そんなわけで負けても別に悔しくともなんともない試合だった。
たださあ、選手どもが情けないというか。
「悔しいです」とか「相手のペースでした」とか殊勝な反省ばかりでつまらん。もっと「別に負けてもいい試合だったし、怪我しなくてよかったです」「いつものメンバーなら寝てても勝てた」ぐらいの発言が欲しかった。
心の中では思ってるだろうけど。
それにしても北朝鮮というチームは本当にひどいなあ。国際試合で相手国歌の時にブーイングだなんて本当に失礼なことだが、それを失礼と思っていないところが救いがたい。新聞各紙も「圧倒された」なんて書いてないで(もっともほとんどが共同通信からの記事だったけど)、はっきりと「失礼だ」と怒るべきだ。
北朝鮮も、そんな態度だからますます国際社会から孤立するということがわからないのか。わからないんだろうなあ。
試合も悪質ファールの連続で、ウッチーなんて本当に怪我しなくてよかったよ。
やっともぎ取った1点を喜ぶ騒ぎが5分も続いて、こいつらはこれからこの1点を大切にしていくのだろうなあと思ったが、それは振り返ってみれば92年のマイアミの奇跡でブラジルから奪った1点を「一生大切にする宝物だ」(某作家)と無邪気に興奮してみせた、かつての日本人サポーターの鏡映しでもあるのだった。
この試合を現地では生中継していないというから、きっと負けたら試合の存在そのものを消してしまい、勝ったら何度も何度も、それこそ1年中繰り返して放送するのだろうなあ。実際、ワールドカップで優勝したような騒ぎだった。
と言いつつ、去年本当に優勝したスペインはそれどころの騒ぎではなかったらしいが。
ちなみにワールドカップとは別に、裏チャンピオンベルトというのがあって、実は現在の世界チャンピオンは日本なのである。
これはボクシングやプロレスのように、チャンピオンベルトを持っているものに勝ったら次のチャンピオンになれるというタイトルマッチ試合方式の世界一位で、日本はアルゼンチンに勝った試合でそのチャンピオンベルトを剥奪し、以来ザックの無敗が続いてずーっとチャンピオンベルトを保持していたのである。
つまり今回のタイトルマッチで北朝鮮が勝ったことから、新しい世界チャンピオンにはFIFA124位の北朝鮮がついてしまったのである。なんという画期的でばかばかしいことだろう。
タイトルマッチ方式であるから、北朝鮮は国際試合をしなければずっとチャンピオンでいられて、しかもあんな国と試合をしたいと思うような国があるわけないから、この先当分、それこそ4年後のアジアカップまで北朝鮮が世界チャンピオンのベルトを保持し続ける可能性があるのだ。
となればもう見えている。北朝鮮国内では今日の試合は、憎いチャンピオン日本から、勇敢なチャレンジャー北朝鮮がタイトルを奪い取って世界一位となった歴史的な試合と位置づけられるのだ。なんという鬱陶しい話だろう。
鬱陶しいと言えばこちらも相当に鬱陶しくて、夜、「魚せい」に行ったら案の定オヤジが「サッカー負けたなあ」と得意顔なのだった。そしてきっと言うだろうと思った通りに「だいたいが北朝鮮のやつらは根性が違うよ、日本とは。気合いが足りないんだよ、日本は」と得意満面なのだった。
あのさあ、三次予選の突破はもう決まっていて、北朝鮮は敗退していて、日本はサブメンバーで適当にやってたんだから、根性とかそんなことで負けたんじゃないよ。
と言ってもオヤジは「三次予選? なんだそりゃ」といった有様で、北朝鮮国内と変わらないのだった。ああ、鬱陶しい。
どうしてこの世代の人ってすぐに気合いで負けたとか根性が足りないとか言うのかねえ。スポーツなのだから単純にスキルや経験、戦略の優劣、あとはほんの少しの運の違いでしかないのだがなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.11.14
先日息子と娘の通う小学校から突如「除染終了のお知らせ」が来た。
保護者一同「は?」という反応だったらしい。
というのも、今まで校庭が汚染されているとも、除染しますとも、一切のお知らせがなかったからだ。
つまり汚染されているのを隠してこっそりと除染して、終了後に「実はですね」と一方的に発表して終わり、というわけだ。見れば、けっこうなレベルの汚染だったらしい。
当然これは教育委員会のしわざだろうなあ。
いろいろと騒ぎになっているのを見てびびってしまい、こっそりやっちまえ、という判断だったのだろう。
ただし、教育関係者に聞いたら「校長と教頭が知らないということはあり得ない」とのことだから、校長と教頭は汚染を知っていながら、教育委員会に口止めされていたというわけか。
かわいそうなのは担任である。
何にも知らされていなかったのに、今となっては保護者からの責めの矢面に立たされている。連絡帳にびっしりと抗議文を書かれたりしているそうだから、まあ、ご同情申し上げる。担任のせいではないのだがな。
まあ、オレの息子と娘もどれだけ被爆してしまったのか。校舎建て替え中につき、工事現場をよけるように隅っこを歩かされているから、なおのことパワースポットを通っていたかもしれず。
とは言え、NHKがニュースで「中国地方、四国地方にまで放射性物質が拡散している」と今更ながらに発表したように、日本中、どこでも似たようなものだろう。つーか、よその国にもご迷惑をおかけしているだろう。
そのような過ぎてしまったことをじたばたと悔いてもしょうがなかろう。
これからは被爆することを前提にいかに人生を生きるかを考えていく、ナウシカたちのようになるしかないのだ。日本は風の谷。
一番いいのは免疫力を高めることだから、うまいもの食ってたっぷり寝て、好きなことをして、大きく笑えばよい。そうすりゃ放射能も逃げていく。
いや、逃げていくような気になれる。爪もみも免疫力アップにはいいから、今すぐ実行だな。
で、話は小学校の除染やり逃げ事件に戻るのだが、こういう隠蔽体質はどうしようもないなあ。でも、こうでもしないとモンスターたちがうるさいのか。いたずらに刺激しちゃったような気もするが。
幼稚園では何かと文句をつけてくる親に対しては「気に入らなければ、どうぞよその幼稚園に移ってください」と強気に出ていた。私立だからか。
そういう態度に出られない小学校の立場もわかるが、でも、今回は確かにやり方がまずかったな。いや、小学校の責任じゃないか。教育委員会か。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.11.13
いつの頃からか、オレの実家のあたりは白鳥が舞う里となっていた。
今年も見その季節がやってきて、朝は「ぐがー」と白鳥の鳴く声が空から降ってくるし、冬空の下の田んぼを歩いてみればあちらこちらでごく当たり前のように白鳥が羽を休めつつ田んぼの虫などを食っているし、クルマで走れば併走するように白鳥が数羽飛んでいるし、といった具合だ。
うーむ、よく考えればこれはなかなかに素敵な光景ではないのか。
新潟の白鳥と言えば瓢湖が有名であるが、そこを目指してシベリアから飛んできた白鳥たちが、「こっちの田んぼのほうがいいや」と気まぐれに住み着いてしまったのがきっかけでここまで増えてしまったのだろう。
白鳥の舞う里。
うーん、なかなかに素敵な響きである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」
2011.11.12
用があって新潟に行ったのだが、いつも思うのは地方のホームセンターの威力である。
ともかく土地は広大すぎるほど広大にあるわけだから、都内のホームセンターが5つや6つは入りそうな建物と、その何倍もの駐車場がどかーん。
それだけでも圧倒されるのに、置いてある品物が安い安い、とにかく安い。
大喜びでついいろいろなものを買ってしまうのだが、例えば「伊右衛門」2リットルが6本入りで、箱798円ってどうよ。「伊右衛門」2リットルが1本133円というのだから、そりゃあ箱で買ってクルマに積みますわなあ。
こんな調子で、ともかく呆れるほどの安さなのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」
2011.11.11
どうせなら11時11分11秒に何かすればいいと思うのだが、特に何も起きず、世は平和にタジキスタン戦を迎えたのであった。
香川のキレはすごかったなあ。対してがっかりだったのが、マイクである。あれでは、単なるでくのぼーではないか。
確かに背が高いというのは、それだけで強力な武器で、守備の人間はどうしてもぴったりと張り付かざるを得ない。ただ、それで終わりじゃなくて、そこをかいくぐってドスンと行かなければ、世界では通用しないぞ。
などと偉そうなことを言いつつ試合を見たオレだが、終わってみれば4-0の楽勝で、早々に最終予選進出を決める。まあ、妥当な線だな。
ここまで来たらザックも負けられないから、北朝鮮戦も本気メンバーで行くか。
いや、むしろ負けるならここだろうという大人の判断をするかもしれないな。まあ、どっちでもいいや。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」
2011.11.10
鶴見というところに初めて行った。
鶴見線に乗り換えのために使ったことはあるが、駅を降りたのは初めてなのだ。
ここは川崎ですかとたずねたら「横浜市ですよ」と教えられてびっくり。街のたたずまいも人々の歩く様も、とにかく空気感すべてが絶対的に川崎なのだ。
へー、これが横浜って、そりゃあ石川町とか山手とか馬車道とかみなとみらいとかの人が怒るのは当然だろうなあ。
などと地元の人に聞かれたら確実に殴られそうなことを密かに考えたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「文藝春秋」「週刊新潮」
「ピース」樋口有介・中公文庫。書店店頭で長く平積みされ、これは凄いという手書きポップがずっと煽っていたので、ずいぶん気にはなっていたのだ。そして今週日曜の朝日新聞の書評欄でも取り上げられてしまい、やっぱり読むか、と手に取った次第。最近では人が死ぬ話にあんまり食指が動かず、従ってミステリーには関心が薄かったのだがなあ。一読して、うーむ、とうなる。この動機は、犯した罪の重さに比べ軽すぎないか。いや、この動機はありえないだろう。それが第一印象だ。あと、文章は巧いのに、どうしてこんなに読みづらくするのか、ちょっと納得がいかなかった。
2011.11.09
wiiの「ジャストダンス」というソフトを買ってみたら、これが面白いのなんの。要はダンスのソフトで、KARAの「ミスター」とか、画面を見ながらひたすら踊るというものだ。単純であるが、いやあ、面白い。
すっかりはまってしまって、本気で踊って、節々が痛くなってしまった。
53歳で「ミスター」を本気になって踊るおっさんとは、オレのことだ。
そういや今日は息子の友だちが遊びに来て、wiiでゲームをやっていたが、しばらくしたらゲーム機を放り出して、外でベーゴマを始めた。
この寒いのに、夕方、延々と歓声を上げてベーゴマに興じるのである。
ほっといても子供はゲームより面白いものをどんどん見つけてしまうのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.11.08
アマゾンから「なでしこジャパン栄光の軌跡」というDVD発売のお知らせが来た。
12月21日発売で、予約受付中である。
おお、やっと出るのか。
今となっては完璧に後悔しているのだが、あの決勝のアメリカ戦、録画していなかったのだ。オレは。
まあ、負けるに決まっているから録らなくてもいいだろうと、3時起きのぼけ頭でそう思ったんだろうなあ。
それなのに選手たちは本気で勝つ気で戦っていて、オレはすまぬすまぬとテレビの前で頭を下げて、下げたままつい寝そうになってしまって、はっと頭を上げたりしていたのだった。
ああ、誰か決勝のビデオ貸してくれないかなあ。
と思っていたところに出る「栄光の軌跡」だから、おお、やっと出るか、と思ったのである。
ところがよく見たら、なんということだ、ブルーレイで3Dだと。つまりブルーレイのプレーヤーに3Dのテレビじゃないと見られないというのだ。んがあ。
喧嘩売ってんのか、ソニーは。
900億円もの巨額の赤字を出して、ネットではマジでソニーはやばいのでは、つぶれてもおしかくはない領域にぼちぼち入っていて、その直接の原因がテレビ事業の大不振(本質的な原因は大企業病による人材流出)にあるというのに、厚顔にも3Dテレビを買えってのかよ、ソニーは。
呆れてしまい、ただちにこんなもの買わないと決める。
そもそも中身を見れば、3600円もするのに時間はわずか64分。しかも「なでしこの歴史」とかいう内容も入っているようで、一試合でも90分もするというのにどうやってワールドカップのダイジェストをぶちこんだのか、見なくてもわかってしまうようだ。
これならYouTubeのほうがマシだと思う。いや、マジで。
さらに詳しく見れば、澤の神シュートを3Dであらゆる角度から検証とある。決勝でスーパーゴールだったのは、宮間の1点目だろうがあ、ソニーめ。澤のシュートは、今見ればわかるけど、しっかりとキーパーが反応してどんぴしゃで取れる位置にいて、それなのにワンバックの手に当たってコースが変わったから入ったわけだ。
相手の手に当たるという僥倖がなければ、簡単に取られてあーあーで終わっていたぞ。一方の宮間のゴールは、一気に長駆、ゴール前であの短い足がするするっと伸びてちょこんと入れた、まさにスーパーゴールだぞ。
どうもこのビデオの内容は推して知るべしなのだった。
そんなふうにソニー大丈夫かと心配しながら夕刊を見たら、オリンパスの仰天記事。粉飾だなんて、インチキにインチキを重ねてきたのか。
これは歴代の取締役や監査や財務や、いろんなところでナイショの申し送りがされてきたわけで、その状況を想像するだけでちょっとはらはらしてくる。誰かきっとノンフィクションにまとめてくれるだろうなあ。早く読みたい。
オリンパス、へたすりゃ倒産。よくて上場廃止。技術は世界トップで、ナンバーワン製品も持っているから、解体されて牛肉のようにロースだカルビだと別々に買い取られてしまうのではないか。
優良企業だと思っていたのだがなあ。ちなみにオレがインタビュー仕事で使っているのもオリンパスのICレコーダーである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.11.07
午後からいそいそ出かけた野良仕事が、行ってみたら別にオレがいなくてもいい仕事だったもんで、あこりゃ楽ちんと喜んで帰ってきた。
が、それはそれでもったいないと気がついて、腕組みしつつ、まあ、いいかと気を取り直したのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.11.06
こないだ夕刊フジに最新の大学ランキングが載っていたけど、けっこうショックな内容だったぞ。
偏差値でのランキングだが、なんと母校の青学がずんずん落ちていて明治のほうが上でやんの。がーん。
今や青山学院大学は名前の通りアホ山学院大学に成り下がりましたあ。
オレは滑り止めに明治を受けて、本命の上智に落ちて青学に入ったのだが、今や青学が明治の滑り止め状態。こんなにも情けないことがあろうか。オレは悔しい。
すべての敗因は、言うまでもなく、青学の厚木移転にある。
イノシシの住む里、厚木。駅からバスでとことこ揺られて30分の厚木。
おかげで世間からは「青山学院じゃなくて厚木学院じゃん、けっけっけっ」と笑われる始末。推薦で入学したオレのヨメなど、入るまで厚木キャンパスの存在を知らず、青山に通うのだと思って入った途端に厚木に通わされることを知り、だまされたと天を仰いだそうだ。
結局、厚木にキャンパスを移したおかげで人気はどんどん下がり、受験するのはイノシシだけという状態になって、20年もたってからようやく「おされな青学が、こったらどごさにいたら、田舎もんになっちまうべ」と厚木を後にすることを決める。
決めたはいいけれど、次に向かった先が相模原だというから、世間はさらにずっこけたのだ。
まあ、事情を聞けばあの当時は一度神奈川に移転した大学が都内に戻ることは条例で認められていなかったらしく、それはしょうがないのではあるが、しかーし、移転の直後にその条例は廃止されて都内に戻れるようになったというから、とことんダサい話しだ。
そんな情報も流してもらえないほど、相手にされなくなったというわけだな。ああ、情けない。
イノシシの住む厚木のキャンパスを売り払い、相模原に引っ越した青学は、しかし、最寄りが淵野辺という駅であることから、相模原キャンパスに配属された教授は「野辺送りです、はははは〜」と身内にも笑われる始末。
唯一喜んだのが、乗り換えで大量の女子大生が集まるようになった町田に住むヤンキーどもだ。もっともそのおかげで周囲の風紀は途端に乱れるようになり、町田の住民からも「青学なんかが引っ越してきたから」と迷惑がられてしまったという。
まあともかく、青学がそんな迷走を続けている間に明治は都心にでかいタワーを建てて「坊ちゃん、嬢ちゃん、明治なら東京で遊べますよ、バイトも都心のマックですよ」とアピールして受験生を集める。当然親には就職実績を強力にアピール。
あげくには法政あたりにもでっかいタワーを建てられてしまい、「法政なんてだっせーよ、くせえよ」と笑っていた青学が、「青学? 田舎くせえよ」と笑われる有様だ。
実際、明治の卒業生は最近の企業の間では評判いいものなあ。早稲田とか慶応とかは「使えねえよ」と評判最悪なのだが、明治の卒業生は「余計な頭を使わずによく働く」と評価が高い。
長友ですな。長友。明治は。
とにかくよく走って、よくメシ食って、よく眠る。対して早稲田や慶応は、中村俊介や中田みたいな、力はあるかもしれないが口だけ達者でちっとも汗をかかない、というタイプ。能書きたれてる間にちょっとでも手を動かせ、足を進めろ、と思われるのだ。
って、これはオレが言ってるのではないからね。企業の皆様の思いを代弁しているだけだからね。
まあ、よい。話は偏差値だ。
要するにそういうわけで、青学の偏差値はどんどん下がり、明治に抜かれて哀しいことになっているという事実だ。しょうがねえなあ。
そのうち東海大とか駒沢とかにも抜かれちゃうんじゃないか? 野球が強かったり、箱根駅伝で無理に頑張ってシードされちゃうというのは、なんか方向違いの努力のような気がしてしょうがない。もっと賢い大学というイメージづけをするべきだよなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.11.05
昨日に比べて今日は忙しい。朝から原稿だ。
昼にちょっと玄関を出たら、隣のオガワさんが買い物袋を下げていた。中野まで買い物に行ってきたという。
そして「これあげるよ」と、オレにくれたのがミニチュアの観葉植物。100円ショップで買ってきたんだった。
ありゃりゃりゃ、こりゃすいませんねえ。ありがたくもらう。
そういや先日は、夕方、暗くなってから玄関のチャイムが鳴ったので出てみたら、オガワさんの奥さんが立っていて「これ、作り過ぎちゃったから食べて−」と揚げたての天ぷらを山のようにくれた。
もちろん喜んでいただく。ついでに蕪の漬け物ももらった。
おかげでチープだった食卓が一気に賑やかになった。
それにしても今時、隣の家から晩ご飯のおかずをもらうなんて、そんなにある話ではないと思うのだが、どうだろう。それとも、案外珍しくないのだろうか。
よくわからないが、まあ、こういう近所関係が持てて何よりである。家は選べるけど、隣人は選べないからなあ。
大阪で騒音殺人なんていう事件を聞くと、つくづくここでよかったと思う。目の前が畑で、隣のオガワさんは自ら庭でギターを弾くような人で、反対隣のヤマモトさんはギターショップのオーナー。
音のトラブルになりようがないのだ。むしろ、もう一軒のヨコカワさんちの女子大生が友だち呼んで夜中まで騒いでいる方がうるさいくらいである。
そんなわけでオレも遠慮せずに夜中でもギター弾いて、スピーカーから音を出しているのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.11.04
金曜日の今日、実はぽっかりと予定の空いたオフである。うししし。
こんな日はどうしようかなあ。と考えたものの、実は以前からこの日にはPA関係の整理を仕様と決めていた。機材やらケーブルやらを確認して、テプラで名前をつけていくのである。
1日そんなことをしてのんびりと過ごす。
晩飯の後は、子供と一緒に読書タイム。
我が家では食後はテレビを消して(サッカーは別!)、みんなで30分ほど読書するのだ。
朝オレが新聞をとっかえひっかえ読んでいるから、息子も起きてすぐ小学生新聞を読む。夜、オレが寝転がって本を読んでいれば、子供も一緒に読む。
親がしていないことを子供にやれと言っても、ダメなのだ。
勉強しなきゃと思っている子供に勉強しろと言ってもダメで、働かなきゃと思っているニートに働けと言っても追い詰めるだけなのだ。
なのだなのだと言いながら、本を読むのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「美味しんぼ」
「おまえさん」(上)(下)宮部みゆき・講談社文庫。人気シリーズ三作目。やっと読めた。ずいぶん待たされたなあ。しかし…長い! 文庫の上下合わせて1200ページ! のけぞるような長さなのだった。しかし、その長さを感じさせないように物語は進み…というわけじゃなくて、けっこうのんきなテンポで進むのである。まあ、冗長ですな。しかし、そこは宮部みゆき。冗長であっても読書することがカイカンであるような物語にしてくれている。こんなにも濃密でこんなにも魅力的な人間たちが描かれた作品を、オレは他に知らない。いや、オレが知らないだけで他にはいっぱいあるわけだが。やっぱり宮部みゆきは時代物が一番いいなあ。特にオレは短編集が好きで、また書いてくれないかなあ。
2011.11.03
クールビズがすっかり定着したものだから、夏にスーツを着る機会は激減してしまった。だから今年の夏も買わず、以前からの着古しだけで何の問題もなかった。
しかし冬はそうもいかず、何着か必要である。
去年まで着ていた2着のうち、1着のズボンが明らかに縮んでいて(笑)、上着はしっかりしていたのだが仕方なく処分。今のところ1着だけでやりくりしていた。つーか、1着でやりくりはできないのだが。
ぼちぼち本格的な冬が来るというので、やっぱりもう1着はどうしても必要だなと思っていて、でもお金がもったいなくて今までごまかしていたけど、しょうがない、買うかと決心して地元のコナカに行った次第である。
コナカは、例によって2着目1000円をやっていた。紳士服安売りなんて、在庫のコストと人件費だけだから、ちょっと売れ残ったやつは1000円でも処分してしまえばいい。それに多少は他の服に上乗せすれば、赤字にはならないものなあ。
というわけで、息子にちょっとつきあえと命じて二人で行ったコナカで、オレはやっぱり2着目1000円に乗せられてスーツ2着を買ってしまったのだ。
いやあ、1着でいいんだけどさ、1000円だよ、1000円。1万円じゃなくて千円だよ。そりゃ買うでしょ。
まあ、2着買って2で割れば、1着あたりはそこそこ安い値段にはなるのだがな。でも、2着もいらないけどな。でも1000円だし、それに他の人が1000円で買うのもしゃくだし。
と言いつつも、スーツということで考えれば、まあ、それぐらいの値段はするだろうと思うが、でも、決して安い買い物ではなくて、カードを握りしめてオレはとほほほと泣き、息子になぐさめられたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」
2011.11.02
今までいろんな人のインタビューをしてきた。有名人も多かった。
芸能人も多かったし、もう亡くなってしまったけれど日本テレビの氏家会長とかVIPもいた。
そんな中で、今日が過去最高のVIPだろうなあ。なにしろ、日本近郊の、ちがう、これじゃアジアだ、正しくは日本銀行の白川総裁とジャーナリストの池上彰氏の対談である。
うーむ、海外の首脳が日本の首相よりも先に話をしたがるという金融トップと、自分で仕切って解説してまとめちゃうという前代未聞の司会ぶりでテレビ局が手放したがらないというジャーナリストだ。
単純にすげえ。
池上さんは実はオレと同じ駅に住んでいて、普通に電車に乗ったり地元の本屋で買い物したりしているらしい。今日もスタッフもつけず、一人で日銀本店にやってきた。
タレントじゃなくてジャーナリストだという自覚があるから、どこでも一人で行くのだろうなあ。
この池上さんのインタビューぶりが、すごかった。総裁相手に実に見事であった。
うわあ、そこから始めるのかというアイスブレークから最後のまとめまで、時には総裁の言葉をわかりやすく言い換えて解説してみせたり、自分のペースで対談を構成して、引き出すべき言葉を全部引き出してみせた。
立ち会っていたオレをはじめ、全員がその手際のよさに仰天。しばし呆然とするほどの鮮やかさだった。
テレビで見せるあの司会ぶりは、台本ではなくて、まんま素なのだった。
キムラくんに「タンゴさんも次からは池上さんみたいなインタビューをしなきゃね」と言われて、むむむむ、無理に決まってるだろうと絶句したオレであったが、しかし、あまりのプロ技術、職人芸を見せられて、オレは少しでもこの人のようになりたいなあと思ったのだった。
夜、新宿花園神社で酉の市。
今年は三の酉まであって、今夜は一の酉だ。
例年なら寒くて寒くて、これで雨でも降ろうものなら凍えてしまうのだが、今日は暖かい。ビールを飲んでいても汗をかいてしまうほどだ。
そのせいだろうが、とんでもない人出。ぶったまげた。
屋台でおでんを突っつきながらビールを飲み、全員で15分も行列して参拝し、さてもう一軒と思ったらもうどこも座れない。とにかくとんでもない人出だった。
それでも1年一度、ここにお参りに来ないと落ち着かない。サラリーマン時代からだからもう20年以上、お約束で酉の市なのだ。今年もお勤めを果たした気分。
屋台が一杯なので、花園神社を出て、近くにある中華料理屋に入ってホッピーを飲む。
今日は7人も参加があって、しかも珍しい人の飛び込み、30年ぶりに再会した人の参加もあって、盛り上がった。
いつだったか、えーじくんと二人、底冷えのする酉の市で、入った屋台がはっと気がついたらヤクザだらけで、げげっ、ここは経営者も客も全部ヤクザの店だったと、底冷えがさらに冷え込んで背中がぞぞっとした時に比べたら、天国のような酉の市である。
今年3月に亡くなった藤田の奥さんも来てくれて、きっとたぶん藤田も一緒に着いてきてくれただろうなあ。
夜、10時過ぎに帰ってくる。
地元の神社でも酉の市をやっているので、例年のお約束で、ヨメと子供たちはこちらに参拝し、小さな熊手を買ってきたらしい。ついでにチーズ入り大判焼きが大好きな娘は、もちろん一つ食べて満足なのだった。
さらについでに今日はヨメの誕生日ということで、ケーキも食べたそうで、子供たちはいろいろ美味しいものが食べられてよかったなあ。
さらにさらに今日は家族全員がインフルエンザの予防接種も受けて、酉の市の参拝と合わせて、これで冬を迎える態勢が整ったのだ。よーし。
と気合いを入れたところに届いたのが、もう一つの冬を迎える態勢、カレンダーである。
そうである、早くも来年のカレンダーだ。しかも、なでしこジャパン。
そうである。なでしこジャパンのカレンダーが出たというので、アマゾンに頼んでいたのが届いたのだ。
ほほう、届いたか。どれどれ。と早速めくるわたくし。
表紙はワールドカップを掲げて万歳している選手たち。ベタだな。ベタすぎる。まあ、表紙だからいいか。
と、以下に続く6枚のカレンダーをめくってみたらば、どひゃー、なんじゃこれ、というセンスの悪さ。写真のセンス、デザインのセンス、どれもこれも最悪である。中国の奥地でつくっただろう、これ。絶対に。
毎年コンビニで買うドラえもんのカレンダーのほうが何倍もマシだ。
あまりのセンスのひどさに目が回ったオレは、そのまま風呂に入って、すべてを忘れることにしたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」
2011.11.01
ドカーンと巨大な荷物が届いた。
アマゾンとサウンドハウスからである。
中身はPA、つまり音響設備だ。ぼちぼちライブの話しも舞い込んできて、時前のセットが必要となり、まとめて買ったのだ。
ただしどういうわけだか、ケーブル関係がサウンドハウスでは在庫切れの取り寄せだという。変なの。
だもんで、機材だけが届き、ケーブルは後日なのだ。
サウンドハウスは音楽関係機材の専門店で、対応はとてもよろしいのだが、時々こういうおかしなことをする。そんなにケーブルって売れ行きがいいのかなあ。
まあ、いいや。とりあえず今手元にあるケーブル類を利用して音を出してみる。おお、なかなかいい感じの音ではないか。
ただ問題はパワー不足ということだな。一番安いのを買ったから、あんまり大きな音が出ない。まあ…いいか。
音が小さい分、地声の大きさでカバーなのだ。意味不明。
しかし、こんな機材、置き場所がない。ということで、当然ここしかない。クルマの中だ。
既にいつでもライブに駆けつけられるようにセットしするのだ、というのではなくて他に置き場所がないからだというのはバレバレだなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「SPA!」もう本当にくだらないからこの雑誌はやめよう。
2011.10.31
あっという間に秋も半ばを過ぎて晩秋である。
昼から横浜の先の方に行く。工場の広大な敷地で、でかいなあとびっくり。
夕方は川崎。
川崎周辺もずいぶん変わったなあとびっくり。なんだかでかいビルが林立していて、いったいどこの郊外だという感じ。
夜には六本木。泉ガーデンだ。
ここもでかい。
今日はでかいところばかり行ったのだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」
2011.10.30
息子にとって聖地と言えば千駄ヶ谷の将棋会館であるが、サッカーにとってのそれは言うまでもなく国立競技場である。。
そして、同じサッカーでも女子のなでしこリーグにとっての聖地は、西が丘サッカー場なのである。
西が丘サッカー場は東京都北区の外れにある。北区そのものが東京の外れだから、西が丘は最果ての地と呼んでもいいだろう。
そして実は今日、こんな最果ての地においてなでしこリーグの試合が行われたのであった。しかもカードは、あの宮間とマナちゃんこと岩淵が対決する、湯郷ベル対日テレベレーザである。ついでに岩清水も出るけど。
この試合が、なんということだ、無料、つまりタダで行われるのである。
これを見逃す我が娘ではない。というのはさ、うちの娘、宮間の大ファンなんだよねー。
ちょっとでも宮間の写真が新聞に出てると大喜び。挙げ句の果ては宮城ナンバーのトラックを見ては「宮だ」と叫び、「入間」という地名を発見しては驚喜するという、アホかおのれはと言いたくなるようなファンなのだ。
というオレもミヤマーの一人であるし、ここは是非行かねばならぬと、車を飛ばしたのだった。
なお、今「是非」という漢字を使ったが、オレは実はこんな漢字は大嫌いだ。なんでもかんでも漢字にしちゃって読みにくくするのは、ワープロに使われている人間の典型である。それなのにどうしてオレがこんな変換を許してしまったかというと、原稿を書くときにその会社(正確には役所)の文章規定に沿って書かなくてはならなかったからだ。ストレスのたまることであるが、まあ、ストレスもギャラのうち。
おっと、そんな愚痴はどうでもよい。
西が丘サッカー場だ。
我が家からはクルマで15分ほどである。心配していた駐車場もなんなく空きが見つかり、クルマを停めて我が家の4人は道をえっちらおっちら歩き出したわけだ。
と、途中にフットサル場があって、なんだかゲームをしている。せっかくサッカーの試合が近所であるんだから、フットサルなんかしてないで見に行けばいいのに、このちっちゃくて丸い顔をした太い足の女の子は。
と思ってよく見たら、なんと試合前の練習をしていた湯郷ベルの宮間その人であったのだ。
つまりまったくの偶然に、宮間が練習していいるところにでくわしたのである。うひゃあ、とびっくりしてひっくり返る丹後家一同。
そのまま金網にかぶりついて、宮間見物だ。
宮間ファンの娘の喜ぶこと喜ぶこと。ほとんど凝固してしまい、呆然と宮間を見つめるのであった。
宮間も嬉しいことにこちらをちらちらと見てくれてのう、娘は「目が合った」と大喜び。オレが、宮間ちゃーんと叫んでも「きもっ」と無視されるのがオチだが、小学校低学年の娘ならこうして見つめても許されるのであった。
ついでに宮間は岩清水ともしゃべっていて、代表2人を間近で見られてラッキー。
さて、スタジアムである。いや、ここは運動場という表現がぴったりだな。
話には聞いていたが、まさかこれほどとは、とびっくりしたのがフィールドと客席の近さである。20メートルも離れていないのではないか。手を伸ばせば髪の毛を引っ張れそうな距離である(引っ張れないけど)。
この近距離で選手が見られるのだ。
当然、丹後家は最前線に座り(ごとに座ってもいい)、コーナーキックの宮間を見ようとコーナーポストに最も近いところに陣取った。実際に2回あったコーナーキックのチャンスには、あまりにフィールドと近いため、宮間のでかいケツに手を伸ばせば届きそうであった。
これで無料なんだから、たまらんですよ、あなた。
さて、試合はというと前半で0-3と、一方的な日テレペース。凡戦。
宮間1人が頑張ってるが、他の選手が明らかに格落ちで、これでは宮間が頑張っても厳しいよなあ。日テレは、マナちゃんが元気でよかった。点も取ったし。
このマナちゃん、どうもチームで浮いてないか。引き上げるときもひとりぼっちだったし。
と、そんなふうに間近で繰り広げられる闘いを楽しんでいた丹後家の隣に、実は男が一人座っていた。
そうである。誰あろう、コマちゃんである。
あの「タンゴさん、ボク、宮間と結婚したいんですよ」という電話をわざわざかけてきたほどのミヤマーである。そのコマちゃんが、東京で宮間の試合があり、しかも無料だというので愛車を飛ばして駆けつけたのだ。
オレの隣に座ったコマちゃんは、座るなり「タンゴさん、ボクは見ましたよ、フットサル場の宮間を」と自慢する。どうやら、オレたちが見たのと同じ練習場をのぞき見してきたようだ。
コマちゃんは「宮間とは3回も目が合いましたよ、宮間はずっとボクだけを見ていましたよ」と威張る。そうかそうか、宮間とずっと見つめあっていたのか。幸せなコマちゃんであった。
しかし、前半の終わり際、日テレの選手がピンチをしのごうとラインにボールを蹴り出そうとして失敗し、ゴールラインを割ってしまったのだが、その瞬間、ピッチには「あ、やべえ」という選手の声が響いたのには大笑いした。しばらくはコマちゃんとオレの間で「あ、やべえ」がブームになりそうである。
雨が降ってきて、娘も病み上がりということもあって、前半で先に帰ることにする。コマちゃん、お先〜。
電光掲示板が故障してたこともあって、西が丘サッカー場での試合は、まるで高校の部活を見ているような風情があって、なかなかに味わい深かった。試合は凡戦だったけど、目の前を選手が躍動することもあって、サッカーの楽しさを満喫できた気がする。
ぴりぴりした試合じゃなくて、純粋に楽しめる試合として。
また行きたいなあ。今度は電車で行って、終わったらゆっくりと飲みながら語りたいものだ。コマちゃんの宮間愛について。
本日の宮間語録。「朝、目が覚めた時、もしその日一番やりたいことがサッカーじゃなかったら、私はその日に引退する」「サッカーは仕事なんですよ。『仕事が辛い』って言っているのは、ダサいじゃないですか」。
うーむ、なんと男らしいのだろう。しびれるなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.10.29
昼、中山親分がミカンとケーキをお土産にやってきた。ミカンは自宅の庭先でとれたものらしい。どんな田舎に住んでるんだ。
今年の夏にハードオフで6000円で買った緑のギターを引き取りに来たのである。
ヤマハの納得できるギターを2台も手に入れることができたので、「海からきたちょうちょ」「ずんだもちずん」用のこの緑のギターも処分しようと思ったところ、親分が「だったらちょうだい」というので、取りに来たというわけだ。
わずか数ヵ月しか使わなかったギターだが、それなりに働いてくれた。
それにしてもここ1ヵ月で1台のギターを売り、2台のギターを買い、そして今日は1台のギターを人にあげたわけで、なかなかに賑やかなことである。
夕方、掘り出し物を探しに行くぞと息子を連れて、いつもの大泉学園のハードオフに出かけた。
楽器のジャンクコーナーを見る。
相変わらず面白そうなものが捨ててある。今日は、2000円のエレキベースを発見。「音は出ます」と書いてあったので、音は出るのだろうが、なぜこれがジャンクで2000円なのか。どこかに落とし穴があるのではないだろうか。そう考えると、だまされてみたくなって、欲しくなる。
2000円だと、はなの舞いで飲むより安いぞ。
昼にやってきた親分が「オレもたんさいぼうに入れてくれ」と言うので、ベースとボーカル担当だったら入れてあげてもいいけどと答えたら、俄然やる気を出していた。そんな親分にちょうどいいかも、この2000円ベース。楽器なんて高けりゃいいってもんじゃないしな。要は腕だ、腕。
さあ、チャンピオンシリーズだと思って、ぼちぼち放送が始まるだろうと新聞を見たら、なんとBSでしか中継がなく、しかも既に終わっていた。なんということだ。
さらに、許しがたいことに日ハムが負けていた。くっそう〜。
どうせ西武ライオンズがまた薄汚い手を使ったんだろう。そうに決まっている。腹が立ったからもう西武線には乗らない、という宣言をする。
野球と言えば、原の甥っ子がドラフトでハムに指名されたからって、なんかもめてるな。別にハムはちゃんとルール通りに指名しただけで、それにいちゃもんつける方がどうにかしている。
青信号だから渡ったというのに、オレの目の前を断りなしに横切るなと因縁つけてるみたいだ。
原の父ちゃんだかなんだかわからんが「人の道に外れている」とほざいているが、どっちが外れているんだか。だから巨人は嫌い。
だいたい抽選のくじだって、原がびびってひかなかったというので、男を下げたと笑いものになっているらしい。わはははは。どうしてそんなどうでもいいことで騒ぐのだろうなあ。面白いなあ。
あと、野球ネタではあれだな、モバゲー。
ぶつぶつ文句ばかりつける連中が多くて、だったらあんたが買ってみろってんだ、と言いたくなるなあ。
とはいえ、品のない会社がたまたまカネが儲かっちゃったんで使っちゃいましょうという臭いがぷんぷん。「モバゲー横浜ベイスターズ」ということになったら、当然「ゲイスターズ」と呼ばれるわけで、今から新宿二丁目は大騒ぎだそうだ。
モバゲーの会社の創業者は、美人ベンチャーのナンノさん。なんでも出身は新潟市らしく、いずれゲイスターズの本拠地を新潟に移して、故郷に錦を飾りたいと考えているのだそうだ。アホだな。勝手にやってくれ。
もし新潟に移ったら、モバゲー新潟ベイスターズか? いや、モバゲー新潟米スターズってのはどうだ。
おお、今書いていて自分でもちょっといいと思ったぞ。新潟米スターズ。読み方は、しらゆきまいスターズ。
これなら新潟に移転するのも歓迎である。がんばれナンノ。楽天なんかやっつけちゃえ。評判悪いし。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」
2011.10.28
有楽町に新しいルミネがオープンした。
ルミネとは案外つきあいが長く、しかも有楽町店はオープン前からちびっとばかり関わってきたので、オレなりに感慨を持ってこの日を迎えた。
間の悪いことに朝一番で別の取材が入っていたので、オープンの瞬間には立ち会えず、正午頃に様子を見に行った。
たぶん混んでては入れないだろうなあと思ったら案の上で、昼の時点でもまだ100メートルほどの行列ができていた。たいした人気だ。
ともかく大きなトラブルもなく開店できたようで、よかったなあと一安心。
夜ニュースを見たら開店前には5000人だか6000人だかの行列ができたらしい。以前店長にインタビューしたら、地元の警察の協力を仰いで、2000人までは対応できると話していたが、それを大幅に上回る行列ができてしまって、関係者はさぞや青ざめたことだろうなあ。
この週末をそれを上回る人出だろうから、いつになったら入れるのだろう。
話しは変わって、夜、息子が突然に「ボクはもう妹とはお風呂に入らない」と宣言。おお、青春の握り拳。
おろろ、いったいどうしたんだとたずねたら「だってボクはもう10歳だよ、ふふん」と鼻で笑った。
そうか、10歳の男子としては女子なんかと一緒に風呂に入れるか、というわけか。
「うん、そうだよ」と息子。
ほほう、どうやら男子としての己に何か目覚めたらしい。こうして少年は大人になっていくのだな。
じゃあ、お母さんとも入らないのか。入らないよな、お母さんも女子だし。
そう言ったら「えーと、入る」と小さな声で返事して、やっぱりまだガキなのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「Friday」
2011.10.27
渋谷にある母校へ取材に行く。来月、新聞に掲載されるインタビューだ。
テニスコートをつぶして12階建てだかの校舎が建設中で、うひゃー、またまた変わっちゃうなあとびっくり。もっとびっくりしたのが、校門横にあった歩道橋が取り払われて横断歩道になっていて、ありゃりゃりゃ、こんなところ変わっちゃったとのけぞる。
再来年から4年間一貫教育が始まるとのことで、渋谷からどれだけ学生の行列が続くのか、けだし見物である。
インタビューは和やかに、かつ充実した内容で終了。オレが(出来の悪い)卒業生と知って、事務方も教授たちもとてもフレンドリーだ。やはり卒業生がこうして仕事で訪ねてくると、送り出した側も嬉しいのだろうなあ。
もちろんオレも、立派になったこのオレを見てくれというわけではないが、みっともない仕事はできない、しっかりやうろと気合いが入る。その気持ちが通じたか、とても楽しいインタビューとなった。
ところが、こちら側のスタッフの一人が最後にそんなムードもオレの努力も、すべてぶちこわしにする愚挙に出て、そのあまりの振る舞いに卒倒寸前になる。他人がいなければ、オレはそいつの胸ぐらをつかんでいたことだろう。
幸いにして先方は大人。気にとめないふりをして流してくれた。
母校の事務方の人たちにも、教授たちにも、心の中で深く謝りつつ、オレの品位が激しくおとしめられたような気がして胸の中は怒りの炎が燃えさかり、天に向かって吠えながら宮益坂を下ったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」「週刊新潮」
2011.10.26
土曜、日曜とずっと仕事して、特に日曜はずっと編曲仕事をしていたものだから、左手がぐったりしてしまった。要はマウスの使いすぎだな。
痛くてなかなか思うように上げられない。50肩ではない。マウスの使いすぎだ。
そこで身体的負荷が比較的少ないという話を聞いて、ペンタブレットを買ってきた。ビックカメラで7900円。
以前買ったときは1万3000円したから、ずいぶん安くなった。
というか、以前買ったならそれをつかえと。
いや、それがどっか行ってしまって、とほほほ。
というわけで、タブレットを接続したのだが、確かに腕にかかる負担は少なそうである。ただ、操作性がやっぱり悪くて、マウスに比べるとすげえイライラする。
うーむ、なかなかうまくいかないものだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.10.25
北杜夫が亡くなった。
どくとるマンボウ、高校時代によく読んだなあ。おかしくって、大笑いしたものだった。
長じて学生になってからは「幽霊」「少年」などの純文学をよく読んだ。内容はすっかり忘れてしまったけれど、なんだかすごくピュアな文章だった記憶がある。
代表作の「楡家の人々」は、いつか読もうと思ううちに読まないできてしまった。こんなふうに、いつか読もうと思って今まできた作品のなんと多いことか。ドストエフスキーやトルストイの古典も残っているし三国志だって未読だ。なんと情けないことだ。
せっかくだから、ということもないが、北杜夫も再読してみるか。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.10.24
伊藤麻衣子の時代から、マイコというのは悪の存在なのである。その代表がマイコプラズマである。
マイコプラズマと書くと、新興宗教が開発中の最終兵器のように見えるが、それは違う。病気の名前だ。
カビのような細菌が人の体に入り込んで悪さをする病気で、だいたいが発熱に咳という、風邪と同じ症状になる。だから多くの場合「ありゃ、風邪かな」と思って早く寝たり、売薬を飲んだり、大酒飲んで頭が痛いのはどっちの理由だかわかんなくしたりするのである。
ところがマイコは風邪ではないから、風邪薬を飲んだって治らない。
いったいは熱も下がって、いやあ、すぐ治ってよかったなあと喜んで酒を飲みに行ったりするのだが、翌日になると再び熱が出る。そうである、マイコ場合は、一定の時刻になると熱が出るというのが特徴なのだ。
うーむ、にっくきマイコ。医者に行って血を採られて血液検査をしてもらって、レントゲンを撮られレ肺炎になっていないか確かめて、その上でマイコ専用の薬を飲まなくてはならない。
というややこしい目に遭って、娘が学校を3日も休んでいる。間に土日をはさんでるから5日間も病気のままだ。
やれやれ。
マイコだから昼は熱が下がって元気になって、夜になると高温が出る仕組み。仕組みってことはないか。39.8度とか、平気で出ちゃうもんね。
たちの悪いことにこのマイコ、人に移る。しかも、潜伏期間は2週間から3週間。ということは息子やヨメやオレがすでに感染していても不思議できなく、また、人に移す恐れがあるうちは治っても娘は学校を休まなくてはいけないというこだ。
困ったものである。
もうだいぶよくなったのだが、それでもまだ医者には毎日行かなくてはならず、でも、これぐらいで済めば御の字で.、この冬もまたインフルエンザにおびえるのかなあと心配だ。
早く予防注射打っておこう。
そして話はマイコからメロディーヌに移る。
メロディーヌとは、音楽ソフトのプラグインである。ピッチ調整、簡単に言うと音痴を直してくれるソフトである。音楽制作には必須で、オレもこれでどれだけ音痴のボーカルを直してきたことか。根本的な解決にはならないのだが、修正はできるってわけだ。
とこめがこのメロディーヌ、以前も書いたけれどハードディスクがクラッシュしてから入れ直そうとしたら入らなくなってしまった。インストールは2回までというふざけたプロテクトのためである。
仕方なく買い直したのだが、実はこれがバッカ高くて5万円もする。アホらしい。
アホらしいので、一番低機能のエントリー版を買ったのだった。3月。9000円。
ところがエントリー版はやっぱりエントリー版であって、ほとんど使えない。ばかソフトである。安物買いの銭失いとはこういうことですな、ハッつぁん。
しょうがねえなあ。と、ほったからかしにしてたわけだ。
それか先日、開発元からメールが来て、これが当然英語なのだが、どうもバージョンアップが近づいているので、今のバージョンのを安く売ると言っているらしい。ダンナダンナ、安くしときますぜ、ってな話だな。
なんぼかというと、5万円が1万2000円。ほほう、これは買いだな。
PSPもそうだけど、どうして海外のこの手のソフトを造ってる連中って、すぐにバーゲンするんだろうね。これなら待って正解。半額以下だ。
ただし、このメロディーヌに関しては毎回インストールするたびに苦労させられる。大騒ぎなのだ。
今回も早速ダウンロードしてインストールしたわけだが、きっと立ち上がらないだろうなあと思った案外あっさり立ち上がり、あらららら、よかったねえと思ったのもつかの間、今度は他のプラグインが一切使えなくなってしまったのである。
んがあ、意味ねえじゃん。
激怒してイスから転がり落ちたオレであるが、表示される説明は英語で書いてあって、英文科卒業のオレにはまったくわからない。困ったものである。
夜の10時を過ぎているというのに、ここでこんなことで時間を取られるわけにはいかないという状況なのに、本当に困ったメロディーヌちゃん。なお、どうやらMelodyneはメロディーヌではなくてメロダインと読むらしく、本当かよそれ、と思わないでもないのだが、まあ、どっちでもいいか。
結局それでどうしたかというと、案の定、いったんインストールしたメロディーヌちゃんを削除したという結末。もちろん削除すればちゃんと使える。
さて、オレの1万2000円、どうしてくれよう。いや、それよりメロディーヌちゃんが使えないのはとっても困る。しばらくしたら根本的な解決に乗り出す予定なのだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」
2011.10.23
この土日はほとんど机に向かって原稿仕事。はあ、疲れた。
ぐったりというより、うんざりだな。
夜、魚せいに行く。今夜の客はオレを入れて3人だ。まともな店とはとても思えない。
オヤジは既に自分から酔っ払っていて、「客なんてオレの都合に合わせて来ればいいんだ、ばーろ」と正気の沙汰とは思えないような発言を繰り返している。よい反面教師だなあ。わはは。
ここでオヤジが驚愕の事実を発表。「オレは今まで一度も地下鉄というものに乗ったことがない」らしい。
中卒で上京して石神井公園の魚屋に丁稚で入って、以来50年。その間一度も地下鉄に乗ったことがないとは、どういう了見だ。
「ついでに言えば中央線というのも乗ったことがない」。
事実だとしたら、いや、たぶん事実なのだが、まさにおったまげた事実だ。でも、案外こういう人は商店街とかに多いのかもしれない。
オレの行きつけの床屋も、妙齢、27歳くらいのお姉さんが髪を切ってくれるのだが、オレが引っ越してきてから7年間、ずーっと毎日店にいるものなあ。
東西線の話が出て、魚せいのオヤジが「とうざいせん? そんな電車があるのか」とオレに聞くから、あるよ、と答える。オヤジは「なんであんた、そんなこと知ってんだよ」と返してくる。
な、なんでって。
こういうのに答えるすべを知らないオレであった。
そういや昔、大学のクラブの女の子が、東横線の乗り場で山手線を探していたから「東横線は私鉄だよ、山手線は国鉄だからこんなところにないよ」と教えてあげたら「どうして山手線は国鉄だなんてわかるのよっ」と逆ギレされたことがあったっけ。
おんなじレベルか。
しかし、飲みに来て「なんであんたは東西線なんて知ってんだよ」と突っ込まれるとは、本当に無益な飲み屋である。
もっともそれに対してカウンターの客が「南北線っていうのもあるんだぞ」とオヤジに自慢していたが、無益に拍車をかけてどうするんだよ、いったい。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.10.22
本屋に行けばスティーブ・ジョブズの本が山積みで、彼の死によって未来が閉ざされてしまったかのような大騒ぎなのであるが、アップルがつぶれて困る人の数よりもジャスコがつぶれて困る人の方が絶対に多いわけで、あの電話やタブレットにしても単なる工業製品に過ぎないのだから、行列して買うほどのこともなかろうて。
そもそもアップルったって、単なるメーカーだし、それも工場すら持っていないメーカーで、その陰には低賃金と異常なストレスを強いられつつラインに立っている中国人労働者がいるわけだが、それは1%の金持ちと99%の低所得者で構成される米国社会そのものの構図にくりそつなのだ。
などと、人様がよかれと思っていることに横からケチをつけるのは非常に低い品性であるなあとオレは反省するのだが、なーに、アップル信者だって似たようなもの。そのアップルも、かつてはWindows信者に揶揄されていたのだから、要はぐるぐると回っているだけか。
オレのiPadはバグだらけ。ネットで調べたらどうやら初期の出荷不良らしい。なのにアップルは頬被りで、それでも子供が喜んで使っている。
最近はタブを持ち歩いている人もけっこう増えて、確かにタブがあればスマホはいらないから、電話は普通のガラケーに戻して、データ系はタブで全部片付けてしまうというのもありだな。
というわけで、ぼちぼちオレも2代目のタブを検討中。もちろんアンドロイド。
ちなみにスティーブ・ジョブズはアンドロイドが出たときに激怒して「水爆を使ってでも抹殺してやる」と息巻いていたらしいが(朝日新聞)、こんな思想の大人はキチガイであろう。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「文藝春秋」
2011.10.21
「あのね」と、サトコがチャーハンを飲みつつジャスミンティーを食べながら言う。
そして「あのね」と繰り返した後「タンゴくんの日記、とっても読みづらいの。とってもとっても読みづらいの」とクレームをつけ始めた。
うるさいなあ、人の日記をのぞき見て文句をつけるとは、どういう神経してるんだよ。
と思ったら、隣に座ったアンディこと安藤が「確かに長い。読みにくい。私の足あとを見習って欲しい。私の足あと。略してわたあし。けっけっけっ」と笑うのであった。
なにを言う、アンディ。そもそもこいつは、オレの日記は盗み読むくせに、絶対に自分のブログはオレに見せようとしないのだ。サトコには教えているのに、オレには教えないという不届き者なのだ。
そしてこの2人が声をそろえて言うには「タンゴの日記はウソばっかり」である。
ふん。
オレがオレの日記にウソを書こうがどうしようがオレの勝手だろ。
オレはそう言って本日3本目のビール(ただし小瓶。ちっちゃくて量が少ない小瓶)を飲み干すのだった。
まあ、そんなことはどうでもよい。問題は恵比寿である。
あちらこちら取材で出歩くことの多いオレは、あのへんではあのトイレ、とだいたいマーキングが済んでいる。恵比寿の場合、駅に隣接したアトレの3階がよろしい。
本日もそこに立ち寄った。もちろんスモールビジネスである。
2階の食品売り場を抜け、奥の方にある「未精算商品の持ち込みはお断りします」というドアを開けたオレであったが、その瞬間にぎょっとした。
なんとトイレの中に若い女がいたのである!
げっ、やべっ。間違えて女子トイレを開けてしまったか。
悲鳴→警備員→大騒ぎ→警察→マスコミ→不登校→離婚→家庭崩壊という流れが一瞬にしてオレの頭を走ったのだった。
だがしかし、その若い女の背後には立派な男子用便器が並んでいるではないか。どう見てもここは男子トイレ。とすると、家庭崩壊すべきはむしろこの女ではないか。
いやいや、こんな若い女性の将来をつぶしてはならぬ。逃げなさい、娘さん。何かの気の迷いだったのでしょう。
ここは見て見ぬふりをしてあげるのが、男の器量だ。
ということを0.1秒くらいの間に考えたのだが、女の服装がどうも店の制服のようで、しかも手洗い場を拭いている。どうやら掃除をしているようだ。
なんだ、お掃除おばちゃんじゃなくてお掃除姉ちゃんだったか。
でも、姉ちゃんのいるところでスモールビジネスとはいえトイレかよ、オレ。
どうしていいかわからずオレは、そそくさと本能のままに便器の前に立ち、すぐ隣にお掃除姉ちゃんの気配を感じつつ、えーと、どうしよう、ぽりぽりと身を固くしていたのだった。
と、数秒後「失礼しました」という涼やかな声と共にドアの開く音がして、姉さんは立ち去ったようであり、オレは安心して大きなためいきをついたのである。
ふう、なでしこ対アメリカのPK戦、最後の熊谷が蹴る直前にも似た緊迫の数秒間だったなあ。
しかし、とオレは思ったのだ。
だいたいこういうシーンでお掃除おばちゃんに出くわすと、オレはいつも、あ、いいですか? などとおばちゃんに断ってからトイレに入る。おばちゃんも「はあーい、どぞー」などと適当な声で答えるのだ。
ところが今回は若い女性というありうべからざる存在を目にしたことで一瞬にしてオレは思考停止に陥り、固まってしまったのだった。
これは無意識のうちにあるおばちゃん・姉ちゃん差別なのだろうか。ジェンダー連中に知られたら袋だたきか。
もっとも男子トイレで若い女子が掃除していたらこっちが恐縮し、ならば逆に女子トイレで男子が掃除していたら恐縮されるかというと、決してそんなことはなくて、絶叫されて通報されるに決まっている。
これは逆ジェンダーじゃないのか。電車の女性専用車両と同じく不条理なものを感じてしまう。
こういう深い問題の根っこについて、アンディー君はどう考えるのだろう。「わたあし」で答えてもらいたいものである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「ゴルゴ13」
2011.10.20
以前発注していたエレクトロボイスのダイナミックマイクが届いた。
定価なら2万円のところ、なぜか突然6千円で売るということになり、ただし納期1ヵ月・海外取り寄せということだったので、こりゃあ、海外で出た不良在庫を片付けようという魂胆だなと思いつつ、ものすげえお買い得なので買うことにしたのだった。
エレクトロボイスのコンデンサーマイクは持っていて、以前から愛用していたので、こりゃあいいかなと。
届いたのを早速使ってみる。
例によってレベル設定が面倒だ。これはマイクプリかインターフェースの問題でもあるのだが。
ヨメの声で一曲録音してみた。おお、音はけっこう深みがあっていいじゃん。これはうまく使い慣れれば、けっこういいマイクかも。
たんさいぼうでの活躍が楽しみである。
マイクの音に満足して、西武線最低の居酒屋・魚せいに行く。
引き戸を開けて入った途端、ひっくり返る。なんと、今度は行きつけのクリニックの看護婦が飲んでいた。
しかもその相手が、マサコだ。マサコは幼稚園のママ友で、その切れすぎているキャラゆえに幼稚園を裏で仕切っている番長ママだった。
なぜ看護婦とマサコが、魚せいで飲んでるんだ。そもそもどうしてこの2人が顔見知りなのだ。
「おっ、タンゴさん」と、マサコが手を上げて「こっちで一緒に飲もうぜ」とクモの糸を吐く。冗談じゃない。イヤだ、とはっきり断る。
「もともと私ら、13年のつきあいなのよ−」と看護婦。知るか。勝手につきあってくれ。
マサコはビールをグビグビ飲みながら勝手に盛り上がってる。ああ、うるさい。
おばはん2人が西武線最低の居酒屋で酔っ払って大騒ぎしている、とことん頭の痛くなる夜だった。
んじゃあ、逃げるように帰るから、オレ、と言い残し、とっとと逃げ帰ったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」
2011.10.19
息子と娘の学校では、いま校舎の建て替え工事が真っ盛りである。息子は、卒業までに新しい校舎に入れるかどうか、ギリギリのところらしい。
そのためグラウンドが半分つぶされ、ほとんど外で遊べない。小学生男子どものストレスはいかばかりか。
確実に体育面では遅れてしまうのだろうな。
その対策というわけか、トランプ持参が解禁されたらしい。休み時間に外に出られないなら、せめてトランプぐらいは大目に見ようということだろう。先生がたもご苦労である。
もっとも息子など「だったらモノポリーもってって、みんなから巻き上げてやる」と息巻いて、母親に羽交い締めにされていた。
でも、もちろん一番大変なのは工事関係者だろうな。
絶対に子供に事故を起こしてはならず、騒音もダメだから授業中はたいした工事ができず、それなのに早くつくれ早くつくれと言われているのだからな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」
2011.10.18
そういや旧聞ではあるが、大阪の南の方で、福島で造られたコンクリートの橋を架けるのに反対の声が上がったというニュースがあったが、まったく大阪の馬鹿たれは度しがたい。
あのアホ知事がでかい顔しているのも納得の、低民度だ。
そもそもアホ知事は「放射能を調べます」と言うのではなく「大阪のバカが恥ずかしいことを言いましてすんませんでした。阪神の地震の時に助けてもらったのに、本当に申し訳ないです。こら、河内のバカども。謝れ」と言わねばならない。そんなこともわからないのだろう。
立ち上がらねばならないときに、同じ日本人が足を引っ張ってどうする。
大阪の地で福島出身者がどんな視線にさらされているのかを思うだけで、泣けてくるわい。
特定の地域に対してそういう差別的な言動を恥ずかしげもなく行うということに、実は差別意識が日常的に根づいている土地柄なのだろうと、それこそ差別的に思ってしまったわい。
久々に気分の悪いニュースだったな。けっ。
ところで世田谷の放射能騒ぎでは、民家の床下にあった瓶が原因ということで落ち着いて、関係者一同、ちょっとばつの悪い顔をしていたが、その家に住んでいたのが90歳を超える年寄りということで、もしかして放射能を浴び続けると長寿になるという事例ではなかろうか。
などと書くオレも度しがたいが。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.10.17
仕事で有楽町に行く。
丸井ができて、今はルミネが開業準備に忙しく、街がけっこう生まれ変わっている。
ところが駅前だけが、相変わらずひどいんだなあ。
暗いガードが架かって、印象悪い。どんよりしている。店もくすんでいるようだ。
何よりもひどいのが、バチ屋である。
派手な電飾と騒音で、おしゃれに生まれ変わろうとしている街のじゃまをしている。まったくなんなんだ、バチ屋。
今ではずいぶんきれいになったのか、自動ドアの前ではきれいな姉ちゃんが挨拶をしてくれる。
もっともちょっと郊外の工場地帯へ行くと、工場の近くには寮があり、それを囲むようにバチ屋があり、さらにそれと並んでサラ金が居を構えている。ひどい構図だなあ。
その有楽町で、久しぶりにヨシダ氏と会う。いやあ、会いたかったよ、ヨシダさん。お互い、ひどい仕打ちに耐えてるよねえ。
ヨシダ氏も「会いたかったですよ、タンゴさん。まったくこの世は無常ですねえ」と嘆く。
やっぱり現場にはヨシダさんが必要ですよ。現場にヨシダ、現場にヨシダ。
「どうせ同じことをどこでも言ってるんでしょ」とヨシダ氏。しまった、ばれてたか、わっはっはっ。
仕事が終わって、ビールでも飲みましょうかという話になり、いろいろと情報交換したかったのだが、ヨシダ氏はこの後も打合せだというので断念。また今度改めて飲みましょうかね。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊ポスト」
2011.10.16
秋晴れのいい天気になって、ヨメと子供は練馬区民祭りに出かけていった。
うーむ、オレも行こうかな迷う。
だが、迷っただけでやめて、結局こんなにいい天気なのに家にこもってアレンジだ。昨日と今日で3曲完成。疲れた。ぐったりする。
やっぱりいい天気の時は外だなあ。同じ疲れでも、気持ちがまるで違う。
昼飯を食いに外に出たら、隣のオガワさんがビール飲みながらギターを弾いていた。庭先で。
いい天気だものなあ、外でビールも飲みたくなるだろう。
オガワさんが「おお、タンゴさん、またギーたかったんだよ」と話しかけてくる。ありゃ、本当だ、新しいギターを持ってる。
どこで買ったんですか、これ。「池袋の石場氏楽器だよ」とオガワさん。
いくらだったんですか。「5000円。安いだろ。本当に5000円でいいかって言ったら、いいって言うから買ってきたよ」。
60代も半ばを過ぎた、屋根職人のオガワさん。それが一人で石場氏楽器に行ってギターを買ってくるんだから、エライよね。
そもそも石場氏楽器に何しにいったかと聞けば「ギターの弦を買いに行ったんだよ」。
えらいなあ、70近くなってギターの弦を買いに行くんだものなあ。見習いたいものだ。
5000円で買ったギターを見せてもらう。エビフォンだ。けっこうしっかりしていて弾きやすい。
よく見たら胴が少し膨らんでいたから、それでディスカウントだったか。それでも5000円でこれなら十分だろう。
いやあ、オガワさん、いい買い物じゃん。実はオレもこないだギター買ったんだよ。
そう言ったら、オガワさんがぜひ見せろと言う。なので、二階からヤマハのギターを2本抱えて降りて庭に出た。
オガワさんに見せたら「おお、いいなあ」と手にとって喜んでいる。
日曜日の昼に庭先で買ったばかりのギターを見せ合って喜ぶ60代と50代。けっこうおかしいなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.10.15
小沢かづとが打合せにやってくる。
終了後は西武線最低の居酒屋・魚せいで酒だ。
最低の居酒屋だけあって客も最低で、本日は女性客に小沢かづとがからまれる。女性客ったって、オレより年上だよ。明らかに。
からまれた後で小沢かづとは「もうちょっと若かったらよかったなあ」と遠い目をしていた。
そういや、魚せいのオヤジ、オレがメガネを外して新聞を読んでいたら「目が見えないからメガネをかけているはずなのに、どうして新聞を読むときはメガネを外すんだよ」と本気で不思議がっていた。
まったく信じがたいことではあるが、どうやらこのオヤジ、老眼というものを知らないらしい。
そのくせ自分は新聞を読むときにはメガネをかけているから、自分自身は老眼であるらしい。どうも理解がどこかでどうにかねじれ曲がっているようだ。呆れたものである。
かづと君を相手に、たんさいぼう地球征服計画を話して聞かせる。そのあくどさに、小沢かづと、びびる。
酔っ払って家に帰って、昼に作った「みんなでカメカメ」という歌を聴く。ちゃんと噛んで食べましょうという歌だ。カメカメカメ。
作詞はくわも教科書先生。この歌も教科書に載せてくれないかな。無理か。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」今月号はつまらなかったなあ。新しい楽譜作成ソフトが欲しいなあ。
2011.10.14
後輩の作詞家、くわもこと桑原永江君が、ヒットである。
以前書いた「unlimited」という歌が、来年の中学校の音楽の教科書に採用されたのだ。
おお、歌が教科書に載るなんて、くわもくん、偉人のようではないか。もはや先生の領域である。
ちっともそんな顔には見えないが、ともかく教科書に載るのだ。
「実家の親が喜んでましたよましたよ」と、胸を張るくわも君。その一方で「教科書に載っちゃったら、もうボクも**とか**とかには行けないですね行けないですね」と寂しそうな顔をするのであった。
そして本日、さらに追い打ちをかけるようにニュースが。
この教科書に載る歌が、全国合唱コンクールの課題曲に指定され、さらには何とかっていう歌手が歌うことになったのである!
何とかって、えーとっ誰だっけ。壊れかけの〜っていう、ああ、あれ、稲垣潤一が歌ってCDで発売されることになったのだ。
リリースは10月17日、もうすぐである。
稲垣潤一とは似ても似つかない歌声のくわも君であるが、さぞ嬉しかっただろう。早速オレもCDを注文だ。
届いたらすぐさまブックオフにたたき売ってやる。ウソです。サインください。
教育芸術社というところ http://www.kyogei.co.jp/index.phpで買うことができる(リンク張ってないのでコピペってね)。
1050円。たっけー。いやいや、送料込みなら大サービスではないか。
ついでに稲垣某のサイトでもこの作品について触れられていて「くわも先生はただいま婚活中」と紹介されている。ウソです。あ、稲垣は本当です。
くわも君がこのような活躍をするとなると、オレもうかうかしてられない。オレは徳永なんちゃらに歌ってもらって、思いっきりじゃましちゃおうかな。
まあよい。
ともかくそういうわけで、皆さん、どんどん注文してください。10枚買ったら、スペシャルサービスでくわもがついてきます。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.10.13
ポーランドのプラグインメーカーからメールが来て「どれを買っても33%引きの大サービス」とのことだった。
まったくこのメーカーの気まぐれセールはいつも面白いなあ。
なぜ大セールなのか、さっぱり理由もないし、要するに日頃のご愛顧に感謝して、ということらしいのだが。
せっかくなのでこの機会を利用して、以前から欲しかったリバーブを買うことにする。EasyVerbというプラグインだ。
普段なら69ドル。5500円ぐらいか。それが33%オフだから3500円くらいか。
けっこういい買い物だ。
とはいえ、実は1ヵ月ほど前に「会員向けにこれを安くするよ、エコライザー」と勧められて買ったPSPのプラグインを、なぜかインストールしても認識されないという状態になって、面倒だからそのままに放置してある。
この問題が解決されない限り、新しいふラグインを買っても認識されないわけで、ちぇっ、面倒だな。
でも仕方ない、ネットでいろいろ調べて、無事に解決。エコライザーはちゃんと使えるようになった。
やれやれ、よかった。ということで、安心してリバーブをダウンロード。問題なくインストールできたので、早速使ってみる。
おお、かなかなよいではないか、これ。
リバーブではあるが、あまりかかりすぎず、うっすらといいあんばいにかかる。
このリバーブで3500円なんだから、たまらんなあ。さすがPSP。
またよくわけのわからんセールやって欲しいものだ。
といいつつ、PSPで欲しいものはだいぶ買ったからなあ。ボーカル関係のプラグインでも出してもらえるとありがたいのだが。
ボーカル関係といえば、ピッチ補正のソフトがアホみたいな理由で使えなくなってしまって、だいぶたつ。
インストールは二度まで、という信じられないシバリのかかったソフトで、パソコンがクラッシュして買い換えたらどうなるんだよっと思っていたら、まさにその通りの事態になってしまって、もうインストールできなくなってしまったのだ。ああ、バカみたい。
3万円もするので、仕方なく買い換えはあきらめ、それより下のグレードの5000円ぐらいのを買ってごまかしている。
ところが安いだけに、正直、使い物にならず、困っているのだった。
いずれやっぱり買わなくてはダメかなあ。悔しい。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊新潮」
「音楽の聴き方と作り方」小泉由香・リットーミュージック。マスタリング全般について書かれた本。技術的な解説よりも、考え方やスタンスに重きを置かれている。どうでもいいところと示唆に富んだところが混在している本であるが、基本的には良書。数字に振り回されず、自分の感覚を信じろ、そのためには感覚を磨いておけ、という話で、いろいろとヒントをもらった。
2011.10.12
朝早く起きて横浜まで野良仕事だ。朝の横浜って気持ちがいいねえ。
短大出身で今年就職したばかりの20歳の娘さんにインタビューする。
お父さんは何歳? と聞いたら「51歳ですう〜」の返事。案の定、年下だ。とほほほほ。
まあ、よい。文句を言っても仕方ない。
それにしても朝の西武線の混みようはひどいよなあ。15分間乗ってるだけで一日のエネルギーの半分を使い果たしたような気がするのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サッカーマガジン」
「僕の音、僕の庭」井上鑑・筑摩書房。名アレンジャー・井上ガンさん。その人が編曲について深く語った本というから飛びついたのだが、正直、何が書いてあるのか、さっぱりわからなかった。ところどころ鋭い言葉はあったものの、いったい何を言いたいんだ? と首をひねってしまった。
2011.10.11
ほほう、一ヵ月後は11年11月11日でイチ並びか。
ならば今日も11点取ってもよかったんじゃないかね。というわけで、タジキスタンに11-0。
タジキスタンとかウズベキスタンとかアフガニスタンとかカザフスタンとか、あのへんの国のスタンってどういう意味なんだろうねえ。
新聞休刊日。
2011.10.10
体育の日。この三連休で運動会だった学校や幼稚園も多かったから、明日のディズニーランドはけっこうな混雑だろうなあ。
ところで昨日ヤマハのギターを買ってしまったおかげで、今までライブ用に使っていた緑のギターが、用済みになってしまった。なんとひどい仕打ちなのだ、オレ。
ハードオフで買った6000円のモーリス。でも、ちゃんと弦も張り替えたし、音を作ってやったから、それなりにちゃんと鳴るよ。
誰かもらってくれないかなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.10.09
そしてギターを買った。
ヤマハのなんちゃらいうギターである。
黒だ。
ヤマハのエレアコというのは最初に決めていて、さて、どれにしようかと考えた時、青いギターを発見。今まで使っていたのが緑のモーリスだったので、青いヤマハがいいかなあと。ドラえもんみたいだし。
午前中に原稿を片付けて、まずは池袋の石場氏楽器。
ここは埼玉の中途半端なロケンローラーの巣窟だ。子供の頃はジャージの母親にウルフカットにされてたようなロケンローラーが、中途半端なエレキを抱えてやってくる店だ。
だもんで使えない。オレも、急ぎでギターの弦を買うぐらいしか使っていない。ネットがなんぼかまし。
ということで期待もせずに行ってみたが、やっぱり使えないことが判明。とっとと立ち去ることにした。
次は新宿の申請堂。
ここのアコースティックフロアは、かなりのレベルである。店員の商品知識は豊富だし、置いてある商品も相当のものだ。初心者にはちょっと立ち寄りづらい店である。
池袋から新宿のこの店へ山手線で移動する途中、そういえば新大久保に黒さわ楽器があったことを思い出し、途中下車する。マーチン専門店だからあまり期待できないが。
久しぶりに降り立った新大久保駅、なんということだ駅構内が女であふれている。若い女とおばちゃんで山手線のような混雑。女子トイレに長蛇の列だ。
これは、あれか、韓流ブームなのか。イケメンの店がいっぱいあって、それ目当てに女子高生からおばちゃんまでが大挙して押し寄せているということか。
こういう光景を見ると、池袋東口で右翼の街宣車が「**人は出て行け−」と怒鳴っていたのも、まあ、わからなくはないなあ。
てなことは置いといて、黒楽器。マーチン以外も充実していて、さすがの品揃え。いいギターばかり置いている。特にK.ヤイリのギターには、ほほうっと驚く。ここでしか見られないようなギターだ。
でも買わない。だって欲しいのがなかったから。
ついでに近くにできた中古楽器店に潜入だ。
けっこうな規模の中古楽器店で、アコースティックだけでワンフロア。どれどれと見てみたら、なかなかに面白い楽器が並んでいた。ここで買うとしたらこれだなという1本を発見。ヤマハ。
ところが調整中でまだ売り物にはなっていないらしい。なーんだ、だったら並べるなよなあ。いえいえお客様、そこは予約という手が。
まあ、面白い店だったが、どうも全体に保管状態が気になる。埃をかぶったようなギターもあったし。
続いて本来の目的地である新宿に移動し、南口からルミネを通って申請堂。
やはりここが一番である。いや、二番か三番ぐらいか。
見たらばさすがで、ヤマハのコーナーがちゃんとつくられている。その奥に発見したのがCPX900だ。定価11万8000円がなんと6万8900円。
おおっと、これは出物。いいものを見つけちゃったなあ。
でも、色が赤なのだ。うーむ、赤かよ。赤。
赤だと韓国代表に見えちゃうんだよなあ。新大久保といい、どうも今日は韓国にやられちまってるなあ。
もしもし、店員さん、このギターとてもお買い得ですが、青はないですか、青。ヤマハの青。
店員、ぽりぽりと頭をかきながら「お買い得なんですが、青はないんですよ、もう製造中止で」。
ふんじゃ。あれーっ、ネットで売ってたよ、ヤマハの青。
口からでまかせを言ってみるが、やっぱり製造終了だったらしい。残念。
しかし、これはお買い得だよなあ。ピックアップもヤマハのいいのがついてるし。まあ、韓国代表だと思わないで日の丸の赤だと思えばいいか、赤でも。浦和レッズ。それに、赤だと目立つし。
ということでほぼ買うつもりになったのだが、いやいや、ちょっと待て。もうちょっと探してみてからにしよう。ごめんね、店員君。また来るよ。ここはいい店だから、キミも辞めずに頑張ってね。
というわけで、次は確かあそこにもあったよなあと思い出した秋葉原のラオックス。でも、ついでだからと新宿にある石場氏楽器にも立ち寄った。まったく期待せず。
そして期待通り、何もなかったのだ。この店は。池袋も新宿も石場氏はダメだなあ。
渋谷のパルコビルの中にあった石場氏には、高校の同級生のスガ君が就職し、オレも何度か遊びに行ったものだった。スガくんは、こっそりオレにマーチンのD-28などを触らせてくれたりした。
愛器ブルーベルもここで買ったんだっけ。そのスガ君も、だいぶ前に自殺しちゃったなあ。哀しいなあ。
ということを思いつつ石場氏を後にして、新宿三丁目から都営新宿線で岩本町。ここの駅はエスカレーターがちょびっとしかなくて、地下5階から階段で地上に出る。ああっ、しんどっ。
ラオックスに到着。
ここはオレが音源やマイクやケーブルや、要するにアレンジャー仕事に必要な機材関係を買う店である。店員の知識が豊富。でもメンバーズカードを作れというのがうるさい。いつも断る。
ここの3階で、なぜかベースとギターが一緒に並べられているコーナーを見る。ヤマハギターが並んでいた。
ふんふん、と見ていたら、あれ、なんか奥の方に目立たないような不自然な置き方をしているギターがあるぞ。どれどれと見たらば、なんと新宿の申請堂で見つけた赤いCPX900の色違い、こちらは黒いCPXだった。
値段も同じく6万9800円。
ははーん、カルテルだな。これは旧モデルが問屋でだぶついたので、在庫処理で一斉に市場に出てきたな。
しかしなあ、黒だよ黒。店員に、ヤマハの青はないですか、高中正義モデルじゃないよ、エレアコだよ、と聞くと「生産終了です」の声。ちっ、やっぱり。
まあ、黒と赤なら、赤のほうがいいかな。
そう思ってオレはラオックスを立ち去り、新宿の申請堂へときびすを返したのだった。
そして総武線に乗ってお茶の水まで来たところで、でもなあ、と思い直した。赤はやっぱり韓国代表だしなあ。
それにヤマハの黒は、昔ポール・サイモンも使っていたしなあ。それから、黒だったらウチのウサギと同じ色で子供も喜ぶしなあ。
赤か黒か。黒か赤か。
ええーい、黒に決定!
というわけで、ここで引き返し、秋葉原ラオックスにUターン。ちょっとその隠すように置いてあるギターを触らせておくれ、と頼んだのだった。
試し弾きだ。ふーん、そつなくできているなあ、さすがヤマハ。
弾いていると店員が別のヤマハを持ってきて、こっちもいいですよ、と勧める。どれどれ。ぎょ、8万8000円。
先日マーチンが6万円で売れたから、それに1万円をプラスして7万円が予算。このギターだとオーバーしてしまうではないか。
でも、せっかくだからと試し弾き。ほほう、これもなかなか。音の響きは明らかにこちらがいいな。
でも、これははっきりとフィンガーピック用。オレはストロークにも使いたい。
ちょっと乱暴に扱いたいからやっぱりこっちね、と店員に言ったら「ははあ、叩きますね」とにやり。オレもにやりと笑って、叩きます、と答えるのだった。
こうして定価11万8000円のヤマハCPXを6万9800円で手に入れた。新品である。
「本当はケースはつかないんですけど、いまどき、ケースつきじゃなきゃ誰も買いませんから、店のサービスでつけますね」と店員がソフトケースをつけてくれる。あとはサービスセットとかで、弦に音叉にピックにストラップあたりがまとめて入った袋をつけてくれた。
買ったばかりのギターをしょって山手線。
池袋で下車して、よさこい祭りで踊っている妻子を探す。息子を見つけ、どうだ、買ってきたぞど自慢する。
その場でギターを広げて、よさこいを踊っているすぐ隣でストリートミュージシャンをしようとしたが「やめてください」とヨメに止められてしまった。
家に帰って、ウサギを飼っているゲージの前で思い切りギターを鳴らしてやった。ウサギは何事かとびっくりして跳びはね、かごの中をぐるぐると走り回ったのだった。だははは。
それにしてもマーチンを売ってヤマハを買ったのだから、時代は変わったなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「美味しんぼ」
2011.10.08
いろいろ原稿がたまっていて、片付けなきゃならないのに、思ったように進まず、すげえイライラしていたら、そこに加えて東京電力の工事会社がセールスに来てさらにイライラ。
給湯をガスから電気に変えたら節約になるという話だが、その機械がいくらだと言ったら80万円だという。いくら節約できるかと聞いたら毎月差し引き2000円だという。
飲み代1回にもならねえじゃねえか。そんなもののために80万円を払う気はない。
そう言ったら目を丸くして帰って行った。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.10.07
ギターを売った。
オレはアコギを3本持っている。そのうちの1本を売った。
売ったのはマーチンの000-28。通称トリプルオー、ニッパチ。
エリック・クラプトンが使うことで広く知られるようになったモデルだが、オレはそのずっと前から使っているのだった。えっへん。
クラプトンがオレの真似をして弾くようになっただけだ。
小さなボディで、もともとはマーチンのOMタイプという、若き日の五輪真弓や森山良子らが弾いていたタイプが欲しかった。だが、それは100万を超える。オールドモデルとなったらとんでもない値段だ。
そこで同じカテゴリーで000-28にしたというわけだ。
買ったのは1993年。ローンで27万円だった。
オレの学生時代、マーチンなんていうギターは高嶺の花もいいところで、一生縁がないと思っていた。
就職してギターのことなど忘れた日々が続いたが、ふと気がつけばいつの間にかマーチンだって買えるくらいの大人にはなっていた。そう気がついた途端、いてもたってもいられずにお茶の水の谷口楽器でローンで買ったのだった。
鈴のような音で鳴るギターだった。よく弾いたなあ。
それも2001年にカナダのラリビーを買ってからは主役の座を譲り、次第にオレに弾かれることもなくなっていった。
ちょうどその頃、高校生になった甥っ子が、ギターを弾いてモテよう計画を始めたので、オレはマーチンを譲ることにした。これは000-28というギターで、クラプトンがオレの真似をして、ということをさんざんたたき込んで。
だが、当然のことながら高校生の日常はただひたすら後ろへ後ろへと流れていくばかりで、ギターはたちまち置いてきぼりにされ、埃をかぶってしまったのである。
しょうがねえなあと引き取ってきたのが、今年の春。
そして、ハードオフで6000円で買ってきたモーリスのギターと並んで、3本がオレの仕事部屋に居座ることになったのだった。
もちろめんギターを3本一度に弾くことは不可能である。オープンチューニング専用のラリビーはたまにしか弾かず、次によく手にするのは6000円のモーリス。マーチンは依然として脇役なのだった。
こうして使わなくて置いておくだけなら誰かに使ってもらったほうがいいかもなあと思うようになり、一方でヤマハのエレアコのいいのが見つかって欲しくなり、じゃあマーチンを売ってヤマハを買うべと決めたのである。
マーチン売ってヤマハってのも、時代の流れだな。
確かに昔は、国産ギターは舶来ものにとうていかなわなかったが、今や国産のほうがなんぼか素晴らしいギターである。特にヤマハは素晴らしい。それ以上に素晴らしいのは、ルシアーと呼ばれるギター職人たちが国産の材料にこだわって作るギター。オレの夢はルシアーに頼んでオレのオリジナルギターを作ることだ。100万はかかるべ。
まあ、そんなわけでマーチンを売ってヤマハを買おうと決めたのだ。
さて、どこに売ろうかと考えて、とりあえずネットで調べたら、今や楽器買い取りもネットの時代。着払いで宅急便で送り、現金を振り込んでもらうだけ。
試しにと名古屋の業者にスペックを送って見積もりを依頼したら6万円という返事だった。27万で買ったギターが6万円。ちょっと安い気もしたが、まあ、カネが欲しくて売るわけじゃないし、簡単な方がいいから、ここでいいや。
欲しいヤマハのギターが8万だからこれに2万足せば買えるし。
というわけで、わざわざ梱包材を前もって送ってくれるなど非常にフレンドリーな対応をしてくれる買い取り業者に、朝一番で長年連れ添った、というか途中から捨てられた古いカノジョみたいになってしまったマーチン000-28を送ったのだった。長い間いい音で歌ってくれてありがと。いい人にもらわれていくんだよー。
さて、振り込まれるのはいつなのかなあ。
そして、いつヤマハのギターを買おうかなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「紙の爆弾」
2011.10.06
丸の内で野良仕事。昼休み時間になったのでメシを食いに行ったら、喫煙可の店がやたらと混んでいる。なるほど、今やこの近辺では喫煙可というのは大いなる付加価値なのだな。
暗くなってから帰ってくる。
ちょうど息子の塾が終わる時間だったので、塾の前で待ち伏せてキャッチし、一緒に帰る。息子は自転車を引いてオレと一緒に歩く。
こうして肩を並べて歩いてくれるのは、いつまでなのだろうなあと思い、今の時間はきっとすごく貴重なひとときなのだろうとかみしめる。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.10.05
本日も一日こもって仕事。体によろしくないなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.10.04
夜、魚せいに行ったら、カウンターで主治医が酔っ払っていた。
げっ、何やってんすか、せんせ。
「メシ食いに来たんすよ〜」と真っ赤な顔で答える。どうやらさんざん食ったので、もう帰りたいのだが、もうすぐタンゴが来るからと大将に無理矢理引き留められていたらしい。
まったくここの大将は人の都合など考えず、誰もがこの店のことが大好きだと決めつけている。困ったものだ。
主治医はいい色に焼けている。どうやら酒だけではないようだ。
せんせ、またラグビーしたんですか。
「そうなんすよ〜、日曜日、試合だったんすよ〜」と答える。日曜日にラグビーの試合をしてきたらしい。
「みんな本気っすからね〜タックルも激しいすからね〜おかげで体ぼろぼろっすよ〜痛い痛い〜ああ痛い〜」と、顔をしかめて苦しがる主治医。
まったくいい年して本気でラグビーなんてやるんじゃないよ、へっくしょい。
「あれ、風邪れすか〜、風邪。風邪にはバファリンがいいすよ、バファリン。私なんか風邪ひいたらバファリンいっぺんに二錠のんじゃいますからね〜」と、医者とは思えぬ発言。
しょうがねえなあ。
「月の初めは、保険の計算があるから忙しいんすよ〜、これから帰ってやるんれすよ〜」と主治医。そうか、保険の計算か。そりゃあ大変だ。酔っ払ってやって大丈夫なのか。
というより、店に医療事務のおばちゃん、いたはずだよな、確か。おばちゃんにやらせろよなあ。
たぶん人がよすぎておばちゃんに残業を命じられなくて、自分でやっちゃうというタイプなんだろうな。
「では失礼しまふ〜」と主治医は帰っていったが、自転車に乗って大丈夫なのか。まあ、いいや。また近々検査に行かなきゃな。
主治医が帰った後、定期的に検査に通っている大将が「かかかっ、あいつ、オレを診察すると、いつも“血液がドロドロですね”だの“脳梗塞が心配でね”だの、さんざん脅しやがるから、今日はたっぷり飲ませて食わせてやったぞ」と威張っている。
しょうもない大将である。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」
2011.10.03
一日こもって仕事。体によろしくないなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.10.02
風呂の中で息子が」お父さんはこどもの頃にどんな動物を飼ってた?」と聞く。
んーと、金魚にジュウシマツはお約束で、小学生の頃は鳩二羽にポッポとピッピと名付けて飼っていたし、一番長く飼っていたのはネコだったなあ。鎌足という名前を付けて、布団で一緒に寝るぐらいかわいがっていたなあ。
オレのそんな話を聞きながら、息子なりに算段を考えていたのだろう、突然カメを飼いたいと言い出したのだった。
カメ。
カメですか。カメ。
別にカメを飼ってもいいけど、なぜカメなんだと問い詰めたら、家の中で毛が飛び散ったりしないし、汚れたりしないし、ということらしかった。あららら、息子なりにそんな気を遣っていたのか。
もっともきっかけはそうであっても、いろいろとカメのことを調べるうちにカメが可愛くなってしまったらしい。うーん、カメが友だちというのもなあ。部屋にこもってカメと会話するような青年になってもなあ。
まあ、ともかく見てみるかと、ちょっと名前の通った金魚屋に行く。ここの金魚屋はすごいぞ、見ていて飽きないくらいいろんな魚がいて、しかも水槽の中のアクアリウムがものすごく手の込んだものになっている。
その中に、カメはいた。一匹700円から7000円まで。
確かにカメって、こうして見ていると可愛いものである。ところが成長すると直径30センチ近くなると書いてあって、ぎょぎょっと引いてしまう。うーむ。そんなものが家の中をのそのそ歩くというのも。
考え直したらどうだ、息子よ、そういえば以前、お前はウサギを飼いたいと言ってたではないか。ウサギ。
それを聞いてウサギのことを思い出した息子は、そうか、ウサギもあったっけ、と悩み始める。
ウサギかカメか。カメかウサギか。
囲碁教室と将棋教室に通っている息子は、どっちにしたらいいか悩みに悩んで、とうとう「ウサギとカメが囲碁と将棋穂をしてるんだよ」と妄言を口走るようになってしまった。大丈夫か、息子よ。呪われたのではないか。
そこで、千々に乱れてしまった息子の心をなだめるために、じゃあ今度はウサギを見に行くかと、地元でもよく知られたウサギ専門店に行ってみた。駐車場がないので目の前のヤマダ電機、通称ダ電にクルマを置いた。ダ電、たまには役に立つ。
ウサギ専門店だから、中はウサギばかりである。その中にいたのが、8月20日生まれのウサギ。これにころっとやられてしまったのが、娘であった。なにしろ誕生日が同じなのである。
しかし、このウサギは体調がよろしくないらしく、売り物にはなっていない。そこで他に並んだゲージの売り物の中からウサギを見せてもらう。
ウサギをだっこさせてもらって背中をなでさせてもらえば、そりゃあ子供なんてコロッといってしまうに決まってる。息子と娘は二人でいろいろウサギをだっこして、もはや陥落寸前。
しょうがないなあ。店の陰でヨメと、どうすべ、と小声で相談する。しょうがないよなあ、しょうがないよねえ。
まあ、生き物が家の中にいるのはいいことだし、子供にとっても素晴らしいことだ。ウサギの寿命は7年ぐらいらしいから、息子が高校生、娘が中学生の時に死んじゃうわけで、すると感受性豊かな年齢で生命とか死とかについて考えることになるから、それは二人の人生にとってとても大切なことだろうなあ。
それにしても店員の説明を聞いたら、最近のウサギって臭くないし、フンも臭わないし、かごの中に閉じ込めておいても平気なのだという。オレが子供の頃に学校にいたウサギは臭かったし、やたらとあちこち動き回っていたように思うが、そういうふうに愛玩動物にふさわしく品種改良されてきたということか。
それが寿命に影響しているとしたら、なんだか申し訳ないような、天に向かって唾するような気にもなってしまうが。
そして結局、息子と娘が相談して選んだ黒いウサギ、ミニレッキスという品種を一羽買うことにした。
31500円。げっ。カメの何倍もする。たかがカメに7000円も出せるかと思っていたら、その4倍以上。カメ4匹でウサギ1羽。カメはいつまでたってもウサギに追いつけないのだ。なんのこっちゃ。
これにゲージやら餌やらヒーターやら、いろんなものをくっつけてもらい「締めてチョメチョメ円ざます」と店員に言われて、あわててポケットを探ったらウサギ1羽分のカネもなく、いくらもってる? とヨメに聞いて二人の現金を合わせてもそれに足りない。
レジの前で夫婦で財布を広げて、ないない、足りない、と始める始末。ちゃんとカネぐらいもってこいよなあと思われたに違いない。結局、カネは足りなくて、すんません、カードでお願いしますとセゾンカードを取り出したのだった。
さて、こうして本日は我が家に新しい家族が加わったわけであるが、人間じゃないから家族つーのも変な言い方で、まあ要するにペット記念日になったのだった。
息子と娘がわーわー言いながらゲージを組み立て、トイレを作り、餌の干し草をそろえる。
その中に入れられた黒いウサギは、びびるのかと思ったらまったくそんなことはなくて、案外神経が図太いのかも。ウサギは相手を見ると言うから、どうもタンゴ家は御しやすいとみたか。
娘に、名前を考えろと命じる。
いくつもいくつも考えて、考えるたびに家族から「えーっ」と言われてダメ出しされ続けた娘であるが、投げ出さずに頑張って最後には「黒いからブラックで、ラックちゃんというのは?」と素敵な名前を考え出した。
ウサギのラック。
なかなかよい名前ではないか。長生きしろよな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「Gスピリッツ」今号は橋本真也の特集だ。その裏ガチ伝説も面白かったが、しかし、白眉は巻頭のローラン・ボックのインタビューだろう。まさに驚愕のインタビュー。まさかローラン・ボックが生きていたとは。そしてインタビューに応じるとは。本人は“日本人が今も覚えてくれてるなんて”と感動しているようだが、本当にこれはびっくり仰天のインタビューだ。中身はたいしたことないが、とにかくボックが生きていたというだけで驚きの、それほどの伝説の人物なのである。もはや絶対にかなわないが、オレが見たかった夢のカードとは、ローランド・ボック対スタン・ハンセンの限りなくプロレスに近いシュートマッチと、ジャンボ鶴田対前田日明の限りなくシュートに近いプロレスだった。
「1993年の女子プロレス」柳澤健・双葉社。大著であり、名著である。女子プロレスラーたちのインタビュー集だ。女子プロレスは際物ジャンルと思われがちだが、この本でテーマとしている90年代の女子プロレスは狂気が支配する奇跡の集団だった。オレも何度も会場に足を運んだが、凄かったものなあ。この本では当時を振り返りつつ、現状を鋭く批判し、そして愛情たっぷりに女子プロレスを語っている。女子ならではの複雑な人間関係をそのまま試合に持ち込んだことによる無茶苦茶緊張感あふれる空気が凄かった。驚いたのは、タイトルマッチは基本的にガチだったということだ。ふえー、なんという無茶な。プロレスは勝敗の決まっているショーであるが、その中にどれだけのガチがあるかを見るのがファンとしての醍醐味としたのは村松友視。女子プロレスはまさにそれだったのだ。広田さくらをインタビューの最後に持ってくるという著者のセンスは、卓越している。脱帽。
2011.10.01
ぼちぼち転落の臭いがしてきたアルビレックス新潟であるが、本日はにっくき(別に憎くはないが)マリノスが相手である。そして大楽勝なのだった。わははは。
今日は他に書くことがないなあ。
隣町で秋祭りをやってたので見物にいった。毎年恒例だ。
北野神社という神社の祭りだ。
息子と娘に500円ずつをわたす。それぞれおみくじ100円を引いたあと、息子は射的300円とげそ焼き100円、娘はボールすくい300円と大判焼き120円。足りない20円はヨメからのカンパである。
どうということのない田舎町の普通のお祭りであるのだが、それがまた楽しいのだ。
だらしない格好をしたヤンママがやたらと多くて、そいつらがしゃがんで串焼きなんかを食っていて、それがまた田舎町の祭りらしくていいのだった。
こういうテキ屋の人たちも、今日からの法律によっていろいろと息苦しくなるのだろうかねえ。時代の流れとはいえ、ご苦労なことである。
しかし、今日はいろいろと予定外のことがおきて、本来やる予定だった仕事がちっとも進まず、少しイライラしかけたのだが、まあ、穏やかに行こうかなと自分に言い聞かせて、後回しにしたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.30
再びコイデ氏から電話。「日記に登場できて光栄です」とのことであったので、こうして書くのであった。ぜひまた一緒にメシを食いに行きたいものである。
昨日、今日と仕事で都内の区役所数カ所を回る。
区によって建物や設備に雲泥の差があるのにびっくり。特に千代田区役所の豪華さと来たら、おったまげただ。
こんなに豪華にする必要があるかと思ったが、考えてみれば皇居の目の前だし、日本の玄関口なんだから、あんまりみすぼらしいのもみっともないから、これぐらい豪華でちょうどいいのかなと思った。
対して**区や**区のしょぼいこと。おんなじ公務員なのに職場にこんなに違いが出るとは、不条理だなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」
2011.09.29
昨日絶賛し、コマちゃんも速攻で買って昇天したという「RONSPO」であるが、実は宮間のインタビューには、ライターとして「やられた!」という箇所が二つあった。
一つはこれ。FKの極意を聞かせてくださいという質問に対し宮間は「ないです。残念ながら」と素っ気ない。
受けて、インタビュアーは「1秒で終わる問答は勘弁してください」と返したのである。
これはまいったなあ。やられた、と思った。この手があったか。
こういう素っ気ない答えを返されることは、インタビュー仕事ではよくある。だいたいが、まあ、一応聞くけどたぶん答えてくれないだろうな、と思いながら聞くのだが。
その気分が伝わるせいかもしれないけど、素っ気なく「ないです」と返事をされると、インタビュアーとしたら、ああ、やっぱりな、とすぐに別の質問に移るのだ。
ところがここでインタビューは「1秒で終わる問答は勘弁してください」と、変化球を投げ込むのである。これは、本当に凄い返しだ。
前提として相手と基本的な信頼関係ができていることがあり、その上で「逃がさないよ」という気持ちを伝えている。これは見習いたいなあ。
こんな手もあったのだなあ。
ちなみに宮間はというと「本当にないですよ。蹴るのはインフロントが多いですが、そんなにいっぱい入んないですよ」と答えている。さらにインタビュアーは「ボールがgkに見えないように壁を置いているのでは」と、実は自分で事前に準備して用意してきた極意の答えをあっさりと口にしている。
つまりわかってて聞いたわけで、その前振りとして「勘弁してください」もあるのだ。
もう一点は取材後記。実はこのインタビューは2回に分けて行われたものを一つにまとめた、オリンピック予選に敗退したら掲載しない約束だった、とばらしている。
2回のものを1つにまとめるというのはインタビュー原稿ではよくあることであり、その舞台裏をわざわざばらしたことで原稿にリアリティを持たせるとともに、宮間が「負けたら出さないでください」と口にしたという事実を明らかにしているのだ。
なるほど、こういう手もあったのか。
というわけで、ライターとしてもすごく勉強になったインタビューだったのだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ファイト スクープの裏側」廃刊となったプロレス専門新聞、ファイトの舞台裏をまとめた本。まったくプロレスジャーナリズムの世界がいかにでたらめだったかがよくわかる。そして、とうとうこんなことしかネタにならなくなったプロレス界が、いよいよ追い詰められてきたのだと実感する。
「1985年のクラッシュギャルズ」柳沢健・文藝春秋。そのプロレスジャーナリズムの世界に衝撃を与えた「1976年のアントニオ猪木」の作者がクラッシュギャルズを題材にした一冊。クラッシュギャルズの盛衰を通じて、全日本女子プロレスという団体の狂い方を描いている。実際、今同時に読んでいるプロレス本ではいかに全女が狂った団体であったかが明かされているが、こちらの本でもそのあたりが克明に描かれている。ただ、後半になって話がやや尻つぼみ気味だったのが残念だった。でも、移動中に一気読み。面白かったよ。それにしても、宮部みゆきの新作、早く読みたいぞう。シリーズ最新作。
2011.09.28
昨日、幸せ太り中のコイデ氏に「本業やってない」と責められたオレであるが、本日はそれに拍車をかけるような出来事があった。
なんと、21世紀のクイーン、たんさいぼうがライブを行ったのである。場所は府中市の某保育園。時間は10時から。もちろん朝の。
9時にメンバーが集合し、機材の運搬から始める。本日は、スーパーシンガーソングライターの小沢かづと様のステージをお借りしてのライブだ。我々は感謝の気持ちを込めて、かづと様の機材を運ばせていただく。
本日はこれに創作絵本作家のにしかわ氏がジョイントだ。なんと豪華な顔ぶれであろう。
1・2歳児を中心に約40組も集まった親子を前に、たんさいぼうはライブを行った。オリジナル曲「どのぱんだ?」と「ドリルでゴー」の2曲である。
会場、大受け。たいへんな盛り上がりとなったのだった。
もっとも、くわもによれば「水曜日の朝からこんなところでこんなことしているおっさんたち、大丈夫なのかしら。これに比べたらうちの旦那はまともだわ」というお母さんたちの熱い視線を感じたという。
そうである。たんさいぼうは全員が自営業の自営業者バンドなのだ。だから水曜日の9時に府中の保育園に集合と言われても平気なのだった。
もっとも普段の起床時間が9時というくわもだけは、つらそうであったが。
こうして華々しいデビューを飾ったたんさいぼう。メジャーデビューも目前であろう。
ステージ終了後、駅前の洋食屋でランチを食って解散。自営業者の我々はそれぞれ普段の腹黒い顔に戻り、カネの匂いを求めて各自の現場に散っていった。
オレも午後からはインタビュー仕事が入っていて、そこに向かったのだが、なんと途中の電車の中で急遽キャンセルの連絡。
んが。もっと早く言ってくれよう。
ますますコイデ氏に「本業は」と責められそうなオレであったのだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「RONSPO」なでしこ特集。たいして期待もせずに買って読んだのだが、これが大当たり。特に宮間のインタビューは絶品だ。写真もすごくいい。決勝の澤のゴールをアシストしたことについて「あんなのはデザインじゃないっすよ」と言い放ち、座右の銘はという質問には「ないっす。ひどいっすね。何も考えて生きてないっすね」と落とす。この投げやりっぷりが見事。まあ、それはそれとして、宮間のインタビューは実に立派な組織論になっていて、管理職必読。宮間ちゃんと結婚したいと言い続けているミヤマーのコマちゃんに教えてあげたら、早速買ったのだった。
2011.09.27
新婚ほやほやのコイデ氏から電話がくる。久しぶりだ。
こんにちは、元気ですか。「ぼちぼちです」。
その声が幸せ一杯、花一杯。当分幸せ太りのスピードが落ちることはないだろう。
「いつも読んでますよ、タンゴさんの日記」とコイデ氏。
あらら、ヒマなのね。あ、いや、オレがヒマなのであった。
「タンゴさん、本業もちゃんとやってくださいよ〜」とコイデ氏。
このコイデ氏と3年間、新潟に通って某大学の仕事をして、それは今思うととても楽しいものだったなあ。
時々、学生たちの顔を思い出して、あの子たちはどうしているだろうと空を見上げたりする。
そんにも大事にしていた仕事ではあったけれど、卒業生の就職を何人か引き受けましょうという地元企業からのバーターの申し出によって、あえなくこちらは失注となってしまったのだった。
大学としてはこのバーターを断れるはずもなく、それでなくても、どうして地元企業でなく東京の企業に発注するんだ、地域経済を大学が冷え込ませてどうする、という視線にさらされてきただろうから、まあ、必然の流れではある。
それは十分にわかっているのだが、やっぱりあの仕事は惜しかったなあ。
地元のおばちゃんたちが、地元の米と野菜を使って手作りしていた学食は、それはそれはとてつもなく旨くて、あの昼飯が楽しみだった。おばちゃんたちはどうしているかなあ。
田植えが終わり、秋の風が穏やかに流れるこの季節、新潟には稲の残り香のような独特の香りが漂う。あの香りの中、もう一度学祭を見てみたいものだ。
残念。
コイデくん、機会があったらまた一緒に行こうねー。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.26
本日は年に一度の区の健康診断である。700円。
面倒だが、出かけていく。
いつも思うのだが、受診者は自営業者が中心で、要するに半径200メートル、顔の知ってる人としか商売しないという人間が多いので、コミュニケーション不全が目立つ。このおっさんは、どうして人の道をじゃまして「すみません」の一言も言えないのか。どうしてそんな迷惑なところにクルマを止めるのか。
人の振り見て、であって、まあ、オレも他人様のことばかり言ってられないのだが。
健康診断の結果は、がっかりするものであって、やっぱり心を入れ替えないと。
血圧を測ったらいつもより高く、医者も「今日は皆さん高めなんですよ、おかしいなあ」と首をかしげていた。へんなの。
いつもは長生き自慢、健康自慢の年寄りの医者が問診に当たるのでうんざりさせられる(だって「あんた痩せなさい」「あんた運動不足だ」と素人でも言えることを上から言うだけだもん)のだが、今日のじさま医者はあっさりしたものだった。もしや見放されたのか。
午後の検診が終わるまで何も食べてはいけなかったので、終了後、ただちに近所のラーメン屋に飛び込む。食券を買ってタンメンを注文。
受け取った韓国人らしき店員が、おぼつかない日本語で「タンメンねー」と奥に声をかけたのだが、調理人にはそれがラーメンと聞こえたらしく、しばらくたってから「なんだよ、タンメンかよ、ラーメン作っちゃったよ、だからお前のは聞き間違えやすいんだから、口で言うんじゃなくて食券を見せろって言ってんだろ」とののしる声が聞こえる。
客商売なんだから、客の聞こえるところでそういうのはやめろよなあ。これもコミュニケーション不全の一つか。
夕方、小沢かづと君が丹後湯にバイクでやってくる。
現在進行中のあるプロジェクトについて詳細を詰めるためだ。果たしてどういう結果になるのか。ちゃんと最後まで思った通りに進めばそれなりに面白い結果が出そうだがなあ。
かづと君といろいろ話す。みんな必死で足をこぎながら頑張っているんだよなあと、互いに納得する。バイクなので呑めなかったのが残念。
しかし、他人様のこと和コミュニケーション不全だなんだと言いながら、オレもこうして連ねているのは半径50メートルの出来事ではないか。コミュニケーション不全どころか、コミュニケーション以前だ。
これで最後には西武線最低の居酒屋・魚せいにでも行ったりしたら、見事に半径50メートルの日常の完成だが、今日は休みなので行かないのである。
まるで休みなのが残念だったような口ぶりだが、そんなことは決してないのだった。
アマゾンで、昨日買ったデジカメ用にSDカードを注文。いつも同じことを書くが、安くて配達までしてくれるのだから、リアルはかなわない。
面倒だから16ギガぐらいを買おうかと思ったが、容量が一杯になったらデータを整理しなくてはならないのだということを教えるために、あえてい4ギガにする。
それに大容量のストレージ一つに頼ることは、データ紛失の際のダメーじ゛か大きすぎるので、あまりよいことではない。
と言いつつ、オレは1.5テラの外付けを使っているのだが。
焼酎を飲みながら見るニュースが小沢一郎関連ばかりなのでつまらなく、こういう時こそYouTubeでなでしこの映像を拾い見するに限るのだ。
ぼけっといろんな映像を見つつ、ところが一番見たいと思っていたアメリカ戦の宮間のPK後のポーズが見つからず、ちょっと悔しい。あのポーズは格好良かったなあ。
やっぱり宮間ちゃんは最高である。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.25
朝、デジカメをアマゾンで注文した。
1400万画素が、なんと8000円である。
オレが最初に買ったデジカメが35万画素だったから、あきれかえる。デジカメが登場して、オレの業界では当たり前だがカメラマンが一番影響を受けたなあ。1000万画素初期は、カメラ一台がクルマ一台分したものだった。
多くのカメラマンが泣きながら最新の機種を導入。ああ、それなのに、借金して買ったカメラのローンを返し終わらないうちに、素人の持つコンパクトの性能が追いついてしまったという、わかりやすい悲劇。しかも、ちょっとしたインタビュー写真なんかはカメラマンじゃなくて自分たちで撮ってしまって、ネットに上げて終わりという悲劇。
まったくデジタル時代、ネット時代って。
オレが朝に注文した1400万画素だって、ちょっと前なら10万円相当のスペックだ。それが8000円。
しかも朝にポチッと押したら夕方にはピンポーンと届いてしまう。リアルのカメラ屋がかなうわけはない。
先日娘には携帯つき防犯ブザーを買ってやったので、携帯やメールにまったく興味のない息子にこのカメラを預けることにした。息子は酔っ払った父親の醜態を撮って大喜びなのだった。
その息子と娘を連れて、ヨメは上野の大恐竜博に出かけた。タダ券をもらったのである。
せっかくの三連休、しかも今日はいい天気。家の中にいるのではかわいそうだというので、連れて行ったのである。
ところが同じような家族が押し寄せて、入場まで1時間40分待ちという大混雑。しかも、入ったら入ったで、何を見るのも大行列。えらいめにあったらしい。
それでも、息子と娘はおとなしく並んでいて、よその悪ガキが泣くの騒ぐのと大暴れだったのを横目に見ながら、我が家の子育てもだいぶ楽になったなあとヨメは思ったという。
さて、なぜヨメにそんな大変な思いまでさせたというのに、オレは行かなかったかというと、実は本日もたんさいぼうの練習があったからである。21世紀のクイーン、たんさいぼう。
いい加減このことを書くのも面倒くさくなってきたので適当に書くが、要するにたんさいぼうの練習があったのでヨメと子供は家を逃げ出したという始末である。まるで、オレがすごく迷惑しているような書き方ではないか。いやいや、そんなことはまったくなくて、恐竜を見たいから出かけたのである。誤解しないように。
ついでにびっくりニュースだ。あの、くわも君のニュースである。
くわも君は作詞家であって、NKHの子供番組を主戦場に数多くの作品を発表しているのであるが、そのくわも君の大ニュース。おお、まさか結婚では。
残念、結婚ではありません。選んでいる場合ではないのだが。
いやいや、大ニュースとは、あれである、来年の中学校の音楽の教科書に、くわも先生の作品が掲載されるというのである!! おお、教科書となっ。
「これからはもう××にも行けないっすよー」と、じっと手を見るくわも君であった。
などという流れとはまったく関係なくて、突然に牛丼ネタである。
先日、息子に初めて吉野家で牛丼を食わせたのだが、えらく気に入ってしまったようだ。もちろん牛丼そのものは食ったことがあるのだが、吉野家のカウンターで牛丼を食ったのは初めてだったのである。
それが、息子的にはどえらく旨かったらしく、ライス大盛り、肉は二倍という特盛りというものもあるんだぞと教えてやったら、以来、頭の中は特盛りで占められてしまったのだった。
本日、昼には田無のピザ屋に行ってピザ食べ放題を食わせてやると約束していたのだが、オレが10時過ぎに練馬区の胃がん検診を受けてバリウムを飲んで下剤を服用したため、下剤後に遠出するという勝負はあまりにリスキーであるから、ピザ屋は断念したのだった。
食べ放題に無条件に反応する息子は、ピザ断念と言われて激怒。だが、代わりに吉野家で特盛りを食わせてやる、といったたちまち機嫌を直して鼻息を荒くしたのだった。
肉二倍というのは、育ち盛りの少年にとっては麻薬のような言葉であろう。息子も大喜びで吉野家に行ったのだった。
そして頼んだ男の特盛り。
ところがさすがに息子は食い切れなかったようで、特盛りを頼んで残すというアホな真似をしたのだった。ふふふ、息子よ、特盛りをなめるな。
かつて父は朝から特盛りを食って一日を元気に過ごしていたものだった。お前も早く特盛りを平らげて、父を乗り越えるのだ。
なお、野村證券の営業の連中は、吉野家に入ると牛丼を飲んでいるらしい。
恐ろしい話である。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.24
三連休の真ん中は、穏やかに晴れ上がったいい天気。
暑さ寒さも彼岸までって、昔の人の言ったことは正しくて、夕方になると肌寒い。すっかり秋だなあ。
秋になると7、8年前に「お母さんといっしょ」で流れていた「秋はね」という曲が聴きたくなる。ヨメに聞いたら、CDかDVDがあるはずだという。うーむ、どこにあるんだろう。
夜、家族でファミマに寄ったら、なでしこジャパンと日本代表のクリアファイルがもらえるというキャンペーンをやってた。キリンの商品を2点以上でファイル1枚。
チューハイやらを無理に買ってファイル2枚ゲット。
宮間ファンの娘は大喜びで、李ファンの息子はにやりと笑うのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.23
三連休初日。今週は平日が3日しかなかったのね。
息子が10歳、4年生だから、たぶん3年後ぐらいにはもう家族でそうそう出かけることもなくなるだろう。そう思うと、やっぱり休日がもったいなくて、出かけることにしたのだった。
当初考えていたのが、相模湖のプレジャーフォレスト。ここのアスレチックがなかなかよくて、外遊びにはぴったりなのだ。
ところが朝、渋滞情報を見たら中央道も、迂回していく関越道も大渋滞。30キロクラスだ。
こりゃだめだ。お彼岸だしなあ。
そこで予定を変更して、久しぶりに東武動物公園に行くことにした。
実は多摩動物公園でライオンバスに乗ろうかとも思ったのだが、20号の混雑が読めないし、遊園地もあったほうがよろしいだろうと。
とは考えたものの、実際に東武動物公園に向かったらば、東北道の、それも浦和のあたりで事故だというのでこっちも大渋滞。途中で下に降りたけれど、当然一般道も大渋滞で、結局2時間近くもかかったのだった。
距離でいえば30数キロだから、困ったものだ。
しかもやっと東武動物公園に着いたと思ったら、意地悪されたかのように雨降ってきて、脱力。
11時過ぎているし、こうなったら早めの昼飯にして雨が上がるのをまとう。そう考えて園内のレストランに入り、雨上がりを待ったのだった。
「入場料を払ったところで食うものに旨いものはない」と断言したのは、浅田次郎だったか、誰だったか、確かにそれは慧眼だが、東武動物公園のこのイタリアンレストランは、ガスト並みの味でまあまあ合格だった。接客もちゃんとしてるし。
昔ながらのナポリタンというものを食べ終わる頃には予想通り雨も上がり、やれやれよかった。
さて、東武動物公園は遊園地エリアと動物園エリアに分かれている。まずは遊園地エリアだ。
もう放っておけばフリーパスで勝手に遊んでくれるから、親は楽。入場券だけ買ってあとは好きに遊ばせておくのだ。
となると、子供が乗り物に乗っている間は夫婦二人でぼけーっと待っているしかなく、はあ、じゃあおしゃべりでもしますか、はあ、えーと、いい天気ですね、なにいってんですか雨だったじゃないですか、などという空虚な会話だけが流れていくのだった。
しばらく遊んだ後、はっと気がつくといつの間にか動物園エリアに入っている。久しぶりだな、動物園。
この動物園、いろいろと営業努力でなんとか存続しようと頑張っていると時々ニュースに紹介されるが、なるほど、確かにいろんな工夫がしてあって、楽しめた。
250円でゾウにえさをあげることができる。ライオンのえさやりはガラス張りで、堪能できる。
キツネザルや小動物が半分放し飼いで、きゃー、かわいーという声が上がる。
子供たちが特に喜んだのが、ひよこやモルモットをだっこできるコーナーで、お約束のコーナーとは言え、やっぱりたくさんの子供で大賑わい。こういうふれあいは楽しいなあ。
ふと見てみれば、意外なことに遊園地コーナーよりも動物園コーナーのほうがよほど賑わっていて、なるほど、最近の動物園はずいぶんと楽しいなあと納得。やっぱり時にはこうして動物園にも来ないといけないねえとヨメと話したのだった。
4時半まで遊んで、ずいぶんと楽しかったようで、子供も大喜びなのだった。
そして帰り道。これがまたえらい渋滞で、とほほほなのであった。
向かった先が、新座駅前の居酒屋。
なななな、なんというディープさだ。場所の説明すらできないようなところではないか。
実はせんだって息子と埼玉スタジアムに北朝鮮戦を見に行って、ロスタイム4分の劇的な吉田のヘッドに興奮した帰り道、新座駅で途中下車して食事した居酒屋を息子がことのほか気に入り、もう一度連れて行けとずっといわれていたのだった。
駅のガード下、ごく普通のチェーンの居酒屋である。なぜだかこの店が息子は好きなのだ。
この店は、とにかく注文の出てくるのが遅い。誇張でも何でもなく、最初のオーダーが出てきたのが頼んでから30分もしてからなのだ。
だが、今日は家族そろって動物園で楽しく過ごした休日。こんなことで腹を立ててはもったいない。ここはこういう店なんだからねーと、笑って待つのだった。
周りを見ても、やはり異常に料理の出が遅くて、オレたちが30分以上待っている間も、他のテーブルにはほとんど料理が出ない。すご店だなあ。
しかも、客の誰も怒らず、クレームもつけず、おとなしく待っている。
隣のテーブルのおじさんだけ「料理がまだなら、いらないから帰りたいんだけど」と穏やかに問いただしていたが、店の姉ちゃんが「ただいまお作りしております」と答えたら「あっ、そ」とおとなしく座り直して待ち続けたのだった。
新座駅周辺、修行僧のように人間のできた人ばかりなのか。
被災地を思えば、ソマリアを思えば、30分くらい待ちましょうよ。ええ、そうしましょう。
そんな人たちばかりなのか。
でも、金曜の夜だというのに店内はガラガラ。どうも、一度来た客は呆れてしまって二度と来なくなるのではないか。
それでも来るというのは人間ができた修行僧か、Mというわけで、それなら納得である。
こうして30分以上も待ってようやく晩飯にありつき(もちろんオレはクルマなのでお茶だけ)、楽しく家に帰ったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.22
あれはフリーになって1年目か2年目のこと。
知り合ったばかりのデザイナーと電車に乗っていて、ぽつりと聞かれたのが「ところでタンゴさん、プロレスって嫌いですか」。
どう答えていいか、言葉に詰まって一瞬の間ができてしまった。なぜならそんなことを聞かれたことがなかったからだ。
えーと、嫌いとか好きとかじゃなくて、えーと、そりゃもう大好きで、生きる糧ですが。
そう答えたら「あー、そうなんだ、じゃあ、ちょっとこれからつきあってもらえませんか。僕あんまり詳しくないんで助かるんですよ」とのことで、どこへ行くのかと聞いたら「新間さんという人の事務所です」。
ふんぎゃ。プロレスで新間といったらあの新間。どういうことじゃ。
詳しく聞いたら、あの新間の息子さんが新しくプロレス団体を作るのでその相談に行くのだという。うへへへ、なんつー話だ。
というわけで、オレはこりゃラッキーと言いながら外苑前駅で降りて、表通りのマンションに一室に連れて行かれたのだった。
そしてそこで会ったのが、新間の息子さん。みんなはジュニアと呼んでいた。
いやあ、新間の息子さんと知り合いになれるなんて嬉しいなあ。オレは大喜びでお話をしたのだった。
ジュニアの相談というのは新しい団体を興すのでファンの意見を聞きたいということ。へー、どんな団体なんですか。
「ルチャです、ルチャリブレ。メキシコからどーんとレスラーを呼んでメキシコのリングを再現します」
はあ、ルチャですかあ。オレはずっこけた。
なにしろ当時はUWFブームで、ガチのプロレスばやり。ガチなのはUWFだけで、そのほかは全部ウソじゃ。ロープに飛んだり場外に飛んだりするのはナシじゃ。
今ではUWFも結果の決められたプロレスだったということは誰でも知っているが、当時はそんな風潮だったからルチャはどうかなあと思ったのだった。だからオレは、ルチャですか、うーん、そうですかあ、としか口にできなかった。
もちろんガチのプロレスが上等ということでは絶対になくて、ガチも面白いしエンタメも面白いという話。プロレスはどんなプロレスだって面白いし、大好きだ。ルチャだって大好きだぞ。オレはエル・カネックが好きだなあ。
ただ、時代の風潮を考えるとなあ。うーん。
そんなオレの様子を見て、ジュニアは「開幕戦を見に来てください」とチケットをプレゼントしてくれたのだった。後楽園ホール。
うほほほ、ラッキー。
そして後日、オレは後楽園ホールで一人、ユニバーサルの旗揚げ興業をこの目で見たのだった。ルチャは楽しいなあ。
加えてなぜかユニバーサルには女子プロレスも試合を提供しており、当時は女子の中でも前座扱いだったアジャ・コングや豊田真奈美が来ていて、あまりよく覚えていないけど、要するにとてもラッキーだったのだ。
しかもオレは当時まだ珍しかったパソコン通信をやっており、携帯もない時代のことで、他人から見たらサイバー空間にものすごいネットワークを持っているように思われたようで、「ぜひ宣伝してください」といろんなビデオがジュニアから送られてくるようになったのだった。
いい時代だったなあ。
もうあの頃のプロレスは見られないんだろうなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.21
いやあ、すごかったですねえ、台風。
久しぶりでありました。直撃。
本日は朝から外出で、昼過ぎには帰れる予定だったから、そんなに心配はしていなかった。風邪が出てきたのは、品川のビルでインタビューを終えた頃。
横殴りの雨も降り始め、先方の昼飯の誘いに迷いつつ、結局一緒にサンマの山椒煮定食を食ってから、山手線に乗って帰ってきたのだった。
この時点では雨はまだ並み。子供らは学校の授業が切り上げになったとかで早々に帰ってきている。
だがしかしっ。台風だというのに息子の友だちが二人も遊びに来て、スーパーマリオなどやって一緒にきゃははははと騒いでいる。
おい、こら、ちょっと待て。これから台風で最大級の警戒をしろと発令されているに、どうしてこの雨の中を子供が遊びにやってくるのだ。ヨメを問い詰めたら、勝手に一人で遊びに来た、のだそうだ。
まったく子供ってのは危機管理意識がゼロだな。
夕方にかけて台風はどんどん接近。浜松に上陸したというあたりから風雨がひどくなり、ばっしゃばしゃと雨が壁に打ち付けられ、強風で家がぎしぎし揺れる。時々、ぐごごごごという意味不明の音がして、大きく揺れる。そこに混じる子供らのゲームのうきゃきゃきゃきゃという声。
この風は久しぶりに恐ろしかったなあ。まあ、まさか飛ばされることはないだろうとは思ったけど、怖かった。
5時を過ぎてますますひどくなり、この暴風の中を子供一人歩いて帰すわけにはいかんだろうと、クルマで送っていくことにする。相手の親は不在。迎えにこれないし、とても子供の手を引いて歩けるような状況ではないし。
子供を送り届け、家に戻る。相変わらず家がぎしぎしと鳴り、雨は激しく打ち付ける。
この頃、電車という電車はすべて止まって都心の駅では大騒ぎだったようだ。昼過ぎに戻ることができて、何よりであった。
こんなにもひどい暴風雨だったのに、7時頃になったらぴたっとやんだ。
パソコンの手を止めてあれっと思ったら、外がしーんとしている。しかも、そのうち虫までなきはじめた。
どうやら台風は通り過ぎたらしいなあ。家が飛ばされなくて本当によかったよ。
家の周囲がどうなっているかを確かめようと玄関をででびっくり仰天。
なんと家の前庭に植えてあった木が倒れている。うひゃー、我が家で倒木。どんなにすごい風だったんだ。
隣のヤマモトさんちでは、積んであったクルマのタイヤが散乱していた。タイヤが飛ばされるほどの風だったのか。
風邪で倒れた木は、そのヤマモトさんちの壁に寄りかかっている。さて、どうしよう。
ちょっと思案したが、もう夜だし、明日になったら片付けようっと、と引っ込んだのだった。今晩はこれからサッカーだし。えへへ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」今週の文春は、久しぶりに読み応えがあった。特に特集の、ビートたけしインタビューが秀逸。自分とヤクザの関わりについて、実名を上げて克明に語っている。しかも、たけしがとうとう明かさなかったある芸人の名前まで、編集の責任で調べ上げている。こうい、久しぶりに文春らしい記事を読んだ。でも、たけしもしたたかである。あえて包み隠さずすべてを語り、大親分のところに一人で乗り込んで土下座して勘弁してもらったというエピソードを明かしたり、要するにそこまで言われてしまったらこれ以上突っ込めないじゃん、という立ち位置に自分を持って行った。これはもしかするとあれだね、“次はたけし”と噂されるように本当に捜査の手が自分に伸びていて、それに対するけん制というか、潔白証明というか。あるいは、闇社会に対して“オレっちはこれ以上はしゃべりませんので”というメッセージを送ったか。
2011.09.20
ドバシ君から届いた伊藤銀次のリイシューCD、5枚組。ありがとうね、ドバシ君。2011-08-14
伊藤銀次は言うまでもなくナイアガラトライアングルの一員で、おしゃれなシティポップス系のミュージシャンだ。大瀧詠一、山下達郎の両巨頭の影に隠れて、あまり目立った存在ではなかったが、へー、しぶいじゃん、という感じの位置にいた人だ。
「たま」とマルコシアスバンプを世に送り出すという偉業を成し遂げた、バブル期の深夜番組「いかすバンド天国」の審査員席で、いつも帽子をかぶって大人のコメントを発していた姿が妙に印象に残っている。
さて、リイシューされたのは次の5枚。『GET HAPPY』『Nature Boy』『Hyper/Hyper』『Dream Arabesque』『山羊座の魂』だ。
まず最初の2枚を聴く。アナログからデジタルへの移行期だっただけあって、生楽器と打ち込みの融合が模索されている。
1986年から87年って、オレのサラリーマン時代の末期。28歳、29歳か。
この頃はやっていたのが「シーズン・イン・ザ・サン」「My Revolution」とかだ。よくカラオケで歌ったなあ「BANBANBAN」。
なるほど、デジタルががんがんに出てきた頃だ。
気になったのが、ボーカルが前に出てこないミックスである。埋もれちゃってるというか、要は目立たない。ボーカルを押さえる、こういうミックスはあの頃のはやりだったのだろうか。
ちょうどこの頃娘を出産していた松田聖子は、当時、ミックスでボーカルがでかすぎ! と笑われていた。今思えばそれはアイドルらしからぬ松田聖子を売るための戦略だったんだろう。そう思うと、むしろ伊藤銀次ぐらい抑えめのボーカルミックスのほうが、ウケがよかったのかもしれない。
リイシューとは言え、一気に5枚のリリースとは、ドバシ君の精力的な仕事ぶりには驚かされる。なによりもびっくりするのは、新たに書き起こされたライナーノートで、インタビューを含むその膨大な量に圧倒される。よく書くなあ、こんなに。もちろんクオリティも一級品で、さすがライターが本筋だけある。
ドバシ君の、この仕事ぶりに大いに刺激を受け、オレもまた頑張らねばと思うのだった。こういう後輩がいてくれることの嬉しさよ。
ありがとうドバシ君。ご活躍、応援します。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.19
首都圏は真夏のような暑さである。
西では台風の大雨、北では秋雨前線と寒さ。それなのにこっちだけ晴れ上がって暑い。なんだか申し訳ないような陽気なのであった。
なんでも愛知県の市では福島県の花火を上げようとしたら抗議が来たので打ち上げ中止だったらしいが、福岡県に続いて愛知家件もくそったれである。原発が愚かなのではなくて人間が愚かなのだ。
以前から予定していた梨狩りに出かける。毎年行ってる農園だが、去年は翌日に山口が亡くなったんだなあと思い出す。遠い昔のようだ。
ヨメの実家の人たちと、ヨメの妹の子供たちと、総勢11名の梨狩り。津波やら台風やらで家族がばらばらになった人がたくさんいるというのに、こうして一族で休日を楽しめることの幸せを改めて思う。
農園は、桶川市にある。
マイクロバスも入れない細い道の先にある、つまりは旅行会社仕込みの団体さんが入らない、隠れ家的な農園だ。
以前はサラリーマンをしていた夫婦が、親の引退に伴って農業を引き継ぎ、観光農業に活路を見いだしたという農園だ。営業マンあがりらしい、いかにも人柄の良さそうな旦那が短パン・半袖でニコニコと農園を案内してくれる。
今年は雨が少なくて全体にこぶりだそうな。
子供が歓声を上げて梨をもぐ。隣のオガワさんの分ももげよー。
梨狩りの後、鶴ヶ島の農場へ移動してバーベキュー。この農場で育てた豚肉をたっぷり食える。
いつも無茶苦茶混んでいるのだが、回転が異常に速くて20分も並べば順番が来る。たとえ11人組でも。混乱を避けるための予約を受け付けてないので、並ぶしかないのだ。
それでも順番をさばく担当がホスピタリティばっちりの人で、いつも感心させられる。異常な混み具合に「何分待つんだ」「オレの順番飛ばされてないか」と受付は半ば殺気立っているのだが、この担当のおかげでなんのトラブルもなくて、いやあ、すごいなあといつも感心する。
おとなしく待っている客には、時々目が合うと「わかってるよねー」という具合に目配せしてくれる。これがあると「いつまで待たせるんだ」とは口にしづらい。
20分待って我々11人、大きなテーブルに案内される。
バーベキューのセットを6人分注文。人数の半分だ。ところがこれで実は満腹。ともかくすげえ量がなのだ。しかも旨い。
我が家だけで来て、大人二人分を頼んで、山のようなボリュームに激しく後悔した記憶がある。
バーベキューの後、農場内の陶芸教室。子供たちが絵皿に好きな絵を描いて、窯で焼いてもらうのだ。息子はドラえもんを描き、娘はブタさんを描いた。完成は2ヵ月後で、楽しみなことである。
帰りは、高速が混んでいるからだろうと一般道を走る。
夜のニュースでは、高速がどこもひどい渋滞だったとのことで、まずはよかった。
そのニュースによれば、日本の家族の休日の過ごし方が変わり、近場で仲良く遊ぼうというのが震災後の特徴だそうである。
んな、大仰な。3連休程度ではそんなに遠くには行けないから、というだけだろう。
そもそもこのフルタチのニュースは、徹頭徹尾、上から目線で、特に朝日新聞の編集委員が出てきたときは二人でどっちが上からなのかを競争するように昇っていく。つまらん番組だ。宇賀ちゃんが出てるから見るのだ。
そういやサントリーへの不買運動がひどいな。花王もそうだが。
Amazoneで伊右衛門とかを検索してみると、ネガティブな書き込みがずらーっと。この悪意のパレードは読んでいて気分が悪くなるほどだ。こういうニュースもきちんと伝えるべきだと思うぞ。
ニュースでは明治公園で原発反対の集会があったことを伝えていたが、こういう集会の様子を見ると、ああ、市民運動になっちゃったかと、引いてしまう。
隣のオガワさんに、梨狩りのナシをお裾分けする。オガワさんの奥さん、連休を利用して福島観光に行ってきたらしい。
「タンゴさん、原発どう思う」と聞くから、肯定派のオレは、まあ、必要でしょうと答えるのだが、奥さんは困ったような表情で微妙な反応。この手の話題はちょっとデリケートな領域に入りつつあるようだ。
今や化石燃料をどばどば燃やす時代じゃないからねー、原発も必要だよねー。福島の事故は人災だと思っているし、人間の知恵と品性を信じたい。
そのニュース番組で作家の高村薫がコメント。高村薫の作品は、とにかく長くて文章が難しくて、読みづらいのだった。
意外なことに高村薫、企業と市民の二軸の対立で語っている。単純すぎる。
企業も市民。市民が企業を構成している。もっと単純な話、企業が力を落とせば国力は落ち続け、生活も落ちる。海外から食糧を買ってくるカネだって必要なんだぞ。
夜、ドバシ君から、伊藤銀次のリマスター再発売CDのサンプル盤が一挙に5枚も送られてくる。すごい仕事量だなあ、ドバシ君。
まずはそのボリュームに圧倒され、お礼のメールを書いた後、これから順番に聴いていくことにする。いつもありがとうね、ドバシ君。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.18
本日は21世紀のクイーン、たんさいぼうの公開練習日である。
公開練習日であるのに誰も見に来ないところが、なんとも情けない限りである。
たんさいぼうは、デビューライブが目前に迫っている。迫っているから練習をするというあたり、このバンドのスタンス表している。
まあ、よい。
たんさいぼうのファンは若者ばかりだ。デビューライブも、若者が多数押し寄せることがはっきりしている。おしめも取れないような若者に囲まれて、たんさいぼうは熱い視線を浴び予定なのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.17
土曜日の早朝8時から、三重の浦中こういち君がやってきて、丹後湯でレコーディング。なぜこんな時間にレコーディングすることになったかというと、いろいろと予定が詰まっていて、ピンポイントでここしか時間が取れなかったということだ。
いや、オレではなくて、こういち君が。
予定通り録音は1時間で終了。こういち君のアイデアで子供の声も入り、楽しい音源ができた。
こういち君は大急ぎで横浜へと移動。ミクシーを見たら、移動の電車の中で「腹減った」と泣いており、ありゃ、朝飯用意してあげればよかったか、と反省した。
午後、息子と千駄ヶ谷。
8月の下旬に、なでしこの試合を見るために家族で国立競技場に出かけた。そのとき、息子は「聖地へ行きたい聖地へ行きたい」と訴えた。
サッカーで聖地と言ったらまさに目の前の国立競技場のことだが、息子にとっての聖地とは同じ千駄ヶ谷にある将棋会館であるのだ。
もちろんサッカーを見に来てそんなとこにろ寄りたくない。はいはい、また今度な、と無視したのであった。
そんなわけで、以来、ことあるごとに「聖地へ行きたい」「聖地へ連れてって」「聖地が僕を呼んでいる」と訴えるので、とうとう根負けして連れて行ったわけである。
ちなみに当然のことながら娘はまったく行く気がないのであった。
息子と二人、蒸し暑い中千駄ヶ谷へ行ったわけだが、それにしてもどうして千駄ヶ谷というところは坂道が多いのだ。暑くて疲れるではないか。ついでに道を間違えちゃったからますます大変ではないか。
文句たれつつ将棋会館に到着。
行くとびっくりするぞ。なにしろ子供がうじゃうじゃといる。日本にはこんなにたくさんの将棋好きがいたのか、と。なんだかちょっと未来が明るいような気がするのだった。
ここで息子はなんとか名人のサインの入った扇子と棋譜ノートを買った。扇子かよ、おいおい。小学生が自分の小遣いで買うかよ、普通。
聖地であるだけに息子はこの物販コーナーで空気を吸うだけでも楽しいらしいが、2階で教室や対局をやってる様子を見ると、やはり自分もここで将棋を指したいと思うのだろう。
「お父さん、今度将棋会館の地図を教えて」と言うのであった。どうやら今度からは一人が通ってみる算段らしい。それで将棋をここで習うのか。
光が丘で囲碁と将棋を習って、さらに将棋会館というのもどうなのかと思うが、まあ、いいか。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「官僚の責任」古賀茂明・PHP新書。ふと気がつけば本を読まなくなっているなあ。雑誌ばかりじゃねえか。しかもどうでもいいような。ということで久しぶりに新書なぞ。官僚でアリながら官僚批判で知られた著者。官僚の責任を鋭く追及するところはさすがであるが、一転して、ではどうすればいいのかという具体的な改革案になると、一気にレベルダウン。リストラして実力主義にしましょうなんて、アホな学生でも言える内容だ。そのあたりにもうちっと期待したいものだが。それはともかくとして今月、宮部みゆきの時代ものの新刊が出るそうで、しかもいきなりの文庫だそうで、しかもしかも、おでこちゃんシリーズだそうで、早くも身もだえするオレであった。前作、前々作を再読しておくか。
2011.09.16
「あのね」と、目の前で生ビールを飲みながら、えーじくんが言う。「あのねムーブメント」は順調な広がりを見せているようだ。
そして、そのえーじくんの隣で、なぜか加藤君がハイボールを飲みながら薄い頭を見せている。
場所は新浦安。液状化で一躍名をはせた、資産価値がビッグサンダーマウンテンのように急落したにも関わらず「おらっちは平気だもんね」と見栄を張り続ける1億円豪華建て売り購入者たちが他人と目を合わせないようにして自転車で走り回る街、浦安。
かつて山本周五郎が「青べか物語」という名作で“沖の百万坪”と描写したこの埋め立て地の安い酒場で、なぜえーじくんと加藤君がオレを前にして酒など飲んでいるのだろう。
事の次第はこうである。
実は本日のオレは、えーじ君の勤務する会社へ仕事にやってきたのである。
本来ならば部長職であるえーじ君の先輩であるので、そのへんの社員たちよりオレのほうが遙かにエライのであるが、そんな身分は隠して隠密のようにオレは忍び込んでいろいろと仕事をしてわけである。
そして最後の最後に水戸黄門の印籠として「えーじ君をここへ呼びたまへ」と命じ、オレの立場というものを明かしたのであった。ここで周囲が「へへーっ」となればまさに水戸黄門なのであるが、ははあ、それが何か、とスルーされてしまうあたりが情けない。
なお、えーじ君の名誉のために申し添えておけば、えーじ君の社内の評判はたいへんによろしく、信頼厚く、誰からも好かれているようであった。これは本当である。
さて、そういうわけで身分を明かしたオレは、仕事を終えたえーじ君を伴い、正々堂々と新浦安で飲むことにしたのである。新浦安で飲む日がくるとは思わなかったなあ。
だいたい飲み屋がねえじゃん、この街。
あるのは駅前のダイエーだけ。その中にあるしょぼい飲み屋しかないのだ。どこの田舎だ、新浦安。飲み屋も液状化か。
などと、人様がよかれと思って暮らしている街に土足で上がり込んで罵詈雑言のオレ。まったく自分でも人間性を疑うなあ。
そして、ふと携帯を見たらメールが一通。えーじか。違った、静岡の加藤だった。
「東京にいます。5時に仕事が終わります。おごってください」という連絡だった。ひゃー、なんつータイミング。
東京から新浦安までは20分。
ちょうどよい、今からえーじ君と飲むので、加藤もこっち来いよ。
ということで話がまとまり、こうして3人で新浦安で飲んでいるわけである。えーじ君、加藤君と一緒に新浦安で飲む日が来るなんて、1年前には想像もつかなかったなあ。
えーじ君、8月に娘さんを嫁ぎ先に送り出した。東京駅まで夫婦で見送ったときは、新幹線の走り去った方に目をやったまま30分もホームで忘我の涙を流し、その後、東京駅地下街の店で一言も言葉を交わさぬままひたすら二人で酒を飲んだのだという。その様子を話しながら、えーじ君、また涙するのであった。
そして加藤君は、娘の彼氏が初めて家に来たときの様子を憎々しげに語り、そして「その彼氏とは別れたようだ、わあーっはっはっ」と高らかに勝利宣言するのであった。
この二人の話を聞きながらオレは、ばーかと鼻で笑ったのだが、えーじ君が「あのね」と座り直し、アンタもすぐだから、絶対に泣くんだから、と加藤と二人でオレを責め始めたという次第である。
ふっ。オレの娘は嫁に行かないと言ってる。ずっとお父さんと暮らすと言ってる。お風呂も寝るのも、むずっとお父さんと一緒と言ってる。
君たちのようにはならないのだよ。
いくらそう力説してもふふんと笑うのが気にくわなかったが、まあ、よい。
こうして偶然にもえーじ君、加藤君と新浦安で飲んでるなんて、もうすぐ命日の山口が引き合わせてくれたのかねえ、あるいは近所に住んでる藤田が呼び集めたのかねえ。
そんな話をして、加藤君が「よーし、オレが山口と藤田を静岡まで連れくぞ」と笑うのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」
2011.09.15
コマちゃんから電話が来る。何の用だろうと思ったら「宮間と結婚したい」だと。
勝手にすればよかろう。
こういう人のことをミヤマーと呼ぶのである。
********
藤田が亡くなってちょうど半年。山口が亡くなって間もなく1年。
去年の今頃は遠い昔のようだなあ。まだ二人とも生きていたんだよなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.14
収束の気配を見せないのが「あのね」問題である。
この日記を読んでインスパイアされた伊達君が、なんと「あ・の・ね」という歌を一気に作詞・作曲。簡単なアレンジまでつけて送ってきたのだ。
それも、胸ぐらをつかむかのような恫喝迫力の歌ではなく、「あのね、ママ、今日幼稚園でお誕生日会があったの」というような可愛らしい歌である。
これぞクリエイティブの妙。見上げた創造力である。完成の暁には、ぜひ原案者である智子にも聴いてもらわなくては。
なぜこんな創作活動が行われているかというと、21世紀のクイーンとの評判もあるオレのバンド「たんさいぼう」が活動を本格化させたからである。既に持ち歌は70曲を超え、さらに増殖中。
月末には某保育園でのライブも予定されているのである。10分ほどではあるが。
ますます楽しみな「たんさいぼう」。今後の活躍にチェケラっ!
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「Number」「Friday」
2011.09.13
昨日、智子が野田総理や波平さんと同い年だと書いたら、早速本人から「あのね、私、まだ53歳だから」という抗議のメールが来た。
この「あのね」の出だしに、胸ぐらをつかまれたかのような圧力を感じるのはオレだけであろうか。
「あのね」。
すすす、すまんすまん。53歳、ごみーん。
それはともかくとして、本日は浜町で取材の空き時間が4時間もあり、いかにしてそれをつぶすかが大きな問題となった。
浜町と言えば、そうである、くわも大先生のお住まいがあるではないか。黙って乗り込んで、そのゴミ屋敷と噂される部屋を写真におさめてネットで無断公開してみるか。
いや、時間の無駄だ。もったいない。
空き時間をつぶすのでさえ、そんなことに使うのはもったいない。
そこで、くわも邸はあきらめて、秋葉原に行くことにした。
まずはラオックスのミュージックボックスである。
マイクやらオーディオインターフェースやら、ソフトやら、欲しいものばっかりだ。物欲。そういや、古いキーボードが壊れてきて、「シ」の音が出なくなってきた。これ、困るんだよなあ。
ヤマハからなかなかいい感じのキーボードが出てるし、買おうかなあ。
歩き疲れたので、喫茶店に入る。オヤジの店、ルノアールだ。
背広姿で居眠りしていても平気な店、ルノアール。スタバに始まるカフェブームに肩身の狭い思いをしているオヤジのための店だ。
こら、スタバ。抹茶なんたらやら、一度では読めないようなメニューばかり作りやがって。それにショートとかラージとか、なんもこっちゃ。メニューはアイスコーヒー、大盛りでいい。大盛りとは言わないか、アイスコーヒー。
ともかくルノアールである。今時、店内がタバコの煙でもわもわしているのである。
アイスコーヒーを頼む。ちょっとうとうとしてしまい、オレもすっかりアキバのオヤジ。
その後、今度は駅のヨドバシカメラに行く。4時間をつぶすのは大変なのだ。
携帯売り場を見て回って、いやあ、いろんなのが出てるなあ。
オレの使っている初期アンドロイドなど、遺物もいいところだ。むしろこの遺物っぷりがいっそ男らしく、このまましばらく使おう。電話しようとするとフリーズするスマホ(笑)。
仕事が終わったら7時。もうすっかり暗い。
途中、飯田橋の鳥よしでメシ食って帰ることにする。
今日は厚揚げにポテトサラダにハムカツ。B級メニューの王道だ。
ところがハムカツの油が古かったのか、夜中まで胸焼けして困った。もうハムカツはやめよう。
帰りの地下鉄で夕刊フジを読む。経営陣と社員の待遇格差の大きい企業一覧という、よそに比べりゃまだマシだと思わせるガス抜き企画。それなりに面白い。
トップが××交易という会社で社長が6億なんぼももらってるのに社員の平均が400万。この会社、30年前にオレが就職活動しているときに、採用の案内を送ってきたことがある。
何も知らないサル同様だったオレは、へー、こんな会社があるんだと思ってそのまま忘れてしまったのだが、もし何かで間違ってこんな会社に入っていたら今頃は6億円をもらっていたということか。惜しいことをした。。
その前に先物取引に親戚を巻き込んでノイローゼになり、頭を丸めて廃人になっていたかもな。俳人なら風流だけど。なんのこっちゃ。
家に帰って風呂に入る。子供はもう寝てる。
最後の残暑だろうが、とにかく蒸し暑い。湿気がひどくてひどくて、ぐったりなのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「AERA」「サッカーマガジン」「サッカーダイジェスト」
2011.09.12
オレは現在53歳である。
35歳あたりは最近のことだと思っていたが、気がつけば53歳だ。53、つまりゴミだな。
一方、新しい首相、野田総理は一つ年上の54歳だそうである。
一つ年上だとすると、安藤や伊豆原や加藤や山口や藤田や智子と一緒ということか。そのため、ほとんど年が離れているという気がしない。
ところが、サザエさんちの波平さんが、実は54歳らしいのである。
オレは波平さんと1歳違い!
信じられない。
でも、波平さんと野田総理が同い年でもあまり違和感はないな。それなのにオレの1歳上だとものすごい違和感がある。それに、安藤と波平さんが同じ年というのも、これはけっこうな衝撃だな。ということは、智子はフネさんより年上なのか。
いろいろと学ぶことの多い秋である。
新聞休刊日。
2011.09.11
例の9.11から10年、3.11から半年。そんな節目の重大な日に、オレはどうしたかというと、A-1である。
あそび歌グランプリである。
今年で3回目。一昨年は予選出場、昨年は本戦出場、今年はいよいよファイナリストとして決勝進出と期したのだが、どういう逆風か、あっさり落とされる。悔しい。
悔しいから行くもんかと思ったが、某所より「チケットありますぜ」という誘惑のささやきがあり、娘を連れて出かけたのだった。
ちなみに小学4年生になった息子は、もう、あそび歌なんてちゃんちゃらおかしくて、端から行く気はない。ヨメと一緒に池袋の東急ハンズに買い物に行った。小学校高学年になると、東急ハンズなんか、楽しくてしょうがないだろうなあ。
娘の手を引いて1時間。あそび歌グランプリの会場がある某駅に到着。
周囲に大団地群があるのにここの駅前には何もない。マックもドトールもそば屋もない。セブンイレブンとしょぼいスーパーだけだ。
団地の人々はちょっと離れたイオンあたりで買い物するのかなあ。でも、上階に住んでいる年寄りはイオンなんて大変だから、地元に店が必要だろうなあ。都内の買い物難民激増中。
そのスーパーで買ったパンを娘と一緒に公園で食べて、会場に向かった。
あそび歌グランプリ、今年は15組の出場である。半分が知ってるチーム。知り合いも会場にちらほらいて、挨拶する。出場チームの一つは、先日、オレがアレンジを手伝ったので、向こうからわざわざ挨拶に来てくれた。
けっこう有名な出場チームに挨拶されて、気分のいいオレ。アレンジャー様の時は、こうして偉そうにできるから気分がよろしい。
ところが一転、我が身を振り返れば、あそび歌グランプリの場では書類審査すら通らずに下を向いてやってきたなさけない落伍者。偉そう気分もすぐに消えるのであった。
会場には、娘が幼稚園時代にお世話になった先生が、お子さんを連れて遊びに来ていた。これ幸いと娘を先生に預けてしまう。
先生とそのお連れさん(こちらも娘が通っていた幼稚園の先生)の連れていた3歳のお子さんと遊んであげる娘。「のののおねえちゃん」と呼ばれて、すっかりお姉さんぶってる我が娘の姿を見て、へーっと驚いたオレであった。
さて、あそび歌グランプリであるが、いさわしの指摘するようにおとなしめであったというか、まじめであったというか。昨年のムッシュや雪見だいふくといった飛び道具がなくて、お笑い部門が撤廃されたためか。ということは、オレたちもお笑い部門、企画もの、イロモノという位置づけだったのかも。
出場者はみんなよくネタを考えている。
中に一人、ものすごく歌の上手なお姉さんがいて、これは使える! とピコロの編集者に、すぐさまコンタクトを取るようにと命じたのだが、そして、その編集者からは「ははーん、タンゴさんって、すぐ声に惚れるんですね」と鼻で笑われたのだが、家に帰ってきてネットを見たら、なんとプロの歌手、声優であった。
つまり本職の歌のお姉さん。どうりで審査員のコメントも、なんだか腰の引けたようなものだったわけだ。同業者だもんな。でも、なんで通したんだろう。
優勝は、以前から活躍のチーム。ちょっとやり過ぎるところがあって、見ている側が引いてしまうのがマイナスだったが、今回はそのあたりを修正してそつなくまとめる。東北出身のチームだし、まあ、順当なグランプリだった。
そんなふうにしてあそび歌を眺めていたのだが、そのオレの目の前をいそいそと横切っていく美しい人が。おお、小柄でつぶらな瞳、キュートなそのお姿は、ぽぽぽぽーんのののほちゃんではないか。ひらがな続きで読みづらい。野々歩ちゃんだ。
あれえ、野々歩ちゃん、今年は審査員引き受けなかったけど、ゲストなのかな。
去年は打ち上げパーティーで野々歩ちゃんと乾杯のグラスを合わせて、フフフフ、ファンです、とうつむいてしまったこのオレ。そんなオレにも目もくれず、野々歩ちゃんは、ACのぽぽぽぽーんのCMで有名になってしまったのだった。
だが、聞くところによれば思わぬ形で名前の売れてしまった野々歩ちゃんは、しかし、震災に便乗するようにカタチになってしまったことが耐えがたいらしく、ぽぽぽぽーんネタは一切お断りなのだそうだ。
と思ったら、ゲストとして舞台に上がって、いきなり「こんにちわん〜」と歌い出したのである。これには口あんぐり。オレはあごが外れるほど驚き、腕が抜けるほど拍手したのだった。
この歌の騒ぎも収まって、ぼちぼちネタとして使う気になったか、野々歩ちゃん。最後のエーシー〜というおっさん二人のコーラスは余計である。
そして、ゲストとして登場した野々歩ちゃんは、鈴木翼と一緒に一曲だけ歌ったのである。気持ちが入ってなくて、まあ、頼まれたから歌うけど、という時の野々歩ちゃんの歌は、どうでもいいよねえ。これはいいや、とあっさり聞き流したのであった。
まあ、そんなわけであそび歌グランプリも終了。再び娘の手を引いて帰ったのである。
ところが西武線が人身事故で止まっている。ここのところしょっちゅう止まっているのだ。呪われた路線か。
さて、どうやって帰るか。オレ一人なら混んでようがどうしようが、どうにでもなるのだが、可愛い娘の手を引いてるからには、慎重に考えねば。というわけで、東武線で成増に出てバスで家まで帰ることにした。
6時を過ぎると、秋はもう薄暗い。
逢魔が時に、国際興業のボロバスの最後部座席に娘と並んで乗り、練馬の畑の中をとろとろと走る時間は、実はとても素敵なひとときであった。
この時間のことをオレは一生忘れないが、娘は明日にでも忘れてしまうのだろうなあ。
夜、なでしこの中国戦を見る。まあ、どうでもいいやと思っていたので、ビデオでちらっと。
そうしたらヨメが「面白いのが録れたよ」と見せてくれたのが、小学生の宮間が代表の澤とサッカーしている映像。うひゃー。
宮間、今と顔が同じ。体型も同じ。コーナーキック姿も同じ。
びっくりした。
そしてインタビューに答えて「夢は世界に飛び出すサッカー選手になることです」と胸を張って堂々と答えている。夢を大きな声でまっすぐに語れる少年っていいなあ。あ、少年じゃないか。
その夢をしっかり叶えた宮間は素晴らしいし、あの時の少年と一緒に代表で戦えることになった澤もさぞ嬉しいだろう。少年じゃないか。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.10
せっかくの土曜日だっていうのに、今日も朝から部屋にこもって仕事である。ありがたい話である。
こういう姿を娘の友だちのマサミちゃんに見せたいものだが、見ても何も思ってくれないか。人年。
昼飯は、妻子が出かけているので一人で近所のラーメン屋。単なるチェーン店で特別旨くもなんともないのだが、一番近所だから面倒でつい寄ってしまう。よろしくないなあ。
夕方になってようく仕事が終わり、ぐったり。提出物をCDに焼いてポストに入れる。メールよりもブツを届けるほうが確実だな、音楽の場合は。
その後、久々に家族で駅前の和民。あれ、和民ってこんなに旨かったっけ、とちょっとびっくり。けっこう堪能したぞ。
帰りにコンビニに寄る。と、店内ででかい熊ん蜂が飛んでいて、店中パニック。
オレも、夜に熊ん蜂か? と思いつつ、慌てて逃げたのだが、騒ぎが収まって店内に戻ってみたら、なーんだ、カナブンじゃねえかよ。あほらし。
家に帰って風呂。
サッカーがないと落ち着くけど、ちょっと寂しいな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.09
ヨメが読売新聞の夕刊を手に「としまえん、売却だって」と教えてくれた。ほう、どれどれ。
なるほど、としまえんを東京都が買って公園にする話が進んでいる、という記事が一面に大きく出ている。読売のスクープのようだ。
でも、としまえん(豊島園)て、つぶしてサッカー場を建て、ベルディを呼んでくる、という話じゃなかったっけ。そんな話はうやむやになってしまったのか。
練馬にJリーグのチームができて、ベルディ練馬対アルビレックス新潟、なんていうカードが実現したら楽しいなあなんて思っていたのだが、残念。
代わりに公園かよ〜。
ネットでは「練馬区そのものが公園みたいじゃねえか」という意見があり、なるほど慧眼、と感心する。
帰宅難民対策らしいが、田舎にそんなもの作ってもなあ。と思ったら、さらに田舎の所沢あたりの人間が「助かる」とのコメントを書いていた。
少なくともマンションが建つよりはなんぼかいいよな、公園。そうなると、石神井公園に光が丘公園に豊島園跡地公園に、近郊には都内最大級の公園が三つもそろうことになってしまう。やっぱり田舎に公園ばかりつくってもしょうがないだろう、と思うなあ。
あ、いや、待てよ。
これはもしかして、あれじゃないか、オリンピック用地の布石。
前回のように晴海やら豊洲やらをメイン会場にしたら、津波はどうするんだ、液状化はどうなるんだと世界中から突っ込まれるのは見えている。そうならないよう、地盤の確かな練馬につくれば問題ないだろう。
しかし今からそんなことを言ったら、財源問題でまたややこしいことになるから、当面は帰宅難民対策、防災施策として公園を打ち出しておき、直前になって実はオリンピック会場でした、と舌を出すに違いない。
なるほど、そういうわけだったか。ポン!
でも、それならそれでいいや。家から自転車で行けるところでオリンピックが開催されるなんて、すげえ楽しいものなあ。帰宅難民収容施設の代わりにもなるだろうし、ちょうどいいではないか。
練馬の未来が楽しみである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.08
ここのとこのサッカー続きで、息子は寝不足気味である。かわいそうに。悪いのはサッカーだ。
本日は4時半からなでしこの大一番。勝てばオリンピック出場だ。
4時半からならゆっくり見られるかと思ったが、さにあらず。毎週木曜日は塾なのだった。
しかも、4時半に家を出て6時半に帰ってくるという、もろかぶりの塾である。かわいそうに。悪いのは塾だ。
それなのにオレ一人でサッカーを楽しんでは申し訳ない。オレも見たいのを我慢して仕事して、息子が帰ってからビデオでゆっくり見ることにする。
って、まあ、要するに仕事が急いでいて、サッカーを見てる場合ではなかったのだが。
仕事を片付けて、晩飯を食いながら7時から試合を見る。
出だしを見て、ありゃ、北朝鮮は負ける相手ではないなあ、ボロチームだなあ、韓国がなんぼかマシだなあ、と思ったのだが、しかし、時間と共になでしこがずるずると押される。
でも、こんなな犬みたいにぜえぜえ言いながら後先考えずに走り回るサッカーは好きじゃないなあ。こういう犬サッカーにおされななでしこが負けてはいけないのだ。←とても一息では意味が解せないひどい言葉遣いの文章だ。
しかし、犬サッカーはなかなかスタミナ切れを起こさない。
ようやく後半35分を過ぎて足が止まり始め、犬もばてばてになった頃、オウンゴールが決まる。日本にとっては必然の、北朝鮮にとっては世界の理不尽そのもののゴールだった。
まあ、これであとは上手に終わらせるだけと思ったが、犬サッカーはあきらめない。近賀のあっと驚くミスがあって、ちなみに近賀は新宿二丁目で一番人気らしいが、そこでそのミスをするかというミスのおかけで、北朝鮮にとっては必然の祝福のようなゴールが入ってしまったのである。
まあ、負けなくてよかった。日本と北朝鮮は1位と2位にいるんだから当然1-1もありで、これがイランあたりが相手だったら世間に気づかれないように試合中に“手打ち”をして0-0の省エネ試合に持ち込み、体力を温存して、お互いに最終戦で相手をたたきのめして本大会行きを決めようなあということになるのであるが、そういうグローバルスタンダードのやらせに慣れていない北朝鮮が相手ではそれも無理な話であった。
北朝鮮、普通にいいチームである。つーか、落雷に打たれた治療のために飲んだ鹿の角から取り出した薬のせいでドーピング検査に引っかかってしまったおかげで、かなり強引に若手への入れ替えが行われ、結局それが奏功して、テクニック勝負から体力勝負の試合に持ち込めばけっこう戦えるチームにできあがってしまったのだろう。
だから日本みたいに、疲れてしまってテクニックに頼るしかないというチームを相手にタイガー・ジェット・シンようなスタイルの試合に持ち込んで勝ってしまった、というわけだ。
それにしてもつくづく初戦でオーストラリアが北朝鮮に負けてよかったよ。あれは大きかったなあ。
つーか、オーストラリア、ダメチームじゃん。
最終戦、北朝鮮はタイだから決まり。もし日本が中国に負けると2位になっちゃって、それはやっぱり悔しいから、中国には絶対に勝たないといけないのだ。
完全アウェーの中国と言えば、思い出すのはジーコ時代のアジアカップ。2004年だったか、あれは。川口の神がかりセーブの。
反日運動吹き荒れる中での中国とのアウェー決勝戦。いやあ、あれはしびれたなあ。その再現が見られるとあって、今からワクワクである。
と思ったら、あれれれ、a-1の日じゃないの。あそび歌グランプリ。
ふんぎゃ。見に行くのやめるかなあ。a-1よりなでしこ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」
2011.09.07
今日は一日家にこもって仕事になってしまった。ずっと机に向かって黙々と作業を続けるのはしんどいぞ。
自分がタコツボ化していくのが感じられる。
午後、娘の友だちのマサミちゃんが学校の帰りに寄る。
寄り道は学校で禁止されているのだが、まあ、我が家だからいいか。マサミちゃんちも近いし。
マサミちゃんはパパのどんなところが好きかななどという話をしばし楽しんだ後、さて、おじさんは2階に上がってお仕事するかなあと言ったら、マサミちゃん、心底びっくりしている。
マサミちゃんのパパは会社でお仕事してるけど、おじさんはおうちでお仕事してるんだよ。だから自分のお部屋が会社なのだよ。
そう教えたら、心底びっくりして、もしかしてマサミちゃん、おじさんのことを仕事にも行かないで毎日おうちで遊んでいる人、と思ってたの? と聞いたら、激しくうなずくのであった。
がっくりと肩を落として2階への階段を上がるオレ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「FLASH」
2011.09.06
こうたりん・堀井憲一郎・永江朗・山田五郎・みうらじゅん・根本敬・しりあがり寿・久住昌之・唐沢俊一・日垣隆というのは全員1958年生まれである。なんとなくこのメンツを眺めていると、独特の臭いが漂ってくる。
そしてオレも1958年生まれだ。
どうもオレも臭うのかもしれない。
そんなことはともかくとして、本日はワールドカップ三次予選、ウズベキスタン戦である。
ウズベキスタンは、因縁深いなあ。フランス大会の予選でもキモとなった試合がウズベクだったし、最近はどんどん力を付けている。
シャツ寄付は被災地支援みたいだが、シャツキフという名前のいい選手がいて、でも今日はバカエフという名前の選手が出ていたのがツボだった。
バカエフ。日本に生まれなくてよかったなあ、バカエフくん。
選手の名前を見ると、このなんとかエフというのがいっぱいいる。日本に山田・高田・武田・藤田・杉田・梅田・脇田・富田と、田がいっぱいいるのと同じか。
遠藤だか誰かが言ってた「もったいない試合だった」というコメントがすべてだな。
阿部のスタメンと聞いたときに思わずむせてしまったのだが、この悪い予感は見事に的中し、攻められる基点はことごとく阿部から。どんだけミスしてどんだけピンチ招いて、どんだけ傍観者になってるんだ。
と、阿部自身に大きな責任があるが、一番の問題は阿部を使ったザックである。
ただでさえ下手くそなのに、居場所がないところに無理に置こうとしたから、阿部も困ってるじゃないか。オレはどこにいればいいんだ、と。
だから「え、このボール、オレ?」というシーンが続出。あっという間に失点だ。
いったん寝て、11時前に目覚ましをかけて起きて、こないだ埼玉スタジアムで買った李のユニフォームを着てテレビの前に座っていた息子ががっかりしたじゃないか。阿部には謝って欲しいものである。
今日はちゃんと3人の交代枠を使ったが、それでも阿部の交代は遅い。前半のうちにかえて欲しかった。
後半立ち上がりからは非常にいいリズムで、やっぱり最初からこうすべきだったのである。清武をジョーカー的に使う余裕はないはずだがのう。
終盤になって出てきたのが、マイク。息子もオレも、今一番のお気に入りである。なにしろでかい。マイクを見た瞬間、いつも「大きいなあ」と、毎度毎度口にしてしまう大きさだ。
それでいて足元もけっこう器用。重宝されている今のうちに、ズドンと一発、ゴールを見てみたいものだ。
結局1-1の引き分けに終わって、まあ、アウェーだから上等である。
ホームの時にこてんぱんにやればいいのだ。つーか、日本とウズベクが勝ち抜くのが順当だから、ここは痛み分けで納得。手打ちと言ってもいいかもね。
さて、次は木曜日のなでしこ、北朝鮮戦。代表のサッカーづけ週間もぼちぼち終盤である。
がんばれー、なでしこ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サッカーマガジン」「サッカーダイジェスト」「大人のロック」団塊向けのマーケティング音楽雑誌で、嫌いなんだよね、これ。臭い。でも買ってしまったのは、リミックスとビートルズについて書かれてあったからである。でも、よく読んでみたらたいしたことは書かれてなかった。失敗。
2011.09.05
というわけで、伊達君の言葉にインスパイアされて小見出しをつけてみたが、面倒くさい。それどころか、小見出しを付けたとたん、中身が実につまらないものに見えてしまって、これってコピーライターとしては致命的にタコであることの証明ではないのか。
まさに自爆。
小見出しを付けるなら、もっと中身を読みたくなるような小見出しをつけなければな。
よし、これからは心を入れ替えてそうしよう。例えばこんな具合に。
なでしこジャパンに「あや」が多いのはなぜか
というわけで、なでしこジャパン、今日は夕方からオーストラリア戦である。山である。
ここまで唯一の連勝チーム。勝つ点でも頭一つ抜け出た。
負けるならここしかないと思っていた試合だから、初戦にオーストラリアが北朝鮮に負けたことがどんなに大きな意味を持っていたか、改めてわかる。
もし負けるとしたらここしか。それに、負けたとしても他チームとイーブンになっただけに過ぎない。反対にオーストラリアはここで負けたらもう終わり。その意味でプレッシャーはまるで違うわけだ。
というわけで、オーストラリア戦は要注意。失点さえしなければ、つまり0-0の引き分けであれば御の字だと思っていた。五輪出場権の獲得が目標なので、別に無理して1位にな必要はなく、戦略的に2位を狙ったっていいのだ。
そう思って試合を見始めたのだが、しばらくして、あれれれれ、と半身になっていたカラダを起こした。どうもオーストラリアがタコなのである。
走れない。すぐにボールウォッチャーになる。長いボールを前に放り込むだけ。守備でも簡単に裏を取られる。
えーと、こんなにもタコなチームだったっけ、オーストラリア。
これでは、一昨日の韓国の方がよっぽど強敵ではないか。どうしちゃったんだろう。
前の方に張り付いている11番が、ボールが来ないと盛んに味方に文句を言っている。チーム全体に、およそ献身という雰囲気が感じられない。もしかして何か人間関係のトラブルでもあったか。
どうやらチームで浮いているであろう永里がアシストを決めても誰も目を合わせてねぎらおうとせず、その空気を瞬時に察した澤がすかさず彼女の頭を抱え込んで母親のように「いい子いい子」とほめてやった、そんな日本チームとはまったく違う雰囲気だ。
あるいは、連戦に、体調管理を失敗したか。
一言で言えば、やる気ねえなあ、というチームだった。
だから攻められてもほとんどピンチらしいピンチはなく、守備も安心してみていられた。
今日は、阪口と近賀がよかったなあ。阪口はいつものことだけど、近賀は獅子奮迅の働きだったなあ。
ともかくこれで一安心。残りの2試合は、3-0で勝ってる試合の後半の戦い方のように、だらだらと引き分け狙いでいい。
狭い酒場で狭い音楽を聴く
というわけで、なぜ「あや」が多いということは、書く展開にならなかった。しょうがねえなあ。
実はなでしこの試合は前半だけで切り上げて、夜、オレが向かったのは新宿の某酒場。ここで芝草という人のライブがあり、知り合いのタケちゃんが主催だというので、見に行ったのである。
芝草という人の音楽は、CDで聴いたことがある。
非常にクセのある音楽の人で、変にやみつきになりつつ、ちょっとこっちも変になりそうなのだ。
“女の業”をテーマに自虐ギャグを交えながら、おどろおどろの世界を粘着質に表現するシンガーソングライターである。
普段はまったく酒場としてやっているので、急場づくりのライブハウスとしては、やっぱり狭い。もちろんPAは全部持ち込みだろう。
えーと、入場料2000円で40人限定だからライブの売上8万円。PAのレンタルと運搬で3万円。チラシの印刷で2万円。
手伝ってくれているスタッフは手弁当だとしても、交通費ぐらいは見てやるとして1万円。
とすると、粗利益は2万円。
2時間のライブのために練習で費やした時間と、美容院などのカネを思えば、完全に赤字。ライブでは儲からないのは当たり前だ。そのために大切になってくるのが物販で、CDやグッズの売上が本当の取り分となる。
その意味では、芝草も終演後、CDにサインするなど、もっと営業努力すべきだっただろう。奥の方にCDを並べておくだけで、売ろうとする雰囲気は全くなかった。それどころか帰り際に入り口付近で本人と目が合ったのに「ありがとうございました」も何もなく、あれれ、浅草のジャズバーの人たちなんてとっても愛想よく接してくれるぞ、と思ったのだった。
ところで隣の家のヤマモトさんはギターショップを経営していて、プロミュージシャンの間では絶大な信頼を得ている人である。ジミー・ペイジと2ショットしている携帯写真も見せてもらったことがある。あれにはびっくりした。
そんな関係でライブがらみの仕事も多いらしく、余ったグッズなどを山ほどもらってきては子供のおもちゃにしているようだ。先日はペンライト状のグッズを大量に見せてくれて「全部余り物ですよ」と笑っていた。
このペンライト、いくらで売ってるんですか、と聞いたら「1000円ぐらいじゃないですか」との返事。ほほう、では仕入れは? 「100円ですね」。
うひゃー、大爆笑。これでようやく売上が出るというわけだ。
サイモンとガーファンクルの東京ドームライブに行ったとき、センスの悪いバカグッズが大量に売られていて、しかもばっか高くてのけぞったが、要するに大物ミュージシャンとスタッフを大量に連れてきたもんだから、平均1万2000円のチケットでも赤字だったのだろう。
物販は世界を救うのだ。
まあ、よい。問題はライブだ。
ピアノ一台で、ずっと弾き語り。このピアノがうまいうまい。相当に確かな基礎技術を持っているとにらんだね、オレは。
曲では、新曲だという「子供御輿」という歌と、もう一曲、川下で花火があがるというような内容の歌がきれいだった。どちらもシンプルだけど美しいメロディー。特に後者のさびのメロディーは素晴らしかった。
もっとこういう美しい路線を全面に出せばいいのに、しかし本人はあくまで“女の業”にこだわった深くて重くて、時に気持ち悪い歌世界を走るのだった。
終了後、副都心線で帰る。
携帯でなでしこの試合の詳細を見る。ともかく勝ってよかったわい。
さて、明日は男子のウズベク戦。これも必勝だ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」
2011.09.04
朝から水難の巻
台風12号の被害がすごいことになっていて、三重や和歌山あたりでは電柱が水没するような状況らしい。こういち君は大丈夫だろうか。
津波に台風。今年は厄災だなあ。
そんな水の被害をネタにするわけではないが、今朝、2階の仕事部屋の窓を開けて空気の入れ換えをしたまま1階のリビングで新聞を読んでいたら、突然の大粒の雨。
あわてて洗濯物を取り込み、ふうやれやれと新聞に戻ったオレがバカだった。
今までやってたことをすっかり忘れてしまっている。
げっ、2階の窓が開けっ放しだあ。
そう気づいて急いで階段を駆け上がったときは時既に遅し。台風の風に乗って大粒の雨が大量に部屋に降り注いだ後だった。
それはそれは悲惨な光景だった。まず、立てかけてあるギター3台が水浸し。特に一番の愛器、40万円のラリビーが水でびしょびしょである。うひゃーと叫んでタオルで拭くオレ。
次に水浸しになっていたのが6000円で買った中古のモーリス。でも、そいつは後回しにしてオレが手をかけたのは、30万円で買ったマーチン000-28。
こうしていちいち金額を記すところがオレの品性の下劣さを表しているわけだが、それはともかくとして、水浸しになったギター3台をとにかく拭いた。
机の上を見たら、パソコンもすっかり雨に打たれてしまって、こないだ買ったばかりのキーボードも水浸し。うひゃあと叫んで電源を切って拭いてやる。
右隣に目をやれば、今度はキーボード(楽器のね)が水浸し。拭いてやって、もしやし思って持ち上げてさかさにしてみたら、恐ろしいことに中にたまっていた水がじゃーっと流れ出たのだった。なんということだ。
ともかく大量のタオルを手にあちこち、うひゃーと叫びながら拭いて回ったのだが、そうしているうちに雨はあっさりと上がり、太陽が顔を出したのだった。とほほほ。
埼玉スタジオの巻
昼、いとこのナオコちゃんから電話が来る。
さいたま市では、同じ市なのにJリーグのチームが二つもあって、おかげで市民が南北に分断されて日々相手を憎み、ののしる日々が送られている。まるで北と南に分かれた隣の国のようだ。
その一方の側に住むのがナオコちゃんで、オレの日記を読んで「埼玉スタジアムに行くならうちに来ればいいのよっ」と電話してきたのであった。
そうである。今の今まですっかり忘れていたが、ナオコちゃんちは埼玉スタジアムの近くなのだった。だから、クルマでナオコちゃんちまで行って、そこにクルマを置かせてもらい、それから埼玉スタジアムに行けば、あんなに苦労することもなかったのだ。
どうしてそのことをすっかり忘れていたのだろう。
ナオコちゃん、思い出させてくれてありがとう。これからはそうさせてもらうよ。
ただ、残念なことにしばらく埼玉スタジアムで代表の試合はない。
そもそもなんであんなへんぴなところで代表の試合をやったのかというと、ちょうど聖地・国立競技場ではアラ*のコンサートがあったからである。つまり日本代表は、ア*シによって追い出されたのである。よって日本代表よりも*ラシのほうが上である。
うぬぬぬぬ。
まあ、よい。ここのところ男女とも代表は負けなしなので、よろしいのである。わはは。
たんさいぼうのピンチの巻
本日はオレのバンド、たんさいぼうのミーティングである。
驚くなかれ、たんさいぼうのオリジナル曲は既に60曲にも達しているのである。問題はそのほとんどを、メンバー自身が知らないということだ。そこでたまにはメンバーの連携を深め、少なくとも今の持ち歌がどんな歌なのかを確認しようということになったのである。
ところが、しまった、忘れていた、そんなに60曲もの歌を確認しようなんて、そんな体力も気力もないのである。
10曲ほどもやったところで面倒くさくなってしまい、早々に切り上げて飲みに行くことにしたのだった。しょうがねえなあ。
行った先は、西武線最低の居酒屋・魚せいである。
伊達君が一度は行きたかったと語っていた、噂の店である。
いさわしによれば「ここは客も深い」ということになり、確かにまともなサラリーのマンの姿などまるで見かけたことはなく、うひゃひゃひゃと鼻で笑ったつもりが、気がつけばオレたち自身がまともなサラリーマンではなかった。
魚だけは旨いこの店。魚以外はまるでダメである。だから魚だけほめておけば、大将は気分がよくなり、どんどんサービスしてくれるのであった。
本日もちょっといじったら、大トロ3切れがサービスで出てきた。よしよし。
そんな刺身を食いながら、オレたちはたんさいぼうの行く末などを話し合ったのだが、別にどこに行くつもりもないのだから話はいっこうに弾まず、どうでもいい状況になってしまったのだった。
そして話題はいつしかオレのこの日記がやり玉に挙がるようになり「最近のは長すぎる」とクレームが殺到したのである。
うるせえ、うるせえ。オレがオレの日記を長く書こうが短く書こうが勝手だ。そもそも他人の日記をのぞき見て、長いのなんだのと文句をたれるとは、どういう了見だ。品性を疑うね。
伊達君に至っては「最近はぱっと見てつまらないと思ったらその部分は読みませんね」というから、そうなのか、それだったら内容が一目でわかるように小見出しをつけてあげようかと提案して。早速本日からそれを実行に移しているというわけである。
ともかくオレは一日の日記3000字をノルマとしているのだ。ミッションと言い換えてもよかろう。日記というのは、長ければ長いほど、いいのだ。
そんなわけでオレの日記が長いという問題から発したお互いのコミュニケーション不全はただならないところまでいってしまい、もはやたんさいぼうは解散寸前。空中分解の危機なのであった。
ほどよく飲んだところで、ムツを「巧い巧い」と感動した伊達君は、お土産に持って帰ることにして、こうしてたんさいぼうのミーティングは終了したのであった。
これで今日は2500字。うーん、なかなか3000字のミッションは達成できないのである。
先日のようにスイカについて詳しい解説をすれば字数は稼げるが「ちーっとも面白くなかったです」と、井澤君がまたクレームをつけてくるに違いない。困ったものである。
よーし、アルケミストの話でもするか、アルケミスト。
などと自分の知っている豆知識を得意げに書き連ねるのは、端から見ると実に恥ずかしく、嘲笑の対象だろう。
あれだよなあ、ミクシーでもフェースブックでもツイッターでも、どうでもいいことを毎日何度も何度も書き連ねている人って、実は他人から鼻で笑われているって知ってるのだろうか。知ってないよな。大きなお世話か。
それからついでに言えば、話題を変えるときに「さてさて」と頭にくっつける人がいるが、アレも嘲笑の対象である。「さて」は一度でいい。オレは「さてさて」を目にした瞬間、それ以上読むのをやめてしまう。
大きなお世話か。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」
2011.09.03
今日、9月3日はドラえもんの誕生日らしい。我が家では有名な史実であるが。
この日に合わせてオープンしたのが、向ヶ丘のドラえもん博物館。いや、藤子なんたらミュージアム。ずいぶん派手に宣伝しているが、本当に面白いのだろうか。
地元の伊達君に評判を聞いてみたいものだ。
我が家なら真っ先に行きそうなものだが、どうも“こんなもんかよ”感がしていて、二の足を踏んでいる。ヨメが。
入館料がずいぶんと安くて、子供の小遣いレベルで、要するにそれに見合った子供だましレベルの内容ではないか。いいがかりか。
そもそもドラえもん自体が子供だましだしなあ。
ところでアルケミストの「向ヶ丘」というアルバムは、心の温まるたいへんに素晴らしいアルバムなので、地元の皆さんはぜひお聴きください。
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などと話していたら、なでしこの韓国戦がキックオフだ。
立ち上がりは素晴らしいスピードと技術で韓国を圧倒したものの、熊谷がこけて点を取られてからはぼろぼろ。後半はひどくて、宮間がすっかり消えてしまう始末だ。
大丈夫か、なでしこ。
テレビは大騒ぎだ。
もちろん大丈夫なのである。クマちゃんが転ばなければ2-0に終わっていた普通の試合だ。
監督もそのあたりはわかっていて、泥臭く勝ちに行った、と平然としている。それでよいのである。
目先のことに騒いではいかんな。結果を見れば日本は唯一の2連勝で、頭が一つ抜け出た状態。これで何の文句がありましょう。
なでしこ姉ちゃんたちに拍手である。
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と、今でこそ平然としているが、試合中は、こら、タコ、アホ、と罵倒の連続であった。試合終了後は、あー、頭に来た、今から澤と宮間に説教してくると言い置いて、オレは家を飛び出したのだった。
向かった先はもちろん西武線最低の居酒屋である。
今日も客が来ないとぼやいている大将は、カウンターに座ったオレの隣で自分も飲みながら「陸上の大会見たか」とオレに聞く。見るわけ、ねえじゃん。
そう答えたら「あの、足の速いのは勝ったかなあ。やっぱり黒い奴らは日本人とカラダが違うよなあ」と、どうもボルトのことを気にかけているらしい。
「こういうテレビがあるから今夜は客が来ない」と、ぶつぶつ文句を言う大将であるが、決してそれだけではないと思うオレであった。
早々に引き上げたオレは、家に帰り、ヨメに向かって「澤、いなかった」と言い放ってから風呂に入ったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.02
9月のアタマは、連日のように代表の試合があってたまらんのだ。昨日はなでしこ、今日はザック。
今日の相手は北朝鮮。にっくきチョン・テセのいる北朝鮮。
場所は埼玉スタジアム。
というわけで、オレは息子と二人で埼玉スタジアムに行ってきたのだ。だははは。台風だというのに。
クルマで行けば30分そこそこの距離なんだけどね、初めの場所だし、そうそう簡単に駐車場が空いてると思わないし、帰りにビールも飲みたいし、息子の手を引いて電車を乗り継いでいったのだ。
西武池袋線で石神井公園駅から秋津。秋津から5分歩いて武蔵野線の新秋津。東川口で埼玉高速鉄道に乗り換えて浦和美園。
ここまで実に1時間半。遠い。とても遠い。
しかも電車は異常に混んでいてラッシュ初体験の息子は、代表ユニを着た20代後半の女性二人にはさまれて目を白黒。こら、お父さんと代わりなさい。
などという冗談をかましながら浦和美園駅を降りて埼玉スタジアムまで歩く。
これがまた遠い。
公式発表で駅から1.5キロ。公式サイトに「遅くとも試合の1時間前には駅に到着してください」と書いてあるのは冗談ではなかった。
あまりの混雑に駅を出るだけでも時間がかかり、その後も集団の中をのろのろと歩くのだから。
これは、つまりクルマで6時間以上も早めに来て試合が始まるのをのんびり待つというのが正解のようだ。
埼玉スタジアム、厳戒である。
なにしろ相手は北朝鮮。街宣車も出たらしく、機動隊が道路を封鎖などしている。入場チェックでも、Jリーグはスルーのペットボトルも持ち込み禁止だ。
20分ほども歩いて会場に入る前に、テントを張ってる出店による。息子がおじさんに「19番ありますか」と聞いて「あと2枚だけだよ」といわれ、焦って「2000円ちょうだい」と言ってくる。
そうである、李の大ファンである息子は背番号19、李のユニフォームがずっと欲しかったのだ。
あれは震災前、今年1月のアジアカップ決勝戦だった。オーストラリアとの行き詰まる延長戦で、長友からのクロスを信じられないような左足ボレーでたたき込んだのが李。
3時に起きて眠い目をこすって応援を続けていた息子は、その瞬間、絶叫し、以来、李の大ファンである。
在日で成人してから日本国籍を取得し、親の思いを大切に名前はそのまま変えずに生きることを選んだという、そういう事情について胸を張って語る選手がいる時代だ。とてもいいことだと思う。
もちろん21世紀最初の年に生まれた息子にとってそんな過去のいきさつはまったく関係ない。ただひたすら李がかっこいいから応援しているのだ。
確かに李は、隙あらばオレが点を取る、失敗しても次に点を取ればいいんだろ、といういかにもフォワードらしい気の強さを全身に漂わせているのがいい。打たなきゃ点は入らないんだ。
大人Lサイズの李のユニフォームを手に入れて、息子はご機嫌である。よかたっなあ。
代表ユニの一番人気は本田で次が香川、そして長友といったところ。
時々、稲本とか中村とかのユニも見かけたが、李のユニを着ている人の姿はとうとう見なかった。
いいねえ、誰も着ていないから目立っていいねえ。息子には、これから李が代表を引退しても着続けて欲しいものである。
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代表の試合はやっぱり代表の試合。他の試合とはやっぱり重みが違う。
今年になってアルビレックスの試合を見て、なでしこジャパンの試合も見たけれど、息子にはやっぱり代表の試合の、本当の真剣勝負の雰囲気を味わって欲しかった。
それを感じたか、スタンドに足を踏み入れた途端、息子は「す、すごい、なんだかすごい」と身を震わせた。
でかい客席にサッカー専用スタジアムならではの距離の近さ。新興宗教か、この世の終わりか、身をよじって早くもトランス状態で歌い続けるウルトラニッポンの連中。移動時はまるで小山が動くような、カメラマンの集団。そういった諸諸が渾然一体となって代表の試合の雰囲気を作っていて、息子はその空気に圧倒されたのだ。
これよこれ、これぞホームでの真剣勝負。
かつてカズがトップを張っていた時代の加茂ジャパンの最終予選。その初戦のウズベキスタン戦が国立競技場で行われ、ウズベクの選手が入場していたときの会場の咆吼が忘れられない。それはまさに5万人のサポーターが一丸となり、牙をむいてウズベクの選手に襲いかかった瞬間だった。
その瞬間のことをウズベクの選手たちは「もうあのスタジアムではやりたくない」と、ずっと振り返っていたそうだ。
そういう雰囲気こそ代表の真剣勝負にふさわしい。これはフレンドリーマッチではなく、スポンサーが賞金を用意した強化試合でもなく、ただ栄誉と誇りだけを目指す本物の真剣勝負なのだ。じゃじゃーん。
どうも息子だけでなく、オレも興奮してしまったようだ。
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見つけた座席は、おお、前から22列目、しかも通路を挟んで一番前という素晴らしい席だ。だからまさに目の前を李が走り、香川が舞い、遠藤が鼻をほじるという臨場感。いやあ、後ろに座ったヤングサラリーマン3人連れが言ってたように、やっぱりサッカーはライブに限るのだ。
それにしてもにっくきチョン・テセ、でかい。カラダが強い。
日本代表の道も開けていただろうに、お前はどうして北への道を。おかげで埼玉スタジアムのブーイングを一身に浴びるのだった。
引いてカウンター狙いの相手に苦しめられるのはいつものこと。
とは言え、明らかに本田と長友の穴は大きかった。それはオレでも見てわかった。
駒野も悪くはないのだが、長友を見てしまった目には、やはりブレーが1テンポ遅く、躍動しようとした試合がそこでおとなしくなってしまう。もうちょっと早く上げてくれよなあ。
長友の早期復活を待つのみだ。
それに対して本田の穴は、清武というニューカマーが何とかしてくれそうだ。前半に出た柏木は、これがぼろぼろで、ひょっとして今日は柏木のせいで負けるのではないかと思ったほどだ。
後半になって清武に代わって、どれだけホッとしたことか。清武が左に行き、香川がトップ下に代わったことでたちまちリズムがよくなり、攻めにテンポが出てきた。
清武、なかなかに拾いものである。拾ったわけではないが。
拾いものと言えば、この試合の最大の収穫はマイク・ハーフナーだろう。
本田が抜けて急遽呼ばれ、そして後半、スーパーサブ的にいきなりの投入である。代わりに李が退いたのは残念だったが、李は今日もいい仕事をしていたから会場全体で拍手なのだ。
ハーフナー、でかい。息子が「ひゃー、おっきー」と驚いたように、全選手の中でアタマが抜けている。
この高さゆえ、当然ポストなのだろうが、その迫力は満点だった。そして、ダメだろうと思っていた足回りもそつなくこなし、スピード感もけっこうあって、これは北朝鮮守備陣は相当にいやだったのではないか。
試合後のコメントで、ハーフナーがそこにいるだけで相手は威圧感を感じ無意識にゴール前に集まってしまうので微妙にマークがずれ、スペースができる、というハーフナー効果について語っていたが、なるほど、まさしくその通りだった。
マイク・ハーフナー、日本の新しい武器の誕生だ。後半25分からのスーパーオプション。
大化けして、いずれ世界を仰天させる選手になるのではないか。
マイク・ハーフナーのお父さんは、ドーハの悲劇、オフト時代のゴールキーパーコーチだった。オランダ人なのに日本代表に献身するその姿に、オレは、おお、ありがとう、オランダの人よ、とココロから感謝したものだった。
そのディド・ハーフナーは日本が大好きになって、ついに日本に帰化する。ますますありがとう、オランダの人よ。
そんなディド・ハーフナーの息子がマイクだから、オレはその事実だけでハーフナー父子に感謝だ。
ディド・ハーフナーも、かつて自分が外国人としてサポートした日本代表で、息子が日本人としてワントップを張っている姿に、胸を熱くしただろうなあ。なんとも美しい物語ではないか。
オレはこれからも終盤にハーフナーが投入されるたび、そのことを思うだろう。
ちなみにマイク・ハーフナーは、両親がオランダ人だからルックスは完全に外人。でも、家ではオランダ語、学校では英語、それ以外では日本語で話すという、3カ国語使いで、考え事は日本語度するという。立派な日本人だ。
李にハーフナーに、帰化選手ラインのトップなのだった。
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ところでハーフナーの存在が相手に無言の威圧感を与え、それがじわじわと効いてきたように、前半からの日本の攻めがじわじわと相手を疲労させていることは見て取れた。キーパーは足を引きずったまま試合を続け、北朝鮮は食糧不足だけじゃなくて選手も不足しているのかと、観客席に笑われる始末。
加えてカラダを休めるためと時間稼ぎのため、露骨に倒れてはもだえて見せる。何度もブーイングを浴びながら、それでもふてぶてしく時間稼ぎを続けるその姿は、まさににっくき悪の帝国なのだった。
だからこそ5分ものロスタイムが与えられ、そのうちの4分が過ぎてから決勝ゴールが決まったのは、北朝鮮自身が執拗に時間稼ぎをした、その強烈なしっぺ返しなのだ。イライラさせられ続けたファンが爆発したのも当然だわな。
セルジオ越後は「MVPは5分のロスタイムを取った審判」と言っていて、面白いこと言うなあと思ったが、まあ、確かにその通りかもしれない。でも、その遠因をつくったのは北朝鮮だし、露骨な時間稼ぎに抗議を繰り返して審判を敵に回したのも北朝鮮なのだった。
もしそんなことはなくて、ロスタイムが普通に2分で終わっていれば、あっさりと引き分け。5万4千人の客は頭から湯気を出して会場を後にし、超満員の埼玉高速鉄道は直通運転をしている南北線の飯田橋駅あたりまで怒気と怒声と呪詛を充満させて走ったに違いない。
やっぱりロスタイムが5分でよかった。
そもそも会場で見ていたオレ自身、ロスタイムが5分と表示された瞬間、5分! よーし、行けるぞ、これは、と叫んだように勝利を確信したほどだ。同じ声は周囲でもいくつも上がったから、誰もがそう思ったのだろう。
そして、確かにそう思わせるだけの圧力を日本はかけ続けていたのだ。
香川の、狭いところをするするっと抜けていく魔法のドリブルは感嘆するしかなかった。ハーフナーの存在感はまさに恐竜か怪獣のようで、頭上から咆吼と共に襲いかかられた北朝鮮の選手たちはさぞやびびったことだろう。
それでもどうしても点が入らなかった。このロスタイムの5分は、ものすごい騒ぎだった。
ハーフナーのシュートがバーにはじかれる(今日2回目)。近野のシュートもバーにはじかれ(今日3回目)、さらに地面に垂直にたたきつけられて飛んでいく。長谷部の意表を突くミドルが微妙にそれる。香川の、どうしてそんなことができるんだという芸術的なヘッドが、足を怪我しているはずのキーパーのファインセーブではじかれる。
もう何をやっても点が入らない。
バーにはじかれたシュートだけでも入っていれば、前日のなでしこのように、今日は3-0で楽勝の試合だったのだ。それでも弱者が強者相手にこういう試合展開に持ち込めるのが、サッカーの面白いところだ。
シュートがはじかれるたびにオレは絶叫、息子は絶叫、周囲も絶叫。
ぎゃーっ、なぜだあ、どうしてだあ、香川あ、頼む、なんとかしてくれえ、あ゛ーっ、なんとかしてくれと頼んだのにどうしてなんとかしてくれないんだあーっ。
左サイドのコーナーキックに遠藤が走るたび、あるいは右サイドに清武が走るたび、ロスタイムが消費され、早く早くの大合唱。まさに消耗戦。息子も「早く早く、ショートコーナーでいいから!」といっちょまえのことを絶叫していた。
そしてロスタイム4分、会場が爆発した吉田のヘッド。
全員両手を突き上げて、いやあ、オレもあんなに絶叫したのはジョホールバル以来だなあと思ったら、違った、今年の夏、ドイツ戦で丸山が角度のないゴールを決め、アメリカ戦で澤が同点ゴールを入れ、そしてPK戦で熊谷がゴール右上に突き刺した瞬間にも、同じように絶叫を放ったっけ。まったく今年はたまらんよ。
それにしても、吉田。
オレ的には、闘莉王、中澤の復帰が待ち遠しくてたまらない、でくのぼーに近い使えない選手だった。吉田麻也。マヤかよ〜といつもスタメンを見ながらビミョ〜と口にしていた選手だった。
そのでくのぼーが、やっと大仕事をしてくれて、おお、マヤか、マヤが決めたか、よかったなあと、それはそれで嬉しかった。まさしく値千金。
もちろんハーフナーが決めていればそれ以上の驚愕で、まさにザッケローニは魔術師か、ということになる。そうでなくてもいまだに負けなし。信じられないような成績を残している。
間違いなく史上最高の監督だ。こりゃハーフナーのように日本人になってもらって、ずっと監督をしてもらわなければなあ。
しかし返す返すも、ロスタイムの5分はすごかった。あの絶叫の瞬間は忘れられないなあ。
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直前の韓国とのフレンドリーマッチで圧勝し、史上最強の日本代表とまで言われたのに北朝鮮相手にこんなに手こずるとは、まあ、それがサッカーの面白さなのだが、ともかく勝ってよかった。
そうでなければ帰り道がたまらなく切ないところだった。
地下鉄に乗り切れそうもないなあと思ったオレは、ちょうど折良く目の前に止まったバスに乗り込み、武蔵野線の東川口駅に行く。ここも代表ユニを着た大量のサポーターであふれていた。もちろん李のユニは息子一人。誇らしげだ。
「すごかった、のどが痛いよ−」と笑う息子と夜更けの電車に乗って、さて、どうやって帰ろうかと考える。
来た道を戻ってもいいのだが、それだとちょっと遅くなるしなあ。
そこで新座駅で途中下車し、そこで適当に晩飯食って、タクシーで帰ることを決める。勝ったことだし、息子と二人で出かけたうれしさもあるし。
新座で降りて、駅の高架下の居酒屋に飛び込む。不思議な居酒屋で中華に和食に洋食になんでもある店だった。なのに店員の数はギリギリで対応がとてもとろい。
こんなことなら近くにあった王将で餃子を食いながらビールを飲めばよかったなあと思ったが、まあ、今日は嬉しい夜だし、いいか、とやり過ごす。
息子とロスタイムのことを何度も振り返りながらほどよく食って、タクシー。4000円。ちと高かったが、まあ、今日はいいのだ。
「代表の試合はすごいすごい」と繰り返す息子と一緒に、自衛隊朝霞駐屯地の脇の暗い道を走って帰った夜なのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.09.01
9月である。秋である。台風の季節である。
どうも大きくて遅い台風がこっちに向かってきているようで、天気が怪しいという予報だ。
昼から赤坂で野良仕事である。出かけるなら傘を持っていかなければ。忘れてはいけないのだ。
最近は記憶力がだいぶアレになってきて、非常に心許ない。
例えば1年に一、二度しか会わない人。あるいは最近会ってないなあ、1年ぶりかなあという感じの人。そういうレイヤーにいる知り合いの顔が、何でもないときにふと頭に浮かび、えーっと、これ誰だったっけ、この顔、この顔、えーと、と頭をかきむしるのだ。
そんな具合に記憶力が劣化しているので、ちゃんと傘を持っていくか心配だったのだが、折りたたみ傘をまずカバンに入れてから出かける支度をするという作戦によって、無事に傘を忘れずに済んだのだ。
ほとんど、宿題をカバンに入れてから歯を磨きなさい、って言われている小学生レベルである。
まあ、小学生でもなんでもいい。ちゃんと傘を忘れずに出た、というところが肝心である。らんらんらん。
ところが、傘は忘れなかったのに別のものを忘れてしまった。
スイカである。
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スイカというのは、電車に乗るためのRFID内蔵のプラスチックカード。要するに電子切符だ。
このカードを1枚持っていれば、首都圏ならどの電車でも切符を買わずにすーいすい、改札口もすーいすいなのである。
スイカはJR東日本の電子切符である。そのネーミングの脱力ぶりには、ゆるキャラ系ブームの先取り感が漂う。
ところが仰天したのは、それをまねてJR西日本が発売した電子切符の名前がイコカだったことだ。
スイカにイコカ。行こうか。イコカ。
要するにあれだな、東京がスイカというボケをかましたから、西日本がついイコカと突っ込んでしまったと。関西人としてこれはごくまっとうな反応だったわけだ。
横山ノックや橋下なんとかやら、関西では芸能人が政治家になってしまうのと同じ構造だ。芸人がボケをかまして立候補したら、突っ込まずにはいられないという。
ところがこの悪い影響がたちまち全国に波及してしまって、JR北海道はキタカ、岡山地区のバスはハレカ、福島交通はノルカ等々、諸諸。
ゆるキャラが全国に一瞬にして広まったのと同じ構図が、ここでも先取りされたわけだ。
そんな流れの中でいかにも中途半端だったのがJR東海である。名称、トイカ。東海のカードだからトイカ。
ギャグにすらなっていない中途半端さで、関西人は「突っ込めへんがな」と思い切りしらけたのである。
まあよい、名称問題についてはこれ以上進むとつい余計なことを書いてしまいそうで、実際、今書きかけて削除してしまったくらいなので、ここでやめて話を戻すのだが、要するにオレは赤坂まで出かけるというのに電子切符であるスイカを忘れてしまったという話である。
スイカがないなら切符を買えばいいじゃん。
首都圏以外の方ならそう思うだろう。
実はそれがまったくそうではないのである。今では切符を買って電車に乗るというのは、実は大変な難行苦行なのである。
まず券売機がない。
これは電子切符普及の理由でもあるのだが、少子化を控えて乗客数が減って収益が右肩下がりになることを懸念した鉄道各社の経営企画本部では、鉄道事業の収益の落ち込みを他の事業でカバーしようという作戦に出たのだ。
それが物販。駅構内が改装されてやたらと店ができているのと同じ理由で、要するに券売機の場所にコーラの自動販売機でも置いたらどうだ、券売機なんか半分でいいだろ、そのかわり電子切符を使わせるようにしよう、という作戦である。
それがずばりと当たって、今や駅に券売機の数は驚くほど少ない。どうにかすると行列ができてしまうぐらい、少ない。
もっとも本日は昼前という中途半端な時間だったことが奏功して、券売機には並ばずに済んだ。
しかし、それで喜んではいけない。本当の難行はここからである。
まず、券売機の前に立って、どのボタンを押せばいいか、わからない。オレ自身が久しぶりに券売機で切符を買うためにまごついていることに加え、新型の券売機自体が恐ろしく複雑なものになっているのである。
この時点で早くもオレは、えっと、えっと、えっとと、目が泳ぎ始める。いわゆるきょどってるというやつだな。
さらに、ここが肝心なのだが、東京都心では副都心線や南北線などの新しい電車ができて、やたらとあちこちで相互乗り入れがあり、こっちの端からあっちの端まで一度も改札を通らずに何度も乗り換えをして、しかもその行き方が何通りもあるとい状態になってしまったのだ。
具体的に言おう。
オレは今日、石神井公園駅から溜池山王駅まで行こうとしたのだが、信じられないことにその行き方が何通りもあるのである!
まさに魔都である。複雑怪奇。天網恢々。
小竹向原で乗り換えるか、池袋で乗り換えるか、いっそ渋谷まで行って乗り換えるのもゆっくり座れそうでいいかも。そのどれであろうと同じ目的地に到着するのだが、金額は違うし、それぞれに別の切符になってしまうのである。
券売機の前では、瞬時にそれを判断してボタンを押さなければならない。こた、こた、小竹向原で乗り換えようか、渋谷か、どうしよう、なんて考え込んでしまうともはや金縛り。
小竹向原のようなプチ難読駅があったりするとさらに大変。
まっすぐ10分乗って池袋に行こうなんていうなら話はとても簡単なのだが、乗り換えが入ると途端に大変なことになる。
加えて券売機の数が減っているから一つの券売機に人が集中し、幸いオレは時間が中途半端だからそんなことはなかったが、後ろに人が並んだりすると、そして咳払いなんかされたりすると、もう頭は真っ白である。
慌てて財布を取り出して、小銭をじゃらじゃらかき回して、でもコンビニで買い物ばかりしているから1円玉ばかりが山のようにあって、その間に後ろで「ちっ」とか舌打ちされたりすると、気の強いおばちゃんでもない限り、絶望的な気持ちになってしまうのだ。
そうである。今や都内では、切符を買って電車に乗るということは、ひんなにも苦しくて切ないことなのである。
こういう圧迫面接みたいな状況になると、人間とは弱い生きもので、問題を先送りしようとする。つまり、「精算」ですな。
ととと、とにかく初乗り運賃の切符を買って、あとは出るときに精算しよう、そうしよう。
もちろんそんなふうに先送りしても、いずれ問題は自分に返ってくるのだ。
そうである。少子化の影響による物販強化作戦により、券売機と同様、精算機も台数が大幅に削減されているのである!
しかもそれに加えて、例の無意味な節電ブームである。ただでさえ少ない券売機の、半分が電気を止められてしまっているのだ!
溜池山王の駅でオレは、やっと見つけた精算機にたどりついたら「節電のため停止中」という張り紙を見つけて愕然。歩き回ってようやっと別の券売機を見つけてどうにか精算だ。
ただ幸いなことは、時間が中途半端でここにも後ろに並ばれなかったことだ。
ようやく精算が済んで、改札を出て、やれやれホッとため息一つ。溜池山王駅ではなくて、溜息山王駅なのだ、ここは。
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さて、野良仕事を終えたオレは、再び同じような難行苦行を経て家に帰ってきた。
幸い雨は降らなかった。降ったとして、傘は忘れてもスイカは忘れてはならぬと学習した。
仕事から急いで帰ってきた理由が、そうである、なでしこである。五輪予選が今日から始まるのだ。
相手はタイ。タイと対戦。
なでしこの大ファンで、試合終了後になでしこにサインをねだっちゃうのがタイの選手。
つまり闘うという姿勢はまったくなくて、最初から「すんません、すんません、ちょっと胸貸してください」状態。はっきり言って勝手当たり前の相手だ。
しかも得失点差を考えれば、5-0で買っておくべき相手。失点は絶対にあってはならない。
そういう程度の相手との試合だというのに、帰ってきてすぐテレビを付けたら前半終盤にも関わらず、なんということだ、0-0である。
脱力。
なーにやってんだ、馬鹿たれ。
しばしプレーを見たら、まったく躍動感がない。一体どうしたことだ、このチーム。ワールドカップの時のあの躍動感がまったく感じられないのだ。
ミスも多い。どうしてそのパスが通らないのだ、と呆れること数回。
ところが後半になって宮間が入った途端、チームは見違えるように息を吹き返した。やはりこれは宮間のチーム。川澄も途端にイキイキと走り回る。
うーん、岩淵、見たかったなあ。残念。次のワールドカップまでとっておくか。
結果、3-0。佐々木監督が「最低限の結果は出せました」と言っていたが、確かに最低の結果である。最悪ではないが、最低である。
しょうがねえなあ。
と思ったら、オーストラリアが北朝鮮にまさかの負け。映像を見たら、交通事故のような負け方で、どんなに強いチームも負けるときは負けるという典型だ。
ともかくオーストラリアが負けたのは朗報で、もし次の試合にも負けてしまえばオーストラリアは早々と脱落決定。日本の一位通過も意外と早くと見えてくるかも。ところがそう思って見たら、次の試合でオーストラリアの相手は最弱のタイ。なんだ、これじゃオーストラリアは息を吹き返してしまうではないか。
それにしても思うのは、歴史の重みというやつだ。
マイアミで日本がブラジルに勝ったのを経験したことで、どんなに一方的な試合でも交通事故は起こりえるということを学んだ。ドーハの悲劇で、ゴン中山が角度のないところから1点を放り込んで自らボールを抱えて全力疾走した姿に、どんなときでも点は取れるんだと学んだ。
フランスワールドカップ予選のウズベキスタン戦で、ロスタイムに泣きながら放り込んだ川口のゴールキックがロペスの頭に当たり、わけのわからない軌道でゴールに吸い込まれ、この奇跡の1点で首の皮一枚つながり、それがジョホールバルの奇跡を呼んだことで、どんなことでも可能性はゼロではないと学んだ。
今回のなでしこの優勝だって、本気で信じていればかなうことが世の中にはあるのだということを学んだ。
20年前、日本のサッカーには経験が足りないとさんざん言われたものだったが、なるほど、今にしてそれがよくわかるのだった。
というわけで、なでしこ、ひとまず一勝。
さて、明日は男子のワールドカップ予選、北朝鮮戦である。ふふふ、実は前の方の切符が取れちゃって、息子と一緒埼玉スタジアムに行くのだ。
親善試合やリーク戦とはまったく違うのが、代表の試合である。あの燃えるような真剣勝負の空気を息子に吸わせてやるのだ。
台風が来ているが、おおーし、望むところだ。嵐の中で代表を応援するのだ。しかも相手は不気味な北朝鮮。絶対に失点しない0-0狙いだが隙あらば斬る、というような試合になるだろう。
困ったことにこっちは長友不在に、まさかの本田不在。
さて、総合力でどう闘うか見所は多くて、よーし、男子も女子に続くのだ、と今から燃えている。
ところで30も半ば過ぎたようなおばちゃんが、人前で堂々と女子を名乗ることがあるが、いくらなんでも勘弁して欲しいものだ。
と、最後に世間にケンカを売るオレ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」「週刊新潮」「Number」
2011.08.31
本日は朝から詰めて原稿と格闘だ。
たかだか4ページの原稿だが、ちょっと内容がアレなので、格闘しなくてはならない。普段なら2時間4ページのところ、一日かけて4ページなのであった。
こうやって根を詰めて部屋にこもっていたら、あららら、朝刊を取りに行くのと洗濯を干すのと娘の手を引いて学研の教室に送っていく以外、外に出ていないことがわかった。
歩数3000歩。娘の手を引いていなければ、2000歩で終わった可能性がある。
これではいかん。もうちょっと歩かなければ。そうだ、西武線最低の居酒屋・魚せいあたりまで往復するのはちょうどいい距離ではないだろうか。
そう思って早速外に出ようとしたが、なんだか空模様が怪しく、一日頑張って働いたその後にあのタコ親父の顔を見るのもげんなりするなあと思ってやめたのだった。
そんなことはともかくとして、メーラーである。
最近のオレはずっとメーラーとしてShurikenを使ってきた。日本製だしね。しかも有料。
検索機能は強力だし、迷惑メール対策もなかなかだ。
ところが使っているうちにどうもあちこち使い勝手の悪さが気になってくる。
そういや以前も同じような理由でやめたんだったよなあ。
そんなことを思い出しつつ、しばらくは我慢して使っていたが、とうとう耐えきれず、Thunderbirdにスイッチだ。手裏剣から雷鳥。なんだか勇ましい。総理大臣も交代だからな。
Thunderbirdは以前よく使っていて、前のパソコンが昇天した際、他のメーラーとディレクトリがかなり変わっているということがわかったので、ややこしいから使うのをやめたのだった。
そんな性悪女のことが忘れられず、オレはまた戻ってきてしまったダメ男。
再び使ってみて、Thunderbird、やっぱりあちこちのろまでバカで空っぽだ。日本語化が適当で、てにをはの変な説明がついていたりするのもアホに拍車をかけている。
それでも何となく使っていて楽しい。Thunderbird。
特にアドオンが豊富で、いろんな機能やデザインが追加できる。要するにカスタマイズっちゅーやつやな。
そのアドオンも、10個のうちちゃんと使えそうなのは、せいぜい1つか2つ。なんじゃこりゃ、という機能拡張も多い間抜けぶりだ。
それでも楽しいのは、やっぱりカスタマイズ好きのオレだからか。おらおら、性悪女め、オレの好みに仕立て上げてくれるわ、がははは、というところだろうか。
iPad片手にネットをさくさく、予備のパソコンを使って疑問に思ったことはさっさと調べている息子が、この日記を日々チェックするようになるのはもうすぐのような気がするから、こういう下品なたとえの文章を書くのもどうかと思うのだが、まあ、いいや。
そんなわけで最近はThunderbirdである。
どうしてこんなことができないんだよというアホも多いが、ともかく一応はしばらくこれでいこう。
一方のブラウザであるが、基本はやっぱりSleionir。なんとマイナーな。
ネットでは「ぷにちゃん」と呼ばれている、その情けない名前もそうだが、機能もとほほほとしょぼい。日本製。しかも大阪製。それだけで、つまり大阪で作られたソフトと言うだけで、中国のパチモンのようなしょぼさが漂う哀愁のブラウザなのだ。
その情けなさに呆れて、時々Googleクロームとかみんな使ってるFireFoxとか、とってもおされなLUNASCAPEとか、カスタマイズも楽しいから使ってみたくなるのだが、それでも浮気しても最後はこの情けない薄幸の女・ぷにちゃんに戻ってくるのであった。
なんでだろうなあ。
もはや、オレが捨てたらこのしょぼいヤツは生きていけなくなるのではという義侠心としか思えない。なんとも情けない話だ。
ところでこの日記、去年は40万4千字だった。
今年は44万字を目標にしていて、現在まだ30万字。先は遠く、そして険しく、そしてそして目標達成は厳しい情勢なのである。
だから性悪女がどうしたとか薄幸の女がなんだっていう、そういうくだらないことを延々と書いているのである。無駄と言えば無駄。しかしこの日記自体が無駄であるからな。
無駄に無駄を重ねて、こりゃ、エコおばさんに怒られてもしょうがないか。
ディスクの無駄よっ、限りあるネットスペースを有効に使いなさいっ。
ところがそんなエコおばさんがひっくり返りそうなすごい技術がある。スピントロニクスだ。
これは今までのエレクトロニクスに取って代わる革新的な技術。
オレなどは何度説明されてもちっとも理解できないのだが、どうやらこのスピントロニクスという技術を使うと容量無限のハードディスクができるらしい。
なんですと? 容量無限のハードディスクですと?
前にも同じネタを書いた気がするけど、まあ、要するに容量無限のハードディスクができちゃうというのがスピントロニクスという技術。実用化は間もなくで、おそらく息子が世の中に出ていく頃にはスピントロニクスも世の中を変え始めているだろう。
もっともそんな技術ができたらハードディスクが売れなくなっちゃうのは明らかだから、ハードディスク連合がなんとかつぶしにかかるかもしれない。
そのハードディスク、昨日、池袋のビックカメラで見たら3テラが1万円の時代になったようでびっくり。さらに新聞を見たら、2倍の高密度化を実現する垂直なんたらの技術が実用化の段階に入って、来年あたりは10テラとかそういうディスクが1万円ぐらいで売られるようになるのではないか。
フラッシュメモリによってもうすぐ消えると言われていたハードディスクが、実はまだまだ主役のストレージであることがはっきりして、これからいろんなとこに使われるのだ。総理大臣は代わってもストレージの主役は代わらないという、今日はたいへんにタメになるお話でありました。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.08.30
マウスが壊れた。
カーソルは動くがクリックできない。役立たずになってしまった。電池を入れ替えてみたがやっぱり壊れている。
仕方ないので緊急措置として、デフォルトでついてきた富士通のマウスを使う。
当然、普通に動く。問題ない。だが、小さいのであった。
宮間のような小柄な女子サッカー選手ならちょうどいいかもしれないが、オレには小さすぎる。そして、小さいマウスって、誰でも知ってると思うけど、とても疲れるのであった。
結局、新品を買うことに決定。ビックカメラに行った。
マウス単体だと、それようにUSBに無線基地をつけなくちゃならないから、まあ、キーボードもついでに取り替えることにした。
店頭で色々と見てロジクールの9800円に決定。高いなあ。
でも、文章書きのオレにとってキーボードは商売道具だし、アレンジャーのオレにとってマウスは商売道具なのだから、商売道具にはちゃんとカネをかけろとの言葉通り、しっり選んでいいものを使うのだった。
ついでに言えば、商売道具をおろそかに使ってはならないという言葉もあったりするのだが。
商売道具と言えば、例のポーランドの音楽ソフトメーカーのPSPから「新製品出たから安く買ってよね」メールが来ていて、ちょっと迷っている。8月中のみだからギリギリ。
定価69ドルが今なら59ドル、さらにユーザーにはもっと割引するよという、まあ安い製品だから別に買ってもいいのだが、エコライザーと聞いて、うーむ、エコライザーにカネを払うのかよーと迷ってしまっている。
でも、今ってすげえ円高なのだから、買っておいて損はないわなあ。やっぱ買おうかなあ。
ついでにリバーブも3000円ぐらいだし、買っちゃおうかな。このポーランドのメーカーの製品はけっこう好きなんだよね、オレ。
などと心中ぶつぶつ言いながらビックカメラでキーボードを買った。
レジでは例によって「ポイントカードお持ちですか」と聞かれる。持ってるけど面倒くさいから出したくない。
だから、忘れた、と一言。
最近はすべてこれで片付けるのだ。
家に帰って早速キーボードを交換する。それなりにいい使用感。
でも疲れる。
キーボードを交換すると、たぶんほんのちょっとしたことなんだろうけど、力のいれ加減なんかが微妙に変わって、疲れちゃうんだろうねえ。面白いな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「サッカーダイジェスト」「ゴルゴ13」
2011.08.29
それはそれは悲惨な事故であった。
場所は御成門。新橋の近くである。
その街の喫茶店で、オレは約8名のミーティングに臨んでいた。取材前の詳細な打ち合わせである。
途中、もっと打ち合わせのしやすい席が空いたので移動することになった。悲惨な事故はその瞬間に起きた。
自分のアイスコーヒーと荷物を持って立ち上がった瞬間、オレはアイスコーヒーをぶちまけてしまったのである。その直前、オレは何かやらかすのではないか、という予感が一瞬頭をよぎったが、これは地震を前にブタや牛が騒ぐのと同じことかもしれない。
そのコーヒーがどうなったかというと、オレのカバンの上に全部こぼれてしまったのだ。
悪いことにコーヒーはほとんど手つかずだった。さらに悪いことにカバンは防水機能がしっかりしていた。
よってカバンの中は洗濯機のように、あるいは味噌汁のように、コーヒーがたぷんたぷん。
もっとも不幸中の幸いにして自損事故であった。これを他人様にぶちまけていたらと思うと、あまりの恐ろしさに震えてしまうのだった。
ともかくオレと同行者は店の姉ちゃんにぞうきんやらなにやらをもらって、後始末だ。
もちろん後始末ったって、しきれるものではない。
例えば財布とかICレコーダーとか、最悪の被害は逃れたものの、それ以外はコーヒーがたっぷりで、カバンも家に帰るまでコーヒーの香りを発し続けたのである。
とほほほほ。
ともかく家に帰ってすぐさま洗濯機にぶち込んで洗ったオレであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」
2011.08.28
息子が「木を買いたい」というので近所のホームセンターに連れて行った。とてもがさつで空気の悪い店なのであまり行きたくないのだが、そういうことであればしょうがない。
ブロック大の木片、52円を買う。
そんな木を買って何にするのだと聞くと「ベーゴマの加工をするんだよ」とのことであった。
つまり木片に釘を打ち込んでベーゴマを固定する作業台にし、ベーゴマの足回りにやすりをかけてパワーアップさせるのだという。
家に帰って早速息子は、隣の家の子と一緒になって釘を打ち、やすりをかけ始めた。飽きもせずに延々とやってる。
そういや最近はwiiをやらなくなったなあ。面白い遊びがあれば、子供はテレビゲームなんかほったらかしにしてそっちに言っちゃうものだなあ。
改めて感心する。
そこに屋根仕事を終えた隣のオガワさんが帰ってきて、庭で発泡酒を飲みながらベーゴマの戦いを始めた。ありがたいことである。
先に3つ勝った方が勝ちというルールらしい。
先日は0-2の崖っぷちから息子が3連勝で大逆転を果たしたらしく、それがどんなにか嬉しかったのか、ずっと話しているのだが、今日は1-3で順当に負けてしまったようだ。オガワさんは妥協なしに男の戦いを教えてくれるのであった。
日中はそれなりに暑いけれど、朝晩は秋風である。この家に引っ越してきたのは8月31日。もうすぐあれから8年になるのか。早いなあ。
あの引っ越してきた日の夜、だーれも知り合いのいない初めての街で、近所のうどん屋さんで食べた夕食が忘れられない。虫の音のする夜道を歩きながら、4人でそろそろと歩いて行ったものだった。
それが今や隣の子供とオガワさんでベーゴマやってるのだから、面白いものだなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.08.27
ヨメが子供を連れて出て行った。
出て行ったといっても、お出かけである。ちゃんと戻ってくる。
子供が早くも学校に行き始めた我が家は、既に秋である。しかし、世間的に見れば夏休み最後の週末。よって宿題戦争が始まっているわけである。
その点、我が家は平和なものだ。
留守番で一人残ったオレは、あくびをして昼寝するのであった。はあ、極楽極楽。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「毎日かあさん」
2011.08.26
午後、すんげえ雨っ。
これはネットで拾ってきた写真である。本日の午後、練馬西部の姿である。
要するにオレんちのすぐ近く。凄いことになっていたようだ。天空の城ラピュタか? これぞまさしくゲリラ豪雨ってやつだな。
この雨の中を、娘の学研の教室があるからとヨメは傘を差して出かけたが、案の定、すぐに戻ってきた。そりやゃ、傘なんて役に立たないべ。
30秒でずぶ濡れ。
ともかく着替えて、今度はオレのクルマに乗せて娘とヨメを学研の教室会場である幼稚園まで送っていったのだった。
幼稚園に着いたら、案の定というべきか、この豪雨の中、長靴を履いて大喜びで水たまりを走り回っている小学生がいた。まったくガキっていうのは、なんであんなにアホなのだろう。
もっともこの豪雨もちょっとの時間のことで、昼過ぎまではいい天気だった、シーツを洗って干していたぐらいの天気。
その中を、早くももう学校の始まっている娘が帰ってきたのだが、「帰り道でカギ拾ったので交番に行こう」と言ってきた。どれどれと見せてもらったら、けっこうちゃんとした立派なカギで、マンションかアパートの玄関用だろう。
これはなくした人が困ってるだろうなあ。
娘にせがまれたオレは、付き添って交番までカギを届けに行ったのである。
行く先は、地元の大きな交差点にある交番。よく事故の起きる交差点で、要するにまったく役に立ってないじゃん、と地元では目されている交番である。
もちろん娘にはそんなことは言えない。こんちわー、カギ拾いましたー、と中をのぞき込んだのである。
相手をしてくれたおまわりさんはずいぶんな年寄りで、あれえと思ってみたら、胸に「交番相談員」という紋章。ああ、おまわりさんじゃなくて、警察OBのアルバイトね。
なるほど、こんな田舎の交番には現役警官はもったいない、OBで十分ということなだろう。まあ、ないよりいいか。
ともかくカギを届けて諸手続をして、届けたという証拠に書類の控えももらって、娘はりっぱに一仕事終えて胸を張って帰ったのだった。
ところでこの雨の写真であるが、ネットで勝手に拾ってきたということで、写真そのものは無断流用、パクリである。
これと同じで、さらに悪質なことをやったのがジャーナリストの日ガキ隆である。
エア取材が得意なこのジャーナリストは、先日も「被災地を回って、まだまだ悲惨な状況が続いていた」と深刻な顔でツイッターでレポートしていて(ツイッターでレポートってなんじゃ!)、その一例として崩壊したままの写真がつけられていた。
ところがその数分後にこの写真がまったく別の人が5月頃に撮ったものであることがたちまちに判明。大笑いなのであった。
もちろん非難囂々。なのにこのジャーナリストは「写真はシェアする時代に入った」と、頭の痛くなるような開き直りを見せたのである。もちろん現地に取材など行ってないわけで、本当に悪質。
被災地をネタにして深刻ぶって開き直って、本当に許しがたいわな。
しかも、その写真を撮った本人もこの事実を知り「まあ、不愉快ではあるけれど、大事にはしたくない」と大人の態度で見逃してあげたのだが(こういうのも全部ツイッターでリアルにやりとりされていて、オレはそれをまとめたのを見たのだが)、このジャーナリストはそれをもってして「本人の許しを得て掲載」とまたまた開き直ってしまったのだった。
まったく度しがたいアホである。
もっともこの程度の騒動などこのジャーナリストをめぐる一連の問題の中ではゴミみたいな小さい問題で、他にもいろいろととんでもない騒ぎを起こしているのだった。そりゃもう書ききれないぐらい。
たぶんこのジャーリストは本当に精神を病んでいるのだろと思う。10年ほど前までは良質なルポを書いていたのに、この壊れっぷりは本当にやばいと思うなあ。
まあ、いいや。
要するにこの練馬の豪雨の写真であるが、娘に見せたら本気でおびえていた。確かに恐ろしい写真で、この下にいたのかと思うとぞっとする。
なお、夜更けのニュースでは、練馬のゲリラ豪雨が取り上げられていて、また全国ニュースである。実家の親が心配するから練馬の天変地異はニュースにしないでくれ。ほんとに。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「FRIDAY」
2011.08.25
A-1グランプリというのがあって、あそび歌の日本一を決めようという大会である。日本一とスケールはでかいが、応募総数60なんぼというしょぼさである。
このしょぼい日本一の大会に、一昨年はピンで参加(予選落ち)、去年は「たんさいぼう」で参加(二次予選落ち)。
今年は3大会連続出場となる今年ことファイナリストとして壇上に立ち、最後にはなでしこたちのようにトロフィーを掲げ、宮間ダンスをする予定であった。ところが本日届いたのは「書類差審査落ち」という情けない結果であった。
だああああ、今まで軽く通過していた書類審査がダメかよ〜。しかも、60なんぼという、しょぼい大会のさらに人数が減ったというのに、書類落ちかよ〜。
あまりの情けなさにしばらくオレは娘のハンモックで寝込んでしまったほどだった。
まあ、しかし気を取り直して、こうなったら犬飼ワンちゃんと組んでワン-1グランプリというのを立ち上げようかと画策したが、ワンワンとなると別の大会になりそうなので断念。ここは素直にリベンジを誓ったのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」
2011.08.24
娘の絶対音感について書こう。
ギターの弦をすべてゆるめて半音下げて、それをオープンでぽろーんと弾いたら、娘が「低いんじゃない」と言った。ほほう、これはこれは。
オレは正しいチューニングのギターを持って「ぽーん、これは何の音だ?」とやった。「えーと、ソ」。おお、正解。
「ぽーん、これは?」「ド」「ぺーん、じゃあ、これは?」「ファのシャープ」と、全部正解。やっぱりこの子は絶対音感を持っているようだ。なんとなくそんな気はしていたが、やっぱりそうか。
面白いことにドのシャープだけ、何度やっても聴き取れない。どういうことだろうなあ。
それにしても音楽的に何かを持っているとは思ったが、絶対音感まで持っているとは思わなかった。いや、持っていてもおかしくないとは思っていた。
これからはギターのチューニングの際には娘を呼ぼう。いちいち呼ばれるうちに、面倒くさくなって、娘はウソをつくようになったりして。わはははは。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サッカーダイジェスト」「週刊ポスト」
2011.08.23
涼しくなったと思ったら、また急に暑くなりやがって、夏のばかやろー。
それはともかく、夜遅くに例の漫才師が突然に引退会見だと。思い切りずっこけましたな。
巷間噂されるように大阪知事が全国区に転じて、その後釜に座るという絵なのだろうか。うーん、あり得ない話ではないな。
どうでもいいが。
ところで9月は、実はサッカーではえらいことになっているではないか。
↓「えーと、次の試合はいつだっけ」という時のためにお使いください。
9月1日(木)16:00〜 なでしこ・ロンドン五輪アジア最終予選 日本代表 VS タイ代表
9月2日(金)19:00〜 W杯2014 アジア3次予選 日本代表 VS 北朝鮮代表
9月3日(土) なでしこ・ロンドン五輪 アジア最終予選 日本代表 VS 韓国代表
9月5日(月)16:30 なでしこ・ロンドン五輪 アジア最終予選 日本代表 VS オーストラリア代表
9月6日(火)時間未定 W杯2014 アジア3次予選 ウズベキスタン代表 VS 日本代表
9月8日(木)16:30 なでしこ・ロンドン五輪 アジア最終予選 日本代表 VS 北朝鮮代表
9月11日(日)20:00 なでしこ・ロンドン五輪 アジア最終予選 日本代表 VS 中国代表
9月21日(水)20:00 男子ロンドン五輪 アジア最終予選 日本代表 VS マレーシア代表
げっ、えらいスケジュールだ。み、み、見なければっ。
ワールドカップ本大会の時期よりも忙しいではないか。
特に第一週、なでしこは必見だ。頑張れ、宮間っ。コマちゃんがついてるぞ。
息子も今から既に何興奮気味だが、塾と思い切りかぶっているではないか。うーむ、ふて腐れるのだろうか。困ったものだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.08.22
この夏の思い出で楽しかったことは何かと聞けば、息子も娘も「バーベキュー」「夏がっしゅくー」「新潟で海水浴−」「えーとえーと」「あれもあれも」と、次から次へと答える。小学校4年生と2年生にとって、夏休みは黄金タイムなのだ。
娘は学校のプールにも休まずに通って皆勤賞。息子も塾の夏期講習に皆勤賞である。
そんな夏休みももうじきおしまい。お約束の宿題に終われてひーひー言う息子を見ながら、今年もいい夏休みだったなあと感謝するのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.08.21
そのさなかは天を見上げて呪詛の言葉を吐いたというのに、過ぎてしまえば酷暑の夏でも行くのを惜しんでしまう。体感温度はとうに忘れ、夏休みの思い出のみが美しく沈殿するからなのだろう。
まあそれも、四季のある日本ゆえ。美しいことだ。
ところで学生時代を福島で過ごした弟は、被災地に今も多くの友人を持っている。その弟が友人に聞いたという話だ。
被災地では被災証明書というのが発行されていて、高速道路などはそれを見せれば無料になる。
最近ではことあるごとにその証明書を振りかざして、なんでもかんでも「タダにしろ」とねじ込む被災者が目立つらしい。「オレは被災者だ、タダで当然だ」と。
弟の友人は「親のそんな姿を見ながら育つ子供が増えている」と嘆いているそうだ。
まあ、やるせない話である。
被災地だから善人ばかりで、東北だから純朴な人ばかり、などということはまったくなくて、被災地にも東北人も強欲な人間や良識の欠如した人間がいるのはごく自然のことではあるが、頭ではわかっていてもやれやれと気持ちが落ち込んでいく。どうしたもんかなあ。
朝から雨。
夕べのバーベキューの後始末をしようと思っても、かなわず、グリルなどは庭に出しっぱなし。雨に打たれるに任せている。
この雨が上がると再び30度越えの厳しい残暑らしいが、それは曇天の下の不快指数がやたらと高い暑さとの予報である。やっぱりあのギラギラとした夏は終わってしまったようだなあ。
実家では今週、夏祭りだ。
稲作の神様に感謝するこの時期の祭り、今年はあまり夏らしくない空気の中で行われるのか。
それでも青々とした稲穂が遠くにかすむ山々まで広がる一面の田んぼの海を、初秋の風が渡っていく光景を思い起こすと(ありゃ、悪文)、夏が過ぎゆく実感がわいてくる。それはDNAに染みついているのかもしれない。
秋は童謡や唱歌の宝庫だ。
静かな静かな里の秋〜とか、更けゆく秋の夜、旅の空も〜とか、夕焼け小焼けの赤とんぼとか、誰かさんが誰かさんが誰かさんが見つけた、とか。
こうしてちょっと書き連ねるだけでも、なんと素晴らしい歌の数々だろうと感心する。大正7年から童謡の創作活動が始まり、それ以前から唱歌づくりは行われていたが、その様子を目の当たりにした欧米の教育者たちは「日本では一流の音楽家が子供のために良質の音楽を作り続けている」と驚いたそうである。
確かに童謡・唱歌の類で世界に匹敵するのはマザーグースぐらいのものだが、あれは伝承だし。もっとも戦後、ディズニーの名作音楽などは日本の唱歌・童謡に匹敵する良質の音楽と思うが。
ともかくそういう素晴らしい童謡・唱歌の類が、季節で言えば秋が多いのは、何か日本人の琴線に触れるものがこれからの時期の空気に含まれているのかもしれない。
蛇足だが、ってどれもこれも蛇足なのだが、「小さい秋」は、誰かが小さい秋を見つけたというのだから初秋、9月の中頃の歌のように思うのだが、曲調も含めて印象としては完全に晩秋、11月末の歌だ。あの時期の実に陰鬱な空気がよく似合う。
歌詞の「お部屋は北向き、曇りのガラス」などの表現が特にそう感じさせるのだろう。
この「小さい秋」を作詞したのは詩人のサトウハチローだが、なぜだか知らないが、うちの子供たちが通う練馬区立の普通の小学校の校歌の作者が驚いたことにこのサトウハチローなのである。
スシローではないぞ、ハチローだ。
どういう経緯で何のつながりか、さっぱりわからないが、あの有名詩人がこのような辺境の小学校の校歌を書いたとは、実に不思議である。
「わたしくしたちの すがたをいつも ならぶさくらが みています」というフレーズはとても美しく、くわも君が敬愛する故・阿久悠が書いた初島小学校の校歌と並んで校歌業界の1位2位を争うような歌詞である。
というわけで、何を書きたいか、さっぱりわからない日記になってしまったが、まあ、要するに夏は終わってしまった、今年の夏は短かったなあ、もうすぐ秋だなあ、というだけの話だ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.08.20
連日のように全国ニュースで猛暑が報道される街、練馬に引っ越してきた時、娘はまだ2歳だった。引越当日は8月31日で、やはりえらく暑かったのを覚えている。
その娘ももう8歳で、例年に比べて早い時期にすっかり秋風の吹く気候となった今日、誕生日を迎えたのだった。
そして、引っ越した翌年に初めて近隣4件の家族でバーベキューをしてから毎年夏に一度バーベキューをやり続けて、今年もその日となったのである。娘にとっては誕生日とバーベキューが重なる、とてもスペシャルな一日。
ところが昨日のなでしこの雨を境に季節が変わってしまったようで、天気予報は曇りのち雨。朝から空はすっきりしない。
隣のオガワさんの奥さんが心配してうちのチャムをならし「今日、どうしようかねえ」と相談してきた。
そうですねえ、3時の時点で雨が降っていたら中止。小雨だったらやりましょうか。途中で切り上げたっていいし。
そう答えると、オガワさんの奥さんは「了解、じゃ帰りにいろいろ買ってくるね」と引っ込んだのだった。
そして3時になっても雨は降らず、いつ雨粒が落ちてきてもおかしくないような天候ではあったが、毎年恒例のご近所バーベキューを始めることにしたのだった。
今年は、女子大生となった左隣の長女が、バイト先の友だちを連れてきた。その友だちが酎ハイでとろんとした目で「いいっすねー、こーゆーの、ご近所さんでこーゆーのっていーすよねー、うちなんか全っ然っこういうのないから」と口にする。確かにこういう近所づきあいがあるというのは、不思議だけどいいことだよなあ。
女子大生の長女も、ここに引っ越してきたときはランドセルしょった小学生だった。お母さんは「タンゴさんちのお子さんも幼稚園だったし、そーよねー、年取るわけよねー」とビール片手にため息をつくのであった。
こういうあつきあいが続いていれば、子供もいい思いのまま大人になっていくだろう。
やはりオガワさんが庭先でビール飲みながら近所にいつもニコニコと声をかけてくれるから、こういうコミュニティができたのではないか。オレはというと、バーベキューの発案者で毎年日程の調整などはやっているが、当日は何もしない。サボる。
夏合宿でもそうだが、オレし働かないのだ。企画はするが絶対に動かない。明らかにサボる。
結婚してすぐにそのことに気づいたフシのあるヨメは、もはやオレには何も言わない。考えてみれば、フリーランスというの気に入った仕事しかしないので、その仕事が好きかどうかしか考えないし、嫌いな仕事をやろうなんてちっとも思ってないし、だいたいが好きな人としか仕事しないし、オレもそういう人間なのだろうと思うようになった。
そりゃあ、ストレスもなかろうて。わははは。
飲みながら、しゃべりながら夜は更けていく。
オガワさんは庭にござを敷いてブルーシートで屋根もつくり、庭先に立派なホームレスの家を建てた。子供が喜ばないわけがない。うちの子供に右隣のヤマモトさんちの男の子に、遊びに来てくれた櫻井家の女の子に、ともかく子供がみーんなブルーシーのホームレスの家に入って「基地だぞー」と大はしゃぎ。そこに大人も加わってトランプなどやっている。
始めてしばらくしたらとうとう雨が降ってきたが、誰も家に引っ込まず、それどころかヤマモトさんなどはキャンプ用の大きな傘を持ち出してきて、しっかり雨宿りだ。
その周りでも全員が傘を差しながら飲みつつ、しゃべっている。
けっこうな雨が降っている夜だというのに傘を差しつつ大騒ぎしながら飲んでいるのだから、相当に異常な光景だぞ。がはははは。
それにしても、と思うのだが、子供らが寝なくなったのだ。
これまでは8時や9時になったら「ねむいー」とぐずりだして先に切り上げさせていたのだが、今年は夜が更けるほどに目がギラギラして盛り上がってきて、子供が寝ない。逆に大人たちが「ね、眠い」と口走る始末。オレも途中から眠くて眠くて困った。
結局雨の中12時までバーベキューは続き、ようやく子供を風呂に入れたのが12時半過ぎ。
もう子供は無理しなくても普通に遅くまで起きていられる年齢になったわけだ。
こうして近所の子供たちが一緒になって年を取っていくというのは、なんだかとてもいいことだと思う。一年一度のお楽しみ。
さて、これにて今年の夏のイベントはすべて終わり。我が家の夏は終わり、オレも多忙な秋を迎えて、これから年末まで突っ走るのだった。
だがそう言うと、今まで「誕生日が終わらないうちは夏も終わらない」と言い張っていた娘が、今度は「夏休みが終わらないうちは」と言い出すのであった。そうかそうか。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.08.19
「売上はすべてを癒やす」という営業の金言があるが、サッカーなら「得点はすべてを癒や」し、釣りなら「釣果はすべてを癒やす」のである。
だからであろう、全長5センチほどの正体不明の小魚をたった一匹釣り上げただけなのに、息子は夏の初島で一番楽しかったことは「埠頭での釣り」だったと今も振り返るわけだ。その様を、炎天下の埠頭で日傘も差さずにじりじりと眺めていたくわもくんは、ご苦労なことであった。
では、娘にとっては何が一番楽しかったのかなというと、初島散策の際にしばしの休憩のために800円も払って立ち寄ったリゾートハウスに置いてあったハンモックであった。
生まれて初めて体験したハンモックは、それはそれは楽しかったらしく、ゆーらゆーら、いつまでも揺られて載っていて、家に帰ってからも思い出しては嬉しそうに話をするのであった。
と、考えてみたら、明日は娘の8歳の誕生日。8年前、所沢の産院にじいちゃん、ばあちゃんが集まり、みんなに見守られてこの世にこんにちはとやってきてから早くも8年か。息子は当時2歳。妹の誕生という事態がどういうことなのかさっぱりわかっていなかった。
その誕生日が目前なのだから、どんな誕生日プレゼントを一番喜んでくれるのだろうと考えたら、答えは当然ハンモックになるのだった。
ハンモック! 誕生日プレゼントにハンモック!
アマゾンや楽天を見たらば、家庭用ハンモックが1万円で買える。案外安いなあ。
このようなものがどかーんと置いてある家ってどうよと思い、事前にこっそりヨメに相談したらあっさりとお許しが出たので、思い切って娘に買ってやることにしたのだった。
そのハンモックが今日、豪雨の中を突っ切ってヤマトの手によって届けられたのである。業者が夏休みで、発送を何日も前から楽しみに待っていた娘は飛び上がって大喜びだ。
ベトナム製。けっこうでかい。
早速組み立ててみた。案外立派なつくりで、けっこういい感じではないか。
すぐに娘がよじ登って身を横たえ、歓声と共にゆーらゆーらと揺れ始めた。そしてそのままずっと、ゆーらゆーらと揺れ続けるのであった。
そんなに喜んでもらえて、父ちゃんは嬉しいぞ。
******
さて、豪雨の中、夕方になって我が家が向かったのは聖地・国立競技場。そうである、本日はなてしこジャパンの凱旋試合。リーグ選抜の女子との国内対決だ。
オリンピックが目前なのに仲良しと試合してもちっとも練習にならないではないかと思うのだが、厳しい財政状態の中で一発大もうけのチャンス。ここで営業試合を行わずにいつやるのだ、ということだろう。
フィーバーつーか、明らかにバブルなので、バブルならバブルらしくあぶく銭を稼げばよろしいと思う。それにしても最初はすぐに完売したと言われた指定券が、一昨日、あっさり取れてしまったのは、どこかのプレーガイドが見込みで抱え込んでいたチケットが売れ残ったからだろうあ。
なお、聖地・国立であるが、息子にとっての聖地は同じ千駄ヶ谷でも将棋会館のほうである。なので、行きのクルマの中も、地下鉄の中も、息子はずーっと「将棋会館に行こうよう」とうるさいのであった。うーん、雨じゃなきゃ行ってもいいんだけどなあ。それにしても、将棋会館に行きたがる子供ってのも、あんまりいないよな。うちの息子は、もしかしたら偉いのかもしれない。
5時過ぎに国立到着。競技場に入る。
と、入場ゲート脇に見たことのある人が。あれれれ、宇賀ちゃんじゃない。宇賀なつみ。
テレ朝の夜のニュースでお天気お姉さんやってて、最近はスポーツコーナーに異動して、大泉高校出身で、高校時代は応援団に入っていたという。
あの可愛い宇賀ちゃんが、オレのすぐ隣でテレビカメラと一緒にニコニコ笑っていたのである。ナマ宇賀。
かかかか、かわええ! コマちゃんやオザキはきっとうらやましがるだろうなあ。
失礼なことにオレは思わず宇賀ちゃんを指さし、ヨメに向かって、宇賀ちゃんだぞ、と教えてあげたのだった。ヨメも、あら、あららら、とにっこり。それに気づいた宇賀ちゃん、なんとオレのほうを向いてにっこり笑って手を振ってくれたのである。
いや、子供に向かって振ったのかもしれないが、あれはきっとオレに向かって宇賀ちゃんが手を振ってくれたのである。宇賀ちゃん、フルタチには気をつけろよ〜。
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レプリカユニフォームを買おうと売店をのぞいてまわるが、ちっとも置いていない。明日、レプリカが1万なんぼかでアディダスから発売されるらしいから、一切置いていないということか。ニーズがあるのに店頭に並べないというと、かつて西武グループが大失敗してブーイングされたのと同じマーケティングのようだな。
おかげで宮間が大好きな娘が、どんなに他のTシャツすすめられても「8番じゃなきゃいらない」とかたくなではないか。困ったものだ。
試合前のセレモニーに、なんと総理大臣がやってきた。会場の一部でブーイング。
ブーイングまでしなくても「何しに来たんだ」「ヒマなのか」「ばかじゃねーか」という声があちこちで聞かれた。まったく何しにのこのこ出てきたんだ。しかも、君が代を歌った倉木麻衣の隣でちゃっかり一緒に写真に入ってるし。うちの娘にも「あの人と一緒に写真に入りたかったんだねー」と見限られていた。
試合はというと、営業試合だから、きわめて緩やかなのほほんムードの中で行われた。どっちが点を取っても拍手。当事者じゃない高校野球を見ているような雰囲気。温泉の歌謡ショー。どういうたとえだ。
こんなんじゃ強化試合にはならないな。選手も、まあ、適当。それでも宮間や澤は、時々、おっ、というプレーを見せてくれた。
ただ、びっくりしたのは川澄だ。川澄。おしゃれ番長。
あの人のスタミナは凄いな。たまげた。ジャンボ鶴田並みだ。60分フルタイムの引き分けをやって、その後けろっとして飲みに行ったという。
これは無理だろうというボールに追いつく川澄の俊足ぶりもすごかったが、そんな全力疾走を試合の始まりから終わりまで続けていた。終盤になっても全力疾走で、けろっとしている。この選手も、余人に代えがたいなあ。
宮間と同じにとても大切な選手だ。
その宮間といえば、宮間である。
うちの娘は、実は宮間が大好きなのである。実はサッカーのルールなどわかってないし、関心もない。ただひたすら宮間が好きなのである。もっと言えば、宮間が表彰台で見せたあのダンスが大好きなのである。
そんなわけだから、試合が始まっても「宮間どこ宮間どこ」「あ、宮間だ」「宮間が旗のところで蹴ってる」「宮間だけ見てるんだよー」「宮間がいなかったら澤だけ見るんだよー」「あ、宮間だ」「宮間宮間宮間」とうるさい。頭に浮かんだことをすべて言語化するのは小学生女子の特徴だが(成人女子も同様か)、今の娘は頭の中がすべて宮間なので口にする言葉もすべて宮間なのである。
おかげで試合の帰りには「サッカー選手になる」と言い出した娘であった。
今までは、ファッションデザイナーとパティシエが将来の夢だったのだが、これからはサッカー選手とパティシエを目指すのだそうである。げっ、サッカー教室でも行くとか言い出したらどうしよう。
そう心配したのだが、一人で頑張って練習するそうであるから、一安心だ。
それにしてもオレのような素人が見ていても、やっぱり宮間の動きは別格だなあ。後半、するするとゴール前にボールを持ち込んだ動きは凄かった。
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ところで試合前にオレが、かわええなあなど言いながら宇賀ちゃんのケツを追っかけていた時の話である。ふいをつかれてオレは、朝日新聞のキャッチセールスに捕まってしまったのだった。
朝日のキャッチは言う。「今日の試合結果を予想してプレゼントを当てませんか」と。
こういう企画に息子が飛びつかないわけはなくて、オレは息子に試合を予想してみろと命じたのである。と、応募書類には親の名前が必要だとねじ込んできたので、しょうがなくオレは申込用紙に住所氏名を書いてやった。ついでに購読新聞の欄があったので、朝日新聞、読売新聞、日経新聞、日刊スポーツと書き込んでやり、朝日小学生新聞、読売子供新聞まで書こうかと思って面倒だからやめたのであった。
それを見た朝日新聞の姉ちゃんが「うふふ、実は耳寄りな話なんですが」と持ちかけてきたのである。つまり、そのまま1年間、朝日の購読を延長してくれたら素敵なプレゼントをあげますわよ、と。
だあーっ、しょうがねえなあっ。
何をくれるのかと思ったら、おっと、日本代表デザインのサッカーボールじゃん。えっ、これはちょっと欲しいなあ。
そう思ったオレは契約更新の欄に丸を付けてしまったのだった。すっかりキャッチにやられてしまったオレなのだった。
おかげで息子は代表デザインのサッカーボールを期せずして手に入れることが出来、大満足。そして、ふと目を壁にやったら、なでしこのクリアーファイルが飾ってあったので、オレは朝日新聞の姉ちゃんに、あのクリアーファイルもつけてよ、とねじ込んだのである。
「えっと、あれは別のプレゼントでして、えっとえっと、でも、いいです、特別におつけしちゃいます」と姉ちゃん。こうしてオレは非売品の垂涎もの、なでしこクリアーファイルを手に入れたのだった。
その様子を見ていた娘は「お父さんはこうしょうじょうずだよねー」と感心していた。教育上、よいことかどうか、あまりわからない。
さて、息子が出した試合予想であるが、なんと、3-2というものであった。
あのなあ、息子よ。どう考えても4-0か5-1。一方的な花試合になるはずで、3-2なんて接戦になるわけがなかろう。
そう諭したのだが、息子は聞く耳を持たなかったのである。
ところがオレが間違っていた。息子よ、お前が正しかった。
前半に代表が立て続けに3点を入れたときは、だから5-1って言っただろうが、と思ったのだが、後半に入ってぴたっと攻撃が止まり、相手が1点を入れてびっくり。
それでも時間は過ぎていき、まあ、ここまでだな、善戦だったなと思ったら、なんとロスタイムにPKになってしまったのである。後半ロスタイムのPKって、ひゃー、ありえねー。
そして、このPKが当然のように簡単に入って、なんということだ、息子の3-2の予想がドラマチックにドンピシャだったのである。これには驚いたなあ。息子に脱帽。
夢はあきらめちゃいけない。絶対にかなうんだ。それを教えてくれたのは、なでしこだったではないか。そして、それを信じた息子はロスタイムに夢をかなえたのだ。澤もびっくりの筋書きではないか。
これから息子を澤之介と呼ぼう。露骨にいやがられたが。
こうして見事3-2のスコアを的中させた息子。後日、何か景品が送られてくるようである。朝日新聞の契約更新も、まあ、よかろうて。
嬉しそうにニコニコと笑いながら帰りの地下鉄に乗り込んだ息子であった。
******
ところがそれ以上のサプライズが、深夜に待ち構えていたのである。
5チャンネルのフルタチのニュースをつけたところ、スポーツコーナーで宇賀ちゃんがしゃべっていた。そして「たくさんのお客さんが来ました」というところで、なんとオレの娘がゲートをくぐるところが大映しされてしまったのだ。
おわわわわ、娘がニュースに出ている〜。たまげたぞ、こりゃ。
早速ヨメには「今テレビに出てなかった?」というメールが来たそうである。あー、たまげた。
念願のハンモックが届いて、大好きな宮間をナマでずーっと眺めていられて、しかも全国ニュースで大映しにされて、娘にとってはいろいろと思い出深い誕生日イブになっただろう。大人になるまで覚えてくれていたら嬉しいけど。
それにしても、娘の隣で、宇賀ちゃんを眺めてかわええなどと言ってるオレの姿が映し出されなくて本当によかった。胸をなで下ろしたオレであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」
2011.08.18
こらあ、4チャンネル。
東京都内の最高気温は36.1℃、練馬は37.9℃って、ちょっと待て、練馬は都内じゃないってことかあ。差別だ、偏見だ、弾圧だ。練馬ヘイトに我々は断固闘うぞお。
しかし、37.9℃ってのは事実だし、確かにこんな数字をたたき出されたら、あ、そこは東京じゃないですから、と言われそうだな。んでもって、熊谷から握手をさしのべられたりして。
それにしても練馬=暑い、というのは最近になって急に言われ出したよな。昔はそんなことちっとも言われなかったが。
似たような現象に、和歌山ラーメンがあった。
今でこそポピュラーになった和歌山ラーメンだが、かつてはまったく知られてなかった。
それが急に脚光を浴びたのは、例の毒入りカレー事件で世間が大騒ぎしたとき、和歌山に集結した東京のメディアが地元のラーメンを食って「これは普通に旨い」と喜び、紹介するようになったからだった。
これと同じ現象が練馬で起きていて、たぶんどっかのメディアが夏に練馬に来て「あちちちち、なんて暑いんだ」と驚いて取り上げたことが、ネタの使い回しに乗って広がっていったのだと思う。
まあ、それにしても本当に暑かったのは事実だ。
朝から赤坂に仕事に行ってて、昼過ぎに帰ってきたのだが、歩いている途中から既にへろへろ。電話をしたら、耳に当てる部分がすぐに汗でべとべとしてしまうほどだった。
帰って真っ先に風呂に飛び込んでシャワーを浴びたが、当然、その後しばらくは使い物にならず、荒い息をしながらクーラーの前でひっくり返っていた。ああ、情けない。
**
ところで昨日、音楽評論家にして制作ディレクターのドバシ君から送られてきたのが、10月5日にリリース予定の伊豆田洋之「幸せの扉」のプロモーションディスクだ。
ディレクションはもちろんドバシ君。レーベルはドバシ君が共同運営しているFLY HGH RECORDS。
今年冒頭の玉城ちはるに始まり、村田和人など、続々とアルバムをリリースするFLY HGH RECORDS。こんな時代になんというパワーだろうと心底感心する。そのパッションに拍手だ。
こういう後輩がいることは、本当に嬉しいなあ。
早速送られてきたプロモーションディスクを聴く。
一言で言うと、懐かしい心地よさだ。丁寧に作り込まれた、それでいて出しゃばらないバックトラックに好感。ピアノとストリングスのからみもとても気持ちいい。
ドバシ君には「カーペンターズみたいな心地よさ」などととんちんかんな感想メールを送ってしまったが、言うまでもなくこれはビートルズの普遍のポップセンスに通じる心地よさなのである。びーとるずの、それもポール・マッカートニーの。
こういう音楽をきちんとやり続けている大人のアーティストがいることを、素直に喜びたいものだ。ポール・マッカートニーや80年代ポップスの好きな人にはぜひおすすめ。
特にタイトル曲は絶品。この心地よさは、ちょっと他にはないと思うよ。
ドバシ君、いつもありがとう。応援しています。これからもご活躍を!
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」
2011.08.17
暑いからというわけではないが、一日こもって音楽仕事。けっこう緊張感のある仕事で、ぐったり疲れてしまった。
夕方、飛び込みで入ってきた打ち合わせのため恵比寿へ。まだ夏休みのところも多いのだろう、電車はけっこう空いている。
夕方でも恵比寿の街は暑くて、ちょっと歩いただけで汗だくになってしまった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」「サッカーマガジン」宮間のインタビュー。ドイツ戦の後で永里と手をつないで歩いていたことをきっちりインタビューしているのはさすがであるが、どうしてもどこのメディアも表彰式のあの妙ちくりんなダンスのことを聞かないのだ。宮間ダンス。あの謎を解き明かすことをしないで、何がジャーナリズムだ、メディアだ。よーし、こーなったらオレが解き明かしてやる。誰かオレを宮間へのインタビュアーに起用してくれ。などと言いつつ、実は19日のなでしこオールスターズの国立の指定チケットが家族全員分取れてごきげんちゃんのボク。
2011.08.16
猛暑だ、酷暑だ、熱中症だというニュースで必ず練馬が出てくるようになったのは、ここ2、3年のことではなかろうか。
実家に里帰りしてNHKニュースなどを見ていると、そのトップに練馬がいかに暑かったかというニュースが出てくる。
確かに全国ニュースのトップに毎度のように出てくるのだから、田舎の年老いた親にしてみれば、いったいどんなひどいところだ、練馬とは、と心配になるのも当然だよなあ。
なるべくなら全国ニュースのトップで扱うのはやめてもらいたいものである。練馬だけが暑いのではなくて、杉並も江東区も、どこでも暑いのだから。こういう文句はテレビ局に言っても相手にされないような気がするが。
もっとも練馬に住んでいる我々自身、天気予報が流れると、東京の気温より熊谷の気温のほうを見てしまう。練馬は熊谷とほとんど変わらない気温だということを知ってるからだ。
うう、ここはやっぱり埼玉なのか。
夕方、庭に水まきをしていたら、隣のオガワさんがビールを持って出てきた。
オガワさんは屋根職人。この時期、屋根に上って仕事をしていると、さすがに発狂的に暑いそうだ。
水まきの途中に、佐川急便が荷物を持ってやってきた。ギタースタンドとギターの弦をサウンドハウスに頼んでいたのだ。
サウンドハウスはプロ用をメインに、ありとあらゆる音楽機材を扱っている店である。ものによってはけっこう安い。
送料400円を取られるが、ギターの弦を買いに新宿まで行く電車代より遙かに安い。便利なものである。
もっとも買うのは便利でも、ギターの弦の張り替えまでやってくれるわけではなくて、これが面倒くさい。一時期、弦の銘柄は決めていたが、最近はまたいろいろなメーカーの弦を試すようになった。
高い弦を張っておくのいいが、安い弦をこまめに張り替えるのもギターのためにはいいものだ。
そういや、先月ハードオフのジャンクコーナーで6000円で買ってきたギターだが、ずいぶん弾き込んだためか、すごく調子がよくなってきた。
特に買った当初はびびりが耳に付いたのに、いつのまにかそれもなくなっている。
ギターに限らず、やっぱり楽器は弾かれてなんぼだな。
今日、そのハードオフにちょっと立ち寄ったら、例のジャンクコーナーになんとキャッツアイのギターが置いてあった。6000円。キャッツアイが6000円だから、これは掘り出し物だな。
ネックの状態がよくないとのことであったが、リペアすれば十分だろう。
つい手が出そうになったが、そんなにたくさんギターがあっても一度には弾けないのでやめといた。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「SPA!」
2011.08.15
一足早い夏期休暇。新潟の実家に子供が集まって大騒ぎ。
帰りみち、関越道のSAでお土産を買うときに、息子が財布を持っていなかったので1050円を出してあげた。家に帰ってから、息子が瀬「返すよ」と1050円を持ってきた。
子供にカネを返してもらうのって、すげえ不思議な気分。息子がちょっと遠くなったような、壁ができたような。
机の上に置いた1050円、しばらくこのまま眺めていよう。
2011.08.14
一足早い夏期休暇。新潟の実家に子供が集まって大騒ぎ。弟のはからいでアルビレックス新潟対浦和レッズの試合を見る。新潟、明らかに運動量が足りない。もっと走るのだ。
2011.08.13
一足早い夏期休暇。新潟の実家に子供が集まって大騒ぎ。墓でお盆の迎え火をたく。死んだじいちゃんとばあちゃんの名前を、息子と娘が覚えた。
2011.08.12
一足早い夏期休暇。新潟の実家に子供が集まって大騒ぎ。息子は、親父に過去帳を見せてもらって、先祖のことを勉強する。
2011.08.11
一足早い夏期休暇。新潟の実家に子供が集まって大騒ぎ。クルマで1時間ほどの海水浴場に行って、息子は自由研究の貝殻採集、娘は我慢していた海あそびを満喫。ここは中学生の頃にテントを張ってキャンプしたことのある浜辺で、そんな昔を思い出すと、我が子がここで遊ぶ姿がなんだか不思議に思えるのだった。
2011.08.10
一足早い夏期休暇。新潟の実家に子供が集まって大騒ぎ。
2011.08.09
一足早い夏期休暇。新潟の実家に子供が集まって大騒ぎ。
2011.08.08
朝から吉祥寺に行く。昔、鎌田もここに住んでたな。
若者に人気の街で、人気ランキングがあると必ず上位に顔を出すのである。エライのである。
ところが平日の午前ということもあって、街を歩いてみたらば見えるのは徘徊する年寄りばかり。武蔵野老人たちの街なのだ。
ふえーっと、びっくり。若者に人気の街の、その若者の姿が見えない。
それでも途中、キャミソール姿の空っぽ姉ちゃんとぶつかりそうになった。そうしたらその空っぽ姉ちゃんは、オレの耳元ででっかく「ちっ」と舌打ちをしていった。
ふんがー、たいした街である。こんな空っぽ姉ちゃんが徘徊しているのだから、じいさん、ばあさんもご苦労なことである。
吉祥寺から中央線に乗る。黄色い電車だから総武線なのか?
空いていた。その中で座席に座ったばあさんが、でかいこえで携帯でしゃべっていた。脱力する。
他には、やっぱりキャミソール女。このバカ女が、中野駅で停車中にホームの外人から何かを問われ、英語がわからずえへらえへらと薄笑いを浮かべて困っていた。それを見かねた近くのおばさんが代わりに答えていたのだが、その外人が立ち去った途端、バカ女は携帯を取りだしてすぐに友だちに「今さあ」と外人事件の報告である。
まったくただでさえ蒸し暑いのに、ますますぐったりする一日なのだった。
夕方、朝日新聞が契約更新のお願いに来る。
新聞というビジネスモデルが崩壊するのなんと言われているが、崩壊するとしてもそれはずいぶん先のこと。その証拠にテレビが出てもネットが出ても、映画は崩壊していない。
とは言っても、朝日新聞はどうかなあ。止めるとしたら朝日新聞だなあと思っていたので、ちょっと逡巡したが、まあ、いいかと1年間の更新を了承する。
この販売所からは、朝日新聞のほかに、日刊スポーツ、日経新聞、朝日小学生新聞を取っている。オレは上得意なのだ。
だもんで、更新のお礼ということで洗剤やタオルをどっさりくれる。そんなの、いらないのに。販売店の経営が圧迫されるだけの、まったく悪しき習慣だ。
ちょうとせタイミングよく隣でオガワさんがビールを飲んでいたので、洗剤を半分分けてあげた。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.08.07
今年の合宿は親分がいないから静かなものである。ぐっすり眠れた。
家に帰ってきてしばらくしたら、突然の雨と雷。ありゃりゃりゃ。
降られなくて本当によかったね、合宿。
2011.08.06
本日、どうしてオレが熱海の先に浮かぶ初島などに向かって船に乗っているかというと、いさわしの「初島に行かなきゃ合宿行きませんから」という恫喝によるのだった。
そうである。すべてはこの恫喝から始まったのである。それなのにご本人は「はて、そんなこと言いましたっけ」と面の皮を厚くするのである。
もっとも面の皮ではこちらも負けてはいない。くわもである。
「毎年毎年、おんなじ場所で合宿って、なーにが面白いんだか、へっ」と思っていた黒い胸中を明かさず、夏空を見上げる少年のようなまぶしい顔のふりをして船に乗り込んで、地球の丸さを実感したそうだ。
まあ、そんなわけで夏合宿である。
息子は初島港で釣りをして小さな魚を釣って大いばり。娘は初体験のハンモックがいたく気に入って大ご機嫌。
たいへんに楽しい夏休みの一日なのだった。
2011.08.05
三重の浦中こういちくんが「かなしいことです」とメールを送ってきた。松田直樹のことである。
倒れたその日に見舞った楢崎やサントスの表情から、これはもうダメなんだろうなあと思ったが、やはりその通りだったか。とても残念なことだ。
松田直樹なあ。いい選手だったなあ。
もっとできたはずなのに、その可能性を自らの言動で閉ざしてしまったようなところがあって、それが惜しいなあ。
間違いなく日本最高のディフェンダの一人だったと思う。
若い選手がこんなふうに去って行くのは、とてもつらいことである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.08.04
真昼に四谷、それから移動して夕方にかけて新百合ヶ丘で取材。新百合ヶ丘は、伊達君ちのそばではないか。
こんなに坂道の多い町に暮らしているのか、伊達君。足腰が鍛えられるのではないか。
疑問文ばかりの日記であった。
そんなふうに移動していたが、結局雨には降られなかった。
ところが帰ってきたら、例によって庭でオガワさんがビールを飲んでいて「ひどい雨だったねえ」と声をかけてきた。
うへー、雨降ったんですか、こっち。
まったくすぐ近くにいたのに、ゲリラだなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」「Number」なでしこ特集。まあ、さすがナンバーだけあって凡百のメディアとは次元の違うクオリティの記事に写真。鮫島を紹介するカコミの記事にさえ、ナンバーでなければできない中身の濃さだ。保存版。どの写真を見ても泣ける。
「下町ロケット」池井戸潤・小学館。直木賞である。困ったものだ。これ、今までの著者の作品、例の一連の銀行ものに比べると圧倒的にレベルが下がっているのではないか。よくあるストーリー展開にありがちな人物造形。企業社会で、そんなことはありえねえだろうという安っぽいドラマが展開されていく。単純な勧善懲悪で、こんなレベルの小説に元気づけられる人間なんているわけがないと思う。
2011.08.03
隣のオガワさんが、昼過ぎに庭でビールを飲みながらギターを弾いてた。
あんれー、今日は休みですか−。
聞いたら、朝、仕事に行ったけど昼飯を食った頃に突然の土砂降りで、帰ってきてしまったらしい。確かに屋根職人にしてみれば、雨が降ったら何もできないわなあ。
えー、でもこっちはまったく降ってないですよ、どこの現場ですか。
なんと、荻窪の現場で土砂降りだったという。荻窪なんて目と鼻の先。徒歩圏内だ。
そこが土砂降りでこっちはさっぱりというのだから、ゲリラちゃんだな。
まったくおかしな天気だ。
もしかして今年の夏はもう終わってしまったのか。いや、実はまだ梅雨が続いているのではないか。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.08.02
松田直樹が練習中に急に倒れて心肺停止というニュースは、オレも相当にショックだった。
急性の心筋梗塞か。いわゆるスポーツ心臓ということなのか?
厳しい状況らしいが、ともかく祈るのみだ。
松田直樹を初めて知ったのは、あのマイアミの奇跡、オリンピック代表がブラジルを破った試合だった。
今でこそブラジルを相手にしてもびびることはなくなったが、あの頃は試合の前から見る側も負けと決めつけていた。そんな中での勝ちだったから、早朝から新宿御苑の事務所に出てテレビで試合を見ていたオレもびっくらこいたものだった。
この試合でやたらと強気の態度でプレーしていたのがいがぐり頭の松田直樹で、試合後は勝って当然のどや顔をしていたのが印象に残っている。
ちなみにいかにも気の弱い善人そうな顔をしてブラジル相手に悪質なファールを繰り返していたのが、出っ歯の服部。本気でブラジル人が怒っていたのに「ごめんねー」てな顔でへらへらしていたものだった。
松田の存在感が一気に高まったのが、トルシエの時代だった。
例のフラットスリーという、小学生が「先生、この人、反則でーす」と手を上げるような守備はあまりにかっこわるくて、こいつら手を上げる練習ばかりやってんじゃないかとオレなんかは思っていた。そのときに一緒に手を上げていたのが松田だった。
白眉はワールドカップの試合中、最終的にはトルシエを無視してフラットスリーをぶっ壊したことだった。「あいつ、ちんちんに怒るじゃねえか」とトルシエを「あいつ」呼ばわりして、無視してしまった松田は、さすがにわがまま勝手な気の強い男だった。
その後のジーコ時代は、気の強さが災いしてジーコとぶつかってしまい、以来、代表に呼ばれることはなかった。
身体能力では世界トップレベルのディフェンダーとされながら後半は不遇だったのは、やっぱり気の強さが裏目に出て、うまく処世できなかったからだろうなあ。
大好きな選手だったから、何とか命だけでも助かって欲しいと思う。
確か結婚していたんじゃなかったっけ? 違う?
ブラジル相手に、どや顔で鼻の穴を広げていたあの松田のたたずまいが忘れられない。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.08.01
久しぶりに通勤時間帯にクルマで都心を横断したのだが、自転車通勤の数の多さにびっくり。しかも、そのマナーの悪さ、運転の下手さにびっくり。
自転車通勤のおじさんたちの安全は、ひとえにドライバーたちの注意と心遣いによって守られているに過ぎないと実感した。
オートバイ乗りは、自分が運転できているのは単なるラッキーに過ぎないと自覚しているらしい。通勤時間帯に自転車に乗って皇居近辺を颯爽と走って(つもりらしい)おっさんたちも、そういう自覚を持って欲しいなあ。
ありゃあ、はっきりいって迷惑。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.07.31
あっという間に7月が終わりなのじゃ。
本日は、丹後湯に「しゃぼん玉」という男性2人組を招いてレコーディングである。掲載はピコロ12月号。
栃木と群馬と、遠距離恋愛ならぬ遠距離コンビで活動していて、それで地道に7年も続けているんだからたいしたものだ。2時間ほどいろいろしゃべったら、とてもまじめな人たちだったので、応援したくなってしまう。
いや、むしろ応援されたい。今のオレは。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.07.30
新潟の実家のあたりが大雨でえらいことになっちゃってて、そう思ったらこちらも夜になって不穏な雲がかかりはじめ、雷がぴかぴか光っていた。
かと思ったら深夜3時にアラームがふぁんふぁんふぁんと鳴って「震度3程度の地震が来ます」。
子供も含めて全員がたたき起こされ、眠い目をこすりなから地震をやり過ごした。
まったく天変地異ばかりというか、やれやれ、とんでもない世の中になってしまったわい。これで夏合宿が台風に直撃でもされたら、目も当てられないことになる。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.07.29
本日は朝から某総合商社の石炭部長に会って世界の石炭事情とエネルギー戦略について鋭くインタビューした。
そして夕方からは調布の某保育園の夏祭りライブに出かけて、サポートでギターを弾いてきた。
わははは、この落差というか違いっぷりがすげえ変。
保育園の夏祭りライブは、小沢かづとのサポートである。ステージは約30分。
ステージそのものよりも、その前の機材のセッティングと終了後の撤収がすげえ大変だった。全身汗でぐしょぐしょ。
たんさいぼうも、こういうPA持ち込みライブのために機材をそろえる必要があるのか。うーむ。サウンドハウスで安いパッケージを買うか。
もっとも機材を買うことよりも、その運搬等の方が悩ましい問題だ。当然、クルマ。当然、呑めない。
疲れたとはいえ、ステージそのものも、ギターよりも一緒にダンスをやらされたのがこたえた。そんな激しい動きの体操、オレには無理ですって。やりながらあてててて、と顔をゆがめ、ガキどもに指さされる始末。
こういうライブでは、大人はぺちゃくちゃ私語をするし、そんな親を見て子供もうるさいし、いかにステージに集中させるか、つかみが重要である。その点がかづとくんは自分でも大きな課題と認めていた。
ケロポンズならどうするかなあ。
ステージ終了後、オレは名刺を配りながら、たんさいぼうでございます、丹後湯でございます、ライブその他格安・迅速にお引き受けいたしますのでどうぞごひいきに、と営業にかけずり回った。
頭下げて仕事になるならなんぼでも下げられるのが、フリーの強みなのだった。
終了後、調布市内のかづとくんお勧めの店に連れて行ってもらい、ビールと日本酒。クルマのかづとくんは呑めないのに、申し訳ない。しかもおごってもらい、さらに東府中の駅まで送ってもらい、つくづく申し訳ない。
おごってもらえるならなんぼでもギター弾きますぜ、旦那。
たんさいぼう、ネタだけは山ほどできた。これから磨きをかける段階だ。
ぼちぼちCDもつくらなければ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「シャイロックの子供たち」池井戸潤・文春文庫。サラリーマン小説としてもミステリーとしても非常に面白くて、途中の仕掛けには見事だまされもして、しかし、内容自体がどうにもやりきれないものばかりで、直木賞作家となったこの人の小説は読み終えるといつもぐったりしてしまう。
2011.07.28
朝からひっじょーに蒸し暑い。蒸し暑くて蒸し暑くて、発狂しそうだ。
この発狂しそうな東京に、本日、弟が新潟から日帰り出張である。
オレんちに泊まればいいものを、翌日も仕事だもんで、今日中に帰らないといけないらしい。お互い、大変だ。
そんなわけで会う予定はなかったが、夕方、弟から「じゃあ、帰るわ」というメールが来たとき、オレはタイミングよく月島にいたのである。
おお、有楽町線で二駅乗れば東京駅に行けるではないか。よし、見送ってやろう。
そう思ってオレは急遽東京駅に駆けつけ、途中で帰りの手土産も買い、新幹線の発車5分前に東京駅のホームで弟に会うことができたのであった。
先月も実家で会ってるし、普段からよく連絡を取り合っているので特に感慨があるわけではないが、それでもこうして兄弟で東京の片隅で一瞬とは言え遭遇するのもそれなりに感じるものがある。
お互い50を過ぎて、東京駅で会って別れるなんて未来を、ガキの頃、一緒に夏休みのラジオ体操をしていたときにはとても考えられなかったよ。
まっこと人生は味わい深いというか、なんというか。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」
2011.07.27
朝、品川の某雑居ビルで人と待ち合わせていた。
と、エレベーターからぶつぶつ言いながらじいさんが降りてきた。開襟シャツに野球帽で、休日の平和島競艇にいるじいさんそのまんまの風体である。
このじいさんが、ビルの案内板を見ながら「ねえなあ、どうしてねえんだろう、おかしいなあ」とつぶやいている。
あっ、面倒だなあ、と思った瞬間、案の定、野球帽じいさんがオレの方をちらっと見て「ホニャララって会社に来たんだけど、このビルにはないのかなあ」と、オレに聞くような、独り言のような、絶妙な言葉を発したのだった。
しょうがなくオレは案内板を見て、ああ、そういう会社はないみたいだねえ、と答える。
野球帽じいさんは「やっぱりねえか、そうか、困ったなあ、しょうがねえなあ」と繰り返す。70歳近い。
その会社に電話してみたら、と言うと「携帯持ってないんだよ」との答え。あああ、面倒くせえ。
何か書類を持って「ないなあ、ないなあ」と言ってたから、ちょっとのぞき込んだら「ハローワーク」の文字。だああああ〜、ハローワークで再就職かよ、そして野球帽かぶってその面接に来て迷ってんのかよ、このじいさん。
んもう、しょうがないっ。ちょっとその書類見せてよ。
「ハローワークで聞いてきたんだけどよ、10時の約束だけど、もう間に合わないよ、いいよもう」とあきらめ顔のじいさんが、書類をオレに見せる。
確かに住所はここで合ってるが、そんな会社はないし、電話番号も書かれていない。
乗りかかった船だ、しょうがない。
オレはスマホでその会社を検索する。電話番号も見つかったので、そのまま相手にかけてやった。しょうがないじゃん、じいさん、携帯持ってないし、電話番号もわかんないっていうんだから。
プルルルーと呼び出し音の後「はーい、ホニャララ株式会社でございます」と、若い女の声。
あ、ども、あの、えーと、ワタクシは通りすがりの者ですが。
「は?」
いえ、お宅様へ面接に来たのに迷っちゃったという野球帽のじいさんが隣にいまして。
「はあ、ははあ」
そのじいさんが携帯も持ってないというから、通りすがりのワタクシがこうして電話している次第でして。
「あ、そうなんですか、ははあ、それはそれは、すいませーん」。
で、じいさん、今チョメチョメビルの前にいるんですが、ここは違うんですか?
「あ、チョメチョメビルは引っ越したんです、すいませーん。今はその近くの歩道橋の前にあるペケペケビルなんです、すいませーん」
ペケペケビル、あ、あれですか、ありましたありました。じいさん、あれだってさ、あそこのビルだって。
「おー、あったあった、あそこだ」と、じいさん。
オレは電話に向かって、見つかったので野球帽のじいさんがこれからそっちに行きますからね、と告げる。
「あー、すいませーん、本当にありがとうございます、すいませーん」と電話の女。
そんなわけでじいさんは面接に遅刻しちゃいましたけど、大目に見てやってくださいねー、と余計なお節介を焼くオレ。
電話の女は笑いながら「ええ、そりゃもう」と太鼓判を押してくれた。
野球帽のじいさんはオレが電話を切る前から「わりーなー、ありがとなー」と言いながらビルに向かって走り出していた。
せっかくハローワークから紹介された先だ、面接うまくいくといいなあ、じいさん。
あー、朝からいいことをすると気持ちいいなあ、とオレは7月の曇天に向かってつぶやいたのであった。
さて次は、昨日発覚したセシウムまみれの培養土問題である。
昨日、鉢に土を入れる段階で息子もヨメもセシウムを吸い込んじゃったようで、まあ、それはしょうがないというか、もう後戻りはできないから、問題はセシウム入りの培養土そのものの扱いである。
放っておけばいいのだが、でも、セシウムたっぷりの土を我が家に置いておくのもナニだし、コメリが回収を始めたと新聞にも出ていたので、これは西友に返すのが一番いいだろうと思い、オレはとりあえず西友のホームページを見てみた。
ところがサイトに出ていたのは牛肉問題だけで、培養土は出ていない。対応が遅いなあ。
しょうがなくオレは培養土を買った地元の店に電話して、これこれこうで培養土を回収していないのかとたずねたところ「まだそういう指示は来ていませんねー」とのことで、要するにこの問題そのものを認識していない様子であった。
そこで詳しく説明したら「そうですか、気になるようでしたら引き取りますよ」という返事で、あれ、ちょっとクレーマーって思われてる? という気もしないではなかったが、まあ、引き取ってくれるというので持って行くことにした。
軍手、マスク姿で鉢に入れた培養土を再び袋に戻し、車にそれを積んでオレは西友の日用品売り場に向かい、レジのおばちゃんに「ピーさんはいらっしゃいます? 培養土の件なんですが」と言ったら、おばちゃん「あー、聞いてます聞いてます、こちらで預かります預かります」。どうもオレが培養土を返しに来るというのはすぐさまフロア中に伝達されたらしい。西友、なかなかスピーディな対応である。
おばちゃんに培養土を返しつつ、別にお金はいいですから、レシートもないですし、と言ったら「いえいえ、お返ししますとも、本当にすみませんねえ」と、おばちゃん、妙に低姿勢でオレに返金するのであった。まあ、260円とは言え、じゃあ、受け取っておくか。
現金を受け取りつつ、横目で売り場をにらんだら、なんとまだその培養土が売られている。だからそれはセシウムの入りの。
だもんで、レジのおばちゃんに「あれ、まだ売ってるよ。早く片付けた方がいいよ。本部にも早く連絡した方がいいよ」とアドバイス。おばちゃん「あらら、本当にそうですねえそうですねえ」と深くうなずくのであった。
そんなわけで、近々西友のホームページに「培養土回収します」というお知らせが出たら、それはオレのアドバイスによるものである。えっへん。ウォルマートには感謝してもらいたいものだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「食品と暮らしの安全」「宝島」
2011.07.26
ぐずぐずと腰を上げなかった息子が、ようやく夏休みの自由研究を始めた。二十日大根の観察日記だ。
培養土と鉢をスーパーで買って、タネはヨメがネットで購入。まったく親がかりもいいところだ。
そのくせなんだかんだと放ったらかしで、てめ、こら、いい加減にしろよ、と脅したらようやく今日土を盛ってタネを埋めた次第。
ところが夜7時のNHKのニュースで「栃木県鹿沼市の業者の培養土からセシウム検出」の報道だ。
おろろ、鹿沼市培養土? もしやと思って、半分ほど土が残っている培養土の袋を見たら、ビンゴ! 鹿沼市の業者の培養土だった。買った先は西友。
つーことは、これはセシウムたっぷりの培養土で、埋める作業をしながら息子とヨメはいろいろと吸い込んでしっかりと内部被曝してしまったということか。やれやれ。
全身にも浴びただろうから、とにかくメシ食ったらすぐに風呂に入れと命じる。
まあ、確かに落ち葉やなんやらをかきあつめて培養土にしちゃったら、放射能もたっぷりだわなあ。そこに考えが至らず、生産地も確かめずに買ってしまったオレの責任だ。くそっ、家族を被爆させてしまったではないか。
まあ、しかし、要するにこれがこれからの日本の生活の現実というわけで、何に手を出しても少しずつ被爆することになっていく。
たぶん我が家では二度と栃木県鹿沼市の培養土は買わない。これと同じように肉を買わない、野菜を買わない、牛乳を買わない、果物を買わない、と日本中がなっていくわけだ。
今年の秋の米はどうなるんだろうなあ。
もう日本人はこの放射能禍からは逃げられませんな。風の谷のナウシカたちのように、腐海からの毒に少しずつ侵されながら生きていくしかありませんな。
ナウシカの映画の中で「それが腐海の縁に生きるものたちの宿命だと」とナウシカがつぶやくが、我々も「それが日本人の宿命だと」とつぶやかなくてはならないのだ。
せっかく作ったプランターがダメになって、ついでに被爆までしちゃった息子は泣きじゃくっていたが、アホだなあ、自由研究をしていたら被爆してしまったなんていう体験は格好のネタではないか。今まではあり得なかったし、今こそ社会問題の指摘につながるし。
むしろ、こりゃラッキーと思ってもいいのだと息子を諭す。
ついでに、風の谷のナウシコJAPAN、という新しいギャグを披露したら、ちょっとだけ家族に受けた。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」「サッカーダイジェスト」「チヨ子」宮部みゆき・光文社文庫。単行本未収録の短編ばかりを集めた文庫本。読み始めたら、うーむ、乃波アサじゃねえの? と何度も首をひねってしまった。若書きも多いようで、満足度低い。やっぱり宮部みゆきの短編は、時代物に尽きる。
2011.07.25
朝から原稿やって午後はなかなか進まない編曲をちょっとやって、夜は客呑みなので有楽町まで出かけた。
有楽町、客引きが多い。どの店も大変なのだろうなあ。
早めに到着したので、久しぶりに「松惣」に行き、一人でカウンターに座って生ビール。アジフライとツナサラダを食ったのだった。
帰りは有楽町線。11時過ぎの有楽町線なのにゆったり座れて、池袋で乗り換えた西武戦の急行も、いつもならぎゅうぎゅうのラッシュが当然なのにゆるゆる状態。
学生たちが夏休みに入って世の中の人が減っているということか。それとも不景気に節電で早く家に帰る人ばかりということなのか。
まあ、どっちにしろゆったり帰れてよかったよ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」
2011.07.24
日ノ出町のイオンモールのツタヤで見つけたCDがこれ、「空を走る風のように、海を渡る波のように」だ。
西海孝って人で、誰じゃそれ。知らん。
ただ曲目を見たら「オールド・ブラック・ジョー」とか「ダニー・ボーイ」とか「アーニー・−ローリー」とか「金髪のジェニー」とか「夢路」とか。
つまりフォスターを中心に、かつて学校で習った懐かしの外国曲のラインナップなのだ。それをアコースティックギター中心のシンプルなアレンジで収録したとある。
なるほどっ、ぽんっ。とオレは膝を打ちましたね。
童謡、唱歌の類を今ふうにアレンジしたCDは山ほどあるけど、フォスターとかの路線はなかった。これは盲点。嬉しいじゃないですか。
大好きだったなあ、「オールド・ブラック・ジョー」。「金髪のジェニー」を聴いたときは感動したなあ。
毛色は違うけどスーザのマーチも大好き。
「おお、スザンナ」もいいですねえ。ナターシャ・バージョンは最高だった。
そんなことを思ってジャケットを眺めていたら、すぐそばで何かの盤を視聴している奥多摩のタコ女と目が合った。
何がタコかというと、この奥多摩女は視聴しているうちに自分の世界に入ったらしく、たぶんJUJUとかそのあたりを聴いていたのだろう、目を閉じて身ををよじって踊り始め、ついには虚空に向かって小さな声で歌い始めたのであった。
ぎょっとしてオレが見やったその瞬間に目が合ってしまい、はっと我に返った奥多摩タコ女は、見るんじゃねーよという鋭い眼光をオレに送ってきたという次第。
いや、別にオレがのぞき見したわけでもなんでもなくて、日曜の午後の明るい店内で目を閉じて身をよじり、小声ではあるが歌っているあんたの方がなんぼか問題ではあるのだがのう。
などということを、オレも一瞬の視線のうちに返し、視殺戦は引き分けに終わったのであった。
それはともかく、まったく知らないアーティストだが、「オールド・ブラック・ジョー」だ。
とりあえず何も音を聴かずジャケ買い。
気になったのは、オリジナルの歌詞を付けた、という点である。えー、オリジナルの歌詞かよ。「オールド・ブラック・ジョー」は、「すーぎしひ〜」と歌う出だしでなきゃだめなんだけどなあ。「ダニー・ボーイ」も「おー、ダニー・ボーイ」でないと。
とりあえず帰りの車の中で聴く。ほほう、案外よいではないか。曲が。いや、アレンジが。
ギターを中心に、えーと、このギターとボーカルのからみは誰かに似ているなあと思ったら、北海道のシンガーソングライターPETAにそっくりだなあなどと、タコツボな豆知識をさりげなくひけらかしつつ、けっこうこういう弾き語りふうは好きなのであった。
懸念されたオリジナルの歌詞であるが、最初はちっとばかし抵抗があったものの、よく聴き、歌詞を読んだら、あれえ、これがすごくいいではないか。
フォスターの「草競馬」がオリジナルの「兎に角走れ」は「メロスが走る ドゥダードゥダー エイトマンが走る ドゥダードゥダー」といろんなものが走るだけのおかしな歌。わははは。
「オールド・ブラック・ジョー」は、「わが影法師」。若き日の自分を振り返りつつ、思い出に寄り添って生きていくというしみじみとした歌だ。
白眉は「アニー・ローリー」を原曲とする「父の言葉」だろう。
「いつしか親父の背丈となり 間もなく親父の年となる」と、亡くなった父に自分の生き方を重ね、そして「自由に生きろと父の笑顔」と最期の姿を思い出す。うーん、この詞は素晴らしいなあ。
これに「アニー・ローリー」の心震わすメロディーが乗るのだから、いやあ、見事であった。かつて海を渡ってきたメロディーに新しく詞を乗せてみるという試みはしっかりと成功だ。
YouTubeでも「父の言葉」はオリジナルが聴ける。状況と精神状態によっては号泣必至。中年男子諸君、心して聴かれよ。
前日に「蛍の光」に「君の心よ、強くなれ」と新しい言葉を乗せて歌い上げる、新沢としひこの曲をライブで聴いたせいもあるかもしれないが、やっぱりエバーグリーンな音楽は心を揺さぶるものだなあと感心した。
夏の終わりから秋にかけて聴くにはぴったりのCDだ。
なお、このCD、アマゾンではなぜか中古しか売られてなくて、しかも3800円だと。オレはツタヤのリアル店舗で2800円。
そのアマゾンでも、アーティストのページがら飛ぶとちゃんと新盤2800円が出てくる。どうなってんだ??
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「酒とつまみ」今回で定期購読終了の報せが同封されていた。季刊だというのに、どうして3号分を発行するのに3年もかかってしまうのか。さっぱり理解できない。引き続き3号分の定期購読を頼まれ、これが1600円。3年で1600円て、どんな雑誌よ。そして本誌を読むと、どうしてこの内容で1冊1年もかかるのか、ますますわからなくなる。はっきりしているのは、ただ飲むためだけに本を作っているということだな。
2011.07.23
朝、息子が妹をいじめていたので、オレは新聞紙を丸めて頭をぽかーんとぶん殴り、こら、オレの娘をいじめるんじゃねえぞ、と怒ってやった。
そうしたら息子は走り去って布団に突っ伏して、「ボクは3年間も我慢してきたんだ」と泣き崩れるのであった。
さささ、さんねんかん? 何が3年間なんだ?
ヨメは「10年の人生で3年も我慢してきたことって何かしら」と、肩を震わせる。泣いてるのかと思ったら笑ってるのであった。
そんな息子と娘を連れてヨメはおじいちゃん、おばあちゃんちに遊びに行った。一方でオレが向かったのは、大井町。ディープだ。10時前にここでいさわしと待ち合わせである。
大井町の改札に立っていると、大勢のお姉さんたちが待ち合わせては数人の塊で歩いて行く。向かっていくのはみな同じ。オレといさわしも、姉さんたちのケツにくっついていくように同じ方向に歩く。
そうである、本日は保育士のお姉さんたちが集まっての子供の歌のフェスティバルなのである。
会場は850人のソールドアウト。
まずオープニングアクトは、鈴木翼と小沢かづとだ。バックが大友剛とは、ちょっとした仕込み。
翼くん、なかなかいいパフォーマンスだ。かづとも、あれれ、最近になってけっこうよくなってきたか。
実はかづとの作る遊び歌は、オレの周囲では評価が高い。シンプルでわかりやすいのが何より。キャラよりも歌が出ているところが素晴らしいと思う。
オープニングが終了して、さて、午前の部は、みつる&リョータだ。
もはや若手とは言えない2人組。ギターは和田君。
みつる&りょーたは、それぞれにキャラの立ち位置がはっきりしていてわかりやすい。りょーたのボーカル、ここへきてまた伸びたね。ずいぶんと磨かれてきた気がする。
やはり継続していることが大切なのだ。
途中、かづとに翼がからんでくる。
気になったのは、しゃべりがかぶりまくっていたこと。ちっとも聴き取れなかった。
ケロポンズの絶妙のトークバランスを、ぜひ。
800人以上の姉さんたちが集団で踊っている中に50過ぎにおじさんが2人。いやあ、思い切り若返りましたなあ。
午前の部が終了して、昼飯。外に出て食うことにする。
なにしろディープ大井町。知ってる店などない。
餃子専門店がよそさうだと思ったが、よく見たらランチが餃子とライスだけとか、カレーライスだけとか、よくわからない品揃えなので、意欲をなくす。結局会場に一番近い焼き肉屋のランチにした。
ハンバーグ1000円、ミートスパゲティ1000円。ちと高いとは思ったが、ディープ大井町だからしょうがない。
ところが注文を取りに来た兄ちゃんが「半額のサービス券はお持ちじゃないですか」と不思議そうな顔で聞く。聞かれたって、こっちは大井町なんて何年ぶりか、という立場だ。そんなものを持っているわけがなかろう。
と思ったら、メシ食って1000円ずつ払って外に出たら、店のすぐ近くに「半額券」が大量にぶら下げられているのではないか。がーん。本日一番のショック。
この半額券をちぎってから店に上がって半額でランチを食うのがお約束だったのか。どうりで、1000円でこれかよと思うメシだったが、半額でも利益が出るようにつくられていると考えれば、しょうがねえなと思えるメシだったのだ。
大変にショッキングな出来事だった。
さて、気を取り直して午後の部。まず、新沢としひこさんである。
ただ単に年を食っているだけでベテランの立場にいるのではないということが、すぐに納得。素晴らしい世界であった。
ステージングが上手いのはもちろんだが、そもそもの作品がやっぱり群を抜いている。こんなにのシンプルな遊び歌なのに、どうしてこんなにも会場が盛り上がるのか。みんな楽しそうなのか。
やっぱりシンプルこそ一番なのだ。
聴かせよう、見せよう、笑わせようとしてはいかんのだ。
エンディングは「虹」。これを歌えば誰でも納得のエンディングで、こういう歌を持っている人は強いなあ。オレとしては、ここに野々歩ちゃんが飛び入りで参加して欲しかったのだがのう。
さて、最後はケロポンズである。
ケロポンズ、さすが貫禄のステージングだった。このステージパフォーマンスは素晴らしい。テンポよく次から次へとネタが飛び出してきて、その間に2人のトークが続く。ネタがメロディだとすれば、トークがオブリガードね。
このトークも決して2人のセリフがかぶらず、早口でしゃべくりまくっているのに全部ちゃんと聞こえるという、やすきよクラスの話芸だ。
パネルシアターは絶品。笑い転げる内容で、子供がこんなのを見たら抱腹絶倒だろうなあ。拍手。
オーディエンスの99%が女性というこの業界で、女性二人組のケロポンズが圧倒的な支持を受けているという奇跡のそのわけがよくわかるステージであった。拍手。
全体の構成としては、フィナーレに出場者全員のシングアウトがあれば締まったと思うが、時間の関係だったかな。
終了後、ロビーでかづとと翼のケツをなでて、ご苦労さんとねぎらう。
新沢さんの新しいCDでも買って帰ろうとか思ったが、売り場は女性の山。ほとんど朝の西武池袋線、女性専用車両状態でここに突入したら痴漢扱いを受けるのは必至の状況だったので、あきらめる。
このCDコーナーを眺めていると、一度手にとって「3000円? たかっ!」と元に戻す人が多かった。こういう状況では2000円も高い。やはり、ちょっと買って帰ろうかなと思うのは1000円が限度だ。
そして誰もがすぐにCDの裏側を見て、曲目を確認する。
そこで全部の曲目が一度ではっきり見えること、ほどよい曲数が入っていることが大事なようだ。
つまり、裏側の曲名表示はでかく、曲数は10曲では少ない、20曲では多い。
とすると、ライブで売るCDは、12曲入り・1000円がホットスポットであるというマーケティングが成り立つ。よし、それを狙おう。
ロビーでうろうろしていたら、サイン会に行く途中のケロポンズに会う。
そしたら、ケロポンズが「あれー」という感じで立ち止まってオレに挨拶してくれた。
一昨年のA-1では打ち上げで一緒に飲み、去年のA-1の打ち上げでは「たんさいぼうに入りたーい」と言ったのをあっさり却下したぐらいだから、オレのことも覚えてくれていたのだろう。
ふふふ、ケロポンズに挨拶されたと、これが本日のオレの一番の自慢。
本当は新沢さんにも挨拶したかったが、忙しそうだったのでパス。
4時過ぎに会場を後にしたオレといさわしは、ディープ大井町で反省会をかねてビールを飲むことにしたのだった。
さすがディープ大井町は、ろくでなしの町である。バラックのような飲みが続く横町で、早くもろくでなしどもが飲んで顔を赤くしていた。
その中を、さて、どの店にしようかと歩いて見つけたのが、中華食堂。昭和のまんまの中華食堂。
安っぽいテーブルに座って瓶ビールに餃子。この餃子がやたらと旨くて感動ものであった。
隣の席ではカップルが600円のラーメンを食っていて、これが実に旨そうに見えたのだが、しかし、5時前にラーメンというのは中途半端すぎる。ともかく別の店に行くことにして、我々はろくでなしのディープ大井町に飛び出したのである。
そして漂流30分。まるでまともな店は見つからなかった。
「宮美」という汚いのれんの店があって、とても入る気にならず、「やすこ」という店にはやすこママがいるようで恐ろしくて入れず、「まさみ」という店にはまさみママが、という状況が延々と続いてディープすぎるのであった。
そんなふうにディープな大井町にすっかりやられてしまってへろへろになって駅前に戻ったら、なにやら演説のスピーカーが聞こえる。どうも「キムラケンゴです」と言ってるようだ。
どれどれと近寄ってみたら、おお、なんと本当にプロレスの木村健悟が演説していた。前に一度立候補してたものなあ。
もちろんオレは大喜びで近寄って、右手を差し出し、握手してもらったのだった。
ふふふ、木村健悟と握手。これがケロポンズの挨拶に続く、今日2番目の自慢なのだった。
なんといっても木村健悟である。時が時なら、天下の木村健悟である。オレも遊び歌にレッグラリアートをくらわしてみせようじゃないかっ。
結局ろくでなしの集まる飲み屋街の中で雰囲気の非常に暗い店のカウンターで軽く日本酒を飲む。7月の大井町なのに、ここは北国の居酒屋でオレたちは旅人か、と思うほど寒い店であった。
最後に、さっき餃子を食った中華食堂のラーメンがあまりに旨そうだったから締めで食う。期待が大きかった分だけ普通のラーメンだったなあ。
こうしてディープ大井町でいさわしと別れ、オレはりんかい線・西武戦と乗り継いで家に帰る。
家では、小学校の花火大会から帰ってきた子供たちが待っていた。
と、隣のオガワさんから「花火やらないかい」との声がかかる。引き続きの花火に子供たちは歓声を上げ、オレはオガワさんに差し入れるビールを手に玄関を出る。こうして夏休み最初の土曜日は過ぎていったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.07.22
新しく頼まれた編曲仕事があって、まあ、特に難しい曲でもないのだが、なぜか脂汗を流すほどアレンジに苦労した。
どうしてなんだろう。
もしやすスランプか、はたまた限界か。
まだまだ鍛え方が足りないなあと反省する。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.07.21
この春、えーと、ちょうど震災をはさむような形で仕事した本『劇あそび脚本ベストコレクション』がナツメ社より発売されました。拍手〜。
幼稚園、保育園での劇あそび用にいろんなお話の脚本や舞台づくりが解説された本で、曲も40曲ほどCDと共に収録されており、その40曲のアレンジと録音、ミックスを私がやったのであります。ぱんぱかぱーん。
もちろんアマゾンでも買えます。
さあ、皆さん、どんどん買いましょう。
でも、印税方式じゃないからいくら売れてもオレにはちっとも入ってこないのであった。とほほほ。
と、とりあえず宣伝を終えて、さて、仕事。
とは思うのだが、夏休みで子供がずっと家にいるから、しかもだらだらごろごろしているから、どうもこっちも日曜日のような気分になっちゃって、なかなか仕事に手が着かない。
いかんなあ、困ったものだ。
と、子供のせいにしてさぼる私。反省しつつも、なかなか気分が乗らないのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「サッカーマガジン」「サッカーダイジェスト」どちらも、なでしこ特集の臨時増刊号。読み比べてみたら、マガジンの圧勝であった。「週刊文春」「週刊新潮」こちらは新潮の圧勝であった。
2011.07.20
「その者、青き衣を纏いて 金色の野に降り立つべし」。
そうである、あの『風の谷のナウシカ』がついにこの世に降臨したのである!
ネットの住人は大騒ぎ。もちろんオレも住人ではないが大騒ぎ。iPadの写真をヨメに見せて、ナウシカ降臨だぞっと騒いだら、ヨメも大騒ぎ。
た、た、確かにこれはナウシカではないか。澤っ。
すると、アメリカは腐海か。ワンバックや、あの根性悪の13番は王蟲だったのかっ。
そういや先日読んだ副島髟Fの本で、原発以降の日本のことを「これからの我々は風の谷に住むのだ。ナウシカのように、腐海からの毒に少しずつ侵され、命を傷つけられながらも、穏やかに肩を寄せ合って笑いながら生きていくのだ」と語っていた。
この考え方自体、オレも全面的に同意なのだが、その象徴として姫姉さまであるナウシカが澤の姿を借りて降臨するとは、想像もしなかった。
なるほど、クシャナ姫たち隣国の者どもが感動してナウシカにひれ伏したように、世界中が日本を讃えたのも無理はない。
らんららら、らんらんっ、とナウシカスキャットを歌いながら、オレは姫姉さまにひれ伏すのであった。
もっとも一番ひれ伏したいのが、これ。PK後の宮間社長である。
2番手として遠藤のようにへなちょこPKを決め、やっぱり遠藤みたいに変なガッツポーズを見せたところだ。
この脱力ぶりは、もはやサッカーの上手な女の子ではなくて、変人のレベルである。そういう視点で宮間という選手を見ると、まさにいろんな伝説というか、逸話が出てくる。
コマちゃんは、試合後に米国のキーパーと談笑している写真が好きだとのことであるが、ユニフォームをめくって脇腹をかきながら大口開けて笑ってるその姿は、どこからどう見てもおっさんである。
もはやワンカップを持っていてもおかしくない。
そんなことから、一部では宮間はおっさんどころか「社長」とまで呼ばれるようになった。それも町工場の社長である。
スーツを着ると、小さくて丸いため、ちんちくりん度はさらにアップし、宮間社長はますます社長になるのであった。
そんな宮間社長が一番やらかしたのが、例の表彰台での変な踊りだろう。なんなんだ、あの猿ダンス。
うちの娘はあのダンスが大好きで、おっ、宮間がいる、と言うとすぐに踊り出すのだった。ネットでも「あのダンスがワールドカップで一番印象に残っている」という声が多数。
ワンカップ飲んで、大事な席でつい踊り出しちゃった宮間社長。
それにしても凡百のワイドショー、ニュースは、どうして宮間社長のあの踊りについて質問しないのか。今YouTubeでそのシーンを見ても、ワールドカップの表彰台でのこのやらかしは空前絶後だろうとあきれかえってしまう。
こんなナウシカや宮間社長たちを統率した佐々木監督だが、オレと同い年とわかってびっくり。
オレがあの連中の前に行って、あー、今日からオレが監督だ、言うことを聞け、と言っても「じゃまだ、おっさん、どけ」と蹴られて終わるように気がする。
そして佐々木監督の選手操縦術について、まさに耳タコ状態で流れてきたのが、オヤジギャグを言って場を和ませる、ということだ。
ああ、これは困った。絶対に真似をする上司が出てくる。
会議の重苦しい席でわさとニコニコと笑いながらつまらんギャグを言うヤツが出てくる。OLに注意すべきところ、まずギャグを言ってコミュニケーションしようとするヤツが絶対に現れる。
節電ジャパンは、おかげで相当に暑苦しいことになるのではなかろうか。
暑苦しいと言えば突然思い出したが、魚せいのオヤジが朝起きたらたまたまPK戦のシーンだったらしくて、そのとき見た様子を「そのボールを止めたんだよ、すげえんだよ、あいつ」とオレに話して聞かせるのは相当に暑苦しかった。
「片足でよー、えーと、なんつったっけ、あいつ、ほら」キーパーだろ。「おお、それそれ、キーパー。あんなの止めるキーパー、いねえよな」…いっぱいいるって。
まあ、いいや、それは。
そんなわけで今日もなでしこネタだったわけだが、そこに仰天ネタが飛び込んできた。
なんと20日夜に、帰国後の超多忙の中をぬって熊谷ちゃんが合コンに出て、その様子がツイッターで逐次報告されてしまったという事件だ。
あの状況で、寝て休むよりも合コンに出て飲む方を選んだという熊谷の男らしさにもびっくりだが、もっと驚くべきは酒の勢いをかりた熊谷の発言の数々。「監督はこのままじゃダメ」とか「なでしこの上下関係の腹黒さはハンパない」とか「若くて可愛い岩淵はハンパなくいびられた」とか「宮間はぶさいくなのに香水つけて試合に出る」とか、まあ、そんな発言が出るわ出るわ。
それらを隣に座った頭の悪い小僧がツイッターしちゃったので、一気にばーっと広がった。
熊谷も、まさか飲みながらしゃべったあれこれがリアルタイムで逐一全国に拡散されているとは夢にも思わなかっただろうなあ。
いや、むしろ隣に座った頭の悪い小僧がツイートしてしまう、その神経がどうにもわからないのだが、どうも状況を見るにこの小僧はツイッターのことを理解せず、友だちにメールするつもりで発信していたようだ。
「次は川澄さんとか鮫島さんとかと飲めるように盛り上げとくから」といったあたりの発言から、それがうかがえる。バカである。
そんなバカにあおられてバカな発言をした熊谷もバカであるが、どうもバカはこっそり熊谷の携帯までいじったらしく、「携帯の中に丸山の上半身裸の写真があるぞ」とまでツイートしている。わははは、救いがたいなあ。
この騒ぎがどうなるか、週刊誌が動いて宮間社長に「あんた、ぶさいくなのに香水つけて試合に出てる、って言われてるけど本当?」とぶつけたりするとなかなか面白いのだが、まあ、オレとしては6月19日に大騒ぎとなったサトウみゅー事件と並んでネット時代の恐ろしさをひしひしと実感するのであった。
熊谷は時の人だから何でもない一般人とは言わないが、とにかく今までだったら流れて消え去ってしまう何でも無い悪口、噂話の一つが、まったく何の根拠もなく一気に拡散してしまうというデジタル社会の本質に、本当にびっくりしてしまうのだ。
エレクトロニクスの時代から、やがて間もなくスピントロニクスの時代が始まる。
どういう理屈なのか、どうしてもオレの頭では理解できなかったが、スピントロニクスの時代には容量が無制限のハードディスクができるのだという。これは理論的にはもう完成しているそうだ。
容量が無制限のハードディスクって、なんじゃそれ。
Googleがすべての情報を整理すると宣言したのはそういう時代を見越してのことだったか。あらゆる行動、発言、思考が無制限に記録され、拡散される時代がもうすぐそこにやってきている。
熊谷事件は、そんな時代の先駆けとなるエポックメイクな事件なのだ、なんていうことはまったくない。
要はバカな男との合コンは気をつけましょうね、という教訓である。
しかし合コンの席に金メダルを持って行くという神経が、熊谷ちゃん、オレにはどうしてもわからんなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「FLASH」
2011.07.19
本日もなでしこで大騒ぎである。
やっぱりエコノミークラスでドイツから帰ってきたらしいが、疲れているはずなのに朝から晩までテレビに出突っ張り。出たら出たで同じ質問の繰り返しに、澤は同点ゴールをどこで蹴ったのかを再現させられてばかり。
いい加減うんざりするであろうに、監督以下、ちっとも嫌な顔をせず、ニコニコとテレビに出続けている。
昼はバイトで働きながらそれでもサッカーを続けてきた経験から、どんな状況に対してもふて腐れず「ホテルの2人部屋もちっとも気にならなかった」という。今こそ女子サッカーを広げる好機という認識はもちろんあるだろうが、そういう計算を超えて、好きなサッカーができて、それでテレビに出られて嬉しいという単純な思いが伝わってきて好感が持てる。
ホストみたいな風貌でニュース番組の解説をしている沢登は、かつて代表の日当が一日1万円だったことで「割に合わないから」と代表を辞退した。沢登が画面に出るたびに口汚くののしるのは、そういういきさつがあったからで、ヨメが「本当に嫌いなんだねえ」と呆れるほどだ。
女子の連中はその一日1万円の日当でも大喜びでサッカーしていて、沢登なんかに論評されると本当にむかつくのであった。けっ。
こうして日本中が大騒ぎしているから、ネットでは、ぼちぼち出るだろうと思ったが、やっぱり出た。「なでしこはブスばかり」発言。
たちまちにして「中学生ならともかく大人の言うことじゃねえだろ」「気持ち悪いやつ」と袋だたきだ。わははは、ざまーみれ。
でも、かつて高橋尚子が女性誌などで「何様のつもり?」とさんざん叩かれたように、いずれなでしこたちも叩かれるだろうなあ。高橋尚子だって別に本人は何も悪くなく、ただテレビの要請に応じて出ていただけなのに。かわいそうだったな。
なでしこの女の子たちもそんな目に遭うかもしれないが、でも、今度は大丈夫。コマちゃん以下、男子の応援団がしっかりついている。サッカー好きの、通称サカブタが精神的ブス女の嫉妬からなでしこをガードだ。
それに、今やネットでその頼りがいの大きさから“アニキ”と呼ばれている澤が、そんな程度のバッシングでつぶれるわけもなく、きっと大丈夫だろう。
でも、それにしてももうちょっと休ませてあげてもいいけどな。
朝日新聞夕刊の痛いコラム「素粒子」では、「TSUNAMIやFUKUSHIMAの重苦しさを忘れさせてくれた。新たな世界語NADESHIKO」と、信じられないことが書かれていた。これを目にした福島の人がどれだけ傷つくか、想像もつかないのだろう。
「東北のことは忘れない」と大書して掲げた岩清水。だが朝日新聞はサッカーを見て被災地を忘れたと喜んでいる。まあ、いつものことだけどねえ、痛すぎる。
対してさすが日経新聞が、例によって最も優れた記事を載せていた。
「日本らしさを追究していったら、ガラパゴス化せずにいつの間にか世界標準になっていた。こんな痛快なことがあるだろうか」。
なでしこのサッカーの本質をまとめつつ、鋭くそれを日本経済や産業のありように展開していて、さすがである。
倒されてもすぐに立ち上がり、みんなで肩組んで笑っている。
宮沢賢治にも通じるそんな姿にこそ日本人らしさが現れていて、日本人はやっぱりそこを究めていくしかないということだよなあ。
などとオレは偉そうに書くわけであるが、しかし、そういうオレ自身、顧客に文句ばかり言い、仕事の愚痴をこぼし、愛想笑いの腹の中で呪詛の言葉を吐く。沢登のことをののしっても、それは天からの唾となってオレに落ちてくるのだ。
どんなことにも精一杯、感謝しつつ、立ち上がって頭を下げなければ。
我が身にそんなことを言い聞かせつつ、テレビのなでしこたちの笑顔を見るのであった。
宮間の試合が見たいなあ。10月に西が丘で試合があるようなので、見に行くか。おっと、大リーグに行ってしまう前にダルビッシュも見ておかなくては。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.07.18
やっぱり何度でも繰り返して見ちゃうねえ、なでしこ。
いいチームの、いい試合だったなあ。
菅首相がチャーター便で応援に行こうとして周囲にマジで制止されたり、蓮舫がツイッターで「おめでとう」と言ったら「スポーツ振興のカネを仕分けしたヤツが言うな」「世界で一番はダメではなかったのか」と炎上したり、矢口真里がブログで「子供の頃からサッカーが好きで絶対優勝すると思ってました」と書いたら「子供の頃からアニメが好きで」「子供の頃からゲームが好きで」「子供の頃から漫画が好きで」「子供の頃からフィギアが好きで」と繰り返してきた過去から「絶対に言うと思った」と笑われたり、いろんな小ネタもぼちぼち湧いてきて楽しめる。
そんななでしこ騒動の影に隠れてしまったが、前日にはたんさいぼうの厳しいトレーニングが行われた。今年のA-1に向けての戦いの始まりである。
「オヤジワクを狙おう」「締め切り直前に出した方がいい」というちっちぇー話に終始するのが、たんさいぼうらしいところだ。
もちろん用意したネタは、ばっちり。子供歌業界の凡百の歌どもを蹴散らす、最高の出来だ。あとは練習さえすれば、ってその練習をするために集まったのだが、まあ、細かいことはどうでもよい。
終了後、伊達君は所用で帰ったが、井澤君はオレの家族と一緒に、石神井公園最低の居酒屋・はなの舞へ。はなの舞では生ビールキャンペーンをやっていて、生ビール一杯ごとにスピードくじが発行される。
当然のことながら我が家の子供らは大喜び。目を血走らせてくじを当てようとする。そのため大人は何杯も生ビールをおかわりしなくてはならない。巻き込まれたいさわしは大迷惑である。
おかわりするたびにオレは店員をつかまえては、くじを余計にちょうだいよ、他の店員には内緒にしておくからさ、と軽く恫喝。店員は「内緒ですよ−」と言いながらくじを余計に渡してくれる。まったく子供の目の前で、教育に悪いことこの上ない。
それでも当たりが出ないから子供らは怒ったり泣いたり。罪作りなメーカー協賛キャンペーンなのであった。
はなの舞のあと、井澤君とオレはいつもの「たけし」に向かったが、休日とあって予約でいっぱい。最近「たけし」にはまったく入れない。困ったなあ。居酒屋なんてふらっと立ち寄って適当に飲んでさらっと帰るのがいいのだが。
しょうがないから西武線最低の居酒屋・魚せいに行くことにした。
魚せいでは、八海山。旨い日本酒が飲みたくて店を替えたのに、魚せいでは八海山か久保田しかない。時々オヤジが「高清水だってうめえよ」と勧める程度の店である。
八海山を、顔をしかめて飲みつつ「どうして昔はこれが旨く感じたんでしょうねえ」と首をかしげる井澤君に対し、まったくだよねえとうなずくオレであった。旨い日本酒が飲みたいなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.07.17
アメリカの連中にしてみれば「ちっ、つまんねえ試合しちまったぜ」というところだろう。特にあの恐ろしいスピードの13番のふて腐れ方を見れば。
前半で既に4-0の内容であったわけで、そのうちの1つでも入っていれば試合展開はまったく違ったものになって、あっさり3-0で終わっていてもおかしくなかった。
だから取れる時に取っておかないからこういうことになるんだよ、というのは日本代表男子に向けた常套句。まさにそれを地でいったのがアメリカだ。
といいつつ、オレも頭を下げる。なでしこたちよ、ごめんな。
試合前、ピッチに青いユニフォームが並び、君が代が流れたとき、おらあ、涙をこらえられなかっただよ。ワールドカップの決勝に、なんと、本当にジャパンブルーのユニフォームが登場したのだ。その事実だけでオレはもう十分に感動してしまった。
結果はいい。ここに出ただけでもう十分だ。
後半1点取られたときは、ここまでか、よく頑張ったぞ、姉ちゃんたち、とオレは拍手を送ってしまった。
なのに宮間は例の驚異的な無駄走りを見せて、最終ライン近くから駆け上がってゴール前に詰めていたのだ。
そして宮間の短い足が奇跡的にゴールに届いて、ああ、宮間よ、すっかりあきらめたオレが悪かった。
さらに延長後半、信じられないような働きで巨人ワンバックを抑えていた熊谷が、ここしかないというパスを通されて勝ち越されたときは、さすがにこれで終わりだ、よくやったよ、姉ちゃんたちと拍手を送ってしまった。
だからまさか残り3分というところで宮間-澤のホットラインで奇跡のような点が入るとは、オレはほとんど打ちのめされてしまった。
しかし、PK戦である。オレはPK戦が大嫌いで、だいたい見ない。
このPK戦も、アメリカは「あんたが決めないからこんなことになるんだよ」「てめーが下手うったからだろが」という顔で、この不機嫌なデカ女たちにぽこんぽこんとPK決められて負けるんだろうなあと思ってしまった。
ところがPK戦の前の円陣の、あの笑顔だよ。この状況でどうしてみんな楽しそうに笑っていられるんだと、オレは仰天してしまった。この笑顔の円陣シーンは、長く語り継がれる名場面。どんな状況でも肩組んで笑おうよという、日本人への最高のメッセージとなったと思う。
そして1人目のシュートをキーパーが奇跡のセーブではじき、宮間がぽこんと決めて、男の子があこがれの選手を真似するような風情のガッツポーズを見せてくれたところで、ようやくオレはこの試合の勝ちを確信し、なでしこたちよ、すまなかったと頭を下げたのだった。
それにしてもさあ、ジャパンブルーのユニフォームがワールドカップを掲げて飛び跳ねるシーンをリアルタイムで見られる日が来るなんて、まったく夢にも思っていなかったよ。オレはまだ忘我の涙だ。
文句も言わず、倒されてもすぐに立ち上がり、そしてみんなで笑っているこの姉ちゃんたちに、これからの日本人のあり方を教わったような気がする。
3時半に起きた息子は日の丸を手作りして振りながら応援した。熊谷のPKが決まった瞬間は、オレと息子は立ち上がって吠えた。その叫びに目を覚まさせられた娘がもぞもぞと起きてきて、さあ、海の日の朝が来た。
もしかしたら日本人が立ち上がる、その記念の一日になるのではないか。
なでしこに拍手だ。
帰りの飛行機はビジネスクラスを。そして、どうか彼女たちに十分報いるボーナスを。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.07.16
やらなければならない原稿に編曲仕事があるのだが、7月の三連休、子供たちが近所の祭りではとしゃいでいるからどうにも仕事モードにならず、早々に来週まわしに決めたのだった。
それでも今年の夏はいつもほど楽しくない。楽しい気持ちにならない。
フクシマのモンスターのせいもあるし、復興が進まず多くの人が凄まじい生活を強いられていることへの思いもあるし、山口に藤田がいなくなってしまった夏というのもあるし。
光が丘の夏祭りにいってた子供たちが、夕方からは小学校の夏祭りというので再び出かけていった。友だちと待ち合わせである。
しばらく後、オレも校庭に顔を出した。ヨメが所在なげに座り込んでいる。
子供はどこだと聞くと「さあ」という返事。オレもうろうろと校庭を歩き回るが、見つからない。
しょうがねえなあ。これだけわらわらとガキが走り回っていれば、とうてい見つからない。
それでも懲りずにうろうろしていたら、息子と娘をそれぞれに発見。しかしどちらもオレにちらっと目をくれただけで走り去ってしまうのであった。
くそ。もう親がじゃまになってきたらしい。
くそっ。もう一度毒づいて、あー、つまんねー、オレは帰るとヨメに言い置いて一人で校庭を後にする。
ろくでなしのオヤジが行くところは決まっていて、明るいうちから魚せい。途中すれ違ったりさちゃんパパがビデオを手に「娘が盆踊りの太鼓叩くんですよ」と笑う。それはそれは、お疲れ様です。
魚せいのカウンターに座って生ビールをあおりつつ、オレは店のおばちゃんに向かって、けっ、子供らがもうオレなんか相手にしないで遊び回ってるんだよ、けっ、と愚痴をこぼす。
「子供はそれが当たり前なんだよ」と、当たり前の返事をしてくるおばちゃんに、ふんっと返しながらオレは、グビグビとビールを飲んだのだった。
そこに一人でやってきたのが息子。なんでも腹が減ったので祭りを抜けて、一人で魚せいまでやってきたらしい。
子共に相手にされずに飲み屋でふて腐れているオヤジが、その子供に案じられて慰められるという、実に情けない構図になってしまって、オレはますます、ちっ、今年の夏はつまんねえなっと毒づくのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「日刊ゲンダイ」
2011.07.15
取材2。
地上最強の生き物、クマムシが話題である。
体長1ミリ程度の、単なる気持ち悪い虫の一種だが、こいつが実はすごいんだ。マイナス263℃の絶対零度でも生きてるし、真空の宇宙にいても死なない。人間なら即死するレベルの放射能の中でも生きる。
まさに不死身伝説の虫なのだ。
その秘密は、要は仮死状態みたいになってやり過ごすらしい。もっとも仮死状態からよみがえったと思ったらすぐに死んでしまうらしいから、ちょっとよくわからないが。
それでもいろんな研究者が絶対不死身の秘密を研究中だそうで、その成果が人間に応用されたら絶対不死身人間ができるかもしれんな。
放射能を恐れるよりもその実用化を目指した方が、アフター・フクシマの世には効果的ではないか。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「ゴルゴ13」
「サウンド&レコーディング」特集が“私の作曲法”。ちょっと期待したけど、余り面白くなかった。ただyellow Rubatoという人の方法だけちょっと面白そう。それにしてもみーんな今ではiPhoneを持って鼻歌を吹き込んで作曲してるのね。オレはアンドロイドだけど。アンドロイドでふふふーんて歌ってEVERNOTEで転送。クラウド作曲なのだ。/プラグインWAVES特集。高いんですもの、WAVES。プラグインなのに120万円とか。こういう感じで雑誌で特集が組まれるとそろそろバージョンアップか新製品の登場か、というのがお約束。まあいいや、オレはポーランドのPSPで行くぜ。/ユーミンのライブレポートでPA担当のエンジニアが丹後という名前の人でびっくり。親戚か? しかも下の名前が宣彦。要はオレと一字違い。立ち位置は大違い。
「夕映え天使」浅田次郎・新潮文庫。表題の短編は素晴らしい切れ味で、さすが名手・浅田次郎。たっぷりと泣かせてくれる。だがそれ以外の作品が、あれれれ、どうしちゃったのという感じで、うーむ。
2011.07.14
編曲。
3時30分に起きて、本日もなでしこである。
この時間だと、オレみたいに早起きして見るパターンと夜更かししてみるパターンの二つだな。どっちにしてもつらい時間だが、しかーし、なでしこ様たちが体を張られているのだ。泣き言を言ってはならぬぞ。
今朝は鮫ちゃんがよかったねー。
どこかの新聞が書いていたけど「和服を着たような走り」で、えいっという感じでボールを蹴る。
絶対速そうに見えないし、ボールも飛ばないように見えるのだが、実は俊足でボールもちゃんと飛んで(コントロールはイマイチどころかイマサンだが)、そのギャップが楽しい。
相手の大柄の女たちもびっくりしてるんだろうなあ。弱そうなのがこちょこちょ走って、でもいつの間にか中に忍び込んでいて。
今日は相変わらず宮間ちゃんがよかったですな。あのクロスはいつもながらの切れ味です。
でも今日の一番はあれですよ、あれ、3点目のループ。本当にビューティフルゴールでした。やっぱりゴールはループに限る!
ともあれ決勝だから、ワールドカップの決勝だから、たいしたもんだ。拍手。
でも来年の今頃はこんなことも忘れちゃってるんだろうなあ。去年のワールドカップのことなんかすっかり忘れちゃってるわけだし。
時の流れは非情なものよ。って別に非情でもないか。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「フライデー」
2011.07.13
打ち合わせ2、編曲。
確実にファンが増えている「ガリガリ君ナシ味」であるが、その一人であるすどちんに会ったら「プリン味もおいしいですよー」とのことであった。
プリン味? そんなもんがあるのか?
ファミリーマートに寄ってみたら、これのことか? 「ガリガリ君チョコチップ」。
せっかくなので、ナシ味4本とチョコチップ2本を買って帰った。
子供は大喜びで、すぐにでもチョコチップを食べたかったみたいだが、晩ご飯が終わって歯も磨いて後は寝るだけというタイミングだったため、お母さんからNGが出てしまった。
罪なことよのう。オレが。
よっぽど食べたかったのか、娘は夢に見ちゃったらしい。
さて、そのような心あたたまるほのぼのファミリーネタは置いといて、問題なのはジャンルとしてのプロレスの興亡だ。
もはや裏ネタを提供することでしか生きられなくなってしまったプロレス。将来は限りなく暗い。
どうしてこんなことになっちゃったのかなあ。
総合格闘技の登場によるリアルさに負けたとか、テレビがなくなったとか、レスラーのキャラ自体が魅力的でなくなったとか、いろんな理由があってたぶんそのすべてが当たってはいるだろうが、でも、例えばデジタルなアダルトメディアが全盛となっても旧態のストリップが細々と残っているように、プロレスもそのいかがわしい雰囲気をまといながら残ってはいくんだろうな。
オレなんかは、そのいかがわしさがけっこう好きで、今も例えばアドリアン・アドニスのたたずまいなんかを思い出すと深く胸を揺さぶられるのだが。
一体オレは何かを書いているのか、わからなくなってきた。まあ、いいや。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「プロレス大貧民」そのプロレスの裏情報シリーズ。どうでもいい情報にどうでもいい雑誌。全日本も間もなく消滅するのだろう。
2011.07.12
編曲。
隣家のオガワさんは屋根職人であるが、実は一昨年、一度引退した。真夏に屋根に上がって作業するのがしんどくなってきたというのが理由である。
引退してしばらくはぶらぶらしていたが、時間をもてあましてしまったので、健康管理もかねて仕事を始めた。駅前の自転車の管理である。
えーと、要するに駅前に無法駐車する人に注意するおじさんね。
あの仕事をしていると「人の育ちの善し悪しってのはすぐわかるもんだねえ」ということらしい。
その自転車おじさんの仕事も契約切れとなった頃に起きたのが例の大震災。
都内でも多くの家の河原が落ちちゃって、その修復のために一度は引退したオガワさんにも声がかかって、この春に見事に屋根職人として復活したのである。
以来、オガワさんは都内はもちろん、千葉、茨城あたりまで毎日のように屋根の修理に駆け回っているのだった。まさしく復興特需である。
職人はやっぱり現場に出てなんぼ。オガワさんもいきいきしている。
そして以前もそうだったが、屋根に上るという仕事ゆえに、夏は日焼けして真っ黒だ。今も既に真っ黒。
そして、夕方になって現場から帰ってくると家にも上がらずに庭先で旨そうにビールを飲むのであった。その様子を見ていると、とってもうらやましいのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「SPA!」
「ちょいな人々」萩原浩・文春文庫。一時期は面白かったけれど、最近は清水義範に近くなっていて、あんまり面白くない。たいしたことのないアイデアを、小手先だけで、ほーら面白いだろ、と仕上げているからだと思う。
2011.07.11
編曲。
セブンイレブン、いい気分〜の日なのだ。
それはともかく、昨日、土橋一夫くんからこの夏発売のCDのサンプル盤が送られてきた。いつもながら感謝。
今回はなんと4枚も。そのうち3枚が村田和人のリイシューで、1枚がソウルシンガーORITOへのトリビュート盤という豪華なラインナップだ。

左から「GO POP」「太陽の季節」「空を泳ぐ日」「ORITO TRIBUTE」。
村田和人のアルバムは、長らく廃盤状態になっていたものらしい。ようやく土橋君の手によってよみがえったと言うことか。
3枚とも力作。
何よりも素晴らしいのは、最新のインタビューをもとに土橋君が書き起こした長いライナーノートだ。
音楽制作の現場がアナログからデジタルへと移行しつつあった88年、89年頃、たぶん様々な困惑や混乱が満ちていたと思うのだが、その渦中での村田和人の苦悩や迷いというものがリアルに描かれていた。
あれれれ、そんなことまで言ってしまっていいの、というような内容まで書かれていて、それを読みながらCDを聴くと、例えば「GO POP」と「太陽の季節」の間の音楽的違いの背景がよく見えてくる。実際、同じアーティストと思えないほどの音の違いなので、びっくりだ。
村田和人と言えば、オレは「ずーっと夏」というアルバムが大好きなのだが、とにかく夏の湘南の匂いがたまらなく心地よい。
今年も夏合宿は伊豆の網代。そこへの行き帰りの車中で、たっぷりこのCDを聴かせてもらう。
ORITOのトリビュートは、これから聴く。芸達者な面々が演じているようなので、楽しみだ。
二日前に梅雨が明けて、えっと、ということは今年の夏は無茶苦茶長いということではないか。その夏を過ごすのにぴったりのCDたちで、土橋君、いつもありがとう。
日本の音楽業界の第一線を走り続けている土橋君が、同じサークルの後輩であることを、とても誇りに思うよ。
もう一方の雄が、こちらは日本の子供歌業界の最前線で作品を発表し続けているくわも。実際、子供歌業界で「実は桑原永江さんは後輩なんですよ」と言うと、へえーっとびっくりされる。それほどくわもは存在感があるのだ。
本来ならここに世界のカマタことギタリストの鎌田を加えて童研OB三人衆とすべきだったのだが、それだけがちょっと悔しい。
その代わりというわけではないが、たんさいぼうがその一角に立とうと虎視眈々と狙っている。狙っているばかりで、実際は飲んでいるだけというのが情けないが。
「日刊スポーツ」「週刊ポスト」
2011.07.10
昨日、亡くなった山口の夢を見た。
山口とオレが二人で健康診断に行ったという設定だ。
オレは山口に、お前、もう死んでるんだから関係ないじゃん、と言うのだが、山口は「まあ、そう言うなよ」と例の調子で笑って順番待ちの列に並ぶのだった。
しょうもない夢だなあと目覚めて笑ったのだが、ヨメと話しているうちに「もしかしたら山口さんが、健康診断受けろよって言ってくれてるんじゃない」ということになり、ふむ、それもそうかもな、と思ったオレだった。
その山口と大学1年生の7月に初めて飲んだとき(渋谷の駅前のビルにあるサントリーのパブだった)、サッカーの話で盛り上がり「女にサッカーができるかあ」「おー、できるかあ」と意味もなく騒いだ記憶がある。
当時は女がサッカーをやるなんて冗談としか思えなかったのだ。だからもし今日の試合を山口が見ていたら、きっと大騒ぎしただろうなあ。
起きたのは早朝3時。大音響の目覚ましが鳴り響き、息子もしっかり起きたのだった。
そして必要もないのに娘も起きてしまい、お茶を一口飲んだ後「ねるー」といって布団に戻っていった。後に残った息子とオレは未明のテレビの前で絶叫することになったのである。
近来まれに見るガチ勝負。
ワールドカップ決勝トーナメントという一発勝負の大舞台。相手は格上で、一度も勝ったことがない。しかもその相手の本拠地というこれ以上ない完全アウェー。
審判の笛も含めて、これ以上ないガチ勝負の、まさにしびれまくる戦いであった。
いやあ、面白かったなあ。最高の試合だった。
丸山のゴールは、宮間・岩淵・澤と渡ったパスだった。
リプレーを見たら、中盤の底で起点となった宮間が、なぜか丸山のゴールの瞬間にはゴール左前に走り込んでこぼれ球に備えていたのが映っていて、びっくり。
げえええ、宮間ちゃんてば、あの状況でどんだけ走ってそこに詰めていられるわけよ。オレはマジでびっくらこいた。
遠藤の頭脳に長友のスタミナを持っているようである。
その宮間ちゃんは、ビクトリーランの時、泣きじゃくっている永里と手をつないで歩いていた。その様はまさに園児をあやす保母さん。
そうか、宮間ちゃん、何かに似ていると思ったら保母さんだったのね。ああいう顔と体型の保母さんて、そういえば、よくいるものねえ。
途中、澤が相手に股間を蹴り上げられて悶絶。その様子にネットでは「やっぱり澤は男子だった」!と納得の声が飛び交った。女子サッカー最強の男子・澤。MVPだったそうだが、たいしたものである。
オレ的には、お気に入りの宮間ちゃんにMVPをあげたいところだが、この試合に関しては鮫島あやちゃんだな。
あの女の子走りで、よくぞ激しいディフェスができるものだ。
ドイツの大女たちを相手に、するするっと女の子走りで寄っていく読みの的確さと、ひょいとボールをすくい取る技術の確かさ。見事である、あやちゃん。
そのルックスと相まってネットで大人気なのもよくわかる。
さて、次は準決勝。ワールドカップの準決勝、4強だからたいしたものだ。マジで。
でも、彼女たちはたぶんこんな騒ぎになっていいることを知らないのではないか。ドイツの試合後、フィールドに座り込んで、たぶん「ご飯どうする」「あ、あそこ予約取れたよ」「きゃーっ、ラッキー」みたいな女子トークをしている様子がばっちり映っていたし。
そういや日本の勝ちを予想したタコのパウエル二世が、怒り狂ったドイツファンから「パエリアにしてしまえ」と脅迫されているらしいな。
まあよい、次はスウェーデンだ。マジでこいつも強いぞ。
ドイツに勝って何となく達成感を得てしまったような雰囲気を、その女子トークの風情から感じてしまうから、ちょっとやばいような気もするのだが。
問題があるとすれば、そう、一番の問題があるとすれば、解説の女である。NHKの。
あれ、マジでどうにかならんか。ドイツへ連れて行ってしまったから使うしかないのだろうが、NHKのディレクターもしっかりと注意してほしいものである。
実況では途中からほとんどアナウンサーも相手にしなくっていた。相当頭に来たのだろうなあ。
「この状況で負けるわけにはいきませんよ」「ここで一点取られるわけにはいきませんよ」って、それが解説かよ。「相手のかかとが当たったようですね」と、アナウンサーが澤の怪我について振ったら「えー、当たりましたかあ?」。
ほんっとーに耳障りである。とっとと首にしてもらいたいものである。あの解説。
というわけで、次は木曜日の未明3時45分から。もちろんオレは早起きして見るのである。
息子はというと、自分もどうしても見たいから「前の日は6時に寝るから見ていいでしょう、お母さーん」と交渉中なのだった。
さて、健康診断であるが、山口のすすめに従って以前行った池袋のドックを予約しようとしたら既に8月まで一杯だったので、毎年受けている区の健康診断を受けることで決着。9月には受けられるから、まあ、これでいいかなと。
山口も「まあいいよ、それで」と、眉間にしわを寄せつつ言ってくれるだろう。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」
2011.07.09
先日出かけた浅草の仲見世で、息子がベーゴマを買ったのは、こち亀の影響である。息子は両津勘吉を心の底から崇拝しているのだ。
尊敬する両津のようにベーゴマを回したいと思った息子は、しかし、練習はするもののちっともうまくならない。
そこに登場した救世主が、隣のオガワさんなのだった。
60年前、新中野界隈ではベーゴマ名人として鳴らしたというオガワさん。
早速、バケツや雨合羽やらを応用して即席の床をつくってくれ、その上で息子にベーゴマの投げ方や必勝法などを教えてくれたのだった。
小学生男子にとっては夢のような展開であったろう。
まったく隣にオガワさんがいてくれてよかった。
つーか、いまどき、隣のおじさんがベーゴマを教えてくれるなんて、実に恵まれた環境だと、改めて感謝したのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.07.08
原稿。
ジャーナリストの日ガキたかしは、10年ほど前までは地道な取材を積み上げた良質のルポを発表していた。「情報系」とか、今読んでも見事だと思う。
当時はメルマガも無料で、毎週のように送られてくるそれが楽しみだった。
ところがそのメルマガが月額700円に有料化された頃から、明らかに迷走が始まったのである。
週一回の約束のはずが、月に2回しか送られてこないようになる。内容も、以前の著作のコピペだったりする。
そうした手抜きが始まるとともに、自分はいかに金を稼いでいるか、いかに有能か、といった自慢話もひどくなってきた。わざわざ毎月カネを払いながら、そんな自慢話ばかり送られてくるなんて、まったくいい面の皮だよなあと思いつつ、まあ、700円だからいいか、とほったらかしておいた。
しかし、その後も劣化は激しくなるばかり。
去年、7000円も払って主催のセミナーに行ってみたら、同じように自分がどれだけ金儲けしているか、どれだけ大人物か、という自慢話ばかりで、とことん呆れてしまった。
このセミナーをきっかけに、さすがにオレもアホらしくなり、メルマガをストップしてしまった。
亡くなった井上ひさしは、文豪ではあるが、DVの激しい人で、奥さんは常にぼろぼろだったそうである。締め切りが迫ると編集者が奥さんに「すみませんが先生に一発殴られてもらえませんか」と頼んだという、そんな異常な世界が繰り広げられていた。
どんなに文豪として素晴らしくても、こんなのは人間失格であって、作品は評価すれど人物は糾弾しなくてはならない。それなのにジャーナリストでありながらそんな視点はまったく持ち合わせていないようで、日ガキ先生は一度だけ井上ひさしにほめられたことがあるのを、何度も何度も自慢するのであった。
オレは呆れた。
去年の秋頃から先生はツイッターを始めて、これが劣化にさらに拍車をかけて、ほとんど暴走機関車。ちょっとでも気にくわないと「基地外」「韓国ヤクザ」と、およそジャーナリストとは思えない罵詈雑言の嵐。かみつかれたのは有名人、無名人、数知れず。
それに加えて、ツイッターでも自慢話を噴きまくって、「今日の締め切り26本」「懸垂100回」「新刊が早くも5刷」と、いくらなんでもすぐにばれるウソをつく。
新刊が5刷って、書店の店長が新刊しか入ってないとか、発売元に電話したら増刷の予定はないと言ってたとか、そんな証言が続々きてあっけなく否定されるのだが、それに対しては例の恫喝、罵詈雑言、あげくにスルー。
作品と共に人間も壊れていった。
最近は劣化にますます拍車がかかり、リビアに潜入取材と大言壮語しておきながらその間に文京区のコンビニで変装した姿を目撃されていたり、震災直後も「すぐに仙台に入った」と言っておきながらどういうルートで入ったかも説明せず、写真の一枚も示さない。
今では取材なんか行っていないというのが定説である。
先日は天敵としていつもトラブルを起こしているみずほ銀行で、ATMで1000万円を下ろそうとしてできなかったと窓口でもめる(そりゃATMで1000万円は下ろせないよ)。
結局窓口で1000万円を下ろし、それを現金のまま被災地に運んで(!)、困っている企業にぽんと渡してきた(!)と自慢するのである。
「なぜ振込にしないのか」「わざわざ東京で下ろして現地まで運ぶ意味がわからない」「1000万円を黙って受け取る企業がいるはずがない」「贈与税はどうなったのだ」「なんという企業に寄付したのだ」「それほどの美談がどうしてまったく報道されないのだ」と突っ込まれまくっても、例によって罵倒と無視でちっとも答えないのである。
単に本人が劣化するだけなら笑い話で済むが、昨日は「仙台はほぼ復興」と見てきたようなウソをついて「復興なんかしていません」と仙台の住民に反論されると「私は旧市街地のことを言っているのだ。三陸に行って見て来い」と恫喝。
そもそも仙台在住の人に対して「三陸を見て来い」とは、ほとんど宇宙的に破綻しているわけで、さすがにこの発言に対しては許しがたい、害悪である、との声がわき上がっている。
そして今度はとうとう「日赤に寄付をしても2割中抜きされる」(だから現金で1000万円を自分の手で持っていった)と爆弾を落としたのである。
要は日赤は寄付金の2割りをピンハネしている、とジャーナリストとして発言してしまったのだ。もちろんこんな発言が看過されるわけもなく、当の日赤の広報部がツイッターで「そんなことはありません」とすぐさま否定。先生はというと、すっかり無視を決め込んでしまっているのであった。
こんな様相を見ていると、かつて素晴らしい著作を多くものにし、それを読んで感銘したものとしては、とことん哀しくなる。
早く消えて欲しいと祈るのみではあるのだが、しかし、一方では愛憎の揺り返しの激しさ故か、徹底的に落ちてしまえとも思うのだった。メルマガの代金、ぼったくりセミナーの代金を返せよな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「ゴルゴ13」
2011.07.07
取材1。
あまりに蒸し暑くて、取材で出かけても、帰ってくる頃にはぐったりしてとことん疲れ果てているのであった。ああ、情けない。
そんな暑さ故につい忘れそうになっていたが、なんと今日は11回目の結婚記念日なのだった。
まあ、結婚記念日だからって特別なことは何もせず、11年もたっちゃったけどありがとね、これからもよろしくね、と言葉を交わして終わりにしたのは、平穏に日々を送ってきた証拠と言っていいだろう。
娘がお祝いに絵を描いてくれたのが、最高のプレゼントとなったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」「週刊ポスト」
2011.07.06
昨日、後輩のサタケについて「今はどうしているんだろう。フェースブックとかで見つかるかなあ」と書いたが、本当に見つかったのでびっくりした。
検索したらあっさり本人の写真が現れて、こここ、これはどう見てもサタケだ、しかも子供を抱いている、とのけぞる。
すぐさま「ササササ、サタケかっ」とメッセージを送るとすぐに返事が返ってきて「今はカンボジアに暮らしています」ということで、あうーっ、こりゃもう、どこから突っ込めばいいんだあとプチパニックのオレなのであった。
どうも本当にカンボジアで暮らしていて、しかも結婚して子供までいるようで、何が一体どうなってしまっているのか、まったく人生というのは不可思議なものだ。
カンボジアって、どこだっけ。ベトナムとかの近くだっけ。ラオスとかも聞いたことがあるけど、近くなのか。
言葉はクメール語というらしい。サタケは話せるのか、クメール語を。
学生時代に「ボクは神です」とキリストに真っ向からケンカを売っていた男が、今なぜカンボジアでフリーのプログラマーとして生活しているのか。ああ、話が聞きたい。詳しく聞きたい。
よし、今年の年末の漂流はカンボジアに決定だ!
サタケ、カンボジアで発見される! という報せは、すぐにいさわしとだてポンに伝える。二人とも速攻でフェースブックで友だち承認。やはり荻窪と百合ヶ丘で「うひゃーっ」という叫びが上がったのだった。
そのような驚愕の再会を果たしたオレは、昼過ぎ、クルマに乗って隣町のハードオフに行った。ハードオフ、いわゆるリサイクルショップである。
目的はギターだ。
オレがここ10年ほど愛用しているのは、カナダで製作されたラリビーというギターである。40万円もしたんだぞ。
オールドは別として1980年代以降のマーチンにはあまり興味がないオレは、このクセのあるラリビーというギターが大好きなのだ。
音色は、とにかく美しい。特に高音部はベルのようにきれいだ。しかもオレのギターはコア材を使っているから、さらに高音が澄んで響くのである。
そのかわり、迫力がない。力強さがない。
繊細である代償として、強さは持っていないのである。
さらにストラップ用のフックもピックアップもついていない。つまりイスに座って、心静かに美しく爪弾きなさいというギターなのだ。
ステージの上で動きながら遊び歌を伴奏するなんてもってのほかのギターなのである。
そんなわけでライブとかでがちゃがちゃと弾きまくるためのギターが欲しいなあと思っていたのだ。
しかも、持ち運びが楽なのがよろしい。となると、これはもうエレアコしかない。
そしてエレアコときたら音質は期待できないのが世の常人の常。大きな音が出ればそれでいいのだという世界なのだ。
つまり安くて十分。ならばこれは中古品の出番だろう。
というわけで、最近、ぼちぼちと中古のギターを探していたのだ。
そして本日立ち寄った隣町のハードオフで、見つけたのである。ふふふ。
中古ギターどころかジャンクギター。なにしろジャンク品のコーナーに置いてあって「交換・返品不可。音が出るかどうかわかりましぇーん」という扱いだったのだ。6000円。
一応エレアコ。ところが持ってみると、中でガタガタと音がする。ははあ、どうやらピックアップの部分が外れて転がってるな。
ブランドはRumblerという、聞いたことのない製品。メーカーを見れば、あれれれ、モーリスじゃん。ならば安心。
韓国あたりの安いギターは実際につくりかひどくてかなり雑。しかし日本のモーリスとなれば、どんなに安い製品でもきちんと造っているはずだ。これなら安心である。
何よりもよいのは、そのボディカラー。なんとグリーンなのだ。ふふふ、つまり緑色のギターなのである。
これは去年A-1のステージで着たスーパーフライな衣装にぴったり来るではないか。緑色のギターをぶんぶん振り回して、これはステージで目立つなあ。
これでもって6000円。こいつはとんだ掘り出し物だわいというので、オレはギターのネックをぐわしとつかんで、レジへともっていったのだ。
レジの姉ちゃんは「ジャンク品ですけど、いいですか。音が出るか確かめなくていいですか」と念を押す。よいよい、承知の上です、これでよいのです。
「どうやって持って帰りますか」とたずねるので、このまま持って帰りますよーんと答えたら「じゃあ」と、レジシールをぺたっと貼られてしまった。
緑のボディにレジシールを貼られたジャンクのギター(笑)。
ふらっと出かけたと思ったら、そんなものをぶら下げて帰ってきたから、ヨメは軽くのけぞっていた。
さて、早速オレはすべての弦を外して、ボディの中に手を突っ込み、中でガタガタと転がっている部品の修理を始める。音の正体はアンプ用の乾電池だった。
買い置きの新しい電池と入れ替え、動かないようにガムテープで固定する。
引き続き、全体にポリッシュを吹き付けてクロスで汚れを取り、新しい弦に張り替える。
そしてアンプにジャックを差し込んでみたところ、おお、見事にジャジャーンと音が出たではないか。大当たり〜。
こうしてオレはわずか6000円でエレアコを、しかも緑色のエレアコを、手に入れることができたのだった。このギターは、たんさいぼうのライブ用に使うのである。
そして今までのラリビーは、スタジオ等での繊細な演奏用に専念させるのだった。
いやあ、いい買い物ができてよかったなあ。
気分がよくなって、夕方、庭でビールを飲んでいたオガワさんに見せびらかしに行く。
オガワさん「へー、これが6000円ならよかったねえ」と言いながら、オレに発泡酒とつまみのラッキョウを取り分けてくれたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.07.05
原稿。
取材の予定が直前で流れてしまって、とほほほほ。ぼけっと過ごす。
学研から保育雑誌「ピコロ」8月号が発売中。今月は遊び歌が3曲、CDで入っていて、いずれも丹後湯のアレンジ及びレコーディング及びミックスなのだ。
作者は、小沢かづと、浦中こういち、荒巻シャケの若手3人衆。頑張りたまへ、若手諸君。などと上からモノを言うのではなくて、それも正面からガチンコでぶつかるのだった。
というわけではないが、取材が流れてしまったので、新曲を一曲つくる。短いけれど仕掛けのある遊び歌だ。
会計士から今年前半の数字についての連絡があって「去年よりはいいけれど、まだまだ貧乏じゃ。これでは今年もボーナスなしじゃ」という厳しいお言葉。とほほほほ。
世間では景気回復かと思わせるようないいネタがあちらこちらにあるようで、それなのにオレは依然としてとほほほなのであった。
**********
身内が重い病気にかかってから、毎朝、ウォーキングをかねて地元の氏神様にお参りしている。40分から1時間の道のりだ。だいたい4000歩。ちょうどいい運動である。
実家が仏教のなんの宗派かも知らないオレは、まったくの無宗教。それでもごく普通に神社仏閣に祈るのであった。
無宗教で思い出したのだが、大学の後輩のサタケは「私は神を超えている」とキリスト教概論の試験で回答して見事に落とされた男だ。
青山学院はもちろんキリスト教系の大学で、キリスト教概論は必修である。そんな大学に「ボクは神なんて信じませんから」と断言して入学してきたのだから、サタケはとことんアナーキーである。
そのあげくに試験で「私は神を超えている」回答だ。教授もさぞびっくりしたことだろう。
考えてみれば、面白いヤツだったなあ、サタケ。今はどうしているんだろう。フェースブックとかで見つかるかなあ。
「タンゴさん、女は顔ですよ、顔」というのもサタケの持論だった。
人間性だって大事だろと反論するとサタケは「何言ってるんですが。女の人は誰でも人間性はいいに決まってるじゃないですか。だからあとは顔で選べばいいんです」と本気で主張。こういうのも偏見というのか何なのか、とにかくよくわからないやつだったな。
それはともかく、毎朝地元の氏神様にお参りしているオレなのだが、そうしてみるとけっこういろんな人が毎朝お参りしているのに気がつく。たっぷり時間をかけてびっくりするぐらい真剣に拝む人、急ぎ足でもきちんと足を止めて鳥居に向かって一礼し再び足早に立ち去る人と、様々だ。
地元の人々の暮らしに密着している氏神様なのだなあとわかってくる。
ここれでオレは毎朝「家内安全商売繁盛」と100万回唱えるのであった。
霊験あらたかな神社なのだろう、神様はオレの願いを聞き入れてくれて、身内の病気は無事に山を越え、この夏、徐々に回復しているのであった。
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昼のワイドショーでもやっていたが、放射能におびえるママたちの動きが目立っている。いわゆる「放射能ママ」だ。
ちょっと困ったものだとは、思うが。
子供にとって楽しい給食の時間に、自分だけ一人、別に弁当を広げるというのはものすごいストレスだと思う。決して人格形成上、よろしいことだとは思わない。
それを子供に強いる放射能ママがいて、困ったものだ。
気持ちはわからないでもないのだが、子供たちはもうそういう時代を生きていくしかないのだから、ストレス抱えて逃げ回ってもどうしようもないだろうに。
極端に言えば、って別に極端でもないが、これからは誰もが少しずつ被爆しつつ、被爆者としての生き方を受け入れて、折り合いを付けるしかないと思う。
オレも被爆者、子供も被爆者、みんな被爆者。
原発についても、原発は危ないから止めろというのは「自動車は危ないから運転するな」「飛行機は落ちるから乗るな」というのと同じだと思う。危険のリスクを最小化する技術、努力をせよ、と思うわけだ。
よくわからないが放射能にしても、甲状腺ガンが5年、ほかのガンが20年とかだっけ。しかも1000人で5人とかの確率だっけ。そのリスクにおびえるよりは、そのガンを克服する治療法を急いだ方が合理的だと思うのだがなあ。
済んでしまったことはしょーがねーだろ。
と考えるたちのオレだからかもしれないが、「放射能ママ」はどうにも理解できない。線量計持ってあっちだこっちだと測ってはキーッと眉をつり上げて、はあ、ご苦労様である。
と言いつつも、夜、魚せいにいったら「今日はカツオを食え。千葉のカツオだ。ちっとも売れないから食ってくれ」と無理に千葉のカツオを食わされる。
だ、だ、大丈夫かよ。いや、大丈夫じゃないよな。ぼちぼち大型魚にセシウムやらなんやらが取りこまれて蓄積される頃だよな。特に千葉はやばいだろ。
そうおびえつつ、カツオを食って酒を飲んで頭を抱えるオレであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」
2011.07.04
原稿。
店内に低く流れる「喝采」を聴きながら、ちあきなおみフリークのいさわしは「うーん、いいですねえ、素晴らしいですねえ」を連発するのであった。
ここは荻窪の路地裏。
美人ママがいるという噂に加え、週に3日しか営業しないという品薄感があることで、ありがたみが増す一方の酒場・ワカメ雲のカウンターである。
そのカウンターの内側で「お好みでどうぞ」と手作りのお総菜をすすめてくれるママは、これが本当に美人でびっくり。そしてカウンターのこちら側には、鬱陶しいおっさんの一人客がずらり。
パンダの檻でもあるまいに、そんなに美人が珍しいのか、おっさんたちは。
「美人がいるなら一度は行かなければ」と、飲み屋の女の子評論家のいさわし。それになぜオレが同席したかというと、要はいさわしに「放課後、体育館の裏に来いよ」と恫喝されたからである。
テーマは、21世紀のクイーン、たんさいぼうの活動をどうするか、だ。
ワカメ雲のカウンターで美人ママのすすめる日本酒をいただきながら、それにしても呑んで食って2人で7100円というのは実に安くて、西武線最低の居酒屋・魚せいとは雲泥の差、月とすっぽん、天国と地獄なのだが、ともかく酒を飲みながらいさわしとオレはたんさいぼうの今後について話し合ったのだった。
まず芸名であるが、いさわしの名前をピーチク井澤にするというオレの決定に対し、いさわしが異論を唱え「パーチク井澤にして欲しい」とのことであった。ピーでもパーでも、ほんっとーにどうでもいいので、快くパーチク井澤に決定する。
続けて本人不在のところで、伊達君の芸名を伊達せんべいと決める。これから伊達君のことは、せんべいちゃんと呼ぶように。
そしてオレは鬼軍曹の丹後小鉄なのだ。かっこわるいな。やっぱりやめよう。オレだけ本名にしよう。
こんな本当にどうでもいい話を読んでる人がいるとも思えないから、このままだらだらと書き連ねるわけだが、そんなわけでたんさいぼうの今後の活動方針が鋭く話し合われ、当面は秋の名物企画a-1グランプリに向けて全力で準備を始めるのだった。
「ヒマならちゃんとやっといてくださいよ」と、パーチク井澤はオレに向かって言うのだった。
まあ、任せておきたまへ。遊び歌業界に革命を起こしてみせるからな。わっはっはっ。レボリューション。
早速荻窪からの帰りのバスで「どかーんと爆発」という遊び歌を考えた。
「こっそりいたずらしちゃったら、ママに見つかっちゃったよ、ママがどかーんと爆発〜」という一番から始まって「保育園の先生がどかーん」と爆発し「コンビニのおじさんがどかーん」と爆発し、そのうち「富士山がどかーん」と爆発し、さらには「三号機がどかーん」と爆発して終わるという歌だ。終末の歌。
たぶん、小沢かづとが聴いたら「ダメですってば」と激怒するんだろうなあ。ちぇっ。レボリューション不発。
などということを考えていたらバスは終点。今夜も蒸し暑いなあ。
こんなに暑い夜は、これに限る。「ガリガリ君ナシ味」。
そうである、あのガリガリ君に梨味が出たのだ!
FaceBookでアリちゃんが「やばいです」とつぶやいていたのを目にして、早速オレはセブンイレブンまで飛んでいき、ガリガリ君ナシ味を6本ほど仕入れたのだった。1本62円。
家に帰ってかぶりついてみたら、おお、これが噂以上の激ウマっ。
汗っかきの小沢かづとよ、この夏はガリガリ君ナシ味だぞっ。買って帰れば奥さんも喜ぶ。
果物の中でオレは梨が一番好きだから、これは嬉しいなあ。子供も大喜びで食ったのだった。
フェースブックもたまには役立つ。さっそくオレも報告したところ、ウッチーにすどちんが飛びついてきた。すどちんは、夜中に涙を流してガリガリしたほど喜んでいた。
そういや、フェースブックと言えば、いさわしとコマちゃんが友だちになっていたなあ。不思議というか、何の意味もなさそうな友だち承認のような気もするが、まあ、人のことだから見て見ぬふりをしよう。
ともかく今年の夏はガリガリ君ナシ味で決まり。大人買いに走らねば。
なお、娘は当たり棒が出て、大喜び。「取り替えないで、取っておくんだ」と嬉しそうであった。
娘と言えば(息子もだが)、学校からシールをもらってきた。「せつでん!」と書かれたシールだ。
先生に「これをおうちの中に貼りましょう」と言われたのだろう、家中の電気のスイッチに瞬く間にシールを貼られてしまったのである。あろうことか、オレのパソコンの一番目立つところにも「せつでん!」と貼られてしまった。
ああ、鬱陶しい。まったく学校は余計なことを仕込みやがって。
しかも、このシールには「練りまる君」の顔まで描いてある。そうである、察するまでもなく、練馬区のゆるキャラが「練りまる君」なのだった。
いつの間にこんなに不細工なものが決まっていたんだろう。まったく不愉快である。その不愉快なキャラがオレのパソコンの一番目立つところに貼られてしまったわけで、節電どころか不快指数が上がりっぱなしで、まったく練馬区は税金使ってなんという無駄なことをやらかすんだろう。
ゆるキャラと言えば、オレの実家だ。
去年、不意打ちのようにその着ぐるみを目撃したオレは、あまりの衝撃にイチコロでダウンよ〜なのだった。
その名を「やらにゃん」と言う。
大方の人にとってはどうということのない名前だが、オレの地元ではこれは大変に脱力もののネーミングなのだった。方言がらみで。
市内の循環バスが「のれんす号」という名称だったり、どうもいつの頃からかオレの実家のあたりでは何かが吹っ切れてしまったのかもしれないという気がしている。
まあ、実家を出てしまったオレが口を出すのもなんだが。
えーと、話がずいぶん飛んでしまって、でも、どうせ誰もこんな日記読んでないから別にいいのだけど、どこまで話が戻ればいいのかな。せつでんシールじゃなくてガリガリ君でもなくて、そうだそうだ、どかーんと爆発のあたりか。
つまりは、要するに、結局のところ、これから新しい歌をいっぱいつくって「たんさいぼう」は本格的に活動することにしたのだった。
これに伴い、今までの丹後湯の童研CD制作は終了。おしまい。
もう秋田市、違う、飽きたし、打ち止めなのだった。そうなのだ、それが言いたかったのだ。
くそっ、余計なことをだらだらと書きすぎたおかげで昨日の本「原発事故、放射能、ケンカ対談」について書くには紙面が尽きてしまった。この本は必読である。いくつかのポイントを書かなければと思っているのだが、詳しくはまた今度。
と言いつつ、せっかくだから一つだけ。アメリカの陰謀説だ。
どうもアメリカと原子力業界は、今回の事故を僥倖( ! )として、福島を核廃棄物の処分場及び実験場にしようと考えているようだ。もちろん地震と津波は意図したものではない純然な災害だが、それを契機に黒い思惑が動き始めたのである。
そう仮定すると、いろんなおかしな動きがきちんと説明できる。
なぜクリントンが無理を押して日本への日帰り旅行を強行したか。
なぜ唐突に菅総理がレベル7を世界に向けて宣言し、風評被害をあおったか。
なぜ当初は避難させなかった周辺住民を、突然強制的に避難させて、追い立てたか。
要するに福島はもうダメだと世界に印象づけ、そこを廃棄物処理施設と実験場に転用してしまう腹なのだ。アメリカは。
震災直後に無人の飛行機を原発の真上に飛ばしてもう大丈夫だということをいち早く察したアメリカは、すぐにこの絵図を描き、日本に強引に飲ませるために、クリントンがねじ込みに来たのである。
そのとき、どうやらトモダチ作戦の請求書も持ってきたというから、道理でクリントンが飲み屋のママそっくりの営業笑いだったわけだ。
このアメリカの謀略説は、実に面白い。
アメリカ人って、本気でアジア人のことを、というかアメリカ白人以外を猿だと思っていて、別にアメリカ以外で人が何人死のうと関係ないと思ってるからなあ。
9.11で3000人ばかり死んだことを、さもこの世の終わりのように大仰に騒ぎ立て、その一方で仕返しと称してそれ以上の民間人をぶち殺して正義のような顔をしているのがアメリカ人。
奴らにしてみればフクシマなんてアフガンと同じ辺境の地。別にどうでもいいわけだ。きっと本当にそう思っている。
まったく困ったもんだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.07.03
今日は家族でズージャ、つまりJAZZなのだ。
浅草のジャズバー、HUBが日曜午後のライブをやっているというので(普段は夜だけ)、家族でディキシーランドジャズを聴くために出かけた。
開演は1時20分。
しかし今日は息子の囲碁教室がある。そこでオレと娘が先に行って、後からヨメが息子と合流するという作戦を採ることにした。こういう行動ができるようになったのだから、我が家の子育てもだいぶ楽になってきたよ。
オレは娘を自転車に乗せて駅まで。駅前の自転車置き場において、電車で浅草まで移動だ。
娘と二人で電車に乗るのは、けっこう久しぶりではないか。お父さんは大喜びなのである。
西武線、山手線、上野から銀座線と乗り継ぐ。娘にはパスモを持たせているので、すいすいだ。
娘も電車の中でわがままをいうでもなく、飽きてだだをこねるでもなく、本当に楽になったよ。
田原町に到着。暑い。
昼飯を食うことにする。せっかく浅草に来たのだから下町らしい昼飯をと思ったが、小学2年生の子連れなのだからと、ジョナサンに入った。ファミリーレストランとは、こういうためにあるのだなと改めて納得。
腹が凄く減っていたので、オレはハンバーグプレートのようなもの、娘は大人メニューのたらこパスタを頼む。
食後、ライブハウスへ。昔よく来たライブハウスだ。
中学生の頃に母親の影響で浴びるようにディキシーランドジャズを聴いて以来、ディキシーは大好きである。先日もイギリスのトラッドジャズと呼ばれる白っぽいディキシーランドジャズの巨匠3人の3枚組CDを手に入れて、喜んでいる。
そのディキシーランドジャズを聴くために、ヨメとよくこのライブハウスに通ったのだった。そこに今度は娘と足を踏み入れたのだから、やっぱり感慨深い。
今日のバンドは、クラリネット、トロンボーン、バンジョー、ベースの小編成。
ところがこれに客席から次々と助っ人が参加。ドラムが入ったり、ボーカルが入ったり。
客が少ないなあと思ったら、半分近くがそういった身内だったのね。
知らない曲がほとんどだったけど、生演奏はやっぱり楽しいのだ。久しぶりに野外の音楽なども聴きたくなった。
途中でヨメと息子が汗をかきながら店に入ってきた。にこにこ顔である。家族でこうやって音楽を聴きに来るっていうのは、なんて素敵なんだろう。
飛び入りの演奏が続く中で驚いたのが、前の席に座っていた酔っ払いのじいさん。ハーパーのボトルを抱えて酔いつぶれているなあと思ったら、なんと尺八の有名な演奏家であった。
そのじいさん、おもむろに尺八を抱えてステージにあがり「んじゃあ、アメージンググレースを」と言って「Gから始まって4度ずつ転調ね−」とバンドに指示を出す。その瞬間のバンドのぎょっとした顔が面白かった。案の定、途中の転調で一度だけ、バンジョーが間違えていた。
でも、凄かったぞ、尺八のジャズ。世界で最も難しい楽器の一つであると言われる尺八。それがこんなふうにジャズと合うとは思ってもいなかった。
じいさんのテーブルの上を見たら、ローランドのレコーダー。しっかり録音していた。やっぱりプロだった。
さて、2つのステージを見たので、、そろそろ帰ることにする。
でも、ここは浅草。ここまで来たら観音様にご挨拶せねば。
というわけで、浅草寺まで足を伸ばす。
無茶苦茶に暑い中、仲見世はいつものように賑わっている。もうすぐほおずき市だ。
グループ連れや浴衣姿の外人も多い。こんな時期なのにたくさん日本に来てくれたんだね。ありがたいなあ。
浅草寺でお参り。
娘に、家内安全、商売繁盛と10万回言えと命じたら「そんなに言えないよー」と眉を下げたので、じゃあ、言えるだけでいいから、と緩める。
後でヨメが娘に「ちゃんと言った?」と聞いたら「かなり安全、商売繁盛って言った」とのことだったので、大笑いなのだった。
その帰り、仲見世で息子はベーゴマを買い、娘は猫のぬいぐるみを買った。7月。大震災の年のこの夏の浅草の一日を、たぶんオレはきっと忘れないなあ。
再び電車を乗り継いで帰る。
息子も娘もおとなしく電車に乗って、本当に遠出も楽になったものだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「原発事故、放射能、ケンカ対談」副島髟F・武田邦彦。幻冬舎。朝新聞広告で見てすぐにアマゾンに頼み、夕方に到着。いったん寝て、深夜2時に起きて4時まで読んで読了。いろいろと語るべきことが多いので、この本のことは明日。基本的にすべての人たちに読んでもらいたい内容だと思う。
2011.07.02
原稿の予定だったのにメールの指示が来てなかったから、こりゃ来週回しだなと判断して仕事なしの日。
オレの生まれ育った田舎町には、ぼろい映画館があった。
普段は閉まっていて、夏休みや冬休みなどガキどもの来場が見込めるシーズンだけ、半年遅れの怪獣映画などを上映していた。
そんなときには下校路にポスターが張り出され、時々、何を考えたか三流ポルノ映画のポスターも一緒に張り出され、昭和40年代前半の無垢な田舎町の少年たちをパニックに陥れたりしていたのである。
この映画館は子供心にもうさんくさかった。あるとき、弟といつものように半年遅れの怪獣映画を見に行ったのだが、入り口でカネを払ったのにお釣りを渡されなかったことがある。
窓口の大人は「これを次に持ってくればいいから」と言って半券を押しつけて、しっしっと背中を押したのだった。
そのことを、家に帰って親に告げたら、両親がちらりと意味深く視線を交わしたのを覚えている。「やっぱりな」というニュアンスのその視線は、町の大人たちの間ではぼったくりの悪徳映画館として既に要注意の存在になっていたことを示していたわけだ。
そのぼったくり映画館ではいろんな怪獣映画を見たが、一番強烈に印象に残っているのが、無人島に漂流した人間が化け物キノコにとりつかれてしまう「マタンゴ」という映画だった。
思い切りB級ではあったが、子供心に激しく恐ろしく気味悪い映画であった。
うえーっ、うぎゃーっという悲鳴を上げながらやっとこの映画が終わって、やれやれ、ようやくお目当てのゴジラ映画が始まるぞと思ったら、なんとこのぼったくり映画館は再び悪趣味な「マタンゴ」を上映するのであった。
嫌がらせ以外の何物でもないこの仕打ちに、観客はぐえーっ、またかよー、始まった−、などと悲鳴を上げ、それでもお目当てのゴジラ映画が始まるまでは、と我慢して二度目の「マタンゴ」を見たのだった。
そして、信じられないことに二度目の「マタンゴが」終わったと思ったら、なんと続けて今度は三度目の「マタンゴ」が始まったのである。地獄の責め苦であった。
おかげで松竹映画のオープニング、富士山が赤く染まるあのシーンを見るだけで、今でも映画館に響き渡った、ぎゃあ、また「マタンゴ」だあ、という悲鳴を思い出して、うんざりするほどである。これをトラウマと言うのだな。
今思えば、ガキどもをだまくらかしてカネをせしめたこの映画館は、カネを払ったらとっとと帰りやがれと考えて、繰り返し「マタンゴ」を見せたのだろう。
しかし、雪深き新潟で忍耐力だけは鍛えられた田舎町のガキどもは、そんな苦難にも耐えて、ひたすらゴジラ映画だけを待ち続けたというわけだ。
やっと念願のゴジラ映画を見終わり、疲労困憊、弟とともに家に帰ったオレは、母親に「怪獣映画なんて怖かっただろう」と聞かれて、マタ、マタ、マタンゴが〜とつぶやくのみであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.07.01
取材1、原稿。
新橋といったらサラリーマンの聖地だ。ニュースの街角インタビューで酔っ払ってご機嫌なオヤジが登場するのは、必ず新橋だ。
この新橋にあるゴルフショップに、取材に行った。暑かった。
ゴルフはまったくやらない。かつてはよく誘われたものだが、何度か断っているうちに誘われなくなり、修得する機会を逃してしまった。
もちろんそれでいいのである。
あれは大学2年の体育の授業だった。競技ごとに専修する仕組みになっていて、オレは先輩のタカツチさんの「楽でいいぞう、楽で。ジーパンはいたまま、座って順番が来たら棒を振るだけだ」という口車に乗せられ、山口とともにゴルフを専攻したのだった。
確か火曜日の2時間目。山口と連れだって出たその授業は、ジーパンでの出席こそ許されなかったものの、確かにタカツチさんの言うように非常に楽だった。
ところが、そんな楽な授業で、オレは試験に通らなかったのだ。
ドライバーを5回振って、向こうの網まで3回ボールが届けば合格というアホみたいな試験があって、驚くべきことにオレは何度やっても3回も届かなかったのだ。
結局、出席だけはしていたので落第は逃れたが、アホでもAの授業でオレはタコなBしか取れなかったのである。
星雲の志に燃えて雪深き新潟から上京して東京は青山通りにあるおされな大学に入った丹後青年のつまづきは、このゴルフの授業から始まったのであった。
そのようなあまりに情けないトラウマのせいが、オレはゴルフにまったく関心がないのである。
誰だ、リョウって、アイちゃんブームって、卓球か?
よってゴルフショップに取材しても、オレは何の感動もないのである。もちろん仕事ゆえ、きちんとインタビューはギャラの分しっかり行うのであるが、そもそもインタビュー相手の店長自身が「実はゴルフよりクルマが好き」とカミングアウトするぐらいだから、まあ、仕事と趣味ってのはそういうもんだ。
店内、山のようなゴルフ棒。高いのや安いのや、いろいろあって、何が違うかさっぱりわからん。全部一緒じゃんかよ。
もちろんそんなことはないのであって、ギター屋に行けば1万円から100万円までのギターが並んでいて、どれもまったく同じに見えるが、中身はまったく違うのと、状況は同じなのであった。
よって、オレがゴルフショップで4万円ぐらいのドライバーを見て、こんな棒っきれに4万円も払うヤツの気が知れない、そんなカネがあったらリバーブの新しいプラグインを買った方がよっぽどマシだ、と思っても、それとまったく同じことが楽器屋でも言えるのであった。
それはそれとして、店長に話を聞いたら、わははは、やっぱり思った通りで、土日には銀座から流れてきた中国人が押し寄せて来るんだと。
困ったもんだ、中国人。いや、別に困らないか。
片手に炊飯器、片手にゴルフクラブで国に帰るのか。
中国人と言えば、一緒に行った営業が面白いことを言ってた。その営業担当の会社では、節電でクーラーが抑えられ、地獄の蒸し風呂状態が続いているそうだが「そんなときは、中国人が経営している中華料理屋に行けばいいことがわかりましたよー。なにしろ奴ら、日本の節電なんか関係ないですから、がんがんクーラーかけてますからねー」。
なるほど、確かにそれは言える。
つまり電車のクーラーをゆるくしたり、時間をずらして出勤したりと、我々被災者にして被爆者の日本人ばかりが苦労するんじゃなくて、まずその前に中国人の店のクーラーを止めればいいんじゃないか。
でも、そんなことを言ったらあちこちから怒られそうなので、黙っているのであった。
夜、例によって酔っ払った頭で女子サッカーを見る。
ワールドカップ本番の予選リーグを見事突破だ。
なにしろ「優勝を取りに来ました」と宣言してワールドカップに乗り込んできた、史上初めての連中である。徹底的に応援するのだ。
試合そのものは、取れるときに取っておこうというのを地でいったような内容。沢の1点目が外れていたら案外重苦しい展開になったような気がする。まずはよかった。
それにしてもメキシコって、現場対応力が弱いというか、相手に合わせて対応を変えるということが苦手なのか。こんなんだから、男子も毎回「惜しいんだけどねー」と言われちゃうんだ。
野球で言えば広島みたいなチームだな。
というより、日本がやっぱり強くなったのかも。この流れるようなパスと多彩な攻めが、ドイツ、アメリカ、ブラジルにどう通じるか、早く見てみたいものだ。
それにしても今日の試合は山里の運動量に感心。トップであれだけ体張って動き回ってるんだから、たいしたものだ。
オレがこのチームに入ったら「ちょっと、じゃま!」って怒鳴られそうだなあ。そう言ったら、ヨメが鼻で笑った。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」
2011.06.30
原稿。
今日で一年の半分が終了。早いものだ。
もっとも今年は特別だなあ。3.11なんて、こんなことが起きるとは、まさか想像もしていなかったよ。
その直後には学生時代からつきあってきた藤田が亡くなってしまうしねえ。
1年前には予想もしていなかったような未来がやってきたわけだ。
などと嘆いていてもこの半年の出来事が塗り替えられるわけでもないし、きちっと目線を上げて進むしかないのだ。
それにしても暑い暑い。
午後、床屋に行った帰りに発泡酒を買ってきて、晩飯の時に呑んじゃったよ。最近の発泡酒は、しっかり旨くてなかなかよろしい。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.06.29
取材1、原稿。
焼酎を飲みながらぼけっとテレビを見ていたら、NHKでクイーンの特集をやっていた。
クイーン。そうですか。
イギリス人に「イギリスのバンド、知っとるか」と聞かれて、ビートルズだろと答えたら「へへん、ビートルズ? そんなもんしか知らんとは、日本人はやっぱり田舎もんだな」と鼻で笑いやがった。だから、ああ、クイーンもいるなあと続けたら「おお、クイーン知っとるんか、そうかそうか、おらっちにはクイーンがいるからなあ、わははは、どうだ日本にクイーンはないだろう」と自慢げだった。
オレが初めてクイーンを聴いたのは高校時代の「キラークイーン」だった。正直、ぶっ飛んだな、あれは。メロディーの美しさにアレンジの豪華さ、そして演奏のかっこよさ。今でもあの曲が一番好きだなあ。
焼酎で酔った頭でクイーンの番組を見る。
ロックユーとかチャンピオンとか、改めて聴くとほとんど労働組合の歌だな。って、この瞬間、オレは世界を敵に回したかも。
カップヌードルで使われた歌も含めて、どうもクイーンのメロディーって演歌くさくないか? まあ、いいんだけど。
過去の遺物であるクイーンのことは、まあ、どうでもよくて、大事なのは21世紀のクイーンと呼び声の高い「たんさいぼう」である。
そうである、今年もA-1グランプリの開催が発表され、たんさいぼうは早くもエントリーを決めたのである。
エントリーはいいんだけど、問題は曲が決まってないことである。ネタもないのに完全に出る気でいるところが根拠レスの自信が持ち味のたんさいぼう。つーか、広告屋のいさわしとオレ。
中身なんてプレゼンが通ってから考えればいいよーという思考が染みついているため、既に頭の中ではファイナル出場決定なのであった。
去年はくわもが応援に来てくれた。間抜けなのは安藤君で、日程を一週間間違えていたそうだ。
安藤家にはカレンダーというものがないらしいな。わっはっはっ。
いや、安藤家の事情はどうでもよい。問題はネタだ。きっと、いさわしが何とかしてくれるだろうから、オレは焼酎を飲みながら待っていればいいのだが。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「SPA!」ほんっと、くだらねえなっ、この雑誌っ。
「津波と原発」佐野眞一・講談社。あの佐野眞一が東北に飛んで書いたというから、ただちに読んだわけよ。前半は現地でのルポ。新聞ではわからない、生々しい声が紹介されている。後半は原発の生い立ちについて。日本の社会がどう原発と寄り添ってきたかがよくわかる。なぜ福島という地に原発ができたか。その原発と福島はどう向き合ってきたか。非常に興味深い振り返りだった。その背景にあったのは日本の貧しさ、東北の貧しさ。山陰から福島に漂着した人々の苦難の歴史にはびっくり。
2011.06.28
原稿。
いろんな理由にいろんなわけがあって、要するにモチベーション低下なのだが、丹後湯のアルバム制作は完全にストップしている。
ぼちぼちつまんなくなってきたし、タコツボだし、面白くないし、やめようかなあという気分だ。
やめても誰も困らないのが、タコツボのタコツボたるゆえんであるが。
そんなことはともかくとして、夏らしくなったので久しぶりに高中正義などを聴いてみると、実は高中正義ってすごい音楽家だったのではないか、という気になってきた。
ギターは、テクニック面では超絶ではないが、その表現力というか会話力は一級品。おそらくギターで会話をさせたら世界トップレベルだろう。
それよりも卓越しているのが作曲と編曲で、曲の構成力は図抜けているし、メロディーラインは説得力にあふれている。
オレの学生時代、つまり30年前にはやった「ブルー・ラグーン」は、想像を絶するほどのギターがオーバーダビングされていて、それでいてシンプルにきこえるという絶妙の編曲だ。さすがだな。
この曲を聴くと、夏の田舎の海を思い出す。
学生時代、朝6時に起きて「朝練だ!」とこの曲を練習していたバカ学生のオレは、まあ、青春の浪費そのものの時間を送っていたのだなあ。そんなオレにつきあわせられていた井澤とか伊達とかは、今もオレにつきあわせられていて、お気の毒である。
まあ、そんな話はどうでもよい。
夕方になってもまだ暑いのだが、そんな中、隣のオガワさんが仕事から帰ってきて、ビールを飲んでいた。
一時は屋根職人を引退したオガワさんだったが、震災の復興特需で職人の手が足りなくなり、声がかかって復活したのだった。
やっぱり本職。最近はいきいきしている。
こういう日は、屋根に上がって仕事をしているとさすがにふらふらになるそうで、真っ黒に日焼けして帰ってきては、庭先で旨そうに冷たいビールを呑むのであった。
もちろんオレもそれにつきあう。オガワさんがつまみにラッキョウをくれた。
オレは子供に命令して冷蔵庫から発泡酒とつまみを持ってこさせ、しばしオガワさんと呑むのだった。
もうすぐ今年も前半が終わるなあ。
去年の今頃は何をしていたのだろうと日記を読み返したら、ワールドカップを見ていたのだった。そして明日がPKを外して日本が負ける日なのだった。
あの頃の松井は輝いていたなあ。
そういや昔の日記ということで思い出したのだけれど、3月31日のオレの日記で「福島県の飯舘村についてIAEAが避難の必要を指摘したのに、エダノ君は避難の必要は全くないと断言」と記してある。
おおう、これは証拠だ、証拠。
最も避難しなければならなかった時に政府は「避難の必要がない」と言って住民を被爆させていたことがはっきりした。
これだけでも大問題だな。オレの日記も時には役に立つ。タコツボであるが。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」全国1000ヵ所で放射能を測ったデータ。意外なことに新潟の越後川口サービスエリアが高かったりする。ここのレストランでへぎそばを食べた息子は、それを知ってげげっとのけぞっていた。もっとも隣に並んだ週刊ポストの新聞広告では、線量計がいかに当てにならないか、という記事が出ているらしく、いやあこの両誌のつっつきあいは楽しいなあ。
2011.06.27
打ち合わせ1、原稿。
将棋が好きな息子は、最近めきめきと力を付けてきて、オレなんか三連敗中。
勝つと面白くなるのが勝負事だから、息子はことあるごとに「お父さん将棋しよう」と自慢の将棋盤を持ち出してくるわけだ。
その都度オレは、面倒くせえなあと思いつつ、適当に相手をしている。適当とはいえ、負けると悔しいから、ぼちぼち本気でやったろかと思ったのだが、もしかしたら本気でやっても負けるかもと思い始めている。ううーむ。
既に駆けっこでは完璧に負けている。算数もしかり。将棋でも負けるのか。
もはや勝てるものはわずかであって、こうして父は息子に追い越されてゆくのだ。とほほ。情けなや。
そういや、ふと思い出したのだけれど、オレが20代の半ばの頃、実家の母が突然「普段お前は親のことなんて思い出すこともないのだろう、こっちは毎日お前のことを考えているのに」と口にしたので、びっくりしたことがあった。
その通りです。親のことなんて普段はまったく思い出しません。
ところが親は子供のにことを毎日思っているなんて、まさか、ウソだろ、いなくてせいせいした、ぐらいに思ってるんじゃないの。
そう思ったのだが、いざ自分が親になってみてびっくり。親って本当に子供のことを毎日、いや四六時中考えているんだねえ。
だから自分の子供が家を遠く離れて暮らしていたら、気が気でないのも当たり前だ。いやあ、親になってわかることっていろいろあるんだなあ。
ということは置いといて、そんな息子に悟られてはならないのが、今日がなでしこジャパンのワールドカップ初戦であるということである。
キックオフ10時。こんな時間からサッカーを見始めたら、明らかに寝不足になる。そこでサッカーのことなど何も感じさせないようにして、9時過ぎには寝かしつけたのだった。作戦成功。
さて、こうして始まったなでしこジャパンの初戦である。
試合前に彼女たちが震災の支援をありがとうと世界に向けて横断幕で謝意を述べたのはよかったなあ。女の子たちのこういう姿にはとても感動する。
試合はというと、面白かった。
女子のサッカーって、スピードは足りないけれど、ファールは少ないし根性入れて闘っているから、本当に面白い。
ネットで「かわええ」と大評判のディフェンス、鮫島綾ちゃん、頑張りましたね。髪をちょっと切ってくれると嬉しいのだけれど。
もう一人の「かわええ」組の岩淵真菜ちゃんは、コマちゃんが「異次元でしたね」と言うように、一人で持ち込んで切り裂くその姿が実に頼もしい。日本女子サッカーの最高傑作と評されるにふさわしい選手でした。
その「かわええ」真菜ちゃんが切り裂いて、ニュージーランドのでかい姉ちゃんがたまらずに足を引っかけたおかげで得たフリーキックのチャンスに、見事やってくれました、僕たちの宮間あや様。
オレの一番のお気に入りの選手である。宮間あや様。
全盛期の北沢の走りに遠藤の頭脳と香川の技術を載せたような選手だ。とにかく上手くてミスをしないのには感心する。
最近は試合の読みも鋭くなって、時々ふっと画面から消えるが、そのときは試合を止めていいとき。無駄に相手に寄せることをせず、「ここに出てくるに決まってんのよっ」と止まって待っていると本当にその足元にボールが出てくるんだから、驚きである。
このクレバーさはまさに遠藤並み。このチームは、宮間のチームであることがはっきりした。
そして遠藤が本田を活かせば勝てるように、この試合も宮間が岩淵を動かして、岩淵が得たフリーキックを、まさに遠藤ばりのシュートで宮間が決めたのであった。
やったぜ、あやちゃん。
大阪のヤンママそのままの怖い顔で、それが珍しくゴール後は満面の笑みだったから本当に嬉しかったのだろうなあ。
それにしても気の毒だったのはニュージーランド。冬の南半球からやってきて、ちょこまかとよく走るなでしこたちのサイドチェンジに振り回され、終盤にはもうぼろぼろ。
最初からロングボールのパワープレーを徹底して、体力温存に努めたのに、それもかなわなかったというやられっぷりであった。
好発進のなでしこ。「本気で優勝を取りに来た」と宮間が言うように、ワールドカップの優勝を本気で狙えるなんて、女子とは言えど、最高に興奮するではないか。
こうなれば後は早く宮間と岩淵を男子化させてA代表に入れることだな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「放射能を防ぐ知恵」三五館・今井伸・小若順。雑誌“食品と暮らしの安全”で常々指摘されてきたことの総まとめのような本であるが、3.11後のあるべき暮らしの指針としては非常に優れた一冊であって、多くの人に一読を勧めたい。
2011.06.26
編曲。
というわけで、O157か、ノロか、とにかく激しい下痢と嘔吐で七転八倒のオレは、ほとんど一睡もできない夜を明かしたつもりだったのだが、目が覚めてよく考えたら10時間以上もぐっすり寝ていたようで、まったくのんきなものである。
それでも体調はまだひどく、朝飯はなしであった。
その後、病身にむち打って妻子をクルマに乗せて日ノ出町のイオンモールに行く。ここは広くてけっこう楽しいのだ。
本日の目的は娘の財布を買うことである。
ところが息子がビレッジバンガードっていう変態で有名な本屋でつかまってしまい、ブロック崩しゲームの形をした貯金箱が欲しいと訴えだした。自分はこれからいかに真剣に貯金をするか、全身全霊をかけて訴えるのであるが、しかしそんなのは貯金箱には何の関係もなく、空き缶に貯金しろ、というオレの一言で息子は玉砕するわけだ。
といいつつ、結局息子に甘いオレは買ってしまうわけだが。
昼飯はモールお約束のバイキング。
この日ノ出町のイオンのビュッフェはけっこう楽しい。今日は、冷やし中華にかき氷のビュッフェもあって、子供は大喜びなのだ。
味は、ちょっとナニだったが、まあ、ビュッフェは遊びみたいなものだから味もさることながら楽しさが優先なのだった。それにしても一番はやっぱり南町田のグランベリーモールの中華のバイキングだな。あそこは旨い。
カメラマンのヨシダ氏も断言するように、あそこが一番であろう。つい食い過ぎてしまうのだが。
さて、昼過ぎに買い物を終えて、オレたちは帰ることにした。
と、高速の入り口でECTが通行止めになっている。おろろろろ。見たら先頭でクルマが立ち往生。どうやらカードの期限切れとか、そういう類のトラブルのようだ。
仕方なく一般の入り口に入り、通行券を受け取る。
そして、出口。ついETCのゲートに入りそうになって息子に注意され、すんまっしぇんと謝りつつオレは有人のゲートに入ったのだが、そこにいたのはくたびれたおっさんではなくて、ぴちぴちのお姉さん。
おろろろろろ、最近は料金所の担当も姉ちゃん化が進んでいるのか。民営化、万歳。
ところがETCじゃないと料金って高いのね。行きに比べて帰りが愕然とするほど高かったので愕然としたオレであった。
これではどんなに有人の料金ゲートが姉ちゃん化しようと、ETCのほうがいいに決まっている。
家に帰って、編曲仕事。下痢と嘔吐に苦しめられながら編曲に打ち込むオレであった。
完成したディスクを封筒に入れ、ついでの別の仕事の請求書も書いて、オレは郵便局に行ってくるからと言い残して自転車で出かけて、そして当然のようにその足で魚せいに行き、ビールを飲んで穴子の煮付けを食って帰ってきたのだった。
そして「大丈夫ですか」と案じる妻の前で、うう、ダメだダメだもうダメだ、と七転八倒してみせて、焼酎のお湯割りを呑めば治るかもしれないと言って妻につくらせてさらに呑んだのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「食品の暮らしと安全」魚の缶詰を買うなら今がラストチャンスらしい。大量に買い込まなければ。
2011.06.25
原稿、編曲。
ブラジルだかどこかの予言者が、6月25日の午後8時58分に東京を直下型の大地震が襲うと予言したものだから、子供らがびびっちゃって大変。
とにかくそれまでに風呂に入ってちゃんと身支度をして、何が起きても大丈夫なように準備をするというのだ。
はいはい、そうですか。ならばその前にメシ食って酔っ払いましょう。
ということで家族で向かったのが石神井公園駅前の「はなの舞」。タコな店であるのは知っていたが、娘の希望でしょうがない。
店に入るとレジの前で店員二人がなにやら相談していて、こっちをちらっと見ても「いらっしゃいませ」も何も言わない。急激に腹が立つオレなのであった。
どーせ満員だろうと言うと「いまあ、いっぱいれす」と死んだ魚の目をしたアルバイトがやっと口をきく。「お待たせしました」も「申し訳ありません」も「またぜひお願いします」も何も言わない。
一時期ちょっとまともになったのだが、どうせまた店長が代わったのだろうな。
二度と来るか、こんなタコ店。
と言い置いて、次に向かったのが、どうせ満員では入れないに決まっている「たけし」。
やっぱり満員。「ごめんねー、タンゴさん」と店員が子供たちにあめ玉をくれたのだった。
しょうがない、とて、どこに行くか。
ということで初めて行ったのがUという沖縄料理の店。
可もなく不可もなくだった。
ところが家に帰ってきてから、オレだけ激しい下痢に嘔吐。なななな、なんなんだ、これは。O157か、それともノロか。
症状ではノロっぽいな。
しかし、娘も息子も同じものを食っていて、オレだけこの激しいやられ方はなんなんだ。もっともその逆だったらかえって激しく逆上して救急車騒ぎだったから、まあ、オレでよかったのだが。
結局、一晩中下痢と嘔吐であまり寝られず。沖縄料理か。そうなのかっ。
昼の回転寿司からは考えづらいし。うーむうーむ。
七転八倒の苦しみの中、虚空をにらんでオレは沖縄に激しい憎悪を向けたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.06.24
取材1、打ち合わせ1。
熊谷で39℃って、まだ6月じゃねーか。
練馬は33℃らしいが、環八を越えたこのあたりは確実にそれよりも高い。発狂的な暑さなのだった。
その中をオレはえっちらおっちら、取材に出かけた。目的地は早稲田。
待ち合わせはビルの前の路上。アスファルトが、照り返しが、灼熱が、直射日光が、ついでに放射能が。
そんなわけで地震と放射能がらみの鋭くかつ内密の取材を終え、重大な秘密を暴くことに成功したオレであったが、灼熱の練馬で家へ帰る間にあまりに暑くて忘れてしまったのだった。
家にたどりついて、クーラーの冷気にほっと一息。と思ったら、電話が鳴って別件で急ぎの打ち合わせだと。
ああ、やっと家に帰ってきたというのに、オレはまたこのアスファルトの照り返しの中を15分も歩いて出かけていかなくてはならないのか。
泣きながらもオレは、父ちゃんは男だ、仕事に行くのだ、と這いつくばって出かけたのであった。
そして打ち合わせを終えて帰ってきたオレは、ビール飲まなきゃやってらんねーんだよと、そのまま魚せいに直行。カツオの刺身を食いながらビールをぐびぐびと飲んだのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「サイゾー」
「来なけりゃいいのに」乃波アサ・祥伝社文庫。人の悪意を描くことでは天下一品の乃波アサがOLの人間関係をテーマにしたわけだから、まあ、うんざりするような話のオンパレードなのだった。
2011.06.23
原稿。
へえーっ、こりゃニュースだ、名古屋の栄で0.15マイクロシーベルトが計測されたってさ。
福島の爆発で、要するにこれは日本全土が汚染されたということか。
もっとも、実は浜岡原発や敦賀原発では既に昔から小さな事故が起きていて、それが隠蔽されていただけ、という指摘もあったりして、確かにそれはあるかもなあと納得してしまうあたりが、隠蔽電力会社に囲まれた哀しき日本人。
そんなニュースを見つつ、オレの実家のあたりに珍しく大雨警報が発令されたのを気にしつつ、朝から原稿作業。調子に乗って来週やる予定だった原稿まで片付けてしまい、おかげで来週もヒマなのだ。
夜は珍しく歌舞伎町の寿司屋・すがわらへ。
ぼちぼちつぶれた頃かと思ったらまだあった。慶賀の至りである。
相変わらずの口の悪さと客あしらいのひどさで、よくもこんな店が残っているとは。大将は、65まで店をやって引退する予定だそうである。頑張ってくれ。
土産にたっぷりのいなり寿司を持ち、石神井公園の駅から歩く。暑いなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」
「Flower」前田敦子。やっぱりちゃんと新譜も聴かなければ、と本日のオリコン1位。この人の歌声って誰かによく似てるなあと思って考えたら思い出した、松たか子にそっくりの声と歌い方なのであった。バックトラックが極端に小さく、声が全面に出過ぎるほど出ているミックス。ははあ、たぶんこれは、前田敦子のややウィスパーががった声のところがウリだから、それが引き立つようにミックスしたんだな、とにらむ。曲そのものはシンプルで素直。なかなかに好感の持てる楽曲だった。ただ歌手的にはピンでは物足りないなあ。
2011.06.22
取材2。
朝から暑い。夏至だ。まさに夏の光だ。
あとでニュースで練馬は33度だったと知ったが、ほんと、起きた瞬間から夏の光だった。
その中を山手線で田町。次に、カメラのタカダ氏のエスティマに乗せてもらって、稲城の工事現場。
こっちは暑かった。マジで暑かった。
宅地造成の土木工事の現場で、現場事務所にはクーラーもなく、汗をだらだらと流しながらの取材仕事だ。これからの本格的な夏、炎天下で肉体労働をする人たちの健康は大丈夫なのかと、本気で案じてしまった。
暑いとぐったり疲れる。
5時過ぎにふうやれやれと家に帰ってきて、冷蔵後を見たら、ありゃ、ビールも発泡酒もない。困ったなあ。
ということで、あわてて近くのディスカウトストアまで発泡酒を買いに行った。
沖縄のオリオンビールの発泡酒というものが売ってあって、へえー、珍しいと6本買う。645円。烏龍茶より安い発泡酒。
店を出たら、りさちゃんのママがいて、あららら、どうも、とご挨拶。「私もちょっとビールなどを」といいながら小走りに店の中に入っていったので、考えることはみんな同じなのだった。
家に帰って発泡酒を冷蔵庫に入れ、ともかく汗を流そうと、風呂に入る。まだ明るい。折良く友だちの家から帰ってきた息子も一緒に入り、明るいうちからの風呂はなんてーいい持ちなのだ、こりゃこりゃ。
風呂から上がったら、ヨメと娘が帰ってきてた。
腹が減ったので公共広告機構の真似をしながら「めーしー、めーしー」と叫ぶ。鬱陶しがられる。
我慢しきれず、枝豆と厚揚げとポテトサラダ(今書いて思ったがうちの晩飯ってなんでつまみにぴったりのものばかりなのだろう!)をつまみながら、さっき買った発泡酒を飲む。
旨い。オリオンビールの発泡酒、すげえ旨い。
旨い旨いと調子に乗って3缶も呑んでしまった。
おかげですっかり眠くなってしまい、まあ、世の中、明日できることは今日するなというのが真理だなあ、と言いながら息子と布団に入って寝てしまったのだった。
これから一日がどんどん短くなっていくことを思えば、長い日をじっくり味わうべきであるが、なんももったいないことよ。なーんて思ってもアフター・フェスティバル、後の祭りなのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.06.21
原稿。
四谷大塚の全国一斉共通テストの結果が返ってきた。
息子も娘も、まあ、こんなもんかなあという成績だ。
もっといい点を取れと言いたいところだが、売上が少なくて貯金取り崩し生活を続けている父ちゃんに、そんなことを口にする資格はないのであった。とほほ。
なお、6月25日夜8時58分に、首都圏で大地震が起きるとの情報がある。マジかよ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」
2011.06.20
取材1、原稿。
オレの日記ながら、震災後を読み返すと今にして思えばいろいろと意味深いことが書かれてある。
要は一つ間違うと全人類が被爆するほど、今の何千倍もの放射能が出るような爆発が起きていたかもしれず、あれで済んだのはラッキーであるということだ。
今も最悪は最悪ではあるが、しかし、受け入れがたいというわけではない、というレベルだな。
地元の掲示板などを見ていると母親たちが「大変だ」派と「大丈夫だ」派に分かれ、そこに「関西に引っ越すざます」「関西なんて大陸からもっと危ないものが降ってるんや」などという話も加わって、ヒステリーというかパニックというか。
とにかく騒いだところで元には戻らないのだから、騒ぐのではなくて考えることだな。
オレんちは子供が二人いるが、これからの子供たちは、この状況を受け入れて生きていくしかないのだから、まずはあるがままに受け入れてそれから考えなければ。
オレが子供の頃はソ連で核実験があると「明日は放射能の雨が降るので、気をつけてください。雨に打たれるとハゲになります」と教師に注意されたものだった。
最近でも中国はウィグルあたりでこっそり核実験をやって、その放射能が黄砂に乗って飛んできているという話もある。
そういや、信頼のおけるブログで、使えるガイガーカウンターが紹介されていたが、なんと11万もする。びっくり。
でも買う人はいるだろうなあ。もっと安くなって、いろんな人がいろんなところで計測して、それがネットで瞬時にわかるようになると助かるな。
などとわけのわからないことを並べ立てているが、本日、オレが向かった先は箱崎。
シティエアターミナルで待ち合わせだ。
しょぼい。なんともしょぼい。箱崎。
昔はもっと華やかだった印象があるけど。ここは既に空港、一歩先は海外みたいな、そんな空気感があったような記憶があるが、今やすっかりしょぼくなっちゃって、ほとんど上野の外れの寂れたスーパー状態。わびしいものだった。
取材仕事を終えて駅に戻ってきたら、ちょうど息子の塾の終わる時間。ピックアップして帰る、とヨメにメールして塾の前で息子を待った。
塾の先生に「いつもお世話になってます(おらおら、ちゃんと教えてるんだろな)」と挨拶して、息子をピックアップ。一緒に家まで帰った。
すげえ蒸し暑くて、帰ってすぐメールだけチェックして風呂に飛び込む。やっぱ夏は早風呂に限りますな。
娘は今日から学校のプール。まあ、大仰に騒ぎ立てるつもりはないが、練馬区が大丈夫と言ってるので大丈夫です、というスタンス。せめて、自分とこのプールぐらいは自分で測って欲しいものだが、どうなんだろう。
食卓にはピーマン。好きな野菜だ。久しぶりに食べたような気がするが、ヨメに聞いたら「茨城のピーマンが多くてなかなか買えなかった」とのことだ。
そっか、そりゃあ、しょうがないな。あっち方面の野菜は、やっぱりしばし、口にできないな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」
2011.06.19
ヤマハのマーケティングにやられちゃって、本日、娘のエレクトーン教室の発表会である。
会場は中野区にある野方の区民ホール。小さな会場だ。
娘の曲はディズニーのホール・ニュー・ワールドとか、なんかそんな感じの曲。3人でのアンサンブルで一番難しいパートを担当することになり、本番が近づくにつれて、娘、明らかにナーバスになっていた。
楽器を習うことの最大のメリットは(スポーツも同じだけど)、目標に向かって一生懸命頑張ることの意味を知ることだ。
社会人になってからのおよそどんな仕事も課題と納期がつきまとうわけで、楽器の練習をすると必然的に同じことに向き合うことになる。サボれば本番で恥をかくのは自分だし、頑張って成果を得れば次の目標に向かう気になる。
同じ意味で、仕事の報酬は仕事というのは本質的に正しいのだ。
受験勉強も同様である。課題と納期がこれほど明確に設定されている状況も他にない。
それだもんで、逆説的だけれど、受験に失敗して希望以下の学校にしか入れなかった人間は「自分は頑張れなかった人間なんだ」と思い知って、他人に優しくなる。らしい。
といてうことは東大に入って官僚になった人間は、頑張れなかった人間のことを思いやる気持ちがまったくないから、他人を下に見る。らしい。
おっと、話が飛んだ。娘のエレクトーン教室だ。
タイミング悪く娘の発表会の時間と息子の囲碁教室の時間がかぶってしまった。
それで父ちゃんは、娘とヨメを発表会場に送ったのち、息子を囲碁教室に連れて行き、時間が来たら途中で囲碁教室からピックアップして再び発表会の会場へ急送という大忙しなのだった。中野区は道が狭く走りづらいなあ。ついでに駐車場もなかなかないし。
トップバッターで登場した娘は、緊張しつつもミスなく演奏を終え、やっと笑顔である。生来の音感とリズム感の良さで、まあ、これぐらいの曲は別にどうってことはないはずなのだが、後は場数だな。
もっとも娘の将来の夢は、昔はアイドルで、その次がピアニストで、現在はパティシエだそうだから、まあ、エレクトーンもほどほどでよかろう。つーか、本気になられてバカ高いエレクトーンを買わされることになったりしても困るし。
さて、娘の演奏を見終わったら、とにかく空腹を訴える息子にメシを食わせなくてはならない。
息子の希望は冷やし中華である。暑いからなあ。
野方の商店街にはラーメン屋、中華料理屋がいっぱい並んでいる。たいてい安い。
しかし、そんなにたくさん並んでいる店の中から、なぜこんな店を選んでしまったのだろう。つい飛び込んだ店は、びっくりするような最低店であった。
息子は冷やし中華を頼む。オレは麻婆丼のセットと餃子を頼む。店のオヤジはアルバイトの店員(ワンさんというらしい)とくっちゃべっている。
出てきた料理は、おいこら、なんでセットメニューなのに麻婆丼もラーメンもきっちり一人前なんだよっ。いくらなんでも多すぎる。これでせめて旨ければいいのだが、ちっとも旨くないし。
餃子に至っては、手作りですと自慢のビラが貼ってあったが、手作りでこの味とはどういうことだ、というまずさ。何しろ残してしまったものなあ、餃子。
普通、餃子なんて残すようなものじゃないのに、残したからなあ。どんだけまずいんだよ。
息子は山盛りの冷やし中華を半分残して「もういらない」とぐったり。なにしろこの蒸し暑い中、クーラーも入ってなくて扇風機だけだから、そりゃ息子もぐったりするだろうて。
繰り返すがたくさん軒を並べるラーメン屋の中で、どうしてオレはこの店を選んだしまったのだろう。悔いても遅い、梅雨の谷間の昼飯なのだった。
さて、発表会の終了までだいぶ時間があったので(理不尽にも娘もヨメも最後まで見なくてはならないらしい。他人の子の演奏なんて興味ないし、そんなもん蹴っ飛ばして帰ってしまえと思ったのだが、そうもいかないらしくて、ヤマハ、鬱陶しい)、オレと息子は新宿の東急ハンズに行くことにした。久しぶりだな。
東急ハンズではバラエティグッズをのぞき、息子は組み立てモーターのセットを買った。もっと小さい頃に池袋の東急ハンズに連れて行ったが、おもちゃがなくてつまらなそうにしていたから、息子も東急ハンズをおもしろがるようになったかと成長を実感する。
さすがに東急ハンズに高島屋は、きっちり快適な温度に保たれていて、野方のラーメン屋にやられてしまった体力も少し回復したのだった。
発表会の終了時間に合わせて会場に戻る。ちょうど娘とヨメが会場から出てきたところだった。
娘は、あれれれ、少しうつむき加減の寂しい顔をしている。
発表会の最後に審査の発表があって、娘は金賞も銀賞も取れずがっかりしている、とヨメが教えてくれた。あららら、なんだそうだったのか。
よし、お父さんがモンスターペアレントになってヤマハのタコ審査員に文句言ってやる、などという
ことは口にするわけがなくて、そうかそうか、と娘を抱き上げ、お父さんにとってはお前が一番だったよ、とほめてあげたのだった。
夜、オリンピック予選のサッカー。野方のラーメン屋にやられてしまって、いまだ腹がふくれてうんざり状態のオレは、晩飯いらないや、と嫁に言ってサッカーを見たのだった。
相手、弱すぎ。この調子じゃ最終予選の韓国、オーストラリアには相当厳しいぞ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「地を這う魚」吾妻ひでお・角川文庫。光が丘の書店で買って、レジでそのままでいいですと言ったら店員がシールを貼ろうとした。にらみつけて、貼っちゃダメだろ、と鋭く言う。それにしてももうちょっと面白いかと思った本だったが、ここまでつまらないとは。
2011.06.18
録音。
本日の丹後湯は、レコーディングスタジオ。
うまくスタジオが取れなかったので、代わりにちょっと貸してというお願いがあったのだ。こんなボロスタジオでよければいつでもどうぞ。
というわけで、スタジオ終了。
その後、駅前のツタヤで「時をかける少女」アニメ版を借りてくる、二度目だ。
時々、強烈に見たくなるんだよね、このアニメ。
ストーリーよりも、とにかく全編に流れる7月の空気感が素晴らしい。それはちょうど物語の舞台の高校生活ともちゃんと重なるし、主題の恋愛寸前の青春時代にも重なる。
とにかく背景が神。
7月の青空の、どうしてこんなにあの青がこれけれいに描けるのだろうとうなる。また借りて見ようっと。
夜、わざわざバスに乗って大泉学園駅前にあるそば屋に行く。
新潟で食ったへぎそばにすっかりはまってしまった息子のリクエストにより、隣町にあるへぎそば屋に行ったのだ。いつも二人前をぺろりと食う息子は、この店でも「大箱」「小箱」のうち「大箱」を頼む。店の姉さん「大箱ですと2、3人前ですが大丈夫ですか」と心配顔だ。
平気平気、食うよ。
そう答えたのだが、確かに出てきたそばは結構なボリューム。一人でずずずーっと食い始めた息子も途中でギブアップ。残りをオレが食った。
それでもけっこうな量で、オレは食い過ぎて夜中も苦しい思いをしたのだった。
「おそばを食べ過ぎておなかを壊すというのも、あまり聞かないわねえ」とヨメ。確かに。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」
2011.06.17
取材1、原稿。
そういやずっと思っていたことだが、「文藝春秋」でデーブ・スペクターも指摘しているとおり、今の節電モードには果たして意味はあるのかね。
実際に電力が不足しているならともかく、まだ真夏じゃないし、不足していないなら節電しても意味ねーじゃん、と思うのだが。
駅は暗い。
暗くて困っているのが視覚障害の人たちだという。
駅の照明、自販機の照明を頼りに歩いているのに、よく見えなくなってとても迷惑しているらしい。困ったものだ。
エスカレーターもやたらと停まっているし。
本当に電力不足になったら節電するとして、そうでもないのならまだ節電しなくてもいいと思うんだけどなあ。どうだろ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「フライデー」
「退出ゲーム」初野晴・角川文庫。幼なじみの高校生が主役。理科室から盗まれた薬品の謎とか、部員の勧誘方法とか、どうでもいい謎解きが並ぶ楽しいミステリだ。謎そのものは別にどうでもいいわけで、その他の部分の例えば高校時代という季節の空気感とかがとても気持ちいいのであった。ところが一転、最後の話になると物語は大きく広がり、歴史を超え、国を超えたスケールになっていき、高校ではとても収まらない話になっていく。その展開は見事。
2011.06.16
取材1、原稿。
朝8時前に品川へ行く。
このあたりは新幹線の仕事でよく来るけれど(今日は違うが)、人の流れがすさまじい。
電車を降りてから改札を抜けるまで5分。人が多すぎてホームを歩くことができないのだ。
ようやく改札を出て駅構内を歩くと、今度はまさに大河の流れ。アマゾン川か揚子江か、どんどこ流されるがごとくに進んでいかなくてはならない。
途中、方向転換など到底不可能。距離を計算しながらじりじりと車線変更を繰り返すしかないのだ。
品川駅は明らかにオーバーフローだなあ。
取材仕事を終えて駅前のあおい書店で文庫本を一冊買って帰る。
昼飯は品川駅前の飲み屋ビル。新しい居酒屋がオープンしていてランチをやっていた。
ハンバーグランチを食べながら文庫を読む。海鮮居酒屋ふうなのに、どうしてランチがハンバーグなんだろ。焼き魚とか食いたかった。
電車を乗り継いで石神井公園。
駅前の八重洲ブックセンターで息子と娘の本を買う。この本屋は重宝する。品揃えは貧弱であるが、駅前にはやはり本屋は欠かせないのだ。
家に帰って、さて原稿、と思ったらへんな郵便物が届いていた。
聞いたことのないカード会社から、約款変更のお知らせである。
おらあ、こんな会社のクレジットカードなんて作ったことも使ったこともないぞ。どうなっとんだ。詐欺か。
すぐさまこのカード会社のカスタマーセンターに電話する。出た姉さんに、おら、お宅様のカードに心当たりはねえですだ、何かの間違いではごぜえませんか、と言う。
姉さん「ツタヤさんのカードとなっておりますが」。
んが、ツタヤだったか。使ってる使ってる。さんざん使ってる。
すまぬ、姉さんお呼びカード会社。オレの勘違いであった。
まったく要らぬボケをかましてしまったわい。
そうこうしているうちの娘の帰宅時間になったのだが、なかなか帰ってこない。
ヨメに聞いたら「どうせ道草してるんでしょ」。ええーい、たわけもの、娘に何かあったちらどうするのだ。居場所を調べろ、ココセコムで調べろ、と命じる。
道草であった。
まさみちゃんと一緒に仲良く帰ってきた。近くまで迎えに出たら、そのまさみちゃんのママがいて「包丁男の噂がちょっと心配で」と言う。
おお、そうだった。包丁男。
包丁を持ったおじさんが近所をうろついていたのを小学生が目撃し、その噂がぱーっと広がったのだ。
娘に聞いたら「友だちのうわさになってるよ」とのことで、先生にもちゃんと報告がいってるらしい。
まあ、小学生のことだから何を見たのか、はっきりはしないのだが、でも、一応心配は心配だ。学校はちゃんと対応しているのかなあ。
近所の交番にも言っておこうかと思ったが、実にまったく役に立たない交番として地元では誰も相手にしていないような交番だから、意味ないだろうなあとやめる。目の前でしょっちゅう大きな交通事故が起きているという、何の抑止力にもなっていないような交番だし。
結局、娘には一人で歩かないように、怖いと思った大きな声でとにかく逃げるように、と言い聞かす。
夕方、雨になりそうだったので塾に行く息子をクルマで送る。今日は緑の悪魔どもはいなかった。
夜、西武線最低の居酒屋「魚せい」」に行く。本当は「たけし」に行きたいのだがなあ。
まだ9時むなのに「魚せい」の大将は「客がこねえから」と店じまいしていた。まったくでたらめである。
大将は、奥さんと喧嘩して口もきいてもらえないらしい。その愚痴を延々と聞かされる。
なんで飲みに来て店の大将の愚痴を聞かなくてはならんのだ。まったく最低の店である。
あまりにうるさいので、持っていた「夕刊フジ」をわたし、これでも読めと言ったのだが、そんなものには目もくれずに愚痴を続ける大将なのだった。ああ、鬱陶しいなあ。
そういえば、ストリートビューを見たら「魚せい」の大将がばっちり写っているのを発見して大笑い。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春ー」
「さよならの次にくる<卒業式編>」「さよならの次にくる<新学期編>」似鳥鶏・創元社推理。いいねえ、このシリーズ。新しいキャラも登場してとにかく物語が元気だ。キャラがとてもよく立っている。日常のささいなミステリーがテーマとなるのだが、最後になってそれらすべてが収斂し、一つの大きな悲劇が浮かび上がってくる。この展開は見事。
2011.06.15
原稿。
小学4年生の息子が「クラスの女子はみんな見てるよ」と言うのが月曜9時のドラマ「マルモのおきて」だ。
4月29日に始まった連続ドラマだというのに、えらい人気である。
番組のエンディングに流れる歌も好評なようで、ソニーの音楽サイトを見たらダウンロードランキングでトップ10に入っていた。
番組では、このエンディングが流れる瞬間に最高視聴率を記録するという珍現象も起きているらしい。
小学2年生の娘も、番組は見ていないのに、なぜかこのエンディングのダンスを完璧にマスターしていた。いつの間に覚えたんだろう。
このエンディングの歌は、もしかしたらポニョぐらいのヒットにはなるのではないか。いや、ひょっとしたら「だんご三兄弟」の再来かも。
なかなかに楽しい現象だなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」ジェイムス・ブレイクが大注目! 誰ですかー、それ。ということで不勉強なオレは慌てて読むのだった。
2011.06.14
取材2、原稿。
今日は忙しいぞ。
まず、11時から渋谷で取材だ。道玄坂。相変わらず昼の光に耐えられない、汚い街だなあ。
次の予定が迫っているので1時間きっかりで切り上げて、速攻で飛び出す。
マークシティを通り抜けるが、このあたりは昔の渋谷のほうが好きだったな。
大急ぎで箱崎へ。当初の予定では昼飯など食ってる時間がないと思ったのだが、頑張ったおかげでなんとか昼飯にありつけた。
空腹だと血糖値が下がっちゃって眠くなる。でも、食い過ぎても眠くなる。まっこと昼飯は難しい。
午後のインタビュー。
どうも話がかみ合わない。先方は取材さえしてもらえば何とかなると思っていて、こっちは話さえ聞けば何とかなると思っている。お互いに着地点のイメージを持っていないから、インタビューが踊ってしまうのだな。
こんなことではいかんなあと思いつつ、まあ、先方の満足度は高かったようなので、よしとする。
予想以上に時間がかかってしまい、大急ぎで帰るも、6時近くになってしまう。
留守番していた息子に、仕事だから邪魔すんなよな、と言い置いてすぐに原稿に向かう。
午前の渋谷の取材を、今日中にまとめなければいけないという段取りなのだ。オレのせいじゃなくて、段取りが悪すぎるという話だな。
晩飯も食わずに原稿を書き続けて8時過ぎにようやく書き終える。
ところが一息ついて、はたと思い出す。
今原稿を送った相手は、確か新しいバージョンのWordだとファイルが開けないと言ってたのではなかったか。ああ面倒だ。97でも開ける形式にして送り直す。
マイクロソフトはなんでこんな面倒なことを強いるのだ。
そういや、オレの愛用している音楽制作ソフトのCUBASEも新しいバージョンと古いバージョンの互換性がないというようなことが書いてあったな。ver6で作ったファイルがver5では開けないという。
まあ、オレの場合はファイルでやりとりすることはないからバージョンアップしてもいいんだけど、いまいち気が乗らない。もっと他のソフトも欲しいし。
おっと、話を戻す。8時過ぎに書き終えた原稿を再度メールしなおして、オレは8時半に家を出る。
向かうは石神井公園北口。
そうである、本日はご近所さんになったカナウチおじさんと飲む約束をしているのだった。地元呑みである。
会社帰りのカナウチおじさんと改札で落ち合ったオレは、西武線最強の飲み屋の「たけし」へと案内する。ところが「たけし」タイミングが悪く、貸し切りだった。
時々この店では日本酒の蔵元を招いて「日本酒の会」というのをやっている。客は日本酒愛好家。
運悪く、その日にぶちあたったようだ。
「日本酒の会」には以前も「たけし」に誘われたのだが、こういう集まりが面倒くさいオレはごにょごにょとごまかして避けていた。今日も「次回はぜひタンゴさんも誘いますから」と、たけしに腕を引っ張られた。
オレ、日本酒は大好きだけど別に銘柄はこだわらないし、味もわかんないし、テイスティングなんかしないでがばがば呑んじゃうし、ああ、面倒くさいなあ。
ともかく「たけし」に入れないなら、しょうがない、西武線最低の居酒屋「魚せい」にお連れするしかないだろう。
ということで折良く通りががったタクシーを停めて、カナウチおじさんとともに乗り込んだのだった。
途中、コンビニの前でカナウチおじさんはタクシーを強引に停車させ「ちっと待ってな」と言い置いてATMに行き、1億円ほど下ろしてきた。金持ちは違うなあ。
その後、タクシーは西武線最低の居酒屋「魚せい」へ。
「魚せい」本日もでたらめであった。
何を考えたが、小上がりでは初めて来たというギャル2人が呑んでいる。どう見てもキャバクラ。
大将も2人が帰った後で「ありゃあキャバクラだな」と言ってたが、たぶんもう二度と来ないだろう。わははは、毎度のことだが一見の客を大事にしない最低の接客だ。
日本酒を飲みながらカナウチおじさんとしゃべる。途中、大将が割り込んできて「いまどき久保田を600円で出す店なんてねえぞ」と、1万回は聞いた自慢を始める。うるせえなあ。オレは別にどんな酒でもかまわんのだよ。別に久保田なんて好きでもなんでもねえよ。
そう言うのに人の言葉がちっとも理解できない大将はいつも同じ自慢を繰り返すのであった。
その様子を見てカナウチおじさん「ツボだ、ツボ、オレ的にはツボだ、ぎゃはははは」と笑いこける。どうやら気に入ってくれたらしいので、この人はオレのお客さんで大変にエライ大部長さんだからまた来たら丁重に扱うように、なおその際はオレの飲み代も上乗せして請求するように、とカナウチおじさんに聞こえないように大将に命じる。
話していたら、カナウチおじさんの奥さんの実家とオレのヨメの実家がご近所であることが判明して仰天。今同じ駅に暮らしているのに、ヨメの実家まで同じ駅とは、なんという奇遇。
これはしょっちゅう顔を合わせるわけだから、仲違いすると気まずいですねえ。普段から仲良くしましょう、ということで意見が一致した。
カナウチおじさんには、地元の学校事情、、進学事情を教えてあげる。ちょっと大げさに話してあげたら、びびっていたので面白かった。
ここに割り込んできたのが、常連の塾講師。何が面白いんだか、本当に毎日、この西武線最低の居酒屋にやってくるのだ。
塾講師は商売が商売だけあって進学事情に詳しいらしく、いろいろと話しかける。だがパチンコ好きで、パチンコで損ばかりしている塾講師の言うことなど信用できないから、オレはいつも聞くふりだけして聞いていない。なので、今晩も何を話したのか、さっぱり覚えていない。
そんなわけで12時近くまでカナウチおじさんと友好のひとときを過ごし、オレたちは帰ったのであった。近くの交差点で「じゃあね」と別れたのだが、客先の大部長と地元で一緒というのも、なかなか面白いものである。
「きっとオザキが悔しがるだろう」とカナウチおじさんは言ってた。今度はオザキにコマちゃんも呼んで呑むか。
ああ、それからミヤケさん、ちゃんと伝言は伝えておきましたので。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」
2011.06.13
原稿。
旧聞に属することではあるが、九州新幹線の開業CMがやっぱりよい。
新幹線が走るのに合わせて沿線の人たちがウェーブをするというCMで、YouTubeで見るたび、じーんと胸が熱くなる。日本人はいいなあ。日本はいいなあ。
流れている音楽がこれまたよくて、マイア・ヒラサワという日系スウェーデン人。ウォークマンで時々聴いている。
この日系スウェーデン人は、恋人と仙台に暮らしていたこともあるそうで、来日した際に久しぶりに仙台を訪れようと東北新幹線に乗ったところ、その途中で震災に遭遇したというできすぎたエピソードの持ち主だそうだ。
九州新幹線のCM自体、震災の影響でわずか3日間しか流れなかった。
しかし今はYouTubeでいつでも見られる。
そう教えたら娘は「いい時代だねえ」としみじみ。娘はマイア・ヒラサワの歌が大好きで、YouTubeに合わせて一緒に踊っている。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.06.12
息子が学校の図書館借りてきたのが、石の本。各地のいろんな石をたたき割って中を見せたりしている、地学の本だ。
何にでも感銘を受ける息子は、早速新潟で石を拾うと張り切る。
ついでに石を割るハンマーが欲しいから買ってくれと言うのだった。
アホか。そんなもの買うわけがない。
アマゾンで調べた結果を見せて、ほら、1本8000円もするトンカチが買えるわけなかろうと教える。
8000円と見て、息子はさすがにびびってあきらめた。
さて、新潟の石が欲しいというから、しょうがなくオレは帰京途中の高速を降りて、信濃川の中流を目指した。
中流であっても信濃川は広い。深い。向こう岸までが遠く、まるでミシシッピ川のようだ。見たことはないが。ミシシッピ。
残念ながら両側が深い草むらとなっており、これでは石はとても拾えない。
ここはいったんあきらめて、もっと上流を目指すことにした。
途中、越後川口のサービスエリアで昼飯。息子はお約束のへぎそばを二人前食う。
いつもそうなのだ。へぎそばが大好きな息子は、いつも二人前を食って大喜びなのだ。
さて、へぎそばで大満足の息子を乗せて、次は湯沢で高速を降りた。目指すのは山の澄んだ水の流れる河原。
いつも高速を走りながら眺めている河原があって、そこがとても気持ちよさそうなのだ。
案の定、クルマを止めて河原まで降りていったら、魚の泳いでいるのが見えるほど澄んだ水が流れていた。その河原に立って息子は石を探す。
探すといっても何の基準があるわけでもなく、そのへんに落ちているのを拾うだけだが。
こうして二つばかり石を拾ってコンビニ袋に入れ、息子は満足して帰ったのだった。
これをきっかけに息子が大地の不思議に目覚め、長じて地質学者になり、世のため人のために尽くしたというなら美しい話なのだが、そんな可能性は全くなくて息子の頭はへぎそばで一杯なのだった。
その証拠に帰り道では、どうやったらへぎそばの“へぎ”を手に入れられるかで頭がいっぱい。
調べたら楽天で売っていて、白木のへぎがなんと10500円もする。それを息子に見せたら「ひゃー1万500円」とびっくり仰天。さすがにあきらめたのだった。
まっこと小学生のガキの物欲はとどまるところがなく、困ったものである。
「新潟日報」「日経ビジネス」
2011.06.11
4時に枕元で目覚まし時計が大音響で絶叫した。
何事だと思ったら、瞬間的に目覚めた息子が「起きてよ、お父さん」と命令口調でオレを揺り起こすのだった。
そうであった、本日は息子と二人で新潟の実家に行く予定だった。
もうちょっと寝かせてくれーと泣きつくものの、息子は容赦ない。問答無用で起こしたオレを、クルマへと駆り立てるのだった。
とほほほほと泣きながらオレは寝ぼけ眼でハンドルを握り、土砂降りの中、新潟へ向けて出発したのであった。
新潟行きの目的の一つが、、アルビレックス新潟の試合を見ることである。ちょうど弟がタイミングよく「招待券が手に入ったので見るか」と誘ってくれたのだった。
もちろん行くと二つ返事。
実は昔、2歳の頃に息子を国立競技場に連れて行き、アルビレックス新潟対ジェフ市原を見たことがある。たぶん息子は何のことか、さっぱりわからなかったに違いない。
あの時はすぐにあきてしまった息子を連れて前半だけで席を立ち、帰りに東京駅の昼間っからやってる居酒屋に立ち寄って酒を飲んで帰ったのだった。
2歳児を連れて昼酒に酔っ払う、ろくでなしの父ちゃん。
そんなことはまったく覚えていない息子だから、サッカー観戦は初めてだと大喜び。しかも今回は相手が広島。
そうである。息子の大好きな李も、生で見られるのだ。そりゃ4時にも起きるだろうて。
試合開始は13時。夏に何を考えてるんだと思ったが、節電でしょうがないらしい。
暑かったなあ。でも、試合は寒かった。
新潟の攻めはとにかく手数ばかり多くて、全然スピードがない。だもんで、ちっとも点を取れる気がしない。
広島はアウェーらしく守りをがちがちに固めてカウンター。
李や佐藤という、わかりやすい点取り屋が前線に張っているから、戦術が徹底している。
ただ、李がちょっとフィットしてなかったな。弟によれば、ドイツへの移籍が間近だから怪我しないようにチームと話ができている、とのことであった。
結局89分間0-0。
こりゃあ、引き分けだなあと思った瞬間、広島の佐藤が左から一発どかんと入れておしまい。会場、唖然。
ホームでもたもたと攻めてずっと0点。最後の最後に1点入れられておしまい。
まったくホームの試合としては最低である。こういう試合を見せられて、また次も行こうという気になるのだろうか。
ところが「新潟のファンは優しい」と弟が言うようにブーイングどころか拍手で試合が終わってしまった。とほほほほ。まあしょうがないか。
本日は亀田製菓のサポートデーとかで、亀田製菓のスナックが配られた。そして試合前には亀田製菓の今年の新入社員40人が勢揃いして挨拶した。
中の一人が「宮城県出身です。6月9日に入社しました」と挨拶したら、会場全体から温かい拍手。そうか、今日が震災3ヵ月目か。
青年よ、社会人のスタートの時に大変なメにあっただろうが、強く生きていくんだぞ。
オレもささやかな拍手をおくったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「文藝春秋」
2011.06.10
取材1。
先日ダウンロードしたPSPの新しいプラグインがどうしてもうまく起動しない。
困った。
定価2万5000円が今だけ9000円。しかもユーザー登録しているならさらにおまけで7000円。
いい買い物をしたと喜んだのだが、使えないのなら意味がない。
何度もインストールを繰り返し、ネットでいろいろ調べてもどうにもならない。やれ、困った。
結局どうしたかというと、開発元のサポートにメールだ。相手はポーランド。
適当な英語で「てめーんとこの製品を買ったのに、全然使えねえぞ、こら。ポーランドめ。こっちはジャパンだ。どうしてくれる。とっととアドバイスしやがれ」とメールを送ったのだ。
すると12時間後に「ぼけ、ジャパンがなんぼのもんじゃ、おれっちのソフトウェアがうまく動かないというなら、こんなふうに試してみたらどうだ、このやろ」という温かいアドバイスのメールが来る。
だが、その通りやっても状態は変わらない。
「おらおら、適当なことぬかしてんじゃねーぞ、おら。早く別のアドバイスをしろっての。あまり適当なことばっかりぬかしてると、首絞めてやるから、ポーランドで顔洗って待ってろ」と返信する。
すると、首を絞められてはたまらないと思ったのか、今度は即座に返信が来て「ざけんじゃねえぞ、こら、そんな言いがかりをつけるくらいなら、今度はこんなふうに試してみてはどうだ、ぼけなす」という別のアドバイスが来た。
そしてその通りやったら、おお、今度はちゃんと動くではないか。素晴らしい。
そしてこのPSPの新しいプラグインが、エコライザーなのだが、実に素晴らしい効き具合。さすがPSPだ。たちまちにしてその音に惚れてしまう。
やっぱりこのメーカーはいいなあ。今度はリバーブも買おうかなあ。7000円だし。
「がははは、やっとまともなアドバイスを送ってきたようだな。まあ、今回は勘弁して見逃してやる。だがまたふざけたことをぬかしたら首締めに行くからな、忘れんなよなっ」とお礼のメールをする。
日本とポーランド。
オレは両国の親善に確かに貢献したという喜びを味わったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「鬼子母の末裔」森村誠一・光文社文庫。学生の頃はよく読んだなあ、森村誠一。久しぶりに手にしてみた。うんざりするほどの人の悪意を描くことでは、やっぱり天下一品。こちらの人間性まで悪くなりそうなのだった。それにしても物語の途中でするりと主人公が入れ替わる手並みは、鮮やかである。
2011.06.09
録音。
本日はレコーディングである。予算の関係上、スタジオはおれんち、つまり丹後湯である。
やってきた歌手は、こういちくん。三重県から夜行バスで上京だ。
今回は、こういちくんがつくった「フライパン」という調子のいい歌をオレがアレンジし、録音することになったのである。
こういちくんは、新婚だ。新居は三重県の畑の中。3LDKの一戸建て、駐車場2台分がついて家賃3万8000円とはうらやましい。都内なら駐車場代にもならん。
本職はイラストレーターのこういちくん、本職はコピーライターのオレんちで録音だ。
歌入れはさくさくと終了。「忙しいので帰りは新幹線です」と、慌ただしく帰って行った。
続いて2曲目は、某短大の学園祭のミュージカルで使用する曲。こちらの歌手はヨメだ。デモ。
某短大のミュージカルの曲を手伝わせてもらって、今年で3年目になる。その新曲は新機軸。
ヨメに、由紀さおりのように歌えと命令し、「できません」と泣かれる。
こういちくんの「フライパン」をミックスし、某短大の曲も仮ミックスを終え、納品。
と思ったら、なんとCD-Rの買い置きがない。しまった。ギリギリ足りるだろうと思ってアマゾンに注文するのをさぼってた。
仕方ないので、隣町のヤマダ電機通称ダ電に買いに行くことにする。行く前からうんざりだが。
TDKのCD-Rを持って、レジにまわる。
ダ電のレジは、すごいことになっていた。
「レシートは必ず取って置いてください」「箱は捨てないでください」「ソニーの製品はここでは修理できません」「駐車券はレジに出してください」「1時間以内の駐車なら無料です」「4人以上並ばせません」と、いろんなことの書かれた紙がレジまわりにべたべたと貼ってあるのだ。
うわあ、いったいどれを見たらいいんだ。
「4人以上並ばせません」と書いてあるレジで4人が行列しているのだから、すごい。
パイプイス持参でレジ前でも堂々と座って順番を待っていたばあさんが、精算しながら会員カードをつくったりするものだから、やたらと時間がかかる。
ようやくオレの番が来たら、今どき区役所の窓口にもいないような無愛想な顔のばばあがレジ打ちだった。カネと一緒に駐車券を出したら「1時間まで無料なんですけどねっ」と、スタンプを押すのもイヤ、という態度だったので呆れる。
CD-R一つ買うのにこんな思いをするのだから、誰だってネットがいいに決まってる。しかもダ電よりアマゾンのほうが確実に安いし。
家に帰って、仕上がったミックスをCD-Rに焼き、必要な楽譜などをセットして郵送する。
オレもまめなこっちゃ。
やれやれ終わったと一息ついたら午後5時。
息子に、おかずに刺身を買ってきてやるから留守番してな、と言い置き、刺身を買うふりをして店を開けたがりの魚せいに行く。
飲みに来たんじゃない、おかずを買いに来たんだ、でも待ってる間ヒマだからビールぐらい飲んでやってもいいぞ、と言ってビールを飲む。
ああ、明るいうちから飲むと気分がいいなあ。
ところがこんな時に限って新しい仕事の話が3つも続けて入った。
あわわわ、ひくっ、お世話になります、ひくっ。
明るいうちから飲んでますとも言えず、オレは平身低頭で仕事を受けたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊新潮」
「放課後探偵団」アンソロジー・創元推理。学園ミステリーを続けて読みたくなって、80年代生まれの作家ばかりのアンソロジーを選ぶ。どの作品もみずみずしくて楽しめたが、最後の梓崎優の短編『スプリング・ハズ・カム』にノックダウン。青春時代の切なさを描きつつ、なんというラストの衝撃。伏線も実に見事で、こりゃすごい。ミステリー嫌いのキベさんにもぜひに、の一作。繰り返すが、この短編はすごいぞ。
2011.06.08
打ち合わせ、編曲。
いやあ、それにしてもびっくりしましたなあ、ロナウド。
誰だ、このデブ。そう思ったらロナウドでした。
10年前は世界最高のサッカー選手だったというのが冗談だとしか思えませんな。久々の衝撃でありました。いや、笑撃か。
それはともかくとして、先日、ディズニーランドに行ってきたのだけれど、相変わらず冗談みたいな混雑ぶりでびっくり。
スプラッシュなんとかが70分待ちで、それなのにみんな嬉々として行列している。信じられない。
この夏は子供が半額で、40歳以上も割引だという。
あんなところは女子供の遊び場所だよなあ。
その70分待ちとかいう行列に並びながら、周囲を見れば女の子たちは待っている間も楽しそうにおしゃべりしている。ははあ、この待ち時間もイベントなのだな。
きっと、アトラクションばかりでなく、行列しながら友達と楽しくおしゃべりしたことも想い出になるのだろう。オレにはよくわからんが。
反対に、小汚い焼き鳥屋でビールを飲みながらおやじどもが大声でしゃべっている姿は、女に子たちにはとうてい理解できないだろう。
女の子たちにとってのディズニーランドは、オヤジたちにとっての焼き鳥屋なのだ。よってここにディズニーランド=焼き鳥屋という説が成り立つ。
ディズニーランドは絶対に認めないだろうが。
ところでディズニーランドの入場料が割引になっても、基本的にはとても高い。家族4人で行けば2万円だ。どっしぇー。
しかし、ここへ来てそんな空気の読めない強気の料金を打ち出したのが、あそこである。スカイツリー。
なんと展望台が3000円だと。ただ高いところにのぼるだけなのに3000円だと。
なんともKY(死語か?)な料金設定で、みんな呆れている。家族4人だのぼって12000円。ひどい話だ。
もっともオレは3000円もらってものぼらないけど。高ところ怖いし。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊プロレス」
2011.06.07
取材1、打ち合わせ1、原稿。
チェコ戦。3-4-3のシステムが数日で長足の進歩。こりゃたまげた。
相手のキーパーもすごいねえ。2点ばかり損してしまった。
こういう試合は変に勝ってしまうよりも、負けや引き分けで問題点をあぶり出した方がよほどよい。その意味でもザッケローニって運がいいねえ。
そういや、ボクシングのタイトルマッチ方式で世界ランキングを決めている機関があるそうで、その機関によれば現在の世界チャンピオンはアルゼンチンを破った日本だそうだ。
すごいぞ、日本。負けない日本。
ずーっと世界チャンピオンのタイトルを保持し続けているのだ。
それにしても、いつの間にやら海外組がうじゃうじゃいて、フォワードの人材もうじゃうじゃいて、10年前に比べたら日本は劇的に進化している。
こんなふうになったら日本も強くなるんだろうなあと思った通りになっていて、ちょっとびっくりだ。あげくにチェコやペルーや、ちょっと前なら歯も立たなかった相手に、互角以上の勝負をしてしまうのだから、たいしたもんだよ。ちょっと感心。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「美味しんぼ」
「理由あって冬に出る」似鳥鶏・創元推理。ジャケ買いならぬカバー買いというかタイトル買いというか。学園ミステリーってやっぱり楽しいなあ。ミステリー部分そのものよりも、若い男の子と女の子がはつらつと動き回るところが嬉しい。もっと読もうっと。
2011.06.06
ホンネとタテマエ。
何かの調査では、ネットで本音を言うことに抵抗を感じる人が多いのだという。オザキも「実名だと本音か語れない」というようなことを言ってたなあ。
ネットで本音なんて、語らなくてもいいと思うのだが。
上辺だけの適当なことを面白おかしく並べ立てて、、時折、その中にちらりと本音が見え隠れするような、そんな程度でいいと思うが。
おお、これってプロレスじゃん。
派手な見せ技と、いかにもという反則の応酬で、ただ時折、その中に一瞬にガチンコが見え隠れするという。
つまりはネットもプロレスのようなものだ、ということがオレの結論。
プロレスなら適当でいいだろ、オザキ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.06.05
取材。
中嶋という人をご存じだろうか。
確かボロボおじさんが大ファンだったと思うが、世界的に有名な運転手であるらしい。
その運転手が、オレのカメラの前を見切った。
オレが、レースクイーンと子供たちの交流シーンを撮影しようとシャッターを押した瞬間、知らないおっさんがオレのカメラの前を見切ったのである。
せっかくのシャッターチャンスに、じゃまするんなよ、おっさん。そう思って顔を上げたら、それが中嶋という世界的に有名な運転手だったというわけだ。
もっと詳しく説明しよう。
本日、オレは4時に起きて5時過ぎの電車に乗って羽田に行き、9時には熊本空港にいたのである。そこでレンタカーに乗り、一路、大分のレース場を目指したのだ。
本日のオレはカメラマンである。
どこでどういう話になったのかよく知らないが、まあ、おそらくはカメラマンの予算を削るため、ライターであるオレに取材と同時に撮影もやらせてしまおうという魂胆なのだろう、オレが慣れない一眼レフを持ってレース場に駆けつけたというわけである。
レースのことなど、まったく知らない。
自動車の競争のどこが面白いんだよ。
なのに九州中から車好きが集まって、このレース場で競争が繰り広げられるそうだ。
昨日が子供のかけっこで、今日が自動車のかけっこ。連日のかけっこ観戦なのである。
取材の撮影であるから、ピットっーの? 車を修理したりするところにも普通に入って、ばうばうと大きな音を立てている自動車を撮影する。ばうばう。ばうばう。ほんとにうるさい。
時々見たことのあるおっさんがうるちょろしていて、それが中嶋悟だったりするわけだが。
情報ではマッチこと近藤真彦も参加しているらしいが、見かけなかった。代わりにというわけではないが、カンニングなんとかというお笑いの人と、竹下元首相の孫とかという芸人と、安いめぐみという女タレントがいるのを見た。こいつらは事務所がきっちりガードして傍若無人な振る舞いで、周囲のカメラを禁止しまくっていた。撮られたくないなら人混みに出てくんなよなあ。
さそれはともかく、そんなふうに倉庫みたいな自動車置き場やスタート地点に並んだ自動車の間をうろうろしながら写真を撮る、というのがオレの仕事だったのである。
そして、レースクイーンをいいアングルでばっちり撮ろうとした瞬間、その運転手がオレの前を見切ったという次第。
そんなふうに自動車や運転手や作業員の間をうろうろとしたのだが、たぶんきっとこれはファンにとってはヨダレものなのだろうなあ。ボロボおじさんが聞いたら、きっと卒倒するのではないか。
例えばオレにとってはプロレスの取材に行って試合前の控え室で選手を好き勝手に撮影しているような、それぐらいの興奮ものなのだろうなあ。ファンにとっては。
だが、ファンでないオレにとっては、ふーん、というぐらいのものなのだった。
でも、いい勉強にはなったなあ。とにかく音が凄いのと速いのにはびっくり。って、当たり前だよな。
レースを見に行って、速くてびっくりしました、ぐらいしか言えないなんて、オレはライターとして失格ではないか(笑)。
夜、熊本空港から羽田に戻ってきて、電車を乗り継いで石神井公園。羽田・熊本より、羽田・石神井公園の方が確実に時間がかかる。
駅で降りたら、突然の土砂降り。げげっ。傘なんてない。
しょうがないから10分ほど待ってタクシーに乗り、魚せいに行った。晩飯、まだだし。
車とバイクのレースを見て、飛行機にレンタカーに電車に地下鉄に最後はタクシーと、今日は乗り物づくしの一日だったわい。
「アルキメデスは手を汚さない」小峰元・講談社文庫。学園ミステリーが好きだったなあと思い出し、久しぶりに再読。今読むとさすがにしょぼさが気にはなるが。「フェイク」今野敏・講談社文庫。何百冊と著書のあるこの著者にとっても、たぶん読み返したくない作品の筆頭ではないか。
2011.06.04
至極残念なことに今では誰も信じないのだが、実はオレは中学・高校と陸上部だった。種目は短距離。400mと幅跳びだ。
新潟のカール・ルイスと呼ばれ、常に女子の熱い視線を集め、高校ではなんと陸上部のキャプテンまでやったのである。
そう言うとたいていの人は一瞬オレの腹に目をやって「適当なこと言うんじゃないよ」という顔をするのであった。
本当だってば。
だからというわけではないが、子供が一生懸命走る姿というものが、オレは大好きだ。
5月中に梅雨入りするという予測不能な展開により、各地で運動会が軒並み雨天順延、順延の順延という事態に陥っている中、息子と娘の小学校では予定通り今日、運動会が開かれた。隣のオガワさんの奥さんが朝「日頃の行いよ」と言ってれた通り、オレの日頃の行いのおかげである。
キャンプ用のイスを4脚持って校庭に行く。ビニールシートがあちこちに敷かれている。
運動会というのは、みんなニコニコ顔になるのだな。
ヨメのほうのおじいちゃん、おばあちゃんの応援に駆けつけてくれた。
娘は50m走、息子は80m走。そのほかに格闘系の競技とお遊戯系。
高学年は騎馬戦があって、これは燃えますなあ。「谷原峠の決闘」という名前がついているが、谷なのか、原っぱなのか、峠なのか、いったいどこで決闘しているのかわからない、騎馬戦だった。
メインイベントは、息子が選手として出る高学年リレー。
息子は相当に緊張していたようで、がちがちであった。
その息子のリレーはもちろんのこと、娘の50m走も、見ているだけでじんわりと涙があふれてくるのだった。我が子だけに限らない。知っている子供の姿を見つけるたび、その子が一生懸命に走っている姿を見るたび、涙腺が緩むのだった。
なんで子供の走る姿にこんなにも打たれるのだろうなあ。自分でも不思議なのだった。
これから子供の小学校では建て替えが本格化する。校庭が使えなくなる。
よってこの校庭での運動会は、これで最後なのだ。来年からはどこでやるのだろう。
そんな空気も漂っていて、とてもいい運動会だったのだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.06.03
原稿、レコーディング。
本日はクロス先生を丹後湯にお招きして、レコーディングである。ものはピコロ9月号掲載の歌なのだ。
録音はすぐに終了。その後、先生(短大の先生なのだ)が毎年恒例、秋にやっているミュージカルのための曲の打ち合わせをする。新曲が一つ。なかなかにユニークな曲で、頑張ってアレンジするのだ。
PSPから新しいプラグインのメール。
エコライザーなのか? よくわからん。
なんと期間限定で99ドル。それを過ぎると249ドル。
この会社の場合、こういう商売が上手なのだ。99ドルなら買ってしまうではないか。
しかもさらにユーザー登録してあれば、ここからもっとまけてくれる。
インストールもiLock不要。同社のウェブで管理してくれる。
おらあ、あのiLockってのは嫌いだなあ。しょうがなく使っているけど、新しいプラグインがiLock対応というだけで買う気が失せてしまうもの。
聞いた話だが、iLockが壊れると、日本で修理ができないからアメリカのiLockに送って修理してもらうしかなく、その間、2週間は作業がストップするのだそうだ。
信じられん。
まあ、いいいか、話はPSPだ。
そういう商売上手だから、ぼったくりかと思えばさにあらず、PSPのプラグインはどれも素晴らしい。
特にVintageWarmerというプラグインは、最後の仕上げにかけると、がっつりと音が太くなり、ボーカルがぐぐっと前に出てくる。関西の元気くん、いずれこれは買った方がいいと思うよ。
ちなみにPSPはポーランドのメーカーである。
プラグイン業界にはアメリカのWAVESという巨人メーカーがあって圧倒的な支持を得ていて、値段も圧倒的。なにしろ一番高いプラグインで120万円もするのだ。なんなんだよ、プラグインで120万円て。
それに対して東欧のPSPは、どれもこれも安い。良心的というか、商売ベタというか。
まあ、120万円のプラグインはさすがに素晴らしいのだろうが、そこまでのクオリティは必要ないし、よってオレはPSPのファンなのだった。
ならばすぐにダウンロードしたかというと、そんなことはなくて、先生のレコーディングが終わるのを待った。
だいたいこの手のプラグインは、PSPはそんなことは少ないのだが、絶対にインストールでトラブってしまう。お約束なのだ。
ひどい時はアプリケーションが立ち上がらなくなってしまう。だからとりあえずやるべきことをやってから、入れるのだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「FLASH」読むとこがないなあ。魚せいの大将に、ほら、袋とじやよ、とあげたら「うへへへ」と大喜びなのだった。
2011.06.02
取材1、打ち合わせ1、原稿。
「最低でも県外」とか「5月に決着」とか、さんざん口から出任せを言ってたヒトが「嘘をつくのは最低の人間だ」と激怒したというのは、近来まれに見る体を張ったギャグだよなあ、と大笑い。
などということは別にして、本日の取材は、外人付き。
正確に言うとインド出身で米国で学び今は日本企業で働いている外人と、3人の日本人(オレを含め)という構成の取材。インタビュー相手がこのインド人だ。
名前がジャイアンに似ているため「ワタシはジャイアンではありません」という軽いジョークを英語で言い、それに対して「ジャイアンはユーよりもっとファットなのさ」と日本人が英語で突っ込むという、軽いアイスブレークぐらいはオレもあははと笑って参加したが。
以後の会話は英語が中心に進められ、日本人同士も英語で話すという、ここは日産か楽天かというグローバルスタンダード状態になり、時々、オレが、えっ、今のわかんない、という顔をすると誰かが気を利かせて「今のはですねー」と教えてくれる次第。
うーむ、国際化。
もっと英語を勉強しておくんだった。
とは言え、ビジネス英語って実はわかりやすくて、論旨が明確だから、単語さえ理解できればあとはなんとかコミュニケーションできる。むしろ変な日本語しか使えないぼけたおっさん相手の方がよっぽど疲れるわけだか。
だがしかし、やっぱりもっと英語を勉強しておくんだったなあ。
今からでも遅くはないか。まあ、いいや。
そのような日本人同士が英語でギャグを言い合う場から、次に向かったのがこれ以上ないほど日本企業っぽい日本企業。
「おーい、タンゴさんが来たよう、ちょっと打ち合わせしようよう」と、おっちゃんが他の人に声をかけてミーティングが始まるという、なんとも気楽な場なのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「SPA!」特集が“劣化嫁”。読んで家に持ち帰ったら“ワタシが劣化してるってわけ!?”と激怒したヨメが読み始めた。こういう特集はやめてもらいたいものである。
2011.06.01
打ち合わせ1。
キベさんは昨日何食ったっけ状態らしいが、オレは昨日何やったっけ状態である。困ったものだ。
あー、そうだ思い出した、サッカーがあったんだ。キリンカップ。
えーと、3-4-3という超攻撃的システムの導入だ。おお、素晴らしい。
だが案の定、機能しない。ちぐはぐである。
セルジオら、解説の連中はうるさいが、ばかたれ、システムを変えたらすぐに強くなるわけなんてないだろが。システム変えて強くなるなら、誰だってすぐに変えるし、オレにだって監督ができる。
ザッケローニはここまで結果を出しているのが強いよな。どんなシステムでもやり放題だ。
たぶんアジアじゃなくて世界で勝つにはもう一歩進まないといけないという考えから導入したわけで、おお、その志は素晴らしいではないか。
それにしてもFIFAランキングで14位って、日本、いつの間にそんな冗談みたいなランクになっていたんだ。ペルーが格下とは、ペルーに対してあまりに失礼だ。ごめんなさい。14位で。
その後のスポーツニュースでダルビッシュの完投を視る。すげえなダルビッシュ。
来年は日本にいないのか。悔しいなあ。だが、しょうがないか。アメリカでも外人どもをばしばしやっつけてくれ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.05.31
原稿。
つーわけで、今年のろくでなしの春が終わった。
地震が起きて人が山のように海に流され、学生時代からの友人の藤田が突然亡くなり、福島でモンスターが暴走を始め、オレの母親が入院して手術して(無事に退院しました)、まったくいろんなろくでもないことが起きた春だった。
ということは別にして、昨日ツタヤで借りてきたしょこたんのCDの話の続きである。
実はこのCDをウォークマンに録音し、ついでにCD-Rにもコピーしたわけだが、その際、誤ってケースを下に落っことしてしまったのである。
あらららら。拾い上げてみたら、角が割れちゃった。CDケースの。
ありゃー。大失敗。
でも、しょうがない。ごめんなさいするしかない。
弁償だ、買い取れ、と言われても申し開きできないから、ただ頭を下げてごめんなさいと言うしかないようなあ、とほほほ、とブルーな気持ちでオレはツタヤへ返却に行ったのだった。
カウンターにいたのはおばちゃんの領域に入りかけたお姉さん。微妙な言い方だな。
「ご返却ですか」と言われて、そっとCDを差し出し、ごめんなさい実は、と頭を下げるオレ。
おばちゃんの領域に入りかけたお姉さんは、すぐに「あー、はいはい、お怪我はありませんでしたか」と優しく問いかけてくれたのである。
おお、なんということだ。罵詈雑言の責め苦にどう耐えようかと覚悟していたのに、なんという優しいお言葉。あげくに「いいですよー、大丈夫ですよ」と無罪放免してくれたのだ。
なんということだ。ツタヤ、いい店じゃん。
すっかり感激したオレは、これからもツタヤで借りてしっかりコピーしようと誓ったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」もう、煽る煽る。3月15日には実はこんなにいっしぱい放射能が飛んじゃったんだよ、とこの雑誌得意の“実はあの時”話のオンパレードだ。済んだことを煽ってもしょうがねえだろうに。おかげでこれを読んだヨメは、びびりまくっている。
「オレたち花のバブル組」池井戸潤・文春文庫。水戸黄門みたいな、実にわかりやすい勧善懲悪ドラマ。西部劇か。悪いやつはいかにも悪そうに描かれ、そのコバンザメのような腹心がお約束のようにいて、そういうところは笑っちゃうしかないのだが。ただ、ここで描かれている銀行という組織の価値観は興味深いな。体がぼろぼろになりながらも組織にしがみつくというその精神がまったくわからない。人事がすべてとばかり、神のお告げのように大騒ぎするその風土がわからない。でも、よく考えたらわかった。要は銀行の人って銀行の中しか知らないから、銀行がすべてなんだよな。だからそこから出されることに、異常におびえる。オレもそうだが、組織なんてものの外でずっと生きてきた人間は世の中にたくさんいて、別にこっちの会社でダメならあっちの会社に行けばいいと思ってる人が大多数だから、どうしてとも銀行の価値観は世の中とずれちゃうのだ。
2011.05.30
ときどきピチカート・ファイブもちゃんと聴きたいなあと思う。
ピチカート・ファイブ、自慢じゃないけど初期の頃に自分で発見した。おんぼろサラリーマン時代、夜中に会社で原稿を書いていたら「今月の新曲です」とラジオから流れてきたのが「皆笑った」という曲だったのだ。
へー、面白い曲じゃんと一度聴いただけで耳に残り、翌日、LPを買った。なんの知識もなくてシングルを一度聴いただけでLPを買うというのは、まあ、ジャケ買いに近い。こういうのは楽しい。
このメジャーデビューアルバムは、関係者によれば「大傑作!」と大騒ぎだったらしいが、まったく売れなかったそうだ。わはは。
オレは好きだけどなあ。
基本はバカラック・メロディー。心地よい。
そこにけっこう大胆で冒険的なアレンジがくる。そして載っかっているボーカルが、これがとんでもなくへたくそ。
このへたくそなボーカルが、なんとも微妙な味で、聴き慣れるとけっこうツボなのであった。
このボーカルがいつの間にか代わってしまって飲み屋巻き、違う、野宮真貴になって、ちょっとパワーアップ。いわゆる渋谷系だな。そんなジャンルで、ますますタコツボ化していき、でも、海外ではけっこう有名という存在になっていった。
一番売れたのは「東京は夜の7時」かなあ。
まさにバブルの脂ぎった匂いがたっぷり残る、素晴らしい歌だった。
基本的におしゃれ。メロディーもアレンジも徹底的におしゃれ。ジャケットなどのデザインワークも素晴らしくて、時にフレンチポップスのジャケットのようであり、時に50年代オールディーズのようであり。
さらに野宮真貴そのものがすげえファッショナブルだった。
小西康陽はオレと同じ大学の出身。桑田なんかよりずっと素晴らしいと思うのだがなあ。
それにしても今日ツタヤで借りてきたベスト盤では、ライナーノートにソニーへの愚痴がたっぷり載っていておかしかった。「販売能力がない」「売る気がなかった」とさんざんな書きようで、相当に頭に来ていたらしい。
で、なんで急にピチカートファブなんて言い出すかというと、NHKで筒美京平の特集を視たからだ。
いやあ、面白かったなあ。昔の紅白歌合戦の映像が出て、ちあきなおみがちらっと映ってたとか。
松本隆が「京平さんは、はっぴいえんどはわかんないけど、YMOはわかるんだよね」と言ってみたり、鋭い突っ込みを繰り返したりしていた。本人を前にこれだけ口にできるのは、松本隆だけだよなあと感心。
さすが若い頃からガチンコでやりあっただけある。
そんな中にちらっとピチカートファイブの話題が出てきたので、たまには聴いてみようかと思った次第。
それにしても、南さおりに麻丘めぐみに、昔のアイドルは歌が上手かったんだなあと改めて驚いた。「わったしーのわったしーの、かんれーはーあ」なんて、最高だぞ。
そんな中に一人紛れ込んだのが、しょこたんこと中川翔子。
なぜかというと、しょこたん、筒美京平と松本隆に歌を書いてもらったんだって。それがちらっと流れて、ありゃりゃ、これがまたいい歌で、しかもしょこたん、上手なのよ、とっても。
ちょっとびっくり。
中川翔子ったら、日曜の朝のポケモン番組で騒いでいるバラエティタレントというか、中途半端なコメディ系かと思っていたら、実は歌がこんなに上手かったのね。
あわててツタヤに行って、ピチカートファイブのベストアルバムと一緒に、この筒美京平の歌が入っているしょこたんのアルバムも借りてきたのだった。
ちょっと聴く。すげえ上手。オレは感心した。とっても素直な、いいボーカルである。
しょこたん、見直したぞ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.05.29
息子の囲碁教室なので、光が丘のショッピングセンターまで車で送っていった。
今日は雨。そのせいか、こんな場末のショッピングセンターが、さらに場末の戸田のイオン並みに混んでいて、駐車場でぐるぐる。まったく困ったもんだ。
それはまあさておき、原発どうするんのと問われると、オレは基本スタンスは現状維持。
原発は危険だから止めろというのは、飛行機は危険だから飛ばすなというのと同じであって、危険を前提にそれを最小化する努力をしながら存続させることが大切じゃけん。それが文明と折り合いをつけるということじゃろが。今日は広島弁。
もっともアメリカで実用化が始まったシェールガスは、埋蔵量が300年分というから、パイプラインの問題が解決すればエネルギー問題の劇的な解決が見られる可能性がある。やった、これでエネルギーも米国が掌中に握り、中東は「面白くねえなあ」と何かしでかす。
さて、囲碁教室を終えた息子を再び光が丘のショッピングセンターまで迎えに行き、昼飯をビッグボーイで食う。ハンバーグ屋だ。
ここのメインのハンバーグは席で焼くというやつだが、ユッケ騒動以来、ちょっと危険なのでうちはパス。よーく煮込んである別のハンバーグを食うのだった。
ハンバーグっていうのは腹がふくれるなあ。だからライスはなし。
その後、息子のノートがなくなったというので、西友まで買いに行く。
ところが指定の漢字練習帳が売り切れ。別になんでもいいだろ、字が書けりゃと思うのだが、「別のじゃだめなんだよ」と息子が言う。なんだ、面倒なんだな。
でも、現実に売り場に置いてないわけだから、どうするのかと思ったら「明日、タマオキで買うよ」とのことであった。
でました、タマオキ!
そうである、お約束の学校前の文具&雑貨屋である。
間口1間ほどの小さい雑貨屋で、店先にはガチャガチャが置いてある。
子供たちは「じゃ、後でタマオキに集合な」と約束し、ランドセルを放り投げた後に100円玉を握りしめてタマオキに集まるのだった。全国どこの学校の前にもある聖地である。
息子はその聖地でノートを買うというのだ。当然置いてあるはずだからな。
この小さな店が、なぜだか学校指定の体操着なども売っていて、母ちゃん連中は「なんでわざわざ土日に休業するというホスピタリティのかけらもない店で買わなきゃならないのよ」っと怒りながら体操着を買いに行く。
こういうのもやっぱり利権なのだろうなあ。
特に周囲が畑で、地元の大地主何軒かがほとんどの土地を分け持っていて、学校の土地でさえその地主から借りているという状況だ。タマオキだって、そうした地主の利権がらみで体操着を売っているに違いない。
このタマオキ問題、もっと深く鋭く追求すれば地元の闇に迫ることができるであろうぞよ。
でも、面倒だから放っておくのだ。
西友を後にして家に帰り、文庫本を読む。
ハンバーグで腹がふくれたので、晩飯のことが考えられない。
そうだ、刺身でも食いたくないか、刺身。
そう言ったオレは、旨い刺身を買ってきてやろうと言い置いて、魚せいへ向かい、刺身を買うのだった。そして、刺身を買うついでにビールを飲み、ビールのついでに日本酒を飲んだのだった。
日曜日の6時前だというのに、店にはろくでなしの客が2、3人。ろくでなしの大将も入れて、競馬の話で盛り上がっている。今日はダービーだったのか。そりゃめでたいな。
1番がどうした2番がかすった3番のバカ野郎などと、はずれた馬券を片手にぎゃあぎゃあ盛り上がっている。ああ、うるさい。
それにその話は済んだことだろう。もう終わったことをいつまでもそんなに真剣に話して何が面白いんだよう。
「それがおもしれーんだよ」と大将。
ちなみにこの大将、一番好きなのは競艇だそうだ。ボートレースである。
一時期などオレに「おう、子供連れて行こうよ、おもしれえぞ」と誘ってきた。タコ。オレが行くわけないだろが。
大将がよく行くのは戸田の競艇場である。よく知らないが、戸田でやっていない時は多摩川とか平和島でもやっているらしい。でも、戸田しか行かないのは、多摩川や平和島の行き方を知らないからだそうだ。
わはははは。典型的な東京田舎もん。
昔、独身時代に世田谷の三軒茶屋近くに住んでいた。アパートの近くには小さな商店街があって、床屋や八百屋や金物屋やラーメン屋が営業していた。
ある朝、その商店街のオヤジ連中が、みんなで出かけるのか、おしゃれして渋谷行きの通勤バスに乗り込んできた。そのファッションセンスというか、あまりにどんくさくてひっくり返ってしまった。
東京に生まれて東京に住んでいても生活圏が半径500Mだからしょうがないわなあ。
魚せいのオヤジも、仕入れに行く築地と競艇の戸田以外は何も知らず、200M先のたばこ屋に行くにも原チャリに乗る始末。そりゃあ、光が丘警察の検問に引っかかって激怒したことを、さも天下を取ったかのように何度も繰り返して自慢するのもしょうがないかも。
まあ、小学生がタマオキを拠点に日々を送っているようなものだな。
などということを考えつつ、刺身をぶら下げながら雨の中を家に帰る。すぐに風呂に入り、サザエさんを見ながらメシだ。
いい気持ちになったオレはついうとうとして、8時前に「ちょっとだけ」と布団に入り、そのまま寝てしまったのであった。いやあ、早寝は気持ちいいなあ。
10時から細野晴臣の震災番組を見ようと思っていたのにすっかり寝込んじゃって、枕元のスタンドをつけて「君たちはどう生きるか」を読んでいた息子に「お父さん、テレビが始まるよー」と揺すられても、んあーと答えるのみのオレであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「オレたちバブル入行組」池井戸潤・文春文庫。期待していなかったけど、案外面白かったぞ。まったく銀行というのはおかしな組織だよなあ。
2011.05.28
土曜の昼は外でご飯を食べる。
なんのあてもなく戸田のイオンに行くことにした。戸田、うちから30分くらいである。
ところがこんな場末の戸田のイオンのくせに、劇混み。場末で行くところがないから混んでるのか。
30分かけていったのに、駐車場で車を止めるまで40分。アホらしい。空気も汚れる。
この駐車場で櫻井家と遭遇。ふふふ、逃げたつもりだろうがお見通しだぜ。
こんなに苦労してたどりついたのだから、さぞ旨いメシが食えるだろうなと思っていった戸田であるが、お約束のバイキングは、えーと、これはなんでしょうという感じの店であったのだった。とほほ。
再び大渋滞の駐車場を抜けて帰る。台風が来ているので大雨だ。
5月に台風が日本を襲うのか。5月なのに梅雨入りか。
例年なら大騒ぎだが震災の後となってはすべてがケチくさい。福島第一は果たして台風に耐えられるのか、それが心配だ。
夜、その台風をぬって六本木。本日は震災直前に倒れて震災直後に亡くなった藤田君を偲ぶ会である。2月に山口君を偲ぶ会をやったばかりだというのに、もうこんなことはこれっきりにしてもらいたいものだ。
久しぶりの北川君に会う。
店に入ってきた瞬間、別の客かと思ったら、我々のほうに向いてくる。
げっ、また知らないおっさんOBかよ、化石かよ。
そう思った瞬間に、伊達君の「キタさん?」という大発見の声。なんと30年ぶりに会う北川君であった。
いやあ、懐かしいなあ。しかし、ぱっと見でまったくわからないほど、変わっちゃったなあ。
ところがこれがしゃべり始めたら北川のまんま。そこが妙におっかしくて、北川のまわりは爆笑なのだった。
久しぶりの人にいろいろ会えて、早瀬さんもわざわざ駆けつけてくれて、藤田も喜んでいるだろう。
きっと山口と二人で指をくわえながらこっちの賑わいを見下ろし、悔しがっていたに違いない。かかか、ばーかめ。当分二人で飲んでろってんだ。
雨の中を電車で帰る。
大江戸線の中でうとうとしてしまって、危うく乗り過ごすところだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.05.27
原稿。
本日もリレーの朝練の息子。でも小雨だったので体育館での練習に変更だ。
どとうもオレも朝練ではないが朝型の体質に変わってしまったようで、原稿仕事は朝早くからやらないとエンジンがかからない。
今日はちょっと難しい原稿があったのだが、時間に余裕があるからと午後にまわした。
するととたんにエンジンのかかりが遅くて、昼飯後もいろいろと理由つけて後伸ばしにして、うとうとする始末。
これじゃいかん、目を覚ませ、オレ。
というわけでウォーキングだ。目指すは光が丘のブックオフ。片道20分程度でちょうどいい。
本日のブックオフでの収穫は、ジョージ・ウィンストンのヴィンス・ガラルディ作品集と、映画音楽集。どちらも500円。CD2枚で1000円。
ジョージ・ウィンストンのは仕事中のBGM用だ。ウィンダムヒルは基本的に大好きである。
映画音楽は、ここのところずーっとパーシーフェース「夏の日の恋」が聴きたくて、ちょうど見つけたので。
この曲、大好きだなあ。
CD2枚を手に再び歩いて帰り、早速聴きながら原稿と格闘。どっと疲れた。
5時過ぎになんとかカタチになったので、今日はもうおしまいと決め、魚せいに行こうかと考える。しかし、今日は子供と一緒に風呂に入りたいなあと思い直し、酒屋で発泡酒を買って飲むことにした。
いつもお茶のペットボトルを箱買いする店に行った。相変わらずそば茶がない。
オレ、そば茶大好きなんだよなあ。でも、震災でペットボトルがダメになったらしく、生産中止が続いている。
他のペットボトルじゃダメなのか。そのあたりの事情がよくわからん。
家に帰ってメシを食いながら発泡酒を飲み、子供と一緒にドラえもんを見る。
どうして子供というのはドラえもんが好きなのだろう。どうして大人はお酒が好きなのだろう。
ふう、仕事そのものはそんなにしていないのに妙に疲れてしまったのは、やっぱり難しい原稿で頭が沸騰したからかも。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.05.26
取材1、原稿。
間もなく小学校の運動会がある。
今年は息子がリレーの選手に選ばれたのである。ぱんぱかぱーん。
小学校といえども戦いは戦い。ガチなのだ。
よって選手たちは燃えていて、今日から朝練である。
どれどれと様子を見に行ったら、おお、本当だ、朝早くから息子たちが体操着に着替えてバトン練習をしている。いいなあ、朝練。
オレに気づいた息子は、別に恥ずかしそうにするでもなく、手を振るのだった。「何しに来たんだよ」という顔で親をシカトするようになるのも、あと数年か。
もちろん朝練ばかりではなく、放課後も練習だ。息子に聞いたら「1、2時間目も体育だったので、今日は一日中体操着だったよー」とのことであった。
ご苦労なことである。
選手に選ばれたという名誉と誇りは何物にもかえられない。日本代表のように、国のために闘うのだ。
**************
その息子は、放課後の練習が終わって帰ってきたら今度は大急ぎで塾である。まったく小学生は大変だ。
地元のタコ塾である。
東大に行けるように勉強を教えろと言ってあるのだが、どうもぬるいというか緩いというか、タコ塾だけあってタコというか、本当にここで大丈夫なのかどうか疑問なのだが、まあ、息子が楽しんで行ってるからいいか。つーか、楽しんでるから問題なのかも。
まあ、いいや。
塾の終わり頃、雨が降ってきたので車で迎えに行く。
塾よりもオレに問題があるかもしれないな。
駅前に車を停めて息子を迎えに行き、車に戻った瞬間、オレは異変を察した。
そうである。あの緑の悪魔がオレの車にたかって、今まさにナンバープレートを写真に収めようとしていたのである!
ふんぎゃーっ。
こんな時間、えっと、6時半ね、しかも雨だというから、絶対にこの緑の悪魔どももいないと思ったら甘かった。やつら、こんな時間でも徘徊しておったか。
確かに午後から夕方は、このエリアに出没するのは知っていたが、甘かったか。
いざとなったら息子に急病人の演技をさせてようと企みつつ、オレは緑の悪魔に向かって、すいませーん、すませんすんません、謝って済むならなんぼでもすいませーん、と叫んだのだった。
すると緑の悪魔は、雨も降ってきたしという顔をしながら、「あー、早く移動してくださいね」とだけ言い残し立ち去ったのである!
おお、緑の悪魔の中にもちょっとはいいヤツがいるのかもしれない。それともオレのガチの迫力に屈したか。
ともかくあと10秒遅ければダメだったというギリギリのところでオレは臨界を回避したのだった。やれやれ。最大のピンチだったわい。
やっぱり緑の悪魔には気をつけなくてはならないなと、オレは自分を戒めたのだった。
**************
ところで話は放射能なわけだが、共産党の都議団の連中が都内で細かくメッシュ状に放射能調査をやったという結果が出ている。
ここだ。
共産党のことだから、政府の言うことは信用ならない、この世は悪意と不幸に満ちていると、甘いことは絶対に言うまい。逆隠蔽体質というか。だからこの調査結果はすこぶる興味深い。
これ見ると明らかに東京の東がやばい。練馬区から江東区を結んだ線の東側は年間1ミリシーベルト以上の被爆だと。これだ。
この図はなかなか興味深いねー。練馬区も微妙に数値が高かったりするのだが、それにしても足立とか葛飾はやばそうだなあ。ちなみに杉並区もギリギリ安心のようである。よかったな、いさわし。
そういや今月号の「食品と暮らしの安全」に地震のことが出ていた。
最近の地震が茨城や千葉どまりてなかなか都心にやってこないのは、フィリピンプレートが銚子沖でくさびのように働いているからだと。
今危ないのは相模湾、伊東の南あたり。初島との距離が伸びてきているのだそうだ。ぎょぎょ。夏合宿、大丈夫か。
関東盆地も危なくて、国府津沖の相模トラフを震源とする地震が起きて1年後に関東大震災だそうだ。
うーむうーむ。
ところどころ意味不明の記述もあって読みづらいのだが、けっこうやばいネタではないか。
**********
そして話は原発に飛んで、海水注入を止めろと言った言わなかったの話が、結局、現場の責任者の「止めてねえよ」との一言で決着。誰あろう、吉田だ。
週刊現代だったかポストだったか、巻頭特集で「大丈夫か、ヨシダ」と取り上げた、あの吉田所長である。
福島第一の最前線でずっと指揮を執り続けている、日本の命運を握っているとされる男57歳だ。
ボケ首相が「オレはそんな話は聞いてない。注水は止めろってんだ」と狂ったことを言い、東電の幹部がおろおろして「とととと、とめろとめろ、オレのせいじゃないけど、とめろとめろ」とパニックになっていた時に「っせーな、わかったよ、止めるよ」と言いながら、止めなかったのが吉田である。
現代だかポストが予言したように、確かに吉田によって日本は救われたのだ。
これは隠蔽体質とかそういうことではなくて「責任はこっちが持つから現場は全力を尽くしてくれ」と言う人間が、東電幹部にも政府にもいなかったということだ。
現場が命をかけてギリギリの判断を続けているというのに、上はだーれもケツを持とうとしない。
誰もケツを持たないなら、オレが持つ。
そう腹をくくった現場の責任者が、日本を救ったというわけである。
ボケ首相と東電幹部は、得意の土下座を吉田の前ですべきだな。それを「報告を怠ったと処分する」というのだから、今こそ日本国民は怒っていい。マスコミもだ。
ともかく吉田よ、ありがとう。呼び捨てするのもなんだが、なんとなく吉田隊長というのが似合いそうだ。自衛隊にハイパーレスキューに吉田隊長。日本防衛軍だな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊新潮」「週刊新潮」「食品の暮らしと安全」お茶に続き、豆腐も危ないようだなあ。
「浮世の画家」カズオ・イシグロ。早川文庫。うーむ、む現役を退いた画家の繰り言が延々と続く小説。退屈ではないのか。オレは退屈だった。だが、これを退屈と口にすると知性を疑われてしまうかのような風潮を感じてしまう。なので、本当は退屈だったけど、すごく感動したいい小説だったと嘘の感想を書くのだった。
2011.05.25
打ち合わせ1、原稿。
酔ったボケ頭のドロ目で眺めたので、なんで長友と中田英寿が一緒にサッカーしてるのか、そのときはわからなかったけど、朝起きてネットを見たらイタリアで行われた日本復興チャリティマッチに出場したということらしい。
へー。
世界中がドン引きした、ドイツワールドカップの日本敗退後のシーン。
ピッチに長々と倒れ込んでナルシスティックに孤高のヒーローを決め込んだはいいが、案に相違してだーれも起こしに来なくて空気が完璧に冷えてしまったあのシーンは、柳沢の「急にボールが来た=QBK発言」と共に長く後世に伝えられることになろうぞよ。
以来、旅人だかなんだか知らないが完璧に世間から相手にされなくなったのに、いまだに自分は孤高であると勘違いしている中田。痛い。痛すぎる。遊んでくれるのは朝青龍ぐらい。
「金がなくなったらきっと選挙に出る」と西原理恵子に見透かされてネタにされるレベルだ。
そんなのにつきあうことになった長友がかわいそうすぎる。
おそらく中田は今も自分がトップの実績を残したと思っているのだろうが、世間はだーれもそんなことは思わなかったのだった。
ネットでも大笑いの渦。
「仙台よりも中田を慈善する試合になってる」というコメントは秀逸であった。がははは。
もっともそんな中田も、かつては素晴らしいヒーローだった。
ワールドカップ出場を初めて決めたジョホールバルの試合。あれは今見ても凄いもの。
完璧に中田が試合をつくって動かしている。そして最後の最後に「しょーがねえな、オレが決めちゃる」と意を決してシュートを放ってブロックされたシーンなんか、ほんと、すごい。アジアカップの李クラスの感動だ。
そんな中田が、どこで道から外れちゃったんだろうなあ。イタリアに行って日本人の記者を「虫けら」と面罵したあたりからだろうなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「宝島」
2011.05.24
取材2。
おお、これはいいではないか。
と思ったのがこれ、「スマイルふくしま」だ。
セシウムやらなんやらを大地から吸収してくれるヒマワリの花を福島県いっぱいに咲かせようというプロジェクトだ。
一口500円を払うとヒマワリのタネ10粒が自分の分として福島の大地に蒔かれる。成長の様子はネットで確認できるほか、9月頃にはヒマワリの花が咲いたという報告の絵はがきが届くのだそうだ。
おお、なんと素晴らしい。福島の大地に、あのヒマワリの顔がいっぱいに咲き、そのうちの10本がオレの花なのだ。
主催は福島民報。新聞社だ。福島民報といったら、学生時代の後輩、カヨコが勤めていた会社ではなかったか。ますます参加しないわけにはいかない。
さっそく食事の席で家族に説明し、我が家は4人家族だから4人分、2000円を送ろうと思うがどうだろう、40本のヒマワリが咲くぞ、と提案したら、子供たちは大喜びだ。
ことに娘は8月生まれで、名前に「花」がつくことから、ヒマワリが自分のテーマフラワーだと思っている。なおさら大賛同なのだった。
地震に津波に原発に、オレは何にもできないでいるけど、せいぜい東北の酒を飲むぐらいだけど、せめてこんなことでも力になれたら、と思うのだった。
繰り返すが福島の大地にヒマワリが咲き誇る様子を想像しただけで、なんだか嬉しくなるではないか。
できればこのスマイルふくしまのマークをステッカーにしてもらえたら、嬉しいのだがな。
****************
先日息子と新潟に行ったとき、「本屋に行こうよ」とせがまれて、新潟駅前のジュンク堂に寄った。この店は実にゆったりとしていて、喫茶コーナーまであって、うらやましい限りである。東京のジュンク堂よりも遙かに居心地のいい書店なのだった。
この書店で買ったのが、なぜか聖書と「君たちはどう生きるか」だ。
聖書。なんで聖書なんだよ。
なぜか最近の息子は宗教に興味があるらしくて、それで聖書を読んでみたいと思ったのだそうだ。
まあ、日本書紀とか古事記とかを買うのと変わらないかと買ってやったところ、ちゃんと読んでいる。聖書を。面白いかと聞いたら「面白いよ」と答えるので、まあ、いいか。
「君たちはどう生きるか」は吉野源三郎の名著で、たくさんの人が読んだことがあると思うが、オレも小学生時代に繰り返し読んだ一冊だ。
1937年、なんと戦前に書かれた作品である。
タイトルの通りのことが、平易な内容で、しかし実に深く書かれてある。根底にあるのは理想主義だ。
少年期にこうした理想主義の物語を読むのはとてもよいことだと思う。
息子は、こんな大昔の時代の本を、それこそ家庭にはテレビもなくてラジオで野球中継を聴いているシーンの描写などがある本を、毎晩、布団の中でしんけんに読んでいるのだった。
お父さんも子供の頃にこの本を読んだからこんなに立派な大人になったんだぞ、えっへん、と威張るが息子には相手にされず。
しょうがないから布団の中の娘に向かって、お前も「君たちはどう生きるか」を読めば立派な大人になれるぞと諭すのだが、娘は「どう生きるかは、その人によりまーす」と答えて布団をかぶるのだった。
まったくこういうところは、オレが言うのも悔しいがオレにそっくりだと認めざるを得ないのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「週刊ポスト」明らかに週刊現代をおちょくっている。基本的にオレはポストの姿勢を支持する。
2011.05.23
編曲。
バンバンバザールが聴きたくなって、駅前のツタヤまでCDを借りに行った。
棚の前でCDを探すオレ。
えーと、ブンブンバザールは、どこだろ。あれ? ブンブンだっけ? いや、ボンボンバザールだったよな、確か。
えーと、ボンボンバザール、ボンボンバザール。ちっ、高校生がじゃまくせえな。ポルノグラフィティ? そんなもん聴くなよ、若者が。
おじさんのように、ボンボンバザールを聴きなさい。あれ、いや、やっぱりブンブンバザールだったような気がしてきたぞ。
えーと、ブンブンバザール、ブンブンバザール。
結局こうしてバンバンバザールのCDを借りることはできず、ちっ、ツタヤ使えねーなーと毒づきながら、カーペンターズの40/40を借りてきたのだった。
まーたカーペンターズかよ。はい、今度はちょっとモノが違います。リチャード渾身のリミックスで大騒ぎとなった40曲入りベスト盤でございます。
まだ聴いてないけど、これから聴くのであった。
ところて゜この40/40にも、他のベスト盤にも、なぜか「見つめあう恋」が入っていないのである。名曲なのになあ。オレはこの曲が大好きなのだが。
ネットで見たら、どうやらこの曲に関してはリチャードが「カバーすべきではなかった」と激しく後悔しているらしいのである。
んなアホな。アレンジもボーカルも、なかなかに素晴らしいのに。もったいないなあ。かくしてこの曲だけのために、また別のCDを借りるわけである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.05.22
大雨警報が出るほどの土砂降りとなり、新潟からの高速道ではスリップによる事故が続出。息子とのロングドライブで、4つも事故現場を見たのだった。
気をつけないとねえ。
話は全く変わるのだが、オレはお茶が大好きである。
日本茶だ。
息子も日本茶が大好きで、ジュース類は見向きもせず、店でもお茶を頼む。
その日本茶の葉っぱにセシウムが付着していたことが判明し、それなのに生産地である静岡は茶葉の検査を拒否したという。生産の段階で付着してても飲むときには関係ないだろう、という理屈だそうだ。
ああ、オレは静岡茶が大好きだったのにな。掛川の茶とか。
でも、もうこれで日本茶は飲めなくなった。ましてや息子に飲ませるなんて、とてもとても。
国産茶葉が飲めないということは、国産茶葉で生産しているペットボトルのお茶も飲めなくなったわけで、これからはお茶と言えば烏龍茶か紅茶を選ぶしかないわけだ。
静岡の農家を責めるのは苦であろう。要はこれからの日本はそういう時代に入ったというわけだ。
2011.05.21
息子と二人で新潟ホテルに泊まり、そば屋と焼き鳥屋でメシ。
考えてみれば息子と二人の旅は初めてかも。男同士、なかなか楽しい。
駅前のそば屋は、ちょっとがっかり。ソバそのものはなかなか旨かったが、接遇やその他のつまみ類が明らかに格落ち。駅前立地に安住した、典型的な観光客商法と感じた。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「本の雑誌」
2011.05.20
取材2、原稿。
朝早く家を出て、横浜。山下公園のすぐ近くだ。
埠頭を渡る風が気持ちいいなあ。赤い靴の人形というものを初めて見る。
午後は続いてみなとみらい。
せっかくなので横浜の海を眺めながら徒歩で移動した。はあ、疲れた。
家に帰ってきて、まずシャワーを浴びて、それから原稿仕事。
途中、子供の歓声が聞こえた。何かと思ったら娘が部屋に走って飛び込んできて「おじゃる丸でイラストが出たよー!」と報告。
半年ほど前にNHKの番組あてに送った似顔絵が、今日、選ばれて放送されたそうだ。
まったく予期せず、突然テレビの画面に大写しになった自分のイラストと名前を見て、娘は「胸がどきどきしたよー」とのことであった。
よかったね、今日はいい一日だったね。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「新潮45」「SPA!」
「夜想曲集」カズオ・イシグロ・早川文庫。ノーベル賞に最も近い作家カズオ・イシグロ。ヨメのは初めてだ。まずは手近なところからということで、短編集。なるほど、不思議な味わいの作品集だった。これは面白いかもね。
2011.05.19
打ち合わせ1、原稿、ミックス。
「ベスト盤の女王」とは太田裕美のことだそうである。
なるほど。妙に納得。
ならば洋ものとなると、女王はカーペンターズだろう。いったいどんだけベスト盤があるんだ。
そんな中で一度聴こうと思って忘れてて、今日、駅前のツタヤで借りてきたのがカーペンターズのカラオケ。企画モノじゃなくて、本当のトラックからカレンのボーカルだけを抜いたものだ。
リチャードのアレンジの神髄がどんなものか、ちょっと楽しみなのだった。
でも、聴いてみて、あれっと言うほど拍子抜け。なんというか、あっさりしてるというか、え、こんなもんなの? という感じ。
要するにカーペンターズとはカレンのボーカルが偉大だったというわけだ。
で、しばし待てよとちょっと考え直す。
そうか、この偉大なカレンのボーカルを活かすことだけを考えてリチャードはアレンジしていたのだよ、きっと。
だから余計なものはそぎ落として、カレンのボーカルが最も輝くシンプルなアレンジにしたのだ。だからこそエバーグリーンとしての輝きが保たれているのかもしれない。
うーん、勉強になるなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」
2011.05.18
原稿、録音。
朝から小難しい原稿を仕上げて、昼からある先生に頼まれたアレンジの手直しをやって、そして夕方から小沢かづと君を丹後湯に迎えて録音である。
曲は「ものほし音頭」だ。
夏を前に、音頭は鉄板企画である。このCDは手売りする予定だそうで、たくさん売れるといいなあ。そうだ、ここでも宣伝しておくか。
あ、もっのほっしー、もっのほしー。
録音は1時間ほどで終了。
留守番の息子にちょっと出かけてくるからなと言うと、「あ、たけしだ。たけしにいくんだ」と鋭い。いや、鋭いというか、オレがわかりやすすぎるのか。
かづとくんと、たけしのカウンターに座る。
アンドロイドのあまりのアホさにとうとうぶち切れたかづとくんは、最近iPhoneに変えたばかりで、iPhone自慢でうるさくてしょうがない。だから最初からiPhoneにしとけばよかったのに。
ドコモの窓口でアンドロイドからiPhoneにメモリーを移せとねじ込んだらしいが、そりゃ無茶ってもんですぜ。
カウンターで呑んでいたら、隣に美人OL二人連れが座る。そして、こちらもiPhoneを買ったばかりらしく、いろいろといじり始めた。
そんな旨そうなおかずを見逃すかづとではない。
スルーパスを受けて反転する香川のようなスピードで、「何かいいアプリはありますか」と美人にシュートだ。
美人、いい人たちでにっこりと答えてくれる。こら、オレはアンドロイドだ。しかもOS3の時代に1.6を使っている遺物だ。明らかにオレを仲間はずれにしてるだろう。
この美人、聞けばなんと姉妹だという。しかも、8時までに近所のドラッグストアに行かなくてはならないらしい。よくわからんが、まあ、そういうわけでせっかく仲良くなったのに、すぐに店を出てしまった。岡崎みたいな空振りシュートのかづとくん。
ここに、いさわしがいたら、この美人姉妹をどう評論したか。聞いてみたかったな。
基本的にかづとくんはポジティブで前向きの人だから、話していても気持ちがいい。将来に対してあくまで楽観的にあれやこれやと話を膨らませるのは、とてもいいことである。その調子でもっと伸びていってもらいたいものだ。
そのかづとくん、あろうことか「魚せい」に行ってみたいという。マジかよ。つまんねえよ。やめとけよ。
でも行きたいのだという。
しょうがない、連れてってやるか。ということで2件目は場末の世紀末居酒屋、魚せい。
まあ、大将は単純きわまりないから、案の定、かづとが「旨いっすよ、最高っすよ」と持ち上げたら、すぐにいい気分になって「これ食え、あれ食え」と出してくれる。しょうがねえなあ。
まあ、こんな飲み屋でも気に入ったというなら、また来てくれたまえ。というより、りょーたとか、こういちくんとか、げんきくんとか、高杉さんとか、遊び歌のやかましい連中がまとめて飲みに来たらすげえ面白いかも。無茶苦茶で。
ちょっと見てみたいなあと思ったオレであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.05.17
取材5、原稿。
ぽぽぽぽ〜んで一躍日本の歌姫になってしまった野々歩ちゃんの実家がある玉川上水から、多摩モノレールに乗って立川へ行く。
多摩丘陵に広がる緑を見下ろしながら揺れるモノレールはなかなかに心地よく、素敵なのだった。
それにしても立川という街は不思議だなあ。
駅前は大変ににぎわっているのに、ちょっと外れると広大な空き地が広がる。カメラをのぞくと、実にヌケのよいこと。
一緒に行ったスタッフが立川駅の賑わいを見て「おお、まるで柏みたいだ」と感心していた。不思議な感心の仕方だなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「巡査の休日」佐々木謙・ハルキ文庫。佐々木謙の警察官シリーズはいろいろあって、もう話や登場人物がこんがらがって、よくわからん。この文庫も、もしかして以前読んじゃったかなあと思いつつ読み進めたのだが、どうも初めてらしいとわかって一安心。しかし、話のところどころに出てくる事件の展開が、どうやら前の話との続きらしくて、そんなのとっくに忘れちゃってるから、ちんぷんかんぷんなのだった。
2011.05.16
取材1、原稿。
野良仕事でいろんなところへ出かけるオレであるが、方面的に言うと、横浜方面が一番遠い。行きにくい。
なのに今週はその横浜方面での野良仕事が多い。
ああ。
今から天を仰いでぐったりするオレであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.05.15
高速道路のPA、SAはずいぶんときれいになって、要するにこれは民営化のおかげだと思う。高速道路無料化は反対。使った人がカネを払うのは当然のことではないか。
その中でも話題なのが、関越道・寄居PAの「星の王子様」だ。
なんじゃこりゃ。
世界で初めてのテーマパーク型PAとのふれこみで、去年オープンした施設である。気になっていたので、話のタネにとちょっと寄ってみた。
従来の高速道路のPAの賑やかさやでたらめたさは全くなくて、こじゃれた建物が並んでいる。焼きそばやラーメンなんて影も形も見えず、メニューはふんわりオムライスに南欧風カレーとか、そんなのばかりだ。
それをパラソルの下のしゃれたテープルでいただくざんす。
土産物コーナーは、地元名物の狭山茶やまんじゅうなどは全くなくて、全品、星の王子様グッズ。うひゃー、なんじゃこりゃ。どんだけぼったくりなんだ。
まあ、繰り返すが話のタネに一度見ておけばよくて、我が家は二度と行くことはないだろうなあ。
ドライブの緊張感から解放し、癒やしや安らぎを提供したいという思いが「星の王子様」の世界観と一致した、というのが高速道路会社の弁。
ああ、いかにも広告代理店のプレゼンシートに書いてありそうなことを。安いコピーライターが思いつきで書いたようなことを。
権利関係はどうなっていするのだろう。
「星の王子様」の著作権そのものは、2005年に消滅してしまったらしい。要するに公共物。
しかし、翻訳の著作権は残っているそうで、新しい翻訳物をいくら出してもかまわないが、昔の翻訳をそのまま使うのは著作権侵害になるそうだ。
だったら星の王子様という題名も著作権侵害じゃん、勝手に使ったらいけないんじゃん、と翻訳者の遺族が文句を言ったらしいが、題名は著作物にあたらないらしくて、これは相手にされなかったそうだ。よくわかんないな。
ただ、寄居の世界初テーマパーク型PAには、入り口に「日本の復興を応援します」みたいなボードが置いてあって、「サン=テグジュペリ権利継承者の日本国内唯一の代理人であり、星の王子さまのマスターライセンシーである株式会社Le Petit Prince」という名称が添えてあった。
あらま。なんだかややこしい方向に話が行きそうだな。
この会社の女社長の持つ別会社があって、そっちでは星の王子様関連のグッズ販売をやっているらしい。
おお、利権と金儲けの匂いがぷんぷんとっ。
著作権が消滅しているんだから、オレが勝手に練馬の畑の中に「星の王子様の野菜直売」とかいう店を出したら、どこかから怒られるのだろうか。すごく興味がある。やってみたい。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.05.14
新聞ネタなので書いてもいいと思うんだが、谷村新司に孫が生まれたそうで、その名前が丹杜(たんと)というのだそうである。
丹後の丹に咲の杜。
大爆笑。
それにしてもタントっつーのも凄い名前だよなあ。額のあたりがおじいちゃんそっくりだそうで、これも大笑いである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.05.13
取材2、打ち合わせ1。
小学校時代からの幼なじみの一人である伊藤ヒロシくんは、受験勉強の頃、こう口にしていた。
「若いときに覚えた英単語は、いったん忘れたとしても、40や50になっても思い出すらしいぞ」。
自分が40や50なんてじじいになることなどとても想像できなかったし、そもそもそんなじじいになってから英語を使う必要なんてあるものか、と思っていた。
もちろんそれはまったくの見当外れで、むしろ40や50のじじいになってからの方が、英語の力を求められるようになってきた。
今日もそうである。
なんと国際電話会議システムを使って、外人さんにインタビューである。
正確を期すために通訳が入るが、基本的に全員英語がわかるという中での取材だ。質問こそ日本語で発するものの、相手の答えには「ふんふん」と相づちする程度のことは必要である。
会話はさーっぱりのオレであるが、伊藤ヒロシくんが高校時代に言ってたように、確かに昔覚えた単語などはすぐに頭によみがえってくる。受験勉強は無駄ではなかった。
今や英語を話すのは当たり前の時代。あの人もこの人も、普通に英語でしゃべってる。
新幹線の隣で口を開けて寝ていたウッチーさんが、中国人から電話がかかってきたと思ったら寝ぼけ頭でいきなり英語でしゃべり始めても驚くことではない。
先日足を運んだ技術関係の展示会でも、作業服を着たさえないおじちゃんが、アメリカ人や中国人相手に堂々のブロークンで質疑応答していた。普通に仕事をしていれば、この程度には英語が使えるようになる時代なのである。
たいした時代だなあ。
だから英語ができることはちっとも特別じゃなくて、いまどき「語学ができます」と言えるのは、谷川さんも指摘していたように、英語と中国語の両方ができてからだろう。もっともそんな人は、中国にも台湾にも香港にもごろごろいるわけだが。
さて、そんな国際化の時代を予見していた伊藤ヒロシくんであるが、高校時代につきあってた彼女が寺の一人娘だったため、成人するとためらうことなく婿養子に入って、あっという間に坊主になってしまった。今ではありがたいお話を聞かせてくれる立派なお坊さんということで、地元ではちょっとしたものだそうである。
風呂場でエコーをきかせて歌った自己陶酔テープが、うっかりしたことで友達の手に渡ってしまい、たちまちクラス中に聴かれて大笑いされてしまった過去を知っているオレとしては、そのときの赤面を思い出し、ぷっ、あのヒロシが〜、と吹き出すのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「宝島」
「愛しの座敷わらし」(上)(下)萩原浩・朝日文庫。ハードカバーで読もうと思って逃していたのが文庫になって、こりゃラッキー。田舎の家に引っ越した家族が、座敷わらし事件を契機に家族の絆を取り戻す話。筆者得意のジャンルであるが、重松清ともけっこうかぶる。でも、オレとしてはこのネタを重松清がやったら、相当に「オレってうまいだろ」臭が漂う作品になったと思うので、萩原浩でよかったと思うのだ。もっとも時々、コピーライター出身らしい言葉遣いが出てきて、それがちょっと鬱陶しい。まるでオレの日記みたいに。がははは。最後のオチは、著者の旧作「噂」と同じパターン。最後のページをめくり、なるほど、とにやりと笑って読み終えるという作品だ。
2011.05.12
原稿。
最近は暇なので毎朝1時間ほどウォーキングしている。歩くのにはとてもいい季節だ。
ぐるっと一回りし、途中で氏神様にお参りもして、さて帰るかという頃に駅の近くを歩くと、だいたいカナウチおじさんの出勤に遭遇する。
知らん顔してあげようかと思うのだが、どうしても生来の迷惑かけて喜ぶ癖が出てしまって、交差点の反対側から、カナウチさ〜ん、いってらっしゃ〜い、と叫んでしまう。
おじさんは、だいたいいつも迷惑そうな顔をして、「お」と片手を小さく上げるのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.05.11
取材1、打ち合わせ1。
もっちともくだらない雑誌の一つ、SPA!を読んでいたら、ハンバーグが危険とい記事があった。どれどれ。
例のユッケ騒動だが、基本的に肉の表面に菌がついていても焼けば大丈夫。つまり焼き肉でも、中が生でも表面が焼いてあれば平気というのだ。
ところがハンバーグは挽肉だから、中の肉も表面の肉だったりする。
つまり中が生焼けで赤かったりしたら、菌が付着したままであるか可能性があるというのである。
なんということだ。
我が家では大きな少年というハンバーグ屋に時々行く。そこの一押し料理が、席で自分で焼くハンバーグだ。
これがでかい。でかいので、なかなかよく焼けない。
気がつくと、真ん中は半生だったりして、そのまま食っていたりする。
うーむ、これがやばいということか。
気をつけよう。大きな少年に、この先行くことがあっても、普通のハンバーグを頼むことにしよう。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊新潮」「SPA!」
2011.05.10
原稿、編曲。
久しぶりに吉野家で牛丼を食った。
男の特盛りに、味噌汁、お新香のセットである。
独身時代は週に何度も行き、時には朝から特盛りを食っていた吉野家。久しぶりに、たぶん7〜8年ぶりに行ったと思う。
やっぱり旨いねえ、吉野家。
でも、まあ、普通に旨いというレベルであって、米そのものはたいししてうまくないし、肉も普通だ。それでもやっぱり吉野家は旨いなあと思わせる何かがある。と牛分評論家のオレが言う。
久しぶりに吉野家に入ってびっくりしたのが、メニューの多さだった。
昔は席に座って「並っ」と言えば済んだのに、今は豚丼にキムチ丼に牛鍋丼にしょうが焼き定食まである。そのうちハンバーグ丼でもできるんじゃないか。
意外といけるかも、ハンバーグ丼。無理か。
目の前のテーブル席に座っていたオヤジ二人連れが、280円ずつ払って帰って行ったのを見て、びっくり。
メニューを見たら確かに牛鍋丼の並が280円だ。
すげえな、おい、昼飯が280円だよ。オレんちから品川までの電車より安いぞ。
昼飯が280円で済むから、確かにこりゃあ助かるなあ。
例の逆ギレのち土下座の焼き肉社長は、「カネを貯めるなんて簡単だ。使わなきゃいい」と言って派遣社員時代に毎月30万円ずつ貯金したそうだ。そんな焼き肉社長が大喜びしそうな280円だ。
でも、これでは確かに吉野家も儲からないわな。オレとしては男らしく牛丼一筋を貫いてもらいたいものだが。
*************
吉野家というと思い出すのが、学生時代に食った夜明けの吉野家である。
どうしてあんなことをしたのか、今では理由などすっかり忘れてしまったが、サークルの先輩(佐野さんだ)が「このサークルには飲んでから一晩かけて都内を歩き、夜明けの海を見るという伝統行事がある」と言って、オレたちを連れ出したのだった。
細かいことはまったく覚えてなくて、たぶん渋谷の焼き鳥屋あたりで飲んでから歩き出しただろう、ちゃんと夜明けの海を見ることができたのかどうかも、記憶にない。
ただ、歩き疲れて明け方に吉野家に入って牛丼を食ったことだけはなぜか鮮明に覚えているのである。
あ、一緒に歩いた加藤と朝の東横線に乗って帰って祐天寺の駅で別れたことも覚えている。
***********
という話の流れとはまったく関係なく、連日届く迷惑メールの数はひどくてひどくて、もちろん迷惑メールフォルダーで仕分けているのだが、毎日100通以上。
たまーに必要なメールまでもが仕分けられちゃってたりするので、時々は迷惑メールフォルダーを開いて中身を再確認している。
そんな中で今日見つけて噴いたのが「ご必見ください」というタイトルだった。
すげえタイトルだなあ。
日本語はまだまだ進化していくのだろう。どうぞご進化ください。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「美味しんぼ」
2011.05.09
原稿、編曲。
日本の電力会社は10社だそうである。
数年前、その一社の仕事をした。地方の電力会社だった。
地方都市では電力会社は最も存在感のある会社で、はっきり言って殿様である。就職先として一級品。飲みに行けば、名刺だけで呑める。もてる。
その仕事は、電力会社会長のインタビューというものであったが、大げさでなく、当日は会長にどんなネクタイをしていただくか、ということだけで担当部署が大騒ぎになるのであった。
そして、会長の服装について大手広告代理店と打ち合わせをするために、わざわざ担当者二人が飛行機で上京したのだった。これ本当の話。オレは見ていた。
電力会社というのはそういう会社であるから、被災者の前で正座し、作業服姿で土下座をさせられた東電の社長・会長の姿に、他の電力会社の幹部は震え上がっただろうなあ。プライドの高さにかけては原発級の彼らにとって、あれに己の姿を重ねるなんてことは、想像さえできないことだったに違いない。
だから、地震のたった一撃でそんな地獄を見ることになるのなら、中部電力幹部の本音は、浜岡原発を一日も早く停めたかったのではないか。
しかし、そうなると株主代表訴訟も含めて経営責任を内外の投資家から追及されることになりかねない。政府が要請してくれたことは「国に頼まれたからしょうがないでしょ。こっちは悪くないです」と言い訳できるわけだから、まさに渡りに船だったに違いないと、オレはにらんでいるのだが。
もっとも浜岡の停止は、アメリカの国防総省、国務省あたりが4月から強く求めていたことだったというのが、ばれてしまった。
なんだ、外圧かよ。
浜岡原発の風下には横須賀基地、横田基地などがあるので、米軍にとってはシャレにならなかったのだろう。クリントンが大急ぎで日帰りでやってきたのは、それをねじ込むためだったに違いない(菅首相の精神状態を確かめに来たという説もあって、たぶんそれも本当だろう)。
要するにアメリカに「普天間でごたごたぬかしといて、今度は原発か。てめー、いい加減にしろよ、本気で日本つぶしてやるぞ」と胸ぐらをつかんで恫喝され、びびっちゃった、というのが浜岡停止の正体だろうな。
そして、電力会社に話は戻るのだが、浜岡停止を発表した席で中部電力の社長は「政府が全額補償すると言ってくれた」と目を血走らせていた。
なんで中部電力の損失を、税金で補填しなけりゃならんのだよ。
中部電力はそんなことはまったく頭になく、補填してもらって当然という顔である。さすが殿様である。
しょうがない、言うこときいてやるぞよ。えっへん、カネで勘弁してやるぞよ。
もらって当然という殿様の顔を見てオレは、そのカネを東北で使ってくれと、どうして言えないのだとテレビに向かって呪詛の言葉を吐いたのだった。
そういや土下座した東電社長に向かって被災者が「いったい給料いくらもらってんだ、あんた」と詰め寄ったら、社長は「金額は勘弁してください」と逃げたらしい。平時なら品のない質問だと思うが、60を過ぎて家を流されてこれからどうやって生活しようかと途方に暮れている被災者を思えば、その程度の暴力的質問も仕方ないなあと思うのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.05.08
編曲。
毎日、編曲の仕事をしているように書いて、まるで売れっ子のように見えるけれど、実はちょっとした作業をちょっとずつやってるだけで、たいしたことはまったくやっていない。とほほである。
本日は汗ばむ陽気で、ゴールデンウィーク明けのまさに初夏。
天地真理ファンの親分なら「わっかっばーがかっぜっにー」と歌い出すような、とても爽やかで気持ちのいい日曜日である。オレなら「二人の日曜日」を歌うかな。
こういう日には、公園でバーベキューか自転車に乗るというのがお約束である。しかし、とある信頼すべき筋から得た情報では、公園で子供を遊ばせるのはまだしばらく待った方がいいとのことであった。
空気中の放射能は心配しなくていいレベルになったが、地表の植物に付着した放射能生物質は除去されてなく、むしろ吹きだまりやブッシュなどには集中してたまっているというのである。
それはまずいな。
ということで、公園へ行くのは断念。でも、せっかくの日曜に家でごろごろしているのはもったいないので、出かけることにした。
行く先は川越のヤオコーである。スーパーである。
別にスーパーが珍しいのではない。そのスーパーの敷地内にあるエスニック料理店がバイキングだというので、昼飯を食いに行ったのである。
ところが、苦労してやっと探し当てたその店は、なんということだ、既につぶれていて再ゼリアへと改装中。まったくの徒労に終わったのである。
仕方なくオレたちはスーパーの中にあるフードコートでそれぞれに好きなものを食うことにしたのだった。ちっ。
しかし、子供にとってはメシなどどうでもよく、要するに家族ででかければどこでも楽しいのであるから、それはそれで満足しているのであった。
それにしても暑かったなあ。ほとんど夏。
さて、川越のスーパーからの帰り、そういや天地真理ファンだった中山親分の家が近くにあることを思い出し、突然立ち寄ってみることにした。
親分ちは何度かいってるが、久しぶりだなあ。
親分が「ウチの冷蔵庫で駐車場」と勝手に自分のものにしているマルエツに車を停め、親分ちにあがる。
ゴールデンウィーク最後の日、親分一家はのんびりだらだらと過ごしているようだ。奥様のみーこさんにご挨拶。
子供らは親分のことが大好きなので大喜びである。早速マッサージチェアを見つけ、乗っかってスイッチを入れてもらい「うひゃひゃひゃ、くすぐったい、うひゃひゃひゃ」と大騒ぎだ。
続いて物置の探検に出かけ、親分一家が昔遊んだというボードゲームを発見。早速親分を交えて子供らはゲームに興じるのだった。
いやあ、これで子供たちにとっては楽しいゴールデンウィークの一日になったなあ。大助かりである。
ここまで来たら晩飯もごちそうになっちゃおうかと思ったが、まあ、遅くなるのもなんだし、素直に退散する。親分、ありがとね。子供たち、楽しそうでした。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.05.07
編曲。
乙武くんの始球式が話題になっている。
乙武くんとは「五体不満足」の乙武くんで、仙台での野球で始球式を行ったのだ。
バッティングマシーンのスイッチを入れるパフォーマンスだろうという大方の予想を破って、しっかり自分の体で投げ、自分で歩いてマウンドを降りた。
オレがちょっと感動したのは、マウンドの上でマイクも使わず大声で「心を込めて投げさせていただきます」と叫んだことだった。
実は乙武くんには数年前にインタビューしたことがある。
手足がなくて、でも、すばしこい身のこなしにはびっくり。話の内容から、政治家への転身を考えているのかなあと思ったけど、そんなこともなかったか。
乙武くんには夢があるのだそうだ。
「テレビのクイズ番組に出て、難しい問題に答えられないとき、司会者に"乙武さん、手も足も出ないですねー"と笑ってもらいたいんですよ−」。
正面切って自分の身体的特徴を明るくからかわれるようになった時、自分は本当に差別されなくなるに違いないと考えているのだそうだ。
これは深いなあ。
この人物は、なかなかの人間であると思う。
*************
先日読んだ「Will」に興味深い記事が載っていた。
被災地で遺体の捜索に当たっている人のコメントというか、ぼやきである。
すさまじい異臭が漂う中、放射能の恐怖におびえながら日々厳しい作業に直面している彼らの言葉だ。
「遺体を見つけて、ありがとうございましたって言われるけど、そんなら自分で探しやがれってんだ」「被災者のやつらは何もしない」「ばあさんが握り飯を持って差し入れてくるが、そんなことしないでもらいたい」などなど。
その心中は、いくら深く思いやっても、オレごときが何も言えるものではない。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」
2011.05.06
原稿、編曲。
キベさんのブログのセッちゃんのネタだが「保安院全員アホ」という回文が子供の間ではやっているらしい。
ほあんいんぜんいんあほ。
なるほど(笑)。これは、単なる回文に終わらずにそのままちゃんと筋の通った文章になっているところが素晴らしい。
*******
三連休の後の今日。明日からは二連休。
まったく絵に描いたような連休の谷間で、幼稚園ならば子供を休ませるのだが、学校ではそうもいかないので、きっちり谷間にも早起きして学校へ行かせる。
その朝食での出来事。
家族で食卓を囲んでいた朝7時過ぎ、「おはようございます」とくぐもった声がした。
あれ? 誰? 隣のオガワさん?
違った。
もしやと思ってリビングの窓を開けたら、そこにお百姓さんがでっかい大根を抱えて立って「おはようございます」と挨拶していたのだった。
お百姓さん、抱えていたでっかい大根を差し出して「これ食べてけろ」と言う。
おわっ、すげえ大根。葉っぱのついた立派な大根で、今畑で掘ったばかりの、泥つきだ。
あわわわわと受け取ったオレは、子供らにお礼を叫ばせて、お百姓さんの背中を見送ったのである。
オレんちの隣は広大な畑。練馬の畑。
その畑のお百姓さんが大根をくれたわけだが、しかし、いったいどれだけ田舎なのだ、ここは。
顔が合えば挨拶ぐらいはするが、特にそれ以上のつきあいがあるわけでもなく、なんでまた急にこんなに立派な大根をくれたのだろう。
隣の畑からは、春になると畑の土埃が大量に舞い上がる。それははっきり言ってたいへんな近所迷惑で、近所はみんな迷惑している。なんだ、この文章は。
まあ、そういうわけで土埃には困っていて、春になると洗濯物も干せないし布団も干せない。
住んでみなくちゃわかんないこともあるよなあと閉口しつつも、こちらは後から引っ越してきた身だし、別に悪意があって土埃をまいてるわけじゃないし、オレの実家は兼業農家で田んぼと畑と百姓に囲まれて育ったこともあって、特に文句をいうでもなく、とほほほとヨメと顔を見合わせるだけだった。
そのことを申し訳ないと思って、大根をくれたのかもしれないなあ。
特にここ2ヵ月、まったく洗濯物を干していないし。
ただ、それは畑の土埃のせいではなくて、放射能が心配だからなのだが。
タイミングよく、オレの信頼する筋から、ぼちぼち洗濯物を外に干してもいいよ、ただし取り込むときは念のためにはたいてね、という情報があった。
なので、この週末あたりから洗濯物を干そうかと考えていたところだった。
しかし、これで干すとなると、いかにも大根をもらったから許してやって干し始めたみたいではないか。うーむ。
どうしたものだろうと、ヨメと余計な思案に頭を悩ませる。
その大根は、さっそく昼飯のおかずにと、葉っぱの部分をヨメが天ぷらにしてくれた。旨かった。
********
復興ソングがたくさんあって、中には復興ソングをみんなでつくろうというサイトもあって、まあ、いいっちゃあいいんだけど、うーん、と首をひねっている。
今の時点での復興ソングの決定版は、「I love you & I need you ふくしま」だろう。
サンボマスターの山口などが結成した猪苗代湖ズというバンドの演奏だ。TOKYO FMがらみらしく、ダウンロード販売されていて、収益は全額寄付される。
それはいいんだけど、とにかくこの歌は素晴らしい。
福島という地域限定ではあるが、言うまでもなく思いは東北全部に通じる。
全国の人が「福島が好き」と応援するメッセージソングで、初めて聴いたときは涙がぼろぼろと流れたものだった。
アンサーソングではないけれど、同じ曲で郡山の子供たちがシングアウトしているバージョンもあり、こっちは同じ年頃の子を持つ親としてやっぱり涙ぼろぼろなのだ。なんだか泣いてばかりだな。
また、サンボマスターがライブで演奏しているものもYouTubeにアップされている。ボーカルの山口の語りが素晴らしく、それ以上に最後の観客全員での「ふーくしまっ、ふーくしまっ」というシュプレヒコールが泣かせる。
福島で学生生活を送った、オレの弟にもぜひ聴いてもらいたいものだ。
復興ソングは、繰り返すが、今のところこれに決定。
いろいろと物思う春であり、涙を流してばかりではあるのだが、オレもこの春を乗り切るのだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.05.05
しっかし、焼き肉屋の社長のキャラは、ここ数年なかった見事なものでしたな。できればあのまま逆ギレキャラで突っ走って欲しかったのですが、土下座もそれはそれで天晴れでありました。
あんな社長の店で食ったおかげで家族を亡くしたとしたら、本当に浮かばれないことでありますが。
あれは要するにユッケじゃなくて、普通の焼いて食う肉にも菌が付いているって話だろ? 焼き肉用を生で食ったら病気になったということは。
普段、焼き肉を食うときって、自分の箸で肉を網に載せて、その同じ箸でキムチを食ったりライスを食ったりしているから、普通に菌が口の中に入っているってことじゃん。
トングが置いてあるのは店のアリバイ用だったわけか。
そう思うと、焼き肉屋ももう行けないなあ。中がよく火の通っていないハンバーグ屋も行けないなあ。
そう言いつつ、しばらくたったら行くのかもしけないけど。
生肉はダメでも、生の魚はいいのかも。はっ、こっちは放射能か。
やれやれ、いろいろと食い物は大変だ。
「新潟日報」
2011.05.04
新潟の実家で、甥っ子とうちの子供達がモノポリーで大騒ぎ。
「新潟日報」
2011.05.03
新潟の実家の隣町が新発田という街である。
オレが高校生くらいには、何かちょっとした買い物をするとしたらこの新発田まで足を伸ばしたものだったし、夏祭りと来たら子供が誰もが一度は行きたいと憧れる度の規模だった。
それが少子高齢化の波に押され、お約束のイオンが郊外にできてから、中心部の商店街はばたばち店を閉じ、今やシャッター商店街どころかシャッターだけ商店街。いや、その有様は、すさまじいものだよ。
その商店街を車で走っていた時、珍しく開いている店を発見。よく見たらなんと「心がホール食堂」と書いてある。
シシシシ、シンガポール???
なぜ新潟の片田舎にシンガポール食堂が。そして看板には大きく堂々と「名物オッチャホイ」と書かれてあったのだ!!!!
なんなんだ、オッチャホイ。オレは車の中で思わず、食いてーっと絶叫したのである。
オッチャホイ。
そのあまりに衝撃的なネーミングは、我が家族を直撃。ヨメは早速スマホで検索だ。
するとわかったことは、それなりに有名な店らしく、オッチャホイを求めて遠方からわざわざやってくる客も多いという。地元の隠れた有名店か。
肝心のオッチャホイとは、シンガポールの焼きそばらしいが、その名前は造語らしい。
なんのことだか、さっぱりわからない。
焼きうどんみたいなものか。
なんでもシンガポール人の店主が幼少の頃に食べた味を思い出してつくった料理とのことだが、なぜそれにオッチャホイなどという名前がついたのか、ちんぷんかんぷんなのだ。
ともかくオッチャホイという摩訶不思議な食べ物が存在することを発見し、いつかはそれを食うことを決心。ヨメはオレに「オッチャホイ丹後っていう芸名にしたら」と言う始末である。
「新潟日報」
2011.05.02
今年のゴールデンウィークは日の並びが非常によろしくない。とびとびもいいところだ。
仕方なく我が家では、平日の今日、子供が学校から帰るのを待ち構えて新潟の実家に連れ帰ることにした。
午後から夕方、関越道を走る。
天気予報でも言っていたとおり、黄砂がひどい。
雑誌「Will」によれば、中国からやってくる黄砂には、放射性物質が含まれているそうだ。
首都圏に飛来した過去10年間の総量を計算すると、福島からの放射性物質なんてちゃんちゃらおかしいというぐらいになるらしい。んがあ。
ウイグル自治区で、住民には内緒で核実験が繰り返され、そのときのセシウムやらが黄砂には含まれているのだそうだ。
悲惨なのはウイグルの人たちで、実態を何も知らされずに生活を続けたから、とんでもない健康被害が起きているそうだが、中国のことだからそんなことはなかったことにされて、闇から闇に消されてしまったらしい。
うーむ。とにかく黄砂は迷惑だなあ。洗濯物も干せない。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「かばん屋の相続」池井戸潤・文春文庫。銀行ものを得意とする著者の短編集。この手の小説は、素材のおもしろさだけが光って小説としてのおもしろさを見いだしにくいものだ。この作品はというと、ぎりぎり合格か。
2011.05.01
編曲。
メーデーっての、まだやってるんだねー。バブル時代にもう役目は終わったかと思ったが、まだあったのねー。
オレが社会人1年生になったばかりの時も、もちろんメーデーはあった。
会社が明治通り沿いにあったので、仕事で忙しく働いている時に、下からやかましいシュプレヒコールが聞こえてきて、大変に迷惑したものだった。
そもそも社員数人の零細プロダクション。社会保険こそ整備されていたが、ベースアップもなければ社宅も保養所もない。
そんな底辺で働く貧民サラリーマンに迷惑かけながら、恵まれた大企業の社員が仕事を休んで騒いでいるということにえらい違和感を抱いたものだった。
こんなもの、とっととなくなっちまえ。
なくなりはしなかったが、メーデーは今ではお笑いのネタである。わっはっはっ。
ところで先日ちらっと書いた、歯磨き問題であるが、フッ素をはじめ発がん性がたっぷり含まれている歯磨き剤は健康に非常にやばいということが判明して、我が家はパニックに陥っていた。
そんな我が家を救うべく、本日届いたのが塩100%という歯磨き剤である。
添加物一切なし。発がん性物質一切なし。口に含んでもなんの危険もない。
おお、素晴らしいではないか。なにしろ天然の塩100%の歯磨き剤だからな。
早速使ってみる。
まさしく塩100%の歯磨きで、実に口の中がさっぱりする。家族にも好評だ。
しがらくはこれを使うことに決定したのであるが、言うまでもなく要するにこれは塩そのものであって、塩で歯を磨いているという、戦前の暮らしのようなものなのだった。
普通に塩を買ってきて磨けばいいだけの話かもしれない。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.04.30
編曲。
4月も今日で終わり。早いもんだ。
でも、3月・4月の2ヵ月つづりのカレンダーをめくるに際して、なんと3月は遠くになってしまったのだろうと感じた。
これから日本は夏を目指してまっしぐら。
そしてその先には台風が待ち構えている。
「暮らしと食品の安全」によれば、水蒸気爆発という最悪の事態がかなり高い確率でもう一度起きるそうな。チェルノブイリの数倍の死の灰が放出されるという。
そこへ台風が直撃したらと考えると、いいやい、今から背筋が凍る。
早く世界中に助けを求めなければ。そしてただちに浜岡を停止しろってんだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.04.29
編曲。
ゴールデンウィークが始まった。
震災で日本の春は変わってしまったが、それでもゴールデンウィークはやってきて、人の気持ちをそわそわさせるのであった。
どうせ買うなら東北のものを。どうせ行くなら東北地方へ。
そんな意識も定着してきたようで、今年のゴールデンウィークの東北道はけっこう渋滞してるらしい。
朝、息子に目の前の道路が混んでるか見てきなと言ったら、パジャマのまま飛び出して「流れてるよ、混んでないよ」と報告してくれた。
だがいったん高速に乗るとやっぱり大渋滞で、関越道も50キロだ。
そんなわけでオレは下の道をとろとろと走って青梅の方へ行き、日ノ出町のイオンショッピングモールに出かけたのだった。
ショッピングモールに行くというだけで大喜びなのだから、まだ我が家の子供らはかわいいもんだよ。何を買って、何を食べるか、うきうきと相談している。
2時間かかってイオンに到着。
まずは書店だ。息子が本を買いたいのであ。
娘は去年200冊読んだし、息子も毎晩読んでいる。今日も小説を中心に5冊ほど買って、うち1冊はもう読めるだろうというので大人の文庫本を買ってやった。星新一である。
娘はこういうところへ来ると本よりも文房具を欲しがる。女の子だなあ。
続いて100円ショップ。2時間もかけて出かけてきて、本屋と100円ショップなのだから大笑いだが、まあ、いいのだ。
息子が図書館から借りてきた本が100円ショップの商品を使って工作をしようというもので、なんだかいろいろと100円ショップで買い集めなくてはならないらしい。とても面倒くさいのでヨメに任せて、オレは娘とぶらぶらする。
娘が立ち寄ったのは、石けんショップ。あちこちで見かけるラッシュという店だ。ここで娘は店員の姉さんからすすめられた、とてもいい香りの石けんを買った。
子供ってのはこうして一人前扱いをされるととても喜ぶものなのだな。ましてや女の子。きれいなお姉さんからちょっとくすぐられると、すごく嬉しくなっちゃって、すぐに買ってしまうのだった。
昼にバイキングを食って、オレはイオンのティッシュを買おうとスーパーへ寄る。外箱のない箱ティッシュだ。
一度使ってみてけっこういいじゃんと感心し、洗面所に置くにはぴったりだと感じた。何よりも安いしゴミが出ない。
今日はまとめて買って帰ろうと思ったのである。
ところが店の中を探したけど見当たらない。あれー、おかしいなあ。買い占められたかなあ。
と思ったら、棚に小さな小さな紙が貼ってあって「生産ラインで不都合があって現在中止です」とあった。あららら、せっかく2時間もかけてティッシュを買いに来たというのに。
まあ、たぶん震災の影響。東北の製紙工場が被災したためだろう。しょうがないなあ。
帰り道、ちょっと足を伸ばして青梅の街に立ち寄る。オレの娘と同じ名前のパン屋があるのだ。
週に3日しか営業していないパン屋で、しかも祝日は休みだから、今日行ってもたぶん休みなのだが、ちょっと見るだけでもと思ったのだ。
青梅の街中なんてどうにでもなると思っていたが、オレが甘かった。うろうろしても見つけられず、結局地元の人に聞いて教えてもらって、ようやくたどり着いたのである。
そして本日休業の札。
とほほほ。車の中で寝ていた娘を起こして、看板の前で並んで写真を撮って終わりだ。
まあ、よいか、これはこれで。
帰りはがらがらにすいている上りの関越道を使って1時間。こうして我が家のゴールデンウィークが始まった。
やっぱり1年で一番気持ちのいい時期であることに違いはない。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.04.28
久しぶりに原稿、編曲。
編曲仕事が二つ同時進行。一つは大阪のげんきくんの作品で、元気な体操だ。
げんきくん、自分でアレンジした曲を送ってくれて、聴いてみたら、あれれれ、もう完璧じゃん。オレの出番ないしゃん。このまま使えるじゃん。
そう思ったのだが、同じアレンジはまかりならぬという編集サイドのお達しが出て、まったく別のアレンジをしなければならないというやっかいな状況に陥ってしまったのだった。
その曲にベストのアレンジがあれば、もうそれ以上いじる必要はないんだけどなあ。
そう思いつつも、ならばやってみせましょうと、あっと驚く大胆なアレンジを制作中。企画倒れのカバーにならぬよう、進めるのだった。
もう一曲は、かづとくんの新曲。自信作らしく、上手にまとまっている。
音頭だ。なるほど、こりゃ面白いという企画で、けっこう行けると思う。
音頭ならば、本当はこの連休ぐらいからプロモーションすべきであるが、ちょっと出足が後れたか。
5月中には現場で使えるぐらいの状態に仕上げないといけないなあ。
こうして若手の作家達がばりばりに頑張っているのが嬉しい。
しかーし、オレだって上から面でニコニコ笑っているつもりはない。胸ぐらつかんでタイマン張ってやる。
ということで、最近、新曲を2曲、たて続けに発表だ。歌で震災復興しようとかなんちゃらのサイトに発表したのである。
このサイト、発表しても別に何がどうなということもなく、ただ発表するというだけのサイトだ。
それでも他の人から感想が寄せられたりする。
もっとも「ねがい」を発表したらまったく反応なし。続く新曲二つも、一つに作詞者(見ず知らずの人)からお礼が寄せられたのみ。
どうやら完全スルーされているようだ。
学生時代のクラブ活動では詞や曲ができると合評ということでのが行われて、可愛い女の子の詞には野郎どもがたくさんの曲をつけたものだった。
あれと同じ状況がネット上でも起きているわけで、オレは今になってせっかく詞を発表したのにスルーされてしまった子の気持ちをかみしめているのであった。
ちなみに新曲の二曲ともけっこういい曲である。
特にこれ「優しい花」は、名曲である。ってオレが言うわけであるが。
けっこう詞がよくて、どうしてこんなにいい詞がスルーされていたのか、不思議なくらい。ちょっとアレンジがあれなので、もう一度、ちゃんとアレンジしなおして、丹後湯CDに収録しちゃいたいくらいだ。
それより、学研をはじめ出版社の皆さん、いかがですか。買いませんか。「優しい花」。
無理矢理あそび歌にしちゃえば、できなくないし。って無理すぎるか。
まあ、それぐらいいい歌だということで。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」珍しく文春が買いである。冒頭の原発暴走のドキュメントは迫真だった。3月15日、いかに日本がギリギリのところにいたか、よくわかる。今日の読売新聞の夕刊にも、メルトダウン必至の状況にあつたのに、3月15日、ギリギリのところで偶然にも流れ込んだ水によって回避できたことが明かされていた。日本は、偶然によって助かったのである。なんということか。
2011.04.27
我が家の子供達はずっと外出時にマスクをしていたが、そろそろ不要ではないかと考え始めている。その一方、歯磨き剤が実は人間の体にとってとてもよろしくないということがわかり、ちょっとしたパニックだ。震災とは関係なく。
どうしてそんなに体に悪いものを売っているのかなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.04.26
本日は息子の家庭訪問である。娘のは先日終わった。
やってきた先生は、若い男の先生である。
話を聞いたら、卒業してしばらく民間会社で働いた後、志を持って教師に転じたそうだ。立派だ。
柔道二段という体育会。
新任の挨拶で「腕相撲なら誰にも負けないぞ」と全校生徒の前でぶちかましたから、男の子達は大喜び。クラス担任が発表されたとき、息子のクラスの何人かが「やった」と叫んだらしく、「それがすごく嬉しかったですよ」と先生、にこにこ笑う。
いい先生だ。こういう若くていい先生が、いつまでも志を持って働けるような教育現場であって欲しいと、切に願う。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊ポスト」
2011.04.25
家に初めてステレオというものが来たのは、オレが中学2年の時だった。確か貴金属屋が持ってきたと思う。
どうして時計や宝飾品を扱う店がステレオを持ってきたんだろうなあ。単に親か知り合いだったのか、それとも当時は貴金属と同じくらいに高価なものだったのか。なんだか後者の方が正解な気がする。
レコードはどうしたかというと、レコード屋もあるにはあったが、最初はその貴金属屋がレコードのカタログを持ってきてくれて、その中から選んで注文すると、数日後に届けてくれるというシステムだった。
なんだかすごい昔の話のようだが、実際にすごい昔のことだからしょうがないのだ。
当時、LPレコードの値段は2500円ぐらいだった。
調べたら同じ年の大卒初任給は4万3000円だったそうだから、今の感覚で言えばアルバム1枚が1万円相当ということになる。
たっけーよ。
当然、中学生が買うとしてもお年玉をためてという話になるわけで、大人も買う前は慎重に検討して選択し、買った後は繰り返し聴いたものだった。後年のジャケ買いなどということは、恐ろしくて想像すらできない。
そんなふうだったから、1枚のアルバムを大事に大事に聴いて、その音が耳に残り、体にすり込まれてしまうのである。オレの場合、そうやってすり込まれてしまったのが、ディキシーランドジャズだった。
貴金属屋が持ってきた中にあったのがイギリスのケニー・ボールというディキシー・ランド・ジャズバンドのベスト盤。「アレキサンダーラグタイムバンド」「夏の日の恋」「上を向いて歩こう」「ハロードーリー」と今思えばなんでもありの無茶苦茶な選曲だが、これをずーっと聴き続けたのだった。
ディキシーランドはとにかく楽しく、ノリがよかった。聴き続けるうちに細かなところまで聴き取れるようになり、そうすると、トランペットが主旋律を取って、トロンボーンがカウンターを取り、合間を縫うようにクラリネットが目まぐるしくアドリブでおかずを入れるというスリリングな構成がわかるようになってくる。
さらにはバンジョー、ベース、ドラムのリズム隊が裏打ちかつ四拍目にアクセントを持ってくるというやり方が、とても心地よく思えるようになってきた。
そしてこれがまさしくラグタイムに通じる骨格だったのだ。
やがてギターを弾くようになると、自然とラグタイム音楽を演奏するようになり、そしてついにスコット・ジョップリンを知るようになるのである。
スコット・ジョップリンはラグタイムの巨匠。スティングのテーマ曲「エンターテイナー」が一番知られている。ディズニーランドの入り口近くにある土産物コーナーで一日中流れているのもスコット・ジョップリンの「イージーウィナー」だ。
そして大学生になっていたオレは映画でその「スティング」を観てサウンドトラックのLPを、確か渋谷の東邦生命ビルにあった輸入レコードショップで買ったのだった。
よく聴いたなあ、あのサントラ。一曲目の「Solace」という曲が大好きだった。ラグタイムの、とても美しくてせつないメロディーだった。
そんなことをふと思い出し、もしかしてあるかなあと思ってウォークマン用のダウンロードサイトをチェックしてみたら、おお、なんということだ、あるじゃないか、スティングのサントラ盤が。そのジャケット写真を見て、オレはあまりの懐かしさにイスから転げ落ちたのである。
早速「Solace」をはじめ、数曲をダウンロード。散歩しながら聴く。
いやあ、いい曲だなあ。決して有名じゃないけどオレは大好きという曲シリーズの中の一曲。いつまでも大事にしたいと思うのだ。
さて、なぜこんなことになったかというと、昼前に光が丘にブックオフまでウォーキングした時に買った「N響 シネマコンサート」というCDを聴いたからだ。300円。安っ。
タイトル通り、そのまんま。N響が映画音楽を演奏したライブアルバムである。チャップリン・メドレー「スマイル」、いい曲だよなあ。
その中で「エンターテイナー」と「Solace」が演奏されていて、それで昔を思い出したのだった。
最近は映画音楽を割とよく聴く。いい曲がおおいよなあ。
このCDも「白い恋人たち」「ロッキー」「ある愛の詩」「ひまわり」など、いろんなスクリーンミュージックをしゃれたアレンジで聴かせてくれる。仕事をしながら聴くのにちょうどよい。
そしてこの「N響 シネマコンサート」と一緒に買ったのが「ケルティック・ウーマン デビューアルバム」とサンボマスターの「サンボマスターは君に語りかける」。どちらも500円だ。
安安っ。3枚で合計1300円だから安安安っ。
けっこうよかったのがケルティックウーマン。全米大ヒットアルバムだな。
アイルランドの5人組の女性グループで、KARAとか少女時代とかとはしょせん次元が違う。あくまで美しく上品で幻想的なのだ。と言いつつ、オレはKARAではショートの丸い顔のが好き。
アイルランドと言えば妖精の国。そして緑の国。
一曲目からまさしく霧深い緑の大地から妖精が登場するような、そんな幻想的な音楽が流れるのだった。仕事中にかけるとアルファ波がどばどば出そうだな。
このケルティックウーマンを聴きながら10分ほど昼寝したら、妖精がオレのまわりをひらひらと飛んで、とても気持ちよかった。
一度は行ってみたい国の一つだな、アイルランド。
もう一枚の「サンボマスターは君に語りかける」は、まあ、サンボマスターだからケルティックウーマンとは次元どころか住む惑星が違う。
一曲目から例の絶叫が延々と続くのだ。ギターががちゃがちゃと鳴り響き、ドラムがズドドドドドドと暴れ、ベースがブボボボボブボボボと疾駆する。何を歌っているのか、さっぱりわからない。ケルティックウーマンも何を歌っているのかさっぱりわからなかったが、こちらは日本語なのにわからないという不条理さである。
それでもこのボーカルはなぜかメッセージが届くんだよなあ。不思議な力だ。何かが伝わってくる。
ジャンルとしてはパンクなのだろうが、本質的には吉田拓郎や泉谷しげると変わらない。ボーカル本人が、岡林信康のファンだというのも納得である。
吉田拓郎がギターをじゃかじゃかさせて、わけのわからないメッセージを早口で発していたのを、エレキギターに置き換えたということになる。
もっともやたらとうるさく「僕はこう思うわけですよ」とかいうMCがスタジオ録音なのにばんばん入ってくるから、とても仕事中には聴けない。
夜、田中スーちゃんのお葬式のニュースを見ていて、スーちゃんが残した録音メッセージを聴き、いやあ、涙がこぼれちまったい。あのメッセージは、すごかったなあ。
そして、このタイミングに合わせたかのように「週刊女性」が夫の不倫および隠し子疑惑を報道だ。さすいがにこれは鬼畜のタイミングだ。ひどいもんだな。「週刊女性」。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「格闘する者に○」三浦しをん・新潮文庫。デビュー作。女子大生である「私」の就職活動を縦軸に、恋愛と友情を横軸にした物語。淡々と話は進み、たいした山もなく終わっていく。退屈っちゃあ退屈な小説だ。
「鉄のライオン」重松清・光文社文庫。その「格闘する〜」に解説を書いていた重松清の文庫。えーと、なんだっけ、あ、そうだ、80年代を舞台に地方から上京した大学生がバブルの東京で過ごした青春を振り返るという、考えてみれば著者得意のパターン。マーケティング小説とでも言うのかなあ。
2011.04.24
ポール・サイモンの「アメリカの歌」を聴く。久しぶりだ。
1973年、つまりオレが中学時代にリリースされた歌だから、実に40年以上も昔の曲だ。改めてびっくり。
そしてここで歌われているアメリカという国の過ち、厭世感が、なんとも今の日本にぴったりということに驚いた。
"We come in the age's most uncertain hour"とは、実に今の日本そのものだ。そんな不確実な時代にあって、この歌ではしかし「明日もまた仕事があるので、このへんでお休みなさい」ととぼけるあたりがポール・サイモンらしい。
まったくひどい世の中になってしまったものだ。
これからクーラーの使えない夏がやってくるのだが、実は本当の危機はその後にやってくる。台風だ。
今週の週刊現代が言うように、台風が福島を直撃したら、いったいどうなるのか。
いやあ、想像するのも恐ろしいなあ。ともかく台風の季節までにあのモンスターをなんとかしなくては。でも、それって現実的には絶望的なわけだよなあ。
ともかく日本は世界にひれ伏して「町内会の皆さん、助けてください」とお願いするしかないと思う。まったくやれやれだ。
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そんな暗い内容の日記を書いていてアレなのだが、実は本日は息子の10歳の誕生日である。
10歳、10年。
実家のばあちゃんに電話してやったら「まあ、年を取るわけだわなあ」と嘆息。オレも同感だ。
つい先日、所沢の小さな産院で産声を上げ、新人父ちゃんのオレをおろおろせさたあの赤ん坊が、10歳。もう少年である。小僧である。感慨深い。
どこかの市長選挙だか市議会選挙だかで、なんとか金太郎という名前の人が当選したというニュース見て、お前も金太郎という名前にしたら選挙にとおるんじゃないかとからかったら、「絶対に嫌だ」と怒るような、そんな少年になった。意味不明の書き方であるが。
誕生日なので、いろんな方からいただいた寿美ロールケーキや、でっかいミカンや、砂利の形をしたチョコレートなど、山のようなうまいものを並べて誕生日祝いをする。
ロールケーキをカットしてローソクを一本。家族で「ハッピバースデー」と歌う。
10年後もこうして子供は歌ってくれるのかな。まあ、無理だわな。10年後は「ちょっと友達と出かけてくるから」とか言って、彼女と居酒屋で酎ハイとか飲んでそうだな。
誕生日祝いに買ってやったのがボードゲームのモノポリー。ところが今日になってヨメにこっそりWiiのゲームソフトも買ってもらったらしい。
くぉら、モノポリー買ってやったのになんでゲームまで勝ってもらうんだよ、くぉら、とどついてやったら、でへへへと笑っていた。
その息子の要請により、誕生日記念モノポリーを行う。
今や息子だけでなく、娘もヨメもこのゲームが大好きだ。腹黒い人間が勝つようにできているため、いつもだいたいオレが圧勝する。
ヨメも息子も一回ずつ勝っていて、実は娘だけがまだ勝ったことがない。
そして今日は前半、娘が絶好調で初勝利かと思えたのだが、結局、最後は腹黒いオレがまた圧勝してしまった。とほほ。
なんてひどい親なんだ、オレは。
娘に、もうちょっとで勝ちそうだったのに残念だったなと言ったら「ちょっと泣きそうになったけど我慢した」と顔をそむけるのであった。
ううう、なんてひどい親なんだオレは。
思わず娘を抱き上げて、ごめんよごめんよと頬ずりして「おひげが痛い」と悲鳴を上げさせる。そして、次はお父さんがお前を勝たせるために全力でバックアップするからと裏取引の約束をしたのだった。
息子も娘も、これから大人になっていくその長い人生を、東北のモンスターと共に生きていかなくてはならない。
こんな「最も不確かな時代」にしてしまったことを、今の時代に生きる一人として次世代の人間に申し訳なく思うしかないのだが、ともかく日々を大切に生きていって欲しいと思うのみだ。
あのモンスターを何とかしなければ。そしてとにかく、浜岡を即刻停めろってんだ。
2011.04.23
「あのとき、どこにいました?」が挨拶代わりになって、オレも時々3.11を思い出す。
晴海の高層ビルで震度5強を体験し、目の前のお台場のビルから黒煙が上がって、こりゃ大変なことになったと思いつつ、電光掲示板を見たら「宮城で震度7、震源は宮城県沖」という一報を目にして、先日の地震に続いて大変だなあと反射的に思ったものだった。
その後、電車が止まった状態を前にどうしたらいいのだろうと思案していた頃、東北の地では海のモンスターが襲いかかり、さらに陸のモンスターが目を覚ましたのだった。
そんなことはつゆ知らず、どうやら大地震が東北を襲ったらしいというのは何となく把握しつつ、実態を知ったのは5時間歩いて深夜に帰宅してから。
気仙沼という、学生時代の友人の出身地として読み方を覚えたその街が燃えさかる炎に包まれている映像を見て、まあ、ああいうのを絶句といういうんだろうなあ、テレビの前でぽかんと口を開けたのだった。
そしてヨメに、これは今の様子なのか、あれは家なのか、と繰り返して聞いた覚えがある。聞かれたヨメだって、わけがわからないまま、うん、と答えるしかなかった。
以来繰り返し流れる津波の映像に、あの水の下にいっい何人の人がいるんだと天を仰ぎ、そして、陸のモンスターにおびえる日々が始まったのである。
この地震の直前に脳梗塞で倒れた友人は、とうとう一度も目を覚まさぬまま、地震の直後に逝ってしまった。その半年前には、やはり友人が突然亡くなった。
そしてやはり震災直後には今度は子供の頃からかわいがってもらった叔父を亡くした。
どうしたって心晴れやかになれるわけもなく、ただ進学した子供達が明るく笑いながら、時には泣きながら、にぎやかに日々を彩ってくれることが救いだった。
改めて振り返ってみれば、ここしばらく、腹の底から大笑いしたことなどなかったなあ。せっかくちょっと立ち直りかけてきたと思った景気が、震災で一気に冷え込み、我が家の将来はどうなるのだという不安も日増しに強くなる中、大笑いなんてできるわけもない。
そんな状態だったから、中山親分が教えてくれた、病院での正しい孫の手の使い方、という話には本当に久しぶりに腹を抱えて笑った。ああ、おっかしーよう。
人を癒やすつもりが逆に癒やされて、改めて感謝である。皆さん、病室で孫の手を見つけても、決してそれで背中をかいてはいけません(笑)。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.04.22
久しぶりに原稿。
昨日はポール・サイモンの新作がアマゾンから届いたが、今日は「明日に架ける橋」40周年記念盤がアマゾンから届いた。
周年記念盤というのは、はやっているのかね。CDが売れない時代の苦肉の策なのだろうなあ。
CDが売れないといえば、ツタヤで10代割引というのをやっていた。なんと10代の人が加入するとレンタル料金が半額なのだという。
んがあ。オレも10代に生まれればよかった。
これは要するにダウンロード対策だよな。10代の子達にCDで聴くという習慣をつけてもらおうという目論見なのだ。
成功を祈る。が、別にどうでもよい。
さて「明日に架ける橋」40周年記念盤である。
CD2枚とDVD1枚の3枚組だ。CDは2枚とも過去にも発売されたのと同じ内容で、当然、オレも持っている。
従って新しいネタはDVDのみ。まったくソニーも阿漕な商売をするものだよ。
当然オレはCDは聴かないで、DVDだけを見る。きっと誰もがそうだろう。
DVDは、1960年代にアメリカで放送されで物議を醸した「ソング・オブ・アメリカ」というドキュメンタリー。よく残ってた。
ガーファンクル、若いなあ。知的でか弱いインテリ風で、きっともてただろう。でも、その中身は限りなく変人。わははは。
DVDにはもう一編、「明日に架ける橋」のメイキングを振り返ったインタビュー集が入っている。これが今回の一番の目的だ。
登場する面々を見て、まず、ぶっとぶ。その、あまりのじじいぶりに、だ。
ポール・サイモン、はげた。ひどいのはアート・ガーファンクルで、顔はしわくちゃ、声はだみ声。あのエンジェル・クレア、天使の声はどこへ行ってしまったのだ。
もうボーカリストとしては終わったのだろうなあ。残念なことである。昔の美声を楽しむのみだ。
あとは、プロデューサーのロイ・ハリーは、まあ、妥当なじいさんぶりで驚かなかった。バックミュージシャン達は、ジョ−・オズボーンとか、軒並みひどいじじいになっていた。ちょっとびっくり。
メイキングだからちょっとは期待したけど、今までのS&Gものの仕打ちを思えばたいした内容であるわけがなくて、まあ、案の定だった。
「ボクサー」の間奏は、トランペットとスチールギターを重ねた音、というのが新しい発見で、これで40年間にわたって世界を悩ませた問題が解決されたのだった。
昼飯食ってからパソコンでこのDVDを見たけど、眠くてしょうがなかった。まったくファンというのはつらいものだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.04.21
プレパラートといえば理科の実験で誰もが一度は使ったことがある。小さいものを顕微鏡でのぞくときのガラス板の、あれだ。
そのプレパラートの実体験に基づく画期的な使用法というのをコマちゃんに教わりながら、我々は中野の夜を過ごしていたのだった。
と、突然店の中に異様な音が響く。客の携帯が一斉に鳴り出し、あちにこちで「地震だ」「地震だ」「地震なんだぞ」というささやきが交わされたのである。
もちろんオレのアンドロイドはそんな音は発しない。役立たずだからだ。
その直後、地下のその店もゆっさゆっさと揺れ始めたのである。
帰りのバスの中でヨメからメールが来て「さっきのは震度3だったよ」と教えてくれた。そして、それに続いて「田中好子さんが亡くなったよ」。
へ? 誰、それ。
あ、スーか。もしかしてスーか。
地震よりも驚いた報せだった。
キャンディーズが活躍した時期はオレの学生時代とちょうどシンクロしていたから思い出深い。もっともキャンディーズそのものにはあまり興味はなかったのでそんなに思い入れはなかったが。
ミキが好きだったのはキベさんだった。一番人気はランちゃん。健康優良児タイプのスーは、どちらかといえばいじられ系のポジションだったか。
ずいぶんと長いこと、それこそ20年もガンと闘い続けていたんだってね。そうだったのかあ。もうゆっくり休んでもいいと神様が言ったのかもね。
また同時代の人間が逝ってしまい、思いはちょっとつらい。
そんなことを思いつつ、荻窪から石神井公園までのバスに乗り、終点までだから寝ちゃっても平気だーいと安心しながら、ウォークマンを聴く。
いやあ「ロンバケ」はやっぱりいいなあ。
続いてきたのが、ナオトなんちゃらの新曲だ。
いや、こういうのは正確に書かなければ。ナオト・ティラミスの「Brave」だ。
一つ前の曲でブレークしたナオト・インテグラ。その「今のキミを忘れない」とは、よかったよう。特に声には聞き惚れてしまった。
それに続くのが昨日リリースの「Brave」というわけだ。
期待してウォークマンを聴く。どれどれ。
出だしでいきなり、わっ、これはデフテク@学会ではないか、とびっくりする。音も歌い方もデフテク@学会にそっくりなのだ。ああ、たまげた。
ともかく先を聴く。
いやあ、相変わらずいい声をしていますなあ。しかーし、歌詞がダメだ。こりゃひどい。
空虚な自己実現ワードをどんどん塗り固めていって、でも中身が空虚なままの厚化粧だからまったく響いてこない。ちょっとがっかりだったなあ。ナオト・ラミレス。
こんな時は続けてサンボマスターを聴くに限る。「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」だ。
小太りで、メガネかけたおっさんが、胸の真上という異常に高いポジションにギターを抱えて「愛と平和!」と絶叫する歌である。これが胸に響くのだ。
裏返りつつ「悲しみで花が咲くものかぁぁぁ」と絶叫するところはマジで感動する。
ギター、ベース、ドラムという最小編成のこのバンドで、やっぱり最大の武器はボーカルで、だから言葉の力がそのまま現れるわけで、いやあ、なかなかいいなあ。
11時半に石神井公園駅前に到着したバスを降り、オレは「悲しみで花が咲くものかぁぁぁ」と叫びながら夜の街を歩く。
そういえば今日はちっとも楽しみじゃない予約をしていたポール・サイモンの新作アルバムが届いたんだった。なんつったっけ。「ソー・ビューティフル・オア・ソー・ホワット」だ。
70歳だってさ、ポール・サイモン。そして70歳になってレコード会社を移籍して新しいアルバムだってよ。すげえなあ。
でも、隠居生活しながら好きな音楽をやっている趣味人であるポール・サイモンは、レコード会社を移籍した理由が「売れるレコードを作れという圧力が鬱陶しくて」というわがままぶりだから、新しいアルバムも当然自分の趣味に走っているわけで、いやあ、相変わらずつらいなあ。
売れなくてもいい、自分の音楽を追究するのだ、というならばアルバムなんか出さないで、カネなんか巻き上げないで、自分の家の中で楽しんでてもらいたいよなあ。
結局半分だけ聴いて、あとは次の日の宿題にしたのだった。
家に帰って風呂に入る。
上がってからニュースを見る。もうどこもスーのニュースはやっていなかった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.04.20
沢田研二がパラシュートを背負って「TOKIO」を歌い、世間の度肝を抜きながら華々しく1980年代の訪れを告げたのは70年代最後の大晦日の深夜だった。
コピーライターブームの当時、糸井重里の作詞したその歌は「貧乏くさい70年代はもう終わりだ!」と宣言していた。今思えば、さあバブルが始まるぞ、と歌っていたのかもしれないなあ。
この1980年に発売されたのが大瀧詠一「ロングバケーション」だった。
20世紀を代表するアルバムであり、日本のポップス史上最も重要な作品であり、音楽ライターにして制作者のドバシ君の人生を決定づけた一枚である。
残念なことに、というか呆れたことに、オレはこのアルバムをリアルタイムでは聴いていない。
なにしろ1980年に就職したオレは(つまりオレは1970年に中学に進学したわけで、中学・高校・大学という最も多感な時期をまるまる70年代で送り、つまりは要するに70年代的価値で人格が形成され固まってしまったのだ!)、マンションの一室が会社という弱小の広告プロダクションの一員として、悲惨なサラリーマン生活を始めたばかりで、目の前の日々をやり過ごすためにのたうちまわるのに精一杯だったからだ(今も思い出したくもない日々)。
糸井重里と同じ業界のはずなのに、話に聞く華やかさとはまったく違って、お客にぺこぺこし、上司にいびられ、ワープロもファクスもない時代だったから夜中までシャープペンで原稿を書いては、翌朝に自分で客先まで届けてチェックしてもらうという繰り返しだった。
あ、いや、そんな辛気くさい日々のことを書きたいのではない。大瀧詠一だ。ロンバケだ。
同じ頃にブレークした山下達郎とともに、そんなわけで本来ならば時代の最先端を行く大瀧詠一もちゃんとつかんでおかなくてはならない業界のはずなのに、オレはそんな余裕も持てずに地べたを這いずり回っていたのだった。
せいぜいがサザンオールスターズの初期のカセットテープ(「栞のテーマ」までだった)を繰り返し聴くぐらいだった。
そして話は飛んで一気に現代なのだが、そんな頃にリリースされた大瀧詠一の「ロンバケ」は、その音で沢田研二のパラシュートのように世間をぶっ飛ばしたのだった。
当時、松本隆がカネのために歌謡曲の作詞家へと堕落し(本当にそういう言われ方をしていたのだよ!)、鈴木茂は腕利きのミュージシャンとしてポジションを確立し、細野晴臣はYMOに続く新しい道を拓こうとしていたのに、一人、大瀧詠一は沈んでいた。世間的にはそう思われていた。
そんな中でぶっ飛ばしたのが「ロンバケ」で、一曲目の「君は天然色」のイントロの三連の音の壁だけで、大瀧詠一は一気に宇宙ロケットをぶち上げるのに成功したのである(意味不明)。
なかなか話が現代に来ないなあ。
まあ、ともかくそういうわけで、そんな凄かった「ロンバケ」が、なんとこのたびリリース30周年記念でマスターテープによるリマスタリングで特別盤が発売されたのである。
いやあ、迷ったなあ。一度は聴きたいけど、買うほどでもないよなあ。
でも「サンレコ」で大瀧詠一のインタビューを読み、新しい音源の秘密を知るにつれ、やっぱり聴かなきゃ、と思って買ってしまったのである。
やっぱり買うかなあと思って、アマゾンでポチッとしたのが昼の12時。そして夜の8時過ぎにはもう届いた。
被災地の皆さんに申し訳ないような物資の届き方である。
池袋のタワレコまで往復400円をかけて買いに行くより、なんぼか素晴らしい。
まずはこれだ、「黄身は天然色」。目玉焼きか。違う。「君は天然色」略して"君天"。立ち食いソバだな。
「君天」は、サビが不思議な音の広がり方をするのが謎だったのだけれど、実は歌入れの段階で強引に一音下げた(!)という荒技が使われていたことが判明。つまりオリジナルのサビは、さらに転調して一音高かったというのだ。
そのオリジナルトラックが入っているというのが、今回の一つの目玉。なんだ、やっぱり黄身の話だ。
それと、録音に際してはアコギとピアノとパーカッションだけでもそれぞれ4〜6人が呼ばれたそうで、総勢20人以上のミュージシャンが大瀧詠一のヘッドアレンジで「せーの」で音を出したいうことがインタビューで明らかになった。
しかも一発録り。仰天。
それを3テイク分ダビングして、あの分厚い「ダンダン・ダッ・ダダーン!」ができたという。
うーむ、なるほどそうだったのか。
「集められた大勢のミュージシャンが、寒いだの腹減っただの、うるさかった」というほほえましいエピソードを思い出しつつ、とにかくリマスターされた君天を聴いた。
あいや、やっぱすげーや、この音は。
今回はボーカルなしのバックトラック、要するにカラオケがついているので、音だけをじっくり聴くことができる。
なるほど、あり得ない数のピアノとギターが一斉に鳴っていることがよくわかった。改めてチキン肌である。
そして問題の強引に一音下げたというサビ部分。注意深く聴くと、確かに音が変にモアレっぽくなっている。そういうわけだったか。
今回のリマスターについては、おおむね評判がいいものの、一部に「音圧が足りない」という声もあるようだ。えー、でもオレなんかこれぐらいが疲れなくてちょうどいいけどね。
すごくよくできたリマスターだと思うよ。音がきちんと粒立っているし。
引き続き転調前の君天、オリジナルトラックを聴く。
これを聴いて真っ先に思ったのは、意外とチープというか、普通というか、当たり前の音だということ。これがミックスによってあの壮大な音に仕上がったわけだ。ミキサーの手腕がいかに重要かが、よくわかる。
続いて「さらばシベリア鉄道」のバックトラック版を聴く。
これはやっぱり吉川忠栄のアコギに尽きる。この三連ストロークは、軽井沢で食事中のジョン・レノンが「オール・マイ・ラビングを超えた!」とびっくりして、持っていたご飯茶碗を落としてしまったという伝説がある。全部嘘です。
この忠栄アコギにドラムがこれまた尋常ではないノリ。
よく聴くと、ドラムのハイハットの音がほとんと聞こえない。
これはおそらく音域が似ているアコギを引き立たせるため、シャリシャリしたハイハットの金属音をカットしたのではないか。そんな勝手な想像をするのだが、ドバシ君には「違いますよ」とあっさり言われそうだなあ。
そんなわけで頭とケツの2曲を聴いて十分に堪能。
早速ウォークマンに転送して、世に出てから30年が過ぎてもいまだに色あせない、まさにカラーガールなこの音をしばらくは聴き続けることにしたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊ポスト」
2011.04.19
小泉今日子の「MySweetHome」という歌は、染みるなあ。
作詞はキョンキョン本人。お父さんを亡くして、そのお父さんを思い出しながら書いたそうだ。
踏切で待っていたら寂しくなって駆け出しちゃった、というシーンが大好き。お父さんに会いたくて駆け出しちゃったのだろう。
そんなふうに、踏切ってのは、人を寂しくさせちゃうものなのだ。
そして石神井公園では、先週の日曜日に高架化が完了。まわりから踏切が一斉に姿を消してしまったのだった。
なんだか寂しいものだなあ。
石神井公園に引っ越してきた当時、駅近くの踏切に立って目の前を電車がゴーって走りすぎていくシーンに、なんだかいいなあと思ったものだった。
時代は変わり、老兵は消えていくのだ。そして駅前では、老兵の区長が選挙演説をがなりたてるのだった。
基本的に暇である。えらく暇である。
仕事の電話は今日もあったのだが、一つは条件が合わずにお断りし、もう一つは先方の段取りが整わずに流れてしまった。とほほほ。
ただ泣き濡れるのみである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.04.18
午後、駅前のツタヤまでCDを返却に行き、書店で「サウンド&レコーディング」を買って帰ったら、なんだか家の前が騒がしい。人だかりがしている。
なんだなんだ、事故か。原発か。それともロケか。
ロケだった。
撮影機材が山と積まれていて、スタッフがあちこち動き回っている。
えーと、そこはちょうど子供の通学路で、そろそろ子供が帰ってくる時間だから、迷惑なんだけどなあ。困ったなあ。
玄関を入ってヨメに、おーい、ロケやってて迷惑だぞーと言ったら「それは迷惑だわっ。もうすぐ子供が帰ってくるから、迎えに行かなきゃ」と走って玄関を飛び出したのだった。
なんだか楽しそうに飛び出していったような気がしたので、追いかけていったら、30歩ほど歩いたところで嬉しそうに立っている。「なんとか蔵之介になんとかかんとかだわ」と、なんだ、俳優が来ていて、それを見て舞い上がっているのか。
たかがテレビのロケ。どこでもやっている。
だが都心ならいざ知らず、ここ練馬では、東映のアクションヒーローこそ珍しくないが、ちゃんとしたドラマのロケは珍しく、ママ友のチェーンメールであっという間に話は広がって、たちまち子供の迎えにかこつけた人の輪ができたのだった。
向かいのサーフショップの旦那が出てくる。業界の中ではちょっと知られたサーファーらしい。
こんちはと挨拶したら「お騒がせしてすんませんねー」とサーファー。
聞けば、これから店内で撮影があるらしい。「中で死体が転がっていて、なんとか蔵之介がピストルもって入ってくるらしいです」とのことだ。
へー、ロケに使われて何かいいことあるんですか、と聞いたら「さあ、看板ぐらいは映してもらえるかもしれませんねー」と適当な返事だった。
そのなんとか蔵之介がピストルを持って歩道で出番待ちをしていて、その姿を見た娘が「きゃー、ピストル持ってる、こわいよー」と家に逃げ帰ってきた。
オレはというと、集まったママ友の前にいって「どうも、蔵之介です」と挨拶したのだが、「あっち行って」と袋だたきにあう始末。どうして女というのは、いくつになっても、有名人とかタレントとか俳優とかイケメンに弱いのだ?
そんな騒がしい午後を過ごした後、夜、「たけし」に一人で行く。
実は今週、たけしが福島へ乗り込んで炊き出しをするというので、何かの足しに、と寄付に行こうと思ったのだ。車にいろんな食材や調理器具を積んで福島に行き、できる限りの料理をふるまおうという話だ。
エライ。掛け値なしにエライ。
買ったばかりの゛サウンド&レコーディング」を片手にオレは「たけし」に向かった。駅を通る。
おお、下り線も高架が開通し、駅がまったく違うものになっている。なんだなんだ、なんでこんなに立派なんだ。
あまりの変貌におれはちょっと感動してしまい、用もないのに駅構内を横切ってしまった。
「たけし」満員。
15分くらい待ったらまた来るよと言い置いて、オレはその新しい駅舎の近くでガードレールに腰掛けながら、ウォークマンを聴きながら時間をつぶす。
そんなオレの前に突然立ちふさがった丸い影があった。
なんだこのやろ、カツアゲか?
違った。片手にでっかいスーパーの袋を下げた、丸い影のその人は、今やすっかり石神井公園の主のような顔をしているカナウチおじさんなのだった。
「おう、なにやってんだよ」とオレをカツアゲするカナウチおじさん。スーパーの袋がはち切れそうだ。
あいやー、カナウチさん、「たけし」に行こうと思って時間をつぶしてるんですよ。どうです、一緒に行きませんか。
「おう、行きたいんだけど、買い物担当だから、家に帰らなきゃならないんだよ」とおじさん。スーパーの袋が重そうだ。
「今日も横須賀で取材だったんだよ」とカナウチおじさん。だったら、そういう仕事はオレにも回してくださいよオレは、大根とネギがはみ出た大きなスーパーの袋を見る。きっと中には一家族1本までというペットボトルも入っているに違いない。
「今日は撮影だけだったんだよ」とおじさんは、何かをごまかすように答える。スーパーの袋は、そろそろはち切れそうだ。
じゃあ、また今度たけしねー、と交わしながらカナウチおじさんと別れたオレは、ぼちぼち大丈夫だろうと再度「たけし」に向かった。
「たけし」今度は席が空いてた。どっこらせと座り、本日も日本酒をお任せでいただきながら、「サウンド&レコーディング」を読む。
白眉は大滝詠一による「ロンバケ」の録音回想だ。
スペクターサウンドのために大量のミュージシャンを動員し、せーので一発録りというスリリングな録音風景の回想は、ちょっとした冒険小説を読むくらいの緊張感と興奮が詰まっていた。面白いなあ。
その「ロンバケ」オリジナルトラック、聴きたいけど、まだ買ってない。でも聴きたいなあ。買おうかなあ。迷い中。
ぼちぼちっと飲んで、帰ることにする。
1万円を出して「お釣りは福島へ行くガソリン代にしてよ」と手渡す。このために来たんだからな。
外を出たら、雨が降り出していた。弱い春雨だ。
でも、念のためにコンビニに寄ってビニール傘を買う。
オレが小学生の頃、世界のあちこちで核実験をやっていて、雨が降ると先生達は「放射能の雨には注意してください。雨にあたると、はげちゃびんになります」と教えてくれた。
幸いオレははげちゃびんにならなかったが、中にははげちゃびんになった人もいただろう。そう思えば放射能もそんなに過敏になることはない。
でも、今時教室で「はげちゃびんになります」なんて言ったら、親からクレーム殺到なんだろうなあ。適当なものだったわけだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」
2011.04.17
相川君が「参考までに」と教えてくれたのが、山下達郎がFM番組に出たときのYouTube。「魔法をおしえて」というタイトルだ。
実際に曲の発注を受けてから完成までを、一通り、やってみせるという内容で、山下達郎が作曲家、大貫妙子が作詞家として登場。ターボー(大貫)という新人歌手のために一曲つくるというのを実演している。
そんなにびっくりするような話はなかったが、実に興味深かった。
いや、びっくりしたことはあったな。大貫妙子の作詞がわずか1時間という異常な速さだったことと、バックミュージシャン達の演奏がうまいこと(当たり前か)。コード譜面だけわたして、あとは達郎がヘッドアレンジで仕上げていくのがすごかった。
なるほど、こういう具合にリズムチームをつくり、そこに上物を載せていくのだな。
ありがとね、相川君。
オレはどちらかというと大滝詠一のほうをよく聴いていたのだけれど、改めて山下達郎もちゃんと聴かなきゃと思った。
確かベスト盤を持っていたと思ったので、ごそごそとCDの山をかき分けて探し出し、「トレジャーズ」を発見。「アトムの子供」と「クリスマスイブ」「パレード」を聴いた。
「パレード」は「ひょうきん族」のエンディングテーマだったなあ。
CDの山と言えば、ここのところずっとコケストラのCDを探しているのに見つからない。今日はCDのケースが見つかって驚喜したものの、開いてみたら空っぽで、中身のディスクだけが見当たらない。いったいどうしてこういうことが起きるのだ。
しょうがないからあきらめて、YouTubeでコケストラのプロモーションビデオで我慢する。
息子が「ドラえもんのDVDを借りたいんだよ」というので、駅前のツタヤに行く。
オレもついでだからと、本当は「時をかける少女」のDVDをもう一度借りたいのだが、これは買うのではなくて借りることにしようと思ったので、何かCDを借りることにした。
モンディーヌ(だっけ?)のアニメボサノバを借りようかと思ったら見当たらなかった。
大橋トリオの「NEWOLD」を聴いていなかったのを思いだし、探したら発見。続いて、同じ「お」の並びで近くにあったので、奥華子も1枚。「BIRTHDAY」というやつだ。
CDは一拍で2枚、400円。「ドラえもん」のDVDはというと、なんと一週間借りて1枚100円。
すげえな、この価格設定。レンタルショップの経営が苦しいわけだ。
オレが20代のサラリーマン時代に住んでいたのは三軒茶屋徒歩15分の、6畳一間のアパートだった。風呂なしだから、夜遅くに会社から帰ってきたらとにかく銭湯まで自転車で飛んでいかなくてはならなかった。
まあ、当時は誰もがそんな生活だったけどな。
そのアパートの隣の部屋にはOLが住んでいて、このOLがカニみたいな顔をしているのだけれど、普段はよくユーミンなんかを聴いていた。なにしろ木造のボロアパートだったので音は筒抜けなのだ。でも、昔はそんなものだった。
ところがあるときからこのOLが中島みゆきばかり聴き出して、土曜日の朝っぱら中島みゆきの歌が漏れ聞こえてくるという相当に鬱陶しい状況になったのだが、要するに男にフラれてしまったということが、実にはっきりとわかったのだった。
この中島みゆきに続いて登場した失恋ソングの女王が、裏ユーミンこと岡村孝子だったわけだ。
要するに我が何を言いたいかというと、この系譜にある(本当か?)現代の失恋ソングの女王が、奥華子なのである。
あのメガネは差別化のための伊達らしいが、お部屋探しマストで一躍ファンを増やしただけあって、ある種の人たちにはあのメガネっ子キャラは大受けらしい。
この人の場合、とにかく声が素晴らしい。これは天の贈り物だな。
ジョン・レノンがカレン・カーペンターをさして「あんたの声は神様の贈り物だから大事にした方がいいよ」と言ったそうだが、オレもジョン・レノン気取りで奥華子にそう言うのであった。
そして、その声はいいのだが、しかし、歌の内容が実になんというか失恋ソングばかりで、実に鬱陶しいというか、どんよりとしてるというか。一枚を通して聴けなかったものなあ。
鬱陶しくて。
この人のこの声には、ぜひに陽気で美しい童謡、唱歌を歌って欲しいものだ。失恋しちゃったけど、こんな私も、私は大好き、みたいな歌じゃなくて。
同じような立ち位置の男チームには、アルケミストがいる。失恋ソングでも、こっちのが聴けるのはやっぱり男だからかなあ。
続いて大橋トリオを聴く。
相変わらず渋い。宅録で完璧に仕上げた後にスタジオにこもって録音し直すという、まあ、好きな人にとってはたまらない作業で作り上げていく人だ。
音楽的な根底にあるのは、ジャズ。そこにカントリーとか、いろんなアコースティック系のヨウ素を、違った、要素を重ねていくことで独自の音を作り出している。それはきちんとした大人の音で、なかなかに心地よいのだった。
やっはり音楽はアコースティックですよ、アコースティック。と言いつつ、ひそかに最近はサンボマスターも気に入っているオレであった。
オレのバンド、というかユニットでも芸名をつけようと勝手に思っていて、実は既にメンバーには知らせずに勝手につけていて、メンバーの了承を得ないうちにYouTubeにアップして既成事実化しようと考えているのだが、当のオレの芸名が浮かばなくて困っている。
サンボ雅彦にしようかと思ったのだが、それもあんまり面白くないしなあ。
りょうたに「タンゴさんはヒールだからなあ」と言われたので、タイガー・ジェット丹後というのも考えたけど、つまんないし、ちょうどギルバート・オサリバンを聴いてたのでギルバート丹後でもいいかと思ったけど、何のことかさっぱりわからない。
そんなわけで、芸名問題はとりあえずペンディングなのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経ビジネス」
2011.04.16
藤田の四十九日が済んで、お墓に入ったという連絡があった。
そうか、とうとう藤田も仏様になっちゃったか。
奥さんと話したら、いろんな手続きや、探しものや、地震があったりして、毎日忙しく過ぎていて、でも、時々ふっとベランダでたばこを吸ってるかも、と思い出すらしい。
特に土日は時間があって思い出すことが多いそうだ。長年連れ添った夫婦はそういうものなのだろう。
ったく藤田のばかたれめが。
そもそも山口と二人で並んで仏様。最も仏様に似つかわしくない二人が並んだものだ。繰り替えすがばかたれめが。
世界は地震と津波と原発で大変なことになっているというのに、二人でのんきに酒でも飲んでるのか。
震災といえば、チャリティーばやりで、チャリティーソングも多い。
どこかの二人組が「僕たちは歌うことしかできないので、歌で応援します」と言ったのを取り上げて、土曜日のニュース番組でビートたけしが「歌手も歌も知らない」って突っ込みを入れて、神発言と話題になった。
今日も同じ番組でたけしが「意味不明のチャリティー」というのをあげていて、でも、その中身がけっこうでたらめで、何だろうと思ったら、どうもアミューズのチャリティーがあまりにひどいので、それを突っ込もうとしたが、さすがにやばいだろと自粛させられたのではないか。
実際、アミューズの、要は桑田佳祐のチャリティであるチームアミューズのことだ。
オレも噴いた。そして引いた。あれは…ひどい。
ネットでも大騒ぎになっている。ちょっと拾ってみただけでもこの通り。
「軽すぎておチャらけてる様で不愉快」「絵で書いたような便乗商売」「悪ふざけのノリで気分悪い」「被災者の目には触れさせたくない」「勝手に向こうで楽しそうにしてるだけ」「コンビニの募金箱の方が信用できる」と、どれここれも怒り心頭。みんなはっきり言って気分が悪い。
ついでに「もうちょっと曲のクオリティーをどうにかしろって思うよ」「桑田のパクリ癖だけはどうにもならんな」と、桑田佳祐への突っ込みも入っていて、くすっと笑える。
まあ、桑田は、もうほらアレだから(笑)。単に下品でカネに汚いだけの、パクリだから。
ともかくあのPVのひどさは特筆もので、たぶんアミューズに遠慮してテレビ、新聞は素通りするだろうけれど、あんなものは許してはならんのだ。
実際、海外からも「ひでえ」という声が上がっているらしくて、被災者や自衛隊やハイパーレスキューやフクシマ50が築いた日本のイメージを傷つけてしまっている。
醜悪。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「文藝春秋」
2011.04.15
モノポリーを買った。家族でやったら、すごく面白かった。
31、2歳の頃、客先とモノポリーで盛り上がって、会議のたびに最後は「じゃ、やりますか」とモノポリーで遊んだものだった。
あれは面白かったなあ。
モノポリーは、自分のことしか考えない、根性のねじ曲がったヤツが勝つ。だからオレが勝つ。
家族でやっても、娘と息子を破産に追い込み、泣かせて、一人勝ちしたのだった。かかかかっ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.04.14
編曲。
「さくらんぼ体操」という歌がある。作詞は浦中こういちくん、作曲は小沢かづとくんだ。
そしてアレンジと録音はオレで、ボーカルがヨメと娘である。
学研「ピコロ」5月号に掲載されたこの「さくらんぼ体操」が実に評判よろしいらしく、全国で「使いたい」という声が上がっているそうである。
おお、そうかそうか。
ということはこれから全国の幼稚園、保育園の空にヨメと娘の歌声が響くのであった。それはなかなかステキなことだなあ。
こちらは作者二人の実演。「さくらんぼ体操」ヒット祈願なのだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊新潮」東京・豊洲では、福島県・郡山市より高い放射能が検出されたそうだ。原発の影響ではなくて、もともと埋め立ててあるいろんなもののせいだそうである。あららら、そりゃ大変。クーラー使えない、エレベータ動かない、さらに放射能がわいてくる、というのであのエリアの高層マンションはこの夏、涙目だろうなあ。
2011.04.13
原稿、レコーディング。
テレビで秋葉原のメイド喫茶のメイドが話していた。
「地震以来、お客さんが少なくなっちゃいました、にゃん(*^_^*)」。
内向きだったら「ご主人様がお帰りになりません、にゃん(*^_^*)」というところか。
まあ、そりゃあ今はメイド喫茶に用はないわなあ。しょうがなかんべ。
同じようにライターにも用はないし、デザイナーにも用はないし、ましてや遊び歌なんぞになんの用があるものか。
サントリーの「見上げてごらん夜空の星を」「上を向いて歩こう」は、さすがにすごいインパクトで見ているだけで涙が出てくるが、それだって震災とは無縁の地にいて、家族とともに寝転んでテレビを見ているからだもんなあ。
歌に用なんかないって。
そんなことを考えながら、本日は、かづと君を丹後湯に招いてのレコーディング。8月に出るCDの歌入れである。
かづとくんは、震災二週間後に、みつる&りょうたと一緒に被災地に乗り込んだ。ガソリン20リットルを詰めた缶を7つも車に積んで。
「ガソリン臭かったですよ〜」と、かづとくん。そりゃそうだ。でも、その臭さは被災地の人たちにとっては天の恵みだったろう。
文句なしにえらいぞ、かど、みつる&りょうた。
行動こそすべてなのだと思う。
その意味では、孫正義の100億円寄付は、その暴力的とも言えるほど巨額さによって、正義(まさよしじゃなくて、せいぎ、ね)として圧倒的だ。
週刊ポストによれば、在日韓国人の孫正義は、日本のことが好きで好きで大好きで、狂おしいほど大好きなのだという。その大好きな日本に、しかし子供の頃からとことん差別されてきたわけだ。
その延長線上に100億円という金額の出てくるところが暴力的で、この男の持つうさんくささも、一定レベルを超えると誰も太刀打ちできないうさんくささに変質するのだった。
それにしても100億とは。もはや孫正義のうさんくささをあげつらうには、まずこっちも100億を払ってからじゃないとダメかなあ。
そういや、レベル7に関して、今度はロシアが胸ぐらをつかんできた。「チェルノブイリ級? ふざけんな、レベル5もいってねえよ」と。
わははは、またまた大恥かいた日本。
要するにこういうことだな。
向かいの家が火事になったので、町内会総出で消火を手伝おうとしたのに「けっこうです、うちの不始末はうちでやりますので」と断られ、しばらくは静観していたが、鎮火するどころか、火の粉がこっちに降りかかってくるほどにコトが大きくなってから「すんません、やっぱり大火事になっちゃいました、どうしましょう」と、いきなり被害者ヅラを見せられた、というような気分なのだろう。ロシアとしては。
フランス、ロシアと後ろ暗いところのある連中に胸ぐらつかまれて、アメリカが「まあまあ」と割って入るのかどうかわからないが、たぶんすごすごと「やっぱり6ぐらいでした」と言い出したらもっと面白いなあ。
かづとくんのレコーディングが終わって、たけしへ。
かづとくんと飲むのは久しぶりだ。
飲む飲むかづとくん、最初の1時間で一気に日本酒4杯だ。わわわわ、大丈夫かよう。
途中で、いさわしが合流する。
かづとくんを、二人で「たんさいぼう」に勧誘する。勧誘というか、拉致だ。
困るかづと。
ところで「風が運ぶもの」という名曲をYouTubeにアップしているのだが、これを「風が運ぶもの、それは放射能〜」とかいう歌にして、発表したら受けるんじゃないかな。
などということを考えながら、酔っ払ったかづとを眺める。
家に帰ってきて、風呂に入る。
「明日の取材、キャンセルになりました」というメールが来て、これでオレの原稿仕事はまったく予定がなくなった。スケジュール空っぽ。
世界は本当に一変してしまったなあ。
この先、オレはいったいどうなるのだ。メイド喫茶でも行って考えてみるか。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.04.12
取材1、原稿。
いやあ、今日はよく揺れたなあ。
我が家ではケーブルテレビの地震予報が「ふぁんふぁんふぁん、30秒後に震度3の揺れです」と流れるのだが、今や子供たちが「ジェイコムはふぁんふぁんふぁんだあ」「テレビのはぴぴぴーだよ」「学校はぴんぽんぱんぽーんだ」「きゃはははは」とおもしろがる始末。
息子なんぞ「なんだ震度3か」と、起きもしないで寝転がったままこち亀を読みふける有様だ。
まったくうまい具合に地震慣れするものである。
ところでGoogleで「管 有能」と検索すると、とんでもない結果が表示されるとネットで騒ぎになっている。
なんと「管 有能」と入力すると「もしかして 管 無能 では?」という結果が返ってくるのだ。わははははは。Google最高。
その有能な管がフクシマダイイチをチェルノブイリ級のレベル7(c宮部みゆき)となんの脈絡もなく発表したが、とたんにフランス政府に「チェルノブイリには匹敵しねーよ、寝言言ってんじゃねーよ、このタコ」と胸ぐらつかまれてやんの。
どこまで世界に恥をさらせば気が済むんだ、この政府は。
それで行けば今月号の「文藝春秋」の記事「現役官僚83人の大アンケート」という記事が、全部流用して紹介したいくらい秀逸。その名の通り現役の霞ヶ関の役人たちに今の政治家の評価を聞いたものだ。
もちろん匿名。それゆえ、出る出る、悪口。
最も評価できない総理大臣ではダントツで鳩山。「某国の宰相。厚顔無恥」「決断できない最低の人間」「脈拍を測ることのできない医師に等しい」「赤子が包丁を持ったような状況」と、電車で読んでいて必死で笑いをこらえた。
続く2位はもちろん管。「すべて人任せ。思いつきで発言し、一切責任を取ろうとしない」「あらゆる場面で火種をつくる以外にした仕事はない」「いい年齢の大人が幼稚な思考から抜け出せていない」等々。
最も評価できない大臣はミスター年金の長妻だ。「年金しかわからない無能な大臣」「常識をのず勉強されてはいかがか」。
などなど、悪口のオンパレードでとてもすっきりする。
官僚は民主党になってからいじめられたからなあ。たぶん海江田とか、かなりひどいんだろうなあ。
いくら役人の票が悪いったって、国家スタッフだ。きちんと使いこなせなくては国の損失だ。そんなこともわからない今の政権なんて。とほほほ、一票入れたオレが悪かった。ほんと、すまんかった。
「文藝春秋」はこんな具合でなかなか楽しし、原発関連もさすがに大人の視点で冷静にまとめてある。
問題なのは「週刊現代」だ。わけもわからずにあおる記事ばっかり載せやがって、ばかやろ。おかげで記事を読んだヨメが「ほんとだったどうしよう」とびびっているではないか。
あのなあ、現代なんかまともに信じる方がいけないのだよ。こっちも読んでみな。
と、今週の週刊ポストをわたす。原発関連、地震関連ではポストの圧勝である。
今週号も現代を含めていかにインチキなあおり記事が多いかを、ちゃんと検証し、冷静に説明している。放射能は恐ろしいが、正しく恐れて、冷静に対処すれば問題ない、というスタンスだ。
週刊ポストったら女の人は買いづらいだろうけれど、せめて今週号は買って読んで損はないと思う。
そういう意味でオレが信頼している中部大学の武田先生の発言はとても頼りになる。
今まるで武田くんとオレはとても親しいかのように書いたがそんなことはまったくなくて、単にホームページを見ていますよ〜というだけの間柄だ。顔も知らない。
本日、武田氏は今後の事態の推移について冷静かつ客観的に述べていた。簡単にまとめると次の通り。
・よほどのことがない限り、このまま事態はゆっくりと沈静化する。
・放射線の漏れが止まるのは連休明けで、子供が安全になる。原発自身の放射線が下がるのは9月頃。
・海に流れた放射線は小魚にたまるので、小魚を骨ごと食べてはいけない。その小魚を食べた大魚から放射性物質が1検出されるのは今年の秋だろう。
というわけで、警戒しつつ恐れずに生活を続けるのがよろしいであろうぞよ。
ここでいう「よほどのこと」というが、原発が不意に爆発することだ。つまり再度地震に襲われて今度こそまったく冷却できなくなり、大規模な水蒸気爆発を引き起こすのが、一番恐ろしいということだ。
その意味で昨日今日みたいな震度6とかいう余震が一番怖いのだ。
「ふぁんふぁんふぁん」と地震警報をおもしろがっている場合ではないのである。って、一番おもしろがっているのがオレなのだが。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊ポスト」
2011.04.11
取材1、打ち合わせ1、原稿。
(確率は20分の1ぐらいらしいが)もしかしたら日本が滅びる、ひょっとしたら世界が滅びる。
そのようなことが同時進行で起きていて、それを同時進行でみんなが見ていて、そして丁年と不屈を同居させながら日常を送っている(実際明日には全員蒸発してしまうかもしれない)というて状況は、えーと、非常に珍しいのではないか。
珍しい、と言うオレの語彙不足も問題だがのう。
そんなオレはフリーのライターであるが、デザイナーもカメラマンも、基本的にはフリーが多い。そしてどうも最近は確実にフリーが生きにくくなってきている。
ライターの原稿も、デザイナーのレイアウトも、カメラマンの写真も、言うまでもなくサプライチェーンの中に組み込まれている。部品だな。
サプライチェーであれば、当然、調達のリスクヘッジがされるわけで、するとフリーランスはその点でまったく弱い。オレが明日交通事故に遭ったら、いったい代わりに誰が書くんだ?
さらには最近はプライバシーマークやグリーン調達も求められるようになっていて、そもそもプライバシーマークを取得しているフリーランスなど存在せず、発注側もフリーランス一人ひとりにいちいち秘密保持契約を求めるなんて煩雑でやってられず、だったら法人との一括契約がなんぼか楽で確実だ。
いわゆる丸投げね。
こうした大きな流れがはっきりしてきたのだから、オレたちフリーランスが苦しくなるのも必然なのである。
対処は二つ。
機能を強化してサプライチェーンにがっちり組み込まれるか、サプライチェーンから外れて生きていくか。
前者は法人化する、つまり社長になって人を使って会社を経営するという道だ。
後者は自分の名前で商売する、つまりセンセーになる、あるいは職人になる。
なんだか街の小売業に突きつけられた選択肢みたいだなあ。でも実際立場は同じなんだろうなあ。
さて。
まあでも、この先を考えるのは面倒だから先送り。
どうだろう、アベちゃん、この考え方。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」ポストが"頑張ろう日本"路線で行くのに対し、現代は"もう終わりだ日本"路線を突っ走っている。既にAERA以上。ここに書かれてあることがすべて本当なら日本は確かに終わりだ。きっと間違っていると信じたい。それにしても超高層マンションでこの夏に予想されていることって、本当に恐ろしいなあ。江東区に林立しているマンション群は、どうなるんだ。間違いなく部屋の中で人が死ぬぞ。
2011.04.10
編曲。
最悪なときに最悪の首相を持ってしまったわけだが、ならばこれが一つの前の鳩ぽっぽだったらよかったかというと、そんなことはまったくなくて、鳩ぽっぽならきっと「5月までに原発を完全になおしまーす」と例によってその場しのぎのでたらめを口走っていただろうなあ。
などということを考えつつ、本日は東京都知事の選挙。
投票所の小学校へ行って、投票用紙にイシハラと書くべきところを間違えてミギハラと書いてしまった。
一緒に行った息子が「お父さんの一票はどうなるんだろうねえ」と案じてくれた。
校庭では、投票に来たまま帰らずに花見をしている人でいっぱい。いい天気だし、満開だし、絶好の花見日和。これで原発さえなけりゃ極楽平和なのだが。
地元のパパから「お花見しませんか」とのお誘いがあったが、本日は午後から来客なので断る。
来客とは誰あろう、中山親分だ。
牛乳パニックの忙しい中、ようやく来てくれた親分は、本日、丹後湯CDの最終局「誕生日」の録音である。さすが親分、300回は歌ったというだけあって完璧な出来である。
やれやれ、長かったなあ。ようやくこれにて録音終了である。
仕上がった音をチェックするため、ウォークマンで出かける。ついふらふらと魚せい。
マグロの刺身をお土産に帰り、風呂に入って子供と一緒に布団にもぐったら、8時に寝てしまった。このまま目が覚めたら世界は元通り、なんてことになったらいいんだけどな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「We Love Mickeyディズニー・トリビュートアルバム」聴いたCDのこともちゃんと書いておこうと思いつつ、いつも忘れてしまうなあ。これはブックオフで250円で購入。一緒に買ったヒーリングのPUREシリーズは500円だったが、こっちの250円はけっこうな拾いものだった。アレンジの勉強のためにまったく知らないで買ったのだけれど。ディズニーソングとかクリスマスソングっていうのは、ミュージシャン達は大好きで、いろんなアレンジで出してくる。どれを聴いても楽しいし、アレンジの勉強にはうってつけなのだ。さてこのCD。車の中でざっと聴いて、けっこう気に入ってしまった。アルフィーの「星に願いを」はクイーンのような音でびっくり。「ジッパ・ディー・ドゥー・ダー」はなんと竹中直人・松たか子・東京スカパラオーケストラという異色のコラボで実にご機嫌だ。「チムチム・チェリー」は、原田知世。どの曲もクレジットを見るまで、いったい誰だ、とわからないような異色の仕上がりで、なかなか素敵だ。これが250円。ネットで見たら既に廃盤で中古市場で1980円。うへへ、いい買い物だった。一緒に買った「PURE」は相変わらずよくわからない楽曲の組み合わせで、首をかしげる。
2011.04.09
編曲。
地元の回転寿司に行く。
魚せいのオヤジも言ってたけど、もう市場には品物が入ってこないそうだ。回転寿司もどうなってしまうのだろう。
銚子のネタではなくて、北欧の魚ばかりになってしまうのかなあ。まあ、そういう運命になってしまったわけだから、この国は、しょうがないのかも。
本日も余震。1ヵ月たったというのにまだ余震。
少々の揺れでは騒ぎもしなくなったよ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.04.08
打ち合わせ1、原稿、編曲。
三重のイラストレーター&シンガーソングライターのこういちくんから「カズのように頑張る!」というメールが来た。やっぱカズだよなあ。
あのゴールは文句なしだよなあ。カズ本人も日経新聞のコラムで「一番賞賛されたゴールだった」と書いている。
昨日は新潟の甥っ子が高校の入学式。電話したら「変なヤツがいっぱいいたよお」と笑っていた。
小さく転がって笑っていたあの赤ん坊が巨大な高校生になっている。時の流れは速いものだ。
それにしてもあの余震はやばかったみたいだ。
東通りの原発と、六ヶ所村の再処理工場がやられたらしく、なんと1時間以上も冷却システムが正常に装置しないという、実にギリギリのところだったらしいではないか。非常用電源は1ヵ月しか持たない。その間にどこまで復旧できるか、実はここはちゃんと見ておかなくてはいけない。
なにしろ六ヶ所村の再処理施設で爆発が起きたら、半径100キロが即死だというから、少なくとも北半球は壊滅。日本どころか世界のどこへ逃げてもダメだからなあ。
やれやれ、日本の未来は真っ暗だ。進学の春を迎えている若者もいるというのに。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「フライデー」
「きみはポラリス」三浦しをん・新潮文庫。恋愛小説集。うまい作家だなあ、この人。「八歳の冬の日からずっと、強く輝くものが私の胸のうちに宿っている。夜道を照らす、ほの白い一等星のように、それは冷たいほど遠くから、不思議な引力をまとっていつまでも私を守っている。」なんていう一文は、とんでもなく美しいではないか(と思ったら開設でも同じ文章が取り上げられていて、これではオレが解説を真似したみたいだ)。もっとも作品によっては中に入り込むのに苦労するけれど。
2011.04.07
取材3、原稿、編曲。
夜はだいたい10時までには仕事を終えて、仕事があってもなくてもパソコンの前でうだうだしているのだが、その後はテレビの前に寝転んでニュースである。
まずはフルタチから始めて、その後4チャンネル、時々6チャンネル、遅くまで起きているときは8の秋元アナまで鑑賞する。
フルタチはキャスターの市川さんが辞めて、寂しくなりましたな。
噂では、市川さん、ずっとフルタチが嫌で辞めたかったんだそうです。お天気キャスターだったのに、ちょっとかわいいからというだけでメインキャスターに引っ張り上げられ、フルタチの隣で気の利いたコメントを言うように振られるのがたまらなく嫌だったそうです。
こら、フルタチ、おめーのせいで市川さんを見られなくなったじゃないか。まったく。
しょうがないからお天気のウガちゃんを眺めて過ごすのだった。ウガちゃん、隣町の高校の卒業生。つまりヨメと同じ高校。ヨメの後輩。
先輩ならなんとかしてコネつけてウチに呼んで来いよとヨメには言うのだが、シカトされている。
そんな感じでどうでもいい夜を過ごすわけだが、本日はぼちぼち酔っ払ったし寝るかなあと思ったときに、うぃんうぃんと地震警報器が異音を発し「40秒後に震度3の地震が来ます」と絶叫したのだった。
まあ、毎度のことではあるが、息子が飛び起き、娘は寝たままなので、とにかくタンスが倒れたりしないように押さえたのだった。
けっこう揺れましたなあ。最近の余震ではピカイチではなかったでしようか。
テレビを見る。秋元が真っ青な顔で「宮城で震度6です」と告げる。画面が宮城に切り替わると、早くもアナウンサーはヘルメット姿だ。
NHKに切り替える。
と、画面を見ていたヨメが「何か光ったよ」と教えてくれた。
なんということだ。今の地震でついに水素爆発か。あるいは核爆発か。いずれにせよ終末降臨。メルトダウンとハルマゲドンで、メルトゲドン(オレの造語)だ。
ネットでもこの光の正体は大騒ぎだった。
結局、正体としては停電直前の変電所の発光だったらしい。やれやれ、なんとも人騒がせな。
まったくいつになったら平穏な日々は戻ってくるのだろうか。
去年の今頃の日記を見ると、息子がクラス委員になったとか、桜がどうしたとか、平和なことばかり書いてある。やっぱり何もない穏やかな日々こそ、最大の幸せなのだろうなあ。
そういや地震の謎の発光体について、ネットでは「原発保安院のあの人がついにヅラを取ったか」という説もあった。
保安院の人も東電の人も、それまで平穏なサラリーマン生活を送っていた人たちばかりだったろうに、まったくご同情申し上げる。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「SPA!」最近のSPA!は激しくつまらない。西原理恵子も描いていたが、明らかに手抜きだ。でなければ、枯れたか。
2011.04.06
原稿、編曲。
本日は自室にこもりっぱなしで、朝からがんがん原稿を書き、夕方には1曲編曲を仕上げ、夜には魚せいに行って酒を飲んだ。
生産的なのか、非生産的なのか、よくわからない一日であったが、消費エネルギーが少なかったのは確かである。
それにしてもようやく春らしくなってきて、これから6月くらいまでが一年で一番好きな季節だ。
今日みたいな日は、朝、洗濯物を庭に干した後、窓を全開にして畑を見ながら仕事をするのが最高だ。
ああ、それなのに、放射能がさんさんと降り注ぐから窓も開けられなければ洗濯物も干せない。
こんなにいい天気なのだから、布団を干したいよ〜。
近所を見ると、気にせず干しまくっている家と、ぴたっと外に出さなくなった家が半々くらい。まるで普段から近所の洗濯物を観察しているみたいだが。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」
2011.04.05
取材8、打ち合わせ1。
電車の中で化粧する女は、十中八九、ブス(=差別用語。デブ、ハゲ、ちび同様、本人の努力で克服できるものではなく、かつ、言われた本人が傷つくということで差別用語である。背の高いことを気にしている女に向かって、背が高いですねーと言うのも、だから差別用語であり、お前の母ちゃんデベソと言うのも親を選べないという点で差別用語である)なのだ。
本日、田町で山手線に乗ったら、一緒に乗り込んできて右隣に座った女が、すぐに化粧を始めた。ブスだった。
隣の品川駅から乗り込んできて、今度は左隣に腰を掛けた女も、座るなりバッグを開けて化粧を始めた。
つまりオレの両隣で化粧が始まったのだ。これがブスでなくてなんだというのだ。
化粧というのは髭剃りや歯磨きと同じ行為だから、このブスのやっていることは、オレが電車の中で髭をそったり歯を磨いたりしているのと同じことなのである。非常識この上ない。
その二人の、いいや、二匹のブスにはさまれたオレは、しばらくすると眠くなってウトウトしたのだが、もしかしたら居眠りしている間にいびきでもかいていたかもしれない。だとしたらきっと、非常識でうるさいオヤジだ、と周囲に思われたかもしれない。
いつだったか、鎌倉方面で電車に乗っていた時だったと思うが、空いている車内でブスが堂々と、かつ延々と化粧をしていた。それを見ていて、とうとう我慢が出来なくなったのか、近くで座っていたおばあちゃんが「ちょっと、お化粧やめてくださらない?」ときつく注意した。
それを聞いたブスは「ふんっ」と言って化粧道具をしまい、そそくさと立ち上がって別の車両に逃げて行ったのだった。まったく後味の悪いブスだった。
そういや、最近目につくのが駅でものを食う女である。
ホームで電車を待ちながらパンを食ってる女、エスカレーターに乗りながらおにぎりを食っている女を目撃した。いつだったかは電車の中でスパゲッティを食っている姿を見たが、これは男だった。
ホームのパンとか、エスカレーターのおにぎりとか、腹が減って我慢できなくなってつい食ってしまったのだろうが、やっぱり人目につかないところで食べたほうがいいよなあ。
ならば立ち食いソバはいいのかと突っ込まれそうだが、あれも、のれんの内側で隠れるように食っていればいいのではないか。
その意味で西武池袋線の池袋駅地下1階にある立ち食いコーナーは、衆人環視のオープンスペースであるということで、醜悪な一角だ。電車に乗る人、降りた人がどどーっと過ぎる中で、なんの仕切りもなくそばを食っている姿がさらされるのだから。
そもそもモノを食う姿って、みっともなくて、恥ずかしいと思うのよね〜。だからオレなんかは、初めての人と一緒に飯を食うのは緊張するし、食っちゃうと一気に仲良くなった気がする。オレだけかもしれないけど。
さて、田町の後、オレは落合、板橋と移動してインタビューをこなし、最後は江古田で打ち合わせ。へろへろに疲れてしまった。
もう遅いので、石神井公園でたけしに寄って飯を食って帰ることにした。
西武線のばかたれはようやくどうにか平常ダイヤに戻って運転を行っている。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」今週の週刊ポストは"買い"である。特に石井光太の"遺されて"というルポは出色だ。子供の笑顔を大写しにして復興への美談を仕立てている大メディアを糾弾しつつ、現地のリアルな姿を映し出している。「死んだ妻の写真や行方不明の息子の仕事道具はどこさか埋もれてしまったまなんだよう」と言いながら若い自衛隊員に「我が家があった場所だけは重機を入れるのを待ってくれ」と涙ながらに訴えている老人の姿。それを聞いた自衛隊員は泣き出しそうな顔で「やめてください」としか言えない。公園の水道で深夜に女子学生が下着を洗っていたり、半壊した建物の陰で中年女性が用を足すためにしゃがもうとしていたり、そんなシーンがリアルに描かれていて、なんというか、締め付けられるようだ。同じ日に発売されたAERAでも似たようなルポが載っていたが、編集後記でその記事を「出色の内容」と自讃している。その内容っても、東北自動車道の車が少ないので救援物資が届かないと直感した、という程度のもので、こんなもののどこが出色なのか、まったくAERA的センスのずれは救いようがない。そのほか、今週の週刊ポストでは稀代の悪の組織・日本ユニセフを嘘つきとばっさり断罪し、こんなご時世に相撲取り達が違法カジノ通いしている姿をばっちりと写真に収めてちゃんと隅っこにも目配りしていることを示したりと、実に充実の内容だ。和田アキ子の誕生会が時節柄自粛されたというのも、アホで笑えるネタだ。それにしても日本ユニセフとアグネス・チャンは、そろそろ何とかしないといけないと思う。
2011.04.04
取材1、原稿。
朝一番で予定していた取材が、相手のど忘れという理由でキャンセル(笑)。
しょうがなく、たっぷり時間をかけて次の取材先の新横浜まで行った。
途中、祐天寺で降りて本屋に寄り、銀行でお金を下ろして、昼飯。
オレが18歳の時に上京してこの街の下宿に暮らし始めたのも、ちょうどこんないい感じの春だったなあと思い出した。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」
「田村はまだか」朝倉かすみ・光文社文庫。小学校の同級生が深夜のバーで同窓会の3次会をやりながら、田村という仲間を待つ想定。それぞれの人物描写がとても上手。田村という男の哀しい人生が胸にしみる。表紙の絵は田村じゃなくてバーのマスターだ。
「信頼する力」遠藤保仁・角川ONEテーマ。遠藤の本だから(むろん書いたのはゴーストだけど)、それなりに面白いことが書いてあると期待したのだが、最初の方だけだったね、面白かったのは。
2011.04.03
編曲。
音楽仕事で忙しい。儲からないけど忙しい。声がかかるだけありがたいと思って、頭を深く垂れながら編曲をする。
下手だ。へたくそだ。
あまりの下手さに時々泣きたくなる。
そういやオレのホームは学研の「ピコロ」という雑誌だが、いまだにドラえもんで食っている小学館から「幼児と保育」という、なんのひねりもないストレートな題名の新雑誌が誕生した。競合誌である。
オレにとってはアウェーだな。
昨夜、駅前の書店で手に入れてぱらぱらと見たら、まあ、人がかぶるかぶる。
同じく音楽CDつき。こっちもやらせてもらいたいなあと思ったら、これはオートモくんが全部やってる。うぬぬぬ、かつては同じバンドで一緒に仕事をしたというのに、オートモくん、今ではオレの商売敵か。
サッカーの移籍みたいだな。んなわけないか。
どうも小学館とA-1が手を組んだという噂があったが、なるほど、このことか。
などと腕組みしたのが昨夜の話。今日は午後になって宅急便が届き、あれえ、何だろうと思って開けたら、なんと中からまったく同じ「幼児と保育」創刊号が出てきた。
あわわわわわ、思い出したあ、これは買わなきゃと思ってネットで頼んでいたんだったあ。
それをすーっかり忘れて、夕べ、本屋で買ってしまったというわけだあ。
競合誌、ライバル誌といいながら、自分で2冊も買ってる。アホだ。本当のアホだ、オレ。
頭を抱えるオレ。降り注ぐ家族の嘲笑。
そういや最近の息子は1日一冊のペースで小説を読んでいて、今日も新しく3冊買ってきた。
息子がこうだというのにオレはどんどんアホになるばかり。既に計算問題とか漢字の書き順とか世界の国旗とかでは、オレが負けている。
とほほ。
坂本九の「上を向いて歩こう」をダウンロードしてウォークマンで聴く。リマスターしてるようだ。
考えてみれば、ちゃんとフルコーラス聴くのは初めてだ。いい歌だ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.04.02
原稿、編曲。
そういえば、と別に内緒にしていたわけではないが、10数年前に2年間ほど原発関連の仕事をしていたことがある。
全国の発電所立地をたずねては、その自治体を紹介するという仕事だ。
本当にあちこちに出かけた。発電所立地だから基本的にはへんぴなところ。おまず間違いなく生涯二度と訪れることはないだろうという土地ばかりだった。
その中の一つに、宮城県の雄勝町というところがあったのを、ふと思い出した。女川原発すぐ近く、牡鹿半島にある。
海と山に囲まれた、自然豊かな田舎町だった。
名産はすずり。「安い中国産に押されてねえ」というコメントを生産者からもらった記憶がある。
そのときの掲載誌をごそごそと引っ張り出して眺めてみた。本当に自然豊かな町だった。
ふと思いついてネットで検索してみる。すると、震災翌日の雄勝町の様子が動画で見られた。
改めて唖然。本当に何もなくなっている。
がれきの中にぽつんと残る残骸は、あれは取材の時に打ち合わせをした町役場ではないか。
今更であるけれど、ものすごい喪失感のようなものがおそってきたのだった。
もしやと思って、当時の町役場の担当者を消息不明者検索で調べてみる。どうやら生きているらしいということだけはわかった。
夜、酒を飲みながらウォークマンで音楽を聴く。
傍らでは息子が本を読んでいる。名探偵ホームズの「赤毛同盟」を昨日と今日で読破して、今日は夕方から「僕たちの7日間戦争」を読み始めて、もう半分ぐらいだ。
その息子のそばでオレが聴いていたのは薬師丸ひろ子の「時代」。
半年間に友を二人喪い、一昨日は叔父を喪い、そしてテレビに映し出される震災の爪痕と未来への漠とした不安。そこに流されてしまった雄勝町の美しい町並みが思い出されて、なんだか「時代」を聴きながら涙があふれて困ってしまった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.04.01
取材1、打ち合わせ1、原稿。
4月1日である。新年度である。そして入社式である。
某企業の、その入社式を取材して1時間以内に原稿を送れという仕事が入ったので、出かける。
集合は9時。だからといって9時に着くようではアマチュアである。30分前には到着しなければなないのだ。
なぜか。たとえ定刻に到着したとしても、既に先方が来ていたら、こちらは「お待たせしました」と頭を下げねばならない。結果、この時点で早くも勝ち負けが決まってしまう。
ましてや初対面の相手ならば、いきなり頭を下げてしまうというのは、不利になってしまう。だから先に行って、相手に「お待たせしました」と頭を下げさせなければならないのだ。
時々、下げない人もいるけれど、それは単に常識がないというだけ。
なお、あえてギリギリに行って頭を下げて、下手に出て相手を気持ちよくさせるという高等テクニックがあるが、オレはまだ使えない。
などという、本当にどうでもいいことを考えながら7時に家を出て、駅まで向かう。今日からくそったれ西武線は平常ダイヤだ。
駅への途中、携帯が鳴る。7時過ぎのこんな時間にかかってくる電話が、いい報せのわけはない。相手は、いとこのナオコちゃん。案の定、「こんな時間の電話にいい報せのわけないでしょ」と、新潟のおじさんが亡くなったと教えてくれた。
病に伏せていたけれど、昨夜亡くなったらしい。
思わず足を止め、天を仰いだ。半月前に藤田を喪い、今度は身内か。
たまらないなあ。
おじさんは、中学の社会科教師だった。オレが中学2年生の時、あろうことかオレの社会の授業を受け持つことになってしまった。
オレも変な気分だったが、おじさんはもっと大変だったろうなあ。気を遣ったことだろうなあ。
中学の頃のオレは、ろくなものではなかった。勉強なんてしなくても点数は取れたから、授業はなめていたし、落ち着きがなくてしょっちゅう窓ガラスに衝突しては割っていた。23年の時は、校内で1番窓ガラスを割った生徒という名誉を手にしたほどだ。
別に尾崎豊してたわけじゃなくて、ボールを暴投して割っちゃったとか、友達とふざけて頭から窓に突っ込んだとか、そういうしょうもないガラス割りだった。
そんなしょうもない生徒だから、おじさんは怒るわけだが、一方では身内でもある。さぞ困っただろう。
夏休みの社会の宿題は、こっそりとオレなら簡単に調べられるようなテーマを出してくれたりもしていた。
社会の先生だったから、3月31日という年度替わりの時を選んで逝ってしまったのか。先生らしいよなあ。
ナオコちゃんや実家と連絡を取りつつ、取材先に到着。当然9時前だ。
しかし、入社式そのものが始まるのは10時半。なんで1時間半も前に呼ぶんだろう。
イスを並べたりなどの作業が行われていて、オレだけぼけっと見ているのも案配悪いような空気だったので、仕方なく、本当に仕方なくイスを運ぶのを手伝ったのだが、誰にも「ありがとう」も「うちの会社の方じゃないのにすみません」も言われなかった。
オレはイス運びを手伝いに呼ばれたのか。なんだかなあと、ちょっと憮然とする。本当に嫌だった。
入社式終了後、その場で速攻で原稿を書いた。そしてコンビニに走ってファクスで送信。
つまり手書き原稿を送って、受けた人がパソコンに入力するという段取り。オレがノートPCを持っていないから、しょうがない。
久しぶりの手書き原稿は、でも、なかなか楽しかった。
引き続き、いろいろ連絡を取りつつ、ランチして移動。
途中、本八幡の書店でレコードコレクターズを購入。大滝詠一「ロングバケーション」の特集だ。
ロンバケ、リミックスして30周年記念盤がリリースされた。買ってない。買いたいけど。
大滝詠一は、どうやらロンバケで一生食っていくつもりだな。演歌の人みたい。
六本木に到着。アレンジ仕事についての打ち合わせだ。
進行中のものをいくつか抱えていて、それとは別に新しいアレンジが3本。一方で来週もまた朝から晩まで、ずっと取材仕事。いったい原稿書きとアレンジをどうすればいいのだ。
しばし呆然。
引き続き、移動時間を利用して親戚や実家と連絡を取る。結局、お通夜が日曜、葬儀が月曜と決まった。
日曜の夜には東京に戻っていなくてはならないので、仕方なく列席をあきらめる。その旨、おばさんに電話して、心からのお詫びを伝える。
中学の時にお世話になったなあ。あのとき、おじさんはどんな気持ちでオレに教えていたんだろう。いつか聞いてみようと思いつつ、とうとう聞かなかった。
酒が大好きなおじさんだった。
去年、東京での新年会に参加して、幹事のオレに「お酒のおかわりをお願いね」と頼んでいた。あれが会った最後になってしまった。
友を亡くし、親戚を亡くし、放射能におびえ、朝刊を開けば何百人もの亡くなった方の名前が目に飛び込んでくる。まったく今年の春は、とことんマイナスだ。
自宅ライターのオレは、毎年この季節になると仕事部屋の窓は全開にして、練馬の畑を眺めながら原稿を書いている。それも今年はかなわないなあ。
夕方、小沢かづとに電話した。
どこにいるんだよーと聞いたら「宮城ですよー。みつる&りょうたと、物資を運びに来てるんです」との返事だった。
へえーっ、君たち、救援に行ったのかっ。
マジでびっくりして、感動した。そうかそうか。頑張ってくれよなあ。体に気をつけて。
オレも気分がふさいだり、呪詛の言葉を吐いたりばかりもしていられないぞ。上を向いて歩くのだ。共に生きようというウッチーの声を力に、カズダンスを思いながら頑張るのだ。
オレの弟も、母も頑張ってる。オレも頑張るのだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「レコードコレクターズ」
2011.03.31
取材1、原稿。
まったくもってひどすぎた3月が終わる。明日から新年度だ。
本当なら世の中は少し浮かれて、スーツにぎこちなく体を包んだ新人をほほえましく眺めたりするのだが、まったくくそったれの今年の春は陰気に沈み込んでるのだ。
そういや、先日いったイオンで見つけたのが、紙の箱のないティッシュ。
半透明のビニールケースに入っていて、値段はなんと普通の半分! 普段イオンにいってる人には珍しくないだろうけど、オレはすごく珍しくて、喜んで買ってきた。
いいじゃん、このティッシュ。安いし。
今度いったらまた買ってこよう。
******
話題は流れとは全然関係なく変わるのだが、福島県の飯舘村についてIAEAが避難の必要を指摘したのに、エダノ君は「避難の必要は全くない」と断言だ。
避難を指示した場合の補償を恐れているのだろう。
はるか以前からこの政府はくそったれだと思っていたが、もはや害悪だ。今、倒閣のデモが起きたら、オレは迷わず参加してシュプレヒコールの一つもやり、帰りには有楽町のガード下で飲んじゃうぞ。
そういや最近急に増えたのが、USTREAMで自分ちのガイガーカウンター(!)の中継をしているやつ。西東京、浅草、赤坂等々…。
いろいろ見て回ると、とても面白い。どこもたいしたことのない数値で安心だ。
こういう具合に各地から自主的に情報が発信され、それを何の苦労もなく眺めることができるっていうのが、すごいよね。
ネットは災害も変えてしまう。当然、政府だって倒されちゃう。
******
さらに関係ない話題だが、今日、仕事で向かったのが高田馬場。
ちょうど一年前、やはり高田馬場で仕事していたら突然かかってきた電話の主が、藤田だった。あの日は久しぶりに藤田と会って、お茶を飲んだんだっけ。
あの春から1年が過ぎて、もうその藤田がこの世にはいないなんて、なんと言うべきか。。基本的には、やれやれなのだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」
「まほろ駅前多田便利軒」三浦しをん・文春文庫。三浦しをんは、確か「風が吹いていた」とかいう作品だっけ、あれの出だし数ページを読んで放り投げた記憶があったからも果たしてどうかと思ってこれを読み出したのだけれど、なかなかけっこう面白かった。伊坂幸太郎テイストだね。単なるどたばたの連作ものかと思ったら、途中から様相が変わってきて、人との信頼や絆について真正面から問いかける内容になっていた。
2011.03.30
取材3。
今日は8時過ぎに西武線に乗った。ラッシュのピークは過ぎていたはずだが、それでも異常な混雑ぶり。
痴漢に間違われないよう体勢に気を配るどころではない。変な具合に手すりに押しつけられた腕が折れてしまわないよう、力を分散させるのに必死だった。
まったく西武鉄道は何を考えているのか。
と思ったら4月1日からは平常ダイヤだそうだ。やれやれ、やっと正気を取り戻したか。
でも、まさかエープリルフールでしたとか言わないだろうな。
そんなことはともかくとして、本日は埼玉と都内で取材仕事。
震災の影響でどうなるかと思っているのだが、今はとにかく目の前に仕事があるのでありがたく思っている。
音楽の仕事もぼちぼち増えてきたぞ。よしよし。
こうなるとまたソフト欲しい欲しい病が出てくる。
今一番欲しいのは、ギターの音源だ。ソフト音源。
このアコギ版の音がなかなかによろしくって、欲しいなあと。4万。うーむ、ちと高い。しかし、アレンジ料でまかなえるのでは。
新しいリバーブも欲しいし、エキサイターという新しいプラグインがこれまたすさまじく素晴らしい。欲しいものがいっぱいだ。
欲しい欲しいといいながらネットの海を漂っていると、あっという間に1時間くらいは過ぎちゃって、なかなか仕事にならないのだった。いんかいかん。
帰りに立ち寄った駅前の本屋で、今一番面白いプロレス本gスピリッツが出ていた。でも藤波辰巳特集。
藤波かよ〜。あんまり興味ないなあ。
周囲に迷惑をかけっぱなしで、迷惑をかけていることをまったく自覚していないという、天然ぶりには興味があるが、この人のプロレスにはまったく興味ない。とじんどん人が離れていってるということで、どんな人間性をしているんだろう。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.29
取材1、原稿。
どうやらこういうことなのか?
3月14日だか15日だかに水蒸気爆発があったけど、実はあれはものすごくヤバい状況であって、小規模で済んだのはまさしく天の恵み。
大きな爆発だったら広島型原爆数千発分の放射性物質が大気に巻き散らかされて、東京どころか人類の滅亡危機だったと。それかあの程度で済んで救われたと。
理論的に各分裂はもう起きないから、今後は大きな水蒸気爆発が起きないことを祈りつつ、微量の放射性物質と折り合いをつけながら風評被害に耐えていかなくてはならないと。
その放射性物質も40歳以上の年寄りには関係なくて、子供を守らなくてはならないと。
おおかたそういうことのような気がするのだが、どうだろう。
******
西武池袋線の混雑ぶりがひどくて、そろそろ死人が出るのではないかと言われていても、オレもいつまでも逃げてるわけにはいかないから、今朝は覚悟を決めて乗ってみた。8時過ぎである。
準急と各停しかない。各停に乗ると、準急に追い越されることはない。意味ねー。
確かにすさまじく混んでいたが、死人が出そうなほどではないな。もっとも覚悟していたら肩すかしだったわけで、やっぱり非人間的な混雑ではあったと思う。
池袋駅は照明を落として暗いけど、でもまあ、1970年代はこんなもんだったよ。
そう思えば、昔に戻ったに過ぎないわけで、そんなに不便にも感じない。
******
夜、サッカーの試合。Jリーグ選抜対日本代表だ。
おーい、中沢と闘莉王、どうしてそっちにいるんだーい。こっちに戻っておいで。おお、久しぶりじゃのう、小野。まだ六本木で遊んでるのかあ。
などということは別として、試合前、数万人の黙祷というものはこんなに空気が重いのかとびっくり。ちょっと感動した。
前半、遠藤のフリーキックの後、全員で喪章を掲げたパフォーマンスに、胸がちょっと熱くなった。
そして後半のカズのゴール。いや、マジですごいわ、このオヤジ。
点取る、取ってダンスする、と公言し、その通りやったものなあ。カズにとっても生涯で最も大きな拍手をもらったのではないか。
闘莉王からカズにボールがわたった瞬間、オレは、カズだ!カズだ!カズだ!と叫び、息子は「わわわわわ」と叫び、ゴールが決まって踊り出すと、カズダンスだ!カズダンスだ!カズダンスだ!と叫ぶオレの隣で息子は「わわわわわ」と叫ぶのだった。
けっこう感動したぞ、カズのゴール。
********
その後、こっそりと魚せいに行く。なかなかカナウチおじさんもつきあってくれない。
魚せいののれんをくぐったら、今晩もメルトダウンオヤジがいた。
このオヤジ、オレの顔を見るたびに酔っ払って「タンゴさん、メルトダウンは始まりましたか」と聞いてくるのだ。けっこう鬱陶しい。
いいえ、たぶんメルトダウンは大丈夫ですから安心していいですよと答えるのだが、えらく鬱陶しい。
今晩など「タンゴさん、ついにメルトダウンが始まりましたね!」と身を乗り出してきたから、いいえ、始まってませんよ、理論的に始まるわけがないですから、と諭してやったのだがおさまらず「いいやっ、始まってますっ、だってメルトダウンしてるんだから」とくだを巻く。
あー、本当に鬱陶しい。カズのように蹴飛ばしてやろうかと思った。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.28
取材1。
震災前後で世界が変わってしまったため、3週間ぶりで会った場合「大丈夫でしたか。どこにいました?」という話になる。
本日は外人さんにインタビュー。
もちろん通訳付き。英文科に5年もいたのに、ないす・つ・みーちゅーぐらいしか言えないオレ。
その外人さんに、地震こわかっただろ、びびっただろ、と聞いたら「ちょうどその前日まで海外におりました、だはははは」との返事。まあ、震災後に日本にやってきたのだから、その勇気はほめておこう。
それにしても西武池袋線は困ったものだ。
山手線、埼京線はほぼ平常通りだというのに、西武池袋線は相変わらず各停と準急のみ。ツイッターを見れば、ともかく異常な混雑だそうである。
各停と、その各停と変わらない速度の準急だから、あらゆる駅で客が乗り込んでくるので、えらい騒ぎだそうだ。うーむ、乗りたくない。
今日は昼頃に行けばよかったので大丈夫だったが、明日は早い。うーむうーむ。
よくぞこれで西武では暴動が起きないものだ。
そういや、駅に行ったら「石神井公園駅では定期券の発行を止めます。ごめんね」と表示してあった。どんどんサービスが低下している。
池袋駅のあの行列に並んで定期を買えっていうのか。
でも、オレは定期なんて必要ないし。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」
「ばんば憑き」宮部みゆき・角川書店。江戸ものの短編集。どの物語も、哀しい女の人が出てくる。切ない話ばかりだなあ。
「アニメンティーヌ」ボサノバ版天才バカボンのテーマが三浦友和のコマーシャルで話題だったが、そのシリーズのCD。つまり日本のアニメソングを、フランスの歌手がボサノバアレンジで歌ったものだ。アレンジの世界では、困ったときのボサノバという格言がある(オレが考えたんだけど)。つまりアレンジのアイデアに困ったら、とりあえずボサノバにしておけばなんとかなる、というわけだ。要はイージー、ということですな。それでいけば、手抜きの企画ものということになるが、実はこれが案外いい出来なのよ。一曲目のラムのラブソングを聴いて、とっても感心。フランス語の一休さんとか、聴いてみたいと思いません?
2011.03.27
東京以外の人にはまったく関係ない話なのだが、都知事選立候補者のポスターが掲示されて、その中の一人のものがひどいというか、呆れるというか。
外食チェーンの社長さんだった人のポスターで、オレンジの光のようなものをバックに、いわゆるエッグポーズのように両手を差し出し「世界で一番ありがとうがあふれている街に」みたいなコピーがついている。
放射能が飛んでこようとしていて、そのお膝元では被爆におびえながら20万人以上が避難生活していて、2万人近くがまだ行方不明で、毎朝新聞に数百名の亡くなった人たちの名前が出るという現状で、このポスターはねえだろと、オレは思ってしまった。
東京ドームで野球をやろうとした連中には呆れたが、こっちも相当なものである。
そんなことを考えつつ、多摩地方、日の出という街にあるショッピングセンターに出かけた。イオンだ。
広いなあ、郊外のショッピングセンターは。
安売りの洋服を見て、バイキングの昼飯を食って帰ってきた。
帰り道は高速を使わず、下の道を通って福生の米軍基地を見に行く。横田基地だ。
見に行くっていっても、基地の門の前を車で通り過ぎるだけだが、門の前あたりは店も米軍仕様というか、やっぱりちょっと違うね。
車で通りながらだけど、Zippoをたくさん並べているような店を見ると、いいなあと無条件反応的に憧れてしまう。
60年代、70年代にアメリカ的生活の素晴らしさを徹底的にすり込まれて成長したためだろうなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「食品と暮らしの安全」早くから今回のような事態を予測していた同誌だから、書いてあることにも説得力がある。想定される最悪の事態とは、広島型原爆数百発分の放射能が"水蒸気爆発"で飛び散ることだそうである。その原因は、海水を注入して燃料棒を冷やせなくなったためだそうだ。そのリスクが今後数年間続くというのだが…。いったいオレたちはどうしたらいいのだ。
2011.03.26
原稿、編曲。
やれやれ、やっと40曲の編曲が終わった。1曲あたりは短いのだが、なんせ40曲。ハードであった。
とれあえずこれを編集サイドに送って聴いてもらう。そしてダメだしされて直しをする。とほほほほ。
話題は飛んで放射能。
飲み屋では不謹慎にも「おーい、プルトニウム割りをくれえ」「こっちはセシウム割りでお願いね」というふざけた声が飛ぶ昨今である。
同じことを東電の前で言えるのかっ、おいっ。いや、原発作業員の前ではとても言えないけど東電本支店の前では拡声器で言えちゃうね。
などということは別として、受動喫煙で肺がんになるリスクは30%ほと上がるらしいが、放射能だと100ミリシーベルトで甲状腺ガンになる確率が1%だそうである。現在はマイクロシーベルトでうろうろしているあたりだから、格段の問題はないそうだ。
某大学教授タケダ氏の言う「注意しなくてはならないが、我々の健康に決定的に影響を及ぼすものではない」というあたりが妥当なところか。
今や練馬の小学生の間では、何かの戦いごっこでは「えいっ、10シーベルトっ」という声が飛び交っている。ドラクエのヒットポイント並だ。
世間がどうであれ、平気に体育でサッカーをして、親は誰も文句を言わない。さすが練馬原人である。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.25
取材2、原稿、編曲。
ACのコマーシャルが変わって、サッカー選手達がメッセージを送っているけど、やっぱりこの中ではウッチーが一番格好いいなあ。
震災後、真っ先にユニフォームに文字を書いてみせたのがウッチー。日本語で堂々とでかく書き、カメラに胸を張って見せた。
その表情は、ニコニコしていて、へたくそな字の「共に生きよう」というシンプルなメッセージにぴったりだった。
いやあ、ウッチーって天然じゃん。サッカースタイルは好きだったけど、たぶん何も考えてないなあ、この子、って思ってたのよ、オレ。
そんな天然小僧が、天然そのものの天真爛漫な顔で、とにかく生きていこうというシンプルなメッセージを送ってくれたことに、おれはとんでもなく感動して、その姿を伝える新聞の写真を何度も何度も眺めなおしたのだった。
ACのコマーシャルで見るその天然の姿は、やっぱり天然の分だけ力強い。ありがとう、ウッチー。お前も頑張れよ〜。
*********
もしこのまま原発が沈静化したらどうなるか。
世界は「なーんだ、大丈夫じゃん」と思うに違いない。
「あんなひどいことになったけど、大丈夫だったじゃん」「放射能ってたいしたことないんや」「つくろつくろ、原発、もっとつくろ」となるだろう。原発推進に日本は大きな役割を果たすかもしれない。
ただ、困るのはあの国である。そう、中国である。
「なんや、GDP3位の国にできたんじゃ、2位のワシらかて、できるじゃろ」と、本腰を入れてぼこぼこ原発をつくりだすに違いない。
秋葉原で炊飯器を買うような気楽さで原発をつくることだろう。
「もし壊れたら日本人に直させりゃええんじゃ」「せやせや。なんだったら富裕層にカネ出させよか」。
富裕層とは産業のことだと思っているし。
こういうことになると、偏西風の関係で危ないものはこっちに飛んでくるわけだから、日本としては非常に困る。でも、13億人の電気をまかなうにはそれしかないのだろうなあ。
事態は絶望的である。
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などということを考えながら、オレは某大学でインタビュー仕事をしていたのだが、そのお相手は20歳の青森出身男子学生と、19歳の美人女子大生。
二人とも堅い。
そりゃそうだよなあ、オレだってこのぐらいの年頃に50過ぎたおっさんから質問されたら、構えちゃうし、言葉を選ぶし、態度は硬くなるし。すまんなあ、お二人さん。
でも、公式インタビューが終わって二人きりで雑談始めたらとたんににこやかになって「さっきはうまくしゃべれないで、すみませんでした」と頭を下げるのであった。
このくらいの若者達の心はとても素直で、みんないい子ばかりだと、最近のオレは思うのだった。捨てたものではないぞ、日本。
捨てないけど。
その美人女子大生19歳に、ふと思いついて「そういや、お父さんは何歳?」ときいてみた。女子大生「えっと、47歳でーす」とかわいく笑う。
オレより6つも下かよ。父ちゃん。
オレは天を仰いだのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.24
原稿、編曲。
本日で子供達の学校は修了。明日から春休みに入る。
なので通知表を持ち帰ってきた。
オレが子供の頃は親に見せた後、仏壇に供えてチーンとやり、なむなむしたものだった。それを言い聞かせているので、子供もわざわざ仕事中のオレの机まで見せに来た。
3年生の息子は、音楽と体育の「よい」が2つで後は全部「たいへんよい」だった。本人は「クラスで一番」と言っておるのだが、伊達君、これはよい成績なのだろう?
娘は1年生だから当然全部「よい」。一度も休まずに皆勤賞だった。本人もそれをモチベーションにしていたから、達成感は大きかったようだ。
驚いたのは、本を200冊も読んで偉かったでしょうという賞状を持ち帰ったことだ。へー、200冊もいつの間に読んでいたのだ。ちょっとびっくり。
もっとも友達の中には500冊読んだ子もいるというから、すごいなあ。
目が弱くなってきて、こらえ性もなくなってきて、めっきり読書が減ったオレは、じっと反省する。
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朝日新聞の朝刊社説ー見て吹き出す。
なんと「あかちゃんを守ろう」というタイトルだ。バカか。
さすがAERAで「放射能が来る」とでかでかと表紙に書き、袋だたきにあったセンスである。計画停電でぎゅうぎゅうになった電車の中、この中吊りを人々がどんな思いで見ると思うのか、まったく空気の読めないヤツだ。
社説もさあ、「あかちゃんを守ろう」というのが社としての意見だというのだから、すごいよねえ。そんなの誰もが考える常識というか、人間として当たり前の感情なのだから、それを堂々と社の意見にしちゃうところが、バカ丸出し。
まあ、そういう具合に朝から笑うために朝日新聞はあるのだが。
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グーグルで各地の放射線量が一目でわかるマップが公開されている。
オレが信用を置いているブログのでの紹介だが、このブログによれば、このマップを見て「居住地近くで1000マイクロシーベルトに達したら緊急脱出」「100マイクロシーベルトに達したら脱出準備」というのが目安とのことだ。
東京は0.1台のマイクロシーベルトなので、まったくまったく、まーーったく心配ないということになる。やれやれ、一安心。
いろんなサイトを見て回ると、ともかく最大の危機は脱したというのがおおかたの認識のようだ。
今後についてもチェルノブイリ級の出来事は理論的に起こりえず、事態は静かに収束に向かうことになろう。
日本、すごいぞ。やっぱりハイパーレスキューはすごかった。
そのハイパーレスキューを恫喝したタコ大臣はとことんタコで、それに怒ってすぐさま首相官邸に乗り込み、首相を謝らせた石原慎太郎はえらい。オレはこの一点だけでも一票入れるね。ポピュリズムと言われようとも。
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子供の学校が終わって、1年間頑張ったお祝いだということで、昼に近所にできたステーキレストランに連れて行った。以前から「行きたい行きたい」とせがまれていたレストランである。
すごいぞ、サラダバー、スープバーは当たり前。なんとライスにはカレーがかけ放題。どんだけカロリー摂らせるんだ。
ステーキの味はというと、まあ、学食レベル。いい大人が集まって食うようなものではないな。
あくまでファミリー向け。その証拠に食べ放題のポップコーンに食べ放題の綿あめまである。
当然、店の中は子供だらけで、綿あめを振り回した子供が走り回る有様。わはははは、こりゃあ面白い。
味より量の高校生連中が来たら、すごく面白いだろうなあ。
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というわけで、基本的にこの日記は日付の翌日に書いている。だから今日のことを書くのは明日になるのだ。
でも、いくらなんでもこれは、と思うようなことは日付に関係なく書いちゃうのだ。
朝日が股やらかした。
25日付けの朝日新聞朝刊。一面にどかーんと「レベル6」の大見出し。えっ、レベル6になっちゃったの! と目をむいたが、リードを読んだら「もうレベル6並だよなあ」という内容だった。
思わず読んでいた朝刊を踏みつける。
要するにあおり、トバシ、でっちあげだ。AERAの表紙であれだけ叩かれ、土下座して謝ったというのに、朝日はまたやりやがった。
日本中が明日の平和を祈っているのに、原発の最前線で身を犠牲にして闘っている人に頭を垂れているというのに、このタコ新聞はまったく何を考えているのか。
とことん上から目線のあおりが好きなのだ。
それでいて社会面に目を転じれば被災地のヒューマンドラマがてんこ盛り。これだって考えてみれば上から目線の悲劇鑑賞だよな。
まったくこんな新聞、朝から健康に悪いわい。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「週刊文春」
2011.03.23
取材2。
相変わらず石神井公園駅は改札まで1時間というひどい状況のようなので、大江戸線の光が丘駅まで歩く。ウォークマン聴きながら40分弱。
朝のウォーキングにちょうどいい距離だ。
晴海のトリトン着。
2週間ほど前、このビルにいたときに地震に遭遇したのだった。
あのとき、対岸のお台場から黒煙がもくもくと上がるのを見て、えらいことになったと驚いたものだが、世界は実はもっととんでもないことになってしまった。
オレが、今この橋が落ちたらオレは助からないなあなどと暢気にかちどき橋を渡っていた頃、福島や宮城ではとんでもない厄災が人々を襲っていたことになる。改めて朝刊の名簿に名前の載る人、これから乗る人、そして括弧の仲の数字を思い、嘆息。
そういや、新浦安に住むぺいちゃんが電話してきて「実は浦安もすげえことになってるんだよ」と言ってたのを思い出し、トリトンでの取材終了後、次の目的地東洋町まで湾岸ん地帯の様子を確かめながら歩くことにする。
ネットでいろんな動画がアップされているが、確かに浦安エリアはむちゃくちゃな様子。せんだって、わざわざこの地に本社を移して被災することになった会社の幹部を、えーじくんは「殴ってやりたい」と憤るのもわかる気がする。
豊洲を通って塩浜、枝川、そして東洋町。
豊洲のあたりは、ずいぶん変わったなあ。タワーマンションがにょきにょき。いつの間にか芝浦工大のビルまで。
これらが、あの日一斉にゆっさゆっさと揺れたかと思うと、それは壮観というのとはちょっと違うけど、きっと凄かっただろうなあ。
地震の被害はというとまったく見て取れなくて、まずは慶賀の至り。
想定1時間のところ、ゆっくり1時間半ほどかけて歩く。
懐かしいなあ、この辺は。4年間しか住まなかったけれど、結婚、そして子供の誕生という人生でもっとも濃密な時間を過ごした場所だったから、いろんなところに思い出が刻まれている。
この公園で息子の写真を撮ったなあ、とか。
そういやえーじくん、本社が新浦安に引っ越したことで、毎日1万2千歩は歩くようになったらしい。
「とにかく東京駅の乗り換えがひどすぎるんです」と、確かに京葉線の乗り換えは優に地下鉄一駅分。ただ、あれはディズニーランドで頭がお花畑になってしまった連中に「さあ、現実に帰りなさい。もう12時は過ぎました。カボチャの馬車はいないのですよ」と教えるために長くしてあるのだ。
そのえーじ君に向かい、いさわしとオレは、それはとても健康にいいので定年になっても毎日会社まで通った方がいいぞと、フリーランスならではの嫌みたっぷりのジョークを送ったのだった。
さて、ゆっくり歩いても東洋町での約束まであと1時間。
毎日よく買い物に来た(さいでに結婚式もここであげた)イースト21で(スーパーがサミットに変わっていた!)、ぼけっと休憩所のテレビを見ながら時間をつぶす。手には宮部みゆきの江戸もの新刊。これが面白くて面白くて。
と、気がつくと人か集まってきてテレビをじっと見ている。
なんだなんだ、どうした。ついに富士山が爆発したか。
違った、東京の水道から放射能が検出されたというニュースだった。
ありゃま。
ヨメに電話して、ニュース見たか、ペットボトル買ってね、と言ったら「もう西友じゃとっくに売り切れ」とのこと。あららららら。
今まで学校へ「行ってきまーす」と向かう子供達には、玄関先で、車に気をつけろよーと声をかけていたのだが、最近はこれに放射能に気をつけろよーが加わった。
これからは、車と放射能と水道に気をつけろよーと言わなくてはならない。
まあ、世間が放射能で騒いでいるときに平気で短パン・半袖でサッカーの体育をする学校だ、親の注意などなんの力にもならない。どうせのどが渇いたら行列を作って水道の水をがばがば飲んでいることだろう。
石神井公園駅に帰ってくる。5時前ならなんとか電車も落ち着いて乗れる。
これが6時台、7時台だと息もできないくらいに混むらしい。
来週はインタビュー仕事が多いので、いかに電車問題をクリアーするか、悩ましいところだ。
駅の売店を見たら水のペットボトルがある。500ミリだ。
気休めにしかならないが、とりあえず買っておくか。
これちょーだいと、スイカでピッと支払う。
と、そこに「こんにちわっ」と顔を出したのが、近所のケンちゃん。息子が幼稚園にいた頃からの仲良しファミリーだ。
突然の登場に、わっと驚いたオレは、普段は買い占めするなら被災地に物資を送れよと偉そうなことを言ってるくせに、それと裏腹に水のペットボトルに走る姿を見られてしまったとうろたえる。
こここここ、これは違うんですっ、だってだって、あっ、そうだ、ほらっ、伊右衛門を買おうと思って売店のおばちゃんが間違えてよこしたんです、おっかしいなあ、どうして気がつかなかったんだろうなあ、とごまかす。
ガソリンは落ち着いた。もう行列はできていない。
藤田のお葬式の時、船橋市内で数百メートルの車順番待ちを見て、キベさんとカトーは「うひゃあ」とのけぞっていたが、これはもう終わり。次は水かよう。
それにしても、この辺のことについては、いろんな人がいろんなことを言うので、どれが本当かわからない。たぶん誰にもわからないのだろう。
朝日新聞によれば、チェルノブイリでは6000人の子供が被爆して2005年までにそのうちの15人が亡くなった、ただし大人にはほとんと影響がなかった、と書いてある。
んが。交通事故より低い数字じゃないの? あれだけ原発事故が秘匿され、1年間、ダダ漏れの放射能を浴びた穀物、肉、野菜、乳製品を食い続けたあげく、この数字ということは、まったく平気ということじゃん。
まあ、朝日のことだから信用してはいけないのだが、これが本当なら全然気にすることはないじゃん。
ともかくこうしてオレの一日は過ぎていく。ともかく電車に乗って移動して、自分の足で歩いて、仕事をして、ちゃんと帰ってきて家族と一緒にご飯を食べて枕を並べて寝られるという幸せに、感謝しよう。
と、ここまで頑張って長く書いてきて、今年の日記は12万字に達したぞ。この調子でいけば年間48万字。おお、ちょっと頑張れば50万字だ。これからも無駄かつ無意味に駄文を書き続ける決意をしたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.22
編曲。
一日家にいて編曲仕事。
いろいろ面白いことを書きたいのだが、世の中がこれでは、どうにもならんか。
朝刊を開くと、何百人という死亡者の名前が毎朝並んでいる。そのこと自体、相当に異常である。
つらつらとその名簿を眺めていると75歳とか92歳とかに混じり、(7)とか(5)とか(12)とか(24)とかいう表記が目に飛び込んでくる。
まったくやりきれないよなあ。
そしてその人達を、やむを得ず土葬することでしか見送れないという家族の気持ちを思うと、とことん沈んでしまう。
まあ、こんな調子ではこの日記が面白くなるわけがないのだ。とほほ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.21
編曲。
春の三連休、しかもお彼岸だ。
例年なら大渋滞の大混雑なのに、今日はやっぱりおとなしい。
なにしろ雨だものなあ。放射能の雨を浴びるよりは、家の中でじっとしてる方がいいよなあ。
そう思ったのだが、買い物に近くのマーケットへ行ったら、放射能って何じゃという顔をした練馬原人でいっぱいだった。
学校では平気で半袖短パンでサッカーさせてるし、どうも練馬原人の間では放射能はないことになっているらしい。それはそれで頼もしい…のか?
よくわからんなあ。
しかし公共広告機構のコマーシャルで「ぽぽぽぽーん」が意外なヒット。歌っているのは、野々歩ちゃんだ。コケストラの。
と思ったら、コケストラって活動休止していたのね。知らなかった。
野々歩ちゃんの歌ってねけっこう好きなんだけどなあ。A-1グランプリの時に乾杯する機会があって、ぼそっと「ファンです」と告ったのに無視されちゃったもんなあ。
まあ、いいや。
休みでずっと家にいると書くこともないなあ。しかし、今年はこの日記、40万字超えを目指しているので頑張って書くのだ。現在、11万字。よしよし、この調子で書き進むのである。
地震については、本日も小さい余震がいくつか。
個人的には異様な地震雲が嫌っていうほど報告されている静岡・富士山地方が気にかかる。もしあのあたりで今回のような津波が来たら、その高さは優に20メートルを越えるというから、そゃあ凄いというかとんでもないというか。
ともかく要注意だ。
東京の放射能雨は、例の物好きじいさんがやってる放射能測定では平常と変わりなし。若干高いと言えば高いのだが、許容範囲だろう。
また、ぼけなす内閣のぼけなす大臣が、ハイパーレスキューに向かって「放水しないと処分するぞ」と恫喝したというニュースが流れたが、まあ、相変わらずのぼけなすぶりだ。
公僕としての使命感のみに従って放射能のど真ん中に飛び込むことを自ら決意したプロフェッショナル達に向けて、なんつー言葉をぬかすぼけなすだろう。
「日本の救世主になってください」というメールを送ったヨメだけでなく、日本中が「だったらてめーが行けよ、ぼけなす」と思ったに違いない。
あああ、オレはなんでこんな政党に投票しちゃったのかなあ。ただ悔いるのみ。
政治ネタでは、ざどさくさまぎれに東国原ハゲが都知事に立候補表明することを表明。このハゲは、要は自分が上に立つことしか考えてないことがはっきりした。
今回は、落選覚悟での名刺代わり。万一通っちゃったら儲けもので、狙いは次に定めての作戦だ。案外、任期途中で降りちゃうかもしれないし。石原。
そのとき、いきなり出ますじゃなくて、今度こそと握り拳したほうがわかりやすいものな。まあ、いいや、好きにしてください。
入れないから。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.20
編曲。
三連休で明日は雨だというから、家の中にいるのももったいないと思い、南町田のグランベリーモールに春物の服でも買いに行こうかと家族を誘う。
ところが子供らは公園で自転車に乗る方がいいという。
そりゃよかった、ずっと安上がりだ。
なので、車に自転車を積んで隣の和光市の樹林公園まで出かけた。
ランナーが走り、家族連れが走り回り、犬も気持ちよさそうにあくびをしている。公園でこんな光景を見たら、日本はなんて平和なんだと思ってしまった。
さて、一昨日の日記でオレは、もう東北のものは口に入れられないと書いてしまった。無知もいいところであった。
朝日新聞やAERAを笑えない。今や深く自分の無知を恥じている。
どうやら日本は危機を脱したようだ。もう安心していいのではないか。
西日本に向けて疎開した皆さん、こそこそと戻っていらっしゃい。
IAEAが3月20日付けで状況説明を出した。ニフティのホームページ翻訳サービスで読む。原文を読む力は、英文科に5年在籍したオレにはない。
要旨。「主要な日本の都市の放射能濃度は、昨日以来かなり変化していなくて、人の健康に危険なものの下に残っています。」
つまり放射能はまったく危険でなくなつたと言いたいらしい。
次。副島{髟F。
ジャーナリストなのか作家なのか、自称・霊能者でもあるらしいこの人は、直後、「西へ逃げろ、西へ逃げろ」とあおり立てていた。「ついにメルトダウンだ」と。
その意味ではオレたちとたいして変わらない。
それが、やはり3月20日付けのサイトでは「日本は助かった」と高らかに宣言している。びびりまくっていた人の言葉だけに、なんとなく信用できそうな気になる。
驚いたのは、この人、びびりまくっていたのにガイガーカウンターを手に持って地元のタクシーを恫喝(懇願か)しながら、なんと福島第一原発まで8キロのところまで行って放射能を計測していたのである。19日に。
その結果、まったく問題にならないぐらいの微量の放射能しか検出されなかったという。同じ結果を米国の調査団もつかんでいるととのことだ。
そして「メルトダウンも再臨界も水蒸気爆発もも起きない。日本国民は救われた」と書いている。
この人は時々ラジウム鉱石を抱いて寝るそうだが(なんのこっちゃ?)、それよりもずっと低い放射能しか検出されなかったそうだ。
これらの報告は、けっこう真実みが高い。つーか、オレは全面的に信用するが。
そして、これ以上に説得力があり、安心させてくれるのがこのブログ。
放射線取扱主任資格を持っている一般人という素晴らしいポジションにいる人が、3月17日の時点で書いたブログだ。「福島原発で起きていること」というタイトルで、実にわかりやすく、冷静にまとめてある。
これはぜひ一読してもらいたいのだが、肝はこうだ。
まず「地震直後に自動停止して、ウランの核分裂連鎖反応は停止したという事実」だ。要するに原子炉は停止指定いるのであって、停止していなけりゃ45時間後、つまり13日ぐらいには既に大惨事になっていたらしい。これは化学的に全く疑う余地がないのだという。
おお、そうか、そうだったのか。つまりメルトダウンなど起きていなかったのだ。
では何が起きているかというと、原子炉は停止した後もしばらく熱を発するので、それを冷やしているらしい。ここを冷やし続ければ何の問題もないし、仮に大きな事故で冷やせなくなっても第三の壁があって、最後はきちんと食い止めることができる。
さらに最悪の事態が起きても、放射能被害は軽微であり、まして東京では全く問題にならないレベルらしい。ましてや疎開など、一切不要だ。
というわけで、このブログは非常に頼もしい。やれやれ、よかったよ、安心した。
西日本に疎開中の皆さん、どうぞ安心して帰ってきてくださいね。
それにしても、魚せいに行くと、毎度毎度、オヤジ達(客も大将も)が「日本はもう終わりだ」とうるさくってしょうがない。いくらオレが、大丈夫だから、と言っても「終わりに決まってる。だってそうなるはずだからだ」とオレに食ってかかってくる始末で、鬱陶しいことこの上ない。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.19
1976年に青山学院大学に入学したオレは、童謡研究会というサークルに入った。勧誘したのは、髪の長い佐野さんだった。
学生時代の友人は一生の友人になると言われるように、ここで知り合った仲間とは今でも親しくつきあっている。生涯の友人であることは間違いない。
オレの同期の男子は7人。卒業まで減らず、増えもせず、ともに4年間を過ごした。この同期7人の最年長であり、最年長という理由だけで会長に選ばれたのが、藤田利典だった。
2浪していたためか、既に大人の風格があって、麻雀も酒も先輩に混じってなんなくこなしていた。
中野坂上のアパートに暮らしていて、オレが泊まりに行った日の朝、まだ布団の中でぐずぐずしていたオレに向かって「ちょっと新宿の銀行に行ってくるわ」と言い放って家を出て、30分後に戻ってきた。
あの頃はコンビニはおろか、銀行の支店さえもろくになく、お金を下ろそうと思ったら中野坂上から新宿までわざわざ出向かなければならなかったのだ。そして、それぐらいの距離を、学生ならば歩くのが普通だった。
藤田は朝食代わりのリンゴを放ってよこした。一緒に加藤もいたと思う。
オレたちはリンゴをかじった後、藤田のアパートを後にして大学に向かったのだった。
独特の押しの強さと精神的なタフさを活かし、卒業後の藤田は三洋証券に就職し、営業の最前線で働き出した。横浜支店、調布支店、新宿支店などなど。
新宿支店時代は、曙橋にあったオレの事務所によく息抜きに寄っていた。「喫茶店がわりだよ」と笑いながらたばこをふかしていたものだった。
そして、神戸支店の時代、勤めていた三洋証券はバブル崩壊のあおりで倒産する。その報せを藤田は、週末に家から単身赴任先の神戸へ戻る新幹線の中で、ニュースの電光掲示板で知った。
その後、藤田は同じ業界の中規模な会社に転職する。業界全体が逆風の中、望まぬ形での上位企業から中位企業への転職だ。居心地がよかったはずはないだろうと、門外漢のオレでも想像できる。
その頃だろうか、酒の席で藤田は突然オレに「おい、タンゴ、ギターくれ!」と発したのである。何を突然と唖然とするオレに向かって藤田は、娘が大きくなってギターを欲しがっているのでお前の持っているギターの一本を譲れ、ということを一方的に話した。
しょうがねえなあ。
次の週末、オレは愛車のゴルフに学生時代に愛用していたブルーベルのアコースティックギターと、安藤から5000円で買ったエレキギターを積んで、市川の藤田のアパートに向かったのだった。
そんなことはあったものの、この頃から藤田はオレたちと会う回数が目に見えて減っていった。やっぱり仕事が思うように行かず、面白くないことが多くて、オレたちと会う気もしないのだろうか。そんなふうに思っていた。
いつか、藤田の勤めているはずの証券会社から「担当が代わりました」という連絡が書面できた。年賀状こそ続いていたものの、直接会うことも声を聞くこともなくなっていた。
その藤田が6、7年ぶりに突然オレの前に姿を現したのが、昨年の春。4月だった。
新しい仕事を始めていて、その話をしてくれたのだが、なぜ前の証券会社を辞めたのか、聞いてもはっきりとは答えなかった。やっぱり相当に面白くないことがあって止めたんだろうなあと、なんとなく察したものだった。
そして次に会ったのが、9月、山口のお通夜だった。
同期の仲間を突然喪うという現実を受け入れられずにただ呆然とするオレの前に、藤田は昔と同じように「よっ」と手を上げて登場した。
そして新大阪駅へ向かうタクシーの中、藤田はオレの背中越しに「オレさ、仕事やめて今無職なんだよ、無職。だから娘と女房が家を出て、その後にオレが最後に家を出て行くんだよ」と話しかけてきた。
たぶん求職活動のために重い腰を上げて家を出て行くのだろうが、三洋証券時代「オレたちはセブンイレブンだから」と、出勤は7時、終業は夜11時というハードワークぶりを自慢していただけに、現状の自分は受け入れがたかったに違いない。経済的には難儀していないはずなのに、男としてどうしても家族を背負いたかったのだろう。
大阪からの帰りの新幹線では、ヒールや缶酎ハイを買い込んで、山口への献杯が行われた。その車中で藤田は、実に楽しそうに呑んでいた。酒癖は悪かったからなあ、藤田は。でもこの日は本当に楽しそうだった。
実は新大阪駅では「オレは一人で帰るから」と別行動を取ろうとしていたので、強引に一緒の新幹線に乗せた。安藤が察するに「高速バスで帰るつもりだったんじゃないか」。つまり無職だから少しでも節約しようとしていたのではないか、ということだ。
それでも強引に誘われたことで新幹線で帰ることにして、久々に学生時代の仲間と呑んで、昔に戻れたのだろう。誰もが「あのときの藤田は楽しそうだった」と振り返っている。
そしてその次に藤田に会ったのが3月7日。
奥さんからの知らせを受けて船橋の病院に急行して会った藤田は、もう何も言えず、目も開けられなくて、ただ大いびきで眠り続けるだけだった。
脳梗塞。朝起きてこないことをいぶかしんだ奥さんが様子を見て事態を察し、救急車を呼んだのだがすでに手遅れだったという。
病室で横たわるそばでは、オレがギターを届けたときには中学生だった娘さんが立派に成長して、そして「お父さんお父さん」と泣きながら藤田の腕をさすっていた。
野球好きの藤田だったが小田原近くに在住していた時代に湘南ベルマーレのファンになり、よく応援に行ったという。そのことを藤田は「オレがひどいヤジを飛ばすから娘がいやがっちゃってさあ」と苦笑していたものだった。その娘さんが泣きながら藤田の脇を離れなかった。
運び込まれて一週間。とうとう意識が戻ることなく、藤田は旅立ってしまった。
呼吸があまりに苦しそうで見ていられず、奥さんは「もう頑張らなくてもいいからね、って言いました」と話してくれた。
昨夜が通夜で今日が本葬。
藤田はきれいな顔をしていた。おう、藤田、起きろよなあ。そう言えば、なんだよとむっくり起きてきそうな顔だった。たぶん中野坂上のアパートでオレたちが隣で寝ていたときと同じ、安らいだ顔だった。
藤田、浜松時代にお前を支えてくれた岐部さんが駆けつけてくれたよ。順さんも突然だけど来てくれたよ。苦渋の思いで出席を断念するしかなかった早瀬さんは、オレに「藤田には世話になったんだよ」と電話をかけてきたよ。青森の鎌田は慟哭していたよ。
たくさんの人がそばで、あるいは遠くで、藤田の旅立ちを見送った。
藤田が意識を失って数日後、世界は大きく変わってしまった。こんな騒々しい中、みんなに見送らせるとは、藤田らしいといえば藤田らしい。
向こうでは山口が待っている。山口のことだから「なんだよ、藤田かよ、うるさいヤツが来たな」と言い、藤田も「なんだ、山口かよ」と苦笑しているだろう。そして二人で好き勝手なことを言い合って酒でも飲んでいるに違いない。
半年で同期二人を続けて喪うなんて、そんな未来が待ち構えていたとは想像もしなかったよ。悲しいなあ。
もう当分、それこそ数十年は誰もそこには行かないから、藤田と山口、二人で賑やかにやっててくれ。もう誰も行かせないから。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」
2011.03.18
船橋での通夜に参列した後、電車で都心に戻る。
金曜日の夜だというのに街は真っ暗だ。電車も考えられないほど空いている。
節電、停電。
おそらく歓送迎会、卒業パーティー、打ち上げもろもろが延期になって、どの店もがらがら。街は静かなものだろう。
我が家も、本来の予定なら高校に合格した甥っ子が新潟から遊びにやってきて、賑やかに過ごしているはずだったしなあ。
こんなことが1ヵ月も続けば、飲食業界はガタガタになる。とんでもないことだ。
ツイッターでは「買い占めするカネがあるなら外食しよう」という呼びかけが起きた。外食することを最近では「経済を回す」と言うのだそうである。
特に関西の皆さん。
どんどんお金を使って経済を回してください。西日本で節電しても意味なし。どんどん経済を回してください。
********
都心の暗い街を電車の中から眺めながら、荻窪で降りる。
最近の池袋駅は混雑がひどくて、改札に入るまで1時間は常識という有様だ。
そろそろ死人が出るのではと噂されるほどのパニックぶりである。
だからこの日もいかに池袋を通らずに帰るかということになったのだ。
安藤君の後にくっついて練馬で降りて歩くか、代々木から乗り換えて光が丘から歩くか。
迷った末、結局選んだのは井澤君の後にくっついて荻窪で降りるという方法だった。
そして二人で居酒屋に立ち寄り、精進落としだ。
刺身のうまい、そして量の多い、居酒屋だった。
日本酒を見る。おお、宮城の浦霞だ。この秋からは、浦霞はもう呑めないな。
店員さんに向かって、もう呑めなくなる浦霞をくださーいと言ったら、なんだこのオヤジは、という顔をされた。お姉さんに。
「余計なこと言うからですよ」と井澤君にたしなめられるオレであった。
******
疎開の動きが広がっている。関西方面への逃避行だ。
精神的な効用があるから(要するに気休めね)無駄とは言わないが、いや、でもやっぱり無駄だな、それは。順さんが「そりゃあ失敗だよ」と高笑いしたように、無意味だよ。
そもそもチェルノブイリ級の爆発が起きても50キロ離れていれば被爆しないし、そもそも関西に住んでいても宮城の農産物を食ったら放射能が入っちゃうんだから。
なんでも天皇が京都に引っ越したという噂があって、「週刊ポスト」がそれを取材したら宮内庁に否定されたというが(そりゃ本当に引っ越しても否定するわな)、最近、琵琶湖では湖底に異常が起きていると報告されていて次は関西かと言われている。
あるいは異様な地震雲が観察されて、静岡だ、いや、富士山が爆発だと騒がれている。
どこに逃げても逃げたことにならない。
そうなのである。ようやく本質が見えてきたのである。
東北のものはもう口にできないというのが本質なのだ。
空気中の放射性物質が雨に溶け込んで地上に降り、そこに生えた草を食べた牛がいて、そのミルクと肉を人間が口にしてしまう。見事な食物連鎖だ。
今、豊水によって原発からダダ漏れしている放射能は海に流れ込んで、三陸の牡蠣もワカメもサンマも放射能をため込んで、やがて人間の口に入る。
本質はここなのだよ。
だから東北の人たちには大変に申し訳ないが、もう東北のものは食えない。東北の酒も飲めない。魚も食えない。
ということは、この秋にはたいへんな米不足騒ぎが起きる。サンマが食いたくても、いくら水揚げされても、誰も手をつけない。
そんな時のために、今こそ経済を回すのだ。
幸いにしてすさまじい円高だ。なぜ震災の後に円が上がったのか、何度新聞を読み返してもオレの頭では理解できないのだが、とにかく円が高いのだ、これを僥倖として今から海外の食材を買いあさるのだ。
穀物、肉、魚を、強い円で世界から買い付けるのだ。
その点、日本には最強の商売人がいる。総合商社だ。
商社の最大の強みとは、世界に張り巡らされたネットワークとか、豊富な人材とかいろいろ言われるが、オレは「カネの使い方を知っている」ことが総合商社の一番の特長だと思う。
その強みを活かして、総合商社よ、今から食料を買い漁れ。日本のために。
オレは本気でそう思っているのだが。
***********
東京消防庁がやっとこさ出動だ。地震直後から出動準備をしていたが、政府のぼんくらどもが出動要請をしなかったのだという。
ハイパーレスキューだって公務員。上から李命令なしでは動けない。
実は去年8月、オレはハイパーレスキューに取材に行った。そこで出会った隊員たちは、レスキューという点で最高のスペシャリストばかりだった。
鍛え抜いた肉体と、徹底的に詰め込まれた高度な知識。化学兵器などに精通している。そしてあらゆる災害現場で悲惨な状況を目にしてきてこそ身につけた精神力と人への思いやり。
単なる公務員としての給料にわずかな手当だけしかもらえないのだが、まっすぐと「日本のために」「命を救うために」と口にできる人たちだ。
自衛隊の誰もが「国のために身を捧げる」と口にできるのと同じで、まったくタコな政府に爪の垢でも、と思ってしまう。
すごいよなあ、ハイパーレスキュー。
800メートルのホースをつないで海水をくみ上げて、無人で放水し続けるなんて、世界中でハイパーレスキューしかできないぞ。
日本はハイパーレスキューがいるのだ。
放射線の雨嵐の中へ飛び込んでいく旦那に対して、ヨメが「日本の救世主になってください」とメールを送ったなんていうメッセージは、しびれるではないか。
ほとんど右翼状態のオレではあるが、国難に際してはやっぱり国粋主義的になってしまうのだ。
えらいぞ、ハイパーレスキュー。
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現在の日本の最大の課題は、少子高齢化にどう立ち向かうか、だった。その有効な手立てを見つけられず、負のスパイラルが始まって、日本はタコツボ化の道をまっしぐらに進んでいた。
それは世界に前史を見ない、急降下のスパイラルでもあった。
ところが地震によってそんな問題は吹っ飛んでしまった。
これからは産業、経済、自治、政治のすべてが日本復興という一点に集約される。少子高齢化の負のスパイラルは断ち切られ、すべてが日本復興に注がれる。
これはなんとも驚くべきパラダイムシフトではないか。
つまりこの震災はまさに歴史の転換点であって、ここを機に新生日本の歩みが始まったのだと思う。日は昇り始めたのだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊現代」
2011.03.17
編曲。
久々の超傑作発言。
「勇気より先に電気をくれ」。
これはすばらしい名言だなあ。
プロ野球のセリーグが予定通り開幕することが決まり、安全が担保されていないのに大量の電気を使うことに何の自覚も持っていないと批判が集中。メジャーにいる上原が「なにやってんだ、恥ずかしい」と呆れる中、セリーグは「選手は野球が仕事。被災地に勇気を与えたい」と繰り返す。
それに対する日刊スポーツの発言がこの「勇気より先に電気をくれ」だ。
実際、電気もない避難生活を送っている被災地に対してどうやって野球を見せるんだろうなあ。聞いてみたいものだ。
勇気を与えるなら、先を争って日本から逃げ出している自分ちの外人選手に与えてはどうだろう。
しかし、このレトリックは使えるな。「××より先に電気をくれ」。
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菅首相が原発からの水蒸気の抜き取りにストップをかけたという驚愕の情報を昨日書いたが、今度は14日の時点でアメリカから冷却水提供の申し出があったのを政府が断っていたというさらに驚愕の事実が明らかになった。
この時点でアメリカの申し出を受けて冷却剤を投入していれば、今の事態は避けられていたという。
日本は、自らの国のリーダーによって断崖に立たされてしまった。なんとも大笑いな話である。
蓮舫がセブンイレブンを視察して「何もないですね」と驚いてみせるという呆れたパフォーマンスをしたところで、もはや誰もこの政府を相手にはしない。
そんな時間があるなら自分でおにぎり作って被災地に行けってんだ。
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というわけで、どうもここのところ、オレの日記は暗いな。寒々しいな。
それもしょうがなかんべ。
でも、そんな中に明るい情報だ。
日本は安心だというイギリス大使館の発表文書だ。
要約。「完全メルトダウンと放射性爆発が起きても、避難エリア30kmで十分」「東京への悪影響はない。健康被害が起きるには現状の何百倍もの放射能が必要」「チェルノブイリとはまったく事情が違う」。
おお、そうか、そうなのか。
ツイッターでも「チェルノブイリ級の爆発が起きても50キロ離れていれば誰も死なない」という発言があった。まあ、ツイッターだけど、ちょっと元気になれる発言である。
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もっと元気になれるのはこういう発言である。
自衛隊の旦那に、無理しないでとメールしたら「自衛隊なめんなよ。今無理しないでいつ無理するんだ?言葉に気をつけろ」という返信があったそうだ。
すごいなあ、尊敬するわ。
実際、現地での自衛隊の活動は目を見張るものがあるそうで、ばあさん2人を背中にしょって、さらに左右の手で一人ずつばあさんを抱えて、計4人のばあさんを一人で運びながらその隊員は普通に笑いながら歩いていたという話もあった。
まさに自衛隊なめんなよ、である。
さらに言えば、最前線で放射能の恐怖と戦いながら不眠不休でミッションに取り組んでいる東電社員、原発作業員、消防署、警察、レスキュー、その全員が"なめんなよ"だ。
そして、これから復興に立ち上がったら、オレたちは世界に向かって"日本なめんなよ"と笑ってみせるのだ。
おっと、その前に政府に向かって"国民なめんなよ"だ。あー、もー、コンビニの棚を背景にテレビに向かって眉をしかめてみせる蓮舫にむかつく。むかつくなんて言葉は使っちゃいけないのだと子供に教えながら、オレはむかついちゃうのだ。
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CNNのニュースもすごかったらしい。
外人女性アナウンサーが「枝野官房長官の体調を心配する声が増えており、日本人は皆こう言っています」と原稿を読み上げたあと、一呼吸置いてこう言い放ったそうだ。「エダノ ネロ」と。
爆笑。
エダノくん、どんどんカバ化が進んでいるねえ、という声もウォッチャーの間で高まってきた。
ま、いつまでも折れたままではいられない。"日本なめんなよ"のために、ぼちぼち立ち上がろうじゃないの。
早く落ち着いてくれないと、そして牛乳も安心して飲めるようにならないと、親分が歌いにこれなくて、いつまでたっても新しいCDが完成しないし。
それにしても「ねがい」という歌は、震災の前にリリースしたかったなあ。残念。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.16
取材1、原稿。
ヨメが「毎朝起きると今日こそは事態が好転しているのではと思うけど、反対に悪くなってるんだから」とうんざりした顔で言う。まったくその通りだ。
日刊スポーツを開いたら、菅総理が東京電力の本社(本店)に乗り込んで、幹部を前に3時間も怒鳴りまくった、という記事があった。「東電なんかつぶれるぞ」と、その内容はもはや恫喝だ。
あまりのことに情けなくなる。
どうしてこの男は「責任は政府がすべて取るから、全力で頑張って欲しい」と言えないのだろう。リーダーとは、政治家とは、そういうものではないのか。
それなのに東電に責任を全部押しつけて、それで国民の代弁をしたような気になっている。
Facebookで水野さんから「そのとき、菅総理は号泣していたらしいですよ。精神的におかしくなってるようだ」と教えられる。もうダメだ、この総理。
オレの周囲でも、東京電力のことを悪く言う人はいない。停電とか電車が止まるとか、ちょっとイラッとするけど、でも初めてのこんな事態なんだから、東電には頑張って欲しい。そういう意見がほとんどだ。それなのにこの総理は。
ちなみにマスコミではTBSがひどい。
昼のワイドショーで「信号機が消えて危ない」「停電するとかしないと、はっきりさせろ」などと次々へといいがかりをボードに書いて並べ立てる。庶民の声の代弁者様だ。
あげくにそこにいた評論家が「計画停電のプログラムを東電が作れるわけはないんだから、外部にアウトソーシングすべきなんです」と、完璧に意味不明のコメントを口にしていた。
TBSの誰か、このコメントの意味を解説してくれ。
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やはりFacebookで、高田さんが「東電に励ましのメールを送った」と書いていたので、教えてもらった宛先にオレも励ましのメールを送った。「政治家やマスコミは気にせず、頑張ってください。前線でギリギリの判断を下す1分1秒を送っている皆さんのことを、私たちは誇りに思います」と。ちなみに要約。
ついでに「責任は私はたち国民がとります」と格好いい一言も付け加えたぞ。
他にも高田さんの発言を見て「私も」「オレも」と続いた人がいたから、それなりの応援メールが東電にいったのではないか。少しでも力になればいいのだが。
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ついでの菅総理ネタだが、2ちゃんねるで火の手が上がったのが、菅総理のとんでも行動。これが仰天ものだ。
いつまで残っているかわからないが、詳しくはこのサイト参照。
要約すれば、菅総理が福島原発を視察に行った際、現場では水蒸気の放出を行おうとしていたのだが、それを政府が総理が到着するまでストップをかけたという話だ。
あげくに1時間以上も現場に滞在したため、結果として作業が大幅に遅れ、現在の大事故につながってしまったのだという。
これが事実なら、メルトダウンは首相による人災という、とんでもないことになる。
菅総理がなぜそんなことをしたかというと、水蒸気の放出にストップをかけ、自分が現地に赴いてからその命令を出し、要するに自分の判断で原発を大事故から救ったという物語をつくりたかったためらしい。
このサイトにはその詳細が詳しく記され、証拠となる官邸のPDFの存在も示している。既に告発もなされたそうだが、はて。
ともかくこれが事実なら、福島県民は、東北の人々は、そして日本国民は、国家の責任者によって窮地に追い込まれたことになる。笑い話だ。とほほほ。
*********
地元情報の掲示板に、卸問屋の「うちの倉庫には日用品が山のようにあります。ただガソリンがなくて配達がうまくできていないだけです。なんとか頑張ってお店に届けるので、皆さん、買い占めに走らないでください」という書き込みがあった。
某国ならこの問屋はすぐさま何倍もの値段をつけて闇で品物を売るだろうし、別の某国ならこの問屋は既に襲撃されているに違いない。
でも、ここは日本。その書き込みに対して「ありがとう」という感謝のコメントが続く国なのだ。
まあ、実際、スーパーの店頭はひどいことになっているからなあ。
開店前に行列ができ、店が開くと同時に棚に殺到して、レジは大渋滞。買い物に行くヨメは「棚が空っぽ」「レジ渋滞ひどい」といつも口にしている。
不要不急のものは買い占めないで欲しいものだ。カセットコンロや乾電池は、まず被災地に回そうよ。
乳業会社に勤めていて、地震発生以来、ほとんど家に帰れない状態の中山親分と連絡がつく。
とにかく牛乳は大変なことになっているらしい。
子供たちの学校でも昨日から給食に牛乳が出なくなって、飲み物は水筒持参ということになっている。
容器のパッケージが足りないため、大手乳業は本日より製造中止。でも、製造中止でも牛はミルクの製造をやめないよなあ。牧場によっては被害を受けてどうしようもないところもあるし。
そんな状態で乳業は大混乱。その対応で親分は走り回っている。
「ごめんなあ、藤田に会いに行けないかもなあ…」と悔しそうな口ぶりだった。
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Facebookでボロボおじさんとすれ違う。
ボロボおじさんはカメラマンだ。仙台出身。
実家は被害の大きかったあたりのようで、大丈夫だったかと聞いたら、兄弟2人、なんとか無事だったという。
そのボロボおじさんが「便利なサイトがあるよ」と教えてくれたのがこれ。
ナチュラル研究所というところで、要するに個人の気象台だ。所長は、といっても所長しかいないのだが、「年金生活入り口」(プロフィールより)の工学博士。
趣味で気象計測や地震計などを設置して、リアルタイムで状況を発信しているのだ。場所は都下日野市。
このナチュラル研究所の所長が、北朝鮮の核実験を契機に始めたのが放射線量の計測。個人ではなかなか入手できないというガイガーカウンターを手に入れて放射能を計測し、10分ごとにリアルタイムで発表しているのだ。
グラフなのでとても見やすい。通常時のグラフも出ているので、一目瞭然で比較できる。
過去の記録も見られるが、3月15日、つまり昨日の午後4時頃に突出して放射能が多くなっている。それ以外は本日も含め、通常と全く変わらない。
なぜ昨日の4時だけ急に異常数値となったのか。風の具合とかかな。
それはともかく、これはなかなか興味深いサイトだ。
ボロボおじさんは「出かける前にここを見とくと役に立つよ」と言ってるけど、どう役に立つというのだろう。
近い将来、天気予報で降水確率や花粉情報と同じように「今日の放射能情報」ができて、今日の都内は放射能が「やや多い」の黄色になっていますので出かける際はぬれたマスクをお忘れなく、それから帰ったらすぐにシャワーで除染しましょう、なんて流れるかも。
平和な冗談だけど。
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天王洲アイルでインタビュー仕事があるので、朝から出かける。
子供が登校するのを見送っていたら近所のおばさんが「駅は1時間待ちらしいですよ」と教えてくれた。石神井公園駅の大混乱はまだ続いているようだ。
ネットを見たら確かに相変わらずの大行列という書き込み。やっぱりなあ。
駅に入るために1時間待つならば、大江戸線の光が丘駅まで40分かけて歩いたほうがいい。40分なんて、CD1枚聴く時間にも満たない。すぐだ。
なので、コートを着てマスクをつけ、光が丘駅までてくてくと歩く。
地下鉄の始発駅の大江戸線。がらがらである。
電車は休日並みのダイヤ。つまり10分に1本くらい。
車内もがらがらで、全員座ってもまだ座席が空いていた。おかげでぐっすり眠りながら移動できた。
石神井公園駅の混乱はまだ続くのか。だったらみんな光が丘駅まで歩こうよ。そんな情報を地元の掲示板に書いておいた。
西武線は現在各駅停車しかなく、しかも早くから満員のため、駅に止まっても数人しか乗り込めず、そのため人がどんどん滞留し、大渋滞ができるという構図。仕方ないけれど。
家にいて震災報道一色、CMも公共広告機構一色のテレビと向き合っていると、どんどん気分が沈んでいく。この世の終わりの気になってくる。
でも、こうして都心に出てくると、けっこう元気が出てくる。
山手線は通常ダイヤだ。いつもより人は少ないけれど、みんな落ち着いて元気だ。
仕事の関係者と「大丈夫でしたか」「こんな時にすみませんが」とお約束の挨拶を交わす。
余計なネオンの類が消え、渋谷駅前のばかでかいビジョンも消え、街は静かだ。いかに普段が騒音に包まれているかがよくわかった。
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疎開の動きが静かに広がってきた。
ザッケローニや外人選手でなくて、身近なところでだ。
地元のパパから「そろそろ子供を疎開させるべきか」という相談メールがくる。実際に別のパパのところでは、奥さんが子供を連れて深夜の高速で関西の実家に帰ってしまったらしい。
まだ学校の春休みまで一週間あるのだが、それを休ませての疎開だ。
Facebookでも尾崎が「妻子を名古屋へ帰した」と告白。「みんなから非難されるのでは」と覚悟しつつの告白だ。
別に非難なんてしないけど、やっぱり「自分だけ逃げ出したようで恥ずかしい」という日本人らしいメンタリティが働くのかもしれないなあ。
あるパパから問われてオレは「カネもないし関西に親戚もないし、うちは疎開もできません」と冗談めかして答えておいた。でも、冗談でなくてそれが本当だから、どうしようもないのである。
ヨメと、どうしようかと顔を見合わせても、でも、どしようもないしねえ、というのが結論。
外出から帰ったオレはシャワーを浴び、息子もオレにならってシャワーを浴び、面倒くさがった娘の頭は濡れたタオルで拭いてやった。
コートと鞄、ランドセルはゴミ袋に入れて、隔離。
もちろんこんなのは気休めではあるが、まあ、気休めには気休めなりの効能があると思う。
もっとも息子に聞いたら「体育では半袖、短パンでサッカーしたよ」ということだったので、苦笑いしつつ、脱力だ。
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目の前を走る目白通りの通行量がめっきり減った。夜なんてがらがらである。
出かけるのを自粛する人が増えたか、ガソリンの節約か。たぶん両方だろう。オレもそうだし。
被災地のために道を空けよう。被災地のためにガソリンを分けてあげよう。被災地のために買い占めをやめよう。
そんな動きが空気のようにじんわりと広がって、日本、立ち上がるまでもう少しだ。
今週だけでキャンセルになった仕事が3本。
この先もきわめて不透明。
アパレルに務める知り合いのパパが「こんな時に洋服屋なんて誰もこないよ」と自嘲メールを送ってきた。ライターしかり。アレンジャーしかり。
忙しい牛乳屋さんがうらやましいが、「バカ言うな」と親分に一喝されそうだ。
この先、オレの仕事はどうなるのだろう。
放射能への不安のように、そんな思いも黒くじんわりと腹の底に広がっていく。
*******
3月7日に友が病に倒れ、11日に地震が起きた。
実家の甥っ子が高校に合格して、待ち遠しかったこの春はとても素敵な春になるはずだったのに、わずか先週一週間で世の中は変わってしまったようだ。
と、気がつけば昨日と同じことを書いている。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サウンド&レコーディング」今月のサンレコは面白い。久々に充実だぞ。中田ヤスタカのプライベートスタジオ初公開、大橋トリオによる新定番ヘッドホン特集もよかったが、白眉は大滝詠一自身によるロンバケ30周年記念盤の解説インタビュー。連載となる予定で、しばらくは楽しめそうだ。特集のDAWミキサーの正しい使い方は、これからじっくりと。なお、中田ヤスタカはオレと同じcUBASEを使い、さらにオレと同じオーディオテクニカの4040マイクを使っている。要は機材じゃないということだ。
2011.03.15
原稿、編曲。
半年前、残暑のきつい9月。
大雨の中、オレたちは大阪まで行き、山口に別れを告げた。
あの道行きは今思い出しても不思議な輝きに包まれていて、30年前に仲間と夏合宿に向かったバスの中のようだった。
帰りの新幹線では、久しぶりに顔を合わせた藤田が、嬉しそうに酔っ払っていたなあ。
わずか半年前なのに、遠い昔に思える。
わずか半年なのに、いろんなことが起きてしまって、世界は変わってしまったみたいだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.14
原稿、編曲。
昨夜遅くに運休が報じられたというのに、今朝早くにテレビを見れば、西武線は止めるの止めたということらしい。
ならばインタビュー仕事に行けるかと思ったが、都心は相当の混乱が予想され、しかもオレが行くの行かないのやっぱり行くのと騒ぎ立てれば先方にも迷惑をかけることになるわけだから、ここは下げた頭をそのままにして、アポのキャンセルをお願いする。
電車は動くのか動かないのか。停電はあるのかないのか。
ころころ事態が変わって非難囂々のようだが、しかし、前線の現場では脂汗を流しながらギリギリの判断を下しているはずで、インフラを支える重圧の中で闘っている人たちをむやみにののしるのはやめようと思う。
*****
8時頃、ウォーキングのついでに石神井公園駅の様子を見に行く。
うっひゃーっ。空前絶後。数百メートルの行列ができている。
ただ駅に入るためだけに、この行列だ。おそらく最後尾は改札を通るまで1時間ということはないだろう。下手すりゃ2時間はかかるのではないか。
この行列の中にも、新幹線や電車の運転士が混じっているかもしれない。タクシー待ちの行列の中にも。
お気楽なフリーのオレは「ごめんなさい」とメール一本で出かけるのを取りやめにできるが、時間死守で職場にたどり着かなければならない人は、本当に大変だと思う。その生真面目さが、日本という国を形作ってきたのだと思う。
この行列が目の前を通っているのに、駅前のパチンコ屋は営業中。パチ屋こそ節電に協力して休業して欲しいものだが、まあ、そこにも営業権、生活権はあるからなあ。
ヨメに言われていたので、ついでにコンビニ数軒をのぞく。案の定、乾電池の棚は空っぽだ。停電に備えて、買い占められたのだろう。
実はそれを予想して朝一番でアスクルに乾電池を発注したのだが、ファクスを受け付けてもらえなかった。注文が殺到しているのか、回線がパンクしているのか。
出かける予定がなくなったので、家で仕事する。
しかし、ニュースが気になってなかなか集中できない。今日も何度か地震警報器がうあーうあーと鳴り響いたのだった。
このケーブルテレビが配っている警報器、思いのほか優秀で、ほぼ100%的確に予知してくれる。予知っていっても「10秒後に震度3前後が来ます」というレベルだが、これだけでも気持ちがまるで違う。
よーし、集まれー、落ち着いて身構えろーと家族に言うくらいの余裕はあって、とても助かるのだ。
もっとも優秀なだけに夜中も何度もうあーうあーと鳴り響いて、そのたびに起こされるのだった。まあ、しょうがないか。
*****
午後、息子と娘が一緒に帰ってくる。今日から集団下校だそうだ。
しかもなんと防災ずきんをかぶっている。
防災ずきん姿で子供がぞろぞろと歩いているのだから、いつの時代の光景か。うーん、なかなか楽しいなあ。
いやいや、楽しいなどと言ってはいられない。原発がらみの報道があるたびに背中を冷たい汗が流れるような感覚に襲われる。
ツイッターネタだが、官房長官の記者会見に外国メディアが出席するのを政府と記者クラブは断り続けているらしい。意味がわからんな。
外国メディアはマジで怒っているに違いない。
今、世界中が福島の原発について、肝を冷やしながら中止している。もはや「放射能に汚染されてしまった日本」という風評が世界の常識となっていることだろう。
こんなことも想像できないで、どうして記者会見から外国メディアを締め出すのかなあ。民主党政権になってから何一ついいことがなくて、相変わらずこんなアホがまかり通っているとはなあ。
民主党と言えば、蓮舫が節電啓発とかなんとかの大臣になったらしいが、どこまで国民を馬鹿にしているのだろうなあ、この政権は。節電啓発のためにメディアにデル回数が増えて、人気取りができるのではないか、というスケベ心だろう。とことんなめられたものだよ。
そういやザッケローニがいつの間にかイタリアに逃げ出したらしいなあ。
「ヨメが心配して帰ってこいというもので」と言い訳しているらしいが、たぶん戻ってこないんじゃないか。放射能に汚染された国になんて、ヨメが行かせるわけがない。
当然、他の国の連中もやってこなくて、ビジネスマンも政治家もスポーツマンもミュージシャンも、誰もやってこない国になる。これからの日本は。
ついでに日本でできたものは誰も買ってくれなくなる。国内でも岩手産、宮城産、福島産は誰も買わないのと同じように、日本産というだけで世界は買ってくれなくなる。
うーん、まさに国難だなあ。
ここ20年で官僚のレベルが大きく落ちたと言われているが、その結果がこういう事態なのか。失われた20年とは、このことだな。
*****
夕方、青森のギタリストから電話がある。
様子はどうだと聞くと「初日以外はだいぶ落ち着いてますよ、さっきガソリンを買ってきました」という返事。大丈夫、元気そうだ。
しかしガソリンは、大変なことになってるなあ。
オレは不要不急の買い物にしか車を使わないのだから、極力車はやめて、少しでもガソリンが被災地に回るのに役立てたら、と思う。乾電池も一緒だな。
もっとも乾電池については流通在庫が相当にあるはずだから、被災地にも十分にまわるのではないか。
*****
どうも今回の地震に接して、自分の中で何か一つ、曲がり角を曲がったような感覚がある。
もちろん日本自体が角を大きく曲田のは間違いなく、どこかの家庭では子供が「この地震って僕たちの使う教科書に載るのかなあ」と聞いたそうだから子供も角を曲がったことを自覚しているようだ。
日本はどうなるのだろう。
「ねがい」を聴くと、なんだか苦しくなる。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.13
編曲。
地震の余波で、物不足が始まった。
既に昨夜の時点でコンビニの棚からはレトルト関係は姿を消した。今日は、スーパーの棚にものがない。
西友へ買い物に行ったヨメは「棚にものがなく、レジは異常な渋滞」とのメールが来た。ネットを見れば、近隣スーパーでも似たような状況で、レジ待ち30分は珍しくないそうである。
ガソリンスタンドもひどい。
製油所の火災からガソリン不足が推測されるのか、そして実際は中東の政情不安によりガソリン不足は進行中なのだが、近所のガソリンスタンドは長蛇の列。たぶん1時間待ち。
光が丘のスタンドには、早くも「ガソリン完売」の張り紙が出ていた。完売っていうのもちょっと違う気がするが(この場合は在庫なしだろうな)。
オレはたまたたま、本当にたまたま、地震の前日にガソリンを満タンにしていた。めんどくさいなあ、今度の日曜に入れようかなあ、でも日曜に入れるのもめんどうだから今日入れておこうかなあと、ぶつぶつ言いながら満タンにしたのである。
これがよかった。近所の買い物だけなら、当分はこれで行けるだろう。
しばらくは遠出も控えて、ガソリンは無駄遣いしないよう、自重するのだ。
夜遅く、東京電力の順番停電が始まるというニュース。順番に停電するから順番停電でいいじゃんか。
でも、どうやらその発表がお粗末だったようで、最初は「ちゃんと報道するように」と半官半民の上から目線の物言いだったのが、館林市を群馬県としたり、荒川区のはずが目黒や世田谷も入っていたりといったボケを指摘されるにつれてしどろもどろに。
その報道を受けて、今度は電車がストップ。
西武線なんかいち早く運休を決めてしまった。
隣の駅から池袋駅までが運休だ。これを日曜の深夜に発表するのだから、拙速もいいところ。ほとんど嫌がらせだろう。
案の定、ネットを見れば「ひー」「ひー」というまじめなサラリーマンの悲鳴ばかりが響く。かく言うオレも月曜日はインタビューのアポが入っているので「ひー」と叫びつつ、取引先にお仕事延期のお願いメールを入れたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.12
書くべき原稿、やるべき編曲があるのだが、地震の衝撃と昨日の疲れで何もする気になれない。子供を連れて出かけようかとも思ったが、渋滞を含め、行く先で何がどうなっているかもわからないから、結局は家でごろごろ。
地元の知り合いの間でも「池袋から歩いて帰った」「オレは新宿から」という話が多い。その中でもオレの晴海からというのが最長不倒記録のようだ。
えっへんと自慢する。
こんなに歩けるんだから、東京マラソンもちょろいな、今度は出てみるか、と考える。
そしてグーグルマップで距離を測ったら、あれれ、21キロに欠けるぐらい。なんじゃ、マラソンの半分も歩いていないのか。
これで5時間ならマラソンでは10時間。
うーむ、あらためてマラソンランナーの物好きぶりに感心だ。
午後ぐらいから、ヨメの携帯にチェーンメールが入り始める。
ネットでちょっとした騒ぎにもなったし、もらった人も多いのでは? 「コスモ石油千葉製油所の火災に伴い有害物質が大気中に放出されそれが雨に混じって降ってくる」という内容だ。
アホか。
石油が燃えると窒素酸化物や硫黄酸化物などが発生し、 それらは水分と反応すると酸性雨の原因になる。要するにその程度の話であって、排気ガスを吸うと健康に良くないよというレベルの内容だ。
車に乗ってガソリンを燃やして平気な顔をしていて何を言うのか。よっぽど環八雲の方が危ないわい。
そんなメールは無視するよう、ヨメに言う。
と、オレにも入ってきた。オレにこんなメールを送ってきたらどんな返り討ちに遭うか、想像つくだろうに。オレとしてはきわめて紳士的かつ穏やかに、アホが見る豚のケツ、と注意してやった。
こんなことを書くと反感を買うが、この手のチェーンメールに反応するのはほとんどが女。メールを送った後、旦那に注意されて、改めてごめんなさいメールを送るのがパターンのようだ。
地震報道で「中国人が日本人の秩序正しい行動に感動」という外報があった。
略奪や暴動が発生するどころか、公衆電話の数百メートルの行列にもおとなしく並び、ガソリンスタンドで2時間も並んだあげく一人2000円までと言われても従順に従う。
コンビニはトイレに加えて水道水も無料で配り、そのコンビニを襲撃するようなことは絶対にない。
確か阪神大震災の時だったか、山口組の連中がいち早く炊き出しをして公園で配り、近所の人に感謝されたというようなことがあった。島国日本は助け合いの国なんだよっ。
というか、これは国技なのだ。日本人の。
中国人などには絶対真似できない。感動しただけでも上等だ。
新型インフルエンザ騒動の時、全員がマスクをして入念に手洗いする日本人の姿を笑った外人どもよ、ルールとマナーを守り、規律正しく行動し、清潔さを大切にする、こんな日本人の姿をオレは誇りに思うぞ。
夕方、福島原発に衝撃的な事態が発生。
これはメルトダウンではないのか。
原発で想定しうる最悪の事態と言われるメルトダウン。炉心融解。
中国でメルトダウンが起きたら地球の裏側のアメリカでも被害が起きるということでチャイナシンドロームと呼ばれた事態が、ついに日本でも起きるのだろうか。
このまま行けば、福島がチェルノブイリになる。
福島と宮城の米は当分食えない。なんていうレベルの話で済めば御の字で、最悪は何十年も人も住めない荒野と化し、日本の経済、産業、教育、自治はがたがたになり、国家がぼろぼろになっていく。
今まで危ないと言われていたのは、偏西風の関係で放射能が首都圏を直撃するだろうとみられていた浜岡原発だった。それでいけば、今度は偏西風のおかげで首都圏直撃は避けられることになるということか。
どうもわからない。
政府はヨウ素を用意したとニュースで言っていた。放射能の解毒にはヨウ素がいいらしく、ヨード卵、ひじき、わかめなどがヨウ素をたっぷり含んでいる。ちょっと買いだめしておくか。
というか、もう品切れかも。
あと、放射能は水に弱い。外出したら、花粉症の人が花粉を洗い流すように、皮膚をよーく水で流し、服はすぐに洗うようにしなくてはならない。
でも、本当にそんなことになってしまうのだろうか。まさかという思いと、とうとうという思いが交錯して、やれやれ、やっぱりまだまだ仕事が手に着かない。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日刊ゲンダイ」「ゴルゴ13」
2011.03.11
取材2の予定が1、編曲、原稿の予定が歩き。
新潟地震が起きたのは昭和39年、オレが小学校1年生の時だった。
今でもはっきり覚えていて、給食を食って家に帰り、じいちゃん、ばあちゃんに宿題などを見せていた午後1時過ぎのことだった。突然の揺れに家の中のふすまがどたばたと倒れ、日頃は沈着なじいちゃんが引きつった顔で家を飛び出したシーンが鮮明に記憶に残っている。
庭からは水が噴き出し、その夜は柿の木の下に布団を敷いて寝たのだった。
今のオレがそうであるように、共働きだった両親はさぞオレと弟のことを心配したことだろう。
当時のオレと同じ小学1年生の娘も、たぶんきっと今日のことはずっと覚えているに違いない。
下校途中、娘が友達と二人で目白通り沿いの歩道を歩いているときだった。
突然の激しい揺れにただびっくりし、娘はパニック寸前となったが、ちょうど目の前の製本会社の人が建て屋の庇の下に連れ込んでくれて、揺れをやり過ごすまで見守ってくれたそうだ。
そのとき息子は、既に帰宅していて、約束していた友達の家へ遊びに出ようとする、まさにその瞬間だったそうだ。
地震警報器が激しく鳴り「50秒後に大きな揺れが来ます」と告げたことで、ヨメと二人で家の中の安全な場所に身を潜めて身構えたそうだ。
最初の一波が過ぎた後、そのヨメの頭に走ったのは、当然、娘のことである。
息子には「じっとして、外の飛び出すんじゃないよ」と言い置いてヨメは玄関を出て、歩道橋を渡り、下校路を走って娘を迎えに行ったのだった。
そしてオレはというと、この日は晴海のトリトンという高層タワーで2件のインタビュー仕事を抱えていたのである。
1件目のインタビューが終わって、さて次は、と頭を切り換えようとした瞬間、ゆらーりと高層ビルが揺れ始めたのである。「あれ、地震?」と周囲の人が口にしているうちに揺れは次第に大きくなり、ちょ、ちょっと待て、マジかよ、という感じでゆっさゆっさと揺れ始めたのだった。
なにしろ高層ビル全体がミシミシ、ガチャンガチャンという音をたてて揺れているのである。これは恐ろしかった。
だが、幸いなことにオレがいたのは2階のプレスルーム。すぐにエレベータが止まってしまったため、高層階にいた人たちはさぞ恐ろしかっただろう。
すぐに館内放送が入り「防災室の震度計では震度6でした。このビルが倒壊することはありませんので落ち着いてください」とアナウンス。こういう一報が入るとやっぱりホッとするものだな。わけのわからないビルにいなくて、よかった。
予定ではこの後2件目のインタビューだ。だが、エレベーターが止まっていて担当者が降りてこられないし、何よりも大きな余震が続いているので、落ち着いて話もできない。こりゃあ、今日はダメだね、と延期にすることに決まった。
プレスルームなのでテレビが置いてある。すぐにつけると、お台場が燃えている。
場所的に目の前。対岸だ。外に出て向こうを見れば、確かに黒煙がもくもくと上がっていた。
外にいる間も、揺れを感じる。大きな余震だ。
発生直後から何度もヨメの携帯にかけてもつながらない。プレスルームの電話を借りてもつながらない。
何度かかけ続け、外に出てお台場方面を眺めているときにようやくつながったのだった。
電話には息子が出た。「あー、お父さん、みんないるよ、みんな一緒だよ」と叫ぶ息子の声の裏で、娘がびーびー泣いている。ちょうど大きな余震が来たところだった。
ともかく家族が全員そろっているというので、一安心。一番の懸念がなくなった。
直後からまた電話がつながらなくなり、今のは奇跡的につながったということか。周囲も、タンゴさん、奇跡的だよ、それ、と驚いていた。
さて、家族が無事となれば、後は自分のことである。ともかくどうやって帰るか、だ。
勝どきの駅に行く。動いていない。「首都圏の電車は全部止まってます」といあうアナウンスが流れた。
さて、どうするか。じっとして復旧を待つか。いやいや、銀座か東京駅まで出れば、何か一つぐらい動いている電車があるだろう。
そう考えて、オレは晴海通りを銀座に向けて歩き出したのである。
かちどき橋をわたる。今大きな揺れが来て橋が落ちたら終わりだなあ。護岸には人がたくさんいて、海の方を見ている。津波でも観察しているのかなあ。
銀座に着いた頃、雨がぽつりぽつり。晴天だったのにおかしな天気だ。地震のせいだろうか。火事で上がった煙が雲を呼んだか。
ディオールなど、ブランドショップが軒並み臨時休業している。コンビニも休業している。
防災ずきんをかぶった小学生がうろうろと歩いていた。
銀座から日比谷に回る。そして有楽町。
どうせ電車が動くまでは1時間か2時間。それまでの時間つぶしにビールでも飲んでようかなあ。
そう思ったのだが、いやいや、体力温存、先行きが見えるまでは冷静に行動しなくては、と残念な思いで飲み屋の横を通り過ぎる。
そういや先日、何かの雑誌で「次の大地震は3月の10何日に起きる」と予言していた人がいたっけ。引力が作用するから月や太陽の並びで地震発生がわかる、というのがその一人理論だった。
どんぴしゃだ。的中。
でも、何度も「来るぞ来るぞ」と言い続けていたら、どれかは当たるという、それだけの話のような気もする。
有楽町から東京駅へ回る。
電車がダメならバスはどうかとバスターミナルを歩いてみるが、どこも行列。ひどいところでは数百メールの列だ。
これではいつになるかわからん。そもそもオレんち方面のバスが出ていない。バスはあきらめることにした。
交差点で信号待ちしていたら、何も事情を知らないらしい二人連れが「どうしましょう」「とにかく東京駅まで行って、動いている電車を乗り継いで帰りますか」と暢気に話していた。だから電車はまったく動いていないんだってば。
それにしても長蛇の列の中には年寄りもいるし子連れもいる。こういう災害弱者の人たちは大丈夫だったのか。バスにもちゃんと乗れればいいのだが。
東京駅の地下に行く。丸ノ内線だ。
広場に人が三々五々、座り込んでいる。どうしていいか、決めかねているという表情だ。
JR側の広場には、修学旅行生の集団。ありゃあ、修学旅行に来てこのタイミングで地震に遭遇とは、なんともついてないなあ。
後で知ったのだが、弟の嫁、つまりオレの義理の妹が、修学旅行の引率で新潟地震から来て東京駅で足止めされていたらしい。もしかしたらあの集団の中にいたかもしれないなあ。
東京駅で1時間ほど状況を見る。
地下鉄が動いたら池袋まで出て歩き。JRが動いたら荻窪まで出てバス。そう基本方針を立てる。
だが、どうも復旧の見通しは立たないようだ。
これはダメかもしれないなあ。深夜まで待っても動かないとなれば、おそらく東京駅構内に泊まることになる。それはちょっとやだなあ。
防衛省とか皇居とかに泊めてくれるなら、嬉しいけど。
そう考えて、よし、と覚悟を決めて歩いて帰ることにする。現在6時。5時間かかると見て、11時には家に着く。電車の復旧を待つのとさほど変わらないだろう。
よーし、息子よ娘よ、お父さんは絶対に帰るぞ、先に寝てるんだぞ。
もちろん携帯はつながらない。こうしてオレは東京駅から地上に出て歩き始めたのであった。
丸の内一帯、そんな人ばかりで通勤ラッシュのような状態になっている。ヘルメット姿や防災リュックをしょった姿も珍しくない。方面ごとにグループになっているのだろう、数人ずつ固まって歩いている。
帰宅難民を想定して行われている日頃の防災教育が功を奏しているようだ。こういうところはまじめで規律正しい日本人ならではである。頼もしく思える。
でも、ヒールの姉さんたちは、ちょっと厳しいなあ。ちゃんと運動靴を用意しておかないと。
とりあえず第一のチェックポイントを飯田橋に決める。てくてく。九段下を超えて飯田橋についた。
7時前だ。なんか腹が減ってきたな。のども渇いた。ちょっと座って休みたい。
おお、そうだ、飯田橋には鳥よしがあるではないか。
ポンと両手を打ったオレは、鳥よしののれんをくぐったのであった。鳥よし満員である。すげえ。カウンタをつめてもらい、なんとか座る。
帰るに帰れない人たちが電車待ちをしているのだろうなあ。
カウンターに座ったオヤジがそんな様子を見て「初めての客ばかりだ。がはははは、すごい経済効果だな、こりゃあ毎日地震があったらすごいな、がはははは」と不謹慎に笑う。
そして店員に向かって「おい、儲かっていいなあ、がははは」と背中を叩く。しかし店員は「ひー、勘弁してくださいよー、ひー」とパニック寸前。
電車が止まったためアルバイトが来ず、てんてこ舞いなのであった。
そんな様子を見ながら、オレは2杯目の日本酒を、いやいや酔っ払ってはいかん、と自分を戒めてあきらめる。エライぞ、オレ。
ヨメに、飯田橋でビールだよーん、とご機嫌なメールを入れて、再び歩き出す。次のチェックポイントは明治通りの高戸橋だ。
交差点で、知らない場所で歩くのに道を聞いていたおばちゃんに、答えていた若者が「オレ、途中まで行きますから一緒に行きましょう」と笑っていた。おばちゃん「まあまあ」と大助かりの様子。
高戸橋を超え、てくてくと歩く。荷物が重い。何よりも寒い。顔が冷たい。周囲は同じようにてくてくと歩くサラリーマン、OLの皆さん。つらそうでもなく、はしゃいでいるふうでもなく、平静に普通におしゃべりしながら歩いている。
落合のあたり、商店主がキャンディーを配っていた。「東久留米」と段ボールに大書してヒッチハイクを試みる若者がいた。
次のチェックポイントを練馬と定め、オレはひたすらてくてくと歩く。一緒に歩くサラリーマンの数がいっこうに減らないことに驚いた。きっと西武線沿線の人がみんなこうして歩いて我が家に向かっているのだろう。
練馬区役所到着。トイレを借りることにする。
と、警備員どうしが話しているのが耳に入る。「電力不足で1時間後に停電になるかも」「そうなったら、この人ら、追い出さないとなあ」。避難所代わりに中で休んでいる近隣住民を見ながら、この警備員たちは追い払う算段をしているのだった。しょうがねえなあ。
道路は渋滞がひどい。10分10mといったレベルの渋滞だ。都心に足止めされた家族を迎えに行くのだろう。
時間がひどくかかりそうだと思っても、携帯はつながらないし、どうしようもない。当然イライラは募るわけで、途中、ワゴンと軽トラがこすったらしく、運転手が「冗談じゃねーよ」と激しくののしりあいをしていた。
それを見ながら帰宅難民のOLさんたちが「やだー、こわいー」と指さすのだった。
環八を越える。我が家はもうすぐだ。10時を過ぎてしまっている。
こんなに遠くまで来たというのに、相変わらず帰宅の行列は続いており、さながら帰宅行進。悲壮でも陽気でもなく、淡々と事態に対処するという様子で、日本のサラリーマンは本当にエライ。
11時を前に、ようやく我が家に到着。6時に出て、ほぼ予定通りか。
さすがに疲れた。カイロ代わりにポケットに入れた缶コーヒーも冷めている。カイロ代わりなら、本当のカイロを入れときゃよかったな。
ただいま〜とドアをあけて家に入り、玄関で、どーだ帰ってきたど〜と立ち尽くす。と、寝ないで待っていた息子が走って「おかえりおかえり」と飛びついてきた。半泣きだ。
そうかそうか、そんなに心配だったか。
父ちゃんは何があってもちゃんと帰ってくるって言っただろ。へっえん。
飛びついてきた息子の体をぎゅっと抱きしめてやって、やっとオレは一息ついたのだった。
なんだ、けっこう頑張れるんじゃん、オレも。ねえ。多少は痩せたかな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「文藝春秋」
2011.03.10
原稿、編曲。
年齢のせいもなくはないとは思うが、子供が生まれてからのオレは完全に朝型の生活にシフトした。
独身時代なら9時集合と言われて早すぎると目を回していたのに(ついでに実家の母親にモーニングコールを頼んでいたのに)、今では8時前から仕事に向かっている。
もっとも子供が通った幼稚園では先生方は7時が定時だったし、学校に勤めている弟は6時には出勤している。別に8時なんて早くもなんともない。
最近は朝型の人が増えているとの話も聞くし、実際、7時台に出勤している人は、案外多いようだ。
昔、椎名誠が、6時から原稿仕事を始めて午後は人に会って過ごして夕方から飲む、と書いているのを読んで、ふえーと驚いたものだった。
こういうパターンの人はけっこういるようで、加藤和彦は午前中に2曲作曲して午後は同じように人に会って過ごし、6時ぐらいからおいしいワインを飲み始めていたらしい。
海外でも、スティーブン・キングは午前中の4時間を執筆に当てているらしい。
だから朝型の仕事スタイルというのはそんなに珍しくないのかも。
今日もオレは8時前から原稿に取り組み始めた。
資料は全部英語、インタビューも英語という、ちょっと歯ごたえのある仕事である。
それでも、たぶん3時間と読んだとおりに、原稿は11時には仕上がったのだった。
そして昼までの1時間、銀行へ行ってカネを下ろし、本屋で雑誌を買ってこようと考えて、オレは外に出て、バス通りを歩き出したのである。
北風が冷たいが、いい天気である。早春らしい、気持ちのいい午前だ。
と、バス通りの向こうから不思議な中年男が歩いてくる。
どう不思議かというと、片手を上げては下ろしてという動きを何度も繰り返しながら歩いているのだ。まるで挨拶しているかのような動きだ。
電波か?
近づいてくるその様子を見たら、なんだ、カナウチおじさんじゃないの。本当に挨拶していたのか。
どうしたんですか、平日のこんな時間にこんな場所をうろうろするなんて。サボりですか、それともリストラ?
「違うよ、引っ越して来たんだよ」とカナウチおじさん。おお、そうだった。おじさん、オレの街に引っ越してきたんだった。んじゃあ、地元じゃん。ご町内じゃん。お隣さんじゃん。
「まだ家の中、引っ越しの段ボールだらけなんだよ」と言うから、その新居はどこか見てやろうと、予定を変更しておじさんの後をついて行く。
おじさん、迷惑そうだ。
そして「ほら、ここだよ」と指さして教えてくれたのは、おお、地元では有名なバス通りに面した豪邸! の跡地にできた駐車場、のさらに跡地に建った普通のマンション。
立派なもんですなあ。何よりも立地がすばらしい。魚せいまで一直線だもの。
「だから魚せいに行こうって言ってんじゃん」とおじさん。なるほどなるほど。では、今晩あたりどうですか、引っ越しソバ代わりに、魚せいで。
ところがおじさん、オレにたかられるとわかったのかとたんに逃げ腰で「きょ、今日は帰りが遅いんだよ」と首を振る。ふーん、昼の日中に地元をうろうろしておきながら、帰りが遅いも何もあったもんじゃないが、まあ、いいか、またの機会にしておこう。
新築マンションに消えていくおじさんを見送りながら、オレは再び銀行に向かって歩き始めたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「Number」「サウンドデザイナー」Cubase6は買いなのか? 記事を読むと、どうもそんな気もなくなる。そのカネがあったら何かプラグインを買いたい。
2011.03.09
原稿、編曲。
個人情報保護が厳しき折、オレも仕事場にはシュレッダーを置いている。
基本的に個人情報保護法には反対なのだが、悪法でも法は法。きちんと守らなければならないのであった。
特にオレのような仕事をしている人間としては、企業秘密に類する情報が入ってくることもあり、神経を使う。取引先との秘密保持契約は、もはや当然のことだ。
仕事場でも、個人が特定されるような資料については、シュレッダーをかけてから廃棄している。
そして子供というのはシュレッダーの類が大好きであって、娘の友達が遊びにやってきたときは、ではこれからおじさんが紙を食べる機械を見せてあげようと言って、目の前でシュレッダーを操作したところ、子供たちは目をまん丸にして大騒ぎなのだった。
そして、いろんな色のついた紙を破断しては「きれーだねー」と喜んでいた。
そういや昔、OA機器販売会社の営業マンに取材したら、ヤクザの事務所に飛び込みセールスした同僚がネクタイをシュレッダーにかけられてしまった、というネタを教えてくれたことがある。
人ごとであるが故に、非常に面白い話であった。
これも情報保護すべきネタだったら、どうしよう。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.08
取材2、原稿、編曲。
大学関係の仕事もやってる。現在進行中なのは2つ。基本的にあまり知られていないというか、いわゆるバカ大学だ。
今日もその一つに取材に行く。所在地は埼玉県内。
まもなく卒業式のようで、学生たちは「明後日卒業式なんです」「卒業したら田舎に帰るんで、引っ越し準備で大変です」「東京は遊ぶのは楽しかったけど住むとこじゃないですね」と、みんなニコニコしながら話している。
大学名を名乗っても「どこ?」と怪訝な顔をされることに慣れている彼女たちは、自分が三流以下の大学で学んでいたことをわかっているし、そもそも18歳という最も多感な時期に"自分は頑張れなかったんだ"ということを骨の髄まで納得させられている。
だからこそなのだと思うが、他人に向ける視線がとても優しいのだ。
この子たちは、人の痛みや弱みをわかってる子たちなのだと思う。
こうした子たちと話すと、いつも、人生や世の中はたぶん君が思っている以上に冷たくて厳しいけど、君なら折れないで頑張れると思うよ、と心の中で声をかけている。
生意気に突っ張っているやつもいるし、目を合わせられない気弱なヤツもいる。でも絶対にダメなんかじゃない。痛みや弱みを知っている分、人に優しく生きていけると思う。
こういう子たちが出てくる社会が、これから少しでもよくなっていくといいと思う。
そして、この子たちが友達と他愛もない話をして満面の笑みを浮かべている様子を見ると、きっとオレたちもこうだったんだろうと、振り返ってしまう。
ここで知り合った友達は生涯の友人だよ。
そう口にしたら昭和63年生まれだという子は「きっとそうっすねー」とはにかむのだった。
*******
などということを考えつつ、帰ってきて見つけたのがこれだ。
なななな、なんなんだ、これは。
誰かこのトリック、わかります?
オレはさっぱりわからず、なんでだー、不思議だ−、と首をひねるだけだった。
ところが小学3年生の息子があっさり謎を解いてしまって、おおすげえとびっくり。息子が賢いのか、オレが小学生以下なのか。
謎解きを知りたい人には、こっそり教えてあげましょう。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」
2011.03.07
原稿、編曲。
前日の陽気と打って変わって、朝から雪だ。
かかりつけクリニックに定期検査に行ったら、帰りにはもう積もってる。受付窓口のお姉さんに向かって、白くなってるよーと教えてあげると、「ほんとうに」とお姉さんも笑顔だ。
昼過ぎの一報を受け、いてもたってもいられなくなったオレは、ともかく駆けつけなければと、その雪の中を飛び出して、船橋に向かった。途中、何度か駅で電車を降りて、電話をかけたり、受けたり。
船橋で友に会う。
また来るからなと呼びかけたらら、かすかにうなずいた。
帰りのタクシーの中では運転手が陽気に「雪が上がってよかったですねえ」と笑いかけてきた。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」
「歌謡曲」高護・岩波新書。歌謡曲という日本の文化を、ルーツから探ってまとめ上げた労作。特にアレンジにも十分なスポットを当てて、アレンジャーの果たした功績を改めてまとめたのは、立派である。ぜひに、の一冊。
2011.03.06
編曲。
今年の花粉はひどいらしいねえ。ニュースでも大量飛翔と言ってたし。
オレは全然平気なのだが、しかし、花粉症率というのは確実に上がっているようで、何人か集まると花粉症じゃない人の方が少ないのが当たり前になってきた。
特に今日は花粉の量がひどいらしく、そんな中、でっかいマスクの完全防備、怪人のように駅前に現れたのが、歌手ブンノ君なのだった。
先日はわざわざ来てくれたのにデルのバカ野郎のおかげでパソコンが飛んでしまい、無駄足をさせてしまった。今日はその代わりにわざわざ録音に来てくれたのである。
ブンノ君のボーカルは相変わらずすごいなあ。
甘い甘いバラードが一つと、あっと驚くブルースが一つ、それぞれ格好良く録れた。
あまりによかったので、急遽、ヨメの歌っている曲にもコーラスで参加してもらった。
ちょっとヨメとからんでくれない?と頼んだら「20年前はしょっちゅうでしたよ」と笑うブンノ君であった。
さて、これでほとんど終了。あとは親分だあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.05
編曲。
本日から春休み恒例のドラえもん映画の上映である。
舞台挨拶(何の?)に合わせて劇場へ観に行くという妻子を横目に、オレはというと祐天寺まで出かけた。
Suicaを忘れたので切符を買うことになり、なんとうちの駅から渋谷まで片道400円もすること発見。恐ろしいことだ。
Suicaだとカネを払っている気がしないので何も考えずに電車に乗っているが、知らずにこんなにふんだくられていたとは、まったく恐ろしい話である。ホラーだな。
いさわしと渋谷の東横ボードで待ち合わせて、祐天寺に向かう。何をしに行ったかというと、オレのCDのジャケットの撮影なのだった。
わざわざ、本当に物好きなことである。輪をかけて物好きなのは、いさわしである。さらに物好きなのは、そのために新しいレンズを買って自慢の愛機と共にやってきたえーじくんである。
後輩二人の親切心を、「物好き」と片付けるオレもどうかと思うが、でも、しょうがないのだ。
祐天寺をうろうろとして撮影ポイントを探す。ない。
こんなにもつまらん街だったのか、祐天寺。
駅の反対側へ回り、加藤のアパートの近くまで行くが、もはや記憶はすっからかん。さっぱりわからないのであった。
祐天寺の墓地で夕暮れの空を撮影。今度のジャケットにはある意味ぴったりかも。
中目黒まで歩いて行く途中に、なべころ坂という坂道を発見。鍋が転がるほど急な坂という意味だと思うが、どうも人生の転落を象徴するようなたたずまいで、実につまらん坂道だった。
トイレに行きたくなる。
なので、中目黒で店に入ることにする。
いさわしが「確かこのへんに村さ来があったはず」というので歩くが見つからない。よく行ったよなあ、ナカメのムラサキ。
仕方なく、おーたるという店に行く。確かここも学生時代に来たことがある。
おーたる、すごい店だった。
そんなに広い店ではないのに、なぜか接客のばばあが7、8人もいる。しかも日本人だけでなく、フィリピンにインドのばばあまで混じっている。
このばばあどもが、自分らのしゃべくりに夢中でうるさいことこの上なく、しかもオーダーすら耳に届かない。
うるさいばばあどもにビールを持ってこさせ、飲んでいると2階がやたらとうるさい。しかも子供が走り回っている。
なんと、近所の学童保育の連中が宴会をやっているらしかった。
この2階のガキどもがドタバタと走り回り、ぎゃーっと叫び声を上げ、1階のオレたちを階段から見下ろしては「ぎゃははは」と逃げ出す。うるさいことこの上ない。
ガキにはビールよりおにぎりだというので、大量のおにぎりが2階に運ばれたりするのだが、ともかく1階ではばばあがしゃべり、2階ではガキが走り回るという、阿鼻叫喚とはこのことか。ナカメは例の重大事件の現場であり、犯人が高級住宅街と信じて押し入った街であるが、この店を見ておけば、それは大いなる勘違いだったと気づいただろうに。
まあ、ともかくあまりにうるさいので、えーじくんといさわしとオレは、逃げ出して別の店に行くことにした。
その出際に、「おーたる」に入ってきたのが、和服のおばちゃん。渋谷か銀座に買い物に行った帰りらしい。
ところがこの和服おばちゃん、どっこらしょとし腰を下ろしつつ、フィリピン店員に向かって「ご飯食べてきておなかいっぱいだから、飲み物はいらないわ」と力強く断言したのである。
飲み屋に来て何を言うのだろう、この和服おばちゃん。行く末を見届けられなかったことが気がかりである。
さて、今度は「ふたつめ」とかいう店である。いさわしに言わせれば「マーケティング上手な店」ということで、確かに店の間口が広くてガラス張り、中が丸見えなので躊躇せず入ることが出来、しかもメニューは串揚げとおでんのみだから、注文にまごつくこともなく、安く食えるというわけだ。
従って当然のことながら若者ばかり。えーじの娘さんより若い連中ばかり。
そして、この店が先ほどの「おーたる」同様に激しくうるさかったのである。
店員が。
「いらっしゃいませ」の大コールに始まり、何か頼むとでかい声で「あいよっ」と絶叫する。こっちが乾杯しようとすると、店員の娘の「乾杯です」の声に合わせて店員が「あいよっ、かんぱいっ」と合唱する。
あ−もー、うるさいうるさい。
白シャツにヘッドマイクの創作和食系の店も大嫌いだが、Tシャツにバンダナのロハス系の店も大嫌いで、この「ふたつめ」も後者に近い。
ともかく明るく前向きな接客ということだが、要するにそれはうるさくてうっとうしいということなのだ。
メニューはおでんに串揚げ。オペレーション、超楽々。
こんな店に来たオレが悪かった。
「とにかくこの年になると、うるさい店はもうたまらん」と嘆くえーじくん。我々は這々の体で逃げ出したのだった。
どうも今夜はひたすらうるさいようである。
仕方なくナカメを再びうろうろすると、今度はじみーな店を発見。と、看板を見ると「おーたる」とあった。ふんぎゃ、さっきの「おーたる」の支店を見つけてしまったようなのだ。
こうなったら仕方ない。これも宿命。「おーたる」ののれんをくぐる。
こっちは静かだった。カウンターだけ、しかも客はコミック「流星症候群」を物静かに読みふけっているオヤジが一人だけ。
ようやく我々は落ち着いたのだった。
だが落ち着かないのは店の方だった。
なにしろ「おーたる」本店と人の移動が激しくて、板前、店員が出たり入ったりなのだ。おいおいおい、ちっとは落ち着け。
この店、味は普通。酒はうまい。何よりも安い。飲んで食って一人1200円。わはははは。
「安くていい店ですねえ、これでかわいい女の子がいればベストですねえ」と、食い物・酒・女の子論者のいさわし。本人は「あくまで食い物・酒・女の子の順番ですからね」と強調するが、本音は女の子が最初にあって、だいぶ離れてから食い物・酒ではないかと思われる。
ともかくこうして祐天寺の撮影と中目黒の漂流は終了したのである。
背中で父の悲しみと哀愁を表現しながら、肩を震わせつつ横浜方面行きの電車に乗るえーじくんを見ながら、オレといさわしは帰途に就いたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.04
原稿、編曲。
朝、玄関前に猫のフンを発見する。激怒。二度目だ。
ちょくちょく敷地を横切っていく猫の仕業だろう。近所の飼い猫のようだ。
いつもとっつかまえて、性格がねじ曲がるほど痛めつけてやろうかと思うのに逃げられて、歯がみさせられてる相手だ。
こういうことを書くと猫族のくわもとかたまこさんに眉をひそめられるが、しかし、フンんをされる身になれば猫は天敵。高校時代、実家でいつも布団の中で猫と一緒に寝ていたオレでも、戦うときは戦うのだ。
早速、アマゾンで猫のマーキング外しの薬を購入。猫がいやがる臭いらしく、これをまいておけば、猫が近寄らないというしろものだ。
早速発注。700円。
同時に薬師丸ひろ子のベスト盤「歌物語」も発注。
なぜか猫退治の薬と一緒に発注してしまったが、別にひろ子が猫退治をするわけではない。
朝頼んだのに、夕方にはもう届く。速いものだ。
安くて速くてしかも届けてくれるんだから、リアルの店舗がかなうわけないよなあ。
早速、ひろ子を庭にまいて薬を聴く。
違う、反対だ。薬を庭にまいて、薬師丸ひろ子を聴く。
本人セレクトのベスト盤。今までのベスト盤には、なぜか「セーラー服と機関銃」のオリジナルバージョンが入ってなくて、完全に別のアレンジのバーションしか入ってなかった。
それが今回はデビュー盤のあのみずみずしいバージョンが入っているのだから、これだけでも買いである。
あの曲がはやったのは、忘れもしない社会人1年生の冬。甘っちょろい学生気分の抜けぬまま、広告業界のそのまた下請けのハードーワークに心身ともにへろへろになってしまっていたオレの耳に飛び込んできたあの歌声には、いつも元気づけられたものだった。
たぶん新宿三丁目駅で耳に飛び込んできたのが印象に残っているのだろう、あの印象的なエレキギターのイントロが始まると、オレの目の前には伊勢丹地下、新宿三丁目駅の改札がリアルに浮かび上がるのだった。
ギタリストのカマタもこの曲が好きで「出だしのメロディー、すごくいいっすねー」と話していたものだ。
このベスト盤、全編にわたってデジタルリマスタリングされている。これがすごい仕事なのだ。
音楽がすべてみずみずしくよみがえっている。
全部の音がちゃんと聴こえる。その中心に歌手がいる。
歌の世界観にぴったりの音場ができている。大きな音なのにうるさくない。
非常にクリアーで、歌手・薬師丸ひろ子の魅力が際立つようなマスタングだ。まさにマスタリングのお手本。カーペンターズのような絶妙のマスタリングだ。
いやあ、いいですよ「あなたをもっと知りたくて」に「時代」。そして「Wの悲劇」に「セーラー服と機関銃」。あ、新曲「僕の宝物」はドバシくんところの玉城千春の作詞じゃないか。しかもアレンジはガンちゃん。っても知り合いでも何でもなくて、井上鑑大先生ではないですか。
まさしく耳に「カ・イ・カ・ン」の音楽なのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「美味しんぼ」
2011.03.03
取材2、原稿。
予備校生のカンニングが全国ニュースのトップを飾り、全国紙の一面に堂々と載るんだから、なんとも平和な話である。
カンニングで思い出されるのは、川島なお美だ。
実はこのおばちゃんとオレは、大学の同級生。クラスは違ったから同級生ということはないか。まあ、同じ学年ということだ。
この女が大学の定期試験でカンニングして、それが発覚してしまい、教務部の掲示板に名前が張り出されたことがあった。大笑いだった。
たぷん消してしまいたい過去だろうな、本人は。
オレはというと、カンニングをした記憶はないなあ。
昔は消しゴムに切れ目を入れたり、袖口に書き込んだりといった手があったようだ。それが時代と共に便利なデジタルギアに取って代わっただけの話であって、新聞の論説委員あたりが大仰に問題にするような話でもないと思うのだが。
朝日だっけ、読売だっけ、「モラルの崩壊というよりも、学ぶ喜びを放棄してしまうことがいけない」というようなことを書いていたが、それって別に昔のカンニングでも同じだべ。
読売と言えば一面のコラムで「追求するこちらの筆が鈍りがちなのは…」みたいなニュアンスがあって、実はオレもやったことがあってさあ、という口調なのが妙におかしかった。
たかが予備校生の、たかが入試のカンニングである。
京大に及びもつかないような三流次第が必死になって携帯持ち込み制限だと騒いでいるのもおかしいが、まあ、放っておけばいい問題だと思う。
我が家の結論としては、この予備校生は、利口なのかバカなのか、よくわからんということであった。
*****
朝「読売KODOMO新聞」が届く。本日創刊。週刊のタブロイド判の新聞だ。やや高学年向けということで、息子にぴったりかと思い、購読を始める。娘も興味津々だ。
これで我が家は、一般紙が3つにスポーツ紙が1つに子供新聞が2つの、合計6紙を購読することになった。
でも、全部で月に1万5000円もしない。携帯料金を思えば安いものではないか。
うちから品川まで電車で往復すると900円。「読売KODOMO新聞」は500円。魚せいで日本酒をコップ1杯飲むと600円。
ただ、古新聞が大量にたまって、毎週土曜日に処分するのが面倒くさい。んとに。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」激しくつまらなかった。椎名誠もネタがなければ連載降りたらいいのに。
「犯意」乃波アサ・新潮文庫。乃波アサらしい悪意に満ちた作品集。普通の人間がとんでもない犯罪の主人公になっていく、そのどうしようもない情けなさを描いた作品集。
2011.03.02
打ち合わせ1、原稿。
間違えて借りた「ミルク&ハニー」をツタヤへ返しに行ったついでに、本来借りる予定だった「ダブル・ファンタジー」を借りた。
さらについでに、ポール・マッカートニー(とゆーかウィングス)の「レッド・ローズ・スピードウェイ」も借りた。
オレはポールの最高傑作は「マイ・ラブ」だと思うなあ。
その「マイ・ラブ」もそうだが、一番聴きたかったのは「リトル・ラム・ドラゴンフライ」である。
これが実になんともリリカルな名曲で、大好き。確か学生時代にイズハラにLPレコードを借りて聴いたんだと思う。目覚めてからよく聴いたなあ、この曲。
このメロディーラインは、さすがにポール・マッカートニーのような天才ならではだ。
この曲と、もう一曲「シリー・ラブ・ソング」は、あの頃よく聴いてて、今でもまざまざとあの時の空気が呼び起こされるのであった。
夜、新しい仕事の打ち合わせ。
なんとこれから1ヵ月で30曲もアレンジしなくてはなない! 目がくらくらしてきて、飲まなきゃやってられねーよと言いつつ、日本酒をおかわりするのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.03.01
取材1、原稿。
駅前のツタヤに寄る。特に借りたいものがない。うーん。
ふらふらと店内を歩き、ジョン・レノンが並んでいるのを発見。そうだ、リミックスが出たんだった。
「ジョンの魂」「イマジン」「心の壁愛の橋」「ロックンロール」「ダブルファンタジー」を借りる。
一気に5枚だ。でもツタヤはただいま5枚で1000円キャンペーンなので5枚借りても1000円なのだった。
カウンターで、一拍でお願いしますと言ったら「5枚1000円の場合は7拍で1000円です」と言われる。やけになってるのか、ツタヤ。
確かにこの品揃えじゃ、誰も借りてくれないわなあ。
家に帰って、早速ダビングを始めて、めほしい曲はウォークマンにも転送する。
と、ここでようやく「ダブルファンタジー」が実は「ミルク&ハニー」だったことを発見。オノ・ヨーコのアルバムだ。
まったく紛らわしいデザインなので完璧にだまされてしまった。これでは5枚1000円でなければ激怒するところである。
ちっ、とつぶやいてこのアルバムだけ何も触らずにケースに戻したのだった。
さて、久しぶりに聴く「ジョンの魂」、楽しみである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」
2011.02.28
取材2、原稿。
2月最後の一日にふさわしいような、みぞれ混じりの一日。寒かった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.02.27
レコーディング。
本日は仕事のレコーディング。スタジオは神宮前だ。
さくさくと順調に進む。アシスタントのエンジニアがとても気持ちよく働く若者で、見ていて感心する。
この世界も徒弟制度がしっかり残っていて、その中で育っていくには、こういう気遣いができなければならないのだなあと改めて感じる。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「Number」安田忠夫のドキュメンタリーが読みたくて購入。秀逸だった。人生そのものがプロレスである。この男は。
「流行歌」吉川潮・ちくま文庫。日本史上最大の作詞家、西条八十の生涯を小説化した一冊。幼い娘を病気で失う場面、教え子たちが戦場に向かっていくのを見送る場面は、あまりに痛切であった。
2011.02.26
レコーディングのためにやってきたくわもに、オレに作曲をやらせろ、そしてNHKに売り込め、さもなくぱ今日の歌ってる姿をYouTubeにアップするぞと脅したら、「え、別にいいすよ」とあっさりしたものだった。
「アップされて困るほど有名じゃないですないです」と、情けない言い訳をするくわもであつた。
そのくわもを前に「タンゴさんの日記には、ないことないことばかりが書かれるから、気をつけるように。日記だから何を書こうとオレの自由だと言いながら、何かあると"書いてやる"とメディアの暴力をふるうのが、困ったものだ」と、いさわしが言う。
ふふふ、どうも評判悪いようだ。ふふふ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.02.25
原稿。
昨日借りたユーミンのCDを返却するため、駅前のツタヤに行く。
返却ついでにまた何か借りようかと思ったのだが、手元の会員カードを見たら、ツタヤのカードでなくてスイカだった。
ぎゃふん。
自分で自分にあきれて、店を出る。ユーミンならこういう状況を歌にしそうだ。
銀行へ行ってお金を下ろす。
ATMの前は大変な行列で、そうか、給料日だったかと納得。お金を下ろすだけでなくて、振り込みの手続きなどでなかなか行列が進まない。
うーん、こんなことなら昨日のうちに面倒がらずに下ろしておくんだった。
続いて郵便局に行く。
常備してあるエクスパックが切れたので、その補充だ。
よく見たら今はレターパックっていう商品名で、種類も500円と350円の二つがあるのね。ぱっと見たら同じに見えたので、安い方がいいやと、350円を10枚買う。
窓口でお金を払いながら、ちなみに500円と350円では何が違うんですかと質問する。「500円は相手に手渡ししますが350円はポストに入れます。500円は速いですが、350円は普通の郵便と同じ速さです」という返事。
ふんぎゃ、350円は要するに普通の郵便ではないか。
今まで時間厳守で間違いなく届けたいブツは高くてもエクスパック、そうでないブツは普通郵便と使い分けていたのに、これでは意味がない。
でも、まあ、いいか。もうお金払っちゃったし。
このレターパック10枚の袋に、郵便局員はなんと粗品と書かれた手ぬぐいの袋を入れてくれた。
へ? これ、くれるんですか? 「ええ、どうぞと局員にっこり。
確か以前は郵便ポスト型の貯金箱をいつもくれて、おかげでオレの部屋にはポスト型貯金箱が山のようにあって、家に遊びに来る子供らに配ったりしていたのだが、子供ももらって嬉しいわけでもなんでもないようで、要するに無用の長物、ありがた迷惑なおまけだった。郵便局もその辺を反省したのかな。
まだ袋を開けてないが、郵便マークがデザインされていたらけっこう嬉しいかも。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」
2011.02.24
取材3、原稿。
先日来、なぜだかユーミンの「カンナ8号線」が聴きたくて、頭の中で「ちゅーおーぶんりたーいー」というフレーズがリフレインしていた。
それにしても「中央分離帯」なんて言葉をメロディーに乗せてポップソングを創ってしまうのだから、やっぱりユーミンのセンスはすごいよなあ。
ダウンロード販売のmoraで検索したら、ユーミンはほとんどアップされていない。もう今時はユーミンなんて聴かれないのかしらね。
ならばツタヤだ、ということで仕事帰りに駅前のツタヤに寄り、ユーミンのベスト盤を借りてきた。季節ごとに分けられたヤツ。
「カンナ8号線」が入っていて、ついでに「緑の町に舞い降りて」も入っていて、オレはご機嫌。「緑の町に舞い降りて」は、盛岡のことを歌った曲で「モリオカという響きがロシア語みたいだった」というフレーズが秀逸。
どうっていうことのないメロディーに、こういう言葉を載せることでぐっと引き立てるのが、ユーミンの手法だな。
でも、このベスト盤、他に聴きたい曲があんまり入っていなくて、ちょっと残念。すげー悔しい。
まあ、いいか、借り物だから。
**
秋葉原へ行って、例年の行事、税理士の事務所で確定申告の書類にはんこを押す。
今年の申告、つまり去年1年の売り上げ数字がとことん情けなくて、しょぼいですねーと言ったら、税理士がつられて「ええ、あ、いや、あわわわわ」と慌てていた。
秋葉原に行ったのだから、ついでにラオックスの音楽館に寄る。改装してリニューアルオープンしていた。
掘り出し物はあんまりないが、常識なものを常識的な金額で売っている店である。
マイクが並んでいたが、あまりそそられるものはなかった。
近々ダウンロードして買おうと思っていたソフトがパッケージで安く売られていたので購入。まったくカネがかかってしょうがない。
しょぼい現実を目の当たりにして、ただうなだれるのみであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.02.03
取材1、原稿。
薬師丸ひろ子のリマスターのベストアルバムが3月にリリースだという。
欲しい。でも、2枚組3000円。
高いなあ。聴きたい曲は数曲だから、レンタルで済ませるか。
あの澄んだ高音が、リマスターでどこまで透き通っていくのか、楽しみである。
リマスターと言えば、リミックスばやりだから、ポール・サイモンもやらねえかな。そう思ってアマゾンで検索したら、いきなり「明日に架ける橋、40周年記念盤が発売決定!」という文字が飛び込んできて、マジでのけぞった。
ななななな、なんですと〜。
なんで40周年だと記念盤を発売しなくてはならないのだ。さっぱりわからない。
今回リリースされるのは、2CD+1DVD。
普通の「明日に架ける橋」(もちろん持ってる)がディスク1、「ライブ1969」(当然持ってる)がディスク2、そしてメイキング映像と当時のS&G特番を収めたDVDという構成だそうだ。
「明日に架ける橋」「ライブ1969」は、どちらもファンなら持っているから、さらに買わせようというマーケティングが見え見え。これなら財布を開くだろうと、なめられている。
もちろん開くのだが。
それにしてもこれでオレはいったい「明日に架ける橋」のアルバムを何枚持つことになるのだろう。まったくしょうがねえなあ。
オレとしては同じアルバムを出すならリミックスして欲しいものだが、当時としてはやたらややこしい録音をしていたから、もはや素材が残っていないのではないか。
「ボクサー」なんて、教会でコーラスを録ったり、やたらといろんなところで録音を重ね、最後のミックスは、テープレコーダー2台を「せーの」で同時に回して重ねるという狂気の沙汰。当然素材なんて残ってないよなあ。
そんなことを考えつつ、さらにアマゾンを見たら、げほほほほほ、なんとポール・サイモンが新作アルバム出すのだという。思い切りむせた。
ここ20年ほどは趣味に生きる隠遁じいさん。周りの迷惑考えずに好き勝手に音楽を創っている仙人。
そんなポール・サイモンがまた新しいCDを出すって、はっきり言って迷惑なだけであるのだが、オレは迷惑しつつも当然買って、迷惑顔で聴くのであった。
まったく趣味なら趣味で、家の中で楽しむに留めて欲しいものである。
それをCDにして売りに出すから、こっちとしては買わなくてはならないではないか。お布施だと思ってるし。
そして、迷惑しながら聴いて、やっぱり迷惑だったとため息をつくに決まってるのだ。
ったくしょうがねえなあ。
ぶつぶつ言いながら、ともかくオレは「明日に架ける橋」40周年記念盤と、ポール・サイモンの新作をアマゾンで予約したのだった。
あんまり楽しみでもない予約っていうのも、珍しいよな。
なお、薬師丸ひろ子についてはまだ予約していない。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊プロレス」懐かしのタイガージェット・シンの特集。上田馬之介のインタビューが読みたかった。相変わらず半身不随の重度障害者として暮らしているようだ。"小鉄っちゃんが逝き、貫太郎も逝った"と嘆く、その心中はどんな思いで満たされているのだろう。
「春になったら」miwa。女子大生シンガーソングライターmiwaの作品。テーマは時節柄、卒業だ。もっと斬新かと思ったさほどのみずみずしさもなく、ちょっと残念。。それにしても最近の女の子のボーカルって、いきものがかりもそうだけど、どうしてあんなに口元が緩い歌い方をするのだろう。それからどうして最近のアレンジって、なんでもかんでもストリングをのっけてしまうのだろう。ちょっともったいない気がする。
「今のキミを忘れない」ナオト・インティライミ。やはりこちらも卒業ソング。悪くない。いや、けっこういい。珍しく2回繰り返して聴いた。ちょっと独特のメロディーに、なんと言ってもボーカルに力がある。荒削りなれど、ちゃんと伝わってくるボーカルだ。だから出だしのアカペラが、冒険だったろうが、ちゃんと成功している。サウンドも、音数を絞ったつくりがうまくいってる。でもやっぱりストリングスが乗っているのだけど。課題は、歌詞。これで歌詞にもうちょっと力があったら、もっとよくなるのだが。ともかくこの人は今後も注目していいと思う。
2011.02.22
取材3、原稿。
歯医者へ行った。秋から通っていたが、本日でいったんおしまい。次は夏に定期検診である。
いつものことであるが、またもや「ちゃんと歯磨きしてくださいね」と注意されてしまった。オレは小学生か。いや、小学生以下か。
いつ診ても汚れていて、ちゃんと磨けていないのだという。朝晩、しっかり磨いているのだがなあ。
「特に昼はちゃんと磨いてくださいね」と言われたから、昼も磨かないといけないのだろうか。うーむ。
ならば新機軸として電動歯ブラシでも買ってみるか。もったいないけど。面倒だけど。
家に帰って夕刊を見たら、ニュージーランドで大地震。知らなかった。そうだったのか。秋に起きた地震の余震というから、なんとも暢気な、いやいや、スケールの大きな話である。
と、感心している場合ではない。最小限の被害で済むといいのだがなあ。
日々起きるこうしたニュースに追いやられたわけではなかろうが、相撲のネタがだんだんどうでもいい風になってきた。もともとどうでも話なのである、相撲なんて。
相撲は興行なのだから八百長は当然。つーか、これを正しくプロレスの専門用語ではアングルという。
プロレスファンの間では、あの試合はアングルだなあ、とか、今日のアングルはへたくそだったなあ、とか、誰がこんなアングル考えたんだ? という会話が日常茶飯事である。
試合で負け役になることをセールすると言い、レフェリーは試合前の凶器チェックで「今日はあんたがセールね」と指さし、試合中、熱くなってきた負け役の選手には、反則を止めるふりをしながら「おい、ちゃんジョブしろ」などと注意する。
選手も選手で、今日はガチンコでやってやるという時は、指をピストルのカタチにして天井に向け、ファンにそう知らせる。そして、始まった試合も「5分経過」のアナウンスをお約束にガチンコ終了、いつものアングルに戻る。
おお、どうだ、このノウハウの素晴らしさ。相撲もプロレスのこういうところを見習えばいいのだ。ついでに覆面相撲取りが乱入したりすると、面白いのだが。
しかし、それにしても富士通のパソコンのキーボード、使いづらいなあ。これ、ノートパソコンのキーボードだろう。けちりやがって。
ぼちぼち我慢できなくなってきたから、サードパーティーを買ってくるか。またカネがかかる。
それともキーボードなんて慣れだから、しばらく我慢するか。そんなカネがあったら新しいプラグインが買いたいし。
そうなのである。エンジニアの葛巻善郎さんのホームページ(ブログではないところがポイント高し)を見ていたら新しいプラグインの紹介があって、この人の勧めるモノはまず間違いないのだが、今回の新しいリバーブは、すごくよさそうなのだった。葛巻善郎
早速メーカーのページに行き、音のサンプルを聴いてみる。
おお、なんという美しくて自然で奥行きのあるリバーブなのだろう。「やさしく夢見心地」という売り文句通りだ。
欲しい。すごく欲しい。
ところが値段を見たら34,000円もする。高い。高すぎる。リバーブにその値段は出せない。
ところがサウンドハウスを見たら29,000円と早くも3万円を割ったので、これから安くなるかも。
でも、タイミング的にこれから1ヵ月で丹後湯新作のミックスやらマスタリングやら、追い込んでいくところである。うーむ、ここで使わずにいつ使う。
と、自分に都合のいい解釈をしては、いかんいかんと自制しているのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」
2011.02.21
取材4、原稿。
某大学へ取材に行ったら、中学、高校が併設されていて、その施設の豪華さにのけぞり返った。
これに比べたら、地元の中学なんてほとんどバラックである。小屋である。
こんなにもすごい校舎で勉強できるなんて、なんという恵まれたガキどもだ。
だが、あまりに恵まれた環境も考えもの。息子はやっぱりタコな公立中学校に入れて、もまれた方がいいのではないか。
そう思いつつ、でも、娘はこういうところに入れたいなあ。
そんなことをぼそっとつぶやいたら、学校の関係者が帰りに「娘さんに」とパンフレットをどっさりくれた。むむむむ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.02.20
機能は学校崩壊ではなくて学校公開と書いたが、実は本当に崩壊するのである。
正確には校舎の建て替えである。
ぼちぼち工事も始まったようで、作業員が学校の周りをうろうろしている。
予定では5年くらいかかるようで、息子は新しい校舎を見ることなく卒業、娘がぎりぎり見られるかどうかだ。
子供たちの授業を進めながらの建て替え作業だから、えらく大変なのだろうなあ。校庭に仮校舎を建てて、そこに児童の半分を移して、新しく半分できたらそっちに引っ越して、また別の仮校舎に引っ越してということを繰り返すに違いない。
その間、校庭は半分のまま。毎日子供が落っこちてズボンをびしょびしょにして母親たちを嘆かせている池も、なくなってしまうのだろう。
落ち着かないことこの上ないが、でも、ずっと建て替え中の学校で勉強するというのも面白い経験だよなあ。
そういやオレも、小学校1年生の時に新潟地震に遭遇し、その影響で校舎ががたついてしまったので、小学校3年生から建て替えが行われた記憶がある。
新しい校舎で過ごした記憶もあるので、たぶん2年ほどで建て替えが済んだのではないか。昔の建築はけっこう適当だったこと、田舎だったので場所に余裕のあったことなどが、そうした早さに結びついたのか。
いやいや、単純に震災復興ということでスピードアップの名目になったのかと思う。
その小学校も今は廃校だ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.02.19
編曲。
本日は小学校の学校公開である。
娘に、学校崩壊か、と聞いたらにらまれた。ほーかいではなくて、こーかいなのだ。
土曜日に先生方もわざわざご苦労なことである。というか、これでは父ちゃんたちも行かないわけにはいかない。
めんどくさいが、行くことにする。実はオレは小学校とはあまり関わり合いになりたくなく、子供らに勝手にやらせたいと思っている。
だから授業参観の類もできれば行きたくはないのだが。
などとぶつぶつ言いながら小学校に着いた。校庭では、昔遊びの授業というのをやっていて、こりくそ寒い2月の空の下、子供らが縄跳びや竹馬で走り回っていた。
寒くないのだろうか。寒いに決まっている。寒いけど走り回らずにはいられないのが子供という生き物なのだ。
まず息子のクラスに行く。算数の授業中だ。
1メートルのひもを3等分するにはどうしたらいいでしょう。
簡単じゃねえか。はさみで三つに切ればいいんだよっ。
正解は3分の1にする、でした。オレの負けでした。
続いて1年生の娘のクラスに行く。国語だ。
10分ほど様子を見たら帰るつもりでいたのに、しまった忘れていた、ここの担任は親いじりが大好きなベテランだった。
今日の国語は「おはなしをつくろう」であり、案の定、ベテラン教師は教室の後ろに並んだ保護者をじろりと一別した後、にやりと笑って「今日は、お父さんお母さんにもお話を発表してもらいましょうねー。ののかちゃんのお父さん、いきますからねー」とオレにロックオンなのだった。
失敗した。ドアのそばに立ってすぐに逃げるんだった。しかしドアから一番遠い場所だ。これぞまさしくデッドエンド。袋小路。追い詰められた哀れな子ネズミ。
オレは観念して、おはなしづくりを始めたのであった。
どうせつくるのなら、おお、さすがコピーライターと言われるようなものにしなくてはなない。コピーライターなんてこの程度なの、と笑われるようであってはならない。
こう思う時点でオレが既に愚かなのであるが、ともかくオレはおはなしづくりを始めたのだった。
そして職業病であろか、言われもしないのにちゃんとA案B案の2案をつくったのだった。
そして、先生に名指しされ、オレはA案を発表。本当はB案の方が面白いのだが、ちょっと下世話な落ちでもあって、後で娘がいじめられてもかわいそうだから、無難なA案を発表したのだった。
オレがこんなにも苦労してプレゼンテーションしたというのに反応はきわめてあっさりしたもので、オレはがっくりと肩を落としたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.02.18
取材1、原稿。
さて、この日記を読んでいる全国の遊び歌作家諸君。
シーシーレモンじゃんけんって、知っとるけ?
それは小学一年生の娘がやっていたのだった。「シーシーレモン、シーシーレモン、シーシーレモン、シーシーレモン」と歌った後に、なにやらポーズをして勝ち負けを決めるという遊びだ。
遊びというか、単なるじゃんけんか。
ポーズによって、ブロックがあったり、攻撃があったりというルールらしい。
なんじゃそれ、なんでシーシーレモンなんじゃと思ってびっくりしたら、小学校三年生の息子が「前からあったよ」と教えてくれた。
あらま、そなの? だか、少なくともオレが子供の頃はなかったぞ。もっともシーシーレモン自体がなかったが。
でも、シーシーレモンがあったヨメも知らないと言ってた。
全国的なのか、昔からあるのか、それとも練馬の一部地域限定なのか、よくわからない。遊び歌作家諸君は、知っとるけ?
てなことはおいといて、エディタの話である。
2月1日の日記で、いいエディタはないか、と書いたが、最近ほぼ理想的なエディタを見つけた。WZエディタというやつである。
見つけた、と書いたが実は前から持っていたのだった。フリーじゃなくて製品版。しかもダウンロードじゃなくてパッケージ版。
いろいろとエディタを試して(何十もある)、どれもしっくりこないなあとぶつぶつ言ってたときに、そういや昔買って放り投げていたエディタがあったなあと思いだし、押し入れから引っ張り出してきた。使ってみたら、やっぱり昔放り投げただけあって、あんまりよくない。
でも、思い立って製品のサイトを見てみたらバージョンがはるかに上がっていて、ほほう、けっこうよさそうだということになり、バージョンアップ版を今度はダウンロードして使ってみたのである。
すごくよろしい。
オレの必要とする機能が、例えば総文字数をリアルタイムで表示する機能が、ちゃんとついてる。
仕事上「全部で800字以内で」「タイトルは16文字きっかり」「28文字×42行、つまりえーと、全部でいくつだ? ともかく計算して書いてください」などという注文ばかりなので、リアルタイムで総文字数が表示できるのは嬉しい限りである。
ただ、高いんだよなあ、このエディタ。新規で製品版を買おうとすると9000円だ。幸いにしてバージョンアップだったので、3000円で済んだが、エディタそのものはフリーでごろごろ転がっているからやっぱりバカ高い感じは逃れられない。
だが、仕事道具だ。
数千円の仕事道具を躊躇していたら、いまどき一眼デジカメの新機種一台買えば100万円というカメラマンに笑われる。速攻で買って使っているのだった。
けっこうよろしい。エディタはこれで決まりである。
もっとも今まで一番よかったのがJeditというエディタで、やはり3000円ぐらいなのだが、これがマック版しかなくて、非常に悔しい。このエディタを使うためだけにマックを買おうかと思ったこともあるぐらい、気に入っているのだ。マック派の人にはぜひおすすめである。
ということを考えながら原稿仕事をしていたら、突然パソコンが消えた。
なななななな、なんなんだ。
いや、パソコン本体が消えたのではない。それでは大友剛のマジックだ(会社設立おめでとうございます)。
消えたのは画面である。つまり突然電源が切れてしまったのだ。
停電か?いや、部屋の電気はちゃんとついてる。おっかしーなあ、と電源ケーブルを挿し治し、スイッチオン。なにごともなく立ち上がった。
ところが10分後、また突然消える。
なななななな。
またスイッチオンで起動。こんなことを原稿を書きながら1時間の間に5回も繰り返し、さすがに放っておくのもまずいかなあと、富士通のサポートに電話することにしたのだった。
買ってまだ10日のパソコンである。もし初期不良とかだったら、うんざりするようなあ。
サポートセンターだから例によって「ただいま電話が混み合っており」というテープが流れる。「3分お待ちください」というので待っていたら、1分で出た。
しかも日本人である(!)。デルの中国人とは大違いだ。
このサポート(佐藤さんというおじさん)に状況を説明。既に登録してある電話番号が表示されているらしく、機種等、説明はスムーズだ。
そういや昨日もちょっと書いた作家の日がきタカシであるが、ソニーのサポートセンターに電話して「ご本人確認のために生年月日を教えてください」と言われて「その前にあんたの本人確認だ。生年月日を言え」と切れたらしい。
サポートセンターに向かって「本人確認だっ」と文句をつけるのも珍しいなあ、とほほえましい気持ちで週刊現代を読んだのだった。おっと、こんなことを本人に見つかったら、エライ目にあう。やばいやばい。
で、富士通のサポートであるが、オレが状況を説明したら「自動診断プログラムがありますのでやってみましょうと丁寧に教えてくれる。
電話がつながったまま、その自動診断プログラムを走らせた。ところが数分が終わるはずのこのプログラムがまったく終わらない。10分以上電話を保留にしてたけど、まだ半分も行かず、こういうことがあるからサポートセンターはいつもつながらないのだなあと同情的になって、オレは、もうわかりましたから後は自分で診断してみて結果に問題があったらまた電話しますから、と言って電話を切ったのだった。
サポートが日本人で、しかも丁寧だと、すぐに腰が低くなるオレ。なんていい人なんだろう、オレ。
結局、自動診断をしても不具合は見つからず、突然の電源オフもそのときの5回連続以降は発生しない。単にコンセントがゆるかったとか、そういう話か? さっぱり原因はわからない。
わからないが、まあ、元に戻ったからいいや。
とにかくバックアップの重要性をまた再認識させられたという出来事であった。
バックアップと言えば、先日買った外付けハードディスク2テラに付属してきたバックアップソフトが、すばらしいんだかすばらしくないんだかわからないが、ともかくすごいのは一瞬にして過去の状態に戻してくれることである。つまり、一昨日のパソコンに戻りたいなあと思えば捨てたファイルも含めて完璧にその状態に戻れるし、一週間前に戻りたいなあと思ってもすぐに戻れるのだ。
要するにタイムマシンパソコンだ。過去にいつでもさかのぼれるという。
オレはこの設定を、一日一回、20時にバックアップするようにした。ところがこの設定を変更しようとしても、どこにもそんな機能はなく、マニュアルにも書いてない。つまり最初に設定したらもう変更はできないというわけか。なんということだ。
まったくすばらしいところとタコなところの同居した、いいんだか悪いんだかわからない、いや、まあ、いいに決まっているのだが、そういうバックアップソフトなのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊新潮」
2011.02.17
取材1、編曲。
ソニーは壊れて、電車は遅れる。
西武線も山手線も、ラッシュの時は普通に遅延だ。5分じゃ当たり前。
「駅すぱあと」を信じてジャストの時間で移動しようとすると、エライ目にあう。
問題はソニーだ。日ガキたかしが「週刊現代」で先週・今週と続けてやり玉に挙げているのがソニー。同時多発的に周囲でもソニー製品が次々壊れ、輪をかけてひどいのがサポートで、もうソニーはどうしようもないみたいだ。
もっともソニーは、昔からソニータイマーというのがあって、適当な時期が来るとちゃんと壊れるようにできているから、オレはソニーが壊れやすいと聞いても、そんなに違和感はないけどなあ。
まあ、ともかく日本のモノづくりの象徴であるソニーのだめっぷりは、日本のだめっぷりと重なるのだった。
という前振りでソニーに取材に行ったのなら面白いのだが、まったく関係なく、埼玉の山の中にある大学に取材に行く。
もう春休みに入っているのだが、この日は成績発表があるとかで、学生が登校している。そのタイミングで取材しようという段取りだ。
ところが3人の学生を予定していたのに、1人は髪をきんきらきんに染めてしまっていて「学生募集のパンフレットに出せるわけがないじゃないか!」と怒られて、髪を切ってから再取材するはめに。
もう一人は、発表された成績があまりにひどくてショックを受けてしまい、取材のことなどすっかり忘れて帰ってしまったという、大笑いの結果に。
結局、1年生の女の子、1人だけインタビューしてこの日はおしまい。それにしてこの1年生がえらくきれいな子で、ヘアスタイルとファッションを垢抜けさせたら、むちゃくちゃかわいくなるなと感心してしまった。
それにしても学生なんて、またまだ子供である。アポをすっぽかされても、オレもあんまり怒る気にはなれない。かえってよくないかもしれなけれど。
学生時代の春休みっていうのは人生の黄金時代なのだから、いろんなことにわずらわされず、気ままに過ごして欲しいものだ。
オレが大学1年の時の春休みは、何もしないで祐天寺の下宿でごろごろして、時々、キベさんや親分と一緒にへたくそなブルブルーグラスを弾いてたっけ。実家のじいちゃんが危篤だという知らせがきたのも、そんな春休みの一日だったなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.02.16
原稿、編曲。
日本コロムビアでは、現役社員より企業年金をもらっているOBの方が多いらしい。
うーむ、なんということだ。これが今の日本なのだ。
エジプトのように政府がひっくり返るようなことにはならんのか。
などということを考えていたら、近所で交通事故である。
関越道入り口、魚せいすぐそばの、あの有名な三軒寺交差点である。
うちからは300mほど離れている。幼稚園のほうがよほど遠い。
でも300m離れていると、交通事故があったって気がつかない。東京ってのはそんなもんだ。田舎の人はびっくりするが。
オレもちっともそんな事故のことは知らず、ヨメが「パトカーが山のようにいたよ」というので気づいた次第。詳細については、ネットと魚せいのオヤジに聞いて知った。
なにしろ魚せいは、現場で店を開けていたわけだから、よーく見えたらしい。
それによると、交差点を斜めに渡ろうとした歩行者が大型にひかれてしまったそうだ。30代の若い人。とぶん地元。死亡。
あの交差点は、非常に危なくて、1、2年に一度は必ず大事故が起きている。いつだったかは、車二台が正面衝突で大破。一台の車にはダブル不倫のカップルが乗っていたらしく、それはそれは派手な事故だった。
高速道路の出口だというのに五叉路。
それだけでも危ないのに、青信号は短く、しかも右折禁止。なお悪いことにバスだけは右折可なので、地元以外のドライバーが何も知らずにバスにくっついて右折してがちゃーんというのがよくあるパターンだ。
こんなややこしい交差点であることに加え、ここには横断歩道はなくて、歩行者は歩道橋をえっちらおっちら登らなくてはならない。だが、自転車はちゃんとレーンが引かれていて、渡ることができる。
自転車が渡ってるんだから、歩行者が走ったってわたれるはず。
そう考える地元民が多いから、平気で歩行者が目白通りの複雑な五叉路を歩いて渡る。しかも、まっすぐではなくて、最短距離の斜めに渡ろうとする。
右折禁止なのに右折しようとしておろおろしている車や、対向車が切れるのを待って交差点の真ん中でストップしているバスや、駅に向かって急いでいる自転車の集団や、その中を器用にぬって本人はスピーディーに走っているつもりの歩行者と、この交差点の青信号はすさまじい状況になっていて、そんなところに関越道から走ってきてスピード感覚を失っている車が突っ込んできて止まるという風景が日常茶飯事なのだ。
あるときオレが目撃したのは、この交差点をベビーカーを押しながら悠然と渡っているヤンママの姿。あれは見ていてぞっとしたものだった。
この交差点には交番があり、常々「歩行者は歩道橋を渡りなさい」とスピーカーでがなりたててるが、ちっとも効果がない。
駐禁の取り締まりとか、交通整理とか、暇でも何にもしないでただいるだけの役立たずなので、地元民は馬鹿にしきって言うことをきかないのだ。
そんなアナーキーな交差点で、いつものように平然と渡っていて事故に遭ったのだろう。たぶん普段からそんな渡り方をしていて、昨日までは事故に遭わずに過ごしてきたわけだ。
はねた車も哀れである。
ここに引っ越してきた当初は、この交差点を自転車で渡る姿を見て、恐ろしくてとてもできないなあと思ったものだった。しかし、今では平気である。
こういう慣れが一番怖いなあ。
子供にも絶対に渡らせないようにしようと、ヨメと話し合ったのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」今週の現代ポスト対決は現代の圧勝。
「毎日はカノン」「春愁秋思」「なんとなく今日の為に」「夕暮れ電車に飛び乗れ」空気公団の新しいアルバムがリリースされたので、ちょっと聴く。ついでに旧譜も。かつてのフォークの匂いというか、草食系の香りというか、あくまでも穏やかで引っ込み思案な歌と音なのだった。ふんわかした春の日には、ちょうどいい音楽だ。ボーカルの女の子、ちょっと中性的で不思議な声。
2011.02.15
取材1、原稿。
今こそ、オレは相撲を愛してるぜ、と叫ぶヤツがいたら格好いいのだがなあ。
などということを考えつつ、イヤホンを耳に差し込んで出かける。
先日買った新しいイヤホン、ナインウェーブのProStudioというのだが、これがなかなかすばらしい。音像が際立つというか、リアルというか、とにかく目の前にくっきりと音が立ち上がる印象なのだ。
音楽を聴くのが快感に思えるイヤホンである。
実際、これで聞きながら散歩していると、いつまでも歩き続けたくなってくるのだ。高音、低音ともに過度に強調されず、耳に心地よいのもプラス。
これで1万4800円。中価格帯のイヤホンとしては文句なしの音ではないか。
ただーし、ただし、一つだけ大問題が。
イヤーパッドである。スポンジみたいなのでできた、黒くて、ふわふわしたやつ。これがしょっちゅう外れる。
ひどいときは耳から出し入れするたびに外れる。そして、行方不明になる。
予備がいくつかついてきたのだけれど、もう使い果たしそうだ。なんでこんなにゆるゆるなのだろう。
イヤーパッドなんていらねえと思って、素で聴いてみたらけっこう耳に刺さる。うーん、柔らかい音にするには、イヤーパッドはやっぱりいるのかなあ。
ネットを見たら同じような声があって、やっぱり音はいいのにイヤーパットがへたれ、という評価。
とりあえずもうすぐ予備がなくなるので、なんか安いのをアマゾンに届けさせるか。
などと考えながら立ち寄ったのが、池袋のビックカメラ。
ここは建物が分散していて買い物が面倒くさい。やっぱり有楽町か新宿がいいなあ。
何を買ったかというと、昨日の話の続きで、バックアップ用の外付けハードディスクである。楽しい買い物ではないが、やっぱり必需品なのでしょうがない。
2テラで1万3800円。安いなあ。
1テラで十分なんだけど、8500円。半額になるわけじゃないのだな。
ならばいっそ2テラだ。と、ものの見事にメーカーの価格戦略に乗せられる。
USB3.0がついているので、それ対応にしようかと思ったら、あららら、こちらはけっこう高い。やめた、これには乗らないで2.0で十分だ。
それにしても2テラもあって、いったい何を入れるというのだろう。
過去3年のバックアップデータだけでも500ギガにもなってないというのに。あ、そうか、テレビの録画用か。なるほどねえ。
ならば、こんなものを子供に発見されたらえらいことになる。
なにしろ我が家の子供ときたら、なんでもかんでも「録画して録画して」なのだ。しかも、録画したものはちゃんと見るのだ。あほか。
ドラえもんだけでいったい何本録ってあるというのだ。時々、全部消せ、それが嫌ならお父さんが選んでやるから消せ、と命じるのだが、決してオレには触らせようとしないのである。
ちっ、全部処分してやるところなのに。
筐体は小さくてもそれなりに重量のあるハードディスクを持って帰る。つなげるのは面倒くさいから明日だ。
そうやって明日回しにしたら、今夜ディスクが飛んじゃった、というなら話としては面白いのだが。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊ポスト」つまらん。激しくつまらんかった。
「サウンド&レコーディング」一月おきに面白いサンレコ、というのがオレのスローガンだったので、今月号はさぞや面白いだろうと期待したら、実につまらなかった。その中でも有益な情報が一つ、二つ。米国のバーベイタムというメーカーのPhono RというブランドのCD-Rが上陸。日本では三菱化学が販売元だ。これが実にすばらしいデザインで、ここ数年、まったく進化とか確信とかと無縁だったCD-Rに魅力的な製品が加わったのだった。丹後湯はこれにしようかなあ。そう思ってアマゾンを除いたら、品切れ。あれれ、既に人気商品だったか。単価的には、けっこう高い。1枚90円ぐらいだから、他社製の倍以上だ。それでも売れるというわけか。もっとも90円ということは、それを送る切手代と変わらないのだから、安いものだな、考えてみれば。
2011.02.14
取材1、原稿。
パソコンで音楽を始めた15、6年前、CD-Rレコーダーは一台10万円もした。信じられない話である。今では数千円だ。
ディスクのCD-R、1枚700円。今なら1枚40円とか30円とか。
ディスクに書き込むソフトに至っては、秋葉原のパソコンショップを歩き回ってやっと見つけ、やれやれよかったと安堵の息をつきつつ3万円を支払った記憶がある。今ならフリーソフト。いや、インストールしなくても最初からパソコンについてくる。
まったくこの世界の価格下落はすさまじく、10分の1以下だ。今まで払った金を返してもらいたいものだ。
自分で望んだことではないので不本意ではあったが、デルの馬鹿野郎のせいでパソコンを買い換えて、Windows7の出来には結構びっくり。ともかく速い。時々、なんだこりゃという仕様にも驚くが、とにかくこのスピードにはびっくりだ。
こんなにすいすい動くなら、買い換えてよかったなあと思うのだった。
ところがそうは簡単にコトは終わらず、インタビュー仕事でマストアイテムのICレコーダーを接続したら認識しない。
ソニーのICレコーダーでもう5年も使っている。ソニーへインタビュー仕事で向かった際、ライター数人との合同取材になり、他のライターは全員ICレコーダーを差し出したのにオレだけアナログのテープだった。それがえらく恥ずかしくて、すぐに帰りの足で買ったICレコーダーだ。
なんでICレコーダーが使えないんだろう。ソフトが古いのかな。
新しいソフトをダウンロード。それでも動かない。
おかしいなあと思ってソニーのサイトをよく見たら、ふんぎゃ、オレのICレコーダーはWindows7に非対応だとさ。
信じられない愚行だ。
5年も使って、ソニー製品には珍しく壊れもせず、使い勝手もよくて気に入っているのに、デルの馬鹿野郎のおかげでパソコン買い換えたら使えなくなってしまうとは、いったいこのイラダチをどこにぶつけたらいいのだろう。デルの馬鹿野郎かソニーか。
しかし、ののしっていても少しも前へすすまないので、しょうがなくオレは今日出かけたついでに有楽町のビックカメラで新しいICレコーダーを買ったのだった。
7000円。安い。ソニーのが昔3万円したのだが、オリンパスのこの低スペックの製品はきぐっと安い。
まあ、安いのはいいのだが、低スペック過ぎてあまりにも使いづらいのが、ちょっとあれだったが。
そういやこの有楽町ビックカメラのICレコーダー売り場で見たのが、中国人の客。日本語がすごく上手で「これから2ヵ月、チュゴクに帰るデス」と言ってたから、留学生かもしれない。
この中国人が店員をつかまえて、新しいICレコーダーを買いたいのだが前のは買って2年で壊れてしまったので困っている、と延々と訴え続けているのだった。
じゃあ、どうしろって言うんだよねえ。
店員に同情しつつ、胸を見たらソニーのプレート。本人も「私はウォークマンの担当で、ソニーから派遣されてきたんですけど…」ととまどいつつ、根がまじめなのだろう、中国人の求めに応じて「やっぱり一番人気はオリンパス製で、今はオリンパスの担当者がいないんですけど、値段の違いは収録時間の違いですねえ」となどと一生懸命説明していた。
それを聞きつつ、中国人、合間に「でも、前に買タノのは2ヵ月で」としつこく繰り返すのだった。要は負けろっていうことなのかねえ。
そんな様子を尻目にオレはオリンパスのICレコーダーを買ったわけだが、さて、今度は家に帰ってパソコンのバックアップを設定しようとして、止まってしまった。
今まではフリーソフトで定期的にバックアップをしていたのだが、このソフトをWindows7で使おうとするとなぜか途中でしまってしまう。面倒だ。だから、フリーでなくてもいいや、製品版でも、ととりあえずテスト版をダウンロードしていろいろ確かめてみたのだ。
すると、どうやら最初のバックアップで全部書き換えて、その次から差分のバックアップを始めるらしい。
ということは、今までのデータをためているこのハードディスクにバックアップをとると、古いデータの入ったフォルダが全部上書きされて、古いファイルは消えてしまうということか?
どうも説明の日本語が変なので、そのあたりがよくわからない。
わからないなら、とりあえずテスト版を試しながら確かめてみればいいのだが、説明通りに古いファイルが消えてしまったらたまらない。
そこに勝負をかける勇気はオレにはなく、仕方なく新しくハードディスクを追加購入することにした。
やれやれである。
もっと今は安くて、2テラで1万円。信じられない値段だ。
その半分の1テラでいいから、明日出かけた際に買って帰ろう。
やれやれ、パソコンを交換したおかげで、次から次へと予期せぬ出費が続くのだった。困ったものである。
新聞休刊日。
2011.02.13
編曲。
朝から大急ぎで一曲ミックスを終えて、完成オケのディスクを郵便ポストに放り込みつつ向かったのが、東京ドーム。
の近くのプリズムホール。
毎年恒例、ハーセさんが仕切る石川フェアというイベントが行われるのだ。
一年一度、いろんな人に会えるお楽しみイベントである。ハーセさんもお元気そうでなにより。「不景気でたまんねーよ、六本木のお姉ちゃんもたまんねーよ」と泣いていた。
ここで会えるのは、先輩方が中心。
一学年上のお姉様は、去年おばあちゃまになられたそうで、仰天だ。なんとも若いばばあである。
こうして集まると、一気に昔に戻るみたいで、昔のギャグそのままに馬鹿話が広がる。病闘病中の人、介護中の人、誰もが日々の暮らしの苦労を抱えつつも、このときは昔に戻るのだった。
襟裳岬の「日々の暮らしは嫌でもやってくるけど 静かに笑ってしまおう」そのまんまだ。
だてポンは息子さんが大学に合格し、今日は湯島天神にお礼参りして、その帰りだそうである。一足早く春だ。よかったね。
話はどうしても山口のことに行くのであるが、遠くてこのイベントに一度も参加できなかった山口のことだから、今日もずいぶん悔しがってるだろうなあ。
カラオケボックスの大部屋でランチ。おばさんたちがいくらしゃべっても、ここなら店を追い出されない。
二次会は中山親分、ミヤーチさんという先輩と焼き鳥屋。オレが大学に入学したとき、会長だったのが中山親分で、その一つ前の会長がミヤーチさんである。
1年生の春に圧倒的な上下関係をすり込まれてしまったオレは、この年になってもこの二人の前では借りてきたタコ状態。おとなしいものである。
月の半分を中国は瀋陽で暮らしているのがミヤーチさん。「毎日マイナス20度で、中国人どもはろくでなしで、夜になった酒を飲むしかなくて、やってらんねーよ、もう行きたくねーよ」とやさぐれるのであった。
まあ、体に気をつけてがんばってください。オレもがんばる。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.02.12
原稿、編曲。
前に「名前のない馬」を神の曲と書いたが、これも神曲だな「アローン・アゲイン」。それから「イエスタデイ・ワンス・モア」も神曲ということで異論はあるまい。
よってこの三曲をオレ認定神曲とする。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2010.02.11
原稿。
東京は朝から本気で雪である。
一面真っ白になるのも時間の問題だ。そんな中、オレは息子と電車に乗って千駄ヶ谷に向かった。
いったいなにごとか。
ここ数日、息子の頭の中を占めていたのは、バレンタインのチョコがもらえるかではなくて、将棋盤である。
たぶんこないだの日曜日に行った光が丘での囲碁教室の際、前の時間の将棋教室の後を見て将棋盤が欲しくなったのではないか。「お父さん、将棋盤はどこで買えるの」と聞くから、将棋会館というところかネットだなあと答えたところ、「その将棋会館に連れてって」という展開になったのである。
もちろんお年玉を貯めたお金で買うのだ。
ならば連れて行かないわけにはゆかぬ。もっとも、車でおつれしてお買い物を楽しんでいただくということは毛頭考えてなくて、自分の欲しいものは自分の足で出かけていって自分で持って帰りな、ということで電車で向かうことになったのである。
息子は囲碁教室に通っているが、将棋も大好きである。
iPadに将棋のゲームを入れてやったら、よく起きてすぐ将棋をやっている。
こっちもいちいちつきあっていては時間が足りなくなるから、本当はヨメにもやってもらいたいのだが、ヨメは駒の動き方も知らない。よって息子は一人でiPadに向かうというわけである。
雪の中、千駄ヶ谷。久しぶりだな。
駅から5分の将棋会館に行く。ずいぶん昔のことだが、将棋好きの父親をここに連れてきたことがあった。同じ場所に今度は息子と訪れたことに、なんだか不思議な感じがした。
目的地は1階の売店だ。
それにしても将棋会館、雪の祝日だというのに子供が大勢やってくる。将棋教室でもあるのだろうか。けっこう根強い人気なのだな。
そのへんにいる子供の様子を見れば、DS片手にゲームしながら将棋の話をしていて、なんだかおかしかった。張り紙に「会館内ではゲーム禁止」あったから、きっと将棋関係者はゲーム機のことを苦々しく思っているのだろう。
売店の中で、息子はあれこれ眺める。
将棋盤を見てびっく。一番安いのは布、つまり風呂敷に将棋盤の目が書いてあるやつで2000円だ。一方で一番高いのは、なんの木か知らないが、170万円。
うーむ、どちらも将棋をするという機能ではまったく大差ないのに、この驚愕の価格差は何なんだろう。
例えばギターなら、1万円と100万円でははっきりと音が違うという本質的な差があるのに、将棋盤の場合は本質的にはまったく差がないのだ。暴利だとかそういうのを超えた、経済原理とはまったく相容れない世界での、擁するに美学なのだろうと思う。なんのこっちゃ。
将棋盤ときたら駒も同様で、3000円のプラスチック製から100万円の名人直筆のものまでそろってる。これも、将棋の駒としての機能はまったく同じなのに、驚愕の価格差だ。
さて、息子はというと、お年玉8000円を持ってきたものの、明らかにろくなものが買えないことが判明。まあ、お約束ではあるのだが、特別にプレゼントしようとオレが1万円札を1枚、そこに加えてやった。
息子は大喜び。「こんなに高い買い物は生まれて初めてだよ」と言いながら、1万3000円の将棋盤と5000円の駒を買ったのだった。
ついでに妹へのプレゼントとして300円の将棋鉛筆も買ったのであった。「お兄ちゃんがどうしてしょうぎばんなんてほしいのか、ぜんぜわかんないよ」と口にしていた妹であるから、将棋鉛筆だからと特に喜ぶことはないだろうが、まあ、兄と妹のお互いを思う気持ちは尊いものである。
将棋会館では、売店のお姉さんがいい人で「これ、よかったら使ってください」とにっこり笑って売れ残りの将棋カレンダーをくれた。ありがとうございますと言いながら、オレは壁にそのカレンダーがかかっていて、定価1200円×罰印で600円と張り紙がしてあるのをこっそり見たのだが、姉さんはそのオレの視線を追いかけて「もう2月になっちゃったんで」と申し訳なさそうに笑うのであった。
おお、なんといい人なんだ、姉さん。
息子も大喜びで、羽生さんとか毎月日替わりで将棋の人が出てくるカレンダーを受け取ったのだった。
そして雪の中、重い将棋盤を持って電車を乗り継いで帰る。重そうなので、持ってやろうかと言うと息子は「いいよ、大丈夫だよ」とにっこり笑うのだった。
家に帰った息子は、欲しかったものがやっと買えた達成感と、遠くまで出かけて大きなお金で買い物できた興奮で、とにかくうれしくてしょうがないらしく、将棋盤に頬ずりするのであった。
そして、オレに勝負を挑む。
この連休は原稿やら編曲やらがたまっていて忙しいんだけどなあと思いつつ、その勝負を受けて立つ。
もちろん今まで息子に一度も負けたことはなく、新品将棋盤の最初の戦いとはいえ、適当にやっていたオレであったが、あっさりと息子に負けてしまった。
油断であった。だが、確実に息子も強くなっている。将棋を習っているのではないが、頭脳そのものが成長しているということだろう。よしよし。
雪はやむことなく降り続け、いつしか練馬の畑も真っ白になっていた。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「日経PCビギナーズ」
2010.02.10
取材1、原稿。
地域ブランド力調査というやつが発表された。日経リサーチ調べだ。
何かっちゅーと、どこの都道府県がかっちょえーか、っちゅー話だ。
全国47都道府県の中で、例えば東京は4位である。トップスリーに入れない。
東京に続いて5位が神奈川である。横浜とか湘南とか鎌倉とかのイメージが高いのだろうな。きっと川崎は入ってない。ごめんよ、ダテくん。
オレの実家の新潟はというと、15位。上位3分の1に入っているから、まあ、無難なところか。
新潟のすぐ下が千葉で、遙かに下の39位が埼玉。埼玉は新潟に遠くお呼びもつかないわけで、大宮のナオコちゃんやナヤカマ親分やドバシくんやブンノくんは恥じ入っているのではないか。いや、別に恥ずかしくはないか。
でも、埼玉が千葉より相当に下というのは、なんだかかわいそうな気がする。
まあ、世間はそう見ているということだから、埼玉は胸に手を当てて己を見つめ直した方がいいな。
イサワの出身の徳島は、その埼玉のすぐ上の38位。地味だ。
えーじ画伯の富山は、さらに徳島のちょっと上の35位。
もっともこのあたりの順位なぞ、ほとんど目くそ鼻くそだな。わははは。
ついでに言えば、ついでってことはないか、アイカワの愛媛は23位、カマタの青森は16位と上なのは、ミカンとリンゴのブランドイメージか。徳島のすだちは、やっぱり今ひとつメジャーになりきれず、表舞台に上がるところまでいってないと。
青森についてはリンゴだけでなく、新幹線の後押しがあったとみる方が正しいか。
うーむ、なんだか書いてて予想以上におもしろくなってきたぞ。
よし、次。
キベさんの住んでる静岡は19位と、真ん中よりちょっと上。立地も人口構成も、いろんな意味で日本の平均値にあり、テストマーケティングをするなら静岡で、と言われる土地柄である。無難な結果も当然か。
では、キベさんの出身地の大分はというと、ぐっと下がって28位。ほほう、キベさん、出世したんですね。ぱちぱち。
さて、このブランド調査、1位はというと北海道、3位が沖縄で2位が京都。
くわものやろうがいい気になりそうで北海道が1位というのは気に食わんが、まあ、京都を2位に押さえつけてくれたことで勘弁してやろう。
北と南のはじっこがいて、真ん中に京都。
ブランド調査まで日本はこんなポジションなのか、というのがすごくおもしろいなあ。
さて、ここまでもったいぶってようやくこれだ。誰もが知りたい最下位だ。
じゃじゃーん、48都道府県中48位。最も人気のない県とはどこでしょう。
それは群馬です。わはははは。群馬っ。
そして46位が島根、45位が茨城。
島根は鳥取と合併しろ、茨城は栃木と合併しろ、群馬は長野と合併しろ。
わははは。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊現代」どうも最近の週刊誌は「死」についての記事が多い。高齢化時代だからそういうニーズは確かにあろうが、しかし、なんとなく気が沈んでくるから、やめてほしいなあ。たかが週刊誌。あほらしくて、だはははと笑って、読み捨てるというのがいいのだが。
「Number」幸せなアジアカップ特集。今でも李のシュートは強烈なイメージとなって残っている。あれは、ドーハのトラウマを完全に消し去った一発だった。長友のセンタリングが上がり、俯瞰した引きのカメラに切り替わった瞬間、どフリーの李がそこにいた。深夜3時、オレと息子はその瞬間に「わ゛あ゛ーっ」と絶叫したが、たぶん日本中が一斉に同じタイミングで同じ叫び声を上げただろう。今もあの瞬間のことは忘れられない。ところで西原理恵子がどこかで"金がなくなったら中田英寿は絶対に選挙に出る"と断言していたのがおもしろかった。
2010.02.09
取材1、原稿。
朝、えらく寒くて、学校へ行くために家から飛び出した息子と娘が「雪だあ」と声を上げる。けっこうしっかり降っていた。
春めいてきたとはいえ、やっぱりまだ2月なんだよなあ、と改めて実感する。
夜中、その息子が38度の熱。あらららら。ここまできたら大丈夫かと思ったら、ちょっとした時間差攻撃でインフルちゃんが我が家にもやってきたようね。
しょうがない。医者に行けば7日かかる。家で寝てれば一週間で治る。
いずれにせよ規則正しく生活して普段から睡眠をたっぷりとっているから、免疫力もそれなりのはずだ。すぐに回復するだろう。
高熱なのに口だけは達者なのが息子。オレに似たのか。
認めたくないが、きっとそうなのだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
2010.020.8
原稿。
原稿関係の環境が整ったので、いよいよ音楽関係の環境構築に乗り出す。パソコンの話である。
実は音楽関係の新しい仕事が入ったので、しかも録音は月末なので、心の中ではけっこう焦っているのだった。
しかし、この類の環境構築はすげえ大変。オレがバカなせいもあるが、やたらと難しいのであった。
なにしろ一つのソフトをインストールするだけで30分。インストールが終わって、やれやれと思ったらバージョンが違うのでやり直し! と怒られて、ぎゃふんとずっこけたり。
ドライバー関係も微妙にバージン違いが影響したり、何よりもWindows7になって64bitが使えるようになったものの、全部が対応しているわけではないので、どうもそのへんが微妙に影響し合ったりするらしく、要は一筋縄では絶対にいかないのだった。
へろへろになりながら、それでも音を出すところまではいった。
プラグイン関係は途中で挫折。
何よりも楽譜を書くという基本的な作業がまだできない。これもけっこうしんどいのであった。
すべてはデルの馬鹿野郎がと、今もぶつぶつ言い続けるオレなのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「美味しんぼ」
2011.02.07
取材2。
仕事で向かった先が、京浜工業地帯。工場萌えの世界だ。
ずらりと煙突が立ち並ぶ、トラックだけが行き交う男の世界なのだった。
最寄り駅は川崎。
ずいぶん変わったねえ、川崎も。はっきり言って、きれいになった。昔は汚かったもの。
東口から車で現場に向かいながら、そういえば昔一度だけ、川崎球場まできたことを思い出した。
川崎球場だからたぶん野球を見に来たはずで、それはロッテ対日ハムとしか考えられず、一緒に行ったのは山口しかあり得ず、でも、さっぱり覚えていないのはどういうことだろう。
ただ行ったはずだという後付けで記憶が作られたということななかなあ。
30年以上も昔のことだから、あやふやで当然だとは思うが。
それにしても新しいパソコンにくっついてきた富士通のキーボード、使いづらい。もちろん単に慣れの問題ではあるのだが。
デフォルトでワイヤレスのキーボードになっているから、後付けれのサードパーティーキーボードか使えるのかどうなのか。そんなことより使っているうちにいつしかなれてくるだろうから、我慢するか。
もともとそんなにキー打ちがそんなに速いわけじゃないし。
そういやマッキントッシュを使っていた頃、事務所に遊びに来た山口がオレのパソコンを使い「マックはなんて使いづらいんだ!」と怒っていた。いや、それは使いづらいんじゃなくて、ローマ字ではなくてひらがな入力になっているから使いづらいんだよ、と言ったのだが山口は聞く耳を持たず「なんて使いづらいんだ、ぷんぷん」と起こり続けたのだった。
山口らしいと言えば山口らしい。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」
「週刊とりあたまニュース」西原理恵子・佐藤優・新潮社。狂犬二人がタッグを組んだ本。右から左へと切りまくる。西原の漫画は相変わらずしょうもないのだが、時々、はっとするほど鋭かったり、美しかったりする。いろんな編集者が西原に泣かされ傷ついているが、それでも担当をやめないのは、こうして時々神が降りてきたような絵に出会えることにとりつかれているからだという。
2011.02.06
原稿。
息子が、今日は囲碁教室なので、送りにいったついでに光が丘公園を散歩する。
一人じっくり音楽を聴ける時間なのだ。
カントリーを中心に存分に聴いて、ああ、気持ちよかったなあ。
帰ってきてからは新しいパソコンの設定で格闘である。
もっももと格闘はいうものの、今時のパソコンは本当によくできていて、電源ケーブルをつないで、息子にメインのスイッチを押させたらもう終了。「ぼくが設定したんだぞ」と、息子は母親と妹に自慢するのであった。
しかもモニター一体型だから、ケーブルも何もなし。すっきりしたものである。
この薄さ、小ささで1テラのディスクを回しているのだから、日本の省エネ設計技術も相当に進化したものだと感心する。
ただ、とりあえず動くようになったとはいえ、仕事ができるようになるまではあれやこれやとセッティングの繰り返し。相応に時間がかかって、けっこううんざりだ。
とれあえずネットを見て原稿書いてメールで送るというぐらいはできるようになった。
音楽関係は後日。さて、週末までに間に合うだろうか。ちょっと微妙である。
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ところで大相撲の八百長騒動であるが、表向きはのこととはいえ「だまされた」「信じられない」「汚された」みたいな論調でいっぱいであることに、どうにも違和感を禁じ得ない。
全員が顔見知りのように狭い世界に、中学を出て社会の仕組みもルールも何も知らないうちに入って"ごっつぁん"ルールで育った集団が、一年間に6回も仲間内だけで勝負するのである。
オリンピックやワールドカップ級の真剣勝負が行われるわけがない。当たり前のことだと思うけどなあ。
だから、相撲も株式会社新日本相撲興行と、傘下に株式会社なんとか部屋を持って、興業を行うようにすればいい。
勝負じゃなくて興業に国技だとか天皇杯だとかはなじまないというのは、それこそ変な話であって、歌舞伎などの伝統芸能と同じ位置になるだけなのだから。
あ、そもそも相撲が国技であるっていうのは、法律のどこにも書いてなくて、国会で決められたわけでもなくて、日本人全員の単なる勘違いらしい。
つまり根拠もなく国技だと思い込んでいた、決めつけていたということか。こっちの方がよほどおかしな話だと思うが。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.02.05
人生には、どうして最初からこうしておかなかったんだろうということが、よくあるものだ。
長かったデル問題も、どうにか今日、ようやくけりがついた。
昨日、出荷停止の知らせを受けて即座にデルにキャンセルメールを送った。そして本日、デルの営業から電話が来た。
「ジツはインテルの馬鹿野郎が不具合で、CPUがへたれでゴザイまして、つきましては出荷テイシで」と、いつもの中国人がいきなり言い訳する。どうやらオレのメールを見ていないらしい。いったい「キャンセルの場合はご連絡ください」と書かれてある返信先は、どこにつながっているんだろう。素直に疑問である。
だからキャンセルのメールしたよと答えると、「それで、もっとよいパソコンを、代替品で特別に安くオススメでゴザイます」と中国人。さらに「しかも大特急で送らせてもらうでゴザイます」と畳みかけてた。
おっ、と一瞬心が揺れるオレ。
もっといいパソコンが安く早く買えるなら、今までのことは忘れてあげてもいいかなあ。
で、早くっていつまでに届けてくれるのよ、呉さん。
答えて中国人「特別に一週間後でゴザイます」。
んが、は、は、は、話にならん。今まで10日も待たせておいて、そのあげくに出荷停止で、さらに一週間待たせるとは。論外論外、アウト・オブ・プロブレムねー。
すると中国人「遅れたのはお客サマのカードの決済が通らなかったからでゴザイます」と、客のせいにし始めた。
「誤らない・改めない・認めない」は中国人の特徴だと櫻井よしこが書いていたが、中国人というわけではなくてデルがそうなのか。
ともかくキャンセルだキャンセル。キャンセルったらキャンセル。
ようやく呉さん、納得。渋々あきらめる。
どうにも信用ならないので、キャンセル受け付けました、というメールを寄こせと言ったのだが、「そういうメールはないでゴザイます。今、キャンセル手配したでゴザイます」と態度が急変。わかった、ならば間違いなく絶対にキャンセルしといてよっ、とくどいほど念を押す。
どうせこの電話は録音されているはずだから、万一、後でもめても大丈夫だろう。
ともかくこうして、コンデンサーの破裂に始まったデルとの10日戦争は、終わりを告げたのだった。
停戦の立役者は不具合出したインテル(笑)。長友がんばれ。ってそっちではないか。
この日記を見た2名ほどから「デルは絶対に買いません」というメールが殺到したから、やはりそれなりにインパクトある出来事だったわけだ。
最も大切なのは、デルは買ってはいけないということではなくて、何はなくともバックアップということだ。教訓。
オレも原稿と経理関係のデータだけは一日一回、バックアップを取っていたので、どうにか最悪の事態だけは免れた。音楽関係も、制作した音だけは取っておいたし。
バックアップは面倒だが、なーに、今ではバックアップソフトも質のいいのがフリーで使える。オレはBunBackupというフリーソフトを使っていた。
毎日でも週一でも、決められた時間にバックアップを取るだけのソフトである。タダでこれは十分な機能だ。
バックアップ用のハードディスクも、今や1テラが1万円の時代。5年間を考えた安心の保険料としては格安だなあ。
それはともかくとして、さて、次の仕事は新しいパソコンをどうするかだ。
聞くところによると、エプソンの通販が評判いいらしい。特にエプソンのサポートは絶賛されている。
どれどれと、サイトを見てみる。
なんと、全製品、納品まで2日とある。しかも、納品が遅れたら5000円払います、とまで約束している。すげえ。中国でつくって船便で運んでいるデルはいったい何だったんだ。
嬉しくなったオレは、早速エプソンのパソコンの仕様を決めていった。CPUは松竹梅の松、ハードディスクも松、モニターも松、とにかく松っ。
松竹梅のどれにしますかと聞かれ、竹と松では数千円しか違わないからどうせなら松にしちぇという、わかりやすい消費者心理。
エプソンの「よっ、旦那っ、買い物上手っ」という声にもおだれられ、つい松パソコンができあがってしまった。それで見積もりはと見たらば、げえっ、30万!
予算の倍っ。デルより10万以上も高い。
うーん、でもいいパソコンだしなあ。どうしようかなあ。
と、悩みつつ頭を抱えて、オレは妻子とともに昼飯に近くの「がってん寿司」に向かった。いつもガラガラ。
「ねぎとろ、三つくださ〜い」とまとめて注文し、大好物のネギトロを三皿も並べてご機嫌ちゃんの息子を見ながら、ともかく情報収集もあるしリアルの店も見ておこうかねえとヨメと話す。
食べ終わってレジに立ったら「閉店します」の張り紙。ありゃま。1年もたずに閉店。早かったねえ「がってん寿司」。
そしてその足で向かったのは、隣町のジャマダ電気通称ダ電であった。
オレの嫌いなダ電、混んでる。今朝、チラシ入ってたしなあ。間もなく新年度で、これから家電が一番盛り上がるもんなあ。
パソコンコーナーに行く。
と、NECのコーナーになかなかのスペックのパソコンが置かれていた。こ、これは。
しかも「展示品限り」と書いてあって、モニターが汚れてるし、こりゃあ、もっと叩けるぞ。
すっかり頭の中からエプソンが消えてしまったオレは、通りかかったクールな姉ちゃんを呼び止め、このパソコンを持って帰るから包んでくれ、ついでに値引きね、と命じる。
と、クールな姉ちゃん「これは展示品なのでお持ち帰りはできません。中もきれいにしないといけないし」とクールに答える。
中の掃除は(今、ATOKが中野宗二って変換した)オレがやるからって言っても通じず、ちっ、仕方ない、これと同等のパソコンは他にはないか、デル以外でね、とたずねたら「こちらです」と案内してくれたのが富士通のコーナーであった。
富士通か。でも、オレとしては後輩のアイカワ君がNECで出世して偉くなっているし、できればNECにしたいのだがなあ。
と、迷わずデルに発注してえらい騒ぎになったこともすっかり忘れて、つい数時間前までエプソンのダイレクトで見積もり取ってたのも忘れ、NECに義理立てするのであった。
でも、まあいいか、富士通でも。国産だし。
すすめられたパソコンのスペックを見ると、ほほう、これはこれは。
出荷停止になったデルの製品とほぼ同等ながら、春の新製品を前にした旧型モデルということで安いではないか。エプソンの半額以下。14万。
モニタ22インチ、ハードディスク1テラ、メモリ4ギガ。オフィスが載ってる。
USBポートが6つしかないのが不満であって、タッチパネルとナノ防臭機能がついているというモニタの意味がよくわからないが、スペック的には、まあ、妥協範囲だ。十分に。
ようし、これをくれっ。持って帰る。
クールな姉ちゃんではない店員をつかまえて、オレはあっさり購入決定。
その場でダ電のメルマガ会員になり、パソコンのポイントでメモリを買う作戦に出て、8ギガのメモリも同時に購入。昔なら8000万円分のメモリをポイントで購入って(笑)。
こうしてオレはあっさりと新しいパソコンを手に入れた。
うー、どうして初めから隣町のダ電に来なかったのだろう。人生には、どうして最初からこうしておかなかったんだろうということが、よくあるものだ。
車に妻子と一緒に富士通のパソコンを積み、やれやれと安堵の息をつきながら、オレは家に帰ったのだった。
もっともこれからの設定作業を考えると、安堵の息も嘆息に変わるのであったが、まあ、それは後回しにしよう。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「チャンネルはそのまま」(3)佐々木倫子・小学館。マンガです。コミック。この人のマンガは本当に面白いなあ。地方放送局のバカディレクターを主人公にしたこのシリーズは、いつも大笑いなのだった。コミック評論家のくわもは、どうだろう?
2011.02.04
取材1、打ち合わせ1、原稿。
新宿で途中下車して、ヨドバシカメラで買い物をする。
店員が見当たらず、仕方なくメーカーの派遣の姉さんに声をかける。
メーカーの人なのにごめんね、と言ったら「あ、大丈夫ですよー、店員につなぎますから」と気持ちのいい返事。競合製品を買うというのに、申し訳ない。
やって来た店員、例によって「ポイントカードはお持ちですか」と聞く。本当は持ってるけど持ってないと答えたら、例によって「お名前を書くだけですから、お作りになってください」と言う。
いや、いらない、と答えると心底信じられないという顔をして「お得ですから、簡単ですから」と言う。いらないってばと言うと、レジを見せて「ポイントで800円もお得ですよ」と、ますます信じられないという顔をする。
あくまでいらないと首を振り続け、これ以上言わせるなという顔をして、商品を受け取って店を出る。あー、めんどくせえ。
ヨドバシでもビックでもヤマダでも、とにかくポイントは鬱陶しい。
池袋で西武デパートの食品売り場に寄る。いわゆるデパ地下だ。
子供に食べさせてやろうと、豆腐ハンバーグを買う。
そしてここでも「ポイントカードはお持ちですか」と来る。当然持っているが手を振って断ると、さすがはデパート「失礼しました」と頭を下げて、二度と聞いてこない。
いや、別に失礼でもなんでもないんだけどな。
駅について電車を降り、コンビニに寄る。ファミリーマートだ。
当然ここでもレジで「Tポイントカードお持ちですか」と聞いてくる。TUTAYAと共同のカードだ。
もちろん持っているが、手を振って断ると、バイトがそれ以上聞いてくることはまずない。
まったくどこでもポイントポイントポイント。ああ、鬱陶しい。
ひねくれ者でへそ曲がりのオレが、そんなものを使うわけがなかろう。
だが、いったんマーケティングの立場に立つと、やっぱ成長期から成熟期にかけては顧客の囲い込みが基本戦略だから会員プランは有効なのです、と口にするのであった。
****
来週の半ば頃にようやくデルの馬鹿野郎からパソコンが届く。
ぼちぼちそれに備えて準備もしておかなくては。そう思って音楽関係のソフトを並べているのに、やっぱりどうしても楽譜を書くソフトが見つからない。河合楽器のソフトだ。
10年ほど使っているソフトで、これが信じられないほど使い勝手が悪く、反応も"バカか、お前は"とののしりたくなるような遅さ。
それなのに、ただ最初に使ったからという理由だけでずっと使い続けているのだった。
いや、それたけじゃないな。新しい楽譜ソフトも当然試したし、購入もしているのだが、どうもお節介すぎるのだ。
この楽器とこの楽器を使いましょうね、譜面は4段ね、と勝手に決めて進めていくのである。ソフトが。
勝手なことするんじゃねえよと毒づくオレは、そんなソフトは見捨てて、やっぱり昔から使い続けているおんぼろソフトを、呪詛の言葉を吐きつつも使い続けていたのであった。
そのソフトが、どうしても見つからない。うーむ、どうしたことだ。
けっこうこれはオレ的には大きな問題なのであった。
やっぱりこれは、もうそろそろそのソフトはやめて、新しいのにしなさいね、というお達しなのであろうか。もうメーカーでも廃盤のソフトだしなあ。
こういうのも廃盤って言うのか?
****
という日記を書いた直後の21時11分、そのデルの馬鹿野郎から「重要なお知らせ」というメールが届いた。
なんだなんだ、何が重要なんだ。カードが決済できなかったか、部品が足りなかったか、納期が遅れるか、出荷停止か。
もうたいていのことでは驚かないぞ、このやろ。メールを開く。
驚いた、本当に出荷停止だった。
腰をぬかしつつ、以下にメールをコピペだ。
「1月31日(月)の米国インテル社からの発表により、1月9日(日)に販売が開始された、インテル第2世代Coreシリーズ(通常Sandy Bridge)CPUに対応したチップセットに技術的な問題があることが判明しました。デルでは上記該当機種について2月2日(水)午後より販売を停止いたしました。」
うひゃー、大爆笑。
するってーとアレかい、1月31日に判明してから今日までの5日間、法人顧客への対応を優先して個人の客は後回しにしたってことかい。それが金曜の夜の9時過ぎにメールして、週末をぼけっと過ごさせて、時間を稼ごうという作戦かい。
「弊社営業担当者より順次ご連絡させていただき、価格・機能に遜色のない代替案をご提示させていただいております」。
要は代わりのデルを買えと。ふーん、どうしようかなあ。
「代替製品にてご納得いただけない場合は、速やかに当該ご注文をキャンセル・返金等の対応をさせていただきます」。
わははははは、そりゃそうだろ。
もちろんまた中国人から電話がかかってくるのを待ってる場合ではない。即座に「直ちにキャンセルの手続きをするように」とメールを送ったのであった。
ネットで注文して、1週間たってからようやく受注の連絡が来て、それから5日たって結局出荷停止の連絡。
んがー。10日以上かけて、要するにパソコンは買えませんでした。
もっとも見方を変えれば、この異常な受注状況は、チップ問題にどう対処するか、インテルとの協議がもめていたことの証かもしれんな。
つまりもっと前からチップの不具合はわかっていて「おう、どうすんだよ(デル)」「いや、そう申されましてもたぶん大丈夫かと(インテル)」「大丈夫ったって、もめたら怒られるのはこっちなんだよっ(デル)」「ははーっ、ならばいったんチップを引き取りまして(インテル)」「んなこと言ったって、もう注文が山のようにたまってんだよっ(デル)」「では、とりあえず売りつけてこの場をしのぎ、あとでこっそり回収に回るというのはどうでしょう。もちろん手前どもも精一杯お手伝いさせていただきたく(インテル)」「ふむ、その場しのぎか。それはアリだな。ふむ、おぬしも悪よのう(デル)」
というようなやりとりがあって、現場が混乱し、それが10日も放ったらかしという状態につながったのではないか、と邪推するオレであった。
聞けばデルはERPを導入していて、全世界の売上と在庫が1時間ごとにリアルタイムで把握できるらしいな。素晴らしいスピード経営だ。
そのスピード感覚がカスタマーにまったく向いていないところが、大笑いなのだが。
というわけで、さすがにこれではオレもデルに見切りをつけざるをえず、無為に過ぎた10日のことは忘れて、別のパソコンを買いに走ろうと思うのだ。ともかくリアルの店舗に行き、目の前の国産パソコンを指さして、これをくれ、持って帰る、という手段を取るしかない。
だが、しかし待てよ、とオレははやる自分の心を抑えにかかる。
あのデルの馬鹿野郎のことだ、中国人の営業が電話かけてきて、オレがキャンセルだと言ってるのに完全にとぼけやがって「代替品を受注シマシタ。早速お届けシます。ありがとうゴザいマシタ。けけけけけ」とごまかす可能性も否定できない。いや、十分にあり得る。
ということで、ともかく営業と話がついて、キャンセルしましたというメールをエビデンスとして受け取るまでは慎重を期した方がいいのではないかと考えた。
まあ、それはそれで、キャンセルさえもデルの馬鹿野郎に翻弄されるのかと悔しくて、やっぱり日本男児として見切り発車でジャマダ電気略してダ電に走ってしまえという気分がないでもなく、時折くちびるをかみしめながら、立春の空を見上げるのであった。夜だけど。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.02.03
取材4、原稿。
某グローバルカンパニーでのインタビュー仕事のため、日本本社へ朝8時半に行く。用賀だ。
警備員のいる受付へ行く。
と、警備員、オレの顔を見て「ああ、面接?」とぬかしやがった。
中途採用の面接を受けに来た失業者だと思ったらしい。んがっ。
オレはそんなに失業者に見えたか。そんなに貧相か。そんなに仕事にあぶれているように見えたのかっ。
あんまり頭に来たので、ふんっ、と言ってやった。
午後は別の某グローバルカンパニーで勝ちどき。午前がメーカーで午後が商社。
それぞれにヘビーなインタビューを計4つもこなして、けっこう疲れてしまった。
実は今日は浅草でジャズを聴こうと思っていたのだが、昨日、子どもたちから「お父さん、明日は節分だよ、お父さんが鬼だから早く帰ってきてよ」と厳命されてしまった。だからジャズはあきらめ、疲れた体でへろへろになりながら帰ってきたのである。
晩飯を食って、リビングの窓を大きく開けて、子どもたちが「鬼はー外ー福はー内−」と叫び、オレがひえーと言いながら窓から外へ逃げ出していった。
節分と書いて、季節を分ける日。
昨日までより少し温んだ夜の空気をわたり、子どもたちの声が畑を越えて、練馬の空に響いた。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
「激流」(上・下)柴田よしき・徳間文庫。目が弱くなって、とほほほ、しかも電車に乗るとすぐ眠くなっちゃって、最近はあまり本も読まなくなったなあ。いかんなあ。だからといってこんな本でごまかしてたらいかんのだがなあ。いや、ごまかしたわけじゃないが。
2011.02.02
原稿。
キベさんから「人ごとじゃないねえ」とメールもらったのをはじめ、いろんな人から応援・励まし・同情等をいただいているデルのパソコン問題であるが、ようやっと納品日が判明した。
なんと「2月9日前後です」ということである。
船便で運びます、と言い訳しているが、ぶっ壊れたのが忘れもしないオレの誕生日、1月26日で、その日の夜にウェブから最上級機種を速攻で発注したというのに、それからちょうど一週間もたってから「生産中でーす」という返事だ。
あげくに納品までさらに一週間かかるのだという。
ついでに付け加えれば、もったいぶって届けられるそのマシンは、5年以内に確実に昇天してしまう運命の出来損ないでもあるのだ。
ううーぬ、なんという仕打ちだ、デルめ。
オレは怒りにわなわなと震えるのであるが、どうせ文句を言っても中国人しか電話には出ないので、はなからあきらめてしまう。そうか、中国人がサポートをやってるのは、そのためだったか。
オレは今さらながらに世界企業デルのグローバル戦略の意図を理解したのだった。
それにしても、昨日ハットリ氏に「デルってサポートがいいってイメージあるじゃん」と言われて、とんでもないこれこれこうでと説明したように、イメージ戦略だけはうまいんだなあ。
そのパワーを、少しでも長持ちする部品の調達に振り分けてくれればいいものを。
****
あれは確か「このブラジル人はどうしてこんなに日本語がうまいんだ」と日本中が不気味なまなざしで帰化したばかりのロペスを見ていた頃だから、フランスワールドカップの予選を闘っていた時か。
当時、頭角を現してきたのが中田英寿。その活躍ぶりに目を留めた韓国が、例によって人のものはオレのもののジャイアン体質そのままに「中田英寿は韓国人である」とぶちあげたのだった。
もちろん中田は日本人だ。
「漢字のルーツは韓国である」とやって中国を怒らせ、「ベッカムは韓国人」とやってイギリス人を呆れさせた韓国だから、欲しいものは全部「韓国固有の文化である」と決めつけるのであった。
その韓国も、さすがに在日であることを堂々と口にしている李のことは言いようがないわけだなあ。
「李はもともと韓国固有の」とやったところで「そうだけど、それがどうした」で終わりだものなあ。
などとくだらないことを書いているオレだが、在日のアスリートが出自を隠さず、本名を堂々と名乗り、その上で「日本を選んだ」と口にする時代である。これはたいへんに素晴らしいことだと思う。
****
デルの馬鹿野郎パソコンが飛んでしまって、メールのバックアップを取っていなかったのは確かにオレが悪いが、それで一番悔やんでいるのが、山口の最後のメールが消えてしまったことである。
「名誉の負傷(笑)」で終わる、けっこう笑えるメールだったのになあ。でも、まさかそれが最後のメールになってしまうとはなあ。
うーん、他のメールはどうでもいいから、このメールだけでも帰ってこないかなあ。おーい、帰ってこいよ〜。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.02.01
取材1、原稿。
お猿の長友、すげえな。
インテルっていうパソコンで有名な会社のサッカーチームに移籍だって。へー。
さすがシェアトップのガリバーチームだ。カネは山ほど持っているらしい。
明治大学出身の営業課長としては、これ以上ない出世ではないか。
ポジションは同じサイドバック。ライバルにペンティアムという選手がいるらしいので、なんとか頑張って欲しいものだ。
などということをぶつぶつ言いながら、夜、魚せいに行く。めんどくせえ。
と、戸を開けたら、見たことのある顔が。
げろっ、主治医。
夕方、定期検査で血圧を測ってくれ、薬も出してくれた、オレの主治医。
「では、節制を心がけて、また来月来てください」と言ってた主治医。
ついでに息子や娘が風邪を引くと診てくれ、息子がケガすると治療してくれる主治医。
その主治医が、魚せいで、なななななな、何してやがる。
「やあ、今日二度目ですねえ」と笑った主治医は、ななななな、何やってんですかっというオレの問いに「食ってます」と胸を張るのだった。
その前で酒をあおるのは、非常にみっともないというか、格好悪い。魚せいのおやじには、ウーロン茶をくれと言い、いつもこのように飲み屋でも健康的にしているというところを見せようとしたのだが、大将が勝手にビールを持って来やがった。
せせせ、先生、これはウーロン茶ですから。ねっ。乾杯しましょう、乾杯。
もっともおかげで大将は、そのつまらない話の相手に主治医をロックオン。例によってべらべらとくつまらない話をするのだった。
何百回聞いたかわからない「原付に乗って一通違反で捕まってしまって石神井警察にばかやろーと言ってやった事件」についても、またとうとうと話し始めて、さすがに主治医が気の毒になり、おらおら、大将、それはいつの話だよ、去年の春だろ、1年も前の話をいつまでもぶつぶつ繰り返すんじゃないよ、と釘をさしてやったのだった。
と自慢するオレも「だからそこでオレは言ってやったわけよ。部長に。がつんと」と、新橋のガード下で自慢げに話すハゲのサラリーマンと変わらないのであった。
しかし、本当にどうでもいいことを、だらだらと書くよな、オレ。
たまには有意義なことでも書くか。
えーと、いいエディターはないですか。テキストエディター。
見た目がきれいで、きちんと文字数計算をしてくれる、エディターはないですか。
物書き専用のエディターがあってもよさそうなのだがなあ。あったら教えてください。教えてくれたら、魚せいでビール一杯。大将の無駄話つき。
なお、主治医は「おあいそしてください」と言ったにもかかわらず「オレのおごりだ、もういっぱい飲めや」と大将にウーロン杯を強要され、泣く泣く飲み続けていた。
そんなことをするから客が逃げていくのになあ。だはははは。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「サッカーマガジン」「日経PCビギナーズ」
2011.01.31
取材1、原稿。
こないだ紅白を見て初詣をしたかと思ったら、もう1月も終わりである。まっこと早かったのう。
パソコンが壊れて、緊急に新しいパソコンを頼んだ。リビングのシャッターが壊れて、修理を頼んだ。洗濯を干すハンガーが買って2ヵ月で壊れた。イヤホンが壊れて新しいのを買った。
どうもこの1月はいろんなものが壊れて、おかげで予定外の出費が続いた月だった。
今年一年、こんなことが続かなければよいのだがのう。
話は変わって、今週がインフルエンザのピークだそうだ。
子どもの小学校でも猛威をふるい始めていて、娘の1年生の3クラス中2クラスが学級閉鎖、息子の3年生の3クラス中2クラスが学級閉鎖。ついでに先生たちもインフルエンザ。
つまり娘と息子のクラスのみ、学級閉鎖にならずにはしゃぎ回っている。だが、こっちまで来るのも時間の問題だろう。
いずれ息子と娘の暮らすも学級閉鎖になる。
まあ、普段から規則正しく生活していて、食事をちゃんと摂っていれば、たとえインフルエンザにかかっても2、3日寝ていれば治るから、今からびびってもしょうがないのだが。
あとは、オレだな。オレが外からもらってこないようにしなくては。
自分では十分に気をつけているつもりだけれど、でも、今日乗った山手線の中では、隣に立っていたオヤジが「ぶわっくしょーん」とでかいくしゃみをぶちかましていた。
手で口を押さえるでもなく、平気な顔をしているそのオヤジに、車内中の非難の視線が飛んだのだが、オヤジは知らん顔なのであった。ったくしょうがねーなー。
などと言いつつ、品川港南口で仕事。
以前、カンテレの集会で足を運んだマンションの近くだった。今思い返しても、あの集会がいったい何だったのか、よくわからない。
品川港南口は、海からやって来た冷たい風が運河を吹き抜ける、荒涼としたビル街である。それでも日ざしにはどことなく春の気配。
2月になれば多少は寒さもゆるむという予報で、新潟の雪も少しはおさまってほしいものだと、空を見上げた。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「国家の命運」藪中三十二・新潮新書。読もうと思っていた文庫本の下巻が見当たらず、口惜しい思いをしながら電車の中で読むために購入。外交官が何を考えてどんな交渉をしているのかが、よくわかったような、わからないような。
2011.01.30
原稿。
「にほんのうた」第一集〜四集。
不勉強にして知らなかったのだが、このようなCDが出ていたとはびっくりした。amazonで発見。
日本の童謡・唱歌から名作を選び、それを春夏秋冬の四枚に分けてリリースするという、企画自体はベタなシリーズなのだが、ところがどっこい、参加メンバーを見て仰天だ。
例えば「赤とんぼ」は、三波春男とコーネリアスだ。「旅愁」は久保田早紀(秋編)。
「あめふりくまのこ」は原田知世、「みかんの花咲く丘」は太田裕美、「黄金虫」は遠藤賢治(夏編)。
「桜」はショーン・レノン(ジョン・レノンの息子だ!)、「春の小川」はムッシュかまやつ(春編)。
「村の鍛冶屋」は細野春臣、「冬景色」は元はじめ(冬編)。
これだけでも聴いてみたいと思うではないか。
しかも、そのアレンジがむちゃくちゃというか、斬新というか。こりゃねーだろうと思わず頭を抱えたぶっ飛びアレンジもあれば(「やぎさんゆうびん」)、とてつもなく美しいアレンジもある(「この道」)。
どれを頼もうかなあと思いつつ、迷いながら、結局全部聴きたいとまとめてアマゾンに注文。毎日、いろんな曲を聴いている。
特に気に入ったのは「花のまち」(小川 美潮)のアカペラ。この美しい名曲を、美しく歌い上げていて、この一曲を聴いたことがシリーズ全部の購入を決めたことにつながった。
あと、八代亜紀の「証城寺の狸囃」が、絶品。むちゃくちゃ楽しいスウィングのアレンジに乗せて、八代亜紀が感動的なボーカルを聴かせてくれる。いやあ、これは素晴らしい。
八代亜紀が「しょっ、しょっ、しょじょじっ」と歌い出したときの驚きと感動は、筆舌に尽くしがたい。この一曲だけでもぜひに、とすすめたくなる。
どのCDのどの曲も、エイベックスのサイトで試聴可。せめて「花のまち」「証城寺の狸囃」だけでも聴いてみてくださいまし。
それにしてもこんなCDが出ているとは知らなかったなあ。本当に欲しいCDはダウンロードじゃなくて、ちゃんとパッケージで買うのだ、オレも。
******
童謡と唱歌が、実は大好きである。
学生時代に入っていたのが童謡研究会。創作童謡を中心とした活動をしていたのだが、3年生ぐらいになった頃からオレは個人的に童謡の研究を始めたのだった。
始めたといってもたいしたことはなくて、神保町の古書店で童謡の専門書を見つけてきては読み、ノートにまとめるといった程度であるが。
そんなわけで、唱歌は官製で童謡は民間。それまでの唱歌をメインストリームとすれば、それら抗うように大正八年に生まれたのが童謡で、その第一号は「赤い鳥」、というぐらいの知識は今でも残っている。
あの当時、つまり昭和の50年代は、唱歌はダメで童謡は素晴らしいという論調が一般的だったけれど、でも、メロディーの美しさは明らかに唱歌が上だった。
今ではどちらが上などという考え自体がナンセンスになっていて、童謡も唱歌も、どちらも素晴らしい音楽遺産として認められている。
実際、日本ぐらいじゃないのかなあ、小さい子どものために音楽家達が手抜きせずに真剣に音楽をつくってきたのって。アニメも含めて。
個人的にも、記憶に残っている一番古い歌が、もう亡くなった祖母が「はーるよ、こい、はーやくこい」と歌ってくれた「春よ来い」だ。歌っていたときのシーンまで記憶に残っていて、まさにこの歌の通り、雪深い新潟の実家でこたつに当たりながら聴いたのだった。
童謡のCDで一番好きなのは、神崎ゆうこの「きゅん」「ふわり」という2枚である。美人歌手の神崎さんのサイン付。ちょっと自慢。
「にほんのうた」4作は、中には"なんじゃこりゃ"というトラックもあるけど、今のところ神崎CDに並ぶぐらいよいと思っている。
楽しいなあ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「スポーツニッポン」
2011.01.29
取材1。
サポートに電話すれば15分も待たされ、そのあげく中国人サポートに「電源が原因カモしれないので、ケーブルをツナイデみてください」程度のサポートしかもらえず、メールで有償修理を依頼したのに(しかも二度も!)、その返信すら来ないという状況にあきれ果て、オレはデルを見放して別の修理屋に頼もうと思った。今朝の話。
ネットでちらっと検索したら、あるある、修理屋がいっぱいあるある。
その中でまともそうだった日本PCサービスという会社に電話したら、今日すぐに見に来るという返事だった。このスピード感はなかなかによろしい。
夕方、きちんとネクタイを締めたエンジニアがやってくる。
パソコン修理屋となるとオタクあがりの汗臭くて胡散臭くてデブで髪の長いやつが来るというイメージがあるが、そういう印象とはまったく逆にしているらしい。女性の一人暮らしの部屋へサポートに行くこともあるわけだし。
やってきたエンジニア、てきぱきしていて好感が持てる。
この日本PCサービスという会社は、なかなかおすすめかもしれない。料金体系も明確だし、なによりもこのように即日対応のスピードだ。全国に拠点があって、車で速攻駆けつける。
オレは動かなくなったデルのマシンを示し、どうも電源がイッちゃったみたいなんだよね〜と説明する。修理屋のエンジニア「なるほどー」と言いながら調査を開始だ。
5分ほどもして、エンジニアが「ここ見てください」とオレを呼ぶ。
「マザーボードに載ってるこのコンデンサーが破裂してますね」とエンジニア。
なんと! まったく予想外の答え。マザーボードの、しかもコンデンサーが破裂しているとは!
そりゃ動かないわけだ。というより、オレみたいな素人が対応できるわけがないのも道理だ。
コンデンサーが壊れたらコンデンサーだけ取り替えればいいというわけにいかず、マザーボードそのものの交換になるらしい。しかも、マザーボードはデルでなれば対応できず、従ってバカ高くて「5、6万はするでしょう」とのことであった。
んが。
もう新しいパソコンを手配しちゃったし、そういうことならこのパソコンはご臨終ということで。
そうエンジニアに告げる。
しかし、コンデンサーが破裂するなんて、そんなことがあるのだろうか。「デルの場合、割とありますねー、だいたい5年くらいだとありますねー」との説明だ。なんだ、ダメじゃん、デル。
まあ、ともかくハードディスクは生きているみたいなので、ハードディスクとメモリを外してもらって、残りは処分を依頼する。もちろん別途料金が必要だが、ちゃんと処分までやってくれるから楽ちんだ。
このハードディスク、まだ使えるよね、と言ったら「でも、おすすめしませんよー、ウェスタン××の製品ですからねー。ハードディスクは日立に限りますね」とエンジニア。なんだよ、ますますダメじゃん、デル。
黙々と作業するエンジニアに、つい取材する。職業病か。
ヤクザの事務所に呼ばれたりするの?
「あー、一度だけありましたよ。インテリヤクザみたいな人で、けっこう優しくて、ハードディスクが壊れたから交換してくれ、とあっさりしたものでした。でも、仲間はヤクザに呼ばれて行ったら"窓から放り投げたパソコンを修理しろ"って言われたそうです。よっぽどぶち切れてパソコンを投げたんでしょうねえ」。
わはははは、大笑いだ。ほかにも変な客っているでしょ。
「そうですねー、これも仲間の話ですけど、頼まれて修理していたら、いつの間にかお客さんが全裸になって隣に座ってたらしいですよ」
ひゃー、怖いねー。
「あと、シャツを脱げ、ズボンを脱げって言われて、怒って帰ってきたやつもいますよ」
それにしてもデルのパソコンはダメだね−。
「サポートが中国になってすごく悪くなりましたし、価格が安い分、部品は悪いですね。よく壊れますよ。エイサーなんかもひどいですが」。
とほほほ、そのよく壊れるパソコンをまた発注してしまったじゃないか。オレは悲しい。
「最近レノボとNECが一緒なるって発表したじゃないですか。サポートはNECがやるそうだから、あそこのパソコンはけっこういいと思いますよ。高いですけど」
要は食料品と同じで、パソコンも国産に限るというやつか。とほほほ。今日何度目かわからない、とほほほ。
「それからちょっと気になったんですけど、お客さん、ソースネクストのウィルスZEROを使ってるでしょ。更新料のいらないやつ。このセキュリティソフトのせいで起動しなくなったという報告が最近になって急増しています。しかもウィンドウズXP限定で。だから、削除した方がいいですよ」。
げっ、このサブマシンまで起動しなくなったらもうお手上げではないか。慌てて削除するオレであった。では、代わりに何を入れたらよろしいんでございますか。
「えーと、トレンドマイクロのウィルスバスターか、ウェブルートのウィルススイーパーが今のおすすめですね。あとはカスペルスキーか」
マカフィーは?
「評判悪いですね」
だはははは。
そんな話をしているうちに作業は終了。エンジニアはぶっ壊れたデルのパソコンを抱えて帰って行った。
支払いはカード。高い。宅録用のちょっとしたマイクが買えるぐらい。
そんな高いカネを払って、結局はやっぱり壊れていたということがわかって、手元に残ったのはハードディスクとメモリだけ。
なんとも不条理な話であった。デルにはやられた。
しかし、嘆いても戻らないわけで、オレは間もなくやってくるデルの凶悪パソコンとこれから再び闘うことになる。いや、闘うのでなくて、仲良くしなければ。
今度もせめて5年はもってほしいものである。
***
パソコンとの闘いに疲れ果てたオレは、けっ、やってらんねえぜと、魚せいに行った。
土曜日なのにガラガラ。
大将が一人で「けっ」とかいいながら焼酎を飲んでやがる。ああ、鬱陶しい。
大将の無駄話につきあいながら日本酒を二杯。とっとと引き上げる。まったくかなわん。
そして風呂に入って速攻寝たのであった。
と、寝たと思った1時間後、枕元で目覚まし時計がけたたましい音を立てて、息子が飛び起きる。
そうである、今日は0時からアジアカップの決勝戦なのだった。
しらねーよ、決勝戦なんて、ふんがー。
そう言って布団をかぶるオレを、息子は強引に起こしてテレビの前に連れて行ったのだった。
テレビの前でも当然オレは寝る。息子はそんなオレに「わっ」「あぶないっ」「ファールだっ」と解説にもならない解説をする。だが、オレはふんがー状態。前半はまったく見なかった。
そして後半戦、ようやく目を覚ましたオレは、ちゃんと応援を始めた。
強いねえ、オーストラリア。しかし、日本も香川が痛い。香川だったらここは決めただろうというシーンが続く。
今日は川島も2点は救ったので、ちゃんと働いたと認めよう。だがしかしっ、なんでこいつのゴールキックは易々とラインを割るのであるか。これでピンチになったことも再三。
シュートを止めれば自分の手柄のような顔をして仲間に叱咤激励するくせに、こういう状態では仲間のメンタリティに悪影響を及ぼすだろう。川島は心を入れ替えなければならない。
かつて川口がイングランドでいじめられて、人が変わったように成長したが、川島も同じ道を歩まなくてはならぬのだ。
延長の李のゴールは素晴らしかったですなあ。
またしてもザッケローニ、交替選手が点を取ったわけで、これぞ神がかり。ザックマジックだ。しかも今まで一度も負けてなくて、早くも代表史上最高の監督に決定だ。
在日の李は、周囲の反対を押して日本に帰化し、憧れの代表に入って夢をかなえた。そして日本サッカー史上に残る決勝点を、決めてみせた。
在日の連中も、民主党も、選挙権が欲しいなら李を見習うべきだな。
李は、相手のディフェンスと押したり引いたりを繰り返して、なんとか姿を消そうとしていた。そして、絶好のタイミングで姿を消し、その動きを読んでいた長友がどんぴしゃりだったわけだ。
よくぞあれをボレーで決めた。
かつての日本のフォワードなら絶対にトラップして持ち替えていただろうし、ボレーしても宇宙まで飛ばして終わりだったろう。フォワード陣にだんだんタレントがそろってきた感じがする。
MVPは本田だそうだが、遠藤も長友もMVPだろう。今日の李の決勝も長友だし。
明治大学経済学部卒の営業課長、長友。
前線で疲れを知らずに走り回る、最高の兵隊だ。明治の人間は(営業としてなら)使える、と企業の人事で人気が高いのも長友を見ているとよくわかる。
遠藤もさすがで、ここぞという時にゲームを動かす試合カン、なぜか遠藤がボールを持つと落ち着くという大局観は素晴らしい。このチームは遠藤のチームというのは、まさしくそう思う。
オレも、たぶん見えないところで遠藤が走り回っているんだろうなあと思うと安心して見ていられる。
ただ、ちょっと衰えたか。最近は少し動きが重そうなのが気がかりだが。
問題は、やっぱり川島とディフェンスだなあ。
中澤と闘莉王は、ケガが治ったら代表に復帰できるのだろうか。あの二人がいないと、やっぱり守りはしんどいなあ。アジアでようやっとなのだから、世界となるとちょっと厳しい。
李が真っ赤な顔で夜空に吼える姿を見て、オレと息子も絶叫し、そして、よしっ寝ようと布団に入った。
ヨメが「二人の絶叫で寝られなかった」と泣いていた。やがて寝入った息子は、明け方「りー!りー!」と寝言で叫んでいた。アジアカップ、いいシリーズだったな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.01.28
取材1,原稿。
オーディオテクニカのイヤホンが、また壊れたという話は先日書いた。
いいメーカーで、いい製品をつくるのだが、とにかくきゃしゃ。すぐに壊れるのが難点である。
以前買った1万円のイヤホンは断線してしまい、今度の2000円のはイヤーパッドっていうのか、耳に付けるところが壊れてしまった。
惜しいなあ、このもろさ。
パイオニアの600円のがけっこういいという話だったので、どれどれと買ってみる。600円なら、外れても、まあ、許せるし。
ところがこの600円が、600円とは思えないほどの音で、へーっ、さすがパイオニア、と感心。立派なものだ。
と思いつつも、やっぱり満足できなくて、何か新しいイヤホンを試したいなあと、有楽町のビックカメラに立ち寄った。
最近の量販店のイヤホン売り場は、とにかくオーディオテクニカ一色。すさまじい販促攻撃だ。どうやらシェア1位らしいじゃないのさ。
そのオーディオテクニカの中位機種にも手が伸びるが、たまには違ったメーカーもいいなあと、きょろきょろする。
と、ひっそりとぶら下がっている青いパッケージが目に入る。どれどれ。
ファイナルオーディオデザイン事務所株式会社っていう会社のピアノフォルテUという製品だ。へー、聞いたこともないし、見たこともないぞ。
こういう製品は大好きである。
値段はと見れば、3280円。手頃だ。
早速買ってウォークマンにつないで、聴いてみた。
ちょっと音がこもっている感じ。オーディオテクニカのようにクリアーではない。
けれど、音場の広がりがけっこうしっかりしていて、心地よい。高音・低音とも突出してなく、優しい感じだ。迫力には欠けるが疲れない音楽というか。
音がこもっているところは、エージングによってなんとかなりそうな気がするがどうだろう。エージングそのものに意味があるかないか、という話ではあるが。
ともかく基本的にはけっこう気に入って、こりゃいいや、としばらく愛用することにする。
家に帰ってネットで調べたら、このファイナルオーディオデザイン事務所株式会社って、なんと20万円のイヤホンを開発したことで有名らしい。
なんなんだよ、20万円のイヤホンて。オレの新しいパソコンよりはるかに高いじゃないか。
どんな音がするのか、想像も付かないが、その20万円のイヤホンで培ったテクノロジーを応用して普及態の価格の製品開発したということらしい。
20万円から3280円て、なんちゅー落差じゃ(笑)。
デザインもいいし、青い色もよろしい。イヤホン収納ポーチみたいな、余計なものがついてこないのもよろしい。
ジャケット買いみたいなものだったが、大当たりだったなあと、オレ的には満足なのであった。
でも、amazonでちょっと見てみてたら、なんと2800円ぐらいで売ってた。うーん、ちょっと悔しい。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」
「Friday」
2011.01.27
取材2,原稿。
で、そのパソコンが昇天してしまった件であるが、実はその日はちょうどタイミングが悪く、ブンノ君が丹後湯でレコーディングする予定だったのである。
ブンノ君の、あのメローなボーカルを直接聴ける1年に一度のチャンス。オレもたいへんに楽しみであったのだが、わざわざ石神井公園の駅まで来てくれたブンノ君に頭を下げて、また別の機会に、とお願いしたのだった。
とっても残念である。
ともかく原稿仕事は古いパソコンでなんとかできるようにはしたが、音楽関係は完全にお手上げなのだった。
ちょっと困ったのが、メールのデータである。
メールはバックアップを取っていなかったので、サーバに残っていたここ数日分より古いデータは完全にアウト。えーと、かいんどの木村君に請求の相談をしなくちゃ、と思ってメールを出そうとしても、アドレスがわかんないのであった。
それならそれで電話すればいいわけだが、すんませんパソコンが飛んでしまいまして、ついでにそちらさまのメールも飛んでしまいまして、ついてはたいへん恐縮ではありますがちょっとアドレスを教えていただけますでしょうか、などと言うのがちょっとおっくうで、まあいいや、請求は来月でも、と後延ばしである。
そんなわけなので、この日記を見てくださっている皆さん、私にメールをください。アドレスに登録しますので。
ついでに、かいんどの木村君のアドレスも、誰か教えてください。
さて、ともかく大慌てで新しいパソコンをデルに通販したわけだが、このパソコンがすごいぞ。
ハードディスクは1テラ、メモリーは12ギガだ。モニターは24インチ。
テラなんて単位のハードディスクはいらないのだが、標準がそうなんだから仕方がない。
メモリは、音楽仕事をしているとメモリが多いに越したことはないと実感するので、精一杯積むことにした。
CPUは3・6ギガ。だったかな? そんなでモニター24インチは、なんとこのサイズで2万円である。ちょっと驚いた。
これだけのスペックで、さらにオフィスを積んで、18万円なのだから、すごい安さだ。
昔なんて21インチのモニタで20万円だったからなあ。
そのさらに昔になると、メモリ1メガ1(ギガではない)が1万円だったからなあ。
すると、12ギガのメモリというのは、当時で言うなら1億2000万円になるというわけか。ひえー。
この最新型のパソコンを注文する傍ら、デルのサポートにも電話した。保証期間はとっくに過ぎているが、有償でも修理してくれるらしいのだ。
サポート、つながらない。
「混み合っていますので、しばらくお待ちください」「あと5分ほどでおつなぎします」と延々と待たされ、常に「あと5分ほどで」と繰り返され、ようやく15分ほどたってからサポートセンターにつながったのだった。
電話の相手は「ロとモウします。よろしくオ願いしマス」と答える。んが。台湾のサポートセンターにつながったのかよ。
アメリカで電話したら、インドのサポートセンターにつながる時代である。日本で電話したら、台湾のサポートセンターにつながってもおかしくない。
そうであってこそ24時間サービスも可能なのだが。
このロさんに説明したら、「お客サマの製品は、担当がチガうでございまして、別の電話におつなぎモウシます」とたらい回し。
再び「あと5分ほどで」と待たされ、今度は本当に5分で相手が出た。女の声で「サイとモウシます」と言う。また台湾かよ〜。
パソコンの製造番号を伝えると「お客さま、ドチラで買われましたカ?」と聞くので、新宿のビックカメラですが、と答える。
台湾人にわかるのか、ビックカメラ。
ほら、西口の小田急ハルクの中の、付け加えようと思ったが、台湾に小田急ハルクがあってもややこしいからやめた。
買った相手も中国人、サポートは台湾人。まっことグローバルよのう。
この台湾の姉ちゃんに症状を伝えたら「あー、それは電源が原因カモしれませんデスね。中を開けてケーブルをサシなおしてみてください」と教えてくれる。
要は自分で直せというわけだ。
ははあ、そうですか、それならやってみましょうか。
どうも後で調べたら、デルのパソコンは電源回りの不具合が多いので有名だったらしい。サイさんが即答だったのも、きちんとマニュアルに電源不具合の対応がまとめられていたからであろう。
言いくるめられたオレは素直に電話を切り、パソコンのフタをあけてよっこらしょと電源を見る。
わからない。
それでもカンで適当にケーブルをつなぎ直す。
電源オン。でも起ち上がらない。
やっぱりこれはデルに見てもらうしかないな。有償。3万円ぐらいらしい。
そこで今度は「あと5分ほど」を繰り返されてもたまらないので、メールで引き取り・修理を依頼したのだった。
そして、その返事が36時間を過ぎても届いていない。さて、どうしたものだろう。
いろいろと面倒くさいのだった、パソコンが壊れると。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
2011.01.26
取材1,原稿。
「昨日のサッカー、面白かったですねー」と、三重に住むシンガーソングライターの、こういちくんからメールが来る。ちなみに新婚である。
「日記を楽しみにしています」とあったので、では、歴史に残る日韓戦を書こうかと準備した。
実はオレは、延長戦が終わってPK戦に入るところで寝てしまった。わはははは。
PK戦にはあんまり興味ないものでねえ。
PKといえば、韓国のも日本のも、どっちもPKじゃなかったですね。徹底的におかしな審判だった。
それにしても本田のPKが弾かれた瞬間に、まさに電光石火とはああいうことをいうのだろう、鬼のようなスピードで(鬼って速いのか?)飛び込んできた細貝は、感動的であった。最高のプレーであった。
なにしろ香川をを引っ込めて、えーっ、このタイミングでかよ〜と誰もが思った中で投入したのが細貝。その細貝が点を取るのだから、神がかりは川島ではなくて、ザッケローニである。
なんだかんだ言って、勝負の結果を遺しながら結果的に若手の育成もできているんだから、すごいものだ。マジで賞賛である。
ザッケローニって、どういうポジションかと人に聞かれれば、日本の野球で言えば山本浩二が台湾の野球監督になったようなものと説明していたが、とんでもない勘違いだったなあ。
なんでもアラブの連中がザッケローニに目を付け始めて、オイルマネーで引き抜こうと画策しているらしいから、困ったものである。
困ったと言えば、やっぱり川島。
下手くそで、自分のミスで何点入れられれば気が済むと思っているのか。それなのに目をつり上げて仲間を叱咤する姿は、どうしたことか。
あれは、仲間のモチベーションを著しく下げるなあ。
早くクビにして楢崎を呼ばないかなあ。
そんなことを思っていた罰が当たったのだろう、なんと、今日の夕方になってパソコンが昇天してしまった。驚愕。
今は昔のパソコンを引っ張り出してきて、どうにか日記を書いているのだが、どうも完全に昇天したようで、困ったものだ。
幸い、昨日までのデータはバックアップを取っていたから最悪の被害だけは逃れたが、アプリケーションの設定関係がどうなるのか、考えただけでも頭が痛い。
ともかくすぐさま新しいパソコンが必要なので、デルの通販に注文したが、そて、いつ届くのやら。
そうそう、デルのサポートに電話したらいろいろ面白かったのだけど、そのネタはまた後日。
というわけで、今日は53歳のオレの誕生日。子ども達がプレゼントをくれて、手作りのケーキも用意してくれて、そしてオレはパソコンが昇天して涙に暮れるという、日本が勝ってめでたいのによくわけのわからない一日だった。
こういう日は酒を飲んで寝るに限る。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.01.25
編曲。
真冬の寒風吹きすさぶ中、学校から帰ってきた息子が手にしていたのは、たくあん1本丸ごと。
客先と明日の取材について段取りなどを電話で打ち合わせしていたその最中に、息子に自慢げにそのたくあんを見せつけられたオレの脱力ぶりを、想像して欲しいものだ。
電話を終えて聞いたら、自分たちで収穫した練馬大根を、自分たちでぬか漬けにしたものだという。まったくなんという田舎の小学校だ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.01.24
編曲。
地デジ対策で問題なのが、カーナビだな。
今日、車の点検ついでにディーラーにあったパンフを見たら、チューナーを取り付ければ今のカーナビでもテレビが続けてみられます、とあった。
それがばっか高くて、6万円からだ。あほらし。
今どき、それだけ出せば立派なテレビが買えるではないか。
とは言え、そんなテレビを車の中に持ち込むのはヘンである。
よって、テレビが映らなくなっても放っておいて、ナビはナビに専念させることに決定した。
同じ問題が、風呂のテレビである。
我が家の風呂にはテレビが付いていて、引っ越してきたときは、わーいわーいと喜んだものだった。
しかし、地デジとなると、邪魔なばかり。
こっちもリンナイのホームページで調べたら、工事して交換するように書いてある。
値段はわからないが、素人でできる工事ではないし、どう考えても全部で10万近くは取られるだろう。ふんだくられるであろう。ぼったくられるであろう。
よって、結論。こっちも映らなくなってもそのまま放っておくことに決めた。
こうして無駄なオブジェばかりがどんどん増えていくのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「AERA」「週刊ダイヤモンド」アエラは例によって徹底的につまらなく、これでは10分ももたないという予感をして買ったのが、フェイスブック大特集のダイヤモンド。フェイスブックは、だいぶ以前にアカウントだけ取って、時々遊んでいた。それでも、中学以来の同級生(生徒会長だった阿久津だ)と再会したり、かつてのクライアントの担当者(1月26日クラブの福浦さんだ)と連絡が取れたりと、その威力にはびっくりしていた。ぼちぼち日本でもブレークとのことで、ダイヤモンドでも見て、もう一度基礎から勉強するべと思った次第。そしてフェースブックをのぞいたら、突然に「クワハラさんは友だちじゃないですか」という報せがあって、見たらくわもの野郎でやんの。わはははは。早速「お友達になりましょう」メールを送ったら、くわもの野郎、びっくりしてやんの。「ダイヤモンドを見てうろうろしているところでした」という返事が来たので、だはははははと笑ってやったが、考えてみればオレも同じ状態なのであった。笑ってごめんよ、くわも。
2011.01.23
原稿、編曲。
特に仕事の予定のない日曜日。
実際は、1時間ほど、短い原稿を書き、編曲仕事をしたのだが、基本的には休日、ということで。
娘に、車に乗って東京スカイツリーを観に行くか、それとも公園で自転車に乗るか、どっちがいい? と聞いたら「自転車にのりたい」というので、やれやれ、遠出せずに助かったわいと一安心。
もっとも、息子と娘の自転車に空気を入れ、車のイスを移動して自転車を積むスペースを作るのは一仕事。冷たい北風の中、震えながら自転車を積んだ。
出かけた先は、樹林公園。子どもたちのお気に入りだ。
ジョギングの姉さんやウォーキングのおばちゃんやら、いろんな人たちが訪れている。
息子はもう目を離しても大丈夫だから、公園から外を出るんじゃないぞとだけ言い置いて、あとは好きにさせる。娘は自転車をこぎ出し、ヨメがそれを追いかける。
だもんでオレは一人、ウォークマンを聴きながら存分に音楽を堪能し、散歩する。気持ちいいなあ。
GAROの「美しすぎて」を聴き、おお、なんと美しいのだ、と感動する。アメリカの「名前のない馬」を聴き、これぞまさに神、と一人でうなる。
KARAの「ミスター」を聴きながら一人でケツを振っていたら、ヨメに「やめてください」と怒られた。ヨメが正しい。
こうして2時間ほどを公園で過ごし、これまた娘のリクエストで、中華料理とインド料理が並んで出てくる光が丘名物の不思議レストランでランチ。
このレストランは、とにかく量が多くて、半チャーハンを頼むときっちり一人前が出てきて、普通盛りが二人分。恐ろしくて、大盛りなど頼んだことがない。
今日も普通の定食を頼んだのだが、少なめにして、と言い添えるのを忘れたため、ライスが山盛り。
見た瞬間に天井を仰ぎ、覚悟を決めたのだった。
当然のことながら晩飯はなし。それでも腹が減らないという、恐怖のレストランなのだった。
家に帰って音楽を聴きながら原稿を書き、続いて編曲仕事に移る。
あの曲もやりたい、この曲もやりたいと、仕事の編曲の合間に趣味の編曲のアイデアも浮かぶのであった。
昨日、ドバシくんの送ってくれたCDを聴いたのが、やっぱりけっこうな刺激になっていて、頑張らねばなあ、と思うのであった。
夕方、春に出る学研の雑誌の見本誌が届く。ページをめくったら、オレが顔写真付きで紹介されている。
うむむむ、オレってこんなに眉が下がっているのか? 愕然とする。
なんとも締まりのない情けない顔で、オレは眉と一緒に肩も落とすのであった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「空の鏡」松たか子。125円。ブックオフでCD半額セール。普段でも250円のCDが125円(笑)。もちろんアルバム。「明日、春が来たら」を聴こうと思って、考えてみたらネットで一曲ダウンロードするよりアルバムを買っちゃった方が安いのであった。大笑い。聴いて、あれれれ、こんなに下手だったっけとびっくり。きっとテレビで視ていると、美人だからうっとりしちゃって歌なんかろくに聴いていなかったのだろうな。これは大発見である。
「テレビジョンズ・ワークショップ」ピチカートファイブ。250円。「東京は夜の七時」にはいくつかのバージョンがあるが、このウガウガルーゴ2号バージョンが一番好きである。ところが数年前に、赤ん坊だった娘にCDを割られてしまい、大ショック。しかも廃盤でもう入手できないと諦めていたのだった。それがブックオフで、しかも250円なのだから、こたえられませんぜ、旦那。
「スクリーンクラシックス」250円。映画音楽集。ずーっとパーシーフェイス「夏の日の恋」が聴きたいと探しているのにまだ見つからず。でも、これには「ムーンリバー」や「白い恋人達」とかが入っているのだ。映画音楽なんだから仕事のBGMに聴くのだ。しまった、「ロッキー」が入ってない。
「ベスト!モーニング娘。1」モーニング娘。125円。モーニング娘。では「ハッピーサマーウェディング」が一番好きかなあ。初期モー娘。のベスト盤。125円て(笑)。
「Signs of Trust」稲垣潤一。250円。稲垣潤一はわりと好きなボーカリストである。声がいいよねえ。倍音たっぷり。これは「雪の降る町を」が収録されているので、どんなアレンジにどんな歌唱かと思って聴いてみた。がっかりして、途中で止めた。それでも250円なら、まあ、怒らずに済むからいいか。ひどい言い方だな、オレって。
「Together」プッチモニ。250円。こっちでは「ちょこっとLOVE」「 恋をしちゃいました」が名曲だと思う。なかなかご機嫌である。ただ、調子に乗ってクルマの中で大音量で聴いていると、すっかり外に漏れてしまい"このおっさん、今どき、プッチモニかよ〜"と指を差されるのであった。
2011.01.22
玉城ちはる「ここにいること。」。2月23日リリース予定のプロモーションディスクが、ドバシくんから送られてきた。いつもありがとうね、ドバシくん。
早速ウォークマンにぶちこんで、子どもと出かけた豊島園のスケートリンクで聴く。
氷の上を滑るイスに座り、息子にそのイスを押させながら聴く音楽は最高だ。
タイトル曲「ここにいること」は、玉城ちはるの育った広島を舞台に、自分の歩んできた道を振り返る壮大なバラードだ。ストリングスのアレンジが絶品。美しすぎるストリングスだ。
そのストリングスに乗せて、ボーカルがゆったりと水面に漂うように流れてくる。様々な感情を超えたところにある感謝の思いを素直に伝えてくれるボーカルだ。
このタイトル曲は必聴である。
その他の曲はアコースティックなアレンジが基調となっている。最後の「you-me」をはじめ、アコースティックギターが非常に美しく、イキイキと録れているのにびっくり。どうすればこんな美しく録れるのか、録音チームのプロの仕事に脱帽だ。
ちなみに「you-me」にはドバシくんのコーラスも入っているらしい。
こういうCDを聴くと、余計な楽器を排し、極力少ない音に絞り、そしてその音に徹底的に磨きをかけることこそ、大切であると教えられる。
比べること自体失礼だが、オレの、いっぱい楽器を使ってごまかしているアレンジには反省だ。
もっと勉強しなくちゃなあ。
いい仕事に敬服です。ドバシくん。ありがとう。
**
夜は、先日も丹後湯でレコーディングしてくれた歌姫えりずーさんが、キーボードとして参加しているバンドのライブがあったので、錦糸町のライブハウスまで観に行った。
開演は7時。
だが、昼に中山親分から電話があり「焼き鳥屋で一杯ひっかけてから行くので、早い時間に来るように」という集合がかかる。ひゃー。
だもんで、5時過ぎに錦糸町着。
最近、ウォークマンに使っているオーディオ・テクニカのイヤホンがへたってきたので、買い換えようかと、ビッグカメラのオーディオコーナーをのぞきながら親分を持つ。
オーディオテクニカのイヤホンは、とてもいい音がして、品質も素晴らしくて、コストパフォーマンスもとてもよろしいのだけれど、ただ一つ難点が、壊れやすいことだ。
前に買ったのはすぐに断線したし、今度のは半年でゴムのパッキンが取れた。
どうせ買うなら別メーカーも試そうかと思いつつ、まあ、いいやとやめる。ビッグカメラで買い物するのもけっこう鬱陶しいしなあ。
錦糸町南口で親分と合流。怪しい路地裏の焼き鳥屋に入る。5時半。
この焼き鳥屋が、実はとっても美味でびっくり。焼き鳥をむしゃむしゃ食いながら、日本酒も二合。
ライブなんかもうどうでもいいから、もっと飲んでもっと食いたいなあと、えりずー姉さんにはとても聞かせられないような言葉を吐く。
途中で合流しただてぽんも、そうだそうだとうなずく。
7時前、親分、だてポン、オレの三人でライブハウスに向かう。途中、親分の提案で花束を買う。1050円。
ちゃっちゃいライブハウスで、30人も入ればいっぱいか。
最初に出たバンドは、ロケンロールだ。キャロルだ。
「ファンキーモンキーベイビー」は、オレ的にはフャンモンではなくて、キャロルの「きっみわっ、ファンキンモキンベッベー」なのであった。
中三の頃、この高いポジションのEで始まるリードギターをよく練習したものだった。「ルイジアナ」は好きではなかったが「ファンキーモンキーベイビー」はけっこう好きだった。
でも、あの頃はリーゼントに革ジャンなんて、新潟の田舎にしたらとんでもない不良だったので、しかもエレキギターを持ってなかったので、学生服にアコギでキャロルをやっていたのだった。
そんな思い出話はともかく、このロケンロールのバンド、なかなか元気がよかったなあ。ベースのおじさんが、すんません、近所に住んでて急に呼ばれて来ちゃいました、という感じのおっさんだったのがおかしかった。
音は、もう一工夫。
二番の登場が、お待ちかね、えりずーバンドである。名前はフラワー。花。
このバンドの特徴ははっきりしていて、70年代女性アイドルのコピーなのである。アグネス・チャン、天地真理、岡田奈々、松本ちえ子、浅田美代子。
天地真理ファンだった親分は、ステージが始まる前から「恋する夏の日」を歌って踊り狂い、アグネスファンだったオレは「える・おー・ぶい・いー、アグネスっ」と叫ぶのであった。
そんな中、あくまでクールに、しかし心中では熱く燃え上がっていたのが、70年代アイドルオタクのだてポンである。
とにかくすごいぞ、だてポンのウォークマンは。有名どころはもちろんのこと、栗田ひろみとか、超マイナーな70年代アイドルの曲がずらりとコレクションされていて、こんなのいつも聴いているのかとびっくりしながら聞き返すと、「聴きたくなりますから」と、だてポンはにやりと笑うのだ。悪文。
ステージは40分。えりずーはキーボードで、ボーカルのクミちゃんが、アイドルの振付を入れながら70年代のディープな曲を次々と歌いこなす。
盛り上がりましたなあ、「私の彼は左きき」。麻丘めぐみだ。
あの頃は「私の彼は左巻き〜」と歌いながらアホな友だちをからかったりしていたものだった。
名曲です。筒美京平。
もちろんオレと親分とだてポンは、「小さく投げキッス〜」に「ふっふー」とコーラスを入れつつ、左手を返しながら踊るのだった。
ああ、楽しかった。できれば今度は太田裕美をやってほしいなあ。
すっかり感化されたオレたちは、70年代男アイドルのバンドを作って、親分が城みちるを歌うことに決めたのだった。
フラワーズ、演奏はうまい。ベースは70代の歌謡曲のベース(えーと、なんていう名前だったっけ、あのベース)を完璧にマスター。時々ゆるんじゃって音が間延びすることを除けば、パーフェクトな70年代。
ギターも達者で、カッティングの技術は素晴らしい。ちょっと唸ってしまった。ただ、練習してない曲になると急にやっつけになっちゃって、その落差がオレ的にはおかしかった。
えりずのキーボードは、音の選び方をもう一工夫するともっとよくなると思う。
全体的にフラワー、よいバンドであるが、音の固め方がまだ中途半端。たぶん練習をもっと、それもきちんと意図を持った練習をもっとすればいいと思う。
加えてショーアップの定番ネタを持つようになったら、強いのではないかな。
40分のステージを堪能した後、3番のバンドが始まったところで店を出る。
実はこの3番目のバンドの音が、一瞬にして圧倒的に抜けているとわかった。やはりバンドはベースとドラム、つまり土台がしっかりしていることが何よりも前提なんだと改めて知った。
このバンド、その意味では技術と音はしっかりしていて、ほぼ完成品。あとは、ポップさというか、色気の問題だろうな。オレら上手いんだぞ、という音ではなく、独自の色気が出せるようになれば、もっと強くなる気がする。
などということを心の中でほざきながら土曜の夜の錦糸町の街を歩き、駅近くのラーメン屋でオレはビールに餃子、親分はラーメン、だてポンはあんみつ。
独立して10ヵ月のだてポン、本人にもちょっと言ったけど、最近はすごくイキイキしているね。柔らかくて、イキイキしていて、とてもいい感じだと思う。
辞めてよかったんだねえ。
その姿を見た親分、「オレもぼちぼち辞めて焼き鳥屋をやろうかと思うんだが」とは言うものの「でも、きっとすぐ、カネなんかいいから食っていきな、って言うからダメだろうなあ」と諦める。自分のことは自分でよくわかっているのだった。
半蔵門線に乗るだてポンとは錦糸町で別れ、親分とは中央線に乗って秋葉原で別れる。
眠そうな親分、電車乗り過ごしちゃダメですよーと注意したオレであったが、そのオレが飯田橋で乗り換えた東武線直通の有楽町線の中で寝てしまい、(座っちゃダメだと自分に言い聞かせていたのに、目の前の座席の誘惑についふらふらと)、はっと気づいて目が覚めたら知らない町の駅。
うひゃー、困っちゃったなあと、仕方ない歩くかと考えたものの、1月の深夜にそれは危険であって、仕方なくタクシーに乗って帰ったのだった。
予定外に2800円の出費。ちぇっ、イヤホンはもうしばらく今のまま使うことにしよう。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「さよなら、そしてこんにちは」萩原浩・光文社文庫。短編集。なんだか妙に若書きの気がする。たぶんかなり前に書かれた作品ばかり集めたのではないか。
2011.01.21
取材1、編曲。
カタールに勝ったーる。
ブーイングの嵐に中東の笛。いやあ、やっぱりアジアカップは面白いなあ。
しかも完全アウェーときたもんだから、しびれるしびれる。
しびれたのは解説の松木も同じで、決勝点が入ったというのに「PK! PK!」と叫び続けていて大笑い。
それにしても香川の2点目はすごいなあ。スーパーゴールだ、あれは。
メッシだ、という声もあったが、ちょっと大げさだけど感覚としてはわかる。
昔、高原がアジアカップで点を取ったときの、ついに日本にもこんなストライカーが誕生したか、という驚きにも似た衝撃を受けたぞ、香川。
キーパー真正面でまったく慌てずピンポイントで決めるとは。今までならこのポジションに入ったその瞬間に「あ〜あ」とあきらめの声が上がったものだが、香川はさすがだなあ。
あの草食系の僕ちゃん顔もさすがだなあ。
やっぱり内田のように天然なのかしらね。
長谷川もよく頑張ったけど、さすがだったのは遠藤。
日経が書いていたように、試合の流れを読んで行く時を見て仕掛けている、というわけだ。
オレの場合、遠藤がボールを受けるたび、テレビの前で、そこに遠藤、と口走るのだ。
そこに遠藤、そこに遠藤。
失点についてだが、1点目も2点目も、楢崎なら取っていたのではないか。川口では無理だが。
特に2点目は大ポカだな。壁の作り方も含めて。
ということは、なんだ、川島と吉田じゃなくて、楢崎と中沢だったら3-0の楽勝だったというわけじゃないか。わはははは。
次は韓国かイランか。まあ、韓国だわな。
そして楽ちんの別グループでは、当然オーストラリアだわな。
なんで突然ウズベクが強くなったんだ? 不思議だ。
不思議だけど、でも、決勝はオーストラリアだな。
韓国に勝ってオーストラリアにも勝つなんて、中沢も松井も森本もいないのに無理なような気がする。
それにしても、カタールの選手は3点目を入れられて、試合が終わってもいないのに、ロスタイムが4分もあるというのに、がっくりと涙目。負けて当然のへたれチームだったと思う。
もっともそれで言えば、井野波だって、インタビューでうるうるしていたから、ダメだな。次は出なくてよろしい。
あ、でも、センターバックがいないから出るのか。
くそう、吉田のせいだ。吉田のせいで井野波が出て、井野波が出たせいで、日本が負ける。
どうだ、この、人格を疑われそうな予想は。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」
2011.01.20
編曲。
シャッターの調子がおかしくなったので、この家を建てたデベロッパーに修理を依頼しようと思ったら、なんとびっくり、既に潰れていた。
倒産は一昨年で、会社更生法が適用されて現在再建中だそうだ。
だもんで、電話はつながったが「アフターサービス部門は外部に委託しております」と、てんでやる気がない。
そのアフターサービス部門というのと連絡が取れたが、こっちはこっちで「話が全部回って来ちゃうんですよ〜」と愚痴をこぼす。
ネットを見たら、何かあくどいことをやってばれちゃったとかいうのではなくて、リーマン後の販売不振が倒産の直接の原因らしい。デベロッパーだから、たぶんそれなりに土地は仕入れていて、しかも、割と急成長していた会社だったから強気になって多めに土地を仕入れていて、リーマンで真っ青、というパターンのようだ。
更正法が適用されたのだから、本業を地道にやれば、なんとか立ち直れるということだろう。
オレの家を建てたデベロッパーが潰れたというのはあんまりいい気持ちじゃないので、復活できるのなら頑張って欲しいものだが。
それにしても、当初からアフターサービスは最悪ではあった。
入居後にチェックにやってきたのが品質管理部長というおっさんで、こいつが口先だけの品質管理部長。
うちのフェンスを見て「ははあ、これでは風が入ってきますね。では、早速ブロック塀に造り直しましょう。おい、君、すぐにやろう、なあ」と同行していた若い施工技術者に調子よく言う。
若いのは、タダでそんなことしちゃうんすか、と目を丸くしながら無言でそう口にしていた。
そして当然なしのつぶて。
「何かあったら当社にすぐご連絡いただけるよう、リビングのここに連絡先を書いたシールを貼っておきますので」と、どうじてもいいお節介を焼きながら、なしのつぶて。
万事がこの調子の品質管理部長であって、呆れたオレは、後日アンケート調査のハガキが来たときは「アフターフォロー」に5段階の1という最低の評価を漬けて送り返してやったのだった。
すると即座に品質管理部長から「どどどど、どうしましたかっ、何か不都合でもっ」と電話がかかってきたのがおかしかった。
ついこないだと思っていたら、もう入居して7年だって。この家。
確かに息子が3歳で娘が1歳だったから、そんなにたつのも当然か。
オレが今まで暮らした中でも、実家を除けば、三軒茶屋の家を追い越して笹塚の家に次ぐ長さとなった。
つーか、笹塚にそんなに長く暮らしていたのか、オレは。とほほ。
なお、シャッターの件は結局セコムに修理してもらうことにした。加入者向けにやってる、例のキムタクがじいちゃんの幽霊と出ているホームサービスってやつ。
セコムでは、セントラルとか他のセキュリティ業者の追い上げが激しいから、加入者向けのあれやこれやのサービスを充実させて囲い込みを図っているのだ。
家の修理やカギの交換はもちろん、旅行中の郵便物の回収や、電気器具の交換、パソコンのネット接続の設定など、家の中のありとあらゆることをやってくれる。
もちろんセコム本人が来るわけじゃなくて、下請けの個人業者がやってくるわけだが。
マンションならば管理人に一言言えば片付くが、戸建てではまずどうしたらいいかがわからずにおろおろするところから始まるので、こういうサービスは正直ありがたいのである。
付け加えるなら、オレも昔はセコムって金持ちの豪邸が入るものだと思っていたけど、実は案外安くて、びっくりした。マンション時代の管理費以下、駐車場代よりも安いんだもの。
でも、推察するに、セコム内部では、金持ち向けの特別メニューと、オレたち向けの貧民メニューがあるのではないか。当然だろうな。
だから、セコムからは「通報があったら駆けつけるまで10分かかりますので、強盗に入られてもなんとか10分間は持ちこたえてください」と無茶なことを言われているが、きっと金持ちには「へへえっ、すぐに駆けつけますだ。なーに、貧乏人の通報なんぞは放っておくですだ」と言っているに違いない。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.01.19
打ち合わせ1。
夜「魚せい」に行ったら、カウンターで菅原一秀が飲んでいた。
衆議院のセンセーである。自民党。3期。
小池百合子ほどではないが練馬では一番名の知れた政治家で、自民党副幹事長を務めるなど、中堅どころとしてそれなりにいいポジションにいる。
同じカウンターに座ったオレは初めは気がつかなかったが、妙に寡黙で体のでかい男たちだなあと思って横目で見たら、秘書二人を両側に座らせた菅原一秀だったというわけだ。
秘書というのは、無駄口を叩くものではないらしく、ただひたすら黙って座るのみ。ご苦労なことである。
帰り際、議員は「今年は新年会が200回だよ〜」とオヤジに向かって苦笑していた。たぶんグチだったと思うが、支持者を鬱陶しがっていとる曲解されないよう、口ぶりには気をつけている感じだった。ご苦労なことである。
それにしても、こんな場末の小汚い飲み屋にまで顔を出すとは、政治家も大変だ。
オヤジに、この店はそもそも民主の牙城じゃなかったのかよ、と突っ込む。
民主党の地元の議員が選挙になると、この店の客に支持を頼みに来るのだ。
オヤジは「そりゃそーだけどよ、客となれば民主も自民も公明もいらっしゃいだ、ばーろー」とふんぞりかえる。妙に親しそうだったから、よく来るのかと聞いたら「初めてだ」と、またふんぞりかえる。
週に一度顔を出す客のことは「毎日来る」、前に一度やってきた舞の海のことは「時々来る」と、話を大げさにするにもほどがあるオヤジのことだから、菅原一秀のことも「しょっちゅう来る」と吹くのであろう。困ったものだ。
それにしても、年金、子ども手当、高速道路、八ッ場ダムとほとんど詐欺師のように我々をだましてくれる民主党に、いくら甘言を弄されたとは言え、間抜け面さらして一票入れたオレがバカだった。
正直すまんかった、菅原一秀。
だが、民主にだまされたオレもアホだが、そうさせてしまった一因は自民党にもあるんだからな。そのへん、よーく考えてもらいたいもんだ、
などということを面と向かって言うわけでもなく、ただオレも黙って飲むだけだった。
小上がりに座った若い団体が、菅原一秀が帰った後「えーと、民主党だよね」としゃべっているのを聞いて、噴き出しそうになった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「SPA!」
「毎日かあさん」西原理恵子・毎日新聞社。第7巻。新刊が待ち遠しい作家の一人だ。息子の中学受験ネタが爆笑もの。
「野茂英雄」ロバート・ホワイティング・PHP新書。野球評論家のワタクシが、プレーヤーを一人選べと言われたら、迷う来なくこの男の名をあげますな。ノモ。朝日新聞だったけか"ただ珍しいチョウを一生懸命追いかけていたら、いつの間にか山の頂上に来てしまっていた。それが野茂という男"というようなことを書いていて、うまいなあと思ったものだった。近鉄時代、監督の鈴木啓治がいかに野茂のことを嫌って嫌がらせをしたかなども詳しく書かれている、野茂の成功物語である。
「僕から君へ」Galileo Galilei。人気あるバンドなんだろうなあ。聴いてみたら案外にうまい。アレンジも演奏も。こんな地味な曲なのにそれなりに聴かせてくれるのは、やはりけっこうな実力派バンドということではないか。
2011.01.18
取材2、原稿。
中国から日本の大学に学びに来ている若者二人にインタビューした。うち一人は、偶然にもオレの母校で学んでいる女子大生。
二人とも礼儀正しく、日本語ぺらぺら、ついでに英語もぺらぺら、つまりは三カ国語を操る達人。
アルバイトしながら、修士論文を書き、ついでに就職活動もしてる。
いつも思うのだが、中国人も韓国人も、個人として会うと非常に好人物ばかりで、長く付き合ってもいいなあと思えるほどなのだが、いったん集団になるとどうして:そこまでダメになるんだろうね。
国家レベルとなると、とても隣人としてやっていけるとは思えないし。
好人物の個人して、目の前の中国人学生に尖閣問題などを聞いてみようかと思ったけど、万が一にも現場のこの友好的な空気が濁ってくるのがこわくて、やめた。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊ポスト」
2010.01.17
取材3。
日暮里でインタビュー仕事があり、久しぶりに降りる。
9年前と8年前、そして7年前に、この駅前で漂流、つまり飲み歩いたことがあった。その時から街は大変貌を遂げており、へえーっと驚くほどの変わりようだった。
仕事まで時間があったので、かつて漂流したあたりを思い出しながら歩いてみる。
このあたりには寄せ鍋を頼んだらかちんちかんに凍った食材を出してきて伊豆原が「げっ、凍ってるよ」と叫んだ「呑べい」という居酒屋があったなあとか、ここには親分とえーじくんの頭を見ながら「わかめのお酒はどうでしょう」とすすめてきた「まちださんち」という店があったなあとか、このタワービルの場所には伊豆原が「また絶対来るよ」と調子のいい約束をした「ひまわり」という店があったなあとか、何度も満員では入れなくて2年越しでようやく入れたと喜んだ「豊田屋」という店が実はけっこうどうしようもない店だったとか。
そんな記憶にある飲み屋がすべてなくなって、駅前は高層ビルが林立。日の暮れる里と書いて日暮里の名の通り、薄暗くて寂しい街が一変しているのだった。
考えてみれば、ここは成田から直通の京成スカイライナーの乗換駅である。
大きなスーツケースを持った客が山手線に乗り換えている様子を見てもわかるように、ある意味、日本の玄関口のようでもある。
そう考えると、日暮里が玄関口というのもちょっとどうよ、と思ってしまうのだった。
そういや、かつて「N」という単位があった。
イタイ度合いを示す単位である。
用例としては「あの受付の子、可愛いよねー」「でも、家は日暮里だってさ」「げげっ、10Nだなあ」といった具合だ。つまりN=日暮里なのである。
日暮里にとってはなんとも失礼な単位だな(笑)。
夜は、下北沢のジャズバーでジャズ・マイノリティというバンドのライブを聴く。二晩続けてのライブ行きだ。
バンジョー、トランペット、スーザフォンという最小単位のジャズバンドで、少ないながらどう音楽を表現しようかと考えているのが興味深い。
ライブがスタートした時、客は我々だけ。つまりバンドと同じ3人。
30分ほどしたら客が一人入ってきて、バンジョーのジャック天野は「やった、これでバンドよりお客さんが多くなった」と喜ぶ。(笑)。
「バーボンストリートパレード」「錨を上げて」「クラリネットマーマレード」など、知っている曲ばかりでなかなかに楽しかった。
さらに一人のお客が入ってきて、客は全部で5人という大観客。その客が、差し入れにどぶろくやらラム酒やらを持ってきたので、途中からはバンドのメンバーも入ってみんなで宴会状態になってしまった。
我々3人は一足先にお会計。店を出てしまったので、あの後は客2人にバンド3人という状態でライブが続いたわけだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「DTMオーケストラサウンドの作り方」永野光浩・スタイルノート。この著者の本は、プロにとっては「そんなこと知ってるよ」「そんな知識役に立たねーよ」「無駄だよ、そんなこと」というネタが豊富である。だけど、あえてそういうレベルまで降りてきて、低い目線でもちゃんと理解できるように、難しいことをわかりやすく書いてあることにいつも感心する。この本でも、アレンジの際のポイントであるオープンとクローズの和音とか、ドロップ2・ドロップ4とか、さりげなくわかりやすく解説している。とても優れた本だと思う。ベースにファゴットを重ねると面白いよ、というヒントなどは、早速新曲で使わせてもらった。
「やさしさに包まれたなら」坂本真綾。ユーミン最大の名曲をカバー。ちょっとどうかなと思って聴き始めたのだが、曲の途中からアレンジがぐんとよくなって、とても気持ちのいい音に仕上がっている。ティン・パン・アレイの匂いを残しつつ、独自の音造りに成功だ。ここで使われているアコースティックギターは、大好きだなあ。
「もう恋なんてしない」JUJU。マッキーの名曲をトリビュートしたアルバムがあり、その中からピックアップされた一曲。JUJUはじめ、最近はギャル系歌手が元気である。あまり好きではない。マッキーというのは、変な言い方だが、なぜか名曲が多い(笑)。
「誰かが星をみていた」新沢としひこ。昨日書いたように小さなライブで聴いて衝撃を受けた一曲。早速、今朝アマゾンにオーダーしたら夜にはCDが届いていた。たまげた。たいした時代である。ダウンロードにはかなわんが、十分すぎる速さだ。で、この曲であるが、すぐに聴いてがっくり。歌っているのが新沢としひこじゃなあ〜い。残念だなあ。
2011.01.16
昨日録ったテイクのミックスを早朝6時からやり、試行錯誤。
ようやく終えて、昼飯は冷たい北風が吹き抜ける荒れ果てた大地のような光が丘公園の中にあるエスニックレストランへ。公園の中のレストランなんてろくなもんじゃないと思っていたのだが、以前、何の期待もせずに入ったら案外に美味しかったので、前回は真夏の太陽の下だったのに対し、今度は真冬の北風の中を向かった次第。
夕方は、下北沢。
今日は、新沢としひこのライブがあるのだった。初見参である。
小さなプライベートスタジオに、ぎっしりと100人ほど。みじろぎも思うようにできない混雑の中、休みなしでたっぷりと2時間半、聴き入る。
1曲目の「誰かが星を見ていた」でいきなりノックダウン。あとで調べたら、作詞・新沢としひこ、作曲・中川ひろたかだった。
うーん、これは素晴らしい歌だ。ジャジーなコードとメロディーに乗せて、シンプルだけどとってもきれいな詞が流れてくる。
いやあ、すまんすまん。今まで甘く見ていました。参りました。
いきなり脱帽のオレなのであった。
オリジナル曲が1000曲って、うーん、オレの負けだ。とゆーか、最初から勝負じゃない。
だが、しかしっ、オレも負けずにタイマン張るのだ。頑張るのだ。
ライブ終了後、出口付近で新沢さんにすれ違ったら「ああ、たんさいぼうさん、今年もよろしくお願いします」と声をかけられる。たんさいぼうとして覚えられているのがちょっとずっこけるものの、まあよい。
珍しいことに体調がどうにもよろしくなく、たぶん風邪を引いたと思うのだが、頑張って庄屋で簡単に酒を飲み、えーと、庄屋は相変わらず庄屋でそれ以上でも以下でもなくて、千代田線に副都心線と地下鉄を乗り継いで帰ってきたのだった。
深夜の練馬には、凍てついた畑が広がる。寒い。その分、空気がきりっと澄んでいて、星がしてもきれいなのだった。
それを見上げながら、頭の中で「誰かが星をみていた」をリフレイン。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「サウンド&レコーディング」今月号のサンレコはあまり面白くなかった。新製品情報を見ると、相変わらず欲しくなるブツばっかり。
2011.01.15
本日は歌手えりずーさんを丹後湯にお迎えして、新曲のレコーディングなのだった。けろけろずの、とても気持ちのいいテイクが録れたのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.01.14
原稿。
しっかし、えらく寒いなあ。
新潟在住で雪には慣れっこの弟も、さすがに運転が怖いとメールしてきたほど、ひどい天候らしい。
練馬の我が家でも、朝、洗濯物を干すと30分で見事に凍結する。
ジーパンもかちんかちんで、逆さにしてもちゃんと倒立するほどだ。
子どもには大受けなのだった。
受けたといえば、個人的にはアジア大会のシリア戦だな。
あの川島PKは愉快で、それを帳消しにすべく「ごめんね、これ、おごるから許してね」とプレゼントされた日本のPKはもっと愉快だった。
こういうのがアジア大会で、なんとなくドサ回りにも似た雰囲気がたまらなくよい。
とりあえず首位に立ったが、最後のサウジって、けっこうやばそうだな。案外ころっと日本が負けるんじゃないか?
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「Diver」NICO Touches the Walls。あの"トイレの神様"を瞬間風速的に抜いてランキング1位になった曲。確かにスピード感はたっぷりだけど、ディストーションギターが鳴り響いて、甲高い男の声が絶叫するタイプの曲は、やっぱり好みではない。
「爆音男」湘南乃風。さっぱり知らないバンドだが、ネットを見たら男4人だって。この曲、トラックメーカーが思い切り遊んじゃってる感じで、なかなか面白い。ほとんどギャグ。でも、バンドの連中は真面目なんだろうなあ。
2011.01.13
取材2、原稿。
12時に午前のインタビューが終わって、次のインタビューが夕方5時。空き時間がなんと5時間というから、オレはいったいどうすればいいんだあ。
というので、新橋から竹橋までお堀端を散歩しながら時間を潰し、寒さに震えるオレであった。
それにしてもここ1、2年の脱官僚という動きがなんとなくしっくりこなくて、官僚イコール悪みたいな言われ方をするけど、ではどうして官僚が悪なのか、実ははっきりその理由がわからないのであった。
官僚って、国家スタッフだろう。それが悪ということは、国がダメだってことではないのかな。
官僚の中にも個人レベルで見ればアホもタコもいるという話で、官僚すべてが悪ということにはならんと思うのだがなあ。
経済界が営業なら官僚は総務や経理といったバックオフィスか。営業が頑張って稼いで、バックオフィスがしっかり守る形を取らなくてはならんのだ。
となると政府は経営企画みたいなものか。ここが今の日本はダメだからなあ。
脱官僚を宣言して、政治が官僚の代わりをやろうとしたのだが、やってみたらまったくできなくて失敗。脱官僚宣言によって、かえって官僚の優秀ぶりを証明することになってしまったのが、民主党政権の皮肉さ。
それにあんまり官僚を悪者扱いすると、官僚を志す人間が減って質が下がっていき、長期的には国益を削ぐ結果になってしまうと思うのだが。
などということを、お堀端を歩きつつ、官庁街を眺めながら考えたのだった。
さむっ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「週刊文春」「週刊新潮」
2011.01.12
原稿。
近所に開店したラーメン屋に行ってみた。
なんでも以前は秋葉原にあった有名店らしい。
なぜこのような練馬の果てに? と思わないでもないが、どうも新規出店しては飽きるとすぐに移転する放浪癖のある店主らしく、一部では「数年間で山手線を一周した」と言われているほど、移転好きらしい。
だから、たまには練馬の片田舎でも行ってみるべか、と思いついて移転してきたに違いなく、たぶん数ヵ月でまた消えていく、さすらいのガンマンのようなラーメン屋なのだろう。
そうした放浪癖もあってか、ラーメン自体も道楽ラーメンと呼ばれている。
なんと動物性の材料をまったく使用せず、野菜だけでスープを作っているというのだ。しかも塩は、どこぞの有名な天然の塩を使っており、まともな商売で考えたらとても採算が合わないらしい。
そのような店であるから、たぶんディープなラーメン好きが集まって、黙ってずずずと食い、ちょっとでも残すと「残さず飲みなっ」とか「しゃべらずに食いなっ」とか、店主の厳しい叱責が飛んでくるような店かもしれないと、恐る恐る、足を踏み入れたのだった。
昼飯時、混雑する前に行こうと考えて、11時半に店の前でヨメと待ち合わせる。
と、戸が開いて顔を出したのがハゲ頭の店主。
案に相違してニコニコとした好々爺の風情で「ああ、待ち合わせですか。寒いから中でどうぞどうぞ」とやたらと愛想がいい。
店内はガラガラ。黙ってスープを飲むラーメン命の男達もいなければ、厳しく叱責する店主もいない。
拍子抜けであった。
ラーメンは3種類。すべて1000円。一番上の塩を頼んだ。
と、若い兄ちゃんが5種類の野菜の盛り合わせを持ってきて「これがどこそこのゴボウで、1年寝かせた味噌であえました。これがどこそこのサツマイモで、アルコールを飛ばしたお酒でじっくり煮込みました」と、一つ一つ説明してくれる。
この兄ちゃん、あの有名な吉兆で修行した板前らしい。それが放浪ラーメン屋で餃子の代わりの野菜の盛り合わせを作っているのだから、なんとも不思議である。
さて、出されたラーメンはというと、よくも野菜だけでこれだけの深い味を出したものだとびっくり。でも、基本的にはあっさりで、麺もさっぱり。ヨメとも「そばを食べているみたい」ということで意見が一致した。
もちろんそれなりに旨いのだが、しかし、オレの好きなラーメンは脂がのって、チャーシューもたっぷりというヤツだなあ。
また来るかもしれないが、しょっちゅう来ることはないだろう。放浪癖が出て店がなくなってしまうのと、次にオレが来るのと、どっちが早いか、というところだ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.01.011
取材2。
たたたた、大変だっ。キベさんっ、親分っ、カトーっ、それから天国の山口っ。
なんと、"あの"城田じゅんじが復活していたらしい。
もう去年のことだけど、有名なアイリッシュパイプ奏者が来日した際、下北沢とかのライブハウスで一緒に演奏したそうな。
どどどど、どういうこっちゃ。
例の事件で服役し、最近になって出所した後、海外で暮らし始めたという噂が流れたばかりだというのに、日本にいて、しかも演奏活動再開とはっ。
あの、世にも美しいアイリッシュギターを演奏するのと同じ手で世にも残酷な罪を犯し、その同じ手で再びまたギターを手にしているとはっ。
経緯は知らないが、アイリッシュギターでは世界的名プレーヤーであったから、そのアイリッシュパブ奏者が「ぜひに」と指名したのであろう。勝手な想像だけど。
久しぶりに握ったギターのネックは、どんな重みがしたのだろうなあ。
あの美しい音楽とはきれんばかりの笑顔を思えば、その裏で畜生にも劣る犯罪をしていたとはとても結びつかなかったのだが、事実が明らかになってからはその音楽さえも汚れている気がして、すっかり聴く気が失せたのだった。
でもなあ、もういいのかもしれないなあ。
人を殺め、そして償った後に手に入れた音楽というのはどんなものか、聴いてみたい気がする。深い懺悔の音色がするのか、それともすべてを捨てて達観の極みに達したピュアな音楽なのか。
1日弾かなければ自分にわかり、2日弾かなければ先生にばれ、3日弾かなければ聴衆が気がつくというのが、ギター演奏の世界である。
5年もの刑務所暮らしですっかり指はさび付いただろうから、もはや技で聴かすことはできないだろう。
しかし、音そのものは、かつてでは出せなかったものになっているかもしれないなあ。
城田じゅんじが、坂庭省吾と二人でライブをしていた演奏をYouTubeで聴くと、その深みというか味わいに、しみじみと感じ入ってしまう。
ネットで、遠くの山をバックに二人で満面の笑みを浮かべている写真を見つけた。この写真の先に、まさかこんな未来が待っていたとは、二人とも予想もしなかったわけで、まさに人生の無常というものを感じてしまう。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「中央公論」「DIME」
2011.01.10
というわけで、アジアカップの初戦を1-1のドローで引き分けたわけだが、試合も観ていないのにオレは講釈を垂れるわけである。
追いつかれての1-1と追いついての1-1では雲泥の差であるので、後半ロスタイムにどうにか追いついてドローに持ち込んだことは、十分に評価できると思うのだが、セルジオ越後なんかは例によって早くも「予選突破は難しい」と日刊ゲンダイなみの文句タレだ。
国際大会の第一線の結果で一喜一憂するのは、ブラジル日系人の悪いクセである。って本当かよ。
ヨルダンの立場になってみれば、ラッキーにもおごってもらっちゃった1点を必死こいて守って、それこそ世界から笑いものにされようが、自国民に恥ずかしく思われようが、ゴール前に9人を置いてとことん守って、ようやくこれで試合が終わるという時にどかんと1発。
勝ちをこれ以上ない悪い形で逃がしたのだから、そのショックたるやドイツワールドカップ初戦のジーコなみだろう。ヨルダンにしてみれば悪夢以外の何物でもないわなあ。
こういう試合を観るたび(って観てないんだけど)、ブラジルやアルゼンチンの連中は日本あたりと闘うときにこんな思いをしているのかってよくわかる。要は勝とうが負けようが、まあ、一つの結果に過ぎないという受け止め方しかしないという。
それにしても、大黒が決めたドイツ大会の一次予選の時の北朝鮮戦のように、あるいは藤田が決めてくれた香港戦のように、さらには中沢がロスタイムにボンバーヘッドを決めてニヤッと笑い(とてつもなく格好良かった)延長戦では一人で持ち込んだ玉田が相手をひらりとかわしてゴールへ転がしたカタール戦のように、どうしても1点を取らなくてはならない時に泥臭く1点取れる日本であることを、嬉しく思うべきだな。
考えてみれば、1次予選突破が目標だった時代を思えば、中東のチームを格下扱いして何の疑問にも思わない論調は、ちょっと危険だ。アラブのチームは怖いんだぞう。
シリアに負けただけですぐに監督をクビにしちゃうサウジのように、アラブは怖いんだぞう。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.01.09
本日は雪深き新潟から、オレの弟とその三男、つまり甥っ子が遊びに来た。三連休だもので。
豪雪で今日も朝から止むことなく雪が降り続けている新潟から列車に乗って長いトンネルを抜けると、同じ日本かと思えるほど劇的に天候が変わる。
鉛色の空と、遠くに富士山が見えるほど澄んだ青空の対比は、それはそれは劇的であって、多感な時期には人生観が少し変わるほどのショックを受けるものだ。
オレもそうだったなあ。この天候格差は、どうしようもないものなあ。
この春、高校受験を迎える次男のために、みんなで参拝。石神井公園の氷川神社の後は、巣鴨のとげ抜き地蔵にも行った。
先日行ったらガラガラだったとげ抜き地蔵は、今日は観光バスが10台以上も路駐して渋滞を引き起こしているほどで、巣鴨地蔵への道はまさしく原宿状態。
観光バスを降りたじじばばがニコニコしながら徘徊する様は、それぞれに70年や80年の人生を背負って今日ここにたどり着いたのかと思うと、さながら聖地グレースランドを目指すオデッセイのようにも見えてきて、ちょっと感動する。
先日は誰も並んでいなかったとげ抜き地蔵に、今日は100人近い行列。1人が1分、地蔵の体をなでるとすると、記念写真を撮るヤツもいたりするから、2時間以上待つことになるだろう。
地蔵だけを眺めて参拝は諦める。
代わりに、土産物屋で買った「合格」の手ぬぐいを甥っ子に、「般若心経」の手ぬぐいを母親に、土産に渡してくれと弟に託した。
土産物屋のばあさん(聖地にてオデッセイを描いてきたか)は、般若心経の手ぬぐい500円を求めたオレに向かって「毎朝6時半から本堂でお経を上げていて、誰でも参加できるよ」と教えてくれる。
ほほう、なるほど、そうか。
実家の母は毎朝6時から般若心経を唱えているので、ここへ連れてきてあげれば喜ぶだろうなあと考える。ちょっと誘ってみよう。
なお、慌てて付け加えれば我が家は学会でも何でもなくて、宗教はまったく関係なく、単に朝から声を出すと健康にいいと地元の住職に勧められたので、健康法として母親が般若心経を唱えているのである。
その証拠に、って証拠にもならんか、6時から般若心経の声が響くと、布団の中のオレは、うぎゃ〜うるせえ〜と再び深く潜るのであった。
駄文だな。
とげ抜き地蔵を後にした我々は、豊島園のトイザらスに行く。
お年玉を抱えた子どもたちが行かないわけがなくて、今日のトイザらスはじじばば連れも含めて、大賑わい。商売繁盛で何よりですな。
なお、こんなところにまで中国人はいて、いっぱいオモチャを買っていた。
その後、地元のおもちゃ屋にも立ち寄ったのだが、その様子を近所の「たけし」のあやこちゃんに見られていたらしく、晩飯に立ち寄った「たけし」で、あやこちゃんに「タンゴさん、さっき、大成社(おもちゃ屋)の前にいましたねえ〜?」と、可愛くにらまれたのであった。
なお、可愛くにらまれたと思っているのはオレの勝手であって、あやこちゃんは別に普通に接客していただけだとは思うが。
長男のくせに34年前の3月に雪深い新潟を飛び出して、そのまま冬でも青空の東京に棲み着き、既に故郷で過ごした時間の半分近くを都会で過ごしてしまったオレに代わり、実家で両親と共に暮らしてくれている弟へ感謝の気持ちを新たにしつつ、こうしてお互いに子どもを連れて屈託なく会い、夜に旨い酒と料理を口にできるって、なんとありがたいことだろうなあと、過分な幸せに感謝する。
そして、アジアカップ初戦のヨルダン戦を見ようという弟に、酔っ払ったオレは、ふんが−、寝るーと言い置いて勝手に寝てしまうのだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.01.08
本日は、学研「ピコロ」5月号のレコーディングである。
オレがアレンジした「さくらんぼ体操」の収録だ。なかなかに傑作だぞ「さくらんぼ体操」。
作詞は浦中こういち、作曲は小沢かづと。ライブを観たが、子どもはすぐに体の中に入れてしまうようで、たちまち盛り上がった。
やっぱり単純なものほど、盛り上がるのだ。真理。
オレのアレンジャー様ぶりもだいぶ板に付いてきたのか、エンジニアのイイジマ氏からたびたび意見を求められるようになってきた。素直に嬉しいなあ。
やっぱりアレンジャーは、スタジオを制圧しなくてはならぬのだ。そうなのだ。
小橋のように青春の握りこぶしでそう誓ったオレは、終了後、みんなと一緒に焼き肉を食いに行く。
スタジオの後は焼き肉。おお、ゴールデンコースだな。
その場で、今日も利用した麻布のスタジオが閉鎖されると知る。業績不振による廃業だそうだ。
そっかあ〜。どこも厳しいのだなあ。
もうこの焼き肉屋で打ち上げをすることもないのか。
廃業するならスタジオのいろんな機材はどうなるんだろう。ゆずってくれないかな。
一瞬そう思ったら、もう既に売りさばく段取りができているんだって。そりゃそうだよな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.01.07
原稿。
ヨメの眼鏡がボロボロになったので、先日、近所のスーパーに入っているメガネ屋に行った。ワ真という有名な店である。
眼鏡なんとかという店は案外高くて、ワ真のほうが有名なのに安かったりする。ヨメも、安くていい眼鏡が買えたと喜んでいた。
その時にもらったのが割引券で、5%引きの「お顧客様特別ご優待券」と書いてある。
「お顧客様」ときたよ、おいおい。初めて見たぞ、「お顧客様」。それともオレが知らないだけで普通に言うのか?
オレが今もどうも耳障りがよくないと感じるのが、病院での「患者様」という呼び方だ。なんか落ちつかないんだなあ。
当院はホスピタリティを持って診療に臨んでいますよという姿勢を表すためだったのだろうか、あっという間に広がってすっかり定着してしまった。
でも、患者様なんて呼び立てるから「そーか、オレ様はサービスしてもらっていいんだ」と勘違いした患者が増えて、それがモンスターペイシェント、院内暴力増加の下地になってるという指摘もある。
それが本当かどうかはわからないが、医療はサービス行為ではないのだから、過度に患者を持ち上げる必要はないのだ。もちろん過度に医者が威張る必要もないのだけど。
医者にもいろんなのがいるしなあ。おかしいのもけっこういる。
地元のある内科医は、机の上に吸い殻山盛りの灰皿を置いたまま、風邪の患者(オレだけど)を診察していた。オレは目を白黒。
その近所の歯医者は、地元の飲み屋にいって、店内中に響く声で患者の悪口を、実名で並べ立てていた。
こういうひどい医者でもやっていけるのが、不思議といえば不思議。
てなことはともかくとして、本日、シェルのスタンドにガソリンを入れに行った。
セルフも慣れてしまえばこんなに便利なものはない。なんといっても「オイル入れろ」「洗車しろ」「洗浄液を交換させろ」「ボンネットを開けさせろ」という押し売りがないのが、非常にいい。改めてあれがいかにスタンドへ行くストレスになっていたか、よくわかる。
スタンドも、あれを売上向上によかれと思ってやっているのなら、とっととやめたほうがいいな。
そんなことしなくても、若い女の子がにこっと笑って窓を拭くだけで、確実に売上は上がると思うのだが。
で、このシェルのセルフスタンドでガソリンを入れ、久しぶりにオレは自動洗車機へと向かったのだ。
ずいぶんと車を洗ってなくて、年末には雪の新潟をノーマルタイヤで走るという無謀な真似をして、大晦日に洗おうと思ったら洗車コーナーが大渋滞であきらめて、結局汚れたままになっていたので、久しぶりにきれいにしようと思い立ったわけだ。
そして、洗車コーナーで金を入れようとした途端、スタンドの店員が「お客様あ〜」と駆け寄ってきたのだった。
んがあ。店員が鬱陶しいからセルフに来ているというのに、ったくもう。
駆け寄ってきた小太りの店員は、ぜえぜえいいながらオレにプリペイドカードを勧めてきた。3000円分が2700円だそうである。
ふむ、まあ、いつもここの洗車コーナーを使っているから、買わない理由はないな。
そういう態度を示したら、小太りは「買ってくれれば、今日の洗車代、サービスしますよ」とキラーパスを通したのだった。
えっ。
洗車代?
「ええ、どのコースでもいいですよ、一番高いのでも」と、小太りの出したパスは、ゴール前の本田に松井が送ったそれにも等しい切れ味であった。このへん、妙に文学的。
オレは800円のコースにしようと思っていたのだが、一番高い1200円のコースでもタダにしてくれるというわけだ、小太りは。
ママママ、マジですかっ。
つーことは、300円割引に1200円がプラスされるから、1500円の儲けではないですかっ。オレは即座に2700円のプリペイドカードを買うことに決め、本田はゴール真正面に素晴らしいシュートを叩き込んだのであった。
見よ、ワ真の5%というケチなものじゃなくて、3000円のプリペイドカードに50%分の1500円分をサービスするという男らしいサービスを。
「どうしてこんなにサービスできるの?」というヨメの問いに、洗車機を遊ばせておくよりも、いくらでもいいから使ってもらった方がいいからな、というわけのわからない答えを返すオレ。ともかくトクしたなあ。
こいつは正月から、ってやつだった。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「夕刊フジ」「美味しんぼ」
2011.01.06
原稿。
家の近くに「知念」という沖縄料理屋があって、経営者の奥さんが幼稚園のママ友ということもあって、よく利用していたのだが(それなりに旨かった)、事情があって昨年夏に閉店してしまった。
その後、しばらく空き店舗のままだったのだが、突然のように新しくラーメン屋が入ることが決定したようで、オレが店の前に張り紙を見つけたのが昨日、5日。「6日開店です」と書いてあった。
まだ全然準備が整っていないように見えたから、絶対に開店は無理だろうなと思ったら、ラーメン屋というのは簡単なのか、今日になったらちゃんと店がオープンしていた。
と言っても、立ち寄ったわけではなくて、店の前を通りすぎただけだが。
ネットを見れば、ラーメンマニアというのはたくさんいるらしくて、既に情報が寄せられている。
無化調、つまり化学調味料を一切使っていない自然派のラーメンで、しかも動物性のものは一切入っていないのだという。へー、それでもラーメンなのか。そばじゃないのか。
しかも、以前ひっそりと閉まった秋葉原の有名店が移ってきたのだというから、びっくりだ。なでこんな地の果ての練馬なんぞに。
こういう郊外のラーメン店というのは駐車場が必須だし、ドライバー相手だからライス無料サービスとかのサイドメニューも必須だから、闘いは厳しいかも。引き戸を開けないと中の様子がまったく見えないというのもマイナスだし。
オレとしては、かつてよく行った沖縄料理店の内部がどうなってしまったのか、一度見てみたいという気持ちが大きい。
昔の教室に顔を出したときのような、不思議なタイムスリップ気分になるんじゃないかな。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊文春」今年も文春は春から絶不調です。
2011.01.05
たまたま爆●というオークションサイトを見たら、これがもうバカ安で、例えば1万円のドライヤーが300円ぐらいで買えたりするわけ。
うひゃ〜とびっくりして、でも、絶対にそんなうまい話があるわけないよなあと思い、検索してみたら、思い切り詐欺。ペニーオークションと呼ばれる仕組みの詐欺らしくて、似たようなサイトはやたらとあるらしく、知らなかったのはオレだけだったかも。
手口としてはごく単純なのだが、こんなにもサイトがあるということは、やっぱりうまい話にホイホイ乗せられてしまう、欲の皮の突っ張った人間が多いということだろう。
見ず知らずの人間からなんら正当な理由もなく激安でものが買えるわけがないのに、やっぱりだまされちゃうんだろうなあ。
たぶん、自分に都合のいい理由をつけて正当化しては納得し、お金を払ってだまされちゃうんだろうと思う。
ということを書くと、そういうお前ももっと大きな詐欺にだまされてるじゃないか、と突っ込まれる。しかも、だまされていることに気づいてすらいないじゃないか、と。
年金だ、年金。
国を挙げて国民をだまし続け来た年金システムに、お前もころっとだまされて莫大なカネを突っ込んでいるではないか。
そういう指摘がされるわけで、実際に直接ではないがそう言われたこともあって、確かにそう言われればそうだなあと、納得した次第。
でも、だからって払わないのは、なんだか気が引けるし、普通の親として子ども世代の将来を憂う気持ちはあるのだから、年金制度の安定を願うならばまず自分から払ってないといかんなあ、とも思うのだった。
その年金をはじめ、民主党は何一つ約束を守らなかったなあ。これが一番の詐欺ではないか。やれやれ。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」「週刊ポスト」最近のオヤジ週刊誌は、中高年セックスと死の特集記事がやたらと目につく。そういうニーズが高いということか。今週のポストなど特集が"死の瞬間"という、身も蓋もないものだった。飲みながら読むんだから、もっとまともなバカ記事を特集にしてくれってんだ。
2011.01.04
原稿。
基本的には本日より仕事始め。だが、今週は世間も動いてはなくて、本格的には来週から仕事となる。
驚くべきことに学校も同様らしく、息子と娘の小学校は10日まで休みだそうだ。
まだ一週間も家にいてごろごろしてるってわけか。
頼むから学校に行ってくれと子どもたちに伏してお願いしても、知らん顔でごろごろしているだけなのだ。
困ったものである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
「ミスター」KARA。少女時代と同じく韓国姉ちゃんポップスなのだ。これまで少女時代と同じく、基本的には80年代のディスコミュージックそのものである。ハイファイ感を別にすれば、メロディもアレンジも、80年代のB級感覚たっぷりの音楽なのだ。だから大受けしているのだろうなあ。個人的にはあんまり好きではない。
2011.01.03
というわけで、今日で正月も終わりなわけだが、平和な空気の中、我が家では隣の和光市の樹林公園に出かけて、正月恒例の凧揚げを行ったのであった。
ここはとてもいい公園で、大勢の人が走ったり歩いたりしている。
我々はというと、だだっ広い芝生広場に出て凧揚げだ。
同じような家族連れがたくさんいて、だいたいが子どもよりも大人のほうが夢中になって揚げている。
広場の中央では、部活の新年会代わりなのか、中学生が数人固まってサッカーボールを蹴っている。
じゃまくせえなあと思ったが、別に危険なことをしているわけでもないし、むしろ健全な正月の過ごし方だと思ったのだが、しばらくしたら制服姿の警備員二人が自転車に乗って駆けつけてきて、球技は禁止だとやめさせていた。
別にいいじゃんね、輪になってボールを蹴ってるぐらい。せっかくの気持ちのいい天気の正月休みなのに、中学生も可哀想だ。
と思ったら、警備員は、今度はビニールバットを振り回している幼稚園児の親子連れのところに行って、球技は禁止、と注意していた。
でもキャッチボールならいいですよ、とわけのわからないことを付け加えたものだから、ビニールバットを片付けた父ちゃんは頭の上に?マークを一杯浮かべながら、子どもとキャッチボールを始めたのだった。
**
その足で、今度は光が丘のコドモショップに向かう。オレの天敵というか、向こうにとってオレが天敵か。
ヨメの携帯がボロボロになってしまって、一日に一回充電しなくてはならない有様だったから、買い換えに向かったのだった。
ヨメは別に電話とメールができれば何でもいいという。
オレは、はなからスマートホンに買い換えさせるつもりだ。
そこで、らくらくホンがいいか、スマホがいいか、選べと迫り、あっけなくスマホに機種変させることにしたのである。
スマホと来たら、今はギャラクシーSだな。品薄の。入荷待ちの。行列の。
路上に車を停めて飛び込んだコドモショップ光が丘。天敵のオレが乗り込んできたとあってすぐに臨戦態勢になったようで、オレが店員をつかまえて、ギャラクシーある? と問いただしたところ、「あああ、あると思います。一台だけ、たった一台だけ、あると思います」と半べそで倉庫へと確認に走ったのだった。
そしてその上司と思しき男と一緒に平身低頭「ごぜえます、ほれ、たった一台だけ、あなた様のためこうして懐で温めておきました」と、ギャラクシーを差し出したのである。
ギャラクシー、さすがに画面がきれいだなあ。
もっともスマホはやたらと電力を消費するので、やっぱり一日一回の充電が必要であり、前とちっとも変わらないのだった。わはははは。
さて、今年もこうしてコドモショップ光が丘とはバトルが続くのであろう。楽しみである。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」
2011.01.02
最近は正月も2日から店を開けるのが普通になったか、スーパーもラーメン屋も当たり前のように営業している。
便利な世の中である。
昔は、っていってもオレたちが学生の頃だからつい最近ではあるが、コンビニもなくてどうやって正月をやり過ごしていたのだろう。たぶん年末のうちにしっかり準備しておいたのだろうなあ。
帰省列車もそうだ。
昔は、年末やお盆の特急電車に乗るためには、1ヵ月前のきっぷの発売日に並ばなくてはならなかった。
ふるさとまでの4時間の旅を座って過ごすために、半日かけて行列して指定席を取っていたわけだ。
それを思えば、すぐに乗車できて、たとえ座れなくてもたかだか2時間近く立っていればいいだけの新幹線は、なんと便利なものだろうと思う。
**
ヨメの実家でごろごろと過ごした正月を終えての帰途、昼飯に●源に寄る。ラーメン屋だ。
前にも書いたけど、化学調味料を使った普通の味のチェーン店で、餃子も明らかに冷凍なのに、接遇がきびきびして気持ちいいから、いつも客で一杯だ。
客商売はこうでなきゃいかんなあ。
暮れに、パパ友と飲んだ「たけし」もそうであるが、やはり原点は大切にしなくては。
夜、ついついSASUKEを視てしまう。肉体自慢の集まるテレビだ。
よーし、来年はオレも出るぞというお約束のギャグを言うも、ヨメは「一人で出てください」とあくまで冷たい。ま、要は平和な正月ということで。
「同じ時給で働く友だちの美人ママ」スマイレージ。昨日の日記にスマイレージがいいと書いたが、それはあくまでビデオクリップの話であるということが、音源を聴いてわかった。でもまあ、ビデオクリップは必見。このダンスには、お父さんたちはのけぞる。それにしても、この歌のタイトルは秀逸だなあ。
「ちょこっとLOVE」スマイレージ。つんくの最高傑作(プッチモニだっけ?)が、このちょこっとLOVEだと思う。詞も曲も編曲も演奏もボーカルパフォーマンスも、素晴らしいのであった。このスマイレージのカバーは、まあ、上手なカラオケレベルの出来だ。でも、温かく見守ろうではないか、お父さんたち。なにしろ15歳だ。16か? まあいいや。
「流星」コブクロ。山口のお通夜で"故人の好きだったコブクロが流れています"とアナウンスされていたっけ。きれいな曲ではあるのだがなあ。近田春男も書いていたが、このボーカル二人のコーラスはたいへんに気持ちよい。背の高い方がなかなかによくて、ギターを抱えた背の低い方もちゃんと声が合ってるしって、なんじゃ、Simon & Garfunkelだ。
「Triangle」smap。紅白の大トリで聴いて、ありゃ、いい歌じゃんと思ったのでダウンロードしようとしたが、そうだ、なぜだかソニーのサイトではジャニーズの歌がダウンロードできないので、嫌々ながら正月早々アマゾンで買った。アレンジが抜群にうまいのである。鬼聴きして、ほほう、なるほどとひたすら感心。メロディは、あれだな、スタレビのなんちゃらいう歌にクリソツだな。アレンジが上手で、トラックづくりが巧ければ、ボーカルは安心して歌えるという見本。
2011.01.01
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
日本海側が大雪で、車が滑っちゃって大変なことになってるようですな。
滑ったと言えば、夕べの紅白なんですが。
最大の滑りは、言うまでもなく紅組トリのドリカムですね。ドリカム。
なぜかブラスバンドと一緒に、誰も知らない歌を中途半端な酔っぱらいみたいに歌っちゃって、会場はしーん。日本中すきま風。
ネットでは「紅組が負けたのはドリカムのせい」「オレはドリカムファンだが、ファンだと言うのを隠す」「坂本冬美だったら勝った」と、すさまじい反響でありました。そもそも企画が滑ったというのもありますが、ドリカムも断ればいいものを。
ドリカムのおかげで、坂本冬美も石川さゆりも、すべて吹っ飛びました。
そもそもブラスバンド以下、あれだけの人数を集めてはしゃぎまくったというのに、ギター一本の便所姉さんに負けてました。
いま、便所姉さんというひどい言い方をしましたが、もちろんこれは「トイレの神様」のことです。正直、あれだけのパフォーマンスだったとは、驚きました。圧巻でした。
「三丁目の夕日」という映画が昔ありまして、この映画を見て泣かないヤツは人間性を疑うみたいなことを堂々と言う人が多くてびっくりしたのですが、これはもともと泣くようにつくってあるのだから、泣きたいと思って見れば、絶対に泣けるわけです。
それと同じ臭いを便所にも感じて、そういうあざとい曲のことを"便所臭い歌"と呼ぶわけですが(オレだけだけど)、そして確かにこの歌も便所臭いのですが、それでも路上で鍛えた分、歌が体に入ったときの説得力は素晴らしいものがあるようで、本当に圧巻でした。
10年に一度の名曲というのは言い過ぎですが、紅白の中締めぐらいの力は十分にありました。
その圧巻のパフォーマンスを、ドリカムは最後になってすべてぶち壊したわけで、素晴らしい滑りでした。
あと、滑ったといえば、桑田佳祐ですね。病気上がり。
病床で天井を眺めながら思いつくままにつくったと思われる最初の曲は、よかったです。ほほう、これはこれは、さすがだ。桑田佳祐の底力を感じました。
ところがそれに続く2曲目が最低でした。桑田佳祐の悪いクセである、自分パクリの曲でした。
しかも、パフォーマンスを含めたコミック具合が完全にずれていて、明らかに前世代の遺物。痛かったです、正直。
インタビューやら映像やらが欲しいからメディアは絶賛でしょうが、あれはとってもひどかったと思います。
これで紅白それぞれに滑りじめ。めでたいめでたい。
それにしてもタカダ氏がツイッターで指摘していたように、今回はやたらと口パクが多かったですなあ。その一人、一人ってわけではないか、AKB48は、歌に力がない。秋元康の限界を見たような気がしました。
それに対抗して出てきているのがハロプロのイマスレージなわけですが、こっちの子たちはなかなかよいです。どうも、今年のつんくの大逆襲が始まりそうな予感。
ただ、そういうギャルパワーを間違いなく圧倒しているのが韓国姉ちゃんたちで、少女時代なんざ、たまらんです。なんで紅白に韓国姉ちゃんが出なかったんでしょうかねえ。
アンジェラ・アキの相変わらずの上からソングにうんざりし、ファンモンの相変わらずの八王子演歌にぐったりし、紅白はやっぱりこれだなあと「風雪流れ旅」にうっとり。やっぱり紅白は楽しいですねえ。
そうそう、福山某の髪を切るパフォーマンスは、ありゃなんだったんでしょうか。それからSMAPの中井君の歌には日本中がスリル満点だったのではないでしょうか。
いきものがかりのボーカルが、かわいいか、かわいくないのか、常にネット上では論争が繰り広げられていますが、確かにそれもそうだよなあと納得しつつ、両隣の二人は思い切り不要だなあと、日本中の人が思ったことでしょう。
やっぱり紅白は楽しいのでした。
「朝日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「日刊スポーツ」