日日是口実
2025.12.31

今年もお世話になりました


というわけで、2025年も今日でおしまいです。
今年も大変お世話になりました。ありがとうございます。
日々くだらない戯れ言にお付き合いくださり、暇つぶしにもならなかっただろうに、まっこと物好きというか、いやはや。
この日記はこのままの勢いで来年も続きます。たぶんオレが死ぬまで続きます。
老境の、味わい深い枯れた日記を目指したいのですが、それは無理な話。
書いたそばから忘れ、呼んだそばから消えていく、そんな日記が来年も続くことでしょう。
401,449文字。文字数を書かないとオザキからクレームが来るので数えてみましたが、40万文字のノルマは何とかクリアしました。ほめてくだせえ。


来年の日記は別のURLです。ここに直接ブックマークしている方は、2026年版にマークしなおしてくださいませ。
妄言多謝。
皆さん、良いお年を。


2025.12.30

昭和100年


年の瀬となり、仕事は昨日で終えたので、今日はだらだらと過ごす。
昼過ぎに息子、ヨメの3人で隣町にできたドンキに行った。ドンキホーテである。
わかってたいたけれど、ちょっと足を踏み入れただけでどっと疲れる店舗だ。二度と来るか、こんなところと文句を垂れつつ、しっかり夫婦で買い物して帰るのだから困ったものである。
安くていいぞ。
ハセモこと長谷川モトキの移籍の報道に、そりゃそうだよねと納得しつつ、Amazonで退屈な映画を観て過ごす。

「百年の時効」伏尾美紀・幻冬舎。
いやあ、すごい小説だった。昭和・平成・令和の三代を振り返りつつ、人の犯罪の真相を解き明かしていく、実に骨太な警察小説であった。「本の雑誌」大絶賛のベストワンなのも納得である。
佃島の事件を追いかけるうちに話はどんどん広がり、とうとう満州までからんできちゃうわけだが、いろんな伏線を見事に回収して意外な真相を解き明かしていく、実に見事な小説だ。
やたらと長く、登場人物がやたらと多くて、混乱してしまうが、それはオレのバカな頭のせい。ちゃんと丁寧に読みこめばよろしい。


2025.12.29

年を忘れる


たまっていた原稿を全部片づけて、今日で仕事納めである。
今年は仕事が順調ではなかったなあ。特に後半の売上の落ち込みには目を覆いたくなった。情けない。
切った客、1。切られた客、1。
うまく進んでいる新規客、1。駄目ではないがなかなか思ったように進まない新規客、1。
新しい領域の仕事を開拓中で、この年になって新しい仕事にチャレンジできることを喜んでいる。
稼いだカネの6割を税金と社会保障費としてかすめ取られているのだから、ワーキングプアとはオレのこと。ここは共産国家か、社会主義国か。
などと愚痴をこぼしつつ、忘年会の会場に息子と向かう。
先日の赤羽での学生時代の仲間との忘年会に続き、今年2つめだ。今夜は地元の幼稚園仲間とである。
幼稚園を出て20年近くになるのに、まだこうして家族同士が集まって酒を飲むのだから、よき関係である。園庭で泣きじゃくっていた子供たちとの乾杯は、実に感慨深いのだった。
二次会への移動の途中、子供の一人がバイトしているファミマを急襲。びっくりして制服姿のまま店から飛び出してきた彼に、全員で抱きついて記念撮影だ。
学生時代の仲間と同様、この仲間たちとも一生の付き合いだ。


2025.12.28

破壊の一年


年の瀬も押し詰まってきたが、オレはまだまだ仕事である。
何とか年内に仕上げますので勘弁してくだせえと言って、今まで引き延ばしてきた原稿が山ほど残っているのだ。いや、山ほどというのは盛りすぎか。
よって本日も朝から一日中原稿仕事である。仕事のある幸せに感謝しながら、格闘するのであった。
それはそれとして、年末恒例の我が家の10大ニュースの発表である。
1位はこれだ。テレビが壊れたので買い替えた。
ついでにヨメの自転車が壊れたので買い替えた。これは4位だな。
娘のパソコンも壊れたので買い替えた。3位にしておこう。
そういえば掃除機も壊れたので買い替えた。8位。
今年はエネファームも落雷で壊れた。しかも落雷で二度も。これは2位だ。
どうやら今年はいろいろと壊れた1年だったようだ。困ったものだ。
来年はあまり壊れないでほしいものだが、壊れるとしたらオレの体だろう。困ったものだ。
今年もどうにか大病せずに過ごせたので、来年も家族全員、健やかでありたいものである。


2025.12.27

赤羽の夜


本日は忘年会である。
学生時代の仲間たちと、赤羽で飲んだ。
毎度のことながら赤羽は無駄に人が多く、小ぶりな店ばかりだから、なかなか入れる店がない。予約しないで行くオレたちがわるいのだが、予約しない主義なのだから仕方ない。
そして毎度のことながら、話題は健康と介護。
困ったものである。
こうして昔の仲間たちと一緒に飲めることの幸せに感謝だ。
みんな、来年も健康で会おうぜ。


2025.12.26

長州乱入


銀座に行った。
今年最後の銀座は静かだった。そうである。中国人様のおかげである。
連中の数が一気に減って道は歩きやすくなり、炉端でたむろしたり写真を撮ったりものを食ったりする姿も見かけなくなったおかげで景色もきれいになった。
少しは以前の銀座に戻ったようである。
もちろんそれでもしぶとく残っている連中はいる。今日も赤信号を堂々とわたるバカ中国人カップルがいた。
早く全面渡航禁止にしてもらいたいものである。

中国人の激減した銀座のきれいな空気を吸って家に帰ってきたオレを待ち構えていたのが、長州力であった。
我が家の目の前には今年、ワンルームマンションが建った。
目障りである。実に目障りである。景色が変わってしまった。
だが法律を守って建てられている限り、そして公序良俗に反するものでない限り、反対してはいけない。反対する方が不正義だ。そう考えて、オレもおとなしくワンルームマンションを受け入れている。
不思議なのは、需要のあることだった。
息子がネットで調べたところによると家賃は8万円だそうである。びっくりである。
周囲には飲食店どころかコンビニすらない、駅から徒歩17分の立地である。それなのに8万円だ。
こんな立地のこんな家賃のマンションに誰が入るってんだよ、なあ、おい! と息子と指差して笑っていたら、驚いたことにたちまち満室になってしまったのである。高市先生万歳。いや、まだ高市首相は爆誕していない頃だった。
そんな不思議なワンルームマンションなのだが、今日、銀座から帰ってきてふと見上げたイオレの目に飛び込んできたのが、そのワンルームマンションの窓にでかでかと貼られた「長州」の文字と、半裸でファイティングポーズを取る長州力の写真だったのである。
オレは思わず固まってしまった。そしてヨメを呼び寄せて、あれは何だと問い詰め、息子にもあれはどういうことだと問い合わせたのである。
住んでいるのは間違いなく長州力ファンであろう。若いファンは考えにくく、ひょっとした昭和のおっさんが暮らしているのかもしれない。
それはいいとしても、なぜ「長州」と大書した挙げ句に、半裸の写真を世間に向けて張り出さなければならないのだ。ファンなら室内で眺めておけばいいものを。
もしかしてもしかして。まさか長州力本人の隠れ家だったりして。
いや、隠れてないからそれはないか。
謎が謎呼ぶ殺人事件ではなくて、長州事件なのである。クリリスマスに発覚した、大事件なのだ。


2025.12.25

オレも賞をもらったぞ


しかし、町田がここまで腐ったクラブだとは思わなかった。リーグも大概だが。
人は見た目。
我々はこの言葉が真実であることを、町田の監督を見ながら改めて噛みしめている。

「PRIZE」村山由佳・文藝春秋。
どうしても直木賞が欲しいと大暴れする作家を核とした物語。実に、実に恐ろしい話なのだ。書店員が「本当に売っちゃって大丈夫ですか」とびびったのも納得だ。様々な出版社が実名で登場し、有名作家もすぐにあいつだとわかる形でたくさん出てくる。
恐ろしい。けれど実に面白い小説だ。久々に読み終えるのがもったいない話だった。


2025.12.24

オレも真っ直ぐ帰宅


六本木に行った。
クリスマスイブの六本木である。さぞや、と思うのは昭和の男。いまどきの六本木は、イルミネーションはちょぼちょぼで、人もごく普通に家路を急ぐ。
はしゃいでいるのはホストホステス半グレぐらいのものだ。
取材先で聞いてみる。今日はみなさんでどちらかに?
返ってきたのは「旦那と飲みます。地元の店です」。
そんなものだろう。
あの頃の狂乱は一体何だったのだ、失われた30年はあれから始まったのだと、じっと手を見る。
家に帰ったら、ヨメがケーキを買っていた。
深夜に帰ってきた子供たちとケーキを切り分け、そしてオレはギターで「ジングルベル」を弾いた。
家族そろってのクリスマスはこれが最後かもなあ。



2025.12.23

住所で言えば下馬だった


三軒茶屋に行った。
ここは20代の後半、人生で最も暗黒な6年間を過ごした街である。
略して三茶、さんちゃだ。
オレの実家の近くには二軒茶屋という集落があり、オレが今住んでいる街には三軒寺という交差点がある。
どちらも「にちゃ」「さんてら」とは呼ばれない。まっこと日本語とは難しいものだ。
泥水を飲むような日々を送った街とはいえ、悪い印象はない。甘い思い出もない。
40年前を思い出して、少し周囲を歩いてみた。
あの頃、日曜日になるたびに昼飯を食べに来た餃子の王将がまだ同じ場所に店を構えていたのには、驚いた。
餃子とレバニラ定食を食べた後に三本立ての映画を観た名作座はもうない。
どんな映画をやっているかもわからず、とにかく何でもいいからと立ち寄って、安く映画を観たのだった。「風の谷のナウシカ」も、フェリーニの「そして船は行く」も、そうして出会った映画だった。
不思議なことに三茶ではあまり酒場に入った記憶がない。家飲みが多かったのだろうか。
住んでいた安アパートが取り壊されることになって立ち退いたのが確か29歳の時。その1年後にオレは、泥水生活に終止符を打つべく会社を辞め、独立したのだった。
悪くはない街だったが、格別の思い入れがあったわけでもなく、三茶とはこの先も特に深く交わるようなことはないだろうと思った。


2025.12.22

カエルの歌が〜


今月号の「レコードコレクターズ」は、1980年代歌謡曲ベストソングスの発表だ。10月に1970年代をやったので、その続きである。
結果は…1位「卒業」。斉藤由貴だ。神曲である。
きっと1位だろうと思った「ルビーの指輪」は4位で、2位が意外にも「TOKIO」。3位も、これまた意外な「熱き心に」だ。
そして5位が「時をかける少女」で6位に薬師丸ひろ子の「Women」が入った。
「卒業」は本当に名曲だ。「木綿のハンカチーフ」が捨てられる女を描いたのに対し、「卒業」は捨てる女を描いている。時代だろうか。
言葉のすべてが突き刺さるような名曲なのは間違いない。
作詞の松本隆は、「ルビー」「Women」も手がけている。「熱き心に」は大滝詠一の作曲で、5位・6位はユーミン。
という具合に80年代は、ポップス界のクリエーターたちが歌謡曲の世界に進出し、ジャンルの壁が一気に取り払われた時代だった。それは同時に歌謡曲を引っ張ってきた先生たちの衰退を意味するのではあるが、それだけに「また逢う日まで」「卒業」と、70年代・80年代の両方でトップを取ってみせた筒美京平の化け物ぶりが際立つ。
70年代・80年代の両方はまさに筒美京平の時代だったのだ。
なお、この歌謡曲のランキングは出版社としては美味しい商売であるらしく、「レコードコレクターズ」は60年代から80年代の歌謡曲のベストランキングを、読者投票によって決定するようだ。
その投票用紙が本に挟まれていたので、昭和歌謡フリークの娘に投票しておいてくれと頼んだら、嬉々として候補を挙げまくっていた。けっこう偏っていて「卒業」も「木綿のハンカチーフ」も却下する一方、「大都会」「水色の雨」「時代遅れ」などに投票している。
よくわからない。

などと首をかしげていたら、とんでもないニュースが飛び込んできた。
ニホンアマガエルの腸内細菌をマウスに一回投与したら、腫瘍が完全に消えてしまったというのである。ネットの与太話ではない。北陸先端科学技術大学大学院というちゃんとした機関のちゃんとした研究の発表だ。
ニホンアマガエルとは、名前の通り日本にいるオレたちが子供の頃からフツーに目にしてきた、例の緑色のあいつである。
その腸内の細菌をマウスに「一回」投与したら「完全」に腫瘍が消えたのである。要するにたった1回で、ガンが100%消えてしまったというのだ。
これが衝撃でなくて、何なのだ。
ということは、そのへんでケロケロと鳴いているあいつをつかまえてごくんと飲み込めば、ガンが100%治るわけだ。とんでもないではないか。
生のカエルを飲むなんてどうにも抵抗はあるが、背に腹は代えられないだろう。
いやいや、ここで警戒すべきは、あの国である。このニュースが知られたら、デカいキャリーを引きずった連中が退去してやってきて、アマガエルを根こそぎ奪っていくのではないだろうか。連中なら、生で飲み込むのも平気だろう。
そんなことにならないように、ここは高市先生に頑張ってもらい、医学界はすぐさまこの細菌を培養して完全なガン治療薬を完成させなくてはならない。
だが、ここでさらに心配なのが、その医療界、医薬界だ。なにしろガンは、医者や製薬会社の儲けのタネ。簡単に100%治癒なんて困る。売上激減だ。そこで何らかの力が働いてこのニュースはなかったことにされてしまう可能性が大である。
そんなことにならないよう、オレたちはしっかりと見張っていなくてはならないのだ。アマガエルを見守らなくてはならないのだ。
それにしても、アマガエルがねえ。ちょっとびっくりだねえ。


2025.12.21

皇帝戦士というのもわけわからなかったなあ


ローラン・ボックが亡くなったことは昨日書いた。
その際、「地獄の墓掘り人」というキャッチフレーズに触れた。
考えてみれば、へんてこなフレーズだ。そもそも地獄に墓掘り人がいるのだろうか。葬儀関連の仕事をしている人に、何らかの失礼には当たらないのだろうか。疑問は尽きない。
プロレスラー関係、特に70年代から80年代のレスラーについては、この手のビミョーなキャッチフレーズが多い。
スタン・ハンセンの「ブレーキの壊れたダンプカー」は、どう考えても適当につけたやっつけ仕事としか思えない。
「ブレーキ“が”壊れたダンプカー」のほうが日本語として正しいような漢字もするが、これだと文章になってしまってキャッチフレーズ感がなくなる。実に日本語は難しい。
このキャッチフレーズも、全日本プロレスに移籍してからは「不沈艦」に変わった。
これもよくわからない。沈まない船のどこが凄いのか。どう考えても「不沈艦スタン・ハンセン」と「ン」の韻を踏みたかっただけにしか思えない。
アブドーラ・ザ・ブッチャーは「黒い呪術師」だ。もちろんブッチャーは呪術師なんかではない。いや、問題は黒人に対してあえて「黒い」と重ねることだ。今ならコンプライアンスのどーのこーので問題になりそうである。
ミル・マスカラスは「千の顔を持つ男」だった。
オレが中学生の頃、マスカラスが初来日するというのでどれだけいろんな顔を見せてくれるかと楽しみだったが、2,3回取り替えた程度で、あとはずっと同じマスクだった。きっとマスクを替えるのが面倒くさかったのだろう。
かなりわがままな性格だったらしいから、団体からマスクを替えろといわれても無視したに違いない。そのうち団体側もばつがわるくなって「仮面貴族」にしれっと変えてしまった。
ダイナマイト・キッドの「爆弾小僧」は直訳、ディック・マードックの「狂犬」やアンドレ・ザ・ジャイアントの「人間山脈」は、気持ちはわからないでもないが、さすがに本人に失礼ではないか。
オレのお気に入りのアドリアン・アドニスとボブ・オートン・ジュニアのコンビは「マンハッタン・コンビ」。
ニューヨークの暴走族をイメージしたものらしく、これはなかなか似合っていた。
最近はまったくプロレスを見なくなったので、今もこうしたキャッチフレーズがつけられるのかどうか、わからない。なかなか味わい深いので、ぜひヘンテコな名前をつけてほしいものだ。


2025.12.20

必殺技はボディスラム


ソニーがスヌーピーを買収したというニュースにはちょっとびっくり。株式の80%を取得して子会社にしたそうだ。
これでプレステにスヌーピーが登場するのだろうか。つまらんな。スヌーピーの映画をじゃんじゃん作るのだろうか。
犬嫌いのオレなのに、なぜかスヌーピーのTシャツをたくさん持っている。高校生の頃にNHKでアニメを見て以来、好きなのだ。スヌーピーというより、チャーリー・ブラウンやライナスやルーシーなどのキャラが。
どうもオレはこういうアメリカンな仲間たちに弱いらしい。
ソニーがスヌーピーを使ってどんな展開をするのか、楽しみだ。スヌーピー印のウォークマンでも開発するのだろうか。←自分の貧弱すぎる発想力がイヤになる。
驚いたのは、買収金額がたったの710億円だったことだ。え、そんなに安く買えちゃうの、スヌーピーって。
ところが聞けば、スヌーピーというのは日本と韓国以外ではまったく人気がないらしい。世界的に見ればポケモンの足元にも及ばないキャラなのだ。なるほど、だから格安なのね。
そう考えれば、ソニーはいい買い物をしたというわけだ。
なお、スヌーピーの著作権は親族の会社が管理しているらしい。キャラで一発当てれば孫の代まで贅沢できるのね。

などとスヌーピーに驚いていたら、ローラン・ボックが死んだというニュースにも驚いた。
ドイツのプロレスラーである。
1978年、ヨーロッパ遠征中の猪木がこてんぱんに負けた相手がローラン・ボック。世界一強いと信じていた猪木が負けるなんて、と日本中が大騒ぎになったものだった。
1970年代のヨーロッパは世界の果てだったから、ドイツなんて暗黒の世界。そこに君臨する「地獄の墓掘り人」というとんでもないセンスのニックネームを付けられたハゲの登場は、実にたいした衝撃だった。
その後、日本にやってきて木村健悟や長州力などの、いわゆる“門番”たちをスープレックスで秒殺し、オレたちを怯えさせる。やべえ、このハゲは本当に地獄の墓掘り人かもしれねえ。
今思えば、実力はあるものの、プロレスのできない木偶の坊だったわけだが、できれば今の総合格闘技の世界で見てみたかった。
プロレスの約束事を無視して、単なるボディスラムでも相手が怪我をするような投げ方をするものだから、とことん嫌われていた。
事業に失敗してカネが必要だったボックは、それでも何とか日本のプロレスに溶け込もうと、スタン・ハンセンとタッグを組んだりしていた。実に無様なタッグだった。
オレは、ハンセン対ボックという、ナチュラルボーンな強者のガチンコ対戦を見たかったのだが、かなわなかった。もう一つかなかわかったのが、前田日明対ジャンボ鶴田のガチンコ対決。

この頃、ボックはあのアンドレ・ザ・ジャイアントにシュートを仕掛け、怒ったアンドレに逆襲されて怪我をさせられて、それが原因で敗血症になってしまったらしい。よって以降のボックの試合は全部下手くそなプロレス。
要は最強伝説の世界で生きた幻だったわけだ、ローラン・ボックは。
亡くなったと聞いてオレが最初に思ったのは、まだ生きていたのか、だった。ひでえな、オレも。
こうしてまた一人、名物レスラーがこの世を去り、あの世でせっかく出迎えてくれた猪木やアンドレに対しても、相変わらずの無愛想ぶり、変人ぶりで不興を買っているに違いない。


2025.12.19

心を亡くすと書いて


今月は忙しい。
書いても書いても原稿が終わらない。
ありがたい話ではあるのだが、もう少し平準化されるともっとありがたいのだが。
それは請負仕事では贅沢な悩みであることは重々承知してはいるものの。
もっとも息子は京都へ行き、娘はアルバイトと、家族それぞれが忙しい。
子供が頑張っているのだから、オレも頑張らねばと、自分に言い聞かせるのであった。



2025.12.18

最強総理


テレビから「巨人の星」の主題歌が流れてきた。
ゆーけゆーけ、ひゅーま。
寝転んでそれを耳にした息子が「ほほう、これが巨人の星か。初めて聴いたな」と言う。
「巨人の星」はよく知っていて、主題歌の内容もよく知ってはいたが、実際に聴いたことはなかったのだそうだ。
いや、まて。その流れで行くと、どうして「巨人の星」に詳しいのだ?
答えは「こち亀だよ」であった。
こち亀で「巨人の星」は鉄板ネタらしく、何度も詳しく紹介されているのだそうだ。なるほど、さすがこち亀。
こんな具合に日本の子供たちは、こち亀から実に様々なことを教わって大人になった。世界に誇るべきコンテンツではないか。こち亀。
いっそ両津勘吉が総理大臣になったらどうだろうという妄想さえ抱かせてくれるが、きっとそんな回は既に描かれているに違いない。


2025.12.17

我が家のトップはテレビの買い替え


読売新聞が今年の10大ニュースを発表した。
1位がまさかの大阪万博だった。クマ騒動の2位は納得だが、初の女性首相誕生が3位は納得いかない。
早苗ちゃん爆誕が文句なしの1位で、何だったら進次郎覚醒が9位ぐらいに入ってもおかしくないのではないだろうか。
そもそもこれは読者の投票で決まっているから、要するに関西に読者の多い読売新聞だから、万博に関西票が集まって1位になったということだろう。
関西と関東の、万博に対する熱気の違いが表れているようなものだ。
今年の2月に大阪へ行ったとき、「万博が楽しみです」と話している人がいて驚いた記憶がある。関東ではまったく話題にもなってなくて、それどころかネタ扱いのレベルだったので、西と東ではこんなにも違うのかと思ったものだった。
ということは、読売新聞は関西10大ニュースとして扱うべきだったのではないか。
関東10大ニュースだったら、万博は9位ぐらいじゃなかったかという気がする。
もっとも八潮の道路陥没が7位に入っているわけだから、関西偏重というオレの指摘は単なるいちゃもんに過ぎないわけだが。


2025.12.16

ひゅーがすぎる


わたくしは昨日、宮崎空港から延岡市まで走るJR特急の、驚くべき券売事情について報告した。
帰途についた本日は、それを上回る仰天の事情を目撃、いや、体験をした。
延岡駅で我々は、空港までのJ特急に乗るべく、切符を購入した。昨日のまんま逆ルートである。
この駅でも窓口一つに券売機1台であった。それはよい。なにしろ地方は過疎に加えて車社会。鉄道の利用客は減り続けており、切符もたいして売れているわけではない。
オレは迷わず窓口で切符を買った。券売機を操作する手間を考えれば、誰も並んでいない窓口のほうが早くて簡単なのは自明だからだ。

それはよい。問題はここからだ。
特急がやってくるというのでホームに出ようと改札に向かった我々は、そこが無人であることに気づく。無人駅ではない。改札に駅員がいないのである。
田舎の駅によくあるタッチ式のICカード決済機械はあるものの、こちらは紙の切符なのだ。通過すべき改札口に駅員は不在で、仕方なく窓口に座る駅員に声をかけようかと思ったが、まったく関心ないようで、振り向きもしない。
要するに完全スルーで改札を突破したのである。まさか田舎の駅だから切符を買った顔はすべて覚えちまったぜ、というわけでもあるまい。ノーチェックで改札を通しているのである。
もちろん車内検札などない。あるわけがない。

驚いたのは終点の空港駅に着いたときだ。なんとここでも改札に駅員はなく、改札どころか駅に駅員の姿はなく、「切符はこちらに入れてください」という箱が置いてあるだけだったのである。
つまりたまたま駅員が何かの事情で不在だったのではなく、駅員レスがデフォルトだったのである。
驚くではないか。座席指定の特急電車だというのに、乗るときも降りるときも、一切切符の確認がなかったのだ。
JR九州の性善説をとことん貫く姿勢は、ここまで突き抜けると潔いが、しかし、あまりに人を信用しすぎではないか。キセルのし放題である。
これも日向時間に含まれる気質なのだろう。いや、それにしても。
ここまで「乗りたきゃ乗れば」という姿勢を貫かれるとキセルのスリルもへったくれもなく、キセルをしようとする気にもならないのかもしれない。
いっそ天晴れである。


2025.12.15

ひゅーがじかん


わたくしは今、これを延岡というところで書いている。宮崎県だ。
宮崎といえばかつては新婚旅行の聖地とも呼ばれた。温暖で穏やかな土地柄なのである。
それは時に日向時間とも言われる。読み方は、ひゅーがじかん、だ。
語感からぴゅーっと飛んで行くようなスピード感をイメージしがちだが、実態は逆で、「穏やか」「ゆったり」といった感覚を日向時間と呼ぶのである。
そう書くと聞こえはよい。しかし、要するに「適当」「いい加減」「アバウト」「投げやり」「ボケッとしてる」「怠け者」「緊張感なし」「保守」「現状維持」「成長なし」「向上心なし」「怠け者」ということだ。しまった、「怠け者」を二度も書いてしまった。
そんな日向時間に鉄道も合わせているから、大惨事が起きてしまう。
宮崎空港から延岡へ移動するのにJRの特急に乗ろうと切符を買う列に並んだら、ちっとも列が進まない。どうしたのだろうと思って前方を見ると、なんと窓口が閉まっているではないか。窓口が開くのは15分後と書いてある。
もう朝10時だというのに、しかも、こんなに行列ができているというのに。いや、それなのに行列を作って並ぶ神経が理解できない。
日向時間にも程がある。
オレは慌てて自動券売の列に並び替えた。そうである、ここは空港に接続する始発駅であるというのに券売機1台、窓口一つしかないのである。
日向時間にも程があるではないか。
しかも券売機の列も遅々として進まず、何ごとかと思えば客が券売機の前で呑気にどの席にするか相談しながら切符を買ったりしているのである。
程があるのは客もだった。
そんな案配なので、特急の出発時間が迫るというのに行列は一向に解消されず、オレたちはどうにか間に合ったものの、他の多くの客が切符を買えずに列車に乗れなかった(に違いない)という大惨事が起きたのである。
宮崎県は日向時間を何とかしないと、近代化の道は遠いと思うぞ。


2025.12.14

AI自慢はもうしない


日曜日ではあるものの、本日は朝から終日机に向かって、原稿と格闘である。
書いたのは約15,000字。
さすがにこれだけ書くと疲れる。
それにしても痛感したのは、テクノロジーの恩恵だ。
インタビューデータの文字起こしをAIに任せるようにしたおかげで、「記録」は手を離れ、オレは「思考」に集中できる。インタビュー中も激しくメモを取ってはいるけれど、それは記録のためでなく、思考を整理するためだ。
大学の講義だって、ノートを取りながらの方が正しい理解が進むじゃんね。
1日でこれだけの原稿を書けるのも、このためだ。つまりテクノロジーによって本質的な業務に集中できるためである。
ただ気になるのは、インタビューデータをAIに預けてしまうことに、セキュリティ上の嫌悪感を示す企業もあるのではないかということである。これはけっこう厄介な問題だ。
今までは、AIを使ってるんですよーと自慢していたが、これからはちょっと注意して、信頼関係の構築された相手以外は、そうしたことは言わないようにしようと思っている。


2025.12.13

老害


一度目は下の住所を間違えてしまって書き直し。二度目は「練馬」を「練習」と書いてしまって書き直し。
そのつど用紙をプリントアウトしてもらい、ペンで書き直す。
いまどき、申請書だか領収証だかを紙に手書きするなんてありえない、行政のアナログぶりは目に余る、ただちにDXせよ、デジタルせよと、クラウドせよと、自分の書き損じを棚に上げて公共機関を非難する、いかにも老害なオレが家に帰ってすぐにDAZNを立ち上げたのは、J1参入プレーオフ決定戦の後半を観るためだった。
千葉対徳島。地味すぎるカードだ。
後半が始まってすぐ、あ、こりゃ駄目だ徳島、と思った。
全然攻撃にスイッチが入らない。とにかく勝たなければ昇格はないというのに、守ってカウンターかよ。
解説の林稜平も「このままはありえない、どこかでスイッチを入れるはず」と言ってたというのに、とうとう最後までスイッチが入らなかった。情けない。
これで昇格は千葉。黄色い千葉。
見に行きやすいスタジアムなので、できればJ2に残ってもらいたかったのだがなあ。
まったく徳島の役立たず。使えねえな!
と、自分たちが残留すればよかっただけなのに、よそのチームのせいにする、老害なオレだった。


2025.12.12

64歳を十分に過ぎて


ポール・マッカートニーがステージIVの肝臓がんというのは本当だろうか。
「治療法は残っていない。 残りは数週間、せめて数ヶ月」というメッセージの添えられたベッドの上の写真は、フェイクじゃなかろうか。
と思いつつ、寄せられたコメントなどを見てもマジっぽい。
年齢を考えればこういう事態もおかしくはないのだが、それでも驚く。
間もなく世界中にレット・イット・ビーとヘイ・ジュードが響くことになるのだろう。


2025.12.11

名もなきおばちゃんに賛辞を


朝6時からのニュースショーを見ていたら東武線が止まっているとのことだった。
通勤時間にえらこっちゃ。東武線沿線の皆さんはお気の毒である。
本日オレは六本木で仕事である。アポの1時間前に着くように家を出る。
フリーは絶対に遅刻できない。一度は許してもらっても、二度目は「あのライターは時間にルーズ」と目されて干されてしまうからだ。
だから常に1時間前行動である。5分前行動なんてありえない。
そして乗り込んだ西武線。なんということだ、グダグダ遅延しているではないか。
しかも準急に乗ったはずなのに、「ここより各停にします、ごめんよ」のアナウンス。
全部東武線のせいだ。東武線が止まったおかげで直通の地下鉄が乱れ、それがオレの身に降りかかってきたのだ。
有楽町線に乗り換えるつもりだったオレは、仕方なく大江戸線に乗り換えることにする。臨機応変、即断即決。フリーというのは遅れられないのだ。
なのに通常10分のところ、止まり止まりで走る電車は20分かかっても乗り換え駅にたどり着かない。
あげく、車内に突然流れてきたのが「大丈夫ですか、大丈夫ですか」という女の声だ。車内がざわつく。
「大丈夫ですか、救急車呼びますからね」。
どうやら気分の悪い乗客がいて、たまたま居合わせた医療関係者が対応しているようだ。
車内には、病人を案ずる空気と、勘弁してくれよといううんざりした空気が混じり合って漂う。 誰かが「救急ボタンを押して」などと叫び、しばらくして駅員が駆けつけ、ようやく客はホームに降ろされる。担架で横たわったおじさんは目をつぶってぴくりとも動かず、それでも呼吸はあるのだろう、例の医療関係者らしきおばさんが「ゆっくり目を開けてくださーい」などと話しかけてきた。
この間10分程、我々は電車に缶詰めとなり、そしてようやく動き出したことでホッと一息ついたのである。
その後、オレは乗り換え+徒歩で六本木に到着。アポより30分前についたので、余裕をかましてタリーズでアイスコーヒーなどを飲んだのだった。
フリーは遅刻できないからねえ。


2025.12.10

厚揚げはオレを癒やす


体力の衰えを痛感する今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
気がつけば12月も半ばに差しかかろうというのに、街にクリスマスの浮かれた気分など何もない。わずかばかりのオーナメントは見かけるものの、クリスマスソングも流れない。
バブルの狂乱のさなか、クリスマスイブに予定のないヤツは人間じゃないという空気をリアルタイムで感じながら深夜までワープロに向かって原稿と格闘していたオレにとって、この静けさが隔世の感だ。
ハロウィンもずいぶんおとなしくなったし、バレンタインもバカバカしさに気がついた人が増えたのだろう。たいへんによろしいことである。
などと考えながら渋谷道玄坂上でのハードな取材仕事を終え、井の頭線ガード下に最近見つけた居酒屋でビールを飲む。
ここは大変に気分のよい店で、オレの求める条件がすべてそろっている。
路面店であり、店内には照明が煌々と灯り、カウンターがしっかりあって、当たり前のように1人飲みのおっさんが座っていて、店員も決してウザ絡みをしない。
さらに食べ物が旨い。焼き鳥もそうだが、オレとしては何と言っても理想の厚揚げを食べられるのが嬉しい。
理想の厚揚げ、それはスーパーで買ってきた安い厚揚げを堅く焼いて、ネギとしょうがを大量にかけてある厚揚げだ。決して店で揚げた、ふんわりした厚揚げであってはならない。
先日、初めてこの店を訪れて厚揚げを前にしたときは、おお、ここにお前がいたのか、理想のお前がここにいたのかと、嬉し涙を流したほどだ。
加えて、安いのである。先日は2000円台。今日も3000円台。
渋谷でこれは驚異的な価格だろう。
オレにとって理想の居酒屋で、今のオレにはここがベスト・オブ・ベストである。本郷三丁目の加賀屋を超えてしまった。
クリスマスなんて関係なく、男たちはこのガード下で疲れを癒やすのだった。


2025.12.09

カビは人類を救う


チェルノブイリで放射線を食べてエネルギーに変えるカビが見つかったというのは、ビタミンDが欠乏するとハゲになるという事実と同じレベルの大発見らしい。
なに、放射線を食べてくれるカビだと? よし、今すぐそいつを培養して福島第一にばら撒くんだ。がはは、これで日本の勝ちだな。高市政権バンザイ。
だが、よく見ればカビが食べるのは放射線であって放射性物質ではないから、いくら原発の上空からこいつらをばら撒いても、事態は一向に改善されないのであった。
とほほ。ぬか喜びとはこのことだ。
そんなことより驚いたのは水戸だ。水戸ホーリーホック。
めでたくJ1昇格を決めたというのに、なんと昇格監督をクビにしてしまったのだ。
これにはJリーグ界隈が仰天。昇格監督を解雇するとは正気の沙汰か。水戸の闇を感じる。
そして今日明らかになったのは、まさにそんな闇だった。
かいつまんで言うと、GMが権力を持ち過ぎてジャイアン化してしまい、気に入らない監督を勝手にクビにしてしまったのだ。経営陣に相談もせず、しかも監督に解雇を告げたのは昇格が決まる大一番の前だったらしい。
当然経営陣は激怒し、このGMを解雇してしまったというのが、一連の騒動の真相だ。
これはネットの噂話じゃなくて、ちゃんとした記者が取材した話だからね。
どうやら「このGMの首に鈴をつけろ」とは以前から言われていたそうだ。
入れ違いに降格したオレたちアルビサボとしては、昇格チームの醜聞は カビにとっての放射線のようなご馳走だと、オレは無理にオチをつける。


2025.12.08

監督人事の季節である


まままま、槇野が藤枝の監督だとぉぉぉぉ??
大丈夫か、藤枝。熱でもあるのか。槇野を呼ぶくらいなら矢村を返せよ。
サッカー解説や芸能界の隅っこでうろちょろして十分食っていけるだろうに、なぜに藤枝なんかの監督に。
承認欲求の塊のような男だから、どうせ将来は代表監督に、ぐらいは企んでいるに違いない。分不相応なんて言葉はこの男の辞書にはないのだ。
もっともコミュニケーション力とメンタルの強さだけは天下一品だから、サッカー監督ぐらいは案外適職かもしれない。
せいぜい藤枝ではしゃいでいておくれ。


2025.12.07

黄色対橙


今日は久しぶりに牡蠣鍋にでもしようかねー、そりゃいいねー。
と向かったのが地元のスーパー。息子も一緒だ。
ところが牡蠣が高い。高くて、量が少ない。驚いた。 調べたら広島で牡蠣が大量に死んじゃったらしいね。気候変動がどうたらこうたら。
だからスーパーの牡蠣も値上がりして、とんでもないことになっている。
ニュースでは牡蠣小屋の店長が「他から仕入れるので大丈夫」と話していたが、それは韓国産。
韓国産牡蠣だけは絶対に口にしてはならない。理由はとても書けないが、口にしてはならない。
結局我が家はスーパーで買ったバカ高い牡蠣を使って、牡蠣鍋を楽しみましたとさ。
ああ、旨かった。

そんな牡蠣騒動より、今日はこれだろう、J1昇格プレーオフの千葉対大宮。
後半25分まで0-3で大宮がリードして、こりゃ世界中の誰が見ても大宮がプレーオフ最終戦に進むと思ったわけだが、なんと呆れたことにそこから20分で千葉が4点を取って歴史的大逆転。まさに歴史的大逆転。
ハイライトしか見ていないオレでも仰天してひっくり返ったわ。
千葉はもう20年近くJ2暮らしを続けているから、そろそろここらへんでJ1に上げてやってもいいかという気もするものの、貴重な関東アウエーだから、やっぱり来年もJ2に残ってほしいものだ。
こういうドラマチックな逆転勝ちをした次の試合は、ころっとPKで負けたりするのがサッカーだから、そんな展開も楽しみだ。


2025.12.06

△××△△×△×○△×△○×△×○×○××××××△××××△×△×△××△24


さらばJ1、また会う日まで。
というわけで本日はJリーグ最終戦である。相手はFC東京。にっくき東京。場所は味スタ。だっさい味スタ。
とんでもないぽんこつチームに成り下がったアルビレックス新潟ではあるが、これでこのぽんこつチームとお別れかと思うと、やはり名残惜しい。出来のわるい我が子ほど気になるものだ。
どうせ今日も0-3で負けるだろうし、降格も決まったから別に勝敗なんてどうでもいいやという気分で現地参戦したから、気分はのんびりである。
メインスタンドのSS席、つまりは周囲は東京サポだらけという完全アウエーでの観戦だ。
試合が始まると、あれれ、どうも様子がおかしい。ぽんこつの我が軍がとてもいいゲームをしている。
パスはつながるし、しっかりポゼッションができているではないか。まるで去年、一昨年の「ぼくたちのサッカー」の再現だ。やればできる子たちだったのね。
もっともこれは東京も酷かったからで、ミスだらけの有り様に、大丈夫かよ東京と、こちらが心配になったほどだ。
我が軍を見ていると思うのだが、ポゼッションサッカーの最大の問題点は、選手が走らなくなることだ。
選手は走らずにボールを走らせろというのがポゼッションサッカーのコンセプトだから、そうなりがちなのは仕方ないと言えば仕方ないが、やはりサッカーは走ってなんぼの競技。ボールとともに選手も走らなければ、それはなんちゃってポゼッションに終わってしまう。
我が軍の最大の病理はそこにあるのだが、どうやら東京も同じ症状にはまってしまったらしい。
後半途中、両軍の誰1人動かず、フィールドの20人が約10秒間、じーっと固まってお見合いをしていたのには笑ってしまった。
1-1の引き分けの瞬間、東京サポが盛大なブーイングをしたのも、当然だろう。
対して我が軍の温かいサポたちは「やればできるじゃん」と、拍手を送ったのだった。
ともかくこれで2025年の物語はおしまい。酷いシーズンだったが、選手はとにかくお疲れ様だ。果たしてこの中からどれだけの選手が残ってくれるか。全員移籍したとしても、オレは驚かない。
堀米、高木、千葉と、プッチから直接指導を受けた選手もほとんどいなくなり、一つの時代が終わってしまった。 長かったようで、あっという間だった。
それでもサッカーは続く。クラブは続く。
こんなぽんこつチームでも、見捨てるわけにはいかないのが、なんとも切ない。


2025.12.05

闇の支配者


トキソプラズマをご存知だろうか。
オレは知らなかった。日経新聞に書いてあったのを見て初めて知った。
肉眼でわからないほど小さな寄生虫らしい。それなのに、恐ろしいことに宿主の行動を司るというのだ。
人間の場合、トキソプラズマに寄生されると、交通事故や過度の飲酒が増えるというデータがあるらしい。どうも都合のわるいこと、危険性の高い行動を、あえて選ぶように支配されるというのだ。
げげ、やばいじゃん。
安定ではなくリスクを選ぶ、つまり起業志向も強くなるそうで、フリーなんかになったオレはトキソプラズマに支配されているということなのだろう。
恐ろしいことに人類の3分の1は既にトキソプラズマに寄生されているらしい。もっともほとんどが無症状か、せいぜい風邪に似た症状が出るくらいらしい。
しかし、そんなふうにリスクの高い行動を取るように人間を支配するのだから、犯罪とか戦争とかもトキソプラズマの仕業なのではないだろうか。大国の支配層はすべて寄生されているに違いない。
うーむ、だんだん恐ろしくなってきた。
感染しても治療法はなく、ワクチンもないそうだから、人間は逃れられないではないか。
皆さん、気をつけましょう。って、もう遅いか。


2025.12.04

オレはコンビニのレジでも「ありがとう」と言う穏やかな人間だ


オレは朝飯がまだだったのでエクセルシオールカフェでサンドイッチを食べようと思った。8時前、場所は聖路加。
レジにはバイトの可愛いお姉さん。早朝からご苦労さまだ。
オレはあれとこれとアイスコーヒーを頼んだ。Suicaで会計する。
だが、ちょっとした違和感。なんだか、妙に高くね?
念のためレシートを見たら、あれれ、頼んでいないサンドイッチまで注文したことになっている。
オレはお姉さんに向かって穏やかに、これ、頼んでないよと告げた。
すると直後、奥の方から店長らしきおばちゃんが急に突っ込んできて「ももも、申し訳ありません、お客さま! こちらのミスでございます、お客さま!」と謝罪するのである。
あ、いえいえ、私もはっきり注文しなかったので、かえってすみませんでした、とオレ。あくまで穏やかなオレ。
「返金しますがSuicaに返金はできないので、現金でよろしいですか? 申し訳ありません申し訳ありません」と謝罪は続く。
もしやオレの後ろに行列ができていて、それに向かって謝っているのかと思ったが、立っているのはオレ1人。
いや、こちらこそかえってお手間取らせてすみませんと、オレはさらに頭を低くするのであったが、なぜこんなにも謝罪されなければならないのだ、別に大きな声を出したわけでも、謝罪を要求したわけでもないのに。
それともオレは、そんなにも威圧的に見えるのだろうか。
アイスコーヒー片手にサンドイッチを食べながら、オレは思案する。

家に帰ってヨメに、今朝カフェに行ったらさあ、と一連の出来事を話す。
そりゃあ、明らかに警戒されて、先にとにかく謝っちゃえと思われたんだよ、とヨメは大笑い。
普段窓口で老害どもの様々な理不尽を相手にしているヨメによれば、面倒そうな客にはとにかく先回りして謝ってしまえというのが常道らしく、オレもそう認定されたに違いないとのことであった。
うーむ、オレは警戒されたのか。認定されたのか。姉さんと店長に。
こんなに穏やかな人間なのに、無駄に威圧的に見えるとしたら、オレは悲しい。


2025.12.03

AI面接


先日聞いた話である。
最近は企業の採用面接もリモートで行われることが珍しくなくなった。新卒も中途も。
決められた時間に求職者は自宅(や、勤務中なら抜け出して、その辺のカフェ)などからZOOMにアクセスし、採用側企業の人事部の面接官も同じタイミングでアクセスする。
自宅からアクセスする場合は、上半身だけネクタイ姿で、下半身はパジャマのまんまというケースも珍しくないだろう。
だが、問題はそこではない。AIだ。
求職者は面接に万全を期すためだろう、サブのノートパソコンあるいはスマホを面接官の死角になるような場所に置き、CopilotなどのAIを立ち上げて、面接官からの質問に答えさせるようにセットするのである。
これによってどんな面倒な質問が飛んできても、不意打ちであっても、AIの答えを見ながらしっかり答えられるというわけだ。
「でも、そんなのバレバレですよ」と面接官は言った。
ちょっとした目の動きで明らかに別の画面を見ていることがわかるし、答えの内容の不自然に完璧だったりするからだ。
「だから、しどろもどろでも一生懸命答えようとする人は評価が爆上がりです」
なるほどなあ。求職者の企みなどすっかりお見通しで、そんな浅知恵のヤツはあっさり落とされてしまうわけだ。
テクノロジーは進化しても、人が人を採用するのだから、そこにAIの出番はない。つーか、むしろ邪魔。
なかなか興味深い話だ。


2025.12.02

永遠の70年代


人の話を聞いて文章にまとめる仕事をしているので、インタビュー技術にはそれなりの自信は持っているものの、終了直後に、ああ、なんてひどいインタビューをしてしまったのだと頭を抱えることも珍しくない。
先日もそうだった。
話は盛り上がり、先方も気持ちよくいろいろ語ってくれたのだが、その中身は見事に空虚であった。
すべてはオレのインタビューが下手くそなせいである。未熟なせいである。
オレは帰り道、ひどく落ち込むのだった。

「どうにもとまらない歌謡曲」舌津智之・筑摩書房。
なるほど、ジェンダーの視点から70年代歌謡曲を斬るという発想はなかった。これは大変な労作であり名著である。
著者は70年代歌謡曲を次から次へと斬っていく。始まりは結婚だ。「瀬戸の花嫁」あたりの結婚賛歌に対して「神田川」などの同棲哀愁歌を並べてみせる。なるほど、確かに同棲の歌はすべて過去を振り返るものばかりだ。
「女のみち」や「涙の操」などのド演歌を経て最後にたどり着くのは松本隆的世界が描き出す太田裕美的世界における時間の流れと男と女。このくだりは特に素晴らしい。
それにしても70年代歌謡曲とはなんと豊穣だったのだろうと感嘆する。作中に取り上げられる99%の歌をオレは知っているばかりはリアルタイムで聴いてたわけで、しかも解説の齋藤美奈子と同じく中学・高校・大学という最も感性豊かな時期にそれらをシャワーのように浴びたのだから、人格形成に何らかの影響を受けていないはずがない。
読みながら、取り上げられているすぺての歌謡曲を聴き直したくなった。


2025.12.01

成瀬あかり降臨


本が売れないと言われて久しいが、実はハードカバーの単行本の売上げは変わっていないそうだ。
どんなにタバコが値上がりしても吸う人は吸うように、どんなにビールが値上がりしても飲む人は飲むように、そもそも単行本を買う人は高くなろうが安くなろうが、欲しい本はためらわずに買うのである。
タバコとビールの例えが適切かどうかは別として。

そんなわけで成瀬だ。
以前も書いたが、オレのオールタイムベストは「大誘拐」(天藤真)、「壬生義士伝」(浅田次郎)、「成瀬は天下を取りに行く」(宮島未奈)である。
その成瀬の最新刊にしてシリーズ最終巻となる「成瀬は都を駈け抜ける」が今日、発売だったのだ。
先月から娘とは、どんな話になるのかねえ、これで本当に終わるのかねえと成瀬話で盛り上がっていて、いよいよ迎えた発売日の今日、取材仕事に出かけるオレは昼前に駅前の書店に立ち寄って、成瀬を手に入れたのである。
そしてその仕事の行き帰りで、ほとんど読破。残り数ページを、あと10分だけ待ってくれと娘に言いながら、家に帰って読んだのだった。
むろん成瀬はそのまま娘の手に渡ったのである。

