日日是口実
2024.07.04からは、2024年下期にマークしなおしてくださいませ。



2024.07.03

払ってくれえ


グリコがERPをバージョンアップしようとして(SAPのR3からHANAへ←オレ詳しいんだぜ。かっけー)大失敗し、プッチンプリの出荷が2ヵ月も停止するなどの大恥をかいたのは、別に導入を担当したデロイトが無能集団だったわけではなく、日本の商習慣そのものに問題があったんだという指摘はちょっと面白い。

日本では当たり前のように締め払いが行われている。月末(あるいは適当な日に)1ヵ月分の取引をまとめて請求するというやり方だ。
ところがこれは日本だけのガラパゴスな商習慣であって、国際的に見たら非常識なことなのだそうである。
知らなかった。オレは海外との取引がまったくなかったので、そんなことはまったく知らなかった。大方の日本人も同様じゃないか。

先日、ある取引先から「手形取引をやめます。支払は全部銀行振り込みにします」という連絡があってびっくりした。
オレはもともと現金取引しかやってなかったので知らなかったが、いまどき、手形なんてものが横行していたとは。これは昭和の遺物だろう。海外との取引でもほとんどないらしい。
ちょっと違うけれど、請求書をPDFで送れと言っておきながら「間違いがないよう、念のために原本も郵送してください」と要求する取引先もあった。最近までそれが続いていた。
なんのこっちゃと思いながらオレは真意を問いただすのも面倒だから、はいはい、と言われたとおり紙の請求書を郵送していた。
さすがに今ではなくなったが、つい2、3ヵ月前まではこれが行われていたのである。きっとこの取引先はいろんな会社から陰で笑われていたのだろうなあ。

こんな具合に、当たり前だと思っていたことが国際的に見れば実は非常識だったという商習慣はけっこう多そうである。
もっとも、今までそれで問題なくやってきたんだし、外野が勝手なことを言わないでくれ、という気持ちもよくわかる。
月末に締めて請求書を発行するのをやめて、取引の都度、請求書を発行するようにしたら、支払もそれに合わせて早くなるのなら考えてもいいが、どうもそうはならなそうだし。

それよりも、こっちの原稿仕事は終わっているのにWebの完成が遅れていてまだ納品できていないから原稿の支払もちょっと待ってねという商習慣のほうをなんとかしてもらいたいものだ。
これって商法とか下請法とかに反する違法行為なんだが、堂々と横行しているのは困ったものだ。ほんとに。


2024.07.02

敵はエアコン


しかし、暑さが体に堪えるようになったなあ。
今日は羽田で取材仕事だったのだが、会議室はギンギンに冷えて足元が震えるぐらいだったのに、外へ撮影に出たら汗が噴き出す状態だ。おかげで夕方にはぐったり。疲れ方がひどい。
へろへろになって家に帰って、すぐにシャワーを浴びる。水分の摂取も少なかったのだろう、緑茶がいくらでも飲める。本当なら麦茶飲むべきところだろうが。
シャワーを終えてエアコンで冷えた室内に入ってごろんと横になるともう仕事どころではない。
これから3ヵ月、こんな状態が続くかと思うと、うんざりだなあ。
昔は夏が大好きだったのに、老いたということだろうか。くくく、寂しい限りである。
エアコンのおかげでノドが痛いのも困ったものだ。


2024.07.01

下期突入


というわけで一年を二分割にしてアップすることにしたのだが、なぜだろう、どうしても下半期の日記が文字化けしてしまうのだ。htmlの書き方の問題か、ファイルの問題か、梅雨だからなのか、町田のバカのせいなのか、原因はよくわからないのだが、どうにも解決できない。
仕方なくこうして続けてこちらに書いているというわけだ。

そもそもオレはテキストファイルにhtmlを使ってコードを書いて、ftpでアップロードするという方式でこの日記を続けている。
前世紀のやり方だ。
面倒なことはしたくないし、カネもかけたくない。そこで適当なサイトのソースを見て、真似て、書いている。テキストだけだし、せいぜい写真なんかにリンクを貼れればいいから、これで十分なのだ。
ではなぜブログにしないかというと、相手にテキストを預けるのが嫌だからである。オレのテキストは常にオレの手元に置いておきたい。
それから、なぜだか知らないが、ブログだと、「ですます」の口調になるのが気になっている。つまり誰かに読んでもらうこと前提で、ぼくは、わたしは、こうかんがえました、というトーンが多いのだ。それはちょっと気持ち悪いし、オレは別に誰に読んでもらうつもりもない。
そもそも普段は誰かに読んでもらうための原稿を書いているから、誰にも読まれない原稿を好き勝手に書きたいというのがこの無駄な日記の動機なのである。
だからブログやnoteにせず、わざわざhtmlを書いてアップしているのである。オレは誰の世話にもなりたくない。自分のことは自分でできる。

もっともサーバだけは借りなくてはならないから、月に100円という一番安いサーバを借りてアップしている。だからオレが死んでこのサーバにカネを払わなくなったらこの日記はもう誰の目にも触れなくなるのだが、オレのバックアップ用のハードディスクには永遠にのこるというわけだ。
これはもはや文化遺産ではないか。
もっとも家族にとっては迷惑な話だろうから、それを思えばブログにしておけばきれいさっぱり消え去ってしまうので、後腐れなくていいのかもしれない。

それはともかく、目下の問題は下半期の文字化けだ。いったいどういう理由なのだろう。原因不明。
仕方なくこうして上半期に書き続けるしかないのであった。情けない。


2024.06.30

上期終了


本が売れないというのは今に限った話ではなくて、ずっと以前から言われ続けてきたことだ。
書店も激しく減少している。地元の駅前には以前、2つの書店があり、ちょっと離れた場所にも車を停められる新刊書店があって重宝していたのだが、今や残っているのは1店舗のみだ。
映画館のある街が貴重であるように、今では書店のある街も希有な存在かもしれない。曲がりなりにも両方がある石神井公園はいい街ではないか。

本が売れない中でも、最近特に目立つのが文庫本の落ち込みだそうだ。
確かにこんな時代になってもせっせと紙の本を買う人間は、高いハートカバーの新刊書もためらわずに買うほどの読書人間。
そこまでいかない、時々ちょっと本でも読もうかと文庫本に手を出していたライト層がいなくなったということなのだろう。
本は手で読むことを再認識したオレは今ではすべて紙で本を読んでいる。ハードカバーも買うし、文庫本もよく買う。
文庫本というのは日本の財産だと思う。洋書にはペーパーバックがあるけれど、ここまでコンパクトな文庫本はまさに日本の箱庭文化だ。
ポケットやカバンに突っ込んで、いつでもすぐに読める手軽さは代えがたいものである。いや、手軽さでいったらスマホで読むKindleの方が上か。

昔、ミステリー書評家の内藤陳が「コーヒーを飲むお金があったら文庫本を買おう」と若者に呼びかけていた。今ではスタバのアイスコーヒー360円で文庫本は買えない。やっぱり文庫本は高くなっている。
それでも本を持ち歩いているという感覚は気持ちよくて、オレもカバンの中に常時2-3冊を入れている。2冊は文章の書き方の本で、細切れ時間にパラパラとめくり、もう1冊は昔読んだミステリーの再読用だ。
今まであった中で一番大量の本を読んでいたのは、20代の頃に一緒に仕事をしたデザイナーのおっさんで、彼は年間300冊以上を読んでいた。すべて文庫の古本。古本屋の前に並べられている100円均一のワゴンから大量に購入して電車の中で読んでいるそうだ。そういう読書ができるのも古本の魅力だろう。
みんな、もうちょっと文庫本を読もうよ。

と思いつつ、久しぶりに北杜夫を読みたくなって新潮文庫の棚を見たけど見当たらず、一方、Kindleならばすぐにその場で北杜夫の全作品が読めてしまうわけで、デジタルのこの便利さは圧倒的。文庫本はいいねえなんていう情緒的な理由は話にならないくらいだ。
要は適度に使い分けましょうという、ごく当たり前の結論になってしまうのである。

なお、今年から上期と下期に分けてアップすることにしました。最近の日記はとにかく長くて、そのせいか分からないけれど、1年分まとめて表示しようとすると途中で固まってしまっていました。皆さんもそんなことはなかったですか?
対策として、2つに分割です。
ファーストレグとセカンドレグ、前半と後半、赤組と白組などいろいろな分け方を考えましたが、無難に上期と下期。だせえ。
2024年下期の日記は別のURLです。ここに直接ブックマークしている方は、2024年下期にマークしなおしてくださいませ。
それにしても、もう1年の半分が終わってしまった。Jリーグも後半に入っている。
これからはどんどん日が短くなっていくし、まったく時の流れはあっという間だ。


2024.06.29

○×○△△××△○×△××○××○△△△○25


3日前の広島戦では、21本のパスをつないで決めたゴールが、全盛期のバルサのサッカーじゃないかと世の中を驚かせた。
今日の札幌戦では、今度はわずか1本のパスでゴールを決めてみせて、なんと鮮やかなカウンターだと世の中を感動させた。
どちらも決めたのは同じストライカー、谷口である。
谷口はクラブのお楽しみ企画で、クラブハウス内に農園を経営している。谷口農園だ。
そこではトマトやらナスやら枝豆やらを育てている。農具や肥料は近所のコメリで調達だ。
つまりJリーグ史上初めての園長ストライカーなのである。素晴らしいではないか。

対して札幌のフォワードは開幕してから一つもゴールを決めていないというから、これは心底仰天する。そりゃ勝てないって。その1人、鈴木武蔵は今日、なんとスプリント5回だった。たったの。呆れるではないか、ストライカーがスプリント5回だぞ。札幌のサポには心底同情する。
鈴木武蔵、我が軍に所属していたときからさらに劣化したか。残念だ。だが起用のパフォーマンスを見る限り、J2でも厳しいぞ。むしろJ2のほうが激しいサッカーだから、ついていけないのではないか。
試合後の札幌サポーターはがっくりとうなだれていた。心情は察するに余りある。今季の降格枠1つはこれで確定だろう。

サポーターと言えば、マリノスのサポーターが選手・監督に勝てないからと大ブーイング。それを見た子どもたちが「ひどい!」と抗議の涙だったらしい。
オレはブーイングが嫌いだし、どんなに負けが込んでも声援を送るのがサポーターだと思っているから、決してこのような振る舞いはしないと決めている。マリノスの選手がかわいそうだ。

あの町田戦で始まった6月を、これでアルビレックス新潟は負けナシで終えた。公式戦7戦負けナシである。素晴らしいではないか。
7月に入ったら、いよいよ本格的に巻き返しだ。1ケタ順位も見えてきた。
この夏が楽しみだ。


2024.06.28

サイゼの秘密


石神井公園駅前のサイゼリヤには、蓮舫そっくりの店員がいると地元で話題になっている。
ほんとかよ。これは一度見に行かなくては、
そう思ってまだ行ってなくて、たぶん行かないうちに都知事選も終わっちゃうのだろうけれど、息子にその話をしたら「あー、たぶんあいつだな」と言ってたから、店員はそれなりに蓮舫に似ているのだろう。
そんなことを考えつつ、今日は一日自室で原稿と格闘である。
予定では山の中の巨大工事現場を取材することになっていたのだが、西日本の大雨がこっちにやってきそうなので、急きょキャンセルになったのだった。
キャンセルになって助かった。というのも、山ほど仕事がたまっていて、さらにあちらこちらから連絡が入って、中には大昔の仕事仲間から「お茶でも飲もうぜ」という連絡もあって(もちろんヒマじゃないのでと断った)、山の中にいたら大変なことになっていたからだ。
オレは晴れ男のようで、ロケ仕事であまり雨に降られることはないのだけれど、こういうときもあるのだ。


2024.06.27

敗北の日


石神井公園に蓮舫来たる!
というわけで近隣の駅前でもビラを配りまくり、街中は宣伝カーが走り回ってうるさいったらありゃしない。
以前、辻元清美が駅前でビラを配っていたときは誰も立ち止まらなかったのに、蓮舫となるとさすがにすごい人出だ。ヨメにも、見に行ってこいと言ったのだが「まさか」と鼻であしらわれてしまった。
ネットで中継されていたので1分だけ見たが、相変わらず具体性のない批判ばかり。動員されたのも真っ赤な人たちばかりで「石神井公園にこんなに人が集まったのは初めてだ」と興奮している。夕方の駅前で迷惑な話だ。
蓮舫にとって想定外だったのは、女性が一番蓮舫を嫌っている点だったことらしい。特に若い女性には、青筋立て目をむいて相手を罵る攻撃的な姿勢が徹底的に嫌われている。こういうお局はどこの会社にもいるから、若い女性はそれを思い出して毛嫌いするのだ。
以前、どこかのおばちゃんたちが「蓮舫さんは男の人の中で頑張ってるから応援するわ」と話しているのを見たが、要するにそういうことなんだろう。
そもそも圧倒的に嫌われている上に、残り少ない票を石丸と分け合うのだから、マジで3位の予想もあり得る。
蓮舫3位、公選法違反で逮捕、公民権剥奪が理想の流れである。

例の神宮外苑の騒動は、坂本龍一の手紙が発端だった。坂本龍一は「神宮の外苑と内苑の区別が付いていなかったこと」「私有地であることを知らなかったこと」という2つの大チョンボを侵したまま、暴走してしまった。
左のアイコンである彼だから、多くの人がそれに乗っかって、サザンの桑田某(大嫌い!)もバカだから乗っかってしまった。神宮外苑問題はバカのあぶり出しなのだろう。
さすがに「外苑と内苑は違う」「明治神宮の私有地らしい」という認識が広がってきたのか、今は「小池百合子と三井グループが癒着している」という論調に変わってきている。
何でもかんでも反対せずにはいられない、蓮舫の宿痾が乗り移ったか。

まあ、そんなことはどうでもよい。問題は傘だ。日傘だ。
ついにオレも、冬の寒さより夏の暑さが堪える年になって、マジで生命の危険を感じるようになった。今まで夏は帽子を被っていたが、それではもはや追いつかない。
ということで、先日も書いたように日傘の導入を検討していたのだが、ついに先日、Amazonでポチッとしてしまった。
そして先週、初めて使ってみた。
すれ違った中には日傘を差しているおっさんが2人。少数派ではあるが、ゼロではないらしい。LGBT法賛成の人の割合ぐらいは、日傘を差している男がいそうだ。
オレに奇異な目を向けてきたのは、すれ違ったおばちゃん。こら、おばはん、見るんじゃねえよ。
それにしても日傘を差してしまったという敗北感はどうにもぬぐえない。トイレで座っておしっこをしたときのような、ついに負けてしまった感がある。
なんだかとても悔しい。


2024.06.26

○×○△△××△○×△××○××○△△△22


ヤカラぞろいの広島サポが「すげえ完成度のポゼショナルサッカー!」と仰天したほど、新潟のサッカーの完成度は凄まじい。特に1点目など、あのペップが見ても絶賛しそうなサッカーだったぜ。
とほほ、それなのに今日も引き分け。3戦連続引き分け。
それでも満足度が高いのは、見せてくれるサッカー自体がとてつもなく面白いからだ。
去年後半の面白さがやっと帰ってきたという感じ。
ポゼショナルサッカーは選手の立ち位置がキモだから、今のアルビレックスのように3番目、4番目の選手が連動して動いていると実に躍動感あふれるサッカーになる。
そんな新潟にはボールを持たせて好きにやらせておけば勝手に自滅するとは言われているものの、70分間も持ち続けられると、その間、ちょこちょこと走り続けた疲労がたまり、気がつけば走れなくなっているというのが相手チームの実感だろう。
そこから始まるアルビレックスのたこ殴りショーが実にたまらんわ。
これで公式戦7戦無敗。だいぶ調子は上がってきた。


2024.06.25

詐欺にご用心


最近多いのが、「排水管を無料で調べます」というやつらしい。ピンポンと鳴らして、どうせ「水道局の方から来ました」とでも言うのだろう、タダならばと信用して上がらせたら最後、特殊詐欺犯にロックオンされてしまう。
やつらは家に上がり込むことが目的で、中の状況から資産や家族構成について見当をつけ、リストにいれるのだ。最悪、強盗のターゲットにさえされてしまう。
以前は「近所で工事をしていて、オタクの屋根が気になったので、ちょっと見せてくれ」と善意の屋根大工を装うのが流行った。我が家にもこれは来た。
排水管もぼちぼち聞かれるようになったので、警戒しなくては。
まったく、浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじと実感する。
ちなみにこれは石川五右衛門の辞世の歌らしい。石川五右衛門はご存知、天下の大泥棒で、丹後国の出という説があるらしい。なんだか突然親しみが湧いてきた。確かルパン三世にも出てきた。

話は戻るが、「不要になった電気製品を無料で引き取ります」と軽トラで流しているのも、似たようなものらしい。竹竿屋も今では怪しいものだ。
軽トラといえば資源ごみの日の古紙の持ち去りはひどくて、毎週末に回収に出す我が家の古紙は、区の委託業者が回収する前にモグリの違法業者が持ち去ってしまう。いまどき新聞を取っている家も少ないから、完全にロックオンされているのだろう。
これはこれで非常に腹立たしいが、そこまでしてお金が必要な人達だと思って諦めている。
一度、持ち去りの現場に偶然に遭遇したので、散らかすんじゃないよと注意したら、「すいませんすいません」と頭を下げ続けていた。気が弱くて、労働市場でも弱者なのだろう。気の毒ではある。
そういう人たちと排水管詐欺の連中を一緒にしてはいけない。

昔、隣の家にオガワさんが住んでいたときは、昼間っから庭先でギターを弾きながらビールを飲んで、目を光らせていた。ついでに頭も光らせていた。
職人上がりの眼光の鋭さで、怪しい奴らは全部追っ払ってくれていたから、助かったのだがなあ。


2024.06.24

スマホ事件


聖蹟桜ヶ丘は、ジブリ「耳をすませば」の舞台として有名である。いわゆる聖地だ。
広大な多摩丘陵が広がる街は坂道だらけで、高齢化が進む住民にとっては決して暮らしやすいところではなさそうだし、東京都都市整備局も「移動円滑化が課題」と指摘している。
乗換駅でも何でもないこんな田舎の駅になぜ京王線の特急が停まるのかというと、京王電鉄の社長の家があるからだと昔から噂されてきた。本当かどうかわからないが、この空だけが無駄にだだっ広い街を見ると、それもありそうだなという気がしてくる。
なぜオレがそんな聖蹟桜ヶ丘について書いているかというと「耳すま」ではなく、別のスマが本日のテーマだからだ。

その日は朝から土砂降りだった。多摩丘陵のど真ん中で土砂降りの中、傘を差して歩いていると、とても沈んだ気持ちになってくる。空が無駄に広い分、降ってくる雨も無駄に多いからだ。
目には都知事選挙のポスター看板。N党の、人を小馬鹿にしたポスターがずらりと並んでいる。今回の都知事選挙のあれやこれやの騒ぎを見ていると、いよいよ本格的に日本はダメになったのではないかという気持ちになる。
土砂降りにもくじけずに取材仕事を終わらせたオレたちは次の場所に移動する。目的地は江東区だ。なんと西の奥地から東の奥地へ、大移動である。もちろんこんな程度の移動は日常茶飯事のビフォー・ブレックファスト。
でも、土砂降りの中を惨めに歩くのはもう嫌なので、コマちゃんにタクシーを呼んでもらった。goである。goはとても便利なのは確かだが、高い。高いが、カネを払うのはオレではなくてコマちゃんなので、気にしないで乗ることにする。
目指すは聖蹟桜ヶ丘の駅。「耳すま」聖地の駅。悲劇はこの駅前で起きたのである。
あっという間に聖蹟桜ヶ丘の駅にタクシーは着いた。goの便利なところは決済が自動的に行われていて、降りる際に料金支払のやり取りをしなくて済む点である。やれ「1万円札は勘弁してよお客さん」とか「こまかいのはないの」とか「領収証ちょうだい」とか「早くちょうだいとか」とか、そういった一連のやり取りが不要で、到着即降車が可能なのだ。
そしてこの便利さが結果としてあだになる。
助手席に座ったコマちゃん、到着即降車はいいのだが、スマホを助手席に置き忘れての即降車だったのである。
相変わらずの土砂降りだ。傘を片手に降り立ったコマちゃんは、一瞬後、「あ、携帯がない」と気づく。やべえ、タクシーの中だ!
オレとディレクターとコマちゃんの3人はすぐにとって返し、降車場所へと走る。すると、降りたばかりのタクシーは次のお客を乗せて走り出し、駅前の信号で停まったところだった。必死に駆け寄るコマちゃん。
だが無情にも信号は青に変わり、客とコマちゃんのスマホを載せたタクシーは、ぶいーんと広大な多摩丘陵を走って行ってしまったのである。
呆然と見送るコマちゃんの背中に、雨が打ちつける。その雨雫にコマちゃんの涙がポツリ。空は無駄に広く、耳すまオタクは今日も聖地を目指すのであった。

これが先週の金曜日の出来事で、以来、コマちゃんはスマホ無しの日々を送っている。
現代社会においてビジネスパーソンがスマホを失うとどういうことになるか、それをオレはまざまざと見せつけられている。
なにしろ連絡が取れない。電話もラインもメッセンジャーも全部ダメだ。インターネットメールだけはパソコンで見られるのだが、スマホがないので、とにかくコマちゃんはWi-Fiを探すところから始めなくてはならない。カフェに飛び込んでパソコンを開き、メールをチェックするのだ。
いや、それどころではない。なにしろ現代のビジネスシーンではすべての情報がスマホ経由である。行き先も交通手段も待ち合わせ場所も、すべてがスマホだ。
えーと、乗換案内で何線に乗ってどこで乗り換えてを調べて、降りてからはGoogleマップで地図を確かめて。
だが、スマホがないためにコマちゃんは身動きができない。必死で思い出し「そういえば九段下で乗り換えという話をしていたような気がする」という記憶だけを頼りに移動するしかないのである。
携帯電話が出現する以前はそれが当たり前だったから、事前に念入りに調べてから移動したものだった。それが今では現地に到着してから確認すればいいや、という時代である。スマホがないと移動すらままならない時代なのだ。
これに加えてSuicaやPASMO、PayPayなども、支払も全部スマホ。コマちゃんはSuicaをカードで持っていたからなんとか電車には乗れたものの、もしオレだったらと思うと、ぞっとする。電車にも乗れないではないか!

その後コマちゃんのスマホはどうなったか。
タクシーの忘れものセンターのようなところに連絡したところ、乗っていた個人タクシーが判明した。運転手はオレたち3人のことを覚えていて、助手席を探してくれたが、スマホは見つからなかったそうである。運転手さんはとてもいい人なのだ。
これでコマちゃんは詰んだ。あとは交番に遺失物として届けられる可能性に賭けるしかないところまで追い込まれている。

さて、以上のことをオレはコマちゃんの許可を得て書いている。
むしろコマちゃんは「書いてほしい」とのことである。
なぜか。スマホをなくすという大失態ゆえにコマちゃんは今や行方不明状態。ラインは既読すらつかず、心配して電話をかけてもつながらない。
大丈夫か、コマ。生きているのか、コマ。
そんな心配をさせないよう、スマホ紛失という事情を拡散するため、このオレの日記を利用したいというわけだ。
なるほど、そんな使い道があったのね〜。

今日になってコマちゃんは、人と連絡を取るためにWi-Fiを探してうろうろするのに疲れて、ポケットWi-Fiを購入した。懸命な大人の判断である。
そのポケットWi-Fiを、名前の通りズボンのポケットに入れているわけだが、無意識にその平べったい筐体をポケットから取り出しては「あ…スマホじゃなかったんだ」とつぶやいている。そのつど、己のアホさを突きつけられた気持ちになって、コマちゃんはメンタルをやられるそうだ。
その様子を目にするたびオレは、とにかくスマホだけはなくしてはならないとの思いを強くする。

「定食屋「雑」」原田ひ香・双葉社。
父の日に娘がプレゼントしてくれた一冊だ。娘はなぜか「食」をテーマにした小説が好きだ。これもそう。「雑」という名前の定食屋を舞台にした群像劇である。市井の人々が、離婚や病気など人生の荒波に翻弄されながらも日々を生きていく姿が描かれている。原田ひ香はあまり好きではないので、ちゃんと読んだのは二冊目くらいかもしれない。連作集なのはいいが、一つの物語の中で語り手の視点が変わるのはちょっとどうかと思った。個人的には終盤、コロナで店が追い詰められていくシーンでドキドキしてちょっと辛かった。


2024.06.23

いい人たち


先日、地元・石神井公園の有名人は上戸彩で決まりみたいなことを書いたけれど、大事なことを忘れていた。
実はヨメが勤めている郵便局には、時々、弘×憲史がやってくるのだ。
見た目はごく普通のおじさんだが、なぜわかったかというと、名前などを記入しなくてはならない用件でやってくるからである。
局員はそれを見て、ああ、あの有名な、と知ったわけだ。実にまったく、何のオーラも発していないそうだ。
そんなある日、今日もやってきた弘×憲史に応対したのが、何と弘×憲史を知らない局員さんだった。職業欄に「漫画家」とあるのを見て、彼女は何の気なしに「漫画家さんですか、どんな作品を描いていらっしゃるんですか」と尋ねてしまったのである。
周囲がギョッとして一瞬固まった中、弘×氏は穏やかに「島コーサクとかです」と答えたそうだ。
さすがにその局員さんもこの有名作は知っていて「あー、そうですか」と返し、目の前の普通のおじさんがとんでもない有名漫画家であることに気がついたのだった。
弘×憲史って、きっといい人なんだろうなあと、このエピソードを聞いてオレは思ったのだった。

もう一人、忘れていた有名人が、ご存知、池×彰である。何度もこの日記に書いているのに、すっかり抜け落ちていた。
息子の高校の先輩で、ということはヨメの高校の先輩でもある。つまり宇賀なつみの先輩でもあって、ついでに言うと亀井静香の後輩だ。ちなみに亀井静香は息子の大学の先輩でもある。
池×彰の近くには、朝、黒塗りのハイヤーが停まっているのをよく目にする。きっとテレビ局のお迎えの車だろう。今年は選挙があるので、いろいろと忙しいに違いない。
以前、東工大の講師をしていたときは駅まで歩いて行って、電車に乗る姿をよく目撃した。
駅前の書店で見たときは、どんな本を買うんだろうと観察したところ、数冊の単行本と一緒に絵本も買っていたので驚いた記憶がある。お孫さんに買ったのだろうか。
池×彰の頭が、テレビに出るときと地元にいるときでは違うことは、地元民なら誰でも知っている。
娘が幼稚園の年長さんだった頃、道端で電話している池×彰を見つけた娘は、「今日はヅラじゃないね」と大声で口走り、ヨメは慌てて娘の口をふさいだのだった。池×彰が電話中だったのは幸いであった。
もちろん弘×憲史同様、池×彰も大変にいい人であることは間違いない。


2024.06.22

○×○△△××△○×△××○××○△△21


勝負はパンツを履くまでわからないという。勝ってパンツの緒を締めよとも言うではないか。
96分で逆転したというのに101分で追いつかれて川崎と引き分けてしまった新潟には、この言葉を贈ろう。ありがたく受け取れ。

確かに主審の笛は酷かった。試合終了と思わせて実はオフサイドでしたって、新潟の選手は「やったー、勝った−」と喜んで、その直後「あれ?あれ?まだ終わってなかったの?」と慌ててしまい、そのすきに失点。その笛はないよなあ、というのはある。
だが川崎は集中を切らさず、まだ試合は終わってないとすぐに攻撃に移ったのだ。
壮大なセルフジャッジをした新潟の負けである。執念の違いだな。
ベンチも問題だ。なんで一緒になって喜んで、やったーとはしゃぐのだ。選手を落ち着かせ、まだ終わってないぞと声をかけなくてはならないだろう。
監督も問題だ。なぜ新潟のゴール直後に選手を交代させたのだ。ボールが動いてから選手交代しなくてはダメだろう。時間稼ぎなんだから。
こういうことすべてを含めて甘かった。ゆるすぎた。

何よりも甘いのが、スタンドの観客だ。サポーターだ。
96分に新潟がゴールを決めたら、よし、勝ったと決めつけて席を立つもの多数。なんせ車社会の新潟では帰りの道路が混むし、シャトルバスもすぐに満員だからね。
しかし、だからと言って、試合がまだ終わっていないのに勝ったと決めつけるとは、ドーハの悲劇の頃からまったく進歩していないのか、新潟サポ。
選手たちはアディショナルタイムに入ると時間がわからない。スタジアムの観客の雰囲気も時間を知るバロメーターになる。だから余計に、終わってもいないのに終わった空気を作った観客が一番の敗因。
何やってんだ、ホームサポ。サポーターがチームの足を引っ張ってどうする。

基本的には選手はよくやったと思う。前半の何もできないグダグダの出来から、よくぞ立ち直り、逆転まで持っていったと思う。
町田に勝ち、鹿島に引き分け、川崎に引き分ける。これまでを思えば十分な結果ではないか。
前向きに捉え、顔を上げて闘うのだ、選手たちよ。

と、無理してポジっていたら、本間至恩が浦和に移籍決定との報道に腰砕けになる。
確かにヨーロッパのシーズンが終わって新潟に帰省中なのに、動向に関するネタが一切漏れてこなかったなあ。そういうことだったか。
もちろん本間至恩はもう、よその子。ウチの子じゃないから、どこへ行こうと関係ない。
それよりも今のウチの子を大切にしよう。本間至恩に払うカネがあるなら、今の選手たちに払ってやってほしいものだ。


2024.06.21

創業記念日


本日はオレの創業記念日である。なんと36周年だ。
はあ、つくづくよく保ったものだ。一度も誰も雇用せず、成長もしなければ拡大もせず、ひたすら現状維持で36年。
もっとどかんーんと稼げただろうに無能かオレはと自分を責めつつ、いやしかし、潰れず、借金もせず、入院もせず、家を建てて家族を養いながらここまでやってこれたのだから立派なものだろうと自分をなだめる。
分を知るというのは大切なことなのだ。
とりあえず一度はフリーというものをやってみようと思い立って独立した36年前。
イズハラくんの骨折りで机やコピー、ワープロなどをリースで揃えてもらった。そのリース期間が5年で、リース会社の人から電話で「レンタルじゃないので、途中で解約とかできませんからね」と念押しされ、ありゃー、こりゃ5年はやめられないのかと腹をくくったのだった。
適当なところで切り上げてサラリーマンに戻ろうと思っていたので、まさか36年も続くことになろうとは、あのときは想像もできなかった。

独立したのは1988年。昭和天皇崩御の半年前だった。
今思えばバブルの真っ盛りではあったものの、今がバブルだという意識はまったくなく、何の恩恵も受けたという思いはない。ただ、客に六本木あたりをやたらと連れ回されて酒を飲まされた記憶がある。潤沢な経費を使って酒を飲むためには、会議費として申請する必要があり、そのためにオレが材料にされたわけだ。異常な時代だったことは確かである。
その後のバブル崩壊、リーマンショック、東日本大震災、新型コロナと、幾度か大きなピンチの荒波が押し寄せた。個人的に最も厳しかったのは、リーマンショックだった。じわじわと売上が減り、それに伴って通帳の残高が減っていく恐怖は、なかなかのものだった。
あれを思えば東日本大震災も新型コロナも、たいした影響はなかったように思う。

独立記念日だというのに仕事はお休みではない。フリーだから仕方ないのである。
それでもせっかくだから自分で自分にお祝いをしようと考えて、本郷三丁目の加賀屋に行く。先週も行ったから、要するに口実をつけて行きたいだけだ。
1人でビールを飲んで海鮮豆腐をつつく。時間が早いので、今日は来なくていいからと息子にLINEする。
土砂降りの中、一日中歩いていたからぐったり疲れてしまって、軽く酔って帰るだけでもしんどい。体力が落ちたなあ。
家に帰って風呂に飛び込み、エアコンの効いた部屋で一息つく。これじゃ寝るに決まっている。寝落ちしそうになってあわてて起きて、ジンのソーダ割りを飲むのだった。


2024.06.20

バスツアー


在宅で働いている日は、当たり前だが昼飯も家で食べる。だいたいカップ麺とか、そのへんにあるもので適当に済ませる。子供がいない日の夫婦二人の昼飯なんて、そんなものだろう。
テレビはNHKのニュースだ。たいしたニュースがなくて、地域ネタみたいなゆるいものが中心だったら、切り替える。6チャンネルはだいたいがお天気のことで30分も使ったりするし、5チャンネルは逆に小難しい国際情勢の解説だったりして、結局は4チャンネルの「ヒルナンデス」に落ち着く。
「ヒルナンデス」も決して見たくて見るわけではない。他にないからつけているだけである。一番よくない視聴態度だな。

業務用スーパーで買物をしたり、商店街で買い物をしたり、コストコで買い物をしたり、ダイソーで買い物をしたり、「ヒルナンデス」ではだいたい買い物をしている。
二線級の芸人と南野陽子あたりのおばちゃん芸能人を現場へ連れて行って買い物をさせ、それを見ながらスタジオの芸人が小窓でボケをかまして、いっちょ上がり。商店街も場合も、カメラを連れて数百メートルを歩いて、いっちょ上がり。実に安い企画だ。
最近では芸人が自ら店に突撃して取材の許可を取るスタイルが当たり前になってきたが、要するに制作側の手抜きだろう。リサーチャーにかける予算も削減できるし、今は店の側もわかっていてちゃんと受け答えしてくれるから、そのまま流せばいいわけだ。
実に手抜きのつまらん内容だなあと思いつつ、まあ、昼のワイドショーなんてこんなものだろうと、オレはカップ麺をすする。こんなものだろうと誰もが思う企画が今日も変わらずに流れるという安心感、安定感が昼のワイドショーの使命かもしれない。
今日は昨日と変わらない一日ですよ。明日も変わらない一日ですよ。

そんな「ヒルナンデス」が時々仕込むのが、バスツアーの旅である。
箱根とか、山梨とか、房総とか、茨城とか、新宿を朝出発して夕方に帰ってこられる場所へ組まれたバスツアーに同乗するという企画だ。商店街と同じで、カメラも一緒に乗り込み、二線級の芸人や純烈のヒゲの生えたおっさんなんかがバスの中でくっちゃべるというお手軽企画である。
小窓でスタジオの芸人がなにか言うのも同じだ。
バスツアーはだいたいが昼飯に食べ放題のバイキングになる。海鮮食べ放題とか、お肉食べ放題とか。これにティータイムやお土産タイムなどが組み合わさって、1万数千円。きっとこれは格安なのだろう。
食事代、高速代、ガソリン代なんかも全部含まれての金額だし。
バスの定員が60人として、原価を8000円ぐらいに抑えれば、粗利は1人5000円かける60人の30万円。
募集のための宣伝費などもかかっているわけだし、バス会社としても切ない商売だろうなあ。

そんなことを考えながらバスから降りた南野陽子と女芸人が海鮮食べ放題などではしゃいでいる姿を見ると、オレも一度、バスツアーというものに参加してみようかという気になる。だが、ヨメは言う。「無理」と。
「団体行動の全くできない人が、バスツアーなんてできるわけがない」とヨメは断言するのである。
確かにそう言われると、知らない人と一緒に行動して同じものを食べると考えただけで発狂しそうだし、もし間違って参加したとしても、絶対に途中で「オレ帰る」と言うに決まっている。昼飯だって、オレはオレの食いたいものを食うからほっといてくれと言うに決まっている。
やっぱりB型みずがめ座のオレにバスツアーなんて無理だろうなあとヨメの言葉に納得し、そしてカップ麺のスープを飲み干して、ランチタイムは終わるのであった。


2024.06.19

光が丘の闇


練馬区の生んだスーパースターといえば、観月ありさ、宮沢りえ、井川遥(娘と同じ中学校だ)、爆笑問題(娘と同じ高校だ)、宇賀なつみ(息子と同じ高校で、ヨメも同じ高校だ)、檀ふみ(スーパースター?)、ミスチルの桜井あたりだが、いや、一番は上戸彩だろうという声も根強い。この並びで言えばオレなら宮沢りえを推すが、確かに上戸彩も捨てがたいのは確かだ。
その上戸彩がバラエティで練馬トークをしていたというので、TVerで観る。

上戸彩は光が丘団地出身だ。これは地元でもよく知られている。団地ぐらしなので貧乏だったらしく、番組では、一つの納豆に卵を混ぜて家族4人で分け合って食べた、友達のお誕生会のプレゼントに家にあったビー玉をビニール袋に詰めて持っていったら「いらない」と言われてお兄ちゃんと泣きながら帰った、というような貧乏エピソードを披露していた。
光が丘のイメージが一気に下がりまくる。
もっとも「5つもお稽古ごとに通っていて貧乏だったとは」という声も地元掲示板に上がっており、まあ、バラエティのトークなんてそんな盛り具合だろうなあとやり過ごす。
光が丘といえば近年は中国人が大量に住み着いて、エレベータでおしっこするなどの振る舞いが大問題となっている。スーパーのカートを持ち出して団地前の道路に放りっぱなしにしているのも中国人だ。
一方、上戸彩の話でもわかるように低所得層が多く住んでおり、入居希望者もひっきりなしだ。その人達に向かって「入信したら入居できるように取り計らってあげますよ」と囁いているのがあの団体。おかげで選挙もバッチリというわけだ。

練馬区出身ではなくて練馬区在住となると一気に文化人が増える。いわさきちひろに松本零士、高橋留美子に高畑勲、ちばてつやに石ノ森章太郎、手塚治虫だって一時期住んでいたし筑紫哲也も住んでいたし、柴門ふみも梶原一騎も松任谷由実も練馬区に住んでいた。
小室等は今も隣の駅のマンションに住んでいて、このマンションにはオレの知り合いのカメラマンが暮らしており、聞いたところではゴミ捨て場などで「さあ今、飛んでゆけー」と叫んでいる小室等とよく遭遇するらしい。
錦鯉のハゲも練馬区に暮らしていたが、売れたらとっとと出ていったらしい。逆に売れて大物芸人になっても練馬区に住み続けて、地元の居酒屋の常連になっているのがナイツの眼鏡じゃない方。
よく飲みに来るという居酒屋が娘の高校の通学路にあるので、一度行こうと思って結局行ってない。行ったからどうだという話だが。
松本零士は大物レジェンドではあるのだが、地元の祭りや運動会なんかにしょっちゅう顔を出していたから、子どもたちにとっては「よく来るヒゲのおじいさん」程度の認識で、ちっともレア感がなかった。

そんな中で突き抜けた有名人になれるところだったのが、ご存知、菅原一秀。なんと経産大臣に抜擢され、地元は仰天したのに、あれよあれよと闇落ちして、公民権剥奪まで落ちてしまった。
而来、捲土重来を期して菅原一秀は毎日のように街頭演説に立ち、一説によれば政治活動のための借金は9000万円にも膨れ上がったというのに決して諦めず、とうとう今月で3年間の公民権停止期間が終了する。これで晴れて秋の衆院選には無所属で出馬だろう。
この春頃に解散総選挙の噂があった頃は、ずいぶんハラハラしたに違いない。我が家もハラハラだった。
抜群の知名度と集票力があるので無所属で出馬後、あっさり当選して、自民党入りという流れではないか。いやいや、当時の総理に大恥をかかせたから、菅ちゃんの目が黒い間は、それはないか。

「死んだ山田と教室」金子怜介・講談社。あの「成瀬」と同じようなムーブが起きているようなので手にとって見た。
人気者のクラスメートが交通事故で死んでしまう。だがホームルームの教室、突然スピーカーから彼の声が流れてきて、交流が始まる。偏差値70の優秀な生徒たちがその異常をなぜかあっさり受け入れ、それから死んだ彼の声を交えた男子高校生らしいアホな日常が始まる。
というアホな話なのだが、男子高校生らしい日々を描いたディテールが実に秀逸。思春期の男子らしい下ネタが満載で、あまりのバカバカしさに呆れ返る。
もちろんそんな日々は永遠には続かないわけで、やがてクラスメートたちは卒業し、死んだ彼だけが教室に取り残されてしまう。ここは実に哀切なところだ。
過去は過去。青春の思い出は思い出のままにしておけ。そんな現実を残酷な形で突きつけてくる。彼我の差はあまりに切ない。その中で貫かれたある1人の男子の友情は、ちょっと感動的である。


2024.06.18

特別区民税なんて払わん!


毎日テレビにR4の顔が大写しになるのが、どうにも耐えられない。
こんなのが都知事になったら、こっちの精神がやられるから、この1ヶ月は全力で百合子の味方だ。
息子は「まあ、そう言うなよ、お父さんの後輩じゃないか」とニヤニヤ笑う。うぬぬ、だから余計に腹が立つ。
ガチ右翼の息子は田母神か桜井誠かと迷っていたが、今では全力百合子だ。もちろん期間限定。

などとオレもとち狂ったように叫ぶわけだが、要するに雨なので家にこもっていると、鬱々とするわけよ。
それで寝転がってスマホを眺めているといろいろとぶち切れることが多くて、これはどこかにクレームでも入れなければ気が済まんというわけだ。なるほど、こうして老害は出来上がっていくのか。
雨の日はクレームが増えるというコールセンターのデータとか、ありそうだな。


2024.06.17

夏の日の月曜の朝


朝から電車に乗って都心に出かける。神保町だ。電車の中で、既にぐったりである。
早めに着いたので専大前交差点にある珈琲館でアイスコーヒーを飲む。接客がイマイチだなあと思ったら、突然店のお姉さんが「バッグ入れはいかがですか」と荷物置きのカゴを持ってきてくれた。
気が利くなあ、と少しオレも元気を取り戻す。
昼までのインタビュー仕事を、反省混じりに終え(どうしてオレって余計な一言を口にしてしまうんだろう云々)、スマホの案内に従ってこっちが早いと言われた飯田橋駅まで歩く。
今日は真夏日だ。ぐったりする。こんな日がこれから3ヵ月も続くのだぞ。

地元の駅に着いて、昼飯を食べようと思ったが、石神井公園近辺は再開発計画が動き出したことで飲食店が軒並み撤退し、撤退した途端に裁判で再開発計画の停止が決まったものだから、工事の囲いだけが街の中心部に堂々と残ることになってしまって、昼飯の店なんてなくなった。
唯一、先日オープンしたのがトンカツの松の家であるが、店の外にまで行列のできる混雑ぶり。
今や石神井公園駅周辺は難民キャンプ並みに欠食児童であふれている。←これは差別的な言い方だから、あまりよろしくないと反省する(どうしてオレって云々)。
結局、いつものようにスーパーに寄って弁当を買い、家で食べることにする。

こんな具合に炎天下をうろうろ歩いてぐったりして家に帰ると、まずはシャワーを浴びることになる。
シャワー用にと置いてあるのが、髪から顔、体までこれ一本で洗えるというヘア&ボディ兼用シャンプーで、髪タマ体〜と歌いながら手早く洗う。
全身の汗を流してスッキリし、着替えも済ませて、エアコンの効いた室内に戻ると、やっと生き返った気持ちになる。ああ、ひんやりして気持ちいいなあ。
続けてスーパーで買った弁当を食べて、気持ちを落ち着かせる。
こういう流れで来ると、当然次は寝ることになる。夏の午後の昼寝ほど気持ちいいものはない。
寝室で寝転がってスマホを見ていた息子の隣に行き、目下のオレの置かれた状況を説明すると、ものわかりのよい息子は「そりゃ寝るわな」とオレに場所をゆずる。
まったく夏の午後は仕事なんてやってられないのだ。


2024.06.16

○×○△△××△○×△××○××○△20


「町田は正義」という黒田監督の発言に、町田サポ以外及び蓮舫支持者以外の全日本人が腰砕けになる。いったいなんのイデオロギー闘争なのだろう。
青森山田高校でサッカー部員の飲酒疑惑を隠蔽した監督が「正義だ」と胸を張るとは、冗談が過ぎる。一時は日本代表にという声もあったけれど、キリンビールが認めるはずがない。

町田ごときか正義であるならば、鹿島や浦和は大正義か、天使か。
今日、アルビレックス新潟がアウエーで闘ったのは、そんな天使の鹿島であった。
鹿島とはとことん相性が悪い。ここ数年、まったく勝っていない。浦和とも相性が悪くて、こちらも10年ほど勝てていない。ちなみにどちらもチームカラーは赤だ。もう一つの赤いチーム、名古屋とも相性が悪いので、アルビレックス新潟にとって赤はタブーの色。赤といえば左だから、やっぱり蓮舫は敵だ。
去年、鹿島にはまったく歯が立たなかった。一方的にやられてしまった。ここまで力の差を感じたのは、鹿島が唯一のチームだった。
そんな鹿島に我らがアルビレックス新潟は闘いを挑んだのである。
結果、1-1のドローだった。

見事に先行するも、追いつかれての引き分けだ。同点弾は、相手の個の力である。ゴール前に集結したディフェンダーたちの間に一瞬空いた細い花道をきれいに一直線、ボールが駆け抜けていって失点だ。
その直前、ちょっと緩んだ空気があり、ちんたら走る秋山がスローインから目を離すなど集中が切れていた。そこを逃さない鹿島はさすがであった。
それでもアルビレックス新潟はとにかくチャカチャカをやめない。何度でもビルドアップし、チャカチャカを繰り返す。だってオレたちはこれしかできないし、チャッカーなら日本一だ。
その折れない姿勢にオレは感動する。
ゲーム後は鹿島サポからも絶賛される。とてもいいサッカーだ、選手さえそろえば優勝できるぞ。
まあ、その選手がいないから降格圏ギリギリで彷徨っているんですがね。
でも、順位はさえなくても、折れずにこのサッカーを続ける姿勢は誇らしい。
というわけで、我が軍は5試合負けなし、6月に入って負けなし。
1位町田に勝って2位鹿島と引き分けだから、実質優勝だべ。

「笑う森」荻原浩・新潮社。
長編の新刊だ。評判がいいようで買ってみる。5時間一気読みだ。5歳児が深い森で行方不明になり、一週間後にピンピンしながら見つかる。一体森の中で何が起きたのか…。というわけでホラーチックなミステリー、あるいは社会派の重い話を期待して読んだのだが、荻原浩にそれはなかったなあ。全体に漂うオヤジギャグにユーモア、軽いキャラたちによって、荻原浩ならではのライトな読み物に仕上がっている。それはそれで悪くはないが、勝手に期待したオレがダメだったというわけだ。抜群のリーダビリティはさすが荻原浩。短いセンテンスで畳みかけてくるところは、見事である。


2024.06.15

娘と本


日曜日の父の日を前に、娘が本を2冊プレゼントしてくれた。
娘は本をよく読む。オレも読み終えて面白かった本を娘に貸してあげる。「成瀬は天下を取りに行く」は、娘がさらに友だちに貸したらしく、本棚に返ってこない。よいよい、面白い本は広がればよい。おかげでオレはいつでも「成瀬」を読み返せるよう、Kindleで再購入した。
そういう本はけっこうあって「大誘拐」も「壬生義士伝」もKindleに収めていて、時々読み返している。
娘のプレゼントしてくれた本は、原田ひ香など、娘の好きな作家のものだ。娘とこんな風に好きな本の貸し借りやプレゼントができるのは、幸せなことだよねえ。
ヨメには、父の日とか別にいらないけど、「晴れ風」だけ買ってきてと頼んだ。ロング缶を6本買ってくれた。
冷やした「晴れ風」を飲みながら晩ご飯のおかずを食べているときが幸せなのさ。


2024.06.14

加賀屋の夜


昭和の部室のような居酒屋と評される、本郷三丁目の加賀屋にいった。今のオレの一番のお気に入りである。
飲んだ後に酔っ払って電車を乗り継いで帰るのが面倒なので、あまり行くことはない。でも時々行きたくなる。今日は東陽町で仕事があったので、その帰りに寄ることにした。
東陽町はオレたちが結婚式を挙げたホテルがあるし、新婚時代は毎日のように買い物に来ていた街だから、懐かしい。最近の諸々の騒動を受けて、江東区役所にちょいとあいさつでもしてやろうかと思ったが、やめた。なにしろ江東区役所は結婚届に出生届で世話になったからな。

加賀屋には5時半ごろに入る。さすがにまだ空いているが、6時を過ぎるとどかどかと客が入ってくる。
すぐに満席になり、わいわいがやがやしうるさいのだが、渋谷や新宿あたりの居酒屋と違って学生がほとんどいないので、落ち着いた騒がしさだ。これぞ日本の正しい居酒屋である。
基本的に何を食っても旨い。カウンターに座り、目の前の厨房でベトナム人の料理人の鮮やかな手さばきに見惚れる。
注文を受けてから作るから、何だって旨いのだ。厚揚げだって注文を受けてから一丁の豆腐を6つに切って油に放り込んで作るから、できたての熱々をいただくことができる。もっともオレはスーパーの厚揚げを炙った、べちゃべちゃの厚揚げが好きだが。
焼きそばなどの炒め物も注文を受けてから、大きな中華鍋と強力な炎で作る。
去年あたりはちょっとまごまごしていたベトナム人くんも、実に鮮やかな手さばきで、親指を立てて褒めてやったら嬉しそうだった。
夕刊フジを読みながら生ビールを飲み、刺身を食っていると、実に幸せになる。どうしてこの店が地元にないのか、不幸せになる。

そこへ大学から息子が合流した。別に呼び出したわけではなく、黙っているのもナンだしと思って、来なくていいからと添えて連絡したのだ。
「行くわ」と返してきた息子は約束どおりやってきて、そしてビールを飲んで、オレの食っていたオラオンスライスにむしゃぶりつく。ウィンナー炒めと焼きそばを注文してやった。
2人で町田の悪口で盛り上がったのだが、よくもまあ、こうして父親なんかと飲んでくれるものだよ。父親が大学の近くの居酒屋で飲んでいたら、なんで来るんだよ、帰れ帰れと思うものなのではないか。
実によくできた息子だ。
帰り際、会計をしたら「1万8000円です」といわれて仰天する。
なななな、んなわけないだろう。口から泡をふいたら、「あれえ、伝票が違ってました、8000円でした」といわれてオレは地獄から生還する。

丸ノ内線に乗って池袋で乗り換えて帰るのも、息子がいれば安心さ。
やだやだ、座りたいと駄々をこねるオレの手を引いて、息子はちゃんとオレを各停の席に座らせ、そして自分はiPadを開いて勉強の続きをする。オレは間抜けな赤ら顔で口を開けながらスマホニュースを眺める。
今日は暑かったねえ。


2024.06.13

頑張れ、お兄さん


Twitterをボケッと眺めていたら、弘道お兄さん直筆の病気の報告が出てきて驚いた。
手書きのそれを読んだら、脊椎梗塞というのはまさしく不治の病らしい。気の毒に。
55歳というからまだまだ若く、最近も体操のお兄さんとして活躍しているそうじゃないか。あんなに元気だったのに、寝たきりか、よくて車椅子か。
車椅子なら講演活動などができるかもしれないが、本人は辛いだろう。
弘道お兄さんは子どもたちが「お母さんといっしょ」でどんぴしゃ世代だったので、こういう報道は厳しい。
以前、たんさいぼうも参加した歌のイベントの打ち上げに、弘道お兄さんが途中合流してくれたことがあった。オレはしっかりとツーショットを撮らせてもらった。
マネージャーによれば「ピンの写真はご遠慮ください」とのことで、タレントというのはそういう写真の管理をするものなのかなあと不思議に思ったものだった。
せめて明るいキャラの人だし、せめて自力で歩けるぐらいには回復してほしい。

ドクターイエロー引退のニュースも今日だった。
ご存知、東海道新幹線を走る線路点検車である。いつ走るか、完全に秘密にされているので、偶然にも見かけると幸せになれるとされていた。そんなことはまったくないのだが。
完全に秘密であるはずなのに、駅には鉄道オタクたちがカメラを手に待ち構えていた。浜松市にある新幹線の工場脇の踏切をドクターイエローが通過する際も、なぜか踏切脇には鉄道オタクたちが。
いったいどうやってダイヤを知るのだ。
それほどレアなドクターイエローだが、実はオレは乗ったことがある。もちろん仕事でだ。 詳細は避けるが、内部を一通り見学させてもらった。たぶんこれって、鉄道オタクたちが知ったら妬ましくて発狂するんだろうなあと思ったものだった。

F1のピットに入ったこともある。
熊本でF1の自動車レースが開催されることになり、そのスポンサーの関係でオレが現地の様子を取材することになった。だが、カメラマンの手配がつかない。困った広告代理店は、オレに向かって「ついでに写真も撮ってきてください」と言ったのである。
撮れるわけがない。そもそもカメラも持っていない。
だが「会社のを貸しますから」と代理店に押し切られ、恐るべきことにオレがF1の写真を撮ることになってしまったのである。
なお、ここでF1とは自動車レースのことで、オレは自動車レースというのはすべてF1と呼ぶのだろうと思っているので、こうしてF1と書いている。
カメラをぶら下げて熊本に飛んだオレは空港からレンタカーを運転し、爆音が響くサーキットへと移動した。そして、ピットと呼ばれるところへ入って、適当にぱしゃぱしゃ写真を撮った。
広告代理店の「どうせ記事に使うのは、公式に提供される写真ですから」という言葉に、そりゃそうだよなと納得し、適当にピット内を撮りまくった。何とかという有名なドライバーもいたが、オレは知らない。
きっとこの状況は、モータースポーツファンにしてみれば妬ましくてたまらないだろう。まるでオレがアルビレックス新潟のベンチに入って選手の写真を撮りまくっているようなものだものなあ。
オレの撮った写真が結局どうなったか、知らない。絶対に使われなかったはずだという自信はある。

「死者は嘘をつかない」スティーヴン・キング・文春文庫。
キングの創作意欲は怪物並みで、76歳だというのにまだまだ立て続けに長編が刊行されるのだという。これはそんな長編ラッシュの中の箸休め的な一冊か。とはいえこれでも文庫で300ページだから特に短いというわけてせはないが、なにしろ上下巻各600ページみたいな超大作が当たり前の作家だから、まるで短編のように感じてまう。
死者の姿が見え、会話もできる少年の話である。一応ホラーなのだが、むしろ少年の物語というトーンだ。少年を描かせると「IT」や「スタンドバイミー」でもわかるように、キングは抜群の上手さをみせる。特に今や大人になった主人公が少年時代を振り返るというのは、キングの必殺技だ。
だから途中のスーパーミステリアスな要素は不要だった気がする。
それよりも最終盤に明かされた一言のほうが遙かに衝撃的で、この一言によって物語の構造がまったく違ったものになってしまった。見事である。
作中「チェット・アトキンスを知ってるか。クラプトンやマーク・ノッブラーに匹敵する偉大なギタリストだぞ」という表現があってびっくり。超絶に上手いけれど地味すぎるギタリストだなあと思っていたマーク・ノップラーが、実はアメリカではそんな受け止められ方だったとはなあ。


2024.06.12

蓮舫と黒田は嫌われツートップ


サッカーというのは弱者が勝つための戦術もあるから、カップ戦となるとジャイキリも起きやすい。ましてカテゴリーを超えて強者弱者が入り乱れる天皇杯となると、下のカテゴリーのヤツらが上を食ってやるかと勝負を仕掛けてくるので、面倒だ。
今日のそれは、名古屋がJSCに負けた一戦だ。
JSCとは日本で唯一のサッカーの専門学校。新潟にある。その専門学校のチームが天皇杯で名古屋グランパスと対戦し、見事に1-0で勝ってみせたのだ。
ネットは大騒ぎ。名古屋サポは大暴れ。とても痛快だった。

それ以上に大騒ぎになったのが、ご存知、町田である。ぷぷぷっ。
町田は、筑波大学に負けた。なんとJ1首位チームが大学生に負けたのだから、ネットは大爆笑。みんなで後ろ指だ。筑波が町田を駆除。
しかも町田は4人もの負傷退場を出している。
いい気味である。
もっとも一番の騒動は試合の結果ではなく、ご存知、監督の黒田のアホがしでかした、いつものおまゆう。もはや恒例行事だ。
黒田は大学生に負けた腹いせに「筑波大学はプレーが荒いので危険だ。マナーも悪くて、タメ口を利くなど、大人に向かって配慮に欠けた」と批判してみせたのである。試合中に学生と口論までした黒田の見事なブーメラン。
自分たちは相手のサッカーをチャッカーと否定しておきながら、オレたちのやっていることは正しくて相手は全部ダメという態度。そもそも大学生もちゃんと成人なのだが、それに対して「大人に向かって」という発言のアホさ加減よ。
そもそも黒田が指導していた青森山田は相手をリスペクトしていたか。勝つためならなんだっていいというカンフーサッカーだったじゃないか。
サポーターも呆れたもので、PK戦ではゴール裏に集結して大学生相手に大ブーイングするのはまだしも、なんとスマホのライトをつけて筑波のキッカーに当てていたのは、どうなんだ。いくらなんでも恥ずかしくないのか。
そもそもJ1首位だというのにスタジアムの観客はわずか1900人、しかも筑波の方が多かったということで、不人気ぶりは一層際立った。
今回の黒田発言にはさすがのサポも恥ずかしくなったようで、「もしかしてオレらって嫌われてる?」というコメントが目についた。 はい、嫌われています。嫌われ具合でいったら蓮舫と双璧です。
こんなチームは頭がおかしいとしか思えず、シンプルに迷惑なので、とっとと退場してもらいたいものだ。
負傷退場4人というのは、天から唾が降ってきたということだ。

などと町田のバカに罵詈雑言を浴びせている場合ではなかった。町田はいくら罵詈雑言を吐いても許されるという法律があるので、どんどん悪口を浴びせていいのだが、そんな法律を気にしている場合ではなかった。
なんとアルビレックスは天皇杯でJ3下位に沈む北九州と対戦し、あっさり勝つべきところ、4-4のバカ試合を演じた挙げ句、PK戦でようやく勝ったのである。
おかげで選手は疲労困憊。ダニーロと長倉という2人の負傷者も出てしまい、特に長倉のケガが重いとなると今シーズンのチームは早くもゲームオーバーになりかねないという深刻な状態だ。
困ったものだ。
まったく天皇杯なんて邪魔で、過密すぎるスケジュールはどうにかならんものか。


2024.06.11

世論の風に屈するのか


目下の懸念事項が、日傘問題である。
昨年あたりからちらほら聞かれるようになったのが「男も夏は日傘を差そう」という声だ。
確かにここのところの暑さは異常で命の危険さえ感じるというのは今さらながらの指摘であり、もはや帽子だけでは強烈な陽差しは交わしきれず、特に首筋はモロにさらされるし、こうなりゃおばちゃんのようにおっさんも日傘を差すべきだ、という論である。
首筋の陽差しなら麦わら帽子でイケるんじゃねえの。いやいや、大手町でスーツ着て麦わら帽子を被ってたら変でしょ。
というわけで、やっぱりここは男も日傘を差すべきだ、というわけである。

確かにそれはその通りだと、オレも思う。
これから梅雨を迎え、夏本番を迎えることを思うと、うんざりを通り越し、やべえぞという恐怖心すらわいてくる。まだまだオレは死ぬ気はない。アルビレックス新潟がJ1で優勝するのを見るまで死ぬ気はない。
だからここはすっかり腹を決めて、出歩くときは日傘を差した方がいいのではないか。雨の日兼用なら、何かと安心だし。
だが、ここで日傘を差すと、負けたような気になるのはなぜだろう。

この感覚は、男も座ってオシッコしましょうと言われたときの感覚に似ている。
圧力に屈し、ついに座ってオシッコするようになったときの敗北感。
もっともすっかりそれに慣れてしまった今では、立ってオシッコするやつのことはタバコを吸うやつ、家のゴミをサービスエリアのごみ箱に捨てるやつ、路上飲みするやつと同じぐらい、非常識で不健全なバカと思ってしまう。
要するに最初の一歩を踏み出せば、敗北感も潔く受け入れられて、そして新しい日常が始まるのだろう。
それはわかっている。わかってるのだ。
だが、その一歩を踏み出すとオレは負けなのだという思いがとても強い。

そんなオレを尻目にして、早くも昨年の夏から乗っかって日傘男になってしまったのが、アンドーくんだ。
そこでアンドーくんにLINEを送って、やっぱり日傘を差すべきだろうかと相談してみた。 するとアンドーくんは、当たり前だ、もはや常識だ、差さないという選択肢はないと断言するのであった。
うーむ、そうなのか。アンドーくんは敗北感を潔く受け入れ、そして既に新しい日常を生きているというのか。
もっともアンドーくん以外に日傘男をオレは知らず、目にしたこともない。アンドーくんはパイオニアなのだ。フロンティアを走る先駆者なのだ。


2024.06.10

第3キーパー


第3キーパーというのは驚くべき存在だ。
第3キーパーは文字通り3番目のキーパーだから、正キーパーがケガなどのアクシデントで出られなくて、続く第2キーパーも同じようにケガなどで出られなくなったときに、ようやく出番が回ってくる。そんなことは万が一にも起きないから、要するにまったく試合に出る機会はない。
それでいて万一に備えるのが仕事だから、常に体調は万全をキープしておかなくてはならず、普段から練習も怠らず、さらには率先して空気を盛り上げなくてはならない。
そんな万一の機会が、年に一度あるかどうかという出場機会が、第3キーパーに突如巡ってきたのだ。

第3キーパーがそれを言われたのは、なんとキックオフの1時間前。
この日はカップ戦なので正キーパーに出場予定はなく、第2キーパーが出場し、第3キーパーは控えとしてベンチに入ることになっていた。
ところが、あろうことかチームスタッフが選手名を書き間違えるという信じがたいミスをしてしまって、第2キーパーが出場できなくなってしまったのである。完全なる事務的な理由だ。
こんなことは年に一度どころか数年に一度もない、いや、史上初めてといっていいくらいのミスである。それによって第3キーパーはまったく想定外だった出場機会を得てしまったのだった。
もちろん常にどんな状況でも試合に出られるように心身を整え、完璧な準備をしてやくのが第3キーパーの使命である。突然の事態にも彼は慌てることなく、心配する周囲を安心させるかのように笑顔さえ浮かべて、試合に臨んだのだった。
「内心ではマジかと思ったが、チームに加わった時点で何か役に立てればと思っていたし、一生懸命に頑張ろうと取り組んできた」と後に第3キーパーは話している。
そして、こんなありえない状況で出場したのにもかかわらず、第3キーパーはファインセーブを連発し、チームを勝利に導いたのだった。サポーターの間で、今日のMOMは第3キーパーということで意見が一致したのも、当然だった。
年に一度あるかどうかという試合出場は、あまりにも突然だったので、第3キーパーは6歳の我が子に自分の勇姿を見せられなかった。
「翌日、息子から“試合に出たの? すごいじゃん”と言われた」と彼は笑うのだった。
試合に出ただけですごいと言われるのが、第3キーパーなのである。

さて、物語の主人公はここから第2キーパーに移る。
スタッフの書き間違いという仰天のミスによって突然出場機会を奪われた第2キーパーは、必死で平常心を保とうとした。だが、それは無理な話だった。
第2キーパーは常にチームに同行し、それでいてめったに出場機会はない。年に数試合巡ってくるカップ戦に照準を合わせ、トレーニングを重ねている。それが人為的なミスによって取り上げられてしまったのである。
しかもその試合で自分の代わりに出場した第3キーパーがチーム勝利の立役者となり、サポーターの喝采も浴びた。それを目の当たりにした第2キーパーは激しく動揺する。
この状況で次の試合にオレが出て負けたら、オレはどうなるんだ。サポーターから罵声の嵐じゃないか。
そんなことなら第3キーパーに続けて出てもらった方がいいんじゃないか。むしろサポーターもそれを望んでいるのではないか。
いや、本来喝采を浴びるのはオレだったはずだ。次の試合はそれをつかみ取るチャンスだ。絶対に出場すべきだ。
心は乱れに乱れ、夜は眠れず、気がつけば知らないうちに涙を流していたこともあったそうだ。
そして迎えた次のゲーム、ゴールを守ることになったのは第2キーパーだった。
先制されたときは生きた心地がしなかっただろう。だが、彼を負け役にさせてはならないというチーム全員の強い思いもあって、試合は追いつき、見事にベスト8進出を決めたのであった。

ここで主人公は再び第3キーパーに戻る。
かつてないほどのプレッシャーの中で試合を終え、忘我の表情でベンチに戻ってきた第2キーパーを満面の笑みで出迎えたのは第3キーパーだった。
第3キーパーは第2キーパーをしっかりとハグし、そして耳元で何やらささやいた。瞬間、第2キーパーは号泣し、ベンチに泣き崩れる。第3キーパーはそれを見て、笑いながら顔にタオルをかけてやった。
年に一度あるかないかという出場機会、しかも試合1時間前に言い渡されるという状況を乗り切り、さらに出場した試合でサーポーター絶賛のパフォーマンスを見せたにもかかわらず、彼は次の試合を第2キーパーに譲った。
結果を出したのに報いられなかったのだ。
それなのに第3キーパーは一言も愚痴や呪詛を吐くこともなく、最高の笑顔で第2キーパーをねぎらい、祝ってみせたのだ。この姿にオレたちは、なんという男なのだ、吉満は、と驚愕したのである。
そうである、この第3キーパーは吉満という名前で、前年までレノファ山口に所属し、契約満了、要するにクビになったところをアルビレックス新潟に拾ってもらったのである。
その恩返しとしてどんな形でもチームに貢献したいと考えていたそうで、彼にとって突然の試合出場はその絶好の機会だったというのだ。
まったく第3キーパーとは神のような存在である。

昨年までアルビレックス新潟で第3キーパーを務めていた瀬口は、親の介護が理由で現役を引退し、故郷に帰っていった。
彼もとんでもない人格者で、常に誰よりも早くクラブハウスに出勤し、そして自ら志望してトイレ掃除を毎日行っていた。
試合に出て貢献できないなら、別の形で仲間の役に立ちたいと考えていたのである。
また、キーパーというのは運に大きく左右される仕事なので、どうしても験担ぎをしてしまうし、徳を積もうとする。どこかでお天道様が見てくれているはずだ、という思いの強い職業なのだ。
トイレ掃除はそんな祈りの行為でもあったのだろう。

そして最後の主人公は第4キーパーだ。
第3キーパーでも驚くべき存在なのに、なんとチームには第4キーパーさえいるのである。これは高校を卒業したばかりの若手が務める。
アルビレックス新潟の第4キーパーは西村という青年で、彼は引退していった瀬口からトイレ掃除を引き継ぎ、毎朝、クラブハウスのトイレをきれいに磨き上げている。
きっと彼のこともお天道様はしっかりと見てくれるに違いない。
こうして受け継がれていくものも、クラブの大切な財産。


2024.06.09

ベスト8進出


長倉幹樹はもはや超人の域を超え、神に近づいたと言ってよいのではないか。
この選手が一昨年はアルバイトしながらサッカーをしていたというのは、いったい何の冗談だったのだろう。

長倉は順天堂大学4年のとき、大怪我をしてほとんど試合に出られなかった。しかもコロナだったこともあって、プロのスカウトの目に触れる機会がほとんどなかった。
そこで長倉は関東リーグ、要するにアマチュアの東京ユナイテッドに加入し、フィットネスジムでアルバイトをして生計を立てながら、サッカーを続けた。その姿がようやくJリーグスカウトの目にとまり、ザスパクサツ群馬に移籍する。ここで年俸400万円ぐらいをもらえるようになったので、バイト生活から抜け出した。これが去年の話。
群馬に加入すると、すぐに「なんでこんな選手がここにいるんだ?」とサポーターが不審に思うくらい、格の違いを見せつける。このあたりでサッカーファンの間で話題になり、オレもDAZNで群馬の試合を見て、へー、なかなかいい選手じゃんと驚いた。
そして去年の途中、まさかのアルビレックスへの移籍。げっ、あいつが来てくれるのかとオレは驚いた。
こうして大学卒業2年でバイト生活からJ1へと一気に登り詰めたのである。年俸は1000万くらいと推定だ。

この長倉が、今年になってさらにスーパーな活躍なのである。中2日で2試合フルタイムでフォワードなんてことも平気でやるし、群馬のサポが新潟への申し送りとして長倉のことを「運動量は化け物で、私服がダサい」と言っていた通り、こちらの予想をはるかに上回る怪物的な働きなのだ。
それも疲労困憊というわけではなく、J1でサッカーできるのが嬉しくてたまらないという喜びに満ちた走り方だから、見ているこちらも幸せになる。
加えて決定力もあって、今日のルヴァンでも難敵長崎に引導を渡すゴールを決めてくれた。その瞬間、息子とオレは絶叫である。
もはやスーパー過ぎて、来年はこのチームにいないだろうなあと諦めの気分すらわいてくる。年俸は3倍ぐらいにしてもいいから、残ってくれないか。
移籍するなら海外に行ってほしいものだが、本人は浦和の出身で、浦和のユースにもいたから国内なら浦和に移籍するかもしれない。いや、このポテンシャルならもはや戦術は関係ないから、鹿島や横浜でも十分主力になれるし、なんだったら神戸で大迫の後継者になってもいいくらいだ。それならオレも引き続き応援したい。

というわけで、そんな長倉の活躍で難敵・長崎を撃破してアルビレックス新潟は9年ぶりにルヴァンカップのベスト8進出だ。
それにしても長崎は強かったなあ。あれはJ1中位の力があるだろう。
アルビレックス新潟の選手たちは、よく勝ちきった。


2024.06.08

晩メシ難民


主婦の仕事は年中無休だから、せめて土日はヨメに休んでもらおうと考えて、外食することが多い。オレはヨメ孝行なのである。
家でオレが料理をつくってもかまわないのだが、それはそれで気持ち的にヨメの心が休まらないと思うので、外で食べる。
今日は、先日見つけた町中華の店に行こうと考えた。
我が家からはそう遠くはないが、歩こうと考えるにはちょっと面倒な場所で、しかも近くにコインパーキングもないので、面倒くさくて行かなかった店である。ただ、魚せいの大将からは「あそこは旨い」と聞かされていたので、気にはなっていたのだ。
そこで先日ふと思い立って、息子と行ってみた。そしたらこれが実に旨い店でびっくり。
餃子なんて今まで食べた中で1位か2位じゃないかという感じで、息子の食べていたチャーシュー麺のスープを飲んでみても、じんわりとした旨味の広がる味。オレは野菜たっぷりのタンメンを食べた。
いやあ、ここは旨いなあ。今度はビールを飲みたいので晩ごはんに来よう。
息子とそう話して、そして今夜行くことにしたという次第である。

まだ日の明るい中、息子とヨメの3人でこの町中華に向かった。娘は札幌へ遊びに行っているので不在である。今の季節の札幌はさぞ快適だろう。
歩道橋を渡り、住宅街の中を抜けて町中華にたどり着く。
ぎょ、なんということだ、閉まっているではないか。
入り口には「料理が売り切れてしまいました。閉店です。ごめんなさい」の貼り紙。う、売り切れだとぉぉ? そんなことがあるのか。
だが、閉まってしまったものは仕方ない。また次の機会にしよう。「今度は電話してからのほうがいいな」と息子。確かにそうだ。想定外すぎる閉店だった。

さて、ではどうしよう、という話になる。
ここで我々は完全に詰んでしまったことに気がつく。
なにしろこのあたりは飲食店がまったくない。この町中華の近くにあるのはパン屋とコンビニだけだ。ビールと餃子を楽しみにやってきてパンを買って帰るというのはあまりに寂しい話ではないか。
だが、実際のところ、このあたりに店がまったくないのは事実なのである。あるとすれば魚せいか。だが、魚せいはもはや昔の魚せいではないしなあ。ネットで「最悪の店」と叩かれるようなレベルになってしまったからなあ。悲しいことに。
詰んでしまったオレたちはここで敗北を認め、そしていったん家に帰り、車で出直すことにした。
行き先はガストである。そうである。町中華がダメならガストしかない、そんな街になってしまったのだ。石神井公園は。ガストでなければサイゼリヤもあるが、かつてのような選択肢はもうない。
もちろんガストも悪くない。サイゼリヤ飲みと同様、ガストも飲み客に力を入れているので、アルコール類とつまみ類が、そこそこ充実している。もっともビールがスーパードライなのには閉口するが。スーパードライは嫌いなんだよ。

車を止めてガストに入り、席に座ってモバイルオーダーする。しばらくして例の猫ちゃんロボットが料理を運んでくる。簡単なものだ。適当に飲んで食って5000円。大人3人の晩飯代としては格安だろう。味もしっかり旨いし、文句はない。
なんだ、ガストでよかったじゃないか。
いやいや、せっかくの休日の晩ご飯なんだから、ファミレスじゃなくてもうちょっと特別感のある店へ行きたいのだよ、オレは。だが、そんな店はもはやなく、やっぱりガストなのだった。
1時間ほど食べて飲んで、会計する。セルフ会計のレジだ。
伝票のバーコードを読み込ませ、スマホを開いてシルバー割引のバーコードを読み込ませ、すかいらーくグループのアプリのバーコードを読み込ませ、dポイントのバーコードを読み込ませ、そしてやっとPayPayのバーコードを読み込ませる。
精算するのになんと5回もバーコードを読み込ませなくてはならず、キャッシュレスのセルフ会計は、現金で人に払うより何倍も手間がかかる。
隣のレジのおばちゃん客が、「こりゃ私らには無理」と言って、店員を呼んで現金精算しようとしていたが、その気持ちはよくわかる。ポイントサービスは本当に面倒だ。
当初行く予定だった町中華は完全に現金のみの店だから、きっと会計も早かったに違いない。

ひゃー、めんどくさかったねえと言いながらガストを出て、酒を飲まなかった息子に運転を代わってもらい、そして家に帰って風呂に入り、上がってからTVerでなぜか今推している「ドラゴン桜」を3人で見る。「2」のほうだ。
これが久しぶりに見たらべらぼうに面白くて、一気に3本も見てしまった。面白いねえ、うんうん、と土曜の夜の我が家は盛り上がったのだった。


2024.06.07

キングの新刊がよさそうだ


ところで昨日は朝、コメダ珈琲でモーニングを食べたのだが、こんなことなら新百合ヶ丘駅で箱根ソバを食べれば良かったと激しく後悔した。
もっとも箱根ソバも、ダテ君によれば以前とは味が変わってしまったとのことで、もしそっちを食べていれば激しく後悔してコメダ珈琲で食べるんだったと言っていたかもしれない。
ことほどさように人生とは選択の連続である。人生の選択ということでは学生時代に仕入れた面白いネタ話があるのだが、ちょっと下品なのでやめておこう。オレの日記の品位が下がるのは好ましくない。

ところで多摩センター駅にはまだ書店があった。京王線沿線でおなじみの、くまざわ書店である。そこそこ広く、割としっかりした品ぞろえであった。
ここでスティーヴン・キングの新刊を買う。幽霊が見えておしゃべりもできるという少年の物語だ。面白そうではないか。
例によってページを開いて2行目からたちまち物語に引き込まれる。この凄まじい文章力は相変わらずの神業だ。
隣のアパートに住む老夫婦の奥さんが突然死して、残された旦那さんが悲嘆にくれる中、幽霊となった奥さんと会話するというシーンから物語は始まる。
旦那さんは結婚記念指輪が見つからないと嘆き、幽霊の奥さんは「クローゼットの中にあるのに」と少年に伝言し、少年はそれを自分の母親経由で隣の旦那さんに伝える。
この母親は、どうもうつの息子は何かがおかしいと気づいている、といった状況のところから物語は動くのであった。
そしてこの新刊が文庫だというのに1500円! 最近のキング作品の例に漏れず、バカ文庫での発売なのだ。たまげたなあ。
もっとたまげたのが、くまざわ書店の無愛想ぶり。オレの地元の八重洲ブックセンターのホスピタリティあふれる接客になれているせいか、がっくりきた。もうくまざわ書店には足を運びたくないなあ。


2024.06.06

多摩原人


ワタクシは今これを唐木田という地の果てで書いている。地の果てなのに、驚くべきことに電車が通っている。通っているといっても、終点だ。地の果てだから、それも仕方ないだろう。
そんな地の果てにも人は住んでいるのであり、それは要するに多摩原人なのだが、多摩原人でも呼吸をすれば腹が減るので、コメダ珈琲があるである。そうである。
驚いたことに地の果てにもかかわらず、唐木田にはコメダ珈琲があり、ワタクシは早朝7時半にコメダ珈琲でこれを書いているのだった。

その後ワタクシは徒歩で某取材先に移動した。集合時間まで間があるので立って時間を潰していたら、どうやら都会からやってきた人間が珍しいのか、誰何された。しかも二度も。
田舎の常で、ここでは全員が顔見知りであり、見知らぬ顔のオレに対して警戒心を抱いたということなのだろう。
まつたく人を呼びつけておいて失礼な原人どもである。原人の仕返しか。かつてのオレなら、とっとと席を蹴って立ち上がって去るところであるが、オレも大人になった。大きな心で、田舎者のすることよと許してやった。
振り返れば多摩丘陵。地の果てだから仕方ない。

そしてこの続きを、今度は多摩センターという地の果てで書いている。多摩センターというのは小田急の多摩センターと京王の多摩センターがあり、どちらの駅も隣り合わせで、しかも目指す先がどちらも新宿なのである。まったく壮大な無駄遣いだ。こんな地の果てに電車なんぞ一本あるだけでもありがたく思わなくてはならない。
驚いたことに、こんな地の果てにもスターバックスはあり、らワタクシは今スタバのコーヒーを飲みながら日記の続きを書いているというわけだ。

その後ワタクシは、西府というところへ移動してインタビュー仕事をこなした。西府なんていう駅を、ワタクシは知らなんだ。こんな駅にも人は住んでいて会社があるのである。
ということは経済があるのである。まったく世界は広い。驚きに満ちている。

そして今ワタクシは、秋津の居酒屋で一人、飲んでいる。
一年に一度くらい立ち寄る居酒屋だ。久しぶりである。
相変わらず旨い。何を食っても旨い。
だが接客というかホスピタリティはずいぶん落ちたな。値段も上がった。旨いが、はて、以前ほど支持できるかというと微妙で、次回はないかなあと思った。
そんな具合にワタクシは多摩丘陵をうろうろと歩き回ったので、疲れてしまったのであった。歩いたのは15000歩ほど。多くが坂道だったから疲れてしまって、その分、ビールが美味い。


2024.06.05

プレーオフ第1戦○


相手は難敵、長崎だ。J2とはいえ、J1中位の力はあるだろう。なめてかかってはやられる。 そう意気込んで臨んだルヴァンカッププレーオフ第1戦、オレたちはスタメンを見て仰天する。
なななな、なんと、吉満ぅぅぅ? 吉満は今年完全移籍でやってきた第3キーパーである。なんで第2キーパーの阿部じゃないのか。
しかも控えが正キーパーの小島だ。阿部はどうした、ケガか、まさか夏ウィンドウの移籍か。
さらに試合前、メンバー表を見たオレたちは腰を抜かす。なんとサブに入っていた小島の名前がないではないか!
とととと、ということは、今日のゲームはキーパー1人でやっつけちゃうということか。しかも第3キーパーの吉満で。
いやあ、とんでもないことになってきましたなあ。
ところがこの吉満が大活躍。再三再四、チームのピンチを救う。ファンマのシュートを、身体を張ってブロックしたり、飛び出してパンチングしたり。おかげでチームは難敵長崎に逆転勝ちだ。ジャパネットには負けられないのだ。
キーパーというのは不思議な人種で、正キーパー以外はまず試合に出られない。ケガの時に第2キーパーにチャンスが回ってくるか、経験を積ませるためにカップ戦でゴールを守るか。
いずれにせよ第3キーパーに出場機会はほとんどないのだ。実際、去年だって第3キーパーの瀬口が出場したのは1試合だけだった。
それでも第3キーパーはいつ出場機会が巡ってきてもベストコンディションで出られるようにしていなければならない。試合に出られないのにいつでも出られるように準備しておくのが仕事なのである。これはほとんど修行だ。
仲間がプレーしているのを応援しながら自分のコンディションはベストに保ち、試合に勝てば仲間を讃え、負ければ鼓舞する、そんな立場だ。第3キーパーに瀬口のような成人が多いのも、そんな修行の日々を送っているからに違いない。
そんなわけで今日のMOMは吉満。
ちなみにこのどたばたの原因は、出場メンバー表の記入ミスというお粗末なものだったらしい。
一番割を食ったのが阿部。まったくスタッフは何をやってるんだか。


2024.06.04

なんでもかんでもコスパコスパ


コロナ明けの頃には、リモート→リアルの流れで対面インタビューが増えたが、ここへきて一気にリモートインタビューが増えたように感じる。
なんでだろうなあと思って考えたら、要するにコスパなんだと気がついた。
遠方で旅費がかかるのは、もはやリモートが当然。近場であってもリモートのほうがコスパがいいと思われているようで、最初からリモートインタビュー前提で話が進み、オレが「インタビューは対面でお願いします」と言うと、えっ、なんで、という反応だ。(慌てて付け加えるがコマちゃんのことではないよ)
ライターなんて現場に呼ばない方が安く上がると思われているのだろうなあと感じる。安く見られたもんだ。
去年からのオレはデフレをぶっ飛ばせキャンペーンを絶賛展開中で、あらゆるギャラの値上げを進めている。それもあって、安く抑えようと思われているのかもしれない。
ライターなんて話を聞くだけだからネットでいいだろ、安く上げさせろ。そんなふうに思われている気がして仕方がない。
もちろんオレたちがやっているのはビジネスなのだから、コスト削減は絶対的な正義である。でも単純に考えて、行ったこともない会社のことを書くなんてとても不自然なことなのだがなあ。
そういやかつては撮影現場にはちゃんとデザイナーが来てディレクションするのが当たり前だった。
今では考えられない。
これからは現場にはライターも来ないのが普通なのだろうか。へんてこりんなことだ。


2024.06.03

勝ってくるぞと板橋区〜


練馬区と板橋区は、反目しあっているということはないけれど、お互いに「一緒にされたくない」とは思っている。もちろん目くそ鼻くその類だ。鳥取県と島根県、足立区と葛飾区、みちょぱとゆきぽよのように、周囲には「どっちもどっち」と呆れられ、「いっそ合併してしまえ」とさえ思われているような関係だ。
紛争とは遠い親戚との間で起きるのではない。隣家と起きるものなのだ。

練馬区は西武池袋線で、板橋区は東武東上線である。
映画「翔んで埼玉」の続編には西武池袋線と東武東上線が登場して、西武側が「東武とは一緒にされたくねえな」と毒づけば、東部側が「都会の振りをした田舎もんが」と西武を見下すシーンがあった。
西武が怒ると東武は「東京ったって、東久留米、清瀬、田無じゃねえか。こっちには下赤塚がある」と威張るのである。
それを見ながらオレたち練馬の人間は、「下赤塚だと。ぷっ」と嘲笑するのであった。下赤塚の北口一帯なんて、今でも貧民街として有名じゃないかと、オレたちは指をさすのであった。

東武線のビバリーヒルズが、ご存知、常盤台である。大きな家屋敷が並び、金持ちが住んでいる。
対する西武線のビバリーヒルズは、おなじみの石神井公園だ。こちらはかつて上流階級の避暑地として栄え、今も公園の池の周囲にはお屋敷が建ち並ぶ。ミスチルの桜井がこの周囲をジョギングしながら「イノセントワールド」をつくったという伝説もある。
もちろんこれも、足立区のビバリーヒルズは竹の塚と言われているのと同じレベルであって、よそからするととことんどうでもいい話だ。

板橋区は高低差のひどい地域で、かつて「谷の底」と呼ばれたエリアは都内有数のバラック村、貧民窟と言われた。それは板橋区民にとって絶対に触れて欲しくはない闇である。
幸いなことに練馬区にはそうしたエリアは存在せず、闇と言えば、経産大臣にまで登り詰めた菅原某がカニとメロンパンを配りまくって抗しよく選挙法で逮捕され、公民権停止の処分を食らってしまったことぐらいである。微罪だ。
そんなわけで練馬区民としては板橋区民と一緒にされることを非常に迷惑に思っているのだが、板橋区民のイームラ君とオレは仲良くやっているように、現場レベル、個人レベルでは練馬と板橋はいい関係を保っているのであった。
韓国人や中国人だって個人レベルで付き合ってみるといいヤツが多くて、紛争なんてそんなものかもしれない。


2024.06.02

タイムリープもの


アルビレックス新潟が勝った翌朝はとても気分が良くて、よーし、今週も頑張るぞと思うのだが、調子に乗ってつい昨日の試合を振り替えようとDAZNを観返してしまうものだから、もはや仕事にならない。
そうこうしているうちに昼になって息子と一緒に近所の町中華の隠れた名店「たつみ」に行って絶品餃子を食い、雨が降り出したので慌てて帰ってきたら、もう日曜のJリーグが始まっている。
見ちゃうんだよなあ、これ。
注目はヴェルディ対札幌で、いやあ、札幌の崩壊ぶりが目を覆いたくなるほど酷すぎる。酷すぎて同情する。攻められているのにゴール前はがら空きで、それなのに選手はみんなジョギングで棒立ち。大袈裟でも何でもなく、いくらなんでもこりゃ酷いだろうと思ったら案の定、Twitterでも札幌サポの怒りのツイートの嵐。同情します。
こりゃあ、降格枠の一つは札幌で決まりですな。もう一つは京都どすえ。ということで、残る降格枠はあと一つ。
アルビレックス新潟はなんとか今年も残留できますように、と祈るのである。
「神回」
タイムリープものの映画だが、同じタイムリープものの「リバー」に比べるとどうにもこうにも。「リバー」がカラッとした面白みとオチのバカバカしさが素晴らしいのに、こちらは陰湿。ネタを書いちゃうけれど、延命治療でもう死ぬ間際の老人が高校時代の初恋を追憶している、その追憶の中身を描いたという救いのない話なのだ。好きだった女の子とちょっと話ができて嬉しかったという、高校時代のその記憶だけが今際の際にループするという、いったいどんな人生なんだそりゃ、という話である。見るんじゃなかった。いや、主役の坂ノ上茜は見て良かった。27歳だというのにとんでもなく透明感あふれる女子高生を演じているぞ。オレの中ではこの坂ノ上茜と加藤小夏が女子高生ツートップ。


2024.06.01

○×○△△××△○×△××○××○19


いやあ、実に気分がいい。最高の週末だ。
日本の敵、町田ゼルビアを倒してやったぞ。征伐してやった。
いや、正確に言おう、駆除だ、駆除。町田を駆除してやったぞ。
町田ゼルビアのことは、町田以外のサポ全てが嫌っている。みんな町田が大嫌いだ。町田は嫌われていることを自覚した方がいい。嫌われ町田の一生。
最近では調子に乗った町田サポのルール破りが横行し、浦和のサポが「目に余る」と言い出す始末。あの浦和サポが言うのだから、大笑いだ。
そんな町田を駆除してスタジアムを黙らせたのだ、我らがアルビレックス新潟は。
アルビレックス新潟のサポーターが交流する掲示板があるが、そこには試合直後から浦和や鹿島のサポーターによる「ありがとう、新潟さん!」と感謝の書き込みがあふれている。
これだけでも町田がいかに嫌われているかがわかるだろう。
なんのなんの、いいってことよ。日本の未来のために駆除しただけのことよ。
他のサポーターになぜこんなに感謝されたかというと、ただ単に駆除したからではない。駆除の方法まで教えてあげたからだ。

町田の試合が終わってのオレの率直な感想は、町田は全然強くないやんけ、というものだった。浦和や神戸、広島、名古屋あたりのほうがよっぽど強い。感覚としては湘南程度の強さだ。町田は、
先日、町田に負けた浦和のサポも「サッカーでは負けた気がしないのに、試合には負けた、へんてこりんな気分だ」と漏らしていたが、その通りで、町田はまるで強くない。技術もなくて、むしろサッカーが下手くそなのである。
そこでアルビレックス新潟の取った作戦が、町田にボールを持たせようというものだ。
町田の怖いのは、1ミリ単位で立ち位置が決まっているとされる堅い守備とロングカウンター、そしてロングスローである。そこで新潟は町田にボールを持たせる作戦に出た。いつもと逆である。勝手に持ってろ作戦だ。
ボールを持たされた町田は、1人ひとりが技術的には下手くそであるから、どうしたらいいかわからず、まねっこのボール回しをして簡単にロストしてしまう。ボールを持たされるから守備陣もどうしたらいいかわからない。
ミスを誘っておいて、今度はこちらがシンプルにショートカウンター。これであっさり得点だ。
こうした戦い方を見た他チームは、新潟と同じことをやるだろう。
弱点発見、ありがとう新潟さん。町田はサッカーが下手くそだ。

J2時代を含めて、町田とは長く闘ってきた。
昔の町田はこんなに嫌われるチームではなかった。むしろ大宮や甲府と同様、仲良しチームだった。
ドゥドゥが試合中に、デビューしたての小見の坊主頭を嬉しそうになで回していたシーンをよく覚えている。田中達也が現役引退するときは、試合を止めてわざわざ花道を作って送り出してくれた。そんな温かみのあるチームだった。
がらっと変わったのは、ご存知、サイバーエージェントが経営に乗り出して、青森山田の黒田監督が就任してからである。
高校の監督だから、やるのは上意下達の部活サッカー。どんな手を使っても勝てば正義の選手権サッカー。ロングスローを使いまくり、見えないところでファールをしまくり、ちょっと接触すれば転んで時間を浪費する。
全部ルールの範囲内ではあるが、ボールの動いている時間がJリーグで最も短いことでもわかるように、ボールを動かさないで時間を動かすサッカーなのである。よくこんなサッカーをしていて選手はうんざりしないなあと不思議になるくらいだ。
勝てばいいといっても、これでは勝ってもつまらんだろう。
そんなサッカーをやって、別にルール違反はしてないから、と開き直るのが町田サッカー。嫌われるのは当然だ。
いや、今ではむしろ軽蔑されるレベルになっている。
サッカーが上手くなりたい、サッカーを楽しみたいという価値観とは真逆のサッカーだから当然だ。

町田のサッカーはまるで機械がプレーしているようだ。ゴリゴリに規則で縛って、規則からはみ出そうとする選手がいると、部品を交換するように交代させる。練習では高校サッカーのように怒鳴り声が響く。そんな中で練習して楽しいのかねえ。
今日の試合でも、明白な懲罰交替があった。懲罰だぞ、懲罰。まさに壊れた部品の交換で、目を背けたくなるような交替だ。町田サポはこのシーンをどう思ったんだろう。
試合後のインタビューでは、ぶんむくれた顔の黒田監督が「町田のサッカーじゃなかった」と、まるで自分たちのやりたいことができなかったから負けたと言わんばかりで、相手へのリスペクトは一切ない。ロッカールームでは選手たちを怒鳴り散らしたに違いない。
単に町田はサッカーが下手で、アルビレックス新潟が強かったということだ。ざまみやがれ、と全Jリーグサポが唾を吐く。
唾を吐くと言えば、黒田監督はクセなのだろう、試合中、ずっと唾を吐き続けていた。なんの冗談か、代表監督にという声を聞いたが、こんな下品で恥ずかしい人物を世界に晒すわけにはいかない。

何よりも我々が快哉を叫ぶのは、黒田監督の「チャカチャカ発言」に逆なでされてきたからである。
黒田は言った。「あんまり足元でチャカチャカやって、7本パスをつないで点数を取るというサッカーが果たしてサッカーかと言った時に、やっぱり日本の甘さ≠ニいうのはそこにあるわけで…」。
7本パスをつないで点を取るサッカーこそ、アルビレックス新潟がプッチ監督以来築き上げて、今も発展途上にあるサッカーである。去年の最終戦なんてGK含めた全員がパスをつないで点を取った。名指しこそしなかったが、そんなふうにJリーグで最もパス本数の多いアルビのチャカサッカーを黒田は小馬鹿にし、鼻で笑ったのである。
このチャカ発言はJリーグを揺るがし、やがてパスをつなぐサッカーのことはチャッカーと呼ばれるようになった。アルビのチャッカーが果たして町田の部活サッカーに勝てるか。今日の試合はそういうゲームだったわけである。
そしてそこで何が起きたかというと、先に書いたように新潟は町田にボールを持たせることにしたのだ。
陣形を広めにとってサイドを封じ、ミドルサードまでプレスに行かず、町田にボールを持たせる。フォワードはマンマークで封じる。
ボールを持たせてもらった町田は、パスでつなぐしかなく、アルビレックスの陣内でぐるぐるとボールを回しているうちに、気がついたらいつもは馬鹿にしていたチャッカーを自分たちがやらざるを得なくなっていた。これが試合後の黒田の「町田のサッカーじゃなかった」という発言につながる。
もちろん普段チャッカーをやり慣れているわけではないから、急造のチャッカーを町田の選手がうまくできるわけがない。
あれっ、おっかしーな、なんでこんなことやってんだオレたち、という戸惑いが見て取れ、基本的に足元の技術が下手くそな連中だから、なんちゃってチャッカーにしかならず、ミスからカウンターを食らって失点してしまうのである。これが先制点。
2点目は、今度はアルビレックスが本物のチャッカーを見せて、相手の目線をそらし、戸惑わせてゴールを決める。サイドバックの藤原がするするとゴール前に飛び込んでのゴールだった。
この瞬間、息子とオレは叫んだね。見たか、これが本物のチャッカーだ!

そして3点目は、完全にスカウティングの勝利。秋山のフリーキックが相手のオウンゴールを誘ったのだが、その瞬間秋山は上目遣いにニヤッと笑い、そしてベンチに駆け寄ってセットプレー担当コーチの頭を「お前の言った通りだったぜ」と嬉しそうにボコボコと叩いたのであった。
このコーチは前日に、町田のウィークは見えているとインタビューに答えており、フリーキックの際はここにこんなボールを放り込めと指示を出していたのだった。
完全にスカウティングの勝利である。
実は昨年までのスカウティング担当コーチが町田に引き抜かれてしまい、それが今季の低迷の原因ではと言われていた。残ったコーチ陣にとっては最大の屈辱である。だからコーチ陣は絶対に町田は駆除してやると腹をくくり、そして見事にそれを実現してみせた。いうまでもなく3点目は、コーチの得点なのだ。

アルビレックス新潟は、何となくチャッカーをやっているのではない。かっこつけて始めたわけでもない。
資金力がなく、高い身体能力を持った選手も取れない地方貧乏クラブが生き残るために、再現性の高い戦術を定着させようということで2019年にスペイン人のプッチ監督を招き、2020年から取り組んできたのよ。
オレたちが生き残るにはこれしかないと腹をくくり、下手くそがバックパスの練習をしてると笑われながらも、歯を食いしばってチャッカーに取り組んできたのよ。
そうやって貧乏クラブが必死になって取り組んできたサッカーを、金満クラブに就任した黒田が小馬鹿にしてチャッカー呼ばわりしたのだ。自分たちの優位性のために他人を揶揄する、それが町田というクラブなのだ。
かつて小見の頭を「小僧、頑張れよ」と笑いながらなでたチームとは、まったく様変わりしてしまったのである。
だからオレたちはアルビレックス新潟が町田にチャッカーをやらせて取った1点目が、自分たちのチャッカーを貫いて取った2点目が、そして町田の得意なセットプレーで取った3点目が、無茶苦茶嬉しいのだ。
浦和や神戸や鹿島のサポーターもそれをわかってくれているから、掲示板に書き込んでくれる。

堅守速攻、速いポジトラが世界の潮流であることはわかっている。
そりゃあ、クリスティアーノ・ロナウドがいたらアルビレックス新潟も縦ポンでも勝てるだろう。だがロナウドが来てくれるわけがない。
だからアルビレックス新潟は、チャッカーを突き詰めて、究めていくしかないのだ。そんな志を強くしたゲームだった。
よくやった。この上なくビールが美味かったよ。


2024.05.31

アンドレも藤原にはびびっていた


繁閑の差が著しいのは受注産業の宿命なので何を言っても自分に返ってくるのだが、先週が超多忙で今週が割とヒマで来週がまた超多忙という流れだと、もっとどうにかならんかと愚痴の一つも口にしたくなる。 どうにかするのはオレ自身以外にないのだがのう。とほほ。 「アントニオ猪木とUWF」前田日明・藤原喜明・宝島社。これまで幾多のプロレス本を読んできたが、その中でも3本の指に入る面白さではないか。1位は「1976年のアントニオ猪木」2位は「真説・長州力」3位は「紙の破壊王」あれ、3本の指に入らないじゃないか。まあ、よい。前田と藤原が新日本プロレス時代からUWF崩壊までの裏話をしゃべりまくったもので、出るわ出るわ、抱腹絶倒の裏話。星野勘太郎と前田のガチ喧嘩、アンドレ戦の仕掛け人は坂口征二、マサ齋藤の「ああ奥さん」事件、前田のホモ騒動、熊本旅館破壊事件の真相、ニールセン戦はガチだったなど、知っているネタは多かったものの、改めて当事者の口から語られると面白さ倍増なのであった。夕方買って晩ご飯までに一気読みだぜ。それにしても長州力の嫌われ具合はハンパないなあ。業界関係者には嫌われ、業界外の人からは「極めて常識人ですよ」と言われる長州力というのは、本当に興味深い人物である。


2024.05.30

キヤノンかブラザーか


キヤノンの人に会ったとき、「タンゴさん、プリンタは何を使ってますか」と聞かれた。
キヤノンの仕事をしているんだから当然キヤノンだよな、という圧をかけての質問できなく、純粋な興味からというふうだった。キヤノンはエプソンとプリンタ市場でバチバチにやりあっている。
いったい世の中の人々は本当にウチの製品を使ってくれているのだろうかという疑問からだった。
オレはずっとキヤノンユーザーなので、もちろん使ってますよ、と答えた。製品番号まで添えて答えた。
その人は、ちょっと嬉しそうだった。
ちなみにキヤノンがキャノンじゃないのはビジネス界あるあるのお約束クイズ。語源が観音であること、デザイン的に小文字が美しくなかったことなどが理由だ。

数年で買い替えながらずっとキヤノンのプリンタを使っている。プリンタは基本的に消耗品だ。
家庭用のプリンタではあるが仕事としてガンガンに使い倒しているので、たぶん早く壊れるのも仕方ない。繰り返すが、プリンタなんて消耗品だ。修理して使うより、すぐに買い替えることにしている。
というわけで、先日、突然キヤノンのプリンタが動かなくなったときも、そろそろだったなあと思った。
なぜだかWi-Fiに乗らなくなったのである。いろいろ設定を変えてやってみたけどどうにもならず、すぐに見捨てた。消耗品だからな。
ただ、プリンタが使えないのはいろいろと困る。取材に出かけるときは資料を全部プリントアウトして持ち運ぶし、書いた原稿は必ずプリントアウトして紙で読み返している。推敲は、紙でやらなくては意味がない。
プリンタが使えないと、致命的ではないもののそれなりに支障が出るので、当然、すぐに買い替えることにした。だが、Amazonでキヤノンを見ても、早くて中一日、つまり明日はまるまるプリンタ無しで過ごさなくてはならない。忙しい時に、それはちょっと不便だ。
そこで中古ならどうかと思って見てみたら、なんとこちらは素晴らしいことに翌日の午前中には届くという。しかも中古なので新品の半額だ。壊れてしまったヤツと同じモデルなので、買い置きのインクの予備も無駄にならない。

というわけで、翌日に届いたキヤノンの中古のプリンタだが、中古はやっぱりポンコツで、印刷はできるものの、フィーダーがいかれていて紙送りがうまくないなどの無能ぶり。こりゃあだめだ、消耗品なんていいながら中古を買ったオレの失敗だ。
急場はこれでしのぐとして、やっぱり新しいプリンタも買っておかなくては。どうせこのポンコツもすぐに動かなくなるだろうし。
というわけで、寝転がってスマホでAmazonをぶらぶらと見ていたら、ブラザーのプリンタがベストセラーになっているのを発見。ほほう、ブラザーか。
ブラザーは20年ほど前に一度買ってみて、あまりの低レベルな品質に愕然とし、すぐに処分したことがある。三流だ。とても仕事で使えない。その経験があるのであんまりいいイメージを持っていないのだが、しかし、最近ではネットでの評判もそこそこのようだし、単純にスペックだけ見ればキヤノンと遜色ない。というか、スキャナの解像度なんてキヤノンを上回っているではないか。
それでいて金額はキヤノンの半額。コスパだけ見れば、実に素晴らしい製品だ。
家庭用プリンタの市場でトップはエプソン。僅差でキヤノンが追いかけている。
市場はこの2強が圧倒的な存在感を放ち、それにHPとブラザーがしょぼく続くという状態だ。しょせんブラザーはJ2なのである。弱者の戦略として価格勝負しかない。
ブラザーは、以前にポンコツをつかまされたときの悪印象が強烈すぎた。だがコスパの魅力には勝てず、結局ポチッとしてしまった。果たしてどんな製品が届くのだろうか。
中古のキヤノンの製品と、コスパがウリのブラザーの製品。両方合わせれば、結局キヤノンの新品が買えたわけで、あるあるとはいえ、相変わらず情弱の買い物をしてしまったぜと少しヘコむ。


2024.05.29

オレは行動派


何かの調査では、在宅勤務している人の7割ぐらいが「出社するより疲れない」と答えているそうだ。
そりゃそうだろ。電車に乗らずに済むというのは、実に楽ちんであるからな。オレも電車に乗って出かけて仕事をした日は、ぐったりと疲れて帰ってくる。
数えてみたら昨日から9日間連続で在宅リモートワークの予定で、要するに9日間も電車に乗らずに済むから、とても楽ちんなのである。
労働者人口の減少にリモートワークの定着も加味されて、電車は昔のように混まなくなった。身体をぶつけ合う酷いラッシュは、ここのところほとんど経験ない。時たま、何かの巡り合わせでぎゅうぎゅうのラッシュにぶつかるが、それでも昔に比べたらずいぶんと余裕があるように感じる。

電車に乗らずに済むのはよいのだが、一方でオレの仕事という面に限って言えば、やっぱりインタビューは対面の一択だ。
できる限り対面でやらせてほしいとお願いしているものの、最初からリモート前提で設定されているケースも少なくない。きっとこれはインタビュー仕事、ライターの仕事というものを軽く観ているのだろう。
インタビューして聞いたことをそのままかくのがライターの仕事だと思っているに違いない。聞いた上で物語を組み立てて言語化するのがライターの仕事であって、その際には実際にその場所にいて感じた空気感などの肉体感覚がとても重要なのだが、わかってもらえないようだ。
そもそも行ったこともない会社のことを上手く書けるわけがないのに。

もっともこんなことは、入社した時からリモートワークが前提の世代にはとても理解できないだろうし、そこをゴリ押ししたところで「面倒くさいおっさんライター」とレッテルを貼られてしまうので、諦めている。
いや、実際、楽なのよ。在宅でのリモートインタビューは。
電車に乗らなくて済むし、移動の時間とお金もかからないし。
時には、インタビューも全部終わっていて、音声だけ渡されて、原稿にしておいて、という仕事もある。
机の上に足を投げ出して、AIに音声の文字起こしをさせて、それを原稿にするだけの仕事だから、効率はいいし、いくらでもできちゃうぜ。
でも、それに終始しちゃったら、ライターの仕事はとてもつまらないように思える。

「人を覗にいく」佐野眞一・ちくま文庫。先日、ダイソーの創業者について書いたときにこの本を思い出したので、再読。今では絶版なんだね。Amazonで古本を購入。クセのある人物ばかりを集めたノンフィクション。古いタイプの作家なのだと思うが、実に上手い。


2024.05.28

オレにもこんなときがあったのだ


現場にやってきたオーサワくんは、若い女の子を連れていた。オーサワくんは仕事熱心でポジティブで、真面目ないい青年だ。
「今年の新人なんですけど、勉強のために連れてきました」とオーサワくんは言う。
おお、それはそれは。初々しいねえ。もちろん大歓迎さ。
「よろしくお願いします、サクラです」と女の子は挨拶をする。
おお、サクラちゃん、そうかそうか。サクラちゃん、今年入社だって?
「はい、4月に入社しました。よろしくお願いします」
おお、そうかそうか。ということは新人だから23歳なのかな。
「はい、23歳です。よろしくお願いします」
ぎゃふん。やっぱり息子と同い年じゃん。
とうとうオレも、息子と同い年の人間と一緒に仕事をするようになったのか。
感慨深い、というか、がっくりする。
若い連中に嫌われないようにしなくてはなあ。


2024.05.27

不幸もの


いやあ、蓮舫の都知事選出馬宣言には驚いた。
小池百合子の国政転身が噂されていたから、これは千載一遇とばかりに準備は進めていたのだろう。
結局、自身の影響力に陰りが出てきたことを悟った小池百合子は、さすが風を読むことにかけては天才的で、あっさりと都知事のイスにとどまることにしたのだろう。
それを横目にした蓮舫は、準備はしちゃったし、立憲には波が来ているし、何よりもこのままくすぶってるのも冴えないと思って、出馬を決めたに違いない。
小池百合子対蓮舫。
ここに割って入れる人間なんていないから、この2人のガチンコ対決で決まりだ。
ワニ対マングース。ゴジラ対キングコング。世を惑わしてきた妖怪・女狐に外来種・カミツキガメが襲いかかる構図か。見ているだけでびびる。
オレは中国人の名前の人間をカシラとして担ぐつもりはまったくないので、蓮舫だけはありえない。多様性の象徴? 多様性なんてくそ食らえ。一神教の原理主義こそ大正義だわ。
それにしてもこの2人から都知事を選ばなくてはならないとは、東京都民はとことん不幸である。
石原慎太郎の時代はよかった。いや、猪瀬直樹も舛添要一も、女狐やカミツキガメよりよほどマシだった。
息子は「石原慎太郎カムバーック! せめて石原伸晃がもう少しまともだったら」と嘆くのであった。

もう一点、仰天したのが、高齢者の定義を5歳引き上げて、70歳からを高齢者としようという案だ。 なるほど、これで日本の高齢者は一気に減る。日本の若返りだ。
天才かよ、この発想は。
などと喜んでいる場合ではない。こんなことを許したら、あらゆる統計データの比較がグダグダになってしまうではないか。
それでなくても日本政府の発表する統計データは世界の笑いものになって、相手にされていない。
財務省や統計局などの公式のデータであってもExcelに平気で日本語が使われているので、全角、半角、ひらがな、漢字などの表記揺れを整えるだけで一日作業になってしまう。そんなデータが世界で通用するわけがないのだ。
高齢者ラインが5歳引き上げられると、オレも一気に高齢者じゃなくなって、ガストのシルバー割引が受けられなくなる。まったくよくないことだ。


2024.05.26

友だち百人できるかな


最近は指定席に座ることがほとんどだが、以前はゴール裏が定番だった。
ゴール裏では1人で応援に来ている人の姿がよく目につく気がする。家族や友人にアルビレックスサポーターがいなくて、仲間と一緒に応援する雰囲気が味わいたくてゴール裏に来るのだろう。
オレも以前、ゴール裏で試合開始を待っていたら、隣に座っているおじさんが他球場の試合をDAZNで観ていたので途中経過をたずねたところ、見知らぬおじさんとしばしサッカー談義をしたということがあった。おじさんはもちろん1人だった。
試合が終わって、帰り際、おじさんはオレに向かって「また会いましょう」と言って去っていったのだが、タイミング悪くオレは別の方向を向いていたので、あいさつに気づいて振り返ったときには既におじさんの姿は遠かった。
ちゃんと挨拶しておけばよかったなあと後悔した。

別のおじさんとはもうちょっと仲が良かった。
アルビサポーターの飲み会の席で知り合ったおじさんで、新潟に何のゆかりもない人だけれど、単身赴任中にアルビレックスにはまり、以来、どこの地へ引っ越してもアルビレックスの応援のためにかけつけるのだという。当然周囲にはアルビレックスサポーターはいないから、1人で黙々とスタジアムへ赴き、応援している。
名前も職業も知らないけれど、顔を合わせれば、ああ、どうも! ぐらいの挨拶は交わす。気のいいおじさんのようで、いずれどこかで落ち着いて話をしてみたいなと思ったまま、今に至るも果たせずにいる。
そんな具合にゴール裏へ行けば、アルビレックスサポーターの友人ができるんじゃないかなあ。

最近ではこれに加えて、アルビレックスサポの集まる飲み屋を発見した。新宿である。
ここはデカいビジョンが置いてあって、DAZNとちゃんと契約して試合映像を流している。いわゆるスポーツバーだ。
そのスポーツバーが、何の理由かわからないがアルビレックスのゲームではサポーターが大挙して押しかけ、店内はスタジアムさながらの盛りあがりになるようだ。
3000円ぐらいのチャージに飲み物と料理のオーダーだから7000円ぐらいにはなる計算で、さすがにちょっと高いので行ったことはないが、気にはなる。ここで友だちを作れば、一緒に飲めるかもしれない。

という具合に退職後の友だち作りのことを考えているわけだが、それを息子に言うと、息子は「退職なんてないんだからずっと働け」とオレに説教するのであった。


2024.05.25

○×○△△××△○×△××○××16


ユキノちゃんは隣のマンションに住む女子高生だ。確か3年生、受験生のはずだ。
娘と同じ登校班だったので、オレは彼女のことを小学校1年生の頃から知っている。名前の通り、雪のように真っ白い女の子だ。たまに道で会うが、オレのことを覚えてくれていて、いつも明るくあいさつをしてくれる。

昨日も出がけに彼女のマンションの前で会った。
雪のように白いユキノちゃんはオレの顔を見て、明るく「おはようございます!」と声をかけてくれて「なんとかかんとかなんですね!」と言っていた。よく聞き取れなかったが、今日はネクタイなんですね的なことを口にしたようだった。
そしてユキノちゃんは、自転車でオレを追い越しざまに「行ってきます!」と言い、走り去っていった。
いい子だなあ。こんなおじさんに、朝からにこやかに話しかけてくれる、とてもいい子なのだ。
オレは爽やかな気持ちで一日をスタートさせたのだった。

今日は深夜にACL決勝という大きな試合があった。アジアで1番のチームを決める大会の、決勝である。カードはマリノス対アルアイン。日本の代表とUAEの代表である。勝った方がアジアで優勝というわけだ。
日本のJリーグの代表として大舞台に臨むのだから、Jリーグサポーターみんなが応援しているかというとそんなことはまったくなくて、応援しているのはマリノスのサポーターだけである。他のサポーターはというと、マリノスなんか負けてしまえと叫んでいる。
普通では考えられないことだが、Jリーグでは平常運転だ。なぜならこの試合に勝った優勝チームには、一説によれば80億円が優勝賞金として支払われるからだ。
マリノスがそんな莫大なカネを手にしたら、Jリーグの生態系が壊れてしまうだろう。マリノスは各チームの有望選手の頬を札束ではたき、次から次へと引き抜くに違いない。
そんなことになったらたまらないから、マリノスなんか負けてしまえ。頑張れ、アルアイン。
実に屈折した陰湿な考え方だが、Jリーグではこれが常識なのである。
もちろんそんなことを気にするマリノスサポーターではない。面の皮の厚さは浦和や鹿島サポと何ら変わらない。ヤツらはチームの応援のために大挙してUAEまで出かけていったのであった。

そしてここで大事件が起きる。出発前には「マリノスサポのために2000席を確保しました」とチームが発表したというのに、現地に着いてみたら「すんまへん、1000席しかあらしまへん、堪忍しといてや、てへっ」と、主催者のアルアインにぺろっと舌を出されてしまったのである。
要するにチケットも確保せず、相手の言うことを頭から信用してのこのこ出かけていったマリノスサポーターが、したたかな中東にすっかりだまされてしまったというわけだ。
まあ、悪いのはアルアインだが、マリノスサポも空っぽすぎる。
わははは、どこの田舎もんだ、みっともねえな、おい。でかい旗を抱えて観光かよ。
Jリーグの他のサポーターは大喜びで、半泣きのマリノスサポーターに向かって、「帰ってくるな、ドバイあたりで出稼ぎでもしてろ」と冷たく言い放ったのである。
確かにアルアインにだまされたわけだが、だからといってチケットもないに何の疑いもなく出かけていったマリノスサポも頭がどうかしている。中東相手に甘すぎるわ。

そして肝心の試合が、このどたばたに輪をかけたひどさ。キーパーがドグソで退場したと思ったら代わりに出てきたキーパーがアルビレックス戦でも出場していたセカンドキーパーで、こいつがとんでもないポンコツ。1対1で飛び出したかと思ったらきれいに股を抜かれたシーンでは、世界中が腹を抱えて笑った。
もちろんJリーグサポも腹を抱えて「帰ってくるな、そのままドバイあたりで」と指をさしたのは当然である。
結局5-1と言い訳のしようもないほど大敗し、何しに中東まで行ったんだか、とJリーグサポはののしり、そしてマリノスが大金を手にすることなく終わった事実に、ホッと胸をなで下ろしたのであった。
ユキノちゃんのおかげで爽やかに始まった昨日からの時間は、こうしてマリノスボロ負けのおかげで爽やかに綴じたのであった。

それにしても、このキーパーを見ていたら、そりゃあ、マリノスはアルビレックスの小島を引き抜きにかかるのは当然だわな、とオレも納得。
もっともマリノスの姿は来週末のオレたちの姿。
日本中の嫌われ者、町田を相手に、のこのこ乗り込んでいって1-5で負ける未来が見える。とほほほ。5点で勝敗が決した後に、また早川史哉が終盤に1点を返すという、もはや伝統芸。
どうしてこうなったのだ。


2024.05.24

iPad問題


今日は朝から東京だ。
有楽町線が来たら乗って、有楽町で降りて初夏の都心を歩くのも気持ちよかろうと思ったところ、やってきたのは副都心線だったのでそのまま池袋まで出て丸ノ内線に乗り換えた。
東京駅は、外国人だらけである。
大きなキャリーを引き、数人で固まってワイワイとしゃべっている。
いつだったか新幹線ホームへ行くエスカレーターに乗ったら、前に外人のファミリーがいて、エスカレーターの幅一杯に広がっていた。最近ではむしろ片側を空けるのはよくないとされているし、別にホームへのたかだか10メートルのエスカレーターで邪魔も何もないのだが、その外人ファミリーの20代ぐらいの娘が後ろに立つオレにハッと気がついて「オー、ソリー」と言って片側を空けたのだった。
外人のくせに気が利く姉ちゃんじゃん。
オレはニコッと笑って、よいよい、別によい、気にするな、ネバマインと心の中で返事をしたのだった。
ともかくそんな具合に東京駅は外人だらけである。みんな京都へ行くのか。ハバナイストリップだ。

東京駅近くの高層オフィスで東証プレミアム企業の社長にインタビューし、広報のお姉さんたちを「そんなことまで聞くんですか」とびびらせ、降りてくる。
一緒にいたディレクターが「昼飯食って帰ります」というので、オレは、じゃあ丸善に寄って本を買って帰ります、と答えた。別れた直後、やっぱり一緒に昼飯を食った方がよかったかなあとくよくよする。
最近はこういうパターンが多い。カツカレーを頼んだ後に、やっぱり辛口にすればよかったかなあとか、ナポリタンを頼んだ後にやっぱりミートソースにすればよかったかなあとか。
実にセコいというか、しょぼいというか。

夜、家で酔っ払って気が大きくなったオレは、息子にiPadを買ってやると言って、その場でAmazonをポチッとした。
息子は大学に入ってからずっとiPadで教科書を読み、iPadでノートを取っている。
最近、Appleが新しいiPadを出して、それには噂通り13インチのiPad airもラインナップされていたので、息子はこれがほしいと言っていたのだ。だが、い。びっくりするほど高い。Appleのぼったくりはさすがに目に余る。
というわけで、息子の院生室でもこのiPadはとてもいいけれど、とてもこんなカネは出せないという話になっているらしい。
以前からそれを聞いていたオレは、やっぱりそれぐらいは買ってやらないとなあと思っていて、今夜はついにポチッとしたわけだ。
そしてポチッた後で、やっぱりグレーじゃなくてブルーにすればよかったかなあ、1テラがよかったかなあと、じくじくと後悔するのだった。


2024.05.23

おくすり問題


糖尿病の薬に、メトホルミン(←まっちゃんごめん、名前を間違えてました)という薬品がある。長く使われてきて安全性は保証されているし、カロリー摂取を抑える効果があり、それどころか長寿効果もあって、ガンにも効き目があると目されているスーパーな薬である。
こんなにもスーパーであるのに、実はとても安くて1錠たったの10円。3割負担の保険を使えば、たったの3円で、このスーパーな薬が服用できるのである。夢のような話ではないか。
ところが現実はそう上手くはいかない。
あまりに安すぎて、製薬会社に売る気がまったくないのだ。いくら欲しがられても1錠10円じゃ、やる気も失せるだろう。当たり前だ。
だからといって簡単に薬価を上げるわけにはいかない。なにしろ医療費は膨大な赤字を抱えている。薬価上げなんてとんでもない話なのだ。
せっかくのいい薬で、大勢の人が服用すべきなのに、安いせいで行き渡らず、値上げもできない。がんじがらめだ。

一方で膀胱ガンの薬が、製造能力が追いつかずに製造中止だという。ジェネリック薬品も、多くが製造現場の負荷が高すぎて、思うように製造できないらしい。
さらに一方では、欧米で開発された薬の実に7割が日本では使用できないのだという。承認に時間がかかるという日本の慣習を嫌って、製薬会社が日本をスルーしているからだ。
なんだか日本はいろいろと酷いことになっているんだなあという思いになる。
すべては労働人口の減少に起因するのだろうか。ジリ貧ジャパン。
今の団塊世代どころか、氷河期世代までも死に絶えてから、ようやくリセットの時を迎えるのかもしれない。先行きは暗いなあ。


2024.05.22

プレーオフステージ進出


サガン鳥栖の下部組織でサッカーをしていて、ナショナルトレセンに選出されたことがあるという人にインタビューした。
サッカーのインタビューではない。誰でも知っている有名企業の社員にインタビューしたら、その人がサガン鳥栖の出身だったという話だ。18歳までサッカー一筋だったのに現在は超一流企業の社員なのだから、とても優秀な人なのだろう。
オレは自らがアルビレックスサポであることを明かした後、その人に向けて、小野裕二をいただきましてどうもね、と礼を言った。「あーねそうですねー」と元サガン鳥栖はにこやかに応じる。
でも、ずっとケガでまったく試合に出てないんですよねー、小野裕二。とんでもないポンコツでしたねー。わかってて押しつけたんですよねー。
「えー、そんなはずはないですよ、だって去年はキャリアハイだったし、今ごろはガンガン活躍していると思ってましたよ、あははー」と元サガン鳥栖は笑うのであった。

このポンコツ小野裕二を始め、アルビレックス新潟はけが人続出で、なんと9人の選手がケガでお休みしている。もはや野戦病院どころではなく、先発メンバーを構成するだけで一苦労。途中で選手交代するにも駒がない有り様だ。悲惨すぎる。
そんな状態であるところに加え、今日のルヴァンカップの秋田戦では、なんと10人目のけが人として星雄二が秋田の選手に破壊されてしまった。負傷退場である。
秋田のサッカーは昔から荒くて、大嫌い。タックルもボールではなくて身体に行くから、危険極まりない。VARのないJ2だから、好き放題にやってくれるのだ、あいつらは。
ついでに言えば、実況も解説もポンコツで、ちょくちょく変なことを口走る。今日のアルビレックスは奥村と石川という若手が活躍したのだが、それを見て「ますます選手層が厚くなりましたねー」とぬかしがったのだ。野戦病院で青息吐息、やっとの思いで選手のやりくりをしているというのに、選手層が厚いとは、いくらカテゴリー違いで情報がないとはいえ、不勉強にもほどがある。

ともかくそんなわけで、星まで壊されてしまって、長期離脱が決定。スクランブルで、疲労度マックスの藤原を投入せざるを得なくなるなど、踏んだり蹴ったりだ。さらに延長にもつれこんで120分フルタイムとなって、もはやチーム全員が過労死寸前である。
だ・か・ら、ルヴァンカップなんていらねえんだよ。
なんだったら、とっとと負けた方がいいとさえ思っている。
星が負傷退場するくらいなら、負けた方がなんぼかマシだった。
どうにか勝って、ますますチームは瀕死状態となり、その結果、6月は8試合もこなさなくてはならなくなった。もはや順位はどうでも良くて、残留さえしてくれれば、文句はない。
今日のルヴァンカップでは、J3の冨山がJ1チャンピオンの神戸に勝ち、J2の長崎がJ1の浦和に勝った。こうしたジャイキリが起きやすいのがカップ戦の面白さではあるのだが、神戸も浦和も負けてホッとしてるんじゃないかねえ。ずるいねえ。

19時から試合を見始めて、試合が終わったらメシを食おうと話していたのに、「延長戦だけはやめてくれ」という息子の怒りも空しく0-0で延長になだれ込み、空腹を抱えたまま試合を見て、延長前半にやっと点を入れて、やれやれ、これでビールが飲めるわいと、息子と一緒に食卓に着いたのだった。えらい迷惑だった。
まあ、それでもとにかく勝ったのだから喜ぼう。
今年のルヴァンカップはすべて一発勝負のトーナメント。これでプレーオフステージに進むことができた。


2024.05.21

デーエックス


インタビューした音声をAIで自動的にテキストにするようにして1年。大変に便利で今では手放せない。DXである。
もっとも、そんな便利なら手書きのメモなんて取らなくていいだろうという考えもあるが、そんなに単純な話ではなくて、手書きのメモはやっぱり必要なのである。
記録のためではない。理解と思考のためである。
相手の話す内容を理解し、論点を整理して、物語化していく。インタビューとは話を聞くことではなくそうした再生産作業であり、そのために必須なのが手でメモを取るという作業なのだ。
教室で先生の講義をただ聴いているだけより、ノートを取りながら聴いている方が確実に理解定着できるのと同じ理屈だ。
これってやっぱり、手を使って作業するという肉体感覚が頭脳には重要ということなのだろう。
毎朝新聞を紙で読み、読書も紙の本に限るというのもそれが理由だ。一時期Kindle一択だったけれど、今では完全に紙の書籍に回帰している。
もちろんデジタルにはデジタルのメリットがあって、読み返したい本をいつでもどこでも、それこそ布団に入って寝る間際でも、突然「成瀬は天下を取りにいく」が読みたいと思ったらすぐにスマホのKindleで読めるというのは、実に極上な快感である。新聞にしたって、必要な記事を検索して情報収集するにはデジタルだ。
読売新聞も日経新聞も、定期購読している読者にはデジタル版も見られるようになっている。日経はプラス1000円だったかな。こうして紙とデジタルを容易に使い分けられるようになっているのは、大変にありがたい。

結局何が言いたいかというと、電子ノートをやめたという話である。
今年の冬、オレは電子ノートを導入した。
iPadではない。富士通の、電子ペーパーを使った電子ノートである。ネットにもつながってなくて、モノクロ。機能は実にシンプルである。
その分、紙の手触りに近い感触や、ペンの俊敏な反応などにこだわったわけだ。結構高くて、7万円ぐらいした。
もちろんまだ発展途上のカテゴリーということもあって過度な期待はしていなかったが、それでも使ってみて期待以上の出来だとは感じた。電子ペーパーの割にバッテリーの保ちが悪いとか、ペンの反応のタイムラグが気持ち悪いとか、いろいろあるが、まあ、合格点だろう。
何よりもこれを使ってインタビューに臨むと「それは何ですか」と興味を示される。そこで、実は電子ノートで、と話を広げることができ、おっさんのくせにデジタルガジェット使ってるのかよというイメージアップにもつながる。
フリーで仕事をしていると、実はこういうはったりが案外大切だったりするのだ。60過ぎたおっさんにどうせデジタルは無理だべと思われたりするからな。
何よりもメモはすべてPDF化されて、PCで同期されるという点が非常に便利である。デジタルで記録し、デジタルで保存し、デジタルで出力する。これで完結だ。

そんなわけでしばらく電子ノートを使っていたが、先日、結局やめて紙に手書きでメモを取るスタイルに戻した。
理由は新聞や書籍と同じく、身体性がもたらす刺激の重要性からだ。
紙の手触りやペンで書くという手触り。何よりも紙をめくるという感覚の大切さを取り戻したかった。電子ノートではめくるという行為はタップになる。そうではなくて紙を手でめくるという行為が脳の思考を促してくれるという、不思議な感覚を取り戻したかったのである。
説明するのが難しいが、ともかく書いてめくってまた書いて、という肉体的行為を続けることでどんどん思考が磨かれ、物語は広がり、定着していくのである。
もっとも単純に以前のメモのスタイルに戻ったわけではなく、少し進化した。というのも新しいペーパーバインダーを導入したのだ。
A3のコピー用紙を二つ折りにして挟めるバインダーで、メモを取るときは広げてA3サイズで使える。これで従来の倍以上の文字を見開きで書き込めるし、その分、一覧性も向上して、全体の物語の構図もすぐに理解できる。これはなかなかのヒットバインダーだ。難点は4400円と、びっくりするほど高額だったことである。
使ってみたらなかなかに素晴らしく、この金額も許してやろうという気になった。
何かの思考をまとめるとき、アイデア出しをするときなど、やっぱり紙の落書きから始める人が多いだろう。無意識の鼻歌が名曲を生むきっかけになるようなものだ。
こうした身体性、肉体感覚は、やっぱり大切にしていきたいと思う。


2024.05.20

走れ


梅雨の走りである。「走り」とは、先駆けという意味らしい。
じめっとした空気は不快であり、その中でオレは走りもせずに引きこもって仕事だ。
山ほどの原稿を書いたら、えらく疲れた。
おまけに突然プリンタが壊れたりして、激怒もした。
ぐぐっとビールを飲んでさっぱりする。


2024.05.19

○×○△△××△○×△××○×16


退職後の男は日々をどう過ごすのか。
ある男はカラオケが好きなので、朝食後は地元の仲間とカラオケボックスに行き(午前は安い)、朝っぱらから酒を飲みながら歌って、昼にその店のランチセットを食べて家に帰り、そして夕方までたっぷり昼寝をするのだという。その様子に家族は「もう、うんざり!」だそうだ。そりゃそうだ。
そんな老後はオレも嫌だな。
ならばゲートボールでもすればいいのか。いや、それも嫌だ。ではいったいどうしたらいいんだ。アルビレックスサポの仲間でも地元にいないかなあ。
「そもそもお父さんは退職なんてしなけりゃいいんだよ」と息子は言う。
「それに今まで会社の同僚とかいなかったんだから、慌てて仲間を作ったりすることもないんだよ」と続ける。
うー、確かになあ。オレも地元に仲間がいないわけではないが、ヤツらとずっと顔を合わせるのもどうかと思うし、もうちょっと交友関係を広げなきゃと考えていたが、ずっと働けばいいのか。うーむ、なるほどなあ。

なぜこんなことを話していたかというと、平塚のスタジアムがあまりに遠いからである。
家から平塚駅までどんなに頑張っても1時間半。駅からスタジアムまでは歩いて30分。
遠い。遠すぎる。今年で3回目で、去年も平塚まで行ったけれど、毎度毎度、あまりに遠さに呆れてしまう。おかげで今日は1万6000歩も歩いてしまった。
もっとも一緒に行った息子に言わせれば「町田よりは遠いが、埼玉スタジアムほどではない」とのことであった。まあ、似たり寄ったり。田舎チームとの対戦は遠すぎて困る。
とにかく関東近辺での試合がないのが悪いのだ。一番行きやすいのが大宮のKNACK5なのだから、早く大宮が昇格すればいいのだ。

だが、どんなに遠くても試合に勝てば帰りは足取り軽く、ちょっと一杯やってから電車に乗りましょうかねという気分になる。負けだと、とてもこんな場所にカネなど落とす気になれないから、一刻も早く離れることにする。
今日は、それに加えて雨だ。
しとしとと降り続ける雨の中、傘をさしてとぼとぼと歩いていると、とても惨めな気持ちになる。
ああ、来るんじゃなかった。家で寝転がってDAZNを観ているんだった。平塚なんて二度と来るもんか。
チームの支柱である2人が衝突転倒なんていう信じられない事故が起きて、勝てるわけがない。しかもケガでお休み中の選手が9人もいて、途中で打つ手がない。どん詰まり。目を覆いたくなる惨状だ。
これで完全に残留争いに巻き込まれてしまった。これりゃ、本当に来シーズンは大宮とJ2で再会してKNACK5に行けるかもしれないなあ。


2024.05.18

五月の風が吹き抜けていくのであった


本日は五月祭である。「さつきさい」ではなく「ごがつさい」と読む。東大の学園祭だ。
息子は一切関心がなく、にぎわいを尻目に院生室でいつものように研究している。この学園祭は学生のためというよりも、東大志望の高校生やいつかは東大にと思っている中学生や、どうせ行けないから記念に足を踏み入れておこうという予備校生などのためにあるようだ。学園祭なんて、そんなものかもしれない。
オレも一度も行ったことはない。というか、一昨年、息子に忘れものを届けに行ったとき、たまたま五月祭をやっていて、あまりの混雑ぶりにびっくりした記憶がある。
今日は、息子のいとこ(小学生)が遊びに行きたいというので、息子が学内を案内して回った。
院生室にも招き入れたという。一度オレにも見せてくれと頼んだら「入れられるわけがないだろう、ふふん」と鼻であしらわれたというのに、えらい違いだな。
息子にそう抗議したら「別に子どもはいいだろう。大人はダメだ」と言われた。よくわからん理屈だ。

息子の院生室は半分が中国人で占められ、彼らは英語がネイティブ並みだから、普段は息子も英語で会話しているのだという。今やそういう時代なのだろう。
中国人の名前というのは我々にはうまく聞き取れないから、彼らは最初から「エミリー」などと、英語名を名乗っているのだそうである。ならば息子にも英語名をつけてやらなくては。トーマスとかジェームズとかゴメスとか、どうだろう。ゴメスは英語じゃないが。

今夜はお笑いの番組が7時から4時間もあるという。娘はそのためにすべてを整え、6時には風呂に入り、テレビの前から動かない。インドカレーでも食いに行こうと誘っても「やだ」の一言である。
仕方なく、オレは息子と駅で落ち合ってメシを食いに行くことにした。帰りは息子に運転してもらおうと思ったのだが、「飲んできたので運転できない」という。
五月祭の催しの一つに、日本酒の飲み比べというものがあり、無料なので4種類の日本酒を飲み干してきたのだという。「南部なんとかという銘柄が旨かった」というか、盛岡の酒が気に入ったようだ。人気投票があったとのことで、「東大生に一番人気の酒です」みたいな売り文句に使われるのだろう。
関心がない割りにはただ酒にしっかりありつくあたり、息子もオレの血を引いているのだろうか。引かなくていい血を引いているような気がする。

最近気に入っている高野台の居酒屋で、トンカツをつまみに酒を飲み、そして五月の宵、息子と20分の道のりを歩いて帰った。帰ったらテレビの前で娘に根が生えていた。

今日は土曜でも朝から原稿仕事をした。昼飯の後、ちょっと一息入れようと、映画を1本観ることにする。
久しぶりに「嫌われ松子の一生」を観た。
これは2006年の作で、劇場ではなく、DVD化された直後に一度だけ観た映画だ。あまりに強烈な内容で精神が不安定になり、それっきりにしていた。DVDは一度観たきりで、ブックオフに売ってしまった。
それをなぜ今日、再び観ようと思ったのか、自分でもわからない。
U-NEXTで観はじめて、すぐにあまりに強烈な映像表現に仰天する。ミュージカル仕立てのジェットコースターのような展開の映画で、とにかく悲惨な内容を、明るく軽やかに描いている。残忍で悲惨なシーンになると美しく儚いメロディーが流れたりするのだ。そのアンバランスさが、こちらの脳髄をガクガクと揺さぶってくるのである。
20年近くも前にこんな強烈な映像表現があったのだなあ。
監督は中島哲也。デビュー作の「下妻物語」が実に素晴らしかった。次に観たのがこの「松子」で、だめだ中島哲也は怖いと尻込みしてしまった。ところがその次の「パコと魔法の絵本」がこれまだ絶頂的に素晴らしい作品で、魂をわしづかみにされた。
いいぞいいぞと思ったら、次の「告白」がとんでもなくダークな内容ということで、近づくのをやめてしまった。とにかく危険な作品を創るというイメージの監督である。オレのイメージだけど。
現場はパワハラの嵐らしく、役者は怒鳴られ、スタッフはぶん殴られる。主演の中谷美紀は「殺してやる」とまで監督に怒鳴られ、実際に現場から逃亡したりもするのだが、それを乗り越えてとんでもない演技を見せている。まあ、鬼気迫る演技とはこのことだろう。
安アパートへ訪ねてきた昔の親友を怒鳴りつけて追い返す演技は鳥肌もの。本音では迎えに来てもらって嬉しいのだけれど、一方で嫉妬心や羞恥もあり、それらをすべて覆い尽くすために怒鳴り散らしているという演技は、実に素晴らしかった。
映画を通じて、至るところに花があしらわれている。それにはすべて意味があるのだけれど、「そんなこと気にしないで楽しんでください、いひひひ」と中島監督が笑っているのをどこかで観た記憶があって、この監督、やっぱりイカれていると思ったものだった。


2024.05.17

今夜はバブ


風呂に入りながら、入浴剤って要するに何なんだと考える。
入浴剤を入れたから肌がすべすべになったと感じたことはないし、熟睡できたということもない。それでいて、入れないと何となく落ち着かない。
つまりは惰性。習慣。それ以上でも以下でもないのだろう。
そんな程度のものだとわかっているから、花王やらアースやらプライベートブランドやら、目についたものを適当に買ってきて脱衣所にぶら下げた小物入れのカゴに入れ、シャッフルして使っている。
しかし改めて考えれば、これでも一個数十円はする計算だから、毎日毎日、数十円を文字通りに溶かしていることに驚く。なんつーアホなことをしてるんだ、我が家は。
そんなことを考えつつ風呂から上がり、そして翌日にはまた惰性で入浴剤をポンと浴槽に投げ入れる。惰性で金を捨てていることに無自覚というのが我ながら情けない。


2024.05.16

楡家の人びとは読んでおかなくてはならぬ


滋賀県出身の人に会ったので、成瀬で盛り上がってますねえと振ったら、「成瀬って何ですか?」と不思議な顔をされた。
え、「成瀬は天下を取りにいく」ですけど。本屋大賞の。
そう口にしながら、確かにオレにとっての常識が相手にとっても既知のことであるというのは単なる決めつけだからよくないなあと軽く反省する。
相手がさらに聞いてくるので、成瀬は本屋大賞を取った小説で、膳所が舞台なんですよと、Kindleで表紙まで見せながら説明する。「へえ、読んでみますね」という当たり前すぎる社交辞令に続けて先方は、「本が好きなんですか」と話を広げようとしてくれた。
まあ、ライターだからなあ。本が嫌いなライターなんていないだろうしなあ。などと考えて、どう答えようかと思ったところで、撮影スタートとなり、話は終了である。

本を読むのは、別に職業がライターだからではなくて、純粋に好きだからだ。
30代の頃はAmazonなどなかったから時間があると新宿の紀伊國屋などに立ち寄ってはミステリーを中心に新刊本を買い込み、週末になると積み上げたそれらを片っ端から読んでいったものだ。
日曜日、たった1人の仕事場で、机の上に足を投げ出すという行儀悪さで1日に3冊も読むのは至福だった。
あの頃に比べると当然のように読書量は減った。格段に減った。
もちろん毎日何らかの本は読んでいる。それでもこの日記に読書記録が出てこないのは、ほとんどを途中で投げ出すからである。今も机の上には読みかけの本が数冊積み上げてあり、同時にカバンの中にも読みかけの本が2冊。半分まで読んで放り出したミステリーもあれば、数ページで投げ出したノンフィクションもある。
その中からなんとか最後まで読み通した本だけ、この日記に記録しているわけだ。
こらえ性がなくなったというか、すぐに飽きてしまうというか。2時間以上の映画に集中できないのも似たようなものか。
これはミッドライフクライシスになるのかもしれないと思うのである。

ミッドライフクライシスとは中高年の80%がかかるとされているもので、いろんなことがおっくうになったり、憂鬱になったりする状態のことだそうだ。
確かに思い至る。音楽なんてその典型だろう。
あれだけ夢中になって音楽制作をしてきたというのに最近のオレはぱったりと音楽制作をしなくなり、それどころか音楽を聴くことすらほとんどない。車の中で流すこともないし、そもそもCDプレイヤーを持ってないし、テレビの音楽番組もチャンネルを替えるほどである。昔の音楽に関連した本にはまだ興味があって、最近出版された加藤和彦の評伝などはすぐにでも読みたいと思ってはいるのだが、音楽そのものにはまったく関心がなくなった。
今のプロレスを見る気はまったくないけれど、昔のプロレスについて振り返る本にはすごく興味があるのと似ているような気もする。
こんな具合に人は年齢を重ねるにつれて、大切にしてきたものを少しずつ捨てていくのだろうか。
本を読むのは好きだから死ぬまで読み続けていくだろうとは思っているものの、これすらも億劫になりつつあるとしたら、寂しいというか、少し恐怖でさえある。
まっこと「70歳になるというのは実に奇妙なことだよ」というポール・サイモンの綴った歌詞の意味が身に染みてくる。
それはともかく、最近は急に北杜夫が読みたくなった。買わねば。


2024.05.15

○×○△△××△○×△××○16


入浴は偉大である。すべてを洗い流してくれる。
すべてを洗い流し、そして生まれ変わらせてくれる。リボーン。リスタート。リインカネーション。
入浴すれば過去はなかったことになり、記憶は消え、真新しい一日が始まる。
そんな偉大な入浴にオレは、今日、心からの感謝を捧げたのだった。

アルビレックス新潟の今日の対戦相手はマリノスだ。いうまでもなく強豪である。
今年はACLに出場しており、あと一つ勝てばアジアチャンピオンになるというところまで来た。せいぜい頑張ってもらいたいものである。
今まで一度もJ2に降格したことがないというのがマリノスの自慢であり、そのことを鼻にかけているサポーターどもは実に鼻持ちならない存在だ。日産スタジアムなんていうろくでもないスタジアムをホームにしているくせに。シュウマイでも食ってろってんだ。
そんなマリノスが苦手としているのが我が軍である。去年は1勝1分け。つまり我が軍はアジアチャンピオン(仮)のマリノスに負けていないのである。
一方で情けないデータもある。
我が軍は今年、とにかく先制できない。直近12試合で先制されたのが実に11試合。先制点を取った方が圧倒的に有利になるサッカーという競技において、常に相手に先行されているわけだから、こりゃ低迷するのも当たり前。気がつけば降格圏まで勝ち点2差という崖っぷちではないか。
今日のゲームでは、アジアチャンピオン(仮)という名のもと、こんな田舎チームに勝てないなんてプライドが許さないとばかり、マリノスは我が軍に襲いかかり、そして案の定、我が軍は前半に失点してしまうのである。
もはや伝統芸だ。

またかよ。また先制点を取られたのかよ。いつものようにここから追いかける展開となり、そして追加点を決められて負けるのかよ。スタジアムにはそんな空気が漂ったことだろう。
だが我が家のお茶の間は違った。
「何かを変えなくてはならない」。息子とそう話し合ったオレはすっくと立ち上がって、風呂に入ってくると宣言したのである。
見ておけ、息子よ。オレは入浴スキルを駆使してこの短時間のうちに風呂に入り、悪い流れを変えてみせる。なにしろオレには学生時代に先輩から教わった3分間入浴法という秘技がある。
「ゆうてハーフタイムは15分じゃん。十分だろ」と鼻で笑う息子を尻目にオレは浴室に向かい、そしていヒノキの香りの入浴剤をぶち込んだ風呂を存分に楽しんだのだった。
これで明らかに流れは変わり、前半の悪夢はすっかり洗い流され、そしてアルビレックス新潟は後半だけで3点を取るという離れ業を見せ、3-1の大逆転勝利としたのである。
なんだ、実はオレたちがアジアチャンピオンだったのかよ。
サポーターたちは鼻高々である。


2024.05.14

GUはグー


テレビを見ていたら皇室ファッションの評論家というおばちゃんが出てきて、そういう職業があるということに驚いた以上に、歌舞伎の隈取りかと見まがうような激しいメイクに仰天してしまったオレだった。
その評論家が言うには、愛子様がお召しになられていらっしゃるのは、なんとGUの服なのだという。マジかよ、GUかよ。
皇族、いや、ひょっとしたら将来の天皇にお成りになられるかもしれぬお方がGUとは。せめてユニクロになされられたほうが。
いやいや、ヨーロッパあたりの適当なブランドをお召しになられまつるよりも、国内のブランドをご選択されたあたりに国民に寄り添わられなさるお人柄が表れていて、素晴らしいではないか。
これはGUの株も一気に上がるな。
そう思って検索したら、愛子様GU推しは女性週刊誌あたりでは既に定番ネタのようであった。
それにしても小和田雅子様ご成婚ブームの時は、ペットの犬畜生までショコラ様と様付けで呼んだマスコミである。きっとGUのことも、GU様とか御GUとか呼ぶに違いない。今から楽しみである。


2024.05.13

ラテン語の「雪のように白い」が語源らしい


ニベアがなくなりそうなので、ウエルシアへ買いに行った。
ずっとニベアを使っている。缶のニベアは洗面所に置き、チューブ入りのニベアは仕事部屋に、そして冬期にはカバンにもチューブ入りニベアを入れて持ち歩いている。
乾燥肌だから、ニベアは手放せないのだ。
子どもの頃、それこそ小学校低学年の頃にも母親からニベアを塗ってもらった記憶があるので、人生においてずっと使い続けてきたことになるのだろう。皮膚の弱いオレのことを心配して、母は風呂上がりに一生懸命にニベアを塗り込んでくれたに違いない。
そんなことを思い出しながらウエルシアへ行ったら、缶は缶でも、大きな缶のニベアしか置いていなかった。大きいのは邪魔になる。なにしろ我が家の洗面所は狭いのだ。小さい缶がほしいのだ。
探しても見当たらない。店長に尋ねようかと思ったものの、この店長は隙あらば客に1円でも高い商品を買わせようと勧めてくるので油断ならない。諦めてオレは、洗濯洗剤の詰め替えだけを買ってウエルシアを出た。
このことをヨメに話したら、スギ薬局派のヨメは仕事帰りに行きつけのスギ薬局で小さい缶のニベアを買ってきてくれた。人生において持つべきものは、気の利くヨメとニベアである。

ニベアをヨメから受け取って、あれれれれ、と大いなる違和感。なんと色が違うのだ。
ニベアと言えば誰でも知っているあの青色が有名だ。ニベアブルーとでも呼ばれていそうだ。その青が、いつもと違うのである。今使っているニベア缶と並べてみて、一目瞭然。これまでのは深くていい感じの青だったのに対し、新しいニベアはちょっと明るい感じの青缶。ライトな印象になった。
調べてみたらニベアはもう100年以上の歴史を持っていて、その間、何度か青を変えている。
新しくなった青は、1970年から80年代のニベアの青に近い感じだ。もちろん缶の色が変わっても効能に変わりはないだろうし、この色にもすぐに慣れるに決まっている。
もうすぐ空になりそうに古いニベア缶に重ねて、新しい色違いのニベア缶を置くのだった。

ニベアで一時話題になったのがその成分だ。
なんとセレブ御用達の「クレーム ドゥ ラ・メール」という高級保湿クリームとほとんど同じなのだという。この高級品は3万円。それに対してニベアは500円。成分がほとんど同じで価格がこんなに違うとは、化粧品という商品の本質がよく表れていると思う。
まさに、いい商品だから高いのではなくて、高いからいい商品というわけだ。BMWと同じだな、こりゃ。
3万円のクリームなんて恐ろしくて、とても毎日使えないし、使っても米粒大が精一杯。それに対してニベアならたっぷり塗っても全然平気というわけだ。
日本はまだ大丈夫だ。日本にはニベアがある。

ニベアを顔に塗るのはあんまりよろしくないという説がある。塗ったまま日光に当たるとシミの原因になりやすいらしいのだ。本当だろうか。
オレは風呂上がりに顔にたっぷり塗って、首筋や腕には液状のニベアを塗っている。
以前、石原さとみがNHKの番組で「保湿クリームは3つのTがポイントですよ、皆さん」と教えてくれたのに従っているのだ。3つのTとは「たっぷり、朝晩二度、30回塗り込む」のTappuri、Twice、Thirtyとのことである。
寝る前にたっぷり塗って、朝は顔を洗って落とすから大丈夫だとは思うのだが、乾燥する冬期には外出前にも顔に塗っているので、シミになると言われるとちょっと嫌な気分だ。
しかし、子どもの顔にたっぷり塗ってお母さんも満面の笑みというようなニベアのCMを目にした記憶もあるし、それこそオレの母親も子どものオレの顔にたっぷり塗ってくれたし、そんなに気にするほどのことではないと思うのだがなあ。

オレはニベア信者だから、ボディシャンプーもニベアである。以前は青いボトルのボディシャンプーを使っていたが、吉岡里帆が白いボトルのニベアを使っているCMを見てからは、オレも吉岡里帆のような肌になるのだと家族に宣言して、白いボトルのニベアのボディシャンプーを使っている。
吉岡里帆になれたかどうかは、定かではない。


2024.05.12

五月晴れの日曜に家にこもって映画三昧かよ


「夢売る二人」松たか子と阿部サダヲの主演。見逃していたので見たんだけれど、監督があの人と知って、そりゃあこうなるわなとうんざり。
「白ゆき姫殺人事件」2時間ドラマでいいと思う。テンポが良かったので案外見やすかった。井上真央が意外と掘り出し物。綾野剛はイマイチだったなあ。
「愛にイナヅマ」最近見た中では一番だったかも。主演は松岡茉優と窪田正孝という芸達者すぎる二人。とにかく松岡茉優の演技が神がかっているのだが、それでいてさらにこちらをイラッとさせるところがこの女優の凄いところ。佐藤浩市はさすがの安定感。前半と後半で映画のトーンがまったく違うところが面白かった。
「カラオケ行こ」やっぱり綾野剛はイマイチだった。


2024.05.11

○×○△△××△○×△××13


本日は新潟の朱鷺メッセでTravis Japanのライブが予定されていた。
Travis Japanとは、いわゆるジャニーズ系の男子アイドルグループである。King & Princeがキンプリと呼ばれるように、Travis Japanにも何か呼び名があるかと思ってヨメに尋ねたら「トラジャ」との答えだった。あまりに普通すぎてつまらない。オレだったらトラビとかビスジャとか呼ぶのだがな。
まあ、よい。
Travis Japanのライブがあるから、当然のことながら新潟には大量の女子が襲来した。トラジャ推しの女子たちである。
彼女達はテンションがめちゃめちゃ高くなっている上に地理には不案内だから、はやる気持ちそのままに、一刻も早くと、がむしゃらに会場に向かった。シャトルバスに乗れという情報だけが頭を駆け巡り、余計なものは目に入らない。
そこで駅前の長い行列を目にして、当然のように人が多く向かうからこれに違いないと行列に並び、バスに乗り込んで、降りた先で目にしたのはビッグスワンとオレンジのユニフォームを着たアルビレックスサポーターの大群だったという悲劇が発生した。
これはネタではなくて本当のことである。
トラジャ推しの女子たちは、その後どうしたのだろう。いや、どうするもこうするもなく、大慌てで引き返して片道1時間近い田舎道を歩いて朱鷺メッセに向かったに違いない。春の日のよき思い出になったことだろう。

そしてもう一つ、4日ほど前からネットでざわついていた話題があった。
甲府在住のとあるヴァンフォーレ甲府サポーターが、ビッグスワン目指して徒歩とヒッチハイクの旅に出るとTwitterで宣言したのである。
少し説明が必要だろう。甲府には長谷川元紀という選手がいた。なかなか素晴らしい選手で、多くのサポーターに愛されていた。その長谷川が「J1で闘いたい」と新潟に移籍する。
その決断を、多くのサポーターは泣きながらも応援した。まあ、本間至恩や三戸俊介がアルビレックスからヨーロッパに移籍したときのようなものである。
だが長谷川は新潟に移籍してから少し壁にぶつかって、思うような結果を残せないでいる。
そんな彼を遠く甲府から見ていてもたってもいられなくなったのが、このサポーター。少しでも力になればとビッグスワンまで応援に駆けつけることにしたのである。
ではなぜそれが徒歩とヒッチハイクなのか。
彼によれば「試合を観れているこの日常の中で、自分に負荷を掛けることで当たり前じゃない日常を作る事で、試合観戦への有り難み、日常への感謝、さらには色々な人の優しさを感じることで、今ある当たり前のことに対してリスペクト、感謝をしたいと思い、歩く事を決めました」とのことである。
要するに何か無茶をすることで改めて見えてくることもあるに違いない、長谷川のように自分も苦しい思いをすることで感じるものがあるに違いないというわけである。
甲府から新潟までは何キロぐらいあるのだろう。意を決して歩き始めた彼は状況をTwitterで報告し、それを見た人の間で次第に情報が拡散し、わざわざ駆けつけてクルマに載せてやろうという人も出始めた。
そんなドライバーに声をかけられた彼は感謝の言葉とともにクルマに乗り込み、そして大勢の人の善意に助けられて、見事に試合前日に新潟まで到達できたのである。
彼は「助けられてばっかりで、自分の無力さや、人への感謝、優しさを感じながらもここまでくることができました。かけがえのない3日間になったと思います。これから少しでも、恩返しできる様に…」と語っている。いい話ではないか。
だが、どんなことにもケチをつけたがる人間はいるもので、「迷惑だ」「人にすがることを前提にするなんて」という非難の声が上がり、さらには彼がアルビレックスのグッズショップに立ち寄って甲府時代の長谷川選手のサイン色紙を飾らせてもらったこともあげつらうなど、軽く炎上する。
それに対して彼は「すみませんでした」と礼儀正しく謝罪の言葉を述べ、そして多くの人の「帰りも気をつけて」の声に感謝しながら、甲府に帰っていったのであった。
冒険の果ての試合の結果は無残にも敗戦。しかも推しの長谷川は大怪我で途中退場までしてしまった。彼の心中はいかに。もしかしてオレが疫病神だったのか、と自分を責めたりしなければいいのだが。

そんなわけで、今日もアルビレックス新潟は負けた。浦和相手に負けた。
もっとも新潟は浦和相手に18年間、勝っていない。18年だぞ、18年。
生まれてこの方、一度も浦和に勝った試合を見たことがないというサポーターも相当いるはずだ。それを思えば負けて当たり前。まあ、しょうがないべ。
浦和相手ということで印象に残っているのは2016年のアウエー、埼玉スタジアム。守田の奇跡のPKストップなどで、0-0の引き分けに持ち込んだ試合だ。
この試合でその名の通り獅子奮迅の働きを見せたのがレオ・シルバで、試合後、サポーター席へ挨拶に来たとき、「どうだ、見たか」と胸を張って誇らしげだったレオの姿が今もくっきりと目に残っている。
宮本、高木に続いて今日は長谷川も負傷交代である。3試合連続でレギュラーが怪我をするという異常事態。しかもどれも長期離脱は覚悟という重症だ。呪われているとしか思えない。
監督も選手もサポーターもなんとかしなければとあがくものの、結果は出ず、今日の敗戦でとうとう降格圏とは勝ち点2差まで落ちてしまった。やはり今年の目標は残留である。残留すれば十分だ。
この悪い流れの中、監督解任、昔の縦ポンサッカーに戻せという声も出ている。だがオレは絶対にそれはダメだと思うし、今のポゼショナルサッカーを愚直なまでに磨いていく以外に道はないと感じている。
つくづくポゼショナルサッカーとは弱者の戦術であって、低予算の貧乏地方クラブには、それが最適な戦い方であると思うからだ。

今日はアルビレックス対浦和の試合を観た後、湘南対町田の試合を見て、その後は東京対柏の試合を見た。
町田は意外とまともなサッカーをするようになっていた。このスタイルで夏場を乗り切れるかどうかが大きなポイントだろう。
盛り上がったのは東京対柏。前半で東京が3-0とリードしたというのに、ゴールキーパーがアホなファールをして一発退場。慌てて出てきたセカンドキーパーが笑っちゃうようなポンコツで、たちまち柏が3-3と追いつくという展開だ。
こちらの事情としては柏に負けて欲しいのだが、この展開を見ると心情的にどうしても柏を応援したくなる。結局3-3の引き分けに終わり、どちらもお疲れ様だ。

夜はACLの決勝戦を見る。横浜対アルアハリだ。アルアハリはUAEのクラブで、この決勝のために国がチャーター機を2機も仕立ててサポーターを運んだという。さすが中東だ。
そこまでやるからには当然審判対策も十分で、中東の笛を吹きまくりである。
横浜の決勝点など、オフサイドでも何でもないので、主審が副審を促して旗を揚げさせ、強引にオフサイドに持っていった。もちろんVAR時代にそんなことが見逃されるわけはないので、最終的にはスコアとなったものの、こういうとんでもない裁定こそ中東の怖さ。
これじゃ次のアウエーは何が起きるかわからん。終了間際のPKとか、ありそうだな。
アルビレックス新潟の次の対戦相手はそんな横浜なので、できれば同点、延長、PK負けぐらいの展開が一番ありがたかったのだが、初戦だから延長戦はないし、しかも劇的に勝ったので気持ちが上がったまま新潟に乗り込んでくるわけだから、あんまり嬉しくはない。 それこそ新潟の笛でも吹かせるか。


2024.05.10

神木君にそれは無理


映画「ゴジラ-1.0」には友人のイサワ氏が出演している。13分過ぎたあたりだ。主役の神木隆之介の後ろで、腹を減らしてメシを食う復員兵の役どころとして2カットほど映っている。
我が家は全員でこのシーンを繰り返して観て、うわあ、すごいなあと、盛り上がった。
ちょい役のエキストラとしても、たいしたもんだ。しかもアカデミー賞までもらったんだから、慶賀の至りである。
そんなわけで友人が出ているとなると、つまんねえ映画だったとは書きづらく、あえて触れないで来た。忖度と言ってもよい。
だが、この映画をめぐる状況がちょっと奇妙なことになっているので、やっぱり書いておこう。

「ゴジラ-1.0」のセットとVFXは凄かった。
だがそれ以外のドラマ部分が、酷すぎた。浅いというか、薄いというか、まるで感情移入できない。「シン・ゴジラ」の足元にも及ばないほど、酷い。
監督が「三丁目の夕陽」の山崎貴であるから、それも仕方ない。「三丁目の夕陽」も酷かった。「泣かそう泣かそうとつくってあって、あれを観て泣く人がいるなんて信じられないわ」というのが、公開当時のオレの周囲の反応だった。オレも同感である。
ゴジラのドラマ部分も同様だ。違和感ありまくりである。
浜辺美波が唐突に神木隆之介に家に転がり込むのはいくらなんでも唐突すぎる。安藤サクラの存在がいかにもとってつけたようだ。広島弁か。「特攻隊が死ななかったから東京が焼け野原になった」とは、どんな理屈だ。ゴジラに飛行機で突っ込むなら、最初からやれよ。そもそも米国が無関心なんて、いくらソ連を刺激したくないから、といってもありえない。
中でも一番の問題は神木隆之介である。いくらなんでもミスキャストだろう。
軽妙で明るいキャラの神木隆之介が、仲間を見殺しにして帰ってきた特攻隊の生き残りという闇を抱えているという設定は、無理がありすぎる。同じ役どころを窪田正孝が演じたらどうなっていたかを想像すれば、ミスキャストぶりは明らかだ。
そんなわけで特撮には仰天したもののドラマ部分には呆れて、二度目はないなと、アマプラを消した次第である。

奇妙なのはここからだ。
ネットの映画評では「ゴジラ-1.0」は大絶賛されていて、だいたいが星4つか5つである。
それでも中にはオレのような感想も混じっている。
そして、そのように批評的なコメントにする投稿者に対する攻撃が異常に激しいのだ。
「映画を観る資格がない」「劇場で観たことがないのだろう」「かわいそうに」「お前がつくってみろ」「心が汚れている」「目が曇っている」などなど、激烈な集中攻撃だ。人格攻撃といってもよい。
いうまでもなく映画の好き嫌いなんて完全に個人のものだし、自分の好きな映画を誰かが嫌いだと思うことは当然あり得るというのは当たり前の感覚だ。オレは「風の谷のナウシカ」がオールタイムベストワンだが、ナウシカよりトトロが好きという人は大勢いるし、ナウシカなんてくだらんとけなす意見があることも知っている。価値観が多様なのは当たり前だ。
それなのに「ゴジラ-1.0」については、異論はまったく認めず、作品論ではなくて、相手の人格を否定するような激しい攻撃で排除しようとする風潮が顕著なのである。劇場封切り後は特に酷く、ここのところ収まってきたようではあったが、アマプラでの公開後はまた一気に増えてきた感じだ。
いったいこれは何なんだろう。
中には「東宝の工作員ではないか」という陰謀論も散見されて、これはこれで興味深い。まあ、さすがにそれはないだろう。こんなに低レベルの工作員がいるとは考えづらいし。
オレの勝手な推測としては、自分が感情移入した映画にケチをつけられたことで、舞台となった戦後日本そのものが否定されたように感じて激烈に脊髄反応しちゃってるんじゃないか。これも無理のある推測だが、そうとでも思いたくなるほどの反応なのだ。
この空気は一体何なんだろうと不思議である。


2024.05.09

再開発失速


石神井公園の駅前が酷いことになって2カ月。事態はまったく変わらない。
駅前の商店街の一角が解体工事中のガードで覆われたままなのだ。内側には商店やスーパー、飲食店が多数あったどころか、神社まであった。年末には酉の市が開かれるほど由緒ある神社を移転させてまで始まった再開発だというのに、裁判で工事中止の命令が下ったために、ガードで覆われたまま、ほったらかしの状態になってしまったのである。
駅を降りて30秒歩けば、かつては賑やかだった商店街が、工事中のガードで覆われている。
わびしいものである。廃れるとはこういうことだ。
とにかく店がない。飲食店がない。飲み屋もない。
急行が停まる駅前だというのに昼飯に一苦労、飲むのにも一苦労だ。
そんな状態だから我が家もほとんど駅前へ行くことがなくなった。電車に乗る以外、まったく用がない。
再開発賛成派と反対派がこじれにこじれた結果が、こんな情けない状態である。
再開発するならとっととしろ。できないなら、手をつけずにほっとけばよかったんだ。 住民のほとんどがそんな意見なのも当然だろう。

ネットにはそんな石神井公園の今を嘆くように、かつての賑やかだった頃の動画が上げられている。それを見ると、まさに私鉄駅前の典型的な商店街の風情で、大勢の人が行き交う中、バスもゆったり走っていて、とても活気がある。
よく観察すると気づくのが、買い物客の年齢層だ。当時は今と違って若い買い物客がたくさんいた。明らかに買い物客が高齢化しているわけだ。これも駅前が寂れて見える理由の一つだろう。
ここに引っ越してきて20年。こんなしょぼくて情けない街になるとはなあ。


2024.05.08

デジタル敗戦


AIという言葉が小学校の教科書に出てくるのは、早くても2028年なのだという。教科書の改訂とかなんとかに関わる決まりで、そうなっているらしい。あまりに遅すぎる。
教材はすべてデジタルで、1ヵ月に最低30回は内容が最新のものに更新されるというエストニアあたりに比べると、日本の後進国ぶりには呆れるばかりだ。
教育と医療は国の根幹。これじゃあ世界で闘えないって。
振り返るに、やっぱり氷河期世代を生み出してしまったことが、日本の最大の失敗、取り返しのつかない失態だったと思う。

氷河期世代とは1993年から2005年にかけて社会に出てきた人たちのことだ。バブル崩壊のあおりを受けて就職活動が思うように進まず、非正規雇用の道に進まざるを得なかった人も多い。フリーターという言葉に乗せられて、自ら非正規の働き方を選んだ人も少なくなかった。
この10年間ちょっとの世代の人たちがちゃんと労働力として機能しない社会になってしまったため、バブル崩壊からの立ち直りやデジタル化への対応などに、日本は決定的に後れを取ってしまったのだと思う。
この人たちは2024年現在、40歳〜54歳。DXという大きな曲がり角にあって社会全体を牽引していかなくてはならない世代なのに、ぽっかりと抜け落ちて不良債権化してしまっているのだから、日本に推進力が生まれないのも当たり前といえば当たり前だ。

今さらの嘆きではあるものの、もうちょっとなんとかならなかったかなあと悔いてしまう。
と言いつつも、あれれ、気がつけばオレだって非正規雇用じゃねえかよ笑。

「百円の男」大下英治・さくら舎。
ダイソーの社長が今年2月に亡くなっていたことを知らなかった。先日、新聞でやっとそのことを知り、思い出したのが、佐野眞一が文藝春秋に書いたダイソー創業者・矢野についての人物レポート。とんでもない会社のとんでもない社長の素顔を見事に描きだしたノンフィクションで、とても強く印象に残っていた。このノンフィクションそのものはちくま文庫の佐野眞一の作品集に収められているのだが、既に絶版となっている。とはいえAmazonの古本で数百円で手に入れられるので、いずれ読み返そうと思った。それよりも先にと思って、同じくAmazonの古本屋で手に入れたのがこの評伝。大下英治の文章が、とにかく新聞記事か教科書かという感じでちっとも感情移入できないのが辛いところではあるが、創業者・矢野のとことんユニークな人物像は余すところなく描かれている。「どうせ潰れる、絶対に潰れる」が口癖だった矢野社長はとにかく悲観的でマイナス思考。巨大企業に育ったというのに、こんな会社が立ちゆくわけはないと信じ込んで、常に後ろ向きなのである。若い頃にとことん苦労したためか、何をやってもオレが上手くいくはずがないという自虐的価値観は、実に面白い。


2024.05.07

一番旨いのは家族酒


三軒茶屋の焼き鳥屋に若い女の子の二人連れがやってきてカウンターに座ったものの、終始LINEで話していて会話はまったくなく、やっと口にした言葉が「じゃ、帰ろうか」だったというエピソードをFacebookで見つけて、「年寄りにはついていけない世界」というコメントにオレは、そんなことはないだろうと一人でツッコミを入れた。
オレも一人飲み派なので、この女子の気持ちもよく分かる。
昔からオレは一人飲みが好きだった。20代後半のサラリーマン時代は帰宅途中の渋谷でバスを乗り換える際によく道玄坂の飲み屋に立ち寄って一人で飲んだ。
フリーになってからも、笹塚の居酒屋にはいつも一人だったし、同じ笹塚のスナックへも一人で行って本を読みながら飲んでいた。最近は行かなくなったが、飯田橋の鳥よしもいつも一人だった。
オレは活字を読みながら飲むのが大好きなのだ。週刊文春あたりがあればベストだが、適当な週刊誌がない場合は夕刊フジがあれば十分に飲める。さらに今ならスマホがある。
小説を読んでもいいのだが、酔っ払ってすっかり内容を忘れてしまうのが困ったもので、以前、渋谷の焼き鳥屋でルシアン・ネイハムの「シャドー81」を読みながら飲んだところ、あまりに面白くて興奮して飲み過ぎてしまい、結局、翌朝にはオチが何だったか、すっかり忘れてしまったという経験をしてから、飲みながらミステリーを読むのはやめてしまった。
カウンターでの一人飲みが好きなので放っておいてもらいたいのに、変に話しかけてくる店があるのは迷惑である。気を利かせているのだろうが、別に人恋しくて飲み屋ののれんをくぐったわけではない。自分時間を楽しみたいから来たのだ。コミュニケーションなど求めていないのだ。
だから鳥よしとか加賀屋といった規模の店がちょうどいい。

ところでずっとLINEで会話していた三茶の焼き鳥屋の女子の件だが、年寄りはついていけないかもしれないけれど、そんなシーンは実は20年前のオフィスに既に出現していた。
同じ部屋で机を並べて仕事をしているのに、仕事中の会話や連絡はすべてメールで、という状況は当時、既に珍しくなかった。業務に関することならばメールにして記録に残した方が間違いがないし、他のメンバーとの連携もスムーズだからである。
今ではそこにSlackやLINE、Teamsなどが加わって、デジタルでのコミュニケーションが当たり前。三茶の女子も、普段からそんな関係性に慣れている職場の同僚だったのだろう。
そういうスタイルが違和感なく受け入れられている時代だから、そりゃあ、昔のように「よーし、飲みいくぞ」とおっさんたちが若手を引っ張って飲み屋になだれ込むというスタイルが消えたのも当たり前だわな。
オレなんかはずっとフリーでやってきて、むしろそういう「よーし、いくぞ」的なスタイルに憧れているが。


2024.05.06

○×○△△××△○×△×13


アルビレックス新潟のあまりの情けなさに、五月晴れの空とは真逆の淀んだ心を抱えて過ごす日々である。こんなことなら別のチームを応援するんだったと思っても、今さらしょうがない。選手はチームを移れるが、サポーターは移れないのだ。
では、別にもう一つぐらい、応援するチームがあってもいいのではないか。
大変に不適切な例えだが、妻が寄る年波と共に魅力を失ったので、若い愛人でも囲っちゃおうかなーという気分に近いというか。いや、いかんいかん、やっぱり不適切すぎる。この例えは取り下げよう。
別のチームということでは、何があるだろう。やっぱり地元ということになるとFC東京か、ヴェルディか、南葛SCか、クリアソン新宿か。
FC東京はどうしても好きになれない。闇を抱えているくせに、意識高いふうな立ち振る舞いを見せるところが実にいやらしい。ユニフォームもダサいし。
ヴェルディは嫌いではない。Jリーグ誕生時には熱心に応援していたし。だが、同じJ1のカテゴリーだから、やはり応援しにくい。
ならば南葛SCはどうだ。これは悪くない。稲本や大前といった、かつてJ1で輝いていた選手たちが純粋にサッカーを楽しんでいる感じがして、好感が持てる。だがホームが葛飾区というのが、どうも遠すぎる。地元のクラブという感じは持ちにくい。
クリアソン新宿という選択肢もあるにはあるが、都心という立ち位置にあぐらをかいて、実績もないのに国立競技場をホームにしようと狙っているあたり、なんだか鼻につく。
そんな具合に、地元の応援チームをと思いを巡らせても今ひとつピンとこなくて、息子にどこのクラブがいいかなあと相談したところ「だったら大宮はどうだろう」と言われ、おお、なるほどと膝を打った次第。

確かに大宮なら、他県ではあるがホームスタジアムのNAK5は我が家から一番近いスタジアムである。しかもサッカー専用で、とても見やすい。
それに大宮とは昔からずっと似たような順位で過ごしてきて、かつての直接対決は、関越ダービー、上越新幹線ダービーなんて言われたものだった。シンパシーはある。
しかも大宮は、今はJ3だがさすがにリーグ戦では他を圧倒し、トップを独走中である。これなら勝ち試合を存分に楽しめるだろう。以前新潟にいた冨山とかシュビルツォクなんかもいるし。杉本健勇@2980円はどうかも思うが。
よし、ここは一つ、大宮を愛人の立場に置いて応援しようじゃないか。
そう決めて今日の大宮対松本戦を観たら、あっさり0-2で負けてしまってぎゃふん。オレは疫病神だったのたか。
それにしても大宮対松本のNAK5スタジアムはとんでもない盛りあがりで、ちょっとびっくりした。こりゃあJ3のサポーターの盛りあがりじゃないぞ。J1に出しても恥ずかしくないわ。
松本には、かつて新潟でオレたちを熱くさせた山本コースケがいて、元気にプレーする姿が観られた。いつかは新潟に戻ってきてくれないかなあとは思ったのだが、叶わぬ夢。まっことサッカー選手の現役時代は短くて、サポーターと選手の関係も儚いものである。
同じメンバー、同じシチュエーションでのゲームは二度と起こりえず、だから常に流れてゆく一期一会のスポーツであるところが、サッカーの魅力でもあるのだが。

という具合にぐたぐだとJ3の試合について書いているのも、案の定、アルビレックス新潟は今日も負けたからである。
相手は昨年のチャンピオンの神戸。こちらの選手はJ2レベル。端から勝てるわけがないとはわかってはいたし、神戸が完全にこちらを見下した格落ち先発で来たのも仕方ないと納得できるのだが、それでも負けるとやっぱり折れる。
崩されたのは1失点目だけで、2失点目は事故のようなものだし、3失点目に至ってはありえないレベルのオウンゴールで、これじゃあ勝てない。それでも2点を返して、最終盤には微妙なオフサイドになったものの3点目のゴールも揺らしたのだから、選手たちはよくやったと言えるだろう。
試合後、副キャプテンの秋山が味方に向けてキレ散らかしている動画がクラブのオフィシャルとしてアップされる。ガチギレ秋山に、それをなだめる千葉。うーん、ロッカールームの雰囲気は最悪だあ。
これでゴールデンウィークの成績は1分2敗。こちらは間にレディースの負け試合にも駆けつけたから、1分3敗という結果だった。最低のゴールデンウィークだった。
J3でトップを独走の大宮が来年J2に昇格し、こちらはJ2に降格すれば、久しぶりに同じカテゴリーでやることになる。可能性は十分だ。そうなったら妻と愛人が同居するようなもので、実に頭の痛いことになる。今から心配だ。

サッカーを別にすれば、息子と加賀屋で飲んだり、イオンに出かけて買い物をしたり、練馬の寿司屋に行ったり、代々木公園で暴れたりと、ヒマはヒマなりに楽しい時間を過ごせたのでよかった。
これでアルビレックスさえ元気だったらなあ。


2024.05.05

かっぱ降臨


こどもの日の今日は、昨年に続いて代々木公園の野外ステージでライブである。
ああ、めんどくせえよ、せっかくの休みなのになんでわざわざこんな重労働を、しかも腰を抜かすほど安いギャラで、弁当だってのり弁だし。
ぶつぶついいながら、同じく代々木公園でよさこいの練習をする娘を助手席に座らせ、後部座席には安藤君を乗せ、環七から井の頭通り経由で会場に向かう。5月の空は穏やかに晴れ上がり、緑の代々木公園内を車でゆったりかけて行くととても気持ちがいい。こんなにいい気持ちなのにどうしてオレはわざわざ休日を潰してこんなところに。
そう不満をぶつけつつも、いざ会場について設営を始めれば楽しくて気持ちが上がっていく。
オレは別に子どもたちの笑顔が見たいとか世界を平和にしたいとか考えてバンドをやっているのではなく、学生時代の仲間と40年後もこうして時々会ってくだらないことで時間を潰すのが楽しくて続けているんだなあと改めて気がつく。音楽とか演奏とか、別にどうでもいい。楽しければよい。

よさこいの仲間との合流を目指す娘と別れて、こちらはステージへ。今日は新メンバーのかっぱちゃんが初パフォーマンスだ。
23歳のかっぱちゃんは可愛らしい女の子である。どうしてこんな可愛い女の子がおっさんだらけのバンドに加入することになったかというと、メンバーの井澤君がだまくらかして連れてきたのである。ほとんど女衒である。
だまされて連れてこられて働かされるはめになったかっぱちゃんは、それでもけなげに務めを果たす。きっと言うことを聞いて一生懸命汗を流せば、いつかは許されて帰してもらえると思っているのだろう。
甘い。甘いのである。とことん使い倒されるに決まっている。
いつものようにひどい演奏でステージを3回務める。
客の呆れた顔が楽しい。
親分とその長男、次男夫婦、イズハラ夫婦と娘に孫、えーじのヨメ、オレのヨメと身内も見物にやってくる。ヒマなのか。ヒマなのだろう。
よくみれば、娘の身売り先を心配したかっぱちゃんの両親も客席にいるではないか。面白いからステージに上げたら、お父さんが娘の再会もどこへやら、ノリノリで野菜の物真似を演じてくれた。この父にしてこの娘あり。
たんさいぼうは逸材を手に入れたようである。
これを逃してはならないとばかり、女衒の井澤君が、ヘッドセットのマイクを買ってあげるからと約束する。さらってきた子どもが泣き出さないようにお菓子を買い与える誘拐犯と何ら変わることがない所業だ。鬼畜である。

へとへと疲れ果てて家に帰る。何が大変って、機材の運搬管理が大変で、家に帰るまでが遠足です状態どころか、家に帰って機材を下ろして片づけるまではライブなのであって、今日も渋滞の中やっとの思いで家にたどり着いて、とっとと風呂に飛び込んでビールを飲みたいと思ったのだが、かっぱちゃん歓迎宴会が開かれるということで、車を家においてオレも疲れた身体にむち打って新宿までリターンだ。
久々に都会に出て疲れたヨメと、やっぱり練馬の田舎が一番いいねえと話し合ったばかりだというのに、これではまるで若い娘と飲めるので喜んで出かけていくおっさんそのものではないか。
西新宿の居酒屋には、かっぱちゃんはもちろんのこと、かっぱちゃんの友2人も加わって、なんと若い娘3人との宴会が行われていた。こんなおっさんたちと飲んでくれてありがとうよと、オレたちは何度も何度も繰り返し、こどもの日の夜を締めくくるのであった。


2024.05.04

さていくらでしょう


衣替えだから、家族みんなのスーツやコートをクリーニングに出した。息子も娘も、スーツを着るようになったので、その分も一緒に出した。 まあ、8000円ぐらいだろうなあと思ったらなんと1万9400円! 腰を抜かしたわ。物価が上がってるんだろうなあ。


2024.05.03

○×○△△××△○×△13


今日のホーム広島戦、お腹いっぱいになるぐらいてんこ盛りだった。

・広島の猿たちが、垂れ幕禁止エリアに垂れ幕を掲出して運営側の警備と大もめにもめ、ついにパトカー数台が出動する始末。
・そのあおりで、今度は新潟のサルが広島サポ席に乱入する。
・試合は、レフェリーが川俣とわかった時点で嫌な予感しかなく、案の定、ポンコツレフェリングでまったく試合をコントロールできない。
・さらにVARがかつて新潟に在籍した田中アトムの実兄で、新潟出身なものだからえこひいきを疑われないようにとの意識が過剰で、逆えこひいきの偏った判定が続出。
・おかげで藤原が脇腹にドロップキックを食らったというのに、広島にはまったくおとがめ無し。
・宮本が顔面にトゥーキックを食らって担架で退場、鼻骨骨折ならまだしも、眼窩底骨折も疑われる重症というのに、広島にまったくおとがめ無し。
・それなのに早川のドロップキックは一発レッドの退場。おかげで70分間を10人で闘う羽目になる ・だがそれなのに我が軍の勇敢な戦士たちは臆することなく広島の田舎者に襲いかかり、92分になんと追いついて1-1のドローに持ち込む。
・開幕直後の移籍という最大のタブーを犯したアライが試合後に新潟に挨拶に来ようとしたらスタッフに危険だからと止められ、自分のあまりの嫌われぶりに気がついて号泣してしまう。
・ゴールを決めた高木善朗のお父さんの高木豊がゲームを見に来ていて、高木豊が観る試合は必ず勝っていることから、善朗がヒーローインタビューで「オヤジには毎試合来て欲しい」と言う。

実に魂のこもったゲームで、92分のゴールには息子と一緒に絶叫した。勝ちきれなかったけれど、この勝ち点1は何かの流れを変えるような気がする。前節までのふぬけたチームとは一変した。
感動したぞ。

そして深夜には、U23アジアカップで日本とウズベキスタンが決勝である。日本はこれに勝って見事にアジアでの優勝を決めたのであるが、一番の注目ポイントはDAZNの解説が水沼貴史だったことである。
げええ、水沼って、夕方には川崎対浦和の解説をしてたじゃないか。それが6時間後には、今度はオリンピック代表の解説かよ。忙しすぎるとはいえ、いくらなんでもかけもちしすぎだろう。
もちろんこれには事情がある。本来、こちらの解説は佐藤寿人の予定だったのだ。
ところがこの佐藤寿人が先日、浮気現場をフライデーされてしまったのである。現役時代は裏を取るのがうまかったが、引退してからは裏を取られてばっかりだなとみんなに笑われ、そして予定されていた解説の仕事が全部キャンセルになって降板してしまったのである。
そして代役として急きょ白羽の矢が立ったのが水沼貴史。 
もちろん水沼貴史は解説としてもエクセレントだ。聞きやすく、内容も適切である。だがいくらなんでも佐藤寿人の穴埋めを全部やるというのは無理だろう。他にもスケジュールの空いている解説はいるはずだ。
そこで頼まれもしないのにウォーミングアップを始めたのが、ご存知、播戸竜二。
DAZN関係者も視聴者もこれには慌てふためいて「播戸に解説させるぐらいなら水沼に無理をさせろ」ということで意見が一致し、今日のように水沼貴史が無理なスケジュールを強いられることになってしまったのである。
大笑いではないか。

もっともさすがに水沼貴史も寄る年波には勝てず、夕方に川崎対浦和の試合を解説してどっと疲れてしまったようだ。
オリンピック代表のキックオフは0時20分で、いつもなら風呂から上がってぐっすり寝ている時間である。そこに佐藤寿人のせいで、かり出されてしまったから気の毒である。
日本とウズベキスタンのゲームは0-0でロスタイムになだれ込んで、日本が見事にゴールを決めた。その後、時間消費のためにキープに入った日本代表に対して水沼は「なんで選手を交代させないんだろう」と疑問を呈してしまったのである。
もちろん交代枠は既に使いきっているから交代などできない。だが延長に突入ということになると新たに1枠の交代が可能になる。つまり水沼は目の前の試合が延長戦に突入したと思って、「なんで交代させないのか」と言ったわけだ。
これは要するに水沼はつい寝落ちして、はっと気がついて目を覚ましたら試合時間が100分に突入していたので、寝ている間に延長戦に入ってしまったと勘違いということなのだ。
これには大笑い。水沼のおじいちゃん、無理しないで寝ましょうね。
こんな具合に、今日は一日、実にいろんなことの起きたサッカーの日だったのだ。


2024.05.02

返り討ち


最近のアルビレックス新潟が底無しに情けない状態だもので、オレたちサポーターは怒り心頭しまくりである。
このままではフラストレーションがエスカレーションしてコミュニケーションがレボリューションしてしまいかねない。
そう思った連中が大挙して押しかけたのが板橋のナショナルトレセンにある西が丘スタジアムだ。
ここでは今日、WEリーグ、つまり昔のなでしこリーグの試合が行われる。カードはアルビレックス新潟レディース対日テレベレーザだ。
情けない男どもと違ってアルビレックス新潟レディースは頑張っている。現在、3位だ。WEリーグ唯一の雪国チームとして、リーグから目の敵にされ、監督が公式に抗議を発するほど酷いスケジュールの試合日程を強いられながらも、よくぞ検討している。3位なんだぞ。
優勝はだいぶ厳しくなったが、それでもまだ可能性は残されている。そして今日の相手は4位の日テレ。
実に重要なゲームなのだ。
そこで男子の体たらくに怒り心頭のアルビレックス関東サポーターが、レディースの応援のために西が丘に大挙してやってきたというわけだ。よし、アルビレックス新潟の底力を見せてやるぜ。

ところが、とんでもない誤審のPKで結局負けてしまった。
何も接触がなくて、相手が勝手に転んだだけなのにPKを取られてしまうのだから、アルビレックス新潟はとことんリーグに嫌われているのだろう。
もっともこちらは前半があまりに悪すぎた。何度も左サイドをえぐられているというのに何の手も打たず、とうとう最後にその左サイドからやられてしまったわけで、前半をもう少しなんとかしのいでいたら結果は違っていたと思うのだがなあ。
結局、男子の試合で貯め込んだフラストレーションを女子の試合で発散しようと集結したサポーターたちは、逆にさらにフラストレーションを抱えて帰ることになってしまったわけで、とほほほ、とことん情けないゴールデンウィークになってしまった。
連休中に残るのはあと2試合。下手すりゃゴールデンウィーク全敗という惨劇もありそうだ。

一緒に観戦した息子と帰りに寿司屋で祝勝会をする予定だったのが負けてしまったので、サイゼリヤでの反省会に切り替えて、ヨメをピックアップして地元のサイゼリヤに行く。
大人3人がたらふく食い、オレはワインをがぶ飲みし、さらにバイトの娘の晩飯にピザとドリアをテイクアウトしたというのに、会計が4800円。腰を抜かした。
相変わらずサイゼリヤはバグっている。インバウンド日本の希望の星がサイゼリヤだ。我が家にはもはやサイゼリヤだけがあればいい。

「七つの会議」池井戸潤・日本経済新聞出版社
これは確実に映画の方が面白いな。映画は何度も観たのだけれど、原作は未読だったのでブックオフで200円で購入。池井戸潤のサイン本だったところがちょっと笑えた。


2024.05.01

花粉症になりたい


昨年あたりから、春になるとくしゃみが連発で、鼻水も止まらないという状態になってしまった。
ヨメは、花粉症だねと言う。オレは、絶対に違うとキレる。
かかりつけのナカムラ医院で受診中にくしゃみをしたら、院長が「花粉症だね、薬出しておこうか」と言うから、違う、オレは花粉症じゃない、薬なんかいらんと拒絶する。医者の診断なんか当てになるか。
こういう話を聞いた客は「なんなんすか、タンゴさん、認めたら負けみたいなのは」と呆れる。
負けなのだ、花粉症なんて認めたら。
ところが驚くべきことに、花粉症の人は膵臓ガン、大腸ガン、食道ガン、咽頭ガン、胃ガン、口腔ガン、子宮体ガンの発症リスクが低減するという研究が発表されたのだ。ついでに脳腫瘍のリスクも低いらしい。時に膵臓ガンのリスクは4割も低減するというのだ。
ど、ど、どういうことだ、こりゃ。花粉症になるとガンにならないというわけか。
どうやら花粉症というのはアレルギー反応で、アレルギーが起きるのはつまり免疫力が強いからで、だからガンのリスクが低下するという仕組みらしい。よくわからんが。ざっくり過ぎるほどざっくり言うと。
つまり人はむしろなるべく花粉症になった方がガンに罹らず長生きできるということなのか。
うーむ、こりゃ、負けは絶対に認めないと言ってる場合ではないのかもしれない。何が何でも花粉症になるべきなのかもしれない。
花粉症万歳なのかもしれない。


2024.04.30

加賀屋へようこそ


連休の谷間、久しぶりにお出かけ仕事だ。
電車に乗るのは10日ぶり、今月6回目である。乗り方をすっかり忘れてしまった。
日比谷でインタビュー仕事を2つこなし、せっかく都心までお出かけしたのだし、少しは連休気分を味わいたいものだと、飲んで帰ることにする。どうしてそれが飲むことになるのか、自分でもわからないが。
日比谷なので有楽町あたりかと思ったけれど、あのへんは外国人がわらわらと酷いことになっていて、飲み屋も全部外人仕様。インバウンド価格。とても落ち着いて一人飲みなどできなくなった。
そこでちょっと遠回りして、本郷三丁目の加賀屋に寄ることにする。

加賀屋は、現在のオレの一番お気に入りの居酒屋だ。
ネットに「昭和の部室」と書かれるような大部屋で、おっさんたちが楽しそうに生ビールをごくごくと飲んでいる。立地も、1階の路面店だ。1階路面店というのは、オレの飲み屋選びの絶対条件で、これだけは譲れない。ビルの上階や地下なんていうのは最低である。飲み屋は路面店に限る。
加賀屋はメニューも素晴らしく、厚揚げはちゃんと手作りで揚げてくれるし、刺身も十分に取りそろえている。隠れた逸品がハムエッグ。今日も頼んだが、大ぶりのハム2枚とタマゴ2個でつくられた熱々のハムエッグは絶品だ。スプーンでわーっとかき回して、ビールと一緒にムシャムシャ食うと実に旨い。
席はカウンター。店員が変に話しかけてくることがなく、ほっといてくれているのがありがたい。
しかもちゃんと気にしてくれて、追加注文の素振りを見せると、すぐに駆け寄ってくる。
こういう店は今や貴重だ。日本の居酒屋とはこうでなければなあ。やっぱりオレは加賀屋が大好きだ。

本郷三丁目なので、黙って寄るのも悪いから、一応、息子にはLINEしておく。
勝手に飲んで帰るから、気にするなと。
ところが、息子は勝手にやってきた。
そしてビールを飲んで、むしゃむしゃとつまみを食い、いろいろとしゃべって、そしてオレと駅前で別れて大学へ戻っていった。院生室で勉強の続きをするのである。飲んでも平気なのかよと聞いたら「全然問題ない」とのことだ。研究者というのは、息をするように勉強する生き物なのだ。
息子は、こんな具合にオレのそばにいてくれる。
普通、こんな年頃は父親が大学の近くで飲んでいたら「げー、来んなよ」という反応だろうし、ましてや一緒に出てきて飲むなんて考えられない。だがこの息子は平気でそういうことをしてくれる。
本当によくできた息子なのだ。オレよりよほど人間ができている。

ほどほど酔っ払って、駅前で息子と別れ、丸ノ内線から西武池袋線を乗り継いで帰る。
電車自体が久しぶりだというのに、さらに酔っ払っているのだから、実におっくう。ラッシュの西武池袋線はぎゅうぎゅうの混雑で、目眩がしたぜ。
やっとの思いで駅に着いて、家まで15分の道のりをちんたらと歩く。ちんたらだから15分が18分に延びてしまった。酔っ払ってちんたら歩くも実にかったるくて、家飲みが楽なのは確かだけれど、家飲みばかりだと出歩くのがおっくうになってしまい、身体も退化して、あんまりよくないなあと酔った頭で反省するのだった。


2024.04.29

インドの狂虎はカナダ在住


タイガー・ジェット・シンが旭日双光章を受賞したというのにはびっくりした。
勲章をもらうためにはけっこうな書類を用意しなくてはならず、例えば会社の偉い会長が授賞するためには総務部がそれなりの人間を揃えて作業する必要があるから、タイガー・ジェット・シンの場合も誰かがそれをやったということか。
人前でサーベルを振りまわし、あれだけ日本人を流血させておいて勲章をもらうなんて前代未聞。書類を用意した人はどんな準備をしたのだろうか。とても気になる。
もちろん凶悪外人だったタイガー・ジェット・シンは実は地元ではたいへんな名士で知られているというのは有名な話で、自分の名前が冠せられた道路もあるほどだ。東日本大震災でもけっこうな義援金を送ってきたらしく、そうした点が評価されたとしても不思議ではない。

すごかったねえ、タイガー・ジェット・シンのヒールぶり。高校大学とその暴れっぷりをリアルタイムで観ていた身としては、これぞ天下一品の悪役という思いが強い。
当時のシンは、観客でさえも容赦なく襲いかかっていた。一度など、パイプイスで襲いかかってきた観客を遠慮なくぶん殴って逆に失神させてしまったことがある。
マスコミに対しても躊躇なく襲いかかり、プライベートは一切見せなかった。当時、記者の間では「シンだけはヤバい」と言われており、それは今風に言うなら「シンだけはガチ」という意味で、本当に危険だから関わらない方がいいと恐れられていたのである。
今になってよくわかるのだが、プロレスはヒールが何よりも重要だ。ヒールが物語を作り、対立軸を演出し、観客をあおり立て、稼いでくれる。この点でもタイガー・ジェット・シンは超一流だったことがよくわかる。

必殺技はコブラクローだ。ただ単に喉輪で首を絞めるというシンプルな反則技だったのだが、頸動脈を締められるので大変に苦しいんですと、アナウンサーが大袈裟にいい加減なことを言っていた。
有名なのは、伊勢丹で買い物中のアントニオ猪木を路上で襲った伊勢丹前襲撃事件だ。衆人環視の中、タクシーから降りた猪木に襲いかかり、流血させたという事件である。
当然、れっきとした暴行傷害事件で警視庁四谷警察署が激怒して調査に乗り出し、新日本プロレスに対して「ヤラセじゃないなら、タイガー・ジェット・シンに対して被害届を出せ。ヤラセだというなら新日本プロレスが始末書を出せ」と迫ったという。
真相は、路上で猪木を襲うというアングルを新日本プロレスのスタッフが思いつき、猪木もそれを了承し、すべて了解済みで話が進んだが、真面目なタイガー・ジェット・シンがつい真面目にやり過ぎてしまったというところらしい。
猪木の乗っていたタクシーのボンネットは、猪木が叩きつけられた際にヘコんでしまった。新日本プロレスの幹部が謝罪に出かけ、修理を申し出たところ「修理なんてとんでもない、記念のボンネットとして飾っておきたい」と断られたそうで、新日本プロレスは後日、猪木のサインと記念グッズ類を届けたというオチがある。
なお、パイプイスで観客に襲われた件も、実は新日本の仕込みで、襲った観客の正体新日本プロレスのアルバイトスタッフだった。彼は「シンにはちゃんと言いくるめてあるから、大丈夫」と聞かされてリングに乱入したというのに、真面目なシンに真面目に殴りかかられたために、あっけなく気絶。このスタッフこそ一番の被害者だった。

同時代のヒールであるアブドーラ・ザ・ブッチャーとは有名な犬猿の仲だ。ブッチャーが新日本に引き抜かれた際、そのことを事前に知らされていなかったことに激怒して、自分は全日への移籍を決めたほどだった。
そのブッチャーとタッグを組んで馬場・猪木と闘ったのがオールスター戦である。当初は両者リングアウトの予定だったが、猪木から馬場に電話が入って「シンと話がつきましたので」と、猪木がシンを逆さ押さえ込みで勝つことに変更されたという。このあたりもちゃんと貸し借りをつくって次につなげようというシンのたくましいビジネスセンスを感じさせる。

「泣き虫」金子達仁・幻冬舎。
プロレスラーの高田延彦の評伝。2003年の発売時にほぼリアルタイムで読んだものを、ブックオフで200円で手に入れたので再読だ。大変な話題になった本だった。
一番の理由は、例えば「高田は試合の結果を知らずに闘ったことがなかった」という衝撃の一文にあるように、プロレスのタブーを赤裸々に書いたことにある。新日本プロレスとの対抗戦も、親日側から負けるように要請されて「契約書に書くわけにはいかないから口約束でしたが」と語っている。
そんなことが書かれているからスキャンダルになったのも当然で、だからこそ読んでいる側としてはあまりに面白いのだが。それにしても金子の自意識過剰すぎる文章の臭さは相当なものである。

「内側から見たノアの崩壊」泉田純・宝島社。
こちらもプロレス本。ブックオフで200円。ノアにはまったく興味はなかったけれど、まさかこんな事件が起きていたとは、びっくりだ。とんでもない詐欺師の夫婦にだまされていたとは。こういうのは氷山の一角なんだろうなあと思わせる。


2024.04.28

平和なGWである


乙武洋匡にインタビューしたのは10年ほど前だった。場所は日本テレビの控え室。何かの番組の収録前だったと思う。
ごく常識的でポジティブな人柄には好感が持てて、多分この人は政治の世界を目指しているんじゃないかなと思ったものだった。その後、東京都教育委員に就任するなどしたので、やっぱりそういう世界に行くつもりだったんだと納得した。

乙武洋匡は、障がいは個性の一つなので当たり前の存在として扱ってほしい、と語った。
「だから僕はクイズ番組に出たいんですよ。そして間違えたら、手も足も出ませんでしたねって、突っ込んでほしいんですよ」。
障がいなんてチビやデブとおんなじ扱いでいいんだ、特別視してほしくないんだ、というわけだ。
いやいやいや、乙武さん、そりゃわかりますが、いくらなんでも言えませんよ、無理ですよ、とオレたちは呆れたわけだが、今ごろ乙武洋匡は衆院補選でまさかの4位に終わって、手も足も出ませんでした、てへっ、と笑っているかもしれないねえ。


2024.04.27

○×○△△××△○×12


どうしてしまったのだ、我が軍は。
去年まではとてもワクワクしてゲームを見ていたのに、今年はとてもつまらない。見るのが苦痛な試合ばかりだ。
単に勝敗ばかりではない。内容が酷い。これじゃ負けて当たり前とシラけるゲームばかりである。 どうしてこうなった。
お答えしましょう。選手が酷い。
だって選抜メンバーが全員、一昨年のJ2時代と同じなんだもん。これにはたまげるわ。
いや、同じどころか、そこから伊藤と水戸を抜いているわけだから、確実にJ2時代より格落ちの先発なのである。
そりゃあJ1のビッグクラブに勝てるわけがないって。
試合後には小島と小野が先発組に対して「質が悪い」とはっきり言うのが、クラブの公式ビデオに映っていたらしい。どうやら自覚はあるようだ。自覚があるなら修正せよ。
断言しよう、このままでは確実にJ2に降格する。
まあ、それはそれで全国行脚も楽しいが、いやいや、もう二度とJ2暮らしはしたくないなあ。
目標は残留。
残留さえしてくれたら文句はない。


2024.04.26

黄金週間


ゴールデンウィークが始まる。
成田空港や新宿バスタの混雑ぶりを見て、ふえー、みんな大変だなあと、オレにとっては文字通り人ごとである。仕事は全部終わったし、連休明けはいろいろと忙しくなるから、ごろごろして過ごそうかなあと思うだけだ。
子どもたちが成人した今、当然ながら子どもたちには子どもたちの予定があって、家族の予定は何もない。当然ではあるが、寂しいものである。
子どもたちが幼い頃は、ゴールデンウィークになると早朝から関越道を走らせて新潟の実家へ行き、数日滞在させてもらった。重荷になっているのだろうなあと申し訳なく感じつつも、オレの両親に孫の姿を見せることを最上の喜びとして、今だけ、と心の中で請いながら過ごしたものだった。 振り返ればあれはとても贅沢で輝かしい時間だったのだと気がつく。
今年の連休は間に平日が挟まっていて、そこは仕事で埋まっている。平常運転だ。
ゴロゴロしながらアマプラやU-NEXTで映画でも観ようか。


2024.04.25

ストライクはストライカー


いやあ、インドネシア、凄いねえ。
日本と韓国が戦ったとき、負けたら次の相手がカタールになるということでどちらも目を三角にして闘い、結局、負けた日本がカタール、勝った韓国がインドネシアということになり、こりゃ日本終わったわと言われたものだった。
ところが一部では、いや、実は韓国がヤバいんじゃないか、それぐらい今のインドネシアはヤバいぞ、とささやかれた。この場合のヤバいは、前者が本来の意味で、後者がイマドキの意味である。
インドネシアは、日本のJ2で1年目の新人なんか比べものにならないくらいよく走るし、何と言っても前線にアジアNo.1じゃないかと言われるフォワードがいる。ストライクという名前だ。ストライクはオランダ生まれで、昨年、帰化した選手らしい。
背が高くてスピードもあるという、とんでもない選手だ。こういう化け物ストライカーが1人いればトーナメントを勝ち上がることは十分にあり得るわけで、案の定、韓国戦でもこのストライクが大活躍で、PK戦を制して準決勝進出を決めた。
このPK戦が11-10。最初に見たときは、いったい何の数字だろうと一瞬ポカンとしたわ。
おもしろえな、インドネシア。

対する日本は難敵カタールに競り勝つ。
カタールは、久々にガチの汚い中東サッカーという感じだった。接触プレーがことごとくファール寸前。キーパーの跳び蹴りには驚愕したが、さすがにこれは一発退場となってしまった。
その仕返しとばかり、イエローをもらっている松木と木村にいろいろ仕掛けてくる。なんとか2枚目を引き出して同数に追い込もうという魂胆なのだろう。そんなことにあっさりとレフェリーがだまされそうなところが、これまた中東らしい点だ。
80分過ぎぐらいからカタールはヘロヘロになり、延長ではボロボロになって、足がつったまま走る選手も出てくる。拷問かよ。もはやPK戦に持ち込む以外に勝ち目はないという試合運びの中で日本が2点決めて、やっと終了た。
それにしても細矢と藤尾の下手くそぶりは目に余る。こんなんで次も勝てるのだろうか。
いや、ぜひ次も勝ってもらいたい。そしてインドネシアと決勝で当たってほしい。そんな展開が最高の楽しみだ。

それにしてもインドネシアの躍進や中東チームの成長を見るにつけ、アジア全体のレベルは間違いなく向上している。
もはや日本と韓国が二強だった時代は終わり、まさに群雄割拠。とても容易に勝ち抜けることはできなくなった。アジアカップの結果を見れば、ひょっとしたらワールドカップ出場が途切れるという事態もなくはない。
もっとも「サッカーが強くなると治安が悪化して国が没落する」というのがオレの説なので、それはそれで国のためにはいいことかもしれない。


2024.04.24

よしことまひる


朝、息子を駅まで送っていったら、警官がいた。ぞろぞろというほどではないが、ちょぼちょぼというぐらいにはいた。日本語のオノマトペは素晴らしい。
警官のいるあたりを見たら、パネルのようなものが設えてある。イベントの設営のようだ。きっと特殊詐欺反対のイベントでもやるのではないか。
平日の午前にこんなものに足を止めるなんて、暇なジジババしかいないだろうが、特殊詐欺撲滅ということではちょうどいいのかもしれない。
そういえば茨城でネット広告にだまされて7億円を盗られたという70歳女性がニュースになっていたが、大方の反応は「気の毒に」というより「7億も持っていても、もっとカネがほしいと思うものなのか、70にもなって」という呆れた声が多かった。こういうのを欲が深い、強欲、我利我利亡者というのだろう。
昼、ヨメと買い物に出かけたら、駅前の同じ場所でやはり人だかりがしている。朝準備していたイベントなのだろう。
何をやっているんだろうねと、助手席のヨメがスマホで調べて「あれっ、ガンバレルーヤだって」と声を上げる。なんとガンバレルーヤが石神井公園の駅前で一日署長をやっているのだそうだ。
おお、ガンバレルーヤか。こりゃ見なければな。オレはクルマを駅前に路駐し、ヨメに写真を撮ってこいと命じる。
スマホ片手に人混みに突撃したヨメは、「あまり上手く撮れなかった」と言いながら戻ってきた。確かに上手く撮れてはいないが、ガンバレルーヤということはよくわかる。

それにしてもなんで石神井公園なんて田舎にガンバレルーヤが。
一日署長っていうのは、とんでもなく安いギャラなのだそうだ。そりゃそうだ。一方でニュースに取り上げられることによるPR効果や警察に貸しを作れるということから、芸能人も喜んで引き受けるのだという。
ガンバレルーヤぐらいはちょうどいいのかもしれない。
もっとも集まっているのはジジババばかりだし、ガンバレルーヤの呼びかけにどれだけちゃんと耳を傾けてくれたか、見当もつかないが。
「イッテQ!」ファンの我が家は、ガンバレルーヤを応援している。たいして面白い芸があるわけでもなく、自分の身体を使った自虐ネタが時に痛すぎて見ていられないことがあるものの、たぶん真面目で一生懸命なのだろうということは十分伝わってくる。仕事に誠実に取り組んでいる人の姿というのは、気持ちいいものだ。
何よりもちゃんと“わきまえて”行動している点が好ましい。
この“わきまえる”というのは案外大切なことで、自分の立場や見られ方に無頓着で、好き勝手に振る舞っているようではとても好感は得られない。バイきんぐの小峠なんかも、とても正しくわきまえていることが感じられる。
そんなガンバレルーヤが地元の駅前で一日署長を務め、ジジババ相手に特殊詐欺撲滅を訴えているのだから、ありがたやありがたやと拝んでしまった。ウソだけど。

テレビということでは、とうとうフジテレビが視聴率競争でテレ東に負けて最下位に転落したというニュースが流れた。
わははは、やったなテレ東。「家、ついて行ってイイですか?」とか、すげえ面白いわ。カネがないから頭を使いましたという企画は、たいしたものである。
対してフジテレビは、芸人をひな壇に並べメシを食ったりバスに乗ったりという番組ばかり。いや、どの局も同じだから、フジテレビがというよりテレビ自体が既にオワコンなのだが。
我が家では朝こそ「めざましテレビ」を流しているが、それ以外ではほとんどフジテレビの番組は見ないなあ。
80年代、オールナイトフジやおニャン子クラブが世を席巻した頃のフジテレビはすごい勢いだった。あの成功体験が忘れられない連中が幹部となり、老害となって、会社を食い潰しているのだろう。
「番組の制作費を削っておきながら、幹部連中は連日のように領収証を切って飲み食いしている」というフジテレビ退職者の告発は、なんとも印象的だ。もしかすると没落日本の象徴なのかもしれない。
そういやNHKの「チコちゃんに叱られる!」も、最初はフジテレビに持ち込まれた企画だったと聞いた。あっさりボツにされたので、頭にきた制作会社がNHKに持ちかけて実現させたところ、大当たり。フジテレビはなんて間抜けなんだと笑われたそうだ。
そもそもお台場なんかに拠点を移したことが間違いの始まりだったのだろうなあと、オレは遠い目をしてみる。


2024.04.23

ドンキに突撃


暇だ。暇すぎる。
あんまりにも暇なので、酒を飲むことにした。場所は地の果て、成増。ここに暮らすイームラ君も暇に決まっているだろうから連絡してみたら、案の定「暇なので飲みましょう」という返事だった。
暇すぎて頭も身体も腐りかけていたオレは、少しは運動せねばと思い、成増まで歩くことにした。通常、成増まではバスである。西武線が止まったときなど、東武線に回って成増発のバスで帰ってくるから、おなじみのルートだ。
そのバスで20分。歩きだったら、1時間もあれば行けるだろう。
そう踏んで、オレは歩き出した。

するとまずいことに途中で雨が降ってきた。確かに天気予報ではポツポツ降るかもとは言ってたが、これはポツポツという範ちゅうではない。まいったな、傘を買うのはもったいないし。
そう困惑していたオレの目に飛び込んできたのが、赤ちょうちんであった。おお、これは、あの店ではないか。そうである、いつもバスの中から目にしていた焼き鳥屋だ。調べてみたらネットでの評判も高く、いつか行ってみなければと思っていた店である。
とすると、この雨は天の配剤。雨宿りしつつ、ここで焼き鳥を食えということなのだろう。
オレはイームラ君にここで待っているとLINEをして、焼き鳥屋に飛び込んだのだった。
さすがいつも満席で大人気の焼き鳥屋である。とても美味い。合流してきたイームラ君も美味い美味いとむしゃむしゃ食ったのだった。

その後、イームラ君はオレをドンキホーテに連れていってくれた。
そうである。先日、成増には都内最大級のMEGAドンキがオープンし、板橋区のヤンキーが大集合して街の雰囲気を思い切り荒らしているという話題で持ちきりだったのだ。せっかくなのでイームラ君はオレにそのドンキを見せてくれるという。ほとんど観光名所だ。
ドンキ、凄かった。そのスケールもさることながら、安さに驚いた。
オレは家族のために惣菜を買ったのだが、例えば肉寿司が4つでなんと400円。値引きシールが貼られているとは言え、これは仰天の安さだろう。
あとは丼いっぱいに詰められた明太子が900円。肉寿司も明太子も、ドンキのものを食って大丈夫かと思わないでもなかったが、この価格はもはや暴力である。
ドンキの黄色い袋に買ったものを詰めて、イームラ君と駅前で別れ、帰りは歩きではなくバスにする。
夜の郊外を走るバスって、好きだなあ。なんともいえないノスタルジックな空気が漂っている。特に晩秋だと最高だ。

地元のバス停で降り、家に帰って、ドンキの惣菜を見せる。
400円の肉寿司を見た瞬間、ヨメは「えっ」と絶句。固まってしまった。想像を超える安さだったようだ。
一足先に帰っていた息子は、その肉寿司と餃子をむしゃむしゃ食うのだった。


2024.04.22

赤いサルの喜ぶ姿にうんざりする深夜


今日の日韓戦、グループステージ突破は既に決まっているのだから、適当にターンオーバーして負ければいいやとは思うものの、客席のコリアどもが喜ぶ姿を見るととんでもなくイラつくので、やっぱり勝つべきだ。
そう思って見たら、こりゃまんま、新潟対町田のゲームのシミュレーションじゃないか。そんな視点だと実に面白い。
ロングボール主体でタテに速く、身体をぶつけてくる韓国はまさに町田そのものだ。
そしてペナに入れずチャカチャカとボールを回しては下げる日本は、新潟そのもの。
結果、日本が負けたのだから実に験が悪いのだが。
ディフェンスに5枚並べた韓国に対して、日本は4バック用の攻めを繰り返すのだから、ボールを持たされ、外側でチャカチャカと回すだけ。これじゃ韓国はちっとも怖くない。どうにか攻め込んでも細矢がドフリーを外すなど、とことん決定力不足。
こりゃあ勝てないよな。

別に勝たなくていいとは思ったものの、客席を見ると実に不愉快である。夜中に不愉快である。
この結果、次からの決勝トーナメントでは地元・カタールと当たることになった。
U23のカタールはたいして強くないらしいが、なんせ地元である。客も選手も調子に乗っている。決して侮れない。
終了間際のPKとか、意味不明のVARとか、うんざりするような結果が待っている気がする。そして日本はオリンピック出場を逃してしまうという未来まで見えた。
これは、けっこうあると思うぞ。
アジアカップでベスト8敗退、アンダー23もアジアベスト8敗退。こりゃあ、日本は明らかに弱くなっているではないか。次のワールドカップだって、わからんぞ。
どうしてここまで弱くなったのだろうか。というより、中東を中心に他の国が急激に力をつけてきているのに日本は衰退するという流れだろう。
そのまま国力の話じゃないか。

というわけで、IMFの発表によれば2025年に日本のGDPはインドに抜かれ、世界5位に転落するという話題になる。
ついこないだまで世界2位と威張っていたのに、あっという間だったね、没落。
悲しいことだ。
もっともGDPは国内総生産の略であるように、一定期間内に生産された財・モノの合計額だから、労働力が減り続けている日本が、爆発的な人口のインドに負けるのは当然のことではある。国力そのものが反映されたわけではないので、そんなにがっくりする必要はない。
単純にいって、じゃああなたは中国やインドに住みたいですか、と聞かれて多くの日本人は「うーむ」と答えるだろうから、GDPと国民の幸福感は関係ないのである。

とは言いつつ、今週の日経ビジネスによれば、ASEANの経済成長率は凄まじく、2026年にはASEANの名目GDPは日本を抜くのだそうだ。
とほほ、またもや抜かれる話かよ。アルビレックス新潟の選手かよ。
ASEANの成長を牽引する新富裕層も誕生しており、例えばシンガポールの新富裕層の月収は168万円、タイでも62万円だ。念のため、月収である。そりゃあ昔は日本人がタイへ行って「安い安い」と喜んでいたかもしれないが、今ではタイから日本へ買い物ツアーがやってくる時代なのである。
今やASEANは日本の下請けなどではなく、日本のお客さまなのである。
日本が勝てるものは、もはや安心して水道水が飲めることと、サッカーの試合後のロッカールームぐらいなのである。美しい四季はなくなったし。サッカーも勝てなくなったし。

とほほ、どうしてこうなった。
やっぱり失われた30年、氷河期世代を生み出してしまったことが大きな転換点になったのだろう。
江東区の補欠選挙の大騒動を見ていると、確かに我が国は大きく劣化してしまったのだなあと、溜息が漏れてくる。
というわけで、今やとんでもない騒動になってしまっている江東区の選挙については、また明日。


2024.04.21

日経


朝食を食べながら日経新聞を読み始めて、噴いてしまった。一面下のコラム、春秋である。
ここで記者は「自分の書いた文字はどこへ行ったのだ」と疑問を呈する。
昔はメモリーに保存されたので納得できたが、今はどこか遠いところにあるクラウドというものに保存されるそうだ。そのクラウドが壊れたらどうなるか、理解できないので、画面を写真に撮っている。さらに印刷もしている。現代の技術は、もはや一般人が理解できるレベルを超えている。この原稿もどこに保存されるのか、考えると夜も眠れなくなる。
さすがにギャグだよね、キミ。そう言いたくなる原稿だ。
まさかこんな程度の認識しか持ち合わせていない記者が、紙面を書いているわけはないよね。万が一、本当にそう思っているとしたら、日経新聞は恥ずかしすぎる。

その日経新聞に先日、25年ぶりぐらいに足を運んだ。
20代後半から30代前半にかけオレは、日経新聞の夕刊に連載を書いていたから、毎週のように出入りしていたのである。連載といっても広告原稿だから無署名だが。
当時は大手メディアといっても出入りは非常にゆるくて、受付はあったものの完全にスルー。目の前を堂々と通って社内に入っても、何も言われなかったし、オレも必要がなくてもちょっと立ち寄って勝手に社内の資料室などを使っていた。それでもとがめられることはまったくなかった。
こんなユルユルが一変したのはご存知9.11ニューヨークテロ。都心のオフィスビルには一斉に警備会社のガードマンが立ち、出入りする人間にいちいち声をかけて身分証を提示させるようになった。
東京駅前の丸ビルでも警備員が出入りする客の目の前に手を差し出して止め、免許証を見せろと言うようになり、「本当にそれでお前たちはアルカイダを止めてみせるんだな」と毒づく人間もいたものだった。
メディアも例外ではなく、日経新聞の受付も一気に厳しくなり、知らん顔して出入りするなんてとても許されなくなってしまった。まあ、これが当たり前と言えば当たり前なのだが。
現在の日経新聞の本社は、オレが出入りしていた頃にあった場所から200メートルぐらい皇居側へと移動している。昔はボロだったが、今は立派な高層オフィスだ。

オレが出入りしていた頃はバブルということもあって、オレもよく飲みに連れ出された。オレが接待するのではなくて、オレが接待されるのである。
つまり会社の経費で飲み食いするのに、社外のライターとの会議だったということにするために、オレが必要だったわけだ。接待されるなんてオレも偉くなったものだ。冗談である。
おかげで行きたくもない六本木のクラブなどに連れていかれて、連れてきたら後は用はないから適当に飲んで勝手に帰っていいよと放り出され、毎度毎度、タクシーをつかまえるのに大変な苦労をしたものだった。
あの頃も銀座や六本木で飲むのが大好きな人たちが多かったが、今もそのへんは変わってなさそうだ。


2024.04.20

○×○△△××△○12


新潟はなに食っても異常に美味い。特にこの季節は、山のものも海のものも、異常に美味い。新潟に住んでいたときにはそれが当たり前だったから何とも思わなかったが、こうして離れて暮らした年月の方が圧倒的に長くなってしまった今になると、余計にそのありがたみが染みてくる。
これはオレだけの感想ではない。全国の各チームのサポーターの意見でもあるのだ。アルビレックス新潟のJ1復帰が歓迎されたのは、これも大きな理由の一つである。
例えば浦和のお猿さんたちは「旨いものが食えて、しかも白星までもらえるから、新潟大好き。お前ら早くJ1に帰って来い」と笑っていた。J1には復帰してやったが、お前たちにくれてやる白星なんてないわ。ふん。
そんな罰が当たったのだろう、浦和は今日も負けた。圧倒的に徳が足りないから負けるのだよ、お猿さん。
まあ、それはよい。人のことはどうでももよい。
大切なのはアルビレックス新潟だ。

我が軍は、今日は京都に乗り込んだ。京都である。オーバーツーリズムの京都である。インバウンド公害の京都である。
ちょっと前に仕事で行ったときもひどいことになっていた。清水寺では中国人がギャーギャーしゃべりまくって情緒も何もあったものではないし、舞子さんのコスプレをした中国人の女を、これまた中国人が取り囲んで撮影していた。
ひどいものである。だが、京都は観光で食っているのだから仕方ないのだ。オーバーツーリズムに耐えることも仕事なのだ。
そんな京都に乗り込んだ我がアルビレックス新潟は、谷口お得意の変態シュートで見事に京都を撃破してやった。どんなもんだい。
これで3勝3敗3引き分け。トップとは勝ち点6差、最下位とも勝ち点6差。なんと見事な中位なのだろう。実家に帰ってきたような安心感がある。

今日のスタンドには、ロメロ・フランクが来てくれていたそうだ。ロメロも今は滋賀のチームにいるから、ご近所さんというわけだ。昔の選手がこうしてクラブのことを忘れずに応援に来てくれるのは、とても嬉しい。
そういや、先日、イッペイ・シノヅカの引退がひっそりと流れた。やはりどこからも声がかからなかったか。お疲れさんである。
イッペイといったら世間的には水原だろうが、オレたちはシノヅカなのである。彼もナイスガイだった。今はどこでどうしているのだろうか。第二の人生が穏やかなものであることを祈る。


2024.04.19

朝日新聞が目の前でやられて歯ぎしり


まーた都庁でプロジェクションマッピングだとさ。今度はゴジラだと。ゴジラがどうのこうのよりも、なんであんな無駄遣いを平気でするかね、あのタヌキは。どうせ代理店に何億かで発注しているのだろう。
まったく売名行為が過ぎる。
同時にひっそり発表されたのが築地跡地の再開発だ。正式に三井不動産と読売新聞のチームが再開発を行うことが決定した。以前、食のテーマパークだ、築地は残す豊洲は活かすだとか散々大騒ぎしたくせに、今度は実に地味に発表だ。タヌキのおばさんは、もう興味がなくなったのだろうか。
再開発計画では、大方に目されたようにスタジアムを中心他とした複合施設が中心だ。読売新聞が入ってるから、巨人の本拠地がここに移り、東京ドームの跡地には巨大なオフィス街+タワーマンション群が出来上がることになる。
都心の一等地の巨額の再開発だ。えらい経済効果だろう。もっとも完成する頃には人口減少ですっかすかだったりして。わはは。
そして築地のスタジアムは、巨人のほかに、せんだってレッドブルが資本参加した大宮アルディージャのホームになるだろう。もちろん大宮なんか捨てるので、ホームタウンは港・千代田・中央の都心3区で、名前もベイエリアーズとかになるだろう。羽田に近いのでインバウンド客の巨大な受け皿だ。
そんな未来が始まることが今日決定したわけだが、完成は2038年の予定だそうで、はて、オレは見られるのだろうか。なんだかちょっと微妙な線のような気がする。


2024.04.18

夏も近づく


一番好きな飲み物は、ビールでもコーヒーでもなく、緑茶である。
春夏秋冬、オレは常に緑茶を飲んでいる。がぶがぶ飲んでいる。
以前は急須で茶葉から淹れていたのだが、やはりペットボトルの便利さにはかなわず、1リットルペットを箱買いして、飲んでいる。「綾鷹」が一番好きで次が「伊右衛門」、そして「おーいお茶」ときて、キリンの「生茶」は好きじゃないので買わない。「綾鷹」「伊右衛門」「おーいお茶」のうち、その時々で安いペットを箱買いするわけだ。
そして出かけるときは自販機かコンビニで500mlのペットボトルを買って持ち歩いている。
ちなみにディスカウントストア等で時折見かける激安ノーブランドの緑茶は、買わない方がいい。
なぜなら激安の理由の一つが、茶葉から農薬を洗い流す工程が省かれていることだからだ。飲み続けていると健康被害がヤバい。大量に飲むものだからなおさらだ。
よって買うならナショナルブランドものに尽きる。

この4月、どういうわけかブランド緑茶が一斉にリニューアルされた。「綾鷹」「伊右衛門」「生茶」である。「おーいお茶」だけがそのままだ。
競合各社が口裏を合わせたわけでもないだろうに、いったいどうしたことか。
これはオレの勝手な推測なのだが、緑茶自体が伸び悩んでいるのだろうとは思う。ここのところの真夏の酷暑、熱中症対策で水分を大量に摂取する習慣が定着したのはいいとしても、飲まれるのが緑茶ではなくてミネラルウォーターや麦茶ばかりで、その勢いで、普段の飲料も「別に緑茶でなくていんじゃね?」とばかり、消費が落ちてきているのではないか。
オレは緑茶ばかりがぶ飲みしているが、そんな状況に危機感を抱いてメーカー各社が夏を前に一斉にリニューアルに走ったのだろう。
そうとは気がつかず、コンビニでたまたまリニューアルした「伊右衛門」を見つけ、なんじゃこりゃと買って飲んでみた。そしてあまりの違和感に驚いた。なんじゃこりゃあ、伊右衛門じゃねえぞこりゃあ。
そうである。リニューアルによって「伊右衛門」はすっかりまずくなってしまったのである。
衝撃を受けて、家の食卓を見たら、娘が「生茶」を飲んでいた。おお、リニューアルした生茶じゃないか。
オレが生茶を飲まないのは、純粋なお茶の味ではなく、明らかに何かを添加した味がするからだ。それはきっとビタミンCで、包装にもそう表示されてはいるのだが、そのビタミンCによって、明らかに混ぜ物が入っている味になってしまったところが嫌なのである。それで「生茶」はまったく飲んでいない。
ところが想定外なことに娘が「生茶」を飲んでいるではないか。そこで、「生茶」はリニューアルで美味くなったのかと聞いてみた。
娘の答えは「ふだん飲んでないからわかんね」というものであった。ぎゃふん。
ならばこれは自分で飲んでみなくてはなるまい。そこで普段は決して飲まない「生茶」を買って、リニューアルの具合を確かめてみた。結果は、なかなかよかった。以前よりすっと飲める味になっている。例の添加物の感じは相変わらずするのだが、だいぶ抑えられていて、違和感はかなり少ない。これなら、まあ、合格だろう。
残るは「綾鷹」だが、こちらは650mlペットというへんてこなサイズのものを買って一口飲んで、そして検診にいった目医者に忘れてきてしまった。まだ一口しか飲んでいなかったのに、きーっ、悔しい。よってリニューアル後の評価は、保留である。
一口飲んだ限りでは、あまり変わった感じはなかったが。

そんなわけでリニューアル後の最終的なランキングはまだではあるが、ひょっとしたら「伊右衛門」が圏外へ降格という可能性もある。もっともサブブランドの濃い味のやつは変わっていないようなので、あれに切り替えればいいかもしれない。
「綾鷹」も「伊右衛門」も「おーいお茶」も、カテキン2倍の濃い味のお茶は、どれもなかなか美味しいのだった。
基本的に緑茶は身体に良くて、血管をきれいにして動脈硬化などを予防してくれる。だが、何だって過ぎれば毒になるのは同じで、緑茶は腎臓に負担をかけ、尿管結石の原因になることもある。カテキンは赤血球を破壊するので、女の人は濃い味のお茶はなるべく飲まない方がいい。
オレは毎日1リットル近く飲むので、ちょっと飲み過ぎだなあと感じている。だから麦茶やミネラルウォーターなども適宜飲まなくてはならない。ウーロン茶もありだ。
今日は、緑茶にレモン風味を混ぜたというへんてこな飲み物を飲んだが、まずかった。やっぱり緑茶は緑茶のままが一番美味い。本当なら急須で淹れたいものだ。もうすぐ新茶の季節だし。


2024.04.17

2回戦突破


実はサポーターの立場からすると、J1よりもJ2が楽しいというのは事実だ。
J1チームは大都市圏に集中しているが、J2チームは全国にいい感じに散らばっているからである。
アウエーの応援を口実にそうした地方へ出かけるのは、多くが用もなければ一生訪れることなどなかったであろう場所ということもあって、実に楽しい。
いわきもその一つである。
いわきのスタジアムはまさに地方ののどかな球場という雰囲気で、すぐ近くの常磐ハワイアンズに泊まりがてら応援に行きたいと思っていた。そのいわき相手の試合が今日だったので、実はこっそり行ってみるかと計画したのだけれど、泊まろうと目論んでいた常磐ハワイアンズの宿泊料がインバウンドでとんでもないことになっていたので諦めたのだった。
なんせ一泊4万円なのである。食事や温泉込みの値段ではあるものの、これではとても手が出ない。 そんなわけで配信での観戦に切り替えたのだった。

そんなわけで自宅でメシを食いながら、いわきと闘うアルビレックス新潟を応援していたところ、ヨメが「ところでこれは何の試合なのだ」と聞いてきた。そりゃそうだな。どうしてJ1のアルビレックス新潟がJ2のいわきと試合をしているのだろうと、知らなければ不思議に思うわな。
お答えしましょう、これはルヴァンカップというカップ戦なのです。Jリーグではないのです。ルヴァンというお菓子屋さんが「優勝したら賞金をあげるよ」というので、Jリーグ各チームがそれを争っているのです。
え、Jリーグのチームが参加しているんだから、やっぱりJリーグじゃん、それ。
こういうところなのだよ、日本のサッカーのわかりにくさは。オレたちサポーターにとっては何でもないことだが、ライト層にしてみれば、何なの、この試合、ということになる。そりゃシラけるわ。
このままいくと、アルビレックス新潟はリーグ戦で湘南と闘った2日後に、ルヴァンカップで再び湘南と闘うことになる。なんなの、これ。わかりづらいったらありゃしない。こうしたところの周知徹底をちゃんとしておかないと、ファン層の拡大も難しいだろう。
例えば大相撲は本場所のほかに1日限定のトーナメント大会も行われていて、それはそれと、別物としてちゃんと楽しむ土台ができている。こうした環境づくりにJリーグはもっと力を入れるべきだと思う。

さて、Jリーグではないルヴァンカップの試合を配信で見たと書いたが、実はルヴァンカップはDAZNでは見られない。配信はスカパー!なのだ。これも面倒くさい話だ。
昨年はルヴァンカップだけのためにスカパー!を契約し、敗退して即解約した。今年もそうすることに決め、今日、再加入した。これで負けられたら、目も当てられない。絶対に勝て、アルビレックス。
というわけでゲームが始まってしばらくして、ネットがざわつく。なんと、ふだんは見慣れないいわきのベンチスタッフに、実に見事なメガネっ娘を発見したのだ。長い黒髪に丸顔。そこに乗った、太い黒縁の丸眼鏡。絵に描いたようなメガネっ娘で、オレも見た瞬間、ほほう、これはこれはと腕組みなどしたのだった。
こういう具合に普段は見られない地方の名物を観光できるのも、J2の醍醐味である。

まあ、それはともかくとして、試合は予想通りいわきに圧倒された。こういうタイプのチームに弱いのである。我が軍は。
それでも立ち上がりの1点と91分の1点でなんとか2-0で逃げ切る。91分の1点は、フォワード谷口の実に卑怯な得点であって、いわきサポの心を折るには十分だった。
それにしても相手の左、加藤という選手はなかなかいい選手だった。ちょっと目をつけておこう。
こんな具合に有望選手を発見するのも楽しみである。
同時に、以前千葉にいたはずのブワニカがいわきにいるのを発見して、あれえ、ブワちゃん、いつのまに、と知っていた選手がいつの間にかJ2最果ての地にいるのを見るのも、しみじみと楽しみである。
普段対戦しないカテゴリーのチームと闘えるルヴァンカップだからこそ、こうした味わい深い時間を持てるのだ。


2024.04.16

大誘拐


「リカバリー・カバヒコ」の青山美智子はまだ読んだことがなかったので、文庫本でもと思って駅前の書店に立ち寄った。
宝島文庫が多いようなので、その棚を見る。何冊か発見し、パラパラしたがどうも青山美智子は肌に合わない感じがしたので、そのまま棚に戻した。
じゃあ、代わりに何を買おうかなと文庫コーナーの平台を見ていたら、ぎょっとする。なんと「大誘拐」が置いてあるじゃないか。天藤真の。

言うまでもなく「大誘拐」はオレのオールタイムベストワンである。つまり人生で一番面白かった本だ。社会人になってすぐの頃に読んで大興奮し、以来、ずっとベストワン。
版が変わって、表紙が変わるたびに買い求め、いつでも読めるようにと電子本でも買い求め、そしてまた新しいカバーを被せられて並べられているのを発見した。もちろん問答無用で購入である。
言うまでもなく、中身は全部一緒だ。何冊も持っているのに、全部一緒だ。そして先日も、人生で何度目だと考えながら、読み返した。我ながら偏愛ぶりに呆れてしまう。
さすがにもういいではないかと思ったものの、「大誘拐」が平台にあるというのにスルーすることがどうしてもできず、結局買い求めたのである。いったいこれでオレの手元には「大誘拐」が何冊あるというのだ。

わーい、また新しい「大誘拐」を買ったぞ、と喜びながら書店を出て気がつく。しまった、青山美智子を買いに来たのに新刊をチェックしなかったではないか。
オレはあわてて書店に戻り、そして「本屋大賞」のコーナーに並んでいる「リカバリー・カバヒコ」を手に取ってレジに向かったのだった。
そして電車に乗り、有楽町に向かう車内で「リカバリー・カバヒコ」を読み、酔っ払ってからの帰りの車中では「大誘拐」を読んだのだった。何度読んでも面白く、素晴らしい作品だ。
先日来オレは「成瀬は天下を取りにいく」を絶賛しているのだが、やっぱり「大誘拐」がオレのオールタイム・ベストワンだなあ。というわけで「成瀬」は第2位に決定。今まで2位だった浅田次郎「壬生義士伝」は3位に降格である。
「リカバリー・カバヒコ」青山美智子・光文社。
というわけで読んだのであるが、読みやすくて、そつなく上手くまとめられている印象。この、世界は善意であふれている、人生ポジティブにいこうぜ的なトーンは、どうもやっぱり肌に合わないなあ。
「人的資本経営まるわかり」岩本隆・PHPビジネス新書。
「資本市場に向けた人的資本開示」大和総研・金融財政事情研究会。
先日、ある場所で「では、専門分野は人的資本経営なんですね」と言われてびっくりした。え、ええ、まあ、などと取り繕ってはみたものの、浅く広く薄く適当にというのがオレの専門なんだけどなあなどと思った。それでも、なるほど、ものはいいようというか、見る人によってはそんなふうに見えるのねと納得し、ならば少しは取り繕わなければと考えて読んだのがこの専門書2冊。普段は仕事で読んだ本には触れないのだが、そんな経緯が面白かったので、記録してみたというわけだ。
なぜ人的資本という非財務情報が重要視されるのかという背景がよくわかったし、情報開示に際して何がポイントになるかということも納得できた。やっぱり勉強はしておくものだなあと、今さらながらの感想。アホだな、オレは。一通り読み終えた今もこの二冊は机の上に置いてあって、時々ペラペラと繰り返している。


2024.04.15

有楽町の悪夢


ぬーすんだ茶わんでお茶を飲むーと歌いながら盗ったというので、犯人は尾崎豊ファンだと目されているらしいが、それにしても高島屋ってアホだねーげらげらと笑い話で終わると思った事件が、意外にも報道が長く続いていて、こりゃひょっとして裏があるのではと勘ぐらせてくれる。
確かに改めて考えれば、いくらなんでもガラスケースをひょいと開けて簡単に茶わんが盗めるとは思わないし、事前に「カギがかかってないから簡単だよーん」と知らされていたという説のほうが納得できる。
盗んだ後も30分も会場にいたというのも変な話だ。次の指示を待てと言われていたとしか思えない。 そもそも、たまたま通りかかったら百貨店で黄金展をやってたので盗みましたって、借金130万円を抱えて自己破産しようかと思い詰めていた人間の行動としては不自然だわなあ。
こう考えると、高島屋の内部に絵図を書いた人間がいて、そこから先は闇社会があって、というのも十分にあり得る。だから報道もしつこいのか。

なーんて陰謀論をたくましくすると、大谷翔平が裏で糸を引いていたに違いないと断定して赤っ恥をかいたマスコミの皆さんと同じ穴の狢になってしまう。
通訳といういうだけで最強の勝ち馬に乗るという、ビートルズで言えばリンゴ・スターのようなラッキーさで見事に勝ち組人生をつかんだというのに、一平君は実に見事な闇堕ち人生。アホさ加減で言えば高島屋どころではないな。
この一平君の所業を思えば、1000万円の茶わんを盗んだなんて実にまったく小さい話だ。一平君は釈放で茶わん野郎は留置。割に合わないなあ。
などと考えながら、割り勘をしてオレたちは店を出た。

ここは有楽町ガード下。加藤君が田舎から出てくると言うので親分、イズハラ君の4人で飲んだのである。
店を出て駅に向かうと仲間はばらけ、ふと後ろを振り返れば加藤君が何やらわめいている。どうしたどうした。聞けば、なんとイズハラ君が財布をなくして探しに戻ったというのである。こりゃ大事件だ。
目を前に向ければ、眠すぎて一刻も早く家に帰りたい親分はとっとと先に行って信号の下で「じゃねー」と手を振っている。
先に帰るのはけっこうなんでございますが、一応はご報告をと思い、イズハラが財布をなくしたんですわ、とオレは駆け寄ってよって説明する。親分も「そりゃあ大事件じゃねえか」とUターン。
財布を探しにさっきの店へと走って戻ったイズハラ君を追いかけ、オレたち3人も店へ向かう。すると加藤君が突然「おしっこ!」と叫んでビルとビルの間に駆け込んだのである。
こここ、こいつは有楽町で、千代田区で、立ちションをするつもりなのか。67歳にもなって。
あまりの所業に仰天したオレはあわてて加藤君を連れ戻す。加藤君は「おしっこおしっこ」と叫びながら隣の店へ突撃し、強引に店のトイレを借りて事なきを得たのだった。まったく行動がことごとく田舎ものだ。

呆れつつ、加藤君には、そこを動くんじゃないよ、この田舎もん、と言い置いてオレと親分はイズハラ君を追いかけて店へ戻る。
だがそこにはイズハラ君の姿がない。オレと親分は財布を落としていなかったかを店員の姉ちゃんに聞き、そしてイスの下テーブルの下を探すが何も見つからなかった。
うーむ、どういうことだ。しかもイズハラ君までいなくなった。
仕方なくオレと親分は駅へ戻ることにして、イズハラ君に電話をした。出た。
今どこにいるんだと問うと「駅にいる」とのこと。え、なんで。こっちは店まで戻って財布を探したというのに。するとイズハラ君「ごめんごめん、財布はあった」と答える。げ、よかったじゃん。どこにあった。
返ってきたのは「カバンの中」という耳を疑うような答えで、オレは思い切りずっこける。しかも財布を探しに戻ったオレたちをおいて自分はとっとと駅まで行ってしまったとは。

あまりのことに脱力しつつ、言われたとおり素直に立って待っていた加藤君を拾い上げ、オレと親分と加藤君は有楽町駅を向かおうとする。すると突然親分が「いてててて」と座り込む。ど、どうしたんだ、親分。
「足が、足が」と親分は足をさすりながら「歩けない」と言うのだった。
先日親分は、孫の顔を見るために夫婦で大阪まで行き、そして調子に乗って一日2万歩も歩いてしまって、それ以来、足が痛くてしょうがないのだという。
加齢による衰えに加えてぶくぶく太った巨体のプレッシャーで、とうとう足が悲鳴を上げてしまったのだろう。オレたちはもうそういう年齢なのだ。
親分の方を加藤君と二人で支えて、なんとか駅前まで連れていき、呑気にキョロキョロ立っているイズハラ君と合流し、そして大宮まで帰る親分をちゃんと連れていってくれとイズハラ君に託す。
田舎ものの加藤君は品川のホテルへ帰るのに山手線を反対に乗ろうとするに決まっているから、ちゃんと正しく乗るようにと念を押す。

親分はもうすぐ70歳だ。
割り勘をして店を出て、このドタバタで駅まで30分。何か一つのアクションを起こすたびにとんでもなく時間がかかるようになってしまった。どこからどう見ても立派な高齢者集団である。
10年後もこうして皆で集まって飲めるとはとても思えないから、せいぜいあと5年としても、合わせて10回も飲めないのではないか。うーむ、オレたちに明日はない。


2024.04.14

ぼっちの家


日曜日の今日は、娘はサークル活動で出かけ、ヨメも仲間との集まりで出かけ、息子は相変わらず息を吐くように勉強するために大学に出かけ、とてもいい天気の春の一日だというのにオレは自宅で一人、仕事なのだ。
もともと勤務時間という概念のない仕事をしており、曜日や時間に関係なく、仕事のあるときが働く時間というスタイルのオレに影響されたのか、息子もいつでもどこでも勉強している。先日も寿司屋で晩飯を食ったとき、iPadを片手に英語の論文を読んでいた。
別に誰に言われたわけでもなく、それが義務でも何でもなく、当たり前のことになっていて、なるほど、このレベルにならないと東大大学院なんて無理なんだろうなと納得する。
一方のオレは、せっかくの日曜なのにとぶつぶつ言いながらそれでもちゃんと原稿を書き上げた。
途中、10分だけと言い訳してDAZNでガンバ対鳥栖を観る。ロスタイムの最後のプレーでガンバが勝ちきるという、一番おいしいところを観たのだった。

「黄色い家」川上未映子・中央公論新社。底辺に生まれ育った女子高生が知らず知らずのうちに犯罪に巻き込まれていくという、実にうんざりする物語だ。話は面白いのだが、気持ちがどーんと沈んでいくのがきつい。
それにしても凄まじい文章力の作家だと感心する。心理状態の描写なんてたいしたもんだ。読売新聞の連載小説だったということで、ほとんど難しい言葉を使わず、中学生が読んで楽に理解できる文章となっている。それでいてこれだれの心理描写をするのだから、たいしたものだ。


2024.04.13

○×○△△××△9


とほほほ、情けない。我が軍は今日も情けない。
所用があって前半は見られず、後半だけを見た。とほほほである。
それでもいくらか改善の兆しが見られるのはよかった。なんとか1-1の引き分けに追いついて、情けない割りにはとりあえず落ち着く。
なにしろ今日負けていたら残留争いに巻き込まれていたからな。そして、こんな体たらくなチーム状態だというのに、なんとかギリギリつながっていることに驚く。今年はマグレみたいな勝利が2つしかないというのに、まだ生き残っているのだ。
ネットを見れば、立ち上がりの15分は相当によかったらしい。
どれどれと、DAZNで前半を見返してみることにする。
ほほう、確かにこれはなかなかいい立ち上がりではないか。ここで1点でも決めていれば、きっと勝ち試合だったろう。なんとか復調の兆しが伺えて良かった。
あとはとにかく夏場までなんとか耐え忍んで、後半の巻き返しに期待するしかない。
試合に負けると次の週のモチベーションも低下するんだよねえ。
今日は負けはしなかったが、モチベーションは相変わらず上がらない。


2024.04.12

東大の総代


本日は息子の大学院の入学式であった。
匂わせで書くとかえっていやらしいからちゃんと書くけれど、東大の大学院の入学式である。そしてこの入学式で息子は総代を務めて、壇上でメッセージを読んだのである。

ぶったまげる。
東大に入ったというだけで仰天し、経済学科で首席だったというので仰天し、大学院に進学するというので仰天し、というか、その成績ならそうですよねと納得し、そして首席は首席でもすべての大学院進学者の中で最もよい成績だったというので総代に選ばれて、もはや仰天を通り越してただ呆れるばかりである。
振り返れば高校時代の模擬試験で全国1位を取っていたあたりから不穏だと思っていたが、まさかそこからさらにダッシュするとは。どうしてこうなった。

息子の世代はコロナで大学の入学式が中止になった。オレは、東大の入学式に参列するなんて一生に一度だと思って楽しみにしていたのだがその機会を奪われてしまって、ちょっと残念だった。
ところが大学どころか大学院の入学式に参列するという、まさかの機会を得て、しかもその場で息子が総代を務めるということで、もうどうしていいのやら。
晴れ姿を一緒に見ようと、ヨメとおぱあちゃんを式場の日本武道館へ連れていったのだが、ヨメは緊張のあまり朝飯も喉を通らず、おばあちゃんは前夜よく眠れなかったという。
そんなことはどこ吹く風で、息子はなんのプレッシャーもなくあっさりと総代を務める。壇上で読んだメッセージは、息子に頼まれてオレも手を入れた。だから、オレの文章が東大の総長の手元に渡ったということになって、オレもたいしたもんだと自分を褒める。

どうしてこんな子に育ったのだ。
いやいや、それにはオレなりの目論見があって、いろいろと仕掛けたことがとてもうまくいったのは確かである。例えば中学2年で簿記を受けさせたら2級まで取っちゃったりとか、囲碁教室にぶち込んだら喜んで囲碁と将棋で遊んでいたとか。小説はほとんど読まないのだが、ドストエフスキーの「罪と罰」の上下巻文庫本を小学校3年生で読破したのにはたまげた。もっともこれはオレが読ませたわけではなくて、自分で勝手に買ってきて読んだわけだが。
そしてこれは謙遜でも何でもなく、勉強しろとは一度も言ったことがない。宿題しろとも一度も行ったことがない。もちろん娘に対しても言ったことがない。むしろ宿題なんかしないでお父さんと遊ぼうと言った。すると子どもたちは、こんなアホな父親の言うことを真に受けて宿題を忘れるなんて、損をするのは自分だから相手にしないでおこう、と自主的に宿題をしたのだった。
なんだ、このインチ臭い教育論は。
まあ、よい。
入学式後に息子と合流したが、大学院に戻ってちょっと勉強するという息子と別れてオレたちは目の前の靖国神社に参拝する。境内にはまだ桜が残っていて、穏やかな春の空気が流れていた。
本殿で手を合わせ、家内安全商売繁盛と百万回唱えてお賽銭を投じる。50円。

子育てをしていると、子どもって国からお預かりしている宝物だという気持ちになり、ちゃんと育ててお返ししなくてはという使命感のようなものが生まれてくる。
国立大学に学ぶということは国のお金で勉強させてもらっているということだから、ちゃんとしっかり恩返しをするんだぞと言うと、ゴリゴリの右翼の息子は「ああ玉杯に花うけて」をソラで歌うのだった。


2024.04.11

アイシテルニイガタ


徳島ヴォルティスも大概だが、松本山雅はそれに輪をかけて酷い状態だ。
詳しくは知らないが、とにかく経営陣がぐちゃぐちゃ。サポーターミーティングで虚偽報告をするなど、とんでもない話が出てきて、先日はクラブのレジェンドだった幹部があまりにことにぶち切れて退社し、その事情をネットでぶちまける始末。
一度はJ1に上がったこともあるクラブなのに、なんという醜態だ。

このクラブは経営陣もアホだが、一番の問題はサポーターだろうなあ。
オレはJリーグそのものは大好きだが、サポーター文化だけは時々疑問に思うわ。
もちろん我らがアルビレックス新潟も例外ではなくて、クラブそのものはいいのだが、サポーターか酷い。特にコアサポと呼ばれるゴール裏の連中が、どうもなあ。
アルビレックス新潟の有名なチャントに「アイシテルニイガタ」がある。
サッカーなんてあんまり興味ないという新潟県人でも歌えるし、相手チームのサポーターも「これを聞くのが楽しみ」といってスタジアムにやってくるほど、名チャントだ。関西人なら誰でも六甲おろしが歌えるような、そんなチャントが「アイシテルニイガタ」なのである。
アルビサポを公言している、えのきどいちろうは、このチャントについて「地元を“愛してる”と大声で叫べるようにしたのが一番の功績」と言っている。まさにその通りだ。

だからこのチャントは常にしっかりと歌わなくてはならない。それなのにゴール裏のコアサポ連中は、「アイシテルニイガタは、決して乱用しない。ここぞというときにしか歌わない」とかたくなである。これはアルビサポの集まる飲み会の場で、個人的に直接聞いたことだから間違いない。
何のこだわりか知らないが、そのおかげで、「アイシテルニイガタ」はたまにしか歌わないし、聞けない。
お天気がいいからサッカーでも観ようかとスタジアムにやってきたライト層の親子が「今日はアイシテルニイガタが聞けなかったねえ」と残念な顔で帰っていくのだから、何とももったいない。こういう層にこそ、聞かせ、歌ってもらわないといけないのに。
甲子園球場で六甲おろしが歌われないなんてありえないのと一緒だ。

その点、レディースは立派だぞ。偉いぞ。
毎回、試合後には選手がサポーターの前に整列し、川澄が先頭に立って、せーので「アイシテルニイガタ」を満面の笑みで合唱する。これでいいのだ。ここまでやればいいのだ。
それなのにゴール裏の連中ときたらなあ。オレはゴール裏のコアサポがクラブの足を引っ張っている面は、否定できないと思っている。


2024.04.10

成瀬は天下を取った


成瀬あかりの夢を見た。「成瀬の本を読むと成瀬の夢を見る」というネットの噂は本当だった。
成瀬は小説『成瀬は天下を取りにいく』の主人公である。
この作品は、本日、本屋大賞を受賞した。小川哲『君が手にするはずだった黄金について』、川上未映子『黄色い家』あたりが本命ではないかと思っていたのだが、まさかの『成瀬』が大賞で、しかも2位以下をぶっちぎりの圧勝だったのには驚いた。恐るべし、成瀬。
「島ア、私はこの夏を西武に捧げようと思う」という成瀬のセリフで始まるこの作品は、意表を突きすぎるこのセリフ同様、意表を突きすぎるキャラクターの成瀬ひかりという女子中学生が主人公である。
彼女は物語の中でゆっくりと成長していき、続編の『成瀬は信じた道をいく』では女子大生になっている。
超個性的としか言いようのない女子で、例えば「200歳まで生きる」「地元に百貨店を建てる」「紅白歌合戦に出場する」などという夢を語っては「1つでもかなえばすごいと言われる」と平然とし、人はそれをほら吹きと呼ぶが、と指摘されると「それもそうだな」とさらに平然としている。
続編ではこの中の夢をきっちりとかなえてしまうのではあるが。
接続詞をほとんど使わない文章は、まるでヘミングウェイ。けれんを廃した短い文章を畳みかけるようにして構成された物語はとてもリズムがよくて読みやすく、人生のとんでもなく大切なことが伝わってくる。とんでもない文章力だと思う。
本編も続編も、既に二度読み返した。気に入った章は三度読み返した。続編の中である人物が語る「うちの成瀬はすごいでしょう」という一言のなんというカタルシスよ。そうだそうだ、すごいんだ、成瀬は、と心の中で拍手だ。
娘に貸したら「とても面白い」と喜んでいるが、「すごさはわからない」と言う。
もしかしたらこの作品は、オレのような高齢の大人になるほど、失ってしまった大切なものを思い出して心に響くのかもしれない。娘たち若い世代にとって夢があることや思ったことを素直に口にすること、行きたい方向に真っ直ぐに進んでいくことなどは、当たり前なのだから。
ジンのソーダ割りを飲みながら、気に入った章を読み返して、うーむ、成瀬はすごいと唸る。こんな小説は、初めてだ。個人的にはここ数年で最も衝撃を受けた作品だ。
なお、本屋大賞の2位に『水車小屋のネネ』が入ったのもとても嬉しかった。あれは宝石のような、とても美しく透明な物語。

というわけでランキングということではこれだ。沢田研二の曲の人気ランキング。ネットで募集していたので、オレも投票した。オレが入れたのは「君をのせて」だ。
忘れていた頃にその結果が発表されて、どうせ圏外だろうと思っていた「君をのせて」が3位だったのには驚いた。ちなみに1位は「時の過ぎゆくままに」、2位は「勝手にしやがれ」だった。
「君をのせて」をレコメンドするオールドファンは案外多いのかもしれない。あれは名曲だものなあ。
そう思ってコメント欄を見たら、あれ、これはきっとオレが書いたコメントだろうというのを見つけた。
そこには「曲、メロディーとも至高の作品。青年、沢田研二のソロの船出に心打たれる」とある。60代・男性とのことだから、オレじゃねえか、やっぱり。
それにしても「曲、メロディーとも」はないだろ。言うなら「詞、メロディーとも」だろう。
「青年、沢田研二」なんて書き方もオレなら絶対にしなしい、ははあ、これは編集者がコメントを勝手にリライトして掲載したんだなと察した。そのリライトの際に「曲、メロディーとも」とミスってしまったのだろう。間抜けな話である。
だが、大方の人にとって60代・男性が書いたと思って、間抜けだねえとオレのことを笑うわけだ。うぬぬぬ、く、悔しい。
リライトも慎重にやらないと人様に迷惑をかけるという教訓である。


2024.04.09

大宮親分焼きとん


仕事で大宮に行ったので、帰りに中山親分と待ち合わせて大宮駅前で飲んできた。
連れてってもらったのは駅前の焼きとん屋。5時過ぎだというのはもう8割方の埋まり具合で、大宮の皆さんは明るいうちから飲むのが好きと見える。
ビールを飲む。
この店は目の前に皿が置かれて、こちらが頼まなくても勝手に焼きとんが並べられていくという初見殺しのシステムだ。知らないで入ったならきっと「え、これ頼んでないんだけど」とおろおろするに決まっている。
何も考えずに目の前に串が差し出されるたびに食っていたが、よく考えればけっこうな本数を食ったことになる。ちょっと気持ち悪いわ。
2人で9020円と、まずまず。割り勘にしようというのに親分は聞き入れず、全部払ってくれた。
やっぱりいくつになっても先輩ということなのか。
オレはまだ稼いでいる現役なのに、年金暮らしの高齢者におごらせてしまった。罰当たりである。
昔ならもう1軒というところだが、もうお互いそんな元気はない。7時半過ぎて、帰ることにする。
バスで自宅へ一直線の親分と駅前で別れて、オレは大宮から埼京線・西武池袋線と乗り継いで帰る。
埼京線が通勤ラッシュと反対方向で、しかも始発だから確実に座れるのはいいのだが、やっぱり遠かったなあ。コロナ以降、家飲みが主になって。酔っ払って電車で帰るのがとことんしんどくなってきた。
電車の中でLINEをしたら、息子は帰ってくる様子。昨日は外泊していて、最近ではいつ家にいるのか、なかなかわからない。これ幸いとばかりにオレは駅まで車で迎えに来てくれと頼み、やっぱり車は楽ちんだなあと思ったのだった。


2024.04.08

運動会は大切だ


国民スポーツ大会(今年から国体はこう呼ばれることになっている)はそろそろ中止してもいいんじゃね? と、全国知事会の村井会長が言い出した。自治体の長としてはホンネだろう。
持ち回りの開催で、当番になった県が必ず優勝する。そのために育成だなんだとけっこうなカネがかかる。
野球ならばメジャーリーグ、サッカーならばヨーロッパを目指す時代に、そんなことやってて意味があるのか。
そういう気持ちはよくわかるし、オレも確かにそうだよなあと納得する。
アスリートにとってのモチベーションや実績ということならば、各競技の全国大会があれば十分だし。

だがその一方で、日本独特の甲子園大会が野球の裾野を広げる上で大きな貢献をしてきたように、国体も世界に類のないイベントとして日本ならではの何らかの価値を生んでいるような気がしてならない。
話のレベルは違うが、オレの生まれ育った小さな集落では、小学校の運動会が集落を挙げての一大イベントとなっていた。オレが子どもの頃もそうだったし、1学年が数人といった少子化の時代になっても、集落の全員で声援を送って一つになるイベントとしての意味合いは変わらなかったようだ。
地域がまとまるには、隣の太郎ちゃんの応援をするのが一番。
スポーツの持つポジティブな側面は、こうした力強い絆づくりにつながるような気がする。

それを思えば、県を挙げて選手の育成に取り組み、優勝して盛り上がるというイベントは、まだ意味があるようにも思う。グローバルな時代だからこそ、隣の太郎ちゃんの頑張る姿を応援することを大切にしたいものだ。


2024.04.07

○×○△△××8


はあ、冴えねえなあ、おい。
去年、一昨年とあんなに楽しかったアルビレックス新潟のサッカーが、今年はどうしてこんなにつまらんのだ。もはや見るのが苦痛ですらある。弱いのはしょうがないが、つまらないのは罪だろう。
確かに去年のチームから主力が5人も移籍したのだから戦力が落ちるのも仕方ない。だが、その代わりにやってきた新戦力をまったく使わないのはどういう了見なのだ。
今日も先制されてからあわてて3枚替え。こういう交替は一番萎えるわ。

ブロックを敷いた相手の周りでチャカチャカとボールを回す、これぞまさにチャッカー。エリアに入れず、横パス、バックパス。こんなのはポゼショナルサッカーではなくて、ちんたらサッカーだ。町田の黒田に笑われて当然だ。
もはやJリーグ各チームに見切られてる。前半は適当にボールを持たせておき、後半にプレスをかければ泡を食ってボールをロストしてくれるから、そこをかっさらって放り込めばいっちょ上がり。
アルビレックス新潟倒すなんて楽ちんさ。

名称・松橋はどうしたのだろう。
周りの意見を聞かない老害になってしまったのだろうか。まさに長期政権の弊害か。町田にテクニカルスタッフを抜かれたのが痛すぎる。
いやいや、さすがに単身赴任の負担は大きく、今年いっぱいで家に帰ることにしたから、スムーズに辞められるようにわざと負け続けているのではないか。どうせすぐに次の仕事は見つかるし。
このままでは間違いなく残留争いだ。情けない。今度残留したら、二度とJ1昇格なんて無理だろう。J2の沼は恐ろしい。

最高の日曜日のはずが最低の日曜日となり、オレと息子は現実逃避のために散歩に出かける。桜がきれいだ。
すると、魚せいの店の前で大将がのれんを出している。おお、久しぶりじゃねえか。
声をかけたら大将も嬉しそうだ。体調もよさそうで「膝だけがなあ、いててて」と苦笑する。
それでも商売は絶不調のようで、「先週は客が1人もこなかったよ」とのことである。げえ、一週間に客がゼロかよ。
まあ、以前は週に二回、早朝に築地まで出かけて仕入れていた魚が売りで、新鮮で美味い刺身を求めて男たちがカウンターに肩を並べたものだった。
それが豊洲に市場が移ったことでもはや仕入に向かうこともできなくなり、今や近所のスーパーから買ってきた刺身を出すだけになった。
おかげでネットには「昔はよかったが、今はスーパーの刺身を勧め、頼んでもいない酒を勧めてくる、最低の居酒屋になった」と書かれる始末。時代の流れは厳しいねえ。
「おにぎりだけでも食べに来いよ」と大将は言う。そうだなあ、たまには行ってやらなければなあ。とは思うものの、なんでわざわざスーパーの刺身を、と腰が引けてしまう。
まったく冴えない話だ。


2024.04.06

サイゼリヤの衝撃


夜、サイゼリヤでメシを食った。久しぶりである。
3人で晩飯を食い、オレはビールとワインを飲み、そして外出している娘のためにピザとドリアをテイクアウトした。
それで驚異の4100円。腰を抜かした。
やはりサイゼリヤは最強である。以前、ここの仕事をしたけれど、経営者が「本当の客のことを考えて品質と価格を追求しているから、業界1位になんてなる気はない」と断言していたので、たまげた記憶がある。その姿勢を貫き続けているのは事実で、まったくたいしたもんだ。
この世にはサイゼリヤだけあればいいんじゃないだろうか。
できればすぐ近所にあってほしいものだ。


2024.04.05

半額弁当の衝撃


入ってくるカネと出て行くカネのことが頭から離れずに鬱になりかけているワタクシです。
現実逃避したくて、酒でも飲もうかと思ったけれど、そんな贅沢はしていられない。今夜はヨメが職場の飲み会で不在なので、オレは息子と娘を連れて近所のスーパーへ晩飯の調達に向かった。
スーパーはベルクである。群馬の。
埼玉と群馬には、ベルクやヤオコーやマミーマートやベイシアなど、元気なスーパーがたくさんある。そのうちの一つがベルクで、先月、近くにオープンしたのである。
とにかく弁当や惣菜が素晴らしく充実していて、サミットなんてとても太刀打ちできない。
今夜も、息子と娘は「これはなんなんだ、衝撃だ」と驚いていた。
なにしろ弁当が8時過ぎなので半額セール。息子は400円の弁当が200円になっていることに腰を抜かし、2つも買ってがっつり食っていた。
すげえよな、200円の弁当。
オレは焼きビーフンを買って、キリンの新しいビール「晴れ風」を飲みながら食べたのだった。
とっても美味しかった。


2024.04.04

国は栄えて民は貧する


4月は憂鬱である。とにかくカネが出て行くからだ。
月末には消費税の納入があって、えらい金額が口座から引き落とされる。「ちゃんと準備しておいてくださいね」と税理士には言われたが、このカネが引き落とされるかと思うと、準備するのもイヤになってくる。
もっとも消費税というのはお国のカネを一時的に預かっていることになるから、ちゃんとお返しするのが筋なのだ。
それに加えて、国民年金の前納がある。以前は夫婦2人分だったが、オレが受給側に回ったのでやれやれやっと終わったわいと思ったら、同じタイミングで子どもたちが成人したので、逆に3人分に膨れあがってしまった。いったいどういうことなんだ。
車のローンは終わったが巨額の住宅ローンが残っている。生命保険に医療保健も払わなくてはならない。
息子がTOEFLを受けるので受験料をくれと言う。金額はドル建てらしく、円安の馬鹿野郎である。 加えて本日は、娘の大学の学費の請求書が届いた。私立大学の学費のバカ高さに卒倒する。
オレの親も通った道だ、オヤジも卒倒していたと自分に言い聞かせ、涙目になってネットで振り込みの手続きをする。

結局、今日一日でいったいいくら払ったのか、今月は全部でいくら必要なのかを計算し、口座の残高を確認すると、愕然として首をくくりたくなる。オレは何のために働いているのか、家族のためか、お国のためか、答えは風の中なのだ。
どれか先延べできないものだろうかと思案するもどれも先延べなどできず、この現実から逃れる術はないと悟った。
身ぐるみ剥がされるとは、こういうことなのだろう。
オレはしばし茫然自失として、呼吸も忘れる。

あまりの現実に直面したオレは、大学にいる息子にLINEをして、練馬駅で合流するように命じ、そして以前から行こうと思っていた寿司屋に突撃する。寿司でも食わなきゃやってられねえよなあ、おい。
よい店であった。寿司も刺身も美味かった。そして安かった。これはリピートありだな。
帰りの車の運転は息子に委ね、そしてオレはカネカネカネと愚痴る。

ここ2、3年関わっているあるプロジェクトでは、ライター10名ほどが手分けをして原稿を書いていた。今年のプロジェクトもスタートしたのだが、聞くとライター数名が不参加だという。理由は「インボイスを取らなかったからなんです」とのことだった。
インボイスを取らないということは、課税事業者であることを拒否ったということだ。消費税を納めるよりも、受注量を減らした方がいいということか。仕事を失ってでも、消費税は納めたくないということか。
同じ職業の人間に、そんなふうに納税逃れをしているヤツがいることに腹が立ち、オレは泥水を嘗めるような思いで納めているんだぞと怒る。
「そういう業者はゾンビなのだから切っていこうというのが国の方針だね」と息子は言う。
まあ、ライターにはなぜか事業税が課されない仕組みになっているから、この点を言われるとあまり偉そうにはできないのも事実だけれど、みんな、ちゃんと税金は納めろよなあと夜空に向かって叫びたくなった。


2024.04.03

○×○△△×8


「春は3日に一度、雨が降ります」というコピーを伊勢丹のポスターに書いたのは、土屋耕一だった。コートを買いましょうという宣伝だった。
今年の春は土屋耕一が書いた以上に雨が降っている気がする。今日も雨だった。
しとしとと降る夕刻、オレは駅から家に向かっていた。新宿で立て続けにインタビューを4件こなし、疲れ果てての家路であった。傘が重い。

改札を出て5分ほど歩いたところで、オレは歩道にそれを発見する。カギだ。落とし物だ。
オレは見なかったことにしてスルーする。なにしろしとしとと雨が降っていて、傘だけでなく、足取りも重かったからだ。
だが数歩進んだところでこのまま行き過ぎてしまったら絶対に後で自分を責めるだろうと思い直し、引き返して、カギを拾い上げたのだった。割としっかりした造作のカギで、ビニール製の長いストラップが付いている。マンションのカギだろう。
カギのカバーを見ればキャラもので、長いストラップと合わせれば、女性用に間違いないように思えた。近くに民間の託児施設もあるし、ということは、ママチャリに子どもを乗せて雨の中、急いで自宅マンションまで帰ったお母さんが、ドアを開けようとしてカギを紛失したことに気がつき絶望感に打ちひしがれるというシーンが見えてくる。
それはあまりにかわいそうではないか。なにしろ雨なのだ。子どもを乗せたママチャリのハンドルもさぞや重かろう。もしかしたら合羽を着ていて、その合羽も重かろう。
オレはそんな慈悲の心でカギを手にし、そして今来た道を引き返して、駅前の交番に向かったのであった。

雨の中、5分かけてたどり着いた交番には、若い警官が一人いた。
オレは事情を説明し、落ちていた場所を交番のデスクに置かれていたゼンリンの住宅地図で取得場所を指差す。若い警官は「権利は破棄するということでいいですね」と念を押し、オレにサインを求める。そして別のメモ用紙に、住所と電話番号を記入するよう求める。
所定の書式ではなくメモ用紙の裏に書かせるのは、オレの指紋を採取するためか、本当に所在する人物なのかを後で確かめるためか、それともオレへのストーカーと化するための個人的なリストづくりなのか。
しょうもないことを考えながらオレは、じゃ、よろしくと言い置いて交番を出て、若い警官はオレに対して「お父さん、お疲れ様でした」とねぎらいの言葉を投げてよこす。オレはお前のお父さんじゃねえよと思いつつ、年齢的にはこの警官の父親と同じなんだろうと想像する。
再びオレは駅から自宅へと向かう道を、雨の中、重い傘をさして、歩き出す。
鬱陶しい雨だが、一つ善行を働いたことで、いいことをすると気持ちいいなあと、昔、ヒールのプロレスラーだった望月成晃が突如ベビーフェイスに転向してリング上で放った名言「負けちゃったけど、いいことをすめって気持ちいいなあ」と思い出して、つぶやく。

そうなのである。雨の中、帰途で10分以上もロスしながらもオレは善行を働き、徳を積んだのだ。きっとお天道様は見てくれているのだ。だから今日の磐田戦もきっと勝つに決まっている。
ところが、雨だったせいで、お天道様はオレの善行を見てくれてはいなかったのである。
嘗めたターンオーバーをした我が軍は、いつも以上に酷い試合内容で、さらにそれに拍車をかけたトロいベンチワークで完全に負けてしまったのである。しょうもない試合展開で、ビルドアップもまったくできていないのに、全然手を打たないベンチは何なのだ。アホなのか。アホなのだろう。こんなんだら選手に逃げられる。
PKで先行されて、あわてて3枚替えとか、情けなさ過ぎる。もっともそのPKも、よく見ればペナルティエリアの外だからまったくPKではないのだが、VARも入ったくせに見逃すあたり、新潟への意地悪はまだ続いているようだ。だが、PKなんぞくれてやる。それよりも点を取ればいいだけなのだ。 それなのに我が軍ときたら。
我が軍の売り物のポゼショナルサッカーは、相手をおちょくって点を取るところが非常に楽しいのだ。それなのにボールを無駄に回すことだけに終始する、これぞチャッカーになってしまっているから、さっぱり強くない。百歩譲って負けたとしても、楽しいサッカーならまだいい。今日みたいなくっそつまらんサッカーは見たくないのだ。

情けない負けをしたというのに1位とはまだ勝ち点5差。こりゃあ、まだイケるぞ。
そう思って下を見たら、がーん、18位の降格圏・湘南とは3差。次も負けたら一気に降格じゃないか。
広島さんが外来種退治に成功して町田をやっつけたというのは朗報だが、我が軍は今や非常事態、よそさんのことを気にしている場合ではない。
カギなんて拾うんじゃなかった。いや、拾ったのはいい。徳を積んだと思い込んだことが間違いだった。
オレはがっくりと肩を落とし、雨の中、バイトから帰ってくる娘を車で迎えに行ったのだった。


2024.04.02

外来淑女、ちゃう、外来種駆除


町田は、J1の生態系を破壊する外来種である。これはなかなかうまい表現だな。
外来種であるからには、駆除せねばなるまい。ということで、ちょっと奇妙な状況が生まれている。
町田と次に対戦するのが広島なのだが、その広島サポがXに「絶対に勝つぞ」とポストしたところ、「頼んだ!」「広島さんならやってくれるはず」「信じてます」という他サポのコメントが続々と書き込まれたのである。前節敗戦した鳥栖などは「オレたちは力が及ばなかった。広島さん、仇討ちを頼む」とすがるほどだ。
つまり外来種駆除のためにJ1リーグ各チームによる包囲網が完成しつつあるのである。
実際、町田のサッカーは外来種と呼ぶにふさわしいほど、アンチフットボールだ。ロングボールとプレスを主体とした戦い方が力強さを感じさせるのは確かであるものの、すぐに縦に大きく蹴ってわーっと走って行くサッカーはちっとも美しくなく、得意のロングスローに至っては手を使っての戦い方だからアンチフットボールそのもの。観ていて、くっそ腹立つ。
ここまでのサッカーをやられると、もはや外来種どころではなくて、クルド人じゃねえかと思えてくる。
とするとJ1リーグは川口市で、各チームは日本人。傍若無人なクルド人と地元の安寧を願う日本人の対決だ。
なるほど、サッカーはグローバルなスポーツで、Jリーグが誕生したときは、地元のオラがチームの先には世界につながる道が開けているわけかあと日本中が感動したのだが、やってきたのはクルド人対日本人という未来だったわけだ。
こうなるとグローバリズムは果たして正義だったのかという疑問を抱かないでもない。
やっぱり一神教こそ大正義。多様性はくたばってしまえ。日本に住んでいいのは日本人だけだ、という考え方にも一分の利があるような気がしてくる。
というわけで広島サポのXでは「みんなで力を合わせて町田をJ2に落とそう」という意見で盛り上がっており、ますます熱くなっている。


2024.04.01

ケンタと愛子と加齢臭


以前なら4月1日は、いかに面白い嘘つき広告で世間を騒がせるかということでずいぶん盛り上がったものだった。
例えば、としまえんの「史上最低の遊園地」なんかは有名だ。子どもが悲しそうに泣き、お父さんが「来るんじゃなかった」と頭を抱えているポスターである。
下の方に「今日は4月1日です」というコピーが入っていて、惜しいなあ、これがなければ完璧だったのになあと業界で話題になったのを覚えている。

最近は、そんな騒ぎもなくなった。4月1日にウソではしゃぐのには、もう飽きてしまったのだろう。
それでもSNSを使ってウソを発表する企業も少しはあって、今年注目されたのはケンタッキーフライドチキンだ。「4月1日限定で、401円でチキンが詰め放題です」というツイートが、ちょっとばかり世間を騒がせたのである。
騒がせた理由は、ギリ、本当にありそうという内容だったからだ。確かに、ひょっとしたら本当かもと思わせるところがある。そして実際に、ひょっとしたらと店を訪ねた客もいたそうなのだ。
まあ、行く方も行く方なのだが、確かに軽く炎上してもおかしくない案件だった。
要するにこれは、ケンタのウソの付き方が下手だったのだろう。マクドナルドが、いつだったか「1億円のハンバーガーを用意しました」とやったように、「1億円で詰め放題」とか、明らかにウソだとわかるバカバカしい設定にすればギャグで済んだはずなのだ。
そういう意味でケンタはちょっとセンスがなかったということになる。

そしてこちらはウソではないのが、愛子様の赤十字入社である。
毎日、黒塗りの車で出社するのかとか、まさか社員食堂でメシを食わせるわけにいかないよなとか、エレベータに乗るのにも人払いしてSPが付き添うのかとか、いろいろと妄想は膨らむ。
ウソかホントか、外線電話も取ることになってるらしい。
ボランティア課に電話したら「はい、ボランティア課の愛子でございます」なんて返事が受話器から聞こえてきたら、かけた方は仰天して腰を抜かすだろう。
そして当然のことながら突撃系のYouTuberが「愛子様に電話をしてみた」と電話をかけてくることが予想される。いろいろと心配である。いや、オレが心配することではないのだが。

そんな心配をしながら読売新聞の家庭欄を開けば、今日も「人生案内」には香ばしい相談が載っている。
このコーナーは実にしみじみと読み応えがあって「夫との時間がストレス」「夫が競馬や風俗にカネを使う」「ごめんを言えない夫」と、妻が夫について相談する当初も多い。
今日は「夫が臭い」という相談だった。
むせかえるほど臭くて、距離を取って暮らしている。理由はわからないが、とにかく臭い。
そんな相談に対して回答者は「我慢できないくらい臭い、と言うしかない」という身も蓋もない答えを返すのだった。
オレはヨメの用意してくれた朝飯を食いながら、わははははと笑って、おいおい、旦那が臭いっていう相談が載ってるぞ、とヨメに声をかける。そしてその瞬間、待てよ、これはひょっとしてヨメの投書なのではないかと疑い、えーと、ごほん、まさかこれはキミではないよな、などと付け加えるのである。
なるほど、投書のヌシの旦那の臭いおっさんも、オレと同じように、わはははははと笑いながら投書を読み、そして、はっ、こ、これはもしかして、と自分のことに思い至るのではないか。
なるほどなあ、その瞬間に問題は解決に向けて大きく動くわけで、人生相談のコーナーとはそういう仕組みであることに価値があるということかと、オレは一人深く納得するのであった。

「カレー移民の謎」室橋裕和・集英社新書。
街の中、至る所にあるインド料理店。あのほとんどは、実はネパール人がやっているのだそうだ。これは「インネパ」と呼ばれ、2010年以降、日本で激しく増殖した。チキンカレーにタンドリーチキン、そしてナン。ナンはお替わり自由。インネパはメニューもサービスもほぼ同じ。サラダにかかっている謎のオレンジのドレッシングも同じ。理由は、日本で成功した先人の真似をしているからだ。つまりとことんコピペ。だから同じ店がどんどん増殖したのだという。
つくっているネパール人たちは、決してこれが美味いとも思ってなくて、日本人はこれが好きだからと出している。改善したり新しいメニューを考案したりするつもりはまったくない。なぜならネパール人たちは稼ぐためだけに日本に来たので、絶対に失敗できないと思っており、チャレンジするつもりはまったくない。そんなことよりコピペを続けた方が確実に儲かる。なにしろネパールの平均月収は1万7000円。コピペで稼ぐのが一番効率がいいのだ。
そんな裏事情を丹念な取材によって紹介している一冊。なかなか面白かった。
我が家の行きつけのインド料理店も確かにネパール人が働いている。ここの店長とは仲良しだ。店長は1年のうちに2ヵ月ほど姿を消す。どうしたんだと訪ねると「ネパールに帰っていた」と答える。定期的な里帰りなのだろうか。
なかなか気が利いてやり手の店長なので、きっとそれなりに稼いでいるはずだ。きっとネパールに帰れば大富豪なのだろう。
それとも、稼げるようになったネパール人はブローカーに転じて来日を希望するネパール人の斡旋を手がけていろいろピンハネするようになる、という話も書いてあったので、そういうことにも手を染めるのだろうか。
いやいや、あの店長はそんなことはしなそうだな。とにかくこの店は、料理が美味いから気に入っている。
そんなふうに日本で増殖してきたインネパだが、最近は経済後進国の日本に見切りをつけて、カナダに移住するネパール人が増えてきたのだそうだ。もしかすると、あの美味いカレーとナンのセットが食えなくなる日も近いのかもしれない。それはちょっと困るなあ。


2024.03.31

銭湯に行きたくなる


本年度最後の一日、午後は映画を観た。つーても、配信であるが。
配信で観たのも、映画を観たというのだろうか。昔、「オレは月に30本の映画を観る」と豪語していたヤツが、実はレンタルビデオで観ていたということがバレて小馬鹿にされていた。配信も同じような気がしてならない。別にどうでもいいが。
観たのは「湯道」である。
確か去年、ちょっと話題になったなあという程度の前知識だった。そして観終えてびっくり。すげえいい映画じゃん!
まず、画面が素晴らしい。しっかりしている。きちんと水平を取りつつ、常にシンメトリーを意識した落ち着いた画面だ。是枝某のように無駄にパンやズームをしない。オレの嫌いな手持ちカメラもない。どっしりと、落ち着いた絵作りが心地よい。
それでいて、途中に急に動きのあるカット割りが入っていて、それがまた心地よいのだった。
役者も、クセのある連中を揃えていて、楽しかった。若手で窪田正孝が図抜けているなあ。ヨメがいろいろトラブルメーカーらしいが。
天童よしみが出ていて、なんでこんな珍獣がと思ったのだが、なるほど、クリス・ハートとの親子エピソードだったのね。そう言われれば似ているような。この二人の「上を向いて歩こう」には泣けた。
エンディングの歌も見事。なるほど、この歌のオチだったのね。
というわけで、何の期待もせずにボーッと見始めたのに、すっかり入り込んでしまって、得した気分。


2024.03.30

○×○△△8


主審が山下良美と聞いて、ネットがざわつく。オレも嫌な予感がした。
良美ちゃんが男子の試合でも笛を吹くようになった23年以降、最も多い担当試合が新潟の5試合である。次いでCF東京の4試合、レノファの3試合と続く。マリノスや川崎も2試合だ。
要するに37歳の良美ちゃんがついていけるのは、パスをつなぐタイプのチームの試合に限るというわけである。神戸や浦和などの縦に速いチームにはついていけないから、担当が回ってこない。その中でも最も多く新潟を裁いているのは、新潟の試合が一番御しやすいと判断されているからだ。嘗められたものである。
37歳のおばちゃんが20代男子アスリートについていけるわけがない。当たり前だ。だから良美ちゃんは選手に着いていけず、選手の邪魔をする。先日もどこかのチームの審判をして、なんとシュートコースに立ちすくんでしまって、選手に怒鳴られていたそうだ。
仕方ないのである。多様性なんて言って、37歳のおばちゃんに審判をやらせる方が間違っている。良美ちゃんだって、被害者なのだ。

選手についていけないから、良美ちゃんはファールも雰囲気で判断する。選手がケガをしないようにうまく受け身を取った場合は反則じゃない、盛大にコケた場合は反則と決めているらしいし、他の選手の反応や顔色を見て、これはガチ、これはフェイクと判断して、笛を決める。雰囲気で笛を吹くのである。
ならば、こっちの味方につけてしまえとばかりに、新潟はチームで一番のイケメンおじさんの島田を先発で起用し、良美ちゃんをクラクラさせる作戦に出た。
ところが案に相違して良美ちゃんはイケオジには興味がないらしく、むしろ辛く当たってきた。島田より顔の濃いマイケルなんかはあからさまに良美ちゃんに嫌われていて、まったくファールでもないものを雰囲気で笛を吹かれて、ぶち切れていた。
良美ちゃんも人間だから好き嫌いがあるのも仕方ないのである。
それでも随所に首をかしげざるを得ない判定があり、例えば柏のサヴィオが倒れたシーンでは担架がピッチに入ったというのに外に出ることもなく、そのままプレーを続行させた。メディカルスタッフがピッチに入ったら、たとえたいしたケガでなくても一度は外に出なければならないというのはサルでも知っているレギュレーションなのに。

しかもこの試合、VARがあの山本雄大だ。
山本雄大は昨夜、味の素スタジアムでヴェルディのゲームを裁いていたではないか。お疲れさんである。それなのに翌日わざわざ新潟まで足を運んで、VARを務めるわけだ。Jリーグは、どうしても山本雄大にVARをさせたかったとしか思えない。
一時期酷かった山本雄大も最近は心を入れ替えてだいぶまともになってきたが、新潟との相性の悪さは変わらないようである。
今日も柏の先制のシーン、明らかにオフサイドだった。VARが「オフサイドの確認のため」と入ったにもかかわらず、終わってみれば「ハンドはありませんでした」と変わっていて、DAZNを観ていたこちらはきょとん。なんでオフサイドがハンドに変わったのだろう。
再度スローを観返してみれば、明らかに柏のオフサイド。サヴィオが体2つはラインから出ていた。
これは「やべ、オフサイドじゃん。よし、これをスルーするためにハンドの確認だったということにしちゃえ」という思惑だったのではないかと、DAZN観戦者を疑わせるに十分な行為だった。
もっともスタジアムでは「オフサイドとPKの確認」と表示されていたので、観客は渋々納得したようだが、しかしDAZNのリプレイでははっきり体が出ていたから明白なオフサイドで、得点は取り消されねばならなかった。
こうして良美−雄大のホットラインによって、我が軍は勝ち点3を失い、引き分けの1にとどまってしまったのである。秋冬制移行に反対する雪国チームは、とことんいじめられるのだった。

むろん良美ちゃんや雄大のせいだけでなく、我が軍にも大いに責任はある。反省しなくてはならない。開幕してずっと反省しているが、それでもまだまだ反省が足りない。
決定力が酷すぎる。けが人が多すぎる。前半が相変わらず死んでいて、躍動感がまったくない。70分まで選手を交代させないテンプレート采配。
我が軍もいろいろと酷いのだ。これは、シーズンオフに町田にテクニカルコーチを引き抜かれてしまったためではないか。選手の流出より、こちらのほうが影響は大きかったのかもしれない。
かくして指揮官である松橋の頑固采配に意見できる人はいなくなり、なかなか軌道修正ができていないのではないだろうか。困ったことである。
そんな具合に反省するばかりの今季であるが、それでも負けがまだ一つしかないのは救いで、この体たらくでも順位は上半分の7位。トップとの勝ち点差はわずか5で、直接対決に勝てば容易にひっくり返せる状態だ。リーグ戦においては、いかに「負けない」ということが重要か、よくわかる。
このままなんとか中位をキープし、ケガの選手が復活して前線が活気づくのを待つしかないであろう。

我が軍はそんな状況なのだが、さて、下見の見物とばかりにJ2に目を転じれば、実に興味深い出来事が起こっていた。徳島対群馬の対決である。
19位・徳島と20位・群馬の直接対決。いわゆる裏天王山だ。これに勝ったのが群馬で、群馬は最下位を脱出し、徳島が最下位に落ちてしまった。
あの柿谷曜一朗や永木などの実力者を擁しながら、ホームだというのにこの体たらく。サポが激怒するのも当然だ。試合後、ゴール裏に陣取ったサポーターが社長を呼び出し、弾劾。すると社長はメガホンで「10分待ってください」と言い置いて姿を消し、10分後に再登場すると「監督を解任しました」と言い放ったのである。
10分間に一体何をやったというのだ。この社長は岸田という名前なので、三笘の1ミリならぬ「岸田の10分」として早くも伝説と化したようだ。

「岸田の10分」で解任されたのは、ご存知、吉田達磨である。柏を解任され、新潟を解任され、甲府を解任された、あの吉田達磨である。甲府を解任されたというのにすぐに徳島の監督に就任するあたり、さすがの就活力とみんなのけぞった。
そうなのである。詐欺師の常、とまでは言わないが、吉田達磨は弁舌爽やかで説得力があり、とても誠実な立ち振る舞いをするのだ。そのためエライ人ほどころっと信用してしまい、周囲の「やめといたほうが」という助言に耳を貸さず、監督として雇ってしまうのである。
その挙げ句の「岸田の10分」だったわけだ。

それにしても早い。開幕してまだ7試合で、解任である。
伏線はいろいろあったようで、戦術を批判した選手を干していることなどが地元新聞にリークされるなどの騒動もあった。その挙げ句の解任で、さすが、吉田達磨である。
そして吉田達磨の本当に恐ろしいところは、解任してから始まる。達磨の植え付けた、いわゆるチャッカー(ボールをチャカチャカ回すだけという町田の黒田語録)の呪縛がなかなか解けないのである。新潟もこの後遺症には苦しみ、その後の暗黒時代の引き金になってしまった程だ。だから徳島も、本当の苦しみはこれから始まるのだろう。
もともと弁舌爽やかで人当たりはたいへんによろしいから、吉田達磨は実況席で解説をやらせると実に素晴らしいパフォーマンスを見せてくれる。解説者や評論家としては逸材なのだ。だから吉田達磨にはこのまま現場には戻らず、DAZNの実況席で素晴らしい解説を披露して欲しいものである。

それにしても徳島は、数年前にリカルド・ロドリゲスに率いられてJ1昇格を果たした頃が絶頂だったわけだ。リカルドに逃げられてからは絵に描いたようなジリ貧に陥り、積み上げてきたものをすっかり失って、今やJ3降格に怯える始末。ご愁傷様だ。
しかしこれはもちろん人ごとなどではなくて、松橋力蔵が去った数年後の我が軍の姿。プッチ監督から連綿と積み上げてきたものを失って奈落へと吸い込まれている可能性は、十分あるのだ。恐ろしいではないか。実に恐ろしい。
今季がそんな暗黒時代の前夜にならないことを、切に祈る。


2024.03.29

オオハラ


Z世代と呼ばれる若者たちにインタビューしていると、社内の雰囲気や社員の人柄などに惹かれて会社を選んだという答えが多い。一昔前、コロナ以前は「挑戦できる」とか「成長できる」という答えが優勢だったのだが、ずいぶんとマインドが変わったようだ。
「夢の実現を目指して、枠にはまらない生き方をするんだ」とイキがってフリーターなどになった氷河期世代の現在の悲惨な生き方を目の当たりにしているのだから、「安定した環境で働くのが一番」という意識があるのも無理はない。
加えて例の働き方改革の流れとパワハラ、セクハラへの嫌悪感だ。

実際、若い世代のハラスメントへの抵抗感は凄まじい。もともと人権や差別といったものへの意識が高いことも下地としてある。
最近ではパワハラ、セクハラ、アルハラにとどまらず、夢を聞く「夢ハラ」、将来の目標を尋ねる「WILLハラ」、定時退社を強いる「ジタハラ」、飲み会で勝手にビールを注文する「ビルハラ」、話が長い「長ハラ」、さらにはメッセージの最後に句点をつける「マルハラ」などというものまであるそうだ。
なんなんだよ、マルハラって。
なんでもかんでもハラスメントになってしまう息苦しい世の中であるわけだが、オレは「オオハラ」の被害に遭って憤慨している。「オオハラ」とは「四六時中、大谷翔平の情報を聞かされる」ことだ。

テレビをつければ一発目が大谷がどうしたというニュース。よく聞けばオープン戦じゃねえか。
新聞を開けば、大谷が滑ったという記事。よく読めば滑ったのは通訳じゃねえか。
なんでもかんでも大谷で、大谷よりよっぽど重要なニュースがあるというのに、これぞまさにオオハラである。
オレは声を大にしてオオハラはやめてくれえと訴えたい。


2024.03.28

俺達が世界だ


朝刊を開いて朝飯を食う。オレは昭和のお父さんだから、新聞を読みながら朝飯を食うのだ。今日も納豆と味噌汁が美味い。
まずは日経新聞の一面から最終面まで、ざっと読む。見出しをチェックし、気になる記事は本文まで読む。
続いて読売新聞を開く。こちらも一面から読み始め、最終の番組欄を見て「ほほう、今夜はジブリ映画か」などとつぶやいて閉じる。
そんなふうに朝刊を見ながら朝飯を食うわけだが、今朝はある記事を目にして、その朝飯を噴いてしまった。
「中卒者の死亡率は大卒の1.4倍」という記事であった。
知能指数と死亡率には明確な関係があるという、こりゃまた、画期的な調査ではないか。いや、画期的というより、身も蓋もないというか。

噴いてしまった朝飯を始末しながら、記事を読む。見出しのまんまだ。大卒に比べ、中卒は1.4倍、高卒は1.2倍、死亡率が高いという調査である。国立がん研究センターの調査だから、ちゃんとした真面目なものだ。
バカは早く死ぬ。
うーむ、実に身も蓋もない。
記事を読むと、その理由として、低学歴者は発煙率が高く、健康診断の受診率が低いことなどが理由として推察されるとある。高校にも行かないバカたれは不良のチンピラに決まってるから、酒もタバコもがんがんやって、健康を壊してイキがってるのだ、という誰もが知っている常識が改めて正しかったというわけだ。
まあ、それでも欧米はもっと格差があるらしいから、日本はまだまともなのだそうだ。
学歴には関係なく、皆さん、ちゃんと健康には気を付けましょうね。ちゃんとサプリも摂りましょうね。

というわけで小林製薬なのだが、こりゃ、どえらい薬害被害になりそうだな。
ついには台湾の企業にも紅麹が輸出されていたそうで、海外の企業からも訴えられることが確実である。小林製薬、絶体絶命のピンチ。こんなときは小林製薬なら「ピンチトール」みたいな薬を売り出しそうである。
株主総会では社長が「ごめんなさい」と泣いたそうだが、かえって「泣きたいのはこっちだ」と株主を怒らせてしまったらしい。もはや打つ手なし。雪印の二の舞、一直線のようだ。

などと案じながら、オレはNetflixで「ポップスが最高に輝いた夜」という映画を観る。
これは、あの「We are the world」の製作について、2024年の今、振り返るというドキュメンタリーなのだ。ライオネル・リッチーが舞台回し役を務めて、当時を振り返っている。
「We are the world」、つまりオレたちが世界だという強欲な覇権主義に基づく強烈な自意識の歌である。「We are the children」と宗教的価値観まで押しつけてくる。まったく鼻につく施しの歌である。
だが、何もやらぬよりはなんぼかマシ。為さぬ善より為す偽善を地で行く歌なのは間違いない。

なぜこの企画を思いついたかから始まって前半はスタジオを押さえたり、アーティストをブッキングしたりという、仕込みの苦労が散々語られる。プリンスのオレ様ぶりが際立っていた。
後半は実際のスタジオでのゴタゴタが中心に語られる。ここで群を抜いて酷いのがスティービー・ワンダー。実に傍若無人のワガママ暴走列車。
一発録りで全員が必死になって歌詞と曲を覚えたところへ、いきなり「スワヒリ語で歌うべきだ、スワヒリ語が絶対に必要だ」と言いだし、実際にスワヒリ語で歌い出す。そして全員にそれを強要する。
もちろん誰もがうんざりした顔をし、あるアーティストなどは「やってられない」とスタジオを出て帰ってしまった。それでもスティービー・ワンダーは大物過ぎて誰も何も言えないのである。
結局、誰かが冗談交じりにスティービー・ワンダーをなだめたことで場は収まったわけだが、まあ、ひどいもんだった。
笑っちゃうのはボブ・ディラン。明らかにコミュ障で浮きまくっており、何をしていいかわからない挙動不審ぶり。神様も地上に降りれば役立たずなのだ。

という具合に当時のあれやこれやを振り返る映画で、それを見ながらオレは当時の自分自身を振り返る。あの頃のオレは、新宿のポンコツ広告会社で、泥水の中を這いずり回るような日々を送っていた。なんであんな毎日を嫌だ嫌だと思いながらも逃げ出さずにいたかというと、それが現状維持バイアスなのだろうと今になって納得する。思い出したくもないわ。
そんな中で流行したのが「We are the world」で、その収録の様子を伝える当時のドキュメンタリー映像はけっこう話題になったものだった。
Netflixを見ながらそんなことを考え、そしてライオネル・リッチーの意外な人格者ぶりに驚く。
覇権主義国家の、気まぐれな施しではあっても、「We are the world」にはそれなりに意味があったのだろう。でも、世界はあの頃より平和で豊かになったのだろうか。今には今の「We are the world」が必要なのかもしれないなあ。


2024.03.27

加賀屋は美味い


神谷町のあたりは、麻布台ヒルズが完成して様子が一変した。すげえバブルの匂いがする。
そんな中で新人君たちをインタビュー。「頭痛がするぐらい考えろと言われました」という言葉を聞いて、確かにそれは大切なことだよなあ、もうすっかりそんなことはやらなくなったけれど、わが身を省みる。
自分の頭で考えようとせず、反射神経的に次の行動に移るのは、老害化の第一歩なのだと改めて自覚する。

ちょうどいい時間に終わったので、近くにいるオザキを呼び出してビールをおごらせようかと思ったのだが、確か「今日は国会対応で」と上から話していたのを思い出し、オレより国会を選ぶのかよと、老害そのものの愚痴をつぶやきながら電車に乗る。
そして、霞ヶ関で丸ノ内線に乗り換えて本郷三丁目で途中下車する。そうである。加賀屋に寄るのである。
加賀屋は大好きな居酒屋だ。これぞ日本の正しい居酒屋。部室のような雰囲気も、手抜きのない料理も、そして安くもなく高くもない、ちょうどこれぐらいだよねという価格も、一日一生懸命働いて帰りにちょっとノドを湿らせていこうかという佇まいの客筋も、すべてが正しい日本の居酒屋だ。
しかも大通りに面した1階の路面店。オレが求めるすべての条件を備えた店である。
こういう店が本当に少なくなったよなあ。とても貴重な存在で、オレは大好きである。
当然、厚揚げも置いてあるし、サバの塩焼きもある。隠れた一品としてはハムエッグが絶妙なのだ。この店は。

カウンターに滑り込み、生ビールを頼んで、オレは息子にLINEする。帰りに加賀屋によるかもしれないから、と朝、伝えてあったのだ。だが息子は忙しいらしく(大学院だと春休みとか関係ないらしい)、遅くなるとのこと。
かまわんかまわん。オレはコンビニで手に入れた夕刊フジを開き、水原一平の去就などを思いやりながら生ビールを思い切りゴクリと飲む。おお、この至福よ。
鰹の刺身を口に運び、ポテトサラダをつつき、そして厚揚げにかぶりつく。
生ヒールはたちまち飲み干して、次はメガハイボールに移る。大ジョッキのハイボールで、コスパがよろしい。
こういう正しい居酒屋で店中がわいわい活気にあふれる中、カウンターに座っての一人酒というのは、とても気持ちがいい。この店の客は平均年齢が高く、カウンターで一人でおばちゃんが飲んでいたりするのだ。
もっとも最近のオレはすぐに飽きて家に帰りたくなる。加齢だろう。加齢のせいだ。

そんな具合になったところで、背中をどつかれて、なんだなんだと見れば、息子ではないか。
おお、この息子は研究を切り上げて老いた父の面倒を見るために駆けつけてくれたのか。
普通、父親に飲み屋から呼び出されたって、絶対近寄らないよな、大学生は。だがオレの息子は喜んで迎えに来てくれるのだ。これは息子が素晴らしいというよりは、幼稚園に入る前から「魚せい」などの居酒屋へ連れ回したオレの教育の賜である。3歳で、白子の天ぷらを「おいちいおいちい」とむさぼり食ったのは、息子ぐらいのものだろう。
オレは息子に中ビールを頼んでやり、ハムエッグを食わせ、牛バラの串焼きを食わせる。
コロナ禍でオレたちはすっかり家飲みの気楽さを知ってしまったものだから、酔っ払って電車で帰ることの辛さに耐えられない体になってしまった。そんな自分に鞭を入れ、まあ、今日は息子がいるからちゃんと連れ帰ってもらえるだろうという安心感で店を出る。

やっとの思いで地元駅までたどり着き、「奨学金の申請に必要だから」という息子の頼みでコンビニに寄って納税証明書を受け取る。マイナンバーカードをかざせばコンビニのコピー機で発行されるという簡便さ。これぞDXだ。マイナンバーに反対する連中の頭の中がよくわからない。バカなのだろう。
ついでに「まだ食べ足りない」という息子のためにパスタを買って、そしてまだ寒い3月末の夜道を、息子に手を引かれながらよろよろと千鳥足で帰ったのだった。


2024.03.26

「ケシミン」とか「ボーコレン」とかのセンス


オレはフジテレビの「めざましテレビ」の「紙兎ロペ」が大好きで、TVerで観返しちゃうほどなのだが、今日も朝からテレビの前で正座してロペを待っていたら、突然大谷翔平の会見が始まって、あれれれと思っているうちにロペが飛ばされてしまったではないか。どうしてくれる。イッペイは責任を取れ。
弁護士もつけず、1人、自分の言葉で伝えられることはしっかり伝えたということで、誠実に向き合っているという印象だったな、大谷。決して嘘はついていないと思った。こういう印象が大切なんだろう。
悪意はなかったが落ち度はあった、という感じだ。
落ち度とは、口座から大金が抜かれるのに気づいていないという点。なんでそんなことが可能だったのか、やっぱりわかってて見過ごしたんじゃないかという最大の疑問については、一切触れなかった。そこは捜査上のポイントだから、適当なことを言うわけにはいかないということなんだろう。
その手口は犯人であるイッペイに聞いとくれ、ってわけだ。

大谷は日本ではスーパーヒーローだが、アメリカではまったくそんなことはなくて、その存在そのものを知らない人も多く、知ってても「アジアのサルが調子に乗っている」と苦々しく思っている人が少なくないという事実を日本人が知ったという点でも、今回の事件にはいくばくかの意味があるのではないか。
そんなことを考えていたら、夜には船が橋にぶつかるという大事故がアメリカで起きた。まるで映画みたいな映像で、たまげた。
まったく今年は災害や事故ばかりだなあ。

と思っていたら小林製薬の紅麹が、けっこうな薬害事件の様相を呈してきて驚く。これ、かなりやばいことになるんじゃね?
NHKはトップニュースだというのに民放は大谷大谷と騒いでいて、ちっと小林製薬に触れないのは、やっぱり大量のCMに配慮してのことなのだろう。というか、そう疑わせる時点で民放の負け。
夕方、スーパーへ行って、そういや息子が塩辛が食べたいと言ってたなあと思いだし、塩辛を買おうと思ったところ、待てよとパックの裏側を見てみれば、案の定、原料の着色料に紅麹と書いてある。問題ないとは思うが、あんまり気持ちのいいことではないので、やめておこうとかヨメと話して、売場に塩辛を戻す。
全国でこんな動きがあるわけで、これを見ても小林製薬が早め早めに正しい情報を公開しなかった、メディアが矮小化しようとしたということの罪は小さくないと思うのだった。


2024.03.25

かき揚げとコロッケを載せて食べるのが好きだ


オレは立ち食いソバが大好きなのだ。それなのに最近はちっとも見かけなくなった。そのため、ずいぶん食べていない。
昔は渋谷のガード下の立ち食いソバ屋で毎朝食べていたものだがなあ。
今もJRの改札内にはそれなりにあるが、JR系ソバはどうも口に合わない。高い割にマズいと思うんだよなあ。
個人的に好きなチェーンは、小諸そば、ゆで太郎、箱根そば。特に小諸そばの唐揚げそばは大好きだ。

先日、初台まで行ったので、評判のいい立ち食いソバ屋に寄ろうと思ったら、なんと10人近い行列ができていた。立ち食いソバに行列というのはなんとなく抵抗があって、結局食べなかった。急いでいるときにちゃっちゃと食べられるのがいいところなのだが。

コロナで人が出かけなくなったので客が減ったという説は正しいだろうが、コロナ以前から減っていたような気がする。
たぶん家賃や光熱費、人件費などが上がって割の合わない商売になっていたのだろう。駅のホームだと、もっと割のいい商売ができるだろうし、そもそも駅ホームという立地で大量の水や火を使うのはいろいろと面倒だろうし。
あるソバ屋の場合、かけそば一杯の利益が20円だそうだ。そりゃ、やっていけないよな。
薄利多売の商売はしづらい世の中なのだろう。

「君が手にするはずだった黄金について」小川哲・新潮社。
肥大した自意識、自己承認欲求。それらを、あいつもそうだと、お前は笑えるのか。そんなことを突きつけてくる痛い小説だ。読んでいるこちらの心が痛くなる。
特に表題作は、秀逸。高校の同級生が詐欺師となって落ちていくのを語る話だ。この同級生はカネがほしいのではなく、要するに人を喜ばせている自分が好きなのだ。その姿は人ごとではなく、お前自身だろうと読者に突きつけてくる。
面白いけれど、そんな鋭さにけっこう心がえぐられてしまう。


2024.03.24

山あり谷あり


しっかし、水谷一平騒動で笑っちゃうのは、その余波というか、とばっちりだよな。
英語の教科書には、人を支えることで名をなした偉人的な扱いで題材にされていて「こりゃあ、刷り直しもやむなしですわ、とほほほ」と教科書会社の人たちが泣いていた。
あのレーザーラモンRGが、水谷一平のコスプレをして本人気取りで花巻東高校の前でロケをしたのが、事件発覚2日前の「相席食堂」。渾身の役作り、というか、これで当たったら儲けもの的なネタではあったが、2日後にお蔵入りだ。
オレはTVerで見たけれど、気の毒というか、大笑いというか、まあ、そこまで含めてのネタにすればよかろうというか。
他にもいろんなメディアが大迷惑なんだろうなあ。
かと思ったらモスクワでテロだし、いったい今年はどういうわけだ。いろんな出来事がありすぎる。


2024.03.23

紅茶の美味しい〜テレサ・テン


車を運転しながら聞いていたテレビの音声で、柏原芳恵が「私の座右の銘は“微笑みの大使”になることです」というようなことを言っていた。
信号で停まったときにちらっと画面を見たら、しっかりとおばちゃんになっていて、巨乳のアイドルも年を取るんだなあと、当たり前の事実に感心した。
それにしても座右の銘とは、おばちゃん過ぎる。
以前、インタビューの際に窓口の広報の人から「座右の銘を質問してください」と依頼されて、ええー、今どき座右の銘かよ、と思ったものだった。
案の定、えーと、ちなみに座右の銘は何でしょうかと質問したら「ええー、今どき、座右の銘ですか」と嘲笑されたものだった。

もっとも座右の銘も馬鹿にしたものではない。
だいぶ以前の話だが、ある大企業の社長にインタビューしたときのことである。1時間の予定で時間を用意してもらったのに、わずか10分で話が尽きてしまったことがあった。完全にこちらの準備不足によるものだった。
やべえ、このまま終わったんじゃ、いくらなんでもやべえ。
そう思ったオレは、どういう思考回路だったのか、それまでの話の流れをぶった切るように、ところで座右の銘はなんですか、と質問したのである。完全に苦し紛れの質問だった。
ところがこれが社長の心の何処かにど真ん中ストレートを投げ込むことになったようで、それから1時間以上も、社長はエピソードをたっぷりまじえて座右の銘について語ってくれたのである。
座右の銘そのものが何だったかはすっかり忘れてしまった。だが、「困ったときの座右の銘」は、しっかりと心に刻まれたのだった。逆境こそがチャンスだぜ。窮地に陥って放った一手が逆転の好手になるとは、まさに苦し紛れのロングフィードが強烈なカウンターにつながってしまったようなものだ。
勝負は諦めたら負けなのだ。

そんなことを思い出しつつは柏原芳恵の言葉を聞き、ではオレの座右の銘は何だっけと、車の中で考える。
「人生のことは、たいていなんとかなる」「わからないことは、人の真似をすればなんとかなる」「一日が終われば、なんとかなっている」といったあたりがそうかもしれないが、「なんとかなる」が座右の銘というのもまったく締まりのない話なのだった。

「成瀬は信じた道をいく」宮島未奈・新潮社
というわけで「成瀬」の2作目である。オレはこの作家のことをよく知らないのだが、夏目漱石かヘミングウエイみたいな文章を書く人だと舌を巻いた。
接続詞は「文章の方向指示器」と言われる。車が曲がるときや車線変更をするとき、ウィンカーを出すが、接続詞もあれと同様に文章が進路を変えるときに「こっちに行きますよ」と示すために使われる。この作家は、接続詞をほとんど使わない。
短いセンテンスの文章を、小気味よくとんとんと積み重ねていき、しかも接続詞をほとんど使わないというのは、非常に素晴らしい文章力がなければできない。違和感なく読み進めるためには、徹底的にロジカルでなければならないからだ。(文章とはロジックなのだ)
しかも人生においてとても重要なことを、短い文章の積み重ねによってさりげなく伝えてくる。まさしく夏目漱石かヘミングウエイではないか。この一作もオレは、うーんと唸りながら読んだのであった。
女子大生になった成瀬にその周辺の人々が振りまわされる連作集だ。最後のオチがそれかよと脱力。そっちで天下を取ったのかよ、と。そしてこの展開に潜む人生の真実というか、とても大切な価値観というものに、オレは唸るのであった。
早く次が読みたい。1年後か。この先が待ち遠しい物語である。


2024.03.22

GRADUATION


本日は息子の卒業式である。
会場の安田講堂は狭く、とても全員が入れないので3部に分けての開催だ。外生以外に入れる余地はまったくなく、父兄は別会場でスクリーンを見ての参列となった。
同じ映像はYouTubeで同時配信される。
なんだ、それなら家で寝転んで見てればいんじゃね?
そうは思ったものの、東大の卒業式なんて間違いなく一生に一度のことだから、やっぱり現地に行くべきだろうと思い直し、おばあちゃんも「私が皆さんの代表としてしっかり目に収めて墓前に報告しなければ」というので、おばあちゃんとヨメを従えて参加することにした。

早めに出たけれど、案の定、赤門は記念撮影の行列である。一方、正門前でも看板との記念撮影の行列である。
女子は袴姿が多く、男子はアカデミックガウンに学帽というスタイルが目につく。息子はアオキで買った安いスーツだ。アカデミックガウンをレンタルしろよといったら「あれは2万円もするし、そもそも学士卒で着るつもりはない」という返事だった。
赤門前で写真を撮り、学内を歩いていると、息子はあちこちで仲間から声をかけられる。
それなりに友人知人を作れたようで、まずはいい学生生活だったようだ。

安田講堂に向かう息子と別れ、オレたちは父兄用の部屋へ。これが地下にある穴蔵みたいな体育館で、エレベーターもなく、ひいひい言いながら階段を下っていった。父兄は邪魔だ、来るんじゃないよ、という大学側の姿勢の表れである。
その父兄には、地方から今朝やってきたのだろう、大きいキャリーをガラガラと引きずってるおばさんもいれば、どこに参列するつもりなのか晴れ着のおばさんもいる。ハゲのおっさんもいる。みんなご苦労なことである。
予定どおりの時間に予定どおりに大きなスクリーンで卒業式の同時中継が映し出され、底冷えのする穴蔵で晴れ着やハゲの父兄がぶるぶる凍えながらそれを眺める。
ひどい扱いだ。まあ、これも一生に一度だと思えば味わい深いわ。
総長の祝辞、来賓の祝辞、総代の当時など、小難しいことばかりでさっぱりわからず、眠くなる。ここで寝たら凍死するので必死になって目を開ける。

式が終わり、記念に何か買いたいというおばあちゃんと一緒に東大クッキーや東大チョコ、東大ハンカチなどを買って帰る。
さて、昼飯はどうしよう。せっかくだからと思いついて、赤門前にある、息子が行きつけの中華料理屋をのぞくことにした。ここは以前息子と一緒に食いに来たところで、とにかく量が多くて安くて、しかも美味いという店である。
中国語が飛び交う中、炒飯などが運ばれてくるとあまりの量の多さにひっくり返るという店だ。昼時ということで混んではいたが難なく座ることができ、そしてがっりと食う、美味いなあ、この店は。ビールも飲みたかったが、特別感が漂っているのはこの界隈だけで、今日は普通のビジネスデー、金曜日であることを思い、我慢する。

さっき、学内で息子に「写真撮影に行こうぜ」と声をかけてきた友だちは、息子によれば「財務官僚だよ」とのことだった。
今日ここに集っていた若者たちは、あと10日もすればそれぞれに世の中へと羽ばたいていく。彼らに、失われた30年というしょうもない社会しか用意できなかったことを申し訳なく思い、その立て直しを託して、心の中で門出の拍手を送る。
今日より明日はもっといい一日だ。そんな世の中を、ここにいる彼らは間違いなく実現してくれるだろう。
そして我が息子を振り返れば、大学院に進む彼は明日もいつものように大学にやってきて、学内に用意された自分の机で研究に励むのであった。今までと変わらんよねえ。


2024.03.21

成瀬にわしづかみされる


アルビレックス新潟の新井の恥知らずな移籍が発覚して、大谷の通訳の違法賭博と横領が発覚して、昼前には大きめの地震が起きて、そして夜には日本代表が北朝鮮と闘うという、なんという賑やかな一日だったのだ。
そんな中でオレは、新しい営業先開拓のポートフォリオ作成に半日を費やす。
先日キタヒラと飲んだとき「まだ新しいところ開拓するのかよ」と呆れられたが、シャラップである。オレはまだまだ攻めるのだ。当然だろう。これからの人生、まだ山を2つくらいつくるつもりだ。いや、成瀬の言うように200歳まで生きるのもいい。
一方、先日、九州にある祖父の実家へ墓参りに訪れた息子は、その家にいた老人が68歳だったと知って、どこからどうみても老いた人なのに父親と2歳しか違わないのかと愕然としたそうだ。もしやオレも他人からは老いた人に見られているのだろうか。
それならそれで仕方ないと思う。思うがしかし、オレは先日、疲れてつい電車の優先席に座ってしまった。高齢者が優先的に座っていいから、66歳のオレが座っても何も非難されるいわれはないわけだが、やはり座るべきではなかったなと後から反省した。
行動が老いれば気持ちが老いて、やがて見た目も老いていく。
気持ちは常に中学生のようであらねば。

「成瀬は天下を取りにいく」宮島未奈・新潮社。
というわけでこの一冊である。
著者のデビュー作だ。えらく評判がいいので、駅前の床屋で髪を切った後にオレは、八重洲ブックセンターで買った。存在は知っていたし、この派手な表紙も何度か見かけたことがある。評判がよくなければ絶対に手に取ることのない表紙だった。
だが評判がいいので、買って、楽しみにしてページを開いた。
六つの連作集である。その最初の「ありがとう西武大津店」を読んでオレはすぐにスマホでAmazonのアプリを立ち上げ、そしてシリーズの二作目を迷わず購入した。それほど素晴らしい作品であったのだ。カバー絵などにとらわれず、すぐさま買って読むべきであった。
とにかく主人公のキャラが立っている。女子中学生なのだが、こんな主人公は今までいなかっただろうというぐらいに立っている。帯に「かつてなく最高の主人公」と書かれている、まさにその通りのキャラなのだ。
オレは一発でノックアウトよ。
そして文章が実に上手いのである。最近オレが絶賛する津村記久子とは対極の文章。短いセンテンスで、勢いよくとんとんと積み上げて、畳みかけてくる文章は実に小気味よく、読んでいて気持ちがよい。相当の実力の書き手だろう。
とても愛おしい青春小説で、この女子中学生にいろいろと大切なことを教わった気がする。
さて、第二作だ。


2024.03.20

春分の日はあっても文春の日はないのだ


夕方、髪を切りに行ったら理容師のおばちゃんが「今日は大谷翔平を見るんですか」と聞く。ああ、そうか、今日は韓国で開幕戦だっけ。
興味ないんで見ないよと答えたら、おばちゃん「私もですよ」とのことであった。
本当にまったく興味ないんだよなあ。つーか、どのテレビも毎日毎日朝から晩まで朝から晩まで大谷大谷でうるさい。特にフジテレビ。これだけやられると無関心を通り越して嫌気がさしてくる。
と思っていたら通訳が解雇という仰天ニュース。どういうこっちゃ。大谷が被害者なのか。それとも「大谷命じられてやりました」とゲロったら、大谷が違法賭博の犯人になるのか。
通訳として名をなして野球の世界で地位を築いたのに、野球賭博に手を出すなんてちょっと考えられないなあ。
闇があるんだ、きっと。自民党が裏金隠しを仕掛けたに違いない。と陰謀論者が動き出しそうな予定。

それよりもオレは、アルビレックスの新井がサンフレッチェに移籍報道の方に仰天したわ。
シーズンが始まったこの時期に、同じカテゴリーの強豪チームに移籍するかね、普通。しかも副キャプテンが。
Jリーグのどこにも拾われずにいたのをテスト生として採用し、ちょっと芽が出たらとっととセレッソに移籍し、「通用しませんでしたまた使ってください」とみじめに帰ってきたのを受け入れてやって、そして先発メンバーとして使ってやったのに、副キャプテンまで任せたのに、このタイミングで移籍かよ。こんなクソ移籍は見たことがない。新井はクソ・オブ・クソ。
カネだろうな、カネ。今日は朝から気分が悪いのだ。

「天使のナイフ」薬丸岳・講談社文庫。
娘に何か読む本を貸しておくれと言ったら、手渡してくれたのがこの一冊。薬丸岳の実質上のデビュー作となった一冊だ。少年法の問題点を鋭く突いた作品だ。若書きのところがいろいろと目にはついたものの、なかなかの読み応えである。この社会の不条理にうんざりさせられる。


2024.03.19

うの日


石神井公園の駅前がすっからかんになり、夜は真っ暗で、どうやらNHKも取材に動き始めたようだということは連日オレが報道している通りなのだが、一方で新しく出店した店がないわけでもなくはない。
それが、うなぎ屋である。
駅前にあった地味だけど美味かったラーメン屋が閉店し、その後に入ったのだ。
街の皆さんの飯能は、ちゃう、反応はというと、う、うなぎかよ、だった。
うなぎなんて月に一度も食べないだろう。我が家は年に一度だわさ。
そんな店が、週に一度通うラーメン屋の後にできたのだから、そりゃずっこけるのも当たり前。駅前の一等地なんだから、牛丼とかカレーとかソバとか餃子の満州とか、日常的に気軽に食べられる店にしてくれよ。
案の定、開店して1ヵ月たつのだが、店に2組以上の客がいるのを見たことがない。客がゼロか、いても1組だけのことばかりだ。
気の毒だが早晩、撤退だろう。なんでうなぎなんかにしたんだろうなあ。


2024.03.18

オレはTNG


本日は朝から都内の水族館に行った。
遊びではない。仕事である。水族館で働く人にインタビューするためである。
春休みだ。きっと館内は、平日にもかかわらず中高生や家族連れでにぎわっているだろう。
そう思って入ったら、先方さんが「すいません、AKBが撮影してまして…」と頭を下げる。どうやら別の撮影チームがいるので、時間の調整に協力してくれということらしい。
いや、それはいいのだが、AKBだと?

なんだ、AKBって。そういや昔、あの「としまえん」が「TSM48」という広告を出して大ウケだったなあ。
ポスターには水着姿のおばちゃんが山盛り。なるほど、年増だからTSMか。年増を48人も集めたのか。これがどうして来場促進の広告になるのか、さっぱりわからないが、要するに遊び心のとしまえんというわけだ。
オレが駆け出しの頃「プール冷えてます」というキャッチがどかーんと載っただけの大ポスターが、広告業界に衝撃を与えていたっけなあ。
いまだにあれを意識した「××してます」というキャッチコピーだけの広告をたまーに見かけるが、オマージュにしてもセンスないわ。またか、パクってもバレないとは思っていないだろうが。

さて、AKBである。
よくわからないが、水族館での撮影があったようで来ているのだろう。まあ、よい、こちらには関係ない。
予定どおり仕事に取りかかろうとしたら、確かにすぐそこにいたわ、AKBが。というか、全員私服できゃーきゃー騒いでいるから、どう見ても春休みのJKがうるさくしているとしか思えなかった。
うるせえよ、JK。邪魔だ。
先方の担当者も興味なさげに「まったくわかんないですよね、AKBとか」といい、オレたちおじさんは粛々と仕事をこなすのであった。


2024.03.17

粉と米


本日は日曜日にもかかわらず、大阪日帰りで仕事である。
平日の早朝の新幹線はよく乗るが、休日の新幹線はまったく様相が違うのでびっくり。どういうわけか、今日はキャスターをガラガラと転がした女子が山のようにいた。
春休みだからか。いいや、きっとジャニーズ的なコンサートがどこかのドームであるので、その関連だろう。あのキャスターの中には、メッセージや名前が書かれたうちわなどが大量に入っているに違いない。

大阪に着いて昼飯を食う。
お好み焼きにしましょうと先方が言うので、いいですねえと合わせる。お好み焼きと焼きそばのハーフ&ハーフというランチがおいしそうですねえと先方が言うので、では私も同じものをとオーダーする。
そして出てきたものを見てびっくり。なんとお好み焼きと焼きそばなのに、白飯を盛った茶わんと味噌汁がついている。味噌汁はわかる。わからないのは白飯だ。なんでお好み焼きと焼きそばに白飯が付いてくるのだ。

え、普通でんがな、と先方は言う。家でお好み食べるときも白飯出ますわ、と言う。
なんということだ、関西ではお好み焼きも焼きそばもおかずなのだ。おかずだから、白飯がつくのも当然ですわ、と先方は言う。
なんだったらスパゲティにも白飯はつきまっせ。
じゃあ、まさかとは思いますが、炒飯にもつくんですかと聞いたら、あったり前田のクラッカーですわ、なんだったら炒飯と白飯を一つの皿に盛り合わせたのが出てきますわ、だははは、と先方は笑う。

こ、こいつらは炒飯をおかずにメシを食うのか。頭がクラクラしてきた。関西人は味覚がおかしいとしか思えない。そもそも炭水化物の摂り過ぎだろう。
オレは関西に生まれなくて本当によかったと、お好み焼きを食いながら胸をなで下ろしたのだった。

お好み焼きに焼きそばに白飯という大量の炭水化物を収めた胃袋は、夕刻になっても依然として重いままである。
しかも当然のことながら喉が渇いてしょうがない。オレはお茶を買って(最近、伊右衛門がリニューアルしたが思い切りマズくなっていて愕然)、帰りの新幹線に乗り込む。
新横浜駅で降りて新横浜線・東横線・副都心線と乗り継いで帰ることにする。これが一番楽な帰り方だ。
と思って新横浜線に乗ろうとしたら、ここにも女子が大量に発生。し、しまった、横浜アリーナでジャニーズ的なナニモノかなのか。
ヨメにLINEしたら「EXILE的な何かみたい」とのことであった。そ、そっちだったか。 行きも帰りも、昼飯も、ぐったりの一日だったのだ。

「ディス・イズ・ザ・デイ」津村記久子・朝日文庫。
津村記久子か面白いので、そういや、以前読もうと思って忘れていた一冊を思い出した。これはJ2を舞台にしたサッカー小説。シリーズ最終戦を前にした、J2チームのサポーターを描いた11編の連作である。
チームはすべて架空ではあるが、ところどころ、ははあ、これはあのチームがモデルだなというのがわかる。J2の中でもパッとしないチームを偏愛する人々を通じて、人生の哀切を描き出す、なんともいえずに美しい小説だ。
この作家って、キャラの描き方が抜群に上手くて、例えばあるおばあちゃんについては「鳥のように首を回し」という一言の描写で鮮やかに人物を浮かび上がらせている。たいしたもんだ、と呻る。


2024.03.16

○×○△7


ああ、もったいない。もったいない。
もったいないお化けが出てきたぞ。
ヴェルディ相手に2-1とリードしていた我が軍は、90分を過ぎてくだらない失点をしてしまい、結局2-2の引き分けだ。これがもったいなくなくて、なんなんだというのだ。
2-1のまま、普通に逃げ切れた試合だったというのに。そして逃げ切れていたら、2位だったというのに。それが6位になっちゃったじゃないか。
いや、それよりも腹立たしいのは町田が1位ということだ。これはありえない現実である。
特に俺の大嫌いな藤尾が点を決めたことが許せない。藤尾は昔、本間至恩をいじめたから大嫌いなのだ。
もっとも今日の町田の相手が札幌じゃあなあ。守備もひどいしなあ。
なんせ札幌はこれで最下位。まだ勝ちなし。降格するぞ、こりゃ。
もっともヴェルディも勝ちなしで下から2位。それと引き分けたのだから、我が軍も人のことは言えないなあ。
いやあ、本当にもったいないわ。


2024.03.15

も、もえ…


本日は昔の仕事関係者と青山で飲んだ。
仕事の関係者なんて、仕事が終わればそれっきりなのが普通だと思うが、こうして再会して一緒に楽しく飲めたことがたいへんに嬉しい。少なくとも「アイツ呼ぶのはやめようぜ」などと言われなかっただけでも、自分を褒めてあげたい。
などと呑気に喜んでいる場合ではないのだ。
なんと谷尻萌が突然結婚発表、お天気キャスターも辞めちゃうというのだ。う、うそだろ。
オレの週末の朝の楽しみを返してくれ。この喪失感をどうすればいいのだ。
お父さんは茫然自失である。


2024.03.14

ホワイトデーに大騒ぎ


上尾なんて人生で二度目だ。前に来たのはいつだったか、とても思い出せないが、ボロい駅舎で駅前は何もなかったことを覚えている。よくある埼玉の田舎のしょぼい駅という印象だった。
それが来てみてびっくり。すげえ大きな駅で、駅前も大変なにぎわい。ベローチェもあるしタリーズもある。
あんなど田舎が、どうしてこんなに大きく育ったのだ。心底驚いて腰を抜かし、ベローチェでコーヒーを飲んでしまった。
石神井公園なんて、この上尾にも負けているではないか。

そうである。都内、しかも23区内にあって埼玉の片田舎にも負けるしょぼさの石神井公園。このままではいけないと立ち上がったのが再開発組合と練馬区だった。
ここに高さ100mのタワーマンションを2つ建てて、第二の武蔵小杉にするべ。いんや、ムサコなんて神奈川のど田舎じゃねえか。オラたちは港区だ。麻布台を目指すベ。
鼻息も荒く浮上した再開発計画だったが、当然反対する人々もいて、そのなかの1人の皮膚科が異常に頑固で、立ち退きが決定している土地だというのにあえてコンクリート3階建てのクリニックに建て替えるなどの抵抗を見せ、それに運動家の皆さんも同調し、ごく一部で盛り上がっていた。
その間、計画は着々と進み、いよいよ今年になって具体的に工事が始まることが決定。それに合わせて地元で60年以上親しまれてきた個人スーパーが閉店し、牛丼屋、カレー屋、ソバ屋、寿司屋、パン屋、居酒屋、喫茶店と商店が軒並み閉店して撤退。さらには毎年酉の市が開かれる神社まで、移転してしまった。ご神体の移転なんて、えらく大変なことじゃなかったかなあ。
そんなわけで駅前はことごとく店が閉まり、昼にはランチ難民が大量に発生。日高屋に行列ができる始末である。
そして夜は居酒屋難民が発生すると同時に、駅前は真っ暗になり、実に寂しい急行停車駅になってしまったのだった。
だがそれも数年の辛抱。再開発が終われば2つのタワーマンションかそびえるセレブな街に大変身。憧れの石神井公園ライフが始まるはずだった。

それなのに今日になって驚天動地の報道が飛び込む。
なんと反対派が起こしていた裁判の結果、土地の明け渡しはいったんストップせよという命令が裁判所から下ったのである。これは裁判の常識ではありえないほど異例のことらしい。
内容をよく読むと、どうやら再開発そのものに疑問を呈する判決となっていて、このままいくとひょっとすると再開発そのものが中止に追い込まれ、オレたちのセレブな生活も夢と消えてしまう可能性が出てきたのである。
これには地元も仰天。平定撤退した店の関係者が激怒し、難民となった人々も激怒し、なんでそんな裁判を起こしたんだ、なんで徹底が終わって取り壊すだけというタイミングでストップをかけるのだ、店を返せ、昼飯を返せ、飲み屋を返せ、ついでに西友も返せと大騒ぎとなっている。
そりゃそうだろ。
当面、半年ほどは再開発をストップせよということだから、今年はこの真っ暗な駅前で過ごさなくてはならないのだ。とんでもない不始末だ。一番迷惑なのは大多数の住民にたてついて裁判を起こした連中だが、もたもたしていた行政も大概だと思うぞ。

昨日書いた駅前の驚天動地とは、このことだ。
駅前の整骨院の院長がオレの腰をマッサージしながら「お昼ご飯が食べられなくて困っているんですよ」と嘆いていた。いったい駅前はこの先、どうなるのやら。


2024.03.13

閉園するとの説明を受けて入園させた親が騒ぐ


我が家の隣には、優にサッカー場一面ぐらいは取れそうな畑が広がっている。折々に様々な野菜が植えられては収穫され、春一番頃にはゴビ砂漠もかくやと思われるほどの砂嵐を巻き起こして近隣をパニックに陥れている畑だ。
持ち主の農家で相続があったのだろう、近年、この畑の一角が売却され、そこに園舎が建った。私立保育園の園舎である。
建設工事はほとんど終わり、今は備品の搬入や室内を整えたりといった作業が行われている。4月の開園そして園児たちの受入に向けて準備は着々といったところだ。

「あまりにも昭和過ぎる」とヨメが呆れたように、この園舎のデザインがとてつもなくダサく、まさに昭和の遺物かよというセンスのなさだ。子供らの声でうるさくなるよりも、この外観を毎日目にさせられることのほうにうんざりする未来が見えるのではあるが、それもいずれすぐに慣れると今から悟りの境地である。
やがて送迎のママチャリがオレたち地元民の車の往来に非難の視線を浴びせ、一方で地元民は迎えの路上駐車や法規無視で好き放題に走り去る自転車にイラダチを高めていくことになるだろう。そんな未来も粛々と受け入れよう。

この私立保育園の建設が決まった頃、同時に決まったのが区立保育園の廃園であった。区立保育園は、新しい私立保育園とマンション一つ挟んだ隣にある。ほとんど並んで建っているようなものだ。
区立保育園はとにかくボロく、みすぼらしかった。もちろん子供にはそんなことは関係ないし、親も、この待機児童問題が一向に解消されない中、預かってくれるならどこだっていいと思っているから、誰もぼろさ、古さなど気にしていなかっただろう。ただ地域住民だけが、すげえボロ、建て替えろよ、と思っていたのである。
そこへきて畑の一角に新しい保育園ができるというのだから、それはよかった、親も子供も大喜びだろうと思ったわけだ。
ところが驚いたことにこのタイミングで勃発したのが、私立保育園反対運動、廃園反対運動なのである。
反対派の皆さんは、それはたぶんこの地域とは関係のない市民運動家の皆さんが含まれていると思うのだが、駅前でビラを配り、署名の記入を求めて通行人にペンを差し出し、さらには近隣各戸へのビラ配布やドアをノックしての署名依頼などを始めた。うわ、鬱陶しい、と思った。
ビラを見ると、思い出の園舎をいつまでも、などと情緒的なことばかり書いてあって、なぜ古い園舎を取り壊して隣に新しい園ができることに反対するのか、その合理的な理由がまったく書かれていなかった。
だからもし我が家のドアをノックして反対派の皆さんがやってきたら、いかに地域住民がお宅の園の送迎の路上駐車に迷惑しているか、自転車の無法に苛立っているか、しかし次世代を担う子どもたちのことであるからここは目をつぶって不満は飲み込んでいるのだということを伝え、その上で新しい園ができてよかったじゃないですかと伝えようと待ち構えていたのだが、何か我が家から不穏な電波でも感じたのか、反対派の皆さんはとうとうやつてこなかつた。

そんなふうに時は過ぎて行き、新しい園舎は完成して、間もなく開園である。行政の決め事というのは、反対派の皆さんの都合などに関係なく、決められた通りに粛々と進んでいくものなのだ。
新しい園が開園間近となり、古い区立保育園の廃園が正式に決まってしまった今、反対派は挙げたこぶしの落とし所を探り、市民運動家の皆さんは次のもめ事のタネを探してどこかへ行ってしまっただろうと思っていたところ、なんとまだ活動を続けていることを知って驚いた。
先日投げ込まれたビラには「新しい園ができてしまったのは仕方ない。こうなったら、何が何でも古い区立保育園も残すべきだ。思いでのために」という趣旨のことが書かれてあった。さっぱり意味がわからない。私立保育園ができたんだから、こっちの区立保育園もきれいにリノベーションしてくれよ、というならわからなくもないのだが。
いずれ半月後には新しい園舎に子どもたちが通い始め、そして世間は新年度を迎える。この騒動はそれでも続いていくのだろうか。

と思っていたら、なんと駅前の再開発を巡って驚天動地の展開である。この件、また改めて。


2024.03.12

息子が先かオレが先か


オレはもともと代表ファンだったので、Jリーグやアルビレックス新潟に特に思い入れがあるわけではなかった。もちろんそれなりに気にはしていて、Jリーグ元年の第2試合目も観に行ったけれど、応援していたのは代表選手の多いヴェルディだった。
アルビレックス新潟のゲームを初めて観たのは、初めてJ1に昇格した2004年の春。対戦相手はジェフ市川で、会場は国立競技場だった。
この試合に、オレは息子を連れていっている。息子はまだ3歳だ。
もちろんサッカーのなんたるかがわかっているわけはないし、前半が終わったところで飽きてきたので席を立ち、面白かったかと聞いたら「大きいテレビでサッカーしてた」と答えたくらいだから、まったくもって状況もわかっていなかったようだ。
というのも、後年、なんでお前はアルビのサポになったんだと聞いたら「お父さんが見せに連れて行ったからじゃないか」と答えたからである。
それでもオレはアウエースタンドで大量の新潟サポが大声で「ニ・イ・ガ・タ、ゲッゴー!」と叫んでいる様を目の当たりにし、かなり感動したのだった。もしかしたら息子にもこの時のことが刷り込まれたのかもしれない。

代表ファンだったオレがアルビサポになったのは2014年頃だったと思う。オレよりも先にアルビを応援していた息子に引っ張られるようにサポになった。
当初は練習を見学に行っても、選手の名前を息子に教えてもらったほどである。
熱量も知識量もオレより息子が圧倒的に優っていて、オレがなんとか追いついてようやく一緒のレベルで応援できるようになったというわけだ。でも、その原点が3歳の国立競技場だったとしたら、なかなかドラマチックである。

「水車小屋のネネ」津村記久子・毎日新聞。
娘が手にしていたので、津村記久子なんて読むのかと驚いて尋ねたら、「カバーがとってもきれいだったので、中身も見ないで買ってきた」との返事だったので、とてもきれいな文章を書く作家だよ、読み終わったらお父さんにも読ませてくれと頼んだところ、娘は「だったら先に読んでいいよ」と言ってくれ、それでオレが一気読みをした。
まあ、なんというか、素晴らしい小説というひと言である。
18歳と8歳で家出同然に自立の道を選んだ姉妹の、その後の40年間にわたる物語である。
何も大きな出来事はなく、誰も殺されたり酷い目に遭ったりもせず、淡々と40年の時が刻まれる。その流れがとても心地よい。読みながら、何という物語だと、何度も呻ってまう。
津村記久子はとにかく文章がきれいで上手だ。200字、300字で一文というような長い文章を延々と積み重ねて人の気持ちを描写していく。オレも長い文章が好きなので、その技術に舌を巻きながら、文を読むという快感をじっくりと味わうことができた。
なんというか、奇跡の物語だと思った。先に読ませてくれた娘に感謝である。


2024.03.11

13年目


駅前の床屋へ髪を切りに行った。
顔見知りのおっさんがオレの髪を切りながら「石神井公園に住んでどれぐらいですか」と尋ねるので、20年近いなあと答える。
おっさんは、「じゃあ、震災の時って駅は新しくなってましたか」と聞いてくる。石神井公園の駅舎のことだ。建て替えたのは確か息子が幼稚園ぐらいのことだったと思うので、新しくなってたよと答える。
あのときは計画停電があって、電車もまともに走らず、駅前には長蛇の列だった。人があふれて駅構内に入れなかったのである。
民主党の長妻が大泉に住んでいるので、大泉学園は計画停電から外れているという噂もあった。きっと本当だったろうと思う。
駅前が長蛇の列で、電車の本数も極めて少なかったから、オレは石神井公園駅ではなくて、30分ほど歩いて光が丘駅から都営大江戸線に乗ったっけ。光が丘は始発駅ということもあって、車内はガラガラ。ゆったり座れた。
あのときオレは勝どきにいて、津波が来るという噂が流れたとき、かちどき橋の下にはけっこうな数の人がいたのを目撃した。津波が隅田川を遡上してくるのを見ようと集まってきたのだろう。今ならとても考えられない光景だったなあと、思い出す。


2024.03.10

今年のNo.1


「ある男」という映画を観た。U-NEXTだ。
安藤サクラを見ようと思ったところ、窪田正孝の演技にぶったまげる。こここ、こいつはこんな凄い演技ができたっけ。「アンナチュラル」の軽い演技しか印象に残っていなかったから、驚いた。
それはともかく、窪田正孝の子供が「お父さんは、自分が父親にしてもらいたかったことをボクにしてくれた」というセリフを口にしていて、ふむ、とオレは考えこむ。
オレがこれまで息子にしてやったことは、オレが自分の親からしてもらいたかったことなのだろうか。
そういう気もするし、違う気もする。

「巡査たちに敬礼を」松嶋智佐・新潮文庫。
地方の架空の警察署を舞台にした6つの連作小説。最初の一作目を読んで、ちょっとびっくりする。この作家って、こんなに上手かったっけ。窪田正孝に驚いたのと同じだ。
女性の副警察署長という設定の小説で出てきたときは、白バイに乗っていた女性警察官が引退して書いた小説というのが一番のウリだった。そこそこ面白くは読めたものの、プロットをひねりすぎてしまったり、キャラづくりが甘かったりして、まあ、こんなものかなという感想だった。その後もしばらくは同じような水準の作品が続く。
ところが今月の文庫新刊であるこの作品は一転。アッと驚くほどの大成長を遂げている。
横山秀夫とまでは言わないが、それに近い水準にまで来ているのではないか。もしかしたら短編というのがよかったのかも。へんにプロットをこねくり回さずに済んでいる。ネットでも「今年のNo.1に決定」という評価だ。早くね?
文章のキレはいいし、伏線の回収も見事。惜しむらくは、キャラの造形がまだイマイチ。もう少しクセのあるキャラづくりをしてくれれば、さらに進化する気がする。今後に期待だ。


2024.03.09

○×○6


アルビレックス新潟のボランチ、島田譲は言う。「ウノゼロこそ最高」と。
オレも激しく同意する。ウノゼロこそ最高だ。
先日は川崎対磐田の4-5という試合も面白いっちゃあ面白いが、バカ試合。サッカー的醍醐味はない。なくはないが、ない。
やっぱりウノゼロ、つまり1-0の試合こそサッカーの興奮や感動が凝縮されている。戦術のせめぎ合い、個々のぶつかり合い、一瞬の運、レフェリーとの駆け引き。少しも気の抜けない90分には、サッカーの面白みが詰まっている。

今日の名古屋戦は、まさにそんなゲームだ。
結果はウノゼロ、しかも点の入ったのが87分という最高の時間帯である。緊張感の中、耐えに耐えて、そして87分にスタジアム全体が爆発した。まさに突き抜けた瞬間の興奮であった。
そしてその後のアイディショナルタイムを含む8分間。これがまた素晴らしいのよ。
名古屋は最終兵器パトリックを投入して、酒井宣福とのツートップに放り込んでの肉弾戦を仕掛ける。こちらはボールを渡さなきゃピンチは来ないという理屈で、いつものようにポゼショナルを展開する。そこでピッチを縦横無尽に駆け回る小見の輝きよ。坊主頭がいつも以上に光って見えた。
こういうゲームは最高である。

外泊していた息子が、試合までに帰ってくるからと連絡してきたので、駅まで迎えに出ようとしたら、最悪のタイミングで西武池袋線が止まってしまった。人身事故である。これはしばらく復旧しない。
「やばい」とLINEを送ってきた息子に、東武線に切り替えて成増で降りろと指示を出す。
最悪のタイミングであっても、乗車してから止まったのではなくて、始発の池袋に着いた時点で動いてなかったことで助かった。最悪のタイミングの中でも、最低の状況にはなかったわけだ。
成増に着いた息子は走ってバスに駆け込み、そして試合開始20分タイミングで帰ってきた。
被害は最小限に食い止められて、そしてウノゼロを堪能することができたのである。禍福はあざなえる縄のごとし。塞翁が馬。勝ちゃあ何だっていいんだよ。勝利はすべてを癒やす。

これで我が軍は5位である。気に入らないのは、町田のバカが3位ということだ。
今日の対戦相手は鹿島である。鹿島ならなんとかしてくれるだろうと思ったが、今年の鹿島はダメだった。何と言っても監督がハゲのポポビッチだ。ポポビッチは無能だから、期待する方が間違っている。
まあ、いずれ町田なんて落ちてきて降格圏に沈むに決まっているから、放っておこう。
それにしても今年のJリーグはヤバい。
前節、つまり2試合しただけで連勝チームはゼロ。3節が終わった今、降格圏には名古屋、札幌、浦和がいる。
そして川崎が13位の鹿島が8位、横浜だって12位と、強豪チームが軒並み低迷。好調なのは1位の広島ぐらいである。
今日の名古屋の体たらくを見ていると、名古屋降格も十分あり得るし、ガンバも怪しいものだ。監督がとんでもない愚将という噂の浦和にも降格の期待が高まる。オレとしては鹿島に落ちてほしいのだが、ここもポポビッチがいい仕事をしてくれそうだ。
そんなわけで今年のJリーグは大波乱の気配が漂って、まあ、今は人ごとと笑っていられるが、我が軍も一つ間違えば沼に引きずり下ろされるわけで、気を引き締めて闘うのである。


2024.03.08

カード不正利用にご用心


ドコモから封書が届いた。
どうせまたスマホ買い替えろとか、高齢者でも簡単にできるスマホ教室を開くとか、その手のダイレクトメールだろう。そう思いながら封を切ったら、どうも様子がおかしい。差出人はDカードセキュリティセンターとなっている。
どうした、クレジットカードの不正利用でもあったか。
そう思いながら読んだら、ビンゴだった。オレのクレジットカードが不正に使われたらしい。

封書の内容は、「不審な取引があったので確認のためにショートメールしたのだが、返事がない。つきましてはとっとと電話しろください」というものであった。
はて、ショートメールとな。とんと記憶にないな。いやいや、仕事以外のショートメールなんて中身も読まずに速攻削除だから、ドコモからのショートメールなんて、どうせ新型スマホが出たとか、高齢者にも簡単なスマホがあるよとか、そういう内容に決まっていると思って速攻削除したのだろう。
仕方ない。書かれていた0120の番号に電話する。
当然出ない。例の「大変混み合っておりまして」のループだ。ちょうどランチタイムだしなあ。
とにかくどこの会社でもコールセンターは人手不足でギリギリだ。加えて、1コール終わるたびに内容の記録を打ち込むなど、オペレーターの負荷は確実に重くなっている。日本なら打破の過剰品質もその一因だろう。
目立たないけれどコールセンターはけっこうヤバいことになっているから、物流同様、ここも手を打たないとなあ。
そんなことを考えつつ、間を置いて昼休み明けを狙ってかけてみる。今度は一発でつながった。

出てきたオペレーターの姉ちゃんに、こんな手紙が来たんですけど、お宅から、と説明したら「3月1日の深夜0時に『に※っぱつ※とら※う』という店舗を利用されましたか」と尋ねられた。
へ? そんな店知りません。だいたいその時間にはとっくに夢の中です。
そう答えたら「やはり不正利用されていますね」とのことであった。大ビンゴである。
「幸いなことにカード番号以外の情報が一致しなかったのでカードは利用できず、不正使用はされずにすみました、ご安心ください」とのことだった。そうかそうか、それはよかった。ちゃんとセキュリティが機能したようだ。
ただ、一度でもそういうことがあるとカードは使えなくなるので、新しいカードを再発行する。手元に届くまで2週間ほど待ってろ、とのことであった。
うむうむ、面倒おかけします、助かりました、と電話を置く。

不正使用を未然に防ぐことができたのは慶賀の至りではあるのだが、しかし、なぜオレのカードが使われたのか、という大きな疑問は残る。
ドコモのクレジットカードは、ドコモ料金決済にしか利用していないので、店舗でのスキミングなどは考えづらい。とにかく財布から一度も取りだしたことがないのだ。
適当なカード番号がたまたま一致したというのも考えづらい。
やはりこれはどこかで財布からカードを抜かれ、偽造されたと考えるべきか。いやあ、考えづらいなあ。
そもそもちょっとしたお出かけや遊びに行くときは、財布すら持たない。なんせ、ほら、キャッシュレスだからさあ、オレって。
ということは、キャッシュレスではないかかりつけ医院に歯医者に目医者に整骨院が怪しいのだろうか。
それとも情報漏洩か。うーむ。謎は深まるばかりである。
と同時に、ショートメールも何でもかんでも削除するんじゃなくて、ちゃんと確かめてから消さなくちゃ、と反省するのであった。


2024.03.07

当たったためしがない


自動車各社が歴史的高水準の賃上げと思ったら、ゼンショーが12%、クボタが7%、味の素が6%と、アッと驚くレベルの賃上げが続々だ。株価4万円超えもあって、こりゃあぼちぼち経済が本格的に回り始めたのかも。
値上げもえらいことになっているものの、「まあ、しょうがないか」と受け入れるマインドが漂っているのも事実だ。
「ここのスーパー、急に値上げしたけど、どうせ別のスーパーに行っても同じだろうから、ここで買うわ」という心理状態を経済学ではインフレ期待と言うと、息子に教えてもらった。これが景気上昇には大切で、今の日本はまさにこの状態ではないか。
オレのような末端下請け業者に恩恵が回ってくるのはずいぶん先になるだろうが、春の訪れとともに日本復活の足音が聞こえてきたのは、嬉しいことだ。

などということを考えながら、オレは今日も答え合わせである。
オレの朝のルーティンが、フジテレビの「めざましテレビ」だ。この番組、芸能情報、特に韓国推しが目に余るし、ニュースもたいがいがろくでもない。
そんな中で唯一、いや、唯二か、輝きを放っているのが金曜日のお天気キャスター、谷尻萌と、アニメの「紙兎ロペ」である。
谷尻萌については、また改めて論ずる。今日言及したいのは「紙兎ロペ」だ。いや、別にロペはいいか。言いたいのは、ロペの後の占いだ。
どこの朝のテレビも似たり寄ったりだが、「めざましテレビ」でも毎日、星座占いが放送される。それを見てオレは、うおー、1位だ、くっそう12位だと暴れているのだが、TVerで「めざましテレビ」のダイジェストを配していることに気がついてからは、一日の終わりに「今日の運勢」を見ることを思いついてしまったのである。
面白いぞ、これは。
ビールに続けてジンのソーダ割りを飲んでいい気分になったところでTVerを立ち上げ、今朝の「めざましテレビ」の「今日の運勢」を見る。
そこには「対人関係に注意」とか「不注意で周囲に迷惑」とか「お金を落とします」とか、書いてある。それを振り返りながら、だはははは、ぜんっぜん当たってねえ、などと笑い飛ばすのだ。
まったく何の生産性もない時間の過ごし方である。これ以上の無駄な時間があろうか、というほど無意味なひとときだ。なかなか面白いぞ、これは。おすすめである。

などと笑い飛ばしながら、オレはキャッシュレス経済について考える。
毎度毎度、何様かと思うほど鼻を高くして自慢するように、オレはほとんど現金を使わない。完全にキャッシュレス生活だ。PayPayにSuica、ネット。完全なデジタル経済圏に暮らしている。
と言い続けてきたが、ごめんなさい、実はウソでした。
なぜなら通っている医療関係がことごとくキャッシュレス不対応であり、現金でしか払えないからである。
毎月定期検査に通っているクリニック、3ヵ月に一度の歯科検診の歯医者、半年に一度の眼科検診の眼科、体の痛みを取ってくれる整骨院。これらはそろいもそろってキャッシュオンリーなのだ。
しかも先月から今月にかけてはクリニックのグランドクロスで、これら4つのクリニックにまとめて通っている。
どれも地元のしょぼい町医者だから、レジには「千円札が不足しています」というお知らせが書いてあり、高額紙幣は出しにくい雰囲気だ。
そこで気の小さいオレなど、レジのおばちゃんに嫌な顔をされたくないし、ちょっとでも人のお役に立ちたいからと、ATMで現金を下ろした後にわざわざスーパーに行って現金で払って千円札を手に入れるというようなことをしている。
そこへきて4つのクリニックが重なるグランドクロスだから、そんな手間をたびたび重ねることになってしまう。
なんせスーパーで1万円で買い物をしてもお釣りには5千円札が入るから、1つのクリニックで千円札を2枚も出してしまったら、またスーパーで崩してこないと次のクリニックに行きづらくなってしまうのである。
こうしてオレは、もはや完全キャッシュレスだぜとふんぞりかえってるそばから、こそこそ1万円札を崩しに何度もスーパーに通うわけだ。ああ、かっこわるい。
医療機関でキャッシュレスが全然普及しないのは、手数料が高い、決済期間が長い、院内での優先度が低いというあたりが理由のようだ。客には高齢者が多いから、PayPayなんか入れたらかえって不興を買いそうだし。
そんなわけで、かかりつけのクリニックでのキャッシュレス化はまったく期待できず、これからもオレはせっせと1万円札を崩すことになりそうである。とほほ。


2024.03.06

卒業の3月と入学の4月


息子の大学卒業が決まった。お疲れさん、オレ、である。
だが息子は就職しない。大学院に進学する。お疲れさんしてる場合じゃないだろ、オレ、である。
大学院の入試は、実は大学の入試より難しかったらしく、結果が出てから初めてそれと聞かされた。楽勝だろと思っていたが、結果はまったく想定できなかったそうで、危うかった。なんの就職活動もしていなかったから、不合格だったら大急ぎで就職先を探さなければならなかった。
オレのコネも総動員だ。たいしたコネではないが、あそことあそこならけっこうなコネがあるのでなんとかなるだろう。でも、そんなことにならずにホッとした。

そんな具合に胸をなで下ろしていたら、息子が経済学科代表になったとの連絡が来た。代表、つまり経済学科トップの成績だったのである。
ついでに卒業論文が特選論文に選ばれた。
よく意味がわからないが、とりあえず仰天した。学科トップ? 何の罰ゲームだ?
ヨメと、いったいオレたちは何を育ててしまったんだと呆然とする。
実はもう一つ、仰天の報せがあるのだが、それはまだオフレコなので書けない。
息子の大学院は2年ではなくて、飛び級的な感じの1年だけだ。まだオレも稼がなくてはならない。

この息子を見ているとなんと親孝行なのだと思うし、ひるがえってオレはなんという親不孝だったのだと改めて愕然とする。
息子の祖父母4人のうち3人が既に鬼籍だ。1人残った母方のおばあちゃんは「私が皆さんの分までしっかり目に収めて、ちゃんと報告しなくては」という使命感から、大学の卒業式と大学院の入学式への参列を今から強烈に楽しみにしている。
オレの両親も、孫の姿に、オレの親不孝を少しは許してくれるのではないだろうか。


2024.03.05

花人


昨日の下請けいじめネタに続いてだけれど、公明党の議員が「下請けという名称が悪い。上下関係を想起させる」と言ったことを受けて岸田首相が「名称変更を検討する」と答えたことには脱力感しかなかったわ。
今やビジネスの現場では、下請けなんて言葉はまったく聞かれない。インタビューを重ねても、出てくるのはパートナー企業という言い方だ。
どんな企業もサプライチェーンに組み込まれている今、そこから仲間はずれにされたらどんな大企業も立ちゆかなくなってしまう。だから商流こそ上から下ではあっても、請負企業が「あんたの仕事は請けない」と言い出した途端、その企業はお手上げになってしまう。

「下請けの代わりなんていくらでもいる」なんていうのは昭和のことであって、今は「客の代わりなんていくらでもいる」のだ。そのことに無自覚な企業は取り残されてしまう。浮世離れした政治家の感覚なんて、そんな現実もわからないのだろう。
つまり下請けという名称を変えたところで何の意味もないし、そもそも下請けなんて言葉はもはや死語だし、パートナー企業と呼んでおきながらいじめている日産の体質に問題があるのであって、まあ、政治家なんてしょせんそんなものだという思いを強くしただけだった。

などということを考えながら、今日は千葉県のハズレの我孫子というところで、朝からたんさいぼのライブ活動。
我孫子は遠い。クルマで1時間半。行きたくねえ、受けるんじゃなかったなどと嘆きながら早朝からハンドルを握ったのに、現場に行ってみれば子どもたちやお母さんたちの歓迎ぶりが嬉しくて、やっぱり来てよかったねえなどと、鳥頭のぼけバンドはニコニコするのであった。

「生まれつきの花」似鳥鶏・河出書房新社。
ふらっと立ち寄ったブックオフの200円コーナーで見つけた単行本だ。へえ、似鳥鶏が書いているのか。知らなかった。似鳥鶏は大好きな作家なので、中身も見ずに迷わず購入する。いい買い物だった。
そして読み始めてすぐに、あれれれれと驚く。花人という特別な人類たちが暮らす現代日本が舞台なのだ。へえ、こういう仮想世界の物語かよ。あんまり似鳥鶏らしくないな。
そう思って読み始めたら、そこはさすがの似鳥鶏で、キャラの造形や物語の構造などがえらく面白くて、すぐに夢中になる。いやあ、面白かったなあ。
でも似鳥鶏には、いつも言うようだが、市立高校シリーズの続きを書いてほしいのだ。


2024.03.04

下請けいじめ


日産の下請法違反には、いまどきこんなことをやってたのかと呆れた。
グローバルでコンプライアンスが厳しく問われる中、サプライチェーンからはじき出されても文句が言えないくらい、悪質だ。もちろん隠蔽しようとしたのだろうが、隠しきれないと踏んで、ゲロったのだろう。
検査の不正隠しと同様、「どうせどこでもやっている」と思わせるところが、始末に悪い。自動車業界とはいったい何なんだ。

どうせどこでも、ということではオレも同じメに遭っていたことがある。
10数年前のことだが、飯※橋の某社が、外注先は請求額を一律3%カットせよと一方的に申しつけてきたのである。言い出しっぺは部長のカンジだった。
フリーランスのカメラマンやデザイナーは「ちっ、しょうがねえな」と不満顔をしつつも、仕事をもらう弱い立場から、渋々と3%値引きして請求書を出していた。だがオレは一切耳を貸さなかった。当たり前である。こちら側に何の落ち度もないのに、値引きをする道理などない。
どうなってんだとKおじさんにねじ込んだところ、おじさんは困った顔をするだけだった。使えねえな、おっさん。あんた、上には何も言えないのか。
みっちゃんなど、現場の若手は怒っていたぞ。そりゃそうだ、下請けにイヤミを言われるのは仕事をじかに発注する彼らだからだ。

取引の根幹に関わることだから、値引きを要請するならちゃんと文書で要請しろ、オレはその文書を持って公取に駆け込むから、と思っていた。
そもそも1点1葉の相対取引である。3%値引きされるなら、あらかじめ3%高く見積を提出するだけだ。いかにカンジ部長が間抜けかということがよくわかる。
つまり間抜けのカンジ部長が、オレはコストダウンに成功したぞという実績を挙げるための、点数稼ぎだったわけだ。バカだから考えることが浅く、すぐに見透かされる。

値引き要請がきて2、3ヵ月ほど無視していたら、あるとき、部長席に座ったカンジ部長が前を通ったオレを呼び止めて「3%引いていただいてますか」とにこやかに話しかけてきた。カンジ部長はバカだから、部下が大勢いる前での堂々の法令違反だった。
もちろんオレはニコリともせず、ウチは引きませんから、と言ってやった。バカのカンジ部長は大勢の部下の前でオレに恥をかかされたのに、何も言い返せず、黙り込んでしまった。
当たり前である。義はこちらにある。あんたの言うことは法令違反なのだ。
こちらは生きるか死ぬかでカネを稼いでいるのだ。コバンザメの点数稼ぎに走るアンタとは、腹のくくり方が違う。

もともとこのカンジ部長は、ちょっと気に入らない下請けには、受領書にハンコを押すのを忘れたふりをするなど、セコいイジメをすることで、オレたち業者の間では有名だった。バカに加えて性根が腐っていたのである。
だからオレも仕返しに意地悪をされるかもしれないと覚悟した。
そこで、カンジ部長が会社に隠れてアルバイトをして、私腹を肥やしていることをバラしてやろうと準備していた。カンジ部長は、時々、こっそりと他社から制作の仕事を請け負って、小銭を稼いでいたのである。そこはオレの知り合いの会社だったので、証拠なんぞ、たっぷりとある。頭のネジが緩いと、脇も緩いのだ。
むしろバラしてやりたいから攻めてこいとさえ思ったものだった。
だが、オレがバイトのことを知っていることに感づいていたのだろう、不利と読んだのか、カンジ部長はそれ以上何も言ってこなくなり、3%値引きもいつの間にかうやむやになってしまったのだった。

なんだか酒の席でおっさんが「その時オレは部長にがーんと言ってやったぜ」と部下に自慢しているようなことを書いてしまった。ちょいとみっともなかった。だがこれは事実である。
日産に比べてセコすぎるというか、しょぼすぎるというか、あまりに情けない下請けいじめだった。

常にない口汚さで罵ってしまったけれど、発注の元締めという優越的立場を笠に着て、おのれのセコい点数稼ぎのために、1万円を稼ぐにも全力かつ必死で汗をかいている個人事業者の財布に手を突っ込むような行為など、恥ずべき所業以外のなにものでもなく、決してお天道様が許しはしない。もちろんオレもこいつだけは決して許さないと怒り、あれ以来、ほとんど口を利いていないし、まともに目も合わせていない。目が腐るわ。「そうかそうか」などと余裕ぶっこいている場合ではなかったのである。


2024.03.03

起床は6時


テレビでは朝から晩まで大谷大谷大谷大谷である。去年のドジャース移籍騒動あたりから犬ころのネタを経て、そして結婚と、連日連日連日連日である。
朝のニュースを見ようと思ってテレビをつけたら、トップニュースが「オープン戦の結果でえす」だったりするから、うんざりだ。ほっとけよと思う。
陰謀論大好き左翼の皆さんが、裏金騒動隠しのために自民党が大谷の結婚を仕掛けたと告発するのも、わからなくもない。いや、1ミリもわからないわ。

などということを考えていたら眠れなくなってしまった。
そこで厚生労働省が発表した睡眠ガイド2023を思い出す。
これによれば成人は1日6時間以上は寝なくてはならないらしい。まあ、そりゃそうだろうな。
ところが65歳以上になると8時間以上寝るのはかえって健康に良くないらしい。そして実際に眠れるのは、65歳で6時間程度だそうだ。それ以上は寝ても意味がないということか。
オレは65歳を過ぎたあたりから睡眠のバランスが崩れてきて、どうにかすると4時間、5時間で目が覚めてしまって眠れなくなる。睡眠管理のアプリを使っているのだが、それを見ると平均で6.5時間といったところか。
たまに7時間半ほど眠れると実に気分がよくて。これぐらいがオレにとってのベストではないかと思えるのだが、厚労省のガイドに従えば寝すぎということになるのだろうか。

先日先輩方と昼間っから有楽町で飲んだとき、宮内さんも川田さんも「4時間ぐらいしか眠れないんだよ」と嘆いていた。「ああ、やだやだ、年は取りたくないねえ」と。
ところがそれを見ていた中山親分は「オレは毎日8時に寝て6時に起きる」と言ったものだから、みんな腰を抜かした。
お、親分、あんたまさか、毎日10時間睡眠だと…?
そりゃあ寝過ぎだ、親分。厚労省も寝過ぎは良くないと言っている。適切な睡眠を取らなければ。
もっともオレが子どもの頃を思い出しても、オレのじいさんはしょっちゅう寝ていたような記憶がある。夜だってとっとと寝ていた。
結局寝た方がいいのかよくないのか、よくわからなくて考えこんでしまって、また眠れなくなる。


2024.03.02

○×3


オレはインタビューがちょっと得意だ。自信がある。今週も、いつものようにインタビュー仕事だった。
火曜日には、女性の支社長から「話を引き出すの、めっちゃ上手いですね。営業の参考にさせてもらいます」と称賛された。
水曜日には、イームラ君から「さすがのインタビュースキルっすね」と褒められた。
木曜日には、若いデータサイエンティストから「緊張したけど、おかげで楽しく話すことができました」と感謝された。
こうも立て続けに持ち上げられると、てへっ、オレってやっぱ凄いのかも、と嬉しくなる。
だが、待て。オレは、上岡龍太郎の名言を思い出せと自分に言い聞かせる。
上岡龍太郎は「調子がいいと感じるのは下り坂だからだ。ふんぞり返っていると、転んでしまうぞ」と言った。うまくいかずに苦労しているときこそ、上り坂。うまく歩めているときほど気を緩めてはならないのだ。
調子に乗るな。

だが、我が軍は調子に乗ってしまったのだ。そして転んでしまったのだ。
今日のアルビレックス新潟はアウエーでガンバ大阪と闘った。開幕戦が気分のいい逆転劇だったもので、アルビレックスは調子に乗って散々ナメたことをしてくれた。
ガンバなら楽ちんさと言って、前節活躍した選手を控えに置いて、ナメたターンオーバーをした。
おかげで藤原がワンオペ育児状態でヘロヘロ。ベストとはほど遠いパフォーマンスだった。
アルビレックスの強みである二列目を消そうとして、ガンバが徹底的なプレスを仕掛けてスペースを消しているのに、何の対策もしなかった。
長谷川がとことん戦術にフィットしていないのに、ファンタジスタ枠で最後まで引っ張った。
前半がまれに見るグダグダだったのにハーフタイムに何の手も打たなかった。
それどころか75分過ぎまで選手交代をしなかった。
これはもう、ナメていたとしか言いようがないベンチの愚策。ボケナスぶりだ。
むしろこんなアルビレックス相手にPKの1点しか取れなかったガンバが大丈夫かと心配になる。

もっともガンバは去年の8月に勝って以来半年間、公式戦で勝っていない。
それに対してアルビレックスは、去年8月以来、公式戦で負けていない。
そりゃあナメたくなるのもわからないではないが、あまりに酷かった。呆れてしまった。
早くも今季ワーストゲームに決定である。
おかげで前節4位だったのに、今季は一気に11位に急降下。「てっぺんを目指す」という宣言が恥ずかしすぎる。今年も残留が一番の目標に決まってる。特に町田より下というのが屈辱ものだ。
とは言え、落ち着いて順位表を見直してみれば、1位と我が軍との差は、勝ち点でわずか1。なーんだ、次勝てば一気に上昇、てっぺんに近づくじゃん。
苦しい時こそ上り坂なのだ。


2024.03.01

春がきた


しゃべった言葉をテキストに変換してくれるICレコーダーと、Google Pixel8のテキスト変換機能を併用し、さらに最近では電子ノートも導入して、オレのDXは一気に加速だ。もはや紙なんぞ前世紀の遺物。アナログよ、去れ。こんにちは、デジタル。
とはしゃいでいたら、インタビューの最中に電子ノートに「もうすぐ電池切れ」というアラートが出て大慌て。まてまて、2週間はもつと書いてあったじゃないか。

それはともかく、Pixel8の変換機能は相当に凄い。他のテキスト変換機能つきICレコーダーがクラウド上のAIを利用する仕組みなのに対し、Pixel自体がAIを搭載しているためにリアルタイムでのテキスト変換ができるのだ。電話の音声もリアルタイムで文字にしてくれる。これはかなり素晴らしい機能だ。
ちょっと見て見てといって女子にPixelを見せて自慢すると、「すっごぉーい」と言われて、タンゴちゃんはご満悦。

などという具合にDXを絶賛推進中なのだが、DXを「デーエックス」と発音するのが、ご存知、リポビタンDXのコマーシャルに出ているケイン・コスギである。
外人なまりかよ。
いや、違うか。
インタビューをしていると時々、NTTを「エヌテーテー」、車のボディを「ボデー」と発音する人に会う。そう発音した後、ハッとした顔をしてあわてて「エヌティーティー」「ボディ」と言い直すのがお約束。
職場では「エヌテーテー」「ボデー」という発音が当たり前なので、ついそれが口に出てしまったということなのだろう。ティーやディーなどは日本人の耳に馴染まず、イーやシーなどと混同される恐れがあるから、あえて昭和のおっさんみたいな発音にしているのだろう。
ビジネスの現場とは深いものである。
だが、そうなるとケイン・コスギは謎である。なぜに彼は「リポビタンデーエックス」と自慢げに口走るのであろうか。オレも彼に習って、女子に向けて「デーエックスしてますよ、アタシは」と自慢した方がいいのだろうか。違う気がする。


2024.02.29

オレとしては札幌戦は4位だな


大谷の電撃結婚で、相手探しに大盛り上がりだ。
本命の石川佳純は当然として、吉田沙保里で最強日本人の誕生を期待する声が大きいのはさもありなん。ゆりあんレッドなんとかを推す声もあった。
なんにせよ、日本人最強の遺伝子が守られたことには一安心である。
おっぱいばかりがでかくて頭の空っぽなアメリカ女に略奪される心配は、これで去った。万が一そんなことになったら国難だった。

もっともオレたちアルビレックスのサポーターは、大谷と同じタイミングで発表された、長谷川巧の結婚で大盛り上がりである。
長谷川巧は重戦車だ。とんでもない馬力で、相手の左サイドを蹂躙し、ヘロヘロにさせる。浦和戦ではマッチアップした明本が途中から「いい加減にしろよ」とうんざりした顔になり、最後にはとうとう長谷川の動きについていけなくなったのが印象的だった。
そんな具合に散々相手を蹂躙して疲れさせたところに、スピードスターの松田を投入するのだから、相手チームからは「なんの嫌がらせだよ」と恨まれたものだった。

長谷川巧と言えば、去年のアウエー札幌戦である。退場によって1人少なくなった我が軍で、体を張って札幌を蹂躙し、チームを守ったのだった。あのゲームでの巧は熱かった。胸熱だった。
息子はこのゲームを、去年のベスト3の3位に入れている。
ベスト1と2はオレも同じで、ホーム福岡戦とアウエー川崎戦だ。そして3位について息子は札幌戦で、オレは最終戦のセレッソ戦だ。

その巧が大谷と同じ日に結婚を発表。これは本当に偶然だったのだが、これはネタになると判断したらしく、公式サイトに載せられた巧のコメントが大谷のまるパクリ。
「お相手は日本人女性で新潟出身です。明日の囲み取材で対応をさせていただきますので今後も両親族を含め無許可での取材等はお控えいただきますよう、よろしくお願い申し上げます。」には笑ったぜ。
長谷川巧は大谷さえ蹂躙しちゃうのだ。


2024.02.28

なでしこ


今日は朝から一日、汐留でインタビュー三昧である。
かつては国鉄の操車場跡地だったここも、今では高層ビルが林立するおされな湾岸エリアになった。
だがまったく活気やにぎわいが感じられず、ゴーストタウンのような空気感になっているのは、やっぱりまちづくりに失敗したのだろうなあ。
高速道路と鉄道の高架が複雑に入り混じり、地下街が広がる街は、やっぱり曇天気分が広がる。

インタビュー仕事を颯爽とこなし、予定より早めに終えたオレは、撮影仕事が残っている連中を尻目に、お先にと帰途に就く。そして思い出す。
今夜、なでしこ対北朝鮮戦が行われること。
勝った方がオリンピックに出られるガチもガチ、激ガチの試合であること。
アウエーでは引き分けたので、今日が本当の一発勝負であること。
北朝鮮が大量の応援団を動員し、ホームであるにもかかわらず日本にとって逆風であること。
そして、帰り道の大江戸線の沿線に国立競技場があるので、仕事が早く終わったのだから、途中下車すれば余裕でなでしこの応援ができることに。

まさに千載一遇。なでしことオレを、天が引き合わせてくれたに違いない。マッチングアプリかよ。
だがオレは、寒いもんねーと、あっさりスルー。家に帰ったのだった。
そしてテレビ中継を見ることなく、仕事をしたのだった。
メールの対応や原稿の修正など、こまごました仕事が山積で、それを片づけているだけで時間がすぎ、本来の原稿書きになかなか取りかかれないことにぐったりし、そしてオレは諦めてビールを飲むのだった。
スポーツニュースを見たら、なでしこが勝っていたので、まずは慶賀の至り。遠藤や宮澤がいなくてよくこの難敵に勝ったもんだ。
パリで輝け。なでしこたち。


2024.02.27

昔は電車の切符なんかも挟んでいた


しおりが苦手だ。しおりといっても、玉井ではない。ブックマークだ。読みかけの本に挟むあれだ。
苦手なのは、紐状のしおりである。本からだらーんとぶら下がっているあれだ。

本を読むときはだいたいの場合、帯やカバーを取り外して全裸にして読んでいる。
全裸で読むのではない。オレはちゃんと着ている。本を全裸にして読むということだ。
そして読んでいる途中にぶらぶらしていると気になって仕方ない。誤読しないでほしいのだが、ぶらぶらしているのは紐状のしおりのことだ。
鬱陶しいので引きちぎりたくなる。かといって本当に引きちぎるのは気が引けるから、扉の裏などに挟んでおく。それでヤツは隙を見てだらーん、ぶらぶらとしようとする。油断ならないのだ。

そこでオレは、最初から紐状しおりは、買ったときに挟まれてた位置にそのまま固定させておくことにしている。印刷所から出荷され、運ばれ、棚に積まれ、書店に置かれている間にページには紐の跡がつき、紐はしっかりとそこに収まるようになっている。まるで何ヵ月も入院して寝込んでいた患者のベッドのようだ。
そこに嵌まるように放置しておけば、少なくとも読んでいる途中にだらーんとすることはまずない。
問題はその挟まったページを読むときなのだが、そこでは細心の注意を払って紐を1行分だけずらし、該当部分を読んだら再び紐を元の位置に戻すようにしている。
パラノイアかよ。

もっとも文庫本の場合、新潮文庫以外は紐がないから、助かる。だいたいの場合は、出版社の宣伝チラシか、紙のしおりを挟んでおく。これは実にぶらぶらせず、快適だ。
特にスティーヴン・キングのようなバカ長くて膨大な数の登場人物が出てくるような小説の場合、登場人物一覧に紙のしおりを挟み、読みかけの位置にはチラシを挟んでおく。
読んだそばから中身を忘れていくニワトリ読書のオレにとって、これはなかなかいいやり方なのだ。
あれえ、これは犯人だっけ、刑事だっけ、どれどれ、あっ、なんだ被害者だったか、という具合である。
もっともそれでもなお、隣の家のおばさん? そんなやついたっけ? と思い出せないこともあるのだから、ニワトリ度もたいがいなのだが。

そんなふうに紙のしおりは大変重宝していて、時々本に挟まれていない場合は、手近にあるポストイットなどをしおりに代用している。要するに何でもよいのだ。
ただ、一つだけ気に入っているしおりがあって、気に入ってるからこそのあるあるなのだが、そいつがどこにあるか、さっぱり見つからないのには呆れてしまう。
そして本は全裸にして読むと書いたが、一冊だけ、常に持ち歩いている文章作法の本だけは、カバーを付けている。これは娘が去年の父の日にプレゼントしてくれたカバーだからだ。布製で、ギターのイラストがあしらわれた、なかなかしゃれたブックカバーなのだ。
それを着せた文章読本の本をカバンに入れて、隙間時間にちょこちょこと読み進めている。
娘には感謝なのだった。


2024.02.26

恐怖の帝王


フリーランスの我々にはおなじみの、支払調書という書類がある。
取引先が我々外注先に対して、1年間にどれだけギャラを支払ってくれたかを記した書類だ。書類って言ってもスマホぐらいの大きさのペライチである。
かつてはこの書類が取引先から届くのを待ち、全部揃ったところでまとめて綴じて、確定申告の書類に添えて税務署に提出していた。

当然のことながら書類の到着には早いところや遅いところがあり、ずぼらな会社はけっこうギリギリまで送ってこなくて、イライラしたものである。
一度など、あまりに遅いので「あのー、そろそろ送っていただけませんか」と電話でお願いしたところ「別に送る義務なんてないんですけどね」と経理のおばちゃんに逆ギレされたことがある。あくまで厚意で送っているのに、なんで早く遅れと言うのだ、この下請け無風情が、というわけである。
なお、この会社はその後あっけなく潰れてしまった。

この書類の数字が間違っているということが1年に必ず1社か2社あったものだ。
そのつど、請求書や入金の金額を全部計算し直し、取引先へ連絡して「あのー、恐れながら計算が違っているようでして。いえいえ、アタシはいいんですけどね、ほら、顧問の税理士がちと頭の固いヤツでしてね、ええ」なんて低姿勢で再発行をお願いしたものである。

そんな支払調書であるが、実はもうまったく使っていない。
もちろん各社から発行されて郵送されてくるのであるが、その到着を待つこともなく、確定申告の書類は提出してしまっている。請求書と入金額が一致していれば、問題ナシ。支払調書なんて見る必要がない、というわけだ。
もちろん税務署からも何のおとがめもない。
というわけで、支払調書という慣習はもうなくなっていいのではないか。
そもそも今の時代にペライチの書類を郵送するというのは、まったくもってどういうこっちゃである。少なくともPDFで十分だ。
こうしてDXは進んでいくのだ。

「アウトサイダー」(上・下)スティーヴン・キング・文春文庫。
500ページ近い文庫の上下巻、しかもそれぞれが1800円。信じられるか、文庫本なのに1800円もするんだぞ。
だからオレは怖じ気づいた。上下合わせて1000ページ、3600円もの文庫本を買って、途中で挫折したらどうするのだと。だから上巻だけ買って、おそるおそると読み始めたのも、決して責められることではないだろう。
そしておそるおそる読み始めて3行目。早くもオレはこの作品に夢中になり、キングの世界にどっぷりと入り込んでしまった。お、お、おもしれえ! さすがキング、最高じゃねえか。
とんでもなく凄惨な殺人事件が起きて、犯人が逮捕される。DNA検査に裏づけられた完全な証拠があったからだ。だがこの犯人には、完璧なアリバイがあった。こうして完全な証拠対完璧なアリバイの闘いが繰り広げられる。
その行き詰まる闘いが繰り広げられながら、どうもこの事件は普通じゃないという空気がじわじわと広がっていく。そのストーリーテリングの見事さって言ったら、キングでしか書けないものだ。
そしてオレはあわてて下巻を買いに走り、むさぼるように読み続ける。普通じゃない事件はやっぱり普通じゃなくて、結局真犯人はアッと驚くバケモノだった。ここまでくるといつものキング節。とんでもない大ぼらが広がっていく。
いなアホな。ばっかばっかしい。そう噴き出したくなるホラ話を、とことんリアティたっぷりに広げてみせるのがキングの真骨頂。
ああ、面白かった。文句なしに面白い本が読みたいと思ったら、オレはこれを勧めるよ。


2024.02.25

ヴァイスの抜けた岡山は好感度爆上げ


世間では国立競技場のヴェルディ対マリノスの話題が盛り上がっているが、オレは岡山対栃木を見る。
国立でそのカードをやるなら、例のでっかいJリーグ人形を膨らませるぐらいの演出でもしてくれたら盛り上がるのに、今のJリーグにそんなセンスはないわな。
なぜ岡山対栃木なのかというと、岡山には田上大地がいるからである。

田上は、去年までアルビレックス新潟の選手だった。実直で誠実。自身が母子家庭で育ち、新聞配達などをして家庭を支えた体験から、新潟県内のシングル家庭の支援活動などにも熱心だった。折り紙付きの素晴らしい人柄だった。
一方でサッカー選手としては二流。J2時代こそ左サイドバックとして活躍し、時にびっくりするようなロングフィードとフリーキック、「なぜそこに田上」という攻め上がりでスタジアムを沸かせてくれたものの、チームがJ1に昇格してからはJ1の強度にとてもついていけないことがはっきりし、田上のせいでゲームを落としたことも二度三度。
すぐに見切られて使われなくなり、カップ戦要員になってしまったのは仕方のないことだった。

真面目で一生懸命なのに、仕事ではなかなか成果を出せない。
そんな田上の姿に人は自分自身を重ね、あるいは知り合いの誰かを重ねる。田上人気は、そんなところにもあった。
だからアルビレックス新潟を契約満了、つまりクビになったとき、サポーターは人生の無常を思い、そして岡山で契約できたということにホッと胸をなで下ろしたのだった。
ありがとう田上。岡山で咲け。

今日の岡山の開幕戦は、だからそんな田上のリスタートの日でもあったのだ。
驚いたのは、センターバックでの起用だったこと。そしてキャプテンマークを巻いていたことだった。実直で誰からもリスペクトされる人間性だから、新しいチームでもすぐに信頼を集めたのだろう。いかにも田上らしい。
岡山のゴールキーパーは去年までFC横浜にいたブローダーセンだ。彼も横浜でよくわからない干され方をしていて、新天地を求めて岡山に移籍してきた。
田上とブローダーセンが笑いながらコミュニケーションを取っている様子に、なんだかオレはとっても胸を熱くしたのである。
試合は岡山の快勝だ。田上の得意技「なぜそこに田上」も披露され、気がつけばトップ下にいてシュートを狙ったりしていた。うーん、田上らしいぞ。

試合では94分に交代で投入された蛯ェ97分にゴールを決めて3-0。この蛯熕V潟にいた選手だ。歓喜する蛯ノ田上が抱きつくシーンに、オレは再び胸を熱くする。
よかったなあ田上。その不器用な笑顔が、日本で最も晴天の多い土地によく似合う。


2024.02.24

○3


サガン鳥栖に河原という選手がいる。見た目はヤカラで、プレースタイルも見た目まんまの荒さだ。嫌いな選手の一人であるが、しかし、なかなかタフでハードワークする、いい選手であることは間違いない。我が軍はいつもやられている。
一方のアルビレックス新潟には、今季、宮本英治という選手が加入した。
J2のいわき所属だった選手だ。いわきはフィジカル強化に定評のあるクラブで、ジャニーズ風のルックスもあって一見優男の宮本も、実は脱いだら凄いことになりそうである。そう期待して見ていたらとんでもなかった。とんでもない逸材だった。

開幕戦にして宮本にとってはJ1デビュー戦となった今日の鳥栖戦、終わってみれば走行距離こそ河原に400m負けたものの、それ以外は完全に勝っていた。特に相手陣内のパス成功率が92.6%というの驚異の数字。バグっているんじゃないだろうかと思われるほどだ。
アルビレックスは、去年までチームの要だった高が東京に移籍し、その穴が心配された。やってきたのが宮本。とはいえJ2上がりだ。果たしてどこまでやれるだろうか。
そんな厳しい目でオレたちサポーターはプレーを観たわけだが、すぐにこいつはとんでもないということに気がついた。ボールを刈る。相手の攻撃を切る。こちらの攻撃の起点になる。守備に攻撃に走り回って、どこにでも顔を出す。ガチムキのフィジカルにジャニ顔を載せて、しかも自分のベストゲームはと問われてポケモンを答える天然ぶり。
逸材である。まさに逸材。
よくこんな逸材を獲ってきたものだ。聞けばJ1他チームと争奪戦の末、獲得に成功したというから、我が軍の強化部もなかなかのよい仕事っぷりである。

気になるところと言えば、年齢だ。高と同じ25歳と、決して若くない。これからのサッカー人生後半を駆け上って行くには、1年で海外という選択は十分に考えられ、少なくとも国内ビッグクラブが狙うのも間違いない。すぐにいなくなる可能性は十分にある。
だが選手を育てて売って飢えをしのいでいくのは、地方弱小クラブの生きる道。「アルビへ行けば海外に行けるらしい」という話が広まることを思えば、むしろ宮本には1年間全力で走ってもらい、伊藤涼太郎や三戸俊介のように海外へ移籍してがっぽり移籍金を残してもらいたいものだ。

もう一つ、今日の試合で目を見張ったのが、小見洋太の成長ぶりである。アップになったその体は明らかに去年よりスケールアップしている。相当フィジカルを鍛えたのだろう。さらにプレーもびっくり。コーナーキックを任されたのだが、そのボールの質のよいことには目をむいた。シュートもきちんと枠に飛んでおり、今年の小見は一気に跳ねそうな気がする。
そして今日のMOMは、間違いなく谷口だ。0-1で、後半は気持ちを入れ替えなければと誰もが思っていた前半のロスタイム、ペナ外のとんでもないところからとんでもない軌道のミドルをドスンと決めてみせたのである。名手・朴一圭が完全にノーチャンスの、とんでもないシュートだった。これでチームは息を吹き返し、後半、怒濤の逆転劇になだれ込む。マジで谷口のこのシュートは今年1年のチームを救った。文字通りのスーパーゴールである。
ペナ外ではスーパーで、ペナ内はしょぼい、いかにもパルプンテ谷口らしいシュートである。 これで大事な開幕戦に我が軍は2-1の逆転勝ち。最高の出だしとなった。そして、実は昨年末から10試合連続で負けナシでもある。最高ではないか。

よし、マンスリーのベストゴールは谷口で決まりだ。そう思って、続く町田-ガンバ戦を見たら、なんと宇佐美が遠藤保仁が乗り移ったかのようなとんでもないフリーキックを決めてしまったのでちょっと怪しくなってしまった。
そしてこのゲームが、まあ、いろいろと酷くてうんざり、びっくり。
元ガンバのキーパー・谷がいつの間にかすっかり町田の芸風に染まってしまい、露骨な遅延を繰り返したのには笑った。そして試合後の谷がそのことを元同僚のガンバの選手たちに謝罪したというのには、もっと笑った。
さらに笑ったのが、ガンバサポたちの悲鳴である。Twitterでは「延々2時間もバス待ち」「スープとおにぎりを配給してくれ」 と試合後の混乱ぶりを嘆くガンバサポの声があふれ、いやいや、それ以前に試合前の例の、町田のスタジアムまでの山登りの実況中継も流れ、それがまるで遭難寸前だったから大笑い。
待機列やバス待ちの混乱に町田の運営が「ひー、これがJ1か」とおろおろするばかりでまったく対応できず、見かねたガンバのサポがボランティアで列整理を買って出たという心温まるエピソードには腹を抱えて笑ってしまった。
全Jリーグサポを敵に回した町田。どのゲームになってもスタジアムは敵チームのサポで覆われるというとんでもないシーズンが始まった。どのゲームも、すべてのJリーグサポが町田の対戦相手を応援するのであった。


2024.02.23

今年はてっぺんを目指す


サッカーが帰ってきた。
いいねえ、しびれるねえ、このフレーズ。もう一回書いてみよう。
サッカーが帰ってきた。
そうである。Jリーグが今日、開幕なのである。今日から10ヵ月、またあの騒々しくて、鬱陶しくて、邪魔くさい日々が始まるのである。吠えて、叫んで、罵倒し、狂喜し、卒倒し、呪詛を吐き、他人を見下し、嘲笑し、蹴飛ばす毎日が続くのである。世間様、ごめんなさい。
開幕戦は広島対浦和だ。うわ、地味っ。

地味だが他のカードはないので、仕方なく見る。後半だけな。
浦和、ひどいねえ。めちゃくちゃだねえ。新しい外人監督を連れてきたが、どうやら大ハズレ。地雷じゃないか。
FC東京から獲得した渡邉凌磨を、なんと左サイドバック起用したのには腰を抜かした。ずっと念願だった浦和移籍をやっとかなえて、意気揚々と乗り込んできた渡邉も「お前、サイドバックな」と言われていきなりずっこけただろう。
想定外のコンバートによって「あいつはワシが育てた」といばりたがる老害は多い。渡邉も気の毒である。
この地雷監督は、噂ではキャンプ中、守備の練習は一切しなかったらしい。
なるほど、選手の距離感は悪いわ、連携はないわ、サイドチェンジは一際しないわ、とにかく何の決まり事もなく「やれ」とだけ命令するサッカーのようだ。
このままでは浦和は間違いなく降格する。もちろんそんな事態はガマンできないから、早々にお猿さんたちが大暴れして、解任になるに違いない。そうなる前にアルビレックスとしては対戦しておきたいところだが。

こんな具合に、うまくいっていないチームを見つけては叩くという楽しみが、今年も始まった。
サッカーが帰ってきた。
いいねえ。


2024.02.22

バブル


36年近くもフリーランスとして働いているので、当然のことながら勤務時間という概念がオレにはない。出勤とか退勤とかいう概念もない。仕事があればやるし、ないときは休むだけだ。
日曜に仕事をして月曜が休みというパターンも多い。月曜日の午前は多くの会社がミーティングとか会議とか吊るし上げとかが行われ、外注のライターなんかにうろちょろされたら困るので、呼ばれないのである。
そんな調子で一週間を過ごしているから、あんまり一週間の波というものを感じない。
それでも子供が小さいときは、学校の休みに合わせて一週間の波動のようなものがあったけれど、成人した今は子供も好き勝手に出かけたり昼まで寝たりしているので、一週間のリズムというものが感じられなくなった。
結局、あれ、今日って何曜日だっけ、という問いを一日に何度も発することになる。
今週は特にそんな状態だ。先週の土曜日にインタビュー仕事があり、今週は金曜が天皇誕生日だから、明らかに曜日の感覚がずれてしまっている。
それで何が困ったのかというと何も困っていないのだが。

などということを考えながらフリーとして独立した頃を思い出していたら、なんと日経平均株価が史上最高値を更新したというので仰天した。
フリーになった頃に頂点を極めたのがバブルで、それから30年かけてずんずん落ちて一時は7000円台。それがここ10年ほどで反転傾向となり、企業収益が最高を記録し、新NISAが呼び水となり、ウォーレン・バフェットが総合商社株を爆買いしたことが決め手となって一気に最高値へと駆け上ってしまった。
だが、いうまでもなくその実感は下々のオレたちにはなく、好景気というシャワーが降りそそいでくるのはこれからになるのだろうか。

先日、大和証券で30年間営業一筋に走り回り、定年を前に早期退職して、今は趣味でまったく別の仕事をしているという人に会った。そのじいさんによれば「絶対に暴落する。今はバブル崩壊前の空気と非常によく似ている。ITバブル崩壊前と同じ雰囲気だ。二度のバブル崩壊を真っ只中で体験したオレが言うのだから間違いない」とのことであった。
説得力がある。なるほど、確かに、こんなのきっと長続きしないという声もちらほら聞く。
だが先日、自動車の春闘で会社が一発満額回答。賃金が全従業員で2万円上がることになったと聞いて驚いた。
これはもしかして本物かも。インフレによって、いよいよカネが天下に回り始めたのかもしれない。 下々のオレのところまで降ってくるのは当分先だろうが、それでも降ってくれたらこんなにありがたいことはない。
日経新聞を隅から隅まで読んでみれば、楽観的で前向きな論調ばかりで、うむ、ついに日本が立ち上がったのかもしれないぞという気分になる。


2024.02.21

肉とタマゴと魚


日本人の蛋白質摂取量がどんどん減ってきて、今や終戦直後並みというのはけっこう衝撃的な事実ではなかろうか。
株価最高と喜んでいるこの時代に、実は戦後のギブミーチョコレート時代と同様の蛋白質しか摂れていないのである。
これは没落日本の格差社会が理由ではない。過度なダイエットブームが理由なのだそうだ。
蛋白質は、炭水化物・脂質と並ぶ三大栄養素である。必須だ。
実は、蛋白質の摂取が多い人は、少ない人に比べて死亡率が3割も下がるというデータもある。つまり蛋白質をちゃんと摂っていると長生きし、足りないと早死にするのである。これはガンにかかるとなおのこと顕著で、ガンから生き延びたいならしっかり蛋白質を摂ることだ。
昔から、年を取ったら肉を食えと言われていた。高齢者ほど蛋白質を摂取しなくてはならないのは、道理である。作家の筒井康隆も80になってもステーキばっかり食っているとえばっていた。
それなのに年を取るとつい面倒になって、お茶漬けにお新香で十分よ、なんて食生活になってしまう。これでは長生きはできない。
三度三度、ちゃんと蛋白質を摂ろうではないか。


2024.02.20

ビルヂングの歴史


今日は大手町の大手町ビルヂングで、なかなかハードなインタビューを立て続けに6本もこなした。
オレはよく働く。そして、働いても働いても暮らしぶりはちっともよくならず、確定申告の話題で盛り上がったカメラマンとも、最後はどうしてこんなに生活が苦しいのだという話題に落ち着く。

大手町ビルヂングは、名称からもわかるように「丸の内の大家さん」三菱地所のビルである。
このあたりにあ三菱地所のビルに「ビルヂング」と付けられているのは、大正期に「一丁倫敦」と呼ばれるオフィス街を三菱地所が手がけた当時、日本式表記のローマ字が一般的で、「di」は「ヂ」と表すことになっていたためだ。
最初のビルヂングは地上8階建て。当時の感覚からすれば見上げるようなタワーマンションだったに違いない。
当時の案内には「靴か草履で入れ」「唱歌を歌うな」「男は男子のトイレを使え」などと書かれてある。家には靴を脱いで上がるから、ビルヂングでも同じように靴を脱がなければならないと思った日本人が多かったのだろう。
なかなか興味深い。

今日靴を履いたまま足を踏み入れた大手町ビルヂングであるが、実はここは、オレが社会人として駆け出しのころに担当したクライアントのオフィスが入っていた。
新米コピーライターのオレは、先輩が鉛筆で書いた原稿のコピーを持って、よくこのクライアントまで届けたものである。当時はファクスすらなく、人間ファクスが新人の仕事だったのだ。
40数年前の社会人デビューしたてのオレは、コピーを持って大手町ビルヂングに足を踏み入れるたび、なんと古いビルなんだろうと呆れたものだった。
そして40数年後の今もそのビルが健在であることに驚き、まさか60代後半になっても自分が同じビルを訪ねることになろうとは、当時のオレは夢にも思わなかったと感慨に耽るのであった。
そんな具合にとてつもなく古いビルではあるのだが、今はそのレトロぶりが逆に人気のようで、金融やITなどがテナントとして入居し、古びた外観とは裏腹に室内は最先端のしゃれた内装の空間が訪れた人を楽しませるのだった。

大手町からの帰り、オレは息子に連絡して本郷三丁目の居酒屋「加賀屋」で飲むことにした。
「加賀屋」はとてもいい居酒屋である。日本の居酒屋はかくあるべしという佇まいだ。今、こういう居酒屋は本当に少なくなった。残念なことである。
本郷三丁目の駅前で息子と待ち合わせたオレは「加賀屋」に入り、ビールと刺身などを食う。
一昨日まで韓国でソウル大学の学生たちと学術交流をしてきた息子に、ソウルの様子などを聞く。
学生たちの会話は英語。日韓のわだかまりなど何もない若い世代がホンネで交流するのはとてもいいことだ。反日は古い世代の話。この世代にとっては過去のことですらなく、もはや歴史上の出来事のようだ。
「韓国では統一国家なんてとんでもないって思ってるぜ」と息子。わはは、そりゃそうだ、世界の誰もがそんな面倒くさい国家は勘弁してくれと思ってるわと笑いながら、オレはビールをハイボールに切り替えたのだった。


2024.02.19

速攻たんごちゃん


自慢げに聞こえるかもしれないが、オレは仕事が速い。とんでもなく速い。
今日もリモートインタビューを30分ほど行ったのだが、1時間後にはきっちりと原稿にまとめた。
速すぎるほど速い仕事ぶりである。
だが、これだけ速いと逆に不興を買う。
「やっつけじゃないか」と。
いや、断じてやっつけではない。そもそも仕事が速いのには理由があって、一つのことをずっと覚えておけない軟弱記憶力のために、すぐに書かないと内容を忘れしまうのだ。次から次へと。右から左へと。
少しでも間が空くと、一昨日の内容が昨日の出来事に上書きされてしまい、昨日のことですら今日の午前に聞いたことで上書きされてしまう。
まさに鳥の頭だ。
だからやむにやまれず速効で書いているのに、人はそれを「やっつけじゃないか」というのである。悪魔の言い草ではないか。人の心を持ち合わせていないのかと、逆ギレもしたくなる。
そこでオレは無用の邪推を避けるために、書き終えた原稿をあえて納品せず、1日、2日、寝かせておくことがよくある。
今日の原稿については、間に立つ代理店の女性に、客に見せるのは後にしてね、とお願いしてメールで送ってしまった。代理店サイドは諸々の作業を手配しなければならないので、少しでも速い方が助かるのである。
こういう配慮ができるのも、オレが人格者だからであろう。少し鼻高々である。


2024.02.18

キャロル前座事件


驚くべきことに本日の集まりでは、オレが最年少である。
集まったのは学生時代の仲間たちだ。というか先輩たち。
お姉様方は相変わらずお美しく、集まった途端に移動を始めるから後を付いていこうとしたら、付いてくるなと言われてしまった。
女は女、男は男ということらしい。面倒なことである。
そこでオレは男チームに混じる。そして当然のことながら飲み屋を探す。オレたちの目的は昼飲みだ。お姉様方が「しっしっ」と追い払ったのも当然と言えば当然か。
聞いたところでは12時〜14時までイタリアンでランチをし、その後予約してあるカラオケボックスで17時までしゃべりまくるのだそうである。歌うのではない。しゃべるのだ。
数人のお姉様方が集まって一年ぶりにしゃべりまくろうというのだから、そのへんの喫茶店ではほとんど公害。カラオケボックスなら心置きなくしゃべり尽くせるという魂胆だ。
オレには1ミリも理解できないが。

もっともお姉様方にしてみれば昼の12時から居酒屋で飲んだくれる方が理解できないのかもしれない。男と女の間には深くて暗い川があるのである。
さて、ここは有楽町。昼から開けている居酒屋なんていくらでもある。飲んだくれの、ろくでなしの街なのだ。
オレたちは駅前の交通会館に移動し、地下の居酒屋に入る。
石川の地酒が飲めると書いてあるから、いいではないか。
ここでオレたち4人は乾杯する。途中でイズハラも合流したので泥酔者は5人になる。

オレが最年少であることに続いて驚いたのは、なんとこのうちの2人が70歳になったということだ。しかも今日。しかも2人同じ誕生日。
70歳なんていったら、あれだろ、ナントカに片足突っ込んでいるようなものだろ。ところがどっこい、この70歳は元気すぎるのだ。元気すぎて、毎日何してるんですかと聞いても「うろうろしてる」としか答えないのである。徘徊しているようだ。
それにしてもオレが大学1年の時に出会った4年生だから、もう50年以上もの付き合いになるのである。うんざりする。

そして今日最も驚いたのはこれだ、キャロル前座事件だ。
簡単に記すとこうなる。
学園祭のコンサートにキャロルとチューリップがやってきた。その手伝いにかり出された先輩方は、自分たちにも何かやらせてほしいと主催者にねじ込んだところ、何の気まぐれか、主催者はあっさりOKを出してくれた。
そこで先輩方はベースやらギターやらを抱えてキャロルとチューリップの登場を待つファンの前のステージに上がり、「裸足で野道を歩いたら」「アリさんとお散歩」などの創作童謡を歌ったというのである。
キャ、キャロルの前座に創作童謡!
オレは腹を抱えて笑ったわ。飲んでいたビールを吹き出したわ。
先輩の一人はまったく記憶に残っていないというから、きっと消し去りたい黒記憶だったのだろう。
そりゃそうだ。キャロルを待ち構えていた当時のツッパリたちから、ブーイングの雨嵐だったに違いないからな。

50年たって初めて知った前座事件に大笑いしたオレたちは15時に有楽町で解散し、泥酔状態で家に帰ったのである。
ツマミだけでろくなものを食べていなかったオレは腹が減ったので、西武線を途中下車し、以前から目を付けていた立ち食いソバ屋に突撃したのだが、日曜なので休みだった。
そのまま引き返して再び電車に乗るのも面倒だというので、オレは2駅ほどを歩いて家に帰る。早春の温い街の空気が心地よい。
セブン―イレブンでソバを買って、17時近くに遅い昼飯だ。
その後オレは机に向かって、原稿仕事をする。泥酔していてもちゃんと働く、偉いお父さんなのだ。 うろうろなんかしないで、働くのだ。


2024.02.17

駅前砂漠化


駅前が閉店ラッシュということは以前書いたが、さらに拍車がかかってきた。松屋、すし松、松のやの松屋フーズがすべて撤退。星乃珈琲閉店。サンメリー閉店。はなの舞はとっくに閉店で、和民も閉店、銀次も間もなく閉店。
昼のランチ事情はひどいらしく、日高屋や福しんに行列ができる始末のようだ。
夜ともなると駅前は暗くて寂しい。どこの場末の駅前か、という風情である。
飲みに行くところも、メシを食うところもない。
我が家の週末はだいたい外食なのだが、行く店がどんどんなくなり、今ではインドカレー屋一択。
今日なんて仕方なくチェーンのラーメン屋でビールにチューハイだ。情けない。
どうしてこんな情けない街になってしまったのだ。
はい、それは駅前の再開発が始まったからです。
今後数年間はこんな状態が続く。再開発が終わった頃には、オレはよぼよぼかも。


2024.02.16

TOKYOレッドブルズ


レッドブル騒動の続きである。

大宮がレッドブルに買われて、大宮レッドブルズの誕生だと昨日書いた。
だが冷静になって考えてみる。
いくらNTTにやる気がなくて手放したくて仕方ないとしても、J3に降格してお値段も暴落としても、果たして大宮なんかのしょぼいチームを世界的企業が欲しがるものだろうか。
大宮レッドブルズなんて呼ばれて、喜ぶだろうか。
どうもそうは思えない。どうせ買うなら大宮なんていう片田舎じゃなくて、花の大東京、それも都心だろう。
ということで見えてきたのは、大宮を買って即座に東京にホームを移転するという計画である。それも都心だ。つまり港区。
要するにレッドブルは、港区・千代田区・中央区の都心三区をホームタウンとするチームをつくる気なのだ。

となると、俄然浮上するのがホームスタジアムである。あるではないか、都心に。最高の適地が。築地市場の跡地だ。
アクセス抜群のあの地にサッカー専用スタジアムを建ててホームとすれば、大宮レッドブルズが一気にTOKYOレッドブルズという最高のチームに変身する。これならグローバル企業のチームにふさわしい。
いや、待て。築地市場の跡地は、読売がドーム球場の建設を企んでいるという話がある。今の東京ドームが老朽化したので、それに代わる新拠点だ。これが現実になると、レッドブルズのホームは東京ドーム跡地になる。つまり都心三区に文京区が加わるわけだ。
なるほどなあ、いろんなことがからみ合ってきたなあ。
もちろんこれはあくまでオレの妄想であって、最終的には大宮レッドブルズに落ち着き、そしてぶち切れたレッズとチームカラーをかけたダービーが埼玉スタジアムで行われるという展開もあり得る。
それはそれで楽しそうだ。

などということを考えながら、今日は大阪まで日帰り。行ったのは高槻という田舎だったので、京都で下車して在来線だ。
今日は相変わらず外人だらけである。外人が京都観光にやってきて、外人しかいないのでうんざりした、というのはよくわかる。だからといって福井へ行って永平寺と恐竜博物館を見るのもどうかと思うが。

「じい散歩」藤野千夜・双葉社。
長男は50代半ばの今まで一度も働いたことがなくて、ずっと引きこもり。次男はゲイとなって男と暮らしている。そして三男は怪しい事業を興しては失敗して借金に追われ、親戚にまで金策に走る始末。主人公のじいさんは、こんな息子たちを支えてきた。息子が3人もいて、全員いまだに親のすねをかじっているのである。そんなところへきて、ついに92歳の妻が認知症になり、寝たきりになってしまった。
そんな状況でありながらも主人公のじいさんは現実を抵抗なく受け入れ、いろいろと怒鳴り散らしながらも平穏に暮らしていくのである。この背伸びをせず、何ごともあるがままに受け入れて生きる姿には共感する。
前作が想定外に面白かったので、次作は文庫になるのが待てず、単行本で買ってしまった。そして案に違わず、たいへんに面白かった。
寝たきりだった妻は、6年間の介護の果てについに逝ってしまった。その瞬間を看取ったじいさんは、背筋を伸ばして「安らかに!」と一礼するのであった。


2024.02.15

これにはたまげた!


レッドブルがJリーグ参入である。
これはネタではない。ガチもガチ、まじガチの話である。

レッドブルとは、あの「翼をさずけーるー」のCMでおなじみのエナジードリンクを作っている会社だ。もともとサッカーではドイツのライプティヒを持っているのがレッドブル。サッカーには実に近い。
そのレッドブルがJリーグにも関心を示し、数年前からいくつかのチームに「売って」と話を持ちかけていたそうだ。
それがここへきて現実的な話となったとのこと。
ははあ、そういう話に乗りそうなクラブといったら、親会社にやる気がなくて、低迷しているところだ。となると、大宮か仙台だろうな。
そういう話を今朝、息子としたら、ビンゴ。大宮との交渉が進んでいて、かなり具体的な話になっているそうだ。

来週にもJリーグが開幕するというタイミングでこういう情報がリークされたということは、来シーズンからの参入を見越して、Jリーグサポーターやメディアなどの反応を探っているに違いない。反感を買うのか、歓迎されるのか。
サポーターの反応を見て見ると、まだ戸惑いの方が大きいが、特に目立った反対はないようだ。
肝心の大宮サポーターの反応はというと、意外なことに熱烈歓迎である。J3に降格したのはやる気もないし、カネも出さないNTTのせいだと思っているし、NTTからの天下りと出向で占められている上層部はとにかく批判が多いから、NTTが出て行くならレッドブルだろうがどこでも大歓迎という空気だ。
それは確かにわからないでもないな。

だが、レッドブルはえげつないぞ。チームのアイデンティティをガラッと変えてしまうぞ。
従来のカラーをぜんぶ拭い去り、チームカラーやロゴはもちろんのこと、マスコットなども変えてしまうだろうし、ひよっとしたらホームも変えてしまうかもしれない。チーム名だって怪しいものだ。アルディージャ大宮がレッドブル大宮になる可能性が大である。
「Jリーグではチーム名にスポンサーをつけるのは禁止されている」という指摘もあろう。確かにそれはそうだ。
だが思い出してほしい。昨年、瞬間風速的にだが、チームに企業名をつけてもいいではないかという意見が流れて、ちょっとした論争になったことがあった。今思えばあれは、今回のことを見越した観測気球だったのだろう。
レッドブルは巨大企業である。莫大なカネを出して、強引にルールをねじ曲げ、スポンサー名入りのチーム名を実現してしまうかもしれない。
考えてみれば、Jリーグ上層部はスタート当初の立派な100年構想はどこへやら、「首都圏にビッグクラブを」と言い出したではないか。あれもレッドブルを念頭に置いてのことだったのだろう。

こうして徐々に地は踏み固められ、レッドブルの大宮買収話はかなり確度の高いプロジェクトになったわけだ。
ここまで来ると本決まりのような気がする。なにしろ当事者のNTTにまったくやる気がないから、高く売れるならこれ幸いとあっさり売り払ってしまうのは、火を見るより明らかだ。
すると再来年にはJ3に大宮レッドブルが誕生する。もしかしたらバブル的にJ2昇格も果たしているかもしれない。
そこで出てくるのが、ご存知、浦和レッズだ。
なにしろレッドブルは真っ赤である。チームカラーが赤になり、浦和とモロ被りするのは目に見えている。実際、既に今から浦和サポはお猿さんのように真っ赤な顔をして怒っている。レッドブル不買運動でも始めそうな勢いだ。
これは今後のレッドブル対浦和の闘いが見物である。


2024.02.14

バレンタイン


いつも冬の間中悩まされ続けるかかとのひび割れが、今年はまったくと言っていいほどなかった。
例年はかかとを中心に何枚も大型のバンドエイドを貼っていた。そうしないと、とても痛くて歩けなかったのである。風呂上がりにオレの足にバンドエイドを何枚も貼るのが、ヨメの日課だった。ヨメには感謝である。
ところがこの冬は、まったくと言っていいほどバンドエイドを貼っていない。トータルで5枚にもならないだろう。
理由ははっきりしている。かかりつけのクリニックからもらってきた特製軟膏のおかげだ。
今までも院長のナカムラから「これを塗っとけ」と渡されていたが、ほとんど使っていなかった。
面倒だったからである。それが今年は使ってみる気になり、風呂上がりにたっぷりと両足に刷り込んでみたところ、見事、まったくひび割れが発生しなかったのである。
ナカムラはヤブに見えるがヤブではない。プライマリーケアのなんたるかがよくわかっている。

この特製軟膏がなぜ特製なのかというと、それは手作りだからである。
先日、クリニックに行ったら、診察室の片隅でナースが大きなタッパーで何かをこねていた。白くてとろーりとしている。
美味そうだなと声をかけたら「おいしそうでしょ、クリームみたいで、うふふ」とナースが身をくねらせる。お前のことが美味しそうだと言ったのではないのだが。
このクリニックには熟・中・若という3人のナースがいる。クリームをこねていたのは、熟と中のナースで。「うふふ」と笑ったのは塾である。
そうである。この特製軟膏は、保湿剤など3種類の軟膏を混ぜあわせ、ナースが内職よろしくこね回し、ケースに詰め、窓口で患者に売っているのである。製薬業でもないのに、これはOKなのだろうか。単に既製の薬品を3種類渡しているのと変わらないから、よいのだろうか。どうもこのあたりはよくわからない。
その軟膏、よく効くよ、と言うと、今度は中のナースが「あら、タンゴさん、使ってくれてるの、嬉しいわ」とまたも身をくねらす。若は巻き込まれたくないのか、姿が見えない。
「よく効くのは、アタシたちの愛が詰まっているからよ」と熟。「ふふふ、そうよ、愛よ」と中。
「さあ、誰の愛でしょ、うふふ」と熟。「誰のでしょう、うふふ」と中。
塾と中に責められて、オレはフリーズする。なんて答えれば、この窮地を脱することができるのだ。 平和なクリニックだ。
今日はバレンタインだからこのナースたちからチョコでももらったら話としてはなかなかのオチなのだが、チョコをくれたのはヨメと娘であった。お父さんは幸せである。


2024.02.13

亡国から国防へ


北海道のニセコでは、ラーメン一杯が3500円もするということで話題になった。決してスペシャルなラーメンではなく、ごく普通のラーメンが、である。
なぜそんなことになったかというと、言うまでもなくインバウンドだ。
もはやあのエリアは訪日外国人を前提とした経済圏となっており、当然のことながらとても日本人には暮らせないわけで、結果的にニセコは外国人に乗っ取られてしまった。

京都もひどいことになっている。
中国人が大挙して訪れ、大声でしゃべるわ、ゴミを捨てるわ、食い散らかすわ、舞子さん体験パックで着物を着た中国女が見た目だけ舞子で立ち振る舞いは中国人そのものではしゃぎまくるわ。
それにうんざりした欧米人が「北京と変わらんじゃねえか」とうんざりして、早々に旅程を切り上げていってしまうらしい。
もちろん京都はもはや中国人の落とすカネを頼りにしているので、中国人に出て行けなどとても言えない。

いま注目の埼玉の川口市に住んでるカメラマンに話を聞いたら、「あいつら、マジでやばい」とのことであった。あいつらとはクルド人である。
大量のクルド人が住み着いて地元住民と軋轢を起こしていることは既によく知られているが、このカメラマンもそんな不穏さを日常的に感じていて「とにかく運転が荒くて、危なくてしょうがない」とのことである。
暴力事件も日常茶飯事。女の子のいる家庭なんて、とても安穏としてはいられないだろう。
クルド人は4、5人は平気で産むから、20年後には日本人を超える人数のクルド人が川口市に住み着くことになると予想されている。これも乗っ取りだ。

こんな具合に日本各地で合法的な乗っ取りが静かに進行中で、早々に手を打たねばならない。
メガソーラーなんかで中国人に設けさせている場合ではないのである。こら、小池百合子、何してくれとんねん。
小池百合子と言えば、いまささやかれている仰天の噂が、柿沢未途がずっこけてしまった江東区の補欠選に出馬するという説である。小池百合子なら当たり前のように当選するだろう。そして、その勢いで秋の総裁選に乗り込んで、総理の座を狙うというシナリオだ。
田中真紀子と二階のじじいがそれを裏で操って、自民党に一泡吹かせる。
総裁選は高市早苗と上川陽子の一騎打ちの相を呈していて(ホントかなあ)、そこに百合子が割って入るという構図だ。ついでに小渕優子もアップを始めている。
高市先生万歳派のオレとしては、ここはなんとか高市早苗に天下を取ってもらいたい。
中国人やクルド人を追い出せるのは、高市先生ぐらいしかいないからだ。がんばれ、高市先生。


2024.02.12

みつを的


年を取ったら「自慢話」と「昔話」と「説教」はしちゃいかん。そう言ったのは確か高田純次だ。
なるほど。その通りだ。
安い居酒屋で若者たちを前にして酔っ払ったおっさんが「そこでオレはガツンと言ってやったわけよ! 部長に!」などと威張っている様子は実に見苦しい。他山の石とせねば。
などと思いながら振り返ってみれば、この日記なんてまさに自慢話と昔話のオンパレードではないか。説教臭こそないとは思うが、いやいや、それだってわからんぞ。自慢話と昔話と説教がてんこもりではないか。
とはいえ、これはそもそも人に見せるために書いているのではなく、あくまで日記である。文章書きを生業とするオレが、誰にもいちゃもんをつけられずに好き勝手に文章をつづりたいと思って書いているのだから、自慢しようが説教しようが、勝手なのだ。
ブログとかにしていないだけ、まだ良心的ではないか。良心的という言葉が適当かどうかわからないが。

などということを考えながら、「欽ちゃんの仮装大賞」を観る。オレは別に観たくないのだが、家族で晩ご飯を食べながら観るにはちょうどいい。
一方、三浦大知ファンの娘は「カウントダウンTV」に彼が出演するというので観たがっている。そこで画面の2分割機能を使って「カウントダウンTV」の様子をチェックしながら「仮装大賞」を観ることにした。
いま、かそうたいしょうと入力したら、「下層対象」とか「火葬大将」などに変換されて軽くびびった。

「仮装大賞」と「カウントダウンTV」の2画面を眺めつつオレは、もう一つ「鶴瓶の家族に乾杯」も加えて3画面にしたら面白いかもと思ったのだけれど、よく考えたらオレは「家族の乾杯」が大嫌いなのだった。
なぜ嫌いなのだろう。オープニングのさだまさしの歌が鳥肌の立つほど嫌いであることに加え、番組全編に漂う「人間っていいな」的な空気がとてもイヤなのだった。
全国各地で人々が普通に生活を営んでいるところを映せば、反社だったり被差別だったりが映り込んでも不思議じゃないのに、そういう暗部は全部スルーするところがとてもイヤだ。
これが何かというと要するに相田みつをであって、つまりオレは「みつを」的なものが嫌いなのだろう。
「みつを」的なものこそ説教であるから、やっぱりこれは避けねばならんというのが合理だ。


2024.02.11

建国記念日に日本の貧しさを実感する


東京スカイツリーに行った。遊びではない。仕事である。連休の中日なのに、オレはよく働く。
東京スカイツリーに来たのは久しぶりだ。前回も確か仕事できたと思う。目的は水族館の取材。
今回の目的はタワーをバックにしての撮影だ。連休の中日なので人出が多い。なので朝一番に済ませることにする。
だが9時過ぎだというのに東京スカイツリー周辺はたくさんの人であふれていた。いいお天気だし。
大きなキャリーバッグをゴロゴロ転がしている人は、昨日はディズニーランドで遊び、今日遠くの家に帰るので、その前に下町散策でも、というパターンだろう。
陽差しが温かい。休日を存分に楽しんでほしいものだ。
もちろん外国人も多い。
と、ふと気がつく。中国人が少ないぞ。案に相違して。春節だからどどっとやってくると思ったのだが。
先日、銀座のCHANELでは中国人が行列していたと書いたが、実はあんまり来日していないのかもしれない。
聞いたところではバブル崩壊の空気に怯えて春節でもおとなしくしていようと考える中国人が多いとのことで、もしかしたらその通りなのかもしれない。

東京スカイツリーのあとは東京タワーに移動した。
東西2つのタワーをバックに撮影するという。まあ、ベタな企画の仕事なのだ。考えたのはオレだが。
日比谷線で神谷町駅を降り、飯倉の交差点から東京タワーを仰ぐ。
周囲は外国人が多いが、ほとんどが欧米人だ。
神谷町には例の麻布台ヒルズの威容がそびえる。最上階の住戸は200億円ということで話題になった。もはや大谷翔平くらいしか買えないのではないかと言われている。
そんなマンションが建ち並ぶ街だから日本人はとても住めず、欧米からやってきて会社の経費で暮らすアッパークラスだけが闊歩する街になった。ここにも中国人の影は薄い。
連休なのに働くしかないのが日本人で、それを見下ろすかのように麻布台ヒルズの高台は広がる。
カネがなければ一日たりとも暮らせない街からオレは、仕事を終えてとっとと立ち去ったのだった。


2024.02.10

太洋にいたのはシピン


Jリーグが尿瓶を導入するという。何かの罰ゲームだろうか。ファールをしたらトイレ禁止、尿瓶で済ませなさい、とか。
違う。尿瓶ではなかった。シンビンだ。
Jリーグでもない。ヨーロッパのどこかで試験的にやってみるという話らしい。すいません、適当につくりすぎました。

シンビンとは、直訳すれば「罪の部屋」らしい。「積み木の部屋」は布施明だが、シンビンには西日なんて差さない。悪いことをした子供を押し入れに閉じ込めておくみたいなものだ。
そういえばオレの弟は息子たちに対して、つまりオレからすれば甥っ子たちに対して、「悪いことをすると土蔵に閉じ込めるぞ。土蔵にはネズミがいてかじられるぞ」と脅していたっけ。甥っ子たちはそれを本気で怖がっていたものだった。
シンビンも似たようなものだ。
悪いことをしたら、部屋に閉じ込められるように、10分間だけピッチから出ていなければならないという罰則である。審判に異議を唱えたとか、態度が悪いとか。
簡単に言えばイエローカードを出すほどではないけど、そのままにしておくのもよくないなあという程度の状況での罰ということだろう。どうやらブルーカードと呼ばれることになるらしい。
レッドカード、イエローカード、ブルーカードって、信号機かよ。

勘弁してくれよ、とオレはうんざりするのだった。

オレはVARでさえ、うんざりしている。「どうせVARがちゃんと見るから」と思って判定を下すレフェリーが多いことにもうんざりだが、何よりもプレーがすぐに止まり、サッカーの一番の醍醐味である「いい加減さ」が失われてしまうことにうんざりしている。
サッカーは欠陥スポーツと呼ばれるように、理不尽さに満ちている。
例えば合理主義者のアメリカ人には、残り時間がレフェリーの感覚で決められるなんて、到底受け入れがたいだろう。アメリカ人の大好きなバスケットボールが、秒単位で計測されて大きく菌表示されているのとは真逆だ。
オフサイドも、レッドカードもしかり。レフェリーの感覚でゲームの行方を左右する重大な決定が下されてしまう。
一方にとって神の福音のような裁定であれば、片方にとっては理不尽このうえない出来事となってしまうわけだ。
まっこと人生そのものではないか。
オレは愛するチームが理不尽な裁定によって相手にPKを与えてしまい、結果、それで負けてしまったときの「仕方がない、これもサッカーさ」と肩をすくめる、そんな場面が好きなのだ。仕方ない、これも人生さ。
人生にVARはない。人生の残り時間はどこにも表示されない。
人生によく似ているからサッカーは愛すべきスポーツであり、オレたちはエモーショナルになれる。サッカーを、単に勝ち負けだけに価値を置いた、もっときっちりしたスポーツにしようとする考え方には反対だ。
プロレスみたいな適当さがあっていいのではないか。5秒以内なら反則OK。その5秒もレフェリーが適当に数えます。なんだった反則だってレフェリーだけには見えてません。

サッカーの愛すべきいい加減さを割くことになるのがシンビンだ。
そもそもたいがいのファールなんて見逃せばいいんだよ。いちいちゲームが止まってしまうのがかったるいし。
シンビン反対。そんなもの、尿瓶の尿のように捨ててしまえ。
遠くヨーロッパに向かってオレは叫ぶのであった。


2024.02.09

家なら200円


朝から一日、疲れる取材をこなす。
疲れるというのは精神的ではなく、肉体的な意味だ。実際、現場の空気はとても心地よく、楽しくインタビューができた。ただ物理的にハードな現場で、エレベーターがないので階段を何度も上がったり下がったり、ずっと立ちっぱなしだったりしたのである。
17時に終了して、さすがにぐったりしたので、ビールを飲んで帰ろうと思った。行き先は、高野台の「台所」である。
今日発売された文藝春秋を飲みながら、軽く飲んで食べて帰る。3000円。
ちっとも楽しくない。こんなことなら早く帰るんだった。
いや、別に店で嫌な思いをしたわけではなく、料理も食事も大変に美味しかった。特に玉子焼きは絶品。
ではなぜ楽しくないのかというと、要するに面倒なのである。家でおかずをつまみにビールを飲んで、横になってサッカーでも観ていた方がよっぽど楽しい。
以前ならこんなことはなかった。居酒屋が大好きで、週に何度も外で飲んでいた。
今は、気の置けない仲間と飲む以外は、居酒屋に立ち寄るのさえ面倒になってしまった。
どうもオレの人生に、もう居酒屋はいらなくなりつつあるのかもしれない。
オレの人生に音楽がいらなくなってしまったと以前書いたが、今度は居酒屋がいらなくなるのか。
寂しい限りである。


2024.02.08

オレはニューヨーカー


大手町の上島珈琲でアイスコーヒーを飲んだ。
この店はだいぶ前からキャッシュレスオンリー、つまり現金お断りである。オレは、だからいつもSuicaで支払っている。
アイスコーヒーが630円。仰天するほど高いのだが、ここは大手町。日本経済の中心地だ。そうそうしょぼい金額ではやっていられないだろうし、街を闊歩するたくさんの外国人の目を意識すれば相応の価格設定にせざるを得ないだろう。ニューヨークではハンバーガーが5000円もするらしい。さすが、バイトの時給の平均が5000円の国だ。
もっともニューヨークでもコーヒーだけはあんまり高くないらしく、スタバなら日本同様に500円くらいらしい。
なんだ、大手町の上島珈琲のほうがニューヨークより高いじゃないか。

席に座ってコーヒーを飲もうとして、ストローがないことに気がつく。
これもエシカル消費ということなのか。だがオレはカップに口を付けたくない。ストローで飲みたい。冷たい緑茶やビールなら口をつけてもいいが。
レジへ行き、お姉さんにストローちょうだいと言う。きっと姉さんは添え忘れたのだろう。
ところが「ごめんなさい、ストローは5円なんです」とのことだった。
コンビニがストローやスプーンなどの有料化を始めたとは聞くが、ついにコーヒー屋も同調するのか。
仕方ない、5円払おうじゃないか。オレはグラスに口を付けてアイスコーヒーを飲むのがイヤなのだ。くどいようだが、ビールなら平気である。
5円ぽっちである。ポケットの中の5円玉で済まそうと思ったが、ここはキャッシュレスオンリーだったと思い出し、Suicaで5円を払う。

ニューヨークでもストローは別料金なのだろうか。どうなんだろう。
なんとなくだが、日本だけのような気がする。
これも端緒はあれだ、コンビニ袋の有料化だ。あれは天下の愚策だったなあと改めて痛感する。小泉ジュニアのばかたれが。
ぶつぶつ言いながらオレは大手町のカフェでアイスコーヒーを飲み干し、そしてニューヨーカーのように颯爽と本日の取材先に乗り込むのだった。今日の相手は手強いぞ。


2024.02.07

パワハラのハセケンには無理だ


立春を過ぎて、日中はずいぶん春っぽくなったなあ。
などと考えながら銀座を歩く。春になるのはいいとして、問題は監督だ。
森保クビの流れができてきて、後任候補が3人だ。
長谷川健太、鬼木、そして山本昌邦。
この中では鬼木が適任かとは思うが、オレはいっそ本田圭佑か長谷部誠にやらせてはどうかと思っている。
特に長谷部なんかはいいんじゃないか。

「奈落で踊れ」月村了衛・朝日文庫。
かつて世間を賑わせたノーパンしゃぶしゃぶ騒動をモチーフにした官僚小説。
おいおい、官僚小説なんだぜ。舞台は大蔵省。ここで醜い出世争いが繰り広げられ、ヤクザや総会屋なんかもからんで、明らかに辻元清美がモデルとわかるおばちゃんが大暴れする。無茶苦茶アホな展開だが、その分、面白い。ホラはバカバカしいほど面白いのだ。


2024.02.06

ティッシュ問題を考える


いつもいつも思うことだが、ティッシュペーパーの箱ってどうしてあんなにダサいんだろう。
ギラギラといろんな色がついていたり、商品のロゴがでかでかと書かれてあったり。とても生活空間に置きたくないデザインばかりだ。
シンプルに白一色、あるいはグレー一色のボックスでいいではないか。セブン―イレブンには白または黒のティッシュがあるが、なぜだかしっくりこない。きっと主張しすぎるデザインなのだろう。
もっと静かで、空間におとなしく馴染むデザインのティッシュが欲しいのだ。

と、お嘆きのあなたにお勧めするのがこれ。
無印良品のクラフトティッシュボックスである。
2ヵ月ほど前に店頭で見つけて早速買って試してみたところ、なかなか快適だ。
写真のように生なり感覚の風合いで、クラフトペーパーそのものの質感を大切にしている。
一番の特徴は、通常のティッシュの半分サイズということだ。つまりドラッグストアなどで地味に売られている、ハーフサイズのティッシュを入れて使うのに最適なのである。

我が家では洗面所に、通常のボックスティッシュではなくハーフサイズのティッシュを置いていた。狭い洗面所に通常のティッシュでは邪魔だからである。
ただし買ってきたティッシュはビニールに入っただけの安っぽいつくりで、なかなかしょぼかった。
そこで無印良品で見つけたこのボックスに収めたところ、実にいい感じのハーフサイズティッシュに変身したのである。
しかも安いぞ。なんと150円だ。
紙でできているので、いずれヘロヘロになると思うのだが、すぐに買い替えても気にならない安さだ。どうせヘロヘロになるだろうと思って、オレは娘に頼んで箱に落書きをさせたのであるが、案に相違してなかなかヘロヘロにならず、湿気の多い洗面所に置いて2ヵ月たった今もしっかりしている。

実はこのハーフサイズのボックスには、無印良品が専用のティッシュを用意している。なんと竹を使ったというティッシュペーパーだ。
竹か。孟宗竹は生育がバカ早く、日本各地の土地を荒らしている。困りものだ。どんどん伐採してティッシュに使ってやれば、環境にもいいではないか。
そう思って3パックを買ってきてこのボックスに入れて使ってみたのだが、竹だからなのか、ゴワゴワしてちっとも快適ではなかった。全然使えないのである。
だからこのボックスに入れるなら純正用品ではなく、ドラッグストアのノーブランド品などがお勧めである。

どうやら同じテイストで通常のティッシュ用のボックスもあるようだ。安いビニールの箱無しティッシュを買うなら、こっちのクラフトボックスを使うのもいいかもしれない。


2024.02.05

雪の降る町を


かつて日本テレビでは、日本シリーズの巨人戦と24時間テレビがキラーコンテンツと言われた。今やどちらもオワコン。日本シリーズに巨人は出ないし、24時間テレビは今や後ろ指をさされる恥ずかしい番組になってしまった。
もはや残されたキラーコンテンツは箱根の駅伝のみである。
同じようにかつてはキラーコンテンツともてはやされたのがサッカー日本代表戦。
ところが今ではご存知のように国際大会だというのに地上波では放送されず、たまに放送されれば馬鹿みたいな負け方をするし、今やキラーコンテンツとはほど遠い存在になってしまった。関心度はかなり低い。
もちろんサッカーそのものが欠陥スポーツという側面もある。点は入らないわ、審判は適当だわ、サポーターは馬鹿だわ。それでもナショナリズムを刺激する縦乗りの存在であることは確かなので、勝ってさえいればニーズは高まるはずだ。
なのにアホな、実にアホな負け方をするからみんな呆れて見なくなる。
とっとと森保を変えろ。でなければオレも見る気がしない。まだ本田や長谷部の方がよっぽどマシだ。

などということを考えながら今日は朝からインタビュー仕事。
天気予報の通り午後からは雪が降ってきて、立ち会っていた代理店のお兄ちゃんは「会社から、家に帰れという連絡が来たんで」と嬉しそうにとっとと現場から抜けていった。残ったオレたちは、もちろん文句も言わずに黙々と働くのである。
とても感じのよい取材現場にインタビューイだったので、いい気持ちで仕事ができたのだった。
だが時間とともに天候が不安になってきたのは事実で、18時過ぎに仕事を終えてJRの駅に向かったら雪が横殴りだ。乗り込んだ山手線はラッシュである。みんな早く帰ろうと、電車に殺到しているのだ。
輪を掛けてひどかったのが乗換の池袋駅で、早くもホームに人が増えすぎて、自然発生的な入場制限が始まっている。西武池袋線は飯能や秩父あたりとつながっているので、雪になるとダイヤは大混乱。今日もこの時点で既に1時間遅れであった。

それでもなんとか電車に乗り込んで、地元駅に着く。横殴りの雪に加えて、駅前は5センチ以上の積雪だ。えらこっちゃ。
よろよろと家までたどり着き、そして今度は車を引っ張り出してアルバイトに出かけていた娘を迎えに行く。けっこうヤバい。危険な積もりかたで、さすがに車はほとんど走っていなかった。
大学に行っていた息子には、帰ってくるな、友だちのアパートに泊めてもらえと命じる。ホテル代わりだ。
この程度の雪で大騒ぎするなんてという雪国マウントは恒例だが、最近は雪国でもあんまり雪は降らないから、雪国の人も東京を笑えないのだ。


2024.02.04

「NO MUSIC, NO LIFE.」とタワーレコードは叫んだ


「食」の仕事はいろいろとあるが、案外狙い目なのは、給食会社なのだそうだ。社員食堂や学食、病院給食などを請け負う業者のことである。
企業として請け負っている仕事なので、組織的な分業がしっかりできている。そのため個人経営の路面店のように、朝早く市場へ仕入に行くこともなければ、閉店後に疲れた体にむち打ってレジを締めた数字と現金の付け合わせをする必要もない。もちろん職場の掃除も、誰かがやってくれる。
そして給料制でボーナスもあるから、生活は安定。銀行への返済に追われることもなければ、資金繰りに苦しんでどこをどう切り詰めようかと悩むこともない。
職人ではなく、気楽なサラリーマンとして働けるのが給食会社というわけだ。

そんなふうなことをインタビューの場でオレに話してくれた給食会社の料理人は、「でも困ることもあるんです」と苦笑した。
彼は有名ホテルの社員食堂で料理をつくっている。もちろん給食会社のサラリーマンとしてだ。
そして、当然のことながらその社員食堂には、その有名ホテルの名の知れたシェフも晩飯を食いにやってくるのである。どんな有名シェフであっても、仕事の合間の食事は日常。単なるメシである。
それがわかっているから、誰もがおとなしく食べているのだが、時々「なんだ、この味付けは」とクレームを付けてくるシェフがいるのだそうだ。
「そんなこと言われてもどうしようもないので困るんですが」と彼は肩をすくめる。
そりゃそうだ。シェフの店では厳選された食材を使った何万円もする料理を出すのだろうが、ここは社員食堂、限られた予算の範囲内でいかにリーズナブルにギリギリ妥協できる味付けの料理を出すかを工夫している。有名シェフの舌が納得できなくたって、仕方がない。
その話を思い出してオレは、日常の食事の味にもプロとして突っ込みを入れたくなるなんて、因果だなあと思った。日常の食卓に並ぶのは決してご馳走ではない。生きていく糧を得るための手段。どんな料理であろうと、ありがたく頭を垂れていただかなくてはならないのだ。
そんなシンプルな気持ちよりも、職業意識が優先してつい突っ込みたくなるのは、なんとも不幸なことだと思った。

そして、はたと自分を振り返る。
最近のオレは、音楽を創ることどころか、聴くこともしなくなった。数ヵ月前に手に入れたポール・サイモンのCDも、封を切っただけでまるで聴いていない。どうやらオレの人生にはもう音楽は必要でなくなったようなのだ。
その理由の一つには、一時期、アレンジャーとして音楽を創りまくっていたこともあると思う。今でもオレは、どんな音楽を聴いても無意識にコードを取り、音の構成を分析してしまう。この感覚は、ダテ君ならわかるんじゃないかなあ。彼もきっと無意識にコードを取ってしまう人だ。
どんな音楽を聴いても、楽しむ前に、コード展開がありきたりだとか、音場の構成が素晴らしいとか、低域と高域の棲み分けがきちんとできていてなかなかのミックスだとか、そんなことを考えてしまって、ちっとも楽しめない。
食事のたびに食材はどこの産地で、調味料は何を使って、なんて分析していたら、ちっとも楽しめないのと同じだ。そんなことに自分でうんざりしてきたことも、音楽を聴かなくなった理由の一つに違いない。
以前は仕事中も音楽を流していたものだが、最近はYouTubeで自然音ばかりかすかに流している。例えば海の音とか、せせらぎの音とか、風の音とか。YouTubeにはそんな自然音を10時間も流してくれるチャンネルもあって、重宝している。
朝の高原の、鳥のさえずりなど、とても頭がスッキリする。
もちろんもう音楽はいらないなんて偉そうに言いつつも、いずれはやっぱり音楽が必要だなんて手のひらを返すこともあるかもしれない。そのときはそのとき。もうオレはCDプレーヤーも持っていないので、やっぱりYouTubeで適当な音楽を流すだけしかできないだろうが。


2024.02.03

日本1-2イラン


前回のアジア杯:目標優勝→結果準優勝
東京五輪:目標メダル→結果3位決定戦で敗れメダル取れず
W杯:目標ベスト8→結果ベスト16
今回のアジア杯:目標優勝→結果ベスト8敗退…New!!
何一つ達成していない森保。解任は不可避。なのにサッカー協会のバカどもときたら。
でもまあ、さすがに今回はクビだろう。クビでなくても、本人が耐えきれずに辞めるだろう。
今日の試合前、森保は伊東純也について「相手のこともあるので」と言葉を濁した。大将ならてめえの部下のことは「オレはどこまでもアイツを信じている」と言わなきゃな。そんな覚悟もない大将なんだ、森保は。

森保も酷いが、それよりも酷いのは名波かもしれない。持ってなさ過ぎる。
ジュビロの監督時代は、モンテディオ山形の山岸による伝説のヘディングでフーレーオフに敗退する。
松本山雅の監督時代は、自分の誕生日にチームをJ3に降格させた。
コーチとして代表のベンチに座っていても、表情は暗く、まるで生気が感じられない。周囲の空気までが淀んでいる感じがして、負のオーラ全開だ。
要するに疫病神なのだろう。
森保と名波。アタマがこれではチームは勝てない。

オレ的には今日のMOMは前田大然である。相手のディフェンスを追いかけて追い越し、絶対に届かないだろうというボールを難なく収めた動きには仰天した。それ以外にもとんでもないスピードで走り回り、攻撃よりも守備に絶大な貢献をした。
その前田大然をあっさり交替させた名波は、アホすぎる。
久保も同様。神出鬼没のポジショニングで相手を混乱させ、効いていたというのに、これまたあっさり替えやがった。
ボールを持った三笘が常にディフェンス2人にコースを切られていたのも、ディフェンス3人を引き連れて走り回っていた久保が不在になったことが大きな理由ではないか。
両サイドの不出来はもはや言うまでもなく、オレの嫌いな伊藤はやっぱり何もできなかった。三笘との関係が最悪との噂。そのためかどうか知らないが、三笘にパスを出せるタイミングでもしらっとバックパスである。
前田大然の交替も、久保の交代も、試合の状況にまったく関係ないテンプレート交替である。これは監督としての仕事ではない。なぜ両サイドに手をつけずに、効いている駒を替えるかねえ。監督が無能だから、という以外の理由が思い浮かばないわ。
遠藤もしかり。酷使されすぎて疲労困憊だというのに、何のために浅野を呼んだのか。
要するに監督が無能だから負けたことははっきりしているのだ。
まったく情けなさ過ぎる。

シンプルにイランは強かった。フィジカルもメンタルも、明らかに日本を上回っていた。
前半は死んだふりで、後半になって一気にパワー全開。前半に付き合ってリズムを崩した日本は、そのパワーに押し切られてあっけなく敗退である。イランが見事だった。
イランは前の試合をPKで勝ち、今日は後半ロスタイムのPKで勝った。こういう死闘をくぐり抜けたチームには、流れができる。今回の優勝はイランかもしれない。いやいや、カタールも侮れないが。

どんな状況でも韓国との試合は見たくない。勝っても負けてもイヤーな気分になるからだ。
その韓国が、オーストラリアに負けそうだと思って喜んでいたら、なんとインチキPKで勝ちやがった。くそう。こいつらと当たるのを避けるには、こっちが負けるしかないではないか。
というわけで、その通りに日本が負けたので、ああ、これで韓国を見なくて済むと、オレは胸をなで下ろす。なんとポジティブなんだ、オレは。わははは。


2024.02.02

IJ災難


伊東純也の件について、堂安が「選手の声だけではどうにもならない」と漏らしたのは、要するにスポンサーであるキリンが電通を通じて「外せ」とねじ込んできたということだろう。
酒の上でのトラブルはキリンにとって絶対のタブー。女の問題より、こっちの方が重かったということだ。
IJこと伊東純也はいい選手だから、好きなのだが。
加えて旗手が筋肉系の怪我で離脱。この2人の不在はあまりに重く、イラン戦は1-1でPK戦にもつれ込み、ザイオンがイランのPKを止められるわけはないから、結局日本は準々決勝で敗退。
ようやく森保が解任されることになってホッとしたと思ったら、なんとサッカー協会が松橋力蔵に目を付けて、オレたちアルビサポが悲鳴を上げるところまで見えた。

そんなことはともかく。
昨日「魔女の宅急便」について原作者が不興を示したという軽いエピソードを紹介したが、同じように原作者が映画に対して不愉快であると怒ったとされてるのが「うる星やつら」だ。
「うる星やつら」のフォーマットを借りてオリジナルストーリーを創りあげた押井守の大傑作「ビューティフルドリーマー」に対して、嘘かほんとか、高橋留美子は不満たらたらだったとされている。
仮に高橋留美子が納得いかずに怒ったとしても、そんなことはどうでもいいほどに、「ビューティフルドリーマー」は傑作である。確かに高橋留美子が描いた世界観とは違う位相の世界が描かれてはいるが、はっきり言ってこっちの世界観の方が上。とんでもない傑作だと思う。
「文化祭の前日」が永久に繰り返されるというアイデアがまず秀逸で、一番楽しいのは祭の前日なのだという設定が素晴らしい。なぜそんな楽しい日が永遠に繰り返されるかというと、そうなってほしいという夢だからだ。
先日「ビューティフルドリーマー」を実写しようと悪戦苦闘する大学生たちを描いた映画について触れたが、どの場面を実写化しようとしているか、すぐに分かった。とにかく全編あらゆるシーンが大傑作である。
そんな大傑作アニメ「ビューティフルドリーマー」が、なんともうすぐAmazonプライムでタダになるという朗報が飛び込んできたぞ。なんということだ、素晴らしい。
VHSビデオは持っていたもののDVDは持ってなくて、どうしても観たくなったらAmazonで数百円払ってみていた。それが見放題になるのである。
今年一番の朗報ではないか。
今から楽しみである。

「死者のための音楽」山背朝子・角川文庫。
娘がオレの誕生日にプレゼントしてくれた一冊。某ミステリー作家が変名で書いたというホラー、怪談集だ。怪談とは言え、どれも非常に美しい物語である。死の床に伏せた母親と娘の会話だけで構成された表題作など、とんでもない美しい話だった。作者の正体はネットで検索すればすぐにわかる。それを知って、へえ、あのちょっとクセのある作家が書いていたのかと、意外だった。


2024.02.01

魔女宅


だいぶ以前、それこそ30年以上も前のことだが、「魔女の宅急便」の原作者にインタビューしたことがある。著名な児童文学者だ。
物語の意図や背景など、中学生向けの媒体に掲載する原稿だったので分かりやすい話を聞かせてもらった。内容はもうほとんど忘れてしまったが、ジブリの「魔女の宅急便」に話が及んだときに、非常に不快そうだったことは鮮明に覚えている。

ジブリの「魔女の宅急便」は少女の成長物語だ。しかし原作ではそんなことは全く意図していない。アニメで改変されてしまったことに、原作者としては怒っているわけだ。
とはいえ、作品と作者の知名度で言えばジブリの圧勝。児童文学者の声など世間には届かない。溜息をついて諦めるしかないというわけだ。交通事故に遭ったとでも思って。
今世間を騒がせている漫画家と日テレの問題を見ると、この類いのゴタゴタは一向になくなっていないということだろう。

それにしてもテレビというメディアはどんどんダメになっていく。
芸人を呼んで街を歩かせ、メシを食わせ、ワイプでひな壇の顔を抜いていっちょ上がり。
しかもチャンネルを替えられないようにという姑息な狙いで、2時間のスペシャル番組ばかり。バブルの頃は細切れの番組をたくさんつくって売りさばいたようだが、今は売れない番組ばかりだから、特定の番組に寄りかかるしかないようだ。
そのバブルの頃に小僧だった世代が今や上層部にいて、時代の変化を読めなくなっているのかもしれない。
もう今や若い世代はテレビなんか観ないでネットだけだものなあ。観たけりゃTVerでいいから、ネットで十分だ。


2024.01.31

日本3-1バーレーン


バーレーン戦と言えば思い出すのは2004年のアジアカップ準決勝。
2-3とリードされた後半ロスタイム。もやはこれまでと思われたラストプレーで中澤のダイビングヘッドが決まって、日本は同点に追いついたのだった。あの瞬間のニヤッと笑った中澤はえらく格好良かった。
ギリギリの土壇場ではあったものの、なぜかイケるんじゃねという雰囲気をオレも感じていて、不思議なゾーン状態だったと思う。
その後、延長戦で玉田があっさり決めて日本が勝つ。
この玉田のシュートもえらく格好良かった。敵のプレスをあっさりかわし、1人悠々とゴール前までボールを運んで、ちょこんと決めてみせたのである。
その後の決勝で中国に勝って日本は優勝したわけだが、このバーレーン戦と、川口が鬼神のPKストップをみせたヨルダン戦が印象に残っている。
優勝するチームってこういう修羅場を乗り越えているから、イラクにロスタイムに勝った韓国はちょっと嫌な存在なんだよね。

まあ、それはともかく。
今日の相手はその因縁のバーレーン。強いチームである。
それで難なく勝って、オレ的には今日のMVPは毎熊だ。毎熊と言えば長崎である。変なチームに変な名前の選手が出てきたなと思ったら毎熊だった。あの毎熊が代表かよと最初はたまげたものだが、今日のパフォーマンスには納得である。
納得できないのが浅野だ。三笘がドリブルで抜け出して、これ以上ないというパスをくれたというのに浅野ってば、なんとゴール正面で転んでしまった。真正面、ドフリーでどうして転んでしまうのだ。その瞬間、息子とオレは「えーっ!」と絶叫し、ネットでは「何度繰り返してみてもほほえましい」と騒ぎになった。
もう一つ浅野は決定機を逃すし、「こんなことなら、ハゲに全力でプレスかけさせ続けた方がなんぼかマシ」とネットが怒るのももっともである。
いや、そんなことより三戸を使え、三戸を。三笘と浅野を足したぐらいの仕事をするわ。

もちろん今回のハイライトは、やっぱりザイオンである。
今日もやってくれた。
キャッチすべき所をパンチングし、パンチングすべき所をキャッチするのがザイオン。
失点シーンの直前だ。よし、ザイオンがキャッチして相手の攻撃が切れる、と思った瞬間のパンチングだから全員ずっこける。オレもずっこける。
それがあるから、ザイオンに任せておけないとばかりに上田綺世が飛び込んで衝突してしまった。相手サポの声援がうるさくて声が聞こえなかったというのは確かだろうが、そもそもはザイオンが信頼されていないことがすべて。
負けた理由を1人の選手のせいにするのは好きではないが、そして今日は負けたわけではないが、やっぱりザイオンは無理だろう。今日は無難にやっていると思ったが、やはり1試合に一度はこういう失態をする。ザイオンがキーパーだと1失点は覚悟の上。2点以上取らないと日本は勝てないからしんどい。
代表は育成の場じゃないから経験を積むならクラブでやっとくれ。森保は相変わらずである。


2024.01.30

ある美人


最近、家で飲むのはジンばかりだ。糖分ゼロのPSPビールで喉を潤した後は、ジンに移って、本格的に飲む。
昔はジンなんて見向きもしなかったのだが、缶入りの「粋」ソーダを飲んでけっこう気に入り、ボトルの「粋」を買ってからはジンばかりだ。

ジンを飲むようになっていろいろと調べてみたら、要するに植物の蒸留酒らしいとわかった。昔は薬として用いられたそうだ。要するに薬草を煎じて飲んだ、という類だな。なんとなく健康によさそうではないか。
実際、糖分はほとんどゼロだし、体にそんなに悪い酒ではないようだ。(その反動で、ごくたまにストロングゼロを飲みたくなる。実際にこっそり飲んでみると、あまりの背徳感に脳がしびれるんだぜ)
面白いのは、(以前も書いたが)産地によって原料の植物が様々だということだ。
瀬戸内辺りのジンは柑橘類が多いようだし、伊豆にはワサビのジンもある。そんな各地のジンを、スーパーの棚に並んでいる範囲ではあるが、いろいろ飲み比べてもみた。
結果、一番旨いのはサントリーの「粋」に落ち着く。ボトル一本1300円。これを炭酸で割って飲めば一週間もつ。一週間1300円だから、なかなかのコスパだろう。炭酸も1本80円ぐらいの安いヤツだし。

そんなジンであるが、つい先日、衝動的に越後薬草のアルビジンを買ってしまった。
越後薬草というのは、よくは知らないが、アルビレックス新潟のスポンサー様である。よくは知らないが、偉いのだ。
その越後薬草はジンもつくっていて、サポーターの間では「アルビジン」と呼ばれている。そしてこのアルビジンが、世界のジン品評会で金賞を受賞してしまったのである。素晴らしいではないか。
この受賞を記念して、本来は越後薬草の工場でしか直売していないスペシャルなジンを一般にも販売するというので、舞い上がったオレはポチッとしてしまったのだ。
なんと6000円。オレにとっては破格の値段のジンである。

宅急便で届いた「アルビジン」を、オレはおそるおそる飲んでみた。「翠」と同じくソーダ割りだ。
こここ、これが旨いっ。実に旨いのだ。
いろんな植物が混じり合ったボタニカルな香りと味わいで、するするっと喉を通っていく。とてもピュアな味わいだ。越後薬草という会社だけに、薬草成分もそれなりに含まれているのだろう。
いやあ、こりゃ旨いや、ひっく。
6000円なんて酒、そうそう買えない。そんな贅沢は許されない。「アルビジン」を1杯飲んだら2杯目からは「翠」なのだ。
ちびりちびりと、オレは静かに飲むのだった。


2024.01.29

閉店


ここのところ石神井公園駅周辺は閉店ラッシュである。
先日も富士そば、すし松、松屋、松のや、サンメリー、星乃珈琲と立て続けに閉店した。
地元で70年以上(!)にわたって営業してきた個人スーパーの「まなマート」の閉店は大きな衝撃を持って迎えられ、閉店日はちょっとした騒動になった。
おかげで石神井公園駅周辺のランチ事情は壊滅的だ。わずかばかりに残った日高屋などの店は、行列ができる始末である。
オレも困っている。午後一の仕事のために出かけるときなど、以前は冨士そばでサクッと食べて電車に乗ればちょうどよかったのに、それもできなくなった。池袋の立ち食いそば屋は悲惨なのであまり寄りたくないのだがなあ。

なぜこんなにも閉店ラッシュなのかというと、駅前再開発が本格化したからである。
数年後、駅前には100メートルのタワーマンションが2棟、完成する予定だ。
第二の武蔵小杉をめざしているのかよと他の地区には笑われ、電車が混むじゃないかと地元住民はおののいている。
閉店ラッシュとはいえ、それらの店が惜しまれるほどの名店だったかというとそんなことはまったくない。それでも店がなくなって石神井公園が相当につまらない街になった。
数年前までの駅前商店街は相当にしょぼく、時代遅れの下町のようだった。それがいいんだという人もいて、その気持ちがわからなくもないのだが、しかし、それは老害のノスタルジー。これからの時代を生きていく若者たちにとって魅力ある街にならなければと思う。
だから再開発反対を掲げて移転を拒否する老害は、本当に老害だと思っていた。
どうにか本格的に再開発が動き出した今は、やれやれよかったと思っている。

とはいえ、やっぱり駅前に店がなくなると寂しいし、困る。居酒屋もなくて、仲間とちょっと飲むのも困る。
タワーマンションが林立すれば、テナントに店は入るのだろうが、きっと無個性なチェーン店が中心だろう。それはそれでつまらんが、時の流れだ。
時々、オレたちがこの街に引っ越してきたときの、エスカレータもないボロい駅舎と、駅に隣接した踏切で電車の最後尾を目の前にしていたことなどを思い出す。
あの踏切はあれで風情があった。


2024.01.28

不思議な不思議な池袋


池袋っていうのは不思議な街で、時々、異常に池袋が大好きという人がいる。偏愛と呼んでもいい。
オレにはとても考えられないことだが、池袋が好きすぎて、住んじゃう人もいる。かつてのクワモもそうで、東口の奥の方に住んでいた。
駅前はとんでもない繁華街であるが、10分も歩くと小ぶりな住まいが軒を寄せ合って連なる住宅街が広がっているのが池袋である。
今日会った人もそうだった。池袋が好きすぎて、ついに池袋に土地を買ってマイホームを建てちゃったというのである。オレにはとても考えられないが、そこまで偏愛する人のいる街が池袋なのである。

池袋のいったい何がそうさせるのか。
まったく想像が付かない。
渋谷、新宿、池袋と代表的なターミナルが並ぶ中、治安が最悪で、致命的にダサくて、まったく知的な香りのしないのが池袋だった。それは昔からそうで、今も変わりはない。
最近では西口や北口を歩くと、中国人とヤクザしかいない。
そういえば以前、池袋駅北口に事務所を構えるカメラマンが「昨日も近所で発砲がありましたよ」と笑って言っていたのには衝撃を受けたっけ。発砲事件が日常茶飯事なのである。
そんな池袋なのに、なぜ時々、偏愛者が現れるのだろうか。オレにはとても想像がつかない。

もっともオレ自身、池袋にはほとんど行かない。我が家に最も近いターミナル駅で子どもたちは乗り換えのために毎日のように駅は利用しているものの、この駅で下車して過ごすということはほとんどない。
ごくたまにパソコン用品を買うために駅前のビックカメラに寄ったり、娘はCDを買うためにタワーレコードに寄ったり、オレは晩ご飯の惣菜を買うためにデパ地下に寄ったり、といった程度。年に10回も降りない。デパ地下に至っては駅から出ない。

もちろん人様がどの街に住もうと勝手だし、住めば都であるのは確かだし、一番住んでみたい街の吉祥寺が同時に住んで最も後悔した街でもあるわけだから、街の善し悪しはその人次第だ。他人がとやかく言うことではない。
それでも池袋への偏愛者が時々出現することには不思議さを感じてしまう。パラノイア的な何かを惹きつける磁場のようなものがあるのかもしれない。


2024.01.27

醜悪


90年代のはじめの頃は面白がってダウンタウンの番組を見ていた。だが今ではさっぱり。
職業=審査員かよというぐらいふんぞり返っている姿には嫌悪感しかないし、「結果発表!」の高い声も虫唾が走るほど嫌いだ。
だもんで一連の松本某の騒動も、そりゃあ、やりかねないわなあという程度の感想しかない。
強要したとか暴行だったとかはもちろん問題だが、こんな騒動になって、あんな破廉恥な写真が出てきただけで、もうアウト。企業がCMに使うなんてあり得ない。むしろあのキャラクターのイメージを消すのに必死だろう。
今や人権問題はグローバルで最もデリケートに扱われているのだ。
こんな意識のコメディアンをなぜ起用するのだ? と海外のステークホルダーに突っ込まれたら、たちまち終わるのである。
そんなこともわからなかったのは、要するに裸の王様そのものだったわけだ。誰も忠告しない。仮に忠告があったとしても、耳を貸さずに遠ざける。そして取り巻きを引き連れて夜な夜な好き放題。
事ここに至っても記者会見を一度もしないのは、取り巻きがいなければ何もできない腰砕けということだろう。
自業自得の一言に尽きるのではないか。


2024.01.26

そしてオレは66歳


誕生日である。誰のって、オレのである。
66歳になった。
「ゾロ目じゃん」とヨメが言う。ゾロ目ならいいのか。いいことがあるのか。
どれどれと思って、前回のゾロ目の日記を読み返してみる。こういうときに日記は便利だ。飽きもせずよく書き続けていると我ながら呆れるが、こういうときには役に立つのだ。
前回のゾロ目では、こう書いてある。
「本日は誕生日である。誰のって、オレのである。55歳である。」
さらにその前のゾロ目では、こう書いてある。
「誕生日である。誰のって、俺のである。44歳。」
……。
うーむ、なんなんだろう、これは。ちっとも成長していないではないか。オレはバカなのか。
いやいや、この年齢になると成長どころではない。退化しなければよいのだ。
現状維持こそ大正義である。
ヨメはプレゼントに、酒のツマミ用にと大量のスナック菓子をくれた。
娘は文庫本2冊をプレゼントしてくれた。娘とは、お互いに面白かった本を交換していて、なかなかいい関係である。今日もオレはお返しに瀬尾まいこの文庫本をあげた。
娘がプレゼントしてくれた2冊の文庫本のうち1冊は既に読了していたものだった。そのことを告げたら娘はちょっとだけ悲しそうな顔をした。余計なことは言わずに、黙って受け取っておくべきだったかなあ。

そんな反省をしながら、久しぶりに銀座へ仕事に行く。
銀座はますます外国人が増えた。CHANELの前には入店制限の行列ができていて、通りすがりに会話に耳を傾けたら、ほとんどが中国人に台湾人。日本語は1組からしか聞こえなかった。
外国人ということでは、亀田製菓の社長は4年前からインド人である。米菓の会社のCEOがインド人というのも、なんだかとても面白い。
この社長が実に素晴らしい人間で、昨年はアルビレックスがアウエー等々力で川崎に勝った試合に駆けつけ、ゲーム後のロッカールームへ激励に訪れていた。その様子を見るだけで実に豊かな人間性の人物であることが分かった。
このインド人社長は、「柿の種」を世界80億人に売ってみせると意気込んでいる。実にポジティブ思考の人だ。学生時代に日本に留学してゼロから日本語を学び、そのまま日本に定住。太陽化学副社長、ロート製薬副社長を経て、今は亀田製菓の社長だ。
理系人材で135以上の特許を持っているというから、研究者としても一流だ。インドには、こんなとんでもない人材が星の数ほどいるのだろう。
これからの亀田製菓が楽しみだ。「柿の種」が「KAKINOTANE」として世界ブランドになる日も遠くないだろう。

このインド人社長が推薦するのは「IKIGAI」という本。日本の良さについて、外国人の視点で客観的に分析した本だそうだ。おお、こりゃ面白そうだな。
早速Amazonで買おうと思ったのだけれど、見たら英語の本で、翻訳は出ていない。平易な英語だから簡単に読めちゃうよとは書いてあったけれど、アルファベットの羅列に恐れをなして、ポチッとするのをやめてしまった。
ここで思い切ってこの本を購入すれば、66歳を機に新たなチャレンジをするのだと見得を切れるのだが、いやいや、現状維持こそ大正義とつぶやいて見なかった振りをするのだった。


2024.01.25

生物学的な人間の寿命は55歳らしい


寒いと人が死ぬ。
実際、月別死亡者数を見ると今月、つまり1月が最多だ。要するに人は冬に死ぬのである。
年間の志望者の割合を見ると、寒さが要因の死因で亡くなる人は9%以上なのに対し、暑さが原因で亡くなる人はわずか0.3%。これってけっこう衝撃的な数字じゃね?
夏が異常に暑くなってしまって、熱中症がヤバいぞという思い込みがあるけれど、実際に熱中症で亡くなった人は100人に1人もいなくて、逆に寒さで死んでしまう人は100人に10人近くいるということだ。
本当に怖いのは熱中症ではなくて、寒さなのである。
ぶるぶる。震えが来るほど怖い事実ではないか。

「家のつくりようは夏を旨とすべし」と兼好法師がほざいたおかげで、日本の家は「冬は寒くても我慢しなさい」というつくりになってしまった。兼好法師は大罪を負うべきであるとの論調が高まり、やっぱり冬に暖かい家を造って、夏はエアコンをガンガンかけようぜというのが、日本人本来のあるべきライフスタイルなのである。
確かに身体を冷やすのはよくないよとは、昔から言われてきた。
熱中症に気をつけるなら、冬の冷えにも気をつけなさい。家のつくりようは冬を旨とすべしなのである。


2024.01.24

日本3-1インドネシア


グループリーグの全試合のほとんどをダイジェストで観た。カタールが頭一つ抜けていると思った。強敵だぞ、あれは。
決勝トーナメントではそのカタールと同じ山に入ってしまった。厳しいな、日本は。
もっとも他国から見れば日本こそ頭一つ抜けているに違いない。
今日のインドネシア戦だって、久保のクロスや堂安のキープ、遠藤のインテンシティなど、さすがだなあと唸らされる。とんでもない選手たちだ。それでいて十分に勝ち切れていないところは、他国から見れば力を発揮し切れていないということになるし、日本から見れば気合いが入っていない、手を抜いている、適当、やっつけ仕事ということになる。
要するに本気じゃないのだ。
そして今まだ本気出していないだけという男がだいだいそのままで終わってしまうのと同じく、このままではカタールにあっさり負けちゃうんじゃないかなあ。

今日もザイオンは最後にやらかした。
「ザイオンが悪いわけじゃないけど、止めてほしいなあというシュートを全部決められてしまう」というのがザイオン評らしい。実に正鵠を射た評価ではないか。
シュートを打たれるのは仕方ないとしても、それは止めてくれよと思うのが多いのは確かだ。今日の失点もまさしくそれ。一度は体に当ててるんだから止めてくれよなあと思う。
オレたちがそう思うんだからピッチの選手たちはもっとそう思っているはずで、こういうキーパーだと怖くてボールを預けられない。要するに信頼されていない。
そんなザイオンを森保は「成長させるために経験を積ませる」話している。代表は育成の場ではないというのに、何を考えているのだ、あのタコは。

オレにとって今日のMVPは旗手である。スコットランドに行って、ずいぶんと逞しくなった。もっと見たい選手である。
ところが旗手は試合後のインタビューで「監督からは、水を運ぶ仕事を求められている」と発言したものだから、スコットランドメディアが激怒。「旗手は、鍵をこじ開ける選手だ」と、森保の起用法に疑問を呈し、無能監督と決めつけている。
さらには「前田大然は呼ぶのに古橋を呼ばないのは理解できない」と、森保無能説に畳みかけてくる。
まったく、なんで旗手をしっかり活かさないのかなあ。オレは森保無能というより、名波無能説に一票だ。
ところで森保ジャパンのコーチに齊藤俊秀がいるではないか。懐かしくてちょっと驚いた。現役時代は実にクレバーな選手だった。その齊藤がいてもダメなのだろうか。ダメなんだろうなあ。

「この世にたやすい仕事はない」津村記久子・新潮社。
30代半ば、独身の女性が、派遣の仕事を転々とする話。様々なちょっと変わった仕事を通じて、仕事とは何かを考えていく小説だ。
そんな内容だから、オレはもっとお気楽なお仕事小説、笑える小説かと思ったのである。ところが読み始めると深い。実に深い。
バスの車内広告のアナウンスを考える仕事、和菓子の包み紙の裏の豆知識を考える仕事、広大な森林公園の中でぽつんと見張りをする仕事など、実際にありそうでなさそうな微妙な仕事が取り上げられていて、30代独身女は派遣として働きながら仕事と自分について考え込んでいくのである。
一言で言えば不思議な小説。途中、何度も放り出そうと思ったのに結局妙な味わいに惹かれて、最後まで読んでしまった。
「みだりに人を軽く見ることが明るみに出るのもこっぱずかしいもんだと思わせることができたら幸いである」という文章が出てきて、うわあ、なんという構造の文章なんだと驚かされた。


2024.01.23

開幕まで1ヵ月


Jリーグを初めて観に行って、「一度でいいや」と思う人は93%にも達するという。つまりリピートするのはわずか7%というのだ。←薄ぼんやりした記憶で書いている。ソースを探したが見つけられなかった。
なぜ「一度でいいや」と思うかというと、一番の理由がサポーターである。
ヤジが酷い。怖い。うるさい。ずっとうんちくばかりたれているオヤジがウザい。サッカーは好きだけどあの空間にいたくない。
そんな理由で、二度とスタジアムに行きたくないという人がほとんどなのだそうだ。サポーターがサポーターを拒絶しているわけで、これは由々しき問題。
どんなスポーツもそうだけれど、いかに新規のライト層を巻き込んでいくかがマーケティング上重要なわけで、Jリーグはこの点で将来性真っ暗ではないか。
そしてオレにもその気持ちがわかるのである。スタジアムは二度といいや、という気持ちが。古参のサポは排除しなきゃなあと思うこともある。特にゴール裏。
自分たちのストレス発散のために選手に罵声を浴びせている姿を目にすると、心底やめてくれと思う。


2024.01.22

理子もの


遠方での取材の場合、新幹線や飛行機などの交通費は客側の負担になる。それがビジネスのルールだ。
だから大阪へ行くなら新幹線の往復チケットをもらい、福岡へ行くなら飛行機のチケットの番号を教えてもらっていた。
それがスマホによるチケットレスが当たり前になったことで、交通費はいったんオレが立て替えて、あとで精算する方式が一般的になった。そのほうがチケットを手渡しする手間が省けるし、オレも自分の都合でちょうどいい便を予約できる。
あとで精算するので負担もまったくない。
ところがその精算が問題なのだという。多くの会社は「原稿料の請求書と交通費の立て替え分は別の請求書で発行してくれ」と言う。はーい、わっかりましたあとオレは答えて、別々の請求書をPDFで送ったりしている。
だが本来は一枚の請求書にまとめないと、インボイス時代にはいろいろと面倒なことが起きるらしい。そのあたりの仕組みはよくわからないが。
これもキャッシュレス時代ならではのことなのだろう。

「リバー」があまりにも面白かったので、藤谷理子が出演する同系列の映画を観た。
まず「マスマティックな夕暮れ」だ。短編映画である。青春と数学が合体したおかしな映画である。
バイク事故で仲間を亡くした不良連中が黒魔術で仲間を甦らせようと企むものの、数学の知識が不可欠なことを知って必死に勉強したら大学合格をめざす真面目な青年になってしまったというアホな物語だ。役者たちのイキイキとした動きがとてもいい。

続けて「ビューティフルドリーマー」を観る。
いやあ、これはまさかまさかの映画だった。押井守の超名作「ビューティフルドリーマー」を実写で撮ろうとする大学映像研究会のドタバタが描かれている。
「ビューティフルドリーマー」の様々な名場面が、それなりに工夫されて実写化されていて、感動だ。出だしの学園祭のシーンを観て、まさかあれをやるつもりではと思ったら本当にやってしまったという驚きである。


2024.01.21

百合子様降臨


自民党のグダグダを見た小池百合子がアップを始めたというのは本当だろうか。
いや、もともとアップは続けているようだ。今年7月に都知事選があるというのに出馬するともしないとも明らかにしていないのはその証拠。有力な対抗馬がいない現状ではいつでも出馬宣言すれば簡単に勝てるし、直前まで国政と両面待ちの構えでいけると考えているわけだ。
風を読むことに関しては天才的な百合子様。両面待ち作戦が功を奏して、ぼちぼち風向きが変わってきたと判断したのか。

そして、そんな小池百合子と田中真紀子の仰天のタッグが水面下で進んでいるというのは本当だろうか。
百合子と真紀子。発信力と遠心力、もっと言えば煽動力に関しては天下一品の2人が組めば、それはそれはハリケーンクラスの大きな風が巻き起こるに違いない。煽られまくった票が雪崩を打って、という事態は決してあり得ないことではない。

そしてこの2人を仲介したのが、自民党に嫌気が差した二階俊博というのは本当だろうか。
派閥解消のゴタゴタにうんざりした二階は、とっくに岸田自民党を見限って、離脱の腹づもりである。そして身軽になったところで意趣返しに自民党をひっくり返してやろうと、百合子と真紀子のタッグを画策しているのである。さすが政界の一寸先は闇。寝業師というか、フィクサーというか、とんでもないことを画策するものだ。

そんな動きを見て警戒を強めた一派が、警告のために目白の田中邸に火を放ったというのは本当だろうか。
そもそも線香一本であんな豪邸が燃えるのだろうかという疑問は当初から言われていた。
いくらなんでも火災報知器に消火設備は用意されていただろうし、あんなにあっさり全焼するのはどうもおかしい。これはやっぱり真紀子と百合子のタッグを阻止するために、裏の組織が火を放ったのだ。
そのような様々な噂が飛び交って(一部、オレの妄想も含む)、この先の動きには目が離せない。恐ろしいのは、確かにあり得るよなあと思えてくることだ。まったく政治の世界は怖い。

などと考えながら観た映画が「リバー、流れないでよ」である。これは超傑作だ。
まったく何の予備知識もなく、適当に時間つぶしに観た映画だったが、これが大当たりだ。どうやら去年、けっこうな話題になったらしい。知らなかった。
舞台は、京都の奥座敷と呼ばれる貴船旅館。ここでなぜだか突然、2分過ぎると2分前に戻ってしまうというタイムループ現象が発生してしまう。旅館の客も従業員も、延々と2分間を繰り返してしまうのだ。
それによってパニックが発生。人々は次第に壊れていく。その様を、従業員の仲居の視点で描く。
この主役の女の子がとても可愛いのだが、実は舞台となった老舗旅館がこの子の実家という裏ネタを知ってびっくり。
旅館の中だけという狭い世界で、10人ぐらいの人間が延々と2分間のループを繰り返すという、考えただけでも単純極まりない映画のはずなのに、これが無茶苦茶面白くてまったく飽きることがないのだ。その2分間をワンカットで撮るという長回しも見事。
最後の最後になぜ2分間のループが発生したのか、その理由が明かされるのだが、これが実に実に馬鹿馬鹿しい理由で、あまりのくだらないオチに脱力し、ずっこけてしまう。
その後に流れる、くるりのエンディングテーマが実にこの映画にマッチしていて心が温まるところまで含めての超傑作だ。何度でも繰り返して観たい映画である。

というわけで、それに続いて観たのが「Dr.コトーの診療所」である。これは超駄作。
大人気だったテレビドラマを映画化したもので、となかく役者が豪華。
吉岡秀隆、柴咲コウ、時任三郎、大塚寧々、高橋海人、生田絵梨花、小林薫。
蒼井優、神木隆之介、堺雅人あたりがちょい役。えっ、こんなちょい役が神木君? と思ったら本当に神木君だったりするわけだ。
最後のロールには船木誠勝の名前があって、えっ、あの船木が出てるの? と思ってWikipediaを見たら漁師役で出ていたらしい。気がつかなかった。
という具合に超豪華な役者が勢揃いして、沖縄の超きれいな自然を楽しむことができる。 だが、話がいろいろと酷い。
本物の医者がこの映画を観て書いた批評が面白い。
「急性骨髄性白血病になった主人公が、すぐに抗がん剤治療が必要なのに心臓のバイパス手術をやらされてかわいそうである」「キンプリ(高橋海人)がトリアージの必要性を訴えているのに誰も耳を貸さない」「心停止した患者がなぜか後になって心臓マッサージで蘇生したのは、気合いで回復したように見える」「医療は気合いではない」「キンプリが一番まともなことを言っている」云々。
しょせんドラマ。ファンタジーである。だがファンタジーであるからこそ、リアリティを大切に描かなくてはシラけるばかりなのだ。
台風になれいるはずの離島なのに、なぜか島民はパニックでけが人多数。そのけが人が大挙して診療時に押し寄せて、オレを診ろ、私を治せと白血病の医者に迫る。
それを診た高橋海人が「全員助けるなんて無理だよ」と絶叫する。それはその通りだが患者の前でそれを言うか。
わがままで身勝手すぎる島民たちを救うために自己犠牲をいとわない医者。こんな映画はダメだろ。


2024.01.20

大寒


練馬区の住宅で80代夫婦が凍死したというニュースがちょっとバズった。現場はオレんちのほとんど町内である。近所にはでかい団地があり、入居者の半数が中国人というエリアだ。
真夏に高齢者が自宅で熱中症になり、亡くなったというニュースはそこそこあるが、凍死はなかなか聞かない。例によって共産党は「政治が」「カネが」「岸田が」と大騒ぎだ。
共産党は騒ぐことが目的の党で、令和の山本太郎も似たようなもので、相手にする必要はない。共産党が騒がなくても、こりゃ困ったということは誰でも思っている。
もっとも我が家も練馬に引っ越してきて一戸建てに暮らし始めた最初の冬は、こんなにも寒いのかとびっくりしたものだった。地面に近いことに加え、やっぱりこの地域全体が寒いのだろう。
もちろん今も寒い。だいぶ慣れたとは言え、暖房は必須だ。暖房がなければ凍えてしまうのは道理だろう。
似たような事故が起きないよう、祈るのみである。


2024.01.19

イラク2-1日本


失点直前の鈴木ザイオンのプレーには、うわあ、なんてことを、と声が出た。
イラクの真正面のシュートをキャッチせず、パンチングしたのだ。ブレていたわけでもなく、普通のシュートだった。
簡単にキャッチしてすぐにフィードすれば絶好の攻撃のチャンスだったのに、まさかパンチングとは。キーパーは攻撃の起点ということを知らないのか。
いや、知ってはいるだろうが、前のベトナム戦でのやらかしで、怖くなってしまったのだろう。とにかく安全に、目の前のボールをクリアーすることに必死になっている。
案の定、直後のプレーではイラク選手の位置など目に入ってなくて、やみくもにパンチングするものだから相手へのパスになってしまい、あっさり失点。
キーパーがこれではフィールドの選手は怖くてたまらない。ザイオンはとことん信頼されなくなってしまった。

鈴木ザイオンは明らかにサッカー協会(要するに電通枠)のゴリ押しで代表入りした選手だ。
ちょっと前のチェイス・アンリとか、今回の鈴木ザイオンとか、サッカー協会には謎のハーフ病がある。ハーフ選手のえこひいき、特に黒人とのハーフはえこひいきする病気だ。何かのコンプレックスの表れか、アイコンとして商売上のうまみがあるのか。
ザイオンにポテンシャルはあるかもしれないが、しょせんはポテンシャル。代表のキーパーじゃない。
もっとも他の選手も酷かった。技術云々ではなくて、やる気の問題だ。舐めた態度と精神で大会に臨んでいる連中ばかりだ。久保とか。
「アジア、かったりーっす」「早くクラブに帰りてえっす」
ヨーロッパの選手にとっては、チャンピオンズリーグとワールドカップがガチの大会で、アジア大会なんて出場する意味がないのは確かだ。アジアの猿が集まった大会よりも、自国のリーグのほうがよっぽど大事だと思っているに違いない。そんな気分がプレーにもはっきり表れていて、相手を舐めている。

気の毒なのは森保だ。そんな舐めたガキ選手とゴリ押しハーフ選手を使わなければならないのだから。
いやいや、その森保自身が一番舐めてるわなあ。
0-2で負けているのにハーフタイムの交替は谷口から富安だけ。5バックでスペース埋められてから、広い場所での徒競走なら誰にも負けない前田大然を投入。酷い出来の両サイドバックには手を付けない。
富安によれば、交替の際に森保から細かな指示はなかったそうだ。さすが選手を集めて丸投げするだけの森保サッカー。名波とか、何のためにベンチにいるのだ。
そんなチームだから、中の空気もずいぶん悪いのだろう。南野と久保が絶対にパス交換しないところを見ても、人間関係はズタズタのような気がする。
早くチームに帰りたいガキ選手たちが、森保や名波のことを舐めているのだから、そりゃあ空気も悪いだろうなあ。

まあ、オレは別に代表のことはどうでもいいんだけど、このゲームを見た町田の黒田監督が「うひゃひゃひゃ」と高笑いするに決まっているのが気分悪い。
黒田は「足元でチャカチャカやってパスをつなぐサッカー」と代表のことを小馬鹿にして話題になった。いや、あれはたぶんヴェルディのことを小馬鹿にしたのだと思うし、アルビレックス新潟のサポはアルビを小馬鹿にされたと怒っているのだが、とにかくあの黒田が「ほーらな」と得意げになっているのを想像するだけで腹が立つ。まったく森保はなんということをしてくれたのだ。
もっとも今日の代表なら間違いなくアルビレックス新潟の方が強いから、黒田の言うことなんて相手にする必要はない。黒田は青森山田のほうが代表より強いと思っているだろうが。

前回のアジア杯:目標優勝→結果準優勝
東京五輪:目標メダル→結果3位決定戦で敗れメダル取れず
W杯:目標ベスト8→結果ベスト16
結局、森保は今まで何一つミッションを達成していないのである。どこまで続投させるのだ。
成功したわけではないのに成功体験があると思い込み、それによって失敗を繰り返している。とほほほ。没落ジャパン。

ドーハで、あのイラクと戦うということで、オレたち世代には実に感慨深いゲームになるはずだった。それがこんなにも呆れたゲームになるとはなあ。
これでグループリーグ1位突破は消えた。2位突破は確実だと思うが、それだと決勝トーナメントで韓国・オーストラリア・イランといった相手とやらねばならない。死のロードだ。
これを避けるには、3位となって成績上位4チームへの救済措置によって決勝進出という離れ業を使うことも必要だ。これはなかなか面白い。
もっともそれにはインドネシアに負けなければならないわけで、さすがにそれは現実的ではないと思うのだが、ターンオーバーを口実にサブメンバーだけで臨むという禁じ手も考えられる。いっそそれぐらいのことをやってくれないかな。


2024.01.18

アパカレー事件


今日は朝から金融大手で負荷の高い仕事をした後、午後から別の商社系企業で別の意味で負荷の高い仕事と、かけもちなのだった。
移動中、さくっと昼飯を済ませておこうと考え、飯田橋を歩く。するとアパカレーのスタンドが目に付いたので飛び込んだ。
アパカレーとはあのアパホテルのつくったカレーで、例のお帽子おばちゃんの写真がトレードマークである。レトルトのパックだけだと思っていたから、食べられる店があるとは意外だった。

アパホテルは一昨年アルビレックス新潟のスポンサーになって、けっこうなスポンサー料を払ってくれた。なかなかいいではないかと、以来、泊まるならアパホテルと決めた。
ところが一年もたたないうちにスポンサーを降り、日本代表のスポンサーになってしまった。アパホテルとしては前に進んだつもりだろうが、あっさり見捨てられたこちらとしては踏み台にされた気分だ。
実際、サッカーのスポンサーとはどういうものかとアルビレックス新潟でテストマーケティングし、ゲームによってはサポーターが大挙して泊まってくれることが分かったので、代表スポンサーに乗り換えたのだろう。
その失礼に振る舞いにアルビレックス新潟のサポーターは大いに気分を害し、オレも金輪際アパホテルに泊まるもんかと決心。従ってアパカレーも二度と口にするかと思ったものだった。
だが、忙しい移動中のメシである。背に腹は代えられない。
オレは心底仕方なく、アパカレーのスタンドで昼飯にすることにしたのであった。

アパカレーは、いわゆる金沢カレーの系譜である。ゴーゴーカレーなんかと同じだ。
だが同じ系譜と言うだけで、味は一段落ちる。金沢カレーには秋葉原にアルバという名店があって、アパカレーはその足元にも及ばない。今日は店で一番人気だというカツカレーにしたのだが、ルーはひたすらしょっぱく、カツはペラペラ。そば屋のカツカレーの方がなんぼか美味しいというレベルであった。
だから、12時半という時間なのに店内ガラガラ。オレと入れ違いに1人が出て行ってから、客はずっとオレだけだったというのも納得であった。
まあ、よい。リピートは絶対にない。

もちろんちゃんと「ごちそうさま」と言い置いて店を出たわけだが、なんとその30秒後、オレはスマホを忘れたことに気がついた。カレーを食いながらスマホを見て、そのまま置いてきてしまったのである。
慌てて取りに戻ろうとしたその瞬間、目の前に走って現れたのは、アパカレーのお姉さん。店を出たオレを追いかけてスマホを届けてくれたのである。
アパホテルはあっさりオレたちを見捨てたが、アパカレーのお姉さんはオレを見捨てず、追いかけてくれたのだ。ありがたやありがたや。
オレは心から感謝し、深く頭を下げながらスマホを受け取ったのであった。

リピート絶対にない。
そう決断したが、スマホのお礼はしなければ。
そう考えたオレは、帰りに再びアパカレーのスタンドに立ち寄り、レトルトのアパカレーを3つ買ったのだった。
ヨメが興味津々だったので、お土産としてもちょうどいい。これでスマホを届けてくれたお礼は果たせただろう。
アパカレーの入った袋をカバンに入れ、途中下車して練馬高野台の最近のお気に入りの居酒屋で飲んで帰る。この居酒屋は、どういうわけか常に若いお姉さんが入れ代わり立ち代わりで接客してくれるのだ。
おっさんの接客より、若いお姉さんの笑顔の方が、よっぽどオレの疲れた心を癒やしてくれる。
帰ってヨメにアパカレーを手渡す。
早速晩ご飯代わりにレンジでチンしたそれを食べたヨメは「確かに微妙、アルバのほうが全然美味しい」と、オレに共感するのであった。


2024.01.17

サッカーが強くなると経済力は落ちるの法則


日本の名目GDPがドイツに抜かれることが確実になって、日本は世界第4位の経済大国へと転落である。2026年にはインドにも抜かれることが確実なようで、再来年には日本は世界第5位にまで落ちていくのだ。
これを受けてネットは例の「自民が悪い自民が」という怨嗟の声であふれている。
だがちょっと待て。
経済学の専門家によれば「しょせん名目GDP。全然どうでもよい」ということらしい。
素人のオレには理屈は分からないが、名目GDPは数量を表すものなので、人口減少の続く日本で名目GDPが下がるのは当たり前のことだそうだ。つまり名目GDPと豊かさに関係はないので、一喜一憂することはないというわけだ。
よくわからないが、ちょっと安心する。
確かにドイツの名目GDPは日本を抜いたけれど、実は物価高と為替がその要因で、経済成長自体はマイナスらしい。ドイツにとって世界第3位になっても、ちっとも笑えないということだ。
ほほう、そういうものなのか。やっぱりちょっと安心する。
確かにここ30年の没落日本は事実だと思うが、しかし人口減少というどうしようもない理由が大きな原因なのだから、あんまり名目GDPなんて気にしなくていいようだ。


2024.01.16

日本人の成人の90%以上が帯状疱疹のウイルス保有者である


かかりつけのクリニックに行った。毎月の定期健診と、ついでに帯状疱疹のワクチンを打ってもらうためである。
待合室に入ると、新しいポスターが目に飛び込んできた。「脱毛はじめました」とある。
このクリニックは地元密着の営業方針なので、高齢の客ばかりだ。平均年齢はかなり高い。
やるなら脱毛じゃなくて、増毛だろう。そのほうがよっぽど客に喜ばれる。相変わらずセンスねえなあと、呆れる。
ポスターには「お支払いは現金かPayPayで」とあった。
ほほう、ついにこのクリニックもキャッシュレスに踏み切ったか。1ヵ月のうちで現金に触れるのは、今や定期健診に来るこのクリニックだけだ。ここもPayPayだと、いよいよ本格的なキャッシュレスライフの到来だな。
帯状疱疹のワクチンを打ってもらった。2回目である。これは非常に痛い注射だ。
看護師は「痛いですよお、我慢してくださいねえ」と言いながら打ち、オレはあいてててと七転八倒。看護師、嬉しそうである。
終了後、会計に向かう。窓口でPayPay始めたのかと聞いてみたら、「ウチはまだです」との返事。
だってポスターに、と問うと「あれとはレジが別で」ということだった。なるほど、脱毛業者がやるわけね。そもそも脱毛は医療行為ではないだろうから、確かに会計は別だわなと納得。
なかなか完全なキャッシュレスライフは遠いのだった。


2024.01.15

これであなたもムー民に


志賀原発から放射能が漏れているから、政治家は能登へ行かないんだ。そんな噂が飛び交っていることは先日書いた。
最近の新しい噂は、羽田の飛行機事故はフェイクであるというものである。
燃えている映像はCGで、機内や脱出時の映像は演習時のもの。その証拠に、あまり慌ててないではないか。
慌ててないといえば、地上職員がこんな大事故なのに知らん顔で作業を続けているのもおかしい。
そもそも事故直後に臨時ニュースが流れるのも、タイミングがよすぎる。
そんなことをあげて、あの事故は実はでっちあげなのだ、と言い張る一派がいるのである。
アホらし。
ちなみに地上職員は耳栓をしていて余計な音は聞こえないし、どんな事態が起きても目の前の作業を全うするように徹底して叩き込まれている。そうでなければ別の事故を起こしてしまう。知らん顔で作業を続けるのは当たり前なのだ。

いつの時代にも陰謀論大好き人間というのは一定割合存在している。頭の中が完全に「ムー」なのだ。
もちろん「ムー」も、ホラ話として読むには大変に面白い。ロープに飛んで跳ね返ってくるプロレスを楽しむように、ホラは大きいほど本当っぽいよねーと面白がる精神が大切なのだ。
そして、そんなあなたにお勧めするのが「地球の歩き方 ムー」である。

ご存じ「地球の歩き方」とは、旅のガイドブックの超ロングセラーだ。このフォーマットを借りて地球上の様々なムーを紹介するというガイドブックなのである。この発想はなかったなあ。
学研で長いこと「ムー」の編集をしていた人が人事異動で「地球の歩き方」の社長になったことから実現したこの企画。朝のテレビで紹介されていたのを見て、即座にその場でAmazonをポチッとして購入。夜には手元に届いたので、早速開いてみた。
いやあ、面白いぞ。
モアイ像やピラミッド、ストーンヘンジ、ナスカの地上絵、アトランティス大陸などの定番ネタが、観光案内のようにこれでもかと山盛りに紹介されている。そのとんでもない情報量は圧巻だ。奇想天外という褒め言葉がこれほどぴったりな本もなかなかないだろう。
パラパラめくってつまみ読みしてもいいし、冒頭からじっくり読み込んでもいい。
家でジンのソーダ割りを飲みながら読むのに、これほど適した本もなかろう。

2500円近くとちょっと高めだが、絶対に損はない。(なお、オレは別にAmazonのアフェリエイトではないので。念のため)
もちろん日本も取り上げられていて、河童やツチノコなどが真面目に紹介されている。
プロが本気でホラで遊んでみたらこうなったというお手本である。
大変な傑作にして怪作、そして大変な労作だ。


2024.01.14

懐かしのフラットスリー


優勝候補筆頭の強豪が格下の弱小チームにふわっと敗れてしまうジャイアントキリングは、大会初戦などではままある。
日本にとっては、ロサンゼルスオリンピックの初戦でブラジルに1-0で勝ってしまったマイアミの奇跡が、強烈に印象深い。
アジアカップ初戦のベトナム戦、10分で先制してこれは5-0のゲームだと思ったら、なんと1-2と先攻されて追いかける展開になってしまったのには、ちょっと興奮した。

サッカーというのは国民性がダイレクトに表れるスポーツである。勤勉で真面目な国民性のベトナムは、実にコレクティブで規律の取れたサッカーを披露してくれた。
かつて中国人監督が指揮を執ったときは、無駄に荒っぽいサッカーをやっていて、このままじゃベトナムはダメになるなあと案じたのだったが、厳格に規律を求めるトルシエが監督に就任したおかげで本来の強みを発揮できるようになったようだ。
しっかりとラインをコントロールし、上げ下げもサボらずにやる。しかも終盤に強度が落ちるかと思ったらそうはならず、歯を食いしばって必死に汗をかく。とても真面目で真摯なプレーには、好感が持てた。ベトナムはいいチームだ。

一方の日本はというと、相手を舐めていたのか、冴えなかった。選手間の距離が悪く、ちっとも組織力が発揮できていない。
なによりもキーパーが悪すぎた。
飼い殺しの目に遭っていた浦和を脱走したのは鈴木ザイオンにとって好判断だったが、今日のようなプレーではベルギーでも働き場所を失うだろう。
1点目はベトナムのスーパーゴールだから仕方ないとして、2失点目は、立ち位置も反応もはじき方も、すべてがダメダメ。アルビレックス新潟の小島の方が数段上である。だからといって小島を代表に出すつもりもないが。こちらとしては。代表よりチームのキャンプのほうが重要だからな。わはは。

マイアミの奇跡は、日本が本気で世界で闘えるチームをめざす起点となった。
同様に今日のゲームはベトナムにとって何かの起点になるのではないか。

それにしてもトルシエは元気そうで何より。
さすがに老けたなあ。そのためか、かつてのエキセントリックぶりは影を潜め、実に穏やかな物腰での指揮だった。
歴代の代表監督でも突出した存在感を発揮した彼に日本の成長ぶりを見てもらえたことは、ちょっと感慨深い。


2024.01.13

寄付


天下の悪法、ふるさと納税。
税金ってのは自分たちの住む土地の未来のために用立てるものだろうに。世田谷区なんて去年97億円も税金が流出してしまったそうだから、たまったもんじゃないだろう。
そのふるさと納税を能登への寄付に流用する仕組みっていうのも注目されている。
いや、待て。納税は納税、寄付は寄付。ちゃんと分けて寄付すべきだろう。
だがしかし、為さぬ善より為す偽善。
金に色は付いていない。
それは間違いない。だったらふるさと納税を利用して寄付するのも、決して間違った道ではないということか。
何も寄付せず文句ばっかり言ってる自分を反省する。


2024.01.12

物価は上がってオレの景気は後退する1人スタグフレーション状態かよ


物価上昇が止まらない。
先日、コンビニで家族3人分のお昼に弁当類を買ったら、2000円近かったのでびっくりした。感覚的には1000円ちょっとなのだがなあ。
これでは外食するのとあまり変わらないではないか。
スーパーへ行ったら、山積みのカップヌードルが安売りされていて、どれどれと思って近寄ったら188円。えっ、これで安売りなのかと、怖じ気づいた。
オレがあまりに時代の流れについていけていなのかもしれない。
先日、有楽町でオザキと飲んだ際、今や飲み会の割り勘は1人7000円、8000円が当たり前なのだと聞いて驚いた。
3000円を超えたら高い、4000円なんてとんでもないという感覚で飲んでいる身としては、都心の相場が恐ろしくなる。オレももうあまり飲み歩かなくなったからなあ。
でも、あまりにも高い高いと言い続けていると、品性まで貧しくなっていくような気になる。金の話はやっぱり下品。口が汚れるような気もするから、高いという言葉はぐっと飲み込んで、黙って安いものを探すことにする。

「風に舞いあがるビニールシート」森絵都・文春文庫。
直木賞受賞作である。森絵都の作品は「みかづき」以来かも。あれも傑作だったが、こちらもたいへんな傑作だ。大切な何かのために懸命に生きる人たちの6つの物語だ。本当に上手い作家だなあと唸らされる。女性作家としては宮下奈都や三浦しおんがオレのお気に入りで、森絵都はちょっと合わないかなと感じることもあるのだが、そんな感情を押しのけて、とにかく諸手を挙げて上手いと言うしかない。


2024.01.11

昔はいくらでも眠れたのに


「ももクロの赤」こと百田夏菜子がKinKi Kidsの堂本君(どっちだ?)と結婚したというのでネットが大騒ぎと思ったら、おじさんのコマちゃんとオザキも「この世の末だ」と大騒ぎ。
百田夏菜子ってもう29歳だ。アラサーのおばちゃんが結婚したぐらいで、いいトシのおっさんが嘆くんじゃない。
「どうせすぐ離婚」「妊娠発覚か」「ホモとレズのカムフラージュ婚」とネットでは様々な噂が流れ、これをくっつけると「妊娠したので仕方なく結婚したが、ホモとレズなので、すぐに離婚する」ということになる。
落ち着け、コマちゃん、オザキ。君たちの大好きな夏菜子は、すぐに帰ってくるぞ。
10年ちょっと前のよみうりランドでのライブDVDを見ると、ももクロの輝きは本当にまぶしい。応援したくなる。今の「あたいら、ショービジネスなんで」という空気感とはえらい違いだ。

昨年末でアルビレックス新潟を契約満了、要するにクビになったのが第4キーパーの瀬口だ。昨年は1試合しか出場していない。
完全に戦力外ではあるのだが、大変な人格者で誰からも愛されていた。試合に出場できる見込みなどまったくないのに誰よりも早くクラブハウスにやって来て入り口に盛り塩をし、練習でも決して手を抜かず、打ち込む。
「瀬口があそこまでやるんだから」と周囲の選手は大きな刺激を受けていた。まさに人間としてのお手本のような選手だった。
契約満了とは言え、新潟を離れることは本人の意向でもあった。理由は家族の問題だという。要するに地元・岡山にいる両親の介護だろう。
その瀬口が、能登半島地震で被害を受けた新潟についてのローカルニュースに、ちらっと映り込んだことで騒ぎになっている。液状化で被害を受けた住宅で、ボランティアとしてスコップをふるっていたのだ。
映ったのはほんの一瞬で、しかもマスクをしていたのに、「あれは瀬口では」とすぐにネットで噂になり、「さすが瀬口」「瀬口ならあり得る」とみんな驚きつつ納得する。
契約満了で新潟を離れたはずなのに、岡山から駆けつけてくれたのだろう。聖人すぎる。 次のチームも決まっていないのに、自分の生活の心配より人の心配か。
心から尊敬する。
瀬口よ、その姿をきっとお天道様が見守っているぞ。

サッカーと言えば、年明けから大きな出来事ばかりでつい書き忘れていたが、あの遠藤保仁が引退した。
ヤットがやっと引退。
唯一無二の選手だったなあ。試合ではあんまりスプリントしないで、フラフラと漂っている。あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。全力疾走しないからそんなに走っているイメージはないのだが、終わってスタッツを見れば両チームで最も走っていたなんていうことが珍しくなくて、そのたびに驚かされた。
なんでフラフラしているのかというと、幾手も先のボールを読んで先回りしているのだ。きっと遠藤には遠藤にしか見えない景色があるのだろうなあと思っていた。
だから、普段はフラフラと漂っているだけの遠藤が突然走り出したときは、必ず何かが起きた。チャンスだったり、ピンチだったり。遠藤は常にピッチ上の未来を予見しながら漂っていたわけだ。
ザッケローニも、岡田武史も、そんな遠藤を本当に頼りにしていたと思う。
ガンバで長くプレーして、いつの間にかそのフラフラするプレーが老害呼ばわりされるようになり、J2の磐田に移籍する。
新潟と対戦したとき、若い小見にわざと隙を見せて突っ込ませ、あっさり交わして得点に結びつけたシーンは象徴的だった。あっ、小見、誘いに乗るんじゃないと叫んだものだった。手玉に取る、とはまさにこのことか。
高校を出て、勢いだけの小僧なんて、老獪な遠藤にしてみれば、チョロいものだったろう。 もうこんな特異な選手は出てこないだろうなあ。サッカーを観る眼福を教えてくれた選手だった。

オレはGoogleのタイムラインを利用していて、毎月一回、先月の行動記録というものが送られてくる。そして年が明けると、去年1年間の記録も送られてくる。
今日届いたそれによれば、2023年のオレは、58の都市を訪問し、448地点に足を運び、地球一周の44%を移動したようだ。
徒歩は149時間で車は262時間、電車は207時間。へえ、車での移動時間が一番多いというのはちょっと意外だ。
訪れた地方というと、福岡、岡山、大阪、名古屋、岐阜、新潟、仙台。意外と少ない。
「日本中を忙しく駆け回ってます」なんて見栄を張って売れっ子みたいな物言いをしているが、たいしたことないな、こりゃ。さすがに盛りすぎだ。
いわゆるライフログであるが、こういう記録を眺めるのは面白い。Googleには筒抜け。

今月号の「文藝春秋」を読む。睡眠の特集が興味深い。
世界的に見ると、1人あたりのGDPの高くて経済的に豊かな国ほど、平均睡眠時間が長いそうだ。これはけっこう衝撃的なデータではないか。
日本人の場合、1960年から2015年では1時間も睡眠時間が短くなっているとのこと。
国の比較だけでなく、日本企業に限って調べてみても、経常利益率の高い企業、つまり稼いでいる企業の社員ほど、社員の平均睡眠時間は長いことがわかった。寝不足になればパフォーマンスが下がるということか。
やはりたくさん寝るのは大切なことなのだ。もっとも最適な睡眠時間は人によって遺伝的に違っているらしく、ショートスリーパーがいるのは確かだし、大谷のように10時間たっぷり寝るという人もいる。
要は自分に最適の睡眠時間を知って、それを守ることだ。そのためには4日間、目覚ましも掛けないで寝ることで、自然に目が覚める時間がわかれば、それが最適睡眠時間ということになるそうだ。
オレは経験的に7時間寝たときが一番スッキリしている。でも最近は睡眠障害っぽくて、4時間から8時間まで、日によってバラバラだ。もっとちゃんと寝たいものである。


2024.01.10

ドジョウ物語


例年のことであるが、年末年始はだいたい2週間ほどもヒマになる。
そりゃそうだ。商流の末端の仕事だから、何でもかんでも後回しにされるのは当然のこと。じたばたしても仕方ないので、おとなしくボケッとして過ごす。

ヒマだから、風邪をひいて寝込んだ娘の看病をかいがいしく務めていたら、「どうしてお父さんは風邪がうつらないんだ、田んぼのドジョウを食っていたから丈夫なのか」と息子に言われた。
うーむ、そうかもしれんねえと返す。昭和30年代に田舎で育ったオレたちは、確かに食ってきたものが違うからなあ。

祖父は集落の脇を流れる小川で大量のドジョウをつかまえて、それを昼飯用に煮込めと祖母に命じていた。鍋をかき回す祖母のうんざりした顔を今でも思い出す。
ちゃんと泥抜きをしていたのかどうかもわからないが、子どものオレはそれをたらふく食わされた。
肉などほとんど食べなかった。唯一、たまに口にするのは、地面に放し飼いしていたチャボを絞めて解体した肉。祭りなどのハレの日のご馳走だった。
チャボだから堅い肉だったんじゃないかな。
卵は、近所の養鶏農家から毎朝生みたてを買っていた。海産物は、浜の漁師の女房たちが行商で売りに来る採れたての魚を食べていた。

要するにすべて地場のもの。貧しい時代の貧しい地方なんて、みんなそんなものだった。
おかげでこの年になっても丈夫なのかどうかはわからんが、今思うとなかなかワイルドな食生活だったのは間違いない。

「存在のすべてを」塩田武士・朝日新聞出版。
本の雑誌の2023年ベストワン。圧倒的な高評価の一冊だ。
バブルの頃に発生して未解決に終わった八王子と横浜の連続誘拐事件を、引退した記者と刑事が掘り返していくという話だ。
おお、こりゃ面白そうではないか。なにしろグリコ森永事件をモチーフにした「罪の声」という、とんでもなく面白いミステリーを書いた塩田武士の作品である。オレは、時の流れを超えて老いた新聞記者が未曾有の犯罪の真実に迫っていくハラハラドキドキの展開を期待したのだ。
だがその期待はあっさりと裏切られ、話は恋愛物語へと変質し、そのまま終わる。途中、一体オレは何を読まされているのだろう、この話はいつ元に戻るのだろうかと、何度も首をかしげたのであった。
だが世評は高い。オレに読む力が足りなかったということなのだろう。がっくりと肩を落とすのであった。


2024.01.09

しじみを飲めばしじみ汁〜


どうやら今年の令和様は人々が「えっ!」とあんぐりするような出来事を毎日のように起こすことにご執心らしく、幸いにもと言っては八代亜紀には申し訳ないのだが、幸いにもそれは次第にスケールダウンしているようではあるものの、今日はその八代亜紀がなくなったとの報に、人々はやはり「えっ!」と口を開けたのだった。
えっ、清子でもなくて、アキ子でもなくて、亜紀かよっ。
今ちょっと調べたら、八代亜紀とイルカとスティーヴィー・ワンダーって同い年なのね。イルカがバグってる。

八代亜紀は、よく知られたようにバスガイドを辞めて上京し、キャバレー歌手として辛酸をなめた後にデビューにこぎ着け、演歌歌手として大成した人である。
何かのインタビューで、特に演歌を歌いたかったわけではなかったということを話していたのを記憶している。
ご機嫌なディキシーランドジャズの演奏をバックにした 「証城寺の狸囃」では、素晴らしいボーカルを聴かせてくれる。キワモノの企画ものかと思って聴くと、何という表現力なのだとびっくりするぞ。
これは日本の童謡をいろな歌手が歌うというシリーズのCDに入っていた演奏で、オレも持っていたが、確か長野の松ちゃんに売ってしまったような気がする。
寿司屋が自分の好きなネタを握っているのではないのと同様に、歌手だって自分の好きな曲を歌っているのではない。客のカネのために歌っているのだから、八代亜紀がジャズを封印して演歌を選んだのは当然だった。

それにしても膠原病からの間質性肺炎だったとは。やっかいな難病じゃん。
この病気については、ウッチーと一緒に有名医大の専門家にインタビューしたことがある。
非常に捉えどころのない、不思議な病気という印象だった。医療者の間でも認知度は高くなく、従って治療に当たれる専門家も少ないそうだ。
本来は外の攻撃から身を守ってくれる免疫が、何かのきっかけで自分を攻撃するというメカニズムだという。その結果様々な臓器の機能が徐々に低下していき、間質性肺炎などを引き起こす。
何がきっかけなのかは今も不明で、治療法も発展途上。新たな薬の開発は進んでいるが、現時点で根本的な治療法はない。
高齢者に多く、高齢化が進むとともに今後、患者は増えていくだろう。やっかいな病気だ。
膠原病と聞いてもピンと来る人は少ない。オレもそうだった。その点でもやっかいだ。診断を下すことでさえ、時間がかかる。

それはともかく、八代亜紀と言えば「舟歌」だろうなあ。本人は最初、あまり乗り気ではなかったらしいが、想像を超えるヒットとなり、代表曲となった。別にオススメではないネタを握ったのに客が大喜びでつまんでくれたというわけだ。
ヒット作りは難しいものだ。

先日、中村メイコが亡くなったら、翌日の「徹子の部屋」が急きょ、中村メイコの回の再放送に差し替えられた。八代亜紀も、同じことになるのだろうか。なるのだろうなあ。
今やあの番組はそうした追悼映像が一番の目的のように思えてならない。

「絶叫」葉真中 顕・光文社文庫。
アキはアキでもこちらは亜紀ではなくて顕。ケンと書いてアキと読む作家である。以前、「凍てつく太陽」という作品を手にして面白そうだとは思ったものの、そのボリュームに恐れをなしてページを開くことはなかった。今回の「絶叫」も同じように分厚い一冊だが、現代ものでとっつきやすそうだと思って読んでみた。
一読、びっくり。すげえ小説。陽子という1人の女がどんどん墜ちていくという話で、まったくやるせないというか、実に冷え冷えした話である。
大泉町のアパートに暮らしてみたり、京王線つつじヶ丘北口のマンションに引っ越したりと、陽子はオレの近くをうろうろしていたのか。親近感を覚えるのだった。
構成が実に凝っている。
主人公の陽子は常に「あなた」と呼ばれる三人称で描かれる。これを挟むように、女刑事の捜査と、法定での犯人の証言が並ぶ。これらの時制が行ったり来たりするので、本来はとても混乱するはずなのだが、そこが実に上手く整理されていて、まったく混乱することなく読み進められる。たいした筆力だ。
そして「あなた」という呼びかけは、きっと神の視線なのだろうと思っていた。墜ちていく女の人生を神が見つめているのだろうと。非常に効果的な書き方だ。ところがそう思ったのは、オレがすっかり作者に騙されていたからで、最後の最後に「あなた」という呼び方の必然性が明らかにされる。
なんという伏線回収。お見事であった。
今度は「凍てつく太陽」を読んでみよう。


2024.01.08

御殿焼失


今度は「目白御殿」田中角栄邸が全焼って、今年は朝っぱらから一体どういうことなんだ。いや、朝ではないのだが。

田中角栄のお孫さんとは一時期一緒に仕事をしたことがある。つまり田中真紀子さんの娘さんだ。
30歳の頃、オレは日本経済新聞社の仕事をしていて、そのときの担当チームの1人が彼女だったのである。
声はそうでもなかったものの、顔が実にまったくお母さん、つまり田中真紀子さんそっくり。うり二つ。でも立ち振る舞いは優雅で、決して笑顔を絶やさず、大きな声を上げることもなかった。さすがお嬢さん。育ちのよさをうかがわせる人だった。
もちろん目白御殿の人であることをひけらかすようなことはまったくなかったけれど、周囲は当然、おじいちゃんが角栄さんであることを知っていた。
オレが一緒に仕事をしていた頃の彼女は新入社員で、有名新聞社に実力で入社したのだとしても、選考で忖度されたに決まっているという目で見られる。それはそれで気の毒なことだなあと思ったものだった。
後年、結婚したことを噂で聞き、そして離婚したことを週刊誌のベタ記事で知った。燃えた御殿にはもう暮らしていなかったのだろう。

目白御殿が全焼して、これで昭和の遺産がまた一つ消えた。
火事の原因が、お線香の消し忘れというのも、実に昭和というか。

「ばにらさま」山本文緒・文春文庫。
58歳で亡くなった作家の最後の作品集である。基本的にめんどくさい作品が多い人だ。どの話も読んでいて、うんざりする。女臭さがするというか、男としては生理的に受け入れられないという匂いがある。それでも超絶に上手いのは確かで、今さらながらに早逝が惜しまれる。


2024.01.07

驚異の絶縁宣言


地震の直撃を受けて志賀原発が無事なわけがない

既に被害を受けて放射能が漏れ出しているに決まってる

岸田総理以下、政治家が現地に行かないのは被爆を恐れているからだ

そんな中、被災地に乗り込んで炊き出しのカレーを食べたオレたちの山本太郎、かっけー!

いうのが、一部の方々の認識らしい。
これは決してオレが考えたお笑いではない。本気でそう思っている方々がこんなにもたくさんいるのかと、Twitterを見るとびっくりする。
例のおじさんはFacebookで「自民党支持者とは金輪際、縁を切る」と突然宣言した。
おいおい、「金輪際」は否定の言葉と一緒に使わなきゃいけないから間違っているぞと思いつつ、オレは自民党支持だから、一方的に縁を切られてしまった。ぎゃふん。
縁を切ったんだから、たんさいぼうに「いいね!」なんてしちゃダメでしょ、めっ。

共×党の練馬では、募金を集めている。被災者のためではなくて、被災地で活動する共×党員のための募金なのだという。
それを「おかしいではないか」と指摘した自民党のT議員が、新年の区議会議員総会で共×党の議員に囲まれて「邪魔するな」「×すぞ」と恫喝されたと、Twitterで報告している。
被災地で救援活動に従事して疲労困憊で練馬駐屯地に帰ってきた隊員たちの前で、「レンジャー訓練やめろ」とプラカードを掲げるおばちゃん議員のいるような党だ。さもありなんと思う。

「縁を切る」宣言には久々に腹を抱えて笑わせてもらったなあ。つーか、こっちはとっくに縁を切っていたのだが笑。

「歪んだ波紋」塩田武士・講談社文庫。
その宮部みゆきのハードカバー2札と一緒にブックオフで買ったのがこれ。こちらは文庫だ。さすがにブックオフ、ハードカバーが200円だったのに対し、こちらは文庫なのに550円。いったいどういう基準なのだろう。
それはともかく、これは塩田武士がメディアの変質について書いた一冊。話の構造が複雑で登場人物も多いことからオレの頭は混乱するのであるが、その中でも強烈に刺さったのが、既存メディアは「自由と無料をベースにした難敵(ネット)を相手にしているという自覚がない」という一節だ。実に上手い表現をする。
ブログやフリーウェアが出てきたとき、自由と無料が前提になっているこれらは実に大きな脅威に映ったものだった。今度はそれがAIによって食われようとしている。まったく時代の流れとは恐ろしい。


2024.01.06

ジャケ買い


ブックオフに本を売りにいった。4500円になった。そのお金でブックオフで1000円ほど本を買って帰った。その中に宮部みゆきのハードカバー200円があった。
「さよならの儀式」宮部みゆき・河出書房新社である。
200円ならまあといいかと中も見ないで買ってしまった。家に帰ってページを開いてあれれれ、なんじゃこりゃと慌ててネットを検索したら、なんとこれ、SF作品集だったのね。

SFは高校生の頃によく読んだ。いわゆる御三家、星新一・小松左京・筒美康隆の全盛期である。
ひらめきの星新一、博識の小松左京、天才の筒井康隆と持ち味はそれぞれ。3人そろって原発の見学に出かけ、星新一が「ではまず放射能というモノをみせてください」と切り出したエピソードがあったっけ。
最初は星新一のショートショートがきっかけで、すぐに筒井康隆が一番のお気に入りになり、小松左京もきっちり押さえておくという読み方だった。
高校を卒業するとSFにはあんまり触手が動かなくなる。今もほとんど読まない。
だから宮部みゆきのSFだとわかっていたら買わなかったのに、200円だから何でもいいやと思ったオレの間違いだ。
とほほ。
ちゃんと確かめてから買いましょう。

そしてこの一冊と一緒に買ったのが、同じく宮部みゆきの「名もなき毒」だ。こちらもハードカバーで200円。これは長編の現代ものミステリーである。
「さよならの儀式」で自分の間抜けぶりにうんざりしたので、心を入れ替えて読み始める。そして同じく最初のページを開いて、あれれーというデジャブ感。
もしやと思って自分の日記を検索してみたら、なんと2006年に新刊でちゃんと読んでいるではないか。
こんなときには本当に役立つんだなあ、この日記は。などと感心している場合ではない。自分のアホさ加減の二乗にオレは絶望する。なんということだ。

ちなみにこれらの本はどうなるかというと、ブックオフに売却するのである。たぶん一冊30円ぐらい。差し引き340円の捨て金であった。すべてオレが悪い。ブックオフも宮部みゆきも悪くない。


2024.01.06

いつもニコニコ


日本のキャッシュレス率は36%ぐらいだという。海外の50%に比べてかなり低い数字だ。
やはり日本は現金が強い。ATMが普及していること、偽札がほとんど流通してないこと、治安がよくて現金を持ち歩いても平気なことなどが、その背景として挙げられるそうだ。
オレの場合、キャッシュレスの頻度はますます進んで、今や現金に触れるのは月に1、2度。ちょっと買い物に行ってくるという程度では、もはや現金を持参することすらない。息子も同様で、現金はほとんど持ち歩かない。
一方で娘は昭和に生きる感性なので、今も現金至上主義。PayPayで1万円おごってやっても嬉しそうではなく、ちっとも使わない。年齢に関係なくこういう人は一定数いるのだろう。

もっとも一昨年と昨年では、1万円札の発行枚数がほぼ同じだったそうだ。それまでずっと右肩上がりで1万円札の発行枚数は増えてきたというのに、ここで停滞である。
ということは、これが分水嶺となって、一気に現金の流通減少に拍車がかかるかもしれない。今年もお年玉はPayPayで、というニュースが聞かれると思ったが、そんなのほほんとした話題は時世にそぐわないわな。

大手町には、キャッシュレスオンリーのカフェがある。そういう店は各地に増えているだろう。
もっとも現金、つまり通貨での支払いを拒むことはできないという法律があるようなので、キャッシュレスオンリーの店でも現金を差し出して大暴れすればなんとかなりそうだ。

「新任警視(上・下)」古野まほろ・新潮文庫。
くどい、くどい。とにかくくどい。主人公は東大法学部卒で警察庁に入ったキャリア官僚。25歳という若さで地方の県警に異動し、いきなり60人もの部下(全員年上!)を指示して、カルト教団と対決することになった。さて、どのように部下を動かして教団に切り込んでいくか、という話である。
靴をすり減らし、汗をかきながら頑張っている現場を、中央からやって来たキャリアの小僧がかき回すというのはよくある話だ。これはそれを逆の視点から描いたもので、実に興味深い。しかも作者自身が東大法学部卒で警察庁というキャリア官僚だったから、その描写は実にリアルなのである。
警察機構の仕組みやしきたり、人間関係、お作法…。それらについて延々と数10ページも説明が続く。しかも何度も念を押すかのように同じ話が繰り返される。読んでいてうんざりする。それでも投げ出さずに済んだのは、文章がとにかく軽くて読みやすいからだった。
途中、やたらと伏線がばらまかれ「ああ、こりゃ伏線だな」と思ったところが最後に回収されていく。かなり強引ではあったが。最後のどんでん返しも、ええ、そりゃないだろうと呆れたが、まあ、そこはホラ話ということで。
神輿には神輿の役割がある。担ぐものたちのためにちゃんと担がれろ。
小僧を迎えた現場のベテランのそんな説教には、実に味があった。


2024.01.05

今日の日記は人様を口汚く罵る


これだけ大きなイベント(イベントか?)が続くと、1月1日が遠い昔のように思えてくる。 元日の朝、初日の出を拝んでから眺めたお笑い番組の、あの平和な空気が懐かしいわ。
要するに元旦のことなのだが、元旦という言葉を思うたびに、雨樋屋のコマーシャルとともに音楽及び「がん・たん」というサウンドロゴが自動的に脳内再生されてしまうのが鬱陶しく、どうしても元旦とは書きたくなくなるのである。

今年の正月は、息子は卒論の追い込みだし、娘はバイトだし、要するに子どもが忙しくて何も予定を入れられない。親だけがヒマだ。
それでも初詣ぐらいは行っておこうかと、10時過ぎにそろって家を出た。いいお天気なので徒歩である。
20分ほど歩いて向かったのは地元の氏神様だ。例年にも増して参拝客が多い。晴れ渡った青空もとてもきれいだ。

早速我が家も参拝の列に並ぶ。
すると目の前にすると割り込んできたおばはんがいた。小学生ぐらいの子どもが1人で並んでいた隣に滑り込んできたので、子どもに順番取りをさせていたのだろう。よくあることだ。
まあ、普通なら後ろに並んでいる人たちに「すみません」と声を掛けたり、少なくとも軽く会釈したりするのが常識だと思うのだが、このおばはんは常識知らずだから、そんな素振りはまったく見せず、平気な顔で堂々とオレの前に割り込むのだった。
イラッとしたが、まあ、よい。正月から無駄に怒ってもしょうがない。
ところがこのおばはん、信じられないことになんと犬を連れていた。
あまりのことにオレは目を剥く。目を剥いて思わず「ちょっと」と声をかけそうになる。
察した息子が「まあまあ」と手でオレを制し「場所を代わろうか」と言ってくれた。一気に戦闘モードのオーラを発したのだろう。
家族の前で好戦的な姿を見せてはならない。良心的な両親(ぷぷっ)であらねばならないとの思いで、オレは自制する。
列はそのまま順調に進んでいき、まさか、このおばはん、と案じていたら、そのまさかが本当になって、なんとおばはんは犬を抱いて賽銭箱の前に立ち、神様に向かって柏手を打ったのだった。
あまりのことにオレは仰天し、神様の怒りのとばっちりを恐れ、家族には「距離を取れ」と下がるように命じた。おかげで長い行列ができているというのに、我が家の前にはぽっかりと1メートルもの空間。

日本では古くから犬や猫は「穢れ」とされている。「畜生」なのだ。従って神社仏閣では動物の立ち入りを禁止している。
神社本庁も「排泄する動物を境内に入れてはならない」としている。(今「境内」が「慶大」に変換されて、あまりのことにオレは椅子から転げ落ちた)
要するに神社お寺に犬猫を連れ込むことは非常識にも程がある行為なのだ。

オレの実家の敷地には、小さなほこらが建っている。稲荷神社だ。実家では何度も犬を飼ったそうだが、そのたび、いつの間にか逃げ出していなくなったという。居着かないのだ。
犬畜生を嫌う神社の神様が追い出したのだろうと、亡くなった祖父が教えてくれた。
犬を連れて神社に初詣にきたおばはんの非常識さには、間違いなく天罰が下るだろう。下ってしまえ。
この世に犬なんか要らない党の党員であるオレは、おばはんの背中と犬に最大限の憎悪の視線を向け、そして天罰が下りますようにとお賽銭を放り投げたのだった。

きっとこういうおばはんが、「ペットも飛行機の座席に」と声を上げているに違いない。 雷に打たれてしまえ。
犬猫を連れて旅がしたければ、クルマに載せろ。
ペット保険の会社に、なぜ犬の生命保険がないのかと聞いたら「生命保険を発売したら、絶対に金目的で始末する人間が出るから」と答えていた。だから犬猫を車で撥ねても物損事故。たいした保険金にならないから割に合わないということだ。
石田ゆり子なんて、もっと聡明だと思っていたがなあ。ペット飛行機派の一員だったとはがっかりだ。天罰が下ってしまえ。


2024.01.04

勝利は正義


駅伝で我が母校が、にっくき駒沢に大恥をかかせてぶっちぎりで優勝したので、こりゃいい正月だわいと喜ぶ。
テープを切る最終ランナーを待ちながら仲間たちが肩を組んで歌っているのは、おお、カレソン(カレッジソング)ではないか。
大手町のオフィス街に響く「むらーさーきー、におーうー」という歌声を耳にして、オレたち卒業生は胸を熱くし、心の中で唱和するのであった。
後輩たちよ、よくやった。原監督にも拍手だ。
なんて具合に気分よくしていたら、なんと北九州で大規模な火事があり、深夜には山手線の車中で貞子が包丁を振り回し、4人を切りつけたというからびっくり。映像をちらっと見たら、確かに貞子そっくりであった。
そんな具合に年明けからの大騒動は収まらず、海外ではPray for JPNがささやかれる始末。どうやら令和様のお怒りはまだ収まらないようだ。

一連の騒ぎ、特に地震については、世間の目をそらすためにダイハツが引き起こした人工地震だの、いや、自民党が裏金騒ぎをごまかすための人工地震だの、そうじゃない、吉本興業が松本某のスキャンダルを隠すための人工地震だの、様々な噂が飛び交っているが、そんなことだから令和様のお怒りは解けないのだ。
あげくに令和じゃなくて平成に戻せという声まで上がっているが、待て待て、平成だって二度の大地震に世田谷一家殺人事件、オウム事件と、ろくでもない出来事のオンパレードだったではないか。決して平成の方が平穏無事だったというわけではない。
ともかく三が日は終わったのだから、1年の残りは穏やかに過ぎていってほしいものだ。
万博に使うカネは、とっとと能登に回せよな。

「未必のマクベス」早瀬耕・ハヤカワ文庫。
書店の平台に積んであったので、手に取る。作者も知らなければ、もちろんこの書名も知らない。解説では北上次郎も、この作者を知らないと書いてあった。
それでも何か惹かれるものを感じ、600ページの大著なれど読んでみることにした。
文章がとてもいい。心地よく読める。前半までは物語の展開もよく、気持ちよく読み進めることができた。だが途中から話がどんどん複雑になり、なかなか物語に入り込めない。北上次郎も、文章はいいが展開が乱暴というようなことを書いていたので、オレだけの感想ではなかったようだ。
そもそも同期入社した仲間が実は高校の同級生だったと、入社して10数年も経って初めて気づくっていう設定は無理すぎないか。
自分の秘書を務めてくれている女性の正体が、実は高校時代に憧れていた片思いの相手だったというのも、いくら整形手術をしたからっていってなんぼなんでも無理すぎないか。
それでも最後まで読み終えられたのは、やはり文章が上手かったためだ。北上次郎も「小説を読むとは、文章を読むこと」と言っている。確かにそうだ。そのことを改めて実感した一冊。

ちょい読み「11文字の檻」青崎有吾・創元推理。
著者は平成のエラリー・クイーンと呼ばれるミステリ作家。もっともそれは編集者が勝手に名づけたものらしく、本人はあまり嬉しくないようだ。
様々な傾向の短編集である。あの福知山線の悲惨な事故を題材にした「加速してゆく」は面白かった。だがそれ以外は、例えばSFちっくなバイオレンスだったりして好みに合わず、途中で読了。

ちょい読み「フクロウ准教授の午睡」伊予原新・文春文庫。
この作家は最近ブレークして、注目されている。何冊か読んだが、時々、素晴らしい小説を書いている。ただこの一冊は、オレには合わなかった。大学のアカハラ、セクハラがらみの謀略を描いたものであるが、どうにもキャラクターになじめず、冒頭の一作でお手上げだ。


2024.01.03

そして飛行機火災とともに


と驚いたら、今度は羽田で飛行機が火事だ。えらこっちゃ。
早くも今年の10大ニュースの上2つが、正月2日で決まってしまったではないか。
地震、火事ときたら今日は雷で、最後はオヤジかよ。気をつけなければ。

それにしても360人だか370人だかが全員無事で脱出したのは、掛け値なしの奇跡だった。
機内の様子の動画がぼちぼちとネットに上がっており、それを見ても、よくこの状況から全員脱出したもんだと仰天する。「あと1分遅かったら助からなかったのでは」という証言もあった。
JALがいかに普段から緊急事態に備えた訓練を徹底していたかがよくわかる。

加えて日本人の国民性のおかげだったのは間違いない。全員、乗務員の指示に従い、お互いに助け合ったからこそ、全員避難だったと思う。
これが中国だったら指示なんか聞かないで我先に自分の荷物を棚から下ろし、人をかき分けて脱出しようという連中が搭乗口に殺到して阿鼻叫喚だったろう。
日本人だからこそ、順番を守り、整然かつ迅速に脱出できたのだと確信する。
この国民性ならば、雷とオヤジが来ても何とか乗り切れそうな気がする。


2024.01.02

年明けは震災とともに


そうだ、令和6年能登半島あけおめ地震と命名しよう。
そう発案したら、不謹慎だと年明け早々にヨメに怒られてしまったのは、このオレだ。
今日は芸能人格付けを見て、それからお笑い東西対決を見て、こりゃあ寝不足になっちゃうなあなどとぶつぶつ言いながらサッカーのタイ戦を見終えたところで、どかーんと。いや、ピロリロリロという例の警報音楽が鳴ったわけだ。
その瞬間、すべての番組が吹っ飛ぶという大惨事。いや、大惨事なのはテレビじゃなくて能登半島だろう。
酷い被害だ。家の中に取り残された人もいるのではないか。ただ案じるのみである。

「じい散歩」藤野千夜・双葉文庫。
評判がよいので、手に取ってみた。ほのぼのした日常の心温まるお話的な物語を予想していたので、あまり気は向かなかった。だが一読して、これはなかなかの小説だと呻る。主役は90歳と89歳の夫婦。豊島区に住んでいる。子供は男の子ばかり三人。いずれも独身、無職。長男は中年の引きこもりで次男はゲイ、三男は借金まみれ。長男と三男は実家に暮らしている。しかも妻は認知症を発症しかけている。こんな絶望的な状況の一家の話だ。もちろん諸々のシビアな問題が押し寄せてくるのだが、しかし、どの問題もまったく解決しないのである。そして、解決しないまま、たんたんと日常が過ぎていき、夫は別にそれを苦にするでもなく悟りの境地のようにやり過ごすのである。そんな日々を描いた小説で、とてもうまい。想定以上に面白く、これはなかなかの小説だ。


2024.01.01

明けましておめでとうございます


昨晩の紅白歌合戦もいろいろと見所が多かったですね。
つーか、スタジオや他会場からの中継ばっかりで、紅白じゃないんじゃね、と思いました。クイーンなんて必要か? さだまさしも必要か? 
ひろこ丸も、ちゃんとNHKホールで歌えよ。
いやいや、それ以上に韓国人ばっかりだったじゃないですか。韓国歌合戦かよ。腹立たしい。まったくジャニーズはとんでもないことをしてくれたもんです。

でも一番の話題はあれでしたな、けん玉。ギネス。
初っぱなで芸人が失敗したのは、まあ、お笑いとしても、16番のミスがしっかりカメラに写ったというのに、なんとギネス認定。その瞬間、Twitterが大騒ぎになったのには笑いました。
なんだ、この隠蔽は。
ダイハツかよ。
これでギネスの立会人は何も見てなくて、カンペだけで判定していたことがバレバレ。ギネスの信頼度は一瞬にして地に落ちたのです。まさに日本の自動車産業そのものではないですか。
もっともサッカー界も人ごとではありません。例の優勝のかかった大一番で大迫のオフサイドを見逃した事件を、世間は忘れてはいないのです。けん玉以下か、Jリーグは。
韓国人同様に鬱陶しかったのが大泉洋でした。そして同じように鬱陶しかったのが、ランちゃんに声援を送ったハゲのおっさんたちでした。いい年して大晦日に何をやってるんだ。ダイハツ社員も混じってるんじゃないか。没落の30年の責任を取れ。

YOSHIKIはすごかったです。クイーンはいらなかった。
ぎりぎり踏みとどまっていい仕事をしたのが寺尾聰。ちゃんと歌えてました。
街でベージュのコートを見かけたら、指輪を探すのではなくて、顔を見ればいいと思うのですが、令和の今もそんなことに気づいてないのか。
それはともかく、バックバンドを見たら、あれえ、ガンちゃんじゃないの、とびっくり。クレジットを見て、やっぱり井上鑑でした。大滝詠一に連なるアレンジャー。ひろこ丸の「少しだけやさしく」なんかも、この人のアレンジです。
奥さんは、やまがた・すみこ。超絶美人で超美声のフォークシンガーです。今では「ひさみつー」のCMのサウンドロゴでお馴染みですね。
ガンちゃん出すくらいなら、やまがた・すみこを出してほしかった。って、さすがに無理か。

私の今回のMVPは石川さゆりです。
ウクライナの楽器をバックにしたへんてこなアレンジには首をかしげましたが、直後のジャジャジャジャーンのオーケストラには鳥肌でした。これこれ、これがなければ日本の一年は締まらない。そうです、「津軽海峡冬景色」のイントロです。
あのイントロが流れた瞬間、日本中の背筋が伸び、そし一年が幕を下ろしにかかったのでした。
坂本冬美の「夜桜お七」もよかったです。だが、今年は「津軽海峡」で文句なし。韓国人もクイーンも伊藤蘭もけん玉も吹っ飛ばして、石川さゆりが見事に締めくくってくれたのでした。

「シャーロック・ホームズの不均衡」似鳥鶏・講談社タイガ。
この人はこんな作品も書いていたのだ。本格推理である。ではあるものの、例によってそれ以外のところ、例えば人物造形だとが、どうでもいいギャグだとかが面白い。はっきり言って推理の部分よりも、そういう枝葉末節にこの作者の本質的な面白さが潜んでいると、オレは考えている。早く市立高校シリーズを書いてくれないかなあ。