2020
2020.12.31
冬のお楽しみといえば高校サッカーだ。サッカーの甲子園である。
今年は再浜の昌平高校に注目。来年アルビレックスに入る予定の小見くんという選手がいるからだ。
昌平高校は、みんなの敵・青森山田とともに優勝候補に挙げられている。今日の相手は山口の高校だ。
優勝候補の昌平高校にすればあっさり勝って当然の相手。それなのになんと先制され、追加点を入れられる苦しい展開だ。
圧倒的にボールを保持しながらがっちり守られた相手にゴールを決めきれず、逆に攻め疲れたところにカウンターを食らうというやつだ。ポゼッション対カウンター。
山口の高校が弱者の戦術に徹し、とことんリアリスト路線に走る。それを崩せず、これは明らかに戦術負け。2点目が決まった時点で、こりゃジャイキリ決定で優勝候補が姿を消したなと思った。
高校サッカーは40分ハーフ。後半40分の時点で0-2だから、誰もが昌平高校の負けを受け止め、山口の高校のジャイキリを革新したのも当然だ。
ところが驚いたことに昌平高校はその後半40分に1点入れて2-1とする。げげっ。
直後に表示されたアディショナルタイムは3分。こ、これはあるな。あるぞ。オレと息子はスマホの画面を見ながら息を呑む。
そしてまさかまさかのアディショナルタイム3分を過ぎて最後のワンプレーというフリーキックで、直前に投入された交代選手が同点ゴールを決めるという展開だ。
オレたちは車の中で絶叫である。年末のお買い物にでかけていたから、車の中でスマホで見てたのよね。
アディショナルタイムで2点とって同点に追いつくとは、まあ、漫画だ。漫画でもやらないくらい、漫画だ。
そして延長戦はないので、そのままPK戦。
これがまたドラマティックで、最後のキッカーが決めれば昌平高校の大逆転勝利というところで山口のキーパーが見事に跳ね返す。
そこからは負けたら終わりのロシアンルーレットで、結局8人目の山口が大きく蹴ってしまって万事休す。
蹴る直前にキーパーの動きが目に入って、とっさに逆をつこうとしてふかしてしまったようだ。やっぱりPKというのは、思い切り速い球を力いっぱいドカンと打ち込む、というのが王道だ。相手を読もうとすると、闇に落ちてしまう。
こうして後半40分まで0-2で負けていたのに大逆転して勝ってしまうというめったに見られないゲームを見せてもらった。いやあ、面白かったなあ。
負けた山口には気の毒だが、これがサッカーだ。
PK戦の最初のキッカーが小見くんだったが、彼のPKは実はサッカー界ではすでに有名で、なんともユニーク。クセのありすぎるPKなのだ。
このPKは、それだけで客を呼べるぞ。カネの取れるPK。
次のゲームも楽しみである。
ちなみにこのゲームが行われたのは大宮のNACK5スタジアム。本来なら車を飛ばして息子と見に行くつもりだった。
それが応援は在校生と保護者だけという決まりとなり、残念。諦める。
高校サッカーは毎年見に行ってて、楽しみにしていたのだがなあ。
というわけで、コロナの2020年もおしまい。
今年もたいへんにお世話になりました。文字数で45万150文字。妄言多謝。どうぞお許しください。
恒例の、我が家の10大ニュースは、ちょっと思うところがあってもうやめた。
新しい日記は別のURLです。ここに直接ブックマークしている方は、2021年版にマークしなおしてくださいませ。
それにしてもソネットの突然のホームページやめます宣言には腹が立ったなあ。
まあいいや。
来年は皆さん、良い一年にしましょう。
どうぞお体大切に。
2020.12.30
12月あたまに発表された読売新聞の十大ニュースでは、1位がコロナ拡大で2位がオリンピック延期、3位が菅政権誕生だった。
これは国内。一方の海外はというと、1位がバイデンで2位がコロナと来て、3位はBLMの黒人騒動という順。
どちらも妥当だわな。もっとも投票した読者というのが、19歳以下と70歳以上で50%を占めていたから、果たしてこれで日本人の総意と決めつけていいかというと疑問は残る。かなり。
それでもレコード大賞に比べればまだましか。
レコード大賞が権威をなくしたのは80年代くらいからで、あの頃から金を払って取りに行くものとされるようになった。
対して紅白歌合戦は、権威こそなくなったが、出場を喜ぶ人が増えてきたのはいいことである。90年代だったと思うけど、バンドの女の子が「田舎のおばあちゃんが喜ぶので紅白に出る」と嬉しそうに話していたのが印象に残っている。あの発言が転換点だったなあ。
レコード大賞も紅白みたいになれたらよかったのにね。
そんなことを言いながら12月30日を過ごす。
2020.12.29
今年は忘年会の類いが全滅。どこの会社で聞いても「中止ですよ」「禁止ですわ」「ねえよタコ」「じゃあおまえはやるのかよボケ」と、忘年会どころではないという感じ。
というか、日本から飲み会文化が消滅するんじゃないだろうか。
別に飲み会なんかなくてもコミュニケーションできるし、飲みたきゃ家で好きなものを飲めばいいし。
日本人はそれに気づいてしまったから、忘年会、新年会どころか、送別会、歓迎会もなくなるだろう。
忘年会と聞いて今急に思い出したのが、昔の取引先だ。その取引先は自社の忘年会にオレたち取引先を招待するのだが、呆れたのは会費をきっちり徴収することだった。招待しておいて何だこりゃと思ったものだった。
「今年もいろいろ無理言っちゃってごめんね」と取引先は日本酒を差し出し、招待されたオレたちは「いえいえ、すっかりごちそうになっちゃって」と盃を返し、そしてきれいに一次会で失礼する。もちろんその帰り際には若手社員にこっそりと「これ、二次会で」と万札を手渡す。
そして下請け同士が「さて、ちょっと寄っていきますか」と別の安い焼き鳥屋に移って、ネクタイを緩める。
これが日本の忘年会のしきたりだろう。それなのにこの広告代理店は。
会費を払ったその足で社長のもとへ行き「お招きありがとうございます」と頭を下げつつ、あー、あほらし、と腹の中ではうんざりしていた。こんなのは非常識ですよと注意する人が社内にいなかったのだろうなあ。
オレと同じように毎年招待されて会費を巻き上げられている印刷会社の社長とは、いつも顔を見合わせながらそんなふうに苦笑いしていたものだった。
30代前半だから30年以上も前の話か。どんどん遠くなるなあ、過去が。
まあ、昔話はよい。
あれから30年以上が過ぎた今夜は、地元のパパ友と恒例の忘年会だ。このパパ友連中とは15年くらいの付き合いになるのか。長いなあ。地元にこういう付き合いがあるのは、とても心強くて楽しいことだ。
いつもは「とおるちゃん」に行くのだが、すでに今年は店じまい。そこで「ちゃのま」に行く。
地元では割と有名な店で、酒も料理もしっかりしている。高め。
しっかりしていないのは店員の教育で、今日は店長が不在だったこともあるのか、客に対する態度を露骨に使い分けていた。他の店が苦しんでいる中で満席なのはたいしたものだが、それにあぐらをかいていると危険だぞ、おい。
大皿料理が売りの店で、カウンターにはずらりと美味しそうなお惣菜が並んでいる。特にここのポテトサラダは絶品。
そのポテトサラダやナスの揚げ浸しなどの大皿が並んだカウンターには客がずらりと座り、女子2人が大声で休みなくしゃべりまくってて、仕切りもないものだから、その飛沫がずらりと並んだ大皿に飛びまくっていた。あちゃ〜。
うんざりしてきたので次の店に移動する。だがほとんどが22時まで。これでは飲食店も立ち行かないだろうなあ。
自粛要請を守らない店には罰則を、なんてささやかれているが、とんでもないことだ。かつてネクタイ業界を徹底的に叩いたように、一つの業界をとことん叩くのは、こちらもイヤーな気分になる。
そんな22時までの要請なんて知ったこっちゃないという態度で営業続けているのが、串カツ田中。席が空いていたので入る。
相変わらずまずいな、串カツ田中。店員のギャルが「今日は私も板場も秋津からのヘルプなんで遅いんですよ〜」と言っていた。
その後3軒目を探したが見つからず、前に行ったバーを覗いたら、席は空いていたものの店内ぎゅうぎゅうでまったく換気をしていないような店だったので、やめた。
結局コンビニに寄って、これも毎年恒例、みんなでアイスを食べる。年末の夜空の下、コンビニのアイスをみんなで食べないと、一年が終わらないのだ。
こうして今年もどうにか無事に終えた。幸い仲間にコロナも出なくて、なんとか乗り切った。来年こそはもっといい一年にしたいねえ。それでも一年の締めくくりはやっぱり同じようにコンビニのアイスになるんだろうねえ。
2020.12.28
今井ゆうぞうの訃報にはびっくりした。ツイッターを見ていたら報せが飛び込んできて、文字通りしばし呆然。心底驚いた。
NHKの歌のお兄さんである。相方は、はいだ・しょうこ。
うちの子供達がずっと見ていた、まさにこの2人の世代。というか、親にとってこの2人が世代。
それどころか息子も娘も、「おかあさんといっしょ」には出演している。はがきで応募して当選し、呼ばれた。毎月1通しか応募できず、12ヵ月目にやっと当たったっけ。
息子のときはオレが、娘のときは嫁がスタジオまで付き添った。そんな経験があったものだから、急逝の報せはけっこうショック。オレにとっては筒美京平クラスのショック。
今井ゆうぞうも、はいだ・しょうこも、どちらもとんでもなく美形で、美形過ぎて怖いと言われほどだった。スタジオで生で見た2人はテレビ以上の美形で、ちょっとびびったわ。
今井ゆうぞうは、スタジオでふっと子供から目をそらしたときの表情が心ここにあらずで、たぶん子供のことが特に好きというわけじゃなくて、仕事だから子供を相手にしているだけかもしれないな、と思った。まあ、仕事だから、そりゃそうだよな、と1人で納得したオレだった。
まだ43歳。あまりに若すぎる。
漏れ伝わるところでは、脳出血らしく、急死。持病はなかったというが、数日前のブログには目が充血しているという記述があって、写真もアップされている。
そのブログを見たら、確かに目が真っ赤で、ちょっとグロ。目の異常は脳の異常につながっているケースが多いから、この状態で医者に急行すべきだったんだろう。脳動静脈奇形の症状という指摘もある。
それを言ってくれる人が近くにはいなかったということか。確か子供が2人のはずだったが、もしかしたら家族とは離れていたのかもしれない。事務所にも所属していないというから、マネージャーもいなかったはずだ。
実は数年前から、ちょっとおかしいという声は上がっていたようだ。
中野で行われたクリスマスコンサートにゲストで出場した際は、歌詞も覚えてなくてグダグダで、次の曲がなにかもわかってなくて、酔っ払っているようにしか見えなかったという。
この件ではクレームが殺到。あまりの酷さに衝撃を受けた、という厳しいクレームが多かったようだ。会場では抗議のためにスタッフに詰め寄った客もいたらしい。
にも関わらず今井ゆうぞうは反省するでもなく、何が悪い的な態度だったようで、ブログでもイベント主催者からの抗議を鬱陶しいというような言い方をしていたそうだ。
他にもミュージシャンに毒づいたり同じ発言を繰り返したり、ちょっと狂気を感じさせるようなこともあったらしい。
これらも脳の異常だったといわれている。本当かどうかは知らないが。
YouTubeに「ぼよよん行進曲」が上がっている。今井ゆうぞうの持ち歌を、NHKの歴代の歌のお姉さん、お兄さんがコロナに負けるなというメッセージと共に一緒に歌っているビデオだ。これがなかなに感動的で、見ているだけでちょっと涙がこぼれてくる。
はいだ・しょうこの前のつのだ・りょうこもいるし、超絶美人の神崎ゆう子もいる。
神崎ゆう子はNHKのスタジオライブを見に行って、あまりの美人ぶりに呆然としてしまい、ついCD即売サイン会の列に並んで、息子をダシにしてオレがちょっとお話させてもらうという栄誉に遇した。あのときの「タンゴさんへ」というサイン入りCDは宝物だ。
しかし、このYouTubeでも神崎ゆう子の美人ぶりはちっとも衰えてなくて、びっくりする。またサインしてくれないかな。
それはともかく、つのだ・りょうこの相方が杉田あきひろで、覚せい剤で逮捕されちゃった歌のお兄さんだ。その一つ前、茂森あゆみの相方の速水けんたろう(だんご3兄弟のペアだ)は、交通事故で人を死なせてしまった。
つまり、速水けんたろう、杉田あきひろ、今井ゆうぞうと、歌のお兄さんは3代続けてとんでもない目にあっていることになる。呪われた歌のお兄さんかよ。
それはともかく「ぼよよん行進曲」は、ガチの名曲である。
作詞作曲は中西圭三。大宮のイベントで、たまたま本人がこれを歌うのに遭遇したことがあった。ラッキー。
これは、中西圭三がうつ病で苦しんでいたときに自分を励まそうとつくった歌だというのを聞いたことかある。それを知るとなおさらこの歌の深みがわかる。
そういや息子が「おかあさんといっしょ」に出演した際の、帰り道のことだ。奮発してNHKから駅までタクシーに乗ろうと、オレは3歳の息子の手を引いてNHKのタクシー乗り場に立った。
ちょっと離れたところにはタクシーが待機している。なのに一向にオレたちのほうやってくる気配がない。
あれえ、なんでかな〜と思っていたら、後ろから急に話しかけられた。「ここはね、呼ばないと来ないんですよ」。
おじさんは、低い声で言いながら手を挙げてタクシーを呼び、そしてオレの前に停まったタクシーを指さして、「どうぞ」と笑ったのである。
オレは、よろしいんですかと一言断り、「どうぞどうぞ」と言うおじさんに頭を下げながら息子と一緒にタクシーに乗り込んだ。
ジョン・カビラだった。
とてもいい人なんだなあと思いながら、オレはタクシーの中から公園通りを眺めた記憶がある。
今井ゆうぞうのことを考えていたら、そんなことも思い出してしまった。
2020.12.27
今年の1月〜10月で、前年より1万4000人も減ったって。死者が。日本の。全部の。
ガンとか脳卒中とか動脈瘤とか交通事故とか自殺とか殺人とかインフルエンザとか、とにかく全部ひっくるめた死者が減ったって。1万4000人も。
小林よしのりならば狂喜して自慢しまくるだろうな。ほーら見ろ、コロナは日本人に優しいウィルスなんだ、って。
確かに死者が減ったのはコロナのおかげらしい。コロナでみんなが衛生面に気をつけて、健康にも気を配って過ごした結果、外にも出ないから交通事故も減って、おかげで日本人は死ななくなったらしい。
ありがたやありがたや、コロナ様。
そんな平伏のオレたちに冷水をぶっかけたのが羽田孜の息子の急死。53歳だって、若いなあ。あれは明らかにコロナだろう。
なんだ、やっぱりコロナ怖いじゃん。やばいよ、変異種。
というわけで、コロナは福音か悪魔か、いまだにはっきりと決められない。
だが待てよ、死者が減ったということは、少子社会から多死社会へ、と言われていた日本の状況が変わるということか。つまりは膨れ上がる社会保障費と医療費を抑制するにはボリュームゾーンである団塊の世代がいなくならない限り無理といわれていたのに、それが一歩も二歩も後退するということではないのか。
うーむ、やっぱりコロナは福音なんかではない。日本にトドメを刺すために開発された爆弾ではないのか。
などと決して人前では口にしてはならないような酷いことを口走りつつ、今日は天皇杯の長崎対川崎を観る。
勝っても決してほめられない川崎と、負けても絶対にけなされない秋田。史上まれに見る格差対決だ。
特に川崎は天皇杯で勝って中村憲剛を送り出したいというしゃらくせえことを考えているから、絶対に勝たねばならない。しゃらくせえ。
だから格差対決だというのに本気のメンバーを並べやがった。まるで港区のタワーマンションの子どもが「足立区の団地の子どもとを誘いなさい」と言って親からもらったカネでホテルのディナーにいったようなもので、そりゃあまりに大人げないだろうと思わずにいられなかった。無理矢理の比喩であるが。
前半15分までの秋田は、とにかく川崎のいらだたせようと汚いプレー連発で、それがを奏していたのだが、さすがにイエローが出てからはびびっちゃって、後は川崎の一方的な攻め。大人げないなあ。
そんなわけで後半は特に退屈になり、居眠りしてしまった。
2020.12.26
松屋のカレーは旨い。松屋って、牛丼のね。
特にバターチキンカレーは絶品。あれ、チキンバターだっけ。どっちでもいいが、とにかく絶品だ。
そんな松屋のカレー専門店が、マイカリー食堂だ。地元にオープンしたので、早速突撃である。
このご時勢で新しく飲食店をオープンしてくれるなんて、とてもありがたいことだ。応援しよう。
出かけていったマイカリー食堂は、松屋のまんまに食券式。ほとんど社食。
そして食券を買うと同時に厨房に連絡が行くので、店員に食券を渡す必要もない。食券を買ったらそのまま席について黙って待つだけだ。
自分のカレーができたら、番号が表示されるので受け取る。病院の薬局で薬を受け取るみたいな感じだ。
ここまで店員となんの会話もなし。いらっしゃいませの一言もなく、店の中はシーンとしている。「極力接客を抑えています」との電光掲示板が流れるように、要はそういうことなのだ。
出来上がったカレーを社食のように受け取り、黙々と食べる。バターチキンが旨いといっておきながら、オレはカツカレーだ。カツカレーって、注文せずにはいられない魅力がある。抗いがたい魔力だ。
黙々とカツカレーを食べたら、社食のように下げ棚へ持っていく。店員からは相変わらず「ありがとうございます」とないので、オレからごちそうさまと言ってやったら「ありがとうございました」の返事があった。
カレーは旨かったなあ。でも、まったく味気なかったなあ。楽しくないというか。
人手不足に対応した省力化とか、価格競争のためのコストダウンとか、ここ数年の流れで、外食の店内がどんどんつまらなくなってきた気がする。そこにコロナだもんな。店内が陰気なのも仕方ないか。
でもこれだったら食べてて楽しくないというのが今日の結論。カレーはとても旨いのだから、これならテイクアウトで家でわいわい食べたほうがいい。
まあしかし、この時流でオープンしてくれただけでもありがたい。営業短縮を守らない店には罰則を、なんてひどい話だ。
オープンということでは、昨夜行ったのが、あのスマイリー城のあとにオープンしたお好み焼き屋。地元にはお好み焼きの店がないので、なかなかいいと思う。もっともオレは粉ものを食べないので、なくてもいいのだが。森伊蔵があったのが嬉しくて、ロックで一杯いただく。
この店はなかなかに旨かった。お好み焼きももんじゃも、いい味だ。
店員の声がでかくてうるさいのと、音楽がずっとサザンだったのが気に入らなかったが。オレはサザンオールスターズが大嫌いなのだ。
そういう文句はあるものの、概してよく頑張っている。何よりもこの時流でよく新しくオープンしたものだと感心する。
チェーン店ではない、こういう個人経営の路面店は応援しなければ。
などと言いながら酔っ払って風呂に入ってヒートショックになりかけたオレの耳に飛び込んできたのが、全世界の外人を入国禁止にするというニュースだ。ひえー。
これではブッチが帰ってこられないではないか。念のため、プッチとはアルビレックス新潟の監督のスペイン人である。クリスマスになったらさっさとスペインに帰ってしまったのだ。
そのプッチが帰ってこられないとなると、大変ではないか。
いやいや、問題はそこではない。いつもは呑気な日本政府が、なぜかこの件だけは想定を上回る速さで対応したことだ。もしかして政府はなにか大変なことを知って隠しているのではないか。
オレは、インフルエンザの死者が1日50人だったのに対してコロナはへなちょこ、とずっと主張してきたが、それもあっさり超えてしまったようだ。困ったもんだ。
やっぱりあれか、インドの14歳の預言者の語った「12月20日から本番」というアレが、今回の変異種のことなのか。
しかし全世界からの入国を禁止するっていっても韓国と中国は別っていうあたりが、どうにも怪しい闇。
2020.12.25
Jリーグには、タンゴちゃん認定4大バカがいる。オレの認定だから権威はないが、遠慮もない。その4人とは、槇野(浦和)、森脇(元浦和)、岩下(鳥栖)、大久保(ヴェルディ)である。
前2人は、天然のバカ。純粋なバカだ。
槇野は今年もクリスマスイブに「僕の契約更改が皆さんにとって一番のクリスマスプレゼントです!」とあまりにも正々堂々とした勘違いを吐いた。受け狙いではない。こいつは本気でこう思っているのである。
広島から浦和に移籍する際は後ろ足で砂をかけるようなやり方だったのに、試合のために広島へ来たらば満面の笑みで「お待たせしました」と挨拶した。あまりに天然かつ堂々とした挨拶だったために、こいつは本気でバカだと誰もが思い、相手にするのをやめようと決めたのだった。
その槇野と浦和で同僚だった森脇は、試合中に黒人選手に向かって平気で「臭い」「猿」と罵っていた。今時ありえない行動である。
接触プレーで試合が止まったときにレオ・シルバに向かって鼻をつまむ仕草をしたときは、大騒動になったが、「口が臭かったから」と失礼にも程がある言い訳をして世間を呆れさせたものだった。
あのときはレオ・シルバの同僚の小笠原までもが森脇に向かって「いいからおまえは黙ってろ」と抑えにかかったものだった。
上の2人は、まあ、天然の真性バカである。槇野に至っては愛すべきバカと言えなくもない。バカにされて喜んでいるフシさえある。
問題は後の2人、岩下と大久保だ。この2人は暴力的すぎて周囲が大変に迷惑している。悪性のバカである。
岩下は、チンピラだ。仲間と夜遊んでいるときの写真を見たが、ほとんど半グレ集団だった。今季引退したけれど、この後どうするのだろうと、こちらも心配になる。本当にヤカラになるんじゃないか。
プレー中はとにかく悪質だった。印象に残っているのはラファエル・シルバに振り切られたときだった。
頭に血が上った岩下は後ろから追いかけていって、ラファエル・シルバのかかとを狙って思い切り踏みつけたのである。幸い間一髪、ラファエル・シルバのほうが速くて事なきを得たのだったが、あのままかかとを踏まれていたら、ラファエル・シルバは間違いなくアキレス腱を切っただろう。
もちろん岩下はアキレス腱を切ってやろうと狙って踏みつけようとしたのである。
この類いの悪質ファールの常習犯で、岩下が出るたびにゲームは荒れ、見ている方はいやーな気持ちになったものだ。
そして問題は大久保である。ヴェルディの。
今朝、日刊スポーツのスクープでセレッソ大阪に移籍するのではと報道されてから、セレッソ大阪は阿鼻叫喚。ヴェルディは歓喜の歌声。それほどにも嫌われている選手だ。
39歳になるのに今季はJ2でノーゴール。40に手が届くノーゴーラーを獲得しようというセレッソは笑いものにされている。
ヴェルディサポーターからセレッソサポーターへ宛てたメッセージがすがすがしいまでに大久保への評判を表している。
「タダで粗大ゴミ回収していただけるようで本当に嬉しいです。怪我から復帰してチームの成績が下降していきました。てめえの衰えを棚に上げて若手にキレ散らかして空気を悪くする姿、見ないで済むと思うと心が晴れやかになりました」。
どれだけ嫌われているのかという。
いや、嫌われても仕方ないのだ。このメッセージを解説すると、大久保は自分にパスが回ってこないと周囲に当たり散らし、自分がゴールしないでチームが勝つと機嫌が悪くなる。
それどころか若手が一生懸命パスを送っても、そんなパスじゃオレはシュートしないという態度でわざとゴールしなかったりする。若手の見本どころか老害と言われている。
川崎から東京へ移籍したときもひどかったらしく、半年でチームを追い出されて川崎に出戻り。同じような態度で、東京の雰囲気をボロボロにして、追い出されたのだ。
それをまったく反省することなく、今度は磐田に移籍したときは、試合中にミスした若手をずっと罵り続け、とうとう音を上げた若手が前半で交代。世にも珍しいメンタル交替となったのだ。
若手がミスをしたときは「気にするな、何度でもチャレンジしろ」と背中を叩くのがベテランだと思うのに、この老害はしつこく罵り続け、ロッカールームでも説教の嵐らしい。あまりのことにヴェルディでは若手の井上が体調を崩すほどだった。
同じベテランでもチョン・テセはクロスの下手くそな荻原に対して「いいからどんどん上げろ、失敗しても気にするな、何度でも上げろ」と励まし、感動した荻原はそれからなんとかの一つ覚えのようにテセに向かってひたちすらクラスを上げ続けたっけ。それでクロスが上手くなったかというとちっとも上達しなかったのが荻原だったなあ。
その荻原も来季は京都に移籍するようで、キジェのパワハラで鍛えられれば、少しは上達するかもしれない。
おっと、話がそれた。大久保のパワハラだった。
そんなわけで代表にまで選ばれたことのある選手だというのにどこの現場でも嫌われ続けた大久保は、少しも反省することなく、孤立を孤高と勘違いし、セレッソに移籍する。いや、待て。あいつは関東以外のチームではプレーしないんじゃなかったっけ。まさか断るのだろうか。他に行き場もないのに。
人間、ベテランになったら頭を垂れ、若手の範とならねばならない。そして若手の失敗は己の責任とし、自分の手柄は若手に分け与えねばならない。
かの竹下登の「汗は自分でかきましょう。手柄は人に渡しましょう」という名言を、大久保は今からでも噛みしめるべきだな。無理か。
そんなわけでタンゴちゃん認定Jリーグ4大バカのうち、最も問題である大久保について取り上げてみた。オレも人の悪口を書くときは調子がいいな。
などと書き散らかしていたら、9時からの金曜ロードショーで「風の谷のナウシカ」を見るのを忘れてしまったでござる。
とほほ。
2020.12.24
なるほど、今はAIなどの非軍事技術が兵器と融合しようとしているのか。テクノロジーが人を殺せるようになっちゃうわけだな。
するとテクノロジー同士が人間の代理戦争を始めるかもしれない。中国の先進技術が恐れられているのは、これが理由だったか。量子コンピュータが勝手にアメリカを敵と判断して偶発的な戦争を引き起こしてしまうんじゃないか、という。
そうなったら人間にはもう止められない。いや、止めようとする人間のことをテクノロジーは敵と見なしてしまうから、テクノロジーが人間に攻撃を仕掛けるわけだ。
うーむ、テクノロジーに人類が滅ぼされてしまうというSFができあがってしまうではないか。恐ろしい。
などとビビりながら向かったのが、例によって銀座。
しかもタイミングよくクリスマスイブ。
ところがまったくクリスマスの雰囲気がしない。イルミネーションとか人が集まっちゃうからダメなんだろうね。それでもブルガリとかプラダとかの店にはそこそこ人がいて、お金持ちがプレゼントを買いにきてるんだろうなあ、でも銀座のお姉ちゃんたちは壊滅状態だろうなあと、大きなお世話的心配をしてしまう。
夜はクリスマスイブだというのに皇后杯の準決勝だ。アルビレックスレディーズは、なんと準々決勝でにっくきINACを0-2からの逆転で3-2と勝ち破り、準決勝進出なのだ。
誰もが思う。アルビレックスの野郎どもはレディースの爪の垢でも、と。
準決勝の相手はこれまたにっくき浦和レディース。一度は上尾野辺の超絶ゴールで追いつくも結局はPK戦になだれ込み、敗れてしまった。
くっそう、勝ったら決勝戦の応援のために京都まで行くつもりだったのになあ。残念。
PK戦は最初のキッカーにキチンハートの川村を置いたのが間違い。案の定、きれいに外してしまって、これで若いキーパーがガチガチになってしまい、その泳いでいる目を見た瞬間に、あ、こりゃ負けた、とわかってしまうほど。
まあ、内容では勝っていたし、PK戦の負けは負けじゃないから、レディースは胸を張って堂々と帰っていいのだ。
それにしてもオレの気に入っている中村楓がベンチ外だったのはどうしてだ。たぶん怪我か。かわりに出ていた韓国人のちびっこディフェンスが菅澤優衣香を完璧に抑え込んでみせた。これをサッカーでは“殺す”という。それは実に見事な殺し方であって、惚れ惚れしてしまった。
2020.12.23
先日、松本と長野の仲が最悪と書いたら、松本在住のまっちゃんから連絡が来た。
あれ、松本じゃなかったっけ? 長野在住だったっけ? やっぱ松本? 別にどっちでもいいじゃん。
ところが、どっちでもよくないらしいのである、当事者としては。
確かに日韓ワールドカップのときも、日本と韓国が互いに譲らないものだから、別にどっちでもいいじゃんと思った欧米が「だったら一緒にやれ。めんどくせえ」と切れたのはよくわかる。オレたちだって、パラグアイとウルグアイの仲が悪いと言われたって、めんどくせえ、知らねえよ、と言うに違いないもんな。
だから松本と長野が仲悪いっても、知らないのだ。
当のまっちゃんは、実は新潟出身なので、松本とか長野とかどうでもよいらしい。
他の都市では、浜松と静岡、高崎と前橋、岡山と倉敷も悪いらしい。
だが一番悪いのは、浦和と大宮だろう。仲が悪ければ分ければいいものを、ここは逆に一緒になってしまったという希有な例。何を考えていたんだろうなあ。
2020.12.22
Jリーグアワーズと言えば思い出すのは、初代カズの真っ赤なスーツ。
回転する舞台から登場したカズは思い切り派手なパフォーマンスで沸かせたのだった。
あれでJリーグはチャラいと決定。ヴェルディの応援にルーズソックスの女子高生が押しかけ、いろんな派閥ができて争いを繰り広げたこともあって、Jリーグはアホということになった。
一方、日本代表はフランスワールドカップ予選の死闘によって、Jリーグはチャラいけど代表はガチという評価を決定づける。前者の象徴がカズで、後者は中田ヒデ。
30年後の今、カズがアスリートのみならず広く大人たちから尊敬を集め、“旅人”中田ヒデがお笑いと軽蔑の対象になっているとは、まあ、人生というのはわからないものである。禍福はあざなえる縄のごとし。
そして今年もJリーグアワーズが開催された。
もちろんアルビレックスがかするわけもなく、わずかにフェアプレー賞をもらっただけ。これはJ2の22チーム中、19チームが受賞するというもので、なんだこりゃ賞とも呼ばれている。
もらえなかった3チームの中でも断トツ最下位だったのが福岡。さすがに九州のチームは荒い。テコンドーサッカーの地だ。もっともこの福岡から鳥栖に移籍していた岩下が今年で引退したから、来年から少しは九州も平和になるのではないか。
さて、アワーズの目玉はもちろんベストイレブンとMVPだ。
ベストイレブンはなんと11人中9人が川崎からという異例の事態。DAZNで中継を見ていたオレと息子は腰を抜かし、ネットでも「は?」「は?」「は?」という反応。
一番大きな「は?」を上げたのは小林悠だったらしいが。
その「は?」の反応がさらに倍になったのが優秀監督賞の発表で、選ばれたのはなんとガンバの宮本ツネ。ありえね〜。ツネかよ。ありえね〜。
もちろん川崎の9人選出もありえねえ。家長、三苫、谷口あたりは順当としても、田中碧とかジェジェウとか、我が目を疑ったよ。キーパーがチョン・ソンリョンって、選んだヤツらの目は節穴か。キーパーは東口で決まりだろう。宮本ツネと東口は、逆だったに違いない。
さて、こうなると問題はMVPである。
優勝チームから選ぶという慣例が不穏な空気を呼び寄せる。
おいおい、今さら家長はねえよな。さすがに新人の三苫がMVPってこともないだろう。少々物珍しかっただけで、あのドリブルも弱い相手にしか通用しないし。
となると、おいおい、ちょっと待て。まさかの谷口かよ。ありえねえだろ、谷口。いやしかし、他に適当なのがいない。谷口、リモート発表会だというのにちゃんとスーツで会場に来ているし。
そんなまさかまさかの空気の中、発表されたMVPはオルンガだった。ほっと一息。安堵がもれる。そういやオルンガもケニアに帰国せず、スーツで会場にいたな。
まあ、オルンガなら順当だろう、ということでようやくホッとした空気が流れたのだった。
なおJ3の優秀監督賞に選ばれたのが、先日J2昇格を決めた三浦文丈。
アルビレックスの監督時代、降格確実のとんでもなく低い成績しか残せず、心労と荷の重さによれよれになった苦労人だ。フミタケに対してはアルビレックスのサポータの誰もが、無理な仕事を任せたオレたちがパワハラだった、すまなかったな、という感情を抱いている。
だから今回の受賞はたいへんに喜ばしく、オレと息子はテレビの前で拍手を贈ったほどだ。よかったなあ、フミタケ。苦労が報われて、思い切り喜んでくれ。来年はスタジアムで会おう。
2020.12.21
保有資産10億ドル、つまり1033億円を持っている超富裕層は世界に2000人ほどいて、コロナのこの1年でその人たちは資産を200兆円、つまり1人5000億円? 500億円? 増やしたのだそうだ。
額が大きすぎて計算ができない。5000億円で正解のような気がするが、それではいくらなんでも額が大きすぎる。
一方で6億9000万人の人が、今日食べる食料にも事欠いているという現実がある。
1つの地球に2つの世界がある、と言われる。
なるほど、昨今のどうにも拭いきれない違和感の正体はこれだったのか。ポンと膝を打つオレであったが、もちろんそんなことは最前より自明だ。
世界の所得階層の分布を示すグラフにエレファントカーブがある。象が鼻を持ち上げた姿に似ているグラフであることからそう呼ばれている。この象さんのグラフからはいろんなことが読み取れて、一番のポイントは先進国では所得の格差が進んでいるということだそうだ。
まあ、肌感覚でそれはわかるがね。
果たして世界はどこへ向かうのか。
と、雑なエッセイの雑なまとめ方をしてみた。
今日は冬至。明日からは少しずつだが日が長くなっていく。
2020.12.20
まったく今年の世相の暗さは異常である。このフレーズも今年何回書いたかわからんな。
コロナははやるわ、オリンピックは中止になるわ、志村けんは死ぬわ、学校は休校になるわ、九州で大雨が降るわ、としまえんは閉園するわ。よかったニュースははやぶさ2号ぐらいじゃないか。
こんな1年として記憶されることに、息子がかわいそうでならないわ。
そしてこんな1年の締めくくりにふさわしく、アルビレックスは最終ゲームを迎えた。相手は大宮。スタジアムは大宮駅から徒歩15分のナックファイブスタジアム。自宅から近いのでよく行ったものだが、今回はチケットも瞬殺で手に入らなかったし、寒いし、やめた。そして、行かなくて正解だったと言わざるを得ない内容だった。
ここ7試合、毎度、史上最低のゲームと思っていたが、今日の最終戦もここ数年まれに見るひどいゲームだったなあ。走らない。緩い。ボケッと突っ立って見ている。
キーパーの藤田がアホみたいなやらかしをやって失点したというのに誰も声をかけに行かないとは、どういうことだ。
あまりに呆れたので、途中、J3相模原のゲームに切り替える。
相模原は、今日勝てばJ2昇格だ。しかし引き分けでは昇格できない。勝利が絶対の条件。
そして後半ロスタイムに入って2-1でリードしている。このまま逃げ切ればJ2昇格、1点入れられたら昇格できない。
うわー、なんというしびれるゲームだ。よそのチームながら、大きな声を上げながら見てしまった。
そして無事に2-1で逃げ切ってJ2昇格。選手たちは大喜びだ。
監督の三浦文丈もインタビュー後に両手を突き上げて吠える。
この三浦文丈、通称フミタケは、以前アルビレックスで監督をしていた。レオ・シルバ、ラファエル・シルバ、コルテースがそろっていながら降格争いをするという信じられない醜態を演じた吉田達磨に代わって、翌年から監督を任せたのである。
だがそのフミタケもシーズン途中で解任だ。
冷静に考えればうまくいくわけがなかったんだよなあ。なにしろフミタケは前年までJ3長野の監督だった。J3の監督にいきなりJ1の監督を任せてうまくいくわけがない。しかもレオ、ラファ、コルが抜けてチームもがらっと変わってしまった。
結果、ホ二を走らせての縦ポンサッカー。アマチュアかよ。
フミタケの顔は引きつり、頭は白くなっていき、ついには途中解任。考えればフミタケには荷が重すぎたのだろう。なんだか申し訳なかった。
そのとき、チームでディフェンスのリーダーだったのがカンペーこと富沢。なんでカンペーと呼ばれたかというと間寛平に似ているという、ただそれだけの理由だ。そのカンペーも今は相模原でフミタケと一緒で、そして見事に昇格を果たしたのである。
かつて新潟で一緒に闘った二人がJ3の沼に沈んでそこから這い上がってきたのだから、感慨も一際なのだ。
来年はこの相模原と対戦するわけだが、フミタケとカンペーの二人にぼこぼこにされるチームが今から見える。
このJ3からの昇格争いでは、相模原と昇格を争っていたのが長野。残念ながら長野は勝てば昇格という咲いて終戦を落としてしまい、力及ばずだったわけだが、そのときの松本山雅の反応が素晴らしかった。
とにかく長野が昇格できなくて本当によかった心から嬉しいという声があふれて、人様の不幸を大喜びしているのである。松本は。
やっぱり長野と松本って本当に仲が悪いんだね。分県論が長くくすぶっているというから、すさまじい。浦和と大宮以上の険悪さだ。
なんでそんなに長野と松本って憎しみ逢うのだろう。すくなくともサッカーだったら、県内に同じリーグのプロチームが2つあればダービーができて盛り上がって素晴らしいのだがなあ。そんなダービーなんかで盛り上がりたくないぐらい、お互いに相手が嫌いということなのだろうか。ちょっと驚きだ。このあたりの事情は、まっちゃんに詳しく教えてもらわなければな。
それにしてもアルビレックスは今年が分水嶺だったな。最高4位まで上がって、それからの凋落ぶりは目も当てられなかった。
分水嶺のさらに分水嶺がブラジル人たちの飲酒運転事件。あれでチームはガタガタになってしまった。
J2降格以来一度も昇格争いに絡めず、結局毎年2桁順位。さすがにオレもうんざりしてきた。Jリーグそのものは楽しめているのだが、応援しているチームがこれだといくらなんでも折れる。
そんなふうに最終戦でさらに心深く傷ついたオレを慰めてくれたのは、AKB48「恋するフォーチュンクッキー」だった。
AKBに何の思い入れもないオレであるが、この「恋するフォーチュンクッキー」のPVは秀逸。YouTubeで久しぶりに見た。
ここでは誰もマスクなんてしてなくて、ディスタンスも関係なくて、みんな大きな口を開けて笑いながら歌って踊っている。この様子を見ているだけで、なんとオレは涙をこぼしてしまった。ストロングゼロを飲みながらAKB48を見て泣くオレ様!
ニューノーマルじゃなくてオールドノーマルの時代の映像だが、これが当たり前の時代だったことのなんと幸せなことよ。
東日本大震災で笑顔を失った日本人を励ますためにつくられたPVだ。一度、見てみ。泣けるから。未来はそんな悪くないよ〜。
2020.12.19
♪ハゲは夜更けすぎに、ヅラへと変わるだろう、最低だ〜、うぉーおおー
なんていう歌を歌っていたら、新井を抜かれてしまったでござる。
どういうことかというと、アルビレックスの新井がセレッソ大阪に引き抜かれてしまったのだ。覚悟していたこととは言え、辛いなあ。本間至恩と新井直人の2人だけは死守しなければ、と思っていたのに。
まあしかし、3年間も昇格争いにからむことのできなかった地方弱小クラブである。
セレッソはJ1の3位でしかもACL出場権を勝ち取ったクラブだ。大都市にあるJ1強豪クラブに誘われたら、そりゃあ移籍するのが当然だろう。むしろ胸を張って移籍すべきだし、オレたちも拍手が送り出さなければ。
なぜなら新井は2年前に練習生として加入した選手だからだ。
どこのJリーグのチームからも声がかからず、それでも本人はどうしてもプロになりたくて、地元チームのアルビレックスにお願いして、春のキャンプに自費で参加させてもらったのだ。
そこで実力を認められて、最後にプロ契約で滑り込んだという選手。つまり誰も期待していなかった選手だったのだ。
それが1年目からレギュラーを勝ち取り、2年目の今年は、新井がいなければ負けるとまで言われるキープレーヤーに育った。左右どちらもできる器用さとフィジカルの強さ、そして何よりもクレバーさを備えたプレーヤーだ。
しかも性格は極めて真面目。コロナの影響で過密日程になるというときも、「それに合わせて体を作ってきたので過密日程上等」と言い放ったことにも、頭のよさと真摯な姿勢がうかがえる。
この新井のデビュー戦をオレと息子は京都で見て、そして2戦目は千葉のスタジアムで見た。千葉では4点目のシュートを自らの足で入れてポーズを決めてみせ、応援のために東京の実家からスタジアムに駆けつけていたお母さんが号泣したという。うーん、泣ける話だぜ。
新井なら他のチームが放っておかないようなあとはずっと言われていた。だからセレッソでよかったじゃないか。
なんと2年前には練習生だった男が、3年目にはACLに出場できるんだから、とんでもないサクセスストーリー。それを自分でつかんだのだから、堂々と胸を張って移籍していいのだ。
新井も大卒。24歳。駆け上がるなら遅いぐらいだ。ここでもうひと踏ん張りすればさらに先が見えてくる。プッチ監督も新井なら代表も狙えると言ってたし。
とはいえ、サポーターとしては辛いのよね。寂しいのよね。
せめて笑顔でアルビレックスを去ってくれ。そしてJ1で再会しようではないか。(できるかな…)
2020.12.18
南アフリカでコロナの変異種が検出されたらしい。これはイギリスでも確認されている。現在の第2波はこの変異種によって引き起こされている公算が大きいらしく、しかもこいつは感染拡大スピードが従来より速いらしいのだ。
ガタッ、とオレはイスを蹴ったね。
ついに来たか、と。
12月7日のこの日記でオレは、インドの14歳の少年がコロナの出現を言い当て、そして12月20日からが本番で、本当に致命的なウィルスが出現すると予言していたことを書いた。もしやヨハネスブルグで報告されたこの変異種がそれではないのか。
うーむ、恐ろしい。
コロナは風邪じゃないけど、怖がるあまり大事なものを犠牲にしちゃいけないよ、お金とか命とか、というのがオレ様の方針だ。交通事故に気をつける程度の気のつけ方でいいんじゃね、という感じだ。信号を守るように手洗いマスクを守っていれば、まあ、大丈夫。それでも交差点に突っ込んでくる暴走車がゼロではないように、コロナにかかるときはかかるから。
そんなオレ様だが、このヨハネスブルグの変異種にはちょっとビビっている。14歳のインド人の予言を信じているのかもしれない。うーむ。
2020.12.17
石神井公園の名物居酒屋「スマイリー城」が潰れて、新しい居酒屋ができた。
潰れたのはこの夏。コロナが厳しかったのかなあ。まあ、子供たちも大きくなっただろうし、引き際と思ったのかも。勝手な推測だが。
今の店主は二代目。初代はなんだかいろいろととんでもない人生を送った人だったようで、一時期、焼き鳥の屋台を引いて糊口をしのいでいたらしい。
あるとき、忙しいので客をほったらかしにしていたら、その客が勝手に焼き鳥を焼き始めてしまった。おれを見たオヤジはひらめく。“そうだこのまま客にやらしちゃえ”と。
これが当たった。自分で焼いて自分で食う焼き鳥屋。確かにそれは珍しい。面白がった客がわんさと押し寄せて、屋台は大人気になってしまった。
だがそれで終わららないのがこのオヤジ。なんと屋台が火事になってしまったのである。さぞ大量の焼き鳥ができたことだろう。
仕方なく屋台をたたんだオヤジは、自分で焼いた焼き鳥を食うというビジネスモデルに自信があったのか、今度は店舗を借りてちゃんとした店を始めた。これがスマイリー城。名字は××田というので、名前の由来は不明だ。
かくて石神井公園に居を構えたスマイリー城は地元の有名店となり、時々はテレビにも取り上げられたりして、オヤジの人生は安定。儲かっちゃってベンツに乗るようになった。
もっともこのベンツも、草野球帰りの居眠りが原因で、環八で事故ってしまい、大破。「いやあ、ベンツだから助かったぜ」と松葉杖をついたオヤジに変な自慢をされたことが記憶に残っている。
一時期オレもよく通ったけれど、ちょっとしたことが原因で足が遠のいてしまった。
なくなってしまった今は、それはそれでちょっと寂しい。オヤジはオレの父親と同い年だったし、健在だろうか。
代わりに新しくできた居酒屋は、近所にある別の居酒屋と同じオーナーだという噂。昔のオレだったら早速突撃していただろうが、もうそんな元気はなくなったなあ。
知ってる店か自宅で、だらーっと飲むのがいいや。
2020.12.16
総理大臣が友だちと大勢でステーキ食べていたっていうので野党のおじさんたちが顔を真っ赤にして怒っているけど、「タコタコくんが買い食いしてましたあ」っていう小学校のホームールームかよとオレは呆れたのだった。
どうやらあの会食は、次の参議院選挙に出る候補者選びのためだったらしいな。終わった芸能人や引退プロ野球から誰か出そうな人はいないかなっていう相談だったんだろう。なるほど、みのもんたとか、王貞治とか、そんな相談に似つかわしいメンツだったような気もする。
それはともかく、あんまり人の悪口を書くのはよいことではないし、ここにも悪い“気”が集まりそうだから自嘲したいのだが、しかし、今日のこれにはこらえきれなかった。
アビガンが承認されないのは、富士フイルムの会長が変人で役人の天下りを受け入れないからだ、という陰謀論に出くわしたのだ。
瞬間、オレは噴いた。なぜならこれを書いたおじさんは、半年前には、アビガンが急に注目されたのは富士フイルムの会長と安倍総理がゴルフ仲間だからだ、と書いていたからだ。
正気とは思えない。頭は大丈夫だろうか、この人。
広告代理店と霞が関の官僚を目の敵にしているこの人は、世の中のすべては利権によって動いていると信じているようで、トイレットペーパーの買いだめも電通が仕込んだと広言していたっけ。
製薬会社の研究職や学術職、厚生労働省の役人たちが、どんな志で今の時代と向き合っているか、想像もつかないのだろう。利権で動いているとか、この人たちに対してどれだけ失礼なんだと、呆れてしまった。
「地球はもう宇宙人に支配されているんだぜ」と教室でひそひそ声で曝露する小学生と変わらないではないか。
まあよい。オレもあんまり悪口を書いたり、人を馬鹿にするようなことを言ってはいけない。口が腐る。いや、曲がる。もともと曲がっていた心根も曲がってしまう。
曲がらないのは、アルビレックスの凋落ぶりだ。今日の相手が最下位の山口でなかったら0-3のボロ負けだったろう。最下位の山口だから0-1で勘弁してもらったのだ。
この無気力でやる気のないサッカーを見ていると、どう考えても監督から「もう昇格はないんだから怪我しないように適当にやれ。無理するな」と言われているとしか思えないし、そういう状態だから移籍を狙っている選手も「ここで変に頑張って悪目立ちしたらチームを抜けようと画策しているのがバレてしまう」と考えて手を抜いているに違いない。
そう思えばしょうもない負けも心穏やかに受け入れられる。というか、これも陰謀論じゃねえか。小学生並みの。
人のことは言えないなあ。
2020.12.15
ついにこの季節の到来だ。
アルビレックス新潟のキーパー、大谷が契約満了、つまり契約は更改されず、リリースである。クラブ間での移籍はまとまらなかったわけだ。サッカーを続けたければ大谷は自分で就職先を探さなくてはならない。エージェントと契約しているかもしれないが。
大谷は浦和レッズでずーっと日本代表・西川の控えに甘んじていて、4年前に出場機会を求めてアルビレックスにやってきた。サッカー人生の勝負に出たわけだ。
そして正キーパーのポジションを獲得。去年は全試合に出場した。
ところが今年は若手の藤田が台頭し、長崎からオリンピック候補でもある小島がレンタルで移籍してきて、大谷はまさかの第3キーパー。とうとう今シーズンは出場機会ゼロだった。
まっことプロの世界は厳しいなあ。
ももクロの緑、ももかのファンで、ちゃんとチケットを買ってライブも見に行っていた。そしてJリーグのファンに見つかって一緒に写真に収まったりしていた。そういう愛すべきキャラのキーパーであった。
一対一に弱く、キーパーとしてはいささか心許なかったが、みんなに愛されていたのは確かだ。
ちゃんと次の職場が見つかるといいのだがなあ。
そして大谷ともうひとり、森くんも契約満了である。
大卒でアルビレックスに入団して4年目か。社会人経験のないまま20代後半を迎えて、と数日前にこの日記でからかったのはこの森くんである。実際、プロのサッカー選手なんて、サッカーやめたらたいして働き口もないから、見切りをつけるなら早いほうがいい。大卒でプロになるというのは、そういうリスクを背負ってのことだ。
思えば森くんは、学生時代に当時アルビレックスの守備陣をずたずたにしたことが評価されてスカウトされたのだった。相手はコルテース。仮にもブラジル代表の経験を持つ選手をけちょんけちょんにしたのだから、森くんの評価が一気に高まったのも無理はない。
だが当の森くんの周囲では「せいぜいJ2でやっていけるかどうかの実力では」と言われていた。当時のアルビレックスはJ1のびりっけつ。その後J2に落ちたチームで森くんはほとんど試合に出られなかったのだから、まあ、想定通りだったということか。
森くんはすでに結婚して家庭をもっているんだし、今からサッカーで一花咲かせようなんて博打はやめて、早く落ち着いたほうがいいと思う。って、人様の人生に対して勝手なことを言ってはならないが。
それにしてもこの季節は寂しいものだ。どんな選手であれ、チームにいてくれたからにはファミリーである。この、オレたちはファミリーじゃん、という表現はサッカー領域でよく言われるけど、本当にそういう気持ちになるんだよね。それほど感情移入してしまうのがサッーというスポーツの危険なところ。
今日は大谷と森くんの二人の発表だけだった。明日からまたまとめて発表がくるのか。
J1に昇格できなかったから、いい選手を抜かれるのが辛い。だが選手も生活がある。首都圏のチームから3倍の年俸で誘われたら、雪深い日本海側の田舎町で薄給に耐える生活の選択肢はないだろう。当然。とほほ、貧乏田舎クラブの悲哀よ。
せめてレオ・シルバが戻ってきてくれないかねえ。
※
GoToをやめろやめろと言うからやめたら、今度は旅行業界が大変じゃねえかどうしてくれると切れられたでござる。
まったくこの国のマスコミのひどさにはとことん呆れるわ。と思ったら、ひどいのはマスコミだけじゃなくて、視聴者もそうだったという。
木村太郎が「今日の死者は19人。ドイツは400人だから、国際的に見れば日本は微々たるもの」と発言したら、叩かれた。「国民の命を何だと思ってる」「遺族の前で同じことが言えるか」と。
木村太郎の発言は至極まっとうで、論理的なものだと思うがなあ。
「遺族の前で同じことが言えるか」って、言えるわけがないじゃん。それは交通事故でもガンでも自殺でも同じで、オレの両親はガンで亡くなったが、オレに向かって「国民の2人1人がガンで亡くなるんだから気にするな」なんて言う人は誰もいないに決まってる。論理が違うというか、すり替えというか。
去年までインフルエンザで毎年1万人が死んでいる。肺炎球菌で3万人が死んでいる。対してコロナは3000人。コロナで騒ぐなら、なんで肺炎球菌で騒がないのだ。
東京のコロナによる死者の平均年齢は79.3歳で、なんと平均寿命と同じらしい。
それどころか2020年のすべての死者は2019年の死者より2万人以上も少ないらしい。
医療崩壊というが、日本の人口当たりの病床数は世界一。日本のコロナ被害はこんなにも少なく、死亡率は欧米の50分の1、去年より死者が2万人以上も減っているのに、どうしてこれで医療崩壊するのだ。
その理由は、指定感染症に指定されているからに他ならないわけで、どうしてマスコミはここに目を向けないのだ。そもそも「少子化の時代に医者が増えるとオレたちの商売があがったりになる」と医者を増やすことに反対してきたのは当の医師会だったろう。マスコミはそれもちゃんと言え。
とオレは腹が立ったり呆れたりしているわけだ。
そういうことを口にすると「でもコロナは後遺症が怖いじゃん」と言われるのだが、ばかたれ、後遺症なんてどの病気にもあるわい。コロナだけじゃない。
要するにコロナを特別扱いするな、過度に恐れるなと、オレは腹を立てているのだ。
決してコロナにかかってもいいわけではない。十分気をつけなければならない。それはインフルエンザに気をつけるように、交通事故に遭わないように気をつけるように、気をつければいいという話。何度も繰り返すが、交通事故が怖いから車は全部ストップしてしまえ、というのは間違っているのと同じ話だ。
マスク、手洗い、栄養と休養、毎日ちゃんと風呂に入る、という普通に健康に気をつけていれば大丈夫らしいというのがわかってきたから、それをちゃんと守って、あとは普通に経済活動すればよいのだ。GoToだってトラベルもイートもどんどんやればよろしい。
などと言いながら、インドの少年の予言したとおり、この12月20日から本番の凶悪ウィルスが席巻し始めたら世界はどうなるのだ。それについては、うむむむむ、としか言えないが。
※
先日、元金融機関勤務の人に話を聞いたら、どうも政府はデノミを考えているとしか思えない、ということだった。タイミングは新札発行の時。つまり2025年か。
デノミってのは、確か通貨の価値を下げることだったよな。要するに1万円を1000円にする、というわけだ。これで借金も一気に10分の1になる。
コロナでの異常なほどの大盤振る舞いを見ていると、どう考えてもデノミを目論んでいるとしか思えない、とその元金融マンは言うのである。財政再建はとうに諦めて、奥の手のデノミによって借金を一緒に10分の1にしてしまえば、後の世代にかける迷惑も10分の1になろう、というわけだ。
なるほど、なくはない。
ということは、貯金も借金も10分の1になるのだから、これからはなるべく借金を増やして、現金は持たないようにするのが賢いということになる。うーむ、一生懸命働いてローンを返しつつ同時に老後に備えて貯金もしなきゃ、という意欲が一挙に削がれるような話だ。マジかよ。
と思ったら、今日、追加経済対策が決まって国債発行額は年間最多の112兆円という空前の規模。あまりに巨額の借金がぽんぽんと決まっている。こういうのをみると、ひょっとしたら本当にデノミで借金10分の1作戦を考えているのかもしれないと思えてくる。
しかも菅総理は定額給付金10万円をもう一回配るかもしれない、と言われている。やっぱりデノミは本気なのかしら。
いや、MMT理論に従えばいくら借金を重ねようと紙幣を刷ればチャラ。
なぜなら円は基軸通貨だから、要するに旦那がヨメに「かあちゃん、金貸して」と借金を重ねているのと同じで、どんなにヨメに借金しても同じ家の中だから経済に変わりはない、という理屈らしい。このあたりになるとオレはもうお手上げなので、今度息子に聞いてみよう。
2020.12.14
自転車のモラルについては、どんな街でも、いつの時代でも問題になっている。例えば光が丘だ。公園近くの歩道では、自転車は引いて歩くというルールになっているのに完全無視のうえに猛スピードで駆け抜けていくチャリが後を絶たず、おかげで1日に3回も自転車に軽くこすられたという声がネットに上がっている。
面倒なのはそれに対して、被害妄想だ、自業自得だ、中国人だ、光が丘に住んでる方が悪い、光が丘は民度が低い、年収が低いなどというわけのわからん話に発展することだ。
大泉学園でもこの手の話題は頻繁で、駅まで自転車通勤する人が多いためだろう、自転車マナーが異常に悪いとはよく言われる。歩道を走る、信号を無視する、交差点に平気で突っ込む、田舎者ばかり、百姓が多い、臭いなどと、こちらも話がわけわからない方向に走り出す。
まあ、確かに自転車のマナーはひどいわ。
交差点の斜め横断には心底腹が立つし、左右を確認しないで路地から飛び出してくるママチャリにはカゴに乗せた子どもの命が惜しくないのかとこっちが怖くなる。
リュックをしょってすまして車の間をすり抜けていく通勤者も、本当に目障りだ。
どうしてみんなちゃんとルールとマナーを守って走らないのだろう。
クルマを運転する立場からすると自転車が交通事故に遭わずに済んでいるのはひたすら自動車のドライバーが神経をすり減らしているからであって、己の命があるのは見ず知らずの他人の善意に支えられた大いなる偶然だということをチャリ乗りは自覚すべきだ。
2020.12.13
おいおい、オラクルの本社がテキサスに移転だってよ。
すげえなテキサス。どれだけ会社があつまるんだ。
トヨタ、テスラ、ヒューレットパッカード、エクソンモービル、デルなどなど。すげえ勢いで増えている。
理由の一つはカリフォルニア州のバカ高い家賃だ。1ヵ月の家賃が60万円とか、シリコンバレーのIT富裕層はどうってことはないだろうが、従業員が集まらない。その点田舎町のテキサスは家賃も安い。
もう一つの理由が、治安のよさと教育水準の高さだ。
そんなわけでこれからはテキサスの時代がくるのだ。オレには別に何の関係もないが。
一方で日本では、群馬の時代がやってきたようだ。群馬。ザスパだ。
いやあ、まさかJ2で20位の群馬に負けるとは予想もしなかったわ。
群馬だよ群馬。あの闇だらけの群馬。選手とJリーグの契約をしたというのにオーナーのアマチュアチームの試合に出場させたという闇チーム。
そんなチームに負けたんだから、世も末だ。
まったく選手はチームを替われるけど、サポーターはチームを変えられないというのは辛いな。
アルビレックス新潟は選手の年俸だだ下がりで契約更改がうまくいってないのだろう。やる気ゼロだ。
一方、やる気満々なのがアジアチャンピオンズリーグの審判団。
今夜は準決勝で神戸対韓国を見たのだが、いやあ、審判がひどかったなあ。買収されているとしたらピッチの審判じゃなくてVARの審判たちだろう。ガチでFIFAが調査に乗り出してもいいレベルの偏向判定だった。
もっとも神戸のドーグラスが4つもあった完全ドフリーのビッグチャンスのうち1でも決めていれば、簡単に終わらせられたゲームだった。ドーグラスのせいだ。
1-1で決着がつかず、延長になだれ込んで118分でPKとは、さすがにきつい。
それまでビッグセーブ連発だったキーパーが、PK─戦に持ち込まれたくないという焦りからだろう、ファンブルしてしまい、相手に足を引っかけてPKの判定。VARもいらない完全なPK。
走りまくってへろへろになって、そして118分でキーパーのミスからPKで負けるとは、まったくサッカーというのはとことん無情なスポーツだな。
ベンチ外だったイニエスタががっくりと肩を落として、イニエスタのアジア制覇の夢も潰えてしまった。
これで今年の日本のACLはおしまい。残念だった。
2020.12.12
コロナの件はますます混迷し、何が何やら。
そんな中、このサイトはなかなか興味深い。AIがコロナ感染者数を予測していて、けっこうな高精度で当てちゃっているのだ。
これによるとこれから1月7日までの28日間で東京都では792人、つまり約800人が死亡すると予測されている。1日平均30人近くだ。
これは多いの少ないのか。インフルエンザでは1日平均50人が亡くなっているから、怖いけれどもインフルエンザほど恐れなくてもいいという感じだろう。
とまあ、コロナには気をつけるのは当然だけど経済も大切にしなくちゃねというのがオレの考えで、何度も言うように、交通事故が危ないからって自動車をすべて止めちゃうのはヘンでしょ、というわけだ。
20世紀最大の発明は航空機だそうだが、自動車もそうだろ。と思ったらガソリン自動車って1800年代に既に発明されていたのね、失礼しました。
それにしても今日は池袋のサンシャインシティまで用事があって出かけたのだが、人出は多かったなあ。歳末大売り出しの抽選会の会場なんて、すげえ密。マスコミは騒がしいが世の中の人は案外気にせず平気で外出しているのだろう。
2020.12.11
コロナでいいことの一つが、街が静かだということだ。特にクリスマス前のいま、まったくクリスマスムードのないのがよろしい。落ち着いている。
とはいえ、あまりに静かだと物足りなく感じるのが身勝手なところで、適度に浮かれ気分は欲しいものだ。
ところで過日の日経新聞夕刊に岸本某氏のコラムが掲載されていた。毎週の連載である。この人とは30年ほど前に一緒に仕事をしたことがある。
オレが匿名原稿の請負ライターであるのに対し、彼女はメディア系の署名ライター。立場は違えど、まあお互い文章書きという虚業で本当に長く働いてきたものだ。
その彼女が「ブログは有力な営業ツール」というようなことを書いていて、びっくり。えっ、ブログってそんなふうに使えるのかよ。まったく考えもつかなかった。
本当に営業になるならオレもこんなふうにくだらないことばかり好き勝手に書いてなくて、ブログでちゃんと発信してみようかなあ。でもそれでは仕事になってしまうわけだ。
カネももらわないで文章を書くのは嫌だなあ。この日記はカネをもらわない代わりに好き勝手に書いているからいいのであって、人に見られたくて書いているのではないのだ。時々、読んだ感想を言ってくる人がいるんだけど、いらないからね。もっと言えば、見なくていいからね。
いやいや、せっかく読んでくださっている人にそんな言い草はないな。もっと広い心にならなければ。
2020.12.10
コロナの第三波がテンション上げてきたというので、あちこちでどたばたしているわけだ。
会食禁止の通達を出した企業も多い。忘年会なんてとんでもない、それどころか仕事帰りにちょっと一杯もダメなんだそうだ。
ある大企業では、その通達を破って会食した社員がいたというので大騒ぎになり、一体誰が会食なんてしたんだと犯人捜しが始まった。バレちゃった人は大目玉をくらったそうだ。
ひゃー、そこまでやるのか。いい大人が。
別になめているわけではないが、どうなのそれって、と思ってしまう。
一番頭かおかしいのはマスコミだが、会社もどうかと思うなあ。おばちゃんたちもどうかと思うけど。
2020.12.09
つい先ごろまで1日1万字も書きながらリモートでインタビューもしちゃうぜって忙しい自慢をしていたのに、来週の予定がいきなり飛んでしまったでござる。
コロナの第三波だとかで、わけのわからんライターとかを会社に出入りさせてはならん、いや、そもそも広告なんてしてる場合じゃねえよ、というわけで仕事そのものがすっ飛んだのだ。正確に言えば延期だが。
おかげで来週は一気にヒマになってしまった。
そして来週が終われば街は一気にクリスマスモードに突入となり、世間は仕事どころではなくて、クリスマスが過ぎれば翌週月曜日は一気に28日の仕事納め。ということは、来週からオレはいきなりヒマになって、早くも正月休みに突入ということらしい。
やべえよやべえよ。
慌てたオレは、いきなりヒマになったのでお買い得ですよ〜と宣伝してまわり、GoToタンゴキャンペーンを始めたのだった。原資はオレ。なんのこっちゃ。
まあ、それはよい。問題はあれだ、突如発表された住みやすい街ランキングで隣町の大泉学園が2位に入ったことだ。このことに当の大泉学園の住人はもちろん、周辺もいっせいに「はあ?」と声を上げた。
急行も停まらないのに沿線2位の乗降客数という駅は朝晩とんでもないラッシュで、ホームから転げ落ちる人続出。高齢化が進んで店はどんどん閉店。これのどこが住みたい街なんだよお。
いや、まあ、ちょっと歩けば畑が広がり、さらに足を延ばせばそこは埼玉だ。確かに埼玉県が徒歩圏内という23区の街も珍しいわけで、自然たっぷり、緊張感に欠ける呑気な毎日を過ごすにはちょうどいいかもね。
1位になったのはなんと埼玉県の川口。その理由が「東京に近いから」というのだから、わけわからん。
ならば東京のほうが1位だろう。もっとも川口の言う「東京」とは、橋を挟んで隣町の「赤羽」のことであって、赤羽を東京の代表にされても、えーとさ、困っちゃうんだよねえ。
おかしいのは武蔵小杉で、典型的な田舎者バブルのタワマンラッシュで人が増えて勘違いしたヤツらは、武蔵小杉こそが天下だとマウントを取ったものの、それが去年の台風でウンコマンションの真実がバレてしまい、それ以前から駅の改札まで20分の行列というとんでもない混雑ぶりに、要するにインフラが全く整っていないのに上物だけ集めてきちゃった張りぼての街ということがわかってしまった。おかげであっという間に住みたくない街になってしまったわけだ。
それを「川口が1位ってどうすか」とマスコミが煽るもんだから、ウンコマンションの住民は「誰にとってもそこが一番のふるさとです」と半ば涙目で答えるのである。
まあ、住みやすい街っていうネタは、要するに不動産屋がこれから売りたい街っていうことだから。
その証拠に大井町が5位に入っている。
豊洲→武蔵小杉→大井町というのが不動産業界の描いた絵であって、ここ最近の大井町アゲはなかなかすごい。大井町なんて昔はギャンブルと飲み屋以外何もない街だった。それを言ったら武蔵小杉は治安の悪い工業地帯で、豊洲は在日朝鮮人と人足寄場の村だった。シャレオツの裏側なんてこんなもんだ。
これからたぶん大井町がシャレオツな街となって盛り上がるのだろうなあ。今からマンションを買うなら大井町ですよ、皆さん。
まったくヒマだとオレもろくなことを考えないな。困ったもんだ。
なお、武蔵小杉のことをムサコスと呼ぶのはオレだけである。真似しないように。
2020.12.08
はやぶさ2ってのは、すげえよな。
はるか遠くの星で土とかガスとかを採集して帰ってきて、地球に「あらよっ」とそれを落としたと思ったら、「じゃあまたなっ」とさらに遠くの星をめざして10年のロンリージャーニーだもんなあ。
前任のはやぶさは、なんだか日本人の琴線に触れるものがあった。途中で行方不明になるという大事故があったにも関わらず実はその間も黙々と無宇宙を旅してて、そして傷ついてよれよれになっと帰ってきて、そして大気圏で燃え尽きた。
「ボクは星になるんだよ」とつぶやきながら消えていったその姿にオヤジたちは我が身を重ねて涙し、川を登った鮭が卵子に精子を振りかけて力尽きたような姿に中島みゆきが歌をつくる。そんなドラマがあったよね。
それに対してはやぶさ2は、「あらよっ」と「じゃあまたなっ」だもんな。はやぶさが昭和のロケットなら、こちらはいかにも令和のロケットだ。そのドライぶりが、いっそ清々しいわ。ジャニー・トゥ・ザ・スター。
地球に向けてカプセルを「ほらよっ」と放り投げるとき、ちゃんとオーストラリアに落ちるように微調整したらしい。そうしないと中国に横取りされるか、最悪撃ち落とされてしまうからね。
その微調整だが、なんと1km先のてんとう虫の斑点に命中させるような精度だったらしい。ひゃー。
その様子を見て日本の技術力にアメリカや中国やロシアがビビっただろう。この制御力があれば、どんなピンポイント攻撃も可能だもんね。
そしてここで意味を持ってくるのが原発だ。原発。原子力発電。
日本にある原発のプルトニウムの量は核爆弾6000発に相当するらしい。
これに、はやぶさの技術を組み合わせたら、日本は宇宙戦争で勝てる。制圧できる。
それがわかっているから日本は頑なに原発を手放さないのだ。いい作戦ですよね、これ。
はやぶさ+原発は、コロナよりも恐れられる存在なのだ。
2020.12.07
「楽夫助成金」というメールが来た。ほほう、楽天が助成金をくれるのか。これはこれは。
と思ってメールを開こうとしてオレは気がついた。おい、こりゃ「らくおっと」じゃねえか!
危ない、危ない。騙されるところだったぜ、ふう。
と冷や汗を拭っている場合ではない。大変なニュースが飛び込んできた。インドの少年の予言である。
14歳のこの少年は、去年8月にこう予言した。
・2019年11月からウィルスによるパンデミックが発生する
・2020年3月〜4月にピークに達し、世界は非常に困難な時期を迎える
・経済から航空サービス分野まで世界は様々な困難に直面する
・これは、5月29日以後徐々に収束していくが、6月末まではよいニュースがない
うげ、マジかよ、当ててるじゃねえかよ。
だが恐ろしいのはこの先だ。このインド少年はさらにこう続けているのである。
・2020年12月20日から新種のウィルスが多数出現する
・2020年12/20〜2021年3/31までの期間は、スーパーバグ(超耐性菌)が現れる
・そのウィルスが、本当の致命的なものになる
・世界で同時多発的に発生
・1~2日、または数時間以内に死亡
・感染経路も分からない
・いかなる予防措置も効果がない(治療薬もない)
・これは、人間の共業(=集団としての責任)によって起こる
うげげげ、ま、マジかよ。あと二週間で致命的なウイルスが出現して、それは予防もできなければ治療もできず、かかったら数時間で死んじゃうということか。
皆さん、今から覚悟しておいてください。
ノストラダムスの大予言が流行ったのは、オレが高校一年のときだった。1999年の7の月に恐怖の大王が降ってくるという予言は実に恐ろしく、紅顔の美少年(オレね)は心底震え上がったものだった。
これからもわかるように、オレはこの手の予言だとかに弱い。すぐに頭から信じ込んでしまう。騙されやすい、いや、純粋なのだ。
だからインドの14歳の少年の予言にも、ただ震えるだけである。えらいこっちゃ。オリンピックどころかJリーグがあるかどうかもわからないではないか。J1昇格をかけて戦うどころではない。
アルビレックスの選手たちが異様に無気力だったのも、この予言を聞いたからかもしれない。
2020.12.06
例年、12月から1月にかけてJリーグはざわつく。契約更改や移籍や引退などの情報が駆け巡るからだ。
本当かどうか知らないが、契約更新をしない選手に対しては、11月30日までにその旨を通知しなくてはならないという。クビになるのだから早めに再就職活動を始めるようにという温情なのだろう。
当然、12月のピッチ上にはいろんな思惑の選手たちが入り交じることになる。
家族もちでクビを宣告されたもの、高給で上位チームから誘いを受けたもの、クビにこそならないものの年俸の大幅ダウンをほのめかされたもの、複数年契約であと1年はクラブに残れるものの26歳の誕生日が目の前で社会人経験のないまま20代後半を迎えて大丈夫なのかオレの人生と考え込んでいるもの。
そんな様々な思いが交錯するからなのか、今日のアルビレックスの連中は、とんでもなく無気力でやる気のないゲームをやりやがった。ゴール前では棒立ち。ラインを上げる気力もないし。もしかして全員大幅減棒を言い渡されたのか。
一人、本間志恩だけが次元の違うプレーで気を吐き、相手チームサポーターからも絶賛されていたが。志恩だけが大幅給料アップか、あるいはヨーロッパ移籍が見えてきたか。
わざわざ極寒のアウエー、松本まで乗り込んでそんなゲームを見せられたサポーターたちの怒ること怒ること。終了後に挨拶に来た選手たちに向かって暴言を吐き、それを受けたキャプテンが激しく言い返すというみっともなさ。ああ、世紀末よ。
考えてみればアウエー松本戦は、コロナがなければ3月に予定されていて、オレは息子と一緒に現地まで応援に駆けつけて、そして夜は蕎麦屋で一杯、という予定を立てていたのだっけ。まあ要するに全部コロナが悪い。
今日はそういう結論だ。
2020.12.05
先日、久しぶりに吉野家で牛丼を食べた。成田空港の店である。
うちの近所には吉野家がないので、久しぶりというわけだ。
世界で一番旨い牛丼は吉野家と決まっている。久しぶりということもあって楽しみに席に着いた。
ところが一口食べて、あれ、とオレは首をかしげる。二口目にはあれれ、三口目にはあれれれとなってしまった。
こんな味だっけ、吉野家。全然旨くないじゃん。
松屋、すき家のほうがずっと旨いぞ。
何かの手違いかオレの記憶違いか、単に味覚がおかしいのか。コロナか。
これは悲しい。いや、たかが牛丼で旨いとかまずいとか悲しいとか、どうでもいいっちゃいいのだが。
でも記憶の中の吉野家はもっと旨かったのだけれどなあ。味が落ちたのだろうか。
2020.12.04
本日も長距離移動である。まずは朝9時半に山梨県の大月に集合だ。
都内か大月に行く場合は、新宿発の「かいじ」とかの特急に乗るのが一般的だ。だが驚くなかれ、オレの住んでいる石神井公園からは、西武線・武蔵野線・中央線と乗り継いでいった方が早い。
しかも今日なんて、全部各停だぜ。各停だというのに2時間もかからずに大月に着いてしまったぜ。どれだけ田舎なんだ、石神井公園。
早朝の高尾駅のホームに降り立ち、初冬山々を遠くに眺めながら、すごすひとときはなかなかにいいものだ。女子高生たちが元気である。
大月での仕事を終えて、今度は都内に戻って品川で一仕事。
ついでに品川でビールを飲んで帰る。品川の港南口あたりでは飲食店がどんどん潰れている。そりゃそうだ、かつては港湾作業者でにぎわったこのあたりも、今やサラリーマンの街。ソニー、Microsoft、NTTデータにコムウエア、三菱重工、キヤノンとなだたる有名企業が高層オフィスに入り、なだたらない関連企業が低層階で息をする。
そこに勤務するサラリーマンたちが飲むホッピーで店は成り立ち、忘年会で翌年も一息をつけるという店ばかりだった。
それがあなた、今やがらっがら。12月の金曜日の夜だというのにがらっがら。こりゃあ潰れるよなあ、と嘆息する。困ったもんだ。
品川の飲食店の将来を案じて腕組みしつつ、朝も夜も下り方面の電車に乗るという考えてみれば不思議な乗り方をしながら、家に帰る。到着したら、パソコンが届いていたので、風呂に入ってあったまったあと、段ボールを開けてパソコンを取り出す。Chromebookだ。
これが、ちょっといじってみたら実に快適というか、便利というか。余計なアプリケーションは一切不要で、あらゆる作業をブラウザ上で完結させ、ファイルは全部クラウドで預かってもらっちゃうというスタイルだ。
だからオフィスをインストールしたり認証にぶち切れたりすることなく、届いたまんまですぐに使える。しかもスマホとかと完全同期。
こりゃなかなか便利だな。
外で原稿を書くのに今までオレはポメラを使ってきたが、さすがに非力ぶりが厳しくなってきたので、それならノートパソコンでも買うか、本当ならiPadを買い換えたいがドコモショップにはうんざりなので近寄りたくないし、この際面白そうだからChromebookを買ってしまえと踏み切ったのである。
それがこんなに便利だったとは、革命的ではないか。ちょっと甘く見すぎていたな。
Googleドキュメントの音声入力で遊びながら、その実用性にびっくりする。
原稿作成のスタイルをちょこっとずつ変えようかと目論んでいて、これは「文賢」「RightNow」に続く第二弾。Googleドキュメントで移動しながら書きまくるスタイルが実現できるかどうか、やってみようと思うのだった。
「20歳の自分に受けさせたい文章講義」古賀史健・星海社新書。どんなくだらない本でも一つは新しい発見がある、というのがオレの基本的な考え方。この本も、くだらないとは言わないが、大いに期待外れだったのだが、一つだけ、おおっ、なるほどと膝を打ったところがある。それはオレたち日本人は体内に起承転結のリズムをもっていて、それは4コママンガで培われたのではないか、という指摘だ。うむ、確かにそれは言える。4コママンガ、つまり新聞マンガ、つまり「サザエさん」でオレたちは起承転結を子供の頃からたたき込まれてきたのだ。もしかしたら「フジ三太郎」かもしれないが。でもこれは昭和の話だよな。すると昭和のオレたちは「サザエさん」に教わったとしても、平成以降の日本人は「こち亀」に教わったのではないか。起承転結を。そんなことを考えながらオレは檸檬堂を飲むのであった。
2020.12.03
本日は長距離移動仕事である。
12時に品川で一つ目を終えて、名古屋で14時のアポに間に合うのだから、考えてみればすごいことだよな。
そして19時には家について風呂に入っているという。
長距離高速鉄道とは、実にすごいものだ。
「書くことについて」野口悠紀雄・角川新書。「さらなる」問題がスッキリした。オレも以前から「さらなる」には違和感があったのよ。「さらなる発展を目指す」とか「さらなる成長を遂げた」とか、まあ実にイージーな表現だし、それ以上になんとなく間違った使い方のような感じがしていた。けれどこう書くと楽ちんだし、書いてしまうことがたびたびある。だが、それが間違いだとはっきりわかったから、これからは書くのをやめよう。ちゃんと書こう。あと、複文についてわかりやすく解説してあるのがよかった。な〜るほどねえ、と中学生レベルの文法に感心するコピーライター歴40年のおっさん。それはともかく、この本ではタイトルについての重要性も語られていて、「最近考えていること」「世界はこれからどうなるか」みたいな空虚なタイトルは決して人の興味をひかない、オレは今までどれだけへんてこなタイトルを編集につけられて苦労したと思ってるんだ、と著者は激怒している。ふむふむ、お察しします。だがこの本のタイトルが「書くことについて」ってのはどういうことなんだあ、とオレはからむのであった。
2020.12.02
ベストテンものが好きなのは日本人の特質なのだろうか。いや、そうとも言い切れない気がする。
オレも好きだった。いや、今でも、郷ひろみのベストテンはなどと問われたら大喜びで話に乗るだろう。
「ジャパ〜ンだよね、いや、裸のビーナスのメロディは最高さ、そう言えば男の子女の子のギターは新人ミュージシャンが弾いていて、あのリフをアドリブでぶち込んだら、一緒にやっていたミュージシャンから、君、明日からいっぱい仕事がくると思うよ、って言われたんだって」などと一人で盛り上がるに違いない。
ちなみに郷ひろみは長らく自分のことをアーティストだと思っていたけど、「あーちーちー、あちち」のヒットで客が楽しそうに盛り上がっているのを見て、これでいいんだ、郷ひろみは大衆のおもちゃでいいんだ気づいて、振り切れたらしい。
そんな郷ひろみがオレより年上というのは軽く衝撃で、三浦カズ同様、リスペクトの対象なのだが、それはともかくとしてベストテンものである。
一時は流行語大賞もずいぶんと大騒ぎしたものだが、昨今はけっこうしらーっにとしているようだ。これはベストテンなんてとと日本人が大人になったということか。いやいや、反政府のリベラルたちがしようもない言葉を無理にねじ込んでいる、将来に先見の明があったという評判を残すためにあえてちっとも流行していない言葉を紛れ込ませているなど、しょうもない事情がばれたせいかもしれない。
年末の「今年の字」と同様。こういうのはもういいんじゃねと思っているから、あんまり騒がないのはいいことだと思うよ。
2020.12.01
戦うハゲの歌を〜戦わないハゲが笑うだろう〜ファイトっ!
などとしょうもない歌を歌っては自己嫌悪に陥っている日々であるが、それはともかくとして本日のオレは、おなじみ、在宅リモートワーク絶賛中である。4000字の原稿を3本書きつつ、90分のインタビューを2本こなした。
まったくよく働く男である。
LGBTヅラっ!
さすがにこれだけ働くと疲れてしまう。疲れてしまったあまり、12月になっていたことをすっかり忘れていたではないか。
12月、つまり冬ときたら「空のカーテン」を聴かなくてはならない。ご存じももクロの名曲だ。
早速YouTubeをテレビで見る。「空のカーテン」、いい歌だなあ。青春時代の不安とかやるせなさとか自分探しとかがきれいなメロディーに乗せられていて、こういう内省的な歌は大好きだ。
この歌を発表した頃のももクロもなかなかいい。
調子に乗って「DNA狂詩曲」も見る。これも初期のバージョンだ。とにかく横浜2DAYS、パノラマ地獄のパフォーマンスが絶品。若々しくて、まさに飛び跳ねている。
それに比べて今は、いやはや、もう何も言うまい。27歳でそれはきつかろう、れにちゃん。20代になったあーりんなんてあーりんじゃないし。
ストロングゼロをあおりながら暴言を吐きつつ、疲れた心と体をいやすオレであった。
2020.11.30
「YOUは何しに日本へ」のロケをやっていたら絶対に見切ってやるからな。いいか、父の生き様を見ておけ。
と家族に言い置いて向かった成田空港であるが、仰天。ガラガラすぎるくらいガラガラだ。
職員が「ゴーストタウンですよ」と自虐笑いを浮かべていた。いや、まったくその通り。
こんなゴーストタウンを見れば、そりゃあ経済もおかしくなるわなあと納得だった。
夜、「いやあ、隔離されちゃってまして」と取引先から電話がかかってきた。コロナにかかっちゃったのだという。あら〜、大変でしたね。
そんなに重症化しなかったのはよかったのだが、何が大変って、病気以外のあれこれが大変だったという。子どもに学校を休ませ、自分は仕事の段取りをつけて、という諸々がとにかく大変だったそうだ。なんだか想像つくな。
別の取引先でも社内でコロナが出ちゃって、再びリモートワークなんだそうだ。あんなに大きい会社が一斉にリモートだと、大変だろうなあ。
身近なところでいろいろとコロナがざわついているようだ。
というような1日が過ぎていき、秋が終わって明日から冬。
「ブラック霞が関」千正康裕・新潮社新書。霞ヶ関の官僚を辞めた著者が、霞ヶ関はいかに大変なのかをつづった本。朝7時に自宅で書類を書いて仕事が始まり、その後出勤して帰りは27時20分。つまり午前3時半。こんな毎日が続いているのだから、そりゃあおかしくなる人も続出だって。その最大の原因は案の定、国会答弁の用意と、バカ野党のヒアリングの用意。つまり政治家がアホすぎるから優秀な霞ヶ関の官僚が割を食って、いつの間にか官僚はなりたくない職業の代表になっちゃって、若くて優秀な人材は国家スタッフである官僚なんかに見切りをつけちゃって、そしてますます国家は没落し、没落するにつれて選ばれる政治家もますますアホになっていくという悪循環。ダメだこりゃ。
「妻は忘れない」八樹純・新潮文庫。うまい。実にうまい。横山秀夫を外連味たっぷりにした感じだ。人物造形、伏線の張り方、物語の構成、オチと、いずれもミステリーとしてかなりの水準である。ただ個人的には、親子や夫婦が憎しみあい、傷つけ合うという物語が、最後にはよりを戻すハッピーエンドであるものの、どうにも好きになれず。個人の好みだが。
2020.11.29
土曜、日曜と、終日こもりっきりで原稿と格闘である。肩が凝る。
買い物に行きたいなあ。洋服とか。
iPadを買い換えたいのだが、docomoは予約しないとダメだと言うし、通信料よりあの殿様商法をなんとかしてほしいものだ。
もっともiPad自体、巣ごもり需要で品薄というから、別に今買わなくてもいいのだけれど。
2020.11.28
今は使わない3大サッカー用語が、センタリングにロスタイムにキーパーチャージである。
ロスタイムは、ご存じアディショナルタイムに変わった。「失われた時間」と「追加の時間」という正反対の意味に思われる言葉が、実は同じことを示しているというのは不思議というか、含蓄に富んだというか、なかなかに味わい深いではないか。
キーパーチャージに至っては、もはやそのルールが存在しない。20年以上も前からだ。それなのにスタジアムに行くと、いまだにスタンドのあちらこちらで「今のキーパーチャージだろ、審判よく見ろ」「そうだそうだ、キーチャーパージだろ」「いやキーパーチャージだ」という声が飛び交う。まず間違いなくメキシコオリンピックでサッカーにはまった昭和のおやじたちだ。
問題は、センタリングである。
この言葉は、今はクロスと言い換えられている。そして実はクロスには変化系があって、ワロスという言葉もあるのだ。ワロス、つまり笑っちゃうようなクロスのことだ。
今日のゲームは、このワロスばかりが行きかう、まさに笑っちゃうようなゲームだった。
俊足を飛ばして相手に追いつくのはよい。そしてボールを奪うのも素晴らしい。だがそこからのクロスが、ことごとくワロスなのはどういうことだ。
しかも両サイドとも。
加えて真ん中で待っているのがテセ1人だけで、そこにワロスが飛んでくるものだからテセ1人がおたおたとボールに振り回されることになり、そこにぽっかりとスペースができてしまって、あっさり奪われてカウンターのピンチ。ベルギー戦、ロストフの再現かよ。
このワロス合戦を見せられるたび、オレたちは心を折られていく。萎えていく。
楽しみにしてきた週末の大事な時間を、こんなワロス合戦に付き合わされて、オレたちサポーターは実に哀れだ。
2020.11.27
コロナが一気に増えてきたといっても、感染者の半数近くは外国人だ。そして陽性者は感染者イコールではない。陽性者の中には感染に至っていない曝露者が大勢いる。
慌てることはないぞ。
今の、やべえ、自粛しなきゃ、っていうのは、交通事故が危ないから自動車を禁止しよう、というのと同じだぞ。物流をストップさせようというのと同じだぞ。
交通事故は怖い。気をつけていても、被害に遭う可能性がある。誰もが命を失う危険性に晒されている。
だからといって自動車を禁止するのは理にかなっていない。自動車の利便性を手放すことなく、自己を抑制する努力をすることが、理にかなっている人間らしいやり方だ。
もし本当に気をつけなければいけないとしたら、それは人食い自動車の存在である。
遠い宇宙からやってきたそいつは、自動車に格好をして高速道路の脇に停車していて、不審に思って近づいた人をぱくっと食ってしまう。その描写は、実に恐ろしい。そしてスリル一杯で。ハラハラする。
そんな物語が読みたかったら、これだ。
「マイル81」スティーヴンキング、文春文庫。新刊でキングの短編集だ。いやあ、嬉しいなあ。もっと嬉しいのは70代になったというのにまったく創作意欲が衰えていないことだ。この短編集も、覆面作家リチャード・バックマンとして書いていた頃の切れ味と、ベテランの円熟味が見事に融合した仕上がりだ。手放しで褒めちぎりたい。自動車が人を食ってしまうという話が、表題作。本当にバカバカしい話だよ、自動車が人を食ってしまうんだから。そんなバカバカしいホラ話を一級のホラーに仕立て上げるのがキングのマジック。いやもうあたまらんぜ。だがそんな評価の高い表題作よりも、オレは介護問題にからめて親子の悲しい運命を扱った「バットマンとロビン、激論を交わす」、ニヤッとさせる逆転のオチの「砂丘」、悪意と汚い言葉がこれでもかと散りばめられたいかにもキングらしい「悪ガキ」あたりが好みだ。この短編集は次作もあるので、すぐさま手に取るのである。
2020.11.26
筒美京平が、あくまで仕事で作曲しているのであって、自分の書きたいメロディーなどない、と語っていたことが割と驚かれているけれど、あの人の仕事は要するに“納品”のためだったという説明を聞けば、なるほどと腑に落ちる。
そして考えてみればオレだって、職種、立場、知名度、収入その他あらゆる面で著しい格差はあるものの、仕事はすべて納品のためにあるっていう感覚は同様だ。
筒美京平は、納品してしまえばあとは自分の曲なのにランキング以外は全く興味を示さず、聞き返しもしなかったという。オレだって納品してしまえば、あとは請求書にいくら書き込めるのかしか興味がなかい。職種、立場、知名度、収入その他すべてで比べるのもおこがましいが、この感覚は同じだったというわけだ。
筒美京平は、松本隆のはっぴいえんどに対して「趣味で音楽できるなんていいね」と言い放ったそうだが、確かにオレも趣味で文章を書いたりしている人に対して、へー、金に換えなくていいんだから気楽でいいね、と思っている。嫌みでも悪気でも、なんでもなく。
などと言うことを考えつつ、久しぶりの相手とリモートでミーティング。どうすかコロナ。最近はリモートが多いの? みたいなお約束の挨拶を交わす。
彼は「テレワーク最高、こりゃやめられませんわ」と舌なめずりする。へー、人に会わなきゃ効率落ちるんじゃないの、と思ったがそんくなことはなくて、いっくらでも仕事ができるから一日中仕事がはかどって仕方ないですわ、と笑うのだった。
PCのディスプレイに大映しになったその表情を見ながら、あれ、これってオレがフリーになった直後の感覚と同じかも、と思ったのである。
独立してフリーになった直後、確かにオレもあらゆる拘束から放たれて、好きな時間にいっくらでも仕事ができ、しかも電話の取り次ぎとか会議とか部下の相談事とか部下のもめ事とか、「知るかそんなこと」と言いたくなる些事から完全に無関係になったので、仕事の効率が爆上がり。
そりゃそうだよな、自分のためにだけ時間を100%使えるわけだから、仕事がはかどって当たり前だったし、それが面白くてますます仕事に弾みがつくという状態だった。
ディスプレイの彼はあのときと同じ感覚を味わっているのだろうと、深く納得したのである。
だと、するとだね。
と、オレは考察するのである。
一方で世の中には、テレワーク嫌い、テレワークで能率落ちた、早く会社に行ってみんなと仕事がしたい、と切実に訴える層も存在する。この違いは何なんだろう。
要するに、仕事をがんがんやっちゃいたい層には解き放たれた環境がよくて、あんまり仕事をしたくない層には解き放たれない環境のほうがいいというえことにならないか。
身も蓋もないが。
2020.11.25
今年一番の朗報がキター!
アルビレックスのアルベルト・プッチ監督が契約を更新し、二年目の来期も監督をしてくれることになったのである。ありがたや、ありがたや。
来日一年目にして選手の特長を見抜き、就任一年目にしてプレーオフ圏内。ここ数年の暗黒時代からようやく抜け出せたのも、このカタルーニャ人のおかげだ。
神様仏様プッチ様。
インタビュー後の「アーリガトゴジャイマス」の新潟なまりがかわいいと一部女子を悶絶させるキャラでありながら、試合中に大胆にフォーメーションを変える戦術家。それでいてファブバックも辞さないリアリストでもある。
何よりもゴメスのトップ下の適性を発見し、高木が不用意なぶち切れファールをもらわなくなったように選手のマインドも磨き、田上が気が付けは二列目センターでスーパーシュートを放つなど極上の偽再度バック戦術を導入し、早川がいつの間にかイケイケに変身しているなどモチベーターとしての手腕も発揮するなど、いやもう、文句のつけようがない。
できれば5年は見てみたい監督だわ。
しかも古巣のバルサから声がかかり、シティからも誘いがあったというのに、新潟に残ってくれるなんて、頭がおかしいレベルとしか言いようがない。大丈夫か、プッチ。だまされてないか。
誘いがあったと言えば、案の定、浦和もプッチの引き抜きを画策していたようだ。本間至恩とセットでねらっていたようで、まったくあのクラブは許し難いわ。
ところがプッチが断ったものだから、浦和ってば、あろうことか徳島のロドリゲスを引き抜いたようだ。徳島の地元新聞にも掲載されたから決まりだろう。J1昇格を争っているチームから、鬼畜である。
しかもロドリゲスを引き抜かれた徳島は、何を血迷ったか吉田達麿に声をかけたという。
気の毒だ、気の毒すぎる、徳島サポーターが。
あの芸術的につまらないバックパスサッカーを見せられるのだから、さすがに気の毒だ。まっことJリーグは恐ろしいリーグだ。
ロドリゲスは徳島から河田を連れていくだろう。元新潟の河田だ。そうなると浦和で、元新潟のレオナルドと元新潟の河田のツートップが完成することになる。新潟による浦和ジャックの完成だ。すばらしい。来期は浦和もチェックだな。
2020.11.24
「ミュージックマガジン」の12月号だ筒美京平の特集だ。
近田春男のインタビューなど、なかなかに読み応えのある内容である。
白眉は代表曲150曲についての解説だろう。あれれ、小泉今日子の「夏のタイムマシーン」も筒美京平だったのか。うかつだった。知らなかった。
16歳の自分に出会う、デジャヴをモチーフにした曲で、これが実に名曲。9分43秒という驚きの長さも凄かった。
上下動の少ないAメロで始まり、転調のブリッジで物語が転がり始め、サビ前のフレーズでドキドキさせ、そしてサビの「なつーの、タイムマシーン」で一気に大きくメロディーが広がるという、このカタルシス! うーん、超名曲だ。
これでオレにとっての筒美京平ベストスリーは、「木綿のハンカチーフ」「卒業」「夏のタイムマシーン」だ。ありゃ、「また逢う日まで」が入らないではないか。困った。
まあいいか。
この名曲解説で思わず噴いたのが、太田裕美「しあわせ未満」。「海でナンパした同棲相手に我が身の甲斐性のなさを詫びる赤貧男の立場で歌われる」っていう解説が見事! 確かにそれ以上でも以下でもない歌だな。わはは。うまいこと書くもんだ。
2020.11.23
80〜90年代の曲って、どうしてあんなにイントロが長かったんだろう。小室哲哉とかの何かしらの影響とか、そういう話なのか。
90年代、ビーイングという事務所が一大勢力だった。CMとかのタイアップは全部ビーイングだったりしたっけ。
代表の長門という人は、カセットテープをいつも持ち歩いていて、その中にはアマチュアに作らせた曲の一番おいしいサビだけが山のように入っていたそうだ。そして広告代理店とかテレビ局とかに行くたび、カセットをかけて、「使ってくださいよ〜」とサビばかりを延々と聞かせて売り込んでいたという。
なるほどねえ、と感心したっけ。
という話を、ケーブルテレビの90年代前半の音楽番組の再放送を見ながら思い出した。
2020.11.22
ブックオフで面白そうな本を手に取ったら、オレが売った本だったでござる。
それはともかくとして、柳澤健の「1976年のアントニオ猪木」は、まぎれもなく名著である。
オレは新刊、文庫、電子書籍と全部持っている。新刊で読んでびっくりするほど感動したので、アントニオ猪木本人へのインタビューが付け加えられた文庫は当然のこと、いつでもどこでも読めるようにと電子書籍版を購入したのも当然のことだった。
これは176年にアントニオ猪木が行った4つの重要な試合について分析した本だ。このうち3つの試合は結末の決められた試合、フィクスドマッチ、いわゆる八百長だったことを証明している。
しかし唯一、あのモハメド・アリ戦だけは究極の真剣勝負。しかも猪木に真剣勝負を挑まれたアリが卑怯な手を使って試合を壊したという定説を、この本では、アリが勇敢に真剣勝負に望んだのに対して猪木がいかに臆病で卑怯だったかを明らかにしている。
その山場となる当日の試合の描写は、まさに手に汗を握る迫真の描写で、興奮しきったオレは南青山の路上を二宮尊徳のように本を読みながら歩いたものだった。
この名著のあと、作者は「1993年の女子プロレス」「1984年のUWF」「1964年のジャイアント馬場」と書き続ける。「女子」なんて、ものすごい力作で、あのプロレスがいかに異常だったかを見事に浮かび上がらせた。まさしく豊田真奈美は天才である。
ちなみに「UWF」は、前田日明が激怒したと言われているが、たぶん弱くてケチでセコいと書かれたからだと思う。
この「××年のなんとか」というレトリックで思い出すのは、大滝詠一の「1969年のドラッグレース」だ。作詞、松本隆。
はっぴいえんど時代の仲間たちとの関係を歌ったものだとされているけど、よくわからない歌だったなあという遠い思い出。
2020.11.21
ここのところ、居酒屋などで料理や飲み物の待ち時間がかなり長くなってきた気がする。たぶん人手を減らし、仕入れを減らしなどして、オペレーションが混乱しているのだろう。それがサービスの低下につながって、さらに客離れにつながりそうな気がする。
まあ、オレは武田双雲を見習って生きることにしてので、イライラしたり、声を荒らげたりはしないがな。仕事で客に対してぶち切れたりはするがな。この件、2つのうち1つは矛を収めて、もう1つは今もぶち切れ継続中。
加えて今年は忘年会新年会をやらない会社が9割だと。
オレたちも毎年学生時代の仲間が赤羽くんだりで集まって忘年会のようなものを続けてきたが、今年は親分が「ウチの会社、会食禁止なの、ごめんね」というので中止だ。たぶんこのままずっと中止になって、今度集まるのは誰かの葬式だったりして。
今年は居酒屋の倒産が過去最多だという。人手を減らし、仕入れを減らしても、客離れは加速し、この年末年始でとどめを刺されることが予想される。
「居酒屋なんていらんのや」「飲み会なんていらんのや」という声も聞かれるが、まあ、いらないこともないだろうから、居酒屋はなんとか頑張って欲しいがなあ。
先日、石神井公園の駅前商店街を歩いていたら、すぐ後ろを並んで歩いていた女子2人が「石神井公園はなにげに高くて」「へーそうなんだ」「だから飲み屋さんに行っても途中で注文するのやめて、続きは宅飲みに切り替えちゃうんだ」「へーそうなんだ」「あ、あのお店、安そう」「へー」という会話をしているのが耳に飛び込んできた。
こういう感覚は珍しくない。飲食店受難の時代である。いや、誰もが受難か。
受難なのは自動車学校も同じで、少子化に車離れが深刻だというのに、根本的なところが相変わらずおかしい。
昔の自動車学校はひどかった。特に教官は最悪で、ひどい態度はパワハラそのもの。セクハラも当然あっただろう。それでもハンコをもらうためにオレたちはいわれのない罵詈雑言やガン無視に耐えたのだった。
コンプラばやりの今はもはやそんなことは通用せず、最近では受講者か教官にイエローカードを突きつけるシステムなのだという。暴言、ガン無視、セクハラ教官なんてイエローカードの嵐。当然それは評価に反映されるから、辞めざるを得なくなる。これはよいシステムだ。
まあ、そんな現場の工夫はともかくとして、あの5分で済む内容を50分かけて講義をするというやり方はどうにもならないのか。時間の浪費の最たるモノだ。
リモートで十分。いや、参考書を読んで各自勉強して、試験の時だけ来てください、で十分だろう。交通法規なんてそれで理解できなきゃしょうがない程度のものだし、そもそも5分で済む内容を50分聞かなきゃ理解できない程度の内容について、自習では試験に高額できないという程度の人には、そもそも免許なんて渡してはいかんのではないか。そんな学科講義の時間を実技に充てた方がよほど合理的だ。
そもそもこれだけ時間をかけて教育して免許を発行しているのに、あおりだ、飲酒だと、知識以前の問題が頻発するのは免許発行のシステムに根本的な欠陥があるのだろうねえ。
まあしかし、5年後には自動運転の時代が来て、車は運転するものから使うものへと完全に切り替わるから免許を必要とする人はガクンと減って自動車学校も不要になるのだろうが。
こんなにもムダで不合理が通っている自動車学校というシステムが手をつけられずほったらかしなのは、99.9%の国民にとって関係ない話、終わった話だからだろうな。自動車メーカーも車が売れなくて困ってるというなら、このあたりから改革した方がいんじゃね?
などと考えながらアルビレックスのゲームを見る。金沢相手に完勝。
1点目のチョン・テセは、これぞストライカーという得点で、絶対にチョン・テセでなければできない得点だった。本物のストライカーというのは天賦の才であることがよくわかる。2点目は本間至恩のキレ芸と堀米のポリバレントな成長ぶりが噛み合った美しい得点。なんとも爽快だ。
面白かったのは試合後の監督インタビュー。金沢のヤンツーが、相変わらずレポーター相手にぶち切れていたのが面白かった。ネットを見たら、女子レポーターの下手くそぶりが話題だったけれど、あれは明らかに下手くそな振りをして、中年おやじのぶち切れを誘って哀れを演じようとしていた。
それがわかって乗ってみせたヤンツーも芸達者。よくわかっている。ぷぷぷ、ヤンツー大好き。
2020.11.20
今日は毎月一度、早朝銀座の仕事だった。この仕事は大切にしているし、朝の銀座は気持ちいいので、いつも快適に進められる。
午後、原稿を書きつつ、新しい仕事のオンラインミーティング。その傍ら、さらに新しい仕事の打ち合わせをメールベースで。
ここまではよかったのだ。問題はその後。激怒の連続。腹の立つことばかりが続いて、こっちから仕事なんか断ってやるとさえ思うようなことが続いた。
いやあ、頭にくるなあ。頭にきすぎて、ハゲてしまったかもしれない。
2020.11.19
本日も終日在宅でリモートインタビュー。今月は平日でアポが入っていない日は一日だけで、あとは毎日予定が入っている。忙しくてありがたいことだ。
リモートインタビューは、はっきり言って楽である。出かけなくていい。合間の時間に居眠りだってできる。服装も上半身だけ気を使って、下半身はでろんでろんだ。
らくちんなのはいいのだが、しかし、それはだらけるということだ。緊張感が薄れていく。そして同時に睡魔が忍び寄ってくる。これは困ったものだ。
そんなふうにして一日を過ごしているから、日記もこんなことしか書けない。中身がなさすぎる。
よし。こういうときこそ、社会派の日記にしよう。
女子生態系の最高位に君臨するのは誰か。それは女子アナである。
ルックスはもちろんのこと、知性、教養を兼ね備え、さらには品格をも持ちあわせたのが女子アナ。女優や歌手、モデルなどを押しのけて、カーストの最高位に鎮座するのも当然である。
その女子アナたちがお会いとして選ぶのはというと、ご存じ野球選手にIT経営者だ。脳みそ金人の野獣と、行儀の悪い小僧たちである。では、野獣や小僧が男子生態系の最高位に位置するかというと、そんなことはまったくないというのが大方の意見だろう。
これはひどくバランスを欠いており、女子生態系の最高位にある女子アナは、実はカネとか名声とかを前にすると自分の価値を見失ってしまうということがわかる。
なんだ、たいしたことないじゃん。女子アナ。
2020.11.18
本日も朝から終日インタビューである。ただしリモートだ。よってほとんど家から出ることなく、1日が終わることになる。
これではいかん。少しは外の空気を吸わねば。
と思って唐揚げを買いに行くことにした。駅前のからやまである。
以前ここでは「お呼びしたのにいらっしゃいませんでした」という信じられない言い訳のもと、30分も立ったまま待たされたことがあった。以来、電話で予約してからテイクアウトするようにしている。
それでもからやまはただでは起きない。予約したにもかかわらず、その時間にいったらまだできていなかったのだ。とことんなめ腐った店である。
よほどぶち切れてやろうかと思ったが、バイトの女の子に怒っても仕方ない。それにオレは武田双雲なみの人格者を目指している。ぐっとこらえて待ってやった。
唐揚げは揚げたてが食えるし、まあまあ旨いからからやまとはいい関係を保ちたいのが、こういうオペレーションがとことんダメなんだよなあ、こり店。
まあ、いいや。小春日和が続き、夕方の空気も晩秋とは思えないほど緩んでいる。こういう空気感は、なかなか好きだ。そんな中、練馬の畑の上の夕焼けを眺める。
2020.11.17
本日は朝から終日インタビューである。対面だ。大学へ行く息子と一緒に家を出る。
夕方までインタビューを続け、大急ぎで帰ってきて、今度はリモートでミーティングである。忙しい。
こんな具合にリアルとリモートが入り交じっていると、実は移動時間が難しくて、けっこう時間の設定が厳しくなる。
とはいえ、もはやこれが常態化しつつあり、ニューノーマルっつーの? 当たり前になってきたのだ。こういう変化に対応できなければ、ダーウィンの適者生存の原則によって生き残れなくなってしまうから、大変なのだ。
強いから生きていけるのではない。生きていけるから強いのだ。
なるほど、アフターコロナは、ハードボイルドなのだ。
それにしても感染力が強まると弱毒化するのはウィルスの常識。コロナ様は、この常識にはまるのだろうか、どうだろうか。ちょっと注意深く見守りたい。と新聞のコラム風にまとめるのだ。
2020.11.16
もはやどこの現場に行ってもオレが最年長。一番態度がデカい。
だから今日のようにオレの年上ばかりという現場だと、ちょっと嬉しい。ホッとする。
しかもインタビューの相手が84歳! かつての名経営者だ。
一つひとつの言葉が快くて、ふがふがと滑舌悪くて聞き取れないところもあったけれど、とても楽しいインタビューだった。オレは年長者の話を聞くのが好きなんだなと、改めて発見する。
2020.11.15
ひがしアジアちいきほうかつてきけいざいれんけい、つまりRCEP、要するにアールセップに15カ国が署名した。世界の貿易の3割を占める大型協定っていうんだから、たいしたものである。
この商店街の中心にどすんと構えるのが中国。一方でインドは直前になって「やっぱやーめた」と抜けてしまった。
中国にとってはアメリカのいない商店街で大きな顔をしていられるので、こんなにおいしい話はない。その中国に対して「てめえなんかにいい思いをさせてなるものか」とケツをまくったのがインド、という構図だ。インドはイオンとして商店街なんかに加わらなくても勝手に商売するつもりなのだ。
トランプのちゃぶ台返しでかんたいへいようパートナーシップきょうてい、つまりTPP、要するにティピーピーから抜けてしまったアメリカとしては、中国がでかいツラをしている商店街に苦虫である。だからといって新しく商店街を作ろうとしても、仲間がいない。仕方ないから、こっちはイトーヨーカドーとして一人で商売するしかない。
この先、中国がでかいツラをする商店街で日本も店をしっかり運営していかなくてはならない。
やはり21世紀は中国の庇護の下で生きていくしかないという日本の運命は、変えられないようだ。
2020.11.14
会社員の皆さんはご存じないだろうけれど、オレたちフリーランスは、取引先に対してマイナンバーを知らせなければならない。取引先が税務署から義務づけられているのだ。そのナンバーを追いかけていけば、脱税しても簡単に突き止められるというわけだな。
マイナンバーは意義あることだから、オレは賛成だ。
だが、この取引先への告知というのは、アホらしい。
本日も新規の取引先から「マイナンバーを教えてけろ」という連絡が来た。とある業界では日本でトップの企業だ。社会人ならば知らない人はいないだろう。←そこと直接取引しているという自慢である。
その連絡はレターパッドできた。要するに郵便。中には提出用の用紙が入っている。要するに紙。
その紙に必要事項を手書きする。手書きする。手書きする。
そしてマイナンバーカードをコピーして、はさみで切り取ってノリをつけて貼る。はさみで切り取ってノリをつけて貼る。はさみで切り取ってノリをつけて貼る。
手書きした用紙にマイナンバーカードのコピーをはさみで切り取ってノリで貼り付けた後、今度は同封されていたレターパッドに入れて、差出人の欄に記入する。記入する。記入する。
そしてそのレターパッドをポストまで持っていって投函する。ポストまで持っていって投函する。ポストまで持っていって投函する。
マイナンバーというIT行政の切り札が、実際はこのように極めてアナログな形で運営されていることに、なんというか、呆れてしまう。もちろん今回が初めてのことではないのだが、毎回、ま〜だこんなことやってんのかよ、やらせるのかよっ、とあきれかえる。
なお、ごくまれにであるが、返信用の封筒を同封しないで「提出せよ」とだけ言ってくる取引先がある。しかも「重要書類なので書留で送れ」とまで添えてある。
そんなに大事なら取りに来いよ。
心の中でそう言いながら、知らん顔して普通郵便でポストに投函してやった。なんと小さな男なんだろう、オレは。
と、そんなふうにアナログと格闘していたら、息子が「浦和が大変なことになってる」と教えてくれた。
どれどれ。
DAZNで早速横浜対浦和を観る。なんと前半で4-1と横浜リードだ。しかも浦和の1点はオウンゴール。つまりすべての得点がマリノスのものだった。
後半戦をちょっと観たら、浦和の守備がすっかすか。とことんアホなサッカーをしている。あまりのひどいサッカーに、途中投入されたレオナルドが「バーボ!(このクソッタレが!)」と味方に切れまくってる。
大槻監督はそんなレオナルドを観て「チームの和を乱す」と干しているわけだが、レッズサポは「レオナルドより大槻を干せ」と暴れている。
暴れるついでにレッズサポは、今日もやらかした。
なんと指定席番号を無視して集まって、集団を作っている。場内アナウンスが何度も「ご自分の席にお戻りください」と注意しているのに、低民度と言われてるレッズサポは当然無視だ。もはやレッズサポはアウエー禁止でいいのではないかとさえ検討される始末である。
だが、よく見たまえ。
サポが密集している分、ピッチ上の選手たちはしっかりとディスタンスを取って、マリノスにパスを通されまくっているではないか。
なんとも麗しい選手とサポの関係だろう。
と、鼻で笑っていたら、社民党が分裂しちゃって「これがほんとのワンみずほ」と息子が言うので、噴いてしまった。てめ、誰がうまいことを言えと。「ネットだよ、ネット」との返事に、ネットって面白えよなあとうなずくオレであった。
2020.11.13
「鬼滅の刃、観たよね?」「えっ、観てないの!」「うっそ、信じられない」「マジで!」「非国民じゃね?」「やばいやばい」
というのを鬼滅の刃ハラスメント、略称キメハラというらしい。確かに鬼滅の刃のあれやこれやはかなりうるさい。面白いのかもしれないが、だからといって観なくてはならない理由もないだろう。
だがしかし、実はもっと恐ろしいことが鬼滅の刃には隠されている。
いまコロナの第3波がやってきたと日本中が大騒ぎ(百合子をのぞく)しているが、これは明らかに鬼滅の刃の流行と時を同じくしていることから、映画館でが感染源だろう。
20代が多いというのも、それを裏付ける。
これをキメハラではなくて、キメコロと呼ぶことにする。
鬼滅の刃ではなくて、鬼滅のヤバいなのだ。
2020.11.12
インタビューの雑談で、ご出身はどちらですかみたいな話になって、お互いに地方出身だとわかると、「最近帰ってますか」「いやいや、全然ですよ」「ですよねー」「帰ってくるなって言われてまして」「ですよねー」「いやいやい、東京の人間は黴菌扱い」「ですよねー」「いやいやいやい」という展開になるのがお約束だ。
その東京ではコロナ感染者が400人近くになって第三波だ〜と言われている。ヤバい。でも、あれだろ、小池百合子はすっかり興味なくしたよね。都知事選前に目立てばいいと思っていただけだから、今ではきっとどうでもいいと思っているよな。
さすがにフリップまでやめると露骨すぎると思っているのだろうけど、レインボーブリッジを赤くしたりとか(一体あれにどんな効き目があったのだろう)、派手なことはやらくなったものね。
もっとも去年1月にはインフルエンザで全国1日平均54人が亡くなっていたという。1ヵ月ではない。1日平均だ。
けっこう多いな。でも、誰も騒がなかった。
もし今コロナで1日54人が死ぬと言われたら、ちょっとしたパニックになるんじゃなかろうか。
インフルで1日54人亡くなっても何事もないように人々は会食し、飲食し、満員電車に乗ってライブに行き、マスクもしてないで「イエーイ!」と叫んでいたのだから、今のコロナで大騒ぎするのはどうかと、小池百合子の気持ちもよくわかる。
もういい加減、どこで何人感染したとか発表するのはやめたらいいのに。目立つからやっているのだろうけれど。
2020.11.11
「短けえ夢だったぜ」とゲームセットの瞬間、オレたちはクシャナではなくてDAZNに向かってクロトワのようにつぶやいたのだった。
どうにもジュビロには相性が悪すぎる。特にあの座敷童のようなじじいの顔を見るだけで、ずーんとイヤな気持ちになる。あの妖気にやられた。
まあ、しかし、今日のようなゲームを勝ちきれないのがチームの立ち位置。仕方ない。
今にして思えば、ロメロのハンドをちゃんと取ってもらった方がゲームは荒れなくて、結果はこちらが有利だったのかもしれない。
終戦。
「こんな大人になるなんて」吉川トリコ・徳間書店Kindle。「夢で逢えたら」が想定外によかったので、続けて同じ作者を読む。こちらは短編集だ。だが、はっきり言って玉石混交。読んでいてうんざりする作品もある。ほとんどエロ小説と変わりないんだよね。これではもうあまり手を出す気になれない。というか、逆の見方をすれば、最新作の「夢で逢えたら」で単に下品にエロ小説作家から一歩突き抜けたということか。エゴサとかやられたらイヤだな。
2020.11.10
田園都市線の市が尾にいった。夏にたまプラーザへ行った時は自動車だったけれど、今回は電車だ。そして、自動車の時とは違って、この坂道だらけの街を徒歩で移動しなければならなかったので、きつかった。
ダテくんちのあたりもそうだけれど、田園都市線のこのあたりの街は多摩丘陵を切り開いて造っているから、駅なんかはほとんど谷底かよという有り様。地に沈んでいる。
こんなところに住んでいたら、飲んで帰るときは毎回タクシーだなあと、ぜえぜえいいながら思ったのだが、しかし、これしきの坂道ではあはあいってるなんて、これは要するにコロナ太りというか、加齢による脚力の劣化そのものじゃね?
年は取りたくないものだなあ。
「夢で逢えたら」吉川トリコ・文系春秋Kindle。まったく知らない作家のまったく知らない作品をなんで読むことにしたかというと、何か読むものいないかなあとAmazonをうろうろしているときに何も考えずにダウンロードしたのがこれだったという、ただそれだけの理由だ。プチブレイクしたのちに相川に逃げられてピンになってしまった女芸人と、ルックスと薄っぺらい技術だけで“女子生態系頂点”の女子アナになったのちにセクハラで局を辞めてフリーアナウンサーとなった2人を中心に描く、ジェンダーの物語。とにかくその赤裸々な語り口に驚いて読み進めるうちに、なんというか、実に文章の上手い作家であることに気がつく。
「いや、峰岸だろうとくわばただろうとどっちにしたって坊主はダメですよ!」と強く佑里香が反対したため、坊主企画はあえなく不採用となったが、普段から自分も坊主にしているだけあってフクスケはさして抵抗がなさそうだったし、男だから女だからというジェンダー意識も極めて薄く、もちろんそれが彼の美点ではあるのだけれど、水は低きに流れるというぐらいだから、より面白いほう、よりインパクトの強いほうに流されてしまうのが芸人の性というもの、真亜子と二人にしておいたらもそんじゃ試しにひとつ、僕のバリカンで刈ってみます? など軽い気持ちで言い出しかねない空恐ろしさがあった。
こんな277文字もの長い文章を一気に書いてさらっと読ませるのだからちょっとびっくり。しかもこの文章には主語がない! まるで嶽本野ばらを初めて読んだときのような、文章を読む快感というものを教えてくれる作家だと思った。この手の長い文章がだらだらと続き、合間にピシッと短い文章が挟まる。ポゼッションサッカーにショートカウンターがはまったときのような気持ちのいい文章だ。しっかりいい気持ちになりながらすらすらと読み終えて、では次の本をと今度は短編集をダウンロードして読み始めたら、ああ、この作家、読んだことがあると思い出した。何かのアンソロジーに載っていたよね。とにかく書いてある内容はあまりに赤裸々で、ダメな男の子とはとことんダメに描く。そのリアリティーも見事だ。
2020.11.09
新聞がオワコン扱いをされてもうン10年。今日は新聞休刊日なのを忘れて、オレは起きてから新聞ポストをのぞきに行ってしまった。
隣近所はもう新聞などとっていない。オレんちだけだ。
新聞休刊日だからといって何か困るかというと、もちろん何も困らない。ニュースはネットだし、テレビの番組表はテレビ自身が教えてくれる。天気予報に至ってはテレビさえも役に立たない。
だから今や新聞を何かの情報を得るために使おうとしてもあんまり役に立たなくて、では代わりに何を目的にすればいいかというと、要するにこれはどういうことなのだということを学ぶための勉強に使えばいいのだ。
トランプとバイデンの争いって要するにどういうことだ。
エストニアの電子政府って要するにどういうことだ。
ロコモって要するにどういうことだ。
そんなふうに物事や時代を俯瞰するために新聞を手に取ると、実に有効であることが分かる。皆の衆、新聞読めよ。いやいや、東スポや日刊現代はダメだよ。朝刊の、大きな新聞だよ。
ネットがあるから新聞なんか見ないというのは脳の退化の第一歩。
それに新聞の宅配制度というのは世界でもまれな奇跡のシステムだから、そのまま廃れさせるのは実にもったいない。日本の財産だと思うのだ。
2020.11.08
こんなん無理やろ、知らんけど、というぐらいの大量の原稿をオレは見事に土曜日と日曜の午前で片付けた。えらい。
午後からのアルビレックスのゲームを見るためである。
わずか2時間の試合であるが、前後1時間は使い物にならない。つまり午後はまるまる使えないというわけだ。
そこまでして臨んだゲームで、アルビレックスは会心の勝利。相手は憎きハゲらっきょ擁する北九州チラパンツ。とにかくお互いにポゼッションして攻めまくるチームだから面白いのなんの。そんな盛り上がりの中で勝利したのだから、オレも鼻高々である。
これで一週間、また頑張れる。
今季は残り10ゲーム。終わってしまったらオレは何を心の糧に頑張ればいいのだ。頑張らなくてもいいのか。
2020.11.07
よそ様のことだから好き勝手言うのも申し訳ないが、政治的イデオロギーが違うというだけであれほど憎悪をぶつけ合えるって、すげえ国だよな。アメリカ。呆れるわ。
先日、ハワイ在住30年という日本人にリモートインタビューしたのだが、「このままじゃ間違いなく暴動が起きるわ、sigh〜」と彼女は肩をすくめていた。
アメリカ分断の象徴とも言える富の偏在はすさまじくて、全米上位3人の資産の合計が全米下位50%の合計資産を超えているのだそうだ。そして米国人の5人に1人が資産ゼロまたはマイナス。
まあ、日本も似たようなもので、約2%の世帯が全世帯の2割の富を占めている。これはこれですげえ偏在だ。
富裕層って資産1億円ぐらいじゃないのかなと思って富裕層ビジネスをしている銀行の連中に聞いたら「ははっ」と鼻で笑われ、「オレたちにとって富裕層ってのは、金融資産50億円以上の方々のことなんだよ。去れっ、貧乏人」と追い返されてしまった。
1億だろうが50億だろうが、目の前の10万円の都合をつけるのに青息吐息のオレにはまったく縁がない世界であるのだが、今や日本では遊ばせておける金が50億円以上ないと、人間扱いされないようだ。
もっとすさまじい格差社会のアメリカなのだから、政治的イデオロギーの対立であれなんであれ、きっかけさえあれば衝突が起きるのは自明のことなのだろう。
それにしてもトランプが負けるとは、惜しい人材をなくしたものだ。人ごとだからそう思う。
トランプの一番の強みって「まあ、トランプだからしょうがないよね」と誰でも納得させてしまうところにある。国境に壁を立てるとか、荒唐無稽なことを口走っても「トランプだったら言うだろ」と受け止められ、「パリ協定なんか知らね」とケツをまくっても「トランプだったら仕方ないな」とみんな諦める。
つまりキャラこそ最大の武器という例のアレであって、これで世界を舞台に暴れまくれば中国もロシアもEUも北の将軍様も振り回されてヘロヘロだ。
この「トランプだったらしょうがない」作戦は、中国相手にもう少し見てみたかった。
ここまで書いてきて、オレはハッと気がつく。
もしかしてトランプって、アルビレックスの是永前社長と同じじゃね?
暴れっぷりもそうだが、同じタイミングで暴れつつ消えていくところも、そっくりじゃないか。
なるほど。だからオレはどことなくトランプに親しみを感じていたんだなと1人で納得。
2020.11.06
結局アルビレックスの飲酒運転隠蔽騒動は、制裁金300万円に社長辞任で幕引きである。
300万円は安いな。3000万円でもおかしくないところ、大幅なディスカウントだ。察するにコロナで売上が大幅に減っていることを考慮されたのだろう、どこのクラブも懐は同じだ。
社長の辞任は、これは完全にスポンサーの意向だろう。特にサッポロビールは、スポンサー撤退でもおかしくないほど激おこだろうから、責任者がクビを差し出さなければおさまらなヵったに違いない。
いや、そんなに大げさではないのだよ。田舎のJ2クラブの外人選手の飲酒運転がバレたってことだから、日本人の99%にとってはどうでもいいか、もう忘れてしまったかのどちらか。
あとはただメンツとか筋を通すとかの問題。これを見逃したら、今度はサッポロビールが株主から怒られるってわけで、「おらおら、おれっちの社長に恥をかかすつもりかよ」と総務部長がねじ込んできて、「ははーっ」とアルビレックスが土下座したということだろう。
それにしても惜しい人材だった。
次から次へと改革の手を打ち出して、スポンサーもばんばん新規開拓して、結果を残してきた。当然そうなったら反発する人たちもいるわけで、改革派と反対派でいがみあってたことは想像できる。
だから残念なのはまっとうな判断のできる番頭さんがいなかったことだ。
「社長、そりゃダメだ、すぐに表に出て頭を下げればまだ納められる」と進言する人物がいなかったのか、いたとしても強引に押し通す力がなかったか。そこが悲劇だったな。
せっかく改革が始まったというのに、アルビレックはこれでまた逆戻り。暗黒時代が始まりそうだ。とほほ。
社長は辞められてもサポーターは辞められないんだよね。とほほ。
2020.11.05
ここのところ連日取材仕事が続いているわけですよ。するとたまった取材メモをいつ原稿にするのかという大きな問題が残るわけですよ。
以前ならば夜、ちゃちゃっと片付けて飲みに行ってた。
だがそれは20年も昔の話。今では19時を過ぎるともう気力体力能力が続かない。まったく年は取りたくないものである。
などと言いながら片目でアメリカの騒ぎを眺める。政治的なイデオロギーが違うというだけで、よくもあれだけ暴力的になれるものだなあと呆れる。本当にダメな国だ。1960年代に世界が憧れた、パパは何でも知っている的なアメリカンな国はどこへ行ってしまったのか。
こういう国を見ると、ひょっとして多様性というものがすべての原因ではないかとさえ思えてくる。
多様性など排除しろ。一神教に生きろ。原理と真実にのみ拠って生きろ。
これは強いサッカーチームのことだが、国家にも言えるかもしれないな。
カリフォルニアあたりだと普通の家に住むのに家賃が40万円くらいするらしい。そして健康保険がないから民間の保険に入ると、一家で月に20万円くらいするらしい。教育も、ちょっと名の通った大学だと年間の学費が600万円くらいするらしい。
こんな国なのだから、多様性を由とするということは、格差を生み出し貧困と差別を是とするということに他ならない国になってしまうのも当然だよなあ。
などということを考えながら、AmazonPrime通称アマプラで「映像研には手を出すな」を見る。齋藤飛鳥がとっても可愛い。
テレ東の「共演NG」が、2回目に入ったらとたんにつまらなくなって、面白かったのは初回の最初の30分だけだったとわかってから見る気をなくし、今は映像研。ところがこっちも6回であっさりと終わっちゃって、残念だ。
2020.11.04
ギラヴァンツ北九州のことをチラパンツ北九州なんておちょっくているから、ブーメランとなって下ネタの直撃を受けるのだよ。アルビレックス新潟の福田選手の、湘南ベルマーレ時代の悪行がばらされて周辺はちょっとした騒ぎだ。
どんな悪行かというと、後輩の選手の奥さんに「パンツちょーだい」というLINEを送っていたという、腰砕けの悪行だ。そのLINEを発見した後輩の選手が困ってしまって球団の上層部に相談したところ、福田選手は「出てけ」とチームを追い出され、というか本人もいたたまれなくなっただろう、契約破棄となったところを、アルビレックスが拾って契約したという流れだ。
福田はとてもいい選手である。ボランチとして実に気の利いたプレーをするし、85分を過ぎても全力で駆け回るスタミナもある。正直に言って、こんなにいい選手がなんでJ2のチームに完全移籍できてくれたのか、不思議だったのだ。
なるほど、こういう事情だったのか、と今は納得だ。
変なLINEを送ってくるならブロックすればいいだけなのに、この後輩の奥さんの行動もなんだか腑に落ちないのだが、まあ、犯罪じゃないし、モラルの問題はあるものの、契約解除という制裁を受け、相手とはきっちり縁が切れたわけだから、もう終わったことだろう。それをぐじぐじと、アホなサッカーメディアは。
福田のコメントが泣かせる。
「この話はみんなに知られていて、僕はそういう目で見られています。家庭も一度は崩壊しました。けれどやり直そうと話し合って、家族で新潟へやってきました」
くく、泣ける。泣けるではないか。社会的制裁を受けて、そして環境をガラッと変えて立ち直ろうとしているのだ。大の男が。
そんな騒ぎを受けて、ヤフーのトップニュースも柏でコロナが8人という速報の前までは、アルビレックスの選手のパンツちょーだい事件がトップだったりと、ざわざわした中でゲームがあった。山形戦だ。
そしてオレたちのアルビレックスは、オレたちのヤムケンこと矢村健のプロ初ゴールで勝ったのだ。矢村の満面の笑顔がまぶしい。そしてそれを祝福する福田の笑顔も最高だ。
だが本当の感動は、ゲーム後のロッカールームの写真だ。
勝った試合の後はロッカールームで集合写真を撮るのがルーティンなのだが、今日の写真では福田が真ん中に座り、その周囲の選手たちが福田を指さしてハートマークを出し、そして早川史哉(白血病からの復帰で話題の選手ね)はなんとパンツ1枚の姿で福田を指さして大笑い。つまりチームの全員で福田のことをパンツネタでいじり、大笑いしているのだ。これはできることじゃないよね〜。
おまえはオレたちの仲間だ。顔を上げろ。オレたちが笑い飛ばしてやる。
そんなメッセージにあふれた実に美しい写真で、オレは心の底から感動してしまったよ。
確かに女性サポーターはドン引きしている。顔をしかめている。真面目で献身的で寡黙な職人という味わいの福田だったから、パンツちょーだいはなおのこと気持ち悪がられている。
でも、その件はもう制裁を受けたのだ。制裁を受けて、そして人生をやりなおそうとたどり着いたのが、アルビレックスなのだ。そんな福田を守るのは仲間として当然のことだべ。
今年のサッカーはいろいろあるけど、この案件はこれでおしまい。
おかげで福田を引き抜こうというチームはないだろうから、来年も福田がチームに残ってくれることが決まった。よかったぜ。パンツ万歳。世間の目に負けず、福田よ、走り続けろ。仲間はみんな味方だ。
2020.11.03
今、オレはものすごく忙しい。石ノ森章太郎だ、銀座で7時だ、千葉の山で遭難だと書き散らしているように、実に忙しい。
もちろんフリーランスにとって忙しいのはありがたいことである。本当の地獄とは、仕事ないことなのだ。だから忙しいのはたいへんにありがたい。
そんな忙しい中でも、今日はぽっかりと日が空いた。文化の日、祝日である。
もちろん完全にヒマということはなくて午前中に1本、実にいい出来の原稿を仕上げたが、それ以外は明日の準備程度しかなく、心落ち着けるオフの午後を過ごす。そんなときにちょうどいいのが、川ア-札幌戦だ。
今ちょうどいいと書いたけれど、正直に言えば、これを楽しみにしていたのである。息子と一緒にDAZNを観る。
今シーズン、他を圧倒する強さで勝ち続ける川アフロンターレ。シーズン中だというのに中村憲剛の引退まで発表し、いくらなんでも調子に乗りすぎだろうとオレからの非難殺到だ。そんな川アに立ち向かうのが、コンサドーレ札幌。
ちなみにコンサドーレとは道産子をひっくり返した名前で、広島の3本の矢=3フレッチェと双璧のJリーグ2大アホチーム名として有名だったのだが、そこに割り込んで一挙にトップを取ったのがカマタマーレ讃岐である。もちろんこれは、釜玉うどんから取った名前で、地元でも評判の悪いバカ名前である。
地力では川アかと思われたが、そこは札幌の監督、策士・ミシャ。ワイドにとってパスをちらし、チャナティップを核に展開して、川アを圧倒する。いやいや、それは見事な展開だった。
だが圧巻は、そんなパスサッカーをあっさり捨ててトップ2枚を、守備しない、収まらない、だけど攻撃大好きというブラジル人2人に替えたこと。その瞬間ミシャは「今まではまったく違うサッカーをするぜ」と宣言したのだった。
これは大博打。川アを圧倒していたサッカーをあっさり捨てて、まったく違う殴り合いサッカーに転じたのだから。
そして、お見事、これがどんぴゃりとはまり、なんと選手交代直後に立て続けに2点を奪ってみせたのである。
観ているこちらは驚嘆の声を上げ、まるで手品を見せられたように、ぽかんとするだけ。息子と2人で、いったいミシャには何が見えていたんだと呆然としたのである。
いやあ、実に見事。サッカーの醍醐味、ベンチワークの醍醐味を十分に堪能できた。おかげで充実の休日となったのである。
2020.11.02
取材に行ったら、千葉の山の中でリアルに遭難した。
山道のあちらこちらには害獣駆除のオリが仕掛けてあり、ちょっと離れたところでは草むらがゆらゆら揺れて、シャレになんねえ、クマが出る、と慌てて車に逃げ込むもその車がピクリとも動きやしねえ。
山の日が落ちるのは早く、午後2時だというのにあたりは薄暗く、しかもまだ車はピクリとも動きやしねえ。
やれやれ、いい大人が3人もいてリアルに山で遭難するとは、情けない話だ。
2020.11.01
そりゃあないぜ、中村憲剛。
40歳のバースデーゴールはさぞ気分がよかっただろう。今年のぶっちぎりの優勝を花道にしたいというのも、よくわかる。「遠藤保仁にはなりたくない」という気持ちも、十分に理解できる。
だがしかし、だからといって引退のニュースをJ2だけしか試合がない日にぶつけることはなかろう。鬼畜過ぎる。
というわけで、今日はJ2のゲーム集中開催。昇格を諦めてからアルビレックスのゲームはずいぶんと楽な気持ちで見られるようになった。
今日も結果は2-2の引き分け。十分に勝てるゲームだった。でも、まあ、いいゲームだったじゃないか。どっちに転ぶか分からないスリリングさもあって。
という具合に、物わかりのいいサポータ状態。勝て勝て何が何でも勝てという精神状態ではないので、おー、よく頑張ったなあ、次も頼むぞーという気持ちで観ていられる。精神的にたいへんよろしい。
2020.10.31
コロナでちらほらとベーシックインカムが語られるようになった。竹中平蔵とかが目立つ。
オレの妄想なのだが、これはひょっとして30年後を見すえて言ってるんじゃないか。何かというと、AIとロボットである。
たぶん5年後には自動運転の自動車が普通に走っているようになる。タクシーを始め、運転手という職業が不要になる。自動車を所有するという概念がなくなるから、カーディーラーとか整備工場とか駐車場もいらなくなる。あるいは、ほんのちょっとで済むようになる。
同じようなことが、AIとロボットによって、いろんなところで起きてくる。
するとどうなるかというと、人は「労働」をしなくて済むようになるわけだ。残るのは「労働」以外のもの。レイバーは不要となり、それ以外の何ものかだけが残る。
例えばタクシーの運転手はいらなくなるが、レーシングドライバーは残るわけだ。
「労働」をしなくて済むようになれば、人は仕事を失って、一時的に大きな混乱が生じるだろう。だがそれも落ち着いて、冷静になって考えれば、人間は有史以来初めて「働かなくて済む時代」を迎えるわけだ。「労働」はAIとロボットに任せればいい。
働かなくて済むのだから、人間にとってはハッピーなことである。ベーシックインカムがあれば、なおのこと、金を稼ぐための労働をしなくて済む。労働しなくて生きていけるのだから、なんとハッピーな時代だろう。残るのは労働ではない何かだ。それはもはや仕事ではなくて、遊びとか芸術とかだ。
AIが監督をしてロボットが走り回るサッカーも登場するだろうが、下手くそな人間がミスだらけのプレーをするサッカーも必ず残る。それはもはや選手にとっても社会にとっても労働ではなくて、別の何かだ。
たぶん30年後にはそんな時代がくるんじゃないかなあ。
などと思いながら、今日はJ1のガンバ対札幌のゲームを観る。これがむちゃくちゃ面白かった。どっちもアグレッシブにガンガン攻める殴り合い上等のゲームなのだが、それでいてギリギリオープンな展開になっていないので、とてもスピーディーで精緻なプレーが続く。
どっちのチームを観ても、アルビレックスが勝てる気が全くしないがな。だははは〜。
2020.10.30
毎月恒例、銀座で朝7時のアポだ。4時半に起き出し、軽くご飯を食べて家を出て、6時の電車に乗る。
いつも言うけれど、早朝の銀座はとても気持ちよくて大好きだ。夏が一番いいけれど、秋も素晴らしい。中央通りを澄んだ空気が通り抜けていく。
新宿や渋谷の早朝とは、何が違うのだろう。新宿には前夜の歌舞伎町の吐き出した瘴気のようなものが漂っているし、渋谷ではいろんな淀みが谷の底に集まってきている。やはりその土地の“気”のようなものが、銀座は違うのだろう。
銀座での仕事の後、当初は午後一のアポイントに移動する予定だったが、前日の連絡でキャンセルになったことを知る。そのため9時に取材を終了したら、そのまま銀座から自宅に戻る。通勤時間を逆方向に移動するのだから、電車も快適だ。
そのまま家で例によって石ノ森章太郎である。ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
なかなかうまくはかどらない。途中、息抜きにコーヒー豆を買いに出かける。車だ。在宅勤務のイスから立ち上がれと言っておきながら、地元の買い物にも車かよ。
ちょっと奮発して、ブルーマウンテンブレンドを買って挽いてもらう。いい香りだなあ。
コーヒーを飲みながら再び石ノ森章太郎となり、そして6時半に家を出る。朝ではなくて、今度は夜の6時半だ。
今日は西荻窪で客とのと飲み会である。なぜ西荻窪という辺境の地かというと、ここにイサワ氏の友人が店を開いたので、その見学を兼ねて西荻窪にしたのだった。
西荻窪を辺境の地と呼ぶと異を唱えそうな人もいるかもしれない。だが、この客が朝礼で「今夜、タンゴさんと西荻窪で飲み会です。誰か一緒に行ける人はいませんか」と呼びかけたところ、帰ってきたのは「えー、西荻窪?」「なんで、あんな」「おまえが一人で行ってこいよ」「なんで西荻窪なんかで」という反応だったというから、やっぱり辺境の地なのである。
おかげで帰りはもうバスが走ってなかった。仕方なくタクシーに乗る。
西荻窪駅前からジャパンタクシーに乗り込んで自宅を告げたところ、運転手は「あいよっ」と走り出し、細かなことを指示しなくても快適に飛ばして、とても上手な運転だった。おかげでご機嫌なタンゴちゃん。
ふう、やれやれ、長い1日だったぜ。
2020.10.29
在宅勤務のイスから立ち上がれ、皆のもの、と呼びかけておきながら、本日も終日在宅勤務のイスに座りっぱなしという始末である。
朝からリモートインタビュー3本を立て続けにこなし、終わったそのまま原稿と格闘だ。石ノ森章太郎である。
これでは体にいいわけないよ。わかったちゃいるけど、という有り様だ。
食事は意図的に減らしている。だが、それでも不十分だ。ストレッチでもしなくてはならない。だが、わかっているくせに仕事の手を休めてはスマホをのぞいて、アルビレックスの掲示板に喜んだり呆れたりしている。
いや、確かにこれじゃコロナよりほかの病気のほうが心配だべ。
なおインフルエンザの予防接種は、既に26日、つまり一般人解禁の初日に打ってきた。けっこう多くの人が駆け込んで打ってもらっていたから、ひょっとしたら早期に在庫をつくかもしれない。
打つつもりの人は、早めに近所のクリニックへ。
2020.10.28
医師の中川惠一が「在宅勤務のイスから立ち上がれ」と呼びかけている。けっこう大事なメッセージのような気がする。
これまでコロナの死者は約1730人。一方でガンは年間38万人が亡くなっている。
コロナを恐れるあまりの自粛→運動不足による肥満→不健康はもっと恐ろしいし、増え始めた自殺も問題だ。この状況でもかたくなに在宅勤務を続けるのは、かなり不健康ではないか。
この医師は、こうした状況を大震災後の福島にあてはめる。
放射線による被爆を恐れるあまりに避難が長期化し、多くの人が健康を害したが、実際に福島での被曝量はわずかでガンが増えることはなかった、と。確かに甲状腺障害が多く発見されたが、甲状腺ガンは放っておけばよいということがわかっており、普通の人が検査すればだいだい見つかっちゃうのが甲状腺ガンらしい。
コロナを過度に恐れるのはやめよう。マスクと手洗いと入浴でかなり抑えられることがわかったし、万が一、かかったとしてもまず死ぬことはないとわかってきた、それよりもガンにかかる確率の方がずっと高いし、ガンで死んでる人のほうがずっと多い。
在宅勤務のイスから立ち上がって、外へ仕事に出かけよう。このメッセージは、けっこう重要だと思うぞ。
2020.10.27
岐阜に行った。
大垣あたりは何度か行ってるが、岐阜駅となると20数年ぶりである。前回は1人で車で来たんだから元気だったよな。あのときは岐阜で仕事を済ませて、その後、長野で親族と合流して温泉に一泊し、そして新潟の実家へ行ったんだっけ。
うーん、若かったなあ。
20年ぶりの岐阜駅は、以前の記憶とはまったく違っていて、もう何が何だかさっぱりわからなかった。
バスで目的地へ向かう途中、あの有名な柳ヶ瀬を通り過ぎる。シャッター商店街になっていて、いや、もうひどい寂れ具合だった。
駅の物産館のようなところで、ヨメの実家とオレに実家に土産代わりの物産を送る。レジで宅急便で送ってくれるよう、頼んだ。すると合計金額がばかに安い。
あれれ、2つ頼んだはずなのに、間違ってね?
するとレジの姉さんが「補助金がついてるので安くなるんです」とのことだった。へえ、お土産に、補助金。GoToみたいなやつなのか、岐阜独自の。
ずいぶん安くなって嬉しかったが、せっかくならもっと大きく目立つようにアピールすればいいのに、もったいないねえ。
岐阜は、山がきれいが空気もきれいな、いい場所である。特に駅前よりも郊外、さらには山の方に行くともっといい。美しい土地なのだ。
たくさんの人が観光に来てくれたらいいねえ。
「炎の塔」五十嵐貴久・祥伝社文庫Kindle。女性消防士が主人公で、銀座に完成した100階建ての超高層タワーでの火災を描いたパニック小説。著者本人も後書きで記しているように「タワーリング・インフェルノ」に触発されたというか、オマージュした小説だ。正直、もうちょっと期待していたのだが、人物描写が薄く、物語のテンポも悪くて、惜しい。悪くはないのだがなあ。同じ内容でスティーヴン・キングが書いたらすごい話になっただろうに、って、だったらキングを読めよ、って言われるよな。はい、すみませんでした。嫌いな物語ではない。同じ女性消防士が主人公のシリーズが3作まであるというから、次も読んでみるか。
2020.10.26
オレの住んでいる練馬区は東京の田舎で、23区でありながら畑が広がる風景は、なんだかとても心落ち着くのだ。もちろん空は高く、今日のような秋晴れだと、実にすがすがしい。
いつだったかラジオから「東京もこのあたりまで来ると畑が広がってのどかです」と女子アナが話しているのを隣のオガワさんが聴いていて、オレに「どこかと思ったら、隣の畑なんだよ、これが」と眉を下げながら教えてくれたことがあったっけ。
当然ではあるが、そんな広大な畑を持つ大地主が練馬区には何人もいて、郵便局でハガキを買うために並んでいる小さなおばあちゃんが、実はン億円もの資産を持っていたりする。数億円の相続税を現金で納めた、なんていう景気のいいんだか悪いんだかわからない噂も聞こえてくるようなエリアなのだ。
そうである。他人からすれば資産ン億円なんてうらやましい限りだが、いざ相続なんていうことになったらこの広い畑は重荷でしかないわけだ。相続税を納めるために畑を売って、それを買ったデベロッパーが建て売りや低層マンションを建てて、というのはこのエリアでは年中行事。
最近も、サッカー場よりも広い畑がいつの間にか裸の土地になって、建築計画を告げる立て看板が立てられていた。ひゃー、ここに28棟も新しい戸建て住宅が建つらしい。
畑が消えて緑が減るのは寂しいけれど、所詮は他人事。先代が遺した広大な土地の始末に四苦八苦している当人にしてみれば、緑なんて知ったことではないだろう。
それにしても、といつも不思議に思うのだが、人口減時代の今、世帯数も減っているのだから、こんなに家を建てて売れるのだろうか。畑だったところに新築の家が建つ一方で、その隣には空き家が朽ちていたりするんだもん。近所の空き家なんか、庭木が荒れ放題に伸びきって、電線に思い切り覆い被さっている。
見るたびに危ないなあと思うのだが、例によって所有権がどうのこうので役所としては手が出せないのかもしれない。東京電力やNTTにしても放ってはおけないだろうに。
そんなふうにいつの間にか空き家になっていた家屋が、住み手のいないままに朽ちていくのに、一方では新築の建て売りが次から次へと建っているわけで、これはどう考えても空き家を有効活用して次の人が安く手に入れられるような仕組みをつくったほうがいいよな。
「だったらおまえがやってみろ」と言われそうだけれど、でも、空き家がどんどん増えている一方で新築の家をどんどん建てているという不条理なことが当たり前に行われていることになる。あ、そうか。新築の家を建てないと、工務店とか不動産屋とかデベロッパが困っちゃうのか。
手段のためなら目的は問わない。これが今の東京の住宅事情の本当のところかもしれない。
2020.10.25
昇格を諦めたから、ゲームを見るのも気楽なもんだ。
今日もいろいろとヤバかったなあ。なにしろキーパーの小島が神だったから、引き分けに持ち込めたけど、0-2で負けてもおかしくなかった。徳島にはお気の毒なことである。
これからの季節はどの選手が抜けて、どの選手が残留するかという話になるのだが、今年の昇格に賭けてカネを使い過ぎた田舎の貧乏J2チームからは有望選手ほど逃げ出すのが明らかで、さらに飲酒運転隠蔽騒動が加わって良識ある選手とかブラジル人とかが抜けるのだろう。お先真っ暗である。
いいよなあ、選手は。移籍できて。サポーターは移籍できないから、切ない。
などと嘆きながらストロングゼロを飲んで酔っ払っていたら、Paraviで「共演NG」を発見。
あれ、これってまだ始まってなかったと思うが。調べたら、なんとParaviでは地上波のオンエアより早く、先行放送するというのだ。ひゃー、なんていう時代なんだ。
大喜びで「共演NG」を見る。
テレビ東京が勝負に出たと話題のドラマで、テレビ東洋略してテレ東というマイナー局が舞台。共演NGの大物俳優がなんの間違いか一緒になってしまったドラマの収録が始まるというドタバタもの。
いやあ、面白かった。テレ東の自虐ネタをちょいちょい挟みつつ、中井貴一と鈴木京香の大物二人がぶつかり合う。その存在感はさすがで、特に鈴木京香のぶち切れ演技が大迫力。それを受けた中井貴一の怒りの演技もさすがの芸達者で、やっぱりいい役者がいるとドラマは締まるわあ。
気に入らないとすれば企画原作が秋元ブタというところか。秋元ブタは、フジテレビの会議にちょっと顔を出して思いつきをしゃべっては会議費100万円とか取っていた野郎だから、テレビ東京でも似たようなことをしているんじゃないか。
「共演NGの役者でドラマ作れば面白いんじゃね? キャスト? それはそっちの仕事でしょ。あとはよろしく。はい、100万円ね」とか。テレ東には秋元ブタなんかには頼って欲しくなかったなあと思うわ。
まあ、そんなクレジットにさえ目をつぶれば、なかなか極上の大笑いドラマ。
地上波では、おっと、26日月曜日の夜が第一回じゃないか。これはマジのお勧め。どうぞご覧あれ。
2020.10.24
石ノ森章太郎モードも、本日がピークである。
土曜日だというのに朝から原稿、原稿、また原稿、ついでに原稿だ。今日一日にでたぶん14000字ぐらい書いたと思う。
待てよ。本当に14000字書いたのだろうか。残業自慢、病気自慢と同じで、こういうのは必ず盛っちゃうからな。そう思われてもしゃくだ。ちゃんと計算しよう。
3539+3520+3439+3259=13757。
うむむ、やっぱり盛っていたか。でも300文字ぐらい乗せただけだから、いいだろう。ざっと丸めて今日は14000字を書いたのだ。
これぐらい書くと、さすがに疲れる。手が痛くなり、肩がだるくなる。最近はインタビュー中にメモを取ると手が痛くなってきて、2時間ぐらいが限界。年は取りたくないものだ。
もっとも14000字ぐらいだと、頭のほうはまだスッキリしていて、いくらでも書けそうな気になる。問題なのだ。
これだ書くと、さぞや夜遅くまでと思われがちだが、さそんなことはまったくない。5時には切り上げて、6時にはとおるちゃんでビールを飲んでいた。そして8時に風呂に入って10時に寝た。健康的だな。いや、飲んで風呂に入るのは健康的ではないが。
一山越えたとは言え、まだまだ原稿は残っているし、来週もまた石ノ森章太郎にならなくてはならない。石ノ森章太郎との違いはギャラだな。くっそう。
2020.10.23
今年5月 前年より3878人減少
今年6月 前年より1931人減少
今年7月 前年より1745人減少
日本全体で死者が減っている。これはもちろんコロナも含めた全死亡者のことだ。うーむ、どうやら日本人は、コロナのおかげで死ななくなったらしいぞ。
今年4月3日 5233人感染して1120人死亡
今年10月17日 3万2427人感染して89人死亡
これはフランスの数字だ。あれれ、日本人だけでなく、ヨーロッパでも人が死ななくなったらしい。これもコロナのおかげか。
どうよ、これ。感染者が増えれば増えるほど死者が減っているじゃないか。
たぶん「集団免疫を獲得しつつある」「コロナが弱毒化しつつある」「治療法が確立しつつある」という3つの要因によるんじゃないかな。つまりは要するに普通の風邪と化しつつあることがはっきりしたわけだ。
それに日本全体の死亡者が去年より減っているのは、明らかにマスクと手洗いのおかげだから、この習慣を強制的に根づかせてくれたコロナさんには感謝してもいいくらいである。コロナさん、ありがとう。
これからインフルエンザの季節を迎えるが、ウイルスは土地を奪い合うと言われるように、異なるウイルスに感染することはない。だからいわゆるツインデミックが起きることは考えにくい。加えてマスクと手洗いをこのまま徹底すれば、インフルエンザにもかかりにくくなるだろう。
たぶん今年はインフルエンザの予防注射を打たなくても大丈夫だと思うけれど、打たない方がいいという根拠はないから、念のために打っておこう。“念のために”ぐらいの感覚でよろしい。
GoToトラベルが始まっても感染者は一気に増えなかったし、死者も増えていない。
それなのにコロナを恐れるのは、この春にワイドショーがとことん煽って、恐怖感を植え付けてくれたからだ。
それはまさに、コロナにかかるくらいなら死んだ方がマシ、という煽り方だった。
このままマスクと手洗いを忘れなければ、コロナは平気。さあ、みんなで経済を回そう。飲んで食って遊んで働こう。ポストコロナはもう始まっている。
2020.10.22
ここのところのオレの原稿の生産量たるや、自分でも驚くほど大量だ。全盛期の石ノ森章太郎かよ。
本日もリモートインタビューを2本こなしながら合間に原稿を4本書いた。全部で1万字ぐらいか。それでもまだ引き受けた原稿の量は減らず、迫り来る納期を前に格闘を続けるのである。
ならば石ノ森章太郎のように徹夜をするのかといえばそんなつもりはまったくなくて、8時には既に缶チューハイを飲み始めて、ご陽気さんになる始末。酔っ払っている間に、妖精さんがオレの代わりに原稿を書いてくれるだろう、文句があるなら妖精さんにどうぞ。
まったくありがたいことである。
そんなオレの生産環境と原稿品質の向上のために、やっとJustRightを導入した。ジャストシステムの校正ソフトである。これに、先日導入した「文賢」というWebサービスを組み合わせて、品質向上を図るのだ。
以前より欲しいと思っていたのに導入をためらっていたのは、JustRightがあまりに高いからだ。定価5万円。校正するだけのソフトがなんでこんなに高いんだよと、ずっとためらっていたのである。
しかし、いつまでもそうしてはいられない。ことは商品の品質に関わる。Amazonで3万1千円で売っているのを見つけ、思い切って購入に踏み切った次第だ。
次第はいいけれど、購入したら今度はインストゥールだ設定だマニュアルだと、それはそれで面倒なことになる。とりあえずはインストゥールしてユーザー登録して、おしまい。使い方はそれなりに面倒なので、後回しである。
実はライターというのは案外と同業のつながりがない。おれだけかもしれないが、同業者をほとんど知らない。従って同業者がJustRightを使っているかどうかは、ネットの噂話ぐらいしかわかっていない。みんな活用しているのだろうか。
もしかしたら、今さらJustRightかよwwと笑われているのかもしれないなあ。だったら恥ずかしい。
まあ、いいや。前を向いてポジティブに生きるのだ。
今日も駅前の「からやま」に唐揚げを買いに行ったら順番を飛ばされてえらく待たされてしまい、いくらなんでも遅いだろと文句を言ったら、バイトの女の子がひたとすら「申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません」と10回ぐらい頭を下げたので、気をつけてよね〜と優しく諭したのであるが、こんな具合に最近はオレも人間ができてきて、怒らなくなった。
いや、相手がバイトの女の子だったから怒らなかったのかもしれないけど、とにかくどんなドン引きの状態でもネガティブにならずにポジティブに行こうよという武田双雲の教えを、オレは大切に生きていくのだ。
2020.10.21
今日、取材に訪れた会社が、夕方5時を過ぎたらガラガラ。聞けば、始業が朝7時半で終業が夕方4時なのだという。残業もほとんどなくて、だから5時にはすっからかんなのだそうだ。
へえ〜っとちょっとびっくり。
日本中の誰もが知っている銀行のグループ会社である。金融会社でこれは、驚きだ。
学生時代の友人のフジタが最初に務めたのが大手証券会社で、フジタは「セブンイレブンだよ、オレたちは」と半分自慢げに、半分自虐的にしゃべっていたっけ。つまりは7時出社11時退社が当たり前の業界というわけだ。
まさに隔世の感である。
もっとも90年代半ばでさえ、日本人の半分は夜10時には布団に入っていたらしいから、宵っ張り社会は首都圏だけのことかもしれず、4時退社も、地方の工場に行けば別に珍しいことではない。
今日の金融会社の人は「4時に退社すると、それから時間がたっぷり使えてとてもいいです」と笑っていた。これはなかなかいい働き方だと思う。
そんなわけで電車が30分繰り上げて終電が早くなっちゃうというのは、まあ、いいことなんじゃないの。世の中全体に年老いてきているんだし。
などと考えながら6時半に帰ってきたオレは、大急ぎで風呂に飛び込み、そして7時からアルビレックスのホームゲームを見る。相手は岡山だ。
岡山は相性が悪いんだよなあ。弱い相手なのになかなか勝てない。今日もそうだ。90分のうち85分、ボールを支配しながらミスから先行されて、追いつくのがやっと。1-1。勝てる試合を取りこぼしたとはこういうことをいう。
前半で1点を取っておけば、なんということなく簡単に終わらせられたゲームだったのに、まったく、呑気にちんたらしたゲームをやりやがって。ぬるい。ぬるすぎる。
そう叫びながらオレはハーフタイムにはメールを処理し、試合終了後はレモンサワー片手に明日の準備をする。
オレの働き方もなかなかワークライフバランスなワーケーションのニューノーマルというか、なんというか。
2020.10.20
今週の「激レアさんを連れてきた」が面白いというので、TVerで見る。
TVerはタダだから嬉しい。どうせ著作権ガン無視でYouTubeに上げられるくらいなら、ってんでやっているのだろう。
タダというのもあんまりだからというわけか、冒頭と途中でコマーシャルが入る。だいたいが民放の番組のPRだ。TVerをつけたら、だから今日は、テレビ朝日の秋の番組についてのコマーシャルをやっていた。
それを見て、我が家では全員が噴いた。だってお勧め番組のタイトルが「秋山とパン」なんだもん。
「秋山とパン」。宣伝写真は、当然だが、フランスパンを掲げてどこの道端に立っているロバート秋山の姿。これも噴いた。
察するに秋山がパンを持って街レポするという番組、というかそれ以外に考えられない番組だが、考えたヤツは天才かよ。どんな番組になるか丸わかりなのに、仕上がりがまったく想定できず、しかも今から笑ってしまうぐらいに面白いってわかっているんだから、凄いわな。
いったいどんな企画書を書いて、プレゼンしたんだろう。案外「秋山とパン」とだけ書いて終わりだったりして。それだけで面白いってわかるもんなあ。
深夜1時半ぐらいの番組だから、どうせこんなもんでいいだろという投げやりなつくりになりそうな気がする。たぶんきっとそうだ。でも、そのほうが面白い番組になりそうだな。
と、CMで一笑いした後に始まったのが「激レアさん」。今週の何が面白いって、これだ、「18年間音信不通だった父親を探しに旅に出たら、初日で見つかってしまった」という話だ。
タイトルだけで爆笑だ。だはは〜。
3歳で両親が離婚し、以来、一度も父親に会っていないという21歳の青年が父親会いたさに考えついたことは、全国を旅しながら路上ライブをして、集まった人に「父親を探してます、何か知りませんか」と訴えみようということだった。いいねえ、泣けるねえ。
そして初日、広島県の福山駅前で最初の路上ライブを始めたら、その観客が別れた父親の娘、つまりは青年の腹違いの妹だったというオチ。しかもその瞬間の映像がスマホで記録されているという大笑い。
ああ、笑った。
この番組、最初はむちゃくちゃ面白かったけれど、当たり前のことながら激レアさんなんてそうそういるわけもなく、すぐにネタの仕込みに困るようになり、無理のあるネタを「ほら、面白いだろ、笑え」と強引に仕込むようになってつまらなくなってしまった。
今回のような神回があると、ひどく笑えて面白い。弘中アナも、まあまあ可愛いし。性格悪そうだけど。
2020.10.19
朝、駅前で政治家が演説をしていた。朝っぱらからうるさい。
のぼりを見たら「立」とか「民」とかの文字が見える。耳に飛び込んできたのは「ハンコの廃止なんてとんでもない。ハンコで食べている人たちが生活できなくなります。ハンコ廃止はんたーい」という言葉だった。
おいおい、お前たちの女ボスがさんざん事業仕分けしたのを忘れてしまったのか、と腰が砕ける。何でも反対すりゃいいとしか思っていないから、そんなムダな絶叫を朝っぱらからやらかすのだ。
ニュースを見たら、GoToトラベルの事務局の日当が高すぎると、これまた「立」とか「民」とかの文字がつく人たちが吠えていた。
本当に細かなところしか目が行かない人たちだなあ。視野が狭窄だから思考も狭窄なのだ。
この件について、まーたこの人たちはヒアリングというのをやっていた。あれは本当にやめろ。たちが悪い。
連中はテレビカメラの前で役人を攻め立てていい気分かもしれないし、選挙に向けて目立っていいと思っているかもしれないが、付き合わされる霞ヶ関の役人たちにとっては本当にいい迷惑だ。
はっきり言って国家リソースの無駄遣いである。ただちにやめさせるべきだ、この悪行は。
などとあちこちにケチを付けながら悪態をつくわけだが、別にアルビレックスの飲酒運転隠蔽騒動で心がすさんでいるというわけではない。
むしろ逆。あれはもう飽きた。
今日、この件で記者会見が開かれて、格別新しい情報も出ないし、特に進展もないから飽きた。
面白かったのは、地元新聞であり、アルビレックスのスポンサーでもある新潟日報の記者の噛みつき方である。
議事録を見ると、他のメディアは媒体名とともに質問した記者の個人名も記載されているに対し、新潟日報だけは記者の個人名が掲載されていない。これは媒体側からの要望だそうである。なんだ、日報、かっこわる。ちょっとこれはバランスを欠くというか、自分たちは別、という意識が見え隠れしてヤな感じだ。
記者会見での質問の内容も、地元のクオリティペーパーであるアタシたちに先に取材させず、どういうことなのよっ、という感じのキレ方であった。そう、ぶち切れているのである、新潟日報。そのキレ方が、非常に感じ悪いというか、なんでオレらに先に教えないんだよ、という感じなのだ。
あはは、バカバカしいわ。
そんなアルビレックスの騒動より、香ばしいのがベガルタ仙台の騒ぎだ。
なんとチームの中心選手がDVで逮捕だ。しかも逮捕された後も隠蔽して試合に出していて、さらにこの選手は、これが再犯だという。犯罪者を選手として契約して、そいつが再び罪を犯して逮捕されたというのに隠蔽して試合に起用していたのだ。
ひや〜、ありがとう仙台さん。
おかげで飲酒運転なんてちっちぇよ、とメディアの関心は一気にアルビレックスから離れた。
しかも仙台のDVの相手というのが、どこかに芸能事務所に所属していたタレントらしく、これはワイドショーの大好物。香ばしすぎる。
J2チームの名前もよく知らないブラジル人の飲酒運転なんかより、芸能人が被害者のDVのほうがよっぽど派手で、しかもこの選手か包丁を持ってすごんでいる写真だったり、暴行によって紫色に変色した芸能人のケツだったり(実際、美人のケツの割れ目がちらっと見える)と、ビジュアル素材には事欠かないから、ワイドショーは大喜びどころの騒ぎではない。
もっとも包丁を手にした仙台選手の写真が、地上波ではとても放送できないような、放送したとしても子どもが見たら号泣間違いなしのすさまじい写真なので、放送できるかどうかは微妙である。
そんなわけで、もはやアルビレックス事件には飽きたというのはオレだけでなく、メディアもそうなのである。はい、終わり終わり。そんなことよりゲームを見ようよ、みんな。
まったく仙台さんには感謝である。このタイミングでよくぞやらかしてくれた。神風かよ。
下には下がある。それが本日の教訓。
2020.10.18
飲酒運転隠蔽事件で県民にも見切りをつけられてフルボッコのアルビレックス新潟であるが、ゲームとなればやはり応援したくなるのがサポーター。
今日は水戸とのアウエーマッチだ。これをあっさりと3-1で勝った。
強いぞアルビレックス。
いっときとはいえ、サポーターは不祥事を忘れて胸を張る。まあ、そういうもんだろう。
2020.10.17
いやあ、今週は長かった。
なんでだろうと振り返ったら、仕事が多かったからだとわかった。リモートインタビューに対面のインタビュー、合間を縫って原稿原稿また原稿。さらに合間を縫ってスケジュール調整に請求処理。
だけど、普通、忙しいと早く感じるのではなかったか? おかしいな。
これはやっぱり嫌なことをやっているから長く感じるのだろう。好きなこと、楽しいことだったら、忙しければ忙しいほど時の過ぎるのは速いだろうから。
ということは、オレは仕事が嫌いなのか。
いやいやいや、好き嫌いでするものじゃないぞ、仕事は。仕事は仕事。それ以上でもそれ以下でもない。
とはいうものの、来週のGoogleカレンダーを見るとうんざりしてしまって、始まる前から一週間が長い。
困ったものだ。
いや、このご時世に忙しいというのありがたいことである。感謝しなくてはならない。いろんな自営業者、個人商店が潰れているからな。それを思えば、場当たりなことは言っていられないのだ。
2020.10.16
馬鹿なブラジル人が飲酒運転で検挙されたのに、1カ月もそれを隠蔽していたという、アルビレックス新潟問題の続報である(これをカクシテル新潟問題と呼ぶ)。
このとことん間抜けでコンプライアンス無視上等な事件を、地元の新聞である新潟日報が報じないわけがない。当然のことながら裏取り取材を重ね、紙面に掲載した。
するとクラブの発表と食い違う事実が続々と発覚。例えば1カ月も発表が遅れた点についてクラブは「警察の指示を仰ぎながら」としていたが、新潟県警は「県警として、そんなことを言うはずがない」と激怒。「確定的な判断を待った」という点についても「酒気帯びはすべて送検」と県警は鼻で笑っている。
どうすんだ、これ。
事実を隠蔽しただけでなく、ようやく発表したと思ったら、それも嘘だったというわけか。
実は新潟日報は、アルビレックス新潟のスポンサーである。新聞社として、事実を隠蔽し、嘘をつくような組織を支援するわけにはいかないから、当然、スポンサーを降りるだろう。この記事自体、新潟日報が激おこぷんぷんである証拠だ。
まったく打つ手がことごとくアホ。最悪のタイミングで最悪のことをしでかしている。こりゃダメだわ。
是永社長は営業力に優れ、こつこつと新規スポンサーを開拓してきて、とても頼もしいと思っていたのだが、一方でこんなにアホだとは思わなかった。社長がアホなんだから、スタッフはちゃんと諭さなければいけなかったのに、それもできなかったのか。
ダメだこりゃ。
加えて、発覚以来、社長は逃げ回って説明責任を果たしていないというのに、実はTwitterのDMでは問い合わせてきたサポーターに直接答えている始末。それをサポータ自身が自慢げにツイートするという、もはや何が何だかのカオス状態。笑うしかないわ。
とことん選手がかわいそうである。
ともかくここは社長が辞任し、スポンサーには土下座してできるだけ残ってもらい、そしてJリーグからの制裁としてJ3に降格して、またやり直すしかない。そんなゴミダメに残ってもらってはかわいそうだから、選手はみんな移籍していいよ。
2020.10.15
夜、布団に入って、念のためにメールを確認しようとスマホを見たら、(オレにとって)超弩級のニュースが飛び込んできた。
なんとアルビレックス新潟の選手2人が飲酒運転でつかまっちゃって、書類送検されたというのだ。
選手とは、ファビオとマンジーのブラジル人2人。9月17日の深夜1時頃に飲酒の検問に引っかかっちゃったらしい。
とことん馬鹿すぎる。いまどきプロのアスリートが飲酒運転なんてあり得ない。
まあ、ここまでなら馬鹿2人が馬鹿やっちゃったので、クビにしてブラジルへ追放すれば済む。問題は、それを公表したのが今日。つまり約1ヵ月間、発表せずにいたということだ。そして、あろうことか検挙されてから今日までの間、ファビオは6試合に出場していたのである。しれっと。
それは隠蔽と言われるのではないだろうか。
監督以下、選手にも知らせず、ずっと隠していたのだそうだ。
これは選手2人のクビは当然として、社長も引責辞任が当然。もし事情を知っていて選手を起用していたとしたら、監督も当然クビだ。
あ〜あ、やっちまったなあ。とことん悪手だなあ。
まず、アルビレックス新潟のスポンサーにサッポロビールがいる。ウェアの胸にはでかでかとSAPPOROとロゴが入っている。
当然、酒メーカーがもっとも忌み嫌う事態だから、サッポロビールはスポンサーを降りるだろう。身内の飲酒運転を隠蔽するような企業を容認するわけがない。仮にスポンサーを続けるとしたら、サッポロビールは飲酒運転の隠蔽を支援しているとことになる。
サッポロビールはアルビレックスのロゴ入りの缶ビールも販売しているのだが、撤退ということになってあの缶ビールはもう飲めない。
当然サッポロビールに続いて徹底するスポンサーが出るはずだ。特に隠蔽期間に新たにスポンサーになった企業は、騙されたと思っていることだろう。身内の飲酒運転を隠していたというのは、それほどの重みを持つ。
言うまでもなく、米どころ新潟は日本酒がとても美味しい。そのイメージを著しく毀損したことになるから、行政としても黙ってはいられないし、サッカーに興味のない県民からすれば、アルビレックスはただひたすら足をひっばる存在ということになる。NGT48かよ。従って行政や県民からの支援も受けられなくなる。
もちろんJリーグも制裁を科すだろう。制裁金は当然のことで、勝ち点剥奪もあるかもしれない。そうなりゃ昇格争いをしていた選手だって、アホらし〜となる。J3降格を命じられる可能性すらある。
そして、引き抜きの声がかかっている選手はチームを出て、それ以外の選手も移籍先を探すだろう。残るのはどこでも使い物にならない選手ばかり。
経営陣が一変し、選手がいなくなり、スポンサーが逃げて、行政も見放す。
マジで解体するんじゃないの、アルビレックス。
そりゃもう解散するしかないじゃないですか。解散して、再び市民クラブとして再出発し、JFL入りを目指すところから始めるしかないじゃないですか。
まったくファビオも罪なことをしてくれたもんだ。怪我ということで休んでいたのは、本当はこれが理由だったのか。だとしたら監督も知っていたのだろうか。
いやもう、J1昇格を目指すとか、もうどうでもいいぐらいの事態である。オレもクルマを運転する人間として飲酒運転は忌み嫌っているし、その事実を隠蔽して組織が守るなんて信じたくもない。普通の会社なら懲戒ものだよ。一発でクビもおかしくない。
そんなことを隠して試合に出場させていたわけだから、こりゃもう組織として言い訳できない。
もちろん選手に罪はなく、一番の被害者は選手たちだろう。次がオレたちサポーターとスポンサーだ。
まずは2人を即刻クビにして、社長以下がスポンサー及び地元関係各位に土下座して回り、辞任。あとは関係者が全力でチーム存続の道を探すしかない。出て行く選手がいても引き留めなんて無理だ。知らんけど。
もしこのままアルビレックスが消滅したら、オレはどこのチームを応援したらいいのだ。FC東京とか横浜とか、絶対に嫌だ。それだったらいっそ浦和を応援するか。
いや、群馬あたりでちょうどいいかも。スタジアムが快適なJEFもアリか。
あまりの事態に今はちょっと呆然とするだけである。知らんけど。
2020.10.14
いまもJリーグではアウエー観戦が禁止されている。だからアルビレックス新潟を応援するには、ホームのスタジアムまで行かなくてはならない。
もちろんホームは新潟にあるから、首都圏から観戦に出向くと「来るな、伝染する。しっしっ」と追い払われる。
あるサポーターはこんな状況にうんざりし、サッカーの生観戦に飢えてしまって、つい近所にある等々力スタジアムに行ってしまったそうだ。等々力スタジアムは去年の台風でウンコマンションが一躍脚光を浴びた武蔵小杉にある。そのサポーターがウンコマンションに住んでいたかどうかはわからないが、サッカーの生観戦に飢えて、近所のスタジアムに足を運んだ気持ちは、よ〜くわかる。
不幸だったのは、等々力スタジアムが川崎フロンターレの本拠地だったことだ。
生観戦に飢えて出向いた人間にとってそれはまさに禁断の味。ボールも人も激しく動き回り、アイデアに満ちたプレーが満載で、途中交代で出てくる選手がすべてレギュラークラスで、少しもプレーの質が落ちることなく90分間続き、そして当然のように勝つ。
同じ競技のはずなのにアルビレックス新潟とは似ても似つかぬサッカーを見せられたそのサポーターは、気がつけば唖然と口を開けたままピッチに釘付けとなり、そして気がつけば次のゲームにも足を運んでしまうのだった。
彼は言う。「まだグッズは買ってないぞ」と。
体は売っても心は売らないわみたいな、パパ活女レベルの言い訳である。
もちろんフロンターレのグッズを買い、水色のユニに身を包んで、ゴール裏に侵入する日はすぐそこだろう。
そんな哀しみのサポーターを、オレたちは責められない。そりゃさぞ楽しいだろう、川崎のサッカーは。スタジアムはボロだが、そんなことも気にならないくらい、そこで過ごす時間は興奮に包まれているだろう。シーズ2度目の10連勝なんて、もはや毎日が祭りだろう。
アルビレックス新潟、本日、今シーズン終了である。
采配ミスに選手のミスが重なって、スタジアムはお通夜。等々力スタジアムがお祭りなのに、えらい違いだ。
「聞き出す技術」反町理・扶桑社新書。インタビュー仕事をしている身として、何かヒントになればと思って手に取ったのだけれど、テレビの生番組を続けている著者の自慢話に終始してしまったのが残念。テレビのキャスターの質問の仕方などは参考になるのだが、時々、それを勘違いして口を挟んでくる人もいないわけではない。相手の話を引き出すのがインタビューであるのに、勘違いした人は自分がキャスターになったつもりで自分の意見を開陳してしまい、気持ちよくなってしまうのだ。本人は格好良く決めたつもりになっているのに周囲はしらけていることもあって、こういうのを空気が読めないというのだろう。そんな現場を幾度か経験したことがある。
「インタビューの教科書」原正紀・同夕館。で、こちらはインタビューについてのノウハウ集。まったくもって純然たるノウハウ集だ。著者が体験して積み重ねてきたノウハウが惜しげもなく披露されている。ただ、例えば会社で異動になって急に社内報の担当になって、明後日、社長にインタビューしなくちゃならなくなった、どうしましょう、というような場合には有効、かもしれない。
2020.10.13
筒美京平は誤嚥性肺炎で亡くなったわけだが、調べてみたら日本では年間約4万人が誤嚥性肺炎で亡くなっている。なんだこれ。コロナよりずっと多いじゃん。というか、コロナってなんなん。
まあよい。
ところで、世の中のたいていのことはラーメン屋に置き換えて考えるとすごくクリアーになるというのがオレの提唱する「ラーメン屋理論」である。そこでこういうのはどうだろう。
ラーメン屋に初めてやってきた客が「大盛り無料券」を持っていた。以前、先輩が店からもらったのを譲り受けて持参したようである。
ラーメン屋はそれを見て「次に来たときに使ってねと渡したのだから、初めてのあんたが使ったらダメ」と断った。これはラーメン屋と客のどっちが正しいだろう。
うーむ、どうもうまい例えじゃなかったな。「ラーメン屋理論」、早くも破綻したようだ。
何の話かと言えば例の学術会議の話。なんであんな程度の話がいつまでも騒ぎになるのか、まったく腑に落ちないのだが、任命されなかった側が「オレが任命されないのはおかしな話だ、今すぐ任命しろ、責任者出せ」と騒いでいるだけだろう。どうにもその物欲しげなところというか、乞食根性というか、浅ましいところが嫌だ。勉強はできるかもしれないが、品性は下劣のようだな、と思う。
2020.10.12
洋楽に目覚めた田舎の少年(←オレのことね)は、中学2年でトム・ジョーンズを知った。
トム・ジョーンズは、ポール・アンカ作「She`s a lady」を歌ってスマッシュヒットさせており、少年はそのシングルレコードを買ったのである。400円だった。
B面は「MyWay」。シナトラを遙かにしのぐ迫力に少年はのけぞり、トム・ジョーンズってすげえと思った。今やおっさんになった少年は、今でもあらゆるMyWayでトム・ジョーンズのバージョンが一番だと信じている。二番は布施明。
以来少年は、トム・ジョーンズの曲をあれこれと聴くわけだが、2番目に買ったシングル盤レコードが「ラブ・ミー・トゥナイト」だった。これは日本でのトム・ジョーンズのデビュー曲で、シングル盤のジャケットに太ゴシック体で書かれていた「この歌にはドラマがある!」というあおりコピーは鮮明に記憶に残っている。
「ラブ・ミー・トゥナイト」は名曲だった。そして世界的なヒット曲だった。
だからそれから20年後にトシちゃんこと田原俊彦が「抱きしめてTonight」を歌ったときに、オレは心底仰天してひっくり返ったものだった。まんまラブ・ミー・トゥナイトやんけっ!
もちろん少年は知らなかった。トム・ジョーンズの「She`s a lady」と同じ頃に登場した沖縄生まれのカトリック少女のデビュー曲も、同じ事情だったと。
羽田で入国後(沖縄返還前である)、ソニーの酒井プロデューサーに出迎えられた16歳の少女は、作曲家のもとへと連れて行かれる。そして「歌える曲は?」との問いに、素直に「ローズガーデン」と答えた。それを聞いた作曲家は自らピアノを弾いて少女に「ローズガーデン」を歌わせ、伸びやかな声に感心して「では、ローズガーデンで行こう」と決めたのである。
暗かった政治の季節が過ぎ、アポロの圧倒的な科学技術力に世界が驚愕した後、「人類の進歩と調和」というメッセージとともに幕を開けた70年代は、とにかく明るかった。その世情を反映して爽やかなカントリーポップが流行しており、翌年にはカーペンターズが「トップ・オブ・ザワールド」を発表する。
少女にはソニーの社内公募で南陽子という芸名がつけられたが、作詞家の有馬三恵子に異を唱えられて南沙織と改名され、そして「ローズガーデン」そっくりの「17歳」を歌ってトップアイドルとなったのだった。
とまあ、いかにも見ていたように書いたわけだが、こんな具合に堺正章の「さらば恋人」はアルバート・ハモンドの「カリフォルニアの青い空」だし、近藤マッチの「ギンギラギンにさりげなく」はクインシー・ジョーンズの「愛のコリーダ」だし、少年隊の「君だけに」はビージーズの「若葉の頃」だ。
けれど、どれも「抱きしめてTonight」ほどあからさまではない。「ラブ・ミー・トゥナイト」が「抱きしめてTonight」ってタイトルからしてもろパクリだし、マイナーから始まってサビでメジャーに転調してクリシェのカウンターラインが流れ、それが再びマイナーに転じて終わっていくという、構成も尺も完パクリ。これはちょっとやり過ぎだぜ、筒美の旦那。
というわけで、筒美京平と言えば洋楽パクリの天才として名高いのだった。
当時、原宿のレコード店には「筒美様」と書かれた紙袋が置かれていて、毎週1回、筒美京平自身が受け取りに来ていたという。中身はアメリカから取り寄せた最新のレコードがぎっしり。筒美京平はその大量のレコードを持ち帰り、「今日はレコードだけを聴く日」と決めて、朝から晩まで最新の洋楽を浴びたのだった。
筒美京平のインタビューでは「店では、隣に松任谷様と書かれた紙袋が置いてあった」というから、ユーミンの旦那の松任谷正隆も同じようなことをしていたらしい。いま同様のことを広言しているのはドリカムのベースのおじさん。彼はビルボードのトップ100は必ず聴いているそうで、「だって商売だからね」とサウンド&レコーディングマガジンでしれっと答えていた。
好きな音楽を聴くのはアマチュアの特権。プロになったら音楽なんて好きで聴くもんじゃないんだよ、というわけだ。当たり前だよな。寿司屋だって自分の好きなネタを握っているのではない。客が注文したネタを握っているのだ。
筒美京平ももちろん「商売だから」最新の洋楽を聴いていたのである。そしてそのエッセンスをいち早く採り入れ、日本のマーケットに合わせて微妙に変えていた。これを「西洋料理を日本風にしたカツ丼と同じ」として「カツ丼理論」と名づけていたそうだが、ほんとに「カツ丼理論」なんて言ったのかよという気もする。誰かの後付けのエピソードじゃね?
まあ要するに筒美京平は間違いなく商売人、かっこよく言えばマーケターとして自らを位置づけていたのだと思う。
パクリ上等、売れたもん勝ち。悔しかったらやってみな、と。
まず市場があり、どうすれば消費者に受け入れられる商品ができるかと考えて、曲を作っていたのだ。筒美京平自身、インタビューで「自分で主張したいメロディーはない」と答えているし、松本隆もそれは認めている。「ヒットしなければ存在しないと同じ。ヒットチャート5位ぐらいでは意味がないと筒美京平は考えていた」と。
だがその一方で、「木綿のハンカチーフ」や「魅せられて」など、元ネタはなさそうなのに、とんでもなく素晴らしい曲を作ってもいる。だから商売人でありつつ、アーティトであったのも確かだと思う。
「木綿のハンカチーフ」は、出だしのメロディーとベースの音が同じ、つまりコードのルート音をそのままメロディーに転用していたということに驚いたものだった。この曲は完全にオリジナルだと思うが、代わりに歌詞がボブ・ディランのパクリだった。
「魅せられて」についてはアレンジも自分で手がけていて、曲と編曲がものすごく高いレベルで融合した奇跡の傑作だと思う。そのサウンドはまさにポール・モーリア的ゴージャスさ。
細かな譜割りに載せて早口で歌詞を歌わせ、サビでは一転してゆったりと漂うようなメロディーとなり、ここに優雅なオーケストレーションが押し寄せてくるという、なんとも巧みなアレンジだ。
この曲だけでアレンジャーとしての筒美京平がいかに卓越した仕事師だったかがわかる。
一方、読売新聞の追悼記事で、なかにし礼が「AMBITIOUS JAPAN」の制作秘話のようなことを語っているのが興味深い。途中の歌詞を渡したら筒美京平が「サビはこんな感じで」と歌詞つきのメロディーを返して寄越し、そこからは歌詞とメロディーを少しずつやりとりしながら完成させていったそうだ。へえ、面白いな。
この曲のアレンジは船山基紀で、筒美京平自身が「プロの仕事」と絶賛していたっけ。
その読売新聞の一面コラムでは、筒美京平はインタビュー嫌いで、とうとうインタビュー記事を見つけられなかったと書いてある。ふふふ、甘いね。筒美京平マニアのオレは「筒美京平ヒットストーリー」という本を持っていて(労作!)、ここには筒美京平のロングインタビューと、有名曲の詳しい解説や秘話がこれでもかと掲載されている。
オレはこれを何度も読み返しているが、まったく飽きることがない。
筒美京平はたぶん変人なんだろうなと思っていたら、この本の中で本人が「人付き合いが嫌いで、打ち上げとかも嫌いだからすぐ帰る」と語っていて、あまりの人付き合いの悪さを橋本淳から「業界的にまずいよ」と諭されたことがあるとも明かしている。こういうエピソードには、にやっとしてしまう。
オレは「筒美京平作品楽譜集」というのも持っていて、ここには「魅せられて」の直筆アレンジ譜も掲載されているのだ。よくこの譜面が読めるなあと驚くほど汚い譜面なのだけれど、ここからあの美しい音が立ち上がってきたのだと思うと、実に音楽の不思議を思わずにいられない。
洋楽に目覚めた田舎の少年はトム・ジョーンズの後、サイモン&ガーファンクルにたどり着き、一方で女の子にモテたくてギターを弾き始めて吉田拓郎に傾倒していった。
もしオレが音楽家として人生を歩めるとしたら、ポール・サイモンか筒美京平がいいな。60を過ぎてそんなしょうもないことを夢想している。
巨星墜つ。だが残された音楽の輝きは永遠だ。
2020.10.11
大きいことはいいことだ的な昭和価値観が残っているのか、パソコンのディスプレイも大きいほどいいと思っている。
それこそ1インチ1万円といわれた時代から30インチ以上のディスプレイを使ってきた。
今も32インチと24インチを併用している。24インチは縦に置き、原稿仕事専用だ。ちょうどノートに文字を書く感覚である。この縦置きのディスプレイを文字で埋めていくのはなかなかに快感だ。
使っているのはFocuswriterというエディター。WindowsではこれとOmnWriterがいい。もっとも後者はバージョンアップで改悪され、今は使っていないが。
ただ、エディターで一番気になるのは、Macintoshのstoneというやつだ。これが実に美しいエディターで、とにかく快く書けそうなのである。このためだけにMacintoshを導入してもいいとさえ、半ば本気で思っているほどだ。
これで32インチのディスプレイいっぱいに文字が書けたら、どんなに気持ちがいいだろう。
というエディターのことは置いといて、言いたいのは32インチのディスプレイを使っているということである。
そしてコロナ以降のリモートばやりの今日この頃、ZoomやTeamsを使ってのミーティングやインタビューが当たり前となった。するとどうなるか。相手の顔が32インチのディスプレイにどどーんと大映しになるのである。
顔など、ほとんど等身大だ。
つまり若いお姉さんのきれいな顔が目の前にほぼ等身大の大きさで迫るわけで、けっこうドキドキしてしまう。
たぶん相手はノートパソコンか、もしかしたらiPhoneでZoomしているから全然気にならないのだろうが、32インチのディスプレイにどどーんと映った顔と見つめ合っているオレは、けっこう気になる。しかも初対面であるにもかかわらずじーっと見つめ合ったりするわけで、いや、その、などとおろおろしてしまう。
もしやオレっておかしいのではないか。
あまりじーっと見てはいけないという自制心が働くので、時々ちらっと見るだけにとどめているが、普段の生活で初めての人の顔をこんなにも間近でじーと見つめることなどないから、やっぱりこれはアフターコロナの非日常。何を書いているんだオレは。
もちろんディスプレイいっぱいに広がる顔がおっさんの場合も当然あって、そんなときは、極力目を背けることになる。ということは、冷静に考えれば先方もオレの顔を見て目を背けているはずだ。きっとそうだろう。そうして欲しい。
だってじっと見られているなんて、とても恥ずかしいじゃないのさ。って、オレは何を言っているんだ。
要するにやっぱりこういうリモートで大きな顔をつきあわせているのは、ちょっと不自然だよなあ、ということを言いたいのである。
2020.10.10
京都に新しく完成したスタジアムは、なかなか立派だ。今日はここでアルビレックス新潟がゲームをする。大事な一戦なので、アルビレックス新潟の社長も自らハンドルを握り、新潟から駆けつけた。
アルビ社長「ほほう、なかなか立派なスタジアムだな。うらやましい」
京都スタッフ「おこしやす」
アルビ社長「いやあ、素晴らしいスタジアムですね〜」
京都スタッフ「おおきに。よろしければご案内しまひょか。ささ、どうぞお上がりください」
アルビ社長「おお、ぜひ! ありがとうございます」
京都スタッフ「(げっ、ほんまに上がりよった。この田舎もんが)ささ、どうぞどうぞ」
というようにしてアルビ社長は、陰湿な京都人の罠にかかってしまったのである。
関係者のプレートを首から提げていたにもかかわらず、スタジアムの中を歩いていたアルビ社長は陰湿な京都のサポーターに見つかり「アウェイ禁止なのにアウェイの社長が来ている」「チームグッズを身につけて歩いている」と詰め寄られ、ネットに上げられてしまったのだ。
チームグッズって、新潟から運転してきたからスーツではなくてチームのトレーナーを着ていただけだろうが。
ややこしいのはこのスタジアムの場所が丹波。つまり洛外ということだ。
「ほんまの京都は洛中どす。洛外は京都やおまへんどす」というわけで、京都の中で田舎もんと嘲られているサポが京都人の振りをしてアルビ社長を陥れようとしたのだ。なんというわけのわからなさ。
まったく京都の陰湿さにはあきれ果ててしまうが、そんなサポーターどもを選手が黙らせてやったぜ、わはははは。
いやあ、見事見事。実に痛快な勝利だ。前節の町田戦の後半が今季ベストゲームなのは間違いないが、今日の京都戦もベストゲームだ。
戦術ウタカの田舎チームに対して、こちらは変化自在のおしゃれなポゼショナルサッカー。後半に裏FWの田上が決めて、さらに裏トップ下のゴメスが2点目だ。
このゴメスはサイドバックの選手なのだが、なんと監督が大胆にもトップ下にコンバートである。この仰天コンバートには腰を抜かしたが、これだけでもプッチ監督は名監督。オレはあんたについていくぜ。
もっとも今日のゴメスはトップ下に投入されたものの、足もとの調子が悪いと感じるや、左サイドの本間至恩と相談して急遽ポジションを入れ替える。こうしたアドリブの効くところが素晴らしいではないか。
ちなみに現在アルビレックスには、日本、ブラジル、スペイン、ペルー、オーストラリア、アルゼンチン、ウルグアイ、北朝鮮と8つの国籍(帰化を含む)の選手がいる。文字通りの世界連合チームだ。
その中でではゴメスとはどこの国の選手だと思われるだろうが、実は堀米という日本人である。ニックネームがゴメスで、それがすっかり定着してしまったのだ。
さて次はホームで福岡戦である。福岡は陰湿ではないが、野蛮である。
だが負けられない。絶対に勝つ。今シーズンのすべてがかヵっているぐらい重要なゲームだ。ヤクザの脅しになんかびびってらんねえよ。
今年はまだ現地でアルビレックスを見ていない。アウエー禁止だから仕方ないのだ。ならばホームに駆けつけようか。この調子で展望が開けたら、行かねばなるまい。いやいや、チャントOKまで待つか。プッチ監督と選手たちに「アイシテルニイガタ」の咆哮をぜひとも聞かせてやりたいものだ。
今日の素晴らしい勝利で、オレはまた今週を乗り切れる。ガンガン行くのだ。
2020.10.09
一緒に見ていた息子が、気づいたら目を閉じてウトウトしていた。
どういうことだ、あり得ない。息子がサッカーを見て居眠りしているなんて。
だが、人のことを言ってる場合ではない。オレもウトウトしてきて、意識が飛びそうになっている。マズいぞ。
息子を起こす。
おい、眠いのか。眠いだろう。眠いに決まっているが、こんなところで寝たらかぜをひく。布団で寝よう。
息子は目を開けて「ふぁーい」と返事をし、ちらっとテレビのサッカーを見やって、何も言わずに布団に向かったのだった。
その5分後、オレもテレビを消して布団に向かう。まだ試合は途中で、ちょうど久保君が交替出場しようという時だった。
だって、つまんなかったんだもん、代表のゲーム。カメルーン相手の親善試合。
こんなつまらないサッカー、めったにないだろうというぐらいにつまらなくて、そりゃ息子が居眠りするのも当然だろう。
ネットでは「この代表より川アフロンターレの方が強いだろう」という意見が圧倒的。もちろんオレも同意だ。
2年前にベルギーとガチの勝負で世界を震わせた同じ国の代表チームとはとても思えない。
大迫劣化、柴崎劣化。かといって新たな面々が、久保をはじめとして使えない。
いや、一番使えないのは監督だろう。ポイチ。
全部取り替えて川アフロンターレがカメルーン代表と闘った方がいい。
こんな代表、もういらんわ。
2020.10.08
8日ぶりに電車に乗った。ということは今月に入って初めて電車に乗ったというわけだ。行き先は池袋。従って電車に乗ったと言っても、乗車時間はごくわずかである。
最近はいろいろとイメチェンに懸命な池袋であるが、今日は北口だ。イメチェン池袋にあって北口は唯一残された魔境である。何しろ練馬の高校生でも「池袋の北口だけはガチ」とおそれて近づかない。
池袋北口には何があるのか。正解は、中国人と組事務所である。
まさに悪の巣窟。デンジャラスゾーンだ。
そして、東京の中の福岡と呼ばれるように、発砲など日常茶飯事なのである。手榴弾が飛んでもおかしくない。
魔境へ行くというのでオレも防弾チョッキをしたためてビビりながら匍匐前進である。
そんなイメージを変えるべく、最近は、北口ではなく西口(北)という具合に池袋は駅の表示を変えた。姑息である。
もちろんオレはなにごともなく無事にインタビュー仕事を終え、電車に乗って帰る。
駅のカフェには娘が待っている。今日は帰りの時間がかぶるので、一緒に帰る約束をしていたのだ。
JKはいろいろと面倒くさいお年頃ではあるが、こうして父親と一緒に帰るのを厭わないのは嬉しい限りだ。ついでだから手でもつなごうとするのだが、軽く払われる。
「おじさん、どこ行くの? って声を出そうか」と脅され、すごすごと手を引っ込める父親なのだった。
2020.10.07
今日も朝からリモートのインタビューで、午後にはそれを原稿にまとめれば、1日の仕事がおしまい。
合間に洗濯物を取り込んだり、近所のウエルシアまでチューハイを買いに行ったりと、まあ、気楽なもんだ。こりゃやめられないな。電車にも乗らずに済むし。
リモートって、いいことずくめじゃね?
いや、そんなことはない。
その証拠に今ではリモートのインタビューすら面倒くさくなって、それを原稿にまとめるのも面倒くさくなってきた。いずれウエルシアでチューハイを買うのも面倒くさくなりそうである。
要するに堕落だな。緊張感のない生活を続けているおかげで、どんどん怠惰になり、いろんなことが面倒くさくなっていく。人は低い方へと流れる生き物なのだ。
これではいかん。
やはり、いくら電車が嫌いでも週に何度かは電車に乗って人に会いに行くという緊張感のある生活を送らなければ。
そう思いながら、夜はだらーっとタイムショックを見る。つまらんな、テレビは。クイズばっかりで。
今のテレビはクイズとトーク番組ばっかり。そりゃあネットに勝つ手はもうないのだから、諦めてそういうコンテンツを作るしかないものなあ。
今やテレビの使われ方って、家が揺れたときに「地震か?」とスイッチを入れるぐらいだろう。天気予報もニュースも音楽も、全部ネットで事足りる。つーかネットのほうが遙かに有用。
なんてことを、堕落して寝転んで見ているオレに、上から言われたくないよな。下からか。
2020.10.06
本日は朝からリモートでインタビューである。午前中にリモートでインタビューし、午後、その原稿をまとめるという実に合理的で楽ちんなお仕事スタイルだ。もしかしてオレは最先端を走っているのではないだろうか。
おかげでここ10日ほど電車に乗ってなく、当然、交通費がかかっていない。
以前は月に平均で2万円ぐらい交通費がかかっていたと思うが、それが5000円にも満たない感じだ。たいへんに喜ばしいことである。
2020.10.05
AmazonPrimeで「明日の約束」というドラマを2日がかりで10話連続一気見だ。2日がかりだから一気とは言わないのか? まあいいや。
うんざりするような暗いドラマだった。高校生の自殺をきっかけに、その原因として毒親のゆがんだ愛情やクラスのいじめ、校内暴力、体罰などが浮上してくる。いやはや、実にうんざりする内容であった。
手塚理美(老けた!)や仲間由紀恵の演じる毒親が見事。つーか、気持ち悪かった。
主演は、石原さとみと同じ団体に所属することで知られている井上真央だ。
その井上真央を見ていると、なんだかどこかで見た顔のような気がして、親しみが湧いてくる。どこだったけなあと考えていて気がついた、北澤豪にそっくりなのだ。サッカーの。
顔の輪郭、離れた両目、でかい額など要するにすべてそっくりで、加えて目にかかる髪型まで同じ。わははは、北澤だよ北澤。それに気づいてからは、井上真央がどんなシリアスに演じようとも、北澤にしか見えなくて困ってしまった。
北澤と言えば思い出すのは、日本の初出場をかけて闘っていたワールドカップフランス大会予選のアウエー韓国戦だ。
絶対勝たなければならないこの試合で、日本はペナルティエリア近くでのフリーキックという絶好のチャンスを得る。キッカーは名波。ここで日本はとっておきのトリックプレーを繰り出してきた。
なんと名波はひょいと軽くボールを蹴って、相手の壁を越えてみせて、そこに素早く回り込んでいたのが北澤だったのである。
まったく予期できなかった韓国は、頭上を越えていくボールをただ見送るだけ。あとは蹴るだけで日本の1点が約束されたシーンだった。
ところが、あろうことかここで北澤は空振りをしてしまうのである。
プロのサッカー選手が、ワールドカップ予選のセットプレーという重要な場面で空振りをしてしまうと言う想定外すぎる事態を目の当たりにし、日本中が「おい!」と叫んでずっこけたのだった。
シリアスな演技に浸る井上真央の表情を見ながらオレは、あのシーンを繰り返して思い返していたのである。
2020.10.04
その瞬間、息子が「なんだこれ!なんだこれ!」と叫んだのは、チョン・テセのボレー。
福田からのクロスに、あの李忠成のアジアカップ決勝を思い起こさせるジャンピングボレーで応えてみせたのだった。93分のゴールだったが、その後、ゲーム終了までずっとスタジアムがどよめき続けたほどの衝撃プレーだった。
これでチームは4点目。テセ自身もハットトリック。63分に交替出場して、30分でハットトリックだからスーパーだった。
個人的に最も好きなのは、チーム2点でテセ1点目。相手コーナーキックからテセがヘッドでクリアーしたこぼれ球を本間至恩が拾い、相手の頭上を越えるトリッキーなプレーで前に運べば、目の前に広がるのは広大なスペース。
至恩は「うりゃっ!」と叫んで自分を全速力で追い越していった中島元彦にパス。受けた中島は最終ラインから駆け上がっていたテセをめがけて「おっしゃあーっ!」と吠えながら30mのロングフィード。
中島自身が後で「デブライネのプレー集を見たおかげ」と振り返っているように、このフィードがテセの足もとでピタリと収まる。まさにデブライネが乗り移ったかのようなスーパーフィードだった。
これをさすがのテセは、「あらよっ!」とダイレクトで確実に決めてみせる。
至恩がこぼれ球を拾ってからテセがゴールを決めるまで、ロストフとほぼ同じ13秒というのにはしびれたぜ。
これぞまさに百姓一揆カウンター。ポゼッションで展開してきて、ここぞという時にこういう百姓一揆カウンターを見せられたのは、最高のカタルシスだ。
そして、個人的に最も嬉しかったのは、デブライネの乗り移った中島が前半アディショナルタイムに決めた1点目。これもやはり百姓一揆からだったのだが、中島が移籍してきてようやく決めてくれたというので、本当に嬉しかったぜ。中島も喜び爆発だ。
結果を見れば4-0の完勝。しかも相手の町田にはシュート2本しか許していない。まさに圧勝だったではないか。
特に後半はテセのハットトリックに加え、至恩が相手をズタズタに引き裂くスーパープレーの連続で、このプレーを見るだけでも勝敗に関係なくカネを払っていもいいというレベルだった。
この後半は、今年のベストゲームだったのではないか。
これで今週一週間、元気で乗り切れるぞ。オレも百姓一揆のスーパープレーで完勝するのだ。
2020.10.03
「今までの課長はおごってくれたのに、今度の課長はおごらないんだって」「なんだとぉ?」「おごれ」「おごれよ」「おごらない理由は何なんだよっ」
ということだと思うんだよ、学術会議の任命なんちゃら騒ぎ。
強烈ないよかんの正体は、しまった、これじゃ愛媛だ、違和感の正体は、“任されて命じられる”側が、「オレが任されて当然だ」とえばっていることにある。そりゃ違うね。任せる側が、誰に任せるかを決めて、当たり前だね。
それに、立て看板にシュプレヒコールって、あれが学者の姿かよ〜とみんな呆れてます。教え子も泣いてます。喜んでいるのは朝日新聞と東京新聞だけです。
などと社会派としての意見を述べていたら、なんと磐田方面から驚愕のニュースが飛び込んできた。
低迷を続けるジュビロ磐田がスペイン人監督のフロペを解任した。それは別にいいんだが、代わりの監督がなんとアルビレックス新潟をガタガタにしてくれた元凶にしてハゲの、鈴木政一だというのだ。
これにはアルビレックスサポーターどころか、ジュビロ以外のJサポ全員が腰を抜かしたわ。
鈴木政一は、じじいである。もちろんじじいなのは別にかまわない。誰だってじじいになる。ハゲだって、なる人はなるからかまわない。許しがたいのは、監督としてとことん無能だということだ。
とにかく何もしない。選手を選んでおしまい。あとは頑張れーと言うだけ。
ゲーム中は一度として立ち上がることなく、じーっと試合を見ているだけ。何も指示を送ることもないし、喜びも怒りもしない。ただ見ているだけ。つまりノー戦術。
そのあまりの無能さに選手がぶち切れて、プレー中にもかかわらず安田がベンチに向かって怒鳴り声を上げ、河田に至ってはあきれかえってとっとと移籍してしまった。
もちろんアルビレックスのサポーターは怒声罵声を浴びせ続け、なんとか途中解任にこぎ着けたのだった。危なかった。あのまま居座られたら間違いなくJ3降格だった。なにしろアルビレックスの監督に就任する前に監督をしていた日体大では、チームを下位リーグに降格させている。
アルビレックスでは、この鈴木政一と吉田達磨、三浦文丈の3人の監督が暗黒時代。闇である。
特に吉田達磨と鈴木政一は、かつての鳩山政権、菅政権を連想させるほどの世相の暗さなのだ。
そんな無能にしてハゲの鈴木政一を監督に迎えるなんて、磐田は正気なのだろうか。
さらに驚くべきことに、ガンバ大阪のあの遠藤保仁がジュビロ磐田に移籍してしまったのである。レンタルとはいえ、アラフォーの大ベテランを獲得するとは、磐田は、気が違ったのだろうか。
もちろん遠藤保仁は長らく日本代表を支えたレジェンドであり、余人を持って代えがたしと言われたプレーヤーである。年俸1億円。中東のチームが「数億円出すから」と誘ってきたのに、「日本がいい、海外嫌い」と、頑として日本に居残ってくれたのも好感が持てる。ガチャピンそっくりの顔にも好感が持てる。
だが、栄光は昔日。なによりもガンバサポーターが遠藤を見限っている。
走れない、蹴れない、守れない。
コーナーキックを蹴らせても、今やゴールポストに届くのがやっと。ファーまでボールが行くことはない。いや、そもそもガンバではここ2年コーナーを蹴らせてもらっていないから、コーナーキックがゴールまで届かないというのは悪質なデマであることがわかるのだが、まあ、実際も似たようなものだろう。
そんなアラフォーを引き取ってくれるというのでガンバは大喜び。ジュビロサポは呆然。
しかも、ジュビロは遠藤を獲得したかったために、反対していた監督をあえて解任してハゲの鈴木に監督を代えたらしい。同様にガンバも、遠藤と反目する宮本監督との契約を延長するために、目障りだった遠藤を追放したらしい。
なるほど、両チームの腹黒い思惑が一致して、遠藤は荷馬車に乗せられてドナドナされてしまったようだ。
これでジュビロの戦いが一気に楽しみになってきた。あのベンチに座って痴呆老人のように半開きの口でピッチを90分眺め続けるだけのハゲ監督が再び見られると思うだけでも、胸が熱い。しかもそこに走れない遠藤が加わるのだから、技術が足りない分をがむしゃらに走って補うとする選手ばかりのJ2でどんなことになるか、今からワクワクする。
いや、オレはジュビロはどちらかというと好きなチームよ。あの黄金時代が刷り込まれているから、無意識にリスペクトしてしまう。同じ黄金時代のチームでも鹿嶋はサポーターが馬鹿すぎるから、全然リスペクトできない。いつまでもジーコジーコ言ってて頭がおかしいとしか思えない。
そんなジュビロだから心のどこかでは応援しているのでぜひ頑張って欲しいものだが、ねじれた愛情ゆえに、ハゲ監督を迎えてさらに地獄に落ちていく姿を見てみたいというサディスティックな思いが湧いてくるのだった。
胸熱である。
2020.10.02
「いらっしゃいませ、ご主人サマっ」。
居酒屋のドアを開けた途端、オレはそう叫ぶロリータ女に手をつかまれてしまったのだ。ここは石神井公園、ラーメンハウス田中の向かいにできたしょぼい居酒屋。
今夜はパパ友だちの飲み会で、2軒目からは初めての店にしようと決めて、そういえばあそこに新しい店ができたはずだ、と訪ねたのが、このラーメンハウス田中の向かいの居酒屋なのだった。
ところが中にいたのが、メイド。なんだなんだ、これは。
テーブルに強引に押し込められたオレたち3人は、テーブルの上に「メイド居酒屋」と書いてあるのを見て、仰天したのであった。
なんだよメイド居酒屋って。オレたちはこんな店に来たつもりはねえぞ。
メイドが、しゃべるしゃべる。うるさい。サエキは怒って「うるせえ、あっちへ行け」とメイドに命じるのであるが、メイドは「これが私の仕事だぴょーん」といいながら、喋り続けるのだった。聞けば20歳だという。
オレたちの娘のような年齢の子が一生懸命バイトをしているんだから、ぬるい目で見てやろうじゃないかと、オレはサエキをなだめるのだった。
しかしか、なんだ、この店は。メイドったってちょっとレベルがごにょごにょだし、酒はまずいし、つまみはまずいし。1杯だけ飲んで、這々の体で逃げ出す。
3軒目には、地下の沖縄料理の店へ行く。ここはよかった。安くて旨くて、いい雰囲気だった。チャージゼロ。3人で飲んで3100円というのだから、びっくりだ。この店はまた来よう。
そして4軒目は、バス通りのカフェ。いつ潰れるかとずっと見ていたらいつまでたっても潰れず、とうとう6年もたってしまった。そこで敬意を表して初めて訪れることにする。
完全に地元の店。面白くもなんともないが、極めて楽ちん。時々、子供たちが幼稚園の時の知り合いのパパが飲みに来ては、バイトの女の子と嬉しそうにしゃべっているのだという。わははは。地元で悪さはできねえなあ。
というわけで、久しぶりの飲み会は完全に地元モードで楽しかった。この仲間たちとももう15年くらいの付き合いか。地元にこういう仲間がいるのは、いいなあ。
「炎上CMでよみとくジェンダー論」P地山角・光文社新書。机の上にこの本を置いていたら息子が見つけて「なんでこんなの読んでんの」と聞いてきた。面白そうだと思ったから、と答える。息子によればこの著者の授業は東大でも屈指の人気授業で、何百人もの学生が教室に押しかけるのだそうだが、炎上もするのだそうだ。さもありなん、と本を読んで思ったわ。ジェンダーについて語っているのだが、まあ、一方的というか、上からというか。例えばある広告の「僕」という一人称で語っているコピーに噛みついている。狂犬だ。東大生は8割が男だということにも噛みついている。知らねえよ、全国の女子受験生に言えよ。まあ、どんな本にも一つは学ぶべきところがあるというのはオレの信条で、この本からも今やLGBTQではなくて「SOGI(ソジ)」というのが新しいと教えてもらった。エゴサーチとか大好きそうな著者だから、これも見つかってしまって、噛みつかれるのかしら。ぶるぶる。
「ポジティブの教科書」武田双雲・主婦の友社。先日、湘南にあるアトリエで武田双雲に会って話を聞いたことは、けっこうオレにとって大きな経験となった。うまく言えないのだが、とても大切な言葉をシャワーのように浴びた気がする。そして、その言葉を大切にしながら生きていかなくてはと思ったのである。この一冊は、まあ自己啓発系というか、その手の本に近い内容で、あんまり響きはしないのだけれど、先日の言葉を思い返すのには手軽でいいかも。いや、実はその先日のインタビューの音声を持っているのだが。わはは。
2020.10.01
しっかし東証のシステムが全面ダウンって、なんという恥さらしな。
アメリカもフランスも韓国も、世界中が日本を笑っているじゃないか。なーにが技術立国だ、経済大国だ。くっそう、没落日本の象徴みたいな事件じゃないか、これは。
などと言いながら、本日は年に一度の胃がん検診である。バリウムを飲む、あれね。
いつだったか胃がんの疑いがあるってんで大騒ぎしたことがあるので、胃がん検診はちゃんと受けるのだ。
もちろん区がやってくれるやつである。それなので公共のセンターのようなところに行って受診する。
いつも思うのだが、受診のために集まってきている自営業のおっさんみたいな連中は、なんであんなにも不機嫌そうなんだろうね。受付でもぶすっとしてて、バリウムの飲み方なんかを説明してくれてもぶすっとしていて。あれでは一生懸命やっている職員さんがかわいそうじゃないか。
もちろんオレは、おはようございますに始まり、よろしくお願いします、ありがとうございますと、ちゃんと明るく挨拶するのだ。基本だろ、こんなのは。
それなのに自営業のおっちさんどもは、職員のおばさんが「おはようございます」と挨拶しているのに「あうう」としか返せない。そんなことだから自営業しかできないんだろう。
バリウムを飲むのは、案外平気である。バリウムが固まっては大変なことになるので、終わったすぐに下剤を服用しなくてはならない。生まれてこの方、便秘というものとは無縁で生きてきたオレは、下剤なんかなくてもバリウムはすぐに排出できる。もう気持ちいいくらいに速攻だ。
それに加えて下剤なんかのんじゃったものだから、午後が大変。おかげでぐったりしてしまって、仕事が手につかなかった。
東証と一緒に、オレもダウンなのだった。
2020.09.30
キックオフ直後の5分で点を取り、残りの85分をちんたらやり過ごして、結果的に1-0で勝つ。こんな試合はエンターテイメントとはほど遠いが、リアリストの戦い方だと言われれば、確かにその通りだわな。
勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあ。
85分を制圧しながら結局1点も取れずに敗者となった琉球FCの監督の怒ること怒ること。気持ちが分からないでもないが、それが勝負事というものだよ、樋口君。
そう言えば君は、2013年、このゲームに勝てばリーグ優勝というマリノスを率いて、超満員の日産スタジアムであっさりアルビレックスに負けて大恥をかいたんだっけ。アルビレックス戦ではいつもあのときの恨みを晴らそうと向かってくるのだろう。
わはは、返り討ちにしてやったわ。
話は全く変わって、まさか生きてるうちに本物のパンデミックを見られるとは思わなかったわ〜というコロナであるが、一時期、誰も彼もが浮かれていたリモート飲み会は、パタッとなくなってしまったね。オレも一度だけやってみたが、確かに一度やれば十分だよな。
もう既に「アレは何だったんだ」という扱いで、少し恥ずかしい記憶として葬り去られようとしているようだ。
やっぱ飲み会をネットでやるなんておかしいよ、ちゃんと店で経済回そうよ、という空気になってきたのだろうか。
でも、飲み会がどんなに大変で、自宅で飲むのがどんなに楽かということを知ってしまった大人たちは、もう昔ほどには飲み会には戻らないのかしら。この忘年会の様相がどうなるか、ちょっと興味深い。
オレは、仲間との忘年会、どうするかなあ。いつ会えなくなるかわからない年代になったので、会えるうちに会っておこうぜというのがオレたちの共通認識だから、いつもの年のように集まりたいものだが。
「コロナショックと昭和おじさん社会」河合薫・日経プレミアシリーズ。Excelも使えない昭和のおっさんたちが職場でどんだけ迷惑かけてるんだ、というお笑い集の本だと思って読んだら、実はうんざりするような暗い内容で気が沈む。oftenという英単語の意味を辞書で調べたら「しばしば」と書いてあったのだけれど、その「しばしば」の意味が理解できなかった大学生がいる。「9時10分前に集合」と言われてきょとんとしていた20代の部下に「8時50分集合」と言い直したら、やっと理解してもらった、という管理職がいる。うーむ、昭和おじさんどころか、これのどこが高学歴社会なのだろう。かつて技術大国と胸を張った姿はもはやどこにもなく、いまだにファクスが活躍する社会。だが、一番の問題は貧困だろう。経済大国と鼻高々だったのがうそのようだ。「日本は、みんな真面目で勤勉で、薬物乱用や犯罪も少なく、シングルマザーもまれなのに、貧困な人がたくさんいるぞ」と「だからアメリカ人は安心しろ」と語るのはブルームバーグ。今や日本はそんな具合に笑いものにされる貧困国家になってしまったわけだ。ロサンゼルスあたりでは年収2500万円でやっと人並みの生活ができるという。貧困の中に暮らしていれば自分が貧困であることを意識しないで済むかもしれないが、世界に目を向ければそれが現実。考えてみればオレのギャラも、時給に換算するとフリーになった32年前と変わっていない。これはやっぱり異常ではないのか。いや、本当に異常なのは、32年間も時給が変わっていないのに、それでもちゃんと生活できているという環境なのだろうな。最低賃金で働く人が10年前の4倍にも増えている。90歳の高齢者を介護する70歳は、働かなければ食べられないから仕方なく介護職に就いている。そんな現実ばかり突きつけられる本で、とほほほ、と肩を落とすオレだった。ちなみにこの本をオレは夕方、息子と立ち寄った大泉学園のコメダ珈琲で読んだ。コメダ珈琲は高いけれど、ちゃんとテーブルに座れるのがいいね。でも、ルノワールの方が案外落ち着く。テーブルの間隔が広いのがいい。
2020.09.29
昌平高校の小見君が、来期、アルビレックスに加入すると発表された。
ショーヘー高校? オミ君? 記憶にあるぞ。確か高校選手権で見た。なかなかの強豪で、なかなかのいい選手だったのではないか。
調べたら確かにそうで、へえ、よくこんな選手がアルビレックスなんかに来てくれたなあ、というレベルの話だ。
ネットのサンスポの記事を読んだら、アルビレックスというチームというより、その練習環境に魅力を感じて、成長するならここだ、と思って加入を決めたらしい。なるほど、それは納得できる。
アルビレックスの練習グラウンドは聖籠という小さな町にあるのだが、豊かな自然に囲まれた、実に爽やかで快適な場所なのだ。その一角にアルビレックス専用の練習グラウンドがどーんと2面、隣には子供たちや高校生が使うグラウンドがどーん、はしっこにはクラブハウスと屋内練習場。周囲は田んぼ。
ちょっと歩けば合宿所で、つまりサッカーに打ち込むしかない環境なのだ。楽しみは、せいぜいが近くの巨大スーパー、PLANT4(いわゆるパワーセンター)で、港から上がってきたロシア人たちに交じって買い物をするぐらい。しかもこのスーパーが信じられないくらいに安いので、その買い物だけでも十分に楽しめる。
実はこういう話は案外あちこちにあって、例えば某選手(たぶん本田圭佑)が高校時代に横浜マリノスの練習に参加した際、選手たちの会話の下品さに呆れて加入をやめたらしい。
当時のマリノスでは、選手たちが走りながら、あるいはパスをしながら「あそこの店がよかった」「あの店のお姉ちゃんがいい」「今夜はそこにしようか」というような話ばかりしていたというのである。
もちろんプロの選手だから結果さえ出していればプライベートに何をしようと自由なのだが、しかし、それが高校を出たばかりの選手にとってふさわしい環境なのかというと絶対にそんなことはないわけだ。親や部活の顧問だって、そんなところに18歳の男子を預けたくはないだろう。
有望な若手選手が地方の弱小チームに行くケースが案外多いのも、そうしたわけによる。遊ぶために行くんじゃなくてサッカー選手としての将来を開くために行くんだから、都会である必要はまったくない。むしろど田舎で、サッカーするしかない環境のほうがよっぽどいい。
小見君がアルビレックスを選んだのはそういうわけだから、当然「アルビレックスのために」という想いは皆無である。すべては自分の成長のためだ。ここで2年間徹底的に自分を磨いて、そして名前を売ってビッグクラブに移籍しようと考えているに違いない。
もちろんそれでいいのである。選手とクラブの関係なんてそんなものだし、サポーターは所属選手を応援するだけ。若者が自分の未来を開こうと必死に闘う姿には声援を送る。思いが叶って移籍をするなら、拍手で送り出す。
プロビンチャ、つまり地方の弱小クラブにとっては、それもまた一つのあり方なのだ。
「次のテクノロジーで世界はどう変わるのか」山本康正・講談社現代新書。5G+AI+クラウドのトライアングルで最新テクノロジーのトレンドを理解するというアプローチはとても分かりやすかった。ディープラーニングが想像以上に大きなインパクトを持っていることが分かってちょっとびっくり。個人的には、なぜ中国がテクノロジーで先を行くのかという解説が面白かった。要するに中国にはプライバシーの概念がないため、あらゆる個人情報を集め放題、使い放題。これによってビッグデータを鍛え、それがディープラーニングを鍛え、そしてAIを鍛えているという構図だ。なるほど、国家よりも個人を優先するヨーロッパがテクノロジーで中国に後れを取るのも当然だわなあと納得。たぶん5年後には自動運転の車が普通に街を走っているというのが、オレの予想。
「働き方5.0」落合陽一・小学館新書。これからのAI時代、専門性のあるクリエイティブ・クラスでなければ生き残っていけないという指摘は正しい。そして、ワークライフバランスという考え方の危うさを否定し、ライフ・アズ・ワークでなければならないという指摘も正しい。間もなくやってくるシンギュラリティは、まさに恐怖の大王。コンピュータとネットによって新たな世界が誕生した今、これまでの常識は覆されるのだ。こういう提唱を、オレはすんなり受け入れることができるのだが、そうでない人たちもずいぶんいるはずで、ますます混迷の度合いは増していく。
2020.09.28
今日から息子の大学の授業が始まった。大学生になって、初めて対面式の授業である。
半分がリモートで半分が対面式という状況らしい。リモートについても、息子は空いている教室などにパソコンを持ち込んで聞いているようだ。
早朝からサークル活動で汗を流し、日中は空き教室でリモート授業。学食で昼飯を食って、対面式授業。途中、図書館や生協に立ち寄ったりと、学生らしい1日を過ごしたようだ。
やっぱり学生生活って、キャンパスがあってのものだと思う。息子も大学の空気を1日吸うだけで、相当に楽しかったようだ。
明日も朝から授業があるので、出かけていく。
中国語の授業は対面式で行われるが、中国人の教授が来日できないため、教室に集まった学生に向けてリモートで教えるのだという。うーむ、これは対面なのかリモートなのか。
よくわからないが、教室に仲間が集まるだけでもいいことじゃないか。
学生時代なんて、一日中キャンパスにいて友だちと過ごせばいいんだ。
少しではあるが、ようやくそんな学生生活が始まって、心底よかったと思っている。
そして、もし9月入学が現実になっていたら、今頃入学式をやってたのかなあと夢想したりもする。
「ピケティの原書が平積みで売ってる!」と息子は興奮気味にLINEしてきた。帰宅後も「生協の書店って、一つの棚全部が岩波文庫の古典で埋め尽くされているんだよ!」と教えてくれた。そういう一つひとつが、とても嬉しいことなのだろう。
2020.09.27
半沢直樹が終わってしまった。
毎回、家族で見ていたのに。そして、大笑いしながら、子供たちに、こんな会社はないからな〜と教えていたのに。
まあよい。問題は柏レイソルの戸嶋サチローだ。今日の横浜マリノス戦で悪質なタックル食らって、大怪我をしてしまった。
テレビの画面でも足がぶらぶらしていて、はっきりと骨折と分かるほどの怪我だ。
選手生命が終わったのではないか。よくて今シーズンを棒に振るのではないか。ネットではそんな声が飛び交っている。
筑波大学に一般入試で入ったように、戸嶋はとても頭の良い選手である。そして、技巧派でもなく、ゴリゴリのパワー系でもなくて、努力の人だ。とにかく走る。スタミナオバケと言われるぐらい、走る。オシムの言うところの水を運べる選手そのもので、自分にはこれしかできないからとでも言うように、無駄走りをいとわない。
スタジアムでしばしの間、戸嶋だけを見ていると本当に驚く。とにかく走りっぱなしなのだ。ピッチの端から端まで、ボールを追いかけて走りまくる。
そんな戸嶋にアルビレックスのサポーターはチームの未来を重ねていたのだが、3年目に移籍の道を選んだ。移籍先はJ1の柏レイソル。J1へ行く選手を止めることはできない。J2にいるオレたちがいけないのだ。
必死に走り回り、決して愚痴をこぼしたり文句を言ったりすることのない戸嶋の選択を、オレたちは応援して、拍手で送り出したのだ。そして戸嶋は、柏でも相変わらず走り回って、そして見事、J1での先発の座をつかんだのだ。おお、よかったなあ、戸嶋。
そんなふうに必死になってようやくレギュラーをつかんだというのに、選手生命の危機とされるほどの怪我を負ってしまったのだよ。悪質タックルを食らわせたのは、マリノスのマツケンこと松原健。
くぉらー、マツケン! てめ、何しやがるんだ。
このマツケンも、実はアルビレックスにいた選手である。戸嶋と同じようにJ1強豪チームへと移籍していった選手だ。
ただ、戸嶋と違ってマツケンの印象は悪い。非常に悪い。というのも、ずーっと怪我で休場していて、その怪我が治った途端に移籍したのだ。
オレもアルビレックスの練習場を見学するたび、仲間から外れてグラウンドの外周を黙々と歩いてリハビリしていたマツケンの姿をよく目にしていたものだった。そんなふうにして1年半をリハビリに費やし、ようやく完治したと思ったら、あっさり移籍である。
一緒に付き添って黙々と歩いてくれたコーチやトレーナーの心情をどう思っているんだ、マツケンは。
そのような経緯があったものだから、マツケンはアルビレックスのサポーターの怒りを買って、プロリハビラーなどと呼ばれている。移籍後、初めて対戦するゲームでは、こっちの応援席まで挨拶に来たマツケンに対して、極めて異例であることに、サポーターはブーイングを浴びせたのだった。
まあ、そんなサポーターもどうかと思うが。村八分の狭量な田舎社会と目されても仕方のないところだ。
そんな憎まれながら出て行ったマツケンが、快く送り出された戸嶋に悪質タックルを食らわせて選手生命の危機にまで追いやったのだから、他チームのこととは言え、オレは激怒だ。
戸嶋みたいないいヤツが、こんなことで選手生命を失ってはならない。なんとか軽症で済めばいいのだが。他チームの選手とは言え、戸嶋のことは応援している。なんとかならないものか。
2020.09.26
朝の7時に銀座に行って一仕事片付けて、10時に地元の行きつけのクリニックに行って様子伺い。どえらく混んじゃって、医者に聞いたら「今週は4連休のあとだからずっとこうなんだよ」と泣きながら言う。コロナでどこの病院も経営が苦しいというのに、よかったな、儲かって。
家に帰って、息子と昼飯を食う。野方のホープ軒だ。初めて行く。
近くていいのだが、渋滞が多くて時間がかかる。味は、懐かしのホープ軒。千駄ヶ谷の店の方が旨いと感じたが、ホープ軒はホープ軒。
息子と、年に2回食べるだけにとどめよう、体に悪すぎる、と話し合う。
大急ぎで帰ってきてアルビレックスの試合を見る。
娘が部活の発表会にいってたので、その帰りをピックアップしてとおるちゃんでメシを食わせる。
今週は、連日取材が続き、名古屋の半日日帰りなど遠出もあって、疲れてしまったのだ。
「小池百合子 権力に漬かれた女」和田泰明・光文社新書。話題になった「女帝」が、生い立ちに焦点を当ててその特異なキャラクターを浮かび上がらせたのに対し、こちらは政治家になってからをメインに取り上げて、あくまでファクトベースで政治家としての小池百合子を検証しようと試みた本。感情にまかせず、淡々と事実を描くことで対象者を浮かび上がらせようとした筆致には好感が持てる。ただ、時間が行ったり来たりするのが、ちょっと読みづらかった。男の影が全く見えないこと。贅沢はしないこと。この2点は確かなようで、つまり権力欲だけで小池百合子はのし上がってきたことが伺える。
2020.09.25
書道家の武田双雲に会った。ぜんぜん知らない人だったので、事前に本を読み、ネットで調べて、下ごしらえしてから話を聞いた。
そうしたら、そんな情報を大きく上回って、すごい人だった。書家というより、人間として凄いわ、この人。ちょっとびっくりしたのだった。
2020.09.24
いつもはスタバやタリーズが多いのだが、今日はたまたまそれとは知らずにブルーボトルに入ってしまった。
高いのね、ブルーボトル。高い分、美味しいのかと思ったら、コーヒーの味はオレにはあんまりわからなかった。
それよりも驚いたのは、名前を聞かれ、コーヒーができたときに「タンゴさま〜」と名前で呼ばれたことである。医者かよ。
混んでいるならともかく、店内ガラガラで、注文した客もオレ一人なのだから、よけいなことだと思うがな。高いから、たぶんもう行かないとは思うけれど。
2020.09.23
ところでふと思ったんだけれど、リモートワークで通勤がなくなって、浮いた時間をみんな何に費やしているのだろう。
その時間も仕事に当てているのだろうか。
いいや、そんなことはない。きっと睡眠に当てているのだと思う。
そりゃ最初の頃は飲み会とか、趣味の時間とか、自己啓発とかに当てていたかもしれない。しかし半年ほどもたってだいぶリモートになじんでくると、余計なことに時間を浪費せず、きっと睡眠に振り当てているのだろう。というか、そうであるべきじゃないか。
往復2時間の通勤時間の片道分だけでもいいから、1時間、睡眠時間を延ばすだけでも、多くの人が健康になるような気がする。仕事のできる人ほど、睡眠時間を削らない、という説もあるようだし。
などということを書いているのも、目の前の現実を夢のできごととしたいからだろう。オレは。
こんなにもチームがひどいことになってしまうと、アルビレックス新潟にとって、チョン・テセを移籍させたというのは、実はとんなでもない悪手だったのではないかという気がしてきた。
「世界のニュースを日本人は知らない」谷本真由美・ワニブックス新書。オランダ人はどケチで夜の8時に家に招かれたというのにビールどころか水1杯で2時間も話し相手をさせられたとか、イタリア人は週に1回しか風呂に入らないので臭くてかなわないが、実はトイレには便器とは別に用を足した後に局部を洗うための容器が置いてあるので、風呂に入らなくても平気なのだとか、日本人である私はそのことを知らずに洗った局部を拭くためのタオルでずっと顔を洗っていて、えらいメに遭ったとか、そういうネタが満載。いや、前半は世界の政治情勢などを真面目に語っているので、池上彰の本を地味に下品にした感じなのか。それにしても「Youは何しに日本へ」に代表される日本絶賛番組が、いかに日本人の頭をダメにしているのか。今や日本は世界から笑われ、馬鹿にされ、同情されている国だというのに、そのことを日本人は知らないのだ。
「プロレスまみれ」井上章一・宝島新書。著者は確か文化人類学の専門家で、以前、美人について論じた本を読んだ記憶がある。けっこう軽妙な本だったなあ、確か。これは同じ著者が、今度はプロレスを取り上げて、世間をプロレス的な見方で切っていくという内容。「ドロップキック」という誰でも知っている言葉が、実は国語の辞書には長らく掲載されていなかったという指摘はなかなか鋭い。ところどころ、プロレスラーの悲哀を語っているところなど、好感が持てる一冊だ。友だちに四の地固めをかけてもらって、本当に痛いんだと体で知ったものの、でも、逃げようと思えば簡単に逃げられるのになぜ逃げないんだろうと不思議に思ったという、オレたち世代の男の子に共通の体験などが実に懐かしい。
2020.09.22
早朝から大学の部活に行ってた息子が、昼過ぎに帰ってきた。オレは既に娘と一緒にラーメンを食い終わったところだ。
息子は、いくつかのサークルを掛け持ちしようかと考えているようで、そのために体験入部のようなことをいろいろとやっている。今日もその一つだ。先輩と昼飯食ったかと聞いたら「そば屋でそば食った」との返事。
こうして新しい出会い、新しい仲間が少しずつでも増えていくのはいいことだ。本来なら今頃は学園祭の準備などにてんてこ舞いだったろうに。
その息子と一緒に、大泉学園の書店に行く。駅ビルに、ジュンク堂が入っているのだ。
オレは新書を3冊買い込んで、息子は参考書を2冊と歴史の本を1冊買った。全部で1万円ちょっと。
駐車券をもらう。
このまま帰るんじゃなくてコーヒーでも飲もうと思ったのだが、同じビルに入っているタリーズは満席だ。狭い店なのである。
時間を見たら15時過ぎだ。今日は15時から沼津対セレッソU23のゲームがある。J3だ。沼津には、アルビレックスから秋山がレンタルで行っているので、見ようと思っていた。
今から帰れば十分間に合う。だが、コーヒーも飲みたい。そこでJ3のゲームはスマホで見ながら、コメダ珈琲に行くことにした。
コメダまでクルマで10分。ところがコメダも満席。仕方なく入り口の順番待ちの紙に記入して待つことにした。で、椅子に腰を下ろした途端、LINEが鳴る。ヨメからだ。
ヨメは今日、所用で出かけていて、これから帰るから迎えに来て欲しいとの連絡だ。ヨメの名誉のために書くが、朝はオレがクルマで駅まで送っていき、帰りも迎えに来るからと約束していたので、そのようなLINEを送ってきたのである。決してオレのことを召使いだと思っているのではない。そう思っているのはヨメではなくてJKであって、という話はまた改めよう。
そんなわけで、時間を見たらもう余裕がないので、結局コメダ珈琲ではコーヒーを飲まずに駅まで行くことにする。息子よ、すまぬ。
息子はスマホを見ながら「わっ、秋山が点を入れたっ」と教えてくれた。なんと、秋山が大活躍で、既に前半で沼津は3-0とリードしているようだ。素晴らしい。
コメダ珈琲の代わりに、駅に向かう途中セブンイレブンでアイスコーヒーを買う。1分遅れで駅に到着、ヨメを拾う。
そのまま家に帰る途中、息子がこんどは「わっ、山口達也が飲酒運転で逮捕」と声を上げる。なんとまあ。飲酒運転はダメだよ、飲酒は。テレビで酒がらみのトラブルはタブー。「もう終わりだね」とオフコースのようにつぶやいたのは、ヨメだった。
ネットで見たら練馬区桜台というから、アンドー君の家の近くではないか。なんであんなところに。田舎だぞ。
家に帰ったら、沼津の試合は後半に入っている。DAZNをプレーバックして前半の得点シーンを見た。
1点目は秋山のシュートがこぼれたところを別の選手が詰めてゴールしており、2点目は秋山の目の覚めるようなビューティフルゴール。おまえは本間至恩かよ〜。
前節のゲームも見たけれど、沼津に加入直後の秋山はまともにバスを出してもらえないような印象を受けた。
仕方がない。沼津は、選手の大半がアマチュア契約というチーム。アマチュア契約ということは、選手たちは出場給として月に5万円くらいをもらって、あとはそれぞれがアルバイトで生活費を稼いでいるということだ。コンビニとか。朝8時に集合して練習した後は、各自、職場に向かって生活費を稼ぐのだ。
そんな選手の集まりが沼津というチームである。
その中でアルビレックスからレンタル移籍してきた秋山は、れっきとしたプロだ。サッカーだけでメシを食っていて、アルバイトする必要はない。しかもレンタルだから、いつかアルビレックスに帰っていく。
そりゃあ、周囲の選手たちは面白くないだろうし、ジェラシーもあるわけだ。パスをもらえないのも、仕方ない。
沼津のチームは若手主体である。大学卒業2年目、3年目という選手も多い。いうことは24歳、25歳であって、その年齢でアルバイトしながら「Jリーガーです」と言っているわけだから、ある意味、人生の崖っぷち。3年やったけどダメでした、引退して就職しますと言った時点で、26歳、キャリアはコンビニのバイトです、ということになる。
親だってそんなことのために大学まで行かせたんじゃないからねと泣くだろうし、誰もがこのままで終わってたまるかと思って必死にやっている。
そんなところに移籍してきた19歳の若造に、自分のポジションを奪われるかもしれないんだから、そりゃあ秋山に対して面白くないのは決まってる。誰がパスなんか出すものか、というわけだ。
前節では明らかにそんな空気が漂っていた。
それが今日はというと、1点目は、他のプレーヤーへのパスがミスになったものを秋山が拾ったことから始まったもの。つまりここでも秋山はパスをもらえなかった。ゴールの瞬間も、あまり選手が駆け寄ってこなかった。
だが2点目は違う。完全な個人プレーで決めた見事なゴラッソだったからか、選手がわーっと寄ってきて、秋山を祝福してくれた。秋山が仲間として認められた瞬間で、明らかに空気が変わったのが分かった。
このゴールはポストを直撃したものだ。ゴール前には味方の選手が2人詰めていて、そこにパスを出さずに打ったシュートだった。だからポストで反対方向に跳ね返っていたら、ゴール前の味方を無視しやがったなヨソ者の若造め、という反発を食らっただろう。
まさにポスト1本のアヤで、なんだかここに人生を感じるんだよなあ。
その後も秋山は獅子奮迅の活躍で、結局沼津は5-0という圧勝。よく走り、よくプレスして、最後まで攻めきる、とてもいいチームだった。これは応援したくなる。ここまで8試合、勝ちがなかったというのが信じられないほど、いいゲームを見せてくれた。
そんなゲームを息子と一緒に見終わって、そして秋の4連休は終わった。何もしなかったけれど、何もしない時間を楽しんだと思う。さて、明日からはまた忙しいぞ。
2020.09.21
今日もホームページの引っ越しをした。面倒くさい。実に面倒くさい。
オレは素人だから、いちいち手間がかかってしまう。
この4連休にとくに何も予定がなくてよかった。こんなの、忙しいときにやったら発狂ものだ。
取り急ぎ、この日記とたんさいぼうのホームページの移転を終えた。
悩ましかったのがたんさいぼうのホームページで、今までちゃんとしたフレームで作っていたのだが、これがどういうわけかまったく移転できず、仕方なく最初から作り替える。
作り替えるといってもオレは改行のタグぐらいしか使えないから、こんな程度のホームページにしかならなかった。でも考えてみれば、改行程度のタグしか知らなくても、この日記ぐらいのホームページは作れるわけで、それはそれでなかなか立派なものじゃないか。
まあ、テキストだけのサイトだからな。
テキストと言えば、先日、売り物にする文章を書く面倒くささについて一くさり述べたが、その続きとして、最近、文賢というウェブサービスを導入した。
これは何かというと、賢い文章を書くためのサイトである。もちろん有料。導入費用が1万円で、月次の利用料が2000円。
導入費用の1万円は、ひやかしお断りの意味だろう。サーバに負荷ばかりかかってしまっては困る。だがお試しがないのは、正直、困る。一度試してみてから、というのはお約束だと思うのだがそれがないなんてずいぶん強気だ。
月の利用料2000円は微妙だな。Amazonが年間5000円であることを思えば、高い。だがラーメン一杯1000円の時代であるのだから、仕事で使うツールで2000円ばかりをケチるのは馬鹿臭い。解約はいつでもできるのだから、結局導入することにした。
例えば一昨日の日記、9月19日の冒頭に「あまりの弱さに、白目を剥きそうになった」と書いてある。これはその文賢というサービスによって「驚いた」を「白目を剥いた」に推敲したものである。
なるほど。誤字脱字、文法間違いレベルならWordの校正機能でもチェックできるが、こういう言い換えの表現はなかなかない。これは有効かもしれない。
ライターにとって類語辞典は必須で、うまい表現をいろいろと考えるときには欠かせない。だがいちいち辞書を繰るのは面倒だから、Webでちゃちゃっと見てくれるこの機能はなかなか便利だ。
まあ、仕事で使う道具なのだから2000円を惜しんではいけないな。もう外で飲む時代にではなくなったのだし、浮いた飲み代だと思えば。
テレワークで、通勤がいかに無駄だったからかバレ、出張なんていらなかったとバレ、外での飲み会が不要だったとバレた。3月頃、「いやあ、もう外で飲んで電車に乗って帰るなんてできないっすよ」と部長さんが言っていたのを聞いて、確かにそうかねもしれないなあと思った。
自宅で仕事をしているオレは、飲んで帰るということが少ないので、余計に同感だ。面倒くさい。
ドラッグストアで135円のストロングゼロ500ミリ缶を買ってきて、おかずをつまみに飲めば、こんなにもコスパのよいことはないのだ。
というわけで、ここまで書いて文賢でチェック。オレは接続詞のあとに「、」を入れることが多く、また、逆接以外の「が」が多いというクセがある。その点を指摘してもらって修正したら、こんなにも上手な文章になりました〜。いやいや、中身はおんなじですがな。
文章を整えたって中身のレベルは変わらない。そりゃ、そうだよな。
2020.09.20
池袋のいつも行くショップへ、息子の秋物の服を買いに行った。
東池袋駅で降りてサンシャインシティに行く。そしてちょっと驚く。けっこうな人出なのだ。やがてその多くはポケモンセンター目当ての親子連れだと分かるのだが、それでもディズニーショップには入場制限の行列ができていたり、3カ月前とはえらい違いだ。よいことだ。
洋服屋で聞いたら、この連休はそこそこ人出がありそうとのことだ。なにしろ自粛期間は2カ月も店を閉めていたというから、死活問題。ちょっとは回復の兆しが見えてよかった。
夕べはとおるちゃんに家族でいったのだが、こちらも満席だった。よそへ移動するのも面倒だから、席が開くまで待つよと言って、我が家の4人は店の前の通路に椅子を並べて飲み始める。
店のお母ちゃんは「それじゃJKが嫌がるでしょ」といったが、なんのなんの、我が家のJKが嫌がるわけがない。かえって面白がって通路で刺身などを食うのだった。
店内の空気には活気が戻り、こちらもよかった。早く経済を回そう。
コロナで亡くなったのは1400人。インフルエンザで亡くなるのは1万人。ワクチンも特効薬もあるというのに1万人も亡くなるのだから、インフルエンザはとても怖いんだぞ。コロナなんてメじゃないんだぞ。だからインフルエンザに気をつけるぐらいコロナにも気をつければいいんだぞ。
経済が回り始めたのはよかったが、よくないのはこちらだ。so-net。今日も一日ひいひいいいながらホームページの引っ越しをしたではないか。すみません、盛りました。半日でした。
移転先は、ロリポップというレンタルサーバである。わはは、楽しいな、ロリポップ。運営しているのはGMOだから、まあ、そうそう簡単に放り投げるようなことはしないだろう。
しかも安い。月額100円。so-netは月額何百円も取っていたから、so-netを上回るサービスでこの値段なのは、素晴らしすぎるわ。
WordPressなどは使わずにテキストファイルにいちいちタグを書いてコーディングしているから、ちょっとリンクを書き換えるだけでも面倒なのだ。自業自得ではあるが。
まあ、とりあえずはこの日記の移転は済んだので、皆さん、今後はこちらからよろしくお願いします。
2020.09.19
2014年にJ1に昇格した徳島ヴォルティスの、そのあまりの弱さには、白目を剥きそうになったものだった。
まったく勝てず、結局1年でJ2に降格。年間を通して最下位から上がったことは一度もないというJリーグ初の記録も作ったっけ。
当時、アルビレックス新潟はもちろんJ1。オレは、徳島の弱さにびっくりして、こりゃあ一度見ておかないと次はいつ見られるかわからないぞ、と思ったものだった。
だが、いつ見られるかわからないどころか、すぐに再会することになるとは予想もしなかった。まさかこっちがJ2に落ちて再会するなんてな。ひ〜、おかしすぎて腹がよじれる。
そして、あまりの弱さに唖然とされるのは、今度はこっちの番だった。おいおい、どうしちゃったんだよ、アルビレックス。いや、もともとこんなもんだろアルビレックス。
今日は徳島に0-1で負け。だからホームなのに0-1で負けるんじゃないよ、観客動員にもろに響くし、雰囲気が悪くなる。
しかも新潟から徳島に移籍した河田に89分に決められるという情けなさ。その河田は、以前は自分を応援してくれたサポーターの心情を思いやって、ドラマチックなゴールだったにもかかわらず、にこりともしなかった。ええんやで、河田。喜んでもええんやで。おまえは優しい子や。でも、ええんやで、河田。
ゲーム終了直後、その河田とアルビレックスの渡邉が何やら話し込む。二人は大の仲良しだ。二人とも表情は厳しい。
河田「どうしちゃったんだよ、アルビ」渡邉「もうダメだよこのチーム、河田、オレたちの分もJ1で頑張ってくれ」河田「そんなこと言うなよ、こっちのチームに来いよ、一緒にJ1でやろうぜ」
きっとそんな会話をしていたに違いない。
そして、その隣では本間至恩が挙動不審である。ネットも「至恩がおかしい」とちょっとざわついた。なんというか、今までにない不穏な雰囲気をまとってがっくりと肩を落としている。
その背中は「やっぱりオレ、こんなチームにいちゃダメなんだ、つぶされちゃうんだ」と語っているように見えた。
リーグ再開後のゲームは、3点取れる戦いをしていて、とてもワクワクさせてくれるチームだった。それがどうしちゃったんだ、ボール保持だけが目的の空っぽなチームになってしまった。
きっと選手自身もそれが分かってしまったのだろう、前節の北九州戦で負けてしまって、「もう無理」と悟り、それで志やモチベーションを失い、今日のようなしょうもない戦いしかできなかったのだろう。なんとも情けない。
徳島ヴォルティスよ、あんたらは強かった。かつての最弱チームの面影はまったくなかった。
とにかく監督がいいよなあ。ロドリゲス。今オレが注目するのはこのロドリゲスと、セレッソのロティーナの二人だ。
ロドリゲスは勝負師であり、戦術家である。スペインから徳島のような田舎にやってきて、すだちを食いながらがんばっている男だ。その戦いぶりは、なかなかに見事である。去年だったか、勝負の二枚替えを見たときは、なんだこの監督は、とのけぞったわ。
アルビレックス新潟、今シーズンは終わった。残りは消化試合である。とほほ、実につまらん。
2020.09.18
部長「このたび我が社では新しい事業を始めるのです!」
オレ「おお、すごい。それはどんな事業ですか?」
部長「今まで我が社の中心はBtoBのビジネスでしたが、これはBtoCの画期的なビジネスなのです!」
オレ「わくわく」
部長「一般の人々がインターネットを利用したいと思ったときに、アクセスを代行してあげるサービスです。我が社のこのサービスによって、世の中の人々は手軽にインターネットというものを利用できるようになるでしょう!」
オレ「…それって、もしかして、プロバイダーをやるってことですか?」
部長「おお、よくわかりますね! さすがプロですね!」
オレ「…(誰でも知ってるだろ)」
これは1997年ぐらいに某IT会社を取材したときの実話である。このIT会社は、今ではかなりの規模の有名企業となったが、その成長に果たしてプロバイダー事業がどれだけ貢献したか、オレにはわからない。
なぜ、昔のこととはいえ、こんなふうに取材先をディスるようなことを書いたかというと、久しぶりにインターネットプロバイダという言葉を聞いてそんなことを思い出したからである。
オレがMacintoshを買ってネットを始めたのは1997年。その翌年にはこのホームページを立ち上げた。
立ち上げたなんて偉そうに言うほどのもんじゃありませんな。ホームページをやってみた、程度のノリですな。
これからインターネットが本格的に普及するから、たぶんホームページ関連の仕事も増えるに違いない。それに備えて、ネットで文章を書くという肌感覚を知っておきたい、ということで始めたのがこの日記だったのだ。
その前年あたりには、インターネットというものを説明する原稿を書くことになり、どうにも困って苦し紛れに「ネットワークのネットワーク」みたいな表現をしたのだが、それでもなんのこっちゃ、という状態だった。
新しいテクノロジーやサービスを人に教えるのは、とにかく困難である。例えば黒電話の時代に戻って今のスマホを説明したって、誰も理解してくれないだろうな。
ちなみにブログというものが出てきたときは、マック関連の雑誌の表紙にでかでかと「Web+Logの時代」というタイトルが踊っていて、ブログというのはフェブログの略ということはわかったけれど、いったいオレの日記と何が違うのさ、と不思議に思ったものだった。
当時「これからはブログの時代だからライターの仕事はなくなる」「専門家のノウハウはブログを読むだけで手に入るようになる」と言われたものだったが、ライターの仕事はなくならなかったし、専門家はノウハウをブログに書いたりしない。偉そうに予言した人たちは、頬被りなのだ。
とまあ、そんなふうにして立ち上げたのがこの日記で、以来、20年も書き続けているわけだが、これほど何の生産性もない創作活動というのも珍しいだろう。わははは。特にその間、まったく何の進歩もなかったというのが我ながら凄いと思うわ。
「我が社では新しい事業を」と部長さんがふんぞり返ってしばらくした頃、オレはキベさんに質問されたことがある。「おう、プロバイダーっていうのは、どこを選べばいいんだ?」
当時はプロバイダー乱立時代で、激しい価格競争が始まっていた。キベさんは、どこが一番得なんだ、というニュアンスで聞いてきたのである。
そこでオレは答えた。「キベさん、プロバイダーってのは、儲からないんですよ」と。
一瞬の間を置いてキベさんは「そうか! 安いプロバイダーはすぐ潰れちゃうのか」と理解してくれ、迷わず大手の高めのプロバイダーと契約したっけ。
この下り、居酒屋で酔っ払ったサラリーマンが「そこでオレは部長に言ってやったんだよ、バシッと!」と部下に自慢しているような感じがして、オレの小物感がにじみ出ているなあ。
インターネットは新しいメディアであるが、間違いなくこれからのインフラになるのだから、へなちょこ事業者と契約してはならない。インフラを担うという覚悟を持ったプロバイダーを選ばなきゃいけないよ。プロバイダーもそれだけの自覚を持たなきゃいけないよ。
オレ自身がso-netを選んだのも、ソニーという国際ブランドを掲げて商売するんだから、意地でも撤退はしないだろうと踏んでのことだった。
だが、友よ、キベさんよ、部長よ、今日はそのso-netから何の前ぶれもなくメールが届いた。来年1月に「U-Page+」のサービスを停止します、と。
なんとホームページを預かるサービスをやめます、というのだ。んがあああ〜
明らかに儲かっていないサービスだった。so-net自体はNUROが好調であるが、その中でこのホームページサービスは邪魔者。鬼っ子。劣等生。サービス内容を見ても、明らかにやる気がなく、サポートの酷さなどはネットでも叩かれていた。きっとso-netはこんなサービス、やめたくて仕方ないのだろうなあと思っていたが、しかし、ソニーという国際ブランドのメンツから意地でもやめないだろうともにらんでいた。
それが今日、あっさり「やめま〜す」という告知である。ふんぎゃ。
これはけっこう困る。困る理由の一つが、あそびうたバンド「たんさいぼう」の公式ホームページもso-netに置いているからである。公式だから、勝手にやめるわけにもいかず、置き場所を見つけて対策を考えなければならない。対策とは、引っ越し作業のことである。
もちろんそれはこの日記についても同様だ。調べたらso-netにも有料のレンタルサーバーがあるようなのだが、ふん、誰が使うかってんだ。それに以前から無料サーバも使っている。だから当面はこの無料サーバに「たんさいぼう」も日記も置かせてもらうことになるだろう。まあ、このサーバはサーバでちょっと面倒ではあるのだが。
だが一番面倒なのは引っ越し作業だな。早速その準備を始めたが、それだけで数時間もかかってしまった。そりゃそうだ、オレは素人だからな。手間ばっかりかかって、ちっとも進まないのも、素人仕事だから当たり前なのだ。これからしばらくは来年1月までかけて、引っ越しを進めなければ。
実は既に新しい無料サーバでも見られるようにはしているのだが、何かいい方法はないかと、拙速は控えている。拙速はオレの得意ワザ。だが今回はちょっと自重しよう。
それにしてもホームページサービスも含め、光回線はNUROだし、オレのネットと言えばすっかりso-net丸抱えだった。こうなるとそれも見直すことになるのだろうか。だがメールアドレスの変更となると、さらに大仕事だしなあ。J:comあたりと回線をまとめてしまえば、一番経済的なのだろうが。いろいろと面倒なことである。
まったく余計な仕事を増やしやがって。
2020.09.17
昨日、大学に行く用事があるというので息子は7時に家を出たのだが、帰ってきて言うには、「電車なんてガラガラだ」ということだった。
確かに先日オレも朝7時の山手線に乗ったというのに、池袋から品川までゆったりと座れたわ。
都心はこんな調子で依然として人がいない。いくらか戻ってきてはいるものの、もはや以前のような姿はないのかもしれない。
今日は大きなIT企業でリアルでのインタビューだったのだが、取材相手にたずねたら、会社に来たのは半年ぶりとのことであった。それでも仕事には全く支障がなかったらしい。
これで成立すると分かったから、コロナが終わっても、人は戻りたがらないだろう。少なくとも週5日出勤する必要はなくて2日で済む、という感じになるのだろう。
「家で仕事をするのは快適だから会社には戻りたくないですね」と、先方の部長も言うのだった。
今のオレの仕事では、半分がリアルでの取材だから、出勤も週の半分というのが常態化すると考えている。そりゃあ電車の混み具合も以前の判断になるわな。
その大きなIT企業の本社も、人がいなくてガラガラだ。受付のロビーも、お姉さんが一人だけぽつんと座っていて、会社の偉い人だと思うが、おじさんが「おー、寂しいねえ」と声をかけていた。来客もオレ一人。
誰が見たって都心の馬鹿高い家賃を払ってこんな空き空間を維持するのはバカバカしいと思うだろう。毎月黙っていても、億の金が出て行くんだから。
夜、晩飯のためにとおるちゃんに寄る。
平日だというのに、満席だ。しかも賑わっている。自粛期間は、客がいても何となくしょぼーんという感じだったのに、今日は活気があふれていた。
へえ〜、戻ってきたんじゃね? そう声をかけたら、とおるちゃんとお母ちゃん、「そうかなあ」と嬉しそうだった。
「『文』とは何か」橋下陽介・光文社新書。日本語の文法についての新しい解釈を紹介した本。オレは中学校の頃から文法は全くわからなくて、文章を書いて40年間カネをもらってきた今でもさっぱり分からない。まったく恥知らずなことで、これではいかんと思うのだ。そんな自戒を込めつつ、読んだわけだが、これが実に面白い本だった。著者はビーグル犬が好きなので「ビーグル!」と叫んだだけで、それは立派な文章だと主張する。大学で教えている著者は夏休みの終わる日を間違えで無人の教室まで行ったことが2度ほどあるらしいが、そのとき「あれ、静かだ」と思ったという。そしてこれも立派な文章だと説明する。そんな具合にゲラゲラ笑いながら読める。そして芥川龍之介のだらだらとした長文が実に読みやすいのに対し、同じようにだらだらとした「火垂るの墓」が実に読みにくい駄文なのはなぜか、文法によって解き明かしていく。文法に対してまったく無知のオレは、連体修飾語の説明が実に興味深かった。なるほど、連体修飾語というのを意識して書けば、文章というのはこんなにもイキイキしてくるものなのか。オレは刮目するのであった。
2020.09.16
読売新聞夕刊の記事が興味深い。「笛への抗議で審判が心を痛めている」という記事だ。あ、サッカーの話ね。
5万人でも6万人でも、プーイングというのは案外気にならないのだという。だが、選手の言葉というのは想像以上に心に刺さるのだそうだ。
特にスタジアムに客がいない今、選手の声はよく届く。その一つひとつが耳を刺す。さらにゲームを振り返るために試合後にビデオを見るときも、フィールドでは聞こえなかった声までが集音マイクで拾われていて、それがさらに追い打ちをかけてくるのだそうだ。
それはっこうなストレスであると、日本サッカー協会審判委員会の人は言う。
日本の審判は今も多くがアマチュアだ。別に仕事を持っている。
そのため「東京の試合には行くな、と職場で言われた」とか「車で行ける範囲の試合しかできない」とか「家族と相談して今シーズンの審判はやめた」という人がいるそうだ。
なるほど、今年のゲームでは、どうしていつもはJ1の審判をしているこの人がJ2の試合を裁くんだろうとか、どうして同じ地元のチームの試合を裁くんだろう、というケースが目についた。
典型的なのは1ヵ月ほど前のアルビレックスのゲームで、主審が新潟の人だったことがある。しかもこの審判は、かつて新潟でプレーしていた田中亜斗夢のお兄さんでもあった。
ちょっと驚いたのだが、当然、相手チームは不公平だと騒ぎ立て、レフェリーは忖度を疑われないようにとあえてアルビレックスに厳しい判定を下しているように見えた(とアルビレックスサポーターは吠えた)。
ラグビーでは、決して選手が審判を取り囲むなんていう卑劣なことは行われない。
スポーツマンなんだから正々堂々なのだ。判断にはまっすぐに従え。だいたい1人を大勢で囲むなんて男らしくない。いじめを助長する。サッカーなんて、小ずるくて、卑劣な精神の持ち主が好むスポーツだ。さすがに労働者階級が週末に不平不満解消のために見る出し物だ。
というわけで、ラグビーはサッカーを下に見る。とほほほ、まったくその通りでごぜえますだ。増田惠子はミーの片割れ。
そんな審判たちを見ていると、実にいろんなキャラの人がいてサッカーを見る楽しさが一段と深くなる。
日本トップの審判と言えば、西村さんだ。日本人として初めてワールドカップの開幕戦で主審を務めたレジェンドだ。カードは開幕戦のブラジル対クロアチア。この重要なゲームで西村さんは、あっさりとPKの判定を下して、それが物議を醸したりした。実に勇気ある審判だ。
そんな西村さんだからJリーグでも選手からの信頼は厚く、また、存在感も大きい。先日の鹿島のゲームではフリーキックの際に抗議に来る横浜の選手たちに向かって「だって円だもん」と話したことがばっちりと流れてしまって、話題になった。なかなかお茶目である。
オレが気に入っている審判は、時々見かけるハゲのお坊さんのような人である。名前は知らない。このお坊さんは、いつもニコニコと笑ってレフェリングしていて、ありがたいお坊さんそのものなのだ。だから荒れそうなときも、この人がニコニコと注意すると、お坊さんからありがたいお話をいただいたような雰囲気になって、ピッチが静まるのだ。
アルビレックスのゲームでこの人が審判となると、あ、お坊さんだ、とオレと息子は思わず手を合わせる。
ハゲということでは、審判にはハゲが結構多い。これは、国際的にも有名なコリーナさんという審判の影響かと思われる。そうしたハゲ審判の一人は、Jリーグで選手から「ハゲ」と言われたことで退場の処分を下したことがある。ハゲに向かってハゲと言うと、その罰は自分に返ってくるという好例だ。仏様はちゃあんと見ているんだよ。
当然のことながらなぜか相性の悪い審判というのもいて、アルビレックスの場合、中村太や家本政明あたりと犬猿の仲である。だいたいひどい判定を下された記憶しかない。もちろんそれは一方的な思い込みによる被害者意識に過ぎないのである。
この家本政明という審判はJリーグサポの間でも有名で「イエモッツ」と呼ばれている。「ああっ、今日の主審はイエモッツだ、負けた」と叫ぶサポーターが多い。どのチームのサポーターもそういうふうに叫ぶから、決して不公平なジャッジを下しているのではないのだが。
あと、有名なのは山本雄大だ。
時々、むちゃくちゃな判定を下して、大騒ぎを引き起こすのが、この山本ユーダイ。有名なのは去年の浦和対湘南のゲームだろう。
この試合で湘南がゴールを決め、全選手、全観客、全視聴者が「わあ、ゴールだ〜」と雄叫びを上げたり頭を抱えたりしているというのに、ただ1人、主審の山本雄大だけが「ゴールじゃない」と判定してプレーを続けさせたのである。
当然大騒ぎとなり、山本雄大はサポーターやメディアからフルボッコ。サッカー協会からも処分を下されてしまったのである。
当時、VARはなかったから、すべての人がリプレーでゴールを確認しているというのに、主審と副審だけがリプレーを見ていない。まあ、これもすごいことではある。
そして、見ていない限りは判断を下せないのが審判。自分の見たことだけを信じて、山本雄大はノーゴールという判定を下したわけだ。それはそれでけっこうなメンタルだと思う。解説者なんて「このスタジアムの雰囲気だったら、僕なんか誤審でしたって謝っちゃいますけどね〜」と言ってたもんな。
もっとも当の山本雄大は試合後、「試合中のざわめきが経験したことのないものだったので、これは誤審だったのかも思った」と語り、これでオレの審判人生は終わった、と覚悟を決めたそうだ。
だが、人間というのは地獄を見ると、変わるんだね。最近の山本雄大は人間的に一皮むけた感じがして、実に好感の持てるレフェリングをする。選手からの信頼も厚くなったようだ。こういうちょっとした物語も、サッカーの面白さの一つである。
などと夕刊の記事を見ながらいろいろと考えて、ストロングゼロを飲んだりしているわけだが、そんなオレの耳に心地よいのがRYUTistのCDだ。
RYUTistとは、新潟のご当地アイドルである。地味である。
かつて新潟では、柳の下を芸者さんが歩くという美しい光景が見られたことから、新潟=柳都(りゅうと)と呼ばれた。なんとも風情ある呼び名である。その柳都の人たちということで、RYUTistというグループ名にしたのだ。
いや、別に新潟のアイドルだから聴いたわけではない。あのドバシ君が、興奮気味に大絶賛していたのがRYUTistの最新アルバムだったからだ。ドバシ君の耳は確かである。そこでオレも興味を持ってまずはYouTubeで聴いて、その後にCDを購入してみたというわけだ。
とにかく楽曲がいい。名曲ぞろいだ。
特に「ALIVE」という曲は、なんというか、詞とメロディーとアレンジがものすごく高いレベルで融合していて、その上でアイドルの女の子4人が気持ちよくボーカルを踊らせていると感じる。びっくりするほどのクオリティだ。
YouTubeにも「恐ろしいほどの名曲」「涙が出るほど素晴らしい」「エバーグリーンの青春小説」と絶賛のコメントばかりである。
オレも頭の中はこの曲がループしていて、例えば「桜並木が恋をして 風なびき 葉がすれ 音になる」という素晴らしいフレーズが渦巻いているのだ。
映像には地元の風景がこれでもかと押し寄せてくる。例えば「黄昏のダイアリー」も大変な名曲なのだが、このビデオも地元の映像が洪水のようだ。オレは里心が痛いほど刺激されまくる。
アイドルユニットとはいえ、4人のお姉ちゃんのルックスは、正直、むむむむ、である。でも、そのイモ臭さが実に普通すぎて楽曲を引き立てるという、一周回った素晴らしさだ。
「ALIVE」「黄昏のダイアリー」、絶対のお勧めです。NGT48なんかもう忘れた。これからはRYUTistの時代なのだ。
2020.09.15
小学校、中学校、高校と普通に授業をやっているのに、なぜ大学だけが自粛のままなんだ。アホか。
学生は移動距離が長い、蜜を避ける広さの教室が確保できない、学生はバイトやサークルなどで人と多く触れあう、などと理由はいろいろ言われているが、一番の理由はこれである。教授がじじい。
そうである。教授がじじいばっかりだから、おびえて授業に出てこられないんだよ。
そしてもう一つの理由がこれである。大学は叩かれる。
そうである。東大でクラスターなんか出たら、叩かれるに決まっている。「東大なのにクラスター」「東大だというのにクラスター」「東大ともあろうものがクラスター」。目に浮かぶようだ。
ここに至ってはっきりしたのは、かようにウィルスが怖いのではなくて、真の恐怖は“世間”という人の目にあるということだ。
東大でもコロナは出ている。既に4月に学生が感染して入院している。ただクラスターになっていないだけだ。京都のなんとかという大学でクラスターが出たときは、めちゃくちゃな騒ぎになったが、東大だったらもっと大きな騒ぎになっただろう。
アホらしい。アホらしいが、それが世間の怖さだ。もちろん東大生は賢いから、そんなことは百も承知。オレたち、わたしたちは世間から叩かれやすいと自覚しているので、食事に集まったとしても、「十分に気をつけよう」と話し合っている。
というわけで、教授がじじいなのと、世間から叩かれるのが怖いから、大学は授業を再開しないのだ。もちろんこれは国家的な損失であって、あらゆる教育機関がきちんと授業を再開させるべきである。
教育と医療が国家の根幹というのがオレの持論。医療はヘロヘロになりながらもなんとか持ちこたえている。教育もサボってないで、再開すべきだ。
特に田舎から都内の大学に進学するはずだった子たちはかわいそうだよね。東京デビュー、学生デビューができず、人生の閉塞感がハンパないだろう。しかも地方の視点からすれば、東京在住同士はうまくやっているように見えるから、出遅れた感じがたまらないようだ。
かといって地元の友だちはそれぞれに地元での生活を進めているし。
とにかく大学はすべての授業を再開すべきだ。とっととやれい。
10代での死亡者はゼロで、20代でも相撲取りが1人亡くなっただけだ。こんなウイルスは交通事故以下、餅以下、熱中症以下。
インフルエンザは1週間寝ていれば治る。同じようにコロナだって栄養取って寝ていれば治るのだから、すべての社会活動をもとに戻すべきなのだ。
2020.09.14
「MIU404」が面白かったので、同じ脚本家の作品ということで「アンナチュラル」を観たら、これが最高に面白かった。
さらに続けて、航空自衛隊の広報室というお仕事ドラマ「空飛ぶ広報室」を観たら、これまた面白く、これは飛行機大好きなイサワ氏にはぴったりだろう。このドラマの主人公の自衛官が「MIU404」の刑事によく似ているなあと思ってヨメに聞いたら同一人物だって。へえー。
そして同じ脚本家ということで今日は「重版出来」を見終わった。これはマンガ編集部を舞台にしたお仕事ドラマなのだが、今、ATOKは、なんと「重犯出来」と変換した。これだとダークな犯罪ドラマになってしまう。
「重版出来」もなかなかに面白いドラマだった。マンガの編集部はこういうふうに仕事をしているのかとか、漫画家というのはこういうふうに育てられるのかなど、興味深かった。
面白いことに、マンガ週刊誌の作られ方など、オレの息子も娘も全く関心がない様子で、考えてみればいまどきの子供たちはマンガ週刊誌なんて手に取らないんだよ。コミックスは読むけれど。マンガ週刊誌を読む代わりにYouTubeだもんな。
それはともかく、こうして続けて同じ脚本家のドラマを見て、やっぱり一番面白いのは「アンナチュラル」に決定。もう何度見返したかわからない。早く続編をつくって欲しいものだ。
続編といえば、NHK「これは経費で落ちません!」の続編の撮影がこの秋からスタート予定だったのに、急遽中止になってしまったという。前編と全く同じキャスト、スタッフという約束が守られず、主役の多部未華子側が不信感を持ってお断りしたとのことだ。マジかよ。
どうやらキャストの1人がどうしてもスケジュールの都合でブッキングできなかったらしい。これはあいつだろう、タイガー役のおばちゃん。半沢直樹の蓮舫役で人気爆上げのおばちゃんだ。半沢直樹の撮影が遅れちゃったことに加え、爆上げ人気に便乗して高く売ろうと企んだ結果ではないか。
ドラマの続編では、前のシリーズで出ていた役者が、実は転勤になっちゃいましたって交替しているのはよくある話だから、そういう取り繕いはできなかったのか。いやあ、原作があるドラマではそのあたりがどうしても不自由になってしまうよな。残念。
「これは経費」はとても面白かったので、ぜひまた観たかったのだが。ちなみに原作はシリーズ7巻までいって、絶好調。この作家、巻を追うごとにどんどん上達していくのがよくわかる。とても面白いシリーズだ。
ところで「MIU404」が終わって、その後に始まったのがやはり刑事もののドラマなのだが、これが頭がクラクラするほどつまらないデキなのである。めまいがするほどつまらなく作るっていうのは、ある意味、すげえよな。ストーリーも演技も演出も、全てが驚くほどひどい。ちなみにこのドラマにも半沢直樹の蓮舫がサブキャラ刑事で出演している。全然刑事役に合っていない。
その「半沢直樹」だが、先日の「おねしゃす」には、噴いてしまったわ。もう完全にコントだよな、このドラマ。むしろそっちに振り切っちゃって開き直っているから、すげえ面白い。
まともに観るとアホらしくて仕方ないのだが、日曜の夜に酔っ払って家族と観ながら大笑いするにはぴったりだ。ってイッテQ!かよ、半沢直樹。
という具合に、ついドラマについて熱く書いてしまった。
本当は、コロナはもう放っておきましょう、ということを書きたかったのだが。
とにかくインフルエンザの死者3500人、交通事故の死者4300人、癌の死者に至っては38万人近くというのにコロナは1400人。交通ルールに気をつけて街を歩くように、手洗いうがいに気をつけて街を歩けばコロナは平気。もう放っておきましょう。
というわけで、今日、一番言いたかったのは、ドラマは「アンナチュラル」に尽きる、ということだ。
2020.09.13
チラパンツだとか、ハゲらっきょだとか、まったく敬意を欠いた態度に出たから、負けてしまったんだろうな。悔しいぞ、北九州戦。
開始18秒で本間至恩がゴールを決める。電光石火だ。
テレビの前でオレは万歳だ。ところがこれがオフサイドっていうんだから、挙げた手をオレはどうしたらいいんだ。
チラパンツのシュートはポストに当たって入り、アルビレックスのシュートはバーに当たって跳ね返る。
チラパンツの相手ゴール前ごちゃごちゃは2点目になり、アルビレックスの相手ゴール前ごちゃごちゃはなぜか入らない。これが逆だったら、スコアも逆になっていたのに。
まったくついていないわ。アルビレックス。
チラパンツが特に強いとは思わなかったが、運に見放され、審判の判定も偏っていて、これでは勝てない。残念ながら今シーズンは終了だ。
強くていいゲームをしたのに勝てなくて、悔しいが、しかし、面白い試合だった。
今日の敗戦で今シーズンの昇格は諦めた。もはや切り替えて、今後は戦術の詰めに力を入れて、来シーズンの昇格を狙おうではないか。
今シーズンはJ1からの昇格がないので、来シーズンのJ2は今まで以上に緩くなる。逆にJ1は降格が4チームとなって、熾烈さを増す。つまり昇格を狙うなら来シーズンなのだ。今シーズンはその準備のために捨てよう。
ただ、問題は、例によって選手を抜かれまくるところだ。今の時点でも、たぶんあいつとあいつは出て行くだろうなあ、出て行った方が本人のためだろうなあ、という選手がちらほら。加えてレンタルの選手もいる。来シーズンの編成はかなり厳しいな。
それにしてもこういう展開のゲームが終わると、メンタルがやられてしまって、直後の半沢直樹の「おねしゃす」に救いを求めて笑ってしまう。なははは〜。
弱いチームを応援しているとこんにふうに精神をやられてしまうので、強いチームの応援もしたくなる。だがライバルチームの応援なんかしたくない。他チームのサポーターの醜さを散々罵ってきただけに、その一員には絶対になりたくない。
というわけで、みんなそうやってヨーロッパチームの応援に回るのね。オレもドイツのライプティヒが好きだな。アルビレックスとライプティヒの両方を応援してバランスを取るのだ。
2020.09.12
昨日書き忘れたが、チラパンツ北九州のディサロくん、ネットでのあだ名は「ハゲらっきょ」である。ひどいあだ名だ。息子に言わせると「そりゃヘイトだろう」とのことである。
オレが言っているのではない。ネットの書き込みである。
こんな書き込みに負けず、ハゲらっきょ君には頑張って欲しいが、もちろんアルビレックス戦は頑張らないで欲しいものである。
今日は終日「空飛ぶ広報室」を観て過ごす。面白いなあ。
2020.09.11
ディサロ 燦 シルヴァーノをご存じだろうか。次の日曜、アルビレックスと対戦するギラヴァンツ北九州のフォワードである。今売り出し中の選手だ。
もちろん一度では読めない。特に中の漢字は「あきら」と読むそうで、見たことも書いたこともない。
「あきら」というぐらいだから、たぶんこれが名前なんだろう。ということは、ディサロとシルヴァーノのどちらかが名字だと思うのだが、本当のところはよく知らない。
そして、こんなにスペシャルな名前だというのに、本人は東京生まれの東京育ち、法政大学卒業というから、ますますよくわからない。
まあ、名前がどうであろうと選手として素晴らしければいいのであって、ディサロはなかなかにいい選手である。できれば次のアルビレックス戦はお休みして欲しいくらいだ。
名前ということでは、ディサロの所属するギラヴァンツ北九州も独特のチーム名で、Jリーグ好きの間ではチラパンツ北九州と呼ばれたりしている。
こんな具合にJリーグにはいつの間にかこの手の名前の選手が増えている。昔はセルジオ越後ぐらいだったのに、今や
モヨ・マルコム強志
バングーナガンデ 佳史扶
藤田 譲瑠 チマ
櫻川 ソロモン
ファンティーニ燦
三國ケネディエブス
田場ディエゴ
熊谷アンドリュー
相澤ピーターコアミ
星キョーワン
鈴木ザイオン
長谷川アーリアジャスール
と山のようにいる。
ちなみに田中パウロ淳一という選手もいるが、これは高校時代に先輩につけられた「パウロ」というあだ名をそのまま登録名にしちゃったというので、上記とは別枠だ。
この手の名前がこんなも増えたということは、それだけハーフの選手が当たり前になったということで、なかなかに時代の流れを感じる。
さて、サッカーといえば、先日オレはアルビレックスの用具係が千葉からそのまま北九州に行くのだろうと書いたが、事実誤認であった。
なんと21時にゲームが終わったら、直後、用具を片付けてトラックに積んで23時に千葉の蘇我を出発し、関越道を夜通し走って、明け方に新潟に帰ってきたというのである。なんてハードなんだろう。
そして1日休んで、再び道具をトラックに積んで、今度は北九州まで走るわけだ。
まあ、仕事っていってしまえば終わりだけれど、でも、単純にすごいなあと感心してしまう。
そんなふうに人が寝ているときに汗をかいてチームを支えてくれている人のためにも、アルビレックスよ、チラパンツ戦は絶対に勝つのだ!
2020.09.10
コロナで亡くなった人は1400人で、去年の交通事故の死亡者が3200人だから、まあ、そんなもんということだろう。交通事故に注意するぐらいの感覚でコロナに気をつけておけばいんじゃね?
交通事故が危ないから車の運転は禁止しましょうなんていうのはバカバカしいということだ。
今日は仕事で六本木。街はまだ人がいない。もういい加減、もとの世界に戻そう。
手洗いに気をつけていれば十分。マスクだって、もういらないと思う。
ちなみにマスクを着けて歩くものだから、防犯カメラの精度が落ちちゃって大変らしい。治安が悪くなるぞ〜。
10代で死んだ人はゼロ。20代でも相撲取りが1人死んだだけ。
もう大学もいい加減再開して欲しい。息子が毎日することなくてぼけっとしているのがかわいそうすぎる。大学1年生の夏休みなんて、人生最高ぐらいに面白い季節なんだがな。
その息子の、前期の成績が発表された。どれどれ見せてみろとのぞき込んで、あまりにいい成績なので腰を抜かす。腰を抜かしたまま、ヨメのもとに這っていき、かか、母さんや、見てみなせえと、息子の成績表を見せる。ヨメも絶句して腰を抜かす。
そして青学夫婦の子どもが、こんないい成績のはずがない、これはやはりそろそろ本当のことを伝えなければ、ということで、おまえは実は橋の下から、と息子に教えたのだが、ふん、と相手にされない。仕方ない、こうなったら本当に本当のことをいうが、実はおまえはラピュタ人で、本当のお父さんはムスカなのだ、と続けたのに、やっぱり相手にされなかった。
と、軽く息子自慢でありました。
2020.09.09
本日のアルビレックス、見事な勝利である。先制して追加点を入れ、ダメ押しの3点目を入れるという理想的な展開だ。
最後に1点を奪われてクリーンシートにできなかったのは大いに問題ではあるが、それは気を抜くなという警告と受け止めよう。
ただ、相手がひどかった。千葉である。JEF。
有名監督を連れてきて、実績豊富なベテランを集めて、それでも勝てない。いや、とにかく試合内容がひどい。プレスできない、ボールを持てない、走れない、やる気がない。
センターサークル付近ではまったく寄せてこなくて、こりゃあプレス禁止の命令でも出ているのかなと思ったほどだ。基本は安田の展開力のみ。まあ、ひどいチームになってしまったもんだ。
試合終了後、心折られてがっくりと肩を落とし、立ち上がれないサポーターの姿があちこちに。同情するわ、こりゃ。
もっともアルビレックスも、快勝するとすぐに慢心して次はダメダメのゲームをしてしまうから、ここで気を引き締めないと。なにしろ次は北九州だ。首位のチーム、しかもアウエーだ。
水曜日に千葉とやって中3日で北九州。千葉から新潟に帰って、すぐに今度は九州だ。ハードだよな。
選手は新幹線、飛行機が使えるが、大変なのは用具係。エキップメント。ユニフォームやボールなどを積んだトラックで新潟から千葉まで往復し、3日後には新潟から北九州まで運転しなくては鳴らない。それとも今回は千葉から北九州まで直行なのかしら。
ユニフォームやスパイクなどの用具はちゃんとそろっていて当たり前。そんな当たり前のことを当たり前にするというのはとても大変な仕事だ。用具係には頭が下がるわ。
「騙し絵の牙」塩田武士・角川Kindle。大泉洋を主役に当て書きしたミステリーということで、そこそこ評判が書く、手に取ってみた。舞台は出版界。もはやどうしようもなく凋落が続く業界にあって、自分の雑誌を何とか生きながらえさせようとする中年編集長が主人公だ。出版界の現実がえげつないほどリアルに描き出されていて実に興味深く、その中で腕を振るう辣腕編集長のものすげえ仕事ぶりに感心させられる。すげえ、編集長っててのはここまでやるのか! だが、最後、エピローグでなぜ雑誌が廃刊にならないように必死に頑張ったか、その本当の理由が明かされる。この一連のくだりが実に余分。いらない。出版界の絶望的な現状を描くだけで十分だった気がする。
2020.09.08
NHKの歌番組「うたコン」を観る。
テレビの歌番組が貴重な時代にあって、娘は毎週欠かさず観ている。JKは音楽好きなのだ。この番組のアナウンサーの名前が、娘と同じ読みだというのも、好感度高い。
今日は、これにサンプラザ中野が出てきて「大きなタマネギの下で」を歌った。サンプラザ中野も爆風スランプもまったく関心ないし、ランナーとかも全然気に入らないのだが「大きなタマネギの下で」はいい歌だ。
なんというか、「九段下の〜」という歌詞とメロディーが実に美しくて、絵画的。オリジナルはストリングス主体のアレンジもなかなか素晴らしい。
地下鉄の九段下駅を降りると、発車ベルがこの「九段下の〜」というメロディーであることに気づいて、ちょっと驚く。へえ〜、誰でもこのメロディーを聴くと九段下と思いつくんだね。
歌詞は、LINEすりゃいいじゃん、と言われて終わり。ペンフレンドとかも意味不明だし、待ち合わせではだいたいの場所だけ決めてあとは現地で携帯で連絡を取り合って会う、という現代では、このシチュエーションそのものが意味不明だ。
いや、そもそもライブのチケットを一方的に送っておいて、相手が来ねーと言ってる段階でアウト。事案だろう。
などと言いながらを曲を聴く。ヴィーガンになったサンプラザ中野は、出だしの音がひどくて、こりゃあ声もダメにしてしまったかと思ったけれど、徐々に調子が出てきたようで、要するに緊張していたということだろう。
個人的には、布施明か井上陽水のカバーを聴いてみたい。
Twitterを見たら「チケットを送っただけじゃダメ。交通費も一緒に送らないと」という投稿があって、なーるほど、田舎に住んでたらそうだよね。オレは膝を打って感心したのだった。
ところでこの「うたコン」であるが、今時珍しい歌番組であることに加え、なんと基本的にカラオケじゃなくてすべて生演奏なんだよ。これは、ちょっとびっくりする。
そしてこの演奏を務めているバンドが実に上手で、中でもベースはびっくりするほど達者なのだ。画面を見ないで音だけ聞き流しているとベースの際立ちぶりがよくわかる。それはなんというか、いつも聴き惚れてしまうくらい上手なベースなのだ。
テクニックがしっかりしているのはもちろんのこと、音作りも上手くて、ボーカルを実に上手に引き立てる弾き方をする。
このベースを聴くだけでも、この番組を観る価値はあると思ってしまう。
2020.09.07
雨の予報だったので、朝、娘を高校まで車で送っていく。
その後は自室で原稿仕事だ。
今日は在宅の息子は、歩いて隣町のブックオフまで行き、伊坂幸太郎の本を大量に買い込んできた。最近は伊坂幸太郎にはまっているようで、毎晩、1時頃まで本を読んでいる。
夕方、高校まで娘を迎えに行く。
ついでに待ち合わせのスーパーで晩飯のおかずを買って帰る。
そのおかずをつまみに、ビールとストロングゼロを1本飲んで寝る。天気を別にすれば、穏やかな1日だった。
2020.09.06
オレは作家ではなくて請負ライターである。書くのは署名原稿ではない。他人や企業の名前で出る文章を書いてカネをもらっている。
だいぶ前のことだが、林真理子にそっくりの女社長から「林真理子さんみたいに作家を目指しているんですか」と聞かれたことがある。林真理子はコピーライターとして働いた後、作家に転身した人だ。
オレは「いいえ」とだけ答えた。女社長は不思議そうな顔をしていた。
オレは作家になりたいなんて一度も思ったことはないし、小説は書くものではなくて読むものだし、コピーライターは作家になるまでの糊口しのぎという決めつけは作家の方が格上という意識の裏返しだろうと思っていい気はしなかった。
作家ではなくて、請負売文業をしているのだから、オレの書いた原稿が誰のモノかといえば、これは間違いなくカネを払って買ってくれた企業のものである。どんなラーメン屋だって、客が食ったラーメンは客のものだと思っているのと同じだ。
これも昔の話だが、東京コピーライターズクラブという団体が「コピーは誰のものか」とか「コピーは僕だ」とかいう宣言をしたことがあって、バッカじゃねえのと思ったっけ。オレがまだ20代の頃の話。
書いたのはオレであっても、その文章はカネを出して買った客のものだ。結局何が言いたいかというと、その文章の中身とか表現とかは、最終的にオレには決められないということだ。
代表的なのが「お客様」である。これを「お客様」と表現する企業もあれば「お客さま」とする決まりの企業もある。もちろんどっちも正解。単に好みの問題だ。
オレは「お客さま」と書く派だが、企業によっては「お客様」とするという決まりのところもある。当然、オレも不本意ながら「お客様」と書くことになる。
今、不本意ながらとしたが、もちろん不本意などではない。客の好みなど、どっちでもいい。「塩ラーメンが食べたい」という客に「味噌にしろ」と決めつけるラーメン屋は、「客のことを何だと思っているんだ」という怒りを買って閑古鳥が鳴くことになるのだ。客が塩ラーメンが好きなら、黙って塩ラーメンを作るのがラーメン屋の商売というものだ。
もし、間違って「ざるそばを作れ」という客が来たら、そのときは「よそに行ってくんな」と叩き出せばいいのだある。
面倒なのは、「お客様」と「お客さま」、それぞれ企業によって異なることだ。常連の味の好みなら覚えておけるが、めったにこない客の好みなど、いちいち覚えていられない。
それに問題は「お客さま」だけでなく「作る」か「つくる」か、「全く」か「まったく」か、「様々」か「さまざま」か、「良く」か「よく」か、「関わらず」か「かかわらず」か、切りがないのでやめておくが、とにかく切りがないということなのだ。
読みやすい文章というのは、漢字の割合が3割とされている。オレは基本的に、ひらがなを使うことが多い。時々、文章を書き慣れていない新入社員などが「宜しく御願い致します」などと書いているが、「よろしくお願いします」のほうがよほど読みやすいのだ。
ネットには「漢字使用率チェッカー」という便利なサイトがあって、談笑の漢字使用率をたちどころに計算してもらえるから、興味半分で使ってみるといい。
ここに「吾輩は猫である」の第一章を入れてみたら、漢字使用率は28.18%と出た。適正である。
ではオレのこの日記はというと、22.92%の漢字使用率で、これもまずまず適正だ。
オレより夏目漱石の方が漢字は多く使っているようで、だからどうしたというか、そりゃそうだろうというか、そんな程度の感想しか浮かばないが。
なお、最近ではこの手の文書作成サポートサービスはかなり充実していて、例えばGoogleの自動テープ起こしなんて、なかなか感心するほどのレベルで自動的に音声をテキスト変換してくれる。もちろん無料だ。テープ起こし業者が廃業するのも当たり前である。
話は戻って「お客様」か「お客さま」か問題である。
どっちの表記にするかという社内ルールが決まっているのは、ほとんどが大手企業である。何となくとか、その場の空気でとか、要するに適当な企業が多い。
適当ならば適当なままにしておいてくれればいいのに、困ってしまうのは発注担当者がそのあたりに細かい場合である。
個人の好みで「お客様」を使うならその旨を最初から言ってくれればいいのに、というケースもあるし、もっと困るのが、なぜ「お客様」じゃなくて「お客さま」なのだ、とツッコミを入れてくるケースである。
はっきり言って鬱陶しい。基準がないならスルーすればいいのだ。こっちはプロなんだから、任せてくれればいいのだ。
だがオレは作家ではなく請負売文業者。客が「味噌味がお勧めかもしれないが、なぜ味噌なんだ」と聞くならそれに答えなくてはならない。
そこでそんな立場の弱いオレの味方になってくれるのが、共同通信の「記者ハンドブック」である。これは2000円ぐらいの辞書のようなもので、共同通信社の記事の表記のルールが詳しく書いてある。これによると「お客様」ではなくて「お客さま」と表記する、とはっきり書かれてある。
これが効く。
企業の担当者というのは、監督省庁のルールに従うと安心なように、こういう明文化されたものがあると安心する。特に共同通信というのは何らかの権威的な印象を与えるようで「共同通信社のルールでは、お客様ではなくて、お客さまと表記することになっています」と説明すれば「おお、なるほど!」と一発で通る。水戸黄門の印籠かよ。
だからこの2000円ぐらいの辞書は請負売文業には必携である。
もちろんデジタルの時代だからちゃんとデジタル版も売れられていて、オレもしっかりとATOKと連動するようにしている。ところがこっちの方は使い勝手がいまいち。結局は辞書を片手にページをめくって該当項目を探し出す、ということをやっている。
最近では、そうやって探し当てた項目には、赤線を引くようになった。おお、この感覚、実に懐かしいではないか! 受験勉強、いや、中学で英語を習い始めた頃を思い出すのだ。面倒だけと、ページをめくって赤線を引くのがけっこう楽しい。
そして発見したのだが、こうやって手を動かしてページをめくり、赤線を引くと、案外しっかり頭に入るんだね、ということだ。なるほど、こういうのはやっぱりアナログに限るのだなあ、と改めて発見した次第、というのが本日の言いたかったことである。
2020.09.05
まったくアルビレックスというチームは、一ついい試合をすると「オレたちすげえよな!」と慢心して、必ず次のゲームでは最低の戦いしかできなくなる。どんだけ学習能力がないんだ。
今日もそうだ。ジュビロ相手に、あまりのひどい内容に、オレは呆れてしまった。
はあ〜。これで首の皮一枚も切れてしまって、今年のJ昇格は無理だろう。あとは例年のように、適当に勝った、負けたを繰り返して、時間を過ごすだけだ。
はあ〜。前節が素晴らしい試合で、これはひょっとするとターニングポイントのゲームになるぞと思っただけに、今日の腐ったゲームは厳しいわ。
2020.09.04
昨日に続いて6時に家を出て羽が空港に向かったのだけれど、この時間帯にもかかわらず、山手線にゆったりと座れた。いやあ、楽ちんだ。品川からの京浜急行にもゆったりと座れた。
今日の行き先は北九州。福岡空港に行って、在来線に乗るのである。
航空会社はスカイマークだ。初めて乗る飛行機である。カウンターとか搭乗口とか、いろいろと遠い場所にあって、底辺の飛行機にしか乗れない底辺の人たちは自分の足でとっとと歩け、これ、ラウンジをのぞくんじゃないぞ、と言われているようだった。
博多駅で博多ラーメンを食う。オレんちから徒歩1分のラーメン屋の方がうまいぞ。
約40分の取材を終えて、再び電車を乗り継ぎ、底辺航空のスカイマークで帰る。取材時間より空港での待ち時間の方が長い。リモートばやりの昨今に、こういうのも珍しいなあと、素直に感心する。
羽田空港に帰ってきて、リムジンバスに乗る。石神井公園まで行くバスがあるのだ。品川とか池袋とかの乗り換えにうんざりするので、バスがあるのは楽ちんである。
渋滞もなく、すいすいと帰る。問題はオレんちのすぐ近くを通るのにスルーして駅前まで行ってしまうことだ。ここで降ろしてくれえと言いたくなる。リムジンバスあるあるですな。
やっとたどりついて、速攻で風呂に入って、メシを食いながらMIU404最終回を追っかけ再生で観る。
なんだこれ。夢落ちかよ。最低だな。
あまりの展開にあきれ果て、激怒しつつ、オレはストロング杯を飲んで寝る。
「ストロング系はやめたほうがいいですよ〜」とイイムラ君は言うのだが、ばかたれ、コスパ最高なんだぞこれ。180円のロング缶一本ですっかりできあがってしまうからな。
2020.09.03
6時に家を出て大手町を経由して東陽町に向かったのだけれど、この時間なのに電車は空いてたね。さすがに座れることはなかったが、昔であればゆっくり新聞を広げられるほど。昔と違って新聞を広げる人なんていないが。
コロナがまだ尾を引いているのか、リモートが定着したのか。
両方だろうけど、電車が空いていると楽ちんなのだ。
2020.09.02
ジョホールバルの前は、すげえひりひりしたものだった。絶対に勝たなければならないというゲームの前の緊張感は、いつまでたって記憶に残る。
そこまでは行かなかったが、今夜のアルビレックスのゲーム前は、似たような緊張感を味わった。もし負けたら今シーズンは終わりもし勝ったらJ1昇格だ。そんな決定的なゲームだったのだ。
結果はというと、引き分け。クビの皮一枚つながった。
前半は、びくびくして腰が引けてて、相手の圧力になすすべがなかった。だが後半、息を吹き返したチームは怒濤の攻めだ。立役者はチョン・テセである。
かつてワールドカップ本戦でコートジボワールと日本代表が戦った際、あのドログバ一人にこてんぱんにやられてしまった。今日はチョン・テセがアルビレックスのドログバとなって後半のピッチにそびえ立ったのである。
テセ、強い。そして自分が走り回ると同時に、周囲にがんがん指示をとばす。
それが一番効いたのが左サイドの荻原だろう。上げろ上げろ、がんがん上げろ、というテセの指示で、後半の後半は鬼の形相でクロスマシーンと化したのだ。まさに配球鬼。
浦和からのレンタルである荻原は「がんがん行くけど70分しか持たないよ」との浦和サポの取説付きだった。確かにそうだった。70深すぎると必ず足がつって交代していたのだ。
それがテセに「上げろ上げろ、がんがん上げろ」とあおられて、人が変わる。あれこそ、がむしゃらというのだろう。90分間走り回っただけでなく、クロスを上げまくったのである。
それはまるで兄貴と弟分。ほとんど昭和の暴走族だ。
そんなふうにチームの空気をがらっと変えてしまったテセであったが、一番驚いたのは相手の長崎だったに違いない。なにしろチョン・テセだ。37歳だ。ロートルじゃん、と小馬鹿にしていたはずなのだ。それがドログバなのだから、相当に混乱し、おそれおののいただろう。
そのテセが1点を決めて1-2となって、テセ、ファビオ、新太が怒濤の攻めを見せたときの長崎の恐怖は、十分に想像できる。さぞ恐ろしかっただろう。2-0は危険なスコア。
結局92分に本間至恩が同点ゴールを決めて、引き分けに持ち込んだのだが、そこに至る80分以降の攻めは、実に感動的。こんなん、涙がでるわ。
こうしてクビの皮一枚つないで、まだまだ戦いは続く。今日のロスタイムの1点は、ここからが勝負だこのやろう、という号砲に違いない。
2020.09.01
本日は朝からずっとリモートでインタビューだ。
そして終わったらそれを速攻で原稿に仕上げるのだ。3時間取材して8000字の原稿。
その後、取材ナシの原稿。
というわけで1日ぐったりなのだが、こんなご時世でもぐったりするほど仕事があることに感謝なのだ。魂の原稿、お届けしますのだ。
2020.08.31
そして、夏の終わりともに、としまえんも終わったわけだが、巷間いわれているように、地元の練馬区民にとってとしまえんは、やはりスペシャルな存在であった。
いや、エンターテイメント度とか、ホスピタリティ度とか、あらゆる面でディズニーランドにはかなわない。
というか、ディズニーランドはすべてのエンターテイメント施設を凌駕している。だが、としまえんにはとしまえんならではの良さがある。一言で言えば、緩さだな。
とはいえ、オレ自身はとしまえんにほとんど思い入れはない。子供たちが小さい頃はしょっちゅう行っていたが、中学生にも鳴ると子どもは親となんか遊園地には行かなくなって、オレも当然行かなくなった。
ディズニーランドだって、大人の男は行かないわけで、オレも人生の中でとしまえんに行った期間は子供たちが幼少期の、ほんの一時期だったわけだ。
としまえんがなくなるという噂は、それこそ子どもが幼少期の頃から盛んに言われていて、サッカー場になってヴェルディがやってくると聞いたときは、アルビレックスとどっちを応援しようかと、息子と真剣に相談したものだった。
ハリポタなんかじゃなくてスタジアムがよかったのに。残念。
2020.08.30
日曜日だというのに、息子は朝から大学のリモート講義である。加えてクラスの打ち合わせもあるという。
では、昼ご飯は久しぶりにビザでも食べようかねえ。
そう考えた後にふと思い立ったオレは、近所のグラッチェガーデンにネットでテイクアウトの注文をした。すかいらーくグループのテイクアウト会員登録をしていて、いつもはバーミヤンで餃子などをテイクアウトしているのだが、同じすかいらーくグループのグラッチェが近所にあったのを思い出したのだ。
1人前のサイズのピザが500円。4枚買って2000円。安い。そば屋で食べたりカレーショップに行くより安い。牛丼並だ。
この安いピザを食って、午後はサッカーを見たり、映画の頭だけを見たり。そうである。最近はアンナチュラルやMIU404にはまってしまって、ろくに映画を観ていない。
Amazonで面白い映画でもないだろうか。それでザッピングのように映画の予告編なんかをいくつも見てまわったのだが、ピンとこなくて、結局、「さびんぼう」が無料になったからというので、前半30分ほどを見た。
こうして8月最後の日曜は、実に無益に過ぎていったのである。
まあ、今年の夏そのものが無益なんだから、休みもこんなものだろう。出かける当てもない。
先日は小林よしのり「ゴーマニズム」の「コロナ論」というスペシャル版を読んだのだが、なかなかにまっとうなことが書いてあった。これはなるべく多くの人が読んだ方がいいだろう。
実際、最近ではコロナを過度に恐れるのはやめようという感覚が急速に広がっている。
先日もある会社で、御社ではコロナが出ていないんですか、と聞いたら「それが出ていないんです」「出てないわけがないんですけどね〜」「たぶんもう私たちみんな感染して治っちゃったんですよ」という話になった。今やもうそんな感覚である。
知り合いのおっさんが実は3月に感染して入院していたということを先日知った。ひゃー、馬鹿だねえ。で、生きてるの? わははは。そんな程度の話題で終わった。
交通事故が怖いから、すべての車をストップさせよう。交通事故に遭う可能性があるから家にこもっていよう。
コロナ自粛って、そういう不合理なものだったわけだ。
交通事故は怖いから、事故に遭わないように交通ルールを守り、十分に気をつけて、仕事をしましょう。遊びましょう。高齢者は交通弱者だから特に注意してね。
そんな当たり前の感覚でコロナも受け入れて気をつけて過ごせばいい。だってインフルエンザもそうやって受け入れているのだから。
オレは既にそんなふうに舵を切ったし、そうであるべきだということが「コロナ論」では分かりやすく書いてある。小林よしのりは好きじゃないが、書いてあることは至極まっとうなことだと思う。
夜、イッテQ!を家族で観る。実家の弟が「今日は新潟県だよ」と教えてくれたように、イモトアヤコが新潟県でロケだ。こういうロケ番組も大変だよなあ。
9時からは半沢直樹。娘が毎週楽しみにしている。こんなのは本当じゃないからな、とちゃんと言い聞かせておく。
これはドラマではなくてもはやコメディだよな。そう思ってみれば実に面白く、毎回毎回、大笑いの台詞が飛び出してネットも盛り上がる。それでもいつも酔っ払っていて、30分ほど観たら眠くなってしまって、切り上げるのだった。
としまえんが明日閉園して夏が終わり、そして9月がやってくる。
秋は大好きだ。いい季節になって欲しいね。
2020.08.29
90分走って1-0かよ〜。
これは昔からサッカーを馬鹿にする際に使われる物言いである。ふむ、確かにその通りであるな。だが、1-0というのはウノゼロといって最も美しいゲームのことなのだよ。もっともオレは5-4のような打ち合いの馬鹿ゲームの方が好きだがな。わははは。
というわけで本日のアルビレックスは、福岡相手に1-0の勝利だ。
いやあ、しびれるねえ。1-0は。ここのところのアルビレックスはとても良くなってきていて、見て楽しい。
今日のメンバーにあのチョンテセが加わるのだから、さらに強くなりそうだ。ここから始まる5連戦は前半の山場。上位チームが相手である。ここで勝ちきると、昇格も見えてくるはずだ。
今日の結果で順位も4位となって、いよいよ本気を出す頃合いである。
よーし、アルビレックスの秋が始まるのだ。
2020.08.28
本日も朝から銀座。7時に集合なのだ。
早朝の銀座は、いつも書くけれど、とても気持ちがいい。椎名誠の「銀座のカラス」のままの空気感だ。夏は特にいいなあ。
その銀座の三丁目の交差点でカギを拾った。午後のむちゃくちゃ暑い時間だった。
しょぼいカギだったからいったんは通り過ぎたのだけれど、タグに名前のようなものが見えたのが気になって、引き返して拾い上げた。
確かにしょぼいカギだ。そして確かにタグに名前が書いてある。
いや、名前どころか携帯番号と、なんと「東久留米市タコタコ町タコタコ番地」と住所まで書いてあるではないか。驚いて銀座の真ん中で腰を抜かしそうになる。
電話してあげようかと思った。しかし、あまり余計な関わりを持つのも面倒だ。交番に届けることにする。このあたりだと、数寄屋橋の交番だな。銀座三丁目からは200mぐらいだ。
炎天下の銀座をへろへろ歩いて数寄屋橋交番。
何しに来た、このおっさん、という視線をぶつけてくる警官たちに、カギ拾ったよ、と手渡す。「謝礼を受け取る権利があるが」と言われて要らないと答えたら「書類にサインしろ」ときたので、名前を書いてやったら「なんと読むんだ」というから、あべしんぞーと読むんだ、と教えてやった。
まあ、こういうやりとりを通じて挙動不審者じゃないかを見ているのだろう。ご苦労なことである、警官たち。今夜は「MIU404」の第10回だが、君たちももちろん見るんだろうね。
その後、有楽町の三省堂書店に立ち寄って有楽町線で帰ったのだが、拾ったカギを届けるという善行で、また一つ徳を積んでしまったオレだった。
「カギに住所を書いちゃダメだよねえ」と教えてあげたのに、警察官は「そうだよねえ」と同意するでもなく「まあまあ」と軽くあしらってきたのは不満だったが、無事にカギが落とし主の元に戻ればそれでいいか。それにしてもしょぼいカギだったな。形状から、もしかして、アパートのカギだったのかもしれない。カギに住所を書いちゃダメだよね。
2020.08.27
先日、レジでコロナ対策のビニールを「じゃまだ!」と怒鳴りながら老害が外してしまった映像が全国ニュースで流れたが、あのスーパーが実は地元の小さなスーパーだったと判明してちょっとびっくり。
たちまちにして犯人のじじいはメンツが割れただろうな。店は警察に通報したというから、器物破損か何かで逮捕されてしまうかも。
あんな程度のことで警察の手をわずらわせるなという意見もあるにはあるが、どうせいろいろと迷惑をかけてきた老害に決まっているし、あんな程度のことで手を打っておかないと、もっと騒ぎになってしまうだろう。
それにたぶんあの老害は、他のスーパーでもいろいろと迷惑をかけまくっているに違いない。
まったくああいう老害にはなりたくないなあ。
千葉の方で、コンビニのレジの店員がじじいをぶん殴って投げ飛ばして蹴飛ばしたと逮捕されたが、絶対にじじいに原因があるに決まっている。
日本全国、老害には迷惑しているのだ。
2020.08.26
本日は仙台である。
仙台って、東北だけど、けっこう近いよ。大宮から一番速い新幹線で1時間。弁当食ってたらあっという間なのだ。
弁当といったら、ひどかったなあ。
大宮駅で駅弁を買おうとしたら、全然ないのよ。売店はあるんだけど、弁当がないの。置いていない。
1つめの売店には2、3個しかなくて、ちぇっ、しょうがねえないと何も買わずに売店を出て、他の売店を回ったけど、まったく在庫がなくて、キヨスクを見たらドイヒーな弁当しかなくて、結局慌てて最初の売店に行って残っていたとんかつ弁当を買った。
要するにアレだね、客がいないから置かない。置かないから買わない。ますます売れない、という状態だね。新幹線も3割の乗車率。これじゃあ弁当だって売れないよなあ。
PCR検査での陽性判定が出ても、感染者であるとは限らない。陽性判定が出ても98%が無症状。感染した人のうち症状が出るのはわずか2%、死亡する率に至っては陽性判定の0.0044%(70代)で20代に至っては0%。
こんなふうに日本人は自然免疫が強力であることがはっきりしてきたので、要するに本当にコロナは風邪。
インフルエンザに気をつけるように、コロナにも気をつけていればいいわけで、もういい加減ビクビクするのはやめて、世に出ようぜ、みんな。
そうでないと駅弁を作って生活している人が生活できなくなって首くくっちゃうし、オレたちも駅弁が食えなくなってしまう。
コロナよりも人の目の方が怖いことがはっきりしたので、オレはこれからもマスクは着けるし、手もちゃんと洗うし、家に帰ったら真っ先に風呂に入るけど、もうどこでも行っちゃうからね。飲みにも行っちゃうし、サッカーの応援にも行っちゃう。
それはともかく、仙台は相変わらず美しい杜の都であった。いい街だよなあ。
滞在はわずか3時間。牛タンを買って帰りの新幹線に飛び乗り、宮部みゆきの「三島屋変調百物語」を読む。行きも帰りも速攻なのだった。
2020.08.25
■本日のサプライズその1
なんと、宮部みゆきの「三島屋変調百物語」が突然電子化されて、Kindleで読めるようになった。
これまでかたくなに作品の電子化を拒んできた宮部みゆきに、いったい何があったというのか。姫、乱心か。
「電子版あとがき」というのを読むと「この物語は99のお話から構成される予定。長すぎるので前の方をいつでも読み返せるようにしてほしいという読者の声に応えた」とある。
今までは「町の本屋さんへの思い入れが強くて電子化には踏み切れなかった」と言っているが、Amazonで本を売っておいてよく言うよ。電子化に反対するということは、電子図書で読みたい人の権利を奪うことなんだよな。
などと心の中で宮部みゆきを罵倒しつつ勝利宣言して、さっそく「三島屋変調百物語」全5巻の合本を一気にダウンロードして読む。3500円。
このシリーズは宮部作品で特に好きというわけではないが、それでもやっぱり面白い。宮部みゆきの時代ものは面白い。これをきっかけに他の時代ものも電子化されることを願うのだった。
■本日のサプライズその2
前夜の遅い時間だった。突然ネットで、清水のチョンテセがアルビレックスに移籍する、という情報が流れた。一気にざわつくアルビサポたち。
どうもFM横浜の栗原というDJが夕方の番組の中で「友人のチョンテセさんが新潟に移籍することになりました」ともらしてしまったらしい。
それまでまったくそんな噂すらなかったから、まさしく雨後の竹の子ではなくて青天の霹靂でもなくて、寝耳に水に藪から棒。ちなみに寝耳に水とは、寝ていたら耳に水が入ってきてびっくりして飛び起きたという意味ではないらしいので要注意。
ボロボロのチーム状態とはいえ、チョンテセと言えばJ1チームの9番である。そして北朝鮮代表ながらワールドカップに出場した代表選手である。そんな選手がJ2で5位とか6位あたりをうろうろしているチームに来てくれるなんてあり得ない。ざわついたのも当然だ。
そして今日の朝一番、静岡新聞が「チョンテセに新潟からオファー」と報じる。決まりか。
ところがほぼ同時にアルビレックスの社長がTwitterでぶち切れる。「激怒のあまり寝られなかった」と。
これを読み解くと、要するに水面下で交渉が進んでいて、合意直前に至っていたものの契約はまだという段階なのに、FMのバカが口を滑らしたということだ。そしてそこには契約を有利に運ぼうとするチョンテセ側の意図的なリークという背景があったのではないか。それで社長がぶち切れたのではないか。
結局これは後で判明するのだが、新潟の地元のメディアはチョンテセ移籍の情報はつかんでいたが、あえて報道を控えていた。スポンサー関係も知っていたが内緒にしていた。それなのにFMのバカが漏らしてしまって、あろうことか地元新聞の静岡新聞に先にスクープされてしまった。これではアルビレックスの面目丸つぶれ。
しかも地元メディアの新潟日報はアルビレックスのスポンサーでもある。その顔を潰してしまったというので、社長はぶち切れたのである。
こういう場合、サッカーでは破談になることが多い。契約を潰そうと他のチームが好条件をふっかけてきてちゃぶ台返ししようとするからだ。
案の定、静岡新聞の当該記事がネットで読めなくなる。削除された。FMのバカの発言も、ネットでその部分だけ削除された。社長のTwitterも自ら取り下げられた。
どうやらこれは情報漏れによる破談ではないか。ネットはますます盛り上がり、オレたちは固唾をのんで見守る。
そして15時、アルビレックスの公式サイトにチョンテセ移籍が正式に発表されたのである。やれやれ、本当に来ることになったか。まずはよかった、とオレは仕事中の淡路町の客先でホッと胸をなで下ろす。
チョンテセは、韓国人の両親のもと、日本で生まれ育った在日である。日本語訛りの朝鮮語を話すそうだ。川アフロンターレで頭角を現し、そして北朝鮮代表としてワールドカップに出場する。
韓国も選べたのに北朝鮮だったところに大きな何かを感じるわけだが、本人は基本的にまっすぐすぎるぐらいに純情なやつで、要するに自分のルーツを大切にしたかったらしい。北朝鮮代表としてピッチに立ち、国歌が流れたときに号泣したシーンは、大いに話題になった。
2011年の埼玉スタジオ、ワールドカップ予選で日本代表が北朝鮮代表と戦ったときにチョンテセは先発していて、オレは息子と一緒にこのゲームを現地で見ている。
北朝鮮のエースだったチョンテセは迫力十分で、実に脅威だった。チョンテセは途中で交代。0-0のゲームはロスタイムに吉田麻也の劇的なヘッドで日本が勝った。
そのゴール直後、場内のビジョンにはベンチで腕組みして悔しそうな顔をしているチョンテセが大映しになり、客が一斉にブーイングを浴びせたことを覚えている。なんというか、タイガー・ジェット・シンみたいな立ち位置だったな。
ともかく15時にアルビレックスへの移籍が正式に決まったことでチョンテセ騒動は一件落着だ。
と思ったら、それで終わらなかった。アルビレックスの社長がTwitterで「今日のFM横浜の栗原の番組に乗り込んで直談判して謝らせる」と広言してしまったのである。
おお、カチコミかよ。これで一気にネットは盛り上がり、アルビレックスのサポは「またうちのバカ社長が」と頭を抱えたのに対し、他のサポーターは「すげえ行動力のすげえ社長」と大喝采だ。
そして19時から始まったFM横浜の番組を、オレと息子は固唾をのんで聴いた。まずは電話出演だったことにずっこけた。なんだよ、カチコミじゃなかったのかよ。
だが、それからが凄かった。社長は持ち前のコミュ力と攻撃力を発揮して、詰める詰める、激詰めだ。
「契約前にばらされた」「地元メディアに顔向けできなかった」と栗原を脅す。栗原は平身低頭。「これを機にアルビレックスの応援コーナーを作ってくださいね」と社長は好き放題。ついには「栗原さん、お米好きですか? コシヒカリのアルビ米っていうのをネットで売ってるので買ってくださいね」と押し売りして、「わ、わかりました」と言わせてしまう。
んもう、大好き。
ものすげえ詰めで、上からかさにかかって攻めっぱなしで、これぞまさに百姓一揆。オレと息子は手を叩いて大笑いだ。
いやあ、面白かった。サポーターは「うちのバカ社長が」と頭を抱えつつ「よくやった」と拍手喝采なのだった。
この一連の動きはチョンテセ事件としてアルビの歴史に残るだろうな。それにしても素晴らしい補強で、これでファビオ、新太、チョンテセと並ぶ前線は破壊力抜群。二列目では至恩、シルビーニョ、中島が暴れまくり、荻原と新井がどかどかとクロスを放り込む。あかん、優勝してしまう。これでJ1や。
プッチ監督のことだから、早速今週のゲームからチョンテセを使うのではないか。上位チームとの連戦が続く9月は、反撃の9月なのだった。
■本日のサプライズその3
いや、別にサプライズではなくて当初から予定されていたのだが、今日はトイレのリフォーム。便器とウォシュレット、床クロスを交換したのだ。11万円。
とは言ってもトイレはトイレ。何も変わったことはなくて、きれいになって良かったね〜で終わりである。
タイヤの交換に始まり、老朽化に伴っていろいろと家の中で様々なものを交換した夏も、このトイレのリフォームで終わりである。やれやれ。
2020.08.24
子供の頃のオレと弟にとって、正月とお盆は特別だった。正月はお年玉がもらえ、お盆は墓参りにやってきた親戚連中からお小遣いをもらえたからだ。
そのお小遣いを使うのが、地元の祭りだった。今日はその祭りの日である。
弟に様子を聞いたら、やはり今年はコロナで諸々の催しが中止らしい。子どもの山車とか、残念なことだ。
よくしたもので、この祭りの日を境に季節ははっきりと夏に移るのである。10年ほど前、子供たちを連れての帰省の際にこの祭りに足を運んだとき、目の前一面に青々とした田んぼが広がる光景に感動。緑の大地って、アイルランドとかじゃなくて、ここにあるじゃんと思ったものだった。そしてその瞬間の風に、夏が終わって秋に切り替わったと感じたのだ。
祭りの諸々が中止になっても、あの緑の大地と秋を告げる風は変わっていないだろう。両親の墓参りもかなわなかったこの夏を振り返り、オレは遠く実家の方の空を見る。
2020.08.23
と、ここまでポストコロナの時代についていろいろと考察を重ねてきたわけだが、オレたちは一つ、大事なことを忘れている。それに触れないわけにはいかないだろう。何かというと、マスク補正問題である。
電車で、街で、オフィスで、マスク美人が大量に発生しています。諸兄よ、マスクってのは、どうしてあんなも美女を大量発生させるのでしょうね。
だからオレたちは妄想する。マスクを外したら、さらにどれだけ美人度が上がるのだろう、と。
これはまるで服を着ててもこんなに素晴らしいのに、服を脱いだらどれだけ凄いことになってしまうんだ、という妄想に似ている。
そしていうまでもないが、だいたいその妄想は好ましくない方に外れる。脱いで欲しくなかった、と。念のために強く申し添えるが、これ決してオレの体験談ではなくて、一般的な論として述べているのだから、諸兄よ、勘違いしないように。
電車でも街でもオフィスでもマスクが当たり前のニューオーダーとなった今、マスクを外して素顔を晒すということは、周囲に相当なハレーションを引き起こすだろう。
ということは、今後は、それ相応に親しい間柄でなければ、マスクを外した顔を見せてはもらえなくなるだろう。男女交際もマスクを外すことが第一歩である。マスクをしていたらチューもできない。
まあ、ガチな話、リモートワークはけっこうだが、一番困るのは男女の出会いがなくなることではないか。職場恋愛や取引先との恋愛などは、一気にハードルが高くなる。オレんちの一軒おいた隣の家は、会社の受付嬢をしていたママに営業マンだったパパがこっそり手紙を渡したことがきっかけで恋愛から結婚に至ったのだそうだ。その家の息子がそう教えてくれた。
受付もマスク姿で、ビニールの向こうから「手指の消毒をお願いします」なんて言うのが仕事になった今、見知らぬ他人からの手紙なんて、ウィルスが怖くてとても受け取れないだろう。すぐに警備が駆けつけて来る。
ますます男女の出会いは少なくなり、少子化に歯止めがかからなくなる。なんと恐ろしいウィルスだろう。
などということを考えながら、本日はアルビレックスである。
裏のゲームでは鹿島のウッチーが引退するというので大騒ぎ。ニュースでも取り上げているわけだが、別に引退試合ではないし、普通のリーグ戦なんだからちゃんと試合結果も報道しろよな。ウッチーも、なんでわざわざリーグ戦の最中に引退するかな。騒がしいだけだろう。
そんなウッチーはほっといて、大切なのはアルビレックスである。前半にきれいな崩しから高木がビューティフルゴールを決めて1-0で勝った。よかったなあ。
選手たちが勝って心底嬉しそうに笑っているのを見るのが、何よりも嬉しい。こいつらの笑顔のために応援しているのだという気になる。
前半は完璧な試合運び。目指すポゼショナルサッカーはこれだったのかと感心するほど、素晴らしいはまり方だった。あとはこれに磨きをかけていけば。
それにしても驚くのは移籍組である。セレッソから中島、レッズから荻原がやってきて、レンタルとはいえ、これが驚くほどの活躍ぶり。すぐにフィットし、主力級の活躍ぶりだ。レンタルだから返さなきゃならないんだけど、どうにかして残ってくれないかしら。
さらにあっと驚いたのが、湘南から福田が、これは完全移籍で加入したことだ。鳥栖でレギュラーとして活躍していた選手で、これが湘南に移籍したと思ったらわずか半年で新潟へ完全移籍である。J1の湘南からJ2の新潟へ完全移籍というのはとても信じられないことで、これはきっと、湘南で何かヤバいことが起きている、と噂になっている。
実際、新潟に移籍した福田だけでなく、他の選手も続いて移籍、大量脱走ではないかと言われているほどだ。原因として最もありそうなのが、キジェの復活。パワハラでクビになり、Jリーグから謹慎を言い渡された暴力オヤジが、1年間の謹慎期間が解けるのに合わせて復活するのではないか、というわけだ。
それに乗じてキジェ派が力を盛り返しており、こりゃたまらんとばかりに福田が逃げ出したという展開である。あり得るわな、これは。
そして、こうした選手の移籍に力を発揮しているのが、今シーズンから新潟のGMを務めている玉乃淳である。ヴェルディ出身でスペインなどでもプレーした経験のある玉乃は、社長の是永のコネなのだろう、しれっとGMに収まった。何の縁もない新潟に来て、いったいどういうことだ、といぶかしく思っていたのだが、どうやらその抜群のコミュ力を活かし、有望選手を口説いては新潟に連れてきているらしい。どうも今年の最大のヒットは、このタマジュンのGM就任だったのではないか。
1年に1人取れたらいいなというレベルの選手が立て続けに3人も新潟にやってきて、しかもそれがたちまちフィットして大活躍している。これは実に楽しい。よし、これからは全勝だ!
2020.08.22
デンマーク誤の「ヒュッゲ」とは“ゆるゆるした生活”とか“ゆっくりした時間”とか“居心地のよい空間”とか、そんなニュアンスの言葉だ。スローライフに近いのだろうか。
IT系ベンチャーのイケイケとは真逆のライフスタイルのイメージである。基本には呑気な生活のことだ。
一方のアメリカで最近注目されているのがFIREな生き方。Financial Independence, Retire Earlyの略で、30代〜40代でリタイヤしちゃうスタイルのことだ。決してお金持ちではない。最低限、食べていけるだけのお金を手にしたら、もう仕事は辞めちゃって、あとは呑気に生きていこうというムーブメントだ。
あくせく働くのはもういいや、ぼちぼちでいいや、というわけである。そしてソロキャンプなんかを楽しんでいる。
作業着のワークマンの専務が「頑張るという言葉は嫌い」「残業するぐらいなら、仕事はしなくていい」と発言して注目されている。家でくつろぎながら仕事して、できることだけやって無理しないというテレワークはワークマンにぴったり、なのだそうだ。
子供服の西松屋の経営者も似たようなことをいっている。「頑張らなくていい。頑張らなくても10年はやっていけるビジネスを作ったから」と。
こんな具合に、どうやらあちこちで同時多発的に新しい価値観が生まれているようだ。それは決してコロナの影響ばかりではない。何かに似ていると思ったら、「モーレツからビューティフルへ」という、高度経済成長期後の空気にそっくりだ。ケンメリ的な。
オレの息子は例のZ世代というやつだが、話を聞いたり行動を見たりすると、確かにいろいろと興味深い。まず、カネをほしがらない。カネをもらっても、買いたいものがないからである。ネットで常時誰かとつながっていて、気にしているのは自分の周囲のことではなくて、社会全体とか世界全体の未来のことだ。持続可能性とかSDGsとかは、この世代にとってはもはや当たり前のことだ。
老夫婦二人がわざわざクルマを運転して出かけていって、何千台も停まっている駐車場に苦労して空きを見つけて、エレベータに乗って大きなカートを押しながら、広い店内をうろうろ歩き回って、晩ご飯の買い物をするなんていうのは、実に非人間的というか不合理というか。もはやイオン的な、でかいショッピングセンターの時代は終わったのだろう。
ヨメの両親は二人暮らしだが、日常的な買い物はスーパーでさえなくて、すぐ近くのコンビニで済ませている。「近くて便利」というセブン―イレブンのコンセプトは、この超高齢社会において圧倒的に正義なのだ。
今まで3人で行っていた出張も1人で十分だと気がついた。都心のオフィスに行かなくても仕事はできると気がついた。新人教育? どうして会社が教育しなきゃいけないのさ。給料もらってるんだから自分で勉強してよ。
実にいろいろと興味深いことが進行中である。もはやオレたちは昔には戻れないね。ニューオーダーの中で生きていくしかないね。
大画面のテレビを見るために広いリビングなど必要ではなくて、小さなスマホの小さな画面を見るための畳一畳があれば、広い世界のことも手に取るように分かるのだ。21世紀のニューオーダーは、実に興味深い。
2020.08.21
玄関に洗面所が併設されるようになるだろう、という見方がある。なるほど、そりゃ便利だ。
ただ、洗面所ってその辺で買ってきて置いたらOKというシロモノではないし、手間と金と人手をかけてリフォームしなけりゃ玄関には置けないから、そしてそれには玄関を広くしなけりゃならないから、そう簡単にそんな時代は来ないように思う。
ただ、外から帰ったら最初に手を洗う、という習慣が定着したのは確かだ。今では街のあちこちに消毒液のボトルが置いてあって、誰もが習慣的にプシューっとしている。
マスクもそうだ。
実は、人としゃべるだけであんなにも飛沫が飛んでいたなんて、要するに人の唾をあんなに浴びていたなんて、テレビの実証実験なんかで散々見せられたから、オレたちはもはやコロナと関係なくてもマスクを手放せない。他人と近づいて会話できない。
その意識が刷り込まれ、定着したからな。これが新しい生活様式か。
半沢直樹を見ても、あんなに顔を近づけて、あんなに大声で怒鳴り合っていることに注意がいってしまう。人間はずいぶんと神経質になってしまったものだ。
2020.08.20
今日も仕事で銀座に行ったんだけど、名刺交換なんてもういらねえ、という話になって、確かになあと深く納得。
今週のオレは、初めましての人にたくさん会った。でも、ほとんどオンラインだったから、実は1枚も名刺を交換していない。それどころか、今月になって何枚名刺交換しただろうと数えてみたら、なんとたったの6枚! 人に会って話を聞くというのが商売なのに、たったの6枚しか名刺を交換していないのだ。
確かに名刺入れの中の名刺が減らないなあと思っていたのだ。コロナ以来。
興味深い光景もあって、今日、初対面同士の人の挨拶を見ていたら「名刺はいいですよね、メールもらっていましたし」ということで名刺交換はなし。先にメールでやりとりしていたから、今さら名刺はいらないだろう、というわけだ。
確かにそれはかなり合理的。このような状況では、名刺交換なんて儀礼以外のなにものでもない。
コロナ以来、オレたちはビジネスでも名刺交換なしでもコミュニケーションすることに慣れてきて、そうなると名刺なんて、ウイルスが着いているかもしれないし、交換の時は密だし、紙資源はもったいないし、整理保管に場所と手間がかかるし、というわけで一つもいいことがないと気づいたのだ。
台湾あたりの先進的なビジネス界では、名刺を差し出そうものなら、「あそこの会社ってイケてないわ〜」「いまどき紙の名刺だってさ、ぷぷっ」と笑われて、社長が恥をかくのだそうだ。
確かにオレも、名刺なんてもう、と思う。
過去平均、1年間に600枚の名刺を交換してきて、そのうち何枚の人に再会しているかというと、驚くほど少ない。数年ぶりに再会したとしても、どうも改めまして、といいながら同じ名刺を交換している。月に一度の名刺整理で、ごっそりとゴミ箱に捨てるのも当たり前だ。同じようにオレの名刺も捨てられているのだろう。(本来はスキャナ処分しなくてはならないのだが)
ではこれからどうなるかというと、スマホとスマホを向き合わせて、QRコードを読み取って「あ、私、こういう者でして」ということになるのだろう。QRコードを差し出しながら、「あ、どうぞそちらから」「いやいや、そちらから」「ではお先に失礼して…」などというやりとりが生まれるのだろう。
これも新しい生活様式。
名刺屋は遠からず潰れるのだろう。ネットには山ほど名刺屋があるが、これからじわじわと店を畳むのだろう。
独立して初めて名刺を作った時は誇らしかったし、組織というものがない分、とにかくどこでも名刺は手放せなかった。オレが何者であるかを示すには、まず名刺だったから。そういう意味では、名刺が消えていくのは寂しいことなのは確かだ。でも、それも20世紀の遺物。
コロナはいろんなものを変えていくんだなあ。
2020.08.19
相手チームの控えに谷内田の名前を見つけて、アルビレックスのサポーターたちはざわついた。
谷内田とは、帝京長岡高校出身の1年目。新人だ。
そして、帝京長岡高校卒業であるにも関わらず、地元のアルビレックスを断り、遠い京都パープルサンガに入団した男でもある。つまり地元で育ったのに地元を見限って出て行ったサッカー選手が、こともあろうにそのデビュー戦を地元で飾ろうというわけなのだ。これではざわつくのも当然だろう。
いや、伏線がある。
谷内田の先輩、つまり帝京長岡高校のOBには、小塚というプレーヤーがいた。こいつが幼い頃から天才だ、傑物だ、逸材だと騒がれ、鳴り物入りでアルビレックスに入団したのである。
ところがうまく育成できず、監督がポンコツだったこともあって実に下手くそな使われ方をし、何の真価も発揮できないまま、とうとう見限ってアルビレックスを出て行ったのである。
そんな先輩の姿を見ていたから、同じ高校の後輩である谷内田は「あんなふうにはなりたくない」と、アルビレックスを避けて京都に行ってしまったのだ。それがサポーターをざわつかせる。
まだある。
先輩の小塚がまだアルビレックスでプレーしていた頃、帝京長岡高校のサッカー部が先輩のプレーを見ようとアルビレックスのゲームに駆けつけた。この後輩連中は、先輩は応援するものの、アルビレックスに対しては斜に構えるというか、小馬鹿にするというか、とにかくブーイングやからかいの言葉を発し続けるという、ホームのスタンドにあるまじき行為を繰り広げたのである。これにサポーターは激怒。チームも激怒。以来、帝京長岡というだけで石を投げてもいいという風潮になってしまったのである。
そんなわけで谷内田は京都に行き、そしてまるで喧嘩を売るように地元でデビュー戦を飾ろうとしたのだ。息子は、そんな谷内田を見て「わ、フラグが立ってしまった」と天を仰いだのだった。
ここに加えて、札幌の鈴木武蔵のベルギー移籍が決まったという報道が、さらにアルビレックスサポーターをざわつかせる。
鈴木武蔵は言うまでもなくアルビレックス出身。在席していた頃は潜在能力の高さは伺えるものの、まるで下手くそで、まっすぐ走らせる以外に使い道のない選手だった。
それがアルビレックスを出て、長崎・札幌と過ごすうちに開花してベルギーである。大器晩成なのさ、と余裕を見せつつも、内心は、やっぱり新潟では育てられなかったのか、という悔しさで一杯なのである。
案の定、後半から出てきた谷内田は、点を取る気満々で引っかき回す。ああ、鬱陶しい。
もっともこんな新人を地元デビューさせようとぶつけてくるあたり、京都としてはこのゲームを捨て試合にしていたのだろう。何しろ中2日でのアウエーである。
終盤に投入されたウタカが、そりゃもう笑っちゃうほどやる気がなかった様子だったのを見ても、今日は負けてよし、という意識だったに違いない。
そんな負けてもいいんだよ状態の京都に対して、情けないことにアルビレックスは引き分けが精一杯。相変わらずの自陣でのパス回しに、相手のエリアに入る寸前でボールを刈られてカウンターを食らうという、ばかの一つ覚え的なゲームしかできないのがアルビレックスだ。
結局個人技頼みでしか点を取ることができず、実に頭の悪いサッカーを見せられた気分である。
結局、谷内田も点は取れず、威勢良く走り回っただけで地元デビューは終わった。
まあ、高校を卒業したら地元に残らずさっさと都会に出て行ってしまうというのは谷内田だけではなくて、オレも含めての新潟出身者の伝統芸。オレが谷内田のことを揶揄するのは、まさに自分を棚に上げて天に唾する状態だ。小塚のように男気を出して地元に残ったのに散々な目に遭うのを見ても、笑う資格なんかないわな。
そんなふうに地元から出ていった人間に対して、アルビレックスのサポーターの一部は強い声を投げつける。「捨てていった地元のチームなんかじゃなくて、今住んでいる場所のチームを応援しろ」と。
いやあ、そう言われるのも辛いんだけど、でも、そんな罵倒をしたくなる気持ちもわからなくないんだよね。
谷内田問題は、こんなふうに案外奥深いことを考えさせるのだった。
2020.08.18
今日も朝から一日中リモートインタビューだ。
出かけないで済むので、楽ちんである。それはいいのだが、インタビューの質ということを考えると、どうしてもリモートじゃ納得できないよ。
理由はいろいろあって、一つは先日も書いたけれど、なかなか相づちが打てないということだ。今日はもう一つ、理由に気がついた。画面である。画面。
今日はZoomを使ってのリモートインタビューだ。パソコンの画面には参加者数名の顔が映し出され、全員が同時にオレの方を向いている。オレは話を聞く相手と一対一で向き合いたいのに、他人がそこに入り込んでくる。視線を向けてくる。
これが気になるのだ。集中できない。時々、そこに「今年入社した新人でえす。勉強のために見学させてもらってまあす」という若い女の子がいると、余計に集中できない。でへへへ、いっそおじさんはリモート飲み会に切り替えちゃおうかなあ、という気になる。
インタビューのテクニックの一つに、わざとギャップをつくって相手を戸惑わせるというのがある。極端なのが、怒らせる、というやり方だ。人間、怒ると、つい本音が出ます。何も激怒させる必要はない。ちょっとムッとさせる程度の怒らせ方でいいのだ。これで本音が拾える。
もちろんこれは禁じ手に近い。捨て身のやり方だろう。
そこでもう一つの手が、バカの振りをする、という方法だ。すいません、こっちはバカなんで、あんたのいうことが理解できません、分かりやすく教えてくだせえ、旦那様、というと、人はうんざりしつつも上に立つのは気分がいいから、本質的なことを教えてくれる。しかもわかりやすく。
ただ、この手の場合、当たり前だが相手にバカと想われるので、あんまりよくない。やっぱり捨て身の戦法だ。
リモートインタビューだとそこにいる全員にバカと思われてしまって、「なんでこんなバカなライターを使っているんだ」と、大切な得意先を失ってしまう危険性さえある。
そこでお勧めのテクニックが、わけのわからない質問をするという手だ。
わけのわからない質問というのは、例えば「あなたは今ご飯を食べていますが、好きなスポーツは何ですか」というように右に行った思考がいきなり左に振られちゃうようなものだ。こういう質問をされると瞬間的に人は混乱し、うろたえていることを隠すために、つい本音をポロリと漏らす。「もし君が生まれ変わったとして売れない小説家になったとしたら、何人子どもが欲しいの?」と質問すると、質問自体がむちゃくちゃだから彼女は混乱して、「えっ、ひ、ひ、1人でいいわ」なんて本音が聞けたりする。
などというどうでもいいことを考えながら、リモートでインタビューを終える。移動はなくても、これはこれで疲れるもんだ。
そして、その間にメールで新しい仕事が入ってくる。最近では夜寝ている間に新しい仕事が入ってきて、朝一番にメールを見て、あわわわと慌てふためくことも珍しくない。
慌てふためくが、もちろんこれは大変にありがたいことだ。こちらは電車に乗るのは週に一度ぐらいなんていう呑気な生活を送っているのに、仕事を回してくれるのだから、感謝してもしきれない。
そんなオレを見て、ヨメが呆れたように言う。「こんなに威圧的なのに、よく仕事を回してもらえるわね」と。
パッ、バカをいうな。確かにオレは威圧的で家の中では暴君であるが、一歩外に出たら仮面をかぶって営業スマイルになるに決まっているだろう。実際、オレは「腰の低いタンゴさん」ということで通っているのだ。家の中では腹から先に歩いているが、一歩社会に出たら、手もみしつつ深く頭を垂れて歩いているのだ。
そうヨメに反論したのだが、これなんかズバリ気にしているところを突っ込まれて、うろたえている見本のようなものだろう。バカみたいだな。
2020.08.17
お盆休みが終わって、今日のオレは終日リモートでインタビューである。
8月は、こんな具合で電車に乗るのも週に一度だ。なかなかよろしい。こんな具合に仕事の半分くらいはリモートになっていくのだろうか。
よろしくないのは大学だ。秋の授業は、リアルにならないのか。すべてでなくてもいいので、半分ほどでもリアルの授業を始めるべきだ。
それでも息子はまだ恵まれていて、クラスの仲間と会ったり、バイトに出かけたりしている。かわいそうなのは地方の学生だ。せっかく学生になったというのに、新しい仲間を作るどころか、東京で生活することすらできず、地元でじっとパソコンと向き合うだけだ。こんな学生生活は、異常だ。
大学のせいではなくてコロナのせいではあるのだけれど、そして大学からクラスターが出たら叩かれるのは大学なんだけれど、どうにかならんのかな、と思う。
2020.08.16
お盆休み最終日だというのに、まあ、今年の夏はしょぅがないだろと諦めて家にいる。
午後はドラマ「アンナチュラル」の第一回を見直した。その流れで、「MIU404」の第一回も見直した。
夜は「半沢直樹」だ。蓮舫役が「これは経費で落ちません」のタイガーだったのがおかしかった。いや、このドラマはいくらなんでもあちこちおかしすぎだろう。いいのだ。それおかしいところを楽しむのがドラマなのだ。顔芸。
というわけで、お盆休み最終日はドラマ三昧のまったく無益な時間を過ごしたのだった。まあ、今年の夏は仕方ないだろう。
2020.08.15
先輩のことを「君づけ」で呼ぶのはサッカー選手である。
代表に香川あたりが出てきた頃からの流れらしい。そのきっかけはジャニーズという説があって、SMAPの香取慎吾あたりがキムタクを「木村君さあ」と呼ぶことで広がったと言われている。
あっそ。
オレは、中田英寿が出てきた1997年頃、その中田が「ピッチで先輩を先輩扱いするのはおかしい」と言いだしたのがきっかけのような気がする。ピッチの中に体育会的な上下関係を持ち込んでも一つもいいことはないと言って中田は、カズのことを「カズさん」ではなくて「カズ」と呼んで、パスを出していた。そしてぶち切れていた。そんな中田にぶち切れていたのは相馬だった。
まあ、仕事の場で体育会的な上下関係を持ち込むのはナンセンスなのは当たり前であって、そんなことをしたら今やブラックなパワハラ、モラハラ認定まっしぐら。実力だけが問われるのがサッカーなのだから、別になんと呼び合おうとどうでもいいわ。
そんなことより必要なのは結果だ。結果を出せっちゅーんだ、結果を。わかってるか、アルビレックス。
というわけで、オレ様は怒り心頭、頭から湯気を発してぶち切れている。なんだ今日のゲームは。ちんたらちんたら。
まともに走りもしなければやる気もない。あげくに終盤に一点取られて負けてやがる。
結果だ、結果。結果を出せっちゅーんだ。なのに岡山くんだりまでのこのこと出かけていってあっさり負けて帰ってくるんかーい。
あまりに気分が悪かったのでオレはストロングゼロをぐいっと飲んで、布団をかぶって娘と一緒に寝てしまった。その娘はというと、オレのことは「とー」、ヨメのことは「かー」、息子のことは「にー」である。一文字で家族を呼びつけやがる。
朝起きて「とー」と言ったら車で学校まで送っていけということだ。素晴らしいコミュニケーション力である。いや、せめて「くんづけ」でもしてもらえないだろうか。「とーくん」。バカみたいだな。
2020.08.14
前にも書いたけれど、「あの鐘を鳴らすのはあなた」をバックに使ったリクルートのCMがあった。若者たちが強い意思のこもった視線を向けてくる。そこに「たくさんのいい就職がこの国を変えていく」というコピーが流れる。「君がつくるジャパン」というCMだ。
調べたら1991年のCMで、そうか、あれはバブルの真っ盛りに流れたCMだったのか。日本の土地を売ればアメリカが2つ買えるなんて言われていた時代で、ジャパンのオレたちは天下を取った気分で鼻高々だった。
あのCMの若者たちはオレの10こぐらい下だから、今50代前半。経営者として会社を動かしているか、あるいは使えないバブル世代の人間として早々にリストラされてしまったか。
彼らはちゃんと鐘を鳴らすことができたのかなあ。
「あなたの家の収入は、日本で何番目?」という、ちょっとえげつないサイトを見つけた。空欄に年収を入れると、自分は日本で何番目なのかを即座に計算してくれるサイトである。
例えば600万円と入れて「計算する」ボタンを押すと、あなたの収入は上から34.35%、日本で18,359,841番目です、と教えてくれるのだ。解説を読むとけっこういい加減に作ってあるサイトのようなので信用できるかどうかわからないのだが、こっそりと自分の年収を入れてみた。
そうしたら自分でも予想もしなかったほど上の方に来て、ちょっとびっくりした。いや、待てよ。重税にあえぎ、住宅ローンと教育費に青息吐息、海外旅行どころか手頃な温泉旅行もままならない4人家族世帯である。まるで生活に余裕なんてない。あえて言えば、雨露をしのぎ、飢えずに済み、Wi-Fiぐらいは使えるという、そんな程度の暮らしだ。それなのにこの順位なのか?
ちなみに世帯所得の平均は551.6万円で、それ以下の世帯が62.4%を占めているそうだ。これは平成30年の数字で、実は平成6年の平均所得は664万円なのだ。つまり「君がつくるジャパン」と若者たちが胸を張ったCMの3年後の平均所得から約四半世紀かけて、日本人の所得は100万円強も下がってしまったのである。
これはけっこうヤバくないか。
25年で日本人の年収は100万円も下がってしまったんだから。
いや、今さらこんなことで驚いているのはオレぐらいのものかもしれない。今や東南アジアの人々が日本へやってくるのは(コロナ前の話だけど)、日本の物価が安いからである。安いからたくさん買い物をするために、たくさん食べて遊ぶために、日本にやってくるのである。
オレ自身を見てみよう。先日、ヒマだったのでフリーになってから30年の売上をExcelでグラフにしてみた。売上のピークだったのは1990年代後半で、2000年代に入ってからはずっと下がり続けている。多少の上下はあるが、基本的に右肩下がりだ。
25年で日本人の年収は100万円も下がったが、オレも20年で××万円も下がってしまったのである。なんだ、周りが下がっているからオレが下がっても気がつかなかっただけなのか。バカだな、オレ。
そんなオレでもさっきのサイトを使うと上の方の年収ということになる。日本、ヤバくないか。
リストラが増え、シングルマザーが増え、非正規労働が増え、日本人の収入は大きく下がってしまった。明日は今日よりいい日になる。来年は今年より収入が上がる。頑張れば年収が増える。そんな大前提が崩れてしまって、働けど働けど、暮らしは楽にならない。なんだ、オレもワーキングプアだったのかよ〜。
20世紀は、例えば鉛筆もノートも作れば作るほど安くなった。新製品は高いけれど、それを多くの人が使うようになるとだんだんと値段は下がっていった。収穫逓減である。
収穫逓減では、先行者利益はあるものの、後に続く人たちは薄く広く富を分け合うことになる。
だが21世紀、もっと言えばデジタルの時代は収穫逓増の時代となった。これは要するに先行者がすべてを手にする時代。一つの優れたアプリが開発されれば、それはいくら大量生産してもコストはほぼゼロだし、後に続く人たちが手分けして製造する必要もないから、先行者だけが利益を独り占めできる。収穫逓増、つまり収穫期になっても利益は増え続けるというわけだ。
今や1%の人たちが富の95%を手にする時代だ。1%だけが富を増やし続け、99%の人たちはじりじりと年収が下がり続けるのを見ているしかない。昔、1%の天才が99%のバカを支配しているのがアメリカだなんて笑ったものだけれど、気がつけばオレ自身が笑われる側ではないか。
まったくオレたちの世代は社会に出てから何をやってきたのか。結局、鐘を鳴らすことができなかった、かつての若者たちは、30年かけて何を鳴らしてきたのか。困ったもんだ。
2020.08.13
本当の友だちとは、自分の欠点や短所もちゃんと指摘してくれる人のことである。人生の真実の99%は幼稚園で習うものなのだ。
もっともオレの場合は幼稚園には通っていない。田植えと稲刈りという農家の二大繁忙期にのみ地域の集会所に置かれた託児所に行ってたからな。今でも覚えているのは、その託児所に小学校6年生のお姉さんたちが遊びを教えに来てくれて、とても大人な人たちだなあと驚いたことだ。なんでこんなことを覚えているんだろうと、今はそのことに驚く。
話は戻って自分の欠点や短所も、ということだが、近頃のオレの日記が誤字だらけで目に余るとこっそり教えてくれたのは、まっちゃんである。というわけでまっちゃんは真の友だちだ。
もっとも文章を書いて生計を立てているはずのオレが、駄文とはいえ、日々書いている文章にこんなにも誤字が多く、その程度のクオリティであることに、「はたしてこいつはちゃんと仕事ができているのだろうか。周囲に迷惑をかけ続けているのではないか」と心配するのもよくわかる。
ご安心ください。それは杞憂です。
オレだって、仕事となると原稿はちゃんと読み返す。推敲ってやつだ。その際はディスプレイでざっと読み返した後、プリントアウトして紙で読み返す。大事な原稿になると、その後、一晩寝かせて、再度プリントアウトをして手を入れる。
まさに玉稿ですな。
仕事ではここまで手をかけて初めて人様に見せているのである。それに比べてこの日記など、書きっぱなしだ。読み返しもしない。誤字脱字事実関係の誤りなど日常茶飯事。ない方がおかしい。
ちなみに日常茶飯事のことをオレはよく日常ちゃめしごと、と口にする。わははは、ちゃめしごとだって、おかしいですね〜。ウケるからってんで調子に乗って口にしていたら、マジな席でもちゃめしごとと口走ってしまうのだった。あるあるだな。
「DASPA吉良大介」榎本憲男・小学館文庫Kindle。警察組織の最下層だというのにものすごく優秀で、あまりに優秀だから犯人の逮捕なんてしないもんねという実に魅力的なキャラである真行寺道弘という刑事シリーズが大好きなオレなのだが、その作者が新しいシリーズを始めた。オレとしてはそろそろ真行寺シリーズの新しいのが出てないかなと思ってAmazonをのぞいたら見つけたから、できれば新シリーズではなくて真行寺シリーズを書き続けて欲しかったのだが、まあ、仕方ない。こっちを読むことにした。この吉良大介は、真行寺とは正反対の優秀な警察官僚。愛国心あふれるガチ右翼で、こいつがスパイ防止法に絡んでロシアやアメリカ相手に姑息な立ち回りをするという話だ。公安や政治家も平気で巻き込み、好き勝手な暴れっぷりである。あげくに結局はアメリカの圧力に負けてすごすごと尻尾を丸めてしまうという情けなさ。わははは。例によってストーリーなどどうでもよく、全編を通して政治や平和や音楽や国家など、実にさまざまな論が展開される。その論の広がりこそこの作者の真骨頂。だから時々、いったいオレは何を読んでいるのだろうという気にさえなってくる。真行寺シリーズには遠く及ばなかったが、それなりに楽しめた一冊だった。
2020.08.12
このクソ暑い中、オレは朝から仕事だ。それも午前中で原稿を終え、午後からはささやかな夏休みの始まりである。
夏休みったって、何の予定もない。家でごろごろするだけである。
今日は、そんな午後に娘と一緒にドラマ「アンナチュラル」の8回目から10回目までの3本を一気に見た。ああ、面白かった。父親と一緒にドラマを見て盛り上がるとは、よくできたJKである。
そのJKも、こと三浦大知と東大王に関しては絶対に譲らない。今夜は東大王の3時間スペシャル。なんと裏でアルビレックスのゲームがあるのに。
ところが今日の娘は優しい。東大王はビデオで見るからアルビレックスのゲームを見ていいよ、というのである。ううう、なんと優しい娘なのだ。その優しさに甘えてはならぬ。こちらはiPadでもパソコンでも見られるのだ。だってDAZNだもんね。
というわけで、娘とヨメは東大王を見て、息子とオレはアルビレックスのゲームを見るという、家庭内マルチスクリーン。なんのこっちゃ。
アルビレックスの今日の相手は山口である。レノファだ。このクソ暑いのに、よくもわざわざ新潟までやってきたもんだ。物好きな。
前半のアルビレックスは素晴らしかった。たぶんプッチ監督がやりたいサッカーはこれなのだろうという見事なはまり具合。せんだっての大宮戦でも後半は同じような見事なポゼッションサッカーを展開していたこともあり、息子は「もしやそろそろこのスタイルが完成しつつあるのか」とまで言う。
そうだとしたらすごいな。
面白いようにボールが持てて、つなげて、そしてあっさりと2点を奪う。山口にまったく試合をさせない。こりゃ今日は楽勝だね〜、東大王でも見ちゃおうかな〜。と思っていたら、1点を返されてしまった。
さすがに相手を甘く見すぎた。思っていた以上にボールが持てるもので、選手は次第に楽をして足もとでもらうようになり、それで距離が開いて、そこにミスが加わって、その結果の1失点。甘いなあ。やらなくてもいい失点だった。
そして後半。なんと本間至恩がレッドをもらう。バカか、至恩。調子に乗りすぎだろう。
まったく激しく当たりに行く必要がない場面で、しかも前半でイエローを1枚もらっている状態で、絶対やってはならないプレーだった。
ここでチームのプランは根底から崩れる。試合後のインタビューでプッチ監督は「カウンターを仕掛けないように指示した」と話していた通り、変にカウンターを仕掛けて逆襲されることを恐れ、ガチガチの塩試合にしてしまえという作戦だ。こういうところのリアリストぶりは、なかなかたいしたもんだと思うわ、この監督。
とはいえ10対11人の戦いだから、相手の猛攻に押されるばかり。そこをとにかく体を張ってアルビレックスはしのぐのだった。特にフォワードに投入された矢村は、自分の仕事をはっきりと分かっていて、時間を消費させる、ボールを失わないということに徹底。身を投げ出して汚れ仕事を全うしたのだ。オレの大好きな新井も似たような汚れ仕事をこなす職人だが、今日はこの気持ちが全員に共通していたようで、見ていて胸が熱くなったぞ。
全員が心を一つにして、守り切るという目標に向かって全力を尽くす、それはとても心打たれる展開だった。
最後はボコボコになりながら、どうにか2-1を守り抜いて勝利。これで8試合負けなしである。
試合後のバスの中で、高木が言う。
「これで負けたら至恩のせいで負けたって言われるからね、そうならないようにみんな必死だったね、至恩のために闘ったね」と。
うーん、かっこいいぞ、高木。その至恩は仲間たちに頭を叩かれどつかれ、そして抱きしめられていた。仲間たちに愛されているんだなあ。これもまた感動的なシーンだった。
2020.08.11
39度! 39度なのである、今日は。コロナよりも熱中症がヤバいのだ。
それなのにオレは本日も仕事である。大丈夫か、オレ。
まず向かったのは田園調布だ。
天下の田園調布。美しい街並みに豪邸が並ぶわけだが、高齢化が進んで実はいろいろと面倒なことになっているという街の中を、人はほとんど歩いていない。年寄りも姿を消したのか。
いやいや、酷暑の中、歩き回っているのはオレたちのような底辺労働者であって、田園調布の皆さまは快適で広々とした居室で涼しく過ごしていらっしゃるか、避暑地の別荘でアイスでも食っているのだろう。
田園調布なんて20年ぶりぐらいに来たが、駅以外はあんまりアップデートされてなかった。
続きいて向かったのは、たまプラーザである。たまプラーザと言えば、金妻だ。今ATOKは菌妻と変換してくれて、うむむむ、なんとなくこっちの変換の方がしっくりくるなと思ってしまった。
たまプラーザに来たのは15年ぶりぐらいである。
いやあ、一見おしゃれな街並みであるのだが、東急が多摩丘陵の山並みを切り開いて強引につくった街だけに、どこへ行くにも坂道なのである。
今日のような天気に、坂道は致命的だぞ。かと思えば、冬には滑って転んじゃうし。昔はたまプラと言えば憧れの代名詞だったが、今では田園都市線はあんなに混むし、どうしてそんなとこに住んでるの、と言われる街になってしまったのだ。
昼飯はジョリーパスタ。通称ジョリパ。
その次に向かったのが等々力だ。難読地名の一つで、地方の人は読めない、これで「とどろき」というのだ。
等々力なんて40年ぶりじゃないか、オレ。
学生時代にコンノ君という友だちが等々力のアパートに住んでいて、遊びに来て以来である。コンノ君のアパートは、うすぼんやりとしか覚えていないが、泊まった日の翌朝、コンノ君が大音量のステレオで「ホテル・カリフォルニア」を流していたのを記憶している。
あんなに大きな音で怒られなかったのだろうか。昔は騒音には鷹揚だったのだろうか。
コンノ君のアパートで布団を上げたら下からゴキブリが這い出てきたが、そんな程度では誰も悲鳴なんて上げず、「けっ」と言いながら新聞紙を丸めて追い叩いたものだった。ゴキブリに対しても鷹揚だったのだろう。
コンノ君は大学を卒業して大阪の方で住宅メーカーの営業マンになったが水に合わず、1年で辞めて故郷の宮城に帰り、小学校教師になった。気仙沼に住んでいて、東日本大震災では安否が気遣われたが、なんとか無事だったようでホッと一安心。いつだったか、たんさいぼうが出版した児童劇の脚本集を見つけて、著者の欄にオレたちの名前を発見し、驚いてダテ君に連絡してきたっけ。
なんでオレに連絡しないのだと、オレは気分を害したのだが、まあ、元気そうで何よりである。もう定年退職したんじゃないか?
そんなことを等々力で思い出して、40年前に来たときはもっと田舎だと思ったけどなあ、と周囲を見渡す。
やっと仕事を終えて、このままじゃ帰れないから、駅前のとおるちゃんに立ち寄って生ビールを飲む。ぷは〜、生き返るわ。
今日、息子は大学の友だちと北千住で遊ぶのだという。不在だ。
なので、娘に連絡してとおるちゃんに呼び寄せる。女子高校生なのに父親に晩飯に呼び出されて喜々としてやってくるのだから、えらいもんだ。オレは果報者である。
とおるちゃんのお母ちゃんに「ほらJK、お通しだよっ」とからかわれて、喜ぶ娘。続けて所用で出かけていたヨメも合流し、3人で晩飯だ。明日から基本的にオレは夏休みということで、ちょっとしたお疲れさんの会なのだった。
2020.08.10
朝から仕事に追われる日以外をのぞいて、洗濯はオレの担当である。家族のパジャマを洗い、シーツを洗って、猫の額ほどもない狭い庭に干すのだ。
今日も干しているときにはチョウチョが飛んできた。
最近、毎朝のように見かける同じチョウチョである。アゲハチョウだ。
チョウは、この世とあの世をつなぐ使者と言われている。
たぶん毎朝やってくるこのチョウチョは、お盆なのに墓参りにも行けないオレと家族の様子をうかがうためにやってきた母親なのだろう。一昨日の朝は、チョウチョは二羽だったので、父親と一緒にやってきたに違いない。
洗濯物を干しながら、オレはいつもチョウチョに向かって「おはよう、今日も暑いよ」などと話しかける。
ひらひらと舞いながらチョウチョは、向こうへ行ったり戻ってきたり、そしてフェンスに止まって一休みしたり。
親の墓参りにも行かないなんて親不孝もいいところだが、まあ、今年は仕方ない。許してくれ。まったくつまらん夏になってしまったものだ。
2020.08.09
1980年代
「日本の製品は世界一」
1990年代
「同じ値段なら品質は日本が世界一」
2000年代
「小型化技術や安全性能なら日本が世界一」
2010年代前半
「製品に使用の部品は日本のものが多い」
2010年代後半
「あの製品や技術は日本が発祥」
2020年代
「日本には四季があり水道水が飲める」
これはネットで拾ったものだが、うまいこと書いているなあと感心する。
「となりのトトロ」をつくったとき、宮崎駿は「かつて日本人は四季の美しさを誇ったものだが、最近は経済力ばかり自慢している」と嘆いていたけれど、どうやら40年かけて宮崎駿のなりたかった日本に戻ったようだ。めでたいことである。
それにしてもオレは1980年に大学を出て社会人になったから、この40年の日本の没落は、まんまオレの社会人の歩みと重なるわけで、いったいオレたちは何をしてきたんだという自戒感がハンパないわ。
2020.08.08
本当は今日、息子と新潟のビッグスワンまで駆けつけてアルビレックスのゲームを見る予定だったのだ。春に予定していた松本での観戦が流れて、今日がひょっとしたら今年唯一の遠征になるかも、と楽しみにしていたのだ。
だが、青森では東京から帰省した男性の実家に「さっさと帰れ」という中傷のビラが貼られ、御殿場では飲食店に「一見さんお断り」の張り紙が出される、そんな状況の中では気持ちよくサッカーも楽しめないだろう。今や東京在住というだけで犯罪者扱いだ。
だから今日のホーム観戦もあきらめて、息子とDAZNで感染だ。いや、観戦だ。
先日のヴェルディとのゲームで、アルビレックスは絶対エースのファビオを壊されてしまった。なんと6週間の捻挫である。
それなのに今日の対戦相手は2位の大宮。上位に離されないためには絶対に勝たなければならない、いわゆる6点マッチである。ファビオ抜きなのは痛い。実に痛い。わざわざ応援に行かなくて本当によかったわ、ふん。
案の定というか、開始5分もたたないのにバカみたいな失点で先行される。本当にバカみたいな失点なのよ。もう、こんなアホな試合、現地で見なくてよかったわというぐらいのバカ。
ところが、去年までならこれでもう負けは決定だったのに、今年は負けない。前半のうちにしっかり追いつくあたり、今年のアルビはさすがである。
ただ、そこで終わってしまったのがファビオ抜きの現実。結局1-1まのまま引き分けだ。
これで今シーズンは3勝1敗6分け。直近も3連続引き分け。負けないぞ、今年は。1敗しかしていない。だが勝ててもいないぞ。
2分よりも1勝1敗のほうが勝ち点が多いわけだから、引き分けが多いのは全然よろしくないのだ。6ポイントマッチがこれでは、今年も昇格は無理だべさ。ということは、もう二度とJ1は無理ということだべさ。まあ、J2でのんびりと勝った負けたとはしゃいでいるのもよいだろうと、既に向上心もモチベーションもない。
そんなゲームのハーフタイムに他の試合を見たら、なんとレッズが前半だけで0-5と負けている。わははは、朗報。今夜一番の朗報。浦和市民が発狂して荒れ狂い、オレたちは穏やかな気持ちでお盆を迎えることができるのだった。
2020.08.07
オレは学生時代にインチキブルーグラスバンドでギターを弾いていた。まあ、今考えても下手くそなバンドだった。でも、下手くそは下手くそなりに楽しく演奏していたから、それでいいのだ。音楽は楽しいのが一番。
そんなわけでブルーグラスは大好きだ。ブルーグラス好きからするとカントリーなんておっさん臭くて、かったるくて、やってられっかよ、ということになるのだが、40歳を過ぎてからカントリーの素晴らしさが分かるようになった。
ロック小僧がいきなり演歌に目覚めてカラオケで「舟歌」をうなるようなものかもな。
カントリー、いいですよう。人生の深みというか、実に味わい深いものがある。
そんなカントリーもブルーグラスも、オレは男の音楽だと思っているので、女性がプレーするのはどうも気に入らない。でかい体でカウボーイハットをかぶったおっさんが、太い腕でギターを奏でるのがいいのだ。ブルーグラスは男の音楽。
だが、これは話が別である。The Petersensというバンドだ。
例えば
「カントリーロード」がよい。
何がよいって、美人であるところがよい。
このバンド、家族なのである。フィドル片手に歌っているのが長女で、バンジョーを弾いているのが次女、マンドリンが三女。そしてギターが長男で、ベースがなんとお母さん。ドブロだけが助っ人の友人だ。
この構成も、カーターファミリーみたいで心地よい。お母さんがベースで、一番後ろから家族を支えるように見守っているという立ち位置も素敵だな。
演奏はまあまあだが、美女なのがいい。そして美女の次にいいのが、ハーモニーがきれいなところだ。こればっかりは家族の一体感というか、一つになっている心地よさがある。見事なもんだ。
三姉妹は全員ボーカルが取れて、それぞれに上手い。長男もけっこう上手いボーカルで、年を取ったら渋いボーカリストになるんじゃないかと思わせてくれる。
オレとしては「カントリーロード」でボーカルを取っている長女のケイティがイチオシだな。長女オシ。姉オシ。歌も素晴らしいけど、なんといっても美人ではないか。
こんな美人がボーカルというだけで、オレもこのバンドに入ってギターを弾きたくなる。
ところでマジな話なのだが、バンジョーという楽器のうるささと存在感の大きさには改めて驚く。ブルーグラスだからこそ許される楽器であって、他のジャンルでは邪魔くさくてしょうがない。
そして、バンジョーの音域というのは女性の音域とかぶっているのだろう、ぶつかっちゃって実に聞き苦しい。ブルーグラスバンドに女性ボーカリストがいないのは、これが大きな原因。
あとは見た目の問題で、バンジョーという存在感の大きな楽器に、女性の小さな体はどうしても負けてしまう。でかいおっさんが軽々と振り回すぐらいがちょうどいいのだ。
まあ、そんな細々としたことも、ボーカルが美人だとすべて解決。ケイティちゃん、最高。
2020.08.06
今日は忙しいぞ。このくっそ暑いさなかだというのに。
まずは朝からリモートインタビューだ。リモートだからといってTシャツというわけにはいかない。人に会うときは衿のある服を着るというのが、最低限のマナーである。
ワイシャツに着替えてカメラの前に座るのだ。
さくっとインタビューを終える。上手なインタビューだ。えへん。
終了後、すぐに支度をして家を出る。
既に娘は学校に行き、ヨメは仕事に行っているので、留守番は息子が一人。夏休みの大学生はヒマだから、朝から家でごろごろしている。コロナがなければ楽しい夏休みだったろうに。
今日は日中に東京ガスの工事が入る。エネファームに不具合が発見されたので、その修理だそうだ。面倒くさいことこの上ない。息子にその対応を任せる。
家を出たオレは、急ぎなので車で駅まで行き、そして都心に向かって準急新木場行きに乗る。
午後一番から日本橋のコレドで、妙齢の女性ばかり集めた座談会というのを仕切るのだ。話の内容を考えて、現場では司会進行を務めて、その後は原稿までまとめちゃうんだから、オレって一人三役、お買い得だな。
きっちり1時間で座談会を終え、日本橋→大手町では早足で乗り換えて、再び大急ぎで石神井公園駅まで戻る。駅からは、さっき停めておいたクルマに乗る。
ラインで息子に確認したらもう東京ガスの工事は終わったとのこと。もうそういう対応がちゃんとできるようになったので、大助かりだ。
ぜえぜえいいながら家に帰って、ともかく汗を拭いて、再びオンラインインタビューである。
すでに疲労困憊のオレであるが、これもなんとかこなして、やっと終了。ぐったり疲れて、ともかく汗を流そうと風呂に入る。
真夏にぐったり疲れて風呂に入ると、もはや何もやる気がしない。机に脚を投げ出してウトウトする。
すると、自転車が調子悪いといって地元の自転車に行ってた息子から、修理は明日までかかるというラインが来たので、車で迎えに行くことにする。ああ、忙しい。
帰ってきて晩ご飯を食べながら「アンナチュラル」を家族で見る。生々しい解剖シーンを、メシを食いながら見る一家。サイコパス一家かよ。
第3話があんまりにも面白かったので、続けて第4話も見る。AmazonPrimeだ。これもすごく面白かったのでもうひとつ見ようと提案したのだが、息子に「もうやめとけ」と諭されて、ちぇっと諦める。明日はMIU404を見なきゃいけないしな。
2020.08.05
Jリーグを見ている面白さの一つに、選手の育つ姿にさまざまな感情が沸き立つというのがある。
アルビレックス新潟の19歳のキーパー、藤田は、正キーパーが怪我で離脱したチャンスをつかんで先発の機会を得たが、5失点というとんでもない大事故を起こした。しかも、「あー地獄」と叫んだ音声がDAZNにしっかりと拾われ、どっちが地獄だよとサポーターにボコボコにされてしまった。
もしあの試合限りで使われなかったら、もしかしたら藤田は潰れてしまったかもしれない。だが監督の英断でその後も出場を続けた藤田は、次第に自信を取り戻し、ついに先日はU21の日本代表にも選ばれるほどになった。
どん底の挫折から這い上がろうとする若者の姿は、胸を打つ。
藤田は、無得点の勝ち試合で「うれしー」と満面の笑みを浮かべて、ピッチをぴょんぴょんと飛び跳ねた。その姿にオレは胸が熱くなったものだ。
藤田はアルビレックスのちびっ子チームに所属しており、その当時、トップチームで活躍していた矢野貴章と、先日、初めて対戦した。矢野から「成長したな」という言葉をもらって、本当に嬉しかったという。こういう成長の物語、タマシイが受け継がれていくストーリーは、とてもいいものだ。
そして、その藤田と同期の若者が、今日、アルビレックス新潟を去った。J3の鹿児島へ期限付き移籍である。ディフェンダーの岡本だ。
岡本は8歳からアルビレックスでサッカーをプレーしている。将来のディフェンスリーダーとしての逸材だ。だが現在のチーム層が厚く、出場機会を得られていない。
同期の藤田や本間至恩、渡邉新太などがレギュラーの座をつかんでピッチで輝いているのを見ながら、本人は忸怩たる思いだったろう。J3とはいえ、出場機会を求めての移籍となった。
寮を出る前夜、19歳の岡本は、同期の仲間たちに「一緒に試合に出ようと誓ったのにかなえられなくてゴメン」と謝ったそうだ。仲間たちは「戻ってきたら一緒に出よう」と快く送り出してくれた。
鹿児島へ到着するのは夜の9時。長い旅だ。途中、岡本はどんな未来を自分に誓うのだろうなあ。
先日はやはりディフェンスの渡邉タイキが同じ想いで期限付き移籍をした。
こんなふうに一度武者修行に出た若者が大きく成長して帰ってくるのを待つのも、サポーターの楽しみ。なんにせよ若い人間が成長を求めてもがく姿は胸を打つ。心からの熱いエールを送るのだ。
2020.08.04
久しぶりに、とおるちゃんで飲んだ。
喫煙コーナーを新しく設け、まあ、ちょっとしたリニューアルオープンである。
喫煙コーナーなんていらんのに、そしてトイレを女性専用になんかしなくていいのに、それでもご苦労なことである。喫煙者も大切なお客さんだものな。
コロナに加えて、平日の夜ということもあってお客は半分の入り。座席を間引きしているから、満員になっても売上は6割らしいから、今日は3割の売上ということか。家賃や仕入れが3割になるわけではないから、そりゃあ、とおるちゃん、やってられないわな。飲食店は本当に厳しい。
刺身を食ってサワーを飲む。刺身、これで1500円はおかしいよという中身で、もっと儲かる価格にした方いいよ。
今日は暑くて暑くて、有楽町あたりをうろうろしたのだが、やっと日本の夏がやってきたという感じだった。今頃はオリンピックもクライマックスだったのか。
感染と曝露は全然違うという話を知って、うーむ、やっぱりコロナ騒ぎはどこかおかしいと感じる。今年初めて熱中症の死亡が出たらしいが、コロナの死亡は今日は出たのだろうか。なお、イソジンでうがいするぐらいなら、緑茶を飲んでおいた方がいいような気がする。
2020.08.03
ヒマだったのでAmazonPrimeで「アンナチュラル」を観たら、これが面白いのなんの。
石原さとみって悪魔的に可愛いのに学会員とか、市川実日子と一緒だとゴジラじゃんとか、あれれ、あれってもしかして「ピンポン」のスマイルじゃん、へえー、ずいぶんと悪い大人になっちゃったなあとか、実に見所が多かったのだが、一番驚いたのは2018年のドラマだというのに、コロナウィルスで世間がパニックになるという展開だったことだ。
ひゃー、予言の書かよ。
脚本は、MIU404と同じ人で、なるほど、さすがだなあと感心した。
全10話のうち、まだ初回を観ただけだ。今後の楽しみは「ピンポン」のスマイルが大人になってどうんなふるまいを見せてくれるかというところだな。
2020.08.02
AmazonPrimeで「スタンド・バイ・ミー」が無料になったので、早速観る。
やっぱり名作だわ。作者のスティーヴン・キングが試写室で号泣し、15分間、立ち上がれなかったというエピソード付き。
1950年代の、パパは何でも知っている的な古き良きアメリカの空気が、まずいい。その田舎町での4人の少年たちがとてもいい。遠い夏の日の、誰にでもある遠い思い出だ。
重要な役割のクリスを演じた俳優が、長じて薬物で亡くなってしまったという苦いエピソードも、この物語をさらに重いものにしている。
この小説を読み返したいんだけど、電子化されていないんだよなあ。
映画を見終わったとほぼ同時に玄関のチャイムが鳴る。東京ガスを朝イチで呼んでいたのだ。おじさん、あんたはオレが「スタンド・バイ・ミー」を見終わるまで待っていてくれたのかよ。
夕べ、突然シャワーのお湯が出なくなったのに激怒し、朝っぱらから東京ガスに電話をかけて、近くの業者を修理に寄越させたわけだが、業者のおじさんも土曜日にご苦労なことである。
調べてもらったら給湯器が原因ではなく(当たり前だ、8ヵ月前に交換したばかりだ)、水栓が劣化したのだという。やっぱりなあ、そんなことだろうと思ったわ。
おじさんに交換を依頼する。今度、見積を持ってくるので、それを見てから決定だ。それまではおじさんが応急手当をしてくれたシャワーでしのぐ。
先日はタイヤを交換し、続けて玄関のカギの交換とウォシュレットの交換を手配したばかりだ、どれもこれも老朽化したからな。玄関のカギやウォシュレットは、壊れてから慌てて手配するのでは遅いし。そこへもってきてシャワー水栓である。
壊れるときは一度に壊れるという家電伝説は、家の備品のすべてに当てはまるのだった。
午後は札幌対神戸を観る。札幌のミシャのサッカー対イニエスタの戦いか。これが実に面白い。お互いにボールを握るのが好きで、攻撃上等、守備はその次というチームだから、奪ってつないで攻撃、奪ってつないで攻撃、の連続。実にめまぐるしい。
札幌のミシャはきっとこういうサッカーがやりたかったのだろう、とても楽しそうだ。
時々、イニエスタが呆れたように「お前たち、ちょっと落ち着け」とばかりにゆるいバックパスを織り交ぜるのが面白かった。
夜は、アルビレックスのゲームである。今日の相手は栃木だ。監督は田坂。1シーズンに大分と清水という2つのJ1チームをJ2に落としたという不名誉な記録を持つ田坂。
ただ、どちらもJ2降格確実なチームで、誰も監督を引き受けなかったという有り様だったので、ならばオレがと、男気を出して汚れ役を引き受けたのが田坂だった。いい男だ。
その田坂が栃木2年目で実にいいチームをつくりあげた。徹底して堅守速攻。鬼プレスの連続。その鬼プレスが90分続くのだから、どんだけブラックなチームなんだ。
核となっているのは新潟から移籍した矢野貴章で、実に脅威だった。だがもっと怖かったのが、1年目のルーキーという明本という選手だ。これが速くてうまくてすぐに突っ込んでくる。こいつは確実にこれから出てくる選手だな。来年はJ1だと思う。
去年までの栃木は日本代表フォワードだった大黒が脅威だったが、この6月に突如クビになっていなくなった。やれやれ一安心と思ったら代わって出てきたのがこの明本で、やっかいだ。
ゲームは、そんな栃木に押されまくって、なんとか0-0で終えられたという試合。負けなくてよかったという一言に尽きる。栃木にしてみれば、勝てる試合を勝てなかった、悔しい結果だろうな。
基本的にアルビレックスは何もできなかった。とほほほ。こんなんじゃ昇格は無理だべ。無理。
それにしてもキーパーの藤田はすごかった。神だった。まだ19歳。2戦目で5失点というとんでもない失態を見せたけど、そこから一気にチート級のキーパーにのし上がってきた。
若い人間が歯を食いしばって失敗を乗り越え、そして成長していく姿には、問答無用で応援したくなる。その背中は感動ものだ。
2020.08.01
J1の試合を息子と一緒にいくつかハシゴして観る。
浦和でレオが職人ゴールを決めたのに、追いつかれて引き分けに終わる。鹿島が勝って、うざい。川ア強すぎ。
などと缶チューハイを飲みながら好き勝手言ったあと、風呂に入る。
するとシャワーが冷たい。お湯が出ないのだ。激怒して呼び出しのコールをするも、誰もやってこない。
怒りに火を注がれてさらにしつこくコールした。「どうせ間違って押したと思ってた」と言いながら息子とヨメがやってきたので、シャワーが壊れた、今すぐなおせと命じる。
「どうせ酔っ払って寝ぼけてんだろ」と言いながら息子とヨメが確認したら、やっぱりお湯が出ない。
出ないものは仕方がないので冷たいシャワーを浴び、そして大きなくしゃみをしながら、風呂から上がる。家族は迷惑顔だ。
オレの前に入ったのは、誰だ。娘か。
娘を捕まえて、おい、どんな呪文をかけたんだ、魔法をとけ、と命じる。娘はJKだから、知らんぷりである。
その後、風呂に入ったヨメがいろいろいじってたので、早くなおせ、今すぐなおせと命じる。相当にうるさがられるも、結局壊れたままだ。
梅雨が明けたと同時にシャワーが使えなくなるとは、どういうことだ。何の嫌がらせだ。天罰か。
あまりにも頭にきたので、ストロングゼロをもう一缶飲んでふて寝したのだった。
2020.07.31
毎週のように銀座にいっているわけだが、今日も朝7時前から銀座にいたわけよ。
朝の銀座はなかなか好きなのだけれど、今朝は雨が降っていて残念だった。
午後は、コマちゃんと一緒に王子に行く。どこですか〜、王子って。
帰宅です、いや、北区です。京浜東北線です。
その京浜東北線が人身事故で止まっちゃったので地下鉄で行く。
王子なんて、何十年ぶりだろ。降りたのは。
下町で、団地もアパートも商店街も、どれもこれもすげえ昭和でびっくり。いまどき感にあふれていた。こういう風情もなかなかいいが、しかし、実際に自分が住むかというと、あまり住みたくはないなあ。いやいや、住んでる人に失礼だろ、それは。
帰りに、石神井公園駅前でとおるちゃんに寄る。喫煙スペースをつくるための内装工事が始まり、じゃまなものを整理しなくてはならなくなったため、預けておいたたんさいぼうのCDを引き取りに立ち寄ったのである。預けていたこと自体、すっかり忘れていた。
「ごめんね、1枚も売れなかったよ」と笑うとおるちゃんに、お土産のアップルパイをわたす。このアップルパイ、最近のお気に入りで、すごく美味しいんだよね。
しばし、とおるちゃんと商売歓談。どの飲食業者も、夏になればと思って歯を食いしばってきたから、ここのところの風潮には心底折れてしまったという。とおるちゃんだって、正直、いつどうなるか。
「家賃が半分になるわけじゃないしねー」とおかあちゃん。
まあ、うちだって売上半分に娘はこれから進学。厳しいわ。
ちょっと愚痴を言い合って、じゃまたね、と店を出る。CDは50枚も預けていたようで、すっかり忘れていたこともあって、重いこと重いこと。失敗した、クルマで取りに来るんだったなあ。
7月最終日の夕方、ついに明日には梅雨が明けそうだという湿った空気の中、ひーひー言いながらオレはCDの入った袋をぶら下げて歩いて帰ったのだった。
2020.07.30
先日、車の定期点検に行ったら、メカニックが「タイヤがすり減っちゃっているので交換した方がいいですよ、見積つくってきました」と勝手なことをした。
勝手なことではあるが、彼らはそれが仕事であり、商売である。売り込んでなんぼだ。ああそう、でもまあちょっと考えさせて、と言って断った。
メカニックはいいのだが、根性がないのは営業だ。まだ今の車のローンが残っているというのに「買え買え」としつこい。あまりにしつこいので、オレは自営業で顧問の税理士があと10年はこの車に乗れと言ってるから買い換えられないの、と説明してやった。そうしたら「わかりました、では勉強のためにも査定だけでもさせてください」と食い下がるので、まあ、いいよ、とOKしたのだが、奥に引っ込んだきり顔を出さない。自分から言っておいてなんだあいつは、とこっちは悪印象だ。
今日、いつもタイヤを預けているタイヤ館に行って、ディーラーにタイヤがすり減ってるって言われたんだけど、とチェックを頼む。気のいい店長が「ああ、最近ディーラーさんにそう言われたというお客さん多いんすよね。売りたいんでしょうかね」と苦笑しつつ、「見てみましょう」ともぐりこむ。
結果「減ってはいますけど、普通に走る分には大丈夫すよ。交換の時期のごく初歩という感じすね」とのことだった。
まあ、ディーラーは売るのが商売。売れるものならすり減っていないタイヤだって交換しちゃうのだ。
売りたいんだろうね、ディーラーは、とオレも笑って返し、いずれ代えるなら今買い換えてもいいよ、安いのがあれば、と相談する。店長、在庫を調べてくれて、型落ちの売れ残り、もちろん新品というのを探してくれた。
「今からつけちゃいますよ」とすぐさま作業。飛び込みで悪いねー、ごめんねー、と言っておいたが、まあ、向こうだって予約のない空き時間に売上が立ったのだから大喜びだ。
とまあ、成り行きでタイヤを交換したわけだが、これが履き替えてみたらはっきりとわかるほど、乗心地が違う。へえーと感心した。魚は魚屋、タイヤはタイヤ屋。
この夏はいろいろとあちこち交換したり修理したりといった予定があるのだが、今日はこうしてそのうちの一つが無事に片付いたのだった。
2020.07.29
後半開始直後、48分頃だったと思う。(まーた、アルビレックスの話かよ〜、はいそうです、ごめんねえ)
相手が攻め上がってきたゴール前、CBのマウロが体を入れて難なくブロックした。マウロはスペインリーグで活躍した選手である。「オレはネイマールだって止めたんだぜ、メッシは止められなかったがな、だははは〜」と豪快に笑うヤツだ。J2のフォワードなんて目じゃない。鼻をほじりながらあっさりと止めて見せたのである。
直後、そのマウロが怒鳴る。「You!」と。目線はキーパーの藤田だ。
そうである、若いキーパーに対してこの百戦錬磨のCBは「このタコっ! このボールはおまえが飛び出してきて止めなきゃダメだろが、このハゲっ!」とぶち切れてみせたのである。念のため、藤田はハゲていない。
観客少々、拍手も声援も禁止、というスタジアムだから、ピッチ上でのこんな声がしっかり聞こえてきてなかなか興味深い。
むしろ逆にいかに普段のスタジアムがうるさいかがよくわかる。のべつ幕なし流れてくる下手くそなチャントに怒号、ヤジ、罵声。そういうものが一切なくて、聞こえるのは拍手だけ。
上手なサイドチェンジとか、何気ないけれどうまいプレーが見られると、自然発生的に拍手が湧き上がる。それはなかなかに心地よい音で、そうか、スポーツの見方って本来はこういうものだったよなあと思い起こさせてくれる。
で、試合結果はというと、ヴェルディに先制されて0-1のまま迎えた後半ロスタイム、92分で1点を返すことができ、引き分けに持ち込めた。負け試合を引き分けにできるようになったから、アルビレックスも成長したものだ。
去年までのチームだったら、先制されたらもう勝つ気がしなかったからなあ。
今年のチームは間違いなく面白い。攻撃的で、最後までひょっとしたらと思わせてくれる。なんとかこのまま上位を伺って進んでいきたいものだ。
以前、負けているのにパワープレイをしないと書いたが、今日のゴールはロングスローからのものだ。監督もしっかりリアリズムの戦い方を採り入れてくるなど、なかなかたいした役者である。
ロスタイムに追いつかれてがっくりと肩を落としていたヴェルディは、去年までのアルビレックスの姿。点を入れられたのは、キーパーが飛び出してパンチングしようとしたのに、CBがヘッドでそらしてしまって、ゴールががら空きになったからだ。
間違いなくキーパーは「キーパー!(オレが取る)」と声をかけて飛び出したはずだ。時間が時間だけに遠くに弾けば問題ないし、うまくすればベルギーばりのカウンターが仕掛けられる。
ところがその声をCBが聞き取れず、失点してしまう。ヴェルディのキーパーは外人。こいつがなかなか素晴らしいキーパーでほとんど神。名前はマテウス。だが来日したばかりの外人ゆえに言葉の問題があったのだろう、指示がうまく通らなかったわけだ。「ちょっとマテウス!」と叫んで悔しがったらしい。
ちなみにアルビレックスのゴールにつながったアシストをしたのは、例の「You!」と叫んでいたマウロ。こういうアヤもサッカーの面白さである。
2020.07.28
いつものように富裕層関係の仕事で銀座に行く。街にはだいぶ人が戻ってきたようだ。
仕事の合間に、お姉さんに話しかける。お姉さんは富裕層ではない。普通に一人暮らしのOLさんである。
もしもし、お姉さん、夏休みはあるんですか。「ええ、今年は2週間の予定です」。
ひゃー、長いですねえ。世の中なめてるんですか。「代わりに普段は深夜残業、休日出勤、なんでもありのブラックですから」。
ああ、そうでしたそうでした。で、2週間の夏休み、どうするんですか。海外は行けないでしょ。「…そうなんです」。
じゃあ、実家に帰るんですか。「それが、私の実家はど田舎なもので、私が帰ると“あそこの家の東京に出て行った娘っ子が帰ってきとるようじゃ”とすぐに噂になり、白い目で見られるので、帰ってくるなって、親が」。
ひゃー、なんという田舎ですか。未開地ですか。途上国ですか。では、夏休みはどこも行けないじゃないですか。「そうなんです、行くところがないんです涙」。
ここで、どうせ彼氏と過ごすんだろ、とか、じゃあおじさんと一緒に一夏の思い出を、とか言うのは20世紀までのおっさんであって、21世紀の今は、それは完全にセクハラ案件。
オレは、そうですか、それはそれは、などと訳のわからないことを口にして話を打ち切ったのだった。
まあしかし、オレだって似たようなものだから今年は夏休みを取らないし、周りに聞いても「えーと、行くところがないのでどうやって過ごしましょうか」という人ばかり。GoToも完全に腰砕けで、みんな自宅でごろごろして過ごすようだ。つまりは今までと変わらないコロナの日常だ。
まったくつまらん夏になってしまったなあ。
2020.07.27
昨日の活躍のおかげでアルビレックス新潟の本間至恩がとうとう見つかってしまったようだ。
サッカー新聞のエルゴラッソでは表紙が本間至恩。でかでかと「至恩の衝撃」という見出しが付けられている。それだけでなく最初の見開き全部を使って至恩とアルビレックスのゲームの詳報だ。
ネットでは「どうしてこんな選手がJ2にいるんだ」「どうして代表にいないんだ」とざわついている。
しかもJリーグの選ぶ週間ゴールベスト10では、なんとトップだ。至恩のゴールが。2位以下は全部J1。唯一のJ2が至恩で、しかもトップだ。どうだ。
「こんな選手がなぜ新潟なんかに」「ヨーロッパじゃないのか」とさらにネットが沸く。
どうしてくれるんだ、至恩。えらいことやってくれたなあ、至恩。見つかってしまったじゃないか。ああ、困った。
個人的に一番嬉しかったのは、エルゴラッソの見開きの写真。ゴールを決めて喜ぶ至恩に、新井直人と島田譲が最高の笑顔で抱きついている写真だ。
新井はサイドバックで島田はボランチ。この2人が、オレは大好きなのよ。どちらも脚光を浴びることなく、汗を流しながら黙々と汚れ仕事のできる職人。オシムが言うところの、水を運ぶ人だ。
新井直人は大学卒業間近でどこからも声がかからなかったので就職を考えていたところ、アルビレックスから声がかかったので入団した選手。ディフェンスなのに小柄だから、いつも弾き飛ばされ、蹴られ、体中あざだらけになりながら、毎試合、激しく上下を繰り返しては、フィードを放ち続ける。まさしく黙々と、という表現がぴったりの選手だ。
いいよなあ、仲間のために汗のかける選手は。見ていて、いつも胸が熱くなる。
島田譲は長崎でくすぶっていたので新潟に期限付き移籍でやってきた選手。ボランチだ。島田も仲間のために汗をかける選手で、どんなに自分が苦しいときでも仲間のために笑顔になれる男なのだ。
なんというか、実に気の利いたプレーをする選手で、今回のゲームでも、前半20分あたりだったと思うが、最終ライン前にちょっと空いたスペースをさりげなく埋める動きをしたときには、しびれたぜ。
こんな脇役に徹して仲間のために汗をかき続ける2人が、主役の至恩がスーパーゴールを決めたときに駆け寄って、自分のことのように満面の笑顔を見せたことに、胸が熱くなるのだ、オレは。ゲーム後のインタビューで、「へとへとですね」という問いかけに島田は最高の笑顔を浮かべて「だって勝ちたいもん」と答えていた。最高だぜ、島田。
どうやら今年のアルビレックス新潟は、ここ数年で最高のチームではないのか。最高のメンバーがそろった最高のチームだ。レオ・シルバはいらんかったんや。レオナルドもいらんかったんや。いや、いてくれたら嬉しいけど、でも、いらんかったんや。
このチームでJ1に昇格できなければ、当分新潟は昇格できないような気がする。
2020.07.26
土曜の夜にアルビレックスが勝利した翌日の日曜日の朝は、このゲームをもう一度じっくり観るのが楽しみである。応援するのではなくて、分析する目で観るのだ。そうすると戦術的にいろんな発見があって面白い。確かにアルビレックスはファイブレーンを導入しようとしているなあ、とか。
その後、今度はその他の試合のダイジェストをまとめて観る。1ゲーム5分として10ゲームで約1時間。こんなふうにして午前中をサッカー漬けで過ごしていると、あっという間にお昼なのだった。
お昼といえば、昨日いった関町の〇源というラーメン屋はひどかったなあ。
半年ぶりぐらいにいったのだけれど、席はまるで間引きせず今までと同じく密だし、せめてテーブルの合間に仕切りがしてあるかと思えばそれもなく、オレたちの隣のテーブルでは子ども連れが大声でしゃべっている。注意しろよ。かと思えばレジにはしっかりとビニールシートでガードがしてあり、ほほう、客はどうでもいいが自分たちだけは飛沫から逃れたいということかね、と感心してしまった。
もう二度と行くまい。
この4連休は、もともと遠出する予定もなく、サンシャインシティの夏バーゲンへ洋服でも買いに行こうかとヨメと話していたのだが、結局街の中に出るのも危険ではということで、それもとりやめて、ずっと家の中で過ごすことになった。
もともとそういう過ごし方には慣れている家族である。なにしろオレがいつも家で仕事をしているので、父親の在宅がストレスにならないというわけだ。これはなかなか助かっている。
息子は大学のレポートが山のように出ていて、気がつけば台所のテーブルでパソコンを広げて勉強しており、部屋でやれよと言っても「別にここでいい」と平然としたもので、オレもそれに気を使うこともなく、同じ部屋でパラビの「MIU404」を観たりしている。何度目だよ、MIU。
ドラマといえば今日も半沢直樹をやっていたが、こんなことあるわけねえじゃんと突っ込みながらついつい観てしまった。プロレスだな、ほとんど。しゃべりは歌舞伎。
息子が勉強しているテーブルでは、今度は娘の大学をどこにしようかという家族会議が始まる。オレがつくったポジショニングマップを広げて、全員で相談しながら埋めていった。
うーん、一橋は「近くて難しい」だな。早稲田も「近くて難しい」だ。筑波?「遠くてやや難しい」だ。
などとしゃべりながら家族全員で娘にふさわしい大学はどこかを相談し、その結果をA全大のホワイトボードに貼り出した。うむ、なかなかよくできたな、このポジショニングマップは。
こうして4連休は無為に過ぎていき、こういう無駄な休みもなかなかにいいものだと思うのだった。
2020.07.25
サカナクションのCD(アルバム)が1枚3000円だとすると、作詞印税1.5%、作曲印税1.5%で合計90円が入るのだという。で、メンバーが5人だからそれを5人で割り勘すれば、18円。つまりサカナクションの場合、2018年にベストアルバムが5万枚売れたから、1人あたりの収入は90万円ということか。ひゃ〜、これじゃライターでもやってるほうが、よっぽど儲かるわな。
それに比べてたんさいぼうは、JASRACにも入ってないし、流通も通してなくて基本的に手売りだから、1枚1000円のアルバムを売ったらメンバー5人で山分けして1人200円。ずいぶんと率がいいんだなあ。
などとしょうもない計算をしながら、今日のアルビレックス対水戸のゲームを観る。
水戸といえば納豆だ。粘っこいサッカーが身上だ。いや、そんなことはまったく関係なくて、とても組織だったお行儀のいいサッカーをする。
おかげでアルビレックスも相当に苦しめられたが、本間師恩のスーパーミドルが決まって武士に勝利する。よかったよかった。
実際、本間師恩のスーパーミドルは超スーパーで、超えげつないシュートだった。たちまちいろんなチームのサポーターが「おいくらですか」「なんぼですか」と寄ってきた。本間師恩を観たくてアルビレックスのゲームを観ているという他チームのサポーターもいるほどだ。
うるせえ、うるせえ。おかげで本間師恩が見つかってしまったではないか。それも仕方のない話ではあるが。なにしJ2の中ではもやは異次元。さすがに対策を立てられて、相手チームも3人、4人と寄せてくるが、あっさり抜き去る驚異のドリブル。本間師恩が1人でボールを持っても、チームの仲間は誰も寄っていかない。ハブられているためではない。寄っていかなくても1人で4人5人と抜き去るのが分かっているからだ。
わかっていても止められない脅威&驚異のドリブル。そりゃあJ2チームなんかにいちゃダメだと誰もが思うに決まっている。そこで海外ですよ、ドイツですよ。
実際、ドイツから誘いが来ているという噂だ。Jリーグだったら行かせたくないが、海外ならぜひ挑戦して欲しいものだ。それもスペインがよかろう。楽しみだなあ。
2020.07.24
地元のスーパーに買い物を終えて、屋上にある駐車場に戻ろうとエレベーターに乗った。すると続けて乗り込んできたのが、マスクなしのじじい。くそじじい。
このくそじじいは、マスクをしていない上に、鼻歌を歌い出した。エレベーターの中だというのに。このくそ老害が。あまりのことに唖然としているうちにエレベーターは屋上に到着した。
たかだか10秒程度のことだから万が一にもこれで感染することはないし、帰宅後、手洗い、うがい、顔洗いを徹底しているから対策は万全だ。それでもくそじじには腹が立つ。
要するに今のコロナってこれだよな。
昨日は、感染者の出た長野銀行で、投石によって窓ガラスが割られたという。ひでえ田舎だ。長野銀行にも感染者にも何の落ち度はなく、むしろ被害者だというのに。これが日本の田舎の実態である。
コロナを機に首都移転が再びささやかれているそうだ。「満員電車がないからストレスもなくなりますよ〜」と人は言う。だが、満員電車がないかわりに投石があるぞ。白い目があるぞ。村八分があるぞ。レジで「袋をください」と言っても無視されて売ってもらえないぞ。
それに首都機能なんか移転したら固定資産税が爆上がりで一気に暮らしも悪くなるぞ。
要するに今のコロナはこれなのだ。
大阪で過去最多149人の陽性が出たが全員無症状だ。日本全国でこれまでの感染者が2万8000人なのに対して死亡者は1000人。致死率0.85%。いつものインフルエンザではピーク時には毎日50人が亡くなっているというのに。
つまりははっきりと弱毒化していて、感染力は最強だがかかってもたいしたことないのがコロナということになってきたわけだ。
するってーとだ、怖いのはコロナではなくて人間じゃね?
コロナよりもガラスを割った人間の方が危険じゃね?
もし今オレあるいかオレの家族が陽性になったとしたら、問答無用、2週間は仕事も学校も部活もアルバイトも休まなくてはならない。そして休みが終わって復帰しても、白い目で見られ、場合によっては会話や行動から省かれ、そして投石される。
こっちの被害の方が大きいわけだ。怖いのはコロナではなくて人間だから、よってオレたちは絶対に陽性になってはならない、コロナになってはならない。
というオレ自身、とおるちゃんに行けば、ここはヤバいと考えるし、池袋の西武デパート、東武デパート、サンシャインシティに陽性が出たと聞けば池袋はえんがちょだと思うし、地元のカルディに臨時休業の張り紙が出ていたらげげっと後ずさりしてしまう。
困ったものだ。コロナ。これが本当のコロナ禍なのかも。
「ちょっと今から仕事やめてくる」タイトルから軽いコメディだと思って見始めたらなんだかしょぼくて暗い映画だったので、10分で放り投げた。今日、ヒマだったので、仕方ないから続きを観ることにした。そうしたら後半は怒涛の展開で、いやあ、こういう感動的な話だったのねと驚いてしまった。その点でなかなかいい映画である。拾いものといっては失礼か。要はブラック会社なんて辞めて自由に生きようよというメッセージの映画だ。幽霊役の福士蒼汰がなかなかよい。ブラック企業で自殺してしまって、そのことを悔いて幽霊になって自殺しそうな人を助けにきた、という設定なのだが。感心したのが、ブラック企業の上司役の吉田鋼太郎の演技。これが実になんというか憎たらしくて、まさにブラック企業だなあという凄まじさだ。ところが現実はこんなものではないというレビューが相次いでいるのがなかなかに興味深く、中にはブラック企業にいると先のことが考えられなくなり、しまいには1時間後のことさえ考えるのが辛くなり、視野も狭くなって中央部分しか見えず、隅っこがぼやけるようになってくるので、首を大きく動かすようになる、という実体験に基づいたレビューもあって、いやあ、ブラックってすげえなあと、驚いた。
2020.07.23
どこだかの統計学者の計算によると1ヵ月後には1日3000人ぐらいの感染者になっているらしいな、コロナ。恐ろしいのは、この6月、7月の数字を、この学者はきっちりと当ててみせていることだ。ひ〜。さすが統計学、最強の学問。
オレとしては、弱毒化がはっきりしてきたので、感染力は最強だが毒性はそれほどでもない、というのがコロナだと思っているのだが、誰もオレの言うことなんか聞いてくれないのだった。
それにしても、百合子は飽きっぽい。
たぶん、3密とかステイホームとか言ってるあたりは面白くてしょうがなかったんだろうし、フリップ芸を発見して得意絶頂だったんだろう。ところが東京アラートを発したあたりから、はっきりとやっつけ仕事になってきたことがわかる。飽きてきたんだ。
東京アラートが、思っていたより面白くなかったので、急に冷めたんだ。
だからそれ以降のフリップ芸もなんだか投げやりだし、最近でははっきりともうどうでもよくなっているんだ。頭はすっかり国政なんだろうなあ。
もう今では評論家のように言いっぱなし。ほとんど人ごと。
夜の街がどうのこうのと言うなら、まず自分が足を現場に運べば、完全に封じることは無理でも相当程度の圧力を現場にかけることができてある程度の実効性はあっただろうに、夜の街なんて興味もないし人ごとだから、誰か行っといてちょうだい、で終わりなんだろう。
まったくオレたち都民は不幸だ。こんなのをボスとして仰がなくてはならないのだから。
体を張ってで都民を守るという気概がまるで感じられない。
まあ、築地だってそうだったもんな。興味津々に手を突っ込んでかき回してみて、すぐに飽きてポイッと。コロナも同じだ。
「海街diary」ずっと観ようと思っていて、なかなかその気になれなかった映画だ。なんでその気になれなかったかというと、どうもこの監督が好きになれない。是枝裕和。「泥棒家族」もうんざりして途中で放り投げたし。まあ、でも他に観るものがないしなあと、AmazonPrimeだ。そして、この映画、観たらけっこうよかったわ。いや、なかなかの出来だった。カメラワークが、なんでそこでじっとしないんだよとイライラさせるぐらい落ち着きがないのが気に食わんが、しかし全体の映画のトーンは出色。鎌倉という素晴らしい街によく似合う、素晴らしい空気の映画だ。ここに描かれているのは、ささやかだけれど、普遍的な幸せ。綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずという4姉妹の、こいつらは本当に姉妹なんじゃないのかというぐらいの生々しい距離感がよかった。何よりも驚いたのが大竹しのぶの存在感だ。画面に現れただけで、訳ありのダメ母親、でもかわいそう、と思わせる。なんなんだこの演技力は。化け物か。この大竹しのぶと樹木希林が対峙するシーンがあるのだが、樹木希林はいつだってどこだって樹木希林以外の何者でもないという存在感なのに対し、大竹しのぶはいつだってどこだってその役になりきって世界を作ってしまう。どっちも化け物だなあ。広瀬すずが、撮影時間とともに大人になってどんどん奇形になっていくのにもびっくり。次の化け物は広瀬すずかも。ラストシーン、喪服姿の4姉妹が鎌倉の海辺を歩く長回しは、出色。これぞ普遍の幸せ。鎌倉の美しい四季折々の自然を観るだけでも心洗われる映画だ。そう、心洗われる、という表現が一番しっくりくる映画だ。
2020.07.22
久しぶりに、とおるちゃんに行った。
息子と二人だ。用事で代々木まで出かけていて、帰りの遅くなった息子に晩飯を食わせようと思ったのである。
とおるちゃん、連休前日ということもあって満席である。さすがだ。お目当てのあじフライは完売ということで残念である。
もっとも満席といっても、テーブルを間引きしているから、以前の満席の半分。つまりは売上も半分。だからといって家賃が半分になるわけじゃないし、人件費が半分になることもないので、かなりギリギリの経営だろう。
飲食店は厳しいなあ。
チェーン店に行けば「安心して飲める」、頼んだサワーが薄かったら「水代わりに飲めてちょうどいい」とどんなことでも前向きに受け止めるスーパーポジティブなとおるちゃん(旦那)だからやっていられるのだろう。
帰り際に、頑張って、と声をかけたら「ありがとね」と返事をしてきたおかあちゃんの表情がやや折れそうになっていたのが気になった。
ちょっと前には撤退費用の計算もしてみたそうだし、このまま満員でも売上は半分という状態が続くようだと、さすがに厳しいかもしれない。
一方で、やっぱり飲食が一番危険、と聞くと仕方ないかなあとも思う。食べながら、飲みながらしゃべるのが一番感染リスクが高いらしく、メシは黙々と食え、というのが新しい常識らしい。
となると、地下の狭い閉鎖的な空間で、ぎゅうぎゅう詰めの人たちが大声でしゃべりまくっている、とおるちゃんのような店は極めて危険だ。今夜もオレと息子が食っている頭の上で「おあいそー〜」と叫んでそのまましゃべり続けているおっさんがいたりすると、おいおい、ちょっと待てよ、という気になる。
1年前は、オリンピック前夜になるはずだったのに、この落差ったら。
この異様な世相の暗さは、そうした落差に加えて、鬱陶しすぎる天候にもある。はああ、また今日も雨かよ。布団、干せないのかよ。なんだよ、この湿気は。
本当にうんざりという表現がぴったりだよなあ。
まあ、よい。よくはないけど、よい。
オレたちはスーパーポジティブに進むしかないのだ。長瀬君のように新しい一歩を踏み出すのだ。いや、別に長瀬君に思い入れは何もないがね。
それにしても週の半ばにもJリーグがあるというのはとても嬉しくて、今夜も、とおるちゃんで酔っ払って帰ってきて、風呂に入ったというのに、浦和-柏を観て、続けてセレッソ-神戸を観る。
セレッソ-神戸は、0-0のゲームだったけれど実に面白かった。速いパス回しのきれいなサッカーが繰り広げられ、サッカーの醍醐味がいっぱいに詰まったゲームだった。両チームに拍手である。
対して浦和-柏は、終わってみれば0-4で浦和の完敗。ひゃー、ひでー。鹿島も負けたそうで、わははは、慶賀の至りだ。
浦和のゲームはレオナルドが交代させられたところで観るのをやめてしまったけれど、代わりに入った杉本健勇がひどかったらしいなあ。というか、チーム全体がひどかったなあ。
もっとも、あのチームで一番ひどいのはサポーター。今夜も、前の方では手拍子を強要する連中がいて、それを他のサポーターが拍手で打ち消すという闘いが繰り広げられたらしい。バカだな。「善良なサポーターを排除した結果のスタンドだ」と、サポーター内で非難が飛び交っている。
そんなサポーターの立ち振る舞いも含めてのサッカーだ。満員のスタンドが早く帰ってきてもらいたいものだ。
2020.07.21
本日は例によって銀座である。しかも土用の丑の日だ。
そこで、一緒に仕事をしているお姉さんに聞いてみた。勘違いして欲しくないがお姉さんと言っても店ではなくて、普通の会社の人である。
もしもしお姉さん、今日は土用の丑の日ですけど、ウナギは食べるんですか。
「一人暮らしだし、たぶん食べないですね、面倒だから、ふふ」と姉さん。
でも、ランチとかは。
「ランチですか、そうですね。でも、ここは銀座。ランチと言ってもウナギだと一番安いので3000円からなんですよ」
どひゃー、3000円! ランチが!
まあ、確かに先日ラーメンを食べたら1200円だったので腰を抜かしたものなあ。ウナギの3000円は不思議じゃないなあ。
このコロナの時代に、恐るべし、銀座。
という我が家では、ヨメにお金を渡して、ウナギを買ってきてもらった。国産だぞ。一年一度の贅沢である。
一番搾りを飲みながら、レンジでチンしたウナギをつつく。旨い。
あっという間に食べきって、息子のに手を伸ばそうとしたが、あっさりはねのけられたのだった。
2020.07.20
誰でも思うことだが、本当なら今頃はオリンピック前夜ということで、文化祭前夜のような浮かれ具合だったわけだ。返す返すも残念である。コロナの馬鹿野郎。
それにしてもここ一週間の死者数の激減ぶりを見るに、やはり弱毒化しているのは確かだろうか。あのフィンランドも激減している。もっとフィンランドについてはノーガード戦法で死ぬべき人は死んでしまっただけという説もある。最強遺伝子だけが残った最強民族の誕生だ。
とまあ、行われなくなったオリンピックを惜しんでいても栄光の架け橋は二度と戻らないわけだから、夜、お菓子総選挙を観る。
前回は2016年だったというから、4年に一度、オリンピックにぶつけてくる企画なのか。
1位はカルビーのポテトチップスだ。もちろんオレと息子は亀田製菓のハッピーターンを全力で応援したのだが、なんと11位という意外な結果。惨敗といっていい。
かわりに残ったのが亀田製菓の柿の種。ところが残念ながらこちらは惜しくも3位に終わり、この結果にアルビレックスのJ2からの自動昇格を賭けていたオレと息子は、がっくりと肩を落としたのだった。
ところでこのお菓子総選挙で最も問題となっているのが、ブルボンが不参加ということである。
おお、ブルボン! ルマンドにホワイトロリータ、近年では“最強”“メッシ並み”との圧倒的な評価を得ているアルフォートなど、お菓子界の王者であるブルボンが、なぜかここに参加していない。明らかに大人の事情だろうな。
ブルボンといえば、ルマンド。彼こそが絶対チャンピオンである。
オレが通っていた高校の目の前にあった駄菓子屋では、欠けたルマンドが袋詰めにされて1袋100円で売られていた。オレは昼休みになるとその袋を買っては、午後、ポリポリとルマンドを食ったのだった。
つまりルマンドこそオレの青春の味であり、オレの体の3分の2はルマンドでできているのだ。
今にして思えば、あの袋詰めはどういう理由で売られていたんだろう。小さな駄菓子屋だけでそんなに欠けたルマンドが出てくるとは思えないし、返品処分の一部を流通のズルで横流ししてもらっていたのか、あるいは店の親戚の子がブルボンに勤めていたのか。
事情はよくわからないなあ。
まあ、ギター抱えて吉田拓郎を歌うことしか考えていなかった田舎のバカ高校生(オレのことね)にとっては、そんな事情なんてどうでもよくて、毎日、割れたルマンドの袋詰めを食べることに至上の喜びを感じていたわけだ。
今でも時々ルマンドを買って食べるけど、美味しいよねえ。細かなカスが出てきてこぼれるのがちょっと困りものだけれど、それさえも袋を逆さにして口の中に振り落として食べるのが楽しい。
こんなに美味しいルマンドがエントリーしていないランキングに、何の意味があるのだろう。
そういやブルボンで思い出したが、就職活動でオレは北日本食品に会社訪問したことがあったな。リクルーターに会って、最初の面接も受けたはずだ、確か。それっきりであっさりやめちゃったわけだけど、もしあのまま北日本食品に入社してお菓子の営業マンになっていたら、割れたルマンドの横流しの事情もわかったかもしれないなあ。
そんなことを思いつつ、オレが毎日食べているのはキットカット。やっぱりキットカットは美味しい。ちなみにキットカットは5位だった。
2020.07.19
本日のアルビレックスはホームで山形とゲームだったのだが、まあ、つまらない試合内容だったなあ。結果も1-1の引き分け。本当につまらん試合だった。
オレたちは長い間、レオ・シルバの変態守備を見過ぎたから、こういうゲームを観ると激しく退屈するのだ、という指摘もあるが、確かにそれももっともだ。
それにしてもつまらな過ぎた。
つまらないあまり、なんだか気になって調べたら、なんだ、昨日観た「劇場」の主役の男優、オレが絶賛した映画「羊と鋼の森」の主役だったんじゃん。あれは、静謐で美しい、とてもいい映画だったなあ。主人公もピュアで。
それが数年でこんな堕落した男になるなんて、おれは許せない。って、お芝居じゃん。はい、バカか、オレは。
最近面白いのは「MIU404」というドラマである。金曜日の夜10時からやってるやつ。えーと、星野源とか綾野剛とかが出ている警察ものだ。キャラの立った4人の刑事がなかなかよい。それに加えてシナリオがなかなかよい。
最新作が第4話なので、おれはわざわざパラビに加入して第1話、第2話を観ちゃったよ。第3話はTVer。まあ、そうやって観るだけの面白さはあるよ。
この4人の刑事のボス役が麻生久美子なんだけど、こいつはこないだまでミニパトに乗って駐禁の取り締まりなんかをしていたくせに偉そうになっていて、ちょっとムカついた。オダギリジョーと三浦友和が共演したなんとも不思議な味わいの映画「転々」では、麻生久美子が路駐を取り締まっているシーンが楽屋落ちのネタ的に挿入されているが、これは監督とオダギリジョーがらみのネタ。この映画、三浦友和が中年の借金取りを演じていて、なかなかいい味わいだ。三浦友和は、こういうちょっと悪い男のほうがいい。
なお、吉高由里子がちょい役で出ているが、スカートを脱いだパンツ姿はなかなかにエロい、サービスカットである。
話が飛んだ。
要するに「MIU404」はなかなか面白いドラマですよ、というわけだ。6チャン金曜22時。
ドラマと言えば、今日から「半沢直樹」が再開ということで、テレビは大はしゃぎだ。
オレは一度も見たことがなかったが、娘が観るというのでついでちょっと観た。その前に予習ということで前回シリーズをパラビで観た。第一話だけね。なんと大仰な話でびっくり。
聞いた話だが、このドラマがはやった頃、本当の銀行員が大迷惑したというのを聞いた。というのも番組を観て信じ込んでしまった田舎の母親がわざわざ電話してきて「おまえも土下座させられているのか」とか「出向だなんて、何か悪いことをしたのか」と本気で心配するのだという。
「会社で土下座なんてするわけないって」「出向って刑務所に行くんじゃなくて普通のことだって」と説明するのだが、母親はなかなか信用せず、本当に面倒くさいのだそうだ。わははは、そりゃ大変だ。
ついでにオレは「集団左遷」という福山雅治主演のドラマもパラビで観たが、こっちのほうがずっとリアルで面白かったぞ。みずほ銀行の蒲田支店が舞台のようで、ダメ銀行のダメ支店ぶりが、実にリアルで笑えた。
新しく始まった「半沢直樹」は途中まで観て寝てしまったのだが、登場人物たちの誰もが大仰な演技をして、鬱陶しいよなあ。顔。顔がすごいわ。
あんな陰謀とか裏切りとか、開始やの中には普通にはないので、田舎のお母さんたちは心配しないように。
それにしても古田新太が偉そうにふんぞり返るたびにオレは「あまちゃん」での小鹿の生まれたものまねを思い出して吹き出しそうになるし、香川照之はどうしてこんなにも意地悪な上司役としてあちこちに出ているのだろうと思った。「集団左遷」にも副支店長で出ているし。
そうそう、銀行の小ネタだが、副支店長と支店長代理では、どっちが偉いでしょう。
正解は副支店長で、支店長代理は係長よりも下の役職なのであった。
2020.07.18
「劇場」。オレの大好きな松岡茉優が助演の映画。公開初日に大喜びで観た。AmazonPrimeである。
演劇の世界での大成を夢見るダメ男(山崎なんとか)の、とことんダメぶりがすげえ。松岡茉優は、このダメ男と同棲してとことん尽くすバカ女を演じている。結局、松岡茉優は青森の実家に帰っていくのだが、要するにそういうダメ男とバカ女のイライラする7年間を描いた映画だ。というわけで、観ていてひたすらイライラする。
松岡茉優でなかったら30分でやめていたね、オレは。それでも最後のどんでん返しは見事。あー、なるほど、そういうことだったのね、と感心した。だから「劇場」なのか。
それにしても松岡茉優はいいよなあ。くるくると変わる表情が好き。顔の表情たわけで場の空気を変えてしまえるお姉さんだわ。だからバカ女を演じるときはとことんバカになれる。こんな松岡茉優に7年間も食わせてもらった無職ダメ男に鉄柱だ。いや、天誅だ。鉄柱だと場外乱闘じゃないか。
ところでこの「劇場」、公開初日にAmazonPrimeで観たと書いたが、一体どういうことなのか。
実は当初、この映画は4月だか5月だかに封切り予定だったらしい。ところが緊急事態宣言で映画化の再開の予定がまったく見通せなくなってしまった。そこへAmazonから声がかかったという。
監督の言葉によれば、それは驚くほど高い金額だったそうだ。
映画館という三密空間での上映が見通せない中、仮に再開したとしても売上はまったく期待できない中、少しでも製作費が回収につながるなら製作関係者にとっては有り難すぎる話だ。
だが、それに猛然と異を唱えたのは、映画館。そりゃそうだよな。「今まで世話してきたオレたちがこんなに苦しんでいるのに、お前たちはカネをくれる外人さんにほいほいと寝返るのかよ」と猛反発してきたのだ。
なんでも封切り映画が上映中はネットでは公開しないという取り決めもあったらしい。
そしてと当の監督自身も「映画は映画館で観るもの」という考えから、Amazonとの同時公開には、クビを縦に振らない。だが、このままでは制作費は回収できず大赤字になり、作品は封切り。次の作品づくりの道すら閉ざされかねない。
結局、苦渋の決断ということで、Amazonと劇場の同時公開という結論に至ったわけだ。
そうなりゃ誰だってAmazonで観るに決まっている。大音響でバトルが繰り広げられる大迫力のアベンジャーズ映画なら絶対劇場の方が興奮するが、なにしろダメ男とバカ女のグダグダの7年間である。茶の間で寝転がって「こんなダメ男なんかとっとと別れちまえばいいんだ」「別れられないバカ女もバカだ」「共依存」「ストックホルムなんとか」「いや、それは違う」みたいな話をしながら観るくらいでちょうどいい映画だ。誰だってAmazonでいいや、と思う。
結局、ネットで上映したものは映画とは認められないという変な取り決めもあるらしく、映画館は上映に踏み切ったものの、それは映画ではないという、なんだかわけのわからんことになったらしい。
まあ、どっちでもいいや。オレは松岡茉優をたっぷりと拝めたから。
その松岡茉優が、この9月からテレビドラマに出るというのでオレは楽しみにしていた。しかも主演女優。設定が、恋愛もモノも、異常に物持ちのよい清廉女。つまりはストイックなのか、パラノイアなのか、もしかしたらサイコパス的な、変な女。こういう変な女を演じたら天下一品なのは「勝手にふるえてろ」で証明済み。いやあ、早くこういう変なキャラを演じる松岡茉優が観たいですねえ、とオレは楽しみにしていたのだった。
それが、あーた、なんですか、相手役の男優が今日になって突然自殺ですと。もう、口あんぐりですわ。若くてトップ俳優の座をつかんだのだからカネも名誉も女も全部オレのもの状態だったろうに。いったい何があったのだろうか。
それにしても今年の世相の暗さは、異常である。
本来ならオリンピック開幕一週間前で、日本中が興奮し、浮かれて、大騒ぎしていたはずなのに。まさしく奈落にまっしぐらの半年だ。
2020.07.17
名古屋グランパスをクビになったジョーが、ブラジルに帰って言いたい放題しているので、騒ぎになっている。
ジョーは言う。
「日本人は冷たく閉鎖的だ。どこでもオレたちは疑いの目で見られる。熱気も喜びもない」と。そしてその原因は「戦争で米国に負けた結果」としている。
要するに人種差別的なことを受けたと言いたいらしい。むちゃくちゃである。
確かにサッカーでは、降格しそうなクラブを救うために呼ばれてやってきたのに、「オレにボールを寄越せ」とアピールしても誰も放り込んでくれなかったとか、選手生命を左右するかもしれないような悪質なファールを受けたのに相手にはカードも出なかったとか、いろいろ恨みはあるらしい。でも、それぐらい、どこの国のどの選手にもあることだし、新参者にボールが回ってこないなんて、ブラジル国内でも当たり前だけどな。
「疑いの目で見られる」というのも、190センチを越える黒人が街の中に現れたら、たいがいの日本人はギョッとした顔をする、という話だろうな。
そもそもジョーは、ブラジル人の仲間とエレベーターに乗ったら日本人のばあさんがいたので、言葉が分からないと思って揶揄したところ、折り際にそのばあさんからポルトガル語で「お先にどうぞ」と言われたというエピソードがある。ばあさんは父親がブラジル人だったのでポルトガル語が分かるのだった。
そんな程度の外人だったということだ、ジョーは。ブラジルで好き放題言ってても、相手にするなということだな。
かわいそうなのは名古屋グランパスのサポーターたちで、「あんに応援していたのに」と肩を落としている。うーむ、ナイーブな子たちだ。
もっとも名古屋グランパスを辞める際にもっとひどい暴言を吐いたのは日本人の安田理大で「こんなチームに来る選手はアホしかいない」と幹部の前でぶちかましたのは有名な話。安田に比べればジョーもたいしたことはないだろう。
というか、こんなことばかり言われるなんて、チームそのものに問題があるんじゃないのか、名古屋。
2020.07.16
息子のスマホの調子がおかしい。カメラがまったく起動しないのだ。
これは数ヵ月前のオレのスマホと同じ症状である。息子とオレのスマホは同時期に同機種を買ったから、これはたぶん機種固有の問題だな。何かというと、天下のXperia様である。わはは。
オレは修理なんてしないでさっさと交換してもらった。息子もそれでいい。ドコモショップへ行こうと、予約を取る。けっこう混んでいて一週間後だ。
ようやく予約が取れて、ん? ようやく予約? いい語呂だ。ラップかよ。ようやく要約の予約が取れて、ときたらますますラップだな。ようやく予約が取れて、息子とドコモショップに行く。契約者はオレだから、一緒に行かなくてはならないのだ。
店に足を踏み入れると、店員がささっと寄ってきて「何しに来た」という顔で予約の有無を確認する。最大限の警戒ぶりである。携帯ショップはどこでも老害の攻撃にあって病んでしまっているから、この警戒ぶりもわからないではない。
今も、オレたちが受付を待っていたら、いきなり突撃してきたじいさんが、何やら動かないと文句を付けていた。オレたちをガードした例の店員が立ちはだかって「ご予約はされましたか」などと受け止めていたのを聞くともなく聞いていたら、要するに機内モードになっていただけだった。
それを店員がなおしてやったら、じいさんはご機嫌で帰っていったわけだが、毎朝、この手がどっと押し寄せてきたそうだから、予約制にしたのもよくわかる。
順番が来て呼ばれる。カウンターに座ったら、担当したのはリンさんだった。息子によればネームプレートに台湾の国旗が描いてあったそうだから、台湾人か。
すごいよなあ、リンさん。異国に来て接客業でちゃんとひとり立ちしている。同じ事を台湾へ行ってやってみろと言われても、オレには絶対に無理だ。
リンさん、さすがの日本語力で、カメラが壊れているがオレの同じ機種も同じトラブルだったので機種固有の問題だと思うよ、だから交換しちゃった方が早いと思うよ、と最初に伝えたらきちんと一度でそれを理解した。いや、もしかしたらこの機種を持ち込む客にはこの症状が多いから気をつけろ、というマニュアルがあるのか。
いやいや、どうもそんな雰囲気はなかったから、たぶんここはリンさんの日本語力がすごいのだと思う。
大学の第二外国語で中国語を習っている息子によれば、日本語の「の」に相当するのが中国語の「ダ」という発音で、「の」の使い方が微妙に「ダ」に近かいのが面白かった、とのことである。なるほど、どんなに流ちょうにしゃべってもどことなく違和感があったりするのは、そういう微妙な違いなんだろうな。
結局、当初の目論見通り修理を手配するのではなくて同じ機種に交換してもらう方が早いということで、その手配をお願いし、再来店の予約を取って帰る。
カウンターの隣の席ではばあさんが座り、「私はスマホを3台も契約している」「タブレットはiPadPro」と、とにかく店員に対してマウントを取ろうとしていたのが面白かった。ドコモショップも大変である。
2020.07.15
前半終わって0-2だったところ、3-3の引き分けで終わった。今夜のアルビレックス。
完全な負け試合を引き分けに持ち込んだのは評価できるが、町田相手に勝ちきれなかったのは情けない。
ポジショニングサッカーを目指すチームが3バックをやりたがるのは、あれは中二病にも似た誰でも通る青春の思い出なのかもしれないが、そして今夜のアルビレックスもそんな苦い青春に浸ってしまったのはマイナスであるが、ハーフタイムに選手を入れ替えて4バックに修正してまったく別のチームに甦らせたことは評価できる。
何よりも、その選手交代において、一番残すべきと思われたマウロを交替させ、交替させるべきと思ったディフェンスの2人が点を取り、さらには交替で入った師恩も点を取ったのが高く評価できる。
そしてその師恩の驚愕のゴールが、今日最も高く評価できる。あれはゴラッソ。ヨーロッパのキーパーでも取れないだろうし、あかん、これで師恩が見つかってしまうと、オレたちは頭を抱えたのだった。
その前のディフェンスの田上のフリーキックでご飯三杯は食えたのに、師恩のゴールでさらにご飯五杯はお代わりできた。おなかがいっぱいである。
神奈川県の町田なんていう田舎のチーム相手に勝ちきれなかったのは悔いが残るが、なかなか素晴らしいものを見せてもらったので満足度は高いぞ。それにしてもさすがは神奈川県の町田なんていう田舎のチーム、今夜の観客数は500人ちょっとだったそうで、J2の最少観客記録を更新したそうだ。
だははは〜。なんでも一番になればいいってもんじゃないぞ、神奈川県の町田。
まあ、あんな田舎のへんぴなスタジアム、誰がこんな雨の夜に山登りをするっていうんだ。500人も登山して遭難者が出なかっただけでも驚きだわ。
それにしても今年のアルビレックスは、なんというか、その、とても面白いチームだ。いや、正確に言うなら、面白サッカーチームだ。
なにしろ全5ゲーム中、4試合で3点取っている。一方で3点取られた試合が2試合、5点取られた試合が1試合。13得点11失点というチームだ。しかも得点ランキング1位が2人もいる。
今日だって6回もゴールシーンが見られて、先制されて、追いついて、引き離されて、追いついてと、見ている誰もがハラハラし通しの面白いゲームだった。
去年までの0-0とか、ホームで0-1で負けるとか、ばかやろ、時間返せと叫びたくなるようなゲームは皆無。とにかく面白い。
面白サッカーチームの繰り広げる馬鹿試合をどうぞお楽しみください。
しかもコロナの過密日程のおかげで、こんな面白サッカーチームの馬鹿試合を週に二度も楽しめるのだから、毎日ウキウキだ。いやあ、サッカーのある日々って楽しいよね。
2020.07.14
大騒ぎのGoToキャンペーンであるが、そりの上前をこっそりと撥ねて売上に計上した自営業者としてはいささか言いづらいのではあるが、あれは天下の愚策ではないだろうか。やはり。
娘の高校では修学旅行にまだストップがかかっている。本来の予定では年末にシンガポールに行くことになっていたが、先がまったく見えないので、パスポートの申請もちょっと待て、と学校から言われている。
息子は大学に合格してから一度しか登校していない。それどころか全国に散らばる新入生は上京すらできず、果たして自分は本当に大学生になったのだろうかと自問する日々だそうだ。
そういう若者たちを尻目に、大人が「今さら止めるわけにはいかんべ」と恫喝するのはどういうことだと思う。
あるいは九州の豪雨だ。恐ろしい被害だ。復旧の見通しも立たないというのに、「さあ、連休だ、物見遊山に出かけましょう」とはしゃぐのはどういうことだ。1人1万5000円の金を倍にして、被災者に届けたらどうだ。
さらには病院だ。コロナのとばっちりで経営が厳しくなった病院が続出し、ボーナスが出ないのでドクターがストライキをし、ナースの退職が続出だという。ひどい話ではないか。空いた時間にUber EATSのバイトをして生活費の足しにしているという医者の話は、あまりに衝撃的で37.5℃の熱が出たわ。
こういう医療関係者、医療機関に金を回すのが先だろう。
どうやらキャンペーンに合わせて強引に中国人の入国を許可しようという動きもあるそうだ。ほんまかいな。とんでもない話だ。
そんなことをいろいろと考えると、やっぱりこれは天下の愚策であって、中止すべきだと思う。本来なら今頃は目前のオリンピックに日本中が浮かれていたはずなのに、それかせこんなことになってしまって、まったくコロナの馬鹿野郎である。
2020.07.13
今週でた新しい文藝春秋は、テレビ東京の制作者の座談会が面白い。なんでテレ東はしょうもない企画でヒットを飛ばしているのか。どうせオレたち、テレ東だから、という開き直りがうまくいっているようだ。だからヒットが出て、上層部が偉そうになってきていることに現場は危機感を持っているというのが興味深かった。
今日は例によって銀座に行ってきたけれど、だいぶ人が戻ってきている。というか、ほとんど変わらない感じだ。
もっともそれは昼間に限った話で、たぶん夜は壊滅的なのだろう。いつだったかテレビに銀座のクラブが出ていて、ママという名のおばちゃんが「一日の売上300万円がパーざます、一ヵ月1億円がパーざます」と泣きそうな顔をしていたが、客単価10万円かよ、この店は、とびっくりしてしまった。
「銀座は文化ざます」とママという名のおばちゃんはふんぞり返るわけだが、もういうそう文化は不要になってきたのだろうなあ。もっと言うと、山手線の内側の飲み屋はいらなくなっているのかも。オレもあんまり行きたくないし。行かなくても平気だと言うことが分かったし。
銀座に行ったら雨が降ってきた。傘を持っていないので、コンビニでビニール袋を買った。
帰り、地元の駅に着いたら雨が上がっていた。まあ、ありがちな話だ。
そういや今日は、電車に乗るときに乗り換えのことを考えてボケッとしていたら、改札でタッチするのを忘れて、自動改札が大音響と共に閉まって慌ててしまった。その後、自販機でお茶を買おうと思ったら売り切れだった。
どうもそんな具合に今日はあんまり調子がよくない日だったようで、傘を買ったら雨が上がったなんていう程度のことも、今日は仕方ないな、とやり過ごせるのだった。
2020.07.12
今夜のイッテQ!は、隣町の大泉学園がロケ地で我が家は大喜び。駅前が映ったのは一瞬だが、この地に出川哲朗が来ていたというので子供たちもはしゃぐ。ロケが行われたのは東映の撮影所。ここもおなじみの場所なので、中に入ったことはもちろんないが、外観が映っただけでも歓声が上がるのだった。
これで手越が帰ってくればもっと楽しいのにね。
今日は日曜にも限らず、息子は朝からずっとオンライン会議だそうだ。学生同士で、なにやらいろいろと話し合っている。授業がらみのことらしいのでオレにも「静かにしててくれ」と注意がきた。まあ、普段からオレはガンガン音楽を流しながら仕事をしているからな。うるさいだろうな。
息子のキャンパスライフは、たぶんオレたちが経験したものとはまったく異なるものになっているわけだが、そこはそれなりに楽しみ、面白みを見つけ出して連帯しているのだろう。前期の授業が終わったら仲間が集まるという話があるそうで、顔見知りで気心も知れているのに直接会うのは初めてという不思議な集まりが実現するようだ。
どこで集まるんだ、ディズニーランドか、ボウリング場か。居酒屋はマズいだろ。
息子は「まだ決まってない」という返事。どうせなら近場の温泉や海でも行ってくればいいんだ。コロナに負けずに。
2020.07.11
いやあ、しびれるねえ。1-0。ウノゼロ。
しかも、前節、信じられないミスを連発して「あー、地獄」と叫んだキーパーがファインプレーを見せ、信じられないミスを連発して2点を献上したディフェンスが得点を決めての勝利だ。叩きに叩かれた2人が一転、ヒーローだ。
特にキーパー19歳は、勝利してぴょんぴょん飛び跳ねる。苦しい思いをした若者が、どん底から立ち直って見せる満面の笑みは。心を打つわ。よくやった。悪かったなあ、叩いちゃって。
しかもチームの全員が、この2人の立ち直りを支えようと、とにかく泥臭く1点を守り切った。全然格好良くないゲームで、あの人ならば「美しくない勝利」と顔をゆがめるだろう、泥臭い勝ち方だった。泥臭いゆえに、それが実に感動的だったなあ。
監督は、大博打に勝ったわけだ。
前節、信じられないミスの連発で大敗の原因をつくったディフェンスとキーパーを今節も起用するなんて、オレは腰を抜かしたぞ。もしこれでまた同じミスで負けてたら、チームのムードは最悪。監督の更迭さえささやかれたんじゃないか。そんな博打に打って出て、見事に勝ったんだから、なかなかの勝負師である。見事だ。
ホームでの泥臭い1-0。それは何よりも嬉しい1-0だった。
アル〜ビレックス。
2020.07.10
今週は毎日インタビュー仕事で外出だ。本日は六本木でインタビューである。
六本木や有楽町で夕方仕事だというのに、飲みもしないでまっすぐ帰るのだからオレも変わったものである。飲み屋なんてもうずいぶん行っていない。
今日も過去最高の感染者となると、飲み屋も行きたくない。というか、自粛の宅飲みで、もはや外で飲むのが面倒くさい。飲んで電車で帰るなんて、考えただけで面倒くさい。家で缶ビールに缶チューハイが十分。というか最高じゃん。
世間一般にそういう空気が広がっているから、飲食は厳しいよなあ。
昨日は帰りが遅かったのだけど、駅前の京樽で売れ残りのにぎり寿司を20%割引で買い、家に帰って缶ビールと一緒に食べた。これで十分じゃん、とか思っちゃった。
「呪われた町」(上・下)ステーィヴン・キング、文春文庫Kindle。初版が昭和58年、つまり1983年だから37年ぶりに読んだ。当時、日本でスティーヴン・キングはまったくの無名で、文藝春秋もハードカバーを売る自信がなく、最初から文庫でおそるおそる出したわけだ。キングがブレイクするのは3作目の「シャイニング」からだから、その一つ前の「呪われた町」はまだ海のものとも山のものとも、という判断だったのだろう。オレはその初版の文庫本を買って読み、絶賛したというのが自慢である。その「呪われた町」がやっとこさKindleになったので早速ダウンロードして読んだ。いやあ、久々に読んで、実に面白かった。これは吸血鬼がモチーフのホラーである。キングが友人と会食したとき、「現代に吸血鬼が甦ったら果たしてどうなるか」という話題になり、妻のタビサは「そんなのFBIに捕まってイチコロよ」と笑ったが、友人は「でも、メイン州みたいな田舎町だったらわからんいよね」と言ったことから、そこにヒントを得てキングが書き上げた長編だ。どういうことかというと、田舎町を舞台に物語に徹底的なリアリティを持たせれば、吸血鬼が町の人たちを襲って全滅させちゃうぞ、というバカバカしい話にもリアリティが生まれるはずだ、という仮説のもと、後のキングの得意技となる細部にまでとことこだわった饒舌でしつこい語り口で物語が書かれたのである。だから、初版を読んだとき、前半がとにかく退屈で、その分、後半が目が回るような面白さだった。それが今回読み返してみたら、前半が実に面白かった。オレの読み方が変わったのかもしれないが。アメリカの田舎町を舞台に、その普通の日常がとことん詳しく描かれる。一見平和な田舎町ではあるのだが、そうやってディテールにこだわって描かれ方をすることで、そこに暮らす人たちの心の奥底まで浮かび上がってきて、もちろん誰もが善人というわけではないから、人間の底意地の悪さ、心の薄汚さ、悪意などがじわりと伝わってくるのである。このアメリカの田舎町の描写が実に素晴らしくて、あの「スタンド・バイ・ミー」で描かれた田舎町の空気が伝わってくる。そういやあの頃はまだ「スタンド・バイ・ミー」は映画になっていなかった(早くKindleにして欲しい!)。70年代のアメリカの田舎町の空気感って、やっぱりいいよね。カントリーとかロックンロールが流れてきて、オープンカーが走って。そんなディテールたっぷりに描かれた悪意あふれる田舎町の日常に、吸血鬼がじわりと入り込んでくる。その“じわり”具合が実に素晴らしい。ぞくぞくするのだ。後半、吸血鬼が大暴れして田舎町の住人が犠牲になる。最大の見せ場は、吸血鬼に咬まれて死んだ住民が、甦るシーンだ。死者の蘇りはキングの得意技で、これが実に恐ろしい。死んだはずの兄弟が、甦って、夜中に二階の窓をノックしたりするんだよ。ひー。とはいえ、昔ほど恐ろしくは感じなかった。それ以降のキングでもっと恐ろしい蘇りシーンがいっぱいあったからかもしれないし、オレの感性が変わったのかもしれない。まあ、それでも恐ろしいことに変わりはないが。こうして久しぶりに大作を読破。デビュー2作目でこの完成度は素晴らしい。最近のキングも異常な創作欲で書き続けているが(生涯にいったいどれだけ残すつもりだ)、よく言われるように、オレもキングは「IT」までの初期が一番面白いと思う。その中でもこの「呪われた町」が一番好きだ。ちなみに初期の長編で読み残しているのが「スタンド」である。これは「呪われた町」を上回る長編で、その圧倒的なボリュームに尻込みしてまだ手を出していない。今回久しぶりに「呪われた町」を読み返して圧倒されたことで、やっぱり「スタンド」も読まなきゃな、と思ったよ。幸いこちらはKindleになっているし(「スタンド・バイ・ミー」も早く!)。
2020.07.09
8月に会津若松に行く予定である。福島だ。
会津若松は素晴らしいところで、昨年の夏に行った時もその穏やかで美しいたたずまいには、心が洗われた。できるなら今度は泊まって旨い酒でも飲みたいものだと思った。
それがかなったわけではないが、別の仕事でやっぱり今年の夏も会津若松に行くことになったのである。
旨い酒が飲めるぞお。
ところが案の定というか、そりゃそうだよねというか、取材は中止に追い込まれ、オンラインでのインタビューになってしまった。理由はもちろんコロナである。
地方の人たちからすれば東京はもはや黴菌。テロリスト。東京国。
来るな、絶対に来るな、来たとしても身を隠せ、絶対にバレるな、会津弁を話せ。
そこへきて、今日はあっと驚く224人である。いったい何の過去最大だよ。
いや、ほら、昨日の分と足して割れば、200人切ってるし。
いやいや、そんな言い訳は通用しない。コロナおかげで、今年の夏の会津若松行きは白虎隊のごとくに消えてしまったのである。
それにしても不思議なのは、重症者や死者が増えないことだ。感染は拡大しているが、威力は落ちたのか? Jリーグが再開してウィルスが弱体化したか? 案外しょぼいな。
毎年お世話になっているインフルエンザさんは、去年の1月で見れば、1日平均54人が亡くなっている。感染者数ではなくて1日の死者数だ。もしこれが、コロナで1日50人が死ぬ、と報道されていたら日本はパニックだろう。東京国は閉鎖。鎖国。オレたちはテロリストどころか人間扱いすらされないだろう。
やっぱり日本人に限っては、コロナの死亡率はすげえ低いようだ。ここのところの感染拡大の結果で死者がどれだけ増えるかはこれから見なくてはならないけど、やっぱりインフルエンザよりしょぼいのは確かなようである。コロナはただの風邪。
一方で、回復しても生存期間は7年だとか、肺に致命的な損傷を負うだとか、死亡率が低くてもなめちゃいかんよという指摘もある。よくわからん。
確かなのは、オレの会津若松がなくなってしまったということだ。残念である。
2020.07.08
そういや、昨日は結婚記念日だった。
2000年に結婚したから今年で結婚20年。わかりやすい。オレが独立したのは昭和63年だから独立期間は平成と同じで、これもわかりやすい。何かとわかりやすい人生なのかも。
結婚記念日は一年に一度のことだから、忘れないようにと七夕の日に籍を入れた。
だも関係なかった。忘れるときは忘れるし、七夕でなくても覚えているときは覚えている。
オレたちはだちらも結婚記念日はしっかり覚えていたので、ヨメによくオレなんかと20年もつきあってるね、と呆れ気味に感謝の言葉を伝えた。
結婚20年は磁器婚というのだそうだ。
ヨメもオレも、だからといって何か特別なことはせず、「あっそ」でスルーするタイプである。こういうところの価値観が同じだと生活していてとても楽だ。
2020.07.07
探しものは何ですか〜(ダッダダンダーン)、見つけにくいものですか〜(ダッダダンダーン)で、(ダッダダンダーン)を弾いているのが安田裕美。とてもシャープで攻撃的なギターだ。
その安田裕美が亡くなったというニュースは、オレのようなフォーク世代にとっては軽くショックだ。
石川鷹彦と同世代で、二人でトップギタリストとして日本のフォークを引っ張ってきた。石川鷹彦が、なんでもいらっしゃい、なんでもOKだよ〜という大人のギターを弾く人だったのに対し、安田裕美は、おらおら、上等じゃねえか、かかってこいや、というギターを弾いていた。よくわからん説明だな。
とにかく存在感のあるギターを弾いていたのだ。井上陽水の「帰れない二人」のイントロのギターソロもこの人ね。
山崎ハコと結婚していたとは知らなかった。
昨年、井上陽水のライブに登場して久しぶりに共演したそうだが、井上陽水が「これが二人で一緒にやる最後になります」と話していたのは、こんな未来を知っていたからではないか、と話題になっている。ちょっと切ない話だな。
2020.07.06
本来なら今日は仕事が終わったら飲みに行く予定だった。有楽町とか、新橋あたりで。
だが、連日のコロナ3桁。地方では、東京に住むオレたち黴菌扱いどころかテロリスト扱いである。
こんな状況で夜の街に出てはマズいだろう、みんな子どもがいるんだし、ということで自重することにした。残念である。仕方がない。
テロリスト扱いということでは、先日、ひどい話を聞いた。奈良に住んでいるオレの取引先なのだが、その人の近所に住むのがバスの運転手さん。それも単なる運転手さんではなくて、コロナの初期に陽性になってしまった観光バスの運転手さんだ。ニュースでもけっこう騒ぎになったあの人だ。
近所に住むあの運転手さんが、なんと引っ越してしまったというのだ。
「いろいろな偏見もあって」「気の毒でした」と、その取引先はメールに書いていた。うーむ、なんということだ。バス運転シュンはなんの落ち度もないのに、むしろ被害者だというのに、黴菌扱いかテロリスト扱いされて、あげくに地域には住めなくなって引っ越しか。地域が被害者を守ってやるのではなくて、地域が被害者を叩いて追い出すのだから、ひどい話だ。
これが田舎の現実。岩手なんて、もはや独立国である。岩手国。
オレたち東京の人間が黴菌扱いテロリスト扱いされるのも当然だろう。ここはやっぱり有楽町で飲んでる場合ではなくて、家で大人しくしておくに限る。
もっとも九州の大災害のニュースのあとに、今日の東京は101人でしたなんてニュースが続くと、「何やってんだ東京は」という気分になるのもわからなくはない。なんだかごめんなさい。
2020.07.05
都知事選挙だったわけだが、百合子が盤石なのはしょうがないとしても、百合子を含め、オレたちはこんな中からオレたちの親分を選ばなきゃならんのかと思ったら、情けなくて泣けてきた。仕方なく、オレはこの中で人間的一番まともだと思う人に入れたが。
桜井誠の躍進にはちょっと驚いた。20代の比率が高いそうだね。得票の。
若い世代がこの人を支持しているという背景には、ここ数年の嫌韓、嫌中国の流れがあるのだろう。尖閣諸島で自衛隊の船が中国の船に激しく嫌がらせされたとき、中学生や高校生だった若者が今や20代となって社会に飛び出しているわけで、嫌韓、嫌中国の流れは今後さらに強くなるのだろうな。桜井誠もますます元気になる。
もちろんオレは桜井誠は嫌いではない。いや、むしろ同調する部分が多い。ヘイト上等。税金ゼロなんて素晴らしい公約ではないか。
それにしても太郎が3位というのは、さすが、これが東京の良識。騒いでいるのは一部のみ。石神井公園駅前で演説した際の冷ややかな空気が、このトリックスターに対する都民の姿勢を表しているわ。
などと悪たれをつきつつ、今日は珍しく仕事のない日曜日なので、映画でも存分に観ようかとAmazonPrime。その前に昨夜のアルビレックスの試合を見返し、J1、J2各チームのハイライトを振り返る。他チームの体たらくに思わず吹き出す。アルビレックス以外、J1もJ2もみんな降格してしまえ。
映画は、適当なのがないなあ。いろいろと予告編だけを見てやめる。仕方ないのでメガバンクを舞台にリストラとか合併とかをテーマにしたドラマを見る。息子が隣で勉強していたので、おまえがどこに就職しようと好きにしていいが、銀行だけはやめとけ、と諭す。人は銀行のカネに頭を下げるのであって、それに気づかず自分に頭を下げていると勘違いしているうちに人間として腐っていく。それが銀行だ。息子は「わかった」と素直にうなずく。
その点、フリーランスはいいぞ。フリーランスは決して人に命令されない。命令されるのが嫌いな人間がフリーランスになる。フリーになると、命令されなくて、代わりに「お願いしますよ、タンゴさん、月曜までなんとか」と願いされる。お願いされた上にカネまでもらえる。末端業者であるのに実はオレは偉いのかもと勘違いすることになるのがフリーランスだ。3日やったら辞められん。
そんなことを話しながら見たドラマだが、なかなか面白かったものの、初回を見終わったところで全部で8回もあるシリーズだと気づき、やめる。さすがにそこまでヒマではない。
夜、いつものように晩飯を食ってそのまま飲み続ける流れの中で、家族で「イッテQ!」を見る。予告編で、なんと次回は大泉学園と流れた。隣町で、息子の中学、高校のある街だ。これは見なければ。あれ、これは来週とは限らないの?
2020.07.04
DAZNの時計表示で48分25秒、「あー地獄!」という絶叫が聞こえるという。確かめてみたら、明瞭ではなかったが、それらしき声は間違いなく響いていた。これも無観客試合ゆえだ。ベンチの指示や選手の声かけなどがよく聞こえる。おかげで「あー地獄!」という声を発したアルビレックス新潟のゴールキーパーはサポーターから激しく叩かれるのだった。
前半だというのに、なんと4点目の失点である。しかも、目を覆いたくなるようなミスからの失点だった。ミスを犯したのは19歳のキーパーで、これがプロ2戦目。オレは負け試合で特定の選手を叩くのは好きじゃないが、それでも「あー地獄!」と叫びたいのはこっちだ、という気持ちになった。
結局このゲームはホームだというのに5失点という惨い結果で終わった。しかもシュートがセンターバックの体に当たってコースが変わって得点になったのが2点、「あー地獄!」の時のキーパーの信じられないクリアーミスが1点、やはりキーパーの信じられないファールによるPKが1点。5失点中、4失点が信じられないミスからだから、そりゃあ勝てるわけがない。
ディフェンスの要が信じられないを連発したらそれが前線にも飛び火したか、シルビーノが信じられないシュートミスで2点を逃し、ファビオが信じられないシュートミスで1点を逃した。つまり攻守両方の“信じられない”がなかったとしたら6-1で勝っていたというゲームだったのである。
お祓いして地獄から救い出してもらいたくなった。
3試合を消化して、アルビレックス新潟は3点、3点、3点と9点を取っている。素晴らしい攻撃だ。一方の守備は初戦こそ0点に抑えたものの、3点、5点と3試合合計8失点。つまりは9得点8失点という、なんとも派手で忙しいゲームをするのがアルビレックス新潟。前節がそうだったように、人ごととして見れば、こんなに面白いゲームもないわ。
だが、3点を取っても勝てないのだから、フォワード陣は相当不機嫌であるはずだ。早急に手を打たねばならないだろう。
幸いなことにこれは戦術的なミスというより、はっきりとキーパーとセンターバックという個人のせいであることが分かっているのだから、次からは選手を替えれば済むわけだ。これは大きな救いだ。
19歳のキーパーは、せっかくつかんだチャンスであるのに不憫ではあるが、デビュー後に連続2試合で8失点なんて経験をしたわけだから、もはやトラウマものだろう。懲罰交替は未来ある選手を潰してしまいかねないと心配したが、ここに至っては既に潰れかけていると見るべきだろう。センターバックも同様だ。チームを救うだけでなく、選手個人を救うためにも、交替は当然だろう。
ここで気になるのが、既に我らの新しいスペイン人監督が「エスナイデルの再来」とネットをざわつかせていることである。エスナイデルとは、去年までジェフ千葉の監督を務めていたアルゼンチン人で、「エスナイデル・ハイプレス」と銘打った、極端にラインの高いサッカーを披露してみせた人物である。
「エスナイデル・ハイプレス」と書けば格好いいが、その現実は単なる面白サッカーに過ぎない。極点に攻撃に重点を置いていて、そりゃあ裏を取られてあっさり失点するのも当たり前だろうというサッカーだったのだ。
どうも日本にやってくる新人外国人監督というのは、Jリーグを甘く見ているようで、守備はどうにでもなる、それよりも派手な攻撃サッカーを展開して注目され、名をあげたいと考える傾向にあるようだ。
我らの新しいスペイン人監督も、バルサであのペップと一緒に仕事をしていたというのがウリだが、監督経験そのものは初めてだ。条件に当てはまる。攻撃サッカーで注目されようという野望を持っていても当然だろう。だから守備は甘く見て、攻撃に力を入れた結果が、3試合で9得点8失点という結果なのかもしれない。その可能性は十分にある。
気になったのが、終盤だ。「あー地獄!」の19歳キーパーが、ディフェンスにまったくコーチングしていないという信じられない状況で突っ込んできた相手と交錯し、PKを献上した後である。3-5と2点差に開いたものの、相手はボロボロで2点差を追いつく可能性も十分にあるという状況だった。
だがここに至っても監督はバルサふふうの華麗なパスサッカーに固執してしまう。なぜ放り込まないのだ。どうしてパワープレーをしないのだ。ロングスローが得意な左サイドが前のほうでスローインに走ったというのに、あっさり普通のスローインで終わったのも気になった。
確かにロングスローは美しくない。弱者の戦法であり、ロングスローはサッカーを壊す。パスサッカーには最も似合わないものだろう。
だが、ここはJ2。泥臭く勝ち点を重ねなければ抜け出せないぬかるみのような地獄だ。なりふり構わず放り込みを繰り返し、恥を忍んでロングスローもやらなきゃならない場なのだ。
それなのに監督はパワープレイのそぶりも見せずに、あっさりと淡泊にゲームを終わらせてしまう。オレはこれが気になった。
Jリーグ、特に2では時にリアリストに徹しなければ勝てないのだ。
このスペイン人監督に果たしてそれができるだろうか。オレにはまだ分からない。これも次節への課題だ。
点が取れるサッカーは間違いなく面白い。毎試合3点も取っているのである。だから後は守備だけ、というわかりやすさも希望の灯明だ。その点で、今年のアルビレックスは楽しめる。だが、どうしても今年こそJ1に昇格しなければならないのだ。なぜなら、本間師恩、秋山裕紀、渡邉新太といった若い日本人選手たちは間違いなく来年引き抜かれるに決まってるからである。彼らを引き留めるには、J1に昇格する以外にない。
さらに社長自ら「このままでは秋に資金がショートします。つまり倒産します」と広言しているクラブである。J1昇格の勢いをつけて観客入場が解禁されたときにスタジアムにできるだけたくさんの客を集めなければ、売上が落ち込んで倒産してしまうのだ。
そんなことにならないためにも、スペイン人は信じられないミスをして1試合で4失点の原因となったゴールキーパーとセンターバックを入れ替え、そして放り込みも躊躇しないリアリストのサッカーも採り入れなければならない。それができるかどうかは、次のゲームを見れば分かる。
というわけで、早く次のゲームが来ないかな。次はどこだ。松本か。上等じゃねえか。かかってこい。八つ裂きにして地獄を見せてやるわ!
「蒼天見ゆ」葉室麟・角川Kindle。葉室麟を読んだのは初めてである。というか、読もうとずっと思っていて、オレには壁が高く、なかなか手を出せなかったのである。それがオレの好きな幕末ものでしかも維新から明治にかけての武士の物語ということから、読むことにしたのだった。一読、なかなかの物語で、確かにこれは好きな人にはたまらないだろうなあと思った。特に経営者とか、取締役とかのおっさんたちには。どことなく司馬遼太郎の匂いがするし。作中、後半に登場してきた勝海舟がなかなかの人物として描かれている。勝海舟は、オレも気になる人物だ。勝海舟と西郷隆盛の江戸城無血開城を巡る物語は以前読んだけれど、勝海舟そのものをもっと描いた話も読んでみたいのだ。
2020.07.03
在宅勤務のメリットの一つに、いつでも居眠りできるというのがある。これはなかなか得がたいメリットである。
多くの人が、今回のリモートでこれに気づいたのではないかな。
オレは昼飯食ったあとに15分くらい居眠りするのが大好きなのだが、最近は朝飯食ったあと、つまり仕事を始める前にも居眠りをするようになった。これが非常に快適である。
快適なのはいいんだが、さすがに寝過ぎなのではないかという反省もちょっとは心にあるのも確かだ。
オレのじいちゃくもしょっちゅう居眠りしていて、ばあちゃんが「本当によく寝る」と呆れていたものだったが、人間、年を取るとどんどん居眠りが進むのだろうか。
2020.07.02
今日は朝から千葉の外れでインタビュー仕事だ。駅からタクシーでなければ行けないような場所だ。遠い。
遠くて、暑い。
ここの某総合病院で、そのホームページを作っていて、オレはドクターたちにインタビューをしているのだが、コロナ騒動で中断してしまい。ようやっと再開されたので出かけていったという次第。
昼に終わって、さて帰ろうと思ったがタクシーも見あたらず、難儀したわい。やっと見つけたバス停でしばらく待った後、やっと乗れた。
そして夜は大宮で飲み会である。夜の街である。
千葉からそのまま埼玉へ回れば楽ちんなのだが、なにしろ昼に終わって次は夜。さすがに時間を潰すにも無理がありすぎるというので、いったん戻ったのだ。こんな時は、ノートパソコンを持ち歩いて仕事をすればいいと思う。いや、映画だな。ちょうど「ナウシカ」「もののけ」が大宮の映画館で上映されているので、それを観るという手もあった。
だが、もったいないしなあ。
ということで昼に終えて。千葉の外れから延々2時間かけて家に戻ってきて、途中で買った弁当を家で食べて、その前にシャワーを浴びて汗とコロナを流したら、当然のことながら眠くなるのだった。
それにしてもコロナ100人というのは衝撃だな。
いや、あちこちでPCR検査が始まって、例えば練馬区でも無料のPCR検査が始まったし、今日の飲み会で一緒だったタニグチ氏も先日板橋区で強制的に行われたPCR検査を受けさせられて無事に陰性だったというから、要するにこの3桁もPCR検査をしたら無自覚・無症状の陽性患者がどんどん見つかったという話なのだろう。
となりゃ、オレだってわからんし、彼も彼女もわからん。
日本人の8割は無自覚・無症状で、陽性患者の8割は人にうつさないことがわかってきた。というなら、症状が出る2割の人が重症化しないように医療体制を整えておけば、あとは増えるに任せていい、という判断のだろう。日本人なのだし。
この戦略は、アリだな。
だからといって、うつってもいいとは思えないのも当然なわけで、なかなかにコロナは悩ましい。
娘は今週からフルタイムで学校に通っている。まずはよかった。よかったが先行きはまったく見えず、秋には修学旅行でシンガポールに行く予定だったのだが、どうなるかまったく分からないのでパスポートはまだ取らないでね、と学校からお達しが来た。
残念なのは息子で、まだ大学に通えず、毎日オンライン授業である。人生で最も楽しい時間をこんふうに過ごすとは、不憫だ。
だが、それは誰でも同じ事で、地方在住の連中はせっかく東大に合格して楽しい東京ライフが待っていたというのに田舎でくすぶっているわけで、田舎で「オラ、東大だす」と言っても誰にも相手にされない。いや、もっと不憫なのはオリンピック選手だろう。去年の今頃は、まさか1年後にこんなことになっているとは想像もせず、今はどんなメンタルなんだろうなあ。
まあ、よい。コロナだ。コロナ。
このまましばらく3桁が続くのか。続くのかもしれない。そして、コロナにかかるのなんてちっとも珍しくなくなって、無症状の人たちがふらふらと普通に街を歩くようになるのかも。そうしているうちに特効薬とワクチンが完成する、ということなのかもなあ。
2020.07.01
相変わらず息子はオンライン授業が続く。
今夜は、遅い時間だったにも関わらず、卒業生の外務省官僚が何か話をしに来てくれたそうで、夜9時が過ぎて話が終わって「これからまた仕事だぜ」と息子は話していた。
「やっぱり志が高いよ」と感激したふうで、キャリア官僚イコール癒着に利権というステレオタイプな発想しかできない頭の沸騰したおっさんたちに息子の言葉を聞かせてやりたい。
ほとんどの官僚というのは、高い志を持って仕事に取り組み、どんなに叩かれようとも、理不尽なことを言われようとも、文句も言わずに深夜まで残業をいとわない。そういう姿は尊いものだと思うぞ、オレは。
2020.06.30
雨だったので駅まで娘を迎えに行った。車である。娘は高校からバスに乗って終点の駅まで帰ってくる。
今日はなぜだか駅前がてんやわんやだ。パトカーもいるし、テレビの中継車もいる。どうしたんだと思ったら、どうやら山本が演説に来るそうだ。太郎だ。
こっちは可愛い娘の迎えに来たというのに、迷惑な話である。いつもクルマを停めて待っているあたりがえらく混んでいて、仕方ないのでパトカーの真後ろにピタッと付けて停めてやる。パトカーよりも太郎よりも娘が大事だ。
娘からは「7時から太郎の演説会だって」というラインが来た。高校の周りを宣伝カーが走っていたらしい。換気のために高校は窓を開けているというのに、なんと迷惑な。
娘がバスから降りてきて、クルマに駆け込んでくる。間違えたふりしてパトカーに手を振るぐらいのボケはかまして欲しかったが。
娘に、太郎の演説でも聞いて帰るかとたずねたら「あと30分もここで太郎を待つのはイヤだ」というので、そりゃそうだな、とパトカーにギリギリ幅寄せしてから帰る。
家に帰って、ネットで太郎の演説中継を見た。便利な世の中だ。それはいいんだが、便利になってもアホは減らないということが、太郎を見ているとよくわかった。
言ってることがめちゃくちゃアホすぎる。途中、地元に暮らす氷河期世代の人が壇に上がって窮状を訴えたのだが、そりゃお気の毒ですが、それがどうして私の投票権に関係あるのですか、という話だ。調子に乗った太郎は、生活苦から犯罪に走ったヒトもいる、それはそのヒトのせいではなくて政府のせいだというようなこと言って、いやいや、生活苦でも犯罪に走らない人のほうがよっぽど多いでしょう、そもそも大学無償化って、義務教育じゃないんだから、っていう話だな。
通貨発行権の話は要するにMMTで、それはオレもアリだなとは思うが、その話は国でやれ。
とにかく太郎は品性下劣。喪服に数珠で国会に現れて安倍首相に向かって合掌した事件や、天皇陛下に手紙を手渡した事件など、これだけで最低の人格であるとオレは決めつけている。
地方の皆さん、我々都民はこんなのを見せられて投票しなくちゃならんのですよ。あげくに百合子が圧勝なんですよ。都民がかわいそうだと思いませんか。オレは思います。
こうなりゃいっそ桜井某に入れるか。税金チャラにしてくれるっていうし。
まあ、いいや。そんな話は。
明日からはレジ袋が廃止か。面倒だな。
海洋プラスチックに占めるレジ袋の割合は0.1%とかなんとからしいから、これは完全にレジ袋がスケープゴートにされたな。かつの割り箸騒動と同じだ。
オレはマイバッグを持ち歩くのは面倒だし、3円や5円なら喜んでレジ袋を買うわ。
そもそもマイバッグってのはかなり不衛生だというし、おっさんの持ってきたマイバッグを広げたら大量のゴキブリが這い出てきたなんていう話も聞く。おぞましい。
東京都ではレジ袋無料を続けます。使い放題です〜と公約してくれる政治家がいれば入れるのだが。
などとしょうもない無駄話を繰り返しているうちに、今日で1年の半分が終わった。
どうしてくれるんだ、今年の前半戦、1年の半分がすっかり無駄に終わったじゃないか。返せ。返してくれ、前半を。
などと言ってもコロナ様は聞き入れてくれないしなあ。困ったものだ。せめて後半戦は元に戻して欲しいものだ。
2020.06.29
今日も朝から終日オンラインインタビュー。もう慣れたもんだ。
でも、なぜオンラインインタビューだとやりづらいか、ちょっとわかった気がする。相づちが打ちにくいんだよね。
オンラインでの会話の場合、一方の話が終わってから話し始めるという形になる。複数でのミーティングでは、発言者以外はマイクをオフにするというプロトコルを定めているところもあるそうだ。無意識での相づちが、人数が増えるととても耳障りになって、話が聞き取れなくなるという理由からだ。(こういうプロトコルがあるということを、会社員でないフリー人すはなかなか教えてもらえない)
これに則って、1対1の場合でも、相手が話しているときは口を差し挟まないというのがお約束。相づちを打ってはいけないのだ。
だがオレは、インタビューではあえてはっきりと相づちを打つ。もちろん状況に合わせていろいろと言い方を変える。これはインタビューのテクニックだ。時には相手の発言にかぶせる形での相づちも入れる。
それは、入れるタイミングや言葉によって、同意を示して「さあ、そのまま続けろ」と促すための相づちもあるし、えっ? と発して「そこをもっと詳しく言え」と遮ることもある。さらには、こちらの欲しいキーワードをあえて先回りして、その言葉を言わせることもある。
「会計監査の人的な負担を減らすことが必要で」と言ったときに「DigitalAuditですね」と相づちをかぶせて、“こちらはこの程度の情報は既に持っている”ということを示して、より専門的な話をしてくれと導くこともある。このあたりはなかなか高度なテクニックだな。
こういう戦術的な相づちを使えないのが、オンラインインタビュー。何しろ相手が話し終わるのを待ってから言葉を挟むのがお約束だからだ。
一方的に話を聞きながら、今のところはちょっと軌道修正させなきゃ、と思って相づちを入れようとしてもできず、話がすべて終わるまで待ってから、ありがとうございます、ところで先ほどのDigitalAuditについてなんですが、とさかのぼって流れを作り直さなきゃいけないからリズムは悪くなるし、盛り上がらないし、時間がかかってしまう。ちょっとやりづらい。
だから、やっぱりインタビューはリアルで行って、ばしばし遠慮なく相づちを挟みたいのだ。
などということを書いていたら、なんと地元の焼き鳥屋、「スマイリー城」が閉店したという衝撃のニュースが飛び込んできた。ひゃー、先日まで元気に看板がかかっていたのに。
スマイリー城は名物店で、客が自分で焼き鳥を焼けるというのが売りだった。
もともとは明治大学卒業の店主が屋台を引いて始めた焼き鳥屋で、調子に乗って客に焼き鳥を焼かせていたら火事を起こしてしまい、屋台は丸焼け。仕方なく居抜きで借りて店を始めたら、これが大当たりで、店主はベンツに乗るまでになった。
やがて店主は引退。そのせがれが店を継いで、やっぱり客が自分で焼き鳥を焼けるというのを売り物にして、けっこうなにぎわいとなった。テレビにもちょくちょく出ていたし、客も入っていたのだがなあ。
一時はオレもよく行った。いかなくなったのは、やっぱり“匂い”というダメージがけっこうデカかったからだ。
スマイリー城に行った日には、帰宅してすぐに上から下まで全部洗濯機に入れて、風呂に直行しなくてはならない。もちろんカバンの類いはできるだけ持って行かないようにする。これを家族4人が実行するのはなかなかに面倒で、ちょっと足が遠のいてしまった。
イサワ氏とも行ったことがあるけど、イサワ氏は帰りのバスの中で相当に匂いがして、かなりまいったそうだ。
それを気にしなければ、自分で焼き鳥が焼けるというのはやっぱり面白くて、そしてそこそこ旨い焼き鳥で、値段も妥当だから、いつも賑わっていた。広くて団体客も収容できたし。
そんな人気店でも、コロナには耐えきれなかったのかなあ。そうだとすると気の毒だ。やっぱり飲食業には、コロナは大打撃。とおるちゃんだって、満員の週末でも売上は3分の2だっていうし。
店が閉まるのは、やっぱり寂しい。いつか復活して欲しいものだ。
2020.06.28
日曜日だが、朝から原稿仕事だ。けっこうたまっているのだ。カネは貯まらないのに仕事はたまる。
気がつけばいつの間にはか夏至も過ぎてこれから日はどんどん短くなっていき、そして1年の半分が終わろうとしている。今年の前半はコロナだったなあ。というか、今年はコロナだろう。まったくひどい1年だ。本当なら息子は大学1年生として満喫していて、娘は高校2年という最も部活に打ち込める時を過ごしていたはずなんだがなあ。
まあ、愚痴っても仕方ない。
なにしろ世の中には、オリンピック選手として輝くはずの夏だった人もいるわけだから。
原稿は午前中で片付けることができたので、午後は映画を観る。
「ロスト・イン・トランスレーション」
ずっと観たかった映画だ。なぜかAmazonPrimeではタイトルはあるのに再生できない仕様になっており、仕方なく我慢できずにDVDを買った次第。すごく評価の高い映画であることに加え、主演がお気に入りのスカーレット・ヨハンソンであること、さらにロケの舞台が東京であることで、ずっと気になっていたのだ。物語は大きな波もなく、淡々と進む。中年の映画スターと美しい人妻が偶然東京で出会って、そして別れるという話。こでは東京の雑踏や騒音がそのまま収録され、そして登場する日本人の会話もすべて字幕なしで流れる。それらは、日本人同士の会話も含めて、映画スターと人妻の2人にとってはノイズに過ぎないということだろう。その喧噪の中の孤独(サウンド・オブ・サイレンスじゃん!)が2人を自然と引き寄せる。だがそれは要するに旅先の恋っつーか、スキー場やビーチでの一目惚れみたいなもの。映画スターがアメリカに帰国する日、2人は当たり前のように右と左に別れるのだ。この別れのシーンがけっこうな哀切で、新宿西口、カメラ街の雑踏の中で、2人が抱き合って別れの言葉を交わすのは、まさにノイズの中の一枚の美しい写真なのだった。それにしても若いスカーレット・ヨハンソンがなんとも言えずにキュート。この映画のロケは2002年だそうだが、ここには2002年当時の東京の姿がそのまま映し出されていて、例えば渋谷のスクランブル交差点をスカーレット・ヨハンソンが不安げに渡っていくシーンは、とてもよかった。いまはもうない、渋谷駅の銀座線から井の頭線への通路にあのスカーレット・ヨハンソンが立っているというだけで、とても不思議な感じがする。あるいは今はもうない銀座線のホームに立って、到着した地下鉄に乗り込んでいくスカーレット・ヨハンソンの姿も実に不思議な非現実感に満ちている。このまま渋谷の街にアベンジャーズが集結して、敵と戦うんじゃないかと思ったりして。アベンジャーズのブラック・ウィドウはかっこいいけど、こういうザ・美女のスカーレット・ヨハンソンも実に素晴らしい。
2020.06.27
おまえはバルサかと絶叫するような見事なゴールで先制したのに、あっさり逆転されて、そしておまえはバルサかと絶叫するような見事なゴールで逆転してみせて、よーし逃げ切りだと思ったらロスタイム5分にロングスローから決められるという、こいつはもはや伝統芸能だぜと絶叫するようなゲームだった。先制→逆転→逆転→引き分けという、実にスリリングなゲームで、これほど面白いゲームもめったにないなあという内容だった。
それよりなにより、アルビレックス新潟が帰ってきた。サッカーが帰ってきた。
ゲーム後のネットの掲示板は、例によって愚痴やら文句やら身勝手な意見ばかりであふれ帰っていたが、そのどれもが怒りつつも嬉しそうで全体に楽しそうな空気が漂っていたのは、とにかくアルビレックスが帰ってきてくれたのがサイコーだったからだ。
いや、内容もよかったよ。特に攻撃陣が目を見張らせる。
FWのファビオは速くて高くてポストができて、そして守備に献身的。80分を過ぎてなお善戦から必死でプレスに走り回っている姿には仰天したわ。何よりも前向きで明るいのがいい。当たり外人。これは来年、また浦和に引き抜かれるのが決定だ。
ボランチのゴンザルスもすごかった。通称ゴンゴン。実に献身的で気が利いていて、流れを読んではさっと立ち位置を変え、きれいにスペースを消している。そして逆転の3点目も、しっかりとち起点になっていた。まさに職人。オレはこういうタイプの選手、好きだなあ。ゴンザレスも来年鹿島に引き抜かれることが決定。
その3点目はまさしくミラクルで、本間師恩が3人を引き連れて香川のようにくるっとターンをしてみせて、そして、なんと浮き球をきれいにシルビーニョに送って3点目を決めさせた。その瞬間、世界中が「おまえはメッシか」と絶叫した。オレはこのシーンだけでご飯3杯はいける。本間師恩も来年マリノスに引き抜かれることが決定。
ロメロ・フランクも気が利いていたね。いつもスペースをきれいに埋めるために走っている。いわゆる水を運ぶ選手。チームのために、仲間のために黙々と走る姿は、とてつもなく格好いいぞ。ロメロは年だから引き抜かれる心配はない。
すごかったのは1年目の秋山だ。なんだ、あのパス配球のセンスは。1点目、渡邉新のゴールを演出したパスは、イニエスタ級。バルサだ。あのセンスはすごいぞ。秋山も来年は神戸に引き抜かれることが決定。
そして、圧倒的な技術力を見せつけて、こんなにゴールが上手かったっけ、と驚かせた渡邉新も来年は東京に引き抜かれることが決定。
というわけで、来年はいろいろと引き抜かれちゃうから、引き抜かれないように今年はなんとしてもJ1昇格を決めないといけないのだ。ああ、それなのに今週まで4ヵ月間も守り続けた首位の座から陥落。3位になってしまった。ロスタイム5分の1点がなければ、今も圧倒的な首位だったのになあ。残念。
他のチームも見て感じたけれど、どうも今年はロスタイムが圧倒的に長い。飲水タイムが入って、交替も5人まで認められるというレギュレーションで、普通に進んでも後半のロスタイムは5分だ。それにちょっとアクシデントや抗議が加味されると、たちまち7分、8分と延びている。
だからロスタイムの扱い方がけっこう重要なシーズンになりそうだ。要はベンチワーク。
あとは、無観客の影響だ。ドイツのブンデスでは、無観客でシーズンを再開したところ、ホームチームの勝率が3割も落ちたという。ということは、ホームチームの声援のアドバンテージは3割もあったというのか。これはちょっと驚きのデータだ。
つまり今年はアウエーでの勝ちも積極的に狙いに行けるわけで、その意味では今日の引き分けはもったいなかったな。まあ、面白かったからいいけど。そして、寝る前も、布団に入っても頭の中でゲームを反芻する喜びが味わえた。
それにしても相手の甲府のマイク・ハーフナーには、がっかり。走れない、ポストができない、競れない。後半投入されて明らかにチームはバランスを崩し、そしてゲームに入り込めないから誰もボールを送らなくなった。
かつての代表時代の輝きはとうに失われて、寂しい限りだ。息子は「思い出補正かもしらんが、がっかりだなあ」と残念そうだった。
もっともロスタイムに決められたときは、さすがにマイクがこっちのディフェンスを2人も引き連れて、さらにキーパーのブラインドになるようにしていたから、いざというときはさすがだ。あんなデカいのがゴール前に張られたら、こっちだって人は何人かつけなきゃならず、それだけでも脅威だもんな。
2020.06.26
今日は4時に起きて朝から銀座。7時集合なのだ。
何をするかというと、ハワイとリモートミーティングだ。リモートのミーティングのためにリアルで早朝の銀座というのは、なかなか面白い展開だ。
その後、今度は八丁堀。ここでもリモートのインタビューがあるので、リアルで八丁堀なのだ。
つまり今日はリアルなのかリモートなのかよくわからないまま、ばたばたと一日を過ごしたのだった。家に帰って飛び込んだ風呂の気持ちのいいことといったら。
2020.06.25
夜、息子と一緒に服を買いに行く。セールのお知らせが来ていたのだ。
ガラガラの電車に乗ってサンシャインシティ。顔なじみの定員に、大変だったねえと声をかけたら、「2ヵ月間閉めてましたから、新しい展開が本当にたいへんでした」と辛そうだった。
洋服屋は厳しいよなあ。
息子に夏物の服をいろいろと見繕ってもらう。会計したら30%引きだったので、すこげく安くてびっくり。これならもうちょっと買うかということになって、息子を定員に託して、好きに買わせる。
帰り際「7月には70%引きのセールもやりますよ」と店員にささやかれて、よーし、また着ちゃうぞと張り切るオレなのだった。
2020.06.24
ここのところ、酔っ払っては高中正義ばかり聴いている。YouTubeのライブが中心だが。
曲は「BLUE LAGOON」と「Ready to fly」のツートップ。どちらも最高だ。
高中正義は中学生ぐらいから天才ギターキッズとして騒がれて、高校生ぐらいにはスタジオミュージシャンの仕事をしていたらしいが、その真価はコンボーザー及びアレンジャーとしての仕事にあるとオレはにらんでいた。ヤツの作るメロディーはとにかく美しく、普遍的だ。アドリブで弾いた何気ないフレーズがそのまま主旋律級の美しさだったりする。
「BLUE LAGOON」が、実は別の曲の間奏で弾いたアドリブがネタだった、というのもうなずける話だ。
そんな素晴らしいメロディーを引き立てるためのアレンジが素晴らしくて、決してギターを引き立てるのではなくて、ギターによるメロディーがより美しく聴こえるようなアレンジをしている。その手法は見事だよなあ。
「BLUE LAGOON」が収録されたアルバムは大ヒットし、「一家に一枚、高中正義」なんて言われたものだった。だが「BLUE LAGOON」1曲のインパクトがあまりに素晴らしく、他の曲がまったく印象に残らない。オレも、どんな曲があったっけとネットを調べなければ思い出せないほどだ。あんなに繰り返して聴いたのに。
それに対して、もう1作前の「BRAZILIAN SKIES」は、全部名曲の名盤。アルバムとしてはオレはこっちの方が好きだな。精緻さでは「BLUE Lagoon」だが、みずみずしさや爽やかさでは「BRAZILIAN SKIES」だ。
このアルバムが出たとき、ミヤハラくんに誘われて日比谷野音のライブを見に行ったっけ。確か600円だった。井上陽水がゲストで、「海を越えたら上海」みたいな曲を歌ったっけ。その1年後、「BLUE LAGOON」が発売された直後の日比谷野音のライブも行ったが、それは一気に1200円と倍額だった。ひゃ〜、と驚いた記憶がある。
あれから40年が過ぎてもこうして気持ちよく聴けるなんて、やっぱり本物の音楽だったんだろうな。
2020.06.23
今日は朝から都心でインタビュー仕事なのだが、電車がヤバいので6時に家を出てラッシュビーク前に到着するようにしたのだった。けっこう混んできてるよね、電車。まあ、みんな気をつけているし、飲食の際の密に気をつけて手洗い・マスクをしっかりすれば何とかなりそうだと分かってきたから、そんなに神経質にならなくていいと思うが。
6時に家を出るから5時に起きようと決めたら、4時に目が覚めてしまった。じじいか、オレは。
夕方まで、終日、インタビューに追われる。えらく疲れた。
疲れて家に帰ったら恐怖の大王がオレを待っていた。国民健康保険である。
なんと今年は99万円。1ヵ月の保険料が9万9千円である。もはや家賃かローンだ。あまりの金額にオレは目がクラクラし、現実逃避である。
オレは今年もこの毎月9万9千円を払わなくてはならないというイヤーなプレッシャーと闘いながら過ごすのだ。まったくこんな金額になってしまうなんて、国民健康保険はとっくに破綻しているではないか。高額医療を目当てに短期滞在で国民健康保険を使っては逃げていく中国人が心底憎らしい。あのでっかいダムなんて崩壊してしまえばいいんだ。
でもあれが崩壊すると武漢の研究所がまるごと流されて、コロナの証拠がきれいさっきぱり消えてしまい、なかったことにできるというので、中国はむしろ崩壊を待ちかねているらしい。
国民健康保険は、いろんな団体に入れば安くなるのだけれど、オレのようなフリーライターの場合、そういうのがないのよ。作家はある。脚本家とかもある。でもオレは作家じゃないし脚本家でもない。すっぽりと抜け落ちた存在なの。だからなんの割引も救済策もなく、毎月、巨額の保険料を払わなくちゃならないの。はあ〜、オレも中国人に化けたいわ。
2020.06.22
終日原稿と闘う。
なかなか終わらないのだ。
2020.06.21
本日は、父の日で、夏至で、日食で、オレの事務所の創立32周年である。
4つもそろったのでグランドスラムだぞと娘に教えてやったら「地震でも来るんじゃないの」とあっさりしたものだった。確かに数日前にオレは地震を予言したが、予言が当たっては困るのだ。
そんなグランドスラムにもかかわらず、今日も朝から原稿と格闘なのである。今日だけで1万5000字は書いた。ほぼオレの限界である。昨日と合わせて3万字。目が回りそうである。
いや、回らないけど。
今日の前祝いというわけではないが、夕べは、近所の牛角に行った。チラシに1000円の割引券が入っていたからである。牛角は、家族で焼く肉を食うには手頃ではあるのだが、ここの店はとにかくオペレーションがひどい。
夕べもコロナ明けの割引券で、久しぶりに客がどっと押し寄せ、パニック状態。手元のタブレットで注文する方式であるのだが、案の定、頼んだものが10分たってもこない。まあ、いつものことだし、どうせそうだろうと思っていたので、腹も立たなかったが、それでもビールも肉も来ないでキムチだけが並んだテーブルを10分も眺めているとげんなりする。
まあ、文句があるなら行かなければいいだけの話なので、ここはこういうもの、とおとなしく受け入れるのである。我が家は温厚なのだ。
夕方、日食を見ようと思ったが、曇り空。ありゃ〜、残念。
次に全国で日食が見られるのは10年後の2030年らしいが、そのときもオレの事務所はちゃんと稼げているのだろうか。いや、そもそもオレは生きているのだろうか。
まあ、10年後は何とかなるんじゃないか、というのが本日の結論。その先はわからん。
2020.06.20
そして本日はここのところの取材仕事の連続でたまりにたまった原稿を片っ端からすたづける。ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、だがしかし、それでも全然終わらない。
最後はとうとう息切れして、退散。牛角まで焼き肉を食いにいって現実逃避だ。
ああ、いつ終わるのだろうか。
日記なんか書いている余裕があるなら原稿を書けと、オレがオレに言っている。
2020.06.19
本日も朝から夜までずーっとオンラインインタビューだ。しかも昼飯以外、ノンストップだ。これは疲れる。けっこう疲れる。
2020.06.18
今日は名古屋日帰りだ。
6時15分東京発の東海道新幹線に乗る。2番目の電車だ。Facebookには面倒だから朝イチ新幹線と書いたけれど、本当は朝二新幹線なのだ。
これに乗ると名古屋には8時前に到着し、大阪には8時半過ぎに着く。名古屋だったら市内のどこでも、大阪だったら中心街の梅田で、9時の会議や商談アポに間に合うから、この時間の東海道新幹線は連日満員だ。
ところがびっくり。今日はガラガラなのだ。
品川、新横浜と人が乗り込んできて、それでも最終的に1車両20人にも届かない。1列の座席に1人だ。おかげでいつものように3人がけの窓際に座ったオレは、座席二つを占領して荷物を置き、のんびりと朝ご飯の弁当を食べることができた。
駅弁は幕の内に決まっている。朝から幕の内だ。わははは。オレが好きだった「東海道」という駅弁が見あたらなくて、なんと1200円の幕の内しかなかった。高っ! 駅弁って高いよね。場所代もいらないしサーブする人も必要ないし、食器を回収して洗う手間もなければレジで精算する手間もない。なのになんであんなに高いんだろう。
今日の幕の内には、大きな鮭が入っていて嬉しかった。焼きジャケだ。オレは焼き魚では鮭が一番好きだなあ。刺身では鰹だ。昔は鯖の塩焼きが好きだったが、今は鮭だ。
名古屋では、竹刀をぐるぐる周り、あら嬉しや、知多半島まで足を伸ばすことができた。好きなんだよね、知多半島あたり。あの辺の空気感は、暢気で、とても心地いい。時間の流れがまるで違う。
昔、1週間ほど常滑に滞在したことがあって、いつか再訪したいなあと思いつつ、果たせていない。常滑にはあちこちに焼き物の窯があって、それを眺めながらぼんやり散策するという贅沢が味わえる。
だがしかし、そんな優雅なことを言っている場合ではなくなった。大地震が迫っているのである。南海トラフか、首都直下か。いろんな事象が大地震の迫っていることを伝えている。
なんとかという史上最大の予言者が「6月21日に巨大地震が日本を襲う」らしいが、そんなのはどうでもよろしい。地球では毎日のように巨大地震が起きている。言い続けていれば当たるに決まっている。
問題はこれだ。最近の一連の事象だ。
6/04 三浦半島でガスの異臭
6/11 東京湾で深海にいるメガマウスが網にかかる
6/17 宮城で未確認飛行物体
6/18 岩手の名水が枯れる
岩手の名水っていうのは「平成の名水百選」にも選ばれた岩手県盛岡市の湧き水「青龍水」のことで、6月に入って掃除をしたところ、水が戻ってこなくなったのだという。あれ、もしかしたら掃除の失敗か? いやいや、待て待て。
最近騒ぎになっている未確認飛行物体はどうだ。仙台とか福島に現れて、気象庁も「さて」と首をひねっている例のやつ。
実は同じような飛行物体は、東日本大震災でも目撃されていて、けっこうな映像が残されている。なんだかよくわからないが、今回の騒動の物体に似ているようにも見えるではないか。
東日本大震災では、未来の人たちが歴史的できごとを見学にやってきたんだ、という説があった。観光バスかよ。今回の飛行物体も同じ目的か。興味深いのは「人間が目撃しても恐怖でパニックにならないよう、偽装されている感じがする」「自衛隊のレーダーに反応しないわけがないのにスルー」「わざわざ人間に目撃されることが目的としか思えない」という指摘のあることだ。ということは、未来人が何らかの警告に訪れた、っていうのはどうだ?
三浦半島のガスは、海中で地盤がずれるときに異臭が発生するのは常識らしいし、メガマウスっていう巨大なサメは深海にしかいないらしい。
こういうもろもろが立て続けに起きて、しかもここのところあちこちで中規模地震が頻発していることから、これはさすがにまずいのでは、という話になっている。
しかも18日にはニュージーランドでマグニチュード7.4の地震が起きた。これはやばいですな。なんとかプレートの反対に乗っているニュージーランドが震えたら反動で日本のあたりも震えるわけだ。
うーむ、とオレはうなるのである。
2020.06.17
今日も朝から一日、リモートでインタビューだった。隣の部屋では、やはり今日も息子がリモートで授業を受けていた。夜になったら今度はクラスの仲間といろんな相談事があるというので、引き続きリモートでミーティングだ。
インタビューでは、コロナの日々について、コロナ後の世界についての話題となる。オレとしては、なにしろ先日目撃したガラガラのオフィスビルの映像が強烈だった。都心の超一等地の高層階。数千万円の家賃が、この空っぽの空間に支払われているわけだ。
コロナの話題では、まさか半年前にこんな日々か来るなんて想像もしなかったし、もう半年前の世界に戻れるとも思わない、そう思う日が来るなんてとても思わなかった、ということで共通する。
それはまいったなあ。
まあ、オレはいいとして、空っぽのオフィスビルもいいとして、せっかく頑張って東大に入った息子はどうなるんだ。あんまりにかわいそうだよな。予定が目白押しだったキャンパスライフが霧消してしまったわけで、空っぽの東大がそこにあるだけだ。それは、あんまりじゃないか。
あんまりじゃないかと文句を言われたところで、世界中の誰もが同じ状態なのだから、どうしようもないのだが、これを理不尽といわずして何を理不尽という。息子は文句も言わずにリモート授業を毎日真面目に受けていて、あまりに不憫だよ。
ああ、それにしても本物のパンデミックを生きているうちに見るとは想像もしてなかったわ。
2020.06.16
本日は、朝から夜までずっとリモートでインタビューである。
こんなスタイルにも慣れてきて、ずいぶん楽ちんになってきた。でも、これが永遠に続くとなると、さすがに堕落しそうな気がする。やはり人間は、書を持って街に出ないといけないと思う。
息子も朝からずっと部屋にこもってリモート授業だ。
分散登校の娘は今日、学校へ行かない日なので一日家にいて、ヨメとしゃべっている。
リモートの時代とは、こんなふうに空間的には一緒にいても、やってることはバラバラなので、心理的ディスタンスの時代なのだ。
オレは今なんだかとても上手なことを言ったような気がするが、勘違いだろうな。
2020.06.15
オレの遊び歌バンド・たんさいぼうであるが、どうも詰んでしまったようである。
なにしろ1月にライブをして以来、すべてのライブのオーダーがキャンセル。クリスマスに予定されているライブまで、活動休止である。いや、12月になれば第2波のリスク大だろう。
そもそもが、ふれあい遊び歌なんていうものは、今ではホストクラブと同じく、集団感染の元凶と目されている。ふれあい遊び歌か、大人のふれあい遊びか。社会に迷惑を及ぼす存在になってしまった。
加えて、還暦バンドである。一歩間違えば老害である。あんな還暦連中に万が一でもコロナを感染して、クレームねじ込まれたらたまったもんじゃないわ、と思われても仕方あるまい。さらには、オレをはじめメンバーはそれぞれ病気持ちである。そりゃ、還暦だから持病の一つや二つは当たり前だろう。
そんなわけで、たんさいぼうは詰みました。とほほ。
まあ、オレたちは遊び半分でやってたからいいが、というか、遊びそのものだったわけだが、これを本職として生活の糧にしていた連中も少なくない。彼らは厳しいだろうなあ。なんとか協力してあげたいが、相手がコロナではどうしようもないか。どうやら詰んだのはたんさいぼうだけでなく、ふれあい遊び歌という市場そのもののようだ。
「2020年6月30日にまたここで会おう」瀧本哲史・星海社。伝説の東大講義として知られる一冊である。著者はその後、2020年を待たずに惜しくも亡くなってしまった。内容は10代から20代の若者に向けてのメッセージである。自由主義・民主主義・資本主義のもとでは主体的に生きていく以外に道はないのだから、人に頼らず、自分で考えて自分で行動すべしということをメッセージしている。その説得力は、さすがだ。えばるわけではないが、でもオレは考えてみればそれを実践してきたから、というか、頼るものがなかったから自分で行動するしかなかったわけで、それで30年以上、なんとか食ってきた身としては、著者の言うことはよくわかる。本質的で普遍的なメッセージというのは、いつの時代も強い説得力を持つものだよ。
2020.06.14
Across the universeは松尾芭蕉である。
ネットでそんな書き込みを目にして、オレは、ほほうなるほど、と顎髭をなでるのだった。髭はないが。
アクロス・ザ・ユニバースは、ビートルズの「レット・イット・ビー」に収められた傑作である。もっと言うとジョン・レノンの傑作だ。
ジョン・レノンらしい自由気ままで暢気なメロディーに乗せて、わけのわからない歌詞が歌われる。このわけのわからなさ具合が、本当にわからない。中二病的な、悟りを開きました的な。
サビ前で繰り返し出てくる「オーム」という祈りの声は、オウム真理教のオウムと同じだという説も聞いたことがあるけど、本当はどうなのだろう。
このわけのわからなさ具合が、松尾芭蕉であるの一言でなんとなくストンと納得したのである。古池や蛙飛び込む水の音それがどうした的な。
確かに「奥の細道」の「オレたちゃ永遠の旅人よ」(月日は百代の過客にして、行かふ年もまた旅人なり)という達観の仕方が、当時のジョン・レノンの風貌と相まって、確かに深く納得できる。
まったくうまいことを言うものだなあ。
と感心していたら、ドバシ君がFaceBookでRYUtistを超絶賛しているのが目に飛び込んできた。あのドバシ君がこのアルバムを聴いて「まだまだ修行が足りない」と自分に言い聞かせたというのだから、尋常ではない。どれどれ、なんなんだ、RYUtistとは。
サイトを見つけて、おお、なんと、新潟の古町のアイドルユニットだというではないか。古町ってのはかつての新潟一番の繁華街で、今ではすっかりすたれてしまった街だ。オレも高校生ぐらいには、新学期の参考書を買いに行くと言っては親に小遣いをもらって、電車で古町まで出かけていって、ほげーと口を開けたりしていたものだった。
RYUtistにしろネギッコにしろNGT48にしろ、なんだか新潟ってアイドルが無駄に多いな。
とりあえずYouTubeで過去のRYUtistの音楽を聴く。なるほど、なかなかよい。いや、かなりよい。NGT48よりずっとよい。ビジュアル的には、アイドルっていうにはちょっと厳しいが、それがまた不思議といい味を出しているぞ。
これなら買いだな。
と、早速新しいアルバムの予約をポチッ。ドバシ君が超絶賛しているぐらいだから、届くのが楽しみだ。
何より嬉しいのは、PVを見ると、新潟の懐かしい映像ばかりということだ。オレも年を取ったなあ。
2020.06.13
新潟県にはコロナという名前の会社があり、ここは暖房機とかを丁寧に作っている真面目な会社で、我が家で年中フル稼働している除湿機もここの製品なのだが、どうやら社名だけでバッシングにあっているようなのだ。案の定というべきか。
もちろん大方の人は地元の優良企業と知っているし、決して悪意やからかいの心を持って見ているわけではない。それでも一部の心の間違っている人たちからは冷たい言葉を浴びているのだろう。
その株式会社CORONAが、地元新聞の新潟日報に、今日、全面広告を出稿した。これが泣ける。
「かぶしきがいしゃコロナのしゃちょうより」と題されたこの広告には「キミのじまんのかぞくは、コロナのじまんのしゃいんです。」というキャッチコピーが踊る。もうこれだけで泣きそうだ。
そしてボディコピーには
「コロナではたらいてくれている、
キミのおとうさんやおかあさん、おじいちゃん、おばあちゃん、
おじさん、おばさん、おにいさん、おねえさんも、
いっしょうけんめいです。みんなじまんのしゃいんです。」
「もし、かぞくが、コロナではたらいているということで、
キミにつらいことがあったり、なにかいやなおもいをしていたりしたら、
ほんとうにごめんなさい。
かぞくも、キミも、なんにもわるくないから。
わたしたちは、コロナというなまえに、
じぶんたちのしごとに、ほこりをもっています。」
とメッセージが書かれてある。書き写しながら泣いた。
雇用を守るというのは、企業の最も大切な使命だと思う。その先に、顧客があり、社会があるのだ。株式会社CORONAは、そのことをよくわかって、胸を張って宣言したわけだ。きっとこの広告を見た社員は「オレの会社はいい会社だ」と嬉しくなったんじゃないかなあ。
世代や貧富によって人々が分断され、個を叩き、何かを攻撃することが当たり前になった社会。きっと株式会社CORONAも叩かれているのだろうし、ここで働く親を持つ子供たちはいわれのない攻撃に傷ついて下を向いて暮らしているのかもしれない。
がんばれ、CORONAの子供たち。
きっと力をくれた広告になったと思う。
2020.06.12
仕事で都心の有名オフィスビルへ行く。去年オープンしたばかりのビルだ。
このビルに入っている2社の仕事をしており、今日はそのうちの1社で取材である。業界は違うが、それぞれの仕事をオレがしていることを、2社とも知らない。知らないで、オレに一方の会社を称えてくる。どっちも同じぐらいにいい会社で、日本を代表する会社だよ、とオレは心の中でつぶやく。その2社の仕事をしているオレもすごいんだけど、ひゃっはっは。誰もほめてくれないので自分でほめる。
日比谷公園と皇居を見下ろす高層階のオフィスは、だがしかし、ガラガラだ。受付の姿もなく、待合のロビーを人が通るのもゼロ。会議室は終日すべて空いている。執務室に入らせてもらったら、やはりガラガラで座っている人はちらほら。休日出勤の午前中のような光景だ。インタビュー相手に質問したら「会社に来たのは3ヵ月ぶりですね〜」とのことであった。
家賃はおそらく数千万円。下手すりゃ1億超える。
そりゃあ誰が考えたって、こんな本社はいらないと思うし、せめて半分にしろと思うだろう。
どうせコロナが収まったらまたにぎわいが戻ってくるさとオレは思っていたのだが、この光景を前にして、オレは甘かったと痛感する。もう戻らないのではないか。ルビコン川を渡ってしまったのではないか。
ヨーロッパでは在宅勤務の法制化が始まって、アメリカでも在宅勤務が恒久化しようとしている。東京の場合、在宅勤務率は50%近いそうだ。徐々に在宅勤務が普及するのではなくて、やむなく一気かつ強制的に行わざるを得なかった就業スタイルだが、やってみたら案外できるじゃん、ということだろう。もちろん様々な課題が噴出し、行きつ戻りつとは思うが、この流れはまはや戻れないと感じる。
高層ビルのオフィスでは、自席を決めないフリーアドレス制を導入していたが、フリーアドレスって何のことですか〜と笑いたくなるぐらい、ガラガラだった。好きな席を選べるどころか、好きな会議室をまるごと自室として使えちゃうぐらい。
ある大手商社では社員が自由に集まれるスペースを「キャンプ」と呼んでいるそうだ。これからは都心にバカ高い本社を置くことはなく、各地の拠点に小さな「キャンプ」を用意して、時々そこに社員が集まる、なんてことも普通になりそう。
都心のビルはガラガラになり、満員電車はなくなり、ランチに人があふれていた飲食店は閑古鳥が鳴き、新幹線に人は乗らず、あれ、これってけっこう快適かもしれないなあ、という未来がやってくる。
2020.06.11
テレビ朝日の朝のニュースショーで毎週火曜日のコメンテーターを務めているのが、ご存じ老害・中尾彬だ。とにかく何でもかんでも文句を付けることがオレ様の役目だと考えているようで、はっきり言って目障り以外の何物でもない。(だったら見るなよ>オレ)
先日も、全日空が飛行機の座席を一つおきに座るようにした、というニュースを聞いて「オレはいつも夫婦で乗ってるんだよ。どうしてくれるんだよ」と信じられない暴れ方をしていた。こういうおっさんが、いろんなところのカウンターで暴言を吐いては、クレームにもならないクレームをつけているんだろうと思った。(いるんだよね、郵便局のATMで記帳して、どうして給付金が振り込まれてないんだ、とカウンターで怒鳴るじじいが)
その中尾彬が「専門家会議ってのは何の専門家なんだよ、何の結果も出してないじゃないか」と鬼の首を取ったように罵っていたのが、コロナの専門家会議。
文藝春秋7月号には、この専門家会議について記した「ドキュメント感染症専門家会議」という記事が掲載されていて、これがなかなかに読ませる。尾身茂、西浦博、押谷仁。この3人のプロフェッショナルたちが3ヵ月間にわたってどう闘ったかを追った貴重なレポートだ。その身を粉にしての献身、「自分を育ててくれた国のために」という志には本当に頭が下がる。
素人であるメディアや野党からボコボコにされつつも、ギリギリのところで医療崩壊を防いだのは事実だ。この3人は、もっとたたえられてしかるべきと思うなあ。オオカミ少年なんて揶揄するメディアもあったりして、恥を知れと言いたいわ。
夜、家族でラーメンを食べに行く。
家の近くに新しくラーメン屋がオープンしたのだ。練馬インターすぐ近く。オープンは今日で、開店準備の段階から、いつできるんだろうねと楽しみにしていたのだ。なにしろこのあたりは外食不毛の地。ファミリーが座れる大きいテーブルがいくつもあるラーメン屋は、とてもありがたい。
昼は行列ができていたが、夜は雨ということもあって、ちょっと待っただけで入れた。
オレはラーメンにこだわりはまったくない。どんなラーメン屋に行っても美味しいし、有名店で食べても美味しい。家で食べるインスタントラーメンだって美味しい。そういやオレのオヤジも、どんなラーメンでも「うまいうまい」と食べていたっけ。学生時代、祐天寺駅前の札幌ラーメンの店で一緒に味噌ラーメンを食べたのは忘れられないわ。
新しくできたラーメン屋で、全部のせラーメンを食べる。息子はチャーハンセットで娘は醤油ラーメン、ヨメは冷やし中華だ。たいへん美味しくいただく。
帰り際、店員に、店を出してくれてありがとうね、と一言余計なことを言う。
さて、風呂に入ってチューハイを飲んで寝ようか。
2020.06.10
クーラーを交換した。
オレの仕事部屋である。去年あたりから動作がおかしくなって、だましだまし使っていたのだが、今年の冬に昇天。なんとか呼び戻して使ってはみたものの、とてもこれでは今年の夏は乗り切れないと判断したのだ。
くっそう、カネないのに。
でも、エアコンがなければカネどころか命も危ない。コロナよりも熱中症がヤバい。
工事を頼んだのは、いつものように地元の施工業者である。施工業者にエアコンを仕入れてもらって、工事してもらうというやり方だ。日本の大手メーカーで型落ちのもの、イオンなんとかとか自動清掃とかは一切不要で、最もシンプルな機能のやつ、と注文したら、東芝の去年製のエアコンを格安で仕入れてきた。流通番号がどうのこうのと言っていたから、そのあたりで処分されたやつなのかな。もちろんただ冷やして乾燥して温めるだけの単純なエアコンである。
二度目に頼んだ業者ということもあって、そそくさと工事が終わる。1時間もかからない。簡単なもんだ。古いエアコンの撤去も含めて全部で6万8000円。くっそう、カネがないのに。
これで我が家に支給された給付金は、オレのメガネの買い換えとスーツの買い換えとエアコンの取り替えで終わってしまった。いってこいである。
ところが話はこれだけで終わらない。
今年に入って挙動不審を続けていたプリンタが、どうもいよいよ本格的にダメのようだ。印刷しようとすると、ネットワークに乗っていなくて、プリンタが見つかりませんというアラートが出る。そのつど再起動したり、ひどいときはドライバを入れ直したりしていた。その頻度がだんだんひどくなり、急いでいるときに1枚印刷するたびに再起動なんてしてらんねえよ、というような状況になって、ついに買い換えを決めた。
Canonである。もちろん業務用ではなくて家庭用だから、大量使いに耐えられるわけがない。仕事で使ってりゃ、そりゃあそろそろ壊れるわな。
Amazonで同クラスの型落ちを見つけて、ポチる。
ポチるのはいいんだけど、問題はインクだよ、インク。本体は安く売ってインクでぼったくるというCanonの阿漕な商売はどうにも我慢がならない。しかも黒一色の印刷であっても、残りのカラーインクもこっそり消費するというあくどさ。
なのでオレは本体はCanonでも、インクはサードパーティーのパチモンと決めている。値段が半値どころか4分の1、5分の1も違うからな。アホらしくて、誰が純正インクなんか使うのか。
あ、そうか。だから前のプリンタもこうやって壊れてしまったのか。なるほど。でも、純正インクを3回も買えば本体の値段になってしまうというアホらしさを思えば、多少、本体の寿命が短くなったとしてもパチモンインクを使うに限る。銀座の寿司屋でカウンターに座るよりも、地元の回転寿司に10回行った方が満足度は高い、というのと一緒だ。いや、違うか。
こうして我が家の給付金は、メガネにスーツにエアコンにプリンタで消えてしまったわけだ。全部オレのものじゃないか。できるなら、これにウォシュレットを追加したかったな。そろそろボロくなってきたし。もう一回、給付金、くれないかな。
2020.06.09
本日は麻布で仕事だ。
おされだな、オレ。麻布。
大江戸線コロナ拡散説が地元では物静かに広がっているのであんまり大江戸線には乗りたくないのだが、仕方なく乗る。最近の電車はあれだね、しっかり一人置きに座っている。ソーシャルディスなんとか。特にそんなルールはないのだが、自然と一人空けて座るのが広がっているようだ。
ネットを見れば、空いている席があったら何も考えずに座ったら、隣の人からは肘でつっつかれたし、反対側の人はそそくさと立ち上がって去っていった、という声もある。イヤな世の中だねえ。まあしかし、過剰防衛気味になるのは仕方ないことだろう。
かと思えば、帰りの電車(西武池袋線)の中では、オレは立っていたのだけれど、そのすぐ隣でおばちゃん3人が乗り込んできていきなりぺちゃくちゃやりだしたのにはまいった。店や電車の中では会話を控えようというのが今のルールなのに。
しばらく我慢したがまるでおしゃべりが収まらない様子なので、呆れたオレは自らその場を去って別のドアの前へと移動したのだった。「んまあ、ヤな感じね、あのおっさん」とおばちゃん軍団に思われたかもしれない。
麻布での仕事は、以前よく通っていた音楽スタジオから30メートルほど離れた場所だった。あの音楽スタジオも、ずいぶんと前に廃業したと聞く。
家に帰って、すぐに風呂に入る。コロナ対策の、我が家のルールだ。おしゃべりおばちゃん軍団と大江戸線でうつされたコロナを、一番風呂で退治する。コロナは別として、今日は暑かったから、風呂がすごく気持ちいい。
あがったら、ちょうどタイミングよく娘が帰ってきた。今日は久しぶりの登校だったのである。帰り道の自転車を飛ばしてきたのか、顔が真っ赤だ。すぐに風呂に入れ、と命じる。
学校の様子を聞いたが、まあ、まともな授業にはほど遠いな。教室ではなるべく会話をしないように、ということで友だちとの接触もほとんどなく、新しい友だちができないらしい。不憫なものだ。
こうした状況を見ればまともなタイムスケジュールで学年を終わらせられるはずもなく、やはり9月始まりへとシフトさせるしかないと思うのだがなあ。
「女帝 小池百合子」石井妙子・文藝春秋Kindle。というわけで、昨日もちょっと触れたけど、読了。いや、すごいわ、このおばちゃん。今日はいろんな党や人間関係をぶっ壊して自民党に入ったあたりから読み始めたのだが、その自民党をもぶっ壊していく様がすさまじい。そして都知事に転身。都政をぶっ壊していく。ちょうどタイミングよく、アラブの大学が「ユリコはちゃんと卒業したんだぞ」と発表した。強力な独裁国家のエジプトのことだからこんな発表は信じられないのだが、いや、別に70過ぎた政治家がどこの大学を卒業したとか、そんなことはどうでもいいのよ。別に高卒でも中卒でも、そんな年になったら関係ないじゃん。問われるべきは首都の長としての資質、能力、人格がふさわしいかというのみであって、この点で、小池百合子にその資格があるとは到底思えない。とはいえ、対抗馬がN国だとかホリエモンだとかいうことになると、他に入れる相手はないし、まあ、この混乱期にトップが変わるのも好ましいとは思えないから、落ち着くまではこのままでいいかなあ、というのが今の正直な感想。それは別として、この本はすごいわ。よくぞここまで書き切った。自民党を破壊するあたりからはジェットコースータのようなスピード感だった。
2020.06.08
おお、喜べ、皆の衆。スティーヴン・キング「呪われた町」が文春文庫で復刊だぞ。
1975年に発刊された、キングの2作目だ。日本では1983年に刊行され、オレは一読し、あまりの恐怖におしっこちびったという伝説の作品だ。
話は簡単。吸血鬼である。あの吸血鬼が20世紀の現代に復活したらどうなるんだ、というアホみたいな話である。ホラーと書いて法螺話。キングは、物語を徹底的にリアルに描くことによって、法螺だけど本当みたいな法螺だと思わせることに成功。見事にアメリカの片田舎、メイン州のセイラムズ・ロットという町に吸血鬼を甦らせたのだ。
この吸血鬼はある日ごく普通の隣人のような顔をして引っ越してくる。そして次々と人を襲い、血を吸う。血を吸われた人間は吸血鬼となり、別の人を襲う。こうして田舎町はまるごと吸血鬼に征服されてしまうのだった。
うう、恐ろしい。なんて恐ろしい話なんだ。
吸血に襲われた人間はいったん死ぬわけだが、直後、吸血鬼として甦る。この死者の蘇りのシーンが実に恐ろしい。特に子どもだ。死者から甦った子どもが、友だちだった子どもを襲うために2階の窓辺に浮遊するというシーンの描写は、あまりに恐ろしくてオレは二度目のおしっこをちびってしまったほどだ。
そんな恐ろしい小説がまた読める。実はキングの作品はいろいろと復刊したり電子書籍になったりしていたのだが、この「呪われた町」だけは、なぜか知らないが、絶版のままだった。もちろんオレの書棚には1983年に読んだ文庫の初版が飾られている。当時はキングも日本ではまったく無名で、いきなりの文庫リリースだったのだ。
読みたいならその文庫を読めばいいのだが、いかんせん、文字が小さい。昔の文庫ってこんなに文字が小さかったのかとびっくりするほどだ。だから今回電子書籍でも復刊されるというのは、実に有り難いことなのだ。でも、紙の本も欲しいなあ。大切な本は、やっぱり紙でも欲しいのだ。
息子はキングはあまり好きじゃないという。肌に合わないそうだ。オレは大好きだ。好みはいろいろなんだなあ。
本と言えば、今読んでいる「女帝」はむちゃくちゃ面白い。今話題の、小池百合子を取り上げた本だ。400ページの大作。なかなか読み終わらないが、実に面白い。とんでもなく面白い。
読めば読むほど、小池百合子は本物のサイコパスなんだろうなと思えてくる。良心がない/善悪の区別がつかない/平気でうそをつく/平気で人を裏切る。こうしたサイコパスの定義が実にぴったりと当てはまるのだ。
半ばまで読んで、びっくりしたのは2ヵ所。
一つは、新進党時代。阪神淡路大震災からの救済を訴えにやってきた芦屋の女性たちが必死に窮状を訴えるのに対し、小池百合子はマニキュアを塗りながら応じた。そして一度も目を上げることなく、マニキュアに息を吹きかけながら「もうマニキュア、塗り終わったから帰ってくれます? 私、選挙区変わったし」と言い放ったというのだ。
もう一つは自由党時代。北朝鮮の拉致被害者の横田滋さんが、娘の死亡を告げられたと発表した沈痛な記者会の場でのことである。会見後、小池百合子はカバンを会場に忘れたことに気がついて取りに戻り、横田夫妻の目の前で「あった、私のバッグ。拉致されたかと思った」と言い放ったという。
この二つのエピソードだけでも、オレはぶっ飛んでしまった。本物のサイコパスじゃねえか。
この本は、すげえ面白いから、皆さん、おすすめです。
2020.06.07
自粛生活が続いて、家族の存在がストレスになっているという話をちょくちょく聞くが、我が家ではまったくそういうことはない。一日中一緒にいて、三度のご飯を一緒に食べて、お休みを言って、翌朝、おはようと言って起きる。
そんな生活の続くことが少しも苦ではなく、むしろ快適でさえある。
と思っているのは、もしかして暴君のオレだけだったりして。
「外事警察」半島の北の国が核武装を企んでいるのを、南の国と日本の公安が阻止しようという話。映画の出来そのものの前に、よくもこういう映画を作ったものだと感心する。なにしろ朝鮮半島情勢に在日韓国人問題、核武装問題と、タブーばっかり。北の国の指導者が代わったばかりの頃に制作されたようだが、そのタイミングも含めて、腹をくくった感じには素直に脱帽である。オレとしては、主役の渡部篤郎の上司が遠藤憲一であることがツボ。というのも、この数年後、フジテレビの「お義父さんと呼ばせて」というドラマで、28歳年下の彼女と結婚しようとした遠藤憲一が挨拶に訪れたら、彼女のお義父さんは渡部篤郎だった、という設定を思い出したからだ。このドラマで思い切り暴れまくったおっさん二人が、この映画ではシリアスな公安警察の上司と部下を演じているんだものなあ。
2020.06.06
1990年〜1991年の普通の東京を当たり前に撮影した映像が面白い。
なんということのない普通の一日。特別なイベントもなければ記念日でもない。それだけにとても貴重な映像だ。
電車は自動改札ではなく、スーパーのレジはPOSではない。人は電話したりスマホを見ながら歩いたりしていない。LEDの看板もない。
細切れ過ぎて、大泉学園の駅が出たりすると、もうちょっと見せてくれと言いたくなるのが難だが、しかしそれでもボケッと59分もの映像を観てしまう。日常の記録という、ありそうでなかなかない貴重な映像だ。
東京在住の外国人写真家が「Tokyo Video Project」と題して撮影したもので、YouTubeチャンネルもある。圧倒的なボリュームに仰天だ。
いろんな街の日常が映し出されていて、例えば1992年の祐天寺の日曜日なんていう映像には、ほえ〜っとため息しか出ない。昔の駅が映っていて、泣きそうだわ。カレーショップのナイアガラも映っている。
1991年の早朝の渋谷駅→池袋で西武池袋線に乗り換え→乗り過ごして所沢駅→石神井公園駅に戻って降りる→満員電車を見送る(このあたりの電車に乗り込む映像がすさまじい。外人がクレイジーと呆れるわけだ)→下りでひばりヶ丘駅へといった映像なんかもあって、どうしてこんなのを撮ったんだと驚く。
興味深いのは、撮影されている人がなんの抵抗もなく顔を出して映されていることだ。今だったらあり得ないわけで、これはやっぱりネットに動画を上げる、なんてことが想像もつかなかった時代だからだろう。撮影した写真家も「今は技術的に撮影は簡単になったが、社会的にはどんどん難しくなっている」と話している。
個人的に一番興味深かったのは、新宿散策だ。特に2分26秒あたりからけっこう長めに映っている、新宿駅東南口の映像には、思わず声を上げてしまった。今、ルミネが建っているあたりである。
この辺はちょっと前までは闇市時代のまんまにバラックが建ち並んでいて、新宿で本当に恐いのはこのあたり、と言われていた。夜、このあたりに立って、口に手を当ててオロナミンCドリンクを飲むような仕草をすると、どこからともかく売人が現れてシンナーを勧めてくる、と聞いたことがある。
オレは1980年に新宿の会社に就職し、1991年は独立して3年目ぐらいで曙橋に事務所を置いていたから、新宿はまさに庭だったのだが、このあたりだけは遠目に見て避けるようにしていた。それが気がつけばいつしか立派なビルが建っていて、あのバラックの光景は幻だったのかと、妙な懐かしさと共に振り返ることもある。そのバラック群がありありと映像として甦ったから、ついオレも嘆息だったわけだ。
なお、1980年代後期のこの一帯を現在の様子と比較した興味深いサイトがある。これはなかなかの労作だろう。
このサイトには他にも都内各所の新旧比較の写真が載っている。眺めていると、まさにタイムスリップできる。昔、といっても1980年代だが、あの頃の六本木の写真なんて、オレはここに事務所を置いていたカメラマンのところによく足を運んだが、そうそうこんな町並みだった、と息をのむ。
1988年6月に会社を辞めて独立したとき、オレは30歳。今から32年前だ。ということは、あのときまで生きたよりも長い人生を、あのときから今まで刻んできたわけか。
人生は一瞬だよなあ。
2020.06.05
いやあ、缶チューハイ方に飲みながらYouTubeで見る高中正義は最高だわ。
ブルーラグーン、セーシェル、ベレーザプラ、レディトゥフライ…。特にドラム5台(!)を従えて演奏したReady to Flyなんて、腰抜かすわ。
5分04秒のカット割りにぶっ飛び、1分51秒の村上ポンタのお手振りパフォーマンスに心奪われ、7分53秒あたりからのスネアの音に卒倒してしまう。誰だ、このスネアは。そして6分56秒に3コーラス目が始まった瞬間にリム打ちに移行するのが、とんでもなくかっこいいぞ。
この5台のドラムに、もちろん高中正義はギター1本で真っ向勝負を挑むわけだ。3分07秒からはさりげなくギターチョッパーを入れ混ぜ。9分17秒には1弦が切れる。もちろん弦が切れてもお約束。高中正義のギターは一切かまわずそのまま最後まで疾駆するのであった。
あ〜、神だわ〜。この演奏だけで、ストロングゼロのロング缶を3本はいけちゃうわ。
そして缶チューハイに酔っ払っていたはずが、いつの間にか高中正義に酔っ払ってしまう。
最近の高中はさすがにちょっと老いてしまったけれど、それでも65歳になっても日比谷の野音をピンで満員にしてしまうんだから、たいしたもんだ。
高中正義より速いフレーズを弾くギタリストは山ほどいるし、高中正義より難しいフレーズを弾きこなすギタリストも山ほどいる。でも、高中正義ほどギターを歌わせるギタリストはいないし、何気なく弾いたアドリブのフレーズがそのまま歌メロのサビになってしまうぐらいメロディアスなんて、そんなギタリストは高中正義の他にはいない。
ヤマハの青がよく似合うなあ。
2020.06.04
本日はリモートでのインタビューが一つと、顧客とのミーティングが一つ。リモートもなんとか様になってきた。
ありがたいことに今月の予定はだいぶ埋まっているのだが、その3分の2はリモートでのインタビューである。
当たり前のことだけれど、リモートで済ませられると、交通費がいらないばかりか、余計な出費、例えば時間つぶしやクールダウンにスタバに寄ってアイスコーヒーを飲む、ちょっと東急ハンズに立ち寄っていらないものを買ってしまうといった無駄遣いが一気に減った。もちろん帰りに一杯、というのもなくなったので、飲み代はゼロである。
リモートでのインタビューやミーティングの場合、服装や背景が気になる。顧客相手の場合、背景はウェブ会議用に用意された真っ白い壁なんかを使えばよいが、服装はそうもいかないので、ワイシャツに着替える。今日は企業のトップへのインタビューだったので、ジャケットも着た。もちろん下は無印良品で買った安いパンツである。決して立ち上がってはいけない。
先方はというと、自宅でユニクロなんか着ちゃっているわけだが、オレがそれに合わせるわけにはいかないもんね。
一方のミーティングは気の置けないクリエイティブな仲間ばかりだったので、ジャケットなしどころか、オレはウクレレを抱えてミーティングに臨み、ちょっとした間に弾いて拍手喝采、てなもんである。
先日、紳士服チェーンで夏物のスーツを買ったが、そこからダイレクトメールが届いて、とにかく売れなくて困っているので買ってください、と迫られた。ワイシャツ4枚、1万円でいいですよ〜。
ふむ、それはアリだな。夏物ワイシャツを買っておくか。どうせ汗かいてよれよれになるのだし、とオレは車のキーを持って立ち上がったのだが、ふと思い直して、やっぱりやめた、とイスに座り直した。考えてみりゃ3分の2がリモートのインタビューなんだから、ワイシャツなんて形式的にはおっていればいいわけだ。別に新しいものを買う必要もないな。外に出ないから汗だくにもならないし。
ということで、なるほど、リモートワークはスーツやワイシャツも不要になるわけで、紳士服屋を抹殺するのだな。出張が激減して新幹線や駅弁がいらないものになったように、紳士服屋もいらないもの入りしたようだ。うーむ。
もっとも一番いらないのはオレの遊び歌バンド「たんさいぼう」のようだ。なにしろ1月に2回ライブをやった以降は、すべてのライブがキャンセル。このままいくとおそらく12月までライブなし。事実上の活動停止。次の冬だってあやしいものだから、12月もキャンセルになってしまえば、たんさいぼうは本格的に消滅だ。
まあ、しょうがないわな。なんといっても「ふれあい遊び歌」だもんな。感染拡大活動そのものだ。せめて「ふれあわない遊び歌」にでも方向転換するか。
こんな具合に世の中にいろいろといらないものがはっきりしてきたわけだ。だが、必ず揺り戻しは来るだろう。
オレがよく知っている某有名企業は、ノーベル賞受賞者を輩出したほどの素晴らしいメーカーである。この会社はとにかくオープンかつフラットな社風で、むちゃくちゃ風通しがよい。よく観察すると、社内のあちらこちらで立ち話が行われている。廊下で取締役と係長がすれ違うと、ちょっと足を止めて「そうそう、あの話、進めておいて」なんていう重大な決定がその場で下されたりしている。会議はその追認。こうしたカルチャーがあるから、ちょっとした思いつきが大きなビジネスの萌芽になったりするわけだ。
リモートのミーティングでは、もちろん立ち話はできない。「ちょっと相談を」というときも、基本的に互いに顔見知りであることが前提となる。先輩にくっついていたらたまたま取締役との立ち話に立ち会うことになっちゃった、なんていう機会はゼロである。
これはオープンカルチャーという競争の源泉を失ってしまうことになるわけで、こりゃいかんと、リモートよりもリアルに軸足を戻そうという動きになるんじゃなかろうか。
そもそも単純な話、リモートでは新人の育成なんてできないしなあ。特に営業なんて、先輩にくっついていって頭を下げるところから始まるわけで。
なとどいう余計なお節介を、オレはリモートでのインタビューをしながら思ったわけよ。出費が減って、無駄なワイシャツを買わずに済んでいるのはいいことだが。
2020.06.03
腕時計が好きで、別にコレクションしているとかすごいブランドを持っているとかじゃなくて、眺めては、いいなあ、欲しいなあとよだれを垂らしている。
ブルガリの600万円の腕時計を柔道のヤワラちゃんがしていて、あれじゃあブランドイメージが台無しだよね〜と話すのを聞いたとか、フランクミューラーの200万円の腕時計をしてキャバクラに行くともてるから買ったんですよ〜と客が話すのを聞いたとか、まあ、そんなふうに腕時計について人が話すのを聞くのも楽しい。
オレは別にブルガリもフランクミューラーもロレックスも欲しくない。いつか、CASIOの10万円ぐらいのオシアナスを手に入れたいなあと思うぐらいだ。あとは、スイスのモンディーンの2万円ぐらいのやつも欲しい。モンディーンはスイスの鉄道に使われていた時計で、とっても格好いいのだ。以前、思い切って買ったことがあったけれど、どこかで落としてなくしてしまった。
そんなオレが今しているのは、いわゆるチプカシである。
チプカシとはチープなCASIO、つまり格安のCASIOの時計のことで、もっと具体的に言うとカシオスタンダードというシリーズの時計のことである。これはすごいぞ。オレがしているのはそのうちの1本で、MQ-24というやつ。値段はなんと950円だ。9500円でもなければ1950円ですらない。消費税を入れると1000円を超えちゃうのが惜しい、という950円の時計だ。
電池の寿命は7年間。その間、時間のズレは数秒。日常防水なので洗い物もできる。
というハードのスペックが魅力なのはもちろんのこと、なんと言っても、時計っていうのはこういうものだろ、という一切の無駄を排除した潔さがよろしい。5年ぐらい前から若い世代に人気が出て、ダイソーでベルトを買ってきて交換して変身させるという遊びもはやっている。
とにかく軽くて薄く、まったく邪魔にならないというのも、オレが気に入っている点だ。
もちろんチプカシという名前の通り、見た目はチープである。安っぽい。決して高い時計とは思われない。けれど、先日は仕事で対面した人から「お、MQ-24ですね?」と気づかれて、ちょっと嬉しかった。
このカシオスタンダードにはけっこうな数の種類があって、Amazonで見ているだけでも楽しい。高いものでも5000円くらいだ。見ているだけで欲しくなって、1000円とか2000円とかなので、ついポチッとしそうになる。押しとどまるのは、この調子でいろいろと買うなら、モンディーンが買えちゃうんじゃね? という内なる心の声が聞こえるからである。
まあ、いずれにせよ安い買い物なのだが。
2020.06.02
南大沢まで行った。仕事である。
南大沢っていうと住所は八王子だが、京王線の多摩センターの先なので相模原というイメージが強い。確か小沢かづとがここに住んでるんじゃなかったっけ。
どうせ山の中のしょぼい街だろうと思って出かけたら、すげえ大きくてびっくり。駅前の商業施設なんて、我が石神井公園は足もとにも及びません。しょぼいのはこっちでした。すいません。
一緒に行ったのは、イームラ君だ。久しぶりだな。ご長男が今年中学に入学したのだが、当然のことながら、まったく学校に行けてない。オレの息子と同じ状況なわけで、いやいや、お互い、まいりましたなあ、わっはっは、と分かち合う。
久しぶりに会ったことだし、ここは南大沢、ちょうどうまい具合に帰る方向も一緒だし、陽はまだ高いですが、池袋あたりでどうですか、ビールでも軽く。近所のコマちゃんも合流するかもしれませんよ。
という話をしようかと思ったが、まだ早いかと自制し、すんでのところで踏みとどまる。ちょうどそのタイミング発表されたのが東京で30人以上というニュースで、こりゃやっぱりまっすぐ帰るしかないよねえ。
明るいうちから気の置けない仲間同士で思い切り飲んで馬鹿話のできる日が速く戻ってこないものかと、禍々しく真っ赤に染め上がったレインボーブリッジを見て思う。この橋を渡って目指すのはラスボス百合子の籠城する真っ赤な都庁かよ。
「どうかこの声が、あなたに届きますように」浅場なつ・文春文庫Kindle。読者による文学賞第一回受賞作品。へー、そんな賞ができたのかよ〜と思って手に取ってみた。いや、ダウンロードしてみた。ある事情でアイドルから引退した女の子が、ちょっとしたきっかけでラジオのパーソナリティになるという話。この女の子は、例えば毒母とか、いろんな重みを抱えているのだが、その発する言葉は次第にそれぞれに重みを抱える人々を癒やし、勇気づけていく。少し凝った構成が鬱陶しく、また、若書きなのか同じ言い回しが気に障るなどの瑕疵はあったものの、なかなか好感の持てる小説だった。ライトに読める一方で物語の展開や人物造形、心理描写などもしっかりしている。どうも最近は従来にない作家たちの小説が、玉石混淆なれど、大変に豊作のような気がしている。っていうか、単にオレが知らないだけで実はとっくに多くの支持を得ているだけなのかもしれないけど。いや、きっとそうだな。
2020.06.01
平和だった頃は、我が家の前の道を小学生と見送りの母親たちがにぎやかに通り過ぎ、続いて中学生の女の子たちがにこにこと笑顔で通り過ぎ、そして若いお母さんたちが子どもを連れて保育園へと急ぐのだった。もちろんその間を縫い、サラリーマンにOLさんがせかせかと歩き、あるいは自転車で駆けていく。
そんな朝が、どんなに有り難くて大事なものだったか、改めて痛感させられているわけだ。オレたちは。
そして今日、そんな光景の一部が帰ってきて、制服姿の中学生がぽつりぽつりと歩いていた。大変だけど、頑張れよなあ、子供たち。
2020.05.31
コロナの春が終わった。いや、終わったのは春で、コロナが終わったわけではない。
冬が終わったときは、これから春になったらコロナもきっと消えてなくなるのだろうと思っていた。だけど、雪が解けても、日が延びても、半袖のシーズンになっても、コロナは終わらなかった。困ったもんだ。
日経新聞の一面コラム「春秋」に、6月の歌として与謝野敦子の和歌が掲載されていた。「六月は 酒を注ぐや香を撒くや 春にまさりて心ときめく」というわけで、なんというか、とてもワクワクと陽気な月とされている。そんな6月にしたいものだな。
6月の短歌では「友はみな 兄の如くも思はれて 甘えまほしき六月となる」という若山牧水の作品もなかなかよい。友だちがみんな兄ちゃんのように思えてきて、甘えたくなるよ、6月って。4月に新しくできた友だちが、仲を深めるにつれて親愛の情が増すとともに、兄のように頼って甘えたくなる、という気持ちなのだろう。なんとなく、わかるわかる、という気持ちになるなあ、これ。
コロナの被害が日本で比較的低く抑えられているのは「3密」という言葉の力が大きいのではないかと、オレはけっこう本気で思っている。言霊の力だな。
「3密」という言葉は、コピーとしては完璧である。誰もが理解できる、誰もがすぐに覚えられる、そして(ここが重要だが)今までになかった新しい言葉で何にも似ていない。それでいて、ものすごく短い言葉である。
本当にコピーとして完璧であって、コピーライターとして嫉妬を覚えるほどだ。
だから「3密」は一瞬にして日本中に広まって定着した。そして、すぐに人々が行動指針として使い出した。「このハゲー!」に並ぶほどの破壊力のある言葉である。
ハゲと言えば、あの豊田真由子がコメンテーターとして復活し、なかなかの人気のようだ。
もともと東大法学部を卒業して厚生省に入り、国費でハーバード大学大学院に留学して公衆衛生を学んで修士を取得したという元スーパーキャリアにしてスーパーエリートだ。政治家に転身したのも、東日本大震災後の民主党の国家運営に疑問を抱いて自ら立ち上がったわけで、その志も非常に高かったのだ。それが「ハゲー!」の一言ですべてを失ってしまったわけだが、そんなふうに本来はめちゃくちゃ頭がよくて、めちゃくちゃ志の高い人だから、しゃべらせれば鋭いのは当たり前だ。
しかもワイドショーに主演する日は、前日からとことん勉強して大量のメモを用意して番組に臨むそうで、とっても真面目で勉強熱心なのだ。話を聞けば、面白いに決まっているし、息子もすっかり信奉者となってしまった。
この超エリート・豊田真由子を、狂犬・木村もりよにぶつけたのが、今日の「TVタックル」。いやあ、わくわくしましたなあ。
木村もりよは元厚労省の技官で医師。ジョンホプキンス大学でやっぱり公衆衛生を学んで修士を取得している。豊田真由子より格は落ちるものの、スーパーエリートであることには変わりはない。だが、もりよが存在感を発揮するのは、なんといってもその高圧的で独善的な異常キャラにある。相手の言い分を一切認めず、とにかく言い負かす。厚労相時代にはパワハラで何人も追い込んで、結局、それで自分も辞めた、という噂を聞いたことがある。知らんけど。
いつだったかの「TVタックル」では東国原英夫とガチバトルを展開し、東国原が何か口を開くたびに「それはいつのデータですか」と突っ込んで、一切の反論を受け付けなかった。そのものいいは、子どもが口げんかで「じゃあそれは何年何月何日何時何分何秒だよっ、答えてみろよっ」とぎゃあぎゃぁ騒ぐ様とそっくりであった。
この、ばばあ対ハゲのバトルに今日はこのハゲーおばさんが参加するわけで、ビートたけしなんて大喜びで東のことをハゲハゲと煽っていた。
今日のバトルでは、もりよばばあが「経済のためにはコロナで人が死んでもやむなし!」という暴論を展開。わざとじゃないかと思うぐらいの暴論だった。対して豊田ばばあが反論すると、その揚げ足を取ってもりよばばあが叩き潰そうとし、豊田ばばあは「私はそんなこと言っていない」と口げんかに移行。
まあ、昼日中の番組なので、このあたりでバトルは終わったのであったが、この両者が並んで口角泡を飛ばして激論するというのは、なかなか興奮させられる絵柄だった。
もりよばばあはタイガー・ジェット・シンで豊田ばばあはアントニオ猪木。ヒール対ヒーローのまさに由緒正しいバトルだったなあ。この二人の対戦には、今後も注目である。
「うる星やつら ビューティフル・ドリーマー」
「勝手にふるえてろ」の松岡美優があまりにかわいかったので、助演として評判の高かった「万引家族」も観ることにした。一度観て、途中でストップしていたのだ。その同じ場所から再び観始めたのだけれど、やっぱりこのむき出しの貧困家庭を目の前に突き出されると、あまりの品のなさや情けなさに辛くなり、結局5分ほど観てやめてしまった。とほほ。仕方なく、アメリカの「コア」という映画を観る。知らない映画だ。地球の最も深いところにある内核と外核が突如回転を止めてしまった。このままでは地球はあと1年で滅びてしまう。よーし、こうなったらスーパーマシンで穴を掘って地球の外核にまでいって、核爆発を起こし、そのショックで回転をスタートさせよう。というとことんバカバカしい物語だ。出かけていくチームのメンバーには、ちゃんと女性と黒人も入っている。マイノリティをヒーローチームに入れておかないと叩かれるのがアメリカだ。今ならここに中国系のメンバーも入れておかないと制作資金が調達できないのだが、20年近くも昔の映画だから、まだ中国の影響力は及んでいない。映画も小説もバカバカしいほど面白いから、こういうホラ話は大いに期待したのだが、1時間ほど観たところでやめてしまった。こちらとしてはホラ話ならホラ話なりにちゃんと騙されたいのだが、それには現実の部分がかなりしっかりとリアルに作り込まれてなくてはならず、そこの手抜きか、力不足が目について、つまらなかったのだ。そんなわけで今日は2本の映画を途中で放り出した。ところが、夜、「手越がいないとつまらないね〜」などと言いながら家族で「イッテQ!」を観た後、何気なくケーブルテレビに変えたら「うる星やつら ビューティフル・ドリーマー」をやっていたので、つい観てしまったのである。これは昔、リアルタイムで観て、確かDVDも持っているはずだ。実に名作である。掛け値無しの名作である。「学園祭本番よりも、その前日が一番楽しい」という設定がまず秀逸で、「その一番楽しい前日が永遠に続いたら」という発想が素晴らしい。今日も何年ぶりかで観かえしてみて、前半の異常なまでのテンションの高さ、濃密さに驚く。観ているこちらが熱に侵されそうな濃密さだ。物語は夢落ちという禁断の終わり方をするのだけれど、それで十分に納得の内容だ。とんでもないクオリティの高さで、アニメの金字塔的傑作。それにしても改めて思ったのが、原作の素晴らしさだ。キャラクターの一人ひとりが、よくぞこんなキャラを考え出したなあと感心させられる出来で、高橋留美子はやっぱり天才だったんだと改めて気づく。今度、マンガのうる星やつらを読み返してみよう。
2020.05.30
早朝の銀座に行った。7時。仕事である。
ちょっと待て、今日は土曜日だろ? 週末だろ? そうである。土曜日なのに朝7時から銀座で仕事なのである。うむむ。
理由は、ハワイにいる人をリモートで取材するためだ。ハワイは外国だけれど、リモートだから取材できちゃうのだ。でも、そのためにわざわざ早朝に銀座に行かなくてはならないのだから、リモートの意味が分からないのだ。
ワイハって、観光で食っているところだから、やっぱりコロナにはずっぽりやられちゃって大変みたいだねー。リモートでリゾートはできないもんね。←うまいこと言ったな、オレ。
土曜日の早朝のザギンは、コロナ以上にガラガラで、とても気持ちのいい空気が流れていた。さくっと仕事を終わらせ、家に帰る。一日が有効に使える。
「ロケットマン」
ちょっと前に話題になったエルトン・ジョンの自伝映画だ。いろんな歌が流れて、登場人物が突然歌い出すような、そんな映画だ。そういう演出を嫌う人も多いけれど、オレは好きだな。例えば安い酒場でティーンエイジャーのエルトン・ジョンが「土曜の夜は僕の生きがい」を演奏するのだけれど、曲が進むにつれてエルトンもどんどん成長していくという演出はとても楽しかった。流れる歌のほとんどを知っているということで、改めてどれだけすごいヒットメーカーだったんだよと気がつく。「ユア・ソング」誕生の瞬間なんて、映画だと分かっていてもゾクッとしたぞ。もっとも歌は素晴らしくても、エルトン・ジョン自身の生き方や人格には何の興味もないから、物語そのものは退屈。というか、醜悪だろう、この人生。20代で富も名誉も絶頂を極め、後は退廃の中で過ごす人生。バイセクシュアルだから男あさりもすさまじく、その様は醜悪の一言に尽きる。気色わりー。
「勝手にふるえてろ」
松岡美優って、かわいいよね〜。特に笑顔が最高だよね〜。若くて、顔のいい女の子の映画が観たくなったから、松岡美優が主演のこの作品を見つけて、おお、これこれ、と喜んで観たわけだ。そして観終わって仰天&呆然。これって、すごい映画じゃん。脚本も演出も美術も、すべてに無駄がなくてパーフェクト。特に松岡美優の演技がすさまじい。若くて顔のいい女の子というだけじゃなくて、驚異の演技力の持ち主じゃん。物語は、彼氏いない歴24年のOLの、こじらせた恋愛ストーリー。このOLがとにかく面倒くさくて、痛々しくて、鬱陶しいのだ。例えば、中学の時に好きだった男の子に再会するためにクラス会を企み、人望がなかった自分じゃ人が集まらないからと、クラス一番の人気者だった子の名前を騙って人を集める。おいおい、それをやっちゃだめだろう、人として。あるいは24歳で処女だということが会社にばれてしまったと思い込み、それを否定するために、妊娠したので休むという偽装産休の届けを出してしまう。おいおい、それも人としてやっちゃだめだろう。そういうとことんだめな痛い女でありながら、よく見るとちょっとかわいいじゃんこの子、という絶妙の演技をしてみせるのだ、松岡美優は。その表情の一つ、目の動き一つで、場のすべてを支配してしまう、超絶演技である。これにはぶっ飛んだ。このOLは、中学時代に好きだった男の子が今も好きで、その子のことを脳内で彼氏と設定している。その妄想の延長で、本人も人気の陽キャ設定なのだ。脳内で。だが現実にはコミュ障の陰キャ。そのリアリティを出すために、例えばスマホには宅配寿司という項目で電話番号が登録されているし、実際に宅配されてきた寿司を食べるときは、箱の裏ブタに醤油を垂らして食べていたりする。若くて顔のいい女の子でも、本当の生活ではこういうことするんだよね〜、陰キャだし。みたいなリアリティがどどーんと迫ってくるのだ。物語の途中、フレディとかオカリナとか、ちょくちょくたたき込まれてくるギャグが切れ味すさまじく、オレは思わず噴いてしまった。特に終盤のジャンヌ・ダルクには、イスから転げ落ちそうになってしまったよ。秀逸なのは、これらのギャグが、物語の主題の一つである“名前”にしっかり紐付けられていることだ。つまりギャグのためのギャグではなくて、物語に奥行きをもたらすためのギャグなのである。終盤、松岡美優が相手役と2人で怒鳴り合うシーンの濃密さは異常でさえある。惚れた。
2020.05.29
夜、ケーブルテレビで音楽番組をいろいろ観ていたら、80年代のフジテレビでやっていた松田聖子のワンマン番組に遭遇した。30分間の番組で、出演は松田聖子が1人だけで、延々と自分の歌だけを歌うというものだ。
カラオケもあるが、生演奏もあって、なかなかに力を入れて制作していた番組のようだ。セットがチープなのは、昔のことだからしょうがないか。
歌だけでは番組がもたないと思ったのか、歌と歌の間にトークが入る。これも松田聖子が1人でやっている。
ある回では、松田聖子が大人の色っぽい女という設定で、1人寝の寂しいボクちゃんたちにささやきかけるという、よくアイドルの事務所がこんなの許したなという企画を演じていた。意図の割には、面白くなかったが。
面白かったのは、松田聖子が1人二役を演じたもの。画面には2人の松田聖子が並んで座り、右の松田聖子がぶりっこの松田聖子を演じ、左の松田聖子が右の松田聖子のぶりっこぶりにツッコミを入れるというメタな内容だ。頭がおかしいんじゃねえの、この企画。
これが実におかしくて、ぶりっこ批判をされた松田聖子がぶりっこを演じるというメタ過ぎる暴走が非常に面白かった。なんというか、松田聖子の才能のようなものが感じられた。
番組のエンディングには、「構成 秋元康」の文字。なるほど、おにゃんこでブレークする前、構成作家としてフジテレビなどで食っていた時代の仕事だったか。企画のキレはさすがだ。アイドルのポテンシャルを引き出すことにかけては天才的だったのだな。改めて感心した。
「緋色の残響」長岡弘樹・双葉社Kindle。著者は、ミステリーの短編の名手だ。キムタクが主人公だったと思うけど、その原作の「教場」は、うまいところに目を付けたものだなあと感心したっけ。同じジャンルでは横山秀夫が絶対王者として君臨しており、長岡弘樹はそのフォロワーという感じだ(オレにとっては、だけど)。これは久しぶりに読んだ長岡弘樹の短編集。シングルマザーの刑事と、その高校生の娘が主人公の連作短編集。基本的にちょっとあざとい。伏線が、いかにも伏線ですよ〜という顔で潜んでおり、ほーら回収して見せましたよ〜という感じで種明かしがされる。横山秀夫だと、うーん、さすが、まいりましたと感じるのだが、長岡弘樹だと、それがどうしたんだよ、と思ってしまう。この違いはなんなんだろうなあと、自分でも不思議。
2020.05.28
我が家から徒歩1分の至近距離に、ウエルシアがオープンした。以前は西松屋だったところである。
文句なく、うちから一番近い商店だ。そのため息子はウエルシアの看板が立って内装工事が始まったときからテンションあげまくって、楽しみにしていた。もはや、オレたちのウエルシアだ。
そのウエルシアが今日、オープン。ひっそりとオープン。密を避けるためか、何の告知もなく、気がついたらオープンしていた。そこで夜だったが、慌てて息子と駆けつけた次第。何しろ息子はとても楽しみにしていたからね。
新しくできたウエルシアは、いわゆるウエルシア以外のナニモノでもなく、ここならお酒が切れてもすぐに買いに来られるね、といった位置づけだ。まあしかし、商店ができるのは何にせよありがたいことである。一日一回はスギ薬局に寄らないと病気になってしまうほどスギ薬局依存症のヨメも、今度はウエルシア依存症になるかもしれない。
夜、NHKのニュースで光ヶ丘団地の特集をやっていた。コロナで孤立する独居老人世帯、という内容である。光ヶ丘団地は、入居者の3分の1が独居老人だそうだ。すげえな。残りの3分の1が中国人か。30年前には、光が丘は名前の通り希望の光に満ちた新しい街だった。大きな公園ではファミリーが陽を浴びてくつろぎ、道では通学の小学生の声があふれていた。その子供たちが成人して街を出て、今や老人たちが公園でひなたぼっこしている。まさに限界団地だ。
そこにコロナが襲いかかったのだから、たまらんわなあ。
コロナと言えば、北九州がヤバそうだが、オレは10日前に福岡に立ち寄っている。飛行機にも乗っている。うーむ。来週頭に屁をしても臭くないようだったら光が丘のPCR検査所に直行だな。
ところで京都大学の教授らが発表した、日本の奇跡を裏付ける国民集団免疫説という論文が興味深い。実は既に日本人にはコロナの免疫があった、という論文だ。
今年、日本でインフルエンザの感染者が少なかったのは、実は既にコロナにかかっていたから、というのだ。ウイルスというのは土地を奪い合うと言われている。つまり異なるウイルスは同じ土地に暮らすことができず、お互いにぶんどり合戦をするらしいのだ。インフルエンザが流行しなかったのは、コロナに土地を買い占められちゃって、住み着く場所がなかったためである。
このインフルエンザより先に住み着いてしまったのがS型のコロナ。先に住み着いたから“先駆け=Sakigake”というわけで、S型だ。これはそんなに症状がひどくなくて、いつの間にか多くの人が感染していたというのだ。
こういう展開になると「そういえばオレも…」と言い出すのが人間の性というものだが、オレもこの日記とは別に毎日ノートに書いている日記を見たら去年の6月におかしな風邪にかかっていた。突然激しい下痢と高熱、体のだるさに襲われ、2、3日寝込んでおよそ一週間も食欲がなかったのだ。家族が「お父さんのおなかが引っ込んだ」と大喜びしたほど、オレはやつれてしまったのである。
季節の変わり目に軽い風邪をひくのはよくあることだが、これは明らかにそれとは違って、ノロでもないし、変な風邪だったなあと思ったものだった。
はっ、もしや、あれがS型のコロナだったのでは…とオレは目を細めるわけだが、しかし、6月っていうのは少し早いような気もする。
そして、このS型に続いて中国からやってきたのがK型。インフルエンザの流行曲線が“欠ける=Kakeru”でK型という。本当かよ。
このK型は、実はクルーズ船の騒ぎがあったのに春節のインバウンドだと中国人を迎え入れてしまったために日本に入ってきた。この結果、日本人はS型とK型の両方の免疫を獲得し、ヤバいG型、つまり“世界的=Global”のG型から逃れることができたというわけだ。つまり、早期に空港や港を封鎖しなかったというミスのために、日本は救われたという説である。
これがマジなら、なかなかに神がかっているよな。確かに。
iSPのの中山教授だっけ? いや、iPSの山中教授だったかな、とにかくその人が言うところの日本人だけのファクターXを、京都大学の論文は国民集団免疫説と指摘してみせたわけだ。BCG説よりもリアリティがある…かなあ。素人にはよくわからん。
「これは経費では落ちません!」青木祐子・集英社Kindle。楽しみに待っていたシリーズ7巻である。今、こうして心待ちにするシリーズは、これと、巡査長・真行寺シリーズぐらいのものだな。この経費シリーズの魅力は、会社勤めなら「あるある!」と納得する細部のリアリティと個性的なキャラクター、そして複雑に入り組んだ物語展開だ。実際、主人公の経理部員の女性が勤める会社の吸収合併を縦軸に、つきあっている営業部の彼氏との恋愛を横軸にして、さらにここに経費のちょろまかしとか、婚活パーティーとか、上司のえこひいきとか、細々としたエピソードをぶち込んでくる。これだけのネタを、こんがらがることなく上手に整理しながら抜群の読みやすさで話を進めていく作者の手練れには感心する。シリーズを重ねるにつれ、その手腕には磨きがかかり、いや、お見事だ。主人公の女性は、向上心に欠け、想定外を嫌い、給料以上のことは絶対にしたくないという、実に面白みに欠ける人間だ。自分で自分のことを「性格がよくない」と言ってしまう、ひねくれたところもある。こういう女が近くにいたら鬱陶しくてたまらないだろうが、なぜかこの物語の中では多くの人に頼りにされ、そしてそれがなんとなく納得できてしまうというのも、この作者の人物造形の見事さ故だろう。頭を疲れさせることなく、面白い小説が読みたいなら、ぜひオススメのシリーズだ。
2020.05.27
ラッシャー木村が、「国際はぐれ軍団」と称してアニマル浜口、寺西進とともに新日本プロレスに殴り込んだ頃の話である。
アントニオ猪木との1対3マッチなど、ラッシャー木村は屈辱の扱いを受けても黙々と仕事をこなしていたが、それは国際プロレスが倒産してしまって、ただひたすら家族を食べさせていくために、目の前の仕事を必死にこなしていたに過ぎなかった。
だが、オレたちプロレスファンは実にナイーブだったね。敗者髪切りマッチで負けたにもかかわらず逃げ出したラッシャー木村のことを心の底から卑怯者と罵り、憎んだ。彼は、単に仕事の発注元(新日本プロレス)の書いたアングル(仕様)に従って、極めて忠実に役割を全うしただけだったのに。
ナイーブだった昭和のプロレスファンは、会場で罵声を浴びせるだけでは満足できず、ついにはラッシャー木村の自宅にまで押し寄せて、連日、生卵をぶん投げるという暴挙に及んだ。ひゃー、今なら完全に器物破損かで現行犯逮捕だな。おかげでラッシャー木村の愛犬までノイローゼになってしまったというのは有名な話。
その後、全日本プロレスに移ってジャイアント馬場と兄弟タッグを組み、マイクおじさんとして人気が出た頃のラッシャー木村は、「やっと落ち着ける場所を見つけた」と実に穏やかな顔をしてプロレスを楽しんでいた。
ドクターストップがかかるほど腰の状態が悪いにもかかわらず試合に出て、猪木との場外乱闘で大出血したときは、リングのエプロンで仁王立ちになって大流血の顔を見せ、「どうだ小僧ども、よく見ろ、これが大人の仕事だ」という表情で見得を切ったのが実に印象的だった。
ラッシャー木村が3人がかりで猪木を襲ったのも、タイガー・ジェット・シンがリングに乱入した観客をぶちのめしたのも(あの観客は、実は新日本プロレスでアルバイトをしていた学生を仕込んだ、と後にミスター高橋がばらしている)、ブッチャーとシークがテリー・ファンクの腕をフォークで刺したのも、当たり前だが全部お仕事である。ああそれなのに、ナイーブな昭和のプロレスファンは本気にしちゃったのだった。
さすがに今はプロレスのヒールを見ても、誰も本気でやってるとは思わない。仕事に決まっていると理解している。これだって立派なリテラシー。だが、テレビのヤラセなのに、まだ本気でのめりこんじゃう人がいるというのが驚き。
もっとも、「ネットの中傷がイヤなら見なければいいのに」という人がいるけれど、ネットに依存してしまっている人にとっては、ネットを見ないというのは空気を吸わないのと同じこと。中傷そのものよりも、依存するまで放っておかれたことの方が問題のように思えるけどなあ。
それにしてもコロナの数ヵ月で、どうして日本はこんなにも他人を叩きまくる社会になってしまったんだろうと驚く。違う価値観、違う世代、違う意見のクラスターどうし、もはや分断が当たり前なのか。これがほんとのソーシャル・ディスタンス、なんちゃって。
叩きまくるといえば、手越だな。
日曜の夜は晩ご飯の後、みんなで『イッテQ!』を見てゲラゲラと笑うというのがお約束の我が家は、全員が手越ファン。息子など、「アイドルのくせに手越はすげえよ」と尊敬さえしている。
手越も30歳を超えたいい大人なんだから、もっとうまく立ち回ればいいものを。
でも、別に犯罪に手を染めたわけでもなくて、ただお姉ちゃんたちと飲んだだけなんだから、ジャニーズも狭量だよな。「みんなが我慢してるのに、どうして自分だけ」という極めて日本的な同調圧力が嫌らしく表れた結果なのだろう。罰としてすっぽんぽんで六本木一周、とかいう処分だったら洒落が効いてて面白かったのに。もっとも「それだとむしろ手越は喜ぶ」という息子の指摘は当たっているような気がする。
というわけで、東京コロナカレンダー。
3/01 **2 **0 **1 **4 **8 **6 **6 計**27
3/08 **0 **0 **3 **6 **2 **2 *10 計**23
3/15 **3 **0 *12 **9 **7 *11 **7 計**49
3/22 **3 *16 *18 *41 *46 *40 *64 計*228
3/29 *72 *12 *78 *67 *98 *92 118 計*537
4/05 141 *85 *87 156 183 199 198 計1049
4/12 174 102 159 127 151 206 186 計1105
4/19 109 101 123 123 134 170 119 計*879
4/26 *82 *41 113 *47 *59 165 156 計*663
5/03 *93 *87 *57 *37 *23 *39 *36 計*372
5/10 *22 *15 *28 *10 *30 **9 *14 計*128
5/17 **5 *10 **5 **5 *11 **3 **2 計**41
5/24 *14 **8 *10 *11 *** *** *** 計**43
あら、今週、増えちゃってるじゃん。先週が底だったんじゃん。
それにしてもこうして振り返ると、4月の前半の増え方はヤバかったんだな。よくぞそこでとどめたわ。数字だけを見れば、今は3月の半ば頃か。そう思うと、あんまり安心してもいられないなあ。
と思っていたら、学校の9月始まりがどうやらチャラになりそうという報道。従来通り4月スタートになりそうだ。こりゃあ、天下の愚策だな。明治維新以来の大改革、100年に一度のチャンスだったのに、これでまた日本は100年遅れる。
30年かけて世界の二流国家に落ちた日本は、次の30年で三流国家に落ちていくんじゃなかろうかねえ。
そりゃあ、9月始まりに伴う様々な面倒や負担は大きく、教育現場や責任を取りたくない政治家が反対するのは当然だ。だからこそ50年先を見すえた大局的な視点のリーダーシップが必要だというのになあ。
2020.05.26
今日も仕事で銀座に行く。
緊急事態宣言が解除されたけど、銀座を歩く人の数は4分の1程度。まだすっからかんだ。ただ、車の数は明らかに増えている。テレビのニュースでは、例えば吉祥寺は自粛中も人出が多いなどと非難されていたが、実際に吉祥寺に行った人に話を聞くと、そんなことはないということで、要するに「どうせこうだろ」といういつものマスコミの決めつけ報道なのだろう。人出などは、やっぱり実際に足を運んで感じた実感が正しい。
銀座といえば、オレはよく銀座に行くけれど、決して遊びではない。仕事なのだ。別に銀座に対して好きとか嫌いとかの感情はないが、オレの居場所はないなと感じるのは確かだ。それでもこの落ち着いた雰囲気はなかなか心地よい。渋谷や青山とは別格であると感じる。
銀座で、いつもの通り富裕層相手のインタビューを行う。富裕層のヤツらは、いや、連中は、いや、皆さんは、コロナなんてまるで関係ないようで、この自粛期間も息を吸うように蓄財を続けている。コロナが拡大するように、富裕層はその富を拡大させている。いやあ、たまげた。格差は拡大するばかりだなあ、と実感する。
空き時間に昼飯を食う。ラーメンだ。
出張の佐賀のランチを別にすれば、外食は実に2ヵ月半ぶりだ。もはやオレにとって飲食店は無用の長物なのかもしれない。ラーメンとはいえ、ここは銀座。なんとラーメンに小さいどんぶりがついたランチのセットが1200円もするので腰を抜かす。だが、繰り返すがここは銀座。ランチ2000円が当たり前の街である。ラーメンが1200円でも不思議ではない。
学生時代の友人のカトーが、就職1年目、街の靴磨きを利用したところ、シャカシャカと靴を磨くおばちゃんに「靴磨きなんて贅沢をしたんだから、今日のお昼はラーメンにしな、お兄ちゃん」と諭されたっけ。あの頃のラーメンは、安いサラリーマンの節約メシ、というポジションだったのだ。それが令和の銀座では1200円である。靴磨きのおばちゃんも腰を抜かすだろう。
大変なのは、たまたまオフィスが銀座にあるだけで、別に給料はごく普通レベルという、富裕層ではないサラリーマンの人たちである。「メシはいつもコンビニですよ〜」という答えも、そりゃそうだろなと納得だ。
家に帰って、ふと思い立ってネットで通帳の残高を確認する。おお、増えている。40万円も。例の給付金が支給されていたのだ。
大喜びでオレは家族を集め、者ども喜べ、給付金が支給されたぞ、と告げる。そして、このカネはお父さんの壊れたメガネの買い換えと古びた夏スーツの買い換えと壊れたエアコンの買い換えに使われる、なぜならばお前たちが毎日ご飯を食べられるのもお父さんのおかげだから、このカネはお父さんのものなのだ、そう、オレは暴君ネロなのだ、わははは、と宣告する。すると息子が「暴君ネロって実はたいして暴君じゃなかったらしいよ、というのも…」といつものように蘊蓄をたれる。うぬぬぬ、少し前までは知識と経験ではオレが優っていたのに、今では東大生の膨大な知識に三流私立文系のオレがかなうわけがなく、暴君は家族にも相手にされないのであった。
この息子と娘の世代を、Z世代と呼ぶ。いわゆるデジタルネイティブキッズだ。
今日の日経朝刊には、このZ世代を巡る興味深い記事が載っている。
日本がこの30年間苦しんだのは、課題を発見できなかったためだ。だがSNSを使いこなして距離の壁を軽く乗り越えて仲間とつながるZ世代は、従来とはまったく異なる価値観を持ち、便利さと正解を追い求めてきた旧世代をあっさりと置き去りにして、まったく新たな課題を提示してくれるはずだ。アフターコロナの社会は、そんなZ世代が築くに違いない。
ちょっと驚くのは、そんなZ世代の関心の高いブランドには、もはやGAFAすら入っていないことだ。支持を集めるのは聞いたこともないような新しいブランドばかりだ。だが、その中にソニーとナショナルジオグラフィックというレガシーブランドが入っていることに、びっくりする。
ソニーは、サブスクモデルを積極的に採り入れて、ゲームや音楽などで存在感を強くしていることがその理由と分析されている。オレが驚いたのは、ナショナルジオグラフィックだ。なぜ旧世代のメディアの象徴のようなナショジオが、Z世代に高く評価されているのだろう。ネットのニュースを調べれば、VRを駆使したコンテンツ展開や新しいプラットフォームでの展開などがその理由ではないかと分析されている。確かにそれもあるだろう。
ナショジオは、息子が小学生ぐらいからずっと定期購読してきた。そして大学生になったとき、もう読まなくてもいいだろう、いざとなればdマガジンでも読めるし、と提案したら、案に相違して息子は「まだ読む」と強く主張したのである。紙の月刊誌で年間1万円。こんなオールドメディアの何がZ世代の息子をとらえるというのだ。
環境や自然、科学、アドベンチャーというテーマは、Z世代には人気なのだという。いや待て。そんなテーマは、いつの時代だって、男の子は大好きだったはずだ。
Z世代というのは、目に見えない課題に対して敏感なのだという。そして、SNSで仲間とつながる中で可視化されてくるそれらの課題に立ち向かうことを由とする価値観を持っているのだという。もしかすると130年以上にわたって自然や環境と真正面から向き合ってきたナショジオの“ぶれなさ”具合が、Z世代の潜在意識と強く響き合うのかもしれないなあ。
40万円を手に暴君宣言をしたオレは、そんなことを考えながら、「これは経費で落ちません!」7巻のダウンロードを予約したのであった。
そうである。喜べ、オザキよ。「これは経費で落ちません!」最新刊が、紙しかないのかと思ったら、すぐさま電子化されてリリースなのだ。予定は明日。オレは今日のうちに予約したので、午前0時と同時にダウンロードされるのだ。オレは繰り返す。喜べ、オザキよ、続きが読めるぞ。楽しみだなあ。
「地層捜査」佐々木讓・文春文庫Kindle。北杜夫が読みたくなった。三島由紀夫が「戦後、最も重要な小説」と絶賛した「楡家の人々」を、オレはまだ読んでいない。それどころか当の三島由紀夫を読んだこともなければ、司馬遼太郎はいつも途中で投げ出し、ドストエフスキーも学生時代に「悪霊」読んだ以外はまったく読んでいない。これは恥ずかしいことではないのか。人生で大きな損をしているのではないか。富裕層と言われるよりも、私は読書家と呼ばれたい。うそです。富裕層になりたいです。そんな思いからオレは「楡家の人々」をダウンロードして読み始め、そしてこれは簡単には読み進められない濃密な小説だなあと感じて、ちょっと一休みしようと、佐々木讓を読むことにしたのだ。頭を空っぽにして本を読みたいときは、警察ものに限る。佐々木讓の警察ものと言えば、北海道シリーズだ。あれはなかなか面白いぞ。だがこれは、四谷荒木町を舞台にした小説。バブル時に迷宮入りした事件を、今になって掘り起こそうという話だ。実はこの四谷荒木町は、オレがフリーになって最初に事務所を置いた曙橋のすぐ近くである。オレはこの時代に取り残されたような荒木町が大好きで、当時もよく飲みに行っていた。だからこの小説も、なじみのある地名、固有名詞ばかりが出てきて、例えば「全国ブランドのふりかけ屋のビル」なんていう描写があれば、ああ、新宿通りの錦松梅のビルね、とすぐに頭に浮かぶのだった。だから、よく知っている街を思い描きながら詠むことができた。それはそれで楽しかったのだが、小説としてはちっとも面白くなくて、退屈であった。やっぱり佐々木讓は北海道シリーズに尽きる。さて、「これは経費で落ちません!」を読もうっと。
2020.05.25
緊急事態宣言解除? 緊急事態解除宣言? どっちだ、いったい。どっちでも、いいか。
何があっても文句を言い飛ばし、カミツキガメのごとく噛みつきまくる野党に比べ、アベちゃんは、ちゃんと国民に感謝し、医療関係者に敬意を払ったわ。これだけを見ても彼我の差というものがよくわかるな。
マスクはだいたいどこでも買えるようになったから、あとは価格が安定するのを待つ。まだ高いからな。アルコール消毒は、ぼちぼち売られ始めたが、まだ品薄だ。
これからは第二波に備えて、こういうものを目にとまったら少しずつ買い込んでおこうかと思う。必ず要ることになると分かっているものだもんな。
あとは経済だ。経済を回そう。
2020.05.24
様々な騒動を抱えながらも、世の中は次第に落ち着きを取り戻そうとしているわけだが、どうもオレたちはもはや昔には戻れないようだ。
マツコ・デラックスが「自粛生活も悪くない。このまま仕事に戻らないでもいい」というようなことを言っているそうで、なんとなくその気持ちもわからないでもない。「なんだったら地元出身の加藤登紀子のように自分も畑を耕して自給自足の生活になってもいい」とも発言している。まあ、そんなことが言えるのも働かなくても食べていけるだけのお金を稼いでしまったマツコだからであって、オレたちは働き続けなくてはならないのだが。
テレビのバラエティや情報番組、いや、ニュースでさえ、枠で囲んでのリモート出演が当たり前である。タイミングのずれも、当初はそれはそれで面白かったけれど、今ではうんざりだ。そもそも枠で囲んだ画面なんてもう鬱陶しいだけでしかなく、今や我が家ではケーブルテレビのストレートニュース、つまりアナウンサーが1人で原稿を読んで映像が流れていくというシンプルなニュースを一番よく見ている。こういう枠で囲まれた番組を見ていると、つくづくひな壇タレントなんていらなかったんや、ということに気がつく。
こんなふうにコロナのおかげで、いるもの、いらないものが、ずいぶんはっきりした。
例えば東海道新幹線が、「ひょっとしたらいらないんじゃね?」と思われるようになるなんて、とても想像つかなかったよな。理由は、リモートだ。先日も書いたように、リモートのミーティングで済ませられる用件は案外多くて、実は出張のほとんどは不要だったんじゃないかと、みんな気がついたのだ。本当に何時間もかけて出かけていって、顔をつきあわせなければ解決しない用件なんて、実はそんなに多くなかったんや、と。
顔をつきあわせる、対面のことをF2Fと呼ぶのだそうである。東大の経済学部の学部長の命名だ。オンラインの時代、F2Fの比重はずいぶん下がっていたのだ。
池上彰が面白いことを言っていて、オンラインで講義をしていると、顔の下に名前が表示されるので、多くの学生の顔と名前を覚えることができるのだという。これはビジネスでも同じことだ。会議の参加者に、顔は知ってるけど名前は知らないという人はいなくなるわけで、そうすると発言しないけれどなんとなくいるという人は認めてもらえなくなる。F2Fでなければならない出張なんて案外多くないと同時に、どうしてもいて欲しい人なんて案外少ない、ということも明らかになるわけだ。
これはけっこう困ったことだなあ。
アフターコロナの時代もリモートワークを続けたいという意向はずいぶん高いようだから、これからオフィスの縮小、郊外への移転が加速するという見方もある。本当かよ。
いんなことがこれからもぞもぞと動きそうで、どうも2020年は、いろんな意味での曲がり角だったと記憶されるのかもしれない。
「SUNNY」
90年代にコギャルだった女子高生たちが、今やおばさんとなって、そして昔の仲間がもう一度集まろうという話。韓国の映画のリメイクだそうだ。なんというか、非常にいいところと非常にダメなところが一緒になった映画だった。主人公のおばさんは篠原涼子で、そのコギャル時代を演じているのが広瀬すず。片思いに敗れて号泣する広瀬すずの肩を、篠原涼子がギュッと抱きしめて慰めるというのは、とても映画的な表現で、オレはいいと思ったよ。ただ、それ以外は、どうかなあ。仲間の一人ががんで死んじゃうんだけど、その遺産を仲間に惜しげなく与えてしまうとか、実際にあり得ないから見ていてしらけてしまう。あとは役者だね。特に渡辺直美は、何を演じても渡辺直美にしか見えないんだわ。仮にマツコが女優をやっても、どんな役でもマツコにしか見えないように、キャラが立っている分、渡辺直美は渡辺直美にしか見えない。これは興味深い。池田エライザの存在感が図抜けていたが、若くて可愛い女の子たちがニコニコしているのは、見ていて楽しい。そういう目線の映画。
2020.05.23
東京が2人だから、おっしゃ、終息じゃ! と叫んでもよさそうなものだが、やっぱり薬ができていないわけだから、はしゃぐ気にはなれないよね。
レジ前で間を空けて並ぶのは当たり前、道ですれ違うときは距離を取るのが当たり前と、だいぶ生活様式も変わってきた。気分的には、あんまり飲み屋も行きたくなくなってきたなあ。
新しい生活様式の世の中とは、けっこうつまらない世の中かもしれないなあ。
「虚の聖域」松嶋智左・講談社Kindle。先日読んだ「女副署長」がなかなかよかったので、同じ著者の作品を読んでみる。こちらは、刑事を退職した女探偵が主人公。「女副署長」もそうだったが、このリアリティはなかなかのもので、それもそのはず、著者は元警察官で日本発の女性白バイ隊員だったとか。なんとまあ。退職後に小説を書き始めたそうで、見たらオレと同世代じゃないか。ずっと警官やってきて、そしてリタイヤして小説を書き始めてこのクオリティかよ〜。たまげたわ。本作では、自殺した中学生を巡って学校側といろいろやり合うという話だ。プロットもいいが、何よりも人物造形がいい。主人公はどうやらわけありで警察を退職したらしく、その背景が明かされないままに話が進む。また、周囲の人間も非常にクセがあって、そのヘンテコぶりがなかなか興味深い。そうした人物描写の面白さで、話をグイグイと引っ張っていくわけだ。これを、警察退職後のおばさんが書いたというのが、とても信じられないなあ。登場人物が多すぎて整理し切れていないところ、途中、物語がすこし間延びしたところなど、気になるところがないわけではないが、これは十分に楽しめる作家である。今のところ刊行されているのは3作。これからが楽しみだ。
それにしても「これは経費で落ちません」の最新作・7巻が先日発売されたというのに、Kindleになっていないというのはどういうわけだ。早く電子化しろよ〜。
2020.05.22
うぬぬぬ、「12日にオンライン申請したら、もう振り込まれちゃったわ」なんていう地元掲示板の書き込みを見ると、オレはどうしてまだ振り込まれないのだと怒り心頭になる。
オレが、オンライン申請はどうせ混乱するに決まってると見切って、書類をダウンロードして郵送で申請したのが8日。オレの方がずっと早いではないか。だが冷静になって考えると、週末を挟んでいるから区役所に届いたのは11日で、それから関係部署に回されて手書きの書類をチェックされて、ということになると時間がかかるのもしょうがないか。困ったものである。
困ったものといえば、エアコンだ。
仕事部屋のエアコンが絶不調で、気がつくといつの間にか自動で止まっていたりする。自動タイマーだ。あれ、もともとタイマーは自動か? よくわからんが、要するに勝手に止まっているわけだ。消し忘れがなくて便利だなあと思っていたら、時々、止まりっぱなしになって再起動しなかったりする。要するに壊れたわけだ。
この経済状況の中、しかも大学生と高校生という金食い虫を抱えている状態にあって、エアコンは痛い。
つい先日、メガネが壊れ、スーツも新調したわけだから、これ以上不要の出費は避けたいところである。だが、そこに10万円の給付が。ウチは4人家族だからオレの口座に40万円が振り込まれるのだから、あれ〜、まだかなあ、などと言いながらしれっとエアコンに使ってしまえばいいと考えた。今、ここ。
さて、小泉今日子ことキョンキョンを筆頭とする芸能人どもの荒ぶれっぷりであるが、オレはふと気がついた。キョンキョンは「舞台はカネがかかる。会場を借りるのも、衣装も、大道具も、照明も、チケットの印刷も、とにかくカネがかかる。だから支援してもらって当然だ」とえばる。この大きな違和感の正体は、自分で自分を支援しろと言ってるからだろう。
そんなに大事なものならば、黙っていてもファンが支援してくれるはずじゃないか。ファンが「芸能の火を消すな」と声を上げてくれるはずじゃないか。そんな声が上がっていないから、自分らで「オレたちは支援されなければならない」とえばっているから、なんだこいつら、となるのではないか。
オレは今日も、居酒屋「とおるちゃん」に行って、テイクアウトのつまみを買ってきたよ。晩ご飯用だ。ポテトサラダとか、野菜の煮浸しとかだ。オレは「とおるちゃん」には潰れて欲しくないし、一生懸命がんばっているから、できる限りの応援のつもりでテイクアウトを買っているのだ。
「とおるちゃん」だけではない。石神井公園駅前商店街の飲食店はどこも店の前に長テーブルを出して弁当などを売っており、我が家は折に触れてそれらを買っている。顔見知りの店員には、頑張ってね、と声もかける。
地元の飲食店が潰れては困るし、街の活気が失われていく派寂しい。そんな思いで、一人ひとりが店を支えようとしている。そういうのが自然だよね。
舞台とか演劇とかのキョンキョンな人たちは、なくなって困る人たちが支えているのではなくて、自分たちが困るから自分たちを支えろと偉そうにしているわけだ。そこがどうにもカチンとくるんだよねえ。あげくにそこに政治的な主張を絡めたりするからねえ。
人気商売である芸能関係は、自分自身がブランドであるということをわかっているのかしら。例えばコンビニに並んでいる缶ビールに「立憲民主党推し!」って大書してあったら、買う人はどう思うだろう。芸能人が政治的主張をするというのは、それと同じ事だ。もちろん政治的主張をするのは個人の自由だから全然問題ないんだけど、それだけの覚悟があるかっていうこと。はなはだ疑問なキョンキョンが多いのだ。
と、まあ、今日もまたぶつくさ文句ばかり書いてしまった。どうも精神衛生上、よろしくないな。もっと明るい話題が欲しいとこだが、なにしろサッカーがやってないからなあ。アルビレックスについて書こうにも、書くことがまったくない。実につまらん。
2020.05.21
米をたくさん食べている国はコロナの死者が少ない。
なるほど、新しい説だ。ヒマなのでネットばかり見ていると、そんな真説に出会うたびに、これは大発見だ、と興奮してしまう。確かにアジアの国々は概してコロナの被害が少ないぞ。ムギばっかり食ってるとグルテンフリーがどうしたこうしたでコロナに負けるのじゃないか。だがちょっと調べたら日本の米の消費量は世界50位だそうだ。
なんだこりゃ。やっぱりガセネタか。
ちなみに1位はバングラデシュで、以下、ラオス、カンボジア、ベトナム、インドネシアと続く。確かにこれらの国々はコロナが少ないという感じがするな。やっぱり米は関係あるのだろうか。
ともかく米食って、ちゃんと手を洗って、毎日お風呂に入って、靴を脱いで生活するという日本人のライフスタイルこそ最強、ということだ。和風総本家か、オレは。
などとぶつくさ言いながら本日は鎌倉に向かう。仕事だ。
先日、鎌倉に行った時よりも、電車も街も明らかに人が増えている。それでも余裕で座ることができ、特に副都心線経由で東横線に入ったときなどは1シート1人状態だった。今日は気温が低かったから、窓を開け放って走る電車の中は超絶に寒かったなあ。おかげで軽く風邪をひいてしまった。だが気軽に医者に行けないから、葛根湯で治す。
葛根湯と言えば、葛根湯がコロナに有効というニュースもあったな。
確かに漢方は効きそうだ。我が家も葛根湯は常備薬で、ちょっと熱っぽかったり、頭が痛かったりすると、すぐに葛根湯を服むようにしている。ネットによれば、サプリメント代わりに毎日葛根湯を飲んでいる人もいるのだそうだ。大丈夫か。
葛根湯が効くという説が流れてカネボウが威張っているのを見て、“ならばこっちも”と立ち上がったのが龍角散のツムラ。むせやすく、電車の中ですぐに咳き込みそうになるオレは、えん罪対策にと、龍角散のスティックをカバンに入れている。もし龍角散もコロナにきくとしたら、葛根湯と合わせて、最強ではないか。さらには海苔も有効だという説があり、「ごはんですよ」を載せて米を食って、納豆も食べて、葛根湯と龍角散を飲んだ後に風呂に入るオレは最強。
横浜で乗り換えた横須賀線は静かに鎌倉駅に滑り込む。
鎌倉はいい街だなあ。大好きだ。特に北鎌倉駅を過ぎて鎌倉駅に到着する前、木々に囲まれた古い日本家屋が建ち並ぶ風景が車窓から見えると、しみじみと感じ入る。今日はしの突く雨が降っていて、雨の季節に美しい街というのも希有な存在だ、と気がつく。
鎌倉は、相変わらず人が少ない。遠くの山々がきれいだ。
バスに乗って取材先へ。鎌倉山の頂上だ。
鎌倉に来るたび、大仏も見たい、あじさい寺にも足を運びたい、何よりも鎌倉高校前のあの海の見える踏切を訪ねてみたいと思うものの、仕事できていることもあって、なかなか果たせない。残念なことだ。
いつだったか、今は亡き母を連れてこのあたりをクルマで走ったことがある。あれはなんの時だったかなあ。
鎌倉山からは遠くに湘南の海も見えるのだが、曇っている今日は残念ながら視界不良だ。インタビュー仕事を終えて再び電車に乗って帰ってくる。
池袋から乗り込んだ西武線は、ラッシュ時間だというのに準急でもガラガラ。それでも間隔を置いて座るという意識が広がっているのか、座席は1人ずつ空けて座っている人が多い。だからオレも、空席はあったのだけれど座らずに立つ。
しかし、空いている電車というのがこんなに快適だと思わなかったな。基本的にオレは電車に乗るのが嫌いなのだけれど、これなら乗ってもいいかと思った。自粛も悪くねえな。いや、そんなことを言ったらぶっ飛ばされるか。
給付金の10万円はまだ振り込まれない。地元では、昨日今日と「振り込まれたよ」という声が聞かれ始めた。
オレも書類をダウンロードして早期に申し込んだのだが、遅れているようだ。あるいは何か不備があったか。例の家族の欄の「希望しない人はチェックを」というトラップに対しても、息子から「チェックを入れるんじゃないよ」ときつく言い渡されていたので、大丈夫なはずだ。まあ、せっかくの施しである。施しを受ける側が我先にと手を差し出して群がるのはあんまり品がよくないから、おとなしく待つことにしよう。
「難事件カフェ」似鳥鶏・光文社。オレの大好きな作家、似鳥の新作。この作家の魅力は、案外上手でしっかりと読ませてくれる文章と、愛すべきキャラクター造形にある。今回もその両方はいかんなく発揮されている。だけど、今回はちょっとストーリーが弱いかなあ。もともとミステリーの謎解きで引っ張るタイプの作家ではないのだが、それにしてもちょっと弱すぎるなあ、と感じてしまった。シリーズものらしいが、さて次作はどうしよう。オレとしては、あの私立高校生シリーズを再開して欲しいのだが。
2020.05.20
終日家にいて、今日もぼけっと過ごすと、やはり何も書くことがない。むむむ。
転がってネットを見るばかりだ。
すると思考がそっちのほうにばかりいっちゃって、ブツブツ文句ばかりになってしまう。これでは仕事のない芸能人と同じではないか。困ったもんだ。
今日はこれでおしまい。
2020.05.19
オンライン飲み会とかオンライン授業とかオンライン帰省とか、何でもかんでもオンラインをつけりゃいいってもんじゃねえよ。そのうちオンライン掃除とかオンライン入浴とかオンライン睡眠とかも始まっちゃうんじゃないか。リアルを大事にしようよ、リアルを。
などと文句をたれつつ、今日もオレはオンラインのミーティング。
相手は某業界トップ企業のクライアント3名様。広告代理店抜きの直取引。全員が在宅勤務というので、オレもオンラインで打ち合わせに参加だ。オレは平気だが、他の皆さまは背景に自宅室内が映ることを嫌って、音声のみでのオンラインミーティングである。要するに電話会議だな。昔の。
使ったのはMS Teamsである。普段はZoomが多く、Teamsは初体験。どれも同じで面白みがないな。好きなアバターを選べて、例えば猿や象やペンギンがしゃべるとか、火星人とネアンデルタール人と半魚人が会話するとか、ナウシカとキキと千が一堂に会するとか、そういう演出のできるミーティングサービスがないのだろうか。きっとウケると思うのだがなあ。誰か開発してくれないか。オレはムスカに扮して「見たまえ、人間がゴミのようだ、ふぇっふぇっふぇっ」と叫んでみたい。
オンラインミーティングでは、取材についての打ち合わせをする。ちょっと大きい仕事が来月、入っているのだ。
インタビューは、すべてオンラインで行うことが決定する。「タンゴさんも楽でしょうけど、我々もそのほうが楽なんすよ」。
しまった、気づかれてしまったか。オンラインのほうが全員が楽できるとバレてしまったわけだ。これはマズいな。つまりインタビューを口実に営業活動したり、関係性を深めたり、時には「お疲れ様でした」と一緒に飯を食ってさりげなく接待したり、といった機会がなくなってしまうのである。これは案外由々しき事態である。
やっぱりリアルがいいですよ〜というふうに揺り戻しが来ることを期待したい。
ところで、オンラインと言えば、バトンリレーばやりだ。今まで読んだ本の表紙を紹介してください、はいっ、次はあなたです、みたいなやつ。人がやる分にはいいけれど、オレはイヤだなあ。あの類いには関わりたくないので、バトンはオレに回さないでください。
同じように、芸能人やミュージシャンが、ヒマなのだろうが、リレーで「上を向いて歩こう」なんかをつなぐようなのも、いい加減うんざりしてきた。またかよ。飽きたよ。やりゃあいいってもんじゃないだろ。
和田アキ子から始まるホリプロのリレーなんて「あのコロナっ、はっ」とかいう替え歌だぞ。もちろん元歌は「あの頃は、はあっ」という例のアレである。だじゃれかよ。面白いと思ってるのかよ。もううんざりだなあ。
という中で見たのが「カメラを止めるな! リモート大作戦」である。略して「リモ止め」。
あの「カメラを止めるな!」の監督、キャスト、スタッフが再び結集して、一度も顔を合わせずに映画を作れるか、という無謀なチャレンジを行った作品である。いやあ、これは面白かったなあ。
なんと本当に誰も顔を合わせず、しかも発案から完成までわずか1ヵ月という短期間で、作ってしまったのだ。公開はYouTube。つまり誰でもタダで見られるわけだ。
「カメラを止めるな!」で活躍した懐かしい顔の俳優連中が、今回も大活躍。しかも随所にカメ止めの小ネタを挟むという仕掛けが楽しい。大笑いしながら、本当に一度も顔を合わせないで作ったということに驚き、そしてアイデアとやる気さえあればどんな状況でもオリジナリティある制作活動ができるんだということを教えられ、感動する。最後にはホロリとさせてくれ、なんとウルッとさえしてしまう内容なのだ。
これは文句なしに大拍手。どうせ小手先のしょぼい内容だろうと思って見ると、実際にしょぼいのだが、その作り込みの奥深さにちょっと驚く。
YouTubeには一緒に「リモ止め」のメイキングもあがっている。こちらもなかなか面白かったが、興味深かったのが、オンラインミーティングのシーンの撮影での目線の演出。PCの顔面を見るのではなくて、カメラを見るようにという指示を出したというのだ。これは確かにそれがいいと納得。オンラインミーティングでは、相手の顔を見るために自分の視線はカメラから外れ、相手からすれば目線が合わないことになる。つまり全員が目線を合わさずに会話している状態になり、それがちょっと気持ち悪い。
それを解消するために、監督はカメラを見て演技するように指示したというのだ。これには感心した。「カメ止め」さすがである。
ところでうんざりと言えば、テレビ朝日の朝のニュースである。火曜日のコメンテーターは中尾彬で、こいつが毎週老害そのものの暴言を吐いて悦に入っているのであるが、今日もひどかったぞ。「ワクチンは一体いつできるんだ、遅い、みんな待ってるんだ、早くしろ」と吠えまくったのである。本人は民意を代弁しているつもりのようだが、不快でしかない。どうして「不眠不休でワクチン開発に取り組んでいる人たちに感謝したい」と、人として当たり前のことが言えないのだろう。
こういうヤツがスーパーのレジなんかで暴言を吐いたりするんだろうな。日々、真面目に汗をかいている人たちに頭を下げることのできない老人。
先週は「専門家会議って何の専門家の集まりだよ。何の役にも立ってない」と暴言を吐いていた。この「専門家会議は何の専門家」というのは本人お気に入りのレトリックらしく、何度も口にしているのだが、本当にアホすぎて、朝から人を不快にするしか能のない老害である。
だったら見なきゃいいだろ、と言われればそれまでではあるのだが。
テレビ朝日では、続くワイドショーで例の局員コメンテーターが「PCR検査員の技術が低い」というようなことを吠えたらしい。もはやこれは厚労省や政府が正式に抗議してしかるべき発言である。公の電波に乗せていい言葉ではない。
小泉今日子もひどいが、とにかくテレビ朝日はひどすぎる。
なお、キョンキョンが突如発狂した検察騒動だが、政府があっさりと引っ込めたことで、公務員の定年延長が消えてしまい、立憲の支持母体の自治労が激おこプンプンというのは実に大笑い。どうせ自民党は強行採決に走るだろうからネットデモでまた盛り上がっちゃおう、と考えていたかどうか知らないが、キョンキョン以下芸能人総動員に小鼻を膨らませて喜んでいたエダノくんたちの大自爆。これはなかなかの見物だったなあ。
さらに都知事選にN国からホリエモンが出馬するかもという報道には、アホがアホを担いでどうするとあきれかえる。さすがにフェイクだろうが。
「玉袋筋太郎のプロレスラーと飲ろうぜ」玉袋筋太郎、堀江ガンツ、椎名基樹。白夜書房Kindle。獣神サンダーライガーや小橋建太、ビッグバンベイダーなど、クセのあるレスラーと居酒屋で飲みながらトークしたインタビュー集。とにかく面白い。昭和から平成にかけてのプロレスラーたちって、どうしてこんなに面白いんだろう。抱腹絶倒だ。個人的には井上京子、保永昇男、ヒロ斎藤あたりが出てきたことが嬉しい。井上京子のあけすけな下ネタ話や保永の親に嘘をついてプロレス入りした話、川田利明の全日本での非人間的な下積み話などがすげえおかしかった。これは何度でも読み返したくなる本。
2020.05.18
久しぶりに地方取材。こうして少しずつではあるが、仕事が戻ってくる。
行き先は佐賀だ。SAGA。何もない佐賀。
9時半羽田発の飛行機に乗るために西武線・山手線・京急線と乗り継いで羽田空港へ向かう。毎度のことながら飛行機に乗っている時間より羽田へ行く時間までの方が長いという不条理はどうにかならないのか。なりません。
すべて座っていく。通勤時間なのに、やっぱりまだ電車はガラガラなのだ。
そして、ガラガラっぷりでは羽田がチャンピオン。とにかくこんな羽田空港は見たことがない。いや、嘘です。テレビでよく観ています。でも、実際にガラガラの羽田空港を見ると、ちょっとびっくりする。
もちろん検査場にも人は並んでなくて、いつもはつっけんどんで上からの検査員の人たちも、今日は優しい。
カバンを開けてタブレットを出そうとしたら「けっこうですよ〜、開けなくて大丈夫ですよ〜」と言われる。ちょっと前までは「タブレットは入ってませんか? 入ってたら出してください、キリッ」という態度だったのに。
検査が終わったら警備員に「ありがとうございました、行ってらっしゃいませ」と言われてびっくり。あまりに驚いたのでオレは思わず、こ、こ、こんなに人の少ない羽田は初めてですよ、衝撃ですねえ〜と話しかけてしまった。警備員も「そ、そ、そうなんですかよ〜」とつきあってくれる。やっぱりヒマなんだな。
もちろん佐賀空港に向かう飛行機もガラガラで、ほとんど空気を運んでいるようなものだ。こりゃあANAもびびって新人採用を中止するわけだぜ。
佐賀はおよそ1年ぶりである。相変わらず何もない。SAGA。
途中、寿司屋で昼飯を食ったのだが、特別警戒宣言が解除されたこともあって、まったく普通と変わらない。店員こそマスクをしていたものの、テーブルの間隔は普通だし、イスは向き合って配置されている。
何もないだけ、日常が戻るのも早かったのか。
取材仕事を終えて、帰りは福岡空港まで車で移動する。羽田空港まで2時間、羽田空港から佐賀空港まで2時間。そして取材は30分。わははは、そりゃあ、リモートがはやるわけだよなあ。
福岡空港も1年ぶりか。ここもガラガラだ。羽田以上にガラガラ。
けっこうギリギリに空港に駆け込んだのでお土産を買う時間もなく、飛行機に飛び乗る。
羽田には定刻通りについて、これは待ち時間なくリムジンバスに乗れそうだと気がつく。
そうである。実は羽田空港とオレの住んでいる石神井公園の間は、直通バスが走っているのだ。電車よりちょっと高いし、時間も読めないのでいつもは乗らないのだが、どうせ高速も空いているだろうからたまには乗ってみようか。それに駅を避ければ密対策にもなる。
しかもタイミングよく10分後にバスが出発だ。
ところが自販機で乗車券を買おうとしたところ、石神井公園行きが灯っていない。どうしたことだと思って案内のお姉さんに聞いたら、「埼玉方面のバスは石神井公園行きも含めて運休になっております」と丁寧に謝られてしまった。いや、石神井公園は埼玉じゃねえです、姉ちゃん。
せっかくタイミングよくバスに乗れるかと思ったら、そんなわけで走ってないなら諦めるしかなく、オレはおとなしくモノレールに乗って帰ったのであった。
実は羽田から石神井公園って、とことん迷うほど、帰りのルートがあるのよ。ちょっと数えてみる。
1/直通バスで石神井公園
2/モノレール→浜松町から山手線→池袋から西武線→石神井公園
3/モノレール→浜松町から山手線→有楽町から有楽町線→石神井公園
4/モノレール→浜松町から歩いて大門→大江戸線で練馬→練馬で西武線→石神井公園
5/モノレール→天王洲アイルで歩いて埼京線→池袋から西武線→石神井公園
6/京浜急行→品川から山手線→池袋から西武線→石神井公園
7/京浜急行→浅草線直通で大門→大江戸線で練馬→練馬で西武線→石神井公園
ざっとこんなにも帰り方があるのだ。バスが走っていないとわかった瞬間、オレは乗り換え案内などのアプリを駆使して残りの7パターンからどれが一番早くて安くて楽ちんかを判断しなくてはならない。
一方で、いろいろ検索している間に移動しちゃった方が早いんじゃね、というのも正しくて、いきなり頭がパニックになる。
結局、今日はバスが動かないと知った瞬間に見渡したらモノレールの改札が目に飛び込んできたので、まずはモノレールに飛び乗って、その後は2〜5の間でどれにするかを車中で考え、2の有楽町線経由と判断したのだった。ああ、めんどくせえ。
飛行機もいいけれど、羽田までの行き帰りのこうしたいろいろがとにかく面倒だわ。
そういや今日は天候が悪くて、行きも帰りも飛行機が激しく揺れた。それはすげえ揺れ方で、シートベルトがちぎれるんじゃないかと思ったわ。
オレは先日読んだ「超音速漂流」を思い出し、この状態でミサイルを撃ち込まれて、ガラガラの機体に穴が空いたらどうしようと心配になったのであるが、幸い、そんな事態には陥らずに済んで一安心だった。
帰りはスカイマーク。激しく揺れたことに加え、運転手が下手くそだったようで、着陸も今までにないほど激しくドスンと陸に落ちたのだった。ふんぎゃ。まったく取材は楽ちんでも移動は大変なのだった。
2020.05.17
いやあ、暑い暑い。こんな時は家の中でじっとしているに限る。というわけで自粛継続。
朝から布団を干し、シーツを洗い、家中の換気をする。けっこうな重労働。
そしてホッと一息ついてコーヒーなどを飲めば、あら、もうすることがない。
原稿仕事は昨日のうちに終わらせちゃったしなあ。
スマホを眺めたりして時間を潰し、そして昼になったので、家族と弁当を買いに行く。石神井公園の商店街は、テイクアウトの店で大賑わい。祭りだ。自粛どころではない。
オレは焼き鳥弁当を買い、家族はカレーを買って、家で食べる。
食べたら、またすることがないので、ごろごろする。
夕方になって1時間ほどウォーキング。まだ暑いなあ。
本日の東京のコロナは5人。よしよし。オレはすっかり気を抜いて、そしてウォーキングついでに買ってきたビールを飲むのだった。
2020.05.16
検事の関係で芸能人などが一斉にTwitterで大騒ぎしているが、あれがなんとなく嫌な気分になるのは、どうにも上から目線を感じるからではないか。選民意識というか。もちろん納税者なんだから国にもの申すのは自由でいいのだが、なぜか共感できない。
ちょっと前にはイベント中止などに伴う損失補填をしろーオレたちは芸術家だーというような騒ぎがあって、それが通らなかったもんだから、意趣返し的に政権批判をしているのだろうという匂いもするし、9割ぐらいがスパムTwitterだったようだから、裏で何かが仕掛けているような様子も見えるし。
本当に目障りだわー、キョンキョン。
そういや今月号の「Hanada」に霞ヶ関の役人たちの最近の働き方についてのレポートが載っていたが、すさまじかった。原因は政治家へのご説明。とんでもない量の質問が投げられてきて、官僚たちはその答えを用意するのに忙殺され、毎日睡眠時間が3時間程度。官僚本来の仕事がまったくできていないのだという。精神をやられて病欠する人、続出。
深夜のに大量のコピーをして製本し、明け方にようやく眠りにつくらしいのだが、こんなものはPDFにしてタブレットに配布すれば一瞬で終わるわけだ。それが許されていない仕組みこそなんとかしなくてはなあ。
それでも黙々と耐え忍んで仕事をしているのは、ただひたすら、国を支えているという誇りと責任感。そうした尊い志に思いを至らすこともできずに、官僚イコール保身と欺瞞というようなステレオタイプの見方しかできない人たちが、左には多い。ゆがんでいる。
「女副署長」松嶋智左・新潮文庫。電子化されていないので珍しく紙の文庫本を駅前の八重洲ブックセンターで買った。Amazonのレビューがすべて★5つという評価に惹かれたからだ。っても、2つだけだけど、レビュー。とはいうものの、週刊誌のブックレビューでも評価高かった。台風が直撃している夜に、ある地方の小さな警察署の敷地内で警察官が殺される。状況から見て犯人は同じ警察署内にいるとしか考えられない。互いに疑心暗鬼になりながら真相の追究が始まる、という物語だ。登場人物が非常に多く、しかも複雑に入り組んだ人間関係ゆえ、覚悟して読み始めたのだが、案に相違して実にするすると頭に入ってくる。これはキャラクターの書き分けが、実に見事にできているからだ。そのため、物語を進める視点がころころ変わっても、違和感なく受け入れられる。魅力的なキャラ造形に拍手である。主人公が、独身で50代のさえないおばちゃんというのも、なかなかいい。出張の飛行機で読もうと思って買ったのに、つい机で1ページを開いたらやめられず、とうとうそのままノンストップ読了してしまった。
2020.05.15
久しぶりにリアルでインタビュー仕事があったので都心に出かけた。いつもの銀座である。
電車はガラガラ。1シートに2〜3人という感じ。銀座もガラガラで、中央通りを平気で人が渡っている。クルマなんてこない。銀座四丁目交差点も、テレビでいつも観ているようにガラガラだ。中国人で大賑わいだった銀座のユニクロも、ガラガラ。入り口には検温係が立って入場制限をしているが、客なんていないのだ。ザギンもすたれたのだ。
インタビューは、やはりリアルに限ると改めて思った。
会議やブレストのためにメンバー集めをする際、なんとなく「あいつも声かけとこうか」という人がいるものだ。特に目立った意見を言うわけでもないし、重要なポジションにいるわけでもないのだが、いるだけでなんとなく場が盛り上がるとか、発言しやすくなるとか。刺身のツマとか、ドリフターズの高木ブーというか。高木ブー自身は面白くなくても、プーがいることで他の人が面白く見える。仲本工事でさえも。ってなぜか昨日からドリフネタだ。
採用面接もネットばやりだが、やはりしっくりこないという話を聞く。
ちゃんと顔を見て話はできるのだが、例えばドアを開いて入室した瞬間の立ち振る舞いや、そのときの空気感などこそが評価の重要なポイントなのに、それがまったく感じられないので困っちゃうらしい。まあ、そりゃそうだろうな。面接なんてお見合いなんだから、結婚相手をリモートのWebミーティングだけで決められるわけがない。
会議の場合も、ちょっとした目配せとか、耳打ちとかで、議論に新しい方向が生まれることがよくある。Web会議で目配せでもないし、やっぱりリアルなにらではのそうした空気感はけっこう重要だと思う。
インタビューも当然のことで、こちらが質問しているときの相手の目の泳ぎ方や、あえて沈黙を作ったときの反応などから、話の方向を探ることはよくあるし、そもそものアイスブレークもテレビ会議ではなかなかやりづらい。白々しくて。
やっぱり人と人の対話というのはリアルに限るというのが器用の結論。というか、そんなこともわからなかったのか、オレは。
夜、「赤い靴」のCDが届く。
先日絶賛した映画「四月の永い夢」の音楽を担当していたバンドのCDだ。新盤はないようで、Amazonで中古を購入。2枚目の「サラバトーゲの街」というアルバムだ。様々な出会いや別れをテーマにした作品なのだが、これが実によい! 映画で使われていた「書を持ち僕は旅に出る」の素晴らしさは言うまでもなく、その他の作品も、実にきれいなメロディーにメランコリックな歌詞が載っている。いいバンドだなあ。
ピアノの女性とドラムの男性という2人組のバンドで、なんだ、この不思議な編成は。結局、編成なんてどうでもよくて、どうにでも自由にやれるのがいいところなんだろう。しばらくはこのバンドに惚れ込みそうだ。
2020.05.14
コロナ騒動の陰に隠れているが、実は地球温暖化も相変わらずけっこうな問題なのである。忘れてはならない。特に今年は例年以上に暑い夏になると言われている。コロナに気をとられて油断してはならないのだ。
そもそも熱中症では2018年に1500人以上が亡くなっている。コロナの死者数のおよそ2倍だ。それどころか正月恒例の餅を詰まらせての窒息死は1年でなんと4000人というから、恐ろしい。1月だけを見ても1300人だ。コロナで自粛するよりも餅を自粛する方が、よっぽど日本人の命を救うことにつながるのではないか。餅こそが最も恐ろしい存在なのだ。最終兵器、餅。
いやいや、話は餅ではない。温暖化だ。
温暖化によって今年の夏は特に暑くなると、今からいわれている。夏に極端に弱くて、紫外線に毎年殺されそうになっているサトコなどは、心底心配しているに違いない。
なお、この日記には時々サトコという名前が登場するが、実はサトコは何人かいるのである。だから、夏に弱いサトコと書いてあったからといって、病弱で薄幸の美少女ってアタシかしら、と思い込んではいけない。駐車場で前を向いて歩いているのになぜかすっころんで腕を折ったサトコといえば限られてくるが、夏に弱いサトコというのはそんなに限られないのである。
いや、そんなことはどうでもいい。オレの話はどうもとっちらかってしまう。今年の夏は暑くなるという話だ。
それに備えたわけではないが、オレも既に冬のスーツはクリーニングに出し、夏のスーツに衣替えだ。そして毎年のことだが、このタイミングで必ず頭をかすめるものがある。夏のスーツも、冬のスーツの場合でもそれは同じ、“履けるだろうか”という懸念だ。
だからクリーニングしてしまっておいた夏のスーツを半年ぶりに出してきてまず行うことは、ズボンに足を通すことである。それはほとんど儀式と化している。もちろん今年もこの儀式は行われた。
そして、案の定である。案の定でないわけがない。案の定に決まっている。
理由ははっきりしている。自粛太りだ。コロナ太りだ。くっそう、なんてこった。ステイホームの馬鹿野郎である。
何もしないで一日家にいて、Amazon Prime Videoで映画ばかり観ていたというのに、腹は減る。腹は減るから、食べてしまう。そしてまた横になって映画を観る。これもすべてステイホームの馬鹿野郎のせいだ。おい、小池。いや、おい、百合子。どうしてくれる。
古いスーツは、それでもなんとか着られないことはない。ウエストが苦しいが、我慢できないこともない。服には「あと1シーズン」という付箋が貼ってある。毎年、収納するときにへたれ具合などを見て、翌シーズンも着るかどうかをメモして貼っているのだ。「あと1シーズン」というのだから、そろそろ新しく買い換える頃ではあったわけか〜。自粛太りで着苦しくなったのは、ちょうどそのタイミングかもなあ。そう考えてオレは、夏物のスーツを買うことに決めたのである。
ところでコロナといえば、一時期、BCGのおかげで日本人は強いんだ、という説が話題になった。今はもう誰もそんなことを言わなくなったが、突然、アエラが「BCGを打った人と打ってない人では感染率に1800倍も違いがある」という説を発表して、ちょっとざわついた。1800倍とは、すごいよな。でも、アエラというだけでうさんくさく感じる。すると、同じタイミングでイスラエルの研究グループがBCGワクチンに予防効果はないと発表した。いったいどっちなんだよ、これ。
そして、このBCGネタに触発されたか、急にCCBを聴きたくなる人が増えたらしく、YouTubeのCCBの再生回数がうなぎ登り。そして、その演奏能力の高さに仰天する人が続出という騒ぎになっている。
CCBっていうのは、もともと一流のスタジオミュージシャンだった連中を集めて売り出そうという計画のもとにできた即席バンドだ。そのため事務所の意向に沿って、不本意ながらもアイドルとして活動せざるを得なかったプロたちである。「ザ・ベストテン」で黒柳徹子に髪の毛の色をからかわれて「かわいー」などと嬌声を浴びていたわけだが、そのドラマーは16ビートを刻みながらソロボーカルを取っていたし、ベースはなんとチョッパーを決めながら正確なハモをつけていた。
当時の映像にそんな驚愕の演奏風景が映っていたことから、YouTubeを観た若い連中が「今なら神!」と騒ぎだしている。そして、「日本には神がいるからコロナに負けないんだ」と一気に飛躍する連中もいるのである。
さらには「CCBもいいけどオレはCCRだね」と言って「ハゲを見たかい」とわざと間違えるヤツもいれば、「アタシはBCRね」と「守田ダンス」を踊るアルビレックスファンも出てくる。もはやBCGはまったく関係ない。
さらに芸能ネタで言えば、ドリフターズだな。志村けんだ。志村けんは人間的にはいいやつだったのだろうが、そのお笑いは、ひどいセクハラが多かったような気がする。そこまで美化するのはどうかなあと思うのだがなあ。
志村けんは「ドリフターズではギャラの半分をいかりや長介が持って行って、残りを4人の仲間で分けていた」という暴露話が定番だったようだ。それはたぶん本当の話だろう。
いかりや長介は、なぜか立派な人格者、聖人君子のイメージが強い。それはたぶんに「踊る大捜査線」での印象に引っ張られているためだろう。
ある評伝で読んだのだけれど、「全員集合」の絶頂期、TBSのスタッフが集まって派手な忘年会を開いたところ、いかりや長介が「頑張ってるのはオレたちなのに、はしゃぎやがって」とふてくされてメンバー引き連れて帰ってしまったらしい。なんと器が小さくて自意識の肥大した人間だろうと思ったものだが、「大捜査線」のイメージはあくまで虚像だったということだ。ギャラの半分をぶんどって平気でいられるのも、当たり前のような気がする。
もっとも昭和のことだから仕事では裏社会とのつながりもあっただろうし、それにかかるカネや、メンバーに飲み食いさせるカネなどの面倒も見ていたとすれば、リーダーが売上の半分を取るのも当然のような気がする。
などと、BCGやいかりや長介のことを考えながらクルマに乗って向かったのが、井荻の紳士服屋だ。ここではこの春に息子の入学式用のスーツを買ったが、入学式が中止になって一度も着ないまま、スーツからシャツからネクタイから靴まで、全部タンスの奥にしまいこんでしまっている。もちろん紳士服屋に責任はない。それでも、愚痴の一つもこぼしてやろうと考えながら、駐車場に車を入れた。
先日、メガネが壊れてしまって、予定外の出費となったことは書いた。遠近両用で、5万円である。痛い。非常に痛い。だが、10万円がもらえるというので、なんとかそれは飲み込んだ。それなのに、ここでさらに自粛太りからのスーツということになると、結局10万円は予定外の出費で消えてしまうことになる。
すべてコロナのせいだ。ステイホームのせいだ。売上激減、この先、息子の大学の学費も工面しなければならないというのに、大変な痛手である。
だが、紳士服屋はもっと大変だろう。何しろ入学式、入社式に新年度という一番の需要期がもろになくなってしまったのである。どうせスーツなんてぼったくりなのだが、ぼったくりができなくなってしまっては、ぼったくりだった分だけ、打撃は大きいだろう。
店内に張り出されたチラシには「全品半額」の文字とともに「買ってください」「買ってください」「お願いですから買ってください」という身も蓋もないコピーが大書してあったのだ。それはまさに、ぼったくり商売がいよいよ切羽詰まる、悲鳴のようなコピーであった。
夏物スーツをちょうだい、と店員のおばさんにお願いする。確かに商品はすべて半額の値札だ。よしよし。こういうのを、足もとにつけ込んで(←足もとを見て弱みにつけ込むの略)叩き買うというのである。
オレは調子に乗ってツーパンツのスーツと、さらにサマージャケットとパンツも買ってしまった。そんなオレのことを「足もと見せればもっと買うぞ」とにらんだのか、店員のおばちゃんは「ポロシャツも買ってください、半額」としつこくポロシャツを薦める。
オレはポロシャツは着ない。嫌いだからだ。いらないよと言ったのだがおばちゃんは「ゴルフにぴったり」と薦め、オレはゴルフはしないと答え、さらに「釣りにぴったり」釣りはしない、「散歩にぴったり」ポロシャツでなくても散歩はできる、というやりとりを続けて、おばちゃんはやっと諦めてくれたのだった。
こうしてオレの給付金はまったく予定外の出費で消えてしまった。非常に悔しい。かえすがえすも、ステイホームの馬鹿野郎である。
明日は、久々に取材仕事である。行き先は銀座だ。さすがに3ヵ月近くもほったらかしだった頭がひどいことになっている。すっきりとした坊主頭に戻さなくてはならない。そこで紳士服屋の帰り道に、行きつけの1000円カットの店に立ち寄る。なんと、店内大混雑どころか店の外まで行列ができているのでびっくり。皆さん、オレと同じなのだろう、久々の仕事が始まって、さすがに髪も切りたくなったということか。
この混雑は避けたいなあと思っていったん家に帰り、そして再び見計らって今度は歩いて床屋に向かう。そして空いていることを確かめて髪を切ってもらった。完璧な坊主頭である。
この坊主頭に、壊れてしまったメガネの代わりに古いメガネをかけてみたら、ちんぴら。娘が「その頭にそのメガネは恐いわ」と引く。うーむ、そうなのか。
よし、娘よ、おまえも頭を茶色に染めろ。そして二人で歩こう。そうもちかけるも、娘は無言で自室へと消え去り、オレは一人でしみじみと缶チューハイを飲むのであった。
2020.05.13
若い力士がコロナで亡くなったのはけっこうな衝撃だが、これによって地元でささやかれているのが、「やっぱり大江戸線が危ない」という噂だ。この相撲部屋は清澄白河駅にある。大爆発中の光が丘病院は光が丘に、ちょっと前に中野でクラスターが発生した病院は新江古田にある。全部大江戸線だ。
根も葉もないのが噂というものだが、これまたずいぶんと浅い根と葉ではあるものの、そう言われるとちょっと気になって、えーと、大江戸線には乗らないようにしようかなあなんちゃって、とか言い出したくなる。
「なくもんか」
下町人情物語なのであるが、話がとっちらかっちゃってぐだぐだ。散りばめられたギャグも過剰で、ほーら、面白いでしょ、笑え、という感じのものが多くて笑えない。見終わってから、脚本が宮藤官九郎であることを知り、なるほど、クドカンらしいとっちらかりかただわ、と納得。風呂敷を広げたはいいけど畳めないんだよね。セットで組まれた下町商店街が見事だったのと、竹内結子がひたすら可愛かったという映画だった。
2020.05.12
今週は西城秀樹の命日で、あれからもう2年もたったんだなあと改めて振り返る。昭和30年に生まれて平成30年に亡くなったのか。
昼のニュースが、西城秀樹が亡くなったと報じたときのことである。ある食堂で定食などを食べていたオヤジたちが一斉に箸を止めてテレビを見上げ、そのままじっと息を止めてそのニュースに見入り、そしてニュースが終わると再び黙々と箸を動かした、というエピソードが好きだ。それほど西城秀樹というのはオヤジたちにとって同世代のアイコンだったということだろう。昭和が終わり、やがて平成が終わろうとしている中、西城秀樹というアイコンがオレたちの時代の終わりをも教えてくれているように、定食を食いながらオヤジたちは感じたのかもしれない。
そんなことを思っていたら、ゴダイゴのギタリスト、浅野孝已が亡くなったというニュースが飛び込んできた。これはちょっと衝撃だ。
今オレはゴダイゴの「OUR DECADE」というアルバムを聴きながらこれを書いている。聴いているのは再発された紙ジャケCDだが、オリジナルのレコードを買ったのは都立大学駅の中古レコード屋、ハンターだった。
確か大学4年生の時。翌年の正月に沢田研二がパラシュートをしょって「TOKIO」を歌い、80年代という新しい時代の始まりを華々しく告げる、その前の年だった。
ちなみにこのパラシュートの演出にぶち切れたのがバックバンドの井上堯之で、「オレたちはピエロじゃねえ」と叫んでバンドは解散する。それまでも沢田研二のはしゃぎぶりに相当に辛抱してきたが、とうとう耐えきれなくなったのだろうねえ。一方のゴダイゴが喜々として西遊記のコスプレで演奏していたのは、実に大人だった。
ゴダイゴは、それまであった歌謡曲か、ロックか、ニューミュージックか、というボーダーをいともあっさり乗り越えてみせた点でも大人だった。
それまでのオレたちは、吉田拓郎や井上陽水のようにテレビなんかに出ないのが本物と信じていたものだから、ゴダイゴがニコニコと笑って「ザ・ベストテン」なんかに出演し、同じ週に2曲がランクインしたときにはドラムの外人が「一粒で二度おいしいネ」などとギャグをかましていたのを見て、どうせインチキバンドさ、と鼻であしらおうとした。ところがその演奏を聴くと、どうやら本物であり、特にミッキー吉野の存在はトップクラスのスタジオミュージシャンとして知られていたから、ひょっとしてこれは新しい時代の新しいバンドかも、と思うようになったのである。
特に「ガンダーラ」の楽曲の完成度には仰天。耳コピで完璧にイントロを弾いてみせたカマボーこと鎌田にはもっと仰天。
その鎌田が言うには、「ガンダーラ」はテンポがすさまじく素晴らしいということで、なるほど、このミドルテンポをキープしながら演奏することの難しさに、オレはこのバンドのすごさに気づかされたのだった。
その後「ビューティフルネーム」「銀河鉄道999」をかっ飛ばして、革新性と大衆性を見事に融合させる。このどちらの曲もそれまでのどんな曲にも似ていないオリジナリティを持っていて、同時に誰もがすぐに受け入れられる易しさも持っていた。
ちなみにドラムのトミー・スナイダーが「一粒で二度おいしい」とボケてみせたのはこの2曲がランクインしたときで、後年、このギャグも台本に書いてあったとばらしている。
最初のヒットとなったのが「モンキーマジック」で、ここで超絶のカッティングギターを弾いていたのが浅野孝已だった。この人は、あのCharと並ぶほどのギターの名手で、真価を発揮するのは歌のバックを務めたとき。歌を活かし、バンドとしてのバランスを殺さず、超絶のギターをさりげなく弾くことのできる人だった。難しいことを難しく感じさせずに演奏するというのは、超絶に難しいことなのだ。
「OUR DECADE」というアルバムは、そんな絶頂期に発売されたコンセプトアルバムだった。テーマは1970年代。
「人類の進歩と調和」をテーマ大阪万博が華々しく開幕して始まった70年代。科学技術は進歩するものの、東西冷戦は激しさを増し、石油ショックで生活は脅かされる。
そんな中でも日本人は雄々しく立ち上がらなければならないというメッセージの込められたアルバムだ。今聴いても実に完成度の高いアルバムであることに愕かされるし、そのメッセージの普遍性にも感動する。
1970年に中学に進学したオレは、1980年に大学を卒業する。まさに70年代というのはオレの人格形成期とモロかぶりなわけで、それもあって「OUR DECADE」というアルバムは大好きだった。
名曲が多いのよ、このアルバム。「TRY TO WAKE UP TO A MORNING」は、直訳すれば、朝、ちゃんと起きれるように頑張れということだが、要するにどんな時でも朝は来るんだから立ち上がるんだ、というメッセージだった。非生産的な学生時代の日々の中で、毎朝、惰眠をむさぼっていたオレは、余計なお世話だと憤りながら、いい歌だなあと感動していた。これはミッキー吉野の名曲。
「THE SUN IS SETTING ON THE WEST」は、太陽は西に沈んで東から登るのだという、天才バカボンのパクリのような歌だが、発していたのは、西側が没落して東洋の国々が台頭するだろうというメッセージだった。まさにバブルの日本、その後の中国を予言する歌で、決してバカボンは関係なかった。これはタケカワユキヒデの名曲。NHKドラマ「男たちの旅路」で、障がい者差別を扱った回のエンディングテーマとして使われていたのが印象深い。
ちなみに天才バカボンの歌は、ザ・ナターシャーセブンが英訳してステージで歌っている。「フロム・ウエスト・サンセット、アンド、イースト・サンセット」という実にバカバカしいもので、オレはゲラゲラ笑いながら聴いたものだった。
この「TRY TO WAKE UP TO A MORNING」と「THE SUN IS SETTING ON THE WEST」の2曲は「OUR DECADE」でも突出した名曲だ。オレはカセットに収録してダテ君に聴かせたところ、ダテ君はさして興味もないふうで、「どっちかといえば」と「TRY TO WAKE UP TO A MORNING」のほうがいい、と答えていたっけ。
このアルバムを始め、今聴いてもゴダイゴは突出した音楽性と大衆性を実にバランスよく両立させることに成功した、大げさでなく、ビートルズに匹敵するバンドだと思う。浅野孝已が亡くなったというニュースで、最近の活動なども紹介されていたが、ゴダイゴの5人は今も仲良くしていたようで、人間性という点でも素晴らしくよくできたバンドだったのだろう。
前日まで仕事の打ち合わせをしていて突然亡くなったというから、衝撃だ。仲間たちは、やりきれないだろうなあ。
「ブラック校則」
ジャニーズ映画なのだが、これが実に面白かった。主役は、セクソとかキンプリとかのイケメン君2人。この子たちが、びっくりするほどいい演技をしていて、映画を単なるタレント映画で終わらせていない。好きなのは、キンプリの主人公のイケメン君が、国語教師の成海璃子に恋してしまって告白するシーン。実にこのシーンが瑞々しくて、古今東西の告白シーンでもベスト3にくるくらいの告白シーンではないか。見事に玉砕して、見ていた不良少女のモトローラ世理奈に「先生を好きになるなんて攻めるじゃん」と冷やかされるところまでを含めて、名シーンだ。オレは何度もここだけ繰り返して観てしまったよ。
2020.05.11
わはははは、勝ったな。
東京コロナカレンダー
3/01 **2 **0 **1 **4 **8 **6 **6 計**27
3/08 **0 **0 **3 **6 **2 **2 *10 計**23
3/15 **3 **0 *12 **9 **7 *11 **7 計**49
3/22 **2 *16 *17 *41 *47 *40 *63 計*226
3/29 *68 *13 *78 *66 *97 *89 116 計*527
4/05 143 *83 *79 144 178 188 197 計1012
4/12 166 *91 161 126 148 201 181 計1074
4/19 107 102 123 132 134 161 103 計*862
4/26 *72 *39 112 *47 *46 165 160 計*641
5/03 *91 *87 *58 *38 *23 *39 *36 計*372
5/10 *22 *15 *** *** *** *** *** 計****
15人だよ、15人。日本、大勝利だ。ちょろかったな、コロナ。
しかし、あれだな、10万円をもらうのに、オンライン申請ではICリーダーが必要だというので怒っている人たちがいるっていうのが驚きだな。ちゃんと紙の申請用紙があるんだから、それを使えばいいだけなのに。自分で調べようとしないで文句を言っているのか、そもそも文句を言わないと死んでしまう性質なのか。
だいたいこれは施しなんだから、施しを受ける側が文句を言うなんて、身の程知らずだ。わはははは。
ところでいまだにPCR検査を増やせと叫ぶ人たちのいることにはびっくり。明らかに精度が低い検査なのだから、陽性なのに陰性の誤判定が出て堂々とウイルスを振りまく人がいれば、その逆に陰性なのに病院のベッドを占領して医療現場に負荷をかける人がいるわけで、PCR検査を増やすことのメリットはまったくない。
明らかに症状が出た人に対して行うという現状の方法でまったく問題なしだ。異論は認めない。
話は突然変わるが、某銀行から電話がかかってきた。預けてある投資信託の運用についてである。
インドの株式を投資信託で運用しているのだが、どうせ暴落しているだろうと思ってほったらかしだ。案の定、銀行は「ン10%も下がっています」と自慢げだ。わかってるわ、そんなこと。
だが金融屋というのはさすがである。「安い今こそ、買い時です。買い叩けます。買い増しておけば、コロナ後にはドカーンときますぜ。旦那」とささやくのである。
ナンピン買いというやつだな。
ばかたれ。そんなカネがどこにあるというのだ。なんとか紙の申請用紙で10万円の申請をしたと思ったら、昨日、突然メガネが壊れてしまって、泣く泣くつくりかえることになってしまって、5万円も予定外の出費だ。10万円もらうというのに、もらう前から5万円の痛手である。そんな状態のオレに、ナンピン買いなどのカネがあるもんか。
「どうぞご検討ください」と銀行はにこやかに受話器を置くのであった。
「イニシエーション・ラブ」
前田敦子が、どこにでもいるような地味目のちょっと可愛い女の子を演じている。この女の子が実はくそピッチ、というどこにでもある話だ。前田敦子のどっちつかずのヘンテコな演技が、そんな設定にぴったりの味を出しているのが面白かった。うわあ、いるいるこういうくそピッチ、と納得だ。あとは80年代ネタだな。ところでオレはいまだに前田敦子と大島優子の区別がつかない。
というわけで、オレは今、くそピッチと書いたわけだが、メガネが壊れたおかげで、これがピッチなのかピッチなのか、見分けがつかない。大変に困っている。くそう、やっぱり遠近両用は便利だったんだな。早くできあがらないかな。
と思って読み返したら、ビッチが全部ピッチになっているじゃないか。これでは意味不明で、ギャグがギャグになっていない。
どうやら「ビッチ」と入力するとATOKがタイプミスと判断して勝手に「ピッチ」と修正していたようだ。そんな汚い言葉を使ってはいけません、というわけだな。お節介なATOKである。
オレが言いたかったのは、くそビッチと書いたが、メガネが壊れたおかげで、これがビッチなのかピッチなのか見分けがつかない、ということだ。
「四月の永い夢」
なんの予備知識もなく観たのだけれど、いやあ、素晴らしい映画だった。大好きだなあ、こういう映画。いかにもミニシアター向きの小品。大きな事件もドラマチックな展開も何もなく、淡々とした日常の心理描写が続くのだけれど、すごく温まる作品だ。主役は朝倉あき。見たことある人だなあと思ったら、「七つの会議」で不倫して捨てられたOLを演じた人だ。この朝倉あきが、恋人が自殺したことを引きずって、前に進めないという女性を演じている。教師を辞めた彼女は、そば屋でアルバイト中だ。そんな朝倉あきに、昔の教え子とか、片思いの職人とかが少し関わる。ただそれだけの話だ。
物語の中盤、朝倉あきは、「書を持ち僕は旅に出る」という歌を聴く。これは「赤い靴」というバンドの歌だ。まったく知らないバンドのまったく知らない歌だが、これがとってもいい歌で、オレは腰を抜かす。日本には有名じゃないけどいいバンドが多いなあ。音楽的に大橋トリオと似ていると感じたが、やっぱりちょっとつながりがあるようだ。早速、給付金からメガネ代を差し引いたカネでCDを買おうと思ったけど、Amazonでは取り扱っていない。さて、どうすべ。
これは、悲しいことがあっても歩き出そうよという歌で、浴衣姿の朝倉あきはこれを聴きながら歩いて、そして途中で音楽を止めてしまう。やっぱり恋人の自殺から立ち直れないわけだ。
そして物語の後半ではその恋人の実家を訪ねる。富山のとてもきれいな田舎町だ。この田舎町の森の中、立ち止まった朝倉あきをカメラは真正面から捉え、そして朝倉あきが迫ってくるのに背景は遠ざかっていくという、「時を駆ける少女」で大人になった原田知世が深町君とすれ違うシーンでの演出と同じカメラワークがここで観られるのだ。それはまさに息をのむような美しい緊張感。
さらに物語の最終盤、朝倉あきが立ち寄った田舎町のなんでもない食堂で、物語の見事な回収が行われる。起きたのは小さい奇跡だけれど、素晴らしいミラクル。その瞬間の朝倉あきの笑顔とともに、こりゃしびれる回収だったわ。ようやく彼女は歩き出すことができるのだ。
そんな具合に実に素晴らしい映画を観ることができて、オレは幸せなのだった。
2020.05.10
小泉今日子は立憲民主から選挙に出るつもりなのだろう。
検察庁法改正案への反対ツイートを7回も連続で投稿するなんて様を見て、独立したものの仕事はないし、不倫で奪い取った男は働かないしで、金に困っているはずだから、国会議員はこの先の道としてちょうどいいはずだ。立憲民主も集票力は欲しいはずだから(蓮舫のいびりを別にすれば)相思相愛。
「あまちゃん」では能年玲奈に対して「何か困ったことがあったらいつでも相談しろ」と姉御肌を見せ、肩たたき券のような「相談カード」を自作して3枚上げたという美談が漏れ伝わっているが、実際に能年玲奈が干されたら、救いの手を差し伸べることもなく、知らんぷり。キョンキョンの人間性、見たわ〜。
そもそも芸能人なんていうのは、山城新伍が言うように河原乞食なのだ。虚業なのだ。
何も生み出せない非生産的なことしかできなくて、河原でもらった投げ銭で生きていくような仕事なのだ。演劇も、音楽も、舞踏も。
それなのに演劇人の平田なんちゃらが「製造業は景気が回復したら増産してたくさん作ってたくさん売ればいいが我々はそういうわけにはいかない」と発言するなんて、虚業の人間が実業の人間に正面切ってものを言うんじゃないよってことだ。このおっさん、いい年してこんな程度の認識しか持てないことに驚きなのだが、「製造業の人はコミュニケーション力が低い」なんて発言もしていて、単に口が滑ったというレベルではなくて、心の底からそう思っているのだろう。
こういう人は、例えば自分が使っているスマホを1グラム軽くするために製造業の人たちがどれだけ汗を流して知恵を絞ったか、なんていうことにはまるで想像が及ばないのだ。
こういう人間に限って、電車が5分遅れると大騒ぎするくせに、定刻通りに走っている平常運転時にはなんの感謝の言葉も口にしない。
小泉今日子の立ち振る舞いも、これとまったく同じレベル。
検察庁法案反対ツイートも、380万とか400万とか言われるが、その多くはスパムじゃねえか。アホくさ。「三権分立が脅かされる」とか、寝言は寝て言え。
こんな程度のことで大騒ぎする、その多くが芸能関係であることから、要するにコロナでヒマだから騒いでいるだけだろ。「製造業とは違うんだから補償されなければならない」とえばったのに相手にされなかったので、その意趣返しだろ。
きゃりーぱみゅぱみゅとか、口パクのほうがよっぽどインチキだわ。
数年前に霞ヶ関で太鼓を叩いて「原発反対」と騒ぎまくった連中と同じ匂いがする。今回のツイート騒ぎは。自民党による検察支配という陰謀論とか、大笑いだわ。
陰謀といったら、気象庁だろ。天気予報だろ。「今日は雨になります」といから布団を干すのをやめたのに、結局、夕方になるまで1ミリも降らず、ものすごくいい天気、気温だって30℃近くだ。こんな好天なのに雨を予報するなんて、オレに布団を干させないための陰謀に違いない。
毎朝見るテレビ朝日の天気予報では「六本木は曇りです」なんて言っているが、世界の中心は六本木じゃないんだよ。練馬区なんだよ。いいか、練馬区こそ世界だ。その中心の谷原こそ、世界の中心なんだ。テレビ朝日はよく覚えておくように。
って、テレビ朝日が覚えられるわけないよな。まあ、いいや。
そんなオレが観たのは「ゴーイングマイホーム」というテレビドラマである。全12話を一気に観た。
窓際寸前のベテランの広告プロデューサーが主人公で、彼の巻き込まれる家族や仕事のドタバタを描いたドラマだ。何気なく見始めたら、これが妙に面白く味わい深い。
例えばYOUが、寝たきりの父を母親が介護することなったのを「ミザリーかよ」とぼそっとこぼしたり、部下役の新井浩文が「そんなインチキな仕事はオレたち広告屋に任せなさいよ」と笑ったり、そんな細かなギャグに、まず惹かれた。
そして観ているうちに、独特ののんびりしたテンポや、ものごとの奥までちゃんと説明せず“察しなさいよ”という具合に解釈をぽんとこちら側に放り投げてくるような展開に、ほほうと驚く。例えばシングルマザーの宮崎あおいが、別れた旦那を訪ねて復縁を迫ろうとするも、旦那の「後悔はない」の一言で復縁をすっぱり諦める。なぜ二人は別れたか、旦那の今の生活はという説明も一切ない。すべて察しろよ、というような演出である。
主役は阿部寛で奥さん役が山口智子。ほかに西田敏行や阿部サダヲ、吉行和子など、芸達者が出演していて、そのキレまくりの演技にも目を奪われる。西田敏行なんて、いやあ、うまいもんだ。
そして全部を見終わって始めてエンドロールをちゃんと見て、そして監督・脚本が是枝裕和だったことを知り、なーるほどと膝を打つ。ポン! このだらだらとした演出も、察しろよという淡泊さも、すべて是枝スタイルだわな。そして「ミザリーかよ」など、どうみてもアドリブだと思ったあれこれがすべて台本通りだったことを知って、それをアドリブだと思わせた役者陣の力量に脱帽だ。
2020.05.09
昨日は「魚せい」へ顔を出したので、今日は「とおるちゃん」の顔を見に行った。出すのも見るのも「顔」 である。日本語は面白いな。
「とおるちゃん」 は、 店の前でテイクアウト販売しているほか、2人までのちょい飲みならOKの体制である。
店の前でテーブルを広げていたので、顔を見に来たぞ、と顔を出す。
「とおるちゃん」、頑張っていろんな料理を並べていた。予約もずいぶん入っているそうで、飛び込みのオレが買えるものは限られている。それでも両手のコンビニ袋に一杯になるほど、買った。
調子はどうよ、持続化給付金申請したか、って聞いたら「もちろん申請したわよ、ひどいもんだから」と、おかあちゃんが顔を曇らせる。おとうちゃんも「なんせ4月の売上がゼロ。飲食業として、とうとうやってしまいました、売上ゼロ」と苦笑する。
家賃や人件費、仕入れがあるからゼロってことはないよなあ。とんでもない赤字だよなあ。
「テイクアウトにしても、まるで儲からないけどね。中で飲み物を飲んでもらわないと我々は儲からない」と、おかあちゃん。
それでも歯を食いしばって、こんなに手の込んだテイクアウトを販売しているのは、ただひたすらこの仕事が好きだからだろう。きっと今はこういう心持ちの人たちの、ギリギリの頑張りで店がなんとか保たれているに違いない。給付金の10万円をもらったら、できるだけこういう店で使いたいものだ。って、ただ飲みたいだけだけどな、オレの場合。わはは。というか、オレもテイクアウト販売とかできないかしら。原稿のテイクアウト。なんのこっちゃ。
ところで全然関係ないけど、今オレはこの文章を一太郎で書いている。
時々、発作的に一太郎を使いたくなるのだ。そこで今は30日間のデモで使っている。以前も30日間のデモを使って終わりにしたんだけど、またデモがこうやって繰り返し使えるならば、1ヵ月ごとにデモにすれば買わなくて済むじゃん。
いや、買ってもいいんだけど高いしなあ。その金があるならメガネを買い換えたいや。
一太郎というのは、ちょっと表現しづらいんだけれど、文字の入力がとても気持ちいいのである。書き込んでいく感じが、なんというか、ぬめっとしていて、ペンで書いているようなアナログな感じがする。とても感覚的なものなのだが、書いていて気持ちがいいというのは、言うまでもなくとても重要なことなのだ。仕事だからね。
だが、それ以外については、一太郎、とことんダメである。使いづらい。設定一つ変えるにしても、実に分かりづらい。
だから仮に一太郎を買ったとしても、文字の入力だけに使い、外部に出す際はWordに貼り付けることになるだろう。つまりはエディタ代わりに使うわけで、それにしては3万円は高すぎるというわけだ。
確か、古いバージョンの一太郎は持っていたと思うのだが、コロナでヒマなのにあかせて掃除した際に捨てちゃったしなあ。残念。すべてコロナが悪い。
2020.05.08
地元情報の掲示板を見ていたら、練馬区でも10万円プレゼントが始まったという書き込みがあった。おお、そうか。知らなかったぞ。というか、たまたま掲示板を見てなかったら気づかなかったじゃないか。
早速申し込むことにして、区のホームページを見る。
マイナンバーカードならばオンライン申し込みなのですぐだ゛。ところがこれが実に分かりづらい。専用のアプリをインストールして、ICカードリーダーを用意して、と書いてある。面倒くさい。申込用紙に手書きしたほうが絶対に速い。デジタルよりアナログのほうが便利というわけだ。
そこで申込用紙をダウンロードして、必要事項を記入して、封筒に入れて、はい、おしまい。仕込み用紙は実に単純だ。そりゃそうだよな、ややこしい申込用紙だったら、チェックする役所の仕事が膨大になってしまう。簡単にスルーできるようになっているはずだ。
聞くところによれば。マイナンバーカードの暗証番号を再発行してもらうのに区役所で4時間待ちとかだそうで、これから申し込みされる皆さん、手書きでの郵送が一番簡単で速いです。
夕方、息子と1時間ほどウォーキングしたついでに、久しぶりに「魚せい」へ行く。晩ご飯用に、お刺身を買って帰ろうと思ったのだ。
黙って帰るのも無愛想だから、生ビールを一杯だけ飲む。
大将、「夫婦2人で20万円もらえる」と威張っているので、事業継続化給付金も申請するんだろ、と聞いてみたら「オレには関係ない」とあっさり。ちょっとびっくりして、おいおい、ちゃんとやらなきゃダメだよ、売上激減だろ、と諭す。「もちろんだ、今じゃ1日の売上は2000円がいいところだ」と大将は胸を張る。
ということは、オレは今日、刺身を4000円買ったからいつもの倍の売上じゃん、やったな、と上からものをいったのだが、いやいや、そうじゃなくて、大将、それなら絶対に給付金を申請しろよ、とスマホで関係サイトを呼び出して説明してやった。
「へえー、オレでももらえるのか」と大将は半信半疑ながら考えを改めたようだ。詳しいことは申告を頼んでいる税理士に相談しなよ、とアドバイスする。
考えてみりゃ、こういう大将のように、パソコンもスマホも無縁という高齢の店主は少なくないだろうし、そういう人たちがこぼれなはゃいいけどなあ、と心配になる。
どうも事業継続化給付金も審査はザルでスルーのようだ。だが、迅速な支援こそが求められるのだから、それでいいと思う。大将もとっとと申請したらいいよ。
2020.05.07
有り難いことに、息子の大学では毎日オンラインで授業をやってくれている。朝8時半から始まり、遅いときは夕方6時まで授業だ。中国語だ、英語だ、経済学だと、息子は何やら毎日一生懸命である。
夜には、今度はクラスのミーティングや部活の会合が、オンラインで行われている。Zoomだ。そのため息子は、授業が終わったら大急ぎで晩ご飯を食べて、そしてミーティングへと向かう。
当然のことながら、授業中もミーティング中も、静かにしていなくてはならない。畑の中の一軒家ゆえ、外部の騒音は気にならないが、その分、家族の立てる物音が問題だ。
特に一番の問題は、オレである。
ヒマなものだから音楽制作をして遊んでおり、「まほーのかがみっ、まほーのかがみっ、あたいにウラミがあるのかいっ」などと魔法の鏡という曲をアレンジしては絶叫しながら歌っている。しかも部屋のドアは開けっぱなしだ。
アレンジ作業に疲れてコーヒーでも飲もうかと部屋を出ようとして、いつの間にかドアが閉まっているのに気がつき、さすがに相当に迷惑だったか、息子が怒りにまかせてオレの部屋のドアを閉めたことに気がつく。だはは。
やはり息子の学生生活にとって最大のリスクは父親のようだ。
2020.05.06
今日の東京 コロナカレンダー。
3/01 **2 **0 **1 **4 **8 **6 **6 計**27
3/08 **0 **0 **3 **6 **2 **2 *10 計**13
3/15 **3 **0 *12 **9 **7 *11 **7 計**49
3/22 **2 *16 *17 *41 *47 *40 *63 計*226
3/29 *68 *13 *78 *66 *97 *89 116 計*527
4/05 143 *83 *79 144 178 189 197 計1013
4/12 165 *91 161 127 149 201 181 計1075
4/19 107 102 123 132 134 161 103 計*862
4/26 *72 *39 112 *47 *46 165 160 計*641
5/03 *90 *87 *58 *38 *** *** *** 計****
4日連続で100人を切って、しかも減り続けているではないか。
勝ったな、これは。余裕の勝利。
しかも先週末の爆発をのぞけば、この2週間はずいぶんと落ち着いているぞ。
マスクをする、手を洗う、三密を避ける、きちんと風呂に入る。このあたりに気をつけていれば、そうそう感染することはないというのがはっきりしてきたのではないか。
オレは、湿気がついたウイルスが重くなって地面に落ちて雨で流される、という説を信じているので、これからの季節がかなりの追い風になると思う。
それにしても「三密」というのは、早々の大ヒットだったな。口先ばかりでうまいことを言って悦に入るのが百合子で、絶対に電通あがりのブレーンがいるだろうとにらんでいるのだが、この「三密」はそのブレーンがコピーライターに命じて考えさせたに違いない。とてもコピーセンスにあふれた素晴らしいコピーだと思う。いい仕事だ。
それから「新しい生活様式」っていうのは、初めて聞いたときにちょっと違和感があった。
それはたぶんニュー・ライフ・スタイルって言えばいいのを、無理に日本語にしようとしたからくる違和感なのだと思った。
でも、ニュー・ライフ・スタイルって、安い企業のスローガンみたいだし、なんかはしゃいでる感じがするから、ってやめたんだろうな。これもなかなかいい大人の判断だったと思う。
ところで話は変わって「TRICK ラストステージ」という映画を、まったく何の予備知識もなく、適当に観たのだけれど、このシリーズは有名なのかしら。オレが知らなかっただけなのか。
とにかくアホらしいというか、バカバカしいというか。
会社の名前が村上商事といって会長が村上ショージだったり、調査に行ったスンガイ共和国の秘境の名前がムッシュムラ村だったり、なんの脈絡もなくダチョウ倶楽部がギャグをぶち込んできたりと、くっだらないギャグのオンパレード。とことんくだらなくて、とことんふざけている映画なのだ。
なんの準備もなく見始めたオレは、あまりのアホらしさにしばし呆然。トリックとかプロットとかはまったくもって適当だし、どう考えても、ぶち込んでくる小ネタのギャグに力を入れてつくっている映画だ。
むろん、こういうのは大好きである。ふざけるなら徹底して本気でふざけろ、といういい見本だ。
どうやらシリーズの映画らしくて、オレが観たのは最後。昔のヤツも観てみようかな。
2020.05.05
週に一度の収集日に、瓶や缶、ペットボトルを集積所まで持って行くのは、オレの仕事である。最近は、缶のごみが明らかに増えている。缶ビールや酎ハイだ。
オレも人のことは言えないが、どうやら近所のお父さんたちの家での酒量が増えているようだ。外で飲まなくなった分、家で飲むようになったわけで、家計にとってはこれが正解か。
マツコが「元通りに仕事に戻れる自信がない、このままでもいいかという気になってきた」と口にしているが、その気持ちはオレもなんとなくわかる。
オレの場合、3月、4月とほとんど仕事をしていない。3月は毎年ヒマになるのだが、そこにコロナが追い打ちをかけてくれた。4月は言うまでもない。さすがに2ヵ月もブラブラと遊んでいると収入は非常に厳しい。それでも家族4人で一日中暢気に過ごしていると、まあ、これはこれでいいかもな、と思ってしまうのだ。
いかんいかん、これではいかんと戒めるものの、でも、案外そんなふうに感じている人は多いのではないかな。
こういうときこそ普段できないようなことに手を染めればいいとは思う。だが、基本的に気持ちが後ろ向きになっているわけで、何かに挑戦しようとか、始めてみようとか、そういう気分にはならない。情けないなあ、オレは。
2020.05.04
「タンゴさん、今なら安くやってくれるよね」と、人の足もとを見るような言い方をしながら、実はオレのことをおもんばかって仕事を無理につくってくれたクワハタ氏に感謝しつつ、鎌倉へ向かう。ゴールデンウィーク真っ最中だというのに、仕事なのだ。
石神井公園から横浜まで直通の副都心線に乗る。途中、伊坂幸太郎の「僕の舟」を再読する。やっぱりオレはこの掌編が伊坂幸太郎の中では三本の指に入るぐらい好きだな。
副都心線は大変に便利である。
横浜に住んでいる人たちは「飯能」「森林公園」なんていう行き先表示の列車を見て目を丸くしたらしいが、こっちも似たようなものだったな。本来なら息子もこれに乗って渋谷まで一本で大学に通う予定だった。大学が再開したら、しかし、換気が気になるから、山手線経由にさせようかと思案している。副都心線、深いし。
今日の副都心線はガラガラである。1シートに1人しか座っていない。
横浜で乗り換えるのだが、横浜駅も閑散としており、横須賀線も1シート1人状態である。
鎌倉に到着する。鎌倉はとてもいい街だ。緑が豊かで海が近くて、街全体に漂うパワースポット感がとても心地よい。問題は観光客がやたらと多くて、ちょっとカフェでも、と思ってもなかなか座れないことだ。
ところが今日の鎌倉はガラガラもいいところ。人がいない。雨ということもあるし。この光景はちょっと衝撃だったな。
テレビの撮影クルーがいたが、もはや人がいないなんていうことはニュースにもならないだろう。制服姿のおまわりさんが小町通りに立って三密しないようにと促していたが、三密どころか誰も人がいないから、手持ち無沙汰もいいところだ。
帰りは湘南新宿ラインで池袋まで1本。こちらは1シート1人どころか、1車両1人という有り様だった。
「病人の枕元で預金通帳を開くようなもの」と、経済対策優先の声を非難するコメントを読んで、うまいことを言うなあと感心する。確かに、お金のことは心配しないで病気を治してくれ、と願うのが家族というものだろう。
だがそれは極端な言い方で、病人に見えないところで預金通帳を開いて金の算段をするのが、当たり前の人の営みというものだ。ガラガラの小町通りを見ると、1車両1人の電車を見ると、人命最優先は当然として、やはり同時に経済をなんとかして回さなくてはならないという思いになる。
「タンゴさん、ライターと別に、たんさいぼうも別法人にしておけば、給付金も2つもらえたのに」とクワハタ氏が腹黒いことを言う。ああっ、その手があったか。うっかりしてた。やはりオレは金儲けは下手だなあ。
2020.05.03
日本経済新聞、読売新聞、日刊スポーツの三紙をとっている。
以前はこれに加えて朝日新聞、朝日小学生新聞をとっていた。朝日新聞はあまりに偏向ぶりがひどいので、朝日小学生新聞は子供たちが小学生でなくなったのでやめた。「では中学生新聞はいかがですか」と販売店はいってきたが、悪いね、中学生になったら大人の新聞を読ませるから、と断った。その“大人の新聞”もやめるのだから、販売店には申し訳なかったが。
数日後、朝日新聞の本社から人がやってきた。販売局の人だろう、やめないでくれ、続けてくれと、トップ営業だ。慰安婦問題で叩かれていた頃だったから、連中も必死なのだ。
朝日新聞の購読をやめたのは販売店の問題ではなく、朝日新聞そのものの編集内容が理由だから、いくら本社に頼まれても無理、悪いね、お引き取りください、と帰ってもらった。
こうして残った三紙にはそれぞれ理由があって、日本株式会社のPR誌である日経新聞は社会人の必須アイテムとして、日本町内回覧板の読売新聞は文章が上手だから、そして日刊スポーツは芸能サブカルネタを仕入れるためだ。
実は日刊スポーツのスポーツ記事は実につまらなくて、まともに読むに値しないと思っている。逆に芸能欄は充実しており、同時に社会面もややこしい政治状況なんかを平易かつ嫌みっぽく解説してくれるので面白い。
オレの朝は、この三紙をポストから引き抜いて、そして食卓で広げるところから始まる。
まずは日経、読売、日刊スポーツの順に全ページにざっと目を走らせ、そして次に気になった記事の本文を読んでいく。一字一句なんてことはなくて、まあ、斜め読みだな。
その次に、今度はチェックしていた記事をはさみで切り抜く。だいたい3〜4点の記事だ。
切り抜いた記事を持ってオレはトイレに行き、トイレに設置してあるホワイトボードに貼り付ける。記事の内容は様々で、コロナと宗教について解説したものや、「ドラえもん」映画の歴史、Jリーグ再開の見通し、手洗いの仕方、世界経済の先行きなど、実に雑多だ。
トイレ前にこれらの記事を貼って、オレは家族に向けて、今晩テストをするからちゃんと読むように、と命じるのであった。
家族もたいしたもので、ふえーい、といい返事をしながら、どうせ夜にはテストのことなんて忘れているに決まっていると分かっており、案の定、オレはしっかりと忘れてしまっている。
さて、新聞記事をはさみで切り抜いてトイレの壁に張り出すという、すがすがしいほどアナログなことをする一方で、オレは別の記事もチェックし、スマホで写真に撮る。毎週連載している記事のネタを探すためだ。
なぜスマホで撮るかというと、Keepというアプリに記録することで、PCでも見られるようにしているからである。EverNoteでもOneNoteでもいいのだが、なぜかメモ類はとにかくKeepに放り込むようにしている。
日経新聞は電子版も購読しているので、クラウド連携の切り取りサービスも利用できるのだが、紙で読んだものをもう一度タブレットで読み返すというのがあほくさくて、紙の記事を撮影してクラウドするという、中途半端にデジタルなことをやっている。こちらは、ちっともすがすがしくない。
もともとオレは新聞が好きでよく読むが、思い返せばオレのじいちゃんも新聞が大好きで、一日中読む姿をオレは眺めていた。家族が新聞を読んでいると、その家族も新聞を自然に読む。いまオレの息子も当たり前のように日経新聞を読んでいるが、それはたぶんオレの影響だと思うと、これでよかったかなと振り返る。
2020.05.02
昨日、光が丘をディスったけれど、例のPCR検査の場所を公開しちゃった件では、議員たちが自分のブログにばんばん書き込んで「対策頑張ってます」みたいなアピールに使われているようだ。最悪。
結果、医者が予約しないと検査を受けられないというのに、それをすっ飛ばして「オレも検査しろ」と迫るやつがゾンビのように大量に押し寄せることになるわけだ。大江戸線で。
そして、その様子を取材するためにマスコミも大量の押し寄せることになるわけだ。こちらはクルマで。
うーむ、見物だ。あ、いや、困ったものだ。
たださえ今は、光が丘の団地の一棟単位でクラスターになるのでは、とささやかれている。クラスター団地、またはコロナ団地。恐ろしい。
などと再び地元をディスりながら街の様子を見れば、マスクがさらにちらほらと出てきている。最近目につくのは路上のマスク売りだ。どこで仕入れたか、転売用にネットでかき集めたのだろうが、どうもそろそろマスク不足が解消されそうだという空気を感じ取ったようで、奥に隠しておいたのを道端で売り始めた。オレもいくつか見かけたが、だいたい50枚3000円が相場のようだ。
もちろんそんなぼったくりの粗悪品が見向きされるわけもなく、今日あたりの吉祥寺の商店街は、マスク街道になっているそうだ。わはは、うまいこと言うなあ、マスク街道。
そんなふうに他人様の住む街を笑ってばかりいてはよくない。少しはこちらも外に出なければ。
というわけで、久しぶりにクルマで遠出。
いや、遠出っていってもクルマは停めない、降りない、出歩かないということにして、単に都心のあたりをクルマから眺めてみようというわけだ。
まずは、新目白通りから明治通りに入って新宿へ。なんと、新宿三丁目、伊勢丹のあたりがガラガラ。これはけっこう衝撃だったなあ。人がまったくいない。全然いない。店は全部閉まっているし、要するに新宿は店がなければゴーストタウンだ。
明治通りから千駄ヶ谷を通って、国立競技場を見学する。ひゃー、初めて見た。すげえ大きくて、偉容だなあ。なんとも壮大な無駄遣いになってしまったわけだ。令和の墓標。
青山通りを通って永田町の政治家の皆さんに挨拶しつつ、皇居を半周。さすがに皇居ランナーはほとんどいない。広場を歩く人もごくわずか。ゼロではない。
その後、銀座を見ようかと思ったけど面倒くさくなって引き返して、青山経由で渋谷へ。青山は人がちらほら歩いているが、これはきっと地元に住んでいる人たちだろう。オレの母校はしっかり封鎖されていた。
ハチ公前と109前の交差点を横切る。テレビで見たとおり、人がいない。ゼロではないが、ガラガラだ。毎日のようにテレビで見ているせいか、あまり驚きはないな。
こんな具合に車の中から都心を眺めて、そして戻ってきた石神井公園。昼飯を買って帰ろうと思い、商店街へ行ったら、行きつけのインド料理屋が机を出して弁当を売っていた。おお、久しぶり、どうだ店は。「昨日から始めまシタ」とインド人が答える。そうかそうか。なぜ昨日から店を開けたのか、よくわからんが、そうかそうか。
家族4人分のカレーを買う。ナンも焼いてくれと言ったら、大急ぎで4枚焼いてくれた。頑張れよ〜と声をかけて後にする。久しぶりに食ったカレーは旨かったわ。焼きたてのナンも旨かったわ。当たり前のように休日に食べていた味だ。あんな日々が懐かしいなあ。
その後、畑を眺めながらボケッと過ごし、夕方からビールを飲み始める。映画も観なかった。
2020.05.01
本日の東京コロナカレンダー。
3/01 **2 **0 **1 **4 **8 **6 **6 計**27
3/08 **0 **0 **3 **6 **2 **2 *10 計**13
3/15 **3 **0 *12 **9 **7 *11 **7 計**49
3/22 **2 *16 *17 *41 *47 *40 *63 計*226
3/29 *68 *13 *78 *66 *97 *89 116 計*527
4/05 143 *83 *79 144 178 189 197 計1013
4/12 165 *91 161 127 149 201 181 計1075
4/19 107 102 123 132 134 161 103 計*862
4/26 *72 *39 112 *47 *46 165 *** 計****
ほえー、せっかく二桁続いたのにまーた一気に増えたな。でもこれは、ゴールデンウィークで数が減ったからって気を抜くんじゃないよ、という操作のような気がする。タイミングよすぎるしな。
それにしても徐々にダウントレンドに入ったのは間違いない。こりゃピークアウトしちゃって収束だべ。勝ったな、オレたち。しょぼコロナ。
いやいや、待て待て、今日も地元の光が丘では3人も死んでるではないか。あそこはヤバいんだよなあ。
病院がコロナで大騒ぎだっていうのに隣の公園では人があふれて、テント張って遊んでる家族もいるし、マスクしないどころか歩行者を追い越す際にわざと近づいて息を大きく吐くランナーもいるらしい。ショッピング施設は人であふれて、こんな状況なのに何を考えたのかGUは店を開いて、ポケモンTシャツ目当ての客が大行列を作っている。そして団地のど真ん中、保育園のすぐ近くに検査センターを開設することが決まって、今や“コロナタウン”と呼ばれる始末。
この検査センターの場所を告知するという愚を犯してしまったおかげで、これから大勢の人たちが大江戸線に乗って押しかけることが予想される。
大江戸線! 光が丘に行くための唯一の電車。これが地中深くて実に換気が悪く、しかもコストを抑えるためにトンネルが狭いものだから車両も小さくて、人がぎゅうぎゅう。お、恐ろしい電車だ。ニューヨークの地下鉄並。
などと隣町をディスるオレはよくないのだが、しかし、ここに書いたことは全部マジなので、やっぱりちょっと近寄らないようにしている。
しかし巣ごもりもここまで続くと体がなまっちゃって、15分も歩くと息切れする始末。さすがにこれは体に悪いだろ。健康も経済もボロボロだ。ここに、健康、経済につづく「け」を入れると「三つのけ」とか言っちゃって話が広がるのだがなあ。もっともあれか、頭と脇とシモの「三つの毛」なんていう話になったりして。
「羊と鋼の森」
原作は宮下奈津。オレも読んだけれど、ピアノの調律師の青年の成長物語という、実に地味な話なのだ。そんな地味な話ほど似合うのが宮下奈津という作家なのだが、それを果たして映画なんかにして大丈夫なのか、と思ったのである。
ところがこの映画、実に素晴らしい完成度となった。品があり、美しく、丁寧で、とても静かな映画なのである。何もドラマチックな出来事は起こらないし、ロマンス要素さえ皆無である。そんな静かな映画が、とてつもなく美しい。
舞台は旭川。雪が積もって一面真っ白な旭川の大地を、調律師の運転する真っ赤な軽自動車が走っていく、その対比の美しさよ。時々インサートされる、主人公の青年が育った実家の森が実に深く、青く、静謐。四季折々のそんな旭川の自然を見ているだけで十分に心打たれるのだ。
つくりかたもとても丁寧で、予算を考えればカットされるだろう葬式のシーンと結婚式のシーンも、実に丁寧につくってある。結婚式なんて、サブ人物の話で、ただ結婚しましたという言葉だけですむはずなのになあ。
葬式も同様で、あえて作らなくてもいいのに、深い森の中の野辺送りのシーンを、実に美しく描いている。
カメラも見事で、静謐な場面ではきっちりと水平をとり、人物を中央に配して、心落ち着く絵を作っている。
とまあ、こんな具合にオレは絶賛なのよ。ただ、何も事件も起きなければ物語が発展することもない。映画的に、それはどうなのかと言われれば、嫌う人は嫌うだろうなあ。実際、Amazonの評でも絶賛と罵倒がきれいに二分されている。面白いものだ。
「スプリング、ハズ、カム」
落語家がお父さんを演じ、アイドルがその娘を演じて、この親子が二人で広島から上京し、東京で一人暮らしを始める娘のためにアパートを探すという物語だ。
母親は娘を産んだ翌日に亡くなってしまったので、ずっと父と娘の二人暮らし。父はこれから広島で一人暮らしとなり、娘はそんな父を思いやりながら新しい生活に胸を膨らませる。
この映画も、そんなわけだから、何も事件やドラマは起きない。不動産屋を訪ねてアパートを下見して、ここに決めた、というそれだけの話である。そんな地味な話なのに、様々な人が様々な思いをそこに載せることができる。
場所は祖師ヶ谷大蔵。見つけた部屋は畑の中のボロアパート。父と娘、二人の今までの暮らしを想像しながら、これからの二人の暮らしを思う。
見ながらオレも、自分が父親と部屋探しをした18歳の春を思い出した。
小品ながらとても心の落ち着くいい映画。Amazonの評で1人が☆四つ、あとは全員☆五つというのにはちょっと驚いたが、いい映画っていうのはいいもんだなあとしみじみ。
父親役は、柳家喬太郎でさすがのしゃべり。ちょっとしたモノローグがぐいぐい人を惹きつける。娘役は、E−girlsの石井杏奈。ガールズステップでのイモ演技しか記憶になかったが、この作品ではびっくりするほどいい味を出していて、静かな振る舞いの中に父親への精一杯の思いを表現している。こんなに可愛い子だっけ、とびっくり。
最後、よろけるお父さんにおんぶしてもらって、背中を叩くシーンは、ちょっと泣いたわ。
2020.04.30
家族で晩飯を食べながら「三匹のおっさん」を観てもりあがっていた我が家にとっては、志賀廣太郎が亡くなったというのはとても寂しいニュースだ。
しばらく見ないなあ、どうしたのかなあと思ったら、脳血栓で倒れてリハビリ中という情報があって、なんとか復帰して欲しいものだと応援していたのだが、かなわなかったようだ。残念だ。
「スマホを落としただけなのに」
きっと2時間ドラマ並みだろうと思ったら、それ以下の出来だった。ひどい映画だなあ。北川景子の顔だけを眺めていればいい映画だった。
2020.04.29
「記憶にございません」
実は三谷幸喜ってあんまり面白くないんじゃないか。
確かに「ラヂオの時間」は面白かった。最高だった。腹を抱えて笑ったし、今でも繰り返して観ている。三谷幸喜は、この初監督作品を超えられていないのではないか。
新作は政治ドラマだ。告知映像がなかなかよくて、中井貴一が絶叫するシーンなどしびれた。それでずいぶんと期待して観たのだが、完全に外れだったわ〜。
中井貴一に佐藤浩市、吉田羊、斉藤由貴、草刈正雄(朝ドラと演技が完全に一緒!)となかなかの芸達者をそろえたキャストは大いに見所で、その切れ味は素晴らしかったわ。だが、それにおんぶに抱っこ。俳優以外、見るところのない映画だった。劇場で観ようかと思っていたのだが、行かなくて正解だったよ。
冒頭、記憶喪失になった中井貴一が徘徊するシーンがあって、あれえ、なんか見たことのある場所だなと思ったら、新宿御苑のオレの事務所の隣じゃん。さすがにオレの事務所のあったビルは映っていなかったが、その3軒隣のクリニックや、一度だけ行った喫茶店が映っていた。あのクリニックには風邪をひいたときにいったが、待合室にいた髪の長い姉ちゃんが名前を呼ばれて「うぃす」と男の低い声で返事をしたときはびびったわ。さすが新宿一丁目。
でも、懐かしい街角だなあ。ついこないだのように記憶が走るけれど、あれはもう25年前。Wi-Fiもスマホも光ケーブルもなく、クリニックでさえ待合室で煙草が吸えていた頃だった。懐かしいなあ。
2020.04.28
地元のドラッグストアへ缶チューハイを買いに行ったら、レジ横でマスクが売られていた。7枚入り、350円ぐらい。国産のごく普通のヤツ。
「お一人様一箱でお願いします」の但し書きはあったが、普通に売られていて、客も別に群がることなく、ウチはあるから今日は買わなくていいや、という感じで横目で見るだけだった。
オレも、我が家の分は足りてるし、必要とする家の人が買えるように、と思って手を出さなかった。
その前に東武練馬の商店街へ晩ご飯用のとんかつを買いに行った(すごく旨い揚げ物屋の店がある)んだけど、ここでは50枚入り3000円の、おそらく中国製マスクが、売られていた。高い。高いが、別に並ばずに買えるわけだ。
こんな具合にちょっとずつだが、マスクが買えるようになり、次は消毒液が買えるようになっていくんだろう。今もちょっと高いがAmazonの翌日配達で普通に買えるし。
それにしても9月入学の話が一気に盛り上がって、やっぱり今は関東大震災どころか明治維新なみの転換点なんだと実感する。学事年度を変えるなんて開国以来のできごとなんだものな。これだけの思い切ったことは、どさくさ紛れでなければとてもできっこないから、今はまさに千載一遇、これを逃したら次の100年を待たなければならないくらいのチャンスだろう。
確かにいろんなところが大混乱し、教育現場や行政はえらい仕事量になり、森山直太朗も頭を抱えるに違いない。それでも国民の誰もが不都合や負担を抱えながらもそれをぐっと飲み干し、この令和維新をやり遂げることになるだろう。
それに、いったん流れができたら一気呵成、脇目も振らずに一目散という国民性から、これは学事年度変更バブルを引き起こす。全国津々浦々の教室にエアコンが必要になるだろうし、参考書や問題集の類いは全部再編集するだろうし、森山直太朗は新しい歌を作らなければならない。けっこうなバブルで、コロナで傷ついた経済を立て直すきっかけになるんじゃないかな。
そしてこの変革に直面した学生たちと既に卒業した古い人間とは、9月世代・4月世代という具合に分かれて、新旧の断層が生まれる。これはなかなか興味深いな。
この夏が終わると新しい時代が始まるというのは、単純にすごくワクワクする。オレはけっこう楽しみだ。
「逆ソクラテス」伊坂幸太郎・集英社Kindle。
作家生活20年の伊坂幸太郎の新刊。節目の作品にふさわしく、なんとAmazonのレビューで全員が★5つだ。これはすごいわ。小学生を主人公にした5つの短編で構成された作品集で、一読、今までの伊坂幸太郎の作品とかなり違うなあという感じ。なんというか、伊坂作品の持ち味は、徹底した言葉遊びや意表を突く回収など、そう来たか、という驚きの快感だった。この作品は、そうした“けれん”は極力抑えた、実に“読ませる”内容となっている。味わい深いとさえ言っていい。伊坂作品で“味わい深い”なんていうのは、ちょっと意外だが。例えば一作目の表題作は、いじめだとか先生対生徒の関係だとかをテーマにした作品で、「僕は、そうは、思わない」という一言が実に重い響きを持って迫る。それは感動的でさえある。★5つも納得だ。オレが伊坂幸太郎で一番好きな作品は「僕の舟」という短編だが、それに近い味わいがある。心の深いところがとても心地よくなるような、そんな物語なのだ。繰り返すが主人公は小学生。その小学生を取り巻くクラスメートや先生や家族が描かれる。小学生の子どもを持つオザキは必読。小学生の子どもがいなくても、教育関係者でなくても、オススメだよ。
2020.04.27
オレが7年間勤めたポンコツ会社を退職してフリーになったのは昭和天皇が亡くなる前の年、つまり昭和63年だった。
1人で仕事をするようになって最初に思ったのは、余計な電話を取らなくていい、余計な電話を取ったためにやるはめになった余計な仕事をしなくていい、余計なミーティングをしなくていい、部下や後輩に教えたり質問に答えたりしなくていいといったことだった。つまりまったく無駄がなくて、すべての時間を自分のために使えるということが嬉しかった。
結果、以前ならば1日かかっていた仕事を半日で終えられるようになり、以前の倍の仕事をしても以前より早く帰れるようになった。ヒャッハーだったな。
今、テレワークが広がって、多くの人がそういうヒャッハーを実感しているのかもしれない。そして、会社なんて無駄なことばっかりやったんや、と気づいたことだろう。
ヒャッハーの先輩として言うならば、まったくその通りでございます、ということだ。いる仕事といらない仕事がはっきりと分かって、コロナ後は、けっこう合理化が進みそうだ。
「感染列島」
タイトルが気になって観た新型インフルエンザをテーマにした映画であるが、細かなところは別として、大まかなところはびっくりするほどコロナ禍を予言している。強い感染力で急速に広がり、特に院内感染が起きてから医療崩壊するところは現実にそっくり。やがてインフラが崩壊し、社会がアナーキーな状態に突入するというところまで描いていて、ほほうと感心。
ところが直後、「ワクチンが開発されて日本は無事に危機を脱しました、めでたしめでたし」というテロップが流れて映画はおしまい。ちょ、ちょっと待てや、こら。
けっかくリアルにいい感じで話が広がったというのに、これで終わりかよ。ちゃんと回収しろよ。
主役の妻夫木聡は、何を演じても妻夫木聡といういつもの調子。ヒロインが金麦のおばさん。壇なんとかという人。この二人の恋愛エピソードはまったく余計だったな。
現場で活躍する医者の役として佐藤浩市が出てきて、おお、と思ったらあっさり感染して死んでしまった。あれ、もったいないなと思ったら、エンドロールで友情出演ということがわかって、なんだ、ノーギャラだったのね。でも、もったいない。佐藤浩市の無駄遣いだったなあ。
「今度は愛妻家」
薬師丸ひろ子が観たかった。
ちょい悪オヤジがよく似合う、というか、それしかできない豊川悦司に振り回される奥さん役が薬師丸ひろ子。とてもかわいらしく、いじらしい、おばさんを演じている。なかなかよかった。
いや、ひろ子は、よかったのよ。しかし、作品自体はダメダメじゃん。何の説得力もリアリティもなくて、ひたすら退屈だった。濱田岳が、別の男の子どもを妊娠したヤンキー女に向かって「結婚しよう、オレが幸せにする」とか言っちゃって、もううんざり。こういうとことん情けない男を演じると、濱田岳はいい味を出すね。
「私がクマにキレた理由」
若い頃のスカーレット・ヨハンソンを観たかったのよ。
それで大学を卒業して就職に失敗し、セレブな家庭でナニー(子守)として働くことになったという想定の、この映画を観たのよ。いやあ、面白かった。小品ではあるのだが、きっちりとした演出とシナリオで十分に楽しめた。傘に乗って舞い上がるメアリー・ポピンズ風の演出は楽しく、公園でカメラがひっくり返って画像も天地が逆になるカメラワークなんて、ちょっと驚いたぞ。
でも一番驚いたのは、スカーレット・ヨハンソンのお相手。悪ガキのいたずらに手を焼くヨハンソンは、ズボンをズリ下げられ、可愛いおパンツが丸出しになってしまった。なかなかのサービスカットだ。そんなところに偶然出会ってしまったのが、なんとクリス・エヴァンス。そう、アベンジャーズのキャプテン・アメリカなのだ!
その瞬間、スカーレット・ヨハンソンのおパンツに目を奪われていたオレは、あれれれれ、これって、キャプテンじゃねえの? と目を丸くしたのだった。
つまり、アベンジャーズで悪と闘って大活躍するキャプテン・アメリカとブラック・ウィドウが、実は何年も前にこうしてニューヨークのマンションのエレベーターホールで出会い、そしてデートし、チューをしてしまうという、なんとも感動的な物語が隠されていたのだった。いやあ、興奮したなあ。ヨハンソンのおパンツにも興奮したが。
物語は、想定できる中でのストーリーであったが、超格差社会のアメリカの病巣というものが実に興味深かった。セレブたちは子育てをナニーに任せっきりで、そのナニーはヒスパニックとかアジアとか、要は移民の底辺ばかり。ヨハンソンも北欧系ではあるが。
そして、セレブのマダムたちはナニーをまったく信用しておらず、どうせ盗みを働くだろうと決めつけて、家の中に隠しカメラを仕込んでいる。それをナニー・カメラと呼ぶらしく、そんなエピソードにもアメリカの病巣が伺える。
なお、原題は「The Nanny Diaries」で、邦題が実にひどいと話題になったらしい。確かにひでえな、こりゃ。
2020.04.26
今日の東京コロナカレンダー。
3/09 **0 **3 **6 **2 **2 *10 **3 計**26
3/16 **0 *12 **9 **7 *11 **7 **2 計**48
3/23 *16 *17 *41 *47 *40 *63 *68 計*292
3/30 *13 *78 *66 *97 *89 116 143 計*602
4/06 *83 *79 144 178 188 197 166 計1035
4/13 *91 161 127 149 201 181 107 計1017
4/20 102 123 132 134 161 103 *72 計*827
明らかに収束傾向にある。もしやピークアウトしたか? ちょろいな。
東京に雨が降ると、その5、6日後に感染者が減るという指摘がネットにあった。
どれどれ。
4月20日が雨だったから6日後の26日、つまり今日が72人。おお、減ってる。
18日も雨だったから6日後の24日は、なんだ、増えてるじゃん。ちっ。
13日の6日後、つまり19日は107人で、おお、大幅に減った日じゃん。
その前は4月1日が雨だったから、6日後の4月7日は79人で、おっ、ちょっと減ってるな。
東京に春の雪が降って誰もが「なごり雪」を口ずさんだのが3月29日だったが、6日後の4月4日は116人で、げっ、二桁から三桁に一気に増えた日じゃん。
うーん、天気とコロナは関係あるようなないようなだなあ。
ということをカレンダー見て指を折りながら数えていたら、息子に「多いのは院内感染だから天気なんて関係ないじゃん」と指摘されておしまい。くそう、BCGに匹敵する大発見だと思ったのだがなあ。
それはともかく、コロナ太りがきつい。
3月から一気に仕事がなくなって(毎年の季節的な要因もあるのだが)出歩く機会が減り、4月に入ってからは緊急事態宣言もあってまったく外に出なくなった。4月は3回しか電車に乗っていない。
どこの家庭も同じではあるが、おかげで我が家はずっと巣ごもり。一日一度は家族全員で近所を散歩するなど、体を動かすことを心がけているものの、次第におっくうにもなって、とにかく歩かない。運動しない。それでいてちゃんと3度の食事はするのだから(さすがに少量ではあるが)、太る太る。そりゃあ太る。
これがコロナ太りだ。
これでいくと、なんでもかんでもコロナを頭に付ければいいな。
外出自粛のストレスから夫婦仲が悪くなったら、コロナ離婚。収入が絶たれて切羽詰まって強盗に押し入ったらコロナ盗。来年の1月、2月に生まれる子どもはきっとコロナベイビーと呼ばれちゃうだろう。
プロレスでは新しい必殺技として、コロナ固めにコロナ投げ。突如乱入した覆面の悪役はコロナマスクと自称するも、それは普通だろと勘違いされて消えてしまう。
なんてヒマすぎて、バカなことしか頭に浮かばないな。困ったものだ。
散歩と言えば、道を走るランナーが増えている。はあはあ、ぜいぜい、息を荒らげてすれ違う姿には、ちょっと警戒してしまう。特に公園ではランナー急増、はあはあぜいぜいも急増で、トラブルになっているようだ。
地元の石神井公園では通路が狭いこともあってランナーと散歩者がいがみ合い、光が丘公園ではランナーを襲撃してやるという物騒な警告まで出る始末である。うーん、コロナのストレスで心がすさんでいるのかなあ。コロナ事案とでも呼ぶか。
2020.04.25
「YESTERDAY」
もしビートルズのいない世界で自分だけがビートルズを知っていたら、という設定のパラレルワールドものの映画だ。こういうのって誰でも一度は想像するよね。オレだったらビートルズじゃなくて、筒美京平と阿久悠のいない世界が嬉しいな。そこで大ヒット飛ばしまくって、ウハウハの生活を送るのだ。バカみたいだな。
そんな具合にバカみたいな話なんだから、映画も徹底してバカを貫けばよかったのに、変なラブストーリーを入れ込んでしまった分、バランスの悪い映画になってしまった。
売れないミュージシャンが交通事故でパラレルワールドに飛んでしまう。その世界にはビートルズはいない。彼は何気なくYESTERDAYを歌うのだが、それがとんでもない名曲と騒ぎになって、調子に乗り、次から次へとビートルズの曲を自作曲としてリリースする(ちなみにその世界にはコカコーラがないので、彼は「コークをくれ」と言って不審な顔をされる)。ヘイジュードにシーラブズユー、抱きしめたい、ヘルプ、レディマドンナ、ロングアンドワインディングロードなどなど。
これらのビートルズカバーはとてもよかった。こういった曲をどんどん流して、いつかバレちゃってさあ大変、みたいな展開のほうが面白かったのだがなあ。ちょっと残念。
なお、彼は老いたジョン・レノンに会ってしまう。この世界ではジョン・レノンは暗殺されずに普通に老いて、海辺の家で一人暮らしをしている。このジョン・レノンがそっくり! ここはなかなかいいシーンだった。
「Fukushima50」
レンタルで1900円という、逆の意味で破格の価格なのですげえ迷ったが、ええい、と思い切って48時間レンタル。購入してもよかったのに、レンタルしかないというのが悔しい。
前評判通りとてもいい映画だった。新聞記者役のダンカンがいならねえとか、吉岡なんちゃらの演技が相変わらずイモでおまえは何をやっても三丁目の夕陽かよとか、気になるところはあったが、基本的に杏のお父さんと三國連太郎の息子さんというツートップを中心に俳優たちの演技がとても素晴らしく、大変なリアリティを感じながら観ることができた。1機、3機の爆発シーンはすさまじいし、決死隊としてバルブを閉めに突撃する姿は実に感動的。茶の間で家族と一緒に観たのだけれど、何度も涙が流れてきて困ったぞ。
佐野史郎の菅直人は絶品。怒鳴りまくって邪魔ばかりする姿を見て、まさしくこの男が日本を破壊寸前まで導いたと実感する。
原作は二度読んだが、ほぼそれに忠実な内容になっている。映画の中でも言っていたが、なぜ途中で急に原発の暴走が止まって最悪の事態を免れたのか、本当の理由はまだ分かっていないのだ。そこが恐ろしく、かつ、日本はやっぱり神様に救ってもらったのだという気持ちになる。
この映画、必見ですわ。
2020.04.24
25年ほど前だったか、岐阜県の小さな村を一週間かけて取材するという仕事をしたことがある。
すぐ隣は福井県という、本当に山深い小さな村だった。連なる山々は美しく、人々は素朴で、仕事を抜きにしてまたいつかゆっくり来てみたいと思わせる素敵な場所だった。食べるものは決して豪華ではないが、山菜とか、アマゴの煮付けとか、本当に美味で、この村で食べたそばは今もって生涯で一番旨かったと思う。
そんな美しい村の人々にいろんな話を聞くという仕事であった(オレは東京から一人、クルマで行った。若かったんだなあ)が、村にはちゃんとした宿泊施設がないというので、泊まりは岐阜駅前のビジネスホテルになった。別に民宿でもなんでもかまわないし、むしろその方が村の人々の暮らしぶりが分かって嬉しいのだがとは言ったのだけれど、霞ヶ関のそれなりの仕事ということで、地元としては粗末な宿に泊めるわけにはいかないと思ったらしかった。
東京からやってきたよそ者に夜まで村の中をうろうろされたら息苦しくてかなわん、という思いもあったに違い。
そんなわけで、オレたち取材チームは、朝、岐阜駅前のホテルを出発すると1時間半かけて山道を登って村へ行き、仕事が終わったら、夕方、1時間半かけて山道を下って岐阜駅前に戻るという日々を送ったのである。
その帰り道、日の落ちた山道を走っていると、街灯などない真っ暗なカーブに、突如、しゃがみ込んでいる数人の若者グループが現れたりして、ちょっと驚いた。翌朝、何なんですか、あれは、と村の人に聞くと「どこへも遊びに行くところがないから、若い連中はああやって集まって時間を潰すしかないんです」とのことだった。
なるほど、確かにオレたちから見れば美しくて素朴な山村ではあるが、若者にとっては、コンビニもまともにない、高齢化の進むつまらない村だったのだろう。
そして、そんな閉塞感は、その素朴な山村だけでなく、ホテルのあった県都をも覆っていたのだ。金曜の夜、食事に出たオレたちは、岐阜駅前の喧噪に驚く。前時代の遺物かよというようなシャコタン(死語)が大音量で集まってブイブイ言わせ(仕事)、若者たちがその周囲にたむろしていたのだ。見ていたら、ベロベロに酔っ払って半分意識をなくしたような女の子が車の中に引きずり込まれていったりしている。
なんだ、岐阜は、とんでもないところだな。オレたちは目をむいて仰天したのだった。
岐阜でとんでもなく残虐で胸くその悪い事件が起こって、その報を聞いたとき、オレの頭に甦ったのはあの駅前の無法地帯だった。犯人の私立大生たちは、あの中で傍若無人に振る舞っていたような連中と同じなのだろう。いや、地元の人でさえ「ああ、あの大学ね」と鼻で笑うようなFランだったらしいから、閉塞感に覆われた集団の中でも、さらに閉塞された日々を送っていたのかもしれない。
もしかしたらこれは岐阜だけではなくて、日本中、どこでもあるようなことなのかもしれない。やりきれないというか、うんざりした気分になる。
こういう気分の時は、重い映画は観たくない。
若くて可愛い顔をした女の子が、脳天気に笑ったりする映画がいい。そう思ってAmazonプライムで見始めたのが「キスできる餃子」という映画だった。90分くらいの短さもちょうどいいし。
主演は足立梨花。やった、可愛い顔の女の子だ。この子が、バツイチのシングルマザーかつ北関東ヤンキーで、離婚の慰謝料を取りっぱぐれたことから、宇都宮の実家の餃子屋に帰って後を継ぐという話である。
実家はとっくに餃子屋を廃業しており、足立梨花は一人でその再開を目指すというストーリーだ。バカバカしい。バカバカしくていいですねえ。可愛い顔の女の子が頑張っちゃうんだから。
その餃子屋に新聞を配達しているのがイケメンで、足立梨花は恋に落ちる。ところがこのイケメン新聞配達は、実は人気絶頂の若手のプロゴルファー(石川遼想定)だったのだ!
いくら何でもバカバカしすぎる。バカも休み休み言え。
結局60分くらいで観るのをやめたのだった。
宇都宮の餃子がとても旨そうで、ビール飲みながらたらふく餃子を食いたくなった。
それにしてもサッカーのない日常は味気ない。
ケーブルテレビで昔の代表戦(加茂監督時代のクロアチアとの親善試合とか、ザック時代のウズベキスタンとのアジア予選とか)を放送しているので観ているのだが、それはそれでもちろん面白いものの、アルビレックスのゲームがないという喪失感はとても埋まらないなあ。
くっそう、今年こそアルビレックスは暗黒時代を抜け出て大躍進し、見事にJ1復帰を決めたはずだったのに。
だが、仕方ない。選手たちも辛いのだ。オレたちサポーターも耐えようじゃないか。
そしてそんな選手たちが「立ち上がれ新潟!」というメッセージを送ってくれた。
チームが攻められてピンチの時に、選手の背中を押すために歌うチャントがこの「立ち上がれ新潟!」だ。動画では、選手たちがサポーターに向けて「立ち上がれ」とメッセージを送ってくれたのだ。
よほどのサッカーファンでも、この中で知っているのは田中達也ぐらいだろう。だがアルビレックスのサポーターはもちろんすべての選手を知っているし、その彼らが下手くそに歌ってメッセージを送ってくれたことに、感動している。観ながらオレは、うるっときたぜ。
サッカーのない日常はとても乾いていて味気ないが、選手たちはオレたちのことを忘れていないと分かった。よし、乗り越えるのだ、オレたちも。
でも、乗り越えるのはいいけれど、せっかくのゴールデンウィークだというのに、練習を見に行くこともできないのよねえ〜。
今日は、息子の誕生日である。19歳になった。
19年前に所沢市内の産院で初めて抱き上げたとき、まさかこの子がオレを東大に連れて行ってくれるようになるなんて、とても想像できなかった。そんな感謝を込めて、でも、何もできないから、自宅ですき焼きを食べながら乾杯だ。
本当ならお祝いにちょっと遠出して、アウエーでアルビレックスのゲームを観たかったのになあ。
2020.04.23
湿気が高いとウイルスには水分が付着して重くなり、地面に落ちる。それを雨が洗い流す。だから梅雨が来ればコロナは収まるという説。
4度の気温では14日間生きるウイルスも、37度では2日間しか生きていられない。だから酷暑の夏が来れば、日本ではコロナは収まるという説。
そのため今年の夏はクーラーを使わずに頑張りましょうという説に、その分、熱中症が増えて医療崩壊するという説。
いろんな説があってどれが本当かわからないが、とにかく明るい説を信じたくなるのは正常性バイアス的に当然だわな。
それにしてもこのコロナは血栓を作るようだというニューヨークの報告は恐ろしい。そのため足先が紫になったりするという兆候も見られるそうだ。体中に血栓ができて、心疾患や脳梗塞を引き起こすと考えれば、急に容態が悪化するのも理解できるし、チューリッヒ大学の「患者の全身の血管の内皮にウイルス粒子がびっしり付着していた」というおぞましいレポートも、ふんふんなるほどと納得できる。いや、ふんふんじゃねえよ、おい。これってもはや生物兵器だろ。
医療が崩壊寸前で、経済も崩壊寸前。介護も崩壊寸前。それからスーパーの買い物も崩壊寸前で、オレは仕事が崩壊寸前。学校も崩壊寸前で観光も崩壊寸前。
いろんなものが崩壊してきたなあ。テレビ局も崩壊寸前でもうすぐ金融機関も崩壊。
などと、毎日情報に振り回されていて、本当にぐったりだ。ちっともいい話がない。本当なら今頃、息子は早朝から夕方まで大学でテンション高く過ごしていて、娘は部活で毎晩遅くなり、オレはゴールデンウィークの予定がちっとも立てられないじゃないかと怒っていただろう。そんな当たり前の日常が、いつ戻るのか。
なーんて考えていると気分が暗くなるし、まったくもってヒマなので映画を観る。AmazonVideoだ。
「あやしい彼女」。
73歳のばばあが20歳に若返ってドタバタするというSFコメディ。とにかく主役の多部未華子が絶品。演技も素晴らしいが、何よりも歌が最高だ。「悲しくてやりきれない」「見上げてごらん夜空の星を」などを吹き替えなしで歌ってくれているのだが、素晴らしい歌唱なのだ。もうそれだけで十分な映画。というより、それ以外はまったくどうでもいい出来の映画で、“多部未華子の無駄遣い”という評が何よりも正鵠を射ている。韓国映画のリメイクということで、登場人物の立ち振る舞いなどもいちいちアレなのにうんざり。
「九月の恋と出会うまで」。
こちらもSFチックに、タイムスリップもの。未来の恋人が救いに来てくれる、という話だ。これはSFパート以外の恋愛部分のパートがよかった。実によかった。高橋一生と川口春奈が恋人役。全体的に映像が美しく、例えば急な坂道を二人でゆっくり降りていくシーンとか、冒頭の川口春奈がアパートの玄関から中庭へ出てくるまでのカメラが俯瞰に移動しつつのワンカットとか、ほほうとうなる美しさだ。この映像を楽しむ映画だと思う。ソンはしない。ぼさぼさヘアーだったはずが次の瞬間にきれいに整えられているところとか、ところどころ突っ込みどころはあったが。あ、そうそう、アパートの管理人役がミッキー・カーチスなのだが、例によって明らかにカンペを棒読みしているのがおかしかった。
本当は「Fukushima50」を観たいのだが1900円もするのでやめた。劇場料金と変わらないし。いい映画のようだが、コロナとぶつかってしまったのが気の毒だ。
2020.04.22
オレはよくむせる。
ご飯粒が変なとこに入っちゃったといってはゲホホホホと咳き込み、お茶が気管支にといってはケロケロケロと咳き込んでいる。
もしや、これは喉に悪いできものでもあるのではないか、
そう心配したオレは3年前、開業したての耳鼻咽喉科で検査してもらったのだった。相手の医師は中国人だった。もちろん中国人でもなんの問題はなく、その場ですぐに内視鏡を使って診察してくれ、丁寧に説明してくれた。
彼によれば、要するにオレは喉が太っているらしい。は? 喉がデブ?
喉が太いから飲み込みが邪魔されて、それでよくむせるというのだ。はあ、そうですか。「だから薬は出せません」と医者は言うのであった。そりゃそうだろ。
幸いにして病気ではなかったというのは一安心だが、するとこの状況はずっと変わらないわけで、オレも最後は誤嚥が原因の肺炎で死んでしまうのだろう。とほほほ、である。
なお、「要するにオレは喉が太っているらしい」と書いたが、さて、この文章の主語は何でしょう。「オレ」なのか「喉」なのか。正解は、この文章に主語はない、である。有名な問題ですね。
さて、よくむせても、それは喉が太っているためで特に心配は不要なのだが、このご時世ではそうも暢気にしていられなくなった。電車で「ケホン」とちょっとでも咳をしただけでもじろっとにらまれ、人が離れていくご時世である。
うっかりペットボトルのお茶でむせちゃって、「ゲホホホホ、ゲホッ」と言おうものなら、袋だたきに遭いかねない。そんなわけで、オレは咳き込みそうになったら、とにかく次の咳で降りて、ホームの人気のないところまで我慢して、やっと咳き込む、ということにしている。面倒だが仕方ない。いえ、私は喉が太っていまして、なんて言っても誰も聞いてくれないし、この場合の主語は何でしょうと付け加えても、うるせえ、とっとと降りろ、と叩き出されるのが関の山だからである。
それでも最近は電車に乗らなくなったので一安心。ここ2週間まったく乗っていない。
ところが代わりに問題となったのが、スーパーである。
スーパーで買い物中、もし咳でもしようものなら、客のおばちゃんどころか、警備員が駆けつけてきかねない。地元でその騒ぎはちょっと簡便である。そこでオレは、買い物中に咳が出そうになったら、ヨメを置いていったん外に出て、物陰でひっそりと咳をするようにしている。思い切り怪しいが、まあ、仕方なかろう。文句があるなら、太った喉に言えってんだ。
そんなわけで、今日は地元のスーパーにも買い物に行かず、例によっておとなしく家で過ごす。何もしていないので書くことは何もないのだ。
2020.04.21
報告 月 火 水 木 金 土 日
3/02 **0 **1 **4 **8 **6 **6 **0 計**25
3/09 **0 **3 **6 **2 **2 *10 **3 計**26
3/16 **0 *12 **9 **7 *11 **7 **2 計**48
3/23 *16 *17 *41 *47 *40 *63 *68 計*292
3/30 *13 *78 *66 *97 *89 116 143 計*602
4/06 *83 *79 144 178 188 197 166 計1035
4/13 *91 161 127 149 201 181 107 計1017
4/20 102 123 *** *** *** *** ***
これは、時々みているネットの掲示板に毎日載っている表である。とてもわかりやすい。考えたヤツは天才じゃねえかと思う。
これを見ると東京では3月末から4月で急に患者が増えたことが分かる。ということは、3月半ばに感染して人が多いというわけだ。春分の日の三連休のちょっと前には、感染した人急に増えたことになる。うーむ。
これからは毎日100人が感染して90人が退院し、10人が重症化して、1週間に一人が亡くなるというような、そんな感じでコロナとつきあっていくことになるのではないか。その間、オレたちは、体調がおかしいと思ったら地元のクリニックに駆け込んでアビガンを処方してもらい、家で2週間、じっとおとなしく寝ているわけだ。
これがオレの考えるシナリオその2。
その1は、昨日も書いたように、実は既に感染して治っていて、気がつかないうちに抗体を獲得しちゃっているというケース。これが一番ありがたいケースだな。
とにかく経済をなんとかしなくては。
医療崩壊を何とかぎりぎりで食い止め、その一方でじわじわと経済を回復させるのだ。そうでなきゃ、あーた、経済やばいっすよ。先日もオレたち親子の愛するアルビレックス新潟の社長が、このままいくと9月には完全にキャッシュが底をつく、と表明した。父さんである。いや、倒産である。
恐ろしいことだ、アルビレックスが倒産するなんて。
この、サッカーのない日々のなんと味気ないことよ。それでもネットを通じて選手たちがじっと耐え忍びながらトレーニングしている姿に、よし、オレたちも耐え忍ぶのだ、と言い聞かせることができる。それがもしチームが倒産なんてことになったら、オレたちは何にすがって生きたらいいのだ。
いや、アルビレックスだけではない。いろんな商売が危うい。
実家の弟によれば、オレの地元の老舗寿司屋がピンチだそうだ。従業員を解雇し、それでもやっていけるかどうか。高齢化、人口減少が続く地方の小都市で老舗の看板を頼りに営業している寿司屋なんていうのは、確かに脆い。だが、万が一倒産なんてことになったら、あの老舗でもダメなのか、という衝撃が地域に広がるから、ここは金融機関がなんとしても支えてほしいものだ。でも今はその地方銀行自体がボロボロだしなあ。
書いていて、なんだか辛くなってきた。明るい話題はないか。ないなあ。
そういや北朝鮮の大将が重篤というニュースが一瞬駆け巡ったが、あれはなんだったんだ。誰もが、なぜ今、と思った報せだった。なぜこんなときにややこしいことをするんだ。かまってちゃんも度が過ぎる。注目して欲しくて体を張ったのだろうが、今はやめとけ、と。
あと、今日は原油の価格がマイナスというニュースも飛び込んできた。意味が分からない。えーと、これはガソリンを入れるとお金をもらえるということなのでしょうか。どうもそうらしい。コロナで経済がストップ→石油が売れない→備蓄基地が満タン→産出した油を入れておく場所がない→でもどんどん油は噴き出てくる→わー、あふれちゃうよー、お金あげるから誰か引き取って〜、ということらしい。
北朝鮮も原油も、平時なら今年の十大ニュースの上位に来るようなできごとだろう。それが一日のうちにしれっと報じられるんだから、いかに今が異常時なのか、ということが実感できる。やっぱり戦時状態なのか、今は。
息子は今日も部屋にこもってオンライン授業である。さすが東大。ありがたいことだ。
娘とヨメを連れ、オレは駅前のコーヒー店までコーヒーを買いに行く。電話して、豆を焙煎して挽いてもらっておいたのだ。のんびり散歩して約1時間。娘も息子も、穏やかに現状を受けて入れてくれているのが助かる。
家族それぞれに小さなストレスを抱えつつも、声を荒らげて言い合うようなことも皆無で、おかげで我が家は平穏だ。
ゴールデンウィークはもちろん引き続き自宅でじっとして過ごす。
本来ならば、息子の合格を祈願した勉強の神様に、お礼参りに行く予定だった。雪深い山奥の小さな神社であるが、かつてオレも大学合格を祈願した稲荷神社である。墓参りの報告も兼ねて楽しみにしていたのだが、当然中止。仕方あるまい。
そうこうしているうちに、実にもったいないことに春も半分が過ぎて、あと1ヵ月もすれば梅雨である。鬱陶しさに拍車がかかるのか、あるいは夏の陽光を前に薄日が差してくるのか。まったくどういう年なんだ。
2020.04.20
カリフォルニアで抗体検査を行ったら、予想よりはるかに高い罹患率が判明したというニュースは、ちょっと気になった。
抗体検査を行うと、既にウイルスに感染していたかどうかがわかる。つまりとっくにコロナにかかっちゃっていたのに発症せず、本人も気がつかないうちに治っていた、というケースだ。
カリフォルニアの抗体検査の結果では、実にPCR検査で陽性が判明した人の50倍から80倍の人がとっくに感染して治っていたことがわかったというのである。
実際のところ、すべての地域でそうなのかという問題は置いて、この数字からだとコロナの致死率は0.1%程度ということになるらしい。
なんだ、普通のインフルじゃん、というわけだ。
日本でのインフルエンザの致死率は高齢者で0.3%、若年層で0.01%。ならしたら0.1%程度らしい。インフルエンザと違ってコロナが怖いのは、容態が急激に悪化することと、将来へどんな悪影響が残るかが不明なことか。
手洗い、マスク、うがいが有効なのはインフルエンザもコロナも変わらないから、インフルエンザ程度に衛生に気をつけておけば、もしかしたらコロナと人類はうまく同居できるのかもしれない。
いや、なんとなく不思議な感覚はあったのよ。
たぶん仕事を休めず今も電車に乗って出勤を続けている中には、「オレはコロナにかかっていても不思議じゃない」と思っている人が多いと思うのよ。オレ自身も、どこかの時点でコロナと接触していないってことはあり得ないなあと肌感覚で思っていたのよ。そうでありながら発症していない。感染はしているのに発症していない。知らないうちに感染して、知らないうちに治っていたとしても不思議じゃない。
そんな感覚を裏付けてくれるような感じがある。このカリフォルニアの報道は。
まあ、早く経済活動に舵を切りたがっているアメリカのことだから、このニュースも果たしてどこまで、とは思うが、ちょっと心に留めておきたい。
今日はもう一つ、仰天の学説。おならがウイルスを拡大させているという主張だ。
ぶっ放したのは、オーストラリアの医者。コロナは屁によって拡散されている、なぜなら屁の噴出力は強大だからだ、とのことだ。その証拠として医者は、日本の絵巻物「屁合戦絵巻」を上げて、おならは江戸時代には武器として使用されていた、とえばるのである。
いや、ちょっと待って、屁合戦て、あーた。
確かにその絵巻は傍証として掲げられているが、どう見てもこれはギャグマンガとして描かれたものだろう。馬に乗った武士が敵にケツを向けてガス噴射。敵は、うぎゃーっともだえている。いや、これはこち亀レベルのギャグマンガだから、そんなに胸を張って主張されても。
この医者は、結局、屁をしてはいけない、と言いたいのだろうか。
この主張に対して中国では、ズボンをはかないで大量のおならをしてはいけません、と話しているというから、だからなんなんだよという話である。
ああ、いかんいかん。オレの頭までおかしくなりそうだ。
というわけで、仕事もまったくなくてヒマだから、今日は「超音速漂流」を読んだ。そうである、先日オザキに薦める本として紹介した一冊だ。以前読んだのは1980年代前半だったんじゃないかなあ。もちろんもう手元にないのでAmazonで注文しようと思ったら、新刊は絶版のようだ。そこでAmazonから古本で購入。51円。安っ。
いやあ、久しぶりにページをめくるのももどかしく、ハラハラしながらの読書体験だった。これぞ冒険小説。いいやつと悪いやつがはっきり別れているのもいいし、いいやつがちゃんと勝つのもいい。
航空機ものである。
亞宇宙空間というとんでもなく高いところを飛ぶ旅客機が、極秘の軍事作戦のミスによって撃墜されてしまった。ロシアを想定した仮想の敵機を狙ったつもりが、民間機を撃っちゃったわけだから、どえらい失敗だ。場合によってはホワイトハウスもひっくり返るから、さあ大変。
一方の撃たれた旅客機はいい迷惑。弾頭を積んでないミサイルだったため爆発は免れたが、左から右へとミサイルが貫通し、胴体に大きな穴が空いてしまったのである。当然その穴から人やモノが機外に放り出され、空気も流れ出して減圧し、機内はほぼ宇宙空間。乗客も乗員も頭脳をやられてしまって、ゾンビ状態だ。
そんな中、たまたまトイレにこもっていて助かった乗客が、なんと都合のよいことに小型機のパイロット免許を持っていたものだから、こいつがジャンボジェットを操るという展開だ。おいおい、そんな大きな穴の空いた飛行機がちゃんと飛ぶのかよとか、乗客がそんなに簡単にゾンビになっちゃうのかよとか、細かなことはどうでもいいのだ。
さて、ミサイル誤射という失敗をやっちまった軍は、あろうことか失敗をごまかすにはもう一発撃って飛行機を沈めてしまえ、と考える。さらに保険会社と航空会社も、保険金の支払いと責任逃れのために、いっそ飛行機を沈めてしまえと考える。そして原因不明の爆発で太平洋上で消えてしまいましたと言えば、誰も損はしない。これぞ大人の解決策。
だが、撃たれた方としてはたまったもんじゃないわけで、なんとかジャンボジェットを無事にサンフランシスコ空港まで無事に操縦しようとする素人パイロットと、それを撃ち落とそうとする軍や保険会社との息詰まる戦いが繰り広げられるのであった。
こう書くだけで、もうハラハラするだろう。500ページ一気読みの冒険小説だ。何か面白い本が読みたいなあと思ったら、オススメだな。
なお、オレが1980年に読んだときは著者トマス・ブロックだったが、どうやら本当はネルソン・デミルとの共作だったらしく、今回手にしたのは両者の共著による改訂新装版ということになっている。そのせいか、以前読んだときの記憶以上に細かな書き込みがなされ、精緻な描写になったという印象だ。
この両者による共著はこれ一冊のみ。けっこうなヒット作になったというのに共作が続かず、2作目以降はそれぞれがそれぞれの著書を刊行していることを考えると、なにかトラブルがあったのだろうな。惜しいことである。
それにしてもタイトル「超音速漂流」は失敗。いかにも安っぽいSFみたいなタイトルだ。原作は「MAYDAY」なんだから、そのまま「メイデイ」でよかったのにな。
あの頃の文春文庫は、スティーヴン・キングをはじめ、海外のミステリーを意欲的に翻訳して文庫本でガンガン投入してくれたっけ。その中での掘り出し物的な傑作だった。
2020.04.19
中野江古田病院がコロナで爆発して、すぐ近くの病院も爆発。と思ったら、昨日になって光が丘の病院が院内感染でロックアウトだ。なるほど、これは大江戸線がヤバいということですな。
その光が丘は、今日の陽気の良さに誘われて、公園やショッピングセンターはたいへんな人出だったらしい。
もともとあそこは人口密度がハンパないし、まるで中国のような土地柄で、どの店も常に混んでいるから、公園が家族連れで大賑わいというのも、あるだろうなあという感じ。中にはテントを張って日光浴している家族もいるらしい。
この公園は、ロックアウトの総合病院と隣接しているから、壁一つ隔てた隣では医療関係者が壮絶な闘いをしているというのに、こちらは家族連れで芝生の上も満杯という状態。なんだこりゃ。
と、いつものように上から目線で言うオレ様であるが、確かに今日はとても気持ちのいい陽気で、年に数日しかないような快適さだったから、娘とヨメの3人で近所を散歩だ。息子は、新しいクラスの仲間とオンラインでホームルームである。
近所のちょっとした公園のベンチに座り、風を受ける。とても心地よい風だ。
一年で一番気持ちのいい季節だもんなあ。
2020.04.18
ケンドー・ナガサキが亡くなったと書いたが、その勢いでつい「GSpirit」と「逆接のプロレス」の追悼号を買ってしまった。
「G Spirit」はとてもよくできた雑誌で、ちゃんとした大人がちゃんとお金を払って読む大人のためにつくっている雑誌である。以前は毎号買っていて、今回、久しぶりに手に取った。
例えばピール・アグアヨの特集記事とか、マイティ井上と高杉正彦の対談記事とか、いったい誰が読むんだろう。昭和の全日本女子プロレスの覆面の研究なんて、ものすごい労力のかかる割には誰も振り向きもしない記事を真面目に掲載している。
そのナガサキ追悼記事は、グレート小鹿と鶴見五郎のインタビューで構成されていた。写真が、いや、懐かしい懐かしい。
一方の「逆接のプロレス」でもグレート小鹿に同じテーマでインタビューしているのだが、言っている内容が両誌で違うのはどういうことだ。けっこう笑える。
もっとも「G Spirit」で一番面白かったのは、星野勘太郎の生前のインタビュー記事だ。あるトークショーでの話をもとに再構成したもので、実に興味深かった。特に「関西の牙」というトーナメントの話にはとても驚いた。これは力道山が当時の若手で誰が一番強いかを決めさせろと命令して行われたもので、正真正銘のシート、完全にガチの大会だったそうだ。
そして決勝戦が星野勘太郎対上田馬之助で、結果は3分50秒片逆腕固めで上田馬之助の優勝。若手同士の対戦でこんな短時間に決まってしまうということ自体、ガチの証拠だ。
星野は、その後、道場のスパーリングで上田に勝ったと主張しているが、上田は道場でも負けなかったと主張していたらしい。こういうエピソートにはしびれるなあ。
マイティ井上と高杉正彦の対談は国際プロレス同士ということで、当然のことながらグレート草津の悪口に終始する。とにかくグレート草津というヤツはしょうがないヤツだったそうで、特に酒癖は最悪。自分の結婚式で飲んで大暴れして新婦を泣かせたり、選手は敬遠して誰も近づかなかったり、食道がんで余命3ヵ月と宣告されても朝8時から飲み続けて結局1年半生きたり。
国際プロレスのテレビ中継の旗揚げでルー・テーズと一騎打ちして、バックドロップであっさり負けてしまって大恥かいたのがケチのつき始めだったわけだが、実はあれはヒロ・マツダがテーズの相手をする予定だったというのは、初めて知った。
テーズと言えば、同じ号の「G Spirit」で藤原喜明がカール・ゴッチのエピソードを開かしている。ゴッチは「前田がバカなのは、背が高くて空気の薄いところに頭があり、十分に酸素を取り込めないからだ。だから前田はバカなのだ」と笑っていたそうだ。しょうもなさすぎる。
こんな具合に昭和のプロレスラーっていうのはとことんバカバカしい。
先日、オレの本棚に並ぶプロレス本のタイトルを書いたが、実は当然これだけにとどらまらず、山のようにプロレス本がある。そのどれもがいつ読み返しても抱腹絶倒。例えばブロンドアウトローズ時代の後藤達俊はスキンヘッドに眉を剃り落としてヒールに変身したわけだが、そのままの格好で彼女の家に行き「娘さんを嫁にください」と挨拶したらお母さんが卒倒したとか、公園を歩いていたら子どもに「海坊主がいる」と指さされたとか。銀座のクラブで酔っ払って、ホステスにバックドロップを決めて失神させたというエピソードも大好きだなあ。
新日本とUWFが巡業中に親睦会の飲み会をやったら大乱闘になってしまって、旅館を一軒破壊してしまったという有名なエピソードがある。その大乱闘の最中、猪木はほうきとちりとりを持って大広間のゲロを片付けていたそうだが、旅館に飾ってあった模造刀を片手にした後藤達俊が「てめえ、猪木、このやろー」と襲いかかったところ、「なんだ、この小僧」とにらまれてごすごと引き下がったというエピソードも大好きだ。
このように後藤達俊は酒癖が悪くて、包丁を持ってライガーに襲いかかり、ライガーが「切れるもんな切ってみろ」とぶち切れたら、本当に腕をすーっと切ってしまったというとんでもない男。「血がぴゅーっと飛んだ」そうだ。
こういうネタならいくらでも出てくるなあ。読むものがないときは、プロレス本をひっくり返せば、いくらでも時間は潰れる。
たぶんオレは昭和から平成にかけてのプロレスラーたちが大好きなんだろう。吉村道明、豊登から橋本真也あたりまでだな。要は金曜8時の新日本プロレスとUWF、そして四天王時代の全日本プロレス。
このあたりのプロレスラーの馬鹿馬鹿しさ、トンパチぶりが大好きなのだ。そうか、これがもしかしたらオレの趣味なのかもな。昭和のプロレスラーどもが。深く納得。
もちろんいつもいつもプロレスの本ばかり読んでいるわけではない。今日はやっと宮部みゆき「おまえさん」を読み終えた。これで「ぼんくらシリーズ」3作、読破である。つーか、二度目だな、読むのは。
とにかく長かった、「おまえさん」は。上下各600ページに文字がぎっしり。集中力が続かなくて長い物語を読めなくなっているオレには、なんとも果てしない読書の旅だった。
ボリュームだけではない。とにかく登場人物が多くて、しかもその相関関係が実に複雑にからみ合っていて、さすがに宮部みゆきは上手に書き分けているものの、それでも、えーとこいつとこいつはどういう関係だったんだっけ、とページが止まることもしばしば。
さらにこの膨大な登場人物が入り乱れるのに加えて、章ごとに視点が変わる。もちろんそれは珍しいことではなくて、例えば同じ作者の「模倣犯」では、一つの事件を犯人と被害者の両方から描くことで事件の表情をまったく違うものに仕立て上げてみせるというわざを見せてくれているし、カットバック自体は宮部みゆきが新人時代によく真似たというスティーヴン・キングも得意にしている。だが「おまえさん」では、それがいろんな登場人物の目線で、実にしばしば入れ替わる。
結局、この長尺の物語の主人公は一体誰だったんだろう。
それでもぐいぐいと引き込まれていったのは、物語の展開そのものに加えて、キャラクターたちがあまりに魅力的でああり、さらにその登場人物たちが醸し出す江戸の人々の温かさだとか、ぼんやりぶりだとかが、心地よいからだ。全体に漂うユーモアもとても気持ちいい。
このシリーズは「ぼんくら」「日暮らし」「おまえさん」の3部作で打ち止めのようだが、ぜひ続けて書いて欲しいものだ。三河屋なんちゃらよりずっと面白い。
2020.04.17
「グローバル化といいながら、クルーズ船はどこにも入れてもらえず、ふらふらと漂ってただけじゃんね」というようなことが書いてあったのは、数日前の日経新聞だったか。確かに思えばあれはアフターコロナ時代を暗示する光景だった。
この世紀の厄災を論じる様々なコメントを読んでいると、これからの時代の潮流は大きく3つに集約されるように思われる。
1つが、グローバリズムからナショナリズムへの移行だ。どこにも受け入れてもらえなかったクルーズ船が漂流を続けたように、あるいはようやく下船した乗客がとっとと本国へ送還されたように、どの国も自国第一に舵を切った。そりゃ当然だわな。だって戦争なんだもの。
ここ30年はグローバル化を錦の御旗に世界は突っ走ってきたが(それはグローバル化という名のWASP化でもあったのだが)、トランプの登場による自国第一主義の台頭によってその揺り戻しが起き、コロナがそれに拍車をかけた状況だ。
2つめが、そうした新たなナショナリズム時代にはどこが覇権を握るかということで、これは明らかに中国の動きがキーを握る。コロナが終息したときに中国が発生源(ひょっとしたら製造源)としての責任を取るかというと絶対に取るわけはないから、アメリカ主導の欧米が中国を責めたてるのに対して中国がどんな振る舞いを見せるかはまったく予想ができない。
ただ、サプライチェーンで中国の占める割合の重さを考えれば、自国内だけでサプライチェーを構築できる国は世界の中でも中国だけだから、やっぱりその存在感、発言力は圧倒的だろう。だからオレは、アフターコロナ時代の覇権は中国が握ると考える。
かつての無学で貧乏な使用人だった中国はもはやどこにも存在せず、今や世界有数の金持ち父さんになった隣国。日本は米国の庇護にありつつも中国の属国としての振る舞いも求められるようになるんじゃないかね。仕方ないね。これからは中国父さんに食べさせてもらおう。
3つめが、教会から政党へ、政党から経済へと移っていった統治権力が、これからはテクノロジーに移っていくという見方だ。もちろん90年代からITの時代は始まっていたわけだが、これからはゲノムとAIが人類を支える。この点でも覇者としての中国の力は大きい。
などということを最近の新聞や雑誌やネットを見ながらまとめてみたわけである。オレの覚え書きね。
そんな中で心震えた発言が二つ。
一つがサッカー協会の田嶋会長だ。会長さん、コロナにかかっちゃったけど、無事に快癒して退院できた。まずは慶賀の至りである。周囲が思っているほど重くはなかったようで、医療関係者の辛苦に心を痛める発言をしている。
その中であったのが「命さえあれば後でいくらでも立て直しはできる」という言葉。「過去は変えられないが未来は努力で変えられる」と呼びかけた藤井貴彦アナウンサーの言葉にも通じる想いだ。サッカーもオリンピックも音楽も祭りも飲み会も学校も、今のオレたちはすべて失ってしまったけれど、命さえあればいくらでも立て直しができる。今はとにかく命を守ろうじゃないか。
もう一つの発言が、大阪の知事の「政治家は使い捨てでいい」という発言だ。なかなか腹の据わった発言で、ほほうと思ったわ。この兄ちゃんと北海道の鈴木直道の2人は、間違いなく中央に出てくるだろうな。頼もしい限りだ。
同年代の小泉ぼっちゃんが育休だセクシーだと惚けて底が割れてしまったのとは対照的である。後の世代にこういう人材が出てくると、嬉しくなるよね。
2020.04.16
「オフライン飲み会しませんか」と取引先から連絡が来た。ネットのミーティングシステム使ってしゃべりながら互いの自宅で飲もう、というやつである。
バカいいなさんな、と思ったわけよ。オザキが「家族の前ではとても口にできないような下品なことを大声でしゃべるから飲み会は楽しいのであって、家で飲みながらネットで集まっても面白くもなんともない」と言うとおり、オフライン飲み会なんてつまらないに決まっているからな。
だが、相手はオザキではなく、取引先である。お客さまである。お世話になりますなのだ。だからむげに断ることはできない。しかもオフィスからの参加なので「若い子も同席させますから」とのことである。仕方ない。
風呂に入り、晩ご飯を食べて、既に酔っ払った状態で約束の夜8時に、Zoomにアクセスする。
Zoomには背景を自由に変えられる機能がついている。自宅からのオンラインミーティングで室内をのぞかれないようにするためだ。そりゃあ女子なんかは部長に部屋を見られるのはイヤだよな。
オレだってイヤだ。何しろオレの背中には書棚があって、そこに並んでいる本を見られたら「ライターのくせになんだよこの本棚は」と思われるに決まっているからな。「真説長州力」「悪役道」「プロレス狂の詩」「流血の魔術師」「僕らの愛した橋本真也」「キラー・カーン自伝」「真説佐山サトル」「1976年のアントニオ猪木」「プロレス取調室」「元新日本」と、プロレス本ばかりが幅を利かせているからだ。
そんな本棚を見られたくなくて、Zoomの設定で、背景を千と千尋の神隠しの魔物の出る街角にした。
先方が画面に出る。「なんですか、そりゃ」。後ろで女子が「あ、千と千尋」と言うのが聞こえる。先方は「では私も」と背景を変えてきた。高級ホテルのミーティングルームの壁だ。しまった、差が出た。
オレはストロングゼロの缶を飲みながらである。
先方は、アルコール3度の小さい缶だ。そうだった、このおっさん、完全に下戸なんだった。そのため1時間のオフライン飲み会をかけてやっと1缶350mlを飲みきり、そしてベロベロである。だははは〜、よわっ。
結局1時間かけて仕事のアイデアを話し合い、新しい仕事が一つ決まった。なるほど、オフライン飲み会とは、家族の前ではとても口にできない下品な話でなくても成立するのだな。要は相手次第ということだ。わははは。
通話を終える前に、「では、用意したきれいどころをご覧ください」と部下の女子たちをずらりと並べて見せてくれた。おお〜、みんなマスクじゃねえかよ〜。
そんなふうにオンライン飲み会で盛り上がっていたオレに飛び込んできたのが、ケンドー・ナガサキが今年の1月に亡くなっていたということだ。
千葉県の自宅で1人で亡くなっていたのを発見されたそうで、うわあ、孤独死だったのかよ。死因不明とのことだが、2016年から心臓にペースメーカーを入れていたそうだから、それが原因だったか。
まったくプロレスラーの晩年は、不幸な人が多いなあ。でも、ケンドー・ナガサキは少ないながらも年金をもらいながら釣りを楽しんで暮らしていたようで「年金をかけてくれた馬場さんに感謝している」と語っていたそうだ。それなりに穏やかな晩年だったとしたら、よかった。
いつでも誰でもフルボッコ。そんなケンドー・ナガサキがオレは大好きだったなあ。
印象に残っているのは、前田日明とのテレビマッチである。当時UWFを引き連れて「史上最大の道場破り」(古舘伊知郎)として新日本プロレスのリングにUターンした前田日明は、売り出し真っ最中。一方のケンドー・ナガサキはベテランのショーマン。顔に派手なペイントをして竹刀を振り回して反則負けになるようなギミックレスラーという位置づけだった。セミファイナル一つ前ぐらいのシングルマッチに登場した前田日明は、そんなケンドー・ナガサキのことを完全に見下して馬鹿にした態度だった。
だが、ゴングが鳴って最初に組み合って投げられた瞬間、前田の表情がさーっと変わったのがテレビに大映しにされたのである。その驚きの顔は「なんだ、このおっさん!」と語っていた。
後のインタビューで前田は「桜田さん(ケンドー・ナガサキの本名)は十分強いんだから、あんな格好で闘わなくてもいいのに」と語っていた。
そのケンドー・ナガサキが「あの人はめちゃくちゃ強かった」と評していたのが上田馬之助だった。ケンドー・ナガサキも、上田馬之助も、体一つで生き抜いてきたギミックレスラーの強さは半端じゃないからなあ。ガチの、喧嘩の強さだ。
エピソードは多い。しびれるエピソードばかりだ。
アメリカで闘っていたとき、拳銃を持った相手にも平気で素手で向かっていったなんていうのは序の口。
30人の暴走族に囲まれた時は、たった1人で750のバイクを一台一台ゆっくりと破壊していったそうで、その様子はまるで映画のようだったそうだ。高速道路で自動車が炎上しているのを見たときはダッシュで救出に向かったが、乗っていた女の人がナガサキの風貌におびえてロックしてしまったため、仕方なくドアを破壊して救出したという。
リングで乱闘になると、他のレスラーは自然とナガサキを避けるように闘っていた。あの人だけは怒らせたらガチでやばい、と言われていたのである。
プエルトリコではブルーザー・ブロディがリングで仕掛けてきたから仕返ししてやったら、ガチの大変な試合になってしまって、プロモーターが大激怒。ブロディとガチになったのだからすごい。一方で、下手くそだけどエース扱いされているしょっぱいレスラーを1時間引っ張って試合してやる、ということもちゃんとできた。職人だよなあ。だから、ガチを仕掛けながらアドリブの応酬で試合を組み立てることのできたアントニオ猪木との試合は「面白かった」そうだ。
父親が網走刑務所の職員で、流氷に乗ったトドを仕留めて食っていたような少年時代だったから、熊並みの強さに育ったという。ほんとかよ、おい。
ケンドー・ナガサキが逝ってしまって、また一人、昭和の名物レスラーが亡くなった。寂しい限りだ。あの風貌も含めて、大好きだったなあ。
なお、オレの背後の本棚には「クマと闘ったヒト」というミスター・ヒトの対談集がある。なんてレアすぎる本なんだと自分でも思うが、これが抱腹絶倒の本で、今ちらっと読み返したら、例えば川田利明は他人の悪口ばっかりで、朝起きた瞬間に「馬場さんの奥さんが入れたコーヒーはまずい」と言うような男だった、なんてことばかり書いてある。ちょっと読み始めたあまりの面白さに止まらなくなってしまったので、今日の日記はこれでおしまい。
ナガサキよ、永遠に!
2020.04.15
基本的に何もしていない。息子と一緒にドラクエをやっているか、読書をしているか、酒を飲んでいるかだ。
ドラクエは、最新の11と昔のVを並行してやっている。11を見ると、グラフィックにびっくりするが、「プレステはこんなもんじゃない」と息子は言うので、頭の古いオレが驚いているだけのようだ。グラフィックはすごいし、音楽はとても美しい。だが、ストーリーはつまらん。はっきり言って、退屈である。
その点、やっぱりVはすごいわ。昔のドットの見える絵なのだが、ストーリーが面白くて、これぞRPGという面白さ。既にクリアーしてしまって、今は裏世界の最終ボスを倒すためにレベルアップの日々である。
読書は、宮部みゆきの「ぼんくら」シリーズの最終巻、「おまえさん」を読んでいる。とても長い話だ。長すぎて、おまけに登場人物がやたらと多いから、ついていくのが大変。登場人物はどれも魅力的ではあるものの、数が多すぎて、それでも宮部みゆきの書き分けはギリギリのところで成立している。
酒については、先日も書いたように、日中は決して仕事場では飲まないようにしている。今は晩ご飯の食卓で飲み始めている。最後に外で飲んだのは3月21日に、駅前のはなの舞のはずだ。以来3週間、ずっと家飲み、これはオレの人生で初めてのことではないか。
もうすっかり家飲みが落ち着いちゃって、別に居酒屋なんて行かなくてもいいと思うようになった。なにしろ安くて楽ちんだもん。酔っ払ったらすぐに寝られる。
ネットの「コロナのおかげで、なくても生きていけると思ったもの」というまとめサイトでは「スポーツ」「芸能界」「プロ野球」などがあがっていたが、真っ先に出たのは「居酒屋」という意見だった。オレのように、なんだ、家で飲めばよかったんだ、と気づいた人はけっこう多いだろうから、こりゃあ、アフターコロナの時代も、居酒屋には逆風が吹くかも。
こんな時こそ、普段できないことをやろうと誰でも思うだろう。オレもそう思って、仕事場の押し入れを片付けたりした。
ところが、音楽制作もやっておこうと思ったのに、不思議なことにどうにもその気にならない。やっぱり基本的に気分が沈んでいるから、そういう楽しいことはやる気にならないのだろうな。
それに、朝から息子や娘がつまらなそうにしているのを見ると、少しでも一緒にいてやろうという思いになって、同じようにごろごろしたり、ゲームをしたりしている。本来なら、息子は始まったばかりの学生生活に夢中で家に落ち着くことなどほとんどなく、娘も部活の中心部員として毎日遅くまで学校で汗を流していただろうから、こんなふうに朝から晩まで一緒に過ごせるなんて、神様からの贈り物だと思うようにしている。
毎日、15分だけと決めて家の周りを家族で散歩しているが、畑を眺めながら歩くぼけっとした時間も、後になって大切な思い出に変わるのだろう。
夕べは、夜中に目が覚めたら、息子と娘が2人で向き合い、ダイニングのテーブルできょうだいトークをしていた。何をしゃべっていたかは知らないが、これもきっと後で思い出す、素晴らしい時間のはず。
2020.04.14
スマホ片手に寝転がってニュースサイトやまとめサイトを眺めていると、30分や40分はあっという間だ。面白い。サクサク読める。バカバカしいなあ、あはは、などと笑っているうちにいつの間にか電車が目的地に着いていたりする。
そして、ふと思う。この30分か40分、オレは活字を読んだことになるのだろうか。ならないだろうな。
ネットを見ていると、見たい情報だけ無意識に選んで見ているということを意識する。興味がないタイトル、嫌いな政党名の出ているタイトルなどはすぐに飛ばしてしまい、そんなタイトルのあったことすら覚えていない。無自覚に自分に都合のいい情報だけを選んでいるわけだ。
これはよくない。
だからやっぱり新聞は毎朝ちゃんと目を通さなくてはならないし、テレビのニュースも観なくてはならない。新聞は社会を概観できるから、今世の中で何が起きていて何が問題なのかがわかるし、テレビのニュースは興味のない情報でも勝手に飛び込んでくるから、たとえはボケッと観ていたとしても何らかの痕跡は心に残っているはずだ。この感覚はけっこう大事じゃないかなと思っている。
哲学者の東浩紀が日経新聞で「ネット空間は自分に似た考え方の者ばかりが集まり、創造的な行為に欠かせない異質な存在や意見を排除しがちだ」と指摘しているのを読んで、そうそう、そういうことなのよ、とオレは膝をポンと叩く。この哲学者は「1つのテクノロジーに依存しすぎると、そのプラットフォーマーに安易に操作されることになりかねない」との鋭い意見も述べており、いや、まったくその通りでごぜえます、とオレは深く首肯する。
オレのパソコンも息子のパソコンもヨメのパソコンも娘のパソコンも、オレのスマホも息子のスマホもヨメのスマホも娘のiPhoneも、ごろごろとリビングルームに転がっているiPadも、テレビに接続しているファイヤスティックも、とにかくあらゆる端末がWi-Fiに接続されている我が家では、たった1本の光ケーブルが嵐や大雪や倒木やモンスター攻撃のイオナズンなどで切断してしまったその瞬間に、すべての情報が遮断されてしまう。もちろん実際はLTEで通信はできるわけだが、言いたいのはたった1本の細いケーブルにすべてを委ねるような我が家の有り様は、プラットフォーマーに安易に操作されかねないリスクをはらんだ社会によく似ているということだ。
こうした感覚はオレだけではないようで、数週間前には作家の篠田節子が「書店で本を選べなくなった」と自分自身に愕然としていた。
以前は大きな書店に足を運んでは面白そうな本を手に取ってペラペラとめくり、買っていた。先日、久しぶりに書店に出かけてペラペラとやってみたら、なんと文字が頭に入ってこなくて、本を選べなくなっている自分に驚いた。
篠田節子はだいたいそのようなことを書いていたのである。その理由として挙げていたのが、やはりスマホ。調子よく区切られた短文ばかりをスマホで読むのに頭が慣れっこになってしまい、ずっしりした重量感のある長編小説を読めなくなってしまっている、というわけだ。
これも、よくわかるなあ。
企業のホームページ掲載用の原稿を書くときは、オレも短いセンテンスを意識している。場合によっては、きっかり140字で一つのこと、と決めて書くことさえある。Twitterより長い文章は、読まれなくなっているという自覚からだ。そうやって書かれた文章は、オレが書いたにもかかわらず、だいたいがけっこう読みやすい。やっぱり文章は短いのに限るねえ。
30代の頃、ミステリーを読みふけっていて、特に新本格派と呼ばれる作家たちが好きだった。新本格派に入るかどうかはわからないが、京極夏彦なんかは特に大好きで、2作目の「魍魎の匣」という作品は、とんでもないボリュームの長編にもかかわらず、むさぼるように読んだものだった。
先日、久しぶりに読み返したくなって、というか、今でもオレに読めるだろうかという興味かから、書棚の中をひっくり返して「魍魎の匣」の初版を引っ張り出してきた。あの頃はやった新書版サイズのミステリーである。
ボリュームは680ページ以上。上下2段組で、文字がキッシリ埋まっている。面白いのは、どのページを開いても、最後が必ず「。」で終わっていることだ。つまり文章が絶対にページをまたいでいない。だからどうしたと言われればそれまでの、グラフィックデザイナー上がりの作者らしいこだわりなのだった。
弁当箱とか枕とか笑われたこの巨大ボリュームの新書版を手に久しぶりにページを開いて、オレは、もうこれは読めないなあとすぐにギブアップである。もうこんなに長い物語は読めない。読む力がない。
それは、年を食って集中力が続かなくなったことに加え、あくまでも読みやすさ優先につづられたネットの短いセンテンスに慣れきってしまったことも無関係ではないだろうなと思う。はあああ、なんとも情けない。
あの頃のオレは、つまりは30代〜40代にかけてのオレは、新宿の紀伊國屋書店に出かけては両手の紙袋に一杯の本を買い込んで帰り、机の上にどっこいしょとそれを積み上げて、日曜日ともなると1日に3、4冊をまとめ読みして悦に入っていたものだった。
「酒と家庭は読書の大敵」と喝破したのは目黒孝二だった。
ルシアン・ネイハムの「シャドー81」はハイジャックものの名作で、日本語版の表紙のカバーがネタバレしているという点でも驚愕のミステリーだったが、オレはこの作品の後半3分の1を渋谷の焼き鳥屋で飲みながら読み終えた。実に面白く、とても途中で本を閉じることなどできなかったのである。そして大興奮で読み終えて、そして翌日にはすっかりその内容を忘れていることに愕然とした。以来、飲み屋で読むのは雑誌かマンガに限るようになった。
ちなみに翻訳ミステリーであの頃好きだったのはデズモンド・バグリー「高い砦」、ジャック・ヒギンズ「鷲は舞い降りた」といったところだった。レイモンド・チャンドラーも好きだったが、競馬シリーズのディック・フランシスはあまり好みではなかったな。
酒に続いて、家庭も大敵だと知ったのは、もちろん結婚してからである。結婚して、すぐに息子が生まれて(今年大学生!)、家庭は読書の大敵というか、読書よりも家庭のほうがよっぽど面白いということを知ってしまったのである。だから結婚してからのオレは、あんまり本を読まなくなってしまった。残念なことである。
20代半ばで、サラリーマンをしていた頃、中途入社の40歳くらいのデザイナーが読書家で、いつも古本屋で買った文庫本を読んでいた。話を聞いたら、年に350冊は読んでいるというので、仰天した。通勤の行き帰りで一冊読んでしまうのだそうだ。そういうチミは、と問われたオレは、当時は年120〜130冊ぐらい読んでいたのでそう答えると「ダメだなあ、チミは。コピーライターならもっと読まなきゃダメだなあ、チミぃ」と説教されてしまった。
だから、家庭が読書の大敵などということは、嘘っぱちなのだと思う。読みたいかどうかだけなのだと思う。
そんなわけで、オザキに「オススメの本を教えろ」とせがまれても、読んでいる本があまりに少ないからとても自信を持って薦めることはできないのだ。コロナのせいであまりにヒマでヘコんでいることを見越して言ってくれたのだろう、オザキは。こういう気づかいのできる、心根の優しい男なのだ。でも、ごめんね、自信を持って薦められる本がない。
それでもほんのわずかな読書体験の中でいささかでも心揺すられた本でよければ、ということならば、例えば北村薫「空飛ぶ午」などはどうだろう。とてもきれいな日本語の、とてもきれいな物語だ。ミステリーなのに、殺人はない。いわゆる日常の謎ジャンルの先駆者的作品である。あるいはオレの大好きなスティーヴン・キングの「スタンド・バイミー」や「グリーンマイル」なんかはとてもとっつきやすい。
そうだ、航空機ものとしてはトマス・ブロック「超音速漂流」もいいぞ。ミサイルがジャンボジェットを直撃してしまって、さあ、大変。空気が薄くなった客室内では乗客の脳が破壊されてゾンビと化し、地上では事故をなかったことにしてしまおうと陰謀が図られるという、まさに息つく暇もないほどバカバカしい超弩級のサスペンス。航空機ものは、最後に結局航空機は安全に着陸しました、めでたしめでたし、というのがお約束だから、そこに至る過程をどうハラハラさせるかにかかっている。その点でも古典的名作だ。って、書いているうちにオレも読み返したくなってきた。というので、今、Amazonでポチってきた。古本で50円である。安っ!
国内の冒険小説では、船戸与一だな。特に「猛き箱舟」は傑作。ハードボイルドだ。うだつのあがらないサラリーマンがアフリカの大地で戦車に乗って暴れるという話。ホラ話はスケールが大きいほど面白いのだ。あとは、原ォ「私が殺した少女」は奇跡の一冊。この一冊で打ち止めにして欲しかったなあ。
これらとは別にオザキは今、榎本憲男「巡査長真行寺弘道」シリーズに手を出したと思うが、これも絶対のオススメ。すごいカタルシスがあるとか、そういう話じゃないのだが、全体のあちらこちらにそこはかとない面白みがにじみ出てくる、実に楽しい警察ものである。あ、警察もので思い出した。横山秀夫は、どれも面白いが、やはり「半落ち」が別格だと思う。
ちなみにオレのオールタイムベストワンは、天藤真「大誘拐」と浅田次郎「壬生義士伝」だ。どちらも、もう何回読み返したかわからない。なお、浅田次郎の新刊「流人道中記」がKindleになったので、早速読もうかと思ったのだが、「壬生義士伝を期待すると後悔する」との評があって、躊躇気味。前作の「大名倒産」がまったく期待外れで途中でぶん投げてしまったからなあ。
あ、とにかく面白い本が読みたいと思ったら奥田英朗がよい。「最悪」は何遍読んでも興奮するぜ。
2020.04.13
フリーになって確か1年目のことだったと思うけれど、在宅ワーカーに取材したら、「つい飲みながら仕事する」って聞いてびっくりしたっけ。
建築士の人だった。自宅で一人で働いているので、ついついビールに手が出るのだという。「あなたもそう?」と聞かれたオレは、苦笑いするだけだった。
オレは酒好きだが、仕事場で飲んだことは記憶にないなあ。ましてや飲みながら仕事をする、なんていうこともない。もちろん飲んでいたら緊急の要件が入って、赤い顔をしながらパソコンに向かったということは何度かある。だけど仕事をしながら昼間っから飲む、なんていうことはちょっと考えられない。
今回のようにリモートでの在宅勤務が増えて、しかも外で飲むのが自粛ということになると、案外、ドランクワーカーが増えるのかも。定時のビデオミーティングが終わったら、あとは飲んでもわかんないもんねー、とか。
2020.04.12
なんと、深く息を吸って10秒我慢して平気だったらコロナじゃないよ、っていうのはデマだったと判明したそうな。うぐぐぐ、いかにも本当そうだったから完璧に信じたし、肺炎だったら深呼吸なんてできないからアリだと思ったんだけどなあ。
ああ、恥ずかしい。みっともない。デマにだまされたオレがバカなのか。オレは振り込め詐欺にだまされる老害になってしまうのか。
他人のことを、情弱だ、田舎もんだ、左翼だと笑っている場合ではなかった。
でも、もう一つの、緑茶を常に飲んで喉を潤せ、というのはアタリだと思うぞ。だって去年のインフルエンザの季節に医者が、伊右衛門を片手にそう説明していたし。緑茶はオレも好きだし。
じゃあ静岡県にはコロナがいないのかよと突っ込まれると少々苦しいものがあるが。
まあ、よい。そんなことより、志村けんの付き人の話だ。
志村けんの付き人は、一度だけ志村けんに激怒されたという。理由は、遅刻だ。一度、ひどい遅刻をしたら深夜のファミレスでこんこんと説教されたそうだが、そのとき言われたのが「すみませんと頭を下げるから、一日をマイナスから始めることに二鳴るんだよ、だからオレは遅刻が嫌いなんだよ」ということだったそうだ。
これを読んで、オレはポンと膝を打ちましたね。そうよそうよ、そうなのよ、けんちゃん、オレと同じだったんだね、と。
オレも絶対に遅刻はしない。フリーになって32年間、取材仕事で遅刻したのは2回しかない。これは完璧にオレのミス。もう1回は、完全に相手の連絡ミス。それなのにミスを認めず、オレのせいにした。こいつは人間として信用ならんと、オレはそれを機に完全に見限ったが。
遅刻すると、当然だけど謝らないといけない。その瞬間に上下関係ができてしまう。そこからスタートするのは、マイナスなのよ、けんちゃん。たとえ約束の時間に遅れたわけではなくても、そこに集合する全員の中で最後ということになると、「すいません、お待たせしました」と言わねばならない。オレはそれもイヤだから、絶対に最初に行くようにしている。
しかも姑息なオレは、オレが最初であることを確認したら近くのカフェなどに入り、様子を見計らって2番目くらいに登場するようにしている。
一度でも遅刻をすると「あの人は時間にルーズだから」と言われてしまうのがフリーランス。逆にいつも一番に到着すると「あの人はヒマすぎる」って馬鹿にされてしまうのもフリーランス。このあたりの案配が難しいのよ。
と書きながら、なんだかオレは自分がバカなんじゃないかと思えてきたけど、まあ、とにかく最後に到着して「すいません」と頭を下げると、マイナスからのスタートになるからイヤなんだ、というのは志村けんと同じだったという話だ。
2020.04.11
初めて大林宣彦の映画を観たのは三軒茶屋の名画座だったと思う。つーか、あの頃のオレは映画と言えばこの名画座で観るのがほとんどで、何の予備知識もなく飛び込んで3本だてに浸るというのが日曜日の過ごし方だった。「風の谷のナウシカ」も「天城越え」もそうして偶然のように出会った映画だった。
最に観た大林映画は「時をかける少女」だったはずだ。
今観ると実にちゃちなSFXであるが、当時もなんだこゃ的な効果だった。だけど映画そのものはとても面白く、主人公の原田知世がラベンダーの香りで気を失い、飛んでいく場面など、なるほど、人が死んで魂が天に昇っていくときというのはこんな感じなのかと感心したっけ。
エンディングカーテンコールは、今でこそありふれた演出だが、当時はけっこう斬新だった。あまりに斬新すぎて封切館では客席から失笑が起きたという。オープニングのスキーのシーンとあわせて、今観ても素晴らしい演出だと思う。
いい映画だ。
その次に観たのが、今でも大好きな「さびしんぼう」である。やっぱり三茶の名画座で観たのだが、これもよかったなあ。とにかく青春時代のみずみずしさにあふれた映画で、例えば尾美としのり扮する小僧さんが、富田靖子扮するJKの乗った自転車を追いかけて下駄履きのまま商店街を疾走し、夕日を浴びたフェリーを港で見送るという胸キュン場面などは大変な名シーンで、オレは32歳になって初めて尾道を旅したときに、まったく同じ道を走って港でたたずんだものだった。
全編に漂うギャグは抱腹絶倒もので、オウムの「たんたんたぬき」などは名画座で腹を抱えて笑ったっけ。
だがなんと言っても素晴らしかったのは、尾道の美しさだった。坂道、港、島。そのすべてが実に美しく、冒頭、尾美としのりの「初めて見るのに懐かしい」とのモノローグがぴったりの風景なのである。本当に美しいところだ、尾道は。
その尾道三部作の一作目「転校生」も三茶の名画座で観たが、こちらはあまり記憶に残っていない。中学生の小林聡美がすっぱりと脱いで見せたという衝撃を覚えているぐらい。
やっぱりオレにとって大林宣彦は「さびしんぼう」だな。
「さびしんぼう」ではショパンの「別れの歌」が実にドラマチックに使われていて、最後に富田靖子がピアノで「別れの歌」を弾いて、目を上げた先にピアノのオルゴールが置いてあったという回収は実に胸の熱くなる演出だった。そして尾美としのりの「おーい、さびしんぼ」との呼びかけて胸キュン映画は美しく閉じるのである。
ところがその後のエンディングでは「別れの歌」にヘンテコな歌詞を載せて富田靖子が歌い上げるというアイドル映画の演出になっていて、当時、オレは腰を抜かしたものだった。この噴飯物の演出は会社からごり押しされたものだったらしく、DVD化されたときは「本当のエンディング」というバージョンを観ることができた。こちらは夕暮れの尾道の風景が流れる、実にメランコリックなものである。富田靖子には悪いが、富田靖子の歌の何倍もいい。
関係ないけど、この当時にアミューズの社員で富田靖子のマネージャーをやってたという男と、後年、仕事で知り合った。なんか面白いエピソードでもあるかと思ったが、特に何もなくて、つまんなかったな。
2020.04.10
医療関係の仕事をすることが多くて、今も某総合病院のホームページリニューアルという仕事が進行中なのだが、院長以下、主立ったドクターへのインタビューを終えたあたりでホームページどころの騒ぎじゃなくなり、いつ再開するかが見えないままの一時中止の状態。オレとしてはいつカネが入るのかの予定も立たない非常に辛い状況なのだが、最前線で体を張っているドクター、ナースを思えば、そんなことは口にできない。とにかく、せめて彼らが働きに見合うだけの報われかたをして欲しいと願うのみだ。
公務員が上司の命令に絶対服従するようにたたき込まれるように、医者は目の前の患者を見過ごすことなどできないようにたたき込まれる。そもそも人の命を救いたいという若い志のもとに進んだ道であるから、患者のためにすべてを尽くすということにためらいはない。
たとえそれがホームレスであっても、ヤクザであっても、「助けてくれ」といわれれば、医者はどんな疲弊していようがベストを尽くそうとし、悪臭を発する体に平気で素手で触り、派手な入れ墨の背中にも平気でメスを入れる。
悩ましいのはそうした患者はまず確実に保険など入っていなくて、自費診療になることだ。当然、そんなカネを払えるはずもなく、結局は取りっぱぐれて、ただ働きになってしまう。それがわかっていても手を尽くそうとするのが医者という職業人の本能なのである。
そうならないように入り口でガードする役目を担う管理部門がいて「そういう患者は受け入れられない」とホームレスを断ったりするものだから、救急車のたらい回しが起こってしまう。さらにはそうした未収金は、サービサーと呼ばれる専門業者や弁護士事務所などに依頼するという仕事も、管理部門の役目だ。
多くの病院は、実は驚くほど経営が厳しい。都心の某有名病院など、倒産してもおかしくない状況だと聞いた。
だから病院はささいな未収金でも回収に必死になるし、ホームページリニューアルにも驚くほど少額の予算しかかけられないから、オレのような末端の“業者”に回ってくるカネは、これまた驚くほど少額である。
こんな状況なのに、保険料は目が回るほど高額で(オレなんて毎月10万円近く!)、病院の待合室は長時間待たされてイライラしている患者であふれ、入院患者は3週間でベッドを追い出される。やはりこの国の医療制度はどこかで間違っているような気がしないでもないが、では正解はと問われても何も返す言葉がなく、やはりオレたちは今のこの医療制度の中で最善を尽くすしかないのだろう。アメリカのような、救急車を呼んだら30万円、インフルエンザの治療をしてもらったら50万円というような国でなかったことに感謝しなくては。
そんな中で文字通り命をかけながら最善を尽くしている医療関係者には頭を下げるほかはない。「人の死に対しては、自分で割り切っているところがある。そうでなければとても受け止められない」と、先日インタビューした医者は教えてくれた。患者の死に対していちいち悲しんでいたら身が持たないというわけである。
また、別の医者は「医者になんか、なるんじゃなかったですよ」という後悔をオレに向かって吐露した。驚くオレに対して医者は「だってどんなに手を尽くしても、目の前で人が死んでいくんですから。こんなにも自分の無力さ加減を思い知らされることってないですよ」と語ってくれた。なるほど、そういうことか。確かに患者が亡くなるたびに己の無力さに打ちのめされていたら、その仕事は続けていられないだろう。そして医者というのは、そんな打ちのめされ方をしながらも、歯を食いしばって立ち上がり、「今後こそは」と、再び目の前の患者の命を救おうとする人間なのだ。
そんなことを思いながら、コロナを巡る様々な情報を咀嚼する。
まず、これはいいと思ったのは毎朝の深呼吸だ。
深く息を吸って10秒間、止める。咳が出たり息切れがしたり、ひどく不快なことがなければ、コロナには感染されていないことになり、安心して一日が始められるわけだ。逆に辛くてとても10秒も息を止めていられないとなったら、すぐに医療機関に相談した方がいい。咳や発熱などの自覚症状が出る頃には、肺の50%はやられてしまっているからだ。
次に、ウイルス退治だ。
今の状況では、完全にウイルスを遮断することは難しいから、ウイルスを吸ったり体についてしまったりということを前提に考えることが必要になる。そこで大切なのが、手を洗う、顔を洗う、メガネを洗うということだが、もう一つ効果的なのが、「お茶を飲む」ということのようだ。
これは以前から街のクリニックなどではインフルエンザシーズンによく見られたことだけれど、医者は患者一人を診察するたび、机の上のペッドトルのお茶を一口飲んでいる。緑茶には殺菌効果があるため、インフルエンザやノロがうつるのを防いでいるのだ。
重要なのは吸い込んでしまったウイルスを気管支から肺に侵入させないことで、そのために喉に滞在している間に水で胃に流し込んでしまえというわけだ。胃に入ってしまえばウイルスは胃酸で死んでしまう。その際は殺菌作用の高い緑茶が一番いいが、コーヒーや水でも十分である。
同じ意味で、外出後の風呂も効果的なようだ。
髪や顔など、全身についたウイルスを流せることに加え、ゆっくりとお湯に浸かることで体温を上げ、免疫力を高めることができる。なかなか大変ではあるが、可能な限り外出後は時間をおかずに風呂に入った方がいい。
気をつけるべき話もある。
ちょっと体調が悪いからといって、解熱剤を服用するのは絶対にやめた方がいいということだ。なぜなら多くの解熱剤や抗炎症薬に含まれているイブプロフェンは、コロナの働きを10倍にすると疑われているからだ。これはフランスの厚生大臣オリヴィエ・ヴェランとが指摘したことで、我が家でも2月頃から一切の市販薬の服用をやめている。ちょっと風邪っぽいな、とりあえずバファリンでも飲んでおくか、ということを厳に謹もうというわけだ。もっとも先月下旬にWHOが「イブプロフェンがコロナを悪化させるということはない」と発表した。うーむ、WHOかよ、信用ならねえな。息子も「今のWHOのいうことはあまり信用しない方がいいだろう」というので、引き続き我が家では市販薬の服用は謹むことにしている。
いい話もある。
今日読んだ「文藝春秋」5月号で足柄上病院の医師が語っていたのは(Kindleだと紙の雑誌より1日早く発売されるのよ。しかも100円安いのよ)、オルベスコという薬のことだ。これはぜんそくの薬で、患者には吸い込んでもらって投与する。医師が言うには、酸素吸入を続けていて起き上がれることのない重症患者に試してみたところ、吸入を始めた2日後には自力で食事ができて窓越しに家族に向けてガッツポーズをしてみせて、10日後には歩いて退院していったのだという。半信半疑で投薬したが、あまりに劇的な回復ぶりに、医者自身が救われたと思ったそうだ。
ちなみにこの医者は例のダイヤモンドなんちゃらというクルーズ船の患者を受け入れた医者だ。
もしこのオルベスコという薬が有効ならば、例のアビガンとあわせて、少し、道が開けたのではないか。
もう一つ、今日のいい話が、島津製作所だ。
ノーベル賞の田中さんの勤める島津製作所では、新たに新型コロナウィルス検出試薬キットを開発して、4月20日に発売すると発表したのだ。評価における陰性・陽性一致率がなんと100%! ええっ、100%? こりゃすげえ。さすが日本、やってくれたぜ。島津製作所ではこれを100検体分22万5000円で販売するという。ということは、1人あたりわずか2250円じゃないか。保険が適用されれば、800円ぐらいでコロナの検査が受けられるというわけだ。
とするとだ、いずれ近い将来、町医者で「先生、屁をしても臭くないんです」「鼻でも詰まってるんだろう」「でも、女房のメシが旨いんです」「えっ、そりゃ大変だ、コロナだ」というようなやりとりがあったとしても、800円で検査してもらって、帰りに受付で「じゃ、アビガン出しておきますからね、お大事になさってくださいね」といわれて終わり、という状況になるかもしれない。
韓国では「検査キットに『独島』と名づけて日本に売ろう」という相変わらずの気違いじみた意見がまじめに交わされているというが、ならばこっちは竹島と名づけて島津のキットを売りつけてやれ、とネットが騒ぎ出している。
まあ、100%といわれても、陰性・陽性一致率が100%というのと、結果が100%わかるというのでは、微妙にニュアンスが違うような気もしないではないが、専門外のオレにはよく分からない。細かいことは置いておいて、すごいことなんだろう。
ともかくいずれ普通のインフルエンザと変わらない程度の扱いになっていくことを、わずかな希望の光として、今から期待している。
2020.04.09
今日も一日巣ごもりで過ごす。こんな生活があと1ヵ月続くわけで、そりゃあうんざりするに決まっているが、幸いなことに我が家の子供たちは穏やで自制的に過ごしてくれているので、ストレスらしいストレスはまったく感じないで済んである。オレが子どもに救われている。
コロナは、とうとう知り合いの知り合いぐらいまでやってきた。じわじわという感じである。イヤなもんだな。
それはともかく、一日家にいて、しかも仕事がほとんどないものだから、日記に書くこともあまりない。書こうとしても、文句だったり蘊蓄だったりと、あまり気持ちいいものにはならない。
今日は経理仕事をちらっとやって、メールをいくつか対応して、あとは連載仕事のネタを探して終わり。こんな時こそ、普段できないことをやろうと考えて、(1)収納の整理(2)音楽制作を予定しているのだが、いい陽気ということもあってぼけっとして過ごしてしまう。本も読みたいなあ。
まあ、時間だけはたっぷりとある。イライラせず、暢気に行こうぜ。
2020.04.08
ここのところ、どうもテレビの調子がよくない。アクオスである。
買い換えてまだ2年くらいなのに、ちょっと早くないか、シャープ。
買い換えるか。ちらっとネットを見たら10万円でもけっこういいのが買える。最近のはAndroidを搭載していて、ファイヤスティックがなくてもAmazonPrimeを観たりできるのね。
だが、ちょっと待て、と息子が言う。今の我が家に、それが必要か、と。
そうである。コロナで大黒柱であるオレの仕事がゼロになり、大学生と高校生を抱えて、週に4日のヨメのアルバイトにすがるしかないという転落家庭である我が家にとって、テレビの買い換えは喫緊の課題であるわけがない。
まずは家族が誰もコロナに感染しないこと。万が一感染しても手厚く看護してすぐに回復できるように準備しておくこと。収入ゼロでも生き延びていくための方策を練ること。息子と娘が学校も行けないのにストレスもため込まず穏やかに暮らしていることに感謝すること。
そういうことを優先すべきであって、テレビの買い換えは決してプライオリティの高いことではない。インドのカースト制度で言えば、アウトオブカーストと言われるダリッドほどではないが、その上のクラス程度の存在であるだろう。
「でも、そもそも私は」とヨメが割り込んでくる。
「最近ほとんどテレビを観ていない」と主張するヨメの言い分はこうだ。日中の多くの時間をバカ旦那と息子がドラクエで占領している。夕方になると、YouTubeにも飽きた娘がチャンネルを独占する。
そもそも好きだったヒルナンデスさえ、観ている途中なのにいつも突然に断りもなく旦那が勝手に6チャンとか8チャンとかに変えてしまう。
私がテレビを観ているのは朝の連続テレビ小説ぐらいだ。
なんと、我が家で最もテレビカーストで下に置いていたのはヨメであったか。
その事実が明らかになった今、テレビの買い換えという選択肢は消えた。
今は調子がおかしくなるたび「再起動すればなおる」という手段でなんとかしのいでいる。このまま突っ走るのだ。
2020.04.07
「緊急事態宣言の発令と同時にキャンセルになります」と言われていた仕事が、まったくその通りにキャンセルになった。
緊急事態なんて関係ねえよと動いていた仕事が、いざ緊急事態宣言が発令されたら、やっぱりビビってキャンセルになった。その方がいいと思いますよ、とメールしておいた。
こうしてオレの次の仕事の予定は4月末だけになり、多分それもキャンセルされるだろうと予想している。要するに4月いっぱい、オレにはもう仕事がない。
もちろん世の中、息をしていないわけではない。頭を低くしてコロナが通り過ぎるのを待っていながら、コロナ後を考えた準備は進んでいるわけで、おそらく徐々にではあるが仕事は回復する。それが連休明けになるか、6月まで待たなければならないか、という話だ。
実際、6月に関しては、予定ではあるが、すでにいくつか大きい話がきている。ありがたいことだ。それまで健康に気をつけて、そして頭がパーにならないようにちゃんと知的活動も行っておくことだ。
そういえば日経新聞がBC・ACといううまい表現をしていた。紀元前・紀元後ではない。ビフォーコロナ・アフターコロナだ。
BCとACでは世界の様相が大きく変わるのではないかという論なのであるが、オレにとってはACもBCと変わらずに仕事ができるかどうかがポイントだ。愚痴ってばかりもいられない。
ところで時々俎上に上げている田舎の情弱おじさんのSNSであるが、おじさんはとうとう「アビガンを政府が推すのは怪しい。安倍首相と富士フイルムの会長がゴルフ仲間だからだ。これは疑ってかかったほうがいい」と言いだした。SNSとはいえ、とんでもないことを広言するものだ。驚くほど幼稚で、呆れるほど無知なんだな。
自身の恥をさらすだけならともかく、医療関係者や医薬関係者に対してどれだけ失礼な放言なのかも自覚していないわけで、信じがたい暴言である。いや、妄言である。さすが山尾志織のことを「筋を通した」と絶賛し、山本太郎を「ぜひ都知事に、そして消費税をゼロに」と言うだけのことはある。
いや、もういいや。やめとこう。口が汚れる。
話は最初に戻って、そんなわけでまったく仕事がなくなって、オレはヒマだ。いや、完全にゼロではない。毎週連載している原稿だけはかろうじて続いているので、今週も一本、仕上げなければならない。さて、ネタは何にしよう。
その連載コラム以外は仕事がないので、交通費の精算とか、そういうのをやりつつ、後は家族とまったりと過ごす。なるほど、こういう時にこそ、まったりという言葉を使うのか。オレは息子と一緒に何時間もドラクエだ。面白いなあ、このゲーム。
あとは、読書だ。読みたい本、読み返したい本が山ほどあるから、なんの気兼ねもせずに、とっぷりと詠むことができる。
それと、ちょっとご無沙汰だったけど、音楽制作もやっておきたい。あれは間が空くとやり方を忘れちゃって後でえらいことになるからなあ。
4月、一年で一番いい陽気だ。時々は太陽も浴びるようにしよう。
2020.04.06
ヒルナンデスはもともと最強番組だった。
在宅ワーカーであるオレは昼飯を家で食う割合が高く、そんなときはだいたいヨメと二人で食卓を挟み、テレビのワイドショーを観ている。
ヨメはヒルナンデス派だ。この番組はいつだってバスに乗って出かけて、首都圏近郊の店へ行ってメシを食ったりケーキを食ったり雑貨を買ったりしている。世界がどんなことになってそれは変わらず、直前のニュースで「不要不急の外出はするな」と言ってるのに、相変わらずロケバスにぎゅうぎゅう詰めになり、「人が集まっての飲食はやめろ」と言ってるのに、タレントが肩寄せ合って店でメシ食って旨い旨いと言っている。
その様子を見てオレは、アホじゃんと言って、6チャンネルに回してうんざりし、続けて8チャンネルに回してうんざりする。仕方なく再び4チャンネルに戻って、芸人たちがバスでぎゅうぎゅう詰めになっている様子を眺めている。
そりゃあ、感染者が出るのも時間の問題だって。
案の定と思ったら、今日はビデオ会議システムで芸人が出演して、ワイプの顔を出していた。
それで伝えている内容が、相変わらずメシが旨いとか、である。とほほほ。もうやめたらいいのに。
だが、コロナコロナで陰鬱な気持ちになっていると、時にこういう脳天気な空気に触れて現実逃避したくなるのも事実である。なるほど、そのためにヒルナンデスがあったのか。
今日のオレは、朝から渋谷で取材仕事だった。電車はガラガラで、渋谷もガラガラであった。
オレの近くでは幸いなことにまだ感染者は出ていないが、知り合いの知り合いの知り合いぐらいには感染者がいるようになった。じわじわと近づいてきている感じがして、あんまりいい気はしない。
取材後はすぐさま手をアルコールで除菌し、家に帰ったら昼間だというのにすぐに風呂に飛び込む。全身を洗って、しっかり体を温めて免疫を上げる作戦だ。これで万一ウイルスをもらっていたとしても、やっつけてしまえ、という作戦である。
風呂から上がって、ヨメが用意してくれていた昼飯を食いながら、ヒルナンデスを観る。
息子が「ぶははは、小峠が日テレまできたのにビルに入れてもらえないでやんの」と指さして笑っている。
今日の取材仕事が終わって、オレは今後2週間まったく仕事がない。さらにその先の仕事も、キャンセルが相次いだ。仕方がない、オレもヒルナンデスを視て現実逃避しよう。
2020.04.05
先日、Ameba TVを観ていて腰を抜かしたのが、自動字幕のすごさだった。
番組のキャスターが話すことをほぼリアルタイムで字幕へと置き換えていくもので、ごくたまーに誤変換はあるものの、基本的にほぼパーフェクトな字幕へと置き換わっていく。固有名詞だってへっちゃらだ。そのスピードと正確さに、オレは仰天した。
「まあ−」とか「あのー」とか「えー」はちゃんとカットされる。放送禁止用語も自動的に別の言葉に置き換えられるらしい。
「AIポン」と呼ばれるこのシステムには、人間は到底太刀打ちできない。
東京国際フォーラムなんかで開催される大きな会議や、大手企業の株主総会なんかになると、発言者の言葉を即座に字幕として表示するサービスは以前からあった。オレも何度か仕事で目にして、なかなかすげえなと驚いたものだった。
人間が行う場合は、タイピングのものすごいプロたちがチームを組んで、10分交替というような感じで行っている。国際会議だと、通訳が日本語に置き換えたものを、続けてタイプするわけだ。
これでもすごいのに「AIポン」しスピードと正確さではるかに人間をしのぐ。って、AIだから当たり前なんだが。
こういうものを目の当たりにすると、もはや文字起こしというプロセスは消滅するのだということがはっりきとわかる。
よくあるのが、何らかのインタビューがあると、一週間ぐらいかけてテープリライターと呼ばれる人たちがその発言を文字に書き起こしてくれ、それを受け取った後にオレが原稿を書くという仕事だ。「AIポン」の子分みたいなのが普及すれば(それは案外早いと思う)、インタビューが終わると同時に文字のデータがオレのところに飛んでくるようになるわけだ。
恐ろしいな。
時々、オレも音源からの文字の書き起こしを頼まれることもあるが、基本的にやりたくないので、かなり高い金額をふっかけている。だいたい諦めてもらえる。「それでもどうしてもやって」という場合は、そういう業者をネットで調べて紹介するか、腹をくくって金のために引き受けることもある。
「AIポン」の時代となれば、そんな無駄なコストがなくなって、その分が原稿に上乗せされるのではないか。って、あるわけないな。
2020.04.04
C.W.ニコルが亡くなったのか。
以前、一度だけインタビューしたことがある。赤坂の事務所だった。見たまんまの、森の住人というキャラクターその通りの人だったな。
インタビューのテーマは、環境保護とか、そういういかにもな話題で特に面白くはなかったが、とにかく話の中にFuckと挟むのには参った。特に田中角栄が大嫌いだったらしく、どんな話題でも最後には「田中Fuckin角栄が悪い」とオチになったのが印象に残っている。
日本に帰化していたんだね。
そんなことを思い出していたら、なんの脈絡もなく、突然あの音楽が聴きたくなった。ドラクエのオープニングである。名曲だよなあ。
そこで息子に、ウチはドラクエができるのかと聞いたら「いろいろできるよ、何がやりたい?」というので、えーと、UかVだなあと答える。
「わかった」と息子がごそごそやって取り出したのは、Wiiだ。どうやら我が家にはWiiとかWiiUとかSwitchとか、いろいろあるらしい。
「お父さんが買ってきたんじゃないかよ」と息子に言われて、思い出す。そうだ、確かに息子が小学校3年生ぐらいのときに買ってきたんだった。
ちょうど子どもにゲームをさせるかどうか、させるとしたら1日30分ぐらいか、などという話題が親と教師の間で出てくる頃だった。オレは、やりたいことはやってしまおうと思ったので、誰に相談することもなく、秋葉原のヨドバシカメラでWiiを買ってたきたんだった。あとになってヨメが「ゲームなんか絶対にダメだと言うかと思っていたから、びっくりした」と話してたが、逆である、絶対にやるに決まっている。
そうである、息子のためではなくてオレがやりたいからゲームを買ってきたのである。だから息子と娘にはこう宣言した。
このゲーム機はお父さんのものである。貸してあげてもいいが、お父さんが返せと言ったら、どんな時でもゲームをやめて返さなくてはならない。なぜならお父さんのだからな。
神妙に聞いてた子供たちは「確かにお父さんのなら返さなきゃ」と納得したのだった。
で、ドラクエはできるのかと聞いたら、「これもお父さんが買ってきたんじゃないか」とDVDを取り出した。おお、そうだっけ。ドラクエのTからVまで一枚に入っているじゃないか。
早速息子にセットしてもらい、ドラクエのVを始めた。懐かしいなあ〜。オープニングの音楽もいいけれど、おれは村の音楽が好きだなあ。いい曲だなあ。
こうして息子とオレは冒険の旅に出た。今やってみても楽しいゲームだ。よくできてるよなあ。夢中になって闘いを始める。コロナ自粛からの現実逃避。
息子と娘とは、お父さんが返せと言ったらゲーム機を返さなくてはならない、という以外に、土日はいくらゲームをやってもいいが平日はやっちゃダメ、というルールを決めた。というか、平日は貸してあげない、と言ってやった。
毎日、宿題が終わったら30分だけ、というゲームが一番よくないと気づいていたので、週末だけにしたのである。毎日ちょっとずつやるというのは、習慣化するということである。つまりは依存するということだ。
宿題の後ということになると、ゲームはご褒美で、宿題はご褒美にあずかるための苦行になってしまう。ゲームと宿題はまったく関係ない。勉強は好きでするもの、ゲームも好きでするものだ。
代わりに土日はいくらゲームをやってもいいということにした。とはいっても、数時間もやればさすがに飽きるし、おーい、イオンへ行かないか〜と誘えば、喜んでゲームを放り出して着いてくるものだ。
そんなことを思い出しながら、久しぶりにドラクエを堪能する。すげえ面白くて、2時間があっという間に過ぎてしまった。
そして、案の定、セーブに失敗してゲームのデータが吹っ飛んでしまい、続けてやろうとしたらまた最初からになってしまった。これもお約束だなあ。
2020.04.03
朝からウクレレを弾きながら
「月曜日はクラスターできて 火曜日はメガクラスターできて 水曜日はパンデミックおきて 木曜日に人類滅亡 コロコロコロコロコロナー コロコロコロ コーローナー」
とか
「よしっ、外出をっ、ガマンガマンガマンガマンガマン〜、飲食をっ、ガマンガマンガマンガマンガマン〜」
とか歌ってたら、ヨメに「人が死んでんねんで。不謹慎やっ」と殴られたオレであるが、テレビのモーニングショーだって「不要不急の外出を控えてください」と言った後にエンディングで「では、今日もいい一日を。行ってらっしゃい!」って明るく送り出しているじゃねえか。
などと言いながらオレが向かったのは銀座である。
勘弁してくれえ、密集密閉密接が怖いよ〜とさんざん抵抗したのだが、許してもらえず、取材仕事が中止にならなかったのである。
地元の駅に子供たちの通っていた塾のポスターが掲出されていた。ダサいデザインのポスターである。顔なじみの先生方がポーズを決めていて、微笑ましい。
卒業生の手書きのコメントが大きく載っている。せっかくなので写真に撮って家族に送ったらば、なんとそのコメントは娘が書いたものだったそうだ。ヨメも知らなかったそうで、父親としての嗅覚が掘り当てたポスターなのだ、と自慢する。
銀座、すっかすか。有楽町線もスッカスカで午前の遅い時間だというのに1つの車両に5人しかいなくて、当然のことながらぽつんぽつんと座っている。これがソーシャルディスタンスだな。そんな地下鉄以上に銀座がすっかすか。
これはちょっと衝撃だったな。ほとんど人が歩いていない銀座。
いつもはごった返している五丁目のユニクロも客が一人もいない。まあ、中国の爆買いで賑わっていた店だったからなあ。それにしてもこんなユニクロ、初めて見たわ。
こんな状況だというのに、今日の取材先は「コロナが追い風で売上130%増ですわ、だはは〜」と左うちわである。
いろんな企業が店を閉め、リモートになり、問い合わせ電話も自動応答になる中、この企業は依然として問い合わせがあれば営業が急行して商談に臨むという体制だから、一人勝ちなのだそうだ。
うーむ、なんという特攻隊営業。お前は日本軍か。
家に帰ってきたら、娘が「お兄ちゃんがクラスの顔合わせしているから静かにしてね」と言う。なんと息子がネットのビデオ会議で、級友たちと初顔合わせしているそうなのだ。
「後ろで、お兄ちゃんズボンはきなよ〜って言ってやろうと思ったら、追い出された」そうで、娘は1階のリビングルームで寝転がってiPadを見ている。
そんなことを聞きながらオレは、まだ午後3時だというのに風呂に直行する。電車に乗って帰ったら必ず風呂に入って全身消毒なのだ。カバンやコート、スマホなどは次亜塩素酸のスプレーを吹きかける。もちろんメガネもしっかり洗う。
風呂に入ってさっぱりして、やれやれ、ビールでも飲んで昼寝するか〜と思うのだが、そんなことをしていてはすぐに身上が潰れる。なにしろ今月は仕事がない。予定がすっからかん。今日も予定していた仕事が一つキャンセルになった。このままでは今月は請求書がまったく発行できなくて、ということは夏にはカネがなくなるわけで、今からしっかり節約しなくてはならない。
政府が現金を支給するといっても、本当に不足するのは夏になってからで、そのときに助けて欲しいのだがなあ。もっとも夏どころか、今月の家賃さえ払えずにいる人たちも大勢いるのだから、まずはその人たちに金を回すことが大切だ。
その意味でも、マスク2枚を小馬鹿にするのは間違っていると思う。そのマスク2枚でも助かるという田舎の老人がたくさんいるのだからね。できることからやるしかないのだ。
それにしても、マスク配布のために増産するのが安倍首相の地元企業だとか、郵送するので売上が伸びる日本郵便の筆頭株主は麻生大臣だとか、よくもまあ、そんな根も葉もないことを真面目な顔で言えるものだなあと呆れる。どんだけ陰謀論が好きなんだ。Twitterはバカ発見機という名言があったが、Facebookも同じだな。田舎の情弱左翼ほど手の施しようのないバカはいない。
ずいぶんと長いことビデオでの顔合わせをやっていた息子がようやく部屋から出てくる。いい時代になったものだ。オレたちの頃だったら、名簿を眺めて終わりだったろうに、今の子たちはZoomを使ったビデオ会議で挨拶し、その後、LINEのグループを作って情報交換だ。うらやましい限りである。
明日もやるのかと聞いたら、明日もあるのだという。もしかしたら後にこの世代はZoom世代とか呼ばれちゃうのかもな。そんなことはないか。
2020.04.02
息子は今日、大学まで学生証を受け取りに行ってきた。
これで予定されている行事はすべて終了。今後のことはまったく未定。
というわけで「これから本格的な籠城生活に突入しま〜す」と宣言する息子なのだった。
娘はとっくに籠城生活である。娘は「おうち大好き」という人間で、普段の土日もまったく外出しないで過ごしている。だからといってこの状況にストレスを感じていないわけではないのだが、辛抱強く時を送っている。
オレも本日は終日こもって原稿仕事だ。
日記に書くようなネタもない。書いたとしてもコロナネタばかりで、書いていて憂鬱になるから、あんまり書きたくない。
2020.04.01
先日、かかりつけの町医者で、魚せいの大将にばったり。おー、久しぶりじゃね。元気かよ。
大将、すこぶる元気なようで、よかった。病院がよいも不要になったとのことで、何よりである。お母ちゃんも元気らしい。
そんな話をしていたら、待合室のテレビで志村けんの訃報が流れて、大将は「動物といっつも一緒にいるから体が弱ったんだ、きっとそうだ、そうに違いない」と断言。オレが、いや、喫煙歴があって手術もしてと言っても、「いや、動物だ、あいつは動物なんか触ってるからダメなんだ」と言い張る。ここにコロナ=動物犯人説が成立したのである。
しかし、今年はさすがにエイブリルフールの騒ぎはなかったな。ホワイトデーも何もなくて過ぎたし。こんな状況で四月バカもあったもんじゃないが。
2020.03.31
まったくこんなクソッタレな3月になるとは予想もしていなかったよ。
10日に息子が東大に合格して、まさか東大生の親になる未来がオレを待っていたなんてと驚いて、それからはドタバタと「カネがかかるなあ」とぶつぶつ言いながらもコーフンして過ごして、そして息子は「サークルどうしよう、履修どうしよう」とテンションが上がって、そしてオレは、息子をダシにいろんな人とお祝いの乾杯を重ねていたはずなのに、まったく悔しい。
こんな悔しい春は初めてだ。誰にとっても同じだが、こんな春はもうイヤだ。
2020.03.30
『一日、一日、積み上げるように。
てめえで進んでいかないと。おまんまをいただいてさ。
みんなそうやって日暮らしだ。』
最後の最後に出てくるこのフレーズに会いたくて、オレは宮部みゆきの「日暮らし」を読んだようなものだ。オレ史上、心に染みるフレーズのベスト3ぐらいに入る一節である。
それにしても宮部みゆきの時代ものはいいなあ。何度も繰り返して読みたくなる。
などと感じ入っているわけだが、それはともかくとして、志村けんは残念であった。
高齢であること、BCGを打つ前の世代であること、ヘビースモーカーであること、ちょっと前に手術して免疫がずいぶん落ちていること、人工心肺を取り付けても助かる確率は50%であることなどから、きっともう難しいなあとは思っていたが、実際にこういう事態になると、やっぱり衝撃は大きい。
とはいうものの、志村けんが「東村山音頭」でブレークしたときオレは大学1年生で、「ヒゲダンス」は大学4年生、「カラスの勝手」ではもう社会人だった。「ひょうきん族」も始まっていて、ドリフは子ども向けで古いセンスのお笑い、たけしたちが新しいお笑い、という認識だったから志村けんに対して、同時代で夢中になって笑い転げたというわけではない。
むしろオレの世代だとヒーローは加トちゃんで、志村けんはというと、スケベなお茶の間コントの下品なタレントというイメージのほうが強いな。
エピソードとして「最初はグー」というかけ声は、実はドリフターズから始まったと志村けんが証言しているそうだが、本当だろうか。本当ならすげえな。エモいよ。
意外だったのが、フェミニズム陣営から「昭和の老害が自業自得で消えていった」的な、故人に対していくら何でもというような聞くに堪えない罵声が浴びせられたことである。その背景にはバカ殿に代表される、あまりにひどい性差別があるようだ。
水着の女性の上に寝転んで「肉布団だ」と喜んだり、共演の女性タレントの体を平気で触ったり。このあたりの感覚は、確かに昭和のセクハラオヤジそのもので、現代の女性たちから蛇蝎のごとくに嫌われても仕方ないと思う。正直、あり得ないわな。
裏を返せば、好々爺とした風貌になったとしてもスケベの炎は燃えさかっていたわけで、それはそれで醜くもたいしたもんだと言えなくはない。
ちなみにフェミニズムといえば上野千鶴子で、上野千鶴子といえば「チコちゃんに叱られる」のチコちゃんのモデルであるというのは、豆な。上野千鶴子本人にこっそり隠れてネタにしたキャラらしいが、とっくに本人にはバレていたという話だ。
このチコちゃんで、ちょっと前に、岡村のヨメ探しというバカな企画が大炎上した。もちろんあんな企画、怒られるに決まっている。地方の女性をヨメ候補と決めつける男側の勝手な視線に加えて、結婚していない男性を笑いものにするという時代錯誤ぶりは、よくもまあスルーして放映できたなあと驚く。上野千鶴子も激怒するのを忘れたか。いや、千鶴子は関係ないか。
などと志村けんを惜しみつつ、昨日はAmazonで「嘘を愛した女」と「アラジン」を観た。
「嘘を愛した女」は、長澤まさみ主演のミステリーだ。長澤まさみは大変に素晴らしい女優で、壊れ役もきっちりできるし、どんな役を演じてもしっかりした存在感を発揮する。この映画は、そんな長澤まさみをずっと観ていられたという、ただそれだけの映画だった。
冗長、退屈。いらない要素だけ詰め込んで、いたずらに長くなっている。長澤まさみが、仕事のできるキャリアウーマンという設定なのだが、それを示すためにウーマン・オブ・ザ・イヤーを受賞したみたいな、そんなネタはいるのか? 最後、長澤まさみが恋人役の高橋一生にこんこんと語り続ける長回しシーンがあるのだが、それまでの物語に重みがないから、このシーンも空回りだ。期待してみた映画だったが、外れだ。
「アラジン」は、劇場で息子と観て面白かったので、Amazonで再び息子と観た。とにかく札束映画とはこういうことをいうのだろうが、とんでもない金をかけてつくった画像だから、とてつもなくぶっ飛んでいて、面白い。
魔法のランプから魔神が登場するシーンなんて、とにかくファンキーな魔神だから、とことんバカバカしいシーンなのだ。とことんバカバカしいシーンを、とことん金をかけて豪華に創れば、つまり無駄遣いもここまで極めれば、とてつもない突き抜け方をするのだという見本である。ストーリーは退屈極まりないが、とにかく映像が図抜けていて、元は十分に取り返せる。
映画といえば、こないだ、またまた『鉄道員』の映画を観て、そこに志村けんが出ていたのを発見して驚いた。以前観たときには気づかなかった、あるいは忘れていたのか、えっ、これって、志村けん? とたまげた。
流れ者の炭鉱夫を演じていて、これが実にいい味の演技で、こりゃすごいなあと感心したのだが、本格的に俳優業をやっていたら、きっとすごい役者になっていたんじゃないか。役者としての志村けんは、もう少し観たかったと思う。
2020.03.29
どうもここ最近、プリンターの調子がよくない。
Wi-Fiが不安定なのが影響してるのかもしれないけれど、印刷しようとしてもパソコンがプリンターを認識せず、結局パソコンもプリンターも再起動する、ということが多い。急いで請求書を郵送しなきゃとか、明日の仕事で必要な資料を用意しなきゃとかいうときにこうなると、けっこうストレスになる。
じゃあ買い換えるかといっても、再起動すれば結局ごく当たり前に使えるのだから、まあ、まだいいや、で終わる。
一応念のためと思ってAmazonを見て、今のと同等のプリンタを探すとだいたい2万円台という目安が立った。当然のようにそれからネットをのぞくたびにキヤノンのプリンターのバナーが出てくるので、その都度見ていたらさらにしょっちゅう出てくるわけで、Webマーケティングというのはよくできてるなあ。
プリンターで2万円はもったいない。オレの仕事では、カラーは色がついてりゃいいレベルだし。
仕事の関係もあってずっとCanonを使っているのだが、とにかく交換インクがバカ高いから、ノーブランドのパチもんインクを使っている。ごく当たり前に使えているのでまったく問題ない。確かにインクの質が一段落ちるので、目詰まりの頻度は高くなるような気がするが、パチもんインクのせいで故障・買い換えとなっても、トータルのインク代を考えれば、絶対に安いと思う。なにしろ交換セットを2回買うと本体が買えちゃうような値段だもんな。
安いところではブラザーがかなりコスパよさそうだ。
もっとも10年ほど前にブラザーを使ってみたら、あまりにクオリティの低さに音を上げて、半年ほどでぶん投げてしまった。最近のブラザーはどうだろう。さすがにそんなにひどくはないとは思うが。
息子の大学がパソコンセットとして推奨しているパッケージはMac+ブラザーのプリンターとなっている。さすがに大学で下手な製品は売らないだろうから、ブラザーのプリンタでも大丈夫なんだろう。
なんてことを考えながら、今日も一日原稿仕事。家族全員、一歩も外へ出ていない。オレが朝刊を取りにポストまで出たくらいだ。
気がつけば雪がどすどすと降っていて、隣の畑が真っ白になり、3センチほど積もる。昨日は20度を超えたというのに、今日は満開の桜に雪が積もるのかよ。まったくおかしな春だぜ。いや、ひどい春だ。
2020.03.28
平安時代の「いとをかし」が、「すごい」(昭和)→「やばい」(平成)→「エモい」(令和)と変化してきた、という今朝の読売新聞朝刊の指摘はなかなか興味深い。というか、上手だ。
昭和のオレは「やばい」は本来の意味でしか使ったことがないし、「エモい」に至っては聞いたことすらない。というか、聞いているのに耳がスルーしてしまっているんだろう。「エモい」と聞いて条件反射的に浮かぶのが「ベンチがアホやから」というフレーズなのだから、オレはとことん昭和なのかもしれない。
なんだよ、エモいって。それはemotionalの略らしい。「すげえよ」「やべえよ」というように「エモい」も変化するのかしら。「エメえよ」とか。
それはともかく、先日、ある競技団体の理事から直接聞いた話である。
その競技団体では、選手がオリンピックに出るのを嫌がっているというのだ。オリンピックなんか迷惑でしかない、と。伝聞ではなく、ご本人からオレが直接聞いた話なので、噂でも何でもなく、本当のことである。
陸上や水泳などのメジャー競技ではなくて、マイナースポーツの団体であるが、そこの選手にとってはワールドカップこそが最も大切な大会で、そこに向けてピークを持って行こうと年間のトレーニングスケジュールを組んでいるから、4年に一度とは言え、オリンピックに割り込まれると非常に迷惑なのだそうだ。邪魔ですらある。
だから、オリンピックを優先するなんてとても考えられないし、できれば自分はオリンピックなんかに選んで欲しくない。
「ほかの競技の選手も、おそらく同じように思っているはずですよ」とのことだった。きっとそうなのだろう。
ここでオレたちは先日クスリで逮捕されたスノボの選手を思い出す。ちょっと昔のオリンピックで、その選手はふざけた服装と言動で非難を浴びたが、なるほど、オリンピックなんか迷惑でしかないと思っていたから、あんなふうにふてくされた態度になってしまったんだな、と改めて納得するわけだ。
あの頃から既にオリンピックは世界最高の大会でもなんでもなく、邪魔くさい大会にしか過ぎなかったのか。バスケットボールのアメリカチームなんか見れば、そりゃあオリンピックなんて参加する意義すらないわな。
森元総理がサッカーのオリンピック代表が23歳以下であることを取り上げて「最高レベルの選手が出るのがオリンピックなのにサッカーだけがわがまま」と例によって放言しているが、サッカーこそはるか昔からオリンピックなんかになんの価値もないわ、ワールドカップこそ最高の大会だ、という姿勢ではないか。
オリンピックなんか、運動会じゃねえか。勝手にやってろ。邪魔すんな。
そういうFIFAをなだめ、お願いしますから出てくださいとIOCがひれ伏して、やっと出てもらったというのに。
いや、オレはオリンピックの競技も好きだし、アトランタ大会でのオリンピックチームの奇跡は今も胸が熱いよ。
アホらしいと思うのは、今やオリンピックが世界最高の大会ではないという認識に目を背け、オリンピックファーストではない選手なんかタコだ、という醜い自意識だ。その延長線上には、委員長のオレ様が一番偉い、オレ様に従わないサッカーはタコだ、という老害の醜く膨らんだ自意識がある。
このおっさん、とことん昭和なのだな。こんな発言が世界に向けて発信されたら、日本は大恥をかき、そしてなぜ恥なのかもわからぬままにおっさんはきょとんとするだけだろう。まさに老醜。
エモいよ。
ん? この使い方は、合ってるのか?
2020.03.27
巨大IT企業に取材に行く。
午後一という最も混雑する時間帯なのに受付前はガラガラである。
エンジニア2人にインタビューする。本当に必要とされているIT人材とはとか、アジャイルとは要するにどういうことなのか、プライムなITサービスとは何なのかとか、そんな話をしながら手元を見れば、リンゴのロゴ。あれえ、Macなんすか、Thinkなんとかはもう使わないんすか。
「Macは使いにくいけど、軽くていいですよ〜。Thinkなんとかは重かったですよ」とエンジニア。確かにウチのヨメが使っていたThinkなんとかは、分厚かったなあ。まあ、中国に行ってからはだいぶ薄くなりましたけどね、と応じる。
なるほど、メーカーからサービサーに変身するということはこういうことなんですね。「ええ、だからよその製品もばんばん売っちゃいますよ」とエンジニア。
そんな話をしているのは、普段なら人が山ほどいるミーティングスペースなのだが、今日は誰もいない。さながら休日出勤だ。
ほとんどの社員がリモートで、どうしても現場へ行かなくてはならない社員は現場に直行し、本社はこんな有り様らしい。
テレワークで仕事するようになって、このIT企業のことではないが、いろいろと面白いことが分かってきたようだ。ミーティングのテレビ会議で、実は上司がいかにバカだったかが露骨に明らかになった、というのだ。
テレビ会議だと、誰が何をしゃべっているか、どんな内容なのかが実に明確に分かる。当然、誰がしゃべってないかも明確に分かる。雰囲気とか存在感とかはあんまり関係ない。徹底して発言の中身だけが問われる。
リアルな会議だと、部長は黙って話を聞いていて、そして最後に腕組みをといて「よし、じゃあその方向で。だが以前こんなことがあってだな」と自慢げに話し始める。テレビ会議だとそれが通用しない。途中、発言しないと、そこにいないのも同じだからだ。
そして、それに気づいた部長は無理矢理話の流れに乗ろうと試みるのだが、まったくとんちんかんな自慢話しかしゃべれず、実は発言しないのじゃなくて、理解していないから発言できていなかった、思考がロジカルじゃないから自分の体験しか言えなったのだということが白日の下にさらされるのだ。
「なんだ。部長なんていらんかったんや」。誰もが薄々気づいていたことが、誰もが否定できない真理だったと判明する。
「やむなく始まったリモートワークだけど、案外、いろんな無駄がそぎ落とされて、これでよかったんだと気づく企業が増えるかもしれませんね」と、一緒にいったディレクターが帰りの電車でつぶやく。要するにスリム化が進むというわけだ。たぶんそぎ落とされる無駄の第一号が、テレワークに乗れない部長なんだろうなあ。
リモートの在宅勤務がコロナ終結後もそのまま続いて、出社に及ばず、ということになるんじゃないか。コロナ禍による業績悪化を口実に、管理職の大リストラが一気に進むような気がする。
2020.03.26
スーパーの買い占め騒動をテレビで盛んにやっているから、どれどと思って見物に行ったら、イトーヨーカドーだけど、普通に商品が並んでいて拍子抜け。
やっぱりマスコミが煽っていただけだったか。ざっと店内を見たら、パスタのソースだけが売り切れていたけれど、その他はレトルトも生鮮もすべて完璧に並んでいた。もちろん惣菜類もバッチリである。
どうやらコロナに感染すると、嗅覚、味覚がおかしくなるらしいな。臭いがしなくなるという。
ということは、屁をこけばわかるということだ。だが、それが音ばかりが派手で臭いのしない屁だったとしたらまったく役に立たないどころか、人騒がせなだけである。そういう屁は我が家では禁止ということになった。
今日は一日中家で原稿を書いていて疲れたぞ。
2020.03.25
「今すぐお金貸します」「即融資!」みたいなメールが急に増えた。ヤミ金融だ。資金繰りが相当に厳しい零細企業が増えたのだろう、こんなメールでも開いて見るだけ見てみようか、と思う経営者だって少ないはずだ。気持ちが暗くなる。
そんな中に大正製薬からのメールがあって、おっ、これはコロナの特効薬の開発とか、そういうニュースかと思ったら「脂肪対策におすすめ!」というメールだったので、ずっこける。相手を選んで送っているのかよ。
息子は、今日、大学へ生協の手続きに行った。初登校と言ってもいいかもしれない。
申込用紙に記入して提出するだけなので、あっさりと終わってすぐ帰ってきたのだが、それでもいささかの高揚感はあったらしく、いい笑顔で帰ってきた。もっとも高校の卒業式も大学の入学式もない18の春なのだから、気分の高まりようもなく、さらに予定されていた様々行事が続々と延期されるので、気持ちは沈む一方。「本当に大学生になったのか、わからん」と、肩をすくめるのみだ。
履修の説明もなければサークルの勧誘もなく、新しい仲間を作る場もない。
そもそも授業の開始がゴールデンウィーク明けぐらいにまでずれ込みそうな情勢で、とにかく気の毒である。まあ、耐えよう。耐えるしかない。
そんな姿を見ているだけに、はしゃぎながら買い占めに走る老害たちの姿が浅ましくて仕方ない。朝早く起きてもすることがないものだから日課のようにドラッグストアに並んで、開店と同時にありったけのものを買いさらい、そして翌日は違う店の前に行列をつくる。
どうせ中心は団塊の連中だろう。オイルショックが刷り込まれた、とにかく人に譲るよりも競争を好む世代だ。並ぶ並ぶ、走る走る、買う買う買う。人の視線など気にしない連中だから、団塊は迷惑を振りまきながら騒動を引き起こす。
夜、百合子が外出自粛を宣言した。1週間遅いよ、百合子。それでもやらないよりはよほどいい。ギリギリのタイミングでの宣言だ。
そして、直後からスーパーが人であふれた。レジ前には20メートルの行列ができ、たちまち棚が空っぽになった。食品はすっからかんである。
だが、待て。ライフラインが途絶えたわけではないから、食品はスーパーにはガンガンと入荷する。百合子の宣言が夜だったから今日の発注は間に合わなかったかもしれないが、翌日からはいつも以上に大量に入荷するだろう。それなのに団塊は、とにかく我先に行列することが本能だから、手当たり次第に買い込む。おいおい、肉や魚をそんなに買ってどうするの。牛乳を何リットルも買ってどうするの。物流が止まったわけではないから、特に生鮮を買い込むのはまったく意味がない。
あえて買い込むとしたら、お餅がいいと思うよ。保存が簡単で2年はもつし、場所も取らない。腹持ちもいい。だが、団塊が大量に餅を買い込んで一斉に食べたら、ひょっとしたらコロナ以上の悲惨な事態になったりして。ひゃひゃひゃ、すげえブラックなジョークだな、こりゃ。
まあ、ともかく、この週末にはスーパーにも食品はちゃんと並ぶからあせることはない。冷蔵庫を大量の肉や魚であふれさせている団塊を横目に、落ち着いて必要な分だけ買い求めればいい。若い連中が遊び回ってコロナをばらまいていると団塊は思っているようだが、案外、無意味な行列を繰り返している団塊がばらまいているんじゃないの?
2020.03.24
百合子が急変した。
突然、首都封鎖を言いだしたのにはギョッとしたが、きっとロックダウンという言葉を使いたいだけだろうなと思った。だってこのタイミングで言うなんてあまりに間抜けだし、警告を発するのなら三連休前に言わなきゃいかんからな。
だが、待てよ、とオレは一人熟考したわけよ。
これはもしかしたらこの機に乗じて首都封鎖のシミュレーションをやる気じゃないか、と。いずれ来るかもしれない有事に備えて、3日間ぐらいの首都封鎖をやってみるのではないかと。コロナ騒動の今ならそれができるし、意図を怪しまれずに済む。いざ首都封鎖となったときにどんなパニックが起きるのか、どれだけの人間が首都を脱出しようとするのか、ライフラインはどうなるのか、実験できるではないか。ほほう、なくはないな、これ。もしそうならば、封鎖は短期間で済むはずだから、ヨメには3日分くらいの保存食を用意するように言った。
だが、今日になって百合子が言い出したのは、「引っ越しするな」である。首都大学東京に入学予定の地方の子どもに向けてのメッセージではあったが、3月末のこの時期に「上京するな」というのはあまりに間抜け過ぎるタイミングだ。「転勤はいいのか、就職はいいのかよ」「むしろ東京から地方へ行くのを止めろよ」と、ネットではからかいの嵐である。
オレも、さすがに百合子のこの発言はバカじゃね、と腹を抱えた。
だが、待てよ、と。いくら百合子でもこの急変ぶりは、おかしくないか。オリンピック延期でたがが外れたとはいえ、ちょっとやり過ぎじゃないか。ここまでバカじゃないだろう、さすがに。
ということは、ひょっとしたら、本当にヤバい何かを、百合子は知っているというのではないか。
時を同じくしてささやかれ始めたのが、コロナは間質性肺炎ではないかと疑う専門医が増えた、という噂である。なんですか〜、間質性肺炎とは。お答えしましょう。それは国の難病に指定されている恐ろしい病気で、なんと5年生存率が30%とされているそうであります。げっ、マジかよ。もしこれが本当なら、コロナ、相当にヤバいやつではないか。
折しもK1で反社の連中が6000人を集めて強行突破した。国賊である。既に発熱者が出ているという。また、JBTが、あろうことか3月9日出発のスペインツアーを敢行し、その参加者が青森のコロナ第一号になってしまった。
子供たちがじっと耐えて休校をしのいでいるというのに、何をやってんだ、スペインツアーは。K1は。
NHKスペシャルがコロナとの闘いを特集し、オレも視たけれど、大きな反響を呼んだ。クラスターを押さえ込もうとする医師たちの闘いは実に感動的だったが、もしかするとクラスターを追い切れなくなっていて、実はギリギリのヤバいところに来ていて、決壊が避けきれなくなっているのではないか。それゆえの百合子急変だったのではないか。
そんなことを食卓で話しながら考えながらレモン杯を飲む。
すると息子がスマホをするするとやりながら英語のサイトを見て、「えーと、コロナで間質性肺炎になるのは20%という論文があるね」と言う。なんだ、お前は何を見ているのだ。「イギリスの、聞いたこともないサイトに一つだけヒットしたので読んでみたんだけど、他には見あたらないし、本当に聞いたこともないサイトだからフェイクかもしれないなあ」との返事。
すげえなお前は英語のサイトをすらすらと。「東大のIDだと世界中の論文が読めるんだよ、えへん」と息子が威張る。すげえな、もはやオレは何も息子にはかなわない。せいぜいが酔っ払うことぐらいだ、勝てるのは。つまみは秋津で買った唐揚げだ。秋津の小さな店の唐揚げが実に旨くて、いつも買って帰るのよ。唐揚げにレモン杯って、最高だよね。
コロナからの間質性肺炎って、フェイクだといいけどなあ、と言いながらオレはまた飲むのだった。
2020.03.23
マスクはもちろんのこと、トイレットペーパー、ティッシュもまだまだ少ない。スーパーの棚が空っぽなのも日常の光景だ。
話によれば、練馬区内のどこのドラッグストアも、開店前から老人たちが行列を作って、トイレットペーパー、ティッシュペーパーを買い占めているらしい。しかもそれが連日。顔見知りどうしが「じゃあまた明日」と言って、翌日も並んで買い占めている。その店に飽きたら今度は別の店に並ぶ。
おかげで通勤帰りに買うしかない人は全然買えなくて、老人世帯は紙が山。
これぞまさにら老害じゃねえか。
昨日の日曜は、花見の宴会禁止だというのに、公園の脇で日ルーシーとを広げて大宴会をしているバカ団体がいて、警察が駆けつける騒ぎになったらしい。
うんざりするわ。日本人のDNAがなんちゃらとか書いたけれど、こういうのを見聞するにつれ、書くんじゃなかったと思う。
2020.03.22
せっかくの三連休、しかも春の陽気に恵まれたというのに、出かけるところもなく、オレは家で過ごす。
こんな時の味方がアマゾンプライムだ。
昨日は「七つの会議」「任侠学園」を観た。今日は「ボヘミアンラプソディ」と「コンフィデンスマン」を観た。
全部有料である。それなのに面白かったのは「七つの会議」のみではないか。まったくカネと時間を損した。
「任侠学園」は原作を読んで面白かったので期待したのに、ストーリーがボロボロな上に役者がタコぞろいで、しらけてしまった。やくざの親分に扮した西田敏行の演技だけが図抜けてすごく、圧巻。それだけに西田敏行だけ浮いてしまったという切なさ。
「七つの会議」も原作を読んでいたが、すっかり忘れてしまっていたので、ストーリーそのものは新鮮だったものの、いろいろと不自然な点が興ざめ。ただカメラワークが抜群に面白いのと、役者が芸達者ばかりで、ぐいぐいと引き込まれた。脚本がタコでも役者がすごければ何とかなるというわけか。
いいや「コンフィデンスマン」は、決してそうではなかった。長澤まさみが観たくて500円を払ったのだが、長澤まさみには500円以上の価値があった。先日観た「マスカレード・ホテル」の演技がすばらしく、次はコメディでの弾けっぷりを観ようと思ったわけよ。これが期待以上の弾け方で、長澤まさみは、こういう壊れ役も実にうまくこなすと感心した。だが、役者がよければ台本がひどくても何とかなるというのは程度問題であって、この台本と演出では長澤まさみがかわいそう。ついでにオレもかわいそう。こんなことなら長澤まさみが男にだまされて瀬戸内海を旅する「嘘を愛した女」にすればよかったわ。
そして「ボヘミアン・ラプソディ」であるが、2時間半も見せられて、要はこの映画はいったい何をいいたかったのさと首を傾げた日曜の昼12時。クイーンという偉大なバンドの成功物語を見せたかったのか、あるいはフレディ・マーキュリーの悲劇を描きたかったのか。成功を収めたミュージシャンが、人気が出て行くのに反比例して孤独の度合いを高めていくなんていうのは陳腐すぎてまつたく共感できないし、一度は足蹴にした仲間の元へ再び戻っていくシーンにしても、その心の動きがまったく伝わってこないのだ。要するに最大の見せ場は最後のチャリティーコンサートのシーンだったのだが、確かにCGを駆使して再現したスタジアムの様子や一挙手一投足をそっくり真似た演技などはビックリしたが、でも、それって要するに本物のライブ映像を観ればすむだけのことじゃん。
というわけで、クイーンに何の思い入れもないこともあって、「ボヘミアン・ラプソディ」もつまらんかった。
まったく文句ばかりだな、オレは。そんなにイヤなら映画なんて観なきゃいいのに。そう思いつつ、オレには選択眼がないのだ、と反省する。
2020.03.21
恥ずかしながら、ワニが100日でどうしたこうしたとか、それは電通が仕掛けたと噂されて作者が泣きながら全否定したとか、手塚治虫が見たら「火の鳥」よりすごいと嫉妬したはずだと手塚治虫の遺族が発言したら手塚治虫は何に対しても嫉妬深くて経歴詐称だったじゃないかと言われたとか、そういうのをオレはまったく知らなかった。
世界がコロナでてんやわんやだという時に、日本は平和である。
今日もブックオフへ行き、子ども部屋の掃除であふれ出た古本を売りつけた。同じような客が多くて、やっぱりみんな出かけられないから掃除でもするかって古本を売りに来てるんだねと店員に言ったら、「買い取りキャンペーン中なんです」と自分たちの努力のたまものだと反論されて、そ、そ、それはよかったですねとお愛想を言ってしまった。
古本は予想を遙かに上回って5000円で売れた。
せっかくなのでこれを使って経済を回そうと考えて、夕食は久しぶりに駅前のはなの舞に、娘、ヨメと3人で行った。息子は友だちと箱根に旅行に行っている。
はなの舞は、大変なにぎわいである。家族連ればかりだ。平日は、仕事が終わっても取引先に「ちょっと行きますか」と言えない雰囲気なので店はガラガラだが、その分、週末は家族連れで賑わっているのか、あるいは、さすがに自粛疲れか、注文を取りに来た店員に姉ちゃんに、客が一杯でよかったねー、あはは、と笑ったら、あははーと返されて話が終わってしまった。
ワニのことなんかどうでもいいから、こうやって少しずつでも日常を取り戻せるようになりたいものだ。
2020.03.20
岡田武史が最初に日本代表の監督を務めたときのエピソードだ。
解任された加茂監督の後を急遽引き受けることになった岡田監督は、代表の選手たちがロッカールームや移動中にずっとイヤホンで音楽を聴いていることに我慢がならず、「監督のオレがイヤなんだら(音楽を聴くのは)やめてくれ」と選手たちに命令した。集中力が削がれるとか、コミュニケーションを大切にしろとか、そういう理屈ではない。「オレがイヤだからやめろ」と言ったのである。
選手たちは、理不尽な、と反発するどころか、監督がそう言うならしょうがないよな、と素直に言うことを聞いたそうだ。中田英寿や名波浩などのうるさそうな連中も、当たり前のように従ったという。
上が言うことは素直に受け入れて、そして、一度決めたことならしっかり守る。それはやっぱり日本人の特質なんだろうと思う。
学校は休みだ、と政府が決めたのだから、いろいろと文句はあるけれどもそれをぐっと飲み込んで従おう。みんな頑張ってるんだし。
靴を脱いで家に入る、毎日入浴する、手づかみでものを食べない、やたらと人の体に触らない。日本人ならではのそんな行動様式も大きいけれど、それぞれの現場での、決まったことなんだからぐっと飲み込んでちゃんと従おうという頑張りが、やっぱりコロナの拡大を防いでいるという側面は確かにあると思う。
スペインでは無観客のサッカーの試合で、スタジアムに大勢のサポーターが押し寄せた。日本だとそんなことには絶対にならない。ドイツでは若者がコロナパーティーと称して大騒ぎをしている。日本ではせいぜい渋谷をうろついて、飽きたらおとなしく帰るだけだ。
もちろん悪い方向に進むとこれが一億総玉砕という話になるわけだが、今の時代にそんなことになるわけがなく、こういう世界的な非常時においては日本人らしさというものが決定的な強みとなっている。
こうした特質がどうやってつくられたか、オレには何の知見もないのでよくわからないが、災害の多い島国という環境は決して無縁ではないと思う。
なにしろ1人の人間が一生のうちに3回は大震災に直面するという国だ。台風なんて毎年のようにどこかに襲ってくるし、川は氾濫し、山は崩れ落ちる。それでも島国だからどこへ逃げていくこともできず、ただじっとひたすら厄災が過ぎ去るのを待つしかない。肩を寄せ合い、リーダーの号令に従って力を合わせて乗り切ろうという考えが、何世代にもわたって刷り込まれてきたのも当然なんじゃないかな。
そのように前向きに受け止めつつ、とにかく沈静化することを祈る。イタリアやスペイン、ドイツ。大勢死んでいる。なんとひどいことだろう。
2020年の春が、こんなにひどい春になるなんて、まったく予想もしなかったよ。
2020.03.19
今時の大学は、履修登録なんかも全部ネットでやるらしい。息子にも今日、大学のIDが届いたようで、早速学内のLANにアクセスしていろいろといじっていた。
多くの教育機関同様、息子の大学でもマイクロソフトと包括契約しているので、Officeがタダで使える。先日パソコンを買ったときに、Office無しモデルにして正解だった。カネがない今、あんなバカ高いソフトを買わずに済むのは助かる。
学食もPASMOを使うということは先日書いたが、現在使っているPASMOを定期と学食用にして、さらにカードではなくてスマホでも使えるようにしようとなると、けっこう大変なようだ。しかもSuicaを併用できないというので、Suicaのチャージを返金して、といろいろ難しいらしい。今時の大学生は大変だな。
あげくに授業までネットでということになるわけだから、手続きのために大学に行くこともないし、入学式もないし、息子は「本当に大学生になったのかな」と首をかしげている。そりゃそう思うよな。
2020.03.18
案の定というか、想定内というか、東大の入学式の中止が決まった。
仕方ないとは言え、残念である。東大の入学式に出て祝辞を聞くなんて、一生に一度の機会だったのに。何よりも、親はともかくとして、息子がかわいそうだ。せっかくの一生一度の入学式、祝ってもらえないなんて。しかも「授業もネットになりそうだよ」とのことで、ますますかわいそうだ。新入学の春の、あの高揚を味あわせてやりたかった。
いや、入学式用にと先日買ったスーツはどうなるんだ。靴やネクタイまで全部そろえて一式7万円。完全に無駄な買い物になってしまったではないか。こういうのも政府は補償すべきだな。ふん。
「でも、秋の留学生用の入学式で、みんな一緒にまとめちゃうという案もあるようだよ」とのことだから、せめて9月にスーツを着てもらおうか。
入学式中止、スーツ代が無駄になったという衝撃のまま、財布が空っぽなのに気がついて銀行に行ってATMでお金を下ろす。と、口座が底をついていることに気がつく。し、しまった、カネがない。これが本日の衝撃その2。コロナ、マジやべえ。
カネがないけど、息子のために通学用の服は買わなきゃならない。ブルックスブラザースにでもしようかと思ったが、慶応の医学部あたりの金持ちの息子じゃないんだからと、無難なところでエディバウワーにする。ちょっとおっさん向けのブランドだが、アース系の落ち着いた感じが国立文系というイメージでちょうどいいんじゃないか。パンツやらシャツやらをまとめて買う。いい感じの大学生に仕上がった。
そのまま東池袋の焼き鳥屋で、まだ日のあるうちから息子と飲む。もちろん息子はウーロン茶だ。なかなかうまい焼き鳥屋で、ここならまた来てもいいな、とカネのことは忘れて嬉しくなる。
ほどよく飲んだところで東池袋駅から電車に乗る。
小竹向原で西武戦に乗り換えたら、同じ車両に座っていたおっさんが、ずーっと咳き込んでいる。しかもでかい音だ。そんなに咳き込むなら、いったん電車を降りろよと思うのに、そんなそぶりもなく、ずっと咳き込んでいる。立っているオレたちからは3メートルほどの距離だ。
おっさんが咳き込むたびに、周囲の人々がキッと鋭い視線を向け、車内に緊張が走る。その緊張の輪も。だんだん広がっていって、とうとう一つの車両全体が緊張に包まれる。何しろ車両全部に響くようなでかい咳を、ゲホッゲホッげーっゲホホホッという案配でずっと続けているのだ。おいおい、ヤバいだろ、それは、という空気に満たされた準急はようやく石神井公園に停車し、人々は逃げるように降りていく。オレたちも慌てて逃げ出した。
やれやれ、とんでもない電車だった。これが本日の衝撃その3。
衝撃だらけの一日で、ぐったり疲れてしまい。こんな日はとっとと飲んで寝てしまおうと思ったら、もう既に飲んでいたのだった。
2020.03.17
開幕直後のコロナ大爆発で1試合だけでストップしているJリーグだが、おかげでアルビレックスはJ2で1ヵ月以上も首位である。たいへんに気分がよろしい。どうせならこのまま今年のリーグは終わりにして、J1昇格ということにしてしまおうという声が出るのも当然であろう。正義は勝つ。
一方、J1最下位のまま1ヵ月が過ぎてしまったのが、ご存じ、鹿島アントラーズ。僻地のサッカーチームである。
あいつら、いつまでもジーコを振りかざして、この世の天下を取ったような顔をしているから(浦和レッズ同様)、大変に鬱陶しい。目障りである。世間がみんなそんなふうに迷惑顔だというのに、オレたちはリスペクトされちゃってるし〜みたいな勘違い顔をしているのが、これまたウザい。
その鹿島のレオ・シルバさんが、大宮アルディージャとの練習試合で削られてしまい、ハムストリングをやってしまったらしい。全治2ヵ月の大けがだ。33とか34という年齢でハムストリングをやってしまったら、こりゃあきついな。おそらく完全には復活できないし、下手すりゃ、復活を焦ってさらに悪化させてしまうパターン。
だから、レオ・シルバさん、鹿島なんか行かないで、アルビレックスでまったりとサッカーしてればよかったのに。
まあ、よい。人様が大けがをしたんだ。笑いものにしていいわけはない。回復を祈る。そしてどうせ今シーズンで契約が切れるんだし、もう今年はゲームに出ないで治療に専念してアルビレックスに移籍すればいい。出戻りだ。そうすれば来年はJ1でやれるし、J2に落ちた鹿島を上から笑っていられる。
なかなかいい作戦だと思うがどうだろう。
2020.03.16
秋葉原は相変わらず人出が少なかったなあ。そりゃそうだろな、だって中国と韓国から人が来るのを禁止してるわけだもんな。ほとんどが日本人。たまーにヨーロッパ系。え、ヨーロッパ系? そっちのが危ないんじゃないか? というわけで、いかにも陽気なイタリアンが歩いているのを見たときは、あわてて距離を取ったわ。
なんで秋葉原に行ったかというと、息子のパソコンを買うためである。
生協は年に一度の稼ぎ時とばかりにパソコンやタブレットを売りつけてくるのだが、それが昨日あたりから受付中止となってしまった。入荷未定、授業までにお手元にお届けできません、というわけだ。
やはりモノが止まったか。中国の部品がなくなってしまったのだろう。
これは市中に出回るパソコンもヤバいかも。というわけで、早めに手に入れておこうと考えて、秋葉原に出向いた次第。そして、考えていたとおりの機種のパソコンを買うことができたのだが、ヨドバシカメラで販売をしていたヒューレットパッカードからの派遣店員によれば、これが最後の店舗在庫とのこと。なるほど、春の需要期とコロナが重なって、店頭在庫、物流在庫がそろそろ切れかけているのかもしれない。
パソコン関係を買う予定の人は、お早めにどうぞ〜。
秋葉原への行き帰りは、宮部みゆきの「日暮らし」を読む。
先日、誘惑に負けてとうとう息子の読んでいた「火車」に手を出してしまったことを書いたが、「火車」はやはり面白かった。奥付を見たら初版が平成10年だから、新刊は1996年ぐらいか。25年ぶりの再読だったが、実に面白かった。話の展開はもちろんのこと、人物の作り方が実にうまく、感情移入しながらどんどんと先に進められる。リーダビリティは抜群だ。
90年代の半ばだから、まだ物語に携帯電話は登場しない。用があるときは公衆電話だ。パソコンも家庭にはなく、会社の専門的なOA機器という位置づけである。それでも違和感なく読めるのは、やはり作者の力量か。
例えば松本清張も大変に面白いのだが、時代性が強いためか、ところどころ、スマホで連絡すりゃすむじゃん、というツッコミを入れたくなる。「火車」にはそれがなかった。
「火車」でついに我慢の糸が切れてしまったオレは、長い間再読したくてもじっと我慢していた「ぼんくら」シリーズに手を出してしまった。オレは宮部みゆきの時代物が大好きで「ぼんくら」シリーズと「桜ほうさら」が代表作だと思っている。そしてそれ以上に好きなのが時代物の短編集だ。
「ぼんくら」はシリーズ全体で文庫6冊という長編。いずれも小さな物語がどんどん積み上がっていって、最後に大きく広げた風呂敷を宮部みゆきが見事に畳んでみせる、という構成になっている。その手口の鮮やかなこと。
いや、それ以上にたまらんのが、登場人物のキャラの立ち方と、それを通じて感じられる江戸の空気感のリアリティだ。なんというか、本当の市民というのは、こういう日常を送っている人たちのことなんだろう、と思えてくる。とても愛おしいキャラたちだ。
そんなわけで再読の「ぼんくら」シリーズ。まずは最初の「ぼんくら」の上下巻を読み終えて、今日は次の「日暮らし」の上巻を読んでいる。いやあ、楽しいなあ。
浅田次郎が新刊を出したというのでそっちも触手が働いたのだが、電子化は先のようだから、Kindleで読めるまで待つことにして、まずはついにくじけて手を出してしまった宮部みゆきの時代物文庫本に浸ることにするのだ。
2020.03.15
たぶんみんな出かけられずにヒマなのだろう。することがなくて部屋の掃除を始めたのだと思う。それでどっさりと古本を抱えた客が、ブックオフの買い取りコーナーに行列を作っているのだ。
もちろんオレも同じなのだが、違うのは一足早く昨日のうちに売っちゃって、今日は精算の金を受け取りに来たので、並ばずにさっさと用を済ませたということだ。値段がついたのは80冊で、売却金額は合計3560円。
思ったより高くついた。でも、6000円までいったら、そのカネで武蔵の森カフェでランチを楽しもうと思ってたから、ちょっと残念。
そこで回転寿司に行くことにした。昨日、のぞいて回転していたチェーン店の別の店舗である。だが、なんということだ、そこも回転しているではないか。うーん、どういうことだ。しかも客があふれかえっている。いつもはガラガラの店のくせに。
混雑していて回転している寿司なんて、恐ろしくて入れないではないか。そこで「確か松は回転してなかったぞ」と息子が思い出したので、おお、そうだ、松だ、松があった、と駅前のすし松に行くことにした。
すし松は、牛丼の松屋がやっている寿司屋である。去年、駅前にオープンした。オープンしてすぐに行ったのだが、ネタは値段相応であきらめもつくとして、シャリのひどさにはちょっと閉口。しょうがねえなあ、すし松は、と肩をすくめて帰ったのだった。
そのすし松、確かに回っていない。席でタブレットで注文すると、頼んだ分がレーンを駆けてやってくるという方式である。
すし松へ行くと、機を見るに敏というか、千載一遇のチャンスとばかり、「回転していないので衛生的です!」と店の前に大きく書いてあった。もっとも中はガラガラなのだが。
一家で入る。手の消毒をさせられる。
以前に比べてシャリは大分マシになった。ネタは相変わらず値段相応であるが、よいよい、これで十分。タブレットで頼むと、レーンをしゃーっと駆けてきて、皿がオレたちの前でピタッと止まる。愛おしいではないか。
久しぶりの寿司を堪能し、けっこう満腹。やっぱり寿司はいいなあ。オレたち日本人は、寿司を食わなきゃなあ。寿司を食べると、どうしてこんなにも気分が上を向くんだろうねえ。
口々にそう話しながら、そして異口同音に、それにしてもすし松に救われる日が来るとはなあ、と全員、感慨を深くしたのだった。
2020.03.14
ネットによれば、回転寿司では寿司は回らなくなり、注文で握るだけ、という店がほとんどだという。
そりゃそうだよな。回転していたら、怖くて近寄れないわ。回転していないなら、ちょっとのぞいてみるか。
そう考えて、回転寿司が大好きな我が家は(っていうか誰でも好きだよな、回転寿司は。清潔で食マナーのいい日本の誇りだ)、久しぶりに行きつけの回転寿司に立ち寄ることにした。
だが、車を停めて、店に入った途端、オレは回れ右をする。なんとしっかり回転していたのだ。しかも、寿司の皿を載せながら。
だめだこりゃ。
慌てて店を離れたオレたちは、とんかつ屋に行き先を変更したのだった。まあ、外食そのものがリスキーではあるのだが、それにしても回転寿司はダメだ、回転は。
夜、とおるちゃんからラインが来て、店の中のトイレは女性専用になりました、とのことである。今までは男女共用だったのだが、男性使用後の惨状がひどくて女性客の悲鳴が絶えなかった、というのが理由らしい。
おいおい、入店時の手洗い強制に続き、今度はトイレ使用禁止かよ。どんな居酒屋だ。地下の、例のトイレを使わせられるなんて、わざわざカネを払ってそんな思いはしたくないよなあ。
はなの舞のほうがマシだよなあ。
2020.03.13
この時期にヒマなのは、コロナから逃れるための行幸と考えている。困るのは、ここに書くようなことが何もないことだ。何しろ家の中でじっとしているからな。だはは。
今日は大学に入るまえの準備について息子の相談に乗る。オレの頃と違って、いろいろと用意しなくてはならないことがやたらと多い。
まずはiPadにパソコンだ。履修登録自体がネットなので、初っぱなから両方必要らしい。iPadは、オレんちにごろごろ転がっているから、どれかを持って行けと言ったが、それもかわいそうだと思い直して、一台買うことにした。
問題はパソコンである。東大はMacなのだ。授業やゼミで使うのも全部Macである。まずそのことに驚く。そして、それに合わせて生協が駒場仕様のMacというのを売っている。これが、このスペックでこの値段かよ〜と卒倒するような仕様で腰を抜かす。
「よいよい、大切な孫のためじゃ、金なら出してやる」と財布を開くおじいちゃんを想定しているに違いない。
調べてみたら3年生になるときには、今度は本郷仕様のパソコンを売りつけられるらしく、そっちはLet's noteというのだから、さっぱりわからない。もちろんWindowsである。
学内のMacとWindowsの比率はというと4対6から5対5といったところらしく、もちろん学内LANにもWindowsからつながる。何もわざわざ高いMacをだまされて買うことはなかろうと、Windowsマシンを検討中だ。ひねってASUSにしようかとも思ったが、ここはおとなしくhpかLENOVOにしよう。富士通は高すぎる。
学校で使うパソコンがMacなのだから、個人用のはWindowsがいいに決まっている。その方が、MacもWindowsも両方使えるからだ。Macか、Windowsか、なんていう選択は20年前の話で、今は両方使えて当たり前。紙の本もKindleも両方読めて当たり前。アナログもデジタルも両方対応して当たり前。どちらかしか受け入れられないなんていうのは、もはやあり得ない。
続けて生協の案内を見る。なんと学食はPASMOを利用することになっていて、そのPASMOには学食用に3万円をチャージしておけ、ということになっている。息子によれば、PASMOを使って学食で食事をするたび、親のラインに通知が行くという設定もあるらしい。なるほど、ちゃんとご飯を食べているか、確認できるわけだ。
しかし、地方から来る学生にもPASMOだチャージだという話になるのだから、親は対応できるのだろうか。とにかく面倒だから言われたとおりにしようという発想になって、ぼったくりMacも交わされてしまうに違いない。あくどいぞ、生協。
さらに見ると保険も勧誘している。一人暮らしの保険、損害保険、旅行保険。なんでこんなに保険があるんだ。どれも掛け捨て。生命保険は息子が2歳の時から加入しているので、いらない。損害保険だけ、年間1800円ぐらいだから、付き合いの意味で入ってやろう。
これも言われたとおりにしましょう、東京は怖い、と加入してしまう人続出のような気がする。なにしろストーカー保険みたいなのまであるし。
息子には、東大の学生の中で、うちの財政力は間違いなく真ん中より下だからな、と言い聞かせてある。これはその通りだろう。金持ちの子どもを見つけて、おごってもらえ。あるいは先輩から譲ってもらえ。オレの財布は早くも青息吐息である。
2020.03.12
ヒマである。ヒマすぎる。
だが、有り難いことに毎日のように新しい仕事が入ってきている。そのほとんどが今月下旬から来月にかけての仕事なのだ。具体的にこういう内容で、取材はいつで、というのもあれば、こんなプロジェクトが動いているからそのうち頼むよ、というのもあれ、さらには新規の取引先からの相談もある。
そんな具合で、ヒマとは言いながらも仕事の話だけは多いから、先行きについてはそんなに心配はしていない。
たぶんこの先3ヵ月はメシが食える。そして、今まで3ヵ月より先のメシが見えたことはない。フリーになったときに業界の先輩に言われた、3日もてば3週間もつ、3週間もてば3ヵ月もつ、3ヵ月もてば3年もつ、あとは知らん、という言葉だけを頼りに、今も生きているというわけだ。おかげでもうすぐ32年目になるわけだが。
先の仕事の話は多いから、今はすげえヒマでも再来週ぐらいからすごく忙しくなる。ありがたい話だ。だが、その時点でコロナが今以上にひどくなっていて仕事のキャンセルが相次ぐようだと、ちょっとヤバい。それまでに収束の兆しが見えていることを、祈るだけだ。
ヒマとは言ってもそんな状態なので、ヒマであること自体に苦痛はないのだが、苦痛なのは行き先がないことである。子供たちも家にいる。近所のカフェに毎日いってもしょうがないし、さりとてイオンに買い物に行くのも控えたいし。何よりも不憫なのは、やはり子供たちだろう。高校生の春休みなんて、部活にディズニーランドの毎日のはずなのに、家にいるしかないわけだ。小遣いやるから友だちと原宿で服でも買ってこい、と言ってやりたいのに、そうもできない。どうもこの春はこのまま終わりそうだなあ。
2020.03.11
秋葉原へ行った。
顧問会計士の事務所で、確定申告の書類に判子を押すためである。申告書類を見せられ、ここ数年、ほとんど変わっていない売上を前に、これを安定と呼ぶべきか、成長がないと呼ぶべきかと、悩む。悩んでも数字が増えるわけではないので、すぐにあきらめる。とはいえ、去年よりちょっと落ちたので悔しくて泣く。
還付金がいくらかあるようだ。少し心が温まった。だが、それがそのまま6月の消費税の納税に消えていくので「使っちゃダメですよ」との声に心が冷える。とほほ。
今年はオリンピック機関に売上がゼロになるから、その分を今のうちに稼いでおかなくちゃならなかったのに、コロナでそれもかなわなくなったから、けっこうしんどいなあ。しかも出て行くカネは増える一方。生命保険の額を頭に思い浮かべ、住宅ローンは団信があるから、首をくくってもなんとなる、などと考える。
そんな痛んだ心を癒やしてくれたのが、秋葉原のメイドちゃんだった。
人出はガラガラで特に中国人はゼロ。日本のオタクだけが元気に闊歩する秋葉原で、さすがにメイドちゃんたちも商売あがったりでクビだろうと思ったら、そんなことはない、わらわらといる。学校が休みになったので、メイドちゃんも山のように湧いているのだろう。しかも人通りが少ないから、オレなんかにもわらわらと寄ってくる。中には「お兄さん、どうですか」とオレに声をかけてくるメイドちゃんもいて、さすがに呆れる。オレはお兄ちゃんじゃねえぞ、と反応するのを待っているのだろうか。
娘がヒマそうにしていたから秋葉原へ一緒に行こうと誘ったのだが「売られるから嫌だ」と断られた。これだけメイドちゃんが余っているんだから、売ろうとしても売れなかっただろうな。
秋葉原でカレーショップに立ち寄り「アルパカレー」のレトルトを買って帰る。ここのカレーは旨いのだ。
帰り道、久しぶりに「とおるちゃん」に寄る。地下の換気の悪い店だからしばらく立ち寄るのをやめていたのだが、まだ5時で、客も3人しかいない状態なら、まあ大丈夫だろう。とおるちゃんは、客が2割減だと嘆く。まあ、2割減なら良い方だよ。世の中には行列のできているラーメン屋だというのに、実は消費税も払えなくてギリギリの所は山ほどある。
とおるちゃんでは、席に着く前に手を洗わせられる。ここは学校かよ、給食かよ。こういう過剰な関わり合いがこの店のダメなとこなんだが、まあ、言わないでおこう。
それから、クラウドファンディングで金が集まったので喫煙所をつくると言っているが、これもダメなところなんだよなあ。中のトイレを潰して喫煙所をつくったら、客は外の共同トイレに行くしかないじゃないか。あのトイレはダメなんだよ。地元でも有名な“出る”トイレなんだよ。息子でさえ一度トイレに行ったときに「ここはヤバい」と青い顔をして戻ってきたし、知り合いの娘さんは地下に足を踏み入れた途端、「もう二度と来たくない」と逃げ帰ったという。でも、そんなことを口にしても嫌がられるだけだから、言わないようにする。オレは大人だ。おとなしく刺身を食い、サワーを飲んで帰る。これから金がいるから、もう外で飲むのも自粛だなあ。
家に帰り、YouTubeで「Fukushima50」の予告を見る。予告編だけで泣けてしまう。先日読み替えた吉田所長の物語を思い返す。この映画を絶賛した糸井重里を「だまされてる」とののしったおじさんがいたが、予告編だけで感動するオレなんかもだまされていることになるのだろうなあ。ぜひこの映画は見に行きたいのだが、映画館はヤバいだろう。だが、ネットのチケット予約を見たら、今日の夜の回でも座席は3人しか埋まっていない。とおるちゃんかよ。広い映画館に3人しかいないんだったら、さすがに大丈夫じゃね? 息子はそう言うものの、うーん、と逡巡。
2020.03.10
憎むべきはコロナの野郎で、合格発表の掲示板の前でガッツポーズをした後、東大合格者の親としてテレビのインタビューを受けるという生涯一度のチャンスを逃してしまったではないか。仕方ない。せめて写真でも撮ろう。そう考えたオレは息子を車に乗せて浜田山駅に行き、そこから井の頭線に乗って駒場東大前に向かったのである。
ここがこれからお前の駅になるんだな。
息子にそう言いながら改札を出て、目の前の校門に向かったら、同じように考える人は案外多くて、あちこちで記念撮影していた。オレも息子と一緒に早速校門近辺で撮影する。早速サークルの勧誘が寄ってきて、こんな時に勧誘するなんて人気のないマイナーなサークルだろうと思ったら案の定、躰道部というところの勧誘だった。なんだそりゃ。まあ、せっかくだから話だけでも聞いておけ。
息子によれば東大にはいろいろとおしかなサークルがあるらしく、カフェを渡り歩く珈琲研究会や学内のトンネルを研究するトンネル研究会などというものも存在するそうだ。要するに変わり者なのだろうが、Fランならアホの集まりと思うところ、東大のサークルと聞くと何か崇高な目的が隠されているのではないかと想像してしまう。
つまり息子もこれからは、“東大だから”という冠で見られてしまう。「東大生のくせにこんな問題もわかんないのか」「東大生のくせにクイズもわかんないのか」「東大生のくせに」「東大生のくせに」。だが一番のリスクは「東大生の親のくせに」とオレが糾弾されることだろう。息子にも「東大生のくせにこんな親なのか、といわれるのが一番のリスクだからな、だはは〜」と諭しておいた。うんコロナ〜、ちんコロナ〜と歌うオレに対して「頼むからおとなしくしてくれ」と首を絞めようとする息子であった。
今年の息子の高校からは、浪人1人を含めて5人の東大合格者が出た。なかなか優秀である。
実は息子の担任が、前回も担任を持ったときは、6人の東大合格者を出した。なかなか切れ者の担任である。
どういう先生なんだと聞いたら(オレは顔も知らない)「母親みたいな先生だよ」とのことだった。なんでも朝は誰よりも早く来て、夜は誰よりも遅くまで残っていて、まるで学校に暮らしているようだ、というわけである。
この担任は、息子が「一橋大学が第一志望」と言ったら即座に「バカじゃないの?」とぶった切ってきた先生だ。つまりは東大を狙える位置にいながら狙わないなんて、お前はバカか阿呆かタコか、と罵ったのである。なんともしびれるエピソードではないか。
煽り上手なセンコーだなと感心したら、息子も「そうなんだよ、煽るんだよ」と肩をすくめるのであった。
驚くべきことに息子は、6月まで部活動をまったく休まず、インターハイの予選に敗退してから本格的な受験勉強に入った。どうなるだろうと見ていたら、以後、まったく部活には関わらず、あんなに部活一本槍の生活だったのを完全に受験体制に切り替えたのだった。その様子にオレは、ほほう、なかなかやるなあと感心したものだった。
これはこれで息子にとっては意地だったらしく、部活なんかやってたから受験に失敗したんだと言わせない、というのが一番のモチベーションだったようだ。
東大は、すぐに入学手続きをしなくてはならない。まったく時間的余裕がない。嫌なら結構、というのが基本的な態度であるから、入学手続きにちょっと手間取っちゃって、ということになっても、嫌なら結構、という態度に出てくる。だからすぐに手続きをしなくてはならない。ヨメは「早く、お父さん、ン十万ちょうだい」と手を出してきた。オレは、毎月机の脇に貼り付けた封筒に細々と万札を入れてきたが、その封筒をひっくり返して、ほらよと現金を手渡した。早速明日に入学金を振り込む手はずだ。くっそう、かえすがえすも、早稲田に払った20万が許しがたい。高田馬場に降りるたび、オレは20万を還せと叫んでやる。心の中で。
それにしてもアホ山学院大学と言われる三流私立の文系卒業生であるオレが、東大生の親になるとは、ちょっとびっくりである(だからいろんな人が、アホ山学院の親でも東大生を育てられるコツを教えてくれ、と言ってくるのだろう。もちろんちゃんとノウハウがある。幼稚園の頃から、こんな風に育てたらどんな風に育つのだろうと試した結果である。わははは)。こんなこともあるんだなあ。残念ながら入学式は中止か、あるいは保護者抜きになりそうで、東大の入学式に参列するという生涯に一度のチャンスが消えてしまったことが悔しい。コロナの馬鹿野郎である。それでも、オレを東大生の親にさせてくれた息子には心から感謝だ。
2020.03.09
以前から何度も書いているように、宮部みゆきが著書の電子化にOKを出さないのは、ほとんど犯罪的である。
町の本屋さんを守りたいのだと宮部は言う。その志は、勝手にすればと思う。だが現実を見てみよ。ちょっと地方へ行けば、本屋まで車で1時間というのはごく当たり前だ。しかも欲しい本がそこにあるわけではない。人口減の地方で、薄利多売の本屋のビジネスモデルが成立するわけがなかろう。
そんな地方の人々が読みたい本を読みたいときに読もうとしたら、AmazonかKindleしかないではないか。
そもそもAmazonでの通販は認めていて電子化はNGというのでは、町の本屋さんを守るという点で矛盾していると思うのだがな。
つまり電子化に反対するということは、人が本を読む選択肢を奪っているわけなのだ。けしからん。激おこぷんぷん丸。
だからオレは宮部みゆきの新刊が出ても、昔の時代小説を読み返したいと思っても、電子化を認めるまでは宮部みゆきなんて決して読むもんかと固く誓ったのである。
ところが受験を終えた息子が寝転がって読んでいるのが、宮部みゆきの「火車」に「返事はいらない」「魔術はささやく」「ソロモンの偽書」だ。お、面白いだろ、宮部みゆき。そう聞くと息子は「おう、おもしれえよ」と寝転がりながら答えるのである。
う、うらやましい。オレも読みたい。
その誘惑についに負けてしまったオレは、息子が読み終わった「火車」を手に取ってしまったのだった。お、おもしろえ。おもしろえよ。
このオレが宮部みゆきを、しかも文庫本を読むなんて。世間様にこんな姿は見せられない。だがやめられない。オレはほとんど中学生がエロを本を隠し読むようなスタンスで宮部みゆきをむさぼり読み、あまつさえ「ぼんくら」シリーズを再諾したいと思って本屋まで行って文庫本を買ってしまったのである! Kindleどころか、Amazonさえ使わずに!
これもきっとコロナの影響に違いない。
オレはそんなふうに言い訳し、本屋のレジで、あ、カバーはいりませんからと逃げるように立ち去ったのだった。
2020.03.08
キター!
というわけで、ついに新コロちゃんが地元・練馬区にやってきた。発表では、障害者施設の職員ということだ。
早速ネットで場所の特定が始まる。最初に特定されたのが、隣町の施設だった。やばい。非常にやばい。すぐ近くなのだ。だが、すぐにそこじゃないという指摘があり、別の施設が候補となる。それは息子の高校のすぐ近くだ。やばい。非常にやばい。だが、考えてみれば息子はもう高校には行かないから安心ではないか。いや、潜伏期間を考えると、安心はできないのではないか。
などと心は千々に乱れ、ネットの情報に右往左往するわけだが、普通に考えれば今や練馬区はもちろん、都内、いや日本のどこにいたって感染リスクはあるわけだから、普段、電車に乗ってうろうろしているオレが何を今さら、という思いもする。
今、日本のどこにいたって、と書いたが、まだ発症していない県の一つが茨城県で、もしかしたら納豆こそが新型コロナ対策の切り札ではないかという説が密かに広がり始めている。茨城サイコー。
地元にコロナ患者が出たのは非常に気になるが、だが東中野の駅前のサミットの従業員が発症したというのもなにげにインパクトがあって、オレがよく行く地元のスーパーもサミットだから、サミットつながりでヤバいのではないかと根拠もなく怖れている。ちなみにヨメは西友派。
サミットは、揚げ物関係のお惣菜がむき出しなのだ。ケースに入っているわけではなく、オープンにむき出しで並べられていて、トングで取っていく方式。これは大丈夫かなあと思っていたのだけれど、東中野のサミットを利用していた人は、これがけっこうヤバいのではないか。
そういや新コロちゃんネタで面白いのを発見したのだが、群馬県太田市の市長が、誰が学校を休みにするかってんだ、オレたちは上の言うことに黙って従うような羊じゃねえんだぜ、と大見得切ったというのに、すぐに保育園から感染者が出ちゃって面目丸つぶれ。直後、大慌ての市長が感染者情報をTwitterしたのだが、それが40代独身の××保育園の職員という書き方だったので、個人情報をどう考えているんだという騒動になっている。
実はこの市長、以前、天童よしみが市民ホールでコンサートをやったとき、「天は二物を与えずと言いまして、天童よしみさんの歌は素晴らしい」と本人の前で言い放っちゃったものだから、天童よしみがガチギレしたというエピソードの持ち主なのだ。なかなか楽しい人のようだ。今後のこの人の言動には要注意である。
さて、練馬から遠く離れたイタリアではけっこうひどいことになっているわけだが、なぜイタリアが、という疑問に対する答えを思いついた。それは、ピザだ。ヤツらはピザを食う。手づかみで。しかも手をよく洗いもせず。タンゴちゃん提唱の、このピザ説は、なかなか説得力があると思わないか。
手づかみ食というとインドであるが、インド人はあれはちょっと特別な生き物で、生まれたときからガンジス川の水を飲んでいるから免疫力がゴキブリ並み。コロナなんかなんともないのだろう。
イタリアがこんなことになって、次は一気にEUだろう。一方でアメリカも断崖絶壁。どう考えてもこんな状況ではオリンピックなんかやれない。万一選手村から感染者が出たら、あるいはマスコミの泊まるホテルから出たら、クルーズ船のようにまるごと2週間封じ込めなければならないわけで、そんなリスクを誰が背負うってんだ。日本にやってくる選手なんていないだろう。
老害・森じいさんをヘッドに置いてしまった日本の不幸よ。
選手と言えば、名古屋グランパスのジョーがブラジルに帰りたいと言いだしているらしい。もともと調子が良くないところに加えてブラジルのチームから誘いがあり、そこへきてコロナ騒ぎである。日本なんかとっとと逃げだそうという魂胆のようだ。
ヤバいのはこれが他の選手の逃亡の引き金にならないかということだ。新潟の場合、フォワードのファビオが「ジョーのことを尊敬している」と広言しているから危ういなあ。迷惑な話である。
いや、今はブラジルの話をしている場合ではなくて、練馬区のコロナの心配をしなくてはならない。不要不急の外出はしない、人の集まるところに行かない、地下空間に行かない、外食はなるべく避ける。そんな具合に感染リスクを減らすと同時に、帰宅直後の手洗いと顔洗いを徹底し、触れたところはアルコール消毒して、家の至る所にクレベリンを置くといった具合に、菌をもらってきても水際で防ぐようにしなければならない。今我が家では4ヵ所にクレベリンを仕込んである。
この状態が続くと経済がヤバいから、早く終息してもらいたいものだ。やれやれ。
2020.03.07
本日は息子の卒業式である。
息子は隣町の、都立の中高一貫校に通った。つまり6年間、同じ学び舎で過ごしたことになる。高校の卒業式と聞いて、あれえ、中学校の卒業式ってどんなんだっけ、記憶にないぞ、と一瞬戸惑ったのは、一貫校だったことをオレがすっかり忘れていたから。ついでに一貫校でもちゃんと中学の卒業式は行われていて、春休みが終わったらまた同じ学校にきて今度は入学式をするというシステム。その卒業式のことを単にオレが忘れていたのである。
もちろんオレたちは卒業式に参加できない。
6年間も子どもを通わせた、今日がその最後の日だというのに、校舎に入ることを許されていない。むろん来賓もいないし在校生もいない。ついでに校歌もなければ(君が代はあったそうだ)、卒業証書授与も代表者一人だけだったらしい。何もない、本当に何もない卒業式だった。
「50分でサクサクッと終わってちょうどよかったぞ」
息子はそう言う。まあ、そうだろうな。その後は昼飯も食わないで夕方近くまで教室で過ごし、仲間と一緒にサイゼリヤに行って昼夜兼用のメシを食って帰ってきた。
制服の胸のボタンを下級生にねだられたか、と聞いても「いつの時代の斉藤由貴だよ」と相手にしてくれない。机にイニシャル彫ってはいけないぞ、と続けても、もはやスルー。娘が「ああ、卒業式でえ〜」と続けて歌うのだった。名曲だな。
幼稚園では、園で開かれていた学研のアフタースクールを受けさせていた。幼稚園の授業で足りないところをちょっとお勉強しましょうと、放課後にひらがなや計算なんかを教えてくれる教室である。息子はなかなか出来が良いらしく、先生が「この子はぜひ受験させるべきです」と何度も訴えてきた。
受験? まさか。ウチの息子は野生でいいんです。カネもないです。都立の安い道を歩ませるんです。
そう言ってあしらっていたが、小学校に入って息子の勉強好きには拍車がかかり、要するに知的好奇心なんだろう、理系出身のヨメに新しい計算方法なんかを教わると「面白い面白い」と喜んでいた。そんなに勉強が好きならもっと勉強させてやる。そう考えて地元の小さな塾に通わせることにした。4年生からである。この塾を選んだのは、単に家から一番近くて安かったからだ。
その塾の指導もあって入学したのが、隣町の都立一貫校。
ここを選んだのは、オレんちの隣の家の奥さんが「あそこがいいわよ〜」と勧めてくれたからだった。別に隣の家の子が通っていたわけではないが。地元の教育事情なんかまるで知らないオレは、へえ〜、あそこがいいんだ、と感心して息子に、あそこに行け、と命じたのである。
素直な息子はそれに従って都立中高一貫校を受験し、8倍の難関をするするっと突破して、入学したのだった。
どうやら都立一貫校は教育の巻き返しを図っているようで、学費は公立、教育は私立、というレベルでの立て直しを図っているところだったらしい。授業はそれなりに厳しく、何よりも建て直したばかりの校舎は明るくてきれいで、ひゃー、これがいまどきの学校か、と驚いたものだった。
OBには池上彰や宇賀なつみがいる。コロナ対策でへとへとになっている厚労省の大臣も卒業生だ。だが、一番偉大な卒業生は、オレのヨメである。
自分の子どもが母校に通うってのはどんな気持ちなのさ、と聞いたら、ヨメは嬉しそうに「そりゃ嬉しいわよ」と話していた。だからヨメにとっては、文化祭などの行事のたびに息子の学校に行くのは、建て替えたとは言え、自分の母校に通うのと同じだったのである。我が子と一緒で、それは誇らしかっただろう。
時を経て今度は保護者として再び卒業式に臨むという、物語の美しいフィナーレが待っていたはずだったのに、今回の処置で一番残念がっていたのはヨメだった。
いい学校だったと思う。
高校から入学してきた仲間にALS、つまりあのホーキング博士と同じ病気、同じ症状の子がいた。その子もごく当たり前のように仲間に溶け込み、みんなと一緒に笑い転げていたというから、それだけでもいい空気の学校だったとわかる。
学費は公立、教育は私立を目指したものの、完全に進学校になれかというと道半ば。退学、留年のドロップアウトもそこそこ出ている。だが、それも含めてとても健全な学校だったと思う。
いい学校でよかったな。息子にそう言ったら「んだな」という返事だった。
この6年間、毎日、当たり前のように息子の学ラン姿を目にしていたが、それも今日限りかと思ったら、なんだかとても寂しくなってきた。
会場一杯の盛大な拍手で送り出してやりたかったが、きっと息子は仲間たちと一緒にはしゃぎながら、校門から続く長い桜並木をゆっくりと歩いて学び舎を後にしたに違いない。明日からここは母校と呼ばれるようになる。
胸を張って振り返ることのできる母校でよかったな。
2020.03.06
銀座に行った。
春の銀座はいい。街全体がウキウキとしていて、ぼんやりとしている。ほんわりとして空気に包まれながら、夕刻、銀座四丁目から銀座一丁目までのんびりと歩いた。
取材仕事の帰りである。
富裕層しか入れない某所で、某著名人の対談の仕事だ。富裕層というのは、明確な定義はないのだけれど、金融業界では金融資産5億円以上が富裕層ということになっている。つまり貯金が5億円以上だ。では、超富裕層は、とたずねたら「5億? まさか。50億円以上ですよ」と笑われたことがあった。いずれにせよ、まったく縁遠い世界である。銀座というのは、そんな人たちが足を踏み入れる場所でもあるのだ。
だからオレなんかはただ歩くだけしかできないのだが。
そして、歩くだけでものほほんといい気分になれるのが春の銀座である。ところが、今日は街の様子が少し違っていて、例えば銀座五丁目のユニクロが、ガラガラである。客がいない。連日、あふれるほど詰めかけていた中国人がまったくいないのに加え、日本人もまったくいない。そして、当たり前だが道を歩く人もだいぶ少ない。
少ないなりにも、大量のマスクを買い込んだ中国人が道端で座り込んでいたのには笑ったが。
春になればなんとかなるんじゃないかという期待は心許なく、どうももう少しかかりそうだな、新コロちゃんの撃退には。
2020.03.05
うーむ、どうやらこのままでは16日のJリーグ再開は難しそうだなあ。おかげで鹿島アントラーズのサポーターはまだまだ最下位に沈むチームの現実と向き合わなくてはならない。いい気味である。
もちろんこちらとしてはこのまま今年のリーグ戦が終わったら、それはそれで優勝なのだから別にかまわない。金持ち喧嘩せずである。
だが、それではあまりにネタが少なく、ここに何も書けなくなる。やっぱりリーグは再開してもらいたいものだな。なにしろこのままではJリーグのチームの半分が倒産すると言われている。やはりプロスポーツの命は興業。客を入れてなんぼなのだ。
それでいくと高校野球を無観客でというのはまったく理解できないのだが、あれは興業ではなくて教育だから、いいっちゃあいいのか。いやいや、教育ならなおさら中止だろう。別に高校野球なんてやってもやらなくても、Jリーグの順位に関係ないし。
などということを書いて、ふと思って調べてみたのだが、去年1年間の熱中症の死者は126人だったそうだ。救急車で運ばれたのは7万1317人。対して新コロちゃんの死者は今のところ国内で6人、クルーズ船を別とした患者は346人。なんと死者は熱中症の20分の1、患者に至っては熱中症の200分の1ではないか。
要するに熱中症に対するのと同じぐらい用心しておけば大丈夫、ということだ。オレ理論では。学会で発表しようか。
まあ、しかし思い出すのは3.11のあとの原発事故のことで、あのときも小学生2人を抱えながらこの先どうなるのだろうと不安な日々を過ごしたものだった。朝起きるたびに事態は悪くなる一方で、振り返るとあの日はこんなことがあっただよと言われても、それ以上に今のほうが悪化しているという、まったく先の見えない日々だった。
それが次第に落ち着いたのは、東日本に人が住めなくなるという最悪の事態を免れることができたからだった。そしてなぜ助かったのか、その理由は誰にもわからないというのが、これまた恐ろしいところだ。
あんな具合に、なぜだか知らないが新コロちゃんもいつの間にか収まっていた、ということになると有り難いのだがなあ。
それにしても野党の阿呆どもを見ていると、オレたちの本当の不幸というのは、まともな政府を持っていないことではなくて、まともな野党を持っていないことにあるのではないかという気になってくる。足を引っ張ってばかりじゃん、あいつら。考えてみれぱ原発の時にはあいつらが政府だったわけだから、今考えても恐ろしいよな。
政治家というのは、国民の生命と財産を守るためなら何だってするものだと思っていたが、野党の連中は正反対の存在で、オレたちを危険にさらそうとしているんじゃないかとさえ思えてくる。
まあ、よい。よくないが、ここで怒っても仕方ない。選挙の時に怒ろう。
2020.03.04
電車は、明らかに空いている。
先日、朝の電車に乗ったらそう感じたが、今日、昼の電車に乗ったらさらにすっからかん。各停ではあるが、1車両に10人くらいしかいなかった。楽ちんでよいではないか。
楽ちんなのはよいのだが、おかげですぐに眠くなるのには参った。さすがは春。暁を覚えないのだった。いや、年中そうかも。
2020.03.03
昨日に引き続き本日もヒマである。ヨメも子供たちも家にいる。行くところがない。
そこで散歩がてらお気に入りにカフェでお茶を飲むことにした。片道40分ほどの距離を家族4人でどうでもいいことをしゃべりながら歩く。とてもいい陽気だ。今日のことは、きっと“あの春の一日”としてずっと記憶に残るだろう。
カフェに着く。むさしの森珈琲というカフェで、とても気に入っている。明るくてウッディな空間がとても気持ちいい。
隣の席では漫画家らしき人が仕事をしている。ネームを描いているところのようだ。できあがったら仕事場に戻ってペン入れをするのだろう。
こっちのテーブルでは息子が宮部みゆきを読んでいる。先日、本屋でいろいろと買い込んできた中に入っていたようだ。宮部みゆきを読むのは久しぶりのようだが、なかなか面白いらしい。初期の「魔術はささやく」だ。
そそろ帰ろうかというところになったが、物語はちょうど佳境らしく、ならば読み終わるのを待つことにした。
20分ほどして読み終えたので、店を出る。宮部みゆきは、次は「火車」を読むといいよ、面白いから、と息子に勧める。
カフェの隣に紳士服店があったので、立ち寄る。
これも今日の目的の一つだ。息子のために大学の入学式で着るスーツを買うのである。
スーツ量販店各社とも、入学式に入社式に終活に、一年一番の稼ぎ時とばかりに企画商品を出している。この店のはというと、スーツにシャツにネクタイに靴に、といろいろまとめて8点セットというのがあった。そんなにいらないんだけどなあと思ったが、結局は8点セットがお買い得なのは間違いないようだ。
中止になるかもしれないけど入学式のスーツなんですが、と言って店員に見繕ってもらう。
オレが上京して大学に入学するとき、親は確かブレザーとズボンを買い与えてくれたっけ。そして家の前でみんなで記念写真を撮ったはずだ。節々に子どものイベントを迎える、そのたびにオレは親が自分にしてくれたことを思い出し、こんな気持ちでオレを見ていたのか、と思い至るのだった。
全部まとめてハウマッチ。
店員のお姉ちゃんが差し出したレシートには目が回りそうな数字が書いてあって、きっとオレのオヤジも目を回しながら払ったのだろうと思いながらオレは、クレジットカードを差し出したのだった。
まあ、オレだってスーツを買うのは数年に一度だし、そのときは目をクラクラさせながらクレジットカードを差し出している。仕方ないと言えば仕方ない。オレの靴はボロボロだが、しばらく我慢して履き続けよう。
商魂たくましいのはスーツ屋で「新入学・就職の方に限り今なら礼服が半額です。どうですか!」とオレを煽るのである。「これからは礼服も必要になるし、急に必要になって慌てて買おうとしてもつなかなか大変ですし、ならば今半額で買われた方が」と攻めてくるのである。
もちろんそんな攻撃はあっさりはねのけて、「さらにはコートも今なら半額」という攻撃もはねのけて、店を出る。やれやれ、カネのかかることだなあ。
礼服と言えば、オレの礼服はちょっときつくなってきて、でも、これは山口のお葬式の時に慌てて買ったものだったから、まだ十分着れるはずなので、サイズを直せば行けるだろう、と考える。そんなことを話ながら帰り道を40分ほど歩いて帰る。途中、隣駅のピーコックに立ち寄り、晩飯の買い物。その間、息子はセブン―イレブンでQUICPayにチャージした後、2階の文教堂に行って「火車」を買ってきたのだった。
高校生の春休みというのは、間違いなく人生の黄金時間の一つである。オレが高校生の時はどうしていたかというと、1年生の春休みは部活で忙しく、2年生の春休みは受験勉強のスタートを切ってずっと家にいて、3年生の春休みは仲間の家に泊まって酒を飲んだり始めて煙草を吸って気持ち悪くてゲロを吐いたり、といった日々だった。オレの前には未来しかなく、雪どけの水は冷たくとも空は限りなく青く、仲間とは何をしゃべっても楽しかった。
息子は、あと、卒業式を残すのみである。それも保護者不在の。
進路は未定ではあるものの、この1ヵ月は人生の黄金時間なのだ。それなのにどこへも行くことができず、なにしろ春休みにディズニーランドにも行けないというのは高校生にとってはこの上なく不幸であるわけで、ただひたすら地元の仲間と地元で過ごすしかないのである。過ごすっていっても、せいぜいガストで数時間しゃべるだけだが。
とてもかわいそうな春休みになってしまったなあ。息子にとって。
何が悪いでもなく、誰のせいでもなく、日本中同じなのだからあきらめるしかないのだが、親の参列が禁止される卒業式を迎えるというだけでも、とてつもなく寂しい話だわ。
家に帰って、風呂に入り、今日はよく歩いたねえなどと言いながら、ハイボールを飲みながら晩飯を食う。
集会禁止、イベント自粛の中、芸能人やミュージシャンが生活の保障を訴えかけている。臨時休校に伴って親が休んだ場合の経済的補填の話も出てくる。フリーランスや自営業者にもなんとかしろ、という声も国会であがっているそうだ。
オレも昨日、今日とヒマだったしなあ。それなのに目の回るようなスーツ代とか、いつも以上にカネが出て行くばかりで、先行き不安というか、真っ黒なわけだが。
もっとも今のこの時点と同じ状態が、この夏、オリンピックにも起きるのだ。オレたち、都内で働くフリーワーカーは、企業活動が実質的にストップする中、仕事もなくなるはずだ。交通が麻痺し、在宅ワークを強制される、こんな時期に、フリーランスに仕事がこぼれてくるわけがない。
そんなドヒマな1ヵ月が夏に待っているわけで、今はその予想される損失分に備えてアリさんのように働いておくべき時なのである。それがコロナによってキリギリス状態を強いられてしまっているわけだ。だから、この春をなんとかしのいだとしても、次にやってくる夏が致命的になる可能性がある。その意味でも、今年のオリンピックは中止にして、1年延期してもらえるとありがたいのだがなあ。
そんな夏におびえながら青息吐息で春を過ごしているわけだ、オレたちは。
ちなみにオレの遊び歌バンド・たんさいぼうも、予定されていたライブが2回、キャンセルになってしまった。政府に補償を訴えようかと思ったが、ノーギャラ、交通費自腹のライブだから、むしろキャンセルされてよかったね、と笑われて終わりだろう。とほほ。
2020.03.02
当初の予定では、昨日の日曜日は松本のスタジアムで今季初のアルビレックスのゲームを観戦し、その後、松本市内のそば居酒屋で、そば好きの息子とともに信州そばをたらふく食ってたっぷり寝ているはずだった。
そして今日は朝からそばを食って、のんびりと山道を走って帰ってくる予定だった。
だから月曜日の今日も何の予定も入れておらず、従って何もすることがなくて、ヒマなのだった。いや、ヒマとは言え、それなりにやることもあって、原稿を一本片付けて、次の取材用の資料を読んで、スケジュールを調整した。その間、新しい仕事の依頼もあって、営業も成功した。
それでも基本的にヒマはヒマである。
あげくにコロちゃんのおかげで取材仕事が一つリスケになって、今月後半に延期されてしまった。まあ、そんなのはたいした影響ではないが。
大変なのは日銭商売の飲食、サービス業だろうなあ。飯屋、飲み屋は言うに及ばず、美容院、理容院、マッサージなど、狭い空間で対人サービスをしている店は大変だと思う。あの「とおるちゃん」でさえ、客が来ないという悲鳴のラインだ。まあ、オレも行ってないしな。あの閉鎖空間は、やはりちょっと控えたくなる。
誰もがそんな厳しい思いをしていて、現場ごとになんとかの知恵を振り絞ってここを乗り越えようと頑張っているわけだ。学童保育もそうだし、保育園もそうだ。
学研とか小学館とか、子供たちのために雑誌や教材を読み放題無料にして解放してくれた。少しでも現場の力になれれば、という気持ちだ。
そんな気持ちのカケラもない野党が、今日もまたぎゃーぎゃーとうるさく、「家に子どもだけを置くのか」と吠えていたR4が今日は「なぜ保育園を閉園にしなかったのか」と真逆のことでかみつき、「場当たりだ、日によってころころ変わる」と首相に言い放っては、「どの口が言う」と日本中から突っ込まれているのに知らん顔。R4のツラにしょんべん。
うんざりだなあ、この野党は。
2020.03.01
他人のSNSでの発言にいちいち反応するのも阿呆らしいのだが、さすがにこれには噴いたわ。
トイレットペーパーやティッシュの争奪戦が起きたのは、広告代理店の仕込みだ、という糾弾だ。大丈夫だろうか、このおじさん。
プロクター&ギャンブルや花王やライオンはテレビのワイドショーのスポンサーだから、ワイドショーの台本をちょこっといじれば、世間は煽られてこの通り。どうだ、オレだから、この仕込みを見破ることができるのだ。
大丈夫だろうか。大丈夫じゃないな。
いまどき、こんな陰謀論、中学生でも口にしないわ。おじさんは、バブルの頃を引き合いにしているので、頭が昭和のままなのは間違いないようだ。息子に感想を聞こうかと思ったが、いまどきの高校生ともなると「ふん」と鼻で笑われて終わりのような気がしてやめた。
こうして書いていても、こ、広告代理店の仕込みだってえ〜っ、ぶっ、と吹き出してしまうのだが、そもそも広告代理店がそんなことをしてどんなメリットがあるのだろう、イオンやセブン―イレブンもワイドショーのスポンサーなのに迷惑かけちゃってんじゃないの、と反論するのもバカバカしく、きっとこういうおじさんがコールセンターの人たちをいつも困らせているのだろうなあと思った。
このおじさんにとっては、広告代理店と自民党が諸悪の根源らしく、最近は「民度」という言葉を覚えたようで、日本は民度が低いと盛んに悪態をついている。
「日本死ね」と同じ臭いがする。
SNSの発言にいちいち反応するのも阿呆らしいので、これで終わり。
こんなSNSにもつい反応しちゃうのは、要するにヒマだからであって、せっかくの好天の日曜日なのにどこにも出かけられず、それこそイオンの買い物でさえも「やめておこうか」と自粛する状況だから、ひたすら家の中でごろごろするしかない。
こんな時の強力な味方が、Amazonプライムである。そして今日観たのが「エクストラショットノンホイップキャラメルプディングマキアート」だった。
オレが遅れているのだろう。今頃これを観て笑い転げているなんて。なにしろ2015年の作だ。私立恵比寿中学、略してエビ中の演じる舞台である。心臓の病気で急死したあの子もまだ元気で笑い転げているのが、ちょっと切ないが。
今日は何を見ようかな〜とファイヤスティックをカチカチ押していて、見始めたのがこれ。なんだ、舞台かよ、つまんね、と思ったらこれかとんでもない。物語は急に転がり出して、ギャグの連発で抱腹絶倒。エビ中の女の子たちが実にイキイキと演じていて、それがまた好感度なのだ。
高校(中学?)の廃部寸前の演劇部で、やる気のない部員たちがいかにして発表会をサボるか、という話で、勘違いや誤解やすれ違いといった、要するに高橋留美子的なギャグ、つまりそれは日本の落語の「熊さん八つぁん」的な世界が、二重にも三重にも繰り広げられる。
つまり台本が神なのだな、これは。
そんな神台本を、エビ中の女の子たちが瑞々しく演じる。驚くべきことは、ちゃんとした練習期間は2週間しかなかったということだ。これは驚愕。ほとんど台詞を噛むこともなく、ミスなく1時間半の舞台をアイドルがやりきるなんて、うーむ、要するに頭が若々しくて、台詞なんかもすぐに覚えちゃうということなんだろう。
とにかくこの「エクストラショットノンホイップキャラメルプディングマキアート」は絶対のお勧め。観て損はない。つーか、Amazonプライムなので観ないと損をする。
あまりに面白くて、オレは二度目を部屋のパソコンで、三度目をテレビで息子と一緒に観てしまった。つまり三度も観てしまったのである!
バカじゃねえのか。オレ。しかもその合間には「セブンス」という日本映画も観てしまった。
これもAmazonプライムのザッピングで見つけた映画だ。安い日本映画である。昔のAGC、あれ、これは旭硝子だ、昔のアートシアターギルド、つまりATCのような臭いがたっぷりの映画だ。知られた役者はゼロ。制作スタッフも半アマチュア。そんな映画にとりつかれた連中が、映画作りの狂おしさをテーマに描いた作品である。
この雰囲気は嫌いではない。うんざりするような根暗さ、タコツボぶり。画面に絶え間なく流れる湿気の濃さ。これぞダメな日本映画の典型で、オレは嫌いではない。いや、むしろ好きだ。
ただ、なぜ途中で映画作りをやめてしまったのか、そして3年後に昔の仲間が集まって途中から映画作りを再開するのか、そのあたりが完全に説明不足で、物語に説得感がなく、結果的にちっとも共感を得られないものになっている。要するに「勝手にすれば」と思わせる映画になってしまったいるんだよなあ。それがすごく残念。
こんふうにヒマがあるとAmazonプライムをザッピングして映画を観ていてるのだが、「きっとうまくいく」「キツツキと雨」のような素晴らしい作品に偶然で会えるのが実に楽しいのだ。「エクストラショットノンホイップキャラメルプディングマキアート」もそこに連なる。
お勧めです。
2020.02.29
やれやれ、やっと2月が終わって3月だと思ったら、今年は閏年だったのね。だから今日も2月で29日なのね。
残っていた原稿を片付けて、Amazonプライムをボケッと観て、実に非生産的な一日を送る。日本中、こんな感じなんだろう。
2020.02.28
本日の取材は全員がマスク着用だ。
「皆さん、2メートルぐらい離れましょうかね」と、イスをずるずるっと引きずって間隔を開ける。先方は4人、オレは1人。毎回、完全アウエーでの闘いだ。ただ、とてもいい会社のとてもいい人たちなので、いつも気分よく仕事させてもらっている。
入り口では、中国渡航歴の有無と体温が37.5度以上かどうかについて、外資系らしく、和英併記の文書で確認を求められる。
ピリピリしているのではなく、戸惑いつつも、なんだかえらいことになっちゃったなあ、という雰囲気だ。
午後、学校が終わっちゃって家でごろごろしている娘と息子を連れて、井荻のカフェへ行く。「むさしの森カフェ」という落ち着いた店だ。すかいらーくが経営している。
その後、西友へ買い物にいったら、トイレットペーパーにティッシュが見事に空になっていてびっくりした。隣のトモズでは、ちょうど入荷したところらしく、行列ができている。1家族1個という制約だろう、子どもに持たせ、自分も持つ、という家族連れが目についた。
ひゃ〜、東日本大震災以来だなあ。
「原料が中国なので足りなくなる」というTwitterに踊らされて、ということらしい。でも、どうやら違う。学校の休みが急に決まって、どこの過程でも来週から家に子どもがずっといるということに戸惑い、お昼ご飯が必要だからといつもより多めに食材を買い、ついでに「トイレットへーぱーやティッシュもいるわね」といつもより1個多めに買ったというのが原因だろう。おかげで棚の減りが早く、それを見た人たちが、「自分も念のため」と思って手を出したわけだ。
これは納得できる説だな。
オレんちはというと、トイレットペーパーもティッシュも常時2か月分ぐらいの買い置きがあるので、慌てなくて大丈夫だ。ふふ。何だったら店でも出そうかね、とリアルな転売やーへの転身を企んだりする。
それにしてもJリーグがなくなったのはつまらんなあ。こないだの試合を繰り返してみているけれど、さすがに飽きた。そうだ、こういう時こそ、ディズニーチャンネルがあるじゃないか。アベンジャーズを最初から全部観るのにちょうどいいではないか。息子とはそんなことを話し合っている。
大相撲は無観客か中止かで揺れているようだが、プロの興行が無観客になったらプロじゃないじゃんと思うものの、あの世界はいろんな地域のしがらみがありそうだしな。中止は中止で面倒なんだろう。
そういやJリーグができる90年代半ばまで、日本でプロスポーツといったら野球と相撲だけだったと言ったのは、金子達人だった。Jリーグができてオレたちは、米国以外の、アルシンドとかシジマールとか、変な名前のアスリートも世界にはたくさん存在すると教わった。そしてアメリカだけが世界のすべてである、という米国式の価値観から次第に解放されて、アメリカも世界の一部に過ぎないと納得するようになった。
Jリーグって偉大だったんだね。
早く再開しないかな。
2020.02.27
「うんコロナ〜」とか「ちんコロナ〜」とか叫んではヨメに怒られ、息子には「前頭葉が小学生だから仕方ないか」と呆れられているオレだが、今の状況は、怖れていたほどひどくはないが予想していたほど楽観視もできない、といったあたりではないか。
さすがに突然の全国一斉休校要請には驚いたものの、これをもう1ヵ月早くやっていたら大英断だったろう。だが、そんなことになったらオレは「息子の受験をどうしてくれるんだ」と激怒し、アベちゃんを罵っていたに違いない。事ほどさようにリーダーの下す決断というのは難しいものだな。
今回の休校は、それでも英断と言ってもよくて、ギリギリのタイミングだったんじゃないか。それなのに蓮舫のバカのように文句しか言わないヤツらがいて、本当にうんざりだ。
そもそも前例のない事態の中で、誰もが納得する方策なんてありえないだろうに。そんなことも理解できていない時点で、蓮舫は真性バカ決定。「家の中を子どもだけにするのか」みたいなヒステリックなことを叫んでいるようだが、子どもをほったらかして男と泊まり歩いていた山尾なんちゃらという議員が仲間にいなかったか?
今週号の週刊文春の飯島勲の連載には、厚労省をはじめとするお役所の奮闘ぶりについて記して、拍手を送っている。ただ知られていないだけで、例えばホテル三日月に缶詰になった連中のために厚労省の職員が地元を駆けずり回って食材を確保してくれていたそうで、現場で必死に汗をかいている人たちへの言及もなく、文句ばかりたれている連中にはほとほと呆れてしまう。野党の連中も、質問に立ったら「現場の皆さん、ご苦労様です」の一言も言えないものかね。
陽性と陰性を間違えて覚えていた枝野は真性のバカを露呈したが、そいつを首相にしようと国会の場で口にした議員もいるとか。菅直人もアベちゃんをリーダーシップの欠如と避難しているが、3.11で原発に乗り込んで混戦させ、メルトダウンへの引き金を引いたのはお前じゃないかと言いたくなる。お前こそ、うんコロナだ。
それにしても全国一斉休校のインパクトはすさまじく、一気に日本の空気が変わったな。ルビコン川を渡っちゃった感がある。
オレんちも、高校生が二人、約1ヵ月も家の中でごろごろすることになるわけで、そりゃあたまったもんじゃない。でも、世の中の人たちはもっと大変で、シングルマザーとか、心から同情するわ。それでもともかく大なたを振るって、個々の事情にはきちんとみんなが手を差し伸べて、というやり方しかなかろう。
東日本大震災の時、あなたはどこにいましたか。原発事故の時、どう過ごしていましたか。
そんな問いかけが平成から令和に生きるオレたちの共通のアイコンのようになっている。アメリカで言えば、9.11の時にあなたは〜という問いかけだ。令和2年、東京オリンピックの年、コロナ騒動をあなたはどうしていましたか、という問いかけがあったとき、いや、実は、とうまい小ネタの一つも口にできるような、そんな備えのつもりで過ごしてみるのもいいだろう。
北海道が緊急事態宣言か。やるな、鈴木知事。彼はこれから必ず中央に出てくる人だ。小泉進次郎の子どもの名前は「道之助」というらしい。いい名前じゃん。素敵な名前だ。でも、その名前の由来について、自分を育ててくれたおばさんからとったというのはともかく、「未知のスケールを感じたから」と余計な一言を添えるのがどうもなあ。ポエマー進次郎はすっかり株を下げて、鈴木君が株を上げた。
株といえば本物の株がえらいことになっていて、これは世界同時恐慌の始まりなのかもしれない。いや、それはちょっと勘弁して欲しいものだ。
2020.02.26
今日で息子の受験が終わり、息子の長かった受験生生活もいっちょ上がりとなったのだ。よく頑張った。
晩飯に何が食いたいかと聞いたら、この2ヵ月間、一切の生ものを口にしていなかったので、寿司が食べたいという。おお、そうだな。寿司だよな。
そこで近所の銚子丸で持ち帰り寿司を握ってもらい、息子の受験お疲れさん会を家族で開いたのだった。生もの禁止と同様、最近は外食も禁止しているので、お祝いも家なのだ。本当ならこれにテイクアウト禁止も入れなければなあ。
というわけで、明日からはスーパーの惣菜もやめよう。トングがやばそうだ。それでなくてもスーパーは、カゴとか、商品とか、実にいろんなものに触る。現金がヤバいからとこちらは極力キャッシュレス生活をしていてもスーパーのレジではたくさんの現金が飛び交っているから、気をつけなくては。我が家ではレジ係が触ったクレジットカードも、家に帰ってからアルコール消毒してしまうようにしている。
もしかしたら国立大学の受験が終わるのを待っているのでは、と思っていたが、案外その通りだったようで、今日になって政府がいろんなことを言いだしたのはちょっとびっくり。人が集まるのはダメ、学校もダメ、卒業式もダメ。
特に都立高校は、明日から10時登校で帰りは2時半、部活禁止。来週、期末テストが終わったら、そのまま4月まで登校禁止。卒業式も在校生は欠席。つまり期末テストが終わったらそのままクラスの仲間とはバイバイで長い春休みに入る。しかも、部活はもちろん人混みも禁止。
げっ、ということはさ、とヨメと顔を見合わせる。
1ヵ月以上、娘と息子が家にじっとしているわけか? 高校生の春休みにディズニーランドにも行けないというのは確かにかわいそうだが、ずっと家にいられるこっちもかわいそうだ。せいぜい、近所を散歩する程度か。うーん、それもなあ。
今からうんざりである。
でも、何事もプラスに考えなければ。
例えば息子にはそろそろちゃんとしたパソコンを買ってやらなくてはならない(ちゃんとしていないパソコンならデスクトップにノートを既に持たせている)ので、秋葉原へ一緒に買いに行こうかと思っている。いや、買うのはアマゾンで、その前に実機を見るわけだが。
だが、考えてみれば中国人をはじめてとして外人が一気に消えてしまった秋葉原は、がらんとしているのではないか。するとメイドカフェも客が減ってメイドがクビになり、メイドによだれを垂らしていたオタクたちも足を運ばなくなるという負のスパイラルで、秋葉原はますますがらんとしてしまっているのではないか。
チャンスだ。これはチャンスではないか。
当然、秋葉原全体を不景気風が吹き抜けて、店主たちは厭世気分となり、パソコンの投げ売りが始まるだろう。そこを狙って買いに行けばいいのではないか。これがプラス思考というやつだ。
しかし、とオレは冷静になってじっと手を見る。
カネがかかるではないか。とにかくカネがかかる。プラス思考をすればするほど財布はマイナスになっていくという、おそろしい負のスパイラルがオレを待っている。スパイラルは酸っぱいらる。ギャグまでつまらない。
くそったれの2月はもうすぐ終わり、待ちわびた春がやってくる。晴れ晴れとした3月であってほしいものだ。
2020.02.25
地元のスーパー、西友で買い物をしていたら、酒売り場でオレに手を振る熊のようなおじさんがいる。誰だ。怪しいヤツだ。変態か。
マスクをしたその怪しい変態おじさんは、そう、例のカナウチおじさんであった。略して変態カナちゃん。
おじんさは、魅惑の低音ヴォイスで「よう、何やってんだよう」とオレにささやきかけるのである。何かヤバい取引でも持ちかけてくるのだろうか。
オレはビビって、お、おじさん、今日会社は? と聞く。「休みだよ、休み」と、平日の真っ昼間にスーパーの酒売り場で買い物をしているというのに、変態カナちゃんは何も悪びれることもなく、偉そうに言うのだった。
カゴをのぞく。
げっ、なんだそれ。1.5リットルのウィスキーじゃねえか。
そうである。カナちゃんのカゴの中には、巨大なウィスキーのボトルが入っていたのである。よく見たらそれは西友が直輸入している安いスコッチであった。1.5リットルの。
おいおい、それはいったいいくらだったんだよ。「1500円だ。安くていいぞう、これは」とカナちゃんは威張る。
「そういうあんただって」と、返す刀でカナちゃんはオレの左手を見つめて、そこに西友のプライベートブランドの缶チューハイ9℃500ml缶が2本握られていることを発見し、反撃に転じる。
「そういうあんただって同じじゃねえか」。
し、しまった。不覚だった。これでは平日の昼間にスーパーの酒売り場で遭遇したろくでなしの中年2人ではないか。
ちなみに西友のプライベートブランドは「皆さまのお墨付き」という。繰り返すが、これがブランド名である。なんというインパクト。ダサいとかかっこ悪いとか、そういうのをあっさりと通り越したネーミングである。
もっとも慣れというのは恐ろしいもので、今では当たり前のように「皆さまのお墨付きのトマトジュースでいいよ」「わかった、ついでに皆さまお墨付きの歯ブラシも買っておくね」と、我が家では当たり前のように口にして、何の違和感も感じなくなっていた。
だが、こうして改めて地下の酒売り場で「それはなんだ」と指さされると、えーと、いや、その、とうろたえてしまう。チューハイを持っていたことではなくて、それが「皆さまのお墨付き」だったことにオレはうろたえてしまうのだった。
結局カナちゃんとは、ここで会ったことはなかったことにしようという暗黙の了解のもと、すぐに別れたのだった。
西友で買い物を終えて地上に出たら、隣のドラッグストア、トモズの前で警官二人が不審者をとっ捕まえて尋問していた。盗撮か何かのようだ。オレは、もしやカナちゃんがついに捕まったのかと心配したが、そういうことではなかったようなので安心した。ちなみにトモズは住友商事の子会社である。住友だからトモズ。近所のスーパー、サミットも住友商事の子会社で、こちらはSUMITOMOだからSUMITというわけだ。
そんな蘊蓄をたれながら家に帰ったら、案の定、Jリーグの中止が決まった。これはよい判断。練習見学もファンサービスも、すべて中止だ。
先日オレは3/1の松本戦に行くのをやめたと書いた。ホテルもキャンセルした。だが中止ということになったら、チケットを無駄にしなくてすんだということか。無駄金を払った、とあきらめていたがどうやら助かったようだ。
ほっ。
このまま野球も相撲も中止が妥当だろう。オリンピックだって無理に決まってる。
中止にしたら電通はじめいろんなところが大損こくだろうが、しかし、世界から選手がやってこないんだから、もはやどうしようもないじゃんね。
代わりに選手村をすべて医療機関に転じれば1万以上のベッドがすぐにできるじゃん、とネットに素晴らしいアイデアがあがっていた。ぜひそうしてもらいたいものである。
この日記で、1月29日にオレは、この先の4週間で趨勢が見えると書いたが、あれから早1ヵ月。思ったほどに拡大していないが、思ったほど衰退もしていない。
あの日はまだスーパーでマスクが買えたのか。西友では売り切れだったが。
はて、この先どうなるか。とっととオリンピックの中止を決めてしまって病院にしちゃうぐらいの英断が必要だがなあ。
あ、その流れで思い出したが、北海道知事の鈴木君はこの先に期待だね。
それはともかくJリーグが延期となって、「おー、これで鹿島が1ヵ月、最下位のままだ!」と息子が発見した。おお、そうか! なんという吉報!
鹿島の連中は当分その惨めさを味わうんだな。いやあ、嬉しいなあ。
かしーま、さいかい! どどっど、どっど!
早速喜びのエールを上げたら、「やめなさい!まったくサッカーファンっていうのは…」とヨメに怒られてしまった。
2020.02.24
三連休の最終日は家族全員、終日、在宅だ。
一ヵ月前にはどうしていたかというと、オレは「OSK!」などと叫んだりしていて、要するに世界はまだ平和だった。コロナちゃんも、人ごとだったのである。
それが今やこの事態。誰もがビビって過ごしている。
我が家もなるべく外出せず、食事はすべて家の中でしている。外食禁止。口に入れるのはすべて火を通したものだ。
コロナちゃん対策もさることながら、なにしろ明日は息子の受験だからな。年が明けてからは生ものは野菜も含めて一切やめてるし。
受験生の親をやってみてよくわかったのは、受験生の親というのは二つしかやることがない、ということだ。子どもの体調を崩させないことと、金の心配をさせないこと。この二つだけだ。格好良くいうなら、健康と経済の二つの「K」しか、やることがない。
他のことはやるだけ無駄。むしろ邪魔。
特に一番良くないのは勉強に口出しすることで、ありがちなのは父親がネットで調べて「あそのこ予備校はよくない」「あの先生の指導はダメだ」と余計な口を挟むことである。これが一番よくない。
逆に考えて、家族が仕事に口を挟んだら頭にくるのは当たり前だから、親が子どもの勉強に口出ししたってやる気を削ぐだけに決まっている。ほっときゃいい。というか、邪魔するな。
別の夫婦で話し合ったわけではないが、このあたりの考えは共通していたようで、オレもヨメも、勉強にはまったく口出ししなかったし、学校のことにもなるべく関わらなかった。
特にオレは、親が学校に顔を出していいことなんか一つもないと思っているから、子供たちの学校に足を運ぶのは一年に一度、運動会か文化祭くらい。それも30分もいて、へー、この教室で毎日過ごしているのか、狭っ、などと言えば満足だった。親が学校に長居をしたって、いいことなんか一つもないんだよ、ふんっ。帰れ帰れ、親は帰れ。
要するにあと親ができることと言ったら、体調を崩させないことと金の心配をさせないことだけである。後は何もできない。つーか、するな。
なんてことを振り返りながら、今日も我が家は全員家にいて、コロナ対策。子供たちは部屋に引っ込んで、オレはというと朝からAmazonで映画を観ている。
「マスカレード・ホテル」だ。長澤まさみと木村拓哉。これがけっこう面白かった。話のテンポが良くて、どんとん引き込まれる。途中、差し込まれた人情エピソードが余計だと思ったら、これが伏線になっていたりして、よくできている。だはは〜と純粋に楽しませてもらった。
おーい、面白いからお前も観るか〜と息子に声をかけたら「さすがに観るわけないだろ」とあしらわれてしまった。とほほ。親は寂しいものである。
2020.02.23
ふふふ、ボコられるかも、なんていっちゃってゴメンね。反対にボコってやったもんね。
3-0。もう一度書くけど、3-0。おかげで首位ですよ、首位。早くも首位。
まあ、相手の群馬がひどかった。このひどい相手に81分まで0-0で、このまま逃げ切られたら、さすがに今期のアルビレックス新潟、ダメだろうと。
ところがあなた、そこから5分で3点ですぜ。ドカン、ズバン、ドシンと。
立て続けに3点だ。
1点目の渡辺新太のは目も覚めるようなゴラッソで、まさに開幕ゴール、今年のシーズンの幕揚げを告げる号砲にふさわしいものだったが、個人的には2点目のロメロ・フランクが熱かった。
後半、画面にはマウロ、マイケル、ゴンザレス、ロメロ、シルビーニョ、ファビオとなんと6人も外人が並んで、ありゃりゃ、いつからJリーグはこんなに外人だらけでもOKになったのさと驚いたけど、実はマイケルとロメロは帰化しているから日本人。外人4人しか出てないと見せかけて実質6人でした大作戦は「きたねえぞ、新潟」と他チームからは不評だが、なーに、こんな贅沢な多国籍軍をうらやんでいるだけだ。
この帰化した1人が、ロメロ・フランク。3年前までアルビレックスにいて、その後町田に移籍し、今年戻ってきた出戻り選手なのである。
3年前のロメロはしょぼかった。監督が阿呆で、そのしわ寄せみたいな使われ方をしたから気の毒だったのだが、とにかくさえない選手だった。
それが今年、出戻りと聞いて、しょうがねえなうと思っていたのよ。それが今日のゲームを見たら、まるでキングじゃん。しっかりゲームを支配し、つなぎ、貢献し、そしてゴールまで決めて見せた。
直後、ロメロはスタンドに向かって駆け寄り、両手を大きく広げて「どうだ、帰ってきたぞ、これが本当のオレだ」とばかりに胸を張ってみせたのである。これは熱かったなあ。
お帰り、ロメロ。今度こそここがお前のチームだ。暴れまくってくれ。
暴れまくったといえば、その後に行われた神戸対横浜FCでのイニエスタの暴れっぷりが、ほとんど神の領域でのけぞったわ。
特に82分のプレー。足に吸い付くようにボールを運び、狭いところで、相手を何人もかわす。魔法だ、チートだ、髪だ、いや、髪はない、神だ、とネット大騒ぎ。おれもしばし呆然とし、中継アナウンサーは「これが見られるなんて…幸せですねえ」と多幸感に絶句する始末。
眼福とはこれのことだろう。
イニエスタが見られるなら、チケットはお布施だ。
そんなわけで、今年も大騒ぎの週末がやってきた。
受験直前の息子もDAZNで一緒に応援である。
アルビレックス新潟の3発のゴールは、きっと一足早い合格祝いの号砲だ。
2020.02.22
昨日、湘南対浦和のカードで幕を開け、今日から本格的にJリーグが始まった。やったあ、サッカーが帰ってきた。楽しみだなあ。
いや、楽しんでばかりもいられない。
なにしろスタンドは真っ白。みんなマスクをしている。湘南は、肩を組むのも禁止、歌うのも禁止、旗を振るのも禁止。要するに濃厚接触は全部禁止。
ああ、それなのに選手はゴールが入るたびに抱き合い、バカなサポーターもつられて抱き合い、ついにはマスクをずらして大声で歌い始める始末。やっぱりサッカーってバカが見るスポーツだったのかしら。
いやいや、野球も似たようなもので、阪神のゴム風船、禁止らしいじゃん。もともと何万人という人が息を吹き込んで飛ばしていたわけだから不潔この上なく、インフルの時期でも菌をばらまいていたわけだから、野球もバカが見るスポーツなのだな。
湘南対浦和では、新潟から浦和へ出て行ったレオナルド様が早速決めてみせて、これで移籍以来、すべての対外試合で得点を決めている。頭がおかしいのではないだろうか。
今日は柏のオルンガが驚異の活躍でJ1を驚かせていたが、なーに、以前から同じようなものだ、J2なんて軽いぜ、と新潟の子でもないのに我が子のように自慢したくなった。
今年の得点王争いはこのレオナルド対オルンガだな。あれ、これってまんま去年のJ2じゃん。
というわけで明日はいよいよアルビレックス新潟が開幕。去年までまったく違ったチームが、まったく違った闘いをすることになる。ボコられて負けちゃうかもなあ〜。
2020.02.21
今日は朝から羽村市の外れで仕事である。
羽村? どこそれ? 日本? はい、日本です。武漢ではありません。東京の外れ、青梅とか、そっちのほう。
もっとまるめれば、多摩地方。要するにすげえ田舎だ。
そんな田舎であるゆえに、やはり田舎の練馬からは、クルマなら1時間で行ける。都心に行くより早いかも。
だが今日は電車にした。初めて行くところだから用心したのである。
「電車が遅れて遅刻しました」は許されるのに、「道路が混んでて遅刻しました」は怒られるからである。
石神井公園駅から4回くらい乗り換えてやっと着く。なかなか行き方が難しいのだ。1時間ちょっとだから、そんなに遠くはないのだが。
嬉しいのは下り方向しかも田舎なので電車がガラガラということだ。朝だというのに余裕で座れる。楽ちんだ。
ついでに居眠りしそうになって、「居眠りして遅れました」は絶対に怒られるから、慌てて目をぱっちり開ける。
おかげで1時間前に到着。駅前のマクドナルドで100円のコーヒーなんか飲んで余裕をかましたのであるが、ここで仕事の準備をしようとiPadを見てのけぞる。なんとバッテリーが30%しか残っていない。しまった、充電を忘れてた。
オレはiPadでインタビューを録音し、OneNoteでクラウドに上げている。これはちょっと格好いい。スマホで録音するのはなんだかみっともないのだが、iPad→OneNoteで、ええ、クラウドで管理してますので、ふふ、と添えると実に格好いい。
なのにiPadのバッテリーがピンチである。マズい。これはマズい。
もちろん充電用のケーブルは持ち歩いているのだが、なんとこれが断線しちゃって買い換えなきゃと思っていたところだったのよ。最悪のことは最悪のタイミングで起きるって、マーフィーを思い出しちゃったよ。
だが、いくら田舎といったって、ここはJRの駅前。さすがにコンビニの一つぐらいはある。マクドナルドの並びにセブン―イレブンを発見したのでLightningケーブルを購入し、モバイルバッテリーにつないで事なきを得たのだった。
ピンチにも動じず、冷静な判断で切り抜けてみせたオレって、かっけー。やたらと空だけが広い多摩の駅前でオレは胸を張るのであった。
2020.02.20
逡巡した後、オレはキャンセルボタンのクリックを決断した。
何のって、3月1日、松本市内のホテルを、である。
その日はアルビレックス新潟がアウエーで松本山雅と闘う日である。スタジアムは、養鶏場の近くでかぐわしい臭いがぷーんと漂ってくることで有名な松本アルウィン。臭いだけなら我慢もできようが、そこにコロナでも混じっていてはたまらん。
しかも取ったチケットは例によってゴール裏。密集地帯である。
アルビレックスがゴールを決めたといっては雄叫びを上げ、突き出した両手を前後左右の見知らぬ人々とのハイタッチに振り回す。ミスをすれば、前後左右からボケナスだのタコだのとの罵りの言葉が飛沫とともに降り注ぐ。
ゲーム開始1時間前から応援歌を叫び、選手をコールし、気が違ったかのように踊りまくる。密集しながら。
そんなところに、この春から大学生になろうかという息子を連れて行って、万が一にもコロナの直撃を受けたらどうする。親としてそんな目には遭わせられないだろう。
「いや、自分が心配なんじゃね? 高齢者だし」と、親の心知らずに息子はいう。
バババ、バカいうんじゃありませんよ。わたしのことんかどうなってもいいんですよ。我が子にだけはリスクを負わせられないという親心を、どうしてお前はわからないのだ。
チケットを取る前に、まずはホテルだと考えて、松本市内の安いビジネスを予約した。いかにも善光寺参りの中国人が泊まるようなホテルだ。
チケットは、発売日の10時きっかりに息子とセブン―イレブンに駆け込んでしっかりゲットした。息子はまだ卒業式を迎えていないので、最後の高校生料金で入場できる。
そこまでやったというのに、まさしく苦渋の決断。号泣しながらキャンセルボタンを押したのであった。
くっそう、コロナめ。
最近では企業も訪問者に対して受付で検温するところが出てきたという。オレも来週行く予定の取材先から「受付で渡航歴などをお尋ねしますが気分を害さないでね」という連絡が来た。面白いからクルーズ船を降りた後に屋形船で宴会した中国人という設定で訪問しようかと考えている。ついでに雪まつりも観てきたことにするか。
もしかしたら連行されるかもしれない。
企業はそこまでやるっていうんのにJリーグは普通にゲームをやるんだよなあ。果たしてどうなるんだろう。
もし松本戦のゴール裏がスカスカだったら、やっぱりなあと思うだろうし、密集していて盛り上がっていたら、すげえ悔しいかもしれない。さらに万が一にもアルビレックスが勝ったら、ますます悔しいかもしれない。
残念だなあ。初めてのスタジアムで、入試を乗り越えた息子と肩を組みながら大声で叫び、そして夜は信州のそばをつまみに旨い酒を飲みたかったのになあ。つくづく残念だ。
2020.02.19
「エージェント 巡査長 真行寺弘道」があまりに面白かったものだから、シリーズ第一作の「巡査長真行寺弘道」を再読した。
やっぱり面白かった。シリーズ第一作のテーマは「自由」。信じられるか、刑事ものなのに「自由」を巡って主人公が人と議論したり悩んだりするんだよ。しかも真犯人の動機が、国民の自由を奪うこと、ときたもんだ。
ちょこちょこと挟まれる音楽ネタがこれまた面白く、「ミー&ボビー・マギー」なんていう渋いカントリーロックがけっこうなネタになっていたりする。たまらんわ。
シリーズを通じてキーパーソンである黒木との出会いのシーンも出色。こんな感じだったのね。
本当は「エージェント」で大きなテーマだったMMTについて読まなくてはと思い、「奇跡の経済教室」のサンプルをダウンロードして読んだところ実に面白かったのだが、全部読むには1400円ぐらい必要だったので、えーと、じゃあ後で、と後回しにしてしまい、軽い学園ミステリーなんかをダウンロードしてしまったのだった。
いかんなあ。
ちゃんと経済本を読まなくては。いい年なんだから。
今日は午後だけで8000字ほど突貫作業で書いてへとへとだから、日記もこれでおしまい。
2020.02.18
どんなホモも、どんなホモも〜、とか。
もうシャブなんてしないなんて〜、とか。
シャブがはじまるよ〜、とか。
世界でひとつだけのシャブ〜、とか。
と、ネットではいろんな替え歌で盛り上がっている(オレが考えたものもしれっと混じっているが)。
ワイドショーでは相変わらず、アーティストが逮捕されても作品は別とか、CDの発売中止とか、やめてほしいという声が流れている。
いやいや、見たけりゃYouTubeで見るし、欲しけりゃメルカリやヤフオクでも買えるし、そもそも売りたけりゃネットでどうにでもなるでしょ。歌番組さえろくにやっていないテレビや、閉店相次ぐレコードショップなんて、もう音楽の流通という面ではメインストリームじゃないんだから、アーティストと作品は別などと心配しなくてもいいと思う。
それにしても、世界で一つだけのハゲ〜っていう歌、嫌いだわ〜。向上心に欠けるよね。
もっとも他人様が好きなものをあしざまに罵るのは人として間違っていることだと思うので、こうしてこっそりと自分の日記にだけ吐き出すにとどめる。
2020.02.17
松本までアルビレックス新潟のゲームを観に行く予定で、チケットはしっかりゲットし、ホテルもずいぶん前に予約した。
問題は駐車場である。
初めてのスタジアムはいつもそうだが、ファシリティ関係がまったくわからないので、対応が難しい。
例えば甲府のスタジアムでは、昼飯は売店で買えばいいや、あるいは近所にコンビでも仕方ない、と甘く見ていたら売店は飲み物だけ、コンビニ含め店なんて見渡す限り何もないという田舎でちょっと焦った。
松本の場合、駐車場がよくわからない。
ホームページを見たら、2000台の無料駐車場と有料駐車場がある。確実に停めるにはもちろん有料駐車場だ。これが予約制になっていて、チケットぴあなんかて事前にチケットを買わなくてはならない。1500円。
しょうがねえなあと思いつつ、試合のチケットと同時に買おうとしたら、すでに売り切れだった。ありゃま。たぶん松本のサポーターたちが買い占めたのだろう。メルカリにもけっこう出品されるという噂だから、転売もあるのか。
仕方ない。
もっとも無料駐車場だと試合終了後は激しく混むことが予想され、2000台もあるとなると、2時間ぐらいかかるかもしれない。こりゃたまらん。
というわけで調べたら、自宅の駐車場を予約するシステムがあるのね。例えばサッカーの試合があるときだけ、自分ちの敷地に1000円ぐらいで停めさせてあげて小遣いを稼ぐ、というわけだ。その集客・予約・決済を代行するサービスもあって便利である。
なるほど、シェアリングってわけだかな。松本ごときが。
面白いから予約しよう、いっそスタジアムから遠い駐車場にすれば試合後の渋滞も無関係だし。
と思いつつ、予約しようとしてサイトを開いて、それでもいや待てよ、コロナが、と手が止まってしまう。4月から大学生になる息子を感染させるわけにはいかないし。屋外だから大丈夫じゃないかとは思いつつ、いやいや万一ということがと案じ、別にホテルなんかキャンセルすればいいんだし。さて、サッカーを観に行くか、どうするか。しばらくは悩みどころだ。
2020.02.16
ルヴァンカップが始まった。残念ながら、アルビレックス新潟は出場できない。弱いからである。
J1にいた頃は、あー、ルヴァンなんてかったりー(当時はナビスコカップだったが)と、カップ戦をバカにしていたものだったが、今では逆に呼ばれなくなってしまった。まったく情けない限りである。落ちぶれたくはないものだ。
けっ、ルヴァンなんてつまんねえよ、と強がりながら浦和対仙台を観る。目当ては、新潟から浦和に移籍したレオナルドだ。
J3で得点王をとってJ2にやってきて、J2でも得点王をとって「じゃ、次はJ1だべさ」と言ってレオナルドは浦和に移籍した。その言葉を証明するように練習試合の5試合ではすべて得点し、今日もファーストタッチがゴールという離れ業である。
それどころかあっさり2点を取り、ファールになったけど3点目のゴールなど、ゴールに対して後ろ向きでのループという驚異のテクニックである。
試合後、新潟の掲示板まで浦和のサポーターが「レオナルドをありがとう」「当たりだ」などと礼を言いにきたがシャラップである。レオナルドがすごいのは100年も前からわかっていたことだ。どうだ、頭が高い。
といばってみても、レオナルドはもうよそのおうちの子なのね。
2020.02.15
戦後、30年をかけて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と賞賛されるようになったオレたちの国は、次の30年をかけて、つまりはバブルとデフレを経て、世界の二流国家に落ちぶれてしまった。
「日本には美しい自然や四季があるというのに、金持ちであることを誇るような国になってしまった」と嘆いていたのは確か宮崎駿だったと思うが、安心しろ、ハヤオ、今では自然や四季を誇る以外に何もない国になってしまったぞ。
などとここのところオレは日本をディスるようなことばかり書いているが、その落ちぶれた30年はそのままオレの社会人としての足跡に重なることには、けっこうがっくりきてしまう。
どうしてこうなった。
知らんがな。
夜、ケーブルテレビで何気なくつけたのが歌番組で、由紀さおりや布施明なんかが出ていた。由紀さおりは「瀬戸の花嫁」を歌ったのだが、これが実によかったよ。布施明もそうだが、あの年であの声が出るなんて、化け物だな。
NHKの「うたコン」をはじめ、ここのところ地味〜にこの手の歌番組が増えている気がする。BSとかケーブルテレビとか。摩訶不思議な夢グループによる懐メロコンサートの影響もあるのかもしれないが、聴く側にも「やっぱりあの頃の歌がよかったよ」という想いがあるのは間違いない。あの頃ってのは、昭和のことだが。
由紀さおりの番組では平尾昌晃特集をやっていて、作品映像がメドレーのように流れてきた。案の定、アグネスチャンが出て「草原の輝き」を歌っていた。あの頃のアグネスチャンと今のアグネスチャンは別人だから。中身も外もまったく入れ替わっているから。
みんな、だまされるなよ〜。
知らんがな。
2020.02.14
娘を迎えに、高校の前のスーパー「いなげや」まで行く。ここの駐車場に車を置いて、イートインコーナーで待つわけだ。
その前に学校で拾った息子も、今日は一緒に娘のお迎えである。
「いなげや」のイートインコーナーは割と落ち着ける。イスも深い。そんなに混んでいない。緑茶がタダ。カップのコーヒーが100円。
今日は、なんとそのイートインで盛大に参考書を広げて勉強している学ランの高校生がいた。受験生か。
同じく学ランの息子がその姿を見て、「ひゃー、やるねー」と感心する。
もっとも「まだまだ甘いね」と息子は続ける。「大泉だと、駅前のセブンのイートインで勉強してるぜ」とのことだ。なるほど、コンビニで受験勉強か。それは熱心すぎる。
「定番はマックだけどな」というわけで、マックに行く金がもったいない、あるいはマックで長居は気が引ける、という受験生がコンビニのイートインに行くようだ。というか、コンビニのほうが長居しづらいんじゃないのか。
かくいう息子本人が受験生で、しかも明日が試験の当日。他人の勉強ぶりを暢気に語っている場合ではないのだが、どうも我が家はピリピリ度合いが足りないようだ。
もっとピリピリしようよ、みんな。
食事時にそう呼びかけるものの、反応はまったくないのだった。平和なものである。
そんな平和な一日も、よく考えてみればバレンタインだったではないか。
オレはというと、取引先から連名で郵送されてきたチョコが一つと、ヨメから「あいよ」とむき出しで手渡されたチョコが二つの計三つ。なぜヨメが二つだったかというと、一つは娘の分らしく、要するに娘はオレに渡すのさえ面倒だったようだ。
その娘はというと、「いなげや」で袋にたくさんチョコを買っていた。「いなげや」でいいのかよと聞いたら「部活で配るんだからこれでいい」とのことだった。そして今日は10個ぐらいを持ち帰ってきて、そのうちのいくつかは手作りチョコだった。
あらあら、女の子から人気なのかね、うちの娘は。お前はお前の道を行け。オレは桑田真澄のように我が子に向かってそう諭した。
一方の息子はというと、受験勉強のために毎日コンビニではなくて学校の自習室に行っているのだが「なぜだか女子が学校に姿を見せないんだよ」とのことだった。
高校3年の三学期は授業なんてゼロだから、女子はきっとディズニーランドや原宿で遊びまくっているに違いない。学校で受験勉強している同級生なんかに興味はないのだろう。息子も、母親からのチョコでガマンするのだった。
テレビを見たら、どこかの街中でチョコを配っている様子が流され、アナウンサーは「今年は手渡しではなくて袋に入れて渡していました」と説明していた。チョコなんかじゃなくてマスクでも配ればもっと盛り上がったのにね、とオレはぼそっとつぶやくのだった。
2020.02.13
日本はいつの間にか二流国家になっていて、アジアからの訪日客が増えたのは、アジア各国が経済成長に伴って物価が上がったのに対し、日本はデフレによってほとんど物価が上がっていないため、相対的に「日本は安い」と考える買い物客が増えたからだ。
シンガポールにはもうITで勝てない。国民の語学力でも勝てない。サッカーだって、タイやベトナムに追いつかれそうになっている。
世界の覇権は中国が握るのは確実で、アメリカだってもうすぐGDPで中国に抜かれる。そんな時代に米国追従で生きていくのはもはや愚策でしかなく、日本は中国の属国として生きていく道を選ばなくてはならない。米国の顔色を覗う政策はやめて、今後は中国の庇護のもとで小さくなって生きていくしかないのだ。
というようなことを説得力たっぷりに語られるから、確かになあ、とオレも納得してしまう。もう日本はダメなのかもなあ。コロナ騒ぎを見ても、日本のダメぶりが浮かび上がる。
ちなみにコロナウィルスの名称がCOVIDと決まったといっても、「こびと」の響きは日本では放送禁止用語だからメディアが思考停止気味に自主規制しており、相変わらず新型コロナと呼んでいる。(とオレはにらんでいる)
そんなわけで、もはや日本は中国の属国としてアジアの片隅で生きていくしかない。せいぜいが「Youは何しに日本へ」などを眺めながら、心を慰めるのが精一杯だ。
などということを思わざるを得ないのが「エージェント 巡査長 真行寺弘道」だ。お待たせ、榎本憲男のシリーズ4作目である。いやあ、心待ちだった。そしてシリーズ最高傑作の評判も高く、驚くぞ、Amazonではレビューの全員が★5つなのだ! 4人しかいないけど。
これまでのシリーズ同様、本作でも主人公の刑事は犯人を逮捕しない。いや、それどころかある殺人事件の黒幕にたどり着いたというのに、そいつを逃がしてしまう。毎度のことだ。逮捕しない刑事(笑)。
このシリーズでは毎回テーマがあって第一作が「自由」、次が「宗教」次が「生命」ときて、新作は「経済」なのである。俎上にあがるのはMMTだ!
昔、「週刊朝日」がぶち上げたのがMMK、つまり「もててもてて困るおばさん」であった。どこから見てもごく普通の40代のおばさんなのに、なぜか異常にもてるという人たちのことである。そう言われると、確かにそういうカテゴリーのおばさんというものが存在する気がする。
だがここで取り上げているのはMMKではない。MMTだ。モダン・マネタリー・セオリー。
ここのところ話題の経済理論で、これが実に面白い。「オレがヨメから金を借りて、その額がいくら膨れ上がったところで、世間から見れば家庭の中の金は同じ」というのがMMTだ。だから政府がいくら国民から借金をしたってかまわないというのがMMTのキモ。
いや、ちょっと待て。エジプトはそれで潰れちゃったじゃないか。いや、エジプトはユーロで借金したからだよ。日本は円で借金しているから平気なのさ。だって自分の国で刷れるんだから、円を。なるほど、だからいくら借金しても円を刷っちゃえばいいのか。
このMMTを実にうまく解説し、そして実にうまく論破しながら物語は進む。銀行員はなぜスーツを着ているのか、という信用創造の話など、実に面白かったぞ。
そして読み進めると、確かに日本はもはや中国の属国として生きるしかない、という気になってくる。いや、そうならないためにも円を守らなければ。
そこに登場するのが仮想通貨で、中央集権とは真逆にある仮想通貨で税金を納めるようになったとき、日本は終わるんだろうな。
こんな具合に、相変わらずこのシリーズはむちゃくちゃ緒面白い。話の展開に加え、キャラクター造形が実に秀逸で、逮捕をしない刑事のパートナーは指名手配中のハッカーだったり、同居しているのがニッチな世界では国際的に知られたミュージシャンだったり、サブカルネタのオンパレード。
今回はそれに加えてサブキャラが実在の人物のモデルばかり。安倍晋三、小泉純一郎、小泉進次郎、孫正義なんかをモデルにした人物が出てきて、こいつらがめちゃくちゃな言動を展開するので大爆笑。いやあ、腹を抱えて笑ってしまう。
こんな具合に最新刊があまりに面白かったので、オレは再びこのシリーズを最初から再読し始めた。もうすっかり忘れていたが、逮捕しない刑事とハッカーとが秋葉原で初めて出会ったシーンを再読して、おお、こんなに鮮やかで印象的な出会いだったのかと、改めて感じ入った次第。何度読んでも面白いわ、この作家。
2020.02.12
渋谷でのインタビュー仕事が18時に終わって、さて、ラッシュの副都心線で帰るか、となったとき、アベちゃんが「一杯いきませんか」と声をかけてくれた。
アベちゃんは28歳のディレクターである。とてもいいヤツで、仕事の面でもいいものを持っているな、でも今のままだともったいないな、と感じていた相手だ。
アベちゃんと飲むのは1年ぶりぐらいである。お父さんはオレより年下だというから、自分の親よりも年上のおっさんを飲みに誘ってくれるのだから、こんなに嬉しいことはない。オレが28歳だったときは、絶対にそんなことはしなかった。仕事で無理に誘われて。イヤだな〜と思いながらつきあうのが精一杯だった。
せっかく誘ってくれたのだから、断るなんてとんでもない。おお、いいねえ、軽くいこうか、と道玄坂だ。
学生時代はこのへんでよく飲んだんだよと井の頭線のガード下へ行く。よく飲んだんだよとは言っても、よく行った「合羽」という店はもうインチキ臭いワインバーになってしまった。一度立ち寄ったが、もう二度と行くもんか思ったほど、しょうもない店に変わっていた。
本日はその近くの焼き鳥屋に行く。割と有名店。旨い。
アベちゃんと2階の席でサシ飲みだ。
話したことは差し控えるが、彼女のこと、仕事のこと、会社のことと、いいろと話して聞かせてくれた。28歳というのは、実にいろんな可能性に満ちあふれた年齢なんだな、ということに改めて気がつく。そんなことを口にするのはいかにもおっさん臭いが、まあいいかと思って、いろんな選択肢があるということはいろんな可能性があるということだから、ずんずん前に進んでもいいんだよ、アベちゃんの年齢ならまだ失敗しても引き返せるんだからと、話す。
28歳のオレって何をしていたのかと思い出せば、将来にまったく何の展望も持てず、ただまがいていただけだったような気がする。30歳でフリーにならず、もっと早くフリーになってもよかったかもなあ。
アベちゃんは新宿の会社にいて、仕事が終わると会社の近くのセブン―イレブンでストロングゼロを買い、電車の中で飲みながら帰るのだという。家は新小岩だから「ちょうどいい感じに酔った頃に帰れるんすよ」とのことだ。
なるほど、それは安上がりだね。
「でも同じように電車の中で缶チューハイを飲んでいる人って案外いて、女の人もけっこうやってますよ」と聞いてびっくり。へえ〜、OLのお姉さんたちが帰りの電車の中でストロングゼロを、ハンカチにくるむようにして飲んでるんだ。びっくりだねえ。昔は、常磐線でおっさんがワンカップを飲みながら帰ったものだったがなあ。
昭和から令和へと変わって、ワンカップがストロングゼロに変わって、おっさんがお姉さんに変わって、それでも人は飲まずにはいられないんだなあ。
2020.02.11
この春から息子が大学生だから、ものすげえカネがかかる。先日も、滑り止めに受けた学校の入学金20万円を振り込んできた。捨て金である。とても割り切れないのだが、飲み込むしかない。もう一度言うが捨て金である。
息子が大学に入ったらパソコンが必要になるだろう。今も息子はパソコンを持っているがASUSの安いやつなので、ちゃんとしたスペックのを買ってやらなくてはならない。20万円があればなあ。
入学式に向けてスーツも必要になるだろうし、教科書代とか、定期代とか、細々と考えるとめまいがする。飲み代だって節約しなければならないから、今度、コマちゃんとオザキにおごってもらおう。
昨年の冬からオレの部屋のエアコンの調子が悪くて、ここ2、3日も動かないため、オレは暖房なしで過ごしている。足もとのヒーターと厚着でしのいでいる段階だ。もし暖冬でなかったとしたら、きっと家の中なのにユニクロのウルトラライトダウンを着る羽目になっていただろう。
仕方ない、エアコンを買い換えるカネなど、ないのだ。そろそろウォシュレットも耐用年数を超えるのでトイレの交換も考えなくてはならないのだが、これも後回し。もっともトイレが壊れたら一大事だから、あまり後回しにはできないのだが。
そんな具合になねべくカネは使わないようにしなくてはならないので、どうやって倹約しようかと考える。そうだ、事務所の電話、いらなくね?
いつも言うように、もはや仕事の連絡が固定電話にかかってくることはない。7割がメールで、3割が携帯だ。そういう時代なのだ。
固定電話は家用と事務所用に2回線引いている。どっちもJcomだ。明細を見たら事務所用で毎月1300円ぐらいの固定料金がかかっている。よし、これだな。これを節約しよう。
とはいうものの、いつも思うのが、仕事の顔として固定電話がないというのは、ちょっと体裁が、ということだ。差し出された名刺に携帯番号しかなかったとしたら、どんな印象を抱くのだろう。特にちゃんとした会社の人たちは。いやいやいや、いちいち相手の電話番号なんか確かめないって。見ないって。見たとしても、別になんとも思わないって。
でも、オレの事務所の番号は「1」で終わる。なかなか据わりがよくて、かっこいい。まるでちゃんとした会社みたいな番号なのだ。これを手放すのは惜しいなあ。
最近では固定電話が鳴ることはほとんどないと書いたが、それでも2ヵ月に一度ぐらいは鳴る。だがまず間違いなくセールスの電話だ。だからオレは、固定電話が鳴ったときはあえて「タンゴ企画事務所でございます」と実に丁寧に愛想良く出るようにしている。以前はあっさり「タンゴです」と出ていたのだが、そうすると直後に立て板に水のごとくにセールストークが始まるのだった。まあ、だいたいが途中で遮り、相手も仕事でかけているんだからと、オレも「ごめんなさいね、今は仕事中で」と穏やかに断るのだが、中にはその瞬間思い切りガチャ切りするような電話もある。非常に気分が悪い。
セールスの場合は法人じゃなくて個人の電話だと思ってかけてくるようで、「タンゴ企画事務所でございます」と答えると、だいたいが「ありゃ」とうろたえた後、「ごめんなさい、間違えました」と切る。オレもイヤな思いをすることがない。
ところが最近は携帯にかけてくるセールスもあるのね。先日も「ソネットのご利用者様へのご案内です」とかいう電話が運転中にスマホにかかってきたので、ごめんね、今運転中なんですよ、と言ってやったら「あわわわ、それはマズいですね。失礼しました」とあっさり切ってくれた。
ちなみに運転中はハンズフリーである。車がそういう仕様になっているようだ。
ところが車の音ってのは、オレのは特に安い車だから、けっこう外に漏れるようなのだ。だから電話がかかってきて、車の中で呼び出し音が鳴ったりすると、道を歩いている人がぱっとオレの車を見たり、自分のスマホを見たりする。うーむ、そんなに音が外に漏れているのか。
そうすると、オレがASKAの「あの鐘を鳴らすのはあなた」を大音量で聴いたり、カーペンターズの「ミスター・ポストマン」を大音量で聴いたりしているのは、全部外にバレてるってことなのかい。うーむ。
仕方ない、気にしないようにしよう。
というわけで話は大きくぐるっと戻って、カネがかかるからもう少し頑張ってエアコンなしで過ごそう、ということだ。そろそろ冬も終わるだろう。
冬が終われば新型ウイルスも終わるだろうしな。
「罪の轍」奥田英朗・新潮社Kindle。電子化されるのを待ち望んでやっと詠むことのできた奥田英朗新刊である。いやあ、面白いったら面白い。さすがの奥田英朗だ。舞台は昭和38年の東京。この時代背景が素晴らしくて、がむしゃらに成長しようとして様々なひずみが生じている当時の日本の“空気”が実に上手く描かれている。物語は、吉展ちゃん事件を下敷きにしたものだ。とはいえ事件の謎解きはほとんどなく、主人公である犯人とそれを取り巻く人物像が実によい。登場してくるのは、様々なひずみを抱えた人物ばかりだ。犯人は北海道出身で、虐待により軽い知的障害を持っている。それを大人も子どもも「莫迦」と呼んで笑う。それが通った時代だ。他にも山野で日雇い労働者相手に旅館を営む一家が在日朝鮮人だったり、ヤクザだったりと、ひずみを抱えた人物ばかりである。こういうのが奥田英朗は上手い。冒頭、「莫迦」と笑われる青年が礼文島を抜け出すスリリーングなシーンから物語はグイグイとオレたちを引っ張っていき、息をつかせない。奥田秀明の最高傑作という評判だが、最高傑作かはともかくとして、奥田秀明にしか書けない、犯罪小説の最高傑作なのは確かだと思う。
。
2020.02.10
我が家では冬の間、日曜の夜は鍋と決まっている。家族で鍋をつつきながら、イッテQ!を見るのがルーティンだ。ところが昨日はオレが狂乱のじじばば真昼の宴会に参加して遅くなったものだから、鍋は延期。
その代わりに今日が鍋となった。明日は祝日だからな。
そして、「お父さんと一緒に見るんだ」と言ってイッテQ!を録画しておいてくれた息子(なんていいヤツなんだ)に従い、鍋をつつきながらみんなでイッテQ!を見る。だははは〜、出川って馬鹿だねえ。河北ちゃんて面白いわ〜。ワイワイとしゃべりながら鍋をつつく、それはそれは至福のひととき。
そして終わってみれば、当然のこととして、さあ、みんな、明日から一週間がんばろう、もしもし、お父さん、明日は火曜日ですよ、ああ、そうだった、わっはっは、という一くだりがあった。
酒飲んで寝るか。
2020.02.09
本日は年に一度、東京ドーム(の脇っちょの小さなホール)のイベントに全員集合の日である。先輩のハーセさんの仕切る石川フェアが開催され、それに合わせて昔懐かしいメンバーが集まるのだ。
「年一度のこの日だけがオレの生きがい」というシンゴさんも、このためにわざわざ名古屋から泊まりがけで参加である。物好きである。いや、ありがたいことである。
総勢15名くらいが集まる。仰天するのは、オレが最年少、最も若手、一番年下ということだ。全員オレより年上。
「あらあ、タンゴくん、いくつなのよ」とまなじりをつり上げたのは、キヌちゃんである。先輩であるが、いまだにちゃんづけだ。
え、オレ、62っすよ、姉さん。
「あらあ、タンゴくん、あたしも62よ。早生まれだから。来月63だけど」
え、オレは先月62になったばかりっすよ、姉さん。実質、一つ違いじゃないすか、姉さん。
しかしキヌちゃんは都合の悪いことは素通りなのだった。
素通りと言えば、同学年なのにオレより年上のサトコは、オレと入れ違いに帰ったそうだ。「え、もうすぐタンゴくん、来るの? じゃあ帰る」と言い残して去ったというから、明らかにオレをスルーしてやがる。まあ、よい。スルーされても仕方ないくらいの振る舞いをしているかもしれないという自覚ぐらいはオレも持っている。
全員で昼飯を食いに行く。ハーセさんも元気そうで、一緒に店に来てくれる。
水道橋の肉バルだ。
幹事の親分がランチを予約しておいてくれたようで、最初にリンゴの食前酒が出てくる。昼酒なんてとんでもないという姉さんたちから「タンゴくん、若いんだからこれ飲んで」とオレに回ってくる。
ローストビーフが山盛りのライスの上に載ったメシが出てくる。「タンゴくん、若いんだからこれ食べて」とメシがオレに回ってくる。
とほほ。
ランチのあとは、2軒目として居酒屋に行った。水道橋はろくでなしの町だから、明るいうちからやってる居酒屋が山ほどある。メンバーはミヤーチさん、カワダさん、親分、シンゴさん、オレ。なんだ去年と同じメンツじゃん。ろくでなしばかりじゃん。
一番年下のオレが幹事となって店を探し、「アサヒビールの店にだけは絶対に入らない」というミヤーチさんのために、店を扉を開けては、えーと、5人なんですがビールは何ですか、まさかアサヒじゃないですよね、と確認を取ってからミーチさんに了承を得るという段取りだ。ああ、めんどくせえ。
続いて3軒目。渋谷にある70年代の音楽を聴かせるバーに行こうという話になって、話しているときは盛り上がったものの、外に出たらやっぱり面倒くせえなということで、目の前にあったカラオケボックスに行ったのである。
カラオケボックスでは、まあ、そういう流れだったから当然70年代の音楽で盛り上がり「サルビアの花」とか「白い色は恋人の色」とか「金色の髪の少女か」、そんなんばっかりの還暦メドレーだった。ああ、辛気くせえ。
というわけで、今年も楽しく過ごすことができました、先輩の皆さん。来年もお元気でお目にかかりましょう。まあ、40年たってもこうして毎年集まってぐだぐだと過ごせるというのは、とても有り難いことだなと思うのだった。
オレが一番年下なんていう席は、一年に一度、ここぐらいのものだしな。
ハーセさんが「お土産に」といって石川県のあぶらとり紙をみんなに持たせてくれた。
姉さんたちは「あら、脂なんて、もう出ないわよ」「そうよそうよ」「いっそ脂を塗りたいぐらいだわ」「まったくよ」と言って、「タンゴ君、娘さんはJKなんでしょ、ふん、脂でも取ってあげたら、ふん」とオレに大量のあぶらとり紙を押しつけるのであった。酒や肉だけでなく、あぶらとり紙も若手の仕事なのだった。
家に帰ったら、そのJKは羽生結弦の演技を見ている真っ最中で、ネットのニュースで結果を知っていたオレが口走りそうになったものだから、息子に口を塞がれて強引に布団に押さえつけられてしまった。「結果を言ったらぶっ飛ばされるぞ!」。オレは、あぶらとり紙を手に持って、ただ、ふがふがと返事をするだけだった。
2020.02.08
こっちが本物のワンチームだ、最強連合軍だと散々いばってきたアルビレックス新潟のサポーターであるが、今日は、アレ? もしかして弱くね? 状態である。オレと息子も、あれ? もしかしてエスナイデルと達磨のミックスじゃね? と呆然としている。
なにしろ今日のトレーニングマッチを入れて、J3相手に1分2敗という成績なのだ。
どうしてこんな本物のストライカーが来てくれたんだと騒然となったブラジル人のファビオは、ひょっとして外れじゃね? と言われ始め、実はインドリーグからやってきたマンジーこそ秘密兵器だったのでは、とささやかれる始末。卍ことマンジーが秘密兵器であるわけでなく、アレは単なるネタ。となると、アルビレックス、早くも詰んだではないか。
ああ、それなのに開幕戦のチケットは秒で売り切れた。相手は群馬。ザスパである。アウエーだというのに、アルビレックスの席は完売。
ということは、開幕戦で群馬相手に0-3とボコられて、茫然自失の満員のスタンドが今から目に浮かぶ。関越道を無事に帰ってくれるといいのだが。
かくいうオレたち親子は、第二戦の松本山雅戦に駆けつけようと予定している。スタジアムは松本だ。
遠い。既にホテルは確保してある。問題はチケットだ。まだ発売されていないのだが、開幕戦がこれだから第二戦も秒殺が予想されている。ローソンにダッシュし、販売開始と同時に購入しなくてはならない。そこで出遅れたらぴあだ。という作戦なのだが、これでいいのだろうか。どーもJリーグのチケットは主催チームによって売り方が違っていたりして、ややこしい。
松本山雅にも負けて開幕2連敗なんていうことになると、ちょっと不穏になる。
なにしろ今でも「この監督、おかしいんじゃねーの?」「バカじゃねーの?」という空気が選手の間に流れているようだというのが漏れ伝わってくる。特に全体トレーニング後の居残り練習を15分に制限されたことで、渡辺アラタはぶち切れだ。
これは早くもチーム崩壊か。今年もアルビレックスはネタクラブとして我々を楽しませてくれそうである。
さて、サッカーと言えば今日はゼロックススーパーカップだ。
Jリーグ王者と天皇杯王者が闘って真の日本一を決めようではないか、という試合だ。当然のことながらJ2で16位というオレたちにはまったく関係ない、よその星での話である。
清水からウェリントンを獲った神戸は、すげえ攻撃陣だ。対するマリノスは、フォワードに獲得したオナイウがまったくフィットしていない。
なお、このゲーム、両サイドのうちの3人が、もとアルビレックスの選手である。それを思えばどっちが日本一になっても、その何分の一かはアルビレックスのおかげである。感謝してもらいたいものだ。
ゲームは神戸が3点を先行して横浜が3点を追いつくという、馬鹿試合。こういうのを熱戦とは言わないのだ。馬鹿試合なのだ。オレは、どちらかというと、神戸びいきだな。楽天と三木谷は大嫌いだが、イニエスタと酒井高徳は好きだ。
山口蛍は、ワールドカップ、ベルギー戦の「棒立ち蛍」から嫌いになった。なんであのときデブライネの足もとに飛び込まなかったんだよう。いや、飛び込ませなかったデブライネが絶妙だったわけだが。
その蛍が、今日も最後はブーイングだ。
理由は、PK戦である。3対3の馬鹿試合が終わり、PK戦かよ、どうでもいいやとテレビを消して買い物に行こうとしたら、なんと3人目があっさり外す。そこから始まったのが、9人連続のPK失敗。はじめはざわついていた会場も次第になんだかほのぼのとした雰囲気になっていき、誰もが「いやあ、珍しいものを見せてもらってるなあ」とニコニコしている。馬鹿試合には阿呆な展開が用意されていたというわけだ。誰もが予想外だわ、こんなの。
そして10人目にやっと決めたのが、山口蛍。棒立ちの蛍。
その瞬間、ネットでは「空気読め、蛍」とブーイングの嵐なのだった。
まったくこんなPK決めなくていいから、デブライネに一発かましてやりゃあよかったんだよ。いや、オレはデブライネのあの陰気なたたずまいが好きなので、かまさないでほしいが。
そんな具合に神戸対横浜の馬鹿試合を大笑いしながら見たわけだが、その後に飛び込んできたのがJ3富山にアルビレックスが1-3でボコられたという報せ。こっちのほうがよほどの馬鹿試合、いや、馬鹿どもの試合だった。とほほ。
2020.02.07
今日は茨城で仕事である。茨城っても広くて、行ったのは中山親分の会社の近く、古河という所だ。田舎である。どのくらい田舎かというと、最寄り駅から路線バスで1時間というとんでもない場所なのだ。
当然、オレは車で行った。
最近は、車の運転がきつくてねえ。昔は新潟の実家まで350kmノンストップでも平気だったが、しかも平均120kmでぶっ飛ばしても平気だったが、ついでに160kmで捕まったこともあったが、今では80kmがちょうどいい。たまに100km出すと、ぐったり疲れてしまう。
日中はまだいいのよ。問題は夕方から夜。
とにかく車線や他の車が見えづらい。目の力が落ちたんだろうなあ。特に急な合流で車線変更するときなど、ミラーで後方を確認しても、後ろの車がどの車線を走っているかが瞬時にわからない。加えて、以前のエスティマに比べて目線の位置が低いものだから、余計に見づらくなっている。
そのため、今日も薄暮から夜にかけての帰りだったので、なるべく合流のない道筋にしようと、浦和での合流が面倒くさい東北道→外環道はやめて、ちょっと遠回りだけど関越道一本にした。
それでも圏央道は狭い上に騒音ガードのおかげで圧迫感がひどく、実に見づらくて走りづらかった。
まったく年は取りたくないものである。だから最近では、電車で行けるところは極力電車を選ぶようになった。寝ていけるし、本も読める。夕方でも困らない。
往復150km程度の道のりだったが、そんなわけで帰ってきたらぐったりしてしまった。そんなオレに、「ドローンの撮影があるから」と居残ったディレクターから連絡があり「バスが30分後です〜」と泣きが入った。うひゃひゃひゃ、だからとんでもない田舎だと。
オレだけとっとと先に帰ってきて、恨まれているだろうなあ。うひゃひゃ、ごめんよ。
田舎の取材は、運転もバスも、どっちも大変なのだった。
2020.02.06
オレは完全に緑茶派で、コーヒーよりも緑茶が絶対的に好きなのだが、それでも一日一杯はコーヒーを飲む。家では、ペーパーフィルターで入れることが多い。
先日買ってきたのは、函館の美鈴という店のコーヒーだ。石神井公園の駅前に小さな店がある。
美鈴というのは、函館では知らない人がいない有名店だ。関東にも数店、出店していて、成城学園だった思うが、美鈴の店を出店したところ、函館出身で成城学園に暮らすおばちゃんが「函館の有名な店なんだから、勝手に名前を使っちゃダメでしょ」とクレームを寄越したらしい。
いやいや、実は函館の店が東京にも出てまして、と説明したら、おばちゃんは大変に喜んだという。(以前、この店の本社の人から直接聞いた話)
その店が石神井公園にもあるので、以前から気になっていたのだが、先日、買うことができた。別に豆の種類にこだわりはないから、オリジナルブレンドである。その場で挽いてもらい、家に帰って密閉容器にしまう。
早速飲んでみたら、いい香りだし、確かに旨い。コーヒーの味なんてよくわかにないオレも旨いと感じるのだがら、やっぱり旨いんだろう。
いいコーヒー屋を見つけた。同じように、いいお茶屋もあるといいのだが。
「死の淵を見た男」門田隆将・角川文庫Kindle。先日も書いたとおり、2014年頃に読んだ本の再読。東日本大震災直後の福島原発1号機で何があったのかを、膨大な取材をもとに再構成した労作だ。今読み返しても、本当に恐ろしいギリギリの状況だったことがわかる。そして、どうしてそんな状況で日本が助かったのかが、わからない。それにしてもあきれかえるのは、当時の政府の無能ぶりだ。特に菅直人の動きは狂気である。それについて改めて本人にインタビューしてまとめているのは実に高く評価できる。いやあ、恐ろしいなあ。吉田所長がいなかったら、菅直人になって東日本は消滅していたのだ。
2020.02.05
今週は比較的ヒマである。いや、2月自体がヒマである。困ったものだ。2、3日ヒマだと、やれやれ、いいあんばいだと余裕かましていられるが、3日、4日と続くとちょっと焦ってくる。加えて税金やら保険やらで壮大なぼったくりにあったばかりで、通帳は底をつきかけている。あまり暢気にもしていられない。
今年は夏にオリンピックがある。
いろんな企業に足を運ぶたびに、さて、お宅様はどうされるおつもりですか、と聞いてみるのだが、おおかたの企業が「特にまだ決まってないですが、仕事にならないのは確かですから、おそらくテレワークになるのではないでしょうか」という返事だ。
つまり自宅やカフェに引っ込んで、パソコンとスマホで仕事する、ってわけだ。当然、取材なんてあるわけがなく、つまりオレは7月、ヒマになる。
これはマズい。だから今のうちから夏の1ヵ月の落ち込みをカバーするぐらいの働きをしなくてはならないのだ。それなのに2月がヒマ。
加えてコロナである。あれ、致死率0.3%ぐらいじゃね? となって、ひょっとしたらたいしたことないのではと薄々思い始めてはいるのだが、ともかくはちょっと様子見にしようという空気になっており、なるべくフェイス・トゥ・フェイスは避けた方が、というわけでオレもお呼びではなくなる。
こ、これはマズい。夏だけでなく春もヒマになるのか。春と言えばヒバリだがオレは閑古鳥が鳴くのか。
はやく終息してもらわないと困るなあ。
そんなことを思いながら、夕食後にケーブルテレビをザッピングしていたら、目にとまったのが松本隆の顔。なんじゃこりゃ、と思ったら松本隆作品の特集だった。
特集とはいうものの、歌は全部カバー。松本隆がスタジオの真ん中に座り、いろんな歌手が松本隆作品を歌う、その様子をただ黙って聞くという不思議な構成である。
こりゃ、松本隆にとっては拷問じゃないの?
ひな壇に田原俊彦がいる。近藤マッチの「スニーカーぶる〜す」を誰かがカバーで歌ったとき、トシちゃんは拳をギュッと握りしめて唇をかみしめ、微動だにしなかったそうだ。そんなひな壇の空気を見て取ったのが司会の布施明。布施は、ただちにひな壇に駆け寄り、みんなを立たせて全員で手拍子させたのだった。すげえぞ、布施明。
というのを、テレビを観ながら調べたTwitterで知った。くそ、見逃してしまったではないか。トシちゃんの握りこぶし。
そんなにもマッチと遺恨があって、今も引きずっているのか。そりゃあマッチは今やジャニーズの幹部だしなあ。トシちゃんの心中は、忸怩たるものがあるのかもなあ。
番組ではただイスに座っている松本隆の周りでいろんな歌手が松本隆作品を歌う。「赤いスイートピー」を歌ったのは、ベイビープーというアカペラグループだった。うーん、いまいちかなあ。トシちゃんは「ルビーの指輪」をすごく音痴に歌った。これがトシちゃんだ。
ほほうと思ったのは、黙って歌を聴いていた松本隆が引っ込み、別コーナーに移って、林部智史・松阪ゆうき・中澤卓也というまったく知らない3人の男子が歌ったスタレビの「木蘭の涙」だ。
3人の男子がそれぞれ別の歌を歌ったときはなんとも思わなかったのだが、一緒に歌ったら、なんとも心地よい響きになって、いや、これはよかったなあ。
もっとよかったのが布施明の「DESPERADO」。イーグルスだ。これを布施明が実に素晴らしく歌い上げる。布施明は「シクラメン」を聴いた高校生の頃から好きな歌手だったが、70歳を過ぎてますます上手くなっていることに腰を抜かした。うーん、いいねえ、布施明。
好きだったなあ「君は薔薇より美しい」。ネットでは「神歌唱力」「声量オバケ」「喉からCD音源」というハッシュタグがついている。なんじゃ、喉からCD音源て。
あと好きだったのは、映画「ラヂオの時間」の編成部長役。八方美人的な調子のよさが、いるわ、こんなヤツ〜と思わせる絶妙の演技。常にニヤニヤと笑っている軽さがとてもよかった。
そして布施明と言えば、やっぱりこれ、「マイウェイ」だ。
YouTubeに、被災地慰問で東北の久慈を訪れて、田舎の公民館のような場所で被災者を前に「マイウェイ」を歌っている映像があがっている。これが神。涙なしには観られない。
満面の笑顔で、これが菩薩のような笑顔で、拳を突き上げながら「あなたには愛する久慈があるから、信じたその道を、あなたは行くだけ」と歌い上げていて、そりゃ号泣するわ。この笑顔で、これだけの歌唱力をぶちかませるとは、腰を抜かすわ。
いや、待て、菩薩って女なのか? まあ、いいや。要するに仏様のような慈悲の笑顔で包み込むように歌っているのだわ。「マイウェイ」を。カラオケでハゲの部長が小指立てるのとワケが違うわ。
テレビの「DESPERADO」に興奮して次に観たYouTubeの「マイウェイat久慈」に激しく感動したオレは、布団の中で「マイウェイ」を歌いながら鼻提灯なのだった。
なお、偶然見つけたこの布施明が司会の歌番組はBS朝日の「人生、歌がある」というずっこけるようなタイトルの番組で、12日は「瀬戸の花嫁」をつくった山上路夫、26日は阿久悠の特集だそうだ。おお、面白そうではないか。観なければ。
2020.02.04
クルーズ船に乗って旅行をするというのは、金持ちの証拠だろ? 別に働かなくてもいいから旅に出ているんだろ? だったら急いで帰る必要はないんだから、何日でも泊まったらいいのに。つべこべ文句言うなら沈めてしまえ。
いや、なんか違和感があるなあと思っていたんだけど、やっとわかったよ。
もしかしたら命に関わるかもしれない新型の伝染病にかかっているかもしれないから、検査のために足止めされてるわけじゃん。だったら「心配です」と焦燥するのが普通だし、「感染したらどうしよう」と不安になるのも当たり前だし、感染してないとわかったら「助かったあ」とホッとするのが人間じゃん。
だから「心配なので早く検査してください」「お願いします」という態度になるものだと思うんだが、そうでなくて、なんか不満たらたらなんだよね。そこに違和感があったんだよ。
「情報がない」と文句を言ってるおばはんがテレビに出てたけど、情報って何だよ、って思ってしまった。そのスマホでニュースは観られるだろうに、要するにニュースに出ていない情報をよこせ、あたしゃ上級国民、と特別扱いを求めているんだろうな。
それに、検査のために足止めされている人たちに、毎度の食事を提供したり部屋を掃除したりしている人たちもいるわけじゃん。その人たちに「面倒かけてすみませんねえ」と一言言ってもいいと思うのだがなあ。
どうもなんだか文句ばっかり。厚労省の役人だって不眠不休で働いてるに決まってるわ。新しい病気だから手探りで進めていくしかないに決まってるのに、後出しジャンケンで文句ばっかり。
ちょっとうんざりする。
と、まあ、オレも文句ばかりなのだが、いろいろ気になるネタも散見されるようになった。
どうも患者の便から感染しているのではないか、という見方が浮上してきたのは、ちょいとひっかかる。
中国ではトイレの後に手を拭く人なんてめったにいなくて、手を洗わずに出てきた人があちこち触ってそこから感染したという可能性だ。これは中国以外で爆発的に増えていないことに対する説明になるし、日本はウォシュレットが標準的に普及しているから感染が広がらないという説明にもなる。中国では川にUNKを流しているところもあって、川沿いに感染が広がっているという説明にもなる。
なるほど。
PM2.5が影響しているという説もある。あのひどい大気汚染の中で年中暮らしているのだから呼吸器官が痛んでいないはずがなく、そのためにウィルスが感染すると重症化してしまうという理屈だ。確かにこれは、中国以外で爆発的に広がっていないことの説明になるし、若年層の感染がごくわずか、つまり呼吸器の汚れが少ない世代には広がっていないことの説明にもなる。
今、オレの中ではこのUNK+PM2.5のハイブリッド説が有力である。
大穴が、米国の生物兵器説だな。
陰謀論的には生物兵器とする方が盛り上がるのだが、まあ、それはあんまり穏やかじゃないし、さすがに非現実的な気がする。
ともかく手洗いを徹底することと、規則正しい生活で免疫力を高めることに尽きるようだ。我が家では、外から帰ってきたら、ドアに触れる前に手洗いすることを徹底している。その後、アルコールジェルで洗浄だ。
幸い、新潟の弟が駆けずり回ってアルコール消毒剤と携帯用お手拭きを大量に仕入れて送ってくれた。人混みなんて正月の参拝以外に見あたらないような田舎だというのに、今回はさすがに品薄だそうだ。オレのように頼む人も多いに違いない。
たぶんバレンタインデーまでに、電車の中で人がバタバタと倒れるような非常事態にでもならない限り、国内ではコロナは落ち着くだろう。あと10日の流れ次第だ。
2020.02.03
高校3年の春休み、つまりそれは大学受験に合格して間もなく東京で一人暮らしを始める直前のちょっと高揚しつつも日々には何の予定もないという時期だったが、オレは友だちに誘われて酒を覚えた。部屋にも酒を隠し持つようになり、それはサントリーのレッドだった。500円。
もちろんあっさりと親に見つかる。父親は怒るかと思ったら「もっといい酒を飲め」とオレを諭したのである。要するに、酒を飲むのはかまわんが、安い酒は体を壊すから、サントリーレッドのような酒じゃなくて、もっとちゃんとした酒を飲め、ということだった。
さすが酒飲みの父親である。昔は工業用アルコールの混じった安い酒を飲んだ人たちが体をダメにしたものだという話を聞き、なるほどなあとオレは妙に納得し、感心したのだった。
とはいえ、田舎の高校生であるから、いい酒ときたら、1000円のサントリーホワイトである。大学生になっても2400円のサントリーオールドはめったに手が出ず、さらにその上の3600円のサントリーリザーブは、父親でさえももらい物でなきゃ飲めないという酒だった。
以来、ウィスキーといえばサントリーホワイト1000円というのが学生時代の酒だった。近所に住む山口君と祐天寺駅前のスナックに行ってサントリーオールドのボトルをキープしたときは、大変な冒険をした気分になったものだった。
そんなことを思い出しながら、久しぶりにウィスキーでも飲むかと、西友の棚の前に立つ。
ここのところずっとレモンチューハイばかりで、しかも安くていいやとストロングゼロばかり飲んでいる。プリン体ゼロ、糖分ゼロだから、体にもそんなに悪くはないだろうと。
でも、糖分ゼロなのにどうしてこんなに甘いんだろうなあ、この甘さが体にいいわけはないよなあと思いつつ。そしたら、あの甘みの正体は人工甘味料であって、これが分解時に肝臓にけっこうな負担をかけるらしい。アルコール度数が高いことに加え、たっぷりの人工甘味料が混じっているというわけで、やはり習慣的に飲むのはよろしくないようだ。
ということならば、チューハイなら自分で焼酎に炭酸を加えて飲むのがいいだろう。でもせっかくなら焼酎ではなくて、たまにはウィスキーにして、ハイボールにするのもいいだろう、そう思って、西友に行ったのである。
10代から飲んでいたわけだから、ウィスキーは嫌いではない。いや、むしろ好きだ。
15年ほど前だったと思うが、仕事でサントリーの山崎工場に行き、樽から出してきたばかりの山崎の原酒をグラスに1杯飲ませてもらったことがある。それはそれは実にびっくりするほどに旨い酒で、本物のウィスキーというのはこんなにも旨いものなのかと腰を抜かしたものだった。オレに「安い酒を飲むな」と教えてくれた父親に飲ませてやりたいと思ったものである。
京都の手前にあるサントリー山崎工場は深い森に包まれた美しいところで、なるほど、この山の中で眠り続けてきたウィスキーがこれなのかと感動した。とても豊穣な味わいだった。樽が積まれた倉庫も見せてもらったが、重く静かで、深い空間だった。いまだにここで育てられた酒を超える酒に出会ったことがない。
以来、オレにとって一番の酒は山崎。もちろん今では買えない。プレミアムなウィスキーとして世界的に人気が高まって、気安く買える酒ではなくなった。今年6月には山崎の55年ものが、なんと300万円で売りに出されるとサントリーからアナウンスされて、今オレが乗っているクルマよりウィスキー1本の方が高いとはどういうことだと、目を回した。さすがに30万円の間違いだろうと思ったら300万円で間違いはなく、もはや別世界である。
オレが西友で買えるのは、せいぜいがメーカーズマーク。バーボンだ。
メーカーズマークは、30代、笹塚のマンションで一人暮らししていた独身時代に部屋でよく飲んだ酒だ。
当時はまだあまり有名ではなく、輸入酒店にしか売ってなくて、3500円ぐらいした。けっこうな値段だった。今はサントリーが輸入販売しており、値段も2000円を切っている。つまり昔はサントリーリザーブクラスの酒だったのに、今ではオールドクラスになってしまったというわけだ(リザーブもオールドも安くなっているが)。というより、「角」か。
晩ご飯の食卓で、10数年ぶりにメーカーズマークを飲む。昔、白州を買ったときにおまけでもらったウィスキーグラスに氷を入れ、炭酸水で割る。結婚記念のお祝いに井澤君からもらったバカラのグラスがあればよかったが、酔っ払った勢いで割ってしまったからなあ。ごめん。
久しぶりに飲んだメーカーズマークは、あれ、こんなもんだったっけという味。まずくはないが格別に旨いというわけでもなく、まあ、バーボンなんてこんな味だよな、というものだ。
山崎をはじめ、本当に旨いウィスキーはストレート+チェイサーに限る。メーカーズマークぐらいだと割らないで飲むのはちっと厳しい。
もっともハイボールにしてがぶがぶ飲むのだから、こんなもんで十分だろうな。
つまみは、節分だからと買ってきた「でん六豆」。山形のお菓子メーカーだったのね、でん六って。オリゴ糖たっぷりのでん六豆は、これも久しぶりの味で、なかなかに旨く、家族にも好評だ。西友で一袋96円。2袋がたちまち空になる。
ちなみに節分用の豆は、去年、ネットで買ったのが大量に残っていたので、それを隣の畑にまいた。賞味期限切れの豆で、きっと朝になったら鳥が食べに来るだろう。
家族みんなで、福=息子の受験合格を呼び込み、鬼=コロナウィルスの退散を願って豆をまく。
幼稚園に行く前の頃は、鬼のお面をかぶったオレの姿を見て息子が恐がって泣いたっけなあ、それがもう受験生だものなあ。そんなことを考えながら、ハイボールを飲む。
けっこういけるぜ、メーカーズマークにでん六豆。
2020.02.02
地元では数年前にも同様の噂があったので、豊島園の閉園というニュースにあまり驚きはなく、ああやっぱりな、というのが大方の反応だ。なくなったら寂しくなるねという声も大きいのだが、そう口にする本人がここ何年も豊島園なんて行ってない。このあたりがディズニーランドとの大きな違いだ。そりゃ経営も傾くだろう。
数年前の噂は、サッカースタジアムを建てて、ヴェルディを誘致するというものだった。練馬ヴェルディ大根ズの誕生である。この噂が実現していたら、今頃は練馬ヴェルディ大根ズ対アルビレックス新潟というゴールデンカードを、自転車で通える地元で観られたわけだ。そんな未来が到来していたらと思うと、それもよかったかなと思う。
我が家でも子どもが小さい頃は豊島園の家族パスポートを買って、よく出かけたものだ。幼稚園の遠足も豊島園で、現地集合、現地解散だった気がする。
もちろん練馬区では成人式も豊島園である。
なんというか、田舎のボロい遊園地という風情がここ数年ますます強くなっていて、まあ、あまり期待せずに出かけていって、まあ、こんなもんだよね、と帰ってくるような遊園地だった。ディズニーランドでこれだったら怒るけど、豊島園だったら仕方ないかと、がっかりもしない。そういうレベルだ。
新聞を見ると興味深いことに、読売新聞が「ハリポタを建設」と踏み込んでいるのに、日経新聞は「再建して、てこ入れ」という内容にとどまっている。読売が一歩踏み込んだ内容だ。
これは、西武の関係者が読売にリークして飛ばし気味に書かせて、市場や地元の反応を見ようとしたということか。日経はそれには乗らなかった。だが結果として読売が日経の先を行くないようになってしまったことで、日経としてはメンツを潰された格好になる。手打ちのために、次は日経にネタを提供するという形だろうか。
西武鉄道に限らず、首都圏の私鉄は、労働人口減少に伴う運賃収入の減という構造的な問題に直面している。それはけっこう深刻な問題だ。東武鉄道は早くから手を打って沿線に大学を多く招致しており、通勤客の落ち込みを通学客でカバーすることに成功している。この点で西武鉄道は出遅れている。
どうやって沿線の価値を高めるかという課題に対する施策の一つが豊島園の売却ということだ。確かにこのままでは豊島園はますます老朽化し、見向きもされなくなり、西武鉄道も活性化しないだろう。だからといってハリーポッターかよ〜。
ハリポタなんて、人は来ないと思うがなあ。それよりも日本にはジブリがあるのだからジブリのテーマパークでも作ればいいのにと思ったらそれは愛知県にできることになってしまった。ならはいっそアニメの資産が多いのだから、アニメの聖地に振り切ってしまえばいいのに。
沿線にはあのトキワ荘がある。隣の大泉学園には松本零士や高橋留美子が住んでいるし、もう死んじゃったけど高畑勲も住んでいた。池袋と協力してアニメの聖地を突き詰めれば、オタクと若者が集まってきて、どんよりとした空気になってしまう…ダメか。
ともかく豊島園の閉園はもはや既定路線。閉まっちゃう前にもう一度行ってみようかね。そんな家庭も多いことだろう。
そういや、スケートリンクにはよく行ったなあ。プールにも。練馬区民にとって特別な場所であることは確かだ。
2020.02.01
コロナウィルスは、米国が開発した生物兵器で、それを使って中国に対して攻撃を仕掛けた、という説があるらしいな。これを言いだしたのは、なんとロシアの政党の党首だというから、ちょっとたまげた。そのために米軍は去年10月に武漢に滞在していたとのことである。
ちょっと前の日記でオレは、東日本大震災を予言した××照子というおばちゃんが、「米中が開戦するので東京オリンピックは中止になる」と予言していると書いたが、もし米国の生物兵器説が本当だとしたらこの予言通りにコトが進んでいるわけで、それはちょっとなかなか興味深い。
ということで最近読んだ本から。
若竹七海の「七人の敵がいる」が面白かったから、シリーズの最初に戻って読もうと思って手にしたのが「依頼人は死んだ」。だが、全体に漂うこの作家の暗さがちょっときつくて、途中で放り投げる。ミステリーとしてもいまいちだったなあ。続いて藤沢周平の「又蔵の火」を読み直そうと思って手にしたのだが、こちらもなぜかあまり物語に入り込めず、途中で放り投げる。
文庫本一冊を読破できない根性なしになってしまった自分に嘆き、気分転換に「真説長州力」(田崎健太)を読み直す。これは何度読み返しても面白い。長州力というのは、実に興味深い人間だ。こんなにも毀誉褒貶の激しい人間は珍しいのではないか。
続けて「あかんやつら」(春日太一)を読む。これはべらぼうに面白かった。京都の太秦を舞台にした日本映画の興亡史である。東映を中心に、チャンバラ時代劇の全盛から衰退、ヤクザ映画の一瞬のきらめき、ポルノ、映画村など、日本映画を取り巻くあれこれがダイナミックにまとめられ、役者や裏方、経営陣のせめぎ合いも含めて、しっかりと描かれている。これはたいへんな労作ではないか。拍手。
興奮覚めやらぬまま、「監獄舎の殺人」(伊吹亜門)に手を出す。明治初期の京都を舞台にした物語を書く作家だ。先日リリースした「刀と傘」がめっぽう面白いとの評判で、Kindleでサンプルをダウンロードして呼んでみたところ、確かに素晴らしく興奮させられた。こちらを本格的に読む前に、まずは慣らし運転ということで「監獄舎」を読むことにする。まあ、普通。江戸から明治へと時代が移り変わる頃は日本史でも一番好きなところで、この作品でも新撰組にいたという若者が父の敵討ちをしようとすることが主軸になっている。そうした時代的な雰囲気はとてもいいのだが、肝心のミステリーがちょっとなあ。
気を取り直して、幕末で長いことオレの中で引っかかっているのが天狗党。というわけで、吉村昭「天狗争乱」を読もうとサンプルをダウンロード。実はこの本、以前も途中で挫折している。吉村昭は、やはり軽い気持ちでは読めない。なんとなくだがKindleで読むような本ではないような気がする。ということで、最初の数ページで投げ出す。どうにも物語に入れない。
短い物語なら大丈夫だろうと短編の名手、長岡弘樹の「血縁」を読む。木村拓哉の教場でブレークした作家だ。「血縁」は、タイトルの通り、家族関係などの血のつながった人間同士のぐだぐだをミステリーに仕立てた短編集。同じような作風の作家がご存じ、横山秀夫なのだが、やはり長岡は横山にはかなわないなあ。それなりに面白いが、心が震えるようなこともなく、むしろ時々、文章の生硬さが鼻についた。それにどうもオレはこういう人が死ぬ話、暗く重苦しい話は、もう読みたくないという精神状態なのかもしれない。ひたすら明るく、楽しく、ハッピーな物語が読みたいと切望している。だからか、吉村昭が読めないのは。
ということで、軽いというならこれだろう、青木祐子「派遣社員あすみの家計簿」。「それは経費では落ちません!」でプチブレークの作家だ。「経費」は、面白かった。物語が重層的だし、軽いタッチの中にハッとするような鋭いフレーズが入っていたりもするし、何よりもキャラがちゃんとできている。でも、この派遣社員のはどうかなあ。結婚詐欺にだまされて大手メーカー(東レ?)を辞めちゃって、その後、日雇いなんかで食いつないでいく前半は面白かったが、後半からは無理に話をまとめにかかっている感じがした。やっぱり青木祐子には、「経費」を書き続けて欲しい。
書き続けて欲しいといえば、この人も。似鳥鶏の私立高校シリーズだ。その「理由あって冬に出る」を再読する。この作家のこのシリーズは文庫本で読んで、今はKindleで買い直して再読しているほど好き。ミステリー自体はアホみたいなのだが、なにしろキャラクターがいい。とてもいい。それから文章がとてもうまくて、読んでいて心地よい。似鳥鶏はもうこのシリーズを書かなくなってしまったのだが、ぜひこっちに戻ってきてもらいたいものだ。
以上、最近読んだ本。
次に読む予定が角田隆の「死の淵を見た男」だ。福島原子力発電所の吉田所長を主人公としたドキュメンタリーだ。あれ、もしかしてこれって昔読んだんじゃなかったけ? そう思って調べてみたら2013年に読んでいた。この日記も、こういう具合に便利なこともある。当時もオレは、恐ろしいエピソートが満載だと感動していたが、再読が楽しみだ。なんといってもAmazonUnited、つまり無料だからな。
その次の予定が、待ってました、奥田秀明「罪の轍」だ。早くKindleにならないかと首を長くして待っていた作品で、2月7日にKindleになるというので早速予約。これで、2月7日の午前零時と同時にダウンロードされて、翌朝には読めちゃうというわけ。奥田秀明は、たぶん人の悪意というものを描かせたら日本で有数のうまい作家だと思う。舞台は昭和38年。オリンピックを翌年に控えた東京で起きた誘拐事件を描いたミステリーだ。吉展ちゃん事件がネタなのかしら。とにかくレビューが全員5だったりと、めちゃくちゃ評判の高い作品なのだ。読むのが楽しみである。奥田秀明の長編は面白い。奥田秀明と言えば「沈黙の町で」も再読したい。いじめは、いじめられるヤツが悪い、という切り口の作品で、あろうことか連載されたのが朝日新聞紙上。もちろん人権派・朝日新聞がそんなテーマの小説を許すはずがなく、ぶつっと打ち切られて終わったという後味の悪い作品だった。もう一度しっかりと読み直しておきたいと思っている。
2020.01.31
今日も朝から名古屋だ。遠いぞ。しかも朝が早いぞ。
東海道新幹線の乗務員もマスク着用が義務づけられたらしい。大量の中国人が移動しているし、感染者が新幹線に乗っちゃったからな。
名古屋は中国人が多い。いや、富士山、京都に飽きた大量の中国人たちが日本各地に散らばっているのが今の状況だ。名古屋なんかにきても面白くないだろうに、中国人の考えることはよくわからん。
幾組も団体とすれ違う。鼻をつまんでは失礼なので、息を止めてなるべく空気機を共有しないように務める。
一緒に行ったディレクター君が、なんと「ムー」の愛読者と判明。「ムー」の愛読者のことをムー民と呼ぶのだそうだ。うまいうまい。
そのムー民の間では、この新型ウィルスは生物兵器ということになっているのだそうだ。ほかにもいろいろとムー民の話を聞いていたら、なんだか「ムー」がすごく面白い雑誌に思えてきて、読みたくなってきた。
幸いにもdocomoのdマガジンにも「ムー」は入っているので、月500円で読み放題。ついでにバックナンバーも読み放題。ムー民くんにも教えてあげたら、とても喜んでいた。
東京駅のコンビニで、携帯型のお手拭きシートを買う。まだ残っていた。薬局等で完全に品切れだが、コンビニをこまめに回ればまだ買えそうだ。
郵便局には、段ボール箱を抱えた中国人が駆け込んでいる。買い込んだマスクを中国に送るのだろう。残念ながら現地の物流事情がぐだぐだなのでせっかく送っても届くのは1ヵ月後らしい。
いろんなコロナパニックが起き始めているのかもしれないな。
2020.01.30
本日はオレのバンド、たんさいぼうのライブである。
行き先はさいたま市内の福祉施設だ。
以前、別の施設にいた職員さんがこっちに異動になって、オレたちを呼んでくれたのである。こういうつながりは嬉しいよなあ、おい。
2020.01.29
仕事帰りにスギ薬局に寄ったヨメから「マスクの棚が空っぽだよ」というLINEがきた。
へー、マスク売り切れか。ちょっとびっくりする。奈良の観光バスの運転手が発症したこと、武漢から日本人を乗せた飛行機が到着したことなどが理由だろう。煽られてるんだな。
ならば、オレも煽られてやろうと思って、娘と一緒に西友に行く。なんと西友もマスクは売り切れであった。たまげた。
ついでにサミットにも寄ってみたら、女性用のサイズだけ、ほんの少し残っていた。「お一人様3箱まで」と書いてあった。
もともと我が家では毎冬、大量にマスクを買い置きしているので、この冬ぐらいのマスクは心配ない。でも、このままでは夏までは在庫がもたないだろう。その頃にはいくらなんでも店頭に並んでいるだろうが。
いや、そもそも夏までにはさすがのコロナさんも終息するだろう。
でも、一方でオリンピックを中止にするんじゃね? とばかりにIOCとWHOが相談を始めたということなので、意外と長引くかもしれないなあ。
感染力は強そうだが、空気感染はしないようだ。日本で最初に発見された患者は既に完治し、2人目、3人目も快方に向かっている。
致死率3%というからクラスで1人が死ぬ計算だが、今のところ死者はすべて中国人で、しかも高齢者か病気持ちに限られている。
そして、日本では毎年通常のインフルエンザで1000人以上が亡くなっていて、今のところ、それを凌駕する勢いは感じられない。というか、熱中症で亡くなる人の方が多い。
ワクチンや特効薬はないようだが、どうやら免疫力を高く維持すれば撃退できそうだ。
それを正常化バイアスというのだと笑われるのかもしれないが、極端に怖れるほどではないように思う。大方の趨勢が見えてくるのは、これから2週間というところだろう。
これでオリンピックが中止また延期になったりすると、けっこうな騒ぎだが。
そういや東日本大震災の予言をぴたりと当てたことで知られる※※照子という霊能者(?)、占い師(?)が、ずいぶんと前に東京オリンピックが中止になると予言していたらしい。それが本当なら、おおっ、となるのだが、中止の理由が「米中が開戦するため」ということなので、微妙である。
まあ、後になって予言を記したブログを書き換えるような小さいズルをする人のようなので、3.11ま予言もどうなのよ、という話らしいが。
で、マスクの話だが、実はオレんちには、N95という最強の医療用マスクの買い置きがある。SARSの騒ぎの時に、買い溜めたものだ。これを使うわなきゃならないようになったら、世も末だという気もするけど、持っていれば安心という、お守りみたいなマスクだ。けっこうごついぞ。
それにしても、この騒ぎの中、開かれている国会の様子をちらちらと見ると、「新型肺炎のことはいったん置いといて、やはり桜を見る会について質問しなくてはならないのでありまあす!」的な発言をする野党がいて、本当にバカじゃないかと思う。政治ネタはいさかいになるのであんまり書きたくないのだが、こういう発言を見ると、とことん野党が嫌いになる。
あと、武漢から邦人を引き上げさせるために飛行機を飛ばしたわけだが、それに対してもとことん文句を言う人がいてイヤになる。コストの8万円を負担させるなんてとんでもない、とか。いやいや、ちょっと待って、そこは自腹でしょ。税金じゃないでしょ。
一番気が滅入ったのは、そこまでやって飛行機を手配し、その後の隔離とか検査とかの段取りを整えた厚生労働省の役人に対して、バカだの無能だのと罵る手合いの多いことだった。特にワイドショー。
きっと厚生労働所の役人は家にも帰らず、不眠不休で事に当たっているはずだ。それをこんなふうに叩くとは、そりゃあ、若い世代が国家公務員なんかになりたくないと思うのも当たり前だ。やりきれないなあ。
2020.01.28
朝起きたら雪だった。
隣の畑が全面的に白くなっている。降っているのはみぞれだし、道路は積もっていないから、さほどひどいことにはならないだろうが、それでも念のために早く起きて6時に家を出る。
今日はこれから名古屋なのだ。
東海道新幹線は、関ヶ原あたりが降っていなければ問題はない。問題は東京駅へ行くまでの電車だ。なにしろオレの乗る西武線は、秩父とか飯能とかの山奥からやってくる。平地ではなんともなくても、山奥ではどっさりと積もっている可能性もある。
秩父が雪だったので遅刻しちゃいました、てへ、と謝ったところで、名古屋の人には許してもらえない。
みぞれは冷たい雨に変わった。その中をオレは駅までそろそろと歩く。
通勤電車は5時半を過ぎるともう座れない。山手線もなかなかの混み具合だ。
幸い、特に時間に遅れることもなく、名古屋に着く。
そしてこの名古屋が、なんということだ、いい天気なのよ。午後なんて快晴なのよ。
しかも暖かい。コートなしでも十分。
ああ、それなのにオレってば、ビニール傘を大事に抱えて一日を過ごしてしまった。
仕方ないだろう、帰ったら雨かもしれないから。
案の定、帰ってきたら東京は冷たい雨が降っていた。ひどく寒い。
冬に東京から新潟へ行くと、新幹線で大清水トンネルを抜けた途端、彼我の天候のあまりの違いに腰を抜かすが、今日は逆のパターンで、東京について凍えてしまうという始末だ。
いつもなら名古屋で一杯やってご機嫌で帰ってくるのであるが、今日は予定よりずいぶん早く仕事が終わったので、早く終わったときぐらい早めの新幹線で帰ろうか、ということになって予定の2時間前に東京に着いた。
あとでわかったことがだか、夜、西武線が人身事故で止まってしまい、冷たい雨が降る中、大勢の人が大混雑の駅で運転再開を待つしかなかったそうだ。当初の予定通り、名古屋で一杯やってから帰っていたらこの事故にぶつかって、オレも寒空の下で凍えていたことだろう。
今日は、朝、東京駅の立ち食いそば屋では隣の人に立てかけていた傘をぶつけてしまって、すんませんすんませんと謝り、売店でガムを買おうとしたらチョコレートの容れ物を倒して中身をぶちまけてしまって、すんませんすんませんと謝った。
謝りっぱなしだった今日を哀れんで、神様がオレを少し早めに帰らせてくれたのだろう。こんな日は家で晩飯を食いながらストロングゼロを飲むに限るのだ。
2020.1.27
昨年末の忘年会は4会だったが、年明けの新年会は2回である。
そのうちの一つは親戚一同が集まるもので、既に終わった。残りの一つが今日。仕事関係の新年会である。
つーてもささやかなもので、オレを含めて総勢6人だ。
場所はザギン、店はクーニー。
ザギンのクーニーとなると、練馬の片田舎から出ていくオラは緊張しちまってよう、何を着ていくべかと、朝からおろおろしちまっただよ。
ところで普通の人が顔と名前を記憶できるのは1万人が限界だそうである。この場合の顔と名前というのは家族友人知人同級生取引先などはもちろんのこと、東出昌大やマイケル・ジャクソンやジャイアント馬場やミッキーマウスなども含む。いや、ミッキーマウスは人間ではないから含まれないか。要するに歴史上の人物なども含めて、顔と名前が一致する数が1万人ということだ。
これが政治家になると2万人というからすごいぞ。菅原一秀もきっとそうだろうから、一秀はきっと駅前で演説するときにいつもからんでくるオレのことも知っているに違いない。いや、考えてみればオレは名乗ったことはないから、名前は知られていないか。
それはともかく政治家の2万人とか、一般の人でも1万人とか、本当かよと思うほど、とんでもない数字ではないか。
というのも、オレは人の顔と名前がまったく覚えられなくて、今日もわずか6人の宴席だというのに、向かいに座った人に、初めましてでしたっけと挨拶して、「いや、先日、麹町で」と呆れられてしまったからである。しかも取引先。
うーむ、またやってしまった。いや、それどころではない。
オレの隣に座った人は、先日来、オレを見かけると「あー、タンゴさん」と呼びかけてきて、今日もオレの隣で旧知の人間のような、しかも相当に旧知の人間のような振る舞いで話しかけてくれるのである。なのにオレはまったく記憶になく、あはは、そうですね〜などと薄ら笑いで話を合わせるのだった。
うーむ、まったく覚えていない。会ってるはずなのに、挨拶してしまう。その逆もあって、これは見たことのある顔だと思って名刺の交換をスルーしたら「初めまして」と挨拶されて慌てることもしょっちゅうである。
これはいかんと思って、スマホに名刺管理アプリというのを導入してしまったが、顔を覚えていないのでは、まったく意味がない。困ったものだ。
世間の人たちはすごいなあ。よくそんなに人の顔を覚えていられるなあ。
オレはただ感心するばかりで、きっとオレの頭は1万人どころか100人ぐらいしか記憶していないんじゃないかという気がしてきた。
なお、ザギンのクーニーはさすがに旨くて、カルビとかタンとか、絶品であった。まだ食いかけなのに「とっとと食って消えろ、この田舎もん」と言わんばかりのスピードで皿を下げて次の料理を持ってくる店員には閉口したが、ザギンはさすがであった。
「よし、ラーメンを食いに行こう」とザギンの街へ消えていったモリイくんとプラス1名の背中を見送りながら、はて、隣の女性の名前は、いつどうやって探りを入れたらいいんだろうと、オレは新橋の駅前で思案するのだった。
2020.01.26
誕生日である。誰のって、オレのである。
62歳だ。
ひぇー、と自分でも驚く。
成長期が20年で、独身時代が20年で、家庭人として20年。今までの人生をざっくりと区切るとだいたいこんな感じになるから、これからの20年はじじいとしての20年ということか。
いやいや、まだだ。オレはまだイケるのだ。
青春とは人生のある時期を言うのではなく心のあり方を言うのだ、と老害になって説教をたれるのはまだ早い。これからモテモテ君としての20年が始まるのだ。って、ちょっと何言ってるのかわかんない。
まあ、両親や祖父母を思い出せば、オレの寿命までもだいたい20年くらいだろうから、残りの20年は充実させないといかんな。いや、残りでなくても充実はさせないといけないのだが。
誕生祝いに娘がケーキを作ってくれた。我が家のお約束で、家族の誕生日には娘がケーキを作るのだ。
娘は自分の誕生日でも自分でケーキを作る。
オレの場合、ケーキは作れないから、食卓の脇に置いてあるウクレレを拾い上げて、ハッピバースデー・トゥー・ミーと自分で自分に歌を歌ってやった。
家族は、まあ理性は12歳レベルだから仕方ないか、とあきらめ顔だった。
2020.01.25
夜、なにげなくケーブルテレビを付けたら、『鉄道員』をやっていた。イタリアではない。高倉健が主演した、浅田次郎原作の「ぽっぽや」である。
封切り当時、新宿コマ劇場の東映で観た記憶がある。それ以来ということで、見始めたら、けっこうのめり込んでしまった。
デジタルリマスターで、画質はかなりよい。途中、塾から帰ってきた息子が「白黒映画なのになんでこんなにきれいなんだ」と驚いていたが、白黒なのは回想シーンだからで、きれいなのはデジタルリマスターだからだと教えてやったところ「ふーん」と興味なさそうに自分の部屋に消えていった。
引き留めようと、まてまて、これから幽霊が出てくるんだぞと教えたがまったく関心がないようで、幽霊には娘が食いついてきた。
そうである。この映画は、赤ん坊の時に死んでしまった娘が、幽霊になって成長した姿を父親に見せにくる、という話なのだ。その幽霊役が、広末涼子。高校生の頃の広末涼子は実に天使のようで、制服姿で高倉健の前に現れたその姿は、まさにこの世のものとは思えない美しさなのだった。
オレは歌舞伎町の東映で、その美しさに驚き、ボケッと口を開けて、広末涼子を眺めた記憶がある。
そんな広末涼子が出てきて、ほうら、幽霊だぞと教えたら、「なんか広末涼子って今はいない昔の人って印象がある」と娘は言う。なんだ、広末涼子そのものが幽霊だと思って、それで関心を示したのかよ。
広末涼子と我が娘がどちらも同じJKとは信じがたいが、もしかしたら娘の言うように広末涼子はこのまま消えていたら伝説の美少女俳優として神話になれたかもな。
ただ、映画で素晴らしいのは広末涼子ではなくて、高倉健に大竹しのぶである。高倉健は、ただ駅舎に立っているだで息をのむほど絵になる男だ。なんという存在感。演技もとてもうまくて、例えば顔を伏せる演技では、ちゃんと帽子のつばで目元がギリギリ隠れるように計算して演技している。
一方の大竹しのぶは、母親として、妻としての情念を見事に演じていて、なんというか、これほど人の感情をかき立てる演技というのも凄い。初めての妊娠の喜びを高倉健に伝えるシーンの演技など、神だ。
『鉄道員』は、浅田次郎の短編。直木賞を取ったはずだ。
確か、その前に書いた大作『蒼穹の昴』で狙っていた直木賞が取れず、どっと力が抜けたところで書き上げた作品。それがよかったか、肩の力の入らないことで実に素晴らしい作品に仕上がったと評された。確かに『鉄道員』は初期の名作である。そしてオレは『蒼穹の昴』をまだ読んでいない。これから読む人は幸せ者だと評されるほどの名作なのに、まだ読んでいない。読みたい本は、たまる一方である。
さて、そんな具合にたまたま観たテレビについて語っているぐらいだから、もはやアルビレックスのことは飽きたのではないかと思われているかもしれない。ももクロのことを書かなくなった時のように。
シャラップである。そんなことはない。アルビレックスは、今、大変なことになっているのだぞ。
つい先日、突然、あるTwitterが駆け巡った。スペインチームのディフェンスが、「ニイガタのアルビレックスに行く」と伝えたのだ。
これはたちまちにしてサポーターの間に伝播し、そして、あまりの大物ぶりに「来るわけないだろ」と否定されたのだった。ところがこれがガチネタで、この大物が本当にやってきて、アルビレックスに加わったのだ。名前をマウロという。
アルゼンチン人だがプロになったのはスペインで、なにしろスペインの一部でディフェンダーとしてメッシやクリロナとマッチアップしていた選手だ。「クリロナは抑えたけどメッシは無理だったぜ」というしびれるコメントを発する、そんなプレーヤーなのである。
こんなのが本当に日本の田舎の2部リーグチームにやってくるのかよと思ったら本当に来たわけで、ひたすらオレたちは腰を抜かしている。フォワードにはブラジル2部でゴールランキング2位のストライカーと、ここ3年間は試合数よりゴール数が多かったという異常なストライター。インドリーグだけど。
そんな具合になんだかとんでもない選手ばかりが集まっちゃって、改めて見てみれば、ブラジル人、スペイン人、ウルグアイ人、アルゼンチン人、ペルー人、ニュージーランド人、そして日本人と、アルビレックスには実に7つもの国籍の選手がいるのである!
これを世界選抜と言わずとしてなんと言おう。ラグビーは黙れ。オレたちこそが本当のワンチームだ。
このすさまじい多国籍軍を率いるのが、長年バルセロナで育成を努めてペップの片腕でもあった監督である。どうだ、もはやオレたちに残されいるのは優勝しかないではないか。自動昇格しかないではないか。
これほどの多国籍軍ともなると、それだけでもはやネタクラブの様相を呈しているのであるが、シャラップである。ああ、早くゲームが見たい、開幕が待ち遠しい。
今年のアルビは、やるぜ。
2020.01.24
今日のキーワードはOSKである。OSK。
若葉台というところで仕事だった。若葉台、それは多摩センターの近くにある僻地である。新婚時代のイズハラ君がアパートを借りて住んでいた町でもある。
目的地は駅から徒歩20分。時間もあるし、まあ、いいだろうと歩き出したオレであったが、ここは多摩丘陵。なだらかな坂道が延々と続くのであった。
これはきついぞ。20分間、オレは息も絶え絶えになりながら坂道を上り続けたのだ。憎いぞ、多摩丘陵。
60歳を超え、体幹が弱ってきたオレは、ヘロヘロになりながら坂道を上り続けたのである。これが青春の坂道ならとても嬉しいのだが、単なる1月の午後の多摩丘陵だ。嬉しくもなんともない。
なるべく駅では階段を使うように心がけてはいるのだが、このままでは体がへろへろになっていくばかりだなあ。反省。
仕事を終え、帰りはクルマできていた営業君に乗せてもらうことになった。初対面である。
乗り込んだ途端、営業君は「OSK! OSK!」と叫びだした。
ななな、なんなんだ、オーエスケーとは。営業君。
「OSKなんです! コンビニに寄ってもいいですか!」
営業君は、股間を押さえながら身もだえするのだった。
おお、そうか、OSK! そういうことだったのか!
「今日はずっとクルマで移動していたので、昼からトイレいってないんです。もう限界です、OSK!」
そう言って営業君は、クルマを止めてファミリーマートに一目散なのだった。
戻ってきた営業君に、OSKというのはなかなかいいので使わせてもらってもいいですか、と尋ねたら「どうぞどうぞ使ってください」と快く了承してくれた。早速オレもファミリーマートに行き、OSKなのだった。
OSKと言えば、昨日は犬のOSKで老婆を罵倒したんだっけなあ。OSKにもいろいろあるんだなあ。
2020.01.23
愛犬家というのは案外手に負えなくて、この世に犬が嫌いな人間が存在することを受け入れようとしないらしい。例えばオレのような。
愛犬家は、犬のことをワンちゃんと呼ぶ。いつだったか40過ぎたおっさんが「うちのワンちゃんが」と口にしていたのには、噴きそうになったわ。
ペット業界の取材をしていたライターは、「取材先で犬って言ったら、“ワンちゃんでしょ!”て怒られたわ」と呆れ顔で教えてくれたこともあったっけ。
犬なんか畜生である。存在する価値すらないと思う。
時々、オフィスで犬を飼ってます、みんな和やかです、みたいな会社があるけど、オレにとってはこの世で最もストレスフルな場所に違いない。
なぜ今日に限ってこんなにも手酷く犬をののしるかというと、家の前でオシッコしてている犬を発見したからである。正確に言えばオレの隣家のナベちゃんちの前であり、そこは我が家を含めた近隣4軒共同のゴミ出し場だった。
そこでは犬が勝手にオシッコをしていたのではなく、リードを引っ張っていた老婆がオシッコをさせていたのである。
見た瞬間、オレは逆上した。
逆上して、激しく老婆に食ってかかった。
なにしてるんだ、そこでなにしてるんだ。そこはゴミ捨て場だ。近所の人がみんなで使っているゴミ捨て場だ。オシッコなんかさせるんじゃない、コラ。今すぐ洗い流せ。今すぐだ。そしてもう二度とするな。来るな。何を考えてるんだ。
怒ったときの長州力のような憤怒の勢いで、オレは犬を連れた老婆を罵倒したのである。生きていればオレの母親と同じくらいの年齢の老婆だった。そして連れていたのは、その老婆と長年連れ添ってきたに違いないような老犬であった。
腹が立つことに、その老婆は「すみません」もなく、頭を下げるでもなく、だだじーっとオレの顔を見て、何の表情も変えずに黙って去っていった。もしかしたら多少は惚けていて、オレが何を怒っているのか、理解できなかったのかもしれない。
もちろん亡くなった母親が生きていればこれぐらいだろうという年齢の老婆を罵倒したことは決していい気分ではなく、もうちょっと言い方というものがあったよなあ、と反省もした。自分の親が散歩の途中に見も知れぬおっさんに罵られていると知ったら、家族はどう思うだろうという痛みもあった。よくないよねえ、オレ。
だから一番悪いのは犬だ。犬なのだ。
罪を憎んで人を憎まず。犬を憎んで婆を憎まず。
老婆は悪くない。犬こそ悪い。だから本日のオレはこのように激しく犬を罵っているのである。
犬なんてこの世から消えなくなればいいのになあ。オレは本気でそう思うのだが、世の中にはそう思っている人間がいるなんてことを想像すらしないんだよなあ。愛犬家は。とほほ。
2020.01.22
今日は、入間で取材である。
入間っていうのは、埼玉県の飯能の近くで、要するに山の中である。
昨日は甲府の山の中で今日は入間の山の中。毎日どうしてこう寒いところにばかり行くのだろう。時には温暖な沖縄とかの仕事がないものか。
と思ったら、なんだ、先月沖縄に行ったじゃん、と思い出す。
入間は西武池袋沿線だ。日中はものの見事に高齢者しか歩いていない。若年層はみんな都心へ働きに行っているのだろうな。まあ、同じ西武線沿線の石神井公園でも似たようなものだが。
予定より早く仕事が終わり、今日はちょっとさぼりたい気分だったので17時に早くもとおるちゃんへ行く。今年2回目だ。
軽く飲んで帰る。新メニューのロールキャベツが旨かったぞ。
2020.01.21
息子の高校ではアルバイト禁止である。
どうせお題目だけだろうと思ったら、そうではなくて、けっこう厳格なルールらしい。
一方で娘の高校も同様にアルバイト禁止なのだが、こちらはかなり緩いらしく「なんとかちゃんがコメダでバイトしてるよ。今日いるかな」と、コーヒーを飲みに行こうとしたら娘はそんなことを言ってた。
どちらも都立高校なのに、そのへんの対応は学校任せのようだ。
そんな息子がゲラゲラ笑って言うには「こないだ、Uber EATSのリュックを背負って登校したヤツがいた」とのことである。マジか〜。しれっとした顔でリュックを背負って、先生にはまったく気がつかれなかったらしい。
Uber EATSを頼んだら息子の友だちが配達に来た、なんていうのはなかなかおもしれえよなあ。頼んだことないけど。
などということを思い出しながら、今日は甲府まで取材である。
甲府の山の中は、案の定やけに寒く、なかなか冷えるのであった。
帰りにお土産を買おうと思ったけど、相変わらず信玄餅に真空パックのほうとうしかなく、どちらもさほど旨いものではないから買わずに電車に乗って、代わりに秋津駅近くの屋台のような店で唐揚げを買って帰った、ここの唐揚げはなかなか旨くて安いのだ。
甲府の土産がなぜか秋津の唐揚げになり、その唐揚げをつまみながらオレは、ストロングゼロを飲んで、今日も安上がりに酔うのだった。
2020.01.20
カーペンターズには、ボーカルを取り除いたカラオケ盤というのがあって、実に興味深い。
例えば『スーパースター』では、オフ・ボーカルのはずなのに、うっすらとカレン・カーペンターのボーカルが聴こえてくる。たぶんこれは、楽器を録音する際に、カレン・カーペンターが「仮歌」を歌ったのだろう。プレイヤーが演奏しやすいよう、本番以外の歌手が歌ったわけだ。その仮歌が、例えばドラムのヘッドホンから漏れてきて、それがそのまま録音されてしまったのだと思う。
デモで歌った『スーパースター』があまりに素晴らしくて、それがきっかけでプロとしてデビューすることになったというのはカーペンターズのよく知られたエピソードだが、それがそのボーカルなのかもしれない。
ちょっと驚くのは『イエスタデイワンスモア』だ。実にしょぼいアレンジなのである。楽器の数は少なく、音の厚みもなく、うっすいバックトラックなのだ。
昔からずっと聴いてきた曲で、フルオーケストラのドラマチックなアレンジというイメージがあったので、ボーカルを消すと、実はまったく豪華でもドラマチックでもなかったというわけだ。逆に言えば、それだけカレン・カーペンターのボーカルが素晴らしかったということだ。あのボーカルの表現力、説得力があれば、余計な音はいらない。分厚いアレンジは邪魔。いや、分厚いアレンジに匹敵するだけの表現力を持ったボーカルなのだ。
リチャード・カーペンターはアレンジャーとして、プロデューサーとしても超一流であるから、スレン・カーペンターのボーカルをいかに引き立てるかだけを考えてアレンジしていたのだろう。アレンジしないことが最高のアレンジになる。なんとまあ、素晴らしいプロデューサーではないか。
などと思いながら、オレはAmazonプライムでカーペンターズの曲を流しながら仕事をしていたのだが(タダね)、ふと見たら「カーペンターズ&ロイヤル・フィル・オーケストラ」というディスクを発見した。おや、これは何だろう。
再生してみてびっくり仰天。ロンドンのロイヤル・フィルハーモニーが、カレン・カーペンターのボーカルに合わせて新しいアレンジで演奏したというディスクではないか! しかもスタジオはアビーロードで、アレンジとオーケストラの指揮はリチャード・カーペンター。
リチャードはもう70代ということだから、とうとうこのおっさんは妹の歌声と若いときにつくった曲だけで、生涯、商売したことになる。こち亀かよ。
もはやここまでくると産業だよな。
カーペンターズはこれまでやたらとベストアルバム的なものが出ていて、しかも、リミックスバージョンとかデジタルリマスターとか、いろんな企画が出ている。先のボーカルを抜いたCDもその一種だ。そして、それらの多くにリチャードが関わっていて、つまりはずーっとカレンの歌声で商売を続けてきて、先ほどもはや産業と言ったけど、正確には家業として続けたということなのだろうな。
まあよい。
ロイヤル・フィルハーモニーの演奏による曲を聴く。
えーと、一言で言うと、素晴らしい。Amazonミュージックでタダで聴けるというのに、オレは『イエスタデイ・ワンス・モア』を聴いた直後にCD盤を買おうとをポチッとしてしまったほどだ。なにしろAmazonミュージックは車では聴けないからな。いや、聴こうと思えば聴けるが、定位などを確かめながらじっくり聴き込んで分析するには、やはりCDがないとね。
ストリーミングで1900円という選択もあるが、ちょっとこのディスクはディスクとして持っておきたいと思った。
なお、ポチッとするときにちょっと迷ったのが、日本盤か輸入盤かということだった。日本盤が2500円。輸入盤が1900円。けっこう違う。
よく見たら、日本盤は19曲で輸入盤は18曲だ。どうやら輸入盤には「ミスター・ポストマン」が入っていないようだ。なるほど、「ミスター・ポストマン」を聴くなら日本盤2500円を買うしかないようだな。好きなんだよね「ミスター・ポストマン」。ビートルズのジョン・レノンが瑞々しい声で楽しそうに歌うのも味わい深いが、カーペンターズのバーションもかわいらしくて楽しい。
『ミスター・ポストマン』のロイヤル・フィルハーモニー・アレンジはというと、なんと、2番でストリングスが重ねられていた。うほほ、この曲にストリングスかよ。ありがちではあるが、なかなか気持ちがよかった。
1曲目はオーバーチュア。いわゆる前説だ。オーケストラがデーハーに管と弦を奏でる。その中から浮かび上がるように2曲目の『イエスタデイ・ワンス・モア』が始まる瞬間なんか、最高だ。
なお、残念ながらこの19曲の中には『寝具』じゃなかった『シング』が入っていない。オレの好きな『見つめあう恋』も入っていない。
『シング』がなぜ省かれたのかはわからないが、『見つめあう恋』については、やっぱりリチャードが入れたくないと考えたのだろう。HERE'S A KIND OF HUSH〜で始まる『見つめあう恋』は、とても瑞々しい曲で、ボーカルも素晴らしいのだが、これはカバー。リチャードカーペンターは、ハーマンズハーミッツの原曲にはとてもかなわないと感じていて、カバーするんじゃなかったと後悔しているそうだ。
そんなこと言わないで、アレンジし直して入れて欲しかったんだけどなあ。
ま、ともかく、このロイヤル・フィル盤のディスク、ざっと聴いて、音は全体的に厚くなっていて、リッチに仕上がっている。リチャードは「これまで、何度となく、私は“もう一度この曲をやり直すことができたらいいのに”と思うことがあった」らしいから、これはその思いを遂げることができたというプロジェクトなのだろう。リリースは2018年12月。へえー、今まで知らなかったわ。
カーペンターズが好きなら一聴の価値はある。オレは車の中で大きな音で聴いてみたい。
2020.01.19
原稿を書いていて、滝廉太郎の『花』に触れることになった。あの有名な「春のうららの隅田川」という歌曲である。
書きたいのは、『花』の一節が中国の漢詩から引かれてきたものだ、という蘊蓄だ。ほんの数行のことではあるが、こういうとき、記憶だけに頼って書くと大やけどをしかねないので、必ず資料にあたらなければならない。
以前ならば、こんなケースでは、レコードショップに駆け込んでCDを買い求めるか、あるいは大型書店もしくは大きな楽器屋をまわって、「日本唱歌全集」の類いの楽譜を手に入れるしかなかった。
それが今ではYouTubeである。簡単なものだ。もちろんネットの情報を鵜呑みにするのは危険だというのは言うまでもないが、さすがに『花』ほどの歌曲になれば、奏者違いの映像を2つか3つも観れば、資料としては十分である。確認した上で、きちんと原稿に落とし込むことができた。
以前のように原稿を手を止めて資料探しに出かけるということをしないですんで、改めてYouTubeは非常に便利であると感謝したわけだが、一方で、YouTubeのおかげで仕事の手が止まってしまうこともある。いや、珍しいことではない。
今日も『花』を聴いていたときに「次の動画」として目に飛び込んできたのが、フォーククルセダーズの『感謝』であった。作詞北山修、作曲加藤和彦。
加藤和彦がつくったメロディーに北山修が詞をつけたのだが、最初のは加藤和彦がボツを出した。そこで次の日に北山修が持ってきた詞が、これ。あまりの素晴らしさに、加藤和彦は絶句だった。
オレの勧めでこの曲を聴いたタニガワ氏は「車の中で聴いたんだけど、詞の意味がわかった途端、ハンドルを握ってた腕にザーッて鳥肌が立っちゃったよ〜」とのことであった。
どういう詞かというと、臨終の瞬間に、送る側、送られる側の心に浮かぶ思いをつづった内容である。1番から3番まで会話形式で歌われ、送る側も、送られる側も、最後は心からの感謝の思いだけに包まれるという歌詞である。
聴けば聴くほど切ないというか、苦しくなる曲で、おれはしばらく聴けないでいた。特に母と父が亡くなってから数年間はとても聴けず、さらに作曲した本人の加藤和彦が自死したということが追い打ちとなり、ずいぶんとこの曲は遠ざけていた。
それがYouTubeで「次の動画」として現れたことで、実に久しぶりに聴くことになったのだ。加藤和彦のアイリッシュの笛が実に悲しく深く、そして優しい。歌は坂崎幸之助である。なんというか、フォークソングってこういうことだよね、という歌だ。
まあ、そんなおかげで結局は原稿の手が止まってしまい、今日予定していた全部の原稿が仕上げられなかった。明日、がんばらねば。
2020.01.18
本日はセンター試験である。2日間にわたって行われる、その初日だ。
センター試験は雪が降ると言われるように、天気予報では「明け方から都内でも雪が降るので、受験生は交通状況に気をつけるように」と盛んにアラートしており、そのせいかオレは朝4時に目が覚めてしまって、天気を確かめに起き出したほどだった。
もし電車が止まっていたら、スタッドレスに履き替えたオレのクルマで息子を会場まで送り届けなければな!
幸いなことに雨も雪もみぞれも降ってなくて、電車に支障はないようだ。出かけるときになって少し雨が降っては来たが、息子は元気よく「行ってくるわ」と改札へと歩き出したのだった。
まあ、しかし、オレたちの子どもが大学受験を迎えるとはなあ。嘘みたいだなあ。ほんとだねえ。ほんとだなあ。
ヨメとオレは、そんなアホみたいな感想を漏らすしかなく、ただ呆然とするのみ。本当に子どもが大きくなるのってあっという間なんだなあ。オレの父と母も、同じように呆然としていたのだろうか。
試験会場に着いた息子からLINEが届く。「けっこう主婦がいる!」と驚いている。
なるほど、社会人で大学に入り直そうという人たちなのか。いや、単に老けすぎている浪人生かもしれない。
共通一次すら受けていないオレとしては、会場の雰囲気も想像がつかない。
仕事をしながらオレは、オレが受験をした42年前のことを思い出す。受験そのものよりも、東京の街を一人で自由に歩き回れることが嬉しかったのを覚えている。しょうがねえなあ。
2020.01.17
いろんな業界のいろんな会社に訪問して、そこの社員や社長に話を聞くという仕事を続けていると、何となくこの会社は危ういな、という勘が働くようになる。もちろん勘なので外れることが多いし、勘なので明確な根拠があるわけでもないのだが。
例えば、御社の強みは何ですかという質問に対して「人材です」と経営者が答えるような会社は、危うい。優秀な人材がそろっていれば強い会社になるのは当たり前で、ボケッとしたふぬけのような社員ばかりであってもちゃんと利益が稼げるような仕組みにするのが経営者の仕事だ。それを放棄しているような会社に、次第に優秀な人材は集まらなくなって、危うくなる。
メーカーやエネルギー系などの装置産業はそんなことはないが、ITやメディカル系など、優れたパッケージやビジネスモデルで一発当てたような会社も、やっぱり危うい。
パッケージやビジネスモデルはたちまち陳腐化する。それなのにそういうプロダクトがヒットして成功した会社は、「またヒットを出せばいい」と考えて、過去の成功体験にすがってしまう。完全に危うい。
以前、会社を上場させたことのある人物に取材したところ、転職先で「ここも上場させる」と鼻息が荒かったので、あきれた記憶がある。前の会社と今の会社は違う会社だし、前の会社で成功したからって今の会社で成功するとは限らないでしょう。成功が失敗のタネになる、典型的なケースだなと思ったものだった。
A社の場合も、以前取材したときに、危ういなと感じた。大変に優れたパッケージを開発してヒットさせて、業績は順調だった。経営者はとてもピュアで志が高く、従業員のためにいい会社にしようと努力していた。
そのため大変に素晴らしい待遇を実現し、そこの従業員はとてもハッピーになった。
ただ、パッケージ頼みの一本足打法経営だったので、パッケージがちょっとよめろいたら、たちまち経営が怪しくなった。その様子をオレは、新聞を通して見ていて、あちゃ〜と天を仰いだ。いい会社なんだけどなあ。
とうとう会社が分割され、経営陣は責任を取って退陣というところまでいき、新聞を読みながらオレは、あの会社で出会った人たちのことを思い出していた。
そうしてどん底まで落ちたその会社は、ようやく立ち直り始めた。そこに何の縁か、前回とはまったく違う仕事でインタビューに向かうことになった。
そして出てきたのが、以前、取材したときと同じ担当者。新聞を読みながら、どうしているかなと顔を思い浮かべていた、その一人だった。へえ、どん底でも辞めないで残っていたのか。先方もオレを覚えてくれていて、「どうもその節は」という話になり、いろいろと大変でしたね、「いやいや、あはは」という会話ができた。
こういう形の再会は、やはり嬉しいものだ。いい会社なので、なんとか復活して欲しい。成功が失敗のタネになって、その失敗を次の成功のジャンピングボードにしてくれたら、と願う。
2020.01.16
外で飲む機会がめっきり減ってしまったオレが最近よく飲むのは、ストロング系の缶酎ハイである。
もともと居酒屋は大好きで、特におっさんたちがワイワイとうるさい大衆居酒屋がよい。こじゃれてない方が絶対にいい。サラリーマンのおっさんたちが「がはははは」と大笑いしている店のカウンターで、その喧噪に身を委ねながら、一人ひっそり、雑誌を読みながら飲む時間は至福なのだった。
そんな機会がめっきり減ってしまったのは、家で家族と一緒に食事する時間の方がより至福の時間であることと、高校生2人を抱えるオレの懐具合という理由が大きい。
その点、缶酎ハイならば家族との食事をしながら飲めるし、懐にも優しい。9%のストロング系なんて、あーた、500mlの150円でベロベロですぜ。ちょっと飲み足りないと思って2本目に手を伸ばしても300円だし、飲み残しても惜しくない。
そんなストロング系缶酎ハイで一番旨いのが、コカコーラの「檸檬堂」。初めて飲んだときには、あまりのうまさにびっくり仰天、酔いも一段と速かった。
ちょっと高めで350mlが135円ぐらい。これを2杯飲めば、もはや天国である。
ところがこの「檸檬堂」、あまりの人気ぶりに出荷停止だと。売れ過ぎちゃって生産が追いつかないのだそうだ。
コラ。
オレは思わずそうつぶやきましたね。眠いこと言ってんじゃねえぞ、コラ、コカコーラ。
「檸檬堂」がないと困るから、コカコーラは不眠不休で「檸檬堂」だけ製造すりゃいいんだ。コーラとかアクエリアスとかファンタとか、そんなものは作らなくていいんだ。
そもそも缶酎ハイって、以前はサントリーやキリンのストロング系を飲んでいた。ヨメの買い物につきあった日は、西友やイオンのプライベートブランドの缶酎ハイを買っていた。
もちろんどれも同じである。たいした違いはない。プライベートブランドの缶酎ハイだと、なんとなくこれはきっと質の悪い焼酎がベースなんじゃないかという味わいだったりはしたが、まあ、酔ってしまえばわかりゃしない。
ところが「檸檬堂」は、はっきりと味の違いがわかったのでびっくり。それも、ネットによれば、九州の工場で生産された「檸檬堂」が一番旨いということになるらしい。へえ、面白いな。
今日は、茨城の病院で取材仕事。クルマでの往復だった。最近は50kmも走ると疲れちゃって、今日もやれやれ疲れた〜とつぶやきながら帰ってきて、こんな時はストロング系だよね〜と誰にいうでも口走り、オレはスギ薬局に立ち寄った。
すると、さすが練馬の片田舎のスギ薬局。棚にはちゃんと「檸檬堂」が並んでいた。オレは大喜びで4本を買い込み、そして晩飯を食いながら1本、風呂からあがって1本飲んだのであった。
いつの頃からか子供たちは夜になると部屋にこもるようになり、リビングルームに残されたのはオレとヨメだけ。ばあさんや、とうとう二人だけになっちまったのう、と話しかけては「ふん」と無視される、そんな無為な時間をテレビのニュースとともに過ごし、ほどよく酔っ払ったオレは布団に入るのだった。
ちなみの寝るときのオレの挨拶は「やすー」である。これはもちろん「おやすみ」の略語で、2階の子ども部屋に向かって「やすー」と叫ぶとちゃんと「やすー」という返事が響く。朝はもちろん全国共通の「おはー」だ。これからは「やすー」も全国共通の挨拶にすべきだと思う。
と、布団の中でぶつぶつ言ってるうちにオレは眠りに落ちていくという寸法。
2020.01.15
フリーの仕事仲間が、ロケ中の昼時にファミレスなどでテーブルを囲むと、この時期は確定申告の話になる。
「どうしてる?」「ウチは税理士に頼んでる」「いくらよ」「月3万」「ひゃー」「オレは自分でやってる」「でも死ぬほど面倒じゃん」
などということを毎年飽きもせずに繰り返し話している。
確定申告をして、社会保障費を毎月払っていると、オレたちはこの国からどれだけ搾取されているかが、ひしひしと実感できる。貧困層とまでは言わなくても、社会全体が貧民化しているのは間違いのないところだ。
これに重くのしかかってくるのが消費税。
消費税は年に2回に分けて納めるが、前年度の実績に合わせた予定納税というものもあって、これがン10万とか、とにかく吐きそうになるくらい重い。端から見れば、消費は税なんていうのは自分の売上ではなくて一時的に預かったものなんだから負担に感じるのがおかしいだろうという理屈になるわけだが、その一時預かりの金も回転資金に回さなければやっていけないところが大多数で、例えば行列のできる人気ラーメン店でも経営はギリギリで消費税を滞納している、なんていう話はざらだ。
だから、山本太郎という売国奴の間抜けの基地外が「消費税を廃止すれば景気は回復する」と訴えるのも、わからないではない。計算では平均して消費税で年間20万円ぐらい負担しているらしく、消費税を廃止すれば、ざっくりと言って給料1か月分近く、所得が増えるということらしい。
確かにそうすりゃ消費は増えて景気もよくなるだろうな。
まあ、オレは消費税よりも健康保険をなんとかして欲しいわ。消費税って、要するに買い物をしなければ払う必要がないわけで、ということは税金の中で唯一、自分で額をコントロールできる税金というわけで、そこはなんかまだ許せる気がする。
許せないのは健康保険だ。毎月毎月、腰を抜かすほどのカネをむしり取られて、それでも病気になるわけにはいかないとおびえる不合理さ。もはや愚痴しか出ない。
なんだか暗い日記になってしまったな。
2020.01.14
どっひゃー、マジかよ〜! とオレは腰を抜かした。
何の話かというと、センター試験の話である。
今週の土日、センター試験が行われる。オレとしては共通一次試験みたいなものという認識なのだが、実は共通一次試験もなかった時代に受験したので、それすらもよくわかっていない。
要するにみんなでテストを受けるんだろうな、という程度の認識である。
そんなオレでも、これはさすがにたまげた。小笠原のセンター試験である。
センター試験というのは、各都道府県、近くの会場で受けるらしい。例えばオレの息子は板橋区にある大学が会場となるので、先日、その下見に行ってきたところだ。通常ならこのルート、もし事故で電車が止まってしまったらこっちの遠回りの路線、最悪の場合でもターミナル駅から徒歩でも行ける。息子は実際に歩いて確かめたそうだ。
もちろんオレもいざとなったクルマで送るべく、今から気合いを入れて足腰を鍛えている。
そんな具合になるべく近くの会場で試験を受けられるようになっているのだが、どういうわけか東京都の場合、離島に試験会場はないのだ。
そのため、小笠原の受験生は、23区内の会場でセンター試験を受けるために、なんと28泊もしなくてはならないのだ!!
これは島から都心へと渡る船の便の関係である。
いや、そりゃそうかもしれないが、それにしても28泊しなければ試験を受けられないというのは、いくら何でも常軌を逸しているだろう。その間、親戚の家に泊まれればまだしも、頼るツテのない家は、受験旅行のために30万円以上を払わなければならないわけだ。こりゃひどい。
マジでオレは、南スーダンのアスリートを受け入れた前橋市のように、無償で小笠原の受験生を泊めてやってもいいと思ったほどだ。
いや、親戚の家に世話になる場合だって、心細さや肩身の狭さはあるだろうから、決して落ち着いて受験はできないはずだ。
どうしてこんなことがほったらかしにされてきたんだろうな。新潟県の離島である粟島でさえ、島の中で受験できるというのに。
もっとも今は憤っているオレも、息子が受験生であるからこういう話題にも反応するのであって、それが過ぎれば、気にも留めないだろう。だから多くの日本人にとっても28泊の受験旅行なんていうのは、まあ、一瞬のネタで終わってしまうに違いない。離島に生まれ育った人たちは、こんな風に様々なハンデに直面しながら生きることを強いられているわけだ。
なんとかならんものかね。
2020.01.13
オリンピック代表チームが日本中をずっこけさせた後、今度は日本中を興奮のるつぼにたたき込んでくれたのは高校生たちであった。大げさか。
高校サッカーの決勝は、静岡学園対青森山田である。
スポーツのできる子ばかり集めている青森山田は、駅での山梨学園みたいなもんで、アフリカじゃなくて、全国からサッカー小僧がやってきている。中学と同時に親元を離れサッカー入学した子も多いというから、そりゃあ、反感も持たれるだろう。嫌われ役だ。
しかも、青森山田は後半になって逆転され、残り時間が少ない中、ファールで傷ついて倒れた静岡学園の選手を強引に引きずり起こす姿がテレビで大映しになり、非難囂々。確かにあれは印象悪かったな。
以前、青森山田は校歌斉唱でまともに歌っていない生徒が映し出されて、全国から非難のファクスが合棟に殺到したということがあった。ファクスを送る方もどうかしているが。
そんな経験から十分に気をつけていたというのに、この相手を引きずり起こしたシーンは、あまりにもマズかったかな。まさしくヒール。
もっとも相手の静岡学園も、ベンチに座っている前監督の姿があまりに印象悪かった。サングラスをかけて腕組みをした地黒のじじいで、面倒くさいOBがベンチへ圧力をかけにやってきたというふうにしか見えず、なんだこの学校は、OBにヤクザがいるのか、と我が子の進学をためらった中学生の親も多かったに違いない。
ゲームは、前半0-2とリードした青森山田を、後半、静岡学園が追いついて終了5分前に逆転するというスリングな展開。こりゃあ面白いわ。
しかも両チームとも足を止めずにガンガン攻めまくる。特に静岡学園は、ドリブルしないでパスをすると監督に怒鳴られるためか、必ずドリブルを仕掛ける姿が小気味よい。青森山田の敗因は、そんな静岡学園の攻めに対してあまれにラインを下げすぎたこのだったろう。
会場の埼玉スタジアムは満員。
明らかにオリンピック代表チームより人気があって、ひょっとしたらオリンピック代表チームにも勝ってしまうのではないかと思わせた高校生チームだった。つーか、オリンピックチームが負けるのかよ。
ああ、情けない。
ところで話題はまったく変わるのだが、「Youは何しに日本へ」を見ていたら、南スーダンのオリンピック陸上選手が前橋市にやってきた、というのが興味深かった。
「Youだけはガチ」と言われるこの番組、面白いネタを見つけたものである。
南スーダンは世界最貧国と言われ、内紛の続く国である。初めてオリンピックに出場することになり、代表選手が決まったものの、とても練習に打ち込む環境にはない。とこで手をあげたのが前橋市。オリンピックまでの8ヵ月、全面的に生活の面倒を見て、選手たちに練習に打ち込んでもらおうということになった。
そのために来日した選手たちを、テレビ東京の取材スタッフが偶然つかまえてしまったというわけである。
まず、前橋市、すげえなあ、と思った。まったくの無償。何の見返りも求めない支援を行うわけで、なんという英断だろうと驚いた。
そして、南スーダンの5人の選手にも驚いた。高校生ぐらいの年齢の選手も交じっていて、故郷を離れて8ヵ月も日本で暮らす道を選んだのだ。たぶんその胸には、紛争が続く故郷を背負って世界で闘うプレッシャーとプライドがあふれている。
南スーダンは、人口の3分の1が食糧不足に直面すると予測されているという。選手たちの生活も非常に苦しい。そんな中、家族を置いて故郷から遙か遠く離れた日本での生活が心細くないわけがなく、その勇気には心打たれたわ。
すごくいい話だと思う。
2020.01.12
いやあ、ドイヒーなムーゲーでしたなあ、オリンピック代表。
相手はシリア。ちょいと触らせておくれ。それは尻や。
シリアってのは、内戦をしているんだろ? 息子によれば、いつだったかのワールドカップ予選では、他の国の選手をしれっと代表チームの中に紛れ込ませて、出場したらしい。紛れ込ませたのは、なんとオランダで代表歴を持つ選手。そんなのバレるに決まってるではないか。
「いけんじゃね?」「問題ねーよ」というやりとりの末に出場させたに決まっているが、どうして誰も止めなかったんだろうと思えるほど、雑すぎる作戦であった。
そんなシリア相手に日本代表は、ころっと負けてしまった。ウケる〜。とほほである。
夜も遅いし、前半だけ観て寝ようと思った。あっさり先制されたものの、しっかりと前半のうちに1-1に追いつき、まあ、シリアが相手なら2-1、もしかしたら3-1で勝つだろうと思ってオレは早々に寝てしまった。
ところが後半に入れられて1-2で敗戦。これにて2連敗で、予選のグループリーグ敗退。
確かにひどかった。攻めはワンパターン。何の工夫もない。緩急を付けるとか、長短織り交ぜるとか、まったくなし。たまに長いボールが入っても、そういう約束事ができていないのか、ちっとも効果的でない。
何よりもモチベーションだな、モチベーション。
全然やる気が感じられない。1-1に追いついたというのに、味方が盛り上がらない。
どうせオリンピックの出場は開催国枠で決まっている。そして、どうせオリンピックチームのメンバーは海外組とオーパーエージで埋まるから、ここでどんなにがんばっても、オレは出られない。
そんな気持ちでプレーしているのがありありとわかって、全体にやる気なし。
まあ、それでもシリアなら勝つだろうと踏んでいたのだが、負けてしまった。これは、もしかしたら、中東のレベルが急速に上がってきたということなのだろうか。中国もオリンピック予選敗退が決まったし、極東で中国や韓国あたりとしょぼい争いを繰り広げている間に、中東が復権に本気に取り組んでいたという。
アジアカップもバーレーンだかカタールだかに負けちゃったしなあ。
加えてベトナムやタイあたりの東南アジア勢も力を付けてきているし、極東のオレたちはいつの間にか世界どころかアジアからも置いていかれているのかもしれない。
まんま、日本の国勢そのものである。
さて、こうなったからには当然、ポイチこと森保の解任ということになる。メモばかり取ることに夢中になって、ちっとも戦局打開に有効な手を打てなかったポイチは、サポーターからもさんざん馬鹿にされているし、そもそもA代表とオリンピックチームの両方を見るなんて、ポイチごときには不可能だったのだ。
では、ポイチを辞めさせたとして、代わりに誰が適任か。
何しろ、これから半年でチームを立て直さなくてはならない。その上でオリンピックで結果を出さなくてはならない。しかも自国開催のオリンピックだから、アホなサポーターだけでなく、国年全部が注視する中で「金メダル以外は許さん」というプレッシャーにさらされることになる。もし銅メダルすら取れないなんてことになったら、水をぶっかけられるどころか、実家が腐ったトマトの襲撃を受けかねないだろう。
そんな割の合わない仕事を引き受ける日本人がいるとは思えず、やはり外国人監督に汚れ役を担ってもらう以外にない。こうした事態をいち早く見抜いていて、「もうこりごりだ」と、監督のライセンスをとっくに返上してしまった岡ちゃんはさすがである。
外国人監督ならば、例えばトルシエのように「勝ったらオレ様のおかげ、負けたら日本文化が原因」と広言する強心臓の持ち主がいい。だが、八百長疑惑だけでアギーレを解任し、ワールドカップ予選を突破して本戦出場を決めたというのにハリルホジッチを解任してしまった日本は、評判が悪い。誰が監督なんて引き受けるか、と海外の名のある監督は思っている。
仕方なく、ここは日本人監督に汚れ仕事を引き受けてもらうしかないだろう。こういう事態を予想していた岡ちゃんは以下同文。
日本人ということになればFC東京のパワハラ長谷川健太が第一候補だろうが、ケンタがそんなリスキーな仕事を引き受けるとは思えない。日本人ではないがJリーグ監督ということでミシャもいいが、あのサッカーは銀メダルは取れても優勝はできないからなあ。
ということで、ここで浮上してくるのが、あの男である。そうである、チョウ・キジェだ。
ご存じパワハラ騒動で湘南を追われ、Jリーグを追われた監督である。
日本人ではないと言われるかもしれないが、生まれも育ちも京都という在日だから日本人でいいだろう。それに今やすねに傷を持つ身であるから、どんな汚れ仕事でも喜んで引き受けてくれるに違いない。何よりも、モチベーションゼロのオリンピック世代を、パワハラ全開で鍛え直してくれるに違いない。これですべて丸く収まるではないか。
日本代表は国民の玩具なんだから、これぐらいやってくれてもいいのではないか。基本的にもめ事は面白いし、それがオリンピックとは言え代表となると、面白さも倍増なのである。
2020.01.11
今年は連休が多いのか? 少ないのか? 三連休は?
などと考えながら、今年最初の三連休初日を迎える。多いか少ないか、まあ、毎年だいたいのところは変わらないような気がする。去年のゴールデンウィーク10連休なんてのが特別だったわけで。
本日、オレは水道橋のホテルで、新年会だ。オレの一族が集まるのである。
もう30年以上続いている、一族の新年会だ。この席でタンゴ一族は血脈の重みを確かめ合い、絆を深め、そして世界征服に向けての誓いを新たにするのだった。
だが、新たになるのは誓いばかりで、一族の高齢化は年々進み、今や世界征服どころかまともに集まれるのはあと何年だろうとささやきあう始末。タンゴ一族の世界征服の野望は潰えようとしているのだ。む、無念である。
水道橋のホテルのビュッフェは毎年大変な人気である。予約を取るのも一苦労だ。
今年も相変わらずの人気ぶりで、大混雑である。ところがよく見たら、明らかにメニューの質が落ちている。去年まであった寿司がない。スイーツの種類も減っている。一年に一度しか来ない客にもわかってしまうようなコストダウンだ。こんなにも賑わっているというのに、メニューを落とさなくてはやっていけないのか。飲食店は大変だ。
都内のどの店に行っても中国人だらけだというのに、ここはビュッフェにもかかわらず、中国人がいなかった。おかげで落ち着いて会話することができた。
いとこの子どものそのまた子どもにお年玉をあげる。5千円だ。「いっぱい入ってる」と喜ぶ子供たちに、貯金なんかしないで好きな物を買えと言ってやる。
その親、つまりいとこの子どもが笑顔で「そういえば僕もお年玉をもらってましたよね」と懐かしそうに言う。タンゴ一族の血脈は、こうしてお年玉を通じて受け継がれていくのであった。
夜、寝転がってAmazonプライムを観ていたら、部活中の娘から連絡があった。
「もうお酒飲んでる?」と聞くので、ばかもん、お父さんはいつもしらふだ、その証拠に飲んでも酔わない、と答える。娘は、部活で必要な音響機材を忘れたら届けて欲しいという。ダンス部なのだ。
あいよ、朝飯前さ。
オレは立ち上がって車に乗り込もうとしたのだが、すぐに息子とヨメに羽交い締めにされた。「お父さん、昼、ビール飲んだだろ」と。ああ、飲んだとも。それも3杯もな。だはは〜。
それを聞いてヨメは「あたしが自転車で届ける」とコートを羽織り、息子はオレをさらにきつく羽交い締めにする。
タンゴ一族の血脈は、こういうところにも生きているのであった。なんのこっちゃ。
2020.01.10
本日は朝から小田原で仕事である。
小田原は遠い。神奈川県のクセして、あそこは静岡だろう。とにかく遠い。
だから、オレは新幹線で行くことにした。小田急なんて激混み電車に乗ってられっかよ。
新幹線に乗るなら、エクスプレス予約である。つまりはネットで座席を予約して、Suicaでスイーッと入場する、チケットレスのサービスだ。実にスマートなボクちゃん。
サクサクッとスマホでチケットを取って、さて入場。
ところが、ぴこんぴこんと改札機がアラートを発して、ゲゲゲっと、ボクちゃんは挙動不審。なんだなんだなんだ。
キョドりつつ、オレは窓口で駅員に詰め寄る。どうなっておるのだ。
「お客さん、Suicaと紐付けされました?」
あーん?、したに決まってるだろ。杣証拠に、ほれ、毎回毎回ちゃんとSuicaで改札を通って…あ、スマホを交換したんだった。
スマホを交換したことでエクスプレス予約とSuicaの紐付けが切れてしまったというワケか。つまり再度紐付けをしなければならないというわけか。
これではパスが通らない。いくらイニエスタを投入しても受け手がアレではゴールは無理だ。
敗北だ。オレの負けだ。
ITツールが得意で鉄道事情にも詳しいオレが、自動改札ではじかれるとはなんたる失態。屈辱である。
オレは自動改札の前で悲嘆に暮れたのだった。
2020.01.09
アルビレックス新潟の田中達也が再契約である。
ない話ではないが、珍しいことであるのは確かなので、ちょっとざわついた。
ベテランの達也は、年俸と稼働時間を考えると高コスト選手なので、J2のアルビレックスとしては抱えきれなくなっていた。だから契約満了となった昨年、契約更新はせず、そのまま達也は退団ということになった。
だがいくらもと代表とはいえ、37歳の選手を引き受けるチームはなかった。古巣の浦和レッズも冷たいものである。
達也自身はあくまで現役が希望だ。さすが生涯サッカー小僧だけある。アルビレックスでの最終戦でも退団が決まっているというのに情けで出場することを由とはせず、あくまで他の若い選手と争ってポジションを取ろうとした。
たくさんのサポーターに愛された達也は、たくさんのサポーターに心配されながら、行き先が決まらず、無職となっていた。
それが急転直下、アルビレックスと再契約である。まずは一安心だ。
実は田中達也には小学生の娘がいて、その娘さんはアルビレックス新潟レディースの選手である。もちろんプロではなくてスクールで鍛えてもらっているところだ。
スクールの先生は、田中達也の娘を指導するということで相当にビビったらしいが、当然達也は「他の子と差別しないで、厳しく指導して欲しい」と言ったわけで、おかげで娘さんずいぶんと成長したらしい。アルビレックス新潟レディースといえば、上尾野辺だ。達也の娘さんは、その上尾野辺を継ぐ選手として期待されている。
小学校高学年という年齢もあって、だから達也としては、まだしばらくは新潟で暮らしたかった。他チームに移籍して単身赴任という手もあったが、実は達也自身は「ヨメがいなけりゃ何もできない」と公言しており、おにぎりすらも自分で作れない。だから単身赴任は考えられない。
一方でチームとしては、達也に高額の年俸は払えない。おそらくはかなりのダウンになったはずだ。
達也自身は、そんな様々な状況を考えて、かなりの年俸ダウンを受け入れても新潟での生活を続ける道を選んだのだろう。チームは、他のチームから声がかからなかったときには戻ってくればいい、と伝えてあったに違いない。
そして結果的に再契約、出戻りという状態になったわけだ。
この結果に対して大方のサポーターは歓迎している。だってみんな達也が大好きだから。
選手としての達也のすごさは、以下に表れている。
前線の選手として
・コースを切ってボールが出るのを止める
・複数人を抱えて他の場所の数的有利を支える
・コースを考えながらボールをしつこく追う
この三つを同時にこなしながら、相方の選手を輝かせることのできるのが達也なのだ。
要するにロシアワールドカップでの、香川と乾と大迫と原口の仕事を一人でできるのが達也なのだ。
だから、チームが劣勢の時に投入されると、たちまち相手の攻撃をダウンさせ、味方のラインを高く上げさせることができる。年齢のためにそれが長続きしないところが残念だが。
ま、ともかく達也が帰ってきてホッとしている。よかったなあ。
オレたちは今年も達也のチャントを歌いながら、オレたちには達也がいる、と胸を張ることができるのだ。
2020.01.08
いやあ、凄かったですねえ、ゴーンの記者会見。あそこまで期待外れというのが、凄かった。
「ジャパンはタコだ」「オレは凄い」「ジャパンはボケだ」「オレは偉い」「ジャパン死ね」「オレのおかげだ」。延々とこの繰り返し。あまりに退屈で、途中でテレビ消してしまったわ。
海外メディアにとっては日本の司法制度なんてとことんどうでもいい話である。たとえ問題があろうとも、それを判断するのは日本国民であって、海外メディアの仕事ではないし、ましてやゴーンの役目でもない。だから海外メディアが聞きたいのは、逃亡の仕方とか、一国の法律を堂々と破って国際犯罪人として出てきたことにどう折り合いを付けているのかということであって、別にゴーンの日本批判なんてどうでもいいのである。
そんなこともわからずに「オレは凄い」「オレは偉い」を繰り返すだけだから、そりゃあメディアにも見限られるわ。イスラエルに行ったことを突っ込まれて、答えをごまかしたことも、メディアに火を着けたな。
結局メディアと世論を味方に付けようとしたゴーンの作戦は物の見事に失敗に終わり、もはや単なるボケ老人。痛いおじさん。犯罪者。
それにしても、会議でもこの調子でまくし立てられていたわけだから、そりゃあ日産の幹部連中も、ぶち切れるわな。同情するわ。クーデターも当然だろう。
次。
トランプの記者会見だ。どうやらこれでイランとは手打ちということらしくて、とりあえずホッと一安心だ。お互いに正面衝突は避けたいもんね。
「おらおら、なめんじゃねえ。必殺技いっちゃうよ(会場にアピール)」
「上等だ、やってみやがれ。よいしょっと(コーナー前に寝転ぶ)」
「てめえ、覚悟しろ、おらーっ(コーナーからニードロップを決める)」
「ぎゃあ、やられたー(ちっとも痛くない)」
というやりとりだったわけで、世界中が固唾をのんで見守る中でのプロレスは、さぞや気分がよかっただろう。何はともあれ、第三次世界大戦なんていうことにならずにすんでホッとしたわ。イランは、いらんことすな〜。
まあ、そんなことを考えながら、オレは湯飲みに熱いお茶を注いでゴクッと飲み干すわけだが、これはオレの実家近くの村上というところで採れたお茶。日本のお茶の栽培地としては北限になる。それだけに荒々しく、力強い味がしてオレは好きだ。宇治茶の上等な味とは真逆である。
そんなオレでも、急須でお茶を煎れるのは面倒で、ペットボトルから飲むことが多い。
訪問先でもお茶を出されることはめったになく、一番多いのが何も出てこないパターンで、次がペットボトルの水で、次がプラスチックのカップのコーヒー。湯飲みに入ったお茶が出てくるのは、10社に1社という感覚だ。
お茶くみの女の子、なんてものは今や絶滅危惧種だし、そんなとをやらせるよりは別の仕事をさせた方がいいというのは当然だから、お茶が出てくることも少ないわけだ。
そのあたりに触れているのが、今週の『日経ビジネス』の名物企画「敗軍の将、兵を語る」である。このコーナー、ずっと昔から続いているけど、たぶんお茶くみを卒業した新人さんの担当じゃないかなあ。切り口が大変に単純で分かりやすいことに加え、だいたい文章が生硬で面白みに欠けていたりするから、ベテランの仕事とは思えないのだ。
それはともかく、今週取り上げられているのが静岡のお茶の関係者で、その人によれば、お茶の消費量がとことん減り続けているのだという。茶葉の1世帯当たりの消費量は2007年に1038グラムだったのを最後にずっと1キロ割れを続け、今では800グラムも割っているという。もはやお茶っ葉でお茶を飲むという習慣は消えかけて、代わりにペットボトルで飲む時代になったということだ。
この関係者自身が「冷蔵庫からペットボトルを出してお茶をぐいっと飲んでいる」らしいからなあ。
保存技術が進化して、摘んで2、3年たった茶葉でも新茶と変わらない鮮度を保てるようになったことも在庫ばかりが増え続ける要因だそうだ。
まあ、当然だろうなあと思われる内容ではあるのだが、それでも静岡県でも家に急須がないという家庭が多いと聞くと、ありゃまと軽くショック。今やお茶を煎れて飲むという行為は日常の習慣ではなくて、趣味の領域になりつつあるのだそうだ。
オレ自身は、緑茶が大好きだ。コーヒーよりもビールよりも好きだ。あらゆる飲み物で一番好きなのが緑茶だ。だからカバンにはいつも自販機で買った「綾鷹」500mlが入っているし、寝る前も、夜中に起きたときも、お茶を飲んでいる。
もちろんコーヒーも飲むがせいぜい一日1杯で、あとは緑茶だ。美味しいよね〜、緑茶。
だから、茶葉の消費量が減っているというのは寂しいし、なるべくオレも急須で飲もうと思ってはいる。でも、急須は持ち歩けないしなあ。
お茶は健康にいいらしいし、皆さん、もっと飲みましょう。オレももっと飲む。
2020.01.07
あたしって、ジコショーニンヨッキューが強いんですぅ。
時々、そんなことを口走るお姉ちゃんがいる。
そうそう、彼女ってジコショーニンヨッキューがつええんですわ、ははは。隣に座った兄ちゃんまでがお追従を口にする。やかましいわ。
なんだよ、自己承認欲求って。要するに、かまってちゃんじゃねえか。20代後半にもなって、かまってちゃんを自慢するんじゃないよ。なあ。
そんなふうに違和感を抱く言い回しってのがいくつかあって、最近では「世界観」と「関係性」が代表格だ。
なんだよ、世界観て。よくわかんねえよ。
この作品は彼女の世界観を表現したものです。この作品の世界観は調和です。
「考え」とか「テーマ」でいいんじゃねえの、それは。無意味に高尚な言い方っぽくしようとしているだけじゃねえのかよ。
関係性? それは関係とどう違うんだ?
彼と彼女の関係性は、いわゆる一つの不倫です。いや、それも単に「関係」って言えばいいんだし。
などとしょうもないことを考えながら、オレは石神井公園駅前のドコモショップに立ち寄ったのである。そうである。今日は、先日カメラが壊れてしまったオレのスマホの交換に来たのである。
これだけでも再度予約を取ってから足を運ばなくてはならなくなったので、今や携帯ショップはお役所並み、病院並みである。はーい、おしっこの検査の結果は来週ですよ、おじいちゃん。あそこの機械で予約を取ってから来てくださいね。
ドコモショップは、今日も相変わらず高齢の客ばかりだ。夫婦そろって高齢という客もいる。まあ、年が明けてすぐ、平日の午後3時なんていう時間に立ち寄れるのは、高齢者と自営業者ぐらいだよな。
担当は、今日も先日と同じく、研修生というバッヂを胸に着けたお姉ちゃんである。お姉ちゃんというより、女の子だな。この女の子、研修生という割には優秀で、テキパキと片付けていく。なかなか手際がいい。
だが、スマホの交換で面倒なのは、言うまでもなく交換後に新しい機器を今までと同じ環境に設定し直すことで、この点で、研修生は大切なことをさらっと流していたりしたことがわかった。まあ、あとは経験だ。がんばって経験を積みたまへ。と、孫を見守るような優しいまなざしになって研修生を見やるのであった。
結局、家に帰ってからもろもろのアプリの設定をし直すのにうんざりするような時間を過ごしたわけだが、その間、アルビレックスからは驚愕の報せが飛び込む。
まずは、卍だ。卍。
スペイン人のペドロ・マンジーという選手が加入したのだ。マンジーだから、背番号の表記はMANZI。ネットでは当然のことながら卍と呼ばれていて、早くもマジマジ卍というあだ名が付いている。
そして今から懸念されるのが、アホなサポーターが当たり前のように卍と大書された応援旗をつくり、それを振り回しているうちに裏返っちゃって、右卍になっちゃうことである。
言うまでもなく鉤十字、ハーケンクロイツのできあがりだ。
もちろんこれはとんでもないNGであるのだが、アルビレックスのサポーターはアホだからイキがっちゃってなおのこと思い切り振り回しちゃうのだ。その様子がネットにあがり、ヨーロッパに伝わって、結果、アルビレックスはヨーロッパで最も有名なジャパンのサッカークラブの一つになり、ドイツの極右の連中が大喜びでアルビレックスを応援するという騒ぎになってしまうのである。
なお、この卍は、スペイン人だが所属はインドリーグである。
愕然とするではないか。インドリーグだぞ。インドにサッカーリーグがあったのか。そりゃあっても不思議ではないが、一体誰がインドのサッカーリーグをチェックしていたのだろうか。
しかも卍はインドに渡る前はスペインの4部リーグ所属していて、なんと4年間にわたり、“ゲーム数よりも得点数が多かった”という成績を残しているのである。いくら4部リーグが日本の高校生以下というレベルだとしても、ゲーム数より得点が多いというのは、何かおかしいのではないか。重大な秘密が隠されているのではないか。
インドに加えて、この異常な得点数から、卍は早くもネタ扱いの選手である。早く実物を見たいものだ。近年、こんなに楽しみな選手はなかったぞ。
こうしたすべては卍を獲得した今日が出発点だ。ワクワクするではないか。
そして卍に続いて30分後に届いたのが、ブラジルのファビオの獲得である。これはガチで驚愕。なんとブラジル2部リーグの得点2位でしかも22歳という若さ。その動画を見たら、はっきり言ってチートである。モンスターだ。
ネットでも「化け物だ」「J1でもトップクラス」「ずるい」という賞賛の声が沸騰。アルビレックスサポーターも「あかん、昇格してまう」と早くも関西弁だ。ついでに浦和は「あかん来年はオレらが優勝してまう」と今から騒いでいる。
もっともそんな化け物ブラジル選手がなぜ日本の2部リーグ中位のクラブチームになんか移籍するのだろうというもっともな疑問もあって、当然、それは事情持ちだからに決まっている。どうも契約条件がいろいろ複雑な選手らしくて、長年ブラジル選手の扱いに慣れているアルビレックスだからトラブルも怖れずに手を出せたという背景があるのではないか。
いずれにせよ、選手自身はモンスターだ。卍というネタに加えてモンスターだから、今日のアルビレックスサポーターはお祭りであった。
さて、これで今シーズンのアルビレックスは、監督とコーチがスペイン人、選手にはブラジル人にスペイン人、ウルグアイ人、元ニュージーランド人、元ペルー人、そして日本人という編成になった。まさしく多国籍軍! こっちが本当のワンチームじゃ!
早くシーズンが始まらないかな。
2020.01.06
ここ数ヵ月は毎日のようにウクレレを弾いている。ギターはめったに手にしない。ウクレレばっかりだ。
弾くのはジャズ系の曲が多い。「世界は日の出を待っている」「スマイル」「いつか王子様が」「オーバー・ザ・レインボウ」などだ。あれ、あんまりジャズっぽくないか。
あとは「サザエさん」なんかも得意だ。まったくジャズじゃないな。
クリスマスには「ママがサンタにキスをした」なんかも毎日弾いていた。
いつ弾くかというと、のべつ幕なしである。
ウクレレはリビングダイニングのテーブルに置いてあるので、すわるたびに一曲弾くことになる。もちろん朝も。
だから朝の6時半くらいにいきなり「世界は日の出を待っている」のにぎやかなイントロが家の中に流れるわけで、娘も息子も思いきり迷惑顔である。出張でオレがいない朝などは、平穏なものらしい。
一応、ウクレレ用の楽譜なんかも持ってはいるが、誰がその通りに弾くかってんだ。
なぜならオレはアレンジャー。自分で弾く曲は全部自分でアレンジするに決まっている。人のアレンジなんか無視だ。楽譜は参考程度。時々、YouTubeを観て、上手な人の演奏を盗んだりもする。
が、基本は、オレはオレのアレンジした曲じゃなきゃ弾かないのだ。
当たり前のことだが、ウクレレの弦は4本しかない。ギターの6本より少なく、ピアノの88鍵盤と比べたら圧倒的に少ない。だが、最近ではこの弦の少なさが、逆にアレンジの面白さを引き出してくれることに気がついたのである。
基本的には、少ない弦の本数で、つまり少ない音の数でいかにコードの広がりを感じさせるかというアレンジのアプローチになる。例えば「ド」を弾くときに「ミ」を重ねるか、「ソ」を重ねるかで、曲の表情はがらりと変わるわけだ。こんな具合井に、いかに少ない音の数で、いかに豊かな表現ができるかを考えながらアレンジしているから、とても面白い。
なかなか奥の深い楽器である。
そんなアレンジに飽きてきたら、「サザエさん」を弾いて歌うことにしている。おさかなくわえたどら猫〜じゃなくて、エンディングの「おおきなそ〜らを〜みっあっげったっら〜」ってやつだ。ウクレレをジャカジャカ鳴らしながらこれを大声で歌っていると、家族が実に迷惑そうな顔をする。オレは楽しいのだがな。
2020.01.05
正月休み最終日、午後はずっと高校サッカーを観る。つーか、高校サッカーは正月休み最終日以外だけでなくてずっと観ている。
今日は準々決勝。いわゆるベストエイトだ。
魅力的なサッカーをやると注目していた埼玉県の昌平高校が自らのミスで青森山田に負けた。試合展開に合わせてもっと長いボールを使うなどの柔軟な戦い方をすれば勝てただろうに。まあ、高校サッカーは勝ち負けだけじゃないからな。
新潟代表の帝京長岡と仙台育英は、なんと開始25秒で帝京長岡がゴールを決め、そのまま最後まで1-0でいってしまったという不思議な試合。というか、退屈な試合だった。
あまりの瞬殺ゴールに、ネット中継を観ていたこちらは前の試合の振り返りかと勘違いし、仙台育英の応援席は訳がわからずぼーっとし、帝京長岡のベンチも何の間違いだろうと立ち尽くし、選手だけがピッチで喜んでいたという、おかしな瞬間だった。
もっともこのゴール、実はラインを割っていたことがスローではっきりと映し出され、仙台育英の選手がセルフジャッジしてしまったことが明らかになってしまった。従って当然のようにネットでは帝京長岡が審判を買収という、いつもながらのワンパターンな炎上が起きたのだった。
まあ、よい。
これで帝京長岡はベスト4進出。次は青森山田だから、あっさり負けそうだ。ただ、帝京長岡なんて朝飯前だぜ鼻ほじりながら勝てるぜ何だったら実家の飼い犬集めてゲームに出しても勝てるんじゃないかと思っているはずだから、青森山田のその油断に乗じれば勝てるのではないか。
正月は母校の青山学院の駅伝優勝で幕を開けた。これに続いてオレの故郷の新潟の帝京長岡が高校サッカーで優勝すれば、オレは令和早々、2冠達成である。ぜひとも帝京長岡には勝ってもらいたいものである。
なお、帝京長岡にはJリーグ入りが内定している選手が3人いると、ニュースなどでも報じられている。大方の人は、きっとアルビレックス新潟に加入するんだろうなあと思って疑わないことだろう。ところがそんなことはない。実は3人とも、アルビレックスなどに加入はしない。町田など、別のチームに入ることが決まっている。つまり地元を蹴飛ばして就職するのだ。
まあ、オレも大学から東京で、就職も東京だったし、昔の集団就職もそうだったように、新潟で育って故郷を出て行くなんて当たり前の話だ。だから帝京長岡の選手が町田に加入したところで不思議ではない。
という単純な話ではないのだよ、これが。
帝京長岡の選手がアルビレックス新潟に加入しない理由は、大きく3つある。
1つは、これが最も大きな理由だが、アルビレックスがJ2だからだ。何も新人の選手に限ったことではなく、ベテランのJリーガーにとってもアルビレックスというチームは、何の魅力もない。年俸は安いし、どこへ行くにも遠いし、メディアに注目されるわけでもない。唯一、魅力だったのがトップリーグのチームだったということだった。J2の今は、米が旨いとか酒が旨いとか、その程度の魅力しかないので、好き好んで加入する選手などいなくなった。
もっともブラジル人選手にとってみれば、殺人や人身売買がないだけでも天国らしく、しかも新幹線に乗ればわすか2時間ちょっとでディズニーランドに行けてしまうなんてとても交通の便がよくて、そのディズニーランドも、子どもから目を離しても誘拐されないという極楽なのだ。だからやつらはシーズン中も毎週のようにディズニーランドに子どもを連れて遊びに行く。
理由の2番目は、先輩の存在だ。昔は、帝京長岡の選手もアルビレックスに入団していた。だが、その選手をうまく使いこなせず、潰してしまった。これは当時のボケ監督の責任が大きいのだが、その先輩の姿を見ているから、後輩たちや指導者も進路としてアルビレックスを選ぼうとしなくなった。そりゃそうだよな。一般企業でも同じことだ。
そんな背景があるから、数年前には帝京長岡の部活の高校生が集団でアルビレックスのホームゲームを観戦に来て、そして全員が相手チームを応援し、アルビレックスには罵声を送るという不始末をしでかしてしまった。これによってアルビレックス及びそのサポーターも帝京長岡に対して嫌悪感を抱くようになり、両者の溝は修復不可能となったのだ。
そして理由の3番目だが、これが実に何というか情けないというかみっともないというか、某サポーターのせいなのである。このサポーターは、他のサポーターの間では有名な存在。50代のばばあで、旦那が金持ちらしく、気に入った選手をとことん追いかける、半ばストーカーなのだ。
練習場に日参するのは当たり前。どんなアウエーにも新幹線や飛行機を使って出かけ、選手と同じホテルに泊まり、選手を見つけては写真撮影やサインをせがむ。おばちゃん、昨日もサインしたやんけ。それでもかまわず、昨日のサインと今日のサインは違うわよ、とサインをせがむ。空港でも選手を見かけては写真撮影をせがみ、断ろうものなら激しく罵倒する。
もちろん、選手はこのおばちゃんサポーターをとことん嫌っていて、理由2の先輩などはおばちゃんにロックオンされてしまい、とことんつきまとわれたことが原因で、遠い九州のチームに移籍してしまった。
結局、選手やチームに迷惑しかかけていないのだから、これは球団側が厳しく対応しなければならないのに、大きな金を落としてくれる、いわゆる“太い客”だから球団も何も言えないという情けなさ。このおばちゃんサポーターは何とかしなくてはならないというのは、長い間の懸念なのだがなあ。
という、上記3つの理由により、アルビレックスには地元の選手は来ないのである。とほほではないか。
しかし、こうしてみると、今年もオレの日記はアルビレックスのことで埋められそうだな。まあ、それでもいいっちゃいいんだが、いかにオレが狭い世界の中で生きているのかを晒しているようで、みっともない限りである。
2020.01.04
いただいた年賀状に、「日記を見てま〜す」と書かれるあるものがちらほらある。おお、読んでくれている方がいるんだ、がんばらねば、と思う。ジャンプの読者からのお手紙と同じだな。タンゴ先生にはげましのお便りを送ろう。
その声援に応えて面白いものを書かなければと思うのだが、しょせんは日記だし、そうそう毎日面白いことが起きるわけでもなく、ましてやここは練馬の片田舎だし、ネタには苦労するのだ。
田舎と言えば、クリスマスに娘と表参道を散歩したことは書いたが、そのとき、オレの知り合いが経営している南青山のアクセサリーショップにも立ち寄った。JKにキラキラしたアクセサリーでも買ってやろうかと考えたのだ。
ところが娘は「港区こわーい」と店の雰囲気に臆してしまって、5分も滞在しないうちに逃げるように店を出てしまった。そして「やっぱり田舎がいい。練馬がいい」と言うのだった。
こりゃ娘の進学先は郊外の大学だな。そして、就職先も地元近くだな。
息子も田舎が大好きだし、どうもオレの子供たちは田舎者のオレの血を濃く引いてしまったのかもしれない。
もっともふと思うのは昔と今とでは価値観が逆転してしまったのかもということだ。
オレが高校生の頃は、とにかく東京がまぶしかった。田舎には何もなくて、すべては東京にあった。モノも流行も情報も人も文化も。それがネットとイオンのおかげで、今や東京にあるものは田舎にもあって、逆に田舎にあるものが東京にはない。だから息子も娘も、東京にないものがある田舎に憧れを持っているのだ。
言葉の端々にそういうことを感じて、なるほどねえと感心したりしている。
さて。
そのクリスマスに娘と表参道を散歩したとき、写真を撮ろうとしたのだが、なんだかスマホのカメラの調子がよくなかった。立ち上がらないのだ。そして翌日にはまったくカメラが使えなくなってしまった。
とにかくカメラそのものが立ち上がらない。アプリを入れ替えたり、SDカードを抜き差ししたり、ネットで調べた方法は全部試して、それでもダメだったので、これはハード的な故障だと判断。自撮りしようとしても立ち上がらないので、レンズ部分ではなくて、カメラのモジュールそのものが壊れてしまったのだろう。
修理のために駅前のドコモショップに予約を取る。
というところまでは去年の暮れの日記に書いた。
その予約が今日だったので、朝一番でドコモショップに行ってきたわけよ。
凄かったよ、正月早々のドコモショップ。老害に占拠されてしまっているという噂どおり、店の客でオレは下から二番目の若さ。後は全部年上。じいさんばあさん。
予約制にしてもこういう状況なのかとちょっと驚く。隣のカウンターに座っているじいさんの様子を聞くともなく聞いていたら、じいさん、「ウチの女房なんかさ」と、奥さんがauへ行ったときの話を持ち出していかにauがダメで携帯はやっぱりdocomoがいい、ということを盛んに訴えていた。docomoの姉ちゃんも慣れたもので、あはは、そうですか〜それでこちらのパスワードですが、などと軽くあしらっている。聞きしに勝る有り様で、同情するわ。
だからオレに対してもカウンターの姉ちゃんは「SDカード、というものが入っているかと思うのですが、いかがでしょうか」と年寄り相手の話し方である。ご苦労なことだ。
予想通り、オレが言ったようにカメラが壊れてしまったということが確認できた、というのが今日の結論で、保証期間内なので同等のスマホと交換ということになった。もちろんそのスマホの交換のためにはまた足を運ばねばならず、そのためにまた予約を取らなくてはならない、というわけである。まあ、そりゃそうだろ。
家に帰って、今日は高校サッカーがお休みだから、NHKアーカイブスでドラマ『それは経費で落ちません』を観る。このドラマを観たくて、去年、NHKオンデマンドに加入したのだ。
アマゾン経由で加入できるので、AmazonFireStickを使ってアマゾンビデオで観られる。月、900円。このドラマだけでなく例えば『あまちゃん』も全部観られるし、NHKスペシャルも実に面白そうだ。だから900円というのは決して高くないと思う。
だがYouTubeに慣れてしまったから、月900円でも惜しいと思うし、カネを払ってコンテンツを観るという当たり前のことをためらうようになってしまった。これはよろしくないなと、実によろしくないなと、思うのである。
とはいえ、月900円の負担が増えたのなら、何かを減らすのは当然のことで、いろいろ考えると削るとしたら『日経ビジネス』だうなと思っている。『日経ビジネス』は、それこそ30年近く読み続けていて、新聞と変わらない感覚だ。かといって、ないと困るとはとても思えない。
小田嶋隆のコラムだけは毎週楽しみに読んでいるが、それ以外はざっと眺めて大きなトレンドをつかむだけだ。
そもそも経済ニュースならばdマガジンの『週刊ダイヤモンド』『東洋経済』『エコノミスト』の斜め読みで十分である。『日経ビジネス』を読む理由は、『日経ビジネス』は当然目を通しています、というポーズのためだけにある。
ということで、では、解約しようと思ってサイトで手続きをしようとすると、オレは日経新聞の紙・電子版とセットで購読しているので、『日経ビジネス』の分は1800円に過ぎない。1800円は、高くない。いや、むしろ安い。とおるちゃんで一回飲めば3000円するのだから、この1800円は安い。
結局、いつもそう考えて『日経ビジネス』の購読は続けてしまう。まあ、オレもものを書いて商売しているのだから、これぐらいは読んでおかなきゃな。
2020.01.03
「あんなに楽しみだった冬休みも、始まってしまえば退屈」というのは映画『さびしんぼう』で尾美としのりがつぶやく台詞だが、実際、正月休みなんて元旦の初詣が終わってしまえばあとはすることもなく、ひたすら退屈なだけだ。そんな退屈さを救ってくださるのが、ご存じ、箱根駅伝。というか、退屈だから駅伝を観るぐらいしかやることがないというのが本当のところだな。
優勝は我が母校、青山学院である。もはやすっかり青学は駅伝の大学だ。
息子によれば、神社に合格祈願をお願いすると、大勢正座している中で、一人ずつ志望校が読み上げられるのだという。「だからそこにFランがいると、全員の肩が微妙に揺れておかしな空気が流れるらしいよ」とのことだ。
ということは、ここに山梨学院大学と読み上げられると、「ほほう、駅伝志望の高校生がいるのか」と思われただろうが、今や青山学院が読み上げられても同じく「ほほう、駅伝志望の」と思われる時代になったということかもしれない。
ともかく箱根駅伝は青学の優勝に終わって、もはや往路優勝とか聞いても、へー、としか思わなくなってしまった。
そんな箱根駅伝に対してもっともな異を唱えたのが、ハードルの為末やマラソンの大迫である。どういうことかというと「財務内容を明らかにせよ」「利益はどこに行った」という指摘だ。
ほほう、なるほど、とオレも思ったわ。
高額な放映権がどのように分配されているのか、誰も知らない。手伝いに動員されている学生にまったくバイト代が支払われていない。出場する大学も学生も、なんの見返りもない。
確かにそうだ。おそらく陸連の上層部が私腹を肥やしている、いや、そこまでいかなくても使い道は密室で勝手に決められているに違いない。そこ、ちゃんとしようよ、という声は至極まっとうなものだから、いずれ近いうちに文春当たりがスキャンダルを報じるのではないか。
大学や学生の見返りについては、まあ、好きで出場しているのだから名誉で十分じゃないかという声もわからないではないが、その志につけこんで私腹を肥やしている闇があるとしたら、それはやっぱり問題だわな。
ちなみに青学の原監督、インタビューで高校の指導者に感謝の言葉を述べたそうだが、これはさすがだ。こんな言葉を聞いたら、次からも自分の教え子を青学に預けたくなるに決まっている。
2020.01.02
元日と言えば、天皇杯決勝である。
毎年嫁の実家へ年始に行って義理の父親にたらふく飲まされ、キックオフの頃にはひっくり返って鼻から提灯なのだが、今年は取りやめて家で過ごしているので、じっくりたっぷり観ることができた。昼近くに近所の神社に初詣に行き、返りにタリーズでコーヒーを飲み、その後、さて、とおもむろにテレビの前に座ったぐらい、余裕かまして観ることができたのである。
いやあ、たいへんに見応えのあるゲームでしたなあ。だはは〜。アントラーズがひどすぎて。
正月早々、またディスるのかよ〜と思われるでしょうが、ディスられても仕方ないでしょう。アントラーズ。ひどすぎた。新国立競技場のオープニングゲーム、しかも地上波生中継、しかもNHK総合という状況で、これはないよな、アントラーズ。満天下にいかにひどいチームなのかをさらしてしまった。
新国立競技場の最初のゴールがアントラーズオウンゴール。歴史的オウンゴール。笑。
まあ、それはいいとしてとにかくアントラーズは弱かった。前半はまったく神戸に試合をさせてもらえず、後半は3バックに変えて一時はイーブンの闘いに持ち込んだが結局は力不足を露呈して0-2の負け。前半の途中でレオ・シルバとセルジーニョがピッチ上で怒鳴り合いをするほど、チームの中はぐだぐだ。ボロボロ。そんなときに統率する選手がいないんだよなあ。
アントラーズには、新潟から柏経由で移籍した小泉という選手がいる。加入当初の去年夏、小泉は非常にいい働きをしてサポーターからの支持も高かった。それがあるときからぱったりと姿を消した。スタメンはおろか、ベンチにも入れない状態である。明らかに不自然で、アントラーズサポーターの噂では「移動中にトラブルがあった」ことが理由らしい。トラブルとは何か、わからないが、内紛に近いことがあったのは確かなようで、このチームのダメぶりが伺える。
とにかく身内主義なのよ。小笠原、内田、柳澤が老害の3悪と言われているようだが、全員が「悪いのはオレ以外」と思っているところが凄い。
サポーターも凄くて、選手をとにかく口汚く罵る。自分のチームの選手を大切に応援するのではなくて、罵る。サポーターも「悪いのはサポーターじゃなくて選手」と思っているようだ。
試合中のプレーも汚かったなあ。すぐに審判を取り囲んで威圧する。コーナーでボールを抱え込んで時間稼ぎする。どちらも大嫌い。審判への威圧に対しては他チームのサポーターからも反吐が出るほど嫌われているし、コーナーでの時間稼ぎも「ああ、また始まったよ」と他チームからは唾を吐かれている。それを逆にイキがって喜んでいるんだから、選手の品もしれたものだ。
特に今日、物議を醸したのは試合後の表彰式である。
準優勝はアントラーズだが、その中の若手の関川という選手は、なんとガムを噛んで口をくちゃくちゃいわせながら高円宮妃と片手で握手してみせたのだ。
そして続くブエノは、かけられた準優勝のメダルをすぐに外して、ぶすっとしながら目も合わせず、片手で高円宮妃と握手したのである。
天皇杯というタイトルのかかったゲームの表彰式で、皇族相手にこの態度。NHK総合テレビにバッチリと映し出され、当然のことながらネットは大炎上で、大騒ぎとなった。
アントラーズの日頃の振る舞いをみていればさもありなん。さすが北関東のヤンキーチームと、炎上しながら小馬鹿にされている。イニエスタもビジャも、不器用ながらきちんと頭を下げてお辞儀をしたというのに、やっぱり茨城なんかのチームは品がないね、と。
いつだったか川崎フロンターレの選手が、カップ戦の準優勝で、やはりメダルを首から外し、ふてくされた態度に出たことがあった。このときはチームが激怒し、優勝賞金5000万円を自ら辞退するという前代未聞の土下座をして見せた。さて、アントラーズにそれだけの矜持があるか。見物である。
今日のゲームで明らかになったのは、もはやアントラーズの時代は完全に終わったということだ。
アントラーズが惨敗し、神戸が一方的に勝ち、リーグではマリノスが圧倒してみせた。もはや南米サッカーはヨーロッパに太刀打ちできていないのは、あのドイツ対ブラジルの惨劇からも明らかなことで、いまだにジーコに高い金を払ってジーコイズムの継承なんてふんぞり返っているアントラーズは、時代遅れもいいところ。アントラーズにレッズ、そしてガンバの3チームの時代ははっきりと終わってしまったのだ。
さすがにアントラーズもヤバいと思い始めたようで、10人以上の選手の入れ替わりがあるという。まあでも、あそこはサポーターが変わらなきゃいつまでたってもダメなチームだな。
かつてはJリーグのお手本と呼ばれて誰からもリスペクトされたチームだったのに、そこにあぐらをかいておごり高ぶっているうちに、時代に取り残されてしまったアントラーズ。今や誰からも軽蔑されて笑われるチームになってしまった。うひひひ。いい気味だ。
なんだか日本という国みたいだよな。
2020.01.01
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
いやあ、大晦日は暖かかったですね。汗をかいちゃった。ところが15時を過ぎたら急激に寒くなり、北風も強くなって、一気に年の瀬という感じでした。そんな中、息子と一緒に門松を立てて、いや、生協で売ってる安いヤツを紐でフェンスにくくりつけて、正月を迎える準備が完了。
そして、この流れで、例年通り紅白の論評をするわけですが、実は私、まったく見ませんでした。紅白。寝てしまいました。
だってつまんなかったんですもの。
正確に言うなら、出だしは見ました。オープニングで、チコちゃんが見切れるところと、パプリカを全員で踊るところ。この二つを見て、今年はもう見たくないと思って、寝てしまったのです。なんということでしょう。
私、実はチコちゃんが嫌いなのです。我が家でも家族がみんな楽しく笑ってチコちゃんを見ているので、お父さんだけがぶすっとして悪口を言うと空気が悪くなってしまいます。だから何も言わないようにしています。
でも、本当はチコちゃんが嫌いなんです。何が嫌いって、あの、ほ〜ら、面白いだろ、笑えよ、という空気が。
特にスタジオに響き渡るスタッフの笑い声が大嫌い。NHKって、時々、こういう“オレたち、NHK。ちょっと時代の先行くことにも目端を利かせちゃうんだよ”的な態度に出ますよね。「みんなのうた」でインディーズのミュージシャンを使うのなんか、その典型。そういうのが嫌いなんです。
だから、チコちゃんが見切った時点で、ああ、今年はチコちゃんがこうやってあちこちで見切って、ほ〜ら、面白いだろ、笑えよ、っていう演出をするんだろうなと思った時点で見る気が失せてしまいました。
そこに追い打ちをかけたのが、あれです、パプリカです。
世間の人たちが楽しんでいるものをディスるのは本当によくないことなんですが、でも、この歌、何がいいのか、さっぱりわからない。もっと言えば、玄米とかいう名前のソングライターがやたらともてはやされて忖度されているのが、よくわからない。
オレがダメなのか。遅れているのか。
とにかく玄米の何がいいのか、さっぱりわからないのです。曲だってワンパターンだし、ちょっとキャッチーなメロディーを繰り返しているだけだし。
レコード大賞を取ったって、いや、2018年10月以降に発売された曲が対象なのに8月にリリースされたパプリカがなんで大賞なの、どうしてそんなに忖度するの、まあ、レコード大賞なんて所詮そんなもんよと自分たちで開き直ってどうすんの。
そんなパプリカをオープニングで全員が踊っているのを見て、チコちゃんで半分ふて寝したオレは完璧に寝落ちですわ。まだ7時台だというのに。
いや、みんなが楽しみにしている紅白。オレの態度や言い草はあまりに大人げないです。反省します。でも、寝て起きても紅白なんか見ずにスマホだけ眺めて酒を飲んでいたのはオレです。すいませんでした、紅白好きな皆さん。
そんな年の瀬に仰天させられたのがあれです、ゴーンです。ゴーン・ハズ・ゴーン。いや、ゴーンって英語では、死んじゃったという意味になるから、これは違うか。
いやあ、年の瀬に世界中に恥をさらしてくれましたなあ、あの人権派弁護士は。日本もなめられたもんだ。関空から逃げたらしいですが、関空はコンセッション方式といってオリックスが運営を完全に請け負っており、その副責任者がフランス人。このフランス人が何かたくらんで逃がしたんじゃないですかね。
いや、もしかしてもっと高いレベルでの裏取引があったのでは。ひょっとしたら、IR疑惑から目をそらすための自民党の仕掛けだったりして、なんて、いかんいかん、ついオレも野党の皆さんの大好きな陰謀説に走りそうになってしまった。
どうやら小池百合子はオリンピックが終わったら都知事を辞任して中央政界に逆戻り。あとは橋下なんちゃらが引き継いで、百合子は性懲りもなく再び総理を目指すらしいです。
いや、そんな話はどうでもいい。ゴーンだ、ゴーン。
ゴーンと言えばアルビレックス新潟の新外国人として決まったのが、ゴンサロ・ゴンザレスという選手。
寝耳に水といったら悪い報せのことなので適した例えではないですが、とにかく誰もそんな名前の選手なんて知らない。
ネットも騒然。ウルグアイリーグの26歳だそうで、だいたいウルグアイリーグそのものを誰も知らない。どうやって見つけて話をまとめてきたんだ、こんなウルグアイ人。
当然のことながらゴンサロ・ゴンザレスは、早くも「ゴンゴン」と呼ばれています。ゴーンじゃなくて、ゴンゴン。いいですねえ、タンスにゴンゴン。
そんなわけで、今年も結局、正月早々、アルビレックスの話題に落ち着くのでありました。
皆さま、どうぞ本年もよろしくお願いします。今年は、息子の大学受験という一大事が待っています。当然、それに備えて受験料だ、入学金だ、授業料だと、目もくらむようなカネが必要となります。
だから私、去年の暮れに、久しぶりに会った客が「仕事する?」と言ってくれたのに対して、こう答えました。今のオレはカネで転ぶよ、と。
そうであります、今年のオレはカネで転びます。札束で頬を張られるような仕事、大歓迎です。魂だってカネで売ります。
ゴーンの保釈金のいくらかでも回ってこねえもんかな、おい。年明けのテレビに向かってそうつぶやき、家の窓から手を合わせた初日の出には、カネです、カネ、と下品な祈りを捧げてしまいました。
当然のことながら初詣に訪れた地元の神社でも、家内安全商売繁盛と100万回唱えたのに続けて息子の合格を100万回お願いしたのに加え、カネカネカネと100万回つぶやきました。
今年のオレはカネで転ぶ。いい言葉です。皆さん、そんな私を今年もどうぞよろしくお願いいたします。