さて、成瀬の最終巻。
Amazonのレビューを見れば、シリーズで一番面白かったという感想が目を引く。そこは個人の考えなので異を唱えることではない。
オレとしては、やはりシリーズ第一巻が面白かったなというのが感想だ。もちろんこれは最初に成瀬というキャラクターに出会ったときの衝撃の大きさが加味されているためである。
史上最強のキャラクターという煽り文句そのままに、とにかく成瀬のキャラはすごかった。
カバーのイラストがライトノベルふうのもので、いい大人が手を伸ばすのはちょっとためらわれるのであるが、むしろ成瀬というキャラは、誰かが言っていたように40歳を過ぎたおっさんにこそ刺さるのである。
それは人生の不条理をことごとくド正論で切って捨てる爽快感への賛辞であったり、群れずに孤立しようとも何も揺るがずに我が道を行く強さの尊敬の念であったりする。
強さ! そうである。成瀬は強いのである。
その強さへの憧れが成瀬をヒーローに押し上げているのだ。

衝撃の第一巻と第二巻は、Kindleでも購入していつでも読めるようにしている(「大誘拐」「壬生義士伝」もだ)。
そしてそれぞれ最も気に入っている、高校の入学式からの日々の物語と、琵琶湖観光大使の物語について、何度か読み返している。20分もあれば読み返せるので、ちょっとタリーズでコーヒーを飲みながらの気分転換などにちょうどよい。
この最終巻では、すべてを受け入れて全肯定することで成瀬を育ててきた両親の目線で描かれた「そういう子なので」が熱かったが、オレと娘にとっては、娘と同じ名前のキャラクターが大暴れする「ぼきののか」も熱かった。この「ぼきののか」は、他の話にも登場して暴れてくれるので、楽しい。

成瀬のシリーズはこれで終わりである。「残念だが仕方ない」と成瀬なら言うだろう。
この作家の他の作品は、成瀬に比べるとびっくりするほどつまらないので、やはり成瀬は天から降ってきた贈り物なのだろう。
そのすべてが名言と思える成瀬のセリフを何度も思い返しつつ、この物語はこれで閉じてしまうのか一番美しいのだろうと自分に言い聞かせる。


2025.11.30

アイシテルニイガタすら歌わないゴール裏に存在価値はゼロ


アルビレックス新潟、ホームでの最終戦である。
試合後には恒例のセレモニーが行われた。
あっという間のJ2降格、断トツの最下位、18戦勝ちなし、功労者をクビと、何一ついいことがなく迎えた最終戦だ。
さぞやスタジアムは大荒れだろうと予想したが、ブーイング一つなく、温かい拍手に包まれたもので、拍子抜けだ。
これに立ち会った柏のサポが「新潟すげえ」と驚いていた。
まあ、柏なんつー北関東ヤンキータウンとは民度が違うからねとは思うものの、要するにこちらはもはやブーイングの段階は過ぎちゃったのよ、柏くん。
叱咤激励して立ち直るなんてもはや無理。クラブそのものが崩壊しつつあるのだから、ぬるく見守る以外になかんべ、というのが新潟の空気だ。
というわけで来週の最終戦アウエーには、味スタまでかけつけるのだ。めんどくせえ。


2025.11.29

忙しいから後半だけ見た


今日はJ2の最終戦。ギリギリの試合ばかりだった。
長崎対徳島で、徳島があと1点入れれば3位の千葉が自動昇格という場面はしびれたぜ。
まあ、金満チームの長崎が昇格してくれてよかったことはよかったのだが。
それにしてもVARがないのはイヤだなあ。
今さら愚痴ってもしょうがないのだが。


2025.11.28

高木…


アルビレックス新潟の高木善朗が契約満了、つまりクビになった。
もう8年もいてくれたのか。疑いなく、レジェンドだ。感謝しかない。
父親はプロ野球の高木豊。折に触れ、息子の応援のためにスタジアムに駆けつけてくれていた。
ゴメスがクビで高木がクビ。
チームを長年支えてきたレジェンドが次々といなくなる。次は藤原に谷口に橋本に奥村に長谷川か。おっと、その前に小野か。
ゴメスは新潟で引退するつもりで数年前に代理人との契約を打ち切ったというから、クラブも酷なことをするものだ。
このクラブは苦労して積み上げてきたポゼショナルをあっさりと切り捨てて、縦ポンサッカーに戻るつもりなのだろう。
オレがアルビレックス新潟を応援しているのは、故郷のクラブだからであって、それ以上でもそれ以下でもない。
だから新潟が故郷である限り、つまり一生、アルビレックス新潟のサポーターであることは間違いない。
そうでなければ、こんなボロクラブ、とても応援する気にはなれない。大切に積み上げてきたスタイルを雑巾のように捨て去るクラブなんて。
来季は別のチームを応援するかなあ。今年、出ていった選手たちのチームを応援しようかなあ。
半ば本気で、そんなことも考えている。


2025.11.27

渋谷で一人飲み


今日も一日渋谷で仕事をして、道玄坂の上の方だったから、たまには懐かしい界隈で飲むかと思って一人で居酒屋に立ち寄った。
昔よくいった河童は、先日も書いたように立ち飲み屋になってしまった。
同じようによくいった居酒屋は、焼き肉屋になってしまった。
どれ、新しいところでも開拓するかと立ち寄ったのが、ガード下の居酒屋。古くからあるような店だ。
カウンターで早い時間から一人飲みするのにちょうどよく、しかも店員が日本人なのも案外と心地よい。
ビールにハイボール、厚揚げにポテサラに焼き鳥で2800円。けっこうリーズナブルで、ちょっと驚く。この立地、この味で? コスパ最高じゃね?
渋谷あたりで飲むと、帰りがとにかく億劫なのだが、まあ、軽めだったのでさほど苦痛に思わず帰宅できた。
こういうことを書いている時点で、オレは相当老化しているわけだが。とほほ。

「嘘つきジェンガ」辻村深月・文春文庫。
ロマンス詐欺、受験詐欺、なりすまし詐欺と、詐欺をテーマにした作品集。さすが辻村深月という展開の作品ばかりだ。


2025.11.26

キャッシュレスがどうしたこうしたといった程度しか書けない父親である


日本銀行の総裁が白川さんだった時代に、白川総裁×池上彰の対談に立ち会ったことがある。対談記事をオレが書くことになったのだ。
対談前には池上彰と控え室で名刺を交換し、つい「近所に住んでるんで、ズラなしのあなたの姿はよくお見かけしてます」と口走りそうになり、慌てて両手で自分の口をふさいだものだった。
対談は総裁用の応接室で行われたが、日銀の総裁なんて超VIPと同じ空間にいることが信じられなかった。
うーむ、なんという貴重な体験なんだ。ビジネスをしている人間にとって、やっぱり日銀総裁は特別すぎる存在だ。
参ったのは原稿である。
対談に立ち会った日銀の担当者から翌日に送られてきたのは、完璧な議事録。このまま原稿として通用するレベルの議事録だ。
もちろん安物ライターであるオレの出る幕はない。申し訳程度に文字数の調整をして、オレの仕事は完了である。
担当者レベルでこの完璧な仕事ぶり(しかも猛スピード)に驚くとともに、オレは負けを認めた。もちろんAIの自動文字起こしなどのない時代である。
日銀の総合職は全員東大卒。しかも倍率50倍。とんでもないエリート軍団で、オレなんか出る幕はまったくないのだ。

息子が「白川さんが来たよ」と写真を見せてくれたのが、数年前。もちろんあの日銀の白川さんである。
日銀総裁を務め終えた後はどこかの企業の相談役的な名誉職をしていて、時々、母校の東大に遊びにやってくるそうだ。その日もたまたまやってきた白川さんが若い連中と一緒にそのへんの居酒屋に繰り出した次第だ。
息子と一緒に写真に収まった元・日銀総裁は、息子の言うとおり「ごく普通のおじさん」そのものの、いい笑顔を浮かべていた。
そんなことよりも、オレは、すげえな我が息子はと驚く。日銀の総裁だった人と一緒に居酒屋に行ったんだから。

そして、その日銀へ、今日、息子は招かれてカンファレンスに参加した。
もちろん教授と一緒ではあるが、それでもオレは仰天する。なんなんなだ、我が息子は。
実は息子は学部時代に練習のつもりで行った就職活動で、日銀から内定をもらっている。大学院に進学するので、あっさり辞退したのだが。
「あのとき面接に行った日銀へ、今度は“タンゴ先生、お願いします”と言われて行くんだぜ、うひゃひゃ」と息子は嬉しそうである。
うーむ、なんなんだ我が息子は。
何を書いても自慢になってしまうので、もはや自慢を隠しもしないで書くのだが、なんなんだ、我が息子は。


2025.11.25

時代はキャッシュレス


オレは今、渋谷のタリーズにいる。
朝から道玄坂をぜえぜえ言いながら登ってきて、やっとたどり着いた安息の地だ。早く座りたい。
なのにオレの前のおばさんが、あれがいいこれはやだ、ショートのサイズとは何だカップを見せろと散々ややこしい注文をしたあげく、支払いは現金しかも1万円札だったので、オレは泣き崩れる。早くオレを座らせてくれえ。
というわけで、レジで現金を出すと、後ろの客は絶望する時代になった。クレジットカードを含め、キャッシュレス以外の支払いは、何らかの事情がない限り、今やありえない。

そこで問題はテッペイである。 そう、JR東日本の新しい電子マネーである。
そのネーミングを聞いたとき、誰もが思ったのが「水原かよ」だった。次に思ったのが「なてもかんでも、ペイをつけりゃいいってもんじゃないよ」ということだった。
鉄道のPay決済だから、テッペイ。泣きたくなるほどダサいセンスである。
会議の席でエライ人の一声で決まってしまい、若手がうんざりした顔をした場面がありありと目に浮かぶ。
あれほど親しまれて浸透したSuicaというブランドをあっさり捨てたのは、利権とか著作権とかのややこしい話がらみらしいという噂はある。たぶん本当だろう。
だからといってテッペイとはなあ。
もっともSuicaだって当初は「西瓜? なんだそりゃ」と言われてたが。

昨日オレは、検見川というところにいった。「けみがわ」と読む。難読地名だ。
駅はこれに浜がついて「けみがわはま」だ。千葉県にあるJRの駅で、オレんちから2時間近くもかかった。遠い。えらく遠くて、うんざりした。
向かった先は病院で、もちろんこれは仕事なのだが、ドクター2人へのインタビューを終えて帰ろうと、タクシーを呼んだ。当然GOである。
GOは呼べばすぐくることに加え、乗車前に決済が終わっているので、車内で支払いの手間いらずの点がありがたい。駅に着いたら、どーもーと言って無賃乗車のように財布も開かずに降りるだけだ。
レシートみたいなのがべろーんと吐き出されたので、一応もらっておこうかと思ったら、運転手がめんどくさそうに渡してきた。なんだ、この運転手。
GOは、乗車後にアプリ上で運転手の評価をつけることができる。だいたいオレはいつも星五つをつけるのだが、今日はちょっとイラッとしたので、何もつけないことにした。
いくらキャッシュレスでも最後は人なのだなあと、ありきたりな結論にしか持って行けないオレであった。


2025.11.24

呑気な一日


三連休あると、1日はまるまる休めるからありがたい。
家族全員、それぞれの用事で出かけているので、家にはオレ1人だけ。映画三昧である。
ただ、こういうときに限っていい映画に出会わないのもあるあるで、結局予告編ばかりいくつも見て時間を浪費してしまう。
困ったものだ。
貴重な休日を予告編で潰してしまうわたくし。自己責任である。


2025.11.23

もちろん日曜でも原稿を書くのだ。仕事なのだ。


川口市のクルド人には困ったものだが、AIのクロード(Claude)は実に素晴らしい。
書いた原稿を放り込んで、推敲してねとお願いすると「感情的な表現とロジックのバランスがよく、よい文章ですね」とほめてくれた後「でも、こうするともっと読みやすくなりますよ」と修正した文章を示してくれる。
この間、3秒。
完成した文章は実に素晴らしく、オレはいつも驚く。だが、完璧ではないので、それを参考にしつつ、さらにオレの経験と感性で手を加えていくのであった。
もちろん誤字脱字や文末のダブりなどもしっかりチェックしてくれる。これで無料っていうのだから、毎月数千円も取るAI校正サービスなどは話にならない。

ところで乱暴な運転をするトラックに遭遇すると、つい「クルド人には困ったものだ!」と叫んでしまうのだが、そのつど息子には「何でもかんでもクルド人のせいにするんじゃないよ」と叱られる。息子によれば「クルド人は決して多くない」らしい。
すまん、クルド人。
クロードに尋ねてみたら、川口市のクルド人は「住民登録上は1500人だが、正式な在留資格のない連中を含めると2000人から3000人」だそうだ。
多くはないが、少なくもないな。
小野田紀美ちゃんにはぜひ頑張ってもらいたい。


2025.11.22

その点新潟は凄かったんだぜと過去にすがるあたりが田舎者


ん? 今日は天皇杯の決勝か。どれどれ、町田と神戸だと? ふん、どっちも負けてしまえ。
書くべき原稿が溜まっていて忙しいし、息子も「忙しい忙しい」と言いながら大学へ行ってしまったし、別に見なくてもいいかな。まあ、年に一度だから後半だけでも見てやろうか。
と思って後半にNHKのスイッチを入れたら、あれれ、町田が2-0だって。なんだ、この試合。
呆れた直後に、さらに1点が入って3−0で町田。あほくさ。
とっととテレビを消して、仕事に戻ったのだった。

それにしても国立開催だというのに、客席がガラガラなのには驚いた。ネットでも騒ぎになっている。
理由はいくつも考えられる。
まず、天皇杯決勝は1月1日という習慣が残っていることだ。元日の風物詩なのだ、天皇杯は。
そのイメージが色濃く残っているから、11月の末に開催されてもそんな気分じゃねえよ、と受け止められている。 正月ののんびりした空気の中でごろんと眺めるのが天皇杯なのだ。
次の理由としては、そもそも代表戦ぐらいしか見ないライト層はJリーグなんかにあまり興味はないし、天皇杯って言ってもいつものJリーグのチーム同士がいつものように戦うだけじゃん、というスペシャル感の欠如が挙げられる。
しかも、つい先日には代表戦があったわけで、サッカーと言えば代表という層にとって、天皇杯なんてコップの中の争いに過ぎないのだ。こんな闘いはやめて、みんな仲良くしましょうと思われている。
そして、最も大きい理由はこれだろう。町田の不人気。超絶不人気。絶賛嫌われ者。
そもそも神戸のサポーターにとって東京は遠くて高いし、決勝戦進出も珍しいことではないから、無理して応援にかけつけるまでもない。コアサポ以外のサポーターが少ないも納得だ。
対して町田は地元であり、しかも初のタイトル獲得の大チャンスだから、本来ならばぎっしり埋まっていいはずだ。
それなのにスカスカなのは、町田サポーターの絶対数が少ないことに加え、判官贔屓で初タイトルの町田を応援してやろうという層が絶対的に少ないことを意味している。
急に金満チームに変貌し、カネにあかせて有力選手をかき集めた成金ぶりに加え、ファール上等、見つからなければ何をやってもよい、指摘されたら「何がわるい」と開き直るという、やったもん勝ちの汚いサッカーが嫌われているのである。
なにしろ地元でも「こんなサッカー、子供に見せられない」と遠ざけられているほどだ。
その結果が、このスカスカのスタジアムである。初タイトルおめでとう、でもお祝いしているのは数えられるくらいの人たちだけだよね。
かといって、いくら正しいサッカーをしても負けては意味がないのも当然で、このあたりは難しい。
結局ガラガラのスタジアムが突きつけているのは、そういう問題なのかもしれないなあ。


2025.11.21

ギターで弾き語りもしてみた


時々、ふっと昔の懐かしい歌が聴きたくなる。
今日は小椋佳の「思い込み」だった。
「何よりまして〜」と始まるバラードで、「夢追い人」というアルバムの収録曲である。
このアルバムはオレの学生時代のものかと思ったら、調べたら高校時代だった。
「シクラメンのかほり」でブレークした後のアルバムで、とんでもなく売れたらしい。この頃、小椋佳は年間50曲から100曲つくっていたというから(しかも第一勧業銀行に勤めながら!)、クレージーだ。
売れ行きもクレージーで、ライブ2枚組は100万枚売れたらしい。今では想像もつかない。
とにかく小椋佳というのは逸話だらけの人で、個人的に一番受けたのは、アマチュア時代の話だ。

小椋佳の歌声をカセットテープで聴いたレコード会社の幹部が、声のイメージから美少年を想像して、これは鉱脈になると直感し、小椋佳を呼び出した。ところが現れた小椋佳の顔を見て、幹部は愕然。この顔では商売にならないと、デビューをあきらめかけた。
ところが小椋佳が「そんなこといわないでこれを聴いてくれ」と「しおさいの歌」を得られたという流したところ、幹部は感激し、デビューが決まった。
ただし、本人ではなく、顔のいい歌手に歌わせようとしたところ、小椋佳がアメリカに行ってしまって話がストップし、仕方なく本人の歌で発売することになったという。
「持ち歌を披露した時、彼から『君の曲が欲しい。でも君はいらないんだけど』って言われました。」というのが小椋佳本人の記憶である。
大笑いのエピソードだ。そんな時代だったんだなあ。
って、このネタは以前も書いたような気がする。まあ、いいか。

アルバム「夢追い人」は全曲他人が作曲した。「思い込み」も星勝である。きれいなメロディーのバラードで、間違いなく名曲だ。えーじくんも、この曲が大好きと言ってたっけ。
問題は、アレンジである。星勝の手によるアレンジは、明らかにアート・ガーファンクル「青春の旅路」のパクリである。
「青春の旅路」も超名曲だ。メロディーもボーカルも素晴らしいが、アレンジがドラマチックでとにかく素晴らしい。パクりたくなる気持ちもよくわかるわ〜。
というわけで「思い込み」に続いて「青春の旅路」もYouTubeで聴く。
いいなあ、すごくいい。やっぱりオレには70年代の音楽だけあればいいや。


2025.11.20

移民


コンビニで買い物をするときは(コンビニに限らないが)、よほど不愉快な対応をされない限り、「ありがとう」と一言添えている。もちろん相手が外国人であっても(日本人であっても)、同じだ。
ベトナム人だか、中国人だかわからないが、若者がこうして異国にやってきて、仕事をしている姿には尊敬する。
日本語を理解し、日本のシステムや文化を理解し、コンビニの多様な商品や複雑なレジ処理のルールを理解し、さらに客対応や品出しや掃除などで忙しく立ち働いている彼・彼女を見ると、同じことはとても自分にはできないと思う。
だから率直に、この子たちは凄いなあと思う。
時々立ち寄る地元の牛丼屋にもそんな外国人が働いていて、オレが「ありがとう」と言うと、彼らもマスク越しに目を細めて「アリガトゴザイマシタ」と返してくれる。
同じことを誰かが言ってたっけ、えーとえーと、と考えて思い出した。カメラマンのヒラセ氏だ。
先日、一緒に岡山に行ったとき、コンビニへ立ち寄った際に彼も同じようなことを言っていたので、嬉しくなった記憶がある。
ろくでもない外人は要らない。だが、こうして真面目に頑張っている外国人は大切に受け入れてやりたい。
小野田紀美ちゃんが言っているのも、こういう当たり前のことだと思う。


2025.11.19

飲まずに帰るのだ


渋谷に行った。相変わらず人が多くて、うんざりである。
もはや街の様相も駅の仕様も激減してしまって、いったいオレは今どこにいるのだ状態。
特に地下だと位置関係が皆目見当つかずで、ともかく地上に出よう、地上に出れば何とかなると、階段から這い出す。
おお、ここか、ここだったかと、オレは安心して西口のバス乗り場を目指すのだった。
このバス乗り場は、世田谷に住んでいた6年間、毎日使っていたからとても懐かしい。
その後、道玄坂を上って目的地にたどり着く。この坂道がきつい。ぜえぜえ、こんなにきつかったっけと思いつつ、オレが年を取ったからだという当たり前の事実から目を背ける。
昔はこんな坂道なんてひょいひょい駆け上がってヤマハまで遊びに行ったものだった。
仕事を終えて、夜の渋谷を下る。
井の頭線脇の焼き鳥屋で一杯やって帰るとか思ったが、この辺りも激高になってしまって、軽く飲んでも数千円かかるから、やめた。
昔よく行った河童があるかと思ったら、立ち飲み屋になっていた。ちょっと前はワインバーだったし、河童も迷走状態である。これぞ河童の川流れ。
うまくオチがついたところで、オレは副都心線に乗って帰る。荷物を持ってラッシュの地下鉄に乗るのはしんどいなあ。
渋谷の焼き鳥をやめたから、代わりに地元の駅でテイクアウトのとんかつを買い、迎えに来てくれた息子の車に乗り込んだのだった。

「殺し屋の営業術」野宮有・講談社。
江戸川乱歩賞の受賞作で、新人離れした作品と話題の一冊だ。
タイトルが示すとおりの作品。フルコミッションの飛び込み営業で常にトップの成績というスーパー営業マンが、たまたま殺人事件を目撃してしまったことから、自らの命を救うために、殺し屋チームの営業マンになるという話。
荒唐無稽だが、ウソというのは大きいほど面白いものであって、この作品もこの設定そのものが非常に魅力的である。
それ以上に驚くのが文章の上手さと深さだ。なかなかの手練れではないのか。何度でも繰り返して読むにも堪える文章となっている。乱歩賞の審査員が、続編が出たら自分でカネを払って買う、と評している。


2025.11.18

ゴメス…


ゴメスがクビになった。
毎年この季節は選手の移籍が発表されてさびしい想いをするのだが、今年の第一号が、まさかキャプテンのゴメスだとは想像もしていなかったので、オレはちょっと打ちひしがれている。
素晴らしいキャプテンだった。
札幌から移籍してきた年、アルビレックスはJ2に降格した。
若手有望株だったゴメスは当然、移籍するものと思っていた。
ところが移籍が決定した試合で、客席から自然発生的に「アイシテルニイガタ」のチャントが始まったのを聞き、ゴメスは「こんなクラブ、ほかにないよ」と言ってチームに残ることを決めたのだった。
だからJ1昇格が決まった試合でピッチに突っ伏して号泣した姿には、打たれたなあ。
今年は難しい一年だった。キャプテンとしていろんなものを背負いすぎてしまったのだろう。
すまなかった、ゴメス。
ホーム最終戦でサポーターに挨拶したいとの思いで、このタイミングでの発表となったのだろう。
家族と札幌に戻りそうな雰囲気だな。
感謝しかないわ。ありがとう、ゴメス。


2025.11.17

シウマイは崎陽軒に限る


久しぶりに行った上野は、相変わらず垢か抜けないダサい街と駅であった。無論、そこがよいのだ。
開業から45年もたった上越新幹線は1991年まで上野が終点だったため、新潟県民にとって上野駅は東京の玄関であり、里帰りする新潟出身者にとっては故郷への出発点だった。中島みゆき「ホームにて」そのままの情景である。
年末年始のホームの高揚感や、年明けに戻ってきてJRから地下鉄日比谷線までの長い地下通路を歩くときのぐったりした気分を今も覚えている。
あちこち手を入れられているものの、駅の基本的な構造は変わってなくて、やっぱり昔を思い出す。
中央口には大きな時計がかけられていて待ち合わせの目印だったが、上京したばかりのオレは巨大な駅に圧倒されて(そもそも改札口がいくつもあるなんて田舎では考えられない)、両親と合流するるのに「時計の前で待ち合わせたら」と親戚に助言されても、そこがどこなのか、さっぱりわからなかった。

その上野駅の構内で、崎陽軒の売店を見つける。そうだ、シウマイを買って帰ろう。今夜はシウマイだ。シウマイはやっぱり崎陽軒に限る。
買うのは、30個入りのパック2つだ。我が家にはこれがちょうどいい。
棚にちょうど売れ残っていたパック2つを手に、レジに向かい、お姉さんに会計してもらう。
Suicaだ。
レシートを見たら、なんとSuicaの残高が11,111円になっているではないか。なんというミラクル。とてつもなく縁起がいい。
嬉しくなってレジのお姉さんに、おお、見て見て、1並びだよと自慢する。
姉さんも「あれ、すごいですね! この値段がこれでなきゃこうならなかったんですよね!」と驚いてくれた。
縁起ものだから、大切に取っておくよ、と言い置いてオレは立ち去り、そして家に帰ってヨメにレシートを見せて自慢しながら気がつく。
なんと、シウマイ2個買ったのに、1個しか買ってないことになっている。
あちゃー、やっちまったな、レジの姉さん。きっとバイトだ。
レジをシメるときに怒られるのだろう。そして「あ、あの1並びのおっさん!」とオレを思い出すのだろう。
オレの責任ではないが、なんだかすまんかった、姉さん。
せっかくですのでシウマイはおいしくいただきました。


2025.11.16

木枯らしに負けそうな歌もあったなあ


しょうもないことを書くのだが、こうも寒くなってくると、暑い季節が恋しくなる。
もちろん夏には夏で、寒い季節が恋しいと言うのであるが。
どちらかというと寒い方が苦手であるのだが、夏には暑い方が苦手だと文句を垂れていたような気がする。
冬には、人の死亡率がぐっと上昇する。熱中症でばたばたと人が死んでいる印象があるが、実は人は冬に死ぬのだ。
だから寒い季節には、人は命がけだ。オレも命がけだから、もこもこしたパジャマを着て眠り、仕事中はデスクの下に小さいヒーターを置いている。
なにしろ一軒家は、夏は暑くて冬は寒いのだ。最低だ。オレんちは安普請の建売住宅なので、尚のことである。
この方が人間は鍛えられるんだぜとやせ我慢しながら、春になると、今年もどうにか冬を生き延びた、よかったなあ、などとビールを飲むのである。
冬はこれからだ。
というわけで、冬の歌なのだが、かみふうせんの「冬が来る前に」と、槇原敬之「冬がはじまるよ」を続けて聴いて、やっぱりオレはサイモン&ガーファンクルの「冬の散歩道」が一番だなと納得するのであった。
実はこの歌、散歩道なんてまったく関係なくて、詩人が完璧な詩を書くために修正を繰り返していたらいつの間にかじいさんになってしまい、カネもなくて冬には救世軍に恵んでもらうしかないんだよと嘆く、なんとも脱力ものの歌なのであった。


2025.11.15

役者がいいと、映画は楽しい


「フロントライン」という映画を観た。アマプラである。面白かった。
あのダイヤモンドプリンセスの騒動を、事実にかなり忠実に再現した映画だ。
あの頃は、なんだかヤバいことが起こっているようだけどオレらには関係ないもんねーというのが世間の空気だった。オレもそうだった。
だから、実はこんな凄まじいことになっていたとはと、改めて驚いた。

面白い映画ではあったが、事実に忠実であるだけにストーリーは単調である。何か大きな事件が起きるわけでもない。
未知のウィルスの恐怖に淡々と立ち向かう医療関係者を描いただけである。
それでも非常に面白かったのは、役者が抜群によかったからだ。
小栗旬、松坂桃李、滝藤賢一など実力派ぞろい。中でも窪塚洋介が素晴らしい存在感だった。
窪塚洋介といえば、「ピンポン」のペコである。あの映画はよかったなあ。井浦新には惚れ惚れしたし、中村獅童は切れ味抜群だったし、大倉幸司の中途半端なヤンキーぶりも楽しかった。
その後、人間としてダメになっていったのが窪塚洋介だったが、「フロントライン」を観ると、役者としてはやっぱり天才的なのがよくわかる。

それにしてもダイヤモンドプリンセスである。
今や記憶のかなたで、コロナの頃、いったいオレはどうしていたのだろうと思い返しても。記憶は曖昧だ。高校生と大学生の子供たちが学校にも行けず、家の中で鬱々としていたのが可愛そうだったことははっきり覚えているが。
不思議なことに仕事はまったく増えず、それどころか売上は前年よりよかったほどだ。理由は、よくわからない。
そんな断片的な記憶はあるが、ほとんどのことはすっかり忘れている。
コロナの時、オレと家族はどう過ごしていたのだろう。何を考えていたのだろう。
そこで便利なのが、この日記であります。
2020年までさかのぼって読み返してみたら、自分の日記なのに面白くて面白くてたまらんかった。いい暇つぶしであった。


2025.11.14

耳は夏だけでなく一年中痒いのだ


耳が痒い。痒くて、痒くて、たまらない。
そんなお悩みをお持ちのあなたにぜひお勧めしたいのがこちらであります。
オレもそうだった。痒くて、痒くて、たまらなかった。耳掃除を一日数回。耳掃除をしてはいけないとは聞いていたものの、とても我慢ができなかった。
耳掃除をすると、痒みが治まってとても気持ちがいい。だが数時間後にはまた痒くて痒くて、となる。
家にいるときはいい、好きなだけ耳掃除ができるからな。
だが、外出先ではそうもいかないのは当然だ。特に客先でインタビューなどをしているときに痒くなると、もうたまらん。他人様の前で耳の穴に指を突っ込むわけにもいかず、ただひたすら耐えるのみだ。
そこでオレは、あまりの痒みに我慢ができずに薬局に向かい、これを購入したというわけだ。

さて、こんなものが効くのか。しょせん気休めではないのか。
半信半疑で綿棒を片手に耳の中に薬を塗って、その日はそのまま寝た。
するとどうだ、驚くではないか。翌日は一日中、まったく耳が痒くならず、一日の終わりに、あれ、今日はもしかして耳掃除をしていないのではと気がついたほどである。
効果絶大。神の手か、マジックか。
以来、オレはこれを手放せない。一日一度。綿棒で耳の中に塗布するだけで、翌日はまったく痒みを感じないのである。
素晴らしいではないか。全国の耳の痒みに悩む人々に大声でお伝えしたいほどだ。

この薬を作ってくださったのは、あの池田模範堂である。「ムヒ」である。
「ムヒ」と言えばかつての名作CM「ムヒが丘にかゆみを止めて」を思い出す。そうである。高校球児が号泣しながら歌い上げるあのCMだ。
とんでもないシュールさに大きな話題になったものだった。
そしてそれを超越するCMがこれだ。←いきなり大音量で流れるから要注意。
はじめてこのCMを目にした時は、おっさんたちが「夏は股間がかゆくなる」と合唱する様子にひっくり返ったものだった。そ、そうなんだよ、痒くなるんだよ、股間が。
以来、息子とオレは夏になると「夏は股間がかゆくなる」と歌いながら着替えをするのだった。
そんな素晴らしい池田模範堂が作ってくれたのが、この耳の痒みを止める薬である。
股間の痒みを止めたんだから、オレたちにとって耳の痒みなんてビフォー・ブレックファーストさ、うひゃひゃひゃ。
池田模範堂のそんな高笑いが聞こえてきそうな、素晴らしい薬である。耳の痒みに悩む老若男女はぜひどうぞ。

ちなみに「ムヒER」の、東京03によるコマーシャル「しみる話」も絶品です。同じ商品サイトでぜひどうぞ。


2025.11.13

それなのになぜこの日記には誤字脱字が多いのだ


原稿がたまりにたまって、片づけるのが大変だ。
なので今日の日記はお休みしよう。
ところで書いた原稿のチェックは、二段階体制となっている。
まずはジャストシステムのJustRightという校正ソフトでチェックだ。誤字脱字とか、基本的な誤りをチェックしてくれる。
買いきりのソフトで3万円。高い。こういうお仕事用のソフトはだいたい高い。足元を見られている。
JustRightでチェックした後は、朝日新聞のTypolessというSaaS型のサービスで再度チェックしている。
こちらは誤字脱字に加え、用語の使い方などもチェックしてくれる。1カ月5000円のサブスクで、えらく高い。
高いくせに実はあまり賢くない。それでも使っているのは、時々、うっかりミスを見つけて助けてくれるのと、朝日新聞の校正システムを使ってますという権威付けのためだ。
以前は共同通信の「記者ハンドブック」を使っていますと言うと、だいたいが「ならば大丈夫ですね」とOKをもらったものだった。誰でも権威には弱いのである。
それが今は「朝日新聞の校正サービスを使ってます、AIです」と言えば「大丈夫ですね」となるわけである。要するに保険みたいなものだ。
もっともこれらより遙かに有能でタダなのが、ご存知AI様である。
オレはCopilotとClaudeの2つを使っており、書いた原稿をぶち込んで、校正してね、それから読みやすいかチェックしてね、ついでにカッコよく書き直してねとお願いすると、3秒ほどで完璧な答えを返してくれる。
朝日新聞に毎月払っているサブスクの5000円が実にバカバカしい。
もっともAIは手間がかかるので、ここぞという時にしか使わないし、だいたいの場合、「いい原稿ですね、問題ありません」と褒めてもらえるので、それで問題ない。
なお、こうやってAIの助けを借りているということは、取引先には内緒である。


2025.11.12

天敵


パソコンを使い始めて30年だが、白状するといまだにマウスがうまく使えない。
目的地へシュッと運ぶのはできるのだが、その着いた場所が毎回必ず微妙にずれるのである。
シュッ→あ、ずれた→シュッ→あ、またずれた。
そんなことの繰り返しである。まさに、たどり着いたら雨降りなのだ。
これはちょびっとだけイラつく。誰のせいでもなく、自分のせいであるだけに、イラつく。そのストレスを貯め込んで生きてきました30年。
オレが音楽制作を辞めた理由のうち、10番目ぐらいにはこのマウス問題があった。だって音楽制作はほとんどすべの作業をマウスでやるんだもの。
今日もオレは、このファイルを開かなきゃ→シュッ→あ、ずれた、を一日中繰り返すのである。
これはきっとオレの視神経とか平衡感覚とか視野角とか、何かに問題があるのだろう。
そういや子どもの頃、父親から「どうして水平線が描けないのだ」と呆れられたことがあったっけ。まっすぐな横線というものか苦手だったようだ。
こういうことも影響して、マウスの操作も苦手なのだろうか。
マウスはオレの天敵である。


2025.11.11

帰宅じゃ


コンビナート地帯の夕方のラッシュはすごかった。
昼の仕事を終えた作業員たちが一斉にマイカーで帰宅の途につくため、幹線道路は大変に混雑するのだ。おかげで水島から倉敷駅までタクシーで1時間以上もかかってしまった。
当初の行程では、東京駅着が23時30分だった。
ちょっと待て、とオレとカメラマンは言った。「オレたちは東京駅に住んでるわけじゃない」と。
東京駅から1時間以上もかかる住宅地に我が家はあるのだ、そんな時間に東京駅に着いてそれから家に帰ったら1時近いじゃないか、そもそも電車があるかどうかもわからんじゃないか。
ねじ込みが功を奏し、当初の予定より1時間前倒しの行程が実現したのである。
だが、それでもまだ遅い。オレとカメラマンはもちろんのこと、ディレクターにクライアント、要するに東京から出張できている全員の意思が一つになって、もっとはやく仕事を済ませてとっとと帰ろうということになったのだ。
そして目論見通り、仕事を巻きに巻いて、予定より2時間近くも早く帰途につくことに成功したのである。
そんなオレたちが遭遇したのがコンビナート帰宅ラッシュの大渋滞。いや、この地域の人たちにとってはこれが日常であるし、渋滞って言っても環八あたりの混み具合に比べればどうっていうことはないのだが、なにしろ一刻も早く新幹線に乗るために巻きに巻いた挙げ句の渋滞だったから、そりゃあガックリするし、焦りもする。
ところが、そんな様子を見て取ったのか、タクシーの運転がヤバかった。
追い立てられると「よーく見ちょれよ、われ」と燃えるタイプなのだろう、車線変更を繰り返し、わずかな隙があれば割り込み、あげくは車1台がやっとの狭い裏道を激走し、直進車の鼻先をかすめて右折するという、漫画みたいな運転だったのである。
おかげで我々のタクシーは後続の二台目に差を付けていち早く倉敷駅に到着した。
飛ばしてくれてありがとうと礼を言ったら、運転手は「後ろの車はミスター安全運転じゃ」とニヤリ。同じ会社の二台のタクシーはライバル関係だったのかもしれない。
もっとも倉敷駅で在来線を待っていたら、後続車に乗っていたはずのクライアントとホーム上で再会して「お疲れ様でした〜」と挨拶を交わし、結局、ぶっ飛ばした運転手とミスター安全運転では数分も違わなかったという、あるあるのオチだった。
そしてオレは23時過ぎに地元の駅にたどり着き、1時間半ほど、当初の行程より早く家に帰ることができたのである。タクシーよ、ありがとう。

「人間の証明」森村誠一・角川文庫。
突然森村誠一が病みたくなった。学生時代は結構読んだものだった。なのに代表作とされるこの一冊は未読だったので、手に取ることにした。
「母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね…ママぁ〜」というコマーシャルは今も強烈に印象に残っている。
まあ、とんでもない騒ぎだったな。メディアミックスという言葉が初めて使われたのもこの作品で、「読んでから見るか 見てから読むか」(逆だった?)というコピーも大ヒットした。
社会派の森村誠一らしく、物語はテンポよく進んでいく。社会状況などは当然古くさい。また、話の運びもややご都合主義的すぎる。それでも伏線回収は見事だ。松本清張とか、森村誠一とか、この手の社会派ミステリーはたまに読むといろんな発見があって面白い。
とにかく携帯電話とインターネットが社会と犯罪を大きく変えたんだなあと、今さらながらバカみたいな感想を持った。


2025.11.10

水島じゃ


依然としてオレは水島にいる。岡山だ。
水島というのは水島コンビナートの水島なので、仰ぎ見るプラント群はなかなかの迫力である。
ビジネスホテルにはこれらプラント群のメンテナンスを請け負う作業員たちがたくさん泊まっている。
現場作業の人たちなので、メシは大事だ。ホテルもそのことは分かっているのだろう、朝食は見た目より中身重視のがっつりメシである。なかなか素晴らしい。
おれも作業服姿の一群に交じって、朝からわしわしとメシをかき込むのであった。


2025.11.09

岡山じゃ


オレは今、水島というところのしょぼいビジネスホテルの一室で、これを書いている。
水島とは倉敷だ。つまり岡山県。
一般的には倉敷イコール観光だとしても、オレはもちろん仕事だ。
カネを使いに来ているなら楽しいだろうが、カネを稼ぎに来ているので別に楽しくはない。粛々と務めを果たすのみである。
一両編成、しかもSuicaも使えず現金だけという恐ろしいローカル線に乗ってたどり着いたのが午後七時。もちろん即座に晩メシだ。
オレは1人で田舎の商店街に出て、さまよい歩く。田舎であることに加えて今日は日曜日だから、街は真っ暗だ。開いている店が少ない。
それでも何軒か赤ちょうちんがあったので外から様子を覗う。
カラオケが響いているからパス。喫煙可だからNG。焼き鳥は好きではないからNO。
という具合に散々好き勝手を言いながら(1人で)たどり着いたのが、駅前の居酒屋。客が一組しかいないので、地元客にウザ絡みされる懸念もないだろうということで入る。
ツマミ類をきちんと手作りして出してくれる店で、なかなか美味かった。ただ、酒が少ない。量が少ない。中ジョッキを頼んだのに、実質グラスビールじゃねえかよ、こりゃ。
うーん、そこを惜しむのは店の評判としてもったいないなあ。せっかくちゃんとした料理を出しているのに、これでは印象がわるい。結果、料金も高くなる。
一組だけの客の会話に耳を傾ければ「わしゃあのう」とか「じゃけんのう」などと飛び込んでくる。さすが岡山じゃ。まんま、千鳥やないけ。
店を切り盛りするおばちゃんによれば、ここには阿部寛も食べに来たという。泊まったのはルートインだそうだ。それがこのほか嬉しかったようで、おばちゃん、よかったなあ。
「出張ですか」と聞くので、そうだ、日曜なのに出張なのだと答えたら「大変ですねえ」と笑っていた。そこは、大変じゃのうと言って欲しかった。


2025.11.08

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恥ずかしいとかみっともないといったレベルを軽く超越したゲームだったな、おい。最弱決定戦。呆れたわ。
現地に行かなくってよかった。
現地とは平塚の湘南ベルマーレのスタジアムである。遠い。実に遠いスタジアムだ。
しかもこのスタジアムで勝ったことは一度もなく、だいたいが曇天で、いつも灰色の街を沈んだ気持ちで帰っている。だから平塚なんて大嫌いだ。
もっとも今日現地へ行かなかったのは大嫌いだからではなく、息子が学会だったからである。今日は参加者で、発表は明日だ。
息子は学会に出席しつつ、試合のテキスト速報をチラチラと眺めていたそうだが「前半15分まで湘南のことしか出てこなかった。いったいどうなっているんだ」と激怒していた。
教えてあげよう、息子よ。前半15分、ボコボコにされたのだ。
湘南が下手くそすぎてミスだらけだったから0点に抑えられたが、内容を見れば前半15分で0-3になってもおかしくないゲームだった。
だから失点は時間の問題。ぼちぼちやられるだろうなあと思ったら、オーストラリア代表のゲリアがとんでもないミスで失点してしまう。
さすが代表様。「怪我したくないよ、こんな試合には出たくなかったんだよ」というのが見え見えのプレーで、なんでこんなヤツを先発させたんだ、無能監督は。
という具合に、DAZNで観ていても、あ、これは失点するなと思ったらその通りにゴールを決められてたちまち5失点。呆れるではないか。
アルビレックスは6月から勝っていないが湘南はなんと5月から勝ってなくて、そんなチームに5点も入れられて負けたのだから、まさに下には下がいるというのをこれほど的確に示してくれるゲームもないだろう。湘南もびっくりである。
毎度毎度、がら空きのバイタルに入られて失点する。どう見てもなんの約束事、決まり事もない。誰が最初に寄せていくのか、次に誰がカバーするのか、まったく決めていないのだろう。
だから、あれ、誰も行かないの? オレが行くの? と逡巡して一歩が遅れ、その一歩の遅れがJ1では致命傷になっているわけだ。
攻撃でもそうだ。ディフェンスがフィードしようとすると前には誰もいなくて、フォワードが裏に抜けようとするとディフェンスは緩いバックパスをする。ぎくしゃくというか、何一つ噛み合っていない。
だからパスを相手にさらわれて、あっさり失点する。
はあ、酷いサッカーだぜ。こんな酷いサッカーを見せられるとは。
監督は「この試合のために2週間準備してきた」とインタビューで語っていたが、もはや突っ込む気にすらなれない。
というか、試合を見なけりゃよかったと思ったのは、アルビレックス新潟を応援して初めてのことだった。
だから失点しても負けても、何の感情も湧かない。あはは、そりゃ負けるよねーてなもんだ。
こりゃあ一度解体しないと立て直しは無理だなあ。でも、立て直そうにも雪国の貧乏クラブに来て秋冬シーズンを戦おうなんて選手はいないから、解体しても、解体したままで消えていきそうだなあ。


2025.11.07

香りは要らないのだ


柔軟剤の匂いが苦手で、無香料の柔軟剤に替えたいのだが、なかなか見つからないのはどういうわけだ。
AEONのプライベートブランドの柔軟剤は買った。
ヤシノミ洗剤の柔軟剤も買った。
ハミングにも無香料の柔軟剤があり、これはスーパーのサミットに売っているのを確認したので、今度買ってくる。
なんだ、3種類もあるじゃん。
香り付きに比べると種類は圧倒的に少ないが、まあ、これでもないよりマシか。
今はAEONの柔軟剤をテスト中。
これまで使っていたレノアハピネスに比べると、ふわふわ具合はいまいちだ。
そうなのだ。レノアハピネスはとても心地よいふわふわの仕上がりなのだ。これで匂いさえなければ、素晴らしい柔軟剤なのだが。
AEONを使いきったら次はヤシノミ洗剤に行き、その後はハミングに行く予定である。
たぶんどれも大差ないだろう。
P&Gがレノアハピネスの無香料をつくってくれればいいのにと思わずにはいられない。


2025.11.06

善行


何の間違いか、オレのあそび歌バンド「たんさいぼう」が表彰されてしまった。
表彰してくれたのは、さいたま市である。なぜだろう。
何かの手違いに違いない。そうでなければ、詐欺である。表彰詐欺。
表彰式だと思ってのこのこ出かけていったら、カネを振り込めと言われ、気がついたらラッセンの絵を買わされてしまっているような。うーむ、恐ろしいではないか。
警戒しながら表彰式に出席したら、別に入信を強要されることもなく、普通に表彰状をもらってきた。
やっぱり何かの手違いか、行き違いだろう。

せっかくなのでメンバー5人で、大宮の居酒屋で乾杯する。
恐ろしいことにまだ昼間だ。それなのに大宮駅東口の居酒屋はどこも営業中で、大宮の民度がしれるわ。しかも喫煙がデフォルト。昼間っから酒飲んでタバコを吸う住民ばかりなのだろう、大宮は。
だからアルディージャがなんていうぽんこつチームしか持てないんだよ。
と言いつつ、アルディージャが昇格する可能性を残して、アルビレックスはJ2確定というギャグ。

もらった表彰状を手にしたオレは、帰りに池袋のデパートで崎陽軒のシウマイを4パック買った。晩飯のおかずである。
そして、まだ明るいので地元の駅前で行きつけの床屋に寄った。
オレの髪は0.5ミリにカットしてあるのだが、それが伸びてしまって1ミリになったので切ることにしたのである。
髪の毛が倍の長さになったら、そりゃあ切るよね。
いつものおばちゃんも「0.5ミリ伸びてますねー」と言いながら手際よくカットしてくれた。
エアポケットなのか、ちょうど客が誰もいない時間帯だったので、買ってきたシウマイのうち2パックをおばちゃんとおっさんに分けてあげた。いつだったか「崎陽軒は旨いよね」と話をしていたのを思い出したのだ。
おばちゃんとおっさんはシウマイを手に大喜び。オレは善行を果たして、また徳を積んだ。
床屋でシウマイをプレゼントするオレ。わははは。
詐欺ではないかと警戒されただろうな、きっと。


2025.11.05

苦行


東海道新幹線から帰る時はいつも新横浜で降りる。帰路を副都心線経由にするためだ。品川や東京、池袋などで発狂ものの乗り換えをせずに済むのはとても楽ちんである。
とはいえ今日のように20時過ぎだとやはり電車は混んでいて、座れたものの、キャリーを膝の前に置いている我々は、少し肩身が狭くなる。
肩身が狭いということでは、帰りの新幹線もそうだった。
指定席の隣に座ったのは、大柄の黒人。格闘家か、サッカー選手かという大きさで、普通に座っているだけなのにオレのスペースにもはみ出してくるのである。
実に肩身が狭かったが、仕方ない。
それ以上に体臭がキツかったのには参ったが、これはあまり言ってはいけない。
出張は移動が大変だが、これもギャラに含まれていると割り切るのだ。


2025.11.04

オレは早苗


今オレは、鈴鹿市というところにいる。三重県だ。
新幹線に近鉄を乗り継いでやってきた。
桑名や津には行ったことがあるが、鈴木は初めてである。もちろん仕事だ。
鈴鹿と聞くと条件反射的にサーキットと返ってきそうだが、それは秋田と聞いてクマとかえってくるようなものである。
当たり前だがサーキットで走るためにやってきたのではなく、サーキットで走る人の話を聞くためにやってきたのでもない。
泊まっているのはおなじみのアパホテルである。地方の倒産しそうなホテルを買い取ってリニューアルし、アパ方式の徹底的なコスト削減で甦らせたホテルだろう。
もちろん何の問題もない。朝飯はうまいし、アパでおなじみの大浴場は快適だ。
そして、その大浴場での話である。
平日ということもあって客は少なく、ホテルは貸し切り状態。遠慮なく手足を伸ばして、はあーっと大きな溜息をつくなど好き勝手に過ごして上がったオレが脱衣所で服を身につけていると、外人の2人組がやってきたのである。若い外人だ。
外人はオレをじろっと見た後、浴室の扉を開けてじっと眺め、そしてオレの背中をトントンと叩いた。そして「これはグッドなのか?」と英語で聞いてきたのである。
もちろんオレは英語で「ああ、とてもいい湯だ。特に熱すぎないのがよい」と答えてやった。
外人2人組はそれを聞いて「うむ」と納得したのである。
オレは外人に「じゃあな、いいお湯を」と言い置いて大浴場を出た。
高市早苗並みのグッドコミュニケーションじゃん、オレ。
きっと外人も鈴鹿が好きになったことだろう。
オレは鼻高々と大浴場を後にしたのだった。


2025.11.03

オレの汚い心の妄想


日経新聞の名物企画、「私の履歴書」の岡田武史の連載が終わった。約1カ月続いた企画だ。
ワールドカップのジョホールバルからフランス大会あたりの孤軍奮闘ぶりは面白く、サッカー協会がバックアップもしてくれなかったことへの恨み節ぶりはなかなか生々しい。
オシムの後にピンチヒッターとして現場に戻って臨んだ南アフリカ大会では、ベスト16どまりになった理由をメンタルの問題として分析している。
試合前に父親へのお土産を買ってしまったことで、どこか心の中にこれで満足という思いがあったのではないかと振り返る。これが実に興味深い。
終盤ではサッカーの現場を離れ、今治でのクラブ経営や教育への取り組みなどが語られているが、このへんになるとどことなく説教臭くなってしまって、シラけてしまった。
まあ、よい。1カ月楽しませもらった。

この岡田武史の後に続いて始まったのが、財津和の「私の履歴書」である。ご存知チューリップの財津だ。
ううーむ、と唸る。これは実に興味深い。
財津和夫という人間にはいろいろと醜い噂がある。特にカネに汚いという噂は根強い。オレもこの男の人間性はあまり好きではない。
チューリップは、ベースの吉田彰と高校時代に出会ったことが出発点だった。教室でビートルズのハモリを2人で練習したことなどは、有名なエピソードだ。
その盟友とも言うべき吉田彰を、財津はバンドから追い出してしまった。
その間の事情を吉田彰がブログで綴っていたのだけれど、それはまさにいじめと呼んでいいほどの冷酷さ。
例えば当時、「平凡」や「明星」などの雑誌に付録としてついてくる歌本について、吉田彰が楽譜やコードが間違っていないかチェックしていたのだが、それを取り上げて財津は「バンドに内緒でアルバイトをしている」と吉田を責めた。
財津和夫は、作詞作曲の印税を独り占めするのは仕方ないとしても、それ以外のチューリップとしての収入の多くも自分の懐に入れていたという。実にカネに汚い。
この頃のことを振り返ってなのか、財津和夫は「理由は言えないが人間としてひどいことをしてしまった。とても後悔している」というふうに何かで語っていた。
後年、チューリップの再結成や楽曲の再使用などがあっても、徹底して吉田彰の存在は消されている。「青春の影」(ビートルズのロング・アンド・ワインディング・ロードのパクリ)のシングルレコードのジャケットがテレビに映し出されたときは、吉田彰が映らないようにジャケット写真が切り取られ、そこまでやるかと驚いたものだった。
チューリップを脱退した吉田彰は、その後、乃木坂に喫茶店を開き、音楽業界とは一切の縁を絶った。その処し方は徹底していて、一切の痕跡を残さなかった。
ブログで過去のことを綴ったのは、日経新聞に紹介された記事があまりに財津寄りの一方的なものだったことに激してのものだったようだ。
とても許しがたいものだったに違いない。

その吉田彰も、昨年2月に亡くなった。75歳だったそうだ。
そうした事情を経ての、財津和夫の「私の履歴書」である。この男の心根からすると一方的に過去を美化し、自分を正当化した記事になるのではないかと、オレは今から意地悪な楽しみ方をしている。
高校時代に教室で出会ってから、いじめ抜いてバンドを追い出すまで、吉田彰のことをどのように書くのだろう。
うがってみれば、吉田彰が亡くなったことで、安心して好きなように書けると思ったのかもしれない。もしそうだったら、うんざりするような話だ。まあ、さすがにそれはオレの汚れた心の妄想だが。
そんなわけで「私の履歴書」には注目である。
現在は、中学時代まで話は進んでいて、いよいよ吉田彰と出会う高校時代に突入だ。


2025.11.02

ドジャースとは「路面電車を避ける人たち」という意味らしいが、なんのこっちゃ


日本シリーズでどこが勝ったかもしれないほど野球にはまったく興味のないオレでも、ワールドシリーズでドジャースが優勝したことは知っている。
4勝のうち3勝を挙げたのが山本って、いったいなんのバグだよ。
大リーグボール2号の解明に血眼になっていた昭和の野球小僧だったオレたちに、50年後、日本人投手がワールドシリーズでMVPを取るんだよと教えてあげても、きっと意味がわからず、ぽかーんとするだけだろう。
まったくたいしたもんだ。


2025.11.01

恥ずかしながらロングスロー


今日はルヴァンカップの決勝だった。
試合は観てない。近所のショッピングモールがリニューアルしたので様子を見に行き、たいしたことなかったので結局遠くのAEONまで買い物に出かけて、こんなことなら最初からAEONに来ればよかったんだと笑っていたから、ルヴァンカップは時々試合経過をチェックしていた程度だった。
帰ってきて、AEONで買った無香料の柔軟剤などを袋から取り出して洗面所に置いたりしたあとに、息子とハイライトを観る。
前半で3−0という、壊れた試合だ。
広島の3点すべてがセットプレーで、しかも2点がロングスローからという、恥も外聞もない、徹底したリアリストの戦い方だ。あれほど町田のやり方を馬鹿にしていた広島が町田そっくりの戦い方をしたので、町田サポが頭から湯気を出して怒りまくっている。
3点すべて、柏のキーパーの小島がやらかしており、小島が試合を壊したとも言える。
1点目はロングスローの目測を誤って飛び出した挙げ句にボールに触れず、飛び出したら絶対にボールには触らなければならないというキーパーとして最低の仕事ができていなかった。
2点目の直接フリーキックは、正面のボールを掌に当てていながら決められるという、これまたキーパーとしては言い訳のできない失点の仕方だった。
当然、小島はネットでボコボコに叩かれる。
柏のようなポゼッションチームには徹底的にマンマークで対応し、小島のような小柄なキーパーには徹底してハイボールをぶち込むという、お手本のようなゲームだった。
当然、つまらない。前半で3-0なんてゲームが面白いわけがない。
だからといってネットでアルビのサポーターが「去年の試合の方が面白かった」「去年のオレたちが最高だった」「小野伸二もほめていた」と自慢しているのは実に見苦しい。
そういうことは今年も決勝に出場してから言えっつーの。J2に降格決定のチームが、決勝戦に口を挟むなっつーの。
オレは、つーのつーのと言いながら、去年自慢のサポーターを苦々しく思うのだった。


2025.10.31

どちらも火曜の夜だ


日本は四季から二季に変わってしまったとよく言われるが、読売新聞によれば実は五季、つまり「暑い秋」を加えようとする流れがあるのだという。
なるほど、春・夏・暑秋・秋・冬ということか。暑秋、しょしゅうとでも読むのかねえ。初秋と混同しちゃうな。
それに暑い秋があるなら、暑い春があってもかろう。
3月4月が春、5月が暑春、6月7月8月が夏、9月が暑秋、10月11月が秋、12月1月2月が冬。
五は据わりがわるいし、六季でいいんじゃないかねえ。

などと考えながら、秋のドラマを見る。
今シーズン見ているのは「もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう」と「ちょっとだけエスパー」だ。
「この世が」は、三谷幸喜の作品である。期待して見たら、初回で脱落した。ネットの反応も似たようなもので、大コケらしい。
だが、三谷幸喜ファンのヨメが「もうちょっと見るべ」と言うので付き合ったら、2回目からぐんぐん面白くなってきた。80年代の渋谷・道玄坂の百軒店を再現したセットが見事であるが、とにかくこのドラマ、役者が素晴らしい。
菅田将暉、神木隆之介、二階堂ふみ、浜辺美波、菊地凛子、坂東彌十郎、小林薫、井上順、小池栄子とそうそうたる顔ぶれ。個人的には市原隼人の圧倒的な存在感にしびれる。
興味深いのは、主役の菅田将暉の演技がやたらと大きいことだ。わざと臭すぎる演技をしているのだが、当初は違和感がありまくったのに、今ではそれがすっかり嵌まってしまって、ドラマ全体の独特の空気感を作り出している。
物語は、80年代のアングラ劇団の話。ジャンジャンが出てきて懐かしかった。
展開としては、まんま朝ドラである。なので安心して見ていられるというか、王道なのだ。三谷幸喜らしさを期待してはいけないのかもしれない。

「ちょっとだけエスパー」は、「アンナチュラル」などを書いた野木亜紀子の脚本だ。主役が大泉洋と聞いて見る気が失せたのだが、脚本に期待して見始めた。
普通の人間が、どうでもいいような超能力を身につけてしまったという話。基本的にはコメディだ。
初回、順調にお笑い路線で展開していたと思ったら、ある瞬間から一気に暗転して、実に見事な流れ。うーむと唸る。
そして2回目も、軽いお笑いを振りまきながら穏やかで楽しくコメディが進んだところ、最終盤でとんでもない展開になってしまって、オレとヨメも思わず「えーっ!」と叫んでしまった。ネットも「衝撃のバッドエンド」「えげつない」との声であふれ、まさに一本背負いを食らった気分。
さすが、野木亜紀子である。
様々な伏線を回収しつつ、この衝撃の展開はちょっと驚いた。
今後が楽しみである。もちろんTVerだ。


2025.10.30

女の敵


高市首相が横須賀の米軍海兵隊で大暴れして見せた映像を目にしてオレは、すげー、早苗ちゃんかっけーと感動したものだが、案の定、左の方々の神経には無茶苦茶障ったらしく、例えば東ちづるなんかは「男に媚びてここまできた」と、働くすべての女性に対してこの上なく失礼な言葉を発していた。加納典明に媚びて芸能界で生きてきたのは誰なんだ?
田嶋陽子とか上野千鶴子(チコちゃんのモデルだ。チンコちゃんと改名すればいいのに)も同様の酷い言葉を挙げ続けている。福島瑞穂はもはや人類とは思えない。
まったく女の敵は間違いなく女である。
笑っちゃうのはご存知、蓮舫ちゃん。抱きつくとかみっともないと呆れてみせたのだが、その直後にネットに上がったのが、かつて選挙の際にご本人が共産党の委員長に満面の笑顔で抱きついた映像だ。ブーメラン、はやっ!
ブーメランはもはやこの人の得意芸。ネットでとことん小馬鹿にされている。
それでもちっとも折れないメンタルは鋼そのもので、ひょっとして本当に精神的な何かを抱えてるのではないか、病気なのではないかと、オレは半分疑っているほどだ。
そんな中でも、辻元清美と山尾詩織が率直に早苗ちゃんを讃え、至極真っ当に評価していることが意外と言えば意外だ。案外まともな常識人なのかもしれない。実に興味深い。


2025.10.29

消えた置き配


朝、大江戸線に乗り換えようと練馬駅のホームでボケッと立っていたら、美女がすたすたと近づいてきて、オレにささやく。「ここ、女性専用車ですよ」。
瞬間、固まるオレ。まままま、まじっすか!
一般的に女性専用車両は最後尾または先頭の車両だと思うのだが、大江戸線はとんでもないトラップを仕掛けてきたもんだ。きっとオレのような敗者は数多いだろう。
オレは慌てて隣の車両に移動する。あのまま知らずに乗り込んでいたら、大惨事だった。美女に感謝である。

そんなヘビーな経験をして、夕方、家に帰ってきた俺を待っていたのは、Amazonの置き配だった。
あれ、何か頼んだっけ。いや、買った覚えはない。家族の誰かが頼んだのか。
そう考えながら、Amazonにしては大ぶりな袋を持ち上げて伝票を読むと、そこに記されていたのは、まったく知らない名前と、全然違う住所。
なんということだ、完全なる誤配ではないか。配達ミス。名前も住所もまったく違うというのに、どうしてこういうミスが起きるのか、想像がつかない。
珍しい事件なので家族に見せてやろうと思ってLINEで写真を送ると「知らん」「知らん」「知らん」の返事。そりゃそうだわな。
住所を検索すると徒歩数分のマンションのようだ。届けてやるか。親切なことだ。徳を積むのだ。
もっとも名前を見ると女性だから、これはオレが1人で届けたら明らかに通報騒ぎになってしまう。ヨメと一緒に届けに行った方がいいと考えて、ヨメの帰りを待つ。

仕事を終えて帰ってきたヨメに相談すると「じゃあ一緒に行こう」と答えた直後「やっぱりやめた方がいい」とのこと。なぜかというと「絶対にもめるから」だそうだ。
マンションに届けるのだからピンポンを押して入り口まで取りに来てもらうことになる。そのとき、一応本人確認をしなくてはならない。でも、そんなことをしたら絶対にもめる、というわけだ。
なるほど、確かにそれはそうだ。ヨメは郵便局の窓口で働いているので、本人確認しない限り品物は渡せないという鉄則が染みついているのである。頼もしいヨメだ。いうとおりだ。
そこでオレは作戦を変えて、Amazonのコールセンターに連絡して取りに来てもらうことにした。
AIのCopilotさんに相談しても、その方がいいとの返事で、丁寧にも連絡先まで教えてくれたので、オレは早速電話する。

「この電話は録音されている」「内容に合わせて番号を押せ」という例の鬱陶しい一連のくだりを経て出てきたオペレーターは中国人A。オレはこれこれこうで、おたくのほうで何とかしてくれと伝える。
すると中国人Aは、ご迷惑をおかけしましたと陳謝しつつ「お客さまのアカウントを教えてください」と言うのである。アカウント? なんで?
瞬時に血が上ったオレは、そっちのせいで誤配したのになんでオレのアカウントが必要なんだ、オレは迷惑している、このまま廃棄してもいいところ完全な善意でこうして電話しているのだ、アカウントは関係ない、とっとと取りに来いとまくしたてる。
すると中国人Aはえらく恐縮し「お客さまのおっしゃる通りです、ではせめて荷物の番号を教えてください」と言ってきた。しまった、言い過ぎたか。

バーコードの下に描かれていた番号を伝えると、「別のものに代わります」といって今度は中国人Bが電話口に出てきた。上司か、マネージャーか、スーパバイザーか。どれも似たようなものだ。
中国人Bによれば、既に本来の配達先から時間指定にもかかわらずに届いてないのはどういうことだというクレームが入っており、代替品を届けているので、こちらの荷物は廃棄してほしいとのことであった。
要するに「ぐぉらあ、届いてないぞ、オラオラ」というクレームが来たので、行方不明の荷物を探すなんていう面倒なことは一切しないで、とっとと新しい商品を送ってやったぜというのである。
なるほど、さすがAmazon。行方不明の荷物を探す時間やコストを考えれば、迷うことなく代替品を送った方がよい。炎上前に火を消す、つまり初期消火は有事対応の絶対条件だ。むしろそれによって「Amazonすげえ」と思われるし、レピュテーション対策として完璧だろう。
では、オレの手元にあるこの誤配荷物はどうすればいいのだと問うと、中国人Bは「処分してください」とのことだった。何でも中身は口に入れるものなので、一旦他人の手に渡ったものなんて要らない、というのが受取人の希望らしい。そりゃそうだわな。
一体何だろうと思って中身を確認したら、プロテインだった。
画像検索したところ、3700円ぐらいの商品である。これが高いかどうか、オレにはわからん。
いずれにせよ、口に入れるものであることは確かだが、関心のない人間にとってはまったく無価値の商品であることは確かだ。注文したのは女性の名前だったので、あのマンションのどこかの部屋に暮らす妙齢の女性が肉体改造に挑んでいるということか。
結局、3700円もする商品ではあっても無用の長物なので、ためらうことなく明日の燃えるごみの日に未開封状態で捨てることにした。
まったくAmazonも罪なことをするものである。

これにて一件落着と思ったら、実は続きがあって、夜、我が家のインタホンがピンポーンと鳴り、誰だろうと思って出てみたら隣の家の奥さん。
「ウチの置き配がタンゴさんちに届いたようなんですが」とのことであった。
要するにAmazonからお届け終了のメールが来て、その写真を見たら、明らかに我が家の玄関だったのだ。つまり例のプロテインを置き配したときの写真が、どういうわけかお隣さんのメールに届いてしまったというのである。
無茶苦茶である。どうしたらそんなことになるのだ、Amazonは。
隣の奥さんもAmazonに商品を頼んでいたから余計にややこしいことになってしまって、もしオレが気を利かせてこのプロテインをマンションまで届けていたら、隣の奥さんに「ウチの置き配をパクってとぼけてるんじゃないか」と疑われかねないところだった。
届けるのはやめてコールセンターに連絡しようと判断したヨメのファインプレーであった。
結局、お隣の奥さんもこの混乱状態にちんぷんかんぷんとなり、「じゃあウチの荷物はどこの家の玄関に」と首をかしげながら帰ったのだった。つまりこの騒動の一番の被害者は隣の奥さん。お気の毒である。
コールセンターにねじ込めばすぐに代替品を送ってくれますよと教えてあげたので、そうしてくれればいいのだが。

こうした一連のドタバタが終わってホッと一息。次第にオレの胸に苦い自省がこみ上げてきた。中国人Aを恫喝したことである。
ヨメに言わせると「間違ったことは言ってないけど、怖かったよ」とのことで、瞬間的に切れて、威圧的になってしまったらしい。
ミスをしたのは配達のドライバーであって中国人Aに一切の責任はない。彼はマニュアルに従ってオレに対応しただけであって、責任を迫られて威圧されるいわれはないのだ。
普段、真面目に仕事をしている若い人間のことは大切にしなくてはならない、ミスをしても大きな目で応援するのがオレたち消えゆく世代の務めだ、と公言しているくせに、なんという振る舞いだったのだ。けっこうガチでオレは自分を責め、ヘコむ。
すまなかった、中国人A。許してくれ。日本人を嫌いにならないでくれ。
コールセンターの中国人Aも、誤配をしたAmazonの孫請けの零細ドライバーも、結局ミスは現場が起こす。それはミスが起きてしまう環境に置かれているからだろう。
どんなに大きくて重い商品であっても、ポチれば翌日には玄関先まで届いてしまう便利さに慣れてしまって、それを支えている人々の汗に思い至らない自分を責める。


2025.10.28

最強布陣


朝はトランプと一緒に野球を見て、午後はトランプと一緒にヘリコプターでデートして、その後は海兵隊の野獣どもの前で煽ってみせる。
まったくオレたちの早苗ちゃんはすげえよ。たいしたもんだ。
国際会議で誰にも相手にされずにスマホをぽちぽちやって、汚いメシの食い方しかできなかった石破。あんなのが日本の代表だとはと、恥ずかしかった。そんな淀んでいた空気も一掃。日本がぱあーっと明るくなったではないか。
それだけではない。
会議の席の両隣、茂木と片山が並んだ絵面の強さはどういうことだ。まさにつよつよオールスターズ。ここに小野田キミちゃんが加わったら、もはやアベンジャーズではないか。
さらに誰もが首をひねった小泉信次カの防衛大臣就任だったが、フタを開けてみたらとんでもない適任だったことが判明。例の小泉構文が、実は敵国に尻尾をつかませない兵器だったことが明らかになった。
本人も神輿は軽い方がいいことを十分理解していて「現場のことはわかんないから、勝手にやっといて」と言い放つ。現場に口を出すトップは最低ということをよくわかっている。
見た目はいいので、アイコンとしてはこれ以上ないほどの適役だ。
そして最近の注目が、鈴木農水大臣。けん玉で軽いボケを見せたときは大丈夫かと思ったものだったが、緩い坊ちゃんの風貌とは裏腹に、実はとんでもなく優秀な切れ者だということが判明した。うーん、しびれるねえ。
笑顔で油断させておいてキツいことを言い放つのは相手に一番ダメージを与える方法だ。鈴木のボクちゃんはそんな高等戦術をマスターしているわけで、これからの暴れっぷりが楽しみである。
とにかくこれほど適材適所の人事も珍しくて、早苗ちゃん、いつから準備をしていたのか、実にしたたかだ。
気がかりなのは、ぶち切れた左の連中が暴走するのではないかということだ。マジに防弾チョッキを常に着込んでおいた方がいいと思っている。


2025.10.27

空飛ぶトランプ


B衛省での仕事を終えて、市ヶ谷で明るいうちからビールを飲む。
今日はトランプさんが来るんだねえ。でもB衛省は別にピリピリしてなかったねえ。
そんな話をしながら豆腐サラダなどをツマミにビールを飲んでいたら、店内のテレビに、羽田に到着したトランプの姿が大映しになった。ライブ映像だそうである。
羽田に降りたトランプはヘリコプターに乗り込む。どこへ向かうかというと都内の米軍基地だそうだ。
どこだ、それ。立川か? でも立川から皇居は、えらく遠いぞ。
ざわつくオレたち。
その間もヘリコプターは羽根をぶるんぶるんと震わせて、東京の空を舞う。その様子を並行しながらずっと追いかける映像が実に迫力満点で、さすがオレたちのNHKだぜとビールで乾杯する。
どうやらヘリコプターは羽田から一直線に都心に向かっているようだ。
待て待て。都心でエアフォース・ワンが降りられる場所なんて、しかも皇居の近くなんて、すごく限られているぞ。 市ヶ谷しかないんじゃないか。マジでB衛省に着陸するんじゃないのか。
いや、しかし、まったく緊迫感がなく、売店のおばちゃんも呑気に自衛隊グッズを売っていたし、オレも呑気に陸海空統合カレンダーなんてものを買ってご機嫌だったぞ。
だがしかし、他にエアフォース・ワンの降りられる場所があるのだろうか。まさか皇居前広場にベタ付けするつもりじゃないよな、トランプは。
いや、やっぱりB衛省じゃないのか。あの映像のエアフォース・ワンはダミーで、本人は別のヘリでB衛省に向かっている可能性もなくはないぞ。
市ヶ谷の安い中華居酒屋でオレたちは大いに盛り上がる。
結局降り立ったのは、こんなところに米軍の土地があったのかよと誰もが驚いた空き地。ひゃー、知らなかった。
トランプはそこからビーストに乗って皇居に向かったわけだが、ひょっとしてオレたちは現場に立ち会ったことになるのかもしれないという緊迫感はなかなかいいものだった。
なお、トランプの乗ったビーストの後ろを警備の車両が走っていたわけだが、それが通る瞬間、周囲のBluetoothが容赦なくすべて遮断されてしまったそうだ。米軍すげえとネットが大騒ぎしていた。


2025.10.26

△××△△×△×○△×△○×△×○×○××××××△××××△×△×△23


アルビレックス新潟がJ2に降格することが決まって、最初のホームゲームである。
呆れたことにゴール裏の連中は、応援を拒否していた。練習時も入場時も、スタジアムに響くのは神戸の声援だけである。どこのホームだよ。
かつて鹿島アントラーズの監督時代に岩政が言った「勝った時だけサポーターかよ、負けた時も一緒に闘ってくれるのがサポーターだろ」との言葉をヤツらに贈りたい。
試合は久しぶりに面白かった。0-2とリードされていたのを、後半に追いついたのである。しかも相手は去年の王者だ。胸を張っていい。つーか、最初からこういうゲームをやってくれよ。
試合後がまた酷かった。
雨の降るクソ寒い中、選手を立たせてずっと罵声を浴びせている。
どんな酷い言葉をぶつけられたのか、アルビレックス新潟のアイコンである早川が人目も憚らず号泣していた。彼ほどの人格者が取り乱して激高するなんて、考えられない。いったいどんな言葉だったのだろう。
今日出場していた選手のうち、間違いなく半数以上がこのオフにチームを去る。そんな選手たちの心に今日のシーンが刻み込まれるとしたら、とても悲しいことだ。
まったくサポーターというのは、タチの悪い存在である。
苦しい時ほど応援しろよ。
というわけで、オレはJ2の来季も応援するし、なんだったらあのワクワクヒリヒリが楽しみですらある。
なんせ6敗したら昇格が危ういようなリーグだぜ。しびれるねえ。


2025.10.25

在宅降格


在宅降格である。ださっ(笑)。
在宅降格とは文字通り、試合もないのに降格が決まってしまったことをいう。
前回、2017年に降格したときは試合に負けて降格した。負けて降格なんていっそ潔いわと、わけのわからない胸の張り方をしたものだったが、今回は試合もしないで降格なのだから、開き直りのしようもない。
もちろん悔しくもなければ怒りもない。
そりゃ落ちるよねー、という感じだ。

なにしろ開幕前にほとんどの評論家がダントツの最下位と予測したチームである。
くそう、ばかにすんな、絶対に見返してやるかんなと意気込んで開幕を迎えたものの、あまりに弱さにサポーターは愕然。最下位予想も当然だわなあと納得したのだった。
オレも4月には、こりゃ残留できたら御の字だと思い、6月には、こりゃダメだ降格だとあきらめた。それほど弱いチームだった。
雪国の貧乏チームに来てくれる選手なんて他では出られないレベルの選手に決まっている。そんな選手層で、フィジカルとスピード勝負の現代サッカーに勝てるわけがない。ならばと舵を切ったのが、ボールを渡さなきゃ負けることもないという理屈のポゼショナルサッカー。
それが功を奏してJ1昇格、果てはルヴァン準優勝という結果に結びついたわけだが、途中から「ポゼショナルとは走らなくてもいいことなんだ」と勘違いしてしまったか、まったくハードワークをしないチームになってしまった。
明らかにポゼショナルサッカーの弊害である。
だからといってフィジカルサッカーができるわけもないから、さぼらず、手を抜かず、ポゼショナルを突き詰めなくてはならなかったのに、そこを怠った上層部の責任、果ては経営陣の責任だ。
そりゃ降格もするって。

在宅降格、つまりアルビレックスの試合はないから、J1の他チームのゲームを見る。どのチームもアルビレックスとはレベル違いに上手くて激しい。こいつらと戦うために選んだのがポゼショナル。
とことんボールを持って相手を走らせ、相手が疲れてうんざりしてきた70分過ぎから一気に襲いかかる弱者のサッカー。あれは見ていて楽しかったなあ。

面白かったのは浦和対町田だ。
浦和は点の取れないゲームが続いていて、とうとうサポーターがブチ切れてしまい、今日は応援ボイコットだ。
のぞいてみたら、おお、本当だ、埼玉スタジアムが静まりかえっている。いつもは大騒ぎの赤いお猿さんたちが静まりかえっている。
普通、負けているときほど、調子がわるいときほど、応援するものだと思うんだがなあ。我が子が運動会でビリを走っていたら、必死で応援するだろう。それが応援じゃないか。
それなのに赤いお猿さんたちは、チームが苦しい時には応援しないという不思議な人たちなのだ。
客席には「浦和の男なら応援を勝ち取れ」の弾幕。応援して欲しければ勝てといってるわけで、驚くほどの上から目線だ。こんなにサポから偉そうに言われてる浦和の選手がかわいそうである。
もっとも湘南のサポーターはこれを見て「熱い。オレたちに足りないのはこれだ」と感動しちゃってるのだから、あそこのサポもおかしな連中である。
浦和は、そんなめちゃくちゃな雰囲気の中で0-0に終わってしまい、ブーイングすら出なかった。冷え冷えのスタジアムである。

呆れて、J2の藤枝対甲府の試合を見る。
うーむ、下手くそだ。みんな下手くそで、ゴール前の決定機を次から次へと外す。
このレベルの相手と来季は戦うわけで、アルビレックスにはやはりJ2がちょうどいいのだろう。
だが、これだけはイヤだ。VARなしは。
このゲームでも明らかなオフサイドが見逃されたりしていて、そりゃあレフェリーもJ2だから下手くそなわけで、ここでVARなしで戦うというのはとってもイヤだ。
とほほほ。それも自業自得。オレが選手なら、VARがない試合なんてやりたくないと、さっさと移籍するだろう・ というわけで今季のシーズンオフには大量の選手が移籍するだろう。これも宿命。

それにしてもマリノスを何としてでも残留させようという力が働いていたり、大宮が実質レッドブルスポンサーのチームになったり、長崎がJ1昇格目前だったり、Jリーグもいろんな意味で一つの区切りを迎えたような気がする。
今後は大都市偏重、ビッググラブ重視を今まで以上に明確に打ち出していくだろう。
だから今季は意地でも降格してはダメだったんだけどなあ。たぶん次の昇格はとんでもなく時間がかかるのではないか。プラスの材料が何もない。
オレはシラけるばかりである。


2025.10.24

駅名はもうちょっと何とかならなかったのか


高輪ゲートウェイに行った。ご存知、山手線で最も新しい駅である。
品川の隣なので、我が家から最も遠い山手線の駅でもある。よって、遠い。
行ったのは二度目だ。
最初は、この駅の建造プロジェクトという原稿を書くために、一度は現場を見なければということで立ち寄ったときだった。木造の駅である。
それはいいんだが、無駄におしゃれにつくってあるために動線が非常にわかりづらい。目の前のスタバに行こうと思っても入り口がわからず、それなら案内サインを出せばいいのにそれも見当たらず、結局、駅から外に出てぐるっと回ってしか行けないことがわかった。
まあ、よい。
駅前は激変である。かつては広大な車両基地のあった場所だ。
そこに今はポンポンとタワーマンションが建ち並ぶ。間もなく品川にリニアの駅が開業すれば、間違いなくこのあたりが東京の新しい表玄関ということになるのだろう。羽田も近いし。
おかげで海陰がさらに遮られ、都内はますますヒートアイランド。
これら新しいビル群の一角で取材仕事を済ませ、山手線に乗って帰る。
地元の駅に着いて、駅前のトンカツ屋で昼飯。やっぱりここが落ち着く。都心のビルでのメシはなじめない。
それに今では都心でランチをしようと思うと2000円でもおかしくない時代だ。
オレみたいな田舎者高齢者には敷居が高くなってしまったなあ。


2025.10.23

ドリフターズに泣く


先日、NHK杯の「うたコン」に加藤茶と高木ブーが出演してたのを見て、久しぶりに「ドリフターズとその時代」を読み返したくなった。
書棚をひっくり返してみたが、見当たらない。どうやらブックオフに売り払ってしまったようだ。仕方ないので、Amazonで買い直す。買って済むものなら買う主義なので、あんまりためらわない。
翌日届いた「ドリフターズとその時代」を早速一読し、やっぱり大変な名著だなと感じる。

ドリフターズは、横暴ないかりや長介にいじめられる4人の子羊という構造だった。かあちゃんコントしかり、学校コントしかり。子羊の代表が、小柄で愛嬌のある加藤茶。
背景にあったのは、いかりや長介が厳格な父に厳しく育てられたこと、その父親のことをいかりや長介自身が大好きだったことだ。ドリフターズとは、家父長制のお笑いだったのだ。
この構図が大きく崩れていったのは、志村けんが加入してから。
志村けんがどんどんと実力と人気を伸ばしていくにつれて、いかりや長介と対抗するようになり、やがていかりや長介を現場から追い出してしまう。それはまさに家長・いかりや長介に対する、遅れてきた反抗期である。
その志村けんも1人で冠番組を持つようになってからは、いかりや長介そっくりに家長として振る舞うようになる。志村けん自身も、厳格な父親に育てられたのだった。
こうした指摘の1つひとつにごもっとも深くうなずいてしまう。
いかりや長介と志村けんは2年ほど絶縁状態だったが、晩年にはお互いに歩み寄る。そして、いかりや長介を全員で見送るシーンは、実に泣けてくる。

コント55号を全員集合が追い落とし、その後、萩本欽一が全員集合を蹴落とし、80年代に入ってひょうきん族が全員集合にとどめを刺すという、お笑いの興亡も興味深かった。
全員集合が土曜8時に始まったとき、オレは小学生だった。
荒井注から志村けんに交代したときは高校生。東村山音頭で志村けんがブレークしたのは、オレが大学1年のときだった。全員集合なんてガキの番組はバカバカしくて見ていなかった。
だから志村けんの存在感は、オレの中にはあまりない。やっぱり荒井注だ。
いずれにせよドリフターズのようなお笑いグループは、もうでてこないだろう。
国民が一緒になって笑えるコンテンツなんて、生まれようがない時代だし。


2025.10.22

ユーミンは選民


小銭入れをなくしてしまった。どこで落としたのだろう。
ボロボロの小銭入れで、そろそろ買い替えなきゃと思っていたから、それは別に惜しくはない。しくじったなあとの小さい悔しさだけである。
中身は当然のことながら小銭だけだ。確か500円玉が1個入っていたような気がするので、それだけがちょっと惜しい。
そもそも小銭入れなんて電子マネー全盛の現代においては、と続くのがこの日記のお約束であるが、今日は違う。ここから話はユーミンに行くのだ。
小銭入れをなくしたオレがユーミンの歌に登場するとしたら
「500円を惜しがる小さいあなた そんなあなたの小ささが私は許せない だって私はビッグだから おほほほ」などと表現されるのだろう。
そうである。ユーミン様はビッグである。
それゆえにユーミン様の選民思想はとつてもなくて、差別意識も徹底しているのだ。
最近でもスタジオの清掃員に「応援してます!」と声をかけられたユーミン様は「汚い清掃員に声かけられた」と、スタジオのオーナーに抗議したそうだ。(スタジオじゃなくてホテルという説もあり)
驚くべき発言である。
だが、この程度はユーミン様にとっては平常運転らしく、ネットで検索すると、出るわ出るわ。

短大の学園祭から声がかかったときは「短大なんかと関係を持ちたくない」と断った。
「自分の自分の音楽は有閑階級向けのもので、商業高校に通っているような女の子には自分の恋愛観はわからない」と発言した。
自宅前に花が届いたときは「便所花クラスの花は、迷惑なの!」
肉体労働者に対して「学歴もなく土建業なんかをしている人にライブに来られたら質が落ちる」
CDの宣伝で「いずれは結婚してウサギ小屋に住んだときに、OL時代は会社でコピー取りやお茶くみをしてたと思い出してもらえれば」
ラジオで、ヤクルトレディに対して「ヤクの売人」と発言してヤクルトから猛抗議
若手がCD渡したら「ごみ箱に入れるだけだから持って帰れ」
生放送のラジオで、CM中だと思って放った「おい、まだお茶持ってこねえの? 早くしろ! まったくここ、役に立たねえスタッフばかりだな!」との罵声が全国に流れる

どうだ。凄まじいではないか。
もっとも「商業高校に通っている女の子には」の発言は、「私立の女子高生と暴走族とつきあうような商業高校生じゃ恋愛観がちがうわよね」と田中康夫との対談で言ったのを、小見出しで「商業高校の子には聴いてほしくない」と変換されたことが原因という説もある。
それはともかくユーミン様はとんでもない選民意識の塊であることがよくわかる。
興味深いのは、AIのCopilotさんやClaudeさんに「ユーミンの差別発言を教えろ」とお願いすると、「そういう質問にはお答えできないことになっています」と返ってくることである。炎上やトラブルにつながりかねないようなネタは自主規制しているのだろうか。AI界隈は。

こうした鼻持ちならない選民意識は、3枚目のアルバム「コバルト・アワー」のあたりから出てきたのではないだろうか、というのがオレの考えだ。
「ひこうき雲」「MISSLIM」という初期2枚のアルバムは、とてつもなくピュアで内省的な作品だった。
「雨の街を」や「ひこうき雲」、「やさしさに包まれたなら」などの楽曲は、触れれば壊れるガラス細工のように繊細だった。10代でこれを創ったというのは、まさにミラクルである。だから20代になったユーミン自身、もうこういう曲は自分に創れないことをわかっていた。
同時に、この2枚のアルバムはまったく売れなかった。
そこでユーミンは大きく方向転換。売れることを目的に、とことんポップなアルバムを創ったのだ。それが「コバルト・アワー」だ。
そして、ここに納められている「ルージュの伝言」を聴いたユーミンファンクラブの会長は「聴けば聴くほど不快感の募る嫌な曲」と切り捨てる。それ以降、当時のファンクラブの会員たちはユーミンから離れ、初期のアルバム2枚だけを聴くようになった。別のファンも「もっと心ある歌が聴きたい」と言っていた。
そうしたファンに対してユーミンは、驚くことに「邪魔しないでよ」とバッサリ切り捨てるのである。
そして「コバルト・アワー」は売れ、それ以降のユーミンはビッグビジネスと化していく。このあたりは「1974年のサマークリスマス」(柳澤健)という本に詳しい。これはあまり売れなかったが大変な労作である。

こうした過程でユーミンの選民意識は次第に形成され、やがてユーミン様となっていったのではないかというのが、オレの見立てだ。
ミュージシャンや芸人が聖人君子であるとは思わないが、こうしてあからさまに人を見下したような発言をすると、やっぱりシラけるのは確かだ。
オレ自身はユーミン様にはまったくなんの関心もないのだが。


2025.10.21

君天シベ鉄


作詞の松本隆にとって今でも一番多いのは、大滝詠一に提供した楽曲からの印税収入だそうだ。2番が松田聖子。本人のインタビューに書いてあったので、間違いないだろう。
要は『ロンバケ』だ。『ロンバケ』は長いお休みだけでなく、長い収入ももたらしてくれたのだ。ロングマネーで『ロンマネ』。なんのこっちゃ。

実はオレは『A LONG VACATION』について、さしたる思い入れはない。
リリースされた1981年は、サラリーマン生活2年目で泥を飲むような日々を送っていたので、音楽を聴く余裕などまったくなかった。ギターに触れるなんてとんでもない。
大滝詠一のアルバムを買ったのは次の『EACH TIME』が先で、『ロンバケ』をまともに聴いたのもリリースから10年以上たってからのことだった。
だから言うのではないが、このアルバム、無駄に持ち上げられすぎてはいないか? 名盤であることには同意だが、日本ポップス史上、最も重要な作品と言われると「?」と思ってしまう。
フォークに目覚めた中学生の頃は岡林信康を通してはっぴい・えんどを知ったので、バックバンドの1つ程度の認識だった。
高校時代にアグネス・チャンのLPでティンパンアレイを聴いたときはびっくりしたが、そのときは大滝詠一は既にバンドを離れてナイアガラがどうしたこうしたという活動をしていたので、まったく視野に入ってこなかった。
大滝詠一はオレにとって、まるで思い入れのあるアーティストではなかった。微妙にいろいろとズレていたのである。

『ロンバケ』もクルマのオーディオに入ってはいるが、聴くのは「君天」「シベ鉄」程度。他の楽曲はだいたい途中で飛ばしてしまう。
それでも音作りの面で実に興味深いのは確かで、関係者のインタビューなどは興味津々だ。
というわけで、本日買ったのがレコードコレクターズの増刊号「アロング・ア・ロング・バケイション」。『ロンバケ』関係者にインタビューした労作だ。
これまでインタビューしてきたものの寄せ集めではあるのだが、オマケとして松本隆と吉田保(エンジニア)という重要キャラのインタビューが追加されているのがありがたい。冒頭の印税ネタも、このインタビューから引いた。

例えばギターの小坂忠栄が「シベ鉄」について、転調が大変だったと振り返っている。
EmからFmに、カポなしで演奏したのだが、やっぱり音的に納得できなくて、後からカポを使って転調後のFmパートを録音し直したとか、やっぱりそうだったんだと思わせるエピソードだ。
とにかく『ロンバケ』の録音は常識破りで、最大でピアノ4台、ギター6台が集まり、全員で「せーの」で演奏している。しかも楽譜なしのヘッドアレンジだ。
大滝詠一が「ギターさん、集まって」とギタリスト数名を呼び寄せ、1時間ばかり口で「ここはこうで」と説明。同じことをピアノチームに対しても行い、その後、全員で「せーの」と演奏したのである。その結果が「君天」の例の「じゃっじゃ、んちゃちゃーん」のブレークだ。おそらく日本ポップス史上最も有名なブレーク。
イントロのスタジオのチューニング風景が収められた背景なども説明されていて、なかなか楽しい。
大滝詠一の場合、演奏がいつ始まるかわからないので、アシスタントエンジニアは「今始まるのか、どうなんだ」とドキドキしながら待っていて、「あっ、始まる」と思って録音のスイッチを入れたら始まらなくて、「まただった」とスイッチを切ったらやっぱり始まりそうになって慌ててスイッチを入れ直したらしい。その結果、生まれたのがあの微妙な間。

というわけで、「アロング・ア・ロング・バケイション」はなかなか楽しめる。2200円。高いか。まあ、こんなものか。もっとも『ロンバケ』以前の大滝詠一に触れられている箇所も多く、そこはオレにとっては退屈すぎた。


2025.10.20

オレにも新人時代があったのだ


新型コロナ騒動の残した最大の財産がリモートワークであることは間違いない。
今やリモートで働くことはごく当たり前になり、フルリモートの勤務形態も珍しくはないほどだ。
通勤時間がない、人の顔色を伺わずに働ける、服装も自由、合間に育児や家事ができると、いいことづくめである。ストレスもなければ余計なコストもかからない。
基本的にオレはリモートワークに大賛成だ。
「すごくいいですよね、リモート! どうですか、タンゴさんもそう思いませんか!」と勢い込んで問われたことがあったが、そもそもオレは37年も1人で働いて、そのうち25年は自宅で働いているので、今さら「どうですか」と詰められても笑。
だが、決して諸手を挙げてというわけでもない。問題は新人さんである。
先日もあったことだが、新人さんからかかってきた電話が、とにかく頓珍漢だった。仕事に慣れていないから仕方のないことではある。だからオレは、そうじゃなくて、こうしないといけないんだよと、電話で教えてやった。
結果、クライアントに迷惑をかけることなく、落ち着いた。
リモート以前はこういう状況になると、電話に耳を傾けていた隣の席の先輩が「ん? どうした?」とさりげなく声をかけたものである。決して正式な指導でもなく、ちょっと気になる、という程度の声かけだ。
そこで「実は…」と新人が答え、それに対して先輩が「ああ、それはさ」と教える。ほんちょっとした、そうした日常的なやり取りの連続で新人は育っていった。
フルリモートの職場では、毎日のようにミーティングが行われたとしてもそれはオフィシャルの場だから、こうした相談は行われづらい。「どうした?」という問いかけも、他のメンバーが顔をそろえている場ではしづらいし、答えづらい。そもそも「どうした?」という問いかけは、その場でリアルタイムに行われるから効果的なのだ。
よってミーティングの場で報告されるのは「順調です」になる。そのために外部のオレが、そこはこうするんだよ、とアドバイスしたことはすっ飛ばされる。うまくいっているように見えるのは外部のおかけで、実は本質的な問題は解消されていないわけだ。
そんなことはとっくに承知の上なのだろうが、なんでもかんでもリモートというのは、あまりよいことではないなあという気がしてきた。
やっぱり子育ては、リモートでは難しいのではないだろうか。


2025.10.19

野方ホープ


ラーメンなんて絶対にダメだと医者に言われたのが1年前。とほほ、ドクターストップかよ。
オレは食べ物にはあんまり頓着しないほうなので、そんなに辛くはないのだが、それでもたまにはラーメンくらい食べたい。
そこで医者と、半年に一度でいいのではないかと交渉し、手打ちが成立した。
息子とは、ならばお彼岸にはラーメンを食べてよいというルールにしてはどうだろう、と決める。これはわかりやすい。
以来1年間、オレはラーメンは食べなかった。
春のお彼岸も、先日の秋のお彼岸もラーメンは食べなかった。
食べるものにあまりこだわりがないから、ラーメンがダメならダメで別に構わなかったのである。さほど食べたいとも思わなかった。
だが本日、ふいに、ホープ軒が食べたいなあと思いつく。ホープ軒は背脂ギトギトで有名なラーメン屋だ。油の浮いたスープに大量のニンニクとネギをぶち込んで食べると、まあ、旨いのなんの。この油が全部血管の内側にへばりつくと考えると、背徳感は何倍にもなって、さらに旨い。
早速息子を誘ったら「おお、行こう行こう」と大喜びである。
向かったのは、野方のホープ軒。千駄ヶ谷のホープ軒と同じ味の店だ。我が家でホープ軒に行くときは千駄ヶ谷ではなくて、だいたい野方である。
コインパーキングに車を停め、いまどき現金しか使えないので5千円札を両替してもらい、券売機でチャーシュー麺2枚を買ってカウンターに座る。
うーん、いいですねえ、店内に漂う背脂の匂い。既に心はワクワクする。
1年以上ぶりのラーメンがホープ軒というのは体にあまりよくない気がして、優しい味の味噌ラーメンあたりが穏当ではなかったかとは思うものの、注文してしまったものは仕方ない。
やってきた1年以上ぶりのラーメンは、それはそれは美味しゅうございました。スープもそうだが、チャーチューが絶品だ。これなら毎週食べたい。だが、きっと早死にするだろう。
ネギとニンニクをたっぷりぶち込んで無我夢中で食べるのだった。
その後、息子は大学に向かい、オレは家に帰って仕事だ。久しぶりにホープ軒と再会した、いい一日だった。


2025.10.18

△××△△×△×○△×△○×△×○×○××××××△××××△×△×22


朝飯前を英語なんていうのですか、とAIさんに相談する。
AIさんは1秒ぐらいで “piece of cake” や “easy as pie” だと教えてくれる。「 “before breakfast” はあまり使われへんで〜」とのことだ。
ならば関西弁では朝飯前をどう言うのか。
AIさんは、「めっちゃ簡単」「楽勝やん」「そんなん、屁みたいなもんや!」だと教えてくれる。
最後の「屁みたいな」は超簡単というニュアンスらしい。なぜ「屁」が簡単なのか。関西人にとって「屁」は簡単なことなのか。
そこで関西人にとって屁は簡単なことなのかとAIに質問したら「面白い質問ですね!」とウケた。
もちろんこんな具合に遊んでばかりいるのではない。仕事でも使っている。
例えば400字ほどの原稿を書く。オレにとっては、屁みたいなもんだ。
続けて、書き上げた原稿の推敲をAIさんに依頼する。まずはCopilotさんだ。
すると、とても上手に書き直してくれた。明らかにオレが書いた原稿より読みやすく、整っている。
オレはうろたえる。
もしこのAI推敲の原稿を納品したら、オレは非難されるのだろうか。ライターいらずを自ら加速することになるのだろうか。
ちなみにGeminiさんにも推敲をお願いしたが、こちらはあまり上手い文章ではなかった。どうやら日本語の原稿を推敲させるには、Copilotさんがいいようだ。
もしCopilotさんのこういう使い方を客が覚えてしまったら、「タンゴなんていらねえよな、Copilotさんの方がよほど役に立つ」と考えるだろう。それはたいへんにまずい。

今週の「日経ビジネス」を読んだら、アメリカの研究機関によれば、2030年には人間の仕事の99%がAIエージェントで代替されるようになる、と書いてあった。そうなったら全員が仕事を失うのだから、別にオレが困った困ったとうろたえる必要はない。人の振りを見て同じように振る舞えばいいだけである。
やはりオレが予言したように、AIにロボットを組み合わせれば人間は働かなくてよい時代がやってくるようだ。新しい秩序だ。ニューオーダーだ。
そんなふうに新しい時代の幕開けにワクワクしながら息子と一緒に向かったのが、調布の味の素スタジアム。今日はアルビレックスがヴェルディのホームに乗り込んで試合をするのである。
ちなみに息子は既に3つのAIを使いこなしている。若い世代にとってAIはごく当たり前のツールになっているようだ。
彼らからすればオレたちが「AIすげえ」と驚く様子を見るのは、おっさんたちがファクスの登場に「わざわざ電車に乗って紙を届けなくてもいいなんてすげえ」と驚いている様子を見てオレたちが笑っていたのと同じようなものだろう。

というわけで味スタのゲームであるが、まあ、とっくに降格の覚悟はできていたので、あはは、また負けたー、ちっとも悔しくねーとしか思わなかった。降格チームのサポなんてこんなものだ。
それにしても今日もゲームも酷かったな。あの監督。自ら降格しようと思っているとしか考えられない。
客席もシラけていて、ガラガラの上につまんなそうに見ているだけ。選手とサポの間の気持ちも、今日のゲームでプツンと途切れてしまったようだ。
まあ、よい。またJ2で頑張って、1からチームを立て直そう。
今日見た選手の3分の2は移籍するだろうなあ。生活のためだ。頑張ってくれ。
もちろんまだ降格が決まったわけではない。だが、残り4試合で残留の条件は
・4試合すべてで5-0で勝たねばならない
・FC横浜が4試合すべてに負けなくてはならない
である。まじめにこんな条件を計算してくれたサポもいるわけだ。
味の素スタジアムも埼玉スタジアムも、当分足を運ぶことはないだろう。久しぶりだね、ナック5、元気にしてたかな、甲府スタジアムてなもんだ。

試合後、息子と日本酒を飲んで家に帰って、大谷のゲームを見る。
10奪三振に3ホームランって、頭おかしいだろう。たぶんオレたちは歴史上とんでもないものを見ているのだろう。という書き方すら陳腐だ。
驚くというより呆れかえって、むしろ引くわ。


2025.10.17

春花ちゃん


オレが新卒で入社したのはとんでもないポンコツ会社だったから、組合なんてものはあるはずもなかった。
ポンコツ会社のくせに無理して明治通り沿いのポンコツビルに入居していたものだから、5月1日はメーデーのデモ行進が行列するのを窓から見下ろすことができた。
人生で初めてメーデーのデモを見たオレは仰天し、あれは一体何なのでしょうかと上司に問うたものである。
毎月給料をもらえるだけでもありがたく思えと言われていたポンコツ会社に勤めていたから、「給料上げろー」「休みを増やせー」と叫びながら仕事もしないで行列をしている人たちがこんなにもたくさんいることに混乱したオレは、給料を上げてほしいなら行進なんかしてないで働けばいいのに、この人たちは騙されているんじゃないだろうかと思ったのだった。
そんな昭和の時代は遠くに去り、令和の時代に果たして労働組合なんて何の意味があるのだろうか。
給料を上げてほしかったら会社に文句を言うのではなくて、海外の競争相手や、働き方改革なんて騒いでいる連中と戦えばいいのに。
国民民主の腰砕けの後ろに連合ばばあがいることを思いつつそんなふうに呆れながら、オレは5チャンネルの天気予報で今井春花ちゃんを眺めるのであった。
春花と書いてサクラと読む。あざとい。あざといではないか、名前から既に。
春花ちゃんは自分が可愛いことを知っているから、ほーら、可愛いでしょという表情をする。天気予報を読む合間に一息つくと、必ずキメ顔をぶち込んでくる。
あざといねえ、ホントに。おじさんは許しませんよ、春花ちゃん。
間違いなく、女には嫌われるタイプだな、春花ちゃん。女が嫌う女。
早苗ちゃんも、福島瑞穂や蓮舫や野田聖子あたりに嫌われているので、女が嫌う女ということになりそうだが、なんか春花ちゃんとは違うニュアンスのような気もする。
そんな早苗ちゃんを相手にした維新も見事であるが、逆風をしっかりと自分の順風に変えてみせた早苗ちゃんが一枚上。玉木なんて、仕事のできないポンコツに過ぎなかった。これは男にバカにされる男。
というわけで、玉木は連合ばばあを切れなかった時点で詰み。組合なんて、この世にいらないのだ。


2025.10.16

忙中閑だらけ


愚痴なのだが、リスケには参る。
予定がぽっかりと空き(しかも今月は3週連続!)、机の前でボケッとメールの対応などをしている。
通帳の残高を眺めながら溜息をつくのだが、間に立っている人に悪気はなく、この不満をぶつける相手のいないことにさらに溜息が出る。
もっともこんなことは日常茶飯事だし、フリーにとって(死活問題ではあるものの)たいしたことではない。
問題はこんなときこそ外で汗を流したり、3時間映画「国宝」を観に行ったりすればよいのに、だらだらと過ごすことだ。本を読んでも集中が続かない。
定年後は晴耕雨読の生活が楽しみだとはよく聞くが、いざ、そのときを迎えてみると別に本も読みたくないし畑も耕したくないのだろう。忙しい合間を縫うからこそ、電車の中でも頑張って本を読もうとするのだ。
やっぱりヒマはよくない。人間、忙しいうちが花である。

「頭のいい人のChatGPT&Copilotの使い方」橋本大也・かんき出版
というわけで、ヒマならAIでも勉強しようと思って手に取った。この手の本は著者がエゴサするのであまり言いたくはないのだが、すっかすか。30分で読んでしまった。
「AIの頭がいいんじゃなくて、AIを使う人の頭がいいんだ」という表現にはなるほどなあと感心。読みでのあるのは、そんなことが描かれている冒頭だけだった。
オレが知りたいのは、AIは要約ができるとか、AIはアイデアを出してくれるとかではない。AIで浦和構文を書くにはどうしたらいいかということなのだ。ネットで探しても、うまいヒントは見つからない。どこにそういう本はないのか。
あ、それなら自分で書いて出版社に売り込めばいいのではないか。きっと浦和サポに感謝されるだろう。いや、ボコられるか。


2025.10.15

浦和構文ならAIに勝てるのはなぜ?


昨日の日本対ブラジル戦について600字程度でまとめてください、とAIにお願いしてみた。お願いしたAIはcopilotさんである。
すると5秒後に以下の文章が送られてきた。全文をコピペる。

「2025年10月14日に東京スタジアムで行われたキリンチャレンジカップにおいて、日本代表はブラジル代表に3-2で逆転勝利を収めた。この歴史的快挙の勝因は、戦術的な柔軟性と選手の高い集中力、そして後半の修正力にある。
前半、日本はブラジルの個人技とパスワークに苦しみ、2点を先行される展開となった。しかし、森保監督はハーフタイムで戦術を微調整し、守備ブロックのコンパクトさを保ちつつ、前線のプレス強度を高めた。これにより、ブラジルのビルドアップにミスを誘発し、52分には南野拓実がボール奪取からゴールを決めて反撃の狼煙を上げた。
さらに、途中出場の伊東純也が右サイドに推進力をもたらし、62分には彼のクロスから中村敬斗が同点弾を決めた。
71分には上田綺世が逆転ゴールを挙げ、日本はわずか20分間で試合をひっくり返した。
守備では佐野海舟と鎌田大地のボランチコンビが中盤を支配し、ブラジルの攻撃を寸断。3バックの連携も安定しており、後半はブラジルに決定機をほとんど与えなかった。
この試合は、日本が個の力では劣る相手に対し、組織力と戦術的対応力で勝利を掴んだ好例であり、2026年ワールドカップに向けた大きな自信となる一戦となった。」

一読してオレは腰を抜かす。完璧ではないか。完璧すぎる。
いわゆるPREP法という書き方に則った、見事な文章だ。
このまま日経新聞のスポーツ欄の解説記事として載せてもまったく違和感がない。それどころかオレにこれを書けと言っても、とても無理だ。かなわない。
オレにはせいぜい昨日の適当な駄文しか書けない。
AIに仕事を奪われるどころか、既にオレは失職しているのではないか。お前は既に死んでいるってか。
そこで続けてcopilotさんに昨日のオレの日記についてどう思うか、尋ねてみた。
すると5秒後に以下の文章が送られてきた。コピペる。

「この文章、サッカー愛と皮肉が絶妙に混ざり合った、まさに“Jリーグ界隈の空気”を濃縮したような一編ですね。語り口も独特で、読みながら思わずニヤリとしてしまうポイントがいくつもあります。
後半のプレス強化や谷口の統率力など、戦術面への言及は的確。 「浮き球で一発突破するブラジル」への驚嘆と、「それでも怯まず攻めた日本」への称賛は、サッカーをよく見ている人ならではの視点です。
「泣く森保」は確かにSNSでもネタになりがちですが、選手たちの冷静さとの対比が面白い。 そして、スポーツバーの盛り上がりに対する「シラけ」も、クラブサポーターならではの距離感。フレンドリーマッチに過剰な熱狂を見せる層への冷笑は、ある種の“通ぶり”でもあります。
この文章は、サッカーというスポーツを通じて、日本の応援文化、メディアの姿勢、ファンの温度差などを鋭く切り取っています。 もしこのスタイルで何か書いてみたいなら、「浦和構文でJリーグの現状を語る」なんてテーマも面白そうですよ。やってみます?」

一読してオレはうろたえる。ひょっとしてオレの文章がほめられてないか? オレはAIにほめられたのか?
もしかして、オレはまだ書き物の仕事をしてもいいと、AIに許してもらえたのか?
ついでにcopilotさんに浦和構文について尋ねたところ

「疑問形で煽る
主語を省略して余白を残す
そして、見る者に「考えさせる」ようでいて、実は「答えは決まってる」空気を醸す
この構文、確かにAIには難しい。論理より情念、文法より空気感で成立しているからです。」

と、あっさりと自分には難しいと認めている。おお、勝てる。浦和構文ならAIに勝てる。
するとライターがこの先生きていくには浦和構文に活路を見出せばよいということなのかもしれない。
論理より情念。文法より空気感。
これはオレのこの駄文日記にも通じるところではないか。よし、これからはタンゴちゃん構文を確立させ、磨きをかけていこう。
道は自分で拓くのだ。


2025.10.14

浦和構文を出したのはなぜ?


「味の素スタジアム」のことを中継ではずっと「東京スタジアム」と連呼していたから、スポンサーのキリンに配慮した大人の事情かと思ったら、国際大会ではネーミングライツ名称の使用は認められないというFIFAのルールがあるんだってね。
へー、知らなかったわ。じゃあ、これはどうだ。
「日本のサッカーは誰のもの?高すぎるチケット価格は見直せ」と大書された弾幕が観客席に掲げられた件だ。
この独特の文体は「浦和構文」と呼ばれ、これを見たJリーグファンの誰もが「レッズサポが来てるのかよ」と一瞬で納得した。
そうである。この浦和構文の弾幕は、埼玉スタジアムでちょくちょく目にする。
「××したのは誰?」「××はなぜ?」など疑問符で終わったり、体言止めを多用するのが特徴だ。これを見るとJリーグサポの誰もが、ああ、また赤いお猿さんたちが暴れてるなあと思うのだった。
ちなみにこの浦和構文をChatGTPに教え込もうとすると、案外難しいらしい。AIは、実はアホなことを勉強するのが苦手なのかもしれない。
アホ丸出しと言えば、相変わらずの代表応援団の念仏チャントである。
ほんと、あれだけは腹が立つ。あれが聞きたくないばかりに、先日のパラグアイ戦は見なかったし、今日も前半20分で我慢できずにテレビを切ってしまったほどだ。
どうしてあの念仏チャントが何年もほったらかしにされているんだ。日本代表の最大の問題点である。
しかも今日はそれに松木の解説が被さったわけだから、はっきり言って地獄であった。
あまりの事態にオレはテレビの音声を消して試合を見たのだが、さすがにこれもつまらなく、なんでオレがこんな目に遭うのだと腹が立ってしまった。
そうやって消したテレビを再びつけたのは、2-2の同点になってから。
きれいに5枚並べた日本のディフェンスラインは実に統制が取れていて、これは谷口の功績だと思うのだが、素晴らしい守備だった。
だがそれを、「だったらこれでどうだ」とばかりにひょいと浮き球で越えてみせたのが、さすがのブラジル。一瞬でディフェンスラインを無力化する、凄まじい破壊力だった。
日本の勝因は、これにびびらず、むしろ後半に入って前線からのプレスをさらに強めたことにあったようだ。この攻撃力は見事だった。
君が代斉唱のたびに泣いてみせる姿がもはや芸の領域に達した森保はともかく、選手たちはよくやったと思う。でも、こんなものはフレンドリーマッチだからということも選手が一番よくわかっていた。
わかっていなかったのはテレビの連中と、恒例のスポーツバーで大騒ぎしている連中。歴史的快挙とはしゃぐ姿に、こっちはシラけるばかりだった。
ちなみに「日本のサッカーは誰のもの?高すぎるチケット価格は見直せ」という浦和構文に対しては「だったらテレビで観れば」との突っ込みが多数。レッズサポはあっさり撃沈されたのだった。


2025.10.13

奈良へ


京都で一泊した翌日は奈良である。
せっかく京都まで行くなら、奈良にも足を伸ばすかと持ちかけたら、娘は「だったら阿修羅が見たい」と言ったのである。阿修羅像。確か興福寺だ。
なぜ阿修羅なのか。どうやら娘は仏像が好きで、とりわけ阿修羅像に惹かれるのだそうだ。なぜだ。よくわからないし、聞いたところで教えてはくれないだろうから、それなら興福寺へ行って阿修羅像でも見てくるか、となったのである。
アパホテルに泊まったら朝飯が楽しみなのだが、2000円もするので見送って、駅ナカの朝マックで済ませる。そのまま近鉄特急で奈良だ。
オレは京都よりもだんぜんに奈良派である。以前行ったのは40年近くも前だ。時間の流れがゆったりで、空は広く、まさに悠久の里と呼ぶのがぴったりの場所である。この空気感が最大の魅力だ。
電車の窓からは、平城京の跡地が見える。何もないところにぽつんと門が建っているような場所で、実に魅力的だ。へえー、昔はここに都がねえ、と思うだけで、太古からのゆっくりした時間が流れていく。

興福寺の阿修羅像は見事であった。
仏像などに何の関心もないオレでも、見入ってしまう。あれは女の人だと思ったら、少年の像だったんだね。
いったい何を表している像なのだろう。
阿修羅像のTシャツというものがお土産コーナーに売られていたが、あんまりのセンスだったので、写真集を娘に買ってやった。
素晴らしかったぞ、興福寺。
これに対して愕然としたのが東大寺だ。
興福寺の近くにあるので、せっかくなら大仏さまでも拝んでおこうと東大寺に向かったのだが、そこで目にしたのが大量の鹿。奈良なら鹿というのは常識であるとはいえ、実際にそれを目にすると仰天する。というか、うんざりする。
何がうんざりするって、フンである。あちらこちら大量のフンが落ちているのだ。避けようもないほど大量に落ちていて、万が一にも踏むことなどないように慎重に足を運んでいると、うんざりを通りこしてぐったりしてしまった。
シカ、超うぜえよ。神の使いか何か知らないが、うぜえよ。
やっとのことで寺の中に入り、大量のポル語スペ語をかき分けて大仏さまにたどり着く。でけえ。超でけえ。
手塚治虫の「火の鳥」に、仏教が渡来して日本の神様たちを蹴散らし、制圧していった、そのシンボルとして奈良の大仏さまが建立されたことが描かれてある。巨大な姿に人々はひれ伏し、大仏さまは文字通り民草を睥睨するのだった。
そんなことを思い出しながら、確かにこれだけ巨大だとすげえ迫力だなと、口を開けて仰ぎ見る。
高校の修学旅行で京都奈良に来ているので、絶対に大仏さまも見ているはずなのだが、まったく何も覚えていない。西京極でどこかの高校生同士が乱闘しているという情報が流れてきて、田舎者のオレたちがえらくびびったことは覚えているが、そんな程度の記憶だ。
それにしても穏やかでゆったりした奈良で、東大寺だけは外人が山のように押し寄せてきて、まるで清水寺だった。ほうほうの体で抜け出し、帰り道を急ぐ。
やっぱり奈良は斑鳩の里とか明日香村とかがいいなあと思い、でも、もう行くことはないかもなあと肩を落とす。 親友だった山口君が亡くなってはや15年。彼の生まれ育った土地を見て、この空気の中に暮らしていた彼を思う。

昨日も今日もえらく歩いた。しかも重いリュックを背負って。
よって体がバキバキである。
家に帰ったオレは風呂に飛び込み、缶ビールを空け、そしてすぐに布団に潜り込んだのだった。

「なんとかしなくちゃ。星雲編」恩田陸・文春文庫。
主人公の少女が身の回りのさまざまなことを解決しながら成長していく話。
解決するっていっても、どうでもいいようなことばかりである。お誕生日会のプレゼントとか、生徒会長選挙の演説とか。そんなたわいもないことを乗り越えて成長していく日々
が楽しく描かれている。さすがの恩田陸で、まったく飽きさせることなく話を進めていくのだった。 折々に挿入される作者自身の思い出話が、これもまた実に楽しい。
終盤、尻切れトンボに終わってしまったのだが、「星雲編」とあるから、きっと続きもあるのだろう。楽しみだ。


2025.10.12

京都へ


義母の一周忌の法要の席で、坊主より衝撃の事実が披露された。
坊主は言った。「今、お経を唱えましたが、名古屋ではこの3倍のお経を読みます」と。
坊主が読み上げたのは3本あるお経のうちの1本であったが、名古屋ではなんと3本すべてを読み上げるのだそうだ。
当然、時間も3倍かかる。そこで坊主たちは、時間短縮のために凄まじいスピードでお経を読むのだという。
「私たちでもついていけないほどの速さです」
なんと読経のプロである坊主でもついていけないスピードで読むらしい。名古屋の坊主は。助っ人で名古屋まで呼び出される関東の坊主は、さぞびびるのだろう。
よく知られるように見栄っ張りの名古屋人は、いかに派手な結婚式を挙げるか、競い合う。タンスなどの嫁入り道具をリヤカーに乗せて披露して歩くのも、要するに隣近所に見せびらかして自慢しているわけだ。
同様に葬式では、お経の量を競い合って見せびらかしているのだろう。死んだ後も、名古屋人はとんでもない見栄っ張りというわけだ。
寺から移動した墓参りの場でも我々は、つくづく名古屋に親戚がいなくてよかったと話し合うのだった。

法要を終えた後、オレは1人電車に乗って、アルバイトで法要には参加しなかった娘と合流し、東京駅に向かった。新幹線で京都に行くためである。
三連休だからではない。
三浦大知が、なぜだから知らないが京都の平安神宮でライブをやることになり、娘がそれを見に行きたいというので、オレが付き添うことになったのだ。来年には社会人になるから出張があっても1人で行かなくてはならない。こうして娘と二人旅というのも、これが最後だろう。喜んで付き合うことにした次第である。
秋の三連休の京都である。
娘から話を聞いた瞬間オレは、やべえと思った。
秋の京都と聞くと新幹線関係者は「もみじだよ、やべえよ」と条件反射的にうんざりした顔をするように、この季節京都は観光のピークを迎え、山のような観光客で鉄道も宿も盆と正月月が一緒に来たような大騒ぎになるのだ。しかも今年はそれに万博最終日という無駄なイベントが加わる。
だから真っ先にオレが思ったことは、ホテルが取れるだろうか、ということだった。
案の定、8月の時点で既にほとんどのホテルがソールドアウトである。残っていたのは、妙に安いホテル。炊事コーナー付きというから、きっとこれは長期滞在の外人向けなのだろう。誰がそんなところに可愛い娘を連れて泊まるもんか。
そこでオレは奥の手を使う。必殺、アパホテルのアプリだ。
「アパでいいから、アパがいいへ」と自慢するように、ここ最近のアパホテルはすぐいい方向に激変した。ファシリティは十分だし、接客は無難。大浴場も嬉しい。何と言っても、日本中どこにでもあるので、絶対に部屋が見つかる。
今回も京都駅から3分という立地のアパが予約できた。しかも、他のバカ高いホテルに比べて、かなり格安である。まったく文句はない。今回もオレは大浴場を利用したが、実に快適であった。

先日来、オレは日本から中国人が消えたと書いた。それはウソではなかったが、少し戻り始めたのは確かなようだ。
東京駅の駅ビルの片隅にある占いコーナーには、中国人の娘3人が占い師を取り囲んで質問攻めにしていた。スマホのアプリで翻訳して質問し、占いのおばちゃんもスマホのアプリを使って日本語→中国語で答えている。慣れたものなのだろう。
様子を見ていたから、占い師の一言ひとことに、3人の中国娘はきゃっきゃっとはしゃぐ。どの国でも若い娘というのは占いが大好きに違いない。
占いが終わったら、おばちゃんは「さんきゅーさんきゅー」と笑顔で見送っていたが、そこはシェーシェーだろう。

その中国人が、今回、京都にはあまりいなかった。巷間いわれる、中国人の余りの多さに中国人自身がうんざりして避けるようになったという説には妙に説得力がある。
代わりに多かったのが、ポルトガル語やスペイン語だった。ラテン系なのか。中南米なのか。これもこれで鬱陶しいのであるが、中国人ほど下品ではないので、許容範囲であった。
平安神宮で娘がライブを楽しんでいる間、オレは時間つぶしに夜の京都を散策する。以前、サッカーを観にやってきた際に息子と入った居酒屋の前に出た。池田屋事件のあった場所に建てられた居酒屋で、酔っ払った挙げ句に、顔をくり抜かれた新選組隊士の看板に首を突っ込んで写真を撮れるのがウリの居酒屋だ。
さらに徘徊したら、以前、京都のインタビュー先の社長さんに教えてもらった漬物屋の近くに出た。
京都土産、何がいいですかね、西×の漬物でも買おうと思ってるんですが。
そう言ったら社長さんは「西×なんか買うたらあかん。○○がよろし。店で私の名前出してご覧」と、地図まで書いて教えてくれた漬物屋だ。
確かにその店で社長さんの名前を出したら店主はえらく喜んでくれ、漬物を少しサービスしてくれたっけ。
そんなことを思い出しながら店を探そうとしたが、場所も名前もすっかり忘れていて断念した。
創業社長の気持ちのいい人だったが、その直後に亡くなってしまった。残念だった。
地図を書きながらオレに「ほんまに行くんやな」と何度も念押ししてきたので、オレも、行きますよ、行くに決まっているじゃないですかと応じたっけ。なかなか楽しい京都人の社長だった。

そんなことを思い出しながら夜の京都を徘徊し、途中で見つけた本屋で文藝春秋を手に入れて、喫茶店でアイスコーヒーを飲む。そして時間を見計らって、平安神宮の最寄り駅で娘と合流したのであった。
三浦大知のライブはことのほか素晴らしかったようで、その様子を娘はレポートにまとめる。書き終えたのは朝の4時。なんと一晩で1万字も書いていた。すげえな。
娘はやっぱりオレの血を受け継いだのだろう。


2025.10.11

わるいのはオレだ


息子のHPのパソコンが使われていないようなので、借りることにした。
薄いパソコンで、持ち歩きにちょうどいいのである。
オレのアカウントを登録して、メールも設定して、さて、といったところで壁にぶつかる。
そうである。例の、ひらがな入力である。
「ろ」の文字が「ろ」のキーを打っても出ない。どこなら出るかと散々探して見つけ出したのが「半角全角」の切替キーだ。なぜなんだ。
では、半角全角をどこで切り替えるかというと、これが見つからない。
また「−」も「−」のキーを打っても出ない。さんざん探して、シフト+「ほ」で「ー」が出ることを発見した。
こんな具合で大変に苦労する。Let's noteではこんなことはないので、HPがUSキーボードを採用していることからくる問題なのだろうか。
いろいろ調べたが、結局不明だった。
オレのデスクトップもHPなのに、そんな不都合はないのだがなあ。
結局、ひらがな入力なんてことをしているオレがわるいのだと自分を責め、飲み込む。
く、くやしい。


2025.10.10

不条理の一日


オレは今これを福岡の片田舎にあるイオンのアイスクリームショップで書いている。
福岡は日帰りだ。
毎度のことであるが、我が家から羽田に行くまでが2時間で、羽田から福岡までが1時間半である。不条理であるとはいえ、これは羽田の近くに住んでいないのだから仕方ない。
もっと不条理なのは、この仕事のギャラが飛行機代の半分以下であることだ。つまりオレの原稿料の倍以上のカネが移動のためにかかっているというわけである。
どういうコスト構造なのだ。
不条理ではないか。実に。
だが、ポジティブに考えよう。オレの原稿は、ギャランティの3倍以上のバリューを期待されているのだと。 そう思えば誇らしくもある。
もちろんこれがやりがい搾取であることは重々承知している。オレがオレに対してやりがい搾取しているのだ。 不条理と言えば、こんなに不条理なこともないだろう。
福岡のイオンでアイスコーヒーを飲みながら、そんなことを考える。
周囲はいい感じにひなびた田舎町。秋だというのに30度もあって、イオンを出たオレは汗を流しながら国道沿いを歩くのだった。

夕刻、帰りの飛行機に乗るために福岡空港に着いたオレが目にしたのは、待合室の大きなテレビに映し出された「公明党が連立離脱」の文字。ほほう、とうとうやったか。文字通り歴史的快挙だ。遂に追い出すことができて、慶賀の至りである。
聞いたところでは創価学会の婦人部が高市早苗を毛嫌いしているとのこと。その突き上げに耐えきれなくなったのか。
まったく女の敵は女とはよく言ったもので、福島瑞穂に上野千鶴子に連合のばばあどころか自民党内でさえ三原じゅん子や英利アルフィヤといったあたりが高市早苗のことを嫌っている。きっと野田聖子もそうに違いない。
嫌っているというか、敵視しているという表現がぴったりだ。
福島瑞穂や上野千鶴子なんて、発狂レベルで高市を罵倒している。
これはきっと、自分より強い敵が現れたことに対して本能的に牙を剥いているということなのだろう。実に興味深い。
発狂ばばあなんかに負けるな、早苗ちゃん。
羽田空港に着いたオレは握りこぶしを突き上げながら京急線に乗り、そして品川に着いたと思って降りたら川崎駅だったことに気づいて腰を抜かす。
なななな、なぜオレが川崎に!
早苗ちゃんを応援するあまり周りが見えなくなって反対方向の電車に乗ってしまったわけで、これが本日最大の不条理だった。


2025.10.09

持つべきものはアプリなのだ


リビングルームの蛍光灯が切れた。隣町のヤマダ電機まで買いに行く。
もちろんlLEDだ。
2階の電球コーナーに行ったら棚にいろいろと並んでいて、その中から同じサイズのものを見つける。値段を見て、びっくり。なんと1つ3100円もするのだ。
ひょえー、LEDって高いんだなあ。
ところが同じ棚に並んでいた名もなきメーカーの製品は1300円。なんと半額以下だ。
聞いたことのないメーカーで、中国製なのかもしれない。
ここはやっぱり信頼できるパナソニックでとは思ったものの、この価格差は暴力的だ。
うーむうーむと棚の前で腕を組んで逡巡した後、保守のオレはやっぱり国産品を買わねばと決心する。高市先生万歳!
レジで会計の際、ヤマダ電機のアプリを入れていたことを思い出してその旨伝えたら、なぜか白衣を着ていたおじさん(薬品コーナーの人なのだろうか)が「あ、それがあるなら500円引きだよ」と教えてくれた。
おじさんは、オレが差し出したスマホをちゃちゃっといじって、しっかりと500円引きにしてくれた。
おじさん、ありがとね。500円はデカいよね〜。
「デカいよ〜、この500円引きで米を買いに来る人がたくさんいるよ〜」
なんと、米! ヤマダ電機では米も売っているのか。知らなかった。
でも、大丈夫なのか、ヤマダ電機の米なんて。どうも信用ならないなあ、ヤマダ電機。
家に帰って嫁にそう告げたら「別にヤマダ電機が米を育てたわけじゃないから大丈夫に決まってる」とのことで、確かにそれはそうだ。今度買ってみるか。

「百魔の檻」山口未桜・東京創元社。
娘が「これ読んだ?」と貸してくれた一冊。著者デビュー作の「禁忌の子」をオレが娘に貸したことがあったから、その続編を貸してくれようとしたわけだ。こうして本の貸し借りを娘とできることが、実はとっても嬉しいのだ。
前作では割とタブーな領域に踏み込んだ作品を出した著者。今度は純然たるミステリー仕立てだ。ど田舎の病院が霧に包まれて密室状態になり、中で殺人事件が連続するという話だ。ロジックを駆使して真犯人を明かしていくところは、法月凜太郎のような味わいである。そして最後、霧のことだと思っていた「白魔の檻」というタイトルが、実は病院自体のことだったというどんでん返しは見事。
これで文章がこなれて、キャラクターの描き方がもっと洗練されれば、もっといい作家になるはずだと期待する。


2025.10.08

テクノロジーは想像を超える


1990年頃にあるゼネコンの仕事をした際に初めて耳にしたのが、AIという言葉だった。
この先、人工知能が人間の仕事を肩代わりしてくれるようになると聞いて、ひょえー、マジかよと思ったものだ。
一方で、そりゃあさすがに夢物語過ぎると、SFのように受け止めていた。
同時に耳にしたのが、全地球測位システム=グローバル・ポジショニング・システムという言葉だった。
略してGPS。
通信衛星が距離を測って、地球上のあらゆるモノの位置を表示してくれるという説明に、ひょえー、マジかよと思ったものだった。
どうしてそんなことが可能なのか、いくら考えても理解できず、絶対こんな技術は無理だと思ったのだが、意外とあっさりとオレたちの日常に溶け込んでしまった。
ナビや地図はもちろんのこと、無人で建設工事をしてくれるロボットもGPSで動く。アフリカの奥地で働く日本の建設機械にはGPSが搭載されていて、一定の走行距離に達したら何も言わなくてもメンテナンスの技術者がやってくるようになっていて、さすがジャパニーズはすげえよと驚かれている。
夢物語だったAIも、身近なツールの一歩手前まで来ているし、まったくテクノロジーの進化とは、オレたちの想像を超える速さだ。
ノーベル賞のニュースを聞きながらそんなことを考える。
気体の分離ができるって? すげえなあ、おい。しかも既に実装されているというから、たいしたもんだ。
やがておならをしても臭い成分だけを取り除いてくれるパンツが発売されるのではないかと、オレの頭で考えられるのはその程度だが。


2025.10.07

バグだらけの人生


ATCのバグだとぉぉぉ??
しかもこの10年間、一度もそのバグが踏まれることなく、過ごしてきたというのか??
車両がいるというのに通過OKの信号を出してしまうバグなんて、信号保安の根幹を揺るがす事態だ。
日比谷線の事故や福知山線の事故に匹敵する歴史的なインシデントが発生してもおかしくなかったというのか、この10年間。
うーむ、恐ろしい。国交省がガチギレするのも当然だ。
絶対に謝らないと評判の東急が、大慌てで社長の謝罪会見を開いたのも納得である。
何をやっとるんだ、東急。いや、他の鉄道事業者も大丈夫なのか。人ごとではないだろう。
などと呆れつつ恐れながら、今日は一日家で原稿に向かう。
重い原稿が2点。なかなか進まない。
まず、気持ちを上げるのに時間がかかる。これは年をとってからの症状だ。とにかくエンジンのかかるのが遅い。
書き始めてしまえば力業でどうにでもできるのだが、書き始めるまでが面倒になってきた。
若い頃はそんなことはまったくなくて、外出から戻ってきたらお茶も飲まずにすぐに書き始めたものだった。
老化なのだろうか。劣化なのだろう。
健康診断で数値の異常が見つかっても「加齢によるものです」と言われれば何となく安心するように、仕事の立ち上がりが遅くても、年くったからなあと自分に言えば気が楽になる。これはよくないことだ。
これはバグなのだ、バグ。オレのバグ。バグなら修理しなくてはならない。
よし、修理しよう。明日から。
そしてまたボケッとスマホでネットなどを見ながらゴロゴロするのだった。


2025.10.06

新宿二丁目


新宿一丁目に事務所を置いていたのは約5年間。都心のオフィス街でありながら個人経営の商店や住宅も混在する、とても落ち着いたいい街で気に入っていた。
まさか日本最大のゲイタウンである新宿二丁目が隣接するエリアとは思えない、穏やかな空気が好きだった。
その新宿二丁目は、見上げればあの沖雅也の恋人だったおっさんが経営する喫茶店の看板が目に飛び込んでくるような街。夜になるとまさに異世界だ。
表通りはかろうじて歩けるものの、派手な化粧をしたゲイがうろうろしている裏通りなどはとても歩けたものではなかった。
飲んだくれてポコチンを出しながら歩いている男がいたって誰も驚かず、通報を受けたところで警官も面倒くさがって逮捕なんて絶対にしない。
だから今回、リチャードくんと呼ばれる若者が逮捕されたことにはすげえ違和感がある。
最寄りの四谷署でなくて遠く離れた三田署に連行されたのは、四谷署の留置場が狭いというのが理由らしいが、それにしても、という感じである。
すぐにネットでポコチンを出していた動画がネットにアップされ、それを見るとどこをどうやっても、はめられたことが明確だ。
服を全部隠されてしまい、「あれえ、オレの服はどこ行っちゃったの」とうろうろしているところを撮られている。明らかに待ち構えて撮影されている。誰がやったのか知らないが、直前に店で飲んでいる様子もアップされているから、仲間にはめられたことは確かなようだ。
うーん、自分の棒を振りまわしたことで、将来を棒に振ってしまったねえ、リチャードくん。←オレ、うまい!
三田署から出てきて号泣しながら謝罪する姿に、こんな理不尽に負けるなよと(テレビ越しに)声をかける。
このタレントのことはまったく知らなくて、鉄腕DASHに出演しているのをちらちらと見ているぐらいだが、誠実で、与えられた仕事に対して一生懸命であることはよくわかる。
真面目に頑張っている若者が泣きじゃくる姿を見るのは心が苦しく、関係者は手を差し伸べろよと思ってしまう。

同じようなタイミングで起きたのが、田園都市線の車両事故。日比谷線の悲惨な事故を想起させる、ちょっと深刻なものだった。
国交省がブチ切れたらしく、事故の翌日になっても車両の移動すら行われていないことでも、そのブチ切れ具合がよくわかる。要するにこれは鉄道の安全性を根底から揺るがしかねない事態なのだ。
通勤や通学にとんでもない迷惑を被った沿線の皆さんにはご愁傷様。あんな陸の孤島の路線に住んでいることを呪いなさいと言われ、泣きながら何時間も歩くしかなかっただろう。
原因はどうやら信号機があってはならない作動をしたことのようだ。こんなことが二度三度と続いたら、とんでもないことになる。
それなのにニュースでは、担当運転手が見習いだったことがクローズアップされ、1人の若者にすべておっかぶせようとしている。まったく地上メディアのバカバカしさよ。若者に責任を押しつけることで、つかの間の安心を取り戻そうというのか。
ここでも誠実に仕事に取り組んでいる若者が叩かれる。


2025.10.05

名文


小泉信次カ構文をいくつか紹介しよう。
成人式にて「ところで皆さんは何歳なの?」
「誕生日にバースデーケーキなんて1年ぶりです」
「夜景を楽しむなら、夜がお勧めですよ」
「このプレゼントは、いただき物なんです」
「セルフサービスは自分でやる派です」
「過去のニュース情報は古いね」
ネットをあさるとまだまだたくさん出てくる。たいへんな名文(笑)ぞろいだ。
ところで江口寿史のトレース疑惑がとうとう地上波のニュースで流れるようになってしまった。得意の美少女イラストが、ことごとくネットで見つけた写真をトレースしたものだったという騒動である。
この騒ぎの発端となったXの投稿が秀逸。Instagramに載せた自分の写真を江口寿史に勝手にトレースされてしまった女子のコメントである。
「××(本名)と申しまして、嫌いな食べ物と愛用しているお風呂用洗剤があります。わたしはわたしだけのものであり、人間としてさまざまな権利を有しております。」
どうだ、実に見事なコメントではないか。
日本女性文学史に残るレベルの名文との評価もあるほどだ。よくわからないが何かの文芸の作者のようであり、映画「8マイル」に例えているところもあるそうだ。オレにはまったくわからないが。
自分の写真を勝手に使ったイラストレーターに対する静かな怒りが伝わってくる、とても知的な文章だと思う。
こちらは本当の名文だ。

「野火の夜」望月諒子・新潮文庫。
書店に平積みされているのを目にして、うーむ、買おうかどうしようかと20分ほど逡巡する。
おそらく著者の最高傑作。きっと濃すぎるほど濃い内容だろう。
だが、とにかくこの人の作品は重いのだ。うんざりするほど暗いのだ。そして話が複雑にからみ合い、人物関係も複雑で、オレの頭はいつもこんがらがるのである。何より、登場人物にちっとも感情移入できないのである。悲惨すぎて。
今回もそうだった。
物語は面白い。間違いなく面白い。そして壮大で、悲惨だ。なにしろ100年がかりの恨みつらみが背景にあるのだから。
筆者の力量はたいしたものである。驚くほどだ。文章も素晴らしい。ただ、暗くて悲惨というだけ。
読み終えて、ふーっと溜息だ。


2025.10.04

△××△△×△×○△×△○×△×○×○××××××△××××△×△22


研究室にいる韓国人たちは「タケイチは大丈夫なのか」「タケイチでいいのか」と息子に訊いてくるそうだ。
「タケイチ」とは高市早苗のことである。言語的な理由か何か知らないが、連中は高市をタケイチと呼んでいるのだ。
それほど韓国の留学生にとっては、高市早苗の存在感は大きいようだ。
もちろん韓国だけでない。中国もだ。
素晴らしいではないか。あのドスの利いた声で、大いにビビらせてやって欲しいものである。

当選直後の挨拶の「働いて働いて働いて働いて」にはしびれた。勤勉さを取り戻せ日本人と、ドスの利いた声で背中を蹴り上げられたような気分だった。
そもそも日本の没落は、1980年代後半にリゾート法なんてバカな法律ができたところから始まった。勤労が悪にされてしまったのである。
真面目にコツコツ働くよりも、適当に働いてたっぷり遊ぶことが正しいとされ、そこから日本は坂道を転がり落ちた。あの頃に社会に出てこんなふざけた価値観を植え付けられた世代も、間もなくリタイヤを迎える。
だから、もう一度勤勉さを取り戻して、日本人は働かなければならない。
それで言えば働き方改革なんていうのも天下の愚策だ。
人の2倍働いて人の2倍稼ぎたいという希望を許さず、一方で人手不足で大変だと青くなっている。物流危機でありながらドライバーに残業を許さないなんて、どう考えたっておかしな話だ。
「働いて働いて働いて働いて」とつぶやきながら、これから日本人は勤勉さを取り戻せ。

面白かったのは、高市早苗が「馬車馬のように」と言ったことに対して共産党が「人間を馬に例えるなんて酷い」といちゃもん付けたところ、早速「だったら出馬するな」とネット民におちょくられたことだ。
わははは、ネット、つえー。

という具合にハーフタイムに高市早苗が総裁となった。結果が出たときのニコリともしない表情は、ありゃあ、腹をくくった人間の顔だったな。しびれた。
決選投票が決まって「よしっ、もらったぜ」とニヤついていた小泉が青い顔で憮然としてたのも、笑えた。こいつがトップになっていたらマジで終わっていたから、日本はギリギリのところで踏みとどまったな、よかったなと息子と話しながら、後半開始のホイッスルを聞く。

試合はいつもの通り、アルビレックス新潟の情けなさいっぱいで終わった。
監督未経験のコーチをJ2から呼んで監督に据えるという大博打に打って出て見事に大外れだったアルビレックス。慌てて解任して後に据えた監督が、前任の素人以上の無能だったことにオレたちは仰天しした。
代表選手をベンチに置き、シーズン途中に完全移籍でやってきた実力派の選手に至ってはベンチにも置かずに干してしまう始末。噂では監督との確執のようだ。
ふて腐れてやる気ゼロの外人は完全に監督を舐めきって、ろくな振る舞いをしない。それなのに、注意すらできないコーチ陣。
もはやチームとしてガタガタだ。普段、どれだけ舐め腐った練習をしているのか、オレみたいな素人でも試合を見ていればわかるわ。
自分のミスで負けたのにヘラヘラと笑い、副キャプテンというのにシーズン途中でさっさと移籍して逃げていった選手が相手チームの一員としてやってきた。その選手を、谷口がエルボーかましてぶっ壊してくれたのが今日の試合のハイライト。
来シーズンは水戸と入れ替わりか。くそう、あの水戸に上から見下されるとは。
屈辱である。
だから、ここから「働いて働いて働いて働いて」再び昇格を目指すしかないのだ、アルビレックスは。


2025.10.03

私の履歴書


Google Chromeの新機能でページの読み上げが可能になったというので、試してみる。
右クリックの「リーディングモードで開く」で、再生ボタンをクリック。
すると表示されているテキストをつらつらと読み上げてくれるのだが、これば実にまったく完璧な外人日本語。ずこける。
しかもアメリカ人が読んだかと思えば、中国人が読み始めたりして、てかやわんやの大騒ぎ。なんだこりゃ。実に楽しい。
と腹を抱えて笑っていたら、日経新聞の名物企画「私の履歴書」で岡田武史の連載が始まった。
言うまでもなく、日本代表監督とクラブチームの監督はまったく異なる仕事である。前者はとにかく結果が求められるのに対し、後者は時間をかけて自分の理想とするチームに仕上げていく醍醐味がある。
昔は、サッカー監督としての上がりが代表監督だと思っていたから、岡田武史が代表監督を辞めた後にマリノスやコンサドーレの監督になったのを不思議な思いで見ていた。
だが、今ならわかる。やっぱりクラブの監督の方が何倍も面白い。
そんなわけで、岡田武史の連載は楽しみである。始まったばかりで今はまだ小学校から中学校にかけての思い出話だが、それでも昭和の無茶苦茶な学校の様子が思い出されてなかなか興味深い。
なお、ビジネスの世界では「私の履歴書」に出ることはかなりの名誉で、これに出たらいっちょ上がり的な空気になる。花道みたいなものだ。
岡ちゃんはそんなことはなさそうだが。


2025.10.02

SMAPかよ


息子と一緒に仙台までサッカーを観に行ったことがある。息子が中学生の頃だった。
0−0でゲームが終了するという瀬戸際、山本康裕のミドルシュートが決まって勝ったゲームだった。
あのゴールはまるでストップモーションのようにオレの脳裏に刻まれている。これまでいろいろ見てきたゴールの中でも、印象度ではベスト3に入るゴールだ。
ちなみに1位はジョホールバルの岡野のゴール。テレビで観ただけだけど。
仙台のスタジアムはアクセスが抜群だった。中心部から地下鉄で30分ほど。駅を降りれば目の前がスタジアムという立地である。うらやましいなあ。
雨の降る中、オレと息子はアウエー側の待機列に並んだ。
自由席だったので、席を取るための行列があったのだ。
今は指定席に座っているが、自由席は熱心なサポーターの専用席。それはそれでとても楽しい。
傘をさして待機列に並んでいると、顔見知りのサポーター同士が通りすがりにあいさつをしていく。
飛び込んできたのは「頑張りましょう!」「頑張りましょう!」の声。
これにはちょっと驚いた。頑張るのは選手であって、サポーターはそれを応援するのじゃないか。
オレたちも選手と一緒に戦っているんだということなのだろうが、違和感しかなかった。
チームが負けると「オレたちは頑張ったのに選手は頑張らなかった」という感情になるのだろうか。それがブーイングになるのだろうか。こういうサポーター文化も、オレはちょっとイヤだ。
主役は選手。サポーターは頑張らなくていい。それよりしっかりカネを払え。
サポーターの後押しでゲームに勝ったなんていうのは、思い上がりの勘違いだと思う。


2025.10.01

世は内定式


取引先の彼女とは一度も会ったことがない。それどころか電話で話したことさえない。
当然、顔も声も知らない。
彼女からは時々、仕事の依頼メールが来る。
それを見てオレが「いいですよ」と返信すると、次は資料や素材などが送られてきて、オレはインタビュー音声をクラウドのAIにぶち込んでテキスト化し、そして指定の文字数にまとめ上げ、Wordファイルとして彼女に納品する。
原稿を見た彼女が「ありがとうございました、OKです」と返信してくれると、オレはPDFの請求書をメールし、そして支払日になるとギャラが口座に振り込まれる。
振り込まれたギャラはSuicaやPayPayなどの電子マネーとしてコンビニでの買い物に使われたり、クレジットカードでのスーパーでの買い物に使われたりする。
仕事の依頼メールが来るところから買い物するところまですべてデジタル空間で完了していることに、オレは改めてすげえ時代になったもんだと感心する。
こうした状況を作家の望月諒子は「自分が一仕事終えたというのが、幻だったような気がする。なんの達成感もない。」と、身も蓋もなく切って捨てる。
その気分もわからないではない。だが、やっぱりメリットのほうが大きいだろう。
納期と品質さえ担保すれば、オレがいつどこで原稿を書こうとまったく自由だから、時間や場所の拘束からは完全に解き放たれている。移動しなくていいので時間と交通費が大幅に省かれる。すべてデジタルで記録されるのでトレーサビリティも保証される。
いいことだらけだ。
ポンコツ先輩の書いたポンコツ原稿をコピーして、地下鉄で客先に届けていた駆け出し時代のオレからすれば、夢のような時代だ。現実は想像を超えるのだ。


2025.09.30

中国製


ギターを買った。衝動買いである。
中国製の、聞いたこともないメーカーだ。
価格はなんと2万円、定価3万円の所、値下げに加えてクーポンもついていて2万円だ。
中国製2万円ギター(笑)。大丈夫かよ、おい。

今使っているギターも衝動買いだった。オベーションである。
戸田のイオンに入っている楽器屋の壁に飾ってあったのを見つけ、30秒ほど試し弾きをしてすぐに購入した。
決め手は見た目である。いかにも人工的な装飾の施された顔つきで、よく目立つ。
バンドの演奏にぴったりだ。
オレたちのバンドは音を聴かせるバンドではなく、子供と一緒に遊ぶバンドなので、見た目が最優先なのだ。 これなら子供に付き添ってきた若いお母さんたちの目も引くに違いないと考えて買ったのだ。
かつてのオレはオベーションなんて毛嫌いしていたから、まさかである。
オベーションは木ではなくてカーボンファイバーのボディだ。こんなもの、ギターじゃねえと思っていたのだ。
ところがエレアコの時代となり、音はどうにでも自在に作り出せるようになった。深い響きの低音も、伸びのある高音も思いのまま。ボディがハカランダだろうがスプルースだろうが、関係ない。
ちなみにオレの秘蔵のギター40万円は、コア材をボディに使っている。そのため澄んだきれいな高音が実によく伸びる。その分、低音がまったくダメなのだが、このクセのある高音に惹かれて買ったのだった。
カナダのラリビーというギターだ。
これを思えば、グラスファイバーのオベーションなんてペラッペラだ。
だから考えたこともなかったのだが、見た目につられてつい買ってしまったのである。

そのオベーションのギターにもぼちぼち飽きてきたなあと思ってネットをうろうろして見つけたのが、中国製バカ安ギター。
SHEINあたりではなくてAmazonで買ったから、詐欺の心配もなかろう。
あるとすれば品質の懸念だ。特にピッチが合わないフレット音痴は、安いギターにつきものである。ギター買うなら絶対に一度は試し弾きをしてからにすべきなのは、そのためだ。
なのに今回はAmazonの見た目だけでポチってしまった。
そのギターが今日届いた。
そしてこれが、想像通りのデーハーな見た目でオレは満足である。早速弾いてみる。音のバランスはめちゃくちゃでずいぶんとチープだが、やっている音楽がチープだから、まあ、こんなものだろう。
心配だったフレット音痴も、まあまあの許容範囲だ。
なによりもこのユニークなデザイン、というより変態的なデザインがすごい。
だって青いグラスファイバーだぞ、ボディーが。この青が、角度によっては紫に変色するというキャバクラの看板のようなギターなのだ。
これでピックアップが搭載され、さらにチューナーまでついて2万円。破格すぎる。

早く次のライブが楽しみだ。絶対に目立つ。ひどく目立つ。しかも悪目立ちするに決まっている。
変態ギターを目にした若いお母さんたちの驚く表情が楽しみだ。

「夜がどれほど暗くても」中山七里・ハルキ文庫。
新潮社をモデルにしたミステリー。殺人事件を追いかける本筋よりも、出版やマスコミの裏側を悪意たっぷりに描き出しているサイドストーリーのほうが面白い。
後半はだれてしまって冗漫に。犯人はコイツですと言われても、はあ、そうですか、という感じで、カタルシスはなかった。


2025.09.29

まっちゃん来る


夕方、まっちゃんが長野から車をぶっ飛ばして練馬の我が家までやってきた。
音楽製作活動終了に伴い、処分しようと思っていた(長い目で見りゃ終活だ)モニター用のスピーカーをもらってくれるというのである。
現れたまっちゃんのハイエースを見て、のけぞる。派手だ。デーハーだ。
降りてきたまっちゃんによれば「古いバイクをレストアして全国をキャラバンしている」とのこと。専門用語過ぎてさっぱりわからんが、それは仕事なのか? 道楽なのか?
我が家でスピーカーをピックアップしたまっちゃんは、その足で幕張まで向かうという。実に元気だ。うらやましい。
長く使っていたスピーカーもまっちゃんに嫁に出されて、幸せだろう。ありがたい話だ。
たまにはゆっくり飲もうね、まっちゃん。

「これは経費で落ちません!」(13)青木祐子・集英社オレンジ文庫。
駅前の書店に行ったら平積みされていて、あ、出た、とつぶやいた口のまま手に取った。お楽しみのシリーズも13巻である。
前巻で主人公の結婚話に軸足が移ってしまい、ちょっとこれはどうかと先行きを案じていたのだが、今回はあっと驚くスピンアウト集。しかも主人公の周囲の有象無象を鋭く描いた内容で、実に濃かった。読み応え十分である。
エリート営業マンの山崎を描いたシーンはなかなかよかったが、今回の山場は何と言っても馬垣というポンコツサラリーマンの話である。マジでガキだから馬垣と作者が後書きで明かすように、とことんダメな人間なのだ。
自分は社会に役立つ仕事をすべき人間なのに、こんな会社に入ってしまった。仕事なんか何の役にも立たないのに、人はオレにいろいろと押しつけてくる。親もとことんうぜえ。
あらゆることを他責にして、主体性がまったくないのに人から仕事を頼まれると逃げだし、平気で嘘をついて早退する。そんな彼を心配してサポートしてくれる人ほど、迷惑を被ってしまう。
本当にこんな人いるんだろうかというネガティブな人物なのだが、絶対にいる、と思わせる筆致が見事。とにかく悪意のたっぷりこもった描写が続き、よくぞここまで人間をネガティブに描けるものだと背筋が寒くなる。
そうである。この作者、ここのシリーズが進むにつれて、ぐんぐんと腕を上げているのである。当初はお気楽なお仕事小説の風味だったところ、この巻に至っては人間の裏表を鋭くえぐり出す物語となっている。恐るべし、青木祐子。
この調子で、どんどん書いてくれ。できれば年イチと言わず、もっと頻繁に出してくれ。


2025.09.28

さらば、日産


レッドブルが「ぐぐぐぐ」と歯がみしたらしいな。
「もっと早く売れ、マリノス。おかげで大宮なんてつかんじまったじゃねえか」と。
というわけで、やっぱり来ました、マリノス身売り。
J1で優勝した2021年から、あっという間の地獄だったな。オリジナル10の名門もジエンド。
日産はIT大手などに声をかけたらしいが、色よい返事が得られず、こうして公表することで新しいスポンサーを見つけようとしているのだろう。
こうなりゃDeNAの相模原と合併だ。SC相模原FM。
いや、三菱の縁で浦和と合併か。浦和FMレッズ。うーむ、これはちょっと座りがわるいな。
あのトリコロールカラーは日産由来だそうだから、身売りすれば別のカラーになるだろう。
サポーターが大量離脱である。もちろん選手も大量離脱だ。
こうなるとアルビレックス新潟としては、横浜FCよりマリノスと一緒に降格した方がいいんじゃないか。今からでも引きずり落とせないだろうか。

名門マリノス。Jリーグ開幕戦はこことヴェルディが国立で戦ったのだった。ラモン・ディアス、覚えているぜ。
マリノスは、横浜の街のイメージそのままに、お高くとまっている印象のチームだった。
山手のお嬢ちゃんかよ。
そのため、庶民を下に見ており、他チームを小馬鹿にしている節があった。
だから今回の騒動は、庄屋様が没落したような、貴族が国を追われたような、パナソニックがリストラしたような、そんなざまみろ感がある。
いや、パナソニックは違うか。お前たち、ものづくり日本の最後の砦だ。頼むからしっかりしてくれよ。ガンバなんかにカネ払わなくていいから。
ということは、ガンバも身売りすりゃいいのかも。
いやいや、話はまずマリノスだ。
日産スタジアムのネーミングライツ騒動もこの一環だったわけで、もはや身売りは確定。いったいどこが買うんだろうと、話は冒頭に戻る。
たいした価値もブランドもないのに、プライドが高くて、態度とスタジアムが無駄に大きいと言われているのがマリノス。
DeNAは野球の件で、横浜のドンと言われる企業といろいろあったらしいから、今さらサッカーでもコトを起こしたくはないようだから、相模原はないな。
いっそ中国資本に買ってもらって、横浜シャオミとか、どうだろう。異国情緒漂う横浜にふさわしいし、中華街の連中も喜びそうだ。

甲府に高知にマリノス。
一連の騒動を見ていると、クラブが存続することのありがたみを強く感じる。
降格してもクラブは残る。だから負けようと降格しようと声を枯らして応援する。
それがサポーターのあり方だろ?


2025.09.27

△××△△×△×○△×△○×△×○×○××××××△××××△×21


なんと5試合ぶりに点が入った。記憶にないぐらい久しぶりに先制点でリードする。
6月に監督が交代して初めての複数得点という、恐ろしく低次元のポジティブな出来事で、まさに田植えと稲刈りが一緒に来たような騒ぎだ。
とはいえ、そんなうまい話が続くわけがなく、あっさり逆転を許し、終わってみればまたも敗戦。まあ、こっちはとっくに降格のつもりなので、悔しくもないわ。
徳島時代以来、ずっと苦手にしているポヤトスに、またもやドヤ顔をされたのが腹立つぐらいである。
ヴァンフォーレ甲府は、海外の札付きクラブにはめられて、FIFAから3回の移籍期間の選手獲得を禁じられたという騒ぎを起こした。
選手が出ていくのはいいが獲得するのはダメというのだから、すっかすかの選手層になるのは目に見えている。
気の毒に。最年長46歳の選手も、引退している場合ではなくなったわけだ。
高知SCは秋田監督がパワハラでクビになったかと思ったら、そのクビを命じた社長も辞めるのだという。
秋田監督がクラブの乗っ取りを企てた挙げ句、という説があるものの、あんなクラブを乗っ取っても何もいいことはないだろうから、よくわからない説だ。
いずれにせよ。こんな甲府や高知に比べれば、まだクラブが存続するだけアルビレックス新潟のサポーターは幸せである。
オレも来年以降も当たり前のように応援するよ。

「普天を我が手に」(第二部)奥田英朗・講談社。
6月27日に第一部を読んで、ずっと楽しみにしていた第二部が出た。早速駅前の書店に駆けつけて購入し、一気読みである。
第一部同様、600ページの分厚さだが、長さを感じさせない面白さ。早朝4時に目が覚めてすぐに続きを読むぐらい、引き込まれてしまった。奥田英朗はやっぱりすごいわ。
第二部は、昭和17年から昭和23年である。言うまでもなく太平洋戦争が話の骨格だ。
庶民がこの戦争に翻弄される様が実に活き活きと描かれている。活き活きというのもおかしいが。
特に東京大空襲や神風特攻隊の描写などは、息を呑む迫真ぶりだ。
この激動期を駆け抜けた4人の若者が主人公で、物語の後半には、それまで別々のストーリーとして描かれてきた彼らがじんわりと1本の糸に収斂されていく。その様が、胸熱だ。
最終刊の第三部は12月の刊行予定である。楽しみだなあ。
高度経済成長からバブルのあたりまで描かれるのだろう。まさに昭和という時代のサーガ。読むべし。


2025.09.26

めんどくさい話


パソコンが去年の1.5倍くらい売れているそうだ。
理由ははっきりしている。Windows10のサポート終了だ。
オレも仕方なく買い替えた。買い替えた結果、まだ十分に使えるパソコンは廃棄物となり、Windows10とほとんど使用感の変わらぬWindows11に呆れながら仕事をしている。
世界中の人が同じく、「まったくなんて無駄なことをしてくれるんだ、マイクロソフトは」と溜息をついているに違いない。
同じように、NHKプラスがNHK ONEになるのも困ったものである。
単純にアプリをバージョンアップすればいいものを、新たにインストールしなくてはならないというから、面倒くさい。
我が家のREGZAには新たなアプリをインストールできないことが判明したので、わざわざFIREStickをHDMIにぶっ挿してアプリをダウンロードするしかなかった。
めんどくせえよ。
NHKだってそんなことは百も承知で新しいアプリをダウンロードさせるしかなかったとは思うが、困ったものである。
困った困ったと言いながらオレはFIREStickをセットするのだった。


2025.09.25

明治時代は「じんぼうちやう」


情報ガイドのタイムアウトが、世界で最もクールな街として「神保町」を1位に選んだ。
余計なことをしないでもらいたいものだ。
映画「おいハンサム!!」でも神保町は実に魅力的な街として映し出されていた。確かに神保町は古い江戸の香りが残る、文化的な街だ。
130もの古本屋が並ぶ文化的で知的な香り漂う街は、他にはない。
だからこそ、東京人の大切な隠れ家として、しまっておきたかったのだ。
こんなふうに世界的なガイドブックで1位になったら、インバウンドさんたちが押し寄せてくるに決まっているではないか。
古書店をバックに中国人が写真を撮ろうと押し寄せて大混乱し、鎌倉高校脇の踏切の二の舞になるのは見えている。
本当に迷惑な話だ。まったく余計なことをしないでもらいたい。

一番の取引先が神保町にあったことから、社会人1年生のオレは先輩からお使いを命じられて、毎日神保町へ通ったものだった。
オレは、先輩の書いたポンコツ原稿のコピーを持って地下鉄に乗り、神保町の取引先に届けた。
当時はメールどころか、ファクスもなかったのである。
そして「ポンコツ原稿のチェックが終わったから取りに来い」という電話が来たら、再び地下鉄に乗って神保町へ行き、真っ赤に修正された先輩のポンコツ原稿を受け取って帰った。
神保町にはタイプ屋さんの職人がいて、書き直されたポンコツ原稿をタイプ印刷してもらうために届けることも新人の仕事だった。。
タイプが打ち上がるのを待っている間、窮屈な事務スペースのイスに座ったオレに向かって職人の親方はいろいろと話しかけてきて、オレは壁に貼ってあった「頭を使って知恵を出せ/知恵が出なければ汗を出せ/汗が出なければ黙って去れ」という名言ポスターをぼんやりと眺めた。
こうして多いときは日に三度も新宿から神保町まで往復したものだった。
そのつどオレは古書店をのぞき、交差点角の回転寿司でおやつ代わりに寿司をつまみ、だいたいは書泉でミステリーなどを買って帰った。三省堂にも立ち寄ったが、好きだったのは書泉グランデだった。
同期のタカヤマくんから「古いのでいいから辞書を買ってきて。できるだけ安く」と頼まれて、古本屋で国語辞典を買ったことを覚えている。コピーライターなら新品を買えばいいのにと、今ならそう思うが、当時はカネがなかったから古本がファーストチョイスだったのだろう。ブックオフのない時代、古本と言えば神保町だった。

神保町は、そんなことを思い出しながらぶらぶらと歩くだけでも楽しい街だ。
大学受験の模擬試験を受ける娘に付き添ったときは、音楽書専門の書店に立ち寄った。
娘は神保町駅の壁が書棚を模したデザインであることに、いたく感じ入っていた。
あの落ち着いた知的な大人の街にインバウンドさんが大挙して押し寄せる事態がやってくるなんて、やはりイヤだなあ。 本当に迷惑な話だ。


2025.09.24

ビルボード最高5位


日比谷から神保町と都心を駆け抜けた1日が終わり、オレは家に帰ってからノンアルを買い忘れたことに気がついて、ウエルシアまでサンダルで出かけた。
ノンアル、つまりノンアルコールのビールテイスト飲料である。
あんなもん、どこがいいんだと手を出したことはなかったが、先日、気まぐれで飲んでみたところ、割とイケることに気がついた。
特に最初の一口はほとんどビール。あの、ぷはーっが味わえる。
それ以降は飲むほどにどんどんダメになっていき、なんじゃこりゃなのだが、最初の一口だけでも味わえれば価値はあると考えて、時々飲んでいる。
当たり前だが飲んでも酔わないところがよい。その後に息子を駅まで車で迎えに行けるし、体にもよい。
いくつか試してみたところ、オレ的にはサントリーのオールフリーが一番美味く感じられたので、ずっとオールフリーである。
慌てて付け加えるのだが、一口目はほとんどビールではあるものの、ビールの方が何倍も美味しいことは確かだ。ノンアルはパチモン。似て非なるものであることは間違いない。
ウエルシアに行ってオールフリーを手にしたら、キリンの秋味が売られていることを発見した。毎年、秋限定のスペシャルバージョンである。ちょっと濃いめ。
おれはこの秋味が一番好きなので、一緒に買う。息子に飲ませてやるつもりだ。
レジに並んでいたら、店内放送の音楽が「カリフォルニアの青い空」に変わった。アルバート・ハモンドである。 オレが中学生頃のヒット曲だ。
南カリフォルニアには雨が降らないというけれど、いざ降ったら土砂降りじゃねえか、冗談じゃねえぞバカヤロー、まるでオレの人生だ、というへんてこな歌である。
西海岸らしい乾いたサウンドが心地よいフォークロックだ。まるでオレの人生だという歌詞はないが、ようするにそういう冴えない中年男の愚痴が軽快なウェストコーストのサウンドで歌われている。
有線放送なのか、ウエルシア独自の放送なのか。まさか「雨が降ってきましたよ」のサイン放送ではないだろう。
店を出て、「イッツ・ネーバ・レインズィン・カーリホーニャー」と鼻歌を歌いながら歩いていたら、そういや妙にレジが安かったなと気がつく。900円ぐらいのつもりだったのに500円だった。
レシートはいりませんので、と受け取らなかったので、本当のところは分からない。レジの計算ミスではなかったか。引き返そうかと思ったが、レシートがないから今さら申し出てもどうにもならないかと思いなおし、まあ、人生のどこかで帳尻合わせがあるだろうと割り切る。
そして「イッポー・マーニッポー」と続けてご機嫌な鼻歌を歌いながら、帳尻合わせが土砂降りにならなきゃいいけどなあと夜空を見上げるのであった。


2025.09.23

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秋分の日である。お彼岸である。
秋に食べるのはおはぎで、春に食べるのはぼた餅というそうだ。
保育園にも幼稚園にも通っていない無学なオレは、今日、初めて知った。教えてくれたのは朝のフジテレビの「ロペ」さんだ。
秋は萩、春は牡丹が由来らしい。
明日からは昼より夜の方が長くなる。
こうして季節は移りゆくが、アルビレックスの降格には変わりはないであろうぞよ。


2025.09.22

明日に向かって走ったのは吉田拓郎で、橋を架けたのはポール・サイモンだった


そういや先日、ロバート・レッドフォードが亡くなったんだった。
いい俳優だった。
オレは「明日に向かって撃て」が大好きで、いったい何度観たことか。
学生時代、既にあの映画は名画座的な扱いだったはずだ。
冒頭からぐいぐいと引き込まれ、特にあのエンディングには心震えたものだった。
最初は早撃ちのサンダンス・キッドことロバート・レッドフォードの格好良さに惹かれ、次第に貧弱で知的な戦術家のプッチ・キャシディことポール・ニューマンの渋さに憧れるようになった。
拳銃の総攻撃を受けるシーンのストップモーションには、心底、しびれたぜ。
訃報に接し、久しぶりに見返したいと思って配信を探したら、アマプラで1500円だった。高くね?
逡巡して、結局、観るのをやめてしまった。
ロバート・レッドフォード追悼で、安くしてくれないかね。


2025.09.21

ライブは「黒船」から始まった


高中正義がすごいことになっている。
ここ数年、アメリカでの配信が増えていることに気がついた事務所側が、アメリカのプロモーターに「よければライブでもやりまひょか」と打診したところ、とんとん拍子に話がまとまり、「今さら海外公演なんてめんどくせえよ」と渋っていた高中も、いざロスでライブをやったらとんでもない盛りあがりになって、一気に舞い上がってしまったという話だ。
このロス公演の様子は、まるまる2時間たっぷり、YouTubeで見られる。なんという太っ腹だ。
アンコールを受けて、最後、高中は「You Can Never Come To This Place」に続けてアメリカ国歌を演奏する。それに合わせて満員の観客が大声で合唱する様は、感動的ですらある。必見だ。

もともと高中正義は若い頃にアメリカ進出を目論んだ。1980年代前半だ。
だがその頃はレコード会社から「時期尚早」とストップがかかってしまい、諦めざるを得なかった。
当時はレコードでしか音楽を伝えられなかった時代である。日本のギター音楽がアメリカで売れるとは、レコード会社自身がまったく想像もできなかったのだろう。
だが21世紀になって音楽の主戦場がネットに移ると、アメリカの音楽ファンの間で徐々に高中正義が聴かれるようになった。
いい音楽は時代や国境を越えてもいい音楽なのである。高中正義の人気は一気に高まり、そしてロスでの公演となった。

アメリカでは、アグネスラムに捧げた「SweetAgnes」の人気が高いというので、この曲も演奏された。ライブでの「SweetAgnes」はオレも初めて聴いた。
ヤマハのSGを抱え、派手なスーツで演奏する高中は実に楽しそうだ。
現在72歳。ということはロス公演では71歳。
この年になってアメリカでブレイクするとはと、高中自身も相当に驚いているそうだが、そりゃそうだろう。 アンコールでの「BlueLagoon」を聴いた息子は、「高中って生きてたのかよ、これは去年の映像なのかよ、マジかよ」と仰天している。まさしく生きるレジェンドだ。

高中正義は本質的にはギタリストというより作曲家、編曲家なのだと思う。
ギターは確かに超絶に上手いが、世界トップかというとそこまでではない。だが、何気なく弾いたアドリブのフレーズが実に美しかったりして、天才的なメロディメーカーなのだと思う。
アレンジもその延長線にあって、ギターのメロディーを活かすような丁寧なアレンジがされている。ギターというより、歌だな、もはや。
そうである。歌手がライブのたびにアドリブで歌詞を変えることがないように、高中もライブではレコードに忠実に演奏する。
観客は知っている曲を聴きに来ているのだから、きっちりそれに応えようというわけだ。その姿勢が伝わるから、アメリカでも高く評価されているのだろう。

生まれは赤羽で育ちは品川。中国人の父のもとで生まれたが小学生で日本に帰化する。そんな天才ギタリスト少年が、ようやく世界に羽ばたいた。
50年近く前にレコードを繰り返して聴きながら必死に「BlueLagoon」をコピーしたオレとしては、実に嬉しい。


2025.09.20

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アウエーだというのに試合後に居残ったサポーターたちが、挨拶にやってきた選手たちを激詰めする。怒号や罵声を浴びせかける。
あたりはばからず号泣する選手がいれば、憎しみのこもった目をサポーターに向ける選手もいる。中には薄ら笑いを浮かべる選手もいて、それがまたサポーターを逆なでする。
選手だけに責めを負わせるのは違うと考えたか、監督がゆっくりと、しかしふて腐れながら客席へと足を運ぼうとしたが、途中で不穏な空気を感じたコーチが慌てて止めに入り、監督も結局は引き返す。
社長は試合後「降格が決まったわけではないから謝罪する必要はない」と開き直った。
好々爺のいい人なのだが、あくまで平時の人材であって、有事には決して向いていない経営者であることがはっきりした。
こんな具合に選手を吊るし上げるサポーター文化が大嫌いだ。
人生を賭けて応援しているとか言うけれど、正気かよと思ってしまう。
キャプテンが客席のサポーターに向かって叫ぶ。「家族まで叩かれている」と。
なんと陰湿な。
だから新潟県人は、と選手にも思われ、逃げていくのだろう。去年、試合後のパフォーマンスを散々叩いて遂には選手を追い出してしまったことを忘れはしない。

ボールを7割支配してシュート15本。なのに枠内1本(笑)じゃ、勝てるわけがない。
まあ、それに付き合った横浜FCも大概で、災害のような理不尽ゴールがなければ、引き分けに終わっていたと思えるほど、低レベルの塩試合だった。
これで降格は新潟と横浜FC、湘南で決まりだろう。できればマリノスを落としたかったのだが、残念だ。
まあ、来年からしばらくはJ2で緩く過ごしますわ。実家だと思って、呑気にダラダラしますわ。
久々にVARのない世界へと帰っていくのが、ちょっとイヤだが。

降格は春頃から予想できたので、今さらではある。
キツいのは、チームの中では図抜けた存在だと誇らしく思っていた選手が、ゲームになるとJリーグの中では凡庸な選手に過ぎなかったと思い知らされたことである。
村一番の美人だと思っていた隣のミヨちゃんが、東京へ行ったら普通のブスだったようなもんか。
うむむむ、ルッキズムかすまびしき折、実に不適切な例えであった。
村一番の天才が東京へ出たらFランが精一杯だったようなものか。
よいよい、ミヨちゃんも天才君も、里に帰ってくればよい。傷ついた心を癒やせばよい。
どんなに出来が悪くたって、我が子はかわいいのだ。
怒号や罵声を浴びせるなんて考えられない。ただひたすらねぎらうのみである。
人生を賭けているのは選手であって、サポーターなんて何も賭けてはいけないのだ。


2025.09.19

ついにカウントダウンだ


新潟は何を食べても美味い。
その中で生まれ育ったので当初はこれが当たり前だと思ったが、東京で長く暮らしていると、それが実は異常なほどの美味さであったことが分かった。
今は実家に帰った折など、何を食べてもその美味さに驚く。
こんなに美味いのだから外人、特に中国人に見つかってはいけないと思うが、日本海側はやはり遠くに感じるのか、外人連中の姿をほとんど見かけないのはいいことである。
代わりに見かけるのが、サポーター連中だ。
アルビレックスとの対戦のために初めて新潟へやってきた田舎もののサポーター連中は、米や枝豆や寿司や日本酒を口にして、あまりの美味さに仰天する。感動すらする。
そして異口同音に言う。
「ぜひまた食べに来たいので、新潟さんは絶対にJ1に残留しなきゃダメです!」と。
ならば勝ちをよこせと思うのだが、絶対に勝ち点は持ち帰るのだから、あいつらは嘘つきばかりである。
というわけで、こちらは降格マジックが4まできた。あと4つ負ければ降格確定である。
いや、実質的にはとっくに降格なんだけどな。


2025.09.18

テレビの音が聞こえづらい問題


本日は遊び歌バンド、たんさいぼうのライブである。
会場は小田原の保育園。とてもいい園で、子供たちは元気で明るく、賢い。いつも楽しみにしているライブ会場だ。
問題は、遠いことである。
前夜に機材一式を車に積み込んだオレは4時半に起きて5時に家を出て、途中、仲間をピックアップし、環八から東名と片道2時間のドライブだ。
夜明け前に起きなくてはならないこと、早朝にロングドライブをしなくてはならないことは、実に堪える。高齢者であるオレにとって、心身ともに大変な負担だ。
だから毎回、運転しながらこれで最後にしようと心に決めて、ライブが終わると、楽しかったなあまた来年来たいなあと思うまでが約束。実際、子供たちに「また来てね」と言われて今日が最後とは言えないし、約束したからには行かねばならない。
もはや徳を積む修行の覚悟で出向くライブなのだった。
早朝なので、小田原でメンバーが集合したら、朝飯にする。これも毎回決まっていて、ガストだ。
ガストの朝飯は安くて美味い。
メシを食いながら話題は朝ドラに移り、「最近テレビの音が聞こえづらい」「テレビってのは後ろから音が出るからいけないんだ」「だから字幕があると助かる」「でも、字幕があると気になって画面が見づらい」「だいたいなんで字幕はあんなにに大きいんだ」「もっと小さく目立たないようにしろ」「そうしたら字幕が見えないじゃない」と喧々諤々。
ついにダテ君が「これじゃ年寄りの集会じゃないか」と叫ぶ。まあ、その通り、年寄りが朝からメシ食ってしゃべっている、そのものです。
気の置けない仲間たちと心底どうでもいいことをしゃべっている時間が、オレにとってはこの上なく心地よい。飲み会というものがほとんどなくなったこともあるのだろうが、こうした無駄にぐだぐだする時間はとっても貴重だ。
そうか、オレは仲間とこうしてしゃべっている時間が愛おしくて、早朝から小田原まで出かけているんだなと、改めて気づいたのだった。


2025.09.17

70年代歌謡曲のベスト1は


「『また逢う日まで』が1位でなきゃ許せない!」
そう娘は言い放って「レコードコレクターズ」の最新号のページを開いたそうだ。残念ながらオレはその場にいなかったが。
「レコードコレクターズ」今月の特集は、昭和歌謡名曲ランキング70年代編である。
昭和歌謡が大好きな娘にとっては、絶対に読み逃せない特集なのだ。
ちなみに娘が最も評価する昭和アーティストは八神純子で、「水色の雨」が大好きだ。娘の趣味が変わっているのかと思ったら、実は「水色の雨」はなぜかZ世代からの評価が高いらしい。理由はよくわからない。
「水色の雨」で思い出すのは、大学1年のときのキャンパスで見かけたシーンである。
ある学生が歩きながら大声で「あー、みずいろのーっ」と歌い、一息ためた後、「まめっ」と叫んだので、周囲の学生が一斉にずっこけたのだった。いつの時代も学生というのはアホなのである。

昭和歌謡ランキングであるが、以前もまったく同じ特集があったと記憶している。
「レコードコレクターズ」を買って帰って、書棚を見たら「昭和歌謡ベスト・ソングス100 1970年代編」という特集を見つけた。
やっぱり二番煎じかよと思ったものの、よく見たらこちらは「ミュージックマガジン」であった。発行は2021年である。まったく同じ判型の同じタイプの雑誌だ。よく見たら出版社まで同じだった。
二番煎じというか、一粒で二度美味しいということか。
まあ、美味しい企画なら何度味わってもよい。
「レコードコレクターズ」のランキングを見てみる。
70年代歌謡曲の1位は、じゃじゃーん、見事「また逢う日まで」だった。娘よ、喜べ。
2位は「喝采」、3位「真夏の出来事」である。このトップスリーは「レコードコレクターズ」も「ミュージックマガジン」もまったく同じ。要するに70年代歌謡曲不動の3曲だ。1位と3位が筒美京平だから、京平先生がいかに偉大だったかということである。
以下、「レコードコレクターズ」は「君は薔薇より美しい」「木綿のハンカチーフ」「勝手にしやがれ」「17歳」「津軽海峡・冬景色」「ハリウッド・スキャンダル」「女のみち」とベスト10まで続く。
対する「ミュージックマガジン」は「木綿のハンカチーフ」「勝手にしやがれ」「君は薔薇より美しい」「17歳」「時の過ぎゆくままに」「ざんげの値打ちもない」「津軽海峡・冬景色」だ。
だいたい似たようなランキングになったのは当然のこととしても、両方にランクインした「また逢う日まで」「真夏の出来事」「木綿のハンカチーフ」「17歳」が筒美京平。やっぱり化け物だった。
沢田研二の最高傑作は「君をのせて」だと思うし、郷ひろみなら「ハリウッド・スキャンダル」でなくて「林檎殺人事件」だろうと思うものの、ページをめくりながら個人の好みや思い入れをぶつぶつ吐きながら酒を飲むのは実に楽しい。
「あの鐘を鳴らすのはあなた」が「レコードコレクターズ」では15位なのに「ミュージックマガジン」では圏外というのも興味深いところだ。

それにしても70年代の昭和歌謡というのは、実に魅力的で、いつまでも色あせない。
もうオレには70年代の音楽だけあれば十分だと思うこともある。
考えてみれば中学に入学したのが1970年で、大学を卒業したのが1980年。オレにとって1970年代というのは、そのまま人生で最も多感な時を過ごした時代なのだから、エバーグリーンな音楽であるのも当然だ。
「レコードコレクターズ」をパラパラめくりながら、YouTubeで昭和歌謡特集なんて流していると、時間があっという間にすぎていく。


2025.09.16

北のダテ君、中央のえーじくん


今日は朝から終日、川崎である。
川崎というのは不思議な場所だ。
南北で完全に分断されていて、今日向かったのは南のほう。一般的にネガティブなイメージの川崎である。 だが、住んでいる人たちはこの南の方を愛し、とても住みやすいと胸を張る。
それは住めば都というだけでは片づけられない気がする。たぶん住んでみれば実際にとても快適なのだろうと思う。
京急の大師線とか、南武線とか、鶴見線とか。
割と情緒があってオレは好きだが。
あとはプラント群だ。工場萌えである。海縁に立ち並ぶプラント群を見るとワクワクするのは、男子なら誰でも同じだろう。


2025.09.15

敬え、オレを


うーむ、今日は何も書くことがない。
消えた中国人の新しい情報もなければ、アルビレックス新潟に残留の兆しもない。
今日は敬老の日で、気がつけばオレも敬老の対象になっており、何か割引でもあるかと思ったが得することは何もなく、それどころか本を買おうと思って出かけていった大泉学園の駅ビルの駐車場が満杯で入れず、地下へのスロープの途中でUターンをするという荒技を披露したかと思えば、スーパーの弁当で安く済ませる予定だった昼飯が勢いで回転寿司になってしまって予定外の出費に頭を抱えるなど、どこが敬老の日だという出来事ばかりだった。
通帳の残高がみるみる減って無残なことになり、今月末の消費税の納税はどうするのだ、来月の娘の学費の支払いはどうするのだと、頭の痛いことばかりである。
愚痴しか書くことがないのだった。

「田舎のポルシェ」篠田節子。文春文庫。
ブックオフで買ったのだが、やはり篠田節子は書店ではあまり見かけない作家になってしまったのだろうか。残念なことである。
これは車で移動する話ばかり3作を集めたもの。オン・ザ・ロードの小説なのだ。表題作が何と言っても群を抜いていい。ちょっと不思議だったのは2番目の「ボルボ」。定年退職後の男2人がのんびりと北海道をドライブする話だったのが、途中、ふとしたことから物語の表情が一変して暗く激しいものになる。その暗転が見事だった。


2025.09.14

助けてくれ、プッチ。誰か紹介してくれ


今のアルビレックス新潟の監督は、前任者が無能なので解任された後、7月に緊急昇格したヘッドコーチだ。
これが前任者以上の無能監督で、サポ一同呆れている。
急きょ加入した外人が最初のゲームは衝撃的に素晴らしかったというのに、チームにフィットするにつれてどんどん魅力を失ってきたのは、やっぱり監督以下のスタッフのせいだろう。
昨日のゲームでは失点直後にキーパーの田代が「ブラジル人にこれこれを伝えてくれ」と怒鳴っているのに通訳はベンチでボケッとしていたし、藤原も「ブラジル人が」と怒鳴っていたのにベンチはまったく動かなかった。
チームがバラバラではないか。
よし、ここは奥の手のバーベキューだ。
だいたい選手が主導でバーベキューをやるとチームは崩壊間近というのがサッカー界の約束だ。こちらはもう崩壊しているから、バーベキューぐらいやっても別にいいだろう。
前回J2に降格したのはトランプが大統領になった年だった。
今年もトランプが大統領に就任している。
歴史の流れは変えられないのだ。まわるーまーわるーよ時代はまわるー。


2025.09.13

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まさに不意打ちだった。
それは先日買ったどぶろっくのCDを車内で聴いていたときのことである。流れてきた「amore mio」という曲だった。
フリオ・イグレシアスばりのキレのいいイタリア語の乗った快適なメロディーに、おお、なかなかいいじゃないかと気分をよくしたら、サビで飛び出したのが「チンゲクワセテミーヨ!」のフレーズ。その瞬間、オレは噴いた。
チ、チ、チン毛食わせてみーよぉ???
凄まじい破壊力であった。
このCD、20曲も入っていて、そのすべてが下ネタなのである。2,3曲も聴いているとうんざりしてくるので、車に乗りながら適当に飛ばしながら流していたのだが、そこで一本背負いを食らわせてきたのが、この曲だったのだ。
オレはあまりの衝撃に早く夜が来ないかなと思った。夜になれば息子が帰ってくるので、聴かせてあげられると思ったのだ。
そして9時頃に帰ってきた息子を駅まで迎えに行き、この曲を聴かせてやったら、息子もひっくり返って笑い転げていた。なんだ、この曲!
車中のオレたちは「チン毛食わせてみーよ」と大合唱しながら、先ほどまで行われていたアルビレックス新潟の試合については一言も触れなかったのであった。
残留の資格はない。このチーム。今週の休みの期間に、いったい何をやっていたのか。
選手が必死で闘っているのはよくわかるが、何の改善も見られなければ、やる気も感じられない。
パスは常にズレて、お互いの意図がまったく合わず、交代はいつもテンプレート。
こんなチーム、J1の資格はない。
選手は必死なのだから、ダメなのは上層部とフロントだ。
5年間かけて積み上げてきたものが、あっという間に崩壊していく。それは無様であり、見苦しく、悲しい。

「ブラックボックス」篠田節子・朝日文庫。
駅前の書店にも篠田節子は置いてなかった。もはや終わった作家の扱いなのだろうか。ならば、手に入るうちに読んでおかなければ。
というわけで、ブックオフで買ってきたこの一冊を読む。600ページの分厚さだ。
食品の安全、外国人研修生、派遣労働者、地方の疲弊など、いくつもの社会問題を重層的に扱いながら、テンポのよさと読みやすい文体ですいすいと読み進められるところは、さすがの実力派作家。もっとブックオフで買ってこようっと。


2025.09.12

「喝采」はどうした

今日は昭和から平成、令和の心にグッとくる歌詞の特集みたいなのを2時間か3時間スペシャルで放送していた。
一昨日は最強のメロディーを決めるみたいなのを2時間か3時間スペシャルで放送していた。
連日こんな有り様だから、若い世代がテレビなんて観ないのも当たり前。
オレたちでさえ、うんざりしてTVerやアマプラに切り替えている。
アーカイブから映像を拾ってきて、適当な理由でランキングして、ひな壇芸能人を呼んできていっちょ上がり。
どうしてテレビはこんなにも志の低いメディアになってしまったんだろう。
我が家も最近ではニュースもTVerで観ている。
なお、最強のメロディーでトップに選ばれたのが、スピッツの「ロビンソン」。
はあ、そうですかと脱力。いい歌ではあるが、最強とは。
「上を向いて歩こう」はどうした。「また逢う日まで」はどうした。「魅せられて」はどうした。
などと憤るわけだが、なんだ、結局観てるんじゃんと、自分に突っ込んで呆れる。


2025.09.11

災害級


西友がなくなった。ココイチがなくなった。富士そばがなくなった。和民がなくなった。はなの舞がなくなった。目利きの銀次がなくなった。星乃珈琲がなくなった。三菱UFJ銀行がなくなった。
みーんななくなった。
そんな石神井公園を襲うのは、連日のとんでもない雷雨なのである。
いやあ、すごかったですねえ、今日の嵐。ニュースで見る各地の被害っていうのは、こういうことだったのかを身をもって知りました。
ヨメを駅まで迎えに行こうとして家を出た瞬間に玄関ドアがバーンと開け放たれ、車までの10メートルで全身びしょ濡れ。もちろん傘などとっくに裏返ってしまっている。
駅前に車を停めたら車体が風でぐわんぐわん揺れる。ワイパーは既に用を為さない。
ひゃー、これぞ災害級。
いったいどうしたわけだ、日本は。これを恐れて中国人が姿を消したということなのか。


2025.09.10

しまむらの衝撃


今日は静岡に行った。
朝の新幹線に乗って向かって午前で仕事を終え、昼過ぎに帰ってきた。近いものである。
なにしろ東京駅から静岡までは59分。オレんちから東京駅までは60分。
そりゃあすぐ終わるよね。
将来、リニア中央新幹線が開通したら品川から名古屋まで40分だから、オレんちの方が都心より遠いことになる。
今でも練馬は田舎だが、もっと田舎になることが確定だ。
くそう、田舎のどこが悪い。田舎は悪くない。田舎最高。
田舎をバカにするなと怒りつつ新幹線では例によって中国人をチェックするが、やはり今日も1人も見かけなかった。東京駅でそれらしきグループを見かけたが、どうも台湾ぽかったな。
静岡の土産はなし。わさび漬けでも買おうかと思ったが、近所の魚屋でも売ってるし。
代わりに新横浜で崎陽軒のシウマイを買った。静岡土産がシウマイ。

シウマイを手に家に帰ってきたら驚愕のニュースが届いていた。
なんと、あの「しまむら」がJリーグとコラボして、アルビレックス新潟のブリーフを発売するというのである。
もちろん全体がオレンジで、でかでかとALBIREXのロゴが入っている。
こ、これは、買わずにいられないではないか!
早速息子にLINEすると同時に、返事も待たずにポチる。
ポチるといっても、まだ予約の段階だ。手に入るのは11月。ということは、降格が決まってからアルビパンツを履くという罰ゲーム的なことになりそうなのが、ちょっと心配だが、気にしないことにする。

それにしても、しまむら、なかなかやるじゃないか。
実はオレも案外しまむらの世話になっている。先日も靴下を買った。ついでに夏のパジャマが990円で投げ売りされていたので、それも買った。
しまむらは普段使いの服を買うには、ユニクロの次くらいに最高である。
聞くところによると、しまむらでは店舗に在庫を置かないらしい。店頭に並べられている商品がすべてで、売り切れたら追加発注もしない。
店は、本部から送られてくる商品を売ることに徹底するのである。接客もしない。
よって最小限の人員で店を回せるので、あの低価格が可能なのだ。
接客は無駄。売場のニーズなんてちゃんちゃらおかしいわ。つくったものを並べて売り切れ。余計なことをするな。
その徹底した姿勢は、いっそ清々しい。

「コメンテーター」奥田英明・文春文庫。
直木賞を取った精神科医・伊良部シリーズの最新作。といっても、ハードカバーには手を出さず、文庫になったので品川駅構内の書店で買った。ちなみにこの書店には篠田節子は一冊も置いてなかった。
相変わらず、キャラクターの立ったシリーズである。このシリーズにハズレはない。コロナ禍での作品ということもあって、当時の世相が色濃く反映された作品集となっている。


2025.09.09

消えた中国人のその後


今日は品川へ行った。やはり中国人の姿はなかった。
いったいどうしたことだ。山のようにいた中国人が本当に消えてしまったというのか。
息子に聞いてみると、最近は確かに中国人の姿を見ないという。
東大は観光名所でもあるので、平日休日を問わず常に大量の観光客が訪れる。観光客によって学食がジャックされてしまい、学生が学食を利用できないという由々しき状況らしい。
もちろん観光客には多くの中国人も混じっている。モグリの観光バスが横付けされるのも日常茶飯事だ。
だが、その中国人が一気に消えてしまった。
研究室で一緒に学ぶ中国人はその件について何か言ってるのだろうかと尋ねたら、「夏休みでみんな帰省している」とのこと。なるほど。学生はまだ夏休みだったか。
要するに中国人消滅問題の真相はまだ不明である。引き続き調査を続けようと思う。

「銀婚式」篠田節子・新潮文庫
読売新聞の土曜日の夕刊に著名人が自らの大病を振り返るコーナーがあってずっと読んでいるのだが、先週始まったのが篠田節子のガン闘病記。確か、認知症のお母さんを施設に預けたら、自分のガンが発覚してしまったのではなかったか。記事を読むと、確かにそうだった。今後、どう展開するのだろう。
と思ったら、オレはこの作家の本をほとんど読んでいないことに気がついた。パンデミックをテーマにした「夏の厄災」は読んだ記憶があるが(1998年にパンデミックを扱っているから先見の明があったとちょっと話題になった)。
そうか、オレはこの作家を読み逃していたのかと、気がつき、忘れていた鉱脈にぶち当たった気分で、早速ブックオフに車を飛ばして文庫本を何冊か仕入れてきた。
その一冊がこれ。篠田節子と言えば取り扱うテーマの幅広さで有名で、これも証券会社をクビになり、離婚されてしまった、情けない中年男の物語である。テンポがよくて、さくさくと読み進めていける。もっと読もう、この作家。


2025.09.08

アレンジャー廃業


パソコンを買い替えた。 そこそこのスペックのものがHPで安売りしていたので、これはかなりお買い得。
入れ替えもほとんど自動的に行われ、つーかMicrosoftさんが勝手にやってくれ、楽ちんだった。
弱ったのは、HPがやたらにセキュリティに厳格で、メールの添付ファイルをほとんどはじいてしまうことである。せっかく送ってもらった資料が開けないではないか。
焦ってあちこちいじっていたらどういうわけか開けて難を逃れたものの、毎回これではたいへんに困る。対処を考えねば。

パソコンの入れ替えを機に、音楽制作機材をすべて処分した。
音源もオーディオインタフェースも、すべてお払い箱である。レアもので、非常に高かったBLUEのマイクプリアンプも処分した。
よってこれでオレは一切の音楽制作から手を引く。たんさいぼうのライブだけは継続するが。
理由は、音源制作に飽きたからである。いや、もしかしたら音楽そのものに飽きたのかもしれない。
もはや70年代の音楽だけを聴いていれば十分という気分だ。
ヤマハのハイエンド音源にインタフェースにマイクプリアンプ、なんだったらヤマハのスタジオモニター(通称テンモニ)、欲しい人がいたらあげます。

夕方、激しい雷雨だ。
隣町の電車の架線に雷が落ちたときは凄まじい轟音が響き渡り、おかげで電車は深夜までストップしてしまった。
そして、ひょっとしてまた今回もやられちゃうのかなあと覚悟していたら、案の定、またもややられてしまった。
エネファームである。先月に続き、2度目。
雷が落ちるたびにエネファームは壊れるのだ。しょぼすぎないか、エネファーム。
メンテナンスフリーだから修理はすべてタダではある。だが、そのつど修理を依頼するのは実にうんざりするし、修理にやってくる東京ガスの孫請けの工事会社の人もうんざりだろう。

音楽機材同様、エネファームもお払い箱にする頃かもしれない。


2025.09.07

日曜の午後にお笑いを楽しむ


「練馬文化センター」で、お笑いライブがあった。
出場は、ナイツ、どぶろっく、ヤーレンズ、真空ジェシカ、東京ホテイソン、U字工事、三四郎その他と、なかなかの顔ぶれである。
このライブを楽しみに我が家では6月にチケットを購入。全員で大ホールへと向かったのだった。
いやあ、面白かったですねえ。
といっても、オープニングのヤーレンズこそそこそこ笑えたものの、以降の若手はあまりに退屈で半分寝てしまった。
だが、これだけは見逃してはならないと、トリのどぶろっくと、大トリのナイツはしっかりと覚醒して大笑いである。
どぶろっくは、下ネタで天下を取るという偉業を達成したチームにふさわしい、実に下品な芸を見せてくれた。「もしかしてだけど」と「エグチンコ」が頭の中をループする。
さすがの格の違いを見せつけたのは、ナイツだ。左側の塙は、実は石神井に暮らしているので「映画はオズで観る」「土支田には情報が届いていない」など、地元ネタふんだんで楽しめた。レベチに上手かったぞ。
舞台が始まる前、ロビーでどぶろっくのCDが売られていたので購入する。すると、おまけに「ハイタッチ券」というのをくれた。舞台終了後に出演者全員とハイタッチができるそうである。
オレじゃなくて娘にハイタッチさせてもいいかと聞いたら、スタッフさんはとてもいい人で「ならば2枚差し上げます」とオマケしてくれた。
そして終了後、言葉どおり出演者とハイタッチだ。ナイツの土屋は満面の笑顔で握手してくれ、塙なんて選挙のように両手で包み込んでくれた。
さすがである。
お笑いが大好きな娘は大喜びだ。
舞台のエンディングでは、カーテンコールのときに、出演者全員がサインボールを客席に投げ入れた。なんの配剤か、2階席最前列に座っていたオレたちめがけてボールが飛んできて、オレの胸に当たって床にポトリ。
すかさずそれを拾ったオレは、娘にプレゼントしてやった。
こんなラッキーなことがあるんだねえ。
一体、どの芸人が投げたボールかと思って娘に聞いたら、スパイシーガーリックという芸人だったようだ。つまらなくて寝てしまったなんて、ごめんよ。これからき応援するから。
家族全員で向かったお笑いイベントが望外に楽しいハプニングとなり、家族全員、ニコニコと帰ったのだった。


2025.09.06

おお牧場はみどり


中学生のとき、地元で行われた植樹祭に、天皇皇后がやってきた。
その式典には地元の中学生が総動員され、「おお牧場はみどり」を合唱した。もちろんオレもそのなかの1人だった。
当日はけっこうな雨で、支給された透明な雨合羽を着て、大声で歌った記憶がある。
天皇の姿は見えなかった。だが、帰りの車の中から笑顔で手を振る皇后の姿ははっきりと覚えている。
昭和40年代の話だ。
子どもだったオレたちは何も思わなかったが、こんな田舎に天皇皇后がやってくるなんて、大人たちはさぞや過大な緊張を強いられたことだったろう。田舎の中学生の鼻たれどもをまとめて失礼のないように合唱させた音楽教師の苦労は、いかほどだったか。
昭和天皇の前で「おお牧場はみどり」を歌った思い出は、大人になってからのオレの定番皇室ネタとなった。
今日、愛子様が新潟県を訪れたらしい。
Twitterにはたくさんの写真が上がっていて、笑顔で手を振る愛子様の姿であふれていた。なんだか、よかったなあと、しみじみ思った。


2025.09.05

いつでも夢を


山村にある母の実家を訪ねると、そこはいつも従兄弟たちとの遊び場になっていて、オレたち兄弟は同じ年頃の子供たちと一緒に遊び回っていた。
ある日、その実家に暮らす従兄弟に見せられたのが、レコードプレーヤーだった。
確か、ポータブルのスピーカーが一体化したタイプのプレーヤーだ。
レコードプレーヤーというものを見たのは人生で初めてのことで、一緒に置いてあったEPレコードが実にまぶしく見えた。「いつでも夢を」だった。
従兄弟はその曲を何度かかけてくれたように思う。
調べてみたらリリースされたのは1962年だ。4歳で聴いた記憶が残っているとは思えず、小学校低学年頃だったと思うので、たぶんリリース数年してから買ったレコードか、あるいは以前買ったものを大切にとって置いたやつだったか。
どちらにせよ、この曲をあの家のあの部屋で聴いた記憶は割と鮮明に残っている。


2025.09.04

消えた中国人


名古屋のアパホテルで熟睡の末に目覚めたオレは、午前中、名古屋での仕事を終え、昼過ぎには新幹線で大阪に向かった。まったくよく働く67歳である。
新大阪駅に着く。
このあたりで、ぼちぼちオレも違和感を抱き始める。
いないのだ。アレが。中国人が。
名古屋でも中国人はわずかしか見かけなかったし、何よりも新幹線の車内には皆無だった。あんなに傍若無人でうるさくて、顰蹙を買いまくっていた中国人が新幹線の車内にも駅のホームにもいないのだ。
どういうことだ。
これは東京への帰りの新幹線でも同じことで、下車した新横浜にも中国人はいなかった。
たまたまだろうか。それとも、オレの目が中国人見えない病にかかってしまったのだろうか。
不安になってネットを調べてみる。
するとTwitterでも「中国人が消えた」「いなくなった」「箱根も鎌倉も中国人が来ていない」という報告が上がっていた。
ふーむ、どうやらオレだけではなかったらしい。日本全体で中国人が消えたようだ。

理由はいろいろ推察できるようだ。
まずは、中国でバブルが崩壊して経済状態が激ヤバとなり、海外旅行どころではなくなったという説。
次に、出国条件やビザの条件が厳しくなって、出国制限が行われている説。
気になるのは、今年から来年にかけて、いよいよ台湾有事が起きるという説だ。どうやら日本に住んでいた中国人も列をなして帰国しているようで、この説には一定の信憑性がある。
もっと気になるのは、日本政府がアフリカ人を呼び込もうとしていることに驚いて中国人が逃げだしたという説だ。どうやらアフリカ人は中国人が大嫌いらしく、体力でかないっこない中国人が黒人にボコられるのを恐れて逃げているらしい。
これは日本の治安がさらに悪化することになるから実に憂うべき事態だ。ベトナム人あたりも逃げていくのだろうか。

変わった説としては、あの宜保愛子が生前に「2025年に南海トラフ大地震が起きる」と予言していたことを真に受けている、というものもある。
笑えるのは、日本にやってきた中国人が、あまりに中国人の多いことに呆れ、しかもその酷すぎる振る舞いを目にしたことで「二度と日本なんか行きたくない」と思ったことが原因ではないか、という説だ。
わはは、中国人が中国人を追い返している。さもありなん。
ようやくインバウンドが終わるのか。

諸説、どれが正しいかはわからない。
研究室に大量の中国人がいるという息子に、今度真説を調査してもらおう。
いずれにせよ中国人が急に姿を消したのは事実のようだ。
新幹線に落ち着いて乗れるのはありがたいが、諸兄よ、今後、この状態がどうなるのか、しばし気に留めておこうではないか。


2025.09.03

名古屋だみゃー


土曜日に娘と泊まった京都のアパホテルでは、熟睡した。ベッドに入った瞬間に眠りに落ち、実にスッキリと目が覚めたのである。
ふあーっ、よく寝たなあ。
背伸びをしつつ、スマホを見ると、0311の表示。なんだこれは。しばし考えて、まだ夜中の3時であることに気が付いてオレは仰天した。
それから4日後の水曜日、今度は名古屋のアパホテルに1人で泊まった。仕事である。
今回もよく眠れた。目が覚めて、ふわーっ、よく寝たと背伸びをしつつ、手元のスマホを眺める。
そして、またもや仰天する。0133。なんとまだ夜中の1時半であった。
どうやらオレはアパホテルだととんでもなく熟睡できるらしい。
アパ体質。うーむ。

朝の移動はリスクがある。前泊しろ。ただしホテルは1万円以下にしろ。朝飯は認めない。予約は自分でやれ。カネは立て替えろ。請求のときに払ってやる。1割源泉徴収するが、文句があるなら税務署に言え。
いろいろクソうるさい注文をつけられてブチギレながらやってきた名古屋だ。
晩飯にしようと居酒屋を探したら、驚いたことにどこも喫煙可。みゃーみゃー言いながらタバコを吸う名古屋人ばかりである。
仕方なく入った居酒屋もみゃーみゃーで、こんなところに長居は無用だから、味噌ばかりのメニューには目もくれず、ウィンナ炒めなどを食べる。
名古屋には名古屋めしというジャンルがあって、とんかつにももつ煮にも味噌をぶっかける。
トーストにはあんこだ。好きな人はたまらんらしいが、オレには無理だ。常軌を逸した味覚である。
ついでに言えば名古屋人の排他性は実に驚くばかりで、とオレの名古屋ディスりは止まらない。なぜこんなにも名古屋をディスるのか、自分でも不思議なほどだ。

居酒屋を出てセブンイレブンで寝酒を仕入れて、ホテルに帰る。風呂に入り、鳥人間コンテストを見ながら、清水尋也の大麻事件を考える。
不思議な色気のある役者だ。「海に眠るダイヤモンド」での土屋太鳳へのプロポーズシーンは絶品。神木くんとの別れのシーンは涙無しには見られなかった。
ちなみにプロポーズシーンでは太鳳パイが神演技だ。低い「えっ」のたった一言ですべての時間を止め、物語の構図を大きく変えてみせたのである。信じられないようなシーンだった。
清水尋也は現在放映中の「19番目のカルテ」にも出演している。このドラマは3回くらいまでは我慢して見たが、出てくる医者が全部バカなのに呆れて、途中でやめてしまった。
こんなバカ医者ばかりの病院があったら、患者はたまったもんじゃない。毎度、バカなことをしゃべってないでとっとと治療しろと叫んでしまい、ドラマに集中できなかった。
そんなわけで清水尋也はいい役者で、そろそろブレークすると思ったのだが、残念である。あの妙な存在感は得難かった。
もっとも「いい役者だが、この程度ならすぐに代わりがでてくるのが芸能界」との指摘は正しい。まったく世の中は厳しいものである。
ついでに言えば、名古屋にとっても代わりなんかいくらでもいるわけで、あまり名古屋の悪口ばかり言ってると出禁を食らってしまいそうだ。これ以上は自重しよう。

「サーチライトと誘蛾灯」櫻田智也・創元推理文庫。
先日読んだ「失われた貌」がなかなかの出来だったので、同じ作者のデビュー作を手に取ってみた。なるほど、確かに新人離れした作品である。特に「火事と標本」は出色。松本清張か島田荘司か、というレベルの作品だった。
興味深いのは「失われた貌」と、あまりにテイストが異なる点。デビュー作に惹かれて「失われた貌」を読んだ人がえらく戸惑ったという話には納得した。


2025.09.02

海か山か


先日行った鴨川は、海の街だった。広い空と海が気持ちよく、街全体に暢気な空気が流れていた。
今日は日高という、山の街に向かった。街? いや、村だろうというぐらい山だらけの場所で、澄んだ空気と緑の景色が最高だった。
農村育ちのオレは、どっちかっつーと、山の方が好きだな、と今日思った。
実家は海からも山からも等距離にあって、冬には自転車に乗ってスキーに行き、夏には自転車に乗って海水浴に出かけた。だからどっちにも懐かしい思い出があるのだが、母親が山村育ちだったこともあるのだろうか、どっちかっつーと、山だ。
山はいいねえ。
とは言っても、決して登ろうとは思わない。登山とパチンコは家訓で厳禁だからなと、息子と娘には言い渡してあるように、山は登るものではなくて眺めるものであると決まっている。
山のある場所はいいねえだ、正確には。
もっとも陽の落ちるのが早いのが難点で、帰りは真っ暗。関越道も暗い。
目が衰えて夜の運転に苦労するようになった今、夕暮れを過ぎてからの高速道路は走りたくない。 年を取ると山は厳しいのか。いや、海も厳しいだろう。
年は取りたくないねえというのが、今日の結論である。

ひいこら言いながら地元の駅まで帰ってきたら、なんというピンポイントか、1分違いで息子が電車から降りてきた。そのままピックアップして一緒に家まで帰る。
車に乗り込んできた息子が開口一番「サントリーは何をやってるのだ」と言うので、ニュースなんてまったく届かない山の中にいたオレは、なんのこっちゃと尋ね、そして事件を知る。
ははあ、サプリメントを出している会社の経営者が違法サプリに手を出しちゃダメだわな。
というか、いろいろおかしなところの多い案件で、これは例のフェ××ミル関連だろうか。アメリカの高官が「9月2日に日本で面白いことが起きる」とつぶやいていたらしいし。
一方であまりに左寄りだったことから、右の逆襲だったという見方もある。シンプルに、BtoC企業としてあるまじき跳ね上がりぶりにガチギレした創業家の意を受けての社内クーデターかもしれない。
やだねえ、汚れた下界は。
山の静謐な空気にすっかり浄化されたオレは、鼻をつまむのだった。


2025.09.01

今はもう秋


本日向かったのは、上尾という街である。
上尾。埼玉県の小さな市だ。こんなところにもオレの仕事はある。
どうせしょぼい街だろうと思って降りたら案外大きくてびっくり。しかも、2,3年前にも降りているはずなのにまったく記憶になくてさらにびっくり。
暑い。
ともかく暑い。
上尾での仕事を終え、昼飯を食い、行きつけの床屋で髪を切ってもらい、駅前の書店で文庫本を買って帰ったら、もう全身汗でずぶ濡れ。
慌てて大量に水分補給をし、シャワーを浴びたのだった。
こうなると、もはや昼寝を止められるものは何もない。
オレはイスに座ったまま15分ほど寝たのだった。夏の昼寝の15分はまさに極上。自宅ライターでよかったと、つくづく思うのだった。


2025.08.31

△××△△×△×○△×△○×△×○×○××××××△××20


勝ったのに選手にブーイングする浦和サポと、負けたのに拍手する新潟サポ。
これは別にサポーター文化の違いなどという難しい話ではなく、新潟サポは既にブーイングする次元を超越してしまっているというだけのことなのだ。
なにしろ現在ダントツの最下位。降格はほぼ決定している。
加えて、浦和には今までアウエーで一度も勝っていない。ホームでさえ2015年のカップ戦で勝ったきりである。通算33敗5勝。天敵どころの話ではないのである。
浦和が新潟の残留を強く望んでいるのも、新潟相手なら確実に勝ち点を積めるからなのだ。
気温37度、明日からまた仕事だという日曜の夜に、わさわざ最寄り駅から徒歩20分というへんぴな埼玉スタジアムにやってきた新潟のサポーターは、端から勝ち試合など求めてなく、単にオラがチームの選手たちを応援して盛り上がるために集まったのである。
稲刈りが終わった後に開催される村の小学校の運動会に弁当持参で集まって楽しくわいわいと子供たちに声援を送る農村文化そのものだ。
だからオレたちは浦和サポに呆れる。
ブーイングなんかして、何が楽しいんだべ? 頑張った子たちには拍手するのが当たり前だべ?

試合後、そんなオレたちを心底驚かせた事件が勃発した。埼玉スタジアムから2駅目の東川口駅のことである。
試合後とあって電車は通勤ラッシュ並みの大混雑。ぎゅうぎゅう詰めだ。
すると発車直後の車内に車掌のアナウンスが響く。
「タックルしてもドアは開きません」
車掌の声は落ち着いている。決してキレてもいないし焦ってもいない。つまりこれは日常なのだ。
さすが、浦和である。


「みんなで決めた真実」似鳥鶏・講談社。
おお、いま「にたとりけい」と打ち込んだらちゃんと似鳥鶏と変換した。ちょっと前までは漢字を一文字ずつ打ち込まなくてはならなかったのに、これはついにIMEが似鳥鶏を認識したということなのだろう。
ずっとこの作家のファンであるオレとしては、たいへんに嬉しい限りである。
さて、久しぶりの新刊となるこの一作は、空気で真犯人が決まる社会の物語。軽いSFだ。
とはいえ、内容はさすがの似鳥鶏。いつものしつこい文体が気持ちいい。オレはこの文体が大好きなのだ。
でも、できれば市立高校シリーズを書いてほしいなあ。スピンアウトでいいから。
後半、おじいちゃんが真犯人を追い詰めていくところはとてもよかった。「紺野星人」のエピソードには涙が流れた。


2025.08.30

夏の思い出


8月30日だというのに、この夏一番の暑さなのである。おかしいだろ。
名古屋なんて40度だそうだ。解熱剤を処方するレベルである。
その名古屋へ、どういうことか、オレと娘が行ったのである。
当たり前だが、暑かった。倒れそうになるぐらい暑かった。
このままでは間違いなく熱中症になると思ったわ。
それでも娘は元気に名古屋でイベントを満喫し、オレは青息吐息。
泊まったのはアパホテル。
娘と2人旅なのだから、こりゃ、夏のいい思い出だ。


2025.08.29

ペッポー


週に一度、ペットボトルを捨てに行くのはオレの仕事である。
大量のペットボトルの入った透明なゴミ袋をぶら下げて、オレは近所の収集所まで向かった。
歩きながらオレは7人の小人となって、白雪姫の「ハイホー」のメロディーで、ペッポー、ペッポーと楽しく歌う。今日もいい天気だ。
すると、そんなオレに向かって、見知らぬお父さんがすれ違いざま「おはようございます!」と元気に挨拶してきたのである。驚いた。
自転車に乗ったお父さんで、どうやら保育園に子どもを送ってきたらしい。
もちろん知らない人だ。近所にこんな人がいたっけ。そもそも年代が違うし。
などと逡巡しつつ、オレは大人の礼儀として当然、おはようございます、とにこやかに挨拶を返した。さわやかな朝の、気持ちのいい交流だ。
そして突然、オレは気がつく。
オレは、アルビレックスデザインのアロハシャツを着ているではないか。
ということは、今、あいさつをしてくれたお父さんも…。
オレは一気にテンションが上がり、それまで以上に元気よくペッポー、ペッポーと歌うのだった。

「失われた貌」櫻田智也・新潮社。
店頭に並ぶ前から話題騒然だった一冊。8月20日の発刊だというのに、早くも増刷がかかったようだ。
確かに非常によくできたミステリーである。あらゆる伏線が見事に回収され、意外な結末へと向かうどんでん返しも素晴らしい。個人的には、本筋とは関係ないが主人公の刑事のJKのツンデレぶりや小学生男子の暴れっぷりなど、子供たちの描き方が実に秀逸だと感心した。サブキャラが元気だと小説は面白い。
ただ、物語がからみ合って複雑すぎ、オレの頭では途中から混乱してしまった。えっと、誰が殺されて、誰が犯人で、どれがかくまってたんだっけ。
多くの書評で絶賛されているのは納得だ。だが、多くのミステリファンが帯のダメダメさを指摘する。持ち上げすぎなのだ、同様に、なんで登場人物一覧をつけてくれなかったのだろうと、オレは編集を恨む。


2025.08.28

夏の日の海の宿


「ちょっと遠いんですけど。千葉なんですけど」と言われて、ああ、大丈夫だよー、問題ないよーと答えたのが運の尽き。
千葉は千葉でも鴨川というところで、どこだ、これと思ってGoogleマップを見れば、何と外房だと。もはや茨城より遠い。ということは、もはや外国。
しまった、首都圏じゃんと思って請けたオレの大失敗だった。

どうやって行くんだと調べる。クルマはどうだ。アクアライン経由か。
ということは、首都高で池袋の90度カーブを通って箱崎のトラップをすり抜けて浜崎橋のトラップを乗り越えて、その挙げ句に川崎でぐるんと半回転する、あのルートを通らなくてはならないのか。
たちまち目眩がしてきて、クルマはやめた。もはやオレは首都高なんて走りたくない。地元のスーパーへ買い物に行くだけで十分だ。
ならば、飛行機はどうだろう。千葉っていえば成田空港があるし。
ところが成田空港から現地までは激しく遠い。そもそも羽田から成田までの便がない。みんなどうやって移動しているのだ。いやいや、第一、オレんちから羽田空港まで2時間もかかるじゃないか。
仕方ない。乗りたくないけどバスにしよう。東京駅から直行便が出ている。
ところがこれがアポの時間に微妙に間に合わない。くそう、オレは現地集合一番乗りでないと我慢できない体質なのだ。最後に現れて、お待たせしましたと頭を下げる自分を絶対に許せないのだ。
そもそもバスだと、途中でトイレに行きたくなったら困る。いや、トイレはついているようだが、バスの中でトイレに行くという習慣がオレにはない。
第一このバス、座席の予約ができないという、信じられないシステムなのである。ガラガラなのだろうか。それともやる気がないのだろうか。
予約のできない乗り物なんて怖くて乗れない。

ということでオレは、最終手段として電車で現地へ向かうことに決めた。
そしてオレは、そのすべてを各駅停車に乗ったのである。つまり、すべての駅に停まってみせたのである。乗り鉄かよ。
停まった駅の総数、61。
なんと61もの駅に停まりながら、とろとろと走って現地に着いたのであった。
移動時間は片道3時間半。名古屋まで往復できるじゃねえかよ。
これは完全に出張である。首都圏で出張(笑)。
外房線の御宿とか勝浦とか、初めて通るローカル線の駅に2両編成の車両が停まるたび、大きなボストンバックを抱えた男女の学生集団が降りていく。そうか、海辺の宿でサークルの合宿なのか。来生たかおのデビュー曲「浅い夢」を思い出す。
健康そうに日焼けした男子学生の両腕に目を留めながらオレは、この子たちにいい夏の思い出ができるといいなと願うのだった。


2025.08.27

かの国では残すことがマナーとされているらしいが


中国人のメシの食い方の汚さは、常軌を逸しているらしい。普段は知的で穏やかな振る舞いの人物であっても、いざメシとなるととんでもなく汚らしいそうだ。
中華料理はあんなに美味いのに、中国人はなんでそれをあんなにも汚く食い散らかすのか。料理への敬意というものがないのか。
そんな連中も、アメリカへ行くととことん叩き直されるそうだ。アメリカ社会に溶け込むなら、あの食事マナーを改めないととても無理であるからだ。
そんな汚いメシの食い方をする人間とはビジネスできないと正面切って言われるので、少しは改めようとするのだろう。

「審議官」今野敏・新潮文庫。
竜崎刑事部長のスピンアウトもの。短編集だ。竜崎の周辺の人物を主人公にして、その目から竜崎という特異なキャラクターが浮かび上がってくる仕掛けになっている。
相変わらず今野敏の読みやすさは抜群だ。短い文章をポンポンと重ねていき、印象的な発言で物語を引っ張っていく様は独壇場。手練れだ。本作も2時間で一気読みだ。


2025.08.26

郵便局で涼む


昼ご飯のあと、地元の郵便局に行った。炎天下だ。気温37度。
日傘を差して歩く。去年まではじろじろ見られたものだが、今年は日傘を差していても変な顔をされることはない。男の日傘も市民権を得たようだ。
郵便局では、顔なじみのイガラシさんが「一番暑い時間でしょう」と労ってくれた。局内は冷房がガンガンに効いていて、寒いくらいである。ちょっとうらやましい。今日ぐらいの気温になると、家のエアコンは効きが悪くなってしまう。

郵便局に向かったのは、住民税や健康保険などを納めるためだ。ATMからン10万円を下ろして払う。
右から左へ、けっこうな厚みの札束が消えていき、オレは絶望する。
これだけ稼ぐのに、オレはどれだけ頑張ったのだろう。そして、あんなに頑張ったのに、どうして残高がこれしかないのだろう。
自動引き落としではなくてわざわざ手間をかけて郵便局まで納めに行くのは、このリアルな重税感を忘れないようにするためだ。こんなにもカネをむしり取られて、息絶え絶えに生かされているのがオレたちなんだ、と月に一度、絶望するためだ。
この感覚は忘れてはならないと思う。

イガラシさんの「ありがとうございました〜」の声に送られて、郵便局を出て、日傘を開く。ワンタッチの自動式で、便利だ。
デンマークでは郵便サービスが廃止され、街中からポストも姿を消した。
日本だって、いつそうなるのか。オレも切手を貼って郵便を出すなんて、年に1,2度だ。以前は毎月けっこうな数の請求書や見積書を投函していたのだが。
そりゃあ、郵便の売上が激減するのも当然だ。
炎天下、日傘を差してもヘロヘロになりながら歩いて、オレは郵便の将来に思いを馳せる。

「黒い糸」染井為人・角川文庫。 悪人を描かせたら天下一品だな、この作家は。本作はクレーマーに苦しめられる結婚相談所の社員や、モンペレに悩まされる教員などが、いろいろと複雑にからみ合う話。真犯人はきつとこいつだろうと思ったらその通りだった。もちろん気持ちは晴れない。普通に面白い小説が読みたいときには、この作家がおすすめだ。


2025.08.25

人ごとではない


大手町に行った。大手コンサルティングファームである。
コンサルティングを受けるためでなければ、コンサルティングするためでもない。新しいコンテンツの内容についてのミーティングに、ライターとして参加するためである。
会議室に通され、ミネラルウォーターが供される。紙パック入りだ。最近は他社でもこの紙パックでお茶などが出てることが増えてきた。
「ペットボトル禁止になっちゃんですよ」。担当者の言葉に、とうとうそういう時代になったかと驚く。
ペットボトルは地球にやさしくない。エシカルな企業としてのブランディングに加え、サステナ領域でのコンサルティングも多く手がけている手前、まず隗より始めよということなのだろう。

「でも、ペットボトルのリサイクル率ってすげえ高いですよね」と別の出席者。
ふむ、と調べてみる。いや、ググってみる(死語)。いや、AIに訊いてみる。
なんと、日本では過去10年以上にわたってペットボトルのリサイクル率85%が維持されているそうだ。確かに大変な高率だ。もちろん世界一のリサイクル率である。回収率に至っては97%にも達する。
リサイクルされたペットボトルはというと、再びペットボトルとして再利用されるほか、衣類や食品トレー、建築資材などに生まれ変わるらしい。

軽くて清潔なペットボトル飲料が会議などで提供されることが増えたのは2000年代に入ってからと記憶している。それまでは女子社員がお茶を入れてくれるのが一般的だった。
男女雇用機会均等法が制定されたのは確か1985年だったが、当初は男女の取り扱いに差をつけないというのは努力義務だった。それが2006年には性別を理由とした差別的扱いが明確に禁止され、これを契機にはっきりと女子社員のお茶出しが激減した。
代わってペットボトルが配られるようになったのである。
それが今度は紙パックに取って代わられる流れとなったようだ。

しかし、ペットボトルのリサイクル率がこれほど高いとなると、紙パックはよろしくないという揺り戻しが来そうである。だからといってペットボトルには戻しにくい。
そこで再び人がお茶を淹れる時代がやってくるのではないだろうか。
もちろんジェンダーかしましき折、女子社員にやらせるわけにはいかない。ならばと、お茶出し専門の人材を雇うことになるのではないか。
考えてみれば、大企業の受付は今も見目麗しき女性ばかりだ。今日訪問したコンサルティングファームも、受付には美女が3人も並んで、素晴らしい笑顔で恭しく迎え入れてくれた。彼女たちはもちろん派遣社員である。
男女雇用なんちゃらの流儀で言えば女性に受付業務を押しつけることはあってはならないはずなのに、こうしてまかり通っているのは、彼女達が受付業務で稼ぐ派遣社員だからである。
だからお茶出しも、それを正式な業務とする派遣社員を雇えば、いや、別に派遣社員でなくても、パートでもアルバイトでも正社員でも、とにかくお茶出しを正式な業務とする人材を雇えば、ペットボトルも紙パックも不要になる。
彼女達はお茶やコーヒーを出し、茶わんやカップも洗ってくれる。実にエコで合理的ではないか。

そんなことを考えながら、約2時間のミーティングを終える。
資料を預かり、これで原稿作業に取りかかれると立ち上がる。
すると「この資料をAIに読み込ませたら原稿ができそうですね」と先方がつぶやく。
いやあ、あははは、と引きつって笑いながら、ペットボトルと一緒にライターも用無しとなる時代が来たことにおののくのであった。

「生命活動として極めて正常」八潮久道・角川書店。
「本の雑誌」が絶賛している作品。なにしろ第1回北上次郎賞の受賞作だ。なんでもネットに細々と発表していた作品に目をつけた編集者が本にして出版したところ、あまりに特異な作品だったので大きな話題になったという経緯である。
もっとも選者によれば2作品だけ読めばいいというので、作品集の中の2作品だけ読んだ。たまげたのは「命はダイヤより重い」という作品だ。
他人より明らかに人身事故に遭遇する率の高い女性電車運転士が主人公で、その同僚の総務担当の女性があまりにバカバカしすぎるのである。なんと彼女はギャルで、人身事故が起きるたびに「ギャル短歌」を作って女性運転士にプレゼントするのだ。
この「ギャル短歌」が抱腹絶倒。一つだけ、オレが腹を抱えてのけぞった短歌を紹介すると
「魚とかマグロしかあたしわかんない。だってあいつら人間じゃねえし」
どうだ、ギャル短歌の破壊力は。噴くぜ。
この「ギャル短歌」は「本の雑誌」でも大絶賛なのだった。
もっとも装丁があまり丁寧ではなく、読みづらい一冊ではあった。SFちっくなところも、ちょっと苦手。


2025.08.24

全国の病院の6割以上が経常赤字に陥っている


なるほどこれは盲点だったと思ったのが、医療費には消費税がかからないという制度だ。
医療機器や建物などについて、クリニックは業者に消費税を払っている。だが、医療費には消費税はかからないから、結局その分はクリニックの持ちだし、自腹となる。
そりゃあ医者も貧乏になるわけだ。
増税派のオレは、医療と教育は国家の二本柱だと思っているので、こうした問題は何とかしなきゃならんだろうと拳を握るのだった。


2025.08.23

△××△△×△×○△×△○×△×○×○××××××△×20


私はもうアルビレックス新潟のJ1残留をとっくに諦めているから、サッカーそのものを楽しもうとゲームを見ている。
だから本日のゲームは大変に面白かった。
負けてはしまったが、鹿島相手に一歩も引かず、素晴らしい戦い方をした。
素晴らしい戦いをしたのになぜ負けてしまったかというと、監督がアホだからである。
以前からわかっていたことではあったが、ここまでアホだとは思わなかった。
解任はさせられないだろう。1シーズンに2回も監督のクビを切ったクラブなんて、誰も来てくれなくなるからだ。
だから辞任を待つしかない。アホ監督本人も辞任したいだろうが、後任がいないので辞められないのだろう。
まあ、よい。
どうせ降格は決定的なのだから、引き続きサッカーそのものを楽しむのだ。
悟りの境地。


2025.08.22

フライデーJリーグ


2-0は危険なスコア。
サッカーを見るものなら、誰もが一度は痛い目に遭ったことを思い起こさせられる金言だ。
今日の浦和サポも「ほーら、だから言わんこっちゃない」と笑われて苦々しい思いをしたに違いない。
なにしろ前半を2−0で折り返したというのに、後半には柏に4点も入れられて2−4で負けてしまったのだから。
まあ、試合結果はどうでもよい。
問題は試合後だ。
ぶち切れた浦和サポが、挨拶に来た選手を罵りまくり、原口とチアゴ・サンタナがそれにぶち切れてサポーターとやり合い、外人選手は呆れかえって挨拶を途中で切り上げて帰ろうとし、それを西川が慌てて止めに入り、その混乱に涙を流す選手数名という有り様だったのだ。
こういうところだよ、浦和サポ。
よくも選手を罵れるものだよ。
浦和レッズというチームはいいチームだと思うし、オレも嫌いではない。なんだったら今日の柏対浦和では、浦和を応援していたぐらいである。
問題はやっぱりサポーターなのだ。あのサポーターの民度は正直、度し難い。
サポーター本人から聞いた話だが、あの中では専用Tシャツを作って他のサポーターに押し売りをして、それで生活しているサポーターがいるそうだ。まるっきりやくざの手口だ。
そんなことがイヤでゴール裏には行かなくなったというサポーターは大勢いるし、クラブも見て見ぬふりをしている。
困ったクラブだ。
そんな集団が必死に走り回った選手に罵声を浴びせているのだから、実に醜悪なシーンだった。


2025.08.21

夏の夜


本日は終日こもってリモートインタビューである。
外に出なくて済むのは楽ちんなのだが、インタビューそのものは対面が楽ちんだ。もっともシャツだけ着ておけば下半身は短パンだろうがパジャマだろうが問題ないという点は、リモートならではの得難いメリットであるが。
夜、娘の友だちが遊びに来て、ずっと玄関先でしゃべっていた。
家に上がればいいのにと言うのだが、玄関先がいいらしい。それも青春ならではの光景。 すきなだけおしゃべりしろよ。


2025.08.20

銀座の富裕層


銀座に行くので丸ノ内線に乗ったら、東京駅で外人団体が乗り込んできた。
別に騒いでいるわけでもないし、ぜひとも日本を堪能してほしいと思ったのだが、とにかく体がでかい。加えてでかいスーツケースを引きずっているものだから、邪魔でしょうがない。
悪意があっての振る舞いではないとはいうものの、その状態で入口に固まっているので、乗り降りの客が大迷惑。私も完全に道を塞がれて難儀した。

銀座の街なかを歩く。相変わらず中国人ばかりだ。大声で喋り、でかい荷物をガラガラと引きずって歩く。
私はまだ見かけていないが、道端に座り込んで飯を食う中国人も散々目撃されているらしい。
もっともこうして中国人ということで一括りにするのもよいことではないと反省する。
聞くところによると、格安の航空券で奥地から大量に押し寄せてきている中国人が問題を起こしているそうだ。民度なのだろう。
低民度の中国人とそれ以外の中国人が混在しているのであって、それ以外の中国人は「一緒にしないでくれ」と思っていそうだ。我々だって「日本人というのは」と一括りにされたら心外だし。
みゆき通りでベローチェに入り、サンドイッチを食べる。

隣りに座ったのは、腰が曲がっているおばあちゃん2人。仲の良い友だちのようだ。通い慣れた店のようだ。
聞くともなく流れてくる話を聞くと、ジュネーブではどうだった、ベトナムではこんなことがあったと、まるで世界漫遊記。世界中を旅してきて、今は銀座近辺で暮らしている2人なのだろう。
すげえな銀座は、と思いつつ、中国の富裕層はもつとすごいんだろうなあと考える。

その後、本来の目的であるインタビュー仕事に臨む。対象は日本の富裕層だ。
「最近は日本にも富裕層が増えてきましたねえ」という言葉を聞きながら、結局私は富裕層にはなれなかったなあと下を向く。
都内に家を買い、子供二人を大学まで行かせたのだから、田舎から出てきた私立文系卒の男としては十分だろうと自分に言い聞かせる。要は、これで分相応、私という人間の器ということだ。

「マイクロスバイ・アンサンブル」伊坂幸太郎・幻冬舎文庫。
読んでいない伊坂幸太郎の文庫なので手を出してみたが、これはよくない時の伊坂幸太郎だったのだろうか。ところどころ、いつもの伊坂幸太郎で楽しめたが、物語には入れなかった。まあ、ファンタジーということで。


2025.08.19

日本人には24時間テレビがある


落雷で昇天したエネファームだが、今日、東京ガスがやってきて給湯器だけは元に戻してくれた。
おかげで滝行は昨夜一晩だけですみ、今夜はしっかりとお湯のお風呂に入れた。快適である。
やっぱり日本人には風呂だなあ。
そういえば東日本大震災の時、救助作業でヘトヘトになった隊員たちが、みそ汁を飲んで風呂に入り、一晩眠ると見違えるように元気になったという話を聞いた。日本人はみそ汁と風呂なんだ。
みそ汁と言えば、この酷暑の中、スポーツドリンクをがぶ飲みするよりも、朝の一杯のみそ汁のほうが、なんぼか熱中症予防になるのだとか。みそ汁は万能選手である。
万能選手で思い出したが、おっさんはすぐ野球に例えるクセがある。よし、ウチは送りバントで、営業に花を持たせようか、とか。今のは見逃せばボールだったのにな、とか。
昭和の時代にはそれで通じただろうが。
それにしてもこの酷暑で、ニュースが「外出は最小限にして、屋外での運動は原則禁止」と言ってるそばから、「今日の甲子園です」と野球の報道をするのにはずっこける。24時間テレビのマラソンもだ。
「24時間テレビ」と言えば、昔、日本テレビの仕事をしていたとき、「24時間テレビと箱根駅伝が花形」と聞いた。今や24時間テレビは負の遺産と化しているが。
最初に「24時間テレビ」が放送されたとき、オレたちは大学生だった。
原宿の街角をカマタ君と歩いていたら、警備のお巡りさんがいたので、誰が来るのかと聞いたら「24時間テレビで百恵ちゃんが通るんだ、しっしっ、あっち行け」と返ってきた。百恵じゃなくて、そこはピンクレディだろうと思ったのだが、何も言わずにオレたちは静かに立ち去ったことを思い出した。

「遺族外来」大西秀樹・河出書房新社。
オレは葬式や遺族といった関連の仕事に長く関わっており、そのつながりで手に取った一冊だ。
類書の中では抜群に学ぶことの多い一冊だった。親しい人を亡くすというのは人生において最も負荷のかかる出来事であり、それを契機にうつ病を発症する人も珍しくない。遺族外来とは、そのようなリスクを抱える遺族を見守り、治療する専門医の診療科である。
ここには様々な形で親しい人を喪ったケースが紹介されている。「病気に気づいてあげられなかった」と落ち込んで自分を責めている人に対して、さらに責任を問うように「なんで気づかなかったんだ」と罵声を浴びせる人がいるという話にはびっくりする。そんなクズを親戚に持つ人には同情するわ。
亡くした人の姿を雑踏で見かけたり、声が聞こえたりといった体験をする人も案外多いそうだ。東日本大震災の後に、霊に遭遇したという大勢の証言が上がったことが話題になったけれど、それもこれと同様の現象なのだろうか。今度、この著者に会う予定なので、聞いてみようと思う。


2025.08.18

厳しい残暑に、滝に打たれる


7月の壊滅的な猛暑がいったん収まったと思ったら、お盆を過ぎて破壊的な猛暑が襲ってきた。たまらん。
外気温が35度を超えると、2階にあるオレの仕事部屋ではエアコンが効かなくなる。困ったものだ。仕事の能率が落ちる。
今日はそれに加えて豪雨と雷雨がやってきた。
昨夏、オレの甥っ子が泊まりに来た日も激しく雷が落ちまくったが、今日はそこまで酷くはないものの、やはり激しく雷鳴が轟いたのだった。
そして昨年同様、エネファームが昇天した。
一瞬、パソコンが落ちたので、瞬電したのだろう。夜のニュースでは都内で8千軒ほど停電したそうだ。
念のためにとパソコンを落とし、給湯器を確認したら、案の定、止まっていた。落雷による過電流か。
まったく困ったものだ。去年もエネファームが雷で壊れ、今年もエネファームが雷にやられた。
雷はエネファームの天敵なのか。鹿島アントラーズなのか。浦和レッズなのか。どっちにしろ、悪の手先であることに変わりはないが。
早速、コールセンターに電話する。幸いにもすぐにつながった。状況を説明すると、折り返し、ライフバルから電話があった。東京ガスである。
ライフバルの指示に従って再起動を試みるも回復せず、今度はライフバルの下請けの工事会社に電話することになった。
だが、下請けでも埒があかず、結局再びライフバルから連絡が来て、明日、応急処置をしてくれることになった。
ということは、あれかい、お兄さん、今夜はお湯が出ねえ、つまり風呂にへえれねえってことかい?
江戸っ子になって問い詰めても、今日の今日はさすがに勘弁して下せえ旦那様、ということで明日の修理になってしまった。
これだけの落雷だから、他の被害も相当だろうし、そりゃすぐに対応は無理だわな。
昨年はしょうがないから甥っ子と一緒に銭湯に行った。久しぶりの銭湯は気持ちよく、銭湯は初めてという甥っ子も楽しんでくれた。
だが今日は月曜。銭湯は休みである。
探せば月曜でも営業している銭湯があるにはあるが、片道20分運転してわざわざ出かけるというのもなあ。
結局、今夜は水のシャワーを浴びることに決定。家族全員、滝行で瞑想し、悟りを開いたのだった。
昼間が暑かったなら、水浴びできてちょうどよかったねーって、やかましいわ。
それにしてもエネファーム、弱すぎないか。毎年この調子では、契約も考え直さなくてはならない。


2025.08.17

ダメな子ほど可愛いのよ


アルビレックス新潟: 92%
横浜FC: 80%
横浜F・マリノス: 58%
湘南ベルマーレ: 44%
名古屋グランパス: 15%
FC東京: 5%
清水エスパルス: 3%

これは、AIが算出したJ2降格の確率だそうである。
清水、たったの3%かよ。くっそ、憎たらしい。
新潟はというと、絶望的な92%である。残留確率8%だ。
これがどれくらいの数字かというと、トランプのハートの13枚からハートのエースを引き当てるぐらいの確率らしい。
ハートのエースが出てこないのはキャンディーズだが、アルビレックスは出てほしいのである。
AIによれば、じゃんけんで3連勝する確率は3.7%ということだから、その倍くらいの確率で残留できると思えば、ちょっと頑張ってみようかという気にもなるが、しかし、現実的にはもはや降格は決定だ。
楽しかったよ、J1。
また逢う日まで、J1。

愕然とするのは、この夏に加入した選手たちの存在だ。
外人は別として、新たにアルビレックスにやってきた選手は、J1の他チームで干されていた連中である。ライバルに負けて使われなくなってしまって、出場機会を求めて新潟にやってきた。この田舎チームで再び脚光を浴びて這い上がってやろうと、選手生命をかけている。
驚くのは、連中がむちゃくちゃ上手くて激しくて強いことだ。
えええ、すげえじゃん、小原。ボールを失わないし、試合の流れを読むのが巧いし、アタリが強いし。
白井もすげえじゃん。船木もすげえじゃん。植村も島村もすげえじゃん。
とにかく加入した新選手がみんなすごくて、他のチームではこんなに凄い選手が干されてしまうのかよと驚いた。
そして、以前からいる選手がいかにダメな子だったか、改めて突きつけられたのである。
うちの子は、なんとなくそんな気はしていたけど、やっぱりダメな子、できない子だったのか。
これは切ない。
村で天才ともてはやされた神童が都会に出たら平均点どころかCランクだったことがわかったようなものだ。
いやあ、切ないねえ。
新潟であんなに重宝された小見が柏ではまったく出場機会をもらえないのを見ても、そして、その小見が「新潟は緩い」と言い残して出て行ったことからも、いかにだめクラブであることがわかる。
とほほ、悲しいぜ、オレは。

などと涙を流しながら、世間的には夏休み最終日の今日、家でアマプラを観る。
「終戦のエンペラー」だ。
マッカーサーと昭和天皇の歴史的ツーショットがなぜ実現したかを描いた物語。制作の米国では、ストーリーも演出も手抜きと酷評されたものの、日本では高評価の映画だったそうだ。
確かに日本人の目から見ると、実によくできた映画である。サイドストーリーのラブロマンスは不要だったが、それ以外の本筋は実に骨太だ。
撮影の場では天皇がマッカーサーに命乞いをする。「自分はどうなってもいいから日本人を助けてくれ」と英語でマッカーサーに訴えたシーンは史実に基づいてるらしい。そんなことを知らなかったオレは、げえええ、マジでこんなこと言ったのかよ、昭和天皇すげえと驚いたのだった。
終戦直前に皇居が反乱軍に襲われたことは半藤一利「日本の一番長い日」を読んで知っていて、そのシーンもちゃんと描かれていた。
マッカーサー役は、トミー・リー・ジョーンズ。大映しになるたび、宇宙人ジョーンズが脳内再生されるのであった。

続いて観たのは「アンダーカレント」である。
なんというか、実に退屈な映画で、観始めて10分で止めてしまったのだが、なんだか気になって1時間後に続きを観て、また止めて、再開してを繰り返し、とうとう半日がかりで最後まで観てしまった。
真木よう子、井浦新、永山瑛太の主要登場人物の達者ぶりと、まったく動かない固定カメラの長回しが醸し出す妙な緊張感に惹かれた結果である。大きな事件も起きなければハッピーエンドもない。ヘンテコな映画である。
リリー・フランキーの怪しい探偵が見事なはまり役で、相変わらずの存在感だ。


2025.08.16

△××△△×△×○△×△○×△×○×○××××××△20


昨日、実家に帰省するために息子と交替で運転しながら関越自動車道を走って黒崎サービスエリアに立ち寄ったとき、目に飛び込んできたのが駐車場に停まっていた1台の不審なバスだった。
実に怪しいバスだった。周囲には妖気さえ漂っている。
息子とオレは遠巻きにそいつを眺め、そして、背中をつつーっと冷たい汗が流れるのを感じた。
なんと、バスの側面にはFLONTALEと書いてあるではないか。川崎フロンターレである。悪のバスである。
選手は今日の試合に備えて昨日、前乗りしているはずだから、これはボールやユニフォームなどを大量に積んだ用具係のバスに違いない。ホペイロのバスだ。
ということは、このバズが到着しなければ川崎のバカは試合ができないのではないか。息子とオレの頭を邪悪な、いや、正義の想いがよぎる。
だが、それはやってはいけない。サポーターは善行を積まなくてはならないのだ。
せいぜいFをBに書き換えて、川崎バカンターレにしてやるか。

今日、アルビレックスが川崎と引き分けたのを見て、やっぱりバカンターレにすべきだったと後悔する。
くそう、個の力が余りに違いすぎる。
まあ、よい。どうせ降格は決まったのだ。後は心穏やかに冷めた目でサッカーを眺めるだけである。


2025.08.15

墓参り



家族4人、オレの実家に里帰りする。
中学生以降は子供の予定が学校行事や部活中心となり、なかなか夏休みの予定も合わせられない。ましてや大学生だ。どうにかお盆の期間中ということでようやく調整したのが今日の一泊限りの墓参り。
たった一泊とは言え、オレにとっては命の洗濯だ。
甥っ子長男の奥さんは相変わらず穏やかな人柄で、優しく迎え入れてくれた。
甥っ子次男は、婚約者を連れて帰省したので、初めましての挨拶を交わす。こちらも穏やかな人柄の方だ。
甥っ子三男は相変わらずのマイペースで微笑ましい。みんなの末っ子という感じで可愛がられている。
考えてみればオレも嫁も含めて、女たちはみんな縁もゆかりもない場所で生まれ育ち、今日ここでこうして同じお膳を囲んで一緒に笑い合っているのだから、縁というのは不思議なものだ。
きっとお盆で帰ってきている両親も仲間に加わって、にぎやかな夜を過ごしたのに違いない。


2025.08.14

お盆



今日はお盆の中日だ。
夏休みの分散が定着したとは言え、はやりこの時期に休みをとる人が多いのだろう、電車の中はガラガラだ。いいあんばいである。
義両親が眠る墓地は浄土真宗の寺にあり、浄土真宗ではお坊に先祖をお迎えするという概念がないから、特にこの時期にお墓参りに行く予定もない。
ただ粛々と、我が家は家族それぞれが普段の行いを普段どおりに続けるのみだった。


2025.08.13

店長



今日は終日、日本橋で仕事である。
日本橋といっても三越のある、高い方の日本橋だ。近辺に居酒屋などない。
高い方の三越なので、昼飯にはとても困る。それなりにリーズナブルな店に入ったのに、鳥のそぼろ丼が1500円もする。
松屋なら昼飯3回だ。
泣きながら昼飯を食って、午後に備える。

夕方帰ってきて、久しぶりに息子も娘も家にいるので、全員でインド料理を食べに行くことにした。
店の前では店長が子供とサッカーをしている。店長はネパール人だ。
ネパールの平均年収は30万円ぐらいなので、男はみんなこうして海外へ出稼ぎに出るそうだ。
この店長は人当たりもよく、真面目な人で、道ですれ違うといつもニコニコと挨拶してくれる。
海外で働いて店を出して子供を育てるなんて、同じことをやれと言われてもオレにはできないよなあと、感心する。
4人で食べて飲んで6000円ちょっと。
もう少し高く取れよ、店長。
日本橋のランチよりよほど満足度が高いのだった。


2025.08.12

名言



読書の話である。
サラリーマン時代、同じ会社で働いていたデザイナーが言った。「タンゴちゃん、何冊ぐらい読んでんの?」。
年に100冊か120冊ぐらいかなあと答えたら、デザイナーは「ふん、少ねえな、本当にライターかよ。オレは300冊から350冊は読んでるぜ」とマウントを取った。
ひゃーっとのけぞるオレ。
聞けば古本屋で(ブックオフなんてまだなかった)店先に並べられている1冊100円の文庫本を大量に買って、往復の通勤電車で読んでるそうだ。
ひゃーっとオレは再び驚いた。

北村薫のデビュー作「空飛ぶ馬」に、主人公の女子大生が「神様、私は今日も本を読むことができました」と感謝して眠りにつく場面がある。
女子大生は、1日1冊の本を読むことを自らに課しているのだった。
くそう、オレもこんな格好いいことを言いながら眠りにつきたいものだぜと言いながら、実際は、神様、今夜も酒を飲むことができました、ひくっ、と言いながら鼻から提灯を出していたのであった。

早朝4時に起きて、そのままベッドで6時まで読書をすることを習慣にしていたのはSBIの北尾氏だった。
今はどうか知らないが、あれほど激務の人がいつ本を読んでいるのだろうと不思議だったのだが、その謎を知って、オレにはとても真似ができないと、寝起きに二日酔いの頭を振るのだった。
スペシャルな仕事をする人は、生活習慣もスペシャルなのである。

月に50冊の本を読んていたのは、内藤陳だった。ほとんどが冒険小説、つまりミステリーだった。
朝起きたらロッキーのように生卵をごくんと飲み込み、そしておもむろに本を開く。
冒険小説への偏愛ぶりを新宿の酒場で語っていたら、耳にした編集者が「それ、本にしませんか」と提案し、見事、内藤陳は売れないコメディアンから冒険小説評論家へと転身してみせたのである。
芸は身を助けるとは、まさにこのことだ。

芸は身を、という点で嚆矢なのは昨年亡くなった目黒考二だろう。
文字通りの活字中毒で、せっかく就職した会社も「仕事をしていると本が読めないから」と名言を吐いて3日で退職してしまった伝説を持つ。
そして、「月刊オレの足という個人書評誌を発展させた「本の雑誌」をブレークさせ、見事に書評家として成功したのである。
若い頃の「本を読みながら暮らせたらいいなあ」という夢をかなえた偉人だ。

その目黒考二の名言が「酒と家族は読書の邪魔」だ。
否定できない。
そしてオレの読書量は年齢とともにガクンと落ちていくのだった。

「こうふくろう」薬丸岳・小学館。
娘から借りた。池袋を舞台にしたサスペンスである。家族との関係が希薄となった若者たちが集まって「うふくろう」という団体を結成するが、当たり前のように犯罪に巻き込まれていく話だ。コロナ禍の出来事を描いているので、あの頃の社会の空気がよく伝わってくる。登場人物が多くて本名とニックネームが混在していることに加え、時制があっちこっち行き来するので、とても話の流れが理解しづらかった。


2025.08.11

△××△△×△×○△×△○×△×○×○××××××19


アルビレックス新潟の中で長谷川とか藤原は、スーパーな選手である。
そんな彼らも相手チームと対戦すると、J1では普通レベルの選手であることを突きつけられる。
当然、他の選手はJ1レベル以下、J2やJ3クラスということになる。
今日のゲームなんて、要するに個としての実力がまるで足りていない集団であることの証明だった。
一番酷いのは監督なのだが。
6月に交替して就任したというのに、今日まで全敗。勝ち点の1つも取れていない。世にも珍しい全敗監督として解任されるのではないかと期待する向きもあるようだが、ここで解任するとアルビレックス新潟の監督なんてやってくれる人間はゼロになるから、解任できない。
Jリーグは狭い世界なのだ。
まあ、そんなアルビレックス新潟に、スウェーデンからブーダ、セレッソから船木というスーパーに選手が加わったのだが、今日の試合に出場して「日本に来るんじゃなかった」「新潟に移籍するんじゃなかった」と頭を抱えているに違いない。
もはや残留の可能性は1%を切った。今日が残留に向けてラストチャンスだったのに、自らそのチャンスを潰しているんだから、言葉もないわ。


2025.08.10

プリンとアジフライ



近所のベルクへ行った。夕方の買い物である。
ベルクは埼玉が地盤のスーパーだ。マミーマートやヤオコーには劣るが、惣菜が充実しているのがありがたい。
ただ、味付けが濃いめなので、続けて食べるのはしんどい。時々こうして買いに来るにはちょうどよい。
絶品なのは、オリジナルのプリンである。何かのコンテストで賞を取ったらしいが、とにかく美味。このプリンが100円とは信じがたい値段だ。
行く度に買って食べているので、できれば10個20個とまとめ買いしたい(プリン20個でも2000円だ)が、1日ぐらいしか日持ちしないのが残念だ。

店内に入る。入り口では店員がマイクを持って「アジフライが美味しいですよ−」と叫んでいた。
魚屋が、冷凍じゃないアジを揚げてくれたそうだ。試食できたので、どれどれと食べてみた。確かに美味い。美味いじゃないか、このアジフライ。
つい1枚買ってしまった。
ヨメにも、食べるかと聞いたが「いらない」という返事。そうだった、ヨメはアジフライが嫌いなのだった。
店内で買い物をしていたら、アジフライの呼び込みが代わったようだ。若いお兄ちゃんの声になった。
お兄ちゃん、元気よく呼び込みを始める。
「魚屋さんが揚げたアジフライでえす。美味しいでえす。どうぞ皆さん、店頭へ…えっと、来てください!」
来てください爆。
瞬間、店内の温度が1度上がった。
夏休みのアルバイトのお兄ちゃんだろう。きっと、怒られただろうな。がんばれよー。


2025.08.09

詐欺電話対策



今や知らない番号の電話に出ないのは、国民の常識になった。それどころか我が家では、固定電話には一切出ない。何のための電話だ。もはや解約するしかない。
携帯でも知らない番号には出ない。便利なのは、PixelのAI返答である。
知らない番号からかかってきたら、AI返答をタップ。すると自動応答が始まり、相手の言葉を文字にして表示してくれる。その文字を見て、知り合いだったら出ればいいというわけだ。
これは大変に便利である。

前提としてあるのが、知らない番号からの電話ということだ。
つまり知っている番号なら基本的に全部出る。
そこで、未知の電話番号を電話帳のものに変換して表示するアプリが登場するのではないかと、オレは予想する。
この悪意あるアプリを勝手にインストールされてしまうと、知り合いだと思って出たら詐欺電話だったという状況が頻出する。
あ、安藤君から電話だ。もしもし、安藤君、どうしたの?
「あ、あの、こちら、安藤の身内の者ですが、安藤がちょっと大変なことになって」
えっ、安藤君、どうしたんですか。どうなったか知らないけど、安藤君にはいろいろと迷惑してるんです。勝手に大変になってください。
という具合に追い払うことができるが、なかなかそううまくはいかないだろう。
そこで本人確認をすることになる。
「あ、あの、こちら、安藤の身内の者ですが、安藤がちょっと大変なことに」
えっ、安藤君ならハゲているはずです。ハゲていますか。わはは、騙された、本当はハゲてなんかいませんよ。安藤君は。
ハゲているかどうかが運命を決することになるから、相手も必死だろう。
詐欺電話には困ったものである。


2025.08.08

じじい、暴れる



かかりつけのクリニックに行った。毎月の診察と、先日の健康診断の結果を聞くためである。
受付に向かうと、警察官が立っている。
どうしたのと顔見知りの受付おばちゃんに聞いたら「認知症の方が…」とのこと。なるほど、待合室ではじじいが叫んでいて、その脇にも警察官が立っているではないか。
こんな小さなクリニックに警察官が2人も出動するとは、大ごとだ。
待合室に座って見学である。
オレは続きを読もうと思ってカバンから薬丸岳の「こうふくろう」を取り出す。娘から借りた一冊だ。
薬丸岳だからえげつない話だろうな、と尋ねたら娘は大きくうなずきながら「いつも以上に酷いよ、えげつないよ」との返事だった。確かに途中まで読んだところ、救いようのない話であることがわかった。
だが、その続きがまったく頭に入ってこない。大暴れするじじいのせいだ。
警官が2人がかりでなだめるも、まったくおさまらない。その周囲には治療を受けに来たよぼよぼの婆さんがちょこんと座り、付き添いのおばちゃんがぼけっとテレビを眺め、ナースたちは知らん顔で通り過ぎるという、なかなかシュールな光景が見られた。
大暴れを続けるじいさんの言葉が耳に飛び込んできて、ちっとも本に集中できない。オレは諦めて本を閉じる。
じいさんの話によると、どうやらこういうことだ。
奥さんを医者に連れていったら認知症と判断されて、別の施設に「拉致された」(本人談)らしい。
取り返そうと乗り込んでいったら「手足を縛られて箱に入れられている」(本人談)らしい。
「その状態で1ヶ月だ。オレは女房と暮らしたいだけなんだ」(本人談)らしい。
ではなぜここのクリニックに乗り込んできて暴れているかというと、どうも院長(オレの主治医だ)がいろいろと画策して指示を出しているから「悪いのはこいつだ」(本人談)ということらしい。
大暴れは続くが、こんなことで逮捕連行なんかしても面倒なだけだから、警官も何とか説得して外に連れ出そうとするのみだ。そのうち、じじいは「昔は刑事だった」と言い始め、嘘か本当か、警官たちはうんざりした顔になる。
結局30分も暴れまくった挙げ句、疲れてしまったのだろう、じじいは「じゃあ、オレんちで話を聞いてくれ」と言い放って警官たちとともに帰っていったのだった。
顔見知りのナースは、診察室に入ったオレに向かって「ごめんなさいねー」と謝るのだったが、まあ、病気だからしょうがなかんべと応じる。ここは病院なのだ。
それにしても、医療関係者は、こういう逆恨みの被害と常に隣り合わせの仕事というわけだ。それはそこそこのリスクなのだろう。

健康診断の結果にがっくりと肩を落として家に帰る。誰もいない。
ヨメは仕事で、息子は札幌で国際学会に出席、娘は高知のよさこい祭りに参加だ。
息子は、先月に続いて学会での発表もあるそうで、「一応な」といいながらジャケットもスーツケースに詰めていた。
娘は、例によって深夜の高速バスで高知まで行くので、風呂に入ってから出かけていった。
いい夏旅になるといいねと送り出しながらオレは、まだまだ稼がねばならぬから健康診断の結果に気落ちなんかしてられないのだと自分に言い聞かせ、そしてパソコンに向かうのであった。
結局「こうふくろう」は2ページしか読めなかった。


2025.08.07

最強の電車は埼京線ではなくて副都心線だ



今日は朝から横浜である。 みなとみらいあたりの新参横浜ではなく、県庁近辺のレガシーな横浜。横浜と聞いて誰もが思い浮かべる、異国情緒たっぷりのザ・横浜だ。
横浜っていうとシャレオツでハイカラなイメージだが、実際は坂道ばかりで道は狭く、渋滞でイライラする車列の脇を住民がひーひーいいながら登っていく風景がデフォルトである。決して住みよい街ではない。
だが、この県庁近辺は道は広いし、建物はきれいだし、港は見えるし、ここならきっと住んでいて大好きになる街なんだろうなと思えてくる。湿気が酷いのは困ったものだが。
昼飯は税関の食堂で食う。税関職員らしき人物の傍若無人な振る舞いにギョッとしつつ、ハンバーグを食う。普通「ここ、空いてますか」とか尋ねてから座るのが常識だと思うがなあ。
帰りは副都心線で一本。各停だが、ずっと座ってこられたので楽ちん。というか、お尻が痛くなるぐらい座りっぱなしだった。
副都心線は最強である。


2025.08.06

メンチカツの夜


連日連夜の暑さである。誰もが尋常ではないと感じる暑さだ。
温暖化ガスのせいだという説は本命で、最近でてきた対抗馬がメガソーラー犯人説。某有名政治家が中国のパネルメーカーの経営陣に名を連ねているという陰謀論まで流れている。
大穴が、地球の地軸がズレてるせいだという説だ。実際に地軸は微妙にズレているらしく、これがアタリならもはや人知の及ぶところではないだろう。
SDGsさんがいくら頑張ったところで温暖化は止められない。

などとため息をつきつつ、今日は家から出ないで原稿と格闘だ。書いても書いても片付かない。ありがたいことである。
先日、顧問税理士から「住宅ローンの返済予定表を提出せよ」と言われて銀行のサイトからダウンロードし、目を通したところ、まだ山のような残高があるのを発見して卒倒した。
あと何年、あといくらと考えたところで残高が減るわけではないから、ずっととほったらかしにしているわけだが、改めて現実を突きつけられて肩を落とす。
この返済のために、オレはもっと原稿と格闘しなくてはならないのだと自分に言い聞かせる。
妻子を養うのは男子の本分。壬生義士伝かよ、オレは。

うんざりしてきたので、晩御飯に地蔵のメンチカツを家族に食べさせようと思い、隣町まで買いに行く。タイミングよく息子が帰宅するというので、駅でピックアップだ。
地蔵とは、隣町のとんかつ屋である。実に美味いとんかつを食べさせてくれる。付け合せのキャベツや豚汁の具などは、地元の農家から仕入れた練馬野菜だ。
おれはことのほか地蔵のメンチカツが好きで、よく買う。メンチカツといってもメガサイズで650円もするのである。だが、間違いなくそれに見合う味のメンチカツだ。

地蔵は、テイクアウトも注文を受けてから揚げるので待たされる。今日も「20分から30分かかります」とバイトの兄ちゃんに言われる。
りょ。
そう言い置いてオレと息子は涼を求めて駅ビルに避難する。ここには書店のジュンク堂があるのでいくらでも時間を潰せるのだ。
メンチカツを待っている間に、なんということだ、雨が降ってきた。大粒である。
ひどい夕立にでも遭ったら揚げ立てのメンチカツが台無しだ。
出来上がったばかりのメンチカツを抱えて大急ぎでクルマに戻り、家に帰る。
そして、こんな美味いメンチカツが目の前にあるのに仕事なんかしてられっかと、メンチカツのせいにして書きかけの原稿を放り出し、家族と一緒にメンチカツにかぶりつくのだった。
妻子を養うとは、メンチカツを食うことなのだ。


2025.08.05

勝利宣言


本日も大阪日帰りである。こないだは天神祭の日だったが、今日はあべのハルカスだ。
「どや、東京にあべのハルカスなんてないやろ」「東京もたいしたことないなあ」「ないなあ」と、関西人は何かにつけて東京に張り合おうとするから鬱陶しいのだ。
はいはい、あべのハルカス、すごいです。高いです。立派です〜。
50何階かのカフェでコーヒーを飲む。コーヒーも無駄に高い。
大阪の人間は東京を目の上のたんこぶと思って、何でも張り合おうとするのだが、東京の人間の眼中に大阪なんてないということを知っていない。
東京に次ぐ第2の都市は横浜なのだ。
なんだったら大阪相手には横浜を出すまでもなく、さいたま市で十分だろう。
さいたま市も、大宮と浦和の連合だからかなり強いぞ。大阪なんて軽くボコってみせる。
問題は大宮と浦和だと絶対に内紛が起きることだが、そうなったら横浜が出て行けばよろしい。
いや、まずは横浜の子分の川アが行くか。先遣隊として。
向こうも京都や神戸を引き連れてきそうな気がするが、地元をインバウンドに荒らされてそれどころではないだろう。
関東の圧勝である。
こうしてオレはあべのハルカスで大阪の街を見下しながら(みくだしながら、と読む)、勝利宣言をしたのだった。

「熟柿」佐藤正午・角川書店。
佐藤正午はあんまり好きな作家ではなくて、「鳩の撃退法」も上巻途中で投げ出した。それなのになんでハードカバーのこれを手に取ったかというと、「本の雑誌」編集部がぶっちぎりで今年上半期ベストワンに選び、そればかりか「上半期どころかここ数年のベストワン」と大絶賛したからだった。
子どもが生まれたばかりの30代の主婦が、ある事故をきっかけにどんどん転落していくという救いようのない話である。刑務所内で出産した我が子とは一度も会えず、母として息子に会いたいという思いだけを募らせて、どんどん転落していくのであった。その切々とした心情描写はとても心を打つ。
だが、あまりに悲惨で、素晴らしい作品だけれど二度と読みたくないという、二度と見たくない名作と評される「火垂るの墓」のような小説なのだった。


2025.08.04

厳重警戒


あまりに暑い。
気象予報士が「長らく気象予報に携わってきたが、これほど死を予感させる気象は初めて」とTwitterでアラートを発していた。
うーむ、尋常じゃない。
そんな中、オレは日傘をさして大崎まで仕事である。何が暑いって、オレんちから石神井公園駅までの17分の道のりが一番暑いのだ。日傘なしでは、もはや自殺行為。
ここまでくると、メガソーラーのせいで日本は燃えているという陰謀論も信用したくなる。実際どうなんだろうなあ、あれは。
石神井公園駅から電車に乗ってしまえば、あとは駅構内や駅直結のビル内を移動すればいいので楽ちんだ。要するに駅前までなのだ、耐えるべきは。
おそらく今週が暑さのピーク。なんとか耐えきらなくては。


2025.08.03

トモダチ100人よべるかな?


Amazonプライムの「トモダチ100人よべるかな?」が異常な面白さである。
電話をかけて何人の友だちを呼べるだろうかという企画なのだが、しょうもない番組だなあと思って見始めたら、冒頭10分から釘付け。
えげつないほどの面白さなのである。
全部で6回シリーズだが、4回まで一気見してしまった。
4回でやめたのは、続きを見るのがもったいなかったからである。
地上波では絶対に無理なプログラムだ。いったいどこまでが仕込みなのかという興味も相まって、実に面白い。
ネトフリもそうだが配信が金と時間をかけて作ると、こういう番組になるのである。


2025.08.02

流された灯籠の行方は


8月最初の日曜日だというのに、家にはヨメしかいない。そのヨメも、午後からは実家の後片付けに出かけてしまって、家の中にはオレだけである。

娘は朝から朝霞の祭りに出かけていった。よさこいの社会人チームに入っていて、その演舞のためである。37℃の炎天下にご苦労なことだ。塩分と水分だけはしっかり摂るように言い聞かせる。
社会人チームということは学生と違って大人ばかりだし、間違いなく医療関係のメンバーもいるだろうから、心配はいらないだろう。
以前、ある有名病院の女医をインタビューしたら、土日はよさこいをしていると聞いた。チームを尋ねたら、娘が「えーっ!」と驚くほど有名なチームだった。
チームの皆さんは先生が医者だと知って踊ってるんですかと訊いたら「まったく知らないと思います」との返事。よさこい仲間が平素はどんな仕事をしているか、お互いにまったく知らないのだそうだ。そんなものかもしれない。
某有名企業の会社員が、別の某有名企業へ営業に行ったら、出てきた相手が同じバンドのメンバーだったという話を、本人から直接聞いたことがあった。それまでお互いに相手の仕事を知らなかったようだ。ギョッとしたらしいが、何ごともないように名刺を交わし、ごく普通に商談に入ったという。
趣味のつながりとは、そういうものかもしれない。

息子は昨日も大学へ行って帰って来なかった。夏休みだろうが何だろうが、当たり前のように大学へ行き、空気を吸うように勉強している。
研究室には必ず誰かが泊まり込んでいるそうだ。勉強することがメシを食うことと変わらないのである。
東大の大学院生というのは、改めて凄い生き物だと思う。
以前、息子が「TOEICでもやってみるか」とふらっと受けてみたら、950点だった。たまげた。
だが息子はちっとも喜んでなくて、一緒に受けた仲間と「どうしてこんなテストで満点が取れないんだ」と本気で悔しがったそうだ。これが東大生のメンタリティなのだろう。異次元である。
その息子は、今日も帰りが遅いという。「今日も送別会だあ」とのことである。
何の送別会かというと、海外留学に出発する仲間たちを見送る会である。なるほど、確かに海外の大学は9月始まりだ。
「送別会だらけだ」と息子が言うように、実にたくさんの仲間たちが海外へと飛び立っていく。
おそらく来年の夏には、息子も送別される側になるだろう。
留学したら、5,6年は帰って来ない見込みである。場合によってはそのままアメリカで職に就くかもしれない。結婚相手もアメリカ人かもしれない。
実に寂しい話である。
息子には、オレの葬式と妹の結婚式には帰って来い、と言ってある。
いや、マジで息子の留学が終わるのと、オレの寿命が尽きるのと、どっちが先か、いい勝負だ。
ヨメには、というわけで自分の介護は自分で何としてくれ、と言ってある。

そのヨメが実家の後片付けから帰ってきたので、一緒に石神井公園の灯籠流しを見に行った。
老夫婦2人がよろよろと夏の日暮れ、商店街を抜けていく。
きょーねんのー、あーなたのー、ポーコチンがー、と歌っていたら、公園の池に着いた。
入り口では灯籠流しの灯籠が、1つ1000円で売られている。
オレはその1つを買い、ヨメが呆れるのもかまわずに「アルビ残留」という願いを大きく書いて、流してやった。
係員はきっと「なんじゃこりゃ」と思っただろう。いや、神社の絵馬と一緒で、書いてあることなんていちいち気にしない、見ていないに決まってる。
灯籠は石神井公園のボート池をゆらゆらと漂っていく。
ずいぶん昔、子供たちが小学生の頃に一度灯籠流しを見に来たなあと、遠い記憶を薄ぼんやりと掘り起こす。
来週は40度近くの酷暑が続くそうだが、季節は立秋。帰りの商店街を抜ける風には、どことなく秋の気配が漂っていた。


2025.08.01

キャプテンルール


現在Jリーグは夏休みだ。期間は3週間。
「マジで生命の危機を感じる」と吉田麻也(ベラジョン所属)が言うように、この時期に屋外スポーツをするのは自殺行為だから、夏休みは大変によいことである。
おかげでオレも心穏やかに過ごせており、我が家も平和だ。
東に誤審があれば西に乱闘があり、朝にサポーターのいざこざがあれば夕にはアルビレックスが最下位になる。
そんなことにいちいち大袈裟に反応するほうがおかしいのだ。
だいたい、しょせんはエンタメ。娯楽でしかないのである。
「No Life,No Football」なんて弾幕を見ると、正気かよと思ってしまう。
もっとまったり、暢気にながめればよろしい。愛するチームがJ2に降格したとて、我々の暮らしには1ミリの影響もない。

そのJリーグだが、世界の潮流に合わせてこの夏休み中に新たなルール改正が行われた。
まずは8秒ルールである。
これは、ゴールキーパーがボールを持ったら8秒以内に蹴る、あるいは投げなければならないというものだ。
野球で言うところのピッチャーの20秒ルールで、要するに時間短縮、プレーのスピードアップを目的とした変更である。
違反したら相手にコーナーキックが与えられる。
だったら8秒で投げられないように邪魔すりゃいいじゃんとは誰もが思うが、そんなことはとっくに織り込み済みで、邪魔が入ったら8秒のカウントダウンは中止だ。
ロングキックでハイプレスという戦術のチームは、キーパーが蹴り出す相手を探すのに時間がかかる、つまり前線の選手がダッシュして有利なポジションを取るのに時間がかかるから、不利である。特に試合終盤はヘロヘロだから、誰だって走りたくない。
その点、下からつないでいく戦術のチームは足元にボールを投げればいいから、有利だ。
ということは、おお、アルビレックスにとって有利なルール変更ではないかと思ったのだが、ここへきて先発選手の半数以上が新加入選手に入れ替わるという激しさから、ビルドアップは放棄して昔の百姓一揆戦術に戻ることが予想され、特に有利になるということはないと思われるのだった。残念。

もう1つのルール変更が、キャプテンルールである。
審判に文句を言うとき、今は選手が審判を集団で取り囲むのが一般的だが、それがあまりに見苦しいというので、文句を言えるのはキャプテンだけ、と変更された。
これはラグビーを見習ったものである。
紳士のスポーツであるラグビーは立ち振る舞いにも紳士らしくあることが求められるので、集団で文句を言うのはもってのほか。キャプテンと審判が1対1で話すのがフェアで男らしいという考えだ。
なるほど。
だが、サッカーは労働者階級のスポーツである。元来が野卑で粗暴なのである。だからキャプテンルールはしっくりこない。集団で乱入を繰り返すほど盛り上がる、プロレスのようなものである。

乱入と言えば思い出すのが、東京ドームで行われた伝説の橋本真也対小川直也の一戦だ。
この1試合だけで本が1冊書けてしまうほどの、100年に一度と言われたガチ試合である。100年に一度は大袈裟としても、今見ても充分にヤバい試合であることがよくわかる。
これは猪木にたき付けられた小川が一方的に橋本にセメントを仕掛けた試合で、小川の側にオランダの本職やくざであるジェラルド・ゴルドーが用心棒として仁王立ちするという異様な雰囲気で行われた。
橋本直也は試合前に「オレに何かあったら頼むぞ」と付き人の安田に耳打ちしている。
試合は大荒れに荒れ、終了後は両陣営が入り乱れてガチの大乱闘に発展する。
小川サイドの村上などは、場外の床に思い切り叩きつけられて失神し、大いびき。危険な状態だ。それなのに橋本サイドの高岩が、リングサイドの鉄製のフェンスを思い切り叩きつけようとして、すんでの所で仲間に羽交い締めされて止められている。
高岩は、「もし止められてなかったらオレは殺人者になっていた」と後日、振り返っていたほどのヤバいシーンだった。このシーンも、今はYouTubeで見ることができる。
この大乱闘に真っ先に飛び込んでいったのが、橋本に「何かあったら」と耳打ちされていた安田。
それなのに何人かの選手は乱入せずに、控え室で黙って見ていただけだった。戻ってきた安田はその連中に向かって「お前らの人間性を見たわ」と吐き捨てたのであった。
面白いのは試合後、小川が橋本に電話で「すみませんでした」と謝っていたことである。
それを受けて橋本は「どうするんだよ、お前、ちゃんと借りを返せよ」と迫り、そして2人の抗争は続いていった。実にプロレスとは奥が深い。

という乱入に近いような集団でのなだれ込みがサッカーの猛抗議には似つかわしいのであって、キャプテンルールというのはちょっとそぐわない気がする。集団で審判を囲んで、後になって「人間性を見たわ」と仲間に吐くような展開があれば、ぞくぞくするではないか。
もっとも選手には囲まれ、スタジアムがブーイングを浴び、さらにはVARに一挙手一投足をチェックされる審判を思うと、確かにかわいそうになってくる。
オレが最高だと思った審判は、去年引退してしまった佐藤審判だ。下の名前は忘れた。
試合中は選手と親しくコミュニケーションを取りつつ、いざ有事となると実に厳格な表情で睨みつけて、一切の情実を廃した判断を下す。この審判が言うなら、しょうがないなと選手に思わせる雰囲気をまとっていた人だった。
乱闘の際には選手の仲裁には一切加わらず、離れたところから乱闘の状況を冷静に観察して、処罰すべき選手を正確に見極める。その冷静さも凄かった。

こういう審判ばかりならキャプテンルールも不要かもしれないが、まあ、どうなるか、見守りたいところだ。
要するにJリーグのない夏休みはつまらないから、早く再開しろと言いたいのである。

「空飛ぶ広報室」有川ひろ・幻冬舎文庫。
昔、このドラマを見たなあ。そなりに面白かった。原作はというと、それなりに面白い。だが長い。長すぎる。有川比呂はうまい作家ではあるが、この一冊はオレにはあまり合わなかった。


2025.07.31

夏も3分の2が過ぎた


「東京MER」の映画をテレビでやっていたので、ぼけっと眺めた。Amazonで一度観たはずなのに、まったく覚えていない。
テレビドラマの時もそうだったが、どうせ最後は全員助かって「死者ゼロです!」で終わる。
ハッピーエンドに決まっているから安心なのだ。
とは言いつつ、本当に助かるかなあと心配しながら寝たら、朝、息子が「死者ゼロだったぞ、それどころか生きてる人間が増えてたぞ」と教えてくれた。
そうだった、子供が生まれたんだった。
まったく安心すぎる映画である。
あのThunderbird以来、ハラハラドキドキ、でも最後はホッと一安心はドラマの王道である。


2025.07.30

タコの吸い出し


仕事で笹塚まで行った。懐かしい街だ。
住んでいたのは31歳から42歳まで。30代のほとんどをここで過ごしたことになる。
懐かしいが、思い入れはまったくない。笹塚にはほとんど寝に帰ったようなもので、生活の大半は事務所のある曙橋と新宿御苑前で過ごしていたからだ。
馴染みの店や風景も、思い入れという点では、新宿御苑の方がよほど上だ。
それでもそれなりの懐かしさもあって、しばし街を歩いてみる。
思い入れはまったくないが、わずかばかりの定食屋や飲み屋は行きつけだった。もちろんそのすべてが消えていた。
街の有り様は大きく変わっていないものの、30年以上も昔のことだから人や店はすっかり入れ替わってしまったようだ。
住んでいたマンションに行ってみる。
毎日歩いていた川沿いの砂利道が舗装されていたくらいで、当時掲げられていた「タコの吸い出し」の看板もそのままだ。一体あれは何だったんだろう。謎だ。今も残っているということは、それなりに意味のある看板だったのだろう。
道沿いにあった天理教の教会はなくなっていた。朝晩、とんつくとんつく、太鼓の音が流れてきたっけ。
住んでいたマンションは、まだあった。当然だろうが。
佇まいは昔とまったく変わっていない。
このマンションと駐車場にいったいどれほどの家賃を払ったのだろう。考えると背筋が凍るので考えないようにしている。
背筋は凍っても、外は37度。日傘を差していても汗でぐっしょりだ。
懐かしい街を訪ねても何の事件も感慨もなく、ただそこに街があったというだけだった。


2025.07.29

上を下への


石破茂のことを「醜く奇妙な生物」と評した投稿が物議を醸すなど、「永田町界隈は上を下への騒ぎが収まらない」(日経新聞)状態だ。
投稿に噛みついたのは橋下徹だけれど、「見た目じゃなくて、立ち振る舞いとか人柄とかすべてを含めて“醜い”と言ってるに決まってる。そんな読解力もないのか」と返り討ちに遭っていた。
オレも石破茂ほど醜悪な人間はいないと思っている。
就任直後の国際会議の場での恥知らずな振る舞いに始まり、あらゆる行いが想定の斜め上過ぎて、理解の範疇を超える。最低最悪な首相であることは間違いない。あの鳩山・菅をあっさり超えてみせた。

オレは石破茂は、自己愛性パーソナリティ障害だと思っている。
過大な自尊心、自己肯定感、過度な称賛の欲求、共感の欠如。見事に特徴が当てはまるではないか。
病気だからしょうがないと思えばよいのだろうが、一国の総理だから、ほっとくわけにもいかないだろう。

石破は、自民党が選挙で負けたのは、自分のせいだとは1ミリも思っていないそうだ。
裏金疑惑が敗因であって、要するに安倍派の連中のせいで自民党が負けたと本気で思っている。だから、辞めるつもりは毛頭ないのだ。
むしろ選挙に負けた結果、安倍派の連中をはじめとして目障りな奴らが落選してくれたから、してやったりと思っている。自分の思ったとおりに事態が上手く進んでいるから、どうして辞めなきゃいけないのだ、上手くいってるじゃないかと、自画自賛しているそうだ。
そして、巷間いわれるように、何が何でも戦後80年談話を発表するつもりである。石にかじりついても。
なぜなら石破が目指しているのは日本が中国の属国なることだからだ。もうアメリカに尻尾を振るのは辞めるんだ。中国と仲良くするんだ。中国に媚びを売り、覚えめでたくするためにも、日本が侵略して皆さんに迷惑をかけましたごめんなさい土下座します賠償しますという80年談話を発表しなければならないのだ。それはもはや強烈な使命感である。

まさに日本の危機である。
そこで裏で動いているのが、高市早苗を首相にして自民党と参政党が連立するという仰天の情報である。仕掛けているのはご存知、麻生太郎。オレはゴリゴリの右翼だから高市早苗首相は大歓迎である。だが、参政党はなあ。どうもなあ。
ともかく上を下への大騒ぎだ。

ところで日米関税交渉では共同文書がなかったことが発覚して、世間が仰天してるが、オレも仰天した。
国家間の交渉が口約束で「じゃ、そういうことでよろしく」で終わったとは、信じがたい。
ボーイングの航空機100機を購入することが決まったと言うが、読売新聞によれば、日本は既にこれぐらいの量を購入する計画があって、新規購入はまったく考えていないという。
うーむ、大丈夫か、これ。
アメリカは絶対に「新規で100機」のつもりだろうから、日本が「てへっ、とっくに買ってますよーだ」とベロを出したら、激怒されるんじゃないだろうか。共同文書がないから、こんなことになる。
これもとにかく面倒なアメリカなんかとっとと片づけてしまいたいと考えた石破のせいだろうなあ。


2025.07.28

暑すぎるからオレは外に出ない


オレが学生の頃から、一年で一番暑いのは7月最終週だった。
だから今週が暑いのは、そりゃそうだろうとは思う。
だが、それにしてもこの暑さはやっぱりおかしいのではないか。
ということで、噂されるメガソーラー犯人説を信用したくなる。
太陽光は地球表面で反射・散乱されて宇宙空間に逃げていく。この本来地球にとどまらない波長帯を吸収して電力と熱に変換するのが、太陽光パネルだ。
わかったふうに書いているが、実はオレもよくわかっていないのだが。
要するに地球にいらない余計な太陽エネルギーを無理に吸収してるのが太陽光パネルで、メガソーラーなんてものがありゃ、そりゃ気温も上がるよねという話なのだろう。
確かにそれは納得できる。
今ではメガソーラーのおかげで熊まで平地に追いやられてしまっているし。
山肌を覆うとんでもない広さのソーラーパネルを眺めると、本能的に、これはやっちゃいけないことだろうと思う。こいつらが10年で耐用年数を超えてしまうというから、いったいそのときはどうなっちゃうんだという懸念もある。
我が家は南向きで太陽をモロに浴びるから、屋根にソーラーパネルでも載せたらいいとよく言われたし、そんな営業も盛んにやってきた。
だが、隣に住むオガワさんの「屋根が傷むからやめといたほうがいい」というアドバイスに従って、ソーラーパネルには目もくれなかった。オガワさんは屋根職人で、ソーラーパネルのせいでボロボロになった屋根を散々目にしてきたのだろう。
屋根でもダメなんだから、山となったらもっとダメに決まっている。
しかもメガソーラーは中国利権でがんじがらめとの噂もあるし。
やっぱりあんなものは追放すべきだろう。北海道が40度なんて、おかしいもの。


2025.07.27

これはミラクル


興業を手がける某グループの面々がバルサの連中と撮った記念写真をネットに上げた際、写真を見た神戸サポーターの間で「大丈夫か」「ヤバくないか」という声が広がった。
それほど反社の匂いがプンプンした連中だったそうだ。
だから今回、興行主がカネを払わなくて神戸対バルサの試合がいったんは中止になった際も、あーあ、やっぱりなという声が起きた。試合の直前というのはあまりにイレギュラーすぎたが。
バルサ側の怒りの凄まじさから、どれだけ詐欺的な対応だったかが伺える。
大丈夫か。ヨーロッパの裏社会は日本の比ではないから、騙した日本反社は激烈な追い込みをかけられるのではないか。

驚いたのは三木谷の対応だ。
なんとすぐさまピケに直接連絡を取ってバルサの首脳陣につないでもらい、一方で個人の人脈を駆使して韓国の航空会社のトップに臨時便を出してくれと直談判したらしい。
あげくに8億円なんぼかをポケットから気前よく払ってみせたそうだ。
これで事態は収拾し、バルサの連中も予定どおり日本にやってきて、神戸と試合をしてくれた。
「今まで一番ハードなネゴだった」と三木谷は笑っているが、この一連のムーブは神対応。驚いた。三木谷、一片の曇りもなくスーパーである。経営者及び超富豪としての本気を見せられた思いだ。お見それしました。ほんまやで。
そして肝心のゲームは神戸があっさりと負けてくれたことで、バルサのご一行は気分よく日本観光を楽しんだのであった。


2025.07.26

アナリストは美人に限る


SNSで興味深いメッセージを見つけた。
タイミーさんの投稿のようだ。
タイミーさん、今日の仕事は「誰もが知る大企業だった」そうで、「穏やかな人柄、細やかな気配り、無駄のない分かりやすい指示、適度な緩さ」に驚いたそうだ。過去一働きやすくて、こんな企業なら誰だって辞めないと納得していた。
しかりである。
問題が起きたとき、誰が悪いのかと徹底的に犯人捜しをするのが中小企業で、何よりも問題解決を優先して一致団結するのが大企業というコメントもあった。
言い得て妙である。

以前、アナリストの馬渕磨理子に「穏やかな人柄の経営者が最後に勝ち残るんです」と、笑顔を浮かべながら面と向かって言われた。
京大卒という才媛の上にあまりに美人であるものだから、オレはぽーっと顔を見ながらその言葉を聞いていた。
こんなアナリストにインタビューされたら、どんな鬼経営者だってニコニコとしゃべっちゃうよなあと思ったものだった。
馬渕の言うように、穏やかさはとても重要なキーワードである。これは人間だけでなくて、企業にも当てはまる。
オレは日常的に新入社員から経営者までいろんな人にインタビューしているが、入社動機で最も多いのは「人間関係がよくて」「社風がよくて」という理由だ。かつては「やりがいがある」「仕事が面白そう」という理由が多く、それ以前は「給料が高い」という動機が多かった。
人的資本経営の時代となった今、「居心地のよさ」こそが企業の重要な経営指標なのである。


2025.07.25

三大祭り


今日は大阪日帰りである。行き帰りの行程は新幹線だから快適である。
問題は大阪で降りてからだ。なにしろ関西弁というやつは非常に暑苦しい。アレを聞くだけで不快指数が上昇してしまう。行く前からうんざりだ。
大阪で地下鉄に乗ったら、浴衣姿の女の子がやたらと目につく。どういうことだ、これは。浴衣女子が関西弁で話すと、実にかーいらしい。おじさんは態度をコロッと変えるのである。

仕事を終えて帰ろうとしたら、ディレクターが「今日は天神さんでひどい混雑やから途中まで車で送ってあげはりますわやねん」と言う。どういうことかとたずねたら、天神祭というお祭りがあるのだそうだ。
なるほど、それで浴衣がぎょうさんいてはりましたのか。大阪中が浮き足立っている感じどすわ。
で、そのお祭りは大きいんでっかと訊いたら、何ゆうとんねんという顔で「日本三大祭りの一つですわ」と教えてくれた。
へー、そんな大きい祭りでしたか。これはお見それしました。
で、残り二つの祭りはなんですか。ヤマザキ春のパン祭りですか。
そう言おうとしたが、殴られると思ったのでやめておいた。

「脇坂副署長の長い一日」真保裕一・集英社文庫。
「デパートへ行こう!」など、この手のドタバタ物が得意な作者。これはある警察署の一日を描いた作品である。とにかく登場人物が多く、ストーリーも複雑で、ちっとも話が追えなかった。
読んでてこんがらがるばかりである。たぶんこれはオレの頭がポンコツだからだろう。


2025.07.24

イチバーン!


社会人になって就職した会社が新宿にあり、それがきっかけで新宿では19年間を過ごした。
オレの20代、30代はまさに新宿とともにあったのだ。
歌舞伎町も新宿三丁目も新宿御苑も、オレの庭だった。
そんな新宿も、今では通り過ぎる街。電車を降りて足を踏み入れることは年に一度、あるかないかである。
今日はその年に一度。バスタの最上階で仕事だった。
最上階だけあって実に見晴らしが良く、まさにパノラマである。練馬から上京してきた田舎者のオレは、はえーと口を開けて窓の外を眺めるのだった。
いやあ、新宿も変わりましたねえ。あんなところに新しい道路が。こっちでは、あるはずのビルが消えているし。
そりゃあ25年も離れていれば街も大きく変わる。ここをクルマで走り抜け、夜には酔っ払ってウロウロしていたのは、遠い夢のようである。知らない店ばかりになった。

真夏の午後、新宿の人混みにいるなんて、もはや体が受け付けない。仕事が終わったらとっとと帰る。
いや、その前にちょっと東急ハンズにでもよってみよう。いやいや、東急ハンズなんてもはやない。カインズの子会社の、単なるハンズになってしまった。
まったく世の中は転がる石。苔むすこともなく、変わっていくのであった。
などと考えながらカフェの前でぼけっと立っていたら、外人が近寄ってきて「お前はここの土地のものか」と話しかけてきた。道案内か。
ちゃいまんねんと答えたら、外人は去っていき、仲間たちとぺちゃくちゃしゃべりはじめた。ラテン系の言葉のようだ。
道案内ならオレもできるぜ、なにしろはオレにとって新宿は庭だし、と追いかけて告げようかと思ったが、25年も昔のことだしなあと思いとどまった次第である。

などと考えながら汗をかきつつ家に戻ってきたら、ハルク・ホーガンが死んでいた。71歳という。
まだ若いじゃないか。明らかに心臓系の疾患だろう、ステロイドでつくった体だし。
ホーガンは木偶の坊のレスラーだった。ルックスだけは良かったから、鍛えれば商品になると目論んだ猪木が、無理にトップレスラーへと仕立て上げたのだった。さすが、箒とでもレスリングしてみせると言われた天才・猪木であった。
その白眉が、ご存知IWGPの決勝戦、猪木の失神事件である。あの試合をオレは国技館の2階席で見ていた。
猪木は担架で運ばれ、全試合が終わったというのに誰も帰らなかった会場は異様な空気に包まれ、そして「猪木選手は意識を取り戻したようです」のアナウンスに会場が沸き、みんなやっと腰を上げたことを覚えている。
もちろん今ではすべて猪木の自作自演だったことが明らかになっている。
そのことを知った坂口征二は翌朝「人間不審」と書き置きを残して失踪。ファンが「そこは人間不信だろ、坂口」と突っ込みながら、恥ずかしくないから出ておいでと呼びかけたのだった。

哀れだったのは何も知らずに、猪木を病院送りにして、猪木優勝というストーリーを台無しにしてしまったと思い込んだホーガンだった。
やべえ、やっちまった、オレは何もしてねえ、オレのせいじゃない。
勝ち名乗りを上げながらホーガンは、これで新日本プロレスの仕事を干され、せっかく掴んだスターの座も手放すことになると、目に見えてがっくりしたのだった。
死去の報に接して思い出したのが、あのときのおろおろとうろたえるホーガンの姿だった。
古きよき昭和プロレスの思い出である。


2025.07.23

大門の近くにあるのが浜松町


この年になると、慣れた仕事に流れたくなる。楽だもんね。
慣れた仕事、要するに得意な仕事だ。楽して稼げたら、最高だもんね。
だから今日のように慣れない仕事だと、けっこう大変である。楽ちん仕事の2倍、3倍の労力をかけないと稼げない。
でも、ふと考える。慣れない仕事って要するに新しい仕事だから、この年になって新しいことに挑戦できるのはありがたいことじゃね?
そう思い直したら、俄然楽しくなってきた。
登り道がしんどいのは当たり前である。しんどいから登れるのだ。登ったあとの景色を楽しみにすれば、きついとも思わない。
いずれ慣れない仕事も、慣れた楽ちんな仕事になっていくに違いない。

などと考えながら、浜松町あたりを歩く。13時すぎだ。最高気温37度だからほとんど自殺行為である。
当然、日傘をさしている。
周囲を見れば、日傘おじさんがちらほら。
去年は日傘をさしていると人にジロジロ見られたものだ(特におばちゃんが不躾な視線を投げてくる)が、今年は視線が気にならない。日傘おじさんもすっかり夏の風物詩になりつつあるということではないか。
初めて日傘をさしたときは、トイレに座っておしっこをしたときのような敗北感があったものだが、もはやなんとも思わなくなった。
これも登り道を上りきったからである。
この年になっても成長していることを、オレは威張るのだ。

「空の中」有川ひろ・角川文庫。
先日読んだアンソロジーの中の一作が面白かったので、その本編に当たるこちらを読む。
思い切りSFの展開なのね。これは意外だった。
だけど、本質はそこではなくて、地上で繰り広げられる人間模様。エンディングは実に感動的。そして、おまけに掲載されたスピンアウトが本編以上に感動的だった。
さすが、力のある作家である。


2025.07.22

網走の近くにあるのが北見


今日も36度である。慣れるなんてとんでもない。日に日に体にダメージが溜まっていく。
北海道の北見という所にはオレの甥っ子が暮らしているが、今日は38度と日本一高温だと昼のニュースで言っていた。
おーい、全国ニュースになってるぞーとLINEしたら「立っているだけで汗だくだ」と返してきた。
オホーツクの町ではなかったか、北見。
今では沖縄より暑い町になってしまったようだ。
あのあたりは夏でも涼しいから、エアコンのない家が多いから、厳しいだろうなあ。

オレはというと、今日も家にこもりきりである。
たまに買い物に行くのに外に出るが、それだけで倒れそうになる。
若い頃は夏が大好きだった。もっと暑くなれとさえ思った。
今では夏が恐ろしい。
年を食ったこともあるだろうが、やっぱり気象がおかしいんだよ。


2025.07.21

ボーナスがないフリーはツラいのだ


クレジットカードの請求書が来て、あまりの金額にのけぞった。
室内はエアコンが効いているというのに、背中を汗が流れる。イヤーな汗だ。
テレビを買い替えた。掃除機を買い替えた。色々買い替えた。
そりゃあ行くよね〜。
とはわかっているものの、いざこうして請求書を見るとビビるのであった。
熱中症予防にはクレジットカードの請求書。心底冷えます。

それにしてもこの暑さはどうなんだ。さすがにおかしいだろう。
練馬区の最高気温は37度。三連休で最も高温だそうだ。
息子と娘が通っていた地元の小学校では、とうとう夏の盆踊りはやめて、10月に開催することになったそうである。
娘が在学中の隣の家のパパに聞いたら「死んじゃいますからね〜」と笑っていた。
確かにヤバい。ヤバいと言うだけしかできないが、ヤバい。

小学校では夏のラジオ体操がとうの昔に廃止になった。
近隣の騒音クレームに加え、早朝に子供が1人で歩くことの危険性からだ。
まったく嫌な時代になったものだ。


2025.07.20

△××△△×△×○△×△○×△×○×○×××××19


生命保険を販売する職員のことを「生保レディ」と呼ぶのはもう古い。新しい名前を募集しよう。
保険の協会が突然そんなことを言い出した。
公募するのはいいとしても、開始がこの9月で、新しい名前を発表するのが来年2月って、なんというスピード感だろう。ちょっと驚いた。
そもそも「生保レディ」に代わる名前って、「保険のおばちゃん」以外に考えられない。

おばちゃんと言えば、みずほである。福島みずほ。
なんとラサール石井を担ぎ出すという奇策によって、ギリギリ、政党要件を満たすことに成功した。代わりに副党首が落選したというから、まさに捨て身の攻撃であった。
夜の時点では得票率2%にほどと遠く、これは政党のご臨終を目の当たりにすることになるとワクワクしたものだったが、しぶとく生き存えたわけだ。
それにしても、蓮舫ばかりか、ラサール石井の顔もこれから6年間見なくてはならないとはなあ。うんざりだ。

うんざりなのは、我が軍、アルビレックス新潟もである。
7月になって立て続けに加入した新戦力4人をすべて使ったところ、実に素晴らしい働きぶりで、チームにも見事にフィットした。
おお、いいではないか。素晴らしいぞ。
喜んだのもつかの間、実は我が軍の選手たちがJ1レベルに達していないから、新戦力が素晴らしく見えただけということに、試合終了後にオレたちサポーターは気がつく。
例によって、まーた安いミスで失点して敗戦。これでリーグ戦5連敗。
ついに最下位である。
もはやサポーターは誰一人として残留を信じてなくて、今シーズン、いったいどれだけ負けるのだろうというところにしか関心がない。
降格マジックは、これで7。
社民党は捨て身でぎりぎり生き残ったが、我が軍はお手上げ。終戦である。


2025.07.19

アド街


本日は待ちに待った「アド街ック天国」の石神井公園編である。
石神井公園に在住に全ての人たちが、固唾をのんでランキングを見守る日であった。
であるのにオレたちだけは、幼稚園時代の仲間との飲み会を挙行したのであった。
20年近くたってもこうした付き合いが続いているのはすごいねえ。驚くわ。
アド街はTVerに任せて、我が家は飲み会を優先したのであった。

「帰郷」浅田次郎・集英社文庫。
単行本で読み逃していた一冊だ。戦争をテーマにした作品集。終戦後にソ連に攻め込まれた北方四島を描いた「終わらざる夏」と同じ頃に書かれた作品もあるようだ。相変わらずの筆達者。上手いとしかいいようがない文章である。その表現力に、何度も唸る。「オレをお前の腹に収めて国へ連れて帰ってくれ」と言われて戦友を食った「金鵄のもとに」が凄かった。


2025.07.18

中国人はセミよりうるさい


今日は原宿に行った。昼過ぎ、13時である。地獄のような時間だ。
原宿は相変わらず人だらけである。酷暑の昼下がり、この人混みを歩くだけで倒れそうになる。
取材先の人に聞く。職場が原宿ってかっこいいですよね〜。
「でも、それは最初の2週間だけですよ。今では人の多さにうんざりです。特にインバウンド!」
確かに行列のできている店の前には大きなバッグを抱えた中国人が山のようにいる。あいつらはなんであんなに大声で喋るのだろう。
中国人はセミよりうるさい。
原宿なんかに勤めなくてよかったなあと、オレは胸を撫で下ろすのだった。

セミと言えば、光が丘公園で仰天の告知があった。「セミの幼虫を捕らないでください」という告知である。
どうも中国人がセミの幼虫を大量に捕獲し、食用にしているらしいのだ。やつらは成虫も食うらしい。
確かに巨大な光ヶ丘団地には、中国人が大量に棲み着いて、いろいろと問題を起こしている。
スーパーの買い物カートを持って帰って道に放置しているなんていうのはかわいいほうで、エレベータの中でおしっこをするという発狂ものの被害も頻発している。
まったく中国人という奴らは。日本人ファーストという言葉に諸手を挙げる人が出てくるのも、わからなくはない。
そんな連中だから、セミを食うのも当たり前なのだろう。目の前の広大な光が丘公園は豊富な食材の山。恵みの里なのだ。奴らにとっては。
それにしてもセミなんて。うえーーー。
と思うものの、オレたち日本人だってイナゴを食うしなあ。イルカやクジラを食うことも、欧米人にとっては信じがたいことだろうから、食文化の違いをあげつらって糾弾するのはよくないかもしれない。
むしろうるさいセミを駆除してくれると思えばよいのではないだろうか。やっぱり日本人ファーストは間違っているのだ。

ところでその選挙だが、ヨメと娘は既に期日前投票を済ませた。
我が家はガチ右翼の自民党支持だから、もともと日本人ファーストである。それでも今の内閣にはほとほと愛想が尽きた。ここはお灸を据えて、内部の自浄努力に期待するのが一番だろう。
そんな話をすると息子は「よく考えろ。参議院選挙だ。結果によっては今後6年間衆参ねじれ現象が続くんだぞ。それは日本にとってとんでもない状態なんだぞ」とオレを諭す。
そして「一時の感情や雰囲気で投票すべきではない」と続け、オレはやっぱり我が家で一番冷静で頭のいいのは息子なのだなあと感心し、息子の言うとおりにしていれば間違いないと改めて確信する。


2025.07.17

かな入力者の正義


24歳で初めてキーボードに触れて以来43年間、ずっとかな入力である。
「は」と打てば「は」と表示され、「げ」と打てば「げ」と表示される。ハゲと口に出すときは誰だって頭の中で「はげ」と浮かべてから言うわけで、HAGEを変換してハゲと言う人などいないだろう。
日本語で文章を書くのだから日本語でキーボードを打つのが当たり前なのだ。
ところがこう考える人はかなりの少数派らしく、2015年の調査では、かな入力の人は僅か5%しかいないそうだ。
圧倒的にローマ字入力が大多数なのである。ローマ字入力こそ大正義。かな入力なんて、西から日が昇るバカボンの世界にも等しいことなのだ。
確かにオレ自身、今までかな入力の人に会ったことは一度もない。完全なるマイナーであることは身にしみて知っている。
それでもローマ字入力に変えようなどとは絶対に思わない。
日本語を書くなら日本語を打て。日本語のフリーライター歴37年のオレの主張である。

圧倒的少数派ゆえの悲劇は散々味わってきた。
一番はキーボード選びである。ローマ字派の連中(もはや連中呼ばわりだ)には想像もつかないだろうが、キーボードによって文字の配列が微妙に違ったりするのである。これはたいへんに困る。
また、デバイスによってはかな入力に抵抗を示すものもある。
オレが今直面しているのが、この問題だ。

オレの仕事はテキストを打つことだから、無理して重いパソコンを持ち歩く必要はないのではないか。いっそスマホで入力すればいいのではないか。そう思いついた。
Googleドキュメントならば完全に同期できるから、この程度のアホな文章ならタリーズでコーヒーを飲みながら、スマホに書けばいい。おお、これは素晴らしいアイデアではないか。
早速オレは息子からブルートゥース接続のキーボードを借りて、試してみる。うむ、うまくいった。なかなかよいぞ。
そこで自分用にポータブルのキーボードを買った。3つに折れるキーボードである。小さいがキーの大きさは標準サイズだから使い勝手はいい。しかもポータブルだというのにテンキーまでついている。
ところがこれを使ってかな入力しようとすると、どうにもうまくいかないのである。
詳細は省くが、試行錯誤の末、ATOKと組み合わせればなんとかかな入力できることが判明した。やれやれである。

苦労したが、これで出先ではスマホに原稿を書いて、仕事場に戻ってからデスクトップPCで整えるというスタイルが確立できた。
実際、今日のこの日記もスマホで書いている。
なかなか使える組み合わせだ。

もっともこうして書いていると、とても疲れる。理由はスマホの画面が小さいことだ。わかっていたことではあるが。
うーむと思いながら食卓の下のかごをゴソゴソとかき回したら、iPadminiがでてきた。こんなふうに我が家では家中にタブレットが転がっているのである。
そうだ、このiPadを使えばスマホのような画面の小ささに悩まされることはないのではないか。
食卓の下に眠っていたiPadminiがまるで救世主のようである。
そこでiPadminiを大急ぎで充電し、キーボードとブルートゥース接続しようとした瞬間、オレは気がつく。
これじゃ要するにノートパソコン持ち歩くのと一緒じゃね? ←いまココ。
かな入力者のキーボード問題は色々と悩ましいのだった。


2025.07.16

天皇杯敗退


銀座へ行ったら、山尾しおりがいた。
銀座四丁目の交差点角、例のセイコーの時計台の交差点で、ワンボックスカーの中から身を乗り出して、叫んでいた。
「玉木には負けない」「国民民主には負けない」と絶叫。
甘言にのせられて選挙事務所や選挙カーを用意し、スタッフも準備した。それなのにあっさりとハシゴを外され、天下に恥をさらしてしまった。
どう頑張っても当選にはほど遠いなら、いっそ玉木ディスりに全振りしてしまえ。
そう思ったとしても無理はなかろう。銀座の空に向かって思う存分に叫べばよろしい。
そんな山尾しおりを見て、歩行者の半分を占める中国人が拍手を送っていた。

山尾しおりの写真でも撮るんだったなと思いながら家に帰ったオレを待っていたのは、天皇杯である。
アルビレックスの相手は東洋大学だ。そうである。伊東市の市長で何かと話題の大学である。
そんなFラン、卒業したかどうかなんてどうでもいいではないか。そういう議論があることは認識している。
東洋大学は果たしてFランなのだろうか。微妙だ。微妙な気がする。
そんな微妙なFランのサッカー部相手に、アルビレックスは負けてしまった。
例によって自滅である。2失点ともありえないミスからである。
まあ、あるよねーと、オレと息子は冷静に分析する。なにしろFラン大学のサッカー部以下の選手たちなのである。負けて当然っちゃあ当然。
こっちのシュートはバーに弾かれ、あっちはミスに乗じて労せず得点するのだから、勝てるわけがない。
よって今年の天皇杯は終了。あとはコンマ数%の可能性に賭けて、奇跡の残留に向けてリーグ戦に全集中である。


2025.07.15

ライターなんで


バッグを買い替えた。
ずっと欲しかったバックだ。
ネットで見つけて欲しくなり、でも一度は実物を見ておかなくてはと、仕事のついでに丸の内にある実店舗を訪ねて手に取って確認し、やっぱり欲しいと思った。それでも購入しなかったのは、高かったからである。
4万円近くもしたのだ。
普段オレが使っているバッグは数千円。5千円以下だとさすがにファスナーなどの質が悪くて、すぐにポケットが閉まらなくなってしまう。やはり1万円近くは出さなくてはと考え、今使っているリュックも8千円ぐらいのを買ったはずだ。
それを思うと、4万円は高い。実に高い。
それでも欲しいなあ。
ヨメに相談すると「仕事で使うんだし、買ったら」と言われ、息子には「いんじゃね」と軽く突き放される。
そんな日々を過ごした後、ある日の朝6時、トイレに座りながらポチッとしてしまったのである。
Amazonのバーゲンが始まって、ちょっと安くなっている。そこに貯まっていたAmazonアマゾンポイントを使うと、なんと3万2千円まで価格が下がる。こ、これはお買い得ではないか。
ずっと迷ってきたものの、要するに衝動買いである。
ええーい、買うなら今だ。あとは知らん。

ある会社の女性営業を思い出す。とてもできる営業ウーマンだ。
彼女が高そうなバッグを持っていたので、駅のホームで「いいバッグだね」と思わず口に出した。ブランドは忘れたが、30万円はくだらないだろうと思われた。
彼女は卑下することなく堂々と「ありがとうございます、営業なんで」と嬉しそうに笑った。なんとも立派な笑顔だった。
人に値踏みされる仕事だから、身の回りにはカネをかけています。もちろんその分、しっかり稼いでいます。「営業なんで」の一言には、そんな自負が感じられた。
スキのない身なりをしていた彼女の姿を思い出しながらオレは、ライターなんでとつぶやきつつ、Amazonからの購入確認のメールを開いたのだった。

そして届いたバッグを、今日初めて持って出た。行き先は大手町のメガバンクである。
新しいバッグって、やっぱり気分が上がるよねえ。持つのに慣れなくて肩が痛くなったり、ぎくしゃくするものの、やっぱり気分がよくて、無理して買ってよかったと思うのだった。
ついでにメガバンクからは「先日の原稿はとってもよかったです。社内でも評判でした」とほめられて、ますます気分がよくなる。
さあ、稼ぐどー。

「私たちの金曜日」アンソロジー・角川文庫。
働く女性たちをテーマにした作品集。女性作家ばかりだ。山本文緒の、さえないOLを主人公にした「社畜」は味わい深く、田辺聖子の「美女山盛」は昭和の時代のオヤジ文化のしょうもなさを思い出させてくれて大笑いだ。綿矢りさはパス。津村記久子の「おかきの袋のしごと」は以前読んだのでパス。
一番面白かったのは有川ひろ「ファイヤーパイロットの君」だった。どうやらこれはスピンアウトものらしく、あまりに面白いので本編を読もうと地元の書店に立ち寄ったが売ってなかったのでAmazonでポチッとしたのだが、明日届けてもらうには送料200円だって? いつからそんなことになったのか、Amazon。オレが知らなかっただけか。別に急がないから無料の通常便にしてもらったが、そうしたら土曜日着だって。うぬぬぬ、Amazon、いつからこんなことになったのだ。


2025.07.14

また明日。


まさに沈みゆく泥船のアルビレックス新潟。
今月だけで主力4人が移籍していった。先月の1人と合わせ、シーズン中に主力5人が抜ける有り様である。まさしく異常事態だ。
要するにアレだ、「今の新潟なら誰に声をかけてもホイホイ移籍してくる」と他クラブに思われてるホイホイ状態なのだろう。
うぬぬぬ、なめんじゃねえと石破のようにイキってはみせても、実際そうなんだからトホホと肩を落とすしかないのであった。
だが、そんなサポーターを勇気づけ、号泣させてくれる男がいた。長谷川元紀、通称、ハセモである。

クラブの公式サイトで広報が明らかにしたのは、ハセモにかなりいい条件の移籍話が舞い込んで、9割方、移籍を決めていたという話だ。
迷いに迷ったハセモは、結局、アルビレックスに残ることを決める。サッカー選手の常識としてありえない決断だ。
今のチームが好きであること、残留の危機に逃げ出すわけにいかないことなど、ハセモはいくつか理由を挙げているが、その中にあったのが、移籍をほぼ決心したという話をした後にクラブハウスを辞する際、広報と若手選手に「また明日」と言われたことを加えている。
また明日。
この一言がハセモの心に響き、泣きそうになったというのだ。そしてハセモは移籍を断り、チームに残る決断をする。
うーむ、泣けるではないか。この話がオープンになった直後からサポーターは号泣し、界隈では「また明日」がバズった。
ハセモも凄いが、ここまで広報が裏事情をオープンにすることも凄い。
実際、泣けるぜ。オレも泣いた。ハセモは好きな選手だったが、これからは大好きな選手だ。
なんという男気なのだ。甲府のサポによれば「それがハセモよ」ということらしい。
去年、チームに加わった当初は、足元へのパスを要求するばかりで孤立が目立った。スペースを使うのは上手いが、仲間のためにスペースを作ることはできなかった。
それがこんなにもチームの支柱となり、サポーターを泣かせる男になるとはなあ。
大丈夫だ、ハセモがいれば、オレたちは残留できる。
また明日。
いい言葉だなあ。


2025.07.13

週末の朝


起きる時間は毎朝6時だ。土日でもこの時間になると自然と目が覚める。
とは言え、朝までに1回はトイレに起きる。だいたい3時頃だ。
高齢者のお約束で、トイレに行って布団に入るも今度はなかなか眠れない。困ったものである。
ここでスマホなんか見てしまったら完全に覚醒するから、我慢して目をつぶる。そしてアルビレックスの行く末などを考えているうちに、絶望とともに再び眠りに就くことかできる。
だが土日になると、そんな努力は不要だ。3時だろうが4時だろうが、目が覚めてしまったものは仕方なかろうと起きることができる。
平日のように、日中の仕事への影響を考えて無理に眠る必要もない。スマホを我慢することもない。
トイレに行ったまま起き出して、そしてスマホを眺めたりして夜が明けるのを待つ。うーん、自分の流れのままに過ごせる幸せよ。
あげくに、日が昇って週末が始まり、今日は何にもすることがないという時の解放感ときたらどうだ。
今日もそうだった。今日は何もしなくていい。仕事の予定もない。思い切り無駄に過ごしていいのだ。
そうやって背伸びをするときの気持ちよさは、週末ならではである。
というか、これが老後なのか? もしかして。
朝早く目が覚めてしまって、でも、今日は何の予定もない。それが今日も明日も来週も来月も続くのが老後なのか?
うーん、それはちょっと困るなあと思うのだった。

そんなことを考えつつ、家族全員出かけてしまって1人残された家で、映画を3本観る。どれもしょうもなさすぎる映画でさすがにぐったりしてしまった。夜見たイッテQ!のほうが、何倍も面白かった。
やっぱり週末はイッテQ!である。
でも来週は選挙特番でお休みなんだろう。困ったものである。


2025.07.12

オイシックスは美味しックス


オイシックスから、食材がたっぷり詰め込まれた段ボールがどどーんと送られてきて仰天した。 いや、仰天したのはオレではない。ヨメだ。
何も知らされていなかったヨメは、留守番中に宅急便で大量の食材が届いたので腰を抜かしたのだ。

オイシックスとは、ご存知、食材配達の大手である。新鮮な野菜や牛乳なども届けてくれる。この食材配達の大手が、なぜだかわからないが、この夏からアルビレックス新潟のスポンサーになってくれたのである。
選手のユニフォームの左胸。チームロゴの真上に燦然と輝くOisixのロゴ。
素晴らしいではないか。
品川に本社を置くこの食品配達大手が、なぜ日本海側の田舎の、J1から降格寸前で中心選手が続々と移籍して逃亡し、監督も代えたのにまるで勝てない情けないチームのスポンサーになったのか、まったく分からない。何を血迷ったのだろう。
かつてアパホテルが突然スポンサーになってくれてオレたちは「こんな田舎チームに」と狂喜乱舞したのだが、たった1年でスポーンサーから撤退し、翌年には日本代表のスポンサーになったのを見て、テストマーケティングというか、要するにサッカーが商売になるか、実験に使われただけだったと知って、悔しがったものだった。
い、い、田舎もんを舐めるでねえど!
その苦い経験があるから、今回のオイシックスにも身構えている。
だが、オイシックスさんは実に明るくてフランクだった。
「やあ、新潟さん、アルビレックスサポの皆さん、こんにちわ!」
ニコニコしながら新潟にやってきたオイシックスさんは、一点の曇りもない目で、オレたちに手を振るのであった。おお、気取った都会もんかと思ったら、なんだ、気のいい兄ちゃんじゃねえか、オイシックスの野郎。こいつめ。
アルビレックスサポは、コロッと手玉に取られたのである。
もっとも残留確率コンマ何%という現状を見れば、どんな思惑があろうと新しくスポンサーになってくれるなんて、ありがたくて涙が出るわ。
オイシックス、男気あふれる素晴らしい企業である。

やってきたオイシックスくんは「新潟のみんな、今日からよろしくね。挨拶代わりにこれをどうぞ!」と、アルビレックスサポーター用お試しセットというのを手土産に持ってきた。本当にアルビレックスサポーター向けのお試しセットと明言したのである。
その中身が凄い。新鮮な野菜や牛乳、温めるだけのパック料理やサバの味噌煮、ヨーグルトなど、これでもかという食材が段ボールに8800円分。これをアルビレックスサポーターにはなんと1980円で届けてくれるというのである。送料込みで。挨拶代わりに。
オレたちサポーターはぶったまげた。そして、一斉にポチッとして、お試しセットは秒で完売したのだった。
こういうときのアルビレックスサポーターは、去年のルヴァンカップ決勝でもわかるように、実に素速い。一致団結箱弁当。村中総出で田植えや稲刈りをしてきた血が今も残っているのである。
それを見て今度はオイシックスが仰天した。「なんだと、秒で完売だと!」
田舎もんに舐められてたまるかと思ったかどうかは定かではないが、オイシックスはただちに英断を下す。サポーター用お試しセットを大量放出したのだ。限定なんてケチくせえ、好きなだけ持ってけ、と。
8800円分を1980円だから、売れば売るほど赤字だ。だが、挨拶やご祝儀をケチるんじゃねえぞ、オレは男だと、オイシックスくんは腹が据わっているのであった。豪毅である。
最初のセットを買い逃したオレは、これを好機とばかりに迷うことなくポチり、そしてその段ボールが今日届いて、何も知らなかったヨメが仰天したという流れである。
LINEでヨメは言う。「冷蔵って書いてあるから冷蔵庫に入れておくよ」と。
帰って冷蔵を開けたら、なんといろんな食材であふれかえっているではないか。今度はオレが仰天する番だった。
早速オレはヨーグルトを食べる。美味であった。
ありがとう、オイシックス。きみの食材を食べて、オレたちは残留目指して応援を続けるよ。
だからきみも、帽子ばばあのホテルのように1年限りなんて鬼畜な真似はしないで、ずっと応援してくれ。
皆さん、オイシックスはいい企業ですよ、食材も素晴らしいですよ、ぜひ頼んでくださーい。


2025.07.11

どうせ1位は


来週19日、土曜日放映予定の「アド街っく天国」は、石神井公園である。
この番組に地元が取り上げられるのは約20年ぶりだそうだ。オレがここに引っ越してきたのも20年前だから、前回の放映は見たのか見なかったのか。
ご存知「アド街っく天国」は、首都圏のいろんな街のグルメなどを取り上げてランキング形式で紹介する番組である。しょせん、単なるローカル番組なのだが、地元が特集されるとやはり気になる。
地元では「どこが紹介されるんだろうねえ」「そういや取材らしき人を見た」と、ちょっとざわついている。

先日、駅前の床屋に行ったら「商店街の喫茶店へ取材に来たらしいよ。マスターが『本当は出たくなかったんだけどさあ』と嬉しそうに自慢していた」と話していた。
マスター、よかったな。冥土の土産ができたじゃないか。
この喫茶店には、立憲民主の野田さんが駅前の街頭演説に来た際、コーヒーを飲むために立ち寄ったらしい。「『SPが多くて大変だったよ』と嬉しそうに困っていた」と床屋は言う。
ますますよかったな、マスター。自慢のネタが一杯だ。
こんなふうに、ここが取材された、あそこが取材されたという情報が飛び交っていて、当日の放送が楽しみである。
もちろん「どうせ1位は石神井公園」というのが全員に共通の予想である。異論はまったくない。

「香港警察東京分室」月村了衛・小学館文庫。
ハードボイルドの月村了衛。毎回なかなか歯ごたえのある作品だ。今回も中盤のアクションシーンは素晴らしい。緊張感たっぷりに、描いてくれる。
設定が凝っていて、香港と日本の警察が合同チームを結成し、香港から逃げだした重要人物を追うというものだ。香港と中国の政治が絡んで実にややこしい。加えて合同チームが8人もいて、それぞれの人物とか関係もややこしい。
オレもずっと登場人物紹介の帯を片手に持ちながら読み進めた。この8人が苗字で書かれたり、名前で書かれたり、さらに中国名と英語名が混じったりで、実にややこしいのだった。
そのあたりのややこしさに目をつぶれば(要するに理解するのを諦めて適当に読んでいけば)、非常に楽しめる。オレも今日。出がけに書店で買って往復の電車でずっと読みふけった。
このチームをまとめる管理官というキャリア警察官僚が実に魅力的なキャラで、この人物の物語をもっと読みたいと思った。


2025.07.10

墨田区のチンコ


「坂本龍馬、西郷隆盛に比べて勝海舟の評価が低いことは納得できない。勝海舟はもっと評価されてしかるべきだ」と半藤一利は言う。オレもそう思う。
江戸城無血開城に向けての西郷隆盛との丁々発止、その裏でのイギリス大使との直談判や各種裏工作など、実に大局的な視点での行動だ。
驚くのは開国派、攘夷派のどちらからも敵視され、常に命を狙われながら、右の陣営で一席ぶっては左の陣営で一席ぶつという具合に、味方もなく1人で動き回ったことだ。
命がけの孤軍奮闘。右も左もなく、ただひたすら日本のために、世界の中で日本が笑いものにされないようにという思いを貫いたのである。
しびれるではないか、勝っつぁん。
明治維新について、これほどの体制転覆はヨーロッパなら10年は内戦が続く、と言われた。それをあっという間に平和裏に成し遂げたことで、日本も世界にデビューできた。
勝海舟がいなければ今の日本がなかったことは間違いない。紛れもなくとんでもない偉人である。
加えて常に人から仲間はずれにされ、女にだらしなかったという点も、実に微笑ましい。見た目はちんちくりんの小役人というところもポイント高い。
オレたちはもっと勝海舟を誇りにすべきである。

それに比べて今の首相のなんと情けないことよ。「舐めるんじゃない」発言は、まさにチンピラが尻尾を巻いて逃げるときの「覚えてやがれ」だ。ああ、恥ずかしい。ごめんよ、トランプ。
先日は墨田区での選挙応援演説がネットで話題になった。
「墨田区の人口は増えているが若い女性の人口は減っている」というところ、滑舌が悪すぎて「墨田区のチンコは増えているが、若い女性のチンコは減っている。20代30代の女性のチンコは減ってるんですよ」とやっちまったのである。
どう耳をかっぽじってもチンコにしか聞こえず、次第に聴衆がざわざわしていく様まで動画に収められていた。
これを見て息子とオレは大爆笑。チンコ。墨田区のチンコ。
どぶろっくのエリツィンコかよ。
まったく何をやらせてもダメな男だなあ。ゲルは。まあ、そこそこ酷いとは思っていたが、ここまで酷いとは想定外過ぎた。
オレは史上最悪の内閣、史上最低の首相だと思っている。


2025.07.09



昨日は焼き肉に行き、調子に乗って散財してしまったので、今日は財布のひもを締めて生きるのでござる。昼飯も、カップ麺だ。
セブンイレブンの、かき揚げ蕎麦である。
これが実に美味い。なかなかの味なのだ。
この蕎麦と、余っていたカレーパンを食べてランチ終了である。
リモートインタビューが増えて出かける機会が減ると、外食代と交通費がかからず、なかなかよろしい。特に交通費がばかにならず、都心まで往復すると1000円かかる。昼メシ分だ。
積もり積もればけっこうな金額になるから、やっぱり外に出かけないのは正義である。

「猿の見る夢」桐野夏生・講談社。
59歳のおっさんが愛人には嫌われ、ヨメには愛想を尽かされ、実母は認知症になり、妹一家とは険悪で、会長の秘書にちょっかいを出したらあっさり振られ。そんな情けない生態を、桐野夏生らしく皮肉たっぷり、お笑いも交えながら描いた作品。読んでいてうんざりする。週刊現代の人気連載だったと聞けば、このおっさん臭にも納得できる。


2025.07.08

獣の夜


久しぶりに家族で焼き肉を食べに行ったら、スマホを見ていた息子が笑う。「もう1−0だ。ジャーメイン」「もう2−0だ。ジャーメイン」「なんだこれ。もう3−0だジャーメイン」。
結局ジャーメインは前半26分で4点を取る。今年は広島で24試合に出場して4点(うち3点がPK)だから、広島サポはブチ切れてるだろうなあと、息子と笑う。
E-1なんて大会には、もはや何の意味もない。今の日本には。せいぜいお笑いのネタにするだけだ。
1990年代半ばに初めて国際大会で優勝をしたのは、当時のアジアカップだった。あれを思うと日本もずいぶんと遠いところまでやってきたものである。

「刑事の怒り」薬丸岳・講談社。
評判の高い柚木麻子「BUTTER」を読んだものの、あまりに遅い話の展開についていけず。3分の1で放り投げる。こちらもダガー賞の候補だったらしいが、どうやらこの賞とオレの相性はよくないようだ。
というわけでお口直しに薬丸岳である。
ブックオフで買ってきて扉を開いたら、なんと薬丸岳本人のサインがしてあった。薬丸岳ファンの娘に見せたら「おおーっ」と喜んでいたので、あげることにする。
謹呈先が書いてなかったので、書店に積まれていたサイン本の類だろう。サイン本をブックオフに売られるとは、著者もかわいそうである。
短編集。サクッと読める。とはいえシリーズものらしく、人物関係がよくわからないところもあって、これは途中から読んだオレのせいだ。

「獣の夜」森絵都・朝日新聞出版。
森絵都は「みかづき」はよかったものの「風に舞いあがるビニールシート」がイマイチ好みではなかったので、あまり積極的に読んでこなかった。これはブックオフで220円で購入。どうやら新刊本が流れてきたもののようだ。もちろんハードカバーである。
そんなことより驚いたのは、これが実に素晴らしい作品集だったことだ。特に最後の「あした天気に」と表題作「獣の夜」が出色。
人生がいろいろとうまくいかない人たちを描いた作品集である。「あした天気に」は、てるてる坊主の妖精というものが出てきて、お天気に関する3つの要望をかなえてくれるという物語。バカバカしいファンタジーかよと思って読み始めたら、青春の痛みを鮮やかに切り取った作品で、特に3つめのお天気の願いについては、うーむ、そうきたかと唸らされた。
「はればれ」という言葉がずっと頭に残る、愛おしい作品である。
「獣の夜」は、ずっと仲良しだった女子2人が三十代後半になって一緒にジビエを食べながら過去を振り返る物語。セリフがとにかくおかしい。なんとも言えないリアリティがあって、笑えた。
ブックオフで買った本はブックオフに売り払うのが基本だが、これは大切に取っておきたい。


2025.07.07

パワハラ監督の解雇


今もって名勝負と語り継がれる田園コロシアムのアンドレ・ザ・ジャイアント対スタン・ハンセン。
反則勝ちという結果に納得できなかったハンセンは試合後もリングで大暴れ。止めに入る新日本プロレスの若手を派手に蹴散らした。
その中にいたのがあの前田日明である。前田は荒れ狂うハンセンのラリアットをモロに食らって悶絶した。あのときのことを現在の前田は「プロレス人生で一番痛かった技」と振り返っている。
ラリアットはシンプルな技であるだけに効き目も凄い。まともに受けると首をやられるし、そのまま倒れると後頭部をマットに打ち付けて脳震盪になってしまう。
だから一番上手い受け方は、胸で食らって、そのままバク転の要領で後方に回転して受け身を取ることだ。プロレスラーはこういう受け身がとても上手い。そのために1日何百回も受け身の練習をしている。

当たり前だが、サッカー選手はそんな受け身の練習はしない。だからヤバいのはヘディングだ。
ゴール前に飛んできたクロスに合わせてヘディングシュートを決めるなんてというのは、ちっとも痛くない。ダメージもない。 ヤバいのは突然目の前で蹴られたボールが真っすぐ頭を直撃するようなケースだ。まさにラリアットである。
予期してなかったために衝撃は頭にダイレクトにくる。ついでに倒れ方がまずかったりするとダメージは倍加する。実に恐ろしい。
実際に脳震盪が原因で引退したJリーガーがいるし、脳震盪が原因で亡くなったとされる選手もいる。恐ろしいのは、数年後になって後遺症が表れ、死に至るケースもあることだ。
だから今のサッカー界は脳震盪に対して実にナーバスである。ボールが頭を直撃したことで脳震盪となった場合は、すぐにピッチから出して交替させるし、一週間は安静が義務づけられる。ドクターの許可がなければ練習にも復帰できない。
選手生命どころか、人間としての生命が危うくなるのが脳震盪なのだ。

そんなわけで、高知ユナイテッドの秋田豊監督がチームを解雇されたのも当然っちゃあ当然なのである。
なにしろ、脳震盪を起こした選手に対して「医者が脳震盪と言わなけりゃ脳震盪じゃないから、病院に行くな」と言ったというのである。選手の8割が監督解任に賛成したというから、何かの弾みでつい口を滑らせたというレベルではなく、日常的にこういう振る舞いをしていたのであろう。 指導者としてありえないことだ。
秋田豊は、ジョホールバル世代のチームのセンターバックとして活躍した。ヘディングが大好きで、「あー、ヘディングしてえ」というのが口癖だった。
その成功体験からか、ヘディングの危険性に対して懐疑的だったのかもしれない。
指導者としてはよく言えばモチベーター、悪く言えば昭和の体育会だった。こういうタイプの指導者は多いが、内面は実にナーバスで、パワハラなどは決してしないというケースがほとんどである、と息子は言う。オレもそう思う。
だが秋田は、完全なるパワハラ野郎だったようだ。しかも脳震盪という、生命の危険に及びかねない事象に対しても、無知故なのだろうか、完全にパワハラだった。
こりゃダメだ。
クビで当然。もはやサッカー界に働き場所はないだろう。まったく苦々しい事案である。

ところで田園コロシアムのアンドレ対ハンセンであるが、事前に2人が入念に打ち合わせした結果の激闘であることが、今では明らかにされている。トップレスラー2人がプライドにかけて新日本プロレスを盛り上げてみせるぜと、台本を練り上げたのだ。
当然、最後にアンドレがレフェリーのミスター高橋にラリアットをぶちかまして反則負けになることもシナリオだった。ミスター高橋はもちろんそれを事前に知っていた。だが、アンドレのラリアットは予想をはるかに上回る衝撃で、ミスター高橋はこの一発で肋骨を折ってしまった。
ラリアットを食らう前の高橋がアンドレにわざとつかまる動きはシナリオ通りだが、その怯えた表情と食らった後の悶絶ぶりは、ガチである。いやあ、プロレスって面白いなあ。


2025.07.06

チンパンジー騒乱


うぬぬぬ、石神井公園が88位かよ。こっちは好きで住んでるんだ、ほっとけよ。
住んでよかった街ベスト100とかいう番組をやっていたので、人様がそれぞれよかれと思って住んでいる場所を勝手にランキング付けするんじゃねえよこのタワマン住民が、と思いつつ、やってればやってるで気になるのでつい横目で眺めてしまった。
ランキング物が好きなのはオレだけじゃなくて、日本人全部に違いない。
そのランキングで11位に入ったのが横浜である。信じられない、どうして横浜なんかが。
ついでにいえば31位の浦和も信じられないし、1位のみなとみらいに至っては、たつき諒に沈めてもらえと思う。
いや、書きたいのはそれではない。横浜のチンパンジー集団、マリノスのことである。

なんと昨日のFC横浜とのダービー戦で、マリノスのサポーターが待機列あたりで発煙筒を燃やしやがったのだ。しかもFC横浜の待機エリアにいる、ベビーカーに向かって。
もちろん犯罪行為である。
その様子は動画に撮られてネットに上がっているし、他のサポーター連中が止めるのではなくて煽っている様子もしっかり映っている。
この騒動が原因でマリノス側の観客席への入場が遅れ、最後の客が席に着いたのはハーフタイムだったらしい。間抜けだ。
当然、球団は激怒。好天のスポーツイベントということで大量の仕込みを終えて駆けつけたキッチンカーが軒並み膨大なフードロスを出してしまい、サステナでエシカルな市民様が激怒というおまけまでついた。
同時刻、大阪ではガンバとセレッソのやはりダービー対決で、ガンバサポが徒党を組んで整列用の柵を破壊して回っている様子がアップされている。
Jリーグの、こうしたサポーター文化が大嫌いだ。
たかがサッカー、勝敗が人生を左右することなんて1ミリもない。そんなことも分からないチンパンジーだから騒ぐのだろう。
エンタメを楽しめ。勝敗も含めてのエンタメだ。相手をリスペクトしろ。
もちろんチンパンジーは一部だけで、大多数のサポは穏やかなものだが、チンパンジーのせいでサポーター全体がサルに見られてしまう。困ったものだ。
このサポーター文化は早々に根絶やしにすべきだ。厳罰に処すべきで、サポの出禁は当然のこととして、マリノスの勝ち点も剥奪しなくてはならない。剥奪しろ。剥奪してくれ。

などとマリノスの勝ち点剥奪を願いつつ、原稿は午前中に書き上げたので、午後から観たのが「悪い夏」だ。
いわゆる胸くそ映画である。生活保護をテーマに、底辺の凄まじさを描いた作品だ。決して夏の日曜の午後に観るようなものではない。
「ブラック校則」で優等生の生徒会長をしていた箭内夢菜がデブの小汚いキャバ嬢になっていたり、「アンナチュラル」で真面目で気弱な法医学者志望の学生だった窪田正孝が半グレのボスになっていたり、「ブラッシュアップライフ」で仲良しの幼なじみとはしゃいでいた木南晴夏が水道代も払えずに公園の水飲み場の水をペットボトルに詰め替えて持ち帰るような最底辺のシングルマザーになっていたり、「フォーエバー・ヤング」と歌っていた竹原ピストルが半グレの使いっ走りで殴られていたりと、みんな一体どうしちゃったのだという墜ち方だったのは衝撃だった。
あまりにも胸くそ悪い映画だったので、口直しに「私はいったい、何と闘っているのか」を観る。前に一度観たが、アマプラで無料になっていたので二度目の鑑賞だ。
前回観たときも、まったく期待してなかったのに想像以上に素晴らしい出来だったことに驚いたものだが、二度目となった今回もやはりなかなかの出来だと感心する。
主演は安田顕。ヤスケンはこういう冴えない中年男を演じると実にいい味を出す。出色なのは小池栄子。ヤスケンの奥さん役だ。平和な家庭、仲良しの夫婦であるものの、その裏に隠されていた深いドラマを見事に演じている。
そして驚きが沖縄のタクシー運転手、金城さん。伊藤ふみおというまったく知らない役者なのだが、その存在感と色気にはびっくりした。こんないい役者が、どうして無名なのだ。調べても出演作品は2本だけらしい。
目のちょっとした動きだけで感情の揺れを表現するさまは、実に見事だった。
笑って泣かせて、様々な伏線もちゃんと回収し、あー、面白かったで終わらせてくれる。日曜の午後に観るべき映画とは、こういうものであるべきだ。


2025.07.05

△××△△×△×○△×△○×△×○×○××××19


アスリートの例に漏れず、サッカー選手も験を担ぐ。
ピッチに入るときは右足から。試合の昼はカツサンド。
選手それぞれにルーティンがあり、特に運不運の振れ幅が大きいゴールキーパーはこだわりが強そうだ。
同様にサポーターも験を担ぐ。
こっちの道を通って帰ったら勝った。入浴剤を変えたら負けた。
日常のどうでもいい事象をすべて推しチームの勝敗に結びつけ、自ら決めたルールを頑なに守り続ける。
今日もそうして試合を迎えた。京都戦である。
験を担ぐために、やるべきことはすべてやった。だが、試合2時間前に発表されたスタメンを見た瞬間、そんなことはどうでもよくなってしまった。試合前だというのに、なんという絶望感なのだろう。
こりゃダメだ。降格だ。
後になって今シーズンを振り返ったとき、いつの時点で降格を覚悟しましたかと問われたら、オレは間違いなく今日のスタメン発表の瞬間と答えるだろう。
それほど「なぜ」というスタメンで、どう考えても不穏な何かが裏で蠢いているとしか思えなかった。
まあ、いいや。負けても。
降格したところでサッカーがなくなるわけではないし、オレは強いチームを応援したいのではなくて、シンプルに故郷のチームを応援しているだけだから、チームが存続する限り粛々と応援するだけだ。

そんなふうな冷めた目で見始めたオレだったが、試合が始まってすぐ、自分を恥じる。なんと、当の選手たちがまったく諦めてなく、全力で勝ちにいっているではないか。その様子はちょっと感動的でさえあった。
選手が諦めていないのにサポーターが諦めちゃダメだ。
そして、ダニーロが目の覚めるようなミドルを決める。
まあ、結局、試合はいつものように安いミスから失点して負けてしまうのだが、今日の選手たちの佇まいというか、気迫というか、オレはちょっと感動してしまった。
4連敗。
せいぜいJ2中位の選手層である。そりゃ負けるよね。たとえ負けたところで引き続き応援するだけだ。負けても負けても、次こそはと試合に臨む選手たちを応援するだけだ。


2025.07.04

なんだこりゃの日


久しぶりに銀座に行った。
例によって外人ばかりである。前回より明らかにその数は増えていて、どこを歩いても耳に飛び込んでくるのは中国語だ。
不愉快である。実に不愉快である。
おそらく日本はもう、引き返せないところまで来てしまったのだろう。
7月5日のネタで来日外人が少しは減ったそうだから、ずっとこの類のデマを垂れ流すというのもいい手ではないだろうか。

「ババヤガの夜」王谷晶・河出文庫。
英国推理協会賞を日本人で初受賞というニュースを朝一番で聞いたので、その場でAmazonをポチッとしたら午後には届いたので驚いたでござる。晩飯を食って、そのまま読み始めて2時間で読了。
なんだこりゃ、というのが第一の感想。こんなもの、子供たちに読ませられない、というのが第二の感想。
とにかく暴力のオンパレード。それもそのはず、暴力を唯一の趣味とする女性が主人公なのだから。なんだ、こりゃ、と思うのも当然だろう。
ミステリーの部分は、よくある叙述トリックである。これも、なんだ、こりゃ、だった。浅いトリックだ。
よってこのままブックオフ行き。5円でも売れればいい。読むんじゃなかった。英国の文学賞だからと盲信したオレの負けである。


2025.07.03

迫る7月5日


約7300年前、薩摩半島から50km南の海底にある海底火山が爆発した。鬼界カルデラである。
当時世界最大規模のカルデラ噴火で、火砕流が降りそそいだ九州は莫大な被害を受けた。縄文文化が壊滅するほどの被害だったそうだ。
徳島や和歌山あたりでも噴火に伴う津波に襲われた痕跡が残っているらしい。
いま、トカラで頻発している地震は、この鬼界カルデラなのではないかと噂されている。
もしそれが本当で、万一、鬼界カルデラが海底で噴火をしたら九州全域が壊滅的な被害を受けるどころか、西日本全体が機能不全になり、東北地方まで火山灰が降りそそぐと目されている。
当然、サッカーどころではない。
今年のJリーグは中止もやむなく、今までの結果はチャラとなって、おかげでオレたちアルビレックス新潟のサポーターは心穏やかな日々を迎えることができるのであった。
オレが見た未来である。


2025.07.02

春田屋の夜


久しぶりに地元の仲間との飲み会だった。
地元飲み会だというのに向かったのは地元の店ではなく、準急で5分、各停で10分の練馬駅の店である。なぜかというと、いつもいっているとおり、地元には店がないからだ。
よって我々の会話も、地元には店がないという嘆きから始まる。
石神井には店がねえよ。行くところがねえよ。家賃が高すぎて店が続かねえんだよ。強欲な地主が邪魔なんだよ。
それに比べて練馬の飲み屋街は見事である。安くて美味い店から高くてまずい店まで選び放題だ。そんな中でオレたちが選んだのはそこそこの店。
一見するとせんべろ的な佇まいではあるのだが、清算したら1人五千円だったから、決して安くはない。

幼稚園のパパ友として始まった付き合いももう20年だ。子どもたちも続々と巣立っていく。
そんな近況を話しながら、これからは夫婦だけの暮らしになり、地元の繋がりだけが頼りだから、ずっと仲良くしてくれよ。おお、もちろんだとも。こっちこそ仲良くしてくれよなあ。そうだ、ウチの1階の和室を開放するから、みんなのたまり場にしたらどうだろう。おお、いいねえ、酒を持ち寄って昼間から宴会しようぜ、と盛り上がる。
そんな親たちの老後相談を温い目で見るのは、途中から合流した息子だ。
こういう席にも喜んで顔を出すのが、我が息子ながらえらいところである。
いずれ数年すればそれぞれに孫も誕生するだろう。みんなそろってじじばばだ。文字通りの高齢者サークルである。

そんな付き合いが地元で続いていることに改めて感謝しながら息子に手を引かれてよたよたと帰るオレなのであった。


2025.07.01

うたコン夏SP


今日のNHK「うたコン」、凄かった。
民放の、適当なアンケートをからめた、昭和・平成・令和の夏に聴きたい歌ベスト10みたいなやっつけ企画とは格が違う、さすがNHKと唸らされたわ。それだけに純烈やモー娘。などは場違い感が凄くて痛々しかった。
いい歳してあんな振付させられることに嫌気が差して辞めていったんだろうなあ、純烈のおじさんたち。

まずオープニングの菅原洋一に腰を抜かす。い、生きていたのかっ。
91歳だと。それで「知りたくないの」を歌うんだと。さすがに立って歌うのは難しかったようだが、声はちゃんと出ているし、ピッチもしっかりしているし、たいしたもんだ。純烈あたりも見習わなくてはならない。
その後、坂本九メドレーとかTUBEメドレーなんかをはさんで、あっと驚くサラ・ブライトンだ。これはライブなのか。生なのか。どうやら生だったようだ。地上波のお茶の間歌番組でやるようなパフォーマンスじゃないだろう、これは。
その後に出てきた森山良子は、マーチンのOM18を抱えて、弾き語りで歌いきった。超名器じゃねえか、OM18。オレも一生に一度は触ってみたいと思っていたギターだ。
途中、1ヵ所だけノドがガラッたりはしたものの、安定した歌声は見事であった。純烈は良子の爪の垢を煎じて飲まなくてはならない。
ここに石川さゆりが割り込んでくる構成の妙が、どうしてもわからないのだが、お目当ての三浦大知も見事なパフォーマンスだった。純烈の、あえてアイドルっぽくウケを狙いました、痛々しいですが、という歌とは天と地だった。純烈は猛省しなくてはならない。
BEGINもよかったのだが、あまりに沖縄推しなのがちょっと辟易する。オレも三線を弾こうかな。オレは弦楽器の天才だから、きっと5分でマスターして、すぐに飽きるだろうが。そもそもうるさいよなあ、三線。

というわけで、NHKの本気を見た番組だった。夏スペシャルだったらしい。
それにしてもこの歌番組、毎回思うのだが、バックバンドが凄すぎる。特にベース。お茶の間歌番組で伴奏の皆さんをやっているようなベースじゃねえよ。このバックバンドを聴くだけでも、この番組を見る価値がある。

「老害の人」内館牧子・講談社文庫。
いわゆる老害と呼ばれる高齢者たちが若い世代に対して迷惑極まりない行動を繰り返し、顰蹙を買う。そこで心を入れ替えて、高齢者が高齢者を支える仕組みづくりを模索し始めるという物語。
内館牧子らしく、お笑いの中にシリアスな問題提起を含んでいるわけだ。
軽く読める。文字が大きいように感じるのは、高齢の読者を想定しているのか。
83歳のおばあちゃんが自らの母親を思い出し「母さんって、ホントにいたのかな」「あの母さんの娘でよかった」とつぶやき、76歳のじいさんが「俺、またあの母親と暮らせるんなら、若い時に戻ってもいいな…」と遠くを見るシーンにはこちらもぐっときた。
今ではいたのかどうかも夢のような母親。
そんな地の文にも、高齢になればなるほど母親が恋しくなるものなのだなあと、ひとりごちる。