2021
2021.12.31
というわけで、今年もたいへんにお世話になりました。今年は約47万1000文字。50万字が目標だったのに届かなかったなあ。
年賀状はとうに投函し終えたけれど、今年はことのほか少なかった。喪中が多かったことと、もはや紙でコミュニケーションする時代ではないということがさらにはっきりしたからだ。仕事関係もメールで、来年もよろしく今年もよろしくで済んでしまう。
ともかく来年はもっと明るい世相にしたいもんだ。
我が家には娘の受験という大きなイベントが待ち構えている。受験に際して親のできることは二つのK、つまり経済と健康しかない。
頑張ってお金を用意して、誰1人として風邪をひかないように気を付けるだけだ。後は娘が頑張れ。
というわけで今年の日記はこれでおしまい。来年の日記は別のURLです。ここに直接ブックマークしている方は、2022年版にマークしなおしてくださいませ。
妄言多謝。
来年は皆さん、良い一年にしましょう。
どうぞお体大切に。
2021.12.30
冬のお楽しみは高校サッカーだ。
今年は近いところでは大宮のナックファイブスタジアムか武蔵小杉の等々力スタジアムが会場だ。等々力では新潟代表の帝京長岡の試合があるから見に行こうかとも考えた。
ところがびっくり、なんと高校サッカーのゲームはすべてチケットが売り切れだろという。マジか。
コロナで観客数を減らしていることに加え、みんなライブスポーツに飢えていること、生でサッカーを見られなかったことへの反動などが理由だろう。くそ、見たかったな。
若い子たちが必死で走ってボールに食らいつくサッカーは、やっぱり面白い。特に技術的に劣っているチームが勝つことに徹して泥臭いサッカーをして、ワンチャンスをものにしてジャイアントキリングを起こすのは実に興奮する。
もともと得点の少ないスポーツだからジャイキリが起きやすいうえ、延長なしのPK決着なので、最初から0-0狙いのリアリストサッカーもあり得る。その結果の勝利だって貴重なものだ。
最近はロングスローが流行っていて、どのチームもロングスローに力を入れている。ロングスローはアンチフットボールそのものだから、果たしてこれでいいのかという議論もある。もちろんルール内での戦い方だからまったく問題はない。オレはスローインからの展開はあんまり好きではないのだが、だからといって反対というわけでもない。
そんな具合に何が起きるか分からない状況でのゲームばかりなのに加え、創意工夫というか子供たちが一生懸命に考えて走るから、時としてとんでもないことが起きる。
昨年の昌平高校、小見選手のPKはそれだった。細かくステップを刻んでじりじりと迫っていくそのプレーは世界中を笑わせた。だが成功率100%のパーフェクトPKだったから、これでいいのだ。
小見は今アルビレックスにいる。早くあのPKをプロの世界でも見せて欲しいものだ。
そして今年もとんでもないプレーが起きている。山口県代表の高川学園である。「グルグル円陣」というそのプレーをまずは見て欲しい。腰を抜かすぞ。
まったく予備知識なく初めてこのセットプレーを見たオレは、ななな、なんだあれはなんだあれはと仰天した。まさしく信じられないものを見たという思いだった。
解説すると、コーナーキックの際、ファーサイドにいる選手が5人ばかり手をつないで輪になって、フォークダンスのようにぐるぐると回転を始めるのである! そう、突然にかごめかごめが始まるのだ!
もちろんそんな選手に相手のマークがつききれるわけがない。混乱の極みだ。キーパーだって、あわわわ、何が起きたんだこれと目を丸くするばかりで、気がつけば1点入れられてしまっている始末。
素晴らしい作戦だわ。
このプレーはたちまち世界を駆け巡り「天才かよ!」「防ぐのはほぼ不可能」と絶賛される。
監督が考え抜いて発明したプレーかと思えば、選手たちが勝手に考えて始めたんだそうだ。楽しいなあ。
柔軟すぎる高校生だからこそ生まれたプレーだろう。何度見ても楽しいわ。
高川学園にはぜひ勝ち進んで「グルグル円陣」をぜひ続けてもらいたいものである。できれば現場で見たかったなあ。
あとは尚志高校のチェイス・アンリが特に注目。明らかにものが違うというプレーで、こいつがプロになって富安とセンターバックを組むようになれば日本のセンタバークは10年は安心だろう。
そんなふうに高校サッカーはとても楽しい。
夜に行われた日本レコード大賞とは月とすっぽんの面白さだわ。
2021.12.29
読売新聞の今年の十大ニュースのトップは大谷翔平だった。明るいニュースはそれぐらいは、あとは暗いニュースが多かったな。世相である。
では今年も恒例の我が家の十大ニュースを発表しよう。
ぱんぱかぱーん。
まずはあれだな、息子が運転免許を取って首都高デビューも果たした。おかげでオレも行きは車で出かけてしっかり飲んで、帰りは息子に運転してもらって帰るという夢が叶った。憧れの車つき飲み会である。これは2位ぐらいだな。
それから息子が国民年金に加入して、オレが国民年金をもらった。まだ63歳なのになんでもらえるのか不思議だったが、息子が調べてくれたら、なんか制度的な落とし穴のせいでオレたちの世代は不利益を被っているから、その穴埋めにいくらかもらえるんだって。ふーん。知らなかった。この国民年金がらみは8位ぐらいでどうだろう。
その息子の沖縄旅行は9位だな。成田まで行ってスターフライヤーか何かの格安航空機に乗ったら片道数千円で済んだらしい。しかも現地では民泊で、メシはコンビニ調達。いかにも学生らしい安上がりな旅を楽しんだようだ。
一方の娘はというと、初めての選挙に足を運んだ。これは3位でどうだ。18歳から選挙権が持てるようになったので、その最初の投票である。
受験生の娘は塾の前で毎日大声で演説を繰り返していた立*民主が大嫌いになった。そりゃそうだろう。あの政党はずいぶんといらぬ敵を作ったようだ。
あとは息子が会計事務所のバイトを始めたとか、親知らずを抜いたとか、どうも息子関係の出来事が多かったようだ。
十大ニュースには挙げたくないので触れないが、今年は訃報が多かった年でもあった。喪中ハガキの多さがなんとも切ない。
それでも我が家にとっては大過なく過ごせた1年であり、まずは健康で年末を迎えられたことに感謝している。経済的には非常に厳しいのだがなんとか人並みにメシは食えているし、大病もしなかったし、コロナで人様に迷惑をかけることもなかったし。
こういう地味で平穏な日々こそ貴重なのだから、あらゆることに感謝しなければと思う。腰を低く、頭を垂れて生きるのだ。腹から先に歩くような姿勢ではいかんのだ。
2021.12.28
今年もそろそろ仕事納めの時期なのだろう。
地下鉄に乗っていたらキャリーバッグをゴロゴロさせる人が目につく。有楽町で降りていったのは、あれは東京駅から新幹線に乗るのだろう。
オレも銀座に行くのは、今年最後だ。
銀座は既に街灯のクリスマス飾りが全部日の丸に変わっている。もうすっかり正月のお迎えだ。あちこちのビルの前には立派な門松が立てられている。なんというか、ここは銀座だなめんなよ、という風情で実に立派なのが面白い。門松ってこうでなきゃ。
かくいうオレんちは生協で買った安い門松を毎年立てている。
早い会社は昨日で仕事納め。残りのほとんども今日で仕事納め。残っているのは郵便局や銀行などのエッセンシャル系だ。
銀行といえばどこの銀行のATMもいまどき珍しいほどの行列ができていてびっくりだ。銀座の三菱UFJも見たことのないような行列ができている。
お正月休みを前に現金を下ろしているわけだが、これだけキヤッシュレスの時代になっても手元にはやはりある程度の現金が必要ということだ。お年玉もあるし。
まあしかし、それにしても年末感のない年末だなあ。これが世相なんだろう。
年末と言えば紅白歌合戦が今年で終了とうい噂だ。本当かよ。
ジェンダー様のおかげで男女別に分けることに異論が噴出らしい。バッカバカしい。単なる遊びに目くじら立てるんじゃないよ。
それにしてもジェンダー(笑)は面倒くさい。あんまり触りたくないけれど、差別がいけないのは当たり前として、何でもかんでもボーダレスにしてしまえばいいわけじゃないんだよ。生物として男と女の違いはあるわけだから、その違いを前提として受け入れて対応するというのは当たり前のことなのだ。
イケアのCM騒動も同様。ジェンダー(笑)のせいで損をするのは、結局のところ女という気がする。
まあよい。年の瀬だ。面倒なことはやめよう。
オレ自身はというと仕事は明日29日まで。年明けは6日ぐらいからか。
迷っているのは経理の締め作業を年内にやるか、年明けの社会復帰の準備としてリハビリ的にやるかである。どうでもいいか。
正月の予定は何もない。高校サッカーを見てごろごろと過ごす。新潟代表の長岡帝京高校が等々力競技場で試合をするので、応援に行こうか、でも寒いしなあと迷っている。これもどうでもいいが。
2021.12.27
「ラーメンハウスたなか」が閉店という衝撃のニュースが飛び込んできた。
いわゆる町中華である。
ラーメン類やチャーハンはもちろんのこと、生姜焼き定食などの定食類も豊富で、日曜の午後などは草野球の連中がビールをうまそうに飲んでいたりする。
我が家もよく行った。ときには居酒屋代わりにして飲んだものだった。チューハイを頼むと「あいよっ」と缶チューハイとグラスが出てきて、自分で注いで飲むシステムだった。その様子を見て娘はゲラゲラと笑ったっけ。
そういう我が家も、コロナになってからは一度も足を運んでいない。
大将は年だったし、いろいろ考えて店を閉めることにしたんだろうなあ。こういう地元の普通の店がなくなっていくのは寂しいことだ。自分では足を運んでいないくせにこんなことを言っても仕方ないが。
2021.12.26
クリスマスを過ぎてさすがに仕事もだいぶ落ち着いてきて、日曜の今日は完全オフだ。やれ嬉しや。
そこで息子とドライブに出かけることにする。初心者マークの息子は先日首都高デビューを果たし、今日も首都高の練習だ。
首都高を面白がるあたり、若さだと思う。オレはもう首都高はできれば乗りたくないと思うようになってきた。疲れるだけ、危ないだけだし、都内をうろうろする程度なら首都高に乗る必要はまったくない。
それにしても首都高は世界でも最悪レベルでの過酷な道路で、しかも老朽化がかなりヤバいレベルに来ているそうだ。なぜ手を打たないのだろう。いや、打っているのだろうが、追いついていないのだろう。あと数年ぐらいでとんでもない大事故が起こりそうな気がする。
息子とは大泉ジャンクションから外環道を通って首都高に入った。いつもの道である。池袋線はみんな飛ばすなあ。イズハラみたいなのがぶっ飛ばすのだ。
板橋ジャンクションでの東名方面との分岐はけっこうヤバい。初見殺しである。
そこを過ぎると、出た! 池袋90度カーブだ。
本当に90度に高速が曲がっているのである。スローイン、ファーストアウトと息子に言い聞かせ、うひょーと叫びながら90度に曲がる。
神田橋で環状線に入って、羽田を目指す。行き先など決めていない。
羽田を過ぎてとうとう大黒ふ頭まで来てしまった。寒々しいと思ったら、大黒ふ頭は雪が舞っていた。
さすがにこのあたりで引き返すことにする。しばらく一般道を走った後、もう一度首都高を攻めたいという息子のリクエストで川崎から再び首都高へ。羽田線だ。
そして浜崎橋の、ここも初見殺しの合流、うひょーと言いながら2車線から2車線への合流をこなす。
まさしく首都高はヤバい。田舎の人を乗せて走るとあまりのことにびびるらしい。
左で合流がある。合流車線が数メートルしかない。2車線合流がある。とにかく合流合流、合流の嵐だ。
平日なら物流や営業や運輸のプロのドライバーが多いので、合流もスムーズである。流れを見て車間を調節し、うまく入れてくれる。しかし週末はサンデードライバーが主なので合流がとにかくギクシャクする。けっこうしびれるのだった。
そしてこのあと、本日最大のしびれがやって来たのである。
それは環状線飯倉を過ぎて3号渋谷への分岐の手前であった。
なんと分岐の手前で車が停まっていたのである!
事故とかそういうのではなくて、普通に首都高の上で乗用車が停車しているのだ。オレたちの2台前のクルマが。
続く1台前のクルマが慌てて停止し、それを見てオレたちも慌てて停止だ。ミラーを見たら幸い後続車とは距離がある。息子は大急ぎでハザードをつける。よくやった、息子よ、素晴らしい対応だ。
慌てて停まって数秒間。繰り返すがここは首都高環状線の上である。停車なんてあり得ない。
2台前のクルマはようやく動き出し、のろのろと渋谷方面の分岐へと乗り出して走って行った。要するに渋谷方面へと分岐することができず、停まってしまったということだろう。
いやあ、首都高の本線で停まってしまうなんてオレも初めてのことで、さすがにびびったわ。何事もなくてまずはよかった。これが交通流の多い平日だったら、間違いなく多重追突だったろう。巻き込まれていたらと思うとぞっとする。やっぱり首都高はヤバい。というかサンデードライバーの多い週末は怖い。
その後オレたちは神田橋から池袋線に移り、高島平で降りて、高島平の焼きそば専門店で焼きそばを食い、旨い旨いと言いながら帰ったのだった。
約3時間のドライブ、ずっと息子が運転してくれたのでオレは楽ちんなのだった。
「歪んだ波紋」塩田武士・講談社文庫。新聞対ネットニュースをテーマにした、連作ミステリー。切り口は面白いのだが、とにかく登場人物が多すぎるのと筋が複雑すぎるので頭がついていかない。オレの読解力の限界を超えているのだろう、事の真相が明らかになっても、えーとこれは誰だっけと考えても思い出せない始末。うーむ、もっと整理して単純な話にしてくれ。
「今はちょっと、ついてないだけ」伊吹有喜・光文社文庫。「ミッドナイトバス」はよかったのだがなあ。この短編集は、よくあるちょっといい話をまとめたもの。それぞれの話が微妙につながっているというもやもやする構成だ。結局半分読んだところで放り投げる。
「名探偵誕生」似鳥鶏・実業之日本社文庫。似鳥鶏の新刊が出たと新聞広告で見て、本屋で探して喜んで読み始めたら、あれえ、何となく記憶があるぞという不思議な感じがして、確かめてみたら2018年に読んでこの日記にもちゃんと感想を書いていたではないか。オレのボケも酷すぎる。結局連作集の最初の一本だけ読んで放り投げる。
「全国アホバカ分布考」松本修・新潮文庫。「アホ」と「バカ」の境目はどこにあるかと調査したら、間に「たわけ」が挟まっていた! みたいな話をきっかけに本格的な調査を行ったという傑作ノンフィクション。オレはそんな分布のことはどうでもよくて調査の過程でのアホでバカな話が読みたかったのだが。斎藤美奈子の激推しにのって手にしてはみたものの、3分の1も読み通せず放り投げる。
「横浜市港湾局みなと振興課」真保裕一・文春文庫。真保裕一らしい軽くて調子のいい内容の連作ミステリー。横浜市役所を舞台にしたお仕事小説だ。いかにもなキャラが出てきて、スイスイ読める。すぐにでもテレビドラマ化できそうだ。でもこういう軽いものを読んでいても時間がもったいないなあなどと不遜なことを思うようになってしまって集中できず、半分まで読んで放り投げる。
2021.12.25
それにしても腹の立つのがパンツ福田の移籍である。
パンツ福田は一昨年の夏に湘南ベルマーレからアルビレックス新潟に移籍してきた。とてもいい選手で技術、戦術理解度とも申し分なく、アルビレックスでもすぐに先発として定着し、チームの主力となった。
J1チームでレギュラーだった選手がなんでこんな田舎の弱小J2クラブに移籍したんだろう。しかもシーズンの途中に。
誰もが思った疑問は、すぐに氷解した。パンツ福田は、事故物件だったのだ。
ベルマーレに在籍中、パンツ福田はなんと同僚であるチームメイトの奥さんに横恋慕し、「パンツちょーだい」というLINEを送るなどしていたのである。
パンツ福田は既婚者である。それどころか幼い子どもも2人いる。頭がクラクラするような、実に下劣な行為だ。
嫁があまりに斜め上の被害を受けたチームメイトは半ばノイローゼとなって練習にも来られなくなる。
不審に思ったクラブ関係者が事情を問いただしてパンツ福田のパンツLINEが発覚。当然のようにチームを追い出されることになった。これがシーズン半ばで縁もゆかりもない田舎の弱小J2クラブに突然やって来た背景である。
当たり前だがパンツ福田の奥さんは激怒し、夫婦は離婚寸前。幸せな家庭は崩壊の危機を迎えた。だが奥さんが菩薩の心でパンツ福田のパンツ行為を許し、家族で力を合わせてこの危機を乗り越えるべく立ち上がったのである。
もちろん噂はすぐに駆け抜ける。
パンツ福田はヤバい。LINEは伝言板となってJリーグの選手の間を駆け巡った。
そんな噂を飲み込んで、アルビレックス新潟の選手たちはパンツ福田を迎え入れたのである。一度の失敗を反省し、汚名、罵声を覚悟の上で立ち上がろうとする1人の男を応援してやろうという男気がそこにはあったのだ。
加入してしばらく後、パンツ事件の顛末が明かされて誰もが知ることになった。その時も選手たちはパンツ福田を中心とした輪を作り、「そんなのカンケーねえ」と立ちはだかった。
当時のゲーム終了後のロッカールームでの写真では、パンツ福田を真ん中に置いて周囲の選手があえてパンツ姿になり、気にすんな福田というメッセージを送ったのである。
直後、パンツ福田は大けがをする。残りのシーズンを棒に振ったどころか、完治まで8ヵ月という大けがだ。下手したら選手生命すら危うかっただろう。この怪我のシーンを目撃した誰もが天罰という言葉を浮かべたのだが、それを最も強く感じたのは当の本人だったろう。
結局パンツ福田が完治してチームに戻ったのは翌年の夏。そして冬には古巣の鳥栖への移籍を発表するのである。
つまりパンツ福田は1年半のアルビレックス在籍期間のうち8ヵ月を怪我の治療に費やした。つまり半分を治療に充てたのである。有り体に言えばリハビリ。怪我が治ったらもう用はないと、さっさと出て行ったわけだ。
この姿に我々サポーターはある男の姿を重ねて、苦い汁を飲み込む。そうである、松原健だ。松原も在籍期間の半分を怪我の治療に費やし、ようやく治ったと思ったらとっとと移籍していった男である。
恩知らず。後ろ足で砂をかけやがって。プロリハビラー。
我々は散々な罵声を浴びせ、そしてブーイングを送ったのだ。
今回のパンツ福田にもその姿が重なる。さらにはパンツ事件のほとぼりが冷めるタイミングも狙っていたのではないかと、キャリアロンダリングの疑惑さえ否定できない。
そんなわけでパンツ福田の移籍には、我々ははらわたが煮えくり返るのである。
移籍することになれば再びパンツ事件が蒸し返されるのは必須で、それは子どものいる家庭に小さからぬさざ波を立てるだろうから、きっと移籍はしないとどこかで決めつけていた。それだけに意外というか、ふんぎゃっという気分である。
地方の弱小J2クラブだから、いい選手が移籍するのには慣れている。監督のプッチですら、もっと予算のあるビッグクラブで働きたいと出て行ったほどだ。そしてそういう選手や監督に対しては、オラの村から東京さ行ってがんばってけろ、とばかりに成功を願うのである。だがパンツ福田はダメだ。腹立たしい。松原健とともに黒歴史の存在となってしまったのである。
パンツ福田の移籍先である鳥栖は経営の不安定さから選手が抜かれまくっていて、草も生えない状態だ。そんな古巣から「助けてくれ」とすがりつかれ、パンツ福田も断り切れなかっただろう。その心情はわからないでもない。
でも鳥栖はJ1。今後こそベルマーレとの対決があるではないか。パンツ事件の犯人として追い立てられたチームとどんな顔で対戦するのか。嫁にパンツちょーだいと迫った元チームメイトにどんな表情で頭を下げるのだろうか。ちょっと気になるのだった。
まあ、パンツ福田ならそれも乗り越えるだろう。
2021.12.24
JAF MATE疑惑がさらに広がっている。もはや一刻の猶予も許されない。
JAF MATE疑惑とは何か。自動車を持っている人たちの会員組織というか、利権団体というか、天下り組織というか、要するにいろいろとうさんくさい組織がJAFである。理事は警察庁や国交省の出身だ。
別に任意で加盟する組織なので天下りだろうが何だろうが、嫌なら入らなければいいだけの組織である。入らないからといって何の不利益もない。
それでもわざわざ退会するのも面倒だし、1年分の会費は前払だから更新時期に退会すればいいし、そう思っているうちにいつの間にか更新されちゃって来年こそ退会しようと思いつつ以下同という状況で加入している人がほとんどだ。
まあ、万一の時のロードサービスは便利だしオレも2度ほど利用した。損保会社の保険にロードサービス等がふくのが当たり前になった今、JAFでなければというサービスはもうまったくないが。
そんなふうにずるずると入会しているだけの会員に向けて、年に10回、会報誌が送られてくる。どうせ適当なやっつけ仕事だろうと思ったら、これがけっこうちゃんと作られていてちょっとびっくりする。
そして以前にも書いたが、ここの人気連載コーナー「この写真のどこが危ないでしょうか」の問題が疑惑なのである。もちろんこういうタイトルではなくて、今忘れちゃったので、適当にこんな感じのタイトルということで書いている。
ごく普通のごく当たり前の街並みの写真があって、さてここを通るときは何に気を付ければいいでしょうかというクイズが出される。正解は、例えば「電柱の陰から子どもが飛び出しそうだ」とか「対向車線の車の陰に隠れて自転車がいる」とか、そんなケースだ。
この問いと答えを写真で出してくるのが、この人気連載である。
今年に入ってここに異変が起きた。なんとオレの地元の街が問題に使われているのだ。しかも3回も続けてである。これは明らかに編集者か外注のライターがオレの地元に住んでいて、地元を適当にぐるっと走り回って問題のネタを探しているに違いない。
そして先日届いたJAF MATEをわくわくしながら広げたら、おお、やっぱり今号も地元のネタから出題されている。しかもなんということだ、オレんちから100メートルの場所じゃないか。
そこにはドラッグストアがある。ウエルシアだ。
その前の片側一車線の道路が問題になっていて、どこが危険でしょうか、と攻めてくる。もちろん答えは、電柱の陰に人が隠れていました、というものだ。きわめてまっとうな問題である。意外性もなければ笑いもない。
そんな写真もよく見ればオレんちの近所のウエルシア。我が家から一番近い商業施設で、いろんな日用品を売っていて、あろうことかこの夏から吉野家の牛丼も売り始めたウエルシアだ。
うちから100メートル。もはやお隣さんだ。
こんなに近所にまで攻め入ってきたのか、JAF MATEは。
どうせばれやしないと思っているのだろうが、とんでもない、こうしてオレはしっかり気づいていて、その地元ネタでお茶を濁している連載姿勢を告発している。もはや隠し立ては無用。真実は明らかだ。
そして今や我が家の関心は、いつ我が家の前の道路が出題されるだろうかという一点に向いている。その写真になんとかして写り込む手立てはないものだろうか。
さあこい、JAF MATE。固唾をのんで、というのはまさにこういう状況を指すのだろう。
2021.12.23
都心を歩いたけれど、明日はクリスマスイブだというのに街にはまったくクリスマス感がない。
やっぱり世相なのだろう。今年はいいニュースがまるでなかったものな。大谷周平ぐらいじゃないか、問答無用に明るかったニュースは。
そんな暗い世相のダメ押しとなったのが、大阪の放火事件と神田沙也加だろう。どちらのニュースも衝撃的で、こんな事件の後ではとてもはしゃぐ気分になれないというのが世の空気だ。
クリスマスムードが皆無なのもうなずける。
これから世は年末に向かって最後のひと踏ん張りとなり、そして紅白歌合戦とともに暗い世相を振り返るわけだが、その紅白も今年はことのほかどうなってるんだという顔ぶれだ。
いや、それよりも紅白歌合戦という枠組み自体、おかしいではないかという声が上がっている。女=赤、男=白と決めつけるのはどうよ、いやそもそも男と女に分けるってどうよ。そうである。ジェンダーである。LGBTである。
ああ、面倒な時代になったものだ。そんなこというなら男と女と男の格好をした女と女の格好をした男と男か女か自分でも分からない組の全部で5組に分けて歌合戦をしたらいいじゃないか。さぞ盛り上がるだろう。
男と女に分けるというのは右手と左手を分ける程度の、単なる目印じゃないのか。
いやいや、そういうことではない。オレが言いたいのは「多様化」というインチキだ。みんな本当に多様化がいいことだろと思っているのだろうか。戦後日本の発展も、治安のよさも、水道水が安心して飲めるのも、コロナがへっちゃらなのも、全部日本の「単一性」が大きく寄与しているのは間違いない。単一性万歳、一神教万歳。
「だから世界に向けてダメになったのよ、サッカーだって移民の国の方が強いでしょ」と世間は言う。た、確かにそうかもしれない。
ならば紅白歌合戦もやっぱり多様性歌合戦に衣替えすべき時代に入ったのかも。いずれそんなふうに変わっていくとしたら、今年のろくでもないメンツであっても貴重なものに見えてくる。
結局、松田聖子も出場するのだそうだ。何を歌うんだろう、やっぱり「あなたに逢いたくて」なのだろうか、とネットも興味津々。暗い世相の年の瀬にふさわしい空気になりそうだ。
救いは超天然少女、石川佳純ちゃんが審査員になることぐらいかな。何を言ってるんだ、オレは。
それはともかくクリスマス感のまったくない12月。もしかしたらこの空気のまま年が明けて、正月感のまったくない年始となってしまうのかもしれない。寂しいことである。
2021.12.22
今日は冬至である。
冬至と聞くとなぜか少しホッとするのは、今日が底だと思うからだろう。
あとは上がっていくだけ。冬の厳しさはこれからが本番ではあっても、日は長くなる一方なのだから耐えられる。顔を上げられる。
これは人間にとって「希望」がいかに生きる上でのチカラになるかという話なのだ。
この日記も、たまにはいいことを言う。
ということを考えながら、今日は終日机に向かって原稿仕事だ。朝、息子を近くのバス停まで車で送っていった以外は外に一歩も出ていない。ひたすらキーボードを打ちまくる。
結局、今日一日で書いた原稿は約1万3000字。かつては1万5000くらい楽勝だったから、知力体力精神力ともに衰えたか。「希望」も潰えたか。
昭和の時代に梶山季之という作家がいた。どんな注文も断らず、しかも書いた本がすべてベストセラーになったという流行作家で、「原稿ではなくてお札を書いている」と言われた人だ。
伝説として残っているのが2日で300枚を書き上げたという話。400字詰め原稿用紙に換算すると1日6万字ということになる。手書きでこのスピードはありえねえよ。だからきっとこれは新聞社や週刊誌などの200字詰め原稿用紙のことではないか。
それでも1日3万字か。化け物だ。
夜10時過ぎ、部活帰りの息子を迎えに駅まで行く。結局今日は朝と夜の2回だけしか外に出なかった。
冬至の夜更けは底冷えがして、駅前もしんしんとしている。明後日がクリスマスイブとはとても信じられない静けさだ。そうか、オレたちにはクリスマスなんて要らなかったんだ。
2021.12.21
「今日の日記は酷すぎる」。
長野のまっちゃんからクレームが来た。まっちゃんは言う。
「いつも誤字脱字ばかりだが今日は大谷周平と何度も間違えるし、語が落ちてたらはごみの間違いだし」。
クレームは宝の山。改善すれば商品はもっとよくなる。
オレは頭を垂れ、まっちゃんのご指摘に耳を傾けるのである。
まっちゃんはこの日記の長年の愛読者だ。頭がおかしいとしか思えない。
そんな読者のご指摘だからオレはありがたく拝聴し、そして直すのは面倒だからそのままにするのである。昨日の日記を書き直すなんてそれは日記ではない。いっそ大谷翔平は大谷周平と改名すればいいのにとさえ思っている。
そっちがオレに合わせろ。
これはオレの基本的なスタンスなのだ。わははは。
もっともせっかくまっちゃんにご指摘いただいたので、推敲について考えてみる。
前にも書いたけれど推敲の手段は、オレの場合、2つ。
一つはジャストシステムの校正ツールJustRight!とネットの校正サービス「文賢」だ。書き終えたらJustRight!で誤字脱字等をチェックし、その後「文賢」に流し込んで言い回しなどを推敲する。
JustRight!は3万円もした。「文賢」は月2000円のサブスクである。
先日はNTTデータの校正支援ツールというのを試してみたが、デモ版を一度使って、こりゃダメだとあっさり切り捨てた。使いづらいわ。それにデモ版のダウンロードをするだけなのに名前、社名、住所、電話番号まで登録させられたところになんだか腹落ちできないものを感じた。まずお前が名乗れ。あ、名乗ってるか。
改めて言うまでもなく、一番の推敲は何度も読み返すことである。ちゃんとプリントアウトして、辞書を片手に。
そしてもっといい表現はないかと検討し、書き直しては読み直すのだ。
もちろんそれはきりのないやり方で、行きすぎれば文豪様になってしまう。こちらは“文字を書く=お札を刷っている”売文業者。生産性が命である。便利なツールを使っていかに速く手軽に望まれるクオリティの商品を生み出すかがミッションだから、そう何度も推敲の手間はかけられないのだ。徹底的に合理化するのである。
あ、そういや最近思ったのだが、オレが自分で気持ちのいい文章と感じるリズムというのは「長い+長い+短い」というパターンである。このあたりは割と無意識に意識していて、長いセンテンスを続けては途中に短いセンテンスを挟んで、全体のリズムをつくっていくわけだ。
長いというのは60文字以上ね。
という具合に長い文章を2つ続けてその後に短い文章を1つはさむというやり方が、割とオレには気持ちがいい。金子某なんかはこの長い文章が4から5続いて短い文章をはさんでいる。
だが最近、というかネット時代になってからは逆に「短い+短い+長い」というリズムが好まれているような気がする。根拠はないが、ネット上の文章を読んでるとそんな感覚になる。だからオレも意識して「短い+短い+長い」というリズムで書かなければと思っている。
ここで難しいのが、短い文章が多いとバカみたいに見えるということだ。長い文章が続くと高尚で、とても立派なことが書かれてあるように感じられるようである。もちろんこれは錯覚に過ぎないのだが、企業の担当者によっては、短い文章が続くとウチの会社がバカのように見えると嫌がる場合がある。これは珍しくない。酷いケースでは「このライターはウチの会社をバカだと思っているのか」と怒り出すことさえある。めめめ、滅相もございません。読みやすさを考えてのことでございます。このあたりは、だからオレの方で勝手に先読みしてあえて無意味に長いセンテンスを入れ込んだりしている。こういう具合に相手の顔を見て商売するのは大事なことなのだ。
とはいえ最も大事なことは「文章は読まれるものである」ということで、いくら長い文章だから賢そうに見えるだろウチの会社と思ったところで、読んだ方が「バカじゃね」と思ったら終わりなのだから、読解力のない人が文章チェックをしてはよくないのだ。味音痴に食レポやらせちゃダメだろ。
というようなことを書いて、あわわわ、今日も山ほど原稿を書かなくちゃならないのにこんな日記の駄文で体力を使ってはならない(最近、原稿を書くことは体力勝負だと痛感している)と気がつき、オレは慌てて筆を置くのである。筆じゃないけど。
何はともあれ、まっちゃん、ご指摘ありがとうございました。近々また飲もうねえ。
2021.12.20
日本ハムの新庄の不愉快さは一体何なんだろう。
学生時代に日本ハムファンだったことがある。そのせいか、今の新庄をいだく日ハムには違和感ありありだ。いや、学生時代云々ではない。直近の事情だ。大谷だ。
大谷周平。あのさわやかさとは似ても似つかない胡散臭さみたいなのが、全身から発せられて、不愉快さを産んでいるに違いない。
大谷周平でオレが思い出すのは、プロ初打席のこと。カメラがズームアップしてとらえた彼は、なんとスタンドの応援トランペットに合わせて鼻歌を口ずさんでいたのである。
高校を卒業しプロになって初めての打席、誰もが緊張して当たり前だというのにこの18歳は、コンバットマーチ(古っ!)を一緒に歌っていたのだ。まったく緊張してなくて、いかにも未来の大器という雰囲気を漂わせていた。
その大谷周平について「ブランディング」という切り口の面白い記事が載っていた。日経新聞の夕刊である。
記事では今の日本人で最高のブランド価値を持っているのが大谷周平であるとし、夢を追いかけて実現させてしまった挑戦心、実力で大リーグをねじ伏せてしまった強さに加え、笑顔を絶やさないキャラクター、相手選手や審判の悪口を決して言わない公平性、語が落ちてたら拾ってポケットに入れる道徳心などを上げている。
つまり「正しさ」要するにコレクトネスこそが最大のブランド価値であると断じているのである。なるほど、確かに。
プロとして正しくあること、社会人として正しくあること、人として正しくあること。どなんなレイヤーであれ「正しさ」は絶対的な正義だ。だから人はそこにブランド価値を見出すのであろう。
大谷周平の立ち振る舞いを見てオレがいつも思い出すのが、ある病院の医師がインタビューに答えて言った「穏やかさはプロとしての条件」という言葉だ。「正しさ」の背景にはこの「穏やかさ」があるに違いない。たしかになそう考えると新庄には「穏やかさ」という言葉は似つかわしくないのだ。
大谷が球団を出て海を渡ったのは本人の希望だから仕方ないが、監督として新庄を迎えたのは、ブランド価値を下げることに直結したと思えて仕方ない。
2021.12.19
シーズンの締めくくりは天皇杯決勝である。
浦和-大分というカードが締めくくりにふさわしいかどうかは別として、実力ある監督同士の戦いという点では実に興味深い。浦和サポの悪質ぶりが浮き彫りにされた、というよりいつものことだが、その点でも興味深い。
開始6分で浦和が点を取って、明らかにチーム力の差が浮き彫りになった。こりゃあ一方的なゲームだな。
ところが後半に片野坂監督が戦術を変えて大分が攻勢に出る。さすがリアリストな戦術家の片野坂だ。
弱いチームがどうやったら勝てるかということを知っている。
そこで浦和のロドリゲス監督が逃げ切りを図って槇野を投入。こちらもさすがの知将だ。と思ったらその槇野があっさりを裏を取られて失点してしまう。監督は知将でも選手がアホでは勝てない。
と思った3分後に今度はその槇野が決勝点を決めてしまう。興奮のあまりユニフォームを脱いで肩のタトゥーを堂々と晒しながら裸になるパフォーマンスに、さすがアホのやることは違うと呆れる。シュートの瞬間オレは「槇野かよ!」と大声で叫んでしまった。
柏木に始まり、この槇野や阿倍、宇賀神、興梠など古い浦和の選手を容赦なく切り捨て、残ったのは西川一人という惨状。そんなふうにチームを大きく変革させながら天皇杯優勝という結果も出してみせたのだから、ロドリゲスは名監督である。将来の代表監督もアリだろう。
このロドリゲスに逃げられた徳島は見事に1年でJ2降格。今度は中核選手だった岩尾を浦和に引き抜くという噂だ。
岩尾は父親を亡くし、その葬式の日も帰らずに試合に出ていた。一方の監督のポヤトスは、中断期間とは言えヨメに会うためにスペインに帰り、再来日の際は堂々と14日間の隔離生活。上かがこれでは現場はやってらんねえと岩尾が思ったかどうか、とにかく逃げ出すようだ。
今年は監督がいろいろと面白くて仙台の手倉森については「勝てば自分のおかげ、負けたら選手のせいにする」「占いで選手を決めているのかというほどえこひいきが酷いヶなど悪評紛々。甲府はまさかの吉田達磨就任の噂で、いったいあいつの就活力はどうなっているのだとみんなが驚いている。
そんなわけで今シーズンは終了。
槇野は神戸、宇賀神は岐阜へ移籍して柏木と一緒に遊びまくるという話だ。シーズンオフもいろいろと楽しいぞ。
2021.12.18
肩こりが酷い。昔からだ。
体が硬いせいもあるのだろう。加えて毎日大量の文字を書いている。インタビューではメモを激しく取り、パソコンの前に座れば何千字と打つ。肩が凝らないわけがない。
床屋なんかに行くと肩もみのサービスをしてくれるが、だいたい「えっ」と驚かれるくらいにガチガチだ。
なんとかしたいのだが、肩こりは病気ではないので、整骨院に行っても自費診療だし、「てもみん」的なサービスを受けると数千円取られる。
仕方なく銀座のせんねん灸で買ってきた火の要らないお灸や、イオンで買った肩たたき器なんかでごまかしている。
そんな肩こりによく効くということで今日の日経新聞に紹介されていたのが「ファシア」だ。
なんですか〜、ファシア。
ファシアとは人間の筋肉や臓器をくまなく覆う「ゆるやかな組織」で、これこそが体の滑らかな動きを支えているのだという。みかんの皮を剥くと出てくる、白いヒゲのようなものらしい。
ほんとかよ。嘘くせえ。
ファシアは基本的にゆるゆるだ。これが血行不良や運動不足で固まってくると筋肉が圧迫され、凝りになるのだそうだ。肩甲骨につながる筋肉のファシアは癒着しやすいので、肩こりの解消にはこのファシアを緩めてやるのが効果的、と日経の記事はいうのである。
マジか。
肩のファシアをゆるめるための体操が紹介されていたのでやってみる。1日30秒でいいそうだ。たったそれだけで肩こりが解消されるなら、そりゃあやらないわけがない。
ということでちょっと試してみた。
元ネタは
ここのようである。ほとんど同じじゃないか。大丈夫なのか、これ。
30秒でいいというから、焼酎の炭酸わりで酔っ払ったまま、ちょっと試してみる。
ふむ、なかなか気持ちいいぞ。確かにこのあたりが堅くなっているような気がして、ゆっくりほぐれている感じがする。ファシアだ。
オレの皮膚の内側に張り巡らされた、みかんの白いヒゲがゆっくりと解きほぐされていくのか。
これはパソコンで原稿を書いている間にすぐできるではないか。肩こりが楽になるならありがたい。
2021.12.17
先日、地元の忘年会があって、幼稚園以来のつきあいの家族が集まった。いつもはパパだけなのだが、今回は珍しく子供たちも集合だ。
1年ぶりとか3年ぶりの子どももいて、おお、大きくなったなあ、いくつになったんだと聞いて「みんな同じじゃん」と返され、あ、そりゃそうだと笑った。
出会った頃は幼稚園に入る直前。おしめは取れていたが、まだ何が何だかわからない年頃の子供たちだった。それがこうして成人となってビールを飲みながら話している姿を見ると、しみじみ嬉しくなってくる。地元の仲間はいいもんだ。
そういやこないだ、別の飲み屋で飲んでいたら、店の若い女の子が「もしかして…」と声をかけてきた。え、と思って顔を見たら、その子はマスクをずりおろして「サチです」と笑った。おおっ、さっちゃんかよ!
娘や息子が小学生の頃、同じダンスサークルで一緒に踊っていた子だった。とてもダンスが上手くて、歌も上手な子で、その後、事務所に所属してシンガーソングライターとしてプロになった。ギターを抱えて近所を歩いている姿を何度か見かけたことがある。
さっちゃん、今も頑張って音楽活動を続けているが、コロナでライブができなくなっちゃったとのことで、こうして居酒屋でバイトしているらしい。
さっちゃん、いくつになった。「25です!」とのことで、そうか、もうすっかり大人だなあとしみじみする。
幼い頃から知っている子供たちが成長していく姿を見るというのは、自分の子に限らず、なんだかとても幸せなことなのだ。
「信仰の現場」ナンシー関・角川文庫。久しぶりにナンシー関が読みたくなって、Amazonの古本で購入。なんでこんなものにと思うようなものに熱中する人々の様子を眺めに出かけようという企画のコラム集だ。例えば寅さん映画を正月に映画館で観る人たちとか、宝くじ抽選会の観客とか。初回が矢沢永吉のライブに集う人々のルポ。この原稿が事務所のむちゃくちゃなチェックで修正の嵐だったことにぶち切れたナンシーは、以後一切証券から取材せず、ゲリラで忍び込むことにしたのだった。このあたりの切れ味はさすがナンシーだ。
2021.12.16
久しぶりに原宿駅に降りたので、まずはその変貌ぶりに驚き、キョドる。
この「キョドる」という言葉はここ数年ですっかり定着した。その流れで今年一番の若者言葉になったのが「チルってる」だ。くつろいでいる、ゆったりして気持ちいいというニュアンスの言葉で、英語のchill outが語源とされる。英語がこんなふうに使われるのは「ナウい」とか「エロい」あたりの系譜ということだ。
などと考えながらキョドりつつ原宿駅前を見渡せば、空が広い。なんと駅前、あのコクド本社前にかかっていた歩道橋がきれいさっぱり撤去されているではないか。ついでにコクドもきれいさっぱりだ。
こんな具合に都内のあちらこちらでは歩道橋撤去の動きが広がっている。インフラの老朽化に伴って思わぬ事故が心配される時代にあって、これはいいことだ。
調べてみたら歩道橋は全国に1万1000以上もあり、撤去が進んでいるらしい。理由はバリアフリー対応と案の定、老朽化だ。古くなった歩道橋は補修して維持管理に務めるよりもいっそきれいさっぱり撤去してしまったほうが安上がりらしいのだ。なるほど。
新宿の花園神社前の歩道橋もなくなったしなあ、などとピンポイントすぎる納得の仕方をしてみる。
原宿で若い子相手のインタビュー仕事を終えた後は、今度は本郷方面に移動しておじさん相手のインタビュー仕事をこなす。おじさんといっても、普通のハゲではない。ドクターだ。医者だ。大学病院の。
こういう専門家相手のインタビュー仕事は難しくて、もちろん事前に準備はするのだが、同じリングに立ってスパーリングできたという実感はなかなか得られない。専門知識が圧倒的に違うからだ。
メディカルライター、サイエンスライター、温泉ライター、グルメライターなど世の中にはいろんな分野の専門ライターがいるのに、オレはそうした専門性のないライター。なんでもライター。あえて言えばビジネスライターということになる。その分、汎用性は高いが専門性には欠けるということだ。
特に医療なんていう高度に専門的な領域のプロを相手にインタビューするときは、同じリングに立てないときすらある。なかなか厳しいのだ。
本日も苦戦した。精一杯のパンチを出そうとしたが相手にとってはスパーリングにすらならなかっただろう。
ところがインタビューを終えて辞去する間際に「楽しかったです」と笑顔で言われてちょっと驚く。そんなに手応えのあるインタビュアーではなかったのに、どういうことか。社交辞令か。もちろんそうだろう。
でも本当に楽しかったという思いもあるとしたら、いつも面会している専門領域のプロではなかったところが新鮮だったということか。例えば毎日会っているMRなんかとはまったく違う時間を過ごせたことは確かであるし。
ならば少しはよかったかなと、思うことにする。まったくいくつになっても未熟だし、いくつになっても勉強は続けなければ。
2021.12.15
日経新聞水曜日の夕刊に連載されている医師のコラムが毎回面白くて、この医師はガンが専門と言うこともあってか、特にガンについて警鐘を鳴らすことが多い。
コロナで1日になくなる数は44人。
一方でガンで亡くなる数は1日1040人。
桁違いにガンがヤバいという話が、今日のテーマだ。だからコロナを恐れてガン検診を受けないのは間違っていると医師は説くのである。
いやまったくその通りではないか。そもそもオミクロンだってほとんど人が死んでいないっていうし。死ななきゃコロナもただの強い風邪。
もちろんガンというのは高齢病なのだから、平均寿命が延びるに従ってガン患者が増えるのは当たり前の話。昔だったら老衰で亡くなったと簡単に決めつけていたケースも、現代ならガンだったとわかるかもしれないし。
それでもなお、コロナよりガンを恐れるべきなのは当然の話であって、コロナであっても検診をちゃんと受けましょうというのはまっとうなことだと思う。
「東京五輪の大罪」本間龍・ちくま新書。東京五輪がいかにデタラメな大会だったかということを、膨大なデータを元に証明している。あっと驚くスキャンダラスなことは何もないが、こうしてまとめられると確かにとんでもないアホなイベントだったことがよくわかる。ボランティア11万人の闇とかピンハネっぷりとか、マジかよと目を剥くわ。個人的にオリンピックに対して思うことは、まったく何も残っていないことへの驚きだ。今振り返っても半世紀ぶりでの地元の大会だというのに、呆れるほど記憶が希薄だ。開催前の高揚感がゼロだったように、開催後の余韻もゼロである。国を挙げての大イベントの一番のレガシーは、国民の記憶や思い出なのだが、それがまったくないというのは改めてとんでもないことだったのだと思う。要するにオリンピックというイベントそのものがオワコンなのだ。今や単なる国際スポーツイベントの一つに過ぎず、先日テレビで卓球のワールドカップをやっていたけれど、それと一緒の程度にしか意味のないイベントになってしまったのだろう。単なる商業イベント。ならばその一瞬だけ「頑張れー、面白かった」と消費され、忘れ去られていくのも当たり前か。残ったのは3兆円の借金だけ。やれやれ。
2021.12.14
ふと思い立って数えてみたら、今年のこの日記はもう45万字を超えていた。久々の45万字超え。オザキも褒めてくれるのではないか。
もっとも最近は仕事が忙しくて、原稿を毎日1万字近く書いているので日記に労力を割く余裕はないのだ。
それにリモートワークだとなかなかネタにも出会わない。今日も一日中リモートインタビューだった。
関係ないけど、突然手塚治虫が読みたくなって「地球を飲む」をAmazonで買った。もはや古本でしか流通していないのだが、案外安く買えたのでよかった。
これは昔、学生時代に読んだ記憶がある。
改めて目を通してみて、このストーリーとこの絵は、やっぱり手塚治虫って天才だったんだなあと驚いた。でも大人向けのこういう作品もいいけど、ブラックジャックみたいな少年向けの方が輝いているという印象。
なんて書いてると「火の鳥」が読みたくなってきた。「火の鳥」は飛び飛びに全巻読んだはずだけど、改めて頭から通して読んでみるのもいいかもしれないなあ。
2021.12.13
今日も一日中リモートでインタビューである。楽ちんである。
終わってすぐさま原稿仕事。楽ちんだが非常に疲れる。
忙しいのだ。ありがたいことに。
よって今日の日記はここまで。
2021.12.12
ティッシュ問題は根深い。
どうしてティッシュというのは、どいつもこいつもあんなに酷いデザインなんだろう。家の中、目に入るところには置きたくなくなるほどだ。
ウエルシアがネピアにつくらせているプライベートブランドのティッシュをいつも買うが、チープなデザインでうんざりするんだよなあ。かといって他にまともなデザインのものも見つからず、もはや諦めて使っている。
もっとちゃんとしたデザインのティッシュをつくれば、売れると思うんだが。
それでもコンビニのは比較的まともでセブン―イレブンの黒一色のは、悪くない。家の中に置くデザインとしては重すぎて主張しすぎるが、エリエールとかのナショナルブランドよりはまともだろう。
ファミマのティッシュは、もっといい。白一色でまったく主張せず、清潔感を漂わせながら、空間に溶け込んでくれる。ティッシュはこうあるべきだよなあ。
というところまできて我々はもう一つの重大な問題に直面する。そうである、枚数問題である。
ティッシュの何が鬱陶しいかというと、空っぽになって交換するときだ。古い箱を潰して新しい箱の蓋を開ける、その一手間が実に面倒くさい。
枚数が少ないとしょっちゅうこれをやらなくてはならないから、これがうんざりするのだ。
理想はビスケットが何枚でも出てくるポケットみたいに叩けば永遠に紙が出てくるティッシュなのだが、そんなものは残念ながら売られていないので、できるだけ多めに入っているヤツを選ぶことになる。
それでいくといま褒めたファミマのティッシュは何と320枚、160組しか入っていないのだ。それに対してウエルシアのは400枚、200組が入っている。この差はでかい。
従って現時点での結論は、ファミマのデザインにウエルシアの枚数を詰め込んでくれということになる。そんなティッシュを誰か開発してくれたら、オレは喜んで買うのだが。
以前エ*エールの営業マンに聞いた話によれば、5箱1組でスーパーに卸している金額は200円前後だそうだ。20年近く前の話だが小売価格はあまり変わっていないから、今もこれは似たようなものだろう。
スーパーにしてみれば200円で仕入れたものを230円とか250円とかで売っていることになる。かさばって、あれだけ場所を取るのに全然儲からないから、本音を言えばティッシュペーパーなんて扱いたくないんだろう。でもティッシュの置いてないスーパーなんて誰も行きたがらないから、ティッシュはボランティアと割り切っているのではないか。
買う方も売る方もつくる方も、みんなにとっていろいろと悩ましい製品なのである。ティッシュペーパーは。
などという問題について考えながら、本日は天皇杯の準決勝を見る。川崎-大分がとにかく凄かった。圧倒的な力の差を前にした大分はリアリズムに徹底した闘い方を選ぶ。体を張って守ってカウンターにかける弱者の闘いだ。
シュートが28本対8本というスタッツにそれは表れている。
こういう展開は早い時間に川崎が1点を入れてしまえば、あとは何となくおとなしく終わるものだ。だが大分が、キーパーの木の神がかりセーブの連続で生き存える。さすが、戦術家、片野坂。石にかじりついても結果を出してみせるというこういう戦い方は嫌いじゃないぞ。
試合は0-0のまま延長に入り、川崎に焦りが見えてきて、ひょっとしてこれはという流れになる。ところが116分に小林悠が、さすがのコバユーという見事なゴールを決める。オレはこういう職人仕事がきっちりできるコバユーが大好きだ。
何しろ116分だ。大分もここまでと誰もが思ったのだが、なんと121分に起死回生の同点弾。川崎のゴール隅に見事なヘディングが決まったときは、オレも息子もテレビの前で絶叫だ。しゃべりっぱなしでうるさかった解説の播戸も絶叫だ。
そして試合はPK戦に入り、こうなると鬼神のキーパー木に神は微笑む。
これぞサッカーという醍醐味を見せてくれた試合だった。片野坂監督に脱帽である。
もう一方の準決勝では浦和がセレッソを下した。おかげで大久保のバカをこれ以上見なくて済んだ。浦和はいい仕事をしてくれた。
これで来週の天皇杯決勝は浦和対大分となる。ここはぜひとも大分に勝って優勝してもらいたい。
大分はJ2降格が決まっている。そんなチームが天皇杯に優勝するなんて素晴らしいロマンではないか。なーんていうことはまったく思っていない。
実は大分が優勝すると、大分はアジアチャンピオンズリーグに出場することになる。つまり来シーズンはJ2の休みなしのハードなスケジュールをこなしながら海外で行われるアジアチャンピオンズリーグの試合もこなさなくてはならないのだ。超ハードスケジュールである。
しかも片野坂監督は移籍することが決まっているので、そんなハードなシーズンを大分は新しい監督のもとで過ごさなくてはならない。
もはや来シーズンの低迷は決まったようなものだ。同じJ2クラブの新潟にとっては、だからぜひ大分に優勝してもらいたいのである。きっと選手もそれなりに引き抜かれるだろうし。
そんな背景があるので、実は天皇杯という大会は、サッカー好きの間では罰ゲームと呼ばれている。変に勝ち進めば進むほどチームにかかる負荷は大きくなり、リーグ戦の成績は下がっていくのだ。選手を大勢抱えているビッグクラブはそれでも天皇杯を若手に出場機会を与える場と割り切れるが、弱小クラブにそんな余裕はない。単なる罰ゲームなのだ。
大分は優勝してこの罰ゲームを受けることになるだろう。ご苦労なことである。
それは別として試合が最高に面白かったのは確かだ。いやあ、いいものを見せてもらったなあ。
別の意味でいいものを見せてもらっているのが、鈴鹿ポイントゲッターズの騒動である。
実はそんな名前のサッカークラブがあるんですよ、日本には。鈴鹿というから三重県のチームなんだけれど、ここをクビになった幹部が突如Twitterで鈴鹿ポイントボッターズの闇を曝露し始めた。
これが実に頭の悪そうな文書でよくわからないのだが、どうやら選手にわざと試合に負けろと社長が指示したことがあったらしいのだ。これが本当なら大ごとじゃん。
もちろんクラブ側は公式サイトで反論。あることないことを材料にゆすりをかけてきて、脅されてつい2500万円を払ったのに、これでは足りない5000万円払えと言ってきたから、今は警察と弁護士に相談しているというのだ。
どうやらこのクビになった人物は反社がらみらしくて、四国あたりでもいろいろと問題を起こしていたという噂だ。とはいえ、そんな人物に脅されて2500万円も払ったというのにはびっくり。そんな金があったということには地元の人がびっくり。当然行政側の支援も受けているだろうから、この金の流れはヤバいだろうな。
この騒動がどう転がっていくのか、ちょっとみものである。ひょっとしたらチームの解散まで行くんじゃないかな。
2021.12.11
警官が拳銃自殺した練馬区の交番とは、我が家から最も近くにある交番のことである。
行きつけだった居酒屋、魚せいへ行く角にある。関越道の出口で、いつも携帯使用やシートベルト未装着を狙って張っている交番だ。娘が道路でカギを拾ったときに一緒に届けに行って住所やらなんやら書かされたこともあるし、幼稚園近くマンションから騒音クレームが出たときに自転車に乗ってやってくる警官が所属しているのもこの交番。
要するに普通の呑気な交番なのだ。
イサワくんと一緒に魚せいで飲んだ帰り、歩道橋を渡るのが面倒くさくて歩いて大通りを渡っていたら、スピーカーで「危険ですから歩道橋を渡りなさーい」と怒られたのも、この交番である。
そんな地元でなんと物騒な。
事件発生は明け方4時ぐらいだということだがまったく何も気づかなかった。それどころか昼になってネットニュースで知った次第。あれえ、これ、あそこの交番じゃね?
こんな田舎の、あんな呑気な交番でいったい何が。
そういえば、と思い出す。
そういえば昨日、昼前に家を出たら前の道路にパトカーが停まっていた。
おや、こんなところにパトカーなんて、一体どうしたんだろな。そんな話をしながらオレと息子は車で駅に向かった。そして駅前に着いたらなんだかやたらと警官がいた。
横断歩道を突っ切ろうとしたら警官が飛び出してきて、オレに「先に行け」と指示を出してきたのだが、その直後に別の女性警官が横断歩道を渡ろうと慌てて飛び出してきて、危うくオレは警官の指示で女性警官をひいてしまうところだった。
この場合、オレの責任になるのかねえ、やっぱり。
そして周りを見渡したら覆面パトが停まっていて中から私服が2、3人ぱらぱらと降りてきた。なんだか全体にざわついていて、落ち着かない雰囲気だった。
なんだなんだと言いながら息子は車を降り、そして部活のために電車に乗ったのだった。
後でTwitterを見たら、石神井公園駅前に警官が押し寄せているという投稿があり、やっぱりざわついていたのは本当だったんだねえと納得したのである。
もしかして交番の警官は何かしくじってしまい、職場放棄で逃走を企てたのではないか。しかも拳銃を持って。警察にとってはとんでもない失態だ。だから大慌てで捜索の風呂敷を広げていたわけだ。
しばらくして頭を冷やした警官は職場の交番に戻ってきて、これで一件落着となったが、様々な状況に絶望した彼は深夜、発作的に…というのがオレの完全なる妄想。でも、ありそうな話だと思うがなあ。
とはいえ、そもそも自殺しかねないような人間を1人に部屋に置いておくかというあたりにもちょっと違和感があるし、なんだか闇は深そう。ネットでは早くもパワハラが原因だったという妄想話が流れているが、まあ、なくはない。
でもこんな呑気でしょぼい交番で、何があるっていうんだろうなあ。
いずれにせよこのままフタをするように話は終わる。
今日の昼、この交番の前を通ったら何の異変もなく普通に営業していた。こうして日々は流れていく。世は無常、times go byなのだ。
2021.12.10
「齋藤学に1億円払ってるならオレにもっとよこせ」とごねたフィッカデンティ監督にトヨタがぶち切れて突然のクビを言い渡し、逆ギレしたフィッカデンティが異例のサポへの挨拶なしで出て行ったと思ったら、即日、長谷川健太が監督に就任という名古屋は、驚異のフォワードだったシヴィルツォフがなんとドーピングで引っかかってあらゆるサッカー活動禁止を言い渡されてしまい、「常人離れしたヤバいヤツ」というのは本当だったと証明されるなど、一日でいろいろと楽しませてくれる。もしシヴィルツォフのドーピングが確定して出場ゲームの勝ち点が剥奪されるなんてことになったら一気にJ2降格で、逆に徳島が残留ということになる可能性もあるらしく、そうなったらそうなったで面白すぎるわ。併走するようにFC東京では悪名高いビジサポ(ビジネスサポーター)の植田某が主催した忘年会になんと選手が大挙して押し寄せるという愚。大人数での会食禁止という都のルールに違反したばかりか、同席したサポに選手が勝手にユニフォームをくれてやるなど、自らチームの商売の邪魔をする行為も発覚。参加した選手全員が厳重注意で、たぶん何人かは懲罰で移籍させられ、これを契機にビジサポとは手を切れという声が嵐のように沸き起こった。タイミングよく東京ガスからmixiに経営権が移り、mixiってそんなに金持ちだったのかと世間は驚いたが、何のしがらみもないmixiは当然グレーなサポを嫌うだろうからここは一気に粛清の嵐が吹き荒れる、次の監督のプッチ改めアルベルも清廉潔白を求めるカタルーニャの熱き男だからなあとますます盛り上がるのだった。
だがそんな香ばしい一日でオレが最も衝撃を受けたのは、相沢ピーターコアミの怪我である。
中心性脊椎損傷。全治未定。
まだ20歳だぞ。
相沢ピーターコアミは高卒3年目のゴールキーパーで所属は千葉。ずっと控えだった。
川崎で正キーパーを務めていた新井が移籍してきたから、出番は一度も奪えなかった。これでは相手が悪い。分が悪すぎた。
それでつい先日千葉をクビになり、どこからも移籍の声がかからず、諦めきれなかったピーターはトライアウトに参加した。次の職場を求めてアピールする敗者復活戦だ。
このトライアウトのゲームでゴールを守ったピーターは、転倒した際に相手選手と衝突する。その瞬間をとらえた写真が日刊スポーツに掲載されていたが、うつ伏せに転がったピーターの顔面を真正面から相手の膝が直撃したようだ。ウェスタンラリアートが喉元ではなくて顔面に入ったような感じ。
スタン・ハンセンならば「ウィー!」と叫んでから腕を振ってくるので相手も受け身を取れるが、まさかサッカーで膝が顔面を直撃するとは思ってもいなかったろう。これでクビがガクッと一気に後ろに持っていかれたのではないか。
中心性脊椎損傷とは、つまりはクビが折れたということだ。
ぶつかった選手は明らかにされていないし、明らかにすべきではない。一生の心の傷になるどころか、謂われなき中傷も受けるかもしれない。それでも日刊スポーツの写真を見れば、知っている人なら彼が誰だか、すぐに分かるだろう。日刊スポーツも罪なことをしたものだ。
意識はあるもののピクリとも動かなかったピーターは、救急車で搬送され、そして衝撃の症状が明かされたわけだ。オレは詳しくはないけれど、サッカーどころか日常生活すら危ぶまれる怪我ではないのか。よくて車椅子か、下手すりゃ寝たきりか。もっと軽くて済むよう、オレの知識が間違っていることを祈る。
ピーターのことは高校時代から知っている。
2018年の1月2日、高校サッカー選手権を見るために息子と一緒に訪れた埼玉の駒場スタジアムで、新潟代表、日本文理のゴールを守っていたのがピーターだった。
ガーナとのハーフのピーターの存在感は圧倒的だった。2-0で勝った2点目はピーターのフィードがそのままフォワードに渡ってゴールになり、ピーターがアシストを決めた形になった。
すげえと驚いたオレたちは翌日もピーターを見るために駒場に足を運ぶ。このゲームはPK戦にもつれ込み、これを決められれば負けるというキックを見事にセーブしてみせたピーターは、次のキッカーとして見事なPKを決めしまうのである。なにしろ前年までフォワードだったというから、PKが見事なのも当然だった。
プロ入り後の不遇を思えばこれがピーターのサッカー人生のハイライトだったということになるのかもしれない。オレと息子は、こんなすげえキーパー、アルビレックスに来てくれないものかなと興奮しながらスタジアムを後にしたのだった。
キャリア3年でクビを言い渡したのは、早いうちに見切りを付けて別の人生を歩み始めた方が本人のためだというクラブの温情だったろう。諦めきれずにトライアウトに参加し、再起不能の大けがをしてしまったというのは、結果として温情が徒になったことになる。まったくやりきれない話で、クラブには何の落ち度はないものの、悔やみきれないことだろう。
繰り返すが、なにしろ20歳なのだ。
サッカーへの挑戦を続けるにしろ、新しい人生を歩むにしろ、遅すぎるということはまったくない年齢である。それなのに全治未定だ。高校選手権でファインセーブを決めて躍動していた選手を、3年後にこんな現実が待ち受けていたとは、あまりに無情すぎる。
まだ契約自体は残っていて千葉の支配下選手のはずだから、千葉は何らかの形で手を差し伸べられないか。Jリーグも、すべてのサポも、何らかの力になるべきではないか。何ともやりきれない事故に、オレはただ嘆くのみである。
2021.12.09
最近は阿久悠の歌が染みるなあ。年のせいかな。
と思ったらここ数年、やっぱり再認識の流れが来ているんだね。
ヒャダインによれば阿久悠、松本隆、秋元康の3人が3大作詞家だそう。3人とも名前が3文字ということから「前山田(本名)は名字だけで3文字使っちゃってるから、とてもこの3人にはかなわない」というようなことを言っていた。わけわからん。
別に3人に絞る必要はないが、オレは秋元康は認めないぞ。あれは作詞家ではなくて商売人だ。
阿久悠の好きな曲3つをあげなさいという企画があって、オレはどうだろうと考えてみた。
「あの鐘を鳴らすのはあなた」
「ジョニーへの伝言」
「乙女のワルツ」
「ざんげの値打ちもない」
「林檎殺人事件」
となった。あれ、5曲になっちゃったじゃん。しょうがねえな。
「津軽海峡冬景色」はそんなに好きではないけれど、「上野発の夜行列車降りたときから 青森駅は雪の中」とたった2行で、主人公の女が恋に破れて北の果てまで夜通し男を追いかけてきたという物語を描き出しているのは、やっぱりすげえと思う。たった2行で時間と距離を一気に飛び越えてしまった。
この歌詞でもわかるように阿久悠ってとことん映画的なんだよね。「勝手にしやがれ」は女が出て行った部屋で酔っ払いながら大音量でレコードをかけている男の絵が浮かんで、それは絶対に田舎の一軒家なんかじゃなくて、都心のコンクリート打ちっぱなしのマンションだろうという気がする。
逆の「乙女のワルツ」の女の子は、田舎のどんくさい子。花なんか摘んじゃって、頭の中がメルヘンになっちゃって、たぶんピアノなんかが得意なんだよ。
松本隆も映像的な歌詞を書くけど、実にカラフルでビビッドだ。「右手に缶コーラ 左手に白いサンダル」と、真っ青な海を背景にした強烈な赤と白が突き刺さるようだ。
これに対しして阿久悠の描く映像は、モノクロでセピアなイメージ。ジョニーを2時間待っていた酒場は絶対に居酒屋じゃなくて古いバーのカウンターだし、そこは間違いなくモノクロ映画の世界なのだ。
そんなことを考えながら酔っ払ってYouTubeで「あの鐘を鳴らすのはあなた」とか、阿久悠作品を聴く。便利な時代だ。
「あの鐘を鳴らすのはあなた」は、昔はなんともくさい歌だと思っていたけれど、この年になってくるとあの普遍的な世界観がぐっと染みてくる。いや、年齢のせいというより、時代の大きな曲がり角にあって普遍的な希望に手を伸ばしたくなる心理の表れかもしれないが。
郷ひろみと樹木希林が「夜のヒットスタジオ」で「林檎殺人事件」のフルバージョンを歌っている画像に見入る。2人のパフォーマンスの完成度の高さにびっくりだ。特に郷ひろみの歌には、こんなにも上手かったのかと驚く。娘も「この世代で郷ひろみだけは異次元」と絶賛するのだ。
それにしても「ざんげの値打ちもない」から、なかにし礼の「石狩挽歌」と続けて聴いて、こんな凄い2曲をもらった北原ミレイとはなんと果報者なんだろうと感じる。ほとんど文化財だものな、この2曲は。
まだ人間だった頃の高橋真梨子の「ジョニーへの伝言」も絶品。とんでもない表現力に改めて驚く。
こうして阿久悠をきっかけに昭和歌謡を聴いていると、やっぱりしみじみといいのだ。高校生の娘も昭和歌謡が大好きで、阿久悠や筒美京平、松本隆などの作品はよく聴いている。やっぱり時代が昭和歌謡を求めているのかもしれないなあ。
2021.12.08
おっさんが3人集まると話すことはもう決まっている。病気ネタだ。
今日もそうだった。
3人の中の一人が「こないだ脳出血で入院した」と言い出したものだから、場は騒然。「顔面の違和感が」「救急車で」「コロナが落ち着いてたからよかった」「たらい回し」「5件目」「ためらっちゃダメ」と話はどんどん盛り上がり、「血圧が」「塩分が」「太っちゃって」「禁煙」「胡麻茶」などと広がっていく。
そのうち話は教育関係に展開し「私立が」「受験が」「塾が」「年間100万」と、全員が頭を抱えてしまう。
そして1人が「別れたヨメが」と言い出して「養育費が」「月10万」「ひえー」「娘を使って増額の打診が」と話はますます混迷する。
まったくおっさんの人生は大変だ。いくつになっても、今が踏ん張りどころである。踏ん張らなくても済むようになった頃には、世の中から粗大ごみ扱いだしなあ。
ちなみに脳出血で入院したおっさんは幸い異常を感じてから1時間でドクターに診てもらえたおかげで2週間の入院で済み、後遺症もほとんどないとのことで、まずはよかった。「顔に違和感を覚えて救急車を呼んだけど、疲れているせいだから早く寝ようと思ったのも事実で、あのまま寝てたらきっと死んでた」という言葉には説得力がある。
救急車を呼ぶのに、ためらっちゃいけないということだ。
2021.12.07
今月に入ってからを振り返ると、オンラインでのインタビューが3日、対面でのそれが3日。今もって半分以上がオンラインだ。
コロナの沈静ぶりを鑑みるともはや感染対策のリモートワークというより、リモートでできることはリモートでいいじゃんという、いいじゃんリモートにシフトしてきたことがわかる。
今日インタビューした相手もそうだった。撮影もあったので対面でのインタビューだったのだが、話を聞いたら、経営層だというのに出社日は一人は月に一度、もう一人は週に一度とのことだ。経営層にしてこれだから、いいじゃんリモートは完全に定着したのだろう。
その一人は「いやあコロナで太っちゃって」と、スーツとシャツがぱんぱん。今はそういう人が多いのだろう。久しぶりに着たらスーツが苦しくなっていて、でも月に一度も着ないのだからこのままでいいか、という人が。コロナが終われば体もすぐ元に戻るだろうし。
ところがリモートは戻らない気配だから、体型も戻らないに違いない。
そしてオレはというと、対面の仕事がたいへんに疲れるようになった。歩いて駅に行って電車に乗って歩いて会社に行って受付で呼び出してもらって挨拶して名刺を交換して話をして場を盛り上げて終わったら挨拶して会社を出て電車に乗って歩いて家に帰って着替えて机に向かってさあ仕事、という具合にはとても気持ちが向いていかないのである。困ったもんだ。
やっぱりリモートは楽でいいなあ。
仕事の生産性が一気に変わったということはよく耳にする。移動がないから時間のロスがない。デジタルコミュニケーションなので管理はシンプルかつ完璧。ミーティングも無駄話なくカチッと終わる。非常に効率的で生産性が高い。極端な話、5分単位でのタスク管理だってできちゃうのである。
オレの場合はリモートでのインタビューが終わってちょっと時間が空いたらそのまま机に足を投げ出して昼寝だ。これも立派なタスク管理。昼寝は実に気持ちいい。
話していないときはマイクをミュートにするなど、リモートならではのお作法も浸透してきたし私服でも全然OK。「思いを一つにする」とか「志を共有する」といった極めてメンタルな目的以外は、リモートでまったく問題はないのだ。
だからオレもリモートでいいではないかと思うのだが、やっぱり行ったこともない会社のことをリモートの話だけで書くのはどうもなあという気持ちもある。大手町のタワーの上階にある会社と、巣鴨の駅裏雑居ビルにある会社では空気だってまったく違うはずだし、その空気を吸ってから原稿は書かれなくてはならないと思う。
思うのだが、駅まで歩いていって電車に乗ってという行為が不要になるだけでもリモートは大変に魅力的な働き方で、そう考えればリモートと対面が半々という今の状況は、なかなかバランスの取れた状態だと思うのだ。
などとオレは身の回りの些末なことについて、小さな針がさも棒の大きさであるかのように無駄な文字数で書きなぐっているわけだが、駅までの歩きや電車がどうしたなんていう距離感ではなくて世界に目を向けてみれば、北京五輪の政治的ボイコットを宣言したアメリカに対して大恥をかかされた中国が対抗措置をとったるからな覚悟しとけよと激おこぷんぷん丸であるかと思えば、アメリカは返す刀で今度はロシアに向けてウクライナに手を出すんじゃねえ、経済制裁するぞとバッサリだ。
ロシアは金もなければコロナで国内の人間がバタバタ死んでいる状況で、ウクライナなんかにちょっかい出している場合じゃないと思うのだがなあ。
そんなわけでアメリカ、中国、ロシアという3大国のいがみ合いが急に加速したのが今日という一日。どうやって落とし所をつけるんだよ、これ。
特に頭の痛いのが北京オリンピックボイコット騒動で、イギリス、オーストラリアはアメリカに追随するようだが、ヤクザな中国に胸ぐらつかまれるのが怖い日本はオロオロするばかり。アメリカからボイコットしろと言われましたかと記者に問われた政府が「それについては答えられません」と、なんだ、やっぱり言われてるんじゃんと丸わかりな対応をしたのには笑った。
ついでに恒大集団がついにデフォルトという日経のニュース速報が飛び込んできて、中国はオリンピックどころじゃねえだろ、おい。外にアメリカ、内に恒大集団。どう始末をつけるのか、なかなか興味深いところである。
というこの日記をオレは大手町の立派なビルのカフェに座って書いている。時刻は午前8時前。しかし店内は早朝から出勤してきたビジネスマンで7割ほど埋まっており、多くが自己啓発の英会話テキストを開いたりパソコンで仕事をしたり、日経新聞を読みながら中国のデフォルトに眉をひそめたりしている。
みんな仕事熱心だ。リモートワークは一体どうしたというのだ。
もちろん冷静に観察すればおそらくこれで大手町の人出は半分以下。密集度ではまったく話にならないほどの人間なのだろう。これぐらいの密度だと、とても楽なのは確かだ。いずれオフィスの転出も続き、次第にこれが常態化していくに違いない。
2021.12.06
先日オミクロンについて、実はものすごくやばいウイルスだとわかったから政府も大慌てで鎖国に踏み切ったのではないかという陰謀論を展開したが、実は誰も死んでもなくて、重症者もいないということが明らかになってきて、オレの威厳は空前の灯火。
いや待て、オミクロンに感染すると誰でも必ず死ぬのだぞ。何十年か後には。
そう力説するも、そりゃあ寿命ですがな、誰だっていつかは死にますがな、と笑われておしまい。まったくオレの権威をどうしてくれるんだ、オミクロンは。
まりはこいつこそほんとにただの風邪だったわけだ。人騒がせな。
まあ、それはよい。今日ここでオレが問題にしたいのは、気になる言葉シリーズの第二弾である。先日は「近しい」問題を取り上げた。多くの若いビジネスマンがオレの指摘にイラッとしただろう。ふふん、
若いな。「近しい」なんて口走っている姿を、実は影で笑われていたと知って自我が崩壊しそうになっただろう。なんというこんにゃくメンタル。
今日はその豆腐のようなハートにさらに刃を刺してあげよう。テーマは「関係性」問題だ。出たよ、関係性。最近のはびこり方は目に余る。
「菅田将暉と小松菜奈は怪しい関係性だと思っていた」
おい、そこは関係でいいだろう、関係で。どうして性をつけるのだ。
お答えしましょう。「性」を付け足すことで、あ〜ら不思議、ちょっとアカデミックで大人の言葉使いに聞こえるからです。
「女はここへ並べ、ちゃんと並べって。こら」というとなんとなく奴隷市場みたいな響きがするけれど「女性はこちらに並んでください。整然とお願いしますね」となるとちゃんとワクチンの行列に聞こえるではないか。
だから若いビジネスマンほど、関係性という言葉を使いたがる。品格があり賢そうに思われると考えているからだ。
「A案とB案の関係性についてですが、そこに特に関係性はなくて、それぞれが独自の案という関係性なんでございます」などと口走られると、本人は難しいことを言ったつもりかもしれないが、聞いている方はタコミが墨を噴いたぐらいにした思っていないのである。
ちなみにイカスミスパゲティはあるのになぜタコスミスパゲティがないかというと、タコのスミはごく少量しか取れなくてコストがバカ高だからである。
そんなわけで関係性という言葉を使ってもちっとも賢そうには見えず、単に人をイラッとさせるだけなので若いビジネスマンは気をつけたほうがいい。
なお前回予告した「ところ」問題については鋭意分析中につき、後日また改めて、というところである。
2021.12.05
J2最終節、アルビレックス新潟の相変わらずのポゼショナルという名前の各駅停車サッカーにあくびをかみ殺し、その後のお別れセレモニーなどを眺めていたら、なにやらネットが騒がしい。
何事かと思ったら、熊本が大騒ぎになっているのだった。
今日はJ2とJ3の入れ替えが決まる。J2は相模原の降格が決定的(前節の最後のドフリーを外したのは歴史的QBKだった)。J3は宮崎、岩手、熊本3チームの中の2チームもしくは1チームの昇格が決まる。
とてもややこしいので細かな説明は避けるが、宮崎が2位以内に入ってもJ2資格を満たしていないため昇格はできないので、相模原は降格決定なのに降格せずに済むという奇怪なことになるのだ。岩手と熊本が勝てば相模原は降格。
その熊本のゲームが大変なことになっているというのだ。
アルビレックスのセレモニーが終わったのを見届けて、熊本にDAZNを切り替える。カードは熊本−岐阜だ。
知らない選手ばかりだと思ったら熊本のキーパーはエスナイデル時代のJEFにいた佐藤じゃないか。エスナイデルの頭のおかしいハイラインサッカーの一番の犠牲者だった(JEFサポは、あれはアメリカの陰謀だったという説を信じているそうである)。佐藤にはちゃんと活躍の舞台があり、しかもJ2復帰でよかったなあ。
岐阜のキーパーはなんと桐畑ではないか。柏で14年以上も控え一筋だったキーパーだ。かつてトップリーグで活躍していた選手たちがこうして大好きなサッカーのために地方クラブで頑張っている姿を見ると、ちょっと熱くなる。
ちょっと待て、岐阜といえば柏木じゃないか。こんなビッグマッチのためにこそ柏木がいるんじゃないのか。と思って目を凝らしても柏木は見つからず、ようやくピッチをふらふらと漂って時々カメラを見切る選手が柏木だと気がついた。全然ゲームに入れてないではないか。何やってんだ。
まあ、柏木はどうでもいい。ネットの騒ぎの原因は、これだ。実況だ。
J3なんて見たことない人がほんどだと思うので念のために紹介するが、J3の中継は解説がいない。実況アナウンサーが1人で放送している。
ゲームの流れはもちろんのこと、見所や選手の紹介、ルールの解説、監督の戦術、レフェリーの判定、ちょっと気になる小ネタなど、すべてを1人でしゃべり尽くさなくてはならない。これは大変なプレッシャーで、相当にJ3チームに精通していなければ不可能だ。要するにマニアックすぎるほどマニアックな仕事なのである。
そして1人でしゃべりまくっているために次第にテンションが上がっていくのもJ3中継アナの特徴なのだ。
今日の熊本もそうだった。どうやら地元在住のアナウンサーが実況を担当していて、しかも熊本大好きなサポーターでもあるらしく、露骨なえこひいき中継だ。もちろん面白ければそれでいいのである。
ゲームは優勝のかかった好ゲームで60分まで0-0。そして60分を過ぎて、閃光一閃、目の覚めるような熊本のミドルシュートが決まった。このシュートがびっくりするほどすごくて、逆回転しながら途中でグイーンと浮き上がる弾道だった。一生に一度、打てるかどうかというシュートだと思う。オレと息子は思わず吠えてしまった。
1-0。このシュートに実況アナはテンションマックスとなり、なんと号泣しながら絶叫中継になってしまったのだ。「どうだ!見たかこの足!」などど涙でぐちゃぐちゃになりながらの中継で、公正な放送やバランス感覚くそ食らえ、思い切り熊本寄りの絶叫になってしまったのである。
「泣いてる」「泣いてる」「泣きながら実況してる」とネットは大騒ぎ。その熱さに大喝采だ。いいのだ、面白ければ。
熊本にはターレスという選手がいて、これがなかなかの掘り出し物。ブラジルからやって来て高校を日本で過ごし、今年、高校卒業のルーキー。ブラジルから来たときに年度の違いなどが影響したのか、ルーキーなのに20歳ということだが、これが荒削りながらとにかくスピードがあって面白い選手なのだ。
高校という多感な年代に親元を離れて日本にやって来て、そしてJ3でプロになったから根性も座ってるだろう。
絶叫アナはこのターレスが大好きらしくて、ターレスがスプリントするたび「風のようにターレス!」「風のようにターレス!」と叫ぶのである。ほとんど単なるファン。
でもこのフレーズはなかなかの名フレーズで、オリンピックのあの「真夏の大冒険」に近いインパクトをもたらし、ネットはさらに大騒ぎ。「風のようにターレス!」「風のようなターレス!」「風の谷のターレス!」と凄まじい盛り上がりだ。
そんな渦中にたまたまやってきた人たちは「えっ、カゼーニョ・ターレスって名前なの?」とボケをかます混乱ぶりだ。
そうか、スポーツを巡る名フレーズはこうして生まれるのか、オレたちは「真夏の大冒険」や「栄光の架け橋」と同じ歴史的瞬間に立ち会えたのかもしれないと、息子としっかりうなずき合ったのである。
ターレスに対しては、絶叫アナからは「ラン・ウィズ・ザ・ボール!」というわけのわからないフレーズも飛び出した。何かの必殺技のような響きであるが、単なるドリブルである。
ターレスがドリブルを始めたら突然アナが「ラン・ウィズ・ザ・ボール!」と絶叫し、ネットは「ラン・ウィズ・ザ・ボール!」「ラン・ウィズ・ザ・ボール!」「ただのドリブルやんけ!」「面白すぎる!」「腹いてえ!」ともはやパニック寸前の大騒ぎとなったのだ。
結局ゲームはこのターレスの活躍で2-0と熊本が勝ち、J2昇格を優勝で決める。よかったなあ、熊本。前回のJ2時代はトップを走っていたこともあったのに熊本地震の被害でチーム状況がおかしくなってしまい降格。そこから雌伏の時を経てようやく復活したのだ。それをずっと見てきた地元のアナとしては、そりゃあ我を忘れて絶叫もするだろう。歴史に残る名実況だった。
このゲーム、熊本には1万1000人を超える観客が詰めかけ、大変な盛り上がりとなった。そうか、熊本はこんなにも熱かったのか。来年の対戦が楽しみである。
あまりに面白かったので、オレは60分からの熊本のゲームを2回も繰り返してみてしまった。風のようにターレス! このフレーズが飛び出すたびに、だははは、走れターレスと拍手。ネットのJリーグファンも一気にターレスのファンとなって、絶叫アナは熊本とターレスの人気急上昇に一役買ったのである。興味のある方はぜひ60分からの熊本のゲームをどうぞ。
このアナウンサーはフリーとのことなので、今後も続けて欲しいものである。
さて、そんなに熱い熊本のゲームに比べて、のどかでほんわかしていたのが冒頭に戻ってアルビレックスのゲーム。対する町田はとてもよく戦術の落とし込まれたコレクティブないいチームで、チョンテセという飛び道具も備えている。
こちらは相変わらずプレスに弱く、パスも足もとめがけてゆるーく転がっていくだけ。プッチのこのサッカーをやるには、やはり相当の技術を持った選手でなければ無理で、来季のFC東京のサッカーが少し楽しみである。ちょっと上から目線で見てみよう。
このゲームではあの田中達也が引退となった。キャプテンマークを巻いて先発した達也は前半23分で交替。その時、相手の町田の選手たちも全員集まって達也を送り出す花道を作ってくれた。その中を田中達也、泣きながらの退場である。ゲームをストップさせてのこのパフォーマンスはなかなか感動的だった。
そして達也に代わって投入されたのが19歳の三戸で、達也の後継者はオレだという強烈なメッセージを放っての登場となった。だがゲームが面白かったのはここまで。あとは退屈な各駅停車サッカーが最終戦まで続いてしまったという事実だけが残った。
まあ、今日の最終戦は田中達也をはじめ、ロメロ・フランクなどの出て行く選手、そしてプッチ監督の見納め興業。勝ち負けはどうでもいいわ。
ゲーム後のセレモニーでは契約満了選手たちがマイクで挨拶。ゴンサロ・ゴンザレスの涙混じりの挨拶、ロメロ・フランクの涙混じりの挨拶には感動し、大本の達也ネタを交えての涙声の挨拶はずるいわ、涙腺が緩む。
ゴンサロ・ゴンザレルス、略称ゴンゴンの、たった1人の外国人選手としての苦労や不安も、新潟の人たちが優しく支えてくれたことで乗り越えられた、ウルグアイに帰ってしまったらもう日本は遠すぎて来られないが、新潟で過ごしたことへの感謝は絶対に忘れないとのメッセージには、胸が熱くなった。
さらばゴンゴン、オレはその誠実な人柄が大好きだったよ。どこにいても、ずっと元気でいてくれ。
2021.12.04
今日は土曜日だというのにインタビュー仕事が入っていた。フリーは仕事のあるときが働く日。曜日は関係ないのだ。
アポは1時だった。だが直前に変更になる。「10時からに変えてもらえませんかね」。
もちろん何の問題もない。フリーにとっては指定された時間が始業時間なのだ。
先方に伺い、そして「もしや」と思って聞いてみる。サッカーすか?
「あ、そうなんですよ、それで時間を変えてもらったんです、すいません」。
ビンゴであった。
もちろんオレもまったく問題ない。むしろありがたい。だって時間を変えてもらったからキックオフまでに家に帰れるもんね。
で、どちらのサポで?
「湘南です」
ああ、しょうなんですか。
さりげなくギャグを咬ませつつ、こちらは新潟サポであることを明かし、そして仕事はほったらかしてしばしJリーグ談義だ。フリーは、仕事が始まってしまえばこっちのものなのだ。
湘南ですかあ、崖っぷちですねえ、うししし。
「しょうなんです。しかも今日は谷君が出られないんです。とほほ」
そうか、谷はガンバからのレンタル。今日は相手がガンバだもんなあ。代わりのキーパーはというと聞いたこともないヤツで、しかも今シーズン初出場。負ければ降格かもというギリギリで迎えた最終戦で、相手が腐ったとはいえガンバであるから、キーパー君にはご同情申し上げる。
湘南といえば、新潟から移籍していった大野和成はお役に立ってますか。
「大野ですかあ、最近はダメですねえ」
ひゃー、役立たずですんません。まあチームキャプテンのくせにJ2に降格したらとっとと逃げ出したようなヤツです。後ろ足で砂をかけられた立場としては、ヤツには二度と新潟の土地は踏ませたくないので、どうかそちらで飼い殺しにしてください。
先方は「明日は相模原も観に行こうかと思ってるんすわ」というので、先週のゲームでのラストプレー、絵に描いたようなドフリーを柳澤を上回るQBKで外してしまったシーンを振り返る。相手の傷に塩を塗り込むのだ。
相模原もあのドフリーの一発さえ決めていれば、最終戦は穏やかに迎えられたのに、まったく罪作りなQBK。腹を抱えて笑ったわ。
というわけでオレも難なくキックオフに間に合って帰ることができ、息子と一緒に家でJ1最終戦を見る。降格候補は3チーム。同時キックオフ。チャンネルを変えながら3つのゲームを大騒ぎしながら見るのだ。ついでに川崎-横浜の得点王争いも片目に入れるのだ。
その中でもファーストチョイスは湘南ではなくて、徳島だ。徳島は湘南よりヤバい。絶対に勝たなくては降格してしまう。だから徳島が先制点を取ってしまえば、引き分けでいいと決めつけていた湘南も泡を食って大騒ぎになるだろう。
そんな状態でロスタイムにもつれ込んだりしたら、こりゃたまらんわ。
案の定、徳島は「絶対に先制点を取るんじゃ」と開始直後からバカ走りで広島に襲いかかる。スタンドはカネがうるさい。そうなのである、徳島の応援席では阿波踊りのカネがいつも鳴り響き、この勘違いぶりが他のサポーターに笑われ、バカにされている。まさしく踊るアホ。
Jリーグで一番嫌われているのが先日オレがディスった松本サポだが、二番目に嫌われているのがこの徳島サポなのである。
そんなアホのカネに乗って調子づいて攻め立てる徳島であったが、開始10分であっけなく広島に先制される。それどころか前半で3点も取られ、0-3とあっさりと敗戦決定。つまり降格決定。前半で0-3を徳島がひっくり返せるわけがない。
おかげで湘南も清水も降格のピンチに踏みとどまることができ、あとは負けることだけはないように後半は守備に専念してゲームを塩漬けにすればよい。
ロスタイムに3つのゲームを見ながらヒリヒリハラハラする楽しみが、徳島のアホのせいであっさり奪われてしまったのだ。どうしてくれるのだ、徳島。
あんなに楽しみにしていたというのにあっさりと退屈な展開になってしまい、息子なんてDAZN見ながら「つまんねえ」と言って寝てしまったではないか。
まったくとことんダメチームだ、徳島は。オレたちとしては徳島にJ2に降格されては困るのだ。徳島なんて簡単にいけないではないか。できれば湘南に降格してもらった方が、平塚のスタジアムまで観に行ける。
そう言ったら先方はイヤーな顔をしていたが。
もちろんそれだけが徳島降格で困る理由ではない。一番の理由はJリーグで二番目に嫌われているサポどもが、カネをうるさく鳴らしながらスタジアムにやってくることだ。
先日、湘南の選手の黙祷セレモニーを、浦和が自分たちのサポの民度がばれることを恐れて行わなかったと書いた。これはバカにしつつ書いたのだが、実は正解でもあった。というのも湘南の黙祷セレモニーでは、対戦相手だった徳島のサポーターが「バイバイ、湘南、ありがとう」と沈黙の中で絶叫し、それがDAZNでバッチリ流れてしまって大問題になったのである。
スタジアムでは声を出すことが禁じられているのはもちろんのこと、亡くなった現役選手への追悼の時間に、それを冒涜するようなとんでもない絶叫だったからだ。
この件は大騒ぎとなり、結局徳島はチームとして発言者を特定。スタジアムへの出禁の処分を下した。
だがこんな処分の実効性は誰も信じていない。そもそもこのチームは今年に限っただけでも4回もサポーターの不祥事に対してチームとして謝罪しているのだ。そのつど「再発防止に努め」と頭を下げているものの、再発防止どころか次から次へと不祥事が起きており、その無様さには誰もが呆れているのである。
元凶はゴール裏に陣取る黒Tと呼ばれる一団だ。黒T、つまり黒いTシャツでそろえた一団が傍若無人な振る舞いを続けていて、それをクラブがまったく制御できていない。そもそもユニフォームのレプリカを着ていない時点でゴール裏サポーターと認定するのがおかしい話なのだが、事態はずっと変わらず、何度も何度もクラブに謝罪コメントを発表させては知らんぷりである。
どうしてこんな集団をクラブは放っておくのだ。
誰もが思うそんな疑問に対して噂されているのが、黒Tにはポカリスエットがいるという説だ。つまり大スポンサーである大塚製薬の社員がいるから、どんなに目障りであろうとクラブとしては注意しづらく、その態度がさらに黒Tを増長させているというわけだ。
そんなこともあって見事に徳島サポはJリーグ嫌われサポの第二位となっている。できればからみたくないから、J2には降格して欲しくなかった。それなのに前半であっさり0-3ては、なんたる役立たず。
だからオレたちは昇格しておくべきだったんだよなあ。とほほ。
そういやDAZNがらみでは、浦和関連の面白いネタが今日あった。
浦和のゲームでハーフタイム、キーパーの西川が引き上げる際、浦和サポのスタンドを見ながら「黙らせてよ、あいつら」と関係者に訴える声がきっちりと拾われて放送されてしまったのである。
大声での応援禁止なのに浦和のバカサポたちがブーイングやヤジで大騒ぎを続けていることに、レッズの良心・西川が怒り心頭で口走ってしまったのだ。
これは完全に西川が正しい。だがTwitterで拡散中であり、浦和サポがどういう反応を見せるか、興味津々だ。あそこのサポも学習しないよなあ。
さて話は戻って結局今日の残留争いでは湘南はなんとかJ1に残ることを決め、来年もオレたちは平塚スタジアムに足を運ぶことはなくなった。それはいいのだが、件の湘南サポーターは「キジェさん帰ってこないかなあ、湘南サポは誰もがキジェさん悪いと思ってなくて帰って欲しいと思ってるんですよ」とオレに吐露してきた。
なるほど、サポーターというのは自チームのことになると世間がまったく見えなくなるのだなあ、いいえ、世間に負けたと昭和枯れすすきになるのだなあと思った次第。
2021.12.03
昨年まで睡眠中は2時間おきに目が覚めていた。
年をとるとだんだんトイレが近くなるもんだし、膀胱も固くなっちゃうからなあ。そう考えてオレは2時間ごとに目覚めるたびトイレにいき、そして4回目の目覚めが朝の起床となっていた。
4回目、つまりは8時間の睡眠時間だ。長い。けれどアインシュタインは毎日10時間寝ていたというし、オレもアインシュタインみたいなものだから8時間寝てもいいのだ。
そう自分に言い聞かせて、それでもたっぷり寝たにも関わらず日中もやたらと眠いのには並行した。
朝食後に、仕事机に足を投げ出してちょっとだけと言い訳しながら貪る惰眠の心地よさよ。昼寝というか朝寝だ。もちろん午後も眠いから、やっぱり机に足を投げ出して昼寝する。フリーランスでよかった。
まったくよく寝るなあと自分に呆れつつ、死んだオレのじいさんも午前、午後と毎日2回の昼寝をしていたし、年をとるということは昼寝をするということなのだと割り切っていたのである。
それでも息子に「いびきがうるさい。しかもよく止まる。医者にいけ」と言われて、かかりつけのナカムラ医院に持病の薬をもらいに行ったときに、ちょっと話してみた。ナカムラは「睡眠時無呼吸症候群だね、たぶん」と言って、検査キットを手配したのである。
数日後、宅急便で届いた検査キットを、説明書を読みながらオレは自分でセットして一晩眠り、そしてやっぱり宅急便で返送した。まったく面倒くさいことだ。
そして何日か後、ナカムラから直接電話がかかかってきた。
「タンゴさん、大変だよ」とナカムラは焦っていた。
「えらいことだよ、タンゴさん、やばいデータだよ、とにかく来てよ」
なんの検査であれ、医者が泡を食って患者の自宅まで直接電話してくるとは尋常ではない。後で聞いたところではそのナカムラも、検査機関が泡を食ってかけてきた電話に驚いてオレに電話をしてきたとのことだった。
とにかく来いというので、今日は無理と言いながら翌日、オレはナカムラのクリニックに行った。相変わらず待合室は老人で溢れ、オレは最年少か二番目。老人の半分以上は膝や腰が痛いので電気治療にやってきている。ここは内科に皮膚科に整形外科に眼科に、要するになんでもやる町の医者なのだ。
長い順番待ちの末にやっと診察室に入ったオレに向かってナカムラはデータを示しながら「見てこれ、1時間に72回も呼吸が止まっている」と宣告したのである。
1時間に72回? なんのことだ。
最初、オレはまったく意味がわからなかった。それではほとんど呼吸をしていないということではないか。
ナカムラは「しかも最長では1分半も息をしてない」と畳み掛けてくる。
ますますオレは無呼吸ではないか。そうか、だから睡眠時無呼吸症候群というのか。
しかし寝ている間、そんなに呼吸が止まっていたら、死んでしまうじゃないか。オレの疑念など先回りして読み取ったナカムラは「よく死ななかったね」と薄笑いだ。通りかかった看護師も「よく死ななかったですね」と追い打ちをかけてくる。
詳しくデータを見たら血中酸素濃度は、コロナで一躍有名になったエクモを装着する手前のレベルまで落ちていた。「よく死ななかったね」と単なるネタではなかったのだ。
ここに至ってオレの疑問は一気に解消する。
なんだ、息が苦しくてオレは2時間ごとに目が覚めていたのか。トイレが近いせいではなかった。寝ている間に息が止まって、く、苦しいともがいて目が覚めていたわけだ。
道理で8時間寝ても眠いわけだ。
確かによく死ななかったな。
「この血中酸素で死ななかったんだから、相当な生命力よ」と看護師のおばちゃんも評な感心をしていた。まあよい。
問題は治療法だ。オレの場合、舌が太いと耳鼻咽喉科で言われたことがある。要するに舌がデブ。寝ている間にこの舌が気道をふさいでしまい、息が止まってしまうのだ。だから治療っていっても舌をけずるか、痩せるのを待つかしかなく、要するに根本的な治療はできないということだ。
そこでナカムラが嬉しそうに取り出したのが、そうである、C-PAPだった。C-PAPと書いてシーパップと読む。睡眠時無呼吸症候群の治療用具だ。
簡単に言えば酸素マスクのように鼻を覆って強制的に空気を送り込む機械である。構造はシンプルだ。富士工業、オムロン、フィリップスが3強とのことで、ナカムラが取り出したのはフィリップス。きっとリベートが高いのだろう。
これを装着して寝ればたちどころに気道は確保され、いびきをかくこともなく、もちろん息が止まることもないとナカムラは言うのだ。ありがたいのは保険が利くことで、本人負担は5000円。ということは毎月1万5000円を、このしょぼい機械が稼ぎ出してくれるということか。そりゃメーカーにとってはおいしい話だわな。
医者にとっても。メーカーと医者が結託して患者を奪い合い、C-PAP漬けにしてしまえという話が秘密裏に進んでいたということなのだろう。たぶんオレのような潜在的な患者は膨大にいるだろうから、これは有望市場。メーカーのシェア争いも熾烈だ。なにしろ一度装着させてしまえば患者が生きている限り必須となり、しかも基本的に他社製品に乗り換える必要がない。
携帯電話の初期のように、いかに速くカバレッジを押さえてしまうかというマーケティングの教科書のような闘いが繰り広げられているのだ。C-PAP業界では。
約一週間後、そのフィリップスの営業マンが我が家に機械を持ってやって来た。オレに装着方法などを説明するためである。オレは自分ではこんな面倒なものを装着するつもりはまったくなく、家族にやらせるつもりだったので、ヨメと息子に同席を命じた。
フィリップスの営業は真面目なお兄ちゃんで、美味しい市場だよねーとか、市場争いはシビアでしょとか、夜中にこれを着けたままトイレに行ったら受験勉強のために起きていた娘がびっくりしちゃうんじゃないのとか、オレの繰り出すおちょくりをことごとく受け止めて真面目に切り替えしてくるのだった。
オレは早速その夜からC-PAPを装着して寝てみたのである。
そして仰天。あまりのことに腰を抜かした。なんと一度も目覚めることなく、朝を迎えたのである。じゅ、じゅ、熟睡だ。これだれよ、これ、これが熟睡だよ。
オレは熟睡というものを思い出したのである。C-PAP様のおかげで。
以来オレは毎晩C-PAPを装着している。夜中に目覚めても一度きり。睡眠時間の平均は6時ちょっとで、それでも昼に眠気を感じることはない。もちろんいびきも一切かかず、深夜の我が家は静かなもんだ。
こうしてオレは命の危機を脱し、我が家は平穏を取り戻したのである。
そして先日ナカムラに会ったら、ヤツは嬉しそうにこう言うのであった。「タンゴさんよりすごいのがきたよ、こないだ」。
うむむむ、どうしてお前はそんなに喜ぶのだ。フィリップスとの結託でまた売上が伸びるからなのか。
それはともかく、要するにそれだけ世の中には睡眠時無呼吸症候群が浸透しているというわけだ。気になる人は一度検査してもらったらいい。忘れていた熟睡の感覚を取り戻したときの喜びは最高だぞ。
熟睡は快楽、熟睡は天国、熟睡は昇天。いや、昇天も天国も困るのだが、一度取り戻した熟睡はもう二度と手放したくないと思うのだ。
2021.12.02
今年もついにこの季節がやってきた。
アルビレックス新潟、ロメロ・フランクと大本の契約満了、要するに今年限りで終わりということだ。
Jリーグでは選手の就職活動のことを考えて、契約満了の場合は11月いっぱいに通知しなくてはならない。それをいつ発表するかは本人次第。だから去年の田中達也のように「今年でクビになる選手だからという目で見られたくない」との理由でシーズン終了後まで発表を先延ばしにするケースもある(達也は結局再契約)。
このタイミングでロメロと大本が発表したということは、まだ次の行き先が決まってなく、どこかのチームに声をかけてもらいたいとの思いがあるからだろう。転職活動は早いほうがいい。
移籍の場合は相手があるからこうは限らず、1月末までなだれ込むこともある。その結果、チーム編成終了後に出ていって大いに迷惑をかけるようなヤツもいる。田中亜土夢とか。てめ、なめとんのか、亜土夢。もう帰ってくんな。
本間至恩や高木、谷口は移籍するだろうと思っているので覚悟しているが、ロメロはまったく予想していなかった。けっこうショックである。好きな選手だった。
ロメロのシーンで好きなベストスリーを発表しよう。
第三位は、相手は忘れてしまったけれど、ゲーム終了間際に決めた決勝点。島田が絶妙のループを上げて、谷口がさり気なく相手の邪魔をし、ロメロが突っ込んでシュートを放ったシーンである。こんな決め方はそれまでなかったから、アルビレックスもこういう攻撃ができるようになったんだと嬉しかった。
第二位は、去年2月。対群馬戦である。シーズン開幕戦にしてアルベルト監督のデビュー戦。そしてロメロにとっては出戻りで新潟に帰ってきて最初のゲームだった。
からっ風の吹く冷たいグラウンドでロメロは見事にチーム二点目となるゴールを決める。そしてそのままゴール裏のサポーターの前まで走っていて、胸を張って「どうだ、オレは帰ってきたぞ」と叫ぶように手を上げたのだった。
あのシーンはとてつもなくかっこよかったなあ。おかえりロメロ。待ってたぞ。そんな祝福に包まれて輝いて見えた。
そして第一位が今年9月の味スタ、ヴェルディ戦。
やはり二点目だ。
ボールを持って中央を駆け上がる高木と並走したロメロは、左サイドを全力で走りながら「ここへ出せ」というふうに斜め前方を指差し、注文通りにどんぴしゃのパスを送ってきた高木に応えてきれいなゴールを決めてみせたのだった。
その一連をスタジアム最前列に座ったオレと息子は目の前で目撃し、そして声出し禁止のルールを守って無言でおっしゃーと叫んだのである。あのシーンもとてつもなくかっこよくて、最高だったなあ。
ロメロ・フランクはとにかく体が強く、ポストプレーで抜群の存在感を発揮する。時間の作り方は見事で、頼もしかった。実際ロメロの出場したゲームの勝率はかなり高いはずである。
だがロメロは怪我持ちだった。欠場が多く、ロメロが欠場するとチームも勝てなくなる。稼働率はけっこう悪い。加えて90分走れないので、必ず途中交代となる。貴重な交代枠の一つがロメロで潰されてしまうのだ。
来年は35歳。こうしたことを考え合わせると、契約満了という判断もやむなしとなったのだろう。
コロナのせいでチームの収入は大きく落ちた。飲酒運転隠しという最悪の不祥事でスポンサーも逃げた。チームにはカネがない。
へたすれば赤字が続き、ライセンス剥奪という事態だってありえる。そうならないために人件費の抑制は避けられず、結果としてベテランから切っていくのもやむを得なかったわけだ。
それらを考えれば仕方ない選択だったとは思うが、しかし、大好きな選手が切られていくというのは、どうにもやりきれず、切ないのだ。
ロメロ・フランク。大好きだったなあ。きっと転職活動はうまくいき、今度はどかで敵として相まみえることになるだろう。たぶん恩返し弾を決められると思う。そのときは頭に血が上りつつも精一杯の拍手を送ろう。
勝ったゲームの後、アルビレックスのロッカールームではロメロの持ち込んだBOSEのプレーヤーから大音量のレゲエが流れて、何人かがクレージーな踊りを披露するのがお約束となっている。その中心にいるのがロメロだった。今度の日曜は今シーズン最終戦。オレンジのユニフォームに身を包んだ陽気なペルー野郎の姿は、これで見納めだ。
寂しい。実に寂しい。
「それでも空は青い」荻原浩・角川文庫。ここのところ本を手に取っては半分ぐらいでストップしたり、昔読んだ本を引っ張り出して読み返したりしている。どうも長い小説を新しく読み進める気力は薄れてきたようだ。年を食ったのかなあ。年を食ったのだろう。もう小説はそんなに読まなくてもいいような気がしている。音楽を聴かなくなったように。ということは別にして、荻原浩の小説集。相変わらずうまい。特に友人だった野球選手との思い出を語る「スピードキング」や亡くなったじいさんの思い出を語る「人生はパイナップル」の2作は、イヤになるぐらいうまい。抜群の切れ味である。こういう一人語り作品が、こんなにうまかったとは。それに対して「あなたによく似た機械」のようなどうしようもない作品もあって、落差にちょっと驚く。一人語りのうまさを見ると、ひょっとしてこの人は浅田次郎的な作風になっていくのかなーなんて思ったりもする。
「本の本」斎藤美奈子・ちくま文庫。斎藤美奈子ってのは頭がおかしいんじゃないのってぐらいの切れ味だ。本職は文芸評論家。これはあらゆる媒体に書いた書評をまとめた一冊で、文庫本で800ページ以上、3センチ4ミリという厚さにまず圧倒される。それ以上に圧倒されるのが中身の濃さ。これだけ幅広いジャンルの本をばっさばっさと切っていく様は、息をのむばかりだ。そんな彼女が頭が上がらないというのが故・米原万里。なんと1日7冊を読み続けていたというから、さすがの斎藤美奈子も脱帽だ。それはともかくこの分厚い一冊を読んでいると、あれもこれも読みたくなってくる。読みながらついアマゾンをクリックし、いやいや、考え直せとキャンセル。それでも何冊かは頼んでしまった。だってとても興味をそそられるように書いてあるんだもの。これだけで書評としては大成功だ。オレももっと本を読まなきゃなあ。今日インタビューした人も1年間200冊は読んでいると言ってたし、オレはまったく読んでないに等しくて、そのことを恥じ入る。
2021.12.01
先日関係者から聞いたことだが、これから海産物とくに帆立とイクラが爆上がりするらしい。特にイクラは来年あたり、2倍から3倍の値段になるのではないかということだった。
漁獲高が減っていることや原油高なども影響しているのだが、とにかく国内にモノがないのだという。
例えば国産の帆立はほとんどがアメリカに高値で買いあさられてしまっているそうだ。結果、わずかに残った帆立を、これまた高値で国内業者が買い争い、価格は爆上がりというわけだ。
例として聞いたのが帆立とイクラだったので、他の海産物がどうなるかはわからないが、きっとそれなりに上がるんじゃないかな。
オレは貝類をほとんど食べないので帆立が高くなっても関係ないし、イクラは大好きだけれどプリン体が怖いので魚卵はめったに手を出さない。だから帆立とイクラだけが値上がりしたところで関係はないのだが、他の海産物までが上がると鮨も気軽に食えなくなっちゃ腕はないか。←なっちゃうではないか、をATOKはこう変換した。
2021.11.30
本日は新富町だ。
昼飯時に新富町だと、メシはだいたい駅ナカのパン屋になる。改札を出てすぐなのでとても便利だ。
パン屋の場合、トレーとトングを持って好きなパンを選ぶわけだが、どれも全部旨そうに見えてしまって、つい買いすぎてしまう。ツナのサンドイッチにハムのパン。そして迷ったついでにあんドーナッツも買ってしまった。
案の定、食べきれずにドーナッツを残してしまう。
いかんなあ。わかっているけど、目が食べたがってしまう。
パンを前に反省するオレなのであった。
2021.11.29
それにしてもよくわからないのが、例のオミクロンである。
どうやら感染力はすごいらしい。「すれ違っただけで感染する」とか「隣の家にいるだけでうつる」とかいう話がある。ほんとかよ。
だが肝心なのは症状だ。これがどうも伝わってこない。テレビの報道でも、オミクロンに感染するとどうなるのか、ちっとも説明しない。
ネットを見ると、2、3日倦怠感が続き、体の節々が痛くなる、とだけしか書かれていない。それだけ? なんだ、風邪じゃん。
重要なのは重症化するのか、重症化するとどうなるのか、死亡率は高いのかどうなのかといったことなのに、それらがまったくわからない。うーむ。
それなのにあっと驚いたのが日本の対応の速さだ。なんと一気に鎖国だ。
すべての国からの入国をストップする。ビジネスもスポーツも文化も関係なし。人道的な例外を除いて、一切、外国人を入れないというわけで、さすがにこれには仰天した。岸田くん、やるねえ。ぱちぱちぱち。
いや、拍手している場合ではない。
優柔不断でよそから何か言われなきゃ何も決められない日本が、今回ばかりは異常に速い決断だ。しかも外国からブーイングされてもお構いなしである。過剰反応過ぎないか、これ。
ひょっとしてこれは、相当にヤバい情報をつかんでいるのではないかと勘ぐらざるを得ない。今完全に鎖国をしないと、非常に危険なことになるとか。だから政府も大慌てで入国禁止に踏み切ったとか。
一説によるとオミクロンはHIVなどの免疫不全に由来するウイルスという説がある。これが本当だとすると「すれ違っただけでエイズにかかってしまう」ということになってしまうのではないか。げげっ。こ、これはガチがでマズい。
初期症状こそ軽いが、一見治ったようにみえて、実はエイズにかかっちゃってるなんて、シャレにならん。
空気感染するエイズ。うわあ。
マジで感染する5秒前。広末涼子かよ。
いや、ふざけている場合ではない。
これで来期の外国人選手の補強もうまくいかず、どのチームも現在の戦力で戦わなくてはならないから、国内での引き抜きが激しくなるなあ。
いやいや、Jリーグの心配をしている場合でもない。
まさに政府のパニックに近いような鎖国策だ。いったい何が進行しているのだ。
こういうときはあれだ、事態の推移を見守りたいとまとめるのが無難だな。
2021.11.28
いやあ、Jリーグは最高だなあ。
今日はJ2最終戦の一つ前。一気に3チームの降格が決定的になった。
アルビレックスの試合を見ながら他のゲームもちらちらとチェックする。何しろ琉球-アルビレックスなんていうカードは、今や大勢に何の影響もないからな。わははは、どうしてこうなった。これも歴史的快挙。
昇格を決めた京都は千葉とのゲームで、荒れた荒れた。人格者のウタカが珍しくガチギレで千葉の選手に襲いかかり、それに呼応するようにベンチのイズマイラもぶち切れて大暴れだ。これはきっと千葉の選手がヘイト的な何かを口走ったのだろうな。
まあ、京都はいいや。面白かったのは降格のかかったチームのゲームだ。
松本は相模原とのゲーム。終了間際に相模原が1-0としたらロスタイムに松本が追いつくという驚異の展開。直後に相模原がキーパーの1対1をつくりだし、よし、相模原の残留が確定したと日本中が思った瞬間に壮大にゴールを外す。日本中がズコーだ。
これで松本も首の皮一枚残ったかと思ったら、直後、裏で行われていた金沢-山形のゲームで金沢がロスタイムに1点入れて、金沢が残留をほぼ決める。ということは松本の降格がほぼ決定。
金沢のこのゴールがとにかく素晴らしくて、味方陣営から1人で持ち込んだ選手が全力疾走で、キーパーとの1対1を見事に決める。けっこう難易度の高いゴールだった。1対1なのにフェイントも入れず、キーパーの頭上を狙ったゴールで、もし外れていたら非難殺到の大惨事。外せば金沢も降格が決まるという、しびれるようなゴールだった。
実はこれにJ3首位の宮崎の動きがからんできて降格条件は複雑怪奇極まることになっているのだが、あまりにややこしいのでここでは触れない(オレも何度も同じことを息子に質問して教えてもらっても理解できなかった)。
要するに金沢のロスタイムのこの1点で、松本、愛媛、北九州の3チームの降格がほぼ決定したと、大雑把にまとめればよい。
笑ってしまうのは、松本である。Jリーグ一の嫌われチーム、嫌われサポーターだから、J3降格が決まっても誰も同情せず、むしろ歓喜の声が湧き上がっている。「降格おめでとう!」「二度と帰って来んな」「もっと落ちろ」と、水に落ちた犬を叩くとはまさにこのことだ。
そんな松本のゲームを、途中、ちょっとのぞいたら飲水タイムで、そこで目にしたシーンにオレと息子は冷え切ってしまった。ピッチ脇でそれぞれ水を飲む選手がいて、その近くで名波が選手たちに指示を出しているのだが誰もその話を聞かず、決して目を合わせようともしないのである。ヘラヘラ薄ら笑いの選手もいる。完全に名波が輪の外。仲間はずれ。ハブられている!
このチームの本性が見えた瞬間で、実に寒い画面だった。
こんなところにも松本が嫌われている理由が表れている。降格が決定的となった今日、その名波監督に対して続投要請が行われたというのもなんだかとても松本らしい。
松本サポがなぜここまで嫌われたかというと、そりゃもう今までの散々な振る舞いにある。
・アウエーのスタンドで、ホームチームを揶揄する垂れ幕を平気で出す
・アウエーのスタジアムの周辺に平然と違法駐車して地元に迷惑をかけ、注意されると「金を落としにきてやってるんだ」と逆ギレする
・高速道路のサービスエリアで無許可で数百人の決起集会を開いたのは、もはや伝説
・J1昇格時、チョロいぜこのまま優勝するぜと、リスペクトも何もない無遠慮な発言を大声で繰り返した
・スタジアムが臭い
などなど、枚挙にいとまがない。スタジアムが臭いのは養鶏場が隣接しているためであって松本サポのせいではなく、お気の毒だが、まあこれだけ材料があれば嫌われて当然だ。
Jリーグの嫌われサポというと一般的には浦和レッズがイメージされる。確かにレッズサポもどうかと思う。
先日、湘南の若いブラジル人選手が突然死したことはちょっとした衝撃で、Jリーグの各クラブでは試合の前に黙祷を捧げた。その際、唯一、浦和レッズだけが黙祷を拒否した。
理由は、黙祷なんかしちゃうと静かになったスタジアムで絶対に浦和サポが「ひゃっはー!」と叫んじゃって、浦和の民度がますますばれてしまうから、それなら黙祷を断って叩かれた方がまだマシと、会社が判断したためと噂されている。
ただ言ってみればまあその程度であって、アウエーで地元に迷惑をかけるようなことはないし、ましてや高速道路で集会を開くようなこともない。あのサポーターはとにかく内向きで、例えばサポーターの上層部が他のサポーターに対してTシャツを売りつけて、それで生活しているような、そんなところが一番の問題なのだ。
それに対して嫌気のさしたサポーターが別のサポーター集団を結成し、それが面白くない別のサポーター集団と小競り合いを起こすような、そしてそんな雰囲気を嫌って若いライト層がスタジアムに足を運ばなくなっている点が深刻なのである。実際、コロナ前から既に浦和のチケットは売れ残るようになってたからね。
ただよそ様に迷惑をかけるという点では、松本サポが浦和サポのはるか上を行く。それに続くのが徳島サポだ。
そんな松本サポが、他のサポから「もう帰ってくんな」と笑われるのも、当然と言えば当然のことなのだ。
オレにとっても一度松本に行こうと思ってコロナで取りやめたことがあり、ゲームを見た後にアルビレックスの勝利に余韻に浸りながら旨いソバと日本酒を味わうチャンスを逃してしまったのが心残りだ。
もちろんオレたちも松本サポを笑っていられるわけではない。昇格を逃し、唯一の武器だった監督にも2年で逃げられ、来年は戦力の大幅ダウンが予想される。場合によっては先発メンバーの半数が入れ替わることすら、覚悟しなくてはならないだろう。よくてJ2中位、下手したら降格圏で残留争いに巻き込まれることもあり得るだろう。
まあ、よい。それも仕方ない。別にチームが消滅するわけでもなく、サッカーは続くのだから。
今はそんな来年のことだけを案ずるのではなく、松本を笑い、金沢の最高のゴールを褒め称えるだけだ。いやあ、Jリーグって本当に面白いなあ。
2021.11.27
「打ち合わせに備えて打ち合わせをしましょうって言われるんですよ、わけわかんないすよ」
客がそう言う。
今日は土曜日だがインタビュー仕事が入った。その現場で待ち合わせた彼が、休日出勤を強いられた愚痴と合わせて、そうぼやくのであった。
いや、まったくその通り。オレは深く共感する。
打ち合わせのための打ち合わせ。いかにも日本的なムダだと思う。
要するに、事前に打ち合わせしましたというアリバイづくりのためだ。打ち合わせはしましたからね、あとは知りませんからね。
オレも時々ある。明日の朝からインタビュー仕事だというのに、前日の夜になって資料が送られてきたり、打ち合わせをさせられたり。資料さえ送れば、打ち合わせさえすれば、おしまいということだろうか。こちらはそれから準備を始めなくてはならない。資料を読み込んだり、まとめたり。
社会人1年目だからもう40年も昔のことだが、そのポンコツ会社の上司にオレは「次の人のことを考えて仕事しろ」「後工程はすべてお客さまだと思え」と叩き込まれた。まったくろくでもないことしか教えてくれなかったポンコツ上司であったが、この教えだけはよい教えで、今になっても身に染みている。
打ち合わせをするなら、その後に相手が何をすることになるのか考えよ。資料を送るなら、その後に相手が資料を読み込まなくてはならないことを想像せよ。
打ち合わせに備えて打ち合わしようと言われた彼のうんざりした気持ちが、オレにはよくわかるのだった。
2021.11.26
息子が大学に出かけた後、電車が人身事故で止まったという報せがネットで入る。
息子にLINEしたらどうやら影響はなかったよう。既に渋谷まで行って井の頭線に乗り換えた頃に西武池袋線で事故が発生して、副都心線が止まったようだった。
となると問題はオレである。今日は銀座まで行かなくてはならない。有楽町線直通がストップしては困る。
幸いほどなく運転再開となったが、大混乱なのは当然のこと。Twitterを見ると、石神井公園から池袋まで1時間以上かかったとか、家を出て3時間たつのにまだ池袋に着かないとか、大変な混雑でしんどいとか、悲鳴であふれている。
急行が全部各駅停車になり、おかげで途中の駅で客を全部拾っていくから遅れに遅れが重なり、車内は大混雑というわけだ。地獄だな、こりゃ。
そこでクルマで平和台まで行くことにして、西武線に乗らない作戦を考えた。平和台は、安藤君が住んでいる。昼前なのでちょっと立ち寄ってお昼ご飯でもご馳走になろうかと思ったが急いでいるのでやめた。
この平和台作戦(平和大作戦と変換された)は無事に終了。何の問題もなくスムーズに銀座まで行けた。
問題は帰りである。
さすがに夕方になると朝の事故の影響はすっかり解消されて通常運転だ。従って普通なら真っ直ぐにそのまま帰れるというのに、平和台作戦のおかげでわざわざ遠くの駅までいって、さらに駐車料金を払って帰らなければならないという事態になってしまったのである。
仕方ない。自分で決めた結果だ。いや、もとはいえば西武線が悪い。西武に文句を言おう。
平和台駅近くの駐車場からクルマを出す頃にはすっかり暗くなっていて、空にはオレンジ色の残り陽。とても美しかった。
安藤君ちが近いので、せっかくだから晩ご飯をご馳走になろうかと思ったが、早く家に帰りたいのでやめた。
2021.11.25
この頃、犬の散歩が増えたなあと思ったら、聞いたところによるテレワークの人たちが日中に運動不足解消のために連れ歩いているのだという。昼休みの時間とか。
なるほど、道理だ。
我が家の前は格好の散歩コースらしくて、いつもいろんな犬が通る。犬嫌いのオレにしてみれば迷惑この上なく、どれも間抜けなツラをしたバカ犬にしか見えないのだが、飼い主にしてみればバカでも可愛いのだろう。
時々、おしっこをしそうになる犬がいるので、オレはじっと立って飼い主をにらんでやる。さすがに気まずいのか、犬を強引に引っ張って立ち去ってゆく。
「コロナ流行れば 犬がよろこぶ」。新しい犬棒かるたでもできそうだな。
そんなことを考えながら、オレは今日もリモートインタビューだ。楽ちんである。
運動不足なのは確かだが、犬を飼いたいなどとは1ミリも思わない。
2021.11.24
最近気になる言葉の一つが「近しい」である。
「菅田将暉と小松菜奈は近しい関係と思っていたところ、案の定であった」
ちょっと待て、それは要するに「親しい」でいいだろ?
そうである。「近い」と「親しい」がごっちゃになったような使い方をされるのが「近しい」なのだ。
もちろん「近しい」という日本語はちゃんと存在するので、この場合は誤用ではない。気持ちが悪いけれど、間違ってはいないのだ。
間違っているのは、例えばこれである。
「アルビレックス新潟のポゼショナルサッカーとバルサのそれは、近しいと言えなくもなくないかもしれない」
これの何が誤りかというと「近しい」とは人間どうしの関係に用いられる言葉だからだ。サッカーのスタイルは人間ではないので明らかな誤用である。
従ってこのようなメールをもらうと、とても気持ちが悪くてイライラする。
「A案とB案は近しいのでどちらでもいけるのではないかと考えております」
案は案であって人間ではない。いや、そもそも「近しい」の誤用かどうかというよりも、単に「近いので」と書けば済む。わざわざ「近しい」と書くのは、察するにそれが何となく格調高い響きに聞こえるからだろう。
だから「近しい」と書くのは若いサーラリーマンに多いような気がする。ビジネスなのでちゃんとした言葉遣いをしなければという意識が走りすぎて、「近い」より「近しい」のほうが立派だと思ってしまうのではないか。
だからといって、私がわざわざ注意するようなことをしてはならない。なぜなら鬱陶しがられるからだ。
年長者が若い人間に対して知識と経験に基づく指導をすればどうしたって上から目線の偉そうな振る舞いと受け取られ、敬して遠ざけられればまだしも、しっしっと追っ払われるのが関の山である。
だから私は「近しい」を目にしても、ぐっと歯を食いしばってスルーする。
そして例の「ところ」問題にもぐっと耐え忍ぶのだ。
「ところ」問題とは、例えば「所沢で所ジョージが住むところを探していたところ、なかなか見つからなかったというところがありまして、それを問題にしようとしたところであります」というような場合の5番目の「ところ」のことである。
というわけで、この「ところ」問題についてはまた明日。
2021.11.23
今日は祝日、勤労感謝の日である。
だが仕事が入った。平日でも仕事がなければ休むし、仕事があれば祝日だって働く。それがフリーなのだ。好き勝手にやるからフリーなのだ。
門前仲町まで行ったので、帰りに月島の肉のたかさごに寄って名物の焼き豚を買おうと思ったら、なんと休みでやんの。勤労感謝の日に休むなんて困ったもんだ。
娘に、おいしいチャーシューを買って帰るからねと約束したのに、これではパパは嘘つきになっちゃうじゃないか。そこでごまかすために、お好み焼き屋に連れていった。
女子は粉物が大好きである。特にJKにとっては。
石神井公園で最近よくいくお好み焼き屋はなかなか旨くてリーズナブル。息子に運転をさせるから、オレも安心してしっかり飲めるのだった。
2021.11.22
ガソリンが高くなっている。オレの行きつけのスタンドも160円台の半ばだ。
オレはせいぜい月に一回給油するかどうかだからたいした影響はないが、車が必需品の地方や物流関係は悲鳴である。
だがもっと悲鳴なのが当のガソリンスタンドだ。
別にスタンドが値上げしたくて高くなったわけではないのに「たけーよ」と文句を言われる。言うほうだってスタンドのせいではないとわかっているのだが、とりあえず相手はスタンドしかいないから、文句はここに持ってくるしかない。
じゃあ安くなったときに「ありがとう」と言われるかというとそんなことはないから、スタンドは言われ損である。
そもそも車の開発も、いかにガソリンを使わないかという方向にある。低燃費だ、EVだ、いや水素だ。なるべくガソリンを使わないようにすることが正義で、ガソリンがたくさん売れるのは悪いことなのだ。
こんなふうに国中を上げて不要な物にしようとしているのは、他にはネクタイぐらいしか考えられないが、ネクタイとの大きな違いはガソリンスタンドはインフラであって、なくなっては困るということだ。
今ではガソリンスタンドが一つもない自治体があるという。限界集落ではガソリンを入れるためにえっちらおっちら、山を越えて隣町のスタンドまで出かけていかなくてはならない。ガソリンがゼロの社会を目指しているというのに、ガソリンスタンドはなくなっては困ると言われるのである。
数年前、近所のファミレスの跡地にガソリンスタンドが開業されようとしたが、周辺住民の反対で計画は頓挫した。反対の理由は、小学校が近いので車の出入りが危ないから。ファミレスだって車は出入りするのだがなあ。
生活に必須の施設であるのに迷惑施設扱いされて、業者はアホらしくて計画を取り下げた。今その敷地では物流センターの工事が行われている。おいおい、車の出入りは危なくはないのかよ。
我が家がこの地に引っ越してきて、これまでガソリンスタンドが3軒廃業した。そのたびに別の遠いスタンドを利用することになり、大変困惑している。近所に新しくスタンドが開業するのは大変にありがたい話なのだが、まったく住民エゴの最たるケースだ。
そんな具合に、なくては困るがあっても迷惑だ、なるべく使う量は減らしたいが値上げはするな、と全方位的に無茶を言われているのがガソリンスタンドだ。そりゃ廃業もしたくなるわな。
関係者に一度聞いたことがあるが、ガソリンを満タンにして、儲けは500円ほど。家族経営の平均的なガソリンスタンドの月の粗利は平均して100万円ほどだそうだ。ここから税金を払い、光熱費・通信費を払い、アルバイト代を払うと、手元に残るのはほんのわずかで、生活はギリギリだという。
オレのサラリーマン時代、部下にヨシザワくんという男がいた。ヨシザワ君は越谷に住んでいて、実家がガソリンスタンドを経営しており、「実家を継ぐことになったので辞めます」と言って退職していった。
その後どうしたかはわからないが、ガソリンスタンドの後を継ぐなんて一生安泰でうらやましいなあと思ったものだった。現実はそんなにうらやましいものではなかったということだったのね。
ガソリンスタンドは大切にしなきゃなあ。
2021.11.21
というわけで、群馬の前橋までアルビレックスのゲームを観に行った。監督の引き抜きうんぬんは別にして観戦を予定していたゲームで、図らずも生でアルベルト監督を拝む最後の機会となった。
既に昇格争いは終わっている。このゲームは何の意味もない、単なる田舎のサッカーゲームだ。車で行けばすぐだし、まあ、せっかくだから見に行くべかという程度の考えで息子と向かったのである。
別に勝っても負けても何の影響もないし。
だが残留争いをしているザスパクサツ群馬は、けっこうヤバい。これから新潟、磐田と連戦があって、最低でもこの連戦で勝ち点2を取らなくてはならない。絶対に負けられないのだ。
当然のことながら群馬は失点だけはしないという態度で中央をガチガチに固め、何のモチベーションもなくゲームに入った新潟はその守備を崩せず、結局0-0に終わるという塩試合。勝ち点1を取って残留にぐっと近づいた群馬は、とりあえずホッとした顔だ。
よいよい、それでよい。
前橋のスタジアムは練馬の我が家からひとっ走りの距離なので、近場に対戦相手があるのは助かる。どうか残留しておくれ。
まあ、そんな事情はあるにせよ、新潟の攻撃は相変わらず酷くて、まったく点が取れない。
この試合は、アルベルト監督の移籍が決まったということで、CF東京の連中も高みの見物をしていた。そのコメントを読むと「ひでえ攻撃陣」「ルキアンがいたらハットトリック」と、案の定、攻撃に関する酷さに言及するものばかり。
「この選手層で優勝争いをしていたとは、なんと優秀な監督だろう」と、アホなゲームが逆に絶賛される原因となる、めまいのするような展開となってしまった。
確かにヤツらの言うことはごもっともである。攻撃の形を作るところまでは行くものの、最後の詰めが何とも酷すぎる。これは選手の質の問題であって監督の能力とは関係なく、それに言えば強力なフォワードを加入させられなかったフロント強化部の責任だ。
今年の夏頃、磐田にこてんぱんに負けて、大宮にアホみたいなロスタイム弾を食らって引き分けになった頃からアルベルト監督は「経営規模が小さい」と新潟に対して愚痴を言うようになった。
そんなこと知っててチームを預かっただうし、今さら何を、と違和感を抱いたものだったが、きっとその頃にFC東京から打診があったのだろう。首都にあるビッグクラブで指揮を執るというのは、相当に魅力的なオファーだったはずだ。そりゃ喜んで引き抜かれて当然だ。
サッカーチームというのはよくバスに例えられて、いろんな乗客が乗っては降りていくけれど、それでも変わらずに目的地を目指してひたすら走って行くものだよと言われる。まさしくその通りで、アルベルトという運転手が交替しても我々が乗ったバスはこれからも変わらずに走って行くだけだ。
群馬のスタジアムは川辺に建ち、客席越しにきれいな紅葉が見える。典型的な競技場だ。
ゲームが終わってから、珍しいことにアルベルトはバックスタンドからゴール裏、メインスタンドとスタジアムを半周して、サポータに手を振った。ああ、これはやっぱり移籍が本当に決まったんだなと、その姿にオレたちは納得した。
そしてオレたちの座るメインスタンドにやってきたアルベルト監督は、なんと人前もはばからずに号泣していた。
その姿はちょっと驚きで、そしてオレたちはアルベルトに救われた気持ちになった。
いいよいいよ、オレたちのことは気にするな。東京のビッグクラブで成功を目指せ、アルベルト。新潟っていうのは、遙か昔から人が巣立っていく場所である。地元で育ち、学んだ後に出て行く若者たちを、温かく送り出すことに慣れている土地柄なのだ。
地元を出て行ったオレが言うのもヘンだが、これが地方貧乏クラブの、新潟というしょぼいクラブの立ち方だ。
「こんなレベルの」と言われる選手層ではなく、ビッグクラブの有名選手たちを操って、この戦術でしっかり結果を出せるかどうか、楽しみにしているぜ。
2021.11.20
オレはJリーグが好きだから(もちろんプレミアもリーガも好きだ)、三笘や伊東純也、古橋あたりが代表で活躍すると嬉しい。今でこそ海外でプレーしている彼らだが、Jリーグで汗をかいていた姿を知っているから、躍動する様には胸が熱くなる。
三笘のぬるぬるドリブルには歓声を上げ、伊東純也のスピードにはこちらも鼓動を速くする。古橋なんてスタートはJ3の岐阜だったし、神戸にいたときもただ速いだけの選手だったのに、イニエスタからたくさんのことを吸収したのだろう、こちらも抜群の攻撃力を身につけた。
そんな彼らが控えに回らされているだけに、結果を出せない代表の先発組にはどうしても目線が厳しくなる。
特に長友だ。
長友はイタリアで使われなくなってJリーグに戻ってきた今年、実にまったく本意ではないが戻ってきてやったぜという態度で「Jリーグはぬるい」というようなことを発言した。
だがすぐに、「ぬるい」のは長友自身だということが徐々に明らかになり、Jリーグサポの反発は冷笑に変わっていった。
長友は、「ぬるい」と上から指摘したJリーグのゲームで相手チームから狙われる弱点と化す。
闇雲に駆け上がるたびにチームのバランスを崩し、相手に裏を取られて失点する場面の連続に、まさに天に吐いた唾が自分の頭に降ってくるとはこういうことだよなと多くのサポーターが指を差して笑い、そして年齢を重ねるほど人間は謙虚であらねばならないということを学んだのである。
ベテランが大言壮語なんてするもんじゃないよ。ベテランになるほど頭を垂れ、若い者に学ぶ姿勢でなきゃダメなんだよ。
人としてのあり方、生き方を反面教師として教えてくれたというその一点にのみ、今の長友の存在価値はある。わははは。
サッカーって勉強になるなあ。
と、さんざん長友をディスってたら、長友の所属するFC東京に新潟のアルベルト監督を引き抜かれてしまったでござる。どうやら天から唾が降ってきたのはオレだったようだ。とほほ。
2021.11.19
紅白歌合戦の出従者が発表された日に、Jリーグ四大バカの1人、大久保嘉人が引退を発表した。大谷翔平がMVPを獲った日に発表するとは、さすがバカの1人である。
これでJリーグ四大バカの岩下と大久保が消え、残りの森脇はどうせ今シーズン限り、槇野は浦和をクビということになって世は平和である。槇野の行く先が気になるところではあるが。
なおJリーグ四大バカプラス1という説もあり、そのプラス1の柏木は岐阜の山の中でくすぶっていて、世は平和である。
確かアントラーズ戦だったと思うが、ゴール前に猛スピードで飛び込んできた坊主頭の小僧を見たときはびっくりした。セレッソの新人、大久保だった。これは期待の新人だなと思ったのだが、長じるにつれ、どんどん悪目立ちするようになった。もはやプレーの質がどうのという話ではなくて、この選手の人間性は最低ではないかと疑われるレベル。
案の定、トラブルばかりだった。
審判に向かって「カネもらってんだろ」と暴言吐いてイエロー。本田と乱闘寸前になって「お前何様だ」と言い放ち、激怒した本田はロッカールームに殴り込みをかけようとして関係者に羽交い締めにされた。宇佐美は流血させられている。
磐田時代にはミスをした若手にゲーム中ずっと叱責を浴びせ続けてメンタルを崩壊させ、東京時代には目の前にパスが来ても自分の希望した通りでなければ受けようともせずに知らんぷりだった。チームが負けても自分が点を取ればいいという態度だから当然嫌われ、ちょっと風向きが怪しくなると病気の奥さんの話を持ち出して空気を変えようとする。
スペイン時代にはベッカムと乱闘寸前になり、ロベルト・カルロスが止めに入るという、国辱ものの騒ぎもおこしている。
何よりもオレは対アルビレックス戦を前に「あんなチームに負けるわけがない」とメディアに放言したことを許さん。
オレはこいつと岩下が大嫌い。岩下の顔を見なくてすむようになってせいせいしたのに続き、これからは大久保の顔も見なくて済むかと思うと心底嬉しいわ。どうせ解説者とかの席を狙っているのだろうが、万が一にも画面にこいつの顔が映るようなことがあったらオレは即座に解約するからな、DAZN。
さて、岩下が消え、大久保が消え、レイシスト森脇がフェードアウト寸前の今、残るは槇野のバカだけである。槇野のバカは浦和をクビになって次の行き先が取り沙汰されているが、ヨメが槇野に輪をかけてバカなので、首都圏のチームしか行かないだろう。
噂では柏か大宮だ。大宮でJ3に降格するのも見物だが、たぶん見栄っ張りだからJ1の柏を選ぶだろう。どうせなら岐阜へ行って柏木とバカコンビを再結成して欲しかったのだがな。
まあいいや。とにかく今日はバカが1人消えるという朗報に接して、祝杯だ。
2021.11.18
あんまり役に立たないんだけど、わざわざやめるのも面倒だしなあと思ってほったらかしにしているものの一つがJAFだ。
自動車がトラブったときに駆けつけてくれたりする、おなじみのサービスである。昔は免許を取ったらほとんどの人が加入したと思ったが、損害保険各社のサービスが充実してきた今は、JAFでなければならない理由が薄れてしまって加入者も減っているのだろう。
会員証を兼ねているJAFのシールが実にかっこ悪いデザインで、あんなものをクルマに貼りたくないという人も相当するいるだろう。オレも絶対に貼りたくないから会員証はボックスの中である。それにあの組織はどうもうさんくさくて、けっこう金の流れが不透明なんじゃないかと疑っている。利権の巣窟みたいなものだ。
まあいいか、それは。
ともかくわざわざやめるのも面倒なのがJAF。その辺りを見越してのことだと思うが、今時、各種手続きはすべて電話である。ネットは受け付けてない。だから退会するなら電話で申し込むしかなく、それはそれで面倒だから、今度の更新日の前にでも思って、結局気がついたらそのまま自動更新されちゃったという繰り返しだ。
入っておけば気休めにはなるからムダとは言わない。オレも今まで2回助けてもらったことがあるし。
気休めという点では初詣に似ているし、初詣で引くおみくじみたいなものだと思っていいかもしれない。会費は年4000円。AmazonPrimeとほぼ一緒だ。決して安くないがそれを言ったらNHK受信料のほうがよっぽど高い。
そしてここからが本題。
そんなJAFからは毎月、会報誌が送られてくる。会報誌の割にはちゃんとしたつくりで、けっこうしっかり金と手間をかけて編集している。それなりに力のある会社がつくっているんだろう。
そしてこの会報誌の連載の一つが、名物コーナーの交通ドッキリ写真みたいなやつだ。よく見かける交差点の写真が掲載されていて、あなたは今ここを右折しようとしていますが何に気を付けるべきですかといったクイズが出題される。
写真をじっくり見て、えーと、横断歩道を渡ろうとしている子どもかななどと考えて別のページの答えのコーナーを見てみれば、正解はその先の脇道からちらっと見える自転車の車輪です、なんていう正解が出ている、そんなクイズだ。
注目はこの問題の写真である。
3ヵ月前は、オレんちの近くのファミマの前の道路が問題として出されていた。カナウチおじさんが住むマンションの前の道路の写真である。この写真を見たときは、あれえ、これはひょっとして、とちょって家族でざわついた。
そして先月は同じ道路の別の交差点が問題に取り上げられていた。写真にはしっかりと「三原台一丁目」という信号が映っている。あれれ、またかよ。この編集者、もしかして地元に暮らしているのか。
さらに今日届いた今月号を見たら、今度は石神井公園駅前商店街の、ラーメンたなかの前の道路が問題に取り上げられていた。カーブを曲がるときに気を付けるのはどこですかという問題である。
うーむ、どこかで見た光景だなと思ってGoogleマップを確認したら、やっぱりラーメンたなかの前の道路なのだ。
ここに至って疑惑は事実となって確定した。JAFの会報誌の編集者は石神井公園に住んでいて、地元でちゃちゃっと撮った写真を使っている。
これは大発見ではないか。早く知らせてやりたいものだが、誰に知らせていいのかわからないので、とりあえずここでレポートする次第である。
さて、来月はどこだろう。ますます楽しみになってきた。
もはやこの会報誌のこのクイズを見るためだけにJAFに入っているような気がしている。
2021.11.17
朝、目が覚めた布団の中でスマホを見て日本がオマーンに1-0で勝ったことを知る。午前0時キックオフなんていうゲーム、リアルタイムで観られるわけがないじゃんね。
サッカー関連サイトで試合展開を知り、DAZNのハイライトを見る。それも後半だけだ。
三苫が森保の戦術を1人で破壊するほどキレッキレで、伊東に古橋もさすが。中山も長友をはるかにしのぐ出来である。
先発には長友、大迫、南野と今や戦犯扱いの3人が相変わらず顔をそろえていた。案の定、前半は退屈な塩試合。真夜中の苦行かよ。
このうち長友と南野が交替してからゲームが動き、日本はなんとか勝ったわけだ。こうなってくると、前半は塩試合にして耐えて、後半一気に攻め立てるという戦術を森保は考えているのではないかと思えてくる。言うまでもなくこれは弱者の戦術。0-0上等の戦い方だ。
そこでふっと気がつく。もしかしてこの最終予選そのものを、森保は前半戦を塩漬けにする計画だったのではないかと。
うーむ、あり得るな。前半の闘いを塩にし、後半戦に三苫を投入することで対策されないようにする。三苫隠しだ。
とすると、次は前田大然とオナイウ阿遠が対策逃れの隠し球か。なんと分かりやすい、幼稚な戦術だろう。古橋にオマーンがついていけなかったように、前田にオーストラリアはがたがたにされるだろう。それはそれで楽しみだが、しかしベトナム、オマーンのアウエー2連戦に帯同させられて一度も使われなかったJリーグ得点王は、あまりに気の毒である。
森保の老人好きには困ったものだ。
おそらく森保は戦術をチームに落とし込むということができないのだろう。加えて陰キャゆえに、若い選手たちを動かす自信がないのだろう。
困った中間管理職だ。
「神の手」望月諒子・集英社文庫。最近気に入っている望月諒子のデビュー作である。これを含め、今ではほとんどの著作が新刊では手に入らず、大きい書店で探しても見つからない。なんということだ。ちょっと驚く。これもAmazonの古本屋で手に入れた。昔なら神保町を歩き回らなくてはならなかっただろうから、いい時代にはなったが。さてこのデビュー作、他の作品同様に実に濃密すぎる内容になっている。濃密すぎでわけが分からず、眠くなるほどだ。登場人物は極めて少ないのにわけがわからなくなるのは、内面の心象風景を描き出すことに多くの力が割かれているからなのかも。何度も言うがその濃密さには驚く。おかげで見通していた読破時間の3倍はかかってしまう。この作家の他の作品に共通することだが。
2021.11.16
土建屋の朝は早い。
現場が8時に始まるから、早朝から連中は移動する。従って7時台は土建屋の車のラッシュだ。
基本的にヤツらの運転は荒い。たいがいが驚くほど沸点が低い。よってすぐに車間距離を詰め、黄信号でも平気で突っ込んでくる。
ああ、めんどくせえ。特に所沢ナンバーの土建屋がめんどくせえよ。
などといいながら、今日も自室で過ごす。面倒な原稿もちゃちゃっと仕上げて、あとは呑気に鼻からちょうちんだ。要するに今週はヒマなのである。
11月はすげえ忙しくなる予定だったのに、キープしていた仕事がリスケになったりキャンセルになったり。キープのためにお断りした仕事はかなりの数になり、大金が逃げていった。それなのにキープしていた仕事まで逃げていったのだから、目も当てられない惨状である。
請負仕事の宿命とは言え、もうちょっとなんとかならないんスかねえと天を仰ぐ。
仕方ないので、というか時間つぶしを兼ねて、ブックオフに本を売りに行った。20冊ぐらいである。せいぜい500円ぐらいだろうとふんだらなんと2000円もくれた。ひゃー、ラッキー。
本日の売上2000円。まあ、ゼロよりはいいべ。
2021.11.15
オレは自分の文章をうまいと思ったことなど一度もないから、自分のことを棚に上げて言うのだが、音声ではなくてテキストのやりとりで進む仕事が多くなった今、日本語の下手すぎる人が多いことには心底閉口する。
一文の中に「〜なので〜なので」と「なので」が続いたり、主語と述語が生き別れしていたり。読むのが辛い。なんとか意図を理解しようとするのに時間を取られてしまう。
やっぱり文章教育って大事だよなあと思うのであった。
2021.11.14
地元にオープンしたサイゼリヤに行った。
以前はセブン―イレブンだった店である。セブンの中でも狭い方の店だったので、あればサイゼリヤになるなんて大丈夫かよと興味津々でのランチだった。
店内は思ったより広く感じる。けっこうな客席じゃん。それでいてこコンパクトさだから、十分に利益は上げられているのではないか。さすがのオペレーションである。
3人で行って、パスタにサラダにピザに肉料理にと、テーブル一杯に料理を並べる。それで会計は2500円。
夕べ、寿司屋で娘のためにつくってもらったお土産が2200円。
まったくもってサイゼリヤのコスパは脅威である。サイゼリヤ最強。けっこう旨いし。正直、そのへんのイタリアンなんかよりよっぽど旨いと思うよ。
平日はランチ500円だし、移動中の昼飯としてはこれ一択だ。
地元のサイゼリヤだが、昼飯時だというのに満席でなかったのは、どうせ狭い店だから行っても入れないよという心理が働いているのかもしれないなあ。
夜、ドラマ「日本沈没」を見る。今まで我慢してみてきたが、とうとう我慢しきれず途中で見るのをやめてしまった。
すべてが軽い。薄い。
関東が沈没するという未曾有の危機なのに、副首相が「経済が大事」と吠えまくるのが理解できないし、未来推進会議という若手官僚の会議が、誰が情報をリークしたんだなんていうことに血眼になっている。
おいおい、関東が沈没するという危機なのに。
皇居はどうするんだ、海外からの支援はどうなってるんだ、市ヶ谷の自衛隊は。
そんなことはほっといてマスコミにネタを横流しした犯人をあげようと大騒ぎしている。
映像のチープさ、適当さと相まってあまりに雑すぎる内容にとうとう耐えきれなかった。
お口に直しにとAmazonで「Fukushima50」を見る。3.11原発事故の現場を描いた力作だ。映画制作に際して東京電力はまったく協力しなかったという。わはは、そりゃそうだろうな。
「日本沈没」なんかと比べるのさえ申し訳ないクオリティで、改めて見入ってしまった。
2021.11.13
長い長いと思っていたJリーグも、もう4試合か。
予定では今頃はアルビレックスの昇格が決まって余裕をぶっこいていたはずなのに現状を見ると、ため息しか出ないわ。とほほほ。
それは選手や監督も同じで、どうしても仕事がやっつけになってしまう。なんだこの先発。なんだこの交代策。
あげくにコーニーナーキックからとPKからの2点しか取れないなんて、やっつけもいいところだなあ。
などとぶつぶつ言いながらもゲームを見て、ゴールが決まれば雄叫びだ。
それにしてもこの時期になると移籍の話が駆け巡っていて、試合に出ていない星とか大本とか中島とか、もう移籍決定なんだろうな。いやいや、試合に出ていても谷口とか藤原とか高とか鈴木とか田上とか至恩とか、移籍するんだろうなあ。高澤は移籍してもいいや。
あれ、すると来年は選手の半分以上が入れ替わってるじゃん。
いやいや、監督でさえも入れ替わっているんじゃないか。
まあ、それがサッカーチームというものよ。ひとときたりともじっとしてなく変化を続けるのがサッカーチームよ。
すべてはうたかたの幻。今シーズンも幻。いっそ磐田なんて霞になって消えてくれってもんだ。
そんなことを思いながら、夜は地元の安い寿司屋で軽く飲む。息子が運転するようになったので、オレも存分に飲めるのが嬉しい。
塾に行っている娘のためにお土産の寿司も握ってもらった。クリスマスが過ぎたら、我が家は春まで一切の生もの禁止令が発令される。野菜も含めて、一切の生ものが禁止なのだ。受験が終わるまでは。
2021.11.12
今日は仙台に日帰りである。
昼過ぎの新幹線に乗って仙台で一仕事して、夕方の新幹線で帰ってきて20時からはオンラインでミーティングだ。なんと効率的な。
というか、もうこういうことができる時代になったわけだ。
今までなら「明日、ミーティングしたいんですけど」といわれても、出張だから行けません、来週にして、ということになったと思うのだが、リモートなら出張は関係ない。なんだったら出張先でもリモートミーティングできるわけだし。
とても便利な時代になった。
東北新幹線は、大宮駅から乗る。大宮駅までは自分の車だ。行きも帰りもけっこうな渋滞だったが問題なく移動できた。
問題はあれだ、大宮駅周辺の駐車場だ。いつも使っていた駐車場が先日閉鎖されてマンション工事が始まった。けっこう広い駐車場だったので影響は大きいだろう。
そこで今回は以前から目を付けていた別の駐車場に停めた。
大宮駅周辺の駐車場は料金格差がびっくりするほど大きくて、駅徒歩5分圏内だと24時間1800円から2000円。それが徒歩10分まで広げると、なんと700円〜1000円と一気に下がる。
オレが今日停めたのは24時間700円。駅から12分くらい歩くけれど、駅周辺に比べたら3分の1近い安さなんだから、十分納得だ。10分歩くかどうかで1000円以上違うのだから時給に換算すれば6000円以上。貧乏人はこうしてセコく考えて行動するのだ。
いいお天気で寒くも暑くもないのだから、10分くらい歩くのはちょうどいい。むしろ駅前に停めた差額で帰りも高速を利用すればいい。なんと合理的な考え方だろう。
と思ったけど返りも20時までに着けばいいのだから、一般道を利用してとろとろ走る。
寒くも暑くもないと書いたけれど、それは関東の話であって、仙台は寒かった。
仙台駅は、新幹線の改札を出るとすぐ、ずんだ餅専門の喫茶店がある。そこでずんだ餅と冷茶のセットをいただく。仙台に来たときのお楽しみだ。
そして駅を出たら、風が吹いていて、寒いのなんの。念のためにと思ってブルゾンを持ってきてよかった。
帰りには、娘のリクエストで牛タンを買って帰る。どうせオージービーフ。それにしてもお土産の牛タンはびっくりするほど高くて腰を抜かした。舐めんじゃねえぞと頭に血が上って高いヤツを買ったのだが、箱を開けたら、これっぽっちかよと驚くほどの量しかなくて、思わず「ンモー」と吠えたのだった。
「腐葉土」望月諒子・集英社文庫。先日読んだ同じ作者の「蟻の棲む家」ずあまりに衝撃的だったので、続けて読む。いやあ、こちらもずっしり重い一冊だ。すげえ金持ちのばあさんが殺されたことが発端で物語は始まるのだが、途中何度か、このばあさんの生涯を振り返る記述が出てくる。関東大震災にはじまり、戦後の復興期を汚いことばかりやって生き抜いてきて財産を築いたばあさんだ。その生き方の記述が凄まじく、まさに圧倒される。なんという筆力の作家なのだと驚いた。全体に物語が複雑すぎ、登場人物が多すぎて、頭が混乱する。その瑕疵を圧倒する迫力で迫ってくる物語だ。この一冊をオレは池袋のジュンク堂で手に入れたのだが、ジュンク堂をもっていてもこの作家の本はたった2冊の在庫しかなかった。仕方なくAmazonを見れば絶版も多く、中古でしか手に入らない作品も多い。うーん、参ったなあ。もちろんKindleなら簡単なのだが。
2021.11.11
ベトナムっていうのは真面目で勤勉な国民性だから、昔の代表の試合でも、負けてても最後まで手を抜かずに汗をかくチームだった。その姿には好感が持てて、この国の代表はきっと強くなるだろうなあと思った。
ワールドカップ最終予選に進出したのは初めてのことで、きっととんでもない達成感のもとで試合をしているのだろうなあ。
という具合にこっちは上から目線で見ているのだが、現実のゲームはため息をつきたくなるほどの塩ゲーム。ベトナムにとっては日本相手に0-1なのだから大善戦で満足だろうが。
三苫、旗手を呼んでおいて使わずに、長友、大迫、南野を使い続け、あげくに柴崎も投入するという、なんなんだこの監督は。
ゲーム内容もベトナム相手にゆっくりボールを回してバックパスを連発し、その間に守備を整えたベトナム陣地へと呑気に攻め入っていく。あれ、この展開はデジャヴだぞと思ったら、まんまアルビレックスの上位互換じゃないか。
こんなゲーム、地上波で流さなくてよかったじゃん。
というわけでこちらはDAZN観戦。しかも内田と岩政の解説版のほう。
これがなかなか面白かった。ゲーム展開そっちのけで戦術解説。日本のセットプレーだというのにちょっと前のプレーを振り返って盛り上がる。仲間と酒を飲みながらサッカー談義している楽しさだった。
「前半で3-0でなきゃダメだな」と岩政が言えば、内田はしれっと「長友さんは外ばっかりだから」とディスる。
こういうことをちゃんというのが楽しいよ。地上波の松木にうんざりしていたオレたちにはぴったりだ。
その長友、今日はさすがに自重して上がらなかったな。先日もマリノス相手に0-8で負けたゲームで酷評されて、やっぱりヘコんだか。だが上がらない長友は猿の置物に過ぎないから、痛し痒し。上がっても上がらなくてもいわれてしまう長友はお気の毒だ。
終わってみれば伊東純也と富安だけのチームになってしまったと酷評されている。得失点差でプレーオフに回るという未来も現実的になってきたな。
でも富安はすごいよなあ。オレは酒井直樹を見たときに日本のサイドバックはこれから10年安泰だと思ったものだが、富安を見ているとセンターバックは10年は安泰だと思ってしまう。
あとは高校生のチェイス・アンリというセンターバックが次代の星だ。内田が「とんでもない化け物」と驚いたという規格外の選手で、ワールドカップ後には富安と並んで代表のセンターバックを務めているはずだ。これは楽しみだなあ。
なんていう話題で盛り上がるしかないほど、しょぼいベトナム戦だった。次はアウエーのオマーン戦か。午前1時キックオフじゃ、見られないな。頑張っておくれ。
2021.11.10
君津に行った。
ジェフ千葉のホームスタジアムが蘇我というところにあるのだが、そこからさらに40分くらい電車に揺られないとたどり着けないところだ。オレんちからだと、なんと2時間半。仙台に行く方がよほど速いわ。
君津なんて数十年前に行ったような行かないような記憶がある。要するにまったく知らない街ということだ。
駅前は荒涼としており、道を歩く人はなく、軽自動車とデイサービスのワンボックスカーばかりが行き交っている。
そんな中に、驚くなかれ、タリーズがあるではないか!
おしゃれなカフェである。
早速旅の記念にとオレも君津のタリーズに行ってみた。君津のタリーズ、略して君タリには客が4人しかいなかった。ちゃんとWi-Fiが飛んでいて充電コンセントもあったのには驚いた。
君津からの帰りは、今度はコマちゃんと一緒に高速バスに乗った。
バス、速い。1時間ちょっとで東京駅に着いてしまった。アクアラインを渡ったので、ちょっとした旅気分である。なんだ、やっぱり君津は旅じゃないか。
2021.11.09
今日もあちらこちらで男たちが刃物を振り回して暴れている。刃物男やジョーカーはもはやトレンド入りしたようだ。追加で流行語大賞の候補に入るのも間違いないだろう。
新幹線の車内でも男が暴れて火をつけた。
こういう事件が起きると必ず金属探知機や手荷物検査の導入を叫ぶ人達が出てくる。お昼のワイドショーなんて、そんな連中ばかりだ。
その中の一人は、運転士が機転を利かせて緊急停車したので事なきを得たと訳知り顔で話していたので、げげっと驚く。
新幹線の運転士が自分の判断だけで走行中の新幹線を停めてしまったら、あとからくる新幹線が300キロで突っ込んじゃうじゃないか。走行を管理する部門からの指示があるからこそ、通過駅の三島駅にも停められるんじゃないか。そんな想像もつかずにしたり顔で講釈を垂れるのに驚く。
手荷物検査も同様だ。
手荷物検査ゲートが6つあって通過に一人10秒かかるとして、1本の列車に全員が乗るまで40分ほどかかる計算になる。高齢者や障がい者、ベビーカー、外人などもいるのだ。ピーク時には東京駅を1時間に15本も発車する新幹線に、これでどうやって乗せるというのだ。とんでもない大混乱になって、改札を通るどころか、駅への入場制限すら行われるだろう。
東京駅や品川駅が武蔵小杉駅になってしまう地獄が見える。
そういうことに想像も及ばずに好き勝手なことを並べ立てる番組に、まあ、それがお昼のワイドショーで、そんなものを見ているこちらもどうかとは思うが、うんざりするのだった。
2005年だったかの福知山線の脱線事故のときも同じような指摘が相次いだが、一方であれは特異な人間の特異な状況で起きたアクシデントで、決して続くものではないという指摘もあった。実際そのとおりだった。
今回の刃物男たちの出現も、続いているとは言え、特異な事態だと考える。決してあれが日常ではないよ。東京では毎日電車が燃えているわけではないんだよ。
2021.11.08
フワちゃんとかハラミちゃんとか、同じような年代の女のピン芸人がいる。いったいどういう需要があるのだろうと思案しつつ、まあ、別にいてもいいかとスルーしてしまえるポジションだ。
ため口の態度の悪さを売りにしているのがフワちゃんで、OL出身でピアノが上手というのを売りにしているのがハラミちゃん。そのハラミちゃんがちょっと前、朝のニュース番組に出ていた。フジテレビのニュース番組である。「ロペ」のアニメのニュースである。
番組冒頭、キャスターなどが整列して「おはようございます」と挨拶した。その列の端っこに並んだハラミちゃんも一緒にお辞儀をしたのだが、それを見てオレは、ほほうと感心してしまった。
とにかくお辞儀の仕方がきれいなのである。他のキャスターやタレントとは明らかに違う、実に美しいお辞儀だった。
きっとこの人はOL時代、ちゃんとした会社に勤めてちゃんとした仕事をしていたんだろうと思わせるお辞儀だった。社会人としての育ちというのは、きっとこういうところにで出るのである。
さて、我が家は、練馬区の片田舎に建ち並ぶ4棟の建売住宅の1軒である。
近隣関係は良好だ。
DVめいた音が漏れ聞こえることもなければ、宗教の勧誘にうんざりさせられることもない。4軒のうち半分は世帯が入れ替わっているが、引っ越していった方々同様、新しい世帯の人々も温厚で常識人だ。
以前のお隣さんとは夏に庭先でバーベキューをするほど親密だった。子供たちが大きくなった今はもはやそういう行事こそなくなったものの、会えば挨拶し、いただき物があれば時にはお裾分けもする、ちょうどいいあんばいの近隣関係である。
争いというのは遠くの親戚との間で起きるのではない。見知らぬ隣人との間で勃発するものだ。近隣関係が落ち着いているというのは、平穏な暮らしを送る上で、とても大切なことなのだ。
こうした穏やかな関係を維持する上で大切なのは、誰かがやらなきゃいけないことは気づいた誰かがやる、ということだろう。
前を通る道路が汚れているのに気づいたら、さっと掃く。ごみ集積所が散らかっていたら片付ける。
そして今日の問題はそのごみ集積所なのだった。
近隣のごみの出し方はとてもきちんとしていて、ルールはしっかりと守り、だらしないということは一切ない。問題はあれである。カラスである。ごみネットはきちんとかけているのだが、それでも何かのはずみでネットがずれていたりするとたちどころにカラスの餌食になってしまい、そしてごみ集積所は悲惨なことになってしまう。
誰が悪いのではない。起きてしまったのは仕方のないことなのだ。
だから大切なのは、気づいた誰かがやるということだ。今日は、自分のごみを出しにいったヨメが、久しぶりにカラス被害の惨状に遭遇。道路に散らばったごみを、コンビニ袋を手袋がわりにして集めてきれいにしてくれた。ヨメは間違いなく徳を積んだであろう。
どうもここのところ、ごみネットの穴が大きくなりすぎたせいか、カラスに狙われているような気がする。このごみネットは、我が家がここに引っ越してきた際に清掃事務所から手に入れたもので、もう16年ぐらいたっている。当然劣化もするだろう。
このままにしておいては今後もカラスにやられ、そして気がついたヨメがごみを片付け続けることになりかねない。
オレはそのことに気がついてついてしまい、誰かがやらなきゃならないことは気がついた誰かがやらねばならないから、ごみネットの交換という難事に立ち向かうことを決心したのである。
幸いなことに清掃事務所は大通りを挟んだ向かい側、我が家から歩道橋を歩いて100mの場所にある。電話するより突撃した方が話は早い。というわけで、オレは突如思い立って清掃事務所に飛び込み訪問だ。
今週はすげえヒマということもあって、行動にためらいはない。なお今週はすげえヒマという問題については実に、実に一言申し上げたい事情があって、なんとも悩ましいのであったが、それはまた別の機会に。
歩道橋を渡ってアポなしで清掃事務所に足を運んだオレは、入り口脇の事務室に顔を出し、ごみネットが欲しいんですが、と声を上げる。話はまったく簡単で、出てきた課長ぐらいのおじさんが「はいはい、わかりました。こちらに名前をお願いします」と言いながら、青いごみネットを渡してくれた。もちろん無料である。
それを受け取ったオレは、ありがとうございますと頭を下げて事務所を後にしたのだが、思いのほかスムーズに話が運んだことに嬉しくなってしまって、そのまま去ってしまったのである。まるでコンビニを後にするように。
ここは本来、事務所の入り口で1度立ち止まり、振り返って室内全部を見渡しながら「ありがとうございました、失礼しました」と挨拶すべきだった。
そう、ハラミちゃんのように。
こういうところに社会人としての育ちの違いが出てしまうのだなあとオレは深く反省しつつ、歩道橋を渡って家に帰り、そしてごみ集積所で新しいごみネットに張り替えたのだ。
張り替えていたら、4軒の中の1軒、ヨコカワさんちの奥さんが自転車で通りかかった。「あらっ、あららっ、ありがとうございます」とヨコカワさんちの奥さん、略してヨコチンがオレのしていることに気がついて頭を下げる。いえいえ、いいんです、気がついた人が気がついたことをやってるだけですから。
今日のオレはなかなかいいことをした。徳を積んだな。練馬の畑を渡る晩秋の風はすがすがしく、空は高く澄んで、オレの心も澄み渡るのだった。
2021.11.07
長友のことをディスっている間に、オレたちのアルビレックスはさらに劣化が進んだようだ。
今日の相手は松本山雅。スタジアムが臭いことで有名なチームである。もっと臭いのがサポーターだ。浦和や鹿島、徳島、ガンバのサポーターもどうしようもないが、松本のサポーターは常識知らずというか恥知らずでよく笑われている。
かつてJ2からJ1に昇格した途端「オレたちはつえーぞ、J1でも優勝しちゃうんじゃないか」とふんぞりかえっていたのは有名な話だし、「決起集会だ」とイキがって高速のサービスエリアにバスを止めて駐車場で集会を開き、あまりの非常識ぶりにJリーグ全体が頭を抱えた過去を持つサポーターだ。
そうした輝かしい栄光のも今は昔。現在はなんとJ2で最下位で、J3降格も時間の問題である。
そんな松本が今日の相手だから、アルビレックスはさくっと勝つと思ったら、笑っちゃうようなミスで先制され、後半になってやっと追いついたもののそのまま1-1の引き分けときたもんだから驚いた。
いや、驚いたというか呆れた。
むちゃくちゃ制圧しているのである。圧倒しているのである。
それなのに蹴るシュート蹴るシュート、すべてが大きく外れる。ふかす。宇宙開発。
見ていてうんざりするゲームになってしまった。1-1の引き分けなのにまったくぐったりする、ひどいゲーム。
はっきりしたのは、このチームの問題点はスペイン人監督とかポゼッション戦術とかにあるのではなく、選手が下手ということに尽きるのではないかという真理だ。
これだけ下手くそな選手が集まってたら、そりゃあ勝てないわ。春先は他チームがこの戦術に慣れていなかったのでたまたま勝てたが、対策され始めたら勝てなくなったのは自明の理。そこを打ち破る技量が選手にはなかったわけだ。とほほ。
身も蓋もないが、要するに選手が下手。
仕方ない、地方の貧乏クラブなのだ。しかも雪国。神戸や横浜に勝てるわけがない。せいぜい金沢や松本、栃木なんかと競るのがお似合いさ。
というわけで、またまたうんざりするようなゲームを見せられてうんざりする週末を過ごす。これで4週連続だぜ。
2021.11.06
長友佑都を始めて日本代表のゲームで見たときには仰天した。スタミナお化けだわ、こりゃ。
左サイドで激しい上下動を何度も繰り返し、終了後は息を荒くしながら「まったく物足りない」と吠える姿に、モンスターかよと思ったものだった。
あの頃はあれでよかったのだ。左サイドを猛スピード駆け上がってクロスをばんばん上げれば。クロス配給王こそサイドバックのあるべき姿だったのだ。
だが時代は変わる。ガラケーがスマホに駆逐されたように、クロス配給王のサイドバックは今や旧世代の遺物扱いされ、求められるのはトップ下でボールを浮けて時には自らゴール前に運んでシュートを打てる偽サイドバック。チームで一番足もとの上手いヤツがサイドバックをやるべきだと言われる時代になったのだ。
だから遺物と化した長友の加入したFC東京が一気に弱体化したのも当然だわな。
今日は横浜jマリノス相手に0-8の大惨事。
もはや何点目だったか思い出せないが、調子に乗って上がった長友が、マリノスの速い展開に置き去りにされてまったく戻りきれず、がら空きの左サイドを好き勝手に蹂躙されていた。象徴的な場面だった。
かつて新潟で「サイドは君のカルナバル」と歌われた松原健(大嫌い!)が、今やマリノスでは偽サイドバックとして再度の定位置を捨ててトップ下あたりを縦横無尽に駆け回っている姿とは対照的である。
代表でも古橋が使おうと思ったスペースが、猛烈な勢いで駆け込んできた長友に消されてしまうのを見ると、何だかなあと思ってしまう。言うまでもなく長友は大変な功労者だし、例のアジアカップ決勝オーストラリア戦の李忠成に上げたクロスは歴史的な一撃だったが、だからこそ過去の成功に縛られて自ら老害のポジションに落ちてしまった幾多のベンチャー経営者とかぶってしまうのだった。
そんな長友より、オレたちの田上を使ってくれ。アルビレックスサポはバカだから、そんなしょうもない妄想を描くのだった。
「蟻の棲み家」望月諒子・新潮文庫。この作者は知らなかったなあ。学習塾を経営しながら小説を書き続けているという。オレより一つ年上。なんとも骨太な作品を書く作家だ。ちょっと驚いた。舞台は板橋区。貧困をテーマにしたうんざりするような小説で、読んでいてうんざりしてくるんだけど、とにかく濃密で文章が上手いものだからどんどん引き込まれていく。群衆に溶け込んでいる女の描写をするときにさりげなく「多分靴には傷がない。」という描写をしたり、「空のどこかにあるのかもしれない正義や人権を、あると思わず生きていくこともできるんですよ。そんなものがない世界が、同じ空の下にはあるんですよ。」なんていう怖いセリフがぽろっと飛び出したり。なかなか凄い作家だわ。宮部みゆきの上位互換ではないだろうか。何冊か著書があるようなので、続けて読んでみようと思う。たぶんどれもうんざりするような話ばかりなのだろうが。なお、帯の「ミステリー史上に燦然と輝く大どんでん返し」の惹句はミスリード。真犯人が誰かは物語の途中で何となく見当がつくし、伏線も分かりやすく散りばめられている(トランクに荷物を入れたら車体が下がったとか)。真相もあっと驚くほど意外なものではない。これはミステリーとして読まれるものではないから、この帯は失敗だな。
2012.11.05
罵詈雑言にはいろいろあるけれど、最近、ネットで身に染みたのがこれ。「1000円カットの低学歴野郎」。
一応大学は出ているから(5年がかりだったけれども)低学歴には当たらないが、大卒であっても1000円カットだと低学歴扱いされるのか。
というわけでオレは駅前の1000円カットの店で散髪している。10日に1回くらいだから、月に3000円。2ヵ月に1度ぐらいの頻度で床屋に行くよりはカネはかかっていると思うが。
もちろんオレも以前は普通の床屋に行って4000円払っていた。
だが坊主頭にして、長さ0.7ミリだと長いな、本当は0.3ミリぐらいがいいんだけど、まあ0.5ミリで手を打とうかなんて攻め方をするようになってからは4000円なんて馬鹿らしくなった。なにしろ10分かからないからな。5分で終了だからな。
そういうわけで、ヨメが西友で買い物をしている間にとか、インタビュー仕事から帰ってきて駅から出てその足でとか、要するについでに髪を切っている。
そんなわたくしでもネットでは「1000円カットの低学歴野郎」と嘲笑されるのだ。
悲しい。
2012.11.04
緊急事態宣言が開けたのに街の居酒屋には客が半分も戻らず、店主たちは当てが外れてがっくりしているのだという。街の通りそのものにもにぎわいは思ったほどなくて、そもそも母数が減ったのだから店の客も減っている。
わからなくもない。居酒屋に行くのはもう面倒なのだ。
昨日オレは家族で久しぶりにお好み焼き屋に行った。地元の店だ。お好み焼きは大変においしく、接客も気持ちよく、それでいてリーズナブルなお会計で、満足度は高かった。
だが、とにかく面倒だった。すみませーんと大声上げて店員を呼ぶのも面倒だし、頼んだつまみがなかなか来なくてイライラするのも面倒だし、隣の席の保母さんらしき女性軍団の声がデカいのも面倒だし、会計を楽しんでカネを払うのも面倒だし、酔っ払って歩いて帰るのも面倒だし。
家飲みで1年半を過ごした今となっては、外で飲むすべてが面倒なのだ。
これってもはや居酒屋はいらないってことじゃね?
そんなことを考えながら息子と駅前の書店に行った。平積みされた文庫本を手に取り、何冊か買う。
そういや書店も、電子書籍が出た頃には、もはやいらないんじゃね? と思ったものだった。それがオレも今ではすっかり紙の本に戻って、やっぱり本は手で読むものだよなあなどと気取っている。リアルの本屋はやっぱり必要なのだ。
買ったばかりの文庫本を手に、続けて息子とスーパーマーケットに行く。サミットだ。ここで味の素の冷凍食品のシュウマイと餃子を買った。
以前は冷凍食品なんてとバカにしていたが、1度試しに食べてみたら、あまりに旨くてびっくり。崎陽軒のシウマイよりはるかに冷凍餃子のほうが旨い。以来、オレの中では崎陽軒はもはやオワコン。シウマイと言えば味の素の冷凍食品。崎陽軒なんてもはやいらないんじゃね?
そんなわけで居酒屋はいらなくて、書店は必要で、崎陽軒はいらないというのが今日の結論。まあ、居酒屋は居酒屋が悪いわけじゃないから、頑張って欲しいものだ。オレは面倒くさいから当分行く気にならないが。
2021.11.03
アルビレックスにルキアンと遠藤がいれば優勝できていたことが分かったゲームだったな。
今日の負けは、小見のミス。高卒1年目の新人にとっては高くついた授業料だった。人に食いつくべきところ、周りが見えなくなってついボールに食いついてしまい、あっささり剥がされて1失点。その瞬間、近くにいた木が指を差して激怒したのが面白かった。
まあ、倍以上も年の離れた遠藤にとってみれば、高卒1年目の小僧なんて猫の相手をするみたいなもの。ひょいとボールに食いつかせれば、あとはあっさりというわけだ。
まあよい。オレは別に怒ってはいない。
前半でエネルギーを使い果たして後半はちんたらと省エネに徹底し、フリーキックで1点取ったからあとは適当に流して終わりなんていうおっさん臭いサッカーより、失敗してもがむしゃらに走り回る汗かきサッカーのほうがよっぽど楽しいわ。
と強がってはいるものの、かつてお得意さん扱いしていたこともあるフロンターレが圧倒的な強さでJ1優勝を果たし、その裏の時間帯で憎き磐田相手にあっさりと負けて今シーズンの昇格が消滅してしまうという惨めな展開に、とことな情けなくなる。
こちらは早くも野球でいうところのストーブリーグ。出場していない選手の移籍を疑い、監督は継続すべきか刷新すべきかで熱くなる。それも含めてのサッカーなのさ。
夜、久しぶりに家族でお好み焼きを食べに行く。旨くて安くて気の利いている、最近気に入っている店だ。
ただ久しぶりの外食ということか、なんだかぐったり疲れてしまった。家でだらだらと飲む気安さにすっかり慣れちゃったからなあ。
もう外で飲むのも面倒になってきたなあ。
2021.11.02
ここのところ、確かに高中正義再評価の流れはあるようで、ベスト盤とかも発売されている。
オレは初期の高中、それこそ「BLUE LAGOON」の頃(一家に一台、高中正義)までしか知らないけれど、あの頃の曲を今聴いてもとても気持ちいい。なんというかエバーグリーンというか、ピュアというか、音楽ってこうだよねという感じがする。
オレは、高中正義は一番が作曲で二番がアレンジャー、三番がギタリストと思ってきた。本人自ら「フォークみたいなコード進行」という単純な曲ばかりで、そこに乗っかったメロディーもシンプルでそこが気持ちいい。
ギタリストとしても凄いのだが、ちょっとしたアドリブのフレーズが素晴らしいメロデーィになっていたりするあたりが、やはりメロディーメーカーの本領発揮だと思う。「BLUE LAGOON」もそもそもは何かの曲の間奏だったらしいし。
てなわけで立ち寄った石神井公園駅前の書店で「Player」が高中正義の特集だったので購入。
普段「Player」なんて手にすることないんだけれど、例の真っ赤なジャケットにテレキャスター抱えた高中正義の表紙は強烈。目玉は本人のロングインタビューだ。
笑ったのが「オレ68だよ? 5Kgあるギターを2時間立って弾くって…。ゴンチチは先見の明があって最初から座ってるけど。野呂がヤマハで2kgのギターをつくってもらったらしくて、いいなー」というくだり。
確かにライブは体力勝負だよなあ。
以前、高中が軽井沢の自宅にロードランナーを置いて、その上で歩きながらギターを弾く練習を公開していた。あれは笑ったけど、そういう努力もあってこその神・高中なのだろう
「正論」今日は他にもこんな右翼雑誌を買った。こちらは東京駅前の八重洲ブックセンターである。先日は「Will」を買って帰ったところ、右寄りの息子が大喜びで愛読書にしてたので、もっと右の雑誌も読ませてやろうと思ったのだ。ただ正直にいって「正論」は面白くない。右寄りのガチ保守雑誌というスタンスはいいのだけれど、雑誌としてとてもつまらない。やっぱり「Will」だな、と息子も認識を新たにした。ちなみに息子の小学校時代の担任は、1人が卒業式で「君が代」が流れるとさっと姿を消すゴリゴリの日教組で、もう1人がなんと日本会議の会員というガチガチの右翼。小学生に左と右から叩き込むってどういうことなんだと、今も息子は頭を抱える。
「私が見た未来」たつき諒・飛鳥新社。夢で未来を予知する漫画家。90年代に書いた漫画に「大災害は2011年3月」とあったことから一躍脚光を浴びていて、その人の最近の夢だと「2027年7月25日に大厄災」とのことらしい。というわけであちこちで盛り上がっている本だ。2027年の厄災とは、フィリピンと日本の間ぐらいで大地震が発生して、東日本大震災の3倍の高さの津波が日本を襲うというものだ。げげ、ガチかよ。それはとても困る。
「限界病院」久間十義・新潮文庫。北海道の中規模な公立病院を舞台にした小説。住民が減り、高齢化が進んで、地域の中核病院も経営危機に陥りながら、行政からの支援でなんとか生き延びているという、日本中どこでも起きている話だ。実際、オレも仕事でよく聞くけど、つぶれかけている病院は山ほどある。そしてそういう病院はいっそ潰して、健全な病院だけを生かしておけばいいという流れになっているのも事実だ。しょうがないよなあ、そういう時代なんだし。というわけでこの小説も実にリアリティたっぷりに描かれている。文章は上手いしキャラの書き分けもちゃんとできているのだが、いかんせん話が面白くない。ちっとも盛り上がらないし、結局はオチもなくそのまま終わってしまう。ヤマなし・オチなし・イミなしのヤオイ小説。これだけリアルティたっぷりに背景を書き込めるのだから、話自体はもっと派手なものにできたはずなのに、実にもったいない。
2021.11.01
それは東京行き「のぞみ」が新横浜駅に停まろうと減速し始めたときだった。
オレは一つ置いた座席のポケットにスマホが置き去りにされているのを発見したのである。忘れ物だ。
ここには確か、名古屋から乗り込んできた兄ちゃんが座っていた。体の大きな兄ちゃんで、アサヒビールの350ml缶をプシューッと飲み干した後、5時半になったらおもむろに弁当をむしゃむしゃと食べ始めていたっけ。
おいおい、まだ5時半だぞ、早くないか。とは思ったものの、もしかしたら昼飯抜きのハードな現場を終えてやっと一息ついたところかもしれない。ご苦労さま、ゆっくり体を休めてくれとオレは思ったのだった。
この兄ちゃんが新横浜で降りようとして座席のポケットにスマホを忘れてしまったのである。えらこっちゃ。慌てるオレ。
追いかけて届けてやるか。だが出口に向かって既に乗客が行列を作っており、たぶなあれだろうという背中が遠くに見えはするものの確信はなく、人をかきわけて背中をポンポンと叩いたところで人違いだったら目も当てられぬ。
そうこうしているうちにオレもホームまで押し出されて戻れなくなったらもっと目も当てられぬ。
逡巡している間に列車は新横浜駅に到着し、人の流れは出口へとずずーっと動くのだった。
徳を積まねば、徳を積まねば。そう心では思うもののこの状況ではいかんともしがたく、せめて車掌に告げてやるぐらいが関の山。オレはがっくりと肩を下ろしたのである。
すると直後、電話で何やらしゃべりながら別の兄ちゃんがやって来て、スマホを発見。あっあったという素振りで回収したのである。なるほど、連れがまだ車内にいて、そして連絡を受けて座席まで見に来て発見したのだろう。まずはよかった。オレはホッと胸をなで下ろしたのだった。
その後、「のぞみ」は品川に到着し、オレは山手線で池袋に出て西武線に乗り換えたのである。
7時6分発の快速だから、とても座れない。オレはドア近くの手すりにつかまって立っていたのだった。
すると池袋を出発して5分後、オレのすぐ前に立つお姉ちゃんの背中を何かが横切ったのが目に入った。文庫本を読む手を止めて「ん?」と凝視したオレの目に飛び込んできたのは、なんと蜘蛛だった。く、蜘蛛がお姉ちゃんの背中から髪にかけてもぞもぞと動いている!
げっ、とフリーズするオレ。蜘蛛は元気に背中か髪、髪から背中と這い回り、お姉ちゃんはそんなことまったく気がつかずにスマホを眺めている。
えらこっちゃ。徳を積まねば、徳を積まねば。
だがお姉ちゃんにやたらと声などかけられないのが今の世の中。ましてや手を伸ばして払ってあげるなど言語道断。「なんですか」「何するんですか」と大きな声でも出されたらオレの栄光の人生も終わってしまう。ここは知らんぷりをする以外に道はない。知らんぷりをしていれば蜘蛛もどこかに行ってしまうだろう。
そんな葛藤の中で電車は駅に到着し、姉ちゃんは降りていった。ふう。
今日は大阪だった。9時に東京駅を出発し、午後一のアポで乗り込んでいった。
すると先方はオレの顔を見た途端「大丈夫でしたか! タンゴさん」と言うのである。何事かと思ったら「東京は怖いですねえ」と畳みかけてくる。大阪だから「怖い」のアクセントは「こ」だ。
なんだなんだと思ったら、昨夜の京王線の刃物放火男のことだった。確かにあんな映像を見せられたら東京は怖いところだと思うだろうし、東京では毎日あんな事件が起きていると思われても仕方ない。
だってオレたちだった福岡では毎日ヤクザが手榴弾をぶっ放していると思っているもんな。
そんなとんでもない事件の直後だったから、隣の兄ちゃんがスマホを忘れたからといって見知らぬオレが追いかけて通路を走っていったら周囲の人たちは何事かと驚いてしまったに違いない。やっぱり静かに事態を見守って正解だったんだなあと、改めて思うオレなのだった。
2021.10.31
本日は衆議院選挙である。JKの娘にとっては初めての投票だ。張り切っている。だが受験生なので日曜日の今日も朝から塾である。なので塾が終わったら速攻飛び出して投票所の小学校の正門前で合流することにして、オレと息子はサッカーを見るのだった。
アルビレックスの今日の対戦相手は岡山である。岡山なんてポンコツチームなのだが、通算では負け越しているのだ。ポンコツだと思ったら、こちらのほうがもっとポンコツだったでござる。
その証拠に例によって前半にあっさり失点だ。
例によってちんたらボールを回して、なんちゃってポゼッションにいい気になっていたところ、カウンターで簡単に失点する。まったく学習能力のない連中だなあと呆れる。
後半、新人の小見が投入された。オレの期待の星である。
そして矢村も投入された。オレのお気に入りのフォワードである。
小見は高卒新人なのでとにかく元気である。やっと巡ってきたデビューのピッチだ。全力で橋周り、実に気持ちいい。
矢村もチームのために汗をかける男である。シュート技術もある。
この二人が交代で入ったら、あら不思議、チームが見違えるように動き出した。
これではっきりした。やっぱり走らなくなっていたのだ、このチームは。
ポジショナルサッカーとは、人の代わりにボールを走らせるサッカーである。ボールの保持率を高めることで勝率もあげようというサッカーだ。
だからといって人が走らなくていいわけではない。ボールと一緒に人も走るのがこのサッカーなのだ。そのことを忘れて勘違いしてしまった選手たちは、ボール回しに気分良くなっちゃって走ることを忘れてしまった。もっと言えばサボってしまったて。
いや、サボっているつもりはないだろう。ちょっと走る、あと一歩先へ行くという努力を無意識に怠るようになってしまったのだ。
だから見たまえ、パスのボールは全部止まってる足元にしか行かないではないか。走りながら受ける選手はいないではないか。
そこに走り回って受けようとする小見や矢村が投入されたことで、急にチームに活力が生まれたわけだ。これでいいのだ。こうあるべきなのだ。
結果、1点を返してなんとか引き分けに持ち込む。ポンコツチーム同士の対決はポンコツな結果に終わったのだった。
とほほ〜、情けないなあ。
下を向きながらオレたちは投票所に向かい、そして娘と合流して投票を済ませる。
普段から塾の前で立憲民主が大声でがなり立てているので、娘は立憲に対して激おこぷんぷん丸である。一昨日はあろうことか枝野アヒル口党首がやってきて大騒ぎを引き起こし、火に油を注いで、受験生たちを完全に敵に回した。
立憲がぼろぼろになったのは必然だったのである。
だが地元に限って言えば、渋谷区からやってきた自民候補が、立憲に負けてしまった。非常に情けない。西武新宿線の高架を進めます、大江戸線を延伸しますとか、それが国会議員の仕事かよという公約を掲げた時点で、地元民が見限ったのだろう。バカにすんじゃねえと。その反発が予想以上だった。
とほほほ、情けないわ。
2021.10.30
90分間走り回って声を枯らして、やっと1点かよ。
ほとんどの時間が得点に結びつかない。サッカーというのは、そんな虚しいスポーツなのだ。
ところがというか、だからこそ、その結果生まれる1-0こそ、実は最もエキサイティングなのだ。いわゆるウノゼロね。
ぱっと見で面白いのは3-2で勝つゲームなんだけれども、実は1-0の薄氷勝利こそ、最もサッカーの醍醐味を味わえるゲームだったりする。ウノゼロこそサッカー。
というわけで今日のルヴァンカップの決勝戦。名古屋がセレッソを2-0で下したわけだが、名古屋の監督がウノゼロ民族であるイタリア人のフィッカデンティであるがゆえ、実に堅い塩試合を見せて勝利を奪った。
とにかく鉄壁の守りが売りのチームだから、守ってカウンターの徹底という、ガチガチの試合が通常運転である。
1点目のコーナーからの事故のような得点は余計で、むしろ2点目のカウンター崩れからの得点がいかにもこのチームらしかった。
フィッカデンティは試合中に細かく5度もシステムを変えたそうだが、オレにはさっぱり分からず、さすがイタリアの戦術家は細かすぎる。それでもきっちり勝つところがウノゼロ文化の中で育った監督らしさで、勝ちゃあいいんだよのリアリストぶりは見事である。
我がアルビレックスもこういうリアリストぶりを加えられれば強くなるのだがなあ。
最近の得点の半分は、ポゼッションではないところから生まれているしなあ。
と思いつつ、名古屋の選手たちの歓喜の輪を見る。ポーランドからやって来たシヴィルツォフが相変わらず喜怒哀楽のない表情なのが面白かった。
2021.10.29
風邪をひいてしまった。
季節の変わり目で、朝晩、寒かったんだよなあ。足もとがスースーするなあと思っていたらその晩からのどがヒリヒリして鼻水だらだらである。今は加えてセキに関節の痛み。
これが風邪でなくて何であろう。
幸いにも強い風邪薬にユンケルという最強コンビでぐっすり寝たおかげで、回復方向には向かっている。休養と栄養に勝るものなし。
ほっとけばこのまま治るだろう。
問題は来週だ。ちょっとしたインタビュー仕事があって、1人でも風邪症状がいたらそのチームは全員入室お断りという高圧的な態度に出られているのだ。
このままではおれのせいで全員入室を断られ、そして取引そのものがなくなってしまうではないか。えらこっちゃ。
そうならないように早く治さなきゃとは思うものの、一方では、そんな高圧的なことをいうならそれはそれでいいわ後は知らん、という気持ちもある。
まったく風邪もろくに引けない時代になってしまったぜ。へっくしょん!
2021.10.28
ユニクロへ行くときは、だいたい隣町のショッピングモールへ行く。クルマで5分だ。
この店舗は2年ほど前に快走したときに大幅にリニューアルされ、完全無人のレジも導入された。初回こそちょっと迷ったけれど、慣れてしまえばこんなに便利なものはない。
カゴに入った服をまとめてどさっとレジの箱に放り込めば、機械がタグを読み取ってくれて、あとはクレジットカードでピッ。
実に簡単で楽ちんだ。
おかげでこの店舗のにスタッフは数えるほどしかいない。
聞いた話では、このシステム、センサーでのタグの読み取り精度に苦労したらしい。精度を上げようとすると隣のレジの洋服まで読み取ってしまう。精度を落とすと読み取りの漏れが出てしまって、店を出るときに万引き防止のアラームが鳴ってしまう。
客にとって万引きと間違われるのは最大の屈辱だから、絶対にそのようなことがあってはならないと、相当に神経を使って開発したそうだ。
今やコンビニでも自動レジは普及してきて、世の中はどんどん便利になってきた。なかなかいいことである。
しかし品質とか品揃えとか価格とかサービスとかを考えると、やっぱり総合的にユニクロはすげえわ。
昔はユニクロを着ていると子どもでも「ユニバレ」といってユニクロであることがバレて恥ずかしいということがあり、大人も「今日はユニクロなんすよ」と先に言っとかなきゃ的な空気があったけれど、今はそんなことはまったくなくて、ユニクロはユニクロじゃんということでごく普通の服になった。オレも普通に着ているし。
今日もトレーナーを買う。スヌーピーの絵が描いてあるヤツだ。スヌーピー好きの娘に見せたら速攻で奪い取られてしまった。
仕方ない、もう1着買うけれど、そうするとお父さんとペアルックになるぞ。
娘は瞬殺で「いや!」と言い放つのだった。
2021.10.27
ん? 誰だ、このハゲ。
そう思ったのは9月に横浜FCのゲームを見たときだった。見たことのないハゲ外人がゴールマウスの前に立っている。すげえ迫力だ。それでいて同時にすげえインテリジェンスも感じさせる佇まいである。なんだなんだ、こいつ。
それがブローダーセンだった。
ドイツ人のゴールキーパーである。代表チームの一員として東京オリンピックに出場し、そのまま日本に居残って横浜FCに加入したのだそうだ。へえ〜、ドイツ代表の選手がJリーグの下位チームにねえ。びっくりだ。
もしかしてあれか、学会か?
そうである。横浜FCは学会なのである。
ある有名選手はチーム内での入信勧誘活動や信者でなければゲームに出られないことに嫌気が差して退団してしまい、ちょっとした騒ぎになった。この選手はパワハラ問題で逮捕された挙げ句に沖縄で事故死してしまい、なんだかすげえ闇を感じさせたものだった。
それが横浜FCというチームである。
そんなチームにわざわざドイツからやって来て入団するなんて…と思うじゃないか。それならそれで仕方ない。サッカー選手としては非常に面白い存在だ。
インタビュー読むとキーパーの仕事を理詰めで紹介してくれて、実にクレバーな選手であることが分かる。日本人選手を見てもっと体の柔軟性を鍛えなければと、いいことはすぐに学んで採り入れる素直さもある。
こういう選手が日本で普通に見られるなんて、Jリーグって面白いよなあ。来季はどこに行くんだろう。
「だからここにいる」島崎今日子・幻冬舎文庫。オレにとってインタビューものの両横綱は永沢光雄と島崎今日子。なんだよ、両横綱って。オレにとって煌めきの極北が永沢光雄と島崎今日子。希代の名著「AV女優」を著した永沢光雄はずいぶん前に亡くなってしまったが、島崎今日子は健在である。健在ではあるのだが、著書は少ない。なんでこんなに少ないんだろ。これで食べていけてるのだろうか。最初の「この国で女であるということ」を読んだときは、実に丁寧な仕事ぶりに深く感動した。人物ものの一つの理想型。「だからここにいる」は、そんな島崎今日子の久しぶりの著作で、いきなりの文庫で、しかも平積みでなくてジュンク堂の文庫の棚にひっそりと差し挟まれてあったから、偶然見つけたときは嬉しかったなあ。相変わらず女性だけに絞ってインタビューを続けている。安藤サクラ、長与千種、夏木マリ、上野千鶴子などなど。よく上野千鶴子なんかにインタビューしたもんだよなあ。あっと驚くのは重信房子へのインタビューだ。公安につきまとわれ、家の電話を盗聴されながらの取材だったらしい。ここに取り上げられているのは12人の女性だが、内容の出来不出来の差が大きいことに、ちょっと驚く。例えば長与千種なんて、どうしてここまでと思うほどつまらない。やはり取材対象との相性の問題もあるのだろうなあ。それでも素晴らしくよくできた人物ものであることには間違いない。これを読むともう一方の極北である永沢光雄を読みたくなるのだが、あれはあれで気違いじみた仕事ぶりであって、読み手も生半可な覚悟では向き合えない。
2021.10.26
もともとKKは遊びだった。ちょっかい出して、問題になったところで「さーせんさーせん」と頭をかきながら退場し、裏でたっぷりと慰謝料をもらえればよかったのだ。
後は野となれ山となれ。こっちはもらったカネで借金返して、次のねえちゃんを探すだけさ。
途中までこの計画はうまく進んだ。
ところがガチになってしまったM子は想定外に堅くて、KKはがっちりとロックオンされてしまう。慌ててニューヨークに逃げたけれどロックオンの魔手はますます厳しくなる一方。とうとう白旗を揚げてM子の軍門に降ったのである。ああ、なんと哀れなKKよ。
オレが言ったんじゃないよ。ネットでそういう説が流れているということだよ。
とはいえ、なるほど、アリだなとオレはうなずくのだった。
などということはどうでもいいわ。
今日、オレが慧眼だと思ったのが「SDG'sは新しい社会主義」という主張だった。雑誌Willの記事である。この雑誌は実に面白い。極端に右寄りで、その貫きぶりはすがすがしい。高市早苗大好き、枝野大嫌い。
この雑誌の今月号に載っていたのがSDG'sは社会主義だという主張で、なるほど、確かにいわんとすることはよくわかる。SDG'sに何となく感じる危うさの正体はこれだったか。
2021.10.25
息子によれば、iPadとGoodNoteは東大生の必需品とのことだ。
iPadとはご存じ、タブレットである。そこにGoodNoteというアプリをダウンロードして使うのが定番というわけだ。
GoodNoteとは名前の通りノートアプリである。オレのiPadにも入っている。
ペンを使ってノートを取れば、それがちゃんとデジタルデータとして保管される、そんなアプリだ。
コロナのリモート授業が当たり前となった今、授業で配られる資料はすべてデジタル資料である。紙のプリントなんか、当たり前だが配られない。ほとんどがPDFだ。
その資料をダウンロードして持ち歩くにはiPadが最適で、そして資料に書き込んだり編集したりするのにはGoodNoteが最適ということである。GoodNoteはPDFをWordに変換もしてくれるので、資料がしっかりテキスト化もされる。確かに便利この上ない。
東大のほとんどすべてが今やこのスタイルで授業を受け、ノートを取っている。誰に教わったのでもなく、自然とこういうスタイルになったというのが、デジタルネイティブらしいところだ。
オレも同じようなスタイルにすればと思うのだが、メモを原稿化する際は、データを広げて俯瞰する必要があり、それには紙がベストという理由で紙のメモに頼っている。GoodNoteだと、メモをいったんプリントアウトする必要があるからだ。
などと書きつつ、ひょっとしてオレは相当変なことを書いているのでは、という不安もある。インタビュー中、iPadにスタイラスペンでカチカチとメモを取ったらかっこいいだろうなあと思うが。
「人間動物園」連城三紀彦・双葉文庫。誘拐ものは好きなジャンルの一つだ。結局最後には救出されるのだが(救出されなければミステリーとして成立しない)、わかりきったラストに向けてのハラハラドキドキが面白いのだ。ハッピーエンドが約束された物語は楽しい。しかもこの作品、伊坂幸太郎が「最高です」と絶賛しているから、読まないわけにはいかないだろう。というわけで小岩駅の有隣堂で見つけて手に取った一冊。なかなかユニークな設定に意外な動機、何よりも“本当の被害者”というのが実にユニークで驚かされた。ただやはり連城三紀彦はこういうミステリーではなくて、もっと人間を描く普通の小説のほうが持ち味を発揮するような気がしている。
2021.10.24
駅の近くに行ったら人だかりがしていた。練馬の片田舎にこんなにも人がいたのか驚くほどの人だかりであった。
黒山の人々が向ける視線の先には、選挙カーがあった。屋根に何人か立って拡声器で叫んでいる。選挙だ。
ははあ、これはきっと、アイツだなと思ったら、案の定、安倍晋三であった。
元首相がなんでこんなところにいるのかというと、候補者の応援演説なのであった。
前にも書いたけれど、オレの地元ではあの菅原一秀がやらかしてしまって議員辞職して、今まで盤石だった自民支持基盤が大きく揺らいでしまっている。現在の候補は比例から滑り落ちてきた渋谷区選出の議員で、練馬区には縁のもゆかりもないから支持母体がない。
おかげで本来ならガチガチの安泰選挙区だったはずが、野党の統一候補が有利というとんでもない状況になり、万が一ここを落としたら自民党は大恥という瀬戸際なのだった。
だからアベちゃんという大物が足を運び、数日後には別の駅前に現職総理まで来るという。なんとも注目の選挙区になってしまったわけだ。地元に暮らす池上彰も大喜び。
そんなわけで駅前は大混乱の大騒ぎなのだが、そんなこととは関係なく、オレとヨメは駅前の中華でチャーハンを食い、息子は「うるせえな」と言いながら駅前のタリーズで友だちと勉強していた。そして娘は今日も駅前の塾にいて「うるさいと思ったらアベちゃんだったのか。でも今日一番うるさかったのはコーメートー」と例によってぷんぷんと怒っていた。
なお、駅前の人だかりの中には、「#阿倍やめろ」というボードを高く掲げる市民さんがいた。今もいるんだなあと驚き、もうアベちゃんは辞めちゃっただろと呆れる。市民さんは何でも反対するんだなあ。
2021.10.23
今年春先まで、アルビレックス新潟は無敵だった。13戦無敗。
ところが後半戦のアルビレックスは一転してむちゃくちゃ弱くなって、ここのところのゲームを見ると、前半戦で勝っておいてよかったとマジで胸をなで下ろす。あの13戦無敗がなかったら今頃は残留争いに巻き込まれていただろう。それほど弱いアルビレックス。
原点ははっきりしていてポゼショナルサッカーが根づいたのはいいけれど、さてそこからどうやって点を取るかができてないことだ。前半戦はそれでも個人技が冴えていたからなんとか点は取れたが、個人が調子を落としたら途端に点が取れなくなった。
今日も、勝つためのポゼッションではなく逃げ場をつくるためのポゼッションと中継アナに小馬鹿にされる始末である。
推進力ゼロのサッカーでは勝てるわけがない。
もっともポゼッションの基礎は根づいたのだから、次は推進力を植え込めば勝てるわけだ。強力なフォワードが必須。全体に今シーズンを投げ出したような無気力感が気になるが、来シーズンを見据えた推進力へのチャレンジが見られればという気持ちでゲームを見ている。
今日は谷口がハーフラインからの50メートルゴールを決めてみせた。あんなの10年に一度だろう。オレもライブで見たのは初めてだ。50メートルだもんなあ。
そしてハッと気がつく。
どんなにポゼッションをやったところで、結局はポゼッションとは真逆の個人技の典型であるこのようなスーパープレーが点に結びついているんじゃないかと。どひゃー、なんとたる皮肉! これだからサッカーは面白いわ。
「ライトマイファイア」伊藤潤・幻冬舎文庫。伊藤潤と言えば歴史小説の大家だから、この文庫を見かけたときはちょっとびっくりした。600ページ近い大著ではあったが一気読み。さすがの面白さだ。話は川崎のドヤ街での放火から始まり、1960年代から70年代にかけての学生運動、そしてよど号ハイジャックへと展開する。そして北の国に渡った過激派学生たちの悲惨な日々をリアルに描いていて、要するにあの学生運動の日々とは何だったのかと問いかけてくる。そういや先日仕事であった弁護士が、「実は学生運動に打ち込んでいて、逮捕歴も2回あるんですよ」とこっそり教えてくれたっけ。その弁護士は30を過ぎてから人生を立て直すために猛勉強して弁護士になったそうで、基本的に地頭はすごくよかったに違いない。そんな人材が当時はいっぱいいたはずだ。そして若さゆえの熱病のように浮かされて学生運動に首を突っ込んだおかげで人生を狂わせてしまったわけだ。オレよりちょっと上のそんな世代のことを考えながら読み終える。いったいあの季節は日本にとって何だったのだろう。まさしく風邪をひいたようなものだったのかも。
2021.10.22
小岩へ行った。江戸川区か? 葛飾区なのか? よくわからない。
駅前のドトールに入る。ドトールはチェーン店なので、オーナーによってサービスのレベルが著しく違うから注意が必要である。
今日のドトールは微妙だったな。
トレーを自分で下げるのはいいんだが、カップはここ、トレーはここと細かく分けて片付けなければならず、社員食堂かよとずっこけた。
店内はきれいだが、下町の客が多いせいか、とにかくおっさん、おばさんの団体がうるさい。デカい声でしゃべりまくる。明らかに近所のおっさんおばさんで、地元の噂話に終始していた。
まあ、地元の店で何をしようがかまわないんだけど、これほどうるさいとさすがに閉口してしまう。
口にガムテープ貼って簀巻きにして江戸川に放り込むど、おらあ。心の中でオレは啖呵を切って、そして耳をふさぎながらくそつまらないミステリーを読むのだった。
「元彼の遺言状」新川帆立・宝島社。“このミステリーが凄い”で大賞を取って、すげえプッシュされていた作品。文庫になったので手に取ってみた。新感覚ミステリーとのことだが、単にラノベ的な軽さがあるだけなんだろう。登場人物が多いのにキャラの書き分けがちゃんとできていないから読みづらいし、全然感情移入できない。ミステリーの部分も、そんなわけあるかい的な突っ込みどころがあって、シラける。現役の女弁護士が書いたミステリーというだけが話題の一作。
2021.10.21
ここのところの寒暖差は、けっこう堪えるねえ。なんだか秋らしくない秋が続く。
そんな中、冬のズボンを買おうと思ってふらふらしてたら、結局、最後はユニクロで気に入ったのを見つけた。
最後はユニクロ。そういうものなのだろうか。
2021.10.20
大変ありがたいことに、ここのところ忙しい。仕事をたくさんいただいている。
そして身は一つだから、一つの仕事が入るともう一つはどうしたって入らない。
よって新しい仕事の打診も、泣く泣くお断りせざるを得ない。不本意ながらも。
そんな調子で今日も一つ、おいしい仕事を断ってしまった。ここのところ連日である。
仕方ない。だが精神衛生上、非常によろしくない。
フリーなんだから声のかかるうちが花。それなのにお断りするなんていう不義理を働いてしまえば、もはや二度と声はかからないではないか。
非常に気分的に落ち込んでしまう。
さらに神様というのはたいへん意地悪なのか、せっかく新しい仕事は断ったというのに、既に予定されていた仕事がキャンセルになってしまったりもする。フリーランスあるあるだ。
おかげで忙しい忙しいと言ってたはずなのに、来週なんかぽっかりとヒマになっちゃって、これが断った相手に見つかってしまったらさらに不興を買ってしまいかねないとびびる羽目になる。ますます精神衛生上、よろしくないのだった。
「ペッパーズ・ゴースト」伊坂幸太郎・朝日新聞出版。伊坂幸太郎の新刊。珍しくハードカバーで買ってしまった。評判が高い。いつもの伊坂幸太郎節で、いろんな視点が入れ替わり、話は目まぐるしく転がっていく。まあまあ、面白かった。だがオレの伊坂作品のベストは「僕の舟」「逆ソクラテス」の短編二編。これには及ばないなあ。というわけでまたこれらを再読したくなる。
「恋文・私の叔父さん」連城三紀彦・新潮文庫。すごいすごいとは聞いていた。だが今まで連城三紀彦は読んだことがなく、これが最初の一冊。そして唸る。うーむ、すげえ。なんと濃密な人間世界。6編を収めた短編集だが、あまりに濃密すぎて1編を読んだらしばらく間を置かなくてはならなかった。表題作の「私の叔父さん」の、なんとまあ衝撃的な展開よ。「紅き唇」で描かれているおばさんの凄い存在感よ。話が進むにつれて、いつの間にか主人公が入れ替わっていて、物語の様相がぐるっと変わってしまう手際のよさには驚く。やっぱりこずい作家なんだな。
2021.10.19
わたしの実家の隣町は、築地という。読み方は「ついじ」だ。
だから大学進学のために上京してしばらくの間、わたしは築地市場を「ついじしじょう」と読んでいた。築地を目にして最初に「つきじ」と出てくるようになったのは、ずいぶんたってからだと思う。
今では築地を「ついじ」と発音することの方に違和感を抱くようになった。いつの時点か、実家で暮らしていた年月を東京暮らしの年月が追い越したあたりから、もう完全に東京の人間になったに違いない。
そんなことを考えながら秋の銀座を歩く。風が冷たい。
そういえば銀座は「ざぎん」、六本木は「ぽんぎ」だ。「ざぎんでぐーふー、ぽんぎでズージャー」はバブルのお約束。
有楽町は「らくちょー」、浜松町は「まっちょ」、自由が丘は「おかじゅー」。
ここまでくるとどうかと思うが、小竹向原を「たけこ」、巣鴨を「がもす」、千駄ヶ谷を「だがや」、飯田橋を「だばし」、高田馬場を「だのば」、茅場町を「ばっちょ」となるとわたし以外に口にするものはなく、練馬を「まーねり」、日暮里を「にっぽりん」となるともはや略語ではなくて逆に長くなっている始末だ。
なお柏のことを「ばかしわ」、鹿島のことを「ばかしま」と呼ぶのはJリーグ好きのお約束でもある。困ったものだ。
2021.10.18
久しぶりに新宿に行った。これまた久しぶりに西口の歩道を歩いたら、ずいぶん広くきれいになってて驚いた。
確かドトールがあったはずと思って、見つけたので入る。昼飯にミラノサンドAのセットを頼んだ。
そうしたすぐに出てきたのでびっくりして、これ? と聞いたらそうだというので手に取ってトレイに載せたら、店員は慌てて「違います違います」と言う。なんだ、オレのじゃなかったんじゃん。焦ったオレが悪かったか、よく確かめもせずに返事をした店員が悪かったか。いいや、時代が悪いのだ。
帰りは6時前だというのに西新宿はすっかり暗い。
秋の装いなのだった。
2021.10.17
故郷の新潟は、稲刈りの美しい季節を過ぎると空気がシンと澄んできて、とても引き締まった季節を迎える。北の空から飛来した白鳥が田に降りて虫をついばみ始める頃だ。
空は高くて、魂はそこをゆっくりと昇っていくのだろう。
ゆっくりとゆっくりと、昇っていってくれと、オレは遠くから北を見やる。
2021.10.16
その衝撃の報せは、長崎ヴォルティス対アルビレックス新潟のゲームをDAZNで観ているときに飛び込んできた。
いや、長崎戦もなかなかの衝撃だったんだ。なにしろ開始12分でアルビレックスが先制。しかも36分で長崎が1人退場する。ゲームの4分の1が過ぎたところで1-0で11人対10人。誰がどう見たってアルビレックスの勝利は動かないだろう。
そのことを最も喜んだのがピッチの新潟の選手たちだった。
「なはは〜、ご苦労さん、これでもう勝ちだ」。そう思った選手たちは、途端に手を抜きだした。あと一歩、相手に寄せるところをサボる。プレースバックするところをサボる。相手にスペースができたからボールを入れるかと思ったらサボる。
そりゃもうひどいサボりの連続だった。
一方の長崎は、どうせオレらは負けるんだから思い切り暴れてやらなきゃホームのサポーターに申し訳ないぜとばかりに走りまくる。11人対10人ではありがちだが、余裕かましてサボりまくるチームと開き直って必死に走りまくるチームの差がはっきりと出て、ほーら、言ったこっちゃない、結局1-1の引き分けに持ち込まれてしまった。
自滅だな、自滅。
足を捻挫したのに鬼の形相で檄を飛ばしまくったキーパーの阿部ちゃん、体を張ってボールをはね返し続けたマイケル以外の選手は、全員坊主にしろ。一週間楽しみにしてこんな不愉快なゲームを見せられるこっちの身にもなってみろってんだ。
弱いなりに全力を尽くして負けたなら、残念だった、次こそ頑張れ、と応援する気にもなるのだが、手を抜き、サボりまくって引き分けじゃ応援する気にもならん。まったく不愉快である。
それにしてもこのゲームの主審はベテランの西村さんで、采配は実に見事だった。
なんでJ2のこんな場末の試合に重鎮・西村さんが笛を吹くのかと驚いた。序盤の様子見のファール連発に対して西村さんは、これはスルー、これは取るとはっきりした基準を示し、3位・4位の直接対決が堅い塩試合にならないようにコントロールする。
長崎の選手の退場シーンも、これは一発ドグソだったわけだが、新人レフェリーだったら試合が壊れるからとレッドは出せなかったんじゃないかな。だが西村さんはためらわずにレッドを切る。その厳然とした仕切りは実に見事だった。
何かと批判されることの多い西村さんだが、オレは好きだよ。
という衝撃のゲームを見ている途中にもたらされた衝撃の報せというのが、エディバウワーの全店閉鎖である。アルビレックスの手抜きとサボりに怒り心頭だったオレと息子に向かって、ヨメが「あれえ、全店閉鎖だって」と教えてくれたのだった。
エディバウワーは洋服のブランドである。アウトドア系のアメリカンカジュアルだ。オレは好きで20年ほど着ているし、大学生になってからは息子も全身エディバウワーである。立ち寄るのは池袋サンシャイン店で、ここでは息子のカルテをつくってくれて、いつも前に買った服との組み合わせを考えて季節ものを紹介してくれている。気持ちよく買い物ができるのだ。
いかにもアメリカンカジュアルだから、要するに無難。普通に着られる。それでいて品質は鬼品質で、とても安い。ユニクロよりは高いけどパパスよりは安いという価格帯だ。
ここのダウンコートなんて、真冬でもTシャツ一枚で過ごせるくらい快適だぞ。いつだったかダテ君も着ていて、おお、同じだと思ったっけ。
半年ほど前に池袋の店に行って店員と話したら「回復は飲食が立ち直ってからで、アパレルは最後なんですよ」と嘆いていた。業績はかなり低迷していたに違いない。
国内の全店舗閉鎖でネットショップもクローズするというから、エディバウワー、完全撤退。コロナに息の根を止められたのだろう。
もっともアメリカンイーグルが復活したように、いつか再びエディバウワーも日本に再上陸する可能性もあるのではないか。いつになるかわからないが。
これから完全閉店セールが始まるそうで、最後に足を運んでおきたいが、なんだか気まずい買い物になりそうだな。それよりもエディバウワーがくなったあと、息子の服はどこで買えばいいのだ。ユニクロか。ユニクロは嫌だ。島村も嫌だ。いっそ西友にするか。
似たようなアメリカンカジュアルのブランドはいくつかあるからそれでもいいっちゃいいんだが。もっとも鬼品質のエディバウワーは何年も着続けられるから、手持ちの服でも当分間に合うのも確かである。
あ、だから売れなくなったのか。だはは。まったく洋服商売は難しいもんだなあ。
2021.10.15
メールクライアントは「Shuriken」を使っている。誰も知らねえよな、こんなソフト。「一太郎」のジャストシステム製のメーラーだ。有料。なんと4000円近くもした。
ジャストシステムの製品ではJustRightという校正ソフトも使っていて、こちらもバカ高くて4万円近くもした。プロとしての商売道具だからと諦めて購入したが、こんな価格じゃ売れないに決まっている。本当に商売が下手な会社だなあ。
ちなみにジャストシステムの日本語インプットメソッドのATOKは、同社の葬儀用が阿波徳島だったことに由来する。このセンスもなかなかだよなあ。
メールソフトは無料でも優秀なのが山ほどあるというのになぜ高いカネを払って「Shuriken」を購入したかというと、ただひたすらすら安定しているからである。それ以外に何の理由もない。そしてそれ以外のあらゆる面が、他のメールソフトに劣っている。
一言で言えば、「Shuriken」はダサいのだ。
デザインが気絶するほどダサいことに加え、操作の一つ一つが鬱陶しい。一つのことを終えるのにどれだけリターンキーを押させるんだよ。あ、またリターンキーを押せと言ってる。またまた確認のラジオボックスだ。
なんというか、役所の書類にハンコを強要されるようなレベルの鬱陶しさで迫ってくる。
そして今この比喩を書いていて、オレはうまいことを書いたと我が画を自賛する。
そうなのだ、役所の書類のハンコのような操作感なのだ。「Shuriken」は。
オレの仮説だが、これはひょっとしてジャストシステムが長らく役所で使われてきたことに関係しているのではないか。
ワープロソフトはマイクロソフトのWordが大正義という中にあって、メイド・イン・ジャパンの「一太郎」にこだわってきたのが官庁や自治体だ。オレもそれは賛成だ。なるべく国産にしようじゃないの。iPhoneじゃなくてXperiaを買うのが日本人だろ。
そして「一太郎」は自然とお役所仕事に身の丈を合わせるようになり、結果として役所の書類にハンコを押すような操作感になってしまったのではないか。うむ、いけそうだな、この仮説は。
だもんで間違いのない堅牢さでありながら、使っていてあまりに鬱陶しいので、定期的にオレは他のフリーソフトに乗り換えたくなる。お約束のThunderbirdはいろいろとカスタマイズできてとても楽しいし、新顔のeM Clientはデザインも操作感もなかなかよろしい。
だがそれらのフリーソフトをいじっているうちにオレはふと我に返る。
しょせんメールソフト。たかがメールソフト。メールのやりとりができれば何でもいいではないか。デザインがダサかろうが操作が鬱陶しかろうが、問題なくメールの送受信ができればそれ以上はどうでもいいではないか。
そんな大人の判断を下し、オレはいつも「Shuriken」に戻るのだった。
やっぱり毎日食って飽きないのは日本食っすわ、先輩。
2021.10.14
国会の解散って議員が職を失うことなのに、なんで万歳するんだろうねえ。勝鬨をあげている説、ヤケクソ説と解釈はいろいろあるらしい。
選挙でいつもは波風立たないオレの地元も、今回はちょっとざわついている。理由は、そう、あいつだ、イッシューこと菅原一秀。早稲田を出て、区議会から通産大臣にまで登り詰めたと言うのに、カニやメロン、祭りのご祝儀などを節操なく配ったおかげで大臣辞任ばかりか議員辞職にまで追い込まれて現在無職になってしまったあいつである。
カニやメロン、香典はともかく、地元の祭りの祝儀まで槍玉に挙げるのはちょっとどうかと思った。地元で祭りがあれば気の利いた家は祝儀を出すし、その額だって5000円程度だったらしい。それにだいたいどこの党の議員も普通に御祝儀出していたらしいし、そもそも祭りの祝儀を犯罪扱いするなんて無粋すぎるわ。
もっとも菅原一秀が追い込まれたのは身内の秘書などに対する扱いがあまりにひどすぎたためであって、積年の鬱憤を一気に腹から吐き出すように密告した秘書の存在によって裏の事情がいろいろとバレてしまったというのが本当のところ。
いくら外面が良くても、身内に対して冷酷なやつは、結局、人間としてしくじるよねえというのが地元の一致した見方だ。背中から飛んでくる銃弾というのは、だいたいが致命傷になる。
もっとも祭りや盆踊りがあればこまめに顔を出して、SAMの同級生というネタがらみで嫌な顔することなくダンスを披露してくれるサービス精神が受けてか、子どもたちの間で菅原一秀は、けっこう人気が高い。小学生は菅原一蹴が現れると「あっ、イッシューだイッシューだ」と大喜びだし、息子も握手して名刺をもらっている。
とはいえ公民権停止にまで追い込まれてしまった菅原一秀は、もはや過去の人扱い。関心は、ではその地盤を誰が譲り受けるのかという話だ。ここで自民党はフリーズする。しまった、人材がいない。自民党の椅子がポッカリと空いてしまった。
間の悪いことに、都政にすっかり飽きてしまった百合子様が国政復帰を狙って虎視眈々。隣の選挙区にちょろっと横滑りすれば、あらまあ、ちょうどよく菅原くんの椅子が空いているじゃないのと気づいてしまった。気を見て動くこと敏である点にかけては天才的な百合子様である。うかうかしていては大事な椅子を奪われてしまいかねない。こりゃあ、なんとかしなくては。
というわけで急遽降ってきた落下傘が安藤某だ。だ、誰だ、これ。
と問われても誰も知らないのは当たり前。練馬区とは縁もゆかりもない渋谷区出身の比例代表議員らしい。そりゃあ聞いたこともないわけだ。ご本人も練馬なんて知らん、どこの埼玉だ、という程度の認識に違いなかろう。
駅前でビラを配っていたから、もらって眺めてみた。
公約がずらずらと並んでいる。「大江戸線の延伸をします」「西武線の高架化を促進します」と、それが国会議員の仕事かよという約束だけがずらずら並んでいる。そんなことは区議会議員にやらせとけよと息子とオレは口を揃えて突っ込みつつ、見知らぬ土地への落下傘だから、とりあえず地元の耳に心地よい約束を並べておけばよかろうという程度の思惑が透けて見える。
バカにされたものだが、かえって自分がバカに見えるとは思わなかったんだろうか。
とはいえ立憲だけは死んでも嫌だ。日本が潰れる。18歳になって初めて選挙権を行使できることになった娘は、毎日塾の前でうるさく演説している共産党にだけは絶対に入れないと怒り心頭。結局オレたちは自民党に入れるだろう。「比例は公明でお願いしますよ」と学会からの電話攻勢も始まっているが無視だ。
そして公民権を失って無職の日々を送る菅原一秀だが、意気軒昂なのは相変わらず。根は肉食系で、ブログをこまめに更新し、将来の政界復活を今から高らかに宣言している。まだまだやる気なのだ。おそらく今回はうんざりしながらも安藤某に投票する人ばかりなのを見越して、次の選挙でその椅子を取り戻せると踏んだのだろう。実に政治の世界は明日をもしれぬ陰謀と野望の渦巻く黒世界。
せっかく大臣にしてくれた安倍ちゃんと菅ちゃんに大恥をかかせた大罪は永遠に消えないから、復活即自民党入りはありえないだろう。少なくともこの二人が引退するまでは無理じゃないか。それでも無所属でも当選する自信があるのだろう。今から次の選挙が楽しみになってきた。
2021.10.13
本日は大手町である。
人はかなり戻ってきた、ランチタイムにも行列ができている。それでも一つひとつのオフィスという視点で見れば、空席だらけでガラガラという会社は多い。まだ本来の姿ではないのだろう。
なんだかぐったり疲れて、たまにはハードボイルドでも読みたい気分になり、船戸与一か北方謙三でもと考え、池袋の三省堂の文庫コーナーに立ち寄る。でもちょびっとしか置いてなくて、今は船戸与一なんて見向きもされない時代になってしまったのかなあと寂しくなる。
熱く読んだものだったぜ、「猛き箱舟」に「蝦夷地別件」。
石神井公園に戻り、今度は駅前の八重洲ブックセンターをのぞく。時も伊野駅前に書店があるというのは、実はとてもありかせたいことだなといつも思う。この街に書店はもうこれだけだ。
「文藝春秋」の今月号を買って帰る。中森明菜がどのようにして食い物にされていったかというレポートが秀逸。芸能界は恐ろしいところだなあ。
「出会いなおし」森絵都・文春文庫。この作家は本当に上手いなあ。「みかづき」も面白かった。これは人に再会して自分を振り返るような、そんな物語を集めたもの。例えばしばらく一緒に仕事をした人と、その仕事が終わったらもう会わなくなるというのはよくあることで、数年後にそういえばあの人はどうしているかなと思い出すのもよくあることだ。そんなことをモチーフに物語が紡がれている。取引先や家族や小学校の同級生たち。そんな人たちとの再会の物語が本当に上手く描かれている。
2021.10.12
大きく外に開いて放り込んでくるというオーストラリアの攻撃はわかりやすいが、それが一番脅威なのも確かだ。富安でさえ五分の戦績。ちびっ子日本には厳しい展開だ。
勝ったのはよかったけれど、大迫がなんていうことのないあれを2つ決めていれば4-1の大勝利だったわけで、もはや大迫は見限っていい。つーか、終わってる。
そして最大の老害・長友。マークを捨てて勝手に食いついて、広大なスペースを残して勝手な駆け上がる、運動量自慢の脳筋サッカーは、もはや時代遅れだっつーの。守田のファールも長友がマークを放棄したからだっつーの。
長友と大迫に早く見切りをつけないと、ワールドカップ出場は危うい。
あっ、ついでにポイチも。君が代を聴いて涙ぐみ、たった1つ勝ってうろうろする、そんな豆腐監督はいらんつーの。
それにしてもテレビ朝日の中継は酷かった。松木がうるさくて仕方ない。
その点、DAZNの中継はさすがである。解説は岡ちゃんと戸田。
岡ちゃんはフリーダム。いつだったかのワールドカップで、解説者の席に座っているというのに、アナウンサーから目の前の試合について問われると「そんなことより昨日のゲームの話をしましょうよ。すごかったですよねえ」と全然関係ない話を始めたという自由人。単なるサッカーオタクのおっさんなので、解説は抜群に面白いのであった。
「ミステリーの書き方」日本推理作家協会・幻冬舎文庫。これはなかなかに興味深い一冊。当代一流のミステリー作家が自作を例に取り上げさまざまな種明かしをしている。例えば宮部みゆきは「プロットの作り方」、船戸与一は「冒険小説の取材」、北方謙三は「文体について」という具合。宮部みゆきは「魔術はささやく」を取り上げてどこがよくてどこがダメだったかを解説している。実に興味深い。読書ガイドとしても一級品の一冊だ。
2021.10.11
よし、次はインフルエンザだ。
なにしろウイルスというやつは土地を奪い合う。コロナが店じまいした今、虎視眈々と狙っていたインフルエンザどもが雪崩を打って入居してくるのは火を見るより明らかだ。ともかく今のうちに鍵をかけておかなくてはならない。
というわけで暴君であるオレは家族に対してインフルエンザワクチンの予防接種を厳命したわけだが、聞き分けのいい娘と息子とヨメは一瞬にして接種を終えてしまい、インフルワクチン未接種はオレだけになってしまった。
これでは暴君として立つ瀬がない。オレもただちに接種を決心しし、かかりつけのナカムラ医院に電話したのである。
あー、もしもし、インフルエンザの予防接種、お願いしたいんですが。
「まだやってません、13日からです」
えっ、遅いなあ。それまでオレは未接種人間として恥ずかしい思いをしなくてはならないのか。仕方ない、待つか。
「ただし、かかりつけの患者さんに限られていただいております」
ええっ、マジかよ。オレは確かに常連だけれど、でもこのクリニックは患者を選ぶのか。医療機関としてそれはあまりに横暴ではないか。赤ひげ先生を見習え。アフガニスタンの空に消えた中村哲を思い出せ。同じナカムラでもえらい違いだなあ、おい。
一見さんお断りというクリニックの態度に驚いたオレは、じゃあいいやと切り替えて、家族がいつも打ってもらっているフタバ医院で予防接種をしてもらうことにした。こちらも歩いて数分である。
面倒くさい原稿に立ち向かうことから逃げ出すようにして家を出たオレはフタバ医院に向かう。基本的に商売っ気の薄いクリニックで、いつ行っても空いてるというのが一番のセールスポイントだ。
案の定、数分待って診察室に案内され、医者と対峙する。陰気なおっさんだ。
おっさん医者は注射器を取り出して「ちくっとしますよ」と言って針をオレの左腕に刺し、そして「はい終わり」と言ったのである。あったさりしたもんだ。
あまりにあっさりしていたから少しはコミュニケーションを取ろうと考えたオレは、「はい終わり」と言われた直後、はやっ! と口走ったのである。
だがおっさん医者はギョロッとオレを見て無言のまま。もしかしたらムッとされたのかもしれない。
そのまま診察室には気まずい空気が漂い、オレはそそくさと出てきたのであった。
夜、塾で22時まで勉強して帰ってきた娘にその話をしたら「それは父さんが悪い」という顔をされてしまい、ヨメにも「そういうことは相手を見てから言いなさいよ」と糾弾されてしまった。この家では暴君のオレが一番責められる。
オレはとほほほと泣きながらレモン酎ハイをゴクリと飲み干したのだった。
2021.10.10
日曜日の今日もオレは朝から仕事をしている。しかも今日は胃がん検診なので朝から何も食べられないし、水もコップ一杯だけだ。仕方ない。
区の健康センターというところでバリウムを飲んでX線検診を受ける。毎年のことだが、どうしてこういう時の受付の職員とか、あんなに感じ悪いのだろう。
「今来たのっ?」「わかる?」と上から小馬鹿にする案内係。精算の時に用紙を出しても何も言わずに黙っている会計。腹が立ったからこっちも黙っていたら、ようやく「1000円です」と言ってきた。しゃべったら口が減るんか。
コンビニの接客より酷いなあ。
まあ、そんなのは柳に風と受け流せばいいだけの話ではあるが。
バリウムを飲まされて、そんなのでは空腹は満たされないから、帰りに牛丼弁当を買ってきて食べたのだった。牛丼はもしかしたら我が家の主食なのかもしれない。
2021.10.09
土曜日なのに、休日なのに、オレは早朝から一日中仕事をしている。山のような原稿と戦っている。
だがそれでも終わらないのが悲しい。
いや、そんなことを言っては罰が当たる。死んだ母親にも怒られるだろう。
自分に言い聞かせて、キーボードを打ち続ける。
まあそれはともかく、J1昇格を諦めたからアルビレックス新潟のゲームも落ち着いてみられるわ。呑気なもんだ。
アルビレックスがJ1に昇格できるかどうかは、日本代表がワールドカップに出場できるのと同じぐらいの可能性しかないだろう。たぶんどっちも無理。だははは。
2021.10.08
中学時代の娘の通学路にあったセブン―イレブンが閉店したと思ったら、すぐさま「サイゼリヤ、10月13日オープン!」という大きな看板が掲げられた。
サイゼリヤのことを一般的にはサイゼと呼ぶらしいが、オレはゼリヤと呼んでいる。だから車の中から看板を見つけたオレは、こんなところにゼリヤかよ〜と叫んだのだった。
駅前でもなければ幹線道沿いでもない。
練馬の住宅街の片隅に、このゼリヤはぽつんとオープンすることになる。
登下校の中学生が立ち寄るわけはないから、PTAの帰りのママたちの巣窟になるのか。いやあ、考えにくいな。一二度は足を運ぶだろうが、決して毎日行くところではないし。やっぱり普通のランチ需要を狙ってのことだろう。
もっとも周囲にあるのは家内工業に毛の生えたような零細企業ばかり。となるとドライバー狙いか。駐車場は狭いが、まあセブン―イレブン時代もそれでやりくりしてきたんだから、ドライバー狙いでいいのかもしれないな。
朝日新聞あたりの報道によれば、実はサイゼリヤはこういったコンビニ跡地を狙った出店攻勢をかけるのだという。娘の中学校近くのゼリヤも、この流れで開店するようだ。
あえて小型店にすることで開業費用は半分に抑えられ、そしてキッチンは1人で回せるらしい。客席が少なくて大きな売上は見込めないが、ちょびちょびとセコく稼ぐことができるに違いない。まるでオレの商売を見ているようで、なんとなく親近感がわく。
ゼリヤはもともと驚くほどの低価格路線で、その価格を維持するためにどんな努力をしているのかを聞くと、感動する。例えばミラノドリアは福島の契約農家から米をどかーんと買って船でオーストラリアまで運び、オーストラリアで調理したものを冷凍にして再び日本にもってきて全国の店舗に配っている。たぶん日本国内で保管するコストなんかを考えると、船を倉庫代わりに運んだ方が合理的なのだろう。
安いばかりでなくてゼリヤはけっこう美味い。息子はいつも「美味い美味い」とパスタを2皿オーダーして平らげるほどである。親子3人でたらふく食っても2000円ちょっと。味だってそのへんのイタリアンよりよほど美味い。
だから近所にゼリヤができるのは大歓迎だ。あそこのセブンがサイゼになるよと教えたら、娘は「えっ」と言ったきり固まって、そしてニヤッと笑ったのだった。
2021.10.07
緊急事態宣言は終わったが、今度はオレが緊急事態宣言である。
仕事がどんどんたまっていくのにオレの能力は反比例して下がっていき、片付かない原稿が山となってオレを攻め立てる。早く片付けてくれえ、早く片付けてくれえと。
その責め苦に耐えかねたオレはとうとう心が折れてしまい、息子とヨメを連れて久しぶりに地元の寿司屋へ行ったわけだ。娘は例によって塾である。
緊急事態宣言が終わったので寿司屋でも酒が飲める。だが混んでいて座れたのが7時30分。アルコールのラストオーダーが8時だから、オレは大慌てで生ビールを飲み干し、そして刺身をつまみに日本酒に突き進む。息子とヨメ寿司だ。
回らない寿司屋である。カウンターに座れば目の前でちゃんと板前が握ってくれる。それでいて安い。今夜も大人3人に娘のお土産も入れて、全部で1万300円。1人3000円ちょっと。なかなかリーズナブルだ。
しょぼい店構えでネタも決して抜群というわけではないが、地元の寿司屋としては十分だろう。
娘へのお土産の折寿司を抱え、帰りは息子の運転するクルマに乗る。楽ちんだ。
帰って速攻で風呂に入り、早く片付けてくれえと叫ぶ原稿に耳をふさぎ、現実から逃避するように布団に入る。寝るのだ。寝るより楽はなかりけりと母親は必ずそう口にしてから布団に潜り込んでいたではないか。
ところが寝たと思ったら緊急事態が勃発だ。なんと震度5だという。ふざけんな、オレは寝たばかりだぞ。原稿の野郎が起こしに来たのか。
あまりにも頭にきたので揺れても気がつかない振りをしてそのまま寝続ける。息子と娘が起こしに来たので、むにゃむにゃ、これは夢だ夢だと言ってごまかす。ヨメは風呂で何か叫んでいる。飛び出すんじゃないぞ。
深夜、日本代表がサウジアラビアでアウエーの決戦だ。ワールドカップ最終予選である。きっと負けるという予想通りに負けたので笑ってしまった。
大迫の劣化ぶりが酷く、あっさり決められるところを2つも失敗する。ストライカーが決められないのだからどうしようもない。いつまで大迫を使い続けるつもりだろう。
致命的なミスをした柴崎も劣化著しく、なんで使うのだろう。ひどいもんだ。
もっと酷いのが長友で、がむしゃらに上がり続けてクロスを上げるだけだ。おかげでスペースを消されまくっている古橋がたいへんに迷惑しているではないか。
現代サッカーではサイドバックはするすると中に入ってスペースをつくって決定的な仕事ができなければならない。
それなのに長友は上下に動いてクロスを上げるだけだ。古い。古すぎる。肺活量自慢の一昔前の古いサイドバックだ。これならマリノスの松原あたりのほうがよほどマシ。もちろんオレは松原が(セレッソの大久保なみに)大嫌いなので決して使って欲しくないが。
大迫、柴崎、長友。
このあたりのオールドネームを重用して、失点してから慌ててオナイウを入れたり、古橋を左サイドで使ったりという采配は、はっきり言って頭がおかしいとしか思えない。最大の敗因は森保にあることはもう明らかだ。
この時点で森保を解任できるかどうかが大きな分かれ目。このままでは次のオーストラリア戦も負けるに決まってる。一番の緊急事態宣言は日本代表なのだった。
2021.10.06
電車の中で娘にラインしていたら降りる駅を見逃して乗り過ごしてしまったし、自動改札を出ようとしたらSuicaに反応しなくて二度、三度と扉が閉まってしまうし、家に帰って風呂にお湯を汲もうとしたらシャワーが暴れ出してワイシャツ姿のままで全身びしょ濡れになってしまった。
昨日、客にほめられたとはしゃいだもんだから、天の神様が「調子にのんな」と怒ったのだろう、今日は今朝から散々なのだった。
2021.10.05
うーむ、仕事でほめられてしまった。
ほめられることに慣れていない末端下請け業者(はいご苦労さん、もう下がっていいよとは言われる)なので、ほめられるとうろたえてキョドってしまう。
いや、はは、どうも、いや、まだまだですって。
こんな態度でも、まあ当然だよとふんぞり返るよりはマシだろうと思うのだ。
しばらく前から一緒に仕事をする周囲の全員がオレより年下というのが当たり前になっているので、とにかく鬱陶しがられないようにと、そればかりを気にしている。説教なんてとんでもない。アドバイスもありえない。制空権を握ろうなどと考えるな。指示待ちでいい。受け身でいろ。
ただひたすら大人しく地味にしているだけだ。腰は低く、頭も低く。腹から先に歩くなんてとんでもない。
そこではっと気がつく。今日ノーベル賞を受賞した先生も、一昨年受賞した旭化成の吉野さんも、実に穏やかな人柄だ。好々爺と言ってもいい。
年取っても定年なんか関係なく現場で楽しく仕事をしている人たちがみんな穏やかなのは、そんなふうに若い世代に鬱陶しがられないように振る舞ってきた結果なのかも。ということはオレにもノーベル賞のチャンスが回ってくるかもしれないし、その時は「妻のおかげです」とコメントするからなとヨメに言ったら無視されたということはさておいて、上に立つ人こそ穏やかな人柄であるというのはとても大切な真実なのだ。
だからオレもたまにほめられたからといって調子に乗らず、あくまで謙虚かつ穏やかであらねばならない。仏様のようなタンゴちゃん。
そんなことを考えながら、息子と近所のコメダ珈琲に行く。
オレは一日こもってリモートインタビューをしていたが、息子も一日パソコンに向かってリモート授業なのだった。一コマ210分。つまり3時間半という驚異の講義が一日中続く。
「3時間半もパソコンに向かって一人でぼそぼそと話し続ける教授はバケモノだ!」と、ぐったりした顔で息子は言う。3時間半も一方的にそんな話を聞く訓練をすれば、国会で政治家のだらだらした話を聞いても平気なのではと言うと「官僚にはならない」と息子は言う。まあ、そりゃそうだろうな。
息子の周囲でも完了を目指す仲間は一人もいないという。ここ2、30年、ずっとそんな調子で、官僚はもはや羨望の仕事ではなくなっている。おかげで人材は払底し、劣化する。これは地味に日本の危機ではないかと案じている。
2021.10.04
虎ノ門で一日取材仕事のオレは、駒場で一日授業を受ける息子と一緒に家を出た。同じ電車に乗り、小竹向原駅でオレはそのまま新木場行に乗り、息子は横浜中華街行きに乗り換えた。同時に発車した電車で窓越しに見合ったオレと息子はサムアップで挨拶だ。
大学生にもなって父親と一緒に行動すること厭わないなんて、すげえよくできた息子だよなあと感心する。
虎ノヒルズで降りたのは初めてだ。このあたりの様相は激変している。何が何だか、もう。
ちょっとコーヒーでもと思っても何が何だか。カフェを探してうろうろ歩いていたら一駅先の神谷町のドトールまで行ってしまった。
このあたりは法律事務所とか会計事務所とか、いわゆる士業のオフィスが多いなあ。なんでだろ。
夕方までビルにこもりきりでインタビューをこなす。外は30度という季節外れの暑さなのに室内は冷房が効きすぎて寒い。耐えきれずに設定温度を上げても、いつの間にかまた下げられている。きっと誰かが気を利かして下げてくれるんだろうなあ。
こういう日はビールでも飲んで帰りたいのだが、そこはグッと我慢。家に帰ってすぐに汗を流し、そして仕事をするのだった。
22時、息子が「こ」という一文字をLINEに送ってきた。小竹向原駅に到着した、という報せである。オレは「り」つまり了解と返信し、見計らってクルマで石神井公園駅まで迎えに行く。見上げればきれいな秋の夜空だ。
2021.10.03
しっかしPK外して泣くフォワードなんて初めて見たわ。なんというメンタルなんだと呆れた。ああ、気分わるっ!
ということは置いておいて、今日オレはワイシャツを買おうと思ってイオンに行ったのよ。戸田の。
アイロンがけをしていたヨメが、ワイシャツがほつれているというから、これからは上着を着る季節だし、ごませるんじゃねと思ったものの、大人としてそれはどうよと考え直して、買いに行ったわけだ。
ワイシャツなんて作業着だからイオンでも西友でもどこでもいい。アオキとかの紳士服屋でもいいんだけど接客が鬱陶しい(今なら2枚買うと安い、ついでにネクタイも安い、靴はどうだ、そろそろコートもいるぞ、そうだ礼服のキャンペーンもやってるが)ので、イオンあたりで十分である。
というわけで、例によって塾に行っている娘は別として、息子、ヨメと一緒にイオンに行ったわけよ。運転は息子。ああ、楽ちんだなあ。
で、驚いたのがイオンの混雑ぶり! オレたちは早い時間に行った(なししろ午後アルビレックスのゲームがある)ので、とっととワイシャツを買って11時過ぎには昼飯も食うことができたのだが、店を出てみたら大変な行列。特にサイゼリヤなんてすげえ順番待ちだった。
売場も似たようなもので、大勢の埼玉県民がどっとイオンに押し寄せている。緊急事態はもう終わったもんね。
おかげでイオンそこそこ儲かっただろう。慶賀の至りである。
しかし埼玉県民というのはイオン以外に行くところがないのかね、とイオンに行ったオレが天に唾する。だから午後のゲームが酷いことになったのか。天罰。
泣きたいのはオレだよ、ほんとにもう。
2021.10.02
カレーっていうのは、まあ、だいたいがうまい。カレーのまずい店というのは当たったことがない。
だから地元に新しくカレー屋がオープンしたのを発見したときも、うまいに決まってると思った。
場所は仲屋の跡である。
仲屋とは地元の有名店だ。とにかく量が多くて激安。玉子丼280円。ソース焼きそば280円。
780円の日替わり定食なんてびっくりするぞ。刺身に揚げ物に塩からに納豆に生卵にえーとあと何だってという具合で、テーブルに載ったそれを見てあまりのボリュームにのけぞったのはイサワ氏だった。
その仲屋が突然閉店したのが一昨年。いったい何ができるんだろうと思っていたら、先日、カレー屋がオープンしたのだった。
カレー屋か。まあ、カレーっていうのはだいたいうまいよな、と話は冒頭に戻るのである。
そのカレー屋に今日の昼、行ってみた。ヨメと息子の3人である。土曜日だが娘は学校に塾だ。
広い駐車場に車を停めて店に入る。入り口の看板でランチメニューを見たら、1100円もする。うーむ、高い。高いではないか。仲屋とは大違いだ。
カレーなんてだいたいうまいに決まっている。高いからスペシャルにうまいなんてことはない。だからこの値段はぼったくりではないか。まあ、いい。せっかく来たんだし、2度目はないとしても一度は入ってみようか。
というわけで店に入り、テラス席に座る。おお、とても気持ちいいではないか。練馬の畑を渡る10月の風がとても気持ちよく、空は晴れ渡って、まるで南プロヴァンスのカフェのようだ。嘘だけど。
カレーなんてだいたいうまいに決まっているから、ロケーションは大事な要素だ。その点でこの店はなかなかよいな。
注文は、なんと入り口で前払式。「個別会計はお断りします」と大書してある。よくないな、これは。
会計は現金のみ。注文は普通に紙にメモを取っている。なぜ前払なのかよくわからない。松屋の食券のほうがよほど気が利いている。
料理はちゃんとテーブルまで運んできてくれた。つまりフロアの人手は足りているわけで、どうして前払なのかわからない。ちゃんとテーブルに案内してそこで注文を聞くだけで、店の印象はまるで違ったものになるのになあ。テーブルに座って、さてどれにしようかなとメニューを開く楽しみもあるのにね。外食には。
南プロヴァンスの風に吹かれてテラス席でカレーを食べる。カレーなんてだいたいうまいに決まっているから、うまかった。
食べ終わったら食器は「返却口」と大書されたコーナーまで自分で持っていかなくてはならない。それを見ながら4人の店員が「ありがとうございましたー」とコーラスする。人手は十分に足りているんだよ。ちゃんとサーブしてくれれば、店の印象はまるで違うのに。
カレーはどこで食ってもだいたいうまいが、ナンの味には違いがある。オレたちがいつもいく駅前のインド料理屋「リアル」は、とてもうまいナンを焼くし、もちろんサービスはしっかりしていし、ランチは750円からだし、個別会計もちゃんとしてくれる。接客も調理もすべてネパール人だが、立ち振る舞いは日本人の店のようにとてもきめ細かくて心地よい。
やっぱりカレー屋は「リアル」だなあ。
ヨメも息子もオレも、返却口までカレーの皿を運びながら同時にそう思っていて、店を出た途端「2度目はないな」と確認し合ったのだった。
2021.10.01
朝からの会計事務所でのアルバイトに続けて夕方からは大学の部活動で汗を流した息子が22時頃に帰ってきたので、今日はウエルシアで吉野家の牛丼を買ったと教えてやった。
「…」
一瞬の沈黙の後、息子は「まったく分からない。一つも分からない」と呆れた声をぶつけてきた。どうやら早くも父親がボケたかと疑っているのかもしれない。
いや、息子よ、本当だ。本当にウエルシアで吉野家の牛丼を売っていたのだ。
「待て、本当にわからない。まったく分からない」
息子は忙しかった1日に疲れたというより、疲れて帰ってきてどうしてこんな茶番に付き合わなくてはならないのだということのほうに疲れているようだった。
だが本当なのだ。本当にウエルシアで吉野家の牛丼を売っていたのだ。
ウエルシアとはいうまでもなくイオングループのドラッグストアである。ローカルなドラッグストアの買収を繰り返し、全国チェーンとなった。売上高は堂々の業界1位である。
そんなウエルシアで牛丼が売られているなんて聞いても、息子でなくてもオレの頭がおかしくなったと思うだろう。だが本当なのだ。
発端は朝のニュースショーにある。朝のドタバタが終わってホッと一息。テレビを見ていたヨメがオレに教えてくれた。「ウエルシアで吉野家の牛丼だって」と。
なんのこっちゃ、ヨメよ。朝から気でも違ったか。
ところが本当なのだという。ヨメも耳を疑ったらしいが、慌ててスマホで検索したら本当だと分かった。しかも我が家から徒歩1分の店舗でも吉野家の牛丼を売るのだという。
マジか。事件じゃねえか。
幸いなことに会社の下期がスタートして各社で内定式が行われる今日は都民の日。都立高校に通う娘は学校が休みで、家で惰眠をむさぼっている。
よし、そういうことなら今日の昼飯は3人一緒に吉野家の牛丼で決まりだ。やったぜパパ、明日はホームランだ!
11時半頃、オレは徒歩1分のウエルシアにクルマで向かった。今日は台風。嵐だ。とても歩いてなんか行けないからな。案の定で、ウエルシアにクルマを停めて出た途端、オレが開きかけた傘は強風に煽られ、飛んでいってしまった。慌てて駐車場を走って傘を追いかけるオレ。こんなものが道路に飛び出たら危なくてしょうがないからな。
どうにか傘に追いつき、なんとか事なきを得る。オレはずぶ濡れだ。
ウエルシアに入り、さて、吉野家の牛丼はどこだろうと探そうとして、いったいどの売場を見ればいいのだと、立ち止まる。そりゃまあ惣菜売場だろうなあ。見当をつけて探してみるも、吉野家の「よ」の字も牛丼の「ぎ」の字も見つからない。
店員に聞くか。いや待て。ドラッグストアに来て「吉野家の牛丼はありませんか」という客がいたら、アホか不審者か、あるいはYouTuberかと疑われるだろう。ちょっとオレはうろたえる。
そこで一計を案じ、紙パックのアイスコーヒーを手に持ってレジに向かって、ほんのついでに思い出したかのように装ってパートのおばちゃんに聞くことにしたのである。
「ちーん、150円でーす」とおばちゃん。
あ、そうそう、ニュースでやってたけど本当に吉野家の牛丼なんて売ってるの?
「へ? あ、ああ、売るみたいですよ」
あ、そうなんだ。どこにあるの。
「もうそろそろ来るはずなんですけどねえ。台風だし」
なるほど、なるほど。じゃあまた後できますわ。
そう言い置いてウエルシアから立ち去ろうとしたその瞬間、オレと入れ違いに台車を押して店内に駆け込むように入っていった男がいた。振り返ってその姿を見たら、ジャンパーの背中には「YOSHINOYA」のロゴが!
おお、噂はやはり本当だったか。
オレは慌てて引き返し、レジのおばちゃんのもとへ行く。おばちゃんはオレを認め「来ました来ましたよう」と手招きするのであった。おばちゃん、ありがとう。噂は本当だったんだなあ。
見ていると吉野家の男は、段ボール製の即席のディスプレイを組み立てていく。そしてその上に牛丼弁当を並べ始めたではないか。吉野家の男に向かってオレは待ってたんだようとすがりつき、吉野家の男は「ありがとうございますっ!」と腰を折るのであった。
段ボールディスプレイに並べられた牛丼弁当3個を手に取り、オレはレジに向かう。おばちゃんは「よかったですねよかったですね」と我がことのように喜び、そして「お客さんが第一号ですよっ」とオレを称えるのであった。たいへんに気分がよろしい。
おばちゃんは「アタシも息子に買って帰ろうと思うんです」とオレに言い、オレは都立高校が都民の日で休みなので娘と一緒に食うんだよと返す。「あらー、うちの息子の中学は休みじゃないんです」とおばちゃんは言い、レジを挟んで地元の呑気な会話が盛り上がったのであった。
牛丼弁当3つを手にしてウエルシアを出て行くオレに対し、レジのおばちゃんに吉野家の男、そして店長までもが「ありがとうございました」「またお願いします」と大騒ぎ。そう、まるでオレはiPhoneの発売初日にアップルストアの先頭に並んだ男かよと勘違いするほどの盛り上がりになったのである。
こうしてウエルシアで手に入れた牛丼弁当を、娘、ヨメと一緒に食う。旨いなあ。牛丼は吉野家が旨いなあ。
今度は息子にも食べさせてやろう。
牛丼はウエルシアに限るのだ。
2021.09.30
内幸町で一仕事したのち、次の仕事は銀座なのでトロトロと歩いて移動することにする。
徒歩15分というところか。近いもんだ。
新橋の駅を過ぎて、道を一本渡ればもう銀座。こちら方面から銀座に入るのは久しぶりだ。
MARUGENビルを見上げれれば、入居テナントすべてがクラブやバー。改めてここは夜の街なんだなあと妙に感心する。
いつものカフェに寄って時間調整。銀座のカフェっていっても要するにベローチェだからコーヒーも200円ぐらいなのだ。
仕事を終え、銀座の街を少し歩く。秋の夕暮れの銀座はなかなか風情があっていい。
沖縄のアンテナショップがあるのを思い出し、ラフテーでも買って帰ろうと立ち寄る。
なんだか気分はすっかり週末なのだが、まだ木曜日だ。
青森へ選挙の応援演説に行けば「青森といえばリンゴ。リンゴといえば青森。私は子供の頃からリンゴが大好きです」と叫び、浦和へ行けば「浦和といえばレッズ。レッズといえば浦和。私は子供の頃からサッカーが大好きです」と叫ぶ、そんな参議院議員時代の谷亮子を思い出した。沖縄といえばラフテー。
明日は久しぶりに家にこもって仕事だ。来週はちょっとえげつないような仕事になるので、貴重な在宅勤務を有意義に活用せねば。
Chromebookの入った重いリュックをしょって、オレは夕方になってもトロトロと歩くのだった。
2021.09.29
前にも書いたけれど「仕事は来た順」という哀川翔アニキの名言は、オレたち自営業者には刺さるのである。
例年のことだがオレの場合は秋から冬にかけ手が忙しく、今年も既に1ヵ月先まで予定で埋まっている。ありがたいことだ。
一方で、そのためにどうしても断らざるを得ない仕事も出てくる。
先日は、ある大手外資系税理士法人の仕事を断ってしまった。ここ数年、毎年声をかけてくれるクライアントで、今年もぜひに、ということであった。だがどうにも調整がつかず、泣く泣くお断りした。
さらに続けて同様にここ数年毎年仕事をしている日本最大規模の監査法人から今年もぜひ、という連絡があったのだが、やはり同様に泣く泣くお断りした。
これは堪える。
ここ数年毎年仕事をしている業界大手クライアントから立て続けに「今年もぜひ」と言われたのにこちらの都合で立て続けに断ったわけだから、請負事業者の宿命とはいえ、非常に辛い。
もちろんオレの代わりなんかいくらでもいる。だからこそ一度打順を譲ったら、もう二度とバッターボックスには立てなくなる。
仕方ない。仕事は来た順なのだ。
だがそれでも、誰のせいでもない、オレのせいであることを重々承知しながら、あまりの理不尽に秋の空を仰ぐのであった。
「日本沈没」(上・下)小松左京・小学館文庫。これを読むのは3度目だ。「TOKYO MER」の次のドラマになるというから久しぶりに手に取ってみた。そして読んでみてびっくり。まず、小松左京ってこんなにも読みにくかったっけと驚く。文章がとにかく読みにくい。理由は句読点の多さだ。ぶつぶつと切れちゃって、気になって気になって肝心の内容が頭に入らない。別に驚いたのが、豊富な科学知識に裏付けられた沈没の様。東日本大震災を経験した今の時代だからこそ、その内容の確かさと先見性に驚く。1億人以上の日本人を世界各地へ逃すというとんでもないプロジェクトが、実にリアルに描かれている。
「もう時効だから、すべて話そうか」一橋文哉・小学館文庫。著者は匿名のベテラン事件記者。その正体は昔からいろいろと推察されてきた。どの本もたいしたことは書いてなくて、この本でも決してすべて話してなんかいない。有名事件のちょっとした裏話を大げさに盛っているだけだ。殺人など残虐なネタが多く、読んでいてうんざり。千葉駅で時間つぶしに買ったけど、買うんじゃなかったよ。
2021.09.28
自動車整備工が人手不足というニュースがあった。これはしっぺ返しだろうなあと思った。
自動車会社で働いている整備工、つまりディーラーのメカニックたちであるが、数年前にいろいろと話を聞いたら、ちょっとこれは…と思ってしまった。
まず給料が安い。結婚して家族を養うのは厳しいだろうと思われるレベル。
頑張って家族を養っていても、土日祝が休めないから、子どもの運動会も見にいけない。
クルマのソフト化やEV化が進んで、今までの技術がすぐに役に立たなくなり、常に新しいことを勉強しなくてはならない。
非常に狭い人間関係の中、一日中顔を突き合わせて仕事をしているので対人関係のストレスがハンパなく、特に職場によってはヌシのようなボスがいて荒んでいる。
車検や点検の営業電話をさせられる。営業がイヤでメカニックになったのに。
自動車の学校を出てすぐに入社したので社会を知らず、ただひたすら転職に踏み切る勇気がないので居残っている。
そんな環境で働いている人たちばかりだったので、これは早急に待遇改善を図らないと人が辞めちゃうだろうと思った。それなのに放っておいたから、案の定、人手不足で車検すらままならない状況である。
それに数年前からクルマのメカニックたちは転職市場で狙い撃ちされていた。例えばOA機器のメンテナンスとかだ。給料2割増しの土日休みという条件だと、これで子どもの運動会を見に行けると、すぐ転職する。当たり前だろうなあ。
要するに縁の下の力持ちとしてコツコツ地道に頑張っている人をないがしろにすると、いずれしっぺ返しを食らうという話だ。
そんなことを考えながら、今日は池袋で仕事。高層階から眺める景色はなかなか素晴らしく、秩父の山並みを遠くに眺めながら手前から広がる家々やビルの街並みはとても美しかった。眼下の池袋の街並みも、ずいぶんきれいな感じがして。これならもう少し池袋という街を探索してもいいかもなと思った。
と思いつつも最近はめっきりと体力が落ちてきて、家に帰ったらぐったり。加齢か。コロナのステイホームのせいもあるだろう。いかんなあ。
こんな体力でこの先のハードな日々を乗り切れるだろうか。心配しながらオレはビールを飲み、相葉と櫻井の結婚報道に40に手が届くおっさんが結婚したって別に当たり前の話だろうと放言し、そうか、これはKK(小室圭ね)への当てつけに違いないと膝を打つ。
2021.09.27
靴はいつも悩ましい。
普段履きの靴はまったく問題ない。無印良品の3000円くらいのスリッポンで気持ちよく歩いている。とても楽ちんである。
問題なのはビジネスシューズだ。仕事で履くときの。
何を履いても微妙に合わなくて、痛いのである。靴擦れもしょっちゅう。靴屋で試し履きして、これならと思って買ってきても、2日間履いてて音を上げて捨ててしまうなんてことばかりだ。
今はネットで買った4000円ぐらいの履いている。すごい安物だ。だが実はこれが一番履きやすく、初日こそ多少靴擦れができるものの、それ以降は楽に履けている。
だが安物は安物。半年もたつと型崩れしてきて、へにょへにょになってしまうのだ。へにょへにょの靴をはき続けるのは案外辛くて、足が痛くなり、体もへにょへにょしてしまう。そこですぐに新品に買い換える。安いから消耗品と割り切りつつ、安物買いの銭失いの典型でもある。
例によってその安物がへにょへにょになってきて、またネットで買い換えるかと思った。だがふとした気まぐれから一念発起、やっぱり靴はちゃんと買わねばと思い立ち、池袋のアシックスに立ち寄ったのである。
今日はいつものように朝から銀座に詰めて仕事をしていた。だが銀座で靴なんて恐ろしくて買えない。池袋がやっとだ。
ちなみに今日のランチは銀座六丁目の沖縄料理屋。ソーキそばが750円、ランチの半ゴーヤチャンプルと半ソーキそば、半まぜご飯といういろいろ半分がセットになった定食が950円と、なかなかリーズナブル。銀座とは信じられず、池袋でもないような価格設定だ。
銀座の表通りでランチなんか食ったら2000円だから、銀座で働いている人はとても食えない。ただからこの沖縄料理屋はそんな人たちでいっぱいだ。
さて、池袋のアシックスへ行って何をしたかというと、足のサイズを測ってもらったのである。3D計測だ。東京オリンピックの選手村でもやっていたというやつである。
「お客様は左足が5ミリほど大きいですね」となどと言われた。計測の際は靴下を脱ぐ。そこに店員が目印のシールを貼ってくれた。仕事とはいえ、仕事帰りのおっさんの生足と間近で正対するのだから店員もご苦労である。
そのご苦労に応える意味も込めて、お勧めの靴を購入した。とてもいい感じの履き心地だ。
もちろん新しい靴だから違和感ゼロということはない。数日間履いてる間になじんでくるだろう。
というわけで新しい靴で再出発の秋なのだった。
2021.09.26
酒席では政治と宗教の話はするな。ついでに阪神タイガースの話もするな。
そんな常識は百も承知だが、自民党の総裁選の面白さにはやはりいっちょかみせずにいられない。
「河野太郎が首相になったら小泉進次郎が官房長官で石破茂が幹事長の“小石河”体制なんちゃって」とか、「岸田だけは絶対に許さない」と意気込んでいる連中が高石早苗に入れるので決選投票は太郎対早苗ちゃんできまりだとか、河野陣営もそれに乗っかって岸田を奈落の底に落としてやると吠えているとか、いろいろと陰謀論が渦巻いていて面白い。ちょっとした戦国絵巻だ。
そんな中でポロッとこぼれてきたのが、そうである、あの亡国の立憲民主党の公約である。なんと「年収1000万円以下は所得税ゼロ」「消費税5%」という発言だ。
枝野くんのいつもの後先考えない思いつきかと思ったら、党としての公約というから驚きだ。
もっとも高速道路無料化もガソリン税廃止もできなかった口先ばかりの連中が偉そうに言う公約なんて誰も信じないが、それにしてもこれにはびっくりだな。馬鹿なのだろう。
どうやら財源としてMMTに目をつけたのではないかという説がもっぱらだ。
MMT。現代貨幣論。
オレもMMTは面白いし、一度やってみてもいいべと思っている。だが息子は「MMTは絶対に駄目だ。国が滅びる」と断言する。もちろん東大経済学部首席の言うことが正しいに決まっているのだが。
MMTとは要するに、お札なんてばんばん刷っちゃえばいいんだよという金融政策だ。しかも円はドルやユーロと並ぶ国際基軸通貨。どんどん印刷すればどんどん金持ちになっていくわけだ。ちゃんと理解しようとするとMMTはとても難しいので、オレもよくわかっていないが、たぶんそういうことなのだ。
確かにこのままでは日本は借金まみれで破綻する。オレが若い頃もそう言われていた。そう言われ続けて30年たったというのに一向に日本は破綻しそうにないのはどういうわけだ。
要するに日本の借金は国民からしているから破綻しないのである。
お父さん「ねえねえお母さん、今月ピンチなんだ、ちょっとお金貸して」
お母さん「また? 仕方ないわねえ。先月の3000円も返してもらってないのに」
確かにこれでお父さんの借金は増えるが、しかしお母さんの金がお父さんに渡っただけで、家計全体で見れば借金は増えたことにならない。お父さんがお母さんからの借金まみれになったところで、ただ単に気まずいだけで、一家揃って路頭に迷うわけではない。これが日本が破綻しない理由なのだそうだ。
ついでに言えばオレが若い頃はもうすぐガソリンが枯渇するとも言われていた。あれから40年たったというのにガソリンはちっとも枯渇しないし、今やアメリカが最大の産油国である。ことほどさように未来のことなんてわかりっこないのだ。オレの息子が東大に通ってるなんて、その最たるものではないか。
立憲民主の連中は、どうやらオレと同程度のレベルでの理解でMMTの存在に気が付き、さも世紀の大発見のように舞い上がっていると察させられる。
実はMMT論者ということでは早苗ちゃんもその一人だ。だが息子によれば早苗ちゃんの場合は「よくわかってわきまえている。きちんとコントロールされたMMT」らしい。つまりこの程度ならば受け入れる余地がありそうとのことだ。
完全に右寄りのオレは早苗ちゃん推しなのだが、実はこのあたりを懸念していたから、行き過ぎたMMTでなければ一度試してみるのもありだろう。フレーフレー、早苗ちゃん。実は早苗ちゃんは胸が大きいことを自分でもよーくわかっており、党の重鎮に頼み事するときなんかは、胸をぼいんと突き出して「センセ、お願いしますぅ」とやるのだそうだ。こういうしたたかさは好きだなあ。
それにしても立憲民主の連中は馬鹿というより、オレたちのことを馬鹿だと思っているんだろうな。所得税ゼロといえば喜ぶに違いないと決めつけ、そして高速道路無料化のように、どうせすぐ忘れると決めつけている。舐められたもんだぜ。重税に苦しむオレでさえそう思うわ。馬鹿にすんな。
2021.09.25
栃木と琉球の使えなさには心底あきれ果てた。
こっちがやっとの思いで難敵・甲府を下したというのに、やつらは京都と磐田とにあっさり負けてくれる。本当に迷惑だ。迷惑なのだ。どうしてもっとちゃんと勝たないのだ。おかげで点差がちっとも縮まらないではないか。
こちらは甲府相手にロスタイムで待望の1点を入れて勝利だ。
いやあ感動のゲームだったぜ。千葉がズバッと前にパスを入れ、島田がこの状況でそれをやるかというあっと驚く浮き球パスを送り、受けた谷口がそっと落とし、そこにロメロが矢のような左足でズドン。その瞬間、谷口は倒れる振りをしながら相手ディフェンスの体を押さえ込んでいた。姑息だ。
90分まで0-0できて、91分に1-0。終わった瞬間息子が「やっぱりサッカーはウノゼロだぜ」と叫んだように、1-0は最もしびれる展開なのだ。
先週に続き、今日もしびれるゲームだった。
2021.09.24
それはお昼前の11時50分のことだった。
原稿仕事のきりのいいところで昼飯にしようと思って2階から降りてきたオレは、郵便受けをのぞくために外に出ようとした。
そして玄関ドアを開けた瞬間、目の前に知らない兄ちゃんが立っているのを発見したのである!
だだだ、誰だ、お前は。門のところとか敷地の入り口あたりとかではない。玄関ドアを開けた、その場所である。
なな、何してんの。仰天したオレは声をかけた。
よく見たらお兄ちゃんは両手に袋を持ってオレの玄関前に置こうとしているところだった。
おお、置き配かよ。Amazonかよ。
仰天したのはお兄ちゃんも同様だったろう。「あわわわわ、Uber EATSですっ」とうろたえながら白状したのだった。
へっ、ウーバー? 頼んでないよ。
今度はお兄ちゃんが仰天する。「えっ、たたた、頼んでないんすかっ!」
再びよく見たらお兄ちゃんが両手に持っていた袋には、マクドナルドのロゴが印刷されていた。昼飯にマックかよ。しかもウーバーかよ。自分で買いに行けよ、そんなもん。
お兄ちゃんは「あっ、えっ、もしかしてお隣さんかも」とうろたえながら地上に置きかけたマクドナルドの袋を持ち上げ、オレはそれを見ながらきっとそうだろ、コンドウさんちだろう、と教えてやる。
「あああ、そうでしたそうでした、すんませんでした」とお兄ちゃんはマックの袋をしっかりと持ち直し、そして隣家に向かって走って行ったのである。
夜、アルバイトと部活という忙しい1日を終えて帰ってきた息子にその顛末を報告したら、「ウーバーかよ、なんでマックデリバリーにしないんだよ」と息子は突っ込むのであった。
「ディア・ドクター」主役の偽医者を鶴瓶が好演している。舞台は茨城県のど田舎。人口1500人で半分以上が高齢者の村だ。ここで「神様以上」と崇められているのが鶴瓶。だが実際は無免許の偽医者である。
鶴瓶が偽医者であることは比較的早い段階でそれとなく示される。気づいていて、知らないふりを続ける看護師の余貴美子、薬問屋の香川照之がなかなか存在感ある。
こんな僻地で高齢者ばかりの村だから医者は健康を守る大切な存在かと思えば、実は高齢者をきちんと死なせるためにいるのだということが示される。うーむ、なるほど。その意味するところを八千草薫が鬼気迫る迫力で演じる。
手当するというのは、体に手を当てるから、手当というらしい。偽医者の鶴瓶は手を当てるどころか死にかけている患者を抱きしめて「よく頑張った」と耳元でささやきかける。その姿はこれぞ医者という理想の姿。だが医師免許は持っていないわけで、では、医師免許はあっても患者に触りもしないでパソコンだけを見て「はい、お薬出しておきますね」で終わらせる医者が本当の医者なのかという問いかけがなされる(オレが一時期通っていた医者も完全にこのタイプで、呆れたオレはすぐに見限った)。最後のオチはファンタジーということで割り切ろう。監督は西川美和。さすがである。
2021.09.23
オンラインエディタは、いまGoogleドキュメントを使っている。戻ってきたというのが正確なところだが。もっともこの日記は「notes」というエディタで書いている。小説用に誰かが開発して公開しているエディタだ。
エディタに対してオレが求めているのは、きれいに正しく書けるという点のみだ。
きれいに、というのは見た目の問題。美しいフォントが使えて、文字間なども整っているという。そんなのは自分の初期設定でどうにでもなるだろと思われがちだが、実はこれが案外どうにもならない。
この点で一番気持ちがいいのは実は「一太郎」のエディタ機能だったりする。
「正しく」というのは、間違いなくクラウドしてくれるということだ。一時期「writer」というオンラインエディタを使っていたが、これがけっこう美しくて気分がよかったものの、一度、フリーズとしてちゃんと預かってくれなかったということがあり、また、時々サーバがダウンしてしまうということもあったので、仕事の上ではとても使えない。
美しさという点では「Stone」というアプリが最高だろう。だがこれはマッキントッシュ専用。このためだけにMacを買ってもいいとさえ思えるほど、美しいエディタだ。
結局、そんな紆余曲折というか浮気を繰り返して、今はGoogleドキュメントに戻ってきているというわけだ。実につまらん。書いていてちっとも楽しくないエディタなのだが。
そして今日も今日とて新しいエディタが誕生してないかなとネットをうろつくのであった。
2021.09.22
つくばエクスプレスに乗って「柏の葉キャンパス」に行った。原発事故の際、都内屈指のホットスポットと騒がれたところである。
駅前には立派なマンションが建ち並ぶ。地元の人に聞いたら証券会社の部長やら医者やら、高所得層が多く住んでいるそうだ。つくばエクスプレスも高いからな、金持ちでなきゃ乗れない電車だよ。
面白いのは、そんなふうの陸の孤島的に出現したハイソな街だというのに、そこに行くまでは八潮とか流山とかのアンダーグラウンドな街を通過しなければならないことだ。特に八潮はヤバい。西の町田、東の八潮と言われるくらいヤバい。言っているのはオレだが。
そんな柏の葉キャンパスの駅前にあるタリーズでコーヒーを飲む。客もハイソな人たちばかりなのだった。
そのまま午後は銀座に移動する。もちろん銀座もハイソな人たちばかりで、今日のオレはハイソに囲まれて過ごしたのである。オレの負け。オレの敗訴。なんちゃって。
2021.09.21
睡眠不足による日本の経済損失は年間で15兆円にものぼるそうだ。マジかよ。なんだよ15兆円て。恒大集団かよ。
アメリカのシンクタンクが調査したと日経新聞が報じている。寝ないで働いているのに損しているなんて、でまかせもたいがいにせえよ、という気がしないでもない。
最近のオレは7時間寝れば快適、8時間寝たら最高、6時間でもまあ大丈夫という感じだ。平均すると6時間半から7時間というところか。若い頃は12時間睡眠も平気だったし、最高記録は23時間寝続けたというのがある。29歳の年末、徹夜続きの仕事を終えて帰省した実家で、こんこんと眠りこけたのだ。さすがに「寝てばかり」と母親に呆れられたが。
寝るのにも体力が必要とみえて、年を取ってからはあんまり長時間寝られなくなった。たまに寝ても8時間もすれば、うんざりして起きてしまう。
それでも以前は8時間寝ても日中は眠くて眠くてしょうがなかった。睡眠時無呼吸症候群だったのだ。CPAPを装着してからは実に快適で、久しく忘れていた熟睡の快感を思い起こした。そうそう、ぐっすり寝るって、こういう感覚だったよね。
おかげで今は7時間で快適。それでも日中、机に足を載せてだらしなく昼寝する気持ちよさは捨てきれないが。
なお、スッキリした目覚めによいのがトマトジュース。寝る前にコップに一杯飲むと、翌朝は実に爽やかに目が覚める。一度お試しあれ。
オレは昭和の時代に、広告制作会社なんていう底辺の労働集約型業界に勤務していたから、寝るのは悪という価値観が刷り込まれている。客から「寝ないでやってね」「朝までに」という注文も当たり前だった。
ああ、思い出した。最もひどかったのはN××ド×モという通信会社の仕事をしたときだった。夜の9時に打ち合わせと称して恵比寿の会社まで呼び出され、24時にその打ち合わせが終了したら「朝までにお願いしますね」と言われたのだった。あれはひどい仕事だったなあ、いろんな意味で。仕事場にタクシーで戻ったオレは、仕方なく朝までかかってその仕事をやったっけ。それでギャラは見積もりの3分の1。以来、二度とこの界隈の仕事には近づいていない。もう30代後半、平成7、8年頃のことである。こういう暗黒の歴史もきちんと記録しておかなくちゃね。
そんな具合にかつては寝ないで働くのが当たり前というか美徳で、寝てない自慢はおじさんたちの定番だった。広告業界には「寝るのは死んでるのと一緒」という格言もあったっけ。かくいうオレ自身、若手に向かって、まさか昨日、寝てないよね〜などと言い放ったこともあった。今なら完全にアウトだな。反省しよう。
そんな昭和的価値観で考えれば、睡眠不足で経済損失になるなんてわけがわからなん。寝ないで働くから儲かるんだろうが、ということになる。
ああ、また思い出した。30歳の頃、もう現役を引退した中小企業の社長夫婦にしみじみ言われたことがある。「私らの頃は人の3倍働けば3倍稼げたけど、あんたたちの時代はそういうものじゃないんだろうね」と。あれはバブル真っ盛りの頃だったから、額に汗して働く時代は終わって、うまく株や土地を転がして稼ぐ時代になったんだよね、という意味だったのかもしれない。こういう歴史の証言もきちんと記録しておかなくちゃね。
寝ないで働いたって効率が落ちるばかりだから、ちゃんと睡眠をとって集中してやったほうが儲かるよ、とアメリカの調査は言ってるのだろう。そういうものなのか。
SBIのトップの北尾さんは、朝の4時に目を覚まして、そのままベッドの中で本を1、2冊読むのが習慣だという。すげえよな。そんなことを1年でもいいから続けたら、確実に生活は変わって、自分も変わっているに違いない。これぞモーレツのお手本。
オレはどちらかというとこんな具合に寝る時間も惜しんて24時間戦えますか的な価値観のほうがしっくり来る。そう考えると、やっぱりオレはフリーランスでよかった。もし会社を作って経営者なんかやってたら確実にアウトだった。
2021.09.20
週末のゲームに快勝すると、一週間がとても気持ちよく始まる。サッカーファンなんて単純なものだ。
今日は敬老の日で休みだったので、朝から昨日のゲームのハイライトを繰り返してみる。気分がいねえ。
夜、AmazonPrimeが推しまくっている「マスクドシンガー」を観る。有名人が名前と素顔を隠して歌を披露し、いったい誰かを当てるという番組だ。番組っつーか、テレビじゃなくてネットなんだけど。やっぱ番組でいいのか。
たぶんアメリカのテレビ番組のフォーマットを買ってきたんだろう、演出がアメリカのテレビとまったく同じで実にくどい。これでもかっつーぐらいにくどい。
演出にうんざりしつつも、やっぱり惹きつけ方がうまくて、結局全部観てしまう。顔を隠しても歌はエフェクトなしの地声。案外わからないもんだなあ。オレとヨメがわかったのは小林幸子にサンプラザ中野、吉田沙保里ぐらい。あとはわからなかった。
驚くのはその金のかけ方である。バカバカしいほどセットと演出には金をかけている。まさにAmazonだからできる札束で頬をはたくが如きのゴージャス演出。これでは日本の地上波テレビがかなうわけがない。制作者だって貧乏くさい地上波の番組よりも、Amazonを選ぶだろう。尺は関係ないしスポンサーもない。ジャニーズ事務所に気兼ねする必要もない。そりゃあ制作者もテレビは見放してネット番組に流れるだろう。
この大きな変化はもはや止めようがない気がする。
20121.09.19
1点目は三戸のスーパー個人技、2点目は目にもとまらぬショートカウンター、そして3点目は珍プレー特集があれば間違いなく紹介されるであろう相手キーパーとセンターバックの間抜けプレーに乗じたお笑いゴール。
先制し、突き放し、そしてダメ押し。
アウエー味の素スタジアムに乗り込んでヴェルディ相手に見事な勝利をおさめたのである。我らがアルビレックス。
オレと息子の席は、ベンチ裏最前列。その目の前で見た2点めは実に素晴らしかった。木が相手のボールをかっさらった時点でオレはゴールを確信。左サイドを猛烈な勢いで駆け上がるロメロ・フランクが指さした場所をめがけて木が放ったクロスは1人目のディフェンスのまたを抜くスーパーなもので、ロメロは2人目の足に触れてコースが変わったにもかかわらず落ち着いて決めた。木の派手な美技とロメロの地味な美技が爆発した、それはそれはビューティフルなゴールだった。すぐ目の前で見たこのゴールを、膝の位置で地味に掲げたガッツポーズをしながら、オレはたぶんずっと忘れないだろうなあと瞬間的に確信したほどだ。
だがオレが最も感動したのは3点目の珍プレーだ。
時間は89分。ヴェルディのキーパーとセンターバックがパス交換しているところに猛然と突っ込んでいったのがフォワードの鈴木。キーパーのマテウスのパスが短くなったところをかっさらった鈴木は、センターバックが呆れてひっくり返ったのを尻目に、ほとんど歩くようにして決定的な3点目を決めたのである。
99歩の全力疾走が無駄に終わっても諦めることなく足を踏み出せば、100歩めで結果が出る。99歩の無駄走りをお天道様はちゃんと見てくださっている。そんなことを教えてくれた珍プレーだった。
特に鈴木は怪我もあってフォワードなのに5ヵ月もゴールを決めていない。崖っぷちだ。それでも腐ることなく毎日走り続けている。そんな姿を仲間たちは知っているから、どのゴールよりも3点目でベンチが爆発した。仲間は鈴木を信じていたのだ。素晴らしいシーンだったなあ。
時にサッカーは人生を教えてくれるのだ。
それにしても見所の多いゲームだった。見所っていうか、ネタというか。
この3点目の珍プレーは、キーパーのマテウスがキャリアを紹介されるときに必ずつきまとうことになるだろうと思わせるほどのネタだった。
そのほかにもボールの空気が抜けてプレーの途中で交換したり。これは初めて見たシーンだった。
初めてといえば、これも凄いぞ。監督の乱入。
アルビレックスの蹴ったボールがラインを割りそうになった、なんでもない場面だったが、ここで何を思ったかヴェルディの堀監督がピッチの中に足を踏み入れてラインを割る前のボールを両手ですくい上げてしまったのである。
想定外すぎる行為にベンチは騒然。審判は爆笑。オレたちも指さして爆笑。
何を考えてたんだ、堀は。これも珍プレー行きだ。
あと、これはとんでもない迷惑なことだったが、ヴェルディの選手がペナルティエリア内で勝手に転んだのを、こっちのファールにされてしまい、PKを取られてしまったのである。リプレイを見ても、勝手に転んだだけというのがよくわかる。審判の目が酷いのだ。
さすがにこれは申し訳ないと思ったから、キーパーの珍プレーをプレゼントしてくれたという説もあるほどだ。
こんな具合にいろいろとネタがたくさんのゲームで、しかも見事な勝利で、しかもそれを最前列のベンチ前という絶好の席で見ることができたのである。
8月にアウエー千葉戦見に行ったときは、県境をまたいでの移動だったから、おとなしくしていた。今日は味の素スタジアム、つまり調布、つまり県境をまたがない。だから堂々と乗り込んだ。
堂々ととはいってもアウエーグッズを身につけることは禁止だ。つまり一切のオレンジは着用してはならない。もっと拡大解釈をすれば、アウエー席がないのだからアウエーのサポには自粛してもらいたいというのが運営側の考えである。
だからオレたちも決して目立たぬよう、地味に行くことにした。日曜でヒマだから近くのサッカーでも見るかとやって来た親子連れを装ったのである。息子の提案で「ライトな代表サポという設定にしよう」ということになった。いいねえ、それ。そこで時々オレたちは、久保君は出ないのかなーなどとアホなフェイクを入れて観戦したのである。
もっともアルビレックスがいいプレーをすると、ヴェルディのそれよりも大きな拍手があがったとネットに書いてあったから、かなり大量の都内在住アルビサポが押しかけたのだろう。
オレたちはゲームに飢えている。千載一遇、都内でのゲームはこれだけだ。そんなわけで同じようにライトな代表サポを装った熱心なアルビサポがアウエージャックをしたのである。
現場で勝ちゲームを見たのは2年ぶりだ。しかもこんなに嬉しい勝ち方をするとは。
今日オレは今月支払うことになる税金や保険料などを計算して、そのあまりの巨額さにほとんど卒倒しそうになった。収入の7割以上を持って行かれる計算である。生活できないではないか。もはや逃亡するしかないと腹を決めかけたほどだ。この勝利はそんな現実に立ち向かう力をオレに授けてくれた。特に鈴木の3点目は、腐らずに99歩の無駄走りをせよとオレに教えてくれた。
よーし、また明日から晩張るぞとオレは帰りの京王線の車内で握りこぶしをして、そして目の端にとらえたヴェルディのユニフォームを着たおっさんが独りぼっちで肩を落としながら八幡山の駅で降りていく姿を目の端でとらえ、腐るな、歯を食いしばって立ちあがれと上から目線のエールを送ったのである。
2021.09.18
土曜日なのに朝から原稿仕事である。台風の大雨だからちょうどいいだろう。
夜はJリーグを見る。横浜対名古屋だ。最近の名古屋のゲームはとても面白い。しかも相手が強度とスピードのある横浜ということで、実に素晴らしい殴り合いのゲームとなった。加えて主審があの家本である。イエモッツあるいは単にモッツと呼ばれる名物レフェリーで、今晩もファールをまったく取らないから荒れると荒れること。
実にスペクタクルなゲームを楽しんだ。
こういうゲームを見ると、アルビレックスのようなポンコツチームがどうやってJ1で戦っていたのか、さっぱり思い出せない。あれは夢だったのか。
愛しのぽんこつチームにこんなゲームがとてもできるとは思えず、はあーと指をくわえて眺めるだけだ。
ところでここのところ急激に感染者数が減ってきたコロナであるが、その理由については、ワクチンのおかげ、酒を禁止にしたから、夏休みだったから、オリンピックだったからと自分の手柄にしたい人たちのいろんな声が飛び交っている。メディアは、観戦者が減ると面白くないからこれからまだまだ増えるぞおらおらとオラついているが。
そんな中で急浮上したのが、もともとこういうウイルスなんじゃね? という意見。つまり、だいたい2ヵ月かけて感染者が増えてピークに達したまた2ヵ月かけでだんだん下がっていくという、そういうパターンを繰り返すウイルスという説だ。
ワクチンとかディスタンスとか関係なくて、要はそういう性質なのだと。
なるほど、確かに急増して大騒ぎしたインドだっていつの間にか沈静しているし、ワクチンがうまくいったとえばっていたイスラエルとかが急増してあわ食っている。その様子を見ると、確かに2ヵ月で増えて2ヵ月で減るというサイクルを繰り返しているだけという気もしてくる。
とするとこれからまた10月から暮れにかけて増えていって年が明けると減っていってということになるのか。なんだよ、結局ほっとけばいいだけのウイルスかよ。
それはそれでちょっと興味深い。
2021.09.17
業務連絡。
童研OBの皆さん、9月25日21時から安否確認のリモート部会を行います。https://us04web.zoom.us/j/74000947535...にアクセスしてください。詳しくはFacebookへ。
以上、業務連絡終わり。
今日は千葉の外れの方に行った。
医療関係者へのインタビューである。コロナとかに関係なく、普通の仕事だ。
帰りは夜になってしまったのだが、金曜の夜だというのに有楽町線に余裕で座れるなんて、やっぱり人出は少ないということだろう。
夜9時かせリモートでミーティング。
普通ならこんな時間にミーティングはあり得ず、今日は終日出かけているのでまた別の日に改めましょうかという話になったはず。だがリモート時代はそんなバリアーはひょいと乗り越えて、いつでも簡単にミーティングができてしまうのだった。
最近、リモートになって働く時間が長くなったという声を聞くが、まさしくその通りだ。
とはいえ、もともとオレは時間や曜日に関係なく好き勝手にやって来たので特に違和感はないが。
2021.09.16
渋谷に行った。
通過や乗り換えでの渋谷が多かったので、渋谷の街を歩くのは久しぶりだと気がついた。久しぶりだから、仕事が終わってからスクランブル交差点を見に行った。東急東横店が完全に取り壊されて空がずいぶんと広い。
大学に入るために上京してきた18歳の3月、この交差点で両親と別れたことを思い出した。東京での生活の準備のために両親も一緒にやって来て、そして実家へ帰る両親とスクランブル交差点で別れたのである。
オレは東京で始まる新しい生活に胸を踊らせていた。スクランブル交差点のにぎわいはその象徴のように輝いていた。だから長男を東京に残して帰っていく両親の心持ちなど、まったく思い至らなかった。
今なら、これから我が子と離れて暮らすという、その瞬間を迎えた親としての気持ちが痛いほど想像できる。まあ、子どもなんてそんなものだろうが、せめて何かの感謝の言葉めいたことでも口にできなかったかと、18歳のオレ自身を責めてちょっと胸が痛い。
地下街に降りて崎陽軒を見つけ、晩飯用にシウマイを買って帰る。オレは餃子よりシュウマイの方がよほど好きだなあ。
「メルトダウン」大鹿靖明・講談社文庫。福島の原発事故を追ったたいへんな力作。著者恒例の巻末の膨大な補注にはいつも圧倒される。この本では大地震が発生した時の記述はほんのわずかで、大半をその後の政府や東電や金融機関の動きを追いかけることに費やしている。驚かされるのは、東電のアホさ、酷さ、意識の低さだ。東電には加害者という意識はまったくなくて、被害者だと思っている。そのため被災者への補償なんてまったくする気がなくて、やるなら政府がやれと考えている。その意識が「値上げは東電の権利」との驚きの発言に表れている。つまり補償金を払えというなら電気料金を値上げしてそこから捻出するぞ、という脅しなのだ。会長の年収は8000万円近くあり、頭を丸めるつもりで半分にしましたとえばっているが、それでも4000万円という驚きの数字だ。他にも、菅首相が海水注入をストップさせたというのは嘘で、実は安倍首相がマスコミを使って仕掛けたガセネタだったという驚きの話も掲載されている。確かに民主党政権はどうしようもなかったけれど、それに輪をかけて酷かったのが東電。日本をダメにする企業だと思った。
2021.09.15
所沢に行った。
所沢なんてずいぶんと遠い田舎というイメージだが、実はオレんちからだと池袋に出るのも所沢に行くのも同じ所用時間。少しも遠くないという衝撃の事実だ。正確に言えばオレんちが田舎だということなのだが。
所沢まで行ったら帰りに秋津で途中下車して居酒屋に寄るところだが、コロナではそうもいかずまっすぐ帰る。いや、忙しいからそんな余裕はないのだ。
秋津では2年前にとてもいい居酒屋を開拓したのでまた行きたいと思っているのだが。
ぐったり疲れて帰ってきて、そのまま夜は原稿仕事をする。
本来ならシャワーを浴びたかったのだが、そんなことをしたら思い切り脱力して現実逃避の昼寝(夜寝)になってしまって仕事にならないことがわかりきっていたから、自分むち打ってパソコンに向かったのだ。
フリーになった33年前から(ひょっとしたらその前から)、時間で仕事を計ることをしていないから、別に夜遅くなろうが、休日だろうが、仕事があれば仕事をするというのは身についている。むしろ仕事があるのに時間だからと切り上げることが考えられない。
仕事ってのはそういうものだと思うから、時間だけを見て長時間労働のブラックだと判断するのはおかしいと思うんだよなあ。
今やホワイトワーカーの仕事のほとんどはデジタルデータのアウトプットが目的になっている。問われるのはアウトプットのクオリティだけ。もはや何時間かけたから価値があるという考え方は不要だと思うよ。
それにしても夏が終わって秋になったと同時に仕事の嵐。どういうことなのだ。実は現時点で10月の予定はすべて埋まっている。売れっ子アイドルみたいだな。
今から新しい仕事のお声がかかっても11月になってしまいますよ。順番、順番、仕事は来た順。
下請け外注の請負仕事という立場なのに偉そうな状態で、仕事があるだけ嬉しいと思わなくてはならず、いや、実際有り難く思っているのだが、24時間は誰にとっても24時間で引き延ばすことはできないのだから、新しい仕事が入らないのも事実なのだ。つまり時間なんて関係ないと言いながら、実は時間によって縛られる仕事をしているんじゃないか、オレは。
2021.09.14
雨の夏に続いて暑さの夏があり、月が変わったと思ったらきっぱりと長雨と涼しさの秋に移っちゃって、さすがこれしか世界に誇れるものがないだけあって日本の四季ははっきりしているなあと感心するものの、こうも鬱陶しい天気が続くと真夏のあの太陽が少しだけ恋しくなる。かーっ、あっちぇー、という叫びが懐かしい。
それにしてもコロナでだいぶ体力が落ちた。仕事をしていて疲れるようになった。歩くも大変になってきた。フレイル一歩手前じゃないか。
いい季節なんだから、もっと歩くようにしよう。練馬の畑の間なら全然密じゃないし。
2021.09.13
某社の銀座にある本社に仕事で行ったら、ビルの前にスケボーをぶらさげたお姉ちゃんがいた。これこれお姉ちゃん、こんなところでスケボーしちゃダメだよ。スケボーするなら銀座じゃなくて有明に行くといいよ。
そう注意しようとしたら、イームラくんが「あれ、ヨソズミじゃないですか、オリンピックの」という。え、そうなの? どうやらスポンサーがらみで訪れていたらしい。あぶないあぶない、金メダリストにスケボーなんかやったちゃダメだよと注意するところだった。
夜「ナイトドクター」の最終回を見る。きっとこういう展開だろうと思っていたとおりの展開だったが、それにしても面白いドラマだったな。映画化かシーズン2を期待したい。
医師の働き方改革を目的に深夜業務は専任スタッフに任せようという話だった。それはまあドラマの中だからいいのだが、医師という高度なプロフェッショナル人材にとって働き方改革は果たしてどうなのか。
以前、インタビューした救命救急の若い医師たちは、家に帰れるのは週に一度あればいいほうで、あとはずっと泊まり込みだと話していた。24時間365日、断らない医療を標榜する病院の医師たちだ。
それはむちゃくちゃハードでブラックすぎる働き方ではあるが、「医者にとって最初の2年間でどれだけの症例に巡り会うかが勝負。今はまさしく症例のシャワーを浴びているところ」という思いがあるから、そういう働き方を決して苦にはしていなかった。
これは医師だけに限ったことではなくて、どんな仕事でも若いときの一時期に泥水を浴びるようなハードな仕事を経験しておくことは絶対に大きな力になる。誰だってこれは思い至ることに違いない。ハードに働くことである時期に臨界を超え、そして職業人として突き抜けていくのだろう。
そういう大切なチャンスを奪うことになるからオレは働き方改革には反対だ。
オレが20代に勤めていたポンコツ会社では、働き方改革どころか、忙しくなったと思ったら社員に1人1枚ずつ寝袋が支給された。帰らず働けということだ。今なら完全にアウトだが、ちぇっといいながらもオレたちは喜々として徹夜し、そして深夜にコンビニで買ってきたおでんとビールで職場酒盛りをして寝袋にくるまっていた。今思えば会社も社員もポンコツぞろいだったわけだ。
2021.09.12
ここのところの天気予報のハズレ具合はひどくて、今日だっていいお天気なので洗濯日和ってずっと言われていたのに、フタを開けてみればいつ降ってもおかしくない状態。実際洗濯物を出しっぱなしで昼飯を食いに出たらネットの「急に雨が降ってきました」というアラートが飛び込んできたもので、息子とヨメとオレは大慌てて長崎ちゃんぽん餃子セットを平らげて、大泉のリンガーハットを飛び出したのだった。ちなみに娘は今日も朝からお弁当持って塾である。
天気予報が外れるのは与田さんやカヤちゃんたちキャスターのせいではないとは理解しているのだが、しかしやっぱり顔を見ると嘘ばっかりつきやがってと軽く罵倒してしまう。その罵倒され代もギャラには入っているのだろう、お天気キャスターは。
そんなことを考えながら、夜は「TOKYO MER」の最終回を見る。たいへんに面白かった。「そんなわけねえだろ、バカバカしい」と突っ込むところは山盛りのドラマだった。だがいいのだ。日曜の夜、家族で晩飯を食ったあとにダラーッと眺めるテレビなんだから、シリアスさはいらない。ひゃー、ハラハラする、ドキドキすると言いながら最後はハッピーエンドでいいのだ。
厚労省の官僚役の賀来賢人は昔、「宇宙の仕事」という徹頭徹尾くだらないネットドラマで暴れていた頃から知っていたので、我が家では賀来賢人が悪徳政治家を裏切って救急チームに寝返ったときには「やったぜ、オレたちのルッキーニ」と拍手喝采なのだった。
ちなみにルッキーニとは「宇宙の仕事」での役名で、売れないエアーバンドのMC担当というアホな役柄だった。このドラマでは乃木坂の西野七瀬があの可愛い顔で「うんこのにおい、うんこのにおい」と連呼するという、本人にとっては黒歴史以外のなにものでもないだろうなあと思わせるシーンもあった。
「TOKYO MER」が終わって来週からは「日本沈没」が始まる。
小松左京の原作は何度か読み返していて、2年ほど前にも改めて読み返したが、実に面白かった。小松左京は豊富な科学知識を駆使して実に見事に日本列島を沈めてみせている。冒頭の不気味な海底の描写が見事で手に汗を握る。列島が沈没するその過程が前半の大きな山。沈んだ列島から1億人の日本人が生き延びるために世界に散らばっていくわけだが、いかにして日本民族を生きながらえさせるか、政府が七転八倒する様子が後半の山場だ。
ちなみにこれを逆にした筒井康隆の「日本列島以外全部沈没」は抱腹絶倒のパロディーである。飲み屋に行ったらイギリスから逃げてきたトム・ジョーンズが仕事がなくて流しをしているような、そんなくだらなさが満載だ。
「TOKYO MER」の前は「ドラゴン桜」だった。
つまり「受験生の物語というしょぼい話から次は東京の救命救急という話に大きくなって、今度は日本全体が沈没するという話か。どんだけでかくなっていくんだ」と息子は呆れる。
それはともかくオレの関心は明日の夜の「ナイトドクター」だ。こちらも最終回。「TOKYO MER」がバカバカしさ満開で拍手喝采のファンタジーだとしたら、「ナイトドクター」は平日の夜に似つかわしく、シリアスでリアルな医療ドラマだ。どっちかというと、オレはこっちのが好きかな。もっとも深夜勤務のナイトドクターは偉くて、9時5時で働く昼のドクターはゆるすぎるという描き方は底が浅くてどうかと思うが。
2021.09.11
少なく見積もっても傑作だなと思った。是枝裕和の「歩いても歩いても」である。
2008年の作品。リーマンショックの頃に上映されたのか。知らなかった。
子持ち女と再婚した男が、妻子を連れて三浦海岸の実家に帰省する、その一泊を描いただけの話。その間、驚くほど何事も起きない。
出前の寿司屋が仏壇にと香典を持ってきたり、「昴」が演歌かどうか話し合ったり、蝶々が迷い込んできて海で死んだ長男が帰ってきたと母が錯乱したり。
子持ちの再婚という微妙な立ち葉で旦那の実家へ一泊することになったヨメと、旦那の母親、そして旦那の姉と、微妙な空気が流れたり。
大切にしていた「ブルーライトヨコハマ」のシングルレコードを、いったいいつ買ったんだと旦那が驚いてみたり(これがタイトルの由来なのだろうか)。
まあ、そんな当たり前の日常がじつに濃密に描かれている。役者が凄くて樹木希林の存在感はもはや化け物だし、その娘役として樹木希林と対等に渡り合っているYOUもさすがだ。
是枝監督でいつも気になるのは、カメラがじっとしていないことである。よく動くのだ。すぐにパンする。「海街diary」でも、鎌倉のきれいな街並みを落ち着いて見せて欲しいのにすぐに動く。それが嫌いだった。
ところがこの作品では、カメラはほとんど動かない。途中に墓場のシーンで一度だけパンしたのと、最終盤でクレーンで上に上がっていっただけ。特にこの最後のシーンでは、阿部寛一家が坂道を下っていくのに合わせてカメラがゆっくりと上がっていき、やがて三浦海岸の海が一望になるという、カメラを動かすというのはこういう使い方なのだよと嬉しくなるような演出だった。
何にも起こらないけどじわっとくる、そんな映画は大好きだ。
2021.09.10
久しぶりに早朝から取材仕事だ。赤坂に8時に行く。
電車に座れることはないが、人と触れることはという程度の混み具合。電車が混まないというのは、コロナ様の大きな功績の一つである。
朝から頑張って働いて夕方に帰る。
途中、崎陽軒のシューマイを晩飯用に買った。前にも書いたとおり西武百貨店の崎陽軒は人を舐めくさった商売をしているので、行く度に腹が立つ。そこで今日は東武百貨店の崎陽軒で買った。こちらはごくまっとうな商売をしているので文句はない。
デパ地下は楽しい。特に東武百貨店は売り場が広いので、楽しい。客もけっこういて、なかなかのにぎわいだった。
早朝から頑張って働いたので、今日は帰ってからあまり仕事をする気がない。そこで地元の駅に降りて、タリーズでコーヒーを飲んでから帰ることにする。いわゆるクールダウンだな。
本を読みながら一息ついて、そしてタリーズを出て、次は駅前の八重洲ブックセンターに立ち寄り、文庫本を2冊買う。読みたい本が山のようにあるし、読み逃した本も、読まなきゃいけない本も山のようにある。
よれよれと歩いてやっとこさ家に帰り着く。コロナの在宅が長くなったから歩く距離が格段に減って、最近は歩くのも一苦労。ふと気づけばじいさんみたいな歩き方になっているかもしれず、できるだけ意識して大股で歩くようにしている。小股でこちょこちょ歩くのが一番じじいくさく見えるからな。
家について、汗だくの体を流そうと、風呂に入る準備をする。そして脱いだシャツのポケットから崎陽軒のレジが出てきて、オレは1人、家の中でムンクの叫びを上げる。
オレはタリーズにシューマイを忘れてきた!
しかもオレはレシートを見るまでそれに気がつかなかった!
ぐったり肩を落としてオレはタリーズに電話して、崎陽軒のシューマイを忘れたんですけどと伝え、店の女の子に探してもらい「ありましたよ〜」との返事に胸をなで下ろす。二箱入ってるんですよと余計なことまで伝えて、そして10分後にピックアップに行く。
歩き方なんかよりも行動のほうがよほどじじいくさい。
ともかく崎陽軒のシューマイを取り戻し、事なきを得て、そしてオレは崎陽軒のシューマイを取りに行っている間にお湯を貯めていた風呂に入るのだった。風呂の中ではスマホからBluetoothで防水スピーカーにAmazonMusicからハワイアンを飛ばして聴く。
ウクレレの柔らかい音色が、風呂の窓から飛び出して、9月の風にのって練馬の畑の上を漂うのだった。
2021.09.09
大学生の夏休みはまだ続いているから、息子は今日もがっつり寝ている。アルバイトは夕方からなのだ。
昼前に叩き起こして、牛丼弁当を買いに連れ出す。すき家だ。
朝から仕事にでかけていてもうすぐ帰ってくるヨメと息子とオレの昼飯を買う。一食70円割引になるスキパスというのを活用する。締めて210円引き。大変にお得だ。
家に戻り、息子とテレビのワイドショーを見ながら牛丼弁当を食う。平日の真っ昼間、いい大人が二人、家で牛丼弁当を食っているのだから世の中なめたものである。
10分ほど昼寝して、それからオレはまた机に向かって原稿を書き続けた。こういうペースはなかなか心地よいものだ。
そして夕方までに原稿を書き終え、机に足を投げ出して文庫本の続きを読む。
「赤い砂」伊岡瞬・文春文庫。この作家はちょっとくどくてあまり好きではないのだが、まあ、ウイルスがテーマということもあって読んだ。都内で不審な自殺が連続する。その原因は南米のウイルスだった。ところがこのウイルス、感染した人を自殺させるという恐ろしい性質を持っている一方で、なんとエイズウイルスを破壊する力も持っていると判明する。てなわけで悪徳な製薬会社がそれで一儲けを企むのであったが、正義感あふれる刑事がそんなことは許さねえ。とまあそれなりに面白かった。登場人物が多いのには少し混乱したが。そうそう、この作家、なぜか句読点を多用するのね。だから文章のリズムがちょっと変で読みづらかったりする。
2021.09.08
いやあ、酷かったなあ、代表の中国戦。
深夜0時キックオフというから観るのはやめようかと思ったのだけれど、結局前半だけチェックした。
中国が想定外に弱かったからなんとか勝てたようなものだ。これがサウジアラビアやオーストラリアには絶対に勝てないだろう。躍進著しいベトナム相手でも怪しいもんだ。
監督のポイチがとことん間抜けというのが一番理由だが、決定的に老化が進んでいるというのも深刻な問題だ。あの伊東純也でさえ29歳なのである。長友、大迫、吉田、柴崎とそろって30歳超え。こんなベテランたちを重用するポイチは、やはり無能である。
大迫に代えてオナイウを使えって、素人の誰もが思うことをどうしてポイチはやらないのだ。
左サイドで使われている古橋がかわいそうだ。スペースを作ろうとして、それをことごとく長友に消されている。
この調子では本大会出場は無理だなあ。いっそ中国にも負けて監督交代した方がよかったかもしれない。
もっともこのままいって第3代表決定戦なんかにもつれこんだら面白いかも、という気持ちもある。今回のレギュレーションは複雑だからジョホールバルのようなことにはならないかもしれないが、それでも久しぶりにあのときのヒリヒリするような緊張を味わってみたい。
くっそつまらないゲームばかりだから、それぐらいのスペクタクルは見せてもらいたいものだ。
「東芝の悲劇」大鹿靖明・幻冬舎文庫。労作である。名門・東芝がいかにしてダメ企業になっていったか、その戦犯とも言える4人のバカ社長を中心に克明に描き出している。驚くのはその緻密な取材ぶりだ。巻末には膨大な補注があって、いつ誰にインタビューした際の発言なのかということが、事細かに記されている。この補注を見るだけでも圧倒される。それにしてもウエスタンデジタルの件とかパソコンのバイセル取引とか原子力の失敗とか、よくもここまで経営判断を誤ったものだとため息が出る。国防と廃炉に深く関わる企業だけに東芝はなんとしても存在させなくてはならない。だがこんなアホな企業が生き延びることが決して日本のためになるとは思えない。とほほ。
2021.09.07
先日、ミスワールド日本代表だった人にインタビューした。それが目的のインタビューではなくて、別の話題をしていたら「実は…」という展開になって知ったのである。
ぶったまげるほどの美人だったので、読者モデルでもやってたんすか〜というオレのバカな質問がきっかけだった。
雑誌に載ったなんてどころじゃない。日本を代表する美人だったということだ。
話を聞いたら、本番前には世界130ヵ国の代表者と一ヵ月間、中国のホテルに缶詰めにされたらしい。そしてメイクの仕方や歩き方、話し方など、ミスワールドにふさわしく磨くべく、徹底的にトレーニングされたそうだ。
興味深いのは、実に和気あいあいで楽しく過ごせたということ。
彼女によれば、ちょっと前の先輩たちがホテルに集められて過ごした合宿は非常にギスギス、ピリピリしたものだったそうだ。つまり国の代表として絶対に負けられないという意識がむき出しになり、バチバチと火花を散らしていたのである。
要するに彼女たちには国を代表するという意識が希薄で、国をしょっているなんてまったく思っていないし、一緒に出場するのも他国の代表者ではなくて1人の仲間ととらえている。
オリンピックのスケボーの女の子たちと同じだねと言ったら「そうそう、そうなんですよ」との返事だった。
まさしくZ世代ならではの価値観だ。スケボーの女の子たちと同じく、美人たちも国境や言葉や宗教や人種をひょいっと超えてしまっているのだ。間違いなくこの世代は世界を変えていく。
2021.09.06
よく知っている会社の、よく知らない人から連絡が来た。
「はじめまして」で始まるそのメールは、新しいプロジェクトがスタートするので外部スタッフとして加わってくれないかという依頼だった。内容を見ると、炎上しかねない危ういプロジェクトの匂いがする。
よく知らない人からのそんな依頼はお断りするのだが、よく知っている会社なので乗ることにした。
ただしそのプロジェクトは正式受注にはなっておらず、競合コンペだそうだ。ついてはコンペに際して先方に提出する資料に記載するため、オレの詳しいプロフィールや過去の仕事について教えろという。
お安いご用で。
オレはいつも用意してあるプロフィールに手を加え、その案件にふさわしい過去の仕事の一覧なども書き足した。それを送ったら、過去の仕事の実物も送れという。よく知っている会社なので、実物なんてそこにいくらでもあるだろうに、よく知らない人はそのことをよく知らないらしい。
仕方ないからオレが書いた印刷物をスキャンしてPDFを送った。そしたらそれでは足りないからもっとよこせと言ってきた。ならばと、企業サイトのオレの書いたページのurlも送った。
けっこう忙しかったけれど、提出日が近いというので手を止めて一連の対応を急いだ。
その中から使えるものを選んで提出する、と言われた。そしてよく知っている会社のよく知っている××さんと相談の結果、これとこれを提出する、という連絡が来た。
このひとくさりがあったのが約3ヵ月前。以来、よく知らない人からは一報もない。
おそらくコンペは失敗に終わったのだろう。よくあることだ。まったく気にしていない。取れることもあれば取れないこともある。その繰り返しで日々は流れ、そして愛するサッカーチームも勝ったり負けたりする。
気になるのは、さんざん急がせて対応させたというのに、その後について梨の礫であることだ。
言うまでもなくこれはとても失礼なことだ。ビジネス上、非常識とさえ言っていい。
よく知らない人は、自分がどんな失礼な振る舞いをしているか、よく知らないのだろう。
問題はオレがそれを指摘してやるかどうかだ。同じ業界の後輩の誤った振る舞いを指摘してやることは先輩としての義務のような気がしないでもない。だがきっと指摘された方は、はいはい、さーせんさーせん、ああうぜえ、めんどくせえ、と思うに違いない。なぜならオレが若い頃にそう思っていたからだ。
言うだけ損をする。
だからオレは放っておくことにした。失礼な振る舞いをされたうえに、善意で耳の痛いことを申し述べて逆恨みされたんじゃたまらん。せいぜい人の振り見て我が振り直せと、自分に言い聞かすだけである。他山の石っつーか。
よく知っている会社のよく知っている人たちは、もしかしてウチの会社のことかもと思うかもしれませんね。ふふふ。
2021.09.05
一言で言えば“穏やか”ということになるのだろう。
息子は決して激高することもなければ言葉を荒らげることもなく、自分の都合より人の事情を優先し、誰に話しかけられても目を見てにこやかに応じる。人がよすぎて損な役回りでも引き受けてしまうのではないかと心配になってしまうほどだ。
反抗期がいつ来るかと身構えたが、とうとうやってこなかった。家の空気が荒れることは、だからまったくなかった。
どうしてこんな人間がオレに育ったのか不思議でならない。
高校時代、地元の仲良し家族の飲み会で酔っ払ったオレを連れて帰ろうとした息子に向かって隣のパパが「大丈夫か」と声をかけたら、「平気です、楽しいから」と返ってきたという。パパは「高校生が父親に対して楽しいからと言ってたぜ」と、ずいぶん感激したとあとになって教えてくれた。
昨日久しぶりにファミコンゲームの「Mother」をやりたくなったという息子は、Wii Uに移植したそのゲームを立ち上げて、そしてオレに向かって「一緒にやろうよ」とニコニコと声をかけてくるのである。
お前に勝てるのは車の運転と金を稼ぐことだけだなあ。そう言ってたのも昨年まで。もうすぐそれも抜かされそうである。
2021.09.04
シュート20本にコーナーキック9本。これで0点だっていうんだから、試合後に泣いていた選手が4人いたところで、2ヵ月間で2勝しかしていないチームに、サポーターはどっちらけだ。
相手の北九州の名将・コバシン監督が試合後のインタビューで「いやあ、もうかっちゃったなあ」とニヤニヤした表情を浮かべていた。とほほ。
守備は監督の責任、攻撃は選手の責任。
だからこれだけ点が取れないのは選手個人のスキルの欠如につきる。スキルにつきる。なかなかいい韻を踏んでいるな。
一週間ゲームを楽しみにしてきて、土曜日は朝からワクワクして、午後は映画「テルマエ・ロメオ2」を観てゲラゲラ笑って、よーしキックオフだと座り込んだテレビ前。2時間後にはがっくり肩を落としてビールをあおる。
まったく情けない週末だ。
2021.09.03
車の運転をしながらテレビの音だけを聞いていたら、坂上忍が「いやあ、今日は大変だった」と愚痴ってる。夕方4時近く。お昼のワイドショーのエンディングだ。
「だって本番5分前に全部の内容が差し替えなんだもん」と坂上。菅総理総裁選不出馬のニュースが飛び込んできたのがそれだったわけだ。生放送のニュースショーで、確かにそれは大騒ぎ。不測の事態もいいところだろう。よく生放送をやりきったものだ。
昼飯を食いながら見ていたら確かに各局とも大騒動で、菅総理不出馬であふれている。NHKは朝ドラの再放送さえもすっ飛ばす有り様だ。
そんな中で唯一我が道を行ったのが日テレ「ヒルナンデス」。今日も菅総理の「す」の字もなく、久本雅美が調布あたりの店で何か食っていた。菅総理よりマチャミなのである、この番組は。
「ヒルナンデス」は、コロナだろうがアフガニスタンだろうが、何があろうと貫く。緊急事態宣言なんて耳に入らず、流行の店に行っては食レポし、業務スーパーに行っては掘り出し物を見つけて大騒ぎし、時にはディズニーランドに行ってはしゃいでみせる。
ほっとけとは思いつつ、ちらちら見ているとさすがに目に余るはしゃぎぶりで、集団でメシ食って遊び回っている様子に、これは酷いなあと思ってしまう。日テレの報道の人たちは腹立ってるだろうなあ。
などと坂上忍の愚痴を聞きながら車でどこに向かったかというと、晩ご飯のおかずに餃子を買いに行ったのである。
最近、近所ではどういうわけか餃子の無人販売所というのが立て続けにオープンした。
プレハブの小屋を開けると大きな冷凍庫があり、中から冷凍餃子を取り出して、箱の中にお金を投入するといてうシステムである。お釣りは出ない。一応監視カメラが付いている。まあ、野菜の無人販売所が当たり前のように点在している練馬区らしい売り方だ。
ちなみに野菜の無人販売所は本当にどこにでも転がっている。オレは時々農家が自分で浸けたきゅうりの漬物などを買って帰る。2本200円。当たり前だが旨い。
餃子については以前試しに買ってみたら、まあまあの味だった。群馬の水上の有名店の餃子らしい。他にも地元・大泉学園のフレンチのシェフが作った餃子の無人販売所もあるらしい。コロナで苦しいのか、フレンチも。
その水上の餃子を今日も買って帰った。実はオレは餃子というものがあんまり好きではない。家族のために買って帰ったのである。それでもせっかくだからと一つは食べてみたが、今日はあんまり旨くないなあ。今度はフレンチのシェフの餃子でも試してみるか。
もっとも持ち帰り餃子で案外旨いのは、バーミヤンであるというのが我が家の見解。しかも12個で323円と激安で、ちゃんと焼いてもらえる。安いから中国野菜なのだろうが。
餃子を一つだけ食って、キリンの「秋味」を飲む。ビールはこれが好きだなあ。
2021.09.02
最近の「東大王」はバラエティフレーバーを取り入れようとしてか、ちょっとつまらなくなった。特に鈴木光やジャスコ林が抜けてから面白さが減った。
新しいメンバーで盛り上げようとしているのはわかるんだが、しかしやっぱり伊沢拓司がキングとしてふんぞり返って、とことん難しい問題を競いながら解いていった頃が一番面白かった。当時は視聴者なんて置き去りにしているぐらいの難問ばかりで、それを出題途中であっさり解いてしまうのだから、視聴者はただ口をあんぐりと開けているだけだった。
という具合に我が家は「東大王」を楽しんで見ているのだが、時々、うっかり見逃したときもTVerで見られるからまったく問題なし。「イッテQ!」だって同じだし、ドラマ「TOKYO MER」も「ナイトドクター」も、明日TVerで見ればいいやと、平気で後回しにしている。
今や最少のテレビはTVer説。TVerがあれば地上波はもう不要。
既にバラエティとクイズだけになってしまった地上波だが、TVerがさらに空洞化に拍車をかけるのだった。
もちろん音楽をCDで聴くなんてことはもうあり得ない。映画をDVDで観るなんていうことも令和時代では考えられない。
すべてがネット。CDやDVDなんて面倒くせえよ。地上波を観るために時間通りにテレビの前に座るなんて、いつの時代の話だよ。
というわけでワールドカップ最終予選の話である。
いやあ、酷かったね。テレ朝の中継。DAZNに放映権をかっさらわれて、意地だけでホームの試合は中継することにしたらしいが、テレ朝のサッカー中継にはほとほと愛想が尽きたというかうんざりしていたのも事実で、サッカーファンはみんなDAZNに放映権が移って拍手喝采だ。
ついでにいえばコロナ禍のおかげで声が出せないものだから、あの退屈窮まる「おーにっぽー」という最低最悪のチャントを聞かなくて済むのは大変にありがたい。
今夜のオマーン戦も酷かった。特に松木。もはやあれは解説者じゃないというのも今さらな指摘だが、今まで以上に酷いと感じたのは、同時刻にDAZNで行われた中継では岡ちゃんと戸田がきっちり解説者の仕事をしてくれたから、松木の酷さが際立ったのだ。
いや、松木ごときに心乱されてはいかん。あれはああいうものだ。犬が吠えるのと同じだ。問題は番組全体にサッカーをちゃんと見せようという志に欠けていることなのだ。
まあ、それももうすぐ終わる。サッカーというコンテンツは間もなく完全に地上波では見られなくなり、DAZNだけのものになるだろう。それでよい。DAZNならちゃんとした解説でちゃんとした中継が見られて、しかも好きなときにリピートでき、何度でも見られる。悪いことなど一つもない。
というわけで、本題に入ろう。今夜のオマーン戦だ。
オマーンというチームは、結構しぶといという印象があった。だが決して強くはない。強くはないのにしぶとい、つまりめんどくせえチームという印象だ。
そのチームが1ヵ月も合宿して準備してきたという。おそらく今夜の日本戦を照準にピークにもってきたのだろう。これは弱者のやり方。あとはピークアウトしていく。こうして代表チームというのは経験を積んでいくのだ。かつてマイアミでブラジルに勝った日本のように。
想定外だったのは、日本があまりに酷かったことだ。
見ていて、これはどこかで失点して負けてしまう流れだなあと感じたほどだった。
大迫、植田、柴崎。かつての鹿島の選手がみんな酷いから今日は鹿島のせいで負けたのだ。
大迫の劣化は想定外で目を覆いたくなった。いくら相手に寄せられたとはいえ、あそこまで納められなくなっているとはなあ。あれでは攻撃のカタチがつくれなくて当たり前。だったら大迫を下げてオナイウでも入れればいいのに、なんと、オナイウは代表に選ばれていない。前田大然も選ばれていない。何をやっとるんだ。
そんな大迫を残して、投入されたのが古橋。それはいいんだけど、なんと左サイド。左サイドに置くなんて、古橋の無駄遣い。森保は気でも違ったに違いない。
植田の守備も酷かったなあ。試合後のインタビューで吉田もぶち切れていたではないか。これは植田なんかを選んだのが間違っている。
次の中国戦に負けたら、森保はクビ。更迭だろう。森保はまだ何も成し遂げていない。成果を出していない。アジアカップで敗れ、オリンピックでメダルを逃し、今度はワールドカップ出場を逃そうとしている。大笑いだなあ。
もっとも森保を更迭して、じゃあ誰が代行するのかというと、あっと驚く反町か、アントラーズにいた大岩がすっかりその気になっているという情報もあるし、とにかくこの先も絶望的だ。とほほ。
もしこれで本当に中国にも負けてしまったら、かつてのフランス大会の予選のように、プレーオフ狙いに切り替えることも現実的になるかも。それはそれでちょっとスリリングで面白そうだな。サッカー人気が高まって、DAZNに加入する人も増えるかもしれないね。
2021.09.01
夏の最後の日を銀座で仕事し、秋の最初の日も銀座で仕事する。クライアントは異なるのだが、今日も銀座なのだ。オレはすっかり銀座の人なのだ。
秋は大好きな季節だ。
若い頃は夏が大好きだったが、今やオレの人生そのものが秋だからなのか、秋が好きだ。澄んだ空気感がたまらない。
ただだんだん日が短くなっていって夕暮れが暗くなっていくのは寂しいものだ。
実家で過ごした高校時代、文化祭の準備で遅くなって、暗くて涼しくなった空気の中を自転車で走ったことを思い出す。コロナで高校生たちがそういう時間を持てなくなっているのが悲しい。
「甘美なる誘拐」平居紀一・宝島社文庫。宝島の本なんか今まで面白かったためしがないんだから、買うんじゃなかったよ、まったく。ミステリーでは誘拐ものが好きだ。天藤真「大誘拐」がオレのオールタイムベストワン。その「大誘拐」と比べては酷ではあるのだが、プロット、キャラ、文章とすべてが天と地。ぜんぜん笑えず、眠いだけの一冊。
2021.08.31
前半は豪雨で後半は猛暑という、そんなきっつい夏だった。
猛暑の方ではオリンピックがあったようだが、なんの高揚感も余韻もなく、閉会式のしらけムードともにもはや記憶も朧。ひょっとして忘れ去ってしまいたい夏の記憶になってしまったのかもしれない。とにかく恥ずかしかったものな、開会式も閉会式も。
そんなことを振り返りながら、蒸し暑い銀座を歩く。夏の銀座は、朝に限る。とても爽やかだ。だが今日のように午後となると、途端に淀んだ空気となって逃げ出したくなる。
ところで富裕層について明確な基準はないのだが、金融業界では資産5億円以上が富裕層とされている。50億円以上が超富裕層。
オレの知り合いで一番の金持ちは年収30億円だった。もちろん仕事関係である。
友人、親戚には富裕層は一人もいないし、ほとんどの仕事仲間も同様だ。
あるシンクタンクでは金融資産1億円以上を富裕層と定め、その割合は約2.4%とはじき出している。ふむ。ということは50軒に1軒の世帯が富裕層ということか。けっこう多いな。
でも繰り返すが、友人、親戚に該当者はいない。もちろんオレ自身も毎月の社会保障費と子供の学費の支払いに追われて夏になってTシャツ一枚買うのが精一杯という暮らしだ。
だから富裕層なんて遠い別世界と思っているのだが、しかし銀座まででかけて仕事をしていると、実は富裕層ってこんなにたくさんいるんだと驚かされる。
オレと同年代のおじさんが数億円という金を貯めて動かしている話を聞くと、ううーむとオレは自分の手を眺め、溜息をつくのだった。そしていつものように、とりあえずご飯を食べて子供二人を学校に通わせていられるのだからこれ以上のことを望んではバチが当たると、自分に言い聞かせる。
それにしても日本の格差はすごいことになっているのだなあ。そして話を聞く富裕層のほとんどの人が、もう日本はだめだ、成長しない、将来に期待が持てないと口にする。人も羨む金持ちが自国を見捨てるような発言が続くのだから、なんだかとんでもない国になったんだなあとうんざりし、そして過ぎ行く夏を見送る。
2021.08.30
都心の会社に行ったらガラガラ。山手線の駅前という立地なのにこれではあまりに家賃がもったいなかろう。
出てきた担当者が、短パンTシャツで素足にサンダルという出で立ちなのに軽く仰天する。しょ、初対面ですよね。
まあこれだけ会社の中がガラガラならば(社員の1割も出社していないらしい)、こういう服装になるのもわからなくはない。オレだって家で原稿仕事をしているときは似たようなものだし、リモートインタビューのときでさえワイシャツこそ身にまとうものの、下半身はとても見せられたものではない。
こんな日常なんだからスーツが売れないのも納得だし、JRが赤字だというのも仕方ない。
スーツと言えば、アオキがパジャマスーツをというのを売り出したときは驚いた。リモートワーク用。見た目はスーツだが実はそのまま着替えずにベッドで寝られちゃうという服だ。
明らかにネタだと思ったら、大量生産して店頭に並べられたのにはびっくり。製造しちゃったのかよ。誰も止める人がいなかったというところに大きな問題があるような気がする。
都心に高い家賃を払って空室を維持しても仕方ないから、もはやオフィスは必要ない。家賃の分を社員の通信費に振り分けたほうがよほど合理的だろう。社員の地方移住もぼちぼち始まっているようだ。
60歳を過ぎて、オレはもはや今さら地方に移住しようとは思わないが、これが子供が生まれたばかりの20年前だったら本気で考えたかもしれない。当時は通信と言ってもせいぜいがテキストをネットで納品する程度だったから、リモートワークなんて無理だった。リモートミーティングが日常ちなった今なら十分現実味がある。
しかしこのままいくと、と時々案じてしまう。
このままいくと、会社とか仕事とかいうものの枠組みが根本から変わってしまう。
かつて“働く”ということは、地主や荘園やお城といった資本家の家に住み込むことだった。それが交通手段の発達により“通勤”という概念が生まれ、人々は住み込みから解放された。それが今は通信手段の発達により通勤からも解放されたわけだ。
これから会社というものは、そういう具合に解放された個人がバーチャルに結びつくプロジェクトチーム形式になっていく。プロジェクトごとにメンバーが組成され、個人はそういうプロジェクトをいくつも掛け持ちし、その集合体が会社と捉えられる。
あれ、それって別にリアルでもそうじゃん。別に何も目新しくないか。
もっとかんたんに考えるか。労働とはお金を稼ぐことなんだから、お金がもらえるなら会社に行こうがリモートワークしようが、別にどっちでもいいんじゃね?
お金を稼ぐために一番合理的な手段を選べばいいのであって、そこが逆になると、リモートか対面かという議論になってしまうのかも。
まあいいや。話が変な方向に行ってしまった。これも何も考えずに書きなぐっているからだ。えーと、どのあたりまで戻ればいいのだろう。
そうだ、まったく違う話にしよう。崎陽軒だ、シウマイの。
崎陽軒のシウマイって美味しいよね。オレも大好き。だから時々池袋の西武デパートで買って帰る。崎陽軒のお店があるのよ。
ここでいつも30個入のパックを2つ買っているのだが、ここ半年、それが常時売り切れになっている。本当に売り切れの表示なのだ。仕方ないから半分の15個入のパックを買うのだが、こけが明らかに割高なのである。
どう考えても割高なのを買わせるためにわざと売り切れというか、仕入れをしていないに違いないと睨んでいる。店員に聞いても「売り切れちゃいました」と返ってくるのだが、この半年、いつ行っても売り切れじゃないか。
どうやら崎陽軒という会社は消費者をなめているのだろう。でなければ販売機会を半年間にわたって逃し続けて気が付かないバカ会社ということになる。
アホらしいので西武デパートの崎陽軒ではもう買う気がない。
2021.08.29
パラリンピックを見ていると、凡庸な感想ではあるが、この選手たちはすごいものを乗り越えた末に今ここに立っているのだなあという思いを新たにし、感動する。尊敬という以外の感情が浮かばない。
そんな人たちの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものだ。どこかのサッカーチームに。
息子もオレも、サッカーのサの字も聞きたくないほど、土曜日のゲームには心を破壊されてしまった。オレだけでなく新潟のサポーターは誰もが同じようで、「やっぱりどん百姓のオレらにはオサレなポゼショナルサッカーなんて似合わないんだべ」という声も強くなっている。百姓には百姓一揆カウンターがお似合いだべさ。
それほどにまでメンタルをやられてしまったわけだ。あのボケナスチームに。一体どうしてくれるんだ。
そんな息子がオレに向かって言う。「お父さんはインボイス制度への対応は済んでいるのか?」と。
中学2年で日商簿記二級を取った息子は、今、吉祥寺の会計事務所でアルバイトをしている。そして時々ベンチャー企業のいんちき税務申告に付き合わされそうになって「あいつら、社会悪だ。ベンチャーなんてろくなもんじゃねえ」と怒っている。これはとても正しい感覚である。
その息子に「お父さんはしょぼい業者なんだからちゃんと対応しないと潰れちゃうよ。父さんが倒産なんちゃって」とインボイス制度のことを指摘され、ああ、そういえばとオレは思い出す。確かにそんな話が顧問税理士から来ていたわ。
息子は言う。「どうしてインボイス制度がまったく問題にならないんだ? あれは中小企業を潰すための制度だろう」と。
中小企業はともかく、零細企業を潰すための制度であることは間違いない。
簡単に言うとこの制度が始まると、売上1000万円以下の業者には仕事が発注されなくなる。つまり零細企業には仕事が行かなくなる。当然、潰れるところがボコボコと出てくる。
そういう制度なのにちっともマスコミに取り上げられず、反対の声もまったく上がらないのはどういうわけだろうと、息子は言うのだ。
中小企業が日本のガンだという指摘は以前からある。
息子によれば「中小企業は再編すべき」と主張するデービッド・アトキンソンが政府のブレーンであることから、大企業偏重型へと日本の産業界は舵を切っているところであって、インボイス制度もその一つということだ。
確かにリーマン・ショックどころかバブル崩壊の影響を今もに引きずっているおかげで、日本は成長しない国になってしまった。中国どころかタイやシンガポールにも抜かれつつある。売り物はもはや何もなくて、美しい四季と安全な水ぐらいしか自慢できるものがない。とほほほ。まったく情けない。情けなさの度合いで言ったらどこかのサッカーチーム並みだ。
問題の一つがゾンビ企業の存在だ。
ゾンビ企業とは、本来ならば倒産するのが当たり前のようなへなちょこ企業が銀行の融資をいろいろとごまかしてなんとか生き残ってきた状態のことを指す。責任を取ろうとせず何でもかんでも先送りにしようとする銀行のおかげで生き残っているような企業だ。そういう企業はばっさりと切ってしまって、人もカネも成長分野にシフトさせるのが国としての正しい成長戦略である。極めてまっとうな考え方だ。
当然そこには痛みが伴うが、ポリープを切除するように、長生きのためには必要な痛みだ。インボイス制度はそうした文脈でとらえていいと思う。
つまり零細企業、中小企業はこの制度にょってバッサリと切除されようとしている。それなのにちっとも話題に上らないのはどういうことだ、と息子は言うわけだ。
幸いにしてオレは適格請求書発行事業者に該当するのでこの秋に登録申請すれば、ポリープのように切除される運命からは逃れられる。
そう、申請は早くもこの秋から始まるというのに、どうして話題にならないのだ。オレは顧問税理士に教えてもらったから知っているが、確かにそれまではまったく気にもしていなかった。だからこうした動きを全然知らない人たちも多いのではないか。
目立たぬように、気付かれないように、ひっそりと、こうした零細業者潰しが進んでいる。
難しいのは、さっきも言ったようにそれが国全体の成長戦略という視点ではまったく正しいということだ。当人にとっては大ごとであるというのに。
もちろんオレだって安穏としていられるわけではない。いつ適格請求書発行事業者の条件が引き上げられるかわからず、気がつけばポリープの側になっているかもしれない。
うーむ、恐ろしいことだ。別に国の成長なんてどうでもいいからオレは贅沢もせずに日々の暮らしを穏やかに送れればそれで満足なのだが。そして時々、息子と一緒にサッカーを見て勝った負けたと騒いでいられればいいのだ。
2021.08.28
20代後半の一時期、マーケティングの講座に通っていたことがある。あれはけっこうオレの人生において重要な出来事で、ここで学んだたくさんのことが今もオレの仕事に生きている。
その多くはフィリップ・コトラーの古典的教科書「マーケティング・マネジメント」にも書かれてあることだったが、それを平易な言葉で解説してもらったことで、水が染み入るように頭に入ってきたものだった。
講師は博報堂のプランナー。業界では割と知られた人だった。
その人に企画力とは何ですかと質問したところ「それは若さと才能です」という身も蓋もない言葉が返ってきたっけ。「だから私は皆さんが怖い」とも講師は続けた。今になってその言葉の意味がよくわかるのだが、当時はなんのこっちゃと思ったものだった。
もう一つ印象深かったのが「商品がどうして売れたのか、本当の理由なんて誰にも分からないんです」という言葉。それってマーケティングの否定じゃんと、ちょっと驚いたっけ。
その講師が言うには、商品が売れた理由は分からないが「オレが売ったんだ」と自慢するヤツはいくらでも出てくるのに、売れなかったときは「オレのせいです」と責任を取る人間は出てこないそうだ。実に面白いではないか。
サッカーでも同様である。
ゲームに勝ったら「オレのおかげだ」とえばるヤツはいっぱいいるが、負けると知らんぷりする人間ばかり。
マーケティングの講師は「売れなかった理由なんていくらでも上げられるから」と話していたが、サッカーも負けた理由なんていくらでも上げられる。それも共通しているようだ。
「勝ったらオレ様のおかげ、負けたら日本の文化のせい」だったのは、あのトルシエ監督。最低の人間性だったが、しかし時々、無性に懐かしくなり、またあのエキセントリックなキャラを見てみたいという思いに駆られる。
一週間を楽しみに過ごしてきて、週末は朝からワクワクして、早く始まらないかなとテレビの前で待ち構えて、あげくに見せられたのがこんな無様なゲームだったとは。週末が、一週間が、台無しだ。
もちろん選手だって監督だって負けようとは思っていないのだから、勝手に期待したこっちがアホだったと無理にでも納得するしかないわ。目をつぶり、耳をふさいで、何もなかったことにしてしまおう。
2021.08.27
Jリーグ黎明期はヴェルディの時代だった。
すごかったですねえ、ヴェルディ。カズにラモスに武田に北澤に柱谷に加藤久に監督が松木。
チャントがジ・エンターテイナーで「ヴェルディかーわさーきー」というもので、今の日本代表よりずっと前に使っていた。
スタジアムはいつも満員の国立競技場。オレも何度か見に行ったが、ルーズソックスの女子高生や顔グロコギャルがうじゃうじゃいてびびったものだった。もちろん連中はサッカーなんて別に興味なくて、ただ友だちと騒ぎたいだけだった。だから潮が引くようにいなくなったのも当然ではあった。
ヴェルディ=Jリーグみたいな時代が数年続いて、サッカーバブルがはじけて業績は低迷し、ついに日本テレビが経営から手を引いて、ヴェルディは一気に暗黒時代。J2中位の凡チームになってしまった。
だがそれでも過去の栄光は残る。つーか、もはや過去の栄光しかない。
オレたちはかつて凄かったったんだ。強かったんだ。かっこよかったんだ。
そんな記憶だけを頼りにするチームになってしまって、永井みたいな当時の栄光のおこぼれを知っている遺物が監督をするもんだから、当然のようにパワハラが起きてしまったんだ。
オレたちは凄かったからこれぐらいの練習なんて当たり前だったんだぞ。ラモスさんは怖かったぞ。カズさんはもっと怖かったぞ。
だからって永井がパワハラをしていいという理由にはならないから、騒動になるのも当たり前。
聞きつけたJリーグがチームに調査を命じたというのに、チームは「はいはい、わかりましたあ」と言ってほったらかし。ついにぶち切れた選手会がJリーグに直訴したというから、闇の深さを感じさせる。ヴェルディの経営陣が一体となって隠蔽に走っただろう、これ。
選手会が直訴したというのも凄くて、もはや選手の誰もがこの監督のクビを切ってくれと言ってるわけだ。全員がライバルで自分の出場機会が得られるなら仲間がパワハラで病んでポジションが空くのも大歓迎というJリーガーが一致団結で謀反を起こしたわけだから、もはやヴェルディはアフガニスタン。
どう落とし所を見つけるかという段階はとうに過ぎて、永井が辞める以外に道はない。でなけりゃ次は全選手ボイコットだろう。
断念なのはこの騒動が発覚したのが、京都戦を前にした今だということだ。京都は、アルビレックス新潟の目の上のたんこぶである。とにかく叩いて引きずり落としたい。ヴェルディにはぜひその役目を期待したいところだったのだが、こんな騒動が起きてしまったのだ。
なんという間の悪さだろう。
せめて永井への怒りをボールへのパワーに転じて、怒涛の攻めで京都を叩き潰してくれることを期待したい。無理に決まってるが。
「理由」宮部みゆき・新潮文庫。もちろん新刊が出たときに読んではいたが、先日、息子が文庫で読んでいるのを見て、久しぶりに読み返してみようかと思って息子から借りた。火車・理由・模倣犯は宮部みゆきの初期現代ミステリー三部作とされ、徹底したリアリズムにこだわった作品。オレも息子も、この中では「火車」が一番だということで意見が一致している。「理由」は、やはり登場人物が多すぎて、話の流れが停滞する。些末な登場人物についても微に入り細を穿って造形するものだから、無駄に長い。これははっきりとスティーヴン・キングの影響だろう。その心意気は素晴らしいが、技量がキングとは大きな差があったということだ。今の宮部みゆきならばもっとスッキリと整理させて、読みやすくできるはずだ。物語はバブル崩壊後の家族の崩壊物語。あの当時、こんな話は日本中たくさんあったのだろう。いろいろと身につまされる話である。
2021.08.26
特に楽しみにしていたわけではないけれど、テレビをつければパラリンピックをやっているから、何となく見る。そして引き込まれる。
今日は車いすバスケだ。息子が「すげえよ、すげえよ」と騒いでいるからどれどれと隣に座って眺めたら、確かにこれはすげえやとびっくり。イスがぶつかる迫力もすごいし、何よりも上半身だけでこんな激しいスポーツをしていることに驚く。これ、10分で腕が死ぬぞ。
しかもゲームは毎日あるそうだ。無慈悲すぎるわ。
たいへんな障害を乗り越えて生きてきた人たちが、とんでもないスーパープレーを見せてくれることに感激する。
2021.08.25
8月ももうすぐ終わろうとしているわけだが、振り返ってみれは今月は4回しか電車に乗っていない(往復も1回と数えるとして)。先週は1回だし、今週はゼロだ。
ヒマだというのもあるけれど、電車に乗らなくても仕事ができる時代になったんだというわけだ。
だからほとんど在宅で仕事する毎日である。
朝は、朝食を摂ったりごみを出したり洗濯物を干したり娘を車で塾まで送ったりという一仕事が終わったら冷たいそば茶かアイスコーヒーを飲みながら一息ついて、自室のイスにふんぞり返る。するとどうなるかというと、眠くなる。
出かける予定がないから、そのまま寝てしまう。
これが実に気持ちよい。朝寝は最高だ。
堕落する一歩手前のような気がしないでもないが、抗えない魅力がある。
朝寝は最高だ。
「あの日、君は何をした」まさきとしか・小学館文庫。母親の狂気が救いようのない結末を招いたというミステリー。想像していたとおり、イヤーな読後感だった。テーマとプロットはなかなか読ませる。ただ人物造形がちょっと弱くて、感情移入できない。物語の案内役である刑事がもっと魅力的ならなあと思った。
2021.08.24
なんでタケコプターなの? なんでデコトラなの? うわ、なんでデコトラからホテイが出てきてギターを弾くの? と、たくさんの「?」が盛りだくさんではあったが、概してよかったのではないか。パラリンピックの開会式。
もっとも、概してっていっても比べる相手がアレだもんな。オリンピック。
競技はよかった。盛り上がった。でもどこか遠くの会場で行われているのを眺めているアウエー感が強く、あれほど高揚感に欠けようとは想像以上だった。
そして閉会式のシラけぶりに目を覚まされたかのように、余韻というものがまったくない。これほど余韻というものがないイベントも珍しい。大竹しのぶが登場したときの世界中のポカーンという空気と共に、あらゆる余韻が消え去ってしまったのだ。
もっともパラリンピックも、大臣と会長だかの挨拶は相変わらずバカみたいに長かった。中身は小学校の運動会での校長先生の挨拶となんら変わらないシロモノなのにあの長さはおかしい。世界中がうんざりだ。
だからこそ際だったのが開会宣言。一瞬で終わった宣言に、我が家でも「さっすが、オレたちのエンペラー!」「最高だぜ、陛下!」と拍手喝采なのだった。
2021.08.23
「ライターマガジン」というのを見つけた。
オレのようなライターを対象とした業界誌である。季刊のようだ。最新号が5号なので生まれたばかりの業界誌なのだろう。
この時代にライター向けでありながらなぜか紙で創刊されたというのが、ちぐはぐでおかしい。もちろん電子書籍版もあるのだが。
最新号を買ってみた。取材や編集に役立つTios集だとか、ライターの仕事場紹介だとかそんな記事が載っている。微妙だ。
バックナンバーを買ってみた。ライターのお金事情という特集だ。
一読、仰天する。読者へのアンケートの集計なのだが、それによれば平均月収の1位が5万円未満(37%)、2位が10〜20万円(26%)。月収40万円以上はわずか9%。
嘘だろ。最も多いのが月収56円未満て、そりゃ収入じゃなくてバイト代。つまり生業としてのライターではなくて副業、アルバイトでのライターだろう。
そう思ったらネットニュースに似たような記事を発見した。
全国のフリーランス400人のうち、最多が年収100万円以下なのだという。このフリーランスで最も多かった職種がライターなのだそうだ。ちなみに1000万円以上は400人中わずか2人。
このネット記事の数字は「ライターマガジン」のアンケート結果に近い。だからフリーライターの多くは月収5万、年収100万円以下ということになる。
こんなのは仕事とは呼べないだろうなあ。
確かにランサーズなどのクラウドのお仕事発注サイトに登録すれば、すぐに仕事がもらえる。ライターには資格なんてないのだから。ただランサーズなどは単価が異常に安い。例えば400字書いて100円とか。1日頑張って書いても2000円ぐらいにしかならない仕事ばかりで、それなら月収5万円も納得である。
いいのだろうか。ライターという仕事がこれでいいのだろうか。
思い切り底辺じゃないか。最貧困。比べては申し訳ないが、コンビニのバイトの方がよほどカネになる。
それとも「作家を夢見て、今は耐えてるんです」という世界なのだろうか。
オレはライターとして自分が優秀だとかまったく思わないし、むしろ未熟でボケで下手くそだと思っているのだが、それでもこの月収5万円以下の集団と同じに思われることには激しく抵抗する。
まったくうんざりするようなデータだ。
「護られなかった者たちへ」中山七里・宝島社文庫。貧困、格差、生活保護。そういう重いテーマに東日本大震災をからめた社会派ミステリーだ。真犯人は意外で、なるほどそうきたかと驚かされた。それでも読後感がすっきりしないのは、ここで描かれている日本の姿が現実だからだ。どうしようもない格差社会。なんだか、すごく絶望してしまう。ライターも底辺かよ。
2021.08.22
週末のお楽しみはサッカーである。
アルビレックス新潟はぽんこつチームだ。出来の悪い子ほど可愛いわけで、いつも呪詛を吐きつつ、応援してしまう。
本来はスタジアムを駆けつけたいところなのだが、先週の千葉戦が2年ぶりの現場。実はホームの特別席へのご招待もいただいているのだけれど、コロナがコロナだけに断念した。とても残念である。
代わりにDAZNで応援だ。
DAZNと言えば、日本代表のワールドカップ最終予選のアウエーが全部DAZNの中継になってしまったことで、ちょっとしたさざ波が起きている。ホームの試合だけはテレ朝が意地で放送するらしいが、アウエーは放映権を手放してしまった。
これで、いわゆるライト層が日本代表のゲームを観る機会は激減。世間一般的な関心はずいぶん薄れるだろう。
もっともJリーグはとっくに地上波ではやらなくなったし、プロ野球でさえ地上波では流れない。
今やテレビで放送されるプロスポーツは大相撲だけになってしまったわけだ。
今のテレビはバラエティ番組とクイズ番組だけになってしまって、合間にニュースとドラマが入るぐらい。スポーツとは完全に縁遠い存在だ。
スポーツというコンテンツが蛸壺化したのか、あるいはテレビというメディアが機能しなくなったのか。完全に後者だろう。残るのはメディアとしてのテレビではなくてネットコンテンツを映し出すディスプレイとしてのテレビだ。
もちろん日本代表の中継がDAZNになっても何も困らない。むしろ喜ばしいぐらいだ。DAZNならいつでも何度でも観られるし、リプレイも自由自在。テレビの方が勝てる要素は一つもない。
そもそもテレビ朝日のサッカー中継は、例の「絶対に負けられない戦いがある」みたいなアホなスローガンに代表されるように、サッカー中継としては徹底的にダメなつくりになっている。
はしゃぎすぎ。解説も中継もはしゃぎすぎ。ちゃんと冷静にサッカーを見せるべきなのに、久保建英が典型的だが、1人のヒーローを作って物語に仕立てようという、いつの昭和だよというコンテンツづくりがいまだに横行している。我々はうんざりしていたのである。
サッカーというスポーツをきちんと見せてくれるのは明らかにDAZNだから、この流れは歓迎したい。
この先は当然ワールドカップ本大会もDAZNの独占という方向に行くだろう。そして最終的にはオリンピックの完全独占放送を、DAZNは狙っているのではないか。
いや、DAZNでやればいいのよ、オリンピックも。そうすればすべての競技を中継できる。競技の数だけチャンネルが用意できるわけだから、完全定額制の中で、見たい競技をいくらでもライブで、録画で、ハイライトで見ればいいのだ。これってスポーツ中継として理想的じゃね?
そんなことを考えながらアルビレックス新潟対相模原を見る。相模原は選手も監督も大幅に入れ替えて全然違うチームになっていたのにびっくり。清水から移籍していた成岡がむちゃくちゃいい選手なのに驚いた。今すぐJ1でもやれるわ。
もちろんアルビレックスはこの相模原を2-1と下す。しかも逆転勝ち。ああ、気分がいいなあ。
2021.08.21
昔は映画を観るっていったら名画座の3本立てが当たり前だったから、今でも3本続けて観るぐらいは平気である。しかもAmazonPrimeのおかげで寝転がりながらだから、3本どころか何本でもOKだ。
今日は「犯人に告ぐ」と「この道」を観た。どっちもハズレだった。
「犯人に告ぐ」は原作を読んだはずだがすっかり中身を忘れていた。だから原作通りかどうかはわからないけれど、事件解決に至るまでいろいろと適当なことがありすぎて伏線回収のすっきり感がまったくなかったなあ。しかも全体に画面が暗く、観ていて疲れた。土曜日の午後に観るようなもんじゃなかったなあ。
「この道」は北原白秋をモデルにした映画。北白州という人物についてのエピソードが起伏もなく淡々と綴られていて、まるで撮りためてあった朝ドラを一気見したような印象だった。キャラクターも浮き上がってこないし、当時の時代の空気も感じられないし、物語は平坦だし。一言で言えば要するに退屈。まったく土曜の午後に観るようなもんじゃなかったよ。
2021.08.20
先日、某メガバンクのエンジニアに話を聞いた。いわゆる情報システム部門ね。
それによればそのメガバンクグループでは全部で5000を超えるシステムが走っているという。
腰を抜かしたわ。ご、ご、5000ですか〜。
5000ものシステムが365日24時間、一つもトラブルなく走り続けるって不可能に決まってる。そりゃあ人智を超えるだろう。
きっとみずほ銀行だって状況は同じだ。しかもこの銀行、合併時にいずれかのシステムに寄せて統合するんじゃなくて全部残して走らせようとしたわけだから、うまくいくわけがない。そのあたりを解決したはずの新しいシステムが一昨年ぐらいから走り始めてはいるけれど、それがトラブルを起こしているんだから、もう打つ手がないんじゃないかなあ。マジで。
銀行員が最も恐れることって「責任を取らさせれる」ことだそうだ。だからどんな局面においても絶対に自分に責任が降りかからないような立ち振る舞いを、新人の頃から叩き込まれる。何か問題があればすぐに客のせいにしようとするのもそのためだ。
当然システムに問題があっても誰も責任を取りたがらないし、何か起きてもオレのせいじゃないと知らんぷりする。何か起きそうだと気がついても、面倒に巻き込まれたくないからやっぱり知らんぷりする。
そういう風潮が特にみずほの場合は強かったんだろう。どうすんだよ、これ。どうにもならないだろうなあ。
「すぐ死ぬんだから」内館牧子・講談社文庫。老境に入った著者が、老いるということをテーマに書いた小説だ。主人公は78歳のばあさん。その一人語りで物語は進む。前半は退屈だ。だがばあさんの旦那が硬膜下血腫で突然死んでから、話は急に転がり出して、えっと驚く展開になる。その流れで主人公の考え方もどんどん変わっていく。でもあんまり共感できないのはどうしてだろう。人間的な魅力を感じられない人物だからかも。まあ、麻布のマンションで夫婦で悠々自適なんて、やっぱりシンパシーは持ちづらいわな。岩太郎という登場人物のあり方が見事。
「模倣の殺意」中町信・創元推理文庫。本格ミステリーにどっぷりはまっていたのは30代の頃だった。休日になると新宿の紀伊國屋書店からミステリーの新刊本を買い込み、山のように積み上げては1日2冊は当たり前、3冊、4冊と読みふけっていた。特に講談社ノベルズが仕掛けた新本格ミステリーはドストライク。片っ端から読みあさった。綾辻行人(小野不由美の旦那)や有栖川有栖、法月綸太郎など、若手が勢いに乗って発表する意欲作は実に小気味よく、騙されては快哉を叫んだものだった。特に綾辻行人の叙述ミステリー「館」シリーズでは、ページをめくって現れた真相に、うひゃーと声を上げたことが数知れず。面白かったなあ。で、この「模倣の殺意」だが、こんな作家がいたなんてまったく知らずに、久しぶりにミステリーでもと思って手に取ったわけだ。読み終えた後で昭和40年代の作品と知り、文章の生硬さなども含めて、それならばまあ仕方ないかと納得。叙述ミステリーであって作者の意図はしっかり成立している。ただまあやっぱり全編に漂う古くささが否めない。これならエラリー・クイーンでも読み返してみるか。
2021.08.19
やっぱり8月ってヒマだよねーと、現場で一緒になったカメラマンと愚痴る。
初旬こそ忙しくて、ひー、ついにあの石ノ森章太郎の季節到来かと目を吊り上げたりしたのだが、それも一瞬のこと。お盆を挟んでずっとヒマである。
9月の予定はぼちぼち入っているし、毎年のことだから焦る必要もないのだが、それでも背中をじとーっとイヤな汗が流れるのだった。
なにしろ今月はどかーんと税金、社会保障費などが出て行くからなあ。特に消費税の中間申告というのが想定外でン十万円をどかーんと引き落とされるとわかって腰を抜かした。ほぼ売上やんけっ!
さらに車検があって、これまた目を剥く金額。ディーラーは車が売れないものだからなんとしても金をふんだくろうと「タイヤの溝がっ」と交換させようとしたのだが、タイヤ館に頼んでるから、と押し切って逃げてきた。危ないところだった。
そんな具合に金が出て行くばかりで、娘の塾の夏季講習にいったいいくらかかっているのか、ヨメに聞くのも恐ろしくてほったらかしにしてある。
ああ、宝くじでも当たらないかなあ。って買いもしないで宝くじを当てにする間抜けなオレであった。
「筒美京平 大ヒットメーカーの秘密」近田春夫・文春新書。確か20日の発売予定だったが、たまたま駅前の書店に立ち寄ったら既に平積みされていたので即座に購入。近田春夫自身が筒美京平の音楽に迫ると同時に、筒美京平のお兄さん、橋本淳、平山みきと対談するという内容だ。ほとんどのエピソードが既出のものなので、安心して読める。それでもところどころ新しい発見があって、へえーっと驚く。例えばC-C-Bの「ロマンチックが止まらない」では、船山基紀のアレンジにダメ出しをしてスタジオ中を凍り付かせたという有名なエピソードがあるが、お兄さんはそれをあっさり「その噂は嘘」と断定するのである。ほ、ほんとかよ。オレが好きなのは、平山みきのアルバム曲「フィルムシティモーテル」をロサンゼルスで録音した際、あまりにも名曲だったため、演奏を終えたスタジオミュージシャンたちが思わず拍手をしたというエピソードだ。その場に筒美京平は不在だったそうだが。橋本淳はこの曲を「突出して完成度が高かった」と絶賛し、もし筒美京平がアメリカに生まれていたらバート・バカラックを超える作曲家になっていたと語るのだった。へえー、そんなにすごい曲なのかと思ったオレは、YouTubeで平山みきがライブで歌う「フィルムシティモーテル」を見つけて聴いてみた。ライブらしくかなりラフな歌い方なのでメロディーの輪郭もはっきり聴き取れなかったが、確かに名曲だということは分かった。オレが筒美京平のことをすげえと思ったのは、チェリッシュの「ふたりの急行列車」をラジオで聴いたときだった。高校2年だった。もちろんそれまでも筒美京平のことは知っていたが、あくまで歌謡曲サイドの人いう認識で、フォーク少年のオレの視界にはいなかった。それがたまたま耳にしたこの曲を聴いて、なんという洋楽テイストのおしゃれな曲なのだと驚き、月刊「明星」の歌本をめくってそれが筒美京平の作曲であることを知り、ひょっとしてこの人はすごい人なのかもと思うようになったのだった。そういやチェリッシュって、今聴くと実にクオリティの高いチームだったことがわかる。なんといってもボーカルの悦ちゃんの歌唱力が素晴らしく、こりゃ日本のカレン・カーペンターじゃんとあくまでも70年代テイストのオレは驚くのだ。だから「ひまわりの小径」とか、たまに無性に聴きたくなる。なかなかいいよ、チェリッシュ。
2021.08.18
久しぶりに「週刊文春」を買った。しかも2週連続で。
理由は特にない。気まぐれだ。
電車に乗り込んでページを開く。菅総理の退陣が間近というようなトップ記事から始まる。見渡せば週刊誌を広げているような人間は他にいない。
新聞を読んでいる人もめったにいなくて、たまに文庫本を手にしている人を見かけるぐらい、電車の中の読書の風景は変わった。週刊誌を読んでいると、恥ずかしく感じるほどである。
「週刊文春」は電車の中吊り広告をやめるという。「週刊新潮」も追随するそうだ。
電車の中吊りの見出しを見て面白そうだと思ったら乗換駅のキヨスクで週刊誌を買うというビジネスモデルは完全に崩壊した。今や駅売店ですらほとんど見かけない。スマホはあらゆる20世紀的なものをずんずんと破壊しながら進んでいく。
かつて「週刊新潮」のできたばかりの中吊り広告を見て「週刊文春」が記事を決めていたという騒動があったけれど、もはや「なんのこっちゃ」と首をかしげる人たちばかりになるのだろう。
「週刊文春」「週刊新潮」ときたら他の週刊誌も追随するに決まっている。そして次は新聞の広告だ。毎週半ばに「週刊文春」と「週刊新潮」の広告が仲良く肩を並べて掲載されていたのも、きっとなくなる。
それがネットの時代であり、フリーの時代。
とはいえ、最近オレの中では「紙でいいんじゃね?」という気持ちが強くなっているのも事実だ。何も無理にデジタルに置き換えなくても。
例えばインタビューのメモはすべて手書きである。立ち会っているディレクターはパソコンをパチパチやっているがうるさくてかなわん。
という騒音の問題でなく、メモを取りながら手で構成などを考えているのである。これなんて「紙でいいんじゃね?」の代表。というか「紙がいいんじゃね?」だ。
リモートでのインタビューとなると、もはやメモも取らず、記録した映像から自動で議事録を起こして終わりである。そういう議事録がオレの元にも送られてくる。
だがあれも、自分でテープ起こしをするから考えがまとまるのであって、議事録を送られても、単に内容の確認にしかならない。つまり無駄。
盲目的になんでもかんでもデジタルにしようとするから、こうなってしまう。
似たようなことは30年前にも起きていた。
かつてデザイナーはトレスコープというデカい機械を使い、暗幕をかぶって、写真を手でトリミングしていた。倍率を設定し、画角を決めて、鉛筆で輪郭をなぞっていたのである。目の回るほど手がかかる作業だったが、その作業をしながら上手なトリミングを考え、写真1枚の意味を考えたのだった。
それがコピーを誰でも簡単に使えるようになってから、写真は倍率を決めてコピーして終わり。確かに手間は大幅に軽減されたけれど、そのためか、一時期デザイナーの写真の処理がむちゃくちゃ下手になったことがあった。
写植からDTPに移行するときにも同様のことはあって、かつては一文字一文字手で組んでいたところ、一気に文字データを流し込んで終了という形になったものだから、文字の組み方がデタラメになってしまった。行間も字間もゆるゆるで全然美しくない。
詰打ちこそ正義という中で新人時代を過ごしたオレは、例えば改行した文頭が「た。」で終わるなんて許しがたいことだったのである。
えーと、話がだいぶ飛んだな。「紙でいいんじゃね?」という話だった。
「紙でいいんじゃね?」の代表は、付箋である。
何でもかんでも、付箋は大活躍である。オレは1日の予定、つまりToDoリストを付箋に書き出してパソコンのディスプレイに貼り付けている。なんつーか、これが落ち着くのよね。パソコンのToDoソフトを使えばいいのだが、こっちが好き。
このほかにも付箋はいろいろと便利で、資料にぺたぺた貼ったりしている。
共有すべき情報は、明らかにデジタルがいい。例えば税金関係の書類を税理士に送るとき、紙で届いたものをわざわざスキャナしてPDFに変換し、送っている。これなんて最初からデジタルデータで送ってくれればいいだけのことで、そういうDXは強力に推進すべきである。
けれど共有を前提としないドキュメントなど、自分の中だけで完結するものは、無理にデジタルにせず、紙でいいんじゃね? と思うのだった。
そして話は戻って「週刊文春」であるが、買ってみたらやっぱり高いなあ、というのが今日の結論。
2021.08.17
音楽活動をストップしてからもう1年半になる。アレンジャーとしても、プレーヤーとしても。どっちもコロナのせいだ。
制作したり演奏したりをやめたら、聴くのもどうでもよくなって、今は仕事中も鳥の声とか波の音といった環境音を流している。たまにハワイアンを聴くぐらいだ。
そんなんだから、時々、オレの人生にもう音楽はいらないかな〜とつぶやいたりしているわけだ。
ギターもしばらく弾いていない。ところがウクレレだけは、毎日のように弾いている。たいした曲ではないが「オーバー・ザ・レインボウ」とか「ダニーボーイ」とか「サザエさん」とか。
なんせウクレレは手軽だ。食卓の横にも転がしてあり、ご飯を食べる前に一曲という感じで弾く。楽譜も何もなく、好きな曲を自分で勝手にアレンジしているだけだ。
転がしていると書いたが、文字通り転がしてある。このへんの乱暴な取り扱いも、ウクレレのいいところだ。そもそもが湿気たっぷりの屋外で弾くような楽器だから、ラフでいいのだ。
そんなオレの物欲を激しく刺激するのが、最近出たバンブーウクレレだ。
なんとアルゼンチンのパタゴニア地方のメーカーのウクレレで、製造国は中国。この時点でもはやウクレレ要素皆無だ。
バンブーウクレレといいながら、竹はまったく使われていない。ではなぜバンブーなのかというと、竹のように急成長して伸びていきたいという願いを込めたからだそうだ。実にまったくウクレレ要素は皆無どころか正反対だ。
ではなぜこのウクレレがオレの物欲を刺激するとかというと、デザインが素晴らしいからである。そしてプリアンプ搭載で2万円という信じられない安さだからだ。
一昔前のオレなら見た瞬間にポチッと押して購入していただろう。音なんて2万円という時点で想像できる。だがオレは音がどうしたというような音楽はやってない。楽しけりゃいいだろ音楽なんて。
それでもポチッとせず、今もネットで写真を見て我慢しているのは、ひたすからカネがないからだ。娘の受験もあるし。なんといっても税金や保険等の社会保障費が莫大すぎて目が回っている。バンブーウクレレなんて毎月何十台も買えるほどの税金と社会保障費なのだ。
もはや生活はカツカツ。これが本当の生カツなんちゃって。
そんな悲哀を込めながら弾くオレの「星に願いを」は、実にもの悲しいのだった。
「店長がバカすぎて」早見和馬・ハルキ文庫。今、タイトルを書いたら「転調がバカすぎて」と変換された。わははは、まるで最近のJ-POPのバンドみたい。まったくアホみたいな転調をしてどんなもんだいとえばっているバンドが多いもんなあ。まあ、若さとはそういうものなのだよ。というわけでこの本であるが、本屋大賞にノミネートされたように、書店員の日常を舞台にした小説。表題の店長とは書店の店長のことで、そのバカぶりをバイトの女の子の目を通して描いている。全体に若書きで表現が浅いものの、書店と本に対する愛情がにじみ出ていて好感が持てる。ただ無理な伏線回収で話を強引にまとめ上げるのは、やめて欲しかった。同じテーマでのシンプルな連作集でよかったと思う。「それは経費で落ちません!」のように。正直、このメタっぽい伏線回収にはちょっとげんなりしたので、続編はいいかなと思った。
2021.08.16
名古屋市長の例の騒動を見ていると、こういう具合に自分の振るまいがハラスメントになっていることがどうしても理解できない昭和のオヤジっているよなあと妙に納得する。オレが思い出したのは知り合いのカメラマンだ。
インタビュー対象が女性だと、このカメラマンは十中八九「では水着になってください、えへへへ」と言う。名刺交換の時だったり、ではこれから撮影しましょうというタイミングだったり。
当然相手は「え?」という顔をするし、それが巡り巡って後からクレームにもなる。業務の一環として部下にインタビュー撮影のための時間を割かせたというのに、「脱いでくれと言われました」と報告されたら、上司が激怒して怒鳴り込んでくるのは当然だろう。
だからあるときオレは、そういう物言いはやめた方がいいよと忠告したのだが、そのカメラマンは「こう言うと相手はリラックスしてすごくいい表情が撮れるんだよ」と聞く耳を持たなかった。
たかがインタビュー写真を撮るのにリラックスも何もないもんだが、そもそも初対面の相手に向かって「水着になれ」と言うことがどれだけ失礼なことなのか、まったく想像が及んでいないようで、こりゃダメだとオレは呆れた。同じ業界の先輩だからこんな陰口のようなことは書きたくないだが、まさに反面教師。
あるときなど、フィットネスクラブで撮影することになって、プールで泳いでいたご婦人に対して、「すいません、水着を脱いでください、えへへ」と言ったのには仰天。クライアントのユーザー、つまり客の客に対しては最も神経を使わなくてはならないのに、想像を絶する発言だった。幸いその場にクライアントは不在だったので、大ごとにはならなかったが。
同様の流れでオレ自身が激怒したことも二度ほどあって、それは思い出すのもうんざりするようなことだから、書かない。
やはり反面教師にするのがよかろう。河村市長のように無自覚で無反省というのが一番始末に悪い。自分の軽口が、もしやとんでもなく失礼になっていないか、気を付けなければならないし、人に指摘されたら素直に認めて改めなくてはならない。年を取れば取るほど。
「話を聞く技術」永江朗・新潮社。
黒柳徹子、田原総一朗、ジヨンカビラ、小松成美、吉田豪など、インタビューの達人にインタビューの極意についてインタビューした本。ずいぶん前に読んだのを再読した。著者自身、インタビューの達人であり、まとめ方も非常にうまい。
「インタビュー取材のコツ」鈴木タケシ・ソラベル出版。
その辺の企業の新入社員研修のテキストよりも中身が薄いみたいな。マジで15分で読み終えてしまったみたいな。なんでそんなものを読んだかというと、Amazonアンリミテッド、つまり会員ならタダだったからに過ぎない。「おしゃべり好きで、こっちがインタビューしているのに途中で口を挟んでくるカメラマンには閉口する」というくだりには、大いに同感した。
「男気万字固め」吉田豪・エンターブレイン。
吉田豪のデビュー作。再読なんだけれど、とにかくメンツがすごい。山城新伍、ガッツ石松、張本勲、小林亜星、さいとう・たかを。こんなヤバい連中を相手に、まだ若くて怖いもの知らずだった吉田豪が真っ正面から切り込んでいったインタビュー集だ。とにかくNGネタが連発で腹を抱えて笑い転げてしまう。さすが向こう見ずの武闘派だ。ちなみにこの吉田豪が真正面から喧嘩したのが岡本夏生で、インタビューしても歯が立たなくて返り討ちに遭ったのが樹木希林。一度は激怒させたものの勘違いによるものだとわかって謝罪文まで送ってきたのがビートたけし。沢尻エリカとのインタビューが険悪なものになったら、それを余すところなく活字にしてしまったというエピソードもある。吉田豪のインタビューシューはだいたい持っており、時々パラパラと読み返しては笑っている。文句なしに面白い。
「書評の星座」吉田豪・集英社。
そんな吉田豪は大変なプロレスファンで、実に熱い。プロレス関連本をメタメタに切りまくった書評がこれ。まずは600ページ近い分厚さに仰天し、世の中にはこんなにもプロレス本があったのかと腰を抜かす。よってその書評ばかりを集めたこの一冊を読み通すには、相当なプロレスIQが前提となるため、マニア以外に読破は不可能だろう。実際オレも数ヵ月かかったもん。やすみすやみで読むしかなかったから。そんな具合に読み込んでいくしかない、実に中身の濃い本で、ミスター高橋の暴露本への書評などは名作。向井亜希の本を取り上げてかなり踏み込んだ書評をしたところ(決して悪口やからかいではないのだが)、高田延彦が激怒してしまい、吉田豪と編集者は営業終了後のレストランに呼び出されてしまった。そして高田に「このワインボトルでお前の頭をたたき割ってやりたい」とすごまれたエピソードが後書きふうに綴られている。そんな具合に濃すぎるエピソードが満載だ。ちなみに以前、吉田豪の本についてこの日記に書いたところ、どうやらご本人のエゴサーチにひっかかったような形跡を発見。なんだかちょっといたたまれなさを感じたことがあったっけ。
2021.08.15
以前から噂されていたドコモのhome 5Gが、いよいよ予約開始となった。
何かというと、ドコモの5G回線を利用したネットワークサービス。専用のルーター月額4950円を導入すると、携帯の回線をwifiのように利用できる。要するに光ファイバーが不要になるわけだ。
通信品質はというと、これがすごくてオレの使っているNuroが下り2Gbpsなのに対し、home 5Gは倍の4.2Gbps。こいつはすげえや。もちろん通信容量の制限はない。
春頃に噂を聞いたときは、本当ならなかなかのサービスだと感じたのだが、実際にリリースされてみたら期待に違わぬスペックだ。
オレんちは一戸建てだからNuroの光回線を引いて何の遠慮もなく使い倒しているが、マンションやアパートだと自分ち専用というわけにはいかず、共同の回線を住戸内で仲良く使うことになる。当然、遅延などのストレスがあるだろうし、そもそも大家さんがケチで無関心だから光回線すら入っていないということもありそうだ。そういうマンションやアパートに住んでいる人にとっては、これは大朗報だろう。
何しろ月額4950円のルーターを置くだけで、工事等は一切不要なのだし。
そしてオレも、これならNuroから乗り換えてもいいかなと思っている。
Nuroを使っているのはインターネットのプロバイダがSo-netだからであって、So-netに固執する理由がメールアドレスの変更通知をするのが面倒という点以外まったくなくなった今、もはやSo-netに高いカネを払い続ける理由がない。とっとと乗り換えてしまおう。
とは思うものの、リモートワークが当たり前になった今、通信環境を整えることはもはやビジネスマナーの一つであって、通信品質がよくない=仕事ができない、というイメージにさえつながりかねない。ここは今月下旬にhome 5Gのサービスが正式にスタートしてから、その様子を見て判断しようではないか。ちょっと楽しみだ。
と言いつつ、念のためにと5Gエリアを調べてみたら、なんということだ、オレんちの周辺はまだ5Gじゃなかった。
田舎だと思ってはいたが、こんなにもあっさり5Gにスルーされるほど田舎だったとは、衝撃である。
これでは様子を見ようなどと上から偉そうにしているどころではない。目をつぶり耳をふさいで、体をすくめているしかないではないか。
残念だ。
2021.08.14
第二次UWFがブームになった頃、プロレスファンの間で「密航」という言葉が流行した。仕掛けたのは週刊プロレス。
「密航」とは、後楽園ホールなどで行われるUWFの試合を見るために、東北や関西など遠方からわざわざ足を運ぶことを意味した。
もちろん試合は関係各署の許可の元で打たれたショービジネスの興業の一つで、全国からの移動手段も新幹線や夜行バス、青春18きっぷなど。つまりそこには「密航」どころか違法性のカケラもなく、しごくまっとうな興業だった。それなのにあえて「密航」という言葉を使うことで妄想を膨らませ、興業の特殊性を幻想のように上乗せし、観客に選民意識を持たせたわけである。
このやり口は成功した。プロレスファンは争うようにしてUWFのチケットを買い求め、そして「密航」して試合を見に行ったのである。当然チケットはプラチナ化した。
もっとも今になって関係者がバラしているが、「15分で完売」とされたのは真っ赤な嘘で、大会場では普通にチケットが余っていたし、空席はみっともないのでただ券も大量にばらまかれたらしい。それを知っていて週刊プロレスは「15分で完売」と堂々と嘘を掲載して客を煽っていたのだから、まあ、ひどいメディアだったわけだ。ネットがない時代なんて、こんなことがまかり通っていた。
前田以下の選手たちは満員の後楽園ホールを見てすごく儲かっていると勘違いし、いい車を買ってお姉ちゃんたちをはべらせていい酒を飲んでいい気分になっていた。後楽園ホールが満員になったって売上はたかだか2000万円ぐらいだろう。そこから経費を引いて選手スタッフに給料を払えばいくらも残らなくて当たり前。そんな計算もできなかったわけだ。幸せなことだ。
おっと話が横にそれてしまった。
つまり「密航」なんて、若くて世間知らずのプロレスファンをその気にさせて財布を開かせるマーケティングに過ぎなかったとオレは言いたいのだ。
対してこちらのほうはよっぽど「密航」に近いだろう。
今日はジェフ千葉とアルビレックス新潟のゲーム。アルビにとってはアウエーである。
コロナ禍での開催で、しかも緊急事態宣言によって県またぎ禁止だから、今日のゲームはアウエー不可となった。いつもは用意されるアウエー席がなかったのである。
県またぎ禁止については、確かに新潟から千葉へというのは対象になるだろう。だがアルビレックスサポーターは首都圏にも非常に多く、首都圏アルビサポだけの宴会が開かれたりしているほどである。当然千葉にも新潟サポはいるし、東京、神奈川、埼玉にもいる。
そもそも千葉から東京への通勤通学は当たり前だから、ここの県またぎ禁止に実質的な意味はないだろう。
ということで、当然のことながら首都圏アルビサポはどうにかして千葉戦のゲームに潜り込もうと考えたわけである。な、密航だろ?
ジェフ千葉のホームスタジアムであるフクダ電子アリーナ、通称フクアリは、実は蘇我にある。千葉県だ。ここが実に遠い。どれくらい遠いかというと、オレんちから2時間もかかるのである。オレんちから新潟へ行くのと変わらないのだ。だから千葉県といっても蘇我になると、さすがに県またぎの移動になるんじゃないか、という後ろめたさもあるわけだ。
そんな後ろ暗さを抱えながらの観戦であることも「密航」らしいではないか。
アウエー禁止であるから、千葉サポの中に紛れ込んで応援することになる。オレが確保した席はバックスタンドの前から3列目。周囲の千葉サポはアホで野蛮に決まっているから、決して見つかってはならない。息子と相談し、ライトなサッカーファンを装うことで周囲の疑惑をごまかす作戦に出た。
時々、あれえ今日は久保君は出ないのかなあと発言したり、千葉のチャンスではフェイクで拍手をしてみたりするのである。アルビレックスには千葉という選手がいるので、千葉頑張れー、千葉最高と言って、ジェフを応援する振りをしながら実は千葉選手を応援するという高度な技も考えた。
もちろんユニフォームの着用などは厳禁である。トラブルのもとになる。そこでオレたちはライトなサッカーファンとしてどちらのチームカラーも入っていないごく普通のシャツなどを着込んだ。
こうした完璧な作戦でフクアリへの「密航」に成功したのである。
もちろん他のアルビサポも同様の作戦に出たであろう。だが不思議なもので、見ていると、あいつはアルビサポだというのが何となくわかるのだ。特におっさんが1人、リュックをしょって険しい表情で視線をキョロキョロさせながら歩いていると、敵地に乗り込んできましたという雰囲気丸出しで、すぐにアルビサポだとわかる。
オレたちはそんなことにならないよう、極力無関心を装って指定席へと着いたのだった。
さて、肝心のゲームはというと、うーむ、このクラスの相手にも勝てないのか、アルビは。いや、千葉には安田や田口、鈴木などけっこうビッグネームがいて、地力はある。きっちり守備を固められるとなかなか勝てないのはわかっている。だがそこを打開してこそのチームだろう。
やろうとしていることはわかるのだが、何となくちぐはぐでミスも多い、という内容になってしました。
試合中は客席で声を上げることが禁止されている。だからスタジアムはシーンとしていて、選手たちの声がよく聞こえて、これが実に面白かった。千葉のキーパーの新井のコーチングなど本当に的確で、さすがベテランだなあと感心してしまった。
ゲームが終わって、蘇我から新木場、新木場から石神井公園と帰ってくる。2時間コース。駅前に停めていた車に乗り込んで、やっとオレたちは一息をつき、そして遅い晩飯を取ろうにも店はどこも開いていないから、セブン―イレブンに寄って晩ご飯の弁当と缶チューハイとつまみを買って帰ったのだった。
2021.08.13
コールドクターというのは職種やサービス形態のことかと思ったら、会社の名前だったのね。株式会社コールドクター。
夜中だろうが休日だろうが、電話一本で医者が往診に駆けつけてくれるサービスを提供している会社だ。診察費には保険が適用され、往診料が数千円程度、上乗せされる。テレビでちらっと見たら、忙しいときには一晩で1人の医師が200件ほど往診するそうだ。
コロナかもしれないと自宅で寝ていたら熱が急に上がってきたというようなときなど、電話すればすぐに医者が駆けつけてくれる。もちろんPCR検査もやってくれる。必要に応じて薬もその場で処方してくれる。
昔のように町内の医者が深夜でも往診してくれるわけではない現代にあって、これはとても便利なサービスだ。特に子どものいる家庭は電話番号を登録しておいていいと思う。
そして、どうしてこういうサービスを行政はやらないのだろうと不思議に思う。なぜいち民間企業がやっているのだろう、と。
コロナに打ち勝った証しだったはずのオリンピック後に患者が急増して、病床が足りないという騒ぎになり、だったら選手村のベッドを開放しろ、いや、あれは既にマンションとして購入者が決まっているから、というようなやりとりが行われている。ならば国立競技場にベッドを並べろなんていう極論まである。アホか、熱中症で死んでまうがな。
どうしてプレハブでもなんでもいいから臨時の病舎を建てておかなかったんだろうと思う。オリンピック前、まだ落ち着いていた時期に。
結局行政も政府も何もせずに、ただオリンピックと言い続けたわけだ。
その挙げ句に、帰省するな、出歩くな、瀬戸際だ、医療崩壊だと、オレたち一般人のせいにして終わりである。
まったく楽な仕事だ、政治家とか首長とか。何もしていないではないか。
今日はいつものように銀座で仕事だ。お盆休みだから電車はやや空いていたが銀座の人出は変わらなかった。
仕事で会った若い子に聞いたら、実家が北海道なのにまったく帰れていないんですうとのことだった。かわいそうに。
ワクチンを用意することもなしに、ワクチンを打たない若い連中が悪いんだ、と行政はいう。高齢者を救うために優先的にワクチン接種を進め、経済を支える若い世代を後回しにし、あげくにワクチンを打たないと悪者にする。
若い世代にはとことん申し訳ないと思う。
「帰省は諦めて」という百合子の発言に、オリンピックを諦めなかったくせに、と若い世代がぶち切れるのも当然だと思う。オレだってぶち切れるわ。
「サムシングオレンジ」藤田雅史・ニューズライン。
宮下奈津の「太陽のパスタ、マメのスープ」を、3分の1ほどのところで投げ出した。宮下奈津はとてもきれいな日本語を書く作家で(「スコーレNo.4」は最高!)、オレも大好きなのだが、全部の作品が面白いというわけではない。当たり前か。正確に言えば、全部の作品がオレの好みというわけではない。この小説も出だしこそテンポがよくて引き込まれたものの、すぐにだれてきて、とうとう読み進めるのをやめてしまった。そして手を出したのが、衝動的に買ったまま積ん読になっていたこの本だ。なぜ衝動的に買ったかというと、これがアルビレックス新潟をテーマにした短編小説集だったからである。中身も吟味せず、単にアルビレックスだからというので条件反射的にAmazonをポチってしまったのだ。そして届いたそのままに机の上に放置されていた次第。それを読んでみようかという気になったのも、宮沢奈津を途中でギブアップした、その気分転換のためだったのである。中身はというと、想定通りにアルビサポーターの恋愛短編。よくある話にアルビが降格したとか昇格したとか、そんなネタがからめてある。2編目のタイトルが「レオ」で、これはシルバなのか、ナルドなのかと思ったら、アルビレオであった。これにニヤッとするのは、アルビサポしかいねえべよ。
2021.08.12
五つの赤い風船というバンドに「まぼろしの翼と共に」という反戦歌があった。高校時代、オレは地元のフォークのサークルのようなものに入っていたのだが、そのサークルのあるバンドの持ち歌がこれで、きれいなハーモニーのきれいな歌だなあと思った記憶がある。
前にもちょっと触れたけど、なぜこのサークルに入ったのか、経緯はさっぱり忘れてしまった。メンバーは社会人がほとんど。高校生のオレが最年少だった。
大きな工場で働いている人たちばかりで、言葉には地元の訛りもなく、妙に垢抜けていた。今思えば高卒で就職して地方の工場に配属された、そんな関東出身の若者たちだったんじゃないかな。
彼らがバンドを組んで、発展的に地元サークルのようになったのかもしれない。
「まぼろしの翼と共に」を歌った女性ボーカルを、練習後、同じバンドの男性が自転車の後ろに乗せて帰っていく姿を妙に鮮明に覚えている。大人の男の人が大人の女の人と自転車の二人乗りをするなんてまるでテレビのドラマみたいで、当時の田舎町ではとても考えられないことだったから、オレはびっくりしたのだった。
そのサークルを抜けたのは、オレが大学進学で上京することになったからで、上京直前にリーダー格の人と挨拶めいた話をしたことが、かすかに記憶に残っている。詳細はまったく覚えていないが。
これも以前書いたことだけど、そのちょっと前には沢田研二のコピーバンドを作ってエレキギターを弾いていた。
多重録音に挑戦したくなったオレは、町で唯一の電気屋にミキサーというものを買いに行ったところ、当然のように野菜のミキサーを買わされそうになった。慌てて録音に使うミキサーであることを説明したのだが、いつも店番をしていた若い女の店員は「何いってんだ、このガキは」という目を向けてきた。
それでも何とかカタログを見せてもらって、その中の一番安い3000円のミキサーを注文する。
やっと手に入れたミキサーを使って、オレはまず沢田研二のコピーバンドの「危険な二人」を録音し、そこに何かのLPレコードから抜き出した拍手の音を多重録音し、オレたちのバンドが日本武道館で拍手喝采を浴びているというライブテープを作ったのだった。この馬鹿馬鹿しさは基本的に今とやっていることが変わらない。
沢田研二のコピーバンドで沢田研二をやっていたのが生徒会長も務めることになる阿久津君で、彼とは高校2年生でチューリップのコピーバンドを結成した。ボーカルはやはり阿久津君で、オレはギター。ベースとドラムは誰だったか忘れたなあ。高校の体育館で開かれた卒業生を送る会のようなイベントで、「サボテンの花」を演奏したと思う。
オレ自身はバンドの一方でソロでの弾き語りもやっていて、中学の体育館では吉田拓郎をやったし、高校の体育館ではハーモニカをくわえて「旅の宿」と「ルームライト」という吉田拓郎ナンバーをやった。
確かギターソロの「アンジー」も演奏したのだが、難曲を見事に弾きこなしたにもかかわらず、歌が入っていないためにさっぱり受けなかったことにがっくりした。高校の文化祭では教室に客を入れて「遠い世界に」をシングアウトさせ、さらには作詞作曲したオリジナル曲も披露した。割といい歌だったと思う。
そして高校3年生では同じクラスの吉岡君とデュオを組んで、グレープやジローズ、かぐや姫などのコピー曲を演奏した。けっこういい感じのパフォーマンスだったと記憶している。このライブを録音したカセットテープは、今も押し入れにあるはずだ。聴いてみたいような、封印してしまいたいような。
大学に入って最初の夏休み、帰省したオレは、町の中で同級生だった渡辺君とばったり会った。渡辺君は関東の大学に進学し、音楽関係のサークルに入ったようだった。立ち話の最中、渡辺君はそのサークルの先輩がいかにすごいかを口角泡飛ばして力説し、とりわけ目にも留まらぬ速さのギター演奏を絶賛していた。
オレは、へえー、そりゃすごい、と感心して聞いていたのだが、話が進むにつれてそのギター演奏というのがオレも弾いていた「ビクトリーラグ」という曲であることがわかって、それならオレも弾けるぜ、簡単だぜと心の中で自慢したのだった。
そんなことを思い出しながら読んだのがこれ。
「関西フォークがやって来た!」なぎら健壱・ちくま文庫。1960年代後半から70年代初頭、フォーククルセダーズや高石ともや、岡林信康などがアングラフォークソングの市場を開き、そして吉田拓郎がそれを終わらせるまでの数年間について、関西フォークを軸につづった本。中心人物は五つの赤い風船の西岡たかしだ。オレ自身はこの物語の数年後を生きていたので、時代に置いていかれたというか、けっこうシラけた目でこのムーブメントを振り返った。なんでそんなアホな価値観だったんだ、と。吉田拓郎から荒井由実という流れが、田舎のフォーク少年だったオレの時間だった。それはともかくとして、この一冊、とにかく文章が読むに堪えないほどに下手くそで、読み進むのが苦痛だった。
2021.08.11
「中止の考えはない。強い警戒感を持って帰省に臨む」
「バブル方式で帰省する。感染拡大の恐れはないと認識している」
「コロナに打ち勝った証として帰省する」
「帰省を中止することは一番簡単なこと、楽なことだ。帰省に挑戦するのが国民の役割だ」
「安心安全な帰省に向けて全力で取り組む」
珠代大臣が「不要不急は本人の判断」と言い出してから、ネットでは今やこんな言葉が大流行だ。
そりゃそうなるよな。誰だってアホらしくなる。
オレは帰省の予定はないし、そもそも夏休みすら取る予定はない。飲みにもいかない。せいぜいお昼に回転寿司でもいこうか、というのが我が家の夏休みだ。
誰も状況は同じだとは思うが、今年になって外で飲んだのは一度だけ。それも20時で閉店の時だったので、19時半ぐらいであっさり切り上げた。もっと広げてもここ1年半で飲みに出たのは2度だけである。
そんな状況にもすっかり慣れてしまった。
一方でこんな状況も関わらずに深夜まで満席で賑わっている居酒屋が地元にある。夜、塾から帰る娘を迎えに行くときに店の前を通るのだが、これぞ密というぐらいに混雑している。
当然周囲の店は閉店して真っ暗だ。その中でこの店だけは煌々と灯りを灯し、わいわいと賑わっている。
周囲のみんなが頑張っているのに…と思うのは、オレも無意識に同調圧力になっているのだろうか。もちろんこの店も生き残るのに必死で、やむにやまれずに営業しているのだろう。しかしコロナが終わってもこの店には行きたくないなと思ってしまう。オレもちっちぇーな。
いや、よく見れば店内は客も店員もノーマスクの過密状態。感染症対策への意識が極めて低いのだろう。こういう店からコロナが拡散していると言われ、確かにと納得する。
そもそもこの店、以前に何度か行ったのだけれど、カウンターに並んだ大皿料理が売りである。その大皿にはラップもフタもかかってなくて、料理はむき出し。カウンターに座った客がその大皿の前で大声で話し、カウンター内の店員ともガハハハと大声で笑いながら会話を交わしている。店員同士の私語も多い。
最初、その様子を見たときは、「うわっ」と引いたものだった。コロナ前だが。
今もあの状況は変わっていないようで、やっぱりこの店はダメだ。
オープンしたときは腰が低くて誠実な姿勢に好感が持てたのだが、人気店になるにつれて天狗になったようで、常連客と一見客で態度を変えるなど、接客も酷いみたいだし。
コロナ禍の真っ暗な商店街で1軒だけ大勢の客で賑わっている様子を見るたび、オレは心が狭いと自覚しつつ、やっぱりこの店には二度と行くことはないなと思うのだった。
2021.08.10
「YOUは何しに日本へ」を見ていたら、番組スタッフが突撃インタビューのために声をかけた相手が、なんとオリンピック出場予定の選手だった。国は南スーダン。合宿を受け入れてくれた前橋市に向かうために来日したところだという。
南スーダン? 前橋? オリンピック?
たまたま声をかけた相手がオリンピック選手だったなんて、きっと仕込みに違いないと思った。だが人によれば「“YOU”だけはガチ」なのだそうだ。ならばこれもガチなのかもしれない。
確かにあの番組はやたらと声をかけているし、キョドっている黒人5人組がスタッフの目に付かないわけがない。
声をかけた時点でいったんカメラを止めて関係者の了解を取り、声をかけ直すところから再開したぐらいのことはあるだろうが、たまたま声をかけた相手が南スーダンのオリンピック代表だったというのは本当なのだろう。
これが1年半前の話。
南スーダンは、世界最貧国の一つというぐらいの知識はあった。
ざっと調べたら世界で最も新しい国で、今も民族の衝突が続き、2人に1人が自分の家を失い、2人に1人が食糧不足なのだという。「世界最悪の人道危機」とも言われるそうだ。そんな国がオリンピック代表を送り出すなんて。
その代表選手も、来日までは一日1食しか口にできず、栄養不足から来る体力不足で腕立て伏せが10回もできなかったそうだ。
メンバーは5人。十代の娘もいる。いくら国の代表とはいえ、親元を離れて、まったく環境の違う日本にやってくるとは、いったいどんな気持ちなのだろう。
成田空港に着いて「来るんじゃなかった」とさえ見える不安な表情を浮かべている4人の選手たちと1人のコーチに、我が家は一気に関心を抱く。頑張れ、南スーダン。
(この時点では)オリンピックまで数ヵ月前橋に滞在する予定だった。番組では折に触れて前橋で合宿生活を送る彼らについてレポートする。前橋市の関係者の献身的なサポートに感動し、その感謝の気持ちと祖国への望郷の念を胸に日々のトレーニングに励む選手たちを応援した。
1日一食だった生活から食も住まいも十分な生活を送れるようになり、それだけでも若い彼らにとってはよかったのではと思う。
オリンピックの1年延期は辛かったろう。
彼らにとってみれば想定外すぎることで、きっと諦めて帰国するに違いないと思った。だがアスリートたちは踏みとどまる。居心地がよかったのかもしれないし、国をしょって今さら帰れないという意地もあったかもしれない。それでも待ち望んだ帰郷の日が一挙に遠のいてしまったことに、きっと胸をかきむしりたくなるほどの思いをしただろう。
そして迎えたオリンピック。ネットではもはや群馬代表、前橋代表との声援も送られた。
出場した選手は当然のように予選敗退。自己ベストを叩き出した選手もいたが、壁は高かった。それでも南スーダン初めての国際大会への参加という大きな勲章を手にした。
残念だったのは4人の選手の1人、パラリンピック出場予定選手である。なんと南スーダンの委員会が未承認だったため、待ち望んでいた出場がかなわなくなったというのだ。そんな信じられない不手際が起きるあたりが紛争の続く途上国の現状で、単なるミスだけとは思えない不穏さも感じられる。
帰国予定は今月26日だそうだ。それを前にして前橋市役所へ感謝の挨拶に訪れたという報道があった。
南スーダンでは政権争いのクーデターから戦闘状態に突入したという。これは今月4日の報道。つい一週間前に内戦が始まってしまったわけだ。そんな国でも祖国は祖国。望郷の念を胸いっぱいに膨らませて帰るアスリートたちは、帰国と同時に突きつけられる現実にどう向かい合っていくのだろうと案じてしまう。
前橋で過ごした日々で得たナニモノかを、祖国の未来に少しでも役立ててくれたら嬉しい。滞在中にはコンピュータも習ったそうだ。1年8ヵ月の日本での思い出を大切に、これからの人生を幸せに過ごして欲しい。
たまたま見たバラエティ番組で知っただけでオレも家族も何の応援をしたわけではないけれど、そんなことを切に思う。
2021.08.09
終わってしまえばオリンピックも記憶の彼方。金メダルが史上最多だったとか、もはやどうでもいいわ。それよりももっと重要な戦いがきょうから始まる。野球のアメリカ、卓球の中国なんかよりももっと強大な敵が待つ戦いが。
だが、なんということだ。この後味の悪さは。
相手は大宮。上越新幹線対決と呼ばれ、J1時代からオレンジ互助会と呼び合うライバルである。その大宮は降格圏に漂うぽんこつチーム。名将・霜田を監督に招いて再建の真っ最中だが、ぽんこつはぽんこつだ。
その証拠に、見たまえ、守備はすっかすか、ボールがハーフラインを超えることすら少ないから前線は孤立。シュート数はわずか3本というぽんこつもぽんこつだ。
それなのにそれなのに、そのうちの2本がゴールとなる効率の良さ。霜田監督、徹底してリアリストに徹した成果だ。
中断期間にFC横浜からキーパーの南を借りて補強したが、南はなんと41歳。このおっさんが若いキーパーを抑えて、移籍していきなりスタメンだから、選手としては内心面白くない。早速1点を新潟が入れて、続けて2点目を入れたら「だからあんなおっさんキーパー使うからだよ」とチームの空気が悪くなり、監督も信頼を失って、一挙に崩れるはずだ。
そんなふうに奈落の底に叩き込む絶好のPKだったのに、本間至恩があっさり外した。
いやあ、ヤバいと思ったんだよね、このPK。二十歳そこそこの小僧が、気ばかりはやって、41歳のベテランキーパーに飲まれている。目の動きを読まれないようにと視線を外したつもりで真ん中にドスンと放ったPKは、キーパーにしっかり読まれて外された。しかもリバウンドがあと数センチという危うさでゴールを逃れる。
それまでも圧倒的な数のシュートを放つものの、ポストやバーにはね返され続け、そしてPKの失敗だ。圧倒しながら神様に見放されたように負けてしまうゲームはサッカーではよくあることで、今日の新潟はそんな日だろうと思ったのである。
ところが後半延長の91分に値千金のゴールを谷口が決めて、やれやれ、やっとこれでぽんこつチームに引導を渡せると思ったその直後、延長94分にゴールを決められて同点に追いつかれる。どうして延長の残り4分を塩漬けにできないのか、このチームは。
ぽんこつはこっちだったでござる。
守備陣が気を抜いたとしか思えない甘さに緩さ。いやいや、攻撃陣が圧倒的にゲームを支配しながら2点しか取れない下手くそぶり。
なんだ、前も後ろもダメダメじゃん。ああ、腹の立つ。いやいや、もともとこの程度のチームだったのよ。これで勝った負けたと騒いで上がったり下がったりの中位チームが本当の姿。
期待するから裏切られる。瀬戸大也に大坂なおみにバドミントンと一緒だ。期待しないで見れば、中国に勝った卓球のように大喜びできるということだ。
3連休の最後にあんまり腹が立ったから、能年玲奈の「シャボン玉」を見る。
これぞまさしく絶品。すべてのおっさんたちよ、刮目せよ。
去年、コロナ禍の真っ最中、あの「Fukushima50」と同時期に公開された映画「星屑の町」の挿入曲だ。
映画はなかなかの佳作で、売れないムード歌謡グループに若くて可愛い能年玲奈ちゃんが加わるという話である。とにかく役者がくせ者ぞろい。すごい存在感の脇役ばかりが集まっている。
話も楽しくて、分かりやすく、映画ってこうだよねという気持ちにさせられる。そういうハッピーな映画だ。残り10分からの話のはしょり方があまりにも酷いが、そこをのぞけば十分に楽しめる佳作だ。
何よりも素晴らしいのが歌手を志望してグループ入りを画策する能年玲奈ちゃん。時々ぶち切れる様までか可愛いのに加え、とにかく歌が素晴らしいのだ。
そんな歌の一つが、この映画のオリジナル曲である「シャボン玉」である。
古きよきアメリカンポップス、黄金の50年代そのもののオールディーズ。マジービートに乗せた、ボーイ・ミーツ・ガールの頭空っぽラブソング。サビはA7→D7→G7→Cの絶対正義ドミナントモーションとくるから、たまらない。多幸感あふれる見事な歌だ。
このご機嫌すぎる曲に乗せて歌いながら踊る能年玲奈ちゃんが、これまたスカートひらひらのオールディーズか昭和かというスタイル。眼福じゃ。眼福。
バックコーラスのおじさんたちがこれまたいい味を出していて、特にでんでんなんか最高だ。
この「シャボン玉」を繰り返し見て、そのうち焼酎片手に自分も一緒に踊り始めて、家族に迷惑がられる。オレはすっかり「シャボン玉」の能年玲奈ちゃんにやられてしまった。のんだろうが能年だろうが、どっちでもいい。女神。そう、女神降臨なのだ。
アディショナルタイムに入れたゴールを守り切れず、降格圏内のチームに引き分けに持ち込まれて順位も一つ下げて4位になってしまったアホチームのことなんかきれいさっぱり忘れて、オレは「シャボン玉」を口ずさみながら寝るのだった。
2021.08.08
中央に舞台があって周囲を丸く囲むようになっているレイアウトを見た瞬間、これは盆踊りをやる気だなとオレは見破ったのだが、まさか東京音頭だったとは。いやまあ、東京オリンピックだから東京音頭でいいのか。
マツケンサンバがくるのではという噂はあった。マツケン自身も乗り気になっていたそうだ。まさかとは思ったが、今となってはいっそマツケンサンバの方がよっぽどマシだったと思う。それほどひどい閉会式だったなあ。
一番よかったのがパリのプレゼンテーション。飛行機のトリコロールも含めてライブだったのには驚いた。よく見りゃたいしたことのないつくりではあるのだが、やっぱりパリ自体がシャレオツだから、普通のプレゼンテーションでもかっこよく見えてしまう。
それに比べてこの国は。
君が代はよかった。五輪マークをつくった光の粒もよかった(でも実際はCGだったそうでフェイクじゃん)。
だがそれ以外のストリートのダンスとかDJとか緑の変なダンサーとか、「愛の賛歌」とか、全部ダメじゃん。極めつけに大竹しのぶが出てきたときは「げっ、しのぶじゃん」とオレは叫んでしまった。いつだったかの紅白歌合戦で黄泉の国からやってきたような大竹しのぶの「愛の賛歌」を思い出してしまった。
大竹しのぶが宮沢賢治を歌って小学校の寸劇を見せたところで、そりゃ外人はポカーンだろう。世界中があくびだろう。
東京スカパラの長い演奏が終わったとき、舞台が暗転する様のデジャブ感。おお、これはひょっとしてドリフの後半が始まるときの暗転ではないか。このままドリフのコントが来ればよかったのだ。いっそ。
そんなわけで、ひどかったなあ、閉会式。人によっては開会式以上にひどかったとの酷評も。
途中から選手が「たりーなあ、おい、かえろかえろ」とぞろぞろ退場していく様子には笑った。日本人選手団はしょうがないから残っていたんだろうが、あれじゃあ帰るのも当たり前。ひどい閉会式だった。
東京オリンピックは、個々の競技の運営は頑張ったと思う。選手ももちろんよくやったと思う。とことんダメなのは上の方だ。
国や自治体の首長がとことん無能で、現場が歯を食いしばってなんとか持ちこたえている、コロナ禍の日本そのものようだ。
開会式直前のいじめやホロコースト騒動の責任は誰も取らずにうやうやむになったし、巨額の中抜きもごまかされている。大損の処理をどうするかも、後送りにされてうやむやだ。
一番のうやむやは、オリンピックの開催の大義が、結局は最後まで示されなかったことだった。
大義がなくても始まればそんなことは忘れて盛り上がる。表面的には大会トップのそんな思惑通りになったが、しかし盛り上がってはいたが忘れたわけではない。
自分の住んでいる街でオリンピックが行われているという高揚感はまったくなく、テレビ越しに見る選手たちの姿は、どこかの国で行われたスポーツ大会のライブ中継のよう。それは仕方のないことだったが、ならばいっそ開会式も閉会式も極力そぎ落としてシンプルにすりゃよかったのだ。
それなのに強行する大義が見当たらないから、やっぱり金儲けのための無駄なイベントだったと誰もが思っている。
どこかのメディアがこのオリンピック全体を「葬式のようだった」と評したそうだ。そんなふうに思われても仕方ないよなあ。
2021.08.07
「これがレンタルのバッテリーだよ」と、昼飯帰りに立ち寄ったセブン―イレブンで息子が教えてくれた。
昼飯はサイゼリヤ。ヨメを入れた3人で、パスタ4皿、ピザ1枚、サラダLサイズと4人前ぐらいの量を食べて2500円だから信じられないほどのコスパだ。しかもちゃんと旨いし、最強のファミレスだ。
その帰り、コーヒーを買って帰ろうと立ち寄ったセブン―イレブンで目に入ってきたのがレンタルのバッテリーというわけだ。
「今ならキャンペーンで1日1円のはずだよ」と息子。なんだこれは。オレは知らなかったぞ。
仕組みはこうだ。事前にアプリをダウンロードして登録しておけば、必要なときにセブン―イレブンの店頭に置かれているモバイルバッテリーを借りて充電できる。1日あたり330円。返却はどこのセブン―イレブンでもいいし、他のコンビニやドラッグストア、ファミレスでもいい。
先日富士急ハイランドへ遊びに行った息子は「富士急で借りて石神井公園のファミマで返却したよ」とのことである。
決済はPayPayかクレジットカード。当然現金は一切介在しない。クレジットカードはアプリに紐付けて登録してあるから、カードそのものを持ち歩く必要はない。
なるほど、これは便利なサービスだ。シェアリングサービスならではの便利さである。アプリにカードが紐付いていてすべてその圏内で完結するというのが気持ちいい。
以前から地味にあったようだが、どうやら6月からセブン―イレブンで本格的な導入が始まったとのことだ。
スマホなしでは何もできなくなった今、バッテリー切れの恐怖は常につきまとうようになった。オレも駅の改札を出ようとしたら電池切れで往生したことがある。その時はモバイルバッテリーをカバンから取り出して、駅員の「何やってんだ」という視線に耐えながら充電し、事なきを得た。
一度こういう体験をするとモバイルバッテリーは必携である。そしてモバイルバッテリーをもっているというのに、常に100%の充電状態でないと安心できなくなる。令和の新たな強迫観念か。パラノイアでもあるのかも。
恐怖を商材にしたビジネスは成功する。だからこのモバイルバッテリーもうまくいくかもしれない。商品名はChargeSPOT。
既に全国26000ヵ所に置かれていて、香港、タイ、台湾などでも展開中だそうだ。東急電鉄などは乗務員がもつタブレットの充電用にも利用しているという。
解せないのは、その安さである。
30分未満の利用なら165円。1日借りても330円。出先でこのサービスを利用するとしたら、会社や家に戻るまでバッテリーがもてばいいわけで、165円払って30分だけ充電できればいい。あとは会社や自宅に戻ったところでコンセントに挿せばいいわけだ。
こういう困ったときのエマージェンシー的な利用がメインになると考えると、せいぜい週に一度程度の理由になり、それで165円だとビジネスとしてどう考えても成立しない。
セブン―イレブンにしてみれば、“ついで買い”の釣り針としてはちょうどいい(場所も取らないし)かもしれない。
かつてコーヒーマシンが日販を10万円押し上げたという甘美な成功体験をもつだけに、似たようなうま味を期待するのもわかる。だがサービスを提供する側にとって、あんまりおいしいビジネスとは思えないなあ。
サービスを提供している会社をネットで見れば、経営者は日本と香港の国籍をもつ人物。資金はというと、地銀系ベンチャーキャピタルや電通などから調達している。特に今年4月には23億円の資金調達を行うなど、そこそこに期待されているベンチャーのようだ。
確かにこのモバイルバッテリーのレンタルサービスは、レンタサイクルなどと同じ仕組みのシェアリングエコノミーの好例。モバイルバッテリーだけでなくいろんな商材をこのビジネスモデルに載せることができれば、新しいインフラ構築につながるかもしれない。例えば傘とか。設置場所も有人スペースとは限らず、自販機のような置きかたも考えられる。
そう考えるとなかなか興味深い商売だ。
モバイルバッテリーを常に持ち歩いているオレにとっては、その重さがけっこう苦痛である。大型のバッテリーを買っちゃったものだから、重くて重くて。放電して空っぽにすれば軽くなるというわけでもないから、パソコンにノートに資料を詰め込んだカバンにモバイルバッテリーを放り込むとずっしりくる重さになる。
だからコンビニで安く借りられて簡単に返せるこのモバイルバッテリーサービスは魅力的だ。
スマホ決済なので完全にバッテリー切れになったら借りることすらできなくなるという弱点については、充電1%まではタダという仕組みになっている。こういうきめ細かなサービスは、日本らしいところだ。
興味深いので今度一度使ってみよう。
そう思ってアプリをダウンロードした。
そうしたら息子いわく「バックグラウンドで動くアプリで、すごくバッテリーを食うよ」とのこと。なるほど常にGPSでレンタルできる場所を探しているらしい。だから息子は強制停止にしているそうだ。
すごくバッテリーを食うアプリにしておくことで、レンタルサービスに誘導しようという作戦なのかもしれない。さすが香港人。抜け目ないな。
だがその手は食わねえぜ。
そういってオレはアプリを強制停止し、今までどおり自分のモバイルバッテリーを持ち歩くのだった。
2021.08.06
この1年半、オレたちは「我慢の3連休」「真剣勝負の3週間」「本当の正念場」「勝負どころ」「最後の我慢を」と聞かされ続けてきた。耳タコの「安全安心の五輪」の一方で「移動するな、出社するな、帰省するな」と言われてきた。
日刊スポーツはそうした現実を踏まえて「レベルが低すぎる」「無能」と内閣をこき下ろしている。スポーツ新聞なのだから本来は「オリンピックを開催してくれありがとう、これで新聞が売れる」と感謝すべきところ。それなのに頭から湯気を出して罵っているあたり、相当にぶち切れているのだろう。
もちろんそれはオレたちも同じだ。
自分は「過労だから」としれっと入院したくせに、コロナ感染患者には「自宅療養を」と強いる都知事。ちょっと前だが「金融機関から圧力を、問屋には酒の販売の中止を」と漏らした大臣。
オレは骨の髄まで自民党支持者であるが、さすがに呆れかえっている。
こいつら、何もやってない。何もしないで、ただ外出自粛やらステイホームやらを強いて、事態が収拾しないのはオレたちがそれに従わないからだと、責任を押しつけてくる。
こんな無能たちを頭に置くしかないなんて、オレたちはなんて不幸なんだろう。
とほほ。
今日は朝からリアルでのインタビュー仕事があり、オレは7時過ぎの電車に乗った。向かうのは田町。池袋で乗り換えて山手線に乗った。
幸い一つ目の大塚で席が空いたので、おおラッキー、と座る。日頃の行いがいいから神様がご褒美をくれたのだろう。
そうしたら次に乗り込んできたおっさんが、オレの前に立って吊革につかまった。このおっさん、見るからに体調が悪そうでぐったりしている。ぎょっとする。
次の駅で隣の席が空いたから、おっさんはそこにどてっと座り込んだ。そしてオレの隣で、いかにもつらそうに、ぐったりしていた。
か、か、勘弁してくれえ。一人でもコロナにかかったら家族全員濃厚接触者で缶詰め。毎日夏季講習に通っている受験生の娘も、大切な夏を塾で過ごせなくなる。オレは絶対にコロナにかかるわけにはいかないのだ。
慌てたオレは次の駅で席を立ち、ホームを早足に歩いて二つ隣の車両に移動した。えんがちょ行使。
おっさん、あんたの責任ではないし辛そうなのには同情するが、頼むからそんな体調なら通勤電車には乗らないでくれ。まさかその体調で会社に行くつもりなのか。
東京での日々の生活では、こんなシーンの繰り返し。まったく無能な政治家のせいでオレたちは不幸きわまりない。泣きたくなってくる。
そんなふうにコロナかもしれないおっさんと乗り合わせるのは勘弁だけど、小田急のように電車の中で突然包丁を振り回されるのも勘弁だよな。恐ろしすぎる。いったいなんでこんな事件が起きるのか。衝撃だ。
いや、ちょっと待て。衝撃といったら、今日一番の衝撃はこれだな。陸上400mリレーの素晴らしいスタートダッシュからのバトンミスからの失格。
テレビ朝日が煽りに煽って、オレたちも10時50分まで我慢して煽られて、ようやく迎えた決勝の号砲。リオでの銀メダルはリアルタイムで観て、オレはテレビの前で絶叫したのだが、こうしてトラック競技でファイナリストになるのが当たり前という感覚になっていることに、日本陸上の成長を感じる。
なんて思っていたら、第一走者の多田がすげえスタートダッシュを決めて、おお、こりゃメダルもあるかも思ったら、まさかのバトンミスでござる。テレ朝、歴史に名を刻んでにんまり。
いろいろと見ていくと、これは明らかに第二走者の山縣のミスだ。
・スタートのマーキングの位置をずらして一人だけ早めにスタートしていた。
・マーキングを下げちゃったので多田がラインに届いたのを確認できていない。
・走る位置が内側に寄りすぎて、それにつられた多田が隣の走者とぶつかりそうになって減速した。
・受け取る手の位置が高すぎて、多田のバトンが届かない。
・そしてその手のひらが上を向いている。これではアンダーパスができない。
だから山縣のミスなんだけど、先輩のそんなミスを指摘したら角が立っちゃうから多田はさも自分がミスったふうの顔でごまかしたわけだが、反対に「オレじゃねえし。関係ねえし」という顔でとぼけて見せたのが山縣で、当然のごとくネットでフルボッコ。
確かになんとなくこのチームは一体感がなかったしなあ、なんて意見も出てきた。最年長らしく「オレのせいです。ミスしました」と男らしく頭を下げていれば山縣の株も下がらなかっただろう。陸上関係者の今後の山縣への視線はどうなることか。
この大舞台でこれだけの大失敗なんて、オレたちは間違いなく歴史的なミステークを目撃したわけで、それはそれで価値ある一瞬だった。
それにしてもこの想定外すぎる大失敗。金メダルラッシュで天下を取ったような気になっていた日本人に神様が「調子こいてんじゃねえぞ」と下した鉄槌のような気がした。いい気になってファイナリストになるのが当たり前のような気分でいた日本人に、わきまえろ、己を知れ、と言われたような気がした。
そんなオレたちがすがるのは、女子バスケ。オレはバスケなんてまったく興味がないんだけど、でも、やってりゃ見る。応援もする。よく頑張ったねえ、女子。
オリンピックの決勝でアメリカと戦うなんて、ワールドカップ決勝でブラジルと対戦するみたいなものらしいじゃん。要するに奇跡というか。女子バスケに、かつての「なでしこジャパン」を重ねる人が多いのも納得できる。
小さい女の子が相手をかき回してパスを出しまくる姿は、そのまま宮間あやだ。
こうなったらぜひ決勝も一発かまして欲しい。
あの監督もなかなかいいものをもっている。外国人なのだが、たどたどしい日本語で怒鳴り散らしているではないか。眼光も鋭く、あの日本語と眼で檄を飛ばされたら走らざるを得ないだろう。実にいいキャラクターだ。
そうだ、この監督にサッカーへ来てもらったらどうだろうとは、すべてのサッカーファンが思ったことだろう。なにしろ3位決定戦にボロ負けして久保が号泣し、また50何年か前のメキシコ銅メダルを持ち出される情けなさだ。
敗因ははっきりしている森保だ。ポイチ。無能。
ゲームが始まってすぐに日本チームが疲労困憊しているのがはっきりした。体の切れもなく、精神的にもボロボロ。開始10分ぐらいでオレは、これはボロ負けもあるな、と予言したのである。どんなもんだいオレ様。
グループリーグでターンオーバーしなかった。疲労困憊している選手を替えなかった。スペイン戦では堂安と久保を交代するという謎采配。ボロボロで見るからに体が切れていない遠藤を使い続けて、案の定、3失点すべてにからむ。一番の脅威だった三苫を後半の後半まで出さない謎采配。
こうしたすべてが監督の問題。ポイチのせいで負けたのははっきりしている。当初チームに三苫がフィットしていなかったが、ひょっとしたら三苫に久保や堂安を合わせたチームにすればよかったんじゃないかとも思わせる。
どうやら次は大分の監督の考えたわけで片野坂がやるらしいが、一日も早く代えた方がいいだろう。
このメンバーの地元開催でメダルも取れなかったって、ヤバすぎる。
それにしても久保、泣きすぎ。たかがオリンピックの3位決定戦に負けただけじゃないか。ワールドカップの決勝リーグで駒野のようにPKを外して号泣するならわかる。この程度で泣くとは、メンタルがガキ過ぎる。
そもそも3位決定戦なんておまけの遊びみたいなもので、選手も別にやりたくないし、モチベーションなんてもちようがないそうだ。ワールドカップの3位決定戦でも、もう真面目にやるのはバカバカしいからターンオーバーで戦術なしの殴り合い上等というゲームがある。そんな程度のゲームだと思うから、泣くのはアホらしい。
いや、ひょっとしたら3位決定戦に備えたBプランを、ポイチは用意していなかったのではないだろうか。そう思えば、無策ぶりにも納得できる。Bプランもないから疲労困憊で突っ込んで玉砕するというインパール作戦になったわけだ。
今の日本らしいと言えるかもしれない。
というわけでオレにとって本日一番の胸熱は、女子1500mの田中選手。全力で走りきって、そしてでっかい声で「ありがとうございました!」とグラウンドに向かって吠えた姿に、素直に感動した。
これは大事だよねえと、オレと息子はテレビに向かって拍手を送る。
コロナと政府にボコボコにされて、神様から「調子に乗るんじゃねえ」と怒られてしまったオレたちであるけれど、あの「ありがとうございました」の絶叫と深々とした礼を見て、日本もまだ少し頑張れるんじゃないかという気持ちになった。
2021.08.05
午後、順調に原稿を書き進めている最中だった。
突然ぼわんという音ともにディスプレイが消えていき、パソコンが黙り込んでしまったのだ。げっ、Macintoshでもないのにフリーズかよ。オレの原稿を返せ。
ところが様子がおかしい。ぼわんという音を発したのはパソコンではなくてエアコンだった。パソでなくエア。
気がつけばプリンタも止まっているではないか。これはひょっとして。
慌てて家中を見て回ったら家電品がすべてストップしていて、やっぱり停電だ。いったいどういうことだ。
連日35度の猛暑が続く、しかも午後2時。なんでこのタイミングで。しかもオレは原稿を書いている。オレの原稿はどうしてくれるのだ。
だが使っているのはグーグルドキュメント。セーブしなくてもクラウドしちゃうから決して消えることはないので安心だ。頼りになるねえ。クラウドちゃん。
エアコンに電子レンジに掃除機に電気ポットと、一度に使いすぎてブレーカーが落ちちゃうことは時々ある。だが家中の電気が止まったのは初めてだ。これはもしかしてオレんちだけでなくて世界中が停電なのではないか。
そう案じたものの、ここは畑の一軒家。周囲を見渡してもさっぱり様相がつかめない。実際は信号もストップしていたらしいが、目に見える範囲に信号はないからわからない。
ともかく状況を把握しなければということで東京電力に電話しようかと思って、はたと気がつく。我が家は東京電力との契約を打ち切って、東京ガスに切り替えたのだった。エネファーム導入を機に、電気も東京ガスから届けてもらうことにしたのである。ガス屋が電気も売る時代だもんな。まとめたほうが安くなる。
本当に安くなったかどうかは確かめてない。エネファームのリース料金分、高くなったような気がするが、まあよい。
つまり停電したとしてこれは東京電力ではなく東京ガスに文句をつけるべきなのだろうか。いきなりそんなそもそも論に立ち返ってしまい、腕組みで考え込むオレ一人。
まあ、契約していない東京電力に連絡しても埒が明かないだろうから、ここは東京ガスに電話することにする。フリーダイヤルをコール。ガス屋に向かって、停電なんですがと言うのも変な話だなあと思いつつ、案の定、コールセンターは「たいへん混み合っております」のテープが流れる。
そりゃそうだよな。
しばし立ち尽くし、他にすることもないから、一回ブレーカーを切って入れてみるべと、ブレーカーをオン・オフしてみたところ、あっさり電力が戻ったのだった。
これって、停電から回復したタイミングとジャストでブレーカーを入れたってことか? そんなたまたますぎることがあるのだろうか。いや、もしかしたら停電中、エネファームが活躍してくれて、要するにいわゆる自家発電で回復したということなのか?
いくら考えてもよくわからないが、後者のほうがなんとなく嬉しい。リスクヘッジしていたというわけだし、そういうことにしておこう。
オレは仕事に戻り、パソコンを立ち上げ、グーグルドキュメントにアクセスして何事もなかったかのように原稿の続きを書き始める。便利だねえ、グーグルドキュメント。
あとでニュースを見たら、練馬区全域と埼玉県の一部で発生した大規模停電だったらしい。原因は不明とのこと。
ふむ、テロか。国立競技場と豊島園跡地を勘違いしたテロリストが攻撃を仕掛けてきたのか。ともかく東京電力は原因を調査して発表すべきである。でなければオレたちは安心して電気を使うことができない。って、オレんちは東京ガスじゃねえか。ガス屋に調査させるべきか。
ますますわからなくなってきた。
まあ、ともかく電気が戻ってきて何よりである。このままエアコンが動かなかったら干からびてた。
後で聞いたところでは、街では信号が止まり、ATMがストップして、大騒ぎだったらしい。そりゃそうだろう。大きな事故が起きなかったのが幸いだ。
真夏の午後の奇妙な騒動だった。
2021.08.04
なんじゃ、こりゃ。こんなもんスポーツじゃねえぞ。若いお姉ちゃんたちが遊びに来てるだけじゃねえか。
そう思いながら横目で見たのがスケートボード。昼飯時だった。
これは採点競技なのか? それともタイム競技なのか? よういドンでスタートして、一番速いヤツを金メダルにすると分かりやすいと思うぞ。
勝手なことを言いながら見始めたら、これが案外面白い。すぐに結果が出るテンポの良さもさることながら、出場している姉ちゃんたち、というか子供たちが実に楽しそうなのに目を見張った。
全員が仲良しなのだろう、誰が成功しても誰が失敗しても、全員で声をかけ合って笑い合う。とても和やかだ。みんな仲良くわいわいとじゃれている様子を見るのが好きなオレは、とても嬉しくなってしまった。
兵役免除のメダル獲得がかかっている韓国チームと戦った野球とか、ほかの殺伐とした試合とはまるで様相が異なる。まさにパークスポーツだ。これは他のいわゆるエクストリームスポーツ系に共通のことなのだろうか。
日刊スポーツによれば、スケボーの姉ちゃんたちには国をしょって出場しているという意識がまるでないのだそうだ。メダルを狙って戦うのではなく、自分の目標とする技ができるかどうかが一番重要で、選手同士、仲間としてそれを応援するという図式だ。
だから競技に失敗して失格しても、そのまま成功するまで何度でもプレーを繰り返し、それを大会運営側ですら応援するという光景が珍しくないそうだ。体操に置き換えてみれば、それがどんだけ不思議なことかが想像できる。
日本代表に選ばれた男子の選手が尊敬する選手の名を上げたところ、それはどこの国の選手なのかと問われて「知りません」と答えたそうだ。国なんて関係ない、仲間なんだから、というわけだろう。
国の名誉を背負って戦うというオリンピックのコンセプトが根底から揺らぐ感覚である。だがこれこそがZゼネレーション的な思想、ブロックチェーン的な価値観だと思う。
国を代表して戦うんじゃなくて自分のやりたいことをやるだけ。他の国の代表は、だから敵ではなくて、同じ価値観の仲間たち。
国境も人種も宗教も言語もひょいと飛び越えてしまっている子たちだ。これぞまさにジョン・レノン的普遍性。イマジンの世界だ。
開会式の夜空に浮かび上がった「いつの日かみんな仲間になって/世界は一つになる」というメッセージを、有明のパークで21世紀生まれの子たちが軽やかに形にしてみせた。
2021.08.03
ひー、あちー。
新潟で39度って何だよ。地獄かよ。
いや正確に言うと新潟ではなくて長岡だ。長岡と新潟は別の国なので一緒にすると怒られる。大宮と浦和、横浜と川崎、インドとパキスタンみたいなものだ。諍いというのは、隣近所どうしで起きるものなのである。
東京も地獄だ。35度ぐらいあるんじゃないか。こうなってくるとリモートワークはありがたい。エアコンの効いた室内で、時々うとうとしながら仕事ができる。オレも今週はほとんどがリモートだ。出かける用事は2度だけ。
ところがその2度のうちの1度が今日だった。昼下がりの炎天下、オレはひーひーいいながら都心のアスファルトジャングルを歩く。
取材先は誰でも知ってる某大手メーカーの本社。
「今日は珍しく人がいます」と言うので、じゃあ普段はと聞いたら、出勤は月に1度あるかないかだそうだ。しかも「出勤するときは申請が必要なんです」とのこと。ひゃー、今までは休みを取るのに申請が必要だったのに、まるっきり逆じゃないか。
世の中、変わったなあ。
そんなクソ暑い中で行われたのがオリンピックのサッカー準決勝。埼玉スタジアム。
スペイン相手に115分で1点を入れられて終わり。
国際舞台の準決勝という大舞台であのスペイン相手にガチの殴り合いをしてみせたということで、日本も強くなったなあと感心。いいゲームだった。
久保と堂安を下げたのはどうかと思ったが、まさかこの時点で引き分けPK戦を狙っていたとは思えず、ポイチが何を考えていたか、ちょっとわからない。
オレとしては吉田と板倉がMVP。前田大自然があれを決めていれば勝っていたのに、前田にはあれが限界だろう。
むしろ前田が先で、途中から林のほうがよかったかもね。と、ゲームが終わってから好き勝手を言う素人さんはオレのことだ。
オリンピックでは準決勝止まりでワールドカップではベスト8どまり。どうやらこのあたりが現状の日本の実力ということか。善戦するが、壁はなかなか乗り越えられない。一時期のメキシコのようだ。
そのメキシコと3位決定戦。まあ、これは別に負けてもいいや。メキシコに気持ちよく帰ってもらえばいいんじゃないか。
ただいつまでも釜本あたりにメキシコオリンピックを持ち出されるのが鬱陶しいが。
決勝はブラジル対スペインか。これ、日本対ブラジルより面白いよな、絶対。ちょっと楽しみだ。
2021.08.02
やばい。オレはもうオリンピックに飽きている。
あれ、今って緊急事態宣言中だっけ? というのと同じくらい、今ってオリンピックやってたの? という感じだ。そのうち今日の東京は4000人と聞いて「ふうん」と思うのと同様に、今日も金メダルですと聞いても「ふうん」と感じるだけになるかもしれない。
だからオリンピックそのものよりも、ウガンダの選手が逃げたとか、ジョージアの選手が秋葉原観光してるのを見つかっちゃったとか、首都高で大会スタッフが当て逃げしたとか、サイドネタばかりが気になる。
そんな小ネタに比べれば、ベラルーシの選手が亡命したというのはけっこうな大ネタだ。
メダルが取れないことに大統領がイライラしちゃって八つ当たりされそうになっているというのに、練習もしてない競技に出場させられたところで火に油を注ぐだけなのは目に見えているし、油にさせられたおかげて処刑されるかもしれないからそんな競技に出場したくないと断ったら強制送還されそうになっちゃった。
どんな独裁国家だよ。
もっともオレたちの隣には似たような国があるから、ちっとも驚かない。ワールドカップで負けちゃったサッカーの選手が、帰国したら強制収容所で労働させられる国だもん。ベラルーシを見ても、ここにも似たようなのがいるのね、と思うのだった。
それにしても、そんな火種をあっさりと受け入れるポーランドというのは男気あふれる国だ。いったいどんな国なんだろうと俄然興味がわいてきた。
きっときれいな国なんだろうなあと思ってネットを見たら、中世の建築物が建ち並ぶ、本当にきれいな国だった。やっぱり東欧の国々って、日本とは真逆の世界だから、いろいろと惹かれるものがあるよね。
と、こんな具合にオリンピックをきっかけにせかいのくにぐにのことをべんきょうしましたというから、オレは小学生かよ。
「マルチの子」西尾潤・徳間書店。登場人物がやたら多いくせに書き分けができていないから混乱するし、文章は生硬だし、物語は起伏に欠けるし。それでも最後まで読ませるのは、これが著者の体験に基づくマルチ商法の小説だという点に尽きる。マルチ商法にはまった主人公の女性は、自分がガンガン稼ぐはずだったのに、思い通りに行かなくて借金地獄に陥っていく。そのギリギリと締め付けられるような「お金が欲しい」という思いはじわじわとこちらの心を侵食してイヤーな気持ちにさせる。日々コツコツとマジに働いて生きていくのが一番なんだよ。そうは分かっていても「お金が欲しい」という欲求は強烈で、貯金残高がみるみる減っていく恐怖感は人ごとではない。でもマルチに手を出しちゃダメだよ。これは日経新聞の書評で取り上げられていた本で、面白そうだなと思ってすぐにAmazonで買ってしまった。どうやらオレは(前から気づいてはいたが)人に勧められるとすぐにその気になってしまう、騙されやすいタイプのようだ。うーむ、マルチには気を付けよう。
2021.08.01
東京オリンピックでは大量の選手や関係者の移動のためにたくさんの専用バスが走っていて、その管理に専用のアプリが使われている。急きょ地方から助っ人として呼ばれた運転手にとっては、アプリで案内図も送られてくるから、大助かりだ。
なんと素晴らしいDX。
と思ったらこのアプリが不具合続きで、ルートが勝手に変わったり、到着前に案内が終わってしまったりで大混乱らしい。そりゃあ田舎からやってきたバスの運転手にとって、途中で道案内が終わってしまったら、都内でどうすりゃいいんだと途方に暮れるに違いない。
結果、今ではそんなアプリは使われず、行き先やルートは紙にメモしているらしい。
とんだDXだ。
コロナ管理アプリのココアもおんぼろだったし、だいたい感染者数の管理集計をファクスでやってたという時点で、この国はどうなっているんだと呆れられている。
やっぱり日本が誇れるものは安心して飲める水道水しかねえべ。
この国に根強く残るファクス文化は、DXの大きな妨げになっている。
企業がERPシステムを導入する際にもファクスは邪魔者だ。受発注管理をしようと思っても「販売店さんからはファクスで注文が来るんで」という反対の声が上がり、結局、ファクスの受注をExcelで集計してシステムに入力するという、省力化どころかかえって手間が増えてしまったという笑い話がそこらで横行している。
ファクス派にも「システムは情報漏洩の危険性がある」という言い訳があるのだが、そもそも販売店からの発注なんていう、漏洩したところでどうでもいいような情報ばかりがファクスで送られてくるのだ。
オレの仕事場にも一応ファクスはあるにはあるが、ここ10年で特定の企業からしか送られてこない。その企業と縁が切れた3年前からは、一度も送られてこない。
その企業はアンチデジタルというか、嫌ITというか、いくらファクスはやめてくれと頼んでもやめなかった。当然DXには乗り遅れて、というか乗るのを拒否して、見事に時代遅れとなり、デジタルに負けてしまった。
電気炊飯器が普及したとき、電気掃除機が普及したとき、お釜や箒を作っていた業者は一斉に潰れた。だが誰も同情はせず、時代の変化についていけなかっただけと切り捨てた。
DXも同じことだろうなあ。このままでは日本そのものが切り捨てられかもしれないなあ。
まあ、安心して飲める水道があるからいいか。
「文章術のベストセラー100冊のポイントを1冊にまとめてみた。」藤吉豊・小川真理子・日経BP。世の中にあまたある文章術の本を集めて、そこに共通するルールを探ってみたという本。ネットのまとめサイト的な、いかにもやっつけの本だ。タイトルもひどい。だが週刊文春の書評が絶賛していたこともあり、興味があったので手に取ってみた。そしたらこれが実に中身の濃い文章読本で、なるほど、確かにここにまとめられていることをおさえておけば、間違いなくしっかりした文章が書けるだろうと納得した。
特に「本当に大切な7つのルール」というまとめが秀逸。
「文章はシンプルに」「伝わる文章には型がある」「文章も見た目が大事」「文章は必ず推敲する」「わかりやすい言葉を選ぶ」「比喩・たとえ話を積極的に使う」「接続詞を正しく使う」の7点は、確かにとても重要だ。特に「見た目が大事」「推敲する」「接続詞」の項は、これだけでもちゃんと守れたら文章は格段にうまくなると思う。
「余計な言葉は徹底して削る」「逆三角形が基本で、説得したいときはPREP法」「逆のことを言う場合は必ず接続詞を入れる」というあたりは特に重要だし、「1文の長さは60文字」というのも鋭い。
最近は長いセンテンスがどんどん読まれなくなっていて、これは明らかにネットの影響なのだけれど、若い世代の読み手を意識するときはオレも1文140字以内に収めることを意識しており、その理由は言うまでもなくTwitterであって、さらには段落を変えるときは1行空けるようにすれば接続しも不要で読みやすくなるというわけだ。これは185文字あるので、絶対に読まれない。
この本はいまオレの机の上に常備されて、時々パラパラとめくられている。オレが普段感じていることをちゃんとまとめて明文化してくれたような感じがして、とても助かる。文章術の本を探しているなら、まずはこれがお勧めだ。
2021.07.31
2002年の日韓ワールドカップの最中に「こんなに盛り上がるなら来年も開催すべきだ」と言い放って世界を笑わせたのは韓国だった。
オレも今、やつらと同じく「こんなにオリンピックが盛り上がるなら来年もやっちゃえ」と言いたくなっている。
だがさすがに1週間も続くと、オリンピックにも飽きてくる。
いや、既にオレは飽きてしまった。
今日は柔道団体複合でフランスに負けて銀メダルだったけど、ふーんと言って終わりだった。我ながら飽きっぽいというか。
そんな中で夜はサッカーだ。相手はニュージーランド。ちょろい。
ところが後半半ばにテレビをつけたら0-0じゃねえか。何やってんだ。相手はPK戦上等の戦い方をしていて、ありゃ、これは負けるなあと思った。
ところがPK戦に勝ってしまって準決勝進出。まあ、国際大会で優勝するときっていうのはだいたい準決勝あたりでこういう苦しい試合を乗り越えてるよね。あの2004年のアジアカップで優勝したときも、準決勝のバーレーン戦は薄氷だったもの。後半45分の中澤の同点ヘッドにはしびれたぜ。
というわけで、よし、このまま優勝だと思ったら、次のIはスペインだったでござる。しかもスペインも120分の戦いをしのいで勝ち上がってきたようだし。これは厳しいなあ。
気になるのは反対側の山だ。韓国が残っている。
メキシコ、ブラジルと難敵が続くから、なんとか韓国が負けてくれないものか。あいつらとは勝っても負けてもイヤな思いをするから、大きい大会では当たりたくないんだよね。こないだもサッカーに竹島を持ち込んで大騒ぎを引き起こしたし。
最悪のシナリオは、お互いに準決勝で負けて、3位決定戦で当たることだ。
やつらはメダルに兵役免除がかかっているから、死にもの狂いでぶつかってくるに違いない。たかがオリンピックの3位決定戦というのに、そんなゲームは見たくない。棄権してもいいと本気で思っている。
なんとか次のメキシコに頑張って粉砕してもらいたいものだ。ほんとに勝っても負けてもイヤな思いをするんだよね、あの国とのゲームは。
2021.07.30
「基本に忠実に、奇跡を信じない」とか「“分かっている”と言う人は実際は何も分かっていない。分かっている人は“分からない”とはっきり言えるのだから」とか。
いちいち言うことがかっこいいよな、この数学者。
こないだもちょっと書いた、女子ロードレースの大事故で優勝しちゃったキーゼンホファーというオーストラリア人の発言だ。読売新聞に載っている。
最初の一言は、日本式には要するに「まぐれなんてねえよ」という意味だろう。奇跡とか言っちゃうあたり、かっこよく聞こえる。
ゴールしたときも「エネルギーがゼロ」と、あくまで数学者であることを売りにするのだった。
一言でいって痛快。自転車競技のことはまったく知らないが、こういう選手の物語はとても楽しい。
2021.07.29
レイコおばさんはとても器用な人だった。
3人の男の子のパジャマなどはもちろんのこと、大人の洋服も人に頼まれてはじょうずに縫い上げていた。オレの母親が頼んだワンピースを、オレはレイコおばさんの家まで受け取りに行った記憶がある。
当然、料理も得意でよくケーキ作りもしていた。遊びに行った帰りに必ず持たせられたパウンドケーキはとても美味しかった。
たいへんな読書家でもあった。
古今東西の古典はもちろんのこと、現代の翻訳ミステリー通でもあった。数年前、けっこうハードな翻訳ミステリーを「読んでごらん」と送ってくれたっけ。オレはお返しに宮部みゆきの「ささらほうさら」を送ってあげた。
優しさと厳しさの同居した人だった。
若い頃に教員をしていたためか、その厳格さは、同じく教員だった父親(つまりはオレの祖父)から受け継いだものに違いない。
小学生だったオレはしょうもないいたずらをして、よく叱られたっけなあ。
レイコおばさんの凛とした佇まいをオレは忘れはしない。
2021.07.28
朝一番でたまプラーザ駅にいった。実に久しぶりである。
こじゃれた名前で決めてる割にはしょぼい駅だったという記憶があるが、でかくて立派な駅に生まれ変わっていてびっくりだ。東急、カネがあるなあ。
暑い。とにかく暑い。
この鬼アツの中、たまプラのような多摩丘陵の坂道の街を歩くのは、もはや修行である。なーにが真夏の大冒険だ。
ましてやここに住んでいる人たちは、日々の難行をどのようにやり過ごしているのだろう。大きなお世話か。あ、クルマか。そりゃそうだわな。
午前中はここでインタビュー仕事を終え、都心へと移動。神田近辺での午後の仕事に備えて、小川町で昼飯を食う。
居酒屋のランチだ。こんな程度のランチでの売上ではたかが知れているだろう。居酒屋は厳しい。
都心も暑い。鬼アツである。
最近では仕事の現場でも「ワクチン打ちましたか〜」という話題が出るようになった。高齢者から現役世代へと接種対象が下がってきたことの表れだろう。
「打ちましたよ」「おっ、早いですね」「えっ、まだなんですか?」「そうなんですよ〜」などと会話は続く。
この傾向がさらに進むと、ワクチンを打っていない人は白い目で見られるようになる。
「そうなると我々は出入り禁止になっちゃったりして、厳しいですね」と若いカメラマン。そうなのである。仕事の現場でのワクチン差別は、あらゆる差別が弱いものへとベクトルが向かうように、オレたちのような弱いフリーランスが対象となるのだ。
これはやっかいだ。
だが友よ、あんしんしたまえ。ワクチンについてはあくまで自己申告だ。本人が打ったといえば、それを確かめるすべはない。
「あ、ワクチンすか? 打ちました打ちました、打ちましたとも。いやあ、腕が腫れちゃって、熱が出ちゃって、ついでに水虫です。オレってやっぱ若いんすかね。免疫力ばりばりで副反応が」
そう言い張ればいいのだ。もっとも気の弱いオレなど、そう言いながら目は泳ぎ、挙動は不審になるだろうが。
もちろんいずれワクチンパスポートが発行されるのだろうが、これが紙とかカードだったりしたら笑えるなあ。
2021.07.27
東京で過去最高の感染者だというから、こりゃ大変だ緊急事態宣言を出さなきゃと思ったら、とっくに出ていたでござる。さすが、オリンピックは平和の祭典。
そんな金メダルまみれの柔道漬けの日々を送っているオレであるが、最近ちょっと戸惑っているのが仕事で人に褒められることである。
基本的にオレの仕事が人に褒められることはない。請負仕事だから、注文通りに仕上げて納品して当然だからだ。
そして注文通りというのが実に曖昧だから、品質にはいくらでもツッコミを入れられてしまう。たとえそれがいちゃもんに近いものであっても、甘んじて受けなければならない。請負とは、請けたほうが負けと書くのだ。
あの林真理子もコピーライター時代は散々に原稿をけなされ、コピーライターズクラブ新人賞をとって「これでようやく文句を言われなくなる」と思ったらとんでもない、「新人賞とったくせにこんな程度しか書けないの?」という嫌味皮肉ダメ出しの嵐だったそうだ。
だからオレも、最近悟ったのが、一番の使命は客のOKを得ることであって、そのために最速かつ最善の努力をすることが仕事なのだということである。40年もこの仕事をやってきて、今やっとここ。
そんなわけで客に褒められることなどありえないと端から心しているわけだが、ところがどうしたことか、ここ最近、なんだか褒められるようになった。
「とても優しくていい文章を書きますね」「さすがプロですね」と面と向かって言われたし、「プロにふさわしいクォリティの仕事をしてくれた」とメールで褒められもした。そんなことを言われたことがなかったので、オレはその都度、「あ」とか「へ」とか、意味不明の言葉を返すだけである。
なぜオレはこんなことを言われねばならないのか。
それは決してオレの腕が上がったわけではなく、世間がオレに対して優しくなったのでもなく、単に年上であるオレに対する社交辞令なのだろう。だから褒められて素直に嬉しく思うのはいいとしても、それで勘違いしてはならないと自分に言い聞かせている。
今書きながら思い出したのだけれど、東京コピーライターズクラブの賞というものを、20代の頃はすごくほしいと思ったものだったが、30代になってからはそんなことはすっかり頭から消えた。フリーになって日々のメシ、来月の売上で頭が一杯で、賞どころではなくかったというのが大きな理由の一つで、もう一つの理由が賞にまつわる様々な事情を知ったことである。
あの賞というのは要するに親睦団体のうちわボメの賞であって、だからそれを取るためには仲間うちでの根回しが必須で、もっと具体的に言うなら親睦団体の偉い人たちに「そろそろウチの若いのに賞を取らせたいので、一つ頼みますわ。まま、一杯どうぞ」というようなことが必要なのだ。
そんな事情を、事情を知る人から聞いて、なんだそりゃと思ったのである。熱は冷めた。
そもそも広告コピーなんて書いたライターのものではなくて、広告主のものなんだし、それがいいコピーかどうかを仲間うちで褒め合うのはおかしな話。広告主が払うギャラが評価の全てじゃんね。
というわけで以来、賞とは縁のない仕事をしてきた。
あ、一度だけ、ある有名新聞社の賞をとったことがあるけど、それはチームとして受賞したことになっていて、賞金5万円はあっという間に上の人達の飲み代に消えてしまった。一番汗をかいたと自負しているオレには「ご苦労さん」の一言だけ。仕方ない。それが請負仕事というものだ。
2021.07.26
赤の他人が頑張った結果の金メダルであって、それはおまえの人生に何の影響ももたらさない。そんな指摘がネットであったが、そんなこと言ったってやっぱりオリンピックは面白いべ。
今日も柔道にはまる。
柔道はすごいね。誰も審判に文句を言わない。勝敗にケチをつけるなんてとんでもない。すぐに審判に文句を言い、場合によっては囲んで威圧し、試合が終わってからも監督が敗因を審判のせいにするサッカーとは大違いだ。
いったん出した指導の判定を取り消すなんて、サッカーでこんなことが起きたら大騒ぎでジャッジリプレイ案件だ。
普段はサポーターだぜといきがっているオレたちは柔道の選手たちに、人としてのあり方を学ばなくてはならない。
今日は、女子ロードレースで大事件だったらしい。
アマチュアの選手がスタートから飛び出したが、残りのプロの連中は「どうせ落ちてくるから放っておこう」と余裕をかました。だが途中ですっかりその存在を忘れてしまって、プロの連中が「うぇーい、あたいら金メダル」とイキがってゴールしたら、とっくにアマ選手がテープを切っていたそうだ。
漫画かよ。いや、ドリフかよ。
夜のオリンピックニュースは、こういう事件もしっかり伝えなくてはならない。真夏の大冒険はもういいから。
今日の大一番はもちろん卓球。
水谷が幼児の伊藤美誠と遊んでいたときの写真なんかを見ると、この2人が大人になってペアを組んでオリンピックで金メダルを取るなんて、まさに漫画。少年ジャンプかよ。すげえ奇跡の物語だわ。
ゲームも素晴らしくて、いきなり0-2で先行されたときはやっぱり中国は格が違うと諦めたのだが、そこからまさかの逆転勝ちで、これも漫画かよ。中国の男の選手が伊藤美誠にボコボコにされたのが面白かった。ほとんどおびえの表情だったよ。
苦労人、水谷隼。中学でドイツ留学したときは散々な差別を受け、宿舎でもベッドはもらえずにリビングルームで毛布にくるまって寝ていたという。そんな状況からトップに這い上がって、これも漫画かよ。もう引退も近いのだろうが、まさしく功労者。金メダルを取れて良かったね。
そんなわけで今日は漫画のような一日だった。
2021.07.25
スケートボードが金メダルだっていうんで、さっそく蓮舫が若者うけもよかろうとTwitterで「金メダルおめでとう」とのっかってみせたら、「オリンピック反対じゃなかったんかい」「2位でもよかったんじゃないのか」と総突っ込みでフルボッコなのには笑った。
だらだらするぞと決めて臨んだ4連休の最終日も朝からオリンピック三昧である。いやあ、楽しい楽しい。
まずは水泳だ。
瀬戸の馬鹿が大ボケかましてくれたのには笑ったが、それを補って余りあるのが400m個人メドレーの女子だ。平泳ぎで距離を離して、最後の自由形で残り50mのターンを決めた瞬間のトップは興奮した。リオの400mリレー(陸上ね)で最終ランナーの桐生がウサイン・ボルトと並んだ瞬間と同じような驚きだった。そのまましっかりと逃げ切って、いやいや、めでたい。素晴らしかった。
もっとも個人的にはその前に行われた男子400m自由形決勝のチュニジア人のミラクルぶりがツボだった。
予選でギリギリ8位で決勝に進んだというこの選手。しかも自己ベストだったという。それが決勝ではなんと金メダルなのだから仰天だ。実況の解説も「どこまでもちますかね〜」なんて小馬鹿にしていたのに、終わってみればあっと驚く優勝である。
実に爽快で、ネットでも「日本選手が勝ったより嬉しい」という声が多かった。
完全なダークホース。チュニジアはこの時間夜中の3時だそうで、きっと国民は朝起きて仰天しただろう。選手自身の喜びもさることながら、コーチの完全に我を忘れた興奮ぶりも好ましく、いい金メダルだったなあ。
午後は柔道である。プロレスは好きでも柔道はあんまり興味なかったオレだが、こうしてじっくりと観ていると実に面白いスポーツであると気がつく。これからは柔道もちゃんと観よう。
阿部詩ちゃんとひふみんの金メダル兄弟はよかったなあ。
若者が全力で何かを成し遂げて心からの笑顔を見せてくれるシーンには、理屈抜きに心打たれる。
詩ちゃんの決勝の相手のフランス人がばか強くて、それを詩ちゃんが戦略的にじっくりと崩していく過程が実に面白かった。フランス人は奥襟を取り続けて、詩ちゃんはそれを防ぎ続ける。だがそれは伏線で、フランス人が突然潜って詩ちゃんを跳ね上げようとするんじゃないかという空気が漂っていた。
柔道といえば、昔、ソ連の選手たちが新日本プロレスとプロレスをするというのでやってきたことがあった。ペレストロイカに伴って柔道だけでは食っていけなくなったのである。
新日本プロレスでは連中にプロレスのなんたるかを教え込もうとしたのだが、当然ながら客席を盛り上げてなんぼというショービジネスなどソ連人に理解できっこないから、相当に苦労したらしい。
メインインベントはアントニオ猪木対ショータ・チョチョシビリ。攻められている猪木が、チョチョシビリの柔道着を鬼の形相でくわえ関節技を防御しているシーンが有名だ。もちろん猪木はカメラ目線。
これはチョチョシビリが柔道着をぐいっと引っ張れば簡単に猪木の歯が総折れになるに決まってる。あまりの茶番に柔道関係者は嘲笑し、さすがのプロレスファンも頭を抱えたのだった。
柔道の次はバドミントンである。桃田だ。こちらはあっさりと勝利してみせて余裕。同じラケットスポーツでは大坂なおみが横綱相撲。鬱設定はどうなったのだとネットがうるさい。
合間にバスケの3×3(落ち着かないスポーツだがなんだか面白い)や水球(いったいどういう理由でこんな激しいスポーツをやろうと思ったのだ)、カヌー(どうして下流から上流へ向かって進めるのだ)などをつまみ食いする。
夜はサッカーと卓球とイッテQ!がかぶってしまって頭を抱える。息子と相談の上、サッカーはメキシコ相手にどうせ負けるに決まっているからほっといて、オリンピック期間中は総集編と割り切ったイッテQ!を観たのち、サッカーと卓球という段取りにする。
そしたらイッテQ!を観ている間に日本がメキシコ相手に前半で2点も入れちゃってびっくりする。スポーツ観戦では時々「オレが応援すると負けちゃうんだよ、絶対」と負の自慢をするヤツがいるが、そう言いたい気分だった。
イッテQ!が終わったので、テレビの画面を分割して、左半分で卓球の台湾戦、右半分でサッカーの後半を観る。結局サッカーは勝っちゃって予選グループを抜けられる可能性が出てくる。勝っても文句を言うのはセルジオ越後で「1点取られてどうするのだ」と激怒していた。相変わらず鬱陶しい老害である。誰も聞きたくない。
卓球はすごかったなあ。台湾相手にギリギリの勝負。昼にはドイツ相手に奇跡の逆転勝利だったらしいが、それはメシを食っていて見逃した。
台湾は世界ランク1位とかで、それを打ち負かした水谷と美誠ちゃんには大拍手。いやあ素晴らしかった。
そんな卓球をはじめ、選手たちには大きな乾杯を、特にチュニジアには大拍手。といいながら酎ハイを存分に飲んで、さて、明日からの仕事はどうしようと案じる。くそ、オリンピック観てえよ。
2021.07.24
あれだけオリンピックをディスったオレだが、いざ始まると、そりゃあ観るよ。選手に罪はないもんねと言いながら。
柔道、よかったねえ。台湾のイケメンとの決勝戦は手に汗だったわ。
女子の準優勝は惜しかった。通路にしゃがみ込んで号泣する姿には、オレもぐっときたわ。
座右の銘が「死ぬこと以外はかすり傷」と聞いて、拍手。しかもそれがお母さんの言葉だっていうんだから、お母さん、突き抜けてるわ。男前すぎる。
男前でなかったのはおまえだ、瀬戸大也。明日のことを考えて余裕かましていたら、予選落ちだったでござる。こういうのを本当の「やっちまった」というのだろう。舐めていたんだろうなあ。ゲス不倫を、お天道様は許しちゃいねえよ。
同じ予選落ちでも、体操の内村航平は、なんというか、衝撃的な凡ミスだった。時代が変わるときって、案外こういうものかもしれない。大きな運命の波というものが来ていて、それは抗えないものであると、むしろ内村は達観しているようであった。
柔道の準優勝もそうだけど、誰も指さすものはいないだろう。お疲れ様でした。
指さされるべきは、こっちだ、なでしこ。
イギリスにあっさり負けて予選グループ突破に黄色信号。それでもまだ出場の可能性が残っているわけたが、もうここで終わっていいというほどのひどい出来だった。澤穂希があたりはばからずぶち切れしたのもよくわかる。
すべてのプレーが1テンポずつ遅い。すぐにボールを後ろに下げる。失点の場面など、絶対に声をかけ合っていなかったに違いないという酷さ。このチームにはモチベーションもなければコミュニケーションもないんだわ。
なでしこというのは、諦めない全力プレーが魅力だったのに、これじゃダメだ。
そういや、いつだったかのゲームでイギリスが決定機のオウンゴールで敗退したとき、その敗者の目の前でChoo Choo TRAINではしゃいで非難を浴びたのがなでしこ。その因果応報ということなのかも。
この4日間、オレは何もしないでだらだら過ごすと決めた。オレにとって今年の夏休みである。
実際、オレはまったく何も生産的なことをしないで、家の中でぼけっと過ごしている。請求書を1枚書いたぐらいかな。
そういう夏休みを過ごそうとするとき、オリンピックは実に好都合だ。時間はいくらでも潰れる。しかも面白い。ああ、日本の夏休みにオリンピックがあってよかったなあと、数日前と真逆のことを言うのであった。
2021.07.23
「165億円も使ってこれかよ」とか「飯田圭織のバスツアーの客の気持ちがよくわかった」とか、開会式がネットで散々叩かれている。デーブ・スペクターは「7年も準備してこれかよ」と呆れてデヴィ夫人は「最低最悪」とぶち切れている。
まあ、確かにどうかと思ったが、そこまでいわれるほど酷くもなかったと思うが。
オレとしては3つの感激ポイントがあった。
まずは「君が代」だ。よくぞこんなアレンジをという驚きと共に登場したMISIAのボーカルはとてもよかった。次が選手入場のドラクエだ。ギリシャ! の声と共にドラクエの序章のあのメロディが流れた瞬間、選手たちは勇者になったのだ。どんな行進曲よりも燃えるわ。いっそFIFAもこれをワールドカップの公式ソングにすればいいんだ。
その選手入場が3つめのポイントだ。やっぱり200ヵ国以上もの人たちが続々と集うシーンは問答無用に感動的だ。観ているだけでやっぱりオリンピックやってよかったなあと、あっさり手のひらを返してしまう。
デヴィ夫人は「開会式が目玉なのに」と怒っているが、いやいや、目玉は競技なのだから、選手入場が立派ならそれでいいのだ。
びっくりしたのはカザフスタンの旗手。ネットがたちまち沸騰したように女優かよというとんでもない美女が歩いていた。草原の国の王女様が、千駄ヶ谷に降臨だ。ありがたやありがたや。
ちなみにこの選手入場、当初の案では全部の国のオリジナルの振り袖を用意して、着てもらう予定だったそうだ。それは見たかったなあ。電通チームに代わる前の案だったのだろう。
そんな具合に、電通にとって代わられてからの演出が酷かったのだと思う。コメディとか、お笑いとか、タップダンスとか、ピアノとか。欽ちゃんかよ、仮装大賞かよと嘲笑されたピクトグラムは、実はドローンでもやっていた。YouTubeで見られるが、これが仰天のクオリティで、なぜテレビは安いコメディじゃなくてこっちを映さなかったのだろう。
ちなみにドローンは「イマジン」の歌詞を空中に描くのにも使われていた。さすが技術大国みたいな声もネットにはあったけれど、ドローンのライトショー自体は中国の二番煎じ。とはいえ地球をドローンで描いたのは、シンプルによかった。
挨拶も酷かったな。予定では橋本聖子とバッハを合わせて9分だったところ、結局20分にも延びてしまったらしい。選手は明らかに退屈していたし、そういうところが選手ファーストでない点なのだ。
挨拶と言えば、天皇の開会宣言で、天皇が起立したにもかかわらずふんぞりかえって鼻くそほじっていたガースーと百合子は不敬罪ものだわ。いくらなんでもあれは酷い。世が世なら切腹だろう。途中で慌てて立ち上がる様子がばっちりテレビで抜かれて、これから開会宣言が流されるたびにこの無様な振る舞いも一緒に放映されてしまうことになった。
他にも細かなことはいろいろあるが、最大の問題はやはりここだろう、聖火点灯。
まず長島・王・松井だ。電通はどれだけ野球利権なのだ。この3人にいくら払ったというのだ。もちろん世界はポカーンだったろう。オリンピックにほとんど関係ないし。
いやいや、待て。それは浅薄な見方に過ぎる。いいか、よく聞け。
これは現役世代1人で高齢者2人を支えなくてはならない、これからの日本の現実を世界にわかってもらうための悲痛な叫び、全身全霊でのパフォーマンスだったんだよ。なんて悲惨な高齢日本。断ろうとして断れきれなかった松井の介護が哀れを誘う。
そして最終ランナーが、日本語がしゃべれず、君が代も歌えない、大坂なおみ。オレは深夜12時近くだというのに、えええええ〜と叫んでしまった。
復興五輪と言いながら、福島の子供たちを露払いに使って、大坂なおみかよ。そのまま福島の子供たちに点火させればよかったんだ。
多様性だ、ダイバシティだ、インクルージョンだ、どうだオレたちはわかってるんだぜと組織委員会がえばるために、お手軽に呼んできたとしか思えない。オレは一気に引いてしまったよ。零点。
そして点火した先の聖火台はというと、これが富士山か、いいや、日本武道館か、爆風スランプ呼んでこいと騒ぎになったが、どうやら富士山のようだ。ということは、富士山噴火のフラグが立ってしまったではないか。
なんてことをしてくれたんだ、電通。
まあ、そんなわけで、基本的にはバラバラで統一感のない、金をかけた割には中身の薄い開会式だった。これが今の日本の立ち位置だろう。もはや世界から哀れまれ、小馬鹿にされる存在なのかもしれないなあ。
だからいっそ余計なことはすっぱりと削いで、選手入場と開会宣言だけでよかったんだ。眉毛のない気持ち悪いダンサーの変な踊りとか、まったくいらないから。
日経新聞がコラムに書いている。
「『がんばれ!ぜんぶの国』。小学生のアサガオに付いたカードには、こんな1行もあった。たどたどしい字の励ましと、長時間の開会式。どちらのメッセージが、より選手に響くだろう。改めて五輪とは何かを考えてしまう。」
このストレートな問いかけこそ、大多数の日本人の思いではないか。
個人的には便座にも似た国立競技場の姿が空撮で映し出されるたび、かすかに見え隠れするホープ軒の黄色い看板が気にかかった。1日1000食を売り上げる(売上100万円!)というラーメン屋は24時間365日無休で営業しているから、オリンピック期間中も張り切って営業するのだろう。
もし外国のメディアがホープ軒を食ったら「日本人はこんなクレージーなものを食ってるのか!」と腰を抜かすに違いない。ちょっと楽しみ。
2021.07.22
以前出た「ミュージックマガジン」昭和歌謡ベスト100(1970年代編)に続いて、1980年代編が出た。ライキングものはどんなジャンルでも問答無用に面白い。昭和歌謡が大好きなJKの娘にこの一冊を渡すと、飽きることなくずっと読みふけっている。
さて、1980年代の昭和歌謡のベストワンは何でしょう。発表しま〜す!
1位はなんと「ルビーの指輪」。街でベージュのコートを見かけたら、指輪を探すより顔を見た方が早いって。
2位が「卒業」。浮遊感あるメロディーで“待たない女”を描いた超名曲。「木綿のハンカチーフ」で描かれた、待ち続けて捨てられた70年代の女とはずいぶん違う女性像だ。オレにとってはこの2曲がオールタイムのベストツー。
3位は「熱き心に」。小林旭の熱烈なファンだった大滝詠一は、歌入れが終わって小林旭がスタジオをあとにした後、こっそりと小林旭と同じブースに入って余韻に浸っていたそうだ。うーん、ステキなエピソードだ。
1位と2位が松本隆で3位が阿久悠。
「ルビー」はとにかく売れたから1位で納得だが、「熱き心に」はちょっと意外。
もっともこれ以降を眺めると
4位「TOKIO」
5位「時をかける少女」
6位「セーラー服と機関銃」
7位「守ってあげたい」
8位「い・け・な・いルージュマジック」
9位「時の流れに身をまかせ」
10位「魔女」(中島みゆき)
と実にバラエティに富んでいる。どうやらジャンルの境界線というものが崩壊したのが80年代の音楽シーンだということがうかがえる。「熱き心」だって阿久悠と大滝詠一が小林旭に書いたわけだもんな。
それ以降も11位「赤いスイートピー」、12位「帰ってこいよ」、13位「クリスマスイブ」と続いており、「帰ってこいよ」が松田聖子と山下達郎にはさまれてるなんて、なんという混沌なんだろう。
おやっと思ったのは「TOKIO」に、「ジュリーが都会のエンターテイナーへと転じた一曲」と評しつつも「パラシュートを背負って歌番組に登場するジュリーは浮かれた80年代の旗を振り続けていくには大人になり過ぎていた(当時31歳)」との評があったこと。
別の選者の評でも「電飾付きのパラシュートを背に歌うジュリーの姿は、自分にとってきらびやかな(明るく無邪気でいられた)80年代の原風景です」とあった。
これらのコメントは見事に80年代というイカれた時代を表している。
小椋佳が「さらば青春」で「みんなみんな虚ろな輝きだ」と60年代に別れを告げて、そしてやってきた70年代は「Top of the world」に代表される底抜けに明るい時代だった。「また逢う日まで」のように、別れでさえ明るくて前向きだったのである。誰もが進歩と調和を疑わなかった。
その勢いのまま突っ込んでいった80年代というのは、まさに「浮かれた80年代」であり「明るく無邪気な」時代だった。裏返せば空っぽな10年間。空虚なディケード。
その挙げ句の失われた30年なのだから、まあ、80年代というのは罪作りな時代だったわけだ。
あの時代に社会に出て行った連中が今回のオリンピックのゴタゴタの中心にいたのだから、因果応報というか強烈なしっぺ返しというか。へんてこな納得感がある。
2021.07.21
始まりゃ観るぞ、オリンピック。
というわけでまずはソフトボールだったが、客がいないものだから歓声も何もなく、試合の流れがまったくわからなくて、ちょっと洗濯物を干して戻ったらもう5点入っていた。シラける。つまらん。
夜は、なでしこ対カナダだ。
なんでこんなキーパーを使うのかなあというぐらいひどい出来だった。
菅沢もひどかったが代わって入った田中はもっとひどくて、なんであのクロスを外すんだよ。ダイレクトで当てれば済むものを、足もとに置こうとするからこんな無様なことになる。
あげくにせっかくおごってもらったPKも外す。蹴ってからキーパーが動いても間に合ったというヘロヘロのボールには呆れた。
もっとも呆れたのは向こうのキーパーも同じで、なぜ泣くんだ。ビッチの上で泣くんじゃねえ。そんなキーパーに仲間も呆れたか、誰も近寄ろうとしない。
だが次第にこれは作戦じゃないかという気がしてきた。日本の女子に同情させるための。だとしたらしたたかだなあ、カナダ。
結局、岩渕マナちゃんの完璧な個人技で追いついたわけだが、これじゃ決勝トーナメントは無理だろう。何をするにもワンプレー多かったり遅れたりするどんくささ。数メートルのパスすら通せないミスの多さ。監督は何もしない、できない。
いや、中継アナが何度も何度もワールドカップ優勝の2011年を繰り返していたように、いまだに女子サッカー界にはあの優勝にすがっているところがあるのではないか。過去の成功体験に酔ってダメになっていくのはどの世界も同じこと。なでしこも、あの優勝は忘れなきゃ。
2021.07.20
今まで大勢の医療関係者にインタビューしてきたが、最も衝撃的だった発言はこれだ。
「医者になんかなるんじゃなかった」。
どうして、せんせ、そんなこと言うんですか!
オレの問いにその医者が答えるには、「どんなに頑張って手を尽くしても目の前で患者が死んでいくときの無力感はたまらんわ」とのことだった。確かにそんな職業的無力感は絶望的だろうな。
学校の先生がいくら必死に勉強を教えても馬鹿は馬鹿のままだったときに似たようなものか。
そんな医療の現実もちゃんと描いているのが、ドラマ「ナイトドクター」だ。
夜間専門の救命救急を描いたドラマだ。主人公は波瑠。ホームレスの患者とか、たらいまわしとか、無保険の患者とか、いろんな問題を取り上げていて興味深い。
オレも救命救急には何度もインタビューした。悲惨な状態の患者が夜中に運ばれてくると、新人医師などは頭が真っ白になって何もできなくてただ突っ立っているだけだ。怒鳴られ、蹴飛ばされ、自分がいかに役立たずであるかを思い知らされる。だが1年もそんな現場にいると、頭の中は真っ白でも体が反射的に動くようになる。次は頭も動くようになる。そして3年目にやっと一人前だ。大変な仕事である。
24時間365日、絶対に患者を断らないという病院にも話を聞いた。それは決してきれいごとではなくて、非常にシビアなものだった。
ホームレスやヤクザだって運び込まれたら断らない。だが保険に入っているわけはないし金が払えるわけでもない。「受け入れられるわけがないじゃないですか」と断言した事務方もいた。
ヒューマニズムでは経営はできないのである。
そんなこともちゃんと取り上げているドラマで、たいへんに面白い。もっとも「あり得ない」「突っ込み不足」など、いろいろとと指摘はあるようだが。
「ナイトドクター」は月曜日の9時からだ。そして前日の日曜日の9時からやっているドラマが「東京MER」。
これは移動手術室という架空のチームが舞台で、災害や事故の現場に駆けつけて、その場で手術を行うという物語。「ナイトドクター」がリアリズムの物語としたら、こちらは徹底的にファンタジーだ。
ファンタジーらしく、どんな現場であろうと絶対に死者は出さない。「死者ゼロでした」という決め台詞で歓声が起きるのがお約束となっている。まあ、水戸黄門みたいなものだ。結果がわかって、安心してスカッとすることができる。
このドラマでは主人公の鈴木亮平がとにかく魅力的。どんな状況でも落ち着いて明るく難事に臨むという姿勢がえらくかっこいいのだ。
物語的にはずっと死者ゼロの水戸黄門では行き詰まるだろうから、どこかでえらい状況になって大惨事という展開を予想している。
「ナイトドクター」も「東京MER」も医学的な場面、例えば手術のシーンなど、実にリアルである。視聴者には絶対にわからないレベルの医学用語が早口で飛び交う。「ナイトドクター」はオレが以前取材したことのある病院が監修しているようだ。
そのあたりに手を抜くことなく、丁寧に描いていることも、面白さの理由だろう。神は細部に宿るのだ。
ちなみに東京消防庁のハイパーレスキューも取材したことがある。興味深かったのは、隊員のメンタル管理が上司の一番の仕事という話だった。
ハイバレースキューの隊員は悲惨な事故現場にも真っ先に駆けつける。そしてとても正視できないような、惨い現場で仕事をしなくてはならない。その結果、精神がやられて、立ち直れなくなる隊員も出てくるのだそうだ。そうしたケアはとても重要で、まったく頭の下がる仕事である。
「ナイトドクター」「東京MER」と、今はこの二つのドラマがオレのお楽しみ。リアルタイムで観ているけれど、見逃してもTVerやParaviがあるから大丈夫。録画すらしない。TVerに至っては無料だ。
ということは、最強のチャンネルはTVerということになるのか。もはや他のチャンネルはいらないかもなあ。そんなわけで、オレはケーブルテレビの解約を真剣に検討中。
2021.07.19
晴海の選手村のすぐ近くだというのに、日比谷ではオリンピックの雰囲気などまったくない。いや、日比谷どころか東京中、そんな感じだ。
テレビのニュースでは、交通規制が始まって都内は大渋滞みたいなことを言ってるけど、そんなことはまったくなくて日比谷でも道路はすいすい流れている。画面にはガラガラの首都高4号線と渋滞の甲州街道を空から映していたが、甲州街道のあのあたり、いつも普通に混んでいる。
これはゴールデンウィーク、お盆の渋滞と同じで、テレビニュースは最初に結論を決めてそれに合う素材を探してくる。今やお盆でもたいした渋滞はないぞ。
などと言いながら本日のオレは一日中、弁護士の先生方とお話だ。
いや、訴えられたわけでも訴訟を起こしたわけでもなく、インタビュアーとして弁護士の先生方にインタビューをしたのだ。たっぷりと。
普段からオレは医者と公認会計士にインタビューすることがあるのだが、ここに弁護士が加わったことで、3大難関国家資格をクリアーしたことになる。なんだか偉くないか、オレ。医者、公認会計士、弁護士。
資格を取ったわけではないが(普通自動車免許と英語教員免許しかもっていない)、偉くなったような気がする。
「このビルは検察庁が見下ろせるので気分がいいっす」と聞いて爆笑。なるほど、弁護士ってのはそういうところがツボなのか。
朝から都心のビルにこもりっきりとはいえ、さすがに仕事が終わるとぐったり。帰りの道も暑い。家にたどり着いたらすぐさま風呂に飛び込む。いやあ、夏はやっぱり風呂だねえ。
本当は風呂から上がったらすぐにビールといきたいところだが、子供たちを駅まで迎えに行ったりしなくてはならないので、代わりにサントリー天然水のスパークリングで我慢する。
夏はやっぱり炭酸だなあ。
2021.07.18
東京ではコロナが1000人を超えて連日大賑わいである。このまま順調に行けば2000人もまもなくだろう。
となるとオリンピックの開幕日には、そうである、2020人となり、ここにめでたくTOKYO2020が完成する。
身を挺したこの渾身のボケに世界はきっと驚愕し、日本の底力を改めて見直すに違いない。ものづくりがダメになり経済がダメになり、物価は下がり続けて、売るものが観光しかなくなったというのにインバウンドもこけてしまって、もはや誇るものは美しい四季と直接飲んでも大丈夫な水道しかないという日本に、実はお笑いという最後の砦が残っていたことを、世界はきっと知るだろう。
ここはなんとしてもコロナには頑張ってもらって、2020を達成してもらわなければ。
戦争復興と経済成長のアイコンとなった1964年の東京オリンピックでオレは小学校1年生だった。競技自体の記憶はない。だが担任の先生が「アベベという選手が優秀しましたよ」と教えてくれて、へんな名前だとクラスが爆笑したのを覚えている。
それに対して今度のオリンピックは日本終了のアイコン。1964年のオリンピックで始まった日本が、2020年のオリンピックで終わるという、そんな物語だ。
2021.07.17
スタンドに向かって一人、深々と頭を下げながら、荻原拓也、号泣だ。
浦和レッズで出番がないので、去年、アルビレックス新潟にレンタルされた荻原。単純というか真っ直ぐというか、とにかくシンプルな兄ちゃんで、そのキャラは遠くから見ている分には面白かった。
左サイドからチョン・テセにクロスを上げるが、いつも失敗する。
「テセさん、すいません!」
大ストライカーを相手に、普通なら萎縮するところだろう。だがテセは人格者だ。若くてやる気だけはある男を決して責めはしない。大久保なんかとは大違いである。
「いいよ、いいよ、気にすんな。ガンガン上げてこい」
そう言われて嬉しくならない若い選手はいない。
「はい、テセさん!」
「ただもう一呼吸早いタイミングで上げてみな、荻原」
「はい、テセさん!」
これで荻原は調子に乗り、もう何があってもテセにクロスを上げまくる。おいおい、今はそこじゃないだろという時でもテセめがけてクロスを上げるのだった。
そんな荻原も新潟では中途半端。結局開花できず、今度は京都パープルサンガにレンタルされてしまった。新潟から京都へ。なかなか浦和へは帰れない、哀しみの流浪の旅。可愛い子には旅をさせよを地でいく話であるが、実家からは帰ってくるなと言われている辛い旅なのだ。
だが京都にはキジェがいる。パワハラ大王の監督だ。
キジェにしてみれば、荻原を手玉に取るのなんて朝飯前。ほめて伸ばすタイプだと見て取ったキジェは、アメとムチを使い分けて荻原を鍛え直す。これで調子に乗らないわけはなく、今や荻原はすっかり京都の名物男として定着した。
そして今日のアルビレックス新潟戦。
荻原の野郎は古巣対決というので燃える。燃えないわけがない。調子に乗らないわけがない。
結果、あろうことかプロ入り初ゴールを新潟相手に決めてしまったのだった。
くっそう、荻原め。あの単純馬鹿のシンプル野郎め。
結局ゲームは1-1の引き分けに終わる。イエローカードが8枚も乱発される、荒れたゲーム。しかも前半のロスタイムから8枚だから、いかに審判がゲームをコントロールできていなかったかという話だ。
新潟は明らかなPKを見逃される。それはDAZNの中継が疑問を呈し、ハイライトでも大きく取り上げられ、さかも今日のサポーターが「あれはPK」と認めるほど明らかなファールだった。そんなのもスルーし、それでいてイエロー8枚を出すというとんでもないレフェリーだった。
そんな荒れたゲームが終わって、新潟のサポーター前へ一人でやってきた荻原。ホームの選手がアウエーのチームのサポーター前まで出向いて挨拶するなんて、慣例的に前代未聞だ。
ピッチを歩く荻原は既に顔がくしゃくしゃで、スタンドに向かって長い時間頭を下げた後に上げた顔か、涙でぐちゃぐちゃだった。
1年間世話になったチームとサポーターへのお礼と、京都でしっかり成長した自分を見せることができたという誇らしさが一緒になった、それは実にいい泣き顔だった。
1人の青年の成長物語という側面も、このゲームにはあったのである。
こんなん見せられたら、泣いてまうがな。
新潟サポは関西弁になりながらそうつぶやいて拍手を送るのだった。
2021.07.16
券売機にカネを入れたというのに食券を取り忘れてしまったり、マスクは外したもののメガネを掛けたまま床屋の椅子に座ってしまったり。そんな細かなボケを一日になんども繰り返していると、オレもとうとう…という脱力感に襲われる。
だが気がつけば今日から夏の後半。弱っている場合ではない。7月16日という、じつにきっぱりとした夏の真ん中に梅雨が明けたのだ。ここから後半戦。雨の夏から猛暑の夏へと切り替わった昼下がり、オレもきっぱりと銀座一丁目駅から銀座中央通りを歩く。目指すのは銀座六丁目。
炎天下の銀座四丁目にはたくさんの日傘が咲いて、おばちゃんたちが元気だ。三越の入口辺りにも、店内から流れる涼を求めて一休みする人たちが。夏の銀座はいいなあ。早朝ならばもっといい。
今週の外出仕事はこれ一つだけ。あとは全部リモート。楽ちんで交通費などがいらないのはありがたいが、やはりこうして外の空気に触れるのは大切だ。銀座などの繁華街ならなおのことである。やっぱり人間はこうしてある程度の時間は外に出て歩かなければ。
そんなことを考えつつ、銀座を行くきれいなお姉さんたちを眺めながら、昨夜NHKで観た松本隆の特番を思い出す。
松本隆の作詞家生活50周年を記念したトリビュートアルバムが出て、それにからめた番組のようだ。
筒美京平に松本隆に、昨今はトリビュートが多すぎる。松本隆は数年前に「風街DNA」というトリビュートが出て買ったのだけれど、一瞬聴いてあとはしまい込んだままだ。
どうもトリビュートというのはオレの性に合わないのかもしれない。
例えば斉藤由貴の「卒業」は、オレたちは斉藤由貴が聴きたいのだ。薬師丸ひろ子の「Woman」もオレたちは薬師丸が聴きたいのであって、たしかに池田エライザの「Woman」はなかなか良かったけれど、それはオレたちが聴きたい「Woman」ではない。
それを言っちゃあおしまいよとは思うものの、それが本音だ。
松本隆の特番では、この池田エライザの「Woman」が一番良かった。あとは先日のFNS歌謡祭での橋本愛の「木綿のハンカチーフ」もなかなか良かった。だがしょせんはカバー。トリビュート。
そして松本隆の50周年記念トリビュートアルバムについては、Amazonのレビューがあまりに辛辣なのでびっくり。いっそ清々しいほどのダメ出しだ。
「作曲家の意図を考えて歌わせるべきだった」「アレンジがしつこい」「作曲家軽視が透けて見える」。
さらにこのレビュアーは現在の松本隆に対しても手を緩めない。なかなか読みごたえのある松本隆批判なので、そのまま引用しよう。
*
ここ数年の雑誌等における松本隆の発言はちょっと気になっています。
「アンチの人がなにを言おうと『君たち、僕らの風呂敷の上に乗っているよ』と言いたい」等々、自分がすべて正しく、批判は一切受けつけないって感じがします。
しかし、彼以前に、日本歌謡界には阿久悠、なかにし礼、安井かずみという歌謡ポップスの土台を築いた有名どころの作詞家はちゃんと存在しましたし、阿木燿子の山口百恵の作品群もあります。
冊子のインタビューの中で阿久悠を「旧歌謡界の帝王」と表現していますが、生み出した曲数と実績考えたらあなたより格上なわけで、揶揄していい人ではありません。
松田聖子に関しても、初期の三浦徳子作詞の「青い珊瑚礁」や「夏の扉」があったからこそ連続1位につながったのであり、彼女の貢献度を無視したような松田聖子プロジェクトの裏話には辟易します。
現役の作詞家であるなら、過去の作品で周年ビジネスを小刻みにやらずに、新作を歌手に提供するのが仕事です。
(略)
評価を落としたくないなら、しばらく周年商法はやめるのが得策です。
*
どうだ、この小気味いいとさえ言いたくなるぶった切りは。
筒美京平が亡くなってから露出が一気に増えた松本隆にはオレもちょっと食傷していたので、この批判には深くうなずく。
NHKの特番でも、「君は天然色」をカバーした川崎鷹也に向けてアドバイスするシーンが流れていた。若い人たちのやることに対してそんな口出しはするなよ、と思ってしまった。老害じゃないか、これでは。
ところでその川崎鷹也だが、先日のFNS歌謡祭も含め、「君は天然色」のボーカルが実によかった。今まで知らない人だった。なんというか、とても誠実な声と歌い方の人で、この人の歌は他のも聴いてみたいと思った。
老いてしまったから、オレの人生にもう音楽はたくさんいらない。いっそなくてもいいとさえ思わないでもない。
それでもこういうアーティストを知ると、もうちょっと音楽を聴いてみようかという気になってくるのだった。
そう思った直後に、えーと、なんていうミュージシャンだっけとすぐに名前を忘れてしまうことが、嫌になってしまうんだが。とほほ、情けないわ。
もっとも「昨日のご飯、何だっけ」はまだ大丈夫。「昨日、ご飯食べたっけ」になるとやばい。
ならばまだオレは大丈夫だと自分に言い聞かせて、きっぱりと夏の後半戦に挑むのだった。
2021.07.15
気がついたら、我が家の周囲のスーパーは全部セルフレジになっていた。
スーパーだけではない、コンビニもそうだ。
主流はバーコード読み込みは店員が行うセミセルフレジ。すべて自分で行うフルセルフレジもあるにはあるが、操作に手間取ったりして、かえって時間がかかる。セミの方が結局は早い。
ピッピッとしてもらって金額が表示されたら、カードか現金か電子マネーかを選んでピッと支払い。だいたいがクレジットカードかSuicaだ。
初回だけ戸惑うものの、次からは楽ちんで早い。店員の手間もかからないので、いいことずくめである。
20代の終わりの頃、つまりは35年ほど前、三権茶近くに住んでいたときに、オレのアパートに遊びに来ていた母親が、近所のスーパーで初めてバーコードのレジを見て「なんだあのピッてのは」とびっくりしてたっけ。
まったく技術の進化とはあっという間だ。
2021.07.14
「あややとぅーやー」をご存知だろうか。
今やYouTubeでは一大ジャンルと化しつつあるのが「あややとぅーやー」だ。
もったいぶらずに種明かしをすると、これは「Ambitious Japan」のことである。東海道新幹線の「のぞみ」デビューと品川駅開業を記念してつくられた、TOKIOの代表曲だ。
作詞はなかにし礼で作曲が筒美京平。編曲は船山基紀。なんとまあ豪華な制作陣だろう。
筒美京平がサビのあの「Be Ambitious〜、我が友よ〜」というフレーズと歌詞を思いついて、なかにし礼にトス。受けたなかにし礼は、続きの歌詞を書いて筒美京平にリターン。そんなやり取りを繰り返してこの曲は完成した。
編曲の船山基紀は、筒美京平から「久しぶりにプロと仕事させてもらった」と褒められた。若手のの頃、筒美京平と食事した際に「僕のこと嫌いでしょ」と言われ、CCBの「ロマンティックが止まらない」では「ダサいイントロ」とバカにされてスタジオ中が凍りついた経験を持っている船山基紀にとっては、筒美京平から褒められたというのは何よりも嬉しいことだったに違いない。
そんなエピソード満載なのが「Ambitious Japan」。今聴いても名曲だ。
YouTubeでは、いろんな歌唱映像を存分に楽しめる。
いつだったか三重県の桑名市へ出張した際、夕食に出かけた地元の居酒屋のテレビで流れてきたのが、この曲のアコースティックバージョンだった。TOKIOがアコギで演奏していたやつで、あれはなかなかよかった。一時はこのバージョンもYouTubeで観られたのに今では削除されてしまった。残念である。
そのほかにいろいろなバージョンの「Ambitious Japan」を観られる。オレもYouTubeで観ていた。そのうち、気がついた。TOKIOと入力して検索すると「あややとぅーやー」と題する動画がいくつも表示されることに。なんだ、これは?
そう、これは「Ambitious Japan」のサビ前、城島茂が「I get a true love!」と絶叫する瞬間のことである。これがどう聴いても「あややとぅーやー」と言ってようにしか聞こえないということで、ざわついているわけだ。
それだけではない。城島茂は、この決めどころで思い切り音程を外してしまうのである。ことごとく。
この名曲をTOKIOは必死に演奏し、聴いている方も気持ちがぐんぐん上がってくる。よしっ、サビだ、というその瞬間、城島茂は思い切り音程を外して「あややとぅーやー」と絶叫するのであった。これが事件でなくてなんだろう。いや、災害だ。もはや大災害だ。
そしてネットの人たちはこの「あややとぅーやー」のフレーズをいろいろと使って動画を作って遊んでいるのである。その最高傑作はこれだろう
「あややとぅーやー食堂」。
そもそもこの「あややとぅーや」の波は、ここ数ヶ月の間のことだ。「あややとぅーやー」へのからかいはずっと以前からあったのだが、なぜに急にこんなにもYouTubeで盛り上がったのか。もはや一つのジャンルではないか。
いろいろと動画を見ていると、どうやらこれが一番古く、4ヶ月ほど前にアップされている。これをきっかけにして急速にジャンル化していったようだ。
まあ、それにしても今更であるが、TOKIOはいいバンドだ。技術的に見ればベースとドラムのリズム部隊が安定しているのでバンドとして聴ける音に仕上がっている。特に山口達也のベースは、へえ〜と感心するほどに上手い。
とはいえ、決して卓越した演奏ではなく、アイドルにしては、芸能人にしては、上手いというレベル。それでも人を引きつけるのは、要するに一生懸命だからだ。
甲子園だってそうだ。決して技術は高くないけれど、自分のできる精一杯を一生懸命にやる姿は人の心を打つ。いやいや、幼稚園のかけっこだって感動するぞ。
人が真剣に何事かに取り組んでいる姿は、上手下手という評価なんてあっさり乗り越えて、感動を呼び起こす。TOKIOの演奏がいいのは、それだろう。
オレたちはこれしかできねえべ。
これしかできねえから、一生懸命やるべ。見てけろ。
そういう姿勢に胸を打たれるに違いない。
なんて偉そうに書いてはいるが、一方では山口達也のばかたれはどれだけ迷惑をかけて、どれだけいろんなものを壊してしまったんだと呆れてもいる。もったいないことをしたもんだなあ、このバンド。
ちなみにバンドということでは、NHK「うたコン」のバックバンドがびっくりするほど上手い。あれぞまさに職人仕事。歌手よりも伴奏に聴き惚れてしまうわ。
2021.07.13
嘘か本当かわからないけれど、日刊ゲンダイによれば、来日中のバッハの宿泊費が一泊301万円だそうだ。ホテルはオークラ東京。部屋の広さは約220坪。畳440枚分。25mプールぐらい。
バッハとは言うまでもなくIOCのボスでぼったくり男爵と揶揄されたアイツ。念のため繰り返すが、30万円でも3万円でもなく301万円だ。年収かよ。さらに念のため、これは滞在期間中の宿泊費ではなくて一泊の値段だ。
嘘か本当かわからないが(なにしろ日刊ゲンダイ)、IOCが支払う上限は400ドル、つまり約4万円と決まっているので、残りの297万円は組織委員会が負担することになるそうだ。要するに税金ですな。
繰り返すが一泊300万円の部屋に泊まって、その支払いは都民の税金でよろしくね、というわけだ。
オレが出張に行っても1万円の部屋に泊まるなんてめったにない。ましてや3万円なんてありえない。この春に墓参りした際に泊まったホテルは家族4人で2万円。つまり1人5000円。おいしい朝食付きで、満足度は高かったぞ。
バッハのホテルは1分間2000円だから、我が家4人の一泊はバッハの10分ということになる。なにしろ日刊ゲンダイなので嘘か本当かわからないが。(これはゲンダイの誤報で、交渉の末IOCが全額払うことになったというニュースもある。オレは、面白いからゲンダイの記事が正しいという前提で書いている)
一泊5000円のオレたちが、300万円のバッハのためにこれからせっせと税金を払わなくてはならないのだから、暴動が起きても仕方ない。大宮のネットカフェにでも泊めてやればいいんだ。
貧乏人の僻みと言われればそれまでだが、政権がひっくり返っても不思議ではないほどのデタラメぶりだろう。
オリンピックのボランティアには更衣室が用意されないので、自宅からユニフォームを着てくるようにという指示が出ているという。バッハが一泊300万でボランティアには更衣室なし。一泊分の税金があれば、更衣室ぐらい用意できるだろうに、よくこれでボランティアたちがボイコットしないもんだ。怒れよ。
もちろんボランティアやオレが腹を立てたところで事態は変わるわけではなく、腹を立てつつ税金は問答無用でむしり取られる。アホらしさで、東京に税金は納めたくないと地方移住する人間も大勢出てくるだろうな。
世界中の笑いものにされ、男爵にはぼったくられ、都民は貧困にあえぐ。丸川珠代と橋本聖子、小池百合子が雁首並べてバッハと面会したときの脱力感というか絶望感というか、この国はとことん駄目になってしまったんだなあという実感は実に重いものだった。
滝川クリステルが「おもてなし」とぶちかましたとき、まさかこんなオリンピックの未来がやってくるとは、当たり前だが想像もしていなかった。
一つの目標に向かって国が力を合わせて突き進んでいく、そんな高揚感を子どもたちにも味わってもらいたいと考えて、オレはオリンピックに賛成した。今、期待していた高揚感などどこにもない。
一義的にはコロナのせいではあるのだが、ここまで事態を駄目にしたのは国や都や電通だ。まったくオレたちは不幸な時代に生きている。国力の低下から目を背けて身の程知らずにも開催地に名乗りを上げたことへの天罰なのかもしれないなあ。わきまえろ、と。いやはや。「東日本大震災は我欲の天罰」といったのは石原慎太郎だっけ。オリンピックも我欲だったのかも。
この「わきまえる」という感覚は、実はとても重要なことではないかと最近はよく感じる。例えばお笑いの小峠っているでしょ、ハゲの。
彼をテレビで見ていると、ハゲのくせに実によくいろんなことをわきまえた振る舞いをするなあこのハゲはと感心する。たぶんきっとすごく頭のいいハゲなんだろう。一見傍若無人に暴れているようで、実は主役を決して食わない。その気遣いが、「わきまえる」なのだ。
つまり日本は小峠を見習うべきだ、というのが今日の結論。
という日記を、オレは仕事で大量の原稿を書いたあとにコメダ珈琲で書いている。テーブルの向かい側では息子が熱心に本を読んでいる。朝からさんざん文章を書いて、やっと一息つけるというときに、気分転換に文章を書いているのだ。
ラーメン屋が閉店後に自分の晩飯にラーメンを作っているようなものか。大谷翔平がホームランを打った試合の後にバッティングセンターでバットを振り回しているようなものか。
歌手の細川たかしは歌が大好きで、コンサートが終わったあとにカラオケスナックへ繰り出して楽しそうに歌うのだという。居合わせた客が持ち歌の「北酒場」とかをリクエストしても、なんのためらいもなく歌うので客は大喜びして、マネージャーは「もっとプロの自覚を」と苦い顔をするそうだ。
ということはオレも細川たかしなのかも。つまりプロの自覚がないということか。
そもそも人に見せるためでなく、自分で好き勝手に書き連ねるために書いている。目的は書くことだ。背景には、誰の指図も受けず、書きたいことを書きたいという思いがある。ということは、今気がついたが、要は書く仕事に伴うストレスを解消するために書いているということになる。
仕事のストレスは仕事で解消しろ。
よくそんなことが言われるが、それに近いことの実践なのかもしれないな。この日記は。
2021.07.12
誰でも知っている国際企業の日本法人を定期的に取材し、ウォッチしている。一番の眼目はDXだ。全世界で一気に情報システムをリニューアルしようという大技が進行中なのである。
その様子を眺めていると、DXにはやはりとことんトップダウンが必要なのだと思う。この企業の場合も、米国本社の号令に逆らうことは一切許されない。米国からの意向は日本国内でのトップダウンとなる。国内でその責任を担っているのは取締役。誰も逆らえないのでトップダウンの実効性も高い。
企業変革に民主主義なぞクソくらえ。独裁政権にも似た強権で推し進めてこそDXは成功する。一神教は絶対的な強さを発揮するのだ。
こう考えていくと、日本でDXが遅れているのも納得だ。だいたい強権を発揮すべきデジタル庁のボスがアレだもんなあ。
アメリカには遠く及ばず、中国に抜かれ、シンガポールにも抜かれ、今やベトナムやタイにも追いつかれるんじゃないか。
2021.07.11
Uber Eatsはすっかり市民権を得た。市民権でいいのか、この場合?
だがいくら市民権を得たとはいっても、いや、市民権を得たとされているからなおさらなのかもしれないが、ますます邪魔になってきた。
昨日も路地の角、電柱の陰からあのバッグを背負った自転車がひょいと出てきて、急ブレーキを踏んでしまった。この手合が多くて迷惑しているという声はよく聞こえる。
もっとも市民権を得たとしても、実際にUberを使ったことがあるという人は、オレの周囲には少ない。というか、ほとんどいない。
理由を聞くと異口同音。「どこの誰だかわからないやつが手づかみした料理は抵抗がある」と一様に答えが返ってくる。
オレも同意だ。
蕎麦屋の出前ならば、店の親父が作ったものを小僧が運んでくる。寿司屋の出前も同じだろう。居酒屋でもラーメン屋でも、調理場が見えて顔の見える人が作っていると安心する。それと同じで、作った店の人が運ぶならなんとなく安心だ。
それが無関係の人が運ぶとなると、えーと、大丈夫かなとちょっと不安になる。汗をふきふき、荒い息の配達人だとなおのことではないか。
そんな程度のことを気にするなんて、ずいぶんとやわな神経だなあ。そう思わないでもないが。
というわけで、今のところ、オレはUberを使ったことがない。
もちろん出前の店がないところに住んでいる人、介護などで家を開けられない人など、Uberを重宝している人も絶対いるはずだから、Uberを否定はしない。オレは使っていないという話。
2021.07.10
オレの第一回のワクチン接種は再来週の予定だ。ヨメは来月である。息子と娘に至っては予約すら取れていない。まったく予定が立たない始末。
別にワクチンを拒否しているわけではなくて、予約がいっぱいなのだ。
練馬区は一時期「練馬区モデル」とかで注目され、鼻高々だったが、フタを開けてみればこんなものである。
近所の小児科で20代が予約をしようとしたら「うちはお年寄りしか打ちません」と断られたそうだ。若年層に流行していると言われながら、現場はこれ。小児科なんだから若い世代のために汗をかけよ。
もちろん多くの現場の医療関係者や行政の担当者は一生懸命やっているだろうとは思う。となると、やっぱり上の方、国レベルでどうしようもないのだろう。
ネットのまとめサイトレベルではあるが、漏れ伝わってくる話を目にするだけでも、今の政府は酷すぎるもんなあ。
金融機関に圧力をかけさせようとするとか、あんな発言は辞職ものだと思う。
だが我々にとって不幸なのは、代わりを託せる存在が見当たらないということだ。これも日本の劣化の象徴。いや、そもそもの劣化の原因がここにあるということだろう。しょうもな。
2021.07.09
昔は夏が大好きだったが、最近はきつい。やっぱりこれは加齢なのだろう。
今日は朝から千駄ヶ谷で精神科医にインタビューしたのだが、昼過ぎに帰ってきてぐったり。何しろ湿気が酷いから移動するだけで疲れてしまう。
それでどうするかというと、まずはシャワーを浴びてさっぱりし、服は全部着替えてしまう。そのあと、冷たいお茶などを飲んではあ〜っと一息ついて、ちょっと横になるから、当然のように昼寝に入ってしまう。はっと気がついて目覚めれば早くも夕方近く。
夏に出かけるとこんなことの繰り返しなのだ。
昔は暑ければ暑いほど元気だぜなどと叫びながら、ビールを飲んではしゃぎまわっていたのだがなあ。年は取りたくないものだ。
2021.07.08
かかりつけのナカムラ医院にいったら、ナカムラ院長がパソコン相手に苦戦している。どうしたかと問うたら「動きがおかしい。読み込まない」との返事。
せんせ、一体そのパソコンいつ買ったのさ。
「えーと、もう10年以上前だなあ」
せんせ、そりゃダメだ、寿命だよ、寿命。
「ありゃあ、寿命かあ、そうかあ」と肩を落とす院長。
パソコンなんて、せんせ、消耗品だよ、5年も使ったらいつ壊れてもおかしくないよ。医者っていうのは人間の体には詳しくても、機械には詳しくないのだな。当たり前だけれど。まあ、それはともかくとして。
オンラインエディターは、ZOHOのWriterというのを使っている。ちょいちょいへんてこな仕様があって「ん?」とななるのだが、フォントとか書式とかが気に入って使っている。
問題はときどき挙動不審になることだ。
今日はとうとう書類が開けないことになってしまった。サーバの不調なのだろう、開こうとしてもずっとくるくる回ってお待ち下さい状態。うーん、これは致命的だなあ。
開けなかった書類がこの日記、昨日分だったので、まあ、諦めもつくし、明日にでも開けたらいいやで済むが、これが原稿だったら発狂ものだ。
ありえない。
これでは信頼できないなあ。やっぱりGoogleドキュメントに戻ろうかなあ。
2021.07.07
「気をつけなよ、タンゴくん」。
ペーペーの新入社員であるオレを見やりながら、版下屋のコバヤシ社長はそう言ってニヤッと笑うのだった。
「初日にお茶を出すとありがとうございますと頭を下げ、二日目には何も言わずにお茶を飲み、三日目には今日はお茶も出ないのかと文句を言う。それが人間というものなんだよ、タンゴくん」。
コバヤシ社長の言葉を聞きながらオレは、どうやらそれは自分のところで採用した社員にはそういう不愉快な連中が多いということを愚痴っているのだなと、気づいたのだった。
40年近くも昔に聞いた教訓めいたそんな言葉を、今でもオレは覚えているわけだ。ではなぜそんなことを思い出したかというと、chromebookである。
昨年暮れに買ったchromebookのことを大変気に入って重宝しているという話はここに何度も書いた。えーじくんやまっちゃんは、オレがあんまりいいと言うものだから、つい自分も買ってしまったほどだ。
もちろんオレもchromebookは大変気に入っている。出かけるときはだいたい持ち歩いていて、今もこれを秋葉原のエクセルシオールカフェでアイスコーヒーを飲みながらchromebookで書いている。コマちゃんへのメールも今chromebookで送った。
そんな具合に気に入っているのだが(ちなみにエクセルシオールカフェはあまり気に入っていない)、しかし半年もたつとchromebookのアラも気になってくる。お茶を出されて二日目みたいなもんだ。
重い。
いや、重いといってもそのへんのWindowsマシンと変わりなく、特別に重いというわけではない。14インチだから、こんなものだろう。言いたいのはもっと軽くできるんじゃないかということだ。
データはすべてクラウド。ストレージは思い切り小さくできるはずだ。何が重いのか。電源なのか。
もっと軽く、薄くできるはずなのだ。それなのに、やはり低価格にこだわったためだろう、軽量化がなされていない。チタンにしてくれ。もっと薄くしてくれ。もっと軽くて薄いchromebookがあったらオレは喜んで今の倍の値段でも買う。
だが倍の値段になってしまったらもはやchromebookのコンセプトからは外れるのだろう。それはくっと高い軽自動車のようなものなのだ。そもそもchromebook自体、儲からないからメーカは開発費をかけたくないし、販売サイドも売りたくないのでユーザーは無視。悪循環だ。
もっとも物理的でない軽さについては、chromebookはとことん魅力的だ。すべてのソフトが無料でセキュリティでさえ無料。Microsoftと一切紐付いていないという身軽さがこんなにも快適だとは、驚きだ。この軽快さを知ってしまうと、もはや戻れない。
だからもっと軽量で薄いchromebookがあれば、オレは喜んで倍のカネを出す。と偉そうだが、倍っていっても6万とか7万とかなので、それでもWindowsマシンの半額なんだけど。
2021.07.06
本日は茅場町でのインタビュー仕事と銀座でのインタビュー仕事がかぶってしまって、移動時間ゼロ。あちゃー。仕方なく後のほうの銀座のインタビュー仕事は、パスした。仕方ない。先の仕事の方が先に決まっていたのだから。
こういう仕事のかぶり方はよくある話。その時はどうするかというと、Vシネマの哀川翔アニキが言うように「仕事は来た順」を徹底するしかない。うーん、男らしいね。
しかし今日の場合、移動時間がゼロというだけだ。
しかも茅場町から銀座ならタクシーで10分。ということは茅場町の仕事を早く終わらせれば、タクシー飛ばして銀座に間に合うということではないか。タクシー飛ばして九龍からニューヨークへ行ったのは相対性理論であるが。←タコツボすぎる。
そう考えたオレは、茅場町でのインタビュー仕事の直前に、同行のディレクターとカメラマンに向かって「銀座へ向かうので巻きますから」と宣言。「自分の都合で勝手なことを」と反発されるかと思ったら、目をキラキラさせて「そりゃありがたい」「空いた時間でお茶します」と喜ばれた。
そして予定通り巻いて早めにインタビューを片付けたら、取材先にも「早く終えていただいてありがとうございます」と感謝されてしまった。
おかげでオレはタクシーを飛ばして銀座へ一直線。無事にこちらの予定時間にも間に合って、しれっと何事もなかった顔でインタビューに臨んだのである。
要するに仕事が早く終わればみんなハッピーという話。巻けば誰もが喜んでくれるというわけだ。だらだらと長い仕事なんて誰も付き合いたくないし、誰だってさっさと終わらせたいということだ。
この傾向は年々強くなっていて、リモートばやりの今はさらに顕著になったように感じる。
かつてのミーティングは1時間が基本単位。今はそれが30分単位になった。これはいいことだと思う。
2021.07.05
西武線はよく止まることで知られている。決して名誉なことではない。
今日も止まった。しかも夜8時という最低な時間である。原因はおなじみの人身事故。こんなものがおなじみになってはいけないのだが、日本社会は病んでいるのか。
オレは家で仕事をしていたので何の問題もなかった。問題は大学へ行っていた息子である。21時に部活が終わって、それからの足がないということになる。代替ルートはいくつかあるが、電車の接続や車の停めやすさなどを考慮して、地下鉄の平和台駅まで行くように指示。平和台は安藤君の地元の地味な駅である。
息子には平和台駅の上にあるローソンで待ち合わせることをLINEで連絡。まずは塾の終わった娘を迎えに行き、続けて息子を迎えに行ったのだ。お父さんは夜になっても大忙しである。
しかしこういう状況になっても細かく連絡を取り合って落ち合えるというのは、ケータイのおかげである。もはやケータイを持っていなかった時代、我々はどのように人と連絡をして、どのように待ち合わせていたのか、思い出せない。
以前は渋谷駅のモアイ像の前で14時っていう具合に決めてから行動していたのに、今では渋谷あたりで14時あたりと決めて、あとは渋谷に着いてからLINEで連絡取り合って落ち合うというのが当たり前の行動だ。
若い子たちは今では電話すらしない。だから友だちの電話番号も知らない。電話番号? なにそれ。ってな具合である。
当然、バッテリーはライフラインに等しい。
すげえ大げさだな。かっこつけるあまり、大げさな文章になった。でも実際バッテリーが上がってしまったら、オレたちの行動は大きく制限される。
そんなわけで平和台駅で息子をピックアップしたとき、息子のスマホのバッテリーはなんと2%だった。
ひゃー。
息子によれば「20%を切ったら電源オフにしてこまめに調整している」とのこと。モバイルバッテリーで充電するのが面倒くさいのだろう。わからないでもない。
オレのスマホも最近はバッテリーの保ちが悪くなってきた。すぐに充電が必要になる。寿命かな〜。
と思っていたが、息子と話していてピンときた。あいつだ、コロナ接触確認アプリ、ココア。このココアが犯人だ。
過去2週間に濃厚接触者とコミュニケーションしたかどうかを確認して教えてくれるアプリで、一応入れてはあるけれど、一度も役に立ったと感じたことはない。このアプリは周囲の人たちにBluetoothを飛ばしまくって、そして濃厚感染者がいないかを確認している。
つまり四六時中Bluetoothを発信して近くに別のスマホがあればつかまえて情報交換するということを行っているわけだ。そりゃあバッテリーが減るのも当たり前だわな。
今さらかよと言えば今さらではあるが、それに気づいてオレはこのアプリをアンインストールしてしまった。一度も役に立ったことがないし。
2021.07.04
日曜日の朝、家族がまだ寝ている静かな時間にDAZNで土曜日のサッカーの試合を振り返るのが、オレの最大の楽しみである。そんな楽しみを奪ったのが、昨日のアルビレックスだ。うーむ、情けない。
本間至恩はガキであるという論がネットでは盛んである。
サッカー選手はもちろんのこと、ほとんどの競技におけるプロアスリートの世界では、20歳というのは新人でも何でもない。立派に一人前の選手であって当たり前だ。
だが20歳の本間至恩は、そのメンタル面の弱さを見ると単なるガキ。オレたちが思う以上に子どもなのかもしれない。
高校生の頃からちやほやされて、19歳で移籍金が2億とか騒がれたことで、過信と増長を覚えてしまった子ども。実際はプッチ監督が「ホンマはディフェンスを知らなかった」と驚いたように、自分の得意なこと、好きなこと、やりたいことだけをやって「よくできたねー」とほめられていたに過ぎなかったのだ。
だからいったん何かが狂い出すと、自分の中で修正することができないのだろう。
こんな程度の山は自力で乗り越えられないと、とてもヨーロッパなんて無理だ。なんとか歯を食いしばってもらいたいものである。
などと言いつつ、仙台と浦和の試合を見る。仙台のキーパー、スウォヴィクが実にスーパーで素晴らしい。浦和も心を入れ替えてまっとうな人間ばかりをそろえてから別のチームに生まれ変わった。変わっていないのはサポーターだけである。
続けて柏と横マリの試合を見る。柏がひどい。これは今年、落ちるだろうなあ。明らかにオルンガ依存症で、オルンガはもういないというのに縦ポン以外できないようになってしまった。しかも監督のネルシーニョが最低。自分に意見してきた選手をどんどん干して、江坂と呉屋があっさり移籍である。
まあ、柏の場合、親会社がアレだしなあ。
午後はアマプラで映画を観て過ごす。Netflixが元気なので気になっているのだが、カネがもったいないしなあ。逡巡中。ほかにもHuluとかFODOとか、やたらとチャンネルが誕生して、追いかけきれない。
今はアマプラとParaviに加入し、TVerは無料だからいいとして、この2つで見ている。これ以上はもったいない。
やはりここはケーブルテレビがまったく役立たずなので、ニュースチャンネル以外はやめちゃおうかなあ。
そういやドコモ→ahamoも検討しなきゃ。実際どうなんだろう。誰か経験者がいれば教えて欲しいものだ。どれだけ安くなるんだろう。
そういや「もやサマ」という番組で地元の特集があったのでParaviで観た。よくあるぶらぶら歩き系の番組で、隣町をいろいろ紹介している。
地元の名店というノリでお好み焼きや寿司屋が紹介されていたが、どれも地元では評判の悪い店で笑ってしまった。特に寿司屋なんて「二度と行かない」という声が圧倒的。地元では最悪の寿司屋として知られている。
そういう店ほど店主が不愉快、よく言えばキャラが立っているので、テレビ向きということなのだろう。ネタとしてはちょうどいいから、地元の評判は別にして、取り上げられるわけだ。
これは別に地元に限った話ではないだろうから、テレビに紹介されたお店だから行ってみようというのは、あんまりいい考えではないということになる。ま、そんなもんだろう。
2021.07.03
勝ったら1位、負けたら4位。
なんなんだ、これは。恐ろしいところすぎるだろう、J2リーグは。そしてこの大勝負に、当たり前のように負けるのだ、アルビレックス新潟は。ここぞというゲームにはことごとく負けるのがこのチームなのである。伝統芸かよ。
ここ9試合で勝ち点9って、降格チームじゃないんだからもう。恥ずかしい。
相手はジュビロ磐田である。磐田そのものには何の恨みもないが、監督だけは許さない。ハゲめ。あのハゲが喜ぶようなことだけは認められない。受け入れがたい。だから磐田は当然負けなくてはならないのだ。それが自然の摂理。
だが磐田はさすがに腐っても磐田だ。個人の技量がすごすぎる。新潟の選手が、パスを出すのも受けるのもいちいち立ち止まり、そしてパスを受けてから、えーっ、どうしようかなあと考えているのに対し、磐田のショートカウンターは流れるような連携だ。さすがである。
それを束ねているのがご存じ遠藤保仁。聞くところにいればにっくきハゲ監督の言うことなど誰も聞かず、実質的に遠藤が仕切っているらしいではないか。それならこの強さも納得である。こんなにも力のある選手たちがあんな寝ぼけたハゲ監督の言うことなんて聞くわけがないしな。
実際、新潟の監督時代、あのハゲはベンチでひなたぼっこしながらこっくりこっくりしていたからなあ。あれには仰天したなあ。
だから磐田にとって一番のリスクというのはハゲ監督がやる気を出して指示を出し始めることであり、同様にレンタル中の遠藤がガンバに帰ってしまうことも大きなリスクなのだ。早くガンバには遠藤を呼び戻して欲しいものである。
というわけで、今日のゲームは新潟にとって勝てば1位、負ければ4位の大勝負。
これはなんとしても駆けつけねばということでオレはチケット発売の瞬間にアクセスして、息子と2人分の席をなんとか確保したのだった。なにしろアルビレックスのアウエーは2分で売り切れてしまうからな。
唯一の懸念は大雨で、これではいわゆる滝に打たれる修行の観戦になってしまうと考え、オレは観戦用のレインコートと靴カバーを買い込んで、準備万端でゲームを待ったのであった。
ところが夜中にかけて雨はますます酷くなる。
そして朝の時点で、東名高速が通行止めになってしまった。そこでオレと息子は、車はやめて新幹線に切り替える。ところが新幹線も午前中に運転見合わせとなってしまった。
万事休す。詰んだ。
結局、昼の時点でオレたちは掛川のスタジアムまで駆けつけるのを諦めてしまったのである。
いや、無理すれば行けたんじゃないか。
そう思わないこともなかったが、そんなふうにちょっと心残りのあったところに飛び込んできたのが例の熱海の土石流のニュース。映像を見た瞬間、どしゃーっ、と叫んでしまった。
いやあ、さすがにこれだけの大災害である。何人埋まっているかわからず、懸命の救助活動が始まっている。サッカーなんてやってる場合かよ。
日本中の誰もがそう思ったが、ハゲ監督の磐田にはそんな常識は通じない。というか、上越で土石流が発生しても下越のサッカーには何の影響もないだろうというのが新潟に置き換えた静岡県民の感覚。浜松地方と静岡地方では人の考えも気質もまったく違うらしい。まあ、大宮と浦和、川崎の北と南みたいなもんだな。浜松と静岡は仲も悪いらしいじゃないか。
だから熱海全部が流されたところでハゲの磐田は平気な顔でサッカーをするだろう。
ということでこんな非常時であっても磐田対新潟のゲームは何事もなかったかのように行われたのだった。しかもスタジアムは雨の一滴もなく、レインコートも靴カバーもまるで不要。その様子を見たオレは、やっぱり無理をしてでも行くんだったなあ、ずっとゲーム観戦を我慢している息子に見せてやりたかったなあと後悔したのである。
それがゲームが終わってみれば、やっぱり行かなくてよかったわ、馬鹿野郎、という気持ちに落ち着いた。遅れに遅れた新幹線に6時間も揺られてやっとたどり着いたハゲスタジアムで見せられたのがこんなハゲゲームということになったら、悔しすぎる。ふん、行かなくてよかったわ。
2021.07.02
本日は朝一番に上野の入谷でインタビュー仕事があって、次が夜7時に銀座でインタビュー仕事。つまり昼に6時間、まるまる空いてしまう。
こういうこともたまにはあるわけで、そしてこういう空きが一番困る。2時間や3時間ぐらいならスタバでパソコン広げて原稿を書けばいいが、6時間ともなるとファミレス1軒、カフェ2軒、さらに秋葉原のヨドバシカメラを覗いたりしなくては時間を潰せない。
結局オレは、入谷での仕事を終えた後にいったん家に戻って昼飯を食べ、そして自分の机で仕事をしてから、夜の銀座に向かったのだった。
今、夜の銀座と書いたけれど、これではまるで飲みに行くようじゃないか。
そうではなくて仕事である。さっきも書いたとおり。
8時に銀座で仕事を終え、電車で帰る。最近はぼちぼち人出が増えて電車もそこそこ混んでいる。
早く昔のにぎわいを取り戻したいものだ。
2021.07.01
「ドラゴン桜」の健太の演技に惹かれ、この役者が主演の映画「町田くんの世界」を観た。観ようと思って観ていなかった映画だった。そして想像していたよりずっと素晴らしい作品だったので驚いた。
主役のカナタくんもよかったけれど、誰よりも高畑充希が素晴らしかった。以前からとても演技の上手な人だなあと思ってはいたけれど、この映画ではびっくり。群を抜く存在感だった。
演じたのは、主人公の町田くんを彼女から奪い取ろうとする悪い女。出番はほんの少しだ。
本当は町田くんなんか好きじゃないけれど、彼氏に振られた腹いせと、本命彼女に意地悪してやれという腹黒さを感じさせながら、ひょっとしたら本当に町田くんのことが好きなのかもしれないと思わせる、そんな難しい演技をさらりとこなしている。表情一つで感情を豊かに伝えてくれる、その見事さには驚いた。
面白いのはアマゾンのレビューが、酷評と絶賛にきれいに分かれていること。特にクライマックスの風船の演出には極端に賛否両論だ。オレは、あれは映画にしかできないファンタジーとして素晴らしいと思うけどなあ。
「スイングガールズ」という映画では、高校生たちがジャズを演奏していると、曲の始まりでは秋だったのに終わりには雪がちらつくというシーンがある。たった一曲で季節がそんなに変わるわけがないと突っ込むのは野暮で、映画ならではの演出を堪能すべきところだ。
町田くんの風船は、それと同じではないかな。
続けて映画「響」を観る。乃木坂の平手友梨奈主演の映画だ。これも「ドラゴン桜」繋がり。
こちらは平手友梨奈が抜群の存在感。「ドラゴン桜」の何倍も素晴らしい演技だ。
文壇をテーマにした映画で、平手友梨奈の切れっぷり、とんがりぶりに拍手である。16歳の少女が直木賞と芥川賞をダブル受賞したのに親の存在がまったく希薄というのは違和感たっぷりではあったが、まあ、いいのだ。平手友梨奈は、ずっとこのキャラでいってほしかった。
「パコと魔法の絵本」で鮮烈な印象を残した絶世の美少女、アヤカ・ウィルソンがすっかり大人になっていてびっくり。美少女も大人になると普通のお姉ちゃんなのね、というのは別の彩夏で学習済みなのだった。
2021.06.30
ネットで「松田聖子のシングル曲で一番好きなものは」という人気投票があったので、ついオレも「ピンクのモーツァルト」に投票してしまった。
ランキングを見ると、暫定的な順位ではあるものの、1位「瞳はダイヤモンド」2位「チェリーブロッサム」3位「赤いスイートピー」となっている。10位までの曲を眺めて、曲を全部知っているというのも改めてすごいと感心する。
「ピンクのモーツァルト」は30位だ。
「オレたちひょうきん族」の「ひょうきんベストテン」で、松金よね子が松田聖子の物真似(まったく似てない)をしながら「ピンクのモーツァルトよりも、あたしゃモツとホッピーのほうが好きだわ、ぎゃはは」とボケをかましていたのを鮮明に覚えている。
「はなーやーかなーくーがつー」というフレーズにある通り、夏から秋へと移り変わる季節感を見事に描き出した曲だと感じる。なぜか中央道を車で走っていたときのことを思い出すので、これを聴きながら走ったことがあったのだろう。作詞は松本隆で作曲が細野晴臣だ。
なぜモーツァルトで、なぜピンクなのか。歌詞の中でそれが説明されることは一切ない。謎の歌である。映画「アマデウス」が話題だった頃で、単純にそれに便乗しただけだったのかもしれないな。ピンクというのは、カネボウのCMソングだったからか。
ちなみにスポンサーが資生堂だった関係で「夜のヒットスタジオ」でこの曲は1回しか放送されなかったらしい。
この曲はアレンジが大好きだ。細野晴臣と松任谷正隆の譜面による。クラシック系の楽器とフレーズが多用されていて、それがなんともいえない知的な響きを聴かせてくれる。
ランキングの1位は「赤いスイートピー」だと決めつけていたから「瞳はダイヤモンド」はちょっと意外だ。もちろんこれもなかなかの名曲で、シンプルだけれど磨かれたメロディーが素晴らしい。
投票した人のコメントを見てみるとアルバムに言及したものも多く、「PINEAPPLE」の評価が高いのには我が意を得たりという感じだ。オレもこのアルバムは大好きだった。松田聖子が松田聖子らしい声で歌っている。
特に1曲目「PRESENT」のイントロは絶品。16ビートのハイハットに載せてギターのアルペジオが流れてきた瞬間、一気に世界が広がる。初めて聴いたときの解放感というか突抜感は今でも覚えている。このイントロに乗せて松田聖子が松田聖子らしい声で歌い出す。うーん、いい歌だわ。
アルバムでは「ユートピア」の人気も高い。「ガラスの林檎」が収録されているやつだ。これもリアルタイムで買って聴いたが、確かデジタル処理がどうしたこうしたといううたい文句での煽りではなかったか。このアルバムでは「ハートをロック」がなかなかに楽しかった。「マイアミの午前5時」も名曲。
「ピンクのモーツァルト」が1984年で、その頃を限りにオレは松田聖子をあまり聴かなくなったような気がする。理由は特に思い出せない。オールナイトフジがブームになった頃だから、もしかしたらオレはそっちの流れに乗っておニャン子クラブへと漂っていったのかもしれない。ありそうだな。きっとそうだろう。
オールナイターズでは松尾羽純あたりが気に入っていたが、なんといっても司会の秋本奈緒美の美貌が突き出ていた。あまりの美しさにクラクラしたオレは、この美女の本業がジャズシンガーだというので大喜びでそのアルバムを買ってきたのだが、そのあまりの歌の下手さにクラクラしてしまったのだった。
そして時代は、女子大生はばばあ、これからは女子高生よということになり、オレも新田恵利なんぞにうつつを抜かすわけだが、高井麻美子があっさり秋元康のヨメに収まったあたりで目が覚める。そして時代は狂気のバブル後期へと突入するわけだ。
いかんいかん、松本聖子の話だった。
「SWEET MEMORIES」は5位に入っている。この作曲と編曲は早逝した天才の大村雅朗だ。辛島美登里が「大村さんに書き直しさせられた」と言っているように、大村雅朗はアレンジャーでありながら気に入らない曲だとアーティストに書き直しを命じる。あり得ない話で、天才とされるゆえんだろう。
「SWEET MEMORIES」については曲の発注から1週間後もできてなくて、しびれを切らしたプロデューサーが無理矢理スタジオを予約。夜の9時に大村を呼び出して「ここで書け」と缶詰にした。すると大村は1時間ほどでフルコーラスを書いてしまったのだという。こういうのもいかにも天才伝説だよなあ。
ちなみにイントロの短いシンセサイザーのフレーズは、録音に3日間もかかったらしい。そういうことが許された時代だった。
大村雅朗は「ドロップ2は気持ちいいけれど、使いすぎるとダメだね」と言ったことがあるそうだけれど、アレンジャーとしてのこの感性は素晴らしいと思う。
3位の「赤いスイートピー」は、最初にタイトルができて、プロデューサーがユーミンに会いに行って「このタイトルで書いてください」とお願いしたところ、できあがったメロディーはサビなどが下降するものだったそうだ。春の歌だから上がって欲しいと思ったプロデューサーはライブのリハ中だったユーミンを訪ねて修正を依頼。ユーミンは「直してくれって言われたのは初めてだわ」といいながら修正したのだそうだ。
ちなみに新曲が松田聖子に渡されるのは3日前。スタジオでオケを流しながら2、3回聴かせてすぐ本番。3、4テイクでレコーディングは終了したそうだ。ぶっつけ本番に強いほうがいいボーカルになったらしい。まあファーストテイクが一番いいというのはよくある話だが。
ちなみに小柳ルミ子はだいたいの曲で楽譜を渡されて初見で歌って一発OKだったそうだ。マジかよ。
というようなことを書きながらオレはYouTubeで松田聖子のミックスリストを聴く。なんとも楽ちんな時代になったものだよ。
2021.06.29
マナー講師のことを「失礼クリエーター」と呼ぶのだそうだ。
ありもしない“失礼”を自分の価値観だけに頼ってでっち上げるからである。
例えばリモートミーティングでの上座だ。
リモートでの会議では参加メンバーの顔がずらりと並ぶが、その中で最上位のものの窓を一番上に来るように設定することこそリモート時代のマナーと、マナー講師は偉そうに垂れるわけだ。
もちろんそんなマナーなどない。マナー講師が勝手に作った「失礼」なのである。
こうした一連のマナー講師たちの振る舞いは迷惑この上ない。ほっといてくれ、である。
いつぞやは、そんなマナー講師たちの言い草に対して僧侶がガツンと食らわしたことがあった。葬式に履いていくストッキングにもちゃんとマナーが必要と諭すマナー講師がいて、それに対して本職の僧侶が「ぜひ暖かいお召し物で参列ください」「まったく問題ありません」「失礼クリエーターさんたちの余計なお世話です」とバッサリ切って捨てたのである。
これにはネットで大喝采だった。
マナー講師業界には、コロナで仕事のなくなったキャビンアテンダントの姉ちゃんたちがどっと参入しているという説がある。なるほど、彼女たちならマナーは叩き込まれているだろう。
だがそれだけでは商売にならないから何らかの差別化が必要だ。という意識がそうさせたのか定かではないが、根拠のない適当な“失礼”がオリジナルに編み出されてしまったのだ。
ということは、コロナがいろんな新しい失礼を生み出してしまったというわけか。面倒なことだ。
2021.06.28
今日は山形へ日帰りである。
山形は地味に食の宝庫だ。特に酒がうまい。
今回は、その酒蔵の仕事だというので、そりゃもう大喜びで出かけたのだ。ただし残念ながら日帰り。「泊まってもいいけど自腹でね」といわれたら諦める。オレはカネを稼ぐために山形まで行くのであって、カネを使うために行くのではないのだ。
山形の酒では上喜元というのが最高にうまかったなあ。十四代というのもなかなかで、こちらはプレミア感がついちゃって無駄に値が張るようになってしまった。
そんなことをいいながら、某酒蔵を見学し、インタビュー。なるほど、日本酒のイノベーションはこういう形で始まっていたのかと感心することしきりだった。
行きは大宮から新幹線に乗り、新潟で特急の「いなほ」に乗り換えた。昔は実家のある駅から上野まで「いなほ」で乗り換えなし、直通だったっけ。
その実家の駅ではホームに弟が立っていて、ドア越しに手土産を渡してくれた。コロナになってからなかなか兄弟でも顔を合わせられない。一瞬であってもこうして会えるのはうれしいことだ。
息子がまだ1歳だった頃つまり19年前、出張で上京した弟を見送るために東京駅まで行ったことがある。そのことを母親は意外なほど大喜びしていた。
離れたところで兄弟が面会するというのが、なんだかとても嬉しかったらしい。
実家の駅で弟から手土産を受け取って、オレはそんなことを思い出したのだった。
山形からの帰りは庄内空港から飛行機。コロナで客がいないものだから、今や羽田便は1日1往復だそうだ。羽田まで1時間、羽田からオレの家までは1時間半。
羽田から地元までの直通バスかが出ているので、座って寝て帰れるのがありがたい。
「コーチ!」青木祐子・講談社文庫。「これは経費で落ちません!」の作者による新シリーズ。文庫書き下ろしが多いな、この作者。以前も書いたように、この作者は「これは経費で〜」が群を抜いて面白く、その他の作品は案外つまらない。この落差が不思議なのだ。この新しいシリーズにもそんなところがあって、なかなか新境地を開くのは難しいのだろう。
とはいえキャラクターを浮かび上がらせるのはやはりうまくて、キャラクターの性格を際立たせるにつれて物語が膨らんでいく様は見事だ。例えば友人だと思っていた男に恋愛感情を抱かれて困っているという展開の中で、女性に同情しそうになるのだが、あっさりと「一回寝たぐらいで」と言わせてしまう。せりふの中に紛れ込ませたこの一言で被害者に見えた女性が一転性悪女に変身し、おいおい、こういう女だったのかよと驚かされる。その反転の技術はなかなか見事だった。
とはいえこのシリーズはちょっと厳しいかなあ。やっぱり「経費」シリーズに期待だ。
「棲月」今野敏・新潮文庫。作品によって落差が激しいのはこの作家も同様で、「隠蔽捜査」シリーズはなかなか読ませるのにその他の作品は思い切りずっこける。こんなもんだろうという手抜きも多い。これはその「隠蔽捜査」シリーズの7作目。ところが驚いたことに「隠蔽捜査」シリーズであるのに劣化ぶりが酷かった。このシリーズの魅力は、徹底して原理原則を貫く警察キャリア官僚が組織の軋轢をものともせずに正論を振りかざして、好き勝手振る舞う傍若無人ぶりにある。シリーズの縦糸であるそんな主人公のキャラの立ち方は相変わらず見事ではあるのだが、一方の横糸である事件については、これがなんともむちゃくちゃというか。不良にいじめられていた少年がネットを使って復讐を企て、不良の仲間を操って、不良を殺害したというのである。ではどうやって人の心を操って殺人まで行わせたかというと操ったかというと、そこには何も触れられず、若者にとってネットの力は偉大なのだよということで終わらせている。おいおい、警察小説がリアリティーを失ったら単なる荒唐無稽のホラ話。特に現実離れしたキャラが魅力なのだから、そこを浮き立たせるためには物語に徹底的にリアリティを持たせなければならないのに。しかも展開がとろくて、何か一つ事件の解明が進展するたび、登場人物が集まって経緯を振り返り、復習する。おかげでちっともスピード感がなく、退屈。この「隠蔽捜査」シリーズもさすがに失速か。
2021.06.27
映画「蜜蜂と遠雷」で天才ピアノ少年役を務めた彼は、その天真爛漫な演技が実に素晴らしかった。一転してドラマ「MIU404」では、井戸に沈められかけた半端な不良役を演じた。
そして今回の「ドラゴン桜」では、ねじくれた性格の東大志望高校生の藤井くんを見事に演じた。実際、藤井くんの演技は素晴らしかったなあ。存在感も十分。
オレは高橋海人が好きなので、海人くんの演技に注目していたのだが、藤井くんが遥かに勝っていた。
彼はきっといい役者として成長すると思うぞ。名前は何ていうのだろう。ググってみた。鈴鹿央士。なんて読むんだ。さっぱり読めないぞ。
まあ、いいか。
面白かったな、「ドラゴン桜」。
昼に見終わった「SPEC」シリーズが壮大なずっこけぶりだったのに対し、なかなか落ち着いた終わり方でよかった。納得度は高い。
「SPEC」はひどかったなあ。シーズン1はむちゃくちゃ面白かったのに、その先になったら話を広げすぎちゃってどうみても収集がつかず、盛大なほったらかしに終わってしまった。
シーズン1だけにしときゃよかったよ。
まあ、いいか。
ということで「ドラゴン桜」、なかなか楽しめた。スピンオフでも作ってくれないかな。
2021.06.26
いやあ、アルビレックスの失速感がハンパないなあ。
こないだの岡山戦がワーストゲームだと思ったら、今日がそれを下回るワーストゲーム。得点の匂いがまったくしない。鈴木があのシュートをネットに外したのを見たときの脱力感といったら。
終戦だわ、こりゃ。
岡山・秋田・水戸なんてあっさり3連勝しなきゃ。それが1勝1敗1分じゃ話にならん。
なまじ序盤に首位を独走してたから落ちぶれ感が凄まじい。結局、8位とか9位とかで終わりそうだね。
枠内ゴール率100%の矢村をなんでサイドで使うかなあ。なんで運んでクロスの打てる星を残り5分で投入するかなあ。
ゴンゴンは明らかに失敗。福田が戻ってくるので最終テストに使ったという説には説得力があるわ。
本間至恩をしつこく右サイドで使い続けるのは、左足も使えるように育てなくてはというアルベルトの考えだろう。アルベルトは最終的に勝負師ではなくて教育者だから、目先の勝敗よりも若手の育成を優先しちゃうんじゃないかなあ。
次の磐田戦に負けたら今シーズン終わりだろう。
一点の希望があるとすれば、若手の伊藤がドイツ移籍することで年寄りぞろいの磐田から夏場に息切れすることだろう。加えて松本に移籍した名波が選手を何人か引っこ抜いて、アルビレックスにはユンカー並みの反則外人が加入する。そんなことになれば希望は持てるのだが。
現実逃避にオレは「SPEC」を見て、腹を抱えて笑うのだった。
2021.06.25
昔のドラマだけれど「SPEC」にはまっている。戸田恵梨香様の主演だ。
ヤンキーにして小悪魔という戸田恵梨香が最高。ストーリーや演出も頭がおかしいとしか思えない。
シリーズがいろいろとあって、どの順番で見たらいいかという時点で既に迷宮。サーガの様相を呈している。
今日もろくに仕事をしないでずっと「SPEC」を見てしまった。
2021.06.24
大学生の息子が地方出身者から必ずといっていいほど「足立区って本当にヤバいのか?」と質問されるほど、“足立区=ヤバい”という図式は定着している。
だがその足立区には足立区でヒエラルキーがある。
先日、足立区在住の人とリモートで話したところ、北千住暮らしのその人は「梅島や竹の塚と一緒にされたくない」と強く抗弁したのである。
梅島というのは足立区の中心地で区役所がある。竹の塚とは“足立区のビバリーヒルズ”と揶揄されつつその実態はフィリピンパブの聖地だ。もっとひどいことも言われているが、この日記の品位を保つためにも触れないでおく。
梅島、竹の塚に対して北千住は格が違うというわけで「我々も梅島や竹の塚には足を運びたくないです」とその人は握りこぶしに力を込めるのであった。
実際、近年の北千住の変貌ぶりはすごい。東京電機大が移転したこともあって街には学生を中心に若者が集まり、活気が生まれている。猥雑だった飲み屋街もすっかりきれいになって、こじゃれてこぎれいな店が増えた。
そんな北千住からすれば、足立区の他のエリアと同一視されたくないという気持ちもわからないではない。
この南北問題は、あの川崎市にも通じよう。
川崎市の場合は南がスラムで北がセレブ。「友だちの母親が日本刀を持っている」「おばあちゃんが入れ墨持ち」「中学に入ったら上納金を取れられるようになった」など、南の川崎では香ばしいエピソードに事欠かない。対して北は緑豊かなニュータウンでレクサスに乗って子どもを塾まで送迎する家庭が並ぶ。しびれるねえ。
このあたりのエピソードについてはダテくんが詳しいのでいずれ話を聞いてみよう。
足立区に戻るが、北千住暮らしのその人が興味深いことを教えてくれた。足立区ネイティブの見分け方である。
変貌しつつある北千住エリアでは、子供たちのために街をよくしようという意識が高まり、小学校、中学校のパパたちのつながりが強くなっているのだという。このパパたちは力を合わせて街の浄化に取り組み、若い輩が徘徊していたりすると、蹴散らすのだそうだ。
その中心となっているのが、よそから引っ越してきたパパではなくて、地元育ちのパパたち。つまり足立区ネイティブ。
この地元育ちは、体が大きくて強そうだから一目でわかるのだそうだ。よそから引っ越してきたパパたちがひょろいのに比べて、明らかに体がデカく、強そうなのである。つまり「ガタイがいい」。
そんなナチュラルパワーのパパたちが本気で街の浄化に乗り出したから、金髪のへなちょこ輩なんかは簡単にぶっ飛ばされてしまったというのだ。
なるほどねえ。恐るべし、足立区ネイティブ。
要するにお笑い芸人のみやぞんみたいなフィジカルお化けばかりということだ。なんとなく納得ではないか。
そんな人たちが街の浄化なんて考えもせずに昔のまんま暮らしているのが梅島や竹の塚ということになる。実にわかりやすい。
もっともその北千住の人は「でも本当に悪いやつは港区に暮らしているんですよ」と指摘していた。うーむ、確かにそれは言える。実に説得力のある指摘だなあと、感心してしまった。
2021.06.23
忘れていたが、6月21日はオレの独立記念日、創業記念日だった。
今もこの季節になると、前日の夕方5時のチャイムが鳴った瞬間のとんでもない開放感を思い出す。おっしゃ、オレはもうこの会社と縁が切れたぞ!
昭和63年、つまり1988年。振り返ればバブル真っ盛りの頃であったが、激流に飲み込まれていると流れの速さがわからなくなるように、オレを含めて当時の誰もが歴史的な好景気だなんて思っていなかった。そしてその先には30年間も坂を転がるように落ちていくことになろうとは想像もせず、おめでたくも日本は世界トップの経済大国と浮かれていた。山手線の内側でアメリカが買えるぜと。
ただ何かおかしい、これがいつまで続くのだろうとは誰もが感じていたが。
当時オレはある大手新聞社の企画に関わっていた。夕刊の見開き30段の連載13回という企画である。実に大型の企画だ。
この企画を立てた後に新聞社の営業担当が広告代理店と一緒になってスポンサー探しのセールスに走るわけだが、驚いたことに某大手百貨店が「すべてを買い切りたい」と言ってきた。広告費や宣伝費が有り余っていて、金の使いみちに困っていた頃である。
そして本当に驚くべきなのは、そんなおいしい申し出を新聞社はあっさりと断ってしまったことだった。「他のスポンサーに申し訳ないから」と。つまりはまだ企画段階でなんの実績もないというその連載企画にスポンサーが殺到していたのだ。
ああ、新聞黄金時代。今では想像もできない。
時々、息子に「本当だったのかよ」と笑われるのは、タクシーのつかまえ方だ。
バラエティなどで「当時はタクシーがつかまらなくて、1万円札をひらひらさせて強引に停めていた」と紹介されるが、あれは決してオーバーではなく、本当だった。
このタクシーの停め方についてはオレは割と上手で、客筋と一緒に六本木で飲んだ後、路上でオレは1万円札をひらひらさせてタクシーを停めてみせていた。
コツは道路に飛び出すことである。歩道でひらひらさせてもだめだ。思い切って道路に飛び出し、強引に車を停めさせ、そして運転手の目の前に1万円札を突き出す。運転手が「しょうがねえなあ」という顔をしてドアを開けたらこっちの勝ちだ。つかまりましたよ〜とオレは叫んで、そして客を後部座席に押し込むのだった。
六本木と書いたけれど、実際、六本木にはよく飲みに連れて行かれた。
オレが接待されるのである。新聞社に。
要は社員が金を使う口実にオレがダシにされたわけだが、「よし、次は六本木だ、さあ飲め飲め」とオレは六本木に連れ出され、一銭も払わずに深夜まで高い酒を飲まされたのである。
こうして書いていると、たしかに異常な時代だったわけだ。
そんなさなかにオレはフリーの道を選んだ。
僅かな独立資金は、会社員時代にコツコツとアルバイト原稿で稼いだ。
それ以外はたくさんの人が手を差し伸べてくれて、事務所は人が「ここを使いな」といって明け渡してくれたのを使わせてもらったので、敷金礼金なしで手に入れた。机やワープロ、コピー、ファクスなどの事務機はイズハラ君がまとめて面倒見てくれた。「ちゃんと利益は出ているから心配するな」と言ってくれたが、利益なんか出るわけのない価格だった。
客も「仕事を出すから」と言ってくれ、そういうときはだいたいご祝儀仕事で終わるものだけれど、ちゃんと続けて仕事を発注してくれた客もあった。
曙橋の狭いワンルームマンションの事務所に泊まり込みで仕事をして、朝、目覚まし代わりのCDラジカセで起きたときの、果たしてオレはこのままやっていけるのだろうかと呆然とした心持ちを今でもありありと思い出す。目覚ましの曲は岡村孝子「夢をあきらめないで」。
そんなふうによろよろと船出したけれど、まさか34年後もフリーでやっているとは想像すらしていなかった。
一度フリーというものをやってみよう、5年たったらどこかに再就職しようという心づもりだったのである。
まったく人生というのは生きてみないとわからないものだ。
創立34周年。特に感慨もなく、やべえよカネがねえよと心の中を波立たせているのは34年前と何ら変わらず、34年もやっているのに相変わらず1人で、ちっとも組織になっていないというのも泣ける。気の利いたやつなら34年もあれば独立して上場して、東証一部に市場替えして、海外進出して、後継に席を譲って自分は会長に格上げされてクルーズ船でコロナにかかって「村八分にされちゃいましたよ、わはは」などと病気自慢をしているところだろう。
それなのにオレはなんの成長も発展もないというところが、実に情けない。
だがとにもかくにも34年間も大きな事故を起こさず、人様にさほどの迷惑もかけず(細かな迷惑はいっぱいかけたが)、財産は築けなかったが借金に夜逃げすることもなく、この年になっても現役として仕事を続けていられることに感謝すべきである。
当たり前だが、独立した当時、オレのことを支えてくれた先輩たちのほとんどはリタイヤしたり消息不明だったりする。今は仕事で接する99%が年下だ。
かつてオレが鬱陶しく感じたように、決して上から目線で接しないように気をつけてはいるが、はて。その言葉遣いが、その段取りの仕方が、とつい口を挟みたくなることが多いものの、ぐっと堪える。老害になるのはリタイヤしてからで十分。当分は現役だ。
前日の父の日、娘がメーカーズマークを買ってくれた。オレがいつもCMを見ながら、旨そうだなあと物欲しげにしていたからだ。
このバーボンを、オレはフリーになって金銭的に落ち着いてきた頃からよく飲むようになった。そんなことを思い出しながら、炭酸割りを味わう。
2021.06.22
「宇宙への帰還」は面白かった。確か久米宏がラジオでほめたら爆発的に売れたんじゃなかったっけ。
だが立花隆と言えばこれだな。プロレス低知性発言。
女子プロレスをテーマにした井田真木子「プロレス少女伝説」(名著)が文学賞を受賞しそうになったとき、審査員である立花隆が激怒してこう放った。
「私はプロレスというのは、品性と知性と感性が同時に低レベルにある人だけが熱中できる低劣なゲームだと思っている」
この発言を聞いたとき、はあそうですかと呆れたのを覚えている。
自分の気に入らないジャンルを貶めようとするとき、ジャンルそのものでなく、そのジャンルに熱中している人を叩くのは違うんじゃないのかな。自民党が嫌いだからって、自民党支持者のことをコケにするのは、信条の自由を自ら貶めていることになるよな。そういうのは野党支持者に多い気がする。
立花隆のこの発言が波紋を呼んだとき「立花隆とプロレスのどっちが大事かと言ったら立花隆だろう」と言った人もいたっけなあ。
知の巨人だったことは間違いない。それでも晩年は経済的にけっこう苦しいという話を聞いたことがある。あれほどの人でもなあ。それにはちょっとびっくりしたっけ。
原信夫が亡くなったというニュースも入ってきた。
こちらはジャズ。ビッグバンドの創始者だ。ジャズは好きだが、この人は生で聴いたことはない。
ビッグバンドも楽しいよね。映画「スイングガールズ」も楽しいし。やっぱり「A列車」とか「スイング・スイング・スイング」とか、文句なしに楽しい。音楽ってこういうことだよねという気持ちにさせてくれる。
という訃報の日に、オリンピック騒動では丸川珠代が会場でのアルコール販売はアサヒビールへの忖度と堂々と言い放った。ありゃま。
オリンピックの何に人々がむかついているかというと、下々には散々無理を強いていて、オリンピックは別物と開き直っているところだろう。運動会するな、修学旅行はやめろと言っておきながら、会場に学徒動員を命じるような。
酒を出すな、飲むな、路上で飲むなら高田馬場の駅前広場は封鎖だかんな。そう言っておきながらオリンピック会場ではスポンサー様の顔を立てて販売しますって、そりゃ誰だって怒るだろう。そういうことに気づかない時点でおかしいよなあ。結局、中止って、そりゃそうだろ。
それにしてもバッハとのミーティングに出席するのが、小池百合子に橋本聖子、丸川珠代って、改めてこの3人が並んだ写真を見て、ため息をついてしまった。この3人かよ。日本は。
2021.06.21
日曜の夜には「ドラゴン桜」を家族で見る。東大受験をモチーフにしたドラマだ。
ドラマだからもちろん荒唐無稽なところもあるのだが、肝心のところはちゃんと本質をついている。したがって見ていてもシラケることなく、楽しめるのだ。
昨日の放送分では、主人公が受験生に檄を飛ばす。「今のうちから諦めるな」と。
ちょっと点数が悪いからと言って、もう不合格だと決めつけるな。全問正解を狙うんじゃない。落としてもいい問題は落とせ。最終的に合格点に達すればいいのだ。
その激を聞いてオレと息子は「おお!」と手を取り合う。
そうなのだ、今の時点の順位に一喜一憂するな。全勝なんて狙うんじゃない。最後のゲームが終わったときに昇格圏にいればいいんだから。
気持ちを奮い立たせて、心をリセットして、そしてきょう迎えたのは秋田戦だった。
月曜日の夜の開催である。
なんでこんな時間の開催なのかというと、昨日は秋田市内の中学校の陸上大会が行われ、グラウンドが使えなかったからだ。
なんとアホな。どういうことだ、秋田。Jリーグのゲームより中学生の陸上が優先とは、ライセンス、剥奪してしまえ。
いや、そもそも秋田のチームは、非常に荒いので有名である。ストーミングというスタイルとされているが、なんのことはない、ラグビーみたいなサッカーなのだ。長いボールをポーンと蹴って、必死に走って追いついて、相手にタックル決めて吹っ飛ばし、そしてロングスローに飛び込んで頭で合わせる。こんなものをサッカーとは呼ばない。
アンチフットボールと呼ばれて他チームからバカにされ、軽蔑され、嫌われているのが秋田のサッカー。もっと酷いのが栃木のサッカーで、表面だけ真似して笑われているのが相模原のサッカー。
肉弾戦が前提だから秋田の選手はみんなガチムチだ。
戦術はというと、全力で走って全力で相手にタックルかまして、疲れたらどんどん選手を交代するという。
しかも芝生が深い。これもボールが転ばないようにしているためで、要するに選手や監督だけでなくスタジアムそのものまでもが嫌がらせのようなチームなのだ。ホームでの勝率が異常に高いのもそのためである。
こんなチームを相手にするのだから、まずオレたちが心配するのは選手が怪我をしませんようにということだ。ああ、それなのに、案の定、若手の三戸が大けがだ。
顔面にまともにボールを食らって不自然に首が折れ曲がり、前のめりに倒れてしまった。プロレスでも、ラリアットを受けて後ろに倒れるのは問題ないが、前方に崩れ落ちるのは危険とされている。三戸の倒れ方はまさしくそれだった。
脳震盪で済めば御の字。最悪、頸椎がやられたのでは。
そんな倒れ方だったので戦慄し、激しく心配した。結局三戸は担架で運ばれ、その後救急車の音が聞こえたと言うから病院に直行したのだろう。
だがゲームは、急きょ代わりに出場することになった本間至恩が超絶テクのゴールを決める。至恩は三戸という子分ができたのが嬉しくて、最近は先輩風を吹かせて喜んでいる。その可愛い後輩が病院送りにされたものだから激おこプンプン。血だるまにされた吉村道明のタッチを受けて憤怒の表情でリングに飛び込んだアントニオ猪木が乗り移ったかのようだった。
しかも後半には、これまた途中出場の矢村が狭いところをきっちり抜いて追加点を決める。至恩が前半46分、矢村が後半88分という、どちらも絶好の時間帯で、振り返ってみれば暴力チームの秋田をがっつりと力で押さえ込むのに成功したゲームだった。
ドラゴン桜の言うとおりである。
これで京都、磐田にきっちり勝ち点1点差。1試合でころっとひっくり返せるポジションだ。オレたちは再びここから突っ走るのだ。
2021.06.20
池袋のサンシャインシティは、そこそこの人出だ。
顔なじみの洋服屋のお兄ちゃんに、だいぶ客が戻ってきたんじゃないのと聞いたら「前を歩く人は増えましたけど、売上はダメっすね」と渋い顔。
「なにしろまず飲食が先で、アパレルは最後ですから」とお兄ちゃんはため息をつくのであった。
確かにその通りだ。衣食住で、衣は後回し。まずは食なのは当たり前だろう。その食でさえも青息吐息なのだから、アパレルが厳しいのは火を見るより明らかだ。
困ったものだ。
昨日の日記はなんと4000文字以上も書いてしまった。原稿をほったらかしで何をやっているのだ。その反省から、今日の日記は短く終了。
2021.06.19
今日は辻堂へ行った。
どういうわけか今月は土日に仕事が入っていて、先々週は田町、先週はあやうく大阪日帰りのところリモートに切り替わり、来週も土曜日はリモートインタビューだ。
辻堂は藤沢の先。大きくいうと湘南だ。サザンがサーフィンしたとかベルマーレの大野は上越の恥だとか、そういう湘南の一角が辻堂だ。
10年ほどまえ、住友商事に話を聞いたら「辻堂を再開発してるんです」と言ってたけど、まさにその言葉どおりに辻堂は生まれ変わっている。あのしょぼかった北口に大きなショッピングモールができて、ちょぼちょぼのにぎわいを見せているのだ。しょぼからちょぼへの大出世だ、辻堂。
この湘南あたりには仕事でちょくちょく足を運ぶのだけれど、なにしろ遠いのにはまいってしまう。徒歩を入れたら2時間みておかないといけないものなあ。なにしろ横浜からでも30分近くかかる。まるで大宮まで30分の桶川みたいなものだ。
仕事を終えて、地元の駅に帰ってきて書店に寄る。ぶらぶらと見てまわり「ミュージックマガジン」を買う。
レジでカバーも袋も要らないといったら、なんと裏表紙にお買い上げのしるしに真っ赤なシールを貼られた。
令和どころか、東日本大震災以来、そんなメに遭っていないので仰天する。ついぶち切れそうになったが、最近のオレはいかに穏やかに穏便に平穏に過ごすかをテーマにしているので、ムッとしたまま押し黙っただけでやり過ごした。勝手に人の雑誌にテープを貼るんじゃねえ。商品に対する会社としての姿勢が知れるわ。
「ミュージックマガジン」は昭和歌謡ベストソングス100(1970年代編)という特集である。
かつて「ミュージックマガジン」は「ニューミュージックマガジン」と言って、主に洋楽それもロックを取り上げていた。時に民族音楽などにもリーチするけっこうとがった雑誌だった。それが今では昭和歌謡だ。
筒美京平特集もやったしアイドル名曲100みたいな特集もやったし、要するにオレたち世代に向けてすり寄る企画が多い。そりゃあ紙の雑誌を買って喜ぶなんて、こういう世代だけだもんね。YOASOBIだとかなんとかみょんだとかよりも、麻丘めぐみの歌が聴きてえよというおっさんの財布を開かせるには格好の企画。これぞマーケティングだ。
しかも上白石萌音の昭和歌謡カバーアルバムの発売に合わせた完全タイアップみたいなもので、販売部数を稼ぎつつ広告出稿もしっかりケット。営業と編集が全力でつくりあげた「ミュージックマガジン」だ。頑張ってるなあ。
さてその70年代昭和歌謡ベスト100であるが、トップは何でしょう。けっこう気になるよね。
結果発表です、というかオレはダウンタウンの小さい方が高い声で絶叫する「結果発表〜!」を聞くと虫唾が走る。あれが聞こえるだけでテレビを消すほどだ。
いや、そんなことはどうでもいい。昭和歌謡だ。
ちなみにこのランキング(なんとベスト200まである!)は音楽評論家とミュージシャンの投票で決定したそうだ。ほほう、なかなか権威があるじゃないか。と思ったら選者はわずか34人だったそうで、権威もへったくれもない偏ったものなのだった。
さて、結果発表である。
1位「また会う日まで」、2位「喝采」、3位「真夏の出来事」、4位「木綿のハンカチーフ」、5位「勝手にしやがれ」。どうですか、これ。
ちなみにそれ以降のめぼしいところでは6位が「君は薔薇より美しい」、9位「ざんげの値打ちもない」、16位「魅せられて」、18位「わたしの彼は左きき」といったところ。
19位の「みずいろの雨」も意表を突くが、一番の驚きは3位の平山三紀だよね。いやいや、一番びっくりしたのが「あの鐘を鳴らすのはあなた」が200位にも入っていなかったことだ。もしやこれは70年代ではないのではないかと思ってググってみたが1972年の発売だった。
どうして200位にも入っていないのだ。批評家の選出ということで、そのへんの素人とはちょっと違うんだよオレたちという自意識が表れているのかもと思ったけど、上位を見ればちゃんとスノッブというか、しっかり俗っぽいし。不思議だ。
興味深いのはそれぞれの楽曲の解説で、例えば「私の彼は左きき」では「彼氏の利き手エピソードを最大限に膨らませ、それ以外のプロフィールには一切触れず見事に逃げ切っている」と作詞の手抜きをおちょくりつつ、「王道のアイドル路線でありながら、歌に食われていない妙な落ち着きが麻丘さんの魅力」と鋭く分析してみせる。いやはや、これは慧眼。
ほかにも13位「異邦人」については「国産のワールド・ミュージックの洗練の極みということじゃないだろうか」、32位「そして神戸」は「地方都市のキャバレー、ナイト・クラブといった昭和のイメージがこれほど似合う曲もない」、39位「林檎殺人事件」では「ノワール映画の導入部かと思うほどの心情描写を排し、ナンセンスなのにギリギリ男女の恋歌と思えてしまう作詞術には脱帽するしかない」など、どの解説も抜群の切れ味。
82位「昭和枯れすすき」に至っては「不気味なほど今、リアルに響く歌詞」と、おおっ、確かにと唸らされるほどの鋭さだ。
これらの楽曲解説を繰り返し読んでいるだけで、裏表紙にテープを貼られた記憶もすっかり飛んでしまう、充実の時間を送ることができる。
さらに選者それぞれの個人的ベスト25とともにコメントが語られていて、これが実に味わい深い。
ある選者は沢田研二「君をのせて」が100位にも入っていないのに「仰天した」と絶叫し、そして「ハードオフで見つけるたびに際限なく買い足し、カラオケでは最低3回は歌う至高の名曲なのに」と偏愛ぶりを明かす。別の選者は「もっとも衝撃を受けたのがこの曲だった」と1位に中条きよし「うそ」を挙げ「なんで、折れた煙草の吸い殻で嘘が判ってしまうのか、こんな呪縛的な歌詞はない」と、こっちこそなんでと聞きたいわというコメントを寄せている。
さらには「それがなきゃいい人なのに〜と口ずさみながら三輪車に乗っていた」と幼少期の思い出を明かし、最近になって「その歌が麻生よう子の『逃避行』であることを知った。さぞ特大ヒットしたに違いないと思いきや、オリコン週間最高32位だった」と、昭和歌謡と自分の距離感について絶妙の語りをする選者もいる。
そして当然のことながら「ミュージックマガジン」片手にYouTubeで昭和歌謡を聴きまくって、こうしてオレの週末は過ぎていくのであった。
「これは経費で落ちません!8」青木祐子・集英社文庫。シリーズ8作目。思いもよらず長いシリーズになったなあ。頭を使わない軽い小説が読みたいと手を出したところ、思いのほかに面白く、しかもシリーズを追うごとにぐんぐんと作者が腕を上げてくるのがわかって、今のところ夢中で読み続けている。NHKのドラマも見た。
縦糸に主人公の恋愛物語を、横糸に経理的視点でのビジネスと会社のあれこれを織り込んだ小説だ。舞台は石鹸メーカーといういかにも地味な日本的土壌の中規模企業。DXなんかもとことん遅れていて、経理の仕事も電卓にExcelだ。その遅れぶりが小説にリアルさの味付けをしている。
読んでいてあれっと驚くのは、横糸のお仕事軸である。出張費のごまかしといった小さなネタに終始するのかと思いきや業者を巻き込んだ不正経理や社内の派閥争い、さらには化粧品メーカーに対するM&Aなど、実にリアルな話が繰り広げられ、ビジネス小説としても十分だ。ちなみに今回はM&A後の組織統合、いわゆるPMIが描かれている。異なるカルチャーの組織の、一方が吸収され、一方が飲み込まれてしまったその後について人事や業務のあれこれが、小さな摩擦衝突を織り交ぜながら描かれている
。イレギュラーを絶対に受け入れないという行動原理がぶれない主人公は意外に冷酷で、仕入れ業者を巻き込んで不正を働いた社員をばっさり切り捨てる。不正の理由が子どもの病気のためという同情すべきことであっても、ばっさりと退職に追い込んで、その後どうなったかにはまったく関心を寄せない。離婚するらしいという噂を聞いても、もう関係ないという冷たさだ。
こうした冷たさがあるがゆえ、変な人情もののドラマに落ちないで済んでいる。子どもの病気のためだから人間として不正は見逃そうという甘さなど、現実の社会ではあり得ないからだ。こうした厳格さがこの小説を単なる甘ったるいお仕事小説にとどめておかない。
一方で縦糸の恋愛物語については、主人公の経理部員と営業部員の関係が主。尊敬する上司が実は社内一の美人の広報課長とドロドロの不倫関係という痛いネタをからませてくるあたり、恋愛物語といっても一筋縄ではないのだ。
営業部員が大阪へ異動になってしまったため、この巻では遠距離恋愛ということになる。そのちょっとした隙を突いて乱入してきたのが元カノ。この元カノと営業部員が会って食事してしまったため、経理部員の心は激しく乱れる。不正社員は冷酷に切り捨てるが、彼氏が元カノに会うことに対してはただおびえるのみだ。そしてこの元カノが、宣戦布告のように面会を求めてきて、二人は和食料理屋で対決する。この食事の場面ではマウントを取られ、取り返し、そのつど心は激しくアップダウンする。その心理描写の見事さには、電車の中でうなってしまったわ。
この作者、他の作品はそんなに面白くないのに、このシリーズだけ抜群に面白いんだよね。
難点を言うとすれば、物語が転がるにつれて登場人物が増えすぎてしまったことか。
もちろんキャラクターの書き分け、人物造形はきちんとできていて、例えば主人公がたまに立ち寄るデパ地下の寿司店の板前というちょい役でさえも、“声がいい”という一点だけで見事にキャラを浮かび上がらせている。その筆力には脱帽だ。
だからキャラが多くなっても混乱せずに話についていけるのではあるけれど、ぼちぼちそれも厳しくなってきた。もちろん途中の巻から読んだら、何が何だかさっぱりわからないはずで、第一巻から読み続けてきたオレでも、さすがに人物相関図が欲しくなってきたほどである。
このあたりの登場人物の整理を、ぎりぎりのラインでどこまで描き続けられるか、気になる。
年に1回の刊行。次回が楽しみだ。シリーズものでこんなふうに次作が待ち遠しいと思わせてくれるのは「市立高校シリーズ」「真行寺シリーズ」とこの経理シリーズぐらいである。
2021.06.18
村松友視「私、プロレスの味方です」は、プロレスとの距離の取り方について真面目に書かれたおそらく最初の本で、理論的支柱を求めていたプロレスラーたち、特にブランド好きのアントニオ猪木は、著者が文藝春秋社の編集者ということもあって、大変に喜んだものだった。
一方で多くの文化人や評論家は「そんなことはオレだってとっくにわかってた」という、実にわかりやすい嫉妬心からこの本に冷たい視線を送ったのだった。
プロレスを表現芸術のようにとらえて切ってみせたこの一冊は衝撃的で、大変な話題となった。大学生だったオレももちろん衝撃を受けたわけだが、今でも強烈に記憶に残っているのは「金返せコールは恥ずかしい」というくだりだった。
プロレスに限らずどんなエンターテインメントでも時に会場から「金返せ」コールが起きる。だがそれは、カネを払った分に見合うだけの価値をすくい取ることのできなかった、観客自身の見る目のなさを恥じるべきなのだ、ということが書かれてあった。
ううーむ、そうか。
世間ズレしていない純粋な青年(←オレね)は、以来、どんなにしょぼい試合であろうと、どんなに弱いレスラーであろうと、何か得るものが絶対にあるはずだと思って目を凝らすようになった。そしてそれはプロレスに限らず、映画や本に対しても同様で、どんなクソつまらない本でも一つはいいところがあると思って学ぼうとしたのである。立派ではないか、青年(←オレね)。
まあ、要するに「モトを取る」という、当たり前のことなんすけどね。
ああ、それなのに。
今日は久々に、なんというか、ぶん投げたくなる本を手に取ってしまった。払った金に見合う価値など到底見出すことのできない本に遭遇してしまったのだ。
エゴサーチで著者がここを読む可能性を否定できないからオレはあんまり罵りたくない。だがその気持ちを抑えることすら難しい駄本だ。カネを払ったからオレは客。そして客の権利として言う。駄本だ。
「取材・執筆・推敲 書く人の教科書」という本だ。4月26日の日記にも書いたように、この本を見かけたのは京橋の八重洲ブックセンター。
「100年後にも残る文章読本の決定版」と帯にあって、こりゃまた大きく出たなと驚いて手に取ったのだが、ぱらぱらめくった本文に「乱読が大切」と書いてありながら帯に「この一冊だけでいい」と大書してあったのにずっこけて、こりゃダメだと平台に戻した一冊だった。
それでも読んだのは、昨日に続き今日もヒマだったからである。
ヒマだったからオレは隣町のジュンク堂書店に行き、そこで並べられていたこの本を手に取った。そしてヒマだからなあ、こういうのでも読めば何かの役に立つかもなあと思って、3300円も払って買ってしまったのである(ついでに青木祐子のお仕事小説2冊も一緒に買った)。
そしてこの三冊をもってそのままコメダ珈琲で読書だ。読み始めてすぐに気づく。やっぱり駄本だったと。3300円損したと。
「書く人の教科書」と大上段であるように、これはプロのライター向けの本である。著者はビジネス書などの編集著作でベストセラーを連発している人だから、そのノウハウには、帯がどうであれ、多少なりとも傾聴すべきことが書いてあるだろうと思ったのである。甘かった。
帯でずっこけたように、本文でもずっこけの連続なのである。
例えば本の構成を百貨店のフロア構成に例えて、1階が魅力的でない百貨店には客が入らないのと同じように導入部分がつまらない本は読んでもらえないと諭してくれる。当たり前すぎる。あるいは行き先が表示されていないバスには誰も不安で乗ってくれないように、結論が明示されていない本は誰も手に取ってくれないと教えてくれる。
全編この調子。
な、アホだろ? 陳腐だろ?
百貨店に例えた説明のところではご丁寧にも「ぼくが考えるデパート理論」とえばっている。小学生か、この人。
自分の文章を推敲することは大事で、それには一晩寝かせて読んでみましょう、と書いてある。念を押すがプロのライター向けの「書く人の教科書」で、さも重要な秘伝のように明かされるノウハウがこれだもんなあ。
文章の構成を考える練習として7ページにもわたって「ももたろう」の童話が掲載され、さあ、ここからどの部分を捨ててどの部分を残すか、考えてみましょうと記されてあったところでは、気でも違ったかと思ったわ。
これで3300円!
ブックオフで200円で買ってきた「稼ぐライターの仕事術」にあった「ライターに個性は要らない」「個性的な文章はタブー」のほうがよっぽどストレートな指南だ。
リズムのよい文章の書き方についても19ページも費やして「自分が気持ちいいと思うリズムで書いていくしかない」と記しているが、840円で買った新書「20歳の自分に受けさせたい文章講座」の「文章のリズムは論理的展開によって決まる」の一言のほうがよほど本質的だ。
繰り返すが全編この調子。
コメダ珈琲で読み始めて10分でうんざりして30分で激怒したオレは、3300円も払ったのだからというただそれだけの理由で修行だと思い最後まで読んだ。後半はとほんど飛ばし読みだったが、文章量は多くても中身がすっかすかの本なのでそれでも十分だった。
どんな本であれこんなにも口汚く罵ることはしたくない。そんな自制さえあっさり崩壊させるほどの破壊力だ。よくもまあこれを「文章本の決定版」と自慢しながら「書く人の教科書」と題して売るもんだわ。
少なくとも文章を書いて食べているプロが読むに値する本ではない。なめるな
なおAmazonのレビューでは絶賛か酷評のどちらかというのが興味深い。本を書いて生活している同業の人が「看板に偽りあり」として「5年以内には忘れられるのではないか」という強烈な皮肉を飛ばしているのには笑ってしまった。
2021.06.17
父の運転するクルマの助手席に座って「3日も休むとうんざりだなあ」「まったくだ」と会話したのは、30歳頃の正月休みではなかったか。
オレはまだ若く、父もまだ現役だったのだろう。長い休みになるとどう過ごしたらいいかわからず、時間を持て余したものだった。
今はそんなことはない。いくらでも休めてしまう。
例えば今日なんてどういうわけかぽっかりあいた一日。午前中に原稿を1本仕上げたらもう予定が終わってしまった。
土日に仕事が入ることもあれば平日にすることがないこともある。それがフリーランス。気楽な商売。珍しいことではない。だから予定が終わってしまったら、残りの時間は呑気に過ごす。
とはいうものの今日は天候が不安定で、にわか雨が二度三度。最近のお天気アプリの精度はすごくて、ウェザーニュースのアプリからは「もうすぐパラパラと降り出します」というアラートが来て、だいたいこれがドンピシャなのだ。
今日も「パラパラきます」と知らされて慌てて洗濯物を取り込んで、そして30分後に再び干してということを繰り返す。まったく落ち着かないことで、これではいくら仕事がないからといっても出かけるわけにはいかない。もちろん出かける先などないのだが。
読書の気分でもなかったので、AmazonPrimeで映画を観る。「グリーンブック」だ。黒人のピアニストと白人のドライバーに芽生える友情を通じて1950年代の南部アメリカにおけるレイシズムの冷酷さを描いた作品。けっこう話題になった映画だ。
窮地の黒人に温かいハートの白人が手を差し伸べるという典型的な「白人の救世主」的描写に批判が殺到した作品だった。「グリーンブック」の白人はイタリアからの移民で、そういえばあの「ロッキー」も主人公はイタリア移民の白人で、敵役のチャンピオンが黒人であることが批判されていたような。
アメリカのそういう根深い人種問題はよくわからない。おかげでハリウッド映画では主人公サイドには必ず黒人が必要だし、女性も必要だ。「アベンジャーズ」はその典型。最近では中国資本が制作費を出しているので、チャイナもヒーローチームに入っている。「アベンジャーズ」ではドクター・ストレンジのお師匠さんがチャイナか。
そのうちSOGI、LGBTQな人もヒーローチームに入っていないと叩かれる時代になるのかしら。面倒だな。多様性を認めるのは大切な価値観であるけれど、行きすぎると実に窮屈というか不愉快というか。時には一神教のような極端な原理主義こそ心地よいのではとさえ思ってしまう。
「グリーンブック」は、そういう人種問題は別にして、実に面白い映画だった。おじさん二人がぐだぐだ過ごすシーンが微笑ましいし、何よりもオールディーズなアメリカンの音楽が全編に漂っていて、それが心地よかった。アメリカ人には難しいかもしれないけれど、オレたちは単純にハートウォーミングなほのぼの話として楽しめばいいと思う。
洗濯を慌ただしく干したり取り込んだりしながら気がつけば夕方。珍しく中身のあるメールも一通も来なくなって、オレは世界にただ一人取り残されてしまったのかと不安になる。
外の空気を吸いに、家の前に出てみる。不動産屋が客を案内していた。
家の前にある葬儀会社の移転が決まったようで、その空いた場所の見学に来たようだ。
ここにはちょっとした敷地の倉庫が建っており、オレが引っ越してきたときには何かの物流会社の拠点があった。そのため日中はパートのおばちゃんたちがごそごそと荷造りをして、トラックがピッアップに来ていた。平日にもそうやって人の姿があって視線があれば、それは治安にもつながるだろうから、娘がまだ1歳だった我が家にとってもなかなかいいことだなと思ったものだった。
その物流会社が数年後には移転して、何も予告もなく、ある朝突然に家の前に「ありがとう そしてさようなら」というでかい看板が立ったのには腰を抜かした。葬儀屋だった。
何しろ朝、玄関ドアを開けると真っ先に飛び込んでくるのが「ありがとう そしてさようなら」である。まいったなあと天を仰いだものだった。
だが実際に葬儀屋が引っ越してきて営業を始めたら、それはそれでありかもしれないなと思うようになった。斎場ではないので目の前で葬式があるわけではない。どこかで葬儀があるとなったら祭壇とか花輪とかの用具を一式積み込んで、黒いスーツの人とともにマイクロバスが出て行くのである。時には霊柩車がおごそかに出入りしていた。
あくまで仕事だからまるで湿っぽくも陰気でもなくて、働いている人たちは当たり前に笑顔で花輪を片付けたりしている。だから普段からけっこう人目がある。
しかも葬儀関係ということで何となく悪さをしづらい雰囲気もあって、これはこれで犯罪抑止というか防犯につながっているのかもなあと思ったのだ。
例の「ありがとう そしてさようなら」の看板だって3日もしたらもう慣れた。目には入るが、認識はしないのでまったく気にならなくなった。
その葬儀屋が急きょ移転することになったようで、先日来、引っ越し屋らしきトラックが出入りし、荷物廃棄の産廃業者もやってきて、とうとう「ありがとう そしてさようなら」の看板も撤去されてしまった。
当初は目にするたびにうんざりさせられた看板だったが、今ではすっかり慣れ親しんでしまった。なくなってしまったらぽっかりと落ち着かず、「さようなら」も「ありがとう」も言わずに突然行ってしまったのねとオレは捨てられた女のように泣き崩れるのであった。
ネットを調べたらこの葬儀会社の親会社でM&A騒動があったらしく、その関係で拠点や事業の再編が行われたよう。その煽りで移転してしまったようだ。
かつては物流倉庫でもあったからそれなりに広い土地である。葬儀会社移転後、いったいどうなるのだろうというのは近隣の関心事。どこかのデベロッパーに売られて、倉庫が撤去された広い土地にマンションでも建てられちゃうのではないかというのは誰でも想定することだ。
大通りに面しているから10階建て以上の高いマンションも建てられるだろうし、それはそれであんまり気持ちはよくないなあ、でも法律の範囲内のことだからそれはそれで仕方ないなあ、と案じていたのである。
そんな状態だったところで、今日、不動産屋が客を案内していたのである。あれっと思ってよく見たら、表通りに面して「FOR RENT」という小さい看板が出ていた。
ほほう、ということは大家さんはこのまま居抜きで貸すことにしたのか。デベロッパーに売るのではなく。
確かに関越道のインターまで300メートルで、環八までは200メートル、都心までも目の前の幹線道路をまっすぐという立地は、物流拠点と考えればけっこういい場所だ。逆にマンションにしちゃうと、駅から徒歩17分ということで、決して高く売れる物件はできない。居抜きで物流関係に貸したほうが得策かもしれない。
というわけでこの夏の大きな関心が、この大きな倉庫のある土地にどんな会社が入居するのかということだ。
想定外にスーパーとか飲食店とかが入ってくれたら面白いけど、中途半端にトレジャーファクトリーみたいな業態が入ったらつまらない。無難に物流界連だと周囲の空気がざわつくこともなくて、いいかもしれないなあ。
そうだ、いっそオレが借りちゃって、録音スタジオ兼ライブハウスにしちゃうか。遊べるぞ。
そんな妄想を描くも、仕事が途切れて暇を持て余している現実を振り返り、ため息をつく。
にわか雨の心配はもうなくて、畑を渡る風が心地よい。その風に誘われてオレは近所の農家の庭先で、ぬか漬けのきゅうりを2本買った。自宅で漬けたきゅうりのようだ。2本で200円。安い。練馬はいいなあ。
2021.06.16
銀座に行った。昼飯時だったので、ベローチェでサンドイッチを食べる。コーヒーも飲んで600円。銀座の昼飯でこれはなかなかリーズナブルだろう。
以前銀座で働いているOLさんにランチ事情を聞いたら「とても外でなんて食べれません」と泣いていた。確かに毎日1500円だ、2000円だなんていう昼飯を食っていたら破産だろう。「いつもコンビニのおにぎりですぅ」と肩を落としていたのも納得だ。
銀座で仕事をするのもはたから見るほど楽ではない。他人には銀座でお勤めなんて羨ましいわ〜と言われるかもしれないが、当人にとってはちっとも嬉しくないだろう。隣の芝生はってやつで、まあ、人生なんてそんなことばかりだ。
リモートワークで場所の縛りはなくなったと言われるけど、オフィスがどこにあるかというのは依然としてけっこう大きい要素だと思う。銀座で働いているのと、五反田や巣鴨で働いているのはやはりイメージが違って、人の採用にも影響があるだろう。
でもこれが六本木となるとどうだろう。シャレオツだわ〜、外人がいっぱいだわ〜と喜ぶ人もいれば、なんであんな下品な街で、とげんなりする人もいるだろう。渋谷あたりも似たような反応かもしれない。
そういや以前、渋谷バレーとか浮ついたことが言われていたネットバブルの時代に、上野に拠点をおいたネット企業があった。なんで上野なのかと思ったら、みんなが渋谷に行くのであえて正反対のところにしたんですと笑っていた。確かにそれはありだなあと思ったっけ。
30年前、故郷の新潟に拠点をおいて仕事して、週に1、2度新幹線で上京しては営業に歩くというスタイルができないかと考えたことがある。まだネットは遅くて、携帯電話も贅沢品だった頃だ。原稿の納品もファクス一択。
コストや手間を考えれば、やっぱり無理だとあっさり結論づけた。まあオレが時代のかなり先を走っていたということだな。いや、結局実行しなかったのだから走ってなくて思っただけか。公約ではなくて構想ですと言い訳する立憲民主みたいなものだな、オレは。
インタビュー仕事を終えて帰ってきて、駅前のタリーズでクールダウン。きょうはもうあんまり仕事をするつもりはないので、気分的にはビールに焼き鳥みたいなものである。
石神井公園駅前のタリーズは狭い。よってそんなに居心地がいいわけでもない。立地は最高だが。
店内はいつも学生、浪人、高校生でいっぱい。参考書を広げて勉強している10代ばかりだ。その中のひとりは、なんとテーブルの上に伊右衛門のペットボトルを堂々と置いている。目くじら立てるほどではないだろうが、おいおい、飲食店でやっぱりそれは遠慮したほうがいいんじゃないかとおじさんは気になるのだった。
以上、本日のカフェ日記。
2021.06.15
「通信環境はもはやマナーの問題」という指摘がある。確かにと共感する。
先日は90分以上もオンラインの取材があったがぶつ切れの回線だったために、半分以上が聞き取れなかった。結局現地で録った音声データを送ってもらって聞き直し、対応した。二度手間だった。
今日も60分の取材中に二度三度と回線が切れて、そのつど、復帰をボケッと待つしかなかった。
もちろんよく聞き取れないときや画像が固まってしまったときなどは、その旨を伝えはする。しかしせいぜい場所を移動してみる程度の対策しかできないし、Wi-Fiのルーターを買い換えるとか光回線を別の業者にするとかの根本的な対応は無理なので、ため息と苦笑いを押し隠しながら現状でなんとかするしかない。
もちろんオレが同様の迷惑を相手様に強いている可能性もある。諦められて、終了後にため息と苦笑いを漏らされているかもしれない。
こういう“人の振り見て我が振り直せ”なところもマナーに通じる。
とはいえ、リモートでのインタビューが楽ちんなのは確かだ。今週は外出仕事が1回だけ。あとは全部自室でのリモートである。
交通費はいらないし、外食費はかからないし、カフェに立ち寄ったり本屋で衝動買いしたりといった出費も抑えられる。なによりも移動に取られる2時間から3時間がないというのは、仕事の効率を上げる上でとても助かる。
こんな具合にリモートとリアルが並行するのは、これからは当たり前になるのだろう。
という凡庸なオチしかつけられないところにオレのダメさが現れている。うーむ。
2021.06.14
先月、百合子様が記者会見で「ステイホームのためのバーチャル背景画像」を発表したそうだ。
パンダとか、レインボーブリッジとか都電とか、つまり東京都の観光名所をパソコンのデスクトップ背景に使えるようにしたというのである。
これでステイホームでも「楽しみながら生産性を上げていただくことができます」と百合子様はにっこり。
去年の暮れの「ウィズコロナ東京かるた」と並ぶヒット作である。驚異的なヒットだ。
しかも同じく去年の暮れには「都内の小中学生は医療関係者にはげましのお手紙を出すよう、呼びかけています」とも言っていた。
脱力する。まともな都知事の考えることではない。
さすがに「電車を2階建てにすればラッシュを解消できる」と本気で考えていたおばさんだ。まさか都庁の役人は本気でコロナかるたとかステイホーム背景画像に価値があるとは思っていないだろう。優秀な頭脳をこんな思いつきに付き合わせられていることに深く同情する。
なんでこんなおばさんを首長に選んじゃったかなあ。
ところで百合子様については、仰天の噂が流れている。
こないだ元経産大臣の菅原一秀が公職選挙法違反で起訴されたことの責任を取って自民党を離党し、国会議員も離職した。選挙区は練馬区である。菅原は地元ではイッシューと呼ばれており、イッシュー、オレにもメロンくれよ、などとからかわれている。
このイッシューが議員を退職したことで空いた枠に、なんと百合子様が出馬を狙っているというのだ。
あくまで噂であるが、ありえなくもないと思わせるのが百合子様の破壊力。
秋には総選挙があるからタイミングばっちり。百合子様は選挙区こそ隣だが住んでいるのは同じ練馬区。都政には明らかにやる気も興味もない。自民党の二階幹事長とは案外仲がいい。イッシューを支持していた票が宙に浮いている。
こういうことを考え合わせると、あっと驚く急転直下、都知事を放り出して無所属で衆院選挙に練馬区から出馬というのもゼロではない。その際は仲良しの野田聖子に都知事の席を讓ると約束するぐらいの交換条件はあっさり差し出すだろう。
なにしろ農家とか地主とか、イッシューを支えてきた票は浮いているから、地元のじいさんばあさんの手を握って百合子様がニコッと笑えば、「今回だけ」という言い訳票を集めることはさして難しいことではないだろう。
こうして噂レベルの話を書いていて、なんだか本当にそうなりそうな気がしてきた。いや、そうなったらけっこう面白いんじゃないか。
ついでに言えば、石原さとみが数年後に政界転出を狙っている噂もあって、あのルックスに加えて赤ん坊でも抱いて女性層へのアピールを行えば、膨大な基礎票もあって圧倒的1位で当選だろう。これを蓮舫にぶつけるというのも面白い話だ。こっちも見てみたい。
それはともかく、百合子様の国政転身大作戦。突如、オリンピックの中止を言い出して「責任を取ります」と言えば辞める大義も立つ。しかも職を挺して民意に応えたという名分も立つ。
うーん、ますますありえそうな話に思えてきた。
2021.06.13
プッチが激怒している。顔を真っ赤にし、目を見開いて鬼の形相で怒っている。怒髪が天を突くとはこういうことだろう。
そして「我々は必ずJ1に昇格してみせる」と吠えた。
それはまるでテストで赤点を取った学生が「オレはまだ本気出してないだけ」と目を剥いたり、仕事もしないでブラブラしているいい大人がヨメに愛想を尽かされそうになって「オレがその気になれば天下を取ってみせるぜ」とふんぞり返ってみせたりするのにも似ていないこともなかった。
プッチが来日して監督に就任して、J1昇格を口にしたのはおそらく初めてのことだ。それだけぶち切れたということだ。
続けてプッチは激しく審判に対して罵った。一瞬通訳がためらって変な間があったほどだから、そのまま訳すわけにもいかないほどのキツい物言いだったのだろう。
いや、プッチだけではない。オレも激怒している。
それはそれはひどい誤審だったのだ。主審は岡部。以前、レオ・シルバとラファエル・シルバの2人を退場にしてみせた大の新潟嫌いの審判だ。こいつが主審と聞いてイヤーな予感がしたら、案の定の酷すぎる誤審だ。
なにしろ中継していたDAZNの解説者がすぐさま「出てますね」と断言したほどの明らかなオフサイド見逃し。こんなものを0-0できた70分過ぎにやらかしてくれた日には、ぶち切れるのが当たり前だ。
主審も自分でやらかしてしまったことがわかったのだろう、帳尻あわせにファールの判定が甘くなり、しかもロスタイムが異例の7分。
おかげでこっちは首位から一気に3位に降格だ。重い重い、実に重い誤審だった。岡部をそのままで帰すんじゃねえ。二度と新潟の土地を踏めないようにするどころか、まず新潟から出すな。土蔵に閉じ込めろ。罪滅ぼしに田んぼの案山子として雀でも追い払わせろ。
ボランチの島田によれば、副審に「見えてなかったのか」と確認したら完全に無視されたそうだ。選手とコミュニケーションを取ってゲームをスムーズに運ぶのはレフェリーの大切な仕事。それを端から放棄したような態度に、島田はだから激怒してしつこく抗議を続けたわけだ。主審にしたってゲームを通じて終始仏頂面で選手と会話する場面もほとんどなかったものなあ。
だがしかしっ! 一番悪いのは選手どもだ。ぼけーっとしたゲームをしやがって。今季最低のゲームだわ。前半で1点とっておけば2-0で勝てたゲームだったのは、誰にも明らか。岡山なんてぽんこつチーム、まともにチャンスも作れなかったのだから、あっさり勝って当たり前だったのだ。ああ、腹の立つ。
3位になったのは仕方がない。長いシーズンだ。浮き沈みはあって当たり前だし、最終的に2位以内に滑り込めばいい。ぶっちぎりできなかったのはこちらの力不足。対策されて、それを跳ね返せる力がなかったわけだからな。
だから京都や琉球がこちらの上を行っても、仕方ないと思う。だがなっ、あいつだけはっ、磐田の監督だけは許さん。あのハゲじじいだけは。
あのハゲじじいは、新潟へ監督にやってきて、チームや選手へのリスペクトも何もないふるまいを続けてあわやJ3降格というところまで低迷させて、あげくに何の挨拶もなくあっさりと放り出して逃げてしまった。あのハゲじじいだけは許さん。試合中にもかかわらず、当時サイドバックだった安田がベンチにぶち切れたこともあったわ。
あのハゲじじいが今や磐田の監督で、こいつが例によってベンチに地蔵のように座ってひなたぼっこしてるだけなのだけれど、ガンバからレンタルでやってきた遠藤が細かな修正は全部やっているから、それで磐田は取りこぼしが少なくなった。磐田の監督は実質、遠藤なのだ。
だったらとっととガンバへ帰って監督をやってくれと思うのだが、ガンバにとっても最大の補強策が遠藤の追放だったのだから、おいそれと戻すわけにもいかないのだろう。
とにかくオレが言いたいのはあのハゲじじいだけは許しがたく、ともかく新潟は頑張ってくれということなのだ。
もっとも誤審については、こっちもハンドを見逃してもらって勝ったこともあるから、まあ、いろいろあっておあいこだよねと大人の考え方をすべきではある。ただJリーグには新潟を昇格させたくない勢力がいて、その指示で新潟を勝たせないようにしているという陰謀論があることも確かだ。
被害妄想気味ではあるが。
ヨーロッパに合わせて秋冬制に移行したい勢力にとっては、雪のある新潟、東北のチームは邪魔以外の何物でもない。昇格されて秋冬制移行に抵抗されるとやっかいだから、ずっとJ2に置いておけ、いっそJ3に落としてしまえと思われているのだ。
被害妄想か。そうかもなあ。
いつだったか首都圏に大雪が降ったとき、Nack5のパーソナリティが「10年に一度のこんな雪のために秋冬制に移行できないなんておかしい」と上から目線で言ってたことがあったっけ。あれを車の中で聞いてからこのパーソナリティが大嫌いになった。
新潟ではそんな雪が普通なのであって、観客の交通手段とか雪の落下による怪我の危険性とか、そういうこへの配慮も及ばずに「除雪すりゃいい」と簡単に片付けてしまう態度に、電波で発言する人間のくせに配慮とか想像力とかにまったく欠ける人間なんだなと呆れてしまった。
まあ、被害妄想なんだけど。
2021.06.12
たまたまテレビをつけたら、たまたまサッカーの試合をやっていた。オリンピックチームのフレンドリーマッチである。相手はジャマイカ。
どうりで今日はJリーグの試合がなかったわけだ。1つけJ3で岐阜のゲームがあったが。
「レゲエボーイズって、本当にジャマイカってレゲエなんだ」と息子が大笑いする中、ゲームをちらっと見る。ゲームがあることすら知らなかったから最初は何で再放送するんだろうと思ったゲームだった。
守備は完璧。というかオーバーエージの酒井と吉田が別格すぎる。特に酒井宏樹はワンプレーワンプレーがこの中では異次元で、見事だった。
攻撃はちょっとちぐはぐ。三苫が活きない、田中碧が活きない、旗手が活きない。要するに川崎のメンツがどうもマッチしない。従って攻撃は連携がうまくはまらず、逆に久保などの個人のスキルが目立った。
ジャマイカは、仮想メキシコか、仮想南アフリカか。いずれにせよここにフランスが加わった中での予選リーグだから、非常に厳しいな。1勝1敗1分けで、得失点差勝負に持ち込めたら御の字。現実は2分け1敗で敗退だろう。
あるいはひょっとしてフランスに番狂わせのジャイキリを決めてみせたのに残りの2試合であっさり負けるとか、いかにも日本がやりそうな展開だな。
いやいや、それよりオリンピックが開催されるかどうか。開催されても連中がやってくるかどうか。
オリンピック期間中はテレワークしなさいという49日間のテレワークデイズというのが発表されて世間は激おこ。オリンピックのために仕事をするな、オリンピックのために経済をストップしろと言ってるわけで、もうダメだなあ、この国は。
さすがに先祖代々子孫歴々自民党支持のオレでも、今の政権には愛想が尽きかけている。
「緊急配備」松嶋智左・新潮文庫。シリーズ2作目。このシリーズの特徴は、アラサーの女性の副署長が主人公というところだ。独身。特に優秀なわけでもないが、真面目にコツコツ仕事をしてきて、結果として副署長になったという人物だ。従ってなんの取り柄もなく、判断ミスや失敗もする。今回の第2作でも、警察署の中で右往左往するだけで格別の活躍をするでもない。その姿に共感を覚える。比較的新しい作家で、1作目同様、けっこう面白い。田舎の警察署全体を巻き込んだ騒動が起きて、解決するという話だ。プロットもしっかりしている。課題は登場人物が多すぎてちょっと混乱してしまうことと、話を途中で急ぎすぎてしまうところか。キャラクターを整理してその背景も含めて人物をもっと丁寧に書き分け、話の進め方にもっとメリハリをつければ、この作家はかなり成功するのではないか。元女性白バイ隊員という異色の経歴の作家である。
2021.06.11
ちょっと前の日刊スポーツにこんな記事があった。
オリンピックの大会運営スタッフのディレクターの日当は42万円。それなのに一般募集した時は日当約1万2000円。つまり42万円-1万2000円を、パソナがピンハネしているという記事だ。中抜き率、なんと95%。
パソナの利益は前年比1000%、つまりなんと10倍でまさしくコロナバブルの焼け太りというわけだ。
しかも人材派遣はパソナにしか発注できないという契約になっているらしく、国会でそれを質されても丸川珠代は「書類を見せられない」というばかり。こんなむちゃくちゃな契約で税金が使われているのに、その根拠となる書類を国会で見せられないとはなあ、おい。
パソなり会長はご存じ竹中平蔵。「民意は間違う」と堂々吐いたあの人である。そりゃあ何が何でもオリンピックをやろうとするわけだ。
日刊スポーツだから情報源は朝日新聞。どうしてこの問題を、マスコミはもっと大きく扱わないのだろう。とんでもないむちゃくちゃがまかり通っているじゃないか。
オレも一枚噛ませろ。い、いや、そういうことを言っているのではない。
こんなバカバカしいことが堂々とまかり通るって、日本は本当に三流底辺国になってしまったのではないか。
東南アジアとかアフリカとかかつての共産圏とかでは、空港で賄賂を渡せば税関はフリーパス、警察に止められたら袖の下で何事もなくスルーなんてオレたち日本人は笑っているけど、今やそれが日本になってしまったのではないか。笑われてるのはオレたちじゃないか。
2021.06.10
星野珈琲の店員が「アイスコーヒーとカフェオレとホットティーとフルーツサンドイッチで、以上でよろしかったですか」と言った。星野珈琲はドトールが運営するアッパーブランドのコーヒーショップである。
店員の言葉を耳にしたナオコちゃんはオレに向かって「今の言葉遣い気にならないの?」と鋭く切り込んできた。ナオコちゃんはオレのイトコである。
安い下請けライターではあってもまがりなりにも文章を書いて40年間メシを食ってきたオレに対して、日本語の乱れを嘆いたのだろう。だがオレはちっとも気にしない。スルーする。そうナオコちゃんに答えた。
実際、この程度のファミレス言葉、コンビニ言葉にいちいち目くじらを立てていては今の時代、穏やかに生きてはいけぬ。現場で20代前半の若者たちと一緒に仕事をしていると、もっととんでもない言葉遣いに遭遇するのだから。
例えば顧客に向かって堂々と「もう既にお伺いになっていらっしゃるると思いますが」と口にするのを隣で聞いたときには腰を抜かした。言い間違いではない。敬語のつもりだったのは明白である。
だからといって後で、さっきの言葉遣いは、などと親切めかして注意したところで、うっせえうっせえうっせえわと薄笑いが返ってくるだけである。
もはや「これも必要だったりとかします?」の「だったりとか言葉」程度は日常茶飯事だ。見て見ぬふり、聞いて聞かぬふりでスルーするのが場を荒立てない大人の知恵というものだろう。
最近特に耳に触るのは「ところ」という言い回しである。
「そうしたいところですが、そこは金額的に厳しいところなので、こちらで妥協したいところなんです」とかだったり、やたらと「ところ」を使う言い回しが増えている。たいへんに耳障りである。だがいちいち指摘したところで鬱陶しがられるところである。
もっともこの日記を読んでもらってもわかるとおり、オレ自身の言葉遣いだってろくなもんじゃないし、誤字脱字上等な文章しか書けない。よくこれで食ってきたものだと呆れられても何も言い返せないことぐらい、自覚している。だから若者言葉に対して上から偉そうに言うのは恥ずかしいという思いがあるのも確かである。
2021.06.09
今週発売された「サッカー批評」はアルビレックス新潟が大々的に取り上げられているので一読の価値がある。
オレは発売日の朝、書店に駆け込んで買った。電子書籍だったらその二日前から買えたのだけれど、やっぱり紙の本を手に取って読み、そしてずっと手元に置いておきたいと思った。
表紙が本間至恩。この一枚を見ただけでオレと息子は「大宮戦で自ら2点目を取った直後、仲間に“もう1点取りに行くぞ、上がれ!”と檄を飛ばしているところ」とすぐにわかった。さすがである、オレたち親子。
アルビレックスはいいとして、この号で興味深い記事の一つが「バーベキューはNGなのか」。
サッカーではよくあることだが、長いシーズン中に調子を落としてなかなか勝てなかったり、連敗が続いて打開策もみつからなかったり、あるいは降格の崖っぷちだったり、逆に昇格のかかった大一番前だったりすると、チームではバーベキューが行われる。お約束だ。
果たしてこのバーベキューに意味はあるのか、という記事である。
結論から言うと、選手が自主的に開催するバーベキューは効果があるが、チームが主催して行うバーベキューはむしろ逆効果、ということだった。
なるほど。
確かに職場で勝手にやる飲み会は盛り上げるけど、会社に言われてやる忘年会や新年会は案外つまらないというのは、誰もが実感する。バーベキューもこれと同じということだろう。
バーベキューなんてもう何年もやってないなあ。子どもが小さいときは夏になると盛んにやったものだが、大人になるともうめんどくさい。準備や片付けがひたすらめんどくさい。
よく一緒にバーベキューした学生時代の仲間たちも、ある時期から「もう温泉にしようよ」と言い出した。
それでも時々あの空気感が懐かしくなって、夏の空の下で肉を頬張りながらビールをごくごくと飲むのもいいなあと思ってしまう。たまにはそんな夏も楽しみたいものだ。
2021.06.08
一気に暑くなって真夏日となった午後、梅雨はどこへ行ったのだとつぶやきながら飯田橋まで出かける。
飯田橋っていうのは不思議なところだよ。皇居まで歩けるほどの都心部で地下鉄4路線にJRが交わる交通の要所でありながら、場末感が全面に漂っている。誰かと久しぶりにメシを食おうと約束して飯田橋で待ち合わせるのは、オレぐらいのものだろう。誰だって「えっ、なんで飯田橋?」と警戒するわ。
そんな飯田橋との付き合いは長く、もう30年以上もなんだかんだと足を運んでいる。その30年間、まったく垢抜けないのだからある意味で根性座ってるわ、飯田橋。
そして飯田橋といえば「鳥よし」であるが、もう2年以上、足を運んでいない。随分とご無沙汰だ。おっさんの憩いの場だったから、コロナはきっと堪えただろうなあ。
飯田橋のベローチェ(広い!)でアイスコーヒーを飲んで一息ついて、文庫本を読む。そして約束の時間になったら立ち上がるのだった。
インタビューを終えたら相手から「久しぶりに大人と話をした気がする」といわれて、ど、ど、どいう意味だろうと動転し、「こっ、光栄です」と意味不明の反応をしてしまったことを悔いつつ、コマちゃんと一緒に有楽町線で帰る。
本来なら「鳥よし」に寄るところだが、まあ今は無理だな。
2021.06.07
「大人っていうのは」。風呂の中で彼はそう言った。一緒に入浴しているのは叔父。小学四年生の彼は、その叔父の背中を洗ってやりながら言ったのだ。
「大人っていうのは、面の皮だけじゃなくて背中の皮も厚いんだな」。
風呂から上がった叔父は、おかしくてしょうがないという顔で、そんな会話があったことを教えてくれたのだった。
あれはもう50年近くも前のこと。それなのにオレは鮮明に覚えている。
少年は落語も得意で、座布団を重ねて「えー、それでは一席」と寄席のマネをしていた。
そんな昔のことが思い出されて、オレはただひたすらやりきれない思いばかりをアルコールとともに飲み込んでいる。
彼の家を訪ねた時、パジャマ姿の彼は中学生のオレに向かって「僕もう5歳だ」と自慢気に片手を開いて差し出したっけ。そんな思い出ばかりがしとしとと降ってくる。
2021.06.06
田町に行った。日曜日なのに仕事である。ありがたい話だ。オレは働くのだ。老骨に鞭打って。
どういうめぐり合わせか、今月は日曜とか土曜とかの仕事が多い。これはサッカーばかり見ていないで仕事しなさい、貯金残高が厳しいんでしょ、と神様が言ってるに違いない。
出かけたのは田町の海側、つまり港南口。ここらあたりに足を運ぶのは2年ぶりぐらいだな。駅を出て右手に東京工業大学があるのは以前と変わらないが、左側が大きく変貌していたのにはびっくり。以前建ち並んでいた古い飲み屋群が姿を消し、巨大な高層ビルが出来上がっていた。
昼飯時だったのでここでなにか食べようと考え、ビルの中に潜入する。
1階はけっこうなレストラン街だ。あちこちの店先でランチメニューを見比べる。日曜だというのにランチも充実しているぞ。
前を歩いていたおばさんが、ここはおいしいのよと言って中に入っていったのを見て、オレもそうかそうかと続いて入っていく。海鮮や肉料理もある、和食の店だ。とんかつを食べようと思ったところ、時間がかかると言われる。オレの一番頭にくるパターンだ。だったら出すな。少なくともメニューにそう書いておけ。
だが最近のオレは穏やかなものである。では生姜焼きを、とおとなしく別のメニューに切り替える。ふと隣のカウンターを見ると、お兄ちゃんがアジフライ定食を食っている。おお、うまそうではないか。失敗したなあ。大きめのアジフライが二匹も。
確かにメニュー見たときに気になってはいたのだが、アジフライ定食ってだいたいアジは一匹しかなくて物足りなく思うんだよね。ところがここは二匹ではないか。うーむ、アジフライ定食にするんだった。最初からメニュにそう書いておけ、と思ったが穏やかな人柄へと変身したオレはおとなしく生姜焼き定食1000円で我慢する。
まあ、普通だった。飯田橋駅前の居酒屋「鳥よし」の昼の生姜焼き定食850円と何ら変わらなかった。もっとも生姜焼きなんてだいたいそんなもんだしなあ。
本当にこのあたり、汐留から品川シーサイドにかけての湾岸エリアは大きく変わった。ここ田町でも芝浦あたりはタワーマンションが林立し、かつての港湾労働者の町といった風情は一変。田町の駅前も、以前は小汚い焼き鳥屋が並んで、仕事を終えたブルーワーカーたちがホッピーを飲んでいたものだった。
品川の港湾口にしても以前はなにもない最果ての地という雰囲気だったのに、今や最先端のオフィス街である。
バブル前、ここには東京中日スポーツの社屋があって、サラリーマン時代のオレは仕事で何度か足を運んだ。品川駅の薄暗くて長い通路を延々と歩いてやっと改札を抜けたと思ったら、そこは茫洋とした港湾地帯。なにもない広場にぽつんとタクシーだけが停まっていたりして、オレはとぼとぼと歩いて東京中日スポーツに向かったっけ。
その後、バブルの嵐が吹き始めたと思ったらこのあたりはジュリアナ擁する最先端のおされゾーン。ボディコンワンレグの姉ちゃんたちが嬌声を上げて朝まで踊り狂ったのであった。あの頃の姉ちゃんたちも今では還暦あたり。時の流れに身をまかせ〜などと過去を懐かしんでいるだろう。
そんなふうに40年近く昔のことを思い出しながら、オレは田町の港湾エリアを歩く。梅雨の湿っぽい空気をはらんだ潮風が漂っていて、そんな生ぬるさがこの街の景色となる。
2021.06.05
8時になったら帰りましょうということで「かえるちゃんボスター」。
百合子様の打ち出した次の一手がこれ、「8時だよ、全員帰ろう」キャンペーンだ。「8時にはみんなかえる」というコピーの大書されたポスターを片手に百合子様は、ご満悦である。
そして「諸外国では8時に家でご飯を食べないお父さんは離婚される」とも。
さすがに本気で殺意が湧いたわ。
去年のコロナかるた、今年の灯火管制にも呆れたが、なんだよ、これは。これが首長のやることか。税金いくら使ったのか。
繰り返すが、殺意が湧いたわ。
さすがにここまでひどいとは思わなかった。
ネットでは「知事を変えるポスター」などと揶揄されている。オレは笑いの段階を通り越した。オレたちはどれだけ愚弄されなければならないのか。
オレと同じくきっと選手たちも怒り心頭でいささか冷静さを欠いてしまったのだろう。アルビレックス新潟はヴァンフォーレ甲府相手に引き分けてしまった。
90分にわたってゲームを圧倒しながら、信じられないようなミスを2つやってしまって、その2つのミスが失点に結びつくという間の悪さ。「魔が差した」とはこのことだ。
差されたのは、中途半端なバックパスをかっさらわれて失点を招いてしまったゴメスと、ゲームを終わらせるチームマネジメントに失敗したプッチ監督。
最終盤、あと10分を塩漬けにする必要があったのだが、そのために打ったスリーバックの手が失敗した。特に左のペナ前で体を張って相手の侵入を防いでいたゴメスが退いたのは悪手。そのスペースを使われて、失点してしまった。
まあ、これは結果論で、仮に逃げ切っていたら、プッチ監督のおかげでスリーバックが成功したということになったわけだ。
これまでアルビレックスは負け試合を引き分けに持ち込んだこともある。だから勝ち試合を引き分けに持ち込まれることだってある。そんなことを繰り返して長いシーズンは進んでいくのだから、一つひとつの結果にうろたえる必要はなく、今のまま進んでいけばいいのだ。とオレは選手に言うのである。
問題があったとすれば、やはり百合子様だ。百合子様のせいなのだ。やはりあのおばはんは許してはならないと思う。
ワクチン接種を政治の道具にしつつある今の政府にも殺意が湧く。
それにしてもワクチン接種のために「会場の下見に来た」とか「キャンセル待ちを狙った」とか言いながら湧いてくる高齢者はどうなってるんだ。なんでわざわざ電車に乗るかねえ。あげくに「早くカラオケに行きたい」だもんな。
待ってれば必ず順番が回ってくるんだから、おとなしく家で待ってればいいのに、なんでわざわざ慌てて出てくるかなあ。じいさんばあさん、じっと待ってろと、家族は言わないのかなあ。言っても、言うこときかなそうだもんな。
2021.06.04
マリノスサポーターに会ったら泣いていた。
「ボスがいっちゃうんです」
ボスとは監督のポステコグルーのことである。シーズン途中だというのにスコットランドのセルティックから声がかかって、どうやら移籍が本決まりらしいのだ。
「ううう」とマリノスサポーターは肩を震わせるのである。
マリノスは一昨年リーグ優勝したが、それを率いたのがポステコだった。名将なのは間違いないだろう。
だが監督というのは風のようにやってきて風のように去っていくものだ。アーセナルのベンゲルが異例なのである。
ポステコだってさっさといなくなるのは当たり前。泣いても戻っては来ない。諦めろ。
とマリサポにいいながら、こちらの胸もざわざわする。いうまでもなくプッチである。アルビレックス監督のアルベルト・プッチ・オルトネダ。
4年かけてチームを育て上げ、ついにJ1に昇格したと思ったら、その思い出を置き土産にすたこらさっさと浦和へ逃げ出していった徳島のリカルド・ロドリゲスの例がある。オレたちのプッチも、来年とっとと移籍することも十分あり得る。
怪しいのは、例えば神戸あたりだ。バルサで長い間仕事をしたプッチが神戸から「イニエスタの最期を看取ってやってくれないか」と言われたら、きっと断らないだろう。新潟のことなんか忘れて「コウベは美しい都市デス」なんて笑顔で移籍しそうだ。
なんてこった。
だが移ろいゆくのがサッカーの宿命。同じチーム、同じ戦いは二度とない。はかないものなのだ。そんな虚しさゆえにサッカーは美しいのだ。
だからマリノスサポーターも、ポステコグルーのことは美しい思い出としてしまっておけばいい。封じ込めておくんだよ。
そういいながらオレは、横浜国際総合競技場でこれに勝てば優勝という大一番でマリノスを2-0とあっさり粉砕し、Jリーグ最多記録となった満員のスタンドをシラけさせ、チームに大恥をかかせた2013年のアルビレックスのことを思い出すんじゃないぞと、念を送ったのだった。
あのゲーム、懐かしのレオ・シルバが走り回り、懐かしの東口が鬼神のゴーストップを連発する。そしてゴール前に詰めていた懐かしの川又があっさりを先制点を叩き込んだっけ。なぜか自分の前にゴールがこぼれてくるのが、川又の一番の得意技。あの瞬間のスタジアムの絶叫は忘れられないわ。
そして終了間際に、今度は懐かしの鈴木武蔵がダメ押しの2点目をぶち込む。2-0。あの瞬間の横浜市全体を覆ったシラけた空気は忘れられないわ。
ここに書いた選手は今やすべてアルビレックスにはいない。そしてこのときマリノスを率いて満座の前で赤っ恥をかかされた監督の樋口は、今や琉球の監督で先日アルビレックスと戦って負けてしまった。
かように監督いうものは移ろいゆく存在なのだ。だが新潟は永遠の天敵という事実は、琉球の風となった樋口にとって変わることがないだろう。
2021.06.03
大学生のYくんが自分で作ったという音楽を聴かせてくれた。
おっ、ヒップホップか。
「そっす」
でもゆっくりしたリズムのヒップホップだねー。
「そっす、チル系っす」
おおそうか、チル系か。いいねえ、チルってるねえ。
「そっす、チルってるっす」
チルとは“ゆったり”とか“まったり”とか、そういう感覚を表す若者言葉だ。おじさんおばさんたちは、覚えておくといいよ。
そんなことを思い出しながら今日は銀座に向かう。ちょっと急いでいたのでいつもの銀座一丁目駅ではなく、丸ノ内線の銀座駅で降りた。
銀座は、そこそこの人出である。以前のような感じまでは戻っていないが、だいぶ増えてきた印象だ。
いいねえ、銀座。歩くだけで気持ちのいい街だ。というか、歩く以外の過ごし方を知らないが。
チルっと仕事を終えて、帰りは銀座一丁目駅から電車に乗る。チルっと座れるのがいい。
20歳代へのワクチン接種について百合子様が前向きだという報道があったが、記者の質問に対して「専門の先生からはそれも選択肢の1つであると伺っています」と答えていたようだ。どれだけ嫌々なのかがよくわかる言い方だ。
若い世代が言うことを聞かないから気に食わないのか、自分で考えたことじゃないのが気に食わないのか。おそらくその両方なのだろう。
困ったもんだ、百合子様には。女王様じゃんね。
と思ったら、新宿区長が「20代にも接種を」と発言したことに対して80代のじいさんがテレビで「ふざけんな、若い連中なんかじゃなくて高齢者に打て」と怒っていた。
やれやれ、どうして「オレは後でいいから、若い人たちに打ってやってくれ」と言えないかねえ。
夜、サッカー日本代表とオリンピック代表のゲームを見る。強化試合相手に予定されていたジャマイカが来日できなくなって、代わりに急きょ組まれたゲームだ。
だったら中止すればいいものを、スポンサーとテレビの手前、そういうわけにもいかないのだろう。
迷惑なのはオリンピックチームで、突然、ゲームを命じられて明らかに準備不足の状態でモチベーションの上がらない試合をしなくてはならなくなった。あげくに、力不足とかやる気がないとか、さんざん叩かれている。
確かにつまらないゲームだった。なんの緊張感もないし、テーマもないし。オレは途中で見るのをやめてしまったよ。
そしてこういうのをチルい試合というのであります。おじさんおばさんたちは、わかりましたか。
2021.06.02
3日続けての本郷通いも今日が最終日。例によって帰りは東大の前を歩いてわたった。
3日間にわたって学生たち(東大ではない)にいろいろインタビューしたけれど、みんな賢くて誠実。オレの若い頃と大違い。当たり前か。
いまの若者たちはすごいなあ。
こういう若者たちに、高齢者の命を守るためと言い訳して自粛を強いているのだから、まったく申し訳ないことだ。
蒸し暑くて、いろいろ歩いて、汗をかいたので家に帰ってすぐに風呂に入る。ボサノバギターを聴きながらだ。
浴室に置いてあるのはJBLの小型のスピーカー。湯船にドボンと落としてもまったく平気な防水仕様だ。こいつにスマホからBluetoothでAmazonMusicを飛ばす。
その日の気分に合わせるわけだが、最近はボサノバかハワイアンが多い。やっぱり春から夏に移りつつあるからな。
ガットギターやウクレレのナイロン弦の柔らかい音が耳に心地いいわ。
風呂から上がってビールを我慢して炭酸水を飲みながら、一仕事。たいした仕事ではないので、サクッと片付けるのだ。
ついでに月初なので先月分の銀行の入出金を記録。預金残高の減り具合に愕然として目がうつろになる。
居酒屋とおるちゃんが、頑張って営業してきたけど心が折れたのでしばらく休むとSNSに書いていたけれど、タイミング的に事業税とか消費税の振替納税とかにやられたのではないかしら。気持ちはよくわかる。
こんな世の中に誰がした。オレたちか。
2021.06.01
本日も本郷に行った。帰りは東大の裏側、根津に回った。
根津は落ち着いた風情の、いい街である。路地にある米屋のおばあちゃんが、店で炊いたご飯のおにぎりを売っていたりする。一個130円。
そ、それはいいのだけれどっ、こっこのあたりは、はぁはぁ、坂道が多くていっ息が切れる。ぜえぜえ。久しぶりにネクタイを締めたらシャツの首周りがきつかったし、コロナの運動不足でロコモ寸前のオレにはこの坂道はきっ、きっ、厳しい。
そもそも東京は坂道の多い街だ。
越後平野のど真ん中で育ち、坂道といえばイコール山道という認識しかなかったオレは、上京したときの東京の坂道の多さには仰天したものだった。
もっとも坂道というのはなかなか絵になるのであって、眺めている分にはとてもよろしい。例えば曙橋から河田町にかけての坂道と石段のある風景は、地中海のシシリー島のような風情だ。行ったことがないのでまったく適当だが。なお行ったことがないのは地中海の方であって曙橋とか河田町はよく知っている。
渋谷なんかは谷底にある街だから、周囲を坂道に囲まれている。道玄坂に宮益坂。思い出すのは青山通りにつながる坂道に「金王坂」というのがあって、学生時代、この坂道に架かる歩道橋の文字「金王坂」に誰かがいたずらして点を打って「金玉坂」にしてしまったことだ。
あれには笑ったなあ。あんな危険な場所に、命がけのいたずらだっただろうに、誰がやったのだろう。
しばらくの間「金王坂」は「金玉坂」として放置されていた。
そんなことを思い出しながら本郷から根津の坂道を眺める。ぜえぜえ。少し痩せなければ。ロコモやフレイルはやべえぜ。サルコペニアにでもなったら大変だ。
ぜえぜえ言いながら家に帰って、すぐさまシャワーを浴びる。夏はこれが気持ちいいのだ。
風呂上がりのビールはぐっと我慢して、かわりに炭酸水。サントリーのレモン炭酸だ。窓を開けて黄昏時の風を浴びながら少しばかり仕事をして、その後、晩飯とともにビールを飲む。
飲まなきゃ痩せるのに、飲む。困ったものだ。
家にはナショナルジオグラフィックの定期購読の継続請求書が来ていた。ナショナルジオグラフィック、略してナショジオは、dマガジンでも読めるのだが、息子が特に頼むので紙の雑誌で毎月送ってもらっている。(なおヨメの両親には文藝春秋を定期購読で贈っている)
息子たちのZ世代には、なぜかナショジオが強く支持されている。ブランド力は相当高い。SDGs的なナニモノかが彼ら世代の感性には響くのだろうか。デジタルではなくて紙で読むことを強く求めるところにも何か意味があるような気がする。
ナショジオの年間購読費1万円。JAFの年会費4000円よりよっぽど価値があると思う。
ちなみに息子は右手で紙のナショジオを読みながら左手で図書館から借りてきた参考書を読んで独力でPythonをマスターし、自分でコロナ感染者予測のプログラムなんかを作って遊んでいる。「プログラムはうまくいったけど設定値を間違えた」とかでおかしなグラフになったらしい。プログラムについてはPythonよりC+のほうが面白いそうだ。
DAZNでサッカーを見ながらノートパソコン叩いてプログラム書いて、スマホで動かして見せてくれる。先日は軽くTOEICを受けたら950点で「満点じゃなかった」と軽く悔しがっていた。軽々といろんなものを乗り越える、その軽さが今の世代。
今の若い世代にとってプログラミングのスキルなんてもはや当たり前のことになりつつあるのだろう。ローコード、ノーコードの時代である。やっぱり世界はものすごい速さで進んでいるようだ。
坂道をうろうろしてぜえぜえしている昭和生まれは、そのスピードに目を白黒。
2021.05.31
久しぶりにあったイイダくんが開口一番、「あれえ、太ったんじゃね?」と目を細くする。うぬぬ、ああ、そうとも、そのとおりだ。だが悪いのはオレじゃない。コロナだよコロナ。
オレは言い訳をする。
だからというわけではないが、帰りは少し歩こうと考え、一駅とばして東大の前を通った。なにしろきょうの仕事は本郷。ついでだからと徘徊だ。
朝から一日働いたので、けっこう疲れている。クールダウンしようと思って、本郷三丁目のドトールに入る。交差点の向かいにはスタバがあるが、ここはドトール一択だ。
ドトールというのはフランチャイズだから、オーナーによってクオリティにものすごい差がある。先日ドトールでバイトしていた人に聞いたけれど、ドトールで働いている人自身、別のオーナーのドトールに入ると「なんだこの店は」と愕然とすることがあるそうだ。フランチャイズってそんなものだよね。
まあ、それはいいんだけど、ドトールはWi-Fiが安定してないのが困っちゃうよね。よく切れる。切れるたびに認証が必要になる。それがけっこう鬱陶しい。
とはいえ、パソコンを持ち歩いてそのへんのカフェでインターネットに接続して動画も平気で見られるなんて時代が来るとは、昔から思えばびっくりだよな。まさしく未来がやってきたという感じだ。
今から30年前、モデムを使ってアナログ回線でピコピコやっていたことを思えば夢のよう。300bpsが1200bpsになったときは、なんて速いんだとぶったまげたものだった。
そういやあの頃、通信回線なんてこれで十分と言ったのはビル・ゲイツではなかったか。テキスト通信しか想定していなかったわけだ。まさか出先で動画なんて、想定外もいいところだった。
本郷三丁目のドトールはけっこう広くて明るい。場所柄か予備校生らしき子が参考書を広げているのが目につく。頑張れよ、受験生。
人生の黄昏どきを迎えんとするおじさんがエールを送る。いやいや、まだまだオレもたそがれないぞ。
家に帰り、シャワーを浴びてひと仕事。夜はそば焼酎の炭酸割りだ。
11時を過ぎてから、風呂上がりの息子と一緒に昨日のアルビレックスのハイライトを観て、それからプレミアリーグのハイライトを見る。マンチェスター・シティのアグエロのプレーに腰を抜かした。
シティといえば、デブイラネである。いや、デブは必要だ。デ・ブルイネだ。
ときたら、やはりロストフの14秒であろう。そこでロシアワールドカップの日本対ベルギーのダイジェストを観る。何度見返してもこのゲームは最高だ。
2-0で日本が勝っていたというのに、後半ロスタイムのラストプレーでついに3-2とひっくり返されたわけだが、サッカーで一番盛り上がるスコアであるのに加えて後半だけでベルギーが3点、しかもロスタイムで決めるという、これ以上ない劇的な展開だった。
ダイジェストを見ながら息子と分析をする。
やっぱり後半早い時間で2-0になったことが最初のつまづきだ。1-0ならば慎重に塩ゲームにしただろうし、もう少し遅い時間、例えば70分を過ぎてから乾の2点目が入っていたらベルギーもさすがに諦めただろう。
だか2点目が早すぎた。その前のゲームで日本はあえて負け試合を選ぶという卑怯なことをやって叩かれていた(あれは最高の戦術だ)ので、続けて塩試合はできないという心理は間違いなくあった。まだまだ日本はナイーブということだ。
以前の体験が伏線になっていたというのは、例の本田のコーナーキックも同様で、前回の南アフリカ大会のフリーキックでヒーローになったことが頭にあったからこそ、あの状況であろうことかキーパーにパスするようなコーナーキックを放ってしまう。すぐ近くで香川がショートコーナーを待っていたのに。オレにとっては本田こそが最大の元凶。
反対にベルギーは見事だった。パンチングではなくてキャッチを選び、アンダースローでデ・ブルイネの足元に丁寧にボールを転がしたキーパーには既に数手先の展開が見えていた。受け取ったデ・ブルイネは驚異のスピードで持ち上がる。ボールタッチは大きくて約10m。山口蛍に「飛び込んでこいよ」と誘いかける大きさのタッチで、それに魅入られたかのように蛍は棒立ちだ。
そして右にデ・ブルイネが完璧なパスを通すと同時にルカクが大きく反時計回りにゴール前に侵入する。この時ルカクは首を振って、左を駆け上がるシャドリに対して「見えているぞ」というサインを送っていたというのだ。
これがあの神のような「ルカクのスルー」の伏線となる。
右に蹴り出したデ・ブルイネのボールに対峙するためにルカクを捨てざるを得なかった長友は、一瞬オフサイドトラップを考えたものの、万一失敗したときのことを考えると恐ろしさのあまり踏み切れなかった。
結果、猛然とゴール前に突撃することのできたルカクは、世界中が驚いたスルーを見せて、そしてシャドリが難なく決勝点を流し込む。
直後に大映しになった西野監督の呆然とした表情が、あまりに想定外だったことを示す。まあ、こんな見事なカウンターをアドリブで決めてみせたベルギーはすごいわ。
本田はショートコーナーを蹴るべきだった、長友はルカクのマークを捨てるべきではなかったと、ダイジェストをリピートしながら息子と論じ合う。いやあ、何度見返しても語るべきことのわいてくるゲームだ。
だが気がつけば時計は24時。げげ、明日も早いのだ。朝からまたもや本郷なのだ、オレは。
慌ててオレは布団に潜り込み、そしてルカクのスルー、ルカクのスルーと念仏のように唱えながら眠りについて、今年の春は終わったのであった。
2021.05.30
先週は首位陥落という大惨事に意気消沈だったわたくしであるが、きょうは見事に首位奪還。再び意気上がるわたくしなのだった。
きょうの相手は琉球である。つまり沖縄のチームだ。
アウエーの場合、こちらは年に一度の沖縄旅行の気分で出かけられるが、琉球にしたら隔週で本土へ出張するわけだからきつい。それがたたったか、3月4月とずっと2位だったのがここへきて急降下。3位になってしまった。
なんとかここで踏みとどまって昇格圏へという思いなのは痛いほどわかる。
だがこちらも首位奪還に燃えるのだ。にっくき京都に奪われた首位を取り戻すのだ。
その執念が勝って見事に琉球を逆転勝ち。しかも引き分けだった京都を追い越して、再び首位だ。ようし、このままずっと突っ走るのだ。これがめでたくなくて何がめでたいのだ。街はお祭り騒ぎである。
お祭り騒ぎなのは選手も一緒だ。
ロッカールームで吠える。笑う。有料の会員サービスがあって、それに加入するとロッカールームの様子が見られる。勝利したあとのその様子は格別だ。
選手たちが喜んでいる姿を見るとこちらもハッピーになれる。選手たちは、サポーターが喜んでいる姿にハッピーになるのだろう。やっぱり勝利というのは、そんな最高な関係を作ってくれるのだ。
最高じゃないのは(ここで話は一転するのだが)、都民と首長の関係である。百合子様は今度は「都内の会社は20時まで」と言い出した。言うだけでいいんだから楽ちんな仕事である。
先日はコロナが収束しない理由を問われて「人出が減らないから、飲食店が営業しているから」と都民のせいにした首長様である。次は企業のせいにするつもりなのだろう。
言うまでもなく20時以降も社会が機能しているのは20時以降も働いている人がいるからであって、交通機関とかセキュリティ関係とかメディアとかのわかりやすい業種だけでなく、例えばコンピュータの保守運用を支えている人たちのことなんて想像もつかないのだろう。昼に安全に電車を走らせるために夜中に保線作業をしているなんて考えたこともないのだろう。
思いつきで「会社は20時まで」と口走るとは、さすがは電車の本数を減らせば通勤ラッシュがなくなると本気で考えたおばさんだ。
こんな無能の極みの首長を、いったい誰が選んだんだ。もちろんオレたちである。とほほ。罵れば罵るだけ、天から唾が降ってくるのだった。
2021.05.29
幼稚園での初日、隣のイスに座っていたYくん。息子とは小学校も一緒だった。
そのYくんと息子が小学校6年生の時に教室で取っ組み合いの喧嘩をしたという。クラスの誰も止めに入れないぐらい、激しい喧嘩だったそうだ。
「何が原因だったっけ」
「もう忘れたなあ」
「だよなあ」
「きっとどうでもいいようなことだったんだよ」
「間違いない」
と大笑いするYくんと息子。大人になった二人がそんな昔話をしながら楽しそうに過ごしているのを見て、男の子の友情っていいなあと、ちょっと感動してしまう。
2021.05.28
久しぶりに井の頭線に乗った。息子が大学に合格した日にちょっとだけ乗ったけれど、渋谷からちゃんと乗ったのは何年ぶりか。ひょっとしたら十年以上ぶりかもしれない。
副都心線の渋谷駅から井の頭線の渋谷駅までは、もはや迷路である。迷宮である。オレが渋谷をウロウロしていた頃の面影はまるでない。40年前のことだからそれも当然か。
井の頭線の改札あたりも激変している。昔はしょぼい改札だったのになあ。
もっとも井の頭線の電車そのものは依然としてしょぼくて、ほとんどバス。家々の間をとろとろ走るのだった。
息子は大学の部活に行っている。その校舎を電車の中から眺める。時々は足を踏み入れたいなあと思っているのに、それもかなわない。仕方ないが。
それにしても講義はオンラインとリアルが混在しているから、空いている教室でPCを立ち上げてオンライン講義を受け、次のコマにはリアルの講義を聞くというのは、やっぱりなんだかおかしいよなあ。
オレが向かったのは永福町。車ならウチから30分程度だが、電車に乗ることも運動だから、あえて倍以上の時間をかけて電車で移動した。駐車料金ももったいないし。
医療関係者にインタビューする。
高齢者からワクチンを接種したのはとんでもない愚策だったと非難していた。20代、30代が活動するから感染が広がっているのであって、まずその世代に先に接種すべきだったと。経済活動の担い手でもあるし。
その論にはオレも全面的に賛成だ。
自民党への票を逃がしたくないから高齢者から先に接種することにした、若い世代は選挙に行かないし、というのはネットでの噂。
先生、もうワクチン打ったんですかと聞いたら、打ちましたようとの返事。腕が痛くて3日間車の運転もできませんでした、と笑っていた。
ふーん、腕が痛いという副作用はよく耳にするな。利き腕に打つのはやめた方がよさそうだ。
取材を終え、本来なら帰りに渋谷の井の頭線ガード下、いまの学生ふうにいえばマーク下で焼き鳥屋に突撃し、うまいにホッピーと行きたいところなのだが。
梅雨間近の曇天の夕方は焼き鳥日和なのだ。
探せば潜りで営業している焼き鳥屋も見つかるだろうが、おとなしく帰ることにする。
帰りのルートは吉祥寺経由でバスだ。
吉祥寺駅のバスターミナルに並んだらちょうど目的のバスが出てしまったあとで次が20分待ち。急ぐわけではないから、灯火管制で暗くなった吉祥寺駅前の街並みを眺めながら次のバスを待つ。
夜のバスって好きなんだよ。特にこうして吉祥寺から練馬という武蔵野の郊外の寂しい道をとろとろと走るバスに乗っていると、なんだか時間を超えて飛んでいくような感覚になる。
マンションの灯りや家々の屋根を眺めながら、のんきにバスに乗って家に帰るのだ。
2021.05.27
企業でも産業医とかがワクチンを打てるようにするというのは、とてもいいことだ。若い人たちが心配なく働けるので、経済が回るからだ。
正規・非正規の差が出て騒ぎになりそうだが。大企業だけじゃんと言われそうだが。
新宿区長が、若い世代にもワクチンを打つべきだと発言したのもいいことだと思う。ただ「これから夏に向かって若い人たちはお酒が飲みたいという気持ちを抑えられなくなっている」と理由を述べたのには、仰天したが。
いや、心配なく勉強に打ち込んでもらえるように、仕事に取り組んでもらえるように、と言うべきだろう。それも次の世代への投資なんだし、「若い世代の1年は高齢世代の10年にも相当する」ぐらい言えばかっこよかったのに。
もっともこの発言を確認しようとネットを調べたが、当該部分だけ抜け落ちていた。うーん、オレの思い違いなのかなあ。
打ち手の足りないことが問題になっている。注射を打つのは開業医にとって既得権益みたいなものらしく、それを守るために医師会が歯科医や救急隊員も打てるようにするのを妨害していたという話は、本当かよ。
医療崩壊と騒がれながら開業医はヒマだヒマだと鼻をほじっていたことを思うと、医師会ならやりそうだなと感じる。やっぱり医師会の会長がガンだったか。
大阪市が日給10万5000円でワクチン接種のアルバイト(医師限定)を募集しているというのは本当か。そんなカネがあるなら、崩壊中の医療現場で汗を流している人たちに支払うべきではないのか。
非常時だからスピード勝負。とにかく打てる手は打って、走りながらアジャストさせていけばいいのは確かだけれど、駅前でPCR検査キットを配るとか、やっぱりいろいろとおかしなことが起きているんだなあ。
2021.05.26
たぶん今は過渡期だろうなあと思うのが、請求書についてである。
一部上場企業から個人事業主まで、オレの取引先は本当に多岐にわたる。仕事が終わってそれぞれに請求書を出すのだが、そこにけっこう取引先の顔というか事情が透けて見える。
多くの場合はオレの固有の請求書を郵送して終わり。名のある一部上場企業がオレみたいな請求書を受け付けてくれるかと思っても、何の問題もなかったりする。
最近ではPDFを送れば郵送は不要というところも多い。それでも印鑑は必要だが。
一番進んでいるところでは、すべてがWebで完了する。
発注書も請求書もすべてWeb。内容を確認して、こちらが承認をクリックすれば終了。まったく手間がかからず、間違いも発生しない。切手代も不要なら投函の手間もなく、受け取った封筒を開いて確認して付け合わせるという労力もいらない。
実に合理的で素晴らしいことだと思う。こういうのをDXというのだ。
一方で「見積書→発注書→請求書→受領書」という流れをすべて紙で行わなくてはならないところもある。もちろん郵送だ。しかも独自書式だからこちらの住所名前は手書きまたはゴム印(!)が必要である。まさに昭和だ。
こうした違いは企業規模の大小に関係なくて、会社のカルチャー次第。最後の例などはドメドメの日本の大企業なので、いかにも日本型というか形式主義というか、柔軟性に欠けるというか。
いずれこうしたやりとりはすべてWebで完結するようになるだろう。そうならない理由がない。要は踏み切るかどうかだけだと思う。
先日請求書を出した相手先は、くどいほど金額や発注番号などを確認させられ、何重にもチェックする仕様になっていた。実に手間がかかり、請求書一枚を送るのに煩わしいことこの上なかった。
注意書きをよく読めば、これはどう考えても不正取引で痛い目にあった経験からきているのだろうと思われる。たぶん発注窓口の社員と外注先がグルになって、キックバックの架空取引の袖の下の、ということがあったのだろう。
お察ししますと心の中でつぶやいて、オレは何個も印鑑を押したのだった。
2021.05.25
最近はリアルでの対面インタビューの方が比率としては多くなってきたが、それでも依然としてオンラインでのインタビューも少なくない。必然的に出かけることなく、自室で過ごすことになる。
楽ちんだ。とても楽ちんなのだ。
だが行動範囲が狭くなると視野も狭まるのは事実で、やはりあちこち出かけて行動して、いろんな人に会って話をするというのが健康的なんだなと改めて感じる。
そんなことを考えながら、ふとそういえばコロナ対策かるたというものがなかったっけと思い出す。あったよな、コロナ対策かるた。
正確には「コロナ対策東京かるた」といった。
「な」仲間とは オンライン乾杯 いまふうさ
「そ」ソーシャル・ディスタンス とれば安心 安全ね
「か」帰らない 両親のため 地元には
「ひ」ヒカキンも 今はオススメ ステイホーム
自宅での時間を楽しく過ごすため、ということでつくられたそうである。何だったんだ、これは。これで本当に遊んだ人っていたのだろうか。
馬鹿馬鹿しさでこれと並ぶのは、8時になったら照明を消す灯火管制とレイボーブリッジを赤くしてアラートにしたというやつだな。電車を減便したら混雑しちゃったというのも同類か。
そういやヒカキンの番組に小池百合子が出るという、いかにもな演出もあったっけ。かるたの「ひ」は、いかにも都の職員が都知事におもねってご機嫌を取った雰囲気がただよっている。
まあ誰にとっても初めてのことだし、手探りで進める中で、うまくいったこともあれば失敗したこともあるし、的外れなことだってあって当たり前だろう。そこはぬるーく見ようではないか。
と思ったら、なんと練馬区がPCR検査キットを無料でばらまくと発表し、本当に駅前で配っていたのにはびっくりした。
地元の駅前の、いつもはストリートミュージシャンがサックス吹いたり、国境のない医師団がビラを配ったり、区議会議員が演説していたりする場所に長机が4、5本並べてあって、そこに高齢者を中心に5、6人が行列している。そして区役所の職員らしき人たちが通行人に呼び込みを行っていた。
簡易検査だから、唾液を入れて郵便局から送り返すという方式だ。一件送るごとに700円ぐらいの送料が受取人払い、つまり税金が使われる。なんとも無駄遣いだなあ。
これで陰性だとわかった、ああよかったと一安心して買い物に行ける。陽性だと判明したら、わあ大変だと驚いて医療機関に行く。そういうことなのだろうけれど、今さらそれをやってどうするのかなあという気もしてくる。
現場の人たちは一生懸命にやっているのだからあんまり目くじらを立てることもないだろう。少なくとも「コロナ対策かるた」よりはマシだと思う。
それにしてももうさすがにオリンピックを中止するには、遅すぎるだろう。このまま突っ込んでいくのだろう。ちょっとみものだね。
「哀愁の町に霧が降るのだ」(上・下)椎名誠・新潮文庫。巻末の解説を読んでいたら急激に永沢光雄が読みたくなった。永沢光雄は大好きなライターだった。1980年代後半にエロ雑誌にアダルト女優のインタビューを連載し、それをまとめた「AV女優」という分厚い単行本が発刊された。新宿の紀伊國屋書店でそれを見かけたオレは、あまりのクオリティにびっくりし、まったく知らない著者だったのに迷うことなく購入。電車の中ではとても読みづらい本だったので、家でむさぼるように読んだ。エロ本の地味な連載を見つけたある編集者が「これは大変な力作だ」と気づいて単行本にすることを提案。ところが著者はそんな本が売れるわけはない、勝手にしろと言い、送られてきたゲラの校正さえしなかった。編集者に、勝手に直してくださいとだけ答えたという。なんで椎名誠を読んで永沢光雄を思い出したのだろうなあ。昭和の無頼というか、フリーマンというか、そんな匂いを感じたのだろうか。「哀愁の町に霧が降るのだ」は、リアルタイムで新刊を読んだ。久しぶりに再読。むちゃくちゃ面白いというわけではないけれど、昭和40年代から50年代のバンカラな空気が伝わってきて興味深い。昭和はなにかと美化されるけれど、そんなにいい時代じゃなかったんだ。
2021.05.24
久しぶりに銀座に行った。1カ月ぶりである。
銀座はやはり気持ちがいい。どの店にも入らず、何も買わなくてただ歩くだけだが、この街はとてもいい気持ちにさせてくれる。
買い物なんて恐ろしくてできないわ。グシシ? ああ、グッチかよ。ヘルメス? なんだ、エルメスかよ。ブルガリとかティファニーとか、前を通っただけで身がすくむわ。それでも歩道をぶらぶらと歩くだけで爽快なのだ。
地元に帰ってきて、タリーズに寄る。コーヒーを飲みながら今さっきのインタビューをまとめちゃうのだ。オレは働き者だ。
タリーズでは2つ3つ離れた席のおっさんが、パソコンを開いてリモート会議している。でかい声で全部筒抜けだ。
「これ? タリーズの音楽だよ。家じゃ子供がうるさくってさあ」と大声で話している。
コメダ珈琲では「リモートミーティング禁止」とテーブルに書かれてあるからこういうことはない。でも駅前のタリーズではOKなのだろうか。
どこのカフェでも店内での通話はお断りのはずだ。だからリモートミーティングもNGでいいと思うのだが、タリーズは違うのかなあ。リモートワーカーの需要を取り込むことも大事なビジネスチャンスだから、認めちゃってるのかなあ。
まあいいや。オレはオレの仕事をしよう。
そういやカフェの人気投票というのが発表されていて、1位がスタバで2位がコメダ珈琲、3位がドトールだった。うーん、なんか微妙。
男はやっぱりルノワール一択でいいのではないか。スタバのテラス席でMacなんてちゃんちゃらおかしいわ。
昼寝していても怒られないルノワール。座席の間が広くて、お茶も出てくるルノワール。
もっともオレの行動範囲内にルノワールはなかなか見当たらないので、行くとしたらタリーズ、ベローチェ、ドトールの順。スタバは面倒だし高いからちょっと遠慮したくなる。なおスタバのコーヒーはまずいので有名だが、オレはコーヒーの味がわからないのでそこはどうでもいい。日本茶の味なら鋭くわかるのだが。静岡と狭山と九州の茶の味ぐらいは見分けられるぞ。いや、飲み分けられるぞ。
コメダ珈琲は仕事のときだけだ。仕切りが高いので、原稿に集中できるのである。まあコメダでchromebookを開いて原稿を描いているのも、スタバでMacと何ら変わらないか。
そんな中で最近ダントツで気に入っているのが、むさしのもりコーヒーだ。ここはクォリティが高いぞ。井荻にあるこの店へは時々行くのだが、中央線沿線の若い漫画家がネームを描いていたりする。
問題はいついってもえらく混んでいることだ。10人待ちは当たり前。だから行くなら空いている朝か夕方を狙うしかない。平日だったら最高だ。
駅前のタリーズで原稿をサクッと書き終えて、家に帰る。
家ではその原稿を読み返して手を入れる。完璧な仕事ぶりではないか。
以前こういうやり方をするためにポメラを使っていた。ポメラはポメラでよかった。軽くて簡単だし。
ただネットにまったく対応していなかったので、わざわざUSBケーブルで繋がないとせっかく書いた原稿をパソコンでいじることができなかった。そのあたりの取り回しの面倒さがわずらわしかった。面倒がわずらわしいってどんな日本語だよ。
chromebookを導入してこのあたりの問題が一気に解決した。オンラインエディターを使って、どこでもすぐに原稿が書ける。実際、この日記も実はむさしのもりコーヒーで書いている。朝だ。気持ちいいぞ。モーニングサービスが旨い。
もちろんchromebookでなくて普通のWindowsマシンでもMacBookでもいいのだが、なんつーても安いのがいいわ。本体はバカ安でソフト一式すべてタダ。セキュリティソフトまでGoogleさんが全部タダでやってくれる。もう一切合切、Googleさんに委ねてしまえばいいのだ。これは精神衛生的に非常にらくちんである。
最初はEvernoteを使っていた。クラウドサービスの話である。だが高いのと、音声データに制限があるのがなんとも苦しくて解約。Google Driveにした。
Google Driveはすごくシンプルで、使いやすい。ひたすら放り込むだけである。そしてシンプルな分、なんだか物足りなくて飽きてしまった。
そこでオレが向かったのがWindowsのOneDriveだった。これは、インタビューを録音するとすぐにクラウドに上げてくれるのが便利だった。だがUIがグダグダでとても使いづらく、利用すること自体がストレスになってしまった。
今はchromebookでオンラインエディタを利用する形に落ち着いて、オレにとってはこれがとても快適である。
特にGoogleリモートデスクトップというスペシャルな技が最強。これはGoogleのサービスで、要するに他のデバイスから家のパソコンのデスクトップがいじれちゃうという機能だ。
コメダ珈琲でchromebookを使って原稿を書いているとき、デスクトップPCの中にある昔の原稿を参照したいと思ったらすぐにその場でアクセスして開くことができる。もちろんファイルをいじることもできるので、「ちょっとあの原稿なおして」なんていう注文にも、あいよっと即応なのだ。
と自慢げに書いているけれど、こういうことはとっくの昔に当たり前なのかしら。
オレが自分で発見して嬉しそうにえばりながら自慢しているけれど、もしとっくに当たり前だったならちょっと恥ずかしい。会社づとめでないからこういうところの情報交換ができないというのは、一つのハンディキャップなのだ。
まあよい。
ここまで書いたから勢いに乗って書いてしまうが、オンラインエディターはWriterというのを使っている。最初はグーグルドキュメントだった。だがこれは安定してサクサク動くものの、文字数のカウントがリアルタイムでできないという致命的な欠点がある。アドオンを入れて、時々手を止めて計測しなくてはならないのだ。
これはオレのような商売では実に面倒くさい。
そこで次にWriteboxというオンラインエディターを使った。これは画面の色を変えられたり、フォントがきれいだったりして、なかなかに気持ちいい仕様である。気分が乗って書けるのだ。
ただドキュメントの保管がいまいちよくわからず、要するにGoogle DriveやDropboxなどと連携しているようなのだが、本当にちゃんと保管されているんだろうなと疑わせるところがある。快適なエディターだから使いたいのだが、そこが残念。
それで今はWriterを使っているのだ。これはちゃんとリアルタイムで文字のカウントができるし、使い勝手はそこそこいい。ただあまり美しくなく、ちょっとモチベーションが上がりにくいのが難点だ。それでも今はこの一択。しばらく使ってみよう。
とこれを書きつつ、やっぱりWritevoxもいいなと思い直している。ちょっと再検討してみよう。
なんにせよ言いたいのは、MicrosoftやAppleの呪縛から逃れて好き勝手ができるというのは、実に気持ちがいいということだ。「でもGoogleの手のひらじゃん」というのは確かであるが、認証とかサブスクリプションとかと縁がないというだけで精神的に大変によろしいのだ。
きっとオンラインエディターもこの先、もっと使いやすくてもっといいUIのが出てくるだろう。
2021.05.23
短けえ夢だったぜ。
アルビレックスがついに首位陥落だ。
冷静に考えればおかしかったのだ。あんな田舎チームがJ2とはいえ首位だなんて。しかもきょうの相手は京都だ。千年の古都だ。ぶぶ漬けだ。百姓がいくら逆立ちしても勝てるわけなどないのだ。
ああ、短え夢だったぜ。
これからはいつもの定位置である二桁と一桁の境目あたりの順位をうろうろしながら、勝ったときは薄く笑い、負けたときも薄く笑うという、そんな程度のゆるさで遠くから薄目を開けて眺めていればいいのだ。
あっしらにはあっしらにお似合いの場所というものがごぜえます。身の程をわきまえて、目立たぬよう、日の差さないところで生きていくのでごぜえます。
身の程知らずのスポットライトが目に痛すぎた。解散だ、解散。
2021.05.22
浦和レッズが面白い。まったく違ったチームになっている。
まずはユン様だ。
デンマーク代表のフォワードで、来日してやっと試合に出られるようになったと思ったら3試合連続ゴールの早くも4得点。ケン様(杉本)の3年で6得点とはえらい違いである。ケン様はこの夏に追い出されるだろう。今はベンチにも入っていない。
ユン様の正式名称はユンカーである。
フォワードとしてすげえのはもちろんのこと、スラッとして長身で小顔のイケメンというところが浦和女子の心を震わせている。ちょっと違うが、雑にくくれば羽生結弦みたいなものだ。
そんなユン様が髪をかきあげてゴール前に佇み、鋭く点を決める。きゃーっ、ユン様ぁ〜。
しかもどうやら人間性も素晴らしいらしく、ちゃんとお辞儀しながら日本語で挨拶して、日本文化が大好きと言う。そんな人間性もますます浦和女子をつけあがらせる。
なんでもヨーロッパから声がかかったのにアジアに興味があるといって日本にやってきたそうだ。別に浦和でなくてもよかったのだが、これは浦和の強化部のヒットだ。
ユン様は明らかにボックスタイプのワンタッチゴーラー。今後当然対策されるだろうから、その時が見ものである。頑張れ、ユン様。
キーパーも面白い。鈴木彩艷である。ザイオンと読む。
日本とガーナのハーフで、とにかく18歳という年齢が素晴らしい。すでにデビュー以来3試合連続でクリーンシートだ。この世代は、アルビレックスの阿部や藤田も含めて逸材がそろっている。急に日本はゴールキーパー大国になったのだ。なんとも嬉しいことだ。
浦和ではこのザイオンが西川を押しのけ、正キーパーになりつつある。フィードの正確さはまだ西川に及ばないが、若い選手が躍動するのは気持ちいいのだ。
この他にも琉球から来た小泉とか栃木から来た明本とか大分から来た田中達也とかが見事にフィットして大活躍だ。ちなみに田中達也は新潟の田中達也と同姓同名。田中達也のお父さんが新潟の田中達也の浦和時代からの大ファンで、生まれた子供に達也と名前をつけたら本当に浦和で田中達也としてプレーするようになったという、微笑ましいというか冗談だろうというか。
ちなみに大分時代の田中達也は新潟とのゲームで田中達也に念願の初遭遇を果たし、見事にツーショットに収まっている。
何よりも大きいのは、ロドリゲス監督の存在だろう。
徳島を見捨てて、徳島を切り捨てて、徳島に後ろ足で砂をかけて、清々した顔で浦和に移籍したロドリゲス。辺境の地から首都圏への脱出に成功した男だ。一部に日本代表にどうかという声もあったくらいの知将である。
この監督が完全に浦和を別のチームに作り変えた。ファイブレーンのポゼショナルサッカーを繰り広げている。
そのサッカーは実に見事で、見ていて楽しい。さすがロドリゲス。
見ていて思うのは、柏木とか森脇のバカがいなくなった影響が大きいということだ。悪貨が駆逐されたというか。おかげでもうひとりのバカの槙野が心を入れ替えたのがありありとわかる。そりゃ柏木が追放され、西川がレギュラーの座を奪われ、興梠でさえ使われなくなっているという現状を目の当たりにすれば、危機感を抱いて当然だろう。
もともと槙野はバカなだけでそんなに悪ではない。物忘れがひどくて影響を受けやすいから、心を入れ替えるのもあっという間だろう。
そんなわけで大変身した浦和レッズが実に面白い。
あとはサポーターが心を入れ替えてくれればよいのだが、それはまったく期待できないので、ゲームはスタジアムではなくてDAZNで見れば十分である。
2021.05.21
東京工業大学に行った。もちろん仕事である。
トーコーダイ、つまり東工大といったら日本の最高レベルの理系人材が学ぶところである。そんな魔境に三流私立文系卒のオレがのこのこと出かけていって何をするのだと思われるだろうが、もちろん仕事なのでインタビューをしに行ったのだ。
インタビュー相手は大学院の学生たち。修士や博士に研究内容について話を聞いたのである。
世界でこの研究をしているのは1人だけという最先端の内容もあったりして、三流私立文系卒の還暦おじさんには大変にハードルの高い仕事ではあるのだが、それでもさらりとこなして和やかなムードで90分間も話を盛り上げるあたり、オレ様は流石なのである。
仕事だから当たり前だろと誰も褒めてくれないので、自分で自分を褒めるのだ。
国内最高峰の理系人材だから頭がいいのは当然のこと。志も非常に高い院生たちなのだ。留学生も多く、メキシコから学びに来ている大学院生は、来日3年というのに日本語がペラペラ。研究が順調なのを讃えたら「おかげさまで」とにっこり笑うなど、たいしたもんだ。
このメキシコくんに、メキシコといったらルチャ・リブレだよねと言ったら「おお、ルチャ・リブレ、知ってるですか」と大喜び。プロレスのことをメキシコではルチャ・リブレ(自由な戦い)というのだ。
メキシコくんは「日本人のプロレスラーの試合を見たことがありますよ」と自慢する。
ほほう、誰だろう。
「えーっと、確か、ウルティモ・ドラゴンといいました」
うわっ、ウルティモかよっ! すげえ、つながった。闘龍門の創始者で、本名は浅井という覆面レスラーだ。
「へえ、浅井っていうんですか」とメキシコくん。
そうか、ウルティモも、こんな若いメキシコ人が見たことがあるっていうぐらい、メキシコで頑張っていたんだなあ。というか、プロレスネタでメキシコくんと盛り上がれるなんて最高だ。世界の理系のトップクラス人材とプロレスの話ができてオレは心底嬉しかった。
東工大は大岡山にあるので、帰りは自由が丘で乗り換えて東横線に乗った。各停だから、のんびりと窓の外の景色を眺めながら走る。
祐天寺駅だ。路地が見える。
あの道を山口くんと一緒に酔っ払って歩いたっけ。こっちは日曜の午後に山口くんと一緒に銭湯へ行ったなあ。
一瞬しか見えない景色でも、たちどころにそんな思い出が蘇ってくる。山口くんは東日本大震災の前年に急逝した。オレの学生時代の一番の友人が彼だった。
いっそ祐天寺で途中下車して、しばらくそのへんを歩き回り、そして適当な焼き鳥屋でビールでも飲もうか。瞬間的にそう思ったけれど、きょうは娘を塾まで車で迎えに行かなくてはならないし、そもそも緊急事態宣言で酒が飲める店などない。
先ほどまで会っていた東工大の学生たちの姿に、あの頃の姿が重なる。オレたちもあんなふうに目線を上げてまぶしそうな顔をしていたのだろうか。
わずかばかりの心残りとともに、遠く過ぎ去る祐天寺駅を見送る。
2021.05.20
椎名誠の「さらば国分寺書店のおばば」を読んだのは1980年だった。当時オレは大学5年生。夏休みに帰省した実家で読んだ。地元の本屋で買った、その時のこともなぜか鮮明に覚えている。
椎名誠を知っていたわけではなくて、たまたま手に取って読んだらものすごく面白かったということだ。あまりに面白かったので、続けて「気分はダボダボソース」も読んだはずだ。
何が面白かったかというと、例の昭和軽薄体という文体だ。擬音をたっぷりとまぶした軽妙な口語体で、とにかくノリとイキオイでどばどばと書き連ねた感じが、とても愉快だった。
昭和軽薄体というと椎名誠がその代表のように言われるけど、本人も言っているように実はその文体で書いたのはこの2冊のエッセイのみ。その後はわりと普通のちゃんとした文体で書いている。ただあまりに鮮烈な文体だったので、いつまでも椎名誠の代名詞のように言われてしまったわけだ。たぶんそのことを本人はあまり喜んでいなかったと思う。
椎名誠本人を見かけたのは新宿の紀伊國屋書店だった。オレは新宿の会社に勤めていたので紀伊國屋書店にはよく立ち寄っていたが、あるとき本を買って帰るところの椎名誠とすれ違ったのだ。
背が高くてワイルドで、圧倒的な存在感を放っていた。
もう一度はやはり新宿。飲み屋街の並んだ新宿三丁目あたりの路上で、オレは会社の先輩たちと飲んで帰るところだった。路上で同じように酔って楽しそうに立ち話していたのが椎名誠で、そこには沢野ひとしもいたと思う。
その後も椎名誠の作品はいくつも読んだ。「ワシらは怪しい探検隊」には大笑いしたし、「もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵」の圧倒的な迫力には恐れおののいた。
だが最も好きだったのは「パタゴニア」でその次が「岳物語」。南米への旅ルポである「パタゴニア」では、ちょっと精神が崩れかけた妻を日本に残して地球の裏側に来てしまった椎名誠が、パタゴニアの激しい風の中を漂うタンポポを見て妻のことを思うというシーンがとにかく美しかった。えっと、記憶違いしていなければ、そんな場面だったはずだ。
「岳物語」では、格闘するように一緒にくんずほぐれつして育った息子が大人への階段を一歩踏み出すシーンで「ようし、いけ岳」と父親である椎名誠がエールする場面が熱かった。
「岳物語」は一度読み返したと思うけれど「パタゴニア」は再読していない。こうして書いていると、とても読みたくなってきた。
改めて思うのだけれど、実は椎名誠はとても文章がうまい。昭和軽薄体のイメージが強いあまり、口語体の簡単な文章を思いつくままに書き連ねている印象があるが、実に読みやすく、抜群のリーダビリティを実現している。これはけっこうたいへんなことなのだ。
読み返すと時々変な言い回しやおかしな構文があったりするけど、そこはスルーして、とても論理的で破綻のない文章を書いていると思う。なかなかの名文家ではないのか。
というわけで久しぶりに椎名誠を読もうと思ってブックオフで入手。
「銀座のカラス」(上)(下)椎名誠・小学館文庫。新刊が1991年というから、ちょうど30年ぶりの再読か。あのときオレは33歳で、フリーランスになって3年目ぐらいだったわけだ。ヨロヨロと、今思えばずいぶんと危なっかしい日々を送っていて、それでも何とか自分のメシだけは食えるようになっていた頃だった。事務所として借りた家賃10万円の曙橋のワンルームマンションで、時々「一人の事務所から一人の部屋に帰ってもしょうがねえだろ」とごろんと横になって眠ったりしていたっけ。そんなことを振り返りながらこの本を読む。椎名誠のサラリーマン時代を描いた自伝的小説で、いつかきっとナニモノかになるんだと想いつつもそれが何なのかすらも見つからずにもがきながら生きている20代の男の姿が圧倒的な熱量と切なさで迫ってくる。有楽町ガード下の飲み屋で一人、酒を飲みながら主人公は思う。「自分だってちっとも思いどおりにならないいくつもの夢みたいなものを追いかけては、そのカケラをついばもうとしていつもむなしくどこかに落としてばかりいる間抜けな銀座のカラスみたいなものかもしれないなあ…」。このせりふのなんとも息苦しく切ないことよ。先日の映画「の・ようなもの」に通底する味わいだ。主人公の追いかけている夢の1つが仕事で、もう1つが憧れの女性「つるちゃん」。主人公はこの「つるちゃん」のことを激しく思っていて、そしてようやく銀座四丁目の交差点で待ち合わせることができたというシーンは、とてもよかった。その前に銀座の飲み屋でこっそり働いている姿を見られた「つるちゃん」が慌てて逃げ出すところを主人公がよたよたと追いかけていく場面がある。以前読んだときになんだかとても切なく相手を追いかけているところがあったなあと考えていたのだが、この場面だったのかと、懐かしい人に再会したような感動があった。実にしみじみと読み返せたので、しみじみの勢いに乗って「哀愁の町に霧が降るのだ」も買ってきてしまったのだ。ブックオフで。
2021.05.19
夕方のニュースで、「練馬区で人が刺された」と報じられる。ん? と思って画面を見たら、大泉学園町というテロップが流れる。
ありゃ、隣町じゃん。ほぼ地元じゃん。
どうも20代から30代の女性が、腹に包丁を刺されまたまま道端に倒れていたらしい。前田橋という小さな橋の先だ。
女性は意識不明の重体とのこと。
こ、これはヤバくね? 通り魔か? 犯人が逃げて捕まっていないとしたら、シャレにならんぞ。ついに練馬区も南米並みになったのか。あわてて戸締まりを確認する。
あのあたりは完全な住宅街だ。幼稚園や小学校もあるから、このままだと明日の朝は厳戒態勢だろう。ともかく情報をと思って、地元の掲示板を見る。
しばらくして、刺された女性が亡くなったとの続報がきた。あらー、残念。どうも現場には包丁の箱が落ちていて、バッグの中には包丁を買ったレシートがあったという。
ということは。
そうである、どうやら自殺だったのではないかという話だ。石神井警察署から教育委員会にはそんな話があって、明朝は通常通りの登校を、との通知があったらしい。
どうやら自殺で決定だ。通り魔が包丁を持ったまま逃げているという最悪の事態にはならず、まずは胸をなで下ろす。
それにしても住宅街の道端で、自分でおなかに包丁を刺して自殺するって、尋常じゃないな。すぐ近くのホームセンターが包丁を買ったに違いない。地元の人なのだろうか。
何があったか知らないが、どんな闇を抱えていたかわからないが、ご冥福を祈るのみ。
近所の皆さんは、いやーな気持ちだろうなあ。夜遅くにはこの道を歩きたくないはずで、一件落着という気分ではないな、きっと。
2021.05.18
町内会費の季節になった。
今年は我が家か班の当番なので、隣近所の4軒分を集めて取りまとめる。
当番は4年に一度、オリンピックの年に回ってくる。面倒といえば面倒だが、まあ4年に一度のことだしと割り切っている。
一ヶ月100円で1年分が1200円。これが4軒まとまって4800円。
当番なので我が家が他の3軒にピンポンして集金するわけだ。
近隣とは揉め事はまったくなく、かといって親しいわけでもなく、要するに都会の良好な近所付き合いそのものなので、集金も極めてスムーズ。
ヨメがちゃっちゃと集めてくれて、オレがそれをまとめて町内会長の家まで持っていった。晩ごはん時だったので悪いかなと思ったが、会長のじいさんは「おお、こんなに早く」と喜んでいた。
以前は年に一回、町内の住人の名前と電話番号(!)が印刷された名簿が配られていた。初めてみたときは、ちょっとのけぞった。
さすがに今はありえない。代わりにマスクと携帯消毒ジェルが各戸に配られた。
そもそもこんな組織がいまどき必要なのだろうか。
町内会といえば、一度だけ興味半分で地域の集会場で行われた総会というものに出席したことがある。
内実は地元の敬老会。ばあさんが「何とかさんがアタシの悪口を言いふらしている」と愚痴を延々と述べ始め、強引に議題化しようとしたのを別のじいさんがとめ、そして続けて一升瓶とつまみが出てきて懇親会が始まったので、這々の体で逃げ帰ってきたことがある。土曜日の昼だった。
以来15年、町内会に入っていてよかったと思ったことは一度もないし、入らなければよかったと後悔したこともない。ネットでは、田舎に移住したら町内会に意地悪されてえらいメにあったという話を見かけるが、さすがにここは畑に囲まれていても東京23区。そこまで閉鎖社会でもない。
そんなだから、町内会なんていらねえよと思いつつ、抜けるなら抜けるで4軒の意見をまとめたり、町内会長に直談判したりという手続きが面倒で、今に至っている。きっとどこも同じようなものだろう。
もしかしたら大きな災害が起きたときに、避難所に逃げ込んでも「あんたは町内会じゃないからダメ」と追い返されちゃうのだろうか。そんなことを案じるが、冷静に考えればありえない話で、ますます町内会なんていらないよなあと思ってしまうのだった。
ちなみに某デベロッパーがマンションを建設するという話が持ち上がったときも、町内会は活躍した。
特に紛糾したのは駐車場についてだった。町内会の高齢者たちは、そのマンションに併設される機械式の駐車場というものがどうしても理解できなかったのだ。半地下の二段式で、車の出し入れの時だけぐーっと持ち上がる例のヤツね。
持ち上がって2階建てぐらいの高さになると聞いた高齢者たちはたちどころに沸騰。排気ガスがもろに噴きかかる、2階の部屋がのぞかれると、大変な騒ぎになった。
「いや、だから普段は地下にあって、出し入れの時だけに」とデベロッパーの設計担当者がいくら説明しても収まらず、結局翌週にわざわざ建築模型を用意して再度説明することになった。
その際も収容台数が50台と聞いて、ばあさんが「ごっ、ごっ、50台!」と悲鳴を上げて会場は再び阿鼻叫喚。どうやら50台の車が四六時中家の周りをぶおんぶおんと走り回ると思ったらしい。そもそも関越自動車道のインター脇に住んでいて何を言ってるんだか。
結局そのマンションは駐車場の台数を減らすことで折り合いをつけるしかなかった。気の毒なことだった。
法律を守って進めようとしている事業に対して、正しい理解もせず大きな声を上げて反対する高齢者の姿に、これぞ住民エゴという理不尽さを感じたっけなあ。
2021.05.17
先日、池袋西武デパートの地下食品売り場に行ったらけっこうな人混みだった。
ここに出店している崎陽軒でシウマイを買って帰ろうと思ったのである。残念ながら売り切れ。この人でじゃあ、しょうがないか。
こんな具合に都内のあちらこちらでは、緊急事態ってなんのこと状態。企業でも普通に仕事をしていて、すでにコロナ前の風景が戻ってきている。
コロナは強い風邪。
マスクして手洗いしていれば、つまりインフルエンザの季節に今までやってきたことをやっおけば十分。あとはいつか回ってくるワクチンを打てばいい。
そんな認識が確実に共有されているようだ。けっこうなことである。
もっとも脇珍がいつになるか、わからないけどな。だはは〜。
ネットでも、若い人間に先に打てという声がちらほら出てきた。企業内でまとめて打とうという話があるのは、働かなくてはならない人たちに働いてもらって経済を回すために、たいへんいい話である。
学校のクラスターが危ないというなら教育関係者に先に打てばいいのになあ。
そんなことを考えながらブックオフに行く。書店は密閉空間だし、不特定多数の人が素手でべたべたと商品を触りまくっては棚に戻している。でもそんなことを気にしている客はいないし、クラスターの話も聞かない。
早く社会を元に戻そう。
夜には街灯を消すとか、店で酒を出すなとか、路上飲みを締め出すとか、呆れかえる愚策ばかりの首長にはとっととやめてもらいたいものだ。
しかしオレも毎度毎度同じ事しか書かないな。少しは視野を広げなければ。と例によって歌舞伎揚げを食いながら反省するのであった。
「1968 3億円事件」日本推理作家協会編・幻冬舎文庫。あの3億円事件をモチーフにしたアンソロジー。5つの話が収められている。5人の作家が、オレだけは当たり前の話にはしないぞと意気込んで書いたような雰囲気が漂っている。個人的には香港の九龍城を舞台に3億円事件について描いた「欲望の翼」が好み。どうして府中の3億円事件が香港の九龍城を舞台にした話になるのか、興味津々でしょ? 今野敏の「特殊詐欺研修」はさすがの一言。ベテランらしい手練れのアイデアで、さらっと読ませる好編だった。
2021.05.16
郵便局の窓口にはときどき、ゆうパックの「不在通知票」を手にした高齢者がやってくる。
電話のプッシュボタンを押して再配達を手配する、あのやり方がわからないのだ。だから窓口のお姉さんに、代わりに電話してもらうのである。
もちろん窓口のお姉さんは嫌な顔ひとつせず、快く電話をしてプッシュボタンを押してあげる。手配完了。だがお礼の言葉はない。それどころか「こんな面倒くさい方法だからわざわざ郵便局に来ないといけない」と文句をたれて帰っていく。
仕方ない。高齢者とはそういうものだ。
コロナワクチンの予約を巡る混乱を見ていると、だから、しょうがないのだろうなと思う。
ネットでの予約を代行してあげるために役場の職員が相談コーナーを開いて多くの高齢者をさばいている様子も、高齢者相手だから仕方ないなと感じる。困ってのことであって、悪気はない。
現場の職員はブチ切れもせず、きっと郵便局の窓口さんのように快くやってくれているのだろう。そして帰り際に文句をたれられているのだろう。
いつだって現場は頑張っているのだ。
腹が立つのは報道だ。メディアだ。
混乱ぶりを取り上げて、指差して囃し立てるように報じている。「待っていれば必ずワクチン接種できますよ。どうか落ち着いてください」と、どうして言えないのだ、やつらは。もちろん東京都も百合子の宣伝みたいなCMを作る金と手間があるなら、「落ち着いて順番を待ってください」と呼びかける広報をすべきなのだ。
日本は今、IT化とかデジタライゼーションとかで、中国に3年遅れているそうだ。
今のどたばたを見ていると、納得である。どうやらオレたちは中国を小馬鹿にしている間に追い越されてしまったらしい。安い労働力のつもりで金を恵んでやった気でいたら、いつの間にか頭を下げてお金を頂戴する立場になってしまったらしい。教えを請う存在になったらしい。
この30年、いかに日本がだめになってしまったかを、コロナは教えてくれているようだ。
という話は別として、本日の町田戦、とうとうアルビレックスは負けてしまったでござる。今シーズン、初めての敗戦だ。
すいません、調子に乗りすぎました。てへっ。
たまたま首位にいたのに気を大きくして、偉そうに他のチームの悪口を書きは飛ばしてしまいました。神様はそんなサポーターを許しません。すいませんでした。
10回に1回入ればいいという相手のシュートが続けて2回決まる。こちらのシュートはことごとく相手GKの正面を突く。
相手のシュートがこちらのDFの足に当たって角度が変わってゴールしてしまったのに対し、こちらのシュートは相手DFの足に当たってはね返される。
要するについていないときっていうのはそんなものよ。後半はピッチを制圧していたし、完全に流れを引き寄せていた。後半直後と80分以降の攻めは完璧。
と無理にポジるのである。
13戦負けなし。いつかは負けるわけだが、それはきょうではなかったはずだ。町田なんていうポンコツチームに負けたのが悔しい。いやいや、そういう態度が神様の逆鱗の触れるのだ。すいません。てへっ。
2021.05.15
カーペンターズのベスト20というランキングが面白い。
よくわからないがアメリカのランキング専門会社の発表のようだ。オリコンみたいなものなのだろうか。
こんな具合の順位となっている。
1. Goodbye to Love (1972)
2. Superstar (1971)
3. Rainy Days and Mondays (1971)
4. Yesterday Once More (1973)
5. Hurting Each Other (1971)
6. We’ve Only Just Begun (1970)
7. For All We Know (1971)
8. Ticket to Ride (1969)
9. Calling Occupants of Interplanetary Craft (The Recognized Anthem of World Contact Day) (1977)
10. (They Long to Be) Close to You (1970)
11. This Masquerade (1973)
12. There’s a Kind of Hush (1976)
13. All I Can Do (1969)
14. I Won’t Last a Day Without You (1972)
15. Aurora/Eventide (1975)
16. It’s Going to Take Some Time (1972)
17. Touch Me When We’re Dancing (1981)
18. If I Had You (recorded 1980, released 1989)
19. Another Song (1971)
20. Road Ode (1972)
うむむ、「イエスタデイ・ワンスモア」がトップじゃないのか。3位なのか。
そもそも「トップ・オブ・ザ・ワールド」が20位にもランクインしていない(リリース時にはビルボードで1位なのに)。「シング」もなければ「プリーズ・ミスター・ポストマン」も「ジャンバラヤ」もない。
「カインド・オブ・ハッシュ」が12位とは言え入っているのは納得できる(ハーマンズ・ハーミッツのバージョンの方がずっといい)。しかし「クロース・トゥ・ユー」が10位というのは、耳がイカれているとしか思えない(馬鹿ラック、違う、バカラックの最高傑作の一つ)。
このあたりは日本人とアメリカ人の趣味の違いなのだろうか。「トップ・オブ・ザ・ワールド」はアメリカ人に言わせるとけっこう宗教くさく感じられるそうだから、そんなことも影響しているのだろうか。
それにしてもここにある曲のほとんどが50年以上前、半世紀昔の音楽だと思うとびっくりする。まさにスタンダード。エバーグリーンとはこういうことなんだろう。
前にも書いたがカーペンターズのオリジナルカラオケのCDを聴くと、その音の“薄さ”にはびっくりする。
たったこれだけの音であんなにも表情豊かな楽曲ができちゃうのか! と。
それだけカレン・カーペンターのボーカルがすごかったわけで、リチャードのアレンジはとにかくカレンのボーカルを邪魔しないように気を付けていたのだろう。後年、何度もリミックスを発表しているのも、アレンジャーとしていろいろやりたかったという思いなのかも。
話は飛ぶけれど、大滝詠一の「君は天然色」を山下達郎がカバーしたのはなかなか素晴らしい。さすが山下達郎という見事なカラーだよ。
2021.05.14
きょうは小村井に行った。
娘に「お父さんは小村井に行くんだよ」と教えたら「へえ、美味しそうなところだね」と目を丸くしたように、小村井と書いて“おむらい”と読む。ケチャップでもかけたろか、てなもんである。
近所を車で通ったことはあるが、駅で降りるのは初めてだ。亀戸から東武なんとか線というチビ電車に乗る。2輛だけの、ほとんど世田谷線だ。
小村井駅に降りて、ホームに立って、デジャヴ。
この感覚、どこかで見たことがある。思い出した。「の・ようなもの」だ。
森田芳光監督のデビュー作で1981年に公開された映画だ。公開初日に渋谷の映画館へ観に行った記憶がある。主演の伊藤克信がサイン会をしていたので、パンフレットにサインしてもらったはずだ。あれはどこにしまったのだろう。
映画の舞台は下町。主人公の若い落語家が高校生の彼女の家へ行くとき、降りた駅がこんな感じだった。
まあ、どんぴしゃとはならないだろうが、こんな雰囲気だったはずだ。
急に懐かしくなり、家に帰って風呂あがりのビール(サントリーのパーフェクトビール。糖質ゼロなのにうまい!)を飲みながら、Amazonで「の・ようなもの」を観る。まったくいい時代になったものだ。
AmazonPrimeじゃなかったので400円払ってレンタルする。
早速該当する駅のシーンを探して観てみたら、小村井駅ではなくて堀切駅だった。東武線の。確かに似たようなたたずまいの、当時の下町によくある駅だった。
この映画は、若手落語家がなかなか自分の将来を見通すことができず、もがき続ける様をユーモラスに描いた作品である。ソープランドがトルコ風呂と呼ばれ、ヘルメットなしで原付に乗ることができたバブル前夜の話だ。
しょうもない小ネタを織り交ぜながら、ほろ苦い蹉跌を切なく描いた名作だ。「の・ようなもの」とは落語家を目指しながら落語家になりきれていない落語家“のようなもの”や、つきあっているのに恋人関係とは言い切れない恋人“のようなもの”などのこと。つまり壁にぶち当たってもがく様のことを示している。
自分自身を含めてのことだが、20代というのは決して美しく輝く人生の夏などではなく、多くの人にとってはナニモノかになろうともがいて、水面から顔を出して息をするかのようにあがき続ける、苦しい時代なのだと思う。
そんな時代を描いた作品は大好きで、だから例えば椎名誠の「銀座のカラス」なんかが時々無性に読み返したくなる。そういや先日ブックオフで110円で見つけたな。上下で220円。買っておくんだった。
「の・ようなもの」で有名なのは、夜中の道中付けのシーン。恋人の家に挨拶に行ったら「そんな落語家は知らない」と父親に冷たく言われて、証拠のためにでは一席、と落語を披露したところ「なってないねえ」とさらに突き放されてしまう。
失意の落語家しんととは、終電後の深夜の下町を、アパートのある浅草まで一人で歩く。その時、目にする景色を「しんととしんとと」とリズムを刻むように描き出す。それはまるで失いかけたアイデンティティを取り戻すために自己承認を続ける、実に切ないシーンだった。
そしてもう一つの有名シーンが、エンディング。屋形船での宴会だ。
屋形船のへりにもたれながら主人公は、後輩と「もっと落語がうまくなりたいですね」「なりたいねえ」と会話した後、一人で遠くを見る。その時、宴会のにぎわいがフェードアウトし、彼は夜風に顔を上げて、唇を噛みしめる。
この表情が実にいいのよ。切ないのよ。ナニモノかになろうと20代の日々をもがきながら生きていて、それでも「の・ようなもの」でしかなくて、そんな切なさに折れそうになりながらも、でも、夜風に立ち向かって遠くを見る。明日を見る。
その後、エンディングテーマが乗っかってきて、これが実に名曲(作詞はタモリ!)。
とってもいいシーンで、日本映画有数の名作エンディングと評されるのも納得だ。
それだけに2016年頃に「の・ようなもの の・ようなもの」という続編が作られ、同じ主人公が登場したときは、そのぶくぶくと太っただらしない容姿に、おいおい、おまえが35年前のあのとき、夜風に顔を上げて見つめていた未来の姿がこれだったのかよと、がっくりしたものだった。わははは。ナニモノかになろうとしてなったのがこれで、なれの果てという言葉はこのためにあったのか。
まあ、オレだって人のことは笑えない。ぶくぶく太っただらしない姿は、「の・ようなもの」を渋谷の映画館で観たときのオレとはかけ離れすぎている。それが人生よ。
2021.05.13
きょうは渋谷に行った。雨だった。
渋谷駅は副都心線と東横線が直通になったあたりから再開発が加速して、すさまじいラビリンスになっている。
学生時代を過ごし、社会人になってもしばらくは渋谷を拠点としていたので、渋谷の地図は完璧に頭に入っている。体が覚えている。そんなオレでも、駅を少しうろうろすると自分の位置を見失う。
特にかつての東横線のあたりに大きなビルができてから、あのあたりはさっぱりだ。迷子寸前。というか、この年だと徘徊老人か。
きょうの仕事は桜ヶ丘方面だった。今の再開発はこのエリアを中心に行われている。
駅を出たところの大きな歩道橋そのものが移動していて、しかも桜ヶ丘一帯がすっぽりと囲いに覆われていて、もはや何が何だか。すれ違う学生たちの姿に、40年前の自分を重ねながら、とほほほ、あの頃にまさかこの場所で徘徊老人となるなんて想像もしなかったなあとうろたえる。
数年間、東急グループの仕事をして、100年に一度の再開発で渋谷が生まれ変わると聞いた。そのプロジェクトを詳しく取材したのでこの事態は十分に想像できたはずだが、いざ現実のものとなっているのを見るとうろたえるばかり。
もっとも息子にとっては、今の渋谷がオレたちの渋谷だ。
オレたちは東横ボードが待ち合わせ場所だったが、息子たちにとってはマーク下が集合場所。マークシティの下なので、昭和で言えば井の頭線の改札の下。
そんなふうに大きく変わっている渋谷だったが、雨の中、若者たちは相変わらず元気だった。もっと遊べ、若者たち。
2021.05.12
東村山にいった。志村けんが歌ったあの東村山である。もちろん仕事だ。
インタビュー先の社長が「きょうはコメダで昼飯を食った」というので「私もコメダ珈琲にはよく行きますよ」と答える。社長は「昔はこのあたりにも喫茶店が多かったんだけれど、もうみんな店を畳んじゃって」と遠い目をしていた。
それは東村山だけの話じゃないなあ。もう全国どこでも喫茶店は減っているなあ。
喫茶店といえば、学生時代に住んでいた祐天寺駅前の喫茶店を思い出す。当時どこの駅前にもあったようなしょぼい喫茶店だ。コーヒーをオーダーすると中年のマスターは、すでに淹れてあった黒い液体を鍋に入れて火にかけ、温め直した後にカップに入れて出してくれたっけ。
こうしてその光景を思い出すとさぞまずいコービーだったに違いないと思うのだが、味の記憶は一切ない。当時のオレはコーヒーの味なんてわからなかった。
そのマスターは、週末になると、カウンターの中で馬の名前や金額を受話器に向かってぼそぼそと話しかけていた。今思えばあれはノミ行為だったんだろう。しょうもない時代のしょうもない店だったわけだ。
もう一つ思い出すのが、同じ祐天寺駅の改札前、ガード下のアートコーヒーである。ここは割と開放的でいい雰囲気の喫茶店だった。当時近所に住んでいた山口くんや加藤くんと一緒にコーヒーを飲みに行ったものだった。
もうああいう喫茶店は見かけなくなったなあ。今年の春に新子安の駅前で入った、今どき喫煙可の古い喫茶店は天然記念物だ。遺跡レベル。
もちろん今のスタバやタリーズ、ドトールといったカフェは素晴らしい。あの当時にもほしかったと思う。たぶん駅前の鍋沸かしコーヒーの何杯も美味いはずだ。
そくなことを考えながら、昼飯は東村山へ行く途中の所沢の乗り換えで駅ナカのタリーズでパスタを食べる。そして帰りには石神井公園駅前のタリーズで、クールダウンも必要だよねと自分に言い訳して再びコーヒーを飲む。
コーヒーはあんまり好きな飲み物ではないが、喫茶店は好きだ。
よく考えたら石神井公園の駅前にはタリーズ、ドトール、星乃珈琲、上島珈琲、元町珈琲とカフェが5つもあって、ちょっと足を伸ばせばオレがいつも行くコメダ珈琲もある。なんとまあ、こんなにたくさんのカフェがあるとは。そしていつもそれらが人で溢れているとは。
なお一番のお気に入りは、井荻の武蔵野珈琲である。すかいらーくグループの展開するカフェで、とても居心地がいい。全体にオーガニックな雰囲気だ。パンケーキは絶品。超ふわふわでプルプルなのだ。
毎日でも行きたい。
2021.05.11
ヴィッセル神戸のイニエスタが緊急記者会見をするというから界隈がざわついた。すわ、引退か。
アルビレックス新潟の監督は、元バルサの育成だったアルベルトだ。きっとコネでイニエスタを新潟まで引っ張ってくるに違いない。スペインに帰るまでの小遣い稼ぎに一仕事どうだ?
そうしたら「ウオロクで買い物しているイニエスタを見た!」という目撃情報が各所からネットに上がったのである。ウオロクとは新潟の地元スーパーで、地元民にはイオンよりはるかに愛されている。
イニエスタは早くも地元に溶け込んでいるというのか。
だが詳しく話を聞くと、マスクをしたハゲが買い物カゴをぶら下げてうろついていたということらしい。そんなおっさんはどこのウオロクにもいるわ、確かに。
結局イニエスタの記者会見は「契約を更新しました」というどうでもいい内容で、まったく人騒がせだった。
さてそんなイニエスタ騒動の一日、今月号の「文藝春秋」がなかなか面白い。
出色は東芝の社長交代騒動を追いかけた記事だ。追い出された社長自身の真相告白記事の次に、その社長がいかにデタラメなことをしていたかという暴露記事を載せるというえげつない構成はさすが文藝春秋。
結局この騒動の裏で糸を引いていたのは国だったと記事は指摘する。つまり廃炉ができるのは日立と東芝だけで、ここで東芝が外国ファンドの手に落ちると日本はこの先の大量廃炉時代を迎えて立ち往生してしまうという危機感が今回の騒動を大きくさせたようだ。
アクティビストとか海外ファンドとか、いろいろ生臭い連中が跋扈する様は実に醜い。一方で現場で研究や開発に打ち込む真面目な日本人の姿が清涼剤だ。東芝のもつ技術は世界最先端だから、やっぱりこの会社は大切にすべきだろう。
しかし不正会計問題をきっかけに有力事業の切り売りでしのいできた姿は哀れを誘う。東芝メディカルの売却には、門外漢のオレでも、まさかと驚いたものだった。
半導体も売ってハードディスクも売って、今やレジとエレベーターの会社になった東芝。一時は解体されていくつかの事業会社となって生き残ることも画策されたようだ。日本の経済成長のシンボルのような会社だったから、なんとか頑張ってほしいものだが。
「文藝春秋」では、河野太郎のワクチン騒動を巡るゴタゴタも興味深い。
部下を面罵して人前で恥をかかせることに何の痛痒も感じないのが河野太郎。官僚のことが大嫌いで冷たくあしらい、政治家にも嫌う人が多い。国家スタッフである官僚をうまくコントロールできない時点で大臣失格だと思うのだが。
記事では、河野太郎がファイザーと直談判しようとしたら「首相を出せ」と言われたという報道が、実は厚労省サイドのリークであったことを曝露。つまりはワクチン調達の失態を隠す目くらましとして流されたニュースだという。
いったい何をやっとるのだ、この国は。
2021.05.10
体が重い。明らかに太った。
それを突きつけられるのが嫌で、体重計には乗っていない。我が家にはどういうわけか体重計が3つもあるのだが、どれ一つとして乗る気にはならない。
なぜ太ったかというと、コロナに決まっている。出かけなくなって運動不足だ。それなのに手持ち無沙汰だから、つい歌舞伎揚をボリボリと食ってしまう。歌舞伎揚がうまいのも、オレの体重増加の一因だ。
都会の人は案外歩いて、田舎の人は案外歩かないとは、よく言われる。確かに田舎ではちょっとコンビニまで行くのでもクルマだ。もっともそのコンビニが数キロ先だったりするが。
対して東京では、交通網が発達しているので車よりも早く安く移動できる。だから徒歩が増える。そして駅だ。実は駅の中の移動ってけっこうな距離だし、案外に上下移動もあるから、そこそこの運動になる。
そうした機会が減ってしまったから、そりゃあ太るのも道理だろう。
そこで対策としてまずは食う量を減らすことから始めなければならない。だが歌舞伎揚がうまくて以下略。
もうオレの人生には音楽はいらない、酒もいらないなどとカッコつけていても、本当は歌舞伎揚はいらないと言わなければならないのだ。だがそれではあまりにカッコ悪いではないか。
政府や都庁も外出自粛なんて言ってないで、歌舞伎揚自粛ぐらい言ってもらいたいものである。
なんて馬鹿なことを書いているオレだが、こっちもなかなかおかしいぞ。コロナの予約である。
あちこちの自治体で大騒ぎになっているのはニュースで報道されているが、例えば若い役場の職員がおじいちゃんおばあちゃんにネットでの申込み方法を教えてあげるというので村の集会場に押し寄せているという報道には、「おいおい、その場で予約とれよ」とか「いっそその場で予防接種しろよ」と突っ込まれている。まあ、そうなるよな。
と書いたそばから、大阪ではリアルの受付をやったら徹夜の行列ができて大騒ぎになったらしい。朝の4時に役所の窓口が開いてないって婆さんがクレームつけるって、どんな民度だよ。
一日100万回というのも、大規模会場で一日1万人というのも、どうやら政治家が思いつきで口走っただけらしい。とほほほ。まったくオレたちはなんていう時代に生きているんだ。
違和感があるのは「あたしはいいから、若い子に先にやってあげて」という声が皆無なことだ。政治家なんかは真っ先に言ってほしいのだが。
経済も大切。経済活動をなんとかせにゃ。そう言うのなら電車に乗って仕事に行かざるを得ない若い世代に優先的に接種すべきだと思う。
と思ったら、婆さんが「早くワクチン打ってカラオケ行きたいわあ〜」とテレビで吠えていた。こういう婆さんに打つのではなくて、どうしても仕事に行かなくてはならない若い世代に打てよ。婆さんも「あたしゃいいから若いもんに回してあげて」って言えよ。
ああ、いかんいかん、どんどん心がすさんでいく。
2021.05.09
本日のアルビレックス対松本山雅は、信越ダービーというのだそうだ。なるほどね。
だが反町ダービーといったほうがサポ受けはいいのではないか。
反町とは監督の反町。アルビレックスをJ2に昇格させ、そして松本もJ2に昇格させて、その勢いに乗ってオリンピックチームを指揮したら完全にコケてしまった、あの反町である。
だからといって松本は反町流の0-0上等の塩サッカーをしなくてもよかったのに。おかげでアルビレックスはいいところを全部消されてしまって、なんのスペクタクルもないゲームに引きずり込まれてしまったではないか。
左サイドに蓋をされたので、途中、中央の谷口と本間至恩が入れ替わってみたものの、うまくいかない。ロメロ・フランクが入れば右サイドの深いところで起点を作れたのに星はそのタイプじゃないし。
もっとも試合を塩漬けにした松本は、自分自身をも塩漬けにせざるを得なかったから、最初から勝ちを放棄していたようにも見えた。
はああ〜、白けたわ。
それでもアルビレックスはまだ首位である。だがきょうの松本とのゲームによって「あれ、ひょっとしてアルビ、弱くね?」と思わせてしまったのも事実だ。
来週から町田・京都・琉球・甲府の4連戦が控えている。間違いなく前半戦の山場だ。ここを2勝2分けで乗り切れば昇格も見えてくるだろう。だがその見通しに暗雲が漂い始めた、そんな松本戦だった。
うーむ、悔しい。松本ごときに。
かつてアウエーのゲームにも大挙して押しかけ、狼藉の限りを尽くした松本サポ。田んぼの真中のホームスタジアムは肥料工場と養鶏場の近くにあるので、肥やし臭いことで有名だ。道路が整っていないので渋滞がひどい。
反町監督の力で勝っていたというのに、反町退任とともに「反町がいなくてもオレたちは強い」と勘違いし、ベテランをどんどんクビにした松本。おかげで人気もガタ落ちとなってしまった。
そんな松本と引き分けてしまって、非常に悔しい。
そういやきょうは母の日だった。オレはすでに母を亡くしている。
だから母の日なので贈り物をしましょうというようなメッセージにはとても傷つく。これを母の日ハラスメントということで、ははハラスメントと名付けようではないか。
サッカーが引き分けた腹いせに、ははハラスメントで傷ついたぞ、どうしてくれる、とクレームをつけてみようか。相手にされないか。そりゃそうだな。
2021.05.08
大学生の息子によれば、地方から上京してきた仲間に必ず聞かれるのが「足立区って本当にヤバいのか」ということだそうだ。
どうやら足立区のヤバさというのは日本全国、あまねく知れ渡っているらしい。一説に、足立区・川崎市・西成というのが、日本三大ヤバい街と認定されているそうだ。
もちろんそんなことはなくて、昼間っから一杯50円のもつ煮をつまみにワンカップでベロベロになって路上で寝ているおっさんがごろごろしている足立区もあれば、普通にこぎれいなマンションからお父さんが「いってきます」と大手町の会社へ通う足立区もある。
もっとも足立区に対する風評は都内でも同様。ある総合商社のOLなんて「わたし、実家が足立区だから昇進できないんですよ〜」と言っていたとミヤケさんに聞いた
そんな足立区であるが、実は都内の人間は知っている。本当にヤバいのは、町田であることを。
町田は神奈川県ではない。東京都である。隣接する相模原市は神奈川県で、もう一方で隣接する八王子は東京都。この三市が複雑に入り組んでいて、そこをバスがぬって走るものだから、市の割引パスを使おうとするととんでもなく面倒なことになるらしい。
それはともかく問題は町田のヤバさだ。どれだけヤバいかということは、えーと、あまり町田に行ったことがないのでよくわからない。「西の歌舞伎町」と呼ばれて、特に駅周辺は治安が最低で、女性の一人歩きなどとんでもないということはよく聞く。
なんでもこれは青山学院大学が相模原にキャンパスを移したためにきれいなぴちぴち姉ちゃんが町田で買い物するようになり、それが誘蛾灯となってヤバい連中を引き寄せているというのが理由のようだ。
そんな町田のハズレにあるスタジアムに行ったのは3年前だったか。ひどい山の中で、駐車場から600mも山登りさせられて辟易したものだった。
広く言えば相模原もそんな町田の文化圏なのだろうが、相模原に来ると緑豊かでのどかな光景が広がる。河原でソロキャンプなんか、よく似合うし。
住むならやっぱり町田じゃなくて相模原かな。空気も澄んでいるし。ちょっと歩けば、町中にもかかわらずおばあちゃんが普通に畑仕事をしているし。
相模原、いいところだよねえ。
などということを考えながら相模原市の橋本駅から八王子→西国分寺→秋津と電車を乗り継いでヘロヘロになりながら帰ってきた。嗚呼、駅前の焼き鳥屋でビールが飲みてえよ。
そんなオレの目に飛び込んできたのが、池江璃花子がTwitterで「選手には何もできないんです」って泣き声を上げた件が炎上している件だった。
つい先日まで10代だった水泳少女が書いたにしては妙に整っている文章だなというのが最初に読んだときの違和感だった。もしかしたらこれは電通の大人が書いたものだったのね。なぜなら彼女のTwitter全文が発信されたのが午後9時26分。それより前の午後9時11分にはデイリースポーツのサイトにその件が掲載されていたことが発覚したからだ。
電通とメディアが示し合わせて、池江璃花子をアイコンにしてオリンピック開催ムードを仕掛けようとしたのだろうと言われている。あながちあり得ない話ではないな。
オレ自身はこんなアホなオリンピックは世界の笑いものだから止めてしまえと思っている。だがここまできたら、間違いなく歴史に残るこの愚かなオリンピックをリアルタイムで観てみたいという歪んだ欲求がわいてきている。自虐だな。
アスリートのために医療を用意しろって、何様か。
今まで必死で頑張ってきたアスリートがかわいそうって、ミュージシャンやアーティストたちも必死で頑張ってきたのに発表の場を奪われている。アスリートだけが特別ではない。
池江璃花子の泳ぐ姿なんかより我が子が運動会で走る姿を見たいというのが親の本音。
都立高校生の体育祭を奪っておきながらオリンピックは何が何でも開催するなんて、バカにされているとしか思えない。
2021.05.07
「かもめーる」が今年から廃止だ。暑中見舞はがきのことである。
メールどころかLineが年賀状の代わりになる時代だ。終活年賀状としてもう年賀状を出さないと宣言する人もいる。暑中見舞はがきなんて、そりゃあ売れるわけがないだろう。
こうして昭和の日本の風習がまた一つ消えていく。
確かにオレ自身、何年も暑中見舞いなんて出してない。年賀状は年々数は減っていくものの、それなりに出し続けているが。そして年賀状ときたら大活躍するのがプリンターだ。
というわけで、話はようやく本題に入る。なんともしょぼい前フリであった。
オレのプリンターが壊れた。
正確に言うと、部品の交換時期となった。インク吸収体という部品を交換せよ、というアラートが出て動かなくなったのである。
このインク吸収体とやらについては、数ヶ月前からそろそろ満杯になると表示されていた。だから壊れたというより、とうとう来たかという感じだ。
調べてみたら、このアラート自体を消してプリンターを稼働させる裏技はあるらしい。だが吸収されたインクが減るわけではないので、本質的な解決にならないのは当然である。
問題は交換のコストだ。
このインク吸収体という部品の交換には1万9000円かかると、キヤノンのサイトに書かれてあった。そして、家電あるあるで、本体は2万数千円だったから買い替えたほうがお得、という結論だ。
実際このサイトにも「買い換えのオススメ」とあって、同じ価格で旧型に、あるいはちょっと足せば新型に、という買い換えのオススメが出ている。その場でポチッとすれば、壊れた製品の回収も代替品のお届けも一瞬で済んでしまう。便利なものだ。
実はオレの仕事場にはプリンターが2台ある。どちらもキヤノン製だ。
1台がこけても問題ないよう、バックアップ用の意味で2台おいてある。だからインク吸収体のせいで使えなくなったとしてももう1台が問題なく動いているから、当面なにかの支障があるわけではない。
ペーパレスの時代で、「かもめーる」もなくなるっていうのに、今どきそんなにプリンターなんて使うのかよ。
実は使うのだ。これが。
原稿を書き終えて読み返すときは必ず印刷して紙で読む。これはどんな文章読本にも書いてあることで、およそ商売で文章を書いている人間なら推敲は必ず紙で行っているはずだ。オレも原稿に手を入れるたびに印刷して読み返している。これがけっこうなボリュームとなるのよ。
それからデジタルデータで送られてきた資料なんかも、基本的にはプリントして使う。デジタルデータだと画面を切り替えて資料を見なければならないからだ。これはネットの画面についても同様で、大事な画面は印刷して机に置き、そして見ながら原稿を書く。
というわけで、オレはけっこうプリントアウトしちゃうのだ。プリント王子である。プリントチャンピオンかも。
だからプリンターは必需品である。そして2台あるうち1台が動かなくなったから、新たに買い替えて2台そろえておかないとなんとなく落ち着かないのだ。
部品交換1万9000円だし。
ところがここでたちはだかるのが、あいつである。そう、交換インクだ。
交換インクは常時何本も用意してある。プリンター本体を買い換えるとこれが全部無駄になる。機種ごとにインクの仕様が違うというすさまじい理不尽がまかり通るわけでSDGsも何もあったものではない。本体を買い替えたら買い置きの交換インクは全部捨てることになって、これが1万円分以上はあるだろう。
実に悔しい。腹立たしい。このぼったくり商売がどうして成敗されないのだろうかと、いつも頭から湯気が出る。
もちろん自衛のために純正インクではなく、バッタもんを使っている。純正なら一つ2000円もするところ、バッタもんなら数百円だ。この暴力的な安さには、大人なら純正品を買いましょうという理性も働かない。
この廃棄せざるをえない交換インクが1万円もあるのだから、もしかしたら1万9000円払っても部品交換したほうが精神衛生上もよろしいのではないか。
今のオレは、そう思い直しているところである。
もちろんやっぱり新しいプリンターを買いたいなあという気持ちも強い。新しいものは、何だってワクワクするからね。
そしてどうせならキヤノンじゃないやつが面白いよなと考え、アマゾンでいろいろと見比べる。
目を引かれるのはブラザーだ。安い。安くて機能が豊富だ。
ほほう、これはこれはと惹かれる。
ところがレビューを見ると評判最悪。もう罵詈雑言の嵐。ここまで悪しざまに言われるとは、ブラザーは前世でどれだけの悪事を働いてきたのか。
もっともオレも十数年前に一度だけブラザーのプリンターを買ったことがある。そして確かにえらい目にあった。印刷の品質はひどいし、すぐに動かなくなるし。もう二度とブラザーには近寄らないと思ったのは確かで、そう思い出せばレビューでの非難轟々ぶりもあながち逆ステマとも限らないだろう。
ならばエプソンはどうだ。
ほほう、こちらも安いではないか。A4がカラーで印刷できてコピーとスキャナができればいいという最もベーシックな製品で1万3000円だ。インク吸収体の交換より遥かに安い。だが交換インクを捨ててまでエプソンに買い換えるかというと、少し迷う。
というところが現在のオレの立ち位置。
すでに区の粗大ゴミ収集の予約もしてしまったから、このままあっさりと古いプリンターは捨ててしまって、キヤノン製を買うということになりそうだが、はて。
「交渉人」五十嵐貴久・幻冬舎文庫。警察の中で犯人と交渉することを専門とする人材が交渉人。公証人じゃないよ。病院に立てこもった犯人との交渉がメインのミステリーだ。ずいぶんと分かりやすく、淡々と話が進むなあと思ったら、ネタあかしであっと驚く仕掛けが。うーむ、うんざりするような話の展開で、ちょっとぐったりした。オレはやっぱり人が死ぬような話はもうあんまり読みたくないなあ。小説だけど。主人公の婦人警官と上司との恋バナは余計だったような気がする。
2021.05.06
「そうだ、電車を減らせば人の移動も減るじゃないか!」
いつものように思いつきだけで命令を下す百合子が電車の減便を言いつけたから、車内はえらい混雑になってしまったでござる。こんなのをオレたちは首長として仰いでいるのだから大笑いだ。
緊急事態宣言なんて関係ないわ〜と沖縄へ遊びに行った女の子たちは、ナンパされたので「東京からきた」と言ったらたちまち逃げられたそうだ。わははは、病原菌かよ。
都内から大宮なんて30分もあれば行ける。昨日の大宮-新潟戦を見に行った関東のサポーターが、劇的勝利に盛り上がって飲んで帰ろうと思って店を探したけど、どこも酒を出さないというのでそのまま帰ったとネットに書いたら、新潟の皆さんにフルボッコである。
都道府県をまたぐ移動禁止なのに。酒も禁止なのに。人として終わってる。
いやいや、だから酒は飲んでないし、そもそも都内ではマスクと手洗いしていればもう誰もが普通に移動して働いている。どうも地方の人から見れば東京人はコロナを振りまいている化け物らしい。
そんなことより日本にはすでに2800万回分のワクチンが届いているはずなのに接種回数は348万回にとどまっているというのは大問題ではないのか。
オリンピックの選手にワクチンを打つことに決めたというのも、とんでもないことだ。IOCからもらって打つんだから問題ないと政府はえばるが、医療関係者に、高齢者に早くワクチン打たなければと大騒ぎする一方でアスリート優先という矛盾がおかしいって。
都内ではワクチンの予約電話が殺到してNTTが回線を一時ストップした。そんな騒ぎになっているというのに、オリンピックは問答無用に優先かよ。そもそも電話が殺到して一時回線ストップって、どこの先進国だよ。
と、このあたりまで書いて、最近のオレはコロナのあれこれと、アルビレックスについてしか書いていないではないかと気がついた。
まあ、個人の日記だから何を書こうとオレの都合でかまわないのだが、あまりに偏っているとどうなのとも思う。
といったところで最近は出かけていないし、電車にも半月以上乗っていないから世情に疎く、ネタがない。ネットで拾ったようなことばかり書いてもしょうがないというのに。どうやらオレはずいぶんと世間が狭くなったようだ。同時に視界も狭くなったに違いない。
こんなときは、一昨日のように昔の思い出を書くに限る。
一昨日は就職活動のことを書いた。読み返してみると、オレはなんてアホだったのかと呆れてしまう。親の気持ちを察すれば、ほんとに申し訳ないと思う。葬式で使った両親の遺影に手を合わせるだけだ。
こんなアホを見て育ったからか、息子も娘も実にしっかりしている。
息子は、もはやあらゆる面でオレをしのぎ、今ではオレが勝てるのは車の運転のみ。それも息子が免許を取った今となっては、抜かされるのも時間の問題だろう。読書量でも圧倒され、知識量でも圧倒され、体力はいうまでもなく勝負にすらならない。
よーし、酒だけは負けないぞと決めてはみたが、その時点で既に人として負けているのではないかと思ってしまう。
まあよい。話を進めよう。
その酒についてだが、もちろん今はどこでも飲めない。飲み屋が酒を売っちゃいけないというのだから酷い話だが、そんなとこへのこのこ出かけていっても仕方ないので、家で飲んでいる。
今は焼酎の炭酸割だ。一時期はストロングゼロ系ばかり飲んでいた。糖分ゼロ・プリン体ゼロだからいいだろうと思ったが、あの甘さはやっぱり不自然。案の定、血液検査ではあんまりいい数値とならなかったので、きっぱり止めた。だからお湯割りもしくは炭酸水割だ。
ビールもなるべく飲まないようにしているのだが、アルビレックスが勝利するとついあの大量の泡が恋しくなる。もちろん一番搾り一択だ。
飲み屋に行けないのはつまらないが、家は家で楽ちんだ。すぐ寝られる。ぼけっと飲んでいても手持ち無沙汰だから最近では2杯も飲んだらもういいやと寝てしまう。健康的だな。カネも使わないし。
今年になって飲み屋に行ったのは、とおるちゃんが1回、コマちゃんたちと成増で1回、親戚と1回。こんなもんだ。もうオレの人生に飲み屋は不要なのかもしれないなあ。
オレの人生に音楽が不要になって、続いて飲み屋が不要になった。次は何が不要になるのだろう。
昔はプロレスを一生見続けると信じていたものだが、今はまったく見なくなった。だからひょっとしたらいつかアルビレックスも人生に不要になるのだろうか。
そういえば最近の新しい考え方として、ACPというものがある。AGCじゃないよ。それは素材の会社。広瀬すず。可愛いよねえ、あのコマーシャル。
ACPとはアドバンス・ケア・プランニングの略で、簡単に言えばどのように死んでいくかを、本人・家族・医者が相談して決めていくというものだ。だいたい余命1年ぐらいで始めるのが目安らしい。
「あなたはどんなふうに死んでいきたいですか」
「ううう、アルビレックスのJ1優勝を見て祝杯を挙げたら、幸せに死ねるんじゃ」
「おじいちゃん、それじゃ一生死ねないわ」
などという具合に話し合って決めるのだ。
その結果、例えば自宅で家族に見守られて穏やかに最期を迎えたいみたいな、そんな方針が決まる。面白いのは、こうしたACPを行うと、余命が平均して2.8ヵ月ほど延びるということだ。人は自らの死に方に納得すると心が穏やかになって、それが延命に何らかの力を発揮するのかもね。
よく、母は来年の桜を見たいからと頑張ってくれました、みたいな話があるけれど、これもACP的なものかもしれない。
ということは逆に「勝手に死ね」ということを言い続けると寿命が縮まるということか。これをネタに完全犯罪のミステリーが書けないか。無理か。
オレの場合、ACPするとしたら、音楽も酒も要らない、アルビレックスがあればいい、みたいな話になるのだろうか。
2021.05.05
くっそつまらなかったGWがきょうで終わった。なぜくっそつまらなかったかといえば、もちろん緊急事態宣言のせいである。息子も娘も予定が全部すっ飛んでしまった。なので家の中でゴロゴロ過ごすしかなかった。
もっとも緊急事態宣言がなかったとしたら息子と娘は仲間と遊び回って家に寄り付かず、結局オレは嫁と二人で家の中でゴロゴロ過ごし、つまんねえぞと文句をたれていたに違いないから、まあ大差ないといえる。
だがオレたちはそんなGWを最高にハッピーなこどもの日にして終えられた。言うまでもなくアルビレックス新潟である。おかげで風薫る皐月の空のような、実に清々しい気分で連休を締めることができた。
首位を快走するアルビレックス新潟。本日の対戦相手は大宮アルディージャである。
もちろん現地まで駆けつける予定にしていたのだが、なんとチケットは瞬殺。その後、何度もキャンセル待ちをしたのだが結局入手できず、無念のDAZN観戦となったのだ。きょうほど、行けばよかったと思ったことはなかったわ。
大宮は、割と仲良しチームである。J1時代からライバル関係で、上越新幹線ダービーなどと言われていた。J2に落ちたのも一緒という仲良しぶりである。ついでにJ2から抜けるのも一緒になりそうだ。こちらは昇格、あちらは降格。うひゃひゃひゃ。
かつては家長や江坂、大前、最近でもファンマなどが所属してそれなりにぶいぶい言わせていたチームである。
当然のことながら浦和との仲は最悪で、さいたまダービーは荒れた。浦和の「さいたまには浦和だけ、大宮いらね」という「幸せなら手を叩こう」のメロディーで歌われるチャントは、あまりに対戦相手へのリスペクトに欠け、失礼にもほどがあると言われたものだった。
そんな浦和がJ2底辺をうろうろするほどに弱体化してしまった。
予算規模はJ2トップクラス、環境も素晴らしい。それなのにここまで落ちたのは、理由は様々だけれど、一番はNTTという大企業の天下り先になってしまったからだろう。
かつての親方日の丸企業(古っ!)の体質を色濃く受け継いだアルディージャは、例えば以前の高木監督が「何を決めるにも会議をしなければならない」とため息をついたように、とにかく意思決定が遅く、誰もが責任を取りたがらないものだから、変革とか挑戦とかから縁遠いチームになってしまった。たぶん監督交代でさえもいくつもの会議と稟議の果てに、2ヵ月もかかってしまうのではないか。
それがチーム全体の無気力化に繋がり、モチベーションの低下を招いてしまったようだ。
きょうもそれを象徴するシーンがあった。
前半、大宮の選手がアクシデントで、ゴール前で倒れてしまった。菊地である。衝突で首をひねった、実に危険な怪我だった。リプレイを見たらちょっと背筋が寒くなるような、ひょっとしとたら頚椎をやってしまったのではないかと、瞬間的に思ったほどの怪我だった。
だが大宮の選手たちは仲間が倒れているのにプレーを止めようとしない。新潟の選手が「出せ!」「切れ!」と叫んでボールを出してゲームを切ろうとしたら、なんとそれを阻止してプレーを続けようとさえした。これはレフェリーもよくなかったな。すぐに止めなければ。
ようやくボールが出てプレーが切れて、倒れた選手のもとに選手が駆け寄る。驚いたことにそのほとんどが新潟の選手で、チームメイトであるはずの大宮の選手で駆け寄ったのは1人だけ。
倒れた選手のスパイクを脱がせてやったのも、「これはやばい」という顔で担架を要請したのも、新潟の選手だった。その間大宮の選手はといえば、水を飲んだり、仲間と話したり。誰も倒れたチームメイトに寄り添わなかったのだ。
まるで自分は関係ない、責任を取りたくないと考えている態度そのもので、ここにもチーム体質が現れていたと思ったよ、オレは。
倒れた選手は、意識はあるようで、下半身がわずかながら動いていたので、最悪の状況ではなかったようだ。まずは一安心。首をガッチリと固定されて、担架で運ばれていった。その後、救急車が駆けつけたそうだから、病院に直行したのだろう。
こないだ相撲取りが土俵上の不幸な事故で亡くなった。倒れ込んだ若い力士は五分以上も土俵にほったらかしにされ、首を保護してもらうこともなかった。大宮の選手たちの振る舞いはあれを想起させる、薄ら寒くなるシーンだった。
いかんいかん、ゲームの話に進もう。
首位を快走するアルビレックスは、当然ながら他チームに対策されている。大宮にも対策され、前線でのプレス、エリア直前での潰しが徹底された。そして最終ラインの裏をしつこく狙われ続け、結局一瞬のミスで失点する。
早い時間に1-0としたのに前半のうちにこうして追いつかれて1-1。そして後半になってさらに失点して、1-2とされてしまったのだ。これは完全に負けパターン。この流れにオレも負けを覚悟したわ。まさか今シーズン初めての黒星が大宮とはなあ。
ところがここから大興奮の大逆転だ。
後半の飲水タイムが終わる。つまりゲームの4分の3が過ぎたところで、プッチ監督は懐から切り札を出してみせた。それまでの4-2-3-1から選手を入れ替えて4-3-3という攻撃的布陣に変更。さすがバルサで長年やってきた監督だ。戦術変更でゲームをひっくり返すというマジックだった。
これで一気にチームは活性。本間至恩がスーパーゴールを決めて同点。これがまあ実にえげつなくてネットでも大騒ぎだ。
本間至恩の「伝家の宝刀」感はここにきてますます凄いことになっている。いつ抜くか、いつ抜くか、今だぁ! てな感じで必ず決めてくれるからたまらん。
その数分後には、出場すればなぜか得点に絡むという不思議なナニモノかを持っている星が逆転ゴールを決める。
選手交代わずか数分で1-2から2-2、そして3-2という大興奮ゲームだ。
オレの血管はブチ切れ、喉も裂けよとばかりに絶叫し、ああなぜチケットが買えなかったのだと天を仰いだのである。
この大逆転の直後、更にプッチ監督がやってくれた。選手を交代して再び4-2-3-1に戻し、ゲームを終わらせにかかったのである。ここでクローザーとして投入されたのがオレたちのゴンゴンだ。
ゴンゴンことゴンサロ・ゴンザレスはウルグアイ出身である。アルビレックス唯一の外国人選手だ。当然、寂しい。異国のチームで一人なんだから、愚痴をこぼす相手も通訳と家族以外にはいない。しかも昨年から怪我で、ずっとリハビリだった。
そんな辛い状況でもいつも笑顔を絶やさず仲間を鼓舞するゴンゴンが、オレたちみんな大好きだ。
クローザーとして投入されたボランチのゴンゴンは、まさに必殺仕事人の風情で、大宮に襲いかかる。出足鋭いタックルは反則すれすれ。見事にゴールを奪う。さらに危険な場所に顔を出してボールを止める。穏やかな笑顔で人を斬る、まさに仕事人なのだ。
さらにオレたちを仰天させたのが、サイドバックの堀米だ。ゲーム終盤だというのに全力で走り回る無尽蔵のスタミナ。こんいつは化け物だとオレは思ったね。左サイドバックでスタートしたというのに終盤には右のサイドハーフにいてゴール前にも顔を出すという、おまえは忍者かよという働きぶりなのだ。
終盤、ボールを奪いきって吠えたシーンにはしびれてしまった。
しかしあれだな、ふと冷静になったが、こうしてただすごいすごいすごかった書いているだけの、馬鹿みたいな内容になってしまっているな、この駄文は。どうもオレにはサッカージャーナリスト的なことは書けないようだ。
ゲーム終了後のインタビューでは、大宮の監督の目が泳いでいた。
そりゃそうだろう。2-2と追い上げられて勝負を賭け、一挙に3人の選手を交代させた直後の逆転劇である。気の毒に、メンタルが崩壊して当然だ。どうも監督は新潟がシステム変更したのに気づいていなかったんじゃないか、と大宮サポの間ではささやかれている。
当然、解任もささやかれているのだが、そうなったとしても何度も会議が開かれて誰が責任を取るかまで決めてからでないと動かないチームである。2ヵ月はこのままだろう。J1時代からの仲良しチームだから、なんとか持ち直して欲しいのだがなあ。
2021.05.04
息子は簿記をはじめとしてすでに様々な資格を取得している。その様子を見ながら、はて、オレはと自身を振り返ってみたら、運転免許証に英検3級ぐらいしかもっていない。中学と高校の英語の教員免許も持っていたような気がするが、定かではない。
それなのに23歳で就職し、30歳で独立して、つまりは40年という長きに渡ってライターとして糊口をしのいできたのだから、我ながらまったく危なっかしい人生を歩んできたものだと思う。
資格も組織も名前もなく、それでも食ってきたぞ、子供を二人育てあげたんだぞ、父さんは。
息子に向かってそう胸を張るが、なんとも無謀なという呆れた笑いが返ってくる。
そもそもライターなどというものになるつもりはまったくなかった。これは本当である。
では何になるつもりだったかというと、音楽業界での何かしらの仕事だった。何かしらというのは何でもいいということでもあった。
そこで就職活動では手っ取り早くレコード気会社に応募した。
有名なところがいい。そう思ったオレは当時のCBSソニーに応募した。サイモンとガーファンクルも所属しているし。
だがそんな程度の志だったから、あっさり書類選考で落ちた。がっくりである。
続けてキャニオンレコードに応募した。オレとしてはちょっと格落ちだが、まあ、入ってやってもいいかというぐらいの上から目線だった。
ここは見事に書類選考を通過し、一次面接に望んだ。
音楽づくりをしたいと志望動機を語ったところ、面接官は「ふうん、そんなにディレクターがいいのかなあ」と不思議そうな表情を返してきた。あれはいったいどういう意味だったんだろう。今でもよくわからない。
幸いにして一次面接は通過し、二次面接の通知が来た。だがオレは二次面接のその日に寝坊し、大幅に遅刻したので、足を運ばなかった。
「お前、何やってんだ」と、面接をすっぽかして大学に現れたオレを見て、山口くんが呆れ果てた声を出したことを覚えている。
その後、ヤマハ音楽振興会などにも応募してみたものの結果ははかばかしくなく、結局、オレはヤマハ系列の大手の楽器店で手を打つことにした。今思えばとんでもない思い上がりではあるのだが、当時のオレにしてみれば、まさに手を打つという気持ちだったのである。
さらに勘違いも甚だしいのだが、楽器店なんだから一日店で楽器をいじっていればいいと考えていた。
それは想像するにとても気楽でワクワクする仕事のようにも思えた。もちろん楽器店の仕事は楽器に触れることではなくて、楽器を売ることである。飲み屋が酒を飲んでたら仕事にならないのと一緒だ。当時オレはそんなこともわからなかったのである。
それでもともかくは内定は内定だ。あとは呑気に学生生活を過ごすだけだ。
そんな正月明けの1月。今でも覚えている東横線祐天寺駅ガード下の書店で、オレは就職情報誌を手にとったのである。何気なく、立ち読みだ。
そこで見つけたのがコピーライター募集の文字。初心者可とあった。しかも試験を受ければ交通費を五百円くれるという。
暇を持て余していたオレは、アルバイト代わりの小遣い稼ぎにと考えて、その試験を受けることにしたのである。交通費と相殺されるのにそう思ったところがアホの極みではあるのだが、その間抜けな判断が人生をまるっきり変えてしまったのだから、当時のアホなオレに会ったら褒めてやりたい。
時代は沢田研二がパラシュートを背負って「TOKIO」を歌い、華やかな80年代の幕開けを告げた頃である。その歌を作詞したのは糸井重里で、世はコピーライターブームであった。
そんなところに出された初心者可という求人広告だったから、応募者は山のようにあった。後で聞いたら160人ほどが応募してきたというから腰を抜かす。
ここでオレは2人採用されたうちの1人になってしまった。今思えばなんたる強運ということになるが、当時は別にそんなことは思わなかった。なぜならその会社の採用試験はとてもちょろいものだったからである。
午前の筆記試験は、面接官(その会社のおばさんディレクター。おばさんとは言っても20代後半だったが)が読み上げる「月刊プレジデント」掲載のエッセイについてメモを取り、400字にまとめてタイトルを付けるというものだった。今でも覚えているが、それはモハメド・アリを題材にしたエッセイで、オレは「チャンピオンは心理学者である」というタイトルをつけたのだった。
そのタイトルがよかったかどうかはわからない。だが原稿用紙の使い方や誤字、脱字に注意することなど、就活の作文対策を重ねてきた身としては楽勝だった。後で知ることだが、だいたいこういう作文や小論文などの試験では、半数が原稿用紙の使い方を間違えていたり、誤字・脱字だらけで日本語の体をなしていなかったりして、祖上にすら載らないのである。
ちゃんと書けていれば、それだけで次のステップに進めるのだ。
午後に行われた面接も同様であった。新卒学生として面接対策をしてきた身としては、笑顔で挨拶すること、話している人の目をちゃんと見ること、「失礼します」ではなく「ありがとうございました」と答えることなど、面接の常識をこなせばよかった。
なぜなら流行のコピーライターというギョーカイ人を目指して応募してくるような未経験者は、たいがいが斜に構えたような、かっこつけばかりだったからである。その中でリクルートスーツでちゃんと敬語が使えるだけで圧倒的にオレは有利だったのだ。
こうして面接も難なく乗り切ったのだが、実は一つ、致命的と思われるミスをした。あろうことかオレは、コピーライター募集の面接だというのに「コピーライターという仕事がよくわかりません」と口走ってしまったのである。アホである。
そんなミスも見逃してもらったのか、あるいはそれが素直であると好感を持たれたのか、それとも他の応募者がタコばかりだったのか、結果的にオレは80人に1人という狭き門をクリアーし、コピーライターの道に足を踏み入れてしまったのである。
今にして思えば、その会社は社員わずか3人という消しゴムのカスのような会社で、たまたま前年は業績が良かったから調子に乗っちゃって、ようし、オレたちも新卒学生を採用するぞと張り切っていたところだった。身の程知らずもいいところである。
そんな状態で経験豊富なキャリア人材を入れたら社内のバランナスが崩れるし、何も知らない新卒を採用して、だいたいこのギョーカイというのはだねえ、と偉そうにしていたほうが気分いいと考えたのだ。だから新卒そのものというオレみたいなのが採用されてしまったのである。
交通費稼ぎの暇つぶしで応募したら採用が決まってしまったのだから、その日の夜に連絡を受けたオレは仰天する。そして、さすがにビアノのセールスマン(その楽器店では店員ではなくて外回りの営業に配属されることが決まっていた)よりコピーライターのほうがカッコいいと思い、その内定を受諾することにしたのである。何しろ時代はパラシュートの沢田研二だ。
結局その楽器屋には、祐天寺のバス通りにある赤い公衆電話から内定辞退の連絡を入れた。足を運んで頭を下げなければ許してもらえないのではと案じていたが、あっさりと「しょうがない、わかった」の一言で終わったので、ホッとした。要は何も期待されていない内定者だったというわけだ。
以来、まさか40年後もその仕事で飯を食うことになろろうとは想像もしていなかったから、まったくもって人生の岐路とはわからないものである。
2021.05.03
ゴールデンウィークの真ん中だというのに、イオンで買い物をして食事して帰った後は、Paraviで「ドラゴン桜」とかのドラマを観て過ごす。
くっそつまらんゴールデンウィークだぜ。
もっとも緊急事態じゃなくたって大学生と高校生の子供がいたら家には寄りつかないだろうから、似たようなものだったかも。
それにしても都内のどこの公園も休園、閉園、立ち入り禁止になっているのには萎える。好天の下、体を動かした方がなんぼか健康的だろうに。フレイルで命を落とす危険性はコロナよりずっと高いそうだぞ。
2021.05.02
東京都が若者たちに「どうして外出が減らないんですか」「どう言ったら外出が減るんですか」という街頭アンケートを行った。
それをみた伊沢拓司が「妥当性がない」などと手厳しく批判していた。いつもの彼らしく穏やかな笑顔を浮かべつつであったが「アホじゃねえの」というニュアンスがたっぷり込められたコメントだった。
オレもアホじゃねえのと思ったわ。
調査を外注したならまーた税金の無駄遣いかよと思ったし、都職員が自ら街頭に立って声をかけて行ったのならもっと他の仕事があるだろうと思ったし。
こんなアンケート、クソの役にも立たない。百合子のいつもの「やってます感」を出すことだけが狙いだろう。フリップ芸と同様だ。単なる自己顕示。百合子は都政にすっかり飽きている。
「女帝」にあった通り、百合子は緊急時には無能ぶりを露呈する。そして無能だと本能的に自分でもわかっているから、早く放り出したいのだろう。それが飽きている態度に表れている。
「権力に憑かれた女」でも「小池知事に失敗はない。なぜなら絶対に失敗を認めないからだ」という都議会議員の言葉が紹介されている。
「オリンピック開催反対を公約に掲げて都民ファーストが都議会線を戦うのでは」という観測記事を時事通信が流した。風を読むというか、どうすれば自分がキーマンになれるかというカンを働かせることに関して、百合子は天才的だ。ため息が出る。
今の空気だったら完全にオリンピック反対の民意となり、その民意を言い訳にして中止に踏み切れる。
そしてその責任を取りますと言って知事の座を放り出せば、体裁をつくろいつつ、自分は傷つかず逃げ切れる。そしてちょっと間をおいて国政復帰。オレでもそんなシナリオが読めるぜ。
居酒屋には営業してもいいが酒を出すなという。
8時を過ぎたら街頭以外は消灯しろという。
コンビニには酒を売るなという。
百貨店のテナントには補償金として1日2000円を支払うという(2万円ではない)。
鉄道には減便しろという(「減便したらかえって混んじゃいますがな」と西武鉄道には鼻で笑われた)。
もしかしたらオレたちは不幸なことに史上最低の都知事につきあわされてしまったのではないか。常軌を逸しているとしか言いようがない。
選挙公約の「通勤電車を2階建てにしてラッシュを解消」はギャグに決まっていると思ったが、もしかしたら本気だったのかも。あの時点でネジがずれていたということだろうなあ。
さなみに上のデータは、厚生労働省が発表したもの。
改めてではあるけれど、ちょっと驚くよ、これ。
コロナの日本人の死亡率は80代以上が13.8%とそこそこ高いが、50代で0.3%、30代以下は0.0%なのである。
あるデータでは、直近1週間でアメリカではコロナによって100万人あたり700人が死んでいるのに対し、日本では同0.3人だそうだ。(ちなみに2020年の日本人全体の死者数は前年より9000人減った)
交通事故は危険だし、日本では交通事故死がゼロではないから、車の運転はやめましょう。
今のコロナ対策は、そう言ってるのと同じだ。馬鹿なことはいい加減にして欲しいものだ。
2021.05.01
恐ろしい。実に恐ろしい。先頭に立って走るとは、こんなにも恐ろしいことだったのか。
きょうはJEF千葉戦。
おっさんぞろいの中にひよっこがぽつぽつ混じるというヘンテコな編成のチームで、名将と言われるユン監督のため息も深くなるばかりである。
当然アルビレックス新潟が負けるわけもない。鈴木大輔も安田理大も衰えたものよのう、あはははは〜と嘲笑しつつ、見事な勝利だ。
しかも覚醒した谷口が2点目を決める。2点目が実にビューティフルで左からカットインして、しっかりとニアにぶち込む。しかもニアは相手に切られているというのに。
2試合連続の得点で谷口、ついに覚醒だ。どっしり収めてつくるタイプの鈴木と違って、流れて受けてつくるのが谷口の持ち味。そこが理解されて、その持ち味を引き出すように周囲も動き始めたようだ。
何よりも素晴らしいのが2点目のあとのパフォーマンスである。そうである、ムーンウォークである。
「では特技のムーンウォークやります!」「やんややんや」大きな丸を両手で作って頭に掲げ、阿波踊りのような腰つきで歩き出して「あ、月があるくよムーンウォークっ」と踊る。
そんな一発芸が公開されて大ウケしたもんだから、ゴールパフォーマンスではチームの仲間に煽られてついスタジアムでも披露してしまったのだ。
もちろん大ウケ。ああ、谷口よ、これで君は年間を通じてムーンウォークのタコ踊りをせねばならなくなった。ぜひ大量にゴールを決めて、存分にムーンウォークしてくれ。
それはたいへんにハッピーなことではあるのだが、こうして千葉をきっちり下したというのに、ヤツらは負けてくれないのだ。ヤツらとは、琉球、京都、磐田、町田である。こちらがいくら勝ってもやつらも勝って、食いついてくる。しがみついてくる。
まるで細いクモの糸をよじ登っているというのに群がり食いついてくる亡者のようだ。
こらあ、手を離せえ。切れるじゃないかあ〜。
恐ろしい。実に恐ろしい。
しかも5月後半からは町田、京都、琉球、甲府という4連戦が予定されている。普通に4連敗もあり得る相手だ。
恐怖しかないではないか。
勝ちたい。勝たねばならぬ。ここは4分けでは勝ち点4しか取れないので、2つ負けてもいいから2つは勝ちたい。もし3勝1分け、いや2勝2分けでも十分だろう。
とても4つ勝てるとは思えない。
そんな恐怖の1ヵ月がこの先に待ち構えているのだ。これが恐怖でなくてなんだというのだ。
まずは次の大宮戦にきっちり勝たねば。大宮戦は大宮で行われるので行こうかと思っていたらチケットが瞬殺でござる。あのスタジアム、いつもアウエーが狭くてぎゅうぎゅう詰めなんだよな。ホーム側はがらがらのくせして。
こちらは大宮戦だが、他を見ると、おお、京都−琉球ではないか。3位と2位の直接対決だ。
ここでオレたちが大宮をきっちり叩いておけば、京都か琉球のどちらかとは一気に差を広げられる。直接対決ではないが、バーチャルの6ポイントマッチなのだ。
ここで亡者を蹴落とすのだ。
恐ろしいから大宮に負けたら、なんていうことは考えないようにしている。
なにしろこちらは首位だから標的にされちゃって、対策を打たれ始めている。きょうだってそうだ。
ボールの出所、特に足もと不安定なマイケルにプレスをかければバランスが崩れるとわかっていて、プレスの連続だ。次第にこちらの距離感も悪くなって追い込まれていく。
同じようなことを他の亡者たちもやってくるに違いない。
うう、やっぱり恐ろしい。
2021.04.30
高校の同級生のテツヤくんは、「東海大相模」を「とうかいおおずもう」と読み、「亜細亜大学」を「あさいあだいがく」と読んでいた。
それでも高校3年生になって猛勉強して、見事に国立大学に現役合格した。
連休明けのカレンダーにメモした相模原という文字を眺めていたら、そんなことを思い出した。
テツヤくん、どうしているかな。元気でやっているだろうか。
※
連休の谷間の金曜日。多くの会社が休みにしている。
ところがそれでも仕事のメールが来る。あれ、お休みじゃなかったでしたっけ。
どうやら休みは休みでも、出かけちゃならぬとお上に命令されているから他にすることもなく、仕方ないので仕事をしているらしい。
これもリモートワークだからこそ。
どうやらやっと時代がオレに追いついたようだな。ふふふ。
あっさり追い抜かれたりして。
※
まっちゃんから大切な贈り物が届く。早速娘と一緒に堪能する。
まっちゃん、ありがとうございました。
2021.04.29
ゴールデンウィーク初日、長野のまっちゃんから「DVD送ったからよろ〜」という連絡が来た。
先日オレは大滝詠一の番組を見て録画しておくんだったと書いたが、それを見たまっちゃんがお裾分けしてくれるというのだ。なんとありがたや。太っ腹な。さすが社長。ありがたくいただくことにする。
後で気がついたけれど、まっちゃん、きょうが誕生日だったのね。お祝いもいわず、失礼しました。お互い、若いもんには負けてられませんな。
などといいながら仕事をしようと思ったら、息子が「きょうは川崎対名古屋だぞ」と教えてくれた。え、リーグ戦?
「そうだ」というから、こりゃ仕事なんかやってられっかよ。予定を全面的に変更して、午後はサッカーを見ることにする。
1位川崎対2位名古屋の直接対決。ここで名古屋が勝てば勝ち点で並ぶという重要なゲームだ。はらはらしますなあ。
攻撃力の川崎と守備力の名古屋。最強の盾矛決戦とメディアは煽るのだった。
ところが開始3分、あっさりと川崎が先制する。矢のようなミドルキックだった。直後の10分には家長のビューティフルクロスからレアンドロがヘッドを叩き込みたちまち2-0。早くも勝敗の興味は薄れてしまった。
そして20分にまたもやレアンドロが決めて前半20分で既に3-0。なんだこりゃ。
煽りに煽ったゲームで名古屋は大虐殺。満天下に大恥を晒してしまったのである。タコ名古屋。
息子によれば「名古屋は距離感が悪い。切り替えが遅い。中盤で負けている」。
後半になって名古屋はボールを持とうと考えたのだろう、ボランチを3枚にした。だがすでに時お寿司。
適当に力を抜いてちんたらと流す川崎に軽くあしらわれて、名古屋、半べそのボロ負け。雨がざーざー降るゴールデンウィーク初日にスタジアムまで駆けつけてこんなゲームに付き合わされた名古屋サポーターは惨めなもんである。まさに修行だ。
後々まで語り継がれる恥さらしゲームとなったのだ。
とまあ、人ごとながらわははははと腹を抱えて笑っていればいいわけだが、ふと気がつけば、このまま昇格するとオレたちは来年、こんな連中と戦わなくてはならないのか。
そう口にしたら息子も「ううっ…」とうめいて黙り込んでしまった。
いやいやいや、大丈夫何とかなる。戦う前から負けること考えてたら猪木にビンタくらってしまうし、だいたいそれがJ2のぬるい空気になじんでしまったという堕落の証拠ではないか。オレたちはできる。勝てる。闘える。
まあ、オレが闘うわけではないが、そう言い聞かせて握りこぶしを突き上げるのだった。
それにしても今年もJリーグはにぎやかである。札幌ジェイの人種差別は昨日書いたが、仙台では選手とサポが揉めている。
罵声を浴びせるサポーター中心部に対して仙台の赤崎が中指を立てたというのでサポがぶち切れ。大騒動に。結局クラブが赤崎に頭を下げさせてその場はおさめた。
だが赤崎本人は「中指なんて立ててない」と主張し、Twitterで「間に人を立ててしかるべき対応をする」と宣言した。要するにサポーターに対して法的手段を執ると突きつけたわけだ。
選手とサポーターの関係としては極めて異常な事態だな。
もっとも一番の問題がクラブにあるのは明白。なにしろその場をおさめるために、選手の言い分を聞かず、頭を下げさせたわけだ。選手を守るべきクラブがこれでは、選手としては「やってられっか」となるのは当然。赤崎は仙台を辞めるだろう。
J1で19位の仙台は、今シーズンまだ一度も勝っていない。それどころか去年からホーム21試合未勝利というから、そりゃあサポーターもぶち切れたくもなるだろう。
顔の大きい手倉森を監督に招いて「今季こそは」と思ったのに、これでは、手倉森の顔が大きい分、怒りも大きいだろう。赤字も貯まっている。
サッカーを見終わって「外の空気が吸いたい」という息子と、コメダ珈琲に行く。
息子は本を数冊持ち、オレはパソコン持参だ。
そのまま90分、コメダ珈琲でオレは仕事をする。昨日もこのコメダ珈琲で原稿を書いたのだが、実にはかどった。きょうもまた90分間集中して原稿に取り組んで、順調に書き続けられた。
なかなかいいな、コメダでの原稿仕事。ノマドワーカーかよ。
自室で仕事をしていると、書き始めるまでにネットを見たり、スマホをいじったり、机に脚を載せてちょっと居眠りしてみたりで、なかなかエンジンがかからない。
そんな怠慢ができず、パソコンに向き合わざるを得ないから、カフェでの仕事は集中できるのかもしれないなあ。
コーヒー一杯500円というのが少々痛いが、この快適さはなかなか得がたいものである。
2021.04.28
シンガポールに家族で暮らす知り合いが、二回目のワクチン接種を終えたそうだ。早っ!
40代後半の男性である。特別なコネがあったとかじゃなくて、普通に打ち終えたらしい。
ひるがえって日本ではワクチン接種率が1%ちょっととかいう話である。
もうこの国はダメダメなんだなあ。つくづくそう思った。
医療崩壊といいながら一方でオリンピックのために看護師を毎日500人以上よこせという。
夜間には灯火管制とばかりに照明を消せという。自分たちはレイボーブリッジや都庁でピカピカと遊んでいたというのに。
ワクチンの割り当てなどを管理するV-SYSというシステムの使い勝手がとことん酷いというのに、その使用を押しつけられた現場は右往左往だという。
あげくにEUから日本に出荷されたワクチンは5230万回分なのに接種されたのは270万回分で、残り4960万回分のワクチンが行方不明というニュースが流れて、これって本当なのかよと目を剥く。流通在庫のようにどこかで眠っているということか。まさかオリンピック用にどこかに隠してあるなんてことはないよな。いっそフェイクニュースならよほどマシ。
以前にも書いたけれど、20年ほど前にある企業の経営者にインタビューした際の言葉が頭に残っている。
その企業では毎年若手官僚を、民間での研修ということで何人か預かっているのだが、「その連中の質が年々下がってきているんですよ。国家スタッフですから、日本の将来が心配ですよ」とのことであった。
あの頃新人だった連中が40代半ばの働き盛りとなっていると考えれば、あの懸念が現実のものになったということだろうか。このダメダメぶりは。
まったくオレたちが働いてきたこの30年は一体何だったのだ、オレたちは何をやってきたのだと力が抜ける。
そんなことを考えながら家でボケッと酒を飲んでいたら、ルヴァンカップの札幌対福岡でジェイがカウエに対して鼻をつまんで「くせえ」という仕草をしたのがはっきりと動画で抜かれてしまった。4分35秒あたりだ。
カウエが大人の対応をしたからこの場では流されたけれど、これは完全にアウト。ヨーロッパなら大騒ぎだ。
ジェイはいい選手なのだが、バカなことをしたもんだ。札幌のサポーターもあまりのことに引いている。ジェイもダメダメだなあ。
2021.04.27
小泉進次郎が想像以上にアレだった件はさておき、コンビニのレジ袋はたいへんに便利だ。有料になっても基本的にはもらうようにしている。
特にゴミ捨てには不可欠。少量のゴミを詰めて、大きなゴミ袋にまとめて出せば清潔だ。生活の知恵だな。
台所の生ゴミもそうやって始末すればきれいで簡単なのさ。
ところが生ゴミは新聞紙にくるんで捨てればよくて、そうすればプラスチックごみも減らせるでしょうとテレビの情報番組はいう。その新聞が今は家庭の中にはないのですよと視聴者はいう。
いろいろとギャップの生じる令和である。
「1971年の悪霊」堀井憲一郎・角川新書。著者はオレと同い年である。冒頭、この本は「2009年は奇妙な夏だった」と始まる。あの年は自民党から民主党へ政権が交代した歴史的な事件が起きた。著者も書いているように、確かに奇妙に真っ白い夏だったという記憶がある。家族をクルマに乗せて光が丘へ買い物に行ったとき、横断歩道で止まったら目の前を岡田克也が横切っていったのをはっきりと覚えている。暑かったなあ。そんな奇妙な夏と1971年はよく似ていたと著者はいう。そこはあまりわからないけれど、岡林信康とか高橋和巳とか「小さな恋のメロディー」といった懐かしいアイコンを散りばめながらの時代論は、それなりに面白く読めた。オレたちの10歳年上が団塊世代。学園紛争で暴れていたらしい彼らとは確かに大きな垣根を感じるわ。
2021.04.26
ここのところの大滝詠一「A LONG VACATION」推しにはいささか食傷気味だ。
40周年記念ボックスに絡んだプロモーショーンの影響だろう。それはわかるが、あまりに礼賛が過ぎるとうんざりなのも確かである。
もちろん名盤であることは間違いない。たぶん日本ポップス史上最も重要なアルバムの一枚だ。
でも個人的には「A LONG VACATION」で聴くに値するのは「君は天然色」「さらばシベリア鉄道」の2曲だけだと思う。「君天」のサビを強引に1音下げてミックスしたというのには驚きだし、あの不思議な響きがそれで誕生したという謎解きには興奮したなあ。
その大滝詠一の特集番組が先日NHKのBSで放送された。楽しみにして見たのだが、冒頭、仰天した。
なんと「君は天然色」を生演奏で放送したのである!
しかもバンドが豪華で吉川忠栄や鈴木茂なんかがいる。ボーカルは大滝詠一本人のトラックで、そこに生演奏をかぶせるという趣向だ。
この演奏が、まあとんでもなく素晴らしくて、ぶっ飛んだ。もちろんオリジナルのウォール・オブ・サウンドには及ばないものの、生演奏でここまでやれるのかと驚くほどの音の立ち方だった。つくづくどうして録画しなかったんだろうと後悔した。再放送はないかと思ったらオレが見た番組そのものが再放送的なものだったらしく、残念。
TVer的なサービスでどこかでもう一度見られないかしら。
それにしても改めて思ったけど、大滝詠一ってワンパターンだよね。TARAKOの「うれしい予感」が流れてきたら娘が「なんで君天がかかってんの??」と驚いていたけど、確かにクリソツ。セルフパクリはちょっとどうなのという感じ。
「A LONG VACATION」が今も語り継がれる名盤なのに、次の「EACH TIME」がほとんど触れられないというのは、そのあたりに理由があるのかも。「ペパーミント・ブルー」は大好きだ。
「大誘拐」天藤真・双葉社。
安く大量に本を読むならブックオフが一番だなと思い、最近はよくまとめてたくさん買ってくる。1000円あれば1週間分の本が買えるんだからたまらない。そんなふうにして110円コーナーを見ていたら「大誘拐」を発見。双葉社バージョンだ。「大誘拐」は学生時代に買った角川文庫版と東京創元社版、そしてKindle版を持っているが、双葉社版は持っていなかったので迷わず購入。ほとんど読まれた形跡のない古本だったし110円だし。もちろん版は違っても中身はまったく違わない。それでもこの本だけはすべて持っていたいのだ。間違いなくオレにとってのオールタイムベストワンの小説だ。そう思う人は案外多いようで、週刊文春の「20世紀のベストミステリー」というアンケートでも「20世紀でナンバーワンのミステリー」に選ばれていた。まあ、それほどの小説なのだ、「大誘拐」は。せっかく買ったので久しぶりに読み返す。もう何十回目か。プロット、キャラクター造形、設定、文章とあらゆる面で完璧。昭和50年代前半に発表された小説で、なんと身代金100億円というとんでもない犯罪を描いたミステリーだ。当時の大卒初任給が10万円ちょっとだったそうだから、今なら200億円以上に相当するだろう。このとんでもない犯罪を犯人側から描いた(つまり冒頭から犯人はバレている)もので、それだけでも奇想天外なのに、緻密なプロットでこの犯罪を成功させてみせて、最後にはすべて伏線を回収して、きちんとオチまでつけている。しかも全編にユーモア感まで漂うのだ。なんべん読み返してもどっぷり浸ってしまう。至福の一冊とはこの作品だ。
「稼ぐライターの仕事術」吉田典史・同文館出版。こういう題名の本をレジに持っていくのは気恥ずかしいもので、「こいつ、リストラされてライターでもやろうとしてるんだろうなあ」とか「いかにも売れないライターっていう顔をしてるぜ」と思われるんじゃないかと気にしてしまう。もちろん書店のレジにはそんなヒマはないから、客の事なんていちいち気にしていない。単なる自意識過剰である。オレはこれをブックオフで200円で手に入れた。中の「売れる文章の書き方」という項目だけ読みたかった。パラパラとページをめくると、ところどころ折れ目の跡が残っている。この本を売りに来た人が読んだときにチェックした項目なのだろう。リピート率を上げるにはというようなページに折り目が残っていて、同じところの仕事がなかなか続かないライターが読んでいたのかなとなどと想像する。「倒置」という漢字には「とうち」と鉛筆でルビが振ってあって、えーと、この人そもそもライターには向いてないんじゃないのかと案じてしまった。著書は編集者の立場からフリーライターに転じた人のようで、発注者側にいたときの「こういうライターには2度と仕事を出さなかった」という話が大変に面白い。仕事を断るメールでも「こんなメールを寄越したライターには仕事を出さない」とあって、ふむふむなるほどと役に立った。電話には出ないでメールでしか連絡の取れないライターとか「打ち合わせにジャージできた」とか、要するに基本的な常識を知らないライターは案外多いようだ。文章については、「オレら職業ライターに求められているのはうまい文章でも美しい表現でもなく、徹底してわかりやすい文章に尽きる。それが商業文」という主張には激しく同意した。これは古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義」の「文章で最も大切なのは論理展開」とロジック至上主義を打ち出しているのに通じる。
そういや先日東京駅前八重洲ブックストアの1階平台で、職業ライター向けの専門書のようなものが積まれてあったので、手に取った。高かった。専門書だから高いのであって、高い分、いかにも役立ちそうだなと思ったのだが、「読書は乱読が大切」と本文に書いてありながら帯には「この一冊で十分だ」みたいな煽り文句があって、ずっこけたので買わなかった。
2021.04.25
家族がみんな出払って、家にはオレ一人という好天の日曜午後。突然ピンポーンとチャイムが鳴ったのだ。
玄関を出てみれば、月に1度顔を見せる読売新聞のおばあちゃん。「集金でえーす、読売でえーす」と笑顔だ。
おお、おばあちゃん、今月も元気だな。
日経と日刊スポーツはカード決済なので現金の集金はない。集金は大変だろうから読売もそうしようかと思ったら、集金のおじいちゃんが「えーと、実は集金1軒あたり80円もらえるんですよ」とぼそっと言うので、おお、そうだったのか、集金は大事な小遣い稼ぎだったのかと、引き続き集金に来てもらうことにしたのだった。
そのおじいちゃんから今はおばあちゃんに引き継がれている。比喩ではなくて本当におばあちゃんの集金人だ。
はいはい、おばあちゃん、いくらだっけ。
そう声を上げて、はっと気がつく。しまった、カネがない。
きょうのオレの手持ちの現金は千円札が2枚と小銭のみ。新聞代は3950円。明らかに足りない。しまったあ、抜かったなあ。ヨメがいれば払ってもらったのに。いや、ヨメでなくても子供たちがいれば払わせたのに。だが今は家にはオレしかいない。だから新聞代が払えない。
あっ、と発して一瞬固まったオレを見たおばあちゃん、すぐさま察したか「ああ、じゃあまた来ますよ〜」と笑顔だ。
ごめんよ、おばあちゃん。
去年の夏、夕方とはいえ暑いさなかの集金の際、冷たいペットボトルのお茶をあげたことがある。そういう関係づくりは大事だ。
というような大げさな話ではないが、要するにない袖は振れないというわけだ。オレにはカネがない。後日、また来てくれ。ご足労でございます。
なんでカネがないかというと、要するに現金を使わないからだ。先日息子が本を買うからカネをくれというので一万円札を渡した。それ以来、ここ一週間ほど、オレの財布には五千円札が一枚残るのみだった。
もちろんそれでもまったく困ることはなくて、ほとんどの支払がSuicaでたまにクレジットカード。キャッシュを使うのは古い駐車場での支払か、地元の肉屋で唐揚げを買うときぐらいだ。今では地元のそば屋でさえPayPay対応である。
そりゃあATMの需要が急速に下がるわけだ。もはやキャッシュなんて遺物だ。
といいつつ、先日オレはタクシーに乗ったのに現金がなくて払えなかったディレクター君のことをネタにしているわけだから、その言葉はそのまま天に吐いた唾となってオレに降ってくる。とほほ、多少なりとも手持ち現金は用意しておいたほうがいいよ、と。
さて、そんなふうに正当な理由で集金に来た高齢者を手持ち現金がないからという情けない理由で追い返したオレが一体日曜の午後に一人で何をしていたかというと、当然サッカーを見ていたのである。
昨日のゲームでアルビレックス新潟は見事な勝利を収めた。これで10戦負けなし。8勝目である。J2に降格した2017年はたった6勝しかしなかったから、既に当時を上回る勝ち数である。
土曜日にゲームがあった場合のオレのルーティンは、日曜の午前にもう一度そのゲームを見返して勝利の喜びに浸ることである。最高の休日だ。
そして午後はJリーグの他のゲームをゆっくりと見る。首位なので、2位以下のチームの動向がどうなればこちらに有利に転ぶかを考えながら、きょうは京都が負けて磐田が負けると最高だな、琉球と甲府は引き分けがいいなどとつぶやくのだ。
実に、実に気分がいい。高みの見物だ。
こういうのを文字通り上から目線というのだろう。
歌舞伎揚げなどをつまみながらふんぞり返って京都-山口戦を見る。京都、たいしたことない。しかし戦術ウタカで要所で点を決め、結局は勝利してしまう。くそ、負ければよかったのに。つまらん。
腹が立ったので途中でやめて、磐田-山形戦を見る。磐田、ぼろぼろじゃねえか。笑っちゃう。絶好調のルキアンをなぜか途中で下げるという謎采配ぶりに、ハゲじじい監督の相変わらずの冴えが感じられてオレは一人で高笑いだ。よしよし磐田が負けて4敗。これは脱落だろう。
どうもかつての磐田・鹿島の黄金時代が半ばトラウマのように叩き込まれているからなのか、この2チームに対しては本能的に敵意をむき出しにしてしまう。負けるとたいへんに気分がいい。特に磐田の場合は監督にひどいメに遭わされたから、絶対に許すもんかという気分にさえなる。
そんなふうについ荒れてしまった心を落ち着かせてくれたのがJ3の岐阜だった。
おお、きょうの岐阜-富山のJ3首位争いには、なんと満を持して柏木が出場するではないか。Jリーグ、プロ野球が「絶対に迷惑かけませんからキャンプさせてください」と頭を下げてようやく実現した沖縄キャンプで、あっさり外出禁止を破った柏木は地元のキャバクラを借り切って派手に宴会。同じくあっさりバレて大騒ぎとなり、浦和をあっさりクビになってしまった。
もともと問題児キャラだったし、どこのチームも契約することはないだろうと案じられていたときに、なんとJ3の岐阜が救いの手を差し伸べたのである。とはいえ、いくらなんでもJ3はプライドが許さないだろう、ヨメも首都圏以外はイヤだ田舎は大嫌いと公言していたし。
ところが岐阜を断ればあとは東南アジアに行くしかないというところまで追い詰められていたこともあって、柏木は岐阜への移籍を決心して、そして今日のゲームでようやく出場のチャンスを得たのである。
日本代表にも選ばれたことのあるJリーグトップクラスの選手である。果たしてJ3でどんなことになるのだろうと興味津々だ。
後半から柏木が出てきたので、オレは負けて惨めに肩を落とした磐田の姿を目に焼き付けてから、岐阜のゲームを見た。
いやあ、笑ったなあ。案の定というか、予想以上というか、柏木がまったくゲームに入れていない。まったくボールが回ってこないのだ。
見ているとセットプレーでも誰も柏木とアイコンタクトしようとせず、要するに完全無視なのだ。プレーの起点になってゲームをコントロールするのが柏木の持ち味だから、これではまったく存在価値がない。完全スルー。文字通りの宝の持ち腐れだ。
事情は容易に推測できる。J3の選手なんてほとんどがアマチュア契約だから、選手としての月収は10万円ほどだ。もちろん食えないからコンビニや居酒屋でバイトするのが当たり前。よくあるのが地元の温泉旅館でのアルバイトである。風呂にも入れるしメシも食える。
それでもせいぜい年収200万とか300万がいいところだから、そこに落ちたとはいえ数千万円もらっているはずの柏木が加入したのだから、他の選手が面白くないのは当たり前。チームに溶け込むどころか、目も合わせてもらえないだろう。
ましてや司令塔としてゲームコントロールなんてとんでもない。誰がおまえの言うことなんか聞くかよ、てなもんだ。
もちろんそんなことは柏木も覚悟の上であるはず。チームに溶け込む努力をしたか、それとも上から目線でふんぞりかえったかわからないが、結局まったくフィットしなかった。
そんな事情が露骨に見えてくる、実になんとも痛々しいというか寒々しいというか、他人からすると興味津々の展開なのだった。
それにしても気持ちがわからなくもないが、岐阜も岐阜だよ。チームのサポも「おまえらいい加減にせえや」と呆れている。せっかく柏木という武器を取ったんだから、ちゃんと正しく使えよ。タンゴちゃん認定Jリーグ4大バカの一人ではあるが、選手としてはJ3では卓越した存在なのだから、有効活用しなければ。
そんなことを考えながら岐阜の負け試合を見たのだった。
それにしても岐阜県内では岐阜というチームは徹底的に無視されているというか、気にかけているのは県民の0.001%とまでいわれている嫌われぶりだ。この背景にはどんな事情があるのだろう。気になる。
夕方、琉球-甲府を見る。これは引き分けがいいのかなあ。ところがこのゲーム、実に退屈な塩試合になってしまって、帰宅して途中から見始めた息子も、しょうがねえなあと呆れる。0-0のまま残り5分というところでオレは娘を塾まで迎えに行くために家を出たのだが、ところがここでドラマが待っていた。
なんと89分に琉球が1点を入れて勝ってしまったのである。
その様子について聞いたところ息子は「ジャッジリプレイ案件だな。あれは酷い」とのことだった。どれどれとDAZNを見返したら、ありゃま、確かに酷い。琉球のキーパーの手を甲府の選手が上から押さえつけて、それで1点入っている。
これはキーチャーバージだ、いやキーパーチャージだ、いやそんなルールはもう20年も前になくなっている。
だがファールはファールで明らかな誤審。勝った琉球の選手は気まずそうな表情で、負けた甲府は猛抗議。あげくにキーパーが抗議のしすぎでイエローカードまでもらっちゃって、かわいそうすぎる。酷い審判だ。
こういうレフェリングを見ると、まさにJ2は魔境と痛感する。早く抜け出さなければ。
夜、自民党が国政選挙で3敗。一晩で3連敗。北九州チラパンツのような凋落ぶりでびっくりだ。一気に政局だろう。たぶんガースーはお役御免となり、アベちゃんが3度目の登板となるだろう。問題はタイミング。
オレの推測では、オリンピックの中止を決めて、ガースーがその責任を取るという建て付けで辞める。バッハ来日の直後ということで5月半ばというのはどうだろうか。
どうせなら百合子も道連れにしてくれ。飲食店があまりにかわいそうである。
とおるちゃんなんて、「ファミレスとおるちゃん」に衣替えして、原価割れランチに赤字定食というものを出している。あんまりだ。
2021.04.24
アルビレックス新潟、きょうで10戦無敗である。
控えめに言って夢のようである。そこそこやるとは期待していたが、完全に期待を上回られた。キャンプの段階で練習試合は無敗という噂だったけれど、まあ、練習は練習だし。
ところがどうだ。きょうだって愛媛相手に圧倒的にピッチを制圧し、退場から1人少なくなったというのに追加点を上げて、2-0の完勝。相手サポーターに、格が違う、勝負にならないと嘆かせた。
DAZNの中継では、こちらはアウエーだというのに解説者に絶賛される始末。「本間至恩は、ホンマにボールを取られませんな」と解説者が口走り、実況が「ふんっ」という鼻で笑う伝説まで生まれてしまった。
3連勝くらいまではこちらも鼻高々だったのだが、10戦負けなしもなると、まさに緊急事態、どうも落ち着かない。なんにかとんでもないことが起きるのではないかとビクビクしてしまう。
サポータの掲示板には、膵臓癌で入院治療中の患者が「頃中で家族も面会できない中、アルビに励まされている。余命宣告はされているが、なんとかJ1昇格は見届けたい」と書き込み、それに対して「昇格後も一緒に戦おう」「J1優勝を見るまで死ぬな」と励ましのコメントが殺到するという、ちょっと目頭の熱くなる展開まで起きている。
他のサポーターは「昇格枠の一つは新潟で決まり」とまで 口にするが、とんでもない、一つ負けたら落ちるのではないか、どこかで躓くのではないか、怪我で離脱するのではないか、コロナでゲームができなくなるのではないかとも悪いことしか頭に浮かばない。
つ、つらいぞ。首位を走るとは、こんなにもつらいのか。
全42試合のうちまだ10試合が終わっただけである。400mリレーの第一走者がバトンを渡すところまでもいっていない。本当の勝負はこれからである。
2021.04.23
「1年間何をやっていたのか」と日本経済新聞が一面で怒っている。3回目の緊急事態宣言への怒りだ。
しかも「政府、自治体の首長、そして医療」と名指しだ。
東京都の医療のキャパシティには実は十分に供給力があると記事には書かれてある。真面目に医療行政をしていれば、医療崩壊なんて起こるわけがないのだ。そのあたりの怠慢ぶりについては「新型コロナ、本当のところはどれだけ問題なのか」に詳しい。
緊急事態宣言の期間がバッハ会長の来日予定前日までといううさんくささには、日刊スポーツでさえも噛みついている。スポーツ新聞は、オリンピックで盛り上がれば駅売りも増えるだろうからオリンピック開催派のはずだが、ここへきてとうとうぶち切れたようだ。いい加減しろと。
挙げ句の果てに百合子が「店舗の照明を全部消せ、灯りは街灯だけにしろ」と言いだした。
まずもって非科学的なことである。感情的な思いつきにも程がある。
てめえらは去年レイボーブリッジをキラキラさせて遊んでいたくせに、とネットでは大騒ぎだ。歌舞伎町の居酒屋は「小池がきて頭を下げて頼んだら考えてやらなくもない」と日刊スポーツでぶち切れている。
コンビニが戸惑っているというから事前の根回し、打診、準備は何もなかったことがわかる。まったくの思いつきなのだ。百合子の。
神輿は軽くてパーがいいという言葉は本当だったと、今ほどしみじみ思ったことはないわ。百合子のような神輿は、迷惑千万。あいつは都民をてめえの部下だと思ってるぞ、絶対に。東京の夜から照明が消えたら、それは自分の支配の証しだと大笑いするだろう。
政府、自治体、医療の怠慢を、すべて飲食業界と若者に押しつけているのが今の日本の現実。ついにメディアも怒りだした。
飲食は怒れ、若者も怒れ。
2021.04.22
居酒屋で酒を出させないようにするって、すげえよな。というか、酷いよな。人道的に酷いといっていいような気さえする。
ややこしいのは普段酒を飲まない人は酔っぱらいが大嫌いだから、むしろ英断だと喜んでいることだが、まあ、それはそれとして。
百合子をはじめとする政治家や厚労省、医療行政の連中は、自分たちでは何もしていないくせに、飲食業界と若者に全部押しつけてふんぞり返っているように見える。マスコミもそうだ。
悪いのは渋谷の若者で、カラオケの高齢者は悪くない。だって若者は投票に行かないし、高齢者は投票するんだもの。
都民をてめえの部下だと思っている百合子は、とにかく自分が目立って、自分の指揮の下にものごとが進まないと気が済まないのだろう。平常時の飾り物としてはいいかもしれないが、こういう非常時の指揮官としてはとことん無能だ。「女帝」に書かれていた通りの人物だということがはっきりしたぜ。
インドから入ってきた変異株が見つかったという。水際対策はどうなった。政治や行政が何もしていなかったからだろう。その尻拭いを押しつけられた飲食業界と若者はもっと怒っていいと思う。
「新型コロナ、本当のところはどれだけ問題なのか」木村盛世・飛鳥新社。というわけで厚労省と日本医師会がどれだけ怠慢ぶっこいたかを赤裸々につづったのがこの本。まあ、ひどいもんだわ。特に医師会の無様さは、とことん糾弾されていい。オレたちは本当に不幸な時代の不幸な国に生きているんだと思わされる。著者は元厚生省の技官。攻撃的で相手をとことんぶったたく性格、キャラクターは好きになれないが、科学者としては優秀な人なのだと思う。コロナに対しては、未知のところが多いので軽視はできないが、今のところ毎年のインフルエンザと変わらないとしている。よって指定感染症2を解除すればよいわけだ。集団免疫を獲得する戦略も有効だろう。先日読んだ「本当はこわくない新型コロナウイルス」が同じ事の繰り返しで埋められていたのに対し、丁寧な説明を重ねているこの本の内容には好感が持てる。ご本人に直接会いたいとは思わないが。
2021.04.21
アルビレックス新潟のアルベルト・プッチ監督が多くのサポーターに愛されているのは、サッカー人としてのインテリジェンスとスキルの高もさることながら、常に他人を敬う言動を忘れない穏やかな人間性のためである。スペインの、しかもバルサから極東の二部リーグの地方クラブにやってきたというのにおごるところは少しもなく、むしろこの地と、ここに住む人々への親愛の情を常に示してくれている。
一言で言えば、人格者なのだ。
その人格者のプッチが、珍しく激怒していた。今夜の栃木SCとの試合後である。
アディショナルタイム91分のコーナーキックからDF千葉の値千金のヘッドでなんとか同点に追いつくという劇的な幕切れだったが、プッチ監督は栃木の戦い方があまりにも荒く、ラフプレーが酷すぎたこと、それがサッカーというゲームを別のものにしてしまったことに対して怒っていた。
前節では同じようなハードプレスを売り物とする金沢とウノゼロを演じ、これぞサッカーという素晴らしい内容だったことに誇らしげだったこととは対照的なきょうのプッチ監督であった。
実際、栃木は荒かった。
ハードプレスを売り物にするチームだから強く当たりに来るだろうとは思っていたが、予想を上回る荒さだった。体を当てに来る。足を引っかける。それだけならまだしも手を振り回し、引き倒し、踏みつける。
新潟相手なら多少荒くやっても笛は吹かないという決め事でもあったのか、それらのファールをことごとくスルーしたレフェリーのせいもあって、調子に乗った栃木は荒くなる一方だ。途中キャプテンの堀米が審判に説明を求め、ハーフタイムにも島田が審判に見解を求めたほど、ひどい荒れようだった。
その堀米の手の甲には、栃木のスパイクの跡がくっきり残っていたという。
だがそれが圧力となったのは事実で新潟は終始ペースを握れず、逆転されてしまう。終盤になっても圧力を弱めず気が違ったように走り回る栃木の連中は化け物じみていて、まさにクレイジーなサッカーだと思ったよ、オレは。
それにペースを惑わされたかどうか、本間至恩はミスを連発し、トップの谷口もとことんシュートを外す。
アディショナルタイムでどうにか引き分けに持ち込み、その後、田上を投入したことでプッチ監督はこのまま引き分けでゲームを閉じると宣言して、終わらせてみせた。やれやれ、負けなくてよかった。
この内容にインタビューでプッチ監督がぶち切れていたのに対し、栃木の田坂監督は、それがどうした、喧嘩上等、かかってこいや、というたたずまいだったのがおかしかった。
田坂は2015年に大分を成績不振で解任され、直後、清水のコーチになる。清水では監督が解任され、降格間違いなしなのをわかって、オレが責任を取るしかないだろうと監督を引き受ける。結局、清水は降格し、最終戦で田坂は場内の大ブーイングを浴びた。同時に大分も降格する。
こうして田坂は一シーズンで二つのチームを降格させるという離れ業をやってのけたのである。そんな汚れ仕事を引き受けても文句一つ言わないのが男・田坂だ。
だからプッチが怒ろうがどうしようが、喧嘩上等とカンフーサッカーを貫いてみせるのである。
まったく美しくないサッカーだった。汚い。スペクタクルのカケラもない。リアリズムの極北のようなサッカーだ。「勝ちゃあいいんだよ」と唾を吐かれたような、そんな気分にさせられるサッカーなのだが、まあ、田坂ならやるだろうな。
負けなくて本当によかったわ。
収穫はあった。負傷欠場のロメロ・フランクの代わりに矢村のメドが立ったことだ。覚醒である。
きょうも今シーズン2度目の出場だというのに前半にゴールを決めた。
それが実に目の覚めるようなオーバーヘッドキックだ。
高木の速いクロスに、胸で受けて落とすということもなく、そのままオーバーヘッドだ。おいおい、こそはヘッドだろうというところにオーバーヘッドで、漫画かよ。
ネットがざわつき、かつて所属していた河田や新井といった他チームの選手たちもTwitterで取り上げたほどの衝撃だった。
何よりもネットを騒がせたのが直後のプッチ監督だ。
矢村のオーバーヘッドが決まった瞬間、ベンチで頭を抱えて絶叫するプッチ監督がDAZNに抜かれてしまい、まるで「なんてことをしてくれたんだ、ヤムラ!」と吠えているようだと話題になったのだ。
いやあ、こりゃあまさに今節のベストゴールですわ。こんなきれいなオーバーヘッドシュートは見たことえぞ。去年の町田戦のテセのボレーを超える衝撃で、このオーバーヘッドだけでオレはおかずなしで白飯三杯はいける。
前節は本間至恩のピョンでやはり三杯はいけたから、毎週ごちそうさんなのだ。
2021.04.20
単なる思いつきによる大風呂敷、妄想かと思ったらとんでもない金持ちがバックにいたガチ話だったので、鼻血が出たでごさる。欧州スーパーリーグだ。
「うそだと思ってたでしょ、ばーか」と披露された話はあまりに現実離れしていてびっくり。ヨーロッパの強豪サッカーチームだけで新しいリーグを作って、大リーグみたいに決まったチームだけで試合をしましょうという話だ。
これは大相撲に置き換えるとよくわかるというのを、オレは発見した。
大相撲は楽しいけど、それでも強いヤツと弱いヤツの取り組みは一方的になっちゃってシラける。あーあ、毎日、横綱どうしの取り組みを見たいなあ。
そうだ、それなら横綱と大関だけの場所を作っちゃえ。そうすりゃ白熱の取り組みばかりだし、客も入る。大もうけだ。よし、これをスーパー大相撲場所と名づけちゃおう。もちろん普通の場所もちゃんとやるから、さらに儲かるぞ。
どうだ、わかりやすいだろう。
当然だけど、そんなことになったら横綱は毎試合真剣勝負で、しかも休みなしだから、疲れる。怪我もする。反対して当たり前だろう。新人が負けながら力をつけて番付を上がっていくという醍醐味も失われる。相撲協会や相撲ファンが激おこなのも当然だろう。
これをヨーロッパで国をまたいでやっちゃおうというのがスーパーリーグだ。
噂だけがくすぶっていたけど、実はガチでマジでしたと明らかになって大騒ぎ。参加を表明したビッグクラブは12にものぼるというから、こりゃ大変。
どうもそのうちのいくつかのクラブには投資銀行のJPモルガンから「参加したら300億円ぐらいのボーナスを払いまっせ」という話がまとまっていたらしい。コロナ禍で苦しんでいるクラブにとっては実においしいカネだ。すぐに飛びついたのは想像できる。
というわけで、なるほど、このスーパーリーグの構想にはアメリカが裏で糸を引いていたとわかって、話がすっきりした。だって発想が大リーグそのものだもんね。
選ばれた強豪チームがリーグを作って、いつも同じ相手と戦う。つまりそれは完全なるエンターテイメント。
地元のクラブをサポーターが後押しして、時間を重ねて一緒に育てていこうというサッカー文化とは完全に相容れないコンセプトだ。
だから揉めるのも当然。こんな話がまとまるわけがないだろう。
もし強行されるとなると、FIFAもUEFAも激おこの通り、ワールドカップやチャンピオズリーグからも締め出されることになる。
だが、これから先はオレの想像というか妄想だが、スーパーリーグ側とアメリカはそこも見越していて、「ならばけっこう、オレたちだけでやる」といって舞台をアメリカに移すのではないか。
スポーツ大国のアメリカでは、サッカーだけが根づいてこなかった。なんでも世界一じゃなきゃ我慢できないアメリカは、それがすごく悔しかった。
そこでサッカーをアメリカにもなじむように変えてしまおうと、15分ハーフの4セットという形式にしようとしたことさえある。これならCMもたくさん入れられて儲かるし、気が短くて単純なアメリカ人にも分かりやすい。
もちろんそんなのはサッカーではないから誰も相手にしなかったのだが、今後こそスーパーリーグを突破口にして、そんなふうにサッカーを自分らのものにしようと企んでいるような気がする。アメリカの横暴以外のなにものでもないが。
日本にJリーグができたことの大きな功績の一つが、それまで野球と相撲がほとんどだったプロスポーツの世界に、アメリカの息のかからない文化が誕生したことだ。ジョンとかビリーとかでない、ジーコとかシモビッチとかドゥンガとか聞いたことのないような発音の選手が大量にやってきたのも大きなインパクトだった。
そこにアメリカの空気はなかった。
そんなサッカーをアメリカは強引に手に入れようとしているのだろう。
へっへっ、言うことを聞け。カネならある。ほらほらほら。と札束で頬を張られたのが参加表明の12クラブということだ。
サッカー界は猛反発。選手も猛反発。だからすんまりまとまることはないだろうが、カネで頬を張られ続ければやがて腰砕けになる人間が続出だろう。アメリカもどうも本気のような空気があるし。
一方の日本でもスーパーリーグみたいな話があるけれど、こんな小さな国でもう一つリーグを作ってどうすんのということだ。
もちろんヨーロッパ同様にJリーグでも強いチームと弱いチームの一方的なゲームがある。でも、例えば川崎対岐阜のようなゲームがあったとしても、そして岐阜がタコ殴りにされたとしても、そのゲームに価値がないと思うような人はいないんじゃないかな。
なんといっても日本には高校野球があって、プロ野球と同じスポーツであっても文化としてはまったく別のものとして楽しむ土壌があるから、地元のオラがチームがボロ負けしたって一緒に泣いてまた頑張ろうと言うことができる。岐阜が川崎にボコボコにされても、岐阜の人気が落ちることはないだろう。
それがサッカー。Jリーグ100年構想の真価だと思う。
2021.04.19
京平ちゃんにはヒット曲で勝てなかったから、オレは名誉と権力で勝ってみせるぜ。
そう思ったかどうかはわからないが、都倉俊一の文化庁長官就任には「はぁ?」という感じだった。なんか、めんどくせえことやらかしそうだなあ。
そしたら早速馬鹿発言である。
「誰とは言いませんけど、へたくそな歌を歌って、コンピューターで音を合わせて発売する。では中身の歌はどうか。そこに血が通っているかどうか。甚だ疑問だ」
これが日本の文化庁長官なんだから笑ってしまう。
そもそも文化とか芸術っていうのは多様性を尊重するところから生まれるものなのに、てめえの狭隘な規範から外れるというだけで堂々とこういうことを口走る感性そのものが老害だわ。
音楽なんて個人の自己表現、嗜好そのものだから、そこにクォリティの上下などないし、優劣をつけるものでもない。
同じ点で素人のたしなんだ俳句や絵画に上手い下手をつけて、あげくは笑いものにするテレビ番組がオレは大嫌い。ボツの俳句をシュレッダーにかけるなんて、怖気だつわ。いくらバラエティの演出とは言え。
おっとっと、都倉俊一長官のことだった。
フィンガー5の「個人授業」はビートルズの「ゲットバック」だし、同じくビートルズの「キャント・バイ・ミー・ラブ」のメロディーで山本リンダの「どうにも止まらない」が歌えちゃうのには腰が砕ける。
地味なところでは柏原芳恵「花梨」がギルバート・オサリバン「アローン・アゲイン」にクリソツというのもあるが、これは都倉俊一じゃゃなくて谷村新司だったのね。
ペドロ&カプリシャス「五番街のマリー」はスコットランド民謡「ロッホ・モーロンド」にうり二つ。その「五番街のマリー」にうり二つなのが中島みゆき「麦の唄」だったりするのにはめまいがする。
「へたくそな歌を歌って、コンピューターで音を合わせて発売する」ってピンクレディだって似たようなものだったし、自分を棚に上げて天に唾をするとはこういうことだろう。老害。
この先もきっとまたいろいろとぶちかましてくれるに違いない。
2021.04.18
リモートワークはすっかり定着しちゃった。感覚では、週の半分出社、半分自宅というところか。
会社の基本としては出社だけど、自宅にいても特に何か言われるわけではないから家で仕事してるというケースも多いようだ。
異口同音に聞かれるのが、通勤の大変さを改めて実感したということだ。
週に1、2回出勤しているというお兄ちゃんは「もう会社に行くだけで疲れちゃって」と口にしている。だからつい通勤のないリモートワークになってしった。
もっともてきめんに運動不足で、体が重くなり、おかげでますます通勤がキツくなるという、これは悪循環なのだろう。
オレもサラリーマン時代は通勤が大嫌いだったもんなあ。だから時間がかかってもあえてバスを乗り継いで会社に通っていたっけ。
もっともいろんな経済活動は通勤経済を前提に成り立っているから、通勤が減れば社会から活力が失われるのも当然のことで、まあ、痛し痒しか。
それにしても百合子の馬鹿が都の職員を上野公園や渋谷駅前に立たせて「出歩くな、路上飲みするな」と叫ばせているのには、アホらしさを通り越して、薄ら寒さすら感じてしまう。どれだけ分断を煽るのだ、あのばばあは。
対面授業を進めようとしている大学にリモート学習を要請し、市立高校は体育祭をやるというのに都立高校には体育祭自粛を強要する。「東京来るな」でオリンピックは開催するというダブルスタンダードがあらゆる面で行われているのだ。
ひょっとしたらオレたちも森田健作のような空っぽで明るいだけの馬鹿を神輿として担げばよかったのかもしれない。森田健作は自分が馬鹿であることを自覚しているだけ、百合子より偉かったわ。
2021.04.17
シオンがピョン!
ゴールめがけて一直線。矢村健が右足を振り抜いたその瞬間、パスを出した本間至恩も一緒になって右足を振り上げてピョンと跳ねたのだった。
矢村のゴールそのものも大変にビューティフルなものだったが、オレにとってはシオンのピョンがツボ。なんとまあ愛らしいサッカー選手なのだろう。
だがそんなプリティーなふるまいに似合わず、矢村に出したパスは実にえげつないものだった。しかも守備からの切り替えの速さよ。激しく守備にきた選手がそのまま超絶テクニックで抜き去り、エグいパスを出すのだから、守っている金沢の選手たちはたまったもんじゃなかっただろう。
3位の金沢はの監督はヤンツー。つまりかつて新潟を率いていた柳下である。昨年はこの策士にコテンパンにやられてしまった。5-3で勝った瞬間のヤンツーのドヤ顔は忘れられない。
今年の金沢は好調で、ゲームは1位対3位の上位対決になってしまった。策士ヤンツーがどんな仕掛けをしてくるか、オレたちは戦々恐々だった。
ハーフタイムまでのスタッツでは、ボール保持率が約8対2。パスで4倍以上の開きがあった。
つまりアルビレックスが得意のポゼショナルサッカーを披露するなら、とことん好きに持たせて、そして隙あらばショートカウンターを仕掛けようというのがヤンツーの狙い。まさに閃光一閃。一瞬の隙を見逃さずに襲いかかろうという作戦だ。新潟での監督時代に百姓一揆サッカーを完成させたヤンツーらしいサッカーである。
この戦いこそ、終わってプッチ監督が「ヨーロッパでよくある試合」と評したように、ポゼショナル対ショートカウンターの戦術合戦だ。
よって試合展開は実にスリリングで、プッチが「就任以来最高のゲーム」と胸を張ったのもわかるし、選手たちも「ウノゼロ最高!」と絶叫したこれぞサッカーという醍醐味あふれるものだった。
アルビレックスが「ボールを愛するサッカー」で圧倒的に保持を続ける。対して金沢が一瞬の隙を見逃さず襲いかかろうと虎視眈々。現地で見ていた弟が「ヒリヒリする」とLINEしてよこしたように、実に緊張感あふれる好ゲームだった。
そして決勝点が、ポゼショナルサッカーの新潟による閃光一閃のショートカウンターだったところが実に深い。
一瞬のミスを見逃さずに襲いかかった本間至恩がボールをかっさらい、自分でも打てたところを冷静にボールをえげつない角度で配給したのだった。
そのボールを受けたのが、ロメロ・フランクの怪我で急きょ投入されることになったのが矢村健。通称ヤムケン。小沢健二がオザケンで松平健がマツケン。だから矢村健もヤムケンというのは自然の摂理。萩原健一がショーケンなのは「小さいケン」に由来するのだそうだ。
誰もがそこは星の投入だろうと思ったところがヤムケンだったから、誰もが驚き、ずっこけたのである。ところがそのヤムケンが乾坤一擲のゴールを決めて見せたのだから、プッチ監督の采配は神であった。
いったいこの監督には何が見えていたのだろうか。
矢村は今シーズン初登場である。ずっとくすぶっていた。このままではJ3放出もやむなしとされるほどの崖っぷちだった。それが腐らずに練習を続け、やっと訪れたワンチャンスに結果を出して見せたのである。
オレは絶叫したね。矢村だあ〜!と。
よくやったなあ、矢村。よかったよかった。予期せぬチャンスが突然に訪れたとき、きっちり結果を出せるかどうか。それが男の仕事というものよ。矢村、さすがである。
1点が入ったあとの展開はヒリヒリにさらにヒリヒリがかかったような緊張感あふれる展開だ。そこをしのぎきってウノゼロ。アルビレックスはがっちりと首位である。
3位に上がってきた京都がウタカ頼みの馬鹿サッカーで6-1だったのに対して、こちらはなんとも美しいウノゼロなのだ。
試合後、いつもはぶち切れてインタビュアーを泣かせてしまうヤンツーが、きょうはご機嫌。いつもなら「さぼっている選手が何人かいた」と激怒するところ、「全力を尽くしたけどアルビが強かった」と実に嬉しそうだった。こういうゲームをヤンツーもやりたかったんだろう。
今でもアルビレックスのことを“新潟”ではなくて“アルビ”と呼んでくれていることが、こちらはとても嬉しかった。
このゲームには、先日引退を発表した端山豪が挨拶のためにやってきていた。ヤンツー時代の選手である。スーパーミドルを決めてヤンツーに駆け寄ったシーン、早川史哉の白血病発覚後の大宮戦で鬼の形相で成岡翔にパスを出したシーンは、今もアルビレックスの語り草。
そんな端山がきょう駆けつけたのは、古巣への挨拶と同時に恩師・ヤンツーへのお礼という意味もあったのだろう。
さてオレ個人としては、きょうは右サイドバックの藤原にしびれっぱなしだった。66分、裏を取られてしまった藤原はペナ内にもかかわらず猛然と相手に襲いかかってタックルをぶちかまし、そしてあっさりとボールを奪って見せた。まさに驚愕のシーンだった。
これをはじめ、藤原は決してボールを失わない。右サイドを高速で駆け上がり、襲いかかる。そのプレーは、歴代の右サイドの中でも最高ではないか。どうしてこんな選手がJ2にいるのだ。間違いなくJ1クラスだ。
どうもインタビューなどを聞くととにかくプッチ監督のサッカーがやりたくて移籍してきたというから、プッチのサッカーをやりきったと思ったら、あっさり移籍しそうだな。今のうちからガチガチに契約で縛り付けておかなければ。
一方、キープレーヤーの高木は試合後のコメントで「このサッカーで勝ち続けている。新潟が誇らしい」と嬉しいコメントだった。高木と、左サイドのゴメスは当分新潟に残ってくれそうだ。
そのゴメスの安定ぶりは、まさに円熟という言葉そのもの。偽サイドバックとして上がりまくり、中に切れ込みまくる。その動きを見ているとファイブレーンを縦横無尽。プッチのポゼショナルサッカーの申し子という感じだ。戦術理解度が極めて高いのだろう。決してミスもしないし。
そういや先日の相模原戦で、相手の平松から高木が悪質ファールを受けたとき、ゴメスは直後に報復のタックルを平松に食らわせていた。実にキャプテンシーあふれる行為で、仲間への侮辱は許さないという強いメッセージにあふれていた。いやあ、あれもしびれたぜ。
オレのお気に入りの島田も、相変わらず絶好調。きょうも目に見えないところで悪質な何かを仕掛けたようで、それが見つかって審判に怒られていた。そんなときのサイコパスの笑顔が最高だ。
さてこれでアルビレックスと琉球が抜け出したのははっきりしてきた。それを京都と磐田と金沢が追いかけるという展開である。まだまだ油断はできない。なにしろ連敗するとあっという間に入れ替わって3位グループに吸収されてしまうのがJ2の恐ろしさなのだ。
特に5月は強敵相手のハードな連戦が待っている。そこをなんとか乗り切れば、昇格の光も遠くにおぼろげながら見えてくるだろう。
2021.04.16
久しぶりに湘南に行った。
鎌倉から茅ヶ崎あたりにかけての空気感はやはり素晴らしい。広い空に乾いた風。とても気分がいい。
真っ平らでだだっ広い越後平野に育ったからか、やはり空が広いと気持ちが落ち着く。海にも山にも、どちらにも等時間で行けた環境だったので、湘南の海も相模原の丘陵もどちらも気分がいいのだ。
帰りは横浜駅で副都心線直通の東横線に乗り換える。横浜から寝ていれば、あらあら不思議、ちゃんとオレの駅まで到着しているという便利さだ。
その東横線に乗って、菊名で思いつく。そうだ、確か退職してヒマでブラブラしているあいつのマンションが近くにあるから、武蔵小杉あたりに呼び出して、退職金でおごってもらおう。
LINEをしたら、案の定、何もすることがなくて家でぶらぶらしているという。武蔵小杉で飲もうと誘ったら、喜んでやってきた。
オレは武蔵小杉駅で途中下車し、適当に見つけた店で先にビールを飲む。JR南武線のガード下にある焼き鳥屋だ。10年前までは京浜工業地帯で働く工員連中が夕方には汗まみれで焼酎をあおっていたような一帯である。
タワマン住人が娘に向かって「目を合わせちゃダメよ」とささやきながら急いで手を引いて歩いているそばで、オレは焼き鳥とビールをあおる。ビール、うめえ。何よりも焼き鳥がうめえよ。
寿司はやっぱり寿司屋で食うのが旨いように、焼き鳥も持ち帰りではなくて焼き鳥屋で食うのが旨い。武蔵小杉ガード下の薄暗い焼き鳥屋に感謝である。
飲んでいたら、退職してブラブラしている仲間がやってきて合流だ。
退職金を持ってきただろうなと聞いたら、もう使っちゃったという。くそ、なんだそれ。退職金を使い果たした今は、単なる無職。役に立たねえな。
無職男とは、歌舞伎揚げがいかに旨いかという話で盛り上がる。無職で家でブラブラして歌舞伎揚げを食っているから、太って困るのだそうだ。そりゃそうだろ。
きっちり1時間で腰を上げる。無職の後輩にカネを払わせるわけにはいかないから、オレがおごることにした。4000円ちょっとだ。安い。
狭い店をきれいに消毒し、頑張って若い女の子をバイトに雇い、一生懸命焼き鳥を焼いて、そして大人2人に酒を飲ませて4000円。そういう真面目な商売を、日々、続けているこういう店によって、オレたちの社会は成り立っている。
日々の暮らしのために一生懸命焼き鳥を焼いて、真面目に生きている人たちの営みを、小馬鹿にしたように百合子は「営業するな」という。「店を閉めろ」という。
本当に腹が立つなあ。百合子は都民を全部自分の部下だと思ってるんじゃねえの。見下しやがって。と思ったら武蔵小杉は川崎でこの焼き鳥屋は都民ではなかったでござる。
ほどほどに酔っ払って副都心線に乗って家に帰ったら「So-netが調査だとかやってきた」と息子とヨメがオレにいう。何だSo-net、何の用だ。
nuroがどうのと言ってたらしいからきっとnuroのセールスだったのだろう。どうせフルコミッションの代理店。オレんちは既にnuroだし、今使っているルーターがしょぼすぎるので文句を言ってやりたかったのになあ。残念だ。
2021.04.15
死ぬまでに一度でいいから、アルビレックス新潟のJ1優勝か日本代表のワールドカップ優勝を見てみたいのだなんていう妄想を膨らませていたら、突然に百合子に「東京に来ないでください!」とブチ切れられたでござる。
おお、ついに無観客どころか無選手のオリンピックが開催されるのかと胸を熱くしたら、選手は東京に来てもいいというから、いったいどこの首長のつもりだ、このおばはんは。
五輪憲章によればオリンピックはあくまでアマチュアリズムを旨としているから、アスリートは余暇にスポーツをしている人たちであって、それはエッセンシャルワーカーとは違うべとぶつぶ言ってたら、ニュースでインタビューされていたおっさんが「みんな緩んでいる」と若者に対して怒っていた。おいおい、おっさん、あんたの後ろに映っているのは渋谷駅じゃないのかいと、突っ込むわたくし。
もはやオリンピックのためにオリンピックをやる、ついでに選挙を盛り上げるためにやる、というのがオリンピックの立ち位置。コロナなんて強めの風邪なんだから別に観客を入れて開催すればいいと思うが、しかし世界中から笑いものになるのは間違いないから止めたらとも思う。税金使って、モトも取れず、しかも笑いものになるなんて、あほらしすぎる。
中国と仲のいい政治家が唐突に中止を口にしたところをみると、北京大会を見据えてどうしても東京大会に参加するという方針から、人類がコロナに打ち勝って初めて開催するオリンピックという方向にあの国は舵を切ったようだ。
「本当はこわくない新型コロナウイルス」井上正康・方丈社。小林よしのりが「ゴーマニズム」の中で推薦してたいので手にとってみた。案外に、と言ったら失礼だが、学術的な知見をもとにしたまじめな本だった。要するにコロナウイルスには過去6つのタイプがあって、そのうちの4つがアジアに昔からある土着ウイルス。オレたち日本人は昔からこの土着ウイルスにかかって風邪を引いてきた。それによってすでに集団免疫を獲得していることが、東アジアの異様に少ない感染者の理由だという。けっこう難しい内容で、しかも変に煽ったりせず、論理的な口調で解説しているので好感が持てる。結論は、コロナは強めの風邪。
2021.04.14
いやあしかし、オリンピック100日前のカウントダウンがこんなにもシラけたものになるなんて、誰も想像してなかったよね、きっと。
インバウンドがまったく期待できなくなり、観光業、飲食業その他諸々にとってはまったく意味のないイベントになってしまった。これから北朝鮮に続いていろんな国が不参加を伝えてくる。日本と中国の運動会と揶揄され、すごいメダルラッシュでちゅね〜とバカにされる。
そんなことがはっきりしているから、シラけて当たり前。既に、公園の中をぐるぐる回る聖火リレーが物笑いの種だ。
それでもオリンピックで盛り上げたまま選挙に突入したい政府及び百合子はやる気満々なんだろうなあ。
高尾山のてっぺんにモニュメントを建ててその警備に人を当てるという、頭がクラクラするようなセレモニーをテレビで見ながら、オレは叫ぶ。
オリンピックがよくて体育祭がダメな理由は何なんだ、平和の祭典がよくて文化祭がダメな理由は何なんだ。いやはや。
2021.04.13
ある国会議員が書いているブログがなかなか興味深い。
小池百合子が若者に対して追い出しコンパや謝恩会、今年はぜひなしで。友人との旅行、卒業旅行もなし、でお願い申し上げます」と訴えたことに対して怒りを爆発。若ものにとって「二度とやってこない季節、その思い出の場を平然と奪う呼びかけはしても、重症化率が高く感染すれば直医療逼迫を招く高齢者には何も言わない」と激怒している。
以前にもこの議員は、ほとんどが高齢者単独世帯であることから「高齢者が高齢者に感染させているのが現実」と指摘。若者から高齢者に感染するのを防ぐために若者は自粛を、という呼びかけの欺瞞を暴いた。
若者の感染率が高いのは免疫反応が強いために症状が出やすいのでは、と指摘。若者に自粛を呼びかけるのに高齢者のカラオケには何も言及しない適当さについて、投票率の低い20代を悪者にして高齢者を敵に回さないため、としている。そしてまん延防止については政治的パフォーマンスと断じる。
オレはこの指摘に100%賛成だね。
そもそも感染者をゼロにするなんてできっこないのだから、いかに折り合いをつけていくかを考えるべきだろう。それなのにすべての原因を若い世代に押しつけるようにして、出るな、遊ぶなと言い続けているのは、どう考えてもおかしい。
何かというと渋谷のスクランブル交差点を映し出すテレビもアホすぎるが、それに輪をかけてアホなのが百合子。ほんとに腹立たしいわ。
20代、30代よ、どんどん外に出ろ。働け。遊べ。カネを使え。
我先にと争ってワクチンを求める余命少ない高齢者のことなんか考える必要はない。未来ある若者たちは、何も遠慮することはないぞ。百合子なんかぶっ飛ばせ。
「消えた警官」安東能明・新潮文庫。シリーズ6作目。足立区の警察署を舞台にした警察小説だ。うんざりするような事件ばかりが描かれている小説で、読み終わるといつも心がぐったりする。登場人物が多くて、時々わけがわからなくなるのが困ってしまう。これはオレの頭の問題。
「素行調査官」笹本稜平・光文社文庫。監察係、つまり警察官を取り締まる警察の話である。登場人物が多くて(最近オレはこういう文句ばかり言うが要するにオレが覚えられなくなっているということか)混乱するが、それはともかくとして話の筋が適当すぎるというか緊張感に欠けるというか、要するにイマイチだったなあ。笹本稜平の警察ものは、オレとしてはやっぱりNGだ。
2021.04.12
最近ではテレビなどでも紹介されるようになってきたのが、新潟県民のソウルスイーツであるポッポ焼きだ。新潟県の上の方、つまり下越地方で昔から愛されてきたお菓子である。
ポッポ焼きと書いたが、オレを始め、地元では蒸気パンと呼ぶ人が多数だ。
蒸気パンは、いつでも食べられるわけではない。基本的にはお祭りの日のみ。つまりハレの日、祝祭の日のみのめでたいお菓子である。
お祭りの露天が立ち並ぶ中に蒸気パンの店はある。食品衛生法くそくらえ。その辺の水道からバケツに汲んできた水をひしゃくですくい、薄力粉と黒糖にぶちまけて混ぜあわせ、鯛焼きや大判焼きの要領で焼く。このときに昇りたつ蒸気が名前の由来だ。
基本的に貧しいお菓子である。
だが子供も大人も、みんな大好きだ。行列をして大量に買っては、家に持ち帰って食べる。仏壇にもお供えする。翌朝にも残しておいて、冷えたものを食べる。
見た目、さぞふわふわしているのだろうと思われるが、実は全然ふわふわしてなんかしない。むしろべちゃっとしている。食感も、もさもさというのが正しい。味も黒糖の甘みのみ。別にたいした隠し味があるわけではなく、なんの深みもない。
だが子供も大人も、みんな大好きだ。ハレの日の特別なお菓子として子供は大喜びでかぶりつき、大人は子供時代を思い出してむしゃむしゃと食べる。
オレの母親も大好きだったから、祭りの日にはよく一緒に食べた。日本の田舎が貧しかった頃、黒糖のこの甘さはさぞご馳走だったのだろう。
アルビレックスが勝利すると、ゲーム後のロッカールームの様子が公開される。動画の中で選手たちは勝利の喜びに沸き、興奮しながら笑い合い、時に踊ったりもしている。
昨日の勝利のあとで公開されたロッカールーム動画で選手が「帰りもポッポ焼き、寄る?」と話していた。バス移動のサービスエリアで、蒸気パンの出店があったのだろう。それを勝利の後のバスでも買い食いしようと相談しているのだ。
そのシーンは、なんだかとても嬉しかった。選手たちはほとんどが新潟以外の出身で、サッカーという仕事のためにたまたま新潟に暮らしている。それが地元のソウルスイーツを勝利の喜びと共に味わってくれるのだから、なかなか胸の熱くなる話だ。
蒸気パン、万歳。やはり祝祭の特別なお菓子だ。
2021.04.11
外国人選手は家族を大切にするから、妻の出産があると試合を放り出して母国に帰るというのは、よく聞く話である。最初からそんなことは契約条件に入っているのも普通にあるようだ。
だがこれはどうだろう。
きょうのアルビレックス新潟の対戦相手はモンテディオ山形だ。山形は現在J2の降格圏ぎりぎりにいる。シーズン前には優勝候補にさえ上げられることもあったというのに、とんでもない期待外れだ。きょうアルビレックスに負けてしまえばJ3降格圏に落ちてしまう、一大事のピンチである。
それなのにエースのヴィニシウスがベンチ外だった。
ヴィニシウスはJ1から声がかかってもおかしくない選手である。いや、中国チームから大金で誘われているという噂もあった。最も警戒すべき選手なのは間違いない。
そんなヴィニシウスが、蓋を開けてみればベンチにも入っていないのだから、びっくり。これには山形サポも想定外だったようで「ヴィニシウスが逃亡した」と大騒ぎである。
真相はというと、母国から奥さんが日本に到着するというので空港まで迎えに行ったらしい。ああそうかいそうかい。美しい夫婦愛だな。成田かどこか知らんけど。
負けたら降格圏という緊急事態なのに奥さんが日本に来るのを迎えに行くから試合を休みますって、いやあ、山形もなめられたもんですな。いや、Jリーグ、日本がなめられたもんだ。それともそんなにも恐ろしいヨメなんだろうか。
そんなわがままが通るんだから、チーム状態もよくないのだろう、山形は。
とはいえ地力のあるチームだし、ピッ千がボコボコでボールが走らないから、アルビレックスも大苦戦。前半を0-0で終えられてしまった。
こういうゲームでもきちんと勝ちきってこそ、昇格の芽も出てくる。オレたちがそんなふうに思えるようになったことにオレたち自身が驚いている。
結果として後半に2点をぶち込んで見事に勝利。前節が苦しい引き分けだったから、ここで負けたらずるずると首位陥落、一気に第二グループに吸収されるところだったから、勝ってよかった。おかげで依然として負けなしの首位キープである。
19 ○新潟 ○琉球
18
17
16
15
14 勝ち点2ペース
13 ●金沢 ○京都
12 ○磐田
11 △甲府 △秋田
10 △栃木 ○長崎 ○東緑
09 ●水戸 △岡山
08 △大宮 ●町田 ○千葉
07 △北九 △相模 ●群馬 勝ち点1ペース
06 ●山形 ●松本
05 ●山口
04
03 △愛媛
これが現在の立ち位置。琉球と共にトップであるだけでなく、得失点差が断トツだ。ああ気分がいいなあ。これを見るだけでおかずなし3杯はいける。
だが次の数字を見ると青ざめる。
19 ○長崎
18
17
16
15 ○大宮
14
13 ○徳島 ○福岡
12 ○新潟 ○甲府
11 ●京都
10 ○金沢 ●北九 ●磐田 ○町田
09 ●千葉 ●松本 △東緑
08 ●水戸 ●岡山
07 △愛媛 △山形 ●栃木 ●山口
06
05
04
03 △琉球 ●群馬
これは去年の同じ7節終了時時期の結果だ。
なんと去年トップだった長崎と、今年の新潟が同じではないか。そして去年長崎は昇格を逃し、3位・4位だった徳島と福岡が昇格している。
ということは仮に去年と同じ流れだとする度、金沢と京都が昇格してしまうではないか。今はまだ序盤。浮かれている場合ではないことがわかる。
なんと恐ろしいリーグだろうか、J2は。世界で最も過酷なリーグだと言われるのもわかる。
まあともかくきょう勝ったのは大きい。素直に喜ぼうではないか。
あまりの嬉しさに、ヨメと娘が出かけているのをいいことに、オレは息子と一緒に地元の寿司屋に出かけ、祝杯を挙げたのだった。くう〜、久しぶりの日本酒とトロが染みるぜ。
「春を背負って」笹本稜平・文春文庫。
奥秩父の山小屋を舞台にした連作集。これはなかなかいい作品だった。どうもこの作家は、ハードボイルド系の作品よりこうした落ち着いた叙情ものがうまいのではないか。もう一歩の深みが欲しいと思うところもあるけれど、そしてそういうのは宮下奈津あたりが絶品なんだけれど、この作家にはハードボイルドではなくこうした作品をたくさん書いてほしいものだ。と上からいうオレ。確か山岳ものが他にもあったと思うので、今度読んでみよう。
2021.04.10
近所の光が丘は限界集落と言われている。
マンションが建ち並んでニューファミリーが集い、走り回る子供たちの声が響いたのも今は昔。高齢化率が50%を超えて、老人と中国人の街になった。
スーパーのカートを家まで持ち帰って、団地の廊下に放り出す。エレベータの中でおしっこする。日中からゴミ箱をあさる。そんな様子が日常茶飯事となってしまった。
だが、そんな光が丘に対して「まだマシだよ」と薄ら笑いを浮かべるのが、ご存じ高島平である。限界集落では先を行くこの団地では、駅前のダイエーで高齢者が昼から酒盛りをするのだという。
コロナでカラオケから追い出された老人が行き場を失い、自然発生的にダイエーの前で酒盛りをするようになったのだろう。PAを持ち込んで歌い始めるのも時間の問題のような気がする。
隣駅では、老人ではなくて南田中団地に暮らす中国人たちが駅前に集まって、囲碁などをしている。囲碁ならまだ迷惑にはならないからマシか。
以前高島平に行ったら、スーパーで何もしないでずーっと座っている高齢者が多いのに驚いた。あれは光熱費がもったいないから冷房を求めてやってきているのだろう。気持ちがわからなくもない。
だが駅前の酒盛りは絶対にわからない。
同じ土地に暮らす若者が「最低の民度だよ」と自分の街を罵る。こういう空気感のようなものが“世相”ということになるのかもしれない。
2021.04.09
場所や名前を書くと叩かれるかもしれないから控えておくが、きょう、久しぶりに飲み会をやった。
家族以外と外で飲むのは、今年に入って初めてだ。仕事関係とはいえ腹の探り合いをする必要もない気の置けない間柄での飲み会だから、とても楽しい時間だった。
8時前になったら「ドリンクラストオーダーです」と店の中国人が言うので、紹興酒をボトルで頼む。これでオーダーはストップしても、まだ飲める。
それでも9時前になったら伝票を差し出されて、退店。ああ、楽しかった。
店は半分の入りだ。
4月の第二週の週末と言えば、歓迎会で街は大賑わいの時期だろう。それなのに店に人はなく、街にも人は少なく、寂しいものだ。これでは飲食店があまりにもかわいそうだ。新人もかわいそうだ。
百合子は「まんぼう」という言葉が嫌いなので使わないと言い捨てたが、要するに自分発信でない言葉は何だって気に入らないというのが見え見えだろう。もはや世の大半の人々はこの権力欲のみが肥大した自己愛おばさんを見限っているのではないか。
その「まんぼう」がゴールデンウィークにかかるように発動され、観光業界はもはやあきらめ顔。進学や就職で故郷を離れた若者が最初に里帰りする楽しみの時期だというのに。
どうにも腹の納まらないのが、少子高齢化を嘆きながら一方でワクチンは高齢者から、というやり方である。高齢者には家でおとなしくしてもらって、生産年齢人口、特に20代、30代にアクティブに動いてもらって経済を回してもらうのが筋だと思うのだがなあ。
コロナの死者は10代でゼロ、20代でも数人。若い世代はたとえ感染して発症してもほとんどが無症状軽症で済むのは明らかだ。優先してワクチンを打って、そして働いて金を稼ぎ、遊んでカネを使ってもらいたい。それなのに「オレはいいから若い人たちを先に」と言う声も、高齢者からは上がらないのはどうしたことだろう。
まったく嘆かわしいわ。
と腹に怒りを溜めつつ、いい気持ちに酔っ払ってバスに乗って家に帰る。4月の夜はまだ寒い。バスはがらがらで街も空っぽだ。もっとも練馬なんて片田舎は、いつもこんなもんだが。
2021.04.08
ちょっと前の話だけど、ポール・サイモンが自身の楽曲の権利をすべてソニーに売却したという報道があった。
ポール・サイモンももうすぐ80歳。遺産処理の準備とか、そういうことなんだろうか。売却益は不明らしいが、とんでもない金額なのは間違いないだろう。
かつてはビートルズの全楽曲をマイケル・ジャクソンが買ったとか、最近ではボブ・ディランも全楽曲の権利を売ったとか、アメリカではそんなビジネスが普通に行われているのだろうか。
日本で言えばJASRACのような管理団体があって、楽曲の管理をそこに委託していると、たとえ自分の曲であっても人前で演奏したらカネを払わないといけない。正確には、主催者が支払わなくてはならないらしい。
たぶんそういう仕組みは同じだと思うので、ポール・サイモンがこの先「明日に架ける橋」を演奏するのは自由で、それに際してカネを払う義務があるのも変わらないはずだ。それが回り回ってJASRAC(みたいな団体)から作者である自分のもとにカネが払われるんじゃなくて、これからはソニーが受け取るということか。
ソニーは大金を払って曲を買ったのだから、もとをとるために精一杯使い倒そうとするはずだ。他のアーティスにやたらとカバーさせるのはもちろん、コマーシャルなんかにも売り込むだろう。当然、リミックスだとかリマスターだとか、未発表音源だとか、お約束のその手のCD、ストリーミングも山のように出てくるはずだ。
いったいオレは「明日に架ける橋」のCDを何枚持っているのだ。なぜリリース40周年記念盤なんていうのを売りつけられなきゃいかんのだ。そんなうんざり感があるから、例の大滝詠一のロンバケ40周年記念ボックスもまったく買う気がなかった。
商売だからソニーがそういうセールスをするのは当然として、よくわからないのはポール・サイモンが何で自分の曲の権利を全部売っちゃったんだろうということだ。
一つは、引退を公言したこともあって全部手放してカネに換えてしまえということだろう。きれいさっぱり、これでおしまい、チャラ。
もう一つは、どうもバイデン政権の誕生がからんでいるようだ。金持ちからは税金をもっとふんだくってやろうと考えているバイデンのおかげで、売却益にかかる税金(キャピタルゲイン税)が大幅にアップしそうとのこと。こりゃたまらんということで、税金が上がる前にとっとと売り払ってしまえと考えたのだろう。
せこいぞ、ポール・サイモン!
いやいや、ポール・サイモンがそんなこと考えるわけはなくて、どうせ顧問の税理士や弁護士や資産管理会社などの考えなのだろうが。
しかしまあ、これでポール・サイモンも表舞台から消えていくことになるのだろうけれど、やっぱり20代につくって発表した「明日に架ける橋」「サウンド・オブ・サイレンス」を超える楽曲は生み出せず、若いときの財産で一生食ったことになるのだろう。「グレイスランド」はそれに近いインパクトを残したけれど。
そんなことをネットで見ていたら、今になってもポール・サイモンとアート・ガーファンクルが罵り合っている記事を発見。ポール・サイモンは「アート・ガーファンクルと話す気もない」と見下し、アート・ガーファンクルはポール・サイモンに対して「馬鹿」「化け物」と罵っている。
もうすぐ80歳の大台だというのに相変わらずの仲の悪さで、まったくため息が出るほどくだらない。そもそもは10代のちょっとした行き違いが出発点だというのに、それを60年以上も引きずってきたわけで、あきれかえってしまう。
以前、アート・ガーファンクルが渋谷公会堂で開いたソロライブを見に行った。最後の曲「明日に架ける橋」で3番を歌わなかったのには驚いたが、あれもすっとぼけて意趣返しをしたとか、そういうのだったのだろうか。
「明日に架ける橋」についてポール・サイモンは、アート・ガーファンクルが喝采を浴びるたび、ステージの脇で「つくったのはボクだ」と嫉妬に駆られていたと白状していた。そのビデオを見たときは、なんつーちっちぇー男だと驚いたものだった。
2021.04.07
さて、12月に衝動買い的に手に入れたChromebookであるが、その後、実に快適に使い続けている。ヒューレット・パッカードの3万5000円のやつだ。
起動が速い。バッテリーが爆持ちするのでスリープのまんまにしておけば、起動はさらに速くて瞬速。ロベカルのフリーキック並み。
操作も簡単。何よりもWindowsじゃないのでMicrosoftの呪縛から逃れられているというのが実に気持ちいい。
基本的にソフトはすべてタダ、フリー、無料である。
例えば画像処理のようなことは向いていないが、ネットで調べてテキストを書いてメールに添付して企画書を送る、なんていうことは極めて快適にできる。つまり普通のビジネスユースに完璧にアジャストする。
オレは原稿書きだから、これでまったく問題ない。
銀座のベローチェでコーヒーを飲みながらオンラインエディターで原稿を書き、続きは帰ってからデスクトップでやはりオンラインエディターを使って書くというスタイルだ。実に快適である。
問題は重量だ。っていっても他のパソコンと変わらない重さなのだが、値段とソフトが軽いのだからハードも軽くしてくれよと思う。半分の軽さにしてくれたら、オレはもっと高くても買うぞ。5万円までだが。だはは。
知る限り、Chromebookを出しているのはHPとLenovoとASUSの3社のみ。機器の選択肢も少ない。競争原理が働きにくいのか。
いや、何よりもこのChromebook、メーカーにとってはちっとも儲からないから売りたくないのだろう。そりゃそうだよな、3万5000円ぽっちで、しかもソフトが無料、アップ手レートも無料っていうんだから、儲かるわけはない。
ユーザー側にしてみれば夢のようなマシンなのに、メーカーにとっては悪夢のマシンなのだろう。
Chromebookを手に入れてから、例のポメラはお払い箱とした。誰かが「Chromebookは大きいポメラ」といっていたが、まさしくその通りである。
さて、デジタルつながりでいくと問題はahamoだ。
激安。驚くほどの激安だ。だから家族全員、ドコモからahamoに乗り換えるのは当然の決定である。だが切り替えに伴うトラブルが発生しそうで、ちょっと様子見の状態だ。今のところそういう類いのニュースは聞こえてこないし、申し込み殺到によって受付を一時中止しているそうだから、しばらくこのまま様子を見よう。
それにしてもahamoでドコモショップはどうなっちゃうんだろう。一気に潰れるようなことはないだろうが、厳しくなるのは間違いないだろうなあ。まあ、あの商売のやり方もどうかとは思っていたから、あんまり同情はできないけれど。
2021.04.06
「おーい、電話が鳴ってるぞ、新人でろ」っていうのは春のお約束の光景だ。
もちろん新人が出たところで相手の言ってる言葉なんて聞き取れないし、社名すらわからないかもしれない。それどころから社内の誰宛なのかもわからなくて「えーと、何とか会社から何とか課長に電話なんですけど」と言って隣の先輩に頭をぽかんと殴られるまでがルーティン。
むろん今ではこれはNGである。
頭をぽかんがパワハラなのは当然として、新人に電話を取らせるのもテレハラといってパワハラの一種だ。
「電話で仕事のことを覚えたものじゃ」「客や社員の名前を覚えたものじゃ」「社長が金策に走り回っているので会社がヤバいことに気づいたものじゃ」と20世紀オヤジが諭そうとしても、聞く耳など持たれるわけがない。
なにしろ今の新人は固定電話など知らない。用事はLINEで十分(メールすらかったるい)。知らない番号の通話には出ない。そもそも“取り次ぐ”という経験もなければ、そんな言葉自体を知らない。
よってできないことを強要されるのは苦痛だということになり、電話を取らせることもパワハラになるのである。これがテレハラ。
とほほほ、日本がダメになるわけだぜ。
この先、リモートワークが定着すると、断言してもいいが、出社させることもパワハラになっていくだろう。リモートで済むところ、出社を強要されて苦痛を覚えたと。
これを出社のハラスメントで、シュッパラという。出腹と勘違いして「オレの悪口を陰で言うなあ」と激怒する20世紀オヤジ続出の予感である。
日本の先行きは暗い。
と思ったら、東芝が買われそうである。
買おうとしているのはイギリスのファンドで値段は2兆円。
高いか安いかオレにはわからないが、原子力の技術や防衛の技術を持っている企業なのだから外国に売っちゃダメだというのはオレでもわかる。
こんなニュースが表に出てきたというのは、世間の反応を見ようという思惑に違いないから、話は合意に向けてかなり進んでいるということか。
このままじゃ潰れるべ、売っちまうべ。
東芝がそう考えたとしても不思議ではない。
うーむ、ますます日本の先行きは暗い。電気(電機)の没落は決定的。コロナでインバウンドもままならず、もはや他に売るモノがなくなってしまったから、とうとう日本は会社を売り始めたでござる。
2021.04.05
コロナワクチンの高齢者向け接種が始まって争奪戦になっているというニュースだ。近所でも来週から65歳以上の接種が始まる。地元の国会議員は、それを60歳以上に引き下げるよう国に働きかけているとえばっている。余計なことはしなくてよろしい。
少子高齢社会としては若者を大切にすべきだから、若い人間から優先して接種すべきなのに。
老い先短い人よりも、人生の残り時間が長い人の命を大切にすべきなのに。
とオレなんかは素直にそう思うから学校での接種を先に進めた方がいいと考えるのだが、意思決定者自身が高齢者なのだから、まず年寄りを優先することになってしまうのだろう。
コロナで死ぬのはほとんどが70歳以上ということがはっきりしているのだから、ある程度人が死ぬのはしょうがないと割り切って経済を復活すべきと考える派はオレである。ワクチンを打ってもいいけれど、それまで待っているのじゃなくて、手洗いさえきちんとしていれば、あとは普通に経済活動をすべきだと考える派でもある。
盛んに言われるように、インフルエンザではもっと死んでいるのに普通に経済活動を続けて何も思わなかったのだから。
ワクチン接種がなかなか進まないのはきっと政府がうそをついて手抜きしているからだと決めつけた民主党が、ワクチン接種がちゃんと行われているかを調査するチームを発足させると言いだしたものの、現場の邪魔をするなと怒られて、引っ込めたようだ。あの政党はどこまで馬鹿野郎なんだろうと呆れるわ。
現場への聞き取り調査なんて、原発事故のさなかに福島にヘリコプターで乗り込んだ馬鹿首相と発想がまったく同じだ。めまいがする。
ということで話を頭に戻すと、インフルエンザ予防でワクチンを打つのは当たり前だし、我が家も毎年さっさと打っているから、コロナワクチンもとっとと打ってしまいたい。
そんなオレでも、争奪戦になるというのがよくわからない。なぜ争奪するのだ。いや、これもまたマスコミのステレオタイプの報道だろう。どうせ争奪戦に決まってるという枠の中でのコンテンツ創造。
話はまったく変わるのだが、最近AmazonFireStickの調子が悪かったので最新版に買い換えた。6000円である。どうしてこんなに安いんだと驚くほど安いが、ハードはタダ同然、ソフトで稼ぐというAmazon商法である。
安いのはいいんだが、設定がとにかく面倒だ。まず信じがたいことにリモコンに乾電池をセットするのに悪戦苦闘する。ネットを見てもわかるように実はこれが一番の難関で、あちこちで悲鳴が上がっている。
続いてテレビのモニターのHDMI端子から古いFireStickを抜き取って、届いたばかりの新しいFireStickに差し替える。すると各種個人情報がAmazonから勝手にダウンロードされて設定は終了だ。なんと簡単なんでしょう。あとはスイッチを入れてDAZNを見るだけよね。
ところがそのDAZNが問題なのである。あとはParaviも問題だな。
DAZNは安いドコモの決済を利用しているのでその設定に一苦労する。Paraviも一苦労する。
あれ、パスワードなんだっけと1時間ほどがちゃがちゃやってなんとか入れ替え完了。最新のFireStickはなかなか快調だ。
ただ問題は本体がでかくなって、直接テレビのモニターに挿入できなくなってしまったことである。仕方なく延長用のHDMIケーブルをかませてつないだ。
その結果、モニター本体から飛び出してぶらーんと垂れ下がってしまい、ちょっとこれはよろしくないと思ったので、ガムテープと綿棒を駆使して固定した。おかげで非常にみっともない状態である。
そこでそろそろテレビも買い換えるかと、昨年から企んでいる陰謀が再び胸中に湧き上がってきた。
今のテレビは50インチである。これを一気に60インチに格上げし、さらに4Kにしてしまおうという企みである。60インチ! 目が飛び出るほど高いんじゃないですか〜。ところがあに図らんや、激安なのよ、今のテレビ。
60インチでなんと9万9000円と10万円を切る。もちろん4Kだ。これは買いでしょう。買い。
メーカーはというとハイセンスである。聞いたことがない。いや、聞いたことがないのは認識不足なだけ。今では世界で3番目に売れているテレビのブランドだ。
もちろん中華であるが、肝心の映像エンジンは東芝だ。
コアとなるテクノロジーだけ世界の最先端を使い、残りは部品を組み立てるだけだから東南アジアの安い労賃でというビジネスモデルだ。これがそのまんまEVでも適用される。つまりアメリカのソフトウエアと東南アジアの労賃。クルマはもはや家電。30万円でできてしまう。そりゃあトヨタが青くなるわけだ。
就業人口約530万人。日本の全労働者の8.3%が従事するのが自動車産業だから、青くなるのはトヨタではなくて日本そのものだ。うーむ、バブルから30年かけて電機がダメになって、これから20年かけて自動車も陥落か。
問題は10万円は確かに安いが(話はテレビに戻っている)無駄遣いっちゃあ無駄遣いという点である。しばらくは指をくわえてネットを眺めるにとどめよう。
AmazonFireStickもそうであるが、この周辺をいじっていていつも思うのは、オレたちの生活のかなり部分が今や光ケーブル頼みになっているということである。
地上波テレビと固定電話こそ有線ケーブルだが、それ以外はWi-Fi。家族のスマホ、タブレット、オレの仕事のパソコン、息子のパソコン。Google HomeやAlexaも入れて、いったい何台の機器が細い光ケーブルを通じて動いているというのか。時々、ふとその脆弱さに驚いてしまう。
もっと言えば、その光ケーブルにつながっているONU、つまり終端装置の危うさだ。こんなしょぼい箱に生活や仕事のかなりの部分を負わせておいて平気なのだろうかと思ってしまう。
オレの使う光ケーブルはソネットのNUROで、ONUはNUROにくっついてくる。これがWi-Fiルーターも兼ねているという一見お得な仕様になっている。
だがここに落とし穴があって、性能のいいルーターを使おうとしても使えない仕様になっている。さらにNUROのONU自体、4つだか5つの種類があってそれぞれに性能が異なり、驚くべき事にそれを選ぶことができないというのだ。つまりONUガチャ。NUROに申し込んだらどのONUが送られてくるかわからないという信じられない仕組みになっているのだ。それでいて料金はみんな同じという。
オレの場合、以前使っていたONUがどうも遅いと思って調べてみたら、旧型のやつだったことが判明。so-netに電話してすぐさま最新型に交換するよう申しつけた。驚くべき事にその際の交換費用が1万円だという。なんつー商売だ、so-net。
そのONUも素晴らしく働いているというわけではなく、時々ぶち切れて不安定になる。腹が立つ。特にDAZNでサッカーを見ているときにぶち切れるとONUを引っこ抜いて放り投げてやりたくなる。
あ、放り投げるで思い出した。パソコンの出張修理のエンジニアに聞いた話だ。
電話があったら自宅まで飛んでいってパソコンの修理をするというサービスの人たちだが、出かけていったらヤクザだったなんていうこともあるわけでしょと尋ねたら「そりゃありますとも。仲間の話ですが、呼ばれていったらその筋の方で、庭にパソコンが転がっていたそうです。それで、直せ、と一言」とのことだった。パソコンがフリーズしたのにぶち切れて窓からぶん投げたということだろう。
結局直したのかどうかわからないが、まあ、断れるわけはないから何とかしたんだろうな。
えーと、どういう話だったっけ。そうそうテレビだテレビ。FireStick。
最新型に交換したら好調で、喜んでDAZNのやべっちを見ています。よかったよかった。
「短編工場」集英社文庫。小説すばるに掲載された現代作家たちのアンソロジー。伊坂幸太郎とか荻原浩とか奥田英朗とか石田衣良とか宮部みゆきとか熊谷達也とか、そうそうたる作家陣の作品集だ。中でもやはり浅田次郎が群を抜いた水準。さすがとうなる。
2021.04.04
鹿島が負けていい気味だ早くJ2に沈んでしまえ二度と浮上するなとか、ヴェルディが負けていい気味だ早くJ3に沈んでしまえ二度と浮上するなとか、徳島のくせに連勝するなんてもってのほかだ早く鳴門海峡になどとよそ様のチームに罵詈雑言誹謗中傷を浴びせていたら、なんと首位のアルビレックス新潟が降格圏ぎりぎりの相模原と引き分けてしまったでござる。
しかも点を入れられたのが、アルビレックスをクビにしてやったおそ松くんこと平松というところが腹立たしいというかムカつくというか。
こんな日はとっとと酔っ払って寝てしまうに限るのだ。
と思ったら地元選出の国会議員が暴漢に襲われて、犯人が逮捕されたというツイッターが。駅前で演説のマイクを握っていたら、某政党を名乗りながら罵詈雑言誹謗中傷を浴びせかけてきたおっさんが現れて、こいつが秘書に頭突きまで食らわせたもんだから警官が退去駆けつける騒動になってしまったようだ。
治安が悪くなったなあ、というのは的外れか。
政治のいざこざが遠因なのかどうかわからんが、もめ事は外でやって欲しいものだ。
2021.04.03
Jリーグを見ていると性格が悪くなるなあと思うのは、きょうの鹿島アントラーズの負けゲームのような時である。
鹿島はうまくいっていない。きょうも負けた。いい気味である。
現在降格圏ぎりぎりの16位で、降格圏内にコロナ休憩中のガンバが入っていることを思えば、今シーズンの鹿島は優勝が絶望的なだけでなく、本気でJ2降格を心配しなくてはならない状況にある。いい気味である。
そうした現実を前にしてサポーターどもは言う。「リーグは諦めた。監督を解任してACLに集中しよう」と。
だからああ、そういうところがダメなんだよ、おまえたちわっ。
と他チームのサポが口をそろえる。意識高いことを鼻にかけてプライドばかりが高いから、なんとかチームを立て直して少しでも順位を上げようと言えないのだ、こいつらは。
ああ、めんどくせえ。でもいい気味である。
2021.04.02
田中邦衛が亡くなったという報せは、ちょっとショックだった。
というか、ああ、とうとう、ついに、というのが実感だ。
詳しくは控えるが、あの人、親戚なのだ、オレの。
そんなに近くはないものの、それなりに思い出もあって、とうとう逝ってしまったかという寂しさがある。
合掌。
2021.04.01
家で焼酎の炭酸わりなどを飲みながらスマホ片手に「おっ、いいスピーカーあるじゃん」とAmazonをポチッとしていると、息子が「いかにもバブルを生きてきた人という感じだなあ」と言う。とほほ。情けない。
いや、衝動買いではないぞ、それなりに熟考してから押している、と言い訳をする。
そういう息子たちはというと、QoLが基準なのだという。「実際友だちと話していても一日に何回もQoLって言葉が出てくるね」とのことだ。
QoL、つまりQuality of Life、要するに生活の質、人生の質。
「いくら時給がよくても、それじゃQoLよくないじゃん」とアルバイトを選んだり、「そんなところに暮らしたらQoL落ちるじゃん」とアパート選びをしたり。
さとり世代か、Z世代か、デジタルネイティブか、呼び方はどうあれ、とにかくこの世代は物欲、金銭欲がうすい。とことんQoLなのだ。
そもそもQoLは医療とか医薬の世界の言葉で、いくら高度な延命医療をしようともコードぐるぐる巻きで寝たきりならQoLはゼロだよね、というような使われ方をする。
それに対して若者たちのいうQoLとは、ワークライフ・バランス的な、そこそこ心地よい的な生き方のこと。FIREなんていうのもその延長線上にあるのかもしれない。
QoL、生活の質と聞くと、これまでは衣食住の充実のことが連想された。だが今の世代は、衣食住ではない。いや、衣食住が既に足りているからなのか。
高いものを食うこと、広い部屋に住むことが、QoLを意味しない。やはり精神的な充足感が最優先なのだ。
どんなにいい服を着ていてもQoLが低そうなライフスタイルだったら、リスペクトされない。そんな世代のようだ。
そうした価値観は、どこかでSDGs的な世界観と通底しているような気がする。
「ランゴリアーズ」スティーヴン・キング、文春文庫。読み逃していた中編。90年代後半の作品のようだ。旅客機に乗っていた乗客が目を覚ますと他の客が消えていた。どうやら飛行機はバミューダトライアングル的な現象で時空を超えて消失してしまったらしい。ああ、果たして無事にもとの世界に戻れるのだろうか。という相変わらずバカバカしい法螺話を、キングは圧倒的な筆力でノンストップで読ませてくれる。
2021.03.31
ここ一週間を読み返してみたら、サッカーのことしか書いてないじゃないか。いくらなんでもひどい。偏りすぎだ。偏向報道。
さすがに反省する。
たまにはちゃんと世相を斬らなければ。
では何を斬るか。えーと、あれだな。大阪のまん延防止法とかいうやつの「まん防」。日本中が「ウーッ」と口をそろえたのは間違いないところだ。
コロナがはびこるのを防ぎましょうという条例なのか? そんなのが効き目があるのだろうか。人間に言ったところでしょうがない。コロナに「まん延するな!」と言うのだろう、きっと。
今オレは「はびこる」と書いたけれど、これは「まん延」と入力したらATOKが勝手に「まん延ではわかりにくいから、はびこるに変えてみてはどうでしょう」と置き換えてくれたものだ。便利なんだか大きなお世話なんだか。
週刊プレイボーイが「飲食店と若者を悪者にするな!」と表紙に大書している。まったくその通り。
桜が何分咲きだと煽っておきながら、満開の桜の下に人がいたと偉そうに指摘するテレビは何なんだろう。何かというと渋谷の駅前を映して若者が騒いでいると眉をひそめてみせるテレビは何なんだろう。
飲食店と若者を悪者にするな、じじいよ。年寄りはすっこんでればいいのだ。若者はどんどん遊んで食ってカネを使うべきなのだ。
今や世間にはそんな気分が漂い始めている。小池百合子に対して誰もがぶち切れかけている。
ところでATOKのジャストシステムが出しているワープロが一太郎だが、法案の文書に間違いが多いのは一太郎のせいだからWordに変えろ、という意見が出ているという。マジか。気でも違ったか。
間違いが多いのはワープロのせいじゃねえだろ。人間のせいだろ。
国産ソフトの一太郎の使用を国が禁止するとは驚きを通り越して呆れてしまう。
厚労省の役人が夜中まで飲み会をしていたと叩かれているけれど、「ごめんなさい」と頭を下げたんだから、もういいではないか。一太郎もそうだけれど、こんなことで叩かれて謝らなくてはならないなんて、誰だって官僚にはなりたがらないわ。
日本はさらに劣化し、ここ30年で転がり落ちた坂道をさらに下がっていく。とほほ。
書いていてイヤになってきた。やっぱりサッカーを書いているのが精神的にもいいや。
2021.03.30
アルビレックスがヴェルディ相手に7点をとったと思ったら、日本代表がモンゴル相手に14点も取ったでござる。
大迫のハットトリックは見事。特に最初の得点は惚れ惚れするようなシュートだった。
ただ息子とオレが一番大きな声を上げたのは、右サイドバックの松原のシュートが相手にあたってオウンゴールになったり、松原のビューティフルシュートが相手キーパーのこの日一番のビューティフルキャッチに阻まれてしまったりしたシーンだった。
右サイドの伊東純也が俊足を飛ばして幅を取り、相手ディフェンスを釣りだして、空いたスペースにサイドバックの松原が突っ込んでいく。そんなシーンが何度も見られたが、伊東純也に喝采を送った直後にオレたちは松原にブーイングだ。
なぜこんなにも松原はブーイングされねばならないのか。それは後ろ足で砂をかける、恩を仇で返すという生き方はこいつのことだからだ。
新潟在籍時、松原はそのほとんどの期間を怪我からのリハビリに費やした。練習にも加わらず、トレーナーと一緒にグラウンドをずっと歩いていた姿をオレは何度も目撃している。
もちろんトレーナーを含め、リハビリの費用はアルビレックスの負担だ。
そしてようやく怪我から回復したと思ったら、なんということだ、とっととこいつは移籍してしまったのだ。後ろ足で砂をかけたのだ。
もちろん移籍は自由である。選手の権利だ。
だがいくらかの移籍金を残してあげられるように工面するのが、世話になった古巣への恩返し。例えばレオ・シルバはあえて契約期間が1年残っている段階で鹿島への移籍を決めて違約金が発生するようにしたし、あの川又でさえたまたまではあるが移籍金を残した。
この点、松原のタコは怪我が治ったらとっとと移籍して、その時点で契約満了だったから移籍金ゼロ。リハビリ費用は全部チームに出させて、自分は何も残さなかった。
もちろん若くて契約期間の短い選手などは、移籍金ゼロで移籍するのは珍しくない。選手生命は短いのだ。上のチームから声がかかったら挑戦したくなるのは当然だろう。よいのだ。そういうときは挑戦すればよいのだ。サポーターも拍手で送り出すわ。
だがそれも全力で力を尽くしてくれた選手を快く送り出す、という思いだろう。タコの松原は在籍期間のほとんどをリハビリに費やし、治ったと思ったらとっとと出て行ったのだ。
移籍後、松原がアルビレックスとの試合を終え、古巣のサポート席まで挨拶にやってきたとき、全サポーターによる全力のブーイングを松原は全身に浴びて立ち尽くした。異例すぎるシーンだった。
「おまえらいい加減しろよ」と他チームのサポーターにはあきれられたが、冗談ではない、それだけの悪行を働いたのだ、タコの松原は。
ダメ押しが、柏の戸嶋を破壊したことである。戸嶋もアルビレックスを出て行った選手。在籍期間中全力でチームに尽くしてくれ、悩みに悩んで柏に移籍していった。その背中をサポーターは後押しし、それに応えて戸嶋は柏でしっかりとレギュラーをつかんだ。だからオレたちは柏の戸嶋も応援する。
そんな戸嶋を、タコの松原は後ろからのチャージで全治8ヵ月という大けがをさせてしまった。右足の膝の下が完全に折れてしまって、怪我したシーンでは、足があり得ない確度でぷらぷらしていた。さすがのDAZNジャッジ・リプレイでも「とても放送できる映像ではありまっしぇん」と断り書きを入れて断念したほどの大けがだった。
そんな松原のシュートが相手ディフェンスにあたってオウンゴールとなったとき、オレは「おらあ、松原、お天道様はちゃんと見てるんだぞ」と絶叫したのだった。
ぜえぜえ。
いかん、どうも松原のことに触れると冷静でいられなくなる。
話を戻そう。結局モンゴル相手に14-0というスコアで勝った。無慈悲である。
無慈悲であるが、ワールドカップ予選の公式戦だから仕方ない。これが親善試合なら日本も若手主体で大迫や富安を出したりしないだろうし、5-0ぐらいになったらあとは流して終わりにした。だが公式戦である。得失点差もからむ。14-0で当然なのだ。ちっとも悪くない。
悪いのはフジテレビだ。酷すぎた。
なんだ、朝青龍、闘莉王、ローランド、ジョン・カビラって。副音声だというからちょっと聞いたら、ゲームのことにはまったく触れず無駄話のオンパレード。あきれて表の音声に戻した。ところが後半になってこの副音声が表で流れるという段取り。これはさすがに頭がおかしいと思ったわ。
ゲームのことなどまったく関係なく与太話。あげくに「オレが応援すると勝つ」的な、アスリートへの敬意も何もないバカ発言。「フジテレビは金輪際スポーツに関わるな」という抗議がネットで飛び交ったのも当然だった。これは本当に呆れたわ。
サッカーと言えば、これはテレビ朝日だったか、香取慎吾が応援団長とかで「自分が応援すると必ず勝つ」とえばっていた時期があったっけ。あれもひどい言い分だったな。
勝ったのは選手やスタッフが力を尽くしたからであって、タレントのおまえが応援したからということは1ミリも関係ない。アスリートへのリスペクトは何もなく、必死で汗を流して目標に立ち向かってきた人への敬意は何もない。あの言い草以来、オレはこいつが大嫌い。「仕事だから言わされたんですよ〜」というなら、もっと嫌い。
いかんいかん、どうも冷静でなくなってしまう。
きょうのインタビューでオレは「穏やかであることもプロフェッショナリズム」という極めて価値ある一言を聞き、その言葉を深く胸に刻み込んだ。それを思い出して穏やかにつづらねば。
次。
14-0の結果を受けて、セルジオ越後が吠えている。「14点取って喜んでいる場合じゃない。どこの国も日本を警戒して挑んでくる」と、相変わらず上からだ。
バカじゃねえの、このじいさん。当たり前のことじゃんね。
しかも「こんなレベルの相手と試合して意味があるのか」とかも噛みついているが、それはFIFAに言えってんだ。それにヨーロッパでだって一流国が底辺国と戦うのがワールドカップ予選。
いつまでもJリーグバブルの時代に南米を持ち上げていい気分になっていたことが忘れられないのだろう。はいはい、ブラジル一番です、日本は弱いです。あえて厳しいことを言うお小言おじさんを装いつつ、中身は老害というのが、今のセルジオだろう。
おおそうだ、サッカーネタで大事なことを思い出した。Jリーグのプレミア構想である。
今のJリーグにはJ1、J2、J3の3つのカテゴリーがあるが、ここに最上位のJプレミアを増築しようという構想だ。何の脈絡もなく突然持ち上がった話なので、ちょっとびっくりした。
そんなことをしたらアルビレックスがJ2からやっとの思いでJ1に昇格しても、実質的にJ2と変わらないという事態になるではないか。何を考えてるのだ、Jリーグと電通は。
そもそも草の根的にチームを広げていこうというJリーグの理念に反する、ビッグクラブ化ではないか。
何を狙っているのだろうか。好意的に解釈すれば有望な選手が海外流出する事態を避けようということか。
裏の狙いとしては、外人枠を撤廃するというから、中国チームを入れて金を流入させようということか。
ビルの屋上にまたビルを建てるようなことはやめてほしいものだ。
この問題はちょっと推移を見守らねばならぬ。
「ほんとうの長州力」KAMINOGE編集部・辰巳出版。KAMINOGEというのは一応プロレス雑誌にジャンル分けされる雑誌。ここで時々連載されていた長州力のインタビューをまとめたものである。オレはKAMINOGEを読んだことがないから、すべて初めて読むインタビュー。これが実に抱腹絶倒だ。初めてスマホを買った長州力。嬉しくて何度も“長州力”と話しかけて検索するが、滑舌が悪すぎで“消臭力”としか表示されず、ぶち切れた。あるいはマネージャーがパーマをかけてきたので「なんだその変な頭は。まるで浅香光代じゃねえか…って光男ってオレじゃねえか!」とぶち切れた。長州力の本名は吉田光男。あるいはインタビュー中にICレコーダーに気づいて「なんだ、そのピコピコ光っているのは。オレに半端な真似は通用しないぞ。盗聴器だろ」とぶち切れた。これはICレコーダーというものだと説明しても、長州力は「こんなものにカセットが入るはずがない」とさらにぶち切れた。そんなバカな話のオンパレードである。今やお笑いタレントとしてテレビで暴れている長州力だが、あれは素のキャラなのだ。
2021.03.29
アルゼンチンに3-0というのは、U-24、できすぎだな!
攻めが単調だ、2軍だ、やる気がなかったとか、アンチはいろいろと言うだろうが、きょうの勝利は胸を張っていい。完勝である。
若い世代の日本代表は元気だ。
個人的には、もとアルビレックス新潟の原輝綺の活躍が嬉しい。あの活躍であれば、フル代表でも十分にレギュラーを狙えるであろう。
息子とオレがアルビレックスの開幕戦を見るために広島まで出かけたのは2017年の2月。高卒新人が開幕戦でレギュラーでビューするのは史上初で、試合前から大いに盛り上がった。
試合前に通路で行われた新人チャントの練習では「キムジンスのメロディーでハラテルキを」と言われて繰り返したっけ。
このゲームは監督フミタケという、前年の監督達麿に始まった暗黒時代の2年目。それでも暮れにはまさかJ2降格を迎えようとは、さすがに想像もしていなかったわ。
ちなみに甲府とのゲームで中銀スタジアムで「ハラテルキ、ハラテルキ」と叫んでいたら、甲府のサポーターから「アルゼンチンってなんのことだ」という問いかけが掲示板に飛び込んできて、以来、しばらく原輝綺はアルゼンチンと呼ばれたのだった。
2021.03.28
朝から昨日のアルビレックスのゲームを見直す。実に気分がいい。得点シーンは何度も見る。過去最高のゲームだ。
その後、J2の秋田-京都を見る。秋田は今シーズン初の昇格。京都はウタカとか李とかタレントぞろい。戦力的に見れば京都の勝ちだろう。
だが京都は守備が緩い。その上でウタカにボールを預ければ何とかなるという、戦術ウタカのチームである。はまると強いがはまらないと脆い。
対する秋田は、昇格したばかりのチームあるあるなのだが、「オレらは弱いんじゃあ、だから走るしかないんじゃあ」と技術や戦術なんて関係なく、死に物狂いで走りまくる。しかもきょうはホームの初戦。さらに雨。テンションが上がらないわけはなく、ひたすら走りまくる。見栄も外聞もない。ロングスローなんていう恥ずかしいことも平気でやる。
案の定というか、予想通りというか、京都の守備が気を抜いた隙を突いて秋田が1点を先取し、いつでも取り返せるぜとなめていた京都を相手に死に物狂いで走り回った秋田が勝ったのだった。
こちらとしては京都が負けてくれたのはたいへんにありがたい。ただこのままだと秋田がやっかいだが。秋田には要注意だ。
続いて金沢-相模原を見る。金沢の監督はヤンツー、相模原の監督はフミタケ。元アルビレックスの監督対決となった。
相模原も秋田同様に昇格組だから死に物狂いの戦いを見せたが、そこは一枚役者が上のヤンツー。腹黒さ全開であっさり相模原を退けた。やっぱり金沢はくせ者。侮れない。気をつけなくては。
というか相模原があり得ないようなミスをしちゃって自滅。技術がないのは仕方ないにしても、あんなミスをしていたら勝てるわけがないな。
などと上からいい気分になった後、Amazonプライムで映画「私をくいとめて」を観る。
主役、能年玲奈。原作が綿矢りさで大九明子が監督・脚本という、あの「勝手にふるえてろ」のコンビだから、期待だ。
彼氏なし30女のこじらせ物語。頭の中のもう一人の自分と会話しながら生きるという、面倒くさい女が主人公だ。この女に彼氏ができそうになるものの、こじれて面倒なことになるという話。
能年玲奈の演技のうまさに仰天する。こんなに芝居の上手な人だったのだ。この俳優が芸能界の事情とかで干されていたというのは実にもったいない話で、もっと世界は能年玲奈を使うべきである。怒りの表現とかすさまじいぞ。あ、男の子と出会って恥じらう場面の演技なんかはとてつもなく可愛い。キュート。
ただ演出がちょっと。「勝手にふるえてろ」で感じたクリエイティブな独特の感性は随所に見られたものの、全体として間延びして退屈。90分くらいに尺を縮めるともっといい作品になったのではないか。
前半、足立区のしょぼい商店街を舞台にしたシーンでの肉屋のおじさんとのやりとりなどは、実にハートウォーミングな空気だった。足立区もいいなあ、住んでみようかなあ、能年ちゃん会えるかもなあ、と思ったオレだった。住まないけど。
21時よりNHKのBSでJリーグタイムを見る。今週は代表週間なのでJ1がなく、そのためJ2特集だ。しかも首位ということでアルビレックスよいしょである。
監督のプッチは「ボールを愛せ」と選手に指導する。それを見た森岡隆三(かつての代表選手だ)が「アルビレックスの選手たちは、ボールに愛されてますね」とうまいことを言う。台本か? 台本なのか? 台本だとしたら、いい台本だぞ。
飲み会の顔と家に帰った顔がまったく違う、こじらせ女の代表のような女性キャスターが本間至恩にリモートインタビューしていたら監督のプッチが横から邪魔をする。その様子にチームがいかに雰囲気がいいかがうかがえた。
アルビレックスの開幕5試合で17得点は新記録。開幕5試合で得失点差14も新記録。
開幕から5試合で得失差+10以上のチームの昇格確率は100%。万歳〜。
ついでに延長がなくなって以降、開幕6連勝で昇格100%。よーし、次勝って100%追加だ。万歳〜。
1999 新潟 7連勝 4位
2000 浦和 8連勝 2位昇格
2002 大分 6連勝 1位昇格
2005 京都 6連勝 1位昇格
2009 桜阪 5連勝 2位昇格
2009 湘南 5連勝 3位昇格
2014 湘南 14連勝 1位昇格
ちなみに延長時代を含めれば、開幕6連勝以上で昇格できなかったのは99年の新潟だけだったでござる。
はっ、もしかしてこれは新潟がまた新しい伝説をつくるフラグなのだろうか。いやいやいや、そんなことはない。このまま突っ走るのだ。
ということで恒例の他チームをくさす流れになっていくのであるが、きょうはやめた。ここまでで十分に長い。
きょうはもう一つのデータを載せるのだ。さっき見つけたのだ。
コロナの年代別死亡者のグラフだ。
今年3月21日時点、国立社会保障・人口問題研究所というお役所みたいなところのデータだ。
そうではあるとは知っていたが、皆の衆、こうしてグラフで見ると改めてびっくりするではないか。
コロナで死んでいるのはほとんどが70代以上。15歳以上65歳未満の生産年齢人口では、ほとんど人が死んでいないのだ。
つまりコロナとは高齢社会問題を解決するための福音なのである、というのはさすがに言い過ぎでオレもよくないと思うのだが、でも、高齢者の感染に気をつけておけば、若い世代はまったく気にしなくていいということではないか。
インフルのほうがよっぽどヤバいわ。
和田アキ子が人出の増えたことに対して「だってしょうがないじゃん、経済回さなきゃいけないんだから」みたいなことを言ったらしいが、まったくその通りである。
若者よ、おっさんよ、街に出よ、メシを食え、酒を飲め、旅をしろ。そしてカネを使え。じいさんは家にいろ。
オリンピックはやらなくていい。経済効果がないし、世界の笑いものになるだけだから。そのカネを復興と観光と飲食に回せ。
世は春。さあみんな、花見をしよう。じいさんも、気をつけていれば大丈夫だよ。
2021.03.27
サッカーというのはエモーショナルなスポーツだから、応援しているチームが週末のゲームで勝つと翌週ずっと気分がいい。だから来週のオレもご機嫌ちゃんなのだ。
なにしろきょうは歴史的な日だ。ヴェルディに勝ったからだ。
これまで12回対戦してアルビレックスはヴェルディに一度も勝ったことがない。5敗7分。どんなに調子のいいときでもなぜかヴェルディには負けてしまっていた。簡単に言えば相性の問題なのか、難しく言えば呪われているのか。ちっとも難しく言ってないが。
今シーズンのアルビレックスはここまで全勝。4連勝だ。きょう勝てば5連勝なのだが、その相手が一度も勝っていないヴェルディということだ。
そしてついにアルビレックスは勝ったのだ。ヴェルディに。しかも、なんということだ、7-0。7点差勝利はチーム史上初。今までの鬱憤を晴らした7-0の勝利。ひゃっはー!
サッカーというのはエモーショナルなスポーツだから、ヴェルディサポーターのメンタルが心配だわ。あははは。
試合のポイントは山ほどある。いやもう理想的すぎるほど理想的。
・今まで後半になると失速していたのにきょうは手を緩めず後半だけで5得点
・高木がハットトリック
・おかげで高木がゴールランキングトップ。3位がフォワードの鈴木。つまりランキングの1位と3位がアルビレックスの選手
・ロメロ・フランクや鈴木、島田といったお疲れさんたちを途中交代で休ませることができた
・怪我から復帰したゴンザレスを使うことができた
・チームとして点が取れているから本間至恩がドリブルしなくて目立たない
・秘密兵器の三戸がビューティフルすぎるゴールを決めた
・クリーンシート。ゴールキーパーが「俺が目立たねえじゃねえか!」と攻撃陣にクレームつけた
・浦和のサポーターが、槇野と宇賀神と杉本をやるから、高木とプッチをくれと言ってきた
・琉球も勝って、2チームが抜け出した。1人旅は標的にされて危険なので2人旅がちょうどいい
・3位の甲府が負けて離れていった
・にっくきハゲが監督の磐田も負けていい気味だ。早くも3敗、下手すりゃ降格
ここまで理想的でいいのかというぐらい理想的。
しびれるゴールはいろいろとあったが、オレの大好きな島田が見事なミドルを決めたのが嬉しい。ボランチの島田は目立たないところで実に気の利いた仕事をする、職人的なプレーヤーだ。さりげなく、実にさりげなくスペースを埋めたり、仲間がパスを出しやすい場所に1歩2歩と寄せたりする。
しかも笑顔がいい。なんというか、サイコパスの笑顔なのだ。
悪質なファールをぶちかまして、その後、シャイニングのジャック・ニコルソンのように、にたーっと笑うのだ。まさしくサイコパスで、うひゃーっと毎回オレは嬉しくなってしまう。
その島田がきょうはビューティフルゴール(4点目か?)を決めて、かけよったベンチ前では嘘泣きをしてみせて、そして早川に両手ビンタをくらって、にたーっと笑っていた。この説明だとどんなホラーなチームだよという感じだが。
ゲームのMVPがマン・オブ・ザ・マッチである。きょうはこれとは別にマン・オブ・ザ・マグロという賞が用意されていて、一番回遊した選手にでかいマグロ1本まるごとプレゼントされることになっていた。
これを見事にゲットしたのが島田だった。
賞状代わりに贈られたのがでかいマグロの風船。これを抱えて帰りのバスに乗り込んだ島田は、隣の席にマグロを座らせ「娘が喜ぶわ」と、嬉しそうににたーっと笑うのだった。
三戸のゴールもビューティフルだった。
三戸はミトと読む。今年加入した、アルビレックスの秘密兵器。高卒1年目。当然、ミトちゃんと呼ばれている。
この三戸ちゃんはドリブルの切れ味が鋭く、しかもちっちゃいので、まさに本間至恩二世。20歳で早くも二世が誕生した本間至恩もどうかと思うが、三戸ちゃんは至恩に負けないナイスプレーヤーだ。
きょうも相手を3人引き連れてフィールドを駆け回り、シュートシーンも短くて鋭い振りでキーパーのタイミングをずらしていた。
さんざん本間至恩に翻弄されて、やっと本間至恩が引っ込んでやれやれと思ったら、交替で出てきたのが本間至恩二世だったでござる。
ヴェルディサポが、何の嫌がらせだよと涙目で抗議するのも納得だ。心よりご同情申し上げる。
山口県出身の三戸ちゃんは、中学時代から福島にサッカー留学して、高校卒業と同時にアルビレックスに入ってJリーガーになったという選手である。つまり小学校卒業と同時に親元を離れて縁もゆかりもない福島でサッカー選手という夢を追いかけたわけだ。よくも親が手放したもんだなあとあきれる。
その結果鍛えられたのが三戸ちゃんの鬼メンタル。こないだのデビュー戦ではミスをやらかして失点のきっかけになってしまったが、失敗に学びこそすれ折れることのないのが三戸ちゃん。きょうは、よーし、失敗を取り戻したるでーとばかりに飛び込んできて、目も覚めるようなミドルを決めたのだ。
サッカーはエモーショナルなスポーツなので、三戸ちゃんの鬼メンタルは最高の武器だ。
これでアルビレックスは5連勝。3月は全勝どころか今年になって来全勝だ。もちろん首位である。しかも得失点差が早くも14もある。
そうか、フロンターレの連中はいつもこんな気分を味わっていたのか。そりゃあサッカーを見るのが楽しくてしょうがないし、毎日が浮かれ気分だろう。やつらの気持ちがよーくわかったわ。
最初の難敵が2戦目の長崎で、次がきょうのヴェルディだと思っていたので、まずは一安心。だが決して昇格が決まったような浮かれ方はしないのだ。まだまだ先は遠い。このまま突っ走れ。
2021.03.26
というわけできょうはU-24のアルゼンチンとの試合。U-24ということは24歳以下で、オリンピック代表のことだ。
オリンピックなんて別にやらなくていいから、この代表とA代表を混ぜてアルゼンチンとやって欲しかったのだがな。
まあよい。フレンドリーマッチとはいえ、ガチのアルゼンチンとやれるのはありがたいことだ。韓国なんていらん。
そしてさらにありがたいことに、アルゼンチンにはまったく歯が立たないことがわかった。
1対1で負ける。パスのスピードで負ける。相手には必ず前を向かれる。
これが世界トップレベルのサッカー。いや、世界トップになるともっと強い。
負けて得るものの多いゲームだったわ。韓国なんかと二度とやる必要はないわ。
三苫、通用しなかったなあ。まあとても窮屈そうだったし、本人も久保がじゃまくさそうだったし、不本意な顔をしていた。その久保はというと、相変わらず独りよがりなプレーでちっとも怖さがない。これじゃJリーグでも普通の選手だろう。
次のゲームで田中碧が入ってどうなるか、見てみたい。
というわけでアルゼンチンが終わって、「俺の家の話」の最終回を見る。
なんと、開始5分で絶叫。なんだこれなんだこれなんだこれは! 実は×んだのは××だったとは!
週刊文春に連載されているクドカンのコラムをきょう読んだのだが、そこには「最終回は絶対に予想がつかないはず」と書かれてあった。クドカンの周囲でも結末を当てた人は1人しかいなかったという。
確かにこの結末は想定外すぎる。想像すらしていなかった。そしてまさか全編××の××だったとは〜。
いやあ、たまげたわ。このドラマ。
最終回、西田敏行の演技が化け物レベル。別れの表情なんて絶品だ。
それを受けた長瀬智也の表情が実によい。透みきった顔だった。
この役者がもう演技をしないというのは実にもったいない。いい役者なんだけどなあ。
「しんがり」清武英利・講談社文庫。山一証券の破綻とその後をつづった、驚きのノンフィクションである。“驚きの”というのは二つの理由があって、一つが山一証券というのはこんなにもあくどいことをしていたのかという驚きだ。バブルから破綻にかけての時代、オレはフリーとして曙橋、新宿御苑の事務所でへらへらと生きていて、山一証券なんてまったく気にもかけていなかった。無知なオレがバカだった。もう一つの驚きが、よくぞここまで調べ上げて書いたものだということである。もともと力のある作家ではあるが、まさに驚異の取材力に筆力。「今さら意味があるのか」と出版社のベテラン編集者に言われながら書いたとあとがきで明かされている。ということは出版のあてもなく取材と執筆を進めていたわけだ。それでこれだけの物語が書けるのだから、腰を抜かしてしまう。オレなんかに抜かされても困るだろうが。
2021.03.25
日本国内では10年ぶりとなる日韓戦だという。前回は札幌で3-0で勝った。あれ以来の戦いだという。
だからテレビは煽る煽る。
絶対に負けられない日韓戦。アジアで最大のライバルだ。韓国戦だけは違う戦いだ。
オールドネームたちを引っ張り出しては「韓国線は特別です」「絶対に勝たなくてはなりません」と叫ばせる。
実況でも3分に一回は、韓国には負けられません、韓国はアジアの壁です、戦いの歴史があるのです、し絶叫する。
うっせえ、うっせえ、うっせえよ。もうそんな時代じゃねえんだよ。いつまでも平成やってんじゃねえよ。
慰安婦だ補償だと叫び続けている韓国そのもののようだ。うんざりである。
オレでさえそうなのだから、選手たちはなおのことだろう。物心ついたときからヨーロッパで活躍す日本人選手が当たり前だったのだから、韓国相手だからって別にどうも思わないに決まってる。
せいぜい本田とか長友世代までだろう、韓国だからと意識するのは。南野、富安らの世代は、きっと心のなかではアホかと思っているに違いない。普段はヨーロッパで戦っているんだから、韓国だからなんだっつーの。
いや、Jリーグの選手もそうに違いない。国はアレだけど、選手個人はいいやつが多いし、普段から笑いながら一緒に汗を流している。韓国戦だからってどうなのよ。
韓国には絶対に勝たなくてはならないというメンタルは、もう鬱陶しくてしょうがないわ。
ゲームも、単なるフレンドリーマッチ。選手も対戦相手もU-24のゲームのほうが楽しみだ。
韓国、想定以上に弱い。これでは練習試合にもならない。結果は3-0だが5-0で終わるべき内容だった。
川崎のほうが強いんじゃね? いや、鳥栖でも勝てる。
ネットではそんな声が飛び交った。まったくそのとおり。何しに来たんだか、韓国は。
アジアではタイやベトナムが急激に強くなってきている。このままじゃ韓国もうかうかしてられないだろう。
どうしてここまで韓国が弱くなったかというと、オレは2002日韓大会に遡るではないとかみている。
あの大会での韓国の振る舞いはひどかった。審判を買収し、負け試合を自分たちのものにした。汚いファールを連発した。あげくに「盛り上がったからまた来年もやろうよ」と臆面もなく口走る厚顔ぶり。
そこにはスポーツマンらしさもなければサッカーへのリスペクトもない。ただひたすら、自分たちがいい気分になれたらいいという幼児のメンタルがあったのみだった。
以来「韓国二度とこの国で試合はしない」とヨーロッパから韓国は相手にされず、結果的に強化の機会を失って、韓国サッカーは弱体化していったわけだ。
日本も、そろそろこんな国とナショナルマッチをするのはやめてもいい。いや、やってもいいけど、特別視することはないと思うぞ。
富安への悪質ファールは噴飯物。こんなこと平気でやれる神経を疑うわ。あれで富安は前歯が折れたらしい。VARがあれば一発レッド。いや、普通に傷害事件だろう。
やっぱりもう二度とこんなチームと試合をしなくていいと思う。
2021.03.24
鈴木光が卒業というので、私も、いや、オレももらい泣き。
日本中のおじさんが「ええ子や。なんてええ子なんや」と絶賛した才媛であった。
生まれて初めてしゃべった言葉が英語の「ball」だったとか、小学校に入るときは英語しかしゃべれなかったとか、小学校2年で英検二級に合格したとか、伝説の数々に目がくらくらする。よく考えれば、要するに外人ってわけじゃんとは思うものの、都合の悪いことはおじさんには見えないのだ。
東大文Tに入って、これから弁護士になるんだと。企業法務をやるっていうから、がっぽりと稼ぐつもりだな。
いや、弁護士になるなんてもったいない。そんな外道に身を落とさないでくれ。それより選挙だ、政治家だ。
光ちゃんが立候補したら、間違いなくトップ当選。なんたっておじさんたちがみんな投票しちゃうからな。
それで政治家になって、蓮舫とか辻元とか森裕子とか福島瑞穂とか山尾志桜里とかばばあどもを退治してもらいたいものだ。拍手喝采だろうな。
いや、都知事になるという手もあるぞ。都知事選に出たら絶対に百合子に勝てる。そもそも流れを読む天才の百合子は、そうなったら都知事選には出ないだろう。鈴木光都知事なんてことになったら東京は笑いものだが、きっと楽しいはずだ。
誰か鈴木光を選挙に担ぎ出してくれ。って、きっともうどっかから声だけはかかってるだろう。
いやいやそんなことよりも、別の番組でちらっと映ったおばさんが、どっこで見たことがあるな〜と思ったら、新田恵利だったという衝撃をどうにかしてくれ。
新田恵利もばばあになる。真実ではあるが、なんということだろう。これでいくと鈴木光もばばあになるのか。それから選挙に出られても、あんまり嬉しくない気がする。
しかしこんな日記がジェンダーさんたちに見つかったら、オレはボコボコだろうなあ。
「ホワイトアウト」真保裕一・新潮文庫。「ローカル線で行こう!」があまりにずっこけてしまったので、お口直しにと思って、真保裕一ならこれという代表作を手に取った。これ、読んだはずだけどなあと思ったけど、日記を確認したらどうやら未読のようだった。吉川英治文学新人賞受賞の代表作である。日本最大の水力発電所をテロリストが占拠して、50億円くれなきゃダムを爆破して下流の村を流して首都圏の電気を止めちゃうぞ、と政府と警察に脅しをかける。真冬の雪山を舞台にした息詰まる攻防だ。ストーリーは手に汗握るし、人物造形も感情移入しづらいが、なかなかよい。だが何しろ真冬の雪山だ。寒さと吹雪に耐えながら山の中を黙々と進んでいくシーンが何ページにもわたって描写されるので、とても退屈。それだけ描ききるのは見事ではあるのだが、読んでる方は眠くなる。いや、眠くなる方が悪いのだが。文章は文句なしに上手い。このあたりについては佐々木讓が抜群に巧みで、雪山の攻防も飽きさせない。読んだはずだと思ったのも、実は佐々木讓の北海道警シリーズと混同したのだろう。こうなると佐々木讓が読みたくなるのだが、はて、シリーズのどこまで読んだっけ、という記憶が曖昧なのだった。
2021.03.23
もはやまったく外では飲まなくなった。閉店が7時だ8時だというのではとても飲めない。
家で飲むのが当たり前になると、とても楽ちんで、もはや外で飲む気になれないというのもある。
最近はもっぱら焼酎のお湯割りである。2杯も飲むともう眠くてしょうがない。コスパ最高。
ただ一番旨いと感じるのはビールだなあ。
プリン体が気になるので週に1回程度で我慢しているが、やっぱり飲むと旨い。
きょうは、キリンビールの新商品、「SPRING VALLEY」というクラフトビールを飲んでみた。本日発売だそうだ。西友にはおいてなくて、セブン―イレブンで買う。というか、ヨメに買ってきてもらう。
これが実に旨かった。本当に旨いビールだった。
濃くて、しっかりと苦いのだ。よなよなビールに近い味わい。やっぱりビールは苦くてガツンとこなければなあ。
オレはやっぱり一番搾りが一番好きなんだけど、「SPRING VALLEY」もひいきにしたくなった。
ちょっと高めだが。
「ローカル線で行こう!」真保裕一・講談社文庫。
赤字のローカル線を立て直すために、31歳のお姉さんが社長に抜擢されて奮闘するという話。かなりの長編ではあるが、この中身でこの長さをひっぱるのは相当に厳しいようだ。真保裕一は、やはりサスペンスが似合う作家で、無理してこの手のエンタメ路線というかお笑い路線をやろうとしても、どうしても無理が出てくる。安い連続テレビドラマみたいだった。
「趣味は読書。」斉藤美奈子・ちくま文庫。
先日読んだ「文章読本さん江」にいたく感銘した私は、これまで斉藤美奈子は食わず嫌いだったことを反省し、読みあさることに決めたのである。文芸評論家としてベストセラーをばったばったと切っていった一冊。基本的には噛み付いたりからかったり笑いものにしたり。「この本のおもしろいところは、おもしろいところが何もないことなのだ」とか「ここまで没個性だと、いっそ個性的である」とか。要するに悪口のオンパレードなのだが、それが下品にならないのはやはり相当程度の知性に裏付けられていることが感じられるからだろう。変なシモネタもないし。オレも、いや、私もこれぐらいのひねりの効いた文章を書きたいものだ。知性がないから無理か。
2021.03.22
ドライブレコーダーを交換した。
今までは前方だけ録画するタイプだったが、前方・後方の両方を録画するタイプにしたのだ。
きっけかは別にたいしたことではなくて、ディーラーの営業からの電話である。なにしろ期末だ。それでなくてもクルマは売れていない。営業は何が何でもクルマを売らないといけない。
「タンゴさん、クルマ買いませんか、新車」
バカこくでねえ。たかだか2万キロしか走ってねえクルマを、誰が買い換えるってんだ。あと10年は買い換えねえと、こないだ言ったばかりじゃねえか。
「タンゴさん、だったらドラレコつけませんか、ドライブレコーダー」
バカこくでねえ。とっくについとるわ。しかも、おめえんとこの店でつけたんでねえか。それを忘れたふりして2台もくっつけようとは。
「いやいやタンゴさん、今度のは前と後ろが録画できるんです。しかも特別セールで格安なのに加え、既にドラレコをおもちなら1万円で下取りします。まさにタンゴさんのためにあるようなキャンペーンなんです」
ふむ…
というわけでクルマを売る営業の口車に乗せられ、私は前と後ろを録画するタイプのドラレコに交換したのであった。確かに格安だったな。ちなみに室内も録画できるタイプのドラレコもあるとのことだったが、そちらはなんと3倍近い値段がする。
そこまで高いカネを出して家族で馬鹿話をしている映像を撮ってもしょうがないだろう。誰が買うんだこんなもん。と思ったら浮気監視用なのね。まあ、オレは大丈夫だが、だからといっていらねえや。
交換はさっさと終了。「1日預からせてください」といわれたが、そんなにかかるわけなかろう、とっととやれ、とねじ込んだらすぐにできた。
営業の上司らしき人がいたので、幸いにもドラレコは一度も使わなかったんすよ〜と言ったら「それはそれは」という返事だった。まあ、使わないにこしたことはないな。
ドラレコでいつも迷うのが、ステッカーである。「録画中」「ドラレコ搭載車」と書かれてある例のステッカーだ。
ドラレコの箱の中にはオマケとしてそんなステッカーが入っている。実際にステッカーを貼っているクルマも時々見かける。
だがどうなんだろう、かえって煽りを誘発するんじゃないか、後方のクルマは気分がよくないんじゃないか、などと考える。「ステッカーを貼っていたら、勝手に録画するんじゃねえと追い抜きざまに輩が中指を立てて怒鳴っていった」という話もある。
営業の上司によれば「まあ、そうですねえ、うーん、ちなみに私は貼ってないです」と、言質を取られないようにもごもごと答えるのだった。
なお当たり前のことだが、ドラレコを交換したところで何も変わったことは起きず、何かが楽しくなるということもない。まったくもって保険と同じだわい。
そんなことを考えながら息子と家に帰ってきたら、北山修が白鳳大学の学長に就任したというニュースが飛び込んできた。へー、北山修が学長かあ。
一度、取材でニアミスしたことがある。当時、臨床の精神科医として仕事をしていた北山修は、「写真は載せないでくれ」と注文してきた。これほどの有名人がなぜ今さらと思って理由を聞いたら「顔バレすると患者に襲われる危険性がある」とのこと。なるほど、そういう危険性が伴う仕事なんだなと納得したものだった。
フォーク・クルセダーズ3人のうち、加藤和彦が自殺して、はしだのりひこがパーキンソン病で数年前に亡くなった。残ったのは北山修1人。しかも大学の学長にということで、老いてなお成功者の道を行こうとしている。3人の中の勝ち組か。
北山修は、高校時代にライブレコードを繰り返して聴いたものだった。
だが一番印象に残っているのは、海外留学を終えて帰国してリリースしたソロアルバム「12枚の絵」。
加藤和彦と2人だけで録音したシンプルなフォークソングばかりのアルバムだった。
これが実になんというか、当時18歳だったオレの心に染みる歌ばかり。何度も何度も聴いた。今も何曲か歌えるぞ。
この中の「旅人の時代」というのは、特に染みる歌だ。精神を病んだ患者の心を歌ったもので、サビで加藤和彦と対話するように歌うところがなんとも言えずにいい。
北山修が「まだ死にたくないな」と歌うと、加藤和彦が「そうだねえ」と返すところがある。加藤和彦が自殺したと聞いて真っ先に思ったのがこの歌のこの部分。同じようなことを語る人がいて、同じことを思う人もいるもんだなあと不思議に思ったものだった。
この曲も含め、ソロアルバムの全曲はYouTubeで聴ける。なんとも便利な時代になったものだ。って、それって著作権的にあかんやんけ。
2021.03.21
コンビニの売上げが激減らしい。確かに振り返ってみれば、私自身、いつの間にかコンビニに行く回数が激減している。
自分なりに理由を考えてみれば、まずテレワークで外出が減ったので、ちょっとお茶を買うとか、帰りによってビールを買うとか、そういう回数が減った。単純にはそれが理由の一つ。
世間的にはレジ袋廃止が大きな理由とされている。レジ袋がないから、片手で持てる分しか買わないというのだ。確かに片手にコーヒーを持ったら、袋がなければ右手にはあと一つしか持てない。
もっとも私はいつも有料でもレジ袋を要求する方だ。むしろレジで袋がいるかどうかを聞かれるのが鬱陶しいし、いつも先回りして袋をお願いしますというのが面倒くさいというのが心理的なバリアになっている。
ATMを使わないから行かなくなったという意見も多い。キャッシュレス時代は案外と早く浸透しそうだ。
オレも、いや、私もここ数日は財布の中に2000円くらいしか入っていないのに、普通に買い物している。コンビニのATMは使わないし、銀行のATMはつも行列だから使いたくない。
コンビニがさすがに高くなりすぎたという指摘もある。
例えばスイーツ。以前ならばついでに100円のスイーツを買ったというのに、今や250円スイーツも珍しくない。これじゃ買う気にならないわな、確かに。それ以外に弁当だってけっこうな値段がする。
そもそもコンビニは営業時間が長いという利便性と引き換えにスーパーより割高ではあったのだが、スーパーの営業時間が伸びたことに加え、割高にも限度があるだろうということで、ついで買いをしなくなった。
コンビニは、今や社会インフラなのだ。なくてはとっても困る。それなのに社会的にまったく尊敬されず、大切にされていない。
コンビニでバイトしているといえば「もっといい仕事があるだろうに」と心配され、息子がコンビで働いているといえば「ちゃんと就職したのかしら」と疑われる。レジの人たちも、時にまるで人間でないような扱いをされている。レジの店員たちに笑顔がなく、流れ作業のように客をあしらっているのは、客に原因があるだろう。だからそんな空気のところには、あんまり行きたくなくってきた。
1軒当たりの売上が減ったのなら過当競争だろうが、業界全体として減っているのは業態自体の問題。フランチャイズ契約の闇も含めて、いろいろと歪みが出てきているのかもしれない。
ということで恒例のJリーグ通信だ。今年のJ1はいろいろと面白いぞ。
まず浦和が川崎に0-5とボロ負けだ。しかも2分間で3点取られたりしている。走らない、寄せない、やる気がない。そんな浦和に開設の水沼が放送でぶち切れて、ずーっとぶつぶつと文句ばかり言ってるのがおかしかった。新しく就任したロドリゲスが悲しそうな顔だった。浦和、降格するかもね。
続いて鹿島だ。きょうも負けた。ファールを連発し、あげくに退場者も出して、その挙げ句に名古屋に負けた。
こちらはサポーターがぶち切れている。ザーゴ監督を口汚く罵り、解任騒動に発展する気配。
驚くべき事に徳島が初勝利だったものだから、なんと浦和も鹿島も徳島の下にいるという事態が起きている。鹿島、降格するかも。深刻度でいったら鹿島がヤバいかも。いい気味である。鹿島というチームは、サポーターも含めて「オレたちは違うから」という意識高い系の態度が鼻につく。
そういえば以前、この日記で鹿島をからかって笑いものにしたら、鹿島サポにぶち切れられたことがある。鹿島サポは意識が高いから、世界中が自分たちを尊敬して当たり前と思っている。ふん。このまま落ちてしまえってんだ。
ぶち切れなのは、札幌のサポーターも同様だ。3-0でリードしていたというのに終わってみれば3-4と逆転された。しかも3点すべてがアンデルソン・ロペスで、ハットトリックを決めた選手がいるのに逆転負けをするという世にも珍しい事件が起きてしまった。これを受けてサポーターが、三顧の礼を持って迎えたミシャ監督に対して「やめろ」「やめろ」「やめろ」と罵声を浴びせている。
油を注ぐように浦和の連中が「大量失点はミシャ崩壊の始まりだぞ、うひひひ」と声をかけている。いやいや浦和よ、君たちは「大槻を呼び戻せば」「柏木を呼び戻せば」と笑われているのを忘れてはならないぞ。
そんなわけで今年のJ1は鹿島と浦和が落ちるかもという楽しみが味わえる。もしそんなことになったら来年のJ2は阿鼻叫喚の地獄絵図だから、絶対に今年昇格しなければ。
2021.03.20
インターネットが広く利用されるよう何って我ながら意外だったのは、地元情報の場として有益だったということだ。遠くの世界の情報を手に入れ、遠くの世界のモノを居ながらにして手に入れるのに有益だとは想像していたが、実は地元情報の交換にもとても便利なのがインターネットだったのだ。
例えば地元限定の掲示板など毎日のぞいては、新しい店がオープンしたとか、その店の接客がイマイチだとか、味もたいしたことないのですぐに潰れるんじゃないかとか、そんな情報をチェックしているのだった。
といいつつ、テレビで地元情報が流れるのもやっぱり嬉しい。
今夜は「アド街ック天国」で地元・大泉学園の特集だったので楽しみにしていたのだ。地方の人のために解説すると「アド街ック天国」とは東京の適当な場所を適当に紹介するテレビ東京のローカル番組で、大泉学園とは私の住んでいる町の隣町である。埼玉県との県境で畑がやたらと多いと番組で紹介されている通り、田舎の町だ。
隣町とは言え徒歩圏内であり、息子はここの中高一貫校に通っていたから、私にとって地元のようなものである。
なお、突然一人称をオレから私に変えたのは、なんとなく格調高くて賢そうだからである。
「アド街ック天国」では特集する町の名物を20位までのランキング形式で紹介している。なのでインターネットの地元掲示板でも「どこが紹介されるかな」「どうせ1位は桜並木だよ」「無難にな」と数週間前から盛り上がっていた。「駅前の居酒屋に取材が来たようだから、あそこはランクインするぞ」という噂も飛び交う。ちなみにこの居酒屋は「あっけし」という地元の有名店である。行ったことはない。
結局1位は東映撮影所だったのたが、我が家でも番組を楽しみにしていたので、このお店しらなーいだとか、えー、どうしてここが入るのーだとか、それぞれ好き勝手に放言しながら盛り上がった。なかなかよい一家団欒である。
よいよい、よいのだ。こういう地元ネタで地元が盛り上がり、みんなで楽しめればよいのだ。
このように私は広い心ですべてを受けいれるのである。つまりたいへんに気分がよく、機嫌がいい。その理由は言うまでもない、きょうもアルビレックスは勝ち、開幕以来4連勝となったからだ。つまり今年は負けていない。全勝である。
全勝だから、当然、首位だ。気分がいいに決まっている。徳島はJ1で勝ち点2のまま。一つも勝ってない。とても気分がいい。だから「アド街ック天国」で「あっけし」がランクインしても、心大きく許せるのである。
今年のアルビレックスはポゼショナルサッカーが定着し、J1のサポからも「J2レベルのポゼショナルサッカーじゃないぞ」と言われている。オレたち、いや、私たちは当然のこととして、数年前のバルサなんだよこっちは、とえばる。
とにかくセンターラインがしっかりしていて、気持ちいいほどパスが回り、そして相手を混乱させてドスンだ。
センターラインが揺るぎなく、ボランチとセンターバックがコンパクトさを保ち、サイドバックが隙あれば駆け上がり、前線の鈴木・ロメロ・高木がかなり高度な約束事の中で攻撃をつくり、そしてそういったすべての約束事をぶち壊す破壊力で本間至恩が切り込んでいく。実に気分がいいサッカーだ。
まあ、後半になると別のチームかよというぐらいに弱くなってしまうという問題点はあるが、そこには目をつぶろうではないか。
ともかく4連勝だ。
琉球も同じく4連勝で、すぐ下に甲府がついている。琉球のサッカーを見たら、これもフロックではなくて強そうだ。理想的な展開としてはこのままアルビレックスと琉球が2トップとして独走態勢に入ることである。1トップだと各チームから狙い撃ちされるから2トップ+ちょっと離れて甲府ぐらいの感じが嬉しいな。
問題は来週である。相手が天敵・ヴェルディなのだ。
なぜ天敵かというと、実はアルビレックスは今まで一度もヴェルディに勝ったことがないのである。とにかく勝てない。理由もなく勝てない。どんなに調子がよくて、これなら行けるだろうと思って、そしてきょうも負けたということをずっと繰り返している。
今年のアルビレックスは絶好調であり、ヴェルディは絶不調なのだが、それでも負けてしまうのが天敵。今年勝てなければ、もはや永遠に勝てないのではないか。
幸いなことにヴェルディはぐだぐだで、きょうは金沢相手に2-4で敗戦。その負け方が間抜けすぎて、4点目などゴール裏から失笑が漏れる始末。当然サポーターはぶち切れて監督の解任を求めており、オレたち、いや、私たちに対しても「どうかアルビレックスさん、勝ってください。ボコボコにしてください。監督をクビにしたいから」とお願いに来る始末だ。
けれど、そんな状況であるにもかかわらず、想定外の事故でポコンと1点入れられてしまって負けてしまいそうな気がする。そこが天敵の天敵たるゆえんだ。
逆に言えばそんな天敵を乗り越えてしまえば、今年のアルビレックスはまだ連勝を伸ばせるだろう。次節はそんな意味でも大一番なのだ。
「ザ・キングファーザー」田崎健太・カンゼン。
三浦知良のお父さん、納屋宣雄の半生を追ったノンフィクション。実父であるが三浦カズと名字が違うのは離婚してカズは母親のほうについていったからである。この父親というのが、服役経験のある前科持ちで、ブラジルに渡っていい加減なサッカービジネスで金を稼いだという人物。とはいえ、悪になりきれていないところが、今ひとつノンフィクションの素材として魅力に欠ける点だろう。もちろんカズは父親とは距離を置いている。読みながらどこかで聞いた話だなあと思っていたが、後書きで雑誌「フットボールサミット」に発表したものを加筆した作品あって、納得。全体として田崎健太らしくない退屈な本だった。
2021.03.19
最近の私は完全に電子書籍から紙の本に先祖返りしている。
電子書籍を否定するのではなく、今も雑誌はdマガジンを利用してデジタルだ。紙の本は、久しぶりに手に取ったらその感触が心地よくて、以来、こっちを選ぶようになった。
本は手で読む、という感覚はありだと思う。
ただ場所を取らないという電子書籍のメリットは圧倒的だ。従ってずっと手元に置いておきたい本があれば電子書籍で買い求めて、寝る前の10分間とか、時間調整で立ち寄ったタリーズとかでちょっと読むというふうに使いたいと思う。
「フツーのプロレスラーだった僕がKOで大学非常勤講師になるまで」ケンドー・カシン。徳間書店。
プロレスラーの本が面白いのは、やはりプロレスという世界があまりに独特だからだと思う。人格形成期の10代後半から20代初期にこの異常な業界で過ごせば、やはり常人とはまるで違う価値観を身につけてしまうだろう。だからあらゆるエピソードが面白すぎて仰天する。そんなプロレスラーの中でもこのケンドー・カシンは、レスラー仲間からさえ「あいつは変わり者」と言われていた男だ。だからこの語りおろしの本も、どこからどこまでもとことんおかしい。
ド素人で入部した高校時代のレスリング部のむちゃくちゃなしごきのエピソードとか、新日本プロレスで芽が出ずにどうしたらブレークできるかと悩んでいた話とか、全日本プロレスの百田に「俺を訪ねてこい」とスカウトされたので会場に出かけたら馬場元子に「あなた誰ですか」と入り口で追い返されたからあのとき馬場元子がいなければ全日本プロレスに入ったんじゃないかという話とか、ヨーロッパで修行していたとき掃除のおじさんに勝負を挑まれてあっさり負かしたらオットー・ワンツに「ボコボコにしなきゃダメだ」と言われて次にからまれたときは仲間が泣いて止めるまでボコボコにしてやったとか。
ケンドー・カシンは変わり者と書いたがこいつには、タイトルマッチで挑戦者としてリングに上がるとき、自分で新しくオリジナルのチャンピオンベルトを勝手に作ってリングに持ち込んだという有名なエピソードがある。IWGPのベルトを誇りにしていたライガーに怒られたのではと突っ込むインタビュアーに対し、カシンは「別に。だって自分のカネで作ったベルトだから」としれっと答えるのであった。認定状をリング状で破り捨てたこともあるカシン。対抗策として坂口征二は、次に認定状を手渡すときはパウチしていた、というエピソードもくだらなすぎてめまいが出るほどだ。
全日本の渕に対して「すべてが気持ち悪い。見た目と肌触り」と切り捨て、安田忠夫縁に対しては縁を切ったと断言する。同期の中西学とは犬猿の仲。結婚式に呼ばれたときは、出席したくなくて、まったく関係のない第三者に代理出席してもらったという。しかも持たせたご祝儀が4万円。後日、激怒した中西から現金書留でご祝儀がそっくり送り返されてきたそうだ。爆笑。そんな中西も結局奥さんと離婚。カシンは中西に対してバカはバカだからバカのままでいいのだと諭すのであった。
それにしても後藤達俊が2回も離婚していたとはなあ。プロレス業界でも誰もその行方を知らないらしく、どうしているんだろあ。後藤もカシンに負けず劣らずユニークすぎる男だった。頭蓋骨骨折をしていたのに気がつかず自然治癒してしまったという仰天のエピソードをもつ。銀座に飲みに行って酔っ払い、店の中でホステスにバックドロップを食らわせて救急車を呼んだという男だ、後藤は。プロレスラーってこういう男ばかりだから、面白くてたまらんわ。
2021.03.18
代表がつまらない。
日韓戦なんか見たくないし、別にやらなくてもいい。それでもやるというから誰が選ばれるのかと思ったら、見たくもないチームができたのでますます見たくなくなった。
韓国なんかとやっても得るものはひとっつもないのだから、やらなくていいのに。韓国をつけあがらせるだけだ。
そんなことよりJリーグのスタンドを早く開放しろ。
4月頭にJ2に昇格した相模原とアルビレックスが戦うので、相模原スタジアムまで行くつもりにしていたのだったが、収容人員が6000人のところ、半分しか入れられないというので3000人しか入らないという。
それっぽっち! しかもアウエーなしだという。まあ、仮にアウエーOKにしたら2500人がアルビレックスサポーターになって、伝統芸のアウエージャックが起きてしまうからな。相模原がびびったのも仕方ないが。
くっそう、どこもアウエー禁止でサッカーを見に行けないじゃないか。飲み屋に行けないのは我慢できるがサッカーを観に行けないのは我慢ではない。うそだけど。
まったく神輿は軽くてパーがいいというのは至言だった。百合子なんか担ぐんじゃなかったよ。
「がんの消滅」岩木一麻・宝島社。『このミステリーがすごい!』で1位だったから、いつか読んでみようと思っていた。ブックオフで110円だったのでゲット。いわゆる医療ミステリーである。けっこうな話題作だった。その評判通り、なかなか面白いミステリーだった。末期ガンで余命半年を宣言されたガン患者が、生前に受け取れるリビングニーズという保険金上限3000万円を受け取った後にガンが消えて治っちゃう、という話。そんな患者が何人も続いたので、保険会社は黙っちゃいないぜという展開だ。なぜ末期ガンが消えて寛解しちゃうのか。その種明かしをされて、ひゃーと仰天。そんな手があったのかあ。医療ミステリーは、若い医者の成長物語だったり、人情物語だったりするブレがあるものだけれど、これはミステリーに徹していてそこがよかった。文章がこなれていなかったり、肩に力の入りすぎた表現が散見したりして読みづらかったり、人物造形が今ひとつで登場人物の書き分けがうまくいってなかったりと、瑕疵はいろいろ目につくものの、途中、仕事のためにページを閉じるのが惜しかったほど、全体として大変に楽しめた。110円でこれはやめられまへんなあ。
2021.03.17
渡辺直美をブタにしてオリンピッグ、ってのはすげえよな。忘年会の余興かよ。
このレベルのネタがオリンピックの開会式とはなあ。とはいえ所詮ブレスト。ダジャレだろうが、差別だろうが、思いついたネタは何でも口にして、何かのヒントにつなげていくってのがルールだから、この程度のボケが出るのも当然で、そんなものが表に流出したところに問題があるんだろう。
聞けば当初は演出におさまっていた野村萬斎が電通一派に追い出されて現代の体制になって椎名林檎がぶち切れたというそうだから、そのあたりのゴタゴタがからんでいるのは間違いないようだ。LINEのデータが抜き放題という中国ネタが絡んできたりして。
それより本番を4ヵ月前に控えたこの時点で開会式の演出家が辞めるという異常事態には冷え切ってしまうわ。
予選が行われて代表選手が決まったというニュースが世界のどこからも入ってこないし、選手団の受けいれ予定だった自治体が辞退し始めている。観客も入れない。そこへもってきてセクハラだなんだと大騒ぎで、ボランティアや聖火ランナーもやめちゃって、グダグダすぎる。
このまま開催しても中国と日本の運動会になってしまうのははっきりしているから、無理に開催しても世界の笑いものだ。中止、中止。すっぱりやめてしまえばいいのに。「あのときはコロナで泣く泣く中止しました」と言いながら次に立候補すれば、世界も同情してくれるだろう。
これで開催されたら、没落日本を象徴するトドメのようなオリンピックになってしまうだろう。
「任侠浴場」今野敏・中公文庫。“隠蔽捜査”シリーズは傑作だが、それ以外の今野敏はゴミである。ああ、言っちゃった。それはさすがに作家に対して失礼だろう。と思ったら、なんとこの本の解説にも「2時間ぐらいで読まれておしまいとなる。場合によってはそのままゴミ箱に捨てられてしまう」と、そんな本ばかり書いていたと今野敏について評されているのだ。ダメでしょう、本人の著作の解説にそんなこと書いちゃ。要するにゴミであると思っていたのはオレだけでなかったというわけで、ちょっと安心。それでも新刊で出たばかりのこの本を買ってしまうオレがいた。「任侠書房」で倒産しかけた出版社をヤクザが救い、「任侠学園」で倒産しかけた高校をヤクザが救い、「任侠病院」で倒産しかけた病院をヤクザが救う。そのシリーズの第4弾だから、当然倒産しかけた銭湯をヤクザが救うという話なのだ。きっとこうなるに違いないと予想したとおりに話は進む。最後に国会議員が登場してゴタゴタをまるく納める、というオチまで読めてしまう。どうしてこんなにも簡単に読めてしまうのだろう…と思ってよく見たら、なんと既にハードカバーの、しかも新刊で読んでいた本ではなかったか。すっかり忘れていた。しかも、このシリーズをああ面白かったと絶賛しているではないか。どうやらゴミはオレだったでござる。
2021.03.16
相変わらず夜9時も過ぎると駅前は死んだように静かだ。
仮にも23区内の急行停車駅である。いくらなんでもこれはないだろうという物寂しさだ。
おかげで車が走りやすいし、駅前でも余裕で駐車できるわ。
飲食店にはたまったもんじゃないだろうが。
もっともオレたちも、どうやら飲みに行かなくても平気な体になったし、飲み屋なんていらなかったんだと気がつき始めている。
アフターコロナもこのままなのかもしれない。
あ、そうだ、まるで関係ない話だが、NTTの接待がどうとかいう問題。いかにも人の落ち度を責めたてるのが好きな蓮舫あたりが喜んで噛みつきそうなネタなのにおかしいなあと思っていたら、案の定、接待リストには立憲民主の幹部の名前がぞろぞろらしい。総務相経験者もいるということで、それは原×じゃねえか。わはは。
まあ、東北新社の接待問題だって、じゃあ民放各社が許認可権を持つ総務省を接待してないかというとそんなことは絶対にないはずで、仮に接待してなかったとしたらどんだけ無能な幹部なんだよということになる。
何を今さら。というか、民放もしれっとすっとぼけてるんじゃないよ、という話だ。
「いっちみち」乃南アサ・新潮文庫。乃南アサの作風は暗い。ひたすら暗い。訳ありの人間がさらに闇に落ちていくような話が得意だ。例えばこの作品集の中のタイトル作。ちょっとしたしくじりで夜逃げせざるを得なくなった幸せな一家が結局は離散し、中学生だった女の子は逃げた先でさらに不幸になり、別れた兄弟が生きているかどうかもわからないような生活を送る。その中学生も今や50過ぎのおばちゃん。ふと思い立って40年ぶりに故郷を訪ね、隠れるようにして生家の前に足を運ぶという話だ。なんとも暗くて、やりきれない物語である(最後にちょっと顔を上げたくなるオチがつくが)。こういう話が乃南アサはうまい。だから例えば「ニサッタ、ニサッタ」みたいな長編や、この作品集でも「ルール」「団欒」みたいな人を笑わせようとする作品は案外つまらない。例外は新米巡査を主人公にした「交番」シリーズか。もちろん代表作はやはり女刑事・音道貴子シリーズ。「花散る頃の殺人」などはけっこう好きだ。そういや書いていて気づいたが、思わぬ失敗をして何かから追われるように遠くの町へ逃げていくという話が多いかも。乃南アサは。刑務所から出所した女二人が谷中のアパートで身を寄せ合うように同居して生きていく「陽のあたる場所」シリーズも、考えてみれば過去から逃げ回る話だもんな。これはそれなりに面白いが、人情話に振り切ろうとして、やっぱり人の温かさみたいなのは苦手ではないだろうか、と改めて感じさせる作品だ。
2021.03.15
村上ポンタが亡くなったというニュースは軽くショックだった。
オレたちの世代にとってポンタはザッツ・スタジオミュージシャン。アルバム2、3枚あればどれかに必ずポンタのドラムが入っていたものだった。
奥さんは夏木マリ。と思ったら、それは斉藤ノブのほうだった。
斉藤ノブもまたザ・スタジオミュージシャンだった。生きてるけど。
村上ポンタには逸話がいろいろある。一番有名なのがプロになるときのオーディションの話だ。
「赤い鳥」がドラムを募集する際のオーディションに参加したポンタ。順番は8番だった。ポンタの演奏が終わった瞬間、響いたのは「これでオーディションは終わりでーす。あとの人は帰ってくださーい」との言葉だ。これでポンタのデビューが決定したのである。
このときポンタはドラムの練習を本格的に始めて4日目だったという。
ほんとかよ〜という話で、どうせかっこよく作ったネタに違いないと思うのだが、本人がメディアで広言しているからホントなのかなあ。関係者も何も言わないし。
ローディー(アシスタント)へのパワハラが酷くて評判は悪かった。演奏しながら煙草を吸っていた。
まあ、そんなのは一昔前のミュージシャンなら珍しくないわな。ミュージシャンと芸人は人間のくず。
ポンタは高中正義のバックでも演奏していて、前もリンク張ったけど、ドラム5台で演奏したReady to Flyは国宝級。1分51秒にはポンタのお手振りパフォーマンスが見られる。
スティック1本、いや、2本か、それだけ持ち歩いて食ってきた人間だから、その生き方だけでも素晴らしいものだ。残念。
「卒業したら教室で」似鳥鶏・創元推理文庫。作者のツイッターで先月、この新刊の予告を見たときオレは絶叫した。シリーズ第8巻。まったく躊躇なく新刊を買うのはこのシリーズと榎本憲男の真行寺道弘シリーズである。特に今回の似鳥鶏の新刊が特に嬉しいのは、まったく予想もしなかった刊行だったからだ。このシリーズ、もう終わってしまったんだと思っていたからなあ。そう思われていることは作者も感じていたらしく、「なぜか書店員が客から、このシリーズは終わりなんですかと聞かれる」と書いている。その上で、この第8巻で終わるのではありませんよ、ともあとがきで書いてある。ああ、よかったよかった。一安心。
ちなみにこのあとがきもなかなかの傑作。人間は同じ音が続くと加速してしまう現象を、コンビニ店員の「こちらおあたたたたためになりますか」という例を引いて説明している、って何の話だ、このあとがきは。
このシリーズは大好きだ。創元推理文庫から出ているから基本的にはミステリーなのである。市立高校を舞台にしたいわゆる青春ミステリーで、古くは小峰元「アルキメデスは手を汚さない」の系譜だ。だがそのミステリーの部分はどうでもいい。犯人が誰だとか、どんなトリックだったか、というのもどうでもいい(といいつつ今回のトリックはなかなかよかった)。一番の魅力は、高校生たちの瑞々しいキャラ、日常にあるのだ。
探偵役の主人公は美術部員の草食系男子。こいつがなぜか事件を呼び寄せてしまう体質で、身の回りでいろいろと不可解な事件が起きる。今回も書道室や山岳部の部室、CAI室などにいわゆる“トイレの花子さん”的な謎の都市伝説的人物が出現する。その謎を解明するために主人公の草食系男子を中心に、いろんな高校生たちがうろうろするのだ。その周辺のキャラが実に素晴らしいのである。
一番素晴らしいのは演劇部の柳瀬さんという先輩女子で、これが実に実に魅力的なのだ。オレはほとんど恋している。ツンデレ系というか、オトコオンナ系というか。この柳瀬さんに主人公が翻弄されるたび、オレも一緒に翻弄される。追いかけるとサッと身を引く様が実になんというかたまらんのだ。一方でこの主人公に片思いしているのが秋野麻衣で、実に奥ゆかしくて、たまらん。さらに翠ちゃんというキャラが、これが実にどう見てもとんでもない美少女で、自分が美少女であることを自覚しながらさまざまにかき回すのである。
そして今回の話は、都市伝説的な謎を解決するというよりも、柳瀬さんが卒業してしまう、その卒業式がクライマックスなのだ。いやいや、まてまて。実はその後に、「屋上」という本当のクライマックスが待っている。屋上では柳瀬さんが待っているのだ。おお! なんという神展開!
というわけで、読み終えて最初のページに戻ってみると、そこに書かれた出だしの1行が、おお、なんということだ、この素晴らしいフレーズは、とノックダウンさせられる仕掛けになっている。
新刊予告を見て狂喜して早速予約し、発売と同時に手に入れたものの読み終わるのが惜しくてしばらく机の上に置き、時々眺めては表紙のイラストに頬ずりしていたというのに、ちょっとだけと読み始めたらたちまち引き込まれてノンストップ一気読みだったわい。
読み終えて、ああ、柳瀬さんが卒業してしまったと呆然としたが、翠ちゃんという美少女が入学してくるし、まだまだ楽しみは続きそうだ。そしてオレはここまでのシリーズをまた読み返そうと思ったのだった。市立高校シリーズ、大好きだなあ。
2021.03.14
浦和は負けた。きょうも負けた。しかも横マリ相手に0-3のボロ負けである。
監督は徳島から強奪したロドリゲスで、長い目でチームを育てていくという方針での就任だったのだが、案の定というか、無理筋だったというか、早くもロドリゲスじゃ無理、更迭しろ、という声がサポーターから上がっている。
お気持ち、お察しします。
だが監督ばかりが悪いわけじゃない。一番は選手だ。このメンツを見て、優勝を狙えというほうが無理である。
もちろんそんなことはサポーターも分かっている。だからこんな声が上がっている。柏木を呼び戻せ、と。
それはロドリゲスを強奪された徳島も同様で、大喜びでJ1に昇格したというのにちっとも勝てなくて早くも涙目、内紛、傍若無人。すべての原因は愛すべきロドリゲスを強奪した浦和のせいだとの怨念に凝り固まって、ロドリゲスよ、浦和なんて辞めて戻ってこい、また一緒に阿波踊りを踊ろうと呼びかけている。
そして返す刀で今の監督に、早く辞めてしまえと罵声を浴びせる。だがその監督というのが、代行。本来の監督が入国禁止措置でスペインから来ることができず、仕方なくコーチが監督を代行しているのだ。
やりたくもない仕事を押しつけられ、その上で罵声まで浴びせられた代行監督としてはたまったもんじゃない。辞めろと言われたってオレはそもそも監督じゃねえんだぞと逆ギレ。
いやあ、今シーズンもJリーグは楽しいなあ。オフシーズンで本間至恩にちょっかいを出したことでオレは徳島がとことん嫌いである。身の程知らずを思い知れ、いい気味だ、ってなもんだ。
まあ、人のことはどうでもいい。大事なのは自分ちのほうだ。
今のところアルビレックスは開幕3連勝。首位である。22年ぶりの開幕3連勝だ。
同じ勝ち点で並ぶのが琉球。沖縄のチームだ。うぬぬ、くっそう琉球ごときが。どうせあの戦力じゃフルシーズンもつわけがない。もうすぐ自滅して落ちていくだろう。と、新潟も思われているのだろうが。
不気味なのが琉球の下、3位にいる甲府である。じわじわと上がってきた。
甲府と新潟と大宮は、いつでも同じようなポジションで戦っていて、こっちが上がればヤツらも上がり、落ちれば一緒に落ちるという関係。なぜだかズッ友などと呼ばれている。
ついでに同じ監督を引き当てて同じようにエラい目にあって、必死の覚悟で監督を追い出した、という経験まで甲府とは同じだ。この監督を追い出すとき、甲府はサポーターの集会まで開いていたっけ。オレたちもあの監督のもとで戦うつらさ悲しさ情けなさを知っていたから、甲府サポにはエールを送ったものだった。
その甲府がじわじわと上がってきて、こっちが首位でいい気になっていたら、いつの間にか3位にいる。うーむ、恐ろしい。侮れない。
だがオレたちはズッ友だ。せっかくだら一緒に上がろうよ。
徳島をあざ笑った同じ口で、オレたちは甲府にそんな声をかけるのだった。
2021.03.13
ゴール裏で大声を上げて声援を送ったり歌ったりしている連中(←オレも)の中で、メガホンを振りかざしてひときわ偉そうにしている一団のことを「中心部」とか「黒T」とか呼ぶ。なぜだか連中は黒いTシャツを着て固まっているからだ。
どのチームでも、この中心部の連中は嫌われている。偉そうであるだけならともかく、やたらと仕切りたがるし、暴力的だからだ。
もっと詰めて座れ。声を出せ。声が小さい。本気出せ。文句があるなら地直接言いに来い。そうか、文句があるから言いに来たのか、じゃあ取り囲んでやろうか。
チームからいくらか便宜は図ってもらっているのだろうが、それでもどんなアウエーでも駆けつけ、毎試合声をからして応援している姿には、たいしたものだと思う。それでもこうした傍若無人唯我独尊の暴力的な立ち振る舞いは決して受けいれられるものではない。
もちろんチームによってこの黒Tの連中の程度には濃淡があり、例えばヴァンフォーレ甲府の黒Tは比較的良識派とされている。言いたいことがあるときはちゃんと対話ができるようだ。アルビレックスはというと、良識派と悪質派の間ぐらいか。
悪質派はいろいろあるが、最近特に悪質だと目されているのがご存じポカリスエット、徳島ヴォルティスの黒T軍団である。
基本的に田舎者だからすぐに図に乗って自分たちが天下を取った気になるようで、けっこうあちこちでトラブルを起こしている。田舎の道は一車線が当たり前なんじゃ。オレ様が通るのだから道をあけろ、ボケ。
そんな徳島の黒Tが、せっかくチームがJ1昇格したというのに成績がついてこず、監督も来日せず、頼みのロドリゲスには逃げられ、ひとっつもいいことがないものだから不機嫌極まりなく、ついにきょうは選手といざこざを起こした。
きょうもホームで負けてしまった徳島。スタンドに向かって挨拶した選手に向かって黒Tは盛大なブーイングを浴びせる。コロナだから声援禁止なのだが、もちろんおかまいなしだ。
そのブーイングの中に許しがたい暴言でも混じっていたのだろう、フォワードの河田がぶち切れて黒Tにやり返した。
河田はもと新潟で、とても気のいいお兄ちゃんである。いいやつなのだ。その河田がぶち切れたぐらいだから、相当な暴言だったのだろう。
当然黒T軍団もぶち切れて河田にやり返す。それを遠目に見ていた一般サポーターはうんざり。いい加減にしろと思ったわけだ。黒Tは、今度はそんな一般サポにぶち切れて、つまりは逆恨みして、一般サポの胸ぐらにつかみかかったのである。
当然、警備員が割って入ったが、騒ぎは収まらず、結局警察が駆けつけて事情徴収。そんな一連におびえた子供が泣き出して、ご自慢のポカリスエットスタジアムは阿鼻叫喚だ。わははは。民度。
さすが悪質度No.1の徳島黒T。今や浦和や松本よりずっと高い悪名だ。こんなサポしか抱えられないチームに深く同情し、そして本間至恩は移籍しなくてつくづくよかったと胸をなで降ろすのだった。
というわけでその本間至恩が前節の警告退場で欠場となった今節。相手はレノファ山口だ。
薩長史観のみを生きがいにいまだに明治の世に生きる河豚の国。もちろんアルビレックス様の敵なんて100年早いわ。
前半、アルビレックスは実に見事な戦いを展開。これぞポゼショナルサッカーのお手本、ファイブレーンとはこうやるんじゃという教科書のような戦術で翻弄する。まさに翻弄だ。
そして当然のように勝利を収める。なんと開幕3連勝だ。ああ、気分がいい。首位だ、首位。トップだ。天下を取ったのだ。J2だけど。
もちろんこのままアルビレックスは突っ走る。早くスタジアムに行きたいなあ。
2021.03.12
駅前の書店に池上彰がいた。
彼の家はオレの家から5分のところにあり、いわゆる地元の有名人である。息子の高校のOBだ。なので割とよく街の中で見かける。
先日も道ですれ違った。通り過ぎた後、自転車に乗ったおじさんが「池上さんですよね」と声をかけて何やら話していた。まあ、有名人と言ってもプライベートな時間なのだから放っておくのが良識というものだろう。
小学生の頃、池上さんとすれ違った娘は「きょうはズラじゃなかったね」と口走って、ヨメを大いに慌てさせたっけ。幸い池上さんは歩きながら電話していたところだったので、事なきを得たが。
もっともだいたいの場合、池上さんは気づかれない。まったくオーラがないからだ。
きょうもそうだ。池上さんが本を2冊買い、レジに並んでいるのに誰も気づいたふうはない。レジでは「あ、そのままでいいから」とあの声でカバーも断ったのに、レジも気づかない。
いや、レジは気づいたかも。なにしろ地元の有名人で著作も多いからな。気づいて、知らんぷりしているのかもしれない。
池上さんが何を買ったか、オレは目に留めたが、タイトルは言わないでおこう。ちょっと微妙だったからな。
いったんレジを済ませた後も池上さんは店内を徘徊、いや、巡回し、新書コーナーでまた何冊か買っていた。もちろん誰も気づかない。オレは気づいたが。
頭頂部がだいぶ厳しくなってきたな。初期のアルシンドになる日も遠くないだろう。相変わらずの猫背で、はっきり言って貧相なのである。こんなしょぼいおじいちゃんが池上さんだなんて、確かに知らなきゃとてもそうは思えないわな。
家に帰ってそんな話をしていたら、なんと浦和レッズをクビになった柏木が本当に岐阜に移籍したというニュースが飛び込んできて仰天した。噂はあったが、まさか本当になろうとは。
岐阜は、J3である。自前の練習場がないから近くの運動場などを借りながら毎日違うところで練習している。クラブハウスもあるにはあるが、シャワーは一般人と共用だ。そんな環境で柏木が耐えられるとはとても思えない。
だいたいJ3の場合、選手の平均年俸は200万円ぐらいである。2千万円ではない。2百万円だ。
だからほとんどの選手がコンビニなどでバイトしながらサッカーを続けている。
そんなところに年俸1億だった柏木が入るのだから、他の選手は面白くないに決まっている。おそらく年俸のかなりの部分は浦和が負担しているはずだが、それでも1千万円はくだらないだろう。
貧乏くさい環境に不満たらたらの柏木に、なんであいつだけバカ高いカネをもらってんだよと妬むチームメイト。これはとても興味深い。
しかも柏木がパスを出した先にいるのは興梠でもなければ杉本健勇でもない。アマチュアと変わらないJ3の選手だ。「この下手くそが!」と柏木がぶち切れる姿が目に浮かぶ。
一方で柏木は走らない。走れない。かわりに選手に、あっち行け、こっち行けと指で示すのが得意技だ。
自分で走りもせず、仲間を指さして命令するおっさん選手。深夜のコンビニのバイトで疲れ果てて、それでもサッカー選手として成長したいという志で歯を食いしばりながら全力で走り回っている若手が、そんな柏木に怒り心頭になるのは当たり前だ。
いやあ、楽しみだなあ。早く見たいなあ。
野球ならばスーパーな投手が入れば勝ちも計算できようが、サッカーはそうはいかない。柏木が入っても、岐阜が勝てると思えない。勝てれば不満も抑えられようが、それも無理となると、たちまち空中分解。
今年は岐阜に注目だ。
「文章読本さん江」齊藤美奈子・ちくま文庫。有名な本なのだが、今まで手に取っていなかった。もっと早く読んでおくんだったと後悔したわ。谷崎潤一郎や井上ひさしに代表される文章読本の類いをまとめて取り上げで、切りまくった一冊。いやあ、実に面白い。小気味いい。解説までもがしゃれている。文章の書き方を指南する本、つまり文章読本というのは膨大に出版されていて、一つのジャンルとなっている。齊藤美奈子はそれらをことごとく笑うのだ。小林秀雄賞を受賞した立派な評論集でありながら実にサービス精神にあふれていて、とことん笑わせてくれる。読みながらなんど爆笑したことか。「文章におけるプロとアマの差は、文章が上手か下手かではない。人のために書くのがプロ、自分のために書くのがアマチュアだ」と断じ、「締め切りに追われてかりかりしているプロの目から見れば、奥様方の文章修行は文章ブルジョアジーの優雅な休日以外の何物でもあるまい」と小気味よくぶった切る。その文章プロレタリアートは優遇されているとは言い難く「安い原稿料、不安定な雇用形態、お仕着せの仕事、不条理な書き直し」に苦しめられていると同情を寄せる。いや、こんなのは枝葉の小ネタ。本質は文章の書き方を上段から偉そうに指南する文豪たちの物言いを、とことん笑い、ギャグにしてしまうところにある。文章と服飾は似ている、という指摘は慧眼。なんとも見事な評論集で、いやあ、素晴らしい本に出会うことができた。今さらながらであることを、オレは恥じるが。
2021.03.11
3.11である。誰もが10年前のあの日を思い出して、「どこにいたの?」と振り返っている。
あの日、オレは勝どきの高層ビルの2階にいて、驚いて飛び出したら対岸のお台場から黒鉛が上がっているのに腰を抜かした。おお、お台場が燃えている、これは大変なことになった。
だが世間はもっと大変なことになっていて、お台場の火事なんて振り向きもされなかった。
勝鬨橋には、かなりの数の人が集まっていて「津波がくるんじゃね?」などとのんきに海を眺めていた。橋の下におりている人もいた。要するにそんな程度の認識だったのだ。
電車が止まったので仕方なく歩いて帰ることにしたのだが、途中、のどが渇いたので飯田橋の居酒屋でビールを飲んだ。店内のテレビでは津波の報道をしていたが、田んぼを水が覆っているような映像で、店内の客は気にもせず陽気に酔っ払っていた。
てくてくと五時間かけて家に帰ったオレは、寒い寒いと言いながら風呂に直行し、冷えた体を温めた。
そして風呂上がりにテレビを見て、そこに映し出された街が燃えている映像に仰天し、これは今の映像なのか、どうして助けに行かないんだ、あそこで今人が燃えているんじゃないのか、と嫁に吠えたのだった。
つまりそれまで東北がそんなことになっているなんて、まったく知らなかったのだ。まだスマホもなかったし。
そんなことを思い出しながら、ニュースをザッピングする。
97年頃、宮城県の雄勝という町に一週間ほど滞在して取材したことがある。あの町も、九割以上が津波に沈んだそうだ。
あのときインタビューした人達はどうなったんだろう。山々の緑の美しい、深い入り江の町だったなあ。
2021.03.10
Macintoshのアホらしさ具合が周知されてきたのか、OSのシェアでクロームOSがMacOSを抜いたそうだ。トップがWindowsで2位が、我らがクロームである。なんとめでたいことか。
“Rest of us”というキャッチフレーズに表現されているように、Appleは自分たち以外を猿だと思っている。猿には適当な餌でも与えとけと開発されたのがMacintoshなのだ。
クロームがMacを抜いたとは、猿が「オレたちは猿じゃない」と反旗を翻したということだろう。慶賀の至りである。
などと憎まれ口を叩いていたら、飲酒習慣のある人の割合が50代で46%なのに対し、20代はわずか10%になっていたそうだ。これはちょっと驚きの数字だな。
今や若者の9割は酒を飲まないということか。そりゃあ居酒屋も潰れるわなあ。
これは世界的な傾向なのだろうか。
この世から酔っ払いが消えていく。
2021.03.09
国民負担率46%に泣き、下層転落におびえるオレが、きょうは西麻布へ行った。いわゆるファインダイニングである。
コース料理しかなく、ワインを抜いたら、1人3万円はくだらないだろうなあと思わせる店だった。
もちろんオレがメシを食ったのではない。営業時間外に店先をちょっとお借りして、という仕事だったのだ。オレはワインよりも家で一番搾りを飲む方が落ち着くなあと思ったが、それはファインダイニングで存分に食事できる身分になってからいうべきことだと思った。
帰りは六本木通りのバス停から都営バスに乗って渋谷まで出る。
バス停ではベビーカーと子供2人を抱えた西麻布の奥さんと一緒になり「どうぞどうぞお先に」「いえいえ、そちらから」というやりとりがあって、オレは一つ徳を積んだなあと心が温かくなった。
ちなみにオレの地元では酒屋が潰れて土地が空いたためバス待ちの老人がたむろするようになり、順番がごちゃごちゃになって、いざバスが来ても「どうぞお先に」「いえいえそちらから」「いえいえ」合戦が始まってちっともバスが発車できないという状況だそうである。カオスだな。
カオスと言えば、新しい渋谷駅がそうである。
すっかり様相や動線が変わってしまって、迷路状態。案内板に従って歩くしかない。40年前、オレは目をつぶって渋谷を闊歩していたといっても誰も信じないだろう。えーと、東横ボードはこのあたりだったっけ。
副都心線に乗ろうとしたら、ホームでSuicaを拾った。女性の名前が名前が印字してある。定期か。
乗るとき落としたか、降りるときか。いずれにせよ非常に困っただろう。
しばらく見ていたが目に留める人は誰もいないようだったので、オレが拾い上げてホームの駅員に手渡す。東急の駅員にSuicaを渡したことになるけれど、問題ないだろう。また一つ、オレは徳を積んでしまった。
こうしてたくさんの徳を積みながら一日を過ごしたのに国民負担率という悪魔はオレにずんずんとのしかかってくる。助けてくれえ。
西麻布のファインダイニングでは2500円というスペシャルなビールをもらってきた。ラグジュアリービールという分野のビールである。夕べの食卓でそれを飲みながらおかずをつまみ、まあ、こうして家で三度の飯を食べられているだけ、有り難く思わねばな、とオレは聖人君子となって自分に言い聞かす。
そして悪魔に豹変し、帰りに駅前の書店で買ってきたJリーグ選手名鑑を開きながら、各チームの選手たちを罵り、呪詛を吐くのであった。
「書く力」池上彰・竹内政明、朝日新書。池上彰はあの池上彰で、オレの家から5分のところに住まいを構えるあの池上彰である。一方の竹内政明は、読売新聞の一面コラム「編集手帳」を書いている名文家だ。「編集手帳」はまとまると新書になって発行されているが、オレは東日本大震災の時の一冊を買って、今も時々読み返している。そんな二人が文章の書き方について語り合ったもので、まあ、どうせ適当にノウハウめいたことを並べて終わりだろうと思って読み出した。そしたらそんなことはまったくなくて、かなり本質的なことばかり書いてあったのでびっくり。読売新聞社の入社案内に書いた竹内政明の文章なんて、あまりの名文で仰天したぜ。大江健三郎や朝日新聞など、実名で悪文を取り上げ、おちょくってるのも面白かった。それにしても井上靖ってたいへんな名文家だったんだなあ。こういう一冊を読んでいると、いかにオレがダメな文章しか書いていないかを突きつけられるようで、力を落とす。心を入れ替えたオレは、「文章読本さん江」をAmazonで注文し、講談社の類語大辞典を書棚から引っ張り出して机に置いた。この本で紹介されていた「類語辞典を“ひく”のではなくて“読む”」という方法がとても興味深かったからである。
2021.03.08
所得に占める税金や社会保障費の割合を示すのが国民負担率だ。くっそ、税金が高すぎるなあと感じたら国民負担率が高いというわけだ。
実は去年の国民負担率がなんと46.1%だという。
おいおい、ちょっと待てやこら。なんじゃ、つーことは10万円稼いだら4万6000円をお上にピンハネされとるっちゅーんかい、われ。
過去最大の国民負担率らしい。いや、過去最悪か。
1970年、つまりオレが中一の時は24.3%で、オレがフリーになった33年前は38%だった。これはこれでけっこうな数字だが、今や46%っていうのは驚きではないか。
しかも財政赤字を加えるとその数字は66.5%らしく、もはやこうなると意味が分からない。つまり10万円稼いだら4万6000円をピンハネされて、さらに2万円を借金返済に充てなければならないというわけか。
頑張って50万円稼いでも、使えるのは17万円しかない。そりゃあ消費も冷え込もう、貧困も増えよう、自殺もするだろう。
本日オレは確定申告を終えた。税金や社会保障費のあまりの負担に絶望した。しかもこのあと追い打ちをかけるようにいろいろと払わなくてはならないという。
うおーっ、ばかやろ、国のばかやろ、滅んでしまえ。そう一度だけ絶叫しつつ、しかし、雨露をしの家があり、毎日サンドのご飯が食べられ、2人子供を大過なく大学と高校に通わせている時点で、これ以上望んでは罰が当たると自分に言い聞かせ、そして飲み込んだ。
要するにそういう辛苦を国民は強いられているわけだ。うむむ。
稼いでいる額は変わらないはずなのに、毎年毎年、だんだんと生活が苦しくなっていく実感があったのは、こういうわけだったのか。
10万稼いでも半分近くをピンハネされてるんだから、そりゃあ生活も苦しくなるに決まってる。日本人が貧困化したというのも当たり前だ。
2021.03.07
大義と合理性があれば、人は動くのだという。
例えば狭い商店街を通るバスのルートを変えるということは、「通行人の安全のため」という大義と「そりゃあ広い道のほうがいいに決まっとるべ」という合理性があるため、工事にまつわる様々な不便も、人は「しょうがないよな、みんなで我慢しよう」ということになる。
緊急事態宣言が延長されてはいるものの、今度ばかりはこれまでとは様相が違うようだ。人々は言うことを聞かずに街へ繰り出し、飲食店は店を開け、電車の通勤客は増え続ける一方である。
それどころか神奈川県知事が東京都知事に「だまし討ちに遭ったようだ」とまでは言ってないが、似たようなことをされたとぶちまけている。
百合子は自分が目立てばいいと思っていて、そのためにオレたちは利用された。そんな思いがあるのだろう。
そんな百合子の腹の中は、もうみんな気づいている。何か宣言するたびに自分が目立ち、そして自分が国を動かしているように印象づけられる。だから百合子は、緊急事態宣言解除に強硬に反対している。
見ろよ。あれほど楽しそうに掲げていたフリップも、今やさっぱりではないか。レインボーブリッジは赤くならないのか。要するに飽きたのだ。目立たなくなったと知ったから、もうどうでもいいのだ。
百合子のそんな腹の中にみんな気がついちゃったから、街の人々も不満たらたら。どうやら風向きが大きく変わったからだ。
「感染拡大を防ぐ」という大義はあるものの、ではそのためにどうしたらいいかという合理性に欠けているから、人は動かないのだ。
オレも、もういい加減にしろと思っている。緊急事態宣言延長に伴う仕事のキャンセルや変更は一つもない。一度は延期の連絡があった病院の予約も、延長に伴う予約の連絡はない。
要するに緊急事態宣言延長なんて、誰も相手にしていないのだ。少なくともそんな空気感になっている。
はい、終わり終わり。今年はみんなで花見を楽しもう。子供たちに卒業式と春休みをあげよう。
2021.03.06
J2の試合数は全部で42試合。J1に昇格するなら、負け試合は5試合までしか許されない計算になる。吐き気がするほど厳しいリーグなのだ。
よってジュビロ磐田のように開幕から2連敗というチームは、早くも崖っぷちということになる。残り39試合をすべて勝つつもりでいかなくては昇格は望めない。
いやあ、実際、磐田のゲームを見ると、なんじゃこりゃ、とあきれてしまう。昇格なんて無理。それどころかJ3への降格を心配した方がいいんじゃないの。時々、噴き出しそうになるプレーもあるほど、酷い。
それもそうだろう。なにしろ老人ホームと揶揄されるほどの年寄りチームだ。鳴り物入りで入団した遠藤は、走らない。守備しない。周囲の選手は、遠藤の介護役だ。その周囲の選手も軒並み30歳超えで、もはや老老介護。
いや、その遠藤自身が監督の介護役なのだから、世も末。勝てるわけがない。
昔の栄光はどこへやら。かつての栄華が忘れられないから3-5-4なんて敷いて、そして老いて走れないのでゴール前はスッカスカだ。
過去の成功体験にすがるしかないという生き方は、失敗の始まり。どうしてあのジュビロがこんなことになってしまったかというと、ひとえに親会社に問題がある。ヤマハだ。
まあ、よい、人様のことは。
こちら、アルビレックスは反対に開幕2連勝である。まっしぐらなのである。しかも首位だ、首位。気分がいい。
きょうの相手は難敵、長崎。2試合目にして早くも今シーズンを占う大一番だ。
なにしろ長崎は昨年3位。あと一歩で昇格を逃した強豪である。ところが何を考えたか、その時の監督、手倉森を解任し、ちょっとイケメンで女子ファンの多い吉田に代えてしまった。3位という結果を残した監督を解任するなんて、もはやこのチームには名のある監督は来てくれないだろう。
もっとも天童よしみにそっくりの後ろ姿をした手倉森がいなくなったことは、我々としては朗報である。
なにしろあのデカい顔を見るだけで威圧されてしまっていたから、解任は大助かりだ。手倉森は、例えば「後半10分までおまえは潜っていろ」というような独特の言い回しで選手を動かすセンスを持っている。天童よしみにそっくりでも、監督としてはなかなかのものなのだ。
手倉森のいない長崎なんぞ、恐ろしくないわ。
アルビレックスは高木のフリーキックで先制し、途中、本間至恩が2枚のカードで退場を食らうというドアホなふるまいをしてしまったが、そこを10人で何とか乗り切って勝ったのであった。
30分間を10人。ぎりぎりの状態で、鈴木が収めて時間を作り、谷口が全力でプレスしてボールを押し戻し、全員が体を張ってしのいだ戦い方は、実に感動的だった。最後、ミドルシュートを阿部ががっちりキャッチして吠えたときは、オレも一緒に吠えてしまった。
去年までのアルビレックスなら、この状態でロスタイムに決められて絶望したものだったが、今年は強い。新加入選手たちがプッチの戦術に見事にフィットし、実にしなやかでタフなチームに仕上がったのだ。
いやあ、気分がいいなあ。開幕2連勝なんて10数年ぶりだ。よし、今年はこのまま突っ走るぜ。次、至恩がいないのが懸念材料だが、なーに、チーム一丸となって絶対に勝つのだ。残り40試合、40勝してみせるぜ!
「ザ・ヒール」平塚雅人・小学館。あの悪役レスラー、ダンプ松本の半生記の聞き書き。熊谷の貧乏な家に生まれたダンプ松本。父親がとんでもないろくでなしで、働いた金はまったく家に入れず、酒を飲んでは手を挙げるDV野郎。仕事に出かける父親に背中を見ながら母親は「死んでもう帰ってくるな」と祈っていたそうだ。その母親の直筆の手紙が掲載されていて「酒を飲ない(ママ)お父さんは好きですけど、酒を飲んだお父さんは大きらいです」「殺してやろうと思った事が、何度もありました」というようなことが延々と書かれている。大人の各文章とは思えない知的レベルの低さだ。この母はノート一面に「五郎(夫のこと)の嘘つき矢郎の裏義り者早く死ね」と小さな字でびっしり書き連ねてもいる。なんとまあうんざりするような家族関係だったのだろう。そんな境遇から抜け出したくて女子プロレスラーになり、悪役として大ブレークしたダンプ松本。全盛期の年収は6000万円を超えていたという。会社もボロもうけしていて、グッズ売場ではお金が段ボールからあふれて、1万円札を足で踏んづけて押し込んでいたという。なんともデタラメな時代だったわけだ。女子プロ時代のいじめについての記述もうすら寒いものだ。そんなふうに実に赤裸々に描かれた本なのだが、編集がとことんダメなんだろう、誤字脱字が山のようにあるばかりか、例えば「そのふたりが後に日本中を大熱狂させる」と書いてあるのに、その2人が誰かが抜け落ちているから意味不明だったりする。口絵のカラー写真のキャプションも完全に間違えて違う写真2点に同じキャプションをつけているし、母親の直筆の手紙に至っては、どう読んでもページ順を間違えて掲載している。だから意味が通じない。まあもともと「死ね」とか「給料が安いので生活が苦るしかった(ママ)」などという文章がつらつらと並べられているだけだから、正しいページ順でも似たようなものなのだが。
2021.03.05
いささか古い話だが、先月、仕事でいったレストランは、いわゆるファインダイニングと呼ばれる店だった。
場所は赤坂。完全予約制で、メニューはお任せコースしかない。2人で食事して、ワインを抜いたら10万円である。
慌てていうが、オレは食事でいったのではなく、取材の場所がたまたまその店だったというわけで、そこでは水さえも飲んでいない。持参したペットボトルのお茶を飲んだだけだ。
何が言いたいかというと、政府広報官の接待の食事が7万なんぼというのは、決して高くないということである。なんであんなにヒステリックに高い高いというのだろうと不思議だ。
ちょっと気の利いた寿司屋だって3万円や4万円はする。接待で7万円なんてちっとも高くないし、高級料理店であることは確かだが、べらぼうではない。なんで騒ぐんだろうなあ。
といいつつ、我が家は牛丼弁当を旨い旨いと食べるわけだが。なーに、接待の7万円のディナーより、家族でわしわしと食べる牛丼弁当豚汁付きのほうがはるかに旨いべ。
「無理」(上・下)奥田英朗・文春文庫。久しぶりに読み直した。内容はすっかり忘れていたので、十分に楽しめた。いや、楽しくはないな。うんざりするような物語なのだ。人の下劣な部分とか悪意とかを描かせたら奥田英朗は天下一品。その筆力で、ゆめの市という北関東の架空の都市を舞台にした物語が展開される。それはとことんぐったりするような酷い物語。希望も幸せも、一片もないのだ。そんな物語こそ奥田英朗の真骨頂。
2021.03.04
週刊文春のクドカンのエッセイが泣かせる。
クドカンのお父さんというのは厳しい人だったらしく、家ではまったく笑わなかったそうだ。クドカンもほめられたことなどほとんどなかったらしい。
そのお父さんが、クドカンの売れない時代、初めて劇を見に来てくれた。まったく売れない時代の、しょうもない劇だったらしい。その中に、これまたしょうもない下ネタがあったのだが、お父さんはその下ネタに大笑いしてくれたそうだ。
もうお父さんは亡くなってしまったが、クドカンが「俺の家の話」にちょいちょい下ネタをぶち込んでくるのも、天国のお父さんが笑ってくれるんじゃないかと思ってのことらしい。
うーん、いい話だ。
男の子はやっぱり、心のどこかで父親にほめられたいという気持ちがあるのだね。母親にはいつまでも甘えていたいように。
あのポール・サイモンも、亡くなった父親に向けて「どうかな、父さん、僕はちょっとはうまくやれているかな」と呼びかけていた。あれだけの成功と名声を手に入れてさえなお、父親から一言ほめてもらいたいのだ。
そんな気持ちが込められていると思いながら「俺の家の話」を見ていると、このドラマの主人公にはクドカン自身が投影されていたのかと気がつく。一度もほめてくれなかった父親に反発し、それでもなおほめてもらいたいと思っている主人公はクドカンそのものだったのだなあ。
2021.03.03
緊急事態宣言が延長されるかもって、いい加減にしろよ、ごるぁ〜!
一都三県、緑のおばちゃんに率いられたおっさんたちが、三匹のおっさんみたいな顔で「どや」と言ってるのを見ると、緑のおばさんも含め、間違いなくこいつらはただ目立ちたいためだけに行動してると思えてくる。邪推だろうか。
特に健作だ。森田。
あまりにアホすぎるので、逆に「好きにしていいよ」と千葉県民に言われていた健作。退任間近のここにきて注目され、なんだか嬉しそうである。おーい、吉川くぅーん。
それはともかく、緑のおばちゃんのせいで、都立高校の部活は引き続き中止だ。私立高校は堂々と部活を再開しているというのに、このあたりの整合性のなさはほったらかしで、宣言延長と声を張り上げている。な、目立ちたいだけだろ?
まあ、それはそれとして、東京で仕事をしている人はみんな普通に仕事をしております。手を洗ったり、消毒したり、マスクは当然のこととして、ちゃんと気をつけながら、みんなリアルに仕事をしております。
人が増えて当たり前。だって普通に動けるんだもの。
2021.03.02
システム界のオブラディオブラダ、違った、システム界のサグラダファミリアと言われる、みずほ銀行。
第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行が一緒になって誕生した。いずれも日本を代表する大銀行だった。
あの頃の銀行の合併ブームというのは、船に乗り遅れちゃうという恐怖感だけに支配されてのことだったんだろう。そこに志や大義は何もなかった。
だから例えばターミナル駅の交差点の4つ角で同じ看板を掲げる支店が顔を突き合わせるなんていう恥ずかしいことが平気で起きていたわけだ。
システムは富士通、IBM、日立が担っていて、主導権争いのすったもんだの結果、3つとも残して統合しようという無茶なことになった。それはアメリカとロシアと中国が一緒になってオリンピックを共催しましょうと手を組んだようなもので、誰もが無理だ無理、アホか、できるわけねえだろ、と案じたのである。
以来オブラディオブラダ、もとい、サグラダファミリアはいっこうに完成せず、なんとシステム統合に費やした金は、東京スカイツリーの建設費7本分だというから腰を抜かすわ。
それだけの巨費を投じたにもかかわらず、統合直後、東日本大震災直後とどでかい障害を起こし、10年1度の周期でまた今回ずっこけてしまった。誰もが二度あることは三度あると納得し、「二度と起こしません」という反省の弁などもはや誰も信じない。
システムっていうのは絶対にトラブルを引き起こすものだから、肝要なのは有事の際の対応。
今回も通帳やカードが吸い込まれたらすぐに現場に駆けつけて対応すべきところ、ATMの前で客が困り果てていることに想像が及ばなかったところに問題があるわけで、それはシステムというよりカルチャーに一番の原因があるということだ。
そもそもATMは必要なのだろうか。
わざわざ足を運んで、混んでいたら行列に並び、自分で操作してやっと自分の金を手にできる。場合によっては手数料まで徴収される。うーむ、なんと理不尽だろう。
月に数千円も払っているのに届くのは昨日の情報で、しかも紙! と言われるのが新聞だが、ATMだって同じようなものだ。オワコン。
しかもATMは、驚くなかれ、毎月1台あたり30万円の維持費がかかっている。これって銀行にとってもえらい負担じゃね? 通帳には2000円の印紙が貼られていて、これが実は銀行側の負担なのだが、その重みに耐えかねて次々と通帳レスになっている。ATMも同じ道をたどるのかもしれない。
いやまて、ATMがオワコンというよりもむしろ銀行がオワコンと化してきたのではないだろうか。うーむ、恐ろしいことだ。
それにしても、コロナワクチンが腐ってダメになっちゃったのは冷蔵庫をたこ足配線していたからだとか、風で足場が崩れて東横線が止まっちゃったとか、日本の“現場”がどんどん劣化してきた。みずほも、大きくくくればその流れか。
長らく第一線で現場を支えた熟練が消えて技能継承がうまくいかなかったことが一番の原因だろうし、ゆとり教育で育った世代がぼちぼちいろんな現場で責任者の立場になり始めたことも原因の一つだろう。
日本の劣化が止まらないということか。
昔、いしい・ひさいちの漫画で、コンピュータの採点システムが壊れちゃったので、こっそりクジで東大合格者を決めていたら、21世紀になって急に日本がバカになったので世界が驚いた、という作品を読んだことがある。なんだ、あの漫画はギャグじゃなくて予言だったのかよ。だはは〜。
「出署せず」安東脳明・新潮文庫。とはいえシリーズものを、途中を飛ばして読み進めるのはちょっと座りが悪いというか、落ち着かないというか。それで順序は逆だが2作目を読んだ。ここでキャリアの女性署長が登場する。この署長のキャラがどうにもぼんやりしているのがすっきりこないなあ。逆に3作目で登場した新米の女性刑事のキャラがなかなかよい。物語はこの女性刑事の成長も一つの軸になっていくのだろう。
「広域指定」安東脳明・新潮文庫。と思ったら案の定、この新人女性形が大活躍するシリーズ4作目だった。これは初の長編。まあ、うんざりするような事件で、真相もうんざりするような話だった。こういううんざりする話ばかり読んでいると、心がかさついてくるなあ。
「総力捜査」安東脳明・新潮文庫。ということでシリーズ5作目。こうして続けて読むと、だいぶ登場人物の関係もわかってきた。というか、今までわからないまま読んでたのかよ、オレは。
2021.03.01
地元の石神井公園の名物が、路線バスである。
西武バスと国際興業の、ごく当たり前の路線バスの何が名物なのか。石神井公園駅南口には昔ながらのしょぼくて昭和な商店街があるのだが、ここを路線バスが通るのだ。
道は狭い。実に狭い。夕刻ともなると買い物客が繰り出し、道は通行止めになる。その中を路線バスが突っ込んでいくのだ。
しかも、おお、なんということだ、その狭い商店街で西武バスと国際興業バスがすれ違うのである。それはまさに芸術。運転手は車両感覚の鬼なのだろうか。
2分5秒頃から商店街のど真ん中でバスがすれ違う。その前から見ていると、とてもこんなところでバスがすれ違うなんて想像もできない。5分30秒では電柱のある狭い交差点をなんと直角に曲がったのちにすれ違っている。ミラクルというかアンビリーバブルというか。
誰でもそうであるようにオレも初めて見たときは、仰天した。だが地元の人が誰でもそうであるように、オレもすぐに慣れた。当たり前のように脇をすれすれでバスが通っても、何とも思わなくなった。
雨の日、女子高生たちが傘を差しておしゃべりに夢中になって道をふさいでいたら、バスが通りかかって「ちょっとどいてね」と車体で傘をくいっと押した。女子高生たちは押されたままに道を譲り、その後、何もなかったようにおしゃべりを続けた。
そんな伝説もあるバス通り商店街である。
そしてこのバス経路が、おお、なんということだ、今月で移転になってしまうのである。当たり前といえば当たり前だが、駅前再開発が進んでやって広い道路が完成したので、そっちを走ることになったのだ。
そりゃあそのほうが合理的だわなと誰もが思うのであるが、別に今のままでも不都合ないしなあと誰もが口にするのだった。
こうして地元の名物の光景がまた一つ消えていく。「また」と書いたのは、10年前に高架化によって踏切がなくなったからだ。
高架化によって確かに便利になり、道も渋滞しなくなった。だが街の中から踏切が消えるというのは、ちょっと寂しいものだった。夕方の踏切って情緒あるよね。しかも石神井公園の踏切は駅にぴったりくっついていたから、駅に止まった電車の車体に触れられるほど近くに止まっていた。あれはあれですごくいい光景だったなあ。
商店街のすれすれバスの経路が変わることで、街の景色は変わっていく。陳腐な言い方であるが、それも時代の流れ。寂しさを感じるとしても、じじいおっさんたちの郷愁に過ぎぬのだ。時代は変わり、街は進化し、それを担うこれからの世代が思うように作り替えていけばいいのだ。
せめてオレたちはもう一度くらいバスに乗って、車内から商店街を眺めておくとしよう。
春は別れの季節なのだなあ。
おにゃんこのように、じゃあねと手を振るのだ。
「伴連れ」安東能明・新潮文庫。警察小説のシリーズものだ。2作目の「出署せず」を読み始めたらどうにも肌が合わない感じがしたので、飛ばして3作目。この作家のけれんみたいなところがなんとなくオレには違和感がある。それでも最後の作品は、ちょっと衝撃的なオチがあって、なかなか面白かった。残りのシリーズも買ってあるので、とりあえずは読むつもりだ。
2021.02.28
Jリーグが開幕したので、オレの土日はサッカー漬けである。しかもオフの期間、サッカーに飢えていたので、ゲームを見まくりである。
とはいえ、きょうは冬の最後の日。明日からは春だ。
春と言えば、3.11。あれから10年目の節目だ。
そこでサッカーもいいけれど、あの大惨事もちゃんと振り返っておかねばと思い「太陽の蓋」という映画を観る。Amazonプライムだ。
これは原発事故に対する政府の動きを、なんと実名で再現したという映画だ。なので菅総理とか枝野官房長官とかが実名でそのまま出てくる。なかなか大胆なつくりだ。
ただ「民主党寄りの映画」という評の通り、菅総理も枝野官房長官も、実にかっこよく、スマートに描かれている。日本の未曾有の危機に勇気を持って立ち向かったのは民主党でえす!というメッセージにあふれているのだ。
かわりに徹底的に無能に描かれているのが東京電力。こちらはなぜか実名ではなくて東日電力という社名で、実名の政治家がかっこよく描かれてそうでない東電が悪者に描かれていることに、実に陰険な意図を感じてしまう。
例えば巷間伝えられている菅総理がヘリコプターに乗って現場に乗り込んで混乱の極みを引き起こしたことはスルーされ、勇気凜々の菅総理は雄々しく現場に駆けつけました、とだけ描かれている。
あるいは「オレは原発に詳しいんだ、えっへん」という発言もない。枝野官房長官も「直ちに影響はない」と繰り返すだけの無能っぷりだったと思うが、この映画では冷静沈着に国民に呼びかけるのみである。
まあ、映画的主張は作家それぞれのものだからいいのだが、映画としても実に貧弱なつくりで、ちっとも金と手間と知恵がかかっていないのは一目瞭然。これだけの題材を扱いながらなんの緊張感もない物語で、編集がこれまた退屈。
この手の企画には予算が集まらないと言われれば、ああ、そういうものかもなあ、と思いはするが、だから駄作でも仕方がないという言い訳は通らないだろう。
ちょっとあまりの出来にうんざりしたので、お口直しに「Fukushima50」を再度観る。渡辺謙が吉田所長を演じ、福島第一の現場責任者を佐藤浩市が演じた作品だ。実にスケールの大きな作品なのに、実に残念なことにコロナにぶつかっちゃってしょぼい話題にしかならなかった。
この映画のことを「東京オリンピックを開催するためのプロパガンダ」と評する声もあるようだが、うーん、一体どこがそうなんだろうとオレは首をかしげる。かなり事実に忠実に描かれた映画だと思うがな。
もちろん東京電力は撮影に一切協力しなかったそうで、社名は一切出てこない。菅直人も、内閣総理大臣という呼び方でしか出てこない。この総理を演じているのが佐野史郎なのだが、実にヒステリックなふるまいの連続で、いかに現場に迷惑をかけ、日本をピンチに陥れたかが描かれている。「そんなことはなかった」という反論もあるそうだが。
津波の被害はリアルに描かれ、福島第一内部での出来事も実に迫力たっぷりに描かれている。地震の翌日、オレたちが東京でオロオロしていたとき、福島第一ではこんなぎりぎりのことが起きていたのかと驚かずにはいられない。
この映画でも最後に明かされているが、炉心の格納庫が爆発しなかった理由は、今もまだ分かっていない。つまりなぜ日本が救われたか、その理由は不明なのだ。何かの本で読んだけど、たまたまどこかに穴が開いてて水が流れ込んでいたから助かった、という話もある。
なんとまあ、恐ろしいことだったんだろう。この話を聞くと、日本は神に救われたとしか思えない。日本全体、徳を積んだのかなあ。
“なぜ助かったかわからない”という理由がなかったら、東日本は人の住めない場所になり、オレは小学生の子供たちをつれて九州あたりに疎開していただろう。オレの実家のあたりも人の住めない場所になっていただろう。それどころか日本そのものが潰れちゃってたに違いない。なんとまあ、恐ろしいことだ。
この映画「Fukushima50」は、3月12日の金曜ロードショーでノーカット放映されるそうだ。東日本大震災10年目の翌日である。ぜひご覧あれ。泣けるよ。
2021.02.27
本日は、ハンド祭りだった。
まずはセレッソ大阪対柏レイソルである。セレッソのコーナーキックから1点入ったように見えたのだが、これがハンド。DAZNの中継でも片手を差し出して手に当てているシーンがばっつり映っていた。
おかしかったのは、同じシーンがスタジアムの大型ビジョンでも流され、その瞬間「あ〜ね〜」という納得のどよめきが観客席で唱和されたことだ。ちなみにホームスタジオ。
地元のチームだからインチキを見逃してあげたいけど、ここまでばっちり映ってたらさすがに無理だよね〜というどよめきだった。もちろんVARされ、案の定、ハンドの判定。スタジアムの全員がわかっていたのに、しれっとごまかそうとした選手だけがばつの悪そうな顔をしたのだった。
続いては湘南対鳥栖。
湘南がゴール前のわーわーからゴールを決めたのだが、実はその中でハンドをしていた。一瞬喜ぶ湘南。
だがすぐさまレフェリーはレッドカードを出す。ためらうことのない見事な判定だった。
笑っちゃうのはこの後で、レフェリーはそのままキーパーのもとに歩み寄って「よく見てたでしょ」とえばってみせたのである。その瞬間の音声と表情がDAZNでばっちり拾われて、中継と解説も「だははは!」と大笑いしていた。
なんともほのぼのするシーンだった。
そしてハンド祭りの最後を締めるのが、我らがアルビレックス新潟である。
本日は2021年シーズンの開幕戦。相手はチラパンツ北九州、いや違った、ギラヴァンツ北九州である。難敵だ。
昨年はJ1昇格に手が届きそうだったギラヴァンツ。惜しくも5位に終わっている。
いや、それ以上に悔しかったのは、上昇気流に乗ったアルビレックスが、これに勝てば昇格圏内というときにぶつかって返り討ちに遭ったのがチラパンツ戦。にっくきトラウマの相手なのだ。
このときチラパンツにはハゲらっきょことディサロがいて、ディサロはJ2得点王も狙おうかという破壊力を見せていたのだった。だがそのハゲらっきょが、清水に移籍してしまった。ハゲらっきょのいないチラパンツなんて怖くもなんともないわ。蹴散らしてやる。
というわけで勇躍アウエーに乗り込んだアルビレックス。前半は1-1で終え、そして後半。島田左足から上げられたコーナーキックに対して飛び込んだのが、セレッソから移籍してきた鈴木。ヘッドと見せかけて右手でちょこんと押し込んだ素晴らしいゴールを決めてみせたのである。
わははは、神の手じゃ。チラパンツどもめ、うっせーわ。
この神の手の破壊力はすさまじく、動揺したチラパンツは直後に見事なオウンゴールを疲労してくれて3-1。さらにアルビレックスは、明らかに気落ちしてテンションがだだ下がりになったチラパンツから、新潟の至宝・本間至恩が見事に4点目を決めたのである。
こうして本日のハンド祭りは締めくくられたのだ。
完勝である。文句のつけようのある完勝である。
勝てばいいのだ、勝てば。
データによれば、チラパンツのスタジアムで開幕戦に勝ったチームはすべてJ1に昇格している。
さらに前回アルビレックスがJ1に昇格したときも、やはりアウエー開幕戦で4-1で勝っている。しかも1点目は同じくコーナーからだった。
ということですべてのフラグがアルビレックスのJ1昇格を示しているのだ。その証拠に、おお、なんということだ、早くも順位は1位ではないか。いやー、これは素晴らしいな。なんだったらこのままリーグ戦を終えてしまってもいいくらいだ。
というわけで、開幕戦に快勝して、オレはたいへんに気分がいい。今年のチームは面白いぞ。
2021.02.26
酒井高徳騒動についても触れておかなくてはなるまい。
先日、ゴートクはインタビューにおいてこんな要旨の発言をした。
・日本のサッカーとヨーロッパのサッカーはまったく違う
・帰国当初、味方がボールを持つとオレはすぐに駆け上がったが、その間、味方はボールを後ろで回していた
・オレは、早すぎる、食いつきすぎると非難された
・そこで日本のサッカーに合わせてかけ上がりを遅くするようにしたら、だんだん下手になっていった
・オレが下手になったのはオレのせいじゃなくて日本のサッカーのせいだ、とは言っていない
サッカーに限らず、あらゆるスポーツ、エンタメは、国によってまったく持ち味が変わるのは、当然のことだろう。もし相撲がアフリカでも行われていたら、日本の相撲とはまったく違う風合いになっていたはずだ。だから日本のサッカーとヨーロッパのサッカーが違うというのは当たり前のことだ。
違いがあるのだから、そこにフィットするのは当然のことである。ブラジル人だって、みんな日本のサッカーには苦労している。けれど、それに合わせてやっているんだという態度は、不遜であり傲岸であり、言い訳にしか聞こえない。
実際、ネットではゴートクに対して「自分の下手さを人のせいにしている」と評判悪い。
これはゴートクが悪いな、確かに。
オレのようなJリーグファンに対して、ヨーロッパサッカーファンは「よくJリーグなんて下手くそなものを見て喜べるなあ」と見下してくる。しかし、JリーグはJリーグであって、地元のチームや故郷のチームが参加している自国のプロリーグを楽しむことを笑われるいわれはないのだが。
「オレはメジャーリーグが好きだから高校野球なんて見ない」とえばっているヤツがいたら、はいはいお好きなように、と言われて終わりだ。サッカーだって同じだ。
ゴートクの発言は、日本のサッカーの課題を指摘しつつ、ちょっと踏み込みすぎたというか、「だからオレも」というところが余計だったな。まあ、神戸で頑張れ。
今夜はJリーグ開幕戦の川崎-横浜。三苫が運んで家長がマジックを使うというチートな川崎サッカーは、誰にも止められないなあ。あきれながら見ていた。
2021.02.25
情報収集や検索はデジタルで、覚えたり考えたりするのはアナログで、というのが教育現場の方針らしい。どこかの県では小学校にタブレットを大量導入して授業に活用したが、思考力などが落ちちゃって、慌てて紙に戻したりしているそうだ。
この感覚はわかる。
キーボード打つよりも紙に書いた方が覚えるし、思考中は紙に落書きする感覚で書いていると考えもまとまる。オレも、キャッチフレーズ一本勝負みたいな仕事の時は、あえて手書きで、原稿用紙に何本もコピーを書いている。
やっぱり手で書くという感覚は、脳の何かしらを刺激するのだろう。完全デジタルというのも、考え物ということか。
2021.02.24
横浜って、なんであんなに坂が多いんだろうな。特に保土ケ谷なんて、隣の家の玄関が我が家の屋上みたいな家がずらっと並んでいる。
タクシーの運転手によれば「近場でもお年寄りはみんなタクシー。500円ですね。あ、自転車は全部電動ですよ」とのことだった。
そのタクシーが、いまどき現金オンリーの個人タクシー。ディレクター君が現金を持ちあわせてなくて、非常に焦り、結局同乗していたクライアントが財布を出して払っていた。かっちょわりー。
「現金なんて使わないから、財布も持ち歩かないんスよ−」とディレクター君。
わかるわかる、オレもそうだけど、でもちょっとは現金も持った方がいいよと、オレ。
振り返ればこの2週間、現金を使ったのは歯医者の支払ぐらいだった(この歯医者は、いまだに予約はノートに手書きで、電子カルテも入っていないというアナログ歯医者なので、現金以外あり得ないので仕方ないのだが)。
もはやキャッシュレスは完全に定着して、コンビニはもちろんのこと、メシを食うのも、本を買うのも、服を買うのも、自動販売機も、スーパーも、すべてキャッシュレス。健康保険や税金はあえて現金にしているのだが、これだって普通は口座引き落としにするところだわな。
どうや政府も、給料のキャッシュレス払いを許可する方向に動いているらしく、「あ、今月のバイト代、ペイペイに振り込んでください」というどころから「来月から我が社の給料は全部Suicaに振り込むぞ、おっほん」とか「ボーナスはLINE Payに振り込んどきましたからねー」という状態が、マジで当たり前のようになる。
「飲み会だからバイト代をATMでおろしてくるねー」という手間は不要になり、ペイペイに振り込まれたバイト代で割り勘までやっちゃうことになる。
するとどうなるかというと、銀行スルーが起きる。
給料の振り込みをとっかかりに新入社員の新規口座を獲得してきた手口は通用しなくなり、あれ、もしかして銀行っていらなくね? という状態が、たぶん2、3年後には当たり前になる。えらいこっちゃ。
そんな時代は、現金しか使えない個人タクシーもスルーされちゃうぞ。
「時の渚」笹本稜平・文春文庫。名前は知ってはいたが笹本稜平を読むのは初めてである。末期ガンのヤクザから、35年前に生き別れた息子を探して欲しいと依頼された私立探偵が主人公。ハードボイルドだ。読んでみて、あれれれ、原ォと遜色ないじゃん、むしろ最近の原ォはどうしようもないから、むしろこっちのが断然に面白いじゃんと思った。他にも面白そうな作品があるから、ちょっといろいろと読んでみよう。こういう、面白かったら儲けもの的な感じで手を出すのに、ブックオフ110円はちょういどいいよなあ。こんな具合に最近のオレは電子書籍ではなくて紙の本に絶賛回帰中。その理由については、またいずれ。
2021.02.23
さて、ワクチンである。
当然だが、打たないという選択肢はオレにはない。我が家では毎年インフルエンザワクチンを10月の上旬には打っているので、コロナワクチンも当然打つのである。
だがオレが打つからって人にも打てと強制してはいけない。それではワクチン警察だからな。
もっともオレが打たなくても他人がみんな打ってくれれば問題ないんじゃね、とも考えている。ということはオレ自身がワクチン警察になって他人にワクチン接種を強要すれば、やがてみんな免疫を持ってくれてオレは打たなくて済む。これはアリだな。
「撃てない警官」安東能明・新潮文庫。エリート警部が左遷されて足立区の所轄でくすぶりながらいろんな事件に巡り会う話。シリーズものの第一作だ。連作集で、最初の話を読んだとき、何となく記憶があるなあと思った。まあいいやと読み終えて、そして念のためにとこの日記を検索してみる。あった。なんと2014年に同じ本を読んでいた。「後妻業」と一緒に読んでいるので、最近のことじゃないか。確かに冒頭の1作目はなんとなく記憶にあったが、そのほかはまったく記憶になく、初めて読んだと思っていたのに、なんとわずか6年前に読んでいたとは。とほほほ、これこそミステリー。なんたるボケっぷりだろう。ついでに次回作も既に読んでいることが判明。ブックオフで買ってきたというのに。ひょっとしたらオレが売った本が戻ってきたのだったりして。なんというミステリーだ。
2021.02.22
スティーヴン・キングの新刊が平積みされているけれど、その厚さに恐れをなして手が出ない。20代半ばで「呪われた町」を読んで以来のキングファンではあるのだが。
とんでもない量産ぶりと、そのクオリティの高さで、間違いなくキングは名前の通りの「王」である。ホラーを中心に書きまくって、数知れない化け物を生み出してきた。
空を飛んで人を攻撃する自動販売機とか、ドアがパカッと開いて人を食べちゃう車とか。あまりといえばあんまりな化け物も多いのだが、それをとんでもない筆力でリアリティたっぷりに描き上げてしまうのがキング。いつの間にやら自分自身が圧倒的なモンスターになってしまった。
人を食べちゃう車の話だって、その合理的な理由はまったく明かされず、結局最後は宇宙からやってきた化け物でしたという禁じ手のオチなのだが、それでもしっかりと読ませてしまうところが凄い。
基本的にこの人の小説は長い。とことん長い。
若い頃はその長さが心地よくて、どっぷりと浸っていたものだった。
いや、キングの本だけではない。島田荘司「暗闇坂の人食いの木」4時間一気読みなど、ミステリーを中心に朝から晩まで一日に3冊、4冊は当たり前という時もあった。なんと充実した日曜日だろう。
それが今では30分も本に向かうと眠気が勝ってウトウトする始末である。ああ情けない。
というわけでせっかくのキングの新刊もただ表紙を眺めるだけで終わりだ。
いったい一生に何冊本を読めるだろう。
昔はそう思っていたが、今ではそれが死ぬまでにあと何冊読めるだろうに変わってきた。
老いたねえ、オレも。
2021.02.21
日本は省資源国で、資源といえば人間しかなかったから、材料を海外から輸入しては、手先の器用さと真面目さと、創造力が足りないところは猿真似で補って工業製品を作り、海外に販売してきた。
家電、機械、自動車…。手当も付かないサービス残業なのに、小集団活動という名のもとで末端の女工までもが品質改善にいそしむ団結力が、それらの製品の品質をグングンと高めた。
賃金は低く抑えられたから、品質が良くて安い日本製品は世界で高く評価された。それらは日本に高度成長をもたらし、やがてジャパン・アズ・ナンバーワンとまで賞されるようになった。
そう振り返ると、やっぱりバブルが大きな節目だったのだろう。先輩たちが安い賃金で長時間労働を厭わずに押し上げてきた日本経済を、いいモノを作るのが偉いという風潮から、“遊びながら金で金を稼ぐ”のが賢い、という風潮に変えてしまったのがバブルだった。
半ドンがなくなって完全週休2日制が定着したのがその頃だったのは、象徴的だ。政府が「もっと遊べ」と国民の尻を叩いたリゾート法なんていうのが制定されたのも、バブルまっただ中だったし。
汗を流すのはバカ。真面目に一生懸命やるのはダサい。日本の空気がそんなふうに変わってしまったのは、やっぱりバブルだった。
以来30年。
中国に抜かれ、シンガポールに抜かれ、今やインドやタイにも抜かれるんじゃないかとおびえているのが日本である。
家電を手放し、機械を手放し、繊維では一人ユニクロが気を吐くものの、生産は海外だからいくら爆発的に売れても国内での雇用には結びついていない。そして数年後に確実にやってくる電気自動車、自動運転の時代には、最後の砦であった自動車でさえも手放すことになる。
中国製の30万円の電気自動車が走り回り、スマホで呼び出せば自宅の前まですぐさまやってきて自動で安全に目的地まで運んでくれるようになれば、完成車メーカー、部品メーカーだけでなく、販売店、メンテナンス、駐車場などがオワコンになり、「物好きだねえ」と笑われながら手でハンドルを操作するのが好きな趣味人だけを相手にするニッチな産業へと自動車業界は落ちていく。裾野の広い分、受ける打撃もハンパない。
そりゃあトヨタが目の色変えて街づくりプロジェクトに走るわけだ。それでも時間は全然足りないが。
つまりこの30年で日本には売るものがなくなってしまったわけだ。唯一の資源だった労働力も少子高齢化だし。
売るものがなくなった結果どうしたかというと、苦し紛れにひねり出したのが、「そうだ日本には四季がある、京都がある、和食がある」という観光立国戦略。インバウンドという言葉の響きで覆い隠されているものの、もはや売るものは観光しかないのが現実。まるでギリシャのようじゃね?
その唯一の売り物がコロナでダメになったということか。
Windows95が上陸し、阪神淡路大震災とオウムが日本のハードとソフトを揺るがした1995年が、もしかしたら分かれ道、ターニングポイントだったのかもしれないなあ。今頃気づくのはオレだけか。
この先、日本には新しく売り出せるものができるのだろうか。
いったい日本は、何で食っていけばいいのか。
新しく売り出せるものが日本に誕生するとしたら、それはメディカル分野かと思っていたのだが、どうやら既にメディカルテクノロジーの先進国は中国になりつつあるようだし。ひょっとしたら次の売り物は、不動産なのかも。だから日本各地で中国の富裕層が土地を買いあさっているのだろうか。
地主が相続のたびに土地を切り売りして、三代目にはほとんど残っていないような、そんな未来がこれから待っているということか。山手線の内側の土地代だけでアメリカ全土が買えるって言われていたのは、そういえばバブル全盛期だったなあ。
「ヴァラエティ」奥田英朗・講談社文庫。短編集。読みながら、荻原浩はハズレが多いなあ、奥田英朗が読みたいなあと思って、読み終えてから奥田英朗の作品集だったことに気づいたでござる。とほほ。
2021.02.20
きょうはゼロックススーパーカップの日だ。このゲームから、今シーズンのサッカーが始まる。
どういう立ち位置のゲームかというと、Jリーグのチャンピオンと天皇杯の王者が対決するという、文字通り日本一のチームを決めようじゃないかという一発勝負である。つまり大きな試合なのだ。
だがそれなのにあんまり世間的に盛り上がっていないのは、サッカー自体が人気ないのに加え、このゲームの立ち位置の曖昧さにある。
特に今回はJリーグチャンピオンが川崎で、天皇杯の王者も川アだ。つまりゼロックススーパーカップは、本来なら川崎対川崎でなければならないのである。
これではセ・リーグ対セ・リーグの日本シリーズ、男対男の紅白歌合戦になってしまう。そういうわけにもいかないので、仕方なくここはJリーグで2位だったガンバ大阪を対戦相手にしておこうよ、というレギュレーションになっているのだ。
結果として、万が一ガンバ大阪が勝ってしまったら(実際きょうはそうなりそうだった)、Jリーグと天皇杯の両方を制した川崎が日本一のチームじゃないということになってしまう。それはあんまりじゃないか。
という事情は、まあ、いいじゃん、そういう決まりなんだから、ということでうやむやにされているのであった。
さらにいえば元日の天皇杯の決勝も、川崎対ガンバ。つまり、ついこないだ見たカードを、また見せられるわけだ。えー、この店、さっき寄ったじゃんというのに「まま、いいじゃないですか、堅いことは」とごまかされて背中を押されたような、そんな気分のゲームなのである。
とはいえ、オレたちはゲームに飢えている。早くサッカーを見せろと吠えている。
だから日本一のチームを決めるはずなのにいろいろと整合性の取れない事情があっても、オレたちは前のめりにゲームを楽しみにしているのだ。
おお、やっとサッカーの季節が帰ってきたなあ! オレの言葉に「おお、そうだなあ!」とうなずいた息子と一緒に、オレはテレビの前に座ったのであった。
ゲームは、川崎のプレスと技術になすすべもなく押されたガンバが立て続けに失点して、前半で0-2。こりゃあ0-3、0-4の虐殺もあり得るなあと思っていたら、後半になってギアを入れ替えたガンバが押し返して2-2に追いつく。
よしよし、サッカーはこうでなければ。
そしてそのままゲームは後半ロスタイム6分になだれ込み、このままPK戦に突入という流れとなった。
となると、Jリーグと天皇杯を制した川崎が日本一のチームではなかったという屈辱の状況が生まれてしまう。日本中がワクワクした。
しかも川崎は大胆な選手交代で新人や新加入選手を大量に投入しており、もしPK戦で負けてしまえば、その連中のメンタルがボロボロになってしまうだろう。その予感に日本中が盛り上がったのである。
だがさすがは川崎、つーか、さすがは小林悠。こういう状況で確実に点を取るのが小林悠で、おれはけっこう気に入っている。試合時間が95分を過ぎて、これがラストプレーだろうというワンプレーでなんと点を決めてみせたのだ。やるなあ。これぞサッカーの醍醐味、結果として2-3で川崎が勝って日本一のチームとなったのだ。
ガンバのキーパー、東口は鬼神の活躍で、神がかりセーブを連発。少なくとも3点は神業によってゴールを守った。
それでも終わってみれば3点取られて負けちゃったのだから、東口がいなければ2-6の虐殺。どんだけ守備がざるなのだ、ガンバ。
最後の小林悠の得点も、ディフェンスの三浦弦太がファーを切ってくれると信じて東口はニアに詰めたのに、三浦弦太のボロ守備のおかげでファーががら空きになり、そこを見切ったさすがの小林悠が確実に決めてみせたというわけだ。
うーん、今年も川崎は隙がないなあ。あるとすれば、三苫と、きょうの立役者の田中碧の2人が夏の移籍シーズンにヨーロッパへ行ってしまうことだろう。そうなるとさすがの家長も年を取ったし、精神的支柱の中村憲剛もいないし、崩れてしまう可能性があるな。それを楽しみにしよう。
いやいや、今年のJ1の一番の楽しみは、ご存じ浦和だ。監督が徳島から強奪したロドリゲス。有能な監督だが結果を出すには3年はかかると見ており、短気で、長期的な視野とは無縁で、目先の楽しみだけしか見ていない、要するに短絡的な浦和サポがとてもそんなには待ちきれないとぶち切れることが予想される。
毎度のことだ。去年だって、浦和再建3年計画の初年度だというのに途中であっさり監督をクビにするようなチームである。しかもレオナルドが中国に強奪され、柏木がクビ同然でチームを追われた。興梠は怪我で復帰が先になる。おいおい、いったい誰が点を取るんだよという状態である。
ふふ、早くも内紛や崩壊といった文字が漂う浦和レッズであった。
そういえば、先日の酒井高徳のインタビュー「ヨーロッパサッカーとJリーグは違う競技だ」みたいな話がいろいろと物議を醸している。これはちょっとまた改めて考えよう。
そんなことを思いつつ、こちらはJ2。今年こそ昇格を狙うのであった。
とはいえ、昇格しても毎年のように降格争いに巻き込まれ、当たり前のように10戦勝ちなしみたいなシーズンを送るよりは、J2でそこそこ勝ち試合を見せてもらった方が楽しいかもな。
などというメンタルになってしまってるあたりが、J2の沼に沈んでしまった証拠である。いかんいかん、今年こそ昇格するのだ。
ああ、スタジアムに行きたいなあ。
Jリーグの開幕は一週間後。サッカーが帰ってくる。
2021.02.19
筒美京平の未発表曲が見つかったから21日にBS日テレの特番で放送されるらしい。
作詞家の橋本淳が、筒美京平から渡されたまになっていた曲を思い出し、急きょ詞を載せたという話らしい。
さらっと書くと美談だが、ちょっと考えれば要するに橋本淳が作詞を頼まれていたのにすっかり忘れちゃってたのを、今になって思い出した、というひでえ話じゃん。今さらそんなこといわれても筒美京平も困るだろうに。
いや、橋本淳は「忘れていた」ということにしているが、実は単にボツにしただけだったんじゃないかとオレはにらんでいる。それを聞きつけたTV屋が話を作っちゃった、とか。
うーん、なんだかありえそうだよな、これ。
「サッカー・J2論」松井大輔・ワニブックス。ブックオフで110円で買った。110円で十分だわこれ。去年限りで引退した松井大輔が一昨年書いた本。3版だからそれなりに売れたのか。日本のJリーグにはJ1があって、それからJ2というのがあって、というところから始まる。専門書ではない一般向けの本だから仕方ないといえば仕方ないが、しかしそれなら一般向けにもっと面白い仕掛けをして欲しい。
「地検のS」伊兼源太郎・講談社文庫。ときどき発作的にこういう刑事物、警察ものが読みたくなる。今回は地検ものだ。なんと地味な。地味すぎて眠くなる。連作の検察ミステリーで、前半はなかなか楽しめたのだが、なにしろ登場人物が多すぎて複雑にからみ合い、しかもそれぞれの人物の書き分けがうまくいってるとは言い難いものだから、読んでる方としては、短期記憶力が退化してしまったこともあって、話がこんがらがるこんがらがる。最期にはいったいもはや誰が誰だかわからない状態で、結局事件は片付いたのかどうなのかも理解できずに読み終えたのだった。
2021.02.18
Jリーグの嫌われサポといえば浦和レッズが言われるが、実はサポーター内部では松本山雅のサポが一番嫌われて、バカにされて、避けられている。
世界はオレたちのために回っている、Jリーグもオレたちのためにある。
ヤツらはそう信じているから、J1に昇格してすぐ「J1なんてたいしたことねえべ、優勝するべ」と放言するし、高速道のサービスエリアでバスから降りてサポーター集会を開いてもなんとも思わないという田舎者ぶりを発揮するのだった。
この松本並みに嫌われてバカにされているのが、徳島サポである。
相手チームの応援フラッグを剥がす、ボールボーイに水をかける。こうした行為で注意を受けまくってるため、「徳島サポはアレだから」と他チームからバカにされている。何よりもスタジアムで鐘を鳴らして阿波踊りするのをやめてもらいたい。本人たちは自慢げにやっているが、ただ単にうるさく、山猿が騒いでいるだけだと思われているのがわからないのだろうか。わからないのだろう。
そんなことを考えながら、今日発売のJリーグ選手名鑑を見る。
徳島は監督のロドリゲスはいいやつだったが、浦和に逃げられてしまったからなあ。評論家の誰もが断トツの最下位に予想しているわ。
その浦和は、選手名鑑にレオナルドが載っていて柏木が載っている。ひーっ、恥ずかしいなあーっ。おいっ。
特に柏木は、名鑑の「ニックネーム」のところに「浦和の太陽」と書かれてあって、これがまたいい味出している。「柏木放出が浦和の最大の補強」と言われたりして、浦和サポも「そうかもしれない」と思っていたとされる柏木。
年俸1億というのがネックになって、そのうちの8000万円くらいは浦和が負担するという条件じゃないと、どこも獲得しないのではないかと言われている。そんな中で神戸だけが「柏木は毛のあるイニエスタ」と歓迎ムード。まあ、神戸は金があるから、神戸に売っちゃえばいいのでは。
一番イヤなのは、やはり金のある京都が取っちゃうことだな。京都には森脇がいるし、ありえない話ではない。
ただ柏木の場合、ヨメが「東京で遊べなきゃいやん」とほざくバカヨメなので、そのあたりがネックかも。
などと言ってるうちに、気がつけばあと10日でJ2が開幕ではないか。いやあ、楽しみだなあ。開幕戦は北九州アウエーか。コロナじゃなきゃ飛んでいくんだけどなあ。
アルービレックス!
「徳は孤ならず」木村元彦・小学館文庫。徳島ヴォルティスはみんなの嫌われ者だけど独りぼっちじゃないよ、嫌われ者同士の松本山雅と仲良くしたらいいよ。という内容の本ではない。今西和男についての本なのだ。今西和男って誰だっけ。そうそうむ、広島の監督だった人じゃん。サンフレッチェの。なんと原爆の被災者で大変な思いをした人らしい。非常に人間的な魅力にあふれた人で、あのオフトを連れてきたりしている。そんな素晴らしいサッカー人についての評伝だ。だが著者は名著「争うは本意ならねど」で我那覇のドーピング問題を取り上げ、Jリーグを鋭く批判した人。単にいい人の評伝で終わるわけではなく、後半は今西和男がなぜCF岐阜を追われるように去っていかねばなせなかったのかを、筆先鋭く追及している。岐阜と大垣の仲の悪さに端を発するその争いは、Jリーグのライセンス事務局の醜悪かつ無知なふるまいにより、立役者の今西に1億何千万円もの負債をおっかぶせて、FC岐阜から追い立てるまでに発展する。著者はその争いの元凶と思われる人物に実名を挙げて鋭く迫り、直接インタビューも行って、そして激しく糾弾する。その迫力は凄かった。こういう問題は地方のクラブのどこもが抱える闇であり、それはサッカーチームにとどまらず、企業や公共団体にもあるんだろうなあ。サポーターがアホだとか猿だとか言い合っているのなんて、幸せなことだ。
2021.02.17
森元首相のあとはいくら誰でもいいからって、橋本聖子はダメだろう。早速文春がウォームアップしているし、また日本が世界に恥をさらしてしまう。
では誰がいいかっていったら、スケートの真央ちゃんか卓球の愛ちゃんがいいんじゃないか。
どうせ飾りものなんだし、オリンピック中止を謝るだけなんだから「オリンピック、やっぱやめまーす、てへっ」と笑ったら、世界も「まあこの子が言うならしょうがないか」って思うんじゃないだろうか。
と書いたらジェンダー様に追いかけられて殴られそう。
「コールドウォー DASPA 吉良大介」榎本憲男・小学館Kindle。
先日オレは榎本憲男の「インフォデミック」を絶賛したのだが、なんとそれと並行して執筆されていたのがこの一冊。「インフォデミック」と同じ事件を、今度は公安側からの視点で描いたものだ。どうしてこんなとんでもないことを思いついて、しかも実行してみせるのだ、この作家は。
同じ事件だから、コロナが真っ盛りの時に国立競技場ではっぴいえんどが無料コンサートを開くのはいいことなのかどうなのか、という話だ。
「インフォデミック」では、自由を守るためにそれは絶対にいいことなんだという立場で描かれているが、今回の「コールドウォー」は公安の立場から、全員を監視して完全にコントロールできるから素晴らしいのだ、自由なんてアホか、と断じる。
はっぴいえんどの無料ライブには3万人が集まるのだが、その全員をソフトバンクがGPSを使って完璧にコントロールすることで、クラスターが発生しても発生源はどこだかを瞬時かつ正確に把握してみせる。
つまりITによる完璧な管理社会が実現できたから、コンサートを開くという自由も担保されるんだよ、ちみい、という身も蓋もない話なのだ。わっはっは。一日中むさぼり読んだほどおもしれえよ。
オレもAIが人間を完全に管理する社会というのは、ひょっとしてユートピアじゃないかと思っているので、この話はありだなと思ってしまう。AIがすべての人間のログを管理したら、例えば犯人は確実に検挙できるし、そもそも犯罪も起こらないのではないか。それはとても安全なユートピアではないのか。
単調な仕事、危険を伴う仕事はすべてAIがロボットを通じて行うから、人間は好きなことを仕事にできるのではないか。例えばバスやタクシーの運転はロボットが行い、人間が運転するのは趣味としてのレースぐらいになるわけだから。
というようなことを考えつつ、「コールドウォー」を読む。
タイトルの意味は、コロナというのは実はアメリカと中国の冷戦だ、ということ。最近の中国のふるまいにアメリカはガチでぶち切れていて、コロナ禍のさなか、アメリカが中国を追い詰めようとしているといいうサブストーリーも語られる。軍備と金融はアメリカの最大の武器という話は実に面白い。
「インフォデミック」の真行寺弘道シリーズに比べて、新しく始まった吉良大介シリーズ。前作はイマイチだったが、2作目となる今作は実に面白い。まったく異なる価値観とキャラの2人をそれぞれの主人公とするシリーズだ。真行寺シリーズが刑事ものなのにしょぼい事件しか起こらないのと同様、こちらの吉良シリーズでも公安ものなのに事件すら起きなくて、ひたすら自由がどうしたとかコロナがどうだとかを議論している。わはは。すげえ面白い。
2021.02.16
2月になってからヒマである。
ちょっと前まで石ノ森章太郎だとか騒いでいたのが遠い幻だ。
適度にヒマなのは嬉しいが、あまりにもヒマだと悲しくなり、辛くなってくる。
だが一人で泣いていても仕方がない。そこで本を読んだりAmazonプライムで映画を観たりしている。
それはそれでなかなかいいものだ。
それにしても最近は暖かいなあ。2月に入ってからもうすっかり春である。この穏やかさは、この季節ならではのものだ。
2021.02.15
バレンタインデーを巡るジェンダー様たちの狂気は昨日触れたが、これもすごいぞ。
東京都が「TOKYOけんこう部」という女性向けサイトを立ち上げたことに対して、「バカにしてんのか」「女は無知を前提にするな」とジェンダー様が噛みついているのだ。
なぜこれがバカにすることになるのかわからんのだが、どうやら「ひらがな」を使ったことがカチンときたようだ。どう考えてもデザイン的な意図以外に思いつかないのに、ジェンダー様は「ひらがな=バカ」と受け止めているらしい。
それに対して「おい、ちょっと待てや」と反応したのが、さいたま市である。
「ひらがながバカとは聞き捨てならねえな。どういう了見でディスってるんだ」とジェンダー様の胸ぐらをつかんだのだ。
すぐさま呼応したのが、つくば市である。
「まったぐだ、兄弟。こいつは、はあ、見過ごすわげにはいかねべさ」と、ジェンダー様を後ろから羽交い締めだ。
この状況を見て「おっと、助太刀するぜ」と立ち上がったのが南アルプス市だった。だが「おめえは違う」「すっこんでろ」とさいたま・つくば両市に軽くあしらわれてしまった。
こうして勝負はジェンダー様とさいたま・つくば連合軍の構図となったのである。
なお2020年、日本の女性の2人に1人が50歳以上になったという。女性の半数が出産年齢を過ぎてしまったということだ。
こうなることは30年も前にわかっていたのにほったらかしだったもんな。本当に失われた30年だった。
「平成の重大事件」猪瀬直樹・田原総一朗・朝日新書。タイトル通りの内容。猪瀬直樹と田原総一朗の対談形式だ。リクルートの江副が逮捕されなければ日本にGoogleが誕生していたのではないかとか、霞ヶ関でも永田町でもない第三極としての虎ノ門の存在だとか、ところどころ興味深い記述が出てくる。それにしいもこうして振り返ると平成というのは暗い30年だったのだな、夢も希望もなく、ただ日本が衰退していくだけの30年だった。何かっていうと田原総一朗がサンジャポや朝生の自慢話に走るのがおかしい。オウムの麻原にインタビューしたとき、おい、目の前で飛んでみせろといったらヤツは困った顔をしていた、その瞬間私はヤツがインチキだと見破ったぜ、といった類いの自慢だ。
2021.02.14
なんと「バレンタインに女性から男性にチョコレートを贈るのは男女差別だ」と吠えているジェンダー様がいるとのことで、腰を抜かした。いやいや、チョコを贈っているほうが差別してまんがな。
こういうジェンダー様は、なんにでも噛みつくのだろう。
噛みつくと言えば蓮舫だが、白いスーツで差別反対と大はしゃぎしている本人が、数年前に「玉木くん、泣くな、男だろ」と吠えている動画がネットに上がって、またまた大ブーメランだったのは笑った。毎度毎度、本当に笑わせてくれるわ、この人。
それはともかく、バレンタインが日曜でよかったな。会社での義理チョコなんかムダの最たるもの。
チョコ反対のジェンダー様は、結婚指輪を男が給料3ヵ月分用意するのは差別だと思わないのかしら。平等に割り勘することを提案したらどうだろう。
いやいや、そんな頭の悪い話はどうでもいい。びっくりするのは、日経平均株価がついに3万円台に突入したことだ。
来るか来るかと思わせて本当に来たという感じで、このまま秋には3万2000円まで行くのではないかとも言われている。
3万円台は実に30年6ヵ月ぶり。つまり1990年8月以来だそうで、要するにバブル以来の高値だ。ということは今はバブルなのだろう。
企業の業績回復や円への信頼の高さなどいろいろ言われているが、一番の要因は金余りじゃないか。今は金が余っている時代なのだ。
だが株価上昇で喜んでいるのは一部の人であるように、金が余っていることを実感しているのも一部の人で、オレも含めた大多数は「どこにそんな金があるんだ」と吠えるのみ。飲食業を始め、日々の生活にも困っている人が山ほどいる中で、バブル以来の株高なのだから、やっぱりちょっと感覚的に不思議だ。
バレンタインにチョコなんか食ってる場合じゃねえよ。
「幕末史」半藤利一・新潮文庫。いやあ、面白かった。ペリー来航から明治新政府の本格始動までを取り上げて、実に平易な口調で解説してくれる。半藤利一ってこんなに面白かったのね。不勉強でした、すまん。幕末から明治維新は日本史で一番の面白いところなんだけど、とにかく分かりづらい。分かりづらいから、面白いんだが。半藤利一は「薩長史観」とは真逆の立場で、この複雑な幕末を解きほぐしてみせる。オレも薩長なんて薄汚い連中だと思っていたから、その見方には納得だ。オレは勝海舟が好きなのだが、なるほど、その小役人風での立ち回りがなかなか面白い。一方の西郷隆盛についてはあまり知らなかったのだが、この本で俄然興味が湧いてきた。なかなかの偉人だったようだな。一番汚かったのは大久保利通で、伊藤博文あたりに対して著書はとことん小馬鹿にしてみせる。腹を抱えて笑うのは、徳川慶喜のいい加減さというかしょぼさというか。とにかくその場しのぎの口先三寸、植木等並みの適当さで、こういう人物は好きだよ。というわけで、維新を知るにはこれ一冊。「ヨーロッパなら10年以上の内戦が起きたに違いない」と当時のイギリスの外交官パークスが驚いたという大変革。たった一つの勅諭で270以上もあった藩を廃止して国家を統一したのは、世界でも類を見ない大事業だった。その裏側がつぶさに描かれた名著だ。
「さよなら、プロレス」瑞 佐富郎・スタンダーズ。昭和から平成、令和にかけて記憶に残るレスラーの引退の真実を追ったという本。期待して読んだが、がっくりだった。内容は浅く、とてもシュートとはほど遠い内容。加えて下手くそで拙い文章。編集も酷く、たとえばSUWAの項では反則攻撃に使うブルーボックスを「ブルーブックス」と誤記して平気な顔をしている。本で相手を殴ってどうするねん、と思わず突っ込んでしまった。そんな案配で、頭から尻尾までダメな本で、ここまでダメな本も珍しいわ。これで金を取って売るとは、恥を知れ。
2021.02.13
さあさあ、寝るべと布団に入って熟睡した瞬間、うぃうぃうぃーんと役所から配布された警報機が鳴り響き、枕元のスマホも大音量だ。うっせえうっせえ、オレは寝ているんだ。
オレ以外は全員起きていた家族が、オレに危険を知らせに来る。うるさい、寝てるんだと追い返す。
そのまま心地よい揺れの中、オレは本格的に熟睡モードだ。
先日の南太平洋の地震の際、日本で大地震が起きるぞ、と書いた俺の予言が見事に的中だ。南太平洋でペコンと沈んだから反対側の東北でピョコンと飛び出したわけだ。それがマグニチュード7.3だ。
どうだオレ様の予言は。地震博士と呼びなさい。
ところがこの地震は東日本大震災の余震なのだという。げろっ。余震かよ。オレ様の予言、大滑り。
余震ということは本震はこれからだな。よしっ、皆のもの、本震に気をつけよ。
もちろん世界は「げっ、こんなに揺れても余震で、これから本震だって?」「オー、マイガー」とびびっている。「オリンピック? バカこくでね」と話し合っている。モリモトに続いて、この地震が決定打だな。あの国はいつ地震が起きるかわからない国だ、誰が行くもんか、と世界が思っているだろう。
本当にこのオリンピックは呪われてるなあ。
一方、こっちの予言も外れたようだ。GoogleAIのコロナ予言である。
1月20日にオレが書いたのは、GoogleAIが日本のコロナ感染者は、1月18日〜2月14日の4週間で
・新規陽性者 27万1575人
・死者数 8210人ということだった
えーとし、同じ期間を比べるのはすごく難しいので平均でいうと、陽性者が1日1万、死者が1日300人だ。
ところが実際はというと、今日の時点で陽性者が1日約1300人、死者が65人。
陽性者はGoogleAIの予想の7分の1、死者は16分の1と、つまりはGoogleAIの予想は大外れだったということだ。わははは、Googleの負け、人間の勝利。
ということで海外は「おっ、日本減ってんじゃん、よし、オリンピックやるべ」という話になっているはずだ。
ということで、オリンピックはやるのかやらないのか、まだわからないというのが今日の結論でござる。
2021.02.12
金曜夜は「俺の家の話」だ。TBSのドラマである。
今夜は4話か? 神回だった。
40代半ばにして仕事を辞め、離婚し、親の介護のために実家に戻ってきた男の話である。実家は歌舞伎の宗家だ。だが金はない。資産はあっても現金がない。
別れたヨメとの間には男の子がいるが障害児だ。
そういう重苦しいリアルな現実を抱えながら、さすがクドカン、抜群のギャグセンスでコメディに料理している。笑いながら見られるのだ。
ところが油断していた。今回の話には、いきなりのぶっ込みだ。
そう来るのかよと唖然とする展開で、いや、ガツンとやられてしまった。クドカン、すげえ。
ちょい役にロバート秋山がいて、こいつがギャグ担当としていい笑いを振りまいていたのだが、今夜はいきなりのカミソリ味。油断していた。秋山の無駄遣いだろうと思っていたら、こういうことだったのか。
それにしても主役の長瀬智也が非常にいい。こんなにもいい役者が、これでフェードアウトだなんてもったいないわ。もっと役者を続けるべきだ。
2021.02.11
1990年代前半、ファイザー製薬の仕事をしていたことがある。まだ日本に研究所のあった時代だ。
知多半島にあったその研究所は伊勢湾に面した穏やかな立地で、ゆったりとした心地よい時間が流れていた記憶がある。砂漠の中から一粒の砂金を見つけ出すようにして候補物質を探り出し、それを数十年という時間をかけて新薬へと育て上げていく、そんな気の遠くなる仕事の拠点にふさわしい時間の流れ方だった。
ある研究者に、今はどんな薬を開発してるんですか、こっそり教えてくださいと聞いてみた。その研究者は「男性の勃起不全の薬を開発中で、もうすぐ製品化されますよ」と教えてくれた。はは、まさか、そんな薬が売れるんですか。
オレは笑ってしまったのだが、その薬はバイアグラだった。オレは自らの見識のなさを、後になって恥じたのだった。
そのファイザーが、日本法人の話ではないが、コロナワクチンの開発で1.6兆円だか1.9兆円だかの売上を見込んでいるそうだ。それに対して「人の命でボロもうけしている」と激しく非難するツイッターを見て、心底驚いてしまった。
まさか売上1.6兆円がそのまま懐に入ると思っているのだろうか、この人は。研究開発や設備や生産ラインや人件費など、どれだけのお金がかかっているか、ということを想像しないのだろうか。
ツイッターにはさすがにそういう突っ込みが殺到していたが。
そもそも1.6兆円だろうといくらだろうと、もし自分や家族がコロナになって生命が危ないとなったら、カネはいくらでも払うから助けてくくれ、と祈るだろうに。
こういうのと同じ匂いを嗅いだことがあると思って振り返ったら、そうだ、原発も同じだったと思い出した。
福島の原発である。あの後、霞ヶ関などで大勢の人たちが太鼓を叩いて大騒ぎしたっけ。仕事である省庁へ立ち寄ったとき、仕事の邪魔になるほどの騒音に驚き、日本の中枢でこんな騒ぎを繰り広げている連中の見識を疑ったわ。恥知らず、と。
あのとき、原発を徹底的な悪として叩いていた人の中に、言っちゃ悪いが、遊び歌関係者も多く含まれていたことに力の抜ける思いだった。どうしてこの連中は近視眼的な見方しかできないのだろう。
携帯電話の電波が届かない、電池がもたないと悪口を言いながら、その携帯電話をつくるためにどれだけの電気が必要なのかと考えもしない。マイクやアンプを使って子供向けの歌を歌い、重い機材は当たり前のようにエレベータで運びながら、原発反対と叫んでいた。温暖化と聞けば反射的にCO2排出反対と叫ぶくせに、原発もダメだという。化石燃料からどのように再生可能エネルギーへと移行していくか、その現実的な筋道を探らなくては、という長期的な視点にとことん欠ける人たちだったなあ。
その精神は、経済は死んでもいい、それよりゼロコロナだと吠える、立憲さんに受け継がれているのかも。
あ、いや、オレも興奮して何を書いているのかわからなくなってきた。
要するにファイザーは損得抜きで、極めて異例なスピードでワクチンを開発したのだから、まずはそこに敬意を払え、ということだ。
2021.02.10
朝から芝浦に行った。
早春の穏やかな陽光が注ぐ、ベイエリアである。浜松町から南、このあたりは独特の雰囲気が漂う。
高層階から見下ろせば、左手に築地市場の広大な跡地が広がり、向こうには晴海の選手村。眼下には竹芝の港だ。再開発も進んでいて、ちょっとした近未来の街の様相だ。
「久しぶりに会社に来たら迷っちゃいましたよ」というインタビュー中の小ネタを笑っているうちに仕事が終わった。昼時なのでメシを食ってから帰ろう。
世界貿易センタービルに行く。ここには確かランチの店が軒を連ねていたはずだ。特に旨くはないが昼飯なんてこんなもんだろうという案配の店である。
ところがビルの地下街に行って愕然とする。目の前に広がっていたのはシャッター街なのだ。開いているのはカフェ1軒とコンビニ1軒。あとは全部シャッターを下ろしている。
こりゃちょっとすさまじいな。
サラリーマンが会社に来なけりゃ、サラリーマン相手の店にも客は来ない。ましてここは浜松町。羽田空港へ行く人も激減して、その需要もなくなった。そりゃ店は閉めて、1日6万円の補償をもらったほうがよほどいいわな。
それにしても困った。昼飯が食えない。
うろうろと店を探し回ったオレは隣のビルの地下のラーメン屋にたどり着き、まあこんなもんだろうという味噌ラーメンを食べたのだった。
夜10時を過ぎて、南太平洋で7.9の地震が発生と、ウェザーニュースが伝える。竹芝の港のはるか先だ。
東日本大震災も、確か同じようなところで地震が発生した数日後じゃなかったっけ。でっかい太平洋プレートの端っこがボコンと下がって、その反動で反対の端っこの日本近海がぴょこんと跳ね上がったととなんとか。
おいおい、やばくないか。とカレンダーを見上げれば明日は2.11。ぎょぎょっ。
落ち着け落ち着けと言いながら、オレは焼酎のお湯割りのお代わりをするのだった。
2021.02.09
ここのところ感染者が減ってきている。
GoToやめたからねーとか、やっぱり飲食がいけなかったんじゃねとか、どうせ検査数を絞っているに決まっているとか、いろいろ言われている。特にオリンピック開催のためになんとしても数を減らそうとして裏で調整が行われているという陰謀論は根強い。
ところが減っているのは日本だけじゃないんだよね。
世界
845693人 (1月8日) → 424334人 (2月7日)
アメリカ
308443人 (1月8日) → 89691人 (2月7日)
ブラジル
87134人 (1月7日) → 26845人 (2月7日)
イギリス
68053人 (1月8日) → 15845人 (2月7日)
とグローバルにワールドワイドでダイナミックな減り方のだ。
これはいったいどうしたことか。
弱毒化しつつ感染力も落ちたということか。いや、単に人類全体が免疫力を獲得しつつあるんじゃね。つーか、春っぽくなってきたからじゃん。
いずれにせよけっこうなことである。コロナは風邪。コロナゼロを目指すという馬鹿な政党は放っといて、要するにコロナは風邪になりつつあるのだ。
この1年でのコロナの死者は例年のインフルの死者の半分。しかもコロナ死者の平均年齢は79.3歳だ。20代の死者は数人で10代に至ってはゼロ。
ちなみに日本人の平均寿命は84.1歳。
要するに高齢者が数年生き延びるために厳しい自粛を強いて経済をストップしているというのが今の状況で、そりゃあ若者も切れて当然。
榎本憲男の「インフォデミック」で、若い女性シンガーが叫んだ「こんなひどい国にした老人の命を守るために自粛しろと言われている」というセリフは、まったくもってそのとおりだ。
このあたりは、小林よしのりの「ゴーマニズム」そのままをパクっている。小林よしのりは嫌いだが、コロナに関してはオレは同感である。
でも、飲食が8時閉店となって、街はたしかに静かになった。渋谷や新宿は知らないが、オレの地元の駅は夜になると年末年始かよというぐらいに人が歩いていないし、電車も空いている。
今日は久しぶりに仕事があって10日ぶりに電車に乗って銀座まで行ってきたのだが、行きも帰りも余裕で座れたよ。
こりゃあ自粛もいいもんだなあなどと言いつつ、春の宵。いやいや、のんきなことを言ってる場合じゃない。若い世代のためにも経済を回そう。学生時代の春休みという人生の黄金時間を、自粛と言い渡されて無為に潰すしかない若い世代を見るにつけ、オレも含めた高齢世代がたかが数年寿命を延ばすために彼らに自粛を強いるなんてとんでもないわ。
いや、実際、平均寿命は延びている。コロナのおかげで日本人の寿命が延びたでござる笑。
2021.02.08
楽譜は1年以上書いてないし、運転中もオーディオはつけないし、CDなんて最後に買ったのはいつだかわかんないし、時々、もうオレの人生に音楽はいらないということなんだろうなと思ってしまう。
聴くとしても、酔っ払ったときにAmazonミュージックでポール・サイモンの昔の曲を聴くだけだ。新しい曲を聴くには月780円払ってAmazonUnlimetedに登録しなきゃいけないし、そこまでして聴きたいと思うことはないし。
うーむ、老いたのだろうか。老いたのだろう。
かつて休日ともなれば朝から深夜までパソコンに向き合ってアレンジをしていたなんて、あの熱さはもはやないわ。
仕事中、音がなくて寂しく感じることもあるが、その場合は環境音だ。つまり鳥のさえずりだとか奥入瀬川の流れだとか高原の朝だとか石垣島の波の音だとか、そういうのを延々と流している。Amazonミュージックはこれがあるから十分。
そんなふうにもう人生に音楽なんていらないと言ってるわけだが、そんなオレでもエレファントなんとやらの宮本なんとやらの歌には、さすがに呆れたというか、腹が立ったというか。
関係ないけど、「猫」って歌があるでしょ。あいみょんの。DISHIの。「猫になったんだよな君は〜」ってやつ。あれを「ハゲ」にして歌うとすげえおかしいよ。「ハゲになったんだよな君は〜」って。
ひー。おかしくって歌いきれねえよ。ひー。オレはたんみょん。
それはともかく、宮本である。
カバー歌手に舵を切って道を開こうとしているのだろう。それはいいのだ。中森明菜もそうしたし。出すアルバム出すアルバム全部カバー集で、オリジナルが聴きたいようという声を無視してカバーしか歌わなかった中森明菜。聴きたくなきゃ聴くんじゃないよ、という態度がいっそすがすがしいわ。
いや、ともかくカバー歌手に舵を切った宮本は、それはそれでいい。人様のたつきの道である。他人がとやかく言うことではない。
なんでも音域が広くて、女性ボーカルの曲でも同じキーで歌えるそうだ。レオ・セイヤーかよ。
そりゃすごいや。と思って聴いたら、本当にただ高いキーでも声が出るというだけの話だったので力が抜けた。
いや、それならそれでいい。そういう芸もあるだろう。人のできないことができればカネにもなる。ショー・マスト・ゴー・オン。
だがそれと音楽はまったく別の話なのだよ、エレファントくん。鹿嶋市はアントラーズ。
目にもとまらぬ指の速さでギターを弾くと、すげえ、上手い、と言われる。だが速く弾けることと音楽は何も関係ないのだ。指が速く動くのは運動神経のおかげであって、運動神経と音楽はまったく関係ない。
いや、まあ、ちょっと関係あるけど、運動神経がいいからっていい音楽ができるとは限らないでしょう。
要するにキーが広いということといい歌が歌えるということには、何の関係もないのだ。中森明菜はキーの狭さで知られているし、カレン・カーペンターは裏声が使えない。
それなのに鹿嶋市の宮本エレファントは、キーの広さだけを「どんなもんだい」とえばって歌うから、聴くに堪えない歌になってしまうというわけだ。
というわけで今夜のカウントダウンTV。今まではどうでもいいと思っていたが、今日はさすがに酷すぎた。「ロマンス」も「白いパラソル」も台無しだ。阿久悠や松本隆がこれを聴いたら、間違いなく怒髪が天をつくだろう。なんというか、これほどにまで作品世界を台無しにするボーカルというのを聴いたことがない。
高い音でも出せるということで、その音を出すために喉も裂けよと絶叫する様は、カラオケでがなりたてる泥酔オヤジそのまんま。当然、ピッチも外しまくって、いくら高い音が出ても音痴では歌にはならないというのは当たり前のことだよね。
それぐらい今日は酷すぎた。くだねえとつぶやいて、月でも眺めてろってんだ。ごめんよ、コマちゃん。
ちなみに中森明菜のカバーでは「天城越え」が背筋も凍る出来。「あなたを殺していいですか〜」では、近藤マッチを前に包丁を構える明菜の姿が立ち上がってくる。そんな恐怖体験が味わえるカバーとなっている。まあ、それもそれでどうかと。
「日本サッカー辛航紀」佐山一郎・光文社新書。サッカー本としてはなかなか珍しい切り口で、戦前から今に至るまでの日本サッカーを取り巻くメディアや協会にスポットを当てている。東京五輪のパンフレットには、サッカー観戦の小学生向けに「選手の迷惑になるので静かに観戦しましょう」と書かれてあった、というネタには思わず噴き出した。サッカーが日本で常に野球の下なのは、「足蹴にする」という言葉にもあるように、手は上等だが足は下等という日本人の意識のせいだとか。マジかよ。往年のサッカー選手・杉山隆一は中学でサッカー部に入ると言ったときに父親から「手を使わないとは、せっかく五体満足に産んでやったのに」と激怒されたそうだから、その指摘も的外れではないのかも。おかしいのは寺山修司が「ホームベースという狭苦しい家庭に帰ってくるだけの小市民的ゲームの一体どこがよいのだ」という意表を突きすぎる論で野球の悪口を言っていたことだ。いつの時代もこういうおじさんはいたのね。こんな具合ににやりとするネタが盛りだくさん。マイアミの奇跡を描いた金子達仁「28年目のハーフタイム」での、西野監督がバーのテーブルに5本のワインの空き瓶を並べて酔っ払っていたという記述に、当の西野監督が「1人でワイン5本も飲めるわけがない」と呆れていたとか。代表監督についてはトルシエの暴力的かつむちゃくちゃな指導を「狂気をはらんだハングリー精神」と評し、対するジーコについては、あまりに適当でまったり過ぎていたことを指摘する。このブラジル大会の最終予選のテヘランでは、メディアも緩みきっていて「酒も飲めないなんて、早く終わらないかな」とぼやいていたというから、代表に対する日本全体の緩い空気が感じられる。何よりも筆者は川淵三郎が大嫌いで「徳望と人を見る目のなさは知れ渡っていた」「自己愛の強さ」「人間性の豹変」などと手厳しい。というわけでなかなかに興味深い一冊だが、基本的には大変に読みづらく、高い熱量をもった労作とは認めつつ、決して楽しく読める本ではないのだ。
2021.02.07
山形県の地方銀行でフロッピーディスクの取り扱いを終了するという数日の前の日経新聞の記事を読んで、日本中の人が声を上げた。
「げっ、まだ使ってたんかいっ」。
終了するのは今年の3月末だ。
山形の銀行だけではない。広島の銀行もやはり今年3月末でフロッピーの取り扱いを終了する。
もちろんフロッピーを使っているのには理由がある。取引先がフロッピーを使っているからだ。例えば山形の銀行では、山形市の広報課がフロッピーを持ち込んでくるのだという。
広報誌を配る際に協力してくれた人への謝礼の振り込みにフロッピーを使っているそうで、たぶん銀行ではこのフロッピーから謝礼の振込先などを読み込んで、振り込み手続をしているのだろう。
いやあ、行政のDXなんてとんでもない話だべさ。
などと東京にいる人間が上から憂うような目線を地方に向けるのは、あんまりいいことではないな。地方には地方の事情があり、その土地ならではのしがらみや習慣もある。
フロッピーを使い続けているのは、そこにそれなりの理由があるからに違いない。
とオレはものわかりのよいところを見せる。
見せつつも、やっぱりフロッピーはなあ、と首をかしげるわけだが。
「人生にムダなことなどひとつもない」佐藤優・ナイツ・潮出版社。
ナイツはよく知られたようにバリバリの創価学会員。対する佐藤優はガチガチのキリスト教徒。オレは、ナイツはかなり知的レベルが高いとにらんでいて、この2人に対して舌鋒鋭い佐藤優がどう切り込んでいくかという興味でもって、この本を手に入れた。中古。ところがそんな期待はあっさり裏切られる。なんと本文2行目にして早くも土屋(ナイツのメガネのほう)が「佐藤さんは創価学会員の僕らよりも創価学会に詳しいので、少し緊張しています」と述べるのだ。それに対して佐藤優は「私はプロテスタントのキリスト教徒だから、皆さんから観たら「内道」に入れない「六師外道」のさらに外側です」と発言。早速の専門用語の応酬で早くもオレは置いてけぼりだ。さすがに潮出版。ボーダーなどあっさりと超えるのであった。それにしても締め切り毎月80本という佐藤優の知的生産性はすさまじく、また、鈴木宗男にからんで例のムルアカが逮捕されたときの警察やマスコミの汚さはとんでもなく、そういうネタ話はたいへんに面白かった。なお、オレ及び家族、親族一同、学会とは一切関わりがないので念のため。
2021.02.06
「俺の家の話」は金曜22時スタートなのでなんとか頑張ってリアルタイムで観ることができる。もちろん終わったら速攻で布団だ。
しかし「バイプレイヤーズ」となると12時過ぎてから始まるから、とても観られない。土曜日の朝にTVerで観ることになる。もちろんTVerは最強テレビなので、これで十分なのだが。
「バイプレイヤーズ」はシーズン3なのか。
シーズン2では大杉漣が途中で亡くなるという衝撃的すぎる展開だった。その大杉と喧嘩別れしたというので寺島も不在だった。
だから最初にスタートしたときは6人だったおじさんたちが、シーズン3では4人に減ってしまった。実に寂しいことだ。
だが、どうせ遊ぶなら本気で遊んでやるというテレ東の心意気なのだろう、今回はその4人以外の充実ぶりがすさまじくて、バイプレイヤーズのバイプレイヤーたちが実によい。
今回は佐々木希や尾美としのりがバイプレイヤーとして登場している。その展開が実に面白い。
ただ、その分、4人のからみがほとんどないのが残念。最初におじさんたちがたわむれる管がよくて見始めただけに。
竹原ピストルのエンディングテーマが絶品。大杉漣に捧げた歌なのだろう、今宵もかろうじて歌いきる、という絶唱が実に心に染みるのだった。
2021.02.05
中2の冬にシングル盤「アメリカ」を買ってから、ポール・サイモンはオレにとってずっと神だった。1971年のことだった。
「アメリカ」のB面はなんだったけ。いくら考えても思い出せないのでネットで調べたら「旧友」だった。妥当な選曲だが、中学生には暗すぎる。オレが思い出せないのも、好んで聴くことはなかったからだろう。
「旧友」では、公園のベンチに座る老人をブックエンドに見立てて、「70歳になるって、なんて不思議なことなんだろう」と歌っていた。それはなかなか印象的なフレーズだった。
今オレは70歳にはなっていないが、「アメリカ」を初めて聴いたときからちょうど50年、半世紀がたっている。ちょっとびっくりだな。
「アメリカ」のシングルを買った半年後、今度は「明日に架ける橋」のミニアルバムのようなのを買った。17センチなのに45回転ではなくて33回転で、その分、長時間収められていた。今どきの子どもたちには専門用語過ぎてわからないだろうが。
オレが買ったのは4曲入り600円のミニアルバム。「明日に架ける橋」「ボクサー」の入った、なんとも美味しいセットだった。
その後、ついにオレは「サイモンとガーファンクル グレイテストヒット」を手に入れる。日本限定のソニー特別企画企画盤だ。
不思議なのはその後アメリカで発売されたグレイテストヒットが、日本限定版とまったく同じ構成だったことだ。アメリカで進行中のグレイテストヒットの情報を手に入れた日本が先取りしたということか。
ちなみにアメリカのグレイテストヒットは「明日に架ける橋」よりも売れたそうだ。もしかしたらオレが人生で一番聴いたアルバムは「サイモンとガーファンクル グレイテスト」だったかもしれない。
オレにとって神であったから、人間としてのポール・サイモンに別に興味はなく、本物を見たいとは思わなかった。でも神なのだから、一度くらいは拝むべきかとも思った。一生一度は伊勢神宮。
だから2009年にサイモンとガーファンクルとして来日したときは東京ドームまでライブを見に行った。手抜きのひどいライブだった。
笑ったのはアート・ガーファンクルがヅラをかぶっていたことだった。あれほどの富と名声を手に入れながら、それでもなおヅラをかぶりたいのかよと、けっこう笑われたような気がする。
今年ポール・サイモンは80歳になり、ツアーはもうやらないと宣言した。だからあの東京ドームがオレにとって生涯一度の参拝になったわけだ。手抜きライブではあったが、お布施と思えば諦めもつくわ。
さて、なんでいきなりポール・サイモンのことを書いたかと言うと
「ポール・サイモン 人生と音楽を語る」ロバート・ヒルバーン、DU BOOKS
を買ったからである。ポール・サイモンの評伝というか、膨大なインタビューを通じて過去をすべて振り返ったというか。
初版は2020年4月で、なんと10か月も前にこんな本が出ていた何知らなかった。不覚だ。不覚であった。600ページを超える大著で、3800円もする。Amazonで見つけて慌てて注文したオレは、読みかけだった細野晴臣をとっとと読み終えて、そしてこのポール・サイモンをむさぼるように読んだのだった。
ポール・サイモンとアート・ガーファンクルといえば、不仲で有名である。
不仲のルーツはというと、高校生の時に「トム&ジェリー」という名前でアイドルとしてデビューしたときにあった。デビューシングルこそヒットチャート40位ぐらいとそこそこ売れたが、その後は鳴かず飛ばずだったため、プロデューサーはポール・サイモン1人で売り出そうと、新曲をレコーディングした。
そのことをポール・サイモンはアート・ガーファンクルに黙っていたという。
そしてアート・ガーファンクルそれから60年が過ぎた今もそのショックを忘れず、恨みに思っているという。
1990年代に2人は復活ライブでツアーをしたが、そのときも裏側では険悪だったらしい。ステージで「ボクサー」の歌をポール・サイモンが間違ったら、「フィーリングルーヴィー」という曲で今度はアート・ガーファンクルがわざと間違えたという。
休憩時間にアート・ガーファンクルが「ボクサーで、オレをコケにしようとしただろう」と詰め寄ると、ポール・サイモンは「あれはミスだ。おまえだって間違えたじゃないか」と言い返したが、それに対してアート・ガーファンクルは「コケにされるのがどんな気分か、おまえに味わわせてやったんだ」と言い放った。
直後、2人は取っ組み合いを始めたという。
実にくだらない。めまいがするほど、くだらない。
莫大な富と世界的な名声を手に入れたポップスターが50代になってステージの裏でこんな喧嘩をしていた、その根本的な原因が高校時代に片方が片方を無視した、ということにあったなんて、ため息が出そうになる。アホか、こいつら。
この本では触れられていないが、ポール・サイモンには長らくバイセクシュアルじゃないかという噂があって、アート・ガーファンクル注がれたゆがんだ愛憎が原因なんじゃないのかとさえ思ってしまう。
高校時代にそんなわけで袂を分かった2人が再度コンビを結成したのは、ポール・サイモンがデビューのチャンスをつかんだときだった。当時、同じレーベルにはボブ・ディランというソロシンガーがいて、空きがあるのはボーカルグループだった。それなら、昔一緒に歌っていた友だちがいると、あわててガーファンクルに連絡し、そして2人組としてデビューすることになった。
このエピソードは知らなかったなあ。
高校時代にペアを解消して以来2人は没交渉で、それがたまたま巡ってきたチャンスをつかむために、ある意味、不本意な形で再結成することになったわけだ。なるほど、アート・ガーファンクルがS&Gというユニットに対して常にどこか投げやりだったのは、そうした事情によるものだったか。
こんな具合にこの本には実にさまざまなエピソードが散りばめられている。音楽的なことに対してもかなり緻密な解説が行われている。特に「グレイスランド」が生まれるプロセスについての描写はなかなかに感動的だ。
知らなかった話も多くて、例えば南アフリカのギタリスト、レイ・ピュリが「安くこき使われた」とポール・サイモンのバックバンドを抜けて悪口を言いふらしていたことや、やはりアフリカのギタリストのヴィンセント・ンギニが2016年にガンで亡くなっていたこと、驚異のベーシストのバキティ・クマロが実は自動車工が本職だったことなど、へえーと驚いた。
ポール・サイモンぐらいになると、あの曲はオレの作品の盗作だというクレームは日常茶飯事。それどころか一緒にプレーしたミュージシャンから、あのフレーズはスタジオでオレが弾いたのをパクられた、といちゃもんをつけられるのも珍しくない。だから専属の弁護士団を雇っていたそうだ。ビッグになるというのも大変なんだね。
ちなみに自分自身のベスト10についてポール・サイモンは、気分次第で変わると注釈をつけながらも「サウンド・オブ・サイレンス」「ボクサー」「明日に架ける橋」「僕とフリオと校庭で」「時の流れに」「グレイスランド」「シューズにダイヤモンド」「クール・クール・リバー」「愛しのロレイン」「クエスチョンズ・フォー・ジ・エンジェルズ」を挙げている。
興味深いな。オレの選曲とは半分ぐらいしか一致しないから、ポール・サイモンには間違ってるよと注意してやらなければ。
当然のことながらこの本は、ポール・サイモンについて相当の知識がないとちっとも面白くないと思う。つまり、まったく売れないんじゃないか。
だがオレにとっては大変に貴重なレファレンスでもあるので、生涯大切に読み続けたい一冊なのだ。
2021.02.04
モリモトくんと言ったらネットでは森元総理のことだ。
まあ、これほど日本中から叩かれて、これほどどんなに叩いても良心が傷まない男ってのも稀有だ。犬が水に落ちたからってんでみんなで棒でつついても、決して沈まないであがってくるんだから、つつきがいがある。
言うのもアホらしいが、女を会議に混ぜたら時間が長くなるなんていうことは誰もが知っていることで、今さらこんなおっさんに言われなくても。
ただ、飲み屋でおっさんたちが好き放題にしゃべっているわけじゃないんだから、ちょっとは頭を使えよって話だろう。やっぱりボケてるんかいな。
飲み屋でいえば、飲み会は男同士に限るというのは、男なら誰でも思っていることだ。女が抜けた2次会、おっさんたちが「ふうやれやれ」とおしぼりで顔を拭きながら、「やっと女がいなくなったか」「ああ、めんどくせえ」と言葉をかわしていることを、女達は知らないであろう。女はめんどくせえよ。
ただそれを公の場で言っちゃだめだろって話だよな。
東京がオリンピックの候補地に名乗りを上げると聞いたとき、オレは、明日に向かってどんどん変わっていこうとする空気を味わうことは大切なことだと考えて、諸手を挙げて賛成した。だが、ここまで白けて、そんな空気はまったくなくなってしまうと、もう開催なんてしなくていいよって思う。
あほらし。
一番悪いのはコロナだが、モリモトくんもかなり悪いと思うよ。
2021.02.03
大滝詠一『A LONG VACATION』通称「ロンバケ」は、日本ポップス史上最も重要なアルバムとされている。オリコンランキングではサザンオールスターズの『ステレオ太陽族』がずっと1位で、とうとうそれを抜けずに2位で終わってしまったが、与えた影響や普遍的な存在感ということでは『ステレオ太陽族』なんかよりよほど偉大なアルバムだ。
もっとも『ステレオ太陽族』も「栞のテーマ」「ラッパとおじさん」などの名曲が収録されていて、まだまともな感性を備えた常識人だった頃の桑田某の力量がいかんなく発揮された好盤である。瑞々しい。
はっぴいえんど解散後、他のメンバーたちはキャラメル・ママやティン・パン・アレイ(同じメンツなのだが前者はバンドで後者はユニットという位置づけらしい)で活躍し、スタジオミュージシャンとしてとびきりの演奏を披露していた。
ユーミンの「やさしさに包まれたなら」は今聴いてもとんでもない演奏だし(ベースが神!)、アグネス・チャンのアルバムでまるごとバックを務めたときは、アグネスの歌よりも演奏のほうが明らかに際立っていた。
田舎のどんくさい高校生(オレね)は、ユーミンとキャラメル・ママが出演したテレビを食い入るように見て、翌日、仲間たちと「なんだかすげえ」と興奮しながらしゃべったっけ。
そんなふうに仲間たちが活躍している中で、大滝詠一は“終わった人”的な位置づけだった。大滝詠一自身もレコードビジネスの過酷さにへとへとになってしまい、「もうこれが最後。これが売れなきゃ音楽をやめる」と開き直って好き勝手につくったのが「ロンバケ」だったそうだ。
そしてその「ロンバケ」はじわじわと売れていって、やがて日本ポップス史上最も重要な作品とまで賞賛されるようになるのである。
面白いのは、ちょうどLPからCDへ、つまりアナログからデジタルへと切り替わる狭間の作品だったことだ。「サウンド&レコーディング」マガジンに掲載されていた記事のを切り抜いて保存してあるんだけれど、それを読み返したら「ロンバケ」のCDの印税は3年ほどゼロだったそうだ。つまり印税のほとんどはLPからだったそうだ。「ロンバケ」自体の音も、確かにアナログ時代にテープを切り貼りしてつくっていた、そんな匂いが残っている。
さて、そんなふうにいかにも「ロンバケ」を知り尽くして、大滝詠一をわかったふうに書いているが、実は当時のオレは、あんまり興味をもっていなかった。なにしろ「ロンバケ」がリリースされたのはオレの社会人2年目のことであり、安給料のブラック制作会社で泥を飲むような日々を送る中、新譜なんて耳にする余裕はなかったから。いや、ほんとの話。
もっと言えば、はっぴいえんどに始まるこの人脈の人たちは、フォーク世代であるオレにとってはあまりなじみがなかった。はっぴいえんども岡林信康のバックバンド、という程度の認識だったし。
ちなみに岡林信康については、メンバーたちは完全に仕事と割り切っていたらしい。そもそもは御苑のスタジオではっぴいえんどが練習していたところ、見知らぬ男が突然乱入して「お前たちしかいない!」と叫んだのが岡林信康だったそうで、ツアーのバックバンドをすれば30万円ぐらいのギャラになるからそれで新しい楽器が買えるんじゃね? と口説かれて演奏を日は気受けることにしたという。
だから、はっぴいえんどの連中は半分ふてくされたような、つんけんした態度でツアーをしたそうだが、岡林信康はいいやつで、そんな彼らにとても気を使ってくれたそうだ。なんなんだ、このエピソードは。
というわけで、話を戻すと、はっぴいえんど系列にあまり関心はなかったし、「ロンバケ」もリアルタイムで聴きこんだわけじゃない。それでも今になって聴いても、確かにこの普遍的な音楽は素晴らしいなあと思う。
ちなみに大滝詠一によれば、「さらばシベリア鉄道」の続編としてつくられたのが小林旭「熱き心に」だったらしい。そ、そうだったのか。
「ロンバケ」のスタジオでの話なんかを読んでいると、一発録りにダビングして、みたいな裏話が出てきて実に興味深い。特に「君は天然色」の決めのフレーズ、あの有名な「ダッダン・ッ・ダダン・ダン」のところは、アコギやピアノなど20人のミュージシャンが、大滝詠一のヘッドアレンジに従って「せーの」でやった「ダッダン・ッ・ダダン・ダン」を3テイク重ねてつくったという。あの日本ポップス史上最も有名な決めフレーズにはそんな仕掛けがあったのね。
こういうところが、「これで売れなきゃ音楽をやめる」と決心して開き直った結果なのだろう。
さて、なぜ突然こうして大滝詠一のことを書いて、「サウンド&レコーディング」の切り抜きを読み返したりしたかというと
「細野晴臣と彼らの時代」門間雄介・文藝春秋。
を読んだからである。オレ自身は細野晴臣にはほとんど関心がなく、ナイアガラ系のフィクサー的な人でYMOというぐらいの認識しかなかったが、キャラメル・ママやティン・パン・アレイには興味があったし、あの時代の音楽シーンについて振り返りたいと思い、2200円もする本を手に取ったのである。そして読んでみたら、実に面白かった。
オレって、こういう評伝が好きなんだね。改めて気づいたわ。プロレスでもこの類いの評伝をよく読むし。なんというか、青年が大志を抱いてもがきながら何者かになっていく物語が好きなんだと思う。
この本を読んで、まず60年代から70年代にかけてのナイアガラ系の人たちの交流が面白かった。舞台は当時の白金や青山。そこで生まれ育った細野晴臣や松本隆が出会って高校時代から交流を重ね、鈴木茂が加わり、東北から上京した大滝詠一が加わっていくという青春記である。彼らのみずみずしさがまぶしい。青山に住んでいた松本隆は、東京オリンピックによる再開発で実家が取り壊されたことに強烈な思いを抱いていて、時代の流れで自分が大切にしていた都市の風景が失われてしまったことへの“喪失感”が、その後の“風の街”という作風につながっていったという指摘は、なかなか興味深い。
大滝詠一がレコードビジネスに疲れて「これで売れなきゃやめる」と思っていたように、細野晴臣もティン・パン・アレイ後は「音楽をやめて仏門に入ろうと考えていた」というほど思い詰めていたというのは意外な話。病気もその理由の一つだったようだ。その後、YMOでブレークするわけだが、あまりのブレークにメンバーの人間関係が壊れてしまったというのも、これまた興味深い話である。やっぱり音楽を仕事にするっていうのは難しいものんだね。
それにしてもこの評伝はたいへんによく書けている。登場人物が多くて読むとちょっと混乱するところもあるけれど、時制に迷うことなく読み進められる。単に時系列に事実を並べていくなら、それは教科書。評伝というのは、その事実を解きほぐして並べ替え、人物に当てはめなければならいのが難しい。当たり前のことだが誰だっていろんなことが同時並行して起きているわけだから、事実を直線的に並べることは無理があるもんね。
そこをきちんと整理してまとめあげているのは素晴らしいと思う。労作だ。
2021.02.02
今年はなんだかいろいろと理由があるそうで、2月2日が節分なのだという。季節を分けるから節分。過ぎれば春が立つ。
季節の行事だからというので、恵方巻きを買い、「相席食堂」のゴールデンタイム特別版を見終えてから、豆を蒔く。
ハゲは〜外、と叫んで怒られたので、ちゃんと鬼は〜外と言う。
豆を蒔くというのは、昔の宮廷の儀式だったのだそうだ。ちゃんと古式ゆかしい行事なのだな。
ゆかしくないのはテレビの中の千鳥で、相変わらず下品な笑いを振りまいている。すげえ面白い。ぎゃはははと笑うのだった。
2021.02.01
2月である。
ついこないだ正月だと思ったら、まったく時間の流れるのは速いものだ。
今年の大晦日にもきっとオレは同じことを書いているに違いない。
2月となると、アレである。そう、確定申告だ。
申告そのものは3月だがその準備を進めなくてはならない。このようなしょぼい個人事務所、自営業者であっても、そして申告書作成などの諸々を会計事務所に依頼していたとしても、やはりそれなりの手間はかかる。領収証の仕分けをしたり、医療費をまとめたり、売上を集計したり。
社会保障費のバカ高ぶりにげんなりしつつ(会計事務所にも同情されるほどだ)、作業していると、いろんなことが気になってくる。例えば通信費だ。あれ、スマホ代、高くね?
そこで思い立ってドコモをいろいろいじって料金シミュレーションをしてみる。するとプランを変えるだけで今より1万円も下がることが分かった。
怒りのあまり顔を真っ赤にしつつオンラインでプラン変更の手続をする。よくわからない。
寝転がってYouTubeを見ている息子に、ちょっとやってくれ、と頼む。こちょこちょと調べたあげく息子は「別に安くならないみたいだよ」と投げ返す。どうもよくわからん。
スマホと言えば、かつてDDI(今のKDDIつまりauの前身だ)が携帯電話事業に参入したとき、携帯電話に「ポケ電」という愛称をつけていた。この愛称を普及させようという仕事があって、オレは直接関わっていないものの、その仕事を隣で見ていて、ポケ電にあのE電と同じ匂いを感じ取って、ちょっと無理じゃね、と思ったものだった。
とはいえ、携帯電話が登場したときに、まさかその愛称が「ケータイ」として普及するとは、誰も想像しなかっただろう。コピーライターだって、「ケータイ」というネーミングをプレゼンするなんて「バカかおまえは」と怒られて終わりと思っていたはずだ。
E電がJRになって、携帯電話がケータイになって、スマートフォンだってスマホである。
愛称なんてそんなもんだよなあ。
そんなことを思い出しながらオレは、まあ、春になったらアハモだかアホモだか、ドコモの激安プランに変更すればいいやと思い直した。猫も杓子もアホもアハモで〜す、なんていうコピーを考えたが誰にも相手にされないだろう。アホのドコモのアハモで〜す、なんちゃって。
2021.01.31
ここ10数年、年に3度は歯医者に通っている。4ヵ月に一度の定期健診だ。
歯垢を落とし、悪いところがないかをチェックし、加齢によって下がった歯茎にレーザーを当てて進行を抑える。親知らずは全部抜いた。というか5本抜いた。
けっこう真面目な患者として歯医者には通っている。
その歯科医業界でクラスターが発生していないということで、ちょっと世間はざわついている。
アメリカの「GOBankingRates」(世界暮らしやすい国ベスト10とかを発表していてる会社。オリコンみたいなものか?)の感染リスクの高い職業ランキングによれば、歯科衛生士99.7、歯科医92.1と歯科関連のリスクが極めて高くなっている。医療関係で圧倒的なワンツートップなのだ。
確かに歯医者は飛沫が飛びまくりだろう。患者はでかい口を開けっぱなしだし、狭くて密だし。
それなのに今のところ日本では歯医者でコロナに感染した例はないという。
その理由として挙げられるのが、というかこれ以外に理由は考えられないのだが、とにかく徹底した消毒が功を奏しているというのだ。
高圧蒸気滅菌器、次亜塩素酸ナトリウムによって歯医者では、何をするにもまず消毒からというのが習慣づけられている。そうでなきゃコロナどころか、エイズだって感染しかねない。
医者もスタッフも常にマスクだ。
こうした徹底した消毒はコロナ前から当たり前に行われていて、コロナになって変わったことと言えば待合室の患者も全員マスクをするようになったぐらいか。
ということはやはり消毒こそが最高の感染対策であるということなんだろう。
手を洗う、プシューっと消毒する、マスクする。その徹底で、かなりリスクは抑えられるわけだ。歯医者を見習わなければなあ。
歯医者に見習って、そしてみんなで経済を回せばいいのだ。
2021.01.30
怒涛の一週間が終わって、土曜日の今日はさすがに脱力。
ぼけっとしたまま、アルビレックスのトレーニングマッチを見た。
アルビレックスは現在高知でキャンプしていて、地元チームとの練習試合が今日行われて、その様子がYouTubeで中継されたのである。もちろんリアルタイム。無料。ただしアーカイブなしでリプレーとかもない。まんま、見た通りにネットで流される。
しかも回線状態が最悪で、ときどき止まったりする。
それでもこうしてキャンプの練習試合がタダで見られるんだから、いい時代になったものだ。テクノロジー万歳。
3年連続でJ2の中位に低迷したアルビレックス。J2の泥沼にはまり、すっかり地方のしょぼいクラブと化してしまった。
この状況を打開しようと昨年は大ばくちに打って出たものの、外人の飲酒運転で一発免停。いや、一発解雇。もとはといえばヴェルディの悪質ファールで怪我させられたことによるストレス、さらにはコロナで家族を呼び寄せることもできない苛立ちが原因だから、まあ、かわいそうと言えばかわいそうだが。
そんな中で迎えた4年目。新体制の初ゲームであるトレーニングマッチを見たら、新加入の選手たちが想定外に素晴らしく、特に福島からやってきた高卒の三戸君と埼玉昌平高校の小見君、中堅の鈴木と谷口が抜群の働きで目を引いた。オレのお気に入りである岡本も鹿児島へのレンタルから帰ってきて、大きく成長した。
相対的に早川や秋山らが番付を落としてしまった。
このゲームを見る限り今年のアルビレックスは期待が持てる。小見君が、アルベルトのサッカーをやりたいといって加入してくれたのも納得。小見君と三戸君がアルベルトの申し子として、本間至恩と共に爆発してくれることを期待する。
毎年この時期は、こんなふうに妄想ばかりが膨らんで、とても楽しいのだ。はやく開幕がこないかな。
2021.01.29
春の海 ひねもすのたり のたりかな〜。
与謝蕪村だ。なんでも丹後地方の海を読んだ歌らしい。おお、まさしくオレのためにあるような句ではないか。
そんなわけで今日出かけたのは、大黒ふ頭。横浜だ。
おおぐろではない。だいこくである。週末になると暴走族改め珍走団が集結してぶおんぶおんと轟音を響かせるというベイブリッジ大黒ふ頭。その足元で朝っぱらから仕事だったのだ。
そんな辺境へ行くために降りた駅は、新子安という。ちんこ安ではないぞ。
なにもない辺境のさらに辺境だ。これでも横浜を名乗るとは。いや、これが横浜の真の姿なのだ。
ちんこ安の駅前の喫茶店に入る。驚くなかれ、いまどき喫煙可。そのためのオレ以外の客全員がスパスパとタバコを吸っている。ものすごい勢いで吸っているのは、禁煙の職場に向かう前に一日分の吸い溜めをしておこうという魂胆なのだろう。OLふうも、ものすごい勢いで立て続けに吸っている。
今どきありえないが、喫煙者にとってはオアシスな喫茶店で、オレはモーニングセットを頼んだ。トーストとゆで卵である。このトーストが、びっくりするほど美味かったので、オレはへえ〜っと感心してしまった。人は、じゃなくて、店は見かけによらないものである。
さて、大黒ふ頭での朝っぱらからの仕事を終えたオレは、その足で新横浜駅から新幹線に飛び乗った。スマホでピピッと予約してチケットレス。便利なものだ。
向かった先は愛知県である。まったくハードなスケジュールだぜ。
そして到着した愛知県の小牧というところでは、なんと雪が降っていた。ちらつく、というものではなく、ちゃんと降っていたのである。タクシーの運転手も「こんなに降ったのは今年初めて」とのことだ。
そして帰りに乗り込んだ新幹線は、金曜夕方、名古屋発18時という最も混雑する時間帯だというのに乗車率はやはり10分の1程度。日本は終わりだあ。
米原で雪のために減速したというその新幹線は7分遅れで品川に到着した。やれやれ、ひねもすのたりだった朝が、吹雪の夕方になり、忙しい一日だった。
「インフォデミック 巡査長 真行寺弘道」榎本憲男・中央公論新社Kindle
新刊が出たら、読みかけのあらゆる本を閉じて読むといったら、これ。真行寺弘道シリーズ。最近紙の本に回帰しているオレがためらうことなくKindleでダウンロードしたのも、一刻も早く読みたいからだった。シリーズ5作目。前作から約1年ぶりで、いや〜、待ってたぜ!
一応、警察小説である。主人公の真行寺はバツイチでオーディオ狂のヒラ刑事。50を過ぎてまったく昇進にも興味のない、変わり者だ。こいつをはじめ、実にいい味のキャラクターが、へんてこな動きばかりするへんてこな警察小説なのである。
特に主人公の刑事・真行寺は、犯人を逮捕しなかったり、逃がしてやったりする、とんでもないヤツだ。
今回も、風邪で休もうとして、いつもずる休みの口実に風邪を使っているので、本当に風邪の時は困っちゃう、というようなしょうもないとこから話は始まる。
そして今までは犯人を逮捕しなくて、これでも刑事かよとうひゃひゃひゃと大笑いしていたのが、今回はなんと事件さえ起きないのだ! 1人だけ逮捕されるが、それも自粛していないライブハウスにクレームをつけに来たおっさんがしつこくて交番のおまわりさんに連れて行かれた、というしょうもないもの。
事件さえ起きない警察小説! どうだ、これだけでも一読の価値はあろうというものだ。
ではどういう内容で構成されるかというと、70年代のロックに関してのマニアックな蘊蓄だったりする。音楽小説かよ(作者は59年生まれなのでオレと完全に同世代だ)。アクションシーンもなければどんでん返しもなく、意外な犯人もいない。
毎回いろんなテーマが取り上げられ、1巻で「自由」、次で「宗教」(好き!)、次で「ジェンダー」、4作目で「経済」について刑事を中心に登場人物がいろいろと議論するのが大筋の流れ。そして今回のテーマは、なんと「コロナ」なのだ。なんとタイムリーな。あとがきによれば、去年の5月、緊急事態宣言が開けた頃から書き始めたらしい。物語の中で亡くなる人物もコロナによって亡くなったようだ。
作中、若い女性シンガー(在日韓国人)が、バブル世代の刑事に向かって憤りをぶつける。
「自己責任だとほうっておかれた挙げ句に、今度は、おまえらに自由はない、自粛しろと言われている。それもこんなひどい国にした老人の命を守るために。これはどう考えても、不公平なんじゃないですか」
なんとも鋭い叫びだ。確かにバブル以降の世代には、一つもいいことがなかった。
「だいたいこれから大変になるなんてのは、私たちの世代の責任ですか? 例えば年金が破綻するのは、どう考えたって私たちのせいじゃない。先の世代が日本を駄目にして若い世代にそのツケを回しているだけだと思うんですけど、ちがいますか?」と、この女性は寂しく言うのだった。
それに対して主人公の刑事も同情する。
「いまの若い連中は、物心ついたときから上の世代に『昔はよかった』とさんざん聞かされて、自分たちには景気がよかった記憶はまったくないわけです。大学に合格したはいいけれど卒業する頃には奨学金で借金まみれ。年金は崩壊すること間違いなしで、高齢化社会のツケを払わされている」「新型コロナウィルスで重篤な状態に至るのはほとんど高齢者で、つまり老人の命を守るために自粛しろと言われているように感じてしまう。これはキレない方がおかしい」。
これに対して上の世代の高級官僚たちはこう答える。
「人々は、自由が欲しいと言いつつも、本音ではちゃんと管理してもらい、快適に生かしてらうことを望んでいる」「国民にとっては自由よりももっと切実に欲しいものがある。快適でゆとりのある安定した暮らしを本当はいちばん欲しがっている」と、若い世代の「自粛なんてクソくらえ」というキレ方を笑い、「今回顕わになったのは日本がIT後進国だということです」と本質を指摘する。
その先に示されるのは、AIによって完璧に管理された社会こそが人間を快適で幸せにするという理想郷だ。そのために描かれるのが、なんと「はっぴいえんど」が自粛期間中に無料ライブを開くというイベントなのである。すげえ展開だ。
「はっぴいえんど」が出てくるあたりが、世代だな。実は「はっぴいえんど」はいち早く“ロック=自由”という幻想から抜け出していた、というメッセージが込められている。
この無料ライブでは数万人の観客がAIによって完璧にコントロールされ、コロナに感染しても完璧に追跡されることが示される。ついでに患者たちを収容する施設も最後になって紹介される。なるほど完璧だ。
これによって若い世代が自粛に反対し、自由を求めていても、そんなものは空っぽであって、本当に重要なのは完璧な管理なのだよ、という考えが示されるのだ。主人公のバツイチ刑事はそれに悩み、結局、どうしていいかわからないわけだが。
こういう具合に「自由こそが最高だ」と「管理こそが幸せだ」という議論が展開され、そのディスカッションが物語のクライマックスとなる。これが警察小説かよ〜。
そんなわけで5作目も大変に面白かった。真行寺シリーズ。もっとこれに関しては語りたいことが山ほどあるのだが。
問題はシリーズもので、続けて読んでいないと物語に入り込めないという点。これから読むならぜひ1作目から順番にどうぞ。面白さは保証します。
2021.01.28
iPadを解約してしまったので、dマガジンで週刊誌を読むのもスマホだ。字が小さい。読みづらい。だがこんなもんで十分だろう。
今日は週刊文春と週刊新潮の発売だ。
週刊文春のコラムでは、クドカンがドラマ「オレの家の話」の重要な回について書き終えた、と書いている。
クドカンは脚本を、ファミレスやカフェで書くことで知られている。いつもMacintoshのノートを抱え、スタバなどで書いているのだ。最近はジョナサンとデニーズがお気に入りらしい。
それが緊急時短制限で20時で閉店になっちゃうものだから、大いに困っていると嘆いている。
なぜクドカンが家で脚本を書かないかというと、自宅とはゆるく安らぐ場であって、仕事をする場ではないと考えているからだ。もし自宅で仕事をすると、制限なく働いてしまい、安らぎの場でなくなってしまうのだという。だから閉店時間のあるファミレスやカフェで仕事するのだそうだ。
この「制限なく働く」という感覚はよくわかる。オレも、アレンジなんかをするときは時間など関係なくとことんやっちゃうし、誰だって好きなことをするときはそうだろう。
クドカンの場合はたまたまそれが仕事と一致したというわけだ。なんと幸せなことか。
というか、これからのAI時代、ワーカーとして残っていくのはそういう働き方のできる人だけのような気がする。それ以外の人はAIによって労働から解放され、レイバーとしての自分に別れを告げるのだ。そういう時代は、人類の理想郷かもしれないなあ。
週刊新潮の古市某のコラムでは、学校の授業で子供たちが手書きでノートを取るのは信じられない、これからは教科書もGoogleで十分、と主張する。まあ、これぐらい極端なことを言うのが仕事なんだろう。
一方、特集記事では、テクノロジーが進化すると人間はダメになると主張する。登山家である書き手は、何でもかんでもオンラインの世の中だからそのうち登山もオンラインになるだろうと、わけのわからないことを書いている。
登山がオンラインになったら、それは登山ではなくなくね?
この人は、携帯電話のおかげで電話番号を覚えなくなったから、人間はバカになったと強調する。よく耳にする話だ。
でも、電卓のおかげで暗算をしなくなったから、人間はバカになっただろうか。そんなことはない。
暗算をすることや電話番号を覚えることなんて機械に任せて、人間はもっと知的生産性の高いことに脳力を使うようになったと思うがな。オレは。
さらに書評欄では新井某という人が、スマホは人間を馬鹿にすると指摘。思想を文字で残そうとしたプラトンに対して、それでは人間は記憶能力を失うとソクラテスが指摘したとの無駄に壮大な例えを用いて、つづっている。
結局テクノロジーは敵なのか味方なのか、週刊新潮の読者は戸惑うのだった。AIのことは、どう受け止めるのだろう。
「渋沢栄一と勝海舟」安藤優一郎・朝日新書。勝海舟は好きな人物の一人である。千葉の小役人でありながら西郷隆盛との歴的会談を成功させて江戸城の無血開城を実現させたという偉業もさることながら、小役人らしい小賢しさでちょろちょろと動き回るところがなんとも面白い。そんな勝海舟は、渋沢栄一のことを小僧扱いして小馬鹿にしたそうで、渋沢栄一は終生そのことを恨みに思っていたそうだ。そんな2人の関係にスポットを当てつつ、江戸から明治への動乱期のさまざまな人物の動きに光を当てた一冊。教科書のような語り口で淡々と事実関係を述べていくだけだが、それでもグイグイ引き込まれる面白さなのは、要するにあの時代そのものがどえらく面白かったからに他ならない。それにしてもこういう幕末ものを読むと、いつものことながら浅田次郎の新撰組を読み返したくなる。
「言い訳」塙宣之・集英社新書。著者はナイツのボケだ。オレはナイツの漫才が好きで、ナイツの2人と佐藤優が対談した異色の本(読んでみたいでしょ?)があって、それを買うついでにこれも買ったのだ。これは関東の芸人はなぜM-1で勝てないのかという言い訳をだらだらと述べた本。お笑い芸人についてほとんど知識のないオレにとっては専門用語だらけのわけわからん本だった。
2021.01.27
成田空港に行った。仕事である。旅行ではない。
相変わらず日本の表玄関はガラガラだ。世界中、どこでもこうなんだろう。
帰りにスカイライナーに乗ったが、当然ガラガラ。一つの車両に二人だ。厳しいもんだねえ。
昨日、ベトナムに住んでいる日本人にリモートでインタビューしたのだが、ベトナムはコロナの封じ込めに完全に成功している。今ではマスクをする必要もなく、外出も自由。もちろん酒のんで大勢で暴れるのも自由。羨ましい限りだ。
要するにベトナムは社会主義国家だから、外出自粛なんていうレベルではなく、外出したら即逮捕という強圧な締め付けが可能だから、抑え込めたということだ。このあたりは難しいところだな。
いずれにせよベトナム勝ち組、日本負け組なのは間違いないところである。
2021.01.26
誕生日である。誰のって、オレのである。
いくつになったのだろう。オレは。60の大台を超えてから、もはやどうでもよくなった。仙人みたいなものである。悟りだな、悟り。オレ様は悟りをお開きになられたのだ。
豪雪地帯に生まれ育ったオレであるが、オレが生まれた日は1月大寒だというのになぜかまったく雪が積もっていなかったそうだ。つまりはそういうことだ。神降臨。
それにしてもこの年になっても現役バリバリ。オレより若い父親をもつ女子相手にインタビューやらを繰り返して過ごす日々に、健康に生んでくれた母親に感謝だ。
2021.01.25
本日は大阪まで日帰りだ。
依然として早朝の新幹線はガラガラである。10分の1も埋まってないだろう。帰りも似たようなもので、名古屋に停車する頃には17時半という出張帰りの大混雑の時間帯のはずなのに、オレの車両に乗り込んできたのはわずか3人という衝撃。
行きも帰りも、前後左右がガラガラの座席にふんぞり返るという、乗ってる方としたら快適この上ない状態だった。ほとんど貸し切り。3人がけの真ん中で、両サイドを見知らぬオヤジに挟まれるなんていう苦行は、もはや想像もできない。
鉄道事業というのは日銭商売だから、特に長距離大量輸送の会社はとんでもない打撃を受けているだろう。
ならばコストダウンすればいい、というわけにはいかないのが苦しいところ。
鉄道事業で支出の大部分を占めるのは、例えば夜中に保線作業を行ったり、信号の整備をしたり、橋脚の耐震補強をしたりといった安全面のコストだ。電車が1本でも走る限り、信号を止めるわけにはいかないし、電車が走らなくても耐震補強工事はやらなくちゃならない。
加えて電車の運転士とか車掌は正社員として雇用しているから、給料はちゃんと払わなきゃいけない。
というわけで、たかだか数本の電車を間引きしたり、終電を30分繰り上げたところで、営業的には何の意味もないことである。むしろそのための人員と機材の調整に残業を強いられて、間引きする方も迷惑しているという話だ。
要するに、出歩くな、家にいろ、旅行なんてとんでもない、というメッセージを発信するためのデモンストレーションに過ぎないのだろう。
などということを考えながら、大阪ではコテコテの食堂に入る。大阪のおばはんが切り盛りしてる店だ。
メニューにオレは、キムチカツ丼というものを発見。なんだこれは。大阪のソウルフードなのか。これは挑戦しなくては。
というわけで、キムチカツ丼ライス半分というのを頼んだわけだが、これが何の変哲もなくカツとキムチをただ一緒に卵でとじただけのもので、カツ煮とキムチはやっぱり合わないことを確認して終わっただけだった。
オレの負けだった。
2021.01.24
ドラマ「俺の家の話」がえらく面白い。
TOKIOの長瀬智也が主役だ。プロレスラー役である。
予告ではつまらんだろうと思っていた。暇なのでParaviをこちょこちょやってて、まあ、観るかと観ることにした。そうしたら途中からぐんぐん引き込まれていったのだ。
長瀬智也がプロレスラーを引退して実家に帰って、家業を継ぐという話である。家業とは能。よくわからんが能のなんとか流の総本山というのが家業との設定だ。
クドカンの脚本なので基本的にはコメディなのだが、そこに親の介護や相続などのシリアスな問題がかぶってくる。長瀬智也の長男は学習障害に多動だったりするし。それらのシリアスぶりが絶妙で、ぎゃはははと笑ったあとに、でもこれって、うーむ、と考えさせられる。
介護される親が、西田敏行。軽い認知症で要介護1だ。能の総本山で人間国宝であって認知症なのだ。
最初は西田敏行の無駄遣いかよと思ったのだが、次第に存在感を増してきて、オレって認知症だったのかよと気がつくシーンの演技は絶品。正直、神がかってると思ったわ。
この西田敏行の在宅介護をするという名目で結婚したのが戸田恵梨香。これが腹黒の後妻業で、エロをむんむんと発散しながら西田敏行を陥落するのだ。見事なエロ後妻である。
ドラマは始まったばかりでまだ第一回。障がいのある子どもを抱えて40半ばで仕事を辞めて親の介護をすることになるって、むちゃくちゃ重いわけだ。これをテレビのコメディというフォーマットでどう料理するのか。次が楽しみだ。
ぜひご覧あれ。
2021.01.23
NHKのBSのサッカー番組で、アディショナルタイムについて特集していた。アディショナルタイム、つまりはロスタイムである。
日本サッカーのアディショナルタイムと言えば、ドーハだろう。
イラク相手にこのまま勝ちきれば初めてのワールドカップ出場というところで、最後のワンプレーをしのぐことができず、日本は1点を入れられてしまった。
あのときラモスは、主審から「このプレーで終わりだから」と耳打ちされていたそうだ。そのプレーが、イラクのコーナーキック。本大会はアメリカで開催されることになっていて、アメリカ本土でイラクの国旗が掲げられることは絶対に阻止しなければという意向のもと、FIFAの忖度があったことは間違いない。
そんな圧倒的な逆風の中、堂々と闘ったイラクは勇者だったと、ラモスは後に語っている。「あの大会におけるアジアのベストチームだった」と。
あのときの日本はまだ幼くて、ショートコーナーなんて想定もできなかった。それどころか時間を使うという発想すらなかった。今見てもキープすべきところ、無駄にボールをつなぎ、そしてイラクに奪われて攻撃され、消耗を重ねている。なんて幼稚な戦い方しかできなかったのだろう。
だからもしもあのまま本大会に出場していたとしても、最弱の戦い方しかできず、ボロボロに負けて、大恥をかいたはずだ。だがオレたちサポーターもそれが理解できず、「サッカーの神様がまだワールドカップには早いと言っている」というなぐさめの言葉も、理解できなかった。
あのドーハの傷は相当に深くて間違いなくトラウマになり、そしてあれがあったら日本代表はあれ以来アディショナルタイムでやられるなんてことは、ロストフの14秒までなかった。
NHKのこの特集で、最高のアディショナルタイムに選ばれたのは、ロストフの前のゲーム。例のポーランド戦で、あえて0-1の負け試合を選択したゲームである。
あそこで0-1で負けることを選び、ブーイングを浴びつつ、ボールキープ100%でパスだけを回してゲームを終わらせることができたのは、ドーハの記憶があったからだ。ドーハへの落とし前をつけることができたんだろうと思う。
投入された長谷部が右手を高く掲げてイエローカードのジャスチャーをし、そして落とした両手で絶対にダメだと示したシーンは、オレ的に大好きなシーン。仲間に「カードは絶対にもらうな、このまま終わらせるぞ」と指示し、同時に世界に向けても日本の意思を伝えたのだと思う。
この数分間にオレはものすごいインテリジェンスと勇気を感じて、ものすごく感動したっけ。石にかじりついても勝つというのは、こういうことだ。ドーハの記憶がこの戦い方が正義であることを教えてくれる。
今やJリーグでも時間の殺し方は普通に行われている。コーナーフラッグでボールをずっとキープして殺してしまうのは、「鹿島る」と呼ばれており、アントラーズの得意技だ。こういうシーンを見るたび、日本のサッカーはずいぶん進化したんだなあと改めて感慨深く思う。
2021.01.22
とうとう今週はずっと在宅での仕事だった。
石ノ森章太郎だぜと威張っていたのが幻想だったのではないかと思えるほど、ヒマである。困ったものだ。
2021.01.21
iPadを解約した。ドコモである。
いちいち予約をとってドコモショップまで行かなくてはならないのが面倒くさい。以前は通りがかりのドコモショップに飛び込んで「これ解約して」と言えば済んだのになあ。
まあこのご時世、仕方ないか。それでなくてもドコモショップは高齢者が日々押しかけて「ラインというものを教えろ」だの「嫁が意地悪する」だのと儲けにもならない話ばかり持ち込んで大迷惑していたようだから、自衛の意味でも事前に予約を、というのは仕方ない。
解約だから簡単なものである。
そして解約したと言っても機器はWi-Fi専用機として手元に残るからなんの不都合もない。そうである。
ほとんど家の中でしか使わないから、LET対応にする理由がなく、Simカードなんて引っこ抜いてしまえと思ったのだ。
そもそもは、ふと気がついたらこの1ヶ月、iPadを持ち歩いてないことに気づいたことが発端だった。あれ、iPad、いらなくね?
コロナで外出が減ったことに加え、iPadで録音してクラウドに上げるというのをやめたことで、ほとんど使わなくなったのだ。せいぜいがDマガジンで週刊誌を読むぐらい。そんなん、スマホで十分だし、スマホの画面が小さいというならデザリングすればいいだけの話。
それで固定費2400円とはいえ、毎月払うのもバカバカしいよな、と思ったのである。
解約してもWi-Fi専用機だから今まで通りの感覚で使っている。そんな具合にオレの家の中にはiPadが5台もある。バカかよ。
「2016年の週刊文春」柳沢健・光文社。いやあ、面白かった。面白い本だった。これは紙の本で読みたいなと思って電子版にしなかったのを後悔した。だって分厚くてとても持ち歩けないんだもの。著者はご存じ名著「1976年のアントニオ猪木」でデビューしたノンフィクション作家。実は彼は文藝春秋社に勤めていたことがあって、そのときの経験をベースに、文藝春秋社の興亡を描いている。これが面白いのなんの。文春砲のスクープをどうやって取ったかという話ではない。週刊文春というメディアがどんなふうに泥をなめながら生き存えてきたのかについて、花田と新谷という2人の天才を軸にして描いている。まさに狂人、凶器のような天才編集者たちがもがきながら時代と格闘する姿が描かれているのだ。とはいえ「疑惑の銃弾」「マルコポーロ事件」「少年A事件」(迫真の描写!)についてはたっぷり書かれている。ベッキーのスプリングセンテンスや甘利大臣の辞任なども突っ込んで書かれているが、ハゲー!には触れられていないのが残念?。こういう圧倒的なノンフィクションを読むと、嬉しくなってしまう。時制がやや混乱してしまうところがあるのと、引用が多かったのが難点。Dマガジンにも触れて欲しかったな。
2021.01.20
打ち合わせの予定だった担当者から「発熱しちゃったので一週間の出勤停止になりました。リモートに切り替えさせてください」という連絡が来て草。
症状から、たぶん普通の風邪だろうが、どうしたってそういう対応になっちゃうよね。仕方ない。
一週間、じっとしてなきゃいけないから、おちおち風邪もひいていられないというのが困ったところ。オレだけじゃなく、家族が風邪になってもたぶんダメだろう。
オレのようなフリーランスの駄文書き下請け業者が、すんません、熱あるので休ませてくださいなんて言ったら「あっそ、もう出入りしなくていいから」と言われてしまうのがオチだから、困ったもんだ。
コロナっていうより風評対策で風邪にもかかれない世の中になってしまったぜ。
ところでGoogleのAIが日本の感染爆発を予言したというので話題になっている。本当に当たるかどうか、結果を見てみたいからここにちゃんと記録を残しておこう。
えーと、Googleさんが言うには、
・1月18日〜2月14日の4週間で新規陽性者は27万1575人
・死者数は今までの5.1倍の8210人
とのことだ。
4週間、つまり28日で約28万人ということは1日1万人か。死者は1日300人近く。
うひょー、これはけっこうな数字だな。餅を喉に詰まらせて亡くなる人の数が1月は特に多くて1日平均46人だから、オレの唱える「コロナは餅」説も破綻するかもしれない。
ではガンはどうだ。国立がん研究センターによれば2020年のがん死亡者数予測は約38万人で1日約1040人。ふむ。「コロナ3つでガン1つ」説が成立するな。
ならば心疾患はというと、1日560人が亡くなって、この20年で倍に増えているらしい。
ちなみにスペイン風邪は死者38万人だったそうだから、ガンとほぼ同数。コロナよりはるかに恐ろしいウイルスだったわけか。よくこんなに恐ろしい病から立ち直ったものだ。大正時代に。
面白いからいろいろ見ていたら、老衰では1日約270人が亡くなっている。今日のコロナの死亡者数は92人なので、コロナより老衰のほうが3倍も怖いということになる。みんな、老衰には気をつけるんだぞ!
老衰の原因は加齢だから、加齢こそ危険だ。早く加齢防止のワクチンを開発すべきなのだ。
ともかく第3波のコロナはけっこう脅威で、餅よりも危険になってきたのは確かだ。今のところ、餅より強くて老衰よりかなり弱いのがコロナというポジションだ。
まあ、それはともかくとしてGoogleのAIの予測がどうなるか。2月半ばにははっきりする。できれば外れて欲しいものだがなあ。
2021.01.19
命を賭けて最前線で闘っている医療従事者を揶揄するつもりは毛頭ないのだが、医療逼迫とはどういうことだという違和感はやっぱり拭えない。「ヒマだ〜」と鼻をほじっている医療関係者も少なくないのである。
よく言われるようにコロナを指定感染症2類としているために、指定医療機関でしか対応に当たれないというおかしなことが、「ヒマだ〜」の理由だ。
結果、全国160万床もあるベッドのうち3万床しか使えず、ここに自宅療養で十分な患者まで収容しているから一部の医療関係者だけが激務に忙殺され、その他の医療機関には外出を控えた患者が来なくなってヒマになっている。
年間1万人も死んでいるのに、インフルエンザは5類だ。だから町医者で診療でき、薬をもらったらあとは自宅で寝ていることになる。症状の急変がいわれるが、それはどんな病気も同じであって、急変するからこそ近所の救急でもすぐに受け入れられるようにしておくべきなのに。
人によるかもしれないが「ヒマだからコロナぐらい私にも看せろ」という看護師は少なくないそうだ。
こういうことを報道せずに外出が増えたとか減ったとか会食したとかしないとかばかり報道しているニュースやワイドショーは完全にバカだと思っている。TVerに入れてやる価値もないわ。
2021.01.18
「どうせYouTubeに上げられるなら、自分たちでやっちゃえ」
そんな勢いでスタートしたTVerが、今や絶好調だという。アプリのダウンロードは3000万回で、視聴者はもうすぐ2000万人だそうだ。
こうなると「実はTVerこそ最強のテレビ」という説も説得力を帯びてくる。何しろ地方局も含めて、全民放の中から面白い番組を選りすぐってタダで流しているのだから。
もちろんいつでも場所を選ばす観られる。最近では1.75倍速の機能もついたそうで、寝る前の30分や1時間、ベッドの中で気に入ったドラマを観るというのがお約束のスタイルなのだそうだ。
仕方なしにつくったTVerが気がつけば最強のプラットフォームとは。
似たようなサービスにParaviがある。こちらも民放の番組対象だが、要するにアーカイブで、昔のドラマなんかもたっぷりと観られる。
Paraviは会費型モデル(1ヵ月1000円)で、TVerは広告型モデルだ。
問題はマネタイズの方法にあって、広告型といっても民放のCMじゃなくて地上波の番組を宣伝している。つまりはタコがタコの足を食うにも似ていて、決して儲かるやり方ではない。
だが既に放送した番組を払い下げられて流すだけのTVerが儲ける必要があるかというとこんなことはないわけで、タダこそ強いという説がここでも成り立つ。
となると今後TVerがどんな手を打ってくるかによるが、なかなか面白いことになりそうだ。
テレビなんか観ないけどTVerは観るよ〜という層が増えてきて、はて、テレビって一体何なんだという流れが加速するとか。
2021.01.17
昨日オレは、テレビなんてもうダメだ的なことを書いたが、こんなふうに一刀両断的にいい気分になるのはあんまりよくないなあと少し反省している。
もちろんテレビにもいいところはある。というか、いい番組とそうでない番組がある。
日曜の夜は、なんだかんだ言いながらも「イッテQ!」を観ている。そしてゲラゲラ笑っている。
ワンパターンだ、マンネリだ、国内だけのロケじゃつまらんなどと好き勝手言いながらも、大笑いだ。
一生懸命、丁寧につくっている番組はやっぱり観れば楽しいよな。
2021.01.16
しまったあ、「バイプレイヤーズ」シーズン3が始まってたのに見逃してたあ!
慌ててTVerを見る。エピソード2だ。すげえ面白い。腹を抱えて大笑いだ。
Paraviをチェック。やったぜ、1回目も見られる。こちらも抱腹絶倒。
2回目を見てから1回目を見るという流れになってしまったが、なんのなんの、面白さには変わりはない。本当に面白いドラマだわ。
シーズン3になって、出演者が大量に増えるというので不安はあった。だって一番の面白さは、いい年をしたおじさんたちが楽しそうに好き勝手やっているところだったから。
やたらと人を増やしたら、その面白みが希釈されちゃうんじゃないかと心配していたのだ。
ところがシーズン3は別方向に思い切り振り切れてしまっていて、これが最高の振り切れ具合。この先の展開が本当に楽しみだ。
こんなに面白いドラマなのだが、地上波だと深夜0時過ぎのオンエア。とてもリアルタイムでは見られない。Paraviがあって本当によかった。
こうなると最初から地上波なんて見るつもりはなくて、ネット配信オンリーである。そういう時代なのだ。
うちの子供たちはテレビよりも明らかにYouTubeの視聴時間のほうが長い。
YouTubeにも5秒程度のコマーシャルが入るのだが、子供たちはそれですら鬱陶しくてしょうがないという。「まして地上波のコマーシャルなんて」と息子はいう。
デジタルネイティブのZ世代にとってテレビなんてそんな存在らしい。テレビはコンテンツをつくっていればよくて、見るのはネット配信。今やそれが常識だから、これからデレビはますます存在価値をなくしていくだろう。
晩ご飯の時間なのに地上波がくだらなすぎて、ParaviやAmazonPrimeでお笑い配信を見ている、なんていうのも我が家では当たり前になったし。
2021.01.15
某金融会社の本社に行った。人がいない。それはともかく、誰もネクタイをしていない。
出てきたお兄ちゃんに、冬でもビジネスカジュアルなんですねえといったら「私は2年目ですが、入社して一度もネクタイを締めたことがないですよ」との返事だったので驚いた。
誰でも知っている大手の金融機関である。堅い。真面目。それなのに2年間一度もネクタイをしたことがない社員がいるなんて。時代は変わったものだなあ。
信用創造という言葉がある。
どこの銀行でも貸し出しの額は預金の額を上回っていて、みんながせーので引き出したら銀行は破綻してしまう。なぜそんなことにならないかというと、みんながそんなことにはならないと信じているからだ。
そう信じてもらうために銀行は立派なビルにあって本店の床は大理石で、働いている人たちも夏でもスーツをピシッと着て、きちんとしている。お姉ちゃんたちも派手な茶髪とかネイルじゃなくて、清楚でいかにも真面目そうな装いだ。これらはすべて信用のためである。
そんな銀行に住宅ローンを借りにいって、首尾よく1億円借りられて、芸能人が住んでいるタワーマンションに家を買うことができたとする。オレたちは当然その1億円を現金でも引き出せると思っているが、実際は引き出すことなんてしなくて、そのまま不動産会社の口座に右から左だ。カネが動いているのでなくて実際には数字が動いているだけなのにちゃんとマンションが買えるのも、信用のためだ。
こうした信用をつくりだすのが信用創造。そのために銀行は信用されることに全力で力を入れている。信用されなくなったら銀行でなくなっちゃうからだ。
一度もネクタイをしないという社員が当たり前のように増えてきたということは、いずれ遠からずこの信用創造という仕組みにもほころびが出てきちゃうのかもしれない。たかがネクタイでそんなことまで考えるオレがおかしいのかもしれないが。
そんなことを考えながらお茶の水から銀座まで冬の都心を歩く。大手町も丸の内も有楽町も銀座も、決して人出は多くはないが少なくもない。途中、ビックカメラ有楽町店に立ち寄っても、当たり前のように普通に営業している。
銀座でいつものように富裕層の人たち向けの仕事をして、ひゃー、世間にはけっこうお金持ちが多いんだなと驚く。それも信用創造の上に成立しているのだろうか。
2021.01.14
その時、オレの乗ったバスは終点の渋谷駅に到着した。乗客は一斉に立ち上がる。
最後尾座席のオレは、どうせみんな降りるんだし焦らなくても、余裕の構えで座ったままだった。
すると一つ前の座席で立ち上がったおばさんがオレの前に移動得してきた。なんと、そのおばさんのスカートのファスナーが開いているではないか! 位置関係的にちょうどそのファスナーがオレの目の前にやってきたのである。
一瞬固まったオレはうろたえる。凝視するわけにもいかないし、「もしもし、おばさん、スカートのファスナーが開いてますよ」と注意するわけにもいかない。ただ目を泳がせて、何も見えません、何も気づいていませんよというふりをするので精一杯だった。
永遠にも感じたその数秒が過ぎて、やがて人の列は動き出し、近くにいたお姉さんが気づいておばさんの耳にささやきかける。おばさんは慌ててファスナーを引き上げ、オレの日常の平穏は取り戻されたのである。
今から30年近くも前のことだ。
これが逆に男のズボンの前が開いていたら、オレは注意しただろうか。うーん、きっと注意しなかっただろうな。
もちろん友人知人ならばためらうことなく、ひゃーっ、お前の社会の窓が全開だぞ、この変質者、変態、犯罪者、警察に通報してやる、と優しく注意してあげる。でも知らないおじさんには、なかなか言いづらい。
なぜこんなことを思ったかというと、今の世の中では、マスクをしていないと社会の窓が開いているのと同じぐらい非常識で変態なことのように受け止められるのではないか、と考えたからである。
街の中や電車の中でマスクをしていない人の姿は、まったく見ない。誰もがしっかりとマスクをしている。カフェでも、一口コーヒーを飲んだら、すぐにマスクをつけ直す。
オレは今この駄文を、Chromebookを使って駿河台のベローチェで書いているのだが、客はみんなそんなふうに一口コーヒーを飲んではマスクをつけなおしている。もちろんオレもそうだ。1年前にそんな客がいたらおかしなヤツと思われたに違いないから、まったく世の中は大きく変わったものだ。
そんな状況だから、若い女の子がマスクを外すと妙にドキドキしてしまう。ときめいてしまう。小林よしのりはこの状況を指して、マスクが下着になってきた、と例によって変な表現をしているのだが、もしかしたらいずれそうなるのかも、と思わないでもない。
アダムとイブが葉っぱで隠したように、今はマスクが葉っぱになりつつあるのかも。
オレは行ったことがないのでわからないのだが、例えば婚活パーティーみたいな会場では全員がマスクをして参加しているのかしら。きっとそうだろう。そしてご対面というか、気に入った相手と話すときになってやっとマスクを外すとか。
その瞬間の会場を満たす呼気というものは、なんだか想像したくないような、すごく覗いてみたくなるような。
2021.01.13
本間至恩問題について、途中経過をいちど整理しておこう。
10年に一人の逸材と言われるのが、アルビレックス新潟の本間至恩である。先日20歳になったばかりだ。
若いばかりでなくチビでもある。中学生かよという風貌である。本人もそれを気にしてか、昨年急に茶髪にしたが、しょせんは田舎の兄ちゃん。単に粋がっているようにしか見えないのはご愛嬌。
なぜ逸材かと言うと、まず抜群のテクニックを誇る。本間至恩がボールを持つと相手の選手は3人が寄ってくるほどだ。その3人をあっさり抜き去ってしまうのだから、見ている方はたまらないし、相手は別の意味でたまらない。
ボールを持った志恩はそんなふうに相手を3人引き受けてくれるから、残った仲間は非常に楽にプレーできる。それがわかっているから相手はあえて志恩に寄せる選手は1人だけにすることもある。
コーナーキックのときも、無理にゴールめがけて放り込まなくても志恩に持たせたほうがチャンスになるからっていうのでショートコーナーにすることが多い。それがわかっているから相手が志恩について、その分結果としてゴール前が手薄になり以下略。
この卓越したテクニックに加え、最近ではシュート力を身につけた。さらにチビゆえに当たり負けする部分は、体幹を鍛えたことでだいぶ負けなくなったてきた。
そんな志恩を見たあの乾は「スペインでも通用する」と太鼓判を押したのである。
逸材であるというのは、これに加えて下部組織の出身であるということだ。つまり中学生ぐらいから部活じゃなくてアルビレックスでプレーして鍛えられたのである。19歳ですでに10番を背負っているのは、あらゆる面でアルビレックスの象徴であり、未来であるからだ。
川崎フロンターレの圧倒的な強さの理由はいろいろあるが、中村憲剛がずっと在籍しているという点は間違いなくその一つである。
中村憲剛をシンボルとして掲げ、その膝下に集結したものたちによって中村憲剛的なサッカーを行う。
その姿勢をブレなく続けたことで、川アは大きな花を咲かせたのだ。サッカーというのは、このように多様性なんてクソくらえ、唯一無二の絶対神こそ正義であるという側面がある。
この川アとアルビレックスがかつてはよきライバルで、特にアルビレックスのホームのビッグスワンでは川アをカモにしていたなんて、とても信じられない。絶対神を戴いたかどうかの違いが、ここにあるのだ。
そんな絶対神の役割が、本間至恩ならば務まったはずだ。
もちろん神にならなくてもいい。移籍もありだ。ただその場合も徳島なんてしょぼいチームではなく、乾のいるヨーロッパを目指すべきなのだ。とすれば地方の弱小クラブのアルビレックスでもヨーロッパ移籍の道を開いてくれるんだと認識され、別の新たな才能が集まる可能性がある。「徳島じゃあねえ、けっ」と思われてはならないのだ。
そんな逸材の本間至恩であるから、ボクもヨーロッパに移籍したいなあと思うようになったのは当然のことである。なにしろ朝日村という山奥の出身である。ほとんど猿と変わりない。ヨーロッパがどこにあるかぐらいは知っているだろうが、イオンまで買い物に行くのとは違うんだぞということはわかっているかどうか、怪しいものだ。
10年に一人の逸材であるから、本間至恩は注目された。だから当然J1からも引き抜きの手は伸びた。
もちろんアルビレックスが簡単に手放すわけがない。なにしろ10年に一人である。契約でがんじがらめに縛り付け、とても高額の移籍金を設定したのである。当然のことだ。
当時の社長が「ヨーロッパなら仕方ないが国内の移籍は絶対にさせない」と断言したのも、国内のチームではとても払えないほど高額の移籍金を設定した、という意味なのである。
噂になっただけでも浦和、マリノス、神戸、ガンバが打診してきたそうだが、全員撤退。ガンバの関係者は「あれではとても手が出ない」と言ったそうだから、かなり高額な違約金が設定されているのだろう。
そんなわけでチームの顔となり、ヨーロッパでも通用すると持ち上げられたというのに、本間至恩のもとにはJ1チームから誘いはかからなかった。この状況に本間至恩はだんだんとフラストレーションを募らせた。
なぜなんだ。なぜボクに移籍の話がこないんだ。スペインの乾さんも「シオンなら通用する」と言ってくれている。ヨーロッパは無理としてもJ1なら誘いが殺到するはずだ。それなのにどういうことなんだ。
だが年の瀬も押し詰まった頃、ついに待ちに待った誘いの言葉が本間至恩の耳に届いた。ああ、どんなに待ち焦がれていたことか。新潟北部、ほとんど山形との県境という山奥で育った本間至恩は、その誘いに狂喜する。たとえそれが徳島という辺境の地の二流チームであったとしても、J1昇格を決めたんだからJ1チームに変わりはないさ。
当然、本間至恩は前のめりの返事をした。「いくいく、いきまぁーす」と。
徳島としては「え、マジ? ラッキー」というぐらいの感覚だったろう。ほんの軽い気持ち、ダメ元で声をかけるだけかけてみようと思ったわけだから。
徳島にはアルビレックスから移籍した河田篤秀という選手がいる。とてもいいストライカーで、人間性もいい。この河田が「シオンっすか。オレ、聞いてみましょか、ラインしてみますわ」というぐらいは言ったのではないか。
すっかりその気になった本間至恩は、どうやらすぐに行動に移したようだ。年末に関西空港で目撃され、ネットに書かれている。たぶん徳島へ行く途中だったのだろう。
実は年末の時期に移籍の声をかけるなんていうのは、Jリーグ的に非常識な行為である。なぜなら多くのチームが翌年のチーム編成を急ピッチで進めており、年末にはあらかたの陣容を固めているからだ。
アルビレックスも来シーズンこそは昇格をと急ピッチでチーム編成作業を進め、川アが中村憲剛中心のチームをつくったように、アルビレックスは本間至恩中心のチームをつくっていった。当然である。何しろ10番であり、10年に一人なのだから。
各チームともそういう常識の中で動いているので、前々から声をかけて交渉を続けていたのならともかく、この期に及んで急に思いついて他チームの中心選手に移籍を打診するというのは実に非常識で迷惑な話なのだ。徳島の行為に呆れる声があがったのもそのためだ。
もともと徳島というのはあまり行儀の良いチームではないので、こうした行為をしても厚顔無恥なところがある。実に厚かましい。
当然ここで壁となったのが高額な移籍金である。だが徳島にはポカリスエットという巨大なスポンサーがいる。年間広告費が600億円とも言われる大塚製薬にとって、サッカー選手に払う5億とか10億なんて端金だ。移籍金の心配はいらない。
サッカー選手の移籍はビジネスである。本人が合意し、相手チームが違約金を払えば、もはや引き止める手立てはない。ポカリスエットからちょっと融通してもらえば、このディールは簡単にクローズする。
ところがそう思い込んでいたのはサッカー関係者だけであって、実は大塚製薬は非常にシビアな会社なのである。つーか、たいていの大企業はシビアだから大企業になれたのである。たかがハタチのサッカーしか取り柄のないちびっこに、そんな金が払えるか、よく考えろバカタレ、と一蹴されたことは容易に想像できる。
確かに企業の立場からすれば、新潟の片田舎の小僧よりも、同じカネを払うなら三浦カズでも引っ張ってきたほうが、よほど宣伝になるわな。当然の判断であ。
徳島は焦った。10年に一人の逸材がその気になっているのだから、ここを逃しては大損だ。なんとしても手に入れたい。
そこで徳島はアルビレックスに「違約金をまけてもらえませんかね」と持ちかけたのである。
当然アルビレックスは、話になりまへんな、お帰りなはれ、と門前払いだ。こういうときのために巨額の移籍金を設定していたのだから。
もちろん徳島は、そこをなんとか、これこの通り、と粘る。
あきまへん、帰れ帰れ、と聞く耳を持たないアルビレックスと、いやいや、旦那さん、そう言わんと、とすがる徳島。
こうした状況が年末から年始にかけて続き、非常識で恥知らずの徳島は、猿のような脳みそを鳴門海峡の渦潮のように激しく回転させ、名案を思いつく。そうだ、スポーツ新聞にリークして、もう本間至恩は徳島に決まりという空気をつくってしまえ!
猿の考え、休むに似たり。
確かにスポニチのこのスクープでアルビレックスサポーターは蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
だが騒ぎばかりが大きくなるだけで、一向に契約がまとまったとか、移籍が決まったとかの報道はない。どうもこれは揉めているのではないかと、サポーターも推理した。
そうこうしている間に、ヴェルディの藤田チマが徳島に完全移籍した。藤田はヴェルディの下部組織出身で、日本代表の経験もある逸材である。いつの間に徳島はこんな大きなディールをまとめていたのか、まったく油断もすきもありゃしない。
もちろん藤田も大きな買い物だったはずで、さすがに徳島には本間至恩獲得にはさらに値切りが必要となった。もしかしたら本間至恩と藤田に二股をかけていたのかもしれない。どんなに恥知らずで非常識であっても、ディールは決めた方の勝ち。徳島、あっぱれである。
とは言うものの、本間至恩の残留が発表されたわけでもなく、事態がこの先どうなるか、まだ予断を許さないのも確かだ。
推移を見守ろうではないか、諸君。
2021.01.12
都心の高層ビルの中で仕事をしていたら、はらはらと雪が舞ってきた。
一瞬のことである。
東京では、年が明けて初めての雨だそうだ。それが雪に変わったのだろう。
ずっと乾燥続きだったから、湿気も必要だ。だが傘も持たずに出てきたから、やっぱり憂鬱である。
幸い30分程で曇天に戻った。
緊急事態宣言が出て、その前後で街の様子が変わったかと言うと、繁華街の人出は減ったようだが、ビジネスの場ではほとんど変わっていない。経済回さなきゃ。コロナごときに負けてはいられん。そんな空気だ。
2021.01.11
正月ボケが解消されないまま突っ込んだ三連休、思うようにはかどらなかった原稿仕事をようやく片付けて、午後は高校サッカーの決勝戦を見る。
本来ならスタジアムで見たかったのだがなあ。
川淵三郎が史上最高の決勝戦と絶賛したらしいが、確かに白熱の名勝負だった。
カードは、みんなの敵・青森山田対山梨学院。青森山田は部員300人のサッカー部から選ばれたエリート集団。態度が悪い。対する山梨学院は優勝候補に上がっていた昌平高校や帝京長岡を破っての決勝進出で、まあ、ここまで来たら上出来という位置。
要するに絶対的ヒールの強者に、血を吐く努力でのし上がってきたベビーフェースが挑むという、アンドレ・ザ・ジャイアント対藤波辰爾のIWGP決勝戦ぐらいの戦いだ。
試合後、勝った山梨学院の監督が言った「10回やったら9回は負けるけど、残りの1回をここでやろうと思っていた」という言葉は、あのアトランタオリンピックでブラジル相手にマイアミの奇跡を演じてみせた西野監督が口にした言葉と同じだった。
こんなふうに戦術次第で弱者でも勝てるというのがサッカーの極めて面白いところだ。プロレスだったら藤波辰爾はアンドレ・ザ・ジャイアントに絶対に勝てない。
山梨学院が先行するも追いつかれ、逆転され、後半のギリギリの時間で同点に追いつき、耐えてPK戦に持ち込んで勝ってみせる。まあ、スリリングで非常に面白い展開だった。高校生ということで体力が余りあり、最後まで全力疾走というのも面白かった。
PK戦で、青森山田の2人目がブロックされてしまう。
直後、この選手が大号泣。あちゃー、だめだよ、それは。この瞬間に青森山田の敗退は決まったと思った。
PK戦は終わっていない。なのに号泣したことでチームを動揺させ、マイナスの思考を呼び寄せた。
ありゃ、オレたち、だめなのか?
強いものを見ていると人は強くなり、ポジティブな人間といると自分にも自信が生まれる。だからPKを外しても、絶対に涙を見せてはいけないのだ。
まあ、なでしこの川村のように先頭でPKを外して、へらへらと照れ笑いをしているのもどうかとは思うが。
このPK失敗よりも衝撃だったのが、青森山田のサイドバックの14番が後半にどフリーで外したシュートだった。14番の名を仙石くんという。
この大舞台であってはならないような、まさに目を覆いたくなる衝撃のミスで、マジでトラウマになちゃうんじゃないかと心配になるレベルだった。直後、ネットでは「センゴクくんのシュート」が一気にバズってしまう。
ネットと言えば、試合終了直後から言われたのは「ロングスローの練習をするならPKの練習をしましょう」という嘲笑。ロングスローは別に悪いことではないが、確かに青森山田はやりすぎたな。頼りすぎだ。
ロングスローはボールを自在にコントロールできるメリットがあるが、一方で、フィールドプレーヤーが一人減ってしまう致命的なデメリットがある。頼り過ぎは危険だ。まあ、半分ズルみたいなものである。
解説の城彰二も言ってたが、山梨のキーパーの藤倉くんは実にいいキーパーだ。大正大への進学が決まっているらしい。できればJリーグで見てみたいのだが、4年後を楽しみにしよう。
なお、藤波辰爾がアンドレ・ザ・ジャイアントと戦った際、間違えてもののはずみで、アンドレのポコチンを蹴ってしまったことがある。
藤波はすぐさま平身低頭だったが、激怒したアンドレは許さず、コーナーポストまで藤波を追い詰めて固定し、「覚悟しろよ」と藤波の顔面をあの巨大な手で思い切り殴ったのだった。
けじめのお仕置きということで藤波はおとなしく強烈な張り手を顔で受け、そして両者とも「これでおあいこ。水に流そう」と、何事もなかったように試合に戻ったのである。
プロレスって大人の仕事だよな。
2021.01.10
世界最高齢バンドの奏者が亡くなったというネットニュースを見て、もしやと思った。確認したら、やっぱり以前インタビューしたあの人だった。
一昨年の2月。極寒の神戸だった。
約束の時間より少し早く到着したオレは、新神戸駅から長い坂道を下って異人館のほうまで少し散歩した。あまりに寒いので途中で引き返し、スタバでコーヒーを飲んで時間を潰した。
あのときのスタバはコーヒーが600円ぐらいして、げえ、なんでこんなにバッカ高いんだよっと思ったっけ。スタバリザーブという業態らしく「他のスタバとちょっと違うんですう」と自慢げにしていた店員の顔が浮かぶ。たかがコーヒーチェーンのくせに、と腹の中で笑ったオレは東京の田舎もん。
インタビューの場所はNHKの神戸支局だった。ここで夕方のローカルニュースの枠内で生演奏を披露することになっていて、その出演前の30分、インタビューさせてもらうことになっていたのである。
全員合わせて261歳というジャズトリオだ。ベースとピアノとビブラフォン。
インタビューは定番通りのやりとりに終始したが、マネージャーさんが「いつものインタビュアーと違って音楽に詳しい方のようですね」と喜んでくれたのが、少し自慢。
スタジオで生演奏を聴かせてもらう。さすがにこの年齢のトリオとなると、何の打ち合わせもなく、すべてがアドリブで進んでいく。ピアノが勝手にイントロを弾き始めるとベースが追いかけ、そこにビブラフォンがおかずを突っ込むという具合だ。
技巧的な衰えは隠せないが、そのアンサンブルの心地よさはさすがだった。
今後の目標はとの質問に「まだまだ勉強中。新しいことに挑戦したい。100歳まで続ける」と答えたのが、亡くなったビブラフォン奏者。94歳だったそうだ。
なんだかずっといつまでもビブラフォンを叩いているようなイメージがあったけれど、残念だ。少し寂しい。
それにしても、コロナだったとは。看取ってもらいたくてもそうはいかず、一人だったのかも。
多少なりとも知っている人がコロナで亡くなると、やっぱりこれはヤバいなという気持ちになる。なめちゃいかんなあ。
2021.01.09
うーむ、なぜ今まで気づかなかったんだろうとオレは唸る。
コロナは、要するに人によって違うのだ。そんな単純なことに、今さら気づくなんて。
ある医者が、年末にコロナにかかって、「三途の川の手前で生還した」という。その手記をFacebookで読んで、オレはそう思ったのだ。医者が「三途の川で」と言うんだから、オレたちが、ひゃー死にそうだったよというのとは重みが違う。
この医者は、コロナによる感染症について「ロシアンルーレット」と表現する。じつに鋭い指摘だ。
なんともない軽症の人にとっては確かにただの風邪、ハイリスクの人にとっては殺人ウィルス。あっという間。
自分が「ただの風邪」で済むか、「あっという間」になるか、それがロシアンルーレットというのだから、ううーむと唸ってしまった。自分がどっちの側なのか、それはたぶんの今の状態ではまだわかっていないのだろうと思う。
実際に引き金をひいてみないと、ピストルが飛び出してあっという間なのか、わからないというのだ。まさに人によって違うという恐ろしさ。
この医者は、医者としての立場から「普通のドライバーにF1ドライバーレベルの技量を求めるようなもの」と、その治療の難しさも語っている。もし自分が「あっという間」の側だったとき、普通のドライバーが運転するFIの車に身を委ねるしかないというわけだ。
この感染症はまったく新しいウィルスで、世界の先進国の一流の医療陣が束になってかかっても勝てない相手なのである。
つまり「あっという間」の側になって、無事に生還できたとしたら、それはラッキーとしか言いようがないのだ。なんと恐ろしい。
そして治療は苛烈を極めたという。
50歳以上の男性で死にたくなければ、苛烈な治療に耐えられるだけの体力がなければ無理だそうだ。だからこの医師は「立ち向かえる体を今すぐ作ってください」と訴える。
生活習慣病で「薬で数値が正常」というのと、薬がなくても正常では、まったく別物。今すぐ健康体をつくれ、と。
そんなこと言われても持病のクスリが手放せないまま60を過ぎたオレには無理ですがな。とほほ。
と泣くしかないのだが、要するにそれだけ危険なウイルスだということだ。
取引先の担当者が「隔離されちゃいましたよ」と言って2週間で平気な顔をして戻ってきたが、それはラッキーだったということか。ロシアンルーレットに勝ったということか。
オレは勝てる自信がないなあ。免疫力が高いとか、そういう問題ではないということか。
今までオレは、コロナは交通事故。車が危険だからと言ってすべての車をストップさせるのは間違っている、という立場だった。それに変わりはない。でも、この車は思った以上に危険だから、交通ルールは絶対に守って、今まで以上に注意を払おう、と気を引き締めた。
怖いなあ。
2021.01.08
2020年のアルビレックス新潟は本当にいいチームだった。
最終戦後のロッカールームの様子を収めた動画が公式ページで公開され、21分ものビデオを見ながら、オレはその想いを新たにした。決して強いチームではなかったかもしれないが、いいチームだったことは間違いない。
最終戦というのにふがいない負け方をした後のロッカールームは暗い雰囲気が漂っている。その中で監督は静かに今シーズン、一緒に闘ってくれたことへの感謝を述べ、そしてチームを離れる選手の人生の幸いを祈ってエールを送った。
それを受け、移籍する選手たちが挨拶に立ち上がる。最初はマウロだ。
アルゼンチン出身の陽気なセンターバックは、なぜかパンツ一枚の姿で、そしてボロボロに泣きながら挨拶をする。仲間への感謝、想い、時に言葉が過ぎたことへの謝罪。涙を流しながらマウロは言葉を述べ、その肩を相棒だったマイケルが軽く叩く。なんという友情だろう。オレの涙腺も決壊だ。
続いてシルビーニョが立ち上がり、2年間を過ごしたチームへの想いを語る。一昨年5月に練習場で会ったこのブラジル人ミッドフィルダーは、記念撮影を求めたオレの頭をなでて「セイムセイム」とにっこり笑った。抜群にいい笑顔をするのだ、この男は。
感謝の言葉を述べたシルビーニョは、時に仲間と衝突したことを振り返り、特にテセと激しくぶつかったことを謝った。そしてテセとしっかり抱き合った。
あのとんでもない悲劇に襲われたブラジルのチーム、シャペコエンセの一員だったシルビーニョは、まだ若かったこともあってチームに帯同せず、そのために飛行機事故から免れた。そのシャペコエンセを引き合いに出し「シャペコエンセ以来だった、こんなに雰囲気がよくて一体感のあるチームは」とアルビレックスの仲間たちを称えた。
続いて中島、荻原と若い日本人レンタル選手が、チームを離れることへの想いを語る。荻原は終始号泣だ。中島は「こんなに一体感のあるチームは初めてだった。絶対に忘れない」と感謝を述べる。
最後はベテランのチョン・テセである。
テセは、若いときに気づかなかくてもベテランになって初めてわかることがあると語り、それは仲間やチームの支えであると説明する。そして「この先の人生でどんなに苦しいことがあっても、ここで一緒に過ごした仲間のことを思い出して欲しい」とメッセージを送った。
去年2月の開幕戦。引いて守る群馬相手に苦戦したアルビレックスは、80分を過ぎてから立て続けに3点を決めて、サポーターを熱狂させた。
得点者である渡邉新太、ロメロ・フランク、ファビオの3人が、まさか3人とも終盤にはチームにいなくなるとは、想像すらしなかった。特に驚異のスピードで3点目を取ったファビオは解雇という想定外の事態を引き起こし、チームも非難を浴びた。
そんな苦しいシーズンを振り返り、最後はキャプテンのゴメスが涙を流しながら頭を下げ、感謝の言葉を口にする。
半年間ゲームができないという異常なシーズン、特別なシーズンだった。しかも不祥事で社長が辞任するという大騒動まであった。
そんな中、ボロボロになりながらも、よたよたとチームは完走した。低迷し、結局終わってみればJ2の中位といういつもの定位置。開幕戦で今年はきっと強いと確信させてくれたチームは、かくも傷つき、みっともなく終わった。だが強くはなくても、素晴らしいチームだったことは間違いない。
サッカーというのは、常に変化するスポーツだ。同じチームが闘っても、同じメンバー、同じ戦術、同じ結果ということは決してなく、常に変わっていく。2020年のアルビレックス新潟は文句なしに素晴らしいチームだったけれど、二度とこのチームが闘うことはない。思い出の中にしか残らないのだ。そのはかなさがまぶしい。
君たちは本当にいいチームだったよ。ありがとう、2020年のアルビレックス新潟。
2021.01.07
本日は冬の京都に日帰りである。
「緊急事態宣言の東京から黴菌なんか来るんじゃねえよ」と言われるに決まっているから、これはリモートに変更だなと決めつけて高をくくっていたら、コロナなんかのせいにすんじゃねえよタコと言われて、結局リアルでのインタビューとなってしまった。
7時の新幹線はガラガラである。客は10分の1だ。
おかげで朝食の駅弁も遠慮せずに食える。オレの朝食駅弁は1300円の幕の内と決めている。
たいていの人がサンドイッチとかおにぎりとかなので、朝から堂々と幕の内を広げていると「医療従事者のことを考えなさいよ」「飲食業界を考えなさいよ」「周庭ちゃんのことを考えなさいよ」と白い視線を浴びるのだが、今日はそんな心配もなく堂々と食える。
幕の内弁当を食ったら、当然寝る。10分だけと決めて目をつぶったら1時間もたっていたので心底驚いた。
たすがの京都も今日は、駅も街も地下鉄もガラガラだ。
冬はいつだってガラガラで、冬季の観光客増を期待してキャンペーンなんかを仕掛けているのだが、それもコロナで日本中が京都どころじゃなくなったし。歩いているのは京都人ばっかり。いや、聞いたわけじゃないが。
インタビュー仕事を終え、漬物を買って帰ろうかと思うんですがどこがいいですかねと質問したら教えてもらったのが町家の中の一軒の店。「土産物屋なんかで買うたらあきまへんで〜」というアドバイスに従って、この店で千枚漬けを買う。
紹介されてきたと言ったら、一品サービスしてくれた。ラッキー。
家に帰ってこの千枚漬けを家族と食べる。これがびっくりするほど上品な味。すげえ旨かった。なんだか少しだけ京都が好きになった。
2021.01.06
都心へ出かけた。
リモートでのインタビュー仕事は始めていたが、リアルのインタビューは年が明けてから初めてである。
丸の内は誰も歩いていない。呆れ返るほど閑散としている。人も犬もいない。せめて牛ぐらいは草を喰んでいるのではと思ったが、牛も草も見当たらなかった。寂しいものである。
取材先も、当たり前だが閑散としていた。社員さんがいないっすね、と言ったら「出社してるのは三分の一くらいですね」との返事。あとは在宅だったり、出先へ直行直帰だったり。
「人がいないから、フロアも2つくらい閉めるんですよ。それだけで家賃が年間10億くらい浮きますから」。
ひょー、さすがは都心の超一等地。目玉が飛び出そうな家賃だ。
でも人がいなくてガラガラの空間には、いくら儲かっていても金は払いたくないわな。当然だろう。
今後、こういう動きが加速するわけだ。もちろん学生のアパートじゃないから簡単に「オラ来月引っ越すべ」といういわけにはいかず、数ヶ月の準備期間と交渉期間が必要となる。とするとこの春ぐらいから都心のオフィスはどんどん歯抜けになっていくのではないか。
青山のエイベックスのビルも売却された。築3年での売却というところに、いかに経営が苦しいかが伺える。そんなエイベックスを見て、芸能関係の大手も本社移転を画策中らしい。
確かに所属の芸能人には「明日はテレ東ね」という具合に指示をだせば済むし、マネージャーは家から現場へ直行直帰すればいい。都心にオフィスを構える必要はないわけだ。
オリンピックを当て込んで再開発が続いてきた虎ノ門あたりは新しいビルがぼこぼこ建っているが、これからオフス需要ががくんと落ち込む中で、どうなることやら。不動産受難の時代となるのだろうか。
2021.01.05
都立高校でクラスターが発生したというのでニュースになっている。校名や場所は、不安をあおることになるために公表しない、とされている。
もちろん今時こんなのはまったく無意味で、すぐに光が丘高校と特定されてネットで拡散された。光が丘高校は、以前もコロナ発生時に隠蔽したというので、今回も隠蔽かよと叩かれている。
これにとどまらない。光が丘には大きな病院があるのだが、ここもクラスターが発生して1人が亡くなった。
さらに光が丘駅が始発の大江戸線でも運転士にクラスターが発生して電車が間引き運転されている。
というわけで、光が丘は今やクラスターのクラスター状態。クラスターというのはブドウの「房」のことなので、要するに光が丘は「房」どころかブドウそのものというわけだ。
ひゃー、もう終わりだあ。ここは終末の地だあ。
と、光が丘の住民は元気に絶叫中である。光が丘というのはものすごい人口密度で、しかもものすごい速さで高齢化が進んでいて、エリアによっては50%近い高齢化率を誇っている。いや、別に誇ってはいないが。
これだけ「密」で「老」だと、そりゃあコロナも流行るわな。
しかも暮れには光が丘地区唯一のショッピングゾーン、つまり買い物するにはそこへ行くしかないという「IMA」という駅ビルが大幅なリニューアルオープンとなった。おかげでとんでもない混雑が連日続き「ひー、なんでこんなに混んでいるんだ」と来場者の誰もが叫ぶという地獄絵図が繰り広げられたという。
そんなわけで、光が丘は今やコロナの新名所。困ったものだ。
そんな具合にオレは高みの見物、いや、低みの見物と決め込んでいるわけだが、当然のことながら光が丘の住民もコロナになりたくてなったわけではないから、被害者である。かわいそうなのである。
忌避られるのではなくて(ちなみにこんな言葉はない)、同情され、いたわられ、大切にされなければならない存在だ。
それなのに、こっち来んなしーっと言われてしまうのは、要するにこれが日経新聞が言うところの自前主義、排他主義の表れだ。なるほど、トランプの自国第一主義、保護主義がこんなところにも。
ということは、光が丘が仲間外れから脱するには、バイデンさんの活躍次第ということか。頑張れバイデン。
ちなみに光が丘高校は地元では「ピカ高」と呼ばれ、ガラの悪さと偏差値の低さで有名である。それとコロナはまったく関係ないが。
2021.01.04
いかん、仕事始めなのにテンションが上がらない。机に向かってもすぐ寝てしまう。しかも大いびきだ。
世間はリモートだ在宅だとはしゃいでいるが、実はこれが在宅の一番の敵なのだ。すぐに寝られるという。
ネットを見ていて気がついたら寝ている。
本を読んでて気がついたら寝ている。
しかも悪いことにこれが信じられないほど気持ちいいのよね。
まあ、寝るくらいなら自己嫌悪で済むからまだいい。問題は、在宅で酒を飲んじゃう人だ。
以前仕事をしたことのある建築家は、自宅で仕事をしていたが、「家で仕事をするとつい飲んじゃうんだよね−」と言いながらビールを飲んでいた。これはダメだ。酒はいかん。
オレは昼間、まして仕事部屋では絶対に飲まないけれど、最近のリモートばやりだと、おかげで家で昼間から飲んじゃうようになりました、てへ、というおっさんが絶対にいると思う。依存症の大量発生だな。
後年、コロナのせいでアルコール依存症になりましたというおっさんが大量に出てきて社会問題になると思う。たんごちゃん予言。
「この世の春」(上・中・下)宮部みゆき・新潮文庫。息子が読んだのを借りて読む。全部読むのに1ヵ月以上かかってしまったわ。要するに退屈な本だったのだ。登場人物がやたらと多い。しかもそれらの連中の思い出話や説明が物語の大半を占める。読みつつ、宮部みゆきはもういいかなと思い始めた。昔の作品はとてもよかったのだがなあ。
2021.01.03
青学の陸上部の寮は町田にあって、数年前に取材に訪れたことがある。原監督が初めて駅伝を制した年で、オレの持参した著書にサインしてくれながら彼は「次も優勝しますよ〜」とご機嫌だった。嫌味のない、いい人だった。
今年は残念だった。
コロナの中、青学の駅伝チームはなるべく人目につかないように気を使いながら練習していたらしい。それなのに早朝5時半に寮に「マスクもせずにお前ら何を考えてるんだ」という苦情の電話が入っていたという。
本当に嫌な世の中になったものだ。
誰もが辛い思いをしながら過ごしている。その中で若者たちがもがくように必死に練習しているのだから、その背中に拍手を送って、なんとか力になってやろうとするのが大人であるはずなのに。
イヤな世の中と言えば、一都三県のトップが政府に緊急事態宣言発令の要請をしたとかしないとか。その記者会見を見たが、正月も返上して、ほれ、アタシらはこうして働いているんだよっ、と言ってるとしか聞こえなかった。うーむ、一体何だったんだろう。
コロナは黒船。歴史の転換点だ。一方でコロナのおかげで日本人の寿命が延びたのも事実。福音かよ。
駅伝はこれから外人対学会という構図に移るのだろうか。緊急事態宣言はどうなるのか。年の初めからさっぱりわからない。
と思っていたら、まさかの創価大学2位落ち。
往路で箱根神社の鳥居をくぐっちゃったから仏罰が下ったに違いない。おれじゃないよ、ネットが
言ってるんだよ。
それにしても「お前は男だ」とは、駒沢の監督は今どきまだそんなこと言ってるのか。「死ぬ気で走れ」「それでも男か」と、以前から昭和な絶叫を繰り返す人で、青学の原監督のことが大嫌いという人だ。
きっと復路の青学優勝には、発狂するほど怒り狂っているに違いない。あんなチャラい連中に負けたなんてと。
「おまえは男だ」発言に、駒大にはフェミな人からジェンダー電話が殺到だろう。どっちもどっちだが。
などということをぶつぶつい言いながら向かったのは、オレんちから徒歩5分くらいのところにある小さなコーヒー屋。
あの魚せいに続くバス通りの途中だ。駅からだと徒歩15分。
1年ほど前にオープンした店で、以前から目には入っていた。今日、息子と初めて行ってみた。そして飲んだコーヒーにびっくり。衝撃的に美味いのだ。
苦いのが好きだと言ったら、勧めてくれたのがインディアの深煎。これが口に含んだ瞬間にガツンと苦味が広がり、直後、その苦味がすーっと引いていくのである。その潔さよ。
オレの好きな山形の日本酒、上喜元を飲むとガツンと日本酒の味が口中に広がり、一瞬後にすーっと引いていくのが見事だが、まさにそのコーヒー版。美味かったわ〜。
このコーヒーショップは、これからひいきにしよう。スタバもなければ、一番近いカフェが徒歩17分のタリーズというこの街に、こんなに素晴らしいコーヒーショップができたなんて、これは大いなる奇跡。今年は時々立ち寄ってバス通りのバスを眺めながらコーヒーを飲むのだ。
2021.01.02
この元日に東京都内では5人が餅を詰まらせて1人が死亡し、1人が意識不明の重体だそうだ。一方、元日のコロナの死亡者は都内で4人。さすがにコロナのほうが餅より多かったか。
それでもこの餅の被害を世界が知ったら、こんなにも危険な食べ物を放置しているなんて日本政府は何を考えているんだ、と非難囂々だろう。
早く餅ワクチンを開発してほしいものだ。
なお昨年11月時点での数字だが、1万人当たりの死者は
スペイン風邪(大正8年) 46.79
インフルエンザ(2014) 0.09
インフルエンザ(2018) 0.28
コロナ(2020,11) 0.15
だそうだ。
2018年っていうとオレが大腸がんの精密検査でツーケのナーアに内視鏡を入れられて悶絶し、ロストフの日本代表が本田圭祐のタコのおかげでベルギーからあっぱれなカウンターを食らって負けた年だった。
あのとき、前回のワールドカップのゴールを思い出して功を焦った本田のタコがショートコーナーではなくてゴールにダイレクトに向かうボールを蹴ったおかげで、ベルギーのキーパーへのバスになってしまったではないか。今振り返っても腹立たしい。
あの年、インフルエンザで日本が大騒ぎした記憶はないから、たぶんあの年よりずっと平和だったのだ。コロナの去年は。
今までの死者を見ても10代及び10歳以下は依然として0で、60代以上になると跳ね上がっている。高齢者と西洋人を狙い撃ちするウイルスということははっきりしているようだ。
とはいえ、変異の可能性もあり、謎はまだまだ多いのだから、罹患者は実験台だということを考えれば、感染する人をこれ以上増やさないことは大切だろう。
そんなことを考えながら、地元の神社へ初詣に行く。
そして仰天する。なんといつもの年の3倍近い行列ではないか。とてもじゃないけど並んでいられるかよ。
というわけで諦めて夕方に出直すことにする。
要するにステイホームで外出を控えて、明治神宮だ川崎大師だ佐野厄除け大師だという人たちが今年は地元のしょぼい神社で済まそうと考えた結果、この大行列になったのだろう。いい迷惑である。
諦めて帰ってきたもののヒマである。あまりにヒマなので、息子とアングリーバードをやって時間を潰し、天皇杯のキックオフを待つ。
こんなにヒマなら国立競技場までいって天皇杯を見ればよかったな。
そう思ったのはキックオフまでで、ゲームが始まったらあまりのつまらなさに腰を抜かす。
川崎対ガンバで、これは間違いなく史上最低の天皇杯決勝だろう。
とにかくガンバが弱すぎるのだ。弱すぎて、こいつら、正月に恥をかくためにわざわざ東京までやってきたのかよと呆れてしまった。もっとも川崎も川崎で、そんなガンバ相手にシュートを外しまくる。20本以上のシュートをぶち込みながらも、結局は1点しか取れなかったのだから、限りなく寒い内容だった。
力の差は最初から明らかで、ガンバは前半は0-0でしのいで後半、どこかでカウンターの勝負を仕掛けたろか、という作戦だったのだろう。この監督が去年のJリーグAwardの優秀監督賞だったというのだから、呆れたツネ様である。実に恥ずかしいチームだった。
とはいえこのガンバがリーグ戦で2位というのだから、正月、暇つぶしに寝転がってみていたオヤジたちから「やっぱ日本のサッカーなんてくっそつまらねえよ」と嘲笑されても仕方ない。
あきれかえったまま、夕方、初詣に出直す。さすがに行列は例年程度に収まっていたので、10分ほど並んで、お参りする。例によって商売繁盛家内安全と100万回唱える。
夜、格付の番組を見る。
例年はウルトラマンDASHなのだが、コロナで収録を諦めたのだろう、いつものDASHのようで、これではつまらん。やっぱり正月は遠藤や小野や中澤がバスに向かってサッカーボールを叩き込むシーンを見ないとなあ。
格付番組を見たのは、実はこの番組に出ている人に11月頃取材して、この収録のことが話題に出たからだった。その人は「まったくやらせナシで、ガチでしたわ」とのことだった。へえ、そうなんだあ。
だからGACKTが何連勝とかというのもガチなのだろう。
初めて見たが、なかなか面白い番組だった。
2021.01.01
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
どうも最近は夜遅くまで起きていられなくなりまして、昔はえーじくんが9時に寝るというのを、幼稚園かよと笑っていたのですが、気がつけばオレ自身が9時に寝るのが珍しくなくなっています。
7時に酒を飲み始めると、2時間たてば眠くもなるでしょう。30年前は3時4時まで飲んでも平気だったとは、とても信じられません。
加齢。
まったく加齢とは困ったもんです。
そんなわけで紅白歌合戦も、前半ぐらいでずいぶん眠くなってしまいました。最近は毎年こんなもんです。
見ている方はそんな具合に気楽なもんですが、スタッフは過労死寸前だったでしょうなあ。頭の方で「パプリカ」見てびっくりしました。
4箇所から同時中継でシンクロ。それぞれにカメラはもちろん、モニターも設置して、その機材があっちいってこっちいってだけでも怒号飛び交う修羅場だったことでしょう。
とはいえ、流れてくる映像は24時間テレビ。チャリティかよ。
リトグリが歌っている裏では大泉洋がマラソンしているかと思いましたわ。
その大泉洋。とにかくうるさい。はしゃぎすぎて滑りまくり。痛々しい。
喋りがかぶりまくって、ちっとも聞こえねえ。誰だ、大泉に頼んだのは。大失敗でしたな、このキャスティング。
今年も例によって知らない歌手が多いのですが、桑田某とかaikoとかが出なかったのは個人的に嬉しいです。桑田某はその下品さがたまらなくイヤ。aikoは、40過ぎたばばあになっても頭の中は男のことばっかりかよという歌がたまらなくイヤ。
とはいえ問題がなかったわけではありません。さだ某です。福山某です。
イヤなら見るな。はい、そのとおりでございます。
ところが油断していた。坂本某がなんと桑田某の歌を。しかもみかん農家の茶番。津軽海峡と天城越えの、今年はどっちだろうと思ったら、まさかの展開。卑怯だろ、卑怯だろ。みかん農家に失礼だろう。
ああ、不愉快。坂本冬美じゃなくて坂本不愉快。
ディズニーメドレーは圧巻でした。エールもよかった。栄冠は君に輝くには泣きました。
正統派一発屋の、ケツに臀部きみのせいだよ〜。もっとも、どぶろっくが、誰もが「もしかしてだけど〜」で終わると思っていたのに「イチモツ」で生き延びるとは。そんなことがあるから、ケツに臀部も生き延びるかもしれません。
それにしても「イチモツ音頭」には噴いたわ。
Perfumeは、さすがに厳しいなあ。
GREENのCGを見て、視聴者と被災地を馬鹿にするにも程があると怒りつつ、私はすでに寝落ち寸前。私の人生では、もう除夜の鐘を聞くことはないのでしょうか。
うーむ